ギルドタウンの立会人 (祐。)
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【序章】彷徨う末に往き着いた世界
第1話 現実逃避


 逃げなければ。今すぐに、”此処(ここ)”から————

 

 

 

 

 

 何も考えられない。疲弊しきった身体を引き摺るようにして、壁に手を付けながら暗がりを歩いていく。

 

 トンネルであることは確かだった。見知らぬ土地の、目先へと伸び往く緩やかな右曲がりの道路。この右側に寄り掛かるよう進めていく自分の足取りは、とても重い。

 

 気を抜いたら、足を止めてしまいそうだった。それでいて、一度でも足を止めてしまったら最後、自分はもう、こうして歩みを進めることができなくなる。そんな予感を、確信であると信じながら、自分は先の見えないカーブの道を、ただひたすらに歩き続けていく。

 

 トンネルの外側には、いくつもの柱が、まるで鉄格子のように並んでいた。

 世界にもたらされる眩いほどの光が、鉄格子の間から射している。そこから見える景色として海と青空が広がっているのだが、そんな景色に対して自分は、手で目元に陰りをつくりながらそれを眺めたとしても、この光は自分にとってとてつもなく眩しく感じられ、かつ、こんなに輝ける“世界”に対して、「羨ましい」、なんて思ったりもした。

 

 だから、“世界”はそんな自分の心情を映し出していく。

 眩さからは信じられぬほどの、大嵐。青空に雷鳴が轟いており、白い雲から、針のような雫が降り注ぐ。それが鉄格子の隙間を掻い潜ってトンネル内に着弾すると、内側の壁を伝う自分へと、跳ねるように勢いよく飛んでくるのだ。

 

 ……知っている。こんな状況に晒されている人間はなにも、自分だけではないということを。

 しかし、頭では理解していながらも、一方で自分の身体が、目の前の“現実”にまるでついていけやしない。

 

 どういうことなんだ? どうしてみんなは平気でいられるんだ?

 待って、取り残さないでくれ。さも当然かのように言わないでくれ。

 

 なんとも切実なものだった。浮き上がる疑問と、巡る焦燥感。そのどちらも長年の付き合いであるからこそ、双方の“異常性”を自覚することに、時間がかかったものだ。尤も、気が付けたところで、だからなんだというものだったが。

 

 緩やかな右曲がりを通り過ぎ、目の前には出口の光が溢れ出す。

 ——あれが、自分にとってのゴール地点。真横で唸る嵐の脅威を他所にして、この足は眼前の光を目指していく。

 

 誰か、自分を助けてほしい。甘えに甘えたはぐれ者の、“現在(いま)”を認められない無様な戯言。

 

 だからこそ、これしか手段が残されていなかった。

 ——逃げなければ。今すぐに、“此処(ここ)”から。これまで逃げ続けた人間が辿る、たった一つのそれらしい末路。それはとても単純なことで、今いる場所で全ての逃げ場を失ったものだから、次に目指せる逃げ道が、『“此処(ここ)”以外の場所』に通ずるものしか残っていないということ……。

 

 必死な思いで、自分は出口へと踏み出した。

 躊躇いの無さを褒めてやりたい。よく勇気を振り絞ったと、自分自身を心の底から褒めてあげたい。

 

 念願だった。”此処(ここ)”以外の場所に、到達できることが……。

 

「…………ここ、は……?」

 

 ——倒れる身体。うつ伏せになった自分の身体が、嵐に晒されている。

 

 横殴りの大粒が降り注ぐ中、世界を覆う眩い光は、倒れる自分を照らしていた。

 ……そっか。今回も、”此処(ここ)”に留まってしまったらしい。あと一歩のところまで追い詰められてもなお踏ん切りがつかず、結局、逃げ場を失った窮屈な“世界”に執着してしまう。これが、自分の最も悪いとする部分だった。

 

 嵐に晒されながらも、世界にもたらされる天からの光がとにかく煩わしかった。だから、手で目元を隠すことを心から望んだものの、この倒れた身体はピクリとも動きやしない。

 

 ……だったら、目を瞑ってしまおう。そう思って、自分はゆっくりと瞼を閉ざしていった。

 

 暗がりへと意識を投げ遣る、その直前。細く、黒くなる視界が、完全に閉ざした、その直前だった。地面に伝わる音と共にして、倒れるこちらへ駆け寄ってきたのであろう二人の少女と一人の青年を、最後に見たような気がした——



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第2話 往き着いた先の世界

 暗黒の世界に燃え広がる業火。荒廃した瓦礫の街に取り残され、心細さから周囲へと視線を投げ掛ける。

 だが、どこを見渡しても意味が無い。何故なら、この空間には逃げ道が用意されてなどいないから。

 

 こちらを囲うような、瓦礫の数々。どれも道を塞ぐようにして崩壊した様子から、自分は怯えたサマで背後へと振り向くことしかできなかった。

 ——そこに存在していたのは、背を向けて佇む一つの人影。二メートルはあるだろう背丈の陰りは腕を組み、野生的な筋肉質の身体と、くすんだ青色のアラビアンパンツのみを身に付けた容姿で、こちらへ振り返ってくる。

 

 ……“彼”は、ヒョウのような頭部や両脚を象る獣人だ。それが威圧的な眼光でこちらに歩み寄ってくると、この頭を荒々しく鷲掴みにして、自身の目の高さまで持ち上げてくる。

 

 “彼”の黒い瞳に、陰りが落ちた自分の顔が映り込む。

 次に“彼”は、もう片方の手を持ち上げた。そして、刃物のような鋭利な爪のある人差し指を立てると、それを、こちらの眉間へとゆっくり近付けて——

 

 ——注射の要領で、刃物も同然な細い爪を眉間に刺し込まれた。

 響かせた悲鳴。頭部に侵入する激痛。こちらが“彼”の手を退けようと抵抗するものの、こちらの全力を注いでもなお“彼”の手は微塵にも動かない。

 

 眉間からの血が、両目の視界を奪ってきた。

 温かい液体に覆われた目。これに瞼を閉じると共にして、刺し込む爪の指が眉間に到達する。この恐怖心に加えて、即死も許されない現状と、足掻くことも敵わない絶対的な脅威を前にして、自分はこの時にも受け入れ難い”現在(いま)”を嘆くように、悲鳴まじりの絶叫を上げていった————

 

 

 

 

 

「うわああぁぁぁぁぁぁあッッッ!!!!」

 

 飛び起きた上半身。ガバッと動いたこちらの動作に、“三人”がビクッと反応を示していった。

 

 ……病院。白色のシーツやカーテンが清潔的で、窓の外から見える青空と海の光景が視界に映り込む。

 

 急斜面に築かれたのだろう、段々となった傾斜の地形に適応した街並み。白色が多く見受けられる数々の四角い民家が連なり、急斜面を繋ぎ合わせる灰色の道路が、綺麗を通り越して神秘的なその景色。

 

 病院の中からでも、海を渡る鳥の声が透き通るように響き渡ってくる。そして、鳥の声に共鳴するよう、外界からは船の汽笛や車のエンジン音が程よく聞こえてくるのだ。

 

 ……場面は戻って、病院の中。ベッドで眠っていたのだろう自分は、荒げた息のまま眉間へと指を添えていく。

 

 ——とんでもない悪夢だった。味わった恐怖が未だ自分の意識を支配するその中で、看病してくれていたと思しき三人の人物の気配が、感覚として伝わってくる。

 

 二人の少女と、一人の青年。見覚えがある三人の存在に目もくれない自分だったが、傍についていてくれるその三人の、内の一人であるピンク髪の少女が訊ねるように喋り出した。

 

「えーと……なんかすごいうなされていたけれど、大丈夫?」

 

 意識がボーッとする。傍についてくれている彼女らにも振り向けないほどの、とても放心した思考の状態。ただ、視界の隅から感じ取れる存在感から、ピンク髪の少女の容姿を何となく汲み取ることができた。

 

 イスに座っているものの、背丈は百六十八くらいに見える。自分が百七十五であるものの、彼女の方がよほど大人びていた。その理由として、上半身にシルエットを与える黒色のポンチョに、ほぼロングスカートであるアイボリーのワイドパンツ。ヒールまではいかないものの、それの運動性を上げたような白色の靴に、前が開いたポンチョからへそが顔を出している。

 

 ピンクの髪は、肩甲骨辺りまで伸びている。それは耳にかけており、さらには藍色とアイボリーのバンダナを頭に巻いている。彼女はおっとりとした目つきでありつつ、初対面でもラフな声音でこちらにセリフを投げ掛けると、黒色の瞳を左右にいる“彼ら”へと向けながら言葉を続けてきた。

 

「あー、取り敢えずお医者だね! お医者さん呼んでくるから、みんなはちょっと待ってて!」

 

 と言って、イスから急ぎで立ち上がった彼女。

 

 すると、彼女の様子に“もう一人の少女”が声を掛けていった。

 

「あぁ待ってください。そんな急いだら——」

 

「どぅわっ!!」

 

 ガタンッ!!

 勢いでベッドに足をぶつけたピンク髪の少女。この衝撃に思わず、ボーッとしていた自分の意識が覚醒する。

 

 同時にして、「ぼふぅっ!!」と個性的な悲鳴を上げながらコケた少女。そこから慌てて起き上がっていくと、「あっははは、よくあるよね~」とピンク髪の少女は言葉を零しつつ、そのまま違う部屋へと走り去ってしまった。

 

 ……大丈夫かな。自分と“青年”が不安そうに背を見送る中で、ヴァイオレットカラーの髪であるもう一人の少女が呆れ気味にセリフを喋り出す。

 

「ホント、落ち着きがないおヒトですねー。ドジっ子と言えば愛嬌あるように聞こえますけど、如何せんずっとあんな調子ですから、何と言いますか、生きていて大変そうですよね。——ま、カノジョのドジは、タダのドジで終わらないのが唯一の救いなんでしょうけど」

 

 イスに座っている少女が、こちらへと向いてくる。

 百六十五ほどの背丈である彼女は、へそ辺りにまで伸ばしたヴァイオレットカラーの長髪を持っている。まだまだあどけなさを残した容貌に加えて、暗めの赤色と暗めの青色がボーダーとなっているパーカーに、同色のキャスケット、ヴァイオレットカラーのショートパンツに、赤と青のボーダーのブーツという外見をしていた。

 

 ヴァイオレットカラーの瞳をくりくりと動かしながら、ベッドの上のこちらへとセリフを続けてくる。

 

「おかげで、アナタは完全に目を覚ましました。——カノジョのドジはですね、必ず何かしらのイイ効果をもたらすんですよ。それも、ドジした自分にではなく、ウチらのような周りのニンゲンに、です」

 

「そう、なんだ……」

 

 悲鳴を除いて、初めて喋った自分。

 ……看病してくれていた彼女らに視線を投げ掛ける。その紫の子は首を傾げてみせ、そのまま自分は視線を、佇む“青年”へと向けていく。

 

 百七十七くらいはあるその背丈。灰色のショートヘアーは後ろで結っており、また、毛先へ往くにつれてその色は暗い黄色へと変化している。彼自身とても穏やかそうな表情を見せていたものだが、その素肌が筋肉質な褐色という、一転とした荒々しい印象も与えてくれる。

 

 灰色のコートを羽織るようにして着ているその上半身。上は他に身に付けていないことから筋肉が強調されており、下はゆったりとした黒色のパンツに焦げ茶色のブーツという、上半身の露出を除いて着飾ることのない無難な服装。そんな彼は琥珀色の瞳でこちらを見遣っていくと、柔らかい笑みを見せながら、そうセリフを投げ掛けてきたのだ。

 

「…………!」

 

 …………え? 何?

 

 確かに喋っている。口を動かし、身振り手振りで、何やらこちらの無事に安堵しているようだ。

 が、しかし、彼の声が聞こえてこない。声量が小さいのかと思って耳を傾けていくものだったが、こうして聞き取る努力をし始めた自分の様子に、紫の彼女が喋り出す——

 

「あー、えーっとですね、『無事に目を覚ましてくれて、一安心した』って仰っておりますね」

 

「え? そうなの……?」

 

 こちらの問い掛けに、少女は続けていく。

 

「カレは一切と声を発しない、とても寡黙なおヒトなんです。——その代わりとしてですね、身振り手振りとその表情で、自分が伝えんとするセリフを相手に汲み取らせるんですよ。だから、カレのジェスチャーをじっと見ていてください。すると、自然と頭によぎってきますから。カレがお伝えしたいのでしょう、カレ自身の声なきお言葉が」

 

「え、えぇ……」

 

 なんか、変わった人が多いな……? そんなことを思いながら、身振り手振りと口パクで訴え続けてくる彼へと注目する。

 

 ……心配、していた……? 突然の、嵐の中。『町』の、出入り口で、倒れていた、から……?

 

「……本当だ。何となくだけど、分かる……」

 

「だ、そうです。良かったですね、“アレウスさん”」

 

 他人事っぽい調子で、“彼”へと言うヴァイオレットカラーの少女。それに寡黙な彼が満足そうに頷いていくものだったが、飛び出した名前に自分は「あっ」と思いながら二人へと言葉を投げる。

 

「まずは、ありがとう……。倒れていた俺を助けてくれて。——自己紹介、しないとだよな。俺は、“柏島(カシワジマ)歓喜(カンキ)”。どうか、よろしく」

 

 柏島歓喜。こちらの自己紹介に、ヴァイオレットカラーの少女が応えていく。

 

「あー、これはこれはどーも、ご丁寧に。カンキさんですね、ハイハイ。——ウチはですね、“ラミア・エンプーサ”といいます。で、こちらにいるカレが、“アレウス”ですね」

 

 ヴァイオレットカラーの少女ことラミア・エンプーサは、佇む彼ことアレウスへと手で促しながら自己紹介を行っていく。

 

「ラミアとアレウス……。よろしく」

 

「ハイ、よろしくお願いします。まー、そういうことでですねー……」

 

 と、途端にしめしめとした様子でラミアがそう続けてきた。

 

「既にカンキさんもご存じかと思われますが、ウチらはあの激しい激しい嵐の中での見回りで、不運にも倒れていたアナタを発見しました。で、ですね……そんなアナタを、ウチらはこうしてわざわざ病院まで運んであげまして、さらには目覚めるまで付きっ切りとなってあげていたワケですよ」

 

 とてもワルい顔を見せたラミア。そのまま彼女は、口元に手をかざしながらこちらへ顔を近付けると、少し声量を落としながら、そんなことを言い出したのだ。

 

「……ですから、カンキさんにはですねー、ウチらへの感謝を?? “カタチ”?? にして示してもらう、義理、というものがありましてですね。……いやいや!! そんな深刻にお考えにならなくてもケッコーです。ただ……それ相応となる報酬を、ウチに支払ってもらうだけでいいだけですから——」

 

「ラミア!! 保護した人から(たか)ろうとすんな!!」

 

 ドジしたピンク髪の少女の声が、こちらのやり取りに突っ込んできた。

 共にして、お医者さんのおじいさんを連れてこちらへと歩いてくる少女の姿。

 

「ラミアさ、やり方が汚いよ! 何でもかんでも、こじ付けで自分の利益に繋げようとすんな!」

 

「ですけど、ウチらがカレを救い出したコトは事実ですよ?? そもそもとしてですね、カレのような困っている方々をお助けすることで生計を立てているのが、ウチら“何でも屋(オールラウンダー)”じゃないですか」

 

「だからって、目が覚めたばかりの被災者に恩着せがましく見返りを要求するのも、私としてはどうかと思うけど——ぎょわっ!?」

 

 ズボッ!! 突然、彼女が歩いていた床が抜けた。

 

 下半身が埋まった状態で、床に項垂れたピンク髪の少女。これにラミアも言葉を止めていく中で、少女の後ろを歩いていたお医者さんは頭を掻きながらセリフを口にする。

 

「おや、危なかった。やっぱり老朽化は進んでいるみたいですね……。いやはや、病人や怪我人を扱う繊細な施設なものですからね。まさかこうした形で、施設内のキケンをお知らせしてくださるだなんて、さすがはこの“ギルドタウン”の何でも屋(オールラウンダー)。ありがたいばかりです」

 

「あっははは…………中々に不本意ではありますが、とにかくお役に立てたのならば光栄です……」

 

 床に嵌ったまま、汗をかきつつ返答するピンク髪の少女。そんな彼女のドジは、場の空気を一旦リセットする意味でも、非常に重要な働きをしてくれていたものだ。



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第3話 ギルドタウンを知るために——

 路上で倒れていた自分だったものの、後の診断でこれといった異常が見られなかったことから、その日の内に退院することとなった。

 

 幸いにも大きな怪我をしていなかったことから、ホッと一安心する自分。だが一方として、また別の問題と直面することになる——

 

 

 

 

 

 急斜面に築かれたのだろう、段々となった傾斜の地形に適応した街並み。白色が多く見受けられる数々の四角い民家が連なり、急斜面を繋ぎ合わせる灰色の道路が、綺麗を通り越して神秘的なその景色。

 

 鳥の声が透き通るように響き渡ってくる空間の中、ヴァイオレットカラーの少女ラミア・エンプーサは思わずと声を上げた。

 

「えぇ!! じゃあカンキさん、お金の持ち合わせが無いんですか!? それじゃあウチ、何のためにアナタを助けたんですか!?」

 

 心からの本音で驚くラミア。彼女のセリフに、一緒に歩いていたピンク髪の少女がツッコんでいく。

 

「いやラミア、そこじゃないでしょ! このカンキ君がお金を持っていないことよりも、“カンキ君の記憶が無い”ことに驚くところだよ!」

 

「ウチにとっては、報酬金が支払えるかどうかがイチバンなんです!! こんなの、助けただけ損じゃないですか!!」

 

「いやいや人助けに損も得も無いから。ラミアは相変わらず、お金のことしか考えないんだから……」

 

 手を横に振りながら、呆れ顔で喋るピンク髪の少女。ラミアの様子にはさすがに、一緒に歩いている青年アレウスも苦笑い。

 

 と、ここでピンク髪の彼女は、こちらへと言葉を投げ掛ける。

 

「あー、えーっと……アレだね。私、まだカンキ君に自己紹介してなかったよね。——私の名前は、“レイラン・シェフナー”。気軽にレイランって呼んで。……んーで、カンキ君の記憶についてなんだけど」

 

「よろしく、レイラン。……その、ごめん。変な話をしちゃって」

 

「いやいや、ヘンな話なんかじゃないよ! 大変じゃんか!」

 

 心配してくれるレイランへと、ラミアは訝しげな目で反応する。

 

「そんなタイヘンなことですか?? ウチとしましては、記憶が無いと言い出したコトの方がおかしく思いますけど??」

 

「だから大変なんじゃん!? 何言ってるのラミア!?」

 

「レイランさんは、他人の言葉を真に受けすぎです。考えてみてくださいよ。もし仮にカンキさんが本当に記憶喪失だった場合、どうしてカレは悩むまでもなく自分の名前を口にできたんでしょうか?? 都合が良すぎません?? 記憶が無いのでしたら、自分の名前さえも記憶できていないでしょうに」

 

「じ、自分の名前は、日頃からアウトプットしているでしょうから、それで自然に覚えていたとか……? というか、ラミアこそ考えすぎでしょ! ラミアは、いつも自分が得できるようなことばかり考えてさ。カンキ君が報酬を支払えないって分かってから、急にそんな冷たい態度を取り始めてさ!」

 

「記憶が無いと言い出した町の部外者を怪しむコトの、一体何がワルいんですか!! 記憶喪失をダシにして町でワルさをし始めたら、結果的にウチが損することになりかねないんですよ!! これは自衛です!! じ・え・い!!」

 

「ラミアは薄情すぎなんだよ! もっとこう、困っている人々に寄り添う気持ちを——」

 

 ヒートアップした彼女ら。言い合いに熱中し始めたその時にも、彼女らの間にアレウスが割り込んでいく。

 

 足を止める一同。自分はこの様子を眺めることしかできない中で、アレウスは身振り手振りを交えた声なき口パクで喋り出す。

 

「…………!」

 

 二人が、意見を、言い合ったところで、何の、解決にも、至らない。

 

「…………っ」

 

 “ギルドマスター”に、相談、するべきだ。

 

 ……アレウスの言いたいことが、何となく脳内に伝わってくるこの感覚。

 彼を見ていた二人の少女も、互いに落ち着いたサマを見せていく。そして熱が冷めたところでラミアがこちらに向いてくると、そうセリフを掛けてきたのだ。

 

「アレウスさんのおっしゃる通りです。ここでウチらが言い合いを繰り広げたところで、最適な回答に繋がるワケではありませんからね。ただ不毛な口喧嘩が始まるだけですから、だったら“この町のトップ”に判断を委ねるのが正解でしょう」

 

「私も、ラミアに賛成。ちょっとアツくなっちゃったけれど、私自身でも言ったように、困っている人々に寄り添う気持ちを最優先するべきだった。——じゃ、アレウス君の言う通りに、ここは“ギルドマスター”の判断に任せよ」

 

「…………!」

 

 彼を、本部へ、案内しよう。

 

 アレウスの提案によって、一同は踵を返す形で歩き出す。

 皆が向かっている場所はおそらく、“ギルドマスター”と呼ばれる人物のいる建物だろう。自分がそれを訊ね掛けようとした時にも、ラミアがそう説明を始めてくれたものだ。

 

「では、きおくそーしつでカワイソーなカンキさんに、この町についての簡単な説明を一通りしておきましょう」

 

「ラミア! 嫌味ったらしい喋り方してる」

 

 レイランのツッコミを無視するラミア。

 

「まずは、カンキさんが今いらっしゃる現在地についてです。アナタは今もこうして何気なく我々と歩いておりますが、コチラの町自体はですね、“ギルドタウン”という名称で世間に親しまれている場所なんです。——では、ギルドタウンとは何ぞや?? って話になりますけど、ギルドタウンという町は大方、『何でも屋の大規模な拠点』という認識でよろしいです」

 

 ラミアの説明に、自分は返していく。

 

「何でも屋の、大規模な拠点……?」

 

「そーです。じゃあ、何でも屋とは何ぞや?? ってなるでしょうが、まー簡単です。何でも屋とは、言ってしまえば『困っている人々を助ける人間』です。ま、これじゃああまりにもザックリし過ぎた説明になってしまいますけれど、実際に我々何でも屋は、『専門的ではない広くて浅いあらゆる分野』において、『手助け程度の様々なお手伝い』を行っております」

 

「そのお手伝いで、生活をしている……?」

 

「そーです。こう聞きますと、そんなので食べてなんかいけなくない? って思われるでしょうけれど、我々の需要は決して、ただのお手伝いだけでは非ず。我々が本領を発揮する場面として、最も多くのご評価を頂いているのは、主として、“荒事”が関与する困り事へのレスポンスの早さです」

 

「荒事への、対応……」

 

 いまいち想像がつかない。そんなこちらの表情を汲み取ったのか、ラミアは続けてくる。

 

「世界は広いですからね。何せ、異能力なんていう魔法じみた力が、様々な環境に働きかけるこのご時世ですから、自然の中で突然変異を起こした魔物なんかが、村や町とかを襲うワケですよ。で、この世の秩序を正す騎士団なんかが出動するワケですが、如何せんカレらは世界を統率する組織が故に、些細な事件への対応といった小回りが全く利きません。——そこで、我々何でも屋の出番というコトです」

 

 こちらへ向くラミア。前を見ずに歩きながら、胸に手をやって自信満々とセリフを喋る。

 

「我々何でも屋は主として、『騎士団が対応できない範疇にある民間の困り事』の解消に勤めております。その内容は実に様々。モンスターが現れたから駆除してほしい。家族が強盗に攫われたから救い出してほしい。災害で発生した瓦礫の除去を手伝ってほしい、とか。他、喧嘩した恋人との仲直りを手伝ってほしいというご依頼だったり、行方不明の飼い猫を探してほしい、などなど。そういった、“手助け”を本業とするのが我々何でも屋の需要でありまして、そんな何でも屋を支援するべく建てられた拠点が、ギルドタウンというワケです」

 

「その手助けが、世間的に大きな評価を得ているんだ……」

 

「そーいうことです。たかがお手伝いなんかで……とか抜かす輩も少なくないモンですが、カンキさんは話が分かるおヒトみたいなんで見直しましたよ。すこーしだけ」

 

 ラミアに対する、レイランからの視線が痛い。「一言よけい」と言うレイランを横目に、ラミアはこちらへとそんなことも説明し始めた。

 

「我々何でも屋は、主に人前へと出向いていき、対面で真摯な手助けを施していく。……この地道なお手伝いが、次第にも世間に認められるようになりまして、今では、騎士団とは別となるヒーロー的な扱いまでされるに至っております。その影響力は非常に大きく、何でも屋という職業に憧れを抱く若者が続出した他に、一部のギルドタウンではアイドル的な側面を持つサービスも開始したことによって、未だ風当たりは強いものの、世間一般とも認知される職業の一つとして数えられるようになっています」

 

「すごいな……。それじゃあ、ラミアやレイラン、それにアレウスも、その何でも屋として現役で活躍しているすごい人達ってことなんだね」

 

「ま、そういうことですね」

 

 すごく得意げな表情のラミア。これに、レイランが言葉を付け加える。

 

「この町も、お手伝い以外の経営といったサービスを開始したことで、おんぼろだった設備が新しくなったり、お給料がアップしたりして、前よりも町としてだいぶ発展したもんね。それに、この綺麗な景色! この綺麗な町並み! この立地自体が綺麗な場所だったものだから、観光地としても有名になったりしたし、此処を拠点にしている何でも屋のファンなんかが、ギルドタウンが経営する喫茶店なんかに通ったりなんかしていて、今や一つの観光名所として賑わい始めているよね」

 

「ですけど、そのせいで我々のお仕事が余計に増えました。おかげさまで、毎日が大忙しです。これといったご依頼を受けていない待機時間なんかでは、半ば強制的に経営のスタッフとして駆り出されるんですから。——サボりながら稼げていたあの日々が、ウチにとって恋しいものです」

 

「だから、ラミアはカンキ君に付き添ってあげていたんだもんね?」

 

「そりゃあ、ウチらがカンキさんを保護したんですから?? 保護した責任ある身分として、カレが無事に目を覚ますかどうかを見届けなければですよ!! ——だって、ただそこに座っているだけでお給料が発生するんですよ?? そんなの、カンキさんを見張っていなければ損ですよ!! 損!!」

 

「私とアレウスはカンキ君が心配だったから居たけれど、ほんと、ラミアってそこら辺ブレないよねぇ……」

 

 

 

 そんな会話をしている内に、三階ほどあるウッドハウスで足を止めた一同。これに自分も立ち止まっていくと、ウッドハウスへと入るようアレウスが手で促してきたものだ。

 

「…………!」

 

 彼の言葉を、目で聞き取る。

 

 ……ここが、この町の町長、兼、ギルドマスターのいる、建物……。

 

「この中に入ればいいんだよね……?」

 

 自分は問い掛けると、アレウスは満面の笑みで頷いた。

 

 彼女らほどの存在感は醸し出さないものの、荒々しい外見の印象とは裏腹となる、いちいちと優しいアクションを見せるアレウス。そんな彼に安心感を覚えると、ラミアとレイランにも促される形で、自分はそのウッドハウスへと入っていった。

 

 この先にも、町長兼ギルドマスターの人物と出会う。

 ……と、もう一人。この物語において最も大きな存在となるだろう、物語のキーパーソンになる“女性”と、自分は出会うことになるのだ——



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第4話 日常と衝突が織り成す異世界譚の開幕

 濃い茶色の木材で構成された建物の雰囲気。そのエントランスは観光案内所らしく、町のガイドさんらしいスタッフ数名が、スーツ姿で自分を出迎える。

 

 ここで、同行していたラミアとレイラン、アレウスに案内されてエレベーターに移動。三階に移動して廊下を歩き、そして、『町長室』と掛けられた札の扉をアレウスがノックすると——

 

「おう、入っていいぞー」

 

 男の人の声だった。ラフな声音が特徴的な、大人の人。そんな印象を受けた扉の先へと自分は招かれると、次にも本棚に囲まれた町長室へと踏み入った。

 

 部屋の隅に行き渡る本棚。壁には絵画や魚拓といった飾りが施されている他、モニターやゲーム機といった代物まで見受けられる。中央の長テーブルに、六つほどのイスが並んでいる光景の奥には、社長特有の机で作業をしていたのだろう“サングラスの男性”がこちらを出迎えてくる。

 

 ……回転するイスに座り、クルクルと回りながら——

 

「よーぅ! アレウスちゃんに、ラミアちゃんと、レイランちゃん。いつもの仲良しメンツがお揃いで眩しいねぇ」

 

 町のトップらしい厳格さを想定していたのだとすれば、今こうして相対する人物は間違いなく、その真逆を往くチャラさを誇っていた。

 

 百八十七はあるだろうその背丈。髪型が中々に奇抜であり、自分から見て右側三割は黒色の刈り上げ、残る七割は鋭利なバナナのような黄色のショートヘアーというもの。それに加えて黒色のサングラスと、その下には右目を隠す黒色の眼帯という、手元にある物すべて身に付けましたと言わんばかりの容貌。

 

 服装も奇抜で大胆だった。丈の長い白色のシャツを、ボタン全開にして着用している。このシャツの上からは、同じ丈のピンク色のシャツと、更にその上に、同じ丈のオレンジ色のシャツを重ね着しているというファッション。下こそは無難な灰色のパンツと黄色の靴であったものだが、愉快げにニッと笑みを見せるその男性は、とても一目で町長と見抜けないことだろう。

 

 と、ラミアとレイランが彼へ返答していく。

 

「あー、どーもギルドマスターさん。相変わらずヘンな見た目してますねー。ホントにソレ、女ウケいいんですか??」

 

「あぁちょっとラミア、気持ちは分かるけどやめなって……!」

 

「おーいおいおいおいラミアちゃん、直属の上司に向かって容赦ないねぇ。忖度っつーもんをまるでうかがえねぇ。そのラミアちゃんの切れ味、オレちゃん嫌いじゃないぜ……」

 

 指を差すキメポーズ。男性の決まったセリフとポージングに、ラミアは首を傾げながら素朴な疑問をぶつけていく。

 

「はい?? 何言ってるんですか??」

 

「あっはっはっは! いいねぇ、いいよぉラミアちゃん。きみはそのままでいい。そのままのラミアちゃんでいてくれていいんだ。——レイランちゃんも、その無自覚なカンジ、全く衰えないねぇ。レイランちゃんの、オレのことを想ってクチにしてくれたさっきのセリフ、何だかんだで一番オレちゃんに効いたってもんさ……」

 

「えーっと……? えぇ……? あ、ありがとう、ございます……?」

 

「そう!! それでいい! レイランちゃんも、そのままでいいんだ」

 

 ビシィッと指を差しながら、男性は立ち上がって歩み寄ってくる。

 

 迎え入れんとばかりに両腕を広げた彼。その足は真っ直ぐとアレウスへ向かっていき……。

 

「彼女らを見守ってくれて、ありがとな。やっぱアレウスちゃんって人材は、この町には必要不可欠だ。——あっはっはっは! いやほんと、おまえ相変わらず何考えてんのか分かんねぇカオしてるな! だが、それがいい!! アレウスちゃんのそういうトコ、オレちゃん買ってるんだぜ? それも、心から、な」

 

 アレウスの背を叩き、片手で肩に手をやりながら片手で指を差す。これにアレウスが困惑気味な表情を見せていくと、男性はニッと笑んでこちらへと振り向いてくる……。

 

「……フー、アー、ユー?」

 

「え?」

 

 口角を吊り上げ、すっごい眉をひそめた男性の表情。

 

「このギルドタウンの新人ちゃん? それか、誰かさんがイメチェンでもした? 少なからず、見慣れないカオだね? 名前は? どこから来たの? 年齢は? 女の子の好みとか聞いちゃおうかな?」

 

「あ、あの……」

 

 ノリに困惑するしかない。

 

 こちらの様子に、レイランが助け船に入ってくる。

 

「ちょっとマスター! 彼、ただでさえ困っているんだから、これ以上は困らせないであげて!」

 

「お? 困ってる? どうした、話でも聞こうか? ——まぁ立ち話もアレだしよ、ホラ、みんな座れ! オレちゃんが直々に紅茶を淹れてやるからよ、一息入れながらゆっくり話をしようや」

 

 親指でイスを差す男性。これに一同は、従う形で動き出す——

 

 

 

 

 

「記憶喪失ねぇ。んで、自分の名前以外は覚えていない、と」

 

 長テーブルのイスに座る五人。席を共にするギルドマスターの男性は、肘をついた様子でだらけながら、暫しと考えを巡らせていた。これに、一同は沈黙を貫く。

 

 ……男性を待つこと数分。彼は「おっ」と思い付いたように、それを言い出した。

 

「んじゃ、此処(ココ)に住む?」

 

 …………え?

 

 唐突だった。これを聞いたラミアとレイランは、思わず声を上げていく。

 

「ええ!? そんなカンタンに決めてイイことなんですか!?」

 

「そうだよ! だってマスター、人材を募集する時なんか、此処(ココ)に住むかもしれない人について、すごい時間かけながら選んでるじゃん!」

 

 二人の少女から受けて、男性はイスに寄り掛かりながら返していった。

 

「違いねぇ。オレちゃん、町の雰囲気を何よりも最優先にしてっから、それをぶち壊さねぇためにも、此処(ココ)に住むかもしれねぇ候補の人物なんかは、熟考に熟考を重ねて厳選してんだぜ。——その上で、この提案をしたんだよ。なにも思い付きなんかじゃねぇ。お遊びなんかでもねぇ、こいつぁ、マジもんの提案だ」

 

 ギルドマスターと向かい側にいる自分へと、彼はセリフを続けてくる。

 

「オレちゃんの紹介をしてなかったな、カンキちゃん。ま、今さらってカンジもするが? ここはギルドマスターらしく、みんなの前では面子を保っておかないとだもんな? ——ってことで、オレちゃんはこの町の代表をしている、ギルドマスターの“ネィロ・リベレスト”だ。呼び方は何でもいい。ギルドマスターだったり、マスターだったり。後は、ネィロって発音が難しいからとかつって、ネロさん、なんて呼ぶヤツらもいるからよ。っま、気楽によろしく頼むぜ? な?」

 

「よ、よろしくお願いします、ネロさん」

 

 こちらの挨拶に、ギルドマスターことネィロ・リベレストはニッと笑みを見せていった。

 

 挨拶が済んだところで、レイランがネィロへとそれを訊ね掛けていく。

 

「それで、マスター……やっぱり、カンキ君には此処(ココ)で住んでもらう予定なんだよね……?」

 

「無論、オレちゃんはそのつもりでいる。——が、なにか言いたげなカオをしているな? レイランちゃん」

 

「え? えーっと……」

 

 レイランが、一瞬だけこちらを見てきた。

 

「……カンキ君が此処(ココ)に住むこと自体は、私も賛成なんだけど。その……何て言えばいいのかな——」

 

「気になるかい、レイランちゃん。——ギルドマスターであるオレちゃんが、“彼だけ特別扱い”していることが」

 

 ……!

 

 ネィロの言葉に、レイランは自分の言葉を見つけたかのように反応を示していく。

 彼のセリフは、ラミアとアレウスにも届いたらしい。二人もまたこちらを見遣ってくると、その視線は確かに、ネィロの言葉の意味そのままを含んでいるかのように感じ取れた。

 

 ——とても、気まずい。それでいて、申し訳ない思いでいっぱいになる。

 自分は、肩身の狭い気持ちになった。……と、覗き込むまではいかないものの、そんなこちらの顔を見たネィロは、ふと周囲にそんな説明をし始める。

 

「オレちゃんがカンキちゃんを受け入れたことには、もちろん理由がある。そして、その理由は、たった一つによるものさ。それは……記憶が有る無いに関わらず、帰るアテの無い人間を無責任に突き放したくはなかったから、だ」

 

 一同が耳を傾ける中、ネィロは続けた。

 

此処(ココ)に住んでもらう、ってのは語弊を招いたな。すまなかった。厳密に言えば、この町で保護する、が正しい意味になるだろう。——カンキちゃんは今、外の世界に行き場が無い状態なんだ。そんな状態で、じゃあ後は頑張れ! って町の外に送り出すことを、オレちゃんにはとてもできない。……なら、カンキちゃんを一体どうするか? カンタンな話さ。カンキちゃんの記憶が戻るまで、オレちゃんが責任をもって面倒を見る!!」

 

 と、テーブルに上半身を乗り出してきたネィロ。そのまま向かい側のこちらへと手を伸ばしていくと、この肩にドカッと手を置いて、ニッと笑ってみせたのだ。

 

 彼の勢いに、ラミアは呆れ混じりにセリフを口にする。

 

「何と言いますか、ギルドマスターらしいですねー。——じゃ、カンキさんをこの町で保護するとしますよ。その場合、我々が平等に受けてきた“査定”については、どう説明なさるんでしょうか?? 今、此処(ココ)に住む皆さんは、ギルドマスターの目による厳しい査定の末に住むことを許可された人間達です。が、皆さんが受けてきた査定を、カンキさんだけ素通りして一発合格というのは、さすがに不公平かと思いますけど??」

 

 ラミアの容赦ない言葉は、相変わらずだ。

 

 しかし、彼女の言い分はごもっともである。これについて、ネィロは得意げな表情を見せながらそう答えてきたのだ。

 

「安心なされ、皆の衆。何も、カンキちゃんを特別扱いするつもりなんて、オレちゃんには毛頭ないからな。——そこで、オレちゃんは既に、一つの解決策を考えてある!」

 

 そう言い、ネィロはイスから立ち上がった。

 

「カンキちゃんはもう、こうして町に入っているんだ。で、じゃあ、この町に見合う人間かどうか、今から調べさせてもらいますね、っつって町の外に追い出すのも、あまりに酷だからよ。そこで、今からカンキちゃんには、“ある人物”の下で働いてもらうことにする!」

 

 と言って、ネィロが扉へと向かいだした、その時だった——

 

 コン、コン、コン。

 ……ノックする音。これにネィロがキョトンとした顔を見せていき、「おう、入っていいぞ」と声を掛けていく。

 

 ——開けられた扉。そこから靴音を鳴らして入ってきたのは、長身のシルエットを持つ“一人の女性”だった。

 

 思わず、ニッとしたネィロ。そして両腕を広げる形で“彼女”を歓迎しながら、そんなことを言い出していく。

 

「よーぅ! “ユノ”じゃねーか! ナーイスタイミーング! ちょうど今! たった今! おまえに頼みたいことがあって、そっち訪ねに行くトコだったんだ」

 

 凛々しく佇む“彼女”の肩を叩くネィロ。そんな彼に、“彼女”は一切と動じなかった。

 

 身長は、百七十九はあるだろうか。灰色まじりの白髪は腰辺りにまで伸びており、その長髪を分厚く束ねることで大きなポニーテールを作り出している。それに加え、健康的な色白の肌に黒色の瞳を光らせたそのご尊顔は、まさに女神と呼ぶに相応しいほどの美貌を象っていた。

 

 服装は、黒色のライダースジャケットに、胸元のボタンを開けてある赤色のシャツ。黒色のバイクパンツに、膝丈まであるブーツを着用するそのシルエットは、クールビューティとも言えるだろうか。それを決定付けるかのように、左目の付近にあるほくろが大人の美しさを演出していた。

 

 そんな彼女は、資料の入ったファイルを手に持った状態で佇んでいた。

 肩に手を乗せられても無反応。それどころか、ネィロの歓迎に応えることもなく彼女はそれを手渡していく。

 

「頼まれていたデータよ。ここ最近の、素行調査の途中経過をまとめたもの。既にある程度の結果は想定できているでしょうけれど、念のために目を通しておいてもらえると助かるわ」

 

「おぉ、おぉそうだった、オレちゃんとしたことが、ユノを呼びつけていたことをすっかり忘れていた……。——ってのもそうなんだが。なぁぁユノ! なんていいタイミングだ! さすがはオレちゃんの右腕。やっぱ心ではお互いに通じ合っているんだよなぁ~」

 

「貴方に興味なんか無いわ。それで何? 新しい依頼?」

 

「おぅ、相変わらず“オトコ”には冷めてるなぁ……。——ま、だからこそ、今に関しちゃ好都合ってなもんだ」

 

 そう言うと、ネィロはこちらへと歩み寄ってくるなり、この肩に手を乗せながらそのセリフを口にした——

 

「ギルドマスターの権限を発動する! ユノ、今日からこいつを、おまえの『助手』に任命する!」

 

 …………え?

 

 思わず、キョトンとしてしまった自分。一方として目の前の彼女はと言うと、こちらに一切と目もくれずにネィロへと訊ね掛けた。

 

「私に、“ストレート”になれとでも言うのかしら?」

 

「違ぇ違ぇッ!! それは断じて違ぇッ!! そういうデリケートなモンは、オレちゃん絶対ェ無理強いしねぇからッ!! ——そいつとはまた別に、ユノ、おまえにこいつを預かってもらった方が、この場を収めるのに色々と都合が良いんだよ」

 

「説明してもらえるかしら」

 

 ここにきて、ようやくとこちらの姿を捉えてきた女性。

 ……尤も、その目は言葉にし難いほどの、とにかく冷め切った虚無に等しいものだったが——

 

「ユノ、こいつは記憶喪失でな、帰る場所が無ぇんだよ」

 

「——話が見えたわ。“探偵”である私に、彼の調査をしてもらいたいんでしょう。調査の内容は主として、正体を含めた彼の身元調査と、“彼がこの町で住むに相応しいかどうか”の査定」

 

「ユノ、おまえもしかして、オレちゃん達の話を盗み聞きしてた?」

 

「何の話?」

 

 どこか変わったやり取りを交わしていき、女性は再びこちらを見遣ってくる。

 

「イレギュラーによる町の均衡の崩れを避けるべく、未だ身元や素性が知れていない彼を“私の助手”として働かせる。そうすることで、私の監視下における町での保護という名目と共にして、彼の査定も同時進行してしまおうというのが、ネロさんの思惑でしょう?」

 

「オレちゃんの頭ん中に盗聴器でも仕込んでる?」

 

 素朴な疑問をぶつけながらも、ネィロはこちらの肩を何度か軽く叩きつつ満足げに頷いた。

 

「ま、そういうことだ! っつうことで、カンキちゃん。記憶が戻るまでこの町に住んでもいい代わりに、目の前のおっかない姉ちゃんの言うことをちゃんと聞くんだぞー?」

 

「そ、そこまでは思っておりませんが……自分がここで住めるようお取り計らいいただき、本当にありがとうございます」

 

 ただただ、感謝の気持ちをお礼の言葉として口にすることしかできなかった。

 

 倒れたところから始まり、今やギルドタウンと呼ばれる町に住むことになった。

 町の代表であるギルドマスターは、ニッと笑みを見せながらこちらの肩を叩いてくる。そして立ち会った周囲の人達にもこのことを伝えていくと、じきにも自分は、探偵である“彼女”へと引き渡された。

 

 ……陽が落ち始めた、黄昏のギルドタウン。前を歩く“彼女”についていく最中にも、自分は町の光景に思わずと足を止めて見入ってしまう。これに気が付いた“彼女”は、軽く腕を組んだその佇まいで、こちらを見遣っていたものだった。

 

 今この時にも、新天地での生活が開始された。

 そうすぐにも迎える、日常と衝突が織り成す異世界譚。多くの特徴的な人物が存在するこの世界において、自分は様々なドラマと立ち会うことになる————



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