脇役系主人公は見届ける (祐。)
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【序章】彷徨う末に往き着いた世界
第1話~第2話 往き着いた先の世界


 逃げなければ。今すぐに、”此処(ここ)”から————

 

 

 

 

 

 何も考えられない。疲弊しきった身体を引き摺るようにして、壁に手を付けながら暗がりを歩いていく。

 

 トンネルであることは確かだった。見知らぬ土地の、目先へと伸び往く緩やかな右曲がりの道路。この右側に寄り掛かるよう進めていく自分の足取りは、とても重い。

 

 気を抜いたら、足を止めてしまいそうだった。それでいて、一度でも足を止めてしまったら最後、自分はもう、こうして歩みを進めることができなくなる。そんな予感を、確信であると信じながら、自分は先の見えないカーブの道を、ただひたすらに歩き続けていく。

 

 トンネルの外側には、いくつもの柱がまるで鉄格子のように並んでいた。そこからは、燦々と大地を照らす太陽の光が射し込んでいたものだったが、一方として、そんな眩さからは信じられぬほどの大嵐が、今も外で青空に雷鳴を轟かせている。

 

 白い雲から、針のような雫が降り注ぐ。それが鉄格子の隙間を掻い潜ってトンネル内に着弾すると、内側の壁を伝う自分へと、跳ねるように勢いよく飛んでくるのだ。

 

 緩やかな右曲がりを通り過ぎ、目の前には出口の光が溢れ出す。

 ——あれが、自分にとってのゴール地点。真横で唸る嵐の脅威を他所にして、この足は眼前の光へと一歩、踏み出していった。

 

「…………ここ、は……」

 

 ——ゴールに到達する直前となって力尽きた身体。倒れた動作で出口への一歩を踏み出した自分は、うつ伏せになった状態で嵐に晒されている。

 

 横殴りの大粒が降り注ぐ中、世界を覆う眩い光は、倒れる自分を照らしていた。

 ……天からの光がとにかく煩わしい。だから、手で目元を覆い隠すことを心から望み、この手を動かそうと指先に意識を送り出していくものの、倒れた自分の身体はピクリとも動きやしない。

 

 ……しょうがない。だったら、目を瞑ってしまおう。そう思って、自分はゆっくりと瞼を閉ざしていく。

 

 まぁ、ここまでよく頑張った。巡った感情は、諦めに近しいものを感じられた。そして、あとは流れに身を委ねようという運頼みによって閉じられたこの瞼。

 

 その、暗がりへと意識を投げ遣る途中のこと。それは、細く、黒くなって、この視界が完全に閉ざし切る、その直前のことだった。

 

 地面に伝わる音と共にして、倒れるこちらへ駆け寄ってきたのであろう二人の少女と一人の青年。閉じ往く視界の隙間からうかがえた彼らの足元と、微かに感じられた身体を揺する感覚を最後にして、自分は深い眠りについていったものだった——

 

 

 

 

 

 暗黒の世界に燃え広がる業火。荒廃した瓦礫の街に取り残され、心細さから周囲へと視線を投げ掛ける。

 だが、どこを見渡しても意味が無い。何故なら、この空間には逃げ道が用意されてなどいないから。

 

 こちらを囲うような、瓦礫の数々。どれも道を塞ぐようにして崩壊した様子から、自分は怯えたサマで背後へと振り向くことしかできなかった。

 ——そこに存在していたのは、背を向けて佇む一つの人影。二メートルはあるだろう背丈の陰りは腕を組み、野生的な筋肉質の身体と、くすんだ青色のアラビアンパンツのみを身に付けた容姿で、こちらへ振り返ってくる。

 

 ……“彼”は、ヒョウのような頭部や両脚を象る獣人だ。それが威圧的な眼光でこちらに歩み寄ってくると、この頭を荒々しく鷲掴みにして、自身の目の高さまで持ち上げてくる。

 

 “彼”の黒い瞳に、陰りが落ちた自分の顔が映り込む。

 次に“彼”は、もう片方の手を持ち上げた。そして、刃物のような鋭利な爪のある人差し指を立てると、それを、こちらの眉間へとゆっくり近付けて——

 

 ——注射の要領で、刃物も同然な細い爪を眉間に刺し込まれた。

 響かせた悲鳴。頭部に侵入する激痛。こちらが“彼”の手を退けようと抵抗するものの、こちらの全力を注いでもなお“彼”の手は微塵にも動かない。

 

 眉間からの血が、両目の視界を奪ってきた。

 温かい液体に覆われた目。これに瞼を閉じると共にして、刺し込む爪の指が眉間に到達する。この恐怖心に加えて、即死も許されない現状と、足掻くことも敵わない絶対的な脅威を前にして、自分はこの時にも受け入れ難い”現在(いま)”を嘆くように、悲鳴まじりの絶叫を上げていった————

 

 

 

 

 

「うわああぁぁぁぁぁぁあッッッ!!!!」

 

 飛び起きた上半身。ガバッと動いたこちらの動作に、“三人”がビクッと反応を示していった。

 

 ……病院。白色のシーツやカーテンが清潔的で、窓の外から見える青空と海の光景が視界に映り込む。

 

 急斜面に築かれたのだろう、段々となった傾斜の地形に適応した街並み。白色が多く見受けられる数々の四角い民家が連なり、急斜面を繋ぎ合わせる灰色の道路が、綺麗を通り越して神秘的なその景色。

 

 病院の中からでも、海を渡る鳥の声が透き通るように響き渡ってくる。そして、鳥の声に共鳴するよう、外界からは船の汽笛や車のエンジン音が程よく聞こえてくるのだ。

 

 ……場面は戻って、病院の中。ベッドで眠っていたのだろう自分は、荒げた息のまま眉間へと指を添えていく。

 

 ——とんでもない悪夢だった。味わった恐怖が未だ自分の意識を支配するその中で、看病してくれていたと思しき三人の人物の気配が、感覚として伝わってくる。

 

 二人の少女と、一人の青年。見覚えがある三人の存在に目もくれない自分だったが、傍についていてくれるその三人の、内の一人であるピンク髪の少女が訊ねるように喋り出した。

 

「えーと……なんかすごいうなされていたけれど、大丈夫?」

 

 意識がボーッとする。傍についてくれている彼女らにも振り向けないほどの、とても放心した思考の状態。ただ、視界の隅から感じ取れる存在感から、ピンク髪の少女の容姿を何となく汲み取ることができた。

 

 イスに座っているものの、背丈は百六十八くらいに見える。自分が百七十五であるものの、彼女の方がよほど大人びていた。その理由として、上半身にシルエットを与える黒色のポンチョに、ほぼロングスカートであるアイボリーのワイドパンツ。ヒールまではいかないものの、それの運動性を上げたような白色の靴に、前が開いたポンチョからへそが顔を出している。

 

 ピンクの髪は、肩甲骨辺りまで伸びている。それは耳にかけており、さらには藍色とアイボリーのバンダナを頭に巻いている。彼女はおっとりとした目つきでありつつ、初対面でもラフな声音でこちらにセリフを投げ掛けると、黒色の瞳を左右にいる“彼ら”へと向けながら言葉を続けてきた。

 

「あー、取り敢えずお医者だね! お医者さん呼んでくるから、みんなはちょっと待ってて!」

 

 と言って、イスから急ぎで立ち上がった彼女。

 

 すると、彼女の様子に“もう一人の少女”が声を掛けていった。

 

「あぁ待ってください。そんな急いだら——」

 

「どぅわっ!!」

 

 ガタンッ!!

 勢いでベッドに足をぶつけたピンク髪の少女。この衝撃に思わず、ボーッとしていた自分の意識が覚醒する。

 

 同時にして、「ぼふぅっ!!」と個性的な悲鳴を上げながらコケた少女。そこから慌てて起き上がっていくと、「あっははは、よくあるよね~」とピンク髪の少女は言葉を零しつつ、そのまま違う部屋へと走り去ってしまった。

 

 ……大丈夫かな。自分と“青年”が不安そうに背を見送る中で、ヴァイオレットカラーの髪であるもう一人の少女が呆れ気味にセリフを喋り出す。

 

「ホント、落ち着きがないおヒトですねー。ドジっ子と言えば愛嬌あるように聞こえますけど、如何せんずっとあんな調子ですから、何と言いますか、生きていて大変そうですよね。——ま、カノジョのドジは、タダのドジで終わらないのが唯一の救いなんでしょうけど」

 

 イスに座っている少女が、こちらへと向いてくる。

 百六十五ほどの背丈である彼女は、へそ辺りにまで伸ばしたヴァイオレットカラーの長髪を持っている。まだまだあどけなさを残した容貌に加えて、暗めの赤色と暗めの青色がボーダーとなっているパーカーに、同色のキャスケット、ヴァイオレットカラーのショートパンツに、赤と青のボーダーのブーツという外見をしていた。

 

 ヴァイオレットカラーの瞳をくりくりと動かしながら、ベッドの上のこちらへとセリフを続けてくる。

 

「おかげで、アナタは完全に目を覚ましました。——カノジョのドジはですね、必ず何かしらのイイ効果をもたらすんですよ。それも、ドジした自分にではなく、ウチらのような周りのニンゲンに、です」

 

「そう、なんだ……」

 

 悲鳴を除いて、初めて喋った自分。

 ……看病してくれていた彼女らに視線を投げ掛ける。その紫の子は首を傾げてみせ、そのまま自分は視線を、佇む“青年”へと向けていく。

 

 百七十七くらいはあるその背丈。灰色のショートヘアーは後ろで結っており、また、毛先へ往くにつれてその色は暗い黄色へと変化している。彼自身とても穏やかそうな表情を見せていたものだが、その素肌が筋肉質な褐色という、一転とした荒々しい印象も与えてくれる。

 

 灰色のコートを羽織るようにして着ているその上半身。上は他に身に付けていないことから筋肉が強調されており、下はゆったりとした黒色のパンツに焦げ茶色のブーツという、上半身の露出を除いて着飾ることのない無難な服装。そんな彼は琥珀色の瞳でこちらを見遣っていくと、柔らかい笑みを見せながら、そうセリフを投げ掛けてきたのだ。

 

「…………!」

 

 …………え? 何?

 

 確かに喋っている。口を動かし、身振り手振りで、何やらこちらの無事に安堵しているようだ。

 が、しかし、彼の声が聞こえてこない。声量が小さいのかと思って耳を傾けていくものだったが、こうして聞き取る努力をし始めた自分の様子に、紫の彼女が喋り出す——

 

「あー、えーっとですね、『無事に目を覚ましてくれて、一安心した』って仰っておりますね」

 

「え? そうなの……?」

 

 こちらの問い掛けに、少女は続けていく。

 

「カレは一切と声を発しない、とても寡黙なおヒトなんです。——その代わりとしてですね、身振り手振りとその表情で、自分が伝えんとするセリフを相手に汲み取らせるんですよ。だから、カレのジェスチャーをじっと見ていてください。すると、自然と頭によぎってきますから。カレがお伝えしたいのでしょう、カレ自身の声なきお言葉が」

 

「え、えぇ……」

 

 なんか、変わった人が多いな……? そんなことを思いながら、身振り手振りと口パクで訴え続けてくる彼へと注目する。

 

 ……心配、していた……? 突然の、嵐の中。『町』の、出入り口で、倒れていた、から……?

 

「……本当だ。何となくだけど、分かる……」

 

「だ、そうです。良かったですね、“アレウスさん”」

 

 他人事っぽい調子で、“彼”へと言うヴァイオレットカラーの少女。それに寡黙な彼が満足そうに頷いていくものだったが、飛び出した名前に自分は「あっ」と思いながら二人へと言葉を投げる。

 

「まずは、ありがとう……。倒れていた俺を助けてくれて。——自己紹介、しないとだよな。俺は、“柏島(カシワジマ)歓喜(カンキ)”。どうか、よろしく」

 

 柏島歓喜。こちらの自己紹介に、ヴァイオレットカラーの少女が応えていく。

 

「あー、これはこれはどーも、ご丁寧に。カンキさんですね、ハイハイ。——ウチはですね、“ラミア・エンプーサ”といいます。で、こちらにいるカレが、“アレウス”ですね」

 

 ヴァイオレットカラーの少女ことラミア・エンプーサは、佇む彼ことアレウスへと手で促しながら自己紹介を行っていく。

 

「ラミアとアレウス……。よろしく」

 

「ハイ、よろしくお願いします。まー、そういうことでですねー……」

 

 と、途端にしめしめとした様子でラミアがそう続けてきた。

 

「既にカンキさんもご存じかと思われますが、ウチらはあの激しい激しい嵐の中での見回りで、不運にも倒れていたアナタを発見しました。で、ですね……そんなアナタを、ウチらはこうしてわざわざ病院まで運んであげまして、さらには目覚めるまで付きっ切りとなってあげていたワケですよ」

 

 とてもワルい顔を見せたラミア。そのまま彼女は、口元に手をかざしながらこちらへ顔を近付けると、少し声量を落としながら、そんなことを言い出したのだ。

 

「……ですから、カンキさんにはですねー、ウチらへの感謝を?? “カタチ”?? にして示してもらう、義理、というものがありましてですね。……いやいや!! そんな深刻にお考えにならなくてもケッコーです。ただ……それ相応となる報酬を、ウチに支払ってもらうだけでいいだけですから——」

 

「ラミア!! 保護した人から(たか)ろうとすんな!!」

 

 ドジしたピンク髪の少女の声が、こちらのやり取りに突っ込んできた。

 共にして、お医者さんのおじいさんを連れてこちらへと歩いてくる少女の姿。

 

「ラミアさ、やり方が汚いよ! 何でもかんでも、こじ付けで自分の利益に繋げようとすんな!」

 

「ですけど、ウチらがカレを救い出したコトは事実ですよ?? そもそもとしてですね、カレのような困っている方々をお助けすることで生計を立てているのが、ウチら“何でも屋”じゃないですか」

 

「だからって、目が覚めたばかりの被災者に恩着せがましく見返りを要求するのも、私としてはどうかと思うけど——ぎょわっ!?」

 

 ズボッ!! 突然、彼女が歩いていた床が抜けた。

 

 下半身が埋まった状態で、床に項垂れたピンク髪の少女。これにラミアも言葉を止めていく中で、少女の後ろを歩いていたお医者さんは頭を掻きながらセリフを口にする。

 

「おや、危なかった。やっぱり老朽化は進んでいるみたいですね……。いやはや、病人や怪我人を扱う繊細な施設なものですからね。まさかこうした形で、施設内のキケンをお知らせしてくださるだなんて、さすがはこの“ギルドタウン”の何でも屋。ありがたいばかりです」

 

「あっははは…………中々に不本意ではありますが、とにかくお役に立てたのならば光栄です……」

 

 床に嵌ったまま、汗をかきつつ返答するピンク髪の少女。そんな彼女のドジは、場の空気を一旦リセットする意味でも、非常に重要な働きをしていたものだった。

 

 

 

 それにしても、過去のことを思い出せない。どうして自分は、何かから逃げていたのだろうか。そもそもとして、その”何か”とは、何なのか。

 

 医者によって診断された、記憶喪失の症状。場に居合わせた一同の驚きを他所にして、自分は何かから逃げていた、自分は何かに恐れていた、という思い出せないモヤモヤ感で複雑な表情を見せていく。

 

 そんな自分は、こちらを拾ってくれた親切な三人にこの町を案内される運びとなっていった。

 成り行きによって辿り着いた新世界。病院の扉を開くと同時に射し込んた日光で目がくらんでしまいながらも、手で目元を覆い隠しつつ周りに促されて歩き出す自分。

 

 直にもこの町で暮らすことになるという未来を、自分はまだ知る由もない。ただ、そう遠くない内にも自分は、脇役として数多の場面と立ち会う運命にあった。

 

 これは、自分を主人公として捉えた物語ではないのだ。これは、脇役である自分が語り手として、周囲の様々な光景と立ち会っていく物語。

 

 日常と闘争が入り混じる異世界譚。病院から足を一歩踏み出したその瞬間にも、射し込む光へと飛び込む形で、自分もその舞台の一員へと昇華したのであった。



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第3話 ギルドタウンを知るために——

 路上で倒れていた自分だったものの、後の診断でこれといった異常が見られなかったことから、その日の内に退院することとなった。

 

 幸いにも大きな怪我をしていなかったことから、ホッと一安心する自分。だが一方として、また別の問題と直面することになる——

 

 

 

 

 

 急斜面に築かれたのだろう、段々となった傾斜の地形に適応した街並み。白色が多く見受けられる数々の四角い民家が連なり、急斜面を繋ぎ合わせる灰色の道路が、綺麗を通り越して神秘的なその景色。

 

 鳥の声が透き通るように響き渡ってくる空間の中、ヴァイオレットカラーの少女ラミア・エンプーサは思わずと声を上げた。

 

「えぇ!! じゃあカンキさん、お金の持ち合わせが無いんですか!? それじゃあウチ、何のためにアナタを助けたんですか!?」

 

 心からの本音で驚くラミア。彼女のセリフに、一緒に歩いていたピンク髪の少女がツッコんでいく。

 

「いやラミア、そこじゃないでしょ! このカンキ君がお金を持っていないことよりも、“カンキ君の記憶が無い”ことに驚くところだよ!」

 

「ウチにとっては、報酬金が支払えるかどうかがイチバンなんです!! こんなの、助けただけ損じゃないですか!!」

 

「いやいや人助けに損も得も無いから。ラミアは相変わらず、お金のことしか考えないんだから……」

 

 手を横に振りながら、呆れ顔で喋るピンク髪の少女。ラミアの様子にはさすがに、一緒に歩いている青年アレウスも苦笑い。

 

 と、ここでピンク髪の彼女は、こちらへと言葉を投げ掛ける。

 

「あー、えーっと……アレだね。私、まだカンキ君に自己紹介してなかったよね。——私の名前は、“レイラン・シェフナー”。気軽にレイランって呼んで。……んーで、カンキ君の記憶についてなんだけど」

 

「よろしく、レイラン。……その、ごめん。変な話をしちゃって」

 

「いやいや、ヘンな話なんかじゃないよ! 大変じゃんか!」

 

 心配してくれるレイランへと、ラミアは訝しげな目で反応する。

 

「そんなタイヘンなことですか?? ウチとしましては、記憶が無いと言い出したコトの方がおかしく思いますけど??」

 

「だから大変なんじゃん!? 何言ってるのラミア!?」

 

「レイランさんは、他人の言葉を真に受けすぎです。考えてみてくださいよ。もし仮にカンキさんが本当に記憶喪失だった場合、どうしてカレは悩むまでもなく自分の名前を口にできたんでしょうか?? 都合が良すぎません?? 記憶が無いのでしたら、自分の名前さえも記憶できていないでしょうに」

 

「じ、自分の名前は、日頃からアウトプットしているでしょうから、それで自然に覚えていたとか……? というか、ラミアこそ考えすぎでしょ! ラミアは、いつも自分が得できるようなことばかり考えてさ。カンキ君が報酬を支払えないって分かってから、急にそんな冷たい態度を取り始めてさ!」

 

「記憶が無いと言い出した町の部外者を怪しむコトの、一体何がワルいんですか!! 記憶喪失をダシにして町でワルさをし始めたら、結果的にウチが損することになりかねないんですよ!! これは自衛です!! じ・え・い!!」

 

「ラミアは薄情すぎなんだよ! もっとこう、困っている人々に寄り添う気持ちを——」

 

 ヒートアップした彼女ら。言い合いに熱中し始めたその時にも、彼女らの間にアレウスが割り込んでいく。

 

 足を止める一同。自分はこの様子を眺めることしかできない中で、アレウスは身振り手振りを交えた声なき口パクで喋り出す。

 

「…………!」

 

 二人が、意見を、言い合ったところで、何の、解決にも、至らない。

 

「…………っ」

 

 “ギルドマスター”に、相談、するべきだ。

 

 ……アレウスの言いたいことが、何となく脳内に伝わってくるこの感覚。

 彼を見ていた二人の少女も、互いに落ち着いたサマを見せていく。そして熱が冷めたところでラミアがこちらに向いてくると、そうセリフを掛けてきたのだ。

 

「アレウスさんのおっしゃる通りです。ここでウチらが言い合いを繰り広げたところで、最適な回答に繋がるワケではありませんからね。ただ不毛な口喧嘩が始まるだけですから、だったら“この町のトップ”に判断を委ねるのが正解でしょう」

 

「私も、ラミアに賛成。ちょっとアツくなっちゃったけれど、私自身でも言ったように、困っている人々に寄り添う気持ちを最優先するべきだった。——じゃ、アレウス君の言う通りに、ここは“ギルドマスター”の判断に任せよ」

 

「…………!」

 

 彼を、本部へ、案内しよう。

 

 アレウスの提案によって、一同は踵を返す形で歩き出す。

 皆が向かっている場所はおそらく、“ギルドマスター”と呼ばれる人物のいる建物だろう。自分がそれを訊ね掛けようとした時にも、ラミアがそう説明を始めてくれたものだ。

 

「では、きおくそーしつでカワイソーなカンキさんに、この町についての簡単な説明を一通りしておきましょう」

 

「ラミア! 嫌味ったらしい喋り方してる」

 

 レイランのツッコミを無視するラミア。

 

「まずは、カンキさんが今いらっしゃる現在地についてです。アナタは今もこうして何気なく我々と歩いておりますが、コチラの町自体はですね、“ギルドタウン”という名称で世間に親しまれている場所なんです。——では、ギルドタウンとは何ぞや?? って話になりますけど、ギルドタウンという町は大方、『何でも屋の大規模な拠点』という認識でよろしいです」

 

 ラミアの説明に、自分は返していく。

 

「何でも屋の、大規模な拠点……?」

 

「そーです。じゃあ、何でも屋とは何ぞや?? ってなるでしょうが、まー簡単です。何でも屋とは、言ってしまえば『困っている人々を助ける人間』です。ま、これじゃああまりにもザックリし過ぎた説明になってしまいますけれど、実際に我々何でも屋は、『専門的ではない広くて浅いあらゆる分野』において、『手助け程度の様々なお手伝い』を行っております」

 

「そのお手伝いで、生活をしている……?」

 

「そーです。こう聞きますと、そんなので食べてなんかいけなくない? って思われるでしょうけれど、我々の需要は決して、ただのお手伝いだけでは非ず。我々が本領を発揮する場面として、最も多くのご評価を頂いているのは、主として、“荒事”が関与する困り事へのレスポンスの早さです」

 

「荒事への、対応……」

 

 いまいち想像がつかない。そんなこちらの表情を汲み取ったのか、ラミアは続けてくる。

 

「世界は広いですからね。何せ、異能力なんていう魔法じみた力が、様々な環境に働きかけるこのご時世ですから、自然の中で突然変異を起こした魔物なんかが、村や町とかを襲うワケですよ。で、この世の秩序を正す騎士団なんかが出動するワケですが、如何せんカレらは世界を統率する組織が故に、些細な事件への対応といった小回りが全く利きません。——そこで、我々何でも屋の出番というコトです」

 

 こちらへ向くラミア。前を見ずに歩きながら、胸に手をやって自信満々とセリフを喋る。

 

「我々何でも屋は主として、『騎士団が対応できない範疇にある民間の困り事』の解消に勤めております。その内容は実に様々。モンスターが現れたから駆除してほしい。家族が強盗に攫われたから救い出してほしい。災害で発生した瓦礫の除去を手伝ってほしい、とか。他、喧嘩した恋人との仲直りを手伝ってほしいというご依頼だったり、行方不明の飼い猫を探してほしい、などなど。そういった、“手助け”を本業とするのが我々何でも屋の需要でありまして、そんな何でも屋を支援するべく建てられた拠点が、ギルドタウンというワケです」

 

「その手助けが、世間的に大きな評価を得ているんだ……」

 

「そーいうことです。たかがお手伝いなんかで……とか抜かす輩も少なくないモンですが、カンキさんは話が分かるおヒトみたいなんで見直しましたよ。すこーしだけ」

 

 ラミアに対する、レイランからの視線が痛い。「一言よけい」と言うレイランを横目に、ラミアはこちらへとそんなことも説明し始めた。

 

「我々何でも屋は、主に人前へと出向いていき、対面で真摯な手助けを施していく。……この地道なお手伝いが、次第にも世間に認められるようになりまして、今では、騎士団とは別となるヒーロー的な扱いまでされるに至っております。その影響力は非常に大きく、何でも屋という職業に憧れを抱く若者が続出した他に、一部のギルドタウンではアイドル的な側面を持つサービスも開始したことによって、未だ風当たりは強いものの、世間一般とも認知される職業の一つとして数えられるようになっています」

 

「すごいな……。それじゃあ、ラミアやレイラン、それにアレウスも、その何でも屋として現役で活躍しているすごい人達ってことなんだね」

 

「ま、そういうことですね」

 

 すごく得意げな表情のラミア。これに、レイランが言葉を付け加える。

 

「この町も、お手伝い以外の経営といったサービスを開始したことで、おんぼろだった設備が新しくなったり、お給料がアップしたりして、前よりも町としてだいぶ発展したもんね。それに、この綺麗な景色! この綺麗な町並み! この立地自体が綺麗な場所だったものだから、観光地としても有名になったりしたし、此処を拠点にしている何でも屋のファンなんかが、ギルドタウンが経営する喫茶店なんかに通ったりなんかしていて、今や一つの観光名所として賑わい始めているよね」

 

「ですけど、そのせいで我々のお仕事が余計に増えました。おかげさまで、毎日が大忙しです。これといったご依頼を受けていない待機時間なんかでは、半ば強制的に経営のスタッフとして駆り出されるんですから。——サボりながら稼げていたあの日々が、ウチにとって恋しいものです」

 

「だから、ラミアはカンキ君に付き添ってあげていたんだもんね?」

 

「そりゃあ、ウチらがカンキさんを保護したんですから?? 保護した責任ある身分として、カレが無事に目を覚ますかどうかを見届けなければですよ!! ——だって、ただそこに座っているだけでお給料が発生するんですよ?? そんなの、カンキさんを見張っていなければ損ですよ!! 損!!」

 

「私とアレウスはカンキ君が心配だったから居たけれど、ほんと、ラミアってそこら辺ブレないよねぇ……」

 

 

 

 そんな会話をしている内に、三階ほどあるウッドハウスで足を止めた一同。これに自分も立ち止まっていくと、ウッドハウスへと入るようアレウスが手で促してきたものだ。

 

「…………!」

 

 彼の言葉を、目で聞き取る。

 

 ……ここが、この町の町長、兼、ギルドマスターのいる、建物……。

 

「この中に入ればいいんだよね……?」

 

 自分は問い掛けると、アレウスは満面の笑みで頷いた。

 

 彼女らほどの存在感は醸し出さないものの、荒々しい外見の印象とは裏腹となる、いちいちと優しいアクションを見せるアレウス。そんな彼に安心感を覚えると、ラミアとレイランにも促される形で、自分はそのウッドハウスへと入っていった。

 

 この先にも、町長兼ギルドマスターの人物と出会う。

 ……と、もう一人。この物語において最も大きな存在となるだろう、物語のキーパーソンになる“女性”と、自分は出会うことになるのだ——



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第4話 日常と衝突が織り成す異世界譚の開幕

 濃い茶色の木材で構成された建物の雰囲気。そのエントランスは観光案内所らしく、町のガイドさんらしいスタッフ数名が、スーツ姿で自分を出迎える。

 

 ここで、同行していたラミアとレイラン、アレウスに案内されてエレベーターに移動。三階に移動して廊下を歩き、そして、『町長室』と掛けられた札の扉をアレウスがノックすると——

 

「おう、入っていいぞー」

 

 男の人の声だった。ラフな声音が特徴的な、大人の人。そんな印象を受けた扉の先へ自分は招かれると、次にも本棚に囲まれた町長室へと踏み入った。

 

 部屋の隅に行き渡る本棚。壁には絵画や魚拓といった飾りが施されている他、モニターやゲーム機といった代物まで見受けられる。中央の長テーブルに、六つほどのイスが並んでいる光景の奥には、社長特有の机で作業をしていたのだろう“サングラスの男性”がこちらを出迎えてくる。

 

 ……回転するイスに座り、クルクルと回りながら——

 

「よーぅ! アレウスちゃんに、ラミアちゃんと、レイランちゃん。いつもの仲良しメンツがお揃いで眩しいねぇ」

 

 町のトップらしい厳格さを想定していたのだとすれば、今こうして相対する人物は間違いなく、その真逆を往くチャラさを誇っていた。

 

 百八十七はあるだろうその背丈。髪型が中々に奇抜であり、自分から見て右側三割は黒色の刈り上げ、残る七割は鋭利なバナナのような黄色のショートヘアーというもの。それに加えて黒色のサングラスと、その下には右目を隠す黒色の眼帯という、手元にある物すべて身に付けましたと言わんばかりの容貌。

 

 服装も奇抜で大胆だった。丈の長い白色のシャツを、ボタン全開にして着用している。このシャツの上からは、同じ丈のピンク色のシャツと、更にその上に、同じ丈のオレンジ色のシャツを重ね着しているというファッション。下こそは無難な灰色のパンツと黄色の靴であったものだが、愉快げにニッと笑みを見せるその男性は、とても一目で町長と見抜けないことだろう。

 

 と、ラミアとレイランが彼へ返答していく。

 

「あー、どーもギルドマスターさん。相変わらずヘンな見た目してますねー。ホントにソレ、女ウケいいんですか??」

 

「あぁちょっとラミア、気持ちは分かるけどやめなって……!」

 

「おーいおいおいおいラミアちゃん、直属の上司に向かって容赦ないねぇ。忖度っつーもんをまるでうかがえねぇ。そのラミアちゃんの切れ味、オレちゃん嫌いじゃないぜ……」

 

 指を差すキメポーズ。男性の決まったセリフとポージングに、ラミアは首を傾げながら素朴な疑問をぶつけていく。

 

「はい?? 何言ってるんですか??」

 

「あっはっはっは! いいねぇ、いいよぉラミアちゃん。きみはそのままでいい。そのままのラミアちゃんでいてくれていいんだ。——レイランちゃんも、その無自覚なカンジ、全く衰えないねぇ。レイランちゃんの、オレのことを想ってクチにしてくれたさっきのセリフ、何だかんだで一番オレちゃんに効いたってもんさ……」

 

「えーっと……? えぇ……? あ、ありがとう、ございます……?」

 

「そう!! それでいい! レイランちゃんも、そのままでいいんだ」

 

 ビシィッと指を差しながら、男性は立ち上がって歩み寄ってくる。

 

 迎え入れんとばかりに両腕を広げた彼。その足は真っ直ぐとアレウスへ向かっていき……。

 

「彼女らを見守ってくれて、ありがとな。やっぱアレウスちゃんって人材は、この町には必要不可欠だ。——あっはっはっは! いやほんと、おまえ相変わらず何考えてんのか分かんねぇカオしてるな! だが、それがいい!! アレウスちゃんのそういうトコ、オレちゃん買ってるんだぜ? それも、心から、な」

 

 アレウスの背を叩き、片手で肩に手をやりながら片手で指を差す。これにアレウスが困惑気味な表情を見せていくと、男性はニッと笑んでこちらへと振り向いてきた……。

 

「……フー、アー、ユー?」

 

「え?」

 

 口角を吊り上げ、すっごい眉をひそめた男性の表情。

 

「このギルドタウンの新人ちゃん? それか、誰かさんがイメチェンでもした? 少なからず、見慣れないカオだね? 名前は? どこから来たの? 年齢は? 女の子の好みとか聞いちゃおうかな?」

 

「あ、あの……」

 

 ノリに困惑するしかない。

 

 こちらの様子に、レイランが助け船に入ってくる。

 

「ちょっとマスター! 彼、ただでさえ困っているんだから、これ以上は困らせないであげて!」

 

「お? 困ってる? どうした、話でも聞こうか? ——まぁ立ち話もアレだしよ、ホラ、みんな座れ! オレちゃんが直々に紅茶を淹れてやるからよ、一息入れながらゆっくり話をしようや」

 

 親指でイスを差す男性。これに一同は、従う形で動き出した——

 

 

 

 

 

「記憶喪失ねぇ。んで、自分の名前以外は覚えていない、と」

 

 長テーブルのイスに座る五人。席を共にするギルドマスターの男性は、肘をついた様子でだらけながら、暫しと考えを巡らせていた。これに、一同は沈黙を貫く。

 

 ……男性を待つこと数分。彼は「おっ」と思い付いたように、それを言い出した。

 

「んじゃ、此処(ココ)に住む?」

 

 …………え?

 

 唐突だった。これを聞いたラミアとレイランは、思わず声を上げていく。

 

「ええ!? そんなカンタンに決めてイイことなんですか!?」

 

「そうだよ! だってマスター、人材を募集する時なんか、此処(ココ)に住むかもしれない人について、すごい時間かけながら選んでるじゃん!」

 

 二人の少女から受けて、男性はイスに寄り掛かりながら返していった。

 

「違いねぇ。オレちゃん、町の雰囲気を何よりも最優先にしてっから、それをぶち壊さねぇためにも、此処(ココ)に住むかもしれねぇ候補の人物なんかは、熟考に熟考を重ねて厳選してんだぜ。——その上で、この提案をしたんだよ。なにも思い付きなんかじゃねぇし、お遊びなんかでもねぇ。こいつぁ、マジもんの提案だ」

 

 ギルドマスターと向かい側にいる自分へと、彼はセリフを続けてくる。

 

「オレちゃんの紹介をしてなかったな、カンキちゃん。ま、今さらってカンジもするが? ここはギルドマスターらしく、みんなの前では面子を保っておかないとだもんな? ——ってことで、オレちゃんはこの町の代表をしている、ギルドマスターの“ネィロ・リベレスト”だ。呼び方は何でもいい。ギルドマスターだったり、マスターだったり。後は、ネィロって発音が難しいからとかつって、ネロさん、なんて呼ぶヤツらもいるからよ。っま、気楽によろしく頼むぜ? な?」

 

「よ、よろしくお願いします、ネロさん」

 

 こちらの挨拶に、ギルドマスターことネィロ・リベレストはニッと笑みを見せていった。

 

 挨拶が済んだところで、レイランがネィロへとそれを訊ね掛けていく。

 

「それで、マスター……やっぱり、カンキ君には此処(ココ)で住んでもらう予定なんだよね……?」

 

「無論、オレちゃんはそのつもりでいる。——が、なにか言いたげなカオをしているな? レイランちゃん」

 

「え? えーっと……」

 

 レイランが、一瞬だけこちらを見てきた。

 

「……カンキ君が此処(ココ)に住むこと自体は、私も賛成なんだけど。その……何て言えばいいのかな——」

 

「気になるかい、レイランちゃん。——ギルドマスターであるオレちゃんが、“彼だけ特別扱い”していることが」

 

 ……!

 

 ネィロの言葉に、レイランは自分の言葉を見つけたかのように反応を示していく。

 彼のセリフは、ラミアとアレウスにも届いたらしい。二人もまたこちらを見遣ってくると、その視線は確かに、ネィロの言葉の意味そのままを含んでいるかのように感じ取れた。

 

 ——とても、気まずい。それでいて、申し訳ない思いでいっぱいになる。

 自分は、肩身の狭い気持ちになった。……と、覗き込むまではいかないものの、そんなこちらの顔を見たネィロは、ふと周囲にそんな説明をし始める。

 

「オレちゃんがカンキちゃんを受け入れたことには、もちろん理由がある。そして、その理由は、たった一つによるものさ。それは……記憶が有る無いに関わらず、帰るアテの無い人間を無責任に突き放したくはなかったから、だ」

 

 一同が耳を傾ける中、ネィロは続けた。

 

此処(ココ)に住んでもらう、ってのは語弊を招いたな。すまなかった。厳密に言えば、この町で保護する、が正しい意味になるだろう。——カンキちゃんは今、外の世界に行き場が無い状態なんだ。そんな状態で、じゃあ後は頑張れ! って町の外に送り出すことを、オレちゃんにはとてもできない。……なら、カンキちゃんを一体どうするか? カンタンな話さ。カンキちゃんの記憶が戻るまで、オレちゃんが責任をもって面倒を見る!!」

 

 と、テーブルに上半身を乗り出してきたネィロ。そのまま向かい側のこちらへと手を伸ばしていくと、この肩にドカッと手を置いて、ニッと笑ってみせたのだ。

 

 彼の勢いに、ラミアは呆れ混じりにセリフを口にする。

 

「何と言いますか、ギルドマスターらしいですねー。——じゃ、カンキさんをこの町で保護するとしますよ。その場合、我々が平等に受けてきた“査定”については、どう説明なさるんでしょうか?? 今、此処(ココ)に住む皆さんは、ギルドマスターの目による厳しい査定の末に住むことを許可された人間達です。が、皆さんが受けてきた査定を、カンキさんだけ素通りして一発合格というのは、さすがに不公平かと思いますけど??」

 

 ラミアの容赦ない言葉は、相変わらずだ。

 

 しかし、彼女の言い分はごもっともである。これについて、ネィロは得意げな表情を見せながらそう答えてきたのだ。

 

「安心なされ、皆の衆。何も、カンキちゃんを特別扱いするつもりなんて、オレちゃんには毛頭ないからな。——そこで、オレちゃんは既に、一つの解決策を考えてある!」

 

 そう言い、ネィロはイスから立ち上がった。

 

「カンキちゃんはもう、こうして町に入っているんだ。で、じゃあ、この町に見合う人間かどうか、今から調べさせてもらいますね、っつって町の外に追い出すのも、あまりに酷だからよ。そこで、今からカンキちゃんには、“ある人物”の下で働いてもらうことにする!」

 

 と言って、ネィロが扉へと向かいだした、その時だった——

 

 コン、コン、コン。

 ……ノックする音。これにネィロがキョトンとした顔を見せていき、「おう、入っていいぞ」と声を掛けていく。

 

 ——開けられた扉。そこから靴音を鳴らして入ってきたのは、長身のシルエットを持つ“一人の女性”だった。

 

 思わず、ニッとしたネィロ。そして両腕を広げる形で“彼女”を歓迎しながら、そんなことを言い出していく。

 

「よーぅ! “ユノ”じゃねーか! ナーイスタイミーング! ちょうど今! たった今! おまえに頼みたいことがあって、そっち訪ねに行くトコだったんだ」

 

 凛々しく佇む“彼女”の肩を叩くネィロ。そんな彼に、“彼女”は一切と動じない。

 

 身長は、百七十九はあるだろうか。灰色まじりの白髪は腰辺りにまで伸びており、その長髪を分厚く束ねることで大きなポニーテールを作り出している。それに加え、健康的な色白の肌に黒色の瞳を光らせたそのご尊顔は、まさに女神と呼ぶに相応しいほどの美貌を象っていた。

 

 服装は、黒色のライダースジャケットに、胸元のボタンを開けてある赤色のシャツ。黒色のバイクパンツに、膝丈まであるブーツを着用するそのシルエットは、クールビューティとも言えるだろうか。それを決定付けるかのように、左目の付近にあるほくろが大人の美しさを演出していた。

 

 そんな彼女は、資料の入ったファイルを手に持った状態で佇んでいた。

 肩に手を乗せられても無反応。それどころか、ネィロの歓迎に応えることもなく彼女はそれを手渡していく。

 

「頼まれていたデータよ。ここ最近の、素行調査の途中経過をまとめたもの。既にある程度の結果は想定できているでしょうけれど、念のために目を通しておいてもらえると助かるわ」

 

「おぉ、おぉそうだった、オレちゃんとしたことが、ユノを呼びつけていたことをすっかり忘れていた……。——ってのもそうなんだが。なぁぁユノ! なんていいタイミングだ! さすがはオレちゃんの右腕。やっぱ心ではお互いに通じ合っているんだよなぁ~」

 

「貴方に興味なんか無いわ。それで何? 新しい依頼?」

 

「おぅ、相変わらず“オトコ”には冷めてるなぁ……。——ま、だからこそ、今に関しちゃ好都合ってなもんだ」

 

 そう言うと、ネィロはこちらへと歩み寄ってくるなり、この肩に手を乗せながらそのセリフを口にした——

 

「ギルドマスターの権限を発動する! ユノ、今日からこいつを、おまえの『助手』に任命する!」

 

 …………え?

 

 思わず、キョトンとしてしまった自分。一方として目の前の彼女はと言うと、こちらに一切と目もくれずにネィロへと訊ね掛けた。

 

「私に、“ストレート”になれとでも言うのかしら?」

 

「違ぇ違ぇッ!! それは断じて違ぇッ!! そういうデリケートなモンは、オレちゃん絶対ェ無理強いしねぇからッ!! ——そいつとはまた別に、ユノ、おまえにこいつを預かってもらった方が、この場を収めるのに色々と都合が良いんだよ」

 

「説明してもらえるかしら」

 

 ここにきて、ようやくとこちらの姿を捉えてきた女性。

 ……尤も、その目は言葉にし難いほどの、とにかく冷め切った虚無に等しいものだったが——

 

「ユノ、こいつは記憶喪失でな、帰る場所が無ぇんだよ」

 

「——話が見えたわ。“探偵”である私に、彼の調査をしてもらいたいんでしょう。調査の内容は主として、正体を含めた彼の身元調査と、“彼がこの町で住むに相応しいかどうか”の査定」

 

「ユノ、おまえもしかして、オレちゃん達の話を盗み聞きしてた?」

 

「何の話?」

 

 どこか変わったやり取りを交わしていき、女性は再びこちらを見遣ってくる。

 

「イレギュラーによる町の均衡の崩れを避けるべく、未だ身元や素性が知れていない彼を“私の助手”として働かせる。そうすることで、私の監視下における町での保護という名目と共にして、彼の査定も同時進行してしまおうというのが、ネロさんの思惑でしょう?」

 

「オレちゃんの頭ん中に盗聴器でも仕込んでる?」

 

 素朴な疑問をぶつけながらも、ネィロはこちらの肩を何度か軽く叩きつつ満足げに頷いた。

 

「ま、そういうことだ! っつうことで、カンキちゃん。記憶が戻るまでこの町に住んでもいい代わりに、目の前のおっかない姉ちゃんの言うことをちゃんと聞くんだぞー?」

 

「そ、そこまでは思っておりませんが……自分がここで住めるようお取り計らいいただき、本当にありがとうございます」

 

 ただただ、感謝の気持ちをお礼の言葉として口にすることしかできなかった。

 

 倒れたところから始まり、今やギルドタウンと呼ばれる町に住むことになった。

 町の代表であるギルドマスターは、ニッと笑みを見せながらこちらの肩を叩いてくる。そして立ち会った周囲の人達にもこのことを伝えていくと、じきにも自分は、探偵である“彼女”へと引き渡された。

 

 ……陽が落ち始めた、黄昏のギルドタウン。前を歩く“彼女”についていく最中にも、自分は町の光景に思わずと足を止めて見入ってしまう。これに気が付いた“彼女”は、軽く腕を組んだその佇まいで、こちらを見遣っていたものだった。

 

 今この時にも、新天地での生活が開始された。

 そうすぐにも迎える、日常と衝突が織り成す異世界譚。多くの特徴的な人物が存在するこの世界において、自分は様々なドラマと立ち会うことになる————

 

 

 

 【序章:彷徨う末に往き着いた世界 ~END~】

 

 【1章1節:タンポポを守る良心】に続く…………。



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【1章】1節:タンポポを守る良心 (ラミアvsレイラン)
第5話 ギルドファイト制度


 小鳥のさえずりで目を覚ます朝。寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こしていくと、そこに広がっていた光景は木製の個室というもの。

 

 一人で暮らすには、十分な空間だった。そこには、簡易的に用意されたベッドや机、クローゼットという一式が揃えられており、部屋の隅も含めて一切と埃が積もっていない。

 

 ……全部、“彼女”が整えてくれたものだった。ギルドマスターの命令だからと渋々な表情で用意してくれたこの環境に、自分は感謝を述べながら眠りについたこの数時間。そして迎えた朝に気合いを入れ直し、紺色のアウターに白色のシャツ、黒色のパンツに焦げ茶の靴という一式で四角い一軒家から出ていくと、自分は真っ直ぐと、指定された二階建ての建物へと向かった。

 

 

 

「おはようございます」

 

 一階がガレージになっている、とある事務所。外付けの階段で二階に上がって、扉を開けて中に入る。

 扉を開いた先では、茶色をベースとしたクラシックな内装の事務室がお出迎えしてくれた。並ぶ本棚に詰め込まれた大量の本や資料に、背の低いテーブルや来客用のソファ。他、キッチンや洗面所に続く扉なんかも見受けられるこの空間の奥に、事務机で仕事を行っていたのだろう“彼女”がイスに腰を掛けている。

 

 こちらの挨拶に対して、沈黙で答える彼女。イスから立ち上がってこちらへ歩み寄るその途中では、どこからか取り出した電子タバコを咥えて悠々としたサマを見せてきた。

 

柏島(カシワジマ)歓喜(カンキ)くん、ね」

 

「そうです。よろしくお願いします……」

 

「“ユノ・エクレール”よ。よろしく、柏島(カシワジマ)くん」

 

 口から吐いた煙さえも、アクセントとしてしまうその佇まい。そんな彼女はユノ・エクレールと名乗り、冷たくも光を持つ黒色の瞳でそのセリフを投げ掛ける。

 

「気分はどう? 何か思い出したかしら?」

 

「いえ、何も思い出せないままです……」

 

「そう」

 

 自分から聞いておいて、割とどうでもよさそうな返答。分かり切っていた、とも言える反応でユノは部屋の中を歩き、そうセリフを続けてくる。

 

「私はちょうど、助手を探していたところなの。だから、貴方が来てくれたことは私にとっても都合が良かったわ。——尤も、若い女の子じゃなかったのが唯一の不満だけれども」

 

「あの、ごめんなさい……」

 

「貴方が謝ることじゃないわ。それよりも、さっそく助手として働いてもらうから」

 

 電子タバコを吸い、口から煙をゆっくり吐いていくユノ。そのまま振り返ってこちらを見据えながら、部屋の中を歩きつつそれを喋り出した。

 

「やることは既に山積みよ。主に部屋の片付けと朝食の準備、それに買い出しや洗濯をしてもらってから、夕食の献立を立ててもらう。そうね……今日は肉が食べたいわ。それも、とびっきり辛いやつ。肉料理をメインにした五人前の献立を、貴方に用意してもらおうかしら」

 

「は、はぁ……。——え? あの、献立……ですか?」

 

 耳を疑った。確認のために聞き返していくと、ユノは表情ひとつ変えずに振り向いてくる。

 

「そうよ。何か問題でもある? まさか、料理ができないとか言わないわよね?」

 

「いえ、料理とか以前に、これ……助手としての仕事ではなく、どちらかと言いますと、家政夫のお仕事ですよね……?」

 

「?」

 

 まさかの、お互いのハテナマークがぶつかり合う。

 

 何というか、どこか話しづらいペースを持つ人物だった。ユノも本気で疑問に思う顔を見せてくるものだったから、自分は「分かりました、やれるだけやってみます……」と答えるしかなかったものだ……。

 

 ユノさんが求めていた人材ってもしかして、探偵の業務をお手伝いしてもらう助手ではなかったのでは……?

 

「それでは、まずは朝食の準備から行います。何を作るか考えますので、冷蔵庫を拝見しますね——」

 

「その前に一つ、貴方にしてもらいたいことがあるの」

 

 キッチンへ向かおうとしたところで、ユノに呼び止められた。

 事務机のイスに座る彼女。そこでファイルを手に取りながらセリフを続けてくる。

 

「貴方にはまず、“この町”に馴染んでもらう必要があるわ。これは私の独断による命令ではなく、ギルドマスターからの指示によるものよ」

 

「ギルドマスター……ネロさんからの?」

 

「これ、取りに来てちょうだい」

 

 彼女に言われるまま、自分は事務机へと向かってファイルを手渡される。

 

「この町の案内図よ。貴方にはまず、この町に馴染んでもらうための挨拶回りをしてもらうわ」

 

「挨拶回り、ですか」

 

「ギルドタウンは、すぐに噂が広がるわ。既に貴方という存在は全員の耳に行き渡っているでしょうから、まずは町の人々に顔を出しにいきなさい。——こういうものは、最初が肝心だから。っていう、ネロさんからの貴方宛ての指令」

 

 町の案内図を眺める自分。

 傾斜に築かれたその見取り図は、海に面する形で人々の住む町が形成されている。案内図の上に行けば行くほど崖上になり、単純に高度が上がっていく様子がうかがえた。

 

「あの、マップに“龍明(りゅうめい)”って書いてありますが、こちらは一体……?」

 

「このギルドタウンの名前よ。——此処(ココ)は、ギルドタウン“龍明(りゅうめい)”。数あるギルドタウンの内、最もこれといった特徴が無いことで有名ね」

 

「それ……観光名所としてどうなんでしょうか……?」

 

「お手伝いを生業としている団体ですもの。人助けで十分に商売が成り立っている以上、観光地としての需要はそれほど必要ではないということね。——とはいえ、この町の景観は、現地の人間でさえ見惚れるほどのもの。他のギルドタウンが町の個性で勝負していくその中で、ここ龍明は、他にはないシンプルさを売りにしているわ」

 

「それが、ギルドタウンとしての利益に繋がっているんですね。なんともまぁ、奥深い……」

 

「いいから早く、挨拶回りを済ませてきなさい。戻り次第、助手としての業務にあたってもらうから」

 

 ちょっとうんざりな顔を見せてきたユノ。これには「い、急いで行ってきます!」と答えるしかなく、自分は慌てて探偵事務所を飛び出した。

 

 外に出て、自分の出てきた建物へと視線を投げ掛ける。

 二階部分の壁に張り出されていた、『龍明探偵事務所』という大きな看板。なるほど、ここが龍明という名前の町だからか……なんという感想を抱いていきながら、自分は町の案内図を参考にして、挨拶回りへと励んでいった——

 

 

 

 

 

 ギルドタウン龍明には、いろんな施設が用意されていた。

 喫茶店を始めとして、雑貨屋や武器屋、定食屋に銭湯から、宿屋や港といった様々な形式の建物。町の上に上れば上るほど、このギルドタウンを拠点とする何でも屋の宿舎が建ち並ぶその光景。

 

 海から流れてきた潮風を浴びる道のり。朝日が撫で掛けるよう自分を照らしてくる中、道行く町の人間に声を掛けられたりなどして、着実と挨拶回りを済ませていく。

 町の菓子屋に顔を出した時になんかは、焼き立てのクッキーを頂いたりもした。これにお礼を述べつつクッキーを頬張り、心地良い風を受けながら、口の中に広がる龍明の優しさを噛みしめつつ歩を進めるこの時間……。

 

 ……圧倒されるほどの充実感。出会う人々は皆優しく、心から包まれるような温もりを実感する。そんな龍明という町が身に染み渡る感覚を覚えたことにより、自分は想定よりもだいぶ早い時間で、挨拶回りを終えることができたものだった。

 

 ラミアやレイラン、アレウスといった、何でも屋の人間とはあまり挨拶ができなかった。しかし、施設を運営する人々とはほぼ顔を合わせたことから、自分は一度、探偵事務所に戻ることを決めていく。

 

 挨拶回りの余韻に浸り、町の景観を眺めながら坂を下るその最中のことだった。

 ……下る度に段々と大きくなる、二人の少女の声。そのどちらもが荒げたように言葉を浴びせ合っていたことから、自分は帰り道から逸れる形でそちらに向かっていく。

 

 聞き覚えのある声だったからこそ、気になって顔を出してしまったのかもしれない。次にも道端で目にしたのは、いがみ合っていたラミアとレイランの姿だった——

 

「どうして勝手に受け取りを拒否したんですか!? せっかくご厚意で弾んでくださった多額の追加報酬を、レイランさんの独断で全額拒否してしまうだなんて、とても信じられません!!」

 

「そりゃあ、みんなに相談しなかった私が悪かったのはそうだけど……! でも、依頼主から提示されていた金額が、追加報酬の上限金額を遥かに超えていたんだもん! あれを受け取っていたら今頃、規約違反で問題になっていたのかもしれないんだよ……!?」

 

「じゃあ上限ギリギリの金額で妥協するよう説得すればいいじゃないですか!!」

 

「したよッ!! したけど、どうしてもこの金額で支払いたいって、依頼主が頑なに意見を曲げなかったの! だからあの場面、追加報酬は受け取れませんってキッパリ断るしかなかったんだって!!」

 

「だからって独断で全額断わることはナイんじゃないですか!? ウチらの働きは完全に、事前に提示された報酬金以上の労働を強いられておりました!! つまり、ウチらには追加の報酬金を請求できるだけの立場にあったんです!! ——このことをギルドマスターに相談していたらきっと、追加の報酬金の受け取りを認めてくれたでしょうね!! それなのに、働きの半分以下の報酬金で勝手に手を打って。レイランさんのせいで、ウチらは完全に損したんですよ!?」

 

「どんなに働かされていたとしても、事前に提示されていた条件を遥かに超える過剰な追加報酬は、その時点で受け取ったら規約違反に引っ掛かるんだよ! そんなことくらい、ラミアでも知ってるでしょ! 下手すれば此処(ココ)を追放されかねないそんな大きなリスク、私達は負いたくなんかない!!」

 

「私達って言ってますけど、それはレイランさん個人の判断によるものでしょう!? ウチは、そうは思いませんけどね!!」

 

「ラミアは、お金に目がくらみすぎ! 規約違反のお金も気にせず受け取ろうとするその考えは、絶対にやめておいた方がいいって!!」

 

 ……町中に響き渡るほどの、激しい言い争い。

 本気の喧嘩とも言える二人の争いを目撃して、自分は仲裁に入るべく一歩、踏み出した。

 

 ——その時だった。

 

「よーぅ、カンキちゃん。ちょっと待ちな」

 

「……ネロさん」

 

 ネィロ・リベレスト。ギルドタウン龍明のギルドマスター兼町長である彼が、こちらの肩に手を置いて静止してきた。

 彼の後ろからは、アレウスが歩いてくる。どうやら、アレウスが助けを呼びに行ったらしい。

 

 そんなネィロは、こちらを静止するなりラミアとレイランの下へ歩を進めていく。

 

「ラミアちゃんと、レイランちゃん。おはようさん。オレちゃん、二人のことが気になって飛んできちゃった」

 

 ネィロに気付いた二人は、言い合いを止めて彼へと向いてくる。

 そして、先ほどの言い合いの内容を、ネィロへと説明していった。

 

「なるほどねぇ……。報酬金以上の働きをしたから、弾んでくれた追加の報酬が欲しかったラミアちゃんと、その追加報酬が規約違反に引っ掛かっていたから、違反にならないよう気を利かせて断ったレイランちゃん、か」

 

「相談もナシに、無断に、断った、です。ギルドマスター」

 

「ちょっと! そんな言い方は無いでしょ! 私はただ、皆が違反にならないようにって思って……!」

 

 すぐに、ネィロが「ストーップ」と両手で静止させる。

 

「ラミアちゃんの意見も、レイランちゃんの意見も、オレちゃんにはよーく分かる。そんでいて、ラミアちゃんがお金を稼ぎたがっていることも、レイランちゃんが皆を気にしてくれていることも、オレちゃんはきちんと把握しているもんさ。だから、双方の意見は、よく分かるんだが……お二人さんはどーしても、お互いの意見に納得いかないんだろう?」

 

「当たり前です。これ以上レイランさんに勝手な真似をされたら、ウチの利益に影響しかねませんから」

 

「よく堂々と規約違反しようとするよね、ラミアは。私は、ラミアが規約違反しないようにって思っていただけなんだけど?」

 

 すぐにも「ストーップ」と止めていくネィロ。これにラミアもレイランも口を閉ざしていくと、次にもネィロは、そのセリフを口にしてきたのだ——

 

「どちらの言い分もオレちゃん理解できちゃうんだよね。だからこそ、ニンゲン、どーしても折り合いがつかない部分があることも、分かってんのよ。——そこでだ。この二人の意見、“ギルドファイト制度”で決着をつけるのはどうかな?」

 

 ……“ギルドファイト制度”?

 聞き慣れない単語を耳にしたことで、自分は首を傾げていく。これを見たアレウスは自分を呼ぶと、いつもの口パクで、そう説明してくれたのだ。

 

「…………!」

 

 “ギルドファイト制度”は、ギルドタウンの、何でも屋が、『他の何でも屋に、勝負を挑める』、制度。原則として、何でも屋は、あらゆる私闘を、禁じられている。しかし、ギルドファイト制度は、ギルドタウンが公認した上で、私闘を許可する、制度……。

 

「それじゃあ、そのギルドファイト制度に則って、ラミアとレイランは戦うことになるの……?」

 

「…………!」

 

 実力行使の私闘も、禁止はされていないが、周囲には、良い印象を、与えない。そこで、主な競い方として、『対象のギルドタウンへの貢献度』で、勝敗が決められる場合が、ほとんど……。

 

「つまり……ラミアとレイランはこれから、如何に龍明に貢献したかを競い合う……?」

 

「…………!」

 

 貢献の、仕方は、人それぞれ。ギルドタウンの施設のお手伝いから、外部の依頼の達成まで、形式は様々。どのお手伝いが、どのくらいのポイントになる、という計測の方法が、世界共通で定められていて、龍明に限らず、全てのギルドタウンが、その方法に則って、ギルドファイト制度で私闘を行う……。

 

 アレウスの説明が終わると共にして、二人から話を聞いていたネィロは大きく頷きながら宣言した。

 

「二人の同意を、ギルドマスターであるオレちゃんが直々に確認した。——よって! 今この瞬間にも! ラミア・エンプーサとレイラン・シェフナーによる、ギルドファイト制度に則った私闘を許可する!! 話し合いの末、この私闘に負けた敗者は、今回の勝者の意見を認め、今後、勝者側の意見を聞き入れることを条件とする! さ、既に私闘は開始されているぞ? ライバルに勝利するためにも、各々、この龍明に多大な貢献を捧げてみせろ!!」

 

 随分とノリノリなネィロの号令と共にして、ラミアとレイランは睨み合ってからそれぞれ駆け出していく。

 

 この様子は、周囲に集まっていた町の人々にも見送られていた。それだけ、ギルドファイト制度というものは、世間に馴染んでいるものらしい。

 

 ……町に公認された私闘。その勝敗を町の貢献度で競う戦いが開始されたことによって、龍明で過ごす一日目から、とんだ波瀾の立会人となってしまったものだった。



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第6話 料金発生

「まぁ、カンキちゃん今日もお使い頑張ってるわねぇ。これ、良かったら持って行って!」

 

 港の市場で手渡された、一匹の大きな魚。タイのように赤くて厚みのあるそれを自分は受け取ると、両手に提げた紙袋に頭から突っ込ませてお礼を述べていく。

 

 龍明の昼が、やってきた。このギルドタウンに住むこと数日が経過したこの日に関しても、探偵の助手兼家政夫としての忙しさがありながら、とてものどかな生活を送っていたものだった。

 

「こんなに立派なお魚を、タダで頂いてしまっていいんでしょうか」

 

「いいのよいいのよ! カンキちゃんみたいな若くして頑張る人達を、わたしたちは応援したい気持ちでいっぱいなんだから! これは、その気持ちの、ほんの一部分」

 

「ありがとうございます。こちらで頂いたお魚を美味しく調理して、たくさん元気をもらうとします」

 

「そう言ってくれると、おばさんも嬉しくなっちゃうわー! ——あー、でも、一匹じゃあ足りないかしら? カンキちゃん、探偵事務所でお勤めしているのよね。それじゃあきっと、その一匹だけじゃユノちゃんのお腹に入って終わりになっちゃうかしら」

 

「いえいえ! 既にもう、これだけ買い出ししてありますから! どうぞご心配なく!」

 

 と言って、手に提げている大きな紙袋を持ち上げてみせる自分。

 

 ……とてつもない重労働だった。こんなにも重い食材を、毎日と買い出しに来なければならない過酷なスケジュール。

 

 あれほどまでにも凛々しい存在感を醸し出し、美人ともイケメンとも見て取れる絶世の美貌を持ち合わせた女探偵ユノ。しかし、その見た目に反して彼女は、男も顔負けの大食いであることが初日にも発覚した。

 

 ヒー、なんて思いながら魚市場を後にする自分。こんなに食べて、よくあんなシルエットを保てるなぁ……なんという心の中の声で、なんとか重みを誤魔化しつつ進める足取り。

 

 と、そこで耳に入ってきたのは、漁船から降りてきた男性による“少女”との会話だった——

 

「ラミア! 手伝ってくれてありがとさん! おかげで毎日、助かっているよ! こういう力仕事はやっぱり、ラミアに任せるに限るな!」

 

「船長さんも、ウチの扱い方をよくご存じですね。おかげさまで、とってもオイシイ思い、させていただいておりますよ??」

 

「あの探偵さんには頼み辛いからなぁ。そんなもんで、“ここ”ァ競争相手がいないんだ。——他に頼れる人がいない分、特別ウマい餌をぶら下げておけば、力持ちであるラミアが速攻で食いついてきてくれるって寸法なのさ」

 

「にっししし、船長さんはとっても賢いおヒトですねぇー。力持ちをお呼びでございましたら、このラミアにどーぞお任せを。ではウチ、休憩時間なのでご飯食べに行ってきまーす」

 

 軽快な振り返り。その先に佇んでいたこちらの存在を発見し、ラミアは真っ直ぐと自分の下へ駆け寄ってくる。

 

「あらまー、なんとも情けないカオして突っ立っておりますねー、カンキさん」

 

「あぁどうも。これ、思ったより相当しんどいんだよ……」

 

「え?? その程度の荷物でですか?? ホント、カンキさんはオトコのコなのにか弱いですねー。なんなら、ウチが手伝ってあげましょうか?? そうですねー。では、一キロ歩く毎に料金が加算されていくスタイルでお願いしますよ??」

 

「あっははは。残念だけど、俺を相手にその商売は成り立たないよ。ラミアも今は休憩時間だろうし、女の子に重い物を運ばせたくないから」

 

「ふーーーん。それ、ウチのコトを気遣ってくれているんでしょうけれど、カンキさん、さすがにそれは、ウチのコトをなめすぎじゃありませんか??」

 

 不満そうな顔で、口を尖らせながら見つめてくるラミア。これに自分は、笑い飛ばすようにして反応した。

 

 ……と、ここで付近から、重量ある魚が地面に落下する音が響き渡る。

 それに自分とラミアは向いていく。そうして投げ掛けた視線の先では、クレーンで運んでいたのだろうマグロのような巨大な魚が地面に転がっていたものだ……。

 

 漁師の人々は、慌てた様子で掛け合っていく。

 

「おいどうする!? こいつぁ大物の中の大物だ! 九百キロはあるんだぞ!! これをどう運ぶってんだよ!!」

 

 とんでもない大物だ。自分の無力さに、ただただ見守ることしかできない目の前のそれ。

 

 だが、それを聞くなり“隣の存在”は動き出した。

 転がっている巨大な魚へと近付く彼女。そして付近で慌てていた男性に声を掛けると、そのセリフを口にしていったのだ。

 

「コレ、どこに運ぶんです??」

 

「え? あ、あぁ、この魚は魚市場の奥にある冷凍庫に——」

 

「そーですか。分かりました。よいしょ」

 

 ——軽々と持ち上がった大物の魚。九百と言われていたその重さを、まるで感じさせない。

 

 そして、平然な顔で魚市場へと向かい出した彼女。その小さな身体で、しかし少女とは思えないほどの信じられない力を発揮するラミアは、視界が塞がっていることから市場の人間の案内を頼りにして、その足を進めていく。

 

 ……先ほどにも彼女が口にしたように、どうやら自分はラミアのことをなめていたようだ——

 

 

 

 

 

 定食屋に訪れた自分とラミア。こちらのセリフを耳にした彼女は、ヴァイオレットカラーの瞳を光らせながらそれを言う。

 

「カンキさんの奢りですか!? ありがとうございます!! ではでは、そーですねー!! せっかくの奢りというワケですし、ここはひとつ、お店で一番高いお料理を……」

 

「あー……なるべくお手柔らかに……」

 

 カウンター席で並ぶ自分とラミア。運ばれてきたカツとご飯の定食セットに、二人でいただきますと食事を行っていく。

 

 昼食を共にすることとなった自然の流れ。紙袋を隣に置いて食事を行う自分は、ふと隣のラミアの横顔を見遣った。

 

 カツを頬張る、いたいけなその容貌。膨らませた頬を押さえるようにして満足げな表情を見せる彼女は、こちらの視線に気付くなりジト目を向けてくる。

 

「なんですか?? お金取りますよ??」

 

「いやどうしてそうなるの……」

 

「ジョーダンです。半分だけ」

 

「もう半分は本気だったんだ……」

 

 他愛のないやり取り。ここで自分は、そんなことを訊ね掛けてみた。

 

「ラミアは、お金にこだわるよね。お金が好きなの? って聞くと、なんか、響きは悪いかもしれないけれど……」

 

 こちらのセリフに、ラミアは箸を止めてそう返答する。

 

「ワルいですか?? ウチがお金にこだわるコトが」

 

「いやいや! 悪くないよ! ……ただ、少し忙しそうにしていたから、稼ぐのが好きなのかなって。——その忙しいのも、“ギルドファイト制度”ってやつの影響だろうけど……」

 

 先日にも知った、ギルドタウン公認の私闘。それを話題に出してみた時にも、ラミアは「あー」と言うなり、言葉を選ぶようにして喋り出した。

 

「まー、そーですね。忙しいには忙しいですけど、その分、貰えるモンも貰っておりますので、ソコはお気になさらず」

 

「ギルドファイトの宣言みたいなものに、俺もたまたま居合わせていたんだけど、その……あれから、レイランとは何か話したりとか、した……?」

 

「いいえ、全く。会話する時間が勿体無いので」

 

 キッパリとものを言う様子も、ラミアらしい。だが一方で、ラミアは少し間を置きつつそのセリフを続けてきた。

 

「くれぐれも、カンキさんは余計なコトをしないでくださいね。これは飽くまでウチとレイランさんの問題なのでありまして、決して他人が手出しできるモノではないんです。——ギルドファイト制度による私闘は、そういうモンなんですよ。この制度はですね、ウチらのような何でも屋が、“どーしてもお互いに譲れないモノで衝突し合った時”なんかのために用意された、“力を持つニンゲン”が、“最小限の争いで決着をつける”ための制度なんです」

 

「つまり、そこに俺が下手に介入することで、争いの火種がより広まる可能性がある……?」

 

「そんなカンジです。なので、ウチらのお手伝いをしようものなら、この町から非難されるでしょうね。だから気を付けてくださいよ?? ウチにも影響が及びかねないので」

 

 手に持つ箸をこちらに向け、念を押したところでラミアは定食と向かい合っていく。

 

 ご飯を掻き込み、もぐもぐと食べていく。そうして食に集中しようとするラミアだったものだが、ふと彼女はそんなことを話し始めたのだ。

 

「……ウチはですね、別にレイランさんをコテンパンにしてやろうだなんて考えておりません。これは、今後、カノジョに余計なお世話を掛けさせないようにするための措置として、ギルドファイト制度を利用しているだけなんです」

 

 こちらに視線を向けない、ラミアの目。止めた箸と、その奥にある“彼女にしか見えないモノ”を見つめるようなその眼差しで、ラミアはセリフを続けてくる。

 

「ウチだって、解っているんですよ。カノジョが考えているモノくらい。……ですけど、それでもなお、ウチはお金を稼がないといけない事情があるんです。それがたとえ、規約違反という理由があろうとも。ウチはどーしても、ここで立ち止まっているワケにはいかないんですよ」

 

 キッパリとした声音はそのままに、ラミアは何かを見据えるようなその目で一連のセリフを口にした。

 

 ……と、ここでラミアは、ハッとする。

 

「……あ、アッハハハ!! ナニ言ってんでしょうね、ウチは!! ——おかしいですね。こんなコト、誰にも喋ったことなんかないのに」

 

 再び、箸をこちらに向けてくるラミア。……その先にご飯粒を付けながら、しかし彼女は、こちらの目をじっと真っ直ぐ見つめたその様子で——

 

「とにかくですよ!! カンキさんはウチらの手助け禁止です!! あと、先ほどのハナシは忘れるように!! いいですね!?」

 

「わ、分かった! 分かった!」

 

 こちらの返事に対して、ラミアは「うむ、よろしい」と頷いて箸を引っ込める。

 そして、箸のご飯粒をパクり。その様子をまじまじと眺めていると、ラミアはジトッとした目を向けながら、そのセリフを口にしたのだった。

 

「なんですか?? まだナニか用があるんですか?? これ以上とウチのカオを無断で眺め続けるのでしたら、先に特別料金を支払ってもらいますよ??」



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第7話 パーッとして、ガーッとしていたい

 夕暮れの明かりを浴びながら、自分はゆっくりと坂を下っていく。

 ユノから指示された、宿舎へのお届け物。それを済ませて事務所へ戻ろうとした頃には、帰路は黄昏の下り坂となって現れていた。

 

 まさか、宿舎の全部屋を回ることになるとは思わなかった。各部屋に訪れては、部屋のポストに文書を入れていく地味な作業。その紙自体は、何でも屋として活動するにあたっての、新たな事項を追加した規約の書類というものであり、これはもはや、探偵が行う業務であるのかどうか、疑問に思うばかりだった。

 

 これ、ネロさんから回ってきた仕事を、そのまま自分に任せたんだろうなぁ。そんなことを思いながら、呆然とも言える意識で歩く龍明の町中。目の前に広がるのは、夕暮れに染まる海面と、それを行き来する漁船や渡り鳥という、心が安らぐ日常の景色。

 

 とても良い町だ。ちょっとだけ歩くスピードを遅くして、町の景色を焼き付けるように眺め始めたその時だった。

 自分がちょうど通ったのが、花屋を経営する建物の横。奥へと続く道には店といった建物が並び始める町の中心部にて、花屋の店主であるおじさんがこちらに声を掛けてくる。

 

「おぉカンキくん。……だっけ? そうだよなぁ?」

 

「あぁ、どうも。お疲れ様です」

 

 花屋に立ち寄る自分。声を掛けてくれたおじいさんへと歩み寄るその最中にも、おじいさんが手に持つ鳥かごに視線が向く。

 

 やけに隙間が細い鳥かご。その中には、なんだかタンポポの綿毛のような形をした、羽のようなものを羽ばたかせる小さな生き物が、十匹ほど……?

 

「あの、こちらは?」

 

「あぁ、あぁ。これかな。これはね、ワタゲドリ、って言うんだよ」

 

「へぇ。初めて見ました」

 

「はは、そうだろうね。何せ、記憶喪失だっけね?」

 

「あぁいや、まぁ、それもそうではありますが。でも、見たことのある生物に関する記憶は、なぜだか残っているんです。——そんな自分の記憶を以てしても、こちらのワタゲドリって名前の鳥は初めて見ました」

 

 綿毛が、そのまま鳥になったかのような見た目だった。それを眺めていると、おじいさんはそんなことを言い出した。

 

「ワタゲドリって名前をしているけれどね、これでも花の一種なんだよ。……おぉ、っほっほ。良い反応をするねぇ。その、あっと驚いた顔、観光客なんかも見せてくれるものだから、これまた見ものでね。——せっかくだから、手に取ってみるかい? ほら……」

 

 と、おじいさんが鳥かごを開けた瞬間だった。

 

 ——突風。あまりにも強い風が、一瞬だけ龍明に駆け抜ける。

 思わず、手で防ごうとしてしまうほどの風圧だった。これが自分を通り抜けていくと、直後にも響き渡ってきた、カゴが落ちる音……!

 

「あぁ! ワタゲドリが!」

 

 空へ飛び立った、鳥のような綿毛。手を伸ばすおじいさんから離れていくその光景に、自分も眺めることしかできない。

 

 そこで、上空を見上げていた自分達へと、ふと通り掛かった“彼女”が声を投げ掛けてきたのだ。

 

「カンキ君? 花屋のおじさん? 二人で見上げて、どうしたの?」

 

 自分の下りてきた坂から、レイランが姿を現した。とても不思議そうに見遣ってくる彼女に、自分は空を指差しながら説明する。

 

「さっきの強い風で、ワタゲドリが空に!!」

 

「え? ワタゲドリ? ——あ、ほんとだ」

 

 自分の目で確認したレイラン。それから花屋のおじいさんへと視線を戻していくと、あまり気にしていない調子でそれを訊ね掛けていった。

 

「あれって売り物だよね? それがあんなにたくさん、大変じゃん。——私、取ろっか?」

 

 え? 取る?

 思わず振り向く自分。そんなこちらとはまた別に、おじいさんは「あぁ! レイランちゃんお願い!」と答えていく。

 

 それを聞いてから、レイランは身に付けている黒色のポンチョに手を掛けていった。

 と、次にもそれを、引き剥がすように強引に引っ張り出した彼女。袖に腕も通しているそのポンチョを、思い切りと引っ張る様子に自分は声を掛けようとした、その瞬間だった——

 

 ——ポンチョが、その姿をなびかせながら剥がれ出す。目にしたことの無い光景を前に、適した言葉が見つからない。ただ強いて言うなれば、その動きはまるで、身に纏っていた影が流れていくかのようなもの、とも表現できただろうか。

 

 腕から抜けたポンチョは、もはや“布ではない何か”となってレイランに掴まれていた。

 ロープが手元からするすると抜けていくように、その“何か”を上空へ投げた彼女。それは蠢き、マフラーとも言える動きを見せながら無限に伸びていくと、空を飛んでいた無数のワタゲドリに追い付いて、前方を塞ぐように覆い被さっていく。

 

 そして、レイランの引っ張る動作と共にして、黒い“それ”は彼女の手元に戻っていった。

 ……とんでもないものを見た気がする。信じられない光景を前にして、花屋の店主はセリフを言う——

 

「レイランちゃん! あと一匹が!」

 

「ぅえ??」

 

 なんとも抜けた、意外性の高いレイランの声。彼女の見遣る先には、取り逃した一匹のワタゲドリが、米粒程度の小さな点となって途方へ飛んでいく。

 

 さすがに、あれは無理か……! 諦めが勝った自分の、レイランへと投げ掛けたこの視線。だが、この視線の先で次にも、レイランは両腕を大きく広げ出していった。

 

 手に持つ黒い“それ”が、バッと大きく広がっていく。そして、レイランの華麗な身のこなしによって“それ”が勢いよく上空へ放たれると、“それ”は瞬く間にカラスを象り、高速の滑空で残る一匹へと追い付いてしまったのだ。

 

 すぐにもカラスが覆い被さる。直後、その形を崩してパラグライダーのようになると、“それ”は線となってレイランの手元へと伸び、彼女が引っ張ることで“それ”は地上へと引き戻されていった。

 

 そして、店主が落とした地面の鳥かごを、“それ”が一瞬だけ呑み込む形で過ぎ去っていく。

 次に見た光景は、残された地面の鳥かごが、ひとりでに立ち上がっていた光景。かつ、開いていた扉が閉められており、かごの中にはきっちりと、十匹のワタゲドリが収められていた——

 

「おぉ、おぉ! ありがとうレイランちゃん! おかげで助かったよ!」

 

「あぁうん! これくらいお安い御用だって! ……それよりおじさん、今度は気を付けてよ?」

 

 丈の短いピンク色のブラウスを身に付けるレイラン。一仕事を終えた彼女は、掴んでいる黒い“何か”を身に纏うように蠢かせていくと、レイランにかぶさるようにして落ち着いた“それ”は、次第と、見慣れた黒色のポンチョへと姿を変えていった。

 

「レイラン、それは一体……?」

 

 指を差しながら、彼女へと訊ね掛けていく。自分のそれに彼女は反応を示すと、微笑を見せながらそう答えていったのだ。

 

「私の異能力だけど? ——もしかしてカンキ君、異能力のことも忘れちゃってる?」

 

「異能力……?」

 

「そー、異能力。ま、こういうヘンテコな力のことだよ、うん。……って言っても、こうして異能力をファッションにしてるのは多分、私ぐらいだと思うけどさー」

 

 身に纏うポンチョをひらひらさせて、見せつけてくる。そうして微笑のままレイランはこちらに視線を投げ遣ると、ふとそんなことを続けてきたのだ。

 

「ついでだからさ! カンキ君、ちょっとだけ付き合ってよ。そう時間とらせないから!」

 

 

 

 

 

 花屋から、それほど離れていない広場。龍明の町の中心にある、噴水が特徴的な憩いの場。白色のベンチが清涼感ある町に溶け込む光景の中、崖が近い広場の出っ張りへとレイランは佇んだ。

 

 景色を眺める彼女。後から自分が歩いてくると、レイランは背中で語るようにセリフを口にする——

 

「二人だけで話ができる機会、今まで無かったからさー。だから気分転換も兼ねて、ちょっとだけ付き合ってもらいたくてね」

 

 どこか空元気な声音。これに自分は、ラミアとの私闘について問い掛けようとする。

 

「レイラン——」

 

「あー、ギルドファイトのことは禁止。だって、せっかくの気分転換なんだもん。こんな時くらい、目の前の戦いのことは忘れなきゃ」

 

 手で静止するレイラン。これに自分は口を噤んで言葉を呑み込むが、一方としてレイランは、それでも迷いを思わせる目をそこらへ向けていく。

 

 ……じきにも、彼女は零すようにそのセリフを喋り出した。

 

「……よくさ、ラミアから言われてたんだ。私は、あまり深く考えない人間だって。私からしたらさ、ラミアは考えすぎなんだよ。いっつもお金のことばかり考えて。どう儲けるか。どうやって楽をするか。どのようにして自分が得をするか。……物事の、目に見える部分から、その裏側までも、ラミアはきちんと見据えていてさ。深く考えて、考えて、そして、より自分が得できるような選択肢を選んでいく」

 

 龍明の景色を眺めるレイラン。その目は何かを捉えていて、とても穏やかでありながら、とても寂しそうでもある——

 

「——そんなラミアの損得勘定がさ、人間関係の亀裂に繋がったらどうしようって、私ずっと心配してたんだ。……ラミアってさ、ああ見えて実は頭が良いから。だから、こうすれば自分は得できるって選択肢が解っちゃう人間だから、その選択によって、ラミアが他の人を敵に回さないか、私、ずっと不安に思ってたんだよ」

 

 こちらへと視線を投げ掛けるレイラン。そして目の前まで歩み寄ってくると、彼女はそのセリフを口にした。

 

「ラミアとも、既に話したでしょ? だったら、どうしてラミアがギルドファイトに同意したかの理由くらい、もう分かってるよね? ——私が推測するに、これ以上と私に口を出されたくないから、とか、そんな感じかな。いや……ラミアのことだから、実はもっと裏のこと。それも……誰にも話せないようなこと、なんかを考えているのかも……?」

 

 と、考え込む自身のサマに、驚きを示すレイラン。

 自分らしくない。なんて思ったのだろうか。すぐにも誤魔化すように両手を振っていくと、自分から距離を離しながらもその言葉で締めくくったのであった。

 

「あーっ、ダメだね! 真剣に考えるなんて私らしくない! 私はもっと、こう、パーッとして、ガーッとしていたいの! 意味わかんないかな? でも、ほんと、そんな感じ! だから、カンキ君。勢いで突き進む私のことを、応援よろしくね! ——絶対にこの戦いに勝って、私はラミアが、ここで平和に暮らせるようにしたいからさ」



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第8話 湯煙と月光 -タンポポを守る良心編-

 湯煙と月の光。二つが合わさることで、朧気な幻覚を見ているかのような気分だった。

 

 龍明の町にある大きな銭湯。露天風呂という解放感に加えて、夜景を楽しむことができるこの施設は、外から来た人間だけでなく、龍明に住む人間からも非常に高い評価を得ている。

 

 自分も既に、何度かここへ訪れていた。特に、助手としての業務が大変だった日になんかは、必ずと言っていいほど通っているかもしれない。そのためか、銭湯を経営するおじさんにはすっかり顔を覚えられており、また、ユノさんも、自分に与える仕事の目安として、自分が銭湯に通った日にちなんかを参考にしているくらいだった。

 

 そんな日々の疲れが、お湯に溶けていくこの感覚。身体の芯から温まる心地良さに天を仰ぎながら、今日の業務を振り返った一人反省会を脳内で行っていく。

 

 ここ、ああすれば良かったのかもしれない。あの時、違う言葉で返答した方が良かったな。……お届け先を間違えたから、もっと町のことを把握しないといけない。それどころか、今日はろくに事務所での業務が円滑に進まず、結局ユノさんに手伝わせてしまった。

 

 考えれば考えるほど、自分のダメさが浮き彫りとなっていく脳内。これにため息をついてしまうものだったが、そんな自分のことなんて、所詮は些細な失敗とも言える“とある場面”に、今日は出くわしていた。

 

 ……明日から、どんな顔をして“二人”に会えばいいんだろう。これは、自分には全くの無縁な他人事。しかし、自分も気にしてしまうし、同情もしてしまう、二人の“譲れない戦い”を見届けた記憶——

 

 

 

 

 

「よーぅ、カンキちゃん。今日も朝っぱらからお使いを真面目にこなして、カンキちゃんは仕事熱心で偉いねぇ。感心、感心」

 

 朝の日差しが名残として照らされる町中。広場でチラシ配りをしていた自分へと、通りかかったネィロが声を掛けてくる。

 

「どうも、ネロさん。こちらをどうぞ」

 

「ぉう、さんきゅ。……骨とう品専門店? 龍明の店じゃねー広告のチラシじゃねーか。こいつぁ、ユノの仕事じゃねーだろう? なんでカンキちゃんがこんなことやってんの?」

 

「別件でここを通りかかったところ、町の人に頼まれたんです。ちょっと外せない急用ができたから、代わりにこれを配ってほしいと、三十分ほど前に」

 

「そーれで、カンキちゃんは真面目にお勤めしていたってコトかい。何処のどいつだぁ? 自分の仕事をカンキちゃんに任せっきりにしてるヤツはよー」

 

「それが、俺にもよく分からなくて……」

 

 ズコッ。コミカルな動作でネィロは反応する。

 

「よく分からねぇヤツの頼みを聞いてたんかい! 真面目ちゃんか!?」

 

「すみません……」

 

「んな、カンキちゃんは悪くねーっての。つか、こいつ配ってたヤローがそもそも、町の人間じゃねぇよ。だから、こんなモンやめちまえ」

 

 と言って、ネィロは残りのチラシを自分から取り上げていく。これに自分は「あっ」と言葉を零すが、次にも彼はこちらの肩に手を置きながら、そのセリフを口にしてきたのだ。

 

「ちょうどイイ! なぁカンキちゃん、ちょっとオレちゃんに付き合ってくんねーかい?」

 

「俺が、ですか? 俺に務まるものでしょうか……」

 

「ダイジョーブだって心配すんな。カンキちゃんは、ソコに居てくれるだけでイイのよ。——“あん時”も、カンキちゃんは場に居合わせていたことだしな」

 

 ネィロのセリフを耳にして、自分はハッとしたようにそれを訊ね掛けた。

 

「……結果発表、ですか? ラミアとレイランの、ギルドファイトの……」

 

「んま、そーいうことだな。ちょうどいいからよ、カンキちゃん、勝負の行方の立会人になってくれや。アレウスちゃんも今頃、二人と一緒に町長室で待っているだろうから、さ」

 

 こちらの肩に腕を回してくるネィロ。そのまま自分を連行するように歩き出し、話の流れに従うまま、自分は町長室へと連れていかれた——

 

 

 

 町長室の扉が開かれる。そこから登場したネィロと自分へと、ラミアとレイラン、立会人のアレウスが見遣っていく。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……よし、揃ってんな。いつもの仲良しメンツが、よ」

 

 複雑な心境の、ラミアとレイラン。これに寡黙なアレウスは息を呑むようにして佇む中、ネィロは連れてこられた自分を解放しつつ、少女らの前へと歩いてくる。

 

「じゃ早速だが、今回のギルドファイトの勝敗を発表する。コイツに敗北したヤツはこの先、原則として、勝利したヤツの意見に素直に従うとする。——だが、勘違いしてはならない! コイツは決して、負かした人間を自分の言いなりにするための勝負なんかじゃねぇ。……この勝負の発端。コイツが勃発するに至った根幹であり、お互いの内側に秘めた想いを認識し、改めて尊重し合うためのキッカケに過ぎないアクシデントだった。……コイツぁ、そういう勝負だった。そうだろ?」

 

 既に見透かしているかのような、ネィロのセリフ。これに、ラミアとレイランは互いから目を背け合うようにする中で、ネィロは改まった調子で高らかに声を上げていく。

 

「では、勝敗を発表する!! ギルドファイト、ラミア・エンプーサvsレイラン・シェフナー。結果!! この勝負に勝った人間は————」

 

 ポケットから取り出した紙。それをネィロは広げて自分だけが目を通していくと、これを見せ付けるように二人へと突き出した——

 

「“ラミア・エンプーサ”の勝利だ!!」

 

「ッ!!」

 

 ——言葉無き衝撃。結果を知った二人は、それぞれの思いで言葉を失った。

 

 ネィロが見せた紙。大きな文字で記されたラミア・エンプーサの文字に、二人の貢献度をポイントとして数値にした統計が、事細かに連ねられている。

 

 ……直にも、ラミアが口を開き出す——

 

「っ……ま、まぁ?? 当たり前ですよね!! レイランさんの心配は、ウチにとっては余計なお節介だった、ってコトですよ!!」

 

 上ずった声。それを隠すようにラミアは無理した喋りで隣に振り向くと、そこには放心するレイランが佇んでいる——

 

「……お節介、だった……。私の、やってきた……」

 

「っ……」

 

「私は、ただ、ラミアが心配だったから……。ラミアの損得勘定が、友達を、味方を無くしたりして、町で孤立して、独りぼっちになって、仲間外れにされるかもしれないって、辛い思いをするかもしれないって、ラミアのことが心配だったから、友人として……私が……なんとかしないとって……思ってただけのに……ッ」

 

 ……堪え切れずに零れ始めたレイランの涙。動揺するよりも、放心しながらボロボロと涙を流す彼女の姿に、ラミアは申し訳なさそうな表情を見せていく。

 

 二人の譲れない想い。それを先日にもそれぞれうかがっていたことから、自分は二人に対して、どんな言葉を掛けてあげればいいのかが分からなかった。

 

 どうしてもお金を稼がないといけない事情を抱えたラミア。そんな彼女の損得勘定が招くトラブルを防ぎたかったレイラン。

 

 ……それが善意であっても。それが良き友のためであっても。時としてその想いはぶつかり、折り合いのつかない事情の下、どうしても分かり合えない場面と直面することもある。

 

 自分は、それを思い知らされた。ラミアとレイランのギルドファイトによって、この日にも————

 

 

 

 

 

 湯煙の朧が見せた記憶。これに自分は考え込む形で、夜空を眺めていた時だった。

 

「あれ?? カンキさん??」

 

 え?

 

 露天風呂。飛沫を飛ばし、振り返る。

 

 そこにはラミアの、タオル姿が。

 

「ら、らみあ!!?」

 

「なんですか。ウチがここに居ちゃダメなんですか」

 

「そういうわけじゃないけど!」

 

 そう言えば、銭湯のおじさんからそう言われていた!!

 この銭湯には、二種類の露天風呂がある。一つは、観光客や宿泊客用の露天風呂で、もう一つは、町に住む人間だけが入ることを許された“混浴”の露天風呂——!!

 

「あー?? なんですか?? まさか、タオル姿のウチのコトをいかがわしい目で見ているんじゃないでしょうね?? 全く、カンキさんも所詮はフツーのオトコのコですねー??」

 

「そりゃ、男として意識しちゃう部分は否めないけど!? それに、俺だってタオル巻いてるから実質平等だし!! ほら!」

 

 ザパァッ。勢いよく立ち上がって、腰に巻いたタオルを見せつける。

 

「ちょ、っ、と!! なんでわざわざ見せつけるんですか!? バカなんじゃないですか!? 首絞めますよ!!」

 

「ま、待って! やめて! ごめん! ラミアに首絞められたら、俺絶対に頭飛ぶ!」

 

「じゃあさっさと座ってください!! 早くしないと訴えますよ!? それで慰謝料ぶんどりますから!!」

 

「分かった! ごめんって!」

 

 動揺してしまった。直前まで、今日の出来事を思い出していたものだから、尚更。

 

 落ち着きを取り戻した自分がお湯に浸かると、そんなこちらを訝しげに見遣るラミアが、何気ないサマで隣に腰を下ろしてくる。

 

「……お隣、失礼します。そーそー、ウチに触ったら訴えますから」

 

「どんだけ慰謝料に繋げたいの……」

 

 むすっとした様子の彼女ではあるが、この調子もどこか、無理をしているように感じられる。

 ……今日の出来事、ラミアは当事者として人一倍と抱え込んでいることが伝わってきた気がした——

 

「ラミア、まずはお疲れ様」

 

「何がです??」

 

「ギルドファイトってやつ。たくさん働いただろうから、そりゃ銭湯でくつろぎたくなるよね」

 

「カンキさん、まさか気を利かせてくれているんですか?? だったら、頑張ったご褒美としてお小遣いを貰える方が、ウチとしては嬉しいんですがね。その辺はいかがでしょう??」

 

「気持ちは山々だけど、俺の今の所持金、ユノさんから借りてるやつだから……」

 

「じゃあ、お給料が出た際には期待してよろしいんですね??」

 

「ラミアには敵わないな……」

 

 これに、ラミアは微笑を見せていく。

 

「……まー、ありがとうございます。ウチだって全てを、自分の稼ぎに繋げるワケではありません。——貰ったお礼のお言葉くらいは、ありがたくちょうだいしておきます」

 

「本当なら、形にしたいんだけどね」

 

「と、いうコトは、期待してもよろしいんですね??」

 

「お金以外の形で渡すつもりだから」

 

「ウチとしましては、現金でも可能ですが??」

 

「すごいお金欲しがるじゃん……」

 

 ラミアとの話し方が、少し分かってきたような気がする。

 

 二人きりの露天風呂という空間の中、そんなやり取りを、満更でもない表情の彼女と交わしていった。

 これが、ラミアにとっての休息になったかは分からない。しかし、少なからず自分にとっては憩いの時間となったことは確かだった————



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第9話 アフターストーリー -タンポポを守る良心編-

 朝の龍明。町の広場の、崖から飛び出した出っ張り。噴水が憩いの場としての空間を保つ中で、ベンチに座って景色を眺め遣るレイランの背中を発見した。

 

 ……放心に近い、呆然とした顔と視線。どことない途方を眺めて、何かを考えているのか、何も考えていないのか、巡らせる思考を感じ取らせないボーッとしたその様子。

 

 配達用の、黒色のショルダーバッグを提げていた自分。今も配り物の途中だった仕事から寄り道して、自分はレイランの下へと歩み寄った。

 

「おはよう、レイラン」

 

 …………。返事が無い。

 空? 雲? 海? 港? 何を眺めているのかも分からないその目を見ながら、自分はもう一度、声を掛けてみる。

 

「レイラン?」

 

「ぇ。——あ、あぁ! カンキ君。やっほ! 私に何か用?」

 

「レイランが良ければ、隣に座っていいかな」

 

「あぁ、うん。いいよ!」

 

 作った笑顔でレイランは喋り、自分が座るための空間をつくるべく横へ退いていくレイラン。と、レイランがベンチの端へと移動した、その時だった。

 

 バキッ!! 突如とベンチの足が折れる音が鳴り響く。

 同時にして、傾いたベンチでレイランは地面に転がり落ちてしまった。これに自分は「大丈夫!?」と声を投げ掛けると、彼女は笑いながらそう返答してくる。

 

「あっははは……! ヤだなーもー。私、最高にカッコ悪いねー……!」

 

 レイランへと伸ばした手。これをレイランは手に取って起き上がり、壊れたベンチを眺めながらそんなセリフを続けてくる——

 

「……でも、私で良かったのかも。もしもさ、これがお年寄りの人だったら大怪我していたかもしれないし、観光客のお子様とかだったら町にクレームが入ってたかも。——そう考えると、災難に遭ったのが私で良かったなー。本当に」

 

 ……暫しとベンチを眺め、レイランは佇んでいく。

 だが、彼女の目は、それが本心からの言葉ではないことを物語っていた——

 

「ねぇカンキ君。私、またドジしたのかな……」

 

「ドジ? ……いや、これはドジというよりは不運だった——」

 

「ごめん、違うの。……ラミアとのギルドファイトのこと」

 

 出かけた言葉を呑み込んでいく。これに自分は掛けるべき言葉を探していくと、レイランはふと顔を上げてはこちらが提げているバッグを見て、そうセリフを続けてきた。

 

「……今日も探偵事務所のお手伝い? 今日一日さ、カンキ君についていってもいいかな?」

 

「俺はかまわないよ。誰かが居てくれた方が、俺も気が楽でいいな。……でも、レイランの方こそ、お仕事とかは?」

 

「私、今日はお休みとってあるから。ギルドファイトの振替休日。だから、カンキ君が断ろうとも勝手についていくつもりなんで、そこんところ、よろしく」

 

「レイランこそ、せっかくの休日なんだから無理せずに。休みたくなったらいつでも言って」

 

「大丈夫だって! ヘトヘトになっても、“これ”に乗って移動できるから心配ご無用!」

 

 身に付けている、黒色のポンチョ。それがひとりでにヒラヒラと蠢いたことで、自分は「魔法の絨毯かな……?」という返答をしながら、レイランと二人で歩き出していった。

 

 この日は、会話の絶えない一日を過ごしたものだった。レイランとしても、気晴らしのつもりでついてきたことが想像ついたため、途切れることのない話題の応酬で、気分転換になったかもしれない。

 

 町中のお店を回って仕事をこなしていき、昼には海鮮丼を食べてレイランと味見し合っていく。そうして充実感ある時間を過ごしつつ買い出しも手伝ってもらい、外での活動を終えたことで、彼女と共に探偵事務所へと戻った時のことだった————

 

 

 

 

 

 外付けの階段で二階へと上がり、事務所の扉を開けてレイランと中に入っていく。

 

「カンキです。ただいま戻りましたー」

 

「カンキ君についてきたレイランでーす。お邪魔しまーす」

 

 少しだけ、元気が戻ってきたのだろうか。明るくなったレイランの声に自分は安堵しながらも、手に提げた紙袋を擦り合わせながら事務所へと入る。

 

 と、事務所の奥では、窓から景色を眺めながらスマートフォンで会話を行うユノの姿が見受けられた……。

 

「えぇ、分かったわ。連絡ありがとう。——それじゃあ、また」

 

 通話を終えたのだろう、手に持つ端末を事務机に置きながらこちらを迎える彼女。

 

柏島(カシワジマ)くん。外回りにだいぶ時間を掛けたみたいだけれど、どうやら楽しそうにお仕事していたみたいじゃない」

 

「あー……これはどうも、すみません……」

 

 彼女がまとうクールビューティな風格は、時として耐え難いほどのプレッシャーとなって圧し掛かってくる。

 

 コツコツとブーツの音を鳴らして歩いてくるユノ。目だけで責め立ててくる威圧感に自分は冷や汗を流し、ただただ視線を逸らしてしまうばかり。

 

 ……だが、その足が向かう先は、想定していたほどの一直線を描くことはなかった。

 隣へ逸れる軌道。そして、荷物運びを手伝ってくれていたレイランへと立ちはだかり、彼女へと手を伸ばしたユノはそのまま——

 

「——いらっしゃい。ようこそ、私の探偵事務所へ」

 

 レイランの頬に添えた手。流れる手つきで少女の顎を摘まむようにしていくと、次にも、クィッ、とレイランの顔を上げていく。

 

「歓迎したい気持ちは山々なのだけれども、まずはお礼をしなければならないようね。……先日の一件から、疲労が癒えていないでしょうに、わざわざ私の助手くんのお手伝いまでしてくれて、本当にありがとう。心からの感謝を貴女へ捧げる許可を、私にくれないかしら——?」

 

「ぇ、ぅえ、ぇぇえ……?!」

 

 困惑するレイラン。そして顔が近い!

 思わずと唖然してしまう自分。これにユノは、現実に戻されるようこちらを見遣ってくると、まるで繊細な芸術品を扱うかのようにレイランの背に触れながら、ユノはそれを口にしてくる。

 

柏島(カシワジマ)くん。貴方の業務を支えてくれた彼女に、心から感謝しなさい。そして、今後、貴方の都合で彼女の手を煩わせないように」

 

 ネィロとの会話の時もそうだったように、自分のような男性との会話になると、途端に冷淡な態度を見せてくるユノ。これには、レイランの方から訂正が入ってくる。

 

「ち、違う違う! 私が! 私が勝手にカンキ君についていっただけだから!」

 

「なら、柏島(カシワジマ)くん。有限かつ貴重な自分の時間を、貴方のために費やしてくれた彼女に感謝なさい」

 

 どちらにせよ、感謝を求められる……!

 いや、感謝してるのは確かだけど! という内心の返答。それを言葉として表に出そうとしたものだが、直後にも事務机へと向かって歩き出したユノの動作を見送る意識で、このセリフが喉に引っ掛かっていく。

 

 と感じている最中にも、ユノは電子タバコを吸い始めた。

 

「……何というか、自由な人だなぁ」

 

 ボソッ。ふと呟いた自分のセリフ。

 

柏島(カシワジマ)くん」

 

「え、あハイ!! すみませんごめんなさい!!」

 

「至急、急ぎの用事が入ったわ。翌朝、早朝にも龍明を発つから、それまでに準備を済ませておきなさい。いいわね?」

 

「あハイ!! ……あ、ハイ……?」

 

 突然とぶつけられた仕事の話。思いもよらず、聞き返すような声を出してしまった自分に対して、ユノは事務机から何かを取り出して、真っ直ぐとこちらへ向かってくる——

 

 ——その軌道も、目の前で隣のレイランへと逸れていく。

 

「こんな、その場しのぎの些細なお礼しかできなくて、ごめんなさい。それでも、貴女への感謝の気持ちは本物なの。——今度、それを証明してみせるわ。次の休日はいつかしら? もし予定が合い次第、私から貴女へ、至福の一時をプレゼントすると約束する。絶対にね」

 

 甘美な声音。美貌を武器にする彼女。口説きと何ら代わりの無い雰囲気を醸し出しつつも、レイランの手に一個の饅頭を手渡していくユノの様子。

 

 ……自分、この人のことが分からないよ……。

 もはやお手上げと言わんばかりの思考放棄。今も目の前では甘いマスクで場を掌握するユノが口説き続け、そんな彼女にただただ困惑するレイランという光景が、もうしばらく展開されていたものだ————

 

 

 

 【1章1節:タンポポを守る良心 ~END~】

 

 【1章2節:Seeking a reunion】に続く…………。



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【1章】2節:Seeking a reunion
第10話 ユノ・エクレール


 天井に溜まる湯煙を見上げ、ここが探偵事務所の浴室であることを認識させられる。

 

 明日の早朝に、龍明の外へと出発する至急の用事。ユノから告げられた依頼に自分は帰宅の猶予も与えられず、この日は探偵事務所に泊まることとなっていた。

 

 それにしても、事務所に内装された浴室という変わった環境。これは、ネィロから事務所を預けられたユノが、彼に相談もせず勝手に取り付けたものらしい。

 

 ある意味で、ユノさんらしい。そんな風に思っていた自分は、裸体という姿で湯船に浸かっていた時だった——

 

柏島(カシワジマ)くん。邪魔するわよ」

 

「え?」

 

 ガラッ。普通に開けられたドア。

 

 思わず飛び上がる自分。そしてすぐにも音の方向へと見遣っていくと、そこには自分と同様に衣類を身に付けないユノが存在していた。

 

 結っていた分厚いポニーテールを解した、灰色混じりの白色長髪を流しながら——

 

「ちょ、ユノさん!!? なんで入ってきてんすか!?」

 

「?」

 

「い、いやいやいや!! だから、なんで入ってきてるんですか!? 俺まだ居るんですけど!?」

 

「貴方が居て当然でしょう? 私がそう指示したんですもの」

 

「いやそれは事務所で宿泊しろって方の話じゃないですか!!」

 

 こちらの反論に、ユノは不愉快そうな表情を見せてくる。

 

「ここは、私が所有する事務所よ。私が私の所有物を使用することの、何がいけないのかしら」

 

「ユ、ユノさん、ズレてる!! そこじゃないんですよ、俺が言いたいことは——ってあぁ待って動かないで!!」

 

 話が噛み合わない。彼女が持つ独特なペースは、とにかく合わせづらかった。

 ユノの生まれもったままの姿に、自分は動揺を隠しきれない。だが目の前の彼女はまるで平然としており、大食いでありながらも保ち続けるプロポーションを披露しながら、シャワーを浴び始めていく。

 

 傍から見たらダメな光景。自分はすぐにも出口へと向かい出す。

 

「お、俺、なんだかのぼせてきちゃったなぁ!? さ、先に失礼しますね——」

 

「待ちなさい。ここで明日の打ち合わせをするわ。だからここに残りなさい」

 

「なんで打ち合わせを風呂でするんすか!?」

 

「? 身体を清めながら、仕事の打ち合わせも進行できるのよ?」

 

「すっごい当然のように一石二鳥を唱えてきましたけど、それ以前にもっとこう、気にすることとかあるでしょう!?」

 

「私には見当つかないわ」

 

 出口へと向かっていたこちらの腕を掴み、引っ張って壁に押し付けてくるユノ。

 

 次にも、彼女は壁ドンを行ってきた。

 ドキドキするシチュエーションとして流行ったこともあっただろう。それを今、自分よりも背が高く、かつ、男も顔負けな甘いマスクを持つユノにされている。

 

 立場が逆。そんな内心のツッコミをする自分に対して、ユノは上から流れ続けてくるシャワーのお湯を浴びながら、そのセリフを口にしてきたのだ。

 

「貴方が何を気にしていようとも、私は何も気にしていないわ。だから私に従いなさい、柏島くん。いいわね?」

 

「……わかりました」

 

 裸の付き合いとは、よく言ったものだ。

 

 全くもって意識してこない向こうの意向に従い、自分はこのまま浴室に留まることとなる。

 目の前では、湯船に浸かってくつろぎ始めたユノの姿。腕をついて頬杖をつきながらこちらを見遣ってきた彼女は、宣言通りにすぐにも打ち合わせの話を開始してきたのだった——

 

 

 

 

 

 朝の龍明も、既に遠くへ置いてきた。

 海沿いの道に、赤色のオープンカーを走らせるユノ。助手席に座る自分が後ろを振り返ると、龍明の出入り口になっているトンネルももう見えない。

 

 隣には、サングラスをかけて運転する彼女の横顔。これに自分は、目を通していた分厚い本のような資料をそのままに、ユノへとそんなことを訊ねてみた。

 

「ユノさん。俺は助手として、ユノさんという上司のことをもっと知りたいと考えています」

 

「そう。頑張ってちょうだい」

 

「なので、いくつか他愛のない質問をしてもいいでしょうか? 移動時間の暇を潰す余興としてお付き合いくだされば、それで結構ですから」

 

「かまわないわよ」

 

 風を突き抜ける空間。素晴らしい景観を横にして、自分はユノへと質問していく。

 

「ユノさんは、イヌ派ですか? それともネコ派ですか?」

 

「そんなことを訊いてどうするの?」

 

「他愛のない質問です。こういう些細な好みから、ユノさんという人を理解していきたいんです」

 

 信号もない、緩やかなカーブが続く道を往く。こうした、ずっと走らせるだけの自然を巡るコースの中、ユノは暫しと考えてから、そんな回答を繰り出してきた——

 

「インコ」

 

「え? ——あの、ユノさん。すみません。風の音でよく聞こえなくて」

 

「インコよ」

 

 え?

 

「……ユノさん、風の音で聞き取りミスをしているかもしれません。イヌ派か、ネコ派かという質問です。イヌのイと、ネコのコで、自分が誤解を与えてしまったかもしれませんが——」

 

「私はインコが良いわ」

 

「イン——え??」

 

 噛み合わない。聞き間違いでないことを確信してから、自分は質問の内容を修正していく。

 

「で、では、イヌかネコのどちらかを飼うことになったとします。そしたら、ユノさんはどちらを飼いますか?」

 

 暫しのシンキングタイム。これにサングラスのユノは真っ直ぐな視線を道へ向けながら、その問い掛けを投げ掛けてくる——

 

「柏島くん」

 

「なんでしょうか?」

 

「貴方は、イヌやネコを調理したことはあるかしら」

 

「…………あの、ユノさん。もしかして、味で決めようとしてません?」

 

 ユノという人物を知るには、自分はまだ未熟らしい。

 そんな会話を展開しながらも到着した目的地。街の郊外にある廃れた村に足を着けた自分とユノは、その時点で多くの騎士が行き交う光景を目の当たりにする。

 

 昨日にも、ここで事件が起きた。その内容は、巷で有名な暴力団組織が“一人の少女”を襲ったというもの。

 言葉の響きから察する危険性と、一方として“その少女が取り押さえられた”という今回の件。一見すると自分らに何も関係の無いように見られるが、ユノが騎士団の中で通じているという一人の青年が、“その少女”のことで彼女に連絡を寄越したみたいだった。

 

 特徴の無い騎士団の青年が、サングラスを外している最中のユノへと声を掛けてくる。

 

「ユノ・エクレールさん! お待ちしておりました! 今日も一段とお美しい——じゃなく、“例の子”の件であなたのご助力が必要であると判断し、お越しいただきたく思いご依頼させてもらいました」

 

「建前はいいわ、モブキシくん。“その子”の所へ、連れていってちょうだい」

 

「はっ!」

 

 騎士の青年に連れられる自分ら。道中、彼に「見慣れない御仁がおりますが、彼は……?」という質問をユノに投げ掛ける。

 

 これにユノは、「彼は、私の助手よ」という返答を行ったところ、青年は「さ、左様ですか! 決して、あなた様のパートナーではないと……ふぅ」なんていう会話が繰り広げられること数分……。

 

 異能力で内部が膨張したテント。見知らぬ力が働く空間へと案内され、そこで、拘束のために鎖をぐるぐるに巻かれた少女とご対面する。

 

 ……椅子に座った状態で固定されてはいるものの、百六十五の背丈で、とても無難な印象を与えてくる女の子だった。ベージュ色の髪を肘辺りまで伸ばしており、黒色の瞳で睨みを利かせてくる。服装は学生服と似通っており、ネズミ色のブレザーに、緩く巻かれた赤色のリボン風ネクタイ、白色のシャツに、茶色と白色のチェック柄のスカートというもの。白色のソックスに赤色の靴というシンプルさに、自分は肩透かしを食らったような顔をしてしまった。

 

 騎士の青年が付き添う中で、ユノは少女へと言葉を掛けていく。

 

「初めまして、“蓼丸(たでまる)菜子(なこ)”ちゃん。私は、龍明というギルドタウンで何でも屋兼探偵稼業を営んでいる、ユノ、という者よ。よろしく」

 

「は? 自分が優位な立場にいるからって、気安く話し掛けんじゃねぇよッ!!!」

 

 ガチャンッ!! と鎖を鳴らし、噛みつかんとする勢いでユノへと怒り出す少女。

 

 獰猛だった。この気迫に自分は圧倒されたものだったが、少女と相対するユノは、まるで動じない。

 

「今回、騎士団の方から直々に調査依頼を頂いて、私はある組織についての情報が必要になったの。その組織は、世間で猛威を振るいつつある指定暴力団の組織であって、菜子ちゃん、貴女はそのメンバーと、先日にも接触している。——そこで、貴女からお話をおうかがいできればと思って、こうして訊ね掛けてきたの。……先日にもここで起こった騒動について、当時の現場の様子なんかを、少しだけでもいいから聞かせてほしいのだけれど」

 

「うるっせぇなぁ!!! だったらコレ外せッ!! それが条件だッ!!!」

 

 頭に上った興奮が、思考を侵食してしまっている。

 巻かれた鎖をぎちぎち鳴らしながら、八つ当たりするかのようにユノへと告げる少女。これにユノは暫しと平然なサマで何かを考えていくと、次にも騎士団の青年へとそれを言い出したのだ。

 

「モブキシくん。少しだけ、私と彼女だけで話をさせてもらえないかしら」

 

「それは、つまり……?」

 

「外に出ていてくれないかしら」

 

「ははぁ、なるほど分かりました。本来でありましたら、騎士団の者が一人は付いていないといけない場面なのではありますが……あなた様の言うことでありましたら、何の異論もございません! ——ささ、そちらの助手さんも、共に外へ参りましょう!」

 

「柏島くんは別にいいわ。ここに残っててちょうだい」

 

 騎士団の青年は、とても間抜けな顔を晒して驚いた。

 複雑な心境だったのだろう。彼は渋々と外に出ていくのを自分は見送ると、それを確認次第にもユノは、拘束されている少女へとそんなセリフを掛け始めた——

 

「菜子ちゃん。事件が起こった当日、暴力団の連中はここを拠点にしていたと聞いているわ。その暴力団の組織を、菜子ちゃん、貴女が全員やっつけてしまったのかしら?」

 

 疑問の投げ掛け。これに対して、少女はイライラしながら答えていく。

 

「だったらなんだってんだよっ!! 悪い!? ——正当防衛だったって言ってもどうせ、てめぇも信じねぇクチなんだろ!? あのクソみたいな騎士団の連中と同じようにさ!! てめぇも話聞かなそうな顔してるから分かってんだよ!! バーカ!!! ベーッだ!!!」

 

 思ったこと全てをぶつけるように喋る少女。怒りのままに繰り出す言葉でユノを攻撃すると、次にも少女はそんなことを口にしていく。

 

「——異能力も持たないアタシなんかが一人で返り討ちにしてやったって言っても、誰もアタシの事なんか信じてくれない。挙句に組織の連中の仲間とか疑いかけられてこのザマ!!! なに、アタシがそんなに弱く見えるっての!? ふざけんな!!! 全員死んじゃえばいいんだ!!!」

 

「随分と気が立っているのね。何か理由があるのかしら」

 

「は? ケンカ売ってんの? てめぇみたいなそういう無自覚なヤツのことが、アタシ、ホンットに大ッ嫌いなの!!! 人が動けないからって好き放題に言いやがって!! これが解けたら、絶対にぶっ殺してやる——」

 

「私には、貴女がやさぐれるに至った十分な理由に心当たりがあるわ。例えば、そう——“駆け落ちしてしまったお姉さん”の存在、とかかしら」

 

「——ッ」

 

 硬直。真ん丸にした少女の目は、ユノという人物をしっかりと捉えていく。

 

「……だから、なに? だから……なんなの? ——ヒトの辛かった過去をダシにしないでくれる……っ? マジで殺すよアンタ」

 

「そうね。確かに私は、貴女に殺されても何らおかしくない立場にいる人間。でも、今のままでは貴女、私を殺すよりも先に“連中”に始末されるわよ」

 

「連中って、あの暴力団? っは、バカみたい。あんな連中に、そんな……待って、ねぇ。なんで、駆け落ちしたって詳しく知って……なんで、今のって、どういう意味——」

 

 疑い。うかがい。少女の顔色が物語る、怒りを越えた先の心境。

 

 佇むユノは、少女と向き合う。——そして、意を決したような真っ直ぐな瞳で少女を捉えながら、ユノはそれを伝えたのであった。

 

「八年前、貴女のお姉さんと駆け落ちした憎たらしいパートナー。……私は、貴女のお姉さんである“蓼丸(たでまる)ヒイロ”と恋仲だった女よ」



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第11話 力を持つ者

 龍明の喫茶店で昼食をとる自分。丸テーブルを囲うようにして集まった面子の中で、自分はひとり、口を付けていないコーヒーの水面を眺めていた。

 

 同じテーブルを囲う、ラミア、レイラン、アレウスというメンバー。これまでの関係と変わらない調子で、談笑している皆と一緒に過ごす空間。だが、浮かない顔がコーヒーに映る自分自身を見ていると、昨日にも立ち会った“彼女ら”に対しても、こんな顔を向けていたのかもしれないと思えてしまう————

 

 

 

 

 

「八年前、貴女のお姉さんと駆け落ちした憎たらしいパートナー。……私は、貴女のお姉さんである“蓼丸(たでまる)ヒイロ”と恋仲だった女よ」

 

 疑い。うかがい。少女の顔色が物語る、怒りを越えた先の心境。佇む目の前のユノへと、蓼丸(たでまる)菜子(なこ)という少女は言い知れない目を向けていた。

 

 騒動を起こしたことにより、鎖でぐるぐる巻きにされた身体の菜子。イスに座るその姿勢で一瞬だけガチャンと鎖を鳴らしていくと、次にも菜子は、爆発した感情のままに涙を流し始めたのだ。

 

「ッ————てめ、っ、が……っ!!!」

 

「貴女のお姉さんであるヒイロとは、同意の上だったわ。もっと言えば、駆け落ちを提案してきたのはヒイロの方だった」

 

 ……言いたい言葉にキリが無い様子の菜子。だが、提案をしたのがお姉さんだったという本人の意図を耳にした時にも、少女は余計に巡ってきた複雑な気持ちによってか、歯を食いしばって俯いてしまう。

 

 ——身内に捨てられた。そう思っても、仕方が無い。しかも、自分を捨てた身内のパートナーが、目の前にいるのだ……。

 

「…………お姉ちゃんに会わせて。じゃないと、アンタを殺す」

 

「ヒイロは失踪したわ」

 

「……!」

 

 唖然だった。菜子の視線で問い掛けるその瞳を、ユノは逸らす事なく見据えながらセリフを続けていく。

 

「八年前、私とヒイロは衝動のままに駆け落ちした。……家族、家、未来、その全てを捨てて飛び出した私達は、二人で支え合いながら命辛々と生き延びてきたものよ」

 

 顧みるようなユノの目。軽く腕を組むその様子のまま、ユノは語るように続けてくる。

 

「そんな日々を送ること、三年の月日が経過した頃だった。今から遡ると、五年前にあたるかしら。——借り物の小屋の中。私が朝の日差しで目を覚ました時には既に、隣で寝ていたハズのヒイロが忽然と姿を消していた」

 

「…………」

 

「自分のお姉さんを連れ去らった上に、そのお姉さんは姿を消したから会わせられない。と言ったら、私だって怒るわ。だから、貴女に理解してほしいとも言わない。——私は、貴女に責められて当然の所業を働いたのですもの」

 

 目で訴え掛ける菜子へと向き合うユノ。その瞳は真っ直ぐと少女を捉えておりながらも、わずかながらの震えがうかがえる。

 

「……ヒイロは、黙って居なくなるような人じゃなかった。一日の予定が決まっていたら、必ずと言っていいほどそれを報告してくる人だったんですもの。そのことから、もしかしたらヒイロは、私に言えないような何かしらの事情を抱えていたのかもしれない。それでヒイロは、私の下を去らなければならなかったのかもしれないの」

 

「それで…………今も分からないの……? お姉ちゃんの行方……」

 

「依然として、行方が知れないわ。だから私は、一日でも、一分でも、一秒でも早くヒイロを見つけるために探偵になって、今はヒイロの妹である貴女の下に駆け付けた」

 

「……もういいよ、アンタのことなんて。なんか、聞いてると余計に辛くなってくるから……」

 

 今すぐにでも、目の前からいなくなってほしい。言葉にせずとも伝わってくる菜子のオーラに反して、ユノは少女の目の高さに屈みながら、ここに訪れた理由を説明する。

 

「今回こうして訪れたのも、貴女の身に危険が迫っているからなの。——五年前、ヒイロが姿を消して以来、私は陰ながら貴女の日常を守ってきたわ。けれども今では、その支えではどうにもならないほどの強大な力が、貴女に狙いを定めている」

 

「だから、直々にアタシを助けに来たってこと? なにそれ、ヒーロー気取り? ふざけないでよ」

 

「勧誘に来たの。龍明に移り住んでみないかを、訊ねに。——それに、私はヒーローなんかじゃないわ。それどころか、守りたいと思ったものだけを守る、相手を選ぶような、世間知らずの身勝手な偽善者よ」

 

「……それも全部、アタシが恋人の妹だからって理由でしょ」

 

「えぇそうよ」

 

「——人の姉を奪ったくせに、本人がいなくなったから、次はその妹を大事にしようって? アンタにとってアタシたち姉妹は、替えの利く着せ替え人形だってことを言いたいの!?」

 

「そう思われても仕方がないわね。——けれども、貴女が私にどんな気持ちを抱こうが、私はこの命に代えても貴女のことを守るつもりでいるから」

 

「…………帰ってよ」

 

 鋭利な眼光が、ユノを睨みつける。

 

 ……暫しと漂った、殺気立つ冷ややかな沈黙。これにユノは立ち上がっていくと、踵を返しながらこちらへと言葉を投げ掛けてきた。

 

柏島(カシワジマ)くん、龍明に戻るわよ」

 

「え? あ、はい……」

 

 素直に従い、ユノについていく形でテントの出口へと歩き出す。

 その途中にも、ユノは菜子へと視線を向けることなく、呟くようにしながらそのセリフを口にした。

 

「また、貴女の下に顔を出すわ。その時に、続きを話しましょう」

 

「…………」

 

 もう、ユノの姿を捉えない。どこにも意識の無い無我でいる菜子と、少女の返答を聞くことなくテントを後にしたユノ。その二人の間に置かれた自分は、申し訳ない足取りでテントから出ていった——

 

 

 

 

 

「カンキさん?? どーしましたー??」

 

 ラミアの顔が、覗き込んでいる。これに自分は「うぉ!」と驚いていくと、ラミアはコーヒーを指差しながらそれを訊ね掛けてきた。

 

「コレ、まだ口付けてませんよね?? 飲まないのでしたら、ウチが貰いますけど??」

 

「え、あぁ、いいよ……」

 

「ホントですか!? いやはや、ウチとしましてはジョーダンのつもりだったんですけどね。いやー、やっぱ言ってみるモンですねー、こーいうの!! おかげさまで、一杯分が無料でいただけるというモンです」

 

 しめしめといったラミアの様子に、レイランが頬杖をつきながらセリフを口にする。

 

「そこまでしてさ、他人のコーヒー飲みたいって思う? 一杯くらい自分でお金出せばいいじゃん」

 

「別にイイじゃないですかー!! レイランさんがナニを言おうともですね、本人から譲り受けた以上は、コレはウチのコーヒーなんです!! もークチ付けますからね!! 返品不可ですからね!! ぐびぐび」

 

 自分の意識は、平和な日常に戻ってきた。

 ラミアとレイランは、今までと変わらない調子で会話をしていたものだ。その様子はまるで、先日にもギルドファイトでいがみ合っていた仲とは思えない。

 

 これには、自分も、アレウスもホッと安心していた。

 同じテーブルを共にするアレウスと目が合って、微笑で内心が一致する。こんなことを男二人でしているその最中にも、ふとレイランは思い出すようにそれを喋り出していった。

 

「あーあ、それにしてもユノさん綺麗だったなぁ。私もなぁ、どうやったらあんなに綺麗で美人でカッコよくなれるんだろ?」

 

 不意打ちの単語。これに自分は反応するが、すぐにも同席のラミアが微妙な表情でそう返していく。

 

「えー、そーですかねー……。ウチ、あのヒトはどーも苦手で仕方ないです」

 

「えぇなんで? 確かに話しかけ辛いけど、綺麗で優しくてカッコいいじゃん」

 

「それはウチも否定はしませんけど、何と言いますかー……色々と波長が合わないです。あのヒトは、ご自分の世界で生きているお方といいますか、別次元に住んでるニンゲンというカンジで、どーしてもあまり関わりたいとは思えませんね……」

 

「うーん、そういうもんなの?」

 

「ウチはそーですよ。——ここだけの話、ウチのような考えを持っている町の方も、少なくはありませんからね」

 

「私は、ユノさんに憧れちゃうなぁ。ラミアの言うそういうところもさ、なんか、ミステリアスでカッコいいじゃん?」

 

「ウチはイヤですよ。ナニをお考えなのかが分からなくて怖いじゃないですか」

 

「それに、ユノさんはすごい強いし!」

 

「そちらはー……否定のしようがありませんね。事実ですし」

 

 聞いているだけだった自分は、ラミアの返しを耳にするなり無意識と訊ね掛けてしまった。

 

「強いって? ユノさんが?」

 

「なんですか?? カンキさん、あのヒトの下で働いておいて、そんなことも知らないんですか??」

 

「むしろ、知らないことばかりだよ」

 

「現役助手のカンキさんがコレなんですから、やっぱ不気味で怖いヒトじゃないですかー!!」

 

 ラミアのセリフに、レイランが食い気味に「不気味じゃなくって、謎を秘めているの!」と訂正を加えてくる。

 

 そんな彼女らを他所にして、アレウスがこちらへと説明をしてきた。

 

「…………!」

 

 ユノさんは、我々が知る限りでは、最も高い戦闘力を、持っている、何でも屋。でも本人は、それを売り込もうとせず、普段は探偵としての、日常的な依頼を、こなしている。

 

「そうだったんだ。初めて知った……」

 

 元々から、強そうな雰囲気は醸し出していた彼女。しかしその直感も間違いではないどころか、現役の何でも屋にここまで言わしめるほどの力を隠し持っていたとは、という驚き。

 

 アレウスの説明の後。彼のそれを満足そうに聞いていたレイランとは裏腹に、ラミアは天井を仰ぎながらそんなことをぼやいていく。

 

「ウチ、やっぱあのヒト好きじゃないです。せっかく、荒稼ぎできるほどの実力を兼ね備えていらっしゃるというのに、それを全く活かそうとしない無欲な姿勢が、ウチにとって見ていて腹立たしく思います。あのヒトは、ご自分の価値をご存じじゃありません」

 

 ムスッとするラミアを見て、アレウスはそんなことを彼女へ伝えていった。

 

「…………!」

 

 強さに関係なく、力の使い道は、人それぞれ、だと思う。

 

「む、むゥ……アレウスさんも実力があるから、そう言い切れるんですよ。レイランさんも、汎用性の高い異能力をお持ちですし。——ウチはそーいうのありませんから、皆さんよりも敏感に考えちゃうんですー」

 

 語尾を伸ばして、自身の不服を強調するラミア。それを聞いた自分は、港で見せた先日の光景を思い浮かべつつ、不思議に思ってラミアにそれを訊ねてみた。

 

「でも、ラミアも力持ちだよね? 九百キロの魚を、あんなに軽々しく持ち上げて運んでたりしたけれど、あれも、みんなの言う異能力ってやつじゃ……?」

 

「違いますよ?? ウチは、生まれつきで力持ちなだけなんです」

 

「それって、異能力とは別にすごいことじゃ?」

 

「スゴイ、から売りにしたかったんですけどねー。でも、ただの力持ちじゃダメなんです。——“あのヒト”がいらっしゃる以上は」

 

 ラミアのセリフに、レイランとアレウスが一瞬だけ申し訳なさそうな表情をする。

 これに自分は疑問に思うと、次にもラミアは、ふてくされたような顔をこちらに向けながらそう説明してくれた。

 

「ユノさんです。あのヒト、とにかく規格外でスゴイんですよ」

 

「ここでユノさん? なんで、どういうこと……?」

 

「まずですね、ウチのような力自慢の何でも屋は、あのヒトの劣化に過ぎません。あのヒトが所有するお力は、ウチの怪力に匹敵します。それに加えてあのヒト、戦闘のセンスがピカイチです。なので、魔物の討伐といった荒事のご依頼はお手の物。ウチは戦闘がダメダメですから、この時点で競合相手であるユノさんに負けてしまいます」

 

 不満が募るラミアの調子。その頃合いを見計らうようにレイランは口を開くと、付け足すようにしてそう喋り出す。

 

「ユノさんの何がすごいって、やっぱあの“身体能力”にあるよね! どんな力自慢も、どんな速さ自慢も、どんな耐久自慢の人をも凌駕する、鮮やかで、華麗で、それでいて暴力的なあの立ち回り……! 戦闘のカリスマとも言えるユノさんの戦う姿は、“超人”って例えられているくらいなんだよ!」

 

「それが、ユノさんの異能力ってこと……?」

 

「ううん! ユノさんは異能力を持ってないらしいから、それで私たち異能力者も敵わないほどの圧倒的な力を発揮しているんだもん。はぁ、カッコいいなぁ……」

 

 心から憧れているのだろうレイラン。彼女が空虚に向かって瞳を輝かせるその横で、ラミアがボソッと呟いていく。

 

「ソレ、何でも屋としてどうなんですか。つまるところ、ウチだけでなくレイランさんも相手にされていないってコトですよ」

 

「私はそれでいいけど? ——それに、何でも屋のみんなが相手にされていないって訳でもないと思うけど。ほら、戦闘面での依頼の実績で言えばさ、アレウスも中々イイ線いってると思うし」

 

 アレウス?

 自分が振り向いた時には、この場の全員が一人の青年に注目していた。

 

 これには、寡黙なアレウスも思わず目を逸らしてしまう。

 

「アレウスさんはー……まー、そーですね。今現在、龍明であのヒトに食い下がれる何でも屋は誰かと問われましたら、ウチはアレウスさんと、“オキクルミさん”の名前を挙げますけど……」

 

「おおっ! 珍しくラミアと意見が合った……。私も、その二人の名前を挙げるかも!」

 

「数あるご依頼への対応力や、戦闘のセンスを加味して考えますと、そのお二方が残るのは必然かと——」

 

 と、ラミアはふと思いついたようにハッとすると、次にも彼女はレイランへとそれを持ちかけたのだ。

 

「レイランさん。ここは一つ、賭けをしませんか?? もしも、万が一、アレウスさんとオキクルミさんがギルドファイトで勝負することになりましたら、レイランさんはどちらに賭けます??」

 

「へー、面白そうな戦い! じゃあ私はアレウスに賭ける!」

 

「では、ウチはオキクルミさんですね。ま、そーいうワケなので?? アレウスさん、オキクルミさんには、程よく手を抜いてあげてくださいよ??」

 

「何言ってるのラミア! アレウス! この戦い、絶対に勝ってよ!!」

 

 二人の少女から、あらぬ期待が掛かったアレウス。そんな、実現もしていないギルドファイトで盛り上がる二人を前にして、アレウスはただただ困惑の表情を見せていたものだった。



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第12話 衝突

 出勤時間ギリギリ。慌てる自分は、音を立てながら外付けの階段を上っていって玄関扉を開けていく。

 

 遅刻をしたら、ユノさんにどやされる……! そんな気持ちが先行する力強い勢いで探偵事務所に入っていくと、自分は息を切らしながら、彼女がいるであろう事務机へと挨拶した。

 

「おぉぉ、おはようございます!! ……あれ?」

 

 自分ひとり。ユノの姿が見当たらない。

 見渡すようにしながら自分は事務所へ入っていく。そして、中央の長テーブルに置かれた一枚のメモ用紙を見つけると、自分はそこに連ねられていた文字を見て、すぐさまスマートフォンを取り出していった。

 

 ……いやいやいや、『菜子(なこ)ちゃんを守りに行ってきます』って——ッ。

 

「…………だめだ、繋がらない」

 

 ユノと連絡が取れない現状。これによって彼女の居場所を把握できない状況に置かれた自分は、もう一つの可能性に全てを託す思いで“彼”へと電話を繋げていく——

 

「もしもし、モブキシさんですか? 自分、龍明探偵事務所で、ユノさんの助手をしている柏島(カシワジマ)歓喜(カンキ)というものですが——」

 

 捕らえられた少女への面会時にも、一応と思って連絡先を交換していた騎士の青年。自分はそちらに電話を掛けて、ユノが姿を消したことと、彼女の行き先に関する情報を本人に与えたかどうかを訊ねてみたものなのだが……。

 

『ユノさんが、そんな置手紙を? ……あー、いーや……心当たり、ですかー……』

 

「その口ぶりだと、知っていますね?」

 

『まあ、疑いが晴れて釈放したあの子を監視していたのも、わたしですからねぇ……』

 

「今は菜子ちゃんを監視していないんですか?」

 

『あー……まぁですね、わたしを含め、数人体制で監視はしていたのですがー……その複数の監視の目を掻い潜ってですね、現在、対象は逃走中なんです……』

 

「……それで、ユノさんが出向いたのか……? ——では、ユノさんが向かったであろう行き先をお教えいただけませんか?」

 

『いやぁ、そればかりは機密情報ですので、教えるわけにはー……』

 

「ですけど、ユノさんにはお教えしたんですよね?」

 

『それは——し、仕事上の都合といいますか! わたしとユノさんは、依頼人と引受人という立場ですから!! とにかく、あなたには関係の無いことです!』

 

 自分、ユノさんの助手だから関係者だと思うんだけどなぁ……。

 内心で思ったその言葉だが、ここでそれを彼に伝えたところで逆上を招くことになり、余計に教えてくれなくなるかもしれない。

 

 現時点で自分が心配していたのは、ユノという人物の行方ではなかった。もちろん彼女の単独行動も気に掛けているものだったが、それ以上に、ユノが出向くに至った、蓼丸(たでまる)菜子(なこ)という少女の安否について自分は心配していたものだ。

 

 ユノさんが自ら出向いたということは、菜子ちゃんという護るべき対象に何かしらの動きがあったから。それを考えた時に、やっぱり人手は必要だろうから自分も加勢しようと思い立ち、少女への合流を急ぐためにも、何とか騎士の青年を説得させようと頭を働かせる。

 

 ……前に遭遇した場面。騎士の青年とユノさんの会話の中でうかがえた、二人の関係性——

 

「あの、提案なんですけど。……ここは一つ、自分とあなたで、手を組んでみませんか?」

 

『手を組む? どういうこと?』

 

「立場上の関係性で言えば、自分は今、ユノさんの傍でお仕えする身分にあります。なので、自分とユノさんの距離感は少なくとも、あなたよりは近い状況にあると思うんですよ」

 

『そ、それが何だって言うんだよっ! 余計なお世話だ!』

 

「聞いてください。ですが、自分は別に、ユノさんを恋愛対象として見ておりません。なのでここは、彼女のことをより本気で想ってくれている他の方に、彼女を任せるのが一番だと考えているんです」

 

『……そ、そうなん、だ?』

 

 相手の好意を弄んでいるようで、気が引けてしまう。だが、もしも万が一、ユノさんの助けが間に合わなかった場合の可能性を考慮すると、今は菜子ちゃんの身の安全を確保するための手段として致し方なしと、自分を納得させていく。

 

「ここで、自分とあなたが連携して、菜子ちゃんの身の安全を確保できたとします。そしたら、ユノさんはまず、我々に多大な感謝を示すことでしょう。そこで、です。自分は、モブキシという人物のサポートがあったからこそ、菜子ちゃんを確保することができた。と、お伝えします。すると、どうなるでしょうか?」

 

『…………ほ、褒めて、くれる?』

 

「一目、置いてくださると思いますよ。——彼女に意識してもらえる機会となる可能性がありますし、職場が離れているが故の今の距離感を打破するキッカケともなるかもしれません。そう考えてみますと、自分の提案は、そう悪くはないと思うのですが、いかがでしょうか……?」

 

『……………………』

 

 

 

 

 

 一時間後くらいには、菜子が行方をくらましたとされる廃れた町に到着することができた。

 

 モブキシが言うには、数年前にもこの町から住人が撤退。その窮地に追いやった魔物が仲間を引き連れて、今では魔物の住処になっているとのこと。

 

 菜子ちゃんも、どうしてそんな場所に来ちゃうのかな……! という内心を胸に留めつつ、自分は黒色のショルダーバッグを提げた状態で、コケが生えたビルを始めとする植物だらけの建物の森を駆け抜けていく。

 

 魔物に見つかったら危険だった。自分のような普通の人間では、まず太刀打ちできない脅威を孕んでいる。そのため、安易に足音を立てられないし、呼び掛けを行うこともできやしない。

 

 自分は、耳を澄ませて音を聞くことにした。

 ——わずかながら響いてくる、何者かの靴の音。それが確実に人間のものであると認識すると、自分はそちらの音に向かって真っ直ぐと駆け付けていった。

 

 ひび割れた道路。傾げている信号機。ファンタジー色がうかがえる龍明の光景とは対照的に、この街は現代に近しい構造を展開している。

 

 建物と建物の隙間へと続く曲がり角。自分はそこを覗こうとして半身を乗り出した、次の時だった——

 

 ——真正面から走ってくる、見覚えのある制服姿。後ろを振り返っていた“少女”が、自身の往く先で覗いてきていたこちらを発見するなり、手に持っていた金属バットを思い切りと振り下ろしてくる。

 

「——ッ!!」

 

 ……寸前だった。わずか数センチという距離で静止した、目先の金属バット。

 鉄の香りが一瞬だけ嗅覚をくすぐる中、咄嗟に防御した自分を見た蓼丸菜子は、直後にも突然と自分へ飛び掛かってきたのだ。

 

 思わず、「うわっ」と声を上げた自分。——その視界を突き抜けていった、槍のように伸びてきた伸縮自在の金属の攻撃。

 助けられた。押し倒す形で攻撃を回避した菜子がすぐさま身構えて、後ろから迫ってきたのだろう脅威へ金属バットをふりかぶっていく。

 

 だが、バットによる攻撃が炸裂した時にも響き渡ったのは、“金属同士”がぶつかり合う甲高い音だった。

 ——菜子のバットが、グシャリと凹んでいく。そして次の時にも、菜子は“鋼鉄の拳”によって顔面を殴りつけられたのだ。

 

「んぎゃ——!!」

 

 自分の真上を飛んでいく少女。これに「菜子ちゃん!!」と慌てて駆け寄ろうとした瞬間にも、自分の襟を掴んできた“男性”によって、足止めを食らってしまった。

 

「お仲間かい? なら、見過ごせないね」

 

 振り返る自分。その真横を掠めてくる、槍よりも鋭い刃物の腕——

 

 胸倉を掴まれて、自分は持ち上げられた。

 抵抗がままならない。こちらを持ち上げる腕に両手を掛けていったものだが、その腕は鉄に等しい金属の感触で、ろくに掴むこともできやしない。

 

 そして、自分は対象を確認した。

 自分よりも背の高い、茶色のコートにグレーのパンツという大柄な男性。三十代とうかがえる彼は黒色の紳士なハットを着用しており、身体の一部分を鉄へと変化させたサマを晒しながら、サングラスから覗かせた目でこちらを見遣っていたものだ。

 

「用があるのは、あの女の子の方なんだ。聞くに彼女は、“蓼丸(たでまる)ヒイロ”という女性の妹さんだそうじゃないか」

 

「それが……っ、それが、どうした……!」

 

「わたしたちにはね、“彼女”という存在が必要不可欠なんだ。だから、『雲隠れした“彼女”の行方』を喋ってもらうために、まずは妹さんのご協力を仰がないとなんだよね」

 

 蓼丸ヒイロ……!?

 今でも鮮明と耳に残っている、とある女性の名前。同時にして、男性のセリフに違和感を覚えた自分が疑問に意識を向けている間にも、掴まれている自分の横を通り抜けた、一つの影——

 

 凹んだバットで、菜子が男性を殴りつけた。

 響き渡る、金属音。コートの下にある本体が鉄であることを告げる音と共にして、男性は自分を放り投げ、すぐさま菜子へと手を伸ばしていく。

 

 だが、少女は機敏だった。

 ——戦い慣れ。潜り抜けてきた数多の戦場を感じさせる。ただでは捕まらない菜子が倒れ込む自分の前へと立ち塞がり、先ほどの攻撃で完全に折れたバットを他所へと捨てるなり、中腰で戦闘の構えを取る独自の体勢で、男性と対峙した。

 

 ……前後左右。脚をバネにして、いつ、どこにでも飛び出せるような構えの菜子。先ほどの機敏な動作からもうかがえるように、彼女は独自に確立した戦闘スタイルを得意とするらしい。

 

 これを見て、男性は鼻で笑うようにして一歩踏み出した。

 ——大地を蹴り出す少女。極度に短く、高速なステップ。そこから瞬間的に動作を止める不規則な動きで男性を警戒させていくと、次の瞬間、脇を引き締めた状態かつ、上半身で殴り抜けるようなフックを菜子は繰り出したのだ。

 

 鋼鉄の顎を捉える。その強度は、生身で突破することは絶対に叶わない。

 しかし、菜子の一撃は、身体の一部を鋼鉄に変化させる相手をも、仰け反らせることに成功した。——鉄の上から加えられたそのフックによって、男性は思わず数歩と退いていく。

 

 だが、それ以上に菜子が重傷を負っていた。

 鋼鉄を殴りつけたのだ。フックをかました拳は潰れ、滲んだ血の色で染まった拳をかばうようにしながら少女は悲鳴を上げていく。

 

「菜子ちゃんっ!!」

 

 怯んだ少女へと、怒りに満ちた男性が鋼鉄の拳を振るってきた。

 駆け出した自分では、菜子の下へと到達できない。懸命になって手を伸ばしていくものの、それは決して、少女を掴むことも許されない。

 

 直撃する。届かないことを悟り、この想いだけでも届いてくれと、自分は祈り出す。

 間に合わない。菜子も戦慄する表情を向けていた、振るわれた攻撃の着弾点——

 

 ——二人を遮るよう、真上から降ってきた黒色の軌道。“それ”が男性の拳に殴られると、周囲には甲高い音を伴った衝撃波が行き渡る。

 

 ……足を止める自分。それでいて、この視界で呆然と佇む菜子の姿。

 男性の拳は、菜子よりも大きな存在に直撃していた。そして直にも、自身のこめかみを殴りつけた相手へと、“彼女”は真っ直ぐな瞳を向けていく——

 

 ——灰色混じりの白髪ポニーテール。先の衝撃で揺れるそれとは相反して、本体である彼女は微動だにしなかった。

 目だけを動かし、こめかみの拳を確認していく。そんな彼女の様子を目の前にして、男性はというと、動じない敵に対して動揺を見せ始めたのだ。

 

「な、なんで、わたしの攻撃が、通じな————」

 

 一歩、彼女が踏み出す。

 

 勢いをつけ、横にターンしてから繰り出した、突き出す蹴り。鮮やかな軌道で敵の腹部を蹴り付けたその瞬間、未知数である破壊の衝撃によって自分の視界はホワイトアウトした————

 

 

 

 

 

 ……木っ端微塵の瓦礫が降りかかる。意識が戻り次第に自分は倒れていることを認識し、共にして、吹き飛んだ先に居たのだろう自分をクッションにした菜子が、この上に乗り掛かっていた。

 

 自分は、少女を抱えるようにして起こしながら声を掛けていく。

 

「な、菜子ちゃん、大丈夫……?」

 

「ぁ、ぁぁ、ぅん……ヘーキ。ありがと……」

 

 拳をかばう少女を抱えつつ、自分は前方を見遣っていく。

 ……街の建物に刻まれた、真横に広がる巨大なクレーター。廃れた街の面影すらも残さない光景に、地面が抉れ、宙を舞う埃すらも消し飛ばすほどの破壊力がうかがえる。

 

 前方には、平然と佇むユノが存在していた。これに自分は菜子を立ち上がらせつつ、ユノの下へと駆け寄ってクレーターの痕跡をまじまじと見つめていく。

 

 ——あの男の姿が見えない。見渡してもうかがえないその存在に、自分はユノへと問いを投げ掛けたものだ。

 

「…………先ほどの男は、どこに行ったんでしょうか……?」

 

「もういないわよ」

 

 淡々と答えてきた彼女。これに自分は、ユノへと振り向いていく。

 

「いないって……どこかへ飛んでいってしまった、ということでしょうか……?」

 

「いいえ。言葉通り、彼はいなくなったわ。——懸命になって全世界を捜索しようとも、もう、彼という存在を見つけることは不可能でしょうね」

 

 ……背筋を伝う悪寒。言葉にできない感情に一瞬と喉を詰まらせると、次にも自分は、彼女へとそれを訊ね掛けていったのだ——

 

「——いなくなった。ではなく、“消し飛ばした”、でしょう……!?」

 

「そうね」

 

「そう、って……っ。ユノさん、あなた、まさか……自分が何をしたのか、お分かりになっていないとでも言うんですか……!?」

 

「? 敵を排除することの何がいけないの?」

 

「何が、って——」

 

 迫るユノ。直後、自分の背後にあった壁に、穴が開く。

 ——右脚で壁ドンを行ってきた彼女。これに自分は言葉を失っていくと、ユノは自身の脚に寄り掛かるように肘をつきながら、そのセリフを繰り出してきたのだ。

 

「私達にとっての敵は、あの男だった。そうよね?」

 

「……攻撃を仕掛けられた以上、確かにあの男は敵だったでしょうね……」

 

「そう。あの男は、私達の敵だった。——でもね、私達が彼を敵であると認識していたように、あの男からすれば、私達が敵として映っていたはずよ」

 

「…………?」

 

 脚についた肘で、頬杖をつくユノ。傍では様子をうかがう菜子が歩いてくる中で、ユノはこちらへとセリフを続けてくる。

 

「『人に限らず、生物というものは基本、分かり合えないようにできている』。私はそう考えているわ。だから、生物というものは衝突するし、敵とみなした存在に対しては、正義の鉄槌の名の下に、容赦の無い無慈悲な攻撃を加えていく。その分かり合えない思想同士が衝突し合った時に発生するのが生存競争なのであって、この行為自体は、生物が共存する上で、絶対に避け様のない必然によって起こるものなの」

 

「……それが、何だと言うんですか……!」

 

「お互いを理解することができないから、衝突というものが引き起こされる。あの場面においても、そうだった。彼らに従いたくない菜子ちゃんと、菜子ちゃんという存在を必要とする彼ら、という対峙の構図。こうして発生した相反する意思の衝突は、双方の理解と納得で決着をつけるような話し合いなんかでは、絶対に解決しないのよ」

 

 頬杖から、手の甲に寄り掛かるようにするユノ。その上目遣いは自分を捉えていて、かつ、冷酷な陰りに染まっている。

 

「だから、力で決着をつけるの。生物というのは本当に自分勝手な存在で、力にものを言わせることでしか、物事に決着をつけられない。——じゃあ、こちらから手を出さないようにしてみる? それは逆効果よ。何もしてこないと踏んだ敵は間違いなく、恰好の的としてこちらを標的に定めてくるわ。……それがたとえ、争いたくないが故にこちらがどんなに我慢して耐え続けたとしても、敵はそれを好都合と解釈して、より一層と激しい攻撃を仕掛けてくるようにできている」

 

「だからと言って、あの男を殺していい理由にはなりません……!」

 

「違う。だからこそ、黙らせるの。——それも、時間をかけずに、一瞬で」

 

 ——ゆっくりと脚を下げていくユノ。その間も彼女はこちらの目を真っ直ぐと見つめながら、そうセリフを続けてくる。

 

「私はきっと、貴方が考えているほどの人間ではないことでしょう。正義のヒーローを語るつもりも無いわ。——私はね、自分に従って生きているだけなの。どんなに自分勝手に思われようとも関係無いわ。ただ私は、自分に正直に感じて、自分に正直に考えて、自分に正直な行動をとっていく。だから私は、敵とみなした存在には容赦をしないし、心の底から愛した人間の妹さんを、この命に代えても守ってみせるつもりでいる」

 

 すぐ隣で佇んでいた菜子の方へと、ユノは向いていく。そして彼女は歩き出すと、菜子へと手を伸ばしていったのだ。

 

 だが、菜子は一歩下がってしまう。……これにユノは動きを止めて、目で語るようにじっと少女を見遣っていく。

 直にもユノは、菜子の負傷した拳をゆっくり手に取った。それを両手で包み込むようにして、次第と少女の背に手を回したユノは次にも、菜子という少女を優しく抱きしめていったのだ——

 

「……菜子ちゃん。大切なお姉さんを奪ってしまって、本当にごめんなさい。——こんな謝罪の言葉が、貴女への贖罪になるとは私も思っていないわ。だけど……もしも菜子ちゃんが、私が貴女への罪を償うことを許可してくれるのであるならば、私は貴女に、尽くせるだけの誠意を尽くしてみせると約束する。……絶対に」



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第13話 脅威に晒される世界で生きるということ

 昼下がりの龍明にて、町長室に訪れていた自分はネィロに資料を手渡していく。

 

 まとめられた紙束には、びっしりと連ねられた文字とグラフがうかがえる。その全部に自分は目を通したわけではないが、目についた文章をざっと読み取った雰囲気からするに、探偵として完遂した業務の報告書と、龍明への移住を希望する人間の、その査定の途中経過という内容が記されているように見えた。

 

 自分から受け取ったネィロ。「おぅ、さんきゅ」とまとめられた紙束を軽く流し読みすると、ふと彼はこちらへ声を掛けてきた。

 

「それでよぉ、カンキちゃん。どんなもんよ、最近は。住み付いてからすぐにもギルドファイトに立ち会ったりしてよ、今じゃ随分とギルドタウンってモンに慣れてきたんじゃねぇの?」

 

「そうですね。今では自分と関わってくださっている仲間達もいることから、とても快適に毎日を過ごすことができています。それでも最初は戸惑うことばかりでして、覚えることも多かったことからロクに業務もこなせずに、ユノさんからはどやされまくったものですよ」

 

「ぷふっ、っはっはっは! 目に浮かぶぜ、鮮明とな。ぁあ、ユノのやつ、男が相手だとまるで容赦しねぇから、カンキちゃんも随分と苦労してるな? えぇ?」

 

「ですが、ユノさんのおかげで、こちらに住まうことを許されているようなものですからね。俺に手伝えることがあるのでしたら、ユノさんのお力になりたいとは思っています」

 

「おおぅ、相変わらず真面目ちゃんだなおい」

 

 サングラスの位置を直す仕草を交えるネィロ。そして回転するイスをキキィッと鳴らしながらこちらに向いてくると、彼は見透かすようにそんなことを訊ね掛けてきたのだ。

 

「——何かあったな? さては。思う所あるんだろ、ユノによ」

 

「え? ……まぁ、そうですね」

 

 ……先日にも目撃した、敵である異能力者の男性を消し飛ばしたユノの姿。その蹴りの一撃は廃れた街に横殴りのクレーターを残していき、その規格外の破壊力を前にして、自分は彼女の“行為”を申告するべきかどうか悩んでいた。

 

「……ネロさん。俺、ユノさんのことについて、あなたに告げるべきかどうか悩んでいることがあるんです」

 

「ん、まぁなんだ。取り敢えずソコに座れよ。オレちゃんが紅茶淹れてやっから、その間にでも、話すこと頭ん中で整理しておきな」

 

 長テーブルへと移った、自分とネィロ。向かい合う形で先日のことを話した自分は、話し終えた瞬間にも罪悪感に苛まれたものだった。

 

 こちらの話を親身になって聞いていたネィロ。脚を組み、顎に手をつけて暫しと考えに耽っていくその様子。それに、自分は顔色をうかがうような視線を向けていると、次の時にもネィロはそのセリフを口にしてきたのだ。

 

「カンキちゃん的にはよ、ユノの行いについて、どう思うよ?」

 

「俺が、ですか。……まず第一に思ったのが、いくらなんでもやりすぎだ、というものでした」

 

「違いねぇ。だが一方で、カンキちゃんには迷いが生じている。——やりすぎなユノに対して、どこか共感できてしまえる部分があるものだから。そうだろ?」

 

「…………」

 

 否定はできない。現に世界は、“それによって成り立っている部分”もあるから——

 

「納得、いかないかい?」

 

「……頭では解っているんです。ただ、もっと他にやりようはあったハズだとも思えてしまいます。それこそ、相手と話し合ってみるだとか、他の条件で何とか妥協してもらうだとか……」

 

「んまぁ、ユノが選択した手段はよ、外敵を退けるのに最も有効な、最短かつ最小限の被害で済ませる方法だったってことだな」

 

「それも、やむを得ない場面ではありました。現に、あの時ユノさんが対処してくれていなかったら、まず菜子ちゃんは確実に拉致されていたでしょうし、俺もあの場で始末されていたかと思います……」

 

「最適解——とまでは言い切れないけどよ、実際にアイツのとった行動は結果的に、カンキちゃん達の未来に繋がったことは確かだ」

 

「……一人の未来が、潰されました」

 

「オレちゃん解った。カンキちゃんはな、優しいんだよな。まあ、だから、そう思うのも無理もねぇってなもんだろうさ」

 

 向き合うこちらに、穏やかな調子でネィロは続けてくる。

 

「ユノのように、潔く割り切っていけとまでは言わねぇさ。その優しさをずっと忘れずにいられるのも、れっきとしたカンキちゃんの長所なんだからな。——しかし、そんな平和主義者のカンキちゃんに対してもよ、現実っつぅモンは容赦なく降りかかってくる。それも、性質の悪いことに、こいつぁ誰も避けようが無い必然としてやってくるのさ。……そこで、この必然をできる限り緩和する目的で生み出された制度こそが、ギルドファイト制度ってなもんよ」

 

 自分の目が訴え掛けていく。……それが、何に繋がるのか、と。

 

「カンキちゃんに限らず、誰もがよ、争いなんかしたくねぇんだ。——が、ユノの言う通りよぉ、生き物ってのは、完全には分かり合えねぇようにもできている。残酷にもな。……そんな必然に抗うべく、ギルドファイト制度が生み出された。こいつぁ、町の貢献度で勝敗を決めるシステムだ。んで、最小限の被害に留めたその私闘は、誰もが傷付かず、かつ、与えられた余裕ある時間の中で、お互いに納得し合うためのキッカケとなって機能している」

 

 ラミアとレイランのいがみ合いを思い出す自分。あれも今思えば、先日の時と同じような異なる意思同士の衝突であったとも言えるだろう。

 

「……周りにも、本人達にも被害が及ばないよう工夫されていただけで、何気なく暮らしている日常の中でも実は、先日のような意思の衝突は発生しているんですね」

 

「無理に理解しろとも、無理に納得しろとも、オレちゃんは言わねぇ。カンキちゃんの持つ優しさも、この世界には必要とされているからさ。——ただよ、今回のユノの件も含めて、“この世界はそうして成り立っている”って認識をどうかよ、記憶の片隅にでも置いといてくれると助かるぜ。……どうしても避け様がない、必然という形でな」

 

 と言って、イスから立ち上がったネィロ。そこから自分の下へと歩み寄ってくると、こちらの肩をトントンと叩いて声を掛けていった。

 

「話をして、スッキリしたか?」

 

「……自分なりに考えを整理することができました。ありがとうございます」

 

「ぉう、また何かありゃオレちゃんに相談しろ。いつでも話を聞くぜ」

 

 お礼をして、町長室から去ろうとする自分。と、そうして部屋の扉を開けて、それを閉じようとした時だった。

 

「ぉ、そーだった。——カンキちゃん、ちょい待ちな!」

 

 呼び止めてくるネィロに、自分は動きを止めて振り返る。

 何か別件だろうか。そう思って彼の言葉に耳を傾けると、次にも聞かされたのは“町の住人”についての話だった——

 

「なんでしょうか?」

 

「全く関係ねぇ話になるんだが、先ほどにも“新たな住人”が此処に到着したと連絡があったもんでな。そいつぁ出戻りの形で帰ってきた、龍明に馴染みのあるヤツなもんだからよ。カンキちゃん、これからでも“そいつ”んとこに顔を出して挨拶してこい。いいな?」

 

 

 

 

 

 広いフロアに散りばめられた丸テーブル。ソファや仕切りが無い解放感あるその喫茶店ではよく、ラミア、レイラン、アレウスといったメンツと昼食を共にしている。

 

 この店の前を通り掛かった時にも、自分は普段と異なる店の様子に注目していった。

 喫茶店に集いし、黒服の屈強な男達。皆がサングラスに通信機を装備して、何かの警護にあたっている。見慣れない状況に自分は店の透明ガラスを見ていくと、その先でうかがえたのは黒服に囲まれたラミアの姿だった。

 

 ……誰かと話している。談笑している彼女の姿に自分は店へと足を運び、警護の男達に鋭い視線を向けられながら踏み入った店内。

 

 喫茶店に入るなり、自分は視界の中央に映った光景へと見遣っていく。

 ——警護の男達に囲まれながら、自分達は丸テーブルを囲んで話し込む四名の姿。その三名がラミア、レイラン、アレウスといういつものメンツであったものだが、あと一人である“見慣れない女性”を確認するなり、自分は周囲の状況に納得してしまった。

 

 翡翠色の麗しきドレス姿の、雅やかなその女性。口に手を当てて上品に微笑むその姿は、触れたらひび割れてしまいそうなほどに繊細な雰囲気を醸し出している。

 

 イスに座ったその状態で、百七十八はあるだろう高身長。ミルクティーカラーの長髪は膝辺りまで伸びていて、長いまつ毛や翡翠色の瞳、肌の透明感や頬の感じが、人形を思わせる。翡翠色のドレスが高貴なシルエットを象りつつ、白色の手袋に、翡翠のかんざしというその風貌は、説明が無くとも裕福なお嬢様であることが分かった。

 

 凛々しくてたくましいユノとは異なる方向性で、女性はとても美しい人物だった。これに自分は謎の後ろめたさを感じながら四人の下へ合流すると、こちらを見たラミアが、おいでおいでと手で招いてきたのだ。

 

「あ、ようやく来ましたね。今日は遅かったじゃないですかー。ホラ、カンキさんもご一緒しましょうよー。——なんとですね、イマなら全額“カノジョ”の奢りですから。なので、ココはひとつ、カンキさんもご厚意に預かった方がおトクに済みますよー??」

 

 口元に手を当てるようにして、こちらへ掛けてきたセリフ。これにレイランが呆れ気味に突っ込んでいく。

 

「ちょっとラミア、あんまそういう言い方をしない方がいいって。……カンキ君これから昼休憩でしょ? なら、一緒にどう? せっかくだから、挨拶も兼ねてさ」

 

 手で席へと促してくるレイラン。これに自分は甘えるよう席に座っていく中で、先ほどからずっと、じっと視線を投げ掛けてくる無垢な瞳と向き合っていく。

 

 丸テーブルを挟んだ向かい側。自分よりも背が高い女性の、相手から言葉を掛けてくるのを期待して待ち続けるサマに、自分はその期待に負けるよう話し掛けていった。

 

「初めまして……ですよね?」

 

「まぁ! 初めまして!」

 

 ぱぁっ、と表情を明るくして手を合わせてきた女性。これに自分がセリフを続けていく。

 

「ギルドマスターのネロさんから、少しだけお話をうかがいました。——俺は、柏島歓喜といいます。まだこちらに来たばかりの新参者ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 

「まぁ、ご丁寧にありがとうございます。わたくしは、メデューズ財閥宗家の第十五代当主ブルイヤールの娘であります、“ニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズ”と申します。どうぞ、お見知りおきを」

 

「ど、どうも……ニュアージュ、さん……?」

 

「お気遣いなく! ニュアージュとお呼びくださいませ」

 

 雪崩のように押し寄せてきた情報量。彼女がニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズという名のお嬢様であることを把握して、自分は会話を続けていく。

 

「以前にも、こちらにお住まいになっていたとおうかがいしましたが……?」

 

「はい! 清らかな空気に包み込まれるこの町、龍明は、わたくしの身を隠すのに絶好な環境でございました。ですので、わたくしはしばらくこちらに滞在していた時期がございます」

 

「身を隠す?」

 

「わたくし自身、外部からの脅威には、常に警戒を払わないといけない立場に置かれているものですから」

 

「それはまぁ、ご苦労が絶えないようで……」

 

 これを聞いていたレイランが、ニュアージュの説明に補足を加える形でセリフを口にする。

 

「見ての通りだと思うけど、ニュアージュはいつ狙われてもおかしくない身分の人間なの。それでね、何でも屋の仕事の関係でメデューズ財閥と親交があったマスターが、ニュアージュの隠居を手伝ったことがあるんだよ」

 

「それじゃあ、ネロさんを通じて、ニュアージュは一度ここに移り住んだことがあるんだ」

 

 レイランの説明に、ニュアージュは「ご説明いただき、ありがとうございます」とおっとりなお礼を述べてから、引き継ぐように彼女が喋る。

 

「その際にも、レイラン様、ラミア様、アレウス様にはお手数をおかけしましたね。おかげ様でわたくしは、隠居生活に留まらない刺激的な日々を送ることができました。——こちらで学びました、何でも屋としてのノウハウは、わたくしにとってかけがえのない財産として今も大切にしております」

 

 ……それが、以前までの話であるならば、それじゃあ今回は一体どんな件でこちらに戻ってきたんだろう?

 

「それでなのですが、ニュアージュさん。再びこちらに住まいを移したということは、今回もそうせざるを得ない事情があるんですね……?」

 

 気になった疑問をそのままぶつけていく。そんな自分の問い掛けに、ニュアージュは一瞬だけ口を噤んでいくと、次にもその説明を始めてきたのだ。

 

「はい。と言いますのも、昨今にも頻発するようになりました、多種多様な魔物による多大な被害の報告を受けまして、メデューズ財閥当主のお父様はわたくしに、安全圏への避難を命じられたのです」

 

「魔物による被害の、頻発?」

 

 ……自分は耳にしていないぞ、その情報。不思議に思った自分の表情が、向かい側の店の窓に映り込む。

 

 それに目が行った時にも、ふと自分は些細な変化に気が付いた。

 ……それは、この話題が出てきた瞬間にもわずかに見せた、どことなく落ち着きがないアレウスの目の動き。勘違いかもしれないほどの小さな動きに自分は不思議に思いつつも、この時間はニュアージュとの会話に花を咲かせたものだった。



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第14話 湯煙と月光 -Seeking a reunion編-

 湯煙と月の光。二つが合わさることで、朧気な幻覚を見ているかのような気分だった。

 

 もはや、この露天風呂の常連だ。今日の業務で蓄積した疲労を、このお湯に溶かしていくつもりで肩まで浸かっていく。その心地良さは極楽と呼ぶに相応しく、身体の中の疲れどころか、自分の身体そのものが溶けてしまいそうな気分になる。

 

 くつろぎの一時。味わうように過ごしていた、朧気な龍明の湯。この日はこれといって思い出す出来事もなく、自分はこの温もりに全てを委ねて、ボーッと夜空を眺めていた。

 

 ……と、その時にも、ひたひたと歩いてくる足の音が聞こえてくる。

 ここは、龍明に住む人間だけが入れる混浴風呂。町の人々が訪れることは承知であり、男の人であれ、女の人であれ、この場で顔を合わせればその日の一日が話題となる。

 

 今日は、どんな話でもしようかな。慣れたようにコミュニケーションモードへ移行した自分が、すぐ脇から視界に入ってきた存在へと視線を投げ掛け——

 

 ——た先で目撃した、女神のような女性の存在感。タオルも巻かずに生まれたままの姿で踏み入ってきた“彼女”の姿を見て、自分は思わずと驚いてしまった。

 

「ユ、ユノさんっ!!? なにやってんすか!!?」

 

「?」

 

 とても不思議そうな表情を向けてきたユノ。その手に掴んだタオルを巻かず、ポニーテールを崩したその長髪を揺らしながら首を傾げていく。

 

「銭湯に入りに来ただけよ」

 

「いや、いやいやいやそうじゃなくて!!! その、手に持ってるタオルを身体に巻いてから来てください!!」

 

「そういう決まりにはなっていないわ」

 

「確かに、任意とは言われておりますが! されど、こちらは公共の施設なんです! だから、こう……暗黙の了解というものがありまして——」

 

「私には関係ないわ」

 

 と言って、ユノ節を突き通しながら露天風呂へと入っていく彼女。

 相変わらずだなぁという気持ちと、一方で、そのプロポーションが別の意味で刺激になる焦燥感。

 

「あの……銭湯でも、いつもこうなんですか……?」

 

「えぇそうよ」

 

「皆さんも、俺みたいにご指摘しますよね……?」

 

「貴方ほど口うるさくはないわ」

 

「でも言われている以上は、やっぱり最低限のマナーは守った方がいいのでは——」

 

「なんでも、この銭湯にはご利益があるみたいね。私がここに訪れる日は、特にそう。その影響なのかは知らないけれど、おかげで今では何も言われなくなったわ」

 

「…………」

 

 そりゃあ、何も言われなくなるだろうな……。だって、注意をしてしまったら今後、”ご利益”が訪れなくなる可能性があるから……。

 

 月光の湯煙に溶け込む存在感。自分と少し離れたその距離で、露天風呂の岩に肘をついて寄り掛かりながら夜景を眺めていく彼女の姿。

 

 ……月夜の精霊。そんな印象を持った光景。確かにご利益がありそうという謎の納得をしていきながら、少し間を置いて話し掛けていく。

 

「今日、ネロさんの下へ尋ねに行ってましたね」

 

「そうね」

 

「勤務時間終了の時刻になっても事務所に戻られなかったので、相当、慎重に話を進めておられたのだとお察しします」

 

「ちょうどいいわ。そのことで、貴方に伝えなければならないことがあるの」

 

 こちらへ振り向いてくるユノ。お湯に広がる髪が水面を押し出しながら、彼女はこちらへとそのセリフを告げていく。

 

蓼丸(たでまる)菜子(なこ)ちゃんを、龍明に迎え入れる手筈になったわ」

 

「そうなんですか! 今日イチの朗報ですよ。菜子ちゃんを龍明で保護できるのであれば、あの子の身の安全は約束されたも同然ですからね」

 

「此処を買い被りすぎよ。でも、少なからずの安全が確証されているのは事実ね」

 

 安堵。自分はホッと一安心しながらも、そんなことを訊ねていく。

 

「ですが、ユノさんの身内の関係者と言えども、菜子ちゃんの査定も必要になるのでは……?」

 

「心配には及ばないわ。——いつでも迎え入れられるよう、既に査定は済ませてある状態だったから」

 

「さすがユノさん」

 

「褒められるべきなのは、ネロさんの方よ。——彼は以前から、私の事情に理解を示してくれていた。今回の件だってすぐに対応してくれて、スムーズに事を運んでくれたものだから」

 

 龍明の夜景を見遣るユノ。自分もその視線を追うように町の景色へと向いていく中で、ユノはそのように言葉を続けていく。

 

「ネロさんとも、それなりに長い付き合いね。彼と初めて出会った時、私の隣には、“ヒイロ”がいたわ」

 

「……蓼丸(たでまる)ヒイロさん、ですか」

 

 ユノの愛人である女性。突如と失踪したことにより、彼女の行方を探るべくユノは探偵になった、という話も聞いていた。

 

「あの……ヒイロさんの行方はやっぱり、まだ分からないままですよね……」

 

「依然としてね。ネロさんにも手伝ってもらっているのだけれど、この五年間、何も手がかりをつかめていないわ」

 

「そのことで、俺、少し気になる言葉を耳にしたんです」

 

 振り返ってくるユノ。

 ……こちらに寄りすがるような、真っ直ぐな目。彼女の視線を正面から受け止めながら、自分は“あの日”を思い返していく————

 

 

 

『んぎゃ——!!』

 

 自分の真上を飛んでいく少女。これに「菜子ちゃん!!」と慌てて駆け寄ろうとした瞬間にも、自分の襟を掴んできた“男性”によって、足止めを食らってしまった。

 

『お仲間かい? なら、見過ごせないね』

 

 振り返る自分。その真横を掠めてくる、槍よりも鋭い刃物の腕——

 

『用があるのは、あの女の子の方なんだ。聞くに彼女は、“蓼丸(たでまる)ヒイロ”という女性の妹さんだそうじゃないか』

 

『それが……っ、それが、どうした……!』

 

『わたしたちにはね、“彼女”という存在が必要不可欠なんだ。だから、“雲隠れした彼女の行方”を喋ってもらうために、まずは妹さんのご協力を仰がないとなんだよね』————

 

 

 

「雲隠れした、彼女の行方……」

 

 引っ掛かる。そういった調子で呟いたユノ。

 ……しばらく思考に耽る彼女。だが、考えたところで答えにありつけないヒントの断片に、自分は見かねるように言葉を投げ掛けた。

 

「彼は既に“いない”以上、その目的について問いただすことはできません。しかし、彼は『わたしたち』と仰っており、あの時点で彼は、ヒイロさんの行方を探っておりました。——そこから考えるに、まず、ヒイロさんは今でも生きている可能性があります。そして、彼と通じているのだろう“その勢力”が、ヒイロさんに繋がる何かしらのヒントを持っているのかもしれません」

 

「”その勢力”はおそらく、先日にも菜子ちゃんとひと悶着を起こした指定暴力団のことよ。でも、”あの組織”とヒイロが関わっていただなんて初耳だわ。……お手柄よ、柏島(カシワジマ)くん」

 

 ザパァッ、飛沫を上げて立ち上がるユノ。そして彼女は真っ直ぐこちらへ歩いてくると、次にも覆い被さるようにして腰を下ろしてきたのだ。

 

「ちょ、なに——」

 

「貴方のおかげで、ようやくヒイロに近付くことができた。今まで足踏みしてしまっていた状況から、ようやく、一歩、踏み出せそうなの。……これも柏島くん、貴方が機転を利かせて、あの場に合流してくれたおかげよ」

 

「俺はむしろ、菜子ちゃんに助けられただけですが——」

 

 自分の背にある岩が、迫るユノから逃さない。

 ——後ろの岩に手をついて、こちらに顔を近付けてきたユノ。これに自分は思考を巡らせて、言葉を選んでいく。

 

「滞っていた物事が動き出したその喜びは、お察しします。なので、少し落ち着きましょうユノさん……!」

 

「いいえ。その前に私は、貴方への感謝を形にしなければならないわ。この感謝の気持ち、今すぐに受け取ってほしいの。——今なら誰もいないから、済ませるなら好都合よ……」

 

 事務所でレイランに見せてきたその姿も含め、この人は”尽くしたがる人”なのか……!?

 

 それも、目先のゴールにくらんでいて、肝心の目の前が見えていないその状態。これに、自分が冷静となって声を掛けていく。

 

「ユノさん」

 

「遠慮しないで柏島くん。私の気持ちを受け取って——」

 

「ユノさん。……これは、違います。だから離れてください。今すぐに」

 

 彼女の肩を押し出して、距離を離す自分。これにユノは拍子抜けな表情を見せてくるものだったから、自分は言い聞かせるようにセリフを口にした。

 

「……これは、俺が望んだ謝礼じゃありません。それに、今はまだ、過程の途中なんです。そして、俺が本当に望んでいるあなたからの謝礼は——ユノさんの、ヒイロさんとの再会を喜ばれるお姿。それを“見届けたあと”に掛けられる感謝の言葉なんです。それこそが、俺にとって何よりの報いになるんですよ」

 

 ゆっくりと、立ち上がっていくユノ。そしてこちらも、“自分自身に従って”その言葉を伝え切った。

 

「だから、ユノさん。俺は、あなたから送られる感謝のお言葉を心待ちにしております。——必要であれば、俺もお力になりますから。なので、このまま足踏みせず、最後まで突っ走っていきましょう」

 

 腰を上げ、胸を張る自分。

 ……向こうの方が高身長である故に、見下ろす形でこちらを見遣るユノ。そして次にも彼女は短く息をついていくと、この自分に対して初めて、ユノは微笑みを見せてきたのだ。

 

「——ありがとう」



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第15話 アフターストーリー -Seeking a reunion編-

 自分が住む、龍明の一軒家。豆腐のように四角い空き家を借りたこの家は、倉庫としての運用が目的とされていたのかもしれない。そんな小さい空間ではあったものだが、住むには十分な環境であったことから、今でも快適に暮らせていたものだった。

 

 そんな自分の住む建物の横には、同じく豆腐の空き家が存在していた。周辺にも似たような空き家が倉庫として使用されていたのだが、その隣の建物へと自分は尋ねかけて、取り付けられたインターフォンを鳴らしていく。

 

 ……ちょっとして、ガチャッと扉が開く。

 そこから姿を現したのは、学生服を模した風貌の少女。こちらの顔をうかがうような、どこか不安そうな表情で見つめてくる彼女へと、自分は挨拶を掛けていった。

 

「おはよう、菜子(なこ)ちゃん。昨日はゆっくり休めたかな?」

 

「…………まぁ、うん。そう、かな……」

 

 口先を尖らせた少女、蓼丸菜子。龍明に移り住んできたばかりの少女は、周囲の目を気にするようにしながら口を開く。

 

「……ホントに寝込みを襲われなかった」

 

「襲う……?」

 

「うん……。アタシを此処におびき寄せて、ひと気の無い場所で密かに始末する算段なのかなって、思ってたから……」

 

 ……相当なまでに追い込まれた環境で過ごしていたことが、容易く想像できる。

 とても苦しく、まともに休むことも許されない日々を送っていたのかもしれない。自分は手で外へ促しながら、菜子を誘っていく。

 

「ユノさんから、指示を受けてるんだ。今日一日、菜子ちゃんに龍明を案内するようにって。良かったら、ちょっと散歩してみない? 気分転換もかねてさ」

 

「あぁ、うん。……名前、なんだっけ」

 

「俺は柏島歓喜」

 

「カシワジマ……じゃ、カッシー、って呼ぶね」

 

「カッシー?」

 

「カッシーってさ、戦えるの?」

 

「え、戦う……?」

 

 探るような目。菜子の、未だに拭えない不安感がうかがえる。

 

「菜子ちゃん。大丈夫だから。この町にいる限りは、誰かと戦うなんてことは絶対に起こらないから」

 

「そんなこと言われても信じらんないから、直接見てから決めるつもり。——そのためにも、備えとして戦力は必要になるから。この環境じゃ、土地勘の無いアタシの方が不利だし」

 

「……菜子ちゃん、俺に任せて。菜子ちゃんに何かあったら、俺が守るから」

 

 意外。こちらの言葉を耳にした菜子は、次の時にも鼻で笑うような反応を示した。

 

「ふっ、ごめん。なんかウケる。アタシより戦えなさそうなのに、よくそんなこと言えるよね。……でも見張りをつけるなら、アタシなんかに簡単に倒されるような人なんか寄越さないか。——カッシーはなに、都合の良い捨て駒なの?」

 

「捨て駒にされてもおかしくない程度には、俺は弱いかもしれない。だから、そっちの意味で安心して。俺が怪しく見えたら、いつでも殴り飛ばしていいから」

 

「なにそれ、イミ分かんなくてウケるんだけど」

 

 作った嘲笑で言い切る菜子。だが少しして少女はこちらを見てくると、次にも見定めるような目を向けながらそのセリフを口にしてきたのだ。

 

「じゃ、美味しいものをお腹いっぱい食べたい。もちろん、カッシーの奢りでよろしく」

 

「菜子ちゃんのためにって、ユノさんからお金を預かってきているから、安心して。だから、遠慮せずに好きなだけたくさん食べようね。——ついてきて菜子ちゃん。町の中央で、一緒に飲食店を物色しよう」

 

 

 

 

 

 と言って訪れた場所は、いつもの喫茶店だった。

 本当にここでいいの? もっとガッツリ食べられるお店とかあるよ? と訊ね掛けた一方で、菜子の答えは「全面窓ガラスだから、周囲の様子をうかがえて都合が良い」というものだった。

 

 警戒心が残るのも仕方が無い。自分は訪れた喫茶店で菜子に食事を振る舞っていき、テーブルいっぱいに広がる料理と空のお皿という光景に立ち会っていく。

 そして、菜子は貪るように食べ物を頬張っていた。絵面的には女の子として問題のあるものだったが、欲求のままにお腹を満たしていく様子はなんだか、安心感まで覚えてしまえる。

 

 それでも、周囲への警戒は怠らない菜子。自前の黒い金属バットをイスに立てかけたその状態で、少女はふとこちらの背後へと視線を投げ掛けた。

 

 警戒? 自分は振り返っていく。するとそこには、こちらを覗き込むようにしていたアレウスの姿があった。

 

「あぁ、アレウス」

 

「…………?」

 

 見慣れない子が、いるけど、一体、どうしたの?

 

 寡黙な青年の口パク。しかし伝えたい言葉が脳裏によぎるこの感覚に、菜子は目を真ん丸にしながら眺めてくる。そんな少女を一旦置いといて、自分はアレウスへと伝えていった。

 

「急遽、新しくここに住むことになったんだよ。名前は、蓼丸菜子。ユノさんの知り合い的な感じで、ネロさんからの許可を得て龍明で保護することになったんだ」

 

「…………!」

 

 よろしく、蓼丸菜子。

 

 快く迎え入れようとしてくれたアレウス。だが、菜子はイスを退けるように立ち上がっていくと、俊敏な動作で金属バットを手にするなり身構えてしまう。

 

 手練れな動きだった。しかし、これに自分は慌てて落ち着けていく。

 

「菜子ちゃん! 大丈夫だから! ——アレウスも、せっかく挨拶してくれたのにごめん! 菜子ちゃんはまだちょっと、龍明に馴染めていないところがあって……!」

 

「…………!」

 

 アレウスもビックリしたらしい。両手を小さく上げてお手上げの意思を見せて佇む彼に、菜子はうかがうような視線を向けながらも、こちらにそれを訊ね掛けてきたのだ。

 

「っ……ねぇカッシー、この人ホントに無害なの? ——なんか、すごくヤな感じがする……」

 

「菜子ちゃん、大丈夫だから落ち着いて。住んでる人達はみんな良い人だから、警戒しなくてもいいんだ」

 

「ごめん。やっぱアタシ、ここに住めないかも」

 

 バットを身構えたままの菜子。その少女に対して、申し訳なさそうな顔をするアレウス。

 

 ……緊張が走る空間。気まずい空気が流れ出し、自分は菜子を連れてこの店を出るべきかと考え始めた、その時だった——

 

 ——それは、元気が有り余る調子で喋る“男の子”の声。

 

「あれぇ!? なんか初めて見るカオがいる!! もしかしてオマエ、例の柏島(カシワジマ)歓喜(カンキ)!!?」

 

 よく通る声だった。それに自分を含む三名が声の主へと振り返っていくと、見るなり駆け足で寄ってくる一人の男の子が乱入してきた。

 

 男の子と言えども、その背丈は百七十四。暴れるようなヴィジュアル系の黒色ショートヘアーというそのナリは、彼から見た右目が青色、左目が黄色という光の無いオッドアイをガンガンに見開いていく様子でより強調されている。

 

 服装は、両肩からずり落ちた黒色のパーカーに、七分丈の黒色のパンツというもので、それぞれに眩しいほどのピンク色のラインが入っている。加えて、全身タイツの要領である黒色のインナーを着用し、黒色とピンク色の靴で駆け寄ってくるなり、彼は見慣れない顔であるこちらへと一気に覗き込んできた。

 

「うわぁーー!!! ユノが認めたヤツって聞いてたから期待してたけど! なんか思ってたよりフツー!!! アッハハハハ!!! マジ笑える! で、オマエ柏島歓喜だよな!!? え、違う!?」

 

「は、初めまして……仰る通り、俺、柏島歓喜だけど……」

 

「だよなァ!! なんかそんなカオしてるモン!! あ、オレオレ。オマエはオレのコト聞いてる?? 知ってる?? ねぇねぇ」

 

「いや……初めましてだけど……」

 

「えじゃあ知らない!? ならジコショーカイ要るよね!!? オレ、“オキクルミ・トリックマスター”って言うから覚えて!! 絶対!! いい!?」

 

「よ、よろしく、オキクルミ……」

 

 オキクルミ・トリックマスター。そう名乗った彼は、目玉が落ちそうな勢いで見開きながらこちらに迫って来る。その距離も初対面とは思えないほどにだいぶ近く、鼻先が当たってもおかしくないくらいの迫り具合で初対面を果たしたものだった。

 

 ……それでいて、オキクルミという名前には聞き覚えがあった。この時にも脳内に巡ってきたのは、先日にもこの喫茶店で交わしていた、ラミアとレイランの会話——

 

 

 

『アレウスさんはー……まー、そーですね。今現在、龍明であのヒト(ユノ)に食い下がれる何でも屋は誰かと問われましたら、ウチはアレウスさんと、“オキクルミさん”の名前を挙げますけど……』

 

『おおっ! 珍しくラミアと意見が合った……。私も、その二人の名前を挙げるかも!』

 

『数あるご依頼への対応力や、戦闘のセンスを加味して考えますと、そのお二方が残るのは必然かと——』

 

 と、ラミアはふと思いついたようにハッとすると、次にも彼女はレイランへとそれを持ちかけたのだ。

 

『レイランさん。ここは一つ、賭けをしませんか?? もしも、万が一、アレウスさんとオキクルミさんがギルドファイトで勝負することになりましたら、レイランさんはどちらに賭けます??』————

 

 

 

「ドコ見てんの??? なんか思い出してた??」

 

 光の無い笑み。剥き出た目玉でギョロッと見遣り、吊り上げた口角が頬に刻み込まれる。意識を途方に飛ばしていたこちらへとオキクルミは尋ね掛けると、首を九十度と傾けながら、再度とセリフを口にした。

 

「オレのコト、知ってたでしょ?? ね???」

 

「聞き覚えはあったけど……どうしてそれを……?」

 

「そんなカオしてた」

 

 ニヤッ。笑っていない満面の笑み。矛盾しているようなそれに自分は言葉を失っていく中で、オキクルミはふと、バットを構えていた菜子に気が付いていく——

 

「あれェ!!? 見慣れないカオがもう一つ!? なんで!? もう一つの柏島歓喜!?」

 

 ズカズカ。場の空気を読まない前進。迫るオキクルミに、菜子は警戒のまま数歩と引き下がっていく。

 

 だが、彼は止まらない。少女の様子も見ない。自分はそれを止めようとして手を出したものだったが、時すでに遅し。躊躇なく近付くオキクルミを見て衝動に駆られた菜子は、次の時にも悲鳴のような声を上げてバットを振るってしまったのだ。

 

 止めようがない。ただ自分は、「待って菜子ちゃん!!」と声を上げて駆け出していく。しかし振るわれたバットはそのままオキクルミのこめかみに直撃してしまい、これを受けた彼の頭からは、“大量の針金が生え始めた”——

 

 ——ぶつかったバットを呑み込んでいく、パキパキと音を立てながら蠢くそれ。まるで意思を持つかのように針金はバットへと絡みついていくと、直後にも伝うように菜子の手元まで伸びたそれによって、少女は金属バットを取り上げられてしまったのだ。

 

 ……怯える菜子。自分はすぐ少女に近付いて、抱き留めるようにしながら「大丈夫だから、落ち着いて!」と声を掛けていく。

 

 その間にも、オキクルミは「お?」といった様子で、持ち上げられていたバットへと振り向いていた。それでいて、衝撃を受け止めた針金の束を気にすることなくバットを手に取っていくと、次にも彼はニッとしながら、剥き出した目でそうセリフを口にしてきたのだ。

 

「クリーンヒット!!! ヨワいとこ、よく知ってるね!!! コッチの柏島歓喜はもしかして強いの!? ねぇねぇ!!」

 

「オキクルミ! この子を驚かせないでくれ! 頼む!」

 

「驚かせる?? いつのハナシしてんの?? ——てか結局、どっちが柏島歓喜??」

 

 気に留める様子もなく、オキクルミは純粋な疑問に首を傾げていた。

 

 と、彼の背後から手を伸ばしたアレウス。それをオキクルミの肩に置いて彼を振り向かせていくと、アレウスは語ることもなく無言で静止を訴え掛け始めた。

 

 ……視線がぶつかり合う二人。不気味なほどに冷たい沈黙が流れると、ふと、オキクルミは思い出したようにそう喋り出したのだ。

 

「——あぁそうだそうだ!!! ねぇアレウス、“ギルドファイト”の件、考えてくれた?」

 

 突然の単語。これにアレウスが手を離してオキクルミから距離を取ると、アレウスに構う事なくオキクルミはそう続けていく。

 

「最近になって、魔物の数が急激に増えてきてるってハナシは、もう聞いてるよね?」

 

「…………」

 

「それってさ——オマエのせいなんじゃねーの」

 

 ドスの利いた、落ち着いた声音。光の無い瞳はそのままに、細めた目つきと、ハキハキとした口調でオキクルミはアレウスと向き合っていく。

 

「オマエが来てからさ、龍明周辺における魔物の被害報告が増えてきてんだよ。それだけじゃなくて、日を追うごとに魔物の数自体が着実に増えつつあってさ、その影響で、近隣の農村や村里が危険な目に遭ってんだ。で、オレはさ、魔物の数が増えつつあるコトを把握してたから、それで先回りしてヤツらを狩猟して、なんとか近隣の平和を保ち続けてきたワケなんだけど——」

 

 菜子から取り上げたバットを、自身の手に軽く打ち付けていくオキクルミ。先ほどまでの破天荒なサマとは別人格の、落ち着きながらも秘めた怒りを漂わせたその声音を以てして、オキクルミはアレウスへとそれを言ってきたのだ。

 

「——ショージキ、こんないたちごっこを続けてちゃあさ、結局、何の解決にもならねーよな?」

 

 バットを手放したオキクルミ。そして、彼のパーカーの袖から伸びてきた針金がキャッチして、床に置いていく。それと同時に、パーカーの内側から伸びてきた針金が蠢いていくと、パーカーの内ポケットから一つのファイルを取り出すなりオキクルミへと手渡してきたのだ。

 

「魔物の出現報告と、魔物討伐の依頼件数。それと、龍明の周辺地域における、出現した魔物の種族や生態系から、襲撃する際の傾向をまとめた対策用の資料。他、襲撃を受けた現地での証言や、捕獲した魔物の解剖結果といった、多岐に渡る過去数年分のデータが、このファイルに入ってる。——コレにはね、オレが毎日欠かさずに記録していたお手製の統計に加えて、ユノに依頼して集めてもらったデータも入ってるんだ」

 

「…………」

 

「それでさ、この過去数年分のデータを見ててさ、オレ気付いちゃったんだよね。何だと思う? それはさ——“アレウスが龍明にやってきた日”を境にして、龍明の周辺地域で“獣系の魔物”が急増してるんだよ」

 

 アレウスへと寄っていくオキクルミ。互いに触れ合う至近距離まで詰めてきたオキクルミは、目玉をギラギラとさせながらアレウスにそれを問い掛けた。

 

「心当たり、あるんでしょ??? なんでそれを解ってて、オマエはずっと黙ってんの、ねぇ?? もしかしてさ、それを喋ったら、“みんなを敵に回すかもしれないから”とか、そんな理由で黙ってるんじゃないよね?? ね???」

 

「…………」

 

「あとさ、コレ周りの人に見せたらさ、みーんな、アレウスのコトを疑い始めたよ?? そんな代物をさ、ギルドマスターに見せちゃったら、一体どーなるのかな?? どんな反応するのかな? すごい気にならない?? なるよね??」

 

 剥き出した目玉で首を傾げていくオキクルミ。これにアレウスは複雑な心境の表情でただただ向き合うだけであったため、オキクルミはうんざりといった顔で息をつきながら、そう会話を締めくくってきたのであった——

 

「んじゃ、コレ、ギルドマスターに提出してくるから。で、オマエにホントのことを喋らせるための“ギルドファイト”を宣言してもらうから、そこんトコよろしく。——オレ、ホンキで龍明の人達を守りたいって思ってるからさ。オマエに疑いがある以上、情けなんてできねぇから。覚悟しろよ」

 

 

 

 【1章2節:Seeking a reunion ~END~】

 

 【1章3節:縄張り争い】に続く…………。



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【1章】3節:縄張り争い (アレウスvsオキクルミ)
第16話 龍明の仲間


 黒服の警護が厳重である喫茶店。ついてきた菜子と共に、一目で誰が来ているのかが分かる光景へと足を運んでいくと、そこではラミア、レイラン、ニュアージュというメンツが優雅にお茶を嗜んでいたものだった。

 

 この空間を司る、お嬢様本家のニュアージュ。雅な慎ましさでティーカップを持っていた彼女は、こちらに気が付くと無垢な瞳で迎え入れてくる。

 彼女の視線で向いてきた、ラミアとレイラン。先ほどまでのすまし顔を解いて通常モードに切り替えていくと、次にもラミアは気に掛けるようにこちらへ問いかけてきたのだ。

 

「どうでした?? “あちら”の様子は」

 

「予定通り、ギルドファイトが行われることになったよ。というか、既にもう始まってる」

 

「あちゃー、ホントにあのお二方がぶつかり合うとは、ナニが起こるか分からないモノですねー」

 

 他人事の軽い調子ではありつつも、さすがのラミアもどこか気にしている様子だった。

 

 つい先ほどにも、自分は町長室で立会人をしてきた。それは、先日にも遭遇した二人の衝突の続き。喫茶店での場面に出くわした自分と菜子は、当事者として町長室に呼び出されることになっていた————

 

 

 

 

 

 町長室に訪れた時には既に、“次のギルドファイト”を開始するためのミーティングが進められていた。

 

 行動を共にする菜子と共に、「失礼します」と入室する。これに、居合わせたアレウスとオキクルミから険しい視線を送られた。

 

 尤も、二人の反応は当然だった。それも、お互いに龍明の中で上位を競う実力者。そんな彼らがいがみ合うこの空間は重圧的であり、繊細に扱わなければ、自分の身も危ういとさえ思えた。これには菜子も不安な眼差しで自分を見遣ってくると、こちらの服の裾を掴むようにしてくっ付いてくる。

 

 すぐにも、ギルドマスターとして立ち会っていたネィロが声を掛けてきた。

 

「よぅ、お疲れさん。わざわざ来てもらってすまねぇな、カンキちゃんと、菜子ちゃん」

 

「いえ、俺らも当時は現場に居合わせていたものですから、今回のギルドファイトも立会人として参加させていただきます」

 

「カンキちゃんも、ギルドタウンっつぅモンにこなれてきたねぇ。その調子で、菜子ちゃんのコトもよろしくな」

 

「お任せください」

 

 菜子が見遣ってくる。ちょっと不服そうだったものの、服の裾は掴んだままだった。

 

 こちらはさておいて、ネィロは改めてといった具合に、アレウスとオキクルミへそのセリフを掛けていく。

 

「じゃあ、本人達の同意が確認できたため、これより、アレウス対オキクルミ・トリックマスターのギルドファイトを許可する! ——と言いたいところなんだが、如何せん今回の件は中々にデリケートでな。今回の私闘は、お互いにそれ相応の信念をぶつけ合う戦いになるだろうからよ、間違いがねぇよう、最後にもう一度だけ確認しておくぞ」

 

 二人の顔を見遣るネィロ。そんなネィロを凝視する二人。

 

「まず、このギルドファイトを実施する目的だ。事の発端は、昨今にも増加傾向にある魔物の出現を受けてのこと。過去数年分のデータから見るに、この魔物が決まって“特定の種”であることが判明していて、かつ、“その種が出現し始めた時期”と、“アレウスが龍明にやってきた時期”が被っていることから、オキクルミは、この魔物はアレウスが呼び込んでいると踏んで、それを白状させるための手段としてギルドファイト制度を利用した。というのが、今回の目的。という認識でいいな?」

 

 ざっくりとしたネィロの確認に、オキクルミは見開いた瞳で口角を吊り上げていく。

 

「そー!! オレもさー、わざわざこんな手間掛けないでさっさと喋ってくれればいいのにな、って思ってたんだけどさ。でも、アレウス、なーんか隠してるっぽいから、頑なに喋ろうとしないんだもん。だから、こうなったらギルドファイトで無理やり吐かせよーって思ったワケ」

 

 ぐりん、と首を曲げてアレウスを見遣っていくオキクルミ。これに、アレウスは視線を合わせることなく真正面を向き続けていく。

 

 と、ここでオキクルミはネィロへと向いていくと、次にもそのセリフを繰り出してきたのだ。

 

「でもさー、ギルドマスターも大概だよね??? だってさ——アレウスがホントのコトを喋ろうとしない理由、ギルドマスターも知ってるんでしょ」

 

 寒気が走る低音。オキクルミは、頭が落っこちるような挙動で首を下げながら、ネィロの顔を覗き込んでいく。

 

「ギルドマスターはさ、ホンキで龍明を守る気、あるの? ただでさえ周辺地域で獰猛な魔物が猛威を振るっているこの現状でさ、犯人と思しき存在が自分の町の中に紛れ込んで、さも当然なカオして生活しているんだよ? ——元凶を放っておいて、何がギルドマスターなの? オマエさ、この町のコト、ホンキで考えてなんかいないんだろ?」

 

 ……容赦のない言葉だった。これに自分がハラハラして見守る中で、ネィロはサングラスの位置を直す仕草を交えながらそう答えていく。

 

「まず、アレウスちゃんの正体を知っているか知らないかで言ったら……知っている」

 

「でしょ???」

 

「だが、飽くまで『ある程度』だ。そんなカンペキに、オレちゃんはアレウスちゃんのことを知り尽くしているワケではない」

 

「でも、それじゃあナンデ、分かっていてアレウスを野放しにしているの?? このまま放っておいてさ、いずれアレウスが龍明を滅ぼしたなんて言ったらさ、オマエどう責任とるつもりでいんの???」

 

「アレウスちゃんには、アレウスちゃんなりの事情ってもんがあるのさ。だろ?」

 

 ネィロが、アレウスへと視線を投げ掛ける。これに、彼は少しばかりと申し訳なさそうな顔を見せていくと、そのまま小さくコクリと頷いて、俯いてしまった。

 

 だが、これにはオキクルミが黙っていない。

 

「ギルドマスターもさ、元凶との仲良しごっこも大概にしろよな。——ギルドマスターがどんな権限を振り回そうが、オレはこのギルドファイトに勝って、アレウスにホントのコトを喋らせるから」

 

「まぁよ、アレウスちゃんにどんな事情があろうとも、ギルドファイトとなっちゃぁ、オレちゃんは口出しも手助けもできやしねぇ。——加えて、オレちゃんは、オキクルミちゃんが龍明のことを大好きでいてくれて、オレちゃん以上に龍明のことを考えてくれているってことくらい分かってんだ。こいつぁ、アレウスちゃんとオキクルミちゃんの私闘。どちらが勝って、どちらが負けたとしても、オレちゃんに異論は無い」

 

 まだまだ言い足りない様子のオキクルミ。だが、ここは口を噤んで視線だけで勘弁したところで、ネィロは彼へとそれを投げ掛けたのだ。

 

「っつぅことだからよ、このギルドファイト、オキクルミちゃんが勝てば、アレウスちゃんは自分の正体を素直に自白する、という条件で運んでいくんだが。——逆にだ、このギルドファイトで、オキクルミちゃんが負けた場合の条件も考えねぇと、公平ではないな」

 

 それを耳にしたオキクルミ。そこからボーッと天井を眺めて思考を巡らせていくと、次にも彼はそんな条件を口にしていく——

 

「じゃ、オレが負けたら——“此処”を出ていく」

 

 アレウスが振り返る。これに自分も衝撃を受けていく中で、ネィロは尋ねるように確認をとっていった。

 

「……オキクルミちゃんは、自分が負けたらこの龍明を出ていく、と。……その認識でいいのか?」

 

「うん。だって、アレウスは仮にも龍明の住人だから、つまり仲間じゃん??? その仲間を疑うだけ疑っておいてさ、ギルドファイトで負けたから、じゃあ今まで通り仲良く暮らしていこー、なんて都合良すぎない??? ——みんながそれでもイイって言ったとしても、オレは、一度でも仲間を疑った自分自身を許せない。それに、ギルドファイトをけしかけてまでして仲間を疑った人間を、龍明の中に置いておきたくなんかない。だから……仲間を追い詰めたケジメとして、負けたら、オレはこの町を出ていく」

 

 ——それは、龍明を愛するが故の覚悟だった。

 

 本気で、龍明という町を守りたい。彼の想いにネィロは何か喋ろうとしたものだったが、出掛けた言葉を呑み込むようにして他所へ視線を逸らし、すぐにも向き直ってはオキクルミへその返答を行っていく。

 

「……分かった。それじゃあ、その条件で行こう。——オキクルミちゃんが勝利すれば、アレウスちゃんは自分の正体を自白。アレウスちゃんが勝利すれば、オキクルミちゃんは龍明を脱退。お互い、その条件でいいな?」

 

 ネィロの問い掛けに、オキクルミとアレウスは頷いていった。

 

「——分かった。では、これより、アレウスとオキクルミ・トリックマスターによる、ギルドファイト制度に則った私闘を許可する!! ライバルに勝利するためにも、各々、この龍明に多大な貢献を捧げてみせろ!!」

 

 

 

 

 

 一連の流れを、喫茶店にいる面々にも説明した。これを聞いた一同は呆気にとられたようなサマを見せていく中で、レイランは心配する声音でそれを喋り出していく。

 

「……なんか、とんでもないギルドファイトになっちゃったね。アレウスの正体とか、そういうの、私は気にしたことなかったし。かと思えば“クルミ君”が自分からそんな条件を提案してくるなんて……」

 

「クルミ君?」

 

 すごい素朴な疑問。これにレイランが答えてくれる。

 

「あー、そうそう。オキクルミ君だから、クルミ君。けっこういろんな人からクルミ君って呼ばれてて、彼、すごい愛されてるんだよ」

 

「そうなんだ……」

 

 そんなことを聞かされてしまったら尚更、彼が龍明を脱退するという条件が重々しく感じられてしまう。

 

 気が重くなった自分は、テーブルの上を見遣っていく。そこで、ニュアージュが自分でカップへと紅茶を注ぎ、それを、同席する自分と菜子へと渡してきた。

 

 これに、自分は「ありがとう」とお礼を言いながら受け取って、一口飲んでいく。それでいて、菜子もまた、慣れない面々に警戒しながらも紅茶を一口。おそるおそると近付けた口でそれを啜っていくと、次にも菜子は目を光らせて、思わず呟いていった。

 

「っ——美味しい」

 

 隠しきれない喜び。これにはニュアージュも、手を合わせてご機嫌に。

 

「まぁ! お気に召したようで、何よりです! こうして再び龍明に身を移したものですから、皆さんに振る舞うべく、わたくし張り切ってお高めな紅茶を取り寄せたんですよ」

 

 お高めな紅茶。そのワードに、ラミアが即座に反応した。

 

「お、お高めな——!? い、言われてみましたら確かに、普段よりも上質なお味と言いますか……??」

 

 即座にレイランが突っ込んでいく。

 

「いや絶対わかってなかったでしょ」

 

「よ、余計なコト言わないでくださいよ!! ウ、ウチだってですね、これくらいの味の変化、お教えいただけましたら分かるんですから!!」

 

「けっきょく、教えてもらわないと分からないんじゃん」

 

「しょ、庶民には馴染みの無いアジなんですから、そんなの当然じゃないですかー!! そーいうレイランさんこそ、アジの違いなんて分かっていなかったんじゃないですか!?」

 

「私は分かってたよ? 昨日の紅茶と違って今日の紅茶は、厚みのある葉っぱの、どっしりとした甘いコクが口の中にのしかかるような感じがしていて、昨日の紅茶の、レモンが利いた爽やかな風味とは全然違うなって思ってた。こう、今日の紅茶は、アンティークなお部屋の中で飲みたいな。それこそ、ユノさんの探偵事務所とかで!」

 

「え…………なんですかソレ、すっごい具体的じゃないですか……この一杯でソコまで分かったんですか。怖……」

 

「ちょっと、なんで怖がるの」

 

 急に微笑ましい。これにニュアージュが、お上品に口元を押さえていく。

 

「まぁ、うふふ。なんて楽しい場所なんでしょう。この町はどんなに長居をしていても、全く飽きが来ませんね。——ラミア様、レイラン様。こちらの紅茶でありましたら、これから毎日でも振る舞いいたしますよ」

 

「ホントですか!? さすがはニュアージュさんー!! やっぱりこう、本場のお嬢様は違いますねー!! ではでは、ご厚意に預かってマイニチご馳走になります!! あ、もう一杯いただきますねー」

 

 目を輝かせながらポットを持つラミアに、レイランは「みっともないな~……」と呆れながら呟いていった。

 

 喫茶店で展開される日常。これを自分が眺めている横で、菜子はその光景をじっと見つめていく。

 

「どうしたの、菜子ちゃん」

 

 声を掛けてみた。すると、少女は「あっ、いや」と言葉を置いていき、その間にも言葉を探すように少しだけ視線を漂わせていくと、次にも菜子はそのセリフを口にしてきたのだ。

 

「……その、アタシ……誰かとこうして、何かをしながらゆっくり過ごすってこと、今までしたことなかったから……」

 

「こうして、誰かとお茶をするってこと?」

 

「ち、違う違う。いや違くはないけど。えっと……」

 

 自分の感情を、上手く言い表せない様子だった。それでも菜子は頑張って言葉を探していくと、ちょっと恥ずかしがる素振りとして、持ち上げたティーカップで口元を隠すようにしながら、そんなセリフで返答してくる——

 

「……すごい長い間、ずっと独りだったから。だから、こうして誰かと一緒に過ごすのが……し、新鮮に感じられて……た、楽しいな……? とか言って……」

 

 …………。

 

 次にも、菜子を見ていた一同がニヤァっとした。

 これには、少女が赤面で立ち上がる。

 

「ばッ——な、なにその顔っ。からかってんのっ!? ふざけないでよっ!! やっぱみんなキライっっ!!!」

 

 喫茶店に響かせた、照れ隠しの必死な声。ゆでだこのような顔の赤さで、自身の全身に響き渡る声で菜子は言い放つと、次にも少女は衝動のままに外へと駆け出してしまった。

 

 これには、謝りながら追いかける自分。同時にこの後ろでは、微笑ましくもやりすぎたという冷や汗の微笑を、一同が見せていたものだった。



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第17話 付き添う者

「まぁ、カンキちゃん今日もお使い頑張っているわねぇ! これ、良かったら持って行って!」

 

 魚市場のおばさんがそう言ってくれると、一匹の大きな魚を自分へと手渡してきた。

 赤色で肉厚な、タイのような立派なそれ。真昼の龍明が、その獲れたての新鮮さを一層と輝かせていく中で、自分は感謝の気持ちと共にお礼を述べていく。

 

「今日も頂いてしまってよろしいんですか? いつもありがとうございます。毎度とサービスしてもらっている気がして、ただただ恐縮するばかりです」

 

「そんなこと、若いんだから気にしなくてもいいのよ~。わたしたちはね、カンキちゃんみたいなお若い人達に、健康でいてもらいたいと思ってやっていることなんだからね! ——それに、聞いたわよ~。ユノちゃんの探偵事務所、また助手の子が増えたんだってね!」

 

「そうですね。最近こちらに引っ越してきた女の子なんですが、先日、正式にユノさんに雇われたもので」

 

「それじゃあ人数が増えた分、いっぱい食べてもらわないと困っちゃうわ~! あ、もう一匹オマケする?」

 

「いえいえ! そんな! でしたら代金を支払わせてください!」

 

「んも~! そんな遠慮しちゃって! 若いんだから、お魚の一匹や二匹くらい貰っておきなさいな! はい!」

 

 軽く叩くような素振りと共にして、おばさんからもう一匹いただいていく。イシダイのように黒白の縞々が特徴的な魚を受け取り、自分は何度も頭を下げてお礼を告げていきながら、今晩の食材を提げた紙袋に入れて魚市場を後にしていった。

 

 自分の顔が、だいぶ広まった町の中。ここに来てから、どれほど経過しただろうか。既に懐かしいとさえ感じてしまえる時の流れに、自分は潮風を浴びながら港を歩み進めていく。

 そこで、港と隣接する龍明の浜辺から、菜子が走ってきた。その腕にスイカを抱え込みながら。

 

「菜子ちゃん、手伝ってくれてありがとね」

 

「な、なに急に。別に、お礼とかいらないし。……でもさ、探偵の助手って聞いてたのに、やってることは買い出しとかお掃除ばっかりで、なんか、思ってたのとちょっと違う……」

 

 ぶーっと口を尖らせる菜子。これに自分は苦笑しながら少女と歩き出していく。

 

「俺も最初はびっくりした。え、これ、助手というより家政夫じゃん、って」

 

「なに、カッシー、ずっとこんなことを続けてきたの?」

 

「そうだね。たまに、ユノさんの依頼に同行する形で町の外に出ることもあるけれど、基本はこうしてお買い物をして、事務所のお掃除をして、料理を作って、ユノさんの身の回りのサポートをこなしていく、っていうのが主な業務になるのかな」

 

「えぇー……なんか、地味。アタシはさ、探偵の助手って聞いた時は、こう、探偵っぽいコートを着て、ハンチング帽なんかもかぶったりしてさ、虫眼鏡を片手に持ちながら、ユノさんと一緒に、『犯人はアナタです!!』ってするのかなって想像してたんだけど……」

 

「菜子ちゃんはそうしたかった?」

 

「なッ、別にそんなんじゃないしっ! 想像しただけなんだってば!」

 

「想像はしたんだね」

 

「なァ——っ」

 

 反応が面白くて、ついからかっちゃう。自分のこれに、気に入らないという眼光で菜子は睨みつけながらも、その頬を赤く染め上げていく。

 

 龍明という町にだいぶ打ち解けた様子の少女。環境に慣れてからの菜子は自然体で過ごせるようになっていて、以前までの警戒せざるを得ない緊張感からは、解放できたようにうかがえた。これには自分も一安心。

 

 そんな菜子は、つい先日にもユノの助手に任命された。課された業務はこちらと同じであり、念には念を入れた監視という名目で、菜子はこちらに同行するよう指示を受けているこの状況。そのために、日中の活動においては、自分は菜子と行動を共にすることがほとんどだった。

 

 ……仕事の立場上で、という理由で会話できる話し相手に、菜子も満更ではない様子。特にこの少女、独りでいる時間を苦痛に感じるようで、自室に戻る深夜以外では常に、誰かの傍にくっ付いて行動するような傾向が見られる。

 

 それは、自分然り、ユノ然り、ラミアやレイラン然り。そんな少女がより快適に暮らせるよう、陰ながらのバックアップを心掛けてきた自分。今では料理を教えたりしていて、こうして龍明で過ごす日々に幸せを見出してくれればいいなと、自分は心から願っていたものだった。

 

 

 

 海岸からそれほど離れていない、一直線に伸びる海沿いの道路。傾斜が特徴的な龍明の、平坦に続くこの町並み。もっと上にある層が繁華街として賑わいを見せていく中で、この道は観光客用のホテルに事務的なオフィスといった、落ち着いた建物が建ち並ぶ光景を展開している。

 

 そして、この道にも、上の層にある町の中央広場のような、傾斜の出っ張りを利用した小さな公園が存在していた。滑り台やシーソーといった遊具が見受けられるこの場所に、自分は何気なく視線を投げ掛けていく。

 

 するとそこでは、優雅にティーカップを持って海岸の景色を眺めるニュアージュが存在していた。公園のベンチにひとり座っていて、無垢な瞳でさざ波を見つめているその様子……。

 

「……あれ、ニュアージュだよな? 黒服のお兄さん達がいないけど……」

 

 周囲を見渡す自分。菜子も「お嬢様なんでしょ? いくらなんでも無防備すぎない?」と返してくるものだったから、自分は様子を見に彼女の下へと向かうことにした。

 

 近くまで迫っても、まるで人の気配を感じられない。この距離も、普通に声を掛ければニュアージュの耳に届くことだろう。

 そんな近くまで迫ってから、自分は彼女をうかがうようにしながら言葉を投げ掛けていく。——つもりで、その一歩を踏み出した時のことだった。

 

「どのようなご用件で?」

 

 眼前。瞬きもしていない空間から”男”が現れた。

 百九十という背丈のかしこまったその男性。年季のある声音で執事の服を身に纏うそのサマと、ウェーブがかかった黒色の長髪が対照的。あごに生やした髭も紳士とは異なる風貌を醸し出しながら、その長髪の前髪、左右から流れてくるそれで両目を隠していて、それを耳の裏から流れている髪と結ぶことによって、前髪の位置を固定しているという風変わりなもの。

 

 前髪を結ぶ白色のリボンは、可憐だった。そんな前髪を揺らしながら、胸の前に手をやったかしこまる様子でこちらに立ち塞がる男性。これに自分と菜子は驚いて声を上げていくと、次にも景色を眺めるニュアージュからそのセリフが掛けられたのだ。

 

「“キャシャラト”、彼らはわたくしの良き友人方です」

 

「これはこれは、失礼いたしました」

 

 ニュアージュの言葉に、男性は一礼しながら道を開けていく。これに自分らは戸惑っていると、腰を上げたニュアージュがこちらへと歩み出してきた。

 

「ごきげんよう、カンキ様、菜子様。わたくしの部下がとんだご無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした」

 

「いやそんな……」

 

 目の前まで移動してくるニュアージュ。持ったままのティーカップを隣へ差し出していくと、背景と溶け込むように一礼していた男性がそれを受け取っていく。

 

 この様子に、自分は問い掛けずにはいられなかった。

 

「それで……ニュアージュ、そちらの方は?」

 

 自分が訊ね掛けていくと、顔を上げて真っ直ぐと向いてきた男性。聞くまでもなさそうな存在だが、それでもニュアージュは丁寧にそう返してくれたものだった。

 

「わたくしの召使いである、“キャシャラト”という者でございます」

 

柏島(かしわじま)歓喜(かんき)様と、蓼丸(たでまる)菜子(なこ)様でございますね。お名前は兼がね聞き及んでおります。——お嬢様から紹介を賜りました、私めはお嬢様にお仕えする陰ながらの忠誠なる執事、名は“キャシャラト・キャシャロット”と申します。以後、お見知りおきを」

 

 そう名乗ると、キャシャラト・キャシャロットという男性は深々と一礼してきた。

 

 これに自分もお辞儀を返す形で応えていく中で、ふと気になったことをニュアージュへと問い掛けていく。

 

「あの黒服のお兄さん達が見当たらないけれど、ニュアージュの身の安全とかは大丈夫なの……?」

 

 様子をうかがうに至った、先ほどまでの疑問。それを訊ねると、次にもニュアージュは手を合わせながら無垢な瞳でそう答え出した。

 

「まぁ! わたくしのことを心配くださり、ありがとうございます! わたくしの身の安全でございましたら、もう、ご心配には及びません。なぜならば、脅威となるものは全て、このキャシャラトが排除いたしますゆえ」

 

「この私めは、お嬢様が快適に毎日をお過ごしになられるよう常に最善を尽くす、陰ながらの忠誠なる執事でございます。言うなれば、お嬢様に迫る卑しき人間は塵をも残さない、陰ながらの仕事人。私めは、お嬢様を見守る陰ながらの監視役として、お嬢様の身の安全を保障する陰ながらの護衛兵なのでございます」

 

 と、それを耳にしたニュアージュが、むすっとした顔でキャシャラトへと向いていく。

 

「キャシャラト、紹介が物々しいです。お二方を警戒させるような物言いは慎みなさい」

 

「これはこれは! 私めとしたことが、お嬢様のご友人方にとんだご無礼を!」

 

「配慮の欠片も感じられませんわ。キャシャラト、今宵はわたくしの寝室で、就寝前の反省会を行います。——その野蛮な物言いを正すべく、今夜はクラシック音楽を鑑賞いたしましょう! コンサートホールに適した高貴なドレスコード……を模したナイトウェアを身に纏い、蓄音機から奏でられる穏やかな芸術音楽に触れながら眠りにつくのです」

 

「それは素晴らしいアイデアかと。さすがはお嬢様でございます。このキャシャラト、僭越ながらお嬢様の心行くままにお供いたします」

 

「まぁ、楽しみですわね! それではキャシャラト、今宵の鑑賞会に相応しいディナーの用意を任せます」

 

「かしこまりました。このキャシャラト、必ずやお嬢様のお気に召すディナーの場をセッティングいたします」

 

 ……置いてけぼり。独自のペースで展開される会話を前に、ただただ佇む他ない。というか、目的が反省会から鑑賞会に変わっている……。

 

 高貴な空間に放り込まれた気分だった。これに自分はキョトンとしながら隣へ振り向くと、同じくキョトンとしていた菜子と目が合ったものだった。



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第18話 正邪曲直

 晴れ渡る青空から降り注ぐ大雨。矛盾じみた晴れ晴れとした嵐の光景も、今となっては懐かしさを覚えてしまう。

 

 自分が、龍明という町に行き着いた日。その時も、こんな天気だった。感傷とも言えるだろう顧みる気持ちが掻き立てられるこの場面。だが、現在と直面している現場を前にすると、その回顧は嵐に吹き飛ばされるように消え去ってしまった。

 

 

 

 

 

 龍明の外。町の海岸沿いへと続く緩やかなカーブの道の、その途中。大陸には連なる緑の山々が、海には途方の無い波打つ大海原が広がっている。

 あの時にも、ラミア、レイラン、アレウスの三人に自分が拾われたように、今度は自分が嵐の中の見回りをしていたその最中。町の屈強な男性たちと一緒に目撃したのは、海の遥か向こう側の上空で、煙を上げながら墜落していくヘリコプターの姿だった。

 

 そして、ヘリコプターを追うように滑空している大型の魔物というその構図。魔物はクジラと龍が融合したような黄色の巨体を持ちながら、左右に八つずつ付けたヒレを動かすことによって、空を泳ぐように墜落するヘリコプターを追いかけていく。

 

 海の向こうで起きている大惨事に、見回りについてきた菜子がこちらの身体を揺すりながら訴え掛けてくる。

 

「ねぇカッシー! 早く逃げないと! 魔物がこっち来ちゃうって!!」

 

「分かってる! 菜子ちゃんは先に町へ避難してて!」

 

「カッシーだって何もできないじゃんっ! ここにいたら無駄死にするだけだよ! アタシそんなのヤだから!! 早く一緒に逃げようよ!!」

 

 ぐいぐい引っ張る菜子を他所に、自分はスマートフォンを取り出してユノへ連絡しようとする。

 

 ……魔物だけでも倒してもらおう。どちらにしても、あのヘリコプターの中にいる人は助からない。

 

 とは思いながらも胸に渦巻くのは、見捨てるわけにもいかないというこの気持ちと、自分達の力ではどうすることもできない無力感。二つの事態を目の前にしながら、この両方を無事に解決したいという叶わぬ思いが、自分の中で衝突し合っていく、その時だった——

 

「ねぇカッシーっ!! カッ…………っ」

 

 動きを止めた菜子。少女の様子に自分はそちらへ振り返っていくと、その先からはアレウスが駆け付けてきた。

 

 寡黙な青年。騒ぎを聞きつけて合流してきた彼へと、自分は海の向こうへと指を差していく。

 

「人が乗っているヘリコプターが墜落していて、それを魔物が追い掛けてるんだ!」

 

 光景へと見遣っていくアレウス。すると次にも、彼は海へと向かって駆け出していく——

 

 自分は呼び止めようとした。だが、そうする前にも彼は、左手で何かを携えるようにしていくと、その手元から発生した眩い光と共に、刀の鞘が出現する。そして、それを右手で引き抜き、一刀の純正な刃を海へと振るっていったのだ。

 

 それは、波を立てるかのように斬り上げる動作。これを繰り出した時にも刃は空間を裂き、海面を両断する目に見える斬撃が、高速を以てして真っ直ぐと飛ばされていく。

 

 次にも目撃したのは、飛ばされた斬撃が“道を作り出していた”光景。海を裂いた衝撃波が無機質のような形を象り始め、形容し難い輝きを放ちながら、透き通る道を形成していく。その斬撃の名残へとアレウスは飛び込んでいくと、それに着地するなり足場にして、一直線と海の上を走り出したのだ。

 

 かなりの射程距離を誇る斬撃。それを延長するようにアレウスは次々と斬り上げる斬撃を繰り出して、自身の前へと無機質な道を作り出していく。彼の脚も常人ではない速度を生み出しており、彼は間もなく墜落するヘリコプターへと近付いていくと、次にも彼は跳躍と共にして十数もの斬撃を空間へ刻み込んでいったのだ。

 

 落ちる機体の擦れ擦れへと飛ばされる斬撃。周囲がスローモーションにも見えてくる彼の世界の中、手に持つ刀を鞘へと納める動作の直後にも発現した、骨組みのような無機質な四角形。

 

 これに引っ掛かる形で、ヘリコプターが宙に留まっていく。続くようにアレウスは作り出した足場へと着地すると、直後にも、向かってくる魔物へと彼は跳躍していった。

 

 ——携えた刀。精神を集中させる様子。

 居合の姿勢。向かい側から迫る魔物。大きな口を広げ、おびただしい数の肉食の牙が視界を埋め尽くす。

 

 間合いに入った。

 鞘から手を離し、両手で柄を持つ。そして振りかぶる動作で鞘から刀を抜いていくと、豪快ながらも太刀筋のブレない薙ぎ払いによって、その上空には、爆発するように、扇状に広がる無機質な輝きが解き放たれた——

 

 ——足場にもできる、“実体化した斬撃”。刃の長さを無視した、大気上に広がる無機質の扇。砂浜に流れ着く波のように今も広がりつつあるその斬撃は、迫る巨体を真っ二つに両断する。

 

 ……勢いをまとって、彼の頭上と真下を通過した魔物の身体。その隙間から射し込んだ青空の輝きは、刀を薙ぎ払った彼の、その先の天空を見据えて振り切った姿勢が、神々しく映し出されていく。

 

 真っ二つになった魔物が、海へ落ちていく。巨体が落下する海の音が響く付近では、骨組みのような無機質の四角形に引っ掛かるヘリコプターが存在しており、そこから身体を乗り出してきた操縦者がアレウスへと手を振っていた。

 

 落下を始めたアレウスは、働く運動に身を任せる緩やかな動きで下へと向きながら、その勢いのままに刀を振るっていく。そして実体化した斬撃が足場を作り出していくと、アレウスはそこに着地するなり安堵の表情を見せていった。

 

 

 

 

 

 嵐が静まりつつある、穏やかな雨と風。射し込む太陽はそのままに、救助された人が、応援に駆け付けた騎士団に事情を説明するその様子。

 

 反対側には、後光を纏うアレウスが海を眺めていた。刀を携え佇む姿は、戦神の如く。勇猛と呼ぶに相応しい存在感に自分は歩み寄っていくと、こちらへ振り向いてきたアレウスは優しい笑みを浮かべて、そう口パクで喋りかけてきた。

 

「…………!」

 

 犠牲者が、出なくて、本当に、良かった。助けを求められた時、自分では、荷が重いと、思って、駆け付けている、最中にも、不安ばかりが、脳裏によぎって、しまっていた。けれど、結果的に、うまくいって、安心した。

 

「俺からしたら、アレウスがそんな不安を抱えているように見えなかったけれど……そんなに、自分の力に自信が持てなかったの……?」

 

 圧巻とも言える光景だった。“斬撃を実体化する異能力”を持つ彼の活躍は、豪快な鮮やかさを以てして、事件を余裕で解決してしまった。これも彼の実力だったからこその結果ではあったものだが、その本人は自信無さそうにはにかんでいくと、そうセリフを口にしていったのだ。

 

「…………っ」

 

 誰かを、守ることは、そう容易く、なんかない。死というものは、いつだって、隣り合わせにあって、どんなに力を、持っていようとも、生き物である以上は、いずれ死を迎える、さだめにある。

 

「でも、アレウスのおかげで一人の命は救われた。それは誇っていいと、俺は思うけど」

 

「…………っ」

 

 できれば、死ぬというさだめから、遠のいた生活を、送りたい。周囲の人々が、隣り合わせの恐怖に、怯えずにいられて、いろんな性質を持つ、人達が、みんなで笑い合える、楽園のような世界で、一生を過ごしたいと、願うばかりだ。

 

「……俺もそう思う。でも、この世界で生きている以上は、どこかしらで争いというものが起きてしまうのもまた事実なんだよね。——脅威に晒されない平和な世界に、俺も憧れるよ」

 

 こちらの言葉を耳にして、アレウスは俯いてから海を見遣っていった。

 静かに歩いてきた菜子。こちらの会話を聞いて、アレウスをうかがうように顔を覗き込む。それに彼はゆっくり振り向いていくようにすると、菜子は一瞬ビビってこちらを盾にしながらも、次にもそんなことを喋りかけていったのだ。

 

「……アタシさ、アレウス君のことが分からない。アレウス君から伝わってくる、このヤな感じ。——何て言えばいいのかな。言葉にできない感覚的なこのモヤモヤ。今までこれを感じてきた人間がさ、みんな悪いヤツだったもんだから、どうしてこのヤなモヤモヤをアレウス君から感じるのかが、ずっと、分からないままなんだよね……」

 

 喋りながら、少しずつ身体を出していく菜子。これにアレウスは複雑な表情で向き合う中で、菜子は続けていく。

 

「アレウス君はさ……どこから来た人なの? あぁいや、その、ムリに言わなくてもいいんだけど。そのことで、ギルドファイトってやつをやってるんだろうしさ。……ただ、一つだけ、ハッキリさせておきたいことがあるんだよね……」

 

 彼の様子をうかがうようにする菜子。

 

「アレウス君ってさ……アタシ達にとって、イイ人? それとも、わるい人……?」

 

「…………っ」

 

 自分では、区別が、つかない。自分は、善なのか、悪なのか。そのどちらかに属していた、という自覚が、今でも、無い。——だから、判断は、みんなに任せている。そして、自分は、その周囲の判断に、甘んじて、龍明という町で、暮らさせて、もらっている。

 

 曖昧な答えになるよう、言葉を選ぶように口にしたセリフ。それに自分らが視線を送り続けていると、すぐにもアレウスは自ら首を横に振るなり、そう言い直してきたのだ。

 

「…………っ」

 

 いや、自分は、認めたくない、のかもしれない。自分は、悪しき人間である、という現実から、逃れたくて、誰かを守りたいと、願い、平和な世界で、暮らしていきたい、と考えている、のかもしれない。そんな自分に、うってつけな環境が、龍明だった、とも思えてしまえる。……自分は、龍明という町から、出ていくべき存在。なのに、どうしても、離れることが、叶わない。それほどまでに、龍明という町は、自分が望んでいた生活を、体現した、とても大切に思える、町だから。

 

 ——嵐の名残である、海からの強風。これに自分らが晒されて風を浴びていく中、アレウスという人物は表情に陰りをつくりながら、龍明の方角を見遣っていく。

 

 琥珀色の瞳で、向こうにある町を真っ直ぐと捉えた。

 携えた刀が、わずかに音を立てていく。この、握りしめた合図が鳴らされてからというもの、アレウスはその視線をずっと、龍明へと投げ掛けていたものだった。



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第19話 龍明のみんなを守るため

 先日の嵐による一件から、一難去ってまた一難とも言える状況に置かれていた。

 

 昼休憩と思って立ち寄った、いつもと違うカフェの外。自分が菜子と共にそこへ訪れた時にも、入り口付近には緊張感を募らせた町の住人達が集まっていた。

 

 皆が店内へと意識を向けている。それに自分らも立ち会っていくと、その瞬間にもカフェからは破裂するような銃声が響き渡ったのだ。

 急ぎで、菜子を守るように抱えていく。そして、引き下がろうと動き出したこちらに反応するかのように、店内のレジカウンターにいた男性が右手の“指”を向けてきたのだ。

 

「そこの野次馬!! 一ミリたりとも動くんじゃねぇぞッ!! 少しでも怪しい動きを見せたら、店員のお嬢ちゃんの頭を撃ち抜いてやるからなッ!!」

 

 覆面の男。彼は店員の女性を人質にとって、店主からお金を巻き上げている最中だった。

 すぐにも男は、男性の店主へと指を向けていく。左腕に抱え込んだ女性の怯えるサマと、ピストルを模した男の指の、その先端。彼の指先にある空洞は正に銃口とも例えることができて、どうやら強盗は何かしらの異能力者であることがうかがえた。

 

 ……下手な動きは見せられない。自分は、菜子をかばうようにして現場に滞在した。その間にも強盗は店主へと指を突き付けて、頑なに金を渡そうとしない店主を脅し続けていく。

 

 ——誰か、頼れる人に助けに来てほしい。目だけを動かして周囲を見遣る自分。そこへ、視界の隅から“少年”が歩いてきたのだ。

 

「……オキクルミ!」

 

「お??? おー!! 柏島歓喜じゃん!! それと、あー、女の子!! えーっ、名前なんだっけ? たで……? たで……? まいいか——」

 

 明るい調子で喋りながら歩み寄ってくるオキクルミ。しかし、異変を感じ取った彼は次第と笑みを薄めていくと、次にも周囲から、自身へと助けを乞う視線を投げ掛けられていることに気が付いていく。

 

 傍にいた、少年連れの奥様とおじいさん。近付いてきたオキクルミへと、小声でそれを伝え出す——

 

「……クルミちゃん、お店の方」

 

「クルミくん、あれを何とかできないかぇ……」

 

「クルミお兄ちゃん……」

 

 皆が、彼に託すよう視線で訴え掛ける。

 これを請け負い、オキクルミは店内を覗き込む。そして、強盗に襲われているという眼前の光景を目の当たりにした彼は、瞬間にも血相を変えながら飛び出していったのだ。

 

「ま、待てオキクルミ!」

 

 慌てて止めようとした。だが、大地を蹴り出した彼の瞬発力に追い付けない。

 タイルの床を踏みつけたオキクルミ。その音で、強盗がすかさず指を構えていく。

 

「動くなっつったろッ!! いいか! そこから一歩でも動くような素振りを見せたら、このお嬢ちゃんの頭には二発の弾丸が撃ち込まれることになる!! こいつぁ異能力で作り上げたお手製の弾丸でなぁ、撃ち込まれた人間の体内に侵入すると、その熱を感知して、独自の信号を体内に送り出すんだ!! ——全身に伝った信号が脳に達したその時、嬢ちゃんの脳波は弾丸の信号によって書き換えられ、洗脳状態となる。そうなったらよぉ、言いなりになった嬢ちゃんは、一体なにをしでかしちゃうかなぁ?? よぉ。試しに、町の人間でも虐殺させてみるか? えぇ?」

 

「——テメェ」

 

 猛獣よりも獰猛な、オキクルミの眼光。彼は本能を剥き出しにした怒りを目でぶつけながらも、しかし頭は冷静となり、男の威嚇に従うようその場に留まる選択肢を選んでいった。

 

 ——オキクルミのプレッシャーが、大気を伝ってこちらにまでヒリヒリと降りかかってくる。彼が放つ静かなる怒りは強盗にも訴え掛け始めると、男は少しと焦るようなサマで指を店主のこめかみへと突き付けた。

 

 それと同時にして、オキクルミの“異能力”が動き出す。

 彼の足元。七分丈のパンツから、音も無く顔を出してきた“蠢く針金”。それは両脚から二本ずつと脚を伝っていくと、タイルに降り立ち、その隙間の色に同化するように沿ってレジカウンターへと這い出した。

 

 彼の異能力に目もくれず、強盗は店主に急ぐようそそのかす。だが、一方で店主も頑固であり、自身のこめかみに銃口を突き付けられてもなお、店の金を一切と渡そうとしなかった。

 

 ……ほんの一瞬。店主は、オキクルミを見遣る。これに、彼は小さく頷いた。その直後にも、店主がそれを喋り出すのだ——

 

「……悪いが、そいつがどんなに凶悪な異能力であろうとも、見ず知らずの蛮族に町の金を渡すことはできない」

 

「ほほう? どうやら、自分の立場を理解するための知能が足りていないようだな? だが安心しろ。それがたとえ、どんなに頑固で石頭なじじいの脳みそであろうともなぁ、この弾丸を撃ち込みさえすれば、学習もできねぇ単細胞レベルの知能だろうとも容易く洗脳することができるのさ」

 

「……それがどうしたというのかな」

 

「減らず口を叩くんじゃねぇッ!!! おまえがどんなにカッコつけようがな、おまえをこの弾丸で洗脳しちまえば、すぐに金を渡しちまうような操り人形へと成り果てるってことなんだよッ!!」

 

 暫しの沈黙。店主はタイルを見遣り、言葉に間隔を空けつつ、ゆっくりと喋っていく。

 

「なるほど……では尚更、そいつをわたしに撃ち込むといい。その人質の娘を洗脳したところで、きさまにとっては何の意味もなさないだろう。だったら、金の在処に最も近いわたしに弾丸を撃ち込み、洗脳するなりして金を奪い取ってみせるがいいさ」

 

「はッ……知能云々じゃなく、まじで元から頭がおかしいな。——だったらお望み通り、強盗の操り人形へと変えてやるよッ!!」

 

 店主の頭に、強盗の指が食い込む。そして、引き金を引くように親指を曲げた、その瞬間だった——

 

 ——タイルの隙間。迫っていた四本の針金が高速で飛び出して、強盗の手首に絡みついていく。

 これに、驚きの声を上げた強盗。だが、次にも男が目にした光景は、絡みついた針金が意思を持つように蠢き始め、その右手を捻じ切る勢いで、自身の眉間へと指先が向けられていくというものだった。

 

「な、ッんだコレ——」

 

 響く銃声。町の人間が悲鳴をあげていく。

 

 額に空いた、二つの穴。折れた手首が項垂れて、自身を撃ち抜いた強盗は衝撃で仰け反っていく。

 ——踏み込まれた左足。振りかぶった右腕でオキクルミは力を込めていくと、その動作の途中にも、彼の腕から現れた針金が束となって人間の腕を形成する。

 

 神聖なる地を穢された怒り。愛する土地を脅かした対象。

 許さない。憎悪へと変貌した彼の瞳は対象を捉えていき、次にも右腕を振り抜くことで、形成した針金の拳を躊躇いもなく強盗へと繰り出した。

 

 蠢くそれは、伸縮自在だ。彼に付随するパーツとして放たれた攻撃は、金属の右腕を発射する光景となって強盗に直撃する。

 それも、顔面に無数の針金が突き刺さっていた。あえて尖らせた針金を拳に仕込んだこの腕は、攻撃が当たってもなお食らいつくように強盗に押し当てられ、そして完全に強盗の顔面に針金を突き刺していくと、オキクルミは右腕を引いて男を引き寄せていったのだ。

 

 飛び散る大量の血飛沫。タイルを赤く染め上げながら、オキクルミはその場で跳躍して蹴りの体勢となる——

 強盗が、自身を通過するタイミング。蹴りが重なる頃合いを見計らって空中で繰り出した、オキクルミの左脚。そして、通過した針金の右腕の先に突き刺さる強盗の、その後頭部に彼の蹴りが炸裂した。

 

 この光景に思わず、自分は菜子の両目を塞いでいった。

 あまりにも過激すぎる。鋭い針金に押し込むように加えられた蹴りの一撃は、あれはもう失明とかのレベルじゃない。飛び散る血に混じって、顔のパーツも一部分ともっていかれたその様子も相まって、これはもはや、“復讐”並の仕打ちだ。

 

 勢いよく蹴り出された強盗。店の外へと吹っ飛ばされ、宙を舞う。

 そんな男へ、最後の追撃がかまされた。今も絡みつく針金が強盗に巻き付いていくと、それはぐるぐると全身を覆い始め、瞬く間に針金のミイラへと化していく。

 

 終いに、そのミイラは、店の向かい側の看板に張り付けられていった。

 看板にぐるぐると絡みついていく針金。それらはずっと本体から独立せず、今も操り人形の糸のように、オキクルミと繋がった状態にある。

 

 その本体の彼が、ゆっくりと店から歩いてきた。

 ……ガンガンに見開いたオッドアイで、終始その表情に滾らせた、龍明を穢した罪人に対する憎悪の怒りを込めながら——

 

「龍明に手ェ出したコト、死んでも死にきれねェほどに後悔させてやる。——よくも町の人に怖い思いをさせたな、このボケが。テメェはいつ頃から銃口突き付けて脅し始めやがった? ……まぁ別に、いつからだろうと許しはしねェ。カフェのお姉ちゃんと店主のおじちゃんと、周りのみんなを怖がらせたその時間の分だけ、テメェにはその中でじっとしていてもらうからな」

 

 ——滲む流血。針金の隙間から、全身から流れ出ているであろう大量の血が垂れ始めていく。

 おそらく、内部の構造はアイアンメイデンのようになっている。中ではきっと、想像を絶する状況が展開されていたことだろう。それでいて、頭が下になっているその膨らみへと、オキクルミは右足で踏んづけるようにしていく。

 

「このままテメェが死んでいったとしてもさ、オレは別に何とも思わねぇよ。そん時にぁ、腹の底から『ザマァみろ』と叫んで、テメェを冥土へと見送ってやる。だけど……ここで人が死んじゃうとさ、龍明のみんなが困っちゃうんだ。テメェの死で、龍明のみんなに余計な迷惑が掛かっちゃうんだよ。だからさ……思い留まった上での、せめてもの慈悲なんだよ、コレは。——あえて死なない程度に、急所をギリギリまで外してある。死なねぇだけありがたく思いながら痛みを味わえよ、このクソ野郎」

 

 右手に巻き付く針金を引っ張るオキクルミ。これがミイラを引っ張ることによって、中の強盗は声にならない悲鳴を上げていく。

 

 ……アレウスとは異なる方向性の正義感。確かに町のためであり、オキクルミ自身も、龍明を守りたいが故の行動によって、この結果がもたらされたものであったのだが……。

 

 ——様々な姿を見せる、意思と意思のぶつかり合い。前回のギルドファイトに留まらない様々な場面との遭遇に立ち会うことで、自分は、それぞれが持つ生き様を今も見届けているのだと認識する。

 

 直にも、通報を受けて駆け付けた騎士団が合流を果たす。この間にも自分は菜子を連れて現場から離れたものだったが、この目にしっかりと焼き付けたオキクルミの姿を、自分は暫しと忘れることができずにいた。

 

 ……町の人から、少なからずもの安堵と感謝の声を掛けられていた、その姿のことを————



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第20話 湯煙と月光 -縄張り争い編-

 湯煙と月の光。二つが合わさることで、朧気な幻覚を見ているかのような気分だった。

 

 いつも、最終的には銭湯に来ている気がする。その甲斐あってか、くつろぎながら眺める夜景のその細かな特徴に関して、自分は自信を持って、隅から隅まで答えることができるだろう。

 

 ただ、今日の銭湯はいつもと違った。

 ここは混浴の露天風呂。常連である自分が慣れたようにくつろいでいくその隣には、まだ混浴に慣れていない菜子がいた。タオルを巻いて、髪も束ねてまとめてあるその少女は、とても恥ずかしく思うのだろう火照った顔で、露天風呂に浸かっている。

 

 避けるように、自分から視線を逸らす菜子。とてもよくわかる。自分も最初は、混浴というものに困惑したものだったから無理もない。

 

 それに今日は特に、ゆっくり過ごしたい気分でもあったのかもしれない。

 ……立会人でありながらも、緊張から解放されたその瞬間。つい数時間前、日中にも迎えたギルドファイトの結果発表を、自分と菜子は最後まで見届けたものであったから————

 

 

 

 

 

 町長室の扉が開けられて、ギルドマスターのネィロが入ってくる。

 この時には既に、自分と菜子も居合わせていた。アレウスとオキクルミに続くよう町長室に到着した自分らは、二人の間で迸る緊張に、こちらまでも不安になるような胸騒ぎを覚えたものだった。

 

 部屋に入るなり、人数を数えて声を掛けてくるネィロ。

 

「よし、メンツは揃っているな。じゃ早速だが、結果発表をしていくぞ」

 

 前置きも冗談も無い。これも、彼の胸ポケットに収められている、勝敗を記す用紙のみが知る結末に急かされたからか。ギルドマスター本人も結果を気にしているようであり、ネィロもまた、この勝負の行方を知りたかったことに違いない。

 

 アレウスとオキクルミを目指すネィロ。そして、軽く指を差しながら歩み寄りつつ、そうセリフを続けてくる。

 

「まぁ、オレちゃんもこの緊張からさっさと解放されたいモンなんだがよ、その前にまずは、負けた側の条件を再確認していくからな。そういう順序を踏むよう、上からきつく言われてるモンだからよ」

 

 二人の前で立ち止まるネィロ。腕を組みながら、サングラス越しの視線を投げ掛けていく。

 

「コイツに敗北したヤツには、それぞれ事前に決めておいた条件が課されていたな。——アレウスちゃんが負けた場合は、自身の正体を自白すること。こいつは、今回のギルドファイトが勃発する要因ともなったモノだな。アレウスちゃんがこの勝負に負けたら、『自分が魔物を呼び寄せているという疑い』の真偽を含めた自分の身分を、オキクルミちゃんが理解できるよう説明する。……でだ、逆にオキクルミちゃんが負けた場合は、アレウスちゃんという龍明の仲間を追い詰めたケジメとして、自分は龍明を脱退する。という認識でいいんだよな?」

 

 ネィロの確認に、二人は迷うことなく頷いていく。これにネィロもまた納得するように頷いていくと、次にも胸ポケットに手を入れながら、その掛け声を高らかにあげていった——

 

「おぅ、了解した。……では、勝敗を発表する!! アレウスvsオキクルミ・トリックマスターのギルドファイトの結果!! この勝負に勝った人間は————」

 

 ポケットから取り出した紙。それをネィロは広げて自分だけが目を通していくと、どちらにせよ見せたであろう渋るような表情と共にして、これを見せ付けるように二人へと突き出した——

 

「“アレウス”の勝利だ!!」

 

「…………っ!!」

 

 ——走る沈黙。突き付けられた統計の事実を前にして、自分らもまた言葉を失っていく。

 

 ……次にも口を開いたのは、オキクルミだった。見開いた瞳は一瞬だけ揺らぎつつも、それを誤魔化すようにして笑い飛ばしながらアレウスの肩を叩いていくその様子。

 

「……オレ負けちゃったかー!!! やっぱアレウスは強ぇなー!! オレ、今までにないくらい必死になって頑張ったんだけど、それでも敵わないなんて、やっぱアレウス、オマエすげぇヤツだよ!!」

 

 肩と背を叩いて、オキクルミは出口へと歩き出す。これにアレウスが声を掛けようとする途中にも、けん制するようにオキクルミはそのセリフを続けていったのだ。

 

「オレじゃなくても、アレウスが居てくれれば龍明は守られる。——オレはただ、町のみんながさ、心から安心して笑い合いながら、そんでもって、『此処に住むことができて、本ッ当に幸せだ』、って思ってさえもらえれば、別にそれで良いんだ。……コレは別に、オレじゃなくても実現できるモノ。そう……アレウス。コイツの結果は、オマエさえ居てくれればこの龍明は安泰だ、ってコトの証明でもあるんだよ」

 

 ひらひらと振る右手。真っ直ぐと出口へ向かうオキクルミの、潔いその言葉——

 

「龍明のコトを頼むぜ、アレウス。……カンキとナコも、最後まで見届けてくれてありがとな。——長い間、世話になった。じゃあなギルドマスター」

 

 ……呼び止めようにも、気の利いた言葉が思いつかなかった。

 彼に掛けたい声は、今にも喉から出ようとばかりに引っ掛かる。だが、所詮は立会人である自分にできることはただ一つ。それは、当事者である彼の、そのケジメを尊重することくらいだった。

 

 黙りこくったまま、見送るべくその視線を投げ掛けていく自分。しかし、この沈黙の空間において、ギルドファイトで勝利を収めたアレウスが別の動きを見せ始める——

 

「…………っ」

 

 ギルドマスター。オキクルミの、龍明の脱退を、免除できない、だろうか?

 

 ネィロへと問い掛けたアレウス。これにネィロは驚く他なかった。

 

「なに?? オキクルミちゃんの龍明脱退を免除できないか、だと?」

 

 これにはオキクルミも、足を止めて振り返るしかない。

 アレウスはアレウスで口を止めず、訴え掛けるようにネィロへとそのセリフを続けていく。

 

「…………っ!」

 

 勝敗の行方が、どちらに転ぼうとも、自分という存在が、魔物が増えた件と、関係していることは、事実だ。その事実を、自分の都合で、隠しているのは、紛れもなく、この自分であって、オキクルミは最初から、自分に対して、間違ったことは、なにも言っていない。

 

「うぅむ……アレウスちゃんの訴えもな、オレちゃんとしても否定はできない。何ならオレちゃんも、関係している云々を最初から分かっていたモンだからな。——とはいえ、コイツはギルドファイト制度に則った、正式な私闘の結果なんだ。ギルドタウンという場所でコイツを施行した以上はな、コイツで決められた勝敗の条件を無視するワケにもいかねぇのが現実なのさ。……融通の利かない上の連中から反感を買わないようにもなぁ……」

 

 最後にボソッと呟きながらも、ネィロとしてもこの結果に思う所がある様子。だが、そんなアレウスとネィロに真っ先とNOを突き付けたのは、本人であるオキクルミの方だったのだ。

 

「なーに今更ンなってそんな優柔不断なハナシしてんの??? それがギルドファイトってモンでしょ?? ——どこぞの連中が決めた制度であっても、コレも龍明の中で定められた決まり事である以上は、オレは絶対に背いたりしないからな!!! ……コレは、オレなりのケジメなんだよ。コイツは、アレウスっていう龍明の仲間に疑いを向けた、オレ自身への戒めを込めたケジメなんだ。だから、今になってそんなハナシをされたところで、オレ、脱退を取り消してくれと頭下げたりしねぇからな」

 

 ……龍明の中の決まり事に背けない。それも多分、龍明という町を裏切ることに直結するだろうから。オキクルミが伝えたい言葉の意図を汲み取って、自分は目の前の様子を見守ることにしていく。

 

 と、オキクルミがハッキリと言い切って踵を返していく、その最中。ネィロは参ったなといった具合に頭を掻きながら、何かを思い返すサマでそう喋り出した。

 

「……この話と全く関係ねぇかもだけどよ。オレちゃん、今回のギルドファイトで、町のほとんどの連中から苦情を受けちまって、本当に大変だったんだぜ」

 

「町のみんな……?? 苦情……?? みんなが、なんで???」

 

 振り返るオキクルミ。これにネィロは続けていく。

 

「あぁそう、苦情。連中がさ、オレちゃんを見かけるなり片っ端から弾丸のように突っ込んできて、異議を申し立ててきたんだ。彼ら曰く、今回のギルドファイト、もー少しどうにかならなかったのかってさ。——どうして、町の連中が苦情を入れてきたか、分かるかい? オキクルミちゃん」

 

「えー……? オレがアレウスを疑ったからって動機じゃないの??」

 

「違うな。掠ってさえもいない」

 

 じゃあ、なんなの? それを目で訴え掛けるオキクルミへと、ネィロは指を差しながらそれを伝えていく。

 

「——『どうして、クルミちゃんが龍明を脱退するって条件を認めたのか』。町の連中はよ、オキクルミちゃんが負けた時の条件で、オレちゃんにたくさんの苦情を入れてきやがった。……もちろん、ケジメをつけるってその心がけや良し。だが、町の連中がオレちゃんに申し立ててきたその理由も、町のために頑張ってきたオキクルミちゃんには、少なからずの心当たりがあるんじゃないのかねぇ? って、オレちゃん思うワケよ」

 

「……」

 

 視線を伏せたオキクルミ。そんな彼の様子に、ネィロはニッと笑みを見せながら続けていく。

 

「オレちゃんもよぉ、ギルドマスター以前に、一人の人間なのよ。だから、人としての情がどーしてもよぎっちまって、オキクルミちゃんのことをどう引き留めるかばかり考えちまう。——なぁオキクルミちゃん。確かにおまえは、本日付けでこの龍明を脱退する。ギルドファイト制度の規則に則って、脱退の処理も近日中には済ませる予定だ。でだ、そしたらオキクルミちゃん、次の行き場を探すだろう? ……そこでだ」

 

 オキクルミを見遣るネィロ。ネィロを見遣るオキクルミ。互いに視線がぶつかり合うその様子を繰り広げながら、途端にネィロはお気楽な調子でそれを口にし始めたのだ——

 

「——オレちゃん、フリーになったオキクルミちゃんを、再雇用でもしちゃおうかな! もちろん、出直しっつぅ形になるから、今までに昇給した分のお給料はリセットされるけど! でも、オキクルミちゃんを雇うことは、オレちゃんにとっては悪くない話だし?? 龍明のみんなにとっても、損する話じゃねーモンだから?? オレちゃん、割とマジで再雇用を考えてるんだけど?? ……本人のお気持ちとしては、いかがなモンかな」

 

 うかがうネィロ。それを耳にしたオキクルミは、ガンガンに見開いた瞳で、呆気にとられたような表情を見せていた。

 

 ……直にも、ブフッと笑い出したオキクルミ。愉快げにそう声を上げていくと、彼はどこか安心したようにそのセリフを繰り出していく。

 

「なんだよソレ!! ナンデモアリかよ!! アッハハハ!!! やっぱ面白いな、龍明って! ——オレ、相手を痛めつけることしか知らなかったからさ、何処に行っても、怖がられて、恐れられて、拒否されて、攻撃され続けてきた。そんなオレを認めてくれてさ、優しくもしてくれて、美味しいモノを食べさせてくれて、住む場所まで用意してくれたこの龍明って町は、いつになっても面白いなーって思うし、何よりも……オレにとって、本当に大切な居場所なんだよね」

 

 穏やかに話すオキクルミ。これにネィロはニッとして、アレウスも向き合うようにして頷いていく。

 

 目の前の二人へ、視線を投げ掛けたオキクルミ。彼は物珍しい神妙なサマを見せていきながらも、次にも晴れ晴れとした表情を浮かべながら、そのセリフで締めくくっていったのだ。

 

「——ま、ギルドマスターのお誘いをどーするかは、町の外に出てから考えるわ!!! だから、また……声を掛けにオレんトコ顔を出しに来てくれよ! アッハハハ!!」

 

 

 

 

 

 湯煙が見せた朧の記憶。夜景を眺めてボーッとくつろぐ自分へと、菜子が呼び掛けてくる。

 

「カッシー、こっち向いて」

 

「ん? ——おぶっ」

 

 言われるままに向いた瞬間、顔に水鉄砲をかけられた。

 

 両手から空気を送るようにして、器用にお湯を発射してきた菜子。これに少女は、悪戯に笑ってみせる。

 

「やーい、カッシー引っ掛かったー。ダッサー」

 

「な、菜子ちゃん、意外とこういうことするんだね……」

 

 恥ずかしがっていた様子から一転。急に悪戯を仕掛けてきた少女に対して、自分はちょっとした仕返しを思い付く。

 

「なに、怒った? ムキになっちゃった? アタシのようなお子様に対して、カッシーのような大の大人が本気でイラついちゃったのかな? 大人なのに、真に受けてやんの。ダッッサ——」

 

「可愛いよ菜子ちゃん」

 

「え」

 

 顔を拭いながら口にする。これに菜子は、悪戯に吊り上げた口元をゆっくり元に戻していく。

 

「そういうトコとか、特に可愛い」

 

「え、は……?」

 

「どうしたの? さっきまでの威勢はどこに行ったのかな?」

 

「は、はァ……っ? な——」

 

 わなわなわな。段々と火照り出した少女の顔。そして直にも目を伏せていくと、菜子は目をグルグルにしながら、飛沫を上げつつ上ずった声で怒鳴り出した。

 

「……なァァっ?!? は、バカじゃないのっ?! べ、別に、今ので可愛いとか、ホント、バカじゃないの!! バカ!! カッシーのバカ!! バーカ!! ホンっト、ありえない! 可愛いとか、そんなのバカみたいじゃん! ホントにバカ! バカ。……可愛いとか、そんな……っ」

 

 ぶくぶくぶく。顔を真っ赤にして、口元まで沈んだ菜子。そんな少女の過度な怒り具合を受けて、自分は仕返しにとても満足いったものだった。

 

 可愛いと言えば、すぐに照れていく。そして顔を赤らめながら強がっていく。

 ここ最近、菜子を少しでも放置していると、少女から何かしらのちょっかいを受けるようになってきた。とにかく、誰かにかまってほしいのかもしれない。少女の性質を何となく理解してからは、少女の期待にしっかりと応えた上で、こういったやり取りを交わしていたものだった。

 

 ……と、一連のアクションの後にも感じ取れた他人の気配。これに自分はふと向いていくと、その視界にはアレウスの姿が映り出す。

 

「あぁ、アレウス」

 

「…………っ?」

 

 仲睦まじい声が、聞こえたけど、二人の邪魔を、しちゃった、かな?

 

 ちょうどアレウスがやってきた。その身にはちゃんと、タオルを巻いてある。ふらっと訪れた彼に菜子は顔を上げていくと、以前までの彼への苦手意識が薄れた今、アレウスを見てそんなことを呟いていった。

 

「……え、スゴイ身体」

 

 筋骨隆々。鍛えに鍛え上げて、最高に引き締まったアレウスのボディ。さらには、褐色という要素が彼のたくましさに一段と磨きをかけていく。

 

 ファッションの都合で、腹筋といった上半身の一部分は晒されていた。が、今回こうして明らかとなった全身は、想像通りとも言うべき素晴らしい体つきをしていたもので……。

 

「アレウス君……え、なんか、すごくイイ。ね、ねぇ、ちょっとだけ……触ってもいい……?」

 

 とても興味津々な菜子。互いに顔を赤くしたその空間で、アレウスは戸惑いながらも頷いていく。

 

 ならば、遠慮はいらないだろう。異性のフェロモンも相まって、菜子はすぐさま彼へと飛び付くなりその筋肉を堪能し始めた。

 

「え、わぁー……え、すっごー……。なに、けっこう、しっかりと固いんだね、これ……」

 

 チラッ。菜子が見比べるようにこちらを見てくる。

 

「カッシーはさ、鍛えたりとかしないの?」

 

「俺、これでも陰ながら筋トレしてんだけど……」

 

「うっそ。カッシー、強がりはダメだよ、ダメ」

 

「いや本当だよ……。でも、アレウスの身体の仕上がりは素直にすごいと思う」

 

 何なら、自分も見惚れるくらいだった。こうしてアレウスの身体について言及していくと、直後にも菜子は口元へと手を当てながらそれを口にし始める。

 

「え、カッシーから見てもやっぱ、オトコの人の筋肉はすごいって思えたりするもんなの……?」

 

「するよ? 菜子ちゃんのような女の子とは、感じ方がちょっと違うかもしれないけど。……なんだろう。憧れ……? のような感じに、俺は見えているのかな」

 

「へ、へぇぇー……ふぅん……ぁそうなんだ……? カッシーが、アレウス君の、へぇ……ほほぅ……」

 

 ……貪るような訝しい目。

 

 なに、なんだ……何を想像しているんだ……。

 

「……もしかして、そういうの興味ある……?」

 

 疑惑。疑り深い目で問い掛けたそれ。

 これがビンゴだったのかどうかは分からない。ただ、これを耳にした途端に菜子は髪を逆立てていくと、驚きと共に巡ってきた感情で赤面しながら、「ぇ、あっっ! ちがっ」と、何とも疑わしい声を上げていたものだった————



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第21話 アフターストーリー -縄張り争い編-

 朝方の龍明。花屋や八百屋、雑貨屋などが並ぶ中央の町並み。ユノに頼まれたことで自分は今、依頼主への配り物をそこで行っていた。

 

 黒色のショルダーバッグが、だいぶ軽くなる。中に入れていた依頼の物が数を減らし、自分は凝りをほぐすようにしながら肩を動かしてふぅっと一息。

 

 その最中、前方のパン屋から菜子が出てきた。自分は配り物を行うから、代わりに軽食を買ってきてほしいというお願いの下、少女はパンが入った紙袋を抱えて、駆け寄りながらその声を上げていく。

 

「カッシー! 渡されたお金のお釣り、全部アタシ貰っちゃっていいー?」

 

「ええ! ラミアじゃないんだから、さすがにそれは勘弁してくれー!」

 

「いいじゃんか少しくらいー! お駄賃ちょうだ——ひぁっ」

 

 コツッ、と地面に躓いた菜子。

 まだ距離がある。自分は慌てて駆け寄ろうとしたものだったが、コケる菜子と放り出された紙袋の両方が間に合わない……!

 

 ……と思ったその矢先だった。確信と共にして、転んだ本人は、突如と浮き上がった自身の身体にたいへん驚くサマを見せていく。

 

 少女の視界にも、見えていたことだろう。目の前で飛んでいく紙袋もまた、どこからか伸びてきた一本の針金に巻き付けられる形で、そのまま宙に留まっていたその光景が。

 

 自身の身体に巻き付いた針金。それがゆっくりと自身の体勢を直していって、ゆっくりと地面に下ろしていく。同時にして、紙袋も手渡してきた意思を持つそれが引っ込んでいくと、菜子がそれを目で追い掛けた先にも、歩いてくる“彼”が視界に入ったものだった。

 

「あ、オキクルミ君……」

 

「そんな急いだら転ぶよ??? でもナコ、アシ速かったな!! なな! 今度オレと、かけっこで勝負しよーぜ!! どっちが速いか競うんだ! 負けた方は~……勝った方のメシ奢るコトにしよ! な!」

 

 無邪気に微笑むその顔も、見開いたオッドアイによって迫力が増している。

 パーカーの袖で蠢く針金と共に、オキクルミがやってきたものだった。彼はニコニコしながら菜子へと近付いていくと、少女の背中を軽く叩いてセリフを口にする。これに菜子は「そ、そうだね……」と押され気味に頷いていく中で、オキクルミはこちらにもそう声を掛けてきた。

 

「あ、カンキじゃん!!! いつから居たの!?」

 

「いや、ずっとここにいたけど……」

 

「マジか!! オマエもしかして影薄い? ニンジャになれるんじゃね!?」

 

「しれっとすごいこと言うね」

 

 ユノさんとは違う方向性で、自分のペースを持っている人だ……。

 感想はともかくとして、彼は今日、龍明を去る手筈になっている。結局、彼はまた龍明に戻ってくるのかどうかは定かとなっていないものの、本人はとても気楽な笑みを浮かべながらそんなことを話し始めた。

 

「今さ、町のみんなに挨拶して回ってたんだ!!! オレ、ずっと町のみんなに支えられて生きてきたから、その感謝をみんなに伝えたくって! アッハハハ、龍明ってホントに面白い人達が集まる場所でさ! 『どこにも行かないでくれ~』とか、『他に誰が龍明を守るってんだい』とか、オレがいなくなること、ホンキで悲しんでやんの!」

 

 身振り手振り、純粋に笑いながら話すオキクルミ。だが、ふと意識が途切れるようにパッと無表情に変えていくと、次にも彼は別人のように穏やかに喋り出す——

 

「…………オレ、誰かに愛されるなんてこと、此処に来るまで一度もなかったんだよね。オレを産んだ親はすぐ死んで、オレは周りのガキ共にボコられる毎日だった。ビンボーだったからな。悪ガキに散々と殴られてさ、悪いヤツにもとっ捕まって売り飛ばされて、言い様に利用されたモンだからさ、オレもやり返すようにボコボコにして、ボコして、ボコられて、そんな毎日を送りながら、何となく流れ着くようにして此処に来て、そこで初めてオレは知ったんだよ。——ヒトって、同じ種族の生き物に、こんなにも優しくなれる生物だったんだなって」

 

 顧みるような意識と、その光無き瞳。穏やかに喋るオキクルミに共鳴するよう吹く風に、彼はセリフを続けていく。

 

「龍明に住むようになった最初の頃はさ、オレ、すげぇヤンチャしてたんだ。目についた町の建物を壊し回ってさ、いろんなヤツを殴り飛ばして、観光客にも散々と迷惑をかけたりした。そんで、オレがヤンチャするとさ、町のみんながギルドマスターやユノを呼んできて、それでオレは二人にボコボコにされて一件落着ってなるワケ。特にさ、ユノのヤツは容赦ねぇんだよ! 一回、全身の骨を隅々まで粉々にされて、町のみんなからも同情されるくらいの療養生活を送ったこともあるんだよな!」

 

 すごく楽しそうに話すオキクルミ。殴るモーションを交えながらニコニコと語り、しかし、思い出したように浮かない表情へと変えていくと、呟くようにそんなことを口にする。

 

「……酷いことを続けてきたオレに対して、この町のみんなはすごく優しくしてくれた。何なら、オレを頼ってくれたりもしてさ、そんな優しさに触れている内に、オレ、いつの間にか龍明のコトが好きになってた。——初めてだった。誰かに認められるコトが。そんで、自分を愛してくれる人達がいるって気付いた時からさ、オレ、町のみんなのために命を懸けたいと思って、今までずっと、龍明のためと思って、頑張ってきた」

 

 振り向いてくるオキクルミ。雲に隠れた、控えめな朝の日差しが彼を照らしてくる。

 

「……カンキ! ナコ! オレの挨拶回りに付き合ってくれよ! 誰かと一緒の方がタノシーだろ!!! ヘヘッ」

 

 

 

 

 

 ついていく形で、自分と菜子はオキクルミの挨拶回りに同行した。

 

 道行く人々と、無邪気に会話を交わすオキクルミ。暴れ回っていたという話がウソのように周囲は彼を受け入れており、龍明を出ていく彼を本気で心配しながらも、時には笑顔を見せてオキクルミと話していく。

 

「んまぁクルミちゃん、本当に此処を出ていくの!? ギルドファイトとかそんなの形式上の上っ面だけの約束事でしょ! そんなの本気にしちゃダメよ!! 真に受けて、此処から出ていかなくてもいいんだからね!!」

 

「クルミ君、あの噂は本当かいな。そりゃあねぇ、此処に来た時から無邪気にはしゃぎ回ってたのも、今となっては若気の至り。今じゃ、周りに迷惑を掛けた分以上に、町のために働いてくれているというのに、どうしてそんなクルミ君が出ていかないといけないんだろうねぇ……」

 

「クルミお兄ちゃん! また遊んで! 能力で今度はブランコ作ってよ! それから、次はゾウさんみたいに大きな滑り台を作ってもらって、えっと、それからそれから、みんなを集めて、前にやった大縄跳びと集団鬼ごっこもしたい!」

 

 様々な町の声。心配、不安、残念、掛けられる言葉のほとんどが、彼という存在を惜しむ意味を持っている。

 

 オキクルミという人物は、本当に町の人間から愛されていた。

 愛を知らずに生まれ育った経歴。しかし、彼は今、愛を与える側になっている。龍明という環境が、彼という存在の未来を大きく変えていった。これも全ては、周りの人々による支えのおかげだったことだろう。

 

 オキクルミを遠くから見守る自分ら。特に、菜子においては、彼の背を羨ましそうに眺めていた。

 

「……アタシもさ、お姉ちゃんが居なくなるまでは、ああいう感じにお姉ちゃんから愛されながら育ったんだよね」

 

「……ご家族は?」

 

「お姉ちゃんだけ。——駆け落ちした日から、アタシの身内はいなくなった」

 

 淡々と喋る菜子。そこには、何の感情もこもっていない。

 

「……アタシ、ユノさんのことは許してないから。——愛し合っている人の陰には、愛されずに孤独のまま育った人もいる。アタシはその、孤独で育った側の人間。これの何が腹立たしいかって、愛し合っている本人達は、アタシのような人間の苦労を知らないまま、幸せな日々を当然のように過ごしていることなんだよね」

 

「……蛇足かもしれないけれど、ユノさんも今は独りの状態だと思う」

 

「蛇足じゃなかったら、本気でカッシーのことぶん殴ってた」

 

「ごめん」

 

「いいって、別に」

 

 会話の終わり際に、オキクルミが合流してくる。そして三人で歩き出し、次の住人の下へと向かっていくのだ。

 

 だいぶ、多くの人と挨拶を交わしてきた。けれど、人数的にはようやく折り返し地点だと彼は答えていく。

 町の住人の、全員の顔と名前をオキクルミは覚えているのだ。その記憶力も、彼の本気度がうかがえる要因とも言えたかもしれない。

 

 傾斜にできた、車が走れるよう平坦に整えられた町の道。肩を並べて三人で歩く中、ふとオキクルミはそんな話をしてきたものだった。

 

「あーあ、町のみんなに挨拶するのはいいんだけどさー、オレ、ひとつ、すっごい憂鬱なコトあるんだよねー……」

 

「何か心配事? 俺に手伝えることある?」

 

「いーや、コレも、オレがケジメつけねぇといけないモンだからさー。あーあ……でもやっぱ、言い出す勇気が出ねぇぇ~……。ギルドファイト、”アイツら”に相談しないで勝手にやって負けちまったからなぁー……」

 

 見せたことのない、どん底に打ちひしがれるような顔。それで真上を見上げるように項垂れて歩いていきながら、オキクルミはその状態のまま、真横にいるこちらへと首を曲げてくるなりセリフを続けてきた。

 

「オレの馴染みもさ、此処の何でも屋してんだよー……。“グレン”っていうコワーイ顔の野郎とさ、“カナタ”っていうクールな女の子。オレらいつも三人で仕事してる仲でさー、どんな時でも大体、グレンとカナタの二人がオレの手伝いをしてくれてたんだ」

 

「グレンとカナタ。……どっちも聞いたことのない名前だな」

 

「だと思ったー。カンキが来たのって、ホント急だったじゃん??? だから、紹介する前にその二人、“稲富(いなとみ)”っていう、“別のギルドタウン”に派遣されたんだよねー……」

 

稲富(いなとみ)?」

 

 初耳。そんな疑問形で聞き返していった時にも、オキクルミは目が合った町の住人へと駆け付けていき、挨拶を交わしていく。

 

 そして、昼過ぎという時刻になったくらいか。割と早いペースで全員と挨拶できたというオキクルミが満足そうにしていくと、最後にと、こちらへそのセリフを掛けてきた。

 

「よっし! じゃオレ、これで龍明出てくからさ! あでも、ギルドマスターから、『此処を出ていく時、一声かけに来てくれ』って言われてっからー……じゃあこのままギルドマスターの部屋に直行だな!!! さ、行くぞー!」

 

 ニッシッシと笑うオキクルミは、こちらの後ろへと回って、自分と菜子の肩へと腕を回してきた。

 ドカッと乗せられた体重に、菜子と一緒に驚いて声を上げていく。その反応に彼は満足な様子を見せながら歩き出していくと、このまま連れていかれるようにして、自分らは町長室へと向かうことになった。

 

 到着した町長室の前。愉快げに話すオキクルミと廊下を歩いているその最中にも、彼はピタッと会話を止めて沈黙し始める。

 いつも急だな……。という内心はともかくとして、町長室の扉の前でオキクルミはふと呟いた——

 

「……知らん人の声。二人いる?? ……で、ギルドマスターの声。なんか、話してる」

 

「お取込み中かな。オキクルミ、ここは出直そう——」

 

「いいな! オレ達も混ぜてもらおうぜ!!!」

 

「え」

 

 いやいやいや、どうして!?

 自分と菜子に腕を回した状態のまま、オキクルミは体当たりでバーンッと扉を開けていった。というよりも、扉を破壊して入っていった。

 

 なんとも豪快な入室だった。これには思わず、町長室にいたネィロに加え、見知らぬ男女が振り返ってくる。

 ニッコニコなオキクルミの、「なんの話してんのー!?」という清々しいセリフ。それをネィロはあちゃーという様子で頭を掻いていく中、見知らぬ男である“美青年”は興味深そうにそう喋り出した。

 

「お、なんだなんだ!? あいつ、ギルドマスターの部屋に、扉ぶち破って入ってきたぞ! ——すごいな! 面白いな! どこのギルドタウンに行っても、こんな豪快なお出迎えなんて普通はされないぞ! これは期待できるな!」

 

 ものすごくワクワクした様子で、目を輝かせてくる美青年。その背丈は百八十三というものであり、白鳥の羽毛のように柔らかい白色のショートヘアーが、快活さを演出している。服装は、胸元ががっつり開いたノースリーブの白色のシャツに、同じく白色でスーツのような生地のカジュアルパンツ。だが、羽織っていたその白色の上着が、和風の着物が如く豪勢で厚みがあったりと、どこか遊び心がうかがえる。

 

 何よりもの特徴が、彼は絶世の美青年だったこと。整った顔立ちは男さえも魅了し、長いまつ毛に、鼻から顎までかけて、男らしくありながらも中性的なそのライン。肌も色白に近く、容姿の雰囲気で言えば、ユノの男バージョンとも例えられるかもしれない。

 

 これには、菜子が乙女の顔を見せていく。尤も、顔に両手を当てて青年に見惚れていくその視線も、彼は既に慣れていたものだろう。

 

 かつ、その彼の横に存在していた褐色の“女性”は、腕を組みつつ隣の彼に呆れたようセリフを口にしていった。

 

「あのね~、確かに大胆なオトコはゾクゾクしてそそられるけれどさ、さすがにあれは非常識。若いながらもワイルドなイケイケボーイってのもあたし的にポイント高いけれど、それも常識を弁えていてこその、不意に見せる非常識さのギャップで興奮するんだから、さすがにそこはしっかりしていてほしかったよね」

 

 その女性は百六十九ほどの背丈であり、先にも記したように褐色肌の女性だった。見た目は、本紫の鮮やかな紫色のショートヘアーで、胸元辺りまで伸ばしたもみあげが特徴的であり、かつ、彼女から見た右目が水色、左目がピンク色というオッドアイの持ち主でもある。

 

 その服装はかなり際どいものであり、黒色の薄手なアウターに、一瞬ぶかぶかなTシャツと見間違えたほどに丈が短い、暗く赤味がかった紫色のワンピース。加えて、レースの黒いサイハイソックスに、焦げ茶色の短めなブーツという彼女のコーディネート。ワンピースに至っては、たわわなバストによって持ち上げられ、その分の丈も計算した上での絶対領域を作り出しているほどのこだわり。

 

 女性はとても残念そうに、オキクルミを見遣っていた。だが、本人はそんなことも気にしない。何なら、彼女の服装さえも気にしていなかったことだろう。

 

 自分らを腕から離したオキクルミ。見慣れない人物らに彼は不思議そうな視線を向けていくと、首を傾げながらネィロへとそれを訊ねていったものだ。

 

「ダレ???」

 

「オキクルミちゃん、直球! ——ちょっと待ってくれや。カンキちゃんに菜子ちゃんも、せっかくオキクルミちゃんの見送りに来てくれたのにすまねぇな。今はちょいとタイミング悪く、込み入った話をしていたもんでな……」

 

 と、ネィロが喋るその隣。彼へと見遣った美青年はすぐにこちらへ振り返ると、次にもネィロからセリフを受け継ぐようにしながら、こちらへと挨拶してくる。

 

「これからしばらく、“こちら”でも世話になるからな。せっかくだから、挨拶でもしておこう! ——やぁ、初めまして! おれの名前は、“桃空(ももぞら)タイチ”! こちらの龍明と良きライバル関係にある、ギルドタウン“稲富(いなとみ)”を拠点としている何でも屋だ! 稲富(いなとみ)はいいぞ! あちらは熱帯性気候で年中と暖かい地域でな、此処よりもドでかい海洋と隣接しているその環境から、南国をイメージした町おこしで、様々な業績でこちらの龍明と競り合っているものだ!」

 

 ギルドタウン龍明の競合他社、ギルドタウン稲富(いなとみ)。そこからやってきたという何でも屋、桃空(ももぞら)タイチという美青年。

 

 彼の紹介に、隣の女性は肘で突きながら「ちょっと、そんな対抗心を煽るような紹介やめてよ。此処のオトコ達を漁りにくくなるから」と、しれっととんでもないクレームを入れていく。

 

 だが、タイチという男は両手を腰にやって、ふんす! とした自信満々なその顔で、隣を全く気にしていないようだった。すぐにも彼は堂々としながらこちらへと右手を差し伸べていき、次にもタイチは、そうセリフを口にしてきたものだ——

 

「おれは、自分が心から面白いと思えるものが大好きだ! たとえば、先ほどのダイナミック入室のようなものだな! ああいった、『あっ面白い!』と感じたその瞬間の直感を、おれは常に大切にしながら生きている! ……そうだな。今度おれも真似して、稲富(いなとみ)であれをやってみよう! 向こうのギルドマスター、どんな顔をしてみせるかな! 今から楽しみだな! ——ま、そういうわけだ! ちょっとした所用で、しばらくは“こちら”に邪魔する機会が増えるから、みんな! 今後ともよろしく頼む!」

 

 

 

 【1章3節:縄張り争い ~END~】

 

 【1章4節:Just fight to love】に続く…………。



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【1章】4節:Just fight to love
第22話 合同作戦


 ——数時間前。

 

 ギルドマスターからの呼び出しに応じたユノが、自分と菜子を連れて町長室へと訪れた。既にその場面から始まるよう思い返したこの記憶では、次にもネィロが、ユノに対して数枚もの書類を手渡しながら喋るセリフが再生されていく。

 

「明日にも遂行する、制圧作戦の詳細が記されている。ユノ、これはおまえにとっても重要な任務になるだろうからな、面倒くさがらずに必ず目を通しておけよ。いいな」

 

 真剣な声音で言い聞かせるネィロのそれに、ユノは「えぇ」と端的に答えて受け取っていく。そのやり取りを交わす横から、菜子はネィロへと尋ね掛けるように声を掛けたものだった。

 

「その任務ってさ、アタシを狙っているっていう、“例の指定暴力団”が関わっているんだよね……?」

 

 少女が訴え掛けたいことを汲み取ったネィロ。少女の意図に応えるよう、そう返していく。

 

「そうだな。……カンキちゃんが言うにはよ、“ヤツら”は蓼丸ヒイロという人物の行方を探っている。オレちゃんもその報告を受けたからよ、優先度を上げて色々と調べてみた結果、ヤツらが拠点とするアジトの所在地を、”稲富(いなとみ)”の連中が突き止めていたことが分かった」

 

「だからこの前、ここに稲富(いなとみ)の人達がいたんだね」

 

「そうだ。——彼らもな、巷を賑わすその連中を締め上げるための作戦を立てていたモンだからよ、じゃあそいつに一枚噛ませてくれと、オレちゃんがライバル企業に頭を下げてきて、今に至るってことよ。……じゃないと、“情報を持っている人間”が稲富(いなとみ)に拘束されて、聞き出すことが簡単にできなくなっちまうからな」

 

 顎に手を当てながら、途方を見るようにネィロは言う。それを耳にした菜子も、視線を逸らしつつそう言葉を口にした。

 

「……お姉ちゃんと、どんな関係なのか。お姉ちゃんが、その組織に狙われている理由とか、ここで聞き出さないと手掛かりが無くなっちゃうもんね……」

 

「だいじょーぶだ、菜子ちゃん。そう悲しい顔しなくても、オレちゃん稲富(いなとみ)を説得して、今は制圧作戦に混ぜてもらえる運びになったんだから、ヒイロに関する情報が手に入るチャンスは十分にある! 無理にとは言わないが希望を持て!」

 

 菜子の肩に手を置いて、ネィロはニッと笑んでみせたものだ。菜子も彼の励ましに安心するよう頷いて、「うん」と答えて強気な表情を浮かべていく。

 

 と、ここでユノが、手に持つ書類を軽く叩きながらネィロへと尋ね掛けた。

 

「内容は把握したわ。それで、私も制圧作戦のメンバーに入っているんでしょうね」

 

「絶対、流し読みしただろおまえ……。んまぁ、それはいいとしてだな……ユノ、おまえに待機を命じたところで、どうせ勝手に単独行動で現地に向かうだろ」

 

「当たり前でしょう?」

 

「当たり前じゃねえから困るんだよなぁ……。だが、ヒイロの行方に関する重要な任務だ、ちゃんとユノもメンバーに加えてある。オレちゃん自ら推薦して、おまえを入れてやったんだぜ。——稲富(いなとみ)の連中としても、“この界隈で有名な”おまえの活躍を間近で拝めるチャンスだろう。そんなライバル達が怖気づくぐれぇの戦いを見せ付けるよう、存分に暴れてこい」

 

「生憎だけど、見世物じゃないの。私は、私の好きなようにやらせてもらうわ」

 

「せめて、この制圧作戦を指揮する“桃空(ももぞら)タイチ”の命令くらいは聞いてもらわねぇと困るんだがよ……。——いいか。ここだけの話、稲富(いなとみ)とは良いビジネスが展開できそうな雰囲気になっていてな……今回の件は、その連中との今後の付き合いにダイレクトに影響するだろうからよ。どうか、龍明の行く末を託されたつもりで、この任務に取り掛かってくれ。なぁ、マジで。頼むから」

 

「……私、彼は苦手なのよ」

 

「タイチちゃんは、おまえのことをえらく気に入っているみたいだな。なんでも、おまえの“本気の姿”に興味を示している。ここに来た時から、おまえとの手合わせをずっと所望していたぞ」

 

「しつこいから嫌いなのよ、彼。無駄に実力が備わっているから、ギルドタウン合同演習でずっと粘り続けてくるのが面倒だわ」

 

「なぁユノ、なんとか! そこだけはなんとか頼む! 稲富(いなとみ)とはイイ関係を築いていきたいんだよ! な!」

 

 必死なサマで手を合わせ、頭を下げて頼み込むネィロ。一方として、露骨に嫌な顔を見せていくユノ。そんな光景を繰り広げながらも、ユノは憂鬱そうに頭を抱えながら出口へ歩き出し、逃げるようにこの場からさっさと退散しようとする。

 

 彼女の背は置いといて、自分はちょっと疑問を感じたことからネィロへと尋ね掛けたものだった。

 

「あの、制圧作戦ということは、現場では激しい戦闘も予想されますよね?」

 

「そうなるだろうな。穏便に済ませたいもんだがよ、やっぱり、あちらさんはあちらさんで、死に物狂いで抵抗してくるだろうな。……向こうには異能力者もいるだろうし、なおさら現場での戦闘は免れないだろう」

 

「では、俺と菜子ちゃんは、龍明で待機という形になるんでしょうか……?」

 

 菜子が、訴え掛けるような強い視線をネィロへと投げ掛けた。これには彼、パチンッと指を鳴らしながらニッと笑んでいく。

 

「安心しな二人共! なにせ、推薦したユノの助手っつぅことで、なんか自動的にメンバーに入っちまった! だから、カンキちゃんと菜子ちゃんにも今回の作戦、同行してもらうからな! お二人さんの活躍を期待しているぞ!」

 

「ま、まじですか……。俺、戦えないんですけど……」

 

「だいじょーぶだっての! 稲富(いなとみ)との話し合いの末にな、今回は龍明の何でも屋をメインに動員した部隊で、制圧作戦にあたることになったからな。気の知れた顔なじみも動員されるだろうからよ、なんとかそいつらに守ってもらえ! 実践の経験を積むのにも、これは良い機会だしな。っつぅことで、カンキちゃんも頼んだぜ」

 

「ま、まじですか……」

 

 ……憂鬱だ。ユノとは異なる憂いの気持ちに苛まれ、自分は微妙な顔で答えてしまったものだった。

 

 

 

 それが、数時間前の記憶。そして現在では、今回の制圧作戦を遂行するためのミーティングを行うという名目で、いつもの喫茶店にメンバーの召集が掛けられていた。

 

 ……尤も、大きな丸テーブルを囲むそのメンツは、代わり映えの無い、とてもよく見慣れた“いつメン”であることが一目瞭然だったが——

 

「ちょっとレイランさん!! なにウチのシュークリーム食べようとしてるんですか!! 手に取った時点で代金をいただきますから!! ホラ!!」

 

「ラ、ラミアのと間違えちゃっただけじゃんか! 二人で同じやつ頼んだから、どっちか分かんなくなっちゃっただけなんだって! ……それにさ、女同士なんだから気にしなくてもよくない? ね、菜子ちゃんもそう思うでしょ?」

 

「ア、アタシに振る!? ちょっとそう言われても、どう返答したらいいのか困るんだけど……た、助けてアレウス君」

 

「…………っ」

 

 いつもの昼休憩かな? 集まる場所、間違えたかな?

 ちょっと不安に思えてきた自分。いつもの平和なやり取りを前にして、変な汗がだらだらと流れていく。

 

 とは言え、このメンツにはユノという珍しい人物も混ざっていたために、そこまでの心配は必要なかったかもしれない。その本人は交流を好まず、ひとり喫茶店の外で電子タバコを吸っていたものだったが。

 

 と、次にも店内からは、甘くて甲高い黄色い悲鳴が上がっていった。これに自分らが振り返っていくと、そこから歩いてきたのは、周囲の女性客から熱烈な視線を浴びながら近付いてくる桃空タイチの姿が——

 

「悪いな、待たせてしまった! 龍明というギルドタウンはたいへん興味深いもので、ここに来る最中、いろんな場所を寄り道してしまったんだ! これじゃあもはや、観光みたいだな! ハハハ」

 

 清々しいほどの笑顔。これにはラミア、レイラン、菜子の女性陣は凝視して彼を注目し始める。

 その一方で、アレウスの下には褐色の“女性”が接近していたものだった。……獲物を定めたその眼光で、舌なめずりを行いながら——

 

「あらぁ、あらあらあら……すごくイイオトコ、いるじゃない……」

 

 次の時にも、女性は振り向いてきたアレウスへと手を伸ばしていった。

 何の躊躇いもなし。アレウスの上半身を抱え込むようにして、挨拶の軽い抱擁を行っていく。そのまま彼のはだけた胸筋をまさぐるように触れながら、女性はアレウスの頬に手を添えて、うっとりとした目でセリフを続けていった。

 

「すべてにおいて、どストライクだわ……っ。ねぇ、あなたの名前を聞かせてちょうだい? それと、今夜……予定は空いているかしら? よかったら、二人きりでディナーでも楽しみましょう? ——大丈夫。絶対に後悔させないから。今夜、忘れることのない情熱的な一夜を共に明かしましょう……?」

 

「…………っ?!」

 

 たじたじになって困るアレウス。抱き着かれたことに困惑する彼の様子も、彼女からすれば戯れの一部であったことに違いない。

 

 と、ふと女性がこちらを見遣ってくる。

 

「あなたは~……まぁアリね。少し心許無い印象は受けるけれど、それだけ教育のし甲斐があるというものだわ。この子にフラれちゃったら、代わりにあなたを持ち帰って、あたし好みに教育してあげる。——なんて言っちゃったけれど、あなたを誘惑なんてしちゃったら、きっと、お隣のちっちゃな子犬ちゃんは黙っていないわね??」

 

 チラッ。弄ぶような女性の目が、こちらの隣で睨みを利かせる菜子へと向いていく。

 

 目が合った。菜子は気に食わないと言わんばかりに口を曲げながら、強がりつつそんなセリフで対抗してきたものだ。

 

「は? なに、アタシのこと?? 別にアタシとはそういう仲じゃないし?? だから、カッシーのことは好きに教育すればいいじゃん??」

 

「あら、そんな挑発をしちゃっていいのかしら? あたし好みに教育されちゃったら、彼、あなたのような田舎娘に見向きもしなくなっちゃうわよ? ——いいわ。彼を、あたしでしか満足できない身体に教育してあげる。彼が開発されている間、あなたはせいぜい指でも咥えて、子犬ちゃんらしく『待て』でもしていなさい??」

 

 豊かなバストを見せ付けるようにして屈む女性。彼女の露骨な挑発に、菜子は額に血管を浮き出しながらそれを言い放つ。

 

「はっ! バカみたい! アンタみたいな、オバサン、に教育されちゃう男共がホントにかわいそーう!!」

 

「オバっ——あ、あなたとそんな変わらない年齢よっ!!」

 

「えぇぇー??? ホントにー?? 現在進行形で乙女を謳歌しているアタシからすれば? アンタは必死になって老けを誤魔化しているようにしか見えないんですけどー?? ……田舎娘相手に、なにムキになってんの。ダッッッサ」

 

「っ……生意気な小娘ね……今度あなたにも別で、教育、が必要かしらぁ……っ??」

 

 ……怖い。助けて。

 

 バチバチの火花に挟まれた自分……とアレウス。いがみ合う二人の間で、自分らは肩身が狭い思いをして縮こまるしかない。

 

 そんな自分らへの助け船……というわけでもなく、ただ純粋に横から突っ込んできたタイチが、二人へとそのセリフを掛けてきた。

 

「お、なんだなんだ? なにでそんな喧嘩をしているんだ二人共? 田舎娘とかオバサンとか聞こえてきたが、二人とも可愛い女の子じゃないか。そんな女子二人で、一体なにを言い争っているというんだ? ——お、もしかして、腹でも減って気が立っているのか? なら、ミーティングを始める前になにか食べるとしよう! おーい店員さん! オーダー、こっち頼むー!」

 

 彼の脳内には、嫌味という言葉が存在しないのかもしれない。タイチが店員を呼びつけるその間にも、菜子と女性は言葉を失ったように彼を見遣っていたものだった。

 

 ……そして女性は、アレウスから離れつつコホンッと咳払い。ンンッと喉でも咳する音で場の空気をリセットしていきながら、次にも改めてといった具合に初対面であるこちらへと紹介を行ってきた。

 

「イイオトコの前で取り乱すなんて、あたしらしくもなかったわね。——見苦しいところを見せたけれども、これでもあたし、稲富(いなとみ)の中では実績を持っている方だから、今日の失態は、明日の作戦で返上させてもらうとするわ。……名前は“ビオラ”。隣にいるタイチとは古い付き合いでもあるから、よろしく」

 

 ビオラと名乗ったその女性。艶やかな雰囲気を醸しながら、キリッとした顔でそのセリフを口にしていく。

 

 そのビオラに続くよう、タイチは店員へのオーダーを済ませて振り返りながら喋り出した。

 

「ビオラは、おれの幼馴染でもあるからな。だから、こいつが頼れる何でも屋であることは、このおれが保証する! 何だったら、おれの命を賭けてでも保証しよう! それくらい、ビオラは頼れる何でも屋だ!」

 

「ちょっと、勝手に自分の命を賭けないで。あんたは死なせたくないから、そんな責任あたし持ちたくないんだけど」

 

「ハッハハハ! おい聞いたかみんな!? こういうところがビオラの良い所だぞ!! だからみんな、おれとビオラのことをよろしく頼むな!」

 

「タ、タイチ、あんたねぇ……っ!!」

 

 顔を赤らめながら、ジト目でタイチを睨むビオラ。

 何だかんだで、良い関係を築けていそうな雰囲気が垣間見えた。そんなこんなで自分らは自己紹介も兼ねて、タイチとビオラの二人と共に、ミーティング前の昼食をとっていく。

 

 尤も、外で電子タバコを吸っていたユノは、交流の場に顔を出す事なく、いつの間にかその姿を消していた。相も変わらずな自分のペースを持つその人物に、自分はどうしたものかと頭を掻いてしまう。

 

 と、その彼女とはまた別にして、“もう二人”、この場に来ていない作戦メンバーが存在していた。どちらも龍明の何でも屋であるその二人は、自分らが交流会の昼食を済ませた頃にでも、顔を出すことになる——



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第23話 集い始めた役者達

 もはや、ライバル企業というよりも身内のノリで盛り上がっていた。

 

 龍明の喫茶店。ギルドタウン稲富からやってきた、桃空タイチとビオラの二人。明日にも控えた指定暴力団の拠点制圧作戦の会議として、彼らは遥々と足を運んできてくれたものなのだが……。

 

 女性陣に囲まれるようにして、ハキハキとした喋りで会話を行うタイチの様子と、未だにアレウスを誘惑し続けていくビオラという光景。これに自分は、ミーティングしなくていいのか……? なんという疑問を抱きつつも、今の内にユノを探して連れてこようという目的で立ち上がっていく。

 

「菜子ちゃん。俺、ユノさん探してくるから」

 

「あ、うん。はいはい」

 

 軽い調子で相槌を打つ菜子。自分は音も無く抜け出すように椅子から腰を上げ、くるっと振り返って喫茶店の出口へ歩き出した、その時だった——

 

 ——ドカッ。誰かにぶつかる腹の衝撃。自分だけがよろけたこれを受けて、謝罪の言葉を口にしていく。

 

「うぉ、す、すみませ——」

 

 見下ろした視線。ぶつかったのであろう“その対象”は、小柄でありながらも威圧的な眼光を持つ“一人の少年”……。

 

 百六十六くらいのその背丈で、黒髪の無造作なショートヘアー。無難な印象の髪型とは裏腹に、細く鋭い目の下に、真っ黒なくまができている。その服装は、ボロボロになった膝丈までの薄いオレンジ色のコートを、何も身に付けない上半身に直接着込んでいるワイルドなものであり、濃い緑色のミリタリーパンツに黒色のブーツという格好が荒々しい印象を与えてくる。

 

 コートから覗く上半身は、アレウス以上もの仕上がりを見せるバキバキの筋肉が存在していた。その背丈からは想像できないほどの、あらゆる攻撃をも受け止めそうな肉厚なそれに加えて、くまのある鋭い眼光がこちらを睨みつけていくその状況から、自分は堪らず言葉を失ってしまう。

 

 ……とんだヤバい奴にぶつかってしまった。

 彼の両手が、拳をつくる。そしてこちらへと向き直っていき、獲物を食い殺すかのような眼で真っ直ぐと捉えてくると、次にも彼はこちらへと、深々と頭を下げてきたのだ——

 

「すまない、よそ見をしながら歩いていた。おれが悪かった、どうか許してくれ」

 

 ……え? 殴られ、ない?

 斜め上すぎる相手の反応。眼前のそれにキョトンとする自分へと、彼は頭を上げて見遣ってくる。

 

 怖い顔つきで、真っ直ぐとこちらに向き合っていく少年。まるで石膏像のような筋肉質の身体で実直に視線を投げ掛けてくると、自分と向き合うその様子を見たラミアが、こちらへとセリフを掛けてきたのだ。

 

「あー、“グレン”さんじゃないですかー。稲富から帰ってきたんですねー。おかえりなさーい」

 

「あぁ、ただいま戻ったところだ。タイチさんとビオラさんには、一足先に龍明へと出発してもらったものなのだが、どうやらお二方がこちらに馴染めているようで安心した」

 

「“カナタ”さんは一緒じゃないんですか??」

 

「“カナタ”も来る。……といいんだが」

 

 やれやれといった調子で頭を掻いていく少年。そのまま背後の足音に振り返っていくと、そこからは“一人の少女”が歩いてくる。

 

 百七十一ほどの身長である彼女。黒髪のロングストレートは撫子のようでありながら、その表情は無感情をよく表しており、ただ瞳に宿る妖しいピンク色が、残像として空間に残るほどの色濃い光を放っている。その格好は学生服を模しておりながら、ブレザーやスカート、靴が濃い紺色で統一されていて、ネクタイのようなリボンが赤色、スパッツやハイソックスは黒色という、おとなしめな印象を受けるその配色で成り立っていた。

 

 彼女の表情からは、あらゆる感情が読み取れなかった。自然体でポーカーフェイスを行っているようにも感じてしまえたその少女は、途方を眺め遣る視線で人と向き合わない。

 

 合流した少女に、少年はそうセリフを口にする。

 

「……まだご機嫌斜めか?」

 

「うるさい」

 

 感情を感じさせない、端的な一言。喋ると共にして、彼女はアレウスへと視線を投げ遣っていく——

 

「クルミ、追い出された。あいつのせい」

 

「おい待てカナタ、なにもアレウスが悪いわけじゃねぇ。元はと言えば、おれらに相談せず勝手にギルドファイトを吹っ掛けやがったクルミの野郎に非があるんだ。——あいつ、おれらが稲富に派遣されたことを良いことに、独断で行動しやがって。いいかカナタ、この件はクルミの野郎に問題がある。本人がおれらにそう説明していただろ。町の外の人里で、気楽に笑いながらよ」

 

「でもクルミは追い出された。あいつが勝ったりなんかしたから」

 

「ギルドファイトはそういうもんだろうが」

 

「許さない。次は私がやる」

 

「おい待てカナタ、ギルドファイトはそんな仇討ちのような理由でやるもんじゃねぇ」

 

 少女の恨みが突き刺さる。この視線を薄々と感じ取っていたアレウスはと言うと、とても居辛そうな顔をして途方を見遣っていたものだ。……ビオラに抱き着かれ、煽るように胸を押し当てられながら。

 

 何となくの関係性がうかがえた、目の前の男女。その会話を聞いている間にも、自分は以前にもオキクルミと交わしたある会話を思い出す————

 

 

 

『あーあ、町のみんなに挨拶するのはいいんだけどさー、オレ、ひとつ、すっごい憂鬱なコトあるんだよねー……』

 

『何か心配事? 俺に手伝えることある?』

 

『いーや、コレも、オレがケジメつけねぇといけないモンだからさー。あーあ……でもやっぱ、言い出す勇気が出ねぇぇ~……。ギルドファイト、”アイツら”に相談しないで勝手にやって負けちまったからなぁー……』

 

 見せたことのない、どん底に打ちひしがれるような顔。それで真上を見上げるように項垂れて歩いていきながら、オキクルミはその状態のまま、真横にいるこちらへと首を曲げてくるなりセリフを続けてきた。

 

『オレの馴染みもさ、此処の何でも屋してんだよー……。“グレン”っていうコワーイ顔の野郎とさ、“カナタ”っていうクールな女の子。オレらいつも三人で仕事してる仲でさー、どんな時でも大体、グレンとカナタの二人がオレの手伝いをしてくれてたんだ————』

 

 

 

「ああ、グレンとカナタ……」

 

 思い出した。呟いたこちらの言葉に、二人が向いてくる。

 

 そして、少年の方は暫しと思考を巡らせていくと、この場の空気に馴染むこちらの存在へと問い掛けてきた。

 

「なんだお前さん、観光客じゃないのか?」

 

「いや、これでも自分、ユノさんの助手として働かせてもらっていて」

 

「ユノさんの……初めて見る顔だな。いや、おれが記憶していなかっただけか……? 本当にすまない。身内の顔と名前は記憶しているつもりだったんだが、どうやらど忘れしてしまっているらしい」

 

 すかさず、彼は実直に頭を下げてきた。これには自分も思わず、手を振りながら慌てていく。

 

「そんな、謝らなくてもいいって! オキクルミが言うには、俺が来たのは二人が稲富に派遣された後だったらしいから」

 

「だが、身内の顔ぶれを把握できていないのは、おれの落ち度だ。すまないが、名前を聞かせてもらいたい。——そちらにいるお嬢さんにも、名をうかがっていいだろうか」

 

 怖い顔で、すごく誠実な会話をしてくる……。

 そんな彼は菜子へと手を伸ばし、訊ね掛けるようにしていった。菜子も彼に呼ばれたことでこちらの会話に混ざりつつ、自分から紹介を始めていく。

 

「俺は柏島歓喜。龍明探偵事務所で、ユノさんの助手をやらせてもらっているんだ。よろしく」

 

「アタシ、蓼丸菜子。コッチと同じくユノさんの助手してる」

 

「柏島歓喜に、蓼丸菜子か。…………ん?」

 

 顔を覚えるために、じっとこちらを眺めていた彼。ふと思い出したようにピンと瞳を大きくしていくと、彼はそんなことを口にしたものだった。

 

「——あぁ、クルミの野郎がお前さんらの話をしていたな。……先日はどうも、世話になったみたいだな。おれ達の代わりにあいつを支えてくれたようで、お前さんらには本当に助けられた。クルミのやつ、お前さんらにとても感謝をしていてな、だから、おれからも直々にお礼を言いたいと思っていたところなんだ。本当にありがとう」

 

 どこまでも実直。軽く頭を下げてきた彼に、自分らもペコッと軽くお辞儀していく。そして彼は、こちらを視界に入れるようにしていくと、次にも後ろの少女も含めた紹介を行い始めた。

 

「今更になってしまうが、クルミの友人として紹介をさせてくれ。おれは、“グレン・バスター”だ。クルミの野郎とはそれなりに縁があってな、この龍明に来る前から、おれはあいつと行動を共にしていた。で、おれの後ろにいる女が、“友仁(トモニ)彼方(カナタ)”だ。こいつは基本クルミの言う事しか聞かないが、クルミの話題であるならば、返事くらいはしてくれるだろう。扱いが少し難しいかもしれないが、本人なりに色々と努力しているもんでな。どうかその辺を理解してくれると助かる」

 

 オキクルミの友人、グレン・バスターと友仁(トモニ)彼方(カナタ)。それぞれグレンとカナタの名前で呼ばれていた彼らは、グレンがよろしく頼むのお辞儀を行っていき、カナタは無感情で途方を見遣っていく。

 

 オキクルミは、この二人といつも行動していたんだなぁ。という感想を内心で呟いていくその中で、ちょうど自己紹介が終わったこのタイミングでタイチが呼び掛けてきた。

 

「よし! これで龍明の何でも屋諸君とも、親睦を深め合ったことだろう! まぁおれとしては、もっとみんなとこうして楽しく過ごしていたいものだし、何なら龍明の案内もしてもらいたいくらいの最高に爽やかな気分にある!! ——が、しかし! 誠に遺憾ながら、おれとビオラは生憎と仕事で此処に来てしまっている……!! だからおれは、否が応でも今日は、仕事のミーティングを此処で行わなければならない運命にあるのだ……ッ!!!」

 

 ガチで歯を食いしばる迫真のタイチ。そのツラでさえも何故だかカッコよく見えてしまえるそんな彼へと、ビオラは口元に手をやりながら声を掛けていく。

 

「ハイハイ分かったから、さっさとミーティング終わらせて解散しましょー。——ね、アレウス君。この後はあたしとのアフタヌーン・ティーが控えているもんねー?」

 

 まだくっ付いていた。ビオラの熱烈なアプローチにアレウスが困惑する脇で、タイチはタイチで「そうだな! 早く済ませれば、その分この龍明を観光できるしな!」とセリフを口にするなりテーブルに図面を広げていったものだった。

 

「さて、今回こうして龍明の諸君に集まってもらったのは他でもない、明日にも実行する制圧作戦を会議するためだ! 稲富の陣営からは、おれとビオラが参加し、主な戦力となるだろう龍明のメンツからは、ラミア、レイラン、アレウス、グレン、カナタ、そして……ユノ。その彼女の補佐として、カンキと菜子というこのメンバーが主要となって、明日の作戦に臨んでもらうこととなる!」

 

 図面に手を着いて、堂々と真剣な顔つきで説明を始めたタイチ。彼が中心となるその進行は自然な流れでミーティングへと移行して、この時にも明日の会議が開始されたものであった。

 

 

 

 

 

 ミーティングが終了し、解散となって喫茶店から出てきた一同。レイランが背伸びをしていくその真横で、自分は店の付近を見渡していく。

 

 と、町中の看板の前。ちょうど店内からは姿が隠れるその位置に、凛々しい雰囲気を醸し出したユノが佇んでいた。

 

 そちらへ駆け出していく自分。この動きをレイランは目にしていくと、流れに従うように何となくついてきた。尤も、少女が後ろからついてきているなど知らなくて、こちらは真っ直ぐとユノへ言葉を投げ掛けていったものだったが。

 

「ちょっとユノさん! どこ行ってたんですか! 既にミーティング終わっちゃいましたよ」

 

 掛けられた声に、ユノは興味無さそうな顔を向けてくる。

 

「そう、なら事務所に撤収しましょう。柏島くん、菜子ちゃんを連れてきなさい。道中で二人から内容を聞かせてもらうから」

 

「……何と言いますか、ユノさんらしいですね」

 

 皮肉。そんな呆れ気味の視線を向けても、ユノは全く気にしない。そこにレイランが寄ってくると、佇むユノの憧れの姿に目を輝かせながらその言葉を掛けていったものだった。

 

「こんにちはユノさん! 明日の任務、ユノさんとご一緒できるのが嬉しいです! 私、足を引っ張らないように頑張りますから、明日はよろしくお願いします!」

 

 可憐な少女の快活な挨拶。これを耳にしたユノは途端に凛々しいサマを繕い始めると、男であるこちらへの対応とはまるで異なる、凛とした大人の女性の風格を醸し出しながらレイランへと向き合っていく。

 

「えぇ、よろしくね。レイランさん」

 

「はい! ——けっこう大掛かりな制圧作戦になるみたいですけど、今回は各ポイントで分担って感じじゃなくて、みんなで固まって、みんなの力を集結させた一点突破の速攻型で制圧するみたいですよ!」

 

「へぇ、そうなのね。教えてくれてありがとう。おかげで助かったわ」

 

「わ、そんな、ぁありがとうございます……! えへへ、ユノさんに褒められた……」

 

 ちらっ。こちらを見てくるレイラン。よほど嬉しかったらしく、昂った感情のままに自分へと喜びを訴え掛けてきたものだ。

 

 という少女だったのだが、ふとそんなことをユノに問い掛け始めていく——

 

「あの! けっこう大掛かりな作戦みたいなので、ユノさん、“あの姿”を解禁したりしますか……!? 私、ユノさんの”本気”を一度でもいいから間近で見てみたくって……! ——その……わ、私の……あ、憧れ、なんです……!」

 

 顔を赤らめて、もじもじとしながら上目遣いで明かしていくレイラン。勢いで口にしてしまったことに少女はなおさらと恥じていく一方で、レイランと向かい合っていたユノの目は、一瞬ばかりと他所に逸れていく。

 

 ……そして、言葉を探すように暫しと口を噤んだユノ。だが、大した言い訳が見つからないといった具合に鼻でため息をつくようにしていくと、彼女はなんとも曖昧な調子でそう答えたものだった。

 

「……使うかどうかは、その時の状況によるわね。場合によっては、その力によって周囲の被害が余計に増えてしまったりするものだから、迂闊に使用することは世間的に許されないの。だから、ごめんなさい。たとえ、貴女のような素敵な女の子からのお願いであったのだとしても、現時点ではそれを披露してあげられる約束はできないわ」

 

「ぁ、そうなんですか……」

 

 目に見えてすごく残念そうなレイラン。そんな少女の様子に、ユノはとても申し訳なさそうな顔を見せていく。

 

 内容は分からないけれど、ユノさんはあまり喋りたくなさそうだな……。そう感じた自分がレイランに慰めの言葉を掛けようとした、その時の事だった——

 

 視界の隅から、高貴なドレスを身に纏うニュアージュが歩いてくる。彼女がこちらを発見してくると、「まぁ、皆さまごきげんよう」と優雅に挨拶をしながら歩み取ってきた。

 

 そんな彼女のすぐ傍には、先日にも召使いとして紹介された忠誠なる執事キャシャラトが、百九十という高身長で彼女に同行していた。彼もまたニュアージュと共にこちらへ来るその最中にて、ユノと目が合うなりキャシャラトは少しばかりと立ち止まる——

 

「——随分とお久しうございますね」

 

 ニュアージュが、キャシャラトへと向いていく。自分らもその言葉の先にいたユノへと向いていくと、ユノは見開いた目で彼を確認して、穏やかに微笑みながらそれを口にしていった。

 

「変わらないのね、キャシャラトさん」

 

「いつ如何なる時でも、不変なる忠誠な執事であること。陰ながら主人に仕える者としてのモットーでございます。——かつての主人として、私めの変わらぬお姿に納得いただけましたかな、ユノお嬢様」

 

「私のあれは、主人と呼べたのかしら」

 

 軽く笑ってみせたユノ。彼女の反応に、キャシャラトは得意げにニッと笑んで軽い礼を行っていく。

 

 同時にして、彼はユノの顔色をうかがうようにそれを問い掛けた。

 

「ヒイロお嬢様の行方は、今も探られておられるのですか?」

 

「ようやく手掛かりが手に入ったの。まだ先は見えないけれども、必ず彼女を見つけ出してみせるわ」

 

「ゆかりある者として、私めにもお手伝いできることがございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」

 

「ありがとう、キャシャラトさん」

 

 と、ここで、その言葉は聞き捨てならないと急ぎ足で駆け寄ってきた菜子の姿。姉の名前に反応した少女が、「ヒイロ!? ヒイロがなに!?」と慌てながらやってきたものであったから、菜子の登場によってこの会話は、自然と切り上げられる運びとなっていった——



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第24話 カチコミ

 荒廃した市街地を、広範囲で覆っていく布天井。上空からの目を遮断するその地域は、見張り小屋や大きなバリケード、鉄製の門から、竜宮城のような現代的な建物が存在していたりと、組織の拠点であることがうかがえる。

 

 布天井から射し込む光。それが地上に明かりをもたらすその空間。門の付近を歩いていた槍を持つ男が、近くの男性へと近付いていく。世間話でもしようと考えたのかもしれない。男は声を掛けながら相手を振り向かせていき、自分から歩み寄って門の前まで来た、その瞬間だった——

 

 ——破滅。それは、突発的に発生した嵐の如く。

 弾け飛ぶように散っていった門と、付近のあらゆる物体すべて。巻き込まれた男が消失する現象を目の前にして、男性に留まらず組織の人間達が一斉に動き出したものだった。

 

 

 

 

 

 ユノの蹴りによって、暴力団組織の拠点は瞬く間に損壊を被った。

 

 いや力業すぎる……。間近で眺めていた自分が冷や汗を流していく中、指揮を執るタイチの掛け声を合図にして、その場に集っていた何でも屋の一同が一斉に殴り込みをかけていく——

 

「さぁユノに続け!! どんどん行け行け!! 組織の人間を片っ端から無力化して、騎士団があっと驚くほどの大量の手土産を持ち帰るとしよう!! ——あっははは! ライバル企業と手を組んだ合同作戦なんて、実に面白いな! おれも気分が盛り上がってきたぞ!! さぁ張り切っていこう!」

 

 竜宮城のような建物へと真っ先に突っ走っていったユノ。彼女がリベロとして先陣を切っていくと、後ろから続くように、タイチ、ビオラ、アレウス、グレン、カナタ、レイラン、ラミアと続々なだれ込んでいく。

 

 そして、ついていくように走り出した自分と菜子。特に自分は、事前になって任された“キャリングケース”を提げていたことから、誰よりも遅く飛び出していったものだった。

 

 破滅したアジトの入り口を通っていくと、そこに広がっていたのは廃墟の町並み。現代的な雰囲気のそこは、ほとんどの建物が瓦礫という変わり果てた姿であり、かつ、崩落した状況そのままに、見張り台や屋台、屋根付きの小屋などといった形で利用しているというその光景。

 

 布天井に囲われた敵陣は、小さな町に匹敵する広大さ。故に、瞬く間に四方八方から囲まれた自分らは、それぞれの方角から迫る連中を力でねじ伏せていく。

 

 先に行ったユノの姿は、もう見えない。彼女は、愛人である蓼丸ヒイロについての情報を持つ人物にしか興味が無いため、この集団を束ねる組織のトップにしか目がなかったものだ。

 

 そんな、突っ切っていったユノの後処理を行うように、タイチが敵の集団へ飛び込んでいった。彼は羽織っている着物のような上着をはためかせいくと、空中にいる自身を狙撃しようとしてきた銃使いへと、“鋭い何か”を腕から飛ばしていく。

 

 それがあっという間に連中を貫いて処理していくと、着地したその衝撃と共に、彼の周囲には“結晶のような鋭利な物質”が、瞬く間に水が凍り付いた光景の如く発生し始める。

 

 それは、クリスタルのような“刃”だった。刃物が結晶のように地面から生え出して、洞窟に形成される自然体のような光景を生み出していく。これは神秘的でありながらも、真白な刃に飛び散った鮮血が太陽光でキラキラと輝くその様子は、美しき顔の裏に秘めた彼の獰猛さをより際立たせたものだった。

 

「おっと! うっかり致命傷を与えてしまった! せっかくの手土産が台無しだな! 何ならいっそ、このまま騎士団の下へ持ち帰るか? 奴ら、どんな顔をしておれらを出迎えてくれるかな? そう考えると、とても面白そうだ! あっははは!」

 

 清々しく笑うタイチの背後から迫る影。身体の一部を狼へと変貌させた大男が、彼を丸ごと呑み込もうと襲い掛かる。

 だが、振り向きもしない彼の代わりとして、横槍を入れるようにして拳で迎え撃ったビオラ——

 

「あんた、なに呑気に突っ立ってるの!」

 

 殴りつけた彼女の拳から、“鮮やかなピンク色の液体”が滲み出す。これが狼の異能力者に付着していくと、付与された粘液に警戒した男は飛び退いて距離を空けていった。

 

 その間にもビオラは、自身の身体からじわじわと溢れ出した液体を右腕に集中させていく。そして彼女は、右腕に付随するパーツのようにして粘液の右腕を形成していくと、次は自身から飛び出すようにして男へと殴り掛かって、その一撃を叩き込んでいったのだ。

 

 威力自体は平凡だ。男は両腕で受け止めていく。しかし、防御した腕を含め、隙間をすり抜けて男の身体へとじわじわ侵食した粘液。ビオラはこのまま形成した右腕を男へ付着させていき、それの粘着性から防御した腕を固定させられた男が慌てるそのサマを前にして、彼女はタイチへと話し掛けながら左手に炎を宿していく——

 

「どうして合同作戦でも、まともに働こうとしないのよ!」

 

「お? おれのことか? おいおい! おれだってちゃんと働いているぞ! ほら!」

 

 バッ、と突き出した手を合図にして、彼の足元からツラツラと地上を這い出した結晶の導火線。それが敵の集団に到達すると、次にも巨大なクリスタルの結晶となって、敵を斬り刻んでいく。

 

「な?」

 

「あっそ! 余計なお喋りをしていたから、気が付かなかった!」

 

 冗談めかしたビオラのセリフ。共にして炎を宿した左手を振るっていくと、火の玉となったそれは飛んでいき、先ほどにもピンク色の粘液を付けた男に着弾する——

 

 ——瞬間、ダイナマイトをも凌駕する爆発が、轟音を伴って発生した。

 周囲がブラックアウトするほどの破壊力。直撃した男の存命は期待できない。この二人の圧倒的な異能力によって敵陣がうろたえる中で、タイチとビオラは至って通常通りの会話を交わしていった。

 

「相変わらずすごいなビオラ! やっぱ派手さじゃ、おまえに敵わないな!」

 

「なに言ってるのよ。タイチの、“物体に刃を生やす能力”の方が無力化しやすいじゃない。そっちの方が万能よ」

 

「いや、おれの能力は殺傷力が高すぎる。言うほど万能じゃないぞ。それに比べたら、ビオラの“爆発性のスライムを生み出す能力”の方が、様々な用途がありそうで羨ましいな」

 

「手間がかかって面倒なだけよ。それじゃあ聞くけれど、様々な用途って例えば何?」

 

「なにって、そうだな……そのスライムを点火して、ストーブの代わりにして温まったりとかか?」

 

「爆発するから危ないわよ!! 粘着性は操作できるけれど、スライムの爆発は能力者のあたしだってダメージ受けるんだから!」

 

「それでも、いつもスライムをクッションにして昼寝しているだろう? 日常生活でも使用できるだけ、その能力は恵まれているとおれは思うな!」

 

「一手間もいらないシンプルな効果の方が、扱いやすくて良いに決まってるじゃない! ——あぁダメ、タイチと一緒だとあたしまで仕事に集中できなくなる」

 

「なら、サボった分を今から取り返せばいいだけだろう!」

 

 息の合った動作で、二人で飛び込んでいくタイチとビオラ。稲富の何でも屋が連携を見せていくその最中にも、他の場所では龍明の何でも屋が活躍していく。

 

 著しい猛威を振るっていたのは、カナタだった。妖しく光らせた色濃いピンクを瞳に宿し、それの残像を空間に漂わせながら走らせる斬撃——

 

 刹那の通り魔。音速で駆け抜ける彼女を捉え切ることができない連中は、ことごとくと斬り捨てられて宙を舞っていく。その光景を繰り広げながら上空へ飛び出していくと、カナタはようやくと見せた全身と共に、両手に持った二刀の小刀(しょうとう)と、空中で滑らかに回転するサマを晒しながら異能力を発動する——

 

 見開かれた瞳と共鳴するよう、波動となって伝った大気の違和感。直後として猛烈な突風が“地面から発生”すると、周囲の輩は巻き上げられるように上空へ吹き飛ばされて、カナタの射程距離に入ってしまう。

 

 そして、次に“彼女の後ろから吹いた突風”にカナタは乗り出して、空中を蹴るようにしながら刹那の斬撃を繰り出した。

 ピンクの残像に混じる、飛び散る血飛沫。それを弄ぶよう空中に漂わせる突風が不規則に吹き始めると、カナタという人物に緩やかな浮遊感を与えていく。

 

 ——まるで、空を泳いでいるようだった。“風を発生させる異能力”を持つ彼女は、刹那の余韻と思しき冷酷な無表情を見せながら、戯れるイルカのように身体をしならせて滞空し続けていたものだ。

 

 圧倒的な力を持つ猛者達の集い。アレウスも斬撃を実体化する能力で空間を引き裂いていくこの戦場は、ほぼ一方的な戦況を展開していた。加えて、竜宮城のような建物からは時折と破壊的な衝撃が見受けられ、ユノも超人じみた素の力で存分に暴れていたらしい。

 

 黒色のポンチョを身に纏うレイランが、それを蠢かせてマフラーのような形状を象っていく。そして影のように伸び、触手のような挙動を以てして得体の知れない不可解な動きを見せていくと、首元に巻いたままのそれで薙ぎ払うような舞でレイランは回転した。

 

 鮮やかで洒落た動作。だが、一瞬にして伸び縮みする不可解な“黒色”に触れられたら最後、連中はその箇所の肉をバッサリと引き裂かれ、傷と口、目や耳から黒色の泡を大量に噴き出しながら、白目を剥いて次々と倒れていく。

 

 何がモチーフになっている異能力なのか、まるでうかがえない。ただ、その舞を終えて、弓を引き絞るような構えをとっていくレイラン。少女の予備動作に合わせるよう黒色のそれがスルスルと手元に移っていくと、それは弓を模し、やじりが鴉の頭部を象って、残った連中へと射られていった。

 

 自然に働く運動を無視して、それは真っ直ぐ飛んでいく。その最中にも巨大な鴉へと変貌して翼を広げるものだから、横への当たり判定が一気に伸びて連中が一掃されたものだった。

 

 どこからともなくスルスルと、レイランの上半身に戻ってくる黒色のそれ。共にして少女がこちらへ向いてくると、キャリングケースを持つ自分へとその言葉を掛けていく。

 

「カンキ君、今の内! 早く“それ”を起動しちゃって!」

 

「わ、わかった!」

 

 言われるまま、自分はケースを地面に置いていく。

 すると、その衝撃で勝手に起動したのだろうキャリングケースは動き出し、それはガチャコンガチャコン音を立てながら、瞬く間に近未来的なホログラムを映し出すパソコンへと姿を変えたのだ。

 

 起動を確認して、それを見遣っていく。浮かび上がる機械的な水色は直にして、この周辺地域をインプットしたのだろう地形や障害物を、マス目の入った信号走るホログラムとして映してきた。

 

 自分の耳に装着された無線装置。指をあてがってスイッチを入れながら、自分はそれを報告していく。

 

「“スーパーホログラフィー”、起動完了しました! これより無線越しで、周辺状況を逐一報告いたします!」

 

 ——無線の音声がオンになった瞬間に、暴力団連中の悲鳴が聞こえてくる。この音に紛れるよう清々しく答えてきたのがタイチだった。

 

『おう! 頼んだ! ——カンキ、くれぐれも扱いには気を付けてくれよ!』

 

「えぇ、承知しています。——“範囲内に存在する全ての物質を検知する”小型のスーパーコンピュータ。ですが、超高性能の代償として、“わずかな衝撃でも故障してしまう脆弱性”が特徴……なんですよね」

 

『上出来だ! 探知する範囲自体も、お世辞にも優れているとは言えないからな。どうしても戦闘区域に踏み入らないと、アジト全体を探知できないのが難点だ。だから、スーパーホログラフィーを扱うカンキを守ってもらうために、そちらにも人員を割いた。——どうにか皆に守ってもらいつつ、カンキはおれ達のサポートに徹してくれ。最優先事項は、人質や奴隷が存在しているかどうかだな。地下があるようだったら、そちらを優先的に探るように!』

 

「分かりました!」

 

 戦闘できない自分なりに、皆の役に立ってみせる。

 パソコンになったスーパーホログラフィーを、左腕で抱えるようにして持ち上げる。その間にもレイランが周囲の連中を片付けてくれていたものだったが、やはり組織の人数が多く、溢れた連中がスーパーホログラフィーを持つこちらに狙いを定めて突撃してくるのだ。

 

 すべての情報を暴くコンピュータ。この性能を知る奴らは、何かの発覚を恐れて襲い掛かる。だが、自分へと飛び掛かってきたそれぞれは、金属バットと突き出した拳によって敢え無く返り討ちに遭っていった。

 

 すぐさま、菜子とラミアが立ち塞がる。片方は怪力を有しておりながらも、異能力を持たない二人は肩を並べて堂々と壁になった。

 

「アタシ達だって負けてらんないから!」

 

「そーですよ。何でも屋の底力を見せるとしますか!! ——まー、可憐でか弱ーい乙女であるウチらに守られるカンキさんもカンキさんですけどね」

 

「ホントそれ。カッシーさ、せめて戦えるようにはなろうよ。そんなんじゃ女の子にモテないよ?」

 

 余裕の佇まい。金属バットを肩に掛ける菜子が振り返って、からかうような目でセリフを口にしていく。

 

 と、その菜子の身体が陰りに染まった——

 

「な、菜子ちゃん! 前ッ!!」

 

「え?」

 

 瓦礫の塊。投げ飛ばされてきたのだろうそれが、こちら陣営に直撃した。

 

 ……尤も、当たったのは、そのごく一部分である手のひらの面積。自分と菜子の前に踏み出したラミアが、左腕一本でそれを容易く受け止めていったのだ。

 そして、打ち付けるように地面へ投げ捨てた。一連の危機に菜子が悲鳴を上げながら頭を抱えていくその手前、ラミアはしれっとした顔で手を払いながら呟いていく。

 

「人命救助。これで報酬金アップですねー」

 

「……すごいなラミア」

 

 思わず感嘆が零れる。だが、こちらの一難は続々となだれ込んでくる。

 

 ——二刀のサーベル。二メートルの刃渡りはあるだろう巨大な獲物で迫ってきた筋肉質の男が、こちらをぶった切りに真正面から切り込んできた。

 

 さすがに、刃物は受け止められない。これにはラミアも「あ、さすがにそれは反則ですよ!!」と声を上げながら回避していく。

 

 って、ラミアに避けられたら、攻撃が俺に直撃するんだけど——!!

 

 一瞬と瞑った目。すぐにも自分は前方を確認していくと、そこには両腕を広げて攻撃をかばったグレンの姿が——

 

 彼の筋肉質な上半身に、二刀のサーベルが食い込んでいる。あれだけの鋭い刃を筋肉だけで受け止める彼も異質だったものだが、それでも食い込む刃物にグレンの身体から大量の血が噴き出し始めた。——のを良いことに彼が喋り出す。

 

「——これがイイ。この威力が……おれをより高みへと導く……ッ!!!」

 

 サーベルの刃を掴むグレン。直後、握力で二メートルの刃渡りを粉々に粉砕する——

 全身の筋肉が躍動する音。外部にも響き渡るそれに相手が尻込みする手前にて、踏み込む動作は受けたダメージを原動力に、次にもグレンは引き絞った右腕から破壊的な拳の一撃を繰り出した。

 

 ——ユノ、さん……!?

 一瞬ばかりとよぎった、身に覚えのある衝撃波。脆いと悪評のスーパーホログラフィーをかばうようにした自分が持ち堪える中で、この背後では、グレンの一撃によって周囲の瓦礫が塵へと化したものだった。

 

 襲ってきた男を探さない方が良さそうだ。たぶん、在ったとしても見つけない方がいい。圧倒的な破壊力に、ラミアや菜子が尻もちをついている光景。だが、直後にも傷口から血を噴射したグレンが声を上げていくと、彼もまた傷口を手で押さえるようにしながらその場でよろけていく。

 

 何という捨て身……! 自分は心配するように、彼へと言葉を投げ遣った。

 

「グレン!! 大丈夫か!? 今すぐに撤退した方がいい!」

 

 その言葉に、すかさず彼は反応していく。

 

「いや、気にすんな! ……おれは、こういう戦い方をする人間なんだよ……ッ」

 

 仁王立ち。開けっ払っていたそのファッションには、筋肉を伝う大量の流血。

 

「おれもよ、お前さんらと同類なんだからな……ッ。これぐれェの無茶をしねェ限り、あいつらと並び立てやしねェ……!」

 

「同類、って……。もしかしてグレンも、異能力を持っていない……?」

 

 共にして、鼻で笑うグレン。それは、自分自身に呆れるようなサマにもうかがえた。

 

「悔しいことによ、生身の身体じゃあどう足掻いても異能力者の野郎共に追い付くことができねェ……。ましてや、おれにはラミアのような怪力もねェし、おれ自身、菜子のような戦闘のセンスもねェ人間だ。だからよ——がむしゃらに身体を鍛え上げて、“攻撃を受けても怯まねェ耐久力”を。攻撃を仕掛けるセンスがねェから、“攻撃を受けることで反撃する”受け身の戦闘術を身に付けて、ここまでやってきたもんだ」

 

 血塗れになりながら喋るその姿。今もダラダラと流れ出る赤黒いそれを、グレンは気にも留めずに歩き出す。

 

「異能力を持たない者同士、共に協力し合いながら存在感を出していくぞ。——ラミア! 菜子! このまま気張っていけ! カンキ! お前さんの出来得る限りのサポートを期待している!」

 

 そして駆け出したグレン。彼のセリフと共にラミアと菜子も身構えて、前方から迫る組織の連中へと立ち向かっていった。

 

 異能力が飛び交う殺伐とした戦況。生きていれば安いという致命傷が多発するこの状況も、圧倒的な実力差で押し切る何でも屋陣営の手によって、そう経たない内にも静けさを取り戻し始めることとなる————



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第25話 それは無機的に訪れる

 戦況は、何でも屋陣営が圧倒的に優勢だった。敵に数多の異能力者が存在していながらも、実力で上回る何でも屋メンツの活躍によって、こちらが勝利を収めるのも時間の問題だと言えただろう。

 

 それでも現在と続いている、殺伐とした戦争の様子。異能力や銃弾が飛び交う空間の中、自分はラミア、レイラン、菜子、グレンに守られながら、超高性能が故に超脆弱な機械スーパーホログラフィーを操作して、周辺一帯の情報を根こそぎと漁っていた。

 

 左腕で抱えるようにして、キャリングケースから変形したパソコンを操作する自分。浮かび上がる水色の映像という近未来的な光景と、今も地形を伝ってデータを読み込んでいく電波に、そのデータを参照して映し出されたホログラム状のマップという眼前の情報量と向かい合っていく。

 

 状況をリアルタイムで受信するその機械。名前にスーパーと付いているだけあって性能は中々に凄まじく、これは、今も活躍する何でも屋一同の現在位置から、周辺の敵の数や、それらが所持する武器や道具、さらには、対象が異能力者であるかどうかまでもがこの機械で筒抜けとなる。

 

 地形や建物も完璧に読み込むことから、地上の起伏や瓦礫の詳細な位置、建物の高さからその内部の構造までも一目で発覚する。それが故に、この敷地の奥にある、竜宮城のような大きな建物が十一階建てであることから、その間取り、どこに何が配置されているのか、どれほどの人数が存在しているのか、そして……今も建物内を超高速で駆け巡るユノの現在位置なども、この機械ひとつで把握できたものだった。

 

 群れるように存在する敵のマークが、ユノのマークと接触すると一瞬で弾かれていく。異能力者であると判別する強敵のマークさえもホログラム上から消失したりして、彼女の規格外な戦闘力が機械越しでもうかがえたものだった。

 

 そんなユノに負けじと敵を制圧していたのが、タイチやビオラという稲富陣営の何でも屋。続いて、龍明陣営のアレウスが斬撃を実体化する異能力で彼らに肩を並べていき、風を発生させる異能力を持つカナタが、小刀(しょうとう)による高速の太刀筋で敵をことごとく蹴散らしていく。

 

 自分のすぐ傍では、菜子が金属バットで相手をしばいていた。鉄製の硬いもので殴られる鈍くて甲高い音が耳に入ってくる状況の、その真横。自分もまた自分の仕事をこなすために、竜宮城のようなそれの内部をくまなくと捜索していっては、イヤホンのような無線で全員に逐一報告を行っていたものだった。

 

「カンキです。発見がありましたので、報告します。現在ユノさんが突入している大型建築物の内部に、地下と思われる階層があるのを確認しました。その地下二階の階層には、二十名ほどの規模で一箇所に集まる人々の存在が確認でき、地上の騒ぎに対して動きを見せないことから、敵の仲間ではない可能性がございます」

 

 こちらの報告に、無線越しからタイチが返答する。

 

『おそらく、連中に捕まった周辺地域の捕虜の可能性がある! よく見つけてくれた! ——今すぐにも駆け付けたいところなのだが、如何せん、地下という閉鎖的な空間で、敵とかち合った場合などの最悪の場面を想定すると、おれやビオラのような殺傷力の制御が利かない異能力はかえって被害者を増やしかねないことから、迂闊にそちらへ向かうことはできないんだ!』

 

 無線から響き渡ってくる、敵組織の連中の悲鳴。共にして、瞬間的に結晶が出現したような幻想的な音が聞こえてくると、次にもタイチはレイランへと指示を出していった。

 

『レイラン! 今すぐ地下二階へ向かえるか?』

 

『あ、私!? ちょっと待ってね——オッケー、行ける! あの建物に向かえばいいんだよね?』

 

『そうだ! カンキ、彼女の道案内を頼んだ!』

 

「了解です」

 

 こちらに視線を投げ掛けたレイラン。そして二人で頷いていくと、建物へ向かい出した少女をスーパーホログラフィーで追いかける形で、自分はレイランのサポートを行っていった。

 

 

 

 

 

 殺伐とした戦場も、敵が数を減らしたことによってだいぶ穏やかな景色になってきた。

 地面に転がる大量の負傷者。また一人と仰向けに倒れていく中で、張り手を突き出していたラミアが息を切らしながらボヤいていく。

 

「ハァ……ハァ……まったく、どうしてこんな……。そうそうたるメンバーだったんですから、もっとラクして大量の報酬金をゲットできる算段でしたのに……!! まさか、ウチにもこんな重労働を強いてくるとは……さ、詐欺ですよ、実力詐欺……! ハァ、ハァ」

 

 口元を拭っていく少女に、息を切らした菜子と血だらけのグレンが合流する。

 

「ァ、アタシもうむり……。手が痛いよ……足も疲れたぁ……」

 

「異能力もねェ凡人にァ、かなり過酷な任務だった……。おれ達はむしろ、誇るべきだ……。化物じみた周囲の連中に遅れを取ることなく食らいついていった。それだけでも、今日の戦果としては上出来だろうよ……」

 

「いやいやグレン君……そんなことより早く治療した方がいいって……!」

 

 ここに、キャリングケースを提げた自分も合流。そこでは、菜子が心配そうにする視線の先で、腕を組んで満足そうに佇む血塗れのグレンという図があった。

 

 すぐにも入ってきた、タイチからの無線。これに一同が指を添えて連絡を受けていくと、集合場所として伝えられた大型建築物の十一階を皆で見遣っていき、足並みを揃えながら歩き出していく。

 

 自分ら以外のメンバーである、ユノ、タイチ、ビオラ、アレウス、カナタ、レイランというメンツは既に集合しているとのこと。これに凡人組が、今からあんなとこ上るの……? という愚痴を零しつつも、とても和気藹々とした空気で向かっていったものだった。

 

 ……列の端っこで歩いていた自分。内心でホッと一息をつきながら、戦闘はひとまず落ち着いたかと安堵のままに、皆の話に耳を傾けていく、その最中——

 

 足を止めて、振り返った。

 どうしてこの時にも、自分は背後を振り向いたのだろう。それはきっと、討ち漏らしの残党による奇襲を心配したからなのかもしれないし、無意識の内に感じ取った気配が自分を振り向かせたのかもしれない……。

 

 組織の連中が倒れている光景。特にこれといった変化が無いそれを目にしていって、足並みから外れた三人の列に追い付くべく前方へ向き直った、その時だった——

 

 ——幻想的な銀髪。佇む少女が、ふと視界に現れる。

 

「しー」

 

 ……自身の口元に立てた人差し指。こちらへとけん制してきた少女は、無機質に見開いた目でこちらをじっと見遣っていた——

 

 百五十五ほどの背丈。見かけから少女であるその存在は、銀髪のショートヘアーに、胸元まで伸びたもみあげ、そして湖のような水色の瞳という容貌で佇んでいる。服装は、肩の部分に穴が空いた白色のパーカーに、青色のホットパンツ、黒色のハイソックスに白色の靴という、とても無難にまとまったその外見。

 

 だが、少女が纏う空気感は、常人の域を脱したこの世ならざる冷気を帯びていた。途端にして肌寒くなってきた自分の視界には、こちらに気付かない三人が背を向けて建物へと向かっていく光景……。

 

「き、君は——」

 

「順調?」

 

 首を傾げる少女に訊ねられた。これに自分は、暫しと思考停止してしまう。

 

「え、え……? な、何が……?」

 

「お仕事」

 

「お仕事……? それって、探偵の助手の……?」

 

 こくり。頷いた少女は可憐でありながらも、その表情にはまるで変化が無い。

 

 これは、カナタのような冷静な無表情とは次元が違っていた。

 今も少女が見せてくるその表情は、そもそもとして感情というものが存在していないようにうかがえる。

 

 この、どこか生気を感じさせない人形のような雰囲気に加えて、精神的にこちらに迫りくるかのようなその深くて大きな眼差しが、いたいけな容貌でありながらも生理的な不安を掻き立ててくるのだ。

 

「……まぁ、順調だと思うけど……」

 

「ふぅん」

 

 視界の中央にポツンと佇むこの姿。見開いた無機質な目が、こちらをじっと捉え続けてくる。

 

 じきにも少女は、表情を一切と変えないままそれを口にしていった。

 

「頑張ってね」

 

「え? いや、君は——」

 

 ——瞬間、視界に迸るノイズ。鼓膜をつんざく不愉快な音と共にして、視界には液晶のバグのような挙動のテクスチャが、少女を塗り潰すように現れた。

 

 少女の頭が歪み、視界が暗色で包まれる。この一瞬ながらも見せられた幻覚に自分は言葉を失っていくと、次にもラミアから掛けられた声によって、自分は意識を取り戻すように元の世界を認識した——

 

「カンキさん、どーかしましたー??」

 

 ハッ——。目が覚めたように顔を上げていく。

 こちらへと振り返っている、ラミア、菜子、グレンの三人。視界にはあの少女の姿がなく、自分は一瞬だけでも眠ってしまって、悪夢でも見たのかと錯覚させられた。

 

「……ご、ごめん。俺も疲れちゃったみたいで……」

 

「カンキさんがですか?? 戦ってもいないのに疲れるなんて、カンキさんはホントに軟弱なおヒトですねー」

 

 やれやれといった調子で喋るラミアに、グレンが「無理もない。体力の消耗具合にも個人差はあるだろう」とフォローに入ってくれる。そんな彼らの会話に混ざるよう合流した自分は、三人と共に集合場所の十一階へと向かったものだった——

 

 

 

 

 

 中世の洋風さを、手元にあったコンクリートで無理やり真似てみたようなその内部。大広間や、上の階に続く階段には赤色のカーペットが敷かれているものの、その材質はお世辞にも高級とは言い難い。

 

 地道に階段を上ること、最上階の十一階。石造りであるために神殿の最深部という雰囲気が出ているが、奥へと続く左右の柱に、王様の玉座を模した石造りのイスが存在していたことから、王宮の間を意識した部屋なのかなという印象を感じていく。

 

 とはいえ、その部屋は儚くもズタボロに破壊し尽くされていた。至る箇所に豪快な穴が開いており、天井からも日中の光が柔らかく射し込んでいる。そんな容赦の無い破滅をもたらしたであろう張本人は、分厚く束ねた白髪ポニーテールを揺らしていきながらも、縛り上げて床に転がした敵組織の男性の、その顔を踏みつけながらそれを訊ね掛けていた。

 

「蓼丸ヒイロという名前に、聞き覚えはあるかしら?」

 

「た、たで……ッ? だ、誰だ、そいつは——」

 

「そう。じゃあ用は無いわ」

 

 ——骨が破裂する音。その破壊力で顎を蹴り上げられた男性は、顔中から血を噴き出しながら白目を剥いて失神していく。

 この男のような残骸が、あちこちに転がっていた。皆がギリギリのラインで生かされていたからこそ、今も走る激痛に表情を歪めていたものだ。

 

 ……下手すれば、死んだ方がマシだったのかもしれない。犯してきた罪も罪だろうけれど、現在は生き地獄を彷徨う彼らに思わず同情もしてしまえる。彼らを見送るようにして自分は歩いていくと、端的な尋問を行うユノの近くには、タイチ、ビオラ、アレウス、カナタ、レイランの皆が集まっていた。

 

 合流したラミア、菜子、グレン。全員で顔を揃えて互いを確認し合っていくその最中にも、ユノの尋問によって口を開いたとある男性が、そんなセリフを喋り出したのだ——

 

「蓼丸ヒイロという名前に、聞き覚えはあるかしら?」

 

「蓼丸、ヒイロ……ッ。あの、小娘のこと、か……ッ?」

 

 王様を真似したような赤いマントを羽織る男性。縛り付けられて座っているその姿勢から、ユノを見上げるようにしてそれを答えていく。

 

 一同が振り返る。これにはユノも、脅すように脚を向けながら男へと尋問を続けていった。

 

「本当に、彼女のことを知っているんでしょうね? 証明してみせなさい。嘘だと分かれば殺すわ」

 

「し、知っている……ッ! あの小娘は……特別だった……! 『物体や事象に潜り込む異能力』を持ちながらも……その異能力とは別として、あの小娘は“幻獣を召喚できる特殊な体質”を……兼ね備えていた……ッ!!」

 

 ……異能力の他に、特殊な体質を兼ね備えている?

 

 男の証言を耳にして、ユノは向けていた脚を下ろしていく。

 

「彼女は此処にいるの? いるのだとしたら、居場所を教えなさい」

 

「小娘は……いない……。本来なら……あの小娘が持つ、“特殊な体質の細胞を採取する”べく、仲間の研究所へと身柄を届けるハズだった……ッ」

 

「ハズだった? どういうことなのか説明しなさい」

 

 再び脚を持ち上げて脅していくユノ。これに男が焦っていく。

 

「ま、待ってくれよッ!! 確かにあの時までは無事だったッ!! だが、四年前……あの小娘を輸送する乗り物が……“何者かの襲撃”に遭ったんだ……ッ!」

 

「四年前に、襲撃? それでヒイロはどうなったの?」

 

「や、やつらに攫われた……! きっと、やつらも知っていたんだ……! あの小娘が持つ体質のことを……!!」

 

「…………」

 

 尋問を行うユノの後ろで、タイチが興味本位で詳細を菜子から聞いていく。それにビオラやアレウスといった周囲の面々が耳を傾けていく光景を繰り広げるものだったが、次にもユノが男性へと、それを問い掛けた時のことだった。

 

「貴方の言う、やつら、って何者? 貴方はそれの正体を知っているの?」

 

「く、詳しくは分からない……! だが、ある意味で確信した……! あの小娘は、特殊な体質が故の細胞を持っている……。そして、そんな細胞を欲しがる連中なんて、その道に詳しい人間でしかない……! 当時の、我々の競合他社……! 身体の自然治癒を速める機能であったり、クローンの製造や複製といった、細胞を取り扱う上での商売で競り合う関係にあった、ライバル企業……!」

 

「名前を教えてちょうだい」

 

「教えたら……命を助けてくれますか……?」

 

「えぇ、傷一つ負わせないと約束するわ」

 

「う……うぅ……お教えします……っ。我々の競合他社であった、そのライバル企業の名前は……ナチュラ——」

 

 ——突発的な陰り。男を覆うそれにユノが咄嗟に引き下がると、直後にも男は“透明感のある四角い物体”によって押し潰されたのだ。

 

 致命的な音。床を揺るがす衝撃。震動で天井から破片が落ちてくる中で、ユノは目の前の物体へと破壊的な一撃の蹴りを加えていく。……しかし、想定の結果とはまるで真逆の景色が現れた。

 

 彼女の蹴りを以てしても、眼前の物体はビクともしない。それどころかヒビ一つも入らず、突き抜けることなく表面で止まった自身の足に、ユノは一瞬ばかりと予想外な表情を見せていく。

 

 ほぼ同時にして、その物体の周囲にも陰りが現れ始めた。彼女をも巻き込むその範囲に、ユノは蹴り付けたその姿勢で眼前のそれを押し込んでいくと、脚に加わったその反動を利用して真後ろへ飛んでいき、床に足が着くなり蹴り出すように再度と跳躍を行って、後方へ飛び退いたものだった。

 

 大量に降り注いだ、四角い物体の群れ。これの衝撃によって自分や菜子が体勢を崩していく中、縦回転の華麗なる回避を行いながら着地したユノはゆっくりと腰を上げていき、埃の煙で包まれたこの空間において、タイチやビオラなどの一同も身構えて透明な物体を捉えていく。

 

 ……しばらくして、煙は晴れてきた。目の前の状況からして、あの男を囲うようにして追加で降り注いだ透明感のある物体は、意図的なものであるのだろう。

 

 あからさまに敵意のある攻撃に、皆が緊張を帯びながら見遣っていく。すると次にも、男を潰した最初の物体の上に、“それ”が座っているのをうかがえたのだ。

 

 ……見覚えが、ある。それも、つい先ほどにも奇怪な体験をもたらした、その張本人——

 

「……さっきの、女の子……!」

 

 思わず呟いた自分。周囲が一瞬ばかりと振り向いて、すかさず“対象”へと戻していくその視線。

 

 ……垂れ下がる銀髪のもみあげを揺らしながら、“その少女”は無機質な瞳で一同を捉えていた。

 右脚の膝を曲げて、それを抱えるように両腕を回したその姿勢。この膝にちょこんと顎を乗せながら、目の前の少女はただ無機的に、透明感のある物体の上に座り込んでいた————



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第26話 湯煙と月光 -Just fight to love編-

 湯煙と月の光。二つが合わさることで、朧気な幻覚を見ているかのような気分だった。

 

 いつもと変わらぬ龍明の露天風呂。町の人間のみが入ることを許された、貸切に等しい専用の憩いの場。この日も一日の疲れを湯に溶かしていき、居合わせたゆかりある人間との交流を心から満喫する。……つもりだったのだが、今の自分や菜子は、とてもそんな気分にはなれそうになかった。

 

 露天風呂に浸かる現在。自分に寄り掛かるよう眠りにつく菜子を肩で支えながら、自分は龍明の夜景をただじっと眺めていく。付近では町の人間が他愛のない話で盛り上がっていたものだが、自分は日中にも“彼女の運命(さだめ)”を知ったことによって、今は世界という大規模なスケールで物思いに耽っていたものだ。

 

 この日にも目の当たりにした現実。それと直面した、彼女の運命————

 

 

 

 

 

 大量に降り注いだ、透明感のある四角い物体の衝撃。敵組織の人間を潰したそれの上には、垂れ下がる銀髪のもみあげを揺らす“一人の少女”が、無機質な瞳で一同を捉えていた。

 

 右脚の膝を曲げて、それを抱えるように両腕を回したその姿勢。この膝にちょこんと顎を乗せながら、目の前の少女はただ無機的に、透明感のある物体の上に座り込んでいる。

 

「……さっきの、女の子……!」

 

 思わず呟いた自分。周囲が一瞬ばかりと振り向いて、すかさず“対象”へと戻していくその視線。

 その銀髪の少女もまた、わずかばかりとこちらを見遣ってきた。だが意識をすぐユノへと向けていくと、次に少女は感情の無い声音で喋り出していく——

 

「久しぶり。——元気?」

 

 目先の対象。それがユノに対する言葉であったことは、自分でも理解できた。

 

 掛けられた言葉に、不可解そうな顔を見せていくユノ。ゆっくりと体勢を直しながら彼女も向き合っていくと、その少女との会話を展開し始める。

 

「……五年ぶり、かしら。あの頃も貴女という存在は認知していたものだけれど、五年もの歳月が経過しているにも関わらず、外見は何一つと変わらないのね」

 

「覚えててくれたんだ。——嬉しい」

 

「貴女のことは、終始ずっと不可解だった。あの頃から、敵なのか、味方なのかがハッキリしないそのスタンス。集団で冒険していた私達の前に時折と姿を現しては、次に目指すべき目標なんかを貴女は教えてくれていたわね」

 

「集団。——みんなは元気?」

 

 膝に乗せていた顔をずらしていって、頬をむにっとさせながら少女は続けてくる。

 

「ユノ・エクレールと、蓼丸ヒイロ。——二人でしてた冒険に、ネィロ・リベレストと、キャシャラト・キャシャロット、あと……グリズリィが仲間になった?」

 

「……ネロさんとキャシャラトさんは、今でも相変わらずよ。グリズリィさんは……あれ以来、一度も会ってないから分からない」

 

「グリズリィ。——あなたのお師匠さん」

 

「そうよ。グリズリィさんがいたからこそ、今の私が此処に在る。……でも、そんな過去の話なんて、今はどうだっていいのよ」

 

 数歩と前に出て、威圧的に目で訴え掛けるユノ。それに対しても少女は無機的に見つめていく中、ユノはその疑問を投げ掛けていったのだ。

 

「……その男を殺した理由を教えてちょうだい。どうして貴女はこうも、私の邪魔と手助けを繰り返してくるの? ——その男からは、聞き出さないとならない情報があったのよ! 今も行方が知れないヒイロを見つけるために必要な、私にとって何よりも大事な手掛かりを彼は持っていたの!!」

 

 ……声を荒げるユノを初めて目撃した。

 愛人の行方。彼女が怒りを滲ませて少女へと言葉をぶつけると、向き合う少女もまた透明感のある物体に立ち上がりながらセリフを口にしていく。

 

「まだ早いから」

 

「それは、どういうことなの!?」

 

「“彼女”に辿り着くのが」

 

「——ッ!?」

 

 言葉にならない。唖然としたユノが目を見開かせ、暫しと失った言葉を喉に詰まらせていく。

 

「…………貴女、知っているのね。ヒイロの……居場所を……! それを解っていて……こんなことを……!!」

 

「まだ再会しちゃだめ。——あなたは何もしなくなるから」

 

「どうして!? どうしてこんなことをするの!? どうして私が、ヒイロと再会しちゃいけないのよ!? 貴女には何の関係も無いことでしょう!?」

 

「関係ある。——あなたには“使命を果たしてもらう必要”があるから」

 

 ……何の話? 必死な目でそう訊ね掛けるユノ。今にも泣き出しそうな感情をぐっと堪えるように踏ん張っていく彼女の様子に、少女は追撃を食らわせるようにそのセリフを繰り出していった——

 

「“超越者(ちょうえつしゃ)”って知ってる?」

 

超越者(ちょうえつしゃ)……?」

 

「この世に存在する“すべての概念を超越しよう”としている超能力者のこと。要は、世界征服。この世界の神様になること。——それも、異能力者じゃないよ。超能力者。超能力っていう、“異能力の一つ上の次元の力”を持つ能力のこと」

 

 異能力よりも強力な力を宿す、超能力。その超能力を有する人間が、超能力者。そして、世界を征服するために活動する超能力者が、超越者。

 

 スケールが大きすぎる。とても信じ難い話に、自分は冗談だと思ってしまう。だが、ユノはそれを真に受けるようにして汲み取っていくと、睨みつけながらも言葉を少し溜めていってから、少女へとそれを訊ね掛けていったのだ。

 

「……その超越者とヒイロは、どんな関係にあると言うの?」

 

 ユノの問いに対して、少女は無機質な表情でそれに答えていく。

 

「蓼丸ヒイロは特殊な体質。——超越者はそれを欲しがった」

 

「……だから何だと言うの?」

 

「“超越者の誰かが、蓼丸ヒイロを捕らえてある”」

 

「…………ッ」

 

 おそらく、死亡しているという一番最悪な事実の次に最悪と言えたかもしれない。

 超越者という、世界の侵略を狙う強大な存在に捕らえられている。これが本当であるならば、ヒイロという人物を救い出すのは至難の業とも言えそうだ。

 

 次々と降りかかる現実。ユノはそれに怯まず向かい合っていくと、次第と食いしばり始めたその表情で少女へとそれを訊ね掛けていく。

 

「……誰かが、って言ったわね? 超越者と呼ばれる存在は、全員でどれくらいいるものなの?」

 

「五人」

 

「五人……口ぶりからして、おそらく全員、人間ね。——彼らの所在地は? 教えてちょうだい」

 

「分からない」

 

 本気で殴り込みに行くつもりだ。超能力者という、異能力の上の力を持つ存在にも果敢と立ち向かおうとする彼女。それだけの実力が備わっているのは事実だと自分は信じてやまないものだったが、直後にも少女の「でも……」というセリフに続いたその言葉に、自分は戦慄を覚えることとなる——

 

「超越者。一人だけ居場所、知ってる」

 

「何処なの? 答えなさい」

 

「此処」

 

 ——そう言って、少女は自身を指差した。自ら素性を明かしたこの瞬間にも、ユノは言葉にし得ない感情のままに目を見開いた……。

 

「…………あなた、が……!?」

 

「超越者。——名前は、“ビアルド”」

 

 ビアルド。名乗ると共に少女は浮遊を始め、真上の天井の穴に向かってゆっくりと上がり出していく。これにユノが焦るようにしながら数歩と進んでいくと、見上げながら超越者ビアルドへと必死に問い掛け出したのだ。

 

「ッ……貴女が! 貴女が、ヒイロを捕らえているというの!?」

 

「分からない。——そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 

「ハッキリ答えなさい! ヒイロは!? ヒイロは……どこなの……!? どこにいるの!?」

 

 無機的に見下ろす大きな瞳。必死な思いのユノを他所にして、ビアルドは周囲に四つほどの透明な物体を出現させていく。少女はそれらを浮遊させて自身の周りで回転させていくと、直にもこの場から去りそうな雰囲気を醸し出しながら、少女はそのセリフを口にした。

 

「他の超越者から聞いて」

 

「だから、その超越者の居場所を教えなさい!」

 

「自分で探して。——大丈夫。“ヒントは近くにある”から」

 

 両手を胸の前にやって、手のひらに何かを宿すような素振りを見せていくビアルド。そして、無機質な瞳でじっとユノを捉えていきながら、少女は最後にそれを告げていったのだ——

 

「ユノ・エクレール。あなたは唯一、超越者に対抗できる力を持つ存在。——蓼丸ヒイロと会えるのは、それを成し遂げたその後。まずは、あなたの力で『四人の超越者の野望を阻止』してもらいたいから」

 

「な、何を言っているの……!? 待ちなさい!!」

 

 驚異的な跳躍力で飛び出そうとしたユノ。それをいち早くと察したビアルドが両手を握り締めていくと、それとほぼ同時にして漂う透明な物体が四方から少女を押し潰した。

 

 ——同時にして発生した、鼓膜をつんざく甲高い破裂音。言葉にし得ない、空間という概念が破裂したかのようなそれにユノ以外の一同が耳を塞いでいく。そして、次に少女がいた上空を見遣っていくと、そこには透明な物体だったものと思しき破片が雪のように舞い散る、幻想的でありながらも無機質な光景が展開されていた。

 

 ……穴から射し込む光によって、光を反射する破片の数々。この下にあった、情報を持つ男を潰していった物体も姿を消していたことから、血だまりだけが残された状況に成果無しの現実を突き付けられたものだ。

 

 すぐにも自分は、ユノを見遣っていった。

 今も、消えたビアルドを捉えるかのように佇む彼女の姿。キラキラと降り注ぐ破片の中、凛々しくありながらもその黒色の瞳は真っ直ぐと前方を見据えていく。

 

 ……自身の置かれた運命と向かい合う彼女。超越者という、世界規模の侵略を目論むとされる強大な敵。

 もはや、ユノだけの問題ではない。そんな現実を告げられたと共にして、同時進行で自分は、ユノ・エクレールという一人の人物の、その運命の幕開けを目撃したのだと悟ってしまったのだ————

 

 

 

 

 

 湯煙が見せた朧の記憶。言葉を思い浮かべる気力も出てこない体力の限界に、自分もまた露天風呂の中で眠りにつきそうだった。

 

 寄り掛かる菜子に、ちょっとだけ頭を乗せてみる。寝ている少女の寝息が耳元でスヤスヤと聞こえてきて、この日の重労働と、知らされた残酷な現実の双方に、キャパオーバーを起こしたことが想像できる。そんな寝息が耳をくすぐるようにしてくるものだったから、自分は何をやっているんだろうと思って慌てて背筋を伸ばしていく。

 

 ……さすがに、これ以上はお風呂で寝かせていられないか。そう思って自分は菜子を起こそうとした、その時のこと。

 じゃぶじゃぶと飛沫を立てる音が、こちらに近付いてくる。それに自分は振り返って確認していくと、視界に映ったのはタオルを巻いた美青年タイチの姿が——

 

「お! カンキだな! よぉ!」

 

「タイチさん。しー」

 

 お? と反応した彼。すぐにも自分の隣にいる菜子を確認して、タイチもまた爽やかな笑みを見せながら人差し指を口元に、しー、としながら腰を下ろしてきた。

 

「よっこらせ、っと。……それにしてもだ、龍明というギルドタウンにはつくづくと驚かされる。まさか、憩いの場として混浴風呂を提供しているとはな。こんな発想ができて、それを実現してしまえる龍明の柔軟さには、ただただ感服するばかりだ」

 

「俺も、最初は驚きましたからね。ですが今では何の抵抗もなく、むしろこの場所を設けてくれてありがとうとさえ思ってます。——ところでなんですけど、こちらの露天風呂は町に住む人限定の空間だったりするんですが……」

 

「おっと、そのことなら問題ないさ。おれも入っていいぞって、銭湯のおじさんが勧めてくれたもんでな。——こいつの存在を聞いた時にぁ、思わず自分の耳を疑ったぞ。混浴風呂だと!? ってな! それから、『あっ面白そう!』という直感がビビビッと巡ってきた。こいつぁ、入るしかない! おれの中の好奇心はもう、興奮度ゲージのマックスを突き抜けた!! ……いや、それにしてもマジでいいな……。稲富にも混浴風呂を導入するよう掛け合ってみるか……?」

 

 本気で考え込んでいる。とても楽しそうに銭湯を堪能するタイチを見て、自分は思わず笑みを零してしまった。

 

 ……と、そうして眺め遣る自分へとタイチは向き、こちらの肩に寄り掛かる菜子も一緒に捉えていきながらその声を掛けてくる。

 

「お二人がここに訪れた理由がよく分かったぜ。確かにこの露天風呂は、その日の疲労を癒すのに絶好な環境だ。——今日はお疲れさん。ユノの助手として参加したおまえ達だったが、異能力を持たない者同士でありながら、お二人はおれの予想を遥かに上回る働きで活躍してくれた。正直、お二人を侮っていた作戦前のおれ自身を、この拳で一発と殴り飛ばしてやりたいくらいにな!」

 

「そんな、俺はただ守られていただけですよ。むしろ菜子ちゃんの負担を増やしてしまったことに罪悪感すら覚えます……」

 

 隣の菜子を見る。その自分へと、タイチは清々しい顔で至って自然な調子のままそうフォローしてくれる。

 

「んぁ、そういうもんか? おれは、それは絶対に違うと思うな。カンキが実感していないだけだぜ。まず、カンキはおれの前で初の快挙を成し遂げた! なんだと思う? それはな、初めて触るスーパーホログラフィーを、奴は実践中に壊さなかった! あれだけ脆弱で繊細なコンピュータを、カンキという人間は初めての実践で、冷静かつ丁寧に扱っていったんだぞ!」

 

 ……段々と熱が入り始めたタイチ。身振り手振りを交えて子供らしくはしゃぎ始めた彼は、こちらにお構いなしと当時の感情のテンションで続けてくる。

 

「おれぁ驚いたね! なにせ、実践が初めて! スーパーホログラフィーも初めて! そんな初めて尽くしの経験値ゼロ状態の初陣で、あいつ、プロのおれ達に肩を並べて貢献しているだと!? ——おかげさまで、非常に楽しい任務だった! おれが知る限りでは、スーパーホログラフィーの扱いはカンキが一番上手いな! とても心強いサポートだったぞ! だからまた、一緒に合同任務しような! 何だったらおまえ、稲富に来るか?」

 

「い、いやいやいやさすがに……!」

 

 小さく手を振ってお断りを示していく。だが、次にも自分は何だかおかしく思い始めてくると、微笑を零してしまいながらそう喋ったものだった。

 

「……ッハハ、タイチさんってあれですね。目の前の物事を本当に、全力で楽しんでいるお方なんですね」

 

 面白いと思える事柄に全力。童心と言うと響きは良くないのかもしれないけれど、それだけ自身の気持ちに素直になれる人間というのも、大人には多くないだろう。

 

 一方で、キョトンとした顔を見せたタイチ。これに自分は、変な事でも言っちゃったかな……? という不安に煽られたものだったのだが、直後にも彼は清々しい高らかな笑い声を上げていき、うかがう自分の気持ちを爽快なほどに吹き飛ばしたものだった。

 

 ……尤も、その笑い声で隣の菜子が飛び起きてしまったものだったが——



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第27話 アフターストーリー -Just fight to love編-

 先日の合同任務から、早くも数日という時間が経過した。

 

 龍明の昼間。菜子と足並みを揃えて訪れた、観光客が出入りする宿泊用のホテルの前。そこに二人で入っていき、フロントのお姉さんに事情を説明して客室の廊下へと歩みを進めていく。

 

 そして、ある部屋の番号を確認してから、自分はノックを行った。

 ……返事はなし。既に承知してある沈黙に、自分は扉を開けてその個室へと入っていく。

 

「おじゃましまーす……」

 

 小声。“中にいる人物”に気を遣った自分の挨拶も、すぐにも目についた“睡眠中の彼女”の耳に届いていない。

 

 これを直々に確認した自分と菜子だったが、共に眺めたその光景は、ピンク色のスライムをクッションにして、それに沈むようにして仰向けの大の字で眠るビオラという、隣にあるベッドを使わない彼女の様子がうかがえたものだった。

 

 艶やかに振る舞うビオラの、よだれを垂らしながら眠る素の状態。ギリギリのワンピースで無防備に足を開いていることから、自分は一瞬だけ目に入ったセンシティブに視線を逸らしつつ、お届け物である報告書の書類をテーブルに置いていく。

 

 ……と、目を逸らした自分へと、菜子はジト目で呟いてきた。

 

「……カッシーの変態」

 

「不可抗力では!?」

 

 そんな気なんて無かったのに!! 慌てる自分が菜子へと振り向いていくこの動作。だが、直後にも背中に伝った柔らかな感触と共にして、“彼女”は背後から抱き付きながら耳元でそれを囁いてきた——

 

「照れ屋さんなのね、カンキ君」

 

「どわっ——!?」

 

 胸を押し当てるように抱き付いてきたビオラ。菜子もこれにビックリしながらも、途端にむすっとして敵対心を丸出しに彼女を見遣っていく。

 

 その視線を嘲笑うかのようなビオラの目。余裕のある表情を見せながらこちらに沈みかかってくると、自分は彼女を支えるために押し上げるしかなく、ビオラにくっ付くように体勢を立て直した。そんなこちらの背にビオラは、弾力のあるバストをよりくっ付けるようにしていきながらも、そのセリフを口にし始める。

 

「んぅ、お使いご苦労様。どうもありがとう、カンキ君。これは、あたしからのささやかなお・れ・い」

 

「ビオラさん、近いですって!!」

 

「当たり前じゃない~。だって近付いているんですもの~?」

 

 こちらの下腹部に両手を回してきたビオラ。

 いやいや菜子ちゃんの前で何してるのこの人!? 内心で焦るこちらを心行くままに堪能するビオラは、続けてそんなことを耳元に囁いてくる。

 

「無防備な女性に覗きを働くなんて、あなたも中々に大胆なオトコじゃない~?」

 

「いやいやいや!? あれは事故でしょ!? というか起きていたんですか!?」

 

「扉が開く音で目が覚めたのよ。——ねぇ? 何色だったかな? カンキ君」

 

「えぇ……何を聞いてんですか……。まぁ、黒、でしたけど……?」

 

「あらぁ、随分と正直に答えるのね? 弄り甲斐が無いオトコねぇ。でも、そこがまた気に入ったわ。——その口は正直だったけれども、“こっち”の方はどうかしら?」

 

 さわっ。下半身に触れた感触。自分が反射的にビクッと跳ねるよう反応したところで、ビオラを引き剥がすように赤面の菜子が割り込んできた。

 

「こ、こらぁっ!!! こらぁっ!!! 真っ昼間からなにやってんのぉーっ!!! こらぁ!! うぉぉおいっ!!!」

 

 されている自分以上に取り乱している菜子。目をぐるぐるにしながら真っ赤にした顔で突っ込んできた少女に、ビオラは「あらぁ、ごめんなさぁい」とわざとっぽく言いながらも、その顔は実に恍惚としていたものだった。

 

 

 

 

 

 ホテルの外。出てきた建物を後にして、次のお届け物を渡しに龍明の町を歩き出す。

 

 ……何故だか、入る前と比べてメンバーが一人増えた状態で——

 

「……で、ビオラさんは昼寝の続きをなさらなくてもよろしいんですか?」

 

 自分を挟むようにして存在する、菜子とビオラ。この布陣に、ビオラはこちらの腕に手を回しながらそう答えてくる。

 

「いいじゃない~、あたしが居ちゃだめなの~? ——あ~、そっかぁ。あたしがこうしてカンキ君を独占しちゃっていると、お隣の子犬ちゃんが仲間外れになっちゃうものね~」

 

 ちらっ。菜子を見遣るビオラ。これに少女は歯ぎしりをしながら、さり気無くこちらの腕に手を回してくる。

 いやどういう状況なの……。誰かにあまり見られたくない状況に追い込まれた自分の脇で、ビオラは菜子をからかうように喋り続けたものだ。

 

「せっかくのカレシ君とのデートだったのに、大好きなカレがこうしてあたしに横取りされちゃうものだから、きっと寂しい思いでもしちゃったのかなぁ? あらやだ図星かしら。ごめんなさぁい? うふふふ……」

 

「か、カッシーは彼氏とかじゃないもん……っ! か、カッシーはただ……あ、アタシなんかにも平等に接してくれて、な、なんかすれば絶対に反応してくれる、料理だけが取り柄の至って普通な助手仲間なだけなんだから……っ!!」

 

 間違っていないのに、それはそれでちょっと傷付いた。自分のハートに、サクッと切れ込みが入る音。

 そんな自分を挟んだ状態で、菜子をからかい続けるビオラとそれに噛みついていく菜子。二人の言い争いに仏頂面で歩み進める自分は前方を見遣っていると、ふと、道端で佇む三人の様子が目に入ってきた。

 

 あの日以来、彼らの姿をよく知っている。二人はグレンとカナタであり、彼が彼女に何かを言い聞かせるかのよう口を動かし続けている。——そして、二人の傍で頭を抱えるように存在していたのが、ギルドマスターのネィロというこの布陣。

 

 ……嫌な予感がする。自分の直感を信じたくない気持ちで踏み入った、彼らの空間。会話が聞こえてくるその範囲に進入した時にも、グレンの怒鳴るような大声が耳に入ってきたものだった——

 

「おいカナタ!! お前さんは本当に融通が利かないヤツだなッ!! そうやって何でもかんでもクルミの野郎に繋げるんじゃなくて、もう少し自分で物事を考えて判断したらどうなんだッ!! おい聞いているのか!?」

 

 指を差して強く言葉をぶつけるグレン。だが彼に対してカナタは目を合わせることなく、途方を眺め遣る視線で一向に見向きもしない。

 

「クルミの傍に居てェからって理由でなにも、何でも屋を引退する必要なんかねェだろッ!! いま急いで龍明を出ていってクルミと合流しようが、あの野郎はいずれ龍明に戻ってくる!! 今お前さんが辞めたところで、またすぐ戻ることになンだから、わざわざそんな手間を増やす必要なんか無ぇだろうがッ!!!」

 

「これは私の問題。だから、私が決めること。貴方なんかに決められる筋合はない」

 

 妖しく光るピンク色の瞳。それをグレンへと向けて、静かに反論するカナタ。

 ここで、自分らが合流した。足音と気配にネィロが振り返ってくると、こりゃ参った、といった具合に手を広げて無言のジェスチャーを見せてくる彼。

 

 空気を読んで、菜子とビオラも休戦する空間。そして目の前では、グレンが頭を掻いてどうしたものかと思考を巡らせつつ、彼女を説得するようにセリフを続けていった。

 

「なぁカナタ。クルミは戻ってくる。本人にだってその意思があることを、お前さんも聞いただろうが。お前さんにとって、クルミという存在は本当に特別なものであることぐれェは、おれも分かってんだ。だがよ、そのわずかながらのひと時のために、これまで積み上げてきたキャリアを全て捨てちまうのは、さすがにどうかと思うぞ!!」

 

「それも私の自由。貴方の余計なお節介に付き合っている暇はないの」

 

 一蹴。グレンを無視してネィロへと向いてきたカナタ。そしてギルドマスター直々に少女はそれを伝えていく。

 

「そういうことで引退するから。ギルドマスターは手続きを進めて。私はクルミの所に行ってる」

 

「おいカナタッ!!」

 

 ギルドマスターへ伝えた後、皆から背を向けるようにして歩き出したカナタ。それにグレンが止めようと手を伸ばし、肩を掴もうとした時のことだった。

 

 ——パチンッ。振り向きざまに、彼の手を払うカナタ。

 肉が打つ音の、不気味なほどにまで静寂な沈黙。その間、向かい合うグレンとカナタという図が展開されていき、互いにぶつけ合うよう視線を向けていくその中で、グレンは言い聞かせるようにセリフを投げ掛けていく。

 

「おいカナタ、少しぐらい自分で考えて行動しやがれ。この先、こういったクルミがいねェ状況なんか、いくらでも出てくるんだぞ。その時になってお前さん、クルミがいねェから何もできねェなんて言ったら、何でも屋以前に人として、お前さんは何も判断できない人間になっちまう——」

 

「本当に余計なお節介。……自分の思い通りにならないことが、そんなに気に食わないの?」

 

「……なに?」

 

 反撃するように口を開き出したカナタ。共にして足の位置を変えていき、それは完全にグレンと向かい合ってから少女は続けてくる。

 

「クルミが負けて嬉しかったんでしょ? 龍明を追い出されたことも、貴方はいい気味だと思っている」

 

「あ?? 何を言ってんだカナタ——」

 

「私のためを思って言っている? それは違う。貴方はそうやって誰かにお節介をかけることで、あたかも”自分は相手よりも優位な立場にある”と必死に思い込んで、そんな自分によがり続けたいだけなことを私は知ってるから」

 

 妖しいピンクの眼差しが、グレンという人物を中心に捉えながら続けてくる。

 

「古い付き合いという関係を私に自慢している割りには、貴方はクルミのことをひどく”妬んでる”。……戦闘力、人望、努力、将来性、体力、身長。——異能力。すべてにおいてクルミに劣っていることを貴方は自覚していて、そんなクルミに対して多くの劣等感を抱きながらも本人にお節介をかけていって、でもその度に深く傷付いてはまたお節介を……というサイクルを貴方が繰り返していることくらい、この私にも見え透いていることなの」

 

「……カナタ、お前さん急に何を——」

 

「そんな貴方だけど、元気で活発なクルミを制御することだけに関しては他の人よりも優れてる。こんな都合の良い長所を貴方自身が見過ごすハズもなくて、貴方はクルミという、世間的にこよなく愛される人物を制御できる人間として、自分の存在意義を……自分の需要を、自分の中で無理やり成立させながら生きている。——自分は世話焼きに優れた人間だと思っているんでしょうけれど、貴方はそうやって自分自身を納得させることによって、ただ自己満足しているだけに過ぎないの」

 

 躊躇の無い言葉の数々。今まで思ってきたものを全てぶつけるようにカナタは連ねていくと、最後に後ろへと振り返りながらそのセリフを放っていったのだ。

 

「——その延長線として、貴方は周りにお節介をかけるようになった。これで分かった? 私には、貴方に止められるような筋合いは無い。だって、貴方の言葉には、私を本気で心配する気持ちなんて微塵にも存在しないのだから。……貴方の自己満足に付き合っている暇は無いの。私はもう行くから。さようなら」

 

 ……そう言って、靴音を鳴らしながら歩き出したカナタ。

 

 ばっさりと言い切られ、伸ばしていた手をゆっくり下ろしていくグレン。もはや少女を静止する者などこの場にいないだろう。

 

 だが、そんな仲間の別れとしてはあまりにも容赦の無い冷め切った空気の中、カウンターをかますかのようにグレンはその言葉をカナタへとぶつけ出したのだ——

 

「——お前さんがどれほどあの野郎にこだわろうが、そいつはお前さんの勝手だ。だがな、カナタ。お前さん、クルミに依存するだけ無駄だと思うぞ。……あの野郎はな、誰に対しても、みな平等に愛を分け与えていく八方美人だ。そいつがクルミの長所でもあるんだが、一方として……カナタ。お前さんという人間もな、クルミにとっては所詮、周りに存在する有象無象の一人に過ぎねェんだよ」

 

 足を止めたカナタ。音も無くヒタッと動きを止めた少女の背へと、グレンは続けていく。

 

「——大雨の中、盗賊としておれらに奇襲を仕掛けてきたお前さんのことを、クルミはボロボロになりながらも快く迎え入れてくれたことがあったな。他人を信用することができないお前さんに対しても、クルミはその懐の深さと人情でお前さんを受け入れた。そんなヤツにお前さんは心を許したんだろうが……あの程度、クルミの野郎にとっちゃあ別に、対して特別なもんでもねぇんだよ。だから、あの笑顔は誰に対しても見せているもんだし、あの温もりはお前さん以外の連中にも平等に分け与えている」

 

「…………」

 

「お前さんがそれでいいんなら、別に何も言わねェよ。だが、お前さんも気付いてはいるんだろう? クルミが、”自分に振り向いてくれない”ことをよ。——正確に言えば、仕事仲間としてすぐ隣にいる自分を優先してほしいのに、クルミはいつまで経っても自分を、周囲と平等に扱ってくることに不満を感じてるんだろう。……そいつにもどかしい気持ちがあるんだろうし、クルミに、自分という一つの個を認めてもらいたいんだろうがよ。だからと言って、その気持ちに急かされるように龍明から出ていくっつぅのは、決して得策とは言えねェな」

 

 一歩、踏み出したグレン。そして彼は自身を指差すように親指を立てていくと、次にもグレンは、カナタを煽るようにそれを繰り出していったのだ。

 

「その点、おれだけはあの野郎に認められている。古い付き合いというよしみで、数々の困難を潜り抜けてきた、相棒、のようなもんだろう。だから、クルミから名前を呼ばれるのも、おれの方がカナタよりも先だ。あいつとの付き合いもおれの方が長い。おれがどんなにあいつの劣化であろうがよ、その事実は決して揺るぎはしねェ。——だからよ、カナタ。お前さんがどんなにクルミを追い掛けようが無駄だ。何故なら、お前さんが目指しているそのポジションは、お前さんが言う出来損ない野郎が既に占領しているからだ!」

 

 ……自身が劣っていることを自覚しているが故に、劣等である自分を誤魔化すために見せる周囲への気遣い。自分がどれほど彼のことを想おうとも、その想いは何時になっても尊重されず、ただ受け流される日々。

 

 ……繊細な感情同士がぶつかり合う。そんな、一見すると互いに衝突する理由が無さそうないがみ合いでカナタは振り返ってくると、そこには初めて見せるであろう怒りの感情を宿した、静かなる殺意の顔を少女は見せてきたものだった。

 

 決して譲れないこの想いは、よりにもよって“彼”という存在が独占している。

 対する感情も、妬みで染まり切っていた。どう足掻いても越えることができない存在に、間近で現実を見せられ続けたものだから——

 

 カナタがこちらへ歩き出してくる。ギルドマスターのネィロへと、そのセリフを投げ掛けながら。

 

「引退は撤回する。私は、此処に残り続ける」

 

 ようやく聞き入れてくれた。そんな具合に明るい表情を見せたグレン。だが次にも、少女はそれを突き付けていく——

 

「だって、此処に残らないと——彼にギルドファイトを申し込めないから」

 

 グレンが、「何だって?」と驚きの声を上げていった。その傍らで、ネィロは腕を組んだ冷静なサマを見せつつも、こちらへ戻ってきたカナタへとそれを訊ね掛けていく。

 

「ギルドファイトをするにしてもよ、カナタちゃんは一体どんな理由でグレンちゃんと戦うつもりでいるんだ?」

 

 訊ね掛けるネィロ。それの対象となったカナタはさも当然と言わんばかりの即答で、それを口にしたものだった。

 

「どちらがクルミに相応しいか。……クルミの右腕として相応しい相方はどちらなのかを、ここでハッキリとさせるため」

 

 威圧的に言い切ったカナタ。共にしてグレンの前に佇んでいくと、対峙した彼もまた背丈が高い少女を見上げるようにして、複雑な表情を見せながらも実直に向かい合ってはそのセリフを口にする。

 

「……まずは、お前さんが此処に残る判断を下せたことに、おれは安心している」

 

「でも、クルミが此処に戻ってきたら、貴方はまたクルミの劣化としての毎日を過ごすことになる」

 

「おれ自身わかってはいんだよ、それくれぇはよ。——だがな、プライドを捨てた覚えは微塵たりともねェ」

 

 カナタへと一歩踏み出したグレン。そして至近距離で睨み合う双方が火花を散らすこの光景と、カナタへと立ち向かうグレンのセリフによって、突発的でありながらも龍明における新たな戦いの火蓋が、この瞬間にも切られることとなったのだ。

 

「お前さんからの宣戦布告に、おれは逃げも隠れもしねェ。カナタ、お前さんとのギルドファイト、正々堂々と受けて立ってやる。——たとえ、おれがどんなにクルミの野郎に勝てなくともな。カナタ、こちとらお前さんにだけは、このプライドにかけて絶対に負けるわけにはいかねェんだよ!」

 

 

 

 【1章4節:Just fight to love ~END~】

 

 【1章5節:ジェラシー】に続く…………。



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【1章】5節:ジェラシー (グレンvsカナタ)
第28話 不和と円満


 龍明の町長室。既に交わされているギルドファイトの話は、ネィロの進行の下で円滑に進められていた。

 

 腕を組んで、今回タイマンを張る二人から意見をうかがっていくネィロ。彼の前には勝負を行うグレンとカナタが佇んでおり、二人はそれぞれ、彼は両手を腰にやっている様子、彼女はギルドマスターのネィロさえとも向き合わない様子という光景を生み出している。

 

 そして、二人の傍では自分と菜子が見守っていた。

 これで三度目の見届けになるだろうか。そんなことを思いながら展開されていく目の前のやり取り。ネィロはうんうんと頷きながら二人から話を聞き、それをまとめあげるように口にしながら再確認を行っていく。

 

「……よぉし分かった、今回はその条件でやっていこう。——じゃあ再確認するぞ。話し合いの末、このギルドファイトに負けた人間は、勝った人間をオキクルミちゃんの相方として素直に認めてやること。且つ、その認識はオキクルミちゃんの意向に関係なく、今後、何でも屋として活動していく上でのれっきとした上下関係の目安としていく。……この戦いに負けたやつは、勝ったやつを自分よりも上の立場の人間として敬うようにしろ、ってこったな。その関わり方なんかは勝った方の方針に任せるから、そこら辺は双方で決めてくれや」

 

 頷く二人。これにネィロが双方の同意を汲み取っていくと、次にも高らかに声を上げてギルドファイトを宣言していった。

 

「——ではこれより、グレン・バスターと友仁(トモニ)彼方(カナタ)による、ギルドファイト制度に則った私闘を許可する!! ライバルに勝利するためにも、各々、この龍明に多大な貢献を捧げてみせろ!!」

 

 この時にも、戦いの火蓋は切られた。ネィロの宣言とほぼ同時にして出口へと歩き出すカナタ。少女の元から素早い性質が相まって、カナタは言葉を発することなくさっさとこの場から出ていってしまった。

 

 その後を追うように動き出したグレン。少年もライバルに負けじとすぐ部屋を出ようと目指したものだったが、ふと思い出すように立会人のこちらへと振り向いてくると、彼はかしこまったサマを見せながらそんなセリフを掛けてくる。

 

「カンキ、菜子。立会人として同行してくれたこと、心より感謝している。クルミの時もこうして立ち会ってくれたんだなと思うと、あいつの時の分も含めて、改めてお礼をしたくなってしまった。——たかがおれとカナタのいざこざに、わざわざこうして出向いてもらったことを申し訳なく思っている。この分のお礼は、ギルドファイトが落ち着いた頃にでもさせてもらえると有難い。……それまではどうか、おれとカナタの勝負の行方を静かに見届けてほしい。厄介事ばかりに巻き込んですまないな。それでは、また」

 

 実直な一礼。これに自分らは言葉も出せずに顔を合わせていくと、頭を上げたグレンはそのまま出口へと向かって町長室から退室していったものだった。

 

 グレンとカナタが去っていった町長室。扉が自然と閉まる音を引き金として、ネィロは溜め込んでいた息を「はぁぁぁ~~……」と大きく吐き出しながらそう呟いていく。

 

「まったく、上手くいかないモンだよなぁ~……。あのお二人さんはどーしても噛み合わない、水と油のようなモンでよぉ……そのお二人さんを、オキクルミちゃんという罪深い町の人気者が常に引き連れているモンだから、いずれ衝突は起こすだろうとは思っていたもんなんだが……」

 

 やれやれといった具合に頭を掻いていくネィロ。自分は彼へと、それを訊ね掛けていく。

 

「グレンとカナタは、元から仲がよろしくなかったんですか?」

 

「いや、仲が良くないというワケじゃないな。現に、二人で稲富に行ってくれというオレちゃんの無茶ぶりに、あのお二人さんは見事に応えてくれた。グレンちゃんとカナタちゃんが頑張ってくれたからこそ、先日の作戦に混ぜてもらえたようなもんだしよ。それに、話を聞いた感じ、向こうに滞在している間は特に荒波を立てることなく、二人は協力して穏やかに過ごしていたらしいからな」

 

「それでは、以前から募っていた不満や我慢が、ここに来て爆発してしまった……ようなものなんですかね……」

 

「……敢えてあの二人に稲富へ行かせたのも、オレちゃんの目論見だったワケよ。オレちゃんとしては、オキクルミちゃんがいない二人だけの環境で協力し合ってくれりゃあ、あの二人はよりお互いを理解し合って、より良い関係を築いてくれるのかもしれないって期待感を込めてな。——ただ、その期間中に、オレちゃんも想定していない不測の事態が起きちまった」

 

 顎に手をやりながら喋るネィロ。彼が言わんとする想定外の事態を考えて、自分はそう聞いていく。

 

「……アレウスとオキクルミのギルドファイトですね」

 

「そうだ。まさか、グレンちゃんとカナタちゃんというストッパーがいないことを良いことに、オキクルミちゃんが暴走するとは思わなんだ。おかげでオキクルミちゃんは龍明を脱退。これによってカナタちゃんは、自分が留守にしている間の事態で大きなショックを受けちまって不安定に、グレンちゃんもグレンちゃんで、オキクルミちゃんに色々と思う所があっただろうから、そこで生じた二人の感情が、見事に不和をもたらしてしまった……といったところかね」

 

 頭をボリボリ。悩ましく眉をひそめるネィロは、二人が出ていった扉をずっと見遣りながら喋り続けていく。

 

「オレちゃんの目論見は、上手くいったんだ。おかげさまで、お二人さんは互いへの理解が深まったようだったからな。ただ……その結果、お互いに抱え込んでいた双方の地雷を突っつき合う形となって、このギルドファイトに発展しちまった」

 

 天井を仰いでため息を一つ。次いで眉をひそめた顔で切り替えるようにしながら、ネィロはこちらへと向きつつそのセリフを告げていったのだ。

 

「——人間ってのは厄介な生き物だよなぁ~……。ま、とにかくだ! こうして起こっちまったモンは仕方がない! 今回のギルドファイトは、グレンちゃんの自尊心と、カナタちゃんのもどかしさがぶつかり合う戦いになるだろうからよ。カンキちゃん、菜子ちゃん、立会人としてここはひとつ、またよろしく頼むわ」

 

「……なんだか、複雑で難しいものですね」

 

 平和的に、とは中々いかないものだ。これもきっと、人間というものが多種多様な性質を持ち合わせる生物であるからこそ、今回のような戦いが勃発してしまうのかもしれない。

 

 彼が持つ自尊心。彼女が抱えるもどかしさ。一見すると衝突するように見えない要素の双方だが、カナタがグレンに対して『妬んでいる』と発言したように、今回の二人に共通する概念として、『嫉妬』、というキーワードが重要になっているのかもしれないと自分は思った——

 

 

 

 

 

 ギルドファイト開始の宣言に立ち会って、自分と菜子は町長室を後にした。

 通常通りの勤務に戻り、提げたショルダーバッグと共に自分は菜子と町を歩き進めていく。その最中、いつの間にか迎えた昼の時刻に自分らは小腹の寂しさを思い出した。

 

 腕時計を確認する自分。ここからの移動距離なんかを頭の中でチクタク時計を動かしながら、菜子へとセリフを投げ掛ける。

 

「時間も時間だから、何か食べようか菜子ちゃん。——とは言っても、ここからいつもの喫茶店に向かっていると、到着した頃には他の皆は食事を切り上げているかもしれない。今日は手軽に食べられるパンで昼食を済ませるとしよっか」

 

 自分の提案に、菜子はちょっとだけ身を乗り出してきた。

 

「ホント!? じゃあじゃあ、お駄賃ちょうだい! アタシ、パン屋までひとっ走りしてくるから!」

 

「……菜子ちゃん、またお釣りを全部もらうつもりじゃないだろうね?」

 

 えっ。

 ドキッという図星の表情。菜子が一瞬だけ硬直していくと、次にも他所へと視線を向けながらそう答えてくる。

 

「え??? あ?? いやぁ?? べ、別にぃー……??」

 

 ……お釣り目当てだ。確信した少女のはぐらかし。

 

 だがこの時にも、自分には先日の記憶が巡ってきた。

 この前も自分は、戦場で菜子に守ってもらっていた。そんなもんだから、お礼としてお小遣いくらいはあげないとかな……という考えが脳裏をよぎり出し、自分ははぐらかしを見逃す形で少女の乗り気も買うことにしたものだった。

 

「あー……まぁ、じゃあお願いしようかな。俺はいつものロールパンでいいから、菜子ちゃんは自分の好きなやつを好きなだけ買ってきて」

 

「え! ホント!? なに、今日のカッシー太っ腹じゃん! じゃあじゃあ、今日の晩ご飯の分も一緒に買ってきちゃおうかなー??」

 

 ちらっ、ちらっ。あからさまなフリに菜子が期待の眼差しを向けてくる。

 

「え? ——あぁ、いいよ……」

 

「マジで!? ありがとカッシー! じゃ、急いで行ってくるから待ってて!!」

 

 と言って、菜子は両手を伸ばしておねだりしてきた。

 なんだか、言い様に流されたような気がする。そんなことを思いながらも、自分は取り出した財布からお金を渡していき、それを少女へと手渡すなり菜子は全力疾走で近くのパン屋へと向かったのだった。

 

 ああいうところはお年頃の女の子だよなぁ……と、しみじみ感じていく自分。走り去る少女の背を見送るようにして自分は町の光景を眺め遣っていると、呆然とする意識の中で、ふと自分の左から加えられた“その力”に反応する。

 

 気のせいか、服の裾を引っ張られた気がした。微力なそれに自分は真横へ振り返っていくと、向けた視界の、その下側に映った“銀色”に、途端に自分の身体から血の気が引き始めていく——

 

 ——銀髪の少女。無機質な水色の瞳が、こちらの顔を中心にして捉えてくる。

 

「順調?」

 

「————ッ」

 

 精神ごと呑み込んできそうな目。生気を感じさせない存在感。そして、少女が纏う周囲の空気感は、この世ならざる冷気を帯びている。

 

 超越者ビアルド。この世界を侵略せんとする、超能力者。事実、少女が繰り出したのであろう透明感のある四角い物体は、あのユノの破壊的な蹴りをも容易く弾いて、ヒビ一つさえも入らなかった。

 

 ……どうして、自分の下に姿を現してきたんだ……?

 巡る思考が、焦燥で混濁する。それでいて、自分には敵わないという眼前の絶対的な恐怖感から身体の自由が利かなくなっていくと、動かない足は震え始めて、立っていることさえも難しくなる。

 

 引っ張っていた服の裾を、少女は離していった。そしてビアルドはじっとこちらを見つめ続けていくと、首を傾げながら無感情に訊ね掛けてきたのだ。

 

「具合悪い?」

 

「ッ……お、おかげさまで……だいぶ気分が悪いよ……」

 

 自分が今できる限りの強がり。謎に働いた、なめられてたまるか、という不必要な意地。

 しかし、それを耳にしてビアルドは「大丈夫?」と心配の言葉を掛けてきた。いや、大丈夫なわけがないのだ。今も目の前に存在する“侵略者”と出くわして——

 

 ——足音。軽快なリズムで駆けつけてくるその存在に、自分は振り返っていく。

 

「カッシー!! 買ってきたよー!!」

 

 紙袋を抱え込んだ菜子の姿。思ったよりもだいぶ早い少女の帰還に、自分は危険を知らせるべく菜子へと声を上げていった。

 

「菜子ちゃんッ!! こっちに来るな——」

 

 瞬間に揺らぐ姿勢。力強く加えられた、左からの強烈な衝撃。

 空を仰ぐ視界に、自分は死を悟る。現に、自分の左半身は熱のようなものに覆われており、それは腕を回すようにしてこちらへ密着してきている。

 

 そして、人肌のような感触を覚えていくと、同時にして左耳から響いてきた“活発的な少女の声”に自分は驚愕することとなったのだ——

 

「“かっしー”、のお友達?? なになに、ボクにも紹介してよ!!」

 

 肩に回された腕。自分と近しい背丈から伸ばされたこの腕に、自分は言葉を失いながら振り向いていく。

 

 ——百六十八ほどの身長。銀髪のショートヘアーに、胸元まで伸びたもみあげ、そして湖のような水色の瞳を持つその“彼女”は、肩の部分に穴が空いた白色のパーカーに、青色のホットパンツ、黒色のハイソックスに白色の靴という、とても無難にまとまった格好でこちらにくっ付いていた。

 

 色白の肌は無機質でありながら、瞳に宿る輝かしい活力と、悪戯に吊り上げた元気な口角。そして何よりも、いたいけな容貌から一転とした快活に大人びたその姿。

 

 ……同一人物の名残がありながらも、別人と言われれば別人である変貌した性格。目にした様子に自分は呆気に取られていくその最中、”彼女”はこちらの耳元で小さく脅してくる。

 

「誰かにボクの正体をバラそうとしたら、その瞬間にもキミとその相手はこの世から姿を消すことになるからね」

 

 力を持つ者のけん制。直後にもぱっちりと開いた目で“彼女”は勝気な表情を見せていくと、とてもハキハキとした声音で菜子へと喋り出していったのだ——

 

「やぁ!! ボクの名前は“ミント・ティー”!! キミは、カッシーのお友達かな!! そんなカレの馴染みとして、ボクのこともどうぞよろしく!!」

 

 こちらに腕を回してきたまま、ミント・ティーと名乗った“彼女”は仰々しく菜子へと手を差し伸べてきた。

 

 しゃらんら~。銀髪のツヤが太陽光に反射する、見慣れぬ快活な女の子。これには菜子もキョトンとしながら足を止めていき、暫しと思考停止して彼女を見遣っていたものだった。

 

 それは自分も同じだった。つい先ほどまで存在していた“超越者”が、いきなり背丈を伸ばして別人を演じ始めてきたこの状況。世界を征服しようとかいう人類の敵がこちらに接近してきたかと思えば、その人物は突如とこちら側へと快活な接触を図ってきたのだ。

 

 ……一体これは、どういう状況なんだ。

 理解が追い付かない。しかし、背丈を伸ばして性格が変貌したとはいえ、先日にも目撃した外見の特徴から菜子もまた超越者ビアルドであることに気が——

 

「……か……カッシーが……カッシーが……見知らぬ女とイチャコラしてる……っ!」

 

 ボトッと落とした紙袋。衝撃的なものを見遣る目を向けて、菜子はわなわなと身体を震わせていた。

 

 意外と気が付かない!! そして勘違いをされている!?

 ツッコまずにはいられない状況。隣は隣で、あの無機質な存在感からは想像できないほどのドヤ顔を見せながら、ミントと名乗った彼女は前髪を掻き上げる動作で銀髪を輝かせていたものだった。

 

 すぐにも、袋を拾い上げてこちらへ駆け寄ってきた菜子。そして少女は、ものすごく不安そうな表情をしながらこちらに問い掛けてくるのだ。

 

「か、カッシー……! が、ガールフレンドができても、アタシのことは見放さないよね……っ!? アタシ、カッシーに見放されたら、また独りになっちゃう……! せっかくできた居場所が無くなっちゃうよ……! アタシそんなのヤだぁ……っ」

 

「な、菜子ちゃん!! 落ち着いて!! というか、この子はガールフレンドとかじゃない!」

 

 こちらに回していた腕を退けていくビアルド。ならぬ、ミント。彼女はそのまま菜子の肩へと手を掛けていくと、次にもミントはカッコつけたような調子でそれを喋り出したものだった。

 

「大丈夫さ! もし仮にボクがカレとそういう関係であったのだとしても、カレはそれで誰かを見捨てるような人間なんかじゃないことは、キミがよく知っているだろう? ——キミは、菜子と言ったね。良かったら、ボクとも友達にならないか? そうすれば、キミはもっと孤独から遠ざかるだろうからね!」

 

 菜子の手を取っていくミント。そして活発的な微笑みをニッと見せていくと、菜子はちょっと安堵したような顔と、「よ、よろしく……?」と空気に流されるようなセリフを口にしていった。

 

 ……とても厄介な状況になったことは確実だった。それからというもの、ミント・ティーと名乗るビアルドは菜子ととても仲良くなってしまい、しまいには自分らの仕事にまで同行してくる羽目となる。

 

 強引にこちらの日常へ割り込んできた、絶対的な脅威の存在。彼女がミント・ティーとして龍明の中に溶け込み出したこの日常は、恐ろしいことにしばらくと続いてしまうこととなったのだ————



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第29話 普通を渇望するからこそ

 龍明のバス停の前。楽しみからか隣でそわそわする菜子を他所にして、自分は腕時計で待ち合わせの時間を逐一確認していたものだった。

 

 陽が昇る前の、早朝というこの時刻。共に早起きして張り切る自分らは今日、ラミア、レイラン、ニュアージュという龍明の女子メンツと、町の外へお出掛けする予定が入っていた。

 

 先日の合同作戦の振り替え休日。一緒のメンバーだったグレンとカナタがしのぎを削ってギルドファイトに臨んでいるその傍らで、自分らは遊びのお出掛けに気合いを入れていく。特に菜子は、年の近い友達と遠くへお出掛けするということが初めてとのことで、少女は年相応の期待感を胸に昨日からずっとうずうずしていたものだ。

 

 尤も、アレウスはこのお誘いを断ったことで、男が自分だけという心許無い状況下に置かれていた。さらにはこの状況をネタにしてラミアや菜子に笑われたことから、皆が合流次第にも自分はまたいじられるんだろうなぁ、という複雑な気持ちで頭を掻いていく。

 

 ……まぁ、それは杞憂に過ぎなかった。メンバーとしては男が一人だけなものの、ニュアージュが来るとなれば、キャシャラトという召使い兼護衛役の彼がついてきてくれるだろうから——

 

 待ち時間に空を眺め遣る。この薄い青空を泳ぐ雲が目についていくその最中にも、ボーッとする自分へと突如“何か”が飛び掛かってきた。

 

 ドーン!! という真横からの衝撃。これに自分が「うおっ!?」と驚きの声を出していく傍らで、あろうことか“彼女”が活発的に姿を現してきたのだ。

 

「やぁ!! ボクだよ!!」

 

「——ッ!」

 

 無機質な銀髪。超越者ビアルド……ならぬ、ミント・ティー。どこからともなくと出現した彼女に自分は戦慄し、思わずと言葉を失って心臓を打ち鳴らしていく。だが、彼女の正体を知らない菜子がミントに気が付くと、次にも菜子はそれを提案してきたのだ。

 

「ミントちゃん!? おはよ……? え? こんな朝早くにどうしたの?」

 

「やぁ菜子!! グッドモーニング!! 龍明の朝は清々しくて気持ちがいいね!! ボクのことは気にしないでくれよ!! ちょうど近くを通りかかっただけなんだ!!」

 

「そうなんだ……? ん、つまり龍明のホテルに宿泊してる感じなのかな? ——ねぇねぇ、それならさ。これからアタシ達、この町の何でも屋のみんなと外に遊びに行くんだけど、良かったらミントちゃんも一緒にどうかな? こんな朝早くに、急すぎるかな……?」

 

 最悪だ……。

 自分とは対照的に、菜子からのお誘いに瞳を輝かせたミント。心の底から溢れ出す歓喜のあまりに彼女は「ボクもいいのかい!!?」と大声で聞き返し、菜子もいいよと頷いたことでミントは盛大に両腕を上げていったのだ。

 

「やったぁ!! ありがとう菜子!! 誰かと遊ぶこと、ボクの夢だったんだ!!」

 

「そうなの!? 実はアタシもこういうコト初めてだから、今日すっごく楽しみにしてたんだよね! ——じゃあじゃあ、ミントちゃんも一緒に行こうよ!」

 

「うん!! ありがとう菜子!! ——カッシーも、よろしく!!」

 

 こちらの憂いなんて、超越者にとっては何とも思わないんだろうな……。

 ただただ恐ろしい事態に寒気が止まらない。だが、ミントの正体を口にすれば最後、喋った相手もろとも自分は彼女に口止めされてしまうことだろう。

 

 と、そこにラミア、レイラン、ニュアージュの三人が向かってくる。遠くにいる彼女らに菜子が手を振っていくと、三人は見慣れない銀色に興味津々なサマで駆け寄ってきたものだ。

 

 もう、すぐにも三人は合流を果たす。ラミアとレイランが菜子へと「その子は誰ー??」という問いを投げ掛ける真後ろで、ニュアージュも純粋な無垢の微笑みでミントへと寄ろうとした、その時だった——

 

 ——彼女を遮る右腕。音も無く姿を現したキャシャラトが、ニュアージュの進行を妨げる。

 

「キャシャラト? どうかされましたか?」

 

「お下がりください、お嬢様」

 

 ——唸るように低い声音。冗談ではない真剣な様子に、ニュアージュはちょっと不機嫌そうに首を傾げていく。

 

「何を仰るんですかキャシャラト。わたくしも、皆様の“がーるずとーく”というものに混ざりたいです」

 

「このキャシャラトとて誠に遺憾ではございますが、お嬢様をお守りする陰ながらの執事として、これ以上とお嬢様を“危険”に晒すわけにはいかないのでございます」

 

「危険、ですか……?」

 

 どこにそんなものが? ニュアージュの素朴な疑問が、彼女の見渡す仕草からうかがえる。その二人へと自分は近付いていくと、すぐさまキャシャラトが低い声音でそれを訊ね掛けてきた——

 

「超越者の件は、ユノお嬢様から直々におうかがいしております。それ故になぜ、“あれ”を龍明に受け入れたのか。それをご説明いただかないとなりませんね、カンキ様」

 

「俺としても不本意です。しかし、神出鬼没であるため未然に防げるものではなく、さらにはけん制されているので、周囲にお伝えすることができない状態なんですよ……」

 

「なるほど。——“脅かす者”、なだけはあるというわけですか」

 

 こちらの意図を汲み取ってくれたキャシャラト。曖昧な表現で答えていくと、彼は顎髭をなぞるようにしながら暫しと考えに耽っていた。

 

 ……そして、彼は苦渋の決断を下していく。

 

「お嬢様。このキャシャラト、皆様方へのご無礼を承知の上で申し上げますが……たいへん楽しみになされていた今回のご予定は、直ちにお控えになられた方がよろしいです。——いえ、誠に勝手ではございますが、本日のお出掛けは、この私めが許可することができません。直ちに、我々の拠点へと引き返します。さぁ、共に参りましょう」

 

 呆然。喜びで満ちていたニュアージュの表情が一気に険しくなり、差し伸べられた手を彼女は無視すると、次にもニュアージュは怒りを露わにしてきたのだ。

 

「ッ……何故ですかキャシャラト。たとえ貴方様でありましても、今回の横暴な真似はこのわたくしが看過できません。——先の提案は、急である予定の変更によってご同行なされる皆様方の迷惑を掛けるものでもありますが、それ以前としてこのわたくしの純粋なる喜びを弄ぶ、非常に身勝手な判断です。わたくしの気持ちにとんだ裏切りを働いたその愚行を、貴方様はご自覚の上で先の発言をなされたというのですか」

 

 相当ご立腹だ。それも当然ではあるものの、キャシャラトも退けない立場である以上は、彼女の怒りに向き合って何とか説得を試みる。

 

「お嬢様のお気持ちはお察しします。ですが、今この場ではご説明できない、非常に込み入った事情に置かれた状況であります故、どうか、私めの提案を——」

 

「却下します」

 

 ツンとした態度でそっぽを向くニュアージュ。彼女の様子に自分も静かな驚きを見せていくその目の前で、彼女はキャシャラトへと向き直っては、爆発した積年の気持ちをぶつけるように力強くそのセリフを放ってきたのだ。

 

「どうして、わたくしばかりが制限されないとならないのですか!? わたくしだって……皆様と同じような生活を謳歌したいです……!! わたくしも周りの皆様のように、企業や人脈などに縛られることなく年の近い友人と他愛のない会話を交わしていきたいものですし、立場に縛られることなく気軽に遊びの予定を立ててお出掛けしたりもしていきたいです……!! そして時には笑い合い、時には喧嘩をして、時には心行くまま遊び尽くして、時には恋の悩みを相談したりして……!! どうしてわたくしは、そのような“一般的”な生活さえも制限されないとならないのですか!!」

 

 早朝の龍明に響き渡った、ニュアージュの悲痛な叫び。届いてきた聞き慣れぬ声に女性陣も振り向いてくる視線を受け、ニュアージュは涙ぐんだ顔でキャシャラトへと訴え続けていく。

 

「常に護衛に囲まれ続ける閉鎖的な日々! 覚えたくもないテーブルマナーを教え込まれ、お偉いの方々と緊張を伴った食事を行わなければならないこの身分! 豪勢な寝室は気持ちが落ち着かず、何時、何処で、何方に対してもへりくだらなければならない品性を求められるこの人生!! それでも資本が豊かである故に、わたくしという人間は金と自由を持て余す財閥の箱入り娘だと妬みの視線を向けられて、身に覚えの無い恨みで命を狙われ続けるこの毎日と、そんな日々を唯一忘れることができる遊楽さえもわたくしには許されないというのですか!?」

 

「お嬢様、どうか興奮なさらず——」

 

「これも全て、わたくしがメデューズ財閥宗家の令嬢であるからなんでしょうか!? 望んだわけでもなく、富裕層の娘として生まれただけのわたくしがいけないのでしょうか!? わたくしはこんな、他人の理想に応えるだけの人生なんて望んでおりません!! わたくしはもっと、普通に過ごしたかっただけなんですッ!!」

 

 振り切るようにして女性陣の下へと駆け出したニュアージュ。これにキャシャラトが「お嬢様!!」と呼び止めたものだが、彼女はそれを振り切ってラミア達の輪に混ざっていったのだ。

 

 取り敢えず慰められるニュアージュ。その光景を見遣るキャシャラトは、頭を掻きながらも複雑な心境を表す渋い表情を見せていたものだった。

 

 

 

 

 

 バスに乗って龍明を出た一同は、ラミア、レイラン、菜子、ニュアージュに加えて、ミントというメンツで女子会を行っていく。そんな彼女らを見守るように自分とキャシャラトが同行し、到着した平坦の、妖精が飛び回っていそうな西洋の華やかな町の中を、一同は歩き回っていく。

 

 ちょうど祭りが開催される期間を狙ったお出掛け。集った人々が波を形成する光景が展開される町の中、クレープを片手に女子メンツがあちこちと屋台を見ていく傍で、自分はキャシャラトと世間話をしながらその時間を過ごしたものだった。

 

 ……往来の中でも、際立って存在感を放っていたニュアージュという娘。彼女が身に纏う豪勢な服装は祭り以上にひと目を引いていき、そんな女性陣に対して怪しい素振りを見せていった連中には、音も無く出現したキャシャラトによって静かなる制裁を加えられていく。

 

 自分の真横にいると思ったら、キャシャラトは瞬時に対象への移動を終えている瞬間的な行動。その原理を問いただしても、「陰ながらお支えする義務を遂行するだけの能力でございます」と軽く流されることから、瞬間移動にも異能力が関わっているんだろうなぁという謎だけを抱えて、自分は屋台で買った焼きそばをただ啜っていたものだった。

 

 龍明に帰る時間が近付いてきた。夕方に差し掛かるだろうその時刻の、町中の川沿い。幅の広い川が透明感と共に海と合流する光景と、その海を一望できる高台の、その柵に寄り掛かっていたミントの下へ、自分とキャシャラトは歩み寄っていく。

 

 海をバックに、彼女の銀髪がしゃらんらと輝いている。出会った当時から不可思議なツヤを持つ彼女の近くへと自分らは接近していくと、次にも気配を察知したのか、こちらへ振り返ることなくミントは独り言のように喋り出した。

 

「カノジョが抱え込む孤独の苦しみは、ボクなんかに理解できるワケがないのさ。けどね、何となく共感はしてしまえるんだ。——夢見た普通の生活を心の底から望む、生まれてしまった以上すでに叶う事が無いカノジョの渇望に対してね」

 

 語るように喋るミント。彼女はそのままこちらへと振り返ってくると、胸に手を当て、凛とした声音でそう続けてくる。

 

「神様というものは実に残酷でね、この世に生まれ落ちた以上は、我々はやり直しというわがままを許してはくれない宿命にあるんだ。この宿命に囚われた生物は、たった一度切りの行き当たりばったりな一本道を辿ることになってしまう。——全く、巻き戻しができない世界の中で、ただただ過ぎ行く時間に焦らされながらトライアルアンドエラーを行わなければならない宿命にあるなんて、本当にこの世界を創り出した神様は意地悪でさ、本当に、その存在が迷惑極まりないよ」

 

 活発的で軽快な声音の裏に、ドスを利かせた調子でそう喋るミント。彼女の立ち姿もまた爽やかでありながらも、隠しきれない無機質な存在感がミントという人物の不可解さを醸し出していく。

 

 そんな目の前の存在に、自分は勇気を振り絞ってそれを問い掛けることにした——

 

「なぁミント。いや……ビアルド。あんたが姿を変えたあの日からずっと疑問に思っていたことなんだけど、どうしてあんたは超越者でありながら、俺達の日常に馴染もうとしてくるんだ……?」

 

 自分の問いに対して、ミントは首を傾げていく。

 

「超越者だから、キミ達の輪に入っちゃいけないっていう決まりはないだろう?」

 

「まぁ、そうではあるけれど……」

 

「いや、今のは意地悪だったね。すまない。カッシーがボクに訊ね掛けたいのは、つまりこういうことだろう? ——どうして、ボクという存在がキミ達のコミュニティに干渉してくるのか?」

 

 そういうこと。自分は無言で頷いて、これにミントはうろうろしながら語るように答えていく。

 

「憧れていたんだ。人としての暮らし、というものに。ボク自身、生まれた時から超能力を持つスーパー人間でね、そのあまりにも卓越した能力を前に、人は皆、ボクという存在を極度に恐れて、排除しようとした。——当たり前だろうね。だって……あらゆる衝撃を吸収する“バリアを生み出す超能力”は時として武器に変貌し、こうして“外見を変化させる超能力”は、まさに変幻自在の立派な魔術とも例えられるだろうからね」

 

 両腕を広げたその瞬間、瞬きも忘れるこの視界に姿を現した“もう一人の自分”——

 

 目の前に、柏島歓喜が存在していた。彼は両腕を広げながら得意げな表情を見せていて、声も出せないまま驚くこちらのサマを面白おかしく眺めていたものだ。

 

 すぐにして、目の前の自分はミントという活発的な彼女へと変化していく。

 

「方向性は違えども、カノジョと同様にボクもまた、“普通”を許されなかった人間の一人なのさ。——優れた超能力を持つ、友達がいない孤独の魔術師。どんなに素晴らしい力を持ち合わせていたとしても、その力は脅威と見なされて悉く追い払われた」

 

 身を乗り出すようにして、手を差し伸べる動作。その先にはキャシャラトが存在していて、今も自身を警戒してくる彼を試すかのように、ミントはそう続けてきた。

 

「本音を言うとね、寂しかったんだ。ボクはずっと独りだった。菜子も言っていたね。こういうコト初めてなんだ、って。ボクもそうさ。年頃の近いお友達とお出掛けする楽しさを、今日、初めて体験することができたんだ。……すごく楽しかったよ。もしもキミ達が許してくれるのであるならば、ボクはまた、カノジョらと過ごす時間を共にしていきたい。——いや、むしろボクは、“キミ達のようになるために”、超越者として活動しているんだよ」

 

「…………」

 

 沈黙を貫くキャシャラト。これにミントはフッと笑みを見せていくと、伸ばしていた手を戻して腰の後ろへ回していき、そこで手を繋いで可憐に佇んでいきながら、彼女は海風に銀髪を揺らしつつそれを口にしていったのだ。

 

「……少し、話しすぎてしまったようだね。たいへん名残惜しいものだけれども、ボクはこれで失礼するとするよ。また気が向いたらキミ達の前に姿を見せると思うから、その時はどうか、ミント・ティーとして“普通”に接してくれると嬉しいな!」

 

 ニッと笑みを見せたミント。そして次にも瞬間的に姿を変えていくと、彼女は少女となった小さな背丈で、呑み込まれそうな深くて大きい瞳を向けながら、無感情かつ無機質なサマでその一言を伝えてきた。

 

「じゃあね」

 

 ——フッ。行方をくらましたその存在。これに自分は隣へ視線を投げ掛けるとそこには、消えた少女の跡形も無いその空間を名残のように眺めるキャシャラトが、ただ寡黙のままに佇んでいたものだった。



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第30話 認められない存在

 昼下がりの町の中。途端にして駆り出されていった、龍明の何でも屋たち。顔は知っている程度であまり馴染みがなかった彼らの様子から、自分と菜子も野次馬としてその後をついていったものだった。

 

 龍明の出入り口であるトンネル付近。最初期に自分が倒れ、龍明で過ごす生活のキッカケともなったその場所へと駆け付けると、ちょうどそこからは一体の大きなドラゴンが運ばれてくる。

 

 背の低い荷台のトラックに乗せられて、しっかりと縄で固定された緑色の大きなそれ。息絶えているのかどうかまではうかがえなかったものの、だいぶと弱っているその様子から、これを打ち負かした存在も自分はたいへん気になった。そして、そんな自分の疑問にしっかりと答えるかのように、”その少年”が後から続いてきたものだ。

 

 これを狩猟したのだろう英雄に近しい彼の姿は、バキバキに仕上がった上半身に目が行きつつも、それ以上に主張してくる全身の流血が特徴的。身に付けるコートをボロボロにして、頭からも頬からも、肩からも胸からも、腹からも腰からもあらゆる箇所から大量の血を流している彼は、片手に持つ輸血用のパックをちゅうちゅう吸いながら、至って平然とした強面でトンネルから姿を現してくる。

 

 もう、日常茶飯事なんだろうな……。己が身体を酷使することで力を発揮するその戦闘術。自身の怪我を顧みない諸刃の反撃を武器とする彼に自分は呼び掛けていくと、こちらの存在に気が付いた少年は、真っ直ぐと自分と菜子の下へと歩み寄ってきた。

 

 すぐさま、自分からそれを訊ね掛けていく。歩いてきた“グレン”を指差しながら——

 

「グレン! 何事かと思って来てみたけれど……これは一体どんな状況なんだ?」

 

「なんだ、お前さんらは召集されていないだろう。それなのに、どうしてここに——まぁいい」

 

 ちょっと驚いた顔を見せたグレン。だが、直にも彼はとても誇らしそうな表情を見せながらドラゴンの方へと向いていく。

 

「こいつを見てほしい。我ながら、実に輝かしい戦果だ。異能力を持たずとも、地道に鍛え上げ続けた努力と技量だけで、これほどの大物を捕らえることができたんだ。——久々に達成感のある結果を残すことができて、おれは今、とても満足している!」

 

「あ、あぁ……いや、“そっち”も気になるけれど、俺はまず“こっち”を心配していて……」

 

 そう反応した自分の指先を見遣るグレン。これが自身を指し示していることにようやくと気付いていくと、今もだらだら流れ続けている体中の流血に、グレンはちょっとだけ複雑な表情を見せながら答えてきたものだ。

 

「心配をかけるつもりは無かったんだがな。しかしこうでもしねェと、おれのような人間はまともに結果も残せやしねぇ。むしろ、この程度の怪我で済んで良かったと、おれはそう思っている」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「まぁ、こんな怪我のことはいいんだ。それよりも、この大物はな——」

 

 どこか、意識して話を切り上げるようにして喋り出したグレン。途端に活き活きとした表情を見せながらドラゴンへと歩み出したその直後にも、菜子からもちょっとした疑問を投げ掛けられる。

 

「ね、ねぇ。アタシずっと気になってたんだけど……グレン君、それ、美味しいの……?」

 

「周辺のギルドタウンも手こず——ぁ、なんだ?」

 

「その……血?」

 

「血?」

 

 と言って、菜子が指差す手元の輸血パックを持ち上げるグレン。これに彼は「あぁこれか」と零していくと、次にも菜子へと見せながらそれを説明してきたものだった。

 

「人工血液ってやつだな。こいつぁ文字通りに人間の技術で開発された血液でな、主に貧血の症状を抱える人間であったり、輸血が必要になる医療機関の現場などで使用されることが多い人工的な血液だ。主な使用方法として専用の点滴を用いたりするもんなんだが、おれのような何でも屋は戦場なんかに駆り出されたりするもんだからよ、そんなゆっくり点滴している余裕もねェから、直接こうして口から流し込んでんだ」

 

「ぇ、うぇぇ~……なんかアタシ、考えただけで背中がぞわぞわしてくる……」

 

「無理もねぇ。好んで血を飲むやつなんか普通はいねぇからな」

 

「えぇ……グレン君、それ美味しいの……?」

 

「美味いかどうか……で問われちまうと、お世辞にも頷くことはできねぇな。強いて言えば、人工的な鉄分の味がする……ようなもんか?」

 

「それ結局ただの血じゃん! よく飲めるね……」

 

「飲まねェといけねぇ状況を強いられるからな。おれのような戦い方をする人間なら尚更。おかげですっかり慣れちまった。鉄分を補給するなら、食事よりもこいつを使う程度にはな」

 

「えぇ……なんか吸血鬼みたい……。——ヴァンパイア? でもなんかそう聞くと、ちょっとだけカッコいいかも……?」

 

 自問自答のように喋る菜子が、首を傾げて呟いていく。そんな少女の「カッコいい」という言葉に、わずかながらにもグレンは頬を赤らめつつ話を戻すようにした。

 

「……ンなこたぁいいんだよ。それよりもだな、この獲物が仕掛けてきた時に決めた反撃が——」

 

 と喋り出した時にも、グレンの下へと駆け寄ってきた二名の騎士団が彼へと声を掛けてくる。

 

「貴殿が、こちらの魔物を仕留めた何でも屋ですかな?」

 

「あ? ……そうですが?」

 

「先日にも、こちらの討伐依頼を引き受けてくださったグレン・バスター殿で?」

 

「えぇ、そうです」

 

 身内のノリで荒々しい調子だった彼も、やはり世間的な場面では実直になっていく。二名の騎士団へと向き直るグレンがそう答えていくと、次にも騎士団はそんなセリフを口にしたものだ。

 

「まずは、貴殿に感謝を申し上げたい。世界平和への多大なる貢献に感謝する。貴殿のご活躍によって、また一つ、付近の平穏が守られた」

 

「お安い御用です。またおれにお任せくださ——」

 

「貴殿は異能力をお持ちではないとうかがっておりましたので、やはり、異能力を所有する協力者などもいらっしゃったことだろう。そちらの御仁にも感謝の意を申し上げたいところなのだが、今はどちらにおいでだろうか?」

 

 協力者に感謝の意を伝えたい。その言葉を耳にしたグレンは、これを境に表情へ影を落としていく。

 

「いや、おれが単独で任務を遂行しました。協力者はおりません。おれ一人だけです」

 

 え? という騎士団。

 

「いやしかし……? ん……? まぁ、とにかく感謝をしている。異能力無しに、単独でどのようにあちらの大物を討伐なさったのかは些か疑問ではあるものの、後にも騎士団本部からも直々に謝礼をしたいと考えているものだ。よって、貴殿の都合が良い日などに改めて報酬を手渡ししたいため、落ち着いた頃にでも連絡を寄越してもらえると助かるのだが、貴殿としては如何なものだろうか」

 

「承知しました。現時点では詳しいご予定などがお伝えできないため、一時間後を目安に、改めてこちらからご連絡をさせていただきます」

 

「お手数をおかけして申し訳ない。では、我々はこれにて。貴殿の今後の活躍を期待している」

 

 そう言ってトンネルへと踵を返して歩き出す二名の騎士団。その間も何やらひそひそと会話する彼らの背を、グレンは陰りの入った表情のまま見送ったものだった。

 

 ……続いて、はぁっと大きなため息を一つつく。周囲の状況も、運ばれていた魔物が龍明に向かってだいぶ遠ざかったその光景。こうして次第と人が減り始めた周辺の中で、彼は背後にいるこちらへとおもむろに振り返ってきては、暫しの沈黙を挟んだ後にそれを提案してきたのだ。

 

「おれはこれから、龍明で怪我の手当を受けてくる。そのあとは全身の汚れも軽く洗い流してくるつもりでいるんだが……もしお前さんらが良ければ、そのあとにでも飯を食いに行かねぇか?」

 

 

 

 

 

 半端な時間帯が故に空いていた焼肉屋。住み慣れた龍明ではあるものの、自分にとってはあまり馴染みが無いその環境。あぐらをかける席で自分の隣に座る菜子とはまた別に、正面にいるグレンが途絶えないセリフを喋り続けていく。

 

「カンキ、そいつをおれの近くに置いといてくれ。焼くのはおれがやる。お前さんは今日のお勤めで疲れているだろうから、今の内に少しだけでも休んでおけ。……こいつはもう十分だな。菜子、お前さん腹を空かせていただろう。皿を寄越してくれ、おれがよそう。タレはどっちだ? ついでにかけるぞ。それとも別の皿にでも分けておくか? ——あ? 自分でやるって? いやいい、ついでだからおれがやる。お前さんもあまり気を遣わなくていいからな」

 

 てきぱきと、自分ですべて片付けていく彼。自分と菜子がそれに圧倒されるように全部を任せていく状況で、グレンは肉を網の上へ移しながら、無限に繰り出されるセリフをこちらへ喋り続けていたものだ。

 

「直にも追加オーダーのビビンバとサラダが来るだろう。もし運ばれてきたら、カンキはサラダだけ取ってくれればいい。ビビンバといった火傷の危険性があるものはおれが受け取る。飯に付き合ってもらっているお前さんらを怪我させたくねぇからな。——おい菜子、遠慮せずにどんどん食え。それとも肉が焼けていなかったか? スジがあったりして嚙み切れないとかでも、すぐに言えよ。他の肉と取り換えるからよ。タレが欲しいとかでもおれに言ってくれれば取ってやるから、お前さんは気にせずどんどん食べろ」

 

「あ、ありがとうグレン君……」

 

 お礼を言う菜子も、彼の気配りにちょっとだけ複雑な心境を見せていた。その後も気遣いのセリフがまるで止まらないグレンと食事を行う自分らだったが、一同の食欲が満たされて箸が止まったその頃となって、ふと彼は頭を抱えながらそれを口にし始める——

 

「またやっちまった……。悪いな、カンキ、菜子。おれのせいで、落ち着いて飯も食えなかっただろう。別にお前さんらに任せられないとか、そういうんじゃないんだ。しかし……どうしたものか、おれでもできるようなことが目の前に在ると、つい、他を差し置いてでもそれに手や口を出しちまう……」

 

 別に悪いことをしたわけでもないのに、グレンはひとり、どんよりと落ち込んでいた。こんな彼の様子に、自分も菜子も慰めるようにしながら言葉を掛けていく。

 

「グレン、なにも自分を責めなくってもいいって……。俺らはむしろ助けられたぐらいだから、そんな気にしなくてもいいよ」

 

「アタシからしたら、みんなの事を気にし続けられるのも立派な長所だと思うけど……」

 

 フォローになったかは分からない。それでもグレンは耳にした言葉に顔を上げていくと、少しだけ笑みながらそうセリフを口にし始めたのだ。

 

「……これも、お節介、だったよな」

 

「グレン……?」

 

「カナタの言う通りだ。おれは所詮、すべてにおいてクルミに劣る、クルミの劣化人間に過ぎねェ存在なんだよ。だから、そんな自分にでもできる気配りが目の前でチラついていやがると、すぐにそいつへ飛び付いちまっては、人助けしている自分についつい酔いしれちまう」

 

 あぐらから右膝を立てていき、自分自身に呆れるよう天井を仰ぎながら続けていく。

 

「結局、今日の戦果もろくに認められなかった。おれという出来損ない野郎が、あんな大物を単独で倒せるわけがないだろうって、そんなところだろう。——別に、他人に認められねェなら、それでもいい。依頼を消化するのも飽くまで、その脅威に晒された近隣の人々を助けるためにしていることだからよ」

 

 連ねる言葉に迷いはない。立てた右膝に腕をかけて途方を見遣るグレンだったものだが、次にも口にしてきた言葉の数々からは、彼の心の奥底に芽生えているのだろう静かなる苛立ちが垣間見えたものだった——

 

「だがよ……そんなおれのことを、おれ自身、が認められずにいるんだ。——言葉の意味、分かるか? ……これまで、散々と努力を積み重ねてきた。身体を鍛え上げて、戦闘術を身に付けて、相棒に近付けるよう地道に時間を掛けていった。だが、それでもなお、おれはヤツに近付くことすらままならねェ。そんな、何事も上手くやれずにいる無能で無様なおれという存在を、おれ自身が受け入れられずにいるんだよ……」



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第31話 温もり

 夜を迎えた龍明の森林。りんりんと鳴く虫の声を傍らに、自分と菜子は射し込んだ月の光を道標に進んでいく。

 

 広大な町の地域の、その出入り口となるトンネル付近。の、さらに隅っこであるその地帯。町からも離れているひと気の無いこの空間は、夜という時刻になれば灯りのない無人の森となる。現に、懐中電灯を持っていなければ迷子が確定するこの暗闇。それに包まれてしまえば最後、龍明とは思えないほどの不安感に駆られながら、ここでの一夜を過ごすハメになることだろう。

 

 そんな夜の森林を、自分と菜子は歩き進めていた。ギルドタウンである故に安全が保証されているものの、夜の森という不気味な光景に、菜子はずっと、こちらの腕にくっ付いていたものだ。

 

 直にも、脇で飛び立った虫の群れ。ばさばさと羽音まで聞こえてくるほどの大量なそれに、菜子は飛び上がるように驚いてこちらにぶつかってくる。

 

「うェアァッッ!!!! ——もうヤだカッシー……!!! 早くお家帰りたいぃ……」

 

 涙目で訴え掛けてくる菜子。夜の森林という空間が恐ろしい上に、虫も苦手であるならば尚更そう思うこと間違いない。自分は「俺もいるから大丈夫だよ」と言って菜子を慰めつつその歩みを続け、それにしてもといった具合に呟くよう自分は言葉を口にした。

 

「でもまさか、虫の採集を依頼されるとは思わなかったな……。ユノさんの下に届く依頼はなにも、調査ばかりじゃないんだなってことを改めて思い知らされたよ……」

 

「迷子のネコ探しとか、落とし物の捜索とかはあったよね……。でもなんで探偵に昆虫採集を依頼するの!? もっと他にそういう専門家とかいるもんでしょ!? ホント、マジであり得ないんだけどっ!!」

 

「まぁまぁ、ユノさんも探偵である以前に何でも屋の一員なんだから、お手伝いとして十分にあり得る仕事内容だとは思う。……まぁ、ユノさんから虫取りのレクチャーを受けるとは思わなかったけどね。あの人ほんとに多彩だよな。それだけ、虫取りの依頼も少なくないってことなんだろうけれど……」

 

「えぇん……アタシもうヤだ——うぎゃァア!!!!」

 

 嫌がる少女にサプライズか。タイミングを図ったかのように、目の前に現れたトンボのような大きな虫。その体長も一メートルはあって、しかも夜行性なのだろう活性化したその動きは、菜子を仰天させるのに十分な迫力だった。

 

 追撃として、複眼をくりくり動かしてこちらを見遣ってくるそれ。虫特有のキレのある動きが菜子の更なる悲鳴を招き、少女が放った音圧は超音波の如く、周囲の虫を押し出すよう羽ばたかせる要因ともなったものだ。

 

 四方八方の包囲網。苦手な人間からすれば、まさに地獄のような状況。もはや哀れに思えてきた菜子は絶叫さえも止めていき、もう、声にならない悲痛な顔を見せながら、ただただこちらに引っ付いて服にめり込んでくる。

 

 ……続行は厳しそうだなぁ。顔を埋め込んできた少女の頭を撫でながら、自分は懐中電灯を片手に撤退を考える。そして、いくら経験のためとは言えども、それによって依頼がこなせなくなることの方が問題かもしれないと判断した自分は、菜子に撤退を提案しようと見下ろしつつそれを伝えようとした、その時のことだった——

 

 ——ガサガサッ。付近の樹木を揺るがす存在感。明らかに向こうで身を隠す存在の気配に、虫に対する寒気とはまた別の悪寒が駆け巡る。

 

 ……もしかして、虫じゃない……? 夜行性の獣なんかが近付いている? そう思った自分は懐中電灯の光をそちらに向け、菜子を連れて静かに立ち去ろうと一歩退いた、その直後のこと。

 

 こちらの警戒なんてお構いなし。そんな調子で樹木の後ろからは、菜子のような制服姿の“女の子”が姿を現してきた——

 

「あ、カナタ……?」

 

 思わず、自分は問い掛けた。こちらのセリフに菜子が「え?」と振り返って彼女を確認していき、あちらもまた自然体のポーカーフェイスでこちらを見遣ってきては、瞳に宿す妖しいピンク色で捉えてきたものだった。

 

 カナタが歩いたその道には、ピンク色の残像がわずかに軌跡を描いていく。濃い色のそれを向けてこちらへと歩み寄ってくると、次にもカナタから言葉を投げ掛けてきたのだ。

 

「何の用」

 

 端的なそれ。彼女の口ぶりに自分は答えていく。

 

「えっと……俺達、ユノさんの代わりに虫を捕りに来たんだ。ユノさんが引き受けた依頼のお手伝い。この時間帯で、この辺りに出現するらしい“リュウメイホタル”を採集しに、俺達はここに来ただけなんだけど……」

 

「そう。ならいい」

 

 と言って、立ち去ろうとするカナタ。そんな少女へと、自分も問い掛けてみる。

 

「カナタは、一体どうしてここに? とてもじゃないけれど、ここは夜に人が来るような場所ではないなって思ってたもんだから、今こうしてカナタと出くわしたことが、ちょっと意外でさ……」

 

「…………」

 

 ピンク色の残像が消えていく。歩んだ痕跡を宵闇に溶かしていくその最中、暫しと佇んでいたカナタは不意に振り返りながらそう答えてきた。

 

「避難場所。私の」

 

「避難場所?」

 

「避難。……いえ、違う。落ち着く場所。……落ち着く? いえ、安心する場所……。誰も来ないから」

 

 自身でも、どの言葉が正しいかを探っているようだった。カナタは自問自答するようにしてセリフを口にしていくと、次にも少女はおもむろにこちらへと近付いてくる。

 

「リュウメイホタル。捕ったなら早く帰って」

 

「あ、あぁー……いや、それが一匹も見つけられなくて……」

 

 参った。そんな調子で自分は、提げていた虫かごを見せていく。

 

 空っぽのそれに、無感情な顔を向けるカナタ。そんな少女を、菜子は顔色をうかがうように覗き込んでいたものだったが、そのカナタはと言うと、虫かごを確認次第に周囲へ意識を向けていくなり、ある程度の目星をつけたのだろう特定の場所を対象にして、カナタは自身の異能力を発動し始めたのだ。

 

 風を発生させる異能力。突如としてブワッと巻き上がった周囲の草木に、自分らは驚きながらも心強さを感じていく。

 

 複数の地点から発生した突風。夜空を目指す地面のそれが発生すると、これに巻き込まれた枝木や虫が、風の中で渦を描きながら一斉に打ち上がった。小さな竜巻とも言えただろうカナタの力によって多くの物体が上空に放り出されると、間髪入れずに発生した次の突風によって、浮き上がったそれらを容赦なく地面へと叩き付けていく。

 

 ——のかと思えば、それらが地面に落ちるギリギリで発生した、地面を沿うように吹き荒れた風。これが昆虫をキャッチするように運んでカナタの周辺を漂い始めていくと、その風を自在に操作することで少女は周囲に昆虫を纏い始めていき、その風へと手を伸ばしていっては、ちょうど流れてきた虫を選ぶように摘まんでいって、こちらへと差し出してきた。

 

 ……間違いない。リュウメイホタルだった。カナタが差し出してきた昆虫に自分は驚きながらも、少女からそれを受け取ってお礼を口にする。

 

「あぁ、ありがとうカナタ……! すごく助かった……!」

 

「そう。なら早く帰って」

 

「帰ろう……と言いたいところなんだけど、あと二匹必要で」

 

「…………」

 

 無感情なのに、どうしてか呆れられた視線を向けられている気がする。妖しい色濃いピンクがこちらを捉えてくると、カナタは今も流れていく周囲の風を自身へ近付けて、そこから二回、摘まむようにして手を伸ばしてから、こちらへ差し出してくる。

 

 ——リュウメイホタル。二匹。依頼された合計三匹があっという間に揃い、自分はただただ感謝しかない気持ちのまま少女から受け取った。

 

「あぁ、ありがとうカナタ……!! いや本当に助かった! これで早く戻れそうだ。菜子ちゃん、事務所に帰ろうか」

 

 頭を撫でていた菜子が、ウキウキとしながら離れていく。そしてカナタへと「カナタさん、アタシの命の恩人だよ……! ホントにありがと……! 今度お礼させて!」とお礼を伝えてから、菜子はこちらの腕を引っ張って促してきたものだ。

 

 帰りたそうな少女にぐいぐいされながら、自分はカナタへと別れの挨拶を告げていく。

 

「余計なお世話かもしれないけれど、夜だから周りも暗いし、足元とか気を付けながら帰って! それじゃ——」

 

 踵を返して歩き出した、その瞬間。

 腕とはまた別に、背後からわずかに引っ張られた。それが服の裾であることを認識しながら自分は振り返ったものだが、この動作は菜子も同様であり、そんな二人の裾がそれぞれ“少女”の手によって摘ままれていることを確認する。

 

 ……両手で自分らを静止したカナタ。無感情な表情はそのままに俯いて、少女は呟くように突然とセリフを口にしたのだ。

 

「ごめんなさい。やっぱり帰らないで」

 

「カナタ?」

 

 ……間を置いて、カナタが喋る。

 

「帰ってほしい。でも帰らないでほしい。なんで……? 分からない……」

 

 向き直る自分と菜子。それでもこちらとは一切と目を合わせてこない少女だが、カナタは摘まんでいた服を手放すとそうセリフを続けていった。

 

「その日にクルミと別れた後、私は胸が苦しくなる。だから、ここに来る。そうすると気分が良くなるから。でも、クルミが龍明からいなくなった後、私はずっと胸が苦しいまま。……どうすればいいのか分からない。だって、ここに来ても気分が良くならないから」

 

「それは、どうしてかな……?」

 

「分からないの。ただ、胸が苦しくなると、涙が出そうになる。……クルミがいないと私は独り。誰も私のことなんか見向きもしてくれない。でも、嫌われる私が悪い。こんな私だから、気に掛けてくれていた“彼”とも喧嘩した——」

 

 思い当たる人物。目の下にくまをつくった彼を、自分は思い浮かべていく。

 

「グレンのこと、だよね?」

 

 こくり。無言で頷くカナタは、自分らを見つめつつセリフを口にする。

 

「彼には、クルミがいる。でも、私には誰もいない。そう考えるとすごく辛い気持ちになってきて、ここに来ても落ち着けないの——」

 

 ——カナタが喋るその途中、少女の訴えに応えるよう菜子が手を添えていった。

 もう、顔色をうかがうとかはしない。菜子はカナタの背に手を回していくと、孤独に苦しむ目の前の少女へと菜子は微笑みかけたのだ。

 

「アタシ達がいるよ。ね、カッシー」

 

「だね。ギルドファイトのお手伝いは俺らにできないけれど、一緒にいることなら、カナタの気が済むまで俺らは付き合えるよ」

 

 自分も、カナタへと手を差し伸べながらそれを伝えた。

 

 この時にも目にしたカナタの表情もまた、初めて見るものだった。先日にも目撃した怒りとは異なる、呆気にとられて見開いた少女の顔。クールなそれのまま暫しと静止していたカナタだったものだが、追い付いた理解によって味方を認識した瞬間にも、カナタは再びこちらの服の裾を摘まんできながら喋り出してきたのだった。

 

「…………景色が綺麗なところを知ってる。そこで話がしたい。——綺麗な龍明の夜景を眺めながら、二人と話がしてみたい。……すごく、心臓が脈打ってる。分からないけれど、私は貴方達と一緒に居ることが、辛いと感じない。クルミが居てくれている感じとよく似てるから。……だから今、一緒に居てくれるとすごく嬉しいかもしれない……」



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第32話 湯煙と月光 -ジェラシー編-

 湯煙と月の光。二つが合わさることで、朧気な幻覚を見ているかのような気分だった。

 

 立ち上る極楽の湯気。これに囲われる幸福感は、あらゆる人間に共通する至上のひと時だと思えてくる。それに加えて、身体の芯から包み込んでくれる銭湯と、露天風呂である故に外から流れ込んでくる穏やかな夜風という二つの要素が、絶妙なコンビネーションとなって癒しを与えてくれるものだった。

 

 そんな極楽を堪能する自分の隣では、また別の極楽を堪能する菜子の姿。お湯に浮かべたお盆と、それに乗せられたりんごジュースのコップに、少女はとてもウキウキな様子を見せていく。あとはコップを手に取って一気に飲み干していくと、菜子もまた銭湯に浸かりながら自分なりの楽しみを見出していたものだ。

 

 店から許可されている持ち込み。飲料の他に、軽度の食べ物であれば持ち込んでオッケーという緩いお決まりも、町の人間のみが入ることを許された空間だからこそのもの。周囲にも、お酒が入ったビンなんかを片手に談笑する光景が展開されていたことから、この露天風呂は憩いの場として非常に愛されていることがひと目で分かる。

 

 その日の疲れを癒すために設けられたスペース。自分もこれに甘えるよう堪能していたものだったが、やはり今日という日に迎えた勝負の行方が、未だに鮮明と脳裏に残っていたことで、どこか気が休まらない部分もあったことに違いない。

 

 今日にもまた、譲れない想いがぶつかり合う私闘の行く末を見届けてきた。

 双方が抱く『嫉妬』から交錯した戦い。思い込むことで保ち続けてきた自尊心と、振り向いてもらえないもどかしさによる感情の衝突に決着をつけるその戦いを目撃する————

 

 

 

 

 

 町の中で偶然と出くわした、ギルドマスターのネィロ。楽観的な彼に連れてこられる形で自分と菜子も町長室へ向かっていくと、そこには既に、グレンとカナタがネィロの到着を待ちわびていたものだった。

 

 ネィロは、自分と菜子の肩に回していた腕を離していく。そこから居合わせた人間の数をざっくり数えて頷くと、待ちわびる二人の下へ歩き進みながらネィロはセリフを口にしていった。

 

「よぉし、人数はきっちり揃っているな! んじゃ早速と結果発表をしていくぞー」

 

 前回と比べて、だいぶ気楽な調子のネィロだった。彼がのそのそと歩く姿をグレンとカナタは緊張感ある目で真っ直ぐと見遣っていき、その彼らから少しだけ離れた位置に、自分と菜子がついていく。

 

 立会人ふくめて、この戦いの役者が揃った。改めて全員の姿を確認するよう見渡したネィロの動作と共にして、彼は冗談めかしたような調子で主役の二人へとそれを喋り出したものだ。

 

「で、結果発表と言っときながら余談になっちまうんだがよ。実はオレちゃん、既にこいつの結果を見ちまっているんだ。——っつぅのも、経過途中のポイント差がよ、あまりにも僅差で仕方が無いって状況が終始ずっと続いちまっていたもんだからよ、堪らず、ギルドファイト集計担当係が、オレちゃんにダブルチェックを頼んできたってコトよ。……あまりにも合計ポイントが似たようなもんだったから、万が一の不正も、決して無きにしも非ずといった具合にな」

 

 わずかながらに走った不安感。だが、すぐにもネィロがそう続けてくる。

 

「結果、お二人さんに不正は無し。お二人さんは最後まで、ルールに則って正々堂々と戦い抜いた。ま、それくらい、今回のお二人さんは、中々に熱い接戦を繰り広げてくれたってコトになるな。——いやぁ、部外者であるオレちゃんや集計担当の人間が、おまえ達の戦いを見ていてすげぇハラハラした! 最後までどちらが勝つかの予想が全くもってつかなくて、お二人さん、本ッ当にナイスファイトだった! ……ってことを、オレちゃんは事前に伝えておきたくってな」

 

 サングラス越しの笑み。双方を讃えるグッドのジェスチャーを向けて、ネィロは発表前にもグレンとカナタを褒めていく。尤も、結果を待ち望む彼らとしては、この前置きも余計にしか思えなかっただろうが……。

 

 無言を貫く二人の様子に、ネィロは自ら場をリセットするように「よし」と頷きを一つ。そして腰に手をやって、彼は二人と向かい合いながら、敗北時の条件の再確認と結果発表の二つを進行していったのだ——

 

「じゃ、発表の前に、最後の確認を行っていくぞ! 既にお二人さんは承知だろうが、このギルドファイトに負けた人間は、勝った人間をオキクルミちゃんの相方として素直に認めてやること。尚且つ、その認識はオキクルミちゃんの意向に関係なく、今後、何でも屋として活動していく上でのれっきとした上下関係の目安としていく。勝った側が、負けた側にどのような態度を所望するかは、二人で決めてくれ。——というワケだ」

 

 腰にやっていた右手を動かし、胸ポケットの中の紙を摘まんでいく。

 

「では、勝敗を発表する!! グレン・バスターvs友仁彼方のギルドファイトの結果!! この勝負に勝った人間は————」

 

 ポケットから取り出した紙。それをネィロは広げて自分だけが目を通していくと、次にも再確認するよう自身だけがじっと眺めてから、紙を裏返しにしてこの結果を突き付けていったのだ——

 

「“友仁彼方”の勝利だ!!」

 

「——っ」

 

 言葉を失う、衝撃の沈黙。以前と比べて重々しい雰囲気とはならないこの空間だったが、現実を突き付けられた“彼”からすれば、この結果もまた受け入れ難い非常に酷なものだったことだろう……。

 

 無感情な表情を一切と変えないカナタ。結果が出た時にも紙へ視線を向けたものだったが、自身の勝利に対してもこれといった反応を見せなかった少女は、ただ無言でショックを受けるグレンを脇に出口へと歩き出していく。

 

 そして、淡々とした足取りで町長室の扉を開いていった。……そんなカナタを呼び止めるようネィロが口にしたセリフで、少女は一瞬と動きを止めたものだったが——

 

「カナタちゃん。オキクルミちゃんは龍明に戻ってくる。オレちゃんもその手続きをなるべく手早く終わらせるつもりでいるからよ、もう少し龍明に滞在してくれてもいいんだぞ」

 

「分かった」

 

 背にした返事。開かれた扉をすり抜けるよう出ていったカナタの姿は、閉じていく扉に隠れる形で退室していった。

 

 ……残された空間。ショックを受けたその顔で俯いているグレンは、とても動けそうにない。

 これには、自分らも掛ける言葉が見当たらなかった。今の少年に対してだと、どんな慰めも彼の心を抉ることになりそうであったから。

 

 腕を組んで佇むネィロが、グレンを見遣っていった。サングラスで眼差しもうかがえない真っ黒な彼の視線。そして頭を掻きつつ首を傾げていくと、ネィロは少年へとその言葉を掛けていく。

 

「グレンちゃん。オレちゃん特製の紅茶でも飲んでくか?」

 

 顔を上げるグレン。どんなに自分が傷ついていようとも、実直にも周囲への反応は欠かさない。

 

「いえ、お構いなく……」

 

「そうか。——じゃあ、オレちゃんオススメの飴ちゃんでも要るか? 味覚が麻痺する凶暴なチョコミント味だ。どうだ?」

 

「いえ、お気遣いには感謝いたしますが、今はそういう気分ではありませんので……」

 

 ネィロの目論見は、グレンに一言でも喋らせることだったのかもしれない。

 喋り出したことをキッカケに、頭を抱えるようにして動き出したグレン。ショックを隠し切れない様子のまま、彼は深いため息を一つついていって、自身を悔やむようにしながら呟いていく。

 

「……クソ。何をやっても、オレは劣等だ……。所詮、クルミやカナタに勝てやしない出来損ない野郎。どんなに頑張ろうが、どんなに励もうが、オレはずっと、誰かの劣化のままなんだ……」

 

 ……わずかながらに保ち続けた自尊心のため、この戦いだけは負けるわけにいかなかった。

 落ち込んで、一歩も動けずにいるグレン。脇に居る自分らが心配な視線を送っていくその中で、暫しと見遣っていたネィロが少年へと言葉を掛け始めていく。

 

「人によってよ、得手不得手というモンは少なからず存在する。そんなカンジによ、人間、得意なことや苦手なこと、好きなもんや嫌いなもん、できることやできないこと、そいつだけが持つ特殊な能力など、やっぱり生まれもっての少なからずの違いっつぅものは、どの人間にもある程度と存在しているもんなのさ」

 

「その少なからずの違いが合わさって、オレという出来損ない人間が出来上がった……ということでしょうか」

 

 卑屈になっても仕方がないだろう。グレンの悲愴が眼差しとなってネィロへと向けられる。

 

「オレはもう、誰にも敵う気がしません。持つものを持って生まれた人間に抗うべく、オレは自分を限界へと追い込むことで、その格差を埋めるよう全力を尽くしてきました。しかし、その結果がこれです。……持つものを持たずに生まれた人間の宿命とも言うべきでしょうか。オレという劣等人間は所詮、どんなに努力を積み重ねようが、やはり、生まれ持っての能力に恵まれた優秀な人間達に、オレのような人間が勝てるハズがないんです」

 

「能力や努力に関しても、生まれ持っての能力が少なからずと関係することはオレちゃんとしても否めない。オレちゃん自身、天才、という言葉は言い訳の時に使うモンだ、というひねくれた考え方をしているもんだがよ、実際問題、その天才と呼ばれるに至る所以として、体質や遺伝とか、そういう生まれ持ってしての性質はある程度と関係しているのかもしれないな、とかは思ったりするもんだぜ」

 

 言い聞かせるようにするネィロ。これにグレンは、寂しそうな顔を見せたものだ。

 

「そうですね。——ギルドマスターがそう仰ってくださって、オレは何だか安心した気がします。あとは、納得しなければいけません。この結果を真摯に受け止め、オレという人間は、カナタにも負けた出来損ない野郎であることを、自分自身が認めなければならない……」

 

 自身の心臓を掴むかのように、胸の前に手をやったグレン。彼もまた言い聞かせるようにしながらそのセリフを口にしていったものだったが、これを耳にしたネィロは数歩と歩み寄っては、グレンの肩に手を置いてそう喋り出していったのだ。

 

「ギルドファイトの結果こそは、今回はカナタちゃんの勝利で終わったな。だがよ、グレンちゃん。この勝負の結果だけで自分の価値を決めつけるのは、さすがにまだ早いんじゃないかな?」

 

「いえ、ギルドマスター。オレはまず、クルミという人間に勝てない人間です」

 

「オキクルミちゃんは、誰から見ても優秀な何でも屋さ。カナタちゃんも、戦闘力を売りにした商売でその存在感を知らしめている。で、グレンちゃんはと言うと、町のお手伝いには常に積極的で、時には一般人ながらも勇猛果敢に魔物へと立ち向かっていける、度胸と実力を兼ね備えた豪快な何でも屋、という認識が多分、一般的な評価だとオレちゃん思っているぜ」

 

「光栄です。しかし、なにもオレである必要はありません」

 

「そいつがグレンちゃんだからこそ、オレちゃんはこうして高く評価しているんだ」

 

 肩をトントン。セリフを口にしながら、グレンから手を離していくネィロ。

 

「グレンちゃんはな、オキクルミちゃんの劣化人間なんかじゃねーよ。その証拠として、グレンちゃんは攻撃を受け切る独自の戦闘術を編み出した。そいつは集団戦こそ苦手とする戦法ではあるもんだが、そいつが本領発揮するのが、タイマンの時」

 

 手のひらを差し出すように人差し指を向けていくネィロ。

 

「どんなやつにも、得手不得手はあるって最初に話しただろう? そいつを体現するかのように、グレンちゃんにはな、龍明の誰よりも得意とする戦場があって、その状況におけるグレンちゃんは、他の追随を許さねぇほどの戦闘力を発揮するんだ。——独壇場ってやつだな。こいつぁれっきとした個性であると思うし、何ならタイマンにおいては、オレちゃん、オキクルミちゃんやカナタちゃんよりも、グレンちゃんの方が強ぇと本気で思っているもんなんだぜ?」

 

「そ……そういうモン、なんでしょうか……?」

 

「そういうもんさ。もっと言ってしまえば~……グレンちゃんの戦法は、あのユノにも対抗できるほどのポテンシャルを秘めていると、オレちゃんは割と本気で思ったりする! それくらいグレンちゃんのことを、オレちゃん評価しているんだぜ?」

 

「そ、それはさすがに過大評価だとは思いますが……まぁ、悪い気はしません……」

 

 突然の褒め言葉に、グレンは思わずと戸惑いを見せていった。

 だが、彼の表情に少なからずの喜びがうかがえる。そんなグレンは、自身の問い掛けに対して自信満々と頷いてきたネィロを目にしていくと、次にも呆れたサマで、ちょっとだけ微笑みながらグレンはそう返していったものだった。

 

「……ギルドマスター。いくら賛辞のお言葉であろうとも、オレのことを買い被りすぎです。しかし……ほんの少しだけ、今までの努力が報われたような気がしました。オレが求めていた理想に、今、気のせいだとしても少しだけ近付けたような気がしたんです。——おかげさまで、出歩ける程度の気力は取り戻せました。オレのような人間にも親身となって接してくださるその姿勢に、感謝いたします」

 

 

 

 

 

 湯煙が見せた朧の記憶。最後に見た清々しいグレンの表情に、自分も何だか報われたような気分を味わったものだった。

 

 と、余韻に浸るこちらの頬へと、りんごジュースの入った大きなビンをいきなりくっつけてきた菜子の悪戯——

 

「っ冷たッ!?」

 

「えー、なんか普通の反応でつまんなーい」

 

 勝手に期待された上に、ものすごく残念がられた。こちらの反応に不服そうな菜子が眉をひそめていくもんだったから、自分もまた菜子に手で促しながらそれを口にしていく。

 

「ぐぬぬ……。——あぁ菜子ちゃん、ちょうど良かった。俺もジュース飲みたいから、それちょうだい」

 

「ん、はい」

 

 泳ぐように近付いてきた菜子。そしてこちらにりんごジュースのビンを差し出したものだから、それを自分は何気ない表情で受け取っていく。

 

 で、菜子が自身のコップを手に取るべく、お盆へと気を逸らしたその瞬間。受け取ったビンを少女へ近付けた自分は、そのまま菜子の頬へとベタッとくっ付けて——

 

「んぎャアっ??!」

 

 ビクッ!! と、菜子は盛大な反応を見せてくれた。

 

 驚きのあまりに、頬を押さえて呆然とする菜子。だが、すぐにも思考は冷静を取り戻して……。

 

「——っ、ちょっとカッシー!!?」

 

「なるほど、いいお手本を見せてもらったなぁ~」

 

「は、はァ!!? な、ぁあり得ない!! カッシー意地悪っ!! 悪魔っ!! ホントにバカっ!! バカっ!!」

 

 とても満足のいく仕返しができた。顔を真っ赤にする少女に揺すられながら、自分は勝ち誇った顔をしていたものだ。

 

 菜子の動きで、じゃばじゃばと飛沫を上げる露天風呂。その水面も波打って周辺へと広がることから、すぐ近くのお盆が揺られて非常に不安定なサマを見せていく。

 

 これに二人で気が付いた時には、既にお盆の上のコップが倒れようとしている時だった。共にして「わっ」と声を上げて手を伸ばしたものだが、この動きでお盆が尚更とひっくり返って、風呂に飲み物をぶちまける……。

 

 ……寸前、近くを通ったのだろう“少女”がコップをキャッチしてくれた。

 無感情の表情と、妖しいピンク色の瞳。タオルを頭に巻かない彼女が長髪を流したその状態に、そもそもとしてその存在が銭湯に訪れていることに自分と菜子は意外に思ったものだった。

 

「カナタ! 助かった、ありがとう!」

 

 こちらのお礼に対し、通りすがりのカナタは「気にしないで」と一言。そのままお盆にコップを置いていきながら、彼女はこちらの傍で腰を下ろして落ち着いてきた。

 

 と、自分が腰に巻いているタオルを、カナタは摘まんでくる。これも彼女なりの意思表示であることは、先日のリュウメイホタルの件でよく分かっていた。が、如何せん男の人が腰に巻くタオルを摘まむそれに、菜子はカナタへと優しくそれを伝えていったのだ。

 

「だ、ダメだよカナタさんっ! いやダメじゃないけど、それ、あまり綺麗じゃないからっ!」

 

「菜子ちゃん、俺そんなに汚いのかな……?」

 

「えっっ、いやっっ」

 

 場所が場所なだけはある。しかし、いざ言われると複雑になるのもまた事実。

 自分の問い掛けに菜子が必死に焦り出すその光景。だが、そんなこちらの掛け合いをカナタは眺めていくと、ふと無感情な表情のままで、そのセリフを口にしてきた。

 

「私がいけないことをした……?」

 

 こう見えて、けっこう繊細なのだ。カナタの言葉に、自分と菜子は慌てて首を横に振ったものだった。

 

 それからというもの、カナタという人物も交えた銭湯でのひと時を過ごしていった。自分のタオルに留まらず、菜子のタオルも摘まんでいったカナタの様子。誰かの衣類を掴むことによって安心感を覚えるらしい彼女の行動は、銭湯を上がった後もしばらく続いていく。

 

 銭湯のロビーでは、菜子がカナタに牛乳の飲み方をレクチャーしていた。腰に手をあてがって飲み干していく、乙女らしからぬもある意味で伝統的なその飲み方。これには自分もさすがにと思って止めに入るのだが、カナタが菜子を信じることによって、あのクールな乙女がはしたない一面を堂々と晒してしまったのだ。

 

 褒める菜子と、どこか嬉しそうなカナタの様子。

 これ、後でオキクルミやグレンに怒られないか……? という不安が脳裏をよぎる自分だったが、一方として、その表情に見せなくとも楽しげに過ごしていたカナタを目撃したものだったから、まぁいいのかな、という思いで自分は二人を見守ったのであった——



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第33話 アフターストーリー -ジェラシー編-

 龍明に到着したバスから降りる自分と菜子。空になったショルダーバッグを提げる自分が町に足を着けながら、予定よりもだいぶ早まった龍明の帰還に、時刻が昼前であることを確認していく。

 

 後ろの菜子もバスを降りてきた。そんな少女に背中をどつかれるようにして突撃されながらも、走り去るバスを傍らに自分は菜子へと昼ごはんの提案をしたものだった。

 

「今日は、ラミアもレイランもアレウスも、みんな予定が入っていて忙しいみたいだから、また二人で何か食べることになると思うけど……」

 

「ん、じゃあまたパン屋? アタシひとっ走りしてこよっか??」

 

 お駄賃。そう言わんばかりに差し出してきた両手。もはや目的が違うことに自分は汗を流したものだったが、まぁいいかと思ってお財布を取り出す動作をし始めた、その時のこと。

 

 ふと、大量の紙袋を提げて歩いてくる少年を見つけた。自分は、それがグレンであることを認識していくと、荷物で埋もれる彼を不思議に思ってこちらから声を掛けていく。

 

「グレン!」

 

 手を振るこちらに気が付いた彼。そのまま真っ直ぐと自分らに合流してくると、八百屋や魚市場、雑貨屋といった様々な店の紙袋を提げたグレンは奇遇だなと喋り出す。

 

「カンキと菜子だな。お疲れさん。助手の仕事は順調か?」

 

「今の所は順調かな。順調すぎて、だいぶ時間を余らせたくらいだから」

 

「そうなのか。じゃあ、ちょいと手伝いを頼まれてくれねェか。如何せん、こんなもんだからよ」

 

 と言って、手提げの紙袋を持ち上げていくグレン。それを自分は承諾して、一部を彼から受け取っていきながら訊ね掛けていく。

 

「まるで、ユノさんの晩ご飯並の量だ……。こんなに買い込んで、一体なにをするつもりなんだ?」

 

「クルミの野郎が、龍明に戻ってくるもんだからよ。その歓迎会をしようって計画してんだ」

 

 荷物の一部を菜子にも手渡しながら、グレンは呆れたようにため息をついていく。

 

「あの野郎もよく食べるからな。っつっても、ユノさんに負けてらんねェっていう意地で、クルミの野郎も食べるようになっちまったもんだ。——あいつにとっちゃァ、ユノさんという人物が越えるべき存在なもんでよ。いつかユノさんに勝ってやると、あの野郎はそう意気込んで日々の鍛錬に臨んでいるもんだ」

 

「レイランも、ユノさんに憧れているみたいだからね。あの人自身は自覚もしていないし興味も無いだろうけれど、実はけっこう周りに影響を与えている、カリスマ性ある人だよね」

 

「あぁ、かく言うオレも、ユノさんという存在には敬意を払っている。……異能力を持たずして、あの“剛腕”。お世辞にもギルドマスターにお褒めいただけたとはいえ、あれと比べてしまえば、オレもまだまだ未熟なもんだ」

 

 剛腕?

 蹴りを主体とする彼女の戦闘スタイルと照らし合わせて、疑問に思った自分の首傾げ。そんなこちらに構わずと菜子がグレンと会話を交わしていき、彼もまた菜子と会話しながら次のお店へと歩き出していく。

 

 流れでグレンのお手伝いをすることになった自分ら。二人に置いていかれないよう自分も後ろからついていきながら、暫くと買い出しの荷物係として働いたものだった。

 

 

 

 

 

 お昼時に訪れた定食屋。ラミアと二人で来てから随分と久しいこのお店も、以前と全く同じシチュエーションを再現するかのように、自分の脇には買い出しの紙袋が置かれている。

 

 だが、今回はお座敷のテーブルで向かい合う。しかも、グレンの奢りという大盤振る舞いに、ラミアの時とは真逆の立場におかれていたものだ。

 

「カンキ、菜子。手伝ってもらってすまないな。先日のギルドファイトに巻き込んじまった分に加え、クルミの野郎のギルドファイトにも立ち会ってもらったそのお礼をさせてもらいたい。今日は奢ってやるから、自分が食える範囲で好きなもんを選んでくれ」

 

 届けられた、人数分の定食。特に菜子は容赦の無い大盛りを頼んだものだったが、しかしお腹いっぱいという理由で残してしまうその光景。

 

「ぐぬぬ……奢りだから張り切って頼んだのに……勿体無いぃ……」

 

 不覚。悔やまれる涙目の菜子に、自分は助けに入っていく。

 

「その量は多すぎるぞって、グレンも言ってたもんね。ほら、あとは俺が手伝うから、菜子ちゃんはゆっくり休んで」

 

「か、カッシーありがとー……。あでも、間接キスとか考えないでよ」

 

「言われるまで気にしなかったけど……」

 

 悪戯を口にできる程度の余裕はあるようだった。

 そんな菜子の定食もなんとか平らげる……つもりだったのだが、思った以上に量が多かったことから、既に自分の定食を胃袋に詰めてあったこちらも敢え無くギブアップ——

 

「菜子ちゃ……これよく、ここまで食べられたね……。俺もう、お腹が——」

 

「ぇぇ……カッシーかっこ悪い……」

 

「誰の手伝いをしてると思ってんの……うっ」

 

 だめだめコンビ。助手二人組の様子を、物静かに眺めていたグレン。

 そう言えば、今日は彼の気遣いが全く無かった。カナタにお節介と言われていたほどのそれを感じられなかったことに、自分はグレンの顔色をうかがっていく。

 

 そうして目が合った彼との視線。とは言いつつも、終始ずっとこちらを気に掛けてはくれていたグレンが自身の食器を退けていくと、こちらにあった定食へと手を伸ばしながら彼はそうセリフを口にしていった。

 

「あとはオレに任せておけ。食器も全部ひとつにまとめておいてやるし、支払いも勝手に済ませておく。何なら、オレがお前さんらを探偵事務所まで担いでやってもいい。だから今は休んでろ。満腹な状態で動き回ったら、むしろ身体に悪いからな」

 

「わ、悪い、グレン……っ」

 

 ここに来て、彼の気遣いが発揮した。様子をうかがうようにしていたのも、ギルドファイトの結果を受けて何かしらの変化があったからなのかもしれない。

 

 なんて考える余裕もなく、自分と菜子は重なるようにしてお座敷に倒れ込んだ。主に、自分の上に菜子が圧し掛かるその光景。互いに目をぐるぐるにして倒れ込む情けない姿を前にしても、グレンはただ黙々と定食を平らげてくれたものであった。

 

 

 

 食後の運動として龍明の坂を上り終え、町の上に位置する何でも屋の宿舎に辿り着く。そこでグレンの部屋まで移動すると、提げていた荷物を彼の部屋へと全ておいて、グレンのお手伝いは一件落着となる。

 

 これに、グレンはお礼を伝えてきた。同時にして、また町の中央に用事があるということから、今度は手ぶらの状態で自分らと宿舎を後にすることとなる。

 

 自分らも自分らで、午後には別の仕事が入っていた。しかし時間にはまだ余裕があるため、どうせだから少し町中をぶらつこうという自分の提案の下、菜子とグレンという三人で龍明を歩いていた時のことだった。

 

 町の中央にある、観光案内所。この三階に町長室がある関係で、自分らにとってよく見慣れた建物であることは確かだろう。それはギルドマスターのネィロに用がある時に留まらず、先日にも見届けたギルドファイトの結果発表なども、この建物の内部で行われている。

 

 尤も、グレンにとっては少々と憂いを感じる場所だったかもしれない。もうしばらくはこの場所から離れていたいそんな気持ちとは裏腹として、グレンはふと見遣った建物の前の様子に、うかがうようセリフを口にしていった。

 

「あ? なんだ? 入り口に人が集まっているな」

 

「なんだろう、騒ぎかな?」

 

「見た感じだと、事件って感じじゃねェな。数人で何か話し込んでいやがる。——あれは、タイチさんとビオラさんだな」

 

「稲富の?」

 

 以前にも、制圧作戦として行動を共にした、桃空タイチとビオラの二人。稲富という此処とは異なるギルドタウンに所属する何でも屋の二人が、またこちらに姿を見せていたようだった。

 

 挨拶がてら、三人で覗きに行こうとする。そうして坂道を下りながら建物の前まで移動していくと、その途中にも明らかとなった見慣れたメンツの集合に、自分は思わずと声を出してしまった。

 

「こんにちは、タイチさんビオラさん。……それと、ラミアとレイラン? あれ、ユノさんまで……ネィロさんも、一体どうしたんですか?」

 

 建物の前に集まっていた、タイチとビオラ、ラミアとレイランに、ユノとネィロの姿。——と、もう一人、見慣れない長身の男性が、彼らから距離を空けるように佇んでいる。

 

 その背丈は百八十八という高身長であり、青年と言うよりも成人という雰囲気のその男性。男らしい顔つきで鋭い目を持つ彼は、目を隠すか隠さないかの丈まである暗い青色のバンダナによって、首元まであるオレンジ色の髪を無造作にまとめていた。

 

 その格好は、バンダナと同じく暗い青色の丈が短いジャケットに、黒色のシャツと、ジャケットと同色のパンツという身なり。腰に巻いているベルトや靴がこげ茶色でありながらも、そのベルトのようなアクセサリーが、ジャケットやパンツなどに巻かれているそのファッションが特徴的だった。

 

 誰だろうと思って見遣る自分。と、そんな視線を感じるや否や攻撃的な目を向けられたことで、自分はさり気無く視線を逸らしながらタイチ達へと向いていく。

 

「……それで、皆さんで集まって、どうかされたんですか?」

 

 菜子とグレンも、言葉にしないながらも不思議そうにしていく。これを受けてタイチは軽い挨拶を交わしてくると、次にもそれを説明し始めた。

 

「おう! ちょうどいい! ナイスタイミングだ! カンキと菜子も、ユノの助手としてこの話に加わってくれないか? そう遠くない内にも作戦の一環として、ユノは“稲富”へと遠征する運びとなったものだからな!」

 

「ユノさんが、稲富へ遠征にですか?」

 

 彼女へと訊ね掛ける。これに対してユノは「えぇ」と短く答えてきたものだ。

 

 その端的な返答を受け継ぐように、タイチがセリフを続けてくる。

 

「ちょうどグレンもいるものだから、先日の挨拶も兼ねるとでもしよう! ——まず、先日の合同作戦ご苦労だった! 稲富側としても、龍明の何でも屋は実に頼もしく感じられて、おれとしてもあの作戦は非常に楽しめたというものだ! そんな、龍明の陣営と共に駆け巡ったあの高揚感をおれは今でも忘れられなくてな、また龍明のメンツと仕事がしたいなと考えていたおれは、稲富のギルドマスターに直々と掛け合うことで、稲富で計画されていた次の作戦でも、龍明の何でも屋を起用する運びとなったんだ!」

 

 身振り手振りと語るように喋るタイチ。呆れたサマを見せていくビオラの傍で、彼はふんす! といった具合の調子で続けてきた。

 

「ただ、おれも考え無しに龍明を指名したわけじゃないぞ。——菜子からざっと話を聞いただけではあるのだが、如何せん今回の作戦における標的が、ユノや菜子が抱える複雑な事情と深く関係がありそうだったものでな。そこで、おれはビビビッと閃いた! そいつを口実にすれば、また龍明と手が組めるんじゃないかとな!」

 

 パチンッ! と指を鳴らしてくるタイチ。

 

「結果、おれの熱い推薦はギルドマスターの心を動かし、そして今、龍明のギルドマスターであるネィロさんからも同意をいただいた! つい先ほどにも、龍明と稲富の連合軍は再び結成されたんだ! それに伴って、カンキと菜子も、参加メンバーであるユノの補佐として参加してもらうつもりでいるぞ!」

 

 稲富で展開される作戦が、ユノや菜子の事情と関わっている可能性がある。

 タイチが熱く説明するその隣から、ネィロが歩み寄りつつこちらへとセリフを掛けてきた。

 

「稲富が言うにぁどうやらよ、四年前にもヒイロを攫ったと思われる連中のアジトが、今回の作戦の標的らしいんだとよ」

 

「ですが、その攫った連中というものは結局、わからないままでしたよね……?」

 

「その点についちゃあ、安心しな。どうやら稲富がよ、以前にも聞きそびれたっつーそれらしい組織を見つけ出したとのことらしい。……組織の名前は、『ナチュラル・セレクション』。聞き出せた名前はごく一部分だったらしいもんだが、そんなわずかながらのヒントから名前を突き止めるとは、さすがは稲富と言ったところかね」

 

 ユノが男から名前を聞き出そうとしたその瞬間、その男は超越者ビアルドによって始末された。

 

 彼から問いただすヒントが頼みの綱であったために、それを口封じされた今、ヒイロという人物の行方がまたしても不明となった絶望的なこの状況。

 

 だが、それも現在、またしても唯一の希望へと成り上がる。

 ナチュラル・セレクション。稲富によって発覚した組織の名前と、ヒイロを攫ったという連中のアジトが判明したというのであるならば、それほどの条件が揃った今になって、ユノも菜子も黙って見過ごすわけがないことだろう。

 

 直ぐにも、タイチとネィロへと菜子が詰め寄っていく。

 

「その話ホントなの!? だったら今すぐにでも行こうよ! じゃないと、もし今もお姉ちゃんが捕まっているんだとしたら、すぐに助けないと……!」

 

 はやる気持ちもよく分かる。だが、それに待ったを掛けるようにタイチがセリフを口にした。

 

「大丈夫だ菜子。おまえのお姉ちゃんは、絶対に助けたいとおれも思っている。さすがにおれも、ここまで遊び心を持ち込んでくるほどの人間じゃないさ。しっかりと真面目に、お姉ちゃんに関連する任務に勤めていく。だからこそ、今回の任務は非常に慎重となって作戦を進めているものだ。——なにせ、人命がかかっているんだ。それも、身近な人間の、その大切な人の命がな」

 

 タイチの説得に、渋ったような顔を見せる菜子。彼の後ろでも、腕を組んで凛々しく佇むユノが、表情を変えずともタイチに同意するよう静かに見守っていたものだ。

 

 と、ここで高身長の彼が動き出した。——低く荒々しい声音で、とても興味無さそうに背を向けて歩き出しながら。

 

「一通りの話は済んだろ。合同作戦のメンバーも、あらかたと決定した。じゃあ、もう此処に用は無ぇな。俺は先に戻らせてもらうぞ」

 

 ポケットに手を入れて歩く彼。そうして我が道を往く雰囲気を醸し出す男性へと、タイチが呼び止めに入る。

 

「“レイジ”! 三人への紹介は済んでいないぞ!」

 

「知るか、んなもん」

 

「いや、知るぞ!」

 

「なんだその返答……」

 

 困惑。思わず振り返った男性に、タイチは清々しい笑みを見せながらこちらへと手を促していく。

 

「ユノの助手として龍明で働く、カンキと菜子だ! あと、今回の作戦に加わるかは分からないが、グレンという心強い何でも屋もいる! 皆がそれぞれ、自分の持ち味を活かして戦場で立ち回ってくれる、とても優秀な人材達だぞ!」

 

「てめぇの口ぶりじゃ、てめぇがどちらに所属する何でも屋なのか分かんねぇな……」

 

「お? レイジもそう思うか? 実はおれもなんだよな」

 

 ハハハッ。そう笑い飛ばしたタイチの様子に、その男性はただただ頭を抱えていった。ついでにビオラも。

 

 そして、男性はため息を一つ。ポケットに手を入れた状態はそのままに、彼は面倒くさそうにこちらを見遣っていくと、次にも攻撃的な目を向けながら自己紹介を行っていったのだ。

 

「“零寺(ぜろでら)レイジ”だ。別に覚えなくてもいい。好きにしろ」

 

 言い捨てるような口調だった。これでいいだろうという素振りを見せて踵を返していった男性“零寺レイジ”は、自己紹介を強要されたことに不機嫌そうな表情を浮かべながら、やれやれといった具合に頭を掻きつつその場から去っていった。

 

 と、すぐにもタイチがこちらへと説明してくれる。

 

「レイジはな、あれでも稲富を代表する凄腕の何でも屋だ。ま、おれが勝手に代表させてるだけなんだけどな! でも、稲富の実力者は誰かと問われれば、おれは真っ先にレイジの名前を挙げるだろう。……それと、ビオラか」

 

「なによ、その付け足したようなフォロー」

 

 ジト目のビオラに睨まれて、タイチは清々しくスルーする。

 

「レイジはな、性格こそは困難を極める非常に気難しい人間ではあるものだが、おれが保証するだけあって実力は折り紙付きだ。特筆すべきはその戦闘力だな! あいつの異能力が中々にユニークで面白くてよ。その見ていて飽きないレイジのサマに、おれはもうぞっこんさ! あいつ今日も面白いな! って感じにな!」

 

 レイジという彼の態度とは相反して、タイチはものすごく楽しそうに話をしていく。

 

 と、彼の紹介を担う形でセリフを口にしていたタイチは、その会話の最後にそう言葉を付け加えたものだ。

 

「ま、そんなレイジだが、次の作戦の主要メンバーとしてあいつも加えてある。つまり! カンキや菜子のチームメンバーになるな! だからよ、本人はあんな調子でいるもんだが、レイジのこともどうか、よろしく頼むぜ」

 

 仲間を託し、自分と菜子の肩をトントンとしたタイチ。そして、去りつつあるレイジの背を彼は見遣っていった。

 

 一連の会話によって、タイチの視線を追うように話を聞いていた自分。そんなタイチの会話も、次のセリフによって一区切りを迎えていくのであった。

 

「そんなこんなで、次の作戦は稲富を拠点として展開していく予定だ。つまり、カンキと菜子には、“稲富まで来てもらう”ことになるな。——その都合上、しばらくは龍明を離れることになるだろう。だから、龍明でできる仕事なんかは今の内に片付けておいてくれると助かる! ……カンキと菜子が稲富に来た時には、おれがいろんな場所を案内してやるからな! それも楽しみにしておいてくれると、おれとしてはたいへん嬉しいもんだ! ハッハッハ!!」

 

 

 

 【1章5節:ジェラシー ~END~】

 

 【1章6節:Disaster strikes】に続く…………。



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【1章】6節:Disaster strikes
第34話 ギルドタウン稲富


 燦々と輝く太陽の下、見渡す限りの砂浜と海がこちらを出迎えてくれた。

 

 龍明からの長距離をバスで移動して、乗り物から降りていく自分。すぐにも強烈な日差しによって手をかざしていくと、目の前に広がったのは、白色の砂浜と青い海という南国チックなその光景。

 

 生えている木々は明るい緑色で、海水浴場なのだろうここ一帯は多くの人々で賑わっている。同時に、道路が熱を帯びて靴の裏を焼き尽くしていくと、自分はじっとしていられないと思いながらこの町を歩き進めていったものだった。

 

 ビーチが目に付く第一印象は、背後にあった高層ビルの街並みでがらりと変わっていく。それもまた非常に発達した文明を思わせると、視線はビーチに戻ってその海上に築かれた、巨大な海の家のような六階建ての建物が、ひと際と存在感を醸し出していく。

 

 ——ギルドタウン稲富。同じギルドタウンである龍明とは全く異なる文化で成り立つこの街は、熱帯性気候で年中と暖かい地域なことに加えて、南国をイメージした町おこしで世間的に多大な人気を誇っている。その認知度は非常に高いものであり、周辺で遊んでいるちびっ子に『ギルドタウンで有名な場所と言えばどこ?』と訊ね掛ければ、まず真っ先と飛び出してくる名前がこの稲富。

 

 ……売りとしているだけあって、とても暑い地域だ。額の汗を拭って自分は景色を眺めていると、そんな棒立ちのこちらへと、菜子がドカッとぶつかってくる。

 菜子に続くよう歩いてきたのは、今回の作戦に同行するメンバーである、ラミアとレイランの二人。今この場に居合わせているメンバー全員が初の稲富ということで、それぞれがライバル企業の壮大なお出迎えに感嘆を零していたものだった。

 

 ——尤も、圧倒的な光景に目もくれなかった“その少年”。彼はいつの間にか買ってきたソフトクリームを片手にこちらへ駆け寄ってくると、光の無い黄色と青色のオッドアイを向けながら、飛び込むようにして自分の肩へと腕を掛けてくる……。

 

「カンキー!!! なぁなぁこれスゲェよ見てくれよ!! 稲富のソフトクリームがメッチャ美味いッ!! 形も綺麗で見栄えもサイコーだしよ!!! ほら! ……あ、オレ口つけちゃったから崩れてたわ!! アッハハハ!!! ザンネンだったなー! 一口食べる???」

 

「お、オキクルミ! 分かった分かった! 確かに色々とすごい場所だから落ち着いて!!」

 

 戯れ。もはやじゃれるようにわちゃわちゃする自分とオキクルミの様子に、眺めるラミアとレイランが会話を交わしていく。

 

「つい先日にも龍明に戻ってきたと思ったら、早速とウチらの合同作戦に立候補するんですもんねー。ホント、オキクルミさんの活力って無尽蔵と言いますか、まさに永久機関とも呼べるくらいには、とてもパワフルなおヒトですよ」

 

「ただアレだね。タイミング的にちょうどグレンとカナタが、前の合同作戦とギルドファイトの振り替えでお仕事お休みになっちゃったもんだから、おかげでクルミの面倒を任される形になっちゃったのがね……」

 

「はぁー……。オキクルミさんとの会話はキライではありませんけれど、さすがにお守りはしんどいですねー……。ま、カレが加わってくださると、作戦中も勝手に動き回っては活躍してくれるものですから、作戦がラクになると言えばラクになるのですが……」

 

「こういう時、アレウスが居てくれると心強いよね」

 

「そーですよ。それなのになんですか、最近のアレウスさん。別の用事があるからと言って、ウチらの昼食にも顔を出しませんよね。まったく、アレウスさんがおりませんと、カレの良心につけこんで奢らせることもできなくなっちゃうじゃないですか」

 

「多分、来なくなった原因それも関係しているんじゃないかな……」

 

 汗を流しながらツッコむレイラン。そんな彼女らの脇を通るようにひとり歩き出したユノの姿に、ラミアがちょっと苦手そうにする傍らでレイランが声を掛けていく。

 

「あ、ユノさーん! 稲富のギルドマスター、あの海の上にあるおっきな建物の中にいるってタイチさんが仰っていましたけど!」

 

「心配はないわ、レイランさん。電子タバコのコイルを買い足してくるだけよ。だから、貴女達は先に向かっていてくれるかしら」

 

 女の人には穏やかな調子で話すユノ。彼女の凛々しい返答にレイランは「は、はい! 分かりました!」と目を輝かせていき、そんな純粋な少女をラミアはジト目で見遣っていたものだった。

 

 で、こちらはこちらで、菜子とオキクルミにもみくちゃとされていた。

 そろそろ解放してほしい。既に満身創痍であるこちらの願いを、背後のバスから降りてきた稲富陣営が叶えてくれることとなる。

 

 清々しい表情で降りてきたタイチと、すぐにも彼に続くよう降りてきたビオラ。そんな彼女は観光気分のこちらを見遣ってくると、気を取り直してといった具合に手を叩いてそれを口にしていったのだ。

 

「はいはい、お遊びはギルドマスターとの挨拶の後にしてちょうだーい。あなた達にはまず、あたしらのギルドマスターと面会してもらう予定にあるの。だからせめて、もうちょっと緊張感を持ってくれないかしら?」

 

 厳しめにかかるビオラ。だが、龍明陣営の何でも屋はと言うと、皆で手を上げながら「はーい」と答えてくるというその様子。

 

 ……大丈夫なのかしら。心配そうな表情を見せていくビオラの前では、オキクルミなんかがはしゃいでいる。挙句には、タイチでさえ浮かれたように、こちらへとそんなセリフを掛けてきたものだ。

 

「暑い! 暑いな!! あぁ、おれは稲富に帰ってきた! それを身体の芯から、じりじりと実感していくぞ!! ——どうだみんな!! ここが、おれ達が拠点としているギルドタウンの稲富だ! 実にフレッシュな光景だろう!! しかも! 後ろを向けば近代的な街並みというその景観!! これが稲富さ!! 尤も、こんなのはまだまだ序の口だぞ!! あっちにはおれイチオシの観光スポットがあって、こっちにはおれイチオシのお好み焼き屋さんがある! さぁどっちから回ろうか!?」

 

「タイチ、あんた本当にバカね……」

 

 ビオラに同情さえしてしまえる状況。もう、まともにやっている彼女が可哀相に見えてくるレベルのそれだったものだから、自分も軌道を修正するためにビオラへと加担して、場の流れをさり気無く本来の目的へと戻していったものだった。

 

 

 

 

 

 到着した稲富のビーチを進み、海上の建物へと向かった一同。

 浜辺から続いていく木製の足場は橋のようでありながら、それは幾何学的な模様を描いてあちこちへ移動できるようになっている。その足場を辿ることで別の小さな島へ行くことも可能ではあるのだが、自分らが今回と目指す場所は、この幾何学的な模様の中央にある、六階建ての海の家。

 

 稲富のギルドマスターが拠点にしているという場所を目指すこと数分。到着したログハウスの扉をタイチは開けていくと、そこに広がった、海に向かって開放的なエントランスと受付カウンターという光景。タイチとビオラはここを顔パスで通って自分らをエレベーターへ連れていくと、そのまま六階へと向かって、廊下を歩いて部屋の前まで案内する。

 

 町長室。扉のプレートに記された文字のそれをノックするタイチ。そして奥から聞こえてくる、厳つい男性の「どうぞ」という声と共にして、先導するタイチが「失礼する!」というセリフと共に扉を開けて中へ促してきたことで、自分らは町長室へと招かれた。

 

 部屋の構造は、龍明の町長室とまるで変わらない。ただ、装飾などがより南国チックなものへと変化しているくらいか。

 既に部屋で待機していた、腕を組んで佇む零寺レイジの姿。彼が攻撃的な目でこちらを見遣ってくるその脇では、奥の事務机から一人の男性がこちらへと歩いてきた。

 

 百八十くらいの背丈である三十代前後の男性は、黒髪の無難なショートヘアーでこちらを出迎える。気難しいような細い目と、彼から見た右目が潰れるように閉じており、そこに刻まれた荒々しい古傷が目立っている。だが、特筆するべきは彼の鼻から下の様子だったことだろう。その、鼻の下の部分から鎖骨辺りにまで渡る鉄製のマスクは首の後ろにまで届いており、まるで部分的にサイボーグのような見た目となっているのだ。

 

 その服装は、鎖骨を始めとする胸元が開いた黒色の鎧に、袴のような黒色のパンツと同色のブーツという格好。しかし、彼の右腕にあたる部分の袖が布切れのようにひらひらと漂っており、その右腕もまた、どこにも見受けられない。

 

 事務机の傍に立てかけられた、六本の刀。一本が白色であり、残る五本が黒色というそれらを通り過ぎながら男性は歩いてくると、次にも気難しい目を向けて、口を動かすサマも見せずに、こもったような声で彼は喋り出してきたものだ。

 

「その瞳の奥に秘めし、静かなる闘志の揺らめきを見受けられる。どうやら龍明の若人はきわめて血気盛んであるらしい。その、衝動に身を委ねた闘争の経験や良し。——合格だ。あの男が送り出した龍明の使いが、愚かしいほどにふてぶてしい上っ面を引っ提げて現われでもした際には、わたしの愛刀の餌食にでもしてやろうと企てていたものではあったが、どうやらそれも杞憂で済んだらしい」

 

 一同の顔を眺め、品定めするようそれを口にした男性。特に彼は、ラミア、レイラン、オキクルミの三人をえらく気に入った様子だった。

 

 目の前の男性がまとう、歴戦を思わせる風格。これに自分を含めた菜子、ラミア、レイランが圧倒されて尻込みする中で、オキクルミは通常通りと言わんばかりに男性へと言葉を返していく。

 

「なぁ! オジサンが稲富のギルドマスター??? なんか、ソレっぽいな! オレはオキクルミ・トリックマスター!! で、コッチが柏島歓喜で、コッチが蓼丸菜子、コッチがラミア・エンプーサで、コッチがレイラン・シェフナーね!!! あとあと、ユノ・エクレールってスゲー奴も来てるんだけど、なんかどっか行っちゃったからまた後で紹介するわ!!!」

 

 さすがオキクルミ。すかさず右手を差し出して握手を求め出した少年に、自分は見習わなければと思わされていく。

 

 彼にはタイチも「面白いな……」と小声で呟いていく他、ビオラがギルドマスターの顔色をうかがうような微妙な表情をしていたものだ。そんな男性はと言うと、オキクルミに「ほう、あの男の躾は行き届いているみたいだな」と一言。だが、差し出されたオキクルミの手を取らずに佇んでいると、少年の握手とは反対方向となる、左手、を男性が出してきた。

 

 少しして、オキクルミは気が付いていく。

 ——この人、“右腕が無い”。すぐさまオキクルミは左手を出して男性と握手を交わしていくと、その間ずっと光の無い瞳でニコニコしている少年を気に入ったようにしながら、目の前の男性もまたこちらへと名乗ってきたものだ。

 

「遥々からご足労いただいたことに感謝しよう。このわたしこそが、ギルドタウン稲富でギルドマスターを務める責任ある者、名は“ジンダイ=アザミ”と言う。呼び名は各々に任せるとでもしよう」

 

 ジンダイ=アザミ。ギルドタウン稲富のギルドマスターである男性がそう名乗って、セリフを続けてくる。

 

「諸君らに遠方からご足労いただいたように、先日はわたしの部下もそちらで世話になった。あの男が運営するギルドタウンなのだ。故に、龍明を過小評価するつもりは毛頭なく、戦闘力や運営も加味して、その実力は常に均等なものであると、わたしは本心から諸君らを評価しているものだ。——先日の合同作戦も、決して悪くはない成果だった。事実、諸君らの活躍は稲富の人間から見ても著しく目覚ましいものがあり、あの男が育て上げた同業のライバルとして、稲富に属する人間の良き指標となることだろう」

 

 なんだか、やけに評価されているようだった。ジンダイの語るサマに自分らは呆然としながら耳を傾けていたものだが、次にも傍らのタイチが響かせるよう口に手を当てながら、ジンダイへとそれを呼び掛けていったのだ。

 

「ギルドマスター、本題本題!」

 

「ぬぉ、わたしとしたことが、本題を疎かにして長話をしてしまったな。失敬」

 

 と言って、ジンダイは鉄製のマスクのような首の部位から咳払い。その音をこもらせながらも改めてといった具合にこちらへ向いてくると、彼は本題となる今回の作戦についての詳細を説明しようとした、その時のこと——

 

「既に桃空タイチ本人からも聞き及んでいるだろうが、今回こうして諸君らを稲富へ招くに至ったのも、奴の計らいがあったからこそのもの。言うには、次にも展開する制圧作戦の拠点となるものが、あのユノ・エクレールの込み入った事情と深い関わりがあるとのことだな。彼女もまた龍明の人材であるため疎遠な存在であることは否めないが、わたしに限らず、ギルドタウンという組織に属する多くの人間が彼女を知る以上、巷で知れ渡るような彼女の手助けを含め、あの男に貸しをつくってやるのも悪くはない話だとわたしは思い——」

 

 バタァンッ!!

 勢いよく開かれた扉。同時にして、駆け込むようにスライドしながら町長室に入室してきた、見慣れない“その女性”。

 

 百六十七ほどの身長である彼女。黒色のキャップを被った頭部は、白茶の薄くて明るい茶色の長髪を太もも辺りまで伸ばしておりながらも、その横腹までは綺麗なストレートで、それよりも下になった途端に、変貌するよう二手に結われたツインテールが特徴的。服装も、横に膨らんだダボダボな黒色のパーカーをずり下げていて、胸元の開いた黒色のへそ出しタンクトップに、青色のホットパンツ。そして、ブーツをスカスカにさせたような白茶色のサンダルという格好で突如と現れる。

 

 そんな、てんやわんやと汗を飛ばす彼女が、とても慌てながら部屋へと入ってきた。そして、慌てるあまりに周りも見えていないというサマを晒していきながら、彼女はジンダイの話を遮るようにして、かつ独自の調子でそのセリフを口にしてきたものだ。

 

「だぁーっ!! ほんま、すんませーんっ!!! ウチも集合時間は気にしとったんやけれど、居酒屋のおっちゃんがどーしても言うもんやから、しゃーなしにおっちゃんの失恋話に付き合っとって、こないなことになりよったんやっ!! ななっ、これも稲富の悩み事解決の一環っつーわけで、どーか、今日の遅刻は許してぇっ!!!」

 

 必死な懇願。両手を合わせて頭を下げる彼女の様子に、龍明の一同がポカーンと見遣っていく。

 稲富陣営であるレイジこそは、全くもって見向きもしない。一方でタイチやビオラは、仕方ないな~という雰囲気で佇んでいたものだ。……が、ギルドマスターであるジンダイはそれほど寛容な視線を送ることもなく、ひたすら謝る彼女へと呆れつつそう促していく。

 

「……合同作戦を共にする龍明の戦友を前にして、稲富の面子を潰してもらっては困るものなんだがな。——まぁ、それも過ぎたことだ。今は気持ちを切り替え、目の前にいる龍明からの使いに挨拶の一言でも掛けたらどうなんだ」

 

「ほんまに許してくれるんやなっ!? なんか今日はえらく優しいなぁマスターっ!! やっぱ客人の前やとマスターも丸くなるもんなんやろうか? とにかくありがとぉっ! ウチ、親身になって人助けしたっちゅうのに怒られたなんて言うたら、もうモチベがガタ落ちで何でも屋やってられへんわぁっ!!」

 

「…………」

 

 許された途端にケロッと態度を変えた女性。そして、ギルドマスターに言われたようこちらに向いてくると、次にも彼女は愉快げな調子で自己紹介を行ってきた。

 

「そないなことで、皆よろしゅうなっ! あぁね、ウチは“チシカ・ブーケプルズ”言うもんやねん。ウチ、つい最近と他のギルドタウンから稲富に移籍してきたばかりの新米なんやけど、何でも屋の経歴自体はそれなりなもんやから、コイツ、遅刻女のチシカやぁっ!! とか言うてなめてもうたら困るねんっ!! ——異能力が無くともなぁ、ウチも伊達に修羅場をくぐってきてぇへん。数多の戦場の経験からウチが独自で編み出した、チシカ流戦闘術の腕っぷし、存分に期待してもうてかまへんからなっ!!」

 

 チシカ・ブーケプルズと名乗ったその女性は、おてんばな微笑みでそのセリフを口にしたものだった。

 

 稲富への移動を終えて、このギルドタウンのギルドマスターと何でも屋のメンツと顔合わせを行っていった。特に、レイジとチシカは次回の合同作戦で一緒に行動するとのため、タイチの提案の下、海が近い稲富のホテルで親睦会が開かれたものだ。

 

 あとで合流したユノも居合わせた、ディナーの場。夜の海を眺めながら行われた親睦会は、オキクルミ並の活発さを見せる怒涛のチシカの勢いと、対照的にずっと距離を空けて佇んでいるレイジという図が際立っていく。

 

 群れる子犬と、群れない狼。そんな印象を感じさせる新たなメンバーを加えて迎えた作戦当日。タイチが指揮する何でも屋連合軍は、蓼丸ヒイロの行方を知る手掛かりとなり得る組織『ナチュラル・セレクション』のアジトへと赴いた。



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第35話 ナチュラル・セレクション

 一帯に生い茂る、深い緑色の鬱蒼とした森林地帯。この大自然に紛れ込むよう姿を隠していたのが、太古の神殿を模した巨大な研究所。

 

 横に広いそれは、見た目こそはロマン漂わせる古の風格を醸し出す。だが、建物の印象を損なうとされるスライド式のドアが壁面に現れると、そこから白衣の男性が出てきて森林へと歩き去っていったものだ。

 

 近年、この森林地帯で行方不明の報告が相次いでいたという。その被害は主に、未だ謎が多く隠されたこの一帯を調査する探検隊がほとんどらしい。これを受けて稲富が調査を行った結果、神殿にカモフラージュした研究所の存在が発覚。

 

 この建物の見た目が見た目なだけあって、それを研究所と思わずに未知の発見として喜んだ探検隊が、胸を躍らせながら研究所に突入したところを捕縛されてしまっているのだろう……というのがタイチの見解。

 

 今回、稲富はその事件を解決するべく、この研究所に乗り込む算段を立てていた。それでいて、調査が進むにつれてこの研究所の名前が『ナチュラル・セレクション』というものであることも判明し、その名前にビビビッと来たタイチが、龍明のギルドマスターであるネィロへとわざわざ伝えに来てくれた。というのが、あの日にも龍明で彼と再会した時の流れだった。

 

 

 

 ————というわけで、ユノの蹴りによって外壁が瞬く間に粉砕された。

 

 破滅的な轟音。同時にして響き渡った警報と、赤く染まり出す研究所の廊下。しかしユノ、これをスルーしてひとり内部へと突入していくと、彼女は相変わらずといった具合に奥へと突っ走ってしまったのだ。

 

 これはもう、作戦というよりは強襲なのでは……?

 どちらが悪者か分からないな。そんなことを思いながらキャリングケースを提げた自分が見遣っていく視界の中で、ユノに続くよう、タイチ、ビオラ、レイジ、チシカの稲富組が駆け出して、その後に続くようラミア、レイラン、オキクルミ、そして菜子と自分という龍明組が一斉に廊下へと飛び出して先を目指していく。

 

 廊下を駆け抜けていくと、すぐにも広がったのは研究所の大広間。中央にある巨大な観葉植物の様子が博物館のようであり、周辺の神殿っぽい質感の建物の雰囲気と、外から射す日中の光も相まって、とても神秘的な空間を演出していたものだ。

 

 が、すぐにもそれらは崩壊し始める。突然の侵入者に研究所内の人間が立ちはだかると、常備しているのだろう銃を主にした、遠方からの攻撃でこちらを迎え撃ってくる。

 

 遠距離攻撃。凡人である自分や菜子、あとはラミアなんかがこの光景に尻込みをして足を止めていく最中、結晶のような塊の刃を生やして相手を切り刻むタイチが、目先のレイジへとセリフを投げ掛けた。

 

「レイジ!! ド派手で強力な一撃をぶちかますぞ!! そこでじっとしてろ!」

 

「あァ……!? まだ時期尚早だろ! 切り札を早速と見せびらかす奴がいるか! ——てめェそれ、ただ俺の“異能力”を間近で観察してェだけだろうな!?」

 

「レイジの異能力のメカニズムには、興味が尽きないものだ! いいから食らっておけ!!」

 

 跳躍したタイチ。空中で自身の身体から刃を生やしていくと、突き出した両手に力を蓄えるよう一時(いっとき)もの滞空を行った後、あろうことかレイジに向かって、刃の輝きが反射する煌びやかな弾を発射していったのだ。

 

 高速の軌跡。瞬く間にレイジへと着弾したそれは、衝撃と同時にして破裂するよう周囲に刃の結晶が広がっていく。それも、爆発した煙のような形を象るそれは、瞬間的に凍り付くよう広まって、周辺の敵をも巻き込んでレイジを切り刻む。

 

 いや、切り刻むというよりも、もはや彼は千切りになっていただろう。原型の姿かたちも残さない残酷なる仕打ちと、飛び散った彼の血肉と鮮血。なによりも、この攻撃を味方に放ったタイチの行為には、稲富に入ったばかりというチシカが仰天して見遣っていく。

 

「あ、アホなんとちゃうんかぁっ!!? なにが悲しくて味方を攻撃するヤツがいんねんっ!! しかも、原型も残らへんマジの攻撃をなんで味方にぶちかましとるんやっ!? 自分アタマおかしいでっ!! 稲富が誇る超絶イケメン王子の桃空タイチ様は、実は非道な暗黒騎士やったってオチなんかっ!? そないなことがあるかアホっ!! ウチのピュアで純情な生粋の乙女心が今、えんえん涙を流しながら悲鳴をあげとるでっ!!」

 

 焦っているのか、余裕があるのか……。

 そんな調子で銃弾を掻い潜っては、研究員を蹴り飛ばしていくチシカのセリフ。そうして落下するタイチを彼女は見遣っていくものだったが、そっぽむくチシカを狙う、死角からの銃撃が襲い掛かる。

 

 が、それを感覚で避けつつ、横へとアクロバティックに回転した勢いのまま飛び込んで蹴りをかましていく彼女。

 そんなチシカが未だに見遣る、レイジを細切れにした刃の結晶。それもまた直にして自然とヒビが入り始めていくと、これにタイチが清々しい笑みを見せながらチシカへと説明し始めたのだ。

 

「安心しな! これこそが、レイジの本領を発揮するための必須条件なんだ!」

 

「必須条件っ?? 本領を発揮するためのっ?? それはどういうことやっ!?」

 

「見てな! あの攻撃地点から、レイジの異能力が“姿を現す”!!」

 

 そないなこと言うて……。チシカが向けたその視線。

 と、次の瞬間にも、刃の結晶が内からの力によって粉砕されたその光景。同時にしてそこから現れたのは、黒色のローブとフードに、ドクロのような顔を持つ、紫色の両腕と気化した身体の禍々しい“死神”の姿——

 

 ドクロの顔面に入っている傷跡は、まるで切り刻まれたかのようなもの。共にして赤色の目を光らせていくと、死神は突如と巨大化するなり、両腕による力ずくの叩き付けを周辺へと繰り出して暴れ始めたのだ。

 

 すかさず、研究員は死神へと銃を向けていく。そして恐怖する顔を見せながら銃弾の雨をそれへと浴びせていくものであったのだが、気化した身体は弾をすり抜け、両腕に当たった銃弾が全て跳ね返されていく。

 

 終いには、死神は大きく口を開いて右手を中へ突っ込んでいくと、そこからするすると禍々しい鎌を取り出して、敵方に向かって力ずくと薙ぎ払ってきたのだ。

 

 一刀両断。付近にいたオキクルミが「うおぉ!!!」と言いながらそれを跳躍で回避したものだが、彼の真下にあたる真横の壁がずれ始めていくと、ワンテンポ遅れるようにして、薙ぎ払われた物体すべてが綺麗に真っ二つとなって上の部分がずれ落ちていく。

 

 斬られた研究員は、意識を保ったまま身体を二つに分けられてしまった。

 痛みも感じなかったのだろうか。彼らが、不思議な顔を見せながら床へと倒れ込んでいくその様子。これだけでも中々にショッキングなサマを見せられたものであったのだが、それを背景にして更なる衝撃を自分は目撃することとなる。

 

 先ほどの、タイチの攻撃。刃の結晶で千切りにされたレイジの血肉が散らばる、地面の様子。しかし、飛び散っていた血肉が突如と意思を持って蠢き始めると、それは一斉に集うようにして一点へと集中していき、集まるだけでなくみるみると人の形を形成していっては、レイジという一人の見慣れた男を象っていく。

 

 惨殺されたレイジが、まるで何事も無かったかのように生き返ったのだ。それも、身に付けていた服も修復されているオマケ付き。これに、彼は舞っている埃を払うよう手を振りながら、なぜか得意げな顔を向けていたタイチへとセリフを口にする。

 

「それでだ、俺の異能力のメカニズムは解ったか?」

 

「あぁ! もっともっと興味深く思えてきたことだけは分かったぞ!! レイジの異能力は、“死ぬことによって発動する”!! それも、“死亡した時のダメージが深刻”であればあるほど、“呼び出した死神が強力になる”ような気がしている!! ——実に興味深い! 試しにもう一回見せてくれないか!?」

 

「断る。……”周りと違って俺の身体は死なない”とは言え、痛覚は他と共通している。あとどれほど俺は、てめぇのお遊びで痛い目に遭わないといけねぇんだ」

 

「そうか……。ま、本人の意思が一番だからな……。ここは名残惜しいが仕方ない……。また次の任務にでも観察するとしよう……」

 

「結局やるんだな。てめぇは悪魔か?」

 

 飛び交う銃弾の中で繰り広げられる会話。付近では、鎌で両断された跡をオキクルミは「スゲーなコレ!!!」と食い入るように眺めていたりと、もはややりたい放題なその光景。

 

 一方、武装した研究員が一気に数を増やし始めていた。

 戦力では勝っていても、数で圧倒されている現状。特にこの状況は凡人組が苦戦を強いられており、自分はキャリングケースのスーパーホログラフィーを起動することも許されず、自分を守るように立ち回ってくれているラミアと菜子も、向けられた銃口に対して無力であった。

 

 次の時にも、菜子が肩を撃たれて悲鳴を上げていった。

 血が床に飛び散り、少女が痛がりながら後退していく。だが、容赦の無い攻撃が少女に集中していくと、菜子の命が危ないと悟った自分はキャリングケースを投げ出してしまいながら、少女の手をとって物陰へと移動させようとした、その時。

 

 ——腕に走る激痛。少女を掴む自分の腕もまた、銃弾を受けて流血し始める。

 堪らず勢いで引いてしまい、菜子を抱きとめる形で吹き抜けの廊下へと移動した。だが、吹き抜けがありながらも、大広間を囲うような円形であるこの廊下には、安全な場所など存在しなかったものだ。

 

 すぐにも、自分の背後から響き渡らせた廊下の足音。それが五名ほどの集団となってこちらを捉えてくると、躊躇いなく向けた複数の銃口と、発砲された単発式のそれらが襲い来る。

 

 どうしようもない。そう思った自分は菜子を庇うように両腕を広げ、直ぐにも訪れるだろう激痛に備えて歯を食いしばった。

 

 ……尤も、そんな最悪の予測を裏切る形となって、大広間で崩落した瓦礫の一部分が突如と手前に降ってきた突然の出来事。それが廊下に打ち付けられてバウンドしていくと、その時にも瓦礫が帯びていた不自然な挙動に自分は注目してしまう。

 

 柱の一部らしいそれは、目まぐるしいほどにぎゅるぎゅると縦に回転していたのだ。激しい不可解さに自分は呆気にとられていく中で、それは廊下でバウンドするなり、銃を構える研究員達の方へと勢いよく飛んでいく。

 

 落ちてきた時に銃弾を防いでくれたその上に、不可解な挙動を以てして研究員に襲い掛かったこの瓦礫。更におかしい挙動として、これに直撃した研究員もまた激しい回転を行いながら、弾けるように飛んでいくのだ。

 

 そして、人に当たった衝撃で跳ね返った瓦礫が、また研究員と衝突する。すると、これもまた敵が弾けるように回転しながら飛んでいき始め、また瓦礫が跳ね返っては壁に当たって、ピンボールの玉のようにバウンドしていっては……といった具合に、この瓦礫一つで研究員達は悉くと蹂躙されていった。

 

 なんだ、これは……?

 不思議に思った自分が呆然とするその手前。ピンチに陥っていたこちらを助けるように、吹き抜けの部分からチシカが降りてきた。

 

「危機一髪やったなぁっ!! 凡人から徹底的に潰していく敵の作戦も、中々に侮れへんもんやなっ。まっ、ウチからしたらそないな敵、むしろ恰好の的兼都合の良い“ボール”の補充になって助かるんやけどなっ」

 

「あ、ありがとうチシカ……! すごい助かった……!! でも、ボールって何……?」

 

 自分の問い掛け。それにチシカは、ものすごくドヤった表情を見せていく。

 

「なんやなんやっ?? そないに、ウチが編み出したチシカ流戦闘術のことが気になるんかっ?? ——ええで。凡人の端くれ仲間として、特別に教えたるっ!」

 

 と言って、チシカは足元に転がっていた石ころ程度の破片を蹴り上げていく。

 そこからリフティングの要領で、破片をトントンと蹴り続けていく彼女の動作。すると、チシカが蹴っている破片は直にも、やけに高速で回転し始める不可解な挙動を見せ始めた。

 

 戦闘中にも関わらず、チシカは自慢げな調子でこちらに見せ付けながらセリフを口にする。

 

「ウチの戦闘術はな、“物体に回転を与える”ことで、飛び道具を作り出す戦い方を得意としとるっ。だから、見てみっ。今も蹴ってるちっこいコレが、なんかすごい回転を帯びとるやろっ。コレが、ウチが編み出したチシカ流戦闘術っ。ほんでな、こっからやで。なんや、すんごい回転しとるコレを、こうして蹴り出していくと……っ」

 

 リフティングで蹴り上げていた破片。それをチシカは適当に他所へと蹴り出していくと、その破片は通常の軌道で飛んでいくや否や、床に着弾すると同時にして弾けるよう宙へ放り出されていく。

 

 だが、その回転は未だ収まらない。宙へ飛んだ破片は高速回転しながら綺麗な軌道を描いていくと、それはまるで、チシカの下に戻ってくるかのように落下をし始めて、そして突き出していた彼女の足にコツンッと当たって、またリフティングして……という光景をこちらに見せ付けてきたのだ。

 

 彼女がボールと称した理由が分かった気がした。それと共にして、グレンを含む、異能力を持たないながらも独自の戦闘術を開拓する何でも屋達に、敬意の念さえも覚えていく。

 

「回転を与えた物体が、自分の下に戻って来たり、地面や壁に反射して飛び回る武器に変わるんだな! すごいなそれ……!」

 

「そうやろそうやろっ!! 自分、中々に見る目あるなぁっ!! さっき自分らを助けたのも、ウチの戦闘術の賜物やっ!! ——同じ凡人として憧れるやろっ!! ウチとしても自分らは好印象に映っとるから、任務が終わった後にも、ウチの弟子として特別に伝授してやってもええよっ!!」

 

「本当か! これは心強いな……! 俺としても、助けられてばかりじゃ足を引っ張るだけだし、ぜひとも教えてもらいたいな……!」

 

「なんや自分、すっごいやる気に満ちとるなぁっ!! ええよっ!! そんじゃあまずは、この任務で生き残るところからやなっ!! ウチとしても、見る目がある一番弟子を死なせたくないしな。せやから、弟子のガールフレンドも一緒にウチが守ったるわっ!!」

 

 意気揚々と破片を蹴り出したチシカ。それが壁に跳ね返って円形の廊下へと飛んでいくと、その先から来ていたのだろう研究員を倒していって、そこから弾けるように跳ね返った先には、さらに別の研究員が……という光景を展開した。

 

 構えるチシカと並ぶように、自分も立ち上がっていく。その脇では、ガールフレンドという言葉に「あ、アタシとカッシーはそんな仲じゃないし!!」というツッコミと共にして、菜子も撃たれた場所を労わりながら金属バットを構えて佇んでいく。

 

 直にも、なだれ込むように廊下から研究員達が現れた。これにチシカと菜子が好戦的に立ち塞がっていくと、それぞれ、チシカは機敏な動作で研究員へ接近して、菜子はあろうことかバットで銃弾を打ち返してという立ち回りで、二人は戦闘に臨んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 思った以上に敵が多くて、なかなか前に進めない。セキュリティも実に厳重であり、自動的に閉まるトビラだったり、自動的に銃弾を発射し始めるタレットだったりと、こちらを迎え撃つ設備が充実しすぎている。

 

 これには、タイチやビオラも苦戦を強いられていた。その二人こそは着実と道を切り開いていて、彼らに続くようオキクルミが針金を操る異能力で縦横無尽に立ち回っていく。レイランも黒色のポンチョによる不規則的な攻撃で敵を蹴散らしていて、レイジに関しては、死ぬ度に死神を発現して一掃して、再生して生き返ってはまた殺されてというサイクルを繰り返していた。

 

 ラミアと菜子、それにチシカの凡人組も奮闘する中で、自分は菜子を守るためと思って投げ捨ててしまったキャリングケースを開いていく。

 ……だが、それは既に破損してしまっていたようだった。超高性能の代償として超脆弱という性質上、ちょっと投げ遣っただけでも壊れてしまうことが発覚すると共にして、もはや自分はお荷物と化してしまったこの状態。

 

 ここで、タイチが耳につけている無線で、全員に聞こえるそのチャンネルでユノへとセリフを掛けていったのだ。

 

「ユノ! そちらの状況はどんなもんだ!」

 

『ヒイロの手掛かりは無いわ』

 

「それも大事だが、この施設の情報なんかでも分かったことはないか! 普通の研究所にしては、あまりにも警備が厳重すぎる! きっと、そうまでしないとならない要因。——それほどまでしてでも、奴らが隠したがる代物なんかがこの施設のどこかにあるのかもしれない! その、守らなければならないものが万が一、取扱に注意しなければならない爆発物なんかだったりした場合を考慮すると、このまま情報も無く先に進むことはあまりにも危険なんだ!」

 

 タイチの訴え掛けに対し、ユノは平然とした声音で答えていく。

 

『この研究所もまた、いつしかと話に聞いた、細胞を研究する施設と同系統の建物であることは確かよ。——ヒイロの身柄を運送していた乗り物を襲撃して、ヒイロを連れ去らったその連中。彼らもまた細胞に関する研究を行っていたと、あの死んだ男が言っていたように、研究所の奥へ進むにつれて、人ひとり入れる、液体で満たされた大量のカプセルなんかが見受けられる部屋なんかは、施設内に点在しているようね』

 

「少なくとも、それらを刺激する行為はよろしくないかもしれないな。——ま、それとは別にしてだ……。ユノ! こちらにも少々と人手が要る! 用心棒の異能力者も思った以上にやるもんでな、下手すれば撤退もあり得るかもしれない!」

 

『だったら、あとは私が単独で調査するわ。貴方達は先に稲富へ帰還しなさい』

 

「所属は違えども、何でも屋の仲間を敵地に置いていくわけにはいかないだろう!」

 

『私は構わないわ』

 

「いいや、おれが構うね!!」

 

 どんな返答だよ……と呟いていくレイジ。そんな彼が敵の銃弾で撃たれて死んでいく様子を横目に、先を往くタイチは次の時にも、ユノへとそれを提案し始めたのだ。

 

「ユノ! ちょっとだけでいい! ほんの少しだけでいいから、おまえの“本気の姿”でどうか、この研究所内にいる敵を一掃してもらいたい!! じゃないとおれ達も、蓼丸ヒイロの捜索に協力できる状態になれないんだ!!」

 

 “本気の姿”。前々からその存在が示唆されていたタイチのセリフに、ユノがそう返していく。

 

『ダメよ。この研究所が無くなるわ。せっかくと見つけた、ヒイロに繋がるヒントも無くなってしまうかもしれないのですもの』

 

「おれ達のいる場所だけでもいい! ここさえ一掃してもらえれば、それで十分だ!」

 

『…………』

 

 現に、ラミアや菜子が体力の限界を迎えていた。

 彼女らの奮闘があったからこそ、我々は背後から挟まれずに敵を迎え撃つことができていた。しかし、二人の何でも屋がここでリタイアしてしまえば防御が手薄となり、撤退を余儀なくされる状況下であったことは確かだろう。

 

 暫しもの沈黙。だが、それを自ら破るようにしてユノは再び喋り出すと、次にも彼女はそのセリフを告げていったのだった。

 

『分かったわ。今すぐそちらに向かうから、貴方達は即刻、その場から退避してちょうだい』



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第36話 超人JUNO

 研究所『ナチュラル・セレクション』内部。

 

 先頭を往くタイチとビオラが、途端にこちらへ引き返してきた。その先にいるのだろう異能力者との戦いも切り上げてこちらに合流してきたその二人は、急ぐようにして来た道を辿っていく。

 

 そして直にも、自分と菜子、ラミアが固まるこの集団を通りすがるようにしながら、タイチはこちらへと清々しいほどの撤退指示を出してきたのだ。

 

「おまえら! 急いで撤退するぞ!! ユノの本気に巻き込まれたら、おれでも無事に生きて帰れるか分からないものだからな!!」

 

 物騒な物言いとは裏腹に、すごく楽しそうにしながら通りすがったタイチ。続くビオラも「何ぼうっとしてるの! 早くして!」と焦り気味に促してきて、出口へと向かっていく。

 

 この様子に、自分と菜子はポカンとしたサマを晒していった。

 ユノの本気とは一体? 味方である自分らがどうして避難しなければならないのか? 続出する疑問に菜子と顔を合わせていく自分だったものだが、稲富の二人に続くようラミアが急いで出口へと走り出していくと、唖然としているこちらへと慌てながら声を掛けてきたものだ。

 

「ちょっとナニしてるんですかー!! カンキさんも菜子さんも、早く逃げてください!! これでお二方に死なれてしまいましたら、一番近くにいたウチの責任になるんですからねー!! それだけは勘弁ですよ!? 他人のせいでジブンが犠牲になるなんてバカみたいじゃないですか!!」

 

「待ってくれラミア! どうしてタイチさんもビオラさんもみんな、こんなに慌てて撤退し始めているんだ!?」

 

 ラミアにそそのかされる形で、自分と菜子も走り出す。

 後ろから迫る研究員の追撃なんて、もはや無視。こちらを狙ってくる銃撃も円形の廊下である構造で防いでいきながら、自分らの前を走るラミアがキレ気味に答えてくる。

 

「逆に何でお二方が知らないんですか!! あのヒトの助手をしておきながら、あのヒトが有する“災害並”のお力を把握してらっしゃらないなんて、どんだけあのヒトのことを信用しているんですか!! ——あんなのが常に隣り合わせにいると考えただけでも、ウチは命の危機すら覚えますね!!」

 

「そんなに……ユノさんはそんなに、とんでもない力を持っているってことなのか!?」

 

「見てもらった方が早いです!! なので、さっさと研究所からおさらばしますよ!! ホラこっちです!!」

 

 複雑な研究所の中を、ラミアは完璧な空間把握能力でこちらを案内する。とても頼もしい少女の背に自分と菜子が安心感を抱いていくその中で、先にも激しい戦闘を繰り広げた大広間に到着するなり、同じく撤退するレイランとオキクルミが合流した。……双方、とてもワクワクしたその顔で。

 

「ラミア! カンキ君に菜子ちゃんも! みんな急いで出口に戻ろう! じゃないと、せっかくの特等席が無くなっちゃうから!! ——すごいんだよ本当に! 私、ユノさんの“あの姿”を近くで見るの、初めてなんだから!」

 

「アッハハハ!!! ホントになー! ユノがホンキ出すなんて滅多に無いもんなー!! でもナンデ、こんなラクショーな任務でホンキなんか出すんだ? だったらオレとの手合わせでもホンキ出してくれりゃァいいのにさ。ナンデなんだ?? 基準わかんねー」

 

「基準もなにも、ユノさんにとっては、この任務がそれだけ大事なものだからってことなのかもね。……そっか、クルミは前の合同作戦にいなかったから、ユノさんの事情とか分からないもんね」

 

「ナニ? 前のゴードーサクセン?? いつの話??」

 

「そ! 逃げながら説明するから!」

 

 避難中とは思えないウキウキなテンションで会話するレイランとオキクルミ。

 これが何でも屋というものなのか……。なんていう内心を抱きながら、皆に案内される形で研究所の出口まで走ってきた自分と菜子。共にして、先に安全圏を確保していたタイチが「こっちだ!」と腕で促してくる様子に皆が集合していくその最中にて、他の場所から駆け付けてきたチシカが報告するようセリフを口にしたものだ。

 

「おったおったぁっ!! なぁなぁ聞いてやぁっ!! ウチと一緒におったゾンビのあんちゃんが、無線の会話を聞いとったっちゅうのに、一人で先に進んでいってしもたんやっ!! ウチが必死こいて引き留めたっちゅうのに、ゾンビのあんちゃん、『んなこと知るか』とか言うて、“超人のねいちゃん”とこに向かってしもたんやけど、ウチどないすればよかったんやっ!?」

 

「レイジのことか? あいつ……」

 

 チシカの報告。レイジが撤退の指示を無視し、ユノと思われる人物の下へと向かってしまったというそれに対するタイチの反応。彼がすぐにも研究所へと向いていった表情から、タイチは何かを知っているようにもうかがえる。

 

 だが、タイチがレイジを引き戻そうと一歩踏み出した瞬間。次の時にも一同に降りかかったのは、研究所を押し潰さんとばかりに上空から襲い掛かった、大地を揺るがすほどの規格外な衝撃だった——

 

 

 

 

 

 あまりにも突然のことすぎて、何が起きたのか理解が追い付かない。

 一瞬ながら飛んでいたこの意識。いつの間にか気を失っていた事実も、その瞬間的なブラックアウトから目を覚ましていく形で認識したものだ。

 

 身体を起こしていきながら、吹き飛ばされていた自分の地点を確認する。共にして視界に入ったのは、周辺に散らばった大量の刃の破片というその光景。付近ではタイチが両手を突き出しており、その格好をしながら大量の刃で壁を形成していたその様子から、彼が咄嗟に作り出してくれたこれによって自分は無事で済んだのだと悟っていく。

 

 また、各々も自衛手段で難を逃れていた。ラミアはビオラのピンク色のスライムによって衝撃から身を守られており、菜子はオキクルミの機動性と針金によって、担がれる形で空から下りてきながらこちらと合流を果たしてくる。

 

 チシカも、レイランの蠢く謎のポンチョによって、なんとか無事で済んでいた。

 それぞれがそれぞれを確認し合って、協力し合うことで生還していく。そんな、とても心強い光景を目撃していきながらも、同時にしてこの状況を生み出したのであろう目先の“それ”へと、自分は意識を向けていったものだ。

 

 ——そこを中心として、研究所という原型が跡形も無く破壊されていた。衝撃と共に発生した砂埃も晴れつつある今、崩落して瓦礫となった光景に一人、立ち上がるような動作で動き始めるその長身の人影……。

 

 すぐにも、これの正体を知ることとなる。晴れ往く煙から姿を現すように、“それ”は佇んでいたものだったから。

 

 身長は、百七十九はあるだろうか。灰色まじりの白髪は腰辺りにまで伸びており、その長髪を分厚く束ねることで大きなポニーテールを作り出している。黒色のバイクパンツに、膝丈まであるブーツを着用するそのシルエットはクールビューティとも言えるだろうが、見慣れた佇まいとは相反して、そのアウターは返り血の如き紅色の分厚いコートと、シャツも黒色で“異なる姿の彼女”を演出している。

 

 特に際立っていたのが、着用している仮面とガントレットだった。その素顔を覆い隠す仮面は黒色でありながら、ジャックオーランタンのようなおどろおどろしい赤色の目と口が刻まれていて、非常に不気味な雰囲気を放っている。ガントレットも、見慣れた彼女のイメージカラーである黒色と赤色に染まった力強いものであり、蹴り技を主体とする彼女の立ち回りからはまるで想像できないアクセサリーだった。

 

 今、“それ”は両腕を緩く上げていき、その両手を開いて、圧倒的なオーラを放ち始めていく。

 ——瓦礫の破片が舞い落ちる空間。射し込む日差しに照らされて、“それ”が纏うコートは風になびかれる。周辺の森林も先の衝撃で吹き飛んだことから更地となっており、一瞬にして変貌したこの一帯に、未だ残る奥の研究所からは大量の研究員が、武器を携えながら“それ”へと矛先を向けていく。

 

 振り返っていく“それ”。この動作も悠々としており、強者の風格を醸し出すそれを前にして、敵陣が恐れおののきながら武器を構えていった。

 だが、“それ”はまるで動じない。視界いっぱいに横並びとなった大量の敵や異能力者を前にして、次の時にも“それ”は、引き絞るようにゆっくりと右腕を振りかぶっていったのだ。

 

 何か、とんでもないことが起こる。それだけは予感してしまえた、眼前の予備動作。

 “彼女”が動き出したその瞬間、動きを悟った敵陣が一斉に攻撃を仕掛け始めた。放たれた銃弾に、迫る異能力者。自分らの進行を妨げてきた最大戦力が、束となって結集して襲い掛かる眼前の状況。たった一人に対して全力で仕掛けてきた絶望的なこれを前にして、次にも“彼女”は、引き絞った右腕を、大気をぶん殴るようにして思い切りと振り抜いていったのだ——

 

 ——この世ならざる、空間ごと爆ぜる爆発音。右腕は大気中のあらゆるエネルギーを纏いながら振り抜かれて、それが放たれるとほぼ同時に引き起こされた、分厚い衝撃波による空間の歪み。

 

 瓦礫も、人も、地面も。そこに在る概念すべてを塵へと化す、破滅的な拳の一撃。放たれた拳の衝撃が大砲のような塊となって一直線に、かつそれは剛速球にもなって、目で追い付けないほどの勢いで敵陣の中心に着弾していったその光景。

 

 後方にあった、生き残った部分の研究所がまたしても吹き飛んでいく。破裂とも言える崩壊を迎えた建物の残骸が、宙を舞っていくその様子を目撃して、運良く逃れた生存者はみんな呆気にとられたサマで、それを眺め遣っていたものだった。

 

 ……何なんだ、これは。自分は一体、何を見せられているんだ。

 味方であるハズの自分と菜子も、唖然として佇んでいたものだ。そんな初見の自分らへとタイチは歩み寄ってくると、次にも敵陣へと飛び出していく目の前の“彼女”を眺めながら、彼はそのセリフを口にしていった。

 

「どうだ、すげー驚いただろう。こいつが、ユノの本気の姿だ」

 

「ユノさんの……本気の姿……?」

 

 今まで、手を抜いていたというのか?

 菜子と出会ったばかりの頃を思い出す。あの時にも、自分らを守るべくユノが振るった脚の一撃は、目の前の異能力者に留まらずその後方の地形や建物さえも悉く吹き飛ばしていた。

 

 あの時でさえ、自分はこの世ならざる衝撃を受けたものだった。しかし、それが彼女の本気ではなかったという事実を耳にして、そんな彼女が本気を出したらとも考えただけで、途端と、悪寒が背筋を駆け巡り出していく。

 

「ユノさんって、異能力者ではないんですよね……?」

 

「にわかには信じ難いが、スーパーホログラフィーがそれを証明してしまっているからな。つまり、ユノという人物は、異能力というものを持たずしてあれほどの身体能力を有している、“一般人”と言えるだろう。——あっはっはっは!!! いやぁ、だから面白い!! ユノという人物は、実に興味深いなぁ!」

 

「あ、あれが一般人……」

 

 自分は、無言の菜子と目が合っていく。

 そして二人してタイチへと向き直っていくと、次にも彼はそれを説明してくれたものだった。

 

「何でも屋にとっちゃあ、ユノという人間は非常に特殊な立ち位置にいる存在でな。ま、何でも屋に留まらず、騎士団を始めとする国の連中なんかも、あいつにはひと目を置いているものではあるが。そんな感じに多くの連中が目をつけるだけあって、ユノという何でも屋が有するポテンシャルは、まさに唯一無二とも言えるだろう。——桁外れの破壊力。並外れた身体能力。異能力に頼ることなく破滅をもたらすその姿は、“災厄”の如く。そこから彼女は、“超人JUNO(ジュノー)”という異名で世間に知れ渡っているんだぜ」

 

「超人JUNO……。まず、あのユノさんが世間に知れ渡っているということが、俺にとっては衝撃的なものでしたが……」

 

「無理もない。ユノはその正体を公表しないでいるからな。だから世間は、超人JUNOがユノであることを知らない。そんなものだから、超人JUNOは、時としてふらっと姿を現す名も無きヒーローとして、“流浪の救世主”という異名でも呼ばれることがあったりするものさ」

 

 流浪の救世主……。その異名を聞いて、自分は“彼女”の戦いぶりを眺めていく。

 

 通常の脚の速さを遥かに凌駕する、生けるかまいたちの如き俊敏なその動作。瞬きも許さない速度で相手に詰め寄っていくと、彼女は破壊的な拳によって、一人一人を確実に消し飛ばしていく。それが通りすがるように繰り出される地獄のような光景と、異能力者に対しての更なる容赦の無さが、彼女の無敵さに磨きをかけていくのだ。

 

 敵から繰り出される、茨の攻撃。地面から生やしたそれを、触手のようにして操る敵の異能力。それに捕まってしまえば最後、身動きがとれないまま鋭利な棘でズタズタに引き裂かれること必須のそれに対して、彼女は真っ向から突撃していっては、絡まってくるそれらを拳で容易く粉砕していく。

 

 時には握りつぶし、死角から迫るそれに対しても、まるで後頭部に目がついているのかと言わんばかりに的確と相手の攻撃手段を潰していくその様子。そして異能力者へと一気に迫っていくと、彼女は敵の腹にボディブローをかましていき、これに怯んだ相手の首を鷲掴みにすると共にして、弧を描くような力任せの叩き付けで敵を黙らせた。

 

 だが、彼女は止まらない。叩き付けに際限は無く、弧を描くそれが十回、二十回、三十回とひたすらに連続と繰り出される容赦の無い攻撃。既に相手のあらゆる部位が潰れ、弾け、砕けもする様子はもはや残虐とも呼ぶことができ、それでも叩き付けることをやめない彼女は、手に持ったそれを地面に叩き付け、これによってバウンドした敵を最後に殴りつけて吹き飛ばすことによって、ようやくと一段落していったのだ。

 

 ……救世、主…………?

 味方からしても、災厄と呼ぶに相応しかった。もはや、人類が生み出した禁忌的な存在なのでは? そんな疑問が脳裏をよぎる自分の真横では、彼女の暴れ回る姿に興奮を隠しきれないレイランとオキクルミが声援を送っている。

 

 一方で、ラミアやビオラはドン引きといった具合に眺めていた。そんな彼女らの傍でもタイチは面白いなと呟いていて、菜子やチシカは、ただただ唖然としながら目の前の光景を見遣っていく。

 

 超人JUNO。ユノの本気の姿というものがもたらした影響は、周囲の状況に留まらなかったことだ。そんな、流浪の救世主とも呼ばれる彼女の物語は、直後にもこの現場において、さらなる展開を招き入れることとなる。

 

 ——単独で研究所の奥へと進んでいった、レイジの行動によって。



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第37話 敵討ち

 出入り口部分が崩壊した、研究所『ナチュラル・セレクション』の前。瓦礫と化した建物の上にて、ユノの本気の姿とされる“超人JUNO”が、その破滅的な拳を以てして敵陣を悉く塵へと変えていく。

 

 放たれた弾丸のすべてを軽やかに避けていく、その俊敏な脚。加えて、かまいたちの如き音速の接近によって対象を確実に抹消していく力業の手際。異能力者が立ち塞がろうとも彼女は一切と苦戦を強いられることなく、降りかかる異能力は総てその拳で打ち消してしまう、最強の生身を武器にした豪快な立ち回り。

 

 もはや敵無し。苦戦しながらも敵陣を相手取っていたタイチやビオラという実力者の苦労を、水泡に帰すかのような圧倒的なその強さ。

 彼女が拳を振るう度、付近の物体や地形が更地へと成り果てる。挙句には歪んだ空間が暫しと名残になり続け、これによって正常な距離感が認識できなくなるなどして、彼女の規格外な強さが形となってこの一帯に刻まれていく。

 

 これには、敵前逃亡を図る敵陣が続出した。多くが武器を捨ててその場から逃げ出していくのだが、背にした瞬間にも降りかかる投げつけられた瓦礫であったり、鷲掴みにして叩き付けた人間をも武器にして振り回して一掃していったり、時には跳躍で、逃亡する敵の目の前へと着地して拳を振るい、遠くの対象に対しては拳の一撃を衝撃波として飛ばしていったりと、彼女は誰一人とも逃がすことの無い縦横無尽な暴走を働いてみせていく。

 

 まさに、“災厄が襲い掛かってきた”かのような光景だった。これには味方陣営の自分でさえも戦慄してしまい、あれが、ユノという人物の正体なのかと、今まで目にしてきたクールビューティな姿からは想像もつかない暴れっぷりに、ただただと息を呑んでいく。

 

 この人に敵う人間なんて、この世にいないんじゃないか。超越者という存在を知らされた現在においてでも、この疑問は確信に近しいものを感じてしまえる。そうして自分が食い入るように眼前のそれを眺めている最中にも、敵陣の混乱を好機と見たタイチが周囲へと指示を送り始めた。

 

「ビオラ! おまえはどさくさに紛れて、敵前逃亡を図った敵方の人間を数名程度と生け捕りにしてきてくれ! 彼らは大事な関係者だ。できるだけ、この研究所でどんな研究を進めてきたのか。この研究所がひいきにしている商売相手なんかを、本人達から聞き出せるようにしておきたい! そのためにも、数名の捕虜が必要になる! 敵が全滅する前に、今すぐ行ってきてくれ! くれぐれも、ユノの攻撃に巻き込まれるんじゃないぞ!」

 

「あんた、たまにはイイ指示を出すじゃない。いいわ、あたしが行ってきてあげる!」

 

「ラミア! 菜子! チシカ! おまえ達は、ここで待機だ! 先の戦闘で疲弊しているだろう。ユノの暴走に巻き込まれない程度の距離で、現場で待機していてくれ! ——レイラン! オキクルミ! おまえ達は、現場に残る彼女らの護衛を! 万が一の場合に備えて、彼女らを避難させるための機動力が必要になる。異能力を持つ者として責任重大だぞ! しっかりな! ……カンキ! おまえは、おれと一緒に来い!」

 

「え? あ、はい!」

 

 俺だけ、タイチさんと……!?

 まさかの選出に驚きを隠せない自分。そんなこちらの傍らでタイチが他所へと腕を突き出していくと、彼が足元から放った導火線のような刃が森林の奥へと消えていき、この線を辿るようすぐにも引き返してきた刃の波を目撃する。

 

 それの上には、自分が壊してしまったはずのスーパーホログラフィーが、新品のキャリングケースとなって乗せられていた。念のためとタイチが用意していた予備の二代目を刃が運んでくると、その波の到達と共にタイチの手元へと飛ばされて、タイチがそれをキャッチするなり地面に置いて起動させていきながら、こちらにそう説明し始めてくる。

 

「悪いな、カンキ。この先は非常に危険な任務となってしまうものだが、こいつを一番上手く扱えるおまえの力が必要なんだ!」

 

「あの、俺は具体的に何をすればいいんでしょうか?」

 

「そんな難しい技術は要求しないぞ。ただおれの隣で、こいつを持っていてくれればいいだけだ。それで余力があれば、周辺地域の様子なんかを口頭でおれに伝えてくれ。——現場に向かう途中に説明したことを覚えているだろうか。この辺を調査する探検隊が行方不明となってしまっていると。その彼らはもしかしたら、この研究所に収容されてしまっている可能性が高いからな」

 

「人質の救出ですね。俺がスーパーホログラフィーで人質の在処を特定し、タイチさんが救助しに行くと」

 

「話が早くて助かる! おれは機械の扱いがどうも下手くそでな、すぐこいつを壊してしまうんだ。だから、こいつの扱いに長けたカンキの存在が、今のおれに必要でな!」

 

 と言って、起動してパソコンのような形へと変形したスーパーホログラフィーをこちらに手渡してくるタイチ。

 

「これから、おれはカンキを担いでいく。目指す場所は、今もユノが暴れ回っている現場の、その奥にある研究所だ。——彼女の報告によれば、人ひとり入れる、液体に満たされたカプセルなんかが大量に設置された部屋なんかもあるらしいな。それが爆発物だったりする可能性も考慮しなければならないが、そいつは、この研究所が活動するに至る、その目的なんかを暴く重要なサンプルにもなり得るから、そちらの確保や回収も同時に済ませていきたいと考えている。まぁ、尤も最優先するべきは行方不明者の捜索だな」

 

「では、俺は人質の捜索とカプセルの在処をお知らせすればよろしいですね」

 

「あぁ、頼むぞ。——それじゃあ行くぞ! みんなも頼んだぞ!! 気張っていけ!!」

 

 駆け出すタイチが、こちらに腕を回してくるなり脇で担ぐようにして飛び出していく。これに自分はスーパーホログラフィーを持ちながら連れ去られていくと、タイチの跳躍によってあっという間に戦闘区域へと突入した。

 

 よりにもよって、戦闘の中心部となる場所を突っ切っていくタイチ。その駆け抜ける速度もやはり常人のそれではなく、異能力者ならではの身体能力と言えるだろう高速を以てして中央を突っ走ったものだ。

 

 そんな彼の真正面を横切った、彼女の存在。紅色のコートがわずかながらに迸った光景に自分は死を悟る中で、タイチはその先に見える、断面図のようになった研究所の入り口を見据えながらそのセリフを口にしてくる。

 

「悪いなカンキ! こんな危険な目に遭わせてしまってな!」

 

「い、いえ! 俺にもできることがあるのでしたら、全力を尽くしたいと考えておりましたから……!」

 

「頼りにしてるぜ! ……それとは別にして、おまえと共有しておきたい情報がある!」

 

 共有しておきたい情報? こちらの返答を待つまでもなく、タイチは続けてくる。

 

「レイジのことだ! チシカの報告にもあったように、あいつ、おれの指示を無視して研究所の奥へと向かってしまったようなんだ! そのこと自体は別にいいのさ。あいつのことは心配いらないからな。——如何せんあいつは、本人の意思に関係なく、死のうと思っても死ぬことが許されない、“不死身の体質”を持つ人間なものだからな!」

 

「不死身の体質……!?」

 

 先ほどの混戦においても、レイジという何でも屋はその能力を遺憾なく発揮していた。

 不死身の体質。彼はタイチの異能力によって千切りのような肉片へと変えられたにも関わらず、彼は死ぬことで発動する異能力によって死神のようなものを呼び出した上に、そのまま死ぬどころか当の本人は、一点に集結した肉片が合わさることで元の姿に再生してしまった。

 

 常軌を逸したその光景。今もこびりつく当時の状況に、タイチはセリフを続けてくる。

 

「だから、レイジのやつに関する心配なら必要はないのさ。ただ、一つ。それとは別にして、おれが懸念している事態が存在してしまっている」

 

「それは何ですか……?」

 

「……この研究所に収容されていると思われる、とある”被検体”だ」

 

「とある被検体?」

 

 こちらの問い掛けに、言われるまでもないといった具合にタイチが口にする。

 

「とある“男”が、この施設に収容されているとのことらしい。おれも詳しくは知らないものだが、どうやらその男もまた、“特殊な体質”を持つ人間であるらしいんだ」

 

「その男が、タイチさんの懸念とどのような関係が?」

 

「レイジが言うには、その男、レイジの恋人の“仇”とのことらしい」

 

「恋人の仇……」

 

 スーパーホログラフィーによって読み込まれた地形が、水色のホログラムとして浮かび上がってくる。その様子を他所にして、タイチは真っ直ぐと研究所を目指しながらこちらへの説明を続けてきた。

 

「仇自体は何人かいるらしいんだが、その内の一人がその男らしく、しかもどういうことか、被検体としてこの研究所に収容されているとのことだ。その被検体もまた特殊な体質を持っているが故に、その細胞を目当てにひっ捕らえたんだろうというのがレイジの見解だな。……まるで、ユノの愛人であり、幻獣を召喚できる特殊な体質を持つ蓼丸ヒイロも、この研究所の人間によって連れ去られたようにな」

 

「ですが、タイチさんの懸念点とその男が、一体どのような関係が?」

 

「おれが最も懸念している、最悪とされるそのケース。そいつはな……レイジのやつが、恋人の仇として殺すべく、その男を解放してしまうところにある」

 

「解放されるとマズイんですか?」

 

「考えてもみろ。異能力とは異なる、特殊な体質の二つの事例を。それぞれ、幻獣を召喚できる特殊な体質と、不死身の体質だぞ。前者はおれも見たことがないからともかく、後者は厄介にもほどがあるだろう。実質、殺すことによる無力化が図れないんだぞ。——つまり、異能力とは異なる効果を持つ、その、特殊な体質という第二の能力は、おれ達にとってまだまだ未知数なトンデモ要素を孕んでいる可能性がある。そんな存在を、外界に解き放ってみろ。取り返しのつかない事態が引き起こされても何らおかしくない! だから、その男を易々と解放させるわけにはいかないんだ! そのためにも、レイジには一旦、その場で思い留まってもらう必要がある!」

 

 異能力は云わば、特定の事象を発生させたりする力のことだ。しかし、特殊な体質と呼ばれるものは“異能力と別物扱い”されていて、あちこちの組織から狙われる程度には所有者が非常に少なく、かつ、それがもたらす効果というのも、不死身といった強力な効果を持つことが判明している。

 

 特殊な体質の最もとされるメリットは、“異能力との併用が可能”であることだろう。それを証拠として、ユノの愛人である蓼丸ヒイロは、『物体や事象に潜り込む異能力』を持ちながらも、その異能力とは別として、幻獣を召喚できる特殊な体質を兼ね備えているとのこと。

 

 実際、レイジも不死身の体質を持ちながら、異能力として『自身が死ぬことで死神を呼び出せる異能力』を持ち合わせていた。タイチが懸念としているのはその部分であり、もしも解放した男が異能力を持ち合わせでもしていたら、それはつまり、脅威となり得る存在を世界に解き放つことになってしまう、ということを考慮しているのだと思われる。

 

 断面図となった研究所へと進入した自分ら。このままタイチに担がれながら自分はスーパーホログラフィーを眺め遣っていき、レイジと思われる存在が研究所の最深部に到達していることを彼に知らせていく。

 

 それを聞いたタイチは、レイジの下へと急ぐ決断を下していった。すぐさまこちらを担いで廊下を高速で駆け抜けていくと、直にして到着した白色の一本道の、その先にあった自動ドアをタイチは思い切りと蹴り飛ばすことで無理やり最深部に進入したものだ。

 

 派手に吹き飛んでいった自動ドアの扉。それが転がるように飛んでいくと、この先にいたのだろうレイジが右手で受け止めるようにドアを掴んでは、見向きもせずに投げ捨てていく。

 

 ……三角形のような形をした部屋だった。その隅から隅まで、ユノの報告にあったカプセルがずらりと並ぶこの光景。それらには緑色の液体が満たされており、ぶくぶくと泡が浮き上がるその傍らで、カプセルの中に収容された人間達が、呼吸器を装着させられた状態で存在している。

 

 それらのほとんどが、探検服を身に付けていた。この様子から、行方不明となっていたのだろう探検隊の人間であることがうかがえて、目を瞑って意識を失っている様子と、一方で呼吸が行われているその様子から、彼らが無事であることをひと目で確認することができたものだ。

 

 しかし、レイジが目の前に立っているそのカプセルだけは、他とはまるで異なる雰囲気を醸し出していた。

 三角形の部屋の、その一番奥。出入口から真っ直ぐと進んだ先にある、一回りと巨大なカプセルの前。蹴り破られた扉を捨てるレイジが佇むその背後には、探検隊とはまた異なる衣類を身に付けた“男”が、周囲と同じように収容されていたのだ。

 

 その身長は百八十二ほど。紺色のショートヘアーと男らしい顔の輪郭が特徴的な、一見すると至って普通のその青年。身に付けている服装も、紺色のコートに暗い黄色のシャツ、コートと同色のパンツに茶色の靴という格好。ただ、身に付けるそれらはカジュアルと呼ぶには少々と派手であり、フォーマル寄りでありながらもファンタジーチックな質感のあるものだった。

 

 カプセルの中で目を瞑る男。外の状況も知らぬまま液体に満たされる彼を眼前にして、レイジはこちらへと振り返りながら、呟くようにセリフを口にし始めた。

 

「止めるんじゃねぇぞ。“こいつら”への復讐こそが、不死身である故に死ぬことを許されなくなった俺の、唯一と残された生き甲斐なんだ。この、俺の生きる目的をてめぇら、決して奪おうとはするなよ」

 

 そう言い、レイジは懐から一丁の拳銃を取り出した。

 手に持った拳銃を、持て余すかのような動作で持ち上げる彼。そしてその銃口をタイチへと向けていくのだが、武器を向けられたタイチもまた、平常運転である清々しい調子で返答し始める。

 

「唯一の生き甲斐か。じゃあ、ここで目の前の仇を仕留めてしまったら、おまえの生きる目的が無くなってしまうことになるな」

 

「なにも、仇はこいつだけじゃねぇ。こいつはな、もう複数と存在していやがる忌々しい連中の、その一人に過ぎねぇんだ」

 

「だが、生き甲斐がまた一つと無くなることには代わりないだろう? だったら、意識もない相手を今ここで、それも一方的に決着をつけてしまうだなんて、なんだか勿体無くないか?」

 

「てめぇには関係のねぇことだ」

 

「いいや、関係あるね。そう易々と、その被検体を解放させるわけにはいかない。この研究所に囚われるほどの、特殊な体質の細胞を持っている人間なんだろう。そんな、未知数の危険を孕んだ存在を簡単に世界へ放出させるわけにはいかないんだ。レイジも、頭ではそれを分かっているんだろう?」

 

「生憎だが、俺にはそれほどの器用さが備わってなんかいねぇんだよ。——殺された俺の恋人アンジュも、俺のことをそう言って笑っていやがった。……俺の不器用なところがよ、逆に愛らしいんだと」

 

 タイチへと向けていた拳銃を、自身のこめかみへとあてがったレイジ。これにタイチが腕を突き出し、すぐさま刃を発射しようと構えたことによって、レイジは静止させられる前にその引き金を自分で引いて、あろうことか自分自身へと発砲していったのだ。

 

 ——自らの頭部を撃ち抜いたレイジ。これにタイチが「やめろ!!」と声を上げていくのだが、瞬間にも出現したレイジの死神が拳を握り締めていくと、それは何の迷いもなく男のカプセルを粉砕してしまう。

 

 ガラスが割れる音。飛び出す液体。共にして、引きずり出すように中の男性を取り出した死神が、ドクロの顔で男の頭部を嚙み千切ろうと襲い掛かる。

 

 だが、死神が男を噛み切ろうとした時の事だった。その男が瞑っていた目を開けて、寝ぼけ眼のような垂れ下がった紺色の瞳で、目の前の死神を見遣るなり右手に“杖のような刀”を出現させていくその光景——

 

 居合、抜刀。この時にも、目に見えない速度から放たれた高速の斬撃。

 何時ぞやとアレウスが繰り出した居合斬りとは異なる、空間に迸る非常に分厚い斬撃だった。それはまるで、宇宙にできた裂け目のような色合いを持っており、これが死神の身体を真っ二つに両断していくと、死神はおどろおどろしい悲鳴を上げながら霧のようになって姿を消してしまう。

 

 すぐにも、生き返ったレイジが起き上がる。そして、手に持つ拳銃を、消えた死神から解放されつつある落下中の男へと向けられた。

 

 だが、レイジもまた、その男の瞬間的な居合によって両断されてしまった。

 瞼より上の部分と、両足のふくらはぎより下の部分のみが残る様子。この攻撃に伴って、迸った斬撃は周囲の機材をも両断していくと、これによって瞬く間に研究所は停電してしまい、視界が一気に悪くなったものだった。

 

 この状態で、被検体の男はタイチを狙い始めた。

 寝ぼけ眼はそのままに、居合の構えを取りながら真っ直ぐと駆け抜ける男の姿。これにタイチが即座に両手両足から刃を生やして周囲へ伸ばしていくと、その鋭利な刃で部屋のカプセルを端から破壊しては探検隊の人々を解放し、かつ、タイチは男を引き付けるように出口へと駆け出しながら、呆然と佇むこちらへと指示を送ってきたのだ。

 

「カンキ!!! 行方不明者の生存確認を!! 停電で機能が停止した今、彼らに何があってもおかしくない!!!」

 

「タイチさん!」

 

「おれのことは気にするな!!!」

 

 伸ばした刃で男を攻撃するが、その異能力は悉くと居合の分厚い斬撃によって消し飛ばされる。

 だが、タイチの狙いは、自身に注意を向けるためのものだったことだろう。そのまま追い掛ける男と共にこの場から姿を消したタイチを自分は見送っていくと、すぐにも倒れ込む探検隊の人々の脈を確認しつつ、その間にも無線から流れてくるタイチのセリフに耳を傾けていたものだ。

 

『聞いてくれ! 緊急事態だ!! 非常に強力な戦闘力を持つ、特殊な体質を持つのであろう人物との交戦状態に入った!! やつは中々にデキる!! おれの異能力を全て防ぎ切るその剣術が非常に厄介だ!! ——どうやら、やつが繰り出す斬撃にからくりがあるらしくてな!! こいつの攻撃は“あらゆる物体を貫通”して、壁なんかで身を守っているこちらへと、確実に攻撃を届かせてくる!!』

 

 突然の警告に、すぐ反応を示したのがビオラだった。

 

『ねぇ何! ちょっと、どういうこと!? タイチあんた、なにやってるのよ!?』

 

『ビオラも気を付けろ!! 出くわしたら、斬撃を回避することに専念しろ!! どんなにスライムを重ねようが、こいつの攻撃は、その“スライムの弾力でさえ無視してくる”!!! こちらがどんなに防御しようが、その分厚い鉄壁をも貫通してこちらに斬撃を届かせてくるんだ!!』

 

『だ、だからタイチ! あんたね——』

 

『ユノ!!! 今からこいつを、そっちまで誘導するからな!! ——研究所で捕らわれていた被検体の一人だったんだが、こうまでなってしまったらやむを得ない!! だから、こいつの相手を頼む!!!』

 

 声を荒げるタイチの様子から、彼にも余裕が無いことがうかがえた。

 探検隊の無事が確認できた今、自分はレイジの方を見遣っていく。こうして投げ掛けた視線の先では、いつの間にか再生を果たしていた彼が、項垂れるようにして座り込んでいたものだ。

 

 ——解放された男によってもたらされた、緊急事態。レイジの恋人の仇というその男は、次にも“彼女”とぶつかり合うこととなる。



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第38話 被検体の男

 カプセルから解放された、特殊な体質を持つとされる被検体の男。彼は、レイジのかつての恋人の、その仇として外界に解き放たれていくと、攻撃を仕掛けてきたタイチを狙って、閉じ込められていた部屋から即行と出ていったものだった。

 

 タイチもまた、その男の戦闘力からユノに委ねようと誘導のために撤退を行っていく。そんな命懸けの追いかけっこが研究所で行われているのだろう破壊音が響き渡ってくる状況の中で、自分はカプセルのあった部屋に留まって探検隊の人々の無事を確認していった。

 

 皆が非常に衰弱した様子ではあるものの、息があることから助かる余地を思わせる。自分はすぐにも探検隊の人々を安静にさせていくと、傍に置いてあったスーパーホログラフィーを拾うように手にしていきながら、付近で項垂れるように座り込んでいたレイジへとそう声を掛けていく。

 

「レイジさん! 探検隊の皆さんのことを、よろしくお願いいたします! 俺はスーパーホログラフィーの探知機能で、他にも囚われている方々がいないかどうかを捜索してきますから!」

 

 こちらのお願いに対し、レイジは「あぁ」と素直に答えてきたものだった。

 ただ、その声音は落ち込んでいるようにもうかがえた。このことから、彼としても被検体の男を解き放ってしまったことに負い目を感じているのかもしれない。

 

 この部屋をレイジに任せた自分は、未だ戦闘音が鳴り止まない研究所のエントランス付近まで戻ってきた。

 研究所の内部を読み込む上で、この場所が一番広範囲で調べることができたからだ。自分は危険を承知の上で、身を隠しながらスーパーホログラフィーを操作して映し出されたホログラムを眺めていく。

 

 その間にも、無線からは息を切らしたタイチの声が響いていたものだ。

 

『ハァ、ハァ、ッ全員に通達だ……! だいぶ過酷な攻防を強いられたものだったが、おれの誘導によって、被検体の男を本気のユノとかち合わせることができた……! 現在、その男とユノは、研究所の内部を主として交戦中……! だが、これに乗じて研究所の人間が、またしてもおれらに狙いを定めて攻撃を仕掛けてきている! ——全員、最後まで気を抜くなよ……ッ!! ヤバくなったら即撤退……!! イケる雰囲気ならガンガン攻めていけ……!!』

 

 無線の忠告と共にして、エントランスと通じている各通路からは武装した研究員がなだれ込んできた。

 

 第二ラウンドといったところか。瓦礫に身を隠すこちらに彼らは気が付くこともなく、今も敷地内に滞在しているであろう何でも屋の連中に向かって一直線と走っていくその様子。これに、自分は息を潜めてうかがっていきながら、頃合いを見て無線越しに報告を行っていく。

 

「こちら、カンキです。現在、研究所のエントランスでスーパーホログラフィーを起動して周辺を捜索しております。今現在と判明している新たな情報として、四時の方角に、今もユノさんと交戦中である男が収容されていたものと同様の物と思われるカプセルの存在を、確認できました。その数は、二十個ほど。自分は現在、身動きがとれない状況に置かれているため、どなたか、そちらの部屋へ移動できる方がございましたら、そちらへと急行をお願いいたします——」

 

 ガタッ。付近の瓦礫の音に、自分はビクッと身体を跳ねるように反応してしまう。

 小声で行っていたこちらの報告に、敵陣営の人間が気配でも感じたのだろうか。数名となってエントランスの内部を捜索し始めた相手方の動きに、自分は絶体絶命の危機を覚えていく。

 

 ……だが、その不安を遥かに超える場面と出くわすこととなってしまった。

 直後にも破壊された、エントランスの壁。この世の終わりのような破壊の音が響き渡ると同時にして、敵方の悲鳴と、刀を鞘から引き抜いては納めてというカチカチとした音が聞こえ出すこの現場。

 

 思わず顔を出した自分。そこで目撃したのは、研究所内を移動するように交戦していた、超人JUNOと被検体の男がぶつかり合う激しい戦闘の様子だった。

 

 双方が戦闘慣れした動作で、互いに攻撃を避け合いながら、自身が得意とする間合いで攻撃を交わし合う光景。

 超人JUNOによる驚異の身体能力が男へと一気に接近を果たし、その破滅的な拳による殴打を繰り返していくサマ。一方、居合によって一定の間合いを維持するよう軽やかなステップを見せていく被検体の男。実力は互角なのだろうか。共にして異次元の攻防を繰り広げる戦闘を自分は眺めていると、次にも渾身の居合斬りをくぐり抜けたJUNOが一気に攻め立てていく。

 

 ——戦車が衝突したかのような重い音。ガントレットによるボディブローが炸裂したことによって男が寝ぼけ眼を開かせていくと、そこから一発一発と空間を揺るがす凶悪無慈悲な殴打で男を吹き飛ばしたJUNO。吹き飛んだ男が一直線を描いて研究所内の壁を貫いていったものだったが、そんな吹き飛ぶ男に追い付いたJUNOが急降下で空から襲い来ると、直後にも隕石の如きクレーターを作り出して周囲を木っ端微塵にしてしまう。

 

 この風圧で自分はよろけながらも、二人の様子へと注目していった。

 刹那、空間を絶つ斬撃。宇宙にできた裂け目のような色合いの居合斬りが迸る。これを悟って回避を行っていたJUNOだが、この隙へと付け込んだ被検体の男が彼女に詰め寄っていくと、その刀を引き抜いて通常の斬撃を彼女へと浴びせていく。それらをJUNOはガントレットで冷静に防ぎ切っていくと、瞬間的にも見せた男の居合に、JUNOは咄嗟にその場で跳躍を行った——

 

 宇宙色の途方無き分厚い斬撃。それを空中で仰け反るようにして跳び越えたJUNOが全身を捻じるようにして回転していくと、間髪入れずに次々と繰り出された居合の連続斬りを、彼女は身体の回転によって空中で鮮やかに回避し続けていく。

 

 そして、振り向きざまの居合。男が見越したように踵を返して振り返ったその瞬間、彼が抜刀するよりも先に着地を果たしていたJUNOが、引き寄せられるような挙動で接近して腹部に拳を一発。これに男が再び目を見開いて怯んでいくと、そのまま男を持ち上げるようにして弧を描き、その勢いで地面に叩き付けては脚をコンパスのように回転させて、男を地面に引き摺るようにしてから、振りかぶった腕で地面へと全力の叩き付けを行って男を跳ね飛ばしていったのだ。

 

 ……圧倒的だ。素人目から見ても、JUNOの戦闘力は目の前の男とはまるで桁違い。

 一見すると実力が並んでいるように見えた二人の戦闘。だが、JUNOは男の攻撃を確実に見極めるだけの洞察力を持ち合わせており、彼の行動に多大なリスクを突き付けることで圧倒していたものだ。

 

 それも、通常の刀の攻撃と居合斬りを、JUNOはしっかりと判断している。タイチの報告にあったように、あの被検体の男の居合斬りは“防御を貫通する”という特性があるようだったものだが、JUNOはそれを念頭に置いて、居合斬りのみはしっかりと回避を行っていた。

 

 そして、眼前から襲い来る破滅の拳。まるで“災厄”の如き破壊力を宿す彼女の一撃は、相手にとっても相当なプレッシャーとなることだろう。

 

 異能力を持たぬ一般人だなんて信じられない。まさに超人という呼び名に相応しい暴走っぷりで男を圧倒したJUNOは、本気を出してから一度としてその声を発さず、ただただ両手を広げ、コートをなびかせ、その仮面で不気味に佇んでいく。彼女の姿は英雄と呼ぶには存在が禍々しく、また、命をもろともしない残虐性も伴った立ち回りから、ダークヒーローのような圧を醸し出して被検体の男へと立ち塞がったものだ。

 

 ——とんだ強敵と出くわした。ボロボロになった男が立ち上がり、寝ぼけ眼で必死な形相を見せていきながら、目の前の存在を見遣っていく。

 口元の血を拭い、右手の鞘を握り締めていく。そして男はフラフラとした足取りで数歩と彼女へ近付いていきながらも、次に彼は、ボソッとそのセリフを口にしてきた。

 

「…………超越者」

 

 反応を示すJUNO。彼を見遣るその視線も、仮面越しのもの。

 男はボロボロながらも体勢を整えて、彼女を真っ直ぐと見つめていく。そして半閉じの目でじっとJUNOの姿を捉えていくと、男はセリフを続けたものだった。

 

「…………ううん、違う。超越者、じゃない……。超越者、“ウェザード”、じゃない……」

 

 ウェザード……?

 スーパーホログラフィーを抱えて、自分も少しだけ歩み寄る。耳にしたその名前に疑問を抱きつつある今だが、こちらの存在にも目もくれずに、被検体の男はセリフを口にする。

 

「…………じゃあ、君は誰……? 僕を呼びに来たのが、ウェザードじゃないとしたら……僕は一体、誰に呼ばれた……?」

 

 静かな声音で喋る男。これにJUNOが一歩踏み出していくと、それに反応するよう男は一気に飛び出して彼女へと斬りかかる。

 

 ——だが、そこには火花が飛び散っていた。

 JUNOの左手のガントレット。それが、扉をノックするかのような軽い動作で刀を弾き返していて、この状況を理解した瞬間にも繰り出された右腕のボディブローが、男の腹部に炸裂する。

 

 だが、殴られながらも彼は居合斬りを繰り出していった。

 迸る宇宙色。空間に生み出された分厚い裂け目が斬撃として走り出すと、それはJUNOの頭部を確実に捉えて吹き飛ばしていた。

 

 はずだった。

 九十度と傾げられた彼女の首。ポニーテールごと避けた分厚いそれを横目に、身体を一切と動かさず首だけで攻撃を回避していくJUNOの様子。共にして向けられた仮面が眼前の男をじっと見遣っていくと、至近距離で攻撃を外した男の呆然としたサマを吹き飛ばすかの如く、JUNOは右腕のアッパーをその顎にかまして盛大に打ち上げていったものだ。

 

 崩壊した研究所に舞う男。その原型を留めているだけでも、彼もまた常人ではないことが確かだった。

 

 だが、この男との戦いがこれで終わったわけでもなかった。

 次にも目撃する光景と、そう遠くない内にも明かされる男の正体。その彼の口から繰り出された、超越者と思われる新たな存在“ウェザード”の名前。何もかもが謎に満ちた事柄ばかりの連続だったものだが、直にも自分は、“ある身近な存在”をキッカケとして、これらを知ることになるのである。



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第39話 湯煙と月光 -Disaster strikes編-

 湯煙と月の光。二つが合わさることで、朧気な幻覚を見ているかのような気分だった。

 

 しかし、今日の極楽は一味と違ったものだ。

 今も自分が浸かっているそのお湯は、潮風の香りを含んでいる。その高度こそは龍明の銭湯と非常に近しいものであるのだが、ここから眺める光景は全くもっての別物だった。

 

 南国のリゾートを模した露天風呂。断崖に建てられたログハウスの、そのテラスに設けられた混浴風呂を堪能する自分と菜子。その広さも大浴場と呼べる程度には広大なものであり、稲富に住む人間なのだろう人々が憩いの場として活用している光景がまた、とても馴染みのある様子を展開していたものだった。

 

 稲富に設けられた混浴風呂。龍明のそれを参考にタイチが考案し、ギルドマスターを説得した末に早急と実現された極楽空間。その存在自体は二番煎じであるものの、この露天風呂から眺める大海原の夜景がまた、龍明では味わえない壮大な大自然の神秘さを感じさせる。

 

 キラキラと輝く大海は、さざ波となって穏やかに流れていた。その海に点在する島々の光も、イルミネーションとなって一層もの美しい景色を演出しているこの光景。大浴場もまたログハウスであるために木の香りが心地良く、龍明で得たアイデアを上手く稲富に落とし込んでいるなと自分は感心さえしてしまえた。

 

 本来であれば、稲富に住む人間のみが入れる憩いの場。だが、この素晴らしいアイデアの元となった龍明の、その人間のみは、特別に出入りが許可されている。

 

 そのため、タイチの熱い推奨の下、自分と菜子も早速と訪れて堪能していたものだった。

 今日の任務でくたくたな自分ら。体力の限界を迎えた上に負傷もしたりなど、この日の合同作戦は本当に色々あったものだった。

 

 ……本当に、色々あった。思い出すよう鮮明な記憶に耽っていく自分。

 今も瞼の裏に焼き付いている。超人JUNOが被検体の男と交戦した、その後の様子について—————

 

 

 

 

 

 研究所ナチュラル・セレクション。激しい戦闘の末に半壊した建物の内部にて、超人JUNOの拳によって打ち上げられた被検体の男が、地面にどさっと落下した。

 

 右手で携えていた、杖のような鞘を手放していく。共にして彼は痙攣する腕で身を起こしていくと、ガクガクと震わせた膝で何度も体勢を崩しながらも、目の前の彼女を捉え続けてはその闘志を燃やしていたものだ。

 

 だが、JUNOに慈悲は無い。悠々としたサマで彼へと歩み寄るJUNOは、直後にも地面を沿うボディブローの一撃を男にかましていく。

 この一撃だけで大気が揺らいでいく。その、見るからに強力な拳をもらった男が寝ぼけ眼を見開いて浮き上がると、次にもJUNOはボディブローの拳を引き抜くようにしてから、これで最後のトドメと言わんばかりの、地面に叩き付けるような全力の振りかぶりを繰り出した——

 

 ——その瞬間だった。

 

「…………嫌だ。僕は、“ガジ”と——」

 

「そうだ、“ドグ”。我は常に、お前と共にある——」

 

 衝突する拳。突如と発生した爆発するような衝撃波を受けて、自分はスーパーホログラフィーを守るように抱え込みながら、数回転と地面を転がり回ったものだった。

 

 一体、何が起きた……!? 確認するため、前方を見遣る自分。

 視界の中央。そこに映っていたのは、JUNOのトドメの拳を、左手の拳をぶつけることで攻撃を受け止めた被検体の男の姿。居合を得意としたその戦闘スタイルからは、まるで想像もできないほどの急な立ち回りの変化に自分は驚いてしまいながらも、同時にして目撃したのは、あれほどの寝ぼけ眼だったその目をハッキリと、それでいて勇猛な目つきとなってJUNOを捉える男の姿がそこにあったのだ。

 

 全くもっての別人だ。拳を振るったその姿勢も歴戦と言うべきものであり、途端にして変貌した男が、低くも力強い掛け声を発しながらJUNOへと殴り掛かり始めていく。

 

 戦況を一気に変えていった。男が放つ怒涛の拳がJUNOを完璧に捉えていき、対する彼女もまた冷静にそれらを避けていっては破滅的な拳を突き出して応戦する。

 だが、JUNOの攻撃を、男は紙一重で避けていくのだ。ここにきて優れた接近戦を繰り広げ始めた男の変貌っぷり。今も杖のような鞘が地面に転がるその最中、被検体の男はあろうことか、JUNOとの殴り合いを展開し始める。

 

 一発一発の重みが、空間を歪ませる光景となって表れる戦闘。双方の拳がぶつかり合う度に視認できる衝撃波が飛び交っていき、共にして足元の瓦礫が吹き飛び、周辺の壁が粉砕されていく。

 

 互いに化物だった。超人同士とも言える激しい肉弾戦が繰り広げられる前方の光景に、自分は危険を承知の上で見入るようにその場に残っていたものだ。

 

 そして、この戦いに再び区切りがつけられる。

 急に大きく振りかぶったJUNO。今までに見せなかった挙動に男が目を開いていくと、まずその右拳で男の右手を弾き飛ばし、すぐにも男が繰り出した左拳を、JUNOが再びかました振りかぶりの左フックで思い切り弾き飛ばしていく。

 

 後ろへ大きく仰け反った男。すぐにもJUNOは男の顔面に掴みかかっていくと、身長の高い彼を大きく持ち上げては力ずくに地面へと叩き付け、そこに巨大な亀裂をつくりながら男を放り投げ、その脚へと掴みかかっては弧を描く叩き付けを連続で繰り出していく彼女。

 

 男が叩き付けられる度に、研究所からは砂のような破片が落ちてくる。それが繰り返されて次第と研究所の天井が落下し始めると、その前方で落ち往く天井へとJUNOは男を投げつけて、落下中のそれへと男をぶつけていったのだ。

 

 落下する天井と衝突した彼が、衝撃で跳ね返るように戻ってくる。そこへJUNOが一歩踏み込んで、引き絞るようにした右腕を大きく、ゆっくりと、振りかぶっていく。

 そして、タイミングを見計らった右ストレート。放たれたそれは完璧であり、飛んできた男の顔面にでも叩き込まれれば最後、その強靭な身体でさえも粉々になってしまうことだろう。

 

 彼女が振り抜くこの瞬間は、まるでスローモーションのように流れていった。

 直撃する。この勝負が決まる最後の一撃。これに、豹変した彼も歯を食いしばるような表情を見せていくと、直後にもその目は寝ぼけ眼のものへと変化していって——

 

 ——地面に落ちていた、杖のような鞘が無い。

 自分がそれに気が付いた時には、被検体の男はどこからともなく右手に刀を出現させていった。そして迷いの無い動作でそれに手を掛けていくと、防御を貫通するという居合斬りを繰り出していったのだ。

 

 この斬撃は、宇宙のような途方の無い色を彩って迸る。これに呑み込まれるよう姿を消したJUNOだが、次にも起こった出来事は、振り抜かれた拳による、大気を殴りつけたことで発生した空間が震動するその光景——

 

 直撃までいかずとも、衝撃に押し出された被検体の男が吹き飛ばされていく。共にして、拳を振るうタイミングを速めることで体勢を前のめりにさせたJUNOが、ギリギリという距離で防御不能の居合斬りを回避してあった眼前の様子。

 

 ……分厚いポニーテールをなびかせて、JUNOは戦闘態勢から一旦、佇んでいった。

 そして、だいぶと距離が空いたその先で、寝ぼけ眼の男がボロボロになりながら立ち上がる。

 

 右手に持つ刀を、杖のようにして身体を支えていく彼。それでいて、ウトウトするかのような左右の揺らぎでJUNOを見つめやりながらも、呟くようにして男は喋り出したのだ。

 

「…………“ガジ”。強いよ、この人……」

 

 と、次の時にも彼の目は、寝ぼけ眼からハッキリとした目つきへと、かつ、低い声音でハキハキとした喋り方へと変わっていく。

 

「臆するな、“ドグ”……! だが、奴が強敵であることも確かだ……! しかし、我と共に駆け抜けた戦の日々を、“ドグ”は忘れてなどおらぬだろう……!」

 

 と言うと、男はすぐにも寝ぼけ眼となって、呟くような喋り方で自分へと返答を行っていく。

 

「…………覚えてるよ。ずっと……」

 

 ……自分自身と、会話をしている……?

 不思議に思って、自分が数歩と進んでいく。こうして眺めている最中にも、被検体の男は思いに耽るような眼差しで、上の空といった調子で喋り続けていたものだ。

 

「…………“ガジ”、僕達やっと、解放されたね……」

 

「そうだな。しかし、我らは未だに“奴の奴隷”であることに代わりはない。“奴”をどうにかしなければまず、我々に自由は訪れないだろう」

 

「…………だから、僕達の“隊長”を見つけなきゃ……。“ウェザード”も、それを要求している……」

 

「だが、我らの“隊長”を奴に受け渡すわけにはいかぬ。——積年の恨みもあることだろう。奴は、その憎悪を糧にして生き永らえた存在だ。よって、“隊長”を己の手で処刑することを望んでいることだろう。故に、我々は何としてでも奴より先に“隊長”を見つけ出し、奴の目に留まらぬ安全な場所へと避難させなければならん……!」

 

「…………でも、良かった……。“隊長”も、僕達のように、“生き返った”んだよね……」

 

「喜ぶべきか、悔いるべきか。どのような経緯にしろ、我々の存在によって“隊長”を再び苦しめることとなった日には、我々はもう、死んでも償い切れぬ大罪を背負うことになる……」

 

「…………“ガジ”、絶対に見つけよう、“隊長”……。その前に、まずはアレを何とかしないと……」

 

「そうだな、“ドグ”」

 

 手元の刀が消え、両手を握り締めるようにして佇んだ男。彼がJUNOへと真っ向から立ち塞がってみせたものなのだが、一方として彼女の方はと言うと、先ほどまでの戦意をまるでうかがわせない佇まいを見せている。

 

 そこで、何を思ったのかは分からないが、この時にも自分は被検体の男へとそんなことを訊ね掛けてみてしまったのだ。

 

「その、ひとつ訊ねてもいいかな?」

 

 彼女が居てくれているからこその強気な姿勢だった。こちらの問い掛けに男は警戒の視線を送りながらも、無言で耳を傾けてくれる。

 

 意外と聞き入れてくれた。これに自分はホッとしながらも、ふと気になったものを質問としていくつか投げ掛けてみたものだ。

 

「その、”隊長”っていうのは、一体誰のことを言っているのかなって気になって……」

 

「貴様がそれを知ったところで何とする。敵である貴様らに隊長の身元を明かすなど、以ての外。隊長であろう者ならば心配など不要であるのだろうが、万が一もの事態を考慮するとなれば、貴様らにその正体を明かすわけにはいかぬというものだ」

 

 実力を兼ね備えたこの男にも、心配不要であると断言させるその存在。ということは、その隊長という人物もまた相当な実力者である可能性はあるか……?

 

 おそらく、普通の一般人ではなさそうだ。そんなことを思いながら、男の返答に自分は「わ、悪かった……」と一言。だが、流れに任せて続けてそんなことを訊ねてみる。

 

「”ウェザード”って名前は、一体何なんだ? あんた達は、その人物と何かしらの関係にあるのか?」

 

「生憎とだが、他言を禁じられている。しかし、手駒であり奴隷でもある我々でさえ奴から所在を明かされておらぬ故、貴様らに話したところで”彼女”には在り付けぬだろう。よって、諦めろ」

 

 彼女? そのウェザードという人物は、女性……?

 

 少しずつ明らかになりつつある情報。だからと言って、それらの情報が何に繋がるのかと問われれば分からぬものばかり。

 

 最後に、自分は被検体の男へと、蓼丸ヒイロという人物についての質問を投げ掛けていった。

 

「それじゃあ、蓼丸ヒイロ、という名前に聞き覚えは……?」

 

「蓼丸ヒイロ……。ふん、知らぬな」

 

 と、JUNOが突如と踵を返すなり、男から背を向けて歩き出してしまった。

 あまりにも素早い切り替えだった。自分は思わず唖然としながら、歩き去ろうとする彼女を眺め遣る。同時にして、後ろの男も意外そうな顔を見せながら、こちらと同じようなサマでJUNOの背を見据えていたものだ。

 

 これには堪らず、自分が彼女へと声を掛けていく。

 

「ゆ、ユノさん!!? 何をしているんですか……!? あの男、すぐにもユノさんへ仕掛けてくるのかもしれないんですよ……!?」

 

 こちらの問い掛けに対して、沈黙で答えていくJUNO。

 そう言えば、本気の姿となる仮面をつけてから、彼女は一言も言葉を発していなかった。それが彼女のスタイルなのかどうかは分からないが、こちらの問い掛けにもまるで反応を見せなかったJUNOは、直にして穴の開いた天井を見遣っていくと、次の時にも、そこへと跳躍してこの場から去っていってしまったのだ。

 

 …………。残された自分と、被検体の男。流れから、自分と彼で目を合わせてしまった。

 お互いに理解ができない。これに加えて、先ほどにも会話を交わしたその接触具合から、どことなく意思が通じ合えてしまったような気がしたものだった————

 

 

 

 

 

 湯煙が見せた朧の記憶。今でも不思議に思うばかりのその状況は、一生、忘れることはないことだろう……。

 

 あの後にも、皆の活躍によって研究所を制圧することができた。それを無線で知らされた時にも自分は被検体の男と共に居たものであったのだが、その男もまた、こちらに攻撃を仕掛けてくる素振りを見せることなく、互いに気まずい空気を過ごした後に、男は姿を消すようにその場から去っていったものだった。

 

 あの男、野放しにしちゃっても良かったのか……。かと言って、自分は戦えるわけでもないから、下手に攻撃して刺激させるのも危険だしなぁ……。という迷い。これに自分は頭を抱えながら一連の状況を報告していくと、集合の命令を受けて研究所前の場所に到着するなり、そこで軽く腕を組み、何食わぬ顔をして佇んでいたユノへと訊ね掛けてみた。

 

「あの、ユノさん……。どうして先ほどの男を、敢えて見逃してしまったんですか……?」

 

 こちらの問い掛けに対して、ユノは平然としたサマでそう答えてくる。

 

「私がそういう気分じゃなくなった。ただそれだけよ」

 

「い、いやいやいやいや……。そんな理由で、あんな危険な男を野放しにしてしまったんですか……?」

 

「それに、彼はヒイロと関係なさそうだったから、どうでもよくなったわ」

 

「どちらにしても、ですね……」

 

 稲富との合同作戦においても、ユノ節は健在か……。

 この災厄、気分屋すぎる……。そんな経緯を経て稲富への帰還を果たした自分達。結局、蓼丸ヒイロに繋がる手がかりはまたしてもゼロという成果の下に、ユノが見逃した被検体の男の捜索が開始されて今に至るという今日の出来事。

 

 ……ただ、あの被検体の男と通じ合えたというのも、あながち間違いとは思えなかったのもまた事実。

 きっと、そう遠くない内にもまた出会うことになる。そんな予感を胸に露天風呂を満喫する自分が呆然としていると、ふと、横から泳いできた菜子が、こちらに寄り掛かるようにぶつかってくるなり肩に頭を乗せてきた。

 

「カッシー。つーかーれーたー」

 

「菜子ちゃん、今日もお疲れ様。ゆっくり休もうね」

 

「休むー。だから、お風呂上りの牛乳奢って」

 

「俺、菜子ちゃんの財布になってきてない……?」

 

「だって、カッシーは大人でしょ? だったら、アタシのようなお子様の面倒を見なきゃじゃん? ——子供ってのは、お金が掛かるもんだよ?? カッシーも大人なんだから、それくらい分かってなきゃダメだよ~」

 

 と言って、得意げな表情を見せてきた菜子。

 敵わないな……。自分は頭をボリボリ掻いて、今日のご褒美も要るよねなんて考えながら、少女のおねだりに渋々と頷いたものだった。



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第40話 アフターストーリー -Disaster strikes編-

 稲富発のバスが龍明に到着し、自分は合同作戦のメンツと共にその地へ降り立った。

 

 久々の龍明。そんな気がして、自分は思いっきり背伸びしながら龍明の海を眺めていく。

 のだが、そんな自分の横腹をつんっと突いてきた菜子によって、「へょぁ」なんて情けない声を出してしまう。これに少女が「なにそれウケる」と言って悪戯な笑みを見せていたものだったから、自分は「もう奢ってあげないから」と返答して悪戯し返したりしたものだ。

 

 こんな自分らがわちゃわちゃしている間にも、後ろのバスからは何でも屋達が続々と降りてくる。自分とよく似た反応で地面に足を着けたラミアやレイラン、オキクルミ。彼女らも故郷に帰ってきたかのような爽快感あふれる表情で町を見遣っていく中で、皆の様子もお構いなしに横を通り過ぎていくユノが、電子タバコを片手に距離を置いて佇んでいく。

 

 次に、タイチとビオラが降りてきた。ネィロへの報告を行うという名目で訪れた何度目かの龍明に、タイチは凝りもせず「やっぱ、いつ来ても面白い町だな!」と目を光らせて、ビオラを呆れさせていたものだった。

 

 そして、渋々と降りてきたレイジと、その彼の背を無理やり押して歩かせるチシカの図。特にチシカは初めての龍明ということもあるのだろうか、地面に降り立つなりレイジをドカッと押し出していくと、有り余ったテンションのままに彼女は背伸びしながらセリフを口にし始める。

 

「うひゃあーーーっ!! ここが龍明なんやなぁーっ!! なんやなんやっ、ウチ龍明なんて何も無い田舎町やろなんて考えとったけれど、なんや思うとった以上に空気がウマくて綺麗なトコやんけーっ!! 雨風に晒されとるレンガの歩道も、目ぇつくトコ全てこないにピッカピカによう清掃されておって、ほんまごっついでっ!! 意識高いなぁっ!! 第一印象サイコーやっ!!」

 

 そう言いながら、レンガの地面を指で擦り始めたチシカ。それに感動して頬ずりまでするものだったから、さすがに自分もなんて返事しようか言葉を濁らせてしまう。

 

 尤も、彼女の反応にオキクルミはだいぶ満足そうだった。自身が愛する町を褒められることの嬉しさからだろう、彼はチシカを隅々まで案内することを提案したりして、それにチシカが陽気に乗ったりなどして、どこか似たようなテンションを持つ二人が和気藹々と話していくその様子。

 

 この脇で、レイジがものすごく居辛そうな顔を見せていた。

 そうしてワイワイする集団から、こっそり抜け出そうと他所へ歩き出すレイジ。足音も立てないよう気を払いながら背を向けて数歩とコツコツ歩いていくと、すぐにも背中へ飛び掛かってきたチシカに、レイジは思わずと怒り出す。

 

「っ!! なんだてめぇ!」

 

「そんなつれないコト言わんとってーっ!! 今日は、合同作戦の振替休日やでっ。せっかくの貴重な貴重なお休みやねんから、ゾンビのあんちゃんも精いっぱい、龍明を楽しむ努力でもしたらどうやっ!!」

 

「俺には俺の過ごし方があんだよ。邪魔をするな! それと、ゾンビのあんちゃんって呼び方どうにかならねぇもんなのか!」

 

「ええやんかっ、ゾンビのあんちゃん。なーんも間違っとれへんやろ??」

 

「人をゾンビみたいに言うんじゃねぇ」

 

「はいはい、いちいちやかましいねん。そないなこと言うとる暇あるんやったら、ウチと龍明観光でも楽しまへん?? ——それと自分、案外エエ顔しとるやないか。ウチめっちゃタイプやねん、こーいう男臭くてクールな性格したあんちゃんコトっ。なんやエエ身体もしとるし背ぇ高いのもごっつ好みやし、ウチ、ゾンビのあんちゃんコトもっと知りたい思うとる」

 

「バカを言うんじゃねぇ」

 

「あぁっっ!?!? おいコラ誰がバカやねんっ!?!?」

 

「うおっ」

 

 べたべたに引っ付いていたチシカが、突如と激昂するなりレイジへと怒りの蹴りを放っていく。それを彼が感覚で避けてから距離をとって警戒していくその最中にも、チシカは犬のようにグルルルと威嚇しつつそのセリフを放っていったものだった。

 

「ウチに向かってバカ言うんは禁句やでっ!! 次言ったらケツの穴から大腸引きずり出して、その大腸で自分の首を絞めながら両目かっぽじってその目ん玉食わせたるっ!! あんちゃん死なへんなら問題ないやろっ!! 何なら今からしたろかっ!? あぁっ!? クール言われて図に乗ったら容赦せぇへんっ!! この色男っ!!」

 

「あ、あぁ……っ?? 脅すのか褒めるのか、どっちかにしろよ……」

 

 怒鳴るチシカに困惑するレイジ。だが、彼女にとってバカという言葉が禁句であることは、念頭に置いといた方がいいのかもしれない。

 

 ともかくとして、チシカが落ち着きを取り戻した辺りにでも、一同で町長室に向かい出したものだった。

 今回の合同作戦のメンバーで、ネィロに報告しに行こうというタイチの提案の下、とても和やかな雰囲気でこの龍明を歩いていく。チシカも先ほどまでの怒りを忘れたかのようにレイジへとアプローチを行っていっては、男好きのビオラもそれに乗っかって女性二人でレイジを困らせていくその光景。

 

 だが、二人の誘惑に対しても、レイジは素っ気ない態度ですべて受け流していたものだった。

 これもきっと、亡くなってしまったという恋人に対する誠実さなのかもしれない。一途を貫き通すレイジは、ビオラに胸を押し当てられようとも、チシカが意図的にへそや下半身を触らせてこようとも、彼は一切と相手にせず、ただただ居辛そうな顔で一同と共にしていく彼の調子。

 

 ……恋人の仇。先日にも出くわした被検体の男のことを思い出しながら、自分もこの輪に混ざって歩を進めていたその時のことだ。

 

 町長室が近付いてきた。あと数分でも歩けば、その建物が見えてくるだろう。そんな龍明の中心部である、店が建ち並ぶ憩いの街道を皆で進んでいく途中にも、自分と菜子、あとはラミアやレイランが、目の前から歩いてくる一人の青年に反応を示していった。

 

 アレウスだ。何だか、彼と会うのは久々のように感じられる。それを思って自分らがアレウスへと呼び掛けていくと、彼もまた、寡黙なサマで手を振って反応を返してくれる。

 

 尤も、アレウスに対してとびっきりの反応を見せたのはビオラだった。全てにおいて好みどストライクという彼女がアレウスに気が付いていくと、そんなアレウスは、うわっ、といった何とも言えぬ顔をしつつ口元を引きつらせて、振っていた手も次第と小さくしては控えめなサマを見せてきたものだ。

 

 そして、初対面であろうレイジとチシカも、彼の存在に気が付いて見遣っていった。

 ビオラと近しいものがあるのであろうチシカもまた、アレウスに対しては「なんや?? あのエエ男は」と好感触。レイジもアレウスの顔をじっと見ていくと、次第にも彼の足は緩やかと速度を落としていって……。

 

 ……立ち止まった。

 これに、自分は振り返る形で彼の顔を見たものだ。……しかし、その時にも目撃したレイジの表情は、とても穏やかと言えるものではない、深刻な憎悪を思わせる陰りを落としていて——

 

 ——懐へ回した右手。そこから拳銃を取り出すや否や、レイジは躊躇いもなくアレウスへと発砲し始めたのだ。

 あまりにも突然な出来事。響く銃声で皆が振り返る頃にも、放たれた一発の弾丸はアレウスへと到達して、それは敢え無くと弾き返されていく。

 

 無から取り出した刀。そこから引き抜いた刀でレイジの弾丸を防いだアレウスが、驚きと警戒が合わさる様子見の目で彼をうかがい出す光景。

 と、次の瞬間にも、レイジは自身のこめかみへと銃口を向けて、引き金を引いていったのだ。こちらも同様に躊躇いなく弾を撃ち出して自身を撃ち抜いていくと、即死であろう彼が倒れ込む途中にも出現した死神が、アレウスへと飛び出していく。

 

 その死神もまた、怒り狂うドクロとなってアレウスに襲い掛かったものだ。発出されるようにして飛び出してきた死神の急接近を前にして、口から取り出した死神の鎌でアレウスの命を刈り取ろうと豪快に振りかぶってくる。

 

 だが、彼もまた刀を収めていくと、そこから僅かながらの精神統一の後、瞬時にして迸った六つほどの斬撃が、行き来する形で彼の目の前に出現したものだった。

 

 次の時にも、鎌の薙ぎ払いは無機質な防壁によって完全に防がれた。

 鎌が食い込む、形容し難い輝きを放つ“実体化した斬撃”。これが死神の攻撃を無効化していくと、アレウスはそれを思い切りと蹴飛ばして、押し出すように前方へと放っていく。

 

 これによって、死神は実体化した斬撃の壁に押し込まれる形で吹き飛ばされていった。

 尤も、この程度の衝撃なんてもろともしないだろう。ドクロから光らせた赤い目がアレウスを見据えて滞在し続けるその様子。だが、直にして死神が薄っすらと姿を消し始めていくと、その頃にも肉体が再生し終えたレイジの起き上がるサマと共にして、彼は怒りに満ちた低い声音でセリフを口にし始めた——

 

「……薄々と感じてはいたもんだ。“あの男”が生き永らえている現在(いま)、“てめぇ”もまたこの世で、何食わぬ顔して平穏な日常を送っているのかもしれねぇ、なんてな……!!!」

 

 不死身の体質。撃ち抜いた自身の頭を押さえるようにしながら立ち上がったレイジの、殺意にまみれたその眼光。

 だが、そうしてアレウスを睨みつける彼へとタイチが近付いていくと、「おい」とレイジに声を掛けるなり、振り向いた彼の頬へと容赦の無い拳を食らわせたのだ。

 

 その力は、間近にいたこちらにさえ届いてくる衝撃。この威力で殴られたレイジが地面に倒れ込むと、タイチは馬乗りになって彼の胸倉を掴んでいきながら、眉間に迸らせた血管と共にレイジへとセリフを掛けていく。

 

「ふざけるなよ。おまえ、自分がしでかしたこと解ってんのか。あァ!?」

 

 力任せにレイジの上半身を持ち上げるタイチ。だが、レイジもまたタイチに対して殺意を向けていくと、次にも彼はそのようなことを言い放ってきたのだ。

 

「あぁ解っているさ。俺は、生き甲斐である仇への復讐を実行したまでだ!!!」

 

「復讐、だと?」

 

 と、タイチを払うようにして強引に退けたレイジ。これにタイチが地面を転がって体勢を立て直していく最中にも、起き上がるレイジはアレウスの顔を真っ直ぐと見つめ、この場の全員の耳へ届かせるような声でそれを説明し始める。

 

「百年以上も前になる。当時の俺は、独裁国家によって統治された国に住む、至って平凡な暮らしを送る最下層の一般市民だった。そこでは常に、貧困に苦しめられる惨めな生活を強いられた上に、独裁政権によって定められた条例によって、最下層である俺ら市民は、国家の人間に逆らうことを固く禁じられていた。——この独裁国家のことを、“アンチエスパー”とでも呼ぶとしよう。こいつは当時でも、実際に改名されたれっきとした国名で、現在においても、忌々しき歴史として学問で取り扱われているほどのビッグネームだ」

 

 独裁国家アンチエスパー。淡々と語り出したレイジのサマと、その彼のセリフを耳にした途端にも、アレウスはひどく怯えるような表情を見せて目を伏せていく。

 

 だが、レイジはセリフを続けたものだ。……アレウスをしっかりと見遣っていきながら。

 

「アンチエスパーの軍団員による熾烈な嫌がらせは、もはや日常茶飯事だったもんだ。主にストレスのはけ口として散々と利用された俺らは常に傷だらけで、その上にろくな食事も認められず、ゴミ箱を漁る薄汚いネズミの肉が、俺らにとってのご馳走だった。そんな生活が途方も無く続く、そんなある日のこと。その日もアンチエスパーの軍団員に散々と痛めつけられて、やり返すことも許されねぇ惨めな気持ちで街の路地裏を彷徨っていた時だ」

 

 殺意に満ちた声音に混じる、僅かながらの穏やかな低音。

 

「……激しい暴行の末に、路地裏に捨てられていた、アンジュという女と俺は出会うことになる。そいつは後に、俺の愛人となる奴だった」

 

 レイジに力ずくと退けられたタイチが、立ち上がりながらもレイジへと訊ね掛けていく。

 

「アンジュだと? その名前、ナチュラル・セレクションの時にも口にしていたな」

 

「そいつのことだ。そのアンジュと俺はすぐにも惹かれ合って、直にも共に過ごすようになった。——それからの生活は、それほど悪いもんでもなかったもんだ。どんなに痛めつけられようともアンジュという存在が俺の支えになり、アンジュもまた、俺を支えにして日頃の暴行に耐え忍んできた。……力で支配された世界の中で、俺らは共に支え合い、そして、もしも、この独裁政権が戦争に敗れでもして終わりを告げた際にでも、俺らは夫婦になれるんじゃないかなんていう冗談を交わしていた、そんなある日のことだったな」

 

 回顧に思いを馳せるレイジの、とても穏やかで切ない瞳。しかし、それも直に憎悪で光を失っていくと、次にもレイジはアレウスを見据えて、その続きを語り出していく。

 

「独裁国家アンチエスパーに、新たな条例が追加されやがった。そいつの内容は、“パートナーの存在を禁止する”もの。恋人をつくることを禁止とし、結婚も国が許さず、既に夫婦である人間は全員、処刑された。その、新たに追加された条例によって俺とアンジュは身柄を拘束されると、直にも投獄され、離れ離れとなってしまった」

 

 一息おいて、レイジが続ける。

 

「だが、俺は死に物狂いでそこから抜け出し、何ならいっそ、アンチエスパーという呪いの大地から脱走してやろうと思い立って、隙をうかがい牢獄から脱出し、アンジュの奴も救い出した。そこから俺らは、軍団員に追われながらも二人で国中を駆け回り、アンジュと協力することで実現した変装や偽造によって、国外へ通ずる橋を下ろすことに成功し、あとはそいつさえ渡れば、アンチエスパーからの脱走が叶うというその時のことだ——」

 

 憎悪で震えるレイジの身体。抑え切れぬ怒りが両手を握り締め、今もガチガチと歯を鳴らしつつ、眼前の“彼”を見据えていく。

 

「——まさに、今の状況のように……ッ! 当時の目の前にも、刀を携えた“あの野郎”が姿を現した……ッ!!! 異能力なんぞ“当時には無かった力”だが、それでも奴の剣戟を掻い潜ることが叶わず、あと一歩というところで、俺とアンジュは捕まり、その場で処刑されたんだ……!!」

 

 ……激昂で顔を歪めるレイジ。その感情が本物であることが誰もが理解できる彼の様子と、それに思い当たる節があるのだろうアレウスが、ただただ申し訳なさそうに俯いて佇んでいたものだ。

 

 すぐにも、レイジがアレウスへと怒鳴り出す。

 

「アンジュを殺しやがった野郎は、てめぇの後ろにいた一般兵だったな……!!! 逃げるアイツを槍で一突きにして、倒れ込んだアイツに向かって、十数ものトドメを刺しやがったあの野郎……!!! だが、てめぇが殺したのは、この俺だったな……ッ!!! なァ、覚えているかッ!!? てめぇ、驚いていたよなァ……!!! どんなに切り刻んでも肉体が再生する俺を見て、てめぇ、仰天したような顔をしていたよなァ……!!? あァそうだよ!!! 俺もな、てめぇに殺されたことで初めて知ったんだ!!! 俺の肉体が、不死身であることをな!!!」

 

 熱が入り、一歩踏み込んでいくレイジ。この動作にすぐさまタイチが彼の襟を掴んで引き留めていくのだが、レイジはそのセリフを止めることなくアレウスへと浴びせ続けていく。

 

「そして、てめぇに殺されたあの日から、俺は年を取ることもなくなった……ッ!!! つまりだ!!! 俺はてめぇに殺されたあの日から百年以上もの間!! 寿命を迎えることもできず!! 死ぬことでアンジュの下へと向かうことも許されず!! 俺はずっと!! アンジュのことを引き摺ったまま!! この“呪われた体質”によって!! この世界に囚われ続けているんだよ!! ——てめぇが直々にアンジュを殺ったワケじゃねぇ。だが!! そのキッカケをもたらしたのは、てめぇだ。直接的じゃねぇが、てめぇもアンジュの仇として、いや、その元凶として、最も憎らしいと思っていた」

 

 タイチの抑制を振り払おうとするレイジ。

 

「だから放しやがれッ!! 奴は本来、“忌々しき独裁国家に属していた軍団員”として、その報いを受ける形で死すべき存在ということだ……ッ!!! そいつを、俺がやる……ッ!! この手で奴を殺さねぇことには、俺はアンジュの墓に顔を向けることもできやしねぇ!!!」

 

「待て、レイジ!! おまえが攻撃を仕掛けた理由にも、おれは納得できた! だが! おれの知るアレウスは、そんな独裁国家なんぞに従っていたとは思えないほどの、町の人間のことを第一と考えていて、困っている人がいたら絶対に放っておくことなんかもできずに、どんなに自分が苦労するような頼み事であっても必ず引き受けて全力で解決にあたってくれるような、そんな独裁的な片鱗など全く以て見せなかった、とても善良な何でも屋だ!!」

 

「だから、他所のギルドタウンに対してどうしてそんな詳しく把握してんだよ! てめぇはどっち所属の何でも屋だってんだッ!!!」

 

「どっちだっていいだろ!!」

 

「良くねぇだろッ!!!」

 

 わたわたわたわた……。

 真剣な雰囲気で、いつもの掛け合いが始まるその空間。これに一同が言葉にできない感情を抱いていく中で、押さえ付けられるレイジへと言い聞かせるように、タイチがそれを口にし始める。

 

「レイジ! 頼むから聞いてくれ! 確かに、アレウスに対する憎しみの気持ちはよく分かった!! だが、アレウスに復讐するにしても、先の話におれは、どうしても不自然な点があるように思えてしまう!!」

 

「あァ!? だから何だってんだッ!!!」

 

「それは、百年以上も前のことなんだろう! で、レイジが百年経っても、その当時の姿で生き残り続けている理由にも納得した!! ならば——“アレウスもどうやって、この百年を、そのままの姿で生き延びた”というんだ!! そんな歳月が経過していれば、アレウスも既に年寄りかなんかで、既に寿命を迎えていても何らおかしくないぞ!」

 

「…………」

 

 ……タイチのセリフを耳にして、レイジは次第と動きを止めていく。

 確かに、それは疑問だった。百年経過してもなお当時の年齢を維持できているこの現象も、レイジが持つ不死身の体質によるものなのだろう。

 

 だとしたら、アレウスもそうなのか……?

 そもそもとして、特殊な体質というもの自体のメカニズムが、未だ詳しく判明していないこの現状。タイチの静止にレイジがアレウスを睨みつけていくこの様子に、タイチは一旦と彼を説得するようにそれを提案し始める。

 

「どうしても今、アレウスに復讐を果たしたいのか!? しかし、アレウスの身元も未だハッキリとしていないこの状況で仲間殺しでもしてしまえば、レイジ、おまえは罪に問われて刑務所送りになるんだぞ!! そんな状況にでもなってしまえば、おまえの復讐はまたしばらくとおあずけになる!! ——おまえが服役中に、未だ残り続けている仇が事故かなんかで死んだらどうする!? おまえは、自分の手で復讐を果たせなくなるんだぞ!! ……愛した人を死に追いやった人間を、自分の手で断罪できなくなることは、おまえ自身が望んでなんかいないんじゃないか!?」

 

「……てめぇ、自分が何言ってんのか自覚してんのか? 俺からしても、てめぇの説得は相当ぶっ飛んでるぞ」

 

「だからどうした! もし、どうしても目の前のアレウスに復讐を果たしたいのであれば、レイジ、ひとまずはギルドファイトで済ませておけ!! それで、勝った時の条件で一旦、アレウスを合法的に追い詰めればいい!!」

 

「てめぇ、マジでどっちの味方か分からねぇな……」

 

 思わず、汗を流したレイジの様子。

 だが、タイチの提案でレイジは一旦と落ち着きを取り戻していくと、次にもアレウスと向かい合うようにしながら、レイジはそのセリフを放っていったのであった。

 

「……てめぇも知る通り、俺は死ぬことがねぇ。つまり、俺は何度でも地獄から舞い戻ることができて、幾らでもてめぇを追い詰めることができる。せいぜい、素性が公にされるまでの日々を噛みしめながら生きるんだな。——てめぇがアンチエスパーの軍団員であることが発覚して、敵対勢力として無力化が正式に許可されたその日には、俺がてめぇをぶっ殺して、その首を手土産にアンジュの墓参りに行くからよ」

 

 

 

 【1章6節:Disaster strikes ~END~】

 

 【1章7節:必要悪】に続く…………。




 低評価ついてモチベ無くなったので更新お休みします。


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