三日月の傭兵は王女と旅をする  (八魔刀)
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プロローグ

 夢を見ていた。

 その夢は、夢を見ている男の過去だ。男はとある国の騎士だった。

 何のことはない、ただ王と王妃の二人と親しく、その娘達にも慕われているだけの騎士だ。

 彼にとってそこが国であり、唯一心が安まる場所だった。

 この場所を守る為ならば何でもする。この光を失いたくない。そう思っていた。

 だが、それも幻想に終わる。

 大きな戦いが起こり、彼が守る国は戦火に犯された。

 彼は弱かった。彼に力が無かったばかりに、彼の国は欠けてしまった。

 彼は己の弱さと無力さに絶望し、罪の意識から国に背を向けてしまった。

 そこに守るべき者達がまだ存在するのに、彼は去ってしまった。

 残された者達が、どんな顔をしているのか、彼には分からなかった。

 否、知りたくなかった。知るのが怖かったからだ。

 彼は弱かった。

 

「……」

 

 彼は目を覚ました。

 ベッドではなくソファーで眠っていたようで、側のテーブルには酒瓶が数本空になって転がっていた。

 彼は魘されていたのか、シャツが汗でべっとりだ。

 身体を伸ばし、ソファーから立ち上がって部屋のカーテンを開く。

 既に日は昇っており、眩しい日差しが彼と彼の部屋を照らす。

 黒髪に至極色の瞳をした彼は大きな欠伸をして部屋を見渡した。

 部屋はまるで泥棒に入られたように散らかっている。

 昨晩、仕事から帰宅して酒を飲んでからの記憶が無い。

 飲み過ぎた、と頭痛がする頭を押さえ散らかっているゴミを纏めて掃除を始めた。

 

「いっつ……嫌なことを忘れようとして飲んだってのに、夢で思い出させるなよ」

 

 ぼやきながら彼はゴミを纏め、汗を流すためにシャワーを浴びた。

 熱い湯が寝起きの身体を覚醒させ、重い気分を晴らしていく。

 シャワーから出た彼は、黒のインナーと黒のズボン姿になり、一階に降りた。

 一階は大きな部屋になっており、大きなデスクや来客用のソファー等があり、まるで事務所のような光景である。というか事務所である。

 彼はデスクに着席し、足をデスクの上に乗せて寛ぐ。

 その時、事務所の扉が開いた。

 紺のスーツにジャケットを纏い、紺のハットを被った男性が葉巻を吹かしながら入ってきた。

 男性は寛いでいる彼を見ると、ハットを脱いで挨拶する。

 

「おはよう、レギアスの旦那。といっても、もう昼だがね」

 

「……なんだ、エルドか。何の用だ? 今日は休みだぞ」

 

 レギアス、そう呼ばれた彼はエルドと呼んだ男性を見て、ウンザリした表情で天井を仰ぐ。

 エルドは軽く笑い、懐から二つの封筒を取り出してデスクの上に置いた。内一つは分厚い封筒だ。

 

「この間の仕事のギャラだ。デーマンを二十体ほど狩ったんだってな? そんな数がこの街の近く居たんだと思うと、ゾッとするよ」

 

 レギアスは分厚い封筒を手に取ると中身を確認する。

 中には分厚い札束がギッシリと詰まっていた。

 受け取ったお金をデスクの引き出しにしまうと、再び足をデスクの上に置き、椅子にもたれかかって天井を見上げた。

 

「……で? そっちは?」

 

「喜べ、新しい仕事だ」

 

「今日は休みだと言った。とっととそいつを持って帰ってくれ」

 

「そう言うなって。こいつぁ、さる国のお偉いさん直々に旦那をご指名なんだ」

 

「誰だよ、そいつは?」

 

「――マスティア王国、現国王イル・オイフェ・マスティア様だ」

 

 レギアスがピクリと反応し、姿勢を正した。

 その表情は驚きというよりも疑問が現れている。

 レギアスはもう一つの封筒を手に取る。

 その封筒には、確かにマスティア家の家紋である三つ首の獅子の封蝋が押されている。

 差出人の名は国王の名で、宛名はレギアスとなっている。

 レギアスはどういうつもりだ、とエルドに視線を投げるが、エルドは葉巻を吹かしているだけで何も言わない。

 レギアスは封を破り、中に入っている手紙を読む。

 

『レギアス、我が友よ。どうか力を貸して欲しい。この国が滅ぶかどうかの瀬戸際に立っている。お前の力が必要なのだ』

 

 手紙にはそれだけが書かれている。

 一体何が起こったのかは不明だが、マスティア王国の危機と言うことには間違いない。

 レギアスは己が知っている国王を思い出す。

 国王は何時でも弱味や隙を見せず、誰かに助けを請うような人ではなかった。

 そんな国王が手紙を寄越すほどの事態が起きているのか。

 レギアスはエルドに向き直り確認する。

 

「これは本当にイルからの手紙か?」

 

「間違いないねぇ。なんせ本人から直接預かったからな」

 

「王国で何が起きてる?」

 

「そこまでは教えて貰えなかったさ。できるだけ外部に漏らしたくない情報らしい」

 

 レギアスは舌打ちした。端から見れば王国の一大事に動揺しているようにも見えなくもない。

 しかし本心は全く別のことを考えていた。

 

「久々の休日がパーだ、チクショウ。今日は釣りの予定だったんだぞ」

 

「国王陛下直々の救援要請にそう言えるのは、旦那、アンタだけだ」

 

 レギアスは立ち上がり、ソファーに投げ捨てられていた黒のコートを着る。

 黒のブーツを掃き、壁にかけられている白銀の大剣を背負った。

 事務所の扉を力強く開き、外に出る。

 外の空気を大きく吸い、軽く身体を動かして解す。

 

「エルド、留守を頼む。あと葉巻を中で吸い過ぎるな。臭くなる」

 

「へいへい。ま、タンマリ稼いできな」

 

 レギアスは軽くて振って事務所を後にした。

 残ったエルドは先程までレギアスが座っていたデスクの椅子に深く腰掛け、葉巻を吹かした。

 その時、一人の老婆が入ってきた。

 

「あれま、レギアスさんはお出かけかい?」

 

「エリザベスお婆ちゃんじゃないか。どうしたんだ?」

 

「いやぁね、ちょっと頼み事があったんだけどねぇ……」

 

「旦那は仕事でマスティアに行っちまったよ。それに、旦那はデーマン相手しか商売しねぇさ。俺で良ければ頼み事聞くぜ?」

 

「そうかい? それじゃお願いしようかねぇ」

 

「あいよ。この便利屋にお任せあれ」

 

 そう言うとエルドはお婆さんと一緒に事務所を出た。

 事務所の入り口には大きな看板が掛けられていた。

 

三日月の剣(クレセント・グレイブ)』――そう看板には書かれている。

 

 彼らは便利屋という傭兵稼業を営んでいるのだ。

 

 

 

 

 



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第1話 旧友・国王からの依頼 

 三千年前――「エイラス」と呼ばれるこの世界は、ドラゴンと人間の戦争で荒れ果てていた。

 ドラゴンは強大な力で人間を蹂躙し、人間は結束の力でこれに対抗していた。

 その戦いに終止符を打ったのは、人間に味方した一部のドラゴン達であった。

 彼らは己の力と人間の力を合わせ、ドラゴンらを異界に封じた。

 人間を愛し、人間の為に戦ったドラゴン達は伝説として語り継がれていった。

 中でも、一際伝説となったドラゴンの名は――クロウ・クルワッハ。

 漆黒の竜王である。

 

 時は流れ現在。

 ドラゴンとの戦争は去ったが、未だ人間はドラゴンの脅威に晒されている。

 ドラゴンは封じられる直前、人間に呪いをかけた。

 その呪いとは、魔力と呼ばれる力の源を持つ人間が減ると言うもの。

 魔力は人間ならば誰しもが持つ物であったが、長い時が流れた今、魔力を持っている者は人口の三割程度しかいない。

 更に、その魔力の質も落ちてしまい、三千年前とは比べ物にならない程に弱くなってしまっている。

 そして問題はそれだけではない。

 異界へと封じたドラゴンの内、力の弱いドラゴンらが異界からこの世界に入り込んでしまい、封印を完全に解くため、デーマンと呼称する化け物を産み出した。

 デーマンは凶暴で人間を餌として襲い、外側から異界の封印を解こうとしている。

 人間はそれらに対抗すべく、人間の味方であるドラゴン達を守護神と崇め、力を授かりこの危機に立ち向かっているのである。

 だがドラゴンから力を授かった者達以外の殆どは魔法が使えない。

 魔法という文明は廃れてはいないが使用されず、電力や火力といった自然エネルギーを使用した機械による文明が発達している。

 特にグランファシア帝国という、世界二大国の一つが科学技術の最先端を走っている。

 もう一つの二大国であるマスティア王国は、古き文明である魔法を重んじており、科学技術を取り入れ生活の大部分を占めても魔法を使用している。

 それができるのは、マスティア王国に産まれる者達に魔力保有者が多いからである。

 この二つの国は、戦争を行っている。

 今でこそ小さな小競り合いしか起きていないが、十年前までは大地を焼き尽くす大きな戦争が起きていた。

 

 国王から呼び出されたレギアスは城に登城し、謁見の間に案内された。謁見の間では帯剣した騎士達が並んでおり、数人の給仕達もいる。

 高い位置に設置されている玉座には、黒と白が混じった髪の男性、国王イル・オイフェ・マスティアが座っている。

 その隣に立つのは白の軽装を纏った女騎士だ。

 レギアスはその女騎士を見て目を見開いた。

 臀部を覆い隠すほど長い白銀の髪に碧色の瞳を持つ絶世の美貌を持った女騎士。

 鋭い眼をしており、纏う空気はレギアスを威圧するようだ。

 レギアスと目が合ったその女騎士は、眼を更に鋭くしレギアスを睨んだ。

 スッと目を反らし、レギアスは国王に一礼する。

 その一礼を受けた国王イルは不味い物でも食べたかのように「げーっ」と顔を歪める。

 

「らしくないな、お前が礼を尽くすなんて」

 

 どっしりとした重みのある、しかし優しさを感じる声でレギアスに言う。

 

「ちょっとしたジョークさ。ここに来るのは十年ぶりなもんでね。気まずいのさ」

 

「もう十年か。十年経っても、お前は相変わらずだな。一向に老けない」

 

「アンタは一気に老けたな。白髪が増えてる。小皺も増えたんじゃないか?」

 

「何分、苦労が多いからな。特にここ最近は」

 

「それでも老けすぎだろ。十年だったらお前はまだ四十――」

 

「んんっ……お父様、早く本題を」

 

 レギアスとイルが話に花を咲かそうとしていると、イルの隣に立っている女騎士が咳払いをして中断させ、イルに本題を促す。

 

「あ、ああ、そうだな。すまない、アナト」

 

 アナト、それが女騎士の名前である。

 本名、アナト・フォン・マスティア。国王イルの実の娘であり第二王女である。

 騎士の格好をしているのは、公務としてこの国の騎士団に携わっているからであろう。

 鋭い雰囲気もこれで納得が出来る。

 今は王女としてこの場にいるのではなく、騎士として王の護衛のようなものに就いているのだろう。

 イルは先程までの優しい雰囲気を消し、威厳ある王の空気を纏った。

 

「三日前、我が城に賊が襲撃した。そしてあろう事か、私の宝を盗んでいった」

 

「お前に宝を愛でる趣味があったなんてな。初耳だ」

 

「ぶ、無礼者! 貴様、誰に物を申しておる!」

 

 レギアスの態度に、大臣らしき男性が顔を真っ赤にして怒鳴る。

 確かに今のレギアスの態度は国王に向けるようなものではない。

 しかしレギアスとイルの間には、王と民のような関係ではなく、それ以上の関係で成りたっている。

 イルは大臣を諫め、レギアスを見つめる。

 

「この宝はお前にとっても大事なモノの筈だ」

 

「……何だよ?」

 

「――私の娘、ベールが攫われたのだ」

 

 レギアスは表情を変えた。

 真面目にイルへと向き直り、早く続きを話せと眼で催促する。

 

「侵入した賊は帝国の手の者であり、後日、この様な要求をしてきた」

 

 大臣が懐から出したのは一通の手紙。

 レギアスはその手紙を手に取り、内容を読む。

 

『王国全領土の武力放棄と全面降伏を望む。さもなくば王女の命は無い』

 

 帝国の素直な要求に、レギアスは笑ってしまう。

 王女一つの命で王国が手に入ると帝国は思っている。

 普通はその程度で国は奪えないものだ。

 だが、レギアスは知っている。

 イルが娘をどれ程大切にしているかを。

 娘を何よりも愛しており、己の命に代えてでも守ろうとするだろう。

 今回も、国を明け渡して助けられるのなら明け渡したいと思っていることだろう。

 しかし、レギアスは知っている。

 イルは国王として民をどれだけ愛しているか。

 娘の命一つで民達が助かるのならば、娘を切り捨てることだって必要ならばやるだろう。

 イルは父と国王、二つの立場に板挟みされているのだ。

 

「イル、お前は父としても国王としても中途半端だな」

 

「耳が痛いな。王としての覚悟はできているつもりであった。だがこれも、お前がいてくれるから悩めるのだ。お前なら助けだしてくれると、私は知っているからな」

 

「……どうして俺をそこまで信用する? 俺はお前の、お前達の……」

 

 レギアスは拳を握り締めた。

 その表情は何かに苦しんでいるような表情だ。

 イルは玉座から立ち上がり、段を降りてレギアスの前に立つ。

 レギアスの肩に手を置き、慈愛に満ちた表情で告げる。

 

「確かに、十年前の戦いで私は妻を、娘達にとっては母を、そして友を失った。しかしそれはお前も同じだ。お前も失ったのだ。共に悲しむこそすれ、お前を憎むことはない」

 

「……ベールの居場所は判っているのか?」

 

 レギアスはイルの手を払い除け、顔を反らして訊ねる。

 イルは軽く笑みを浮かべ、玉座へと戻る。

 

「ベールは片時も我妻アーシェの形見を離さない。それに仕掛けておいた探知魔法により居場所は突き止めている。場所は北の帝国領、国境都市だ。そこの要塞に囚われている」

 

「どうして俺なんだ? 騎士団を使えば良いだろう?」

 

「帝国は我が騎士団が動いたと判ればすぐにベールを処刑する。故に騎士団は動かせん。少数精鋭で気付かれず要塞に侵入し、ベールを無傷で助け出せるのはお前を置いて他に居ない」

 

「それ、あんまり騎士達の前では言うなよ。嫉妬で後ろから刺されちまう。それと、俺への依頼料は高いぞ?」

 

「我が娘の為だ。惜しみはせん」

 

「結構。なら、『三日月の剣(クレセント・グレイブ)』はその依頼を正式に引き受ける」

 

 レギアスはベール救出の依頼を承諾した。

 レギアスは『三日月の剣』という便利屋を営んでいる。

 便利屋と銘打っているが、その実、デーマン絡みの危険な仕事しか請け負わない。

 その理由は明かしていないが、どれだけ金を積まれようともそれ以外の仕事は断固として引き受けない。

 今回は特別な事情から引き受けている。

 イルは承諾したレギアスに笑みを浮かべた。

 レギアスがすぐに取り掛かれるよう、大臣に準備を急がせる。

 命を下された大臣はレギアスをキッと睨んでから謁見の間から出て行った。

 レギアスはそれを見てフッと鼻で軽く笑う。

 

「随分と嫌われてるな。ま、無理もないか」

 

「……いずれ理解してもらえる時が来る。お前は英雄なのだ」

 

「英雄ね……」

 

「……準備ができ次第、すぐに出発してもらう。部屋を用意する。それまで休んでいてくれ」

 

「別に良いさ。城門に馬車を向かわしといてくれ。そこで合流する」

 

 そう言い残し、レギアスは出て行く。

 出て行く瞬間、アナトと眼が合う。

 アナトはレギアスを冷たい眼で睨み付けていた。

 レギアスはその視線を受け、胸の内が締め付けられるような感覚を覚えた。

 

 

 



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第2話 旧友・国王からの依頼 2

 

 マスティア王国の王都ライガットは巨大な城郭都市である。

 都市を巨大な城壁で取り囲んでおり、城は中央に建っている。

 王都から出るには四箇所ある城門を通らなければならない。

 レギアスはその内の一つである城門に到着し、そこで待機している馬車と合流した。

 しかし、その馬車の側で待っている二人の人物にくるりと翻して着た道を引き返す。

 直後、レギアスの足下にナイフが投げられ、レギアスは足を止めた。

 

「何処へ行く?」

 

「……何で居るんだよ?」

 

 レギアスは頭を抱えながら振り向く。

 振り向いた先には二人の男女が立っていた。

 一人は黒のジャケットを着た巨漢の男性。

 茶髪の髪を掻き上げて、厳つい顔をしているが緑色の瞳は優しく輝いている。

 もう一人はアナトだ。謁見の間で着ていた騎士甲冑ではなく、白のジャケットを着ている。

 アナトはレギアスが拾ったナイフを受け取り、腰のホルスターに納刀しながら答える。

 

「私も行く」

 

「王女様がか? 止めとけ、何の為に俺が行くと思ってんだ?」

 

「帝国内では顔を隠す。それに、お前ではベールの正確な居場所はわからないだろ」

 

「お前ならわかるってのか?」

 

 アナトは首に掛けている白水晶のペンダントを取り出した。

 その水晶の中は魔力の粒子が微妙に動いて綺麗な紋様を描いている。

 

「ベールはこれと対を成す黒水晶を持っている。二つの水晶は互いの場所を教え合う」

 

「じゃあそれを寄越せ」

 

 レギアスは水晶に手を伸ばすが、アナトが手を叩いて阻止する。

 呆れた風に肩を落とすレギアスは、少し苛ついたような表情をし、アナトの後ろに控えている大男に視線をやる。

 その大男は腕を組み、二人のやり取りを苦笑しながら眺めていた。

 視線を送られ、大男は頭をかく。

 

「なぁ大将、姫様の我が儘聞いてやってくれよ」

 

「危険なだけだ」

 

「そう言うなって。それに十年前とは違ぇんだ」

 

「……確かに、昔は小さなガキンチョだったのにな、オルガ」

 

 オルガ、そう呼ばれた大男は腕の筋肉をレギアスに見せつける。

 まるで大木のように太い。上半身や下半身も鍛え上げられている。

 身長もレギアスより高く、アナトが幼い子供に見えてしまう。

 オルガはレギアスの肩に腕を回し、アナトから距離を少しだけ取って小声で話し出す。

 

「なぁ、頼むって大将。姫様、大将が来るって聞いてから怖ぇんだ。此処で言うこと聞いて少しでもご機嫌取ってくれよ」

 

「馬鹿を言うな。いったい何処に敵国に王女を連れて行く奴がある? 面倒を増やすな」

 

「大丈夫だ。ああ見えて、姫様はもうそんじょそこらの騎士よりも強い。足手纏いにならない」

 

「アナトが? まさか……」

 

 レギアスは後ろで腕を組んで睨み付けているアナトに視線をやる。

 一見すると華奢なようだが、立っている様からちゃんと鍛えているのが判る。

 事実、腰に剣を差しているが、その重みに負けず重心がズレていない。

 それに彼女から感じる魔力は、一般の者達と比べて圧倒的に多く感じる。

 現代に生きる人間は魔力を持たない者が殆どで、持っている者でもその魔力保有量は少なく質も低い。

 騎士達は国を守護するドラゴンから力を授かり魔力を得ているが、それでもアナトが持つ魔力の大きさははっきり言って異常だとレギアスは感じていた。

 レギアスはアナトに確認する。

 

「その魔力、どうやって手に入れた?」

 

「ミアと契約した」

 

 ミア、とはマスティア王国を守護するドラゴンの名であり、王家と騎士団に力を与えている。

 

「それにしてもその魔力量は……」

 

「ぐだぐだ煩い奴だ。そもそもお前に拒否権は無い。時間の無駄だ。早く行くぞ」

 

「あ、おい……!」

 

 アナトは話を打ち切り、馬車の中に入る。

 残された二人は顔を見合わせ、オルガは乾いた笑みを浮かべ、レギアスは溜息を吐いた。

 レギアスは御者の隣に座ろうとしたが、オルガに引き留められ、客席へと案内される。

 オルガは笑って親指を立てるが、レギアスは顔を引き攣らせてオルガを睨む。

 客席に入ると、アナトは腕を組んで静かに窓から外を眺めている。

 レギアスは観念してアナトの斜め前に座る。

 オルガの合図で馬車が走り出し、暫く無言の時間が流れる。

 王都の外は広大な草原が広がっており、喉かな光景で溢れている。

 しかし夜になると、デーマンが出没し出し、恐ろしい光景に変わってしまう。

 デーマンの活動時間は基本的に夜であり、日が昇っている内はデーマンに遭遇する確率はかなり低い。また、王都に侵入することはほぼ無い。

 デーマンはドラゴンから産み出された存在だが、産み出したドラゴンは人間に悪意を持っており、デーマンはその悪意を生まれ持っている。

 人間を守護するドラゴンは、その悪意に反応する波動の結界を王都からその周囲に展開しており、デーマンは近寄れないのだ。

 だが、それも王都の付近だけ。

 それ以外の街では、力を授かった騎士達が魔法で結界を展開しているため、街の外に出ればデーマンと遭遇する可能性が高い。

 その為、街の外に出る場合には必ず騎士達が護衛に就く。

 馬車に揺られて暫くの時間が流れた。長い沈黙に耐えかねて破ったのは、御者の隣に座っているオルガだった。

 

「そ、それにしても、こうして一緒に行動するのは久しぶりだな!」

 

「……そうだな」

 

 オルガの話に反応したのはレギアスだ。

 

「いつぶりだ? 最後に一緒だったのは、確か……」

 

「十年前の『人竜戦争』だろ」

 

「そう! 人竜戦争……ぁ」

 

 オルガは「しまった」、と拙い表情をしてチラリと客席の中を見る。

 客席の中は凍ったように冷たく、海中の中のように重苦しい空気になっていた。

 人竜戦争――それは十年前に起こった、人間とドラゴンのたった一度の戦いだ。

 強大な力を持つドラゴンが、異界の封印を破って現れ、マスティア王国領で数多のドラゴンとデーマンを産み出して人間に攻撃を仕掛けたのだ。

 最終的に人間が勝利したが、その被害は甚大なのものであり、マスティア王国は守護神であるドラゴンを失い、そして特別な力を持つ王妃が、戦いの中で亡くなってしまったのである。

 レギアスは、人竜戦争に参加していた。

 

「……あの戦いでは大将はよくやったさ。大将がいなけりゃ、人間は負けていた」

 

「だが俺は結局守れなかった。それはお前もよく知ってるはずだ」

 

「だけどよ……」

 

「部隊も俺とお前以外は全滅。『ティア』も力尽き、『アーシェ』も……」

 

 その時の光景が、レギアスの脳裏を過る。

 赤く燃える戦場で、仲間だったモノが転がり、友であったドラゴンは枯れ、そして一番の理解者であった女性が、己の腕の中で息絶えた光景を。

 あの時、己にもっと力があれば、彼女達の未来は今も輝いていたはずだ。

 あの時、自分の力に驕りさえなければ、今を生きる者達を悲しませなかったはずだ。

 レギアスはそれをこの十年、後悔しているのだ。

 一度たりとも忘れることなく、何度も夢に見て、あの時の後悔を追体験している。

 酒に逃げる時もあった。闇雲に剣を振るいデーマンの血を浴びることに没頭することで逃げる時もあった。

 だけど逃げられない。逃げられない罪の意識が、レギアスに絡みついている。

 今回の依頼も、レギアスの胸中には罪滅ぼしの気持ちも、実はあるのだ。

 

「それで、お前は逃げたのか?」

 

「っ……」

 

 アナトがレギアスを睨んでいた。冷たく鋭い瞳で、レギアスを射貫いている。

 

「守ると約束したのに、守れなかったから逃げたのか?」

 

「……悪い」

 

「っ……! お前はあの時、逃げるべきじゃなかった! 守れなかった分、お前は……!」

 

「アナト……」

 

 アナトは薄く涙を流していた。

 どうして泣いているのか、レギアスは解らなかった。

 己に向けられる怒りからなのか、己が守るべき者を失った悲しみからなのか。

 だが一つだけ解ったことがある。

 アナトはレギアスに逃げ出して欲しくなかったのだと。

 逃げ出さず、遺された者達を守るべきだったと。

 しかし、レギアスは逃げ出した。

 自分には、此処にいる資格は無いのだと、そう思っているからだ。

 

「……俺はお前達の側に居る資格は無いんだ」

 

「それを……! それをお前は『ティア』とお母様に言えるのか!」

 

「……すまない」

 

 レギアスはアナトに視線を合わせないまま、客席の扉を開けて屋根の上に登った。

 今、アナトと顔を合わせていたら、今後の作戦に支障をきたしてしまうと考えての行動だ。

 アナトは謝るだけでそれ以外何も言わないレギアスに苛立ち、椅子を蹴り上げる。

 人竜戦争の話題を振ってしまったオルガは頭を抱えた。

 オルガが考えている以上に二人の関係は悪いようだ。何とか関係を修復させるために動いてみたが、反って悪化させてしまったようだ。

 その後は特に言葉を交わすことも無く、馬車の目的地まで揺られていた。

 

 



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第3話 襲来・空の災厄

 馬車は港に到着した。

 この港から出る飛空挺と呼ばれる空飛ぶ乗り物で王国の国境要塞近くの港まで移動する。

 飛空挺は世界中で活躍している乗り物であり、動力源は電力である。

 だたマスティア製のは魔法も組み込まれており、高性能である。

 高度もより高く、速度もより速く、燃費も良い。

 見た目は、海上を走る船とほぼ同じである。帆の部分が気球な物もあれば、帆船と同じ物もある。

 三人が乗るのは王族専用機であり、小型の物だ。それでも人は十数人一度に乗れるだろう。

 飛空挺に乗り込むと、すぐさま離陸し目的地へと発進した。

 アナトは個室に入り、オルガは船長と話をしに艦橋へ。

 レギアスは客席に座り、イルから渡されていた帝国の情報資料に目を通す。

 情報には、ベールを攫った部隊について書かれている。

 最近帝国で新設された部隊らしく、隠密行動に長けている者達が集まっているようだ。

 今回の襲撃は夜中に行われたようで、その手際の良さに防ぐことができなかったらしい。

 十年前の王国ならそもそも王都に侵入した時点でバレてしまう。

 だが今はそうではない。

 何故ならば十年前と現在では、国を守護しているドラゴンが違うからである。

 十年前のドラゴンは、人竜戦争で命を落としている。

 国を守る為、かけがえのない存在を守る為、その命を犠牲にして国を守り抜いたからだ。

 今のドラゴンは、命を落としたドラゴンの転生体である。

 国を守護するドラゴンは魂が消滅しない限り、本当の意味で死にはしない。

 肉体は滅びるが、その場で転生を行い、新たなドラゴンとして誕生するのだ。

 しかし、その力は激減する。

 王国に侵入を許してしまったのは、今代のドラゴンの力が弱いからである。

 デーマンの侵入を防げても、人間の侵入は防げなかったようだ。

 ベールを攫った部隊の長は、ウォーカー大佐という人物であり、二十五歳という若さで成り上がる腕を持つようだ。

 経歴はあまり知られていない様子。

 レギアスは資料に同封されていた写真を手に取る。

 その写真には美女が写っている。

 

「ベール……」

 

 その美女は、今回の目的であるベールだ。

 ベール・フォン・マスティア。

 年齢は二十歳であり、白銀の髪を持つアナトとは違い、レギアスと同じ色の艶やかな長い黒髪、瞳の色は碧色であり、アナトと同じかそれ以上の絶世の美女である。

 

「なんともまぁ、えらく美人になったな」

 

「ほーう? 大将はベール様がお好みか?」

 

「止せ、イルに殺されちまう」

 

 レギアスが写真を眺めていると、オルガがコーヒーを持ってやって来た。

 コーヒーをテーブルに置き、レギアスの正面に座る。

 オルガは寛いでレギアスと雑談し始める。

 

「実際の所どうなんだ?」

 

「何が?」

 

「女とかいないのか?」

 

 レギアスは呆れた表情をする。

 何を言っているのだろうか、この筋肉達磨は。

 そう表情が物語っている。

 そんなレギアスに気が付かないのか、オルガは興味津々だ。

 ズイッと身体を寄せて聞き出そうとする。

 

「どうなんだ?」

 

「……そういうお前こそどうなんだ? もういい歳だろ。確か二十七か?」

 

「俺ぁ良いんだよ。女は得意じゃない」

 

「ま、そんな筋肉達磨じゃあな」

 

「言うじゃねぇか。なら、そんな筋肉達磨からの挑戦、受けてくれよ」

 

 オルガはコーヒーを別のテーブルに置き、右腕の肘をついてレギアスに右手を差し出した。

 オルガは腕相撲をレギアスに挑んだ。

 不敵な笑みを浮かべ、レギアスを挑発する。

 レギアスは少し考える素振りを見せ、「面白い」と笑って手を組んだ。

 

「じゃあ、いくぜ。レディー……ゴー!」

 

「ふんっ!」

 

 オルガの合図と共に両者は腕に力を入れる。

 両者ともブルブルと腕を振るわせてはいるが、腕は組んだ状態から殆ど動いていない。

 オルガは力みながら話を再開する。

 

「大将が騎士団を抜けて去ってからっ、姫様達はそりゃあ随分と落ち込んだもんだぞっ!」

 

「知るかっ……! 俺は騎士団に残れなかったっ! 守護竜とっ、王妃を守れなかった騎士がっ、裁かれない訳がないっ!」

 

「国王陛下がっ、体裁の為にっ、大将に批難を浴びせない為にっ、騎士団追放を判断したのは知ってるっ! だが国からっ、姫様達の前から姿を消さなくても良かったんじゃねぇかっ!」

 

「んんっ……!」

 

 オルガの腕がレギアスの腕を押し込み、レギアスの手がテーブルのすれすれで止まる。

 レギアスは歯を食い縛り、力を更に引き出して腕の位置を元の位置まで戻す。

 二人は脂汗を額に流し、歯軋りしながら睨み合う。

 テーブルが軋み始め、徐々に亀裂が入っていく。

 

「大将が居なくなっちまってっ、アナト様とベール様がどれ程悲しんだかっ、わかってんのかっ!」

 

「わかんねぇよっ……! 友を、アイツらの母を死なせた俺にっ、アイツらにしてやれることなんてねぇだろうがっ!」

 

「てめぇ……っ! それでも漢かァ!」

 

 オルガの咆哮と共に、レギアスの手はテーブルに叩き付けられた。

 テーブルはその衝撃で砕け散り、レギアスはその勢いのまま床に転がり込んだ。

 オルガは肩で大きく息をしながら汗を拭い、レギアスにビシッと指を差して説教を始める。

 レギアスは転がった状態でオルガを見上げた。

 

「てめぇ、姫様と約束したんだろうが! その約束を忘れて逃げてぇんじゃねぇぞ!」

 

「っ……」

 

「昔のアンタはどんな時でも胸張って生きてたじゃねぇか。それがたった一度の失敗でいじけてんじゃねぇよ」

 

 その時、レギアスはカッと目を開き、近くにあった別のテーブルを拳で殴り壊した。

 テーブルは粉々に砕け散り、レギアスの魔力が粒子となって四散していた。

 レギアスから確かに感じる怒りに、オルガは息を呑む。

 先程とは違う汗が背中に流れ、指一本足とも動かせなくなる。

 レギアスはゆっくりと立ち上がり、コートに着いた埃を手で払った。

 払いながら、オルガには目を合わせず口を開く。

 

「その一度の失敗で、イルは妻を、アイツらは母と友を失ったんだ」

 

 それを聞いたオルガは、自分が口にした事の愚かしさに気が付いた。

 

「わりぃ……そういうつもりで言ったわけじゃねぇんだ。ただ、俺は大将に前を向いて欲しくてよ……」

 

「……ふぅ、頭に血が上って感情的になるのが、お前の昔からの悪い癖だ。わかってるよ、お前が誰よりも他人想いなのは」

 

「すまねぇ……」

 

「……いいさ」

 

 その時、艦内に警報が鳴り響いた。

 甲高い警報に二人は瞬時に意識を切り替え、警戒態勢に入る。

 オルガは備え付けの通信機を手に取り、艦橋に繋ぐ。

 艦橋はすぐに通信に出て、オルガに状況を伝える。

 

「おいどうした!」

 

『デーマンです! 飛行型デーマンの群れが向かってきます! 数は不明!』

 

「デーマンだと? 何で真っ昼間に!」

 

『わかりません! 回避は不可能です! 相手の速度が上です!』

 

「オルガ!」

 

 レギアスは剣を背中に差し、オルガの名を呼ぶ。

 オルガは通信を切り、己の武器であるガントレットとレギンスを魔法で具現化させて取り出した。

 すぐさま二人はアナトがいる部屋に向かう。

 ちょうど部屋から出てきたアナトと鉢合わせし、レギアスは状況を伝える。

 

「何があった?」

 

「デーマンだ。戦いになる。お前は部屋から出るな」

 

「デーマン? この昼間に……私も戦う」

 

 アナトはレギアスを押し退け、部屋から出ようとする。

 しかし、レギアスは王女を態々戦いに出すわけにはいかず、アナトを押し止める。

 

「馬鹿を言うな。お前が出てどうなる。多少剣を使えるかもしれんが、戦わせるわけにはいかねぇだろ」

 

「――っ、子供扱いは止めろ!」

 

「お、おい!」

 

 アナトはレギアスを払い除け、早足で歩いて行く。

 レギアスとオルガは急いでアナトを追いかける。

 その最中、レギアスは先程のアナトの言葉の意味を考えていた。

 

「(子供扱い……? いったい何のことだ? 俺はただアナトを危険な目に……)」

 

 艦橋に到着し中に入る。

 艦橋では艦長の指示の下、組員達が忙しなく動いている。

 アナトが状況を館長に尋ねる。

 

「状況は?」

 

「ひ、姫様! どうして此処へ!」

 

「いいから答える!」

 

「は、はっ! 既にデーマンが船を包囲。魔法障壁で侵入を阻んでおりますが、それも何時まで保つか……」

 

「外で直接迎撃するしかないか……。私が出る。合図を出したら魔法障壁を切れ」

 

「な、そんな無茶な!」

 

 アナトは聞く耳持たんと言わんばかりに踵を返して艦橋から出て行こうとした。

 しかしレギアスがそれを止める。

 再び止められたアナトは苛立ちを露わにしてレギアスを睨み付け反論する。

 

「しつこい! 私は――」

 

「誰も止めやしねぇよ。ただ、一人で行かせるか」

 

「っ……」

 

「艦長、レーダーは生きてるな?」

 

「あ、ああ」

 

「なら何処かに大型のデーマンがいるはずだ。探せ。デーマンが群れで動く場合、必ず頭がいる。そいつを叩けば烏合の衆、勝手に散り散りになる」

 

「わ、わかった!」

 

「行くぞ」

 

 レギアスは艦橋を出た。

 その背中を、アナトは黙って見つめ、すぐに追いかける。

 オルガもアナトの後ろに付き、艦橋を出た。

 

 

 



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第4話 襲来・王女は強し、されど乙女

 三人は甲板に出た。

 外は無数のデーマンによって包囲されていた。

 デーマンの見た目は鳥のような蝙蝠のような印象で、大きさは成人男性ほどだ。

 デーマンらは何度も飛空挺に体当たりを仕掛けるが、見えない魔法障壁によって弾かれる。

 しかし数が数である。それが一斉に攻撃を仕掛けており、魔法障壁の耐久性にも限界が訪れるだろう。

 その前に、何としてでも撃退しなければならない。

 レギアスは背中の大剣を抜き取り、肩に担ぐ。

 アナトも腰の剣を抜く。

 レギアスは戦う前に、アナトがどんな戦いをするのかを確認する。

 レギアスはアナトの戦い方や実力を知らないからだ。

 

「アナト、お前どんな魔法が使える?」

 

「……」

 

「……アナト?」

 

「――身体強化」

 

 アナトは小さく呟くように答えた。

 

「そうか、身体きょぅ――え?」

 

 レギアスは目が点になった。

 身体強化、それは文字通り身体を魔力で強化する魔法である。筋力を上げて怪力を得たり、脚力を上げて高く跳べたり、その他早く動けたり色々できる。

 だがそれだけである。

 つまり――アナトはロクに魔法を使用できないということか。

 レギアスはオルガを見た。

 オルガは目を反らした。心なしか冷や汗を流している。

 

「おい! お前そんな魔力持ってんのに魔法使えねぇのか!」

 

「うるさい! 身体強化だって立派な魔法だ!」

 

「んなもん、魔法の内に入らねぇだろ! おまっ、ただの脳筋かよ!」

 

「言ったなァ! 使い方次第じゃ色々応用が利くんだよ!」

 

「じゃあやってみろよ! ウジャウジャ飛んでる奴相手にやってみろよ!」

 

「やってやるよォ!」

 

「ぐぇっ!」

 

 アナトはレギアスの胸ぐらを掴み、全身を魔力で強化した。

 強化されたアナトはレギアスを片腕で軽く持ち上げ、ブンブンと振り回しす。

 ある程度回転力を付けたところで、アナトはデーマンに向けてレギアスを放り投げた。

 弾丸となって放たれたレギアスは体勢を整えることもできず、魔法障壁に激突し、更に障壁をまるで窓硝子を割るようにして突き破る。

 そしてデーマンの一体にぶつかり、そのデーマンは衝撃で潰れた。

 

「よし」

 

「よし、じゃねぇよ! お前! 何しやがんだ!」

 

 レギアスは空に放り出されたが、落ちる前に別のデーマンに剣を差してその背に乗って足場とした。

 だがその表情は怒り心頭である。

 アナトは舌打ちをし、通信で船長に障壁を切るように伝える。

 レギアスは戦慄した。この十年で変わってしまった王女に。

 

 昔はもっと可愛らしく元気な女の子だった、なのにどうしてこんな野蛮な女になってしまったのか、あ、俺の所為か。

 

 そう嘆くレギアスは、心の中で彼女の父であるイルと、母であるアーシェに謝罪する。

 よもや、大切な愛娘がこんな怪力脳筋女になるとは重いもしなかっただろう。

 だが、と……。

 レギアスは思考を切り替える。

 アナトの蛮行は後で咎めるとして、彼女の能力は自分が思っている以上に強い。

 ただの身体強化では、障壁を破るほどの力は出せない。

 精々、瞬間的に常人の二、三倍ほどの力しか出せない。

 しかしアナトの身体強化はそれを遙かに超えている。

 おそらく、自分と同等且つそれ以上の力を出せるだろうと、レギアスは実際に力を受けた感覚から推測する。

 レギアスはデーマンの背に乗ったままアナトとオルガに指示を出す。

 

「いいか、お前ら。この数を相手にしてるほど暇じゃない。狙うは此奴らの頭。そいつが見つかるまで此奴らの相手をしてやれ。頭が見つかったら速攻でそいつを叩く」

 

 魔法障壁が解除された。

 デーマンらが一斉に甲板にいるアナトとオルガ目掛けて突撃する。

 アナトは剣で近寄ってくるデーマンを斬り落とし、オルガはガントレットを纏った拳で粉砕する。

 レギアスも刺している剣を抜き取り、別のデーマンへと跳び移り、剣を刺した。

 それを繰り返し甲板の上へと戻る。

 三人は背中を向け合い、甲板の中央に立つ。

 

「まさか、お前と戦う日が来るなんてな」

 

「ふん……」

 

「さて、久々の大将との共闘だ。腕が鳴るなァ!」

 

 デーマンらの猛攻が始まった。

 奴らの攻撃方法は単純。鋭い牙と足の爪を立てて突撃してくるだけ。

 速いが直線上の動きであり、デーマンの動きを捉えることに三人は苦労しない。

 レギアスとアナトは剣で、オルガは拳でデーマンを叩いていく。

 デーマンは血を流すが、死ぬと魔力の粒子となって肉体が消えていく。

 三人は大量の返り血と粒子を甲板に撒き散らしていく。

 戦いの最中、レギアスはアナトに視線を持っていく。

 アナトの動きはよく洗練されている。足運びや剣を振るう動作。周囲への意識もできている。

 アナトが先程口にした言葉をレギアスは思い出す。

 子供扱いするな。

 レギアスは己の考えを少し改めた。

 アナトは王女だ。だが戦える王女なのだ、と。

 その時、デーマンが一箇所に集まり、塊となって突撃し出した。

 

「大将!」

 

「ちっ……面倒だ」

 

「おい! お前なら魔力の一撃でやれるだろ!」

 

「っ……」

 

 アナトが剣を振るい他のデーマンを斬り落としながらレギアスに言う。

 レギアスは一瞬言葉を詰まらせるが、頷いて剣に魔力を込め始める。

 黒色の魔力が剣に渦巻く。

 しかし、その魔力はすぐに弾けて四散してしまう。

 

「くっ……!」

 

「大将、何してる!」

 

「黙ってろ!」

 

 レギアスは再び魔力を練り上げて剣へと込めるが、またしても弾けて四散してしまう。

 オルガは信じられない表情を浮かべ、レギアスを見た。

 レギアスは冗談でも噓でもなく、本気で魔力を扱えていないようだ。

 その間にも、デーマンの塊は迫ってくる。

 レギアスは魔力を込めるが上手くいかない。

 

「チクショウ……!」

 

「……オルガ! 任せる!」

 

「姫様、まさか! いけません!」

 

 アナトはレギアスの前に立ち、己の剣に魔力を集中させる。

 白銀に輝く魔力がアナトの周囲に渦巻き、空気を振動させる。

 その光景を見て、レギアスは息を呑む。

 人の身に宿すにしてはあまりにも膨大で強大な魔力。

 レギアスは十年前の人竜戦争を思い出す。

 そう、この感じは、アナトの母、アーシェが死んだ時と似ている。

 

「待――」

 

 レギアスが止めに入る間もなく、アナトは剣を振り下ろした。

 そして、剣が振り下ろされると同時に、アナトの魔力が轟音と共に放たれ、デーマンの塊を呑み込んだ。

 凄まじい衝撃が三人を襲い、その衝撃波で他のデーマンも吹き飛ばしていく。

 全ての魔力が打ち切られた時、呑み込まれていたデーマンの塊は消滅していた。

 大半のデーマンが消滅しており、レギアスは我が目を疑った。

 ただの人間が、ドラゴンの呪いによって魔力が衰弱している人間が、これ程までの威力を持つ魔法を放てるなど、世界にどれ程居ようか。

 その時、アナトの身体がフラつき、崩れ落ちた。

 すぐさまオルガがアナトを受け止め、甲板に倒れることはなかった。

 レギアスは自分の血の気が引くのを感じた。

 あの時の光景と同じだからだ。

 

「アナト!」

 

「大将、落ち着け! 気を失っているだけだ!」

 

 アナトはぐったりとしているが顔から生気は失われておらず、呼吸もしていた。

 生きていることに、レギアスは安堵して胸を撫で下ろした。

 もし最悪な事態に陥っていたら、レギアスは自分がどうなってしまうのかわからなかった。

 オルガは安堵しているレギアスをチラリと見る。

 

「大将……アンタ、まさか……」

 

 オルガはある推測が浮かんだ。

 それを確かめるべく、レギアスに訊く。

 レギアスはゆっくりと頷いた。

 

「……ああ。あの日から魔力が使えない」

 

「トラウマ? まさか大将が……。どおりで腕相撲に勝てるわけだ」

 

 レギアスが魔力を込められなかった理由。

 それは人竜戦争で刻み込まれたトラウマが原因だった。

 守るべき者達を守れず目の前で失った光景が、罪の意識が、レギアスの心を蝕み、レギアスの本来の力を発揮できなくさせてしまったのだ。

 

「そんなんで、ベール様を助けられるのか……?」

 

「使えないのは魔力だけだ。身体能力は変わらない」

 

「……信じて良いんだな?」

 

 と、そこでアナトが持つ通信機に連絡が入る。

 それをレギアスがすかさず取り、通信に出る。

 通信は館長からだった。

 

「俺だ。アナトは今出られない」

 

『レギアス殿か! 大型を発見した! おそらくこれが指揮を執っている!』

 

「でかした。場所は?」

 

『西の方角、巨大な雲の中だ!』

 

 レギアスは通信を切り、オルガに渡す。

 剣を肩に担ぎ、遠くに見える巨大な雲に目を凝らす。

 常人では見えない距離だが、レギアスの目には確りと写った。

 一際大きく、周囲に先程まで戦っていたデーマンが飛んでいる。

 奴が頭で間違いないとレギアスは確信する。

 

「どうすんだ?」

 

「片付けてくる。アナトは任せた」

 

「片付けるって、どうやってあそこまで行くつもりだ?」

 

 レギアスは甲板から跳び、まだ近くを飛んでいるデーマンに移った。

 剣を突き刺し、剣を動かすことでデーマンを痛みで操る。

 

「オルガ、お前に見せてやる。俺を信じる為の根拠を」

 

 レギアスはデーマンを操り移動させた。

 途中で何度も別のデーマンに跳び移り、大型のデーマンの下へと近づく。

 一度でもバランスを崩し、落ちてしまったら戻ることはほぼ不可能。

 落ちてしまったら即死の高さで、レギアスは臆することなくデーマンを足場にして駆けていく。

 足場にしたデーマンが暴れようとも、レギアスがそれを許さない。

 剣を深く刺し込み、言うことを聞かせる。

 そして、レギアスは大型の下まで辿り着いた。

 大型のデーマンは小型のデーマンと違い動きが鈍く、暴れる様子を見せない。

 周囲を飛ぶ小型デーマンの群れがレギアスに襲いかかる。

 それがどうしたと、レギアスは小型デーマンの上を跳び交い、大型デーマンの目の前に跳び出す。

 大剣を振り上げた所でレギアスはデーマンと目が合う。

 デーマンは怒りの籠もった巨大な目でレギアスを睨んだ。

 

「ガンつけてんじゃねぇよ」

 

 一閃。

 レギアスの大剣は縦に振り下ろされた。

 一拍遅れた後、デーマンの巨大は真っ二つに両断され、デーマンの断末魔と共に肉体は粒子とかして消えていった。

 統制をとっていたデーマンが倒されて事で、小型のデーマンらは我先にと散り散りになって去って行く。

 レギアスはその内の一体の上に乗り、ここまで来た時と同じ要領で飛空挺へと帰った。

 甲板に戻ったレギアスは、アナトを組員に任せて待っていたオルガの前に立つ。

 オルガは一瞬の間の後、ニヤリと笑って拳を突き出す。

 レギアスはその拳の上に自分の拳を叩き付けた。

 

 

 気を失ったアナトは個室に運ばれ、ベッドで寝ていた。

 側にはレギアスが座っている。

 オルガは艦長と話があるからと言って出て行ったが、その心情はレギアスとアナトを二人きりにしておきたかったからだろう。

 レギアスは腕を組んで静かにアナトが起きるのを待っていた。

 眠るアナトの顔を、レギアスは見つめる。

 その最中にとある考えが頭を過る。

 もし仮に、自分が王国に残っていたら、アナトとの関係はどうなっていただろうか。

 ベールとも、どのような関係になっていただろうか。

 騎士団は追放されているから、王族と庶民の関係になっていただろうか。

 しかし二人は王族だからとか身分が違うからとか、そんなの関係無いとか言って関わってきそうだ。

 イルとも、酒を飲んでイルの愚痴を聞かされる関係になっていただろうか。

 そんな、もうありもしない、たらればの話を考えて、レギアスは「何を馬鹿な……」、と頭を振って考えるのを止めた。

 その時、アナトが瞼を開いた。

 

「……ここは……?」

 

「起きたか」

 

「……レギアス?」

 

「身体の具合はどうだ? 船医の話じゃ、魔力による疲弊らしいが――」

 

 レギアスは思わず言葉を止めた。

 熱が無いか確認するためにアナトの額に手を当てたら、アナトがその手を握り締め自分の頬に宛がったからだ。

 らしからぬ行為に、レギアスは絶句する。

 アナトは心地良さそうな表情を浮かべていたが、次第に意識が確りしてきたのか、今、己が何をしているのか理解しはじめ、心地良さそうな表情から一転、凍り付いた表情になる。

 チラリと目だけが動き、絶句しているレギアスと目が合う。

 

「うあああああああああああっ!」

 

「んごぉぁっ!」

 

 アナトは叫び声と同時に握っていたレギアスの手を引っ張り、引き寄せたレギアスの顔面に一発拳を叩き付けた。

 レギアスは顔を抑えて床を転げ回り、アナトはシーツを頭から被って隠れる。

 

「なに!? いったい私に何をした!?」

 

「お、お前がしたんだろ……!」

 

 殴られた鼻を抑えながら、レギアスは倒れた椅子を直して座る。

 アナトはシーツの中からレギアスを睨む。

 レギアスはこのままではいつまで経っても話ができないと思い、さっきのことは忘れて会話を切り出す。

 

「んで? 身体の具合は?」

 

「……ちょっと怠いだけ。それ以外は何も」

 

「そうか……」

 

「……」

 

 無言。

 二人の会話が止まった。

 気まずい空気が流れ、しかしレギアスは負けずに開き辛い口を開く。

 

「その……まぁ……あの時は助かった」

 

「……ん」

 

「あの日から魔力が使えなくて、な……。たぶん、精神的な問題」

 

「……」

 

「あー……ええいっ!」

 

 レギアスは自分の両頬を強く叩いた。

 パンッと乾いた音が鳴り、赤く腫れた頬でレギアスは開き直ったように言葉を捲し立てる。

 

「お前、あの魔力は何だ?」

 

「……何だって、何だ?」

 

「……気付いてないのか?」

 

「何を分けのわからないことを……」

 

「いや……いい。ただ滅茶苦茶な魔力量と質だなって」

 

 アナトはシーツを退かし、身体を起こした。

 長い髪が揺れ、その姿だけでも神秘的な美しさが見れる。

 アナトは両膝を抱えて、レギアスの問いに答える。

 

「ミアと……守護竜と契約してから一気に魔力が増えたんだ。自分でも良く分からない」

 

「……普通、いきなりそんな魔力に膨れ上がると身体が付いていけず、崩壊しててもおかしくはない。それが無かったってことは、幼い頃から魔力は持っていて、耐性が出来ていたんだろ。契約を切欠に魔力の蓋が開いた。ただその代わり、魔力の消費には身体が慣れてないんだろうな」

 

「……お父様が、巫女の生まれ変わりかもしれないって」

 

「巫女? ああ、ドラゴンの巫女か」

 

 ドラゴンの巫女。

 それは嘗て、人間の味方をしたドラゴン達と協力した巫女のこと。

 マスティア家はその巫女の血を引く一族でもあるのだ。

 巫女は人間の中でも特別な力を持ち、その力の詳細はどの文献にも記されていないが、ドラゴンに匹敵する力を持つと云われている。

 

「生まれ変わりね。アーシェもそう言われてたな」

 

「でも私はお母様みたいに優秀じゃない。お母様は魔法の天才で、私は魔法が使えない」

 

「はっ、俺を投げ飛ばせる程の身体強化が出来て何言ってやがる。アーシェですらそんなことできねぇよ」

 

 レギアスは椅子から立ち上がり、乱暴にアナトの頭を撫で繰り回す。

 アナトは「わっぷ」と声を漏らし、レギアスに髪をボサボサにされる。

 一頻り撫でた後、レギアスは軽く笑って、部屋のドアを開ける。

 出る前に立ち止まり、アナトに背中を向けたまま話す。

 

「お前が強くなったのはわかった。何時もまでも守られる側で居たくないってのも、わかった。だがそれでも、俺にとってお前は失いたくない存在だ。これからも危険な目には遭わせたくない。それだけはわかってくれ」

 

 レギアスは振り向かずに部屋を出て扉を閉めた。

 アナトはレギアスに今何を言われたのか、少しの間理解できていなかった。

 理解したその時、アナトは白い肌を赤く染めてベッドに埋もれるのであった。

 

 

 アナトの部屋を後にしたレギアスは、艦橋へと向かった。

 艦橋ではオルガが艦長と深刻な表情で話し合っていた。

 

「何かあったのか?」

 

「大将……少し厄介なことだ」

 

「……話せ」

 

「国境要塞がドラゴンに襲われた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第5話 不穏・ドラゴンの影

 グランファシア帝国に面するマスティア王国の国境要塞・ガルバロン。

 山岳地帯に存在し、その険しい山によって帝国からの侵入を困難にし、唯一通れる道は要塞によって防衛ラインが敷かれている。

 そしてこの要塞は王都と同じように城郭都市となっている。

 規模は小さいが、非戦闘員が暮らしており、更に厳しい環境でも農業を行えていて、都市内で自給自足可能な生活を送っている。

 武器に関しては王都からの支援が無ければ手に入らないが、修繕や加工などはできる。

 そんな要塞都市ガルバロンでは、前代未聞の大事件が起こり大騒ぎになっている。

 ガルバロンにドラゴンが襲撃したというのだ。

 その連絡が飛空挺に届いたのは、上空でのデーマンとの戦いが終わったすぐ後だった。

 艦長がガルバロンに港へ到着する時刻を伝えようと連絡を取っていた時だ。

 通信から何かが爆発する音が聞こえ、警報が鳴り響く音も聞こえた。

 そしてその通信から確かに艦長は聞き取った。

 

『ドラゴンが現れた』、と。

 

 その後すぐに通信が途絶され、その後繋がることは無かった。

 レギアス、アナト、オルガの三人は港に到着すると、ガルバロンに直行した。

 ガルバロンに到着した時、三人が目にした光景は悲惨なモノであった。

 城壁は半壊し、周囲の山も大きな爆発でもあったのか、砕け散り崩れている。

 要塞本部である城もボロボロに崩れ、他の施設もその殆どが崩壊していた。

 幸いなことに、居住区には被害が出て折らず、非戦闘員に死傷者は出ていないことだった。

 しかし、騎士達には大きな被害が出ており、戦死した者達も少なくはない。

 その光景を見て、レギアスは幸運だったと思う。

 レギアスはドラゴンが齎す被害を知っている。そこには死しかない。

 全てを焼き払い、そこに築き上げていた物全てを無に帰す。

 だから此処は運が良かった。死人は出れど、要塞は半壊しても生きている。

 レギアスは並べられている遺体に向けて祈りを捧げる。

 そして誓う。必ず仇は取ってやると。

 そうこうしていると、三人の前にとある騎士がお供を数名引き連れてやって来た。

 その騎士は片腕を怪我しており、他にも傷を負っているが、纏う覇気は失われておいない。

 歳は四十代と言った所だろうか、しかしオルガに劣らない程に鍛え上げられた肉体を持っている。

 何度も戦いを生き抜いてきた歴戦の騎士だ。

 その騎士はアナトの前に辿り着くと、跪いて頭を垂れた。

 

「姫様、お迎えに遅れ誠に申し訳ありません」

 

「いや、良い。それより、怪我は酷いのか?」

 

「情けなくも一撃を防ぎきれず火傷を負いました。しかしすぐに治りますのでご心配には及びません」

 

「いったい何があった?」

 

「信じられないことですが、ドラゴンによる強襲です」

 

 アナトは息を呑んだ。

 事前にオルガから話は聞いていたが、本当にドラゴンの襲撃を受けたのだと改めて認識する。

 だがしかし、とアナトは疑念を抱く。

 

「だがドラゴンは、十年前の人竜戦争によって掃討された筈だ」

 

「わかりません。生き残りがいたのか、それとも異界の封印が再び解れたのか……」

 

「師団長、会議室の用意が出来ました」

 

 騎士の一人がアナトと会話している騎士にそう言う。

 やはりというか、この騎士がこの要塞都市ガルバロンの長であった。

 師団長は頷くと、アナトを中へと案内するように命じる。

 命じられた騎士達はアナトとオルガを案内し、二人はそれに着いていく。

 レギアスも歩き出すが、師団長の殺気に足を止める。

 レギアスは視線を向けないまま師団長に問う。

 

「爺になってもその剣幕は相変わらずか。何のつもりだ?」

 

「貴様……王妃様と守護竜を死なせておいて、よくも顔を出せたものだ」

 

「国王直々のお呼び出しだ。お前はそれを蹴れって言うのか?」

 

 直後、レギアスは背中の剣を抜いた。

 剣はレギアスの首を刎ねようとした師団長の剣を防ぎ、火花を散らす。

 師団長は憤怒の形相でレギアスを睨み付けており、魔力ではなく、その怒りの闘気だけで辺りの空間が歪んで見える。

 

「……本気か?」

 

「国王の(めい)が無ければ、今此処で貴様の首を刎ね、我が息子の手向けにしてくれる」

 

「……『ダン』のことは、悪かった」

 

「っ――」

 

 師団長はギリッとレギアスを睨み付けた後、顔を伏せてから剣を引いた。

 殺気も消えて無くなり、レギアスも剣を戻す。

 師団長は「ふぅ……」と呼吸を整え、落ち着いた表情を取り戻す。

 

「もう良いのか?」

 

「興がそがれた。アレの死に責を感じていなければその首獲っていたがな」

 

「……」

 

「それに、貴様を殺せば陛下の怒りを買う。努々忘れるな。貴様の今は、陛下の御陰だということを」

 

 師団長はそう言い残し、会議室へと向かう。

 レギアスはその背中を見つめ小さく呟く。

 

「わかってるよ……思わず甘えたくなるほどにな」

 

 

 レギアスが会議室に入ると、既に話し合いは進められていた。

 オルガにどれぐらい聞き逃したかと小声で訊ねると、そこまで話していないと返ってきた。

 師団長はガルバロンの地図を出し、何が起こったのか説明を始める。

 

「いきなりです。突如として空からドラゴンが現れました。ドラゴンはガルバロンの魔法障壁を容易く破壊し、魔法攻撃を仕掛けてきました。被害は全体の六割を超えております」

 

「都市機能は働かないか……」

 

「今は立て直すべく迅速に行動しております」

 

「既に王都へ救援要請を出しておいた。遅くても明け方には到着するだろう」

 

「御配慮、感謝致します」

 

「それで、そのドラゴンは?」

 

「暴れた後、帝国両方面へと飛んで行きました」

 

 それは、ドラゴンが帝国と関係していると考えるべきか、偶々飛んでいった方角が帝国方面だったと考えるべきか。

 レギアスは後者は考え難いと判断する。

 野生のドラゴンであれば、そもそも此処、ガルバロンを半壊で済ませるはずがない。

 ドラゴンというのは本来、本能のままに破壊と殺戮を行う存在。その在り方は歴史が証明し続けている。

 レギアスも、それは知っているし何度も目の当たりにしている。

 だがドラゴンが何処かに属し組織的に動いているとしたら、話は変わってくる。

 そして、ドラゴンが属する組織は二つしかない。

 守護する国か、帝国かの二択である。

 国を守護するドラゴンは、国と魔法的な契約を交わしており、その国の都からは出ることはできない。

 よってこの線は消える。

 そして、帝国に属するドラゴン。

 帝国は、建国当初からドラゴンと手を組んでいる国である。

 まだ人間とドラゴンが戦争を繰り広げていた時代には、人間とドラゴン以外にも様々な種族の生命が存在していた。ドラゴンはいくつかの種族を配下として置いていた。

 その中に、人間もいたのだ。

 ドラゴンという強大な存在に身を寄せ、強大な力を授かっていた。

 それが帝国の始まりであり、十年前の人竜戦争で現れた全てのドラゴンは、帝国に身を置いていたドラゴンだった。

 そして今回襲撃してきたドラゴンは帝国に属しているドラゴンだと、この場にいる全員が確信している。

 

「帝国は、まだドラゴンを隠していたか」

 

 アナトが忌々しそうに言葉を漏らした。

 彼女の脳裏には、十年前の人竜戦争の記憶が蘇っているのだろう。

 大地を焼き払い、命を奪い、人々に絶望を植え付けたあの光景を見た者は、忘れたくても忘れられないだろう。

 アナトは絶対に繰り返してはならないと改めて心に決める。

 

「ドラゴンが此処を狙った理由は?」

 

「皆目見当も付きません」

 

「なら、原因を追及しつつ、都市機能の復帰を最優先に動いてくれ。すまないが、私達はベールの救出をしなければならない」

 

「はっ。事前に用意していた支援物資は無事です。我らの事は気にせず、ベール様の救出に専念ください」

 

「助かる。お前達も無理はするな」

 

 アナトはそう伝えると、会議室から出て行く。

 オルガもその後に続き、レギアスは師団長と視線を交わしてから会議室を後にした。

 三人は城壁の門の前に立つ。この門の潜り、山を越えると帝国領に入る。

 道中は険しい山道であり、数時間掛けて山頂を目指す。

 山頂で休息しながら野営し、夜が更けるのを待つのだ。

 アナトは師団長から渡された支援物資を確認し、オルガに持たせる。

 門が開き、アナトは号令を出す。

 

「行け! レギアス!」

 

 レギアスの背中に乗った状態で。

 

「おう――じゃねぇ! 自分で走れ!」

 

「大将、競争だ。負けた方が野営の準備。くれぐれも姫様を落とすんじゃねぇぞ」

 

「おい! 先に行くな! お前も早く降りろ!」

 

「あー、まだ魔法の反動で身体が重いなー。どっかの馬鹿が魔法撃てなかったからなー」

 

「このっ……! ええい! ちゃんと掴まってろよな!」

 

 レギアスは先に走っていったオルガを追いかけて駆け出した。

 その速度は人一人を背負っているとは思えないもので、険しい山道を軽々しく走って行く。

 背負われているアナトの顔は、少し嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 

 



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第6話 救出・機械に囚われし姫君

 

 

 レギアスはアナトを背負い、山道を駆ける。

 三人分の荷物を持ったオルガが先導し、早足で進む。

 夜が更けるまでに山頂に到達しておきたい三人は、休むこと無く走る。

 といっても、走っているのはレギアスとオルガだけで、アナトはレギアスに背負われている。

 しがみ付いているだけでも大変なのだ、とアナトは言う。

 その道中、アナトは今回のドラゴンについての意見をレギアスに聞く。

 

「レギアス、今回のドラゴン……どう思う?」

 

「どうって何だよ?」

 

「人竜戦争の生き残りと思うか?」

 

 その問いにレギアスは少し考える。

 オルガもその内容が気になり、速度を落としてレギアスの声が聞こえる距離まで近づく。

 

「――そもそも、力が強いドラゴンってのは、三千年前に異界に封印されてる。内側から破ることは先ずできない。この封印が破られたのは過去一回。帝国の守護竜が異界からドラゴンを召喚した事例だけ。召喚されたドラゴンは全て倒したことは確認済み。召喚した守護竜も俺が一度殺し、今は転生体で力はまだ弱い。再召喚は無理だろう。だが何かしらの方法で帝国が再召喚した可能性は高い。生き残りが有り得ないのなら、消去法でそれしか思い付かない」

 

「ドラゴンの力無しに可能なのか?」

 

「不可能だ、と言いたいが考えられる可能性が一つだけある。確認されているドラゴンの遺物を使用すれば、或いは……」

 

「帝国領なら遺跡は溢れてるか……。なら再召喚されたという線で考えよう」

 

「なら大将、それが正解なら相手は正真正銘のドラゴンってことになる。俺達だけじゃ勝てないんじゃないのか? それに、今の大将は魔力を使えないんだろ?」

 

「さてな。まぁでも、やるしかないだろ。その筋肉は何の為に付けてんだ?」

 

「ハッ、少なくとも女にモテる為じゃねぇよ! それよりわかってんだろうな? 負けた方が野営の準備だぜ!」

 

 オルガは走る速度を上げた。

 もうすぐ山頂で、このまま走ればオルガが先に到着することになる。

 飛空挺での腕相撲で負けたこともあり、これ以上負けることが気に食わないレギアスも速度を上げる。地を強く蹴り、土煙を巻き上げながらオルガを追い抜く。

 アナトは振り落とされないようにしっかりとレギアスの背にしがみ付く。

 その感覚を、アナトは知っていた。

 まだレギアスが騎士団に在籍していた頃、レギアスに背負われたことがあった。

 あの頃はまだレギアスにも多くの仲間がいた。

 まだ、レギアスが笑っていた。

 そんな遠い過去の記憶を、アナトはそっと仕舞い込んだ。

 

 

 勝負の結果、レギアスが先に山頂に辿り着いた。

 レギアスはアナトを降ろし、適当な場所に座り込んでオルガに勝ち誇った表情を見せる。

 悔しがるオルガを余所目に、アナトは山頂からの光景を見下ろす。

 眼下に広がるのは、帝国の国境を守る要塞だ。

 王国の要塞都市とは異なり、要塞のみ軍事基地であり、厳重な警備が敷かれている。

 あの要塞の中に、ベールが囚われている。

 そして、もしかしたらドラゴンもいるかもしれない。

 潜入実行は夜が更けてから、それまでは此処で休む。

 アナトは振り返り、レギアスとオルガに野営の指示を出す。

 

「おい、さっさと休むぞ――」

 

「だぁかぁらぁ! そんな荷物、精々三十キロぐらいだろうが! そんなもんハンデでも何でもねぇよ!」

 

「ふざけんな! もっとあるわ! この荷物さえ無ければ大将に勝ってたさ!」

 

「ハッ! こっちは六十キロ以上あるもん背負って余裕で勝ったんだ。お前が荷物を背負ってなかろうと俺は負け――」

 

「そんなに重くないわ!」

 

 レギアスの顔が地面にめり込む。アナトがブーツでレギアスの頭を踏み付け、地面にめり込んだ頭をグリグリ、ゴリゴリ、ガリガリと踏み潰す。

 身体強化も施されており、その一撃は強烈なものである。

 アナトは最後に一発強く踏み抜くと、オルガに早く野営の準備をしろと命令する。

 その恐ろしい眼に、オルガは冷や汗をダラダラ流し命令に従うのであった。

 

 

 時間は流れ、日が沈んだ頃。

 三人は薄暗い月明かりの中で携帯食を囓っていた。

 明かりは隠密を考えて点けられない。

 もう少し暗くなるまで、三人は黙って固いパンを食べる。

 だが無言の空気に耐えられないのはオルガだった。

 オルガはパンを口に頬張りながら、レギアスに話しかける。

 

「なぁ大将。ちょいとした世間話なんだがよ」

 

「何だ?」

 

「何で傭兵なんかやってんだ?」

 

「……」

 

 チラリ、とレギアスはアナトを見る。

 アナトはモジモジと固いパンを囓っているが、レギアスの視線に気付き、怪訝な面持ちになる。

 

「……何だ?」

 

「いや……。異界の封印が安定かどうかを調べた後、今住んでる街に流れ着いた。その時、エルドに仕事を用意されたからしてるだけだ」

 

「エルドか……あのおっさん、今でも元気なのかよ」

 

 オルガとエルドはその昔に幾度も顔を合わせている。

 アナトもエルドを知っているようで、顔を思い出しては嫌そうな表情を浮かべる。

 葉巻の匂いが好きじゃない、とエルドの印象を口に溢した。

 レギアスも、それは同意すると言って鼻で笑う。

 

「それからその街のお偉いさん達に気に入られてな。面倒くさいから法外な値段ふっかけてやったら何も言わずに支払ってくるから、今のスタンスになった」

 

「今回はいくらなんだ?」

 

「さて……値段交渉してくるの忘れたからな。契約書も交わしてないし、何とも」

 

「ははーん、なるほど。素直じゃねぇな、大将」

 

 オルガはニヤニヤとしてレギアスを茶化す。

 オルガはレギアスが最初から今回の仕事で依頼料を取るつもりがなかったと察する。

 それが本当かどうかわからないが、何も言わないレギアスを見る限り、強ち間違いでもないようだ。

 茶化すオルガを諫め、今度はレギアスがオルガに尋ね出す。

 

「お前はどうなんだ? ま、俺が訊けた義理じゃないが……」

 

「俺ぁ、身体を鍛えに鍛え抜いたよ。元々、普通の人間よりタフだからな。他人が聞いたら縮み上がるような訓練をして、今じゃこんなだ。御陰で姫様の護衛に就けたし、給料も上がった。代わりに食費が増えたけどな」

 

 ハハハッ、と笑うオルガに、レギアスも釣られて笑う。

 レギアスは何だかんだ言ってオルガのことを気に入っている。

 昔から豪快で臆することなく接してくる。

 当時はまだ十代後半でまだまだ騎士として半人前だったが、人竜戦争を経て今ではしっかりとした大人だ。

 昔と変わらず大将と呼んで接してくるオルガに、レギアスは気を楽にできていた。

 

「おい、私にも訊け」

 

 その時、アナトがムスッとした表情でレギアスに言う。

 まさかアナトからそう言われると思っていなかったレギアスは面を喰らってしまう。

 アナトは水でパンを胃に流し込んでから一息ついて語り出す。

 

「母が死んで、お前がいなくなってすぐだ。私は父の反対を押し切って剣を握った。私にも力があれば母を救えたかもしれないと、そう後悔してな」

 

 グサリ。

 レギアスの心に大きな剣が突き立てられ、遠慮無しに刺された。

 それはもう滅多刺しだ。

 ズーン、と暗い陰を落とすレギアスを無視し、アナトは続ける。

 

「ティアの転生体であるミアと契約を交わし、魔力を得た。鍛錬で傷だらけになる姿を見た姉さんは酷く心配して過保護になっていくし、お父様には嫁の貰い手がいなくなるなと言われる」

 

「いや後半は知らねぇよ俺の所為じゃねぇよ」

 

「黙れ。お前がしっかりしてれば、私は今でも蝶よ花よと愛でられる王女でいられたんだ」

 

「いーや、無理だね。わんぱく坊主にも勝る悪ガキだったお前が、寧ろよくこんなに育ったもんだ」

 

「誰が悪ガキだ。こーんな美女になる美少女にちょっかいをかけられたら、寧ろ嬉しいだろう」

 

「美女? 美女と言ったか? ベールの爪の垢でも食ってな」

 

 二人はスッと立ち上がり、互いに自分の剣の柄を握り締めた。

 一触即発な空気が流れ、オルガが慌てて二人の間に入り仲裁する。

 レギアスとアナトは怒りによって引き攣った表情で睨み合う。

 オルガは思う。再開した当初とは比べものにならない程に関係が修復されたと。

 こうやって口喧嘩しているが、オルガにはわかる。

 レギアスとアナト、二人の間を隔てていた溝を口喧嘩しながら埋めていっているのだと。

 仲裁に入りながらオルガは二人がまた心から笑い合える時が来るんだと予感して笑う。

 

「何笑ってるんだオルガ。お前もちゃんとしてなかったら私がこうなったんだぞ」

 

「姫様!?」

 

 

 時が流れ、完全な夜が訪れた。

 明かりは月明かりのみ。要塞は電灯で照らされているが、闇に紛れるには問題ない。

 レギアス達は闇に紛れて帝国の要塞に忍び寄った。

 要塞内に侵入するには高い塀を越えるか、搬入口等から入るしかない。

 帝国兵に気付かれない程度まで近寄り、アナトとオルガは視力を魔法で強化して偵察する。

 その結果、三人はとあることに気が付いた。

 

「おい、最近の帝国軍は人形遊びが流行ってんのか?」

 

「だとしたら趣味が悪いな」

 

「ありゃあ……機械騎士じゃねぇか」

 

 レギアス、アナト、オルガの三人が目にした光景は異様な物であった。

 要塞を警備しているのが人間の騎士ではなく、機械仕掛けの騎士だった。

 オルガが口にしたその名前、『機械騎士』と言うものは、グランファシア帝国の技術力により作り上げた騎士のこと。

 動力源は主に電力だが、例外として魔力を動力源にした機械騎士も存在しており、それらは『魔導騎士』と呼ぶ。

 要塞は機械騎士によって警護されていた。

 人間の姿は無く、おそらく建物の中にいるのだろう。

 

「最近の帝国は機械騎士の投入を拡大しているらしいぜ。人間様は安全な内地で籠もってるらしい。騎士の名が聞いて呆れる」

 

「だが合理的だな。人の命を無駄に散らすこともない」

 

「ああ。そして、スイッチ一つで残酷な作戦も遂行できる」

 

 アナトは騎士団の資料で見た嘗ての記録を思い出す。

 その記録には機械騎士によって襲撃された村や町について記載されており、機械騎士によってどのような被害を齎せられたのかを事細かく知ることができる。

 その内容はとても悲惨なものであった。心も容赦もない機械達が、逃げ惑い命乞いをする女子供や老人を淡々と『処理』していく内容。

 資料に載せられていた写真が、どれだけの残酷さか物語っていた。

 そんなことをする帝国が姉を攫った。

 一刻も早く助け出さなければと、アナトの心を急かす。

 

「アナト、ベールの正確な位置は此処からでもわかるか?」

 

「え? あ、ああ。ちょっと待て」

 

 レギアスに訊かれ、アナトはペンダントを取り出す。

 ペンダントの白水晶に魔力を流していくと、白水晶の輝きは強くなっていく。

 そして水晶から一筋の光が飛び出し、要塞の一番大きな建物、その最上階に走って行った。

 

「彼処だ」

 

「……おい大将、アレ」

 

「あん?」

 

 オルガが何かに気付き指さす。そこには数台の「馬がいない馬車」が要塞に向かって走っていた。

 

「あれは……?」

 

「帝国が開発した自動車って奴だ。電力で動いてる。皆は車って呼んでるよ。あの種類はトラックって奴だな」

 

「……なぁ、マスティアでも電力技術取り入れてたよな? 何で未だ馬車なんだ?」

 

 レギアスはマスティアの王女であるアナトをジト眼で睨む。

 アナトは視線を反らし言葉に詰まる様子で反論する。

 

「わ、私に言うな。私もアレが欲しいと言ったが、マスティアには帝国程の技術知識を持つ職人がいないんだ」

 

「この分だと、近い内に飛空挺も時代遅れになるな」

 

「お、お父様も頑張ってるんだ! 何とか科学技術を発展させようと――」

 

「あー、はいはい……オルガ、あれ運転できるか?」

 

「……はっはーん、大将、そういうことか」

 

 オルガはレギアスの考えを察しニヤニヤと笑う。

 その後、レギアスは未だ言い訳を続けるアナトの口を塞ぎ、車が通るであろう道に先回りした。

 ギリギリ間に合い、最後尾の車にレギアスとオルガは飛び付いた。

 運転席のドアを腕力で強引に開けて中に入る。

 中にいたのは運転手だけだったが、運転手はなんと機械騎士だった。

 

「――!」

 

「失礼」

 

 レギアスは片手で機械騎士の頭を掴み、捻って身体から引っこ抜いた。

 引っこ抜かれた頭をその場に捨て、オルガに運転を任せる。

 オルガは機械騎士の身体を退かし席に着く。

 不慣れな様子だが車の操作を行い、一度停止する。

 するとアナトが茂みから飛び出し車に乗り込む。

 レギアスの隣に座るのを確認すると、車を発進させ、前方の車を追いかける。

 

「どこで習ったんだ?」

 

「エルドのおっさんから情報を買ったんだよ」

 

「エルドめ、どうせなら車も売れ。おい、これで顔隠してろ。お前もついでに隠せ」

 

 レギアスはアナトに長い布を渡す。

 これから帝国の要塞に侵入するのに、アナトの顔は広まりすぎている。

 オルガもアナトの護衛として行動しているため知られている可能性は高い。

 ベールを助け出す前に見つかって素性がバレるとベールの命が危険だ。

 アナトとオルガは布を顔に巻き眼だけを出して隠す。

 そして要塞に辿り着き、前の車が順番に入っていく。

 要塞の門を守る機械騎士は運転席の中を確認せずそのまま通していく。

 オルガは前の車に続きゆっくりと要塞に入っていく。

 門を潜り、侵入に成功する。

 しかし門に入って少し進んだ所で前のクルマが全て停止し、三人が乗っている車も停止する。

 

「どうして止まる?」

 

「何もしてないぜ。勝手に止められた」

 

「……あー」

 

 レギアスは嫌な予感がして前の車を見る。

 すると車の荷台扉が開き、中から機械騎士達が次々と降りてレギアス達が乗っている車を取り囲む。三人が乗っている車の荷台からも機械騎士達が降りていく。

 機械騎士達の手には『銃』と呼ばれる、鉛玉を放ち敵を撃ち抜く武器が握られている。

 

「……おい、レギアス。まさか……」

 

「どうやらバレてたようだ」

 

「伏せろ!」

 

 オルガが叫ぶと同時に、機械騎士達が車に向けて銃を発砲した。

 銃弾の嵐が車体を貫いていき火花を散らしていく。

 銃の掃射により車は壊れていき、やがて火花が炎に変わりそして爆発した。

 機械騎士達は銃撃を止めて侵入者の生存を確認するために車に近づく。

 すると燃ゆる車から機械騎士の頭が飛来し、地面に転がった。

 機械騎士の注意が地面に転がった頭に向いた瞬間、レギアスとオルガ、そしてアナトが炎の中から飛び出し、機械騎士を剣と拳で破壊する。

 

「危ねぇええ! コートに防御魔法組んで貰ってて良かったぁ!」

 

「大将! やべぇぜ! こんな騒ぎにしちまったらベール様が!」

 

「チッ……! おい!」

 

 アナトは今の状況が芳しくないと舌打ちをし、レギアスの襟元を掴んだ。

 

「え」

 

 困惑するレギアスを無視し、アナトは全身に身体強化を施す。

 白銀の魔力が迸り、レギアスの身体を易々と持ち上げる。

 そして回転しだし、遠心力も利用してレギアスを建物の上階に向かって力強く放り投げた。

 

「んごああああっ!」

 

 投げられたレギアスは慌てて空中で体勢を整え、大剣を建物の壁に突き刺してその場に静止いた。

 

「レギアス! 頼んだ!」

 

「ええい! いきなり投げるな! わかった! オルガ、任せたぞ!」

 

 レギアスは近くの窓を蹴り破り建物の中に入った。

 残ったアナトとオルガは武器を構えて背中合わせになる。

 二人を取り囲むように機械騎士達が銃口を向ける。

 

「姫様、銃を持っている相手には決して立ち止まらないことです」

 

「分かっている。訓練で嫌というほどに叩き込まれたからな」

 

「絶対怪我しないでくださいよ! 陛下と大将に殺されちまいますぜ」

 

「ふん……蹴散らすぞ!」

 

 二人は地を蹴って己が敵に立ち向かった。

 

 

 

 

 



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第7話 救出・姫君のお願い

 

 建物に侵入したレギアスは、襲い来る機械騎士達を大剣で薙ぎ倒しながら通路を進む。

 ベールが囚われている大凡の場所は事前にアナトが持つ白水晶のペンダントで把握しているため、その場所に向かって駆け抜けていく。

 建物内に人間の騎士がいると踏んでいたが、建物内にも人間の姿は見当たらない。

 ベールが囚われている以上、人間がいる筈だが、レギアスを迎え撃ってくるのは機械騎士ばかり。

 もしかしたら戦闘方面は全て機械騎士で賄われているのかもしれない。

 人間は安全な場所でふんぞり返っているのだろうか。

 レギアスは邪魔な機械騎士だけを破壊し、上へと駆ける。

 その時、レギアスの第六感が何かに反応する。

 それは魔力で、アナトと似たような波長を持っている。

 それがベールの物だと確信するまでそう時間は必要なかった。

 ベールの正確な位置を把握したレギアスはその場に直行する。

 ベールが囚われている部屋の前に到着したレギアスは鉄の扉を開けようとするが、取っ手が無かった。

 開け方が分からず、煮えを切らしたレギアスは大剣を突き刺し、そのまま強引に扉を壊して入り口を作った。

 

「ベール!」

 

「えいっ!」

 

 レギアスが中に入った直後、可愛らしいかけ声と共にレギアスの鼻先に固い何かが迫り、それは見事にレギアスの鼻を潰す。

 ゴツンッ、と大きな音を立て、レギアスは痛みに襲われる。

 

「ごぉっ!?」

 

「ご、ごめんなさい! それじゃっ!」

 

 レギアスを固い何かで殴ったその人物は律儀に謝り部屋を出ようとする。

 それをレギアスはその人物の手を咄嗟に掴んで阻止する。

 掴まれたその人は手を振り払う為にレギアスの頭を何度も固い物で殴りつける。

 

「は、離して! いやっ! えいっ! 離して!」

 

「ちょっ、やめっ、いたいっ、お、落ち着けぇ!」

 

 振り上げる彼女の手を掴み、レギアスは彼女と目を合わせる。

 因みに、レギアスを殴った固い物は装飾品の置物だった。

 彼女はレギアスから離れようと暴れるが、レギアスの顔を見て動きを止めた。

 ジッと見つめて、彼女は「えっ……」と声を漏らす。

 彼女、ベールが落ち着いたことでレギアスは手を離し、殴られた鼻を摩る。

 

「あー、いてぇ……。どうして姉妹揃って逞しく育っちまったん――」

 

 ベールがレギアスに抱き着いたことで、レギアスは驚く。

 強い力で抱き締めてくるベールに、レギアスはどうして良いかわからず、両手が宙で迷う。

 

「レギアス様……! レギアス様なのね……!」

 

「お、おう……久しぶ、り?」

 

 てっきりアナトと同じく怒ってくると思っていたレギアスは、予想外の態度にたじたじになる。

 レギアスは抱き締めてくるベールの温もりを感じる。

 アナトを抱き抱えた時に感じた柔らかさと違い、いかにも淑女のような柔らかさであると感じた。

 ベールは顔をレギアスの胸に擦り付けるようにして顔を埋める。

 

「お会いしたかった……! あれ? でもどうして此処に?」

 

「お前の親父さんに頼まれてな」

 

「お父様に……」

 

「話は後だ。此処から逃げるぞ」

 

「はい!」

 

 レギアスはベールの手を引いて部屋から出る。

 しかし向かう通路の先から機械騎士がワラワラと現れる。

 何処に隠れていたんだとレギアスは舌打ちしてベールを背中に回す。

 このまま戦っても良いが、狭い通路で暴れるとベールに流れ弾が中るかもしれない。

 レギアスは思考の末にベールの安全を第一に考え、更に上へと繋がる通路に逃げた。

 機械騎士は銃を撃ってくるが、遮蔽物やレギアスの防御魔法が組み込まれたコートでベールを守る。

 逃げた先にまた取っ手の無い扉が現れ、レギアスは走っている勢いのまま扉に蹴りを入れた。

 扉は吹き飛び、二人は外に出られた。

 しかし外は外でもそこは屋上で、地上に降りる階段等は見当たらない。

 通路からは機械騎士がぞろぞろと迫ってくる。

 レギアスはベールの手を掴み、屋上の端に移動する。

 眼下ではアナトとオルガが機械騎士相手に大立ち回りをしている。

 素早く動き回り、遮蔽物や機械騎士を盾にして銃弾を防ぎ、強烈な攻撃で機械騎士を破壊していく。

 機械騎士の中には爆破物を持っている種類がいるようで、それを投げているが、アナトは冷静にそれを掴んで投げ返して爆破させている。

 しかし数は一向に減っていないようで、寧ろ増えていっている。

 このままではジリ貧だと考えたレギアスは一刻も早く要塞から脱出しなければならないと判断し、怖がっているベールを横抱きにして持ち上げる。

 

「きゃっ……!」

 

「歯ァ食い縛って確り掴まってろ!」

 

 レギアスはベールを抱えた状態で屋上から飛び降りた。

 屋上から落ちるものならば、普通ならば人間の身体では耐えられない高さだ。

 その高さをレギアスは何の躊躇いも無くベールを抱えて飛び降りた。

 ベールは悲鳴を上げることも忘れ、レギアスから離れないように必死に腕を回して抱き着く。

 レギアスもベールを離さないように確りと掴む。

 一瞬の浮遊の後、重力に従って地面に落ちていく。

 着地時の衝撃に備えて脚に意識を集中させる。

 風切る早さで落下した場所は、トラックの荷台の上。

 大きな音と衝撃と共にトラックに着地し、トラックの荷台は拉げ、しかしレギアスは無傷の状態で立ち上がり荷台から降りる。

 目を瞑ってぎゅーっとレギアスにしがみ付いて離さないベールを強引に引き剥がして立たせ、近くにあった小型の車に乗せる。

 

「アナト! オルガ!」

 

 戦っている二人を大声で呼び、それに気が付いた二人は道を塞いでいる機械騎士らを破壊しつつ突破し、レギアスとベールの下に辿り着く。

 

「レギアス、姉さんは!?」

 

「中だ! オルガ、操縦をたの――ッ!」

 

 突然、レギアスがアナトを横に突き飛ばした。

 突き飛ばされたアナトは地面に尻餅をつき、痛みを堪えながらレギアスに怒る。

 

「いたっ!? 何を――」

 

 アナトは言葉を失う。目の前の光景に思考が止まる。

 視線の先にはレギアスが立っている。

 当然だ。レギアスがアナトを突き飛ばしたのだから。

 だがそのレギアスの胸の中心に本来あってはならない物がある。

 それは剣だ。剣がレギアスの胸を貫き、背中から突き出ている。

 真っ赤な血が傷口から吹き出し、その血がアナトの顔に降りかかる。

 

「ッ!」

 

 レギアスがアナトを掴み上げ、車に乗せようとする。

 その時、機械騎士らの銃撃が始まる。

 銃弾がレギアスの背中に襲いかかる。

 コートに組み込まれている防御魔法が機能していないのか、銃弾はレギアスの肉体を穴だらけにしていく。

 レギアスはアナトを車に乗せると、自身の大剣を振り回して銃弾を防ぐ。

 そのまま機械騎士らに突撃し、攻撃の意識を自分自身だけに向ける。

 

「れ、レギアス!」

 

「行け! オルガ!」

 

「っ、了解!」

 

 オルガは運転席に乗ると、車を操縦し要塞の外へと飛び出した。

 アナトとベールが何か言っていたが、車はそのまま要塞から離れていく。

 レギアスは血だらけになりながら機械騎士を一体ずつ大剣で両断していき、殲滅していく。

 その動きは剣と銃で貫かれている者の動きではない。

 まるで怪我をしていないかのように滑らかに素早く動き、力強い一撃を持って圧倒する。

 片手で振るわれる大剣は、その一撃一撃が必殺となり、ついに最後の一体を斬り伏せる。

 敵がいなくなり、しかしレギアスは警戒を緩めない。

 直後、レギアスは上に剣を振るう。その剣は何者かの攻撃を受け止める。

 その者は男だった。深緑の髪に金色の瞳をし、下卑た笑みを浮かべていた。

 肉眼で確認できる緑の魔力で固められた拳でレギアスの剣と競り合う。

 

「お前、おもしれぇな!」

 

「……」

 

 男の言葉に、レギアスは睨みと剣で答える。

 剣を振るい男の拳を弾き返し、返す刃で斬り伏せようとしたが、蹴りで防がれる。

 男は少し離れた位置に着地し、レギアスは男に剣の切っ先を向ける。

 

「剣で貫かれ、鉛玉も浴びたのに生きてる。その上俺の攻撃も防いで反撃してきた。人間のくせに人間臭くねぇ。お前、何者だぁ?」

 

「名を訊く時は先ずは自分からって、母親に習わなかったか?」

 

 そう言いながら、レギアスは胸に刺さりっぱなしの剣の柄を握り、少しだけ抜き難そうにして抜き取った。

 血が噴き出すが、それもすぐに治まる。

 銃弾で穿たれたはずの傷口からも、すでに血が流れていない。

 

「……お前、ただの人間じゃあないな? この臭いは……」

 

 男の言葉は、レギアスが投げた剣によって中断させられる。

 剣は男の頬を掠め、男の頬から血が僅かに流れる。

 男は流れた血を指で拭い、その血をペロリと舐める。

 男はニィッと笑みを浮かべた。

 

「お前から漂うこの臭い……お前、『混ざりモノ』か」

 

「……」

 

「しかもこれは……『ドラゴン』だ。ハッ! おいおい、何処の大馬鹿野郎だ! 『俺達』の崇高な血を下等種族に混ぜた奴は!」

 

 男は腹を抱えて払う。

 笑い死にしそうな勢いで笑い、しかしレギアスには男から怒りの感情も感じ取っていた。

 一頻り笑った男は呼吸を整え、仰々しく姿勢を正してから自己紹介を始めた。

 

「いやこれは失礼。改めて名乗ろうじゃないか。俺の名はゲディウス。崇高なるドラゴンだ」

 

 ゲディウス、そう名乗った男の眼が人間のそれではなく、瞳孔が縦に細いモノに変わっていた。

 金色に光るその眼が人ならざる者であることを証明している。

 自身のことをドラゴンと名乗ったゲディウスは、レギアスに名乗れと眼で訴える。

 レギアスは血が混じった唾を吐き捨て、剣をクルクルと回して構える。

 

「そうかい、クソったれ。それじゃあな」

 

 レギアスは足下に倒れている機械騎士をゲディウスへ蹴り飛ばす。

 ゲディウスは機械騎士を殴り壊すが、時間差で機械騎士が持っていた爆破物が投げられており、それを拾い上げた銃でレギアスは撃ち抜いた。

 撃ち抜かれた爆破物はゲディウスの目の前で爆発し、落ちている爆破物と連鎖爆発を引き起こしてゲディウスを呑み込む。

 その隙にレギアスは要塞を走って脱出した。

 

 

「チッ……逃げたか。まぁいい。結局あの女は違ったが、もう一人が当たりだったのが分かったしな。それに、暇潰しの玩具も見つけた。三千年振りの現世だ。少しばかり楽しまなくちゃな」

 

 ゲディウスは服に付いた土埃を払い、静かに笑みを見せて炎の中に消えていった。

 

 

 要塞から逃げ出したレギアスは、道中で停車していた車を見つける。

 それがオルガ達が乗っている車だと分かると、一先ず危機を脱したようだと安堵する。

 レギアスに気が付いた三人は車から降りてレギアスに駆け寄る。

 

「大将! 無事だったか!」

 

「レギアス、おま――」

 

「レギアス様!」

 

 アナトが何か言おうとしたところで、ベールがそれを遮ってレギアスを押し倒す。

 そのまま服を脱がそうとし、レギアスは驚き慌ててベールを止めようとする。

 

「なななな、何やってんだ!?」

 

「大怪我をされていたじゃないですか! すぐに治癒魔法で治療しますから!」

 

「だ、大丈夫だって! 怪我してないから!」

 

「噓です! だって剣がお身体に――あ、あら?」

 

 ベールはレギアスの身体を触って困惑した。

 確かに剣が貫き、銃弾も受けていたはず。

 なのにレギアスの服は血だらけで穴だらけなのに、傷一つ存在しない。

 あら? あれ? と首を傾げながらベールはレギアスの身体をペチペチと触っていると、アナトがベールの首根っこを掴んでレギアスから引き剥がす。

 

「姉さん、いい加減に」

 

「あ、アナト? い、痛いわ」

 

 ムスッとした様子でベールを引き剥がし、アナトはレギアスに手を貸して立たせる。

 立ち上がったレギアスは乱された服を直して改めて三人の無事を確認する。

 

「三人とも、怪我は?」

 

「……ない」

 

「無いぜ」

 

「ありませんわ」

 

「で、何でここで止まってた? 早く山を登って戻るぞ」

 

「それがよ、そうもいかなくなったんだわ」

 

「どういうことだ?」

 

「私が説明いたします」

 

 スッとベールがレギアスの前に出た。ベールは一つ咳払いをしてから話し出す。

 

「私達はまだ国に帰りません。帰るわけにはいかないのです」

 

「……どして?」

 

「帝国が、ドラゴンを再び召喚しようとしています。それも、最悪な手段で」

 

「そうか。それはマスティア騎士団に話せ。帰るぞ」

 

 そうバッサリ話を切ると、レギアスはベールを抱き上げ肩に担いだ。

 そのまま山を越えようと歩き出す。

 ベールはレギアスに担がれた恥ずかしさと、帰らない意思を見せる為に抵抗する。

 

「お、降ろしてください! 恥ずかし、い、いえ! 私達でやらなければならないのです!」

 

「何でお前が、延いては俺達がしなきゃならねぇんだ?」

 

「召喚の場所を知っているのはこの場で私だけで、今の情勢で王国が帝国に介入できないからです!」

 

「どうしてお前が知ってる?」

 

「あのゲディウスって男が私に教えたのです! 帝国はドラゴンを再び召喚すると!」

 

「罠に決まってるだろ。噓だ噓」

 

「違います! 断じて違います!」

 

「……レギアス、降ろしてやれ」

 

 アナトが溜息を吐いてそう言う。

 レギアスは立ち止まり、同じく溜息を吐いてベールを降ろす。

 ベールはアナトにお礼を言って改めてレギアスの前に立って真剣な眼差しで訴える。

 

「信じてください、レギアス様。このままでは帝国の多くの民達が犠牲になってしまいます」

 

「……言ってみろ」

 

 レギアスは頭を抱えてベールに話をさせることにした。

 ベールは嬉しそうに笑みを浮かべ、レギアスに詳細を話す。

 グランファシア帝国の皇帝が、異界の封印を解く術を発見し、その封印を解こうとしている。

 封印を解く方法の一つとして、多くの人間の血肉と魂を必要とし、皇帝はそれを自国の国民で補おうとしている。

 そして、その儀式が行われるのは帝国領土にある数々の遺跡であり、そこは嘗てドラゴンが築いた遺跡であり、ドラゴンが産み出した魔法が眠っている。

 そこに必要なだけ国民達を集め生け贄にするという、突拍子もない話である。

 ベールはそれをゲディウスから聞き、それが本当なら罪無き者達が皇帝の愚行により殺されてしまうと憤りを感じ、彼の者達を助け出さねばならないと決心したという。

 レギアスはベールの話を聞いて頭を抱える。

 

「レギアス様、どうかお力をお貸しください。レギアス様のお力ならばきっと……」

 

「断る」

 

「なっ、そんな……!?」

 

 レギアスなら必ず助けてくれる。そう信じていたベールは驚愕の表情に染まる。

 レギアスは溜息を吐きながら断る理由を話す。

 

「一つ、そんな方法で封印は解けない。お前は揶揄われただけ」

 

「そんな……!」

 

「二つ、俺の仕事はお前を父親の下に帰すこと。まぁ、アナトも帰すことになったけどな」

 

「っ……」

 

「三つ、今の俺にそんな力は無い。お前の母を救えなかった俺に、帝国中の国民を助けられない」

 

 パンッ――。

 乾いた音が木霊する。

 ベールがレギアスの頬を叩いたのだ。

 アナトは姉に驚いて目が点になる。

 こんなことをする姉を見たことが無いようだ。

 叩いたベールはハッとして手を引っ込める。

 だがすぐにキッとレギアスを睨む。

 叩かれたレギアスは頬を摩りながらベールを見つめる。

 

「母のことは、レギアス様の所為ではありません。それは、あの時にも申したはずです」

 

「……」

 

「……今これは話すことではありませんね。レギアス様、私を父の下へ連れて帰るのが仕事と、仰いましたね?」

 

「……そうだ」

 

「では……」

 

 ベールは隣に立っていたアナトの剣を素早く抜き取り、その刃を自分の首筋に当てた。

 オルガとアナトはベールの行動に驚き、動揺する。

 だがレギアスは冷静にベールを見つめ、何のつもりだと問う。

 ベールは落ち着いた声で、レギアスに己の堅い意思を伝える。

 

「もし皇帝の悪行を阻止しないのであれば、私はここで命を絶ちます」

 

「……どうして奴の言ったことを信じる」

 

「私の魔法をお忘れですか? 私は相手の心を読むことができるのですよ」

 

「……そうだったな」

 

 ベールは人口の三割しかいない魔力保有者であり、魔法を使用できる人間なのである。

 アナトとは違い魔力量は多くないが、それでも他の人間に比べたら質が高い。

 マスティア家で魔力を先天的に持っているのは、現在ではベールのみであり、過去を遡ると母親であるアーシェもそうだ。

 国王であるイルは守護竜との契約で手にしており、アナトは異例で、発現したのは守護竜と契約を交わしてからの後天的だが、元々持っていたというどっちつかずの存在。

 そして更に、ベールは独自の魔法を持っており、それは他者の心を読み取る魔法。

 ベールはその力でゲディウスの言っていることが本当だと確信しているのだ。

 

「仮に本当だとして、どうやって止める気だ?」

 

「それは……」

 

「皇帝の考えで帝国は動いてる。なら、俺達だけで帝国と戦えって言うのか?」

 

 ベールは言葉に詰まる。

 ベールを突き動かしているのは、国民を救わなければならないという正義感だ。

 打算も勝算も無く、ただ助けに行くという考えだけで行動しようとしている。

 帝国と戦うのならば、それこそ王国の力を引っ張ってこなければならない。

 だがそうすると今度は本格的な戦争が起こり、また別の犠牲者が生まれる。

 それではいけないのだ。

 ベールは己の無力さを呪う。

 魔法を使えても、これから起こる悲劇を事前に知っても、それを止めることができない自分の弱さに憤りを覚える。

 静かに涙を流すベールを見て、レギアスはゆっくりとベールから剣を剥がし取る。

 剣をアナトに返し、レギアスはオルガを手招きしてアナトとベールから距離を取る。

 

「オルガ、マスティアと連絡は?」

 

「此処ら一帯に妨害装置が敷かれてるみたいで、通信はできねぇ」

 

「魔法での連絡は?」

 

「大将、忘れたか? 俺はそんな魔法できん」

 

「ということは完全に遮断されて、こっちからもあっちからも連絡は取れない分けだ」

 

 レギアスは腕を組んで思案する素振りを見せる。

 それから空を見上げ、満天の星空を眺める。

 

「……そういや、帝国を観光したことはあまりなかったな」

 

 ポツリ、とレギアスは言葉を溢した。

 それを聞き取ったオルガは一瞬真顔になって何を言い出したんだと困惑するが、すぐにニヤリとイヤらしい笑みを見せる。

 そして後ろの二人に聞こえるように大きな声で話し始める。

 

「大将、帝国には古代の遺跡が沢山あるらしいぜ」

 

「へぇー、そりゃあ観光巡りには事欠かないだろうな」

 

「飯も美味い所が多いそうだ。俺も一度ぐらい観光したいと思ってたんだよな」

 

「なぁ、少し寄り道して帰っても罰は当たらねぇよな?」

 

「大将と陛下の仲だし、大丈夫じゃねぇのか?」

 

「よし、なら遺跡巡りでもするか」

 

 レギアスとオルガはそう決めると、車に乗り込む。

 その光景を困惑した表情で眺めている王女様二人に、レギアスは疲れた様子で言う。

 

「ほら、早く乗れよ。朝には何処かの街に着いて一休みしたい」

 

「……」

 

「……」

 

 アナトとベールは目を見合わせた。

 ベールは満面の笑みを浮かべ、アナトは苦笑する。

 二人は車の後部座席に乗り込み、オルガは車を発進させた。

 

「はぁ……これマジでイルに怒られるんだろうなぁ。アイツ、普段は温厚だが、怒ると容赦ねぇんだよなぁ……」

 

「大丈夫ですレギアス様! 私も一緒に怒られますから!」

 

「おい、観光するならもっと良い車にしろよ。王女二人を乗せるにしてはお粗末すぎる」

 

「そもそも銃弾でボロボロだしなぁ。それに街に着く前に乗り捨てないと怪しまれるな」

 

「お前ら……一応ここ帝国内で、今から帝国に喧嘩売りに行くんだからな?」

 

『はーーい』

 

「……頼もしいねぇ、ほんと」

 

 胸中にもの凄くデカい不安を抱えたレギアスを乗せた一行は、帝国の夜の中へと消えていくのだった

 

 

 

 



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第8話 旅・竜と人の子

 四人は要塞を脱出し、車を走らせられるる所まで走らせた。

 街の明かりが見えた所で車を脇道に乗り捨てた。

 疲労している身体に鞭を打ち街に入った。

 そこで宿を探しだし、四人は漸く休息の時を得る。

 通貨は世界共通であるため、国を超えても問題なく使える。

 しかしそこでちょっとした事件が起きた。

 それは要塞から逃げたばかりということもあり、二人部屋を四人で取ったことで起きた。

 ベッドが二つだけしかなく、レギアスはアナトとベールの二人が使えと言ったのだが、ベールがレギアスと一緒のベッドで寝ようとしたのだ。

 ベールは戦いで酷く疲れているレギアスを気遣っての善意で申し出ているのだが、アナトの表情が恐ろしい物になり、ちょっとした言い合いになる。

 それを無視してレギアスはオルガにもう一つのベッドを使わせ、備え付けの小さなソファーで即刻眠りに就いたのであった。

 翌朝、目覚めた四人は宿のシャワーで汗を流し、街に出る。

 レギアスは戦闘で服がボロボロで血だらけになっているため、また、ベールも一般市民に紛れ込める服を購入してきた。

 レギアスは似たような服を購入した。

 ボロボロになったコートを手に、レギアスは少し落ち込んだ表情を浮かべて眺めていた。

 それが気になったベールはレギアスに話しかける。

 

「レギアス様? どうなされたのですか?」

 

「……いや、ちょっとな。これに掛けられてた魔法なんだが……昔、アーシェが掛けてくれたものでな」

 

「お母様が……?」

 

「ま、たかが魔法だ。大抵の物は防げた代物だったが、仕方がないさ」

 

 レギアスはコートをダストボックスに捨てようとする。

 だがそのコートと、新しいコートをベールが引っ手繰った。

 ベールはソファーに座り、自分の髪の毛を一本抜き取り、コートに向けて手を翳す。

 淡い緑色の魔力の光が手に集まり、ベールの髪の毛を触媒に魔法を施していく。

 

「ベール、何して……?」

 

「昔、お母様に習った魔法です。お呪い程度の物ですが……」

 

 はいどうぞ、と魔法を施したコートをレギアスに渡す。

 優しい笑みを浮かべるベールに、レギアスは「お、おう……」とコートを受け取って袖を通す。

 

「そっちはどうするつもりだ?」

 

「内緒です。さ、行きましょう! 私、お腹が空いちゃいました!」

 

「お、おい! 押すな!」

 

 宿を後にした四人は近くの食堂に入る。

 そこでパンに肉や野菜を挟んだ料理を注文する。

 ベールとアナトは一人前の量だが、オルガは優に十人前を超える量を注文し、レギアスも同じぐらい注文した。

 オルガ曰く、これぐらい食わないと力が出ない。

 レギアス曰く、昨日の怪我を再生した分のエネルギーを補給しなければならない。

 二人がガツガツと食べる中、ベールは料理をマジマジと見つめて一向に手を付けない。

 

「……ねぇ、アナト。これ、何と言ったかしら?」

 

「バーガー」

 

「……ナイフとフォークは使わないのかしら?」

 

「なんだ、ベール。こういうの食ったことねぇのか?」

 

 レギアスがモグモグとデカいバーガーを食べながら訊ねる。

 ベールは頷き、オドオドとしてしまう。

 

「イルの好物なんだがな。城じゃ出ねぇのか。そのまま手で掴んで齧り付くんだよ」

 

「は、はい……あむっ!」

 

 ベールはバーガーを掴むと、可愛らしい口で齧り付く。

 すると眼を輝かせて大きく開き、蕩けそうな笑みを浮かべた。

 

「お、美味しいです!」

 

「ふっ……」

 

「……けっ」

 

 その隣で、アナトは面白くなさげな表情を浮かべてバーガーを豪快に頬張る。

 姉妹で真逆の食べ方だ。

 

「む……なぁに、アナト? そんなに私がこのバーガーを食べるのが変かしら?」

 

「べぇつにぃ? どっかの誰かさんが誰かの姉に鼻の下を伸ばしてるのが面白くないだけっ」

 

「な、何だよ……伸ばしてねぇだろ」

 

「どーだか」

 

「……?」

 

 どうしてか不貞腐れているアナトにレギアスは困惑する。

 ベールと再会してからこんな様子だ。オルガもオルガで、レギアスとアナトのそんなやり取りを見てはニヤニヤして笑っている。

 居心地が悪くなったレギアスは、話題を変えることにする。

 

「んんっ、で、これからの行動だが……先ずは話を整理しよう」

 

 レギアスはベールから聞いた話を掻い摘まんで話す。

 ベールは要塞で囚われている時、ゲディウスから皇帝が異界の封印を解き、ドラゴンを復活させようとしている。

 その方法は帝国の民達を生贄にするというもので、ベールの心を読む魔法でゲディウスが噓を吐いていないことは確認済み。

 生贄を捧げる場所は帝国領に存在する遺跡であり、ベールはそれを阻止したいと願っている。

 それをベールに確認した上で、レギアスはどうしても腑に落ちないという表情を浮かべる。

 

「だがな……そんな方法で封印は解けないはずだ」

 

「しかし! あの者は確かに!」

 

「まぁ、解けようが解けなかろうが、それで解けると信じているんだろ」

 

「大将は封印の解き方を知ってるのか?」

 

「ああ、知ってる」

 

 ガブリ、とバーガーを丸呑みにし、別のバーガーを食べ始める。

 

「ま、まて。知ってるのか?」

 

 アナトが驚いてレギアスに聞き直す。

 思わず食べていたバーガーをテーブルの上に落としてしまう。

 レギアスは「そうか、お前らは知らないよな」と他人事のように呟く。

 

「んぐっ……封印を解くには二つの条件が必要だ。『二つの血』と『四大竜王(よんだいりゅうおう)の武具』だ。これらが揃い、ある場所に集めると人間界と異界を繋ぐ門ができる。封印を解くとしたら、この方法以外には無い」

 

「四大竜王……ティアマト、ミドガルズオルム、ヴリトラ、そしてクロウ・クルワッハ」

 

 ベールが口にした四つの名前。それが四大竜王の名前である。

 四大竜王とは、ドラゴン族の中でも高位の存在であり、その名の通りドラゴン族を纏める四体の竜王である。

 三千年前、この内の三体が人間を滅ぼそうとし、クロウ・クルワッハだけが人間を守る為に戦ったとされている。

 クロウ・クルワッハに付き従うドラゴン達を連れ、彼はヴリトラを討ち、ティアマトとミドガルズオルムは異界へと封じられたと、語られている。

 その四大竜王の武具とは、彼らから産み出された物であり、今も尚この世界の何処かにあるとされている。

 それが封印を解く鍵の一つだと、レギアスは言う。

 アナトが落としたバーガーを更に纏めながら信じられないと首を振る。

 

「四大竜王の武具……本当に存在するのか? 今まで発見されなかったのに」

 

「封印に使われたんだからあるだろ。壊されてなきゃな」

 

「二つの血とは、一体何なのです?」

 

「さぁ? ただまぁ、封印した奴の血とかそんなんじゃ……」

 

 と、ここでレギアスは食べていた手を止め、ベールを見つめる。

 いきなり見つめられたベールは戸惑いつつも、恥ずかしいのか頬を薄く赤らめる。

 それに苛立った様子を見せたアナトは咳払いをする。

 

「んんっ! んんっ!」

 

「……そうか……巫女か……」

 

 レギアスが呟く。次にアナトを見て拙いなぁと呟いた。

 呟かれたアナトは更に苛立って拳を握り締める。

 

「生贄は兎も角、奴ら本当に封印の解き方を知ってるのかもしれない」

 

「どういうことだ?」

 

「……異界の封印を行った巫女の血筋はマスティア家だ。ベールを誘拐したのは……」

 

「……理由としては、一応筋が通ってるな」

 

「……あの、レギアス様」

 

「ん?」

 

 ベールが小さく手を上げる。疑問があるらしく、レギアスに質問する。

 

「レギアス様は、どうしてそんなに封印についてお詳しいのですか? 封印については世界中の学者達が解き明かそうとしていますが、それでも全く分からないことばかりですのに」

 

 ベールの疑問に、アナトもうんうんと同意する。

 三千年前の伝説について、詳しい伝承は何も残っていないのだ。

 クロウ・クルワッハが人間と共にドラゴン族と戦い、異界に封印したという事実のみが伝説として語られており、それに関する文献はかなり少ない。

 それなのにレギアスはまるで知り尽くしているかのような口調で話す。

 二人はそれが不思議で仕方がない。

 だがレギアスは逆に驚いていた。

 まるで互いに認識のズレがあるかのようだ。

 レギアスは少し思案した後、ポツリと疑問を口にする。

 

「……まさか、イルから何も聞いてない?」

 

「お父様が何だ?」

 

「何も聞いておりませんわ」

 

「……オルガ?」

 

「……」

 

 今まで黙ってバーガーを食べていたオルガは身体ごと視線を反らしていた。

 窓の外を見ながらバーガーを咥えたまま固まっている。

 レギアスに肩を掴まれ、オルガは冷や汗をダラダラと流し始める。

 

「……イルは何も話していないのか?」

 

「へ、陛下は国を出た大将を心配してんだ。国という後ろ盾が無くなった大将に、危険が及ばないように。だから極力、大将のことは誰にも話さなかったんだ。姫様達であろうともな」

 

「あの馬鹿め。話してないんだったら話してないと言っとけ」

 

 レギアスは頭を抱えて溜息を吐く。

 だがその顔は何処となく嬉しそうな表情だ。

 ベールとアナトは二人して首を傾げ、顔を合わせる。

 その姿は実に姉妹らしい。

 

「で、結局何の話なんだ?」

 

「ん、ああ。俺はドラゴンと人間のハーフなんだ。そんな出自だから色々と詳しいんだ」

 

「ああ、そうなのか」

 

「まぁ……ハーフでいらしたのね」

 

「そうだ。だから怪我の治りも一瞬だ。心臓を潰されても基本は問題ない」

 

「ふーん……」

 

「はー……」

 

 

『は?』

 

 

「父親がドラゴンで、母が人間でな。寿命も人間のそれじゃなくてドラゴンに近い。産まれたのは異界が封印されてからだが、一時長い眠りに就いててな。イルとアーシェがお前らくらいの時に起こされて、それからの付き合いだ」

 

 軽い思い出話でもするかの如く、レギアスはバーガーを片手に話す。

 その内容は決してバーガーを片手に話して良い内容ではない。

 現に、ベールとアナトは女の子が、王女様がしてはいけない表情をして固まっている。

 オルガは頭を抱えてデカい身体を小さくし、「大将、そういうとこは相変わらずだ」と嘆いている。どうやら重大な話を軽々しく口にするのは昔からのようだ。

 レギアスは最後のバーガーを呑み込み、いつまでも反応が無い二人に溜息を吐く。

 

「ったく、てっきり知ってるものかと思ってたが、イルの心配癖だな」

 

「大将、違う。そういうことじゃねぇんだ……」

 

「あん?」

 

「……強くあれ、乙女達よ」

 

 二人が復活するのには、暫くの時間を要することになった。

 

 

 

 



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第9話 四大竜王・ティアマト神殿

 ベールとアナトがレギアスの告白により頭の中が真っ白になってから数十分。食事を終わらせたレギアスとオルガは二人を何とか正気に戻し、本題の話を進めた。

 皇帝の計画を阻止する為には結局の所、儀式の現場を直接押さえ、生贄にされる民達を解放するしかないだろう。ベールの願いは、ドラゴンの復活を阻止することよりも、生贄にされる無垢な人達を救いたいというのが一番だ。

 レギアスは儀式が行われると思われる遺跡の場所を推測する。帝国領内に存在する遺跡は多々ある。それらを一つ一つ回るのは現実的ではない。そこで一番怪しい場所を絞り込む。

 レギアスは絞り込んだ遺跡は三箇所。そのどれもが大きな遺跡であり、一番神聖視され、更にデーマンがよく出没するような危険な場所である。

 その場所を選んだ理由だが、レギアスは一つの仮説を立てる。

 

「四大竜王の武具が必要で、且つ儀式で遺跡を選ぶのだとしたら、それは武具が眠っている可能性が高い遺跡を選ぶはず。この三つの遺跡はそれぞれ竜王を祀ってる一番デカくて重要な遺跡。遺跡自体に魔力が宿ってる。武具があるとしたらこの三箇所だろ。あくまで、推測でしかないが」

 

「ん……? だったらもう一つの遺跡は? 全部で四つだろ?」

 

 アナトの言う通り、四大竜王を祀るならば、遺跡は全部で四つのはずである。

 まさか、一つで二つの竜王を祀るわけでもないだろう。

 レギアスは少し黙った後、口を開いた。

 

「もう一つのはクロウ・クルワッハのだが……問題無いだろう」

 

「何故なのです?」

 

「クロウ・クルワッハの武具は、もう人間界に存在しない。存在する筈がないんだよ……」

 

 レギアスは静かに、辛い何かを押し殺したような声でそう言う。

 アナトはそれが何か気になったが、訊いても答えてくれないだろうと思い、今は訊かないことにした。

 だが、レギアスの言うことが本当なら、そもそも儀式は成り立たないのではないだろうか。

 何か他に手段でも得たのだろうか。

 どちらにせよ、生贄という儀式が行われる。それを止めなければ。

 

「ま、俺達じゃ大将以上の情報は持ってねぇし、それで行くしかないだろうな」

 

「それで? まさか徒歩で向かうのか? 私は兎も角、ベールはそんなに体力が無いぞ?」

 

「むっ……失礼な。これでも鍛錬は続けてるわ」

 

「姉さんが嗜む鍛錬なんか、たかが知れてる」

 

「それは、まぁ……アナトの鍛錬に比べればそうだけど……レギアス様は体力が無い女性はお嫌いですか?」

 

「何でそこでレギアスにそう行くんだ……!」

 

 姉妹の口喧嘩にレギアスは全く聞く耳を持たず、移動手段について考える。

 アナトの言う通り、徒歩で遺跡に向かうには遠すぎる。かと言って車は手に入らない。あれはどうやら帝国中に普及はしていないようで、富裕層の中でも一握りしか持っていないようだ。

 馬車を使って移動するのが打倒なのかもしれない。

 しかし馬車を使うとなると、目立ってしまう可能性が高い。馬だけならまだ目立たないかもしれない。レギアスは馬を何処かで調達する方針を決めるが、この街のそう都合良く馬が手に入る場所などあるのだろうか。

 そう悩んでいると、窓の外で帝国の騎士達が数人、「馬」に乗って現れた。その雰囲気は剣呑としており、行き交う街の人達に声を掛けては何かを尋ねている。

 おそらくは要塞の一件でレギアス達を探しているのだろう。

 レギアスとオルガはその騎士達を見て、互いに笑う。その笑みは悪巧みを考えている者が浮かべるものだった。

 店を出て物陰に隠れ、騎士達の様子を伺う。騎士の人数は3人で馬も三頭。レギアスはアナトに樽を道に投げさせた。騎士達は樽が道に落ちて壊れた音に気を取られ、その隙にレギアスとオルガが騎士達を馬から叩き落とし、物陰へと引き摺る。三人を拘束して気絶させ、馬だけを頂戴し、颯爽と馬に跨がる。アナトは姉であるベールを後ろに乗せ、四人は街を脱したのだった。

 

 

 街を出て、四人は最初の遺跡を目指す。一番近い遺跡はティアマトを祀る遺跡で、太陽が真上を通過した頃には遺跡に到着した。遺跡は山と一体化しているようで、入り口が洞窟のようになっている。その先が神殿のようだ。入り口の前には崩れた柱や祭壇などが広がっている。

 馬から降り、遺跡近くに身を隠して辺りを偵察する。

 帝国軍は既に到着しており、少数の騎士と、機械騎士らが展開されていた。

 そして、大きな輸送車から鎖で繋がれた人達が現れ、遺跡の中に入っていく。皆ボロボロの姿で、どんな風に扱われたていたのか想像するのは難しくない。

 あの人数の人達を神殿に入れるところを見ると、本当に生贄にする気なのだと見てとれる。

 アナトは魔法で聴力を強化し、外で待機している騎士達の会話を盗み聞きする。

 

『なぁ、司祭は司祭は此処で何をするつもりなんだ?』

 

『この遺跡に眠る四大竜王の武具を回収するらしい』

 

『連れて行かれた奴らは何なんだ? 労働者か?』

 

『ばっか、奴らは生贄だ。竜王に捧げるな。そうすれば武具が手に入るそうだ』

 

 アナトは顔を歪め今聞いたことをレギアス達に伝える。

 どうやら生贄は封印を解く直接なものではなく、武具を手に入れる為のものであり、帝国はまだ武具を手に入れていないようだ。

 ならば、帝国より先に全ての武具を手に入れてしまえば、計画は阻止できるのではないのか。武具を手に入れたとしても、マスティアは異界の封印を解く気は一切無く、その後どこか別の場所に厳重に封印すれば良い。

 レギアスは剣を握り締め、ベールに戦えるのか確認する。

 

「ベールは戦えるのか?」

 

「いえ……弓術を嗜んでいるので、弓があればともかく……。魔法も、守護竜と契約はしていますが、その力の大部分は全て読心術のコントロールに使われていますので、とても戦えるようなものでは……」

 

 そう言ってベールは顔を伏せる。助けてくれた上に、自分の我が儘で戦いに出ようとしているレギアス達の力になれないことを悔いているようだ。

 だがレギアスは軽く笑みを浮かべ、ベールの頭に手を置く。気にするな、そう言っているのだろう。

 最後に、レギアスはアナトに確認を取る。

 

「アナト……相手には人間もいるぞ」

 

 これから戦う相手には機械騎士だけではなく、人間の騎士もいる。彼らと戦うと言うことは、彼らも抵抗してくるだろう。そうなれば、命を奪うことになる。

 レギアスは、アナトにそれだけの覚悟があるのかと、尋ねているのだ。

 アナトはその問いに、剣を抜いてから答える。

 

「言っただろ。子供扱いするな」

 

 それは、殺す覚悟があるということなのか、それとも既に経験済みなのか。

 どちらにせよ、レギアスの顔に影が差す。

 自分がアーシェを守れていたら、守護竜であるティアを守れていたら、アナトは騎士としての道を歩むことなく、こうして剣を握ることは無かったのではないのか。

 そんな、もしもの話を、頭を振って忘れる。

 

「ベールは合図したら来い。じゃ――行くぞ」

 

 レギアスの号令で三人は飛び出し、帝国軍に切り込む。

 強襲された帝国軍は状況が分からず判断が遅れてしまう。

 機械騎士達はレギアス達を敵と認識して反撃を行うが、三人の圧倒的な力に遇われてしまう。

 銃を放っても、銃口を向けた瞬間にはもう既にそこにおらず、剣で斬られている。

 無論、人間の騎士も剣や銃を抜いて抵抗する。

 レギアスは極力、アナトに人間を相手にしてほしくないと思い、人間の意識を自分に向ける。

 前に出て大剣を片手で振るう。

 騎士らはレギアスを狙うが、レギアスの剣技に勝ることができず、一太刀で斬り伏せられる。

 その内、外にいる帝国軍は全て撃退した。ベールを呼び遺跡の中に入る。中に入ると一本の大きな通路であり、その奥には如何にも神殿という巨大な建物が見える。その道中には機械騎士達がウジャウジャと立ち並んでおり、レギアス達の行く手を邪魔する。

 

「わらわら、わらわらと数だけ集めやがって……オルガ!」

 

「おう! ぉぉぉぉぉおおお!」

 

 オルガは先頭に立ち、拳を握り締めて魔力を体内で練り上げる。青色の魔力が拳に凝縮されていき、その拳を迫り来る機械騎士らに向けて正拳突きを繰り出す。その拳から魔力が爆発し、拳圧の衝撃波となって機械騎士らを薙ぎ払う。オルガの一撃で道が開かれ、四人は進む。

 

「ハッ、やるようになったじゃねぇか!」

 

「伊達に筋肉達磨になったワケじゃねぇよ大将!」

 

 レギアスとオルガは二人で前に出て突破口を斬り開いていく。神殿の入り口に辿り着き、既に開かれている扉を潜った。神殿内は単純な構造をしており、部屋はレギアス達の前に広がる大広間のみ。窓のような穴や人が通れるほどの穴はあるが、祭壇が奥に置かれていることから、この広間が重要な場所だと分かる。

 大広間には機械騎士が十体ほどと、司祭のような格好をした初老の男性が一人、そして機械騎士らに囲まれ、怯えた表情で拘束されている民間人の集団。司祭がレギアス達の存在に気付き、機械騎士らに命令を下す。

 

「あ、あの痴れ者共を排除しろ!」

 

 機械騎士らは銃を構えるが、銃弾が放たれるよりも早くレギアスが大剣を投げた。大剣は弧を描くようにして飛来し、民間人達を取り囲んでいる機械騎士らを両断していく。最後にはレギアスの手に戻り、司祭が一人だけ残った。

 司祭は民間人の一人を人質に取ろうとするが、オルガが既に動いており、司祭が民間人に触れる前に殴り跳ばされる。

 

「気絶させてないだろうな?」

 

「大丈夫だろ。歯は折れてるだろうけどな」

 

「アナトとベールは民間人を解放しろ」

 

「ああ」

 

「さぁ、皆さん、もう大丈夫ですよ!」

 

 民間人の解放を二人に任せ、レギアスは地面に蹲っている司祭に近寄る。

 レギアスが司祭を掴み上げて此方を振り向かせた瞬間、司祭は懐に仕込んでいた銃を取り出してレギアスを撃った。銃声と共に放たれた弾丸はレギアスの頭を大きく仰け反らせた。

 

「大将!?」

 

「ッ――!?」

 

「レギアス様!?」

 

 三人は悲鳴に似た叫び声を上げる。しかし撃たれたレギアスは何てこともなく、口から銃弾を吐き捨てた。口から少量の血が出ているが、全くもって問題なかった。

 その光景に司祭は恐怖を抱いてもう一度銃を撃とうとするが、レギアスが銃を握り潰した為叶わず、レギアスに掴まれた状態でひどく怯える。

 

「ば、化け物――」

 

「民間人を生贄に捧げようとする奴よりはまともさ。さて、質問に答えてもらおう。どうやって異界の封印を解くつもりだ?」

 

「お、教えてなるものぎゃああああ!?」

 

 答えるのを否定しようとした司祭の手首を、レギアスは捻り潰した。激痛で司祭は悲鳴を上げるが、レギアスが首を絞めたことでそれもできなくなる。

 

「もう一度訊く。どうやって封印を解くつもりだ?」

 

「かはっ――はぁ、ぶ、武具を竜の塔に集めるのだ! この現世と異界を竜の塔という門で繋げるのだ!」

 

「竜の塔だと? あれは封印されているはずだ」

 

「皇帝陛下が封印から解き放ったのだ!」

 

「大将、竜の塔ってのは何だ?」

 

「まだ人間が魔法を自在に使えた時代、帝国が創り上げた異界と人間界を繋げる塔だ。だがアレは厳重に封印されていたはず。どうやって解いた?」

 

「し、知らぬ! ただ、謎の男が陛下に口添えを!」

 

 謎の男、レギアスには心当たりがあった。それはあのゲディウスだ。ゲディウスは自らをドラゴンと名乗った。マスティアにドラゴンが襲撃されたこともあり、十中八九ゲディウスの仕業であり、ドラゴンというのも本当のことだろう。分からないのはドラゴンが何故まだ現世にいるのかだ。人竜戦争の生き残りだったのか、新たに召喚されたのか、今考えてもこの司祭の口振りからは答えを得ることはできないだろうと、レギアスはそれについて言及するのは止めた。まだ別に訊きたいことがあるのだ。

 

「武具は全部で四つだ。だが一つはもう存在しない。どうするつもりだった?」

 

「く、クルワッハの武具か? それならもう既に回収している! 血も手に入っている!」

 

 司祭の言葉を聞いた瞬間、レギアスの表情は一変した。

 明らかな怒りを露わにし、睨みだけで人を殺す眼をして司祭を締め上げた。

 

「どういうことだ!? どうやって手に入れた!? アレは『奴』と共に消えた筈だ!」

 

「がぁ――」

 

「ッ――大将! 上だ!」

 

 オルガは何かを感じ取り、レギアスに警告した。レギアスは司祭を離し、その場から飛び退く。するとレギアスと司祭が居た場所に、巨大な何かが落ちてきた。

 それは人型のデーマンだ。大きさは五メートルほどで、筋肉が異様に発達した全身に、鋭利で巨大な爪を生やしている。そのデーマンは逃げ遅れた司祭を爪で貫き、引き千切って殺してしまった。

 

「グォォォオオ!」

 

「何だありゃ!?」

 

「オーガ……! この神殿を守ってたか!」

 

 オーガとレギアスが呼んだデーマンは咆哮を上げ、レギアスとオルガに襲いかかった。

 

 

 

 



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第10話 四大竜王・ティアマト神殿 2

 

 オーガの持つ鋭い爪が振るわれ、レギアスは後ろに跳んで避ける。

 標的を失ったオーガの爪は地面をいとも簡単に裂いて砕く。

 オーガの勢いは止まらず、そのままレギアスに身体を打つける。

 レギアスは剣を割り込ませて直撃を避けるが、そのまま吹き飛ばされる。

 

「大将! 野郎ォ!」

 

 オルガは両拳に魔力を練り込み、オーガの脇腹に強烈な一撃を叩き込む。

 その一撃に効果があったのか、オーガは痛がるような咆哮を上げ、オルガに攻撃を仕掛ける。

 オルガはその体型に似合わない俊敏な動きで攻撃をかわしていき、タイミングを計ってカウンターを叩き込んでいく。

 怒ったオーガはオルガを仕留めようと更に攻撃の速度を上げていく。

 

「このォッ――」

 

 オルガが繰り出した拳を、オーガは蹴りで返してオルガを壁まで吹き飛ばす。

 

「グルォォォォオオ!」

 

「喧しい!」

 

 戻ってきたレギアスの剣がオーガの背中を斬り裂く。

 しかし剣はオーガの背中を浅く裂いただけで、オーガにダメージを負わせられなかった。

 

「チィ……! 神殿に漂うティアマトの魔力を吸ったか!」

 

「グラァァァァァ!」

 

 オーガはレギアスに爪を振るう。

 大剣を軽やかに振り回してオーガの爪を防いでいくが、オーガの猛攻にレギアスは後退していく。

 

「いくら魔力を吸ったところでなぁ……! ここに遺された魔力なんざたかが知れてる!」

 

 レギアスの剣がオーガの腕を斬り裂く。

 次いで腹、胸、脚、と次々に斬り裂いていく。

 最初は浅い切り傷しか与えられなかったが、次第にその傷口は深くなっていく。

 

「魔力切れになるまでどれ位だ? 最後まで斬ってやる!」

 

「大将!」

 

 壁に吹き飛ばされたオルガが、神殿の柱を担いで魔力を練り上げていた。

 それを見たレギアスはオーガの両脚を斬り裂き、オーガは膝を突いた。

 レギアスは横に跳び退き、その瞬間、オルガが柱をオーガに投擲する。

 柱がオーガに直撃し、オーガは倒れ込む。

 そこにすかさずレギアスが剣を突き立てに行くが、オーガはすぐさま立ち上がりレギアスの剣を掴み取る。

 

「くっ!」

 

 オーガは剣を持ち上げ、剣を握り締めたままのレギアスを地面に何度も叩き付けていく。

 叩き付けられた地面は砕けていき、レギアスも頭を打ち付けたのか出血する。

 それだけで済んでいるのはドラゴンの血を半分受け継いでいるからなのだろう。

 散々叩き付けられたレギアスは放り投げられ、広間の奥にあった祭壇に頭から落ちた。

 祭壇は壊れ、バラバラになる。その祭壇の中から、ボロボロの弓が出てきた。

 弦は切れており、全身も化石のようにボロボロになっている、そんな弓だ。

 

「くそっ……何てザマだ……ん?」

 

 レギアスが身体を起こした時、頭から流れていた血がボロボロの弓にかかる。

 すると、弓が呼応してレギアスの魔力を吸っていく。急激に魔力を吸われ、脱力感と目眩がレギアスを襲う。

 何とか耐えたものの、その足取りはおぼつかない。

 剣を支えにして立ち上がり、魔力を吸い込んだ弓に視線をやる。

 弓は心臓の鼓動のように音を鳴らし、やがて光り輝く。

 強い輝きが治まると、そこにあったのはボロボロの弓ではなく、まるで漆黒のドラゴンを模したような立派な弓が転がっていた。

 その弓からは強い魔力を感じ、これが四大竜王の武具だと理解するのにレギアスは時間が掛からなかった。

 

「おいマジか……!」

 

 レギアスはその弓を持ち上げようとした。

 

「ふんんん――!?」

 

 しかし予想外の重さにレギアスは吃驚する。

 地面から浮かすことすら叶わず、どれだけ踏ん張っても地面から離れない。

 まるで弓と地面が一体化しているようなそんな感覚である。

 

「大将! 何やってんだ!」

 

「ええい、くそ!」

 

 レギアスは弓を持ち上げようとしていた手を離し、突撃してきたオーガに対応する。

 オーガの傷は既に塞がっている。神殿に漂っていた魔力を吸い取り、傷の再生を行うと同時に強化も行っている。

 オーガの爪を受け流して蹴り飛ばし、オルガとタイミングを合わせて攻撃を仕掛けていく。

 その最中、民間人達を避難させていたアナトとベールが戻ってきた。

 

「レギアス!」

 

 アナトも剣を抜き放ち、二人の攻撃に混ざる。

 アナトは剣に魔力を乗せて斬り掛かり、オーガはその魔力が危険だと本能的に察したのか、レギアスとオルガの攻撃は受けてもアナトの攻撃だけは必ず避ける。

 

「アナト! あまり魔力を消費するな! 倒れられても面倒だ!」

 

 レギアスはアナトが魔力の消費で飛空挺の時のように倒れられでもすれば、かなり危険な状況に陥ることを懸念し、アナトに注意する。

 アナトは不本意だと言いたげに舌打ちして魔力を消す。

 三人の連撃にオーガは防戦一方になる。

 しかし怒りが頂点に達したのか、咆哮と共に魔力を全身から放出した。

 放出により三人は吹き飛ばされ、地面を転がる。

 オーガは全ての魔力を膨大に練り上げ、全身を強化する。

 そして転がっているレギアスに跳び掛かり、爪を突き立てた。

 レギアスは剣を盾にして爪が喉に刺さるのを食い止めるが、オーガはそのままレギアスに覆い被さったまま爪を突き刺そうと競り合いになる。

 

「レギアス様! ど、どうすれば……っ!」

 

 離れたところで彼らの戦いを見ていたベールは、地面に立派な弓が落ちているのを見つける。

 とても強い魔力を帯びており、何故か目を離せなくなる。

 ベールはその弓に駆け寄る。

 

「っ、ベール! 来るな!」

 

 レギアスはベールが戦いの場に駆け寄ってくるところを見て慌てて叫んで止める。

 しかしベールは止まらず、オーガに気付かれてしまう。

 オーガはレギアスを掴んで放り投げ、ベールに襲いかかる。

 ベールは弓に辿り着き、その弓を手に取って『持ち上げた』のだ。

 レギアスでも持ち上げられなかった弓を、ベールは簡単に持ち上げてオーガに向けて構える。

 魔力がベールの手に集まり、一本の矢となって顕現する。

 矢は勢い良く放たれ、オーガの右腕を吹き飛ばした。

 

「グルォォォォ!」

 

「なん……!?」

 

「た、大将!」

 

「っ、ベール離れろ!」

 

 レギアスは先程の光景に驚き言葉を失うが、オルガの声で奴の攻撃がまだ終わっていないことに気が付き、ベールに逃げるよう言う。

 だがそれよりもオーガの攻撃が早く、ベールに爪を振るう。

 ベールに当たる直前、白銀が割り込んで爪を斬り裂く。

 

「姉さんから離れろ!」

 

 魔力を纏わせた剣を振るったアナトがベールの前に立ち、返す刃でオーガの左腕を斬り落とす。

 

「レギアス! オルガ!」

 

「大将! 合わせろ!」

 

「分かってらぁ!」

 

 アナトはオーガを蹴り離し、レギアスとオルガはオーガを挟み込むように位置を取る。

 レギアスは大剣を構え、オルガは脚に魔力を込めてオーガに肉薄する。

 二人の攻撃は同時にオーガの首を捉え、それを斬り落とした。

 首を無くしたオーガは生命活動を途絶えさせ、魔力の粒子となって四散していった。

 戦い終わった四人は地面に腰を下ろして肩で息をする。

 

「ったく……デーマンのくせに手子摺らせやがって……!」

 

「というか……大将はよく魔力無しでアレとやりあえたな……!」

 

「ったく、私がいないと勝てなかったとは頼りない男達だ」

 

「レギアス様、オルガ、お怪我はありませんか?」

 

「おい姉を守った私に労いの言葉も無いのか? おい姉よ」

 

 ベールは座り込んだレギアスに駆け寄り、血が付着しているところを服の袖で拭って傷が無いか調べる。

 傷が無いと確認するとホッと安心して笑みを見せる。

 

「良かったですわ……」

 

「俺は良い。オルガを見てやれ」

 

「俺なら大丈夫だ。それより、その弓……」

 

 オルガはベールが持っている弓を見る。

 強い魔力を発しているその弓は、ベールの手に馴染むように収まっている。

 ベールから魔力を吸い取ることもなく、ベールを担い手として認めているように、静かにしている。

 

「えっと……この弓は何か特別な物なのですか? 手に持ったら使い方が頭に浮かんで……」

 

「……ティアマトの弓だ」

 

 レギアスがそう呟く。

 

「そいつが……?」

 

「まぁ……! これが四大竜王の武具なのですね……!」

 

「姉さんが持って大丈夫なのか?」

 

 アナトはそんな代物をベールが持つことに心配を覚える。

 竜王の武具という常識では計れない物を、常人が触れて大丈夫なのだろうかと。

 肉体や精神に異常をきたさないか問題視しているのだ。

 

「ベール、身体に違和感は?」

 

「ありません。ただ、魔力が上がっているような……」

 

 レギアスはベールの身体を観察する。

 魔力を使えなくとも、魔力の流れは見ることができるレギアスは、ベールの魔力が前よりも活性化しているのを確認する。

 おそらくその原因が弓にあるのだと推測できる。

 

「……魔力が活性化しているな。この分なら、戦闘用の魔法も使えるんじゃないか?」

 

「ほ、本当ですか? では、私も共に戦えるのですね!」

 

「……おい。姉さんからレギアスの魔力が感じるのは何でだ?」

 

 スッ……と、周囲の温度が下がった気がした。

 戦いで流した汗で身体が冷えたのだろうか。

 レギアスは得体の知れない恐怖に、アナトの眼を見れないでいる。

 だがしかしアナトはレギアスの顎をぐいっと掴んで視線を合わせ、光が消えた眼でレギアスを見つめる。

 

「おい、何でだ?」

 

「き、気のせいじゃないか? 俺は魔力使えなくなってるんだし?」

 

「使えなくても持ってるじゃないか。今の私なら魔力の判別はつく。で、何でだ?」

 

「そ、その、その前に何でそんなに怒ってんだ?」

 

「怒ってなんかない。何で怒る必要があるんだ? で、何でだ?」

 

 アナトは抑揚の無い声でレギアスに淡々と問い詰めていく。

 レギアスは唾を飲み込み、できるだけアナトを刺激しないように答える。

 

「ティアマトの弓が俺の血と魔力を吸ったんだよ。それで弓が覚醒したみたいで……。たぶん、帝国軍が連れてきていた民間人達の血をこの弓に捧げるつもりだったんじゃないか? 人間は感じ取れなくても血中に微量の魔力を持ってるんだ。それを俺一人で補えたんだろう。だから弓に宿ってる魔力に俺のも含まれてて、それがベールに影響を与えたんだろうよ」

 

 レギアスはアナトから感じる恐怖で行動を激しくしながらそうツラツラと答えていく。

 アナトは「ふーん……」と反応してからレギアスから手を離す。

 それからベールに視線をやって「けっ」と不貞腐れて神殿の出口へと歩き始める。

 いったい何だったんだ、とレギアスは冷や汗を拭い、肩を落とす。

 その光景をオルガは苦笑しながら眺めていた。「やれやれ、こりゃあ……」と何かに同情する様子を見せてアナトの後を追う。

 ベールだけはレギアスと同様、何も分かっておらず、可愛らしく首を傾げている。

 

「ま、ともかく出よう……」

 

「はい!」

 

 二人も追いかけるようにして神殿の出口に向かうのだった。

 

 

 



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第11話 報告・国王の悩み

 

 ティアマトの遺跡から民間人達を連れ出した四人は、一先ずデーマンもいない安全な場所まで護衛した。

 

 民間人達は自分達が帝国から解放されたという実感を今得たのか、互いに泣いて喜んでいる。

 

 ベールはその光景を見て優しい笑みを浮かべている。

 彼らを助け出せたことが嬉しいのだろう。

 ティアマトの弓のおかげで強くなった魔法を駆使し、民間人達の怪我を癒やしていた。

 

 犠牲を出さず全員を助け出せたことは正直、運が良かったと言える。

 僅かでも遅くなっていれば、誰一人として助からなかっただろう。

 これから次の遺跡に向かうつもりではあるが、もしかしたら既に手遅れかもしれない。

 

 それでもベールは助けに行くと言うだろう。

 レギアスも、此処まで来たら最後まで力を貸すと決めていた。

 

「あの……」

 

「ん?」

 

 民間人の一人である、中年の男性がレギアスに話しかけた。

 男性のすぐ後ろには女性と男の子が立っていた。

 家族なのだろう。

 三人はレギアスに向けて深いお辞儀をする。

 

「助けていただき、ありがとうございます! このご恩、どうお返しすればいいか……!」

 

「いや、礼なら俺じゃなく彼処の女神に言いな。彼女がいなけりゃ、俺はここに来てなかった」

 

「それでも、こうして助けてくださったことに違いはありません」

 

「……そうかい」

 

 照れくさいのか、レギアスはそっぽを向いて男性から視線をそらした。

 その状態で、レギアスは男性に訊きたいことがあると言って質問する。

 

「アンタ達は帝国人か?」

 

「正確には違います。私達は帝国が植民地化した土地の住民です。ヘリヤと呼ばれていた小さな国です」

 

「ヘリヤ……確か西の産業国家だったか?」

 

「ええ。帝国に統治されてからは、我々は帝国で労働することで市民兼を得て生活していました。しかし突然、帝国軍によって強制的にあの遺跡へ連れて行かれまして」

 

「そうか……此処に居るので全員か?」

 

「はい。元々、生き残りは少なく、小さな村を作って生活していましたら。ですが、その村も焼き払われて……。せっかく助けていただいたのに、我々には帰る場所がありません」

 

 レギアスは腕を組んで思案する。

 此処で彼らを置いていくことは簡単だ。

 しかしそれをベールはもとより、アナトやオルガも許さないだろう。

 レギアス自身も、それは避けたいと考えている。

 だが、だからと言って彼らを連れて行くわけにいかない。

 何処か別の場所に住まう場所を見つけなければならない。

 熟考の末、レギアスは「よし」と頷き、ベールとアナト、オルガを呼ぶ。

 呼ばれた三人は民間人達の手当を終え、レギアスに歩み寄る。

 

「何だ?」

 

「彼らの家は帝国軍に焼き払われてもう帰るところが無い。それにこのまま帝国に居ても、今回のことで市民権は剥奪されて、生きていける環境ではないだろう」

 

「そんな……」

 

「だから、王国に亡命させようと思う」

 

「それは良い考えです!」

 

 ベールはレギアスの提案に喜んで賛成する。

 しかしアナトは腕を組んで難しい表情を浮かべる。

 

「だが、どうやって王国領に行くんだ? 通信もまだ繋がらないんだぞ」

 

「ベール、一筆したためろ。アナトも名前印しとけ」

 

「まぁ、私達の名前と魔力を施しておけば効果的だろうが、一番の問題は国境をどうやって越えるかだろ?」

 

「それなら、たぶん問題無いだろ」

 

 そう言ってレギアスは空を見上げた。

 一点を見つめているようだが、三人には何を見つめているのか分からない。

 レギアスは軽く笑い、男性に向き直る。

 

「勝手で悪いが、アンタ達にはマスティア王国に亡命してもらう」

 

「マスティアに亡命、ですか?」

 

「ああ。この二人は王家に顔が利く奴らでな。紹介状を持たせるから、俺が指定する場所に向かえ」

 

「ど、どうしてそこまでしてくれるのですか? いったい貴方達は……?」

 

 レギアスはアナト、ベール、そしてオルガと一度視線を合わせ、男性に答える。

 

「通りすがりの傭兵さ」

 

 

 

 

 所変わり、マスティア王国・王都ライガット。

 城の中では大きな騒ぎが起きていた。

 ベールを救出に向かったレギアスが戻らず、連絡も無い。

 更に情報では、ベールが囚われていた要塞で大きな戦闘が起こったことが確認されている。

 

 レギアスが帰って来ないと言うことは失敗したのか、善からぬことを企てているのではないかと、大臣達が騒いでいるのだ。

 

 だが国王でありレギアスの友人であるイルは、ベールの救出に成功していると確信している。

 

 仮に救出に失敗したとすれば、帝国から何かしらの動きがあるはず。

 それが無いということは、つまり王国に対しての手札を失ったということ。

 レギアスが戻ってこないのは何か事情があるはずだ。

 イルは騒がしい会議室の中、頬杖を突いて落ち着いていた。

 

「陛下! 事は一大事ですぞ! あの不遜な輩に任せたのがそもそもの間違いなのです!」

 

「……少し落ち着いてくれ。レギアスはベールの救出に成功している」

 

「では何故戻ってこないのです!? 何か企んでいるに違いありません!」

 

 イルはそんな発言をする大臣を静かに睨み付ける。

 鋭い眼光で睨まれた大臣は縮こまり、先程までの威勢を失ってしまう。

 イルはこの場にいる大臣全員に向けて発言する。

 

「良いか皆の者、レギアスが失敗していれば、帝国に相応の動きがあるはずだ。しかし何一つ起こっていないのだ。我が娘の救出は成功している。レギアスが戻らんのは、戻れない事情があるのだろう。今、我々がすべきことは、此処で嘆いて頭を抱えることではなく、どのような動きがあってもそれに即座に対応できるよう準備をしておくことだ」

 

 イルの言葉に大臣達はハッと気付かされる。

 そうだ、と今の状況を理解し、己が全うすべき職務を思い出す。

 イルはそんな大臣達に大きな溜息を心の中で吐く。

 十年前の、人竜戦争以前の大臣達は優秀だった。

 どんな時も冷静で、国が求める的確な案を考え出し、聡明に議論できる人材ばかりだった。

 

 しかし戦争でその多くが失われた。

 当時の大臣達は己の命を犠牲にして国を守った。

 イルも命を張ろうとしたが、大臣達が止めたのだ。

 王はこの先も必要な存在であり、今此処で死ぬ時ではない、と諭された。

 その後、終戦を迎え、今の大臣達に変わったのだが、経験も浅ければ感情的になりやすい未熟な者達が多く、イルが最初から最後まで舵を取らなければならない状態だ。

 

 それが数多く存在するイルの悩みであり、解決すべき問題だと認識している。

 中にはまともな者もいるのだが、まだまだ育てるには時間が必要である。

 そして、この中には人竜戦争を経験したことがある者が一人もいない。

 だからこそ、レギアスの活躍を知らず、王妃と守護竜を守れなかった愚か者、という認識しかない。

 

 イルが頭を抱えていると、会議室の扉が勢い良く開かれた。

 そこから、ハットを被り葉巻を吹かしているエルドが現れる。

 エルドは愉快そうに笑いながらイルに向かって話しかける。

 

「これはこれは、陛下! 相も変わらず騒ぐことしか能の無い木偶の坊をお抱えで!」

 

「な、何だ貴様!?」

 

「喧しい。俺は無能なお偉いさんってのが大嫌いなんだ。少し黙って貰おうか」

 

 冷たい声を発するエルドが指を鳴らすと、エルドに向かって怒号を発した大臣の口が縫われたように閉じられ、開かなくなる。

 

 エルドはフン、と鼻を鳴らすとイルに向き直る。

 イルは警戒するどころか、久しぶりに再会した知人のように接する。

 

「久しいな、エルド。こうして直接顔を見るのは。レギアスに手紙を届けてくれたこと、礼を言うぞ」

 

「なーに、たんまり謝礼を貰ったしな。それに旦那の大事な友人だ。無碍にすることはないさ。だが部下は選んだ方が良い。国を担わす者達なら尚更な」

 

「耳が痛いな。今の王国は、嘗ての政治水準に至らない」

 

「ま、そこは頑張るこった」

 

「さて、直接赴いてまで何用かな?」

 

 エルドは葉巻を大きく吹かし、何処からともなく取り出した書類の束をイルの前に置く。

 

 イルはそれを手に取り、サッと目を通していく。

 その内容に表情を顰めていき、頭が痛いのか米神を押さえて項垂れる。

 

「……これは本当なのか?」

 

「俺は噓を言わない。帝国はドラゴンを異界から解き放とうとしている」

 

 エルドが明かす帝国の企みに、大臣達は騒然とする。

 しかしエルドが睨みを利かせると慌てて口を閉じる。

 口を閉じさせられている者は未だに口を開こうと足掻いている。

 

「レギアスの旦那は、ベールのお嬢ちゃんに請われて、その計画を阻止しようと動いている」

 

「ベールも一緒にか?」

 

「アナトのお嬢ちゃんもな」

 

「やはりレギアスと行動していたか。まったく、姿を消した時の騒ぎを抑え付けたのは骨が折れたぞ」

 

「フフフ、まるで若い頃のアンタ達夫婦のようだ」

 

「うるさい。それで? 私に何をして欲しいのだ?」

 

 イルが問うと、エルドはニヤリと笑う。

 待ってましたと言わんばかりに、イルにいくつかの要求をする。

 

「帝国に捨てられた人達を此処に連れてくる。亡命って奴だ。彼らを受け入れる、それだけだ」

 

「これに書かれている者達か」

 

「旦那への依頼料はそれで良いとさ」

 

「ふっ、レギアスめ。味な真似を。分かった。すぐに手筈を整えよう。産業を生業としていたのなら、我が国にも役立つだろう」

 

「それじゃ、俺は彼らを迎えに行こう」

 

「待て」

 

 エルドは踵を返して会議室を後にしようとしたが、イルが止める。

 煙を吐き出し、ゆっくりと振り返ったエルドの表情は、ハットでイルから見えない。

 

 イルはエルドに質問する。

 

「レギアスは私に連絡も一つ寄越さなかった。いや、連絡が取れない状況にあるはず。エルド、お前はどうやってこれだけの情報を仕入れた?」

 

 そう訊かれたエルドの口の端が上がる。

 ハットに手を掛け、ゆっくりと上げてイルに顔を確りと見せる。

 イルはエルドの眼を見て僅かに目を見開く。

 エルドの瞳は蒼く輝き、魔力を宿していた。

 

「――なるほど、『魔眼』か」

 

「便利な物でね。物を視通すには持って来いで、旦那の役に立っているよ」

 

「あい分かった。余計な詮索をした。亡命に関しては任せてくれ」

 

「――頼みましたよ」

 

 エルドは会議室を後にした。

 エルドが居なくなったことにより、大臣に掛けた魔法が解けて口が開く。

 他の大臣達も冷や汗を流しており、イルはその様子に苦笑した。

 

「皆、聞いたな? どうやら我が娘達は世界を救おうとしているらしい。我々は全力で支援するぞ。ほら、どうした? 早く動かないか」

 

 イルに急かされた大臣達は早々と立ち上がり、各自の全うすべき職務へと取り掛かる。

 

 イルは立ち上がり、会議室の窓から外を眺める。

 この広い空の下の何処かにいるレギアス達の安全を祈り、イルも己の職務へと戻る。

 

 

 

 

 



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第12話 守人・その名はマーレイ

 

 

 

 同時刻――グランファシア帝国・帝都エクセリオン。

 帝国騎士団本部の一室では、一人の男が小難しい顔をしながら書類と睨めっこしていた。

 

 白を基調に赤の装飾を施した、機械仕掛けの鎧とコートを組み合わせたような服を纏い、黒髪を後ろに流してセットしている。

 

 男は部下から上げられた報告書を読んでは眉間に皺を寄せては苛立った様子を見せる。

 

 そんな男の部屋の扉が開かれ、金色の眼をギラつかせたゲディウスが入ってきた。

 

 ゲディウスは我が物顔で部屋のソファーに寝そべるように座り、持っていた酒瓶を口に運ぶ。

 

 男は溜息を静かに吐き、苛立ちを隠しているようで隠せていない口調でゲディウスに口を開く。

 

 

「ゲディウス、此処は私の書斎だ。勝手に入る事もそうだが、此処で酒を飲むな」

 

「ハッ! そうカッカするな。上に立つ者、もっと器をデカくしな」

 

「貴様の所為で、計画を変更しざるを得なくなってしまったのだぞ!」

 

 ウォーカーは手元の報告書をゲディウスに向けて乱暴に放り投げる。

 報告書は床に散らばり、ウォーカーは頭を抱えて乱れた呼吸を整える。

 怒りで荒ぶっていた感情をすぐさま静め、自分もゲディウスの正面のソファーに座り、ゲディウスが持ってきた酒をグラスに注いで飲む。

 

「ウハハハ! お前のそういう、すぐに切り替えられる所は好きだぜ」

 

「黙れ。貴様の気紛れに付き合っていたら身が持たないと分かっているからだ」

 

「……で? さっきの物言い、次の計画を考えついているんだろ?」

 

 ゲディウスの問い掛けに、ウォーカーは静かに酒を飲んでからソファーに背中を預けて答える。

 

 その表情は誠に遺憾だが、と訴えているのが見て取れる。

 

「既に考案し指示を出している」

 

「さっすがだ。この俺を封印から解いただけはある」

 

「私としては、もっと理性的な思考を持った存在を望んでいたのだがな」

 

「舐めて貰っちゃ困るなぁ。これでも魔法に関しては他のドラゴンに引けは取らない」

 

「どうかな。私はまだお前の真価を見せてもらっていない。私がお前を重宝しているのは、ドラゴンという存在故だからだ」

 

「……言ってくれるじゃねぇか」

 

 ゲディウスの周囲に緑色の魔力が静かに渦巻く。

 その魔力は複数の剣に形成されていき、ウォーカーの周囲を取り囲む。

 無論、切っ先はウォーカーに向けられている。

 ウォーカーはただ黙って酒を優雅に飲む。

 

「人間という下等種風情が、随分と強気なことだ――弁えろ、カスが」

 

 一本の剣がウォーカーの手にあるグラスを貫く。

 中に入っていた酒が零れ、ウォーカーの服に大きな染みを作る。

 

 ハンカチを取り出し、拭えるところを拭いながら、ウォーカーは臆することなくゲディウスに言葉を投げる。

 

「お前も弁えたらどうだ? お前の封印を解いたのは私だ。だがそれは制限付きのもの。私の命が尽きれば、お前は再び封印されるのだ。あのクリスタルの牢獄にな」

 

「……生ける屍にされてもそうなるんだろうな。お前のことだ」

 

 ゲディウスは剣を消し、立ち上がる。

 その顔に、先程まで滲み出ていた怒りは消えている。

 ゲディウスは部屋の大きな窓の側に立ち、帝都を一望する。

 

「俺をクリスタルから解放してくれた礼に、異界の封印を解くための手伝いをする。それは俺にとっても望む所だ。奴をこの手で殺すためにもな」

 

「伝説の竜王クロウ・クルワッハ、か。今も本当に生きていると?」

 

「生きているさ。感じるんだよ。この世界の何処かに奴は生きている。この俺をクリスタルなんぞに閉じ込めやがった、あのクソ野郎がな」

 

 ゲディウスは異界ではなく、クリスタルという物に封印されていたようだ。

 その封印を施したのが、クロウ・クルワッハ。

 ゲディウスはクロウ・クルワッハに深い憎しみを抱いており、自身の手でその命を奪うことを目的としているらしい。

 

「ところで、報告によればお前の攻撃を受けても尚、生きて逃げ果せた奴が居るそうだが?」

 

「ああ、アレか。アレは俺の獲物だ。実に面白く不快な男だ」

 

「何者だ?」

 

「ドラゴンの血を引いている人間だ。ドラゴンが孕ませたのか、ドラゴンに孕ませたのか知らねぇが、崇高なるドラゴンの血を人間と混ぜるなんざ、許されない」

 

「ドラゴンと人間のハーフ、だと……ふむ」

 

 ゲディウスはウォーカーが頭の中で有力な計画を瞬時に組み立てていると察した。

 

 普通は驚くところだが、ウォーカーは疑いもせず、ただの情報として全て受け入れた。

 

 ゲディウスはウォーカーのそういう所が気に入っていると言う。

 

「俺はこれから何をすれば良い?」

 

「フム、当面の間は何もしなくて良い。奴らが武具を覚醒させてくれるのなら、それはそれで良い。手間が省ける。後は――」

 

 ウォーカーは組み立てた計画が遂行されていく光景を思い浮かべ、不敵な笑みを浮かべる。

 

 帝国の計画は、レギアス達に密かに牙を剥こうとしているのだった。

 

 

 

 その頃、レギアス達は次の遺跡へ馬を走らせて向かっていた。

 次に向かう遺跡が祀るドラゴン、それは竜王ヴリトラである。

 ヴリトラを祀る遺跡が現在位置から一番近いからという理由だが、問題が一つだけある。

 

 それは、一番近いと言ってもかなりの距離があると言うことだ。

 馬を走らせても、4日はかかる距離である。

 そんなに時間をかける余裕は無く、移動手段を考えなければならなかった。

 そこで出てきた案は、海路と使うというものだ。

 空路は飛空挺を使えば可能だが、四人で飛ばせる飛空挺は残念ながら無い。

 だが海路ならば四人でも馬の数倍の速度で動かせる船がある。

 近くの港町までなら1日で到着できる。

 そこから船を手に入れて出発すれば、1日で到着する。

 馬の半分の2日で目的地に到着することができる。

 それでも遅いくらいだが、これ以上の速さはない。

 海路を使用する案に決め、四人は馬を走らせていた。

 その途中、レギアスが馬を止めた。

 

「どうした、レギアス?」

 

「……寄り道するぞ」

 

「寄り道? 時間が無いのだろう?」

 

「進む方角は一緒だ。時間は取らせない」

 

 レギアスがそんなことを言うのは珍しく、アナト達は首を傾げながらも了承する。

 

 レギアスの案内を受けながら、四人はいつの間にか現れた森の中に入っていく。

 森はどんどん深くなっていき、太陽の光も差さなくなる。

 レギアスは何の躊躇も無く進んでいく。

 そして漸く森を抜けた。

 森を抜けた先の光景に、レギアス以外の三人は言葉を失う。

 三人の眼下には、巨大な渓谷の中に存在する一つの都市が広がっていた。

 都市、というよりも遺跡だ。

 木々が建物に生い茂っているが、綺麗な状態で残っている。

 奥の高台に位置するところに、大きな宮殿のようなものがある。

 その下に拡がるように建物が建てられている。

 谷から流れ出る滝が、幻想的な景色を創り出している。

 レギアスは都市に向かう道を降りていく。

 三人も慌てて着いて行く。

 都市に入ると、遺跡なだけあって誰も住んでいない。

 しかし、目の前の家らしき建物の煙突からは煙が上がっている。

 肉や魚が干されており、明らかに人が住んでいる。

 レギアスはその家の前で馬を降り、三人に降りるように言う。

 扉をノックし、中の住人が出てくるのを待つ。

 少し待つと、扉が開いた。

 現れたのは老婆だ。

 背筋は伸び、確りとした足運びではある。

 綺麗に纏められた白髪を靡かせ、レギアス達を見る。

 

「おや……これはこれは。レギ坊じゃないか」

 

「ちゃんと生きてたか、婆さん」

 

「数百年ぶりに会ったってのにそれかい? まぁいいさね。お入り」

 

 老婆はレギアスと親しげに話し、四人を招き入れた。

 中に入ると、そこは別世界だった。

 家の外見はボロボロな石造りな物だった。はっきり言って遺跡だ。

 しかし中はもの凄く綺麗だった。

 キチンと清掃もされ、何処も崩れていない。

 アナトは驚いて思わず外に出て家を確認する。

 ボロボロだ。どう見ても遺跡で壁も崩れている。

 だが中に入ると崩れている箇所はなく、普通の家と変わりない。

 その驚いている様子が可笑しいのか、老婆は微笑む。

 

「魔法だよ。外と中の空間を弄ってるのさ」

 

「空間を? そんな高度な魔法を使えるのか……」

 

「年の功さね。さぁ、御茶をどうぞ」

 

 いつの間に淹れたのか、テーブルの上に四つの御茶が置かれる。

 茶菓子も用意されており、レギアスは座らず壁に背を凭れさせて茶菓子を食っている。

 

「さて、自己紹介がまだだったねぇ。アタシはこの遺跡の守人(もりびと)、マーレイだ」

 

「……アナト」

 

「ベール、と申します」

 

「オルガだ」

 

「フッフッフ……二人とも、アーシェにそっくりだねぇ」

 

「お母様を知っているのか?」

 

 マーレイはアナトとベールの顔を見て懐かしむように微笑む。

 此処へ来て驚いてばかりの二人に、マーレイは魔法で一冊の書物を呼び寄せる。

 ふよふよと飛んできた書物に書かれていたのは古い絵で、しかし現代における写真とそう大差ない代物だ。

 

 その絵はマーレイと一人の少女のものだ。

 その少女は、アナトとベールの二人を合わせたように似ている。

 

「お母様だわ」

 

「アーシェはアタシの一番の弟子だったのさ。レギ坊に連れてこられて、鍛えてやったんだ」

 

「レギアスに?」

 

「マーレイ様は、その……何者なのですか?」

 

「あたしゃ、しがない魔女さ」

 

「何がしがない、だ。三千年以上も生きてるくせに」

 

『さんっ……!?』

 

 レギアスが放った言葉に、三人は驚愕する。

 三千年、それはつまり、それが本当ならドラゴンと人間の戦乱の時代から生きているということになる。

 

 言うなれば、神話の時代だ。

 そんな時代から生きている人間など、それは人間ではない。

 

「女性の年齢を容易く口にするもんじゃないよ」

 

「喧しい。それよりもこっちは時間があまりない。さっさと本題に入るぞ」

 

「忙しい奴だねぇ。いいさ。で、何の用だい?」

 

「四大竜王の武具。その内の一つ、ティアマトの弓が覚醒して、ベールが担い手になった」

 

「……どうやら、大変な事が外で起きているようだねぇ。詳しく教えなさい」

 

 レギアスはマーレイに教えた。

 帝国が異界の封印を解き、ドラゴンをこの世界に復活させようとしていること。

 竜の塔の封印が解かれているということ。

 ティアマトの弓が自分の血と魔力で覚醒したこと。

 その弓をベールが使えること。

 そして、クロウ・クルワッハの血と武具が既に帝国に回収されていると言うこと。

 

 知っている全てを話し、マーレイは神妙な顔で考え始める。

 

「フムゥ……」

 

「封印云々は兎も角、先ずはベールの身体を診てくれ」

 

「私のですか?」

 

「ティアマトの弓で身体に影響が出ていないか、レギ坊は心配なんだよ」

 

「いいから、さっさと診ろ!」

 

 マーレイの指摘に、レギアスは恥ずかしいのかマーレイを急かす。

 マーレイは微笑みながら、ベールを診る。

 優しい緑の瞳が綺麗に輝く。

 魔法でベールを診ているのだろう。

 瞳の輝きが収まり、マーレイは安心しなさいと告げる。

 

「見事に弓と調和しているよ。心配なのは、急激に魔力が強くなったことだけ。少しずつ身体を慣らしていけば、問題無いさ」

 

「そうか」

 

「……レギアス様、私のこと心配してくださったのですか?」

 

 ベールは照れているのか、俯きがちに上目遣いでレギアスに問う。

 レギアスは「うっ」と言葉に詰まり、視線をそらして何も答えない。

 ベールは肯定と受け取ったのか、嬉しそうに頬を緩めた。

 その傍でアナトは絶対零度の視線をレギアスとベールに向けた。

 

「レギ坊の半分の血と魔力はドラゴンだからねぇ。ドラゴンの武具だからお前さんに反応したんだろうねぇ」

 

 マーレイは軽く微笑むが、すぐに表情を神妙なものに変える。

 

「しかし、竜の塔か……。封印を解くには彼の者の血が必要なんだが……」

 

「武具もあると、帝国の奴は言った」

 

「となれば……『あの子』だろうねぇ」

 

「……」

 

 レギアスは拳を握り、表情を硬くする。

 それは何を表すのか、それを知るはレギアスしかいない。

 アナト達はマーレイの『あの子』に興味を示す。

 

「マーレイ、『あの子』とは誰だ?」

 

 アナトはマーレイに尋ねるが、マーレイはレギアスの顔を一瞥し、首を横に振る。

 

「レギ坊が言っていないのなら、アタシに答える資格は無いさ」

 

「……」

 

 レギアスは今のところ、答えるつもりはないようだ。

 アナトも無理に聞こうとはせず、この場は一先ず流すことにした。

 

「それで、レギ坊。これからどうするつもりだい?」

 

「……最後までやるさ。『アイツ』が関わっているのなら、俺がやらなきゃならない」

 

「そうかい……。まったく、『血の運命』からは逃れられないのかねぇ」

 

「そんなんじゃねぇよ。俺はただ助けてくれってベールに頼まれたからやるだけだ」

 

 レギアスはそれを言い、家から出て行った。

 出て行くレギアスの様子はどこか不機嫌だった。

 アナト達はレギアスを追い掛けようとするが、マーレイが待ったと止める。

 

「お前さん達に一つ、お願いがあるの」

 

「何だ?」

 

「レギ坊は幼い頃から孤独に戦ってきた。一度は仲間を得たが、それも失ってしまった。それも自分の力の無さが原因だと思い詰めてる。だから、これからもレギ坊の傍で支えてやってくれないかい?」

 

 マーレイが頭を下げる。

 その姿はまるで自分の子供を心配する母のようだ。

 アナトは一瞬、レギアスが居なくなった時のことを思い出すが、すぐに頭から消す。

 あの時のような怒りの感情は今ないのだと、改めて認識する。

 今はどんな形であれ、レギアスと共に行動して戦っているのだと。

 だから、アナトは答える。

 

「ま、考えとく」

 

 その答えを聞いたマーレイは微笑む。

 

「もう。素直じゃないのね、アナトは。私は絶対にレギアス様のお傍を離れませんわ」

 

「ま、俺が何処まで役に立てるか分からねぇが。大将の力になれるなら喜んで手を貸すぜ」

 

 ベールとオルガも笑顔で答える。

 マーレイはそれが聞けて満足そうに優しい笑みを浮かべる。

 

「ありがとうね……。いいかい、お嬢ちゃん達に坊や。ドラゴンと人間を繋げるのは深い愛情さね。その弓がお嬢ちゃんを選んだのは、レギ坊に対する愛情があったからこそだ。二人も、レギ坊への想いがあるのなら、残りの武具もきっと答えてくれるだろう」

 

 マーレイは伝えるべき事を伝え、御茶を飲む。

 アナト達は今度こそレギアスを追い掛けて家を出た。

 家の外では馬に乗ったレギアスが腕を組んで待っていた。

 三人も馬に乗り、レギアスの隣に着く。

 

「何やってたんだ?」

 

「……教えない」

 

「ふふっ、実はね、レギアス様――」

 

「はいやー」

 

「きゃっ」

 

 ベールがレギアスに先程の会話を教えようとした瞬間、アナトが馬を蹴って走り出す。

 アナトの後ろに乗っているベールはいきなりの衝撃に口を閉じ、アナトにしがみ付く。

 駆けていく二人の後ろ姿を見ながら、レギアスは困惑する。

 

「ま、気にしてくれるな、大将」

 

「ま、いいさ・・・・・」

 

「ところで大将、あのマーレイって婆さん、結局何者なんだ?」

 

「言ってただろ。魔女だ。ドラゴンに魔力と魔法を与えられた人間。婆さんはその最後の末裔」

 

「大将との関係は?」

 

「……ま、腐れ縁だよ。それより、オルガ」

 

「何だ?」

 

「何でずっと喋らなかったんだ?」

 

「……」

 

「……」

 

「……喋る隙が無かった」

 

「――フハッ、アハハハッ!」

 

「――ハハハッ!」

 

 レギアスとオルガは二人して笑い、アナトとベールを追い掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 彼らは知らない。

 この先に待ち受ける、数多の困難と――レギアスの因縁に。



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第13話 助太刀・イコルの港

 

 マーレイの都市から出た四人は、馬を走らせて海路に移るための港町に辿り着いた。

 

 湾岸沿いに栄えている大きくも小さくもないこの港町の名前は、この港を立ち上げた人物から取って『イコルの港』と呼ばれている。

 

 港町というだけあって、漁業が盛んである。

 漁師が船を出して漁をし、そのまま魚を外へ売り捌いて金を稼ぎ、物資を買って帰る。

 

 港町に住む人の殆どが漁師であり、それで生活している。

 それ故、港町ではお金があまり流通していない。

 お金は町の外で使う物であり、中で使うことは殆どないのだ。

 ただ、船で外から来た人用に宿屋もあれば、独自の手段で手に入れている酒や食料などを酒場として経営している人もいる。

 

 特に酒場は漁師達にとって仕事の生命線とも言われて繁盛している。

 そんな風に賑やかな町だと、仕事で訪れたことのあるエルドからレギアスは聞いていた。

 

 しかし、港町の入り口から広間まで馬から降りて歩いてきたが、誰一人として住人を見ない。

 

 それに静かで、異様な雰囲気を放っていた。

 

「町の皆さんは、何処に行ったのかしら……?」

 

「姉さん、あまり私から離れるな」

 

「こいつぁ、いったい……」

 

「……見ろ」

 

 レギアスは広間の一角を指差した。

 そこには銃痕と思わしき後が無数に存在していた。

 それに周りをよく観察してみると、至る所に争った形跡が見られた。

 レギアス達は各々武器を構えて警戒する。

 イコルの港で、何か起きたことは確実であり、慎重に進んでいく。

 その時、奥から爆発音がレギアス達の耳に届く。

 四人は爆発音が聞こえた方へと走る。

 爆発が発生した場所は港のようで、そこでは大勢の住民達が集まっており、悲鳴や怒号が飛び交っていた。

 

「ありゃぁ、機械騎士だぜ!」

 

「戦っている奴は……帝国兵?」

 

 アナトが機械騎士と戦っている者を見て、それが帝国の騎士達であることに驚きと疑問を抱いた。

 

 味方同士で戦っているが、機械騎士の誤作動なのだろうか。

 しかし、どうやらそんな様子ではないようだ。

 機械騎士達の後ろには、船に設置された牢がある。

 その牢の中に、沢山の子供達が囚われていた。

 帝国の騎士達は住民達を守りながら、子供達を助け出そうとしていた。

 

「どうなってやがんだ?」

 

「助けましょう!」

 

「ちょ、ベール様!」

 

 ベールが弓を引き、魔力の矢を装填して放つ。

 矢は一機の機械騎士に命中し、機能を停止させる。

 

「仕方がない。被害が出ないように速攻で片付けるぞ」

 

「姉さん、後で説教」

 

「ど、どうして――あ、もうっ!」

 

 レギアス達も機械騎士達に突撃し、機械騎士達が反撃する前に撃破していく。

 帝国の騎士達はレギアス達に銃を向けて警戒するが、レギアス達の狙いが機械騎士だと分かると、その援護を始める。

 

「誰かは知らんが、救援感謝する!」

 

「礼はいい。住民達を下がらせろ!」

 

「ウム! 二班、三班は皆を避難させろ! 一班は私と彼らを援護しろ!」

 

「聞き分けが良い奴は嫌いじゃない」

 

 レギアス達は騎士達の援護を受けながら機械騎士を撃破する。

 レギアスとアナトは剣で機械騎士を両断、オルガは拳で殴り潰し、ベールは魔力の矢で貫く。

 

 特にベールは矢を分散させ、更に軌道を操って機械騎士のコアを的確に貫いていた。

 

 ティアマトの弓が、ベールの力を底上げしているようだ。

 瞬く間に機械騎士達を全滅させたレギアス達は、子供達を牢から解放した。

 子供達は自分の親の元に帰ることができて泣いている。

 親も自分の子供が無事で泣いて喜んでいた。

 

「此度は助けていただき、感謝する」

 

「いや、いい。ウチの連れが勝手にしたことだ」

 

 騎士から礼を言われるレギアスの後ろでは、アナトによるベールの説教が始まっていた。

 

 何の相談もなく、状況もよく分かっていなかった状態でいきなり攻撃を仕掛ける奴があるか、とアナトにガミガミと小言を言われている。

 

 訓練も実戦も経験が全くないのだから仕方が無いのだが、これを機に学んでいけばいい。

 

「で、アレは帝国の機械騎士だろ? どうして同じ帝国のアンタ達が戦ってたんだ?」

 

「それが、私達はこの港を警備する部隊なのだが、いきなり司祭を名乗る男が機械騎士達を連れてやって来て、子供達を差し出せと脅してきたのだ」

 

「司祭?」

 

 レギアスはティアマトの遺跡でも司祭がいたことを思い出す。

 ならば、今回の出来事は四大竜王の武具に関係するものなのだろうと察する。

 騎士は話を続ける。

 

「無論、我々は拒否た。すると司祭は機械騎士に命じて町を荒らし始めた。怪我人も多く出て、その隙に何人かの子供達が連れ去られてしまった」

 

「ということは、あの子供達以外にもまだいるのですね? レギアス様、助けに参りましょう」

 

 説教が終わったのか、ベールがレギアスの隣に立って話を聞いていた。

 レギアスも反対する気は無く、アナトとオルガも子供達が攫われたとなると放っておく気は無いようだ。

 

 それに、武具が関わっているのなら尚更のことである。

 

「子供達は何処に連れて行かれたか分かるのか?」

 

「……おそらくだが、『ヴリトラ神殿』だろう」

 

 レギアスは確信する。

 子供達は生贄にされる。その前に助け出さねば。

 

「船は出せるか?」

 

「……お前達が行くつもりなのか? それにその女……」

 

 騎士はレギアスの隣に立つベールと、その後ろのアナトに視線を移す。

 ベールはレギアスの後ろに身をそっと引き、アナトは剣の柄に手を添える。

 此処にいるのがマスティア王国の王女達だと気付かれたら、戦いになるかもしれない。

 

 レギアスも騎士の動向に注視するが、それは杞憂に終わる。

 

「いや、何でもない。お前達程の手練れが手を貸してくれるのならありがたい。だが……」

 

「何か問題が?」

 

 騎士は港を指差す。

 その先には煙を上げた船ばかりが並んでいる。

 どうやら先程の戦闘で全部の船がやられてしまったらしい。

 

「……やっちまったのか、俺達」

 

「いや、お前達の所為ではない。アレは司祭の命令で機械騎士がやったのさ。まぁ、最後の一台仕方が無いさ」

 

「直せるのか?」

 

「フム、この町は船が命だ。すぐに直せる」

 

「なら急いでくれ。子供達の命が危ない」

 

「――急がせよう」

 

 騎士は隊長格なのか、他の騎士達に指示を出して動き出す。

 レギアスは船の修理が終わるまでどうするべきか考える。

 

「レギアス様、私は怪我人の方達の下へ行きますわ」

 

「ん? ああ、そうだな。分かった」

 

「では……」

 

 ベールは怪我人がいる場所へと向かう。

 オルガもベールの護衛と手伝いの為、ベールに着いて行く。

 アナトはレギアスの隣に立つ。

 

「船の修理待ちか?」

 

「ああ。すぐに直るそうだ」

 

「……帝国軍は血も涙も無いと思っていたが、そうでもない奴もいるんだな」

 

「他の国から見たら、マスティアだってそう見えるかもな」

 

「……かもしれない、な。それより、何か心配事か?」

 

 アナトはレギアスの顔を覗き込む。

 綺麗で可愛らしい蒼の瞳が、レギアスの顔を映す。

 レギアスは小難しい表情をして、顎を手で摩る。

 

「……いや、つくづく帝国は分からないなって」

 

「分からない?」

 

「ふっ……戯れ言だ、気にするな」

 

「うわっ……!?」

 

 レギアスは微笑み、覗き込んでくるアナトの頭をワシャワシャと撫で回して歩き始める。

 

 アナトはクシャクシャになった髪を整えながらレギアスを追い掛ける。

 その顔は、少し嬉しそうであった。

 

 

 それから少し経ち、船の修理が終わった。

 船は警備部隊が使用する船の部品を使い修理し、帝国軍の船と同じ速度が出せるように改造までされていた。

 

 子供達の命が危険だと分かり、皆が全力で取り組んだ御陰で三十分も経っていない。

 

 船の操縦は隊長格の騎士と数名の騎士が行う。

 レギアス達は乗り込み、隊長格は船を発進させた。

 風切る速さで海の上を走る船の上で、ベールは落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見渡していく。

 

 レギアスはベールにどうかしたのかと尋ねると、ベールは恥ずかしそうにして答える。

 

「その、海って初めてですから……あの……気になって……」

 

「ああ……王都には海が無いからな。そうか、海は初めてか」

 

「はい」

 

「……まさか泳げなかったり?」

 

 レギアスがそう尋ねると、ベールはピタリと動きを止めた。

 図星だったか、とレギアスは心の中でニヤリと笑う。

 別に揶揄うつもりはないのだが、ベールの反応が面白くてそんな事を思ってしまうレギアス。

 

 ベールはウルウルと涙を目に溜めた状態でレギアスを見上げる。

 

「レギアス様は、泳げない女性はお嫌いですか……?」

 

「え、何で泣いてんだ? いや嫌いじゃねぇよ? ってかどうでもいいしそんなの」

 

「どうでも!? レギアス様は私のことはどうでもいいのですか!?」

 

「え何でそうなんの? ちょっ、おい、アナト! 何とかしろ!」

 

「……けっ」

 

 そんなやり取りを船の上でやっている内に、目的地であるヴリトラの神殿が見えてきた。神殿は陸と海のどちらにも接して建てられており、構造上は海側が正面に見える。

 

 海側の入り口は船に乗ったまま入れるようだ。

 レギアスは隊長格に尋ねる。

 

「この神殿はこっちが正面なのか?」

 

「ああ。陸地側は入り口らしき場所が無くてな。此方が正面なのは間違いない」

 

「……人の手入れが入ってるな。此処は人がよく来るのか?」

 

「どうだろうな。少なくとも、我々イコルの者は訪れない。此処は禁忌の場所だからな」

 

「禁忌?」

 

「ああ――『ドラゴン』が住み着いているのだ」

 

 隊長格は静かにそう言う。

 その声色から、冗談で言っているわけではないようだ。

 レギアス達は顔を見合わせ、神殿内の危険度を改めて認識する。

 ドラゴンが噓か本当かは兎も角、この神殿にもティアマトの神殿に現れたような、強力なデーマンと同格な存在がいるようだ。

 

 レギアス達らは、いよいよ神殿へと突入する。

 

 

 



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第14話 四大竜王・ヴリトラ神殿

 

 レギアス達を迎えたのは大きな柱の列だ。柱には松明が掛けられており周囲を照らしている。

 白い石造りで、水で光が反射して幻想的な光景を生み出している。

 

「綺麗……」

 

「見とれてる場合じゃないぞ、ベール」

 

 レギアスが背中の剣を抜いて臨戦態勢に入る。

 アナトも剣を抜き、何時でも魔力を練り上げられるようにする。

 直後、柱の裏や天井から気味の悪いデーマンがワラワラと現れる。

 人型だが、手を地面について四足歩行で移動している。

 どうやって柱や天井にくっ付いているのか不明だが、奴らはレギアスらを餌として見ている。

 

「大将、コイツら……」

 

「ああ――ゴブリンだ!」

 

『ヒギャアアッ!』

 

 ゴブリン、そう呼ばれるデーマンは船に乗っているレギアス達に襲いかかる。

 ゴブリンは鋭い爪と牙で、獲物の肉を引き裂き食い千切る奴らである。

 レギアス達は船に乗り上がってくるゴブリンらを撃退していく。

 帝国の騎士達も銃で応戦していく。

 しかし数が数である。何処かに巣があるのか、蟻のように湧いて出てくる。

 その内、騎士の一人がゴブリンに捕まり、船の外に放り投げ出される。

 騎士はそのままゴブリンらに取り囲まれ、奴らの餌食となってしまった。

 (はらわた)を抉られ、首が捥がれる光景を、ベールは直視してしまう。

 

「っ――!?」

 

「止まるな! ベール!」

 

「っ、は、はい!」

 

 レギアスの叱咤にベールは視線を前に戻す。

 ベールは初めて、人がデーマンに殺される光景を見たのだろう。

 戦いはこれが初めてではない。前回の遺跡でも人は死んでいる。

 しかしそれはレギアスは一太刀で済ませており、尚且つベールから遠い所で殺している。

 衝撃が大きかったのだろう、ベールの表情は引き攣っており恐怖の色が見える。

 だが今は戦闘中。気を抜けば、あの騎士のようになってしまう。

 ベールは吐きそうになるのを堪えて弓を引き絞る。

 ゴブリンの数を減らしていくが、そこへ更なる追い打ちが降りかかる。

 天井の一部が崩れ、そこから更に大量のゴブリンが湧き出てきた。

 

「チッ!」

 

 アナトが魔力を急激に練り始める。

 強力な魔力放出でゴブリンを一掃しようとしている。

 だがそんなことすれば、また飛空挺の時のように意識を失うだろう。

 だからか、オルガが待ったをかけて前に出る。

 

「アナト様、此処はお任せを。全員、口を閉じて耳を塞げ!」

 

 オルガがそう叫ぶ。

 全員が耳と口を塞ぐや否や、オルガは体内の魔力を活性化させ、大きく息を吸い込む。

 そして、ゴブリンの大群が一斉に襲いかかってきたその直後。

 

「カァァァァァァァッ!!」

 

 オルガの咆哮が衝撃波を伴いながら発せられた。

 咆哮は耳を劈き、柱や壁に亀裂を入れ、船を揺らす。

 衝撃波はゴブリンらを吹き飛ばしていき、また強烈な音に恐れ戦き逃げ出していく。

 咆哮が止んだ時、ゴブリンの姿は全て消えていた。

 

「ゴホッ、ゴホッ!」

 

 オルガは咳き込み、血反吐を吐いた。

 相当な負担が喉に来ているのだろう、喉を押さえて顔を歪めている。

 

「大変、オルガ!」

 

 ベールが癒やしの魔法でオルガの喉を治療する。

 辛そうにしていたオルガの表情が和らぎ、ふぅっと一息つく。

 

「ありがとうございます、ベール様」

 

「私達こそ、助かりました。感謝しますわ、オルガ」

 

「オルガ、大丈夫か?」

 

「ヘッ、大将や姫様方に任せてばかりじゃあ、マスティアの騎士の名が廃れるからよ」

 

「ったく……」

 

 レギアスはオルガが突き出す拳に自分の拳を当てて笑みを浮かべる。

 アナトは先程の現象とオルガの怪我が気になり、オルガに訊く。

 

「オルガ、さっきのは何だ?」

 

「はっ、アレは古武術の一種で『咆哮波(ほうこうは)』と言って、魔力を振動させて放つ技です。ああいった小物相手には効果がある反面、反動が大きく先程のように……」

 

「筋肉で外は鍛えられても、中は脆いか」

 

「ヘッ、その内鍛え上げてやるよ、大将。しかし、あの騎士には悪いことしたか。俺がもっと早く使っていれば……」

 

「いや、アンタ達が気に病む必要は無い」

 

 隊長格の騎士が前に出てきてそう言う。

 

「我々は帝国騎士として、イコルの港を守る騎士として、覚悟の上で此処に立っている。残った我々にできることは、アイツの志と共に子供達を助け出すことだ」

 

「……ああ、分かった」

 

「それはそうと、礼を言う。身体を張った騎士に、敬意を」

 

 オルガは隊長格の騎士と握手を交わす。

 知ってか知らずか、王国と帝国の垣根を越えて、互いの手を取った瞬間である。

 レギアスはそんな彼らを他所に、船に残っている消えかけのゴブリンの死体を観察する。

 魔力の粒子となっていく死体には、何かの機械が埋め込まれている。

 やがて死体は消え去り、その機械だけが残る。

 レギアスはそれを手に取り、調べる。

 

「何だ、これ……?」

 

「それは……!?」

 

 レギアスが手に持つ機械を見て、隊長格の騎士は驚きの声を上げる。

 

「何か知っているのか?」

 

「それは帝国が開発している、デーマンを操る装置、通用『首輪』だ」

 

「『首輪』?」

 

「ああ……アンタ達だから言うが、帝国はデーマンの研究に力を入れている。私は立場上、帝都にも赴くから何度も耳にしている。帝国はデーマンを軍の戦力にしようとしているらしい」

 

「何ともまぁ、愚かなことを」

 

 レギアスは首輪を握り潰し、海へと捨てる。

 確かに、デーマンを戦力にできるのなら、それは国にとって大きな事だ。

 だが忘れてはいけない。デーマンはドラゴンが産み出した災厄だ。

 現代の人間では、弱いデーマンは何とか倒せても、力のあるデーマンには敵わない。

 人間を餌と見なし、本能のままに喰らう『敵』なのだ。

 そんな奴らを、人間如きが支配できるものか。

 必ず大きな災いの元になる。

 だが、今それを嘆き否定したところでどうにもならない。

 レギアスは神殿に降りられる所に船を着かせ、アナト、オルガー、ベールの三人を伴って降りる。

 帝国の騎士達には、この船を守ってもらう。

 子供達を助けられても、帰りの船が無ければ一大事だからだ。

 

「いいのか? これは我々の町の問題だが……」

 

「餅は餅屋だ。俺はデーマン専門の傭兵だ。俺達に任せておけ」

 

「……分かった、頼んだぞ」

 

 騎士達は敬礼してレギアス達を見送る。

 レギアス達は如何にもな扉を開けて中に入る。

 中にはデーマンどころか機械騎士の姿も見えない。

 だがこの通路を通ったと言うことは、通路の壁に掛けられている松明で分かる。

 四人は警戒しながら通路を進んでいく。

 もう三千年近くも前の神殿だというのに、神殿内部の保存状態は良いものだった。

 崩れている箇所が無ければ、植物が生えていることもない。

 更に、壁に彫られている絵のような彫刻も綺麗に残っている。

 と、此処でアナトがふと思ったことを口にする。

 

「なぁ、お前らは竜王のこと、どれだけ知ってるんだ?」

 

「私は……本で少々学んだ程度ね」

 

「俺はあまり知りません」

 

「……だ、そうだ」

 

「……あ?」

 

 アナトはレギアスにそう投げかけ、レギアスは何のことだと首を傾げる。

 どうやらアナトもあまり知らないようで、この中で一番知っているはずのレギアスに教えろと言っているようだ。

 

「まぁ、俺の知識で良いなら教えるが……」

 

「それでいい」

 

「……ま、それじゃ軽く」

 

 レギアスは四大竜王について語り始める。

 

 竜王とは、ドラゴンの中でも最も強いドラゴンが座する称号。

 竜王とそれ以外のドラゴンの間には絶対な壁がある。

 だからこそ竜王は他のドラゴンを従わせられる。

 だが逆を言うと、竜王を倒すことができれば、倒したドラゴンが竜王になるのだ。

 今までは竜王は、ただ一体のみだった。

 だが力を得たドラゴンが四体現れ、竜王を打ち倒した。

 四体の力は拮抗しており、争えば世界が滅びると考えた四体は、それぞれが竜王になった。

 それが四大竜王の始まりである。

 四大竜王はそれぞれの国を創り、ドラゴンは四つの軍勢に分かれた。

 

 生命を司りしティアマトが率いる『創世の国(エヌマ・エリシュ)』。

 守護を司りしミドガルズオルムが率いる『新生の国(ヨルムンガンド)』。

 渇きを司りしヴリトラが率いる『再生の国(リグ・ヴェーダ)』。

 戦いを司りしクロウ・クルワッハが率いる『終世の国(バロール)』。

 

 四つの国でドラゴン世界の均衡を保ち、ドラゴンはそれまで以上の文明を築き上げていった。

 そして何時しか人間との戦争を起こすことになり、クロウ・クルワッハの終生の国だけが人間を守る為に戦った。

 

 ヴリトラはクロウ・クルワッハが討ち取り、他の二体は異界へと封じた。

 それがレギアスの知る四大竜王の始まりと終わりである。

 

「ま、俺が教えられることはこんなもんか」

 

「レギアスは竜王に会ったことあるのか?」

 

「……俺が生まれたのはドラゴン族が異界に封印されてからだ」

 

「しかし分からねぇな。その話の通りじゃあ、ドラゴンが人間と戦争を起こす必要があったのか?」

 

「さぁな。どうせ支配だとか、そんな下らない理由じゃないのか?」

 

「クルワッハ様は人間を愛した、と云われておりますが、いったいどのような出逢いがあったのでしょうか……」

 

 きっとロマンチックな出逢いだったのでしょうね、とベールは頬に手を当てて感嘆な声を漏らす。

 その横で、アナトはレギアスを見て思う。

 竜王のこともそうだが、レギアスのこともあまり知らない。

 自分が知っているつもりだったレギアスは、ほんの一部でしかなかった。

 今は訊いても答えてくれないだろうが、いつかは答えてくれるのだろうか。

 アナトがそんなことを考えていると、前を歩いていたレギアスが立ち止まる。

 正面には、大きな扉が聳え立っていた。

 扉の向こうから、何かの魔力も感じ取れる。

 この先に、武具が、子供達が、敵がいるのだろう。

 四人はそれぞれ武器を握り締めた。

 準備が整い、レギアスは扉の中心を蹴り、扉は勢い良く開かれた。

 

 

 

 

 



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第15話 四大竜王・ヴリトラ神殿 2

 

 

 扉の向こうには複数の機械騎士と、司祭らしき男がいた。

 広間の中央の巨大な大穴は海と繋がっているのか、水が張られている。

 その大穴の中央の台座に、牢に閉じ込められている子供達がいる。

 子供達は何かで眠らされているのか、ぐったりしてピクリとも動かない。

 

「動くな、似非神父。子供達は返して貰うぞ」

 

 レギアスが剣を突き付けて司祭に言う。

 司祭はゆっくりとレギアス達の方へと振り向き、醜く歪んだ表情を浮かべた。

 

「神殿の入り口にはデーマンを配置していたはずだが?」

 

「筋肉くんの一声で逃げ去ったよ」

 

「フン、所詮は本能で動くことしかできない醜い存在よ」

 

「醜さで言えば、貴様の顔も負けず劣らずだがな」

 

 アナトが嘲笑うようにそう言うと、司祭はその顔を更に歪めて舌打ちをする。

 

「その銀髪……フン、貴様らだな? ティアマト神殿での邪魔者というのは」

 

「ご名答。だったら俺達がこれからどうするか分かってるよな?」

 

 レギアスは剣を構え、不敵な笑みを浮かべる。

 司祭はそんなレギアスを鼻で笑い、高らかに宣言する。

 

「やれるものならやってみるがいい! この私の傑作が相手だ!」

 

 司祭は指を鳴らした。

 すると何処に隠れていたのか、上から機械騎士が一機振ってきた。

 その機械騎士の大きさは、大凡三メートルほどあり、漆黒の鎧を纏っている。

 通常の機械騎士とは見た目も大きさも全く違うが、何より違うのは、その機械騎士が魔力を持っていることだった。

 レギアス達は機械騎士から感じる邪な魔力に驚き警戒する。

 

「大将! コイツは『魔導騎士』だ!」

 

「こいつが? 想像してたのと違うな」

 

 魔導騎士は背中に背負っていた大剣を抜き、魔力を大剣に送り込む。

 その魔力の濃さは肉眼で見えるほどで、その一撃が途轍もなく強いモノだと理解できる。

 警戒するレギアス達を見て、司祭は愉快そうに笑う。

 

「フハハハッ! 貴様達を殺し、奪ったティアマトの弓も返して貰おう!」

 

 魔導騎士の大剣が振り下ろされる。

 石の床が砕かれ、魔力の衝撃波がレギアス達に襲い掛かる。

 レギアスは剣を振るい、正面からその衝撃波に対抗する。

 

「フンッ――!」

 

 普段は片手で振るわれているレギアスの大剣も、この時ばかりは両手で振るわれる。

 衝撃波と一瞬の競り合いがあったが、レギアスの剣が衝撃波を斬り裂く。

 レギアスが衝撃波に対応している間に、アナトとオルガは魔導騎士の両脇へと走り込む。

 ベールは魔力の弓で機械騎士らを射貫き、二人の援護をしていく。

 

「フッ――!」

 

「オォッ――!」

 

 両脇から剣と拳を叩き込もうとするが、魔導騎士は素早い動きでそれらを避ける。

 アナトとオルガは追撃を行うも、魔導騎士は大剣を巧みに振るい、二人の攻撃を捌く。

 その巨体に似合わない、相手を翻弄するような動きに、二人は攻めあぐねる。

 

「何だ、こいつ!?」

 

「機械の動きじゃあねぇぞ!?」

 

 魔導騎士は兜の目の部分を赤く光らせ、全身から魔力の光を迸らせる。

 

 来る――。

 

 そう感じた二人は防御の態勢に入るも、魔導騎士の一太刀で防御を崩されてしまう。

 魔導騎士はそのまま大剣に魔力を込め、アナトとオルガの身体を両断せんと横に振るう。

 だが刃が二人の肉に触れる直前、レギアスが二人を押し退けて大剣を受け止める。

 刃が交じりあい、火花が迸る。

 

「やらせねぇよ……!」

 

 レギアスは魔導騎士の大剣を弾き返して斬り込む。

 魔導騎士は今度は大剣も使いながら攻撃を凌いでいく。

 重い剣戟の音が鳴り響き、鳴り響く都度に火花が迸る。

 レギアスと魔導騎士、どちらも大剣を軽々振るい戦う姿には一種の芸術性が見える。

 だが、その芸術に見とれているほど暢気な者はこの場にいない。

 レギアスの動きに合わせてアナトとオルガ、そしてベールも攻撃に混ざる。

 レギアスが魔導騎士の剣撃を防いでいき、オルガの一撃で魔導騎士を怯ませる。

 その瞬間、ベールの矢で鎧を貫き動きを止め、アナトの魔力が込められた一撃を叩き込む。

 アナトの一撃は魔導騎士の大剣を握っている右腕を両断した。

 そのままもう一撃を叩き込もうとするが、魔導騎士が瞬間的な魔力放出を行う。

 三人はその衝撃に飛ばされ、離れたところで着地する。

 魔導騎士は失った右腕を魔力を腕の形にして大剣を拾い上げる。

 

「人形のくせに、ガッツあるじゃねぇか」

 

「言ってる場合か、レギアス。もう一度隙を作れ。私の魔力を叩き込む」

 

「大将、行けっか?」

 

「私が援護します!」

 

 ベールは魔力を練り上げ、魔法を発動する。

 その魔法はレギアス達三人を包み、三人は己の身体に力が漲るのを感じた。

 その反面、ベールは少し辛そうな表情を浮かべる。

 それに気が付いたレギアスは少し慌てた様子でベールに叫ぶ。

 

「ベール! まだ身体が魔力に慣れてないだろ! 無理はするな!」

 

「も、問題ありません! 治癒魔法で耐性は付き始めています!」

 

「レギアス! 姉さんなら大丈夫だ! 私ほどの魔力じゃない!」

 

「お前も魔力の無駄撃ちするなよ!」

 

「なら俺と大将がキッチリ仕事をするまでだ!」

 

「わーったよ!」

 

 レギアス達はもう一度、魔導騎士へ攻撃を仕掛ける。

 魔力を迸らせている魔導騎士は、まるで生物のように咆哮を上げて四人に突撃する。

 その様子を、司祭は離れた場所で見ていた。

 彼の表情は興味深い者を見ている顔だ。

 

「あの魔力……ただの魔力ではないな」

 

 司祭は魔力の持ち主を見て、その魔力の正体を突き止めようとする。

 だが自分の知識を持ってしても答えが出ず、その疑問に苛立ちを覚え始める。

 

「まぁいい、殺した後で調べるか。魔導騎士よ! さっさと殺すのだ!」

 

 司祭に命令に応えてか、魔導騎士はより一層の魔力を練り上げる。

 その瞬間を、レギアスは見逃さなかった。

 

「フッ――!」

 

 レギアスの剣が、魔導騎士の大剣を叩き落とした。

 そのまま斬り上げ、魔力の腕を斬り砕く。

 

「オルガ!」

 

「我流奥義――ゼロ・インパクトォ!」

 

 魔導騎士が体勢を崩した瞬間、オルガは魔導騎士の懐に入り、ゼロ距離での拳を放つ。

 オルガの魔力が圧縮された拳は、魔導騎士の胴を穿ち、同時に魔力が爆発して魔導騎士を仰け反らせる。

 

「アナト! 今よ!」

 

 ベールがアナトに魔法ブーストを施し、アナトの剣に込められた魔力が増大する。

 アナトは魔導騎士に飛び掛かり、幾度も機械騎士を撃破していく内に覚えた動力源、コアの場所に狙いを定める。

 

「これで――終わりだ!」

 

 アナトの剣が魔導騎士のコア部分、人間で言うところの胸の中心を剣で貫いた。

 その勢いは止まらず、魔力の放出と共に魔導騎士を吹き飛ばした。

 魔導騎士の胸には大きな穴が空き、稼働を完全に停止した。

 攻撃を終えたアナトだが、魔力放出の反動で足下がふらついてしまう。

 転けそうになったところを、レギアスが受け止めた。

 

「アナト、大丈夫か?」

 

「あ、ああ。思った以上に魔力が出てしまった……」

 

「立てるか?」

 

「大丈夫だ。それより、子供達だ」

 

 レギアスは司祭へと視線を移す。

 司祭は傑作品である魔導騎士がやられて驚いているようだ。

 顔を真っ赤にして今にも欠陥がはち切れそうな勢いだ。

 

「ぐぅ、ぬぅぅ、おのれぇ! よくも私の魔導騎士を!」

 

「観念しな。今すぐ子供達を解放すれば、命だけは助けてやる」

 

「黙れぃ! まだだ! まだ終わっとらん!」

 

 そう言うと、司祭はポケットから何かのスイッチを取り出して押した。

 直後、沈黙していたはずの魔導騎士が動き出し、魔力を吐き出した。

 鎧が砕けていき、急速に発達していく『肉体』が現れる。

 

「おいおい、まさかとは思ったが……デーマンかよ」

 

 レギアスは膨れ上がるデーマンの魔力を見て呆れる。

 デーマンを支配するどころかまさか改造して使役しているとは、どこまで愚かなことを、と。

 だが、目の前で鎧という拘束具を破壊しているデーマンは、ティアマト神殿で遭遇したデーマンと同等かそれ以上の魔力を持っていると、レギアスは察知する。

 帝国の改造が施されたのが原因か、兎も角厄介な状況になったと舌打ちをする。

 

「さぁ! いけ! 全てを喰らうのだ!」

 

『グォォォォォォオッ!』

 

 斬り落とした腕も再生し、更に一回り大きくなったデーマンは大剣を拾いレギアス達に襲い掛かる。

 

「チィッ!」

 

 レギアスは自分に向かって突撃してくるデーマンを見て、アナトをオルガの下へと投げる。

 アナトは大丈夫だと言ったが、僅かに脚が震えているのをレギアスは見逃さず、満足に戦えない状態だと見破っていた。

 デーマンが振り下ろした大剣を受け止めるが、その力は先程とは比べ物にならない重さで、衝撃が全身に襲い掛かる。

 

「ぐぅっ!?」

 

『ガァァアッ!』

 

「しまっ――」

 

 大剣を受け止めて出来た一瞬の隙を突かれ、デーマンの左手の爪が腹に深々と突き刺さる。

 そのままレギアスを持ち上げ、床に叩き付けてから水の中へと放り込んだ。

 爪が折れたのか、デーマンの手からは血が出ているが、すぐに再生して鋭い爪が生える。

 

「大将!?」

 

「落ち着け、オルガ! レギアスはあれぐらいじゃ死なないだろ!」

 

「くっ……! ベール様! アナト様に治癒を!」

 

 オルガは四肢に魔力を集中させ、更に身体強化の魔法で向かってくるデーマンを待ち構える。

 デーマンは大剣を横薙ぎに振るい、オルガは完全に振るわれる前に前進して、オーガの右腕を殴り止める。

 そのままデーマンの胴体を殴り、蹴って後ろへと後退させる。

 オルガは攻撃の手を緩めず、少しでもアナトとベールからデーマンを遠ざけようとする。

 

『ッ――!!』

 

 デーマンはオルガの攻撃を見切り、大剣で拳を弾いた。そして蹴りを放つ。

 だが、その蹴りは止められることになる。

 

「我流奥義――金剛鎧殻(こんごうがいかく)!」

 

 オルガは魔力を全身に巡らせ、それを超活性させて金剛の鎧の如き肉体に仕立てる。

 デーマンの蹴りを受けても一歩も引かず、攻撃を耐えた。

 攻撃後の硬直を見逃さず、デーマンの残った鎧ごと、強化した拳で肉体を殴り付けていく。

 だがしかし、デーマンは咆哮を上げてオルガの拳を掴み、振り回して壁に叩き付けた。

 

「ゴハッ!?」

 

 そしてオルガをベールの治療を受けているアナトの足下まで投げる。

 床を転がり、血を流しても尚、二人の王女を守ろうとすぐさま立ち上がり盾となる。

 

「やらせねぇ……!」

 

「ベールもういい! オルガを治せ!」

 

「ええ!」

 

 デーマンは突撃する。

 

 

 一方、デーマンに投げられ、水の中に落ちたレギアスは水の中でデーマンの爪を抜こうとしていた。

 深々と刺さった状態の爪は体内で変形しているのか、引っ掛かって抜けない。

 レギアスは力任せに爪を抜き、肉が抉れ夥しい量の血が水中に広がる。

 爪はまるで枝のように広がっており、これでは抜けづらいわけだと、レギアスは顔を顰める。

 

(情けねぇ……魔力を使えなかったらこのザマか)

 

 レギアスは己の不甲斐なさに恥じと苛立ちを覚える。

 人竜戦争で守るべき者達を守れず、彼女達から逃げ続けた。

 守れなかった罪悪感がレギアスの心を多い、魔力が使えなくなった。

 再会してからも、彼女達に心の何処かで恐れを抱いている。

 本当は彼女達は自分を憎んでいるのではないかと。

 

(……馬鹿か。そうだったらあんな風に接してくれねぇよ)

 

 イル、アナト、オルガ、ベール。

 彼らがレギアスに対して何を想っているのか、そんなものは明白である。

 彼らを怖がり、怯え、恨んでいると勝手に決めつけて離れていたのは自分だ。

 彼らは大切な仲間だ。守りたい仲間だ。自分に残った守るべき者達だ。

 レギアスは己の中にある魔力を引き出す。

 十年も燻って鈍りきった魔力を引き出すのに何秒かかる。

 どれだけ身体に負担がかかる。

 忘れかけている魔力の使い方を思い出せ。

 

「――ぉぉぉぉおおッ!」

 

 レギアスの魔力が爆ぜた。

 

 

 デーマンが突撃し、大剣を振り上げた直後、レギアスが落ちた場所から水柱が爆発するように立ち上がった。

 そして、水柱の中から黒い魔力が飛び出す。

 その魔力は刃となってデーマンの右腕を斬り落とした。

 

『グギャァアアア!』

 

「こりゃあ……!?」

 

「――レギアス!」

 

 アナトが名前を叫ぶと、水柱が四散し、中から黒い魔力を纏わせるレギアスが現れた。

 黒の魔力はレギアスを中心に渦巻き、時折紫色の輝きも魅せる。

 レギアスは子供達が囚われている牢を怪力で持ち上げ、アナト達の後ろに降り立つ。

 牢を置いてアナト達の前に出て、白銀の大剣を魔力で漆黒の大剣に変える。

 

「な、何だあの魔力は!?」

 

 司祭がレギアスの魔力を見て驚き叫ぶ。

 肌を焼き付けるような、なんと強大でなんと恐ろしい魔力か。

 司祭は表情を引き攣らせ、しかし嬉しそうに笑う。

 

「何だあの魔力は! 調べたい! 欲しい! 奴を生け捕れぇ!」

 

 デーマンは司祭の命令に答えるべく、腕を再生させてレギアスに飛び掛かる。

 レギアスは静かに、漆黒の大剣を片手で上段に持ち上げる。

 

「もう失せろ――闇竜破(あんりゅうは)!」

 

 振り下ろされた漆黒の大剣から放たれのは、魔力が収束された漆黒の砲撃。

 衝撃と共に放たれたソレは、突撃してきたデーマンを呑み込んだ。

 デーマンの断末魔が木霊し、神殿の壁ごと呑み込んだ全てを消し去った。

 レギアスは剣を振り払い、漆黒の刃に残留する魔力を四散させる。

 刃は白銀に戻り、レギアスは剣を魔力の粒子に変えて消した。

 

「無事か、お前ら?」

 

「……ったく、驚かせるな、このバカ」

 

「結局、大将が良い所全部持ってくんだな」

 

「レギアス様っ!」

 

 ベールがレギアスに抱き着く。

 

「おいっ、王女が何度も何度も抱き着くな」

 

「ご無事で良かったです……!」

 

「あれぐらい何ともないって分かってんだろ、ったく」

 

 レギアスはベールを引き剥がし、後ろで興奮している司祭に向き直る。

 司祭はレギアスの力を目の当たりにし、恐れるどころか驚喜している。

 身体を捻らせ、まるで絶頂寸前のような様子に、レギアス達はドン引く。

 

「す、すすすすすす素晴らしい! 何なのだその力は!? 人間とは思えない! デーマンでもない! だとすれば何だ!? 知りたい! 教えてくれ! その力の正体を教えてくれ!」

 

「断る。子供達は返して貰う。このまま消え失せるってんなら見逃して――」

 

 レギアスは言葉を止める。後ろにいるアナト達も目を見開き、口を開けて固まる。

 それに気が付かない司祭は興奮し続け、レギアスについての考察を語り出す。

 

「現代の人間では先ず有り得ない魔力だ! その女もそうだが、お前のは別次元だ! それにその肉体もそうだ! 深手を負っても傷が見当たらない! その魔力がそうしているのか!? それともその肉体が特別だからその強大な魔力に耐えているのか!?」

 

 レギアス達はゆっくりと下がる。

 司祭からではない。司祭の『後ろ』にいる存在からだ。

 司祭もやっとレギアス達の様子に気が付いたのか、後ろを振り向く。

 司祭は巨大な黄色い目に映った自分を見た。

 そいつは巨大な生物だ。蛇のようにフォルムに、髭と角が生えている。

 大きく並ぶ牙に、エラのようなモノが首に当たる場所にある。

 あまりにも巨大で、頭だけで司祭の二倍はある。

 

「は……はは……!?」

 

『ォォォォォォォオオオ!!』

 

 巨大なそいつが吠えると、そいつは司祭を丸呑みにした。

 更に吠えるとソイツから雷撃が放たれ、周囲に牙を剥く。

 レギアス達にも飛来してきたが、レギアスが剣の一振りで雷撃を弾く。

 

「れ、レギアス……何だ、アレは……!?」

 

 アナトが珍しく、いや、初めてかも知れない。恐怖で声が上擦っている。

 ベールは歯をガチガチと鳴らして震えている。

 オルガも構えている拳がブルブルと震えているのは、力んでいるからではないだろう。

 

「そういやぁ、あの騎士が言ってたな。ドラゴンがいるって」

 

「こ、コイツがドラゴン、なのか……?」

 

「いや、ドラゴンじゃあねぇ。コイツは――シーサーペント。魔獣(まじゅう)だ」

 

『ゥォォォォォォォォオオオ!!』

 

 魔獣シーサーペントは吠える。

 己が領域を侵さん者達に罰を与えるため。

 

 

 



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第16話 四大竜王・ヴリトラ神殿 3

 

 シーサーペントは雷撃を発生させ、レギアス達に落とす。

 レギアスは剣を振るい魔力の障壁を展開させて雷撃を防いだ。

 シーサーペントは雷撃を止め、水中へと潜って姿を消した。

 オルガは警戒を解かずに、しかし何処か安堵した様子で状況を確認する。

 

「逃げたのか?」

 

「んなわけねぇよ。攻撃の隙を窺ってるか力を溜めてるんだろ」

 

「っ、い、今の内に子供達を連れてに、逃げるぞ!」

 

 アナトが恐怖で震えるベールの肩を抱き寄せて案じながら、自分も震える身体を抑えて進言する。

 無理もないだろう。あんな巨大な生物に遭遇したのは初めてなのだろうから。

 デーマンですら、彼処まで大きなモノには出会っていない。

 加えて凶暴で、デーマンすら圧倒的に凌駕する力を発するのだ。

 ベールは分からないが、心が折れていないだけ大した物である。

 オルガは人竜戦争を経験している故に、二人よりも動揺が少ない。

 レギアスは牢の扉を片手で引き千切り、アナト達に子供達を運ばせる。

 子供は全員で三人だ。三人とも、静かに眠ったまま起きない。

 

「ベール、子供達の容態は分かるか?」

 

「は、はい……ただ眠っているだけのようです」

 

「なら、ベールとアナトは子供達を抱えて船に迎え」

 

「レギアスはどうするんだ?」

 

「俺とオルガで奴の相手をする」

 

「マジかよ……本気か、大将?」

 

 オルガのソレは恐怖や弱気からではない。レギアスの身体を心配してのことである。

 レギアス程の強大な魔力が、十年ぶりに身体から放出されたのだ。

 負担が掛かっていない訳がない。いくらレギアスとは言え、満足に動かせないはずだ。

 

「身体のことなら心配ない。それに、此処で奴を倒さないと海に出たところで帰れない」

 

「奴のテリトリーってことか。なら、仕方ねぇな」

 

 オルガの身体から魔力の粒子が煙のように発生し、見る見る内に傷口を塞いでいった。

 

 我流秘技――治癒魔功。

 

 体内の魔力を活性化させて、傷だらけの身体を再生させていくオルガの技である。

 今のベールに余計な負担を与えるべきではないとオルガは判断したのだ。

 

「――その技、あまり使うなよ」

 

「何だ大将、心配してくれてんのか?」

 

「茶化すな。それは寿命を縮めるぞ」

 

「俺の身体の事は知ってんだろ。問題無いさ」

 

 レギアスとオルガはシーサーペントが潜った大穴へと歩み寄る。

 方や白銀の大剣を肩に担ぎ、方やガントレット同士を打つけて火花を散らした。

 大穴の水中から、シーサーペントの気配が充満している。中に確実にいる。

 二人の背中を見て、アナトは拳を握る。

 悔しそうな表情を浮かべて、必死に何かを堪えていた。

 

「……アナト」

 

「……行こう、姉さん」

 

「……ええ」

 

 アナト達は子供達をそれぞれ抱えて船へと向かう。

 広間からアナト達が出て行ったことを確認すると、レギアスは魔力を解放する。

 黒と紫が混ざった魔力が渦巻き、水中にいるシーサーペントを刺激した。

 水中から雷撃が放たれ、その後にシーサーペントが飛び出してきた。

 シーサーペントは水中から身体を出し、吠えながらレギアスとオルガを睨み付ける。

 

「それにしても大将! 魔獣って何なんだ!?」

 

「神話の時代に存在した、魔力を持った純粋な生き物だ!」

 

「じゃあ、コイツはその生き残りか!」

 

「かもな! それにしたってこの魔力は異常だ!」

 

「案外、コイツが武具だったりしてな!」

 

「…………………………ああ、成る程」

 

「おいマジか!? マジで言ってんのか!?」

 

 レギアスの予想外の反応に、オルガは吃驚する。

 その隙を狙ってか、シーサーペントが攻撃を仕掛けた。

 水を魔力で操り、小型のシーサーペントを作り出して攻撃させる。

 複数の小型がレギアス達に突撃する。

 隙を突かれてもすぐに反応し、剣と拳で小型を落としていく二人。

 その最中にも会話する余裕を見せる。

 

「おい、本当に奴が武具なのか!?」

 

「いや、厳密には違う! 奴の中に武具があるんだ! 俺が水中に落ちた時、俺の血と魔力が水中に流れ込んで反応したんだろう! だから奴の魔力は強くなってるんだ!」

 

「それじゃ、奴の腹ん中にあるってのか!?」

 

「というより、奴と同化してるような感じだ!」

 

「どの道、奴をぶん殴るしかねぇってことだな!」

 

「そういうこった!」

 

 二人は小型を振り払い、シーサーペントへと駆け出す。

 シーサーペントから放たれる雷撃を避け、シーサーペントの上部に向けて跳び上がる。

 それぞれ己の魔力を武器に込め、シーサーペントの顎に向けて叩き付ける。

 魔力が爆ぜる衝撃音と共に、シーサーペントの頭部が跳ね上がる。

 しかし、二人の攻撃はシーサーペントには効いていないようだ。

 叩き込んだ箇所には僅かな傷が出来ているだけであり、決定打には程遠い。

 

「チッ、硬いな……!」

 

「何か弱点はねぇのか!?」

 

「知らん! とにかく殴って斬る!」

 

 二人は再び攻撃を行う。

 シーサーペントは先程の攻撃で怒ったのか、眼をカッと開いて再び雷撃を放つ。

 雷撃を避け、時には弾き、シーサーペントに肉薄していく。

 レギアスとオルガの剣と拳はシーサーペントの皮膚を傷付けていくが、浅い傷ができるだけで効果的ではない。無駄にシーサーペントを怒らせるだけに終わってしまう。

 

「大将! これじゃジリ貧だぜ!」

 

「分かってる!」

 

 レギアスは剣に魔力を込め、刃を漆黒に染める。

 シーサーペントがその魔力に気が付き、雷の魔力を口に収束させ始めた。

 同時に、再び水の小型シーサーペントを産み出してレギアスを襲わせる。

 

「っと! そうはさせねぇぜ!」

 

 魔力を剣に収束させていくレギアスの前にオルガが踊り出る。

 迫り来る小型を拳と蹴りで打ち落としていき、レギアスを守る。

 

「――オルガ!」

 

「おう!」

 

 レギアスの合図でオルガはレギアスの前から跳び退く。

 シーサーペントも魔力の収束を終えた。

 

「闇竜破!」

 

『グォォォォォォォォォォオオッ!!』

 

 レギアスの剣から放たれた漆黒の収束砲と、シーサーペントが吐き出す雷の収束砲。

 二つの魔力攻撃がぶつかり合い、衝撃波が辺りに駆け巡る。

 一瞬の競り合いをした後、レギアスの魔力が上回り、雷の収束砲ごとシーサーペントを撃ち抜いた。

 しかし、ぶつかり合いで射線が逸れたのか、レギアスの攻撃はシーサーペントの右目を撃ち払っただけに留まる。

 

 右目を焼き払われたシーサーペントは痛みに悶えた後、魔力を放出させて咆哮を放つ。

 広間はその衝撃に耐えきれず、崩壊を始める。

 このままでは神殿そのものも崩壊してしまう恐れがある。

 そうなれば、船で待っているであろうアナト達にも危険が及ぶ。

 しかし、シーサーペントは咆哮を上げた後、潜水して姿を消した。

 逃げたのか、そう考えたがあの様子からしてそれは有り得ない。

 なら再び力を溜めに向かったのか。その可能性が高い。

 

「チッ、海中の魔力でも吸ってるのか?」

 

「大将、こう何度も潜られちゃ攻撃ができねぇ」

 

「……俺の魔力も通用はするが、鈍りすぎてすぐに放てない。どうしても相手に対応させる時間ができちまう」

 

「……なぁ、奴と武具は同化してるって言ったよな? それって、魔力として流れてる感じか?」

 

 オルガがレギアスにそう尋ねる。その表情には何か考えがあると窺える。

 

「ん? ああ。それを剥がすことができれば、俺達の攻撃も簡単に通るはずだ」

 

「だったら、俺に考えがある」

 

「本当か?」

 

「ああ」

 

「……聞こう」

 

 オルガはレギアスに一つの妙案を伝える。

 

 

 

 先に船に辿り着いたアナトとベールは、子供達を騎士達に引き渡した。

 騎士の中に衛生兵がいたようで、子供達の容態を確認し、何処にも異常が無いことが確認できた。

 一先ず子供達の救出ができたことに安堵する。後はレギアスとオルガの帰還だけである。

 アナトは二人が負けるとは微塵も思っていない。

 しかし、その顔には影が差し込んでいる。

 

「アナト……」

 

「……私は、悔しい」

 

「え?」

 

 アナトの口からそんな言葉が漏れた。歯を食いしばり、静かに怒りを堪えていた。

 

「私は力を手に入れた……! 剣の振り方も覚えた……! なのに、アレを見て私は怖かった!」

 

 船の手摺りを殴り付け、怒りを吐き出した。

 そんな姿をベールは後ろから悲しそうに見つめる。

 

「レギアスに子供扱いするなと言った……! だと言うのに何だこのザマは!?」

 

「……そう自分を責めないで。誰も貴女を弱いとは思ってないわ」

 

「これじゃ、何時まで経ってもアイツに追い付けない……!」

 

「……」

 

 ベールはアナトの胸中を理解した。

 アナトが騎士の道を選び、剣を握った本当の理由。

 父や国を守る為ではなく、レギアスの隣に立ちたいからだと。

 人竜戦争の時、レギアスの隣に立てる程の力があれば、レギアスにあんな思いをさせることは無かったかもしれない、と。

 

 勿論、当時のアナトは八歳で戦場に出ることができないのは当然。

 だと言うのに、アナトは後悔している。

 だから今度はレギアスの隣に立ち、一緒に戦いたいのだ。

 それなのに、あの時に恐怖してしまい足が竦んでしまった。

 それがアナトは許せなかったのだ。

 

「……私もよ、アナト。私も……いいえ、私のほうが何もできなかった」

 

 ベールは完全に恐怖に呑まれていた。アレと戦う意志など皆無だった。

 アナトが傍にいてくれなければ、恐怖で心が壊れてしまうところだったのだ。

 戦闘経験は今までの道中で行ってきたが、いつも皆が前に出て守ってくれていた。

 ティアマトの弓の担い手になって魔力が上がっても、できるのは後ろで援護するだけ。

 レギアス達にこの戦いをさせているのは自分なのに、それで良いのかと、今更ながら悩んでいる。

 

「……強く、なりましょう。強く、皆を守れる強さを、一緒に……」

 

 ベールはアナトの握り拳に手を重ね、後ろからアナトを抱き締めた。

 二人は涙を流し、互いに誓う。必ず強くなると。

 

 

 オルガは作戦に向けて身体を解して準備をしていた。

 レギアスは剣を床に刺し、それにもたれかかりながらオルガに問う。

 

「オルガ、お前はどうしてそこまで力に貪欲になれる?」

 

「ん? 何だいきなり?」

 

「お前はガキの頃から強くなろうとしていた。その理由が知りたくてな」

 

「そうだなぁ……」

 

 オルガは腕を伸ばしながら考え、軽く笑みを浮かべて答える。

 

「俺の生まれは知ってるだろ?」

 

「ああ」

 

「それが原因で俺は『殺され』かけた。それを救ってくれた陛下とアナト様に恩義がある。その恩に報いる為に、俺は強くあらなくちゃならねぇ。だが、そこでアンタを知った」

 

「俺?」

 

「そうだ。アンタという強者を知って、俺が目指す強さってのはとんでもなくデケぇものだってのが分かっちまった。そのデカさに辿り着くには、どれだけ鍛えても足りねぇ。だから俺は此処まで強くなれたし、まだまだ足りねぇから強くなる。それが理由かな」

 

 オルガの答えに、レギアスは面食らった表情になり、どう言ったら良いのか分からなくなる。

 返答が無いことにオルガは恥ずかしくなり、顔が少し赤くなる。

 

「な、何か言えよ。ったく、言うんじゃ無かったぜ――っと、そろそろ良いぜ、大将」

 

「……」

 

 レギアスは剣を握り、床から剣を抜いて肩に担ぐ。

 大穴の前に立ち、魔力を滾らせる。

 剣を上段に構え、魔力を一気に放出させる。

 

「オルガ」

 

「ん?」

 

「――俺もまだ、強くなるぞ」

 

 レギアスは笑ってそう言う。

 オルガも笑う。

 

「――ハッ! 望む所だ!」

 

 レギアスは剣を大穴の水中へと放った。

 魔力は水中の広範囲を駆け巡り、水中の中で力を溜め込んでいたシーサーペントを刺激する。

 シーサーペントは先程戦っていた時よりも強力な雷撃を放ちながら大穴から飛び出した。

 外で待ち構えているレギアスとオルガに、怒りの慟哭を放つのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第17話 四大竜王・ヴリトラ神殿 4

 

 雷そのものに見える程の雷撃を纏い、シーサーペントは姿を現す。

 

「オルガ!」

 

「おぉぉぉぉぉあああ!!」

 

 オルガはレギアスに向けて走り、跳ぶ。レギアスは剣を横水平に構えた。

 その剣の腹にオルガは足を付け、レギアスがオルガごと剣を振り払う。

 それにタイミングを合わせ、オルガはシーサーペント目掛けて跳んだ。

 シーサーペントは口を開けて待ち構え、弾丸のように射出されたオルガはそのままシーサーペントに呑み込まれてしまった。

 

『ゴァァァァァアア!!』

 

 シーサーペントは勝ち誇ったように吠え、まるで笑っているようだ。

 しかし、レギアスも笑っていた。

 オルガが呑み込まれたのは、二人の狙い通りだったのだ。

 

『――――ッ!?』

 

 シーサーペントは己の異常に気が付いた。

 苦しむように巨体をクネクネとしだし、纏っている雷撃が崩れ始めていく。

 

「どうした? 苦しいか? 力が抜けるんじゃないか?」

 

 シーサーペントがレギアスを睨む。レギアスはしてやったりと言いたげな顔で笑っている。

 

「お前が呑み込んだのは毒薬だ。それも、しつこい毒薬だ。お前の力を吸い取るまで決して出てこない」

 

 シーサーペントに呑み込まれたオルガが、体内で何かしているようだ。

 とうとうシーサーペントの雷撃が消失し、力が抜けていくのかグラグラと揺れている。

 オルガが提案した作戦、それはオルガがシーサーペントの魔力を吸収するというものだった。

 オルガの持つ技の中に、相手の魔力を吸い上げるものがある。

 シーサーペントが四大竜王の武具と魔力にして同化しているのなら、その魔力を奪ってしまえば良い。

 だがそれ程の魔力を吸い上げるには、最も魔力を生成する器官、即ち心臓の横にある臓器、通称『魔臓(まぞう)』に限りなく近い場所に触れなければならない。

 そこで、オルガは自身がシーサーペントの体内に入り、魔力を吸い上げると提案したのだ。

 仮に体内に侵入して魔力を吸い上げるのではなく、心臓や魔臓を破壊したとしても、武具が力を与えている限り即時再生するだろう。

 そもそも、破壊すらできないだろう。

 体内がどうなっているのか分からないが、あの巨体ならば丸呑みにされたところで、即死はしないだろうと、オルガは笑ってみせる。

 途轍もなく危険な作戦だが、一番合理的に見え、レギアスは決断した。

 オルガは今、シーサーペントの体内で魔力を吸い上げている。

 

 

 

『魔力を奪える? できるのか?』

 

『ああ。魔力切れになった時の為に編み出した技だ』

 

『だがあの巨体に加えて武具の魔力だぞ?』

 

『心配ねぇさ。俺を信じてくれよ、大将』

 

『……技の名は?』

 

『名付けて、我流秘技――ソウル・イーター』

 

 シーサーペントの体内で、オルガは夥しい量の魔力を吸収する。

 その魔力に身体が悲鳴を上げる。

 骨が軋み、肉が断裂し、血管がはち切れる。

 だが瞬時に治癒魔功をソウル・イーターと同時使用し、傷を再生していく。

 並の人間では、そんな真似は疎か考える間もなく絶命してしまう。

 それをオルガは持ち前の耐久力と根性と乗り越えていく。

 

「があああああああああああああっ!!」

 

 白目を剥きながら、意識を吸収と再生のみに割き、シーサーペントの魔力を己のモノへとしていく。

 その時、オルガの頭の中に声が響く。

 誰かが囁くように、オルガに語りかける。

 

『お前は何故、力を望む?』

 

 オルガは答えない、答えられない。他のことに意識を向けると、再生が間に合わなくなる。

 

『お前は何を望む? そうまでして何を欲する?』

 

 その声はオルガの様子を愉しんでいるような、期待しているように感じさせる。

 オルガは答えない、答えられない。

 

 

 

 シーサーペントは此の儘では魔力を全て吸い尽くされると思ったのか、力を振り絞って潜水を始めた。再び水中で力を蓄えるつもりなのか。

 

「今度は逃がさねぇぞ!」

 

 此処で逃がせば、オルガの覚悟が無駄になる。

 レギアスは潜水するシーサーペントに跳び付き、剣を突き刺してシーサーペントと共に水中へと入る。

 呼吸での酸素循環を魔力の循環で補い、レギアスはシーサーペントに水中戦を挑む。

 水中を暴れながら泳ぐシーサーペントから振り払われないよう必死にしがみ付く。

 シーサーペントが向かった場所には、巨大なクリスタル結晶が広がっていた。

 そのクリスタルは魔力の結晶でもあり、シーサーペントは此処で魔力補給をしているようだ。

 此処がシーサーペントの住処だと分かったレギアスは、シーサーペントから離れ、魔力放出の勢いで水中を移動する。

 クリスタルに身を寄せるシーサーペントの前に出て、漆黒の刃を振り上げる。

 

 闇竜破――。

 

 レギアスの剣から放たれる魔力の収束砲が、クリスタルを破壊していく。

 破壊されたクリスタルの結晶は、魔力の粒子となって消えていく。

 シーサーペントがクリスタルを守ろうと雷撃や、小型を生み出そうとする。

 しかしオルガによって魔力を奪われて、魔力での攻撃ができない。

 レギアスはシーサーペントを斬るべく剣を振り上げ、魔力放出で水中を駆ける。

 弱っているのか、シーサーペントに刃が容易く通り、緑色の血が水中に四散する。

 シーサーペントはレギアスから逃れるため、水上へと上昇する。

 逃すまいと、レギアスは剣をシーサーペントに突き刺し、共に空へと舞い出た。

 

 

 

 魔力を吸収し続けているオルガの頭の中に、声が反響する。

 

『力を手に入れてどうするつもりだ?』

 

『力以外も欲しいのか?』

 

『力さえ手に入れば他には何も要らないのか?』

 

『俺は全てが欲しい』

 

『何を手に入れても満たされない』

 

『乾いて乾いて乾いて乾いて仕方がない』

 

『お前も乾いているのか?』

 

『力に乾いているから欲しいのか?』

 

 オルガはピクリと反応する。

 

「オ……レハ……」

 

 オルガの脳裏に、若き日の光景が過る。

 人竜戦争が始まる直前、新米だった頃の自分の姿。

 鍛えられてはいるが今よりも痩せ細り、まだ戦いを知らない少年。

 その少年の前にいるのは、騎士甲冑に身を包んだレギアス。

 その傍にはイルとアーシェ、そして幼きベールとアナト。

 その彼らを見守るように、赤きドラゴンが佇んでいる。

 そのドラゴンこそ、当時のマスティア王国の守護竜・ティア。

 彼らが幸せそうに暮らしている。

 

「オレ……ハ……!」

 

 人竜戦争が起こり、マスティアの領土が焼けた。

 あの光景から、アーシェとティア、そしてレギアスが消えた。

 残った彼らからも笑顔が消えた。

 

「俺は……!」

 

 オルガの目に光が灯る。

 オルガは思う、願う、望む。

 もう二度と、目の前で大切な人達を、幸せの光景を失いたくない。

 絶望の中から救ってくれた国の、人達の幸せを守り抜く。

 帰ってきてくれたレギアスに、あの時のような重荷を背負わせないように。

 その為の力を、渇望する。

 

「俺は! 力が欲しい! 守り抜く為に! 命より大事なモノの為に! 力が欲しい!」

 

『守る為? 笑止。力とは全てを手に入れる為のモノ。強者の証。守るは弱者の戯れ言也』

 

「だったらその力も寄越せ! 破壊の力でも、破滅の力でも、何でも寄越せ!」

 

 オルガの魔力が膨れ上がる。今にも爆発しそうな程に、オルガの体内で急速に活性化する。

 

「俺はこの世全ての力を手に入れてでも! 守りたいモノがあんだよぉぉぉおおお!!」

 

 オルガから溢れる魔力が、強く光り輝く。

 

『――良かろう。この力、全てを手に入れる為に使い込んでみせよ』

 

 

 

 水中から飛び出たレギアスとシーサーペントは、海の上に出た。

 やはりあの大穴は外の海に繋がっており、レギアスの眼下には海と神殿があった。

 シーサーペントは海面を飛び出した勢いなのか、空へ空へと昇っていく。

 その時、レギアスはシーサーペントの体内から膨大な魔力を感じ、危険を察してシーサーペントから離れる。

 その瞬間、シーサーペントの上部の肉体が蒼い雷撃と共に爆ぜる。

 雷鳴とシーサーペントの咆哮を轟かせ、その中から現れたのはオルガだった。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 オルガは雷を纏い、その四肢には新たな武器を身に付けている。

 黒を基調に赤の紋様を走らせたガントレットとレギンス。

 それらから雷が生まれ、更にオルガの魔力を増大させている。

 

「アレは……!?」

 

 レギアスはそれが四大竜王が一つ、ヴリトラの武具であることを確信する。

 差し詰め、ヴリトラの爪牙と言ったところだろう。

 ヴリトラの爪牙を手にしたオルガは雷を纏い、悲鳴を上げるシーサーペントを見据える。

 シーサーペントは武具を奪われたことで魔力を失い、あれ程巨大な身体が見る見る縮んでいく。最後はオルガと同じほどの大きな、ただの蛇になってしまった。

 

「最後はくれてやるよ。やっちまえ、オルガ!」

 

 海に落ちていくレギアスの声が届いたのか、オルガは魔力を解放する。

 雷鳴を鳴らし、落ちていくシーサーペントに狙いを定める。

 

『グギャァァァァァア!』

 

「悪いな、魔獣よ。この力は、守る為に俺が貰い受ける」

 

 雷を右足に収束させる。雷は右足を基点に一本の刃と化す。

 

「雷よ吠えろ――我流奥義・阿修羅天雷脚(あすらてんらいきやく)!」

 

 雷撃の刃と化したオルガは、落雷の如くシーサーペントを貫く。

 爆音の雷鳴と共に貫かれたシーサーペントは跡形も無く雷撃によって消え去った。

 雷の刃となったオルガは海に落下し、雷で海面が爆発する。

 衝撃波が辺りに走り、大きな波を立て、その後に静寂が訪れた。

 

 

 

 オルガの戦いを、神殿から先に脱出していたアナト達が船の上で見ていた。

 神殿が崩壊しかけ、子供達の安全を最優先にした為である。

 船が神殿を出て少し経った頃、海から巨大なシーサーペントが現れた。

 シーサーペントの身体から雷が飛び出たと思ったら身体が縮み、雷と共に現れたオルガによって倒された。

 その光景は見る者を圧倒させた。

 静かになった今でも耳に雷鳴が残っている。

 

「…………っ! そうだ、おい! レギアスとオルガだ!」

 

「むっ!? そうだ、彼らを捜索しろ! 海に落ちたのは間違いない!」

 

 アナトが先に正気に戻り、隊長格の騎士が二人を捜索するために船を動かす。

 雷――オルガが落ちた場所へと向かい、レギアスとオルガの姿を探す。

 辺りの海は波打つばかりで、残骸一つ見当たらない。

 アナトとベールは二人が死ぬはずはないと思っているが、こうも見つからないと不安に駆られる。

 何度も船を回すが、一向に見つからない。

 

「レギアス様……オルガ……!」

 

 ベールは祈る。二人が無事であることを。

 アナトは視力を魔法で強化し、海面からでもある程度の深さまで目視で見えるようにする。

 そして、見つけた。

 

「……ぁ」

 

 薄らと、海中から人影が二人分、上がってくる。

 ただ一人はぐったりとして、もう一人が担いでいる。

 アナトはジャケットとブーツを脱いで剣を外し、海の中に跳び込んだ。

 潜水して、ぐったりとしているオルガを担いで上がってくるレギアスを目視で確認した。

 アナトはレギアスに手を伸ばし、レギアスはその手を掴み、海面へと上がった。

 

「ぶっはぁっ!」

 

「はぁっ!」

 

「レギアス様! オルガ!」

 

「おい! 引き上げるぞ!」

 

 騎士達の手を借り、レギアス達は船へと上がった。

 オルガを降ろしたレギアスは肩で息をして寝そべった。

 

「助かったぞ、アナト……っ! 久々にま、魔力を使ったから、これ以上は身体が……!」

 

「まったく、馬鹿者が……! はぁ……オルガは? 無事か?」

 

「大丈夫だ。彼は気を失っているだけのようだ」

 

 衛生兵がオルガを診てそう判断する。

 全員無事だと言うことが分かり、レギアス、アナト、ベールの三人は完全に脱力する。

 

「ああー……やっぱイルに依頼料払って貰おう。割に合わねぇ……」

 

「……オルガは武具の担い手になったのか?」

 

 アナトが尋ねた。

 レギアスはそれに頷き、アナトは「そうか……」と呟いた。

 おそらく、アナトはオルガにも先に行かれたと思っているのだろ。

 そんなアナトの胸中を察したベールはアナトの手をそっと握る。

 

「よくぞ、無事で帰ってきた」

 

 隊長格の騎士がレギアスに手を差し出す。

 レギアスは疲れているのか、「おう……」と言うだけで起き上がらない。

 隊長格の騎士は静かに笑い、イコルの港へと船を走らせる。

 

「……アナト、ベール」

 

「……ん?」

 

「はい?」

 

 レギアスは腕で目を覆った状態で二人を呼ぶ。

 

「……ただいま」

 

『――――』

 

 そう言われた二人は固まり、そっと視線を合わす。

 

「――ふんごぉっ!?」

 

 そして、アナトはレギアスを枕にした。

 力強く頭を乗せた為、レギアスは悶える。

 

「な、なにを……っ!?」

 

「うるさい、つかれた、ねる」

 

「……ったく」

 

「ふふっ」

 

 かくして、レギアス達を乗せた船はイコルの港へと帰還するのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第18話 休息・帝国の内情

 

 帰還の道中は何事も無く、無事にイコルの街に到着した。

 その頃にはオルガも子供達も目を覚ましており、四人は船から降りる。

 親元に帰ってきた子供達とその親達は皆泣きながら再会を喜ぶ。

 その光景を見て、レギアス達はほっこりとした感情を抱く。

 

「……・ま、依頼料はこれで良いか」

 

「ま、欲を言えば美味い飯と酒があれば良いんだがな」

 

「あと着替えと湯浴みだ」

 

「確かに……・私達、ちょっと臭うわね」

 

「失礼、よろしいか?」

 

 隊長格の騎士がレギアス達に話しかけた。彼の後ろには他の騎士達も整列している。

 レギアスがどうかしたのかと訊くと、騎士達は一斉に右拳を胸に当てて敬礼する。

 隊長格の騎士が代表してレギアス達に謝辞を口にする。

 

「我らがイコルの港の子供達を助ける為に尽力してくれたこと、誠に感謝致す」

 

 騎士がそう言うと、港の住人達も次々にレギアス達の周りに集まり礼を言っていく。

 皆、大切な子供達を守ってくれたことに泣きながら感謝している。

 レギアスはこんな風に感謝されるのが照れくさいのか、鼻先をかいてそっぽを向く。

 

「今更だが、まだ名乗っていなかった。私の名はガロンド。グランファシア帝国騎士団第十三師団団長だ」

 

「師団長? 隊長だとは思っていたが、師団長だったのか」

 

 オルガは目の前に立つガロンドと名乗った騎士の立場に驚く。

 師団長と言えば、軍の中でもそれなりに大きな組み分けをされている組の長である。

 階級も高く、色々な実力と実績を示した者しか、その地位を任せられない。

 そんな大物がどうして港の警備等をしているのだろうか。

 

「師団と言っても、田舎の港町を守る程度の規模さ。最近の帝国騎士団は大きく変わってな」

 

「変わった……・? その話、詳しく聞かせてくれないか?」

 

 レギアスはガロンドの話に引っ掛かりを感じた。

 ガロンドは了承し、特別に宿の部屋を用意させてレギアス達を迎え入れる準備をさせる。

 その際、ベールがレギアスの袖を引き、小声で尋ねる。

 

「レギアス様、先を急いだほうが良いのではないのでしょうか?」

 

「急ぐにしても、補給が必要だ。もう金も尽きてる。物資も情報も無い状態で、次の遺跡に向かうには無謀すぎる」

 

「しかし……・」

 

「生贄のことは分かってる。だが無理はできない。俺達には休息が必要だ」

 

「……・分かりました」

 

 ベールはそう言って顔を俯かせる。

 優しいベールのことだ。生贄にされてしまう人達が心配なのだろう。

 レギアスはベールの頭に手をぽんっと乗せる。

 

「レギアス様……・?」

 

「大丈夫だ。もう俺は投げ出さないさ」

 

「……・はい。それは信じていますわ」

 

 ベールは笑みを見せる。

 宿側の準備ができ、レギアス達は案内される。

 宿に到着すると、レギアス達は真っ先に湯で身を清め汚れと疲れを流す。

 着ていた服は宿屋の人間が回収し、入念に洗ってくれている。

 身を清めた後は宿側が用意してくれた服に着替え、食堂に案内される。

 食堂のテーブルには豪華な料理が並べられており、更に酒まで用意されて、オルガは勿論のこと、四人はゴクリと唾を呑む。

 四人は席に着き、豪快に食らっていく。

 レギアスとオルガは当然だが、王女であるベールとアナトも一心不乱に食べる。

 男二人に比べたら慎ましいものだが、それでも食べる勢いは凄まじい。

 

 山盛りに並べられていた料理は瞬く間に無くなり、四人は満足する。

 茶や酒で一服していると、ガロンドがやって来る。

 

「どうかな? 少しは休めただろうか?」

 

 レギアスとオルガは親指を立てて満足だと答える。

 

 ガロンドは笑い、空いている席に座る。

 

「さて、話を聞きたいと言っていたが、何を訊きたい?」

 

「その前に、俺達の事情だが――」

 

 ガロンドがレギアスの言葉を手で制す。

 

「詮索はせんよ。お二人が誰で、何の目的で帝国に居るのかは、会話を聞いて大凡察した。このイコルで危害を加える者はいないだろうが、用心のため口にしないほうがいいだろう」

 

「……・なら、そうさせてもらおう。で、訊きたいことだが、帝国軍が変わったと言ったな?」

 

「ああ。機械騎士、アレの導入で騎士団の大半から人間が居なくなった」

 

 ガロンドは今の帝国騎士団の体制をレギアス達に教える。

 師団長ともあろう人間が、外部の人間に話すことは重大な違反になるだろう。

 しかしガロンドはレギアス達に恩もあり、レギアス達が善人であること、そして帝国の在り方に疑念を抱いているからこそ、話をする。

 

「上層部の人間を除いて、帝都や他の重要拠点には機械騎士と魔導騎士のみで構成された。人間は俺達のように地方へ飛ばされるか、他の職に就かされるかのどちらかだ」

 

「それじゃあ、帝都には人間の騎士は一人も居ねぇのか?」

 

「管理する為の人間を数人残してな」

 

「何じゃそりゃ? 騎士の名もへったくれもねぇな」

 

 オルガはグラスに入った酒をグビッと飲み干す。

 オルガは騎士という名前を誇りに抱いており、それこそ大昔の騎士の在り方に強い憧れを持っている。

 今の騎士は剣や盾などを使わず、近代化した銃器や兵器など使用する。帝国がその代表だ。

 その点、マスティアは銃器を使うが、剣や盾、魔法も使用する昔の騎士に通ずるモノで、オルガは気に入っている。

 だが人の身を危険に晒さないようにするという考えには否定的ではなく、それがオルガの中で複雑化しているのだ。

 

「……・それ以外で、帝国軍に変わった動きはあるか?」

 

「フム……・そう言えば、帝国軍に妙な人間が出入りしていると言う噂が立ってたな」

 

「ゲディウスと言う名の男か?」

 

「いや、名前は分からないが、『女』だ。長い白髪の」

 

 ガタリッ――。

 

「っ……・!?」

 

 レギアスが椅子を蹴るようにして立ち上がり、驚いた表情を浮かべた。

 突然のことにアナト達は吃驚する。

 

「そいつは……・剣を二本携えてるか?」

 

「いや、すまない。噂話だし、少し前の話だ。そこまでは分からない」

 

「……・そうか」

 

 レギアスは座り落ち着きを取り戻す。

 その『女』の事についてレギアスに尋ねても、この様子では答えてくれないのだろうなと、アナト達は理解している。

 レギアスが答えないと言うことは、今の自分達に必要の無いことなのだろうと判断して話を流した。

 

「しかし、その噂が流れ始めた頃から機械騎士の導入が急速に進んだのは確かだ」

 

「……・そうか。ところで、ミドガルズオルムの遺跡、もしくは神殿について何か知っていることは?」

 

 落ち着いたとは言え、考え込んでいるレギアスの代わりにアナトが尋ねる。

 ガロンドは「フム……・」と顎を摩り、何かを思い出したようにハッとする。

 

「それなら、俺が帝都を出る寸前に耳にしたぞ」

 

「聞かせてくれ」

 

「ミドガルズオルム神殿に特務師団を派遣して調査をすると聞いたが、今回のを見る限り、ただの調査ではないだろう」

 

「特務師団……・?」

 

 レギアスはその言葉に覚えがあった。

 イルに渡された資料の中に書かれていた人物の名前と一緒に書かれていた。

 

「ウォーカー……・」

 

「よく知っているな。そうだ、ウォーカー・ヴァレンタレス大佐。若くして大佐の地位に就いた奴が率いる部隊だ」

 

「と言うことは、ゲディウスもいるかもしれない」

 

 レギアスは要塞での戦いを思い出す。

 アーシェが守護の魔法を施してくれたコートを容易く破り、自らをドラゴンと名乗った男。

 ベールに今回の計画を教えた理由は謎だが、彼の者の戦闘能力は注意しなければならない。

 マスティアの国境要塞ガルバロンの惨状を見るに、あの時は力の末端も出していなかった筈。

 もし先の神殿にいるのならば、厳しい戦いになるかもしれない。

 レギアスは魔力を使えるようになったことに心底安心する。

 いくらなんでも魔力無しで勝てるような相手ではないことは確かなのだから。

 

「その調査は、いつ行われるのでしょうか?」

 

 ベールが訊いた。その調査が既に終わっていたとしたら、それは犠牲者が出てしまったということになる。

 ガロンドは答える。

 

「ミドガルズオルム神殿は今も尚、強い魔力が流れている。魔力が強くなる満月の夜にしか神殿は姿を見せん。そして、満月の夜は二日後だ」

 

 ベールはそれにホッとする。まだ犠牲者は出ていない。

 しかし残りの猶予は二日しかない。此処から二日で間に合うだろうか。

 もし間に合わなかったら、罪も無い人達の命が大勢失われてしまう。

 そんな事は絶対にさせないと改めて決心する。

 

「レギアス、此処から神殿までどれ程掛かる?」

 

「馬なら三日掛かる」

 

「そんな!? それでは間に合いません!」

 

 ベールが声を荒げる。

 だがレギアスはベールを制して話を続ける。

 

「ガロンド、帝都から此処までどうやって来た? 今の帝国で、まさか徒歩や馬なんて言わないよな?」

 

「勿論、輸送車だ。電力で動く物だな」

 

「譲ってくれ」

 

「良いだろう。どの道もう使わん」

 

「助かる」

 

 トントン拍子に話が進んだ。

 ベールは目をキョトンとさせて首を傾げる。

 よく分かっていないベールに、レギアスは説明する。

 

「此処からクルマを使えば、一日程で到着する。間に合うってことだ」

 

「本当ですか!? よかった……・!」

 

 ベールは胸を撫で下ろす。

 

「運転はできるのか?」

 

「オルガが一通りできる」

 

「任せてくれ。だが念のために見ておきたい」

 

「分かった。整備しておこう。今日はこの宿で休んでいけば良い」

 

「お前達はこれからどうするんだ?」

 

 アナトが腕を組みながらガロンドに尋ねる。

 子供達を救うとは言え、帝国に叛旗を翻したようなものだ。

 このまま此処に居たら、帝国から何かしらの動きがあるはずだ。

 穏便に済むとは思えないのである。

 ガロンドは難しい表情を浮かべるが、すぐに軽く笑みを浮かべる。

 

「なぁに、何とかなるさ。いざとなったら全員で海にでも逃げるさ」

 

「た、逞しいな……・」

 

 アナトはガロンドが本気で言っていると分かり、表情が引き攣る。

 ガロンドは笑い、自分も酒を注いでグラスを持った。

 レギアスとオルガも酒を注ぎ、グラスを持つ。

 ベールとアナトは酒ではなく甘いジュースだが。

 

「汝らの道に、幸あれ。乾杯」

 

 チンッ、とグラス同士がぶつかる音が響いた。

 

 

 

 翌朝、レギアス達は港町の入り口で住民達に見送られていた。

 乗ってきた馬たちはガロンドに譲り、自分達は輸送車に乗る。

 運転席にオルガ、助手席にレギアスが乗り、後ろの広い後部座席にアナトとベールが乗り込む。

 

「それじゃ、達者でな」

 

「ウム、お前達も……・ああ、そうだ」

 

「ん?」

 

「詮索はしないと言ったが、これだけは聞かせてくれ」

 

「何だ?」

 

「お前の名だ。恩人の名前は知っておきたい。あとの三人は予想ついているが、お前はな」

 

「……・レギアスだ。何かあれば、三日月の剣(クレセント・グレイブ)を宜しくな。オルガ、出発だ」

 

「あいよ」

 

 オルガはクルマを走らせた。

 エンジン音を駆り立て、レギアス達は次の目的地であるミドガルズオルム神殿へと向かう。

 レギアス達を見送ったガロンドは、レギアスの名前に聞き覚えがあるのか首を傾げる。

 

「レギアス……・レギアス……・何処かで……・」

 

 ガロンドはハッと思い出す。

 嘗て己の人生の中で経験した一番激しく悲惨な戦争で、その名を聞いたことがあると。

 人竜戦争、その戦争でドラゴンをたった一人で倒した英雄。

 マスティアの守護者、騎士レギアス。

 

「ふ、フハハハハッ! そうか! 彼が! もっと恐ろしい姿を想像していたぞ!」

 

 ガロンドは愉快そうに笑い、彼らが進むその先の無事を祈るのだった。

 

 

 

 

 



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第19話 白き姫君は黒き竜を解放す

 

 イコルの港を出て数時間、レギアス達は広大な草原に似合わない無骨な輸送車に揺られながら、ミドガルズオルム神殿を目指していた。

 神殿までは一日と少し掛かる距離で、まだまだ先である。

 地図に寄れば荒野地帯に神殿があり、荒野地帯に到着する頃には夜になっているだろう。

 今は昼時であり、ガロンドから貰った物資の中から食料を取り出し、昼食を食べていた。

 

「これがただの旅行だったらなぁ……」

 

 オルガは残念そうにそう呟く。

 その呟きにレギアスが反応する。

 

「そういや、お前はキャンプとか好きだったよな」

 

「今も好きだぜ? 大将もどうだ? 姫様方は……陛下が許さないだろうなぁ」

 

「安心しろー。そん時はお父様を連れてでも行ってやる」

 

 二人の会話を聞いていたのか、アナトが後部座席から答える。

 後部座席ではアナトとベールが食事をしながら何かをしているが、レギアスとオルガは気にせず食事をしながら会話を続ける。

 

「大将は、今回の件が片付いたらどうするんだ?」

 

「ん? まぁ、また傭兵稼業に専念するだろうが、ってか、これもその傭兵の仕事なんだが」

 

「それもそうだった。けど、マスティアには戻らないのか?」

 

「お前達が俺を迎えても、周りの人間が迎えないだろ。まぁ、その前にやることあるしな」

 

「やること?」

 

「ああ……」

 

 レギアスはそこで一度言葉を切り、後ろの小窓から後部座席を覗く。

 アナトとベールは作業に夢中で話を聞いていないことを確認する。

 レギアスは小窓を閉めて、少し真剣な表情でオルガに話し出す。

 

「最後の武具を回収しに行く」

 

「最後ってーと、クルワッハの……なら俺達も――」

 

「ダメだ」

 

 ピシャリと、レギアスは断る。

 オルガは少しだけムッとした表情になる。

「どうしてだ?」

 

「こればかりは俺一人に任せてくれ。別に頼りないからとか、そう言うんじゃない。これは俺個人の問題だ」

 

「……姫様達、特にアナト様は許さないだろうな」

 

「だろうな。だから秘密にしておいてくれ。三つの武具を回収したら、マスティアで厳重に保管か封印か、破壊でもしてくれ」

 

「勿体ねぇ……」

 

 オルガは茶化してそう言うが、竜王の武具は危険である。

 異界の封印を解く鍵であると同時に、選ばれる必要があるが、担い手になれば強大な力が手に入る代物だ。悪しき者の手にでも渡ってしまえば拙いことになるだろう。

 この先のことを考えれば、誰の手にも渡らないようにするのが平和的だ。

 オルガも、それは分かっている。

 

「おい」

 

 小窓が開けられ、アナトの顔が覗く。

 ビクリと二人は肩を震わせ、アナトは首を傾げた。

 

「……そんな驚くことないだろ」

 

「な、何でもない。で、何だ?」

 

「む……まぁ良いや。ミドガルズオルムの武具はどんなのか、分かるか?」

 

 アナトからの問いに、レギアスは首を横に振る。

 

「分からないな。そもそも、俺も武具を見るのは初めてだ」

 

「そうか……。なら、ミドガルズオルムはどんなドラゴンだったんだ?」

 

「何だ、えらく気にするじゃないか?」

 

「っるさい、いいだろ、別に」

 

 アナトはがるるっと吠えるようにしてレギアスを睨み付ける。

 これ以上、アナトの機嫌を損ねると面倒だと思ったレギアスは、自分が知るミドガルズオルムについてを話始める。

 

 曰く、ミドガルズオルムは四大竜王の中でも守護の魔法に長けており、その守りは他の竜王でも崩すのは容易ではない。彼のクロウ・クルワッハでも崩しきれなかったと言う。

 また、最大の特徴はその大きさであり、大陸を覆うほど大きいとまで云われている。

 

「そこは私達でも知ってる。私が訊いてるのは、お前だけが知ってるものだ」

 

「つってもなぁ……俺が産まれた時には異界に封じられてんだから」

 

「……長生きしてても知識は私達と同じか」

 

「あっ! てめっ! 馬鹿にしてんな!?」

 

 レギアスはアナトに小馬鹿にされていると思い、小窓をピシャンっと閉めた。

 だがすぐにアナトの手によって開かれる。

 アナトはニヤニヤと笑っており、その後ろでベールもクスクスと笑っていた。

 レギアスはもう一度小窓を閉めようとするが、アナトが待て待てと止める。

 

「ったく……」

 

「そう怒るな。まだ話はある」

 

「何でしょーか、お姫様?」

 

「クルワッハの武具の回収には私も行くからな」

 

 ピシャン――。

 小窓は閉められ、それ以降は開かれなかった。

 レギアスは聞かれていたのかと引き攣った表情で固まり、オルガは大爆笑した。

 あまりに笑うものだから、レギアスはオルガの分の昼食であるバーガーを奪ってやった。

 

 

 

 その日の晩、荒野地帯に入り、これ以上の移動は危険だと判断して野宿することにした。

 食事を済ませ、明日の準備を確認を終えて眠りについた。

 レギアスは輸送車の屋根上に座り見張り役を引き受けている。

 夜空には星々が輝き、満月一歩手前の月明かりがレギアスを照らしている。

 

「……ん?」

 

「あ……」

 

 レギアスは物音に気が付き振り向くと、アナトが屋根をよじ登っていた。

 手に湯気が出ているカップを持っている。

 

「何やってんだ……?」

 

「あ、いや……差し入れ?」

 

「いや、訊かれても……まぁ良いか。ほら、座れよ」

 

 レギアスは隣を叩き、アナトは屋根に上がってレギアスの隣に座る。

 二人の間が若干空いているのは気のせいではない。

 アナトはカップをレギアスに渡す。

 

「……お前の分は?」

 

「わ、渡すだけのつもりだったから……」

 

「そうか……ありがとう」

 

「ん……」

 

 アナトが持ってきたコーヒーを飲むレギアス。

 その隣でアナトはただ静かに膝を抱えて座っている。

 だがその顔は何か言いたげな表情だ。

 難しい表情を浮かべては迷った表情になる。

 レギアスはコロコロと表情を変えるアナトに苦笑する。

 

「何か話でもあるのか?」

 

「っ、別に……ただ、まだゆっくり話してなかったなって……」

 

「ああ……」

 

 レギアスは再会した時を思い出す。

 イルの隣で不機嫌そうに見下ろしていたアナト。

 城門でいきなりナイフを投げつけてきたアナト。

 その後も色々あって、レギアスも避けていた。

 確かに会話はするようになったが、ゆっくりと二人で話したことはなかった。

 コーヒーを飲み終え、カップを置いてレギアスはアナトと話すことにした。

 

「いいぞ、話そう」

 

「そ、そうか! 話したいか、私と!」

 

「え、いや……まぁ、そうだな」

 

「っ……!?」

 

 まさか肯定されるとは思っていなかったのか、頬を紅くして驚く。

 だがすぐに顔を手で揉みしだき、平静を装う。

 

「で、何を話したい?」

 

「ん、んんっ……そうだな……レギアスは、私と姉さんが産まれる前のお母様を知ってるんだろ?」

 

「そうだな。初めて会った時のアーシェは確か、十四歳だったかな」

 

「……どうだった?」

 

「何が?」

 

「……美人だったか?」

 

「……」

 

 アナトは今、抱えた膝の上に顔があり、レギアスを覗き込むようにして見ている。

 月明かりがアナトの白銀の髪を照らし、幻想的な光景を生み出している。

 レギアスはそれを見て、少しだけ息を呑む。

 

「そう、だな……今のお前みたいに美人だったよ」

 

「そうか、私みた……い……?」

 

 アナトは何を言われたのか理解できなかった。

 理解したかったが、理解しきれなかった。

 しかし何とか理解した。

 理解して、白い肌が燃ゆるように赤に変わる。

 ぐるぐると思考が混ざっていくような感覚に陥る。

 そうとも知らず、レギアスは言葉を紡いでいく。

 

「だが性格はベールに似てるかな。ま、ベールも同じように美人だけど」

 

 アナトはスーーっと、熱が冷める。

 今までのぐちゃぐちゃだった思考が噓のように、まともになる。

 こいつどうしてくれようか、と幾通りもの罰を考える程には、まともになった。

 

「いつか話しただろ。長い間眠ってたって。マスティアのとある遺跡で眠ってたんだよ」

 

「……武具みたいに?」

 

「いや化石みたいになってないが、まぁそんな感じ。で、当時のアーシェは好奇心旺盛でな。王女のくせに冒険家気質な所があって遺跡探検してたんだとさ。その時に俺を見つけて、眠りを解きやがった」

 

「何で寝てたんだ?」

 

「寝てた、というか封印に近いか。とある戦いが原因でな。力を消耗して、マーレイの婆さんが回復の為に俺を眠らせたんだよ」

 

「マーレイが……あ、だからか」

 

 アナトはマーレイの家に、アーシェの写真があったのを思い出す。

 一番の弟子だとも言っていた。

 

「そう。アーシェは独学でマーレイが掛けた魔法を解いたのさ。それに気付いたマーレイが態々守人の役目を使い魔に押し付けてまで現れて弟子入りさせたんだよ」

 

「……私には魔法の才能無いがな」

 

「誰も何も言ってねぇだろ……」

 

 アナトはフフッと笑う。

 それに釣られてレギアスも軽く笑う。

 レギアスはそれからもアーシェの話を続けた。

 アーシェの突拍子も無い行動にいつもレギアスは連れ回された話や、アーシェが何処からともなく持ってくる面倒事をレギアスが押し付けられた話や、当時、貴族で騎士だったイルに目の敵にされていた話等々。

 

「お父様が?」

 

「ああ。あん時のイルはアーシェの婚約者候補で、ポッと出の俺にアーシェを盗られるんじゃないかと、事ある度に張り合ってきたもんさ」

 

「へぇー……あのお堅いお父様が」

 

「ま、でも誰よりもアーシェの事を大事に想ってたし、アーシェもそんなイルが大好きだったし、アイツの取り越し苦労ってやつ」

 

 アナトは想像つかなかった。

 あの父が、国王として威厳を放っている父が、母にベタ惚れだったなんて。

 帰ったらこの話をしてやろうと心に誓うのであった。

 と此処で、笑っていたレギアスの顔から笑みが消える。

 

「幸せだった。産まれて一番幸せの時間だったかもしれない。なのに……守れなかった」

 

「……」

 

 アーシェは死んだ。

 人竜戦争で国を守る為、その身に宿る特別な力を、命を代償にして使用したからだ。

 

「あの時まで俺は誰にも負けないと驕っていた。その結果がアレだ」

 

「……でも、レギアスは終わらせたじゃないか、戦争を」

 

「……ガルバロンにいた、師団長を覚えてるか?」

 

「ああ」

 

 マスティアの国境都市ガルバロン、そこの師団長である騎士だ。

 

「アイツの一人息子だった『ダン』は、俺が騎士団で率いていた部隊にいた」

 

「……覚えてる。オルガと一緒にお前に付いて回ってた」

 

「忘れないでやってくれ。アイツは俺を信じて戦場で待ってた。デーマンと戦いながら、俺が来るのを待ってた。だけどな、俺は行ってやれなかった。敵が強すぎて、倒した頃には間に合わなかった。『ダン』は、俺の部隊はオルガ以外全員死んだ。オルガは別行動だったから助かった。もしかしたら、オルガも死んでいたかもしれない」

 

 レギアスの脳裏に、その時の光景が思い浮かぶ。

 辿り着いた先で見た物は血の海に溺れた肉塊。

 最後に魔法での通信で聞こえたのは、レギアスの名を呼ぶ部下達の声。

 最期の最期までレギアスを信じていた。

 必ず来るから、俺達は此処で戦い続けるんだ。

 レギアスは今もその声が聞こえる気がしている。

 だから悪夢を何度も見ては酒に逃げていた。

 それも意味は無かったが。

 

「俺は確かに戦争を終わらせたのかもしれない。だけど、俺が守りたかったモノは守れなかったんだ。アーシェも、『ティア』も、部下達も……」

 

 守りたかった――。

 

 レギアスの目から、一筋の光が流れた。

 アナトはそれを見て見ぬふりをする。

 アナトには分からないからだ。戦う力があっても守れなかった、その心を。

 アナトも母であるアーシェを失い、守護竜で友であった『ティア』を失って悲しかった。

 だがその時の自分はただ失っただけだ。

 レギアスは、守ろうとして失った。

 両者の間で、その悲しみの深さは違う。

 それを理解しているからこそ、アナトは何も言わない。言えないのだ。

 下手な同情は、レギアスを更に追い込むことになる。

 けれども、アナトも悲しみを抱えている。

 

 だからこそ、伝えられることがある。

 

「だったらさ……今度は守り通せばいいじゃないか」

 

「え?」

 

 アナトはレギアスとの間の距離を詰めて座り直す。

 ピトリと肩をくっ付ける程に近く。

 

「あの時が一番幸せな時間なんだったら、これからの時間を一番幸せにすればいい。それでそれを守り通せばいい。あの時できなかったことを、今からやればいい」

 

「……」

 

「少なくともお母様も、『ティア』も、『ダン』達も、お前を恨んでいないと思う。だってお前はあの時必死に戦っただろ。命を懸けて戦って、『私達』を守ってくれたじゃないか。お母様達が守ろうとしたモノを、お前は守ってくれた」

 

「――」

 

 レギアスは目を大きく開いた。

 アーシェが守ろうとしたモノ、ティアが守ろうとしたモノ、部下達が守ろうとしたモノ。

 彼女達が守ろうとしたモノは何だったか。

 今、レギアスの目の前にいる。

 アナト、ベール、イル、マスティアの民達。

 彼女達が命を賭してまでも守ろうとしたモノが、今をちゃんと生きている。

 それは、レギアスが守ったモノだ。

 言葉の綾かもしれない、アナトがレギアスを慰める為の方便かもしれない。

 だが、レギアスはその言葉に救われた気がした。

 過去の罪が、軽くなった気がした。

 

「……俺は……アイツらを守れなかった……」

 

「でも、私達を守った。お母様達が守ろうとした、私達を」

 

「……そうか……そうか……っ」

 

 レギアスは顔を手で覆う。その手の隙間から流れるものを、アナトは見なかったことにした。

 アナトは思う。レギアスはやっとあの戦争から解放されたのかもしれない、と。

 ずっとずっと、彼は戦っていたんだろう。

 それを今、終わらせてやれたのかもしれない。

 だからこそ、アナトは言わなければならない。

 

「レギアス」

 

「……ああ」

 

「――――守ってくれて、ありがとう」

 

「――――ぁぁ……ああ……っ!」

 

 それから、レギアスは泣き止むまで、アナトはレギアスの肩に頭を乗せて寄り添い続けた。

 アナトも泣いていた。唇を噛みしめ、静かに、ただ静かに。

 それは二人の間にあった蟠りが完全に無くなった瞬間だった。

 そしてそれは、車両の中にいる二人にも言えることだった。

 オルガもベールも、静かに涙を流していた。

 

「アナト……」

 

「ん……」

 

「――ありがとう」

 

「……ぅん」

 

 二人は見つめ合う。

 静かに、しかし情熱的な何かを感じる。

 アナトは目をそっと閉じる。

 これから来る感触に、身を任せ――。

 

「――なら、さっさと終わらさないとな」

 

「――んん?」

 

 レギアスは立ち上がった。

 それはもう清々しい表情を浮かべ、伸びまでしている。

 アナトは顔を突き出したまま固まっている。

 

「さっさと武具回収して、帝国の計画ぶち壊して帰るか! んで、皆で旅行だ!」

 

「な……何で……旅行……?」

 

「だってお前らとの時間を一番の幸せにするんだ。戦いばかりじゃ良い思い出じゃないだろ」

 

「……へぇー……あ、ふーん……」

 

 アナトの顔から表情が消えた。

 ガタンッ、と車両のドアが開き、オルガとベールが出てくる。

 

「大将! テメェ! 眠っちまえ! また封印されちまえ! 馬鹿が!」

 

「レギアス様! それはありませんわ! 個人としては思うところはありますけど、アナトの姉として、それはありませんわ!」

 

「え? え?」

 

 いきなりの言われように、レギアスは目を白黒させる。

 レギアスとしては良いことを言ったつもりなのかもしれない。

 だが、第三者から言わせれば、それはないだろう。

 証拠に、立ち上がったレギアスの後ろで、ユラユラと白銀の魔力が立ち上がっている。

 

「あ、アナト……?」

 

「レギアス」

 

 冷たい声だった。

 

「は、はい!」

 

「歯ァ食い縛れェェェェェェエ!!」

 

「ぶっ――ゴッハァァァァァァァッ!?」

 

 アナトの渾身の一撃が、レギアスの顎を捉えた。

 身体強化されたアナトの豪快な一撃により、レギアスは夜空へと消えていくのであった。

 半人半竜でも、乙女の逆鱗には敵わないのである。

 

 

 

 同時刻――帝国領・竜の塔。

 金色の眼をギラつかせたゲディウスが、塔の頂上で月を見上げ嗤っていた。

 

「さぁて……いよいよだ」

 

 ドラゴンは嗤った。

 

 

 

 

 



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第20話 四大竜王・ミドガルズオルム神殿

 

 翌日、レギアス達はミドガルズオルム神殿があるはずの場所へと到着した。

 

 昨晩の件で、レギアスとアナトの仲は前よりも近くなっている気がする。

 レギアスに対するアナトの態度が少し柔らかくなっているような気がするし、何よりアナトのレギアスを見る表情が違う。

 前まではキリッとしてクールな騎士の印象だったが、今では甘い。

 一見するとその違いは分からないが、姉であるベールには分かっていた。

 レギアスと話す時だけ、甘い笑顔になる。

 姉としてアナトの変化には嬉しく思う判明、ベール個人としてはモヤモヤしていた。

 

 しかし今はそんなことを気にしている場合ではない、ということをベールは理解している。

 アナトもそれは理解しているのか、神殿に到着するや否や騎士の表情になる。

 レギアスらは輸送車の窓から荒野を見渡す。

 

「さて……やはりと言うか、見事に帝国軍だらけだな」

 

「機械騎士と魔導騎士だけみたいだぜ。人がいねぇ」

 

「生贄にされる方々もいないわ……」

 

「元々必要なかったのか、それとも……」

 

 手遅れだったのかもしれない、とアナトは口にしかける。

 しかし神殿は満月の夜にしか姿を見せないという。

 なら生贄が行われるのはまだのはずである。

 

「まぁ、いないのならいないで戦いに集中しやすい。神殿が現れたら一気にあの陣を突破する」

 

「あの軍勢をか……」

 

「事故るなよ?」

 

「不穏なこと言わないでくだせぇ、アナト様……」

 

 そうこうしている内に、太陽が沈み月が昇った。

 満月の月明かりが荒野を照らした。

 すると、何も無かった場所に建造物が姿を見せ始めた。

 それは塔のようなものだ。天へと昇っていくように塔がその姿を完全に見せる。

 あれがミドガルズオルム神殿であり、数千年前の物の筈なのに、神殿から発せられる魔力の量は凄まじく、まるで神殿のある場所だけが別の時代に錯覚してしまうほどだ。

 

「オルガ! 出せ!」

 

「あいよ!」

 

 オルガは輸送車のアクセルを全開にし、全速力で走り出す。

 帝国軍が動き出すより先に神殿の入り口を目指す。

 帝国軍の陣の間を輸送車が走り抜けていく。

 機械騎士と魔導騎士達がレギアス達に対応し始めるが、レギアス達も輸送車から攻撃を仕掛ける。

 レギアスとアナトはガロンドから譲り受けた帝国軍の銃を手に、ベールは弓を手に持ち窓から乗り出して攻撃していく。

 弾丸を撒き散らしながら、輸送車は進む。

 道を塞ぐ機械騎士達をレギアスとアナトが撃って崩し、オルガの運転する輸送車が強引に突破する。

 

「おっと! デッカいの轢いたな!」

 

「頼むから横転するなよ!」

 

「オルガ! 次やったら減給だ!」

 

「あ、あまり揺らされると射れないわ!」 

 

 陣をどんどん突破していき、神殿の入り口が見えた。

 レギアスは自分の魔力で輸送車の前方に障壁を生み出す。

 オルガは輸送車を全速力で入り口の扉に突撃する。

 輸送車は勢い良く乗り上げ、扉を破って神殿に侵入した。

 レギアス達はすぐに輸送車から降り、レギアスが入り口の天井を手から放った魔力で崩し、入り口を塞いだ。

 

「よし、これで時間を稼げる。今の内に駆け上がるぞ!」

 

「大将!」

 

 オルガが叫び、レギアスは剣を魔法で出現させて振り向く。

 神殿内の至る所にデーマンがいた。

 獣型、人型、飛行型、異形型、あらゆる種類のデーマンがレギアス達を睨み付けている。

 大きさも小型から大型まで揃っている。

 

「レギアス、あれは?」

 

 アナトはデーマンの大群の後ろにある壇上を指す。

 壇上は白い魔力の光で輝いており、一際存在感を放っている。

 

「あれは転移装置だ。各階層をあれで移動するようだな」

 

「確証は?」

 

「勘だ」

 

 そう自信満々でレギアスは答える。

 アナトはニィっと笑い、前に出て剣を構えた。

 

「よし、なら行こう」

 

「フン、てっきり馬鹿が、とか言われると思ったんだがな」

 

 レギアスも前に出てアナトの隣に立ち、剣を漆黒の刃に変えて構えた。

 オルガとベールも爪牙と弓を持ち、臨戦態勢に入る。

 

「一気に駆け抜けるぞ! 全力で走れ!」

 

 レギアス達は駆け出す。

 同時にデーマン達も襲い掛かる。

 先頭にレギアスとアナトが立ち、その後ろにベール、最後尾はオルガが務める。

 レギアスとアナトが襲い来るデーマン達を薙ぎ払い、ベールは矢で離れたデーマンを射貫く。

 オルガは後ろ側から襲い来るデーマンを、雷撃の爪牙で打ち払う。

 四人の中で体力が一番少ないベールを守り、ベールの矢でレギアス達と対峙する敵を減らしていく。

 今の階層で一番大型で人型のデーマンが転移装置の前に立ちはだかり、レギアス目掛けて拳を振り下ろす。

 レギアスはその拳を左拳で殴り止めた。鈍い衝撃音が鳴り響き、デーマンの動きが止まる。

 その隙にアナトがレギアスの横から飛び出し、デーマンの腕を剣で輪切りにする。

 デーマンは悲鳴を上げようとするが、その前にベールが矢で頭を射貫いて絶命させる。

 四人は一斉に転移装置に跳び込み、次の階層へと移動する。

 移動した次の階層にはデーマンの群れは無い。

 しかし大型のデーマンが三体佇んでいる。首の無い大きな巨人だ。手には巨大な剣。

 

「ゴライアスか」

 

 レギアスが巨人の名前を呟く。

 ゴライアスは首が無いのだが、どうやってか咆哮を放ち、レギアス達へ突撃する。

 ベールが矢を放つが、ゴライアスの堅い皮膚に弾かれてしまう。

 

「堅い……!」

 

「全員、魔力を練り上げろ!」

 

「ああ!」

 

「はい!」

 

「おう!」

 

 レギアス、アナト、オルガはそれぞれゴライアスとぶつかる。

 ゴライアスの剣は重く、受け止めることなど通常はできやしないが、レギアス達は普通ではない。レギアスとオルガは純粋な力で、アナトは身体強化した力で剣を受け止める。

 三者三様にゴライアスの剣を跳ね返し、三人で三体のゴライアスへ反撃していく。

 ゴライアスの動きは鈍く、三人の攻撃は全て直撃していく。

 ゴライアスの防御力は大した物で、三人の攻撃を受けても後ろに退いていくだけで浅い傷しか付かない。

 それでも三人は攻撃の手を緩めず、ゴライアスを後ろへ後ろへ下げていく。

 

「堅ぇなおい! だがっ! これならどうだ!」

 

 オルガの爪牙から雷撃が発する。

 雷に如き速度でゴライアスの身体に拳と蹴りを叩き込んでいく。

 雷撃の爪牙はゴライアスの肉を裂き、骨を砕く。

 そして、ゴライアスの心臓に狙いを定めた。

 

「我流秘技――迅雷・絶掌(ぜっしょう)!」

 

 雷撃の掌底がゴライアスの心臓部分を打ち、雷撃がゴライアスを穿つ。

 ゴライアスは膝から崩れ落ち、倒れると同時に雷と共に破裂した。

 そしてアナトが対峙するゴライアスも、アナトによって剣を叩き落とされる。

 アナトは魔力を脚へと集中させ、ゴライアスの下に滑り込んだ。

 

「フンッ――!!」

 

 アナトの渾身の蹴り上げにより、巨人であるゴライアスは宙へと舞う。

 アナトの身体強化だからこそ為せる豪快な技だ。

 その華奢に見える脚で蹴り上げられたゴライアスは空中で無抵抗になる。

 

「姉さん!」

 

「っ――!」

 

 ベールの魔力が高まる。ベールの身体から紅い魔力が溢れ出る。

 紅い魔力の矢が錬成され、崩れ落ちたゴライアスに狙いを定める。

 

「力を貸して、ティアマト――いっけぇえ!」

 

 ベールの気合いと共に放たれた矢は炎の鳥と化して飛翔する。

 炎の鳥がゴライアスに直撃すると、爆炎となってゴライアスを喰らう。

 爆炎に喰われるゴライアスの下で、アナトは魔力を込めた剣を振り上げる。

 

「見様見真似だ――喰らえ、白龍破(はくりゅうは)!」

 

 振り下ろされた剣から白銀の魔力が衝撃波を生み出しながら放たれる。

 レギアスの技、闇竜破を真似た魔力の収束砲だ。

 白銀の閃光はゴライアスを呑み込み、塵一つ残さず消失した。

 

「さて、そろそろお前も、兄弟の所へ逝きな」

 

 レギアスは目の前で膝をつき、血を流しているゴライアスに言い放つ。

 ゴライアスは震える身体で立ち上がろうとするが、ブルブルと震えるだけだ。

 漆黒の剣を肩に担ぎ、レギアスはゴライアスの前に立つ。

 剣を上に掲げ、漆黒の魔力が暴風のように吹き荒れる。

 

「失せろ――闇竜破!」

 

 ゴライアスはレギアスの一撃により消滅する。

 全てのゴライアスを撃退し、レギアス達は先へと進む。

 奥にあった転移装置に跳び込み、次の階層へと移動した。

 

 

 

 転移した場所は外だった。どうやら一気に屋上へと飛ばされたらしい。

 そして、此処が目的地であっているようだ。

 屋上にはミドガルズオルムを模した像があり、その下に祭壇がある。

 その祭壇の上に、輝きを失った宝玉が置かれていた。

 あれがミドガルズオルムの武具なのだろう。

 それを証明するように、祭壇の前に騎士が佇んでいる。

 全身を白金の騎士甲冑で包み、まるでその姿は守護騎士だ。

 守護騎士はレギアス達を感知すると兜から覗かせる金色の瞳を光らせる。

 ミドガルズオルム神殿の魔力を吸い上げ、守護騎士は変身する。

 

「へぇ……これは、手強いか……?」

 

 レギアスは守護騎士の強さを感じ取り、思わず唾を飲み込む。

 守護騎士はその身を先程のゴライアスよりも大きくし、背中からは二枚の翼を生やした。

 その翼の形状は鳥のものでも虫のものでもない。

 アナトはその翼の形状に見覚えがあった。

 何故ならそれは、マスティアの守護竜の翼とそっくりだったからだ。

 

「ドラゴン……!?」

 

「おいおいマジかよ……!?」

 

「凄い……魔力……!」

 

「……違う。あれはドラゴンの魔力を吸っただけのデーマンだ」

 

 レギアスは剣を振り払い、守護騎士から放たれる魔力を斬って拡散させる。

 それによりアナト達は重圧から解かれる。

 

「気を引き締めろ。アレは強いぞ」

 

「……だが、勝つんだろ?」

 

 アナトはレギアスの隣に立って不敵に笑ってみせる。

 オルガも拳を叩いて笑っている。

 ベールは緊張しているが、その瞳には闘志が宿っている。

 そんな三人に、レギアスは静かに笑う。

 

「行くぞ!」

 

『おう!』

 

 ミドガルズオルムの武具を懸けた、最後の戦いの火蓋が切って落とされる。

 

 

 

 

 



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第21話 四大竜王・ミドガルズオルム神殿 2

 

 最初に仕掛けたのは守護騎士だ。

 守護騎士は翼を身体の前に折り畳み、弾丸のように回転しながら突撃する。

 

「散れ!」

 

 レギアス達はその場から跳び退く。

 ベールはアナトに抱えられて一緒に下がる。

 守護騎士はレギアス達が立っていた場所に着弾すると翼を広げ、更に両手に剣を出現させて振り払う。

 レギアスは守護騎士から放たれる衝撃波を剣で振り払い、守護騎士に斬り掛かる。

 守護騎士は俊敏な動きでレギアスの剣に合わせて斬り合う。

 剣戟の音が鳴り響き、火花が散る。

 守護騎士がレギアスと斬り結んでいる隙に、その背後からアナト達は攻撃を仕掛ける。

 守護騎士はアナト達に反応し、片手でレギアスに対処し、もう片方の手でアナト達を相手取る。

 アナトの剣を捌き、オルガの拳を翼でガードし、ベールの矢を飛んでかわす。

 

「コイツ速い上に堅ぇぞ!」

 

「体勢を崩して特大の一撃を与えるしかない!」

 

「だったら大将、時間を稼いでくれ!」

 

 オルガは守護騎士から一度離れ、右拳に魔力と雷を込めていく。

 体内の魔力だけでなく、周囲の魔力も巻き込み、力を溜める。

 守護騎士はオルガの危険性を察し、オルガを阻止しようと試みる。

 だがレギアスがそうはさせない。

 レギアスは剣から魔力の刃を守護騎士へと放ち、進行を阻害させる。

 ベールの矢が雨のように守護騎士に降り注ぎ、守護騎士は翼で身体を覆ってそれを防ぐ。

 そしてアナトが守護騎士の懐に潜り込み、剣を横薙ぎにする。

 守護騎士は地面を蹴り、翼を広げて上空に逃げようとする。

 だが、守護騎士の両脚をレギアスとアナトが掴む。

 手が守護騎士の脚にめり込み、巨体である守護騎士が上空に逃げるのを止めたのだ。

 

「それは――」

 

「――駄目だろ」

 

 レギアスとアナトの怪力により、守護騎士は地に引き摺り下ろされた。

 地面に叩き付けられるようにして引き摺り下ろされた守護騎士は、地面に接触する前に身体を回転させてレギアスとアナトを振り払い、膝をついた状態で着地する。

 

「おい――」

 

 だが既にオルガの準備は完了していた。

 守護騎士の真っ正面にオルガが雷撃を纏った拳を引いて立っていた。

 守護騎士は翼と剣でガードの体勢に入る。

 オルガはニヤリと笑う。

 

「我流奥義・改――アスラ・ゼロ・インパクト!」

 

 オルガの雷撃が守護騎士の翼と剣に叩き込まれる。

 ほんの一瞬の競り合いの後、オルガの拳から極大の雷爆が巻き起こる。

 守護騎士を雷爆が呑み込み、守護騎士の翼と剣を穿ち後ろへと突き抜ける。

 それにより、守護騎士の剣が一本、翼が片方、そして守護騎士の鎧が砕け散る。

 

「――へっ」

 

「オルガ! 下がれ!」

 

「っ!?」

 

 オルガに巨大な拳が叩き込まれる。

 オルガは反射的に魔力で防御力を高めて一撃を受け止めるが、血を吐きながら屋上の壁まで吹き飛ばされる。

 剣を折られ、翼を片方もがれ、鎧が砕けてなお、守護騎士は健在だった。

 否――寧ろ力が増している。

 

「オルガ!」

 

「だい――丈夫だっ!」

 

 壁から飛び出し、オルガは口から血を吐き捨てる。

 頭から血が流れているが、魔力の活性で治癒していく。

 

『ウォォォォォォォオオ!!』

 

 兜が割れ、蜥蜴のような顔が現れる。

 空間を振動させる程の咆哮を上げ、守護騎士はもがれた翼を再生した。

 更にもう一対の翼を生やし、魔力が高まっていく。

 

「チッ、鎧は枷だったか……」

 

「レギアス、どうするんだ?」

 

「……」

 

 レギアスは考える。守護騎士の強度は高い。それはオルガの一撃で証明されている。

 守護騎士を倒すにはあの強度を突破しなければならない。

 堅い、速い、重いの三拍子が揃っている守護騎士にレギアスは舌打ちする。

 弱点を探そうにも、その時間が惜しい。

 

「……アナト」

 

 だから、レギアスは一つの方法を思い付く。

 アナトに耳打ちし、アナトは驚く。

 

「――それは」

 

「時間が無い。オルガはああ言っているが、奴の一撃で一気に限界まで追い詰められてる。それに、ベールも魔力の消耗が予想よりも激しい」

 

「……」

 

 アナトはオルガを見る。

 オルガは立ち上がった場所から一歩も動いていない。

 動けないでいるのだ。先程の一撃が効いているのだろう、呼吸も整えられていない。

 ベールも、矢を構えているが弓と矢を持つ腕が震えており、矢の魔力が揺らいでいる。

 

「俺の采配ミスだ。初っ端から飛ばしすぎた……すまない」

 

「……ぷっ」

 

「……おい」

 

 アナトは軽く吹き出した。クスクスと笑い、レギアスを見上げる。

 

「いや、お前が私を頼ってくれるのが面白くてな」

 

「っ……」

 

 レギアスはアナトに何か言おうとしたが、アナトが剣を正面に掲げたことにより遮られる。

 

「だが……嬉しいぞ」

 

「……ったく」

 

 レギアスもアナトが掲げた剣に被せるようにして剣を掲げる。

 背中合わせになり切っ先を守護騎士に向ける。

 二人の魔力が急速に高まり、黒と白の魔力が混ざり合う。

 

「くっ……がっ……!?」

 

 アナトが苦悶の声を漏らす。膨大な魔力消費に身体が悲鳴を上げている。

 だがそこにレギアスの魔力が流れ込む。それにより、アナトの身体が軽くなる。

 

(暖かい……)

 

 アナトはレギアスの魔力を胸の奥で感じる。

 暖かく、力強く、優しい、けれど何処か寂しさを感じる魔力。

 アナトはその寂しさを包み込むように、自身の魔力を混ざり合わせていく。

 

『グルァァァァァァアアッ!!』

 

 守護騎士は吠え、レギアスとアナトに飛び掛かる。

 だが守護騎士に前に、オルガが立ち塞がる。

 

「ベール様ぁぁぁぁぁあ!!」

 

「〈彼の者に悪しき者を貫く刃を与えなさい!〉――ブースト・ファング!!」

 

 満身創痍のオルガに、ベールは詠唱を加えた強化魔法を施す。

 ベールは最後の魔法だったのか、その場に崩れ落ちて膝をつく。

 ベールの魔法を受けたオルガは己で振り絞れる魔力を全力で練り上げる。

 守護騎士は邪魔をするオルガに剣を振り下ろす。

 

「ぅぉぉぉぉおおおおお!!」

 

 剣はオルガの左拳によって砕かれる。同時にオルガの左拳から砕ける。

 守護騎士はオルガに拳を振り下ろす。

 オルガの目が鋭くなり、右拳の魔力が輝く。

 

「我流奥義――絶拳(ぜっけん)・アラストォォォォルゥゥゥ!!」

 

 雷撃の拳が守護騎士の腹に叩き込まれた。

 衝撃と爆音が破裂し、肉と骨が砕ける音が守護騎士の中で木霊する。

 守護騎士は身体をくの字に折り、オルガの拳はそのまま突き進む。

 

「ドォォォラァァァァァァァアアッ!!」

 

 雷の閃光と共に、守護騎士は上空に吹き飛ぶ。

 上空に打ち上げられた守護騎士は、眼下で輝く魔力を目にする。

 黒と白が、守護騎士を見上げていた。

 

「決めるぞ! アナト!」

 

「ああ! レギアス!」

 

 レギアスとアナトの剣が上空の守護騎士に向けられる。

 二人の魔力が一気に解放される。

 

『喰らいやがれ! 絶牙(ぜつが)双竜破(そうりゅうは)!!』

 

 直後、天空へ二体の竜が昇った。

 黒と白の魔力が天空へと放たれ、守護騎士を呑み込み、天を穿つ。

 けたたましい衝撃音と衝撃波を生み出し、やがて天へと昇った光は消える。

 光の中から守護騎士の姿が現れることはなかった。

 魔力を放ち終えたアナトは力が抜けるように倒れかけたが、レギアスが抱き抱えて受け止める。

 

「し……しんどい……っ!」

 

 アナトは汗を大量に流し、今にも倒れそうな程に体力を消耗している。

 だがその様子とは裏腹に、何処かスッキリとした表情を見せる。

 

「よく耐えたよ……頑張った」

 

「へ、へへ……」

 

 レギアスの労いの言葉に、アナトは親指を立てて応える。

 アナトをゆっくりと座らせたレギアスは、祭壇に置かれている宝玉へと近づく。

 ミドガルズオルムの武具を、帝国軍が来る前に回収しなければならない。

 レギアスは光を失っている宝玉の前に立ち、手を剣で切って血を宝玉に垂らす。

 すると宝玉が強い光を放ち、祭壇から浮かび上がる。

 

 この状態なら自分でも回収できると、レギアスは宝玉に手を伸ばす。

 

「――ハァイ、そこまでぇ」

 

「っ――!?」

 

 レギアスは瞬間的に剣を後ろに振り抜く。

 後ろに現れたソレを斬るよりも先に、レギアスの腹を剣が貫いた。

 

「がっ――」

 

 レギアスを貫いた剣を握っているのは、帝国のドラゴンを名乗るゲディウスだった。

 

「大将!」

 

「レギアス様!」

 

「レギアス!」

 

 ゲディウスは後ろのアナト達に向けて片腕を振り払う。

 それだけで衝撃波が発生し、向かってくるアナト達を吹き飛ばした。

 

「まぁまぁ、そう慌てるな。コイツはこれぐらいじゃ死なないんだろ?」

 

 グリグリと剣を捻じ込み、レギアスは苦悶の表情を浮かべる。

 

「痛いか? 痛いだろう? 俺様特製の魔法だ。お前でも痛かろう」

 

「て、めぇ……!」

 

「それにしても、あんな木偶の坊に何手子摺ってんだ? それでもドラゴンの血の持ち主か?」

 

「ぐっ――」

 

 ゲディウスはレギアスを刺している剣を持ち上げ、ミドガルズオルムの石像に突き刺してレギアスを貼り付けにする。

 それから浮かんでいる宝玉に手を翳し、宝玉はゲディウスの手に吸い込まれてた。

 

「ご苦労さん。覚醒した武具はドラゴンなら誰でも扱えるが、覚醒させるには純血のドラゴンじゃ不可能だった。俺の血を人間共に持たせ、人間の生き血と魔力を使って覚醒させるつもりだったが、お前のような奴がいてくれて、いやぁ助かった。態々下等種族共に血を渡すのは反吐が出るほど嫌だったからな」

 

 ゲディウスはオルガとベールにも手を翳す。

 すると二人からティアマトの弓とヴリトラの爪牙が光となってゲディウスに取り込まれる。

 

「ふぅむ……俺が使うには少し人間の魔力が混ざり過ぎてるな。まぁ、触媒としては問題あるまい」

 

 さて、と――。

 

 そう呟くゲディウスは魔力の消耗とゲディウスの一撃で気を失いかけているアナトへと近づいていく。

 

「ゲディウス! 待て!」

 

 レギアスは嫌な予感がしてゲディウスを止めようとするが、剣が抜けない。

 ゲディウスの魔法によって固定されているようで、ビクともしない。

 その間にもゲディウスはアナトへと近づく。

 

 だが、そこにベールが割り込むようにして立ち塞がる。

 ティアマトの弓を失い、魔力も失い、意識を保っているだけで精一杯のベールが、アナトを守ろうと、アナトが持っていたナイフをゲディウスに向ける。

 

「アナトに……妹に近づかないで……!」

 

「一度しか言わん。退け、人間。貴様に用は無い」

 

「いや、よ……!」

 

「そうか」

 

 グサリ――。

 

 ベールの腹に、ゲディウスの魔力で精製された剣が突き刺さる。

剣はベールを貫き、ベールの足下に夥しい量の血が流れ落ちる。

 その光景を目にしたレギアスは、頭の中が真っ白になる。

 ゲディウスはベールを横に放り投げ、ベールは地面を転がる。

 

「――――」

 

 地面に転がり、血を流し動かないベール。

 レギアスはただそれを見つめていた。

 いつも明るい笑顔を見せていたベールが、血の海に沈んでいる。

 

 レギアスのナニかがキレた。

 

「ぅぁぁぁぁぁぁあぁああああぁぁあああッ!!」

 

「ァン?」

 

 レギアスから暴力的なまでに黒い魔力が溢れ出し、ゲディウスの魔法が施された剣を破壊して拘束から脱する。

 そして剣を振るうことも忘れ、ゲディウスに飛び掛かる。

 アナトを肩に担ぎ上げていたゲディウスは、突然のレギアスの行動に目を見開く。

 

「貴様ァァアァァァァァアアァァァ!!」

 

「おいおい……冗談だろ?」

 

 ゲディウスは咄嗟に魔力障壁を前方に展開し、レギアスの拳を受け止める。

 レギアスの一撃は障壁にヒビを入れる程度に抑えられたが、ゲディウスは驚愕する。

 

「俺の魔力に傷を……!?」

 

「ゲディウスゥゥゥゥゥゥウ!!」

 

 レギアスは再び障壁を殴る。

 障壁は硝子のように割れるが、ゲディウスはアナトを担いだまま上空へと飛んでしまう。

 レギアスは追い掛けるようにして跳び上がるが、ゲディウスが魔法で召喚した複数の魔導騎士によって地面に叩き落とされる。

 魔導騎士らはレギアスに剣を突き刺して地面に張り付けていく。

 だがレギアスは目を至極色に強く輝かせ、魔力の衝撃波を飛ばして魔導騎士らを粉々に破壊する。

 ゲディウスはレギアスの様子を上空から観察し、息を呑む。

 

「ドラゴンの血と魔力の暴走……? いや、それにしては人の身を保てている?」

 

 ゲディウスはレギアスに身に起こっている現象が分からず、ニヤリと口元を歪める。

 

「面白い……面白いぞ! 貴様、名は何だ? 待て、確かレギアスと呼ばれてたか? レギアス! 嗚呼、レギアス! 貴様に俄然興味が湧いた! 此処で殺すつもりだったが気が変わった!」

 

 ゲディウスは背後に緑の魔方陣を出現させた。

 逃げる気だ、とレギアスは本能で理解し、ゲディウスからアナトを取り返そうと迫る。

 だが行く手を数多の魔導騎士が遮り、前に進めない。

 

「貴様には相応しい場所を用意してやろう! 竜の塔だ! そこへ来い! そこで待っててやる!」

 

「待ちやがれぇぇえ!」

 

 魔導騎士を吹き飛ばし、魔方陣へと消えていくゲディウスに飛び掛かる。

 

「アナトォォォォォォォオ!!」

 

 弱々しく手を伸ばすアナトの手を掴もうとする。

 

 だが、無情にもレギアスの手は届かなかった。

 レギアスの手は宙を切り、ゲディウスとアナトは姿を消した。

 何も掴めず着地したレギアスは、怒りのあまり地面を殴り付けた。

 

「クソォォォォォォォオ!!」

 

 地面は広範囲に砕け散り、レギアスの魔力は四散した。

 

 その時、悔しがるレギアスの前に、コロコロと白い水晶が転がる。

 それはアナトが身に付けていたアーシェの形見である白水晶の首飾りだ。

 レギアスはそれを手に取り、強く握り締める。

 

「大将! おい大将! ベール様が!」

 

「っ、ベール!」

 

 レギアスはオルガに抱えられるベールの下へ駆け付ける。

 ベールは生きている。弱々しく呼吸をしながら、まだ心臓が動いている。

 だが出血が酷く、指されている場所も急所で、それは致命傷になっている。

 

「っ……」

 

 このままではベールは助からない。

 レギアスは最悪な未来を予見する。

 

「大将! 何とかならないのか!?」

 

「……ある。方法はある」

 

 レギアスはベールの傷口に手を当て、自分の魔力を流し込む。

 ベールは苦しそうに呻き声を上げるが、ベールの傷口は見る見る内に塞がっていく。

 

「大将……これは……」

 

「……お前がやって見せた再生の技だ。だが俺の魔力を強引にベールの魔力に変換させての荒技だ。ただの人間の魔力ならともかく、ドラゴンの魔力だ。人間の身体には負担がデカすぎる……」

 

「だが、助かるんだよな……?」

 

「……今は助かる。だが……おそらく寿命を大きく削る」

 

「……ベール様なら、感謝こそすれど恨みはしないはずだ」

 

「……イルには恨まれるだろうがな」

 

 そうこうしている内に、ベールの傷は完全に塞がった。血を流し過ぎているが、そこは魔力で補った。これも寿命を磨り減らす要因に為りかねないが、今を助ける為だと決断した。

 

「大将、これからどうしたらいい……」

 

「……アナトを取り戻しに行く」

 

「ベール様はどうするんだ? 連れて行くわけにも此処に置いていくわけにもいかねぇ」

 

 レギアスは屋上から外を見下ろす。

 神殿の周りにはゲディウスが仕組んだのであろう、大量のデーマンと魔導騎士の軍勢が取り囲んでいる。

 今にも神殿をよじ登り、レギアス達に襲い掛かろうとしている。

 アナトを助けに向かうより先に、ベールを安全な場所へと連れて行かなければならない。

 そして、オルガもボロボロだ。武具も失った以上、戦わせられない。

 レギアスは落ちている自分の剣を拾い上げた。

 

「オルガ、ベールを抱えて走れるか?」

 

「ああ」

 

「マーレイの婆さんの下に向かう。俺が退路を斬り開く。お前は輸送車を奪え」

 

「一人でか!? いくら大将でも無茶だ!」

 

「俺はやれと言ったんだ」

 

 オルガはビクリッ、と身体を震わせる。

 レギアスが本気で怒っている。レギアスの至極色の瞳が、ドラゴンの瞳に変わっている。

 

「……悪い。だが安心しろ。何があってもお前達を守るから」

 

「……分かった。どの道、それしか道はねぇんだ。任せたぜ、大将」

 

 オルガはベールを抱え、レギアスの後ろに付く。

 レギアスは眼下に広がる軍勢を見下ろし、魔力練り上げるのだった。

 

 

 

 



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第22話 仲間・人は竜を想ふ

 

 

 マーレイの都市で、ベールは目を覚ました。

 いつか見たことがある天井が視界に入り、ゆっくりと辺りを見渡す。

 ベールが寝ているベッドの傍の椅子で、オルガが眠っていた。

 ベールは妙に重い身体を何とか起こし、オルガの肩を揺さぶる。

 

「オルガ、オルガ」

 

「……ん……っ、ベール様!?」

 

 ガバッとオルガは椅子から立ち上がる。

 

「お目覚めになられたか! お身体は!? 痛むところは御座いませんか!?」

 

「大丈夫よ。少し身体が重いぐらいで……此処は?」

 

「マーレイ殿の家です。ベール様はあの男に剣で刺され、大将がベール様を治療して此処へ」

 

「刺され……っ!」

 

 ベールは目覚める前の記憶を思い出す。

 突然現れたゲディウスにレギアスが斬られ、自分もアナトを守ろうとゲディウスに刺された。

 刺された場所を手で押さえたが、傷口は無い。触った感触では、傷跡も無い。

 ベールは家の中を見渡すが、アナトの姿が無い。

 

「アナト……アナトは? アナトは何処!?」

 

「……アナト様は、奴に攫われました」

 

「そんな……!?」

 

「おやおや、起きてすぐに大声を出して……元気だねぇ」

 

 マーレイが皿を乗せた盆を手にやって来た。皿からは湯気が出ている。

 盆をオルガに持たせ、マーレイはベールを触診する。

 

「フム……まだレギ坊の魔力が身体に定着しきっていないねぇ。身体が重いだろう?」

 

「ま、マーレイ様、あの、今はアナトを――」

 

「今のアンタにできることは、そのスープを飲んで身体を休めることさね」

 

「ま、マーレイ殿。ベール様はアナト様が心配なのです。その言い方は……」

 

「こういう時はハッキリと言ってやった方が良いのさ。下手に気遣えば、この子は無理をしてでも動こうとするからねぇ」

 

 そう言われ、ベールはドキリとする。

 マーレイの言われた通り、ベールはアナトを助けに行こうとしていた。

 自分の身体がどんな状態だろうと、大切な妹のためならば、這いずってでも向かおうとした。

 ベールはオルガからスープを受け取り、ゆっくりと喉に通す。

 温かなスープが身体に活力を与えてくれる。

 一口飲めばその手は止まらず、瞬く間にスープは飲み干された。

 

「ご馳走様です」

 

「良い食べっぷりだ」

 

「……あれから、どれだけ経ったの?」

 

「丸一日です、ベール様」

 

「……レギアス様は?」

 

「大将は……」

 

 オルガは言い淀む。

 何か言い辛いことでもあるのだろうか、オルガは中々口を開かない。

 そんなオルガの代わりに、マーレイが答える。

 

「レギ坊なら、もう此処には居ないよ」

 

「え?」

 

「アンタ達を此処に連れてきたと思ったら、すぐに去って行ったさ。傷の再生も終わっていないのに、せっかちな子だよ」

 

 レギアスは、たった一人でアナトを助けに行ったのだ。

 オルガが言い淀んだのは、自分達が置いて行かれたことを、ベールにどう伝えれば良いのか分からなかったからである。

 ティアマトの弓もヴリトラの爪牙も失い、ベールに至っては戦えるほどの魔力も失った。

 仮にベールが何の不調も無く目覚めたとしても、これ以上一緒に戦うことはできない。レギアスの足手纏いになってしまう。

 オルガが此処に居るのは、ベールを一人にしない為、レギアスに残されたのだろう。

 ベールは知らずの内にシーツを握り締めた。

 この戦いは、ベールの我が儘で始まったことだ。

 だと言うのに、その当事者である自分はこうして足を引っ張り、暢気にベッドで寝ている。

 そう思うと、あまりにも情けなく、悔しい気持ちで一杯になる。

 

「……お嬢ちゃんや。レギ坊が心配かい?」

 

「心配……それもあります……。ですが、私には何も……できない……」

 

「……少し、昔話でもしようかねぇ」

 

 マーレイは魔法で一冊の本を呼び寄せた。

 何処からともなく、ふよふよと飛んできた本を手に取り、ペラリと開く。

 その本の最初のページには家族の絵が描かれていた。

 

「これはその昔、とある一族である姉弟の物語さね。世界の命運を懸けた、大きな戦いの」

 

 マーレイは語り始める。

 その昔、一人のドラゴンと一人の人間の間に二人の子供が産まれた。

 姉と弟、二人はとても仲が良かった。

 姉は父と母を尊敬し、二人の強い所を全て受け継いでいた。

 対して弟は何も受け継いでいなかった。

 だが両親も姉も、弟を愛していた。

 愛が溢れ、幸せな暮らしをしていた。

 しかし、そんな時間も終わりを迎える。

 母がドラゴンに殺され、父は行方不明になる。

 姉は弟を守る為に、そして母の仇を取る為に更なる力を求めた。

 その結果、姉は父が遺した力を使い、第二のドラゴンになろうとした。

 ドラゴンを滅ぼす為に、ドラゴンとなって全てを滅ぼそうとした。

 それを止めようとしたのは弟だ。

 弟は何も持っていなかった。

 強さも、賢さも、勇気も。持っていたのは優しさだけだった。姉を大切に想う気持ちだけだった。

 それだけを胸に、弟は強くなった。

 姉を止めたい、また仲良く暮らしたい、それだけを望んだ。

 何も持っていなかった弟は、姉を想う気持ちだけを胸に、強くなった。

 

 マーレイは本の絵を愛おしそうに撫でてから、本を閉じた。

 

「この子は誰かを想う気持ちだけで強くなった。弱虫で泣き虫、怖がりで寂しがり屋な坊やが、幾多の困難を乗り越え、今も戦っている。この子にできたんだ。お嬢ちゃんもきっとできるさ」

 

「……」

 

「後はお嬢ちゃん次第さね。時間は掛かるかもしれないがねぇ」

 

「……いいえ、マーレイ様」

 

「ん?」

 

 ベールはベッドから降りる。

 フラフラとしているが、確りと地に足を付け、立ち上がる。

 ベールの顔には、先程まで覆っていた暗い陰も憂いも無い。

 決心に満ちた、覚悟を決めた女の顔だ。

 

「想いが人を強くするのなら、お時間は掛けませんわ」

 

「ベール様……」

 

「オルガ、もう少しだけ私に付き合ってくれないかしら?」

 

「……はっ、勿論です」

 

 オルガは昨日のことを思い出す。

 レギアスが此処を出てアナトを助けに向かう直前のこと。

 身体を張って退路を開いてボロボロになったレギアスは、魔力の消耗が激しく傷の再生もままならない状態で、竜の塔に向かおうとしていた。

 その時、オルガもアナトを助けに行こうとしていた。

 だが、それはレギアスに止められた。

 

『何でだ大将!? 俺はまだ戦える!』

 

『分かってるさ。お前の強さはよく知ってる。お前の覚悟も』

 

『だったら!』

 

『ベールを一人にするわけにはいかないだろ』

 

『っ……だが!』

 

『これ以上、ベールを危険な目に遭わせるわけにはいかない。だがマーレイの婆さんのことだ。ベールを焚き付けて俺を追いかけさせるはずだ。その時、お前がベールを守れ。そして一緒に来い』

 

『大将……』

 

『先に行ってるぞ』

 

 そう言ってレギアスは竜の塔へと走って向かっていった。

 レギアスの言う通り、マーレイの焚き付けでベールは立ち上がった。

 ならば、自分はベールを守ろう。この拳で、王女を守り抜こう。

 そして、一緒にレギアスの下に行こう。

 オルガも立ち上がり、ベールの隣に立つ。

 

「……よろしい。なら、もう大丈夫」

 

「え?」

 

「言ったでしょう? ドラゴンと人間を繋げるのは深い愛情だと」

 

 マーレイは二つの何かを取り出し、二人に渡した。

 それは色が無い武具だった。

 弓と爪牙、ティアマトとヴリトラの物とは形状が違うが、正しくソレだった。

 

「マーレイ殿、これは……?」

 

「レギ坊の血と骨を触媒に作った武具さ。大昔に作ったのが残っていてねぇ」

 

「大将の……」

 

「レギアス様の……武具……」

 

「アンタ達なら、きっと使えるさ。さ、準備をし。レギ坊の所へ送るよ」

 

 二人はマーレイに急かされ、戦いの準備をする。

 その時、ベールはあることを思い出し、自分の荷物を確認する。

 荷物の中に『それ』があるのを確認して、安心する。

 準備を終えた二人は、マーレイの前に立つ。

 マーレイが指を鳴らした。

 すると、ベールとオルガの足下に魔方陣が浮かび上がる。

 魔力が溢れ出し、二人を包み込む。

 この感覚を、二人はミドガルズオルム神殿で味わっている。

 

「こりゃ……転移魔法か……?」

 

「お嬢ちゃん」

 

「はい」

 

「お嬢ちゃんの中にはレギ坊の魔力がある。それはお嬢ちゃんの命を救ってると同時に呪いでもある。だけど、お嬢ちゃんが望むなら、それは力になってくれる」

 

 ベールは自分の中に意識を集中する。

 胸の奥に、自分の物ではない、レギアスの魔力を確かに感じる。

 この魔力が自分を助けてくれている。

 ベールはそう思うと、嬉しい気持ちになる。

 

「……はい、心得ました」

 

「坊ちゃん」

 

「おう」

 

「坊ちゃんはとっくに覚悟が決まってるようだから、これだけ言っておくわ。レギ坊をよろしくね。あの子、お友達少ないから」

 

「……当然だ。そうだ、さっきの話の結末なんだが……。弟は姉を止めることができたのか?」

 

 マーレイは少しだけ驚いた表情になり、目を閉じて考える。

 ニッコリと笑い、オルガに答えた。

 

「それはレギ坊に聞きなさい。事を全部終わらせてからね」

 

「へっ、肝心なところを言わないのは、マーレイ殿に似たんだな、大将は」

 

「さぁ、いってらっしゃいな。今度は皆でおいで。美味しいお茶を用意しておくからねぇ」

 

 ベールとオルガは魔方陣の魔力に包まれ、姿を消した。

 二人を転移させたマーレイは椅子に腰掛け、本を開く。

 家族の絵を眺め、頬を緩める。

 

「……まったく、アンタ達は家族揃って私に世話を焼かせるんだから」

 

 そのままマーレイは穏やかに眠りについた。

 久しぶりに昔話をしたからだろうか、夢の中では若かりし日の記憶を覗いていた。

 

 

 

 マーレイによって二人は竜の塔に転移された。

 転移された場所は、竜の塔と呼ばれるであろう、天高く聳え立つ塔の下だった。

 その塔の周りに、デーマンの大軍勢が蠢いている。

 デーマンだけではない。帝国軍の機械騎士と魔導騎士もいる。

 この大軍勢を突破しなければ、竜の塔に入れない。

 

「ベール様、私の後ろから離れないでください」

 

「ええ。後ろは任せて」

 

 オルガはマーレイから貰った爪牙に魔力を流す。

 すると、色が何も無かった爪牙に輝きが現れる。

 ヴリトラの爪牙と色合いは同じだが、そこから発生する雷の色は至極色だ。

 レギアスの瞳の色と同じ至極色の雷。

 

 ベールも、弓に魔力を流す。

 内にある自身の魔力と、レギアスの魔力に意識を向けて、それらを弓に流し込む。

 

「お願い、レギアス様……お力を、今だけ……!」

 

 弓に魔力の輝きが灯り、黒と赤の装飾が施された弓へと変貌し、至極色の矢が作り出される。

 ベールは自分の中の魔力が再び高まり、ティアマトの弓を手にした時以上の魔力を感じる。

 

 これなら戦える。

 ベールは歓喜し、弓を強く握り締めた。

 ベールは懐から母の形見である黒水晶の首飾りを取り出した。

 黒水晶は白水晶と反応しあい、互いの場所を指し示す。

 黒水晶から放たれた光は、真っ直ぐ塔の頂上へと走る。

 レギアスとアナトは、そこにいる。

 

「オルガ、時間が無いわ。一点突破で塔へと入る。いいわね」

 

「はっ!」

 

「待ってて、アナト。今、助けに行くわ!」

 

 ベールは弓を引き、矢を穿った。

 軍勢の先頭集団に命中した瞬間、魔力の爆発が起こる。

 爆発により集団の一部が崩れ、進路ができた。

 そしてオルガも、雷撃を放ち正面の敵集団を薙ぎ払っていく。

 至極色の雷撃が、二人の道を作る。

 

「走ります!」

 

「ええ!」

 

 二人は一気に駆け出す。

 開いた道を突き進んでいき、遮られたら二人の攻撃で再び道を開く。

 オルガの拳、ベールの矢が邪魔者を蹴散らしていく。

 

 最後の敵集団を突破し、竜の塔へと入った二人は、その塔の中の光景に言葉を失う。

 塔の中の壁は無数のクリスタルで埋め尽くされていた。

 そのクリスタルをよく見てみると、中に何かが閉じ込められている。

 それはデーマンのように見え、人間のようにも見える。

 その中の何かが、塔に魔力を流している。

 

「これはいったい……!?」

 

「ベール様、あれを。どうやら、転移装置のようです」

 

 床の中心にミドガルズオルム神殿で見た転移装置と同じものがある。

 あれに乗って塔の頂上に行くようだ。

 上を見たところ、階層があるようには思えない。

 一度の転移で頂上に到達できそうだ。

 二人は意を決して転移装置に飛び乗り、転移を実行した。

 

 転移した先は、塔の頂上だった。

 そこで最初に目にしたのは衝撃的な光景だった。

 

 剣は砕け、代わりに幾つもの剣と槍が身体中に突き刺さり、トレードマークだったコートも見る影も無く、血溜まりの中で立ち続ける、レギアスだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第23話 決戦・竜の塔で

 

 

 

 レギアスはオルガとベールをマーレイに預け、竜の塔へと辿り着いた。

 竜の塔は天を支える柱のように聳え立っている。

 塔を守るようにして、デーマンの大軍勢がレギアスを待ち構えていた。

 今までの戦いで出会ってきた全ての種類のデーマンに加えて帝国の魔導騎士もいる。

 いや、魔導騎士はデーマンを改造したモノであるから、結局はアレもデーマン。

 これ程の大軍勢のデーマンを統率できるのは、ドラゴンしかいない。

 ゲディウスが、あの塔の頂上で待ち構えている。

 アナトが、そこで待っている。

 レギアスは身体の再生でかなり消耗している魔力を振り絞り、愛剣である白銀の大剣を握る。

 首に掛けた白水晶を感じながら、塔の頂上を見据える。

 

「待ってろ、アナト。今度こそ、守ってみせる」

 

 レギアスは駆け出す。大軍勢に向かって大剣を振り下ろす。

 漆黒の魔力が吹き荒れ、衝撃波となって地を走る。

 衝撃波はデーマンの先頭集団に直撃し、レギアスの先制攻撃が決まる。

 

「退けぇぇぇえ!!」

 

 レギアスは慟哭と共に斬り込み、竜の塔を目指す。

 四方八方からデーマンらがレギアスに襲い掛かり、レギアスはそれらを剣で薙ぎ払っていく。

 小型のザコには構わず、進路上で邪魔になるデーマンだけを斬り捨てる。

 大型のデーマンが立ちはだかる際には、構わず魔力による攻撃を与え、一撃で撃滅する。

 しかし塔までの距離と、デーマンの軍勢の多さに徐々に手子摺り始めて行く。

 デーマンの攻撃を防ぎきれず傷を負っていく。

 剣を振り回す魔導騎士の一撃を剣で受け止め、競り合いに持ち込まれる。

 その隙を狙い、他のデーマンらがレギアスに爪を、牙を突き立てる。

 それらはレギアスの肉体を貫くが、レギアスはそれを気にせず、力任せに剣を横薙ぎにする。

 その一振りで周囲のデーマンは両断され、レギアスは前に進む。

 すぐさま別のデーマンの集団がレギアスに攻撃を仕掛ける。

 

「退けと、言ったァ!!」

 

 レギアスの両腕と剣に魔力が渦巻く。

 

「闇竜破!」

 

 漆黒の斬撃が集束砲となって放たれる。

 一直線に魔力が駆け抜け、その射線にいたデーマンが全て消滅する。

 正面に出来上がった突破口を、デーマンらは塞ごうとする。

 だが、それを許すレギアスではない。

 両腕に魔力を渦巻かせたまま近くのデーマンを掴み上げ、魔力を開放する。

 そして道を遮ろうとするデーマンらに魔力ごとデーマンを投げつける。

 

「吹き飛べ!」

 

 魔力の衝撃波により敵集団が再び吹き飛ばされる。

 軍勢の体勢が崩れている内にレギアスは前へと進む。

 体力、魔力の消耗が激しく、レギアスは既に肩で息をしている。

 だが此処で立ち止まるわけにはいかない。時間を掛けるわけにもいかない。

 時間をかけてしまえば、ゲディウスがアナトに何をするのか分からない。

 レギアスは全力で塔へと向かう。

 デーマンらを薙ぎ払い、やっと塔の入り口に辿り着く。

 入り口である門を剣で斬り開き、中へと侵入した。

 塔の中に入ったレギアスは驚愕する。

 塔の内側の壁全てがクリスタルで埋め尽くされていた。

 しかも、そのクリスタルの中にはデーマンにも人間にも見える生き物が閉じ込められている。

 

「……ドラゴン」

 

 レギアスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、そう呟く。

 クリスタルに閉じ込められているのは、全てドラゴンなのだ。

 人間のような外見をしているが、レギアスには分かる。

 全員、ドラゴンであると。

 ドラゴンはクリスタルに閉じ込められながら、己の魔力を塔へと送り込んでいる。

 竜の塔は封印から目覚めている。いつでも覚醒させることができる。

 レギアスは中央に設置されている転移装置を見つけ、躊躇することなく装置に跳び込んだ。

 転移された場所は塔の屋上だった。近くなった頭上の空は淀み、雲が渦巻いている。

 そして、その屋上の中央には、大きなクリスタルに張り付けにされているアナトがいた。

 

「アナト!」

 

 レギアスは駆け寄る。

 しかし、アナトの前にゲディウスが転移で現れ、レギアスは足を止める。

 

「遅い。あんな奴らに手を焼くようでは、やはり出来損ないか」

 

「ゲディウス……! アナトに何をした!?」

 

 アナトは意識を失っている。だがその表情や魔力の流れから、ただ意識を失っているわけではないことを、レギアスは見抜いている。

 苦悶の表情を浮かべ、アナトの体内に宿る魔力はぐちゃぐちゃに、まるで塗料を適当にバケツにぶち込んだだけのように混ざり合って乱れている。

 

「竜王の武具を全て、コイツに取り込ませた」

 

「なんだと……? 貴様ァ……!」

 

 レギアスは内心焦る。

 

 本来、魔力というモノには特定の波長があり、血筋によって受け継ぐモノはあるが、その個人だけのモノだ。他人のモノを身体に入れるということは、身体にどのような変化を与えるのか予測できない。

 レギアスがベールに己の魔力を注いで治癒したのは、レギアスがベールの魔力の波長に己の魔力の波長を限りなく合わせることができたが故だ。

 それでもベールの身体にレギアスの波長を有した魔力を持つことになり、それが馴染むまで安全とは言えない。

 

 だというのに、ゲディウスはアナトに何の調整もしないまま、竜王の武具、即ち竜王の魔力そのものをアナトに取り込ませた。

 

 今、アナトは体内で暴れ回る魔力に苦しみ、激痛も伴っているはず。

 放置すればアナトの身体が持たない。

 だがゲディウスはレギアスに安心するように言う。

 

「安心しな。コイツが巫女の力を持ってるなら、死にはしねぇよ。ま、死ぬほどの苦しみはあるだろうがな」

 

「ゲディウス……お前は何が望みなんだ?」

 

「望みぃ? そんなもん決まってるだろ。俺は竜王になりたいんだよ!」

 

 ゲディウスは嗤い、レギアスの問いに答える。

 

「塔の力を使って俺は四大竜王の力全てを手に入れる。お前はこの塔の使い方を知ってるか?」

 

「異界と人間界を繋ぐ装置だろ?」

 

「厳密には違う。この塔はな、新たな竜王を造り上げる場所なんだよ」

 

「どういうことだ?」

 

「竜王の力を継承させる為の装置なんだよ。この塔が異界と人間界、つまりこの世界エイラスを繋げるのではない。新たな竜王が異界と人間界を繋げるのだ」

 

 ゲディウスは魔法を発動した。

 その魔法はレギアスに幻覚を見せる。

 太古の帝国人が、帝国の守護竜の意思によって塔を建造している光景。

 守護竜が新たな竜王になろうとしていた。

 だが塔が完成し、巫女も捕らえて儀式を始めようとした所に、漆黒のドラゴンが現れる。

 巨大な二本の角、至極色に輝く鋭い瞳、全てを破壊し尽くす暗黒竜。

 暗黒竜は己の武具を奪い返し、守護竜を討ち、巫女を救い出し、塔を封印し、己の武具も含め全ての武具を封印した。

 そこで幻覚は終わる。

 レギアスはあの暗黒竜が何者なのか理解する。

 

「今のは……」

 

「暗黒竜クロウ・クルワッハ。四大竜王の最後一人。奴は武具と塔を封じた。俺はその時既にクリスタルに封じられていたが、意識はあった。屈辱的だった……人間界に落ち延びた野郎の踏み台として使われたこともそうだが、何より俺をクリスタルに閉じ込めたクルワッハが憎い!」

 

 ゲディウスはアナトの髪を乱暴に掴み、顔を上げさせる。

 アナトは声を漏らし、苦痛に顔を歪める。

 

「ゲディウス!」

 

 レギアスは駆け出そうとするが、ゲディウスの魔法による魔力攻撃により足を止められる。

 ゲディウスは下卑た笑みを浮かべてアナトを見つめる。

 

「だがまぁ、その屈辱を味わっただけはある。目覚めた時には帝国で胡座かいてる野郎は力を失い、俺は好きに動ける。俺が竜王の力を得られるんだからよ。その為にはお前にうんと働いてもらわないとなぁ」

 

「貴様ァ……!」

 

 レギアスが今まで見せたことのない怒りの形相を見せる。

 魔力も高ぶり、その余波だけで屋上全体に亀裂が走る。

 ゲディウスはアナトの髪を離し、レギアスへと向き直る。

 その表情は嗤っていた。

 

「ところで、分かってるのか?」

 

 ゲディウスは背後に幾つもの魔方陣を展開し、更に両手に剣を生み出す。

 レギアスは刃を漆黒に染め上げて構える。

 

「何がだ?」

 

「この女の中では『竜剣(りゅうけん)』クルワッハが目覚めようとしている」

 

「なっ……!? 『竜剣』が……!?」

 

「そう、あの『竜剣』だ。この女には武具の他にクルワッハの血を打ち込んだ。つまり、コイツの中で他の竜王の力を得た新たな『竜剣』が産まれようとしている。二つの世界を繋げ、別つこともできる力だ。そんな力を抜き取られたら――死ぬだろうなぁ」

 

 レギアスは地を蹴った。ゲディウスに一瞬で肉薄する。

 剣を振るいゲディウスをアナトから遠ざけようとする。

 だがゲディウスはレギアスの剣を軽々と受け止め、レギアスを押し返す。

 ゲディウスの背後の魔方陣から地水火風の魔力が発射され、レギアスを呑み込んで爆発する。

 レギアスは爆煙の中から飛び出し、ゲディウスから距離を取る。

 

「さぁ! 『竜剣』が完成するまで、まだ時間がある! 俺を愉しませろ!」

 

「ほざけ! 貴様を殺し、アナトを連れ帰る!」

 

 二人は同時に駆け、剣と剣を交える。

 レギアスは魔力を滾らせ、暴風の如き一撃を振るっていく。

 対してゲディウスは二本の剣を振るい、同時に背後の魔方陣から地水火風の魔法攻撃を射出していく。

 レギアスは魔力でゲディウスの魔法攻撃を相殺していく。

 爆発と衝撃で屋上は破壊されていく。

 

「そらぁ! そんなもんじゃねぇだろ!」

 

「喧しい!」

 

 ゲディウスは剣を地面に突き刺し、雷をレギアスに向けて走らせる。

 レギアスも剣を振るい、魔力の衝撃波を放つ。

 二つの力は相殺し合い、ゲディウスは目に見えて嬉しそうにする。

 

「いいぞ! いいぞ! 竜王になるまえの余興に相応しい! だがもっとだぁ!」

 

 ゲディウスは両腕を広げ、巨大な魔方陣でレギアスを取り囲む。

 

「〈圧壊せよ大地の怒り〉、グランドプレッシャー!」

 

 ズゥゥン、と鈍い音を鳴らし、魔方陣に取り囲まれたレギアスに圧力が加えられる。

 空間そのものが潰れされていく中、レギアスは魔力を放出して力技で強引に魔方陣を破壊する。

 

 ゲディウスは攻撃の手を緩めない。

 

「〈刺し穿て大地の牙〉、グランドクウェイク!」

 

 今度は地面から岩の槍が何本もレギアスに向かって突き出される。

 レギアスは突き出される槍を走って避けていき、避けきれない物は剣で斬り裂いて防ぐ。

 

「〈焼却せよ灼熱の業火〉、バーンブラスト!」

 

 レギアスの足下に魔方陣が展開され、炎の柱が天を貫く。

 だがレギアスは炎を剣で斬り裂き、ゲディウスの前に一瞬で移動する。

 ゲディウスの首を狙い剣を振るう。

 レギアスの剣がゲディウスの首を刎ねるより早く、ゲディウスは障壁を展開して剣を防ぐ。

 

「おおおおおお!」

 

「なにっ!?」

 

 だがレギアスの剣は止まらず、障壁を斬り裂いた。

 剣はゲディウスの首を刎ねることは叶わなかったが、ゲディウスの顔に傷を付けた。

 レギアスはもう一度剣を振るおうとするが、ゲディウスは魔力を瞬間的に放出し、レギアスを吹き飛ばす。

 レギアスは少し離れたところまで飛ばされ、ゲディウスは斬られた顔を手で押さえる。

 手を離した時には既に傷が再生していた。

 

「おのれぇ……! ヘッ、やるじゃねぇか。だが俺は愉しませろと言っただけで、傷付けろとは言ってねぇぞ」

 

 ゲディウスの目がドラゴンの目に変わる。

 魔力の質も変わり、レギアスはハッとして剣に魔力を集中させる。

 ゲディウスは剣を上に掲げ、魔法を使用する。

 

「〈我は断罪の代弁者、全ての悪は我に跪く、悪は裁かれ、世界は浄化される〉」

 

 ゲディウスの頭上に巨大な魔方陣が展開される。

 ゲディウスの魔力だけではなく、周囲の魔力もその魔方陣に集束されていく。

 

 あの魔法を完全に発動させてはいけない、そう理解したレギアスは魔力を更に練り上げる。

 

「〈汝を裁くは断罪剣、我が絶対なる牙なり〉」

 

「クソッ! 魔力が足りねぇ!」

 

「散れ! アブソリュト・エクセキューション!!」

 

「それでも――闇竜破ァ!!」

 

 ゲディウスの魔方陣から魔力の集束砲が放たれる。

 空間を捻じ曲げるほどの高密度な黒緑の魔力が、音を置き去りにしてレギアスに襲い掛かる。

 レギアスは苦し紛れの斬撃を放つ。

 

 しかし、それはゲディウスが放った闇に飲まれ、レギアスを呑み込んだ。

 一拍遅れての衝撃音と衝撃波が発生し、ゲディウスの攻撃は塔の一部を消し去った。

 塔を激しく揺らし、爆風がゲディウスの髪を乱す。

 魔力を撃ち切り、風と音が止んだ。

 

「ほぅ? 俺の最大の一撃を受けて尚、肉体は消滅せんか」

 

 レギアスは立っていた。

 着ていた服はボロボロに引き裂かれ、全身から夥しい量の血を流し、剣を盾にしてる姿のまま立っていた。

 意識はまだ辛うじてある。今にも止まりそうな呼吸をしながらゲディウスを睨み付けている。

 

「少々、魔力が鈍っていたか? それとも、お前の身体が頑丈なだけだったか?」

 

「――」

 

 レギアスは一歩、前に進む。

 また一歩、更にまた一歩。

 ゆっくりと、ゆっくりと前に進む。

 剣を引き摺り、おそらく殆ど何も見えていないであろう目でゲディウスを睨んでいる。

 

「……興が削がれちまった。もう、死ね」

 

 ゲディウスは魔力で形作った剣戟を宙に展開する。

 そして、それら全てをレギアスに向けて掃射した。

 剣戟はレギアスの全身を貫き、レギアスの剣も砕いた。

 レギアスはチラリと、クリスタルに繋がれているアナトに視線を移す。

 

「ぁ――ぁ――ぉ――」

 

 レギアスの視界は完全に闇に染まった。

 僅かに、自分の名を叫ぶ声を二つ聞いて。

 

 レギアスの命の鼓動は、完全に鳴り止んだ。

 

 

 

 

 

 



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第24話 決戦・竜の巫女

 

 

 

 屋上に辿り着いたオルガとベールは、血だらけのまま立ち尽くすレギアスを発見する。

 すぐさま二人はレギアスに駆け寄る。

 

「大将! っ――!?」

 

「レギアス様!?」

 

 二人はレギアスを見て驚愕する。

 レギアスから魔力を感じず、生気も感じない。

 光が灯っていない虚ろな瞳を覗かせ、レギアスは動かない。

 

「おい……大将……?」

 

「ぁ……ぁぁ……!?」

 

 レギアスが死んでいる。

 どんな敵にも負けず、窮地に陥ろうと余裕の態度を見せて潜り抜けてきたレギアスが。

 二人の目の前で死んでいる。

 オルガはレギアスの肩に手を置き揺さぶる。

 するとレギアスは糸が切れたように崩れ落ち、オルガは慌てて抱える。

 大量の血が流れ、オルガの腕を真っ赤に染める。

 ベールが震える手をレギアスに翳し、治癒の魔法を掛ける。

 傷口は癒えていくが、レギアスに生気は戻らない。

 

「無駄だ、人間。そいつは死んだ」

 

「――ぃ」

 

「ドラゴンの血が流れてるとは言え、所詮は半人。ドラゴンと戦うこと自体が愚かだった」

 

「――ぁぃ」

 

「ただまぁ、良くはやったさ。その褒美に我が牙で葬ってやったわ」

 

「うるさい!!」

 

 ベールが吠えた。

 涙を流しながら怒りの表情を浮かべている。

 歯を食いしばり、泣き喚きたいのをぐっと堪えレギアスに治癒魔法を掛け続けている。

 それが無駄だと頭で理解しつつも、目を覚まして欲しいという願望が魔法を掛ける手を止めさせない。

 

「レギアス様がアンタなんかに負けるもんですか! レギアス様がこんな所で死んだりしない!」

 

「ベール様……っ」

 

 オルガはレギアスを寝かせて立ち上がる。

 拳からギチギチと音が聞こえるほど強く握り締め、ゲディウスを睨み付ける。

 

「何だ、人間? 誰を睨んでいるのか理解しているのか?」

 

「アナト様を……返せ!」

 

 オルガから至極色の雷が迸り、ゲディウスに雷速で詰め寄る。

 全力で振り抜いた拳はゲディウスの魔力障壁によって阻まれる。

 だがオルガは止まらない。

 一歩前に足を踏み出し、もう一撃拳を叩き込む。

 ゲディウスは障壁ごと後ろへと押し出される。

 

「なに?」

 

「大将が命張ってまで戦ったんだ……。なのによぉ……何してんだよ姫様」

 

 更にオルガは拳の魔力を高める。

 その魔力の強さに、自分の身体が悲鳴を上げ拳から腕に掛けて裂傷が刻まれる。

 だがその痛みを無視し、オルガは前に踏み出す。

 

「いつまでそこで寝てんだ!! ばっか野郎ォ!!」

 

 オルガが振り抜いた拳はゲディウスの障壁を硝子のように割り、そのままゲディウスの顔面にめり込む。

 ゲディウスは雷の追撃を喰らいながら殴り飛ばされ、地面を転がる。

 その隙にオルガはアナトに近付き、クリスタルに繋ぎ止められている鎖を引き千切る。

 

「さっさと起きやがれ!! アンタは王子様に助けられるようなお姫様じゃねぇだろ!!」

 

 アナトを揺さ振り、起こそうとする。

 だが、そこへゲディウスの攻撃が放たれる。

 魔力で生み出された槍が二人に降り注ぐ。

 オルガは立ち上がり、アナトの盾になるようにして前に出る。

 魔力で障壁を展開し、槍を弾いていく。

 

「この下等種族が! よくも俺の顔に手を出したな!」

 

「うるせぇ! この蜥蜴が! これ以上、テメェの思い通りにさせてたまるか!」

 

 ゲディウスはオルガの足下に魔方陣を展開し、炎の柱を生み出す。

 だがピンポイントで狙った為か、威力が弱い。

 オルガのすぐ傍で横たわっているアナトを殺すわけにはいかなかったからだ。

 ゲディウスは舌打ちをし、魔法を止めてオルガに詰め寄る。

 

「金剛鎧殻!」

 

 ゲディウスの剣戟を硬質化させた肉体で受け止め、ゲディウスをアナトに近寄らせないようにする。

 人間であるオルガの防御力にゲディウスは驚き、不愉快な表情を浮かべる。

 

「人間が……どこまで俺の邪魔をする!」

 

「どこまででもだ! テメェに勝つまで邪魔し続けてやる!」

 

「おのれぇ!」

 

 オルガはゲディウスの攻撃に耐え続ける。

 耐え続けてどうにかなる状況なのか、オルガ自身分からないでいた。

 だがオルガは己の本能に従った。

 今自分に出来ることは目の前の敵を倒すことではなく、目の前の敵から守るべき人を守り続けることだと。

 オルガは死んでもゲディウスにアナトを渡さない。

 オルガは傷ついていく肉体で、咆哮を上げながら盾に徹する。

 

 その時、オルガの後ろで何かが動いた気配がした。

 

 

 

 一面白い光で支配された空間の中に、アナトはいた。

 気が付いた時にはそこに立っており、アナトはその空間を歩いたり、立ち止まったり、座り込んだり、また歩き回ったりしていた。

 自我はハッキリしている。最後の記憶はゲディウスに四つの武具を身体に埋め込まれる瞬間だったと言うのも覚えている。

 ゲディウスは絶対に殺してやると決めているが、アナトはこの空間から出られないでいた。

 歩き疲れ、座り込んでいると、アナトの目の前の空間が開いた。

 暁に染まった空が、まるで波一つ立っていない海のような地面に反射し、幻想的な光景をアナトの眼に映している。

 

「……誰だ?」

 

 その空間に、アナト以外の誰かの気配を三つ感じた。

 その気配はアナトの前に三つの光となって現れた。

 その光は大きくなり、真の姿をアナトに見せる。

 

「……ドラゴン?」

 

 その姿は巨大なドラゴンだった。

 三体のドラゴンはアナトを囲み、アナトを見下ろしている。

 アナトは三体のドラゴンに敵意が無いと感じた。

 警戒を解くと、ドラゴンが言葉を話した。

 

『竜の巫女よ、我は竜王ミドガルズオルムなり』

 

『我は竜王ティアマトなり』

 

『我は竜王ヴリトラなり』

 

 そのドラゴンは四大竜王の三体と名乗る。

 アナトは驚かなかった。

 どうやら薄々そのような予感がしていたようだ。

 アナトは毅然な態度を崩さず、竜王らに問う。

 

「……私は死んだのか?」

 

『否。汝はまだ死しておらぬ。此処は汝の精神世界』

 

『我らは汝に託したいことがある』

 

『だから我らが汝を此処に連れてきた』

 

「皆はどうなった? レギアスは? 姉さんは? オルガは?」

 

『汝の問いに答えている時間は無い』

 

『我らは異界の封印を守らなければならない』

 

『故に、汝に力を託す』

 

 アナトは我が耳を疑う。

 今、この三体の竜王は異界の封印を守ると言った。

 四大竜王はクルワッハを除いて人間を滅ぼそうとしたのではなかったか。

 そしてクルワッハによってヴリトラは討たれ、ティアマトとミドガルズオルムは異界に封印されたのではなかったか。

 アナトは混乱するが、それを他所に竜王達は話を続ける。

 

『竜の巫女よ。彼の子を目覚めさせよ』

 

『世界を救うは、彼の子だけ』

 

『彼の子こそ、最後の竜王』

 

 アナトの前に一振りの剣が現れる。

 漆黒の刃の何の変哲も無い剣。

 だがアナトは、この姿が真の姿ではないと感じた。

 これはアナトが持てるように姿と力を変えたものだと。

 アナトはその剣を手に取る。

 

『その剣を彼の子と融合させよ』

 

『さすれば、彼の子は竜王へと至る』

 

『さぁ、行くのだ。我らの力を汝に託そう』

 

 三体の竜王達は光となり、アナトの中へと消える。

 溢れ出す力に押され、アナトは覚醒へと至る。

 

 

 

 意識が覚醒した瞬間、アナトは飛び起きた。

 そしてオルガの横脇から飛び出し、今にもオルガに強烈な一撃を与えようとしていたゲディウスを殴り飛ばした。

 ゲディウスは再び地面を転がり、アナトが目覚めたことと自分が人間の女に殴り飛ばされたことに驚きを隠せないでいた。

 

「アナ……ト、様……?」

 

 オルガは前に立つアナトの背中を見る。

 その背中が一瞬、レギアスの背中に見えた。

 目を擦り、もう一度よく見るとアナトの背中が見える。

 離れたところでレギアスに治癒魔法を掛けているベールも、アナトの背中が一瞬だけレギアスに見え、目を見開いていた。

 

「オルガ、よく耐えた。聞こえたぞ、お前の激励」

 

「っ、も、申し訳ありません! 口が過ぎました!」

 

「いや、謝ることはない。此処まで一緒に戦ってきたんだ。もう戦友だ。敬わなくて良い」

 

 アナトは右手に握る剣を振るう、至極色の魔力が迸り、漆黒の刃が光り輝く。

 ゲディウスはその剣を見て声を荒げる。

 

「バカな!? 何故貴様が『竜剣』を扱える!? それは人間が扱える代物じゃねぇぞ!?」

 

 アナトはゲディウスの疑問に、魔力を全開に引き出して答える。

 白銀の魔力がアナトを中心に渦巻き、暴風のように暴れ出す。

 アナトの背中から吹き荒れる魔力が、まるで翼のように形作られていく。

 そしてアナトの碧い瞳が、ドラゴンの瞳に変化している。

 まるでその姿は人型のドラゴンのようだ。

 ゲディウスはアナトからヒシヒシと感じる魔力に愕然とする。

 アナトの魔力に竜王の魔力が完全に融合しているからだ。

 

「まさか!? 竜王の奴らが貴様を選んだのか!? 人間の貴様を!? 有り得ない!!」

 

「竜王は私じゃない。私はこの力を渡すだけだ」

 

「渡す……!?」

 

「っ!」

 

 アナトは地を蹴った。

 一瞬でレギアスの隣に移動し、手に握る竜剣を振り上げた。

 ゲディウスはアナトがやろうとしていることに気が付き、血相を変えて魔法を発動する。

 足下に魔方陣を発動し、そこから鎖が伸びてレギアスの脚に絡む。

 そのままレギアスを引っ張り、アナトから離す。

 

「貴様! コイツに竜王の力を譲渡しようとしたな!? そうはさせねぇぞ!」

 

 ゲディウスはレギアスを黒い球体の結界に閉じ込め、上空に投げやる。

 

「レギアス様! レギアス様に何を!?」

 

「黙れ! 下賤な人間が俺に口を利くな!」

 

 ゲディウスは瞳をドラゴンのモノに変え、頬に鱗が現れ始める。

 

「竜王に何を吹き込まれたか知らねぇが、その力は俺のモノだ!」

 

「だったら、奪ってみろよ。丁度良い、私はお前を一度殴らなきゃ気が済まなかったんだ」

 

「調子に乗るなよ人間! 竜王の力を手にした所で所詮は人間! 真の力を引き出すことはできねぇんだよ!」

 

「口数が多い奴だ――さっさと来い」

 

「――嘗めるなぁ!」

 

 ゲディウスは魔力を完全に開放した。

 深緑の魔力が爆発し、アナト達の視界を光で埋める。

 魔力の光が治まり、アナト達の前に現れたのは巨大で邪悪なドラゴン。

 一本の角を生やし、深緑の鱗と皮膚を持ち、鋭い牙と爪をギラつかせた獰猛なドラゴン。

 大きな翼を広げ、大気を振動させる咆哮を上げる。

 

『ゴアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

「うるさっ」

 

「アナト……」

 

 ベールが不安そうな表情でアナトを見上げる。

 アナトはベールに手を差し出し、その手を掴んだベールを立ち上がらせた。

 

「大丈夫だ、姉さん。レギアスを助けよう」

 

「アナト……っ、ええ! 勿論よ!」

 

「オルガ、いけるな?」

 

 アナトの右隣に立ったオルガは、腕の裂傷を再生させて拳同士をぶつける。

 ニヤリと笑い、魔力を練り上げる。

 

「当然だ! 俺はいつでもいけるぜ、姫様?」

 

「フッ……さて、あのバカを起こして国に帰るぞ」

 

「おう!」

 

「ええ!」

 

 三人は邪竜ゲディウスと対峙する。

 

 

 

 

 



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第25話 竜王が生まれた日

 

 

 最初に動き出したのはゲディウスだ。

 ゲディウスは翼を大きく広げると、翼から無数の魔力の弾丸を放ち、アナト達へ降り注ぐ。

 アナトは背中から生えている魔力の翼で周囲を包み、ゲディウスの攻撃を全て防ぐ。

 ゲディウスは自分の攻撃が全く通用していないことに咆哮で怒りを表す。

 

『おのれぇ! ミドガルズオルムの守護か!』

 

「それだけじゃない。三体の竜王が相手だ」

 

 アナトはトンッ、と地面から軽く跳び上がるように蹴る。

 その瞬間、アナトはゲディウスの足下に移動しており、白銀の雷を纏う竜剣でゲディウスの前足を斬り払う。

 竜剣は堅く分厚いゲディウスの前足を容易に斬り裂き、緑色の血を流す。

 

『ぬぇい……!?』

 

 ゲディウスは魔法で傷口を再生しようとする。

 だが一向に傷が癒えず、傷口に白銀の雷が迸り続ける。

 ヴリトラの雷。渇きを司るヴリトラの雷により再生が妨害されているのだ。

 

『小癪な!』

 

 ゲディウスは自ら足を切断し、そこから足を瞬時に再生させた。

 ゲディウスは地面に複数の魔方陣を展開し、咆哮を上げる。

 すると魔方陣から光の柱が立ち、アナト達を襲う。

 アナトは翼の魔力を拡散させ、光の柱を打ち消していく。

 ベールは魔方陣の間を駆け抜け、滑り込みながら弓をゲディウスに向けて構える。

 

「穿て!」

 

 ベールの矢がゲディウスの下顎に直撃する。

 矢はゲディウスを穿つことができなかったが、強烈な打撃と傷を与えた。

 それによりゲディウスの攻撃が止まる。

 その隙を逃さず、オルガは両拳に魔力を灯してゲディウスに肉薄する。

 

「我流秘技――双撞雷帝破(そうどうらいていは)!」

 

 雷撃の掌底を二発、左右で同時にゲディウスの胴体に叩き込む。

 ゲディウスの身体を衝撃と雷撃が貫き、ゲディウスはオルガを睨み付ける。

 その隙に、アナトは上空の黒い球体へと飛翔する。

 だがそれをゲディウスは許さない。

 飛翔するアナトをドラゴンの眼で睨み付け、アナトを空中で一瞬魔法で停止させる。

 だが竜王の力を得ているアナトにそれはほんの一瞬のことで、しかしその一瞬だけでゲディウスには充分だった。

 魔法で生み出した巨大な炎弾を、アナトの頭上から落とす。

 アナトは翼で炎弾を防ぐが、地上に落とされる。

 

『あの男の下には行かさんぞ! その力は俺のモノだ!』

 

「ほざけ!」

 

 アナトはすぐさま立ち上がり、魔力の翼を羽ばたかせてゲディウスに突貫する。

 ゲディウスは魔力の弾丸を雨のように射出するが、アナトの魔力によって打ち消される。

 掻い潜り近寄ってきたアナトを、ゲディウスは爪を振り下ろして斬り裂こうとする。

 竜剣で爪を受け流し、返す刃で竜剣を斬り上げる。

 すると雷の斬撃がゲディウスを斬り裂く。

 しかし、斬り裂いたのは見えない魔力障壁だった。

 ゲディウスは身体を回転させ、魔力の刃を纏った尾でアナトを薙ぎ払う。

 アナトは竜剣で尾を受け止め、その勢いに身を任せてゲディウスから離れる。

 

「ゾォラァ!」

 

 オルガは飛び上がり、ゲディウスの顎目掛けて拳を叩き込む。

 ゲディウスは雷撃の拳を受けるが、少し怯むだけでダメージは入らない。

 

『消し飛べ!』

 

 ゲディウスの眼が光り、オルガはゲディウスの眼から放たれた光線を爪牙で受け止める。

 直撃は免れたものの、後ろに大きく吹き飛ばされる。

 

「〈その火で焼き貫け! 駆けよ、火燕(ひえん)!〉」

 

 ベールが放った矢が火の鳥になり、ゲディウスに襲い掛かる。

 だがゲディウスはそれを正面から受け止め耐えきる。

 

『人間の魔法など! ドラゴンの力を思い知れ!』

 

 ゲディウスは巨大な翼を動かし、上空へと飛び上がる。

 空に舞い上がり、空に魔方陣を描く。

 その魔方陣から幾つもの炎弾がアナト達に降り注ぐ。

 竜の塔ごと破壊しそうな勢いで降り注ぐ炎弾に、オルガとベールは息を呑む。

 その時、アナトは翼の魔力を伸ばし、ベールとオルガを掴んで傍に寄せる。

 白銀の魔力で周囲を包み込み、炎弾から身を守る障壁を張って攻撃を耐えた。

 

『小癪な……! 俺にこの魔法を使わせたことを後悔しろ!』

 

 ゲディウスは滞空しながら魔法を発動する。

 幾つもの魔方陣がゲディウスの周囲に展開し、魔力が高まる。

 アナトは翼の防御を展開したまま舌打ちする。

 

「チッ……厄介なモノが来そうだ」

 

「どうする?」

 

「……私が奴の攻撃を防ぐ。二人は奴に最大の一撃を叩き込む準備をしろ」

 

「それで倒せるのか?」

 

「いや、奴を倒せるのはレギアスしかいない。」

 

「アナトのその力を持ってしても?」

 

「ある程度までなら、奴にダメージを負わせられる。だがそこまでだ。竜王の力を完全に引き出せない私では、完全体のドラゴンを殺せるほどの力は出せない」

 

 アナトが借り受けた三体の竜王の力を持ってしてもゲディウスを倒せない。

 それはゲディウスが竜王の力を凌駕しているのではなく、担い手となっているアナトの問題である。

 アナトは巫女の力を持っている。その力とはドラゴンを浄化する力であり、アナトが竜王の力を得たとしても、巫女の力によってその力は弱まってしまう。

 本来はドラゴンの力を持つことすらできないが、今回は竜王自らアナトに力を与えているため、ゲディウスに対抗できる程度の力を維持できているのだ。

 

「じゃあ、大将を起こすしかねぇのか」

 

「でもどうやって? あの結界を壊すしかないのかしら?」

 

 ベールは上空に佇む、黒い球体を見上げる。

 あれにレギアスが囚われており、アナトがレギアスの下へ辿り着くにはあの結界を突破しなければならない。

 ゲディウスを倒せば結界は解かれるのか、結界を直接破壊できるのか。

 そのどちらでもあるのだろうが、ゲディウスを倒すことができない以上、結界を直接破壊する他ない。

 だがあの結界の強度が凄まじいということは、ベールやオルガにも分かる。

 並大抵の威力では破壊できないと、あの結界の魔力から感じ取れる。

 一つ解せないのは、何故ゲディウスはレギアスの身体を消さないのか、だ。

 今のゲディウスならば、魔法なり何なり使用して竜王の力の譲渡先であるレギアスの身体さえ消滅させてしまえば、アナト達の勝利条件は無くなる。

 それが分からないゲディウスではないはず。

 消さないのか、消せないのか。

 どちらにせよ、レギアスの身体が存在している今しかチャンスはない。

 上空でゲディウスは魔力を高めていき、周囲の空間が徐々に歪み始める。

 

「私が奴の攻撃を相殺する。その上で、あの結界を破壊する」

 

「そんなことして身体は持つのか?」

 

「正直、分からない。だからこれで決める。その為に、お前達も限界の魔力で奴を止めてくれ」

 

「……分かったわ。妹が此処まで身体張ってるんだもの。姉が命張らないでどうするの」

 

 ベールは弓を強く握り締め、アナトの前に立ちゲディウスを睨み付ける。

 

「姫様二人が命張ってんのに、俺だけが甘えてちゃいけねぇよなぁ」

 

 オルガもアナトの前に、ベールの隣に立ち魔力を滾らせる。

 

『〈我、ゲディウスの名において命じる……!〉』

 

 ゲディウスは詠唱体勢に入った。

 アナト達三人を幾つもの魔方陣で取り囲む。

 

『〈集結せよ我らが同胞、その力で破壊の理を成せ……!〉』

 

 竜の塔から幾つもの魔力の固まりが飛び出し、それらはドラゴンの形を取る。

 そのドラゴンらはアナト達を囲み、一つの結界と成す。

 

『〈我らが敵に永劫の終焉を!〉――ジ・エンド!』

 

 ドラゴンらが魔力の波動を放ち、アナト達を黒い球体で周囲の空間ごと呑み込む。

 ドゥン、と重い音を鳴り響かせ、まるで空間そのものを破壊しているように、その黒い球体はそこに存在を確立させた。

 

 ゲディウスはそれを見て勝利を確信した。

 

『この魔法は空間を圧縮し、量子レベルまで破壊・分解する魔法……。そんな半端な竜王の力程度では防げまい。覚醒した竜王の武具なら、この魔法でも耐えうる。人間共の肉体が消滅してから回収すれば――』

 

 ピシリッ――。

 

 黒い球体に亀裂が走る。

 

『ば、馬鹿な――!?』

 

 亀裂はどんどん広がっていき、その亀裂から白銀の光りが漏れ出す。

 球体はその形状を保とうと耐えようとするが、内から溢れ出す白銀の魔力に耐えきれず崩壊する。球体はガラス細工のように砕かれ、白銀の魔力が荒ぶるように、まるで噴火するように放出される。

 

「ハァァァァァァァッ!」

 

 その魔力の中心ではアナトが白銀の翼を広げて魔力の波動を産み出していた。

 

「全て吹き飛ばせっ! ドラグーン・ハウリングッ!!」

 

 アナトが放つ白銀の波動はゲディウスの魔法を完全に破壊し、一気に広がる。

 波動は魔力で形作られたドラゴンも全て消し飛ばし、ゲディウスの魔法を打ち砕く。

 

『これは!? 竜王と巫女の力だと!? 相反する力が何故!?』

 

 ゲディウスは見た。

 白銀の波動の中で、弓を構えるベールを。

 ベールは弓を構えながら、マーレイが言った言葉を思い出す。

 この身にはレギアスの魔力が流れている、と。

 自分を助ける為にレギアスが流し込んだ、ドラゴンの魔力。

 望めば、力になってくれる。

 体内の奥底に宿るレギアスの魔力に意識を強く向け、自身の魔力として引っ張り出す。

 弓を引く両腕にレギアスの魔力が流れ、ベールの肌に黒い痣が浮かび上がり広がっていく。

 

「うくっ……!?」

 

 激痛がベールを襲う。世界が回り気分が悪くなる。

 だがベールは負けていられないと、歯を食い縛り足を踏ん張る。

 

「私はァ……!」

 

 ベールは思い出す。

 母を失い、レギアスが居なくなったあの日を。

 城の中でアナトと一緒に祈ることしかできなかった。

 魔法の知識はあっても、それを行使できるほどの魔力を持たなかった。

 あの時ほど自分に力が無かったことを悔やんだことはない。

 妹であるアナトは騎士になり巫女の力も手に入れた。

 弓を手に入れて力を得ても、弓が無くなれば無力になる。

 だとしても、今は力がある。

 此処で力を使わず何時使えばいい。

 

「私はもうただの女の子じゃない!!」

 

 ベールはレギアスの魔力を操り、一本の矢に集束させて放った。

 

「いっけぇぇぇぇぇえ!!」

 

 ベールから放たれた矢は焔のドラゴンとなり、ゲディウスの首に喰らいつく。

 

『なに!?』

 

 焔のドラゴンはゲディウスに絡み付いて高速し、その身を焼き尽くそうとする。

 ゲディウスは堪らず地に落ち、地面に這い蹲る。

 

『何だこれは!? ドラゴンの魔力だと!?』

 

「オルガぁ!」

 

「ハッ!」

 

 オルガは拘束から逃れようとするゲディウスに向かって駆け出す。

 

『調子に乗るなよ下郎! たかが人間の分際でこの俺に勝てるとでも――』

 

「生憎だったな」

 

 オルガの身体から青い魔力が滲み出る。

 その魔力はオルガの全身を包み込み、身体に変化を齎す。

 筋肉が膨れ上がり着ているジャケットが破れ、額に小さな角が右の額に生える。

 鋭い牙も伸び、緑色の瞳が赤くなり獣のソレになる。

 

『貴様!? 人間ではないのか!?』

 

「人は俺を――鬼の子と呼ぶ」

 

 ゲディウスは複数枚の魔力障壁を展開した。

 オルガは駆けながら魔力を全開で全身に巡らせる。

 至極色の雷を迸らせ、オルガは紫電へと至る。

 

「我流奥義・禁手――ブラフマー――」

 

 身を焼き焦がそうとせんばかりの高濃度の魔力と紫電に至ったオルガは、周囲の空間を歪めながらゲディウスへと正面から突撃する。

 

「――ストラァァァァァアッ!!」

 

『ナニィ!?』

 

 オルガの全身全霊を懸けた突進により、最後の一枚を残して障壁は壊された。

 ゲディウスは最後の一枚でオルガに対抗する。

 オルガは障壁と競り合いながら、右拳を後ろへと引く。

 

「絶拳――」

 

『まさか!?』

 

「アラストォォォォォル!!」

 

 集束された雷が、振り抜かれた右拳から撃ち出された。

 それはゲディウスの最後の障壁を破った。

 ドラゴンの身すら焼き焦がす雷撃に呑み込まれたゲディウスは、今度こそ倒れ伏す。

 再生までにはどれぐらいの時間が必要だ。

 結界を破壊するのは、今しかない。

 

「姫様ァ!!」

 

『っ――!?』

 

 アナトの魔力放出はまだ続いていた。

 全ての魔力がアナトの手に握られている竜剣に集束されていく。

 

『やらせんぞぉ!』

 

 竜剣を振り上げ、アナトは最後の一撃を放つ。

 

「絶牙――白竜破ァ!」

 

 白銀の一撃が天を貫く。

 竜王の魔力、アナトの魔力、巫女の力が集束された、アナトの究極の斬撃砲。

 白銀の斬撃はレギアスを閉じ込める球体を呑み込み、そのまま空を突き抜ける。

 白銀の斬撃砲は止み、光の中から球体が現れる。

 球体は砕け、レギアスが落ちてくる。

 アナトは最後の力を振り絞って地面を蹴る。

 落ちてくるレギアスに向かって飛翔し、手を伸ばす。

 

「レギアス!」

 

『させんぞぉ!』

 

 ゲディウスは口から魔力砲をレギアスに向けて放つ。

 白銀と深緑が黒に迫り、白銀が僅かに先に辿り着く。

 直後、黒が弾けた。

 至極色の魔力が渦巻き、ゲディウスの魔力砲をかき消す。

 空が、大地が共鳴する。

 ゲディウスは身体を再生させ、至極色の暴風に突貫する。

 だが、暴風から放たれた斬撃により弾かれる。

 

『ゴァッ!?』

 

 ゲディウスは塔ではなく、大地まで叩き落とされた。

 そして暴風が弾かれ、中から現れたのはアナトを横抱きに抱えたレギアスだった。

 アナトと同じように、至極色の魔力で形成されたドラゴンの翼を生やし、ドラゴンの瞳をしているレギアスが現れた。

 

「大将!」

 

「レギアス様!」

 

「――レギアス」

 

 今此処に、竜王レギアスの伝説が始まる。

 

 

 

 

 

 

 



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第26話 絶牙

 

 

 

 レギアスはゆっくりと地面に降り立ち、翼を消す。

 オルガとベールの前に立ち、アナトを降ろした。

 

「悪いな。どうやら面倒をかけたらしい」

 

 レギアスは申し訳なさそうな表情で言う。

 そんなレギアスにアナトはレギアスの額を指で弾く。

 

「いてっ……」

 

「しおらしいお前なんて、らしくないぞ。それに、仲間を助けるのは当然だろ?」

 

「……ああ、そうだな。だが、ありがとう」

 

 レギアスは笑みを浮かべて礼を言う。

 アナトはレギアスの笑みを見て顔を紅くして視線を逸らす。

 と、此処でアナトの魔力が尽きた。

 白銀の翼が四散し、全身の力が抜けたのか蹌踉けて倒れようとする。

 レギアスはアナトを受け止めた。

 

「アナト、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫だ……ただ……もう戦えない……」

 

 アナトは悔しそうに唇を噛み締める。

 最後の最後まで一緒に戦えないことが悔しいのだろう。

 竜王の力を失い、魔力も尽きてしまった今、これ以上此処で出来ることはない。

 オルガも、ベールもそうだ。

 二人も全ての魔力を使い果たし、これ以上戦闘は不可能だ。

 そんな状態になるまでアナト達は必死になって戦ったのだ。

 レギアスは場違いかもしれないが、それを嬉しく思った。

 自分の為に、こんな状態になるまで戦ってくれた仲間達が居てくれたことに。

 

「オルガ、アナトを連れて塔から脱出しろ」

 

「生き返って再会して開口一番がそれかよ。大将はどうするんだ?」

 

「決まってんだろ。奴と決着をつける」

 

「ったく……まぁ、良い所は譲るぜ」

 

 オルガはレギアスからアナトを受け取り、背中に背負う。

 アナトはレギアスから離れることに若干の不満を抱いたが、レギアスがアナトの頭を撫でたことで大人しくなる。

 

「レギアス様……」

 

「ベール、お前にも苦労をかけたな」

 

「いいえ、そんな……」

 

「傷はもう大丈夫か?」

 

「はい。レギアス様のおかげで、もう何ともありません」

 

「そうか。此処から先はもう俺だけで大丈夫だ。お前も脱出しろ」

 

「……分かりました。あ、レギアス様、此方を……」

 

 ベールは腰に下げている小さめの鞄から、丸めて小さくした黒いモノをレギアスに渡す。

 受け取ったレギアスはそれを広げる。

 それは黒いコートだ。レギアスが最初に着ていた、アーシェが魔法を編んだコートだ。

 要塞でゲディウスと戦った際にボロボロになり、着れなくなって捨てようとしたものを、ベールが預かっていたものだ。

 コートは修繕されており、問題無く着ることが出来るようになっていた。

 

「これは……」

 

「レギアス様とお母様との思い出の品ですもの。こうやって直せば、また着れます。それと、お母様の代わりと言うわけではありませんが、私とアナトが魔法を施してあります。お守り代わりに……」

 

「ありがとう。嬉しいよ」

 

「っ……必ず勝って帰ってきてください。まだ、救われたお礼をしておりませんので!」

 

「ああ、約束だ」

 

 ベールはアナトを背負ったオルガと共に塔から脱出する。

 先程の戦闘で転移装置の外観は壊れてしまっているが、機能は損なわれていなかった。

 装置を起動し、屋上から姿を消した。

 塔の外ではデーマンの軍勢がいるが、レギアスは心配していなかった。

 

「頼むぞ、エルド」

 

 レギアスはボロボロのコートを破り捨て、ベールから受け取ったコートに袖を通す。

 ベールとアナト、二人の魔力を感じ、レギアスは自然と笑みが零れる。

 その時、ドラゴンの咆哮が木霊する。

 身体を再生したゲディウスが空を飛び、レギアスの前に現れた。

 

『レギアスゥゥゥゥゥウ!!』

 

「喧しい、このクソ蜥蜴。テメェに熱烈に呼ばれても嬉しくねぇよ」

 

『貴様如き半人半竜には過ぎた力だ! それは崇高なるドラゴンの為の力だ!』

 

「ドラゴンが崇高? 馬鹿言ってんじゃねぇよ。ドラゴンなんて大体は碌でもない奴らばかりだ。母親と子供二人をほったらかしにするようなクズだっている。けど、まぁ――」

 

 レギアスは魔力を開放する。

 至極色の翼が生え、膨大な魔力でゲディウスを威圧する。

 ゲディウスはその魔力を見て錯覚する。

 レギアスが巨大な漆黒のドラゴンに見えた。

 自分よりも大きく、強大で、遙かに邪悪なドラゴンに。

 

「この力をくれたことだけは、親父に感謝してやる。お前をこの手で葬る」

 

『貴様は……いったい……何者だ……!?』

 

 レギアスは手を伸ばし、渦巻く魔力を手に掴む仕草をする。

 すると、魔力が手に凝縮していき、一振りの剣へと変わっていく。

 レギアスの身の丈に迫る長さで、その刃はまるでドラゴンの尾のような形。

 漆黒の刀身には赤いラインが走り、それがその剣に血が通っているように見せている。

 刀身の切っ先は反っており、棟の部分には背びれのような突起が突き出ている。

 その禍々しさは、まさにドラゴンの尾だ。

 これが『竜剣クルワッハ』の真の姿。

 

「そう言やぁ、お前に名乗ったことは無かったな」

 

 レギアスは竜剣の切っ先をゲディウスに向け、自分の真の名を告げる。

 

「竜王クロウ・クルワッハが剣、三日月の剣(クレセント・グレイブ)の一人にしてその息子、レギアス・クルワッハ。我が母シオン・エメトリウスの名の下に、貴様らドラゴンを狩る最後の剣だ」

 

 レギアスの至極色の瞳が光る。

 それと同時により一層の魔力が噴き出す。

 ゲディウスは戦慄する。

 レギアスの父親が憎き竜王クルワッハだという。

 言われて気が付く、レギアスの魔力に。

 嘗て戦った、クロウ・クルワッハの魔力とレギアスの魔力が似た波長を持っていることに。

 それで納得する。レギアスの力に。

 いくらドラゴンの血だろうと、人間の血が混ざってしまえばその力は弱まる。

 だがそれが竜王の血だったら、話は変わる。

 一瞬だとしても、純粋なドラゴンを超える力を発揮することは可能。

 塔の機能を使用せずに竜剣に選ばれていることも納得できる。

 ゲディウスは驚愕しつつもレギアスの正体を理解する。

 

『奴に子がいただと……!?』

 

「さて、俺とお前の仲だ。交わす言葉はもう必要ないだろ。さっさと終わらせるぞ!」

 

 レギアスは魔力の翼で飛翔し、ゲディウスに向かって斬りかかる。

 

『おのれぇ……! どこまでこの俺の邪魔をすれば気が済む!』

 

 ゲディウスも飛翔し、レギアスに牙と爪で立ち向かう。

 レギアスが振るう竜剣により爪は弾かれ、牙は砕かれる。

 たった一振りで、だ。

 ゲディウスはすぐさま再生しようとするが、レギアスの魔力が追撃して再生を邪魔する。

 堪らずその連撃から逃れようとゲディウスは翼を羽ばたかせて高速で逃げ出す。

 レギアスは逃がす筈もなく、ゲディウスを追う。

 空で黒と深緑の閃光が何度もぶつかり合い、衝撃を放っていく。

 レギアスは溢れる魔力を翼に集め、至極色の魔力の塊と化す。

 

「暗黒竜――天照破(てんしょうは)!」

 

 回転するように翼と竜剣を振るい、ゲディウスに強烈な魔力攻撃を与える。

 翼と竜剣から放たれる魔力の波動はゲディウスを上から叩き付けた。

 それによりゲディウスは竜の塔の屋上に叩き落とされ、魔力攻撃により押し潰される。

 

『ごぉ……!?』

 

 ゲディウスの翼は砕かれ、再生に時間を要する。

 レギアスは上空で滞空しながらゲディウスを見下ろす。

 

『この俺が! 竜王になるこの俺が! 何故貴様に見下ろされなければならない!』

 

 ゲディウスは立ち上がり、上空で見下ろすレギアスに吠える。

 

『穢れた血め! 貴様に竜王の力は渡さない!』

 

 ゲディウスは竜の塔と己を繋げた。

 すると竜の塔の魔力、即ちクリスタルに閉じ込められているドラゴン達の魔力を全て吸収していく。

 そしてゲディウスの目の前に三重の魔方陣が展開され、そこに魔力が充填されていく。

 

『俺を選ばない力など、もういらん! この一撃で貴様諸共消し去ってくれる!』

 

 魔方陣をレギアスに向け、ゲディウスは狙いを定める。

 レギアスは竜剣に己の魔力を送り込み、竜剣から魔力が溢れる。

 

「ゲディウス、力に溺れた哀れなドラゴン。お前が望んだ力で消え去れ」

 

 レギアスの魔力がこれまで以上に高まる。

 空一面に至極色の魔力が溢れ、レギアスを中心に激しく渦巻く。

 竜剣を両手で握り、振り上げる。

 

絶牙(ぜつが)――」

 

『消えろォォォォオ!!』

 

 ゲディウスの咆哮と同時に、三重魔方陣から魔力の集束砲が放たれる。

 それは大気を切り裂き、レギアスを呑み込もうと襲い掛かる。

 その魔力に向かって、レギアスは竜剣を振り下ろす。

 

「――黑竜破(こくりゅうは)ァァァァァアアッ!!」

 

 それは天からの鉄槌。

 放たれたそれはレギアスの究極の集束斬撃。

 ゲディウスだけではない、竜の塔すらも呑み込むほど大きな斬撃砲が放たれた。

 ゲディウスはその中で身体が消滅していくのを感じた。

 

『クルワッハァァァァアアァァァアァ――!!』

 

 ゲディウスは憎きドラゴンの名を叫びながら、竜の塔と共に消滅していくのだった。

 

 

 

 



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エピローグ

 

 

 

 天の鉄槌によりゲディウスと竜の塔が消滅し、辺りは静寂に満ちていた。

 アナト達は先程の一撃はレギアスが放ったモノだと分かり、決着がついたのだと理解する。

 竜の塔から脱したアナト達は、外で待ち受けているであろうデーマンの軍勢が姿を消していることに驚く。

 どうしていないのか混乱していると、そこへ葉巻を吹かしたエルドが現れた。

 エルドは話している時間は無いと、魔法を発動してアナト達と一緒に竜の塔から離れた場所に転移した。

 そこで戦いの決着を見届け、再び塔があった場所へ転移で戻ってきた。

 もう動けるようになっていたアナトは、レギアスを探した。

 レギアスは塔が立っていた場所の中央に座り込み、空を眺めていた。

 アナトはレギアスの姿を見つけてホッと胸を撫で下ろした。

 オルガとベールもレギアスを見つけて一安心し、アナトはレギアスに駆け寄った。

 ベールも駆け寄ろうとしたが、何を思ったのか足を止めて、アナトだけを行かせた。

 空を眺めるレギアスの隣にアナトは立ち、レギアスに声を掛ける。

 

「レギアス」

 

「……」

 

「……終わったんだな」

 

「……」

 

 レギアスは何も言わない。

 何かを考えているのか、浮かない表情をしている。

 アナトは何も反応が無いレギアスに迷い、そのまま立っていた。

 その時、レギアスは首から白水晶を取り外し、アナトに差し出す。

 

「返すよ」

 

「あ、ああ……お前が持ってたのか」

 

 アナトは白水晶を受け取る。

 レギアスは立ち上がり、地面に突き刺していた竜剣を抜き取り眺める。

 

「……親父が残した竜剣。まさかまた俺の所に戻ってくるとはな」

 

「……親父?」

 

 アナトは目を丸くする。

 アナトはレギアスの父親がクロウ・クルワッハであることを知らない。

 レギアスはてっきり知っているモノだと思っていたのか、少し驚く。

 

「何だ、知ってて渡してくれたんじゃなかったのか?」

 

「えっと、他の竜王がお前に渡せって……」

 

「竜王がねぇ……。親父と戦ったって聞いてたが、実際は違うのかもな」

 

 レギアスは竜剣を魔法で己の中に収める。

 これでいつでも竜剣を取り出すことができる。

 

「レギアス……一緒に帰るよな?」

 

 アナトは不安に思った。

 もしかしたら、またレギアスが何処かへ行ってしまうのではないかと。

 だから思わずアナトはレギアスのコートの裾を摘まんでしまう。

 レギアスはアナトの不安そうな表情を見て一瞬呆気に取られるが、すぐに軽く笑みを見せる。

 

「そんな顔するな。心配しなくともマスティアに行くさ」

 

「……帰るんじゃないのか?」

 

「いや、俺の家はマスティアには――帰る! 帰るよ! だから泣きそうになるな!」

 

 レギアスは慌ててそう言い直す。

 アナトは言質を取ったと小さくガッツポーズする。

 レギアスの手を握り、ベール達の下へと引っ張る。

 

「やったな、大将」

 

「ああ。お前もよくやったよ、ホント」

 

「レギアス様、お怪我は?」

 

「無いよ。心配掛けたな」

 

 オルガとベールはレギアスを囲む。

 その外側で、エルドが葉巻を吹かしながらニヤニヤと笑っていた。

 

「エルド、助かった」

 

「ふふん、旦那のことは千里眼で視てるからな。マーレイ師匠に叩き込まれた魔法で旦那をサポートする。それが俺の仕事でもある」

 

「おっさん、マーレイ殿の弟子だったのか?」

 

「俺がただの旦那の腰巾着だとでも思ってたか、小僧? 竜王の息子、即ちドラゴン族の王子に相応しい腰巾着でなくちゃあいけねぇ」

 

「結局腰巾着じゃねぇか」

 

「王子は止めろ。ったく……ともあれ、一件落着なんだ」

 

 レギアスはフッと笑って皆の顔を一瞥する。

 この旅が始まる前では、レギアスはこんな気持ちになるとは思っていなかった。

 そう思いながら、皆に告げる。

 

「帰るぞ、(いえ)に」

 

 

 

 

 グランファシア帝国・帝都エクセリオン。

 そこに大きく聳え立つ王城の謁見の間で、特務師団師団長ウォーカー・ヴァレンタレスは壇上に座る人物に報告をしていた。

 

「以上が、竜の塔での詳細になります」

 

「――」

 

「はい、竜剣クルワッハは過程は違えど、完全に復活しました。用済みであった蜥蜴もレギアスが葬りました」

 

「――」

 

「はっ、魔導騎士の量産も軌道に乗っております」

 

「――」

 

「御意に。全ては――――」

 

 

 

 

 リディアス様のままに――。

 

 

 



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