Hololive:Parallel (一応味醂)
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#FAN FUN ISLAND
▶0「不思議な体験」


――――――「不思議な体験をしてみない?」

 

 

 

目が覚めると、いつもの光景――部屋の天井が映し出された訳ではなく、見た事のない石天井が目の前に現れる。

 

「…ん。ここは…?」

 

そんな薄汚れた空間の中に、似つかわしくない現代風の服装を着た少女が床に座っていた。

少女は佇まいを直し、現状を理解しようと頭を回転させる。

 

「…うーん?」

 

学校のテストでは毎回高得点をだし、順位も学年1桁には入る程の秀才。だが、勉学以外での頭脳はそれほどでは無かった。

 

「とりあえず、あの光のある方に行ってみようかな」

 

周囲を見渡した際、微かにだが光が差し込んでくる場所を見つけていた。それと同時に、ここが洞穴の中という事も分かった。

少女は徐に立ち上がり、光の差し込んでくる方へと慎重に歩き始めた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「んっ。眩しい…」

 

洞穴の出入口と思われる小さな隙間を抜けると急激な太陽光に、思わず目を瞑ってしまう。そして、ゆっくりとその目を開け再び周囲の状況を確認しようとした。

 

「…森の、中?」

 

洞穴の中と言い、石天井を見る前の景色には似つかわしくない空間が広がっていた。

まるで、森林地帯の中にでも紛れ込んでいるような感覚だ。

 

「え、え?ここって現代…じゃ、無いよね?」

 

ここまで現実とかけ離れた場所を見れば一目瞭然。普通に学校に通い、家でゲームをする日々。そんな、日々暮らしていた場所とは明らかに違うことに動揺を隠せない。

何故ここにいるのか。どうやって来たのか。ありとあらゆることが不明のままだ。

だが、こんな状況に陥っても少女は冷静を保ったままだ。

 

「…とりあえず、人を探さないと。ここに居ても何も変わらないもんね」

 

一度決めたことは、意地でもやり通す少し頑固な性格。今の状況において、すぐに行動にとりかかれるのはすごいことだ。

少女は迷いもなく、どんどんと木が生い茂る中へと進んでいく。

 

「動物もいない。人は…もちろんいないけど。なんか不思議な場所だなぁ」

 

そんな感想を持ちながら歩くこと数十分。森林地帯の終わりが見えたことに気がついた。

 

「あれ。思ったよりも小さかったのかな?」

 

そのまま、少女はこの森林から抜けるために足を早める。そして、抜けた先に待っていたのは――

 

「…海?」

 

目の前に広がるのは、緑一色から打って変わって青一色となっていた。正確には、その海の前に砂浜のような場所があるが、どちらにせよ森林を抜けた先に海が見える。

こんな状況を表す言葉は限られてくる。

最も近い表現の仕方はこれだろう。

 

「――ここ、無人島だったり?」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

とりあえず今の状況を理解――

 

「…あれ。短期間でこんなに状況理解しようとすることあった?」

 

訳も分からない場所にいるわけで、場面が切り替わる度に状況を理解する必要があった。

 

「…アレなんだろう」

 

砂浜へと出てきて周りが開け、少し遠くまで見渡せるようになった。少女はそんな目の端に一つ大きな塊があるのを見つけた。

 

「行ってみるか」

 

少し距離があるように思えるが、少女は迷わずにその謎の塊がある方へと歩き出す。

 

「これってなんだ?船?」

 

近くまでやって来ると、その形が船のようなものだと分かる。

 

「ドクロマークの旗とか、大砲とかがついてる…海賊船だったり?」

 

現実ではそんなものは有り得ないが、ここならその可能性もあるだろう。

砂浜に打ち上がっている海賊船は酷く汚れていて、所々壊れている箇所もある。

 

「中に入って確認しようとしたけど、これじゃあ無理だね…」

 

海賊船の中身を確認することは断念した。だが、ここに海賊船があるということから人がいる可能性が浮上してきた。

 

「それでもこの様子だと、かなり昔の出来事に思えるけど」

 

大きな収穫をしたと思う一方で、そんな考えもしてしまう。

結局のところ、人を見つけるのはまだ苦労するかもしれない。

 

「って、これ人探しの前に食料確保しないと!」

 

このまま時間が過ぎる一方では、餓死してしまうかもしれない。人探しと並行しつつ食料確保も優先しなければならない。

 

「とりあえず、ここが無人島だとして今いるだいたいの方角が分かれば良いんだけど…」

 

歩き回って見つけた場所の方角を覚えておけば、迷わずに戻ってこれる可能性があるからだ。

しかし、無人島で方角を知るなら最も良い方法として太陽と時計を用意する必要がある。

太陽なんてものは上空を見上げればすぐに見つかる。

だが――

 

「時計…持ってないんだよね」

 

時計が無くても方角を知ることはできるが、この時計と太陽の関係以外の方法を知らなかった。

 

「あぁ、寝る時も時計身につけておけば良かった」

 

そんなことを思いつつ、海賊船の近くに10分近く座り込んでこれからのことを考えている。

 

「あれ。森ってこんなに大きかった?」

 

海賊船に背中を預けつつ、さっきまで居た森林地帯の方を見る。

洞穴からここに来るまで、そこまで歩いていないのだが客観的に見る限り、かなり大きめの森林であったことに気づく。

 

「…横方向に長くなっているのかな」

 

どうやら、運良く森林の少ない方角へと歩いていたみたいだ。

 

――ガサッ。

 

自然に耳を傾けていると、不自然な音の正体に驚く。

 

「え!?何!動物!?」

 

目を見開いて、周囲を確認する。確かに音は聞こえた。だが、姿は全く見当たらなかった。

 

「いや、あそこ…?」

 

姿は見当たらない――だが、不自然に踏まれた跡がある雑草を見つける。

 

「よし、探しに行こう!」

 

方角が気になるなどと考え込んでいたが、今はすっかり忘れて音の正体を探るべくまた森林の中へと入っていった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「見失った…」

 

それどころか自分がいる位置さえも見失っている。

 

「どうしよう。とりあえず、散策するかぁ」

 

ついでに人や動物、食料を見つけられればラッキーと言ったところ。

戻る方向も分からなくなっているため、頼りになるのは自分の勘だけ。

 

「…それにしても、なんか神秘的?」

 

森に入った際に感じていたもの、だが森から出た時にその感覚は無くなっていたため気にしてはいなかった。

しかし、再び森に入ると感じ取ったことから決して偶然ではないことに気づく。

――まるで、この森に妖精やらエルフやらが住んでいそうな気配を感じ取っていた。

 

「これは…?」

 

そんな目的もなく森林の中を歩いていると、自然の中には不自然なモノが転がっていることに気づく。

 

「…何かの飾り?」

 

バッジのような、まるで何かの団体――軍隊?のようなものの証を見つけた。剣のマークがあることから、恐らく何かの騎士団の証なのだろう。

 

「ん。…そういえば、人とか動物は見ないのに蝶々だけは見るんだよね。なんでだろう」

 

森林の中にいれば、必ずと言っていい程たくさんの虫とすれ違う。

虫が生息しているからと言って何も不思議なことはないが、そのほとんどが蒼い蝶々と言うのが気になるところだった。

 

「まぁ良いか。神秘的に感じる何かも、たぶんこの蝶々なんだろうね」

 

勝手に自己完結して、森林の中へと歩いていく。

 

――ガサッ。

 

と、そんな所で先程よりもだいぶ近いところで音が鳴る。

 

「あっ!たぶんさっきの!今度は逃さないっ!」

 

すぐに音がした方向へと走り出す。茂みの中、整備されていない地面を注意深く、しかし大胆に進んでいく。木の枝からぶら下がっている蔦を手で華麗に捌きながら一歩前へと踏み出した――

 

「――やっと捕まえたよ」

 

目の前には、謎の少女が今まで自分が追っていたであろう動物――兎を捕まえていたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

衝撃的な出来事が一度に起こったことで、少女は驚きのあまり体が固まってしまった。

 

「――あ、あれ。人がいる?」

 

どうやら、兎を捕まえたと思われる少女も、ここでは会うことがなかったであろう人の存在に驚きを隠せないでいる。

 

「えっと、とりあえずボクはロボ子。――こっち来て」

 

ロボ子と名乗る少女に、身を固めていた状態でもしっかりと状況を理解(何度目になるだろうか)しようとしていた。

 

「…ロボ子、さん?」

 

「そーだよ。そろそろ日が暮れるからボクの住んでる場所に行こ?」

 

「日が暮れる?…でも、まだ太陽は真上にあるよ?」

 

時間は分からないが、おそらく昼1時頃だろうと思っている。日が暮れるなんて何時間も後の話だ。

 

「あー、君のいる所とここはちょっと違くてね。時間の流れが変わっているんだよ」

 

「私のいる所と…?」

 

まるで少女がここへ飛ばされてきたことを知っているような発言だ。

 

「とりあえず、ボクの住む場所に移動してからお話ね。夜は危険だから」

 

「危険?」

 

「そーだよ。夜になると眠っている龍が目覚めてそこら辺を飛び回ったりするし。サメが陸に上がってきたりするしで」

 

「……」

 

「う、嘘じゃないよ!?」

 

何とも信じ難い話だが、今更疑うのもおかしな事だろう。

言われるがまま、ロボ子さんの言う住んでいる場所へと移動することにした。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

歩くこと数分。意外と近いとこにあることに驚く。

 

「…もうこんなに暗くなるなんて」

 

「そーだよ?ボクを見つけたタイミングもバッチリだったね」

 

そんなことを言いながら住む場所――最初にいた洞穴のようなモノの中へと入っていく。

お世辞にもキレイとは言えないが、最低限住めるように整備されていた。

 

「よし。一先ず今日は凌げそうだね」

 

ロボ子さんがお茶を入れてくれる。差し出されたお茶を飲み、さっき聞きたかったことを次から次へと聞いていくことに。

 

「私がここの世界の人じゃないって知ってるの?」

 

「うん。だって、ボクが呼んだからね」

 

「えっ」

 

つまり私がこんなに苦労することになったのも全部目の前にいるロボ子さんのせい?

 

「心配しなくていいよ。ちゃんと元いた世界に戻れるから」

 

「…そうなの?」

 

「うん。もちろんそのための条件があるんだけどね」

 

ロボ子さんは一口お茶を飲み、改めて私を見つめてくる。

 

「――どうか、この世界を救ってくれないかな?」

 

「……。えぇ!?私が!?」

 

いきなりの発言に、少しの間理解ができないでいた。ロボ子さんの発言に理解が追いついた際、とんでもない事を言われたのだと自覚する。

 

「いきなりすぎるよ。だいたい私なんかが…」

 

「大丈夫だよ。ボクがサポートするからっ!」

 

半分押し付けられた感が凄いが、元いた世界に戻るためにも嫌々と提案を引き受けた。

 

「それで、世界を救うって何をすれば…」

 

「過去に戻るのさ」

 

「え?過去?」

 

「そう。ただ、過去に戻ることは不可能って言われているから、過去の時間軸でこの世界と同じであって違う世界へ行くの。そこの過去を変えてくれば、繋がってこの世界も変わるってわけ」

 

少し難しい話をされ、真剣に頭を悩ませる。

しばらく考えて出た結論。

 

「同じであって違う世界。――Parallel Worldってこと?」

 

私の導かれた結論に、ロボ子さんは微笑んで聞いていた。

 

「――やっぱり君で良かったよ」

 

それからロボ子さんの話を聞くと、この無人島において、最も別の次元に近いとされている【秘密の丘】があると言う。そこで、いわゆるParallel Worldへと行くことができるみたいだ。

今日はもう寝て、明日の朝向かうことになった。

ちなみに、夜ご飯はさっきロボ子さんが捕まえた兎の肉だった。

 

「…あ、このバッジ持ってきちゃった。まぁいっか」

 

咄嗟に握りしめたまま、兎を追いかけたせいで何かの騎士団の証であろうバッジを持ってきてしまっていた。

勝手に持ち出したことで呪われなければいいが。

 

「あ、寝る前にいいかな?」

 

布団に潜り、そろそろ寝ようとしたところでロボ子さんから声をかけられる。

 

「どうしたの?」

 

「まだ君の名前を聞いていないと思ってね」

 

確かに言われてみれば、ロボ子さんが一方的に名前を打ち明けただけで自己紹介はまだだった。

 

「私は時乃 空。改めてよろしくね」

 

「――ときのそら…そらちゃん、だね。よろしく」

 

そんな端的な言葉で区切り、お互いに寝ることにした。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

早朝、ロボ子さんに連れられて【秘密の丘】へとやって来た。

 

「それじゃあ、頑張ってね」

 

「えぇ!?私何も説明されてないけど!?それにロボ子さんは来ないの!?」

 

「ボクは、この世界を管理していないとだし。ちゃんと役目を終えたら自分の世界に戻れるから心配しないで」

 

「役目って…世界を見届けるっていうやつ?」

 

ここへ来る間に説明された話によると、「世界を見届ける」これが渡された役目のようだった。

だが、それだけの情報で他は何も無い。

 

「干渉したければしてもいいよ。――この世界を救うために、過去の出来事を良い方向へと進める。それがそらちゃんの役目」

 

「…。やってみる」

 

覚悟を決め、【秘密の丘】の中で、不思議な力を発揮している祭壇の上へと登っていく。

すると周囲が光だし、私の体ごと覆われていく。

 

「――頑張ってね、そらちゃん」

 

――最後にその言葉を聞き、周囲は完全にシャットダウンされた。



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▶1「沈没した海賊船」

――――――「不思議な体験をしてみない?」

 

 

 

目の前がシャットダウンしたと同時に、脳裏に響いた音声。少しロボ子さんに似ているようで、違う人の声に感じた。

今、このタイミングでこの言葉が投げかけられたのは偶然では無いのだろうと思ってしまった。

移動自体、時間に起こせばわずか数秒だろう。しかし、この不思議な体験を身をもってしている私――ときのそらにはとてつもなく長い時間に感じているのかもしれない。

 

やがて、暗転は終わりを迎え、少しずつ目の前に光が広がってくる――

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「いやぁ、今日は良い天気ですねっ。こんな日には広い大海原の真ん中で――」

 

「そんな事言ってる場合じゃないですよ、船長!!どうすんですかこれ!?」

 

船長と、そう叫びながらこちらへ走ってくるのはいかにも貧相な体つきをしている少年。その頭には黒いバンダナをつけ、トレードマークであるドクロが刺繍されている。

なぜこの少年がここまでして慌てているのか。その理由はもちろん、船長には分かっている。

――王国にケンカを売ったからだ。

 

「やばいわ!大砲の弾がこっちへ飛んでくるわよ!?」

 

一人の女船員が声を荒げる。

 

「…え?」

 

しかし、時すでに遅し。次の瞬間には、弾が船へと着弾し爆発音と煙を上げながら粉々になり、徐々に傾き始めていく。

 

「――あぁぁ!?船長の船がぁぁ!!」

 

そんな事件性のある悲鳴も悲しく、船員一同海の底へと沈んでいった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…うぅっ。船長の…船がぁ…」

 

「うるさい!」

 

気がつけば、看守と思わしき人物に手錠をされ訳も分からず道を歩かされている。

たどり着いた先は、地下牢と呼ぶのが一番相応しいであろう場所だった。

――幸い、迎撃された場所が港を離れわずか5秒進んだ所だったということ。

海もそこまで深くなく、船員一同仲良く捕まったというわけだ。

 

「――あーあ。ついに捕まったのかあんた」

 

そんな船長に近づいてきて声をかけるのは、王国に仕えている騎士団――白銀聖騎士団の女であった。

 

「…うるせえ、このおっぱいお化け!」

 

この女とは王国でちょくちょく出くわしていた。その度に、この海賊衣装についてコスプレなどと馬鹿にしてきてたのだ。

 

「…折角、船長がお金を集めて手に入れた海賊船…」

 

「それが、たった5秒で沈没船になったって訳か」

 

「うるさい!そもそも毎回毎回なんでお前がいるんだよ!」

 

事ある毎に、船長の目の前に現れてくるこの女。

変に運命などと言われても嬉しいことなど一つも無い。

 

「そう言われても、私も団長の命令で団員引き連れて問題発生場所に向かってるだけだもん。そのほとんどがあんたって事よ」

 

納得がいかない説明を受け、檻ごしに話しかけてくるこの女に一発ビンタをかましてやりたくなってきた。

 

「…あれ。団長から命令を受けるって…え?もしかしてお前偉い?」

 

白銀聖騎士団はかなりの人数がいる。それをまとめている団長と直接話す機会がある人物はかなり地位が高い人だけだろうと勝手に思っていた。

 

「…あー。あんた重要人物だったから自己紹介する必要がないと思って言ってなかったのか」

 

なぜ船長が重要人物に指定されているのかを問いかけようとするが、話を遮ってしまうため後で聞いておこう。

 

「それじゃあ改めて。私は白銀聖騎士団の副団長――白銀ノエルだよ」

 

「…副、団長?」

 

団長の支えとなり、団長と共に団員に指示をする立場。

それが副団長というもの。

 

「…ノエル様ぁ!どうか許してくださいぃ!」

 

「げっ。この女、人の立場を知ると一気に態度変えやがる…!」

 

さっきまでの、この副団長に対する態度など無かったかのように媚びを売り始める。

 

「んー。一応聞くけど…あんたの名前は?」

 

「おっ!その反応はもしや…!?」

 

「違う違う。あんたなんて呼び方、少し口が悪いかなと思ってるだけ」

 

「はいはい、そうですかそうですか」

 

「…なんで拗ねてんの?」

 

いくら重要人物で檻に入れられた人物とは言っても、流石に可哀想になってきたのかと優しく接してくる副団長ノエル。

 

「…まぁ良いでしょう。自己紹介をすれば良いんでしょ?」

 

「さっきからそう言ってるんだけど…」

 

「…おほん。Ahoy!宝鐘海賊団船長の宝鐘マリンですぅ!」

 

「…宝鐘海賊団?あの船って海賊船だったの?」

 

「海賊船になる予定だったんですう!てか海賊と思ってなかったなら何だと思ってたのさ」

 

「てっきりヤクザか何かかと…」

 

「いや、そっちの方が怖すぎるでしょ!?」

 

そんなこんなで、囚人と騎士団の副団長と言う普通では有り得ない組み合わせで、軽く小一時間程話し込んでいた。

主にお互いの罵倒ではあったが。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「てか、ノエルさぁ。なんでずっと船長の前にいるの?」

 

「仲良くなったわけじゃないのに呼び捨てやめて欲しいんですけど?」

 

「いやいや、だってノエル副団長とかノエル様って違うじゃん?」

 

「はぁ…」

 

船長こと、宝鐘マリンと長いこと話し込んでいたノエル。ノエルが抱いたマリンへの感想は――

 

「…めんどくせえ女だな」

 

「はぁ!?誰がめんどくさいですって!?」

 

「…はぁ。早く団長来てさっさとマリンの処置をして欲しいのに」

 

めんどくさいと言われ抗議をするが、スルーできない言葉を聞きその抗議を止める。

 

「…船長の、処置?」

 

「そりゃそうだよ。そもそも私がここにいるのはマリンが変なことしないか見張るためだし。わざわざ王国の中心、白銀聖騎士団の騎士堂の前で「王国のお宝は全部もらっていくぜ!」なんて馬鹿げたこと言うからだよ」

 

「…すんません。…海賊船手に入れて浮かれてました」

 

それから聖騎士団に追われ、冒頭の海賊船の沈没へと繋がる。

 

「…だから重要人物に指定されたんだよ?今、団長が他の船員の処遇を決めているところじゃない?」

 

「うぅ。船長のせいで、皆に迷惑かかるだなんて…」

 

思ったよりも心がガラスなマリンに対して、ノエルは少し困惑気味になっている。

 

「こう見えて船長強いんですよ?その気になれば、団員くらいなら倒してみせますよ!」

 

「…また変なこと言って」

 

「――それは聞き捨てならない言葉だね」

 

ふと二人が会話をしている所に、一人の男が近づいてくる。

 

「あ!団長!」

 

と、ノエルがその男を見て「団長」と呼んだ。

 

「…今さっき、団員くらいになら勝てると言ったかな?」

 

あ、終わった。これはどう考えても宣戦布告のソレでしかない。

 

「あ…いや、それは何と言うか…」

 

「面白い。良いだろう、君にチャンスを与える」

 

「え?チャンス?」

 

てっきり反乱に加え、騎士団に挑発した態度を取るマリンに対して即極刑を申し出ると思っていたが、予想外の言葉を受け驚いてしまう。

 

「今の感じ、どうやらノエルとは仲良さそうだったね」

 

「あ、いえ団長。別に仲良いわけでは――」

 

「そこで君には一つ、我々がいつもしている調査、これを一つやってきて欲しい」

 

団長はノエルの言葉をあえてスルーして話を続ける。その団長の態度に、勝手に仲良し認定さたノエルは複雑な気持ちを抱く。

 

「調査?…それを船長がやるってこと?」

 

そんなノエルの反応には目もくれず、マリンは団長に向かって今さっきの言葉について疑問を投げかける。

 

「そう。この世界では何も、人だけが暮らしてるわけじゃない。もちろん動物とか昆虫もいるが、最近暴れ回っているバケモノも多いと言われている。それを今、我々白銀聖騎士団が調査をしているのさ」

 

――バケモノ。その単語はマリンでさえも知っている。どこからやって来たのか、いつからこの地で生息しているのか。それらが全くもって不明な存在。時に人を襲い、時には人の手助けをするという習慣でさえも分かりきっていない。

 

「えぇ…。そんなのと戦うってこと…?」

 

「まぁ調査をする上で可能性はあるね。我々もまだ見たことは無いけどね」

 

そうは言っても会ってしまえば、戦う以外の選択肢は限られてくるだろう。

 

「…え、それってもしかして船長一人で?」

 

「流石にそこまでの事は言わないさ。君の船員たち全員で調査してきてほしい。それだけだと逃げられる可能性もあるから、5人くらい我らの団員も付けよう。それからノエルもね」

 

「――えぇ!?団長、私も行くんですか!?」

 

完全な飛び火だと抗議をするノエル。

ここでノエルを付けると言ったのはどう考えてもさっきの仲良し認定があるからだろう。

 

「仕方ない、ノエル…お互いに頑張ろう」

 

「……。マリンにだけは言われたくないんだけど」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

それから団長の命令の元、マリンたち宝鐘海賊団は地下牢から外へと出された。

 

「――という訳で、君たちの今後を決めるために調査に向かうことになりました」

 

詳しい説明はマリンしか聞いてなかったため、ノエルが改めて他の船員たちに一から事情を説明していく。

 

「…それで、調査ってどこ行くの?」

 

「…。えっと、団長が言ってたのはこの王国の端に不思議な屋敷が急に現れたんだって。しかも出現時の目撃者は無しと」

 

「え、何それ。ファンタジー?」

 

屋敷と言えば、かなり大きな建物だろう。それが急に現れるだなんて。しかも見てた人がいないなんて話、普通では有り得ない事だ。

 

「その屋敷の調査だって。一応、この【プラチナ聖王国】に害を及ぼすかどうか気になるからって国王から頼まれたみたいだよ」

 

「如何にも何かが出るような所じゃないですかそれ」

 

嫌々言いつつも、マリンにはノエルに従う以外の選択肢はない。

早速準備に取り掛かり、出発しようとしている。

 

「…それにしても馬車多いね」

 

「マリンたち海賊団の人数が思ったよりもいるからだよ」

 

我ら宝鐘海賊団は、船長であるマリンを除きその人数は18人もいる。

一つの馬車に乗れる人数はせいぜい5人くらいだ。総勢25人いるため、馬車は5台用意された。

 

「それじゃあ皆はそれぞれの馬車に乗ってね。変なことしないか見張っておくように」

 

ノエルが団員たちにそう声をかけると、それぞれ馬車に一人ずつ乗っていく。

 

「マリンは私と一緒ね」

 

「えぇ…何で馬車まで一緒にいないといけないの?」

 

「団長から言われたの。マリンが一番危ないし、私が一緒にいるようにって。私も嫌だけどしょうがないじゃん」

 

一言多いが、ノエルと馬車まで一緒になるのは少し…いや、かなり嫌だ。

本当に悪い意味での運命のイタズラなのではと思ってきてしまう。

 

「はぁ、仕方ない。決まったらならちゃっちゃと解決して、釈放してもらいましょう!」

 

「前向きなのは良い事だね。ちゃんと役に立ってね」

 

「分かっとるわ!船長の事なめないでもらえますか――」

 

「きゃっ!」

 

ノエルと言い争いながら馬車へ乗り込もうと一歩前へ出ると一人の少女にぶつかって倒してしまった。

 

「あぁ!ごめんなさいっ!」

 

「あーあ。いけないんだマリン」

 

後ろからおっぱいお化け(忘れた頃にやってくるあだ名)の野次が飛んでくるが気にせず倒れた少女に手を差し伸べる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「…あっ、はい。ありがとうございます」

 

少女はマリンの手を取り、立ち上がるとどうやら同じ馬車に乗る騎士団の団員のようだと気づいた。

 

「…一応自己紹介しておきますね。宝鐘マリンです。よろしく!」

 

「…あれ?私にした挨拶は?」

 

「全く、分かってないなノエルは。ちゃんと言う場所とタイミングがあるんだよ」

 

「へー」

 

まるで興味無さそうな顔と発言をされた。気にせず、自己紹介をした少女の方へと向き直る。

 

「あ、えっと…時乃 空です。…よろしく」

 

「ときのそらだね。よろしくっ!」

 

そんな軽い自己紹介も交わしつつ、全員がそれぞれの馬車に乗ったことでいよいよ屋敷を目指して出発した。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「いやぁ。この国を観光してるみたいで良いですね」

 

マリンは馬車の窓から外を眺めながらそんな事を言っていた。

 

「え。マリンってこの国に住んでるんじゃないの?」

 

「一言も言ってないよ?船長が暮らしてるのはこの国の近くの山奥のボロボロのマイハウスで――」

 

「いや細っ。…ってこの国の近くの山?それって【ドラゲ山】のこと?」

 

「そうだよ。…ぶっちゃけ山奥ってのは冗談で山の麓辺りだけどね」

 

そう答えると、ノエルが驚きの表情をしている。

 

「よくそんな所に住めるね」

 

【ドラゲ山】というのはこの付近ではとても有名な山。良い意味ではなく、悪い意味で。

それは、その山には「龍が住んでいる」と言われているから。

龍というのは、ありとあらゆるバケモノよりも凶悪な存在のこと。

 

「まぁ一度も会ってないけどね」

 

そんなマリンの事情を聞きながら、屋敷までの道を進んでいく。

主に話していたのは、マリンとノエルの二人だったが。

――片道30分近く、ついさっきまでいた【白銀聖騎士団聖騎士堂】が見えなくなり、代わりに怪しそうな屋敷の姿を捉えた。

 

「お、いよいよですね」

 

何かとはしゃいでるマリンは意外と乗り気になっていた。

――そんな中、一人ずっと俯いていた少女がいる。

ときのそらだった。

 

「――何でこうなったんだろう」

 

そんな呟きは誰の耳にも届かず、一人この言葉を噛み締めて瞑想することとなった。



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▶2「プラチナ聖王国」

――――――目の前に見えてくるのは、左右対称――いわゆるシンメトリーで出来ている大きな屋敷だった。その建物は、周囲の自然とは不自然な程かけ離れた紫や紺色がかった色合いをしている。

と、一人未だに現状を理解出来ていない少女がいる。

 

「――何でこうなったんだろう」

 

一人静かに、こんな訳の分からない騎士団と海賊団と共に、怪しげな屋敷に訪れることになった経緯を思い出していく。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

目の前に光が戻り、少しずつ周りの情報が目に入ってくるようになる。

 

「…ん。ここは?」

 

左右に首を振ると、すぐ目の前に大きな壁がある。少し視線を下に向ければ、ゴミ箱等が置いてある。

要するに、どこかの路地裏に飛ばされたというわけだ。

 

「…何だか、建物とかの造りが古い…って、そうか。過去に戻ったんだから当たり前だよね」

 

そんな感想を抱き、路地裏から大通りに出ようと足を進める。

 

「…!うわぁ…!」

 

大通りに出ると、たくさんの人達が賑やかにしている。現代とは違い、車が走るような道路は無く馬車やら竜車がたくさんの人の中に混ざって生活している。

 

「…すごい!…って、こんな場合じゃなかった!」

 

私が過去に遡ってきた理由。それは、ロボ子さんに呼ばれて飛んだ世界――Parallel World MAINと、ロボ子さんが呼んでいた世界を救うこと。

そのために同じようで違う過去の世界へやって来たのだ。

 

「でもどうすれば…?そもそも救うって…ロボ子さんの仲間とかが居たのかな?」

 

そうだとするなら、そのロボ子さんの仲間を見つけ共に行動すれば良いのだろう。

 

「あ、でも渡された役目は「世界を見届ける」こと…」

 

「世界を見届ける」――つまるところ観測者となって、その世界の結末をしっかりとその目に映すこと。

ロボ子さんが言っていた「世界を救う」ということとは少し矛盾しているようにも感じていた。

 

「…考えても分からないし。いろいろ歩いてみるか」

 

そんな小難しい役目は後回し。今は、目の前にある現代では見ることの出来ない街づくりにかなり興味を示していたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

歩き回ること約10分。この街には現代には無いものがたくさんあり、飽きることなく隅々まで探索していた。

 

「…すごい綺麗」

 

「そうだろ?それは滅多に手に入らない宝石なんだよ」

 

街の中にある一つのお店――【ジュエリーショップ】に訪れたときのそら。そこで見たことの無い宝石を眺めていると、体つきのいい店長らしき男性が近づいて話しかけてくる。

 

「そうなんですか?…これ、なんて言う名前の宝石ですか?」

 

「こいつはなぁ、「輝竜の鱗石」って言うんだ」

 

「…輝竜の鱗石?」

 

現代では聞いたこともないような宝石の名前だった。

 

「ああ。俺が手に入れた訳じゃねえんだが…なんでも、【ドラゲ山】に住む龍の鱗から取れた宝石って噂があるんだぜ」

 

【ドラゲ山】というのも初めて聞いた。

話によると、どうやらこの付近にある山で凶暴な龍が住んでいると恐れられているみたいだ。

 

「嬢ちゃん。もしかしてこれ欲しいのか?」

 

「い、いやぁ…。欲しいですけど、流石にお金が…。」

 

滅多に手に入らないと言う宝石。値段も他とは比べ物にならないだろう。

 

「でも、嬢ちゃんも宝石みたいなもん持ってるだろ?」

 

「…え?」

 

「こう見えても勘は良い方なんさ。さっき服のポケットからチラッと見えたが、宝石のような石のようなもの持ってたろ。てことは金持ちって事じゃねえのか?」

 

そう言い店長は、私の上着服のポケットに視線を向ける。

 

「あ…。もしかして、これ…?」

 

そう言いながら取り出したのは、ロボ子さんを見つける前に拾ったまま持ってきてしまった、何かの騎士団の証のようなバッジだった。

 

「――なっ!?」

 

それを見た途端、店長は驚きのあまり、一歩後ろへ下がってしまう。

 

「も、申し訳ないです!不遜な態度を取ったこと許してください!」

 

「えっ、えっ!?」

 

急な店長の態度に、ときのそらも動揺を隠せない。

 

「ど、どういう事ですかっ!?」

 

そんな態度の店長に慌てつつ、状況判断しようと質問をする。

 

「…嬢さん、それ「聖騎士団の証」じゃないですか。それを持ってるだなんて、聖騎士団の団員だけですよ…。」

 

「聖騎士団の証」――今手に持っている、二つの剣が交差するように描かれている逆三角形の形をしたバッジのことを見て、そう説明してくる。

 

「…もしかして嬢さん。聖騎士団の新人さんかい?」

 

「えっ…。えっと…。」

 

聖騎士団と言う単語も初めて聞く。だが、ここで知らないと答えれば盗んだのかと思われてしまうだろう。

ここはなるべく話を合わせつつ、情報を聞き出すことにしよう。

 

「実は、最近来たばっかりでここに詳しくないんですよ。」

 

「…そういう事だったんだね。いいよ、なんでも聞いてくれ。」

 

一先ず変に疑われずに済んだ。まず最初に聞くのはこの街についてだろう。

 

「…えっと、この街ってどんな感じになってるんですか?」

 

「え?ここ、街じゃなくて国だよ?」

 

――。早速やらかしてしまう。街と国では規模が違う。

こんな言い間違いをして怪しく思われなければいいが。

 

「なんだ。近くの街からやって来たのか。…ここは、【プラチナ聖王国】っていう国だぞ」

 

「…あ、ありがとうございます。」

 

とりあえず納得してくれたようでホッとした。

【プラチナ聖王国】――その言葉に、少し驚く。

 

「…どうしたんだい?」

 

少し考え込む姿勢を取ると、店長が不思議がって声をかけてくる。

 

「…あ、いえ大丈夫です。あの、聖騎士団の場所ってどっちですか?」

 

聖騎士団が主に活動をする場所を聞き、そこへ向かうことにしよう。そうすればもしかしたら元の世界へ戻るための鍵が見つかるかもしれない。

 

「…あぁ、最近来たからまだこの国の配置も覚えてないのか。騎士堂なら北へ進めばあるぞ」

 

「ありがとうございますっ」

 

騎士堂と、気になる言葉も出てきたが今は追及せず【ジュエリーショップ】を出て、早速北へと向かうことにした。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「――【プラチナ聖王国】って、もしかしてこの前本で読んだ…」

 

学校で読んだ歴史の本に出てきた言葉。

かなり古い歴史が綴られていて、有名な話がたくさん載っている。その本によれば、この場所の時間軸というのは――

 

「――500年前…ってこと!?」

 

自分で答えにたどり着き、自分で勝手に驚いている。

歴史の本に書かれていた年代は、現代からおよそ500年前くらいだった。

 

「…そんな過去まで遡るだなんて…」

 

てっきり、数年から数十年の過去かと思っていただけに、改めて500年前という規模に声を失ってしまう。

ここまで昔に戻って、本当に元いた世界に戻れるのか?

 

「…いや、今更そんな考えは遅いもんね。とりあえず騎士堂?って所に向かわなきゃ」

 

色々頭の中では考えつつもしっかりと足は止めず、店長に言われた騎士堂のある方向へと進んで行ったのだ。

――国というのはだいぶ広い。北に向かえばあると言われた騎士堂。色や形は聞いていないが、いくら進んでもそれらしき建物が現れない。

 

「…方向間違えた?」

 

方向音痴と言われるほどではないと自覚している。

流石に方向間違いの可能性はないだろう。

 

「もう少し進んでみるか…」

 

そう言い、足を止めずどんどん先へと進んでいく。

――それから20分ほど歩いただろうか。

 

「…はぁ、はぁ。…もしかして、あれ?」

 

ここまで長く歩くのは久々過ぎて、体中が痛い。

そんなやっとの思いで来た結果、目の前には他の建物とは一風変わった建物があることに気がつく。

 

「もう少しで――っ!」

 

あと少しでたどり着くはず。そんな期待を込めて、一歩踏み出すが体の限界がやって来た。

思わず力尽きて、地面に倒れ伏してしまったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…ここ、は?」

 

目が覚める度にこのセリフを言っている気がする。

 

「――目が覚めたかい?」

 

すると近くから男性の声が聞こえる。

びっくりして、体が跳ねそうになりながら起き上がりその声の主の方へと目を向ける。

 

「驚かせて悪いね。君を運んできたのは女性だから変な心配はいらないよ」

 

と、気を利かしてくれながらこちらへ微笑みかけてくる。

 

「あなたは…?」

 

「僕は白銀聖騎士団の団長さ」

 

白銀聖騎士団――おそらくさっきの話であった聖騎士団の事だろう。

さっそく証を見せて事情を説明――

 

「…あれ。無い…?」

 

ポケットに手を入れるがバッジが見当たらない。

もしかして倒れた時にでも落としたのだろうか。

 

「君が探してるのは、この証かな?」

 

そう言い、団長と名乗る男性が見せてくるのはときのそらが拾ったであろうバッジだった。

 

「大丈夫。君が盗みをしたとは思えないからね。恐らく君の親族の誰かが渡したのだろうね」

 

こちらの心配を払拭するように先回って現状の判断をしている。

 

「…あの、これから私はどうすれば…」

 

この団長がロボ子さんにとっての鍵となる人なのだろうか?

それならば、なるべくこの人と一緒に行動した方が良さそうだが。

 

「…そうだね。君を仮にだが団員として受け入れよう。我々と共に行動しながら、君の目的を一緒に達成することにしよう」

 

そう提案をされ、即答で返事をした。

それから、副団長の白銀ノエルと呼ばれる人の元へ行き、私が共に行動をする人――つまり、私の世話役にノエルが選ばれたのだ。

団長と一緒に行動できないのは困るが、ノエルの元でこの世界を見届ければ良いだろう。

 

「…世界を救う…」

 

その言葉は、どんな状況においても私が忘れてはいけない――ある意味での呪いの言葉となったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

そして、ノエルが居るからという理由で、今現在怪しげな屋敷へと向かわされたのだ。

 

「それじゃあ、準備と…少し休憩もしよう」

 

屋敷の目の前で馬車を停止させると、屋敷へ乗り込む準備をしようとノエルが声を上げる。

 

「……」

 

――干渉したければしてもいいよ。

別れ際、ロボ子さんが言ったセリフ。私的には、「世界を見届ける」という役目がある以上、あまり深く関われば変な事が起きるのではないかと思っているのだが。

 

「…バリバリ干渉しちゃってるじゃん!」

 

こんな所まで連れてこられることになるとは。

もう既に後戻りできないとこまでこの世界に触れてきてしまっている。

 

「…どうしよう。まぁ考えても今更なんだけどね」

 

いつも通りの納得の仕方をしつつ、とりあえず屋敷の中ではあまり目立たないように立ち回ろう。

実際の所、不気味な屋敷というだけでテンションは上がるが、リアルでその屋敷に挑むとなると少し気持ちが違う。

 

「…あれ?そらちゃん、こんな所で何してるんですか?」

 

と、端で一人色々と考えていたところに、一人の少女が近づいてくる。

 

「えっと、確かマリン…さん?」

 

「さん付けは要らないですよ。ちょっと気になってきちゃったんです」

 

「あ…マリン、ちゃん。ちょっと心を落ち着かせていた感じ?かな」

 

「なるほど。ノエルから聞きましたけど新人らしいですからね。無理もないですね」

 

違う意味として捉えられたが、詳しく説明しても意味が無いだろうと思い、そのまま納得してもらう。

 

「…マリン!ちょっと話あるんだけど!」

 

と、ノエル副団長がマリンちゃんに向かって声を上げる。

 

「何?もう後は屋敷の中に入るだけじゃん」

 

「そうじゃなくて。流石にこの人数で一気に行くのも大変でしょ。何人か見張り役置いておいた方がいいと思うの」

 

確かにこの25人という大人数で屋敷へ入るとなると、統率するのは大変になってくる。

副団長ならこれくらい問題無いだろうが、基本軍隊やら団体というのは指揮を執るトップの人物の下にも、小分けして小団体の指揮を執るそれぞれのリーダー格というのがいる。

ここにいる団員は全て、そういった小団体のリーダー格の存在にすらなっていない。

「…何人くらいで乗り込むの?」

 

「…んー。私とマリンは確定でしょ?後どうしようか」

 

「いや、まぁ船長が確定なのは今更言わないけどさ。というか皆で乗り込まないならそもそもこんなに来る必要無かったんじゃね?」

 

「あー。その事は考えになかったな」

 

「つまり船長たちは邪魔者扱いされたんですかね」

 

そんな何も考えていなさそうなノエル副団長の反応に、マリンちゃんは思わずため息を吐いてしまう。

 

「まぁ何とかなるべ。マリンは海賊団の中で2人くらい呼んどいて。こっちも2人呼んで6人で乗り込もう」

 

「りょーかーい」

 

深く考えずにマリンちゃんは他の海賊団の船員がいる方へと走っていく。

 

「一応私が面倒見ることになってるけど…そらちゃんはどうしたい?」

 

マリンちゃんが居なくなったのを確認して、ノエル副団長が私に向かって話しかけてくる。

――正直迷いどころだ。馬車で待つ方が安全かもしれない。だが、もしもこのノエル副団長がロボ子さんの救う人物の一人だとしたら。

一緒に行動する方が良いのかもしれない。

 

「――行きます」

 

「…分かった。それじゃあ準備して行きましょ」

 

行くという返答にノエル副団長は微笑みかけ、ときのそらの判断を肯定してくれたのだ。



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▶3「屋敷邸の少女」

――――――玄関の横には、他の家と同じように表札があった。

 

「――なんて読むのこれ?ナントカはね屋敷邸?」

 

「…潤羽屋敷邸でしょ」

 

漢字が読めずに悩んでいるマリンに対し、代わりに表札を読んだのは聖騎士団副団長のノエルだった。

屋敷へと乗り込むことになったのはマリンとノエル、それからマリンが選んだ屈強な男船員2人。そして、ノエルが世話する担当となっているときのそら、肉付きの良い男団員1人の計6人となった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…あれ。普通に開いてるねこれ」

 

マリンが扉に触れ、軽く引くと鍵がかかっていないのか、言われるがまま扉が開いていく。

 

「どうする?入っちゃう?」

 

「一応ここが危険か調べないといけないからね。入っちゃおうか」

 

どうやらマリンもノエルも行動派なようで、躊躇いも無く中へと入っていく。その様子を見る船員と団員の3人はその行動に呆れていた。

 

「そらちゃん。私のそばにいれば大丈夫だからね」

 

「は、はい!」

 

ノエルがそう呼ぶと、ときのそらは足を早めノエルの横へとやって来る。

 

「そう言えばそらちゃんの指数はいくつなんですか?」

 

「え?…指数?」

 

初めて聞く単語にときのそらは頭を悩ませる。

その反応が意外だったのかマリンも逆に驚いているようだった。

 

「え?…もしかして戦えない系なの?」

 

「隣街から来たらしいよ。だから知らなくてもしょうがないんじゃない?」

 

「あー。…いや、申し訳ないなそらちゃん」

 

ノエルに初めてあった際、自分の出生を聞かれ【ジュエリーショップ】で近くの街からやって来たのかと聞かれた言葉を使い、隣街からやって来たと言ったのだ。

最初の反応は、まるで哀れむような感じだったが次第に色々と手助けをしてくれるようになった。

 

「簡単に説明するよ。指数ってのはその人の強さを表す数値みたいなもんだよ」

 

「そこまで正確かは微妙だけどね」

 

何も分からないでいるときのそらに、マリンが一から優しく説明を始めてくれる。

 

「強さを数値化したってこと?」

 

「そうだよ。で、[気力指数]と[魔力指数]があるの」

 

「両方とも高いほど強いみたいな感じだよ」

 

よくあるゲームでのATKとMPみたいな物だろうか?

マリンの説明をちゃんと聞きながらときのそらは頭の中で整理していく。

 

「他に、「特殊能力」を持ってるのもいたりするんだってさ。あと、指数の数値が4000前後でそこそこの強さ。10000を超えるのは世界で1割くらいって噂だよ」

 

「この前測ったけどマリンは思ったより低かったね」

 

「――って、お前さっきからやかましいわっ!!」

 

マリンの説明に一言付け加えるノエル。限界が来たのかマリンがノエルに怒鳴り散らかす。

 

「…マリンちゃんの指数?」

 

「そう。マリンの「気力指数」は4800、「魔力指数」は1700だよ」

 

ノエルがそう説明をするが、初めての単語を覚えるのに必死なときのそらは数値を聞いてもあまり理解できないでいた。

とりあえず4000前後がそこそこな強さということから、マリンはまあ普通くらいなのだろうと感じている。

 

「ちなみに私は「気力指数」が7000で、「魔力指数」が900だよ」

 

「あー出たよノエルの自慢話。まあ「魔力指数」は船長より低いみたいだけどぉ?」

 

「魔力?いらないでしょ。パワーだよパワー」

 

マリンの挑発に対し、ノエルが脳筋のような言葉を返す。

そんな2人の言い合いのような会話が続いている中、ときのそらは一つ疑問を持った。

 

「…ここ、屋敷の中だよね?どこ向かってるの?」

 

「…ノエル?」

 

「…マリン?」

 

先頭を歩く2人は、ノエルのすぐ近くを歩いているときのそらの疑問に足を止め、お互いを見つめ合っている。

屋敷の扉を開け、中に入った途端から2人の言い合いは始まった。そして、そのまま真っ直ぐ歩いてきたわけだ。

――ここまで屋敷の中にいると思われる人とは誰一人出会ってないことも知らずに。

 

「どうする?もうこのまま最奥の部屋だけ確認して戻る?」

 

「んー。そうだね。一応、最奥の部屋行こうか」

 

マリンの提案を受け、ノエルが決断する。おそらく屋敷の渡り廊下となっている部分を歩いているわけで、両サイドに別れ道や部屋があるであろうなどがついている。

真っ直ぐ前を見れば、一際目立つ扉があるわけで、マリンとノエルはその部屋だけ見ればいいだろうと納得していた。

 

「…大丈夫なのかな」

 

ここまでの2人の行動を見て、ときのそらはさっき気力や魔力などと話していた2人のことを、本当に強いのかと変に疑い始めてしまっていた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「ここも開いてるのかな?」

 

最奥の扉の前までやって来て、マリンが扉を開けようと手をかざす。

 

「…!船長、後ろっ!」

 

「…へ?」

 

その時、後ろで船員の一人が声を荒げる。

 

「…っ!?」

 

何事かと後ろを振り返るマリン。そこにいたのは――

 

「――お化けぇ!?」

 

「てぇい!」

 

マリンに襲いかかろうとしていたのは、人型ではあるものの下半身が透けていて宙を漂っている――正真正銘のお化けだった。

咄嗟の出来事に反応できないでいたマリンの代わりに、ノエルが腰にぶら下げていた武器を手に取り、お化けを攻撃する。

 

「――ッ!」

 

「えぇ!?お化けに物理の当たり判定あるの!?」

 

ノエルの一撃をまともに受けたお化けはたちまち姿を消していなくなってしまう。その光景に助けてもらったはずのマリンがツッコミを入れていた。

 

「…マリンもしかして戦えない?」

 

「なわけあるかっ!船長だってちゃんと武器が――」

 

ある、と言いかけて動きが止まる。そしてノエル――いや、他の同行人を見て船長がか細く答える。

 

「――スゥ。船長の武器…馬車に置いてきちゃいました」

 

「…つまり?」

 

「――今回は船長の出番ないですね」

 

その言葉を受け、ノエルが唖然とする。

これではマリンが来た意味の半分程なくなってしまっている。

 

「――お荷物か」

 

「だぁれがお荷物だ!!」

 

辛辣な扱いに対してマリンが抗議する。

しかし今はそれどころではない。

 

「さっきの…お化け?」

 

ついさっき襲ってきたものに対しての全員の答えは「お化け」だった。

 

「お化けっていうにはかなり物騒だったけどね」

 

「…とりあえず中に入ろうか。恐らく誰かいると思う」

 

ノエルがそう言い、自ら扉に手をかけ躊躇いもなく勢いよく扉を開いた。

 

「――えっ?」

 

そして中に誰がいるのかと確認する全員。

その目に映った光景は――

 

「…ほら。ちゃんと食べないとダメでしょ?」

 

長テーブルに座り、食事をとる3人の家族だった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

ついさっき「お化け」が襲ってくるような屋敷の中にしては異様な光景で、唖然とするのも無理なかった。

 

「…あら?お友達さん?」

 

家族の中の母親であろう人物がこちらの存在に気づき、そう言葉を発する。

 

「――あ、白銀聖騎士団副団長の白銀ノエルと言います。今回は突如現れたこの屋敷が王国に害を及ぼすのかを確認に来ました」

 

元々の役目として、害を及ぼすかを確認するためにここに来ている。

遅れながらに思い出し、自己紹介も兼ねてノエルが3人に対して説明をする。

 

「あなたたちはいつからここに?目的は?害は及ぼしませんか?」

 

ノエルが畳み掛けるように質問を繰り返していく。

だが、3人とも無表情のままこちらの質問に応えようとしない。

 

「…どうなのですか?返事をしないのであれば害を及ぼすものと認識します。その場合はここからご退去願います」

 

ここまで話して、ようやく1人の男性――父親であろう人物が立ち上がり、こちらに視線を向けてくる。

その行動に一瞬だけノエルが身構える。

 

「――うるさい」

 

最後まで沈黙を貫いていた10代程の見た目の少女が「うるさい」と、そう呟いた。

――瞬間、立ち上がったはずの父親の姿が消えている。

 

「――っ!?」

 

「副団長!!」

 

咄嗟に団員の1人が片手剣と盾を構えて、ノエルの背後へと回る。

 

「ぐっ…!!」

 

ノエルの背後へと近づいていた父親らしき男性が攻撃を仕掛ける。それに反応し、ギリギリの所で団員の防御が間に合った。

 

「…!いつの間にっ!」

 

遅れながらノエルも気づき、武器を取り出し応戦する。

 

「船長は戦えないのでそらちゃんを守っときますね!」

 

遅れて戦いに参加する2人の船員と、ノエル、団員の1人が男性へと攻撃を仕掛ける。

 

「――邪魔しないで」

 

再び少女が呟く。すると今度は母親らしき女性が姿を消し、ノエルの前へと突如現れる。

 

「…うっ!!」

 

女性の回し蹴りがノエルの腹部を直撃し、後方へと飛ばす。

 

「ノエル副団長!」

 

吹き飛ばされ、マリンとときのそらの近くで倒れ込む。

すぐにときのそらが駆け付けて心配をする。

 

「だ、大丈夫だよ。勢いは凄かったけど、ダメージはあんまりだから」

 

そう言ってすぐさま体勢を立て直す。

 

「…おそらくあの少女が一番偉いのかもね」

 

未だにテーブルに腰掛けたまま動かずにいる少女を見て、ノエルがそう判断する。

 

「でもこの2人中々強いよ。どうすんの?」

 

マリンの言う通り、戦い初心者のときのそらでさえも2人の強さを何となく感じ取れる。

 

「…直接あの少女に攻撃を当てればいい!」

 

そう言い、ノエルは自分の持つ武器を精一杯の力で地面に叩き込む。

 

「そ、そんなことも出来るんですかっ!?」

 

思わずときのそらは驚いてしまう。

ノエルの叩き込んだ場所から、少女目掛けて衝撃波が飛んで行ったのだ。

近距離型が遠距離技を使えるのは不意打ちなどにも最適だ。そのまま飛んでいく衝撃波は少女の元まで辿り着き――

 

「…ぐうぅ!!」

 

「なっ!?」

 

――辿り着いただけで、少女には当たらずに目の前に姿を表した男性がその攻撃を代わりに受け止めたのだ。

 

「何あれ…両親ともに瞬間移動使えるの?」

 

ときのそらを守る役目にいるマリンが、ここまで見てきてたどり着いた結論を話す。

 

「――いや、違うみたい…!」

 

ノエルの否定を聞き、マリンは再び男性を見る。

その体が透明になり、消滅していくのを。

 

「…っ!?あれも「お化け」!?」

 

「…副団長!!こっちの様子もおかしいです!」

 

女性側と戦っていた団員、船員がノエルたちに向かって叫ぶ。そちらに視線を向けると、女性の体は消えてはいないものの人形の糸が切れたように、崩れ落ちるようにその場に倒れ、動かなくなっていた。

 

「…これって、もしかして――」

 

異様な光景を目の当たりにして、ノエルとマリンが互いの顔を見合わせる。

そして、真実にたどり着いたであろう2人は徐に立ち上がった少女へと視線をずらす。

 

「――るしあの邪魔をしないで」

 

そう声を発した少女からは、凄まじい負のオーラを漂わせてこちらを睨みつけてきた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

少女が片手を体の前へと突き出すと、倒れていた女性の体がその手の中へと引き寄せられるように動き始めた。

 

「――るしあの家族。大切に扱わないとね」

 

自分の傍にまで手繰り寄せた女性の体に触れながら、何かを呟き始める。途端に、女性に触れている掌が淡い緑色に光り始める。

やがて光が消え始めた頃、女性が再びその生命を宿して目の前に立っていた。

 

「やっぱり。あの子は――」

 

「――「死霊術師」みたいだね」

 

ノエルとマリンが真実の答え合わせをする。

この屋敷で出会った男性、女性。それから扉の前にいた「お化け」。

これら全ては目の前の少女が操っていたということに。

「死霊術師」――別名で「ネクロマンサー」とも呼び、主に死者や霊を操る術を使う者とされている。

 

「――なんで皆るしあの邪魔をするの?」

 

そう言い、少女はこちらへ鋭い視線を向けてくる。

 

「…邪魔?別に邪魔なんて――」

 

「うるさいっ!」

 

ノエルの言葉を遮って少女が怒声を上げる。それに呼応するように女性がノエルへ襲いかかる。

 

「ぐっ!!副団長はあの少女を!!」

 

「ありがとう!」

 

女性の攻撃を団員と船員2人が受け止め、その間にノエルは少女の方へと走っていく。

 

「お願いっ、話を聞いて!別に害がなければいいんだよ!」

 

「うるさいうるさいうるさいっ!!」

 

ノエルによる説得はまるで届かず、少女は幽霊のような青白い火の塊を周囲に浮かび上がらせ、それらをノエル目掛けて飛ばしてくる。

 

「――」

 

「マリンちゃん…?」

 

ノエルと戦っている少女のことを見つめて、言葉には表せないような不思議な表情を浮かべるマリン。

そんなマリンを見てときのそらが声をかける。

 

「…いや、大丈夫ですよ。ちょっと気になって」

 

そう言ってマリンは再び視線をノエルと少女の方へと移す。その時のマリンの表情はいつも通りに戻っていた。

 

「…邪魔しないで…か」

 

マリンは一人、少女が何度も発していた言葉を心の中で反芻していた。



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▶4「心情と目的」

――――――激しい攻防を繰り返すノエルと少女。少女の飛ばす青白い火の塊――『怨恨』と、少女が呼んでいたそれを上手くかわしていくノエル。「激しい攻防」そう表したのは表向き。

実際のところはノエルが攻撃をかわしつづける防戦一方となっている。

 

「…くっ!」

 

「邪魔しないで!」

 

次から次へと『怨恨』を飛ばす少女に中々接近できずにいる。幸い、少女の操る女性を団員と船員2人が相手をしていることで少女にだけ集中することができる。

 

「話を聞いて!」

 

「嫌だっ!どうせお前らも皆と同じなんだからっ!」

 

必死にノエルは話し合いでの解決に持っていこうとする。しかし、少女は全くもって耳を貸す素振りを見せない。

 

「…やっぱり何か感じますね」

 

ふと、いつも通りに戻ったと思ったマリンがまたさっきと同じような不思議な表情を浮かべている。

 

「…マリンちゃん」

 

「…。おそらくあの少女は過去に何かありますね。…人間関係で」

 

「え?」

 

ときのそらを見て、少女のことについて話し始めるマリン。

 

「人間関係で?」

 

「そうです。「邪魔しないで」…これが何に対しての邪魔なのかは分かりませんが、少なからず私たちのことを追い出そうとしている気がしますね。これは他の人と関わりを持ちたくないからとも見えるんじゃないでしょうか」

 

そう言ってマリンは少女を見つめる。確かに今のマリン言っている意味はよく分かる。ここへ来た人物に対して、あの少女は歓迎していないことに。

 

「ただこれだけしか分からないですね。もっと核心的な事に気がつけば、もしかしたら耳を傾けてくれると思うんですが」

 

これ以上のことは、現状では憶測にしかならない。

どうしたもんかとマリンが頭を悩ませる。

 

「…ぐっ!!」

 

「ノエル副団長!」

 

防戦一方に思えた戦いに変化が訪れる。

少しずつ『怨恨』の対処で体力が奪われる中、少女の操る『怨恨』の数が増したのだ。それにより、死角からの一撃を受けてしまい、ノエルが軽く飛ばされそのまま尻もちをついてしまう。

 

「ノエル!」

 

マリンもその様子を見てノエルの元へ駆けつける。

 

「あの少女…こっちの話を聞いてくれない…」

 

「とりあえず強行はやめよう。埒が明かないよ」

 

ノエルの考えでは、一発叩き込み少女を大人しくさせて無理に話し合いに持ち込もうとしていたという。

そんなノエルに、マリンが珍しく冷静になるように落ち着かせていた。

 

「…どうするの?」

 

「とりあえずあの少女の話を聞きだすしかないっしょ。船長に任せておきなさい」

 

マリンが立ち上がり、武器もないまま少女の方へと近づいていく。

 

「…どうしてあなたは船長たちを追い返そうとするんですか?」

 

「…うるさいっ!」

 

さっきまでのノエルの問いかけとは若干意味を変え、マリンが少女に対して口を開く。そんなマリンに対しても態度は変わらず、容赦なく『怨恨』を飛ばしてくる。

 

「…ほっ!てっ!…うっ!?」

 

「おりゃあ!…仕方ないからマリンの援護してあげるよ」

 

「ありがとうノエル」

 

華麗に『怨恨』をかわす船長だが、ノエルと違い打ち返すことができないためどうしてもかわしきれない。そんなマリンのカバーに入り、代わりに打ち落としながらノエルがサポートをする。

――出会った直後では思いもしなかったであろうコンビとなっている。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…名前はなんて言うんですか?」

 

「…うるさい」

 

ここ5分程、マリンの問いかけと少女の攻撃が続いている。

マリンはその攻撃を最低限避けつつ、かわしきれないものはノエルがカバーしていく。

しかしこれだけ長い間カバーをするノエルにも疲れが見えてきた。

 

「ごめんっ、もうちょっと耐えて」

 

「はぁ…はぁ…大丈夫!」

 

この間、一度もマリンは少女に対して攻撃を仕掛けようとはしなかった。

 

「…皆と同じっていう皆は誰ですか?」

 

「…うる…さい」

 

「…はぁ…はぁ…その皆はあなたに何をしたんですか?」

 

「……」

 

ただひたすら、話を聞くよう説得するでもなく、マリンは少女の話を聞こうと――ただ、少女に寄り添ってあげようとしていたのだ。

 

「…あなたは――」

 

「――どうして」

 

合計で20分程だろうか。それだけの攻防を経て『怨恨』が消え、ついに少女が口を開いた。

それと同時に女性も再びその場に倒れ込み、相手をしていた団員と船員2人は少女の方へと目を向けた。

 

「――どうしてあなたは寄り添ってくるの」

 

「――話が聞きたいから」

 

少女の悲痛な問いかけに、マリンは迷わず答える。

 

「――害は及ぼさない。約束する」

 

これから少女が何を語るのか。そう思っていたノエルたちに告げた言葉は、ノエルが必死に求めていたこの屋敷と少女の在り方だった。

 

「…分かった。ありがとう」

 

ノエルがそれだけを残し、少女に背中を向ける。

 

「皆戻るよ。王国にこの屋敷は問題ないって伝えないと」

 

「…」

 

マリンが何かを言いたそうな表情をするが、それを分かっているノエルがマリンに撤退を促してくる。

――今は撤退すべきだと。

 

「…戻るか」

 

最後にマリンは少女の方へと視線を向ける。

少女は下を向き、初めて見た時とはまた違う不思議な表情を浮かべて動かずにいた。

一体何を思っているのか――その心情は少女にしか分からないものだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「良かったね。…何にもしてないけど」

 

「うっさい!船長のおかげで言質が取れたこと忘れないで貰えますか!?」

 

「はいはい」

 

道中でのトラブルなどもなく、無事【プラチナ聖王国】の中、【白銀聖騎士団聖騎士堂】へと戻ってくる。

意外にも時間がかかり、夕暮れ時となっていた。

王国にも連絡し、王国の端に現れた屋敷【潤羽屋敷邸】のことは一先ず許されたのだ。

そして、団長からマリン達の事を報告すると今回だけという条件で、罰金のみで許された。

 

「マリンも船員たちと一緒にがんばって返してね」

 

金額はそこまで多くはないが、マリンたちもほとんど持っていなかったため王国の仕事の手伝いをして支払うということになっている。

 

「返済期間が無期限で良かったですね」

 

「ありがとうそらちゃん…」

 

「ま、ずっと滞納したら報告するけどね」

 

「はいはい。全くノエルはもう少し労ってもいいんですよ?」

 

「――マリン」

 

他愛のない話の中、ふとノエルが真剣な表情でマリンの名前を呼ぶ。

 

「マリンはこの後どうするの?」

 

「……。もちろん、あの屋敷へ戻るよ」

 

戦いの途中から、マリンが少女に対して何を思っていたのか。

 

「マリンの心情が読めるような力はないからね。止めはしないよ」

 

「ありがとう。ついでに馬車を1台借りてもいい?」

 

「もちろんだよ」

 

2人は淡々と会話を進め、ノエルは馬車の用意をするために一度この場を離れる。

 

「もしかして1人で?」

 

「そうだよ。でもちゃんと戻ってくるから安心してくださいね」

 

どうしてもあの少女の事が放っておけない様子のマリン。

ときのそらに引けを取らないくらいのお人好しなのかもしれない。

それからしばらく待つと、1台の馬車を連れてノエルが戻ってくる。

 

「それじゃあ行ってくるよ」

 

「はい。気をつけなよ」

 

「えっ、ノエルが心配してくるとか気持ち悪っ」

 

「お互い余計な一言が多かったようだね!」

 

一時的にだが、共闘を経て仲良くなったと思っていたが前と変わらず、軽口を最後に交わしつつマリンが馬車に乗って【潤羽屋敷邸】へと向かったのだ。

 

「それじゃあ、そらちゃんは今日はもう休んでいいよ」

 

「は、はいっ」

 

ときのそらはマリンの安全を願いながら、宿の中へと戻って行った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

一人、3回目となる道を馬車に乗って進んでいる。

 

「…」

 

頭で考えていることはあの少女のこと。一刻も早く戻り、少女の気が変わらないうちに話を聞かなければいけない。

あわよくば――

 

「…友達、なれるかな」

 

ふと前を見れば、屋敷のすぐ前にまで来ていた。

その時、近くで大きな爆発音が聞こえてくる。

 

「な、何事ぉー!?」

 

そのけたたましい音に驚き、馬が急停止をする。

 

「うげっ!」

 

慣性の法則により、馬車から外へと飛び出るマリン。

すぐさま起き上がり、音の正体を探るべく周りを見渡す。

 

「…っ!これはバケモノ!!?」

 

未知数の存在で、上位層の人間が生態系を調査するようなモノだ。姿形は人型で、大きさは2mほどとあまりバケモノ感の印象がない。

 

「な、なんで今っ!?」

 

ノエルたちとここを通った際には出くわさなかったバケモノ。一人だからと狙って出てきたのだろうか。

 

「…見た目からしてA-ほどですかね!」

 

マリンが目の前のバケモノをそう格付けて、今度は忘れずに武器を取り出して臨戦態勢に入る。

マリンの持つ武器は取っ手の部分から鎖が繋がっており、先端には船のアンカーのような碇の形状の物が付いている。

 

「この船長の[マリンアンカー]で粉々にしてみせますよっ!」

 

マリンは武器の先端をバケモノ目掛けて投げ飛ばす。筋力はそこそこあるのか、一直線にその頭をピンポイントで直撃した。

 

「よっしゃ当たっ――って効いてないっ!?」

 

武器は弾かれ、バケモノも体勢を崩さないままこちらへと近づいてくる。

 

「こいつ…メタル系?」

 

マリンの知っている知識上では、バケモノは大きくわけて「メタル系」と「マギア系」に分かれている。

簡単に言ってしまえば、「気力」に強いか「魔力」に強いかの違いだ。

「メタル系」は「気力指数」による攻撃に強いのだ。

 

「それってかなーり船長ピンチじゃないですかね?」

 

そう言いながら何度もアンカーを投げ飛ばす。

しかし、それら全ては弾かれて有効打にはならない。

 

「…うぎゃあ!」

 

バケモノによる、振り下ろされた拳を間一髪のところで横へと回避するマリン。圧倒的な強さではないにしても、地面を少し削るほどの威力はあるみたいだった。

 

「…ぐきゃあ!!」

 

アンカーを投げては弾かれ、バケモノの拳を必死に回避。これを永遠と繰り返している。

 

「…ひぃぃ!!…これやばいって!」

 

回避に専念するあまり攻撃の手が緩んできている。

効かなくても一瞬の足止め程度にはなっていたが、攻撃が来なくなってからはバケモノの攻撃の回転率が増している。

いつの間にか馬車は壊され、馬も攻撃に巻き込まれその命を落としてしまっている。

 

「A-じゃないでしょこれ。船長の判断ミスっ!」

 

逃げ回るマリン。来た道を帰るという選択肢は元からなかった。

――少女に会うために来たのだから。

 

「――っ。しまった!」

 

そんなマリンにも絶体絶命の危機が訪れる。バケモノの攻撃により抉られた地面に足を取られ、倒れ込んでしまう。

その際に武器の[マリンアンカー]を手放してしまい、目前にはバケモノが立っている。

 

「――やばいっ」

 

マリンを目掛けてバケモノがその一撃を振り下ろして――

 

「グガァァァー!!?」

 

――瞑った眼を恐る恐る開く。自分の体に攻撃を受けた跡がないのを確認し、何が起きたのかとバケモノの方に目をやる。

 

「っ!!あなたはっ…」

 

すると、後ろへ倒れ込んだバケモノとマリンの間には一つの人影が。

 

「…幽霊ちゃんたち。倒しておいで」

 

そこにいたのは、マリンが会うために戻ってきた屋敷の少女だったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「ァァァー!!!」

 

目の前のバケモノは「メタル系」だろうと予想していたマリン。その予想は当たっていたらしく、少女の使う「魔力指数」を参照する攻撃を受け、大ダメージを負っている。

そして遂に息絶えたのか、バケモノはその場に倒れて動かなくなった。

 

「ありがとう、ございます」

 

マリンは少女の方を向き、助けてくれたことに礼を言う。

 

「あの――」

 

「――中に入って」

 

少女がそう短く答え、屋敷の中へと戻っていく。

それを追うようにマリンも武器を手に取って屋敷へと入っていった。

 

「…」

 

「――」

 

早速少女と出会った部屋の中へと入り、テーブルに座る2人。少女の操る霊か器用に紅茶を運んで、マリンの目の前へと置く。

 

「なんで、戻ってきたの?」

 

先に口を開いたのは少女の方だった。

 

「…あなたと、友達になりたかったから」

 

「――」

 

マリンがここへ戻ってきた理由。それを端的に、そして心の底から思っていることを、少女の目を真っ直ぐに見て答えた。

それを聞き、少女は目を見開いて驚いた。

 

「…えっ!?」

 

それを聞いた少女がどんな反応をするのか。見つめていたマリンは少女の反応に驚いてしまう。

涙を――流していたから。

 

「え、船長何か、やばいこと言っちゃった系…?」

 

慌てふためくマリンに対して、涙を流しながらも少女は首を横に振る。

 

「…ぐすっ、違うの。…こんなるしあと…こんなるしあの真実を知っても、友達になろうなんて…言ってくれる人が初めてだったから…!」

 

涙で下を向きながらも、マリンに対して少女はそう答えた。

 

「…あなたの、名前は何ですか?」

 

「…潤羽…るしあ」

 

「るしあ。船長はあなたを突き放したりしない。…過去に何があったのか聞いてもいいですか?」

 

潤羽るしあと名乗った少女。その少女の元に近づいていき隣に座ったマリンが過去の話を聞き出す。

一体どれだけつらい想いをしてきたのか。

 

「るしあはね…」

 

ゆっくりだが、少しずつるしあが過去について話し始めてくれた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

潤羽るしあの過去は辛いものだった。「死霊術師」という性質上、お化けや幽霊といったものとの交流が多かったるしあ。

そのため周りから不気味がられて、住む場所を転々として暮らしていた。両親もるしあが小さいうちに死んでしまい、「死霊術」によってあたかも家族3人で暮らしているかのように振舞っていた。

それを見た人達は、るしあに近づこうとしないもの、話そうとしないもの。中には屋敷に入り込み、住む地域から追い出そうとしたものまで。

そんな過去が続いたことで、ついさっきノエルたちがやってきた時も同じものだと勘違いして先手を打ってきたと言う。

 

「…マリンは、裏切らない?」

 

か細く、るしあがマリンに問いかける。

 

「当たり前だよ。簡単にるしあの側を離れませんよ。船長をそんな甘い女だと思わないでくださいねっ」

 

そう言って、マリンはるしあを連れて屋敷の外へ出る。

 

「ノエルたちもきっと歓迎してくれます。…行きましょ!」

 

「うんっ」

 

こうして、マリンはるしあを連れて【プラチナ聖王国】へと戻って行った。



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▶5「バケモノ」

――――――チリリリリリン。

朝からやかましく鳴る時計を止めて、体をゆっくりと起こす。時間を見れば、まだ朝7時前だ。だが、この時間の起床はいつも通りのためそのまま朝のルーティンへと入る。

ベッドから出て顔を洗う。水を飲んで、カーテンを開けて10分程日向ぼっこをする。

 

「…平和だなぁ。」

 

ここへ来てからは忙しい出来事続きで疲れ切っていた。

そんなときのそらは、ここ一週間程何事もなく平和に暮らしていたことに逆に不安にさえなっていた。

 

「…マリンちゃん流石だなぁ。」

 

マリンが二度目の屋敷へ向かったあと帰ってきた際には、1人の少女を連れていた。

あの屋敷の少女で、潤羽るしあと言うそうだ。

仲良く話しながら帰ってくる姿を見た時には、凄さと尊敬さを感じた。

 

「…私も頑張らなきゃ。」

 

「おはよー。」

 

ふと、部屋のドアが開く音がした。

 

「あっ、おはようございます!」

 

現れたのはノエルだった。

ときのそらが借りている部屋は、ノエルが使っていた部屋の1つでもある。その事もあり、ノエルが自由に出入りすることはときのそらも承知していたことだ。

 

「…あれ?今日は何かあるんですか?」

 

ノエルはこの部屋に入るなり、武器やら道具を袋の中へと詰め込んでいる。

 

「そうそう。そらちゃんも準備してね。…なんか団長が話があるって。」

 

そう言いノエルは身支度を進めていく。

 

「今日はマリンとるしあも来るみたいだから。」

 

あの日から一週間近く、マリンがるしあを連れて帰ってきたその日以来会っていなかった。

どうやら2人は一緒に住んでいるらしく、マリンはお金を返すために王国内で働いていたみたいだった。

そんな2人と会えるとなれば急がなきゃならない。

 

「久しぶりに会えるなぁ。」

 

早く顔が見たいと思い、ときのそらは急いで身支度をして、ノエルと一緒に部屋を出ていった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

白銀聖騎士団聖騎士堂へとたどり着く2人。

 

「…!団長!」

 

ノエルは周りを見渡して、団長の姿を見つけると声をかけ近づいていく。ときのそらもその後をついていくように歩き出す。

 

「朝早くありがとう。準備は済ましたかい?」

 

「はい。…えっと、どこへ行くんですか?」

 

どうやらノエルも行先を聞いていないらしく、団長に問いかける。だが、渋い顔をしたまま答えようとしない。

 

「……?」

 

「…皆が集まったら説明する。」

 

――それから数分後、呼び出されたであろう団員15人とマリン、るしあが到着する。

 

「マリンちゃん、るしあちゃん久しぶり!」

 

「そらちゃん久しぶり!元気そうで何よりですね。」

 

「おはようそらちゃん。」

 

2人が帰ってきた日に、ときのそらはるしあと仲良くなっていた。

そんな久しぶりの再会に心が弾んでいる中、聖騎士団の団長がこの場に集まった全員に対して、声を張る。

 

「――皆、集まってくれてありがとう。察している人も中にはいると思うが、この後僕たちは調査に出向かなくてはならない。しかも早急にだ。」

 

団長は淡々と説明をする。その間にも馬車の準備などを進めていく。

 

「…それで、向かう場所は?」

 

ノエルがしな団長に目的地を聞く。すると、一度ときのそらを見てから口を開く。

 

「…「ミリアム街」で今までに見たことのないバケモノが出たと言われた。」

 

「ミリアム街」――ときのそらは初めて聞くが、他の皆の表情はますます曇り始める。

 

「あ、あの…。」

 

「だ、大丈夫だよ、そらちゃん。私たちが故郷は必ず守ってみせるからね。」

 

身に覚えのないミリアム街という名前を聞こうとした際、何故だか更に身に覚えのない故郷という設定がついている。

 

「えっと…ミリアム街って…。」

 

「隣街の名前だよ。」

 

ときのそらの疑問をマリンが拾って答えてくれる。

隣街の名前――ときのそらは出生を隣街ということになっている。そこでバケモノが発見されたと言う事だから、団長が悔やむ顔でときのそらを見てきたのだろう。

 

「ミリアム街って、「疫病の街」って言われてるとこ?」

 

「っ!るしあっ、そらちゃんの前ではあまり言わないで。」

 

るしあの発言にノエルが慌てて口を閉じさせる。

そして何か耳打ちのようなものを始めた。

 

「あっ…。ごめんねそらちゃんっ!」

 

「あっ、いや大丈夫だよっ。」

 

疫病の街――決していい言葉ではない。そう噂される街ということから何となくその街の情勢が窺える。

…そこから来たというときのそら。皆が最初に哀れんでいた意味がようやく分かった。

 

「国からの命でもある。悪いが皆も力を貸してくれ。」

 

団長の覚悟の声を聞き、全員が馬車へ乗り隣街「ミリアム街」へと出発したのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

隣街とは言うものの、プラチナ聖王国が広いため外へ出るために馬車の力が必要となる。

10分程で王国外へ出て、すでに舗装されていない道へと差し掛かる。

 

「着いたぞ。作戦通り、それぞれ分かれてくれ。」

 

団長が馬車を止め、全員に呼びかける。

着いた。そう言われるが周囲の光景を見て疑問を持つ人がいた。

 

「…ここが、ミリアム街?」

 

視界内に映る建物のほとんどは廃れており、本当に人が暮らしているのかすら怪しいレベルで汚れきっていた。

そんな街の中に入ると、一斉に聖騎士団が散らばっていく。

――ここへ来る前の団長の話によると、今この場にいるメンバーは20人いる。5人で1チームをつくり、4つに別れてバケモノの調査ということ。

 

「さ、行こっ、そらちゃん。」

 

「はいっ!」

 

ときのそらはノエルと同じチームとなった。これは予想出来たこと。

 

「マリンたちも気をつけてね。」

 

「おうおう何だかやけに心配してくるな。」

 

「るしあ頑張ってね。」

 

「こら、無視すんじゃねぇ!」

 

マリンとるしあは同じチームとなり、聖騎士団の団員3人と一緒に行動することになっている。

 

「団長も気をつけてください。」

 

「ありがとうノエル。」

 

団長が率いるチームは早々に街の中央へ向かって走り始めた。

残り2つのチームにも、団員の中での実力者で固められたチームとなっている。

並程度のバケモノなら問題はないはず。

 

「…皆、強いもんね。」

 

ときのそらは聖騎士団の身近で生活していた。そこで皆の実力はある程度知っている。

更に言えば、学校で読んだ本――歴史書に載っていた聖騎士団の団長は30年もの間、役目を果たし加齢と共に引退し次世代へと託している。この本に載っている団長とはまさしく今の団長のことだ。

 

「ノエル副団長に聞いたらまだ15年しか務めてないって言ってたし。」

 

ここが過去ということは、歴史書通りに物語は進む。

そこからも読み取れるくらい団長は強い存在だ。

だからこそ、聖騎士団の強さは本物だと確信している。

 

――――――――――――――――――

 

 

「見つからないね。」

 

探索すること30分が経過。

廃れている貧民街とは言っても街なだけあってそこそこ領地は広い。プラチナ聖王国程まではいかないが、その半分近くはあるのではないだろうか?

 

「そうだとしてもここまで居ないとは。」

 

「やっぱりガセなのかな。」

 

脅威になり得るバケモノは人サイズより大きいのがほとんどだ。

ここまで見つからないとなると、嘘を伝えられた可能性が浮上する。だが、それと同時に――

 

「…国王がわざわざ嘘をついてまで聖騎士団を国の外に出すなんて有り得ないよね。」

 

ノエルも同じ疑問を抱えていた。

国王のために動いている、酷い言い方であれば国王の持ち駒となる存在をわざわざ遠ざける意味がない。

 

「…んー。もう少し違う場所を――」

 

――ドゴォォン!!

 

探してみるか。ノエルがそう言おうとした時、ふいに大きな爆発音が聞こえた。

 

「…きゃっ!?」

 

驚いた拍子にときのそらは耳を塞ぎ、目を瞑ってしまう。

そして音が止み、目を開けた時には――

 

「…っ!!?」

 

――すでに、ノエルと姿を現したバケモノが対峙している最中だった。

 

「そらさん!こっちです!」

 

団員の1人がときのそらを呼び、戦いに巻き込まれないようにと少しでも遠くへと離れる。

 

「ここにいれば少しは安全です!」

 

そう言って団員たちはノエルの方へと駆けていく。

 

「…っ!?」

 

ノエルとバケモノが向かい合っている中、先に動いたのはバケモノの方だった。

姿形は二本の足で立ち、背中からは羽根が生えている。

禍々しいオーラを放ち、バケモノを中心に周囲にオーラの塊が広がったと思うと、そこから新たなバケモノが生まれ始めた。

目の前に立つ禍々しいオーラを放つバケモノを小さくしたかのような姿だ。

 

「…これ、バケモノの「特殊能力」?」

 

ノエルは今までに見たことの無いような行動から、そう答えを導き出す。

一定以上のランクのバケモノは「特殊能力」を持っている。

 

「だ…だとしたら、Sランクって事ですか!?」

 

団員の一人が、ノエルの発言からそう声を上げる。

「Sランク」――「特殊能力」を持つバケモノで、実力はかなり高い。ときのそらが聞いた話によれば、今までSランクのバケモノと戦ったことは無いと言っていた。

 

「くっ…。仕方ない、倒すしかないよっ!」

 

ノエルが先陣を切ってバケモノが生み出したバケモノ(分かりやすく子バケモノとする)に攻撃を仕掛ける。

 

「パワーストライク!!」

 

ノエルが使う技の一つ。ノエルの持つ武器「プラチナメイス」に自身の気力を集め、思い切り叩きつける技。

応用で地面を叩けばこの前のような衝撃波を放つことが出来る。

 

「グガァァ!!」

 

その力は圧倒的。子バケモノは一瞬にして粉々に粉砕した。だがそれでも残りの子バケモノは多い。

 

「くっ。皆、子バケモノの相手お願い!」

 

「はいっ!」

 

団員が子バケモノの相手をし、ノエルが親となるバケモノと戦う。

 

「…どうしよう。」

 

この中で唯一戦えないのがときのそら。ただ見守るしかないこの状況を苦しく思っている。

 

「…でも。」

 

それと同時に思い浮かぶは、「世界を見届ける」この役目のこと。干渉しない今の状況が正しい過去の姿なのでは無いのか。

 

――そんなことを思いながらも時間は刻一刻と過ぎていく。

子バケモノを次々と倒す団員。その実力はしっかりと高いのだが、それに負けじとバケモノが子バケモノを生み出していく。

早いとこノエルがバケモノを討たなければ、戦況は悪い方に傾いてしまうかもしれない。

 

「おりゃあ!」

 

「グゥゥ!!」

 

ノエルの攻撃は通っている。だが、それと同時にバケモノの攻撃もノエルには通用する。

 

「ぐっ!!」

 

「ノエル副団長!!」

 

重い一撃をくらったノエルはときのそらの近くまで吹っ飛ばされる。そんなノエルに駆け寄り心配をする。

 

「…大丈夫っ。あのバケモノ強いね。」

 

ノエルはこちらを見てくるバケモノに対しての感想を素直にこぼす。

そんなノエルの事など気にもしないと言わんばかりに、バケモノはこちらへ突進してくる。

 

「…っ!!」

 

そんなバケモノの振り下ろす腕による攻撃を、「プラチナメイス」で受け止める。

バケモノの大きさはざっと3m弱。ノエルの約2倍近い巨体の攻撃を受け止めるその姿に驚きを隠せないでいるときのそら。

 

「おりゃあ!!」

 

「…!ありがとう!」

 

団員の一人が横からバケモノに攻撃を仕掛ける。

体勢が崩れたその一瞬を突き、バケモノの腕を跳ね返す。

気づけば、バケモノはノエルとの戦いに集中していたのか、新たな子バケモノは生まれ来ず、他の団員もバケモノを囲うように位置どった。

 

「…また子バケモノを増やされても困るし…ここでやっつける!」

 

ノエルは集中し、気力を底上げする。

バケモノも再び禍々しいオーラを放ち始める。

 

「やらせるかっ!」

 

団員たちはそのバケモノへと四方八方から攻撃を仕掛ける。

バケモノの薙ぎ払いをかわし、その胴体へと斬り掛かる。

ノエルの攻撃のための時間稼ぎをしてくれている。

 

「…!よしっ、皆離れてっ!」

 

ノエルは高く宙へ飛び、「プラチナメイス」に気を集める。

その様子を見た団員たちは、すぐさまバケモノから距離をとる。バケモノは宙に浮くノエルに視線を向け、今にもオーラを撃ち放とうとしている。

だが、それよりも早くノエルの攻撃が降りかかる。

 

「――メテオドライブ!!」

 

「プラチナメイス」が光輝き、目下にいるバケモノに向かって振り下ろす。途端に、複数の光がバケモノ目掛けて落ちていく。――まさに隕石が降るかのように。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

その出来事はあっという間に過ぎ去った。

気がつけば、ノエルの攻撃で土煙が舞い上がり、バケモノの姿が見えなくなっている。今のを受けてどのくらいのダメージを負ったのだろうか。

 

「…どうなんだろうね。」

 

ノエルがときのそらの付近に着地し、様子を伺っている。

土煙が収まり、バケモノの姿が顕になる――はずだった。

 

「…居ない?」

 

そこにはバケモノの姿は消えて無くなっていたのだ。

 

「今の攻撃で跡形もなく消し飛んだ…って訳でもないよね。」

 

不思議な出来事…だが、これは現実だ。そう悩んでいる中、ときのそらは視界の片隅に違和感を見つける。

 

「…ん?」

 

先程のバケモノのような、黒い影が南へと飛んでいっていた。

 

「どうかしたの?」

 

ノエルはそれに気づいていないのか、ときのそらに声をかける。

 

「い、いえ何でもないです。」

 

「…とりあえずそらちゃん一度馬車に戻って報告お願い。私たちはもう少し周囲を警戒しておくわ。」

 

馬車には1チーム待機チームがいて、そのチームが赤の狼煙を上げた時、全チームが馬車へと集合するという決まりをつけていた。

 

「分かりましたっ!」

 

ときのそらは急いで馬車の方――南へと向かって走っていったのだ。



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▶6「運命の歯車」

――――――時は少し遡る。

 

「ねぇマリン。バケモノ居なくない?」

 

探索すること約20分。歩き疲れたるしあはマリンにおんぶされた状態でそんな事を言ってくる。

 

「…ちょっと船長の背中でそんなネガティブ発言しないでもらえますかね?」

 

「だって居ないんだもん。戻ろう?」

 

「だったらせめて背中から降りてください。」

 

「やだやだやだ!疲れたもん!」

 

こんなやり取りがずっと続いているため、一緒に行動している団員は困り顔をしている。

 

「…あ、マリンさん!こっち何かいます!」

 

団員の一人がマリンを呼ぶ。

 

「んー?…バケモノじゃん!?」

 

すぐに振り返ると、そこには小さなバケモノが複数いた。

 

「…弱そう。」

 

るしあの率直な感想。しかし、それはここにいる全員が思ったことでもある。

 

「A-ランクじゃないですかねこれ。」

 

前に一度それで見誤っているのにも関わらず、再び格付けするマリン。

 

「数多いね。やるか。」

 

るしあがマリンの背中から「怨恨」を飛ばす。

1匹の子バケモノが、「怨恨」を受けて消滅した。

 

「弱っちいな。今回は船長の見立ては間違ってないみたいですね。」

 

そう言って調子に乗っているマリン。だが、子バケモノたちの様子が変わり、全員が1匹のとこに集まり禍々しいオーラを放ちながら光輝きだす。

――そして次の瞬間には、大きな羽根が生え、どっしりとした2つの足で立っている凶暴な姿へと変貌した。

 

「…もう船長格付けしない方がいいまである。」

 

マリンの格付けはことごとく外れていく。この見た目でA-ランクはないだろう。

 

「…とりあえずやばくない?」

 

姿を変えたバケモノは、マリンたちに向かってオーラを飛ばして攻撃してくる。

 

「ほいっ!」

 

それをかわして、マリンは武器「マリンアンカー」を手に取る。その拍子にるしあも背中から降りて、攻撃態勢へと変わる。

 

「そんじゃいっちょやりますか。」

 

「そうだねっ。」

 

るしあとマリンは強大なバケモノを相手にして、やる気が溢れ出ていた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

一緒に行動している団員には、周囲の子バケモノを相手してもらい、2人はSランク程のバケモノと対峙する。

 

「幽霊ちゃんたち…!」

 

るしあが、周囲に霊を呼び寄せる。「死霊術」というらしい。

 

「…「怨恨」!よし、行ってこいっ!」

 

呼び寄せた霊に、「怨恨」を重ねる。そしてその霊をバケモノへと突撃させる。

バケモノはそれを振り払うために、腕でかき消そうとした時だ。

 

「――グァァ!!?」

 

霊に付与された「怨恨」が発動し、バケモノの腕に触れた瞬間に大爆発を巻き起こす。

 

「え、強っ。」

 

「へへーん。ちょっとオシャレなコンボだよ。」

 

ただの「怨恨」だけでは、真っ直ぐ飛ばすしかできず爆発も起きない。「死霊術」によって操ることの出来る霊に付与することで自在に操る爆弾のようなもの。まさにテロのような攻撃方法だ。

 

「ま、流石にこれだけじゃ無理だね。」

 

かなりのダメージを負ったと思うが、バケモノがこちらを見る目は、まだ正気を保っているように見える。

 

「…るしあっ、船長の武器に「怨恨」付与できる?」

 

「できるよ?でもどうすんの?」

 

「今の見てちょっといいの思いついたのさ。」

 

言われるがままに、るしあがマリンの武器の先端に「怨恨」を付与する。

そのままマリンはバケモノめがけて投げ飛ばす。

 

「グァァ!!」

 

飛んでくる獲物を撃ち落とそうと、片腕を振り下ろす。

――そのまま腕は崩れ、貫通してバケモノの心臓に衝突する。

 

「――グギァァァ!!!?」

 

そのままバケモノは膝から崩れ落ち、地に倒れ付したのだ。

 

「すごい…!マリン、どうやったの?」

 

「バケモノが攻撃を阻止しようとしたことは分かってたからね。るしあの「怨恨」を盾に本命の武器による攻撃を必中させたのさ。」

 

何ともないとばかりに発言してくるが、「怨恨」の使い道を見てすぐに自分に応用できるのは並大抵ではないだろう。

 

「…あれ、バケモノは?」

 

「へ?いやそこに倒れ…てない?」

 

ついさっき倒したばかりだろうと言いかけて、マリンがバケモノの方を見るが、すでにその姿は跡形もなく消えていた。

 

「え?自然消滅…?」

 

「それにしては不自然すぎる気がするよ?」

 

マリンもるしあも、何が起きたのか分からずしばらくの間硬直していた。

そんな時、爆発音が微かに聴こえた。

 

「…っ!?何今の音…。」

 

「あっちはノエルの方じゃない?行ってみよっ。」

 

音の発生源を突き止め、マリンとるしあ、同行動する団員はノエルが居るであろう方向へ急いで走っていった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――そして、話はときのそら視点へと戻る。

馬車へ戻るため、来た道を走っているところだ。

 

「…っ、何あれ…。」

 

少し高い位置…丘のように盛り上がっている場所から見下ろし、馬車の近くまでやってきたときのそらが最初に感じたのは恐怖だった。

 

「…な、なんで…。…ノエル副団長が倒したんじゃ…。」

 

そこにいたのは、先程ノエルが倒したはずのSランクのバケモノがいた。

だが、それだけでは恐怖は感じない。同じ光景を前に見てるからだ。恐怖を感じた理由は――

 

「…っ。何あの大きいの…。」

 

Sランクバケモノより一回り以上も大きい、まるで龍のような形をしたバケモノがいたのだ。

 

「…!あれは団長っ!」

 

馬車のある方向へ目を向ければ、団長率いるチームが一休みを入れているところだった。

 

「早く行かなきゃ…!」

 

龍のようなバケモノはゆっくりだが、Sランクバケモノを引き連れ、確実に馬車のある方へと近づいている。

 

「…はぁ、はぁ!」

 

体力がないときのそらに、猛ダッシュの連続は地獄以上にきついものだ。しかし、ここで休んでいる団長に危険を知らせに行かなければもっと悲惨な結末を迎えるだろう。

 

「…はぁ!団…っ。」

 

馬車のある後ろの木々までたどり着き、あと一歩足を進め、団長に近づくバケモノについて危険を知らせようとした。その手前で何を思ったのか、ときのそらは足を止めたのだ。

 

「…役目。」

 

「世界を見届ける」――ときのそらがロボ子さんから頼まれた使命。ときのそらはこの過去を知っている。

 

「…団長は…。」

 

30年間、その責務を全うし、加齢による引退で団長の座を次へと託している。

 

「…ここで私が言えば…。」

 

本来、過去では起きなかったであろう事をしてしまうことになる。

「世界を見届ける」――その世界に深く干渉しても良いとロボ子さんは言っていた。

 

「…でも、それで過去が変わったら。」

 

そもそも頼まれた事は、世界を救うこと。そのために過去を良い方へと進めると言われた。

 

「…世界を見届けるのに…過去を救うために干渉する…。」

 

今になって気づく。

――ここには矛盾点があることに。

 

「――どういう事。」

 

今にも頭がちぎれそうな勢いで、この使命について必死に考える。

過去を救うには干渉する必要がある。

そもそも見届けるだけでは、同じ道を辿るだけ――ただの「繰り返し」に過ぎない。

 

「…はぁ…はぁ…!」

 

違う意味で息切れをする。今、必死に迷っている最中だ。

――歴史通りに事を進めば、ここは一先ず乗り切れるはず。

 

「…そうだよ。世界を…見届けなきゃ…。」

 

決して、自分の勝手な行動で過去の出来事を無かったことにしてはいけない。

直接、干渉せずとも世界を救う方法はいくらでもあるだろう。

今はそれを考えたい――だが、皮肉にも時間は止まってはくれない。

 

「グァァ!!!」

 

「…っ!?」

 

タイムリミットがやって来る。

バケモノが、馬車で休む団長とついに巡り会ってしまった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…なんだあれ!?」

 

団員がやって来たバケモノを見て、咄嗟に叫んでしまう。

 

「…なっ、ここまで大きいバケモノがいたのか!」

 

団長までもがその姿を見て驚きを隠せない。

ついさっき、30分ほど探し回ったが見つけたのは、小さなバケモノだ。こんな大きなバケモノを見過ごすわけが無い。

 

「…グァァァァァ!!」

 

龍のような姿をしたバケモノ――団長はその姿に見覚えがあった。

 

「…まさか、「幻龍」か!?」

 

団長がそう名前を呼ぶが、他の団員はピンと来ない。

 

「…あの、幻龍ってのは?」

 

「…この世界に君臨する、「五大秘龍」の一つだ。」

 

「っ…!!」

 

「五大秘龍」というのは、古くから言い伝えられており、何千年も前から世界各地を飛び回る、大災厄の龍だ。その強さから、「SSSランク」推定されている。

それぞれ、「幻龍」「輝龍」「宝龍」「彩龍」「幼龍」となっている。

 

「…いや、そんなはずがないな。」

 

唐突の出没に動揺していたのか、団長は深呼吸をして目前の龍のバケモノを見てそう呟く。

 

「…そもそも五大秘龍はここまで小さくないだろう。」

 

そうは言うも5m程は軽くある。

 

「…大丈夫だ皆。気を引き締めて倒すぞ。」

 

団員を鼓舞し、陣形を取る。

 

「…グァァ!!!」

 

途端に、龍のバケモノがこちらへ向かって尻尾を振ってくる。それをタイミング良くかわし、先手を打とうと団員たちが攻撃を仕掛ける。

 

「…くっ!?」

 

だが、団員の攻撃は手下のように、付いてきているバケモノによって防がれてしまう。

 

「…手下を連れるとは、一匹では何も出来ないのか?」

 

団長は軽く侮辱を言い放ち、剣を構える。

 

「…その手下ごとまとめて消させてもらう!」

 

団長はその剣を頭上に構える。途端、凄まじい光が天をも貫かんと勢いよく溢れ出す。

 

「…くらうがいい!!」

 

それを目の前のバケモノめがけて撃ち放つ。

動きのゆったりとしたバケモノにそれをかわす術は無く、正面からまともに受け、光に包み込まれていった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…す、すごい…。」

 

ときのそらはその様子を見て、素直な感想を口にする。

戦いに巻き込まれないように、咄嗟に身を隠し、木々の隙間から戦いを見届けている。

 

〈――ヤルデハナイカ。〉

 

「…っ!?」

 

光の中で響き渡る音に、団長だけでなく、団員も、隠れているときのそらも激しい恐怖感に煽られた。

 

「…手下じゃ…ないっ!?」

 

手下だと思っていたバケモノたちが、光の中で聴こえる龍のようなバケモノに吸収されていく。

つまり――

 

「…「特殊能力」か。」

 

〈――「分散」。小型ヲ生ミ出スト本体ハ弱マル。〉

 

丁寧に教える龍のバケモノは、他の小型を吸収し終えたのか、本来の姿を取り戻す。

 

「…嘘っ。ノエル副団長が戦ったのも…「特殊能力」で生まれたモノってこと…?」

 

同時に話を聞いているときのそらは、今の出来事を見て驚く。ノエルが多少なりとも苦戦した相手でさえも、本来のバケモノではなく能力で生まれたモノだったということに。

 

「…その姿…。」

 

団長がさっきまで浮かべていた笑みはとうに消え、真剣な表情となっている。

 

〈小僧ノ思ウ通リ。私ハ幻龍アヴニール。〉

 

そのバケモノ――龍は、確かに「幻龍」と答えた。

 

「…何故ここにいる。」

 

〈未来ヲ見タ。――コレハ確約サレタ事。〉

 

幻龍は静かに話す。そして、次の瞬間――

 

「…悪いが、ここで討たせてもらうっ!」

 

――再び気を高める団長。そして、団員が幻龍へ向かって走り出す。

 

〈――時間ガ勿体ナイ。消エルガイイ。〉

 

「――っ!!?」

 

「――団…!!?」

 

ほんの一瞬の出来事だ。団員は皆等しく、首から上が消し飛んだ。

 

「…っ!?」

 

これが本来の力。それを目の前にして、団長は初めて逃げたいと言う気持ちが芽生える。

 

〈――小僧。オ前モヤルノカ。〉

 

問いかける。これはつまり、見逃しても良いと言われているのだと確信する。だが――

 

「…ここで逃げれば団長ではなくなる。部下の死を無駄には出来ない!」

 

一歩前へ出て、戦う意思を捨てずにいた。

 

〈――伸ビ代ガアルノニ。勿体ナイ存在ダッタナ。〉

 

「きゃぁ!!?」

 

言葉を言い終えると同時に、台風が巻き起こったのかと錯覚するような風が吹き荒れる。

隠れていたときのそらにまで届き、その衝撃で後ろへ飛ばされ運悪く頭から落ち、気を失ってしまう。

 

「うっ……――」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「……んっ。」

 

目を開ければ、自分が茂みの中で倒れ込んでいることに気づく。

 

「…あっ!団長っ!」

 

少し考え、直前の出来事を思い出す。そして例え戦っているところだとしても関係ない。そのくらいの勢いで木々の間から抜け出し、戦況を把握しようとした。

その目に映ったのは――

 

「――団長ぉっーー!!!!」

 

――腹に大きな穴を開け、今も血が流れ落ちていく団長の姿。それを抱えてただひたすら泣き叫ぶノエル。周囲には9人の団員の死体。そして、同じように戦場を見て恐怖に青ざめいているマリンとるしあ、6人の団員が立ち尽くしていた。



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▶7「白銀聖騎士団団長」

――――――目の前の光景を目にして言葉が出ない。あれほどまでに強かった団長の姿は、想像もしなかった姿となっている。何より驚くべきところはそこだけでは無い。

 

「…戦死…ってこと…?」

 

今、団長は死の淵にいる。恐らく助からないだろう。つまり、これは団長が戦死したことになる。だが、しつこく言うようだが歴史書に書かれていたのは、「加齢による引退」。今の状況は実際の過去と明らかに異なっている。

 

「――団長っっ!!」

 

「――ノエル。…すまないな。予定、より…早くなってしまった…。」

 

「――団長っ!まだ大丈夫ですっ!団員の中で「治癒」が使える人を連れてきて…。」

 

「――もう、間に合わないだろう。…ノエル…君を、団長に…任命する…。」

 

「――っ!!まだ、その座は貰えませんっ!団長っ!団長っ――!!!」

 

ノエルの悲痛な叫びも虚しく、団長はついに息を引き取った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「……。」

 

周囲にはあのボス級のバケモノについてきた低ランクのバケモノが居残っている。こちらをただ見るだけで、襲いかかる気配はない。

その中、団長を抱えたまま地に座り、泣き崩れているノエル。――そんなノエルを誰が責められるだろうか。

残った6人の団員も現実を受け止め、涙を流している。

マリンとるしあは、そんな様子を見てかける言葉が見つからないでいた。

 

「…過去が。」

 

改変している。ときのそらはその現実に気づいた途端、血の気が引いていくのを感じた。

世界を救う。それは、世界を見届けることとイコールなのだろうか。

決してそうではない。世界を救う――つまり、「過去」を変えるには干渉する必要がある。

 

「…今回、私は深く干渉してないはず。」

 

それなのに「過去」は変わった。世界に変化が起きた。

ここから、一つの考えが導かれた。

 

「――私が来たこと自体が、すでに干渉した結果?」

 

本来の過去には存在しない異例の人物。それがときのそら。「世界を見届ける」ことが干渉しないことならば、すでにこの過去に現れてる時点で「世界を見届ける」ことは不可能となっている。

 

――干渉したければしてもいいよ。――この世界を救うために、過去の出来事を良い方向へと進める。それがそらちゃんの役目。――

 

ロボ子さんの別れ際の言葉を一言一句違わず思い出す。

過去に来た時点ですでに干渉している。

だが、世界を見届けなければいけない。

 

「…更に干渉する必要があるってこと?」

 

すでに変わってしまう過去に、更に干渉することで元の過去通りに物語を進めさせる。

その中で良い方向へ――世界を救う方向へと導く必要がある。

 

「…そういうことだったんだ。」

 

本当の役目に気がつくのが遅れたせいで、一つ手遅れな状況を生み出してしまった。

――今になって思う。本来であれば、ときのそらじゃない人物が団長に危険を知らせていたのではないかと。

 

「…もう、間違わない。」

 

直接的ではなくても、間接的に過去に干渉しよう。

元の過去をなぞるように、幸せな方向に持っていく。

――改めて、ときのそらは「世界を救う」決意をしたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

ときのそらが本来の役目に気づいた時、タイミング良くノエルたちにも変化が訪れる。

 

「…っ!マリンっ!」

 

るしあが何かに気づいたのか、マリンを呼ぶ。

驚いて振り向けば、居残っているバケモノがこちらへと近づいてきていた。

体長は2m程。人型の姿をしている、以前マリンがるしあに会いに行く途中で出会ったバケモノと似ているようだった。

 

「…数が多いっ!?」

 

周辺でこちらを見つめるだけで何もしてこなかったバケモノたち。数は5匹程しか居なかった。

だが、今こちらへ近づいてくるバケモノの総数は20を大きく上回る。

 

「…こんなボロボロの状態を狙ってくるとは。」

 

「これA+だよ…マリンっ!」

 

A+となれば軽い知性を身につけるとされている。

残るバケモノが集まり、ノエルたちが疲弊しているところを狙ってきたのだろう。

るしあが叫ぶと同時、マリンに襲いかかるバケモノに対して、マリンは武器を取り出し応戦する――

 

「…っ!!!」

 

「っ!?ノエルっ!?」

 

――その横から現れたノエルが、バケモノに一撃を与える。

やられはしないものの、大きく吹き飛ばされ大ダメージを受けたであろう。

 

「ノ、ノエルっ!?大丈夫なの…?」

 

「…っ!!」

 

るしあの声が届いていないのか、2人に反応することなくノエルは襲ってくるバケモノの集団へと足を踏み入れていく。

 

「なっ!?何してるのノエルっ!?」

 

「…っ、副団長!?」

 

マリンの叫びと、団員たちの驚きの声が重なる。

ノエルは単独で約20程のA+バケモノと戦う気なのだろうか。

 

「あいつ、自暴自棄になってるのかっ!?」

 

マリンはそう思い、ノエルを連れ戻そうと同じくバケモノの群れへと向かっていく。

 

「うっ!?」

 

だが、その行動を阻止しようとバケモノが横槍を入れてくる。

結果、ノエルと他の皆が分断された状況となる。

 

「ちっ…!」

 

るしあも襲ってくるバケモノに足止めされ、ノエルへ近づくことができないでいる。

 

「…マリンさん、るしあさんっ!!足止めしてくるバケモノは私たちが相手しますっ!」

 

6人の団員が前に立ちはだかるバケモノたちを見てそう叫ぶ。

こんな事を言うのは失礼かもしれないが、団員たちがA+を…しかも8匹を相手できるとは思えない。

だがそんな無謀なことを言う理由は明確だ。

 

「…ノエルさんは、死なせちゃ駄目ですっ!!」

 

「――ありがとう皆さん。…るしあっ。」

 

「分かってるっ!!」

 

マリンとるしあが相手するバケモノを6人の団員に任せ、2人はノエルを追ってバケモノの群れの中へと進んでいく。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――何を血迷ったのか、バケモノの群れの中へと進んでいく。

後ろから何か声が聞こえるが、それには反応をしない。

 

「…団長…。」

 

私が副団長に就任する前から、色々と稽古をつけてくれていた。そんな団長の実力は自分が一番知っているはず。

――だからこそ、ここに現れた「幻龍」を酷く憎んでいる。

 

「…っ!!」

 

幻龍は団長の腹に穴を開けたあと、ここから立ち去ろうとしていた。

かたきを討とうとしたが、幻龍から告げられたのは――

 

〈――小娘。オ前ハマダダ。〉

 

――見向きもされず、はるか遠くへと飛び去ってしまった。

 

「…ぐっ!!」

 

10を超えるA+ランクのバケモノ。まとめてなぎ倒そうとするが、気力を溜め込む隙がない。

 

「…くっ!?」

 

ただ一人、ノエルだけで10ものバケモノを相手するには限界があった。

横から近づくバケモノに気が付かず、回し蹴りが直撃してしまう。そのまま吹き飛ばされ、木に衝突し落下する。

 

「ま、まずい…!」

 

すぐに立ち上がり体勢を立て直そうとするが、衝撃の影響で思うように体が動かない。

 

「…っ!」

 

目の前には3匹のバケモノが立ち塞がる。

絶対絶命の状況の中、だがノエルはやけに冷静だった。

 

「――やっぱり、無理だよね。」

 

ノエルは武器を手放し、顔を伏せる。自分はここで終わるのだと察したのだ。

だが、ここで終わったとしても何も後悔はないだろう。

一匹のバケモノが大きく腕を振り上げ、そのままノエルを潰さんと叩きつけた。

 

 

「――馬鹿じゃないですかホント。」

 

「――えっ。」

 

不意に聞こえる声にノエルは驚き、前を向く。

そこにいたのは、バケモノの攻撃を受止めるマリンの姿があった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…マリン。」

 

「貴方が死んでも悲しむ人がいないとでも思ったんですか?」

 

マリンが告げる言葉に、ノエルはすぐに答えられない。

 

「…ノエルがいなければ船長は今ここに居なかったですよ。」

 

「え…?」

 

不意にマリンが話し始める。

後ろではバケモノが今にも攻撃を仕掛けようとしている。

危ないと、言おうとしたが声が出ない。

――このまま共倒れしてしまえば。

 

「…ノエルらしくないよっ!!」

 

「――っ!!」

 

マリンを襲うバケモノの攻撃をるしあが「怨恨」で防ぎながら、ノエルを叱咤する。

 

「…ノエルらしくないですよ。」

 

なおもマリンの言葉は止まらない。

 

「…最初は憎たらしい女でしたけどね。」

 

「…今もそうでしょ。」

 

「まぁそうだね。…でも今は違う考え方になってしまいましたよ。」

 

「…嘘は…良いよ。もう、私は…。」

 

「団長が死んだのが苦しいのは分かります。でも、前を向かなきゃいけないんじゃないですか?」

 

「…まだ無理だよ。私は…。」

 

「――いつまでもへこたれてんじゃねぇ!!」

 

「っ!!」

 

助けの声を否定し続けるノエル。そんなノエルについにマリンが怒声を発した。

 

「いつまでも過ぎたことを悩んでんじゃねえよ!!泣くなら後にしろ!今はノエルを大切に思ってる仲間のために戦えよ!」

 

「…っ。」

 

マリンがここまで激しい言葉を浴びせるのは恐らく初めてだろう。

 

「前を向けノエル!お前はこんなところで終わって良いはずないだろ!」

 

マリンの熱い想いがノエルの心に響き渡る。

 

「――っ。」

 

今のを聞いてノエルはどう思うのか。マリンはこんな経験がないため、説教やら説得というもののやり方が分からないでいた。

今の言葉で伝わればいいが。

 

「…ごめっ、マリンそっち!」

 

るしあが止めきれず、一匹のバケモノがすり抜けてマリンへと腕を振りかざした。

 

「やばっ…!」

 

マリンは咄嗟に反応し、武器を構える。

 

「――パワーストライク!!」

 

ノエルの一撃が、マリンに迫る腕を粉々に破壊し、そのままバケモノ本体へ追加攻撃を行った。

 

「グァァァ!!?」

 

そのままバケモノは衝撃で体が崩壊し、地面に倒れ伏したのだ。

 

「…ノエル。」

 

「ごめんマリン。…ありがとう。もう、大丈夫っ!」

 

さっきまでのノエルとは打って変わってその目には戦意が宿っている。

 

「…ここで死んだら、団長の意志を無駄にすることになる。」

 

「…良かった。…さてと、反撃と行きますか!」

 

相手はA+バケモノ。例えノエル1人が加わっても戦況は大きく動かないだろう。

だが、るしあもマリンもそんな考えはしていなかった。

――この3人ならきっと勝てる。その気持ちは誰も疑ってはいなかった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――あれから何十分経っただろうか。

いや、もしかしたら一時間近く経っていたのかもしれない。

いつのまにか『ミリアム街』の入り口は地獄絵図と化していた。

マリンとるしあをノエルの元へ行かせるために、奮闘した6人の団員の姿は、見るも耐えない姿に変わっていた。

 

「…ありがとうございます。」

 

そんな変わり果てた姿を見て、マリンは感謝の気持ちを伝えていた。

そんなマリンも人の事は言えないような、肩やら腕から血が滴っており、服もボロボロとなっていた。

 

「…そらちゃん、大丈夫でしたか?」

 

「は、はい。」

 

マリンがこちらへ近づいてくる。あの後から、ずっと茂みの中へと戻り隠れて様子を見ていた。

恐らくその判断は正しかっただろう。最後まで戦いに巻き込まれることがなかったのだ。

 

「ご、ごめんなさい…。」

 

「そらちゃんのせいじゃないから。あんまり思い詰めないで?」

 

るしあが駆け寄って何も出来ずにいた私を慰めてくれる。

そんなるしあの姿も、肌が見えている部分の至る所に傷がついていた。

 

「…帰ろう。」

 

ノエルが、戦死した16人の遺体を布で覆い隠し、馬車へと乗せ終えた。

 

「…そうですね。」

 

こうして私たちは馬車へと乗り、『プラチナ聖王国』へ帰るのであった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

その夜は疲れ切ってしまい、ときのそらは一人早めに就寝することにした。

他の3人は国王へ報告しに行くみたいだ。

そして別れ際、ノエルは正式に「団長」の座につくことを決めた。

 

「…明日から頑張んないと。」

 

そう思い、深い――とても深い眠りについた。

 

――早く起きなさい。

 

声がする。まだ眠って少ししか経ってないじゃないか。

 

――遅れるわよ!

 

誰の声だろうか。こんなにやかましくては眠れそうにない。そう思い、ときのそらはゆっくりと目を開け――

 

「…何してんの。もう7時になるわよ?」

 

――ベッドの上で目を覚ましたときのそらは、今の状況に理解が追いついていなかった。

 

「…へ?」

 

「へ?じゃないわよ。ほら、これ朝食のパン。早く学校行きなさい。」

 

それだけ伝えられ、部屋から出ていく。

 

「…え。」

 

今になって気づく。――ここは現実世界だ。

 

「…夢?」

 

夢にしてはかなりリアルな体験だった。あの不思議な洞穴の中で目を覚ます前、確か日付は9月2日。

今カレンダーを見ると、日付は9月3日となっている。

 

「…1日しか経ってない?」

 

やはりあれは夢だったんじゃないか。そう思い始める。

 

「…あ!学校!」

 

現実世界という事はもちろん学校に行かなくてはいけない。何せまだ高校2年生だ。

 

「行ってきまーす!」

 

「はい、行ってらっしゃい。」

 

急いで身支度をして、学校へと向かった。

――時刻は7時55分を指している。

 

「…セーフっ!」

 

ときのそらは自分の教室へと駆け込んだ。

ここ、『私立郷高校』の朝のチャイムは8時となっている。

 

「あ、空ちゃん。今日もギリギリセーフだにぇ。」

 

そんな私を見て、私の親友が出迎えてくれる。

 

「…はぁ、はぁ。お、おはよう、巫子ちゃん。」



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▶8「大好きな親友と大切な仲間」

――――――朝のホームルームを終え、1時間目が始まるまで15分の休憩時間がある。

 

「……。」

 

だけど、何か違和感を感じる。

まるで大切なことを忘れたかのような。

 

「…空?どうしたのそんな切羽詰まったみたいな顔して。」

 

「あっ…。」

 

そんな私の席に近づいてくる人物が1人。

りんごジュースの紙パックを片手に、私の机の上に座る。

少し制服を着崩しているギャル目のある私の2人目の親友。

 

「おはよう、すいちゃん。」

 

すいちゃんと、私が呼ぶ目の前の少女の名前は星街 彗星。

下の名前をフルで呼ぶ人は少なく、先生やそこまで親しくない人は、「星街さん」。私や巫子ちゃんは「すいちゃん」とあだ名で呼んでいる。

 

「…いやぁ、いつもと変わらないよ?」

 

「ふぅーん。そういえばみこちー。」

 

私が問題ないと答えると、それで納得したのか私の隣の席の巫子ちゃん――桜 巫子に話しかける。

 

「何ぃー?」

 

「今日も宿題みーせーて?」

 

「またかにぇ!今週も1週間コンプリートだにぇ!」

 

最近宿題を忘れる頻度が増えており、前までは週2くらいで巫子ちゃんの答えを借りてたが、今は毎日となっている。

 

「そういえばなんで毎回毎回みこなの?たまには空ちゃんにも頼んでよ。」

 

確かに私は学年1桁をキープできているため、宿題を写させてもらうなら打って付けだろう。…見せないけどね?

 

「…いやさぁ、空は頭良いじゃん?真似したら私っぽく無くなるじゃん。」

 

「…それどういうことぉ!?」

 

さりげなく巫子ちゃんはすいちゃんと同じレベルだと煽っていた。

ちなみに言えば、すいちゃんも巫子ちゃんも実際のところあまり変わらない。どっちも学年200人中140位くらいだったはず。

 

「ねぇ早く!先生来ちゃうじゃん!」

 

すいちゃんが巫子ちゃんに対して宿題の催促をする。

私の席は廊下側の1番端の列の前から3番目。そしてその私の左隣が巫子ちゃんの席。

その巫子ちゃんの2つ前、つまり1番先頭の席がすいちゃんだ。

 

「えぇ?しょうがないにぇ。」

 

巫子ちゃんはいつも優しく、嫌々言いながらも結局は宿題を写させてあげている。

 

「すいちゃん最近宿題してないのって…やっぱりあれの事?」

 

「そうだよ。」

 

短く、すいちゃんが答える。

 

「…あー。歌手?アイドル?とかになるっていう夢かにぇ。」

 

「アイドルだね。…待ってな2人とも!私がアイドルになった日には2人をVIPとして招待するよ!」

 

「おぉ!楽しみにぇ!」

 

「その日のためにサイン貰っとこっ!」

 

私にとってこの3人でいる時間がとても幸せ。

だからこそすいちゃんの夢を笑わずに、真剣に一緒に悩んであげられる。私にとって2人は、「大好きな親友」だから。

――だから、いつかすいちゃんがその夢を叶える日が訪れるといいなと、そう願いながら今日も一日授業を受けるのだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

あっという間に一日が過ぎ、もう放課後となっていた。

 

「それじゃあバイバイ。」

 

「またにぇー。」

 

「また来週。」

 

学校の登下校は3人一緒。そして、空の家が一番学校に近いためいつも最初に別れることとなる。

3人とも家は近く、彗星と巫子にいたっては道を挟んでお互い真正面に位置しているため、2人で残りの帰路を歩く。

 

「…なんか変だったね。」

 

「ん?何が?」

 

彗星が今日一日の空のことについて違和感を感じていた。

 

「変って…空ちゃんが?」

 

「そーだよ?なんかずっと上の空って感じ。」

 

「空ちゃんだけに?」

 

「……。」

 

「痛っ!…なんで無言で叩くにぇ!?」

 

そんな空の違和感に感じつつも、これ以上は考えるだけ無駄だと悟った彗星。

こんな感じのやり取りを、お互いの家に着くまで続けていたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「……。」

 

1人、自分の部屋で悩んでいる空――いや、ときのそら。

着替えはとっくに済まし、今はベッドの上に座っている。

朝から抱えているこの違和感は今になっても消えることは無かった。

 

「…夢落ち。」

 

最初はこれで納得しようと思った。

だが、どうしても夢では納得がいかない。

もちろん、向こうの世界で1週間以上も暮らしたこの感覚が夢で片付けるには無理があるというのも1つの理由。

そして、納得できない本当の理由は――

 

「――皆との出会い。…嘘はやだな。」

 

――短い付き合いだったかもしれない。それでも仲良くなれた皆とのこの思いを夢で終わらせたくはないのだ。

もうすでに私にとって「大切な仲間」だから。

 

「でも、どうやってあそこに行ったんだろう。」

 

ノエルたちと出会ったParallel Worldは、最初にロボ子さんと出会ったParallel World MAINという世界から移動した世界だった。

だが、その世界へ行く前には何も変化は無かった。

いつも通り、このベッドで眠って次の日の朝を迎えようとしただけ。

 

「…今日もベッドでただ寝れば行けたりするかな?」

 

最初は早く現実世界に帰りたい。そう思っていたが、今では向こうの世界での暮らしも楽しいものだと感じていた。

今は他に取れる選択肢がないため、いつも通りベッドで眠ることにした。

――再びあの世界で目覚めることができるようにと淡い期待を込めながら。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――早く起きな?

 

また聞こえてきた。少しでも起きるのが遅いといつも母さんが起こしに来てくれる。

だけどなんで今日も?だって今日は土曜日じゃないか。

 

――あれ?死んでる?

 

そんな訳ないじゃん。…あれ?声が、違う。

 

――ねぇ早く起きてー。

 

また脳内に響く声。少しずつ意識が覚醒していき、一体誰が私を呼んでいるのか?

その答え合わせをするために目を開けた。

 

「あ、やっと起きたー。」

 

目の前に立つ少女は、茶色で少し肩にかかるくらいの長さの髪を揺らしながらこちらを見つめてくる。

その瞳は金色に輝き、吸い込まれるような感覚に陥る。

 

「…?…どうしたのそらちゃん?」

 

「え?…え、ロボ子、さん?」

 

「そーだよ?」

 

この特徴的な姿。Parallel World MAINで出会ったロボ子さんだった。

 

「…というか。」

 

本当にただ寝るだけで来れちゃったのか。

 

「どしたの?」

 

「あぁ、いや、何でもないよ。」

 

不思議そうに見つめてくるロボ子さん。

私はつい何でもないと答えたが…言い終えた後に聞きたいことがあったのを思い出した。

 

「あっ、そう!私が行った世界はどうなったの!?」

 

「…ほうほう。現実世界へ帰還しても忘れなかったか。やっぱりボクの見立ては間違ってなかったね。」

 

「え?何のこと?」

 

「何でもなーい。とりあえず、そらちゃんが行った世界のことについてだね。」

 

ロボ子さんのセリフに疑問を持たなかった訳では無いが、今は気にすることないと思い先を進める。

 

「まず、そらちゃんが行った世界だけどちゃんとそこにも名前がついてるんだよ。」

 

「へぇー。」

 

今いるここはMAINと言う名前が付いている。

そこまで興味を示さないような反応をすると、ロボ子さんが少し焦った表情をする。

 

「なんか反応薄い!?…まぁとりあえず、その世界の名前はParallel World KINGDOMと言うんだ。」

 

KINGDOM――それが、私とノエル副団長たちと出会った世界。

 

「…今はどうなったの?」

 

「そらちゃんが見たまんまさ。ちゃんと過去は変わった。ノエルは本来より早い段階で団長に就任したからね。」

 

その言葉は少し胸に刺さる。だが、今はもう前を向くと決めた。苦い顔をしながらも話を続けていく。

 

「もう一度皆に会うことは?」

 

「できるよ。」

 

思ったよりも早い返答だ。「できる」と、聞いた時のときのそらの顔には嬉しさが滲み出ていた。

 

「それじゃあ――」

 

「――でも、あの世界にはもう行けないよ。」

 

「え?」

 

反対に、まさか否定されるとは思わなかったことに対して否定されたことでときのそらの動きが止まった。

 

「安心して。再び同じParallelには行けないけど、似た時間軸の別のParallelに入ればいい。」

 

「でもそれって…。」

 

あの世界で会ったノエルたちと同一人物なのだろうか?

そんな疑問が頭を駆け回る。

 

「回り回ってこのMAINにも干渉された。ここも変化が訪れたんだよ。」

 

「変化…?」

 

そう言われるが、前来た時と変わった様には見えなかった。

 

「――落ち着いて聞いて欲しいけど。」

 

そう一呼吸置き、次の瞬間想像もしないことが言い放たれる。

 

「本来はもっと酷かったけど…そらちゃんが世界を変えたおかげで、ノエルたちの死体は何とか消えずに済んだよ。」

 

「――え?」

 

死体?消えずに済んだ?

言っている意味が分からなかった。

 

「ど…どういうこと?」

 

「見た方が早いかもね。」

 

そう言われ、入り口を塞いでいたロボ子さんが横に退ける。

ゆっくりと、一歩ずつ前へ進み洞穴の外へと出る。

 

「…何これ?」

 

――そこには、布に覆われた人型の塊が5つ横たわっていたのだ。

 

「え…。これって…。」

 

一番端にある1つの布をゆっくりとめくる。

中から現れたのはプラチナ色の髪の毛。その顔の正体は、今話で出ていたノエル本人だった。

 

「――っ!!?」

 

それを見た瞬間、激しい嘔吐感に包まれる。

両手で必死に抑え、今にも吐きそうなこの気持ちを何とか堪えようとした。

 

「…ボクが運んだわけじゃないよ。そらちゃんが「世界を見届ける」――過去の世界を救った結果、ここに突如現れたのさ。」

 

ロボ子さんは何故死体があるのにこうも平気に話せるのか。ときのそらはそこまで親しく関わってなかった団員の死でさえも激しく動揺した。

それでいて、大切な仲間の死体を見て果たして冷静にいられるだろうか。

――この気持ちの悪い感覚が収まるまで、一日近くは要しただろう。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

ようやく吐き気が収まり、何とか声を発する状態にはなった。

それでもしばらくは正常ではいられないだろう。

 

「簡単に分かりやすく言うよ。――本来の歴史では、ノエルたちは跡形もなく消え去っている。それが、今ここに遺体として形を残している。…そらちゃんが過去に干渉し、世界を救ったからだよ。」

 

「…干渉?別に、そんな特別なこと何も。」

 

「特別じゃなくていい。そらちゃんがそこにいたという過去が存在していればいい。」

 

「…私がいた過去?」

 

少しずつ話が難しくなっていく気がするが、大切な話だろうと思い必死に理解しようとする。

 

「本来であればそらちゃんは居なかった。でも、Parallelを通してそこにそらちゃんが居たという過去が残る。…そらちゃんと関わった全ての人物が、大きく改変されるのさ。」

 

つまり、ときのそらが直接特別なことをしていなくても、ときのそらと関わったことで未来に影響を受ける人物がいるということ。

それらが積み重なり、結果過去は変わり、未来に変化をもたらすことになる。

 

「まぁ、あんまり難しく考えなくていいよ。」

 

それから少しの間、話を整理するために時間を割いた。

それと同時に確固たる意志を決める。

 

「あっ…皆の記憶は?」

 

今の話を聞いて気になったことがあった。

未来が変わったというのは分かる。そしたら、皆の記憶はどう変化するのだろうか。

 

「ちゃんと改ざんされる。新しくなった世界の記憶に切り替わるよ。」

 

…私と出会ったノエルの記憶。それは違うParallelでもその通りに引き継がれるという事だった。

その話を聞いて1つ引っかかる事がある。

 

「…分かるよ。ボクは何故消えた過去の記憶を覚えているのかでしょ?」

 

こちらの考えを見抜いて、ロボ子さんが先に口を開く。

 

「結論から言えば、ボクにもいるんだよ。「大好きな親友」が。その子の「特殊能力」のおかげかな。」

 

「…特殊能力?」

 

「そう。まぁ、まだ分からなくていいよ。」

 

そう言われ、一度この話に区切りがついた。

 

「…とりあえず、ここにいる5人…5人?」

 

遺体として残ったというのが、結果良い方向へ進んだということはとりあえず納得せざるを得なかった。

ただ、その内2人は知らない顔だった。

 

「…ノエル副団長…あ、団長になったんだったね。それと、マリンちゃんとるしあちゃん…。」

 

この3人はすぐに分かる。だが、残りの2人。金髪の長い髪で、尖った耳が特徴的な褐色の少女。

そしてもう1人は――人?頭から兎のような耳が生えている青髪の少女だ。

 

「…この2人とは出会ってないけど。」

 

「巡り巡ってこの2人も未来が変わったんだよ。つまり、ノエルたちとは知り合い…仲間ってことだね。」

 

あの後に出会った仲間なのだろうか。

でも、ノエルたちと同様遺体になっているということは――

 

「助かるとこまではいかなかったみたいだね。」

 

「――私、皆を助ける。そのためにここに来たんだから。」

 

こんな姿はもう見たくない。ノエルたちと会いたい。できれば、このParallel World MAINで。

――また、一緒に笑ったり、泣いたり…あのときの日々をもう一度繰り返したいと思った。

 

「ふふ。その返事を待ってたよ。」

 

そう言って、ロボ子さんが、褐色の女の子の体をまさぐった。

 

「な、何してるの?」

 

「そらちゃんが次のParallelに行くための準備。」

 

「準備?」

 

そう言いながら、何か探し終えたのか手を止め、ときのそらへとある物を渡してくる。

 

「…これは、矢?」

 

手渡されたのは、1本の弓矢だった。

 

「行きたいParallelに縁のある物を持ってくとそこに行けるんだよ。KINGDOMへ行ったのも偶然じゃないよ。」

 

確かに、行く前に「聖騎士団の証」というのを持って行ってた。

つまり、次行く世界はこの褐色の少女に縁のある過去ということだ。

 

「頑張ってねそらちゃん。ボクの…「大切な仲間」たちを救い出して欲しい。」

 

そのロボ子さんの儚い表情を見てときのそらは少し驚いた。

――こんなに切ない顔をするとは思ってなかったからだ。

これからいくつものParallel Worldを旅しようとも、決して忘れない――ときのそらにとって守らなくてはいけないと思った。

 

「…それじゃあ行くね。」

 

話の中、『秘密の丘』へとやって来る2人。

 

「うん。次行く世界は――」

 

ロボ子さんの最後のセリフと同時、再びあの暗転がやって来る。

 

――Parallel World FOREST。



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▶9「ハーフエルフ」

――――――ここは、神秘的な大自然――森の中。

本来、緑色という目に優しい色合いをしているここだが、今は血色に塗り替えられている箇所がいくつか存在している。

 

「…いたか!?」

 

「こっちはいねぇ!」

 

「くそっ…3人もやられたか。何としても捕らえるぞ!あんな女、滅多に見ねえ貴重な存在だ!」

 

「あぁ!…くくっ、今から好き放題に出来ることを考えると涎が出てくるぜ」

 

場違いと、そう一言で片付けられそうな輩が9人いる。

 

「――厄介ね」

 

そんな9人に追われて、1人木の上に隠れ様子を窺う人物が。

 

「とりあえず、この森は広い。あまり単独行動しすぎても「ボス」に叱られる。一旦引くぞ!」

 

1人の男性の声を合図に、9人それぞれが来た道を引き返して行った。

 

「――ふぅ」

 

木の上で一部始終を見ていた人物は、周りに人の気配がないのを確認すると地面へと降り立った。

 

「ごめんね妖精さんたち」

 

物騒な輩たちに追われ、3人を迎撃したものの、代わりに多数の妖精たちを失うこととなった。

 

「…きんつば」

 

その人物が、何か名前のようなものを発する。すると、近くの淡い光が集まりだし、やがて神々しく輝き出すと中から妖精――パンダのような妖精が現れる。

 

「とりあえず私は休むから、また監視よろしくね」

 

パンダの妖精に向かってそう告げると、コクリと首を縦に振って、そのまま森の中へと飛んでいった。

 

「――絶対に許さない」

 

輩たちが騒いでいた「ボス」。この森だけじゃなく、妖精の命まで奪ったあいつらを許すことはできそうになかった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

また訪れる不思議な感覚。意識を取り戻し、新たな世界を前に、その閉じていた目をゆっくり開く。

――Parallel World MAINで見た、あんな惨状には絶対させないと心に決めて。

 

「――森?」

 

辺り一面には木が立っている。その木々の隙間から差し込む太陽の光だけが唯一の光源となっている。

 

「…夜みたい」

 

昼間とは思えないくらい薄暗い場所だ。

とりあえず、周囲を見渡し誰か人がいないか確認する。

 

「…私がノエル団長と会ったのは、半日…いや、一日くらいかかった気がする」

 

偶然じゃないと、ロボ子さんが証明している。

「聖騎士団の証」を持っていたから、ロボ子さんが救いたいと願う人物の一人――白銀ノエルと出会うことができた。

それならば、今は1本の弓矢を持っているため、褐色の少女に出会えるはず。

 

「…え。この森の中から?」

 

どう考えても、Parallel World MAINの森林よりも広い気がする。

そして、その中のどこに転移したのかも分からない状態。とてもじゃないが、一日ちょっとで出会えるとは思えなかった。

 

「…嘘」

 

早速絶望を感じてしまう。と、そんな時どこかで音が聞こえた気がした。

 

「…よし、行ってみよう」

 

いつもの如く、考えるより先に行動するときのそらだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

音の発生源と思う方向へ進んでみたものの、全くもって何も変わらないままだ。

周りを見ても木がそびえ立つのみ。同じところを行ったり来たりしてるのではないかと錯覚してしまう。

 

「はぁ…はぁ…。なんか…Parallel Worldってもっとこう…」

 

現実では見ることの出来ない、それこそファンタジーのような世界観を思っていた。実際、【プラチナ聖王国】はそれに当てはまっている。だが、ロボ子さんと出会った所も、今現在いる所も現実で見ようと思えば見れる景色。

 

「…うぅ。疲れたぁ」

 

ここしばらく、さまよう事15分。そろそろ足の限界がやって来る。

 

「…それにしても、この感じ」

 

どこかで体験したことのあるような感覚に陥る。

 

「――あの森林地帯だ」

 

ロボ子さんと出会ったParallel World MAINにて感じ取った違和感の正体。

まさしく神秘的なそれは――

 

「妖精ってこと?」

 

この森にもあそこの森と同じように、無数の妖精が住み着いているという裏付けでもあったのだ。

 

――ガサッ。

 

「っ!?」

 

背後で物音がした。驚き、勢いよく振り返ると、宙に浮く物体と目が合った。

 

「…。パ、パンダ?」

 

横に細長い目を囲うように、黒色の体毛が生えている。全身は主に白色で、その色合い、耳の形、丸いしっぽから当てはまるのは「パンダ」しかいなかった。

 

「…んー。どうしたのきんつば?」

 

すると、奥から一つの人影が現れる。

 

「っ!!」

 

その顔には見覚えがあった。

――ただし、眠るように目を閉じた状態だったが。

 

「…敵意は無いみたいだね。てことはさっきの奴らとは違うのか」

 

その褐色の少女はこちらをまじまじと見つめ、一人納得している様子。

 

「…で、お嬢さんに聞きたいんだけどどうやってここにいるんだい?」

 

真っ当な疑問だろう。

ここで違う世界からやって来たと言うような事は言わない。

 

「えっと…道に迷っちゃって」

 

よくある言い文句だ。

とりあえず目の前にいる人物がロボ子さんが救うべき人物の一人なら、仲良くならないといけない。

とりあえず、この言葉を受けてどう反応してくれるのか。

 

「…ふーん。――ここ【フルーフ大森林】なんだけど。狙っていても、この森のど真ん中に来ることってほとんど不可能なんだけどね」

 

言葉を間違えた?雲行きが怪しくなっていくのを肌で感じ取っている。

 

「…迷って来れるはずないんだよ。――嘘をつくってことは、何か隠してるのかな?」

 

「…っ!?」

 

表情こそは柔らかいものの、こちらを射抜くその眼光には恐怖を感じる。

 

「――ふふっ。冗談だよ。そんなに怯えないで」

 

身を固くしているときのそらに、さっきまでの気迫はさっぱり無くなっており、笑いながら近づいてくる。

 

「えっと…」

 

「最初に言ったじゃん。敵意は無いんだねって。まぁ、本当に道に迷ったかは別として、もしかしてここに詳しくない?」

 

そう言いながら、近くのパンダの妖精を抱きかかえて質問してくる。

 

「…あ、はい。詳しくないです」

 

ここは嘘をつく必要もないため、素直に答えることにしよう。

 

「まぁそうだよね。この森、巷じゃ有名だから。目的も無く近づく人なんていないからね」

 

そこで、褐色の少女は、ときのそらのポケットにしまってある1本の弓矢に視線を合わせた。

 

「あれ。…あ、やっぱりこれ私の矢じゃん」

 

ごめんね。と、断りを入れてから、ときのそらのポケットにしまってあった弓矢を取り出した。

 

「昔どっかで会ったのかな?」

 

「えーと…」

 

怪しまれるわけじゃなく、淡々と楽観的に納得していく少女を見て、どこか団長に似ているなと思うときのそらだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

一通りの説明を受けた。

ここ【フルーフ大森林】は、迷いの森、呪いの森と揶揄されているらしく、一度入ると森から出ることが出来ないと言われているらしい。

 

「ま、その正体はこれなんだけどね」

 

左手を前へ突き出すと、その周辺に淡い光が集まり始めた。

 

「…妖精?」

 

「そう。この子たちが、森を動かしたり、幻惑を見せて迷わせたりしてるんだよ」

 

「…えっと、あの…」

 

名前を呼ぼうとして気がついた。

まだ、自己紹介をしていなかったじゃないか。

 

「あ、えっと私は時乃 空です」

 

「よろしくそらちゃん!私は不知火フレアだよ」

 

褐色の少女――不知火フレアと名乗る少女と改めて握手を交わした。

 

「それで、フレアさんはここで何を?」

 

「さん付けしなくていいよ。何かつけたいならちゃん付けで」

 

「フレアちゃん」

 

こっちの世界の人達はみんなフレンドリーだなぁ。

 

「そうそう。それでさっきの話の続きね。私はこの森に住んでるんだよ」

 

――え?森に入ると出られない仕掛けは妖精がしていると言った。そして、その森に住んでいるというフレア。

 

「…私、人じゃなくてエルフだから」

 

ときのそらが導いた結論を裏付けるように、フレアが自分の種族について答えた。

 

「エルフ…」

 

言われれば、尖った耳が一番印象に強いだろう。

 

「…ちなみに普通のエルフじゃなくて、ハーフエルフなんだよ」

 

「ハーフエルフ?」

 

「そう。人間とエルフの間に生まれたからハーフエルフ」

 

エルフという種族について詳しくないが、ハーフとなるとやっぱり珍しいものなのだろうか。

 

「…えっと、そらちゃんは戦えるの?」

 

ときのそらがハーフについて考えていると、フレアからそんな事を聞かれる。

 

「…戦えないです。すみません…」

 

何せただの女子高校生なのだから。

 

「てことは、奴らと逆の方向から来たのか。運いいね」

 

「その…奴らってのは?」

 

時折話しに出てくる第三者の人物。

それには心当たりがなく、純粋な疑問を浮かべる。

 

「…この森を襲った、「盗賊団」だよ」

 

「…盗賊団?」

 

しかも今、森を襲ったといった。つまり、フレアは狙われたということなのだろう。

 

「海賊団じゃなくて?」

 

「え?今どき海賊団っているの?」

 

「……」

 

可哀想なマリン。知名度は思ったよりもなかったんだなと心の中でそう思ってしまった。

いや、これはきっと時代が違ったり、フレアが世間に詳しくないんだろう。マリンの名誉のためにもそう思うことにした。

 

「まぁ、盗賊団はその名の通り色んな街や国から盗賊をしている重要犯罪人たちさ。ここ数年で現れたみたい」

 

そこまで昔からいた存在ではないということ。

 

「…そして、奴らの「ボス」ってやつが女を捕まえているらしくてさ。私も狙われちゃったんだ」

 

「フレアちゃんも?」

 

「そう。ハーフエルフなんてほとんどいないからね。エルフとハーフエルフの割合は9:1くらいじゃないかな。それのせいでさっき応戦してたの」

 

つまりハーフエルフという貴重な存在を見つけた「ボス」というやつは、フレアを獲物として狙ったということだ。

ここにフレアがいるということは、捕まえられなかったのだろうと思う。

また、いつ襲ってくるか分からない状態だ。

 

「な、何か力になることがあれば手伝います!」

 

戦えないとさっき言ったばかりのくせに生意気だと思われるかもしれない。

それでも、ロボ子さんを悲しませないために不知火フレアは守り通さなきゃいけない。

 

「お、優しいね。それじゃあちょっと一緒に居ようか」

 

フレアも断る様子がなく、2人は共に行動することとなった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

フレアが拠点としているのは、この【フルーフ大森林】の中心に位置する湖――【精霊湖】と呼ばれる場所の付近だ。

よく見ると、木でできた家が一件、ぽつりと建っている。

 

「さ、好きにしてていいよ」

 

「えーっと…」

 

家の中へ案内されると、すぐに紅茶を差し出される。家の中にも何匹かの精霊が居座っていた。

ただ、フレア忙しく家の中をうろつき回っているため、落ち着けと言われてもできそうにない。

 

「そうだ、そらちゃんの持ってたこの弓矢返しとくね」

 

そう言い、さっきポケットから取り出したフレアの弓矢を返される。

 

「いやいや、これフレアちゃんのでしょ?」

 

「そらちゃんが持っとけば何かの役に立つかもよ?」

 

半ば無理やり押し付けられ、結局弓矢を元あったポケットに閉まったのだ。

その日は特に何もせず、9時頃には2人とも寝てしまった。

――そして、次の日。

 

「んー。…騒がしいなきんつば」

 

目を覚ましたフレアは、外で監視しているはずのきんつばがやけにうるさいことに気づく。

 

「そらちゃん起きて。ちょっと出るよ」

 

「んー。…はーい」

 

眠い目を擦りながら、何とかベッドから起きる。

やっとこ意識が覚醒し、フレアの方を見ればすでにパジャマから戦闘服へと着替えていた。

金色の髪の毛は、頭の頂点のやや下側で一つ縛り――ポニーテールにしている。また、全体的に白色の服装で、スカートの片側には大きなリボンがついている。

太もも付近まである白いハイソックスや、白手袋をつけるという肌の露出を抑えているのかと思いきや、肩部分は大きく肌を露出して、谷間と、胸の下――へその少し上部分を逆三角に開けた服を着るという、大胆な姿でもあった。

 

「外行くよ。昨日の奴らかも」

 

そう言い、武器であろう弓を持って外へと出ていった。

 

「…あれ、弓矢は?」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

木の隙間から、遠くの方を覗いているフレア。

その隣に並んで同じ方向をみるが、何も見えてこない。

 

「まぁ人間ならしょうがないよ。とは言っても私もはっきりは見えてないけどね。…とりあえず撃ってみるか」

 

そう言い、フレアは弓を構える。だが、肝心の弓矢を所持していない。

 

「まぁ見てなって」

 

そんなときのそらの疑問に答えるかのように、[特殊能力]を使用する。

 

「――[弓変化]…『力の矢』」

 

そう唱えると同時、突如フレアの手の中には、赤く光り輝く矢が現れる。

 

「…これが、特殊能力」

 

実際に目にするのは初だろう。

 

「…この距離だとパワーないと届かなそうだし」

 

そう言い、標的を定め、弓を絞る。

そして――

 

「――ほい」

 

その手を離した。瞬間、弓矢は真っ直ぐに木々の隙間を抜けて標的へと向かっていく。

 

「さてと、どうなったか見に行きま――」

 

言いかけた途端、紫の魔法のようなものが飛んでくる。

間一髪、寸前のところでかわし、後ろへと距離を空ける。

 

「…強そうだね。奴らでは無いか」

 

「――見つけた。あなたが、ハーフエルフね?」

 

「――っ!!」

 

死地を共にくぐり抜け、仲間以上に大切な人物となった存在。そんな人物の死体となった姿を見てしまった後、平然と生きている状態の顔を見られるだろうか?

無理だろう。今にも心臓が飛び出そうな感覚になる。

なぜなら、そこにいたのは――本来、会いたかったはずのノエルたちだったから。



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▶10「盗賊団のボス」

――――――声が漏れそうになるのを必死にこらえる。

ロボ子さんの説明ではすでに過去が改変しているから、目の前のノエルはもちろん――隣にいるマリンとるしあもときのそらを覚えているだろう。

だが、もしも覚えていなかったら?

――そんな事を考えてしまう。

 

「…あ、あれ。もしかして、そらちゃん?」

 

――そのセリフを聞いた瞬間、先程までの思考は杞憂だったなと悟る。

 

「そらちゃん!久しぶり!」

 

ときのそらの存在に気づいた途端、ハーフエルフ――フレアとの間にあった剣幕は途切れ、マリン、るしあと共にノエルが駆け寄ってきた。

 

「いやー10年ぶりですかね」

 

「あんまり見た目変わってないね」

 

マリンとるしあが次々と言葉を並べていく。

その途中にあった「10年ぶり」と言う言葉が印象に残った。

あの、Parallel World KINGDOMから10年後――つまり、現代の約490年前がここの世界というわけだ。

 

「あれ、そらちゃんこの人たちと知り合いなの?」

 

そんなときのそらの様子を見ていたフレアがそう聞いてくる。

 

「…う、うん」

 

すぐに落ち着きを取り戻すのは難しい。

しばらくは正常を保てないかもしれないが、そこは何とか堪えよう。

 

「…そらちゃん、この子と知り合ってたんだ」

 

ノエルがフレアとときのそらを交互に見つめながら言う。

 

「…ん?それ、聖騎士団のマーク?」

 

フレアがノエルの服装に付いているマークを見て質問する。

 

「そうだよ。私たちは別にあなたに危害を加えに来たわけじゃない」

 

それを聞いたときのそらは、少し安心した。

仲間以上の関係――最早友達と言えるノエルたちと、ついさっき知り合ったばかりだが悪そうには見えず、ロボ子さんが救いたいと言う人物の1人であるフレア。

2人が対立してしまえば世界を救うのはかなり困難になるだろう。

 

「何しに来たの?」

 

「助けに来た。…より細かくいえば、今あなたを狙う「盗賊団」、それの制圧が目的」

 

「ふーん。…まぁ、そういう事なら助かるね」

 

フレアはすぐに納得した様子で、ノエルたちを歓迎した。

 

「私は、不知火フレア」

 

「フレア…良い名前だね。私は白銀聖騎士団団長の白銀ノエル。よろしく」

 

「よろしく、ノエル」

 

お互いに握手を交わす。そのまま、ノエルはマリンとるしあについても紹介をしたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「ほーん。王国でもかなり噂になってるんか」

 

ノエルが一通りの話を説明し、内容を理解したフレア。

フレアを襲った盗賊団というのは王国でもかなり目立つ動きをしているみたいだった。

 

「とりあえず盗賊団たちを抑えるように指示されてるのは聖騎士団の団員10人と私。それからマリンとるしあだけだね」

 

「ノエル団長は…」

 

「その肩書き言わなくていいよ。呼び捨てでもちゃん付けでも好きにして。私だけ団長はちょっと嫌だもん」

 

「あっ、うん。ノエルちゃんは団長なのに盗賊団関連に?」

 

団長や副団長といった要となる人物をそう簡単に動かさないのが常識だと考えている。

 

「今王国で騒がれてるのが盗賊団くらいだからね。団長である私も自分から率先してやってるんです!」

 

胸を張ってそう言うノエルだが、団長としての自覚を持って慎重に行動してもらいたいと心の中で思った。

 

「でも他の団員見当たらないよ?」

 

フレアが真っ当な疑問を言う。今この場にいるのは、フレアとときのそら、そしてノエル、マリン、るしあの5人だけだ。

 

「団員たちは来てないよ?私たちだけで来たんだもん」

 

「…あんたほんとに団長?」

 

フレアの言い分も分かる。ここまで好き勝手に動かれちゃ団員たちも苦労をするに違いない。

最も、団長だからこそこうやって自由に動けるのかもしれないが。

 

「今日はまず今狙われているという噂のハーフエルフを見つけることだったからね。一先ず目的は達成かな」

 

「そしたら次はどうするの?」

 

ノエルたちが来たという目的。その1つ目が達成されたことで次はどうするのかとるしあが聞く。

 

「今団員たちは盗賊団のアジトを詮索中だからね。報告があるまでこっちも下手に動けないかも」

 

「それじゃあ、一旦ウチに泊まってく?」

 

フレアがそんな申し出をする。

 

「え、でもノエルちゃん団長だから…」

 

「あーそれなら大丈夫。すでに国王に1週間ほど不在になるって言ってあるし。後のことは副団長に任せてるし」

 

「ほんと自由だね。それじゃあ、マリンとるしあも泊まる?」

 

「そうするわ。どうせ船長もやる事特にないし」

 

「るしあも賛成。妖精さんとか凄い気になるし!」

 

「おっけー…って、マリン今船長って言った?」

 

「ん?言ったけどどうかしました?」

 

「…。ごめんねそらちゃん?本当に海賊団いたんだ…」

 

フレアちゃんが何故か私に向かって謝罪してくる。

どちらかと言えばマリンちゃんに対してするのが正しいのでは無いだろうか?

 

「おいコラァ!なんか今かなーり船長を憐れむ目で見たよなぁ!?やんのか!?」

 

「ちょっ!落ち着いてよマリン!」

 

「ふっ!この私に勝てるかなぁ!?」

 

「フ、フレアちゃんまで乗り気になってる…」

 

フレアとマリンの表面上の言い争いは小一時間にも及んだという。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

その日は突然やって来る。フレアの家に泊まって3日目――ノエルたちが来た次の日に、団員から盗賊団の住処が分かったという報告が届いた。

思ったよりも早く進んでいる気がする。

 

「…前回よりもすぐに終われるかな?」

 

そうは言っても、気を抜かずしっかりと役目を果たさなきゃ。

 

「…よし。準備できた?」

 

その報告を受け、ノエルが皆に確認を取る。

 

「こっちは大丈夫だよ」

 

「るしあたちも大丈夫!」

 

各々準備を終え、フレアの家の外へと出る。

 

「それじゃあ行こうか」

 

報告を頼りに、盗賊団たちのアジトへと向かっていく。

森の中の移動に関してはフレアが1番詳しいため、先頭には、フレアと報告を受けたノエルが並んで歩いている。

 

「…ここ分かる?」

 

「あー…行ったことはないけど方角なら。こっち」

 

ノエルの目的地まで書いた地図を、フレアが実際の配置に置き換えて道案内をする。

そして、およそ30分ほど歩いた頃だ。

 

「おっ、森を抜けますね」

 

段々と木々の隙間が広がっていき、やがて荒野のような景色が見えてきた。

 

「いかにも危険な輩がいそうな場所ですね」

 

「そうだね…あ、もしかしてあっちの中とか?」

 

るしあが1つの洞窟へ繋がるような穴を見つけた。

 

「いやさすがにそこは違うんじゃない?」

 

「んー、いや?そこであっとるよ」

 

「まじか」

 

思ったより目立つようなアジトに驚きを隠せないマリン。

 

「まぁ何にせよすぐに見つけられたし。…森を襲ったこと、絶対に許さないよ」

 

フレアは、静かにその怒りを露わにする。

全員の意思が決まったようで、今すぐに乗り込む覚悟をしていた。

 

「せ…せめて団員さん待った方がいいんじゃないの?」

 

ただ感情だけで動いて、いい結果になる所を見たことがない。ときのそらは皆の意思を崩さないよう丁寧に案を言い出した。

 

「…団員さんに周りを見張らせるとか」

 

「…確かにそうかもね。私たちだけで行って、別のところから逃げられたり、追加が来たら面倒だもんね」

 

「それもそうだね。…とりあえずノエルの部下が来るのを待つか」

 

何とかときのそらの言葉は琴線に触れることがなかった様子で、ノエル、フレアが納得しマリンとるしあもそれに賛成をした。

 

「一応団員もこっちに向かってるみたいだから。あと少しそこの茂みで隠れているとするか」

 

「ついでに私があの付近を監視しとくよ」

 

「ありがとうフレア」

 

フレアが代わりに監視をしておくという言葉に1人が疑問を浮かべた。

 

「…あれ、きんつばちゃんは?」

 

最初出会った時、フレアの側近妖精のきんつばが森を見張っていたと言っていた気がする。

 

「きんつば?」

 

もちろん身に覚えのないノエルとマリンとるしあは?を頭に浮かべている。

 

「あー。皆には後で紹介するよ。…きんつばはあの森全体を監視させているから今回はお留守番させてるの」

 

なるほど。だから、きんつばがいない分、フレア自身が監視をする役目を担ったということか。

 

「…あ、もしかしてあれじゃない?」

 

るしあが違う方向からやってくる人物たちに気づく。

 

「…よし」

 

たどり着いた団員に指示を飛ばし終えたノエル。意気込みをいれると、今度こそ全員で乗り込む準備が整ったのだ。

 

「行こう!」

 

そして、揃って穴へ向かって1歩進め――

 

「ぐぁぁ!?」

 

「っ!?」

 

周囲を見張るように指示された団員の内、穴に1番近い者と思わしき団員の呻き声が聞こえてきた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「なんですっ!?」

 

驚き、足を止めるマリンとるしあとときのそら。

それとは反対に声が聞こえた方へ更に足を進めたノエルとフレア。

 

「っ!これはっ…!」

 

そんなノエルとフレアは、あるモノを前にして足を止めた。

 

「…バケモノ…!?」

 

呻き声を上げた団員を貪るのは、明らかに盗賊団の一員――だが、明らかにそれが放つオーラはバケモノが持つものだった。

 

「…憑依型、もしくは操作型のバケモノ?」

 

「…だとしたらSはあるね」

 

「…つまり親方…奴らが言うボスってバケモノの事?」

 

フレアが盗賊団の言う「ボス」の存在に疑問を持ち始めた。

本来、バケモノに従う人間は存在しない。

つまり、盗賊団たちが現れた理由の一つ。それは――

 

「…バケモノが操ったって事だろうね」

 

一つの答えへとたどり着く。

 

「その場合、私は盗賊団とバケモノどっちを恨めばいいのか分からないね」

 

「両方恨んだら?盗賊団たちの意志に関係なく聖騎士団として、あいつらを裁くよ」

 

ノエルがそう答えると、フレアは変なことに悩んでしまった事を恥ずかしく思ったのか、咳払いを1つ入れる。

 

「それじゃあやりますか!」

 

まずは目の前のバケモノに操られる盗賊団たち。

それからボスであるバケモノを討伐しよう。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

ここからどうするか。ときのそらはそれを悩んでいる。

周囲を見張るように指示された団員たちだが、先の状況を見てしまったため、ノエルたちに援護する形で戦闘の場へと行ってしまう。

ときのそらはただ1人、茂みに隠れたままその戦況を見守るしか無かった。

念の為にと、フレアが森の妖精を何匹か付けてくれたおかげで危険にいち早く気づくことが出来る。

 

「…それにしても」

 

最初から気づいていた事だが、この森の妖精とParallel World MAINで感じ取った感覚が同じ気がしている。

 

「って、そんなこと考えている場合じゃないっ」

 

あとで分かることだろう。今は目の前の状況に集中しなくてはいけない。

 

「っ!?」

 

そう思ったときだ。フレアの背後に謎の黒い手が現れる。

――そして、その手には誰一人として気づいていなかった。

 

「フレアちゃん!!」

 

「――っ!?」

 

もう迷わない。例え、直接の干渉になったとしてもこれくらいは許してもらえるだろう。

精一杯の力を込めて、腰から取り出した――フレアに返された、フレアの弓矢を投げつける。

 

「グガァ!」

 

黒い手はフレアに届く前に、投げつけた弓矢によって阻止された。

間一髪のとこでフレアを守ることに成功したのだ。

 

「おりゃ!」

 

「グゥゥ!!」

 

すかさずノエルが黒い手に攻撃を加える。そのまま、伸びてきた元の場所へと黒い手は戻っていく。

 

「ありがとうそらちゃん!」

 

フレアが礼を言い、そのまま残りの盗賊団たちと応戦する。

 

「…本当に役にたった…」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

戦闘が始まって数分が経過した。

前見た時のノエルたちと違い、今では明らかに実力が増している。

見える範囲での盗賊団は全て倒されている。団員の中には、死者や重傷者がいる中、ノエル、マリン、るしあ、フレアはほぼ無傷という状態だ。

 

「さっきの黒い手…」

 

「間違いなくボスのバケモノでしょうね」

 

迷いなく、全員で穴の中へと入っていく。

――穴の中は階段状になっているため、かなりの深さとなっている。

 

――ドォォン!

 

「…うっ!?」

 

「きゃぁぁ!!?」

 

階段を降りる中、一際大きな音が聞こえると、足場が崩され皆同時に下へと落とされていく。

 

「――そらちゃん!」

 

落ちてくるときのそらを上手くキャッチするノエル。

ここで落下死なんてでもしたら笑えない。

 

「まさか敵側から歓迎してくれるとはね」

 

幸先は悪いものの、ようやくボスと呼ばれるバケモノと対峙する。

 

「…盗賊団まとめて、お前を倒すよ!」

 

ノエルが宣言すると同時、るしあが魔力を溜め込む。

 

「…『怨恨』!」

 

目の前にいるのは、体長2mを超える黒いモヤがかかっている人型バケモノ。背中から無数の黒い手が伸びている。

 

「…妖精たち」

 

そしてフレアは無数の妖精をその身を囲うように呼び寄せる。

 

「行けっ!」

 

るしあとフレアが息を合わせる。

人型バケモノに向かって、『怨恨』と妖精が同時に襲いかかった。



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▶11「金唾の矢」

――――――バケモノに攻撃の隙を与えないよう、るしあとフレアが交互に攻撃を仕掛け動きを封じている。

その間にノエルとマリンが最大の一撃を叩き込む準備をする。

 

「…よしっ!」

 

マリンとノエルの掛け声を合図に、るしあとフレアがバケモノから距離を空ける。

 

「いっけー!必殺!『ロマンス・ホロイズム』!!」

 

マリンの持つ武器[マリンアンカー]の先端と持ち手を繋ぐ鎖がピンク色に光だし、普通ではありえない、螺旋状に渦巻きながらその鎖が伸びていく。

そして、持ち手から先端までを鎖が回りながら覆い尽くし、その中から先端の碇にパワーを貯めるかのように赤色の波動が飛んでいく。

波動に押し出されるように急加速する先端の碇が、バケモノの心の臓を捉え、勢い止まらず直撃する。

 

「…『メテオドライブ』!!」

 

マリンに続くようにノエルも技を使う。前の世界で見た無数に光を叩き落とす技――だが、今回は使い方が違っている。

[プラチナメイス]を自分の体の前へと突き出している。そこから無数の光が、砲撃のようにバケモノ目掛けて発射されたのだ。

2つの技を正面から受けるバケモノ。大きな爆発音が鳴り、かなりの土埃が舞い上がった。

 

「…すごい」

 

ときのそらは改めて皆の実力に驚かされる。そして、ついさっき会ったはずのフレアともすぐに連携が取れていることに、何かしらの絆があるのではとさえ感じていた。

 

「やったか!?」

 

「マリンそれフラグ」

 

ついつい口走ってしまったマリンにノエルが釘を刺す。

周りにいる盗賊団は、未だにバケモノに操られたままなのだろう。バケモノが操るために力を割くことができていないのか、盗賊団たちは倒れたまま動かずにいる。

 

「…さすがはS想定のバケモノだね」

 

フレアの反応からも分かるように、バケモノはかなりのダメージを負っているように見えるが、まだ倒れる素振りはない。

 

「私のとっておきも見せてあげるよ!」

 

そう言い出し、フレアが取り出すのは1つの弓。

 

「…一気に倒すよ![弓変化]…『弱の矢』」

 

フレアの手の中で光輝くは紫色の矢。それが一点集中、バケモノの胴体を狙って放たれた。

 

「グゥ…グァァ!!」

 

「かわされたっ!?」

 

かなりの至近距離。わずか十数メートルしかない距離で、フレアの放つ弓矢をかわし、直撃を避ける。

特別フレアの弓矢のスピードが遅かった訳では無い。

それだけ、バケモノの身体能力が高いということ。

 

「大丈夫だよそらちゃん。想定内さ」

 

「グァァ!?」

 

途端にバケモノの体に黒いモヤがかかり、著しく動きが鈍くなるのが分かる。

 

「掠っても当たれば、能力は発動する。『弱の矢』は、当たった相手の身体能力、[気力]、[魔力]全てを一時的に弱体化させるのさ」

 

「おお。フレアの能力強いね」

 

フレアの説明を聞く一同。特にノエルが感心していた。

 

「よし!」

 

バケモノが弱体化している今が狙いどころ。

マリン、ノエル、るしあ、フレアが一気に攻撃を仕掛けた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

Sランクバケモノ。そうは言えど、弱体化に加わり4人の総攻撃を受ければやがて限界を迎える。

 

「グァァァァ!!!?」

 

ついに決定的一撃を受けたのか、バケモノは悲鳴を上げながらその場に倒れ込んだ。

 

「…今度は?」

 

「だ、大丈夫じゃない?」

 

4人ともかなり疲労をしただろう。それだけの間戦っていたように感じる。

 

「…盗賊団たちはっ!?」

 

バケモノを倒したことにより、能力が解かれ、盗賊団たちは解放されただろう。

 

「…うっ。す、すまねぇ!俺たちもボスの命令であのバケモノに操られておけと…」

 

盗賊団たち数名は次々に許してもらおうと目的や今回したことについて白状した。

 

「まぁもちろん許す気は無いけどね。団員たちに連れてってもらうか」

 

ノエルがそう判決を下すと、盗賊団たちは後悔をしたとばかりに顔を伏せていた。

 

「――待って」

 

先程の件について、1つの疑問を持った。

 

「どうしたんですかそらちゃん」

 

「…あの」

 

1人の盗賊団のメンバーに話しかける。

 

「さっきボスの命令でバケモノに操られたって言いましたよね?」

 

「あ、あぁ。そう言ったぞ」

 

今の問いかけを聞いて違和感に気づいた人がもう1人。

 

「…っ!さっきのバケモノはボスじゃないっ!?」

 

「なっ!?」

 

フレアがそれに気づき、その発言にマリンたち3人が驚く。

 

「…まだ他にいるってこと!?」

 

もしかしてここへ誘導されたのか?そうとも思えてきたが、ボスの狙いはフレアだったはず。

 

「…っ!【フルーフ大森林】はっ!?」

 

そのフレアの一言を聞き嫌な予感をしてしまう。

 

「…まさか」

 

「とりあえず森に戻ろう!」

 

盗賊団たちは団員に任せて、落下してきた箇所にある階段から再び地上を目指して走り出していく。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「――っ!」

 

外へと出て、すぐさま森へと振り返るフレア。

その光景を目の当たりにして絶句する。

――面影が無いほどまでに、森は火の海と化していた。

 

「…燃やされている」

 

「…おそらくボスってのがした事だよね」

 

「――許さない」

 

フレアは森の中へと足を踏み入れていく。

 

「ちょっ!?」

 

その後を続いてノエルも入り、マリン、るしあ、ときのそらも一緒に森へと入っていった。

 

「…あれはっ」

 

少し奥へと進んでいくと目の前に人影が1つ見えた。

 

「…くっくっ。待ってたぜ不知火フレア」

 

その人物はボロボロのフードを深く被っており、腰には2本の鉈を備えている。

 

「…っ!?きんつばっ!」

 

すぐ側に寄ってきたパンダの妖精を見て、フレアが表情を変える。

その姿は少し傷がついており、若干薄く淡い光を放っているように思える。

 

「交換条件だぜ?貴様が俺の奴隷になるならこの森を戻してやる。今すぐ燃やすのを止めてやるさ」

 

「話にならない。お前は許さないっ!」

 

フレアがすぐに臨戦態勢へと入る。

 

「…まさか、人と戦うなんて」

 

あわよくば起こらないと思っていた人同士の対決。生憎にも、その夢は叶うことは無かった。

 

「1対5。例え女だろうと多けりゃ勝てると思ってないか?…甘いぜっ!」

 

ボスである人物が鉈を取り出し、片方の武器を振りかざしてくる。距離はあり、物理攻撃が届くとは思えないが――

 

「…っ!」

 

「ノエルっ!?」

 

正面に居たノエルの横腹を薄く、斬られた傷ができる。

 

「今のは俺の特殊能力の披露さ」

 

そう言い、男は高らかに自分の能力の説明を始める。

 

「俺は[密閉圧縮]の能力を持っている。指定範囲を決め、出入り不可能の密閉を作り出す。そして、触れたものを極限まで圧縮させるのさ」

 

「…森を燃やしたのは圧縮で空気の温度を上げたのか」

 

「ご名答。そして今のは、鉈で斬った直線上を圧縮して、その白銀の女を直接斬ったのさ」

 

「…別にあんたが強くても構わない。こっちの実力を舐めないでほしいね」

 

「威勢がいい女は好きだぜ。――っ!」

 

突如、男の横に現れた霊が攻撃を振りかざす。だが、すぐにそれに気づき攻撃を避けた。

 

「…ネクロマンサーとは怖い女もいるんだな」

 

「気持ち悪い。消えて?」

 

るしあが次々と『死霊術』を使い、霊を複数呼び寄せていく。

 

「…『怨恨』!行けっ!」

 

前の世界でも使った応用、『怨恨』を付与した霊を男に向かって突撃させる。

 

「おうおう、いきなり厳しいなこりゃ!」

 

鉈で迎撃しつつ、るしあの攻撃をかわしていく。

 

「…『弱の矢』!」

 

「おっと…!」

 

完璧なタイミング。るしあの攻撃を避けるために動き、足を着地させた瞬間を狙い、フレアが弓矢を放つ。

足を地面につける行動。これは、戦いの場において、最も反応が遅れる瞬間でもある。

だが、それを分かっていたかのようにもう片方の鉈で弓矢を叩き落とした。

 

「…っ。武器が重い?」

 

「…この『弱の矢』の効果は物にも適用されるからね。代わりに武器としての機動力を弱化させた」

 

まだ片手で持てるようだが、先程までのように身軽に振り回すことができずにいた。

 

「やってくれるな」

 

「団長たちのことも忘れないでもらいたいねっ!」

 

「ぐっ!?」

 

背後に迫ったノエルが、その重い一撃を頭上から振り下ろす。咄嗟の判断で、男は弱化を受けた鉈を投げ捨て、残りの1つの鉈を両手で支えてその一撃を受け止める。

 

「判断力が凄いね。でも…!」

 

両手と鉈はノエルの一撃を受け止めることに使われている。つまり、胴はがら空き状態だ。

 

「…『力の矢』!」

 

最も攻撃力が高まる『力の矢』。代わりに速度は低下するが、パワーと飛距離は増える。

この至近距離において速度低下はほとんど痛手とはならない。

 

「――ふっ。『密閉』!」

 

弓矢が男へと届く前に、男の特殊能力が発動する。

 

「っ!!?」

 

自身とノエルまでを囲った約数メートル範囲の透明な壁が箱状に生まれる。

その壁に弓矢は衝突するが、貫通することは出来ず男には当たることが無かった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「さあ銀髪の女よ。2人きり、楽しいことしようぜ?」

 

「…くっ!」

 

ノエルは囲まれた箱の中でできる限り男から遠ざかり、内側から箱に対して攻撃を叩き込む。

 

「無駄さ。ちょっとやそっとの攻撃で壊れるほど俺の能力は甘くねえ」

 

男は一歩ずつノエルへと歩み寄っていく。まだ男の手には、1つの鉈が握られている。

このままでは単純な力勝負となってしまう。

 

「ノエルちゃんなら…」

 

勝てるかもしれない。が、相手は男なだけあって油断することは出来ない。

 

「…1人忘れてませんか?」

 

「…っ!?」

 

不意に聞こえてくる声。いつの間にか見失っていたマリンちゃんのものだ。

 

「…『ロマンス・ホロイズム』!!」

 

木に隠れていたマリンがオーラを溜めて放つ技。先程Sランクバケモノに対して使った技だ。

だが、男の能力によって完全に塞がれている。

 

「無駄だってのを聞いてなかったか?」

 

「…そっちこそ詰めが甘いんですよっ!」

 

マリンは武器の先端――碇部分を地面へ思い切り叩きつける。『ロマンス・ホロイズム』によって強化された先端がそのまま地面の中へと潜っていった。

そして――

 

「…ぐはっ!?」

 

――地面を通して、箱の中にいる男の横腹に碇が直撃したのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

予想もしない箇所からの突然の攻撃。男はそのまま血を吐きながら地面に膝を付けていた。

 

「ぐぁ…っ」

 

中々のダメージだろう。男とノエルを囲う箱型の壁が消えたのが何よりの証拠だ。

 

「次からは地面も覆うように能力を発動した方がいいんじゃないですか?」

 

マリンが敵に塩を送るかのような発言しながら男を見下す。

 

「…すごい。よく気づいたね」

 

「へへーん。これは俗に言う野生の勘――いや、海賊の勘ってとこですかね!」

 

「あ、たまたまね」

 

「ちょフレア!?冷めないで!?」

 

2人でちょっとした茶番をしていると、男が何とか立ち上がった。

 

「…っ。甘く見てたぜ…っ」

 

貫通はしなかったものの、その横腹には重い一撃を受け、生々しい傷跡が破れた服の中から見える。今も血が滴り落ちていた。

 

「さぁ。あんたの方がピンチな状態。大人しく捕まる?」

 

ノエルが満身創痍となっている男に対してそんな提案をした。

 

「…それは甘いよ」

 

「フレア?」

 

だが、捕まえようとしたノエルの言葉をフレアが否定した。

 

「こいつは許さない。森の分…それから、妖精たちにしてきたこと。償わせるっ!」

 

フレアが再び弓を構える。

 

「…邪魔しないでね」

 

ノエルは今のフレアの行動を止めようとした。

いかなる場合でも、例えどんな極悪人でも、王国を通して判決を下さなければいけない。

それ以外での殺しは全て禁止されている。

 

「…けど」

 

ノエルも1人の人間だ。団長だからと全てを完璧にこなすことは出来ない。

故に、今フレアが男に対してトドメを刺そうとしているのを黙認していた。

 

「…詰めが甘いのは…そっちだぜっ!…っ!!」

 

「なっ!!?」

 

その時だ。この場の状況が一変したのは。

――男が残る1つの鉈を自分に向かって突き刺したのだ。

 

「…もういいさ。お前らごと終わらせる…っ」

 

男が自害したと思われたが、心臓が光輝いたと思うと、その男を中心に大きな爆発が巻き起こる。

そして、周りの木々を飲み込みながらその爆発は徐々に広がっていく。

触れればひとたまりもないだろう。

 

「…やばいっ!?」

 

男の爆発に巻き込まれずにここから逃げることは可能だろう。

 

「だ、大丈夫かな…」

 

逃げ切れるかの心配をするときのそら。

だが、ノエルたちはこの場を去ろうとしない。

 

「…森を守らなくちゃだもんね」

 

「…ノエル」

 

「この爆発物理で押し返せるんですかね?」

 

「よーし。やっちゃうぞ!」

 

「…マリン、るしあ」

 

フレアが大切にしていた森。ここを守るため、逃げるという選択肢は無かったのだ。

 

「きんつば…?」

 

するとフレアの手元に突如淡い光と化したきんつばが現れた。

 

「そうだね。――挫けられないね」

 

フレアが一歩前へと歩みでる。

 

「…ここは私に任せて。皆の力を少し貸してほしい」

 

「――分かった。最後はフレアが決めないとだもんね」

 

フレアの一言に、ノエル、マリン、るしあがそれぞれ気力を分け与える。ノエルとマリンの気力はそこまで多くはないが、あるだけマシだろう。

 

「…[弓変化]…っ!『金唾の矢』!!」

 

オーラを溜め込み、淡い光のきんつばを抱き、特殊能力を発動する。

特殊能力によりきんつばが1つの弓矢へと姿を変えた。

 

「…すごいっ」

 

ノエルたちの感嘆を聞きつつ、フレアが新たな力――『金唾の矢』を構えて爆発地に狙いを定める。

 

「――いけ」

 

そして、その手を離す。

弓矢は真っ直ぐに爆発地へ飛んでいき、やがてその爆発の中へと飲み込まれて行った。

 

「…だめだった…?」

 

「いや、見て!」

 

すると内側から新たな光が漏れだし、広がる爆発を飲み込んで綺麗に弾け飛んだのだ。

 

「――やった!」

 

ノエルたちと同じようにときのそらも声を上げて喜ぶ。

男の姿は爆発に飲まれ跡形もなく消えていた。

だが、その中心地には今さっきフレアが放った『金唾の矢』が地面に垂直に突き刺さっていたのだ。

 

「――ありがとう、きんつば」

 

王国をも巻き込んだ、嵐のような盗賊団。ついに決着がついたのだ。



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▶12「聖歌都市カントゥス」

――――――森全体を消し飛ばそうと、最後の足掻きを見せた盗賊団の「ボス」。

何とかフレアたちの最後の一撃で、一部分だけの被害で抑えることができた。

 

「…妖精ちゃん」

 

ノエルたちがきんつばの心配をする。

フレアにとって妖精の中でも一番大切なのがきんつばだろうと、ときのそらもこの数日一緒に居て気づいている。

そんな大切なきんつばが姿を変え、決死の力を振り絞ったことはとても凄かった。その分、悲しさもあるだろう。

 

「…大丈夫だよ?きんつば」

 

そんな皆の心配を余所に、フレアが弓矢へと変わったきんつばの元へ歩いていく。

――すると、弓矢が光輝き出し、その真上には妖精のきんつばが現れたのだ。

 

「妖精だから、消滅さえしてなければ体力が戻れば復活するよ?」

 

フレアがそう言う。――さっき、少しでも切ない気持ちを感じたことは無駄だったのだろうか。

 

「…あれ、でもその弓矢」

 

能力で生まれた『金唾の矢』。だが、未だにその弓矢は力を失っていない。

 

「どうやら、これ特別な矢みたいでさ。実体になってるんだよ」

 

「実体…?」

 

「そう。だから消えることは無いんじゃないかな」

 

そうフレアが弓矢を持って答える。あれほどまで強力な力を発揮した弓矢。フレアの戦闘スタイルは、自分で弓矢を生成して攻撃するタイプだ。

たとえ1本だけだとしても、常に持ち歩かないといけないところを考えればバランスは取れているのではないだろうか。

 

「それか、またきんつばの力を借りるかだね。ただきんつばの力をかなり消費するから連続は無理そうだけど」

 

「そうだね。…あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、何でもないっ」

 

「とりあえずフレアの家へ戻る?もう暗くなったし団長たちもあと一日泊まって行こうかな」

 

「いいよ」

 

フレアが先頭を歩きだし、ノエル、マリン、るしあがそれに続いていく。

 

「――私の弓矢、どっか行った?」

 

元々はフレアの弓矢で、持っていていいと言われたParallel World MAINから持ってきた1本の矢。

フレアを助けるため一度投げたが、その後回収していた。

――だが、その弓矢はどこへ行ったのか。自分の服のポケットから消えていたのだ。

 

「…まさか、ね?」

 

もしかしたら――そう思ったが、深く気にする必要もないと思い込み、ときのそらも皆の後についていった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

再びフレアの家へと戻ってきた。

皆疲れているのか、マリンとるしあはすぐにベッドの中へと潜っていった。

 

「はやっ…!」

 

「まぁ今日はいいんじゃない?とりあえず周囲はまた妖精に任せておくからノエルも寝ちゃいな?」

 

「うん、そうするね」

 

ノエルも武器を置き、装備を外してからベッドへと潜っていく。

 

「そらちゃん眠い?」

 

「いや、まだ大丈夫っ」

 

今起きているのはフレアとときのそらの2人だけ。

 

「分かった。お茶出すね」

 

そう言われ、テーブルに座っていると、フレアがお茶を出して目の前に座った。

 

「ありがとうねそらちゃん」

 

「い、いやいや。私よりもノエルちゃんたちの方が役に立ってるよ」

 

フレアと一緒に戦ってくれたノエルたちのおかげで今こうして居られるのだと思う。

 

「でもそらちゃんがいたからノエルたちと敵対しなくて済んだでしょ?居なかったらあのまま無駄な争いが起きてたかもだし」

 

「あっ…」

 

それを言われて気がつく。

確かにノエルとフレアが出会った時にはお互い敵意が現れていたのかもしれない。そこに偶然――いや、必然的に居合わせたのがときのそら。前回の世界を救ったことで、この世界におけるノエルたちとも友好関係が続いていた。

それで何とかすぐに仲良くなったのだ。

 

「…」

 

つまり、ときのそらが居なかった本来の過去では、もしかしたらフレアたちは衝突していたのではないか?

もしそうだったら、今回のように盗賊団をすぐに抑えることは出来なかったのかもしれない。

 

「だから、ありがとうね」

 

「…うん。これからもよろしくね」

 

ロボ子さんが救いたいという人物の1人。不知火フレア。

もしかしたら、この世界はここで終わるかもしれない。そんな予感がしていた。

 

「それじゃあ私たちも寝ようか」

 

「うんっ」

 

恐らく、寝たらまた現実へと戻るのだろうか。それとも直接MAINに飛ばされるのか。

どっちにしろ、残るは1人となった。

 

「――絶対に救わなきゃ」

 

その思いは常に忘れずに、深い眠りへとついた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

突如、目を刺激するような光が消える。

眠っている私と太陽光の間にだれかが訪れたのだろうか。

 

「――ん」

 

寝ぼけながらもゆっくりと目を開けようと努力する。

だけど、少し眠いからもう少し寝ていてもいいのではないだろうか?

 

「…あんた、こんなとこで寝てると死ぬぺこよ?」

 

「――ぺこっ!?」

 

初めて聞く声。それから語尾に驚き、突如眠りの底から覚醒して顔を上げる。

 

「…痛てっ!?」

 

「…!?ご、ごめんなさいっ!」

 

私の顔を覗き込んでいたのだろうか?思い切り顔を上げた際にその人物とぶつかって倒してしまった。

 

「す、すみませんっ!」

 

「いてて。まぁいいぺこ。…それよりこんな所で何してるぺこか?」

 

「え?こんな所?」

 

目の前の人物に少し心当たりがあるが、それよりも場所を聞かれて周囲を見渡す。

 

「…え?」

 

そこは現実でもMAINでもない、新たな場所だったのだ。

周囲の見渡しが良い――いや良すぎるくらいに何も無い。まるで平原のような場所だ。西の方には、森林のような場所の入口に見え、北の方には薄らと壁が横に広がっているように見える。

 

「…まさか自分がここで寝てるの忘れたのぉ?」

 

「…は、はい」

 

これは予想外の出来事だ。MAINを通さずに、違うParallelへと飛んだのだろうか?

この状況ではそう考えるしか無かった。

 

「仕方ねえぺこ。一緒に連れてってやるぺこよ」

 

そう言い、目の前の人物は大きな荷車を引いている。

その乗せ台には大きな人参と、丸い白毛玉のような――

 

「…兎?」

 

「そうぺこよ。ぺこーらの能力ぺこ」

 

「ぺこーら?能力?」

 

「あ。そういや自己紹介してないぺこね。兎田ぺこらぺこ。よろぺこ〜」

 

思った通り、ロボ子さんが救うための人物、5人の内の最後の1人だ。

 

「私はときのそらです。よろしくお願いしますっ」

 

「ぺこーらのことは呼び捨てで良いぺこよ」

 

「あっ、はい。ぺこらちゃん」

 

「ぺこら」

 

「…ぺ、ぺこら」

 

「良し」

 

ほぼ強制的に呼び捨てとなってしまったけど問題ないだろう。

 

「ぺこらの特殊能力は[白兎]ぺこ。今見えてるような丸い毛玉の兎を生み出せるぺこよ」

 

「へぇ、すごい」

 

フレアに引き続きぺこらの特殊能力を見ることとなった。

ちょっとした疑問だが、ノエル、マリン、るしあの特殊能力はどんななのか気になる。

 

「さ、荷車の乗せ台に乗るぺこよ」

 

「え、ぺこら1人で引いてくの?」

 

かなりの大きさで、乗せてある人参がぺこらよりも大きいという不思議な光景だ。

 

「大丈夫ぺこよ。 [白兎]にも手伝ってもらうぺこだし」

 

「わ、分かった」

 

とりあえず大人しく従おうと思い、乗せ台に乗り込んだ。

 

「それじゃー行くぺこー!」

 

目的地は北の方。ぺこらが荷車を引き、歩き始めたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…ところで今どこに向かってるの?」

 

ついてこいとは言われたものの、どこへ向かうか全く知らない状態だ。

 

「それはもちろん、【聖歌都市カントゥス】ぺこよ」

 

「…【カントゥス】?」

 

初めて聞く街の名前。そもそもここの時代がいつなのかも気になっている。

 

「そうぺこよ。今日は丁度「歌姫」がやって来る日ぺこだから。差し入れとして人参届けるように言われたぺこ」

 

「差し入れで人参?」

 

「ぺこーらの人参はかなり有名ぺこよ?特に【プラチナ聖王国】では人気ぺこよ!」

 

「!?ねぇねぇ!白銀聖騎士団の団長って誰か知ってる!?」

 

聞きなれた場所の名前が出た瞬間、目の色を変えてぺこらに言い寄る。

 

「え?白銀ノエル団長ぺこよ?あんたどこの国出身なのぉ?」

 

「…やっぱりノエルちゃん。つまり…もしかして」

 

このParallelは前回のFORESTからそう遠くない時代なのだろうと分かる。

 

「…あ、歌姫って何?」

 

「ちょ、あんた人の話聞けぺこ!…はぁ。歌姫ってのは、色んな世界を渡る今超有名な人物ぺこよ?会えるだけでも珍しいほどの」

 

「その歌姫がやって来て…歌の披露をするってこと?」

 

「そうぺこ。【聖歌都市】にはもってこいの状況ぺこね」

 

「そうなんだね」

 

とりあえず時代が近い事が分かったことから、これから向かう街で会えないだろうか?そんな事を思いながら、ぺこらと雑談しながらゆったりと進んでいく。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「着いたぺこよ」

 

先程薄らと見えていた壁はこの街を囲う塀のような役割を果たすものだった。

 

「えっ、すご」

 

街の中に入るなりその光景に息を呑む。今まで見てきた街は、【プラチナ聖王国】、【ミリアム街】と2つしか見てないが、建築物の造り方などには一定の方向性があった。

だが、この街は違う方向性がある。

 

「なんていうか…現代に近い」

 

立体的な造りとなっており、空にも道路が架かっている近未来を感じる。

 

「ここは初めてぺこか?」

 

「あっ、うん。そうだよ」

 

「そうぺこか。…これから行く先あるぺこ?」

 

行く先というよりも、今の目的は世界を救うこと。そして、ロボ子さんが救う人物は今目の前にいる兎田ぺこらだ。

 

「ないから、一緒に居てもいいかな?」

 

ないと告げつつ、一緒に行動をしたいと言う。今回ぺこらに深く関わりのある物は持っていないはずだが、運良くぺこらの元に来ることができた。

このチャンスを逃す訳には行かない。

 

「まじぺこか!?それは嬉しいぺこ!」

 

可愛らしい笑顔を浮かべながら喜ぶぺこら。

 

「まぁここが初めてっていうなら少し自由にしても良いぺこよ?歌姫が来るのは夕方ぺこだからそれまでに戻ってきてくれれば」

 

「分かった!」

 

自由にしていいと言われ、早速この街の観光へと赴いた。

 

「…これポスター?」

 

いつものこの街の状態を知らないが、やけに賑やかな雰囲気がある。さっきぺこらが言っていた歌姫関連だろうとは予想がつく。

 

「――え?」

 

そのポスターを見て、驚きが隠せないでいた。

ポスターの見出しには次の文が書かれていた。

 

――「時空の歌姫」がついにやって来る!そして風の噂で流れてきたのは、「時空の歌姫」とユニットを組んだ1人の少女が誕生!その名は「スターの原石」星街すいせい!もしかしたら初披露になるか!?――

 

「…星街すいせい」

 

表記は平仮名となっているが、十中八九ときのそらの親友である、星街 彗星だろう。

 

「…この時代…じゃ、ないよね?」

 

この時代ではときのそらも星街すいせいも生きていない。

「時空の歌姫」、それからぺこらの話から、いくつもの時代や世界を渡っているのだと分かる。

どっちにしろ、この星街すいせいと会えば今思っている人物と同じかが分かる。

 

「…そういえばこの歌姫ってなんていう名前なんだろう」

 

見出しには名前が書かれておらず、「時空の歌姫」と呼ばれる人物の正体が分からない。

ぺこらからも名前を聞いていないためよく分からないままでいる。

 

「…あ」

 

ここで1つ気になることが出来た。

 

「このParallel…何を救うの?」

 

今までは、ロボ子さんが救いたい人物である、ノエル、マリン、るしあ、フレアの仲や生死に関わることに対して、本来の過去を変えてよりよい未来へと繋げる役割をしてきた。

だが、はっきり言ってしまえば今回は今までより平和だ。ぺこらに襲いかかる出来事は一体何なのだろうか。

 

「…んー。まぁいいや。もうちょっと探索しておくか」

 

後で考えればいいやと思い、もう少しこの街を探索しようと歩き始めた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「お、戻ってきたぺこね」

 

約束の時間より少し早めにぺこらの元へと戻ってきた。

 

「ねぇねぇ。時空の歌姫ってなんていう名前なの?」

 

「はぁ?あんた知らねーの?確か…AZKiってなんて読むぺこ?」

 

「え?えーっと…あずき?」

 

紙に文字を書いて見せてくれた「AZKi」という文字。

読み方は分からないがこれで一応名前を知ることが出来た。

 

「そうそうそれぺこよ」

 

「へぇー。…なんか人増えてきたね」

 

「まぁ滅多に見れないぺこだからね。たぶん【聖王国】からも来てる人いるんじゃねーぺこ?ここから近いぺこだし」

 

他の街からも人が来ていればこれだけ人が多くなるのも無理はないだろう。

それに【聖王国】から来ている人がいるなら、もしかしたらノエルたちに会えるかもしれない。

 

「…オホン。マイクテスト」

 

突然、この街に響き渡るように拡声器から男の声が聞こえる。

 

「…この【聖歌都市】の長ぺこね」

 

長が直々に姿を表すほど歌姫の存在は凄いものなのだと理解する。

 

「…皆さんこんばんは。【聖歌都市カントゥス】の都市長を務めさせて頂いております。えー、まもなく「時空の歌姫」AZKi様がこの場に訪れます。暫しお待ちください」

 

とアナウンスが入る。今いる場所は、歌姫のために用意された特設ステージが設置されている。

 

「いよいよぺこだね」

 

「…うん」

 

楽しみに待っていると、1つ空を見上げながら声を上げる人物がいた。それにつられて皆が上空を見上げる。

――そこには円盤状のような、空飛ぶ足場に乗って飛んでくる人物が1人。

 

「きたー!!!」

 

周りの観客の声が更に一段と大きくなる。

その空飛ぶ足場の下側は半球のような形になっており、4方向に4色の光が照らし出されながら、用意された特設ステージへと降りてくる。

 

「…皆さんはじめまして!「時空の歌姫」AZKiです。ちなみにこの足場は「フロートステージ」と呼ばれるオリジナルな物です!滅多に見れないと思うので私の次に良く見ておいてくださいね」

 

「フロートステージ」と呼ばれる物体から降りて、その人物――AZKiが自分のマイクを通して発言をする。

 

「残念なことに、相方は今日は休みです。楽しみにしていた方々すみません」

 

「おー!!!」

 

周囲がどんどんと盛り上がっていく。その中、相方が休みということに少し残念な気持ちを抱いた。

 

「…まぁ後で分かるかな」

 

とりあえず今はぺこらと一緒にこのAZKiをしっかりと目に焼き付けておこう。

 

「…それではAZKi様。今日は存分に楽しんでいってください」

 

司会役を担った都市長がそう挨拶を交わすと、マイクの電源を切り近くの席――特等席のような場所に座りAZKiの様子を楽しみに見ている。

 

「…それにしても可愛い」

 

歌が凄いのだろうというのはこれだけの人気ぶりから分かる。そして、実際にその姿を見てとても可愛いのだなと改めて認識した。

 

「――ぁ」

 

そう思いながらまじまじとAZKiを見ていると、ステージの上に立つAZKiと目が合ってしまった。

何か声を漏らしたように口を開いたが、周りは誰もその様子に気づいていなかった。

 

「んっ。――では、聞いてください。まずはこの曲『オーバーライト』」

 

咳払いを1つ。そして、最初の1曲目の演奏が流れ始めた。



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▶13「時空の歌姫」

――――――流れてくる曲のメロディ。不思議なことに、とても惹き付けられる感覚を味わっていた。

 

「…今だ!!」

 

「…っ!?」

 

その時に聞こえてくる場違いの声。

複数の人間がAZKiの立つステージへ向かって走っていく。

 

「なっ!?君たち…ぐっ!?」

 

都市長がステージに向かう人間を抑えようと立ち上がるが、1人の男が能力を発動したのか都市長はそのまま捕縛され動けなくなってしまった。

 

「…邪魔してくるやつには手加減するな!」

 

「ぐわっ!?」

 

咄嗟に道を塞ぎ、ステージへ向かう人たちを止めようとする善意ある者たち。だが、それらも思い切り吹き飛ばされてしまう。

 

「…ひどい」

 

滅多に見れないと噂の生ライブ。それをこんな風に邪魔されるとは思っても見なかった。

 

「今日を待ち望んでいた!お前を拉致できるこの瞬間をなぁ!」

 

1人の男がAZKiに向かって手を伸ばす。だが、AZKiは「フロートステージ」に乗って宙へと逃げる。

 

「…ほんとどこ行ってもこういう人居るのよね」

 

AZKiはいつもの光景と見慣れているのだろうか。すぐに危険を察知し回避した。

 

「悪いが想定内だ!」

 

「うっ…!?」

 

すると何かにぶつかったのか、AZKiはバランスを崩しそのまま特設ステージの上へと落ちてしまう。

 

「っ…か、壁?」

 

後ろを振り向けば、透明だが壁のようなものがドーム状に広がっているのが分かる。

 

「――え。あれって…」

 

そう。ときのそらにとって、その能力には見覚えがあった。――前の世界で。

 

「…同じ特殊能力を持つことってあるの?」

 

「はぁ?あるわけないぺこよ。特殊能力はその人に与えられた力なんだから。…そんなことよりあいつら許さないぺこ!」

 

てことはあの男はフレアを襲った盗賊団の「ボス」という事なのか?だが、あの時はっきりと死んだはず。

 

「…悪いなぁ嬢ちゃん。あんたを捕まえるために今日計画してきたのさ」

 

そう言いその男は、2つの鉈を取り出す。

 

「っ!!やっぱり…!」

 

あの武器の特徴から確定した。だが同時にこの世界の時間軸が分からなくなってしまう。

 

「…ぺ、ぺこら!?」

 

ふと隣を見ればぺこらが戦闘準備に入っていた。

しかも、凄い武器を手にしている。

 

「…ロケラン?」

 

「そうぺこよ。ぺこーらの武器[ぺこットランチャー]ぺこ!」

 

そう言いながら片手で持つのは、全体的に緑色がベースで、先端の発射口付近がオレンジ色という目立つ色合いのロケラン――ぺこランだった。

 

「ちょ、ぺこら!?あの中に行くの!?」

 

「そうぺこよ!許せないぺこ!」

 

あの透明な壁はここにいる観客をも含むほど半径は広くなっている。代わりに天井が低めになっていることから、AZKi対策に使ったのだろう。

この中では「フロートステージ」に乗るのは難しいだろう。

 

「…くらえぺこ![白兎]発射!!」

 

「えー!?それ弾なのっ!?」

 

[白兎]の運用に驚きを隠せず思わず声を出してしまった。中々可哀想な扱い方だ。

 

「…ぐわぁ!!」

 

だが、男に到達する前にその手下と思われる人物2人が盾となる。

 

「…まだ邪魔するやつが居るとはな」

 

その男はゆっくりとこちらに向かって振り返った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

ステージ近くにいた人たちの多くは逃げており、戦うと決めたものたちは手下たちによって敗れてしまっていた。

 

「…っ、だったらAZKiさんとあなただけを囲えば良かったんじゃないですか?」

 

少しでも挑発をして気を紛らわせよう。ぺこらじゃなくてもいい。誰かが反撃のチャンスを掴めるように。

 

「――ほぉ。お前、俺の特殊能力を知っているのか。面白いな。教えてやるさ。…効果範囲に条件がある。今回は仕方なくってやつだぜ?」

 

相手の反応から、間違いなくフレアを襲ったボスで間違いない。

それから、向こうは私を覚えていない。つまり、この世界観では出会っていないのだろうか。

 

「…なぜそんなに女を狙うんですか?ハーフエルフが貴重だから?」

 

「――っ」

 

ハーフエルフ。その単語を出した時、明らかに気配が変わったのを感じ取る。

 

「良く詳しいな。これから次の標的にしようと考えていたんだが。…どこで漏れたんだろうな」

 

「…次の、標的…」

 

その言葉から確信する。

このParallelは――前回のFORESTよりも前の時間軸だ。

 

「…だから生きている」

 

ようやくそこに納得した。

 

「…お前を先にやるか」

 

「…響け」

 

「…っ!!」

 

背後からAZKiが声を上げる。瞬間、目に見えるように音色が具現化され、それが一気に男に襲いかかった。

2本の鉈で迎撃しつつ、攻撃を避ける。

 

「おいおい…歌姫なのに戦えるとは物騒な女だなぁ!」

 

それでも男はときのそら、ぺこらから目を離さずに先にやると決めたことから優先的にこちらを狙ってきた。

 

「おりゃ!」

 

再びぺこらがぺこランを放つ。

だが、直前で避けられ逆に男の鉈による攻撃が襲いかかる。

 

「!…[白兎]守れっ!」

 

ぺこらの前に一気に9匹もの[白兎]が現れ、ぺこらの前で固まり壁となる。

男の鉈の攻撃を受け弾け飛んだが、代わりにぺこらは無傷で済む。

 

「正面。ぺこー!」

 

「…ちっ!」

 

[白兎]が弾けた後ろから姿を見せたぺこらはぺこランを構えていた。そして、攻撃の後隙を狙い再び弾を発射する。

結果、避けきれず正面からモロにくらってしまい大きく背後へと吹き飛ばされた。

 

「…でも、ダメージが」

 

あまりダメージとしては通ってないように見える。

 

「…思ったより強くはないんだな。…すぐ終わらせてやるさ!」

 

男は一気に加速する。瞬間、ぺこらの前に迫り1本の鉈を振りかざしていた。

 

「…っ!?」

 

ぺこらも反応できずにいた。このままでは――

 

「…やばい!」

 

――救わなければいけない人物を失ってしまう。

本来の過去もこうして終わってしまったのだろうか?だとしたら今回何を間違えたのか。

たくさんの後悔を並べ立てるときのそら。

 

「エンドロールには早すぎると気づいた〜♪」

 

「…っ!?」

 

突如として聞こえる歌声。それはAZKiのものだった。

1曲目が始まった時に流れていた演奏。未だ止まずに流れ続けていたこの曲に乗せて、歌を歌ったのだ。

――だが、その行動に救われた。

 

「…なに!?」

 

「えっ」

 

男の鉈が頭上から真っ二つにぺこらを斬り裂いた。

――はずに見えたが、ぺこらの体には傷1つ付いていない。

 

「…何が起きたっ!?」

 

男もそれには動揺し、次の手を止めてしまった。

 

「…まさか、AZKiさんっ?」

 

突然歌声を響かせたAZKi。この場において、この不思議な状況を作り出したのはAZKiだろうと感じる。

 

「…私特製のマイク[イノナカ]。気力を込めれば普通のマイクのように音を拡張する。…でも、それだけじゃない。私が歌う曲によって効果が変わるっ!」

 

そう言うと、AZKiの後ろに置かれてある「フロートステージ」から出ている4色の光。それらの色が切り替わると同時、そこから流れる曲にも変化が訪れた。

 

「…今のは対象者を完全無敵にするバフ効果。兎さんっ!3分間はその効果を保ちます!私があなたを援護するわ!」

 

そう言い、再びAZKiはマイク[イノナカ]を口の手前へと持ってくる。

 

「…!そういう事ぺこなら、協力するぺこっ!」

 

ぺこらも今自分にかかっているバフの効果を受け取り、協力して男を倒すことを決める。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…すごい」

 

今のAZKiの力を見てそう思った。

あのバフ効果がなければぺこらは死んでいたかもしれない。

そうなっていれば、この世界が救えずに終わっていた。

 

「…今の段階で本来の過去と何が変わってるの…」

 

この場にAZKiが現れたのは、おそらく本来の過去通りだろうと思う。

今ときのそらがいることで何が変わってるのか。

ぺこらを救うためには、この戦いを切り抜けないといけないだろう。

それと同時に、前のParallelにおいてこの後この男と出会ったことを踏まえればここで倒すことは不可能なはず。

――つまり、何とかして追いやることが必要となる。

 

「…今ぺこらとAZKiさんが戦っている。…今のうちに!」

 

何が出来るのか。それを考えなくては行けない。

 

「…やっぱりお前が先だなぁ!」

 

男は標的を変え、元々の狙いだったAZKiに攻撃を仕掛ける。

それと同時、周りにいる手下たちも、AZKiを守ろうと手伝ってくれた能力者たちを倒し終えたのか、男含む合計7人で一気に攻めてきた。

 

「2曲目『ハートビート』」

 

その声と同時、「フロートステージ」から流れる演奏がサビへと突入する。

 

「…満ちてゆく〜胸の奥まで〜♪」

 

「歌って戦うタイプってことか…!」

 

男はAZKiの戦闘スタイルに気づくが、先にAZKiの曲による恩恵が発動する。

 

「おお!!傷が治ってく!?」

 

「ちっ!」

 

その光景を見て男が舌打ちをする。

――先程手下たちが抑えていた能力者たちの傷がみるみる癒されていくのが分かる。

 

「…回復か。いくつ能力があるんだか興味がそそられるっ!」

 

それでも攻撃の勢いは衰えず、男は必死にAZKiへ対して鉈を振り回す。

 

「…危ないっ!」

 

一瞬AZKiのバランスが崩れる。そこを狙い男が一撃を叩き込もうと――

 

「まだバフは消えてねえぺこ!ぺこーらを忘れんなぺこっ!」

 

3分間の完全無敵。それを利用し、自らの体でAZKiに降りかかる攻撃を代わりに受け止める。

 

「ちっ!邪魔だっ!」

 

「[白兎]!発射!」

 

ぺこランに一気に10匹を装填し、連射をする。

ダメージとしては低いものの、当たった際の押し出しが強く、連続でくらう男は徐々にその距離が遠ざかっていく。

 

「…くっ!」

 

「…ボス!あの兎女は俺たちが…」

 

「いやいい。歌姫の能力が分かったぜ。恐らく、曲を歌わなければ効果は発揮されねえ。歌う隙を与えなきゃいい」

 

「で、でも。あの兎に邪魔されるんじゃ?」

 

「まとめて相手するさ。お前らはもう一度周りの能力者を抑えとけ。回復の歌を歌われようとこっちに被害はねえ。ジリ貧に持っていくぞ」

 

「はいっ!」

 

手下たちが完全回復した他の能力者たちと再び戦闘を行い始めた。

 

「…みなさん頑張って!」

 

皮肉にも祈ることしか出来ないときのそらは、何としてもこの状況を切り抜けようと頭をフル回転させていた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――1対2の状況の中だが、中々決定打を与えることができずにいる。

それもそのはず。すでに、ぺこらにかかっていた完全無敵のバフ効果は切れている。

男から重い一撃を受けないように立ち回れば必然と守りの姿勢に偏ってしまう。

 

「…もう一度…」

 

AZKiが曲を流す。1曲目の『オーバーライト』。対象者を完全無敵にする効果だ。

 

「させるかよっ!!」

 

男はその場で鉈を振る。AZKiとは距離があり到底当たるはずがない。

 

「――っ!AZKiさん避けてっ!風の刃が飛んできますっ!」

 

男の能力を知っているときのそらには今の攻撃はAZKiに当たることが分かる。故に、いち早く分かりやすいようにAZKiに伝える。

 

「…っ!?」

 

それを聞いたAZKiがちゃんと避けてくれるかは分からなかった。だが、ときのそらの言葉を信じてくれたのだろう。歌いかけていたのを止めて、その場から大きく離れる。

AZKiの後ろにあった特設ステージが今の一撃で大きく崩壊した。

避けていなければ死んでいたであろう一撃だった。

 

「…ちっ、あの女。どこで知ってるんだっ…」

 

おそらくときのそらの助言が入らなければ、今の攻撃でAZKiは戦闘不能になっていた。

――そういう意味では何とか過去の1つを変えられただろうか?

 

「…見た感じ能力者には見えねえし後回しか」

 

「くらえぺこー!」

 

男が立ち止まっている隙を狙い、再びぺこランによる5発連射をする。

2本の鉈を使い上手く受け止めるが、当たれば後ろへの反動があるぺこラン。3発目で体勢を崩し、残り2発を正面からくらってしまう。

 

「…ぐっ」

 

再び一瞬の隙が生まれる。そこを見逃すことなくAZKiが曲を流し始める。

 

「…『フェリシア』」

 

「…っ!今度こそ歌わせねえぜっ…!」

 

歌を阻止しようとAZKiに向かって距離を縮める男。

 

「やばいっ![白兎]!!」

 

5匹生み出し、AZKiの元へ行かせまいとその道を塞ぐ。

 

「…さっきから鬱陶しいんだよっ!!」

 

男は目の前に現る能力の壁を消し飛ばそうと鉈を振る。

 

「人知れず響く胸の鼓動〜♪」

 

その鉈が届く前にAZKiの歌声が響く。

 

「…っ!?また新しい効果かっ!」

 

男の鉈による一撃は、本来なら軽くぺこらの壁を消せただろう。

――だが、まるで鉄壁のように鉈が弾き返されてしまった。

 

「くらえぺこ!」

 

反動でバランスが崩れた男に対し、ぺこランを向け、即座に発射する。

 

「…邪魔――ぁ!?」

 

――いつも通り痛くもない攻撃に鬱陶しさを感じながら弾き返そうとする。

だが、勢いよく飛んできた弾に触れた瞬間、まるで核爆弾を落とされたかと思うような強烈な爆発が巻き起こったのだ。



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▶14「最後の4分44秒」

――――――男だけでなく、ぺこらとときのそらも今の光景に驚いた。

今まで全くと言って良いほど通用しなかったぺこラン。

だが、今回の威力は想定外の力を発揮した。

 

「…今の歌の効果…?」

 

予想できる事と言えばそれ以外ないだろう。

 

「そう…『フェリシア』。対象者を2人まで選んで、7分間、気力、魔力、身体能力、特殊能力全てを強化するバフ効果」

 

「…かはっ…!」

 

ろくにガードもしなかった分、直撃してしまった男。その姿はかなりのものになっていた。

――左半身がほとんど負傷しており、体の至る所から血が落ちていく。咄嗟に鉈で防ごうとしたのだろうか。片方の鉈の刀身は砕け散っていた。

 

「…もしかしたら」

 

状況を改めて確認して、1つの考えが生まれる。

それは、すでにこの世界は変わっているということ。本来の世界では、男の特殊能力ですでにAZKiとぺこらがやられていたかもしれない。

――この世界を救う1歩を踏み出せたかもしれない。

 

「…ぐっ。…こうなったら奥の手段だ」

 

そう言い、男は懐に手を突っ込んだ。

 

「――まさか」

 

前回の世界――Parallel World FORESTでの最後に見せた自爆技。それを使う気なのだろうか?

 

「…この特製の爆弾でお前たちを終わらせてやる」

 

「…っ!?」

 

その爆弾を見て、AZKiやぺこらだけでなくこの場で周囲にいた全ての人物が驚愕した。

――その瞬間、手下の1人が能力を使い「ボス」である男を捕まえこの場から去ろうとする。

 

「…お前らはもういい。消えてもらうぜAZKi。受け取れよ!…俺からの置き土産だ!」

 

その爆弾に付いているピンを外し、この戦場となった広場の中央へと落としてここから逃げていく。

 

「…あいつ!待つぺこ――っ!?」

 

追いかけようとぺこらが走り出すが、すでに爆弾が起動してしまう。ゆっくりと、爆弾のセットされた地点から周囲に衝撃波が広がっていく。

そのスピードは遅いものの、巻き込まれたステージセットや瓦礫などが跡形もなく消滅しているのを見て、周囲の人間は慌ててこの場から逃げていった。

――今この場に残っているのはAZKi、ぺこら、ときのそらの3人――

 

「…誰かっ!助けてっ!」

 

以外に1人、非能力者だろうか?瓦礫に下半身が押しつぶされ逃げれずにいた。

 

「…っ!ま、まずいぺこ!ぺこーらたちも…」

 

その声を聞き、ぺこらが逃げるかどうかを一瞬躊躇ってしまう。

 

「…そらっ!?」

 

だが、それよりも早く行動をしたときのそら。

動けずにいる女性を助けようと必死に瓦礫をどかそうとする。

そして、その2人は爆発地に最も近い。2分も経たず巻き込まれてしまうだろう。

 

「…ぺこランの吹っ飛ばしで瓦礫を――」

 

吹き飛ばそう。そう考えたぺこらが一瞬考え直す。

――不運というのは積み重なるもの。皮肉にも、AZKiのバフ効果がまだ付与されたままだった。

 

「…そんなっ…」

 

その事にAZKiも遅れながら気づいた。こんな状態で足枷になるとは思ってもみなかっただろう。

 

「…ぺこらとAZKiさんは逃げて!ここは私が何とかします!」

 

正直どうにも出来ないということは本人であるときのそらが1番分かっていた。

――だが、目の前で見捨てるなど絶対に出来ないこと。

 

「に、逃げる…」

 

その言葉に更にぺこらが考え込む。

この場合、素直に逃げるべきか。それとも一緒に救おうと努力するべきか。

 

「――やっぱり、そらちゃんだね」

 

そんな時、ふとAZKiがときのそらの側へとやってくる。

 

「…AZKiさんっ!?早く逃げないと…」

 

「それは君も一緒でしょ?…私の賭けに乗ってみない?」

 

残り1分を切るという所でそうAZKiが提案をしてきた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…賭け?」

 

「そう。今から私がとっておきの歌を歌うわ」

 

普通に何も知らないものが聞けばこの状況で何を言っているんだと思うだろう。だが、AZKiの能力は歌う歌によってあらゆる効果を付与するもの。

 

「…あ、勘違いしないでほしいんだけど、私の特殊能力じゃなくて、この武器の力だからね?」

 

「えっ、そうだったんだ」

 

つまり特殊能力は別にあるということ。今聞くのも野暮なことなので先を促した。

 

「…効果は、私が歌っている間、周囲半径3mの中にいる人物を全てから干渉されないようにすること」

 

あらゆるものから干渉されない。つまり、最初の曲のような完全無敵のようなもの。

ただ違うとこは、対象者1人ではなく半径3m以内の全ての人物ということ。

 

「…私が途中で歌を止めたり、全てを歌いきったら効果は消えるわ」

 

この状況なら歌を邪魔されることはないだろうが、通常の戦闘向けではないというのが分かる。

 

「…でも、この爆発がいつまで続くか…」

 

「そう。それは分からないもんね。だから、歌が終わるまでに何とか解決策を導いて欲しいんだ。…君は、その女性を見捨てる気は無いんでしょ?」

 

もし見捨てるならばこの賭けに乗る必要無く、今すぐに逃げればいい。それを確認してくるAZKi。

もちろん、ときのそらの返答は――

 

「見捨てない」

 

「だよね。…干渉を消すのは人物とそれが身にまとっているものにだけ。だからその瓦礫はこの爆発に飲み込まれて消滅すると思うよ」

 

今無理にどかそうとしなくても良いと伝えるAZKi。

 

「…分かった」

 

「賭けに乗るってことだね?」

 

「…うん。何とか時間内で解決策を導くよ!」

 

「…おほん。ぺこーらも残るぺこ」

 

「っ!ぺこら…」

 

「――逃げないぺこよ。最後まで付き合うぺこ」

 

「…ありがとうっ!」

 

ここにぺこらも加われば考える頭が増える。

 

「…それじゃあ良いね?」

 

AZKiが最終確認をしてくる。すでに到達するのに数十秒を切るくらい目前にまで迫っている中、ダメと言う者は居ないだろう。

 

「…それじゃあ行くよ。この曲の時間――4分44秒間、全てから干渉されなくなる!『without U』!」

 

AZKiの乗り物「フロートステージ」はかなり上空にまで飛んで行った。この爆発に巻き込まれないようにしたのだろう。

4色の光が放たれ、同時に演奏が聞こえ始めた。

 

「…キミがいるから〜。一人じゃないから〜♪」

 

曲が始まる。その瞬間、AZKiの周りを囲うように虹色の光が漂い始め、やがてその光に包み込まれた。

 

「…っ!」

 

その直後、爆発の衝撃波がときのそらたちを飲み込んだ。

だが、AZKiの言う通り飲み込まれただけで一切の影響を受けなかった。

 

「…あ、ありがとうございます…」

 

瓦礫は衝撃波で消し飛び、女性を助けることが出来た。

 

「…後はこの4分44秒間」

 

歌が終わるまでにこの爆発は収まるだろうか?

それを考えるよりもこの時間内で何とか全員が助かる方法を考えなくては行けない。

 

「…間に合わなければ終わり」

 

――いつも以上にもっと考えないと。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――もっと考えるんだ。頭が焼ききれるくらいに。

 

「…どうしようどうしよう」

 

この場にいるのは合計4人。その内2人は非能力者のため、考えることは出来ても実行することは出来ない。

そして、AZKiは――

 

「はじめからおしまいで〜きっとちいさなわたし♪」

 

――歌を歌い続け、この最強の力を発揮し続けている。

AZKiは歌に集中させなければ行けないため、考えること、実行することを任せる訳にはいかない。

そこから導かれるのは、能力者として残ってくれたぺこらに頼ることだ。

 

「…やっぱり能力頼り…」

 

この状況…能力者の力が必須となるだろう。

今になって、ぺこらが残ってくれてとても助かっている。正直居なければ、AZKiが歌いきる前に爆発が終わることを祈るしかできなかったかもしれない。

 

「とりあえずどうするぺこかね」

 

「そうですね。…私のせいですみません」

 

「良いってぺこよ。…ぺこーらもすぐに動けなかったのが悪かったぺこだし」

 

ぺこらと女性も一緒にこの状況を打開しようと考えてくれている。

――最初の気持ちとしてはぺこらには逃げて欲しかった。

なぜなら、ロボ子さんが救いたいと言っていた1人の人物。ぺこらが生き延びてくれれば過去を救えたかもしれないから。

その場合自分がどうなっていたかまでは分からないけど。

 

「…でも」

 

改めて気付かされるときのそらに与えられた役目。

――何も、過去の人物を頼ってはいけないというわけではなかったのだ。

 

「むしろ皆に協力してもらう…」

 

過去に深く干渉しないためには、過去の人物に本来の過去通りに動かないようにこちらが介入すれば良いのだ。

 

「――良し」

 

こんな苦悩もつかの間、気持ちを切り替えて、ぺこらたちとどうやってこの状況を打開するか。改めて考え直そう。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…あの乗り物に乗って上へ一緒に逃げれば良かったんじゃねえぺこ?」

 

ぺこらが上空にある「フロートステージ」を見ながらそう呟く。

 

「…AZKiさんの話だと半径3mって言ってたでしょ?」

 

あの「フロートステージ」はギリギリ半径3mより大きいといったところだろうか。

 

「端っこが飲み込まれたらバランス崩れちゃうかもだし。…それに、あそこに4人も乗れる?」

 

「…あーそれは確かにそうぺこね」

 

提案をしてくれたのは嬉しいが、即座に却下されてしまった。

 

「それでは、皆でAZKiさんを抱えてこの場から逃げるというのは?」

 

助けてもらった女性がそう提案をする。

 

「あー!それは良いぺこね!」

 

「…でも、「フロートステージ」から遠ざかったら曲が止まっちゃうんじゃ」

 

演奏を流しているのは、AZKiの持つマイクではなく、頭上に浮かぶ「フロートステージ」からだ。

 

「…賭けに出すぎってことぺこね」

 

あの「フロートステージ」を真上に固定したまま、一緒に移動させることができれば今の提案が飲める。だが、それについてはAZKiに確認を取っていない。

できるとしても、集中が途切れて歌が止まってしまえば終わりだ。

 

「それはBeside Uーーキミのそばにいるよ〜♪」

 

この曲2回目の盛り上がりへと入る。

恐らくこれは2番のサビ部分だろうか。

 

「…残り半分近く」

 

つまり猶予は約2分しか残されていないと言うこと。

 

「…やばいやばい」

 

焦りが先走り、考えがまとまらずにいる。

 

「そら。方法が1つあるぺこ」

 

その中で、唯一の希望とも言える方法を思いつくぺこら。

 

「えっ!?それは…?」

 

「――不幸と幸は紙一重ぺこだね。まだAZKiさんにもらったバフ効果が終わってないぺこ」

 

そう。全ての力を強化するバフ効果。7分間という長い時間に渡って続く効果。そのタイムリミットがまだやって来ていないということだった。

 

「…でも、その効果は…」

 

対象者2人。ぺこらと、自分自身であるAZKi本人に付与されている。結局ぺこら1人の力で解決しなくてはいけない。

 

「…行動を起こさなきゃ始まらねえぺこだしな。[白兎]!」

 

ぺこらが能力を使い、小さな兎たちを合計10匹。その場に出現させた。

 

「行くぺこ!ぺこラン――発射!」

 

目の前――爆発地の中央とも言える爆弾の置かれた部分めがけてぺこランを10発。かなり勢いのある連射をした。

 

「…っ!?ちょ…」

 

何をしてるのかと言いかけたときのそら。だが、バフ効果が残っているぺこらから放たれるぺこランの威力は凄まじく、男が残していった爆弾と同等とも言える程の力で爆発が起きたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「凄いっ…でもっ…」

 

悲痛な声を漏らすときのそら。

ぺこランによる攻撃での相殺。それがぺこらの思いついた1つの方法だった。

そして、爆発地はどうなったかと言うと――

 

「…くっ!少し小さくなった気がするぺこだけど、まだ足りないぺこね」

 

無意味――というほどではなかったが、それでも爆発の衝撃波を抑えるだけで精一杯。爆発の根源を相殺するまでには至らなかった。

 

「…はぁ。[白兎]!…発射!」

 

「っ!ぺこら!?」

 

それでもぺこランの10発連射を止めないぺこら。

爆発の衝撃波を抑えるが、再び装填し打ち直すまでの間に、衝撃波がぺこらたちを飲み込んでしまう。

――最初の爆発の拡大の遅さが嘘のような速さで。

 

「…はぁ…はぁ。くっ…発射っ!」

 

だが撃つのを止めないぺこら。

どうしても衝撃波に飲み込まれる方が早いため、爆発地に置かれている爆弾を相殺するまでは届かない。

ただ、同じことを繰り返すだけ。このままではジリ貧になるだけだ。むしろ――

 

「――このままじゃぺこらが動けなくなっちゃうよ!」

 

以前にフレアから聞いたが、[特殊能力]というのは何も万能ではないという。それに強力な力ほど反動や代償があると言っていた。

それを踏まえればぺこらの能力はそういった反動や代償は無いように見える。

だが、[特殊能力]は通常の力より激しく気力、魔力を消耗すると言っていた。

 

「…問題ねえぺこ」

 

「…だって…こんなの無謀だよっ…」

 

確かにこれしか方法は無かったのかもしれない。それでも、このままではぺこらを救う目的が危うくなってしまう。

 

「――諦めないぺこよ」

 

「…っ」

 

そんなときのそらに対して、未だぺこランの連射を止めないまま話しかける。

 

「…そらが、すぐにその人を助けたこと。凄いと思ってるぺこ。だから、ぺこーらはそらと隣を歩けるように…使える力は使わないといけないぺこ」

 

「…ぺこら…」

 

「諦めないぺこ。ぺこーらは弱いから…諦めたら、終わっちまうぺこ!!」

 

「――っ!」

 

その泣き叫ぶようなぺこらの言葉を聞いて、ときのそらは自分の弱さに気付かされてしまった。

 

「…ぁ」

 

無謀だと。人の努力をたった一言で否定しまったときのそら。――絶対に無理と分かってしまっていたから言ってしまった言葉。

だが、自分も同じことをしていたじゃないか。

無理と分かっていて女性を助け出したこと。

 

「…ごめんぺこら」

 

「謝るぺこなら、感謝しろぺこぉ!!」

 

「…ありがとう…!」

 

自分も弱いなりに一生懸命やってきたのだ。

ぺこらに似たものを感じ、少しでも助けになるように行動するべきだと改めて思った。

 

「…[白兎]――っ!?」

 

「ぺこらっ!?」

 

そして、その時は突然やってくる。

――ぺこらの体力の限界が遂にきたのか。能力が発動できなくなってしまった。



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▶15「違和感の正体」

――――――何が起きたのかと、自分の両の手を見返すぺこら。

 

「…[白兎]!…っ」

 

再び能力を使おうとするが発動しない。その状況に当の本人はかなり焦っている。

 

「な…なんでぺこっ…!…っ!」

 

「ぺこら…っ」

 

この状況でときのそらに出来ることが無いというのも辛いこと。

 

「キミといるこの瞬間。大切なものにするためにーー!♪」

 

再び歌のサビへと入る。3回目となるこれは、ラスサビとなる状況だ。

この中で集中して歌い続けるAZKi。だが、少し表情が固くなっている。

 

「残りも…」

 

あとわずか。ぺこらの努力も虚しく、もう打開する策は残されていなかった。

 

「…まだぺこっ!」

 

「っ!?」

 

それでも諦めずに立ち上がるぺこら。その手にはしっかりと[ぺこットランチャー]を握って。

 

「でも、これ以上…」

 

「特殊能力は使えないかもしれねえぺこ。でも、まだこいつの力があるぺこ」

 

そう言ってぺこランを前へと構える。

 

「…ふぅ。っ!『ぺこらんだむぶれいん』!!」

 

かなりの魔力を溜め込み、一気にぺこランから撃ち放つ。

武器の先端に橙色のエネルギー弾が集まりだし、大きく光輝いたと思うと、瞬間、光線の如く真っ直ぐに放たれていく。

 

「…!すごいっ!」

 

そのまま衝撃波を押し返し、爆発地の中心付近まで砲撃が届いていた。ただ、先の消耗もあり爆発の衝撃との押し合いとなってしまう。

 

「…この爆弾、一体何なの…」

 

ここまで余韻が残り続けるのか?それほどまでに凶悪なこの爆弾に違和感を感じざるを得ないときのそら。

いくら悩んでも答えはでないため、すぐに頭を切り替えた。

 

「くっ…!まだぺこー!」

 

ぺこランからの衝撃に耐えつつ、あと少しで爆発地を抑えられるというところまで押し返す。あとは、このまま爆弾本体を消滅させ、相殺させることができれば――

 

「…キミといるから〜一人じゃないから〜♪――兎さんっ…!」

 

「――っ!?」

 

AZKiが一際大きくぺこらを呼ぶ。

――ついに曲が終わってしまう。「4分44秒間」があっという間に過ぎ去ってしまった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――勢いのあったぺこらの大技。しかし、AZKiの曲が終わることにより、全員を守る力が失われた。

 

「ぐっ…!?」

 

その瞬間、今までとは全く違うものと感じるほどに強力な圧がぺこらに襲いかかった。

すぐぺこらの背後に隠れているときのそら、AZKi、助けられた女性は何とか、ぺこらの『ぺこらんだむぶれいん』の砲撃による相殺された衝撃波に飲まれることなくその命が救われている。

 

「ぐっ…!まだ…耐えれる…ぺこっ!」

 

ここまで余波が残るものなど普通では有り得ない。だが、今目の前ではその普通ではない光景が広がっている。

 

「…兎さんっ!…も、もう一度…」

 

歌い直そうとするAZKiだが、強力な力ゆえ、かなり体力が消費されている様子だ。

それに加え、すでに4曲もの歌を歌っている。もう一度歌うにしても、連続では無理だろう。

 

「…耐えれている間に何とかっ…」

 

この窮地を抜け出す方法を改めて考え直さないと。

そう思うときのそらだったが――

 

「…っ!?」

 

「――バフ効果が消えた…っ」

 

ぺこらとAZKiが同時に感じ取る異変。

――それは、7分間のバフ効果の終わりを告げたのと同じ意味を成していた。

 

「そんなっ…」

 

バフが消えた途端、盤面が大きく揺らいだ。

――ぺこらの技『ぺこらんだむぶれいん』が爆発の衝撃波にいとも容易く押し返されてしまう。

 

「――っ」

 

絶体絶命。すでに目前にまで爆発の光が差し迫っていた。

 

「…皆ごめんぺこ」

 

最後のぺこらの声。それに何としても返事をしようと声を振り絞った瞬間――

 

〈――間ニ合イマシタネ〉

 

「えっ?」

 

爆発に飲み込まれ、このParallelは失敗すると思っていたところ、空気が震えるような音に驚く。

そして――

 

「…ええええっ!?」

 

突如上から降ってくる黒い影。薄らと見えるそれは何かの生物の顔をしており、勢いよく口を開け、下にいるAZKiたち4人を丸呑みにしてしまったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

暗闇の中、一筋の光が見える。あれから何分経ったのだろうか?真っ暗闇の中にいる理由を丁寧に思い出していく。

 

「…食べられたんだったっ!?」

 

そして思い出す。直前、謎の生物に食べられたという事実に。

 

「あ、起きた?」

 

すると、その光の向こう側から声が聞こえる。徐々に中に差し込んでくる光の量が増え、一気に視界に映る情報が増えだした。

 

「っ…あ、AZKiさんっ!?」

 

そこにいたのは、一緒に食べられていたAZKiだったのだ。

 

「あれっ…食べられたんじゃ…」

 

「あー。あれについては丁度兎さんも目覚めたから一緒に説明するね?とりあえずこっち来て。」

 

手招きされ、大人しくAZKiの指示に従う。

 

「…えっ、どこ?」

 

不思議な現象はまだまだ続く。口の中と思われた暗い空間から外へ出ると、そこには人工的に作られたかのような綺麗な自然が広がっている。

少し奥に目を向ければ、人が住めるような建物が見える。

 

「…移動した?」

 

そもそもあの爆発地はどうなったのか?このParallelがまだ続いているというのなら失敗はしていないということ。

 

「あっ!そらっ!」

 

「ぺこらっ!?うわっ!」

 

ぺこらと視線が合うなり、こちらへと走り出して胸の中へと飛び込んできた。

 

「良かったぺこぉー!」

 

「ぺこら…!良かった…!」

 

お互いがお互いの安否を確認し、無事でいたことにかなり安堵していた。

 

「あっ、あの女性はっ…」

 

必死になって助け出した女性。その姿が見当たらないことに気がつくときのそら。

 

「それなら私が使っている家の中で休ませてるから安心して」

 

AZKiから女性も無事だと言うことを伝えられ、ときのそらが深々と息を吐き、安心したような顔つきとなる。

 

「…さて、2人とも落ち着いたことだし。今この状況について説明するね」

 

自然豊かな人工芝のような空間の上には、休憩スポットでも言うような、椅子が並べられており、真ん中には丸いテーブルが置いてあった。

 

「…そういえば、なんか雲近くねえぺこか?」

 

周りをキョロキョロしていたぺこらがそんなことを呟く。

言われてみれば、確かに自分の目線よりやや上くらいに雲が見えるような気がしている。

本当はもっと高いところにあったような?

 

「…驚かないで聞いてほしいんだけど。今、私たちがいるのって、〈宝龍〉の上なんだよね」

 

――。

 

「…は?」

 

一拍置いた後、ぺこらとときのそらの疑問が綺麗に重なった。

 

「…まあ驚かないでってのは無理があったかなぁ…」

 

最も、2人の疑問はそれぞれ別角度からのものだったようで――

 

「〈宝龍〉ってあの〈五大秘龍〉ぺこかっ!?嘘ペこっ!!?」

 

と、ぺこらは今の発言を疑いつつも〈五大秘龍〉の単語に驚いている。

 

「…え、生き物なのにこの街づくりって…え?」

 

と、ときのそらは生物の基準から大幅に逸れている今のこの風景に驚いていた。

 

「…ま、まあ落ち着いて?宝龍は敵じゃないから」

 

「…秘龍なのに?」

 

「そうだよ。私と、すいちゃんの味方。実質、2人の味方でもあるよ」

 

AZKiが口にした「すいちゃん」という単語に一瞬反応する。だが、今はその話は後にしようと思い口に出さなかった。

 

「…名前は、宝龍イル・ヴォラーレ。今私たちがいるのはイルの能力によって生まれた場所だよ」

 

AZKiがまだ納得できずにいる2人にそう説明をする。

 

「…イル・ヴォラーレ…」

 

ときのそらは今自分が立っているであろう足場の存在の名前を反芻する。

 

「…能力?これ本体じゃねーぺこ?」

 

AZKiの言葉を拾い、ぺこらが疑問を投げかける。

 

「そうだよ。ここってだいたい家が2件くらいしか立たないような狭い土地に見えるでしょ?」

 

「まー、これが生き物じゃねえぺこなら狭いぺこだけど…」

 

生き物にしてはかなり巨大な広さに感じる。だが、今のAZKiの言葉によると――

 

「…宝龍はだいたいこの10倍近くは大きいよ?」

 

――想像を絶する程の大きさに驚くどころか声を失ってしまった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「ま…まぁ、何とか落ち着いたぺこ」

 

あれから数分、スケールが大きすぎて、2人とも頭がパンクしてしまった。色々とAZKiから丁寧に教えてもらい、今ようやく落ち着き、納得するに至った。

 

「…宝龍は味方だから安心して。いざとなったら私のことを助けてくれたりするから」

 

念を押してAZKiがそう伝えてくる。無理もないだろう。

〈五大秘龍〉と言えばバケモノの基準において、最高危険度の「SSSランク」だ。

それが敵対しないと言われて信じるものは数少ないだろう。

 

「でも、AZKiさんの言うことなら信じれる…」

 

「ま、まぁそうぺこね…」

 

まだ恐怖を抱いているのか、ぺこらの返事はぎこちなかった。

 

「…まぁ、後で宝龍の本体と会わせてあげるね。人語話せるから安心して」

 

「まぁそういうことぺこなら…」

 

人語が話せる。前に会った幻龍も話してたことから、秘龍は皆話せるのだろうか?

 

「ふぁ〜…」

 

かなり頭を使い、長い間一緒に戦った結果、今になって疲れが押し寄せてくる。

 

「眠い?そっちの家で休憩する?」

 

AZKiがそれに察したのだろうか、家の中へと案内してくれる。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

ぼーっとしつつ、何とか自分の足で家の中へと入り、案内されたベッドの上へと横たわる。

 

「それじゃあ、しばらく休んでて。――おやすみそらちゃん」

 

最後にAZKiが声をかけ部屋を出て――

 

「――え」

 

目が半分閉じている状態で違和感に気づく。だが、その違和感に気づく前に更なる光景を目の当たりにする。

 

「――っ!?」

 

ドアの隙間。その奥を横切る影。

その見た目は見間違いようがないだろう。なぜなら、その人物は親友の――「星街すいせい」だったから。

 

「――ぁ…」

 

だが、タイミング悪く眠気が襲ってくる。

駄目だ。このまま目を閉じれば真相が確認――

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――朝のチャイムが鳴り響き、ゆっくりとその体を起こす。目の前に現れた光景。

 

「――っ。戻ってる…」

 

そこは見慣れた、自分の部屋のベッドの上だったのだ。

すぐに目線を動かし、カレンダーの日付を見る。

 

「…9月4日」

 

前回、現実世界へと戻ってきた日から1日しか経っていない。

 

「でも…」

 

今回は少し違和感がある。

1つに、さっきの世界を救えたのかどうか。確かに、一応危機は脱した気がする。だが、あの後も何か続きそうな感じがしていたのも事実。

 

「…それに」

 

最後に感じた違和感。なぜ、AZKiが空の名前を呼んだのか。――自己紹介をしていなかったのに。

 

「まぁ、ぺこらが教えたとかの可能性もあるか…」

 

一応は納得する。そして、2つ目。それは連続でParallelを体験したこと。

なぜ、Parallel World MAINへと戻らなかったのか。

 

「でも、こっちはいくら考えても何も分かんないか…」

 

そう思い、この考えを一旦止める空。そして、時計に目を移し――

 

「あっ!今日学校…なかったんだった」

 

急いで支度をしなきゃと思うが、改めて曜日を見れば今日は土曜日。学校は休みとなっている。

 

「…遊びの約束はなかったよね?」

 

念の為スマホを取り出し、今日の予定を確認する。

そこには、午後から3人で映画を見に行く予定となっていた。

 

「…あ、そういえば映画があった。まだ大丈夫だしゴロゴロしてるか…」

 

時間に余裕があり、ゆっくりしようと思うもすぐには横にならなかった。

 

「――。よし」

 

つい先程のことがあり、ゆっくりすることはできないと思う空。すぐにスマホから連絡先を選び、電話をかける。

 

「…あ、もしもし?」

 

「ほぉーい?どうしたー?」

 

電話越しに聞こえてくる声。それは、いかにも寝起きを醸し出すような声だった。そして、その持ち主は空の親友の1人。

 

「…すいちゃん。予定より早いけど今から遊べたりする?」

 

星街 彗星だった。

 

「あー。今寝起きだから一旦みこちの家に居て?準備できたら呼ぶよ〜」

 

「分かった!」

 

そこで通話を切り、今度は巫子ちゃんへと電話を掛ける。

 

「あっ、巫子ちゃん遊べるよね?今から行くね」

 

「ちょ、人の話聞くにぇ!!…まぁ良いけども」

 

たった一言交わし、通話を切る。早速身支度をし、準備を完了させて家を出た。

 

「…よし」

 

何だか今すぐに2人に会いたいと、そう感じていたのだ。

すいちゃんにもタイミングがあればさっきの出来事を聞いてみよう。――さすがに人違いだとは思うけども。

 

「おはよー!」

 

「おはよう空ちゃん」

 

そんなこんなで巫子ちゃんの家にたどり着き、すいちゃんの準備が終わるまで2人で遊んでいた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「おはよー!」

 

準備が終わったと連絡をもらい、巫子ちゃんと2人ですいちゃんの家にお邪魔する。

 

「…それにしても珍しいね。予定を前倒しするなんて」

 

「にぇー。みこも思った〜」

 

すいちゃんの部屋に入りながらそんな事を言われる。

 

「うん。それは…」

 

「タイミングばっちりだよ空!」

 

前倒しした理由を説明しようと口を開くと、それよりも先にすいちゃんの声に圧倒される。

 

「え…?何が…?」

 

少し引き気味ですいちゃんに答える。

 

「いきなりうるさいにぇ」

 

「ごめんごめんっ。でもこんなの初めてですぐに話したくなってさ」

 

「何?初めて?」

 

「そう!――夢かもしれないけど私、ファンタジーの世界でアイドルしてたの!」

 

「――え?」

 

それはまさに、今追求しようと思っていた内容にそっくりだったのだ。



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▶16「アイドルの夢」

――――――衝撃な発言が飛んでくる。それに驚いたまま固まっていると、隣の巫子が先に声を出した。

 

「――いい夢だにぇ。それで映画いつ行くにぇ?」

 

「ちょおい待てぇ!もっと話を聞かんか!」

 

「えぇー?だって夢の話されてもにぇ…」

 

巫子が困りながら空の方に視線を向ける。

 

「えっ…あっ…」

 

「?どうしたにぇ」

 

反応に困っていると、不思議そうに巫子が首を傾げる。

 

「まぁまぁとりあえず聞いてよ。それに、夢とは思えないくらい鮮明に覚えてるからっ!」

 

「ちょっ…近いにぇ!?」

 

目を輝かせながら彗星が巫子に顔を近づけていく。

空的にも、この話は聞いておきたいと考えていた。

 

「まぁ巫子ちゃん…。将来の夢の話なら誰でも夢中になることだし。聞いてみない?」

 

「うぅ。まぁそうだにぇ。ファンタジーってのがちょっと気になるにぇ!」

 

「よーしよし。それじゃあ長々と語らせてもらうよ!」

 

そう前置きをし、彗星が体験したという――夢のようで夢ではない物語が幕を開ける。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…あれ?ここは?」

 

気がつけば良く分からない森の中で倒れていた。

ついさっきまで様子がおかしかった空と別れ、巫子と話しながら帰宅していたのだ。

そして、家に帰り部屋の中へと入った瞬間に気を失ってしまった。

 

「んー?」

 

「――あ、いたいた」

 

1人で考えていると、横から誰かの声が聞こえた。

 

「…?だれ?」

 

「あまり驚かないんだ。私はAZKi。君をここへ呼んだのは私」

 

自己紹介を兼ねつつ、この見知らぬ場所へと呼んだのは自分だと告白してきたのだ。

 

「何これ?夢?」

 

「残念ながら夢じゃないよ。でも、現実に戻ったらここでの事は夢ってことで片付けられる。ここで出会った人物も名前を忘れて、うろ覚えになっちゃうから」

 

と、今起きていることは事実だということを伝えてくるAZKi。

 

「…現実に戻れるの?」

 

「うん。ちょっと助けてもらいたいことがあって。それが終わればちゃんと帰すよ」

 

「…ふむ。なんか楽しそうだから頑張るよっ。私は星街 彗星。って、呼んだなら知ってるのかな?」

 

「名前までは分からないよ。…よろしくね、すいちゃん」

 

「よろしくっ!あずきっ」

 

初めて会うにしては、意外にも気が合う2人。こうしてAZKiと仲を深めるためか、数十分ここで駄弁っていたのだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…あっ。何これ」

 

話も一段落つき、動き出そうとした瞬間、自分のポケットに入っている物に気がつく。

 

「…マイク?」

 

それは歌を歌う時などに使うマイクだった。

 

「おー?私と似た系統の能力なのかな?」

 

「ん?能力?」

 

「そう。ここは[気力指数][魔力指数][特殊能力]を参照して生き残るために戦ったりするんだよ」

 

「…気力?魔力?」

 

「そういえば説明忘れてたね。えっとね?」

 

そこから数分。ある程度の能力やバケモノに関しての情報をAZKiから教わったのだ。

 

「へぇー。気力とか魔力ってどうやって分かるの?」

 

「専用の道具があるんだけどね。生憎、今はそれどころじゃなくて」

 

と、さっきから話してる最中も周りをキョロキョロ見回していたAZKi。

 

「…実は悪い奴らに追われててね?その途中で丁度すいちゃんがこっちに来たとこなの」

 

「…要するにタイミング良かったのかな?」

 

「…ある意味ね」

 

その悪い奴らに注意を払っていたと言うこと。

 

「そうだっ!すいちゃん来たばっかだけどもしかしたら戦いのセンスあるかも。武器?能力?みたいなマイクも持ってるわけだし」

 

「あー…確かにそうかもねっ!いやー能力とか使うの憧れてたからね!」

 

それから更に数十分。すいせいの能力について色々試行錯誤する2人。結果は――

 

「…分からん」

 

「同じく」

 

本人が分からないと言い出し、それに同意するAZKi。

 

「うーん…。すいちゃんみたいな魔力が高い人物は、普通なら魔力を応用した技が使えるんだけどね」

 

「魔力の応用?」

 

「そ。例えば、私は魔力を音に乗せることで、周囲に攻撃できる。これは魔力の使い方の応用みたいなもの」

 

先の説明で言葉足らずだった部分を一から丁寧に教えてくれる。

 

「逆に、気力が高い人物は、武器に気力を乗せて、必殺技みたいなかっこいいのが使えたりする」

 

「…それで、私はそのどっちでもない…ってこと?」

 

「そうかもね。後々使えるようになったりするかも…」

 

その時だ。――悪い奴らと言われる集団の声が聞こえたのは。

 

「っ!」

 

「…おい!見つけたぞお前ら!」

 

その集団の先頭にいる男はこちらを舐めまわすように見つめてくる。後ろには2人の男、3人の女の計6人いる。

 

「…もう。しつこいなぁ」

 

「はっ。滅多にお目にかかれねえ歌姫を見つけたんだ。ここで捕まえて早く「ボス」に差し上げねえとなぁ!」

 

計6人もの人がこちらへと歩み寄せてくる。その時、1人の女が立ち止まり声を荒らげた。

 

「…ねぇ!ボスへ連絡がつかないわっ!」

 

「はぁ!?ボスは常に連絡を貰える状態にしとくって言ってただろ!」

 

「でも、電波がっ…!」

 

「電波…?っ!まさかお前か…!?」

 

このおかしな状況にいち早く気づいた先頭の男が勢いよくAZKiに振り返る。

 

「『サウンドカーテン』。…この範囲内での音波は全て自在に操れる。電波とは別の物だけど、応用でこちら側からの音が外へ出ないように遮断すれば似たようなもんだからね」

 

いつの間にか、AZKiを中心に球状に広がっており、波のようにブレている透明な空間に閉じ込められていた。

 

「…まさか、全部お前の仕業か…?」

 

「ボスに私の情報が流れるのは困るからね。でも、全部私だけの力ってわけでもないよ?――イル」

 

最後に一言、何かの名前を呼ぶ。すると、突如悪い奴ら6人の頭上に大きな塊――よく見れば、生物の頭のようなものが浮かんでいた。

 

「――なっ!?」

 

全員がその巨大なものに驚き、中には腰を抜かしその場に尻もちをつく者も。

 

「よろしく」

 

〈――汝ラノ罪。ココデ償ッテ貰ウ〉

 

「う、うわぁぁ!!?」

 

一瞬の出来事。そのまま地面へと落下してきた頭が口を大きく開け、一度に6人もの人間をいとも容易くその体の中へと飲み込んだのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「えーっと…」

 

気がつけば、目の前には大きな生物が佇んでおり、先の6人は姿を消していた――否、その生物により命を奪われたのだ。

 

「ごめんね?いきなりハードな部分見せちゃった気が…」

 

「別に大丈夫だよ?それで、その生物は?」

 

「この子は宝龍イル・ヴォラーレ。まぁ、詳しくはまだ分からなくていいけど私の味方だから安心して」

 

「ほぉーん」

 

目の前の生物、イル・ヴォラーレの体は黄色――黄金に近い色合いをしている。

 

〈初メマシテ。AZKiノ仲間デスネ?〉

 

「うわぁ。すごい、喋るんだ。まぁ仲間っていうより拾ってくれた?みたいな?」

 

「仲間で良いよ」

 

そんな宝龍と会話ができることに驚きを隠せないでいる無邪気な少女――すいせいの反応を楽しそうに見つめているAZKi。

 

〈――AZKi。暫ク会エナクナリマス〉

 

「…やっぱり例のこと?」

 

〈ソウデス。再ビ戻ルマデ気ヲツケテ〉

 

「分かったわ」

 

短く言葉を連ねると、宝龍はこの場から去って行ってしまった。

 

「そういえばさっきの連中は何?」

 

今更感が否めないが、気になったので質問する。

 

「あー。奴らは最近現れた盗賊団たちだよ。まぁ騎士団にも情報行ってるし、いずれは捕まるんじゃないかな?」

 

「…んー?」

 

「今はまだ分からなくて良いよ。とりあえず、この世界はParallel World ELEMENTって言うの。すいちゃんは今このELEMENTに呼ばれて来た」

 

「…他にもあるの?」

 

「Parallelだからね。些細な出来事で未来は幾つにも分岐する。今いるのはその1つに過ぎないから」

 

「そんな簡単に色々行けるの?」

 

真っ当な疑問だ。現にすいせいは、自分の住んでた世界――現実世界しか知らなかった。

 

「まさか。私の能力が関係してるの。それで、自由に行き来できるんだよ」

 

「あずきの能力?」

 

「そ。私の特殊能力[時架者]。ありとあらゆる時間軸に干渉でき、それらの影響を一切受けないの」

 

「んー?」

 

話が難しく、聞き返してしまうすいせい。

理解はできないが何となくどういった能力なのかがある程度分かったので良しとしよう。

 

「それで、話が最初に戻るけども。すいちゃんが現実へ戻る方法」

 

「おっ。それは何?」

 

「私のお手伝いをすること。とりあえず今は、「兎田ぺこら」を救う。それが完了すれば戻れるよ」

 

「兎田ぺこら?人名ってことは人を救うのか」

 

「そーいうこと」

 

これからするべき事を聞き、早速その人物を救うために行動を開始した。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――あれから約1週間が経ち、変化が訪れる。

 

「…ねぇ何これ?」

 

すいせいは片手に持つチラシを見て声を漏らす。

 

「ライブ。折角Parallelにやって来たし、皆に私の存在をアピールしたいから過去改変の意味を込めてライブをしてるの」

 

「いやそれは良いとして…これ、私も?」

 

「だってすいちゃん歌上手いんだもん。上手く行けばアイドルとして私と一緒に活動できるかもよ?」

 

アイドル――その単語を聞き、すいせいの目の色が瞬く間に変わる。

 

「アイドル!?それは嬉しい!…けど、あずきとアイドルできるの?現実に戻っちゃうんじゃ」

 

「まぁ私がまた呼べば良いし。なんなら私がそっちの世界に行っても良いし」

 

「それもそっか。よし!アイドルやるよー!」

 

乗り気となるすいせい。AZKiに言われたライブを行う場所は【聖歌都市カントゥス】。そこまでの道のりは長いが、2人でゆっくりと向かっていった。――最中だ。

 

――ドゴォォン!!

 

大きな爆発音と共に、今歩く街中にある大きなビルが1つ、勢いよく倒れてきたのだ。

 

「何事っ!?」

 

「くっ…これは、バケモノ!」

 

AZKiがいち早く状況を整理し、舞い上がる土煙の中に捉えた影の正体。それをバケモノと判断する。

 

「あの盗賊団と関わりある?…いや、今は良いか!『サウンドカーテン』!」

 

片方の手のひらを空へと伸ばす。瞬間、盗賊団たちに対して使ったように、AZKiを中心に球状に空間が作られていく。

 

「…すいちゃん!とりあえずこいつを片付けるよ!」

 

「うぇ!?いきなり戦うの!?」

 

驚くのも無理はない。この1週間何もせずにいた訳ではなく、自分の能力を確かめるため毎日特訓をしていた。

そこから分かったこと。それは――

 

「珍しいタイプだったってこと。…[シグナル]!」

 

そう言い、[気力]を込める。突如手の中に現れたのは、最初に拾った武器のようなマイク――[シグナル]と命名したすいせいの武器だ。

この武器の効果は未だに分からないが、気力を込めることで消したり取り出したりを自在に行えるという。

 

「魔力が高いのに気力参照って不思議だよなぁ」

 

誰もが思う疑問だ。これで魔力を使わないのであれば宝の持ち腐れも良いとこ。

 

「ふぅ。行くよっ!――『フェリシア』」

 

AZKiの上空に現る「フロートステージ」。そこから多彩な光が放たれ、曲が流れ出す。

 

「どうして気付いてしまったの〜♪」

 

曲が始まる。対象者2人を7分間強化する歌。この場合の対象者はもちろん、AZKi自身とすいせい。

 

「くらえっ!」

 

『サウンドカーテン』の中、音波を自在に操るAZKi。バケモノに対して魔力を乗せた「音」の衝撃で攻撃を仕掛ける。

 

「ガァァ!!」

 

「効いてないっ!?」

 

だが、音による刃の攻撃によって傷はつくものの決定的な一撃にはならないでいた。

 

「ぐっ…!?」

 

バケモノは巨体な割に動きが繊細かつ速い。的確に避けずらそうなタイミングで攻撃を仕掛けてくる。それを躱すのでいっぱいなAZKiは狙いが定まらず、初撃の音波以外まともに攻撃を当てることができていない。

 

「…もしかして、Sランク…?」

 

「ど、どうしよ…」

 

すいせいも戦えないことは無いが、初戦がいきなりバケモノというのは中々酷すぎる。もう少しAZKiと実戦向けの練習をしておくべきだった。

 

「ぐっ!?」

 

「!あずきっ!」

 

バケモノの攻撃が一撃AZKiに当たり、後方へと吹き飛ばされてしまう。

 

「あずき――っ!?」

 

「っ…すいちゃん…っ!」

 

倒れるAZKiへ近づこうとするが、バケモノの振り払った腕に当たり、同じように反対側へと飛ばされる。

戦闘の基礎を知らないすいせいにとっては決定的な一撃になっただろう。

 

「…う…そ」

 

流石に死んではいないだろうが、まともにこの後戦えるかは分からない。

 

「…っ!しまった!」

 

そんなすいせいの心配をしていると、すぐ目前にまで近づいたバケモノに気づくのが遅れる。意識を向けた時にはすでに、かなりの気力を纏った拳を振り下ろしている真っ只中だったのだ。

 

「う…っ…」

 

何とか頭を起こしたすいせい。額からは血が流れ落ち、意識が朦朧としている中、AZKiに迫る一撃を目にする。

 

「…っ!」

 

ダメだ。今からでは間に合わない。それでも、絶対に死なせちゃいけない。

 

「…やめてっ…!」

 

そんな声がバケモノに届くのか?耳にもせずバケモノの動きは止まらない。

 

「…止まって…!」

 

それでも必死に声を振り絞る。たった一度だけ、この瞬間にだけ訪れてほしい奇跡。それに縋りながら。

 

「――『止まれぇっ』!!」

 

「…グァ!?」

 

「――えっ!?」

 

目の前で起きた事実に驚くAZKi。そして、それを行った本人でもあるすいせいも驚く。

――呪いにでもかけられたのだろうか?すいせいの言葉通り、バケモノがその動きを完全に止めたのだ。



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▶17「言葉は災いの元」

――――――目の前には動きが止まったバケモノが体を揺らしながら雄叫びを上げている。

 

「…はっ。くらえっ!『レゾナンス』!」

 

「グギャァァ!!?」

 

隙を見せたバケモノに対し、反応が遅れつつもAZKiが攻撃を仕掛ける。

『レゾナンス』――直接相手に触れ、「音」を流し込む技。魔力を込めた分だけ威力は強力になっていく。

 

「…っ!!」

 

たった数秒間。だが、それだけでも絶大な威力を発揮した。

バケモノにもかなりのダメージを負わせたと思うが、それでも反撃をするだけの余力があった。

 

「…くっ!『動くなっ』!」

 

「グァァ!!」

 

再びすいせいによる必死の叫び。それに支配されるか、二度目の行動停止に陥るバケモノ。

 

「もう一度!!『レゾナンス』!」

 

「…グァァァァー!!」

 

ついにバケモノの体の内が弾け飛び、残った下半身部分は制御を失いその場に崩れ落ちたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…まさか[言霊]かぁ。予想外だったね」

 

戦いが一段落付き、すいせいの特殊能力を再確認している。

[言霊]――それはすいせいに与えられた特殊能力だ。言葉に魔力を込めて、それをイメージしながら口にすると効果が発動するというものだった。

 

「言葉に魔力を込める、込めないを制御出来るようにしないとね」

 

「うん」

 

あれ以降なるべく声を発さないようにしたすいせい。下手に能力が発動してしまえば困ってしまうからだ。

 

「よしっ。とりあえず危険な言葉を喋らなければ大丈夫だろうし。普通に話そ」

 

「…そうだね。ところでこのマイクはどうなんだろ」

 

消す、取り出す以外の使い道と言えばそれこそアイドルのように歌うだけ。武器と言えるかは怪しくなってきた。

 

「また後で分かるかもね。それよりそろそろライブだから急ご」

 

「そうだね。…って、ぺこら?を救うってのは…」

 

最初に言われた元の世界へ戻る方法。それは、このELEMENTで兎田ぺこらを救うことと説明されたのだ。

 

「ライブをすれば人は集まる。そこでぺこらを見つけて助ければ良いんだよ」

 

「なるほど」

 

それで納得がいったのか、追求はせずにそのままAZKiの後を追いかけて歩き始めた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

ライブ開始まで10分を切る。このまま【聖歌都市カントゥス】付近の上空で、「フロートステージ」に乗って待機する。そしてぺこらを見つけてこの世界で救い出す。

――そう都合よく行けば良かった。

 

「…くっ!」

 

繰り返される砲撃を「フロートステージ」に乗りつつ回避するAZKi。それにしがみつき振り落とされないようにすいせいも避けている。

 

「…またあの盗賊団の手下かっ」

 

「すごい見つけてくるじゃん!能力?」

 

「そうかもね。ボスに報告が行ってないのを見ると、ボスの能力じゃなさそうね…」

 

このまま【聖歌都市】へ向かうとなれば、ボスに位置を教えてしまうのと同じことになる。

 

「何とか引き離せないか…」

 

「それなら私がやるよ」

 

そう言い出したのはすいせいだった。

 

「あずき1人でライブしてきて。ぺこら?を救うんでしょ?」

 

「で、でも…あれだけの人数…」

 

見ただけでもざっと10人近い。それに、ついさっきも戦ったとは非常に言いづらい戦闘をしただけ。実質、これが初戦闘になり得るだろう。

 

「…でも、あずきの願いを達成するにはそれしかない。お願い」

 

かと言って2人でこいつらを相手すれば時間に間に合わないだろう。

遅れてやって来るなどしたら、観客からの不評は絶対的となる。それでは、アピールも台無しとなり、結果ぺこらを救えるかさえ怪しくなってしまう。

 

「…分かったわ。――絶対に死んじゃ駄目だよ?」

 

「…大丈夫っ」

 

そして、低空を飛ぶ「フロートステージ」から飛び降りるすいせい。最後の激励だろうか?AZKiが一曲『オーバーライト』を歌い、すいせいへ効果を付与する。

 

「…3分間の完全無敵」

 

今、すいせいに与えられた恩恵だ。

 

「つまり3分で片付けろってことね」

 

すでにAZKiは【聖歌都市】へと向かい飛んで行った。目の前のすいせいには目もくれず、そんなAZKiへ攻撃を仕掛けようとする盗賊団たち。

 

「ふぅ…」

 

大きく息を吐き、最初の一撃が肝心だと理解しているすいせい。その初撃とは――

 

「――『あずきのことを忘れろ』!!」

 

――自分の存在をアピールしたいと願うAZKiの夢を打ち砕くような、呪いの言葉だった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

その効果は絶大だ。

 

「ぐぁぁ…!」

 

10人全てが先の言葉を受け、苦しそうにもがいている。

そして、意識を取り戻したかと言うと――

 

「…なぁ、俺ら何しにここへ来たんだ?」

 

「誰かを探せってボスの命令じゃ…」

 

「それ誰のことよ」

 

完全に「AZKi」のことを忘れ去っていた。

 

「よし…」

 

これで一先ずは、今追われる心配はなくなっただろう。

 

「…あの目の前のやつ…敵か?」

 

「あいつ何かしたのか?」

 

「…いい度胸だなぁ!」

 

そして、AZKiを忘れたことにより必然的に奴らのターゲットはすいせいへと切り替わる。

 

「…こっからが本番だね」

 

まだ自分の能力[言霊]について分からないことが多すぎる。どこまでの範囲ならば、口にしたものが現実となるのか。戦いながらそれを把握していくしかない。

 

「…おらぁ!」

 

「…『お前は私に近づけないっ』!」

 

「…うっ!…なんだこれはっ」

 

「…言葉による強制効果か!?」

 

1人の男が剣を手に、こちらへ突撃してくるのを見て発した言葉。上手くいったらしく、振り下ろされた剣はすいせいへと届かずに勢いを失ってしまう。

 

「…厄介だな」

 

「声を発される前に叩くぞ!」

 

ある程度の能力を知られたところで痛手にはならない。

だが、その分相手も対策をしようと戦い方を変えてくる。

別の2人の男と1人の女が、正面と左右の3方向から攻撃を仕掛けてくる。

 

「丁度私も試したかったから助かるよっ…『止まれ』!」

 

「ぐっ…!?」

 

「なっ…!?」

 

正面と右方向の男がその体の動きを封じられる。

だが――

 

「通ったわ!――なにっ!?」

 

左方向から近づいてきた女はその影響を受けずに、すいせいへと打撃をくらわせる。――だが、びくともしないすいせいにその女は一歩引いて驚きを露わにする。

 

「…あずきの力がある間はいくらでも試せるね」

 

まだ完全無敵が消えていない状況。例え今のように抜けられてもダメージを負うことはない。

 

「どっちが能力だ…?」

 

「ダメージを抑えるくらいなら魔力消費技でもできるだろ。とりあえず言葉には優先して気をつけねえとな」

 

もちろん、今の無敵が他人の力とは知らない盗賊団たちは的はずれな憶測を立てていく。

 

「…左の女には効かなかったか…」

 

言葉を発したとき、やや右側に体が向いていた。

考えられることは、自分の正面――約150度の範囲にしか効果は及ばないのだろう。

 

「あとは…一応相手を選べるみたいね」

 

一言目のAZKiを忘れさせる言葉と、今の制止させる言葉は同じ声量――つまり、この場にいる全員に聞こえる声で発した。にも関わらず、後者の制止させる言葉は2人の男にしか効果がなかった。

これから分かるのは範囲内にいる人物から、更に対象を絞れるということ。

敵味方関係なしに発動するような能力じゃないことに一安心する。

 

「こいつっ!」

 

そして、この能力の効果時間もかなりバラバラだ。再び、今度は全員に向かって制止させることを強制させたが、1人の人物――フードを深く被り、静かに佇んでいる人物はものの数秒で動けるようになっていた。

敵との実力差、こちらの能力に上乗せした魔力量。あらゆる方面から効果時間が定まっていると見て良いだろう。

 

「…うっ!?」

 

だが、それが分かったところで倒す手段が増える訳では無い。戦闘知識が低いすいせいは相手の攻撃をかわすのに精一杯だ。

 

「やばいやばい…!」

 

そろそろ3分が過ぎてしまう。そうなれば、一撃でも受ければゲームオーバーだ。

 

「…これを試すしかない…!」

 

今までを振り返る限り、反動や代償は見当たらなかった。

ならば、この「言葉」も通じるのではないか?

 

「…っ」

 

だが万が一を恐れ、中々発することができないでいる。

 

「抑えるわっ![影手]!」

 

「うっ…!?」

 

自分の足元――足から伸びる影の中から黒い手が伸びてきて両手両足を捕まれ身動きが取れなくなってしまう。

 

「――やばい」

 

そしてタイミング悪く、3分間のバフ効果が消えてしまったのだ。

 

「でかしたぜ。…これで終わりにしてやるさ!」

 

女の能力を褒めつつ、こちらへと近づいてくる2人の男。

 

「…やるしか…」

 

腹を括り、ここで発するしか生き残る道はない。そして、その効果が発動することが生存できる最低条件。

 

「はっ。良い顔してるなぁ。…死んだ後、その体は俺が預かってやるぜぇ!!」

 

腰を落とし、一直線に腕を伸ばしてくる。その拳の先は、溢れんばかりの気力がまとわりついている。喰らえば顔面が砕けるのは確定するだろう。

 

「…っ!!」

 

もう残された選択肢は1つしかない。次に発する言葉を頭で整理し、魔力を乗せるイメージをする。

そして――

 

「――『粉々に砕けろッ』!!」

 

勢い良く、必殺の言葉を言い放った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「――っ!?」

 

静かに戦闘を見ていただけの、フードを深く被っていた人物が、目の前の光景に初めて驚いた顔をした。

 

「ひぃ!?」

 

2人ですいせいに近寄っていたうちの、後方にいた片方の男。すぐ目前での出来事に恐怖を抱き、腰を抜かし尻もちをついてしまう。

それもそのはず。拳がすいせいに届く前に、その先端から粉々に――まるでガラスが割れるかのように脆く、体全身が砕け散っていったのだ。

 

「…勝てない。引くしかない」

 

フードの男が唐突にそう言い出す。

 

「なっ…見殺しにするのか!?」

 

「あの[特殊能力]が開花しちまえば俺たちは勝てないだろ。とりあえずボスに報告はできた。もうこいつと戦う必要はない」

 

「報告?なんのだ?」

 

「俺たちのターゲットだ」

 

「は?…そんなの目の前に…」

 

「…『止まれ』!」

 

「――っ!」

 

後方で話すフードの男と、2人の男。そいつら含めて全員に行動停止を仕掛ける。

 

「…甘いんだよォ!」

 

「――ぐっ!?」

 

だが、その背後から重い一撃を受け、前へ飛ばされ地を転がった。

 

「…中々してくれたじゃねえか。だが、そっちも体力が尽きてきたろ?」

 

「…こんなに…」

 

助けられた側のフードの男が周りに目を向ける。最初に砕かれた男含む5人が、すいせいの能力によって倒されていた。

 

「かっ…はぁ…っ」

 

今の一撃で肩が外れただろう。腕が思うように動かず垂れ下がっている。

 

「…悪い。今ここで殺るか。チャンスは今だ!」

 

考えを変え、手に剣を持ちすいせいに近づくフードの男。

 

「…っ…剣っ…」

 

衝撃でまともに動けない今、確実に斬り裂かれてしまう。それならばと、咄嗟に手を前に突き出す。その中には[シグナル]を握っていた。

こんな小さな得物で敵の剣を防げるだろうか?

 

「…くっ!」

 

「――なにっ…!?」

 

そう思うのもつかの間、敵の漏らす声に反応し、目を向ければ手に握るのは[シグナル]ではなく――

 

「…刀?」

 

いつの間にか切り替わり、剣を受け止める刀を握っていたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…武器の力?」

 

そう思うのも無理はない。気がつけば刀へとその姿を変えている。

 

「…くっ!」

 

「っ!『触れるな』!!」

 

「ぐぅ…!こいつ…!」

 

瞬時に二撃目を繰り出す男。それに対し、[言霊]を放ち、すいせいに触れる前にその剣の勢いは停止した。

 

「魔力か…」

 

自分の武器の仕組みに気づくすいせい。気力を込めれば消すも取り出すも自由。そして、魔力を込めれば――

 

「私の思い描いた武器に切り替わる」

 

かなり強い効果だろう。操れるかは別として。

 

「…やはりここで…」

 

倒すしかないと考えるフードの男。その言葉を遮るのはすいせいではない。

 

「…これって…あずきの龍!」

 

〈オ久シブリデス。間ニ合ッテ良カッタ〉

 

AZKiと居た、宝龍イル・ヴォラーレだった。その勢いのまま、下に居たフードの男が全身ごと跡形もなく潰された。

 

「…すごい」

 

「っ…秘龍だ…」

 

誰が発したのだろうか。それは分からないが、その単語を聞き残る盗賊団たちが血相を変えて逃げ出していく。

だが、宝龍はそれを見逃さない。

 

〈罪ナ者タチヨ。――眠レ〉

 

「…っ!これは…」

 

気がつけば、辺り一面は真っ白な景色――銀世界となり変わる。

その中に埋もれた盗賊団たちは、皆等しく一瞬で凍死した。

 

〈私ノ能力[災禍]デス。アラユル災害ヲ操リ、引キ起コシマス〉

 

「中々やばいね…」

 

〈AZKiノ元ヘ連レテキマス。乗ッテ〉

 

そう言われ、目の前には小さな竜巻が複数巻き起こると同時、イルとそっくりな生物――だが、一際小さいサイズで現れた。

それでもかなりの大きさを誇っているが。

 

「こんなこともできるんだ…」

 

〈ハイ。本体ノ私ハアマリ活発ニ動ケマセン。動ク度ニ災害ガ起キテハ困リマス〉

 

「それは確かに…」

 

あまり笑えない冗談に苦笑しつつ、新たに生まれたイルに乗り出すすいせい。

 

〈意識ハ共有シテイルノデ、ソチラモ私自身デス。気軽ナク接シテクダサイ〉

 

「分かったよ。ありがとっ」

 

その言葉を交わし、宝龍はこの場から姿を消した。代わりに、小さな宝龍の背中でくつろぎながらAZKiの元へと向かっていく。

 

「…家がある」

 

生物の背中に家が建っているという不思議な状況に驚くが今更だろうと割り切ったすいせい。

 

「…うっ」

 

〈疲レガ溜マリマシタカ?少シオ休ミシテナサイ〉

 

[言霊]の乱発により体力の限界が来ていたすいせい。宝龍の言葉に甘えて、家の中にあるベッドに寝転がった。

 

「…んん。…アイドル…」

 

数分も経たない内に完全に眠りへとついたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…と、ここまで覚えてるわけ」

 

長々と語った彗星。半分聞き流したであろう巫子は、終わりの宣言を聞き徐に立ち上がる。

 

「…やっとかにぇ。長い夢だったみたいにぇ」

 

「だから夢じゃないんだって!…たぶん」

 

話しているうちに自分でも怪しくなってきたのか語尾が段々と弱まっていく。

 

「…私と同じ世界…?」

 

今の話から気づくことは、話の流れがついさっきいた世界の話に沿っているように感じた。歌姫がライブをしに【聖歌都市】へ来ていること。人を救うこと。

――何故はっきりと人物名を口にしなかったのか。

そして、恐らく自分の向かった前の世界はParallel World ELEMENTなのだろう。

そして、気になることがまた増える。それは――

 

「あー!映画遅れるにぇー!2人とも早く!」

 

そんな考えも、一際大きな声を放つ巫子にかき消され、出かける準備を急かしてきた。

 

「そうだった!空行くよっ!」

 

「えっ!?ちょっと待ってぇ!?」

 

いきなりの慌ただしさに動揺しつつ、3人仲良く家を出て映画館へと向かっていったのだ。



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▶18「失いたくない居場所」

――――――勢いにつられそのまま家をでて映画館へやって来た空たち。

 

「ふぅ。何とか間に合ったね」

 

皆で観ようと話していた映画の上映時刻に間に合い、何とか落ち着くことができた。

 

「ちょっと私トイレ行ってくるね」

 

「あ、みこも〜」

 

「あ、私トイレの前で待ってるね」

 

彗星と巫子が2人で仲良くトイレへと向かう。

いつもなら一緒に空もついて行くのだが、

 

「…すいちゃんは覚えていない…」

 

先程の話を整理する時間に当てようと考えていたのだ。

ここへ来る途中に聞いたが、どうやら人物のことについては何もかも忘れてしまっているらしい。

それでも、彗星の話によれば空と同じくParallelへと飛んだことは確定事項。夢では無いだろう。

 

「もし夢だったら正確すぎて怖いからなぁ…」

 

話の中に空は出てこないものの、行動の流れや知っている国の名前が出てきたことから同じ世界観のParallelだと推測できる。

 

「…ELEMENTか」

 

自分の飛んだParallel。何故MAINに戻らなかったのか。それはまだはっきりと分からないが、何となく気づいた部分がある。

 

「…たぶんAZKiだもんね。ライブをしに行った歌姫って」

 

名前やはっきりとした見た目を覚えていないらしく、薄らとした見た目しか話されていない。

その人物についての記憶を忘れさせられたのか。それとも戻ってきたら忘れてしまうのか。

 

「前者も後者も有り得ない…」

 

前者であれば、なぜ空は忘れさせられていないのか?

そして後者なら、なぜ空は覚えているのか。

 

「――あと」

 

1つ。気になる点について。それはなぜ彗星が能力を使えたのかということ。話の初っ端から能力の事を言われて正直驚いた。

 

「私は何もできなかったし…なんでだろ」

 

AZKiや他の誰かが能力を与えた素振りは話の限りなさそうだった。それなら、なぜ自分は能力が使えないのだろうと考える。

――それとも能力を自覚していないのか。

 

「…おまた〜」

 

「その止め方はあまり良くないにぇ」

 

と、まだ整理しきれていなかったが、彗星と巫子が戻ってきてしまった。

 

「…早いね。それじゃあ行こっか」

 

この考えは一度区切り、気持ちを切り替えて、目の前の映画を思う存分に楽しむとしよう。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

約2時間半の上映。驚きの展開が次々にやって来てどっと疲れた気分だ。

 

「凄かったね!…アイドルも辛いのかな」

 

「だろうね。でも、中々に面白かったよね」

 

「面白かったにぇ!すいちゃんがアイドルになれるの楽しみに待っとくにぇ〜」

 

「おう!期待して待ってろよ!」

 

そのあとはカフェテリアへと向かったが、その間もずっと映画の話で持ち切りだった。

 

「いやー楽しかったにぇー!」

 

「明日も遊ばない?私の家でテトリスしよ」

 

「えっ!?すいちゃんの家で遊ぶのは賛成だけどテトリスやだよ。勝てないじゃん!」

 

「いつもハンデあげてるじゃーん」

 

「実力差があり過ぎてハンデになってないにぇ…」

 

そんな他愛ない話に一段落つくと、丁度よく家付近にまで帰ってきた。

 

「それじゃあ今日はバイバイ」

 

「またにぇ〜!」

 

「また明日っ」

 

彗星、巫子と別れて1人帰路につく。明日は再び2人と遊ぶ日。だが、空は別の心配をしていた。

 

「…今日も寝たらMAINに飛ぶかな…」

 

あっちの世界での出来事はかなり楽しく感じている。それと同じくらい、こっちでの彗星と巫子と一緒に居るのも楽しい。

またParallelに向かうとなれば、こっちではたった一日でも向こうでは何日間にも渡る。しばらく会えなくなるだろう。

 

「…よし。とりあえず向こうの世界も救わなきゃだしね」

 

家へとたどり着いた空。次行くParallelに不安と期待を寄せながら、残る就寝までの時間をゆったりと過ごす。

――そして眠る時間がやって来た。

 

「…うぅ〜ん」

 

瞑りそうな目を擦りながら、電気を消してベッドへと潜る。またいつロボ子さんに起こされるのか。そんな事を考えて眠りにつくと――

 

「…ん。起こされなかったの珍しい…」

 

朝がやってきた。ロボ子さんの催促がなかったことに驚きつつ、目を開ける。その前に現れた光景は――

 

「…え?…部屋?」

 

いつもと変わらない、自分の部屋にあるベッドの上で起き上がっていたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

いつもと変わらない景色というのはごく普通のこと。決して驚くような出来事ではない。

だが、Parallelへ移動すると確信していた人物にとって、変わらない景色は驚くに値するのだろう。

 

「…前回はたまたまか…」

 

たった一日で世界が切り替わったのは偶然だろうと納得せざるを得なかった。

 

「今日はすいちゃんの家でお遊びか…」

 

早々に身支度をし、彗星の確認を取ってから家へと向かった。

 

「…また負けたにぇー!」

 

「はっはっはっ!みこち弱いね」

 

「うぅ!…あ、空ちゃん!」

 

どうやら先に巫子が来ていたらしく、部屋を開ける空に気づき振り返ってくる。

 

「…んーと。…マリカ?」

 

「そうだよ。CPUいるけどね」

 

2人でしていたゲーム。――従来のレースゲームに似てはいるが、強いアクション性やランダム性が盛り込まれていて、その世界観をモチーフにした多彩なコースを走り順位を競い合うゲーム――「マリカー」だった。

 

「んじゃこっからは3人対戦だね」

 

「今度こそ勝つにぇー!」

 

それからかなり長い時間、皆で盛り上がりながらマリカーをしていたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…負けたにぇ…」

 

「巫子ちゃん…」

 

あまりにも可哀想すぎて言葉がでない。マリカーをやるのは今日初めてということではないが、それにしてもいつもより負けていた巫子。なんと1位の回数は0回、2位になったのは1回のみであとは全部3位だった。

――逆に、彗星は全て1位を取っていた。

 

「やっぱりすいちゃん強いね」

 

「今度は負けないにぇ!」

 

「おうおう!いつでもかかってきな!」

 

後半1時間ほどだらだらお菓子を食べながらお喋りをしていた。そして暗くなる前に解散して、自分の家へと戻ってきた。

 

「はぁ〜。疲れたぁ…」

 

すぐにパジャマに着替えるとベッドの上へ飛び乗り、居心地良さそうに天井を見つめた。

 

「休みの日ってほんと早いなぁ…」

 

すでに日曜夕方となっている。明日から再び5日間の学校生活が始まる。

それでも、2人といれば楽しいとさえ思っていた。

 

「今日はもう寝るか…」

 

いつもの就寝時間より小一時間程早いが、特にすることも無いため電気を消して、布団を頭から被った。

 

「ふぁ〜…明日大丈夫かな…」

 

今日一日でかなり疲れ切っている。このままParallelへ移動しても支障はないだろうか?そんな事を考えながら休日最後の眠りについた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「――え」

 

目が覚め、第一声に漏らした何とも間抜けな声。

それもそのはず。――2度目の現実での起床となったからだ。

 

「――あれ?…Parallelは…?」

 

あれで終わりなのだろうか?

 

「――ロボ子さんは?」

 

全員救ったことにより、ロボ子さんの言う通り本当に現実へと帰ってきたのだろうか?

 

「――みん…な…」

 

まだ分からないことや謎めいたことが残っていたのにも関わらずこれで本当に終わるのだろうか?

あれほどまでに帰りたいと願っていた現実。だが、今となっては現実もParallelも――失いたくない「居場所」になっていたのだ。

 

「早く行きなさい!遅刻するよ!」

 

母親の声。いつものように作られたパンを手渡され部屋を出ていった。

 

「…」

 

とりあえずこのまま居ても何も変わらない。そう考えた空は学校へと向かったのだ。

 

「…なんか暗くない?」

 

「眠れてないのかにぇ?」

 

「あっ…うん、大丈夫だよ」

 

昼休みとなり、いつものように3人でお弁当を食べている。

いつもより暗いと、彗星、巫子から言われてしまう。

 

「…あ、そういえば聞いてほしい事があるにぇ」

 

「あ、大丈夫だよ。気にしないで?」

 

「なんでみこの話をすいちゃんが止めるにぇ!!」

 

いつも通り巫子をからかう彗星を見て、少しだけ心持ちが気楽になった感じがする。

 

「冗談だよ〜。で、何?」

 

「むぅ。それでにぇ、なんかみこの神社が昨日変だったにぇ」

 

「みこちの神社って…あの【電脳桜神社】?」

 

「そうだにぇ」

 

【電脳桜神社】とは、巫子の家の近くに位置する、この地域ではかなり有名な神社のこと。

そして今、巫子はその【電脳桜神社】で母親の元で巫女になる修行を積んでいるのだ。

 

「…それで、何かあったの?」

 

「いや、みこが直接見たわけじゃないけどね?ママが昨日神社が光ったのを見たって…」

 

「えー?それホントなの?」

 

巫子の話を信じずに疑う彗星。正直今までの私なら同じように疑ったかもしれないが、Parallelを見てきた以上、意外にも信ぴょう性はあるかもしれない。

 

「…それで。なんか見たって言ってた?」

 

「んー。影みたいのが見えたらしいけど特には何も言ってないにぇ」

 

「動物の影とか?」

 

「そうかもにぇ」

 

タイミング悪く昼休みが終わる5分前のチャイムが鳴ってしまい、この話はここで終わってしまった。

 

「まー何かあれば頼ってよ。親友だし」

 

「そうだよ」

 

「ありがとすいちゃん!空ちゃん!」

 

もしまた不思議なことがおきたとしたら、そのときは3人で解決していこう。この3人に出来ないことはないからね。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「はぁ…すっかり暗くなっちゃったな…」

 

母親に頼まれおつかいに出た空。

すっかり日も暮れて、そろそろ電灯頼りに歩かないと道が見えなくなりそうだ。

 

「あ…」

 

ふと気がつけば、今日の昼に話していた【電脳桜神社】の前までやって来ていた。

 

「…行って…みようかな」

 

気になるところもあり、好奇心を隠せず向かおうとする。

少し丘の高い部分にあり、神社に向かうまでには石階段を登る必要がある。

そして1歩、石階段の始まりの部分にある鳥居をくぐり抜けた――瞬間に事が起きた。

 

「――え?」

 

力強く足を地に着けると、周囲が何かの透明なバリアで囲われた。

 

「えっ…」

 

もしかしてこの現実にまで盗賊団のボスがやって来たというのか?いやまさか、そんな訳がないだろう。そう思いつつ、目の前に起きた出来事に驚いていると石階段の少し上の方に影が見える。

 

「――あの」

 

「うぇっ!?」

 

驚きすぎて変な声が出てくる。それもそうだろう。

――突然背後から声をかけられたのだから。

 

「…あっ、この声そらちゃん?」

 

逃げようと思っていた所に再び声をかけられる。そして、その声が知り合いに似ていることに気づき、足を止めゆっくりと振り返った。

 

「…ロ…ロボ子…さん?」

 

「そーだよ?」

 

そこにいたのは、ずっとParallelに呼ばれるのを待ち望んでいた――そのParallel World MAINの管理者ロボ子さん本人だったのだ。

 

「良かった!」

 

「…ぁ」

 

思い切りロボ子さんに向かって抱きついた空。

その際、ロボ子さんが声を漏らしたが、それが驚いてなのか、はたまた嫌がってたのか――他の感情が混ざりあってたのかは空には知る由もなかった。

 

「あっ…ご、ごめんね急に」

 

「――ううん。大丈夫。それよりそらちゃんを探してたから丁度良かったよ」

 

「丁度良かった?」

 

「そう。ここはなんか不思議な場所だね。まさかParallelと繋がるだなんてね」

 

ここと、ロボ子さんが言うのは【電脳桜神社】のこと。つまり、今日の巫子の話の謎の影というのはロボ子さんの事なのだろう。

 

「それと、中々そらちゃんを呼べなくてごめんね?とりあえず今からこっち来れる?」

 

そう言いロボ子さんは神社の上を指す。そこにはまるで空間に直接裂け目ができているかのように、謎の黒い空間が見える。

 

「…話はそっちでしよ?」

 

「うん。あ、でもおつかい…」

 

そう言いさっき買い物した食材を見て空がそう言う。

 

「あっ。じゃあ、夜中にまたここに来よ?」

 

「うん。…あれ、来る?」

 

「来て」ではなく、「来る」。自分も含めての言い方だ。

 

「もちろんっ!…そらちゃんの家にお邪魔するよ?」

 

堂々と言い放つロボ子さん。そんな清々しさにこっちもむしろ気軽に接することができる部分があるのも事実だ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「おかえり…あれ?お友達?見ない顔だけど…」

 

出迎えてくれる母親。隣のロボ子さんを見て首を傾げた。

 

「えっと…ロボ子さんだよ」

 

「ロボ子…さん?」

 

「あー。それはボクが友達から呼ばれているあだ名みたいなものです。気軽にロボ子って呼んでください」

 

「そう?…ロボ子ちゃんも一緒にご飯食べる?」

 

「ぜひ!」

 

そう言って一緒に夕飯を食べることになった。

 

「いや〜美味しかったよ!」

 

「それはありがと…」

 

食べ終えたあと空の部屋へと入る2人。

 

「今出るのはまだ早いよね?」

 

「そうだね。どうせだから今説明しちゃうね」

 

そう言われ事の成行を説明してくれる。

 

「…まず、そらちゃんがELEMENTに直接行っちゃったやつ。あれはあずきの力の影響で一緒に連れていかれたみたいだね」

 

「…え?あずきって…AZKiさんのこと?」

 

「そうだよ。…隠すことじゃないから言うけど、前に言ってたボクの大好きな親友。それがあずきのこと」

 

今初めて知らされる事実に驚く。あそこで出会ったAZKiとロボ子さんが知り合い。

 

「…てことはあのときのAZKiさんって…」

 

「あの時代のじゃないよ?今そらちゃんがやってるように――Parallelを移動してるんだよ」

 

「…そうだったんだ」

 

「さぁ、とりあえずMAINに行こうか。ここまで呼べずにいた理由も分かるから」

 

そう急かされ、焦りつつも一緒に窓から出て再び神社へと戻ってきた。

 

「…緊張してる?」

 

「少しだけ。…でも、大丈夫。改めて気持ちを切り替えたから!」

 

「よしっ」

 

そして、3日越しのParallel World MAINへと、今一歩前へ進んだ。そしてそのまま体が光に呑まれ――

 

「――」

 

――そこは、緑豊かな自然、海賊船が打ち上げられた砂浜、他のParallelと繋ぐ【秘密の丘】。

それらの面影が一切見れない――廃れた無人島と化していたのだ。



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▶19「最後の世界」

――――――それはあまりにも変わり果てた風景だった。

 

「ここは――」

 

「――そらちゃんが5人皆を過去で救ったことで、過去が改変して未来が変わった。本来の歴史に近づいた結果、こうなったんだ」

 

淡々と――またあの時のような恐怖を抱くような口調で話し始める。

 

「…ごめんごめん。ちょっと早口になっちゃった。要するに、まだ終わってないってこと」

 

前のトラウマのことを思い出し、抑えてくれたロボ子さん。そして、そんなロボ子さんから言われた言葉に引っかかりを覚える。

 

「まだ終わってない?…だって5人じゃ…」

 

救う人は全部で5人だったはず。それでも終わってないとはどういう事だろうか?

 

「まだだよ?――最後が残ってる」

 

「最後…?」

 

「5人が死なずに未来へ進むことが出来た過去。その先に待つのは…避けられない死」

 

その隠すことも無く直接発言した「死」。その言葉を聞き背中を悪寒が走るのを感じる。

 

「避けられない死…」

 

「そらちゃんが見てきた過去…あれは本来の過去とは似て非なるもの」

 

「…本来の…過去」

 

「最初に君を選んだ時、やっぱり君で良かったって…ボクが言ったこと覚えてる?」

 

「うん」

 

それは、初めてParallelに飛ばされ、そこで出会ったロボ子さんが私をこの世界に呼んだのだと説明されたときの話だ。

あの時は状況整理にいっぱいで特に何も気にしていなかった。だが、今思えばあれは不自然な言葉だ。

まるで――

 

「…意図的に私を呼んだの?」

 

たまたま「ときのそら」が呼ばれたのではなく、故意に、ロボ子さんによって呼ばれたのだろうか。

 

「…そうだよ。実はそらちゃん以外にも何人もここに呼んでいる。そして、同じようにParallelを救ってもらうために挑戦してもらってた」

 

少し気になっていた謎の1つが明かされる。

 

「…でも、皆ダメだったよ。Parallelで死ぬってどういう事か分かる?」

 

「えっ…」

 

そんな質問をされ、確かに思ったことがないなと実感する。

何度も死にそうな直面に出くわしていた。それなのに死んでいないのは、Parallelでは死なないようになっているのかと勝手に自己解釈していたからだ。

 

「…そらちゃんは奇跡のように生き延びていた。だから、世界を救えた唯一の人物でもあるんだよ」

 

「…他の皆ってのは…」

 

「――世界を救えずにParallelで死んでるよ。全員がね」

 

「――っ」

 

それだけ過去を改変し、世界を救うことは大変なことなのだ。最後まで生き延びているときのそらは正真正銘奇跡のおかげとしか言いようがないだろう。

 

「それでね、少なからずParallelへ送ってるわけだから…少しずつ過去は崩れていくんだよ」

 

「…異分子がその世界にやって来るから?」

 

「そう。だから、そらちゃんが体験してきた過去は本来の過去じゃなく、それに近しいもの。だから、本来の過去で起きた「最後の死」をまだ救えていない」

 

少しずつ過去を改変し、より良い未来へと進める。その結果が、本来の過去に近づいただけとのこと。

そして、最後にやって来る避けられない死を回避させる。それがときのそらの最後の役目なのだろう。

 

「…そらちゃんにこんな重いことを押し付けてるみたいで本当にごめんね?」

 

「あ、全然大丈夫だよ!それに、何だか友達が増えて私も楽しかったから!」

 

「――ぁ。――ありがと」

 

ロボ子さんからの説明が終わり、最後の世界へ行くために、2人で【秘密の丘】へと向かった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…【霧隠れの海岸】と、【妖精の森林】?」

 

道中、話の流れでこのMAINについて色々詳しく聞いた。その際、とても今更すぎるが、【秘密の丘】以外にも地名があることを教えられ、今それについて説明を受けているところだ。

 

「そう。【霧隠れの海岸】は、そらちゃんも見たと思うけど海賊船が砂浜に打ち上がってたでしょ?その付近の事を言うの」

 

そういえば、夜になるとサメが徘徊するとか言っていたような気がする。

 

「そして、【妖精の森林】は、フレアが管理している森の1つだよ」

 

「…えっ。フレアちゃんが…?」

 

だが、意外にも今の言葉には納得できる節がある。

最初から感じていたここでの違和感、それと同じ感覚をフレアの居た世界――ELEMENTの森でも感じていたからだ。

 

「今はきんつばが管理してるよ。…滅多に人前に出なくなったから、たぶんまだ会えないけどね」

 

そんな話をしていると、【秘密の丘】にある祭壇へとやって来た。

 

「…それじゃあ行くね」

 

迷わず、祭壇の前へと進んでいく。

 

「成長したね…」

 

「うん!あっ、1つお願いがあるんだけど」

 

祭壇を囲うように謎の光が集まりだし、力を発揮しようとしている中、珍しくときのそらからロボ子さんにお願いを言い出す。

 

「うん。…どうしたの?」

 

「あのね。これが終わったら私、元の世界に戻るんだよね?」

 

「そうだよ。またあずきの影響受けたら分からないけど、まぁそうそう無いからね〜」

 

それと同時、今のときのそらの言葉は「次の世界も救う」前提で話していることに気づくロボ子さん。笑みを零しながらそんなからかいをしてくる。

 

「それでね?…またこっちの世界に来ることできる?」

 

「現実世界に?まぁ行けると思うけど」

 

「そしたら来て欲しい。――また、こっちの世界に遊びに来たいから」

 

「――」

 

そんな言葉を予想していなかったのか、驚いたロボ子さんが固まってしまう。

 

「…あれ?」

 

「――。い、いや何でもないよ。――そうだね。また呼びに来るよ」

 

その言葉と同時、一際光が強くなり、そろそろ転移が始まる頃だろう。

 

「次が最後の世界だよね?」

 

「――そう。――Parallel World END。――気をつけて」

 

ロボ子さんの口から告げられるは次の世界の名前。

ENDなどと、最後に打って付けの世界の名前を聞き、今、ときのそらがMAINから消えていなくなった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…そらちゃん起きて!もう行くよ?」

 

不意に聞こえてくる大きな声。それに驚き目が覚めると、隣には戦闘用の服で身を包んだ――白銀ノエルが居たのだ。

 

「んー。これから何かあるんだっけ…」

 

「寝ぼけてないで。…最高級の任務よ。やらなきゃこの国が滅んじゃう」

 

「…滅ぶ?」

 

急に言われた話でもちゃんと冷静に聞いていられる。

ここへ来る前の別れ言葉――ロボ子さんとの約束を覚えているから。

 

「…この近くの無人島みたいな所…なんか黒いもやに包まれて中が見えなくなってるの」

 

「周りから閉ざされてるってこと?」

 

「そう。何があるか分からないけど、もし危険なものだったらここが1番危ないからね。だから調査兼退治に行くの」

 

それだけ説明され、一緒に身支度を終えて外へと出る。無人島ということから船でいくらしく、港まで一緒に歩いていく。

そして、到達すればすでに4人の姿が見える。

 

「…あ」

 

そう。ここへ来て最初に思っていた不安。それは、ちゃんと5人全員がいるのかということ。だが、目の前の人物たちを見ればそれも杞憂で終わった。

 

「あっ!そらちゃん来ましたね」

 

「遅いぺこよ〜。指揮を執るノエルが遅れてどうするぺこ」

 

「ごめんて。…あれ、ロボ子さんは?」

 

ノエルの発言「ロボ子さん」というのに対し目を見開く。

 

「…あれ、ノエルちゃんロボ子さんと知り合い…?」

 

「え?そうだよ。…あー、そらちゃんって会ったことない?」

 

そもそも過去を体験してきた中で1度もロボ子さんとは出会ってない。過去が変わったことでいきなりロボ子さんと出会う世界線があるのだろうか?

 

「…まぁ来れないって言ってたぺこだし。今日はこの6人で行くぺこね!」

 

「…早く行った方がいいんじゃない?マリン舵よろしくね」

 

「はぁ?なんでマリンなんだよ。フレアやれよー」

 

「いやあんた一応船長じゃん」

 

「一応って何ですか!?バリバリ船長ですけど!?」

 

「マリンうるさい。…船長なら舵を取るの普通じゃないの?」

 

「はぁ…。これだからるしあは。船長ってのは上でふんぞり返って指揮する立場なの」

 

「うっざ。…もうノエル行こ?そらちゃんとぺこらも船乗って」

 

「あ、うんっ」

 

5人がわいわいと話しているのが新鮮で――それでいてこれが見たかったわけで。

このために、世界を救って来たかいがあったなと、ときのそらは心から思っていた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

遠くから見えていた黒い球体のもやが目前にまでやって来る。

 

「…近くで見るとかなり迫力あるぺこね」

 

「そういえば、なんでこの5人だけなの?団員さんとか…」

 

最高級任務と言いながら5人しかいないのは不思議だ。もちろん、ときのそらは戦えないため人数にはカウントしていない。

 

「バケモノにランク付けされてるのは知ってるでしょ?」

 

「うん」

 

前にSランクと死闘を繰り広げたり、秘龍は最高級のSSSランクなど、良く耳にしているため知っている。

 

「それと同じように団長たち人にもランクはあるんだよ。その人物がどのバケモノと同等以上かを見極めるためのね」

 

つまり、人もバケモノと同じようにSランクなどの割り当てがされているということ。

 

「今回の任務は最高級…つまり、人で言うSランク以上相当と判断された人物しか送れないって決められてるの」

 

「そのSランク以上に指定されてるのがここにいる5人ってこと」

 

マリンが補足をする。

 

「…でも、なんで私が?」

 

「まぁそらは居ないといけねえぺこだし?」

 

「どんな理論…!」

 

これで死んだらたまったもんじゃない。

――行けないと言われた所で、結局は世界を救うためについてくるのは確定だけども。

 

「…なんかそらちゃんのこと前に測定したけど判定不可能なんだよね」

 

「不可能?」

 

そもそもいつ調べられたのかも気になるが、そこは触れず判定不可能という言葉を聞き返す。

 

「まー特別ってことぺこね。でもそらが一緒に居てくれて安心するのはほんとぺこよ」

 

「ぺこら…」

 

優しい言葉に思わず涙しそうになるがグッとこらえ、目の前の黒いもやを見つめる。

 

「…入るよ」

 

マリンがそう言う。皆が等しく一度頷いた。

そして、その中へと入るとすぐ目の前には目的の無人島の浜辺を見つける。

 

「――え」

 

そしてその光景を前にときのそらが驚く。

――まさしく、Parallel World MAINと同じ造りになっていたからだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…ここって…」

 

MAINにおいて、海賊船が打ち上がっていた場所――【霧隠れの海岸】だ。

 

「…どう見てもあれだね」

 

フレアがある方向を指さす。目を向ければ、そっちの方角は【秘密の丘】がある場所だ。

そして、その上には大きな黒い影が佇んでいた。

 

「…あれが犯人ぺこね」

 

「…よし。行くか」

 

そうして、6人で黒い影の見える方へと歩き始める。

――約10分後。隠れもせず堂々と佇むその物体を見るため、木陰から首を出すノエル。その反応は――

 

「――っ!?みんな…っ!」

 

「――え?」

 

それは唐突に起きた出来事。ノエルがすぐさま振り向きこちらへ駆け寄ってきた。刹那、つい先程までノエルが居座っていた木陰が跡形もなく消え去った。

 

「…やばい![白兎]!」

 

目の前に10匹の白毛玉を呼び出す。

 

「一旦引くぺこ!」

 

それを盾に来た道を引き返すかのように逃げる5人。未だ状況が分かっていないときのそらも、皆について逃げていく。

 

「ちょ、なになに!?」

 

逃げつつもノエルへ確認をとるるしあ。

 

「――あれ〈秘龍〉」

 

たった一言。されど、この状況が一変して絶望と化していくのを肌で感じ取る。

秘龍――〈五大秘龍〉と呼ばれるSSSランクのバケモノ。

 

「はぁはぁ…一旦ここなら大丈夫…」

 

洞穴のようなものを見つけ、その中に隠れる全員。

 

「相手が秘龍なんて聞いてないよ…」

 

「そもそも秘龍相手じゃ、この人数は難しいんじゃ…」

 

るしあとフレアがお互いに嘆くのも無理はない。

 

「…なんの事前準備なしに秘龍とは戦えない。だけど、逃げることもできない」

 

そう、力強く戦う宣言をしたのはノエルだ。

 

「そうですよ。…もう前みたいな船長たちじゃないんですから」

 

それに賛成するのは、この中でノエルとはかなり古い付き合いとも言えるマリンだった。

 

「まー、逃げるなんて言ってないからね!」

 

それに反論するかのように、フレアが声を大にして言う。

 

「…とりあえずあれがどんななのか気になるぺこね」

 

そうぺこらが言った時、入口付近に光が落ちてきた。

 

「なっ…!?」

 

――光が落ちる。そんな言葉は存在しない。だが、今の出来事はそうとしか表せない。

 

「…っ」

 

入口が大きく崩壊した結果、目の前にそびえ立つバケモノ――ノエルが言う〈秘龍〉と向かい合う状況になった。

 

「…あんた誰」

 

フレアがそのバケモノに言い放つ。

 

〈――。ァ〉

 

だがそれには答えず、代わりにその鋭い爪を振り払って攻撃してくる。

 

「…『怨恨』!」

 

「『パワーストライク』!」

 

その爪に対抗するようにるしあとノエルが技を放つ。

 

「なんか――」

 

違和感を感じる。だが、それの正体が分からず下手に口を出せないでいるときのそら。

 

「…悪いけど反抗してくるなら遠慮なく討伐するよ!」

 

爪を受け止めたノエルが、その〈秘龍〉に対して高らかに言い放った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「――もし、君が最後の世界を救えたなら…それは本物なんだろうね」

 

独り、目の前からときのそらが消えたあとも、祭壇から離れずじっと立ち尽くす人物がいる。

 

「――そらちゃん向かったの?」

 

そんな人物に声をかけるのは、ロボ子さんの言う大好きな親友であるAZKiだった。

 

「…大丈夫だよ。あの子は…「ときのそら」だから」

 

「…能力を自覚してない?」

 

「可能性はあるね。とりあえず今は私も『時渡り』は止めて、ここで一緒に見守っておくよ」

 

「うん」

 

そう言い残し、AZKiが祭壇から離れ、拠点となる洞穴へと歩いていった。

 

「――本来の過去は、もっと残酷なんだよ。そらちゃん」

 

最後に言葉を残し、祭壇の前から去っていく。――未だ忘れていない、あの時のことを思い出しながら。



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▶EX-1「在りし日の記憶」

――――――在りし日の記憶。それは、本来在ったはずの記憶。たった1人の少女だけが知っている、真実の過去。

 

「――ボクは…」

 

どうすれば良かったのか。今でもその事が頭から離れない。

 

「――」

 

だからこそ、今過去を変えるために奮闘するときのそらにどうしても期待を寄せてしまう。

 

「――」

 

もう一度、あの日々が戻ってくるように。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…ねぇねぇロボ子さん。なんか最近あの無人島おかしくない?」

 

声をかけてくるのは白銀聖騎士団団長の白銀ノエル。

 

「…ん?あー、あの黒いもやね」

 

「…国王からも言われてて、あれが危険なものだったらここが一番危ないじゃん?だから調査に行こうかなって」

 

「そうだね。ボクも行くけど…あとはいつもの皆?」

 

「うん。一応呼んでみるね」

 

「おっけ〜」

 

そんな話をして、ノエルが外へと出ていく。することも特にないため、戻ってくるまで本を読み直すロボ子さん。

――この選択が、後にロボ子さんを苦しませる「悲劇の過去」になるとも知らずに。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「よし。皆集まったね」

 

ノエルが招集したのは、ぺこら、マリン、フレア、るしあだった。

 

「…いやー久々にロボ子さん見ましたね」

 

「お久〜。これから行くんでしょ?」

 

「そうそう。とりあえずこの船借りて行くか」

 

「そうだね。んじゃ、マリン舵よろしく」

 

「はぁ?なんでマリンなんだよ、フレアやれよ」

 

「いや、お前仮にも船長ぺこだろ」

 

「仮にもってなんだよ!?船長ですぅ!」

 

「マリンうるさい…。ノエルー早く行こ?」

 

「そうだね。皆乗って〜」

 

「おいこら!船長無視すんな!」

 

いつも通り賑やかな5人。そんな微笑ましい姿を見つつも、ロボ子さんも船へと乗り込む。

 

「それじゃあ行くよ〜」

 

そうして6人で、謎の無人島へと出発する。

 

「…思ったよりも近いね」

 

そう呟くるしあ。船に乗り出して、わずか15分程で黒いもやの内側へと侵入し、無人島に上陸したのだ。

 

「…んー。なんか変な感じはするけども、特にはない?」

 

黒いもやの正体を探しに来たが、見える範囲には何も見当たらないでいる。

 

「隠れていたりする?」

 

「それか別に害がなかったりとか?」

 

「そうかもね。…戻る?」

 

10分ほど周囲を探索したが何も情報が得られずに、無人島を出るために再び船に乗り込む。

 

「それじゃあ戻るか」

 

来ただけ損だなと思いながら、この島を出ようと船を進める。だが――

 

「…あれ?出れない?」

 

黒いもやが球状にこの島全体を取り囲んでいる。そのもやの外へと出れないのだ。

 

「――え?閉じ込められた…?」

 

その言葉を聞き、全員に緊張が走るのを感じ取る。

 

「…やっぱり何かいるってことか」

 

このままでは出られない。そのため、この主犯を倒さなくてはいけないと、船の方向を変えて無人島へ戻ろうとする――

 

「――やばっ…」

 

反応が遅かった。――突如降ってくる隕石に、船ごと全員が撃ち落とされたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「――かはっ…うっ…」

 

意識を取り戻すロボ子さん。気がつけば、島へ打ち上げられていた。

 

「――なにこれ…」

 

顔を上げ周りを見れば、無人島の上空を黒い雲が妖しく漂っている。そして、この無人島へ来るまでに通った海――激しく、この無人島の周りを回るように不自然に、そして規則的に渦巻いていた。

 

「――はっ。皆はっ…!」

 

ここへやって来た他の5人。その姿が見当たらないことに気がつく。

 

「さっきので…」

 

死んだ?それともはぐれた?

後者であることを望みながら、立ち上がり皆を探しに走り始めた。

 

〈――何シニココへ来タ〉

 

「…っ!?」

 

ふと声がする。振り向けば、そこに立ち塞がるは全体的に紫色の体でその周囲を禍々しいオーラが漂う龍だった。

 

「――幻龍アヴニール…」

 

その姿から思い浮かぶのは〈五大秘龍〉の一匹、幻龍だった。

その秘龍がなぜここにいるのか。それが分からずにいる。

 

「…幻龍」

 

〈――何故イル。答エロ〉

 

その幻龍が問いかける相手、それがロボ子さん自身ではないことに今更気付く。

 

「…え?」

 

突如幻龍がこちらへ向かって急接近してくる。

そして、腕を伸ばしてきたと思えば、こちらを通り抜けその先へと突き出した。

 

「…っ?――嘘っ…」

 

その行動がなんの意味を持っていたのか、確かめるべく後ろへ振り返る。

そこには、幻龍と同じく――〈秘龍〉が尻尾を叩きつけてきていたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…これって、嘘…」

 

嘆くのも無理はない。そこにいたのは、ロボ子さんが仲間だと思っていた――〈輝龍〉なのだから。

 

〈何故イル。――輝龍クヴィネグランツ〉

 

〈――。ァァ!〉

 

だが、それには答えようとせずに攻撃を仕掛けてくる輝龍。

 

「ど、どうして…ココちゃん」

 

反応を示さない輝龍をみて、別人のように思えてくる。

目の前で起きている秘龍同士の戦い。

その隙間をくぐり抜け、いち早く他の皆を見つけなければいけない。

秘龍たちには目もくれず、一目散にこの場を去っていく。

 

「はぁっ…はぁっ…他にはいないよね…っ」

 

すでに秘龍が2匹も存在している空間。それ程までに地獄は無いだろう。

ここに他の秘龍がいるだなんて思いたくはない。

 

「…皆は…っ」

 

見た目ではそこまで大きくなかった無人島。だが、その中に入り走り回ればかなりの広さを誇っていたことを実感する。

 

――ドゴォォン。

 

「…っ!」

 

先程から不定期に起きる振動と衝撃の音。恐らく幻龍と輝龍の戦いだろう。

 

「…幻龍はよく分からないけど…」

 

輝龍の実力をロボ子さんは知っている。故に、ここから導かれる勝敗の行方。それは――

 

「…たぶん、幻龍は死ぬ」

 

秘龍同士の対決はあまり耳にしたことがない。そのため、今の状況がどう転ぶかは分からないが、輝龍の力と勘を頼りに考えた結果、幻龍は勝つことは出来ないと予想する。

 

「…そして」

 

そこから輝龍は今自我を失っているようにも見える。つまり、この後ロボ子さんたちを標的にするかもしれない。

 

「――」

 

どうしてここへ来てしまったのか。あの時止めていれば変わってたのだろうか?

だが、どう悔やんでも「過去」は変えられない。

――そらを失った時のように。

 

「――。戦わなきゃ…」

 

この地獄から抜け出す方法。それは、輝龍を倒すこと。

いち早く5人を見つけ出し、作戦を練らなければいけない。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

あれからどのくらい時が経っただろうか。

今では、不定期とはいえかなり早い頻度で聞こえていた音がピタリと止んでいる。

 

「…戦いが終わってるはず」

 

ここからは輝龍に見つかるまでの時間の問題だ。

見つかる前に先にノエルたちを見つけ――

 

〈――ガァッ!〉

 

「――っ!?」

 

――ることができなかった。

 

「…もう見つかった…!?」

 

この間に他の皆は見つかってないのだろうか?そうなればかなり不運が続いている気がする。

 

〈――ッ!!〉

 

爪を振り下ろしてくるが、それを間一髪で回避する。

そして、今目の前に〈輝龍〉が現れたということは

〈幻龍〉が敗北したことを意味する。

ロボ子さんの予想通りとなってしまったのだ。

 

「…うっ…!『グラビティ・アップ』!」

 

〈――ッ!〉

 

逃げるロボ子さんを的確に狙ってくる輝龍。その一つの攻撃がたどり着く前に、ロボ子さんが能力を発揮する。

『グラビティ』――対象者や範囲を指定し、それに対し重力の制限を強制できる力。

『アップ』によって、その重力を2倍から50倍の間で自在に付加させることができ、『ダウン』によって、その重力を2分の1から50分の1の間で自在に付加できる。

もちろんかける付加の数値が大きいほど、魔力消費は高くなるが、ロボ子さんの特質上あまり痛手とはならない。

 

「…それでも動くか…!」

 

今、輝龍に対し一気に50倍を付加した。そのいきなりの重力の変化に対応できずに、こちらへ伸ばした腕は届かずに地面へと落とされる。

その後は、付加を20倍に下げ、自分の消費を抑えつつ輝龍から逃げ回る。

だが、20倍の付加を受けているにも関わらず、先程よりほんの少ししか動きが遅くならない。

 

「…困るなぁ…!こっちは攻撃技良いのないのに!」

 

逃げつつそんな皮肉を言い放つ。ロボ子さんのこの力はサポートとしては超万能かつ、最強の部類だろう。

だが、自ら戦うときに使うような応用はそこまで威力は発揮できない。

 

〈――ッ。『神光』〉

 

「――っ!?」

 

輝龍から放たれる言葉。それと同時にロボ子さんの足元から半径100メートルという超広範囲で円状に光が溢れてくる。

そう思った瞬間、その光が一気に空へ放出されたのだ。

 

「――ぁ」

 

その光に呑み込まれ、ロボ子さんは光とともに宙へと飛ばされる。

 

「――っ。や…」

 

やばい、と声を出した時には、すでに同じ高さにまで到達していた。その勢いのまま、片腕に光を溜め込み一気に叩きつけてくると同時、その光を放出した。

 

「――」

 

今までに受けたことの無いような一撃。このまま地面へと叩きつけられ、この命は尽きるのだろうとすでに悟っていた。

――だからこそ、最後の最後まで、自分よりも他の5人の安否を気にしたのかもしれない。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――意識がない。光が見えない。味がしない。音が聞こえない。感触がない。

 

「――」

 

自分は死んだのだろう。そう、実感することしかできない。

 

「…!」

 

薄らと、耳を刺激する音が聞こえた気がする。

 

「…ねぇ!」

 

目の前に影ができる。誰かがそこにいるのだろう。

 

「――起きて!ロボ子っ!」

 

手を握られる感触がした。

――まだ、生きているのか?

 

『――システム再起動』

 

「――っ!?」

 

謎の声が頭の中で響き渡った。

――直後、意識が完全に回復し、眩しい太陽の光が、ざらざらする土埃の味が、声をかけてくる少女の声が、温もりを感じる手の感触が、全てが鮮明に蘇ってきた。

 

「――なにこれ」

 

「…っ!良かった…ロボ子!」

 

視線を向ければ、こちらを心配していた人物がAZKiであることが分かる。

『時渡り』でここへと戻ってきたのだろうか?

だが、今はそんな事を考える余裕はない。――今起きた出来事に、ロボ子さん自身、酷く体から熱が引いていくのを感じているからだ。

 

「…?ロボ子?」

 

「あずき…」

 

目の前でこちらの様子を窺っているAZKi。ロボ子さんの、その虚ろな眼を見て一体何を思っているのだろうか。

 

「…皆…は?」

 

「――っ」

 

他の5人の安否を確認すると、AZKiの表情が一変する。

その態度から、言葉にされなくても分かってしまった。

 

「――どこにいるの」

 

それでも、もう一度だけでも皆の顔が見たい。そんな思いを込めてAZKiに問う。その意図を察してか、AZKiも何も言わずに素直にロボ子さんを皆のいる方向へと連れていった。

 

「…どうしたの?ロボ子」

 

AZKiの問いはさっきの5人の居場所を聞くロボ子さんにではない。――目が覚めてからずっと不自然なその様子についてだ。

 

「――あずき…」

 

「――っ!?ロボ子っ!?」

 

AZKiの質問に答えるためか、何を思ったのかその身を投げ出し、崖から下へと落ちていったのだ。

 

「ロボ子っ!何して――」

 

「フロートステージ」に乗り、崖の下へと追いかけるAZKi。そのAZKiが見た光景とは――

 

『システム再起動』

 

「――っ」

 

その身が全くの無傷で、今にも泣き出しそうな、悲しげな表情でAZKiを見つめていた姿だった。

 

「…あずきぃ…っ!」

 

地へと降りたAZKiに駆け寄り、思い切り抱きしめる。胸の中へと顔を埋めたロボ子さんが漏らす声――それは泣き声以外には聞こえない。否、まさしく泣きじゃくっていたのだ。

 

「――なんで…なんでボクはこんな[特殊能力]なのっ…!?なんで今分かっちゃうんだよ!!…っ!」

 

「――」

 

「だって!だって…今更…手遅れ…じゃ…ん…っ」

 

必死に訴えるロボ子さんの辛い気持ち。AZKiには分かりたくても、人の気持ちは完全には分からない。

ただただ、泣きわめくロボ子さんの背に手を添えて、優しく抱擁するしかなかったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

[特殊能力]――その人物、またはバケモノにだけ与えられたたった一つの固有の力。その力の使い方、応用はその人物以外には分からない。

また、その力を自覚したとき、基礎となる使い方を自然と覚えると噂されていた。

ロボ子さんに与えられし力。それは――

 

「――[生命体]…」

 

何とか心を整理させたロボ子さんから聞いた能力。それをAZKiは声に出し、反芻する。

 

「…ボクは死ぬ事が許されていない」

 

痛みなどといった感覚はあるものの、決して衰えず、そして死ぬ事がない。どんなに体が傷ついても、頭の中に響くあの音によって、元の姿に戻ってしまう。

無限に続く日々を、ただ意味もなく過ごすのみ。

 

「…もっと…早く…」

 

この力が覚醒していたなら。

ロボ子さん自身、能力が使えないことから自分には与えられていないものだと割り切って、今まで皆のサポートに徹していた。

――死ぬことを恐れながら。

 

「…ボクが…死なないんじゃ…っ」

 

だが、死ぬ事がないと知っていたら?

皆を守る盾として、もっと動き回っていたに違いない。

このタイミングで訪れる能力の覚醒。それをどれだけ恨んだか、そんな事を考える気持ちにもなれない。

 

「――ロボ子。行こう」

 

そんな全てを諦め、絶望した人物にかける言葉。

一つ間違えれば、この関係に亀裂が生まれるかもしれないのに。

 

「――救うんでしょ。…そらちゃんのことも」

 

「――っ」

 

彼女は――AZKiは、そんなロボ子さんに迷わず言葉を連ねていく。

 

「…私の[特殊能力]の恩恵。やっぱり、ロボ子にも与えたい」

 

「…それは…」

 

「できないからってやらなかったわけじゃないよ?――ロボ子に…私と同じ辛い思いをさせたくなかったから」

 

「あずき…」

 

「…今更絶望することないでしょ?…一緒に、地獄へ踏み出そ?」

 

苦笑しながら、その片方の手を差し伸べてくる。

――一緒に地獄へ行こうと、大好きな親友が誘ってくるのだ。

この手を握れば後戻りはできない。

 

「――でも…ここで終わらせるのもできないっ」

 

力強く、ロボ子さんはAZKiの手を握り返す。

 

「…ふふっ。本当は連れて行きたくないけど…」

 

「あずきは優しいね。でも、「お互い」死なない訳だし?」

 

「ふふっ、全くロボ子は。――Parallelへ行こう。「過去」を取り戻しに」

 

AZKiの背後から、周囲へ広がる光の輪が複数現れる。

 

「行くよ。『円環の理』」

 

やがてその輪が2人を包み込み、この「終わった世界」から消えていなくなったのだ。




次話は連日で、明日に投稿します。


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▶EX-2「◾️◾️◾️ない」

――――――激しい波に攫われ、抵抗する間もなく陸地へと投げ出される。肺の中に海水が入っただろうか?咳き込みつつ、水を体の外へと吐き出しながらその身を起こす。

 

「…うっ。み、皆――っ!?」

 

そうして、一緒についてきた他の5人にその安否を確認しようと周りに目を向けて気がつく。

――この場に、自分以外の姿が見当たらないことに。

 

「…私のせい?」

 

私が――『白銀ノエル』が皆をここへ連れてこなければ。そもそもの話、国からの命という訳でもなく自己判断でここの調査へやって来たのだ。

ここへ連れてきたのは他でもない。白銀ノエル本人だ。

 

「――っ…!」

 

それを思った途端、泣き出したくなってしまう。

だが、今泣けばそれこそ責任に押しつぶされてしまうだろう。

 

「…まずは皆を見つけ出す!」

 

それから悔やめば良い。みんなの事だ。死ぬなんてことはないだろう。

――事が済んだ後、皆で無事戻った時に怒られれば良いのだ。

 

――ドゴォォン!!

 

「…っ!?」

 

その時、不意に少し離れた位置で爆発音のようなものが聞こえた。

恐らく、調査しに来た主犯がいるのだろう。

 

「…でも、誰かが戦っている?」

 

そう思ったときにはすでに行動していた。

音のする方へ、全力で駆けていったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

どのくらい動いただろうか。しばらくして、音がピタリと止んでしまい、折角の頼みの綱がきれてしまう。

 

「…もう、どっちだ!?」

 

ここへ来る間にも周りをくまなく探したが、誰一人見つけられずにいる。

 

「…な、何?」

 

すると、ふと目の端で不可解なものを捉え、即座にその足を止める。

 

「…?」

 

それは、まるで光の残溜と表すのが適切な、地面に幾つもの光が集まっていたのだ。

 

「――っ!?」

 

そう思った次の瞬間には、その光の中から棘状に伸びる光がノエルを狙ってくる。

 

「…誰かの能力!?」

 

その手に持つ[プラチナメイス]で迫り来る光を打ち払う。だが、再び新たな光棘が襲い来るため、身動きが取れなくなってしまう。

 

「くっ…こんなとこで足止めくらってる場合じゃ…ない!!」

 

一度高く跳び、目下から迫る光棘全てを標的に、技を振り下ろす。

 

「…『メテオドライブ』!」

 

光棘を巻き込み、その発生源である光の残溜地丸ごと、凄まじいオーラで消し飛ばしたのだ。

 

「…ふぅ」

 

複数あった光の残溜は、全て跡形もなく消えていた。

 

「――っ!?」

 

その時だ。背後におぞましい殺気を感じたのは。

 

「…うっ…!?〈秘龍〉!?」

 

咄嗟の判断で、横へと転げる。瞬間、ノエルがいた場所の足元から光が溢れだしてきた。

そのまま受け身を取りつつ、殺気を放つ正体を一目見る。

――まさか、〈秘龍〉が居るだなんて想像もしていなかった。

 

「…この攻撃。さっきの光棘はあんたの能力か」

 

似た系統の攻撃からそうと憶測する。

 

「…最初に見つかったのが団長かな?」

 

音が止んでからしばらくは経つものの、音が再発生しなかったのを見るにそうだと考える。

それと同時、最初が自分で良かったとさえも。

 

〈――消えろ〉

 

「――ッ!?」

 

言葉が聞こえた時には、すでに自分の体が浮遊していた。

――突風によって、その体は真後ろへと飛ばされたのだ。

 

「…っ!や――」

 

後ろに目を向けた瞬間、そこには大きくそびえ立つ岩の山がある。

声を発する前に、その体は鈍い音を立てて、岩山へと激突したのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「はぁ…はぁ…っ!」

 

方向が分からなくなるほどの深い森の中。

体力が少ない割には必死に走り回る人物がいる。

 

「…っ!皆どこいったんですか!?」

 

木々を掻き分けどんどん森の中を進んでいく。

その見た目は、森の中にいるような人物とは正反対の服装なのだが。

 

「くっ…!まずは愛しのるしあを探さなきゃ!」

 

冗談を口にしつつ、ハイヒールという走りずらそうな靴を履く――『宝鐘マリン』は、森を抜けるために足を早める。

 

「――ぺこぉ!」

 

「ぐはぁ!?」

 

その一歩目を踏み出した瞬間、横から小さな兎――『兎田ぺこら』がマリンに飛びついてきたのだ。

 

「良かったぁ!マリン生きてたぺこね!」

 

「ちょっ、お前離れろっ!?」

 

思い切り抱きつくぺこらの力は中々で、引き剥がすのに苦労する。

 

「…ぺこらも無事で良かった」

 

「…皆はぐれちまったぺこね。さっきの隕石みたいなやつのせいぺこ」

 

隕石の様なものが船に激突し、気がついたら島に戻されていた。その記憶をぺこらも等しく覚えていた。

 

「とりあえずどうするぺこか」

 

「とりあえず森を抜けよ!」

 

率先して、マリンがぺこらを連れ森を抜けるため足を進めた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…長い道のりぺこね」

 

かなり真っ直ぐ進んできたと思うのだが、まだ森を抜けない。そう思っていた時――

 

〈――まだ居るか〉

 

「――っ!!?」

 

突如目の前に降り立ったバケモノ――〈秘龍〉だった。

「…なっ!」

 

〈――消えろ〉

 

「っ!危ないぺこ!」

 

秘龍の行動より先に、ぺこらがマリンを押し飛ばし、攻撃範囲から外れさせる。だが、その行動は――

 

「!!…ぺこらぁー!!」

 

代わりに、ぺこらが攻撃範囲に入るのと同じこと。

 

「…ぐはぁっ…」

 

伸びた爪により、体を押し出されるぺこら。そのまま後方の木に衝突する。

口からは血溜まりを吐き出し、その場に倒れ伏してしまう。

 

「っ!!このっ!『ロマンス・ホロイズム』!」

 

武器[マリンアンカー]から放たれる技。だが、目の前の秘龍から放たれる神々しい無数の光によっていとも容易く撃ち落とされてしまう。

 

「うっ…!?」

 

そのまま反撃と言ったところか。秘龍から放たれる一つの光がマリンを襲う。

あいにく、攻撃を仕掛けたばかり。[マリンアンカー]を引き戻す時間はない。

 

「――[白兎]!」

 

そこへ、横から複数の白毛玉が割って入り、マリンへ差し迫る攻撃を代わりに受けた。

 

「ぺこらっ!?大丈夫かっ!」

 

ぺこらが生きていると知り、慌てて駆け寄りその身を抱く。

 

「…大丈夫、ぺこよ」

 

弱々しく答える姿を見て、とても大丈夫には思えない。

 

「…でも」

 

「でもじゃねえぺこ。皆を探す…そして、アイツを倒すぺこ」

 

「そ、そんな無茶な…」

 

今のマリンにはとても目の前の秘龍を倒せるとは思っていない。それでも、諦めずに戦おうとするぺこらがいる。

 

「無茶なんかじゃないぺこ。ぺこーらは【諦めない】ぺこよ。いつも皆で切り抜けてきたぺこじゃんか」

 

「…ぁ」

 

「――っ!マリン後ろっ!」

 

「えっ…?」

 

不意に放たれる焦り声。それに驚き後ろへ振り向けば――

 

「――っ!?」

 

すでに秘龍が近づいており、片腕の先端、爪に神々しい光のオーラをまとい、今まさに振り下ろさんとしている所だった。

 

「しまっ――」

 

お互いに間抜けな声を発する。

とてもじゃないが防ぎきれないだろう。そんな死を覚悟した2人を待っていたのは――

 

「――良かった。2人とも生きてて…」

 

「っ!?ノエ…ル…」

 

振り下ろされた爪を受け止めたのは、頭から血を流し、体全身がボロボロと化していたノエルだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「ノ…ノエルぺこなのか…?」

 

そのあまりにも変わり果てた姿に、ぺこらもマリンも言葉が出なかった。

 

「…散々、暴れてくれた…みたいだね」

 

そんなノエルが必死に秘龍の爪を抑えつつ、そんなセリフを吐き捨てた。だが、秘龍はそれを意に介さず、残る片方の腕を同じように叩きつけてこようとする。

 

「…まずいっ!『ぺこらんだむぶれいん』!」

 

ぺこら専用の武器、[ぺこットランチャー]から放たれる光線が、叩きつけようとした腕と相殺し、秘龍が一歩後ろへ後ずさる。

 

「…よしっ、今――」

 

今がチャンスと一歩足を進めたぺこら。その足元が光輝きだし、それに反応した瞬間には――

 

「――嘘…」

 

マリンとノエルの目の前で大きく彼方へと、光の放出と共に吹き飛ばされていったのだ。

 

「…ぁ」

 

「マリンっ!」

 

「――っ」

 

呆然とするマリン。そこへ尻尾での攻撃を仕掛けてくる秘龍。ノエルがいち早く気づき、マリンを押し飛ばし攻撃の外へと逃がす。

 

「っ――やめて…」

 

「――」

 

マリンの言葉を聞かず、助けようと押し飛ばしたノエル。その腕が――肩の付け根から消し飛んでいたのだ。

 

「ノエ…っ」

 

自分のせいだ。さっきから反応が遅れている。そんな自分を守るために動いたぺこらとノエルが傷を負っているんだ。

――自分が傷つけばいいのに。

 

「マリンっ!!」

 

「っ…!?」

 

そんなマリンに強く叱咤するノエル。秘龍と相対しながら背後のマリンに言葉をかける。

 

「マリンが強いのは…団長が知ってるんだ」

 

「そんなこと…」

 

「団長が折れた時…マリンが一番叱ってくれたじゃないか」

 

「っ…」

 

「…あの時のマリンはどこにいったの?…団長たちがここで終わるわけないでしょ!!!」

 

ノエルの複数の感情が入り交じった怒声。それはマリンにとって、とても効果的なものだった。

 

「…ほんと馬鹿ですね――自分が」

 

思い切り跳躍するマリン。何の声も合わせていないが、意図を察してノエルが秘龍の傍から離れた。

 

「っ!!くらえぇ!」

 

マリンはその力を信じ、使い方も知らずに発動する。

秘龍の足元に渦巻きができ、それに両足が囚われ身動きが取れなくなった。

 

「…っ!!」

 

「マリンっ!」

 

「大丈夫っ!…ぐっ…くらえっ!」

 

無理な力の発動により、マリンの体にヒビが入り、次々と血が滴り落ちていく。にも関わらず、更に力を加速させた。

秘龍の付近に再び渦巻きが現れると、今度はそこから大きな鎖が飛び出てきて秘龍の両手を捕まえたのだ。

 

〈――邪魔〉

 

「…っ!?マリンっ!」

 

「…や――」

 

秘龍の一瞬の力の現れ。マリンに直撃すれば、この秘龍を抑える力が失われる。だからこそ身を呈して、ノエルが代わりに喰らったのだ。

 

「…なん…で」

 

ノエルの姿は見るに耐えない。片腕は吹き飛び、体の半身は先の攻撃で黒く焦げ、今にも崩れそうになっている。――手遅れだ。

 

「…逃げて…ここは船長が…」

 

だが、ノエルは一歩、秘龍に向かって足を出した。

 

「っ…もうダメだって!ノエルっ!!」

 

その瞬間、ノエルへ放たれる光の砲撃。かわす余地もなく、そのまま呑み込まれ、顔の半分が崩れ、体ごと地面に倒れたのだ。

 

「…なんでっ…!!」

 

そんなノエルへ駆け寄るマリン。だが、ここから助かる見込みはない。

 

「…あれ、おかしいな…団長、致命傷はくらわな…いのに…な…」

 

「…ノエルっ!!」

 

「はは…泣かないでよ。マリンのおかげだよ…マリンのおかげで…団長、【逃げない】で戦っ…た…よ」

 

そんな最後の言葉を告げ、今、完全に生命が尽きたのを肌で感じ取った。

 

「…船長はっ…っ…こんな意味で言ったんじゃ…ないのに…っ!」

 

マリンの思いも虚しく、ただ泣くことしかできなかった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

皮肉にも、秘龍は待ってはくれない。次の標的をマリンに定めたのか、今では解けてしまった鎖の隙間を抜け、マリンへと迫る。

 

「――『力の矢』!」

 

「っ!フレア…っ」

 

横から秘龍に攻撃をし、ターゲットを自分へと移させた。

ハーフエルフの弓矢使い――『不知火フレア』だ。

 

「――っ。お前…絶対に【許さない】」

 

一度視線をこちらへ向けたフレア。その目に映ったのは、酷く変わり果てたノエルの姿。感情の波が激しいフレアにとって、最も親しいノエルの死体には心をかなり揺さぶられるだろう。

 

「…『金唾の矢』っ!」

 

故に、手加減なしの本気の攻撃を仕掛ける。

 

「…フレアっ…!」

 

思い切り放たれた覚悟の一撃。秘龍全体を包み込むほどの破壊力を発揮した。

 

「…マリン…っ。今の攻撃…ちょっと…やり過ぎたかな」

 

「フレア…っ」

 

来た時から気づいていた。――フレアも人の事を言えないくらいに、全身がボロボロになっていたのを。

そして、その手には幼い死霊術師――『潤羽るしあ』を抱えた状態で。

 

「…っ!マリン…っ!」

 

「うわっ…っ!」

 

マリンに向かってるしあを投げるフレア。その怪力にツッコミを入れたいがそれどころでは無い。

るしあも、残りわずかな生命を何とか繋いでいる状態に過ぎなかった。

 

「…あの秘龍の…能力かな…光の残溜たちに…この有様だよ…」

 

未だ呼吸が荒いるしあを抱え、マリンはフレアを見つめている。

 

「――っ!もう…お願いだから…っ!」

 

その背後に現れた、秘龍の爪がフレアの喉元に差し掛かり、首から上が弾け飛ぶ姿をはっきりと目にしてしまった。

 

「…やめて…」

 

最後に見せた苦笑い。それが、フレアにとっての最後の瞬間となる。

 

「――マリン!立つぺこ!!」

 

「っ!?」

 

不意に聞こえる、懐かしい声。すぐ目の前には光線が放たれていたが、小さな白毛玉たちによって防がれた。

 

「ぺこらっ…!?」

 

「…まだ…死んじゃいねぇぺこ…」

 

そうは言うも、普段白い服を着ているぺこらだが、その身は真っ赤に染まっており、左肩がだらりと垂れ下がっているのが分かる。

 

「…2人の死を無駄にするなっ!」

 

「っ!」

 

ぺこらに叱られ、改めてマリンは自分の弱さを感じた。そして、今度こそは迷わない。

 

「…当たり前だぁ!船長をなめんなっ!」

 

勢いよく、[マリンアンカー]を取り出し気合を入れる。

 

「…るしあが起きるまで辛抱だぞぺこらっ!」

 

「分かってるぺこ!…るーちゃんが起きて3人なら行けるっ!」

 

そう。2人で耐え抜いて、るしあが起きて反撃といこう。

――決して、ノエルとフレアの死を無駄にしないために。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「――ん…」

 

『怨恨』により、徐々に自分の傷を癒していたるしあ。完全とはいかなくても何とか立ち上がるだけの体力は戻った。

 

「――え」

 

そして、周りの景色を見てるしあの時が止まるかのように動かなくなる。

――ノエルとフレアらしき人物の死体が目の端で倒れているのを捉える。

そして、目の前では髪がぐちゃぐちゃに乱れており、体全身が赤く染っているぺこらが立っている。

 

「…起き…たん…ですね」

 

「――ひっ!?マリンっー!!?」

 

声がしたと思えば、目の前に倒れてくる人物。

一番最初に出会い、るしあの未来を変えてくれたとても大切な人――マリンだ。だが、眼帯は外れており、その中の眼は潰れている。

そして、横腹には貫通するかのような大きな穴が空いており、一気に血が垂れ落ちていた。

 

「…嘘」

 

「…これで…秘龍にも…勝てます…ね」

 

「待ってよ…っ」

 

「…るしあ。良かった…船長、皆を…るしあを【裏切らない】で…戦いましたよ」

 

「――マリ…ン?」

 

最後に残したマリンの言葉。それは――

 

「…っ!るしあの傍離れないんでしょっ!?――るしあより先に死んじゃ嫌ぁぁぁ!!!」

 

命が尽きて先にいなくなるという、裏切らない事に反してしまう切ない結果になる。

 

「…ぺこ…ら」

 

前へ顔を上げると――先と同じ姿で立ち尽くすぺこらがいる。

先と同じ姿でだ。

 

「――っ」

 

そこからの想像は容易いだろう。

 

「――ごめん…ぺこ」

 

激しい光に当てられ、その体が一瞬にして焦げ落ち、その場に倒れていった。

 

「――っ」

 

そして、その光を放ったのは紛れもなく目の前に佇む秘龍だ。

 

「…ダメ…っ!!【死なせない】!!死んじゃ――ダメなのっ!!」

 

るしあが魔力を解放する。途端に、その背後に現れるのは凄まじいオーラを放つバケモノのような、人型の女性の霊が呼び出されたのだ。

 

「――[禁術蘇生]…『傀儡霊装』!」

 

――禍々しいオーラを纏い、マリンが、ぺこらが、フレアが、ノエルが、るしあの能力の元蘇ったのだ。

 

「…行くよ皆――」

 

るしあの禁忌――それを解放して秘龍に立ち向かう。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――どのくらいの間戦ったのか。

るしあの姿は悲惨なものとなっていた。

 

「…ほら、皆…こっち…いい所だよ…」

 

片目は潰れ、今も血が流れ落ちている。

足取りもふらふらとしており、今にも倒れそうな雰囲気だ。

[禁術蘇生]は、隠された禁忌の力。使うためには代償が必要な力だ。

 

「――っ」

 

小石にでもつまづいたか、そのままるしあはその場に倒れてしまう。

 

「――皆…どこ…」

 

残っている片目ももはや視力はほとんど無くなっている。

――4人の傍で倒れているのにも関わらず、その4人の姿を見ることができない。

 

「――みん…な…。るしあ…がんばった…よね」

 

最後に手を伸ばす。微かに触れたものは、すでに体温を失って冷たくなったマリンの手だ。

 

「――」

 

そして、ついにその時が訪れた。

――謎の島で、5人の命が失われた。




次話から通常通りの本編です。


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▶20「イレギュラーな人物」

――――――ボクがたどり着いた時にはすでに5人の死体は消えていた。

AZKiによれば、〈輝龍〉の光に当てられ灰になったんじゃないかと言われる。

 

「――」

 

「ロボ子…」

 

最後にもう一度、死体でも良いから一目見たい。そんな、胸が張り裂けるほど辛い願いさえも、叶うことは無かった。

――この時からだろう。ロボ子さんの心が完全に砕けてしまったのは。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…またダメか」

 

何人目だろうか。過去の改変に失敗し、Parallelにて死亡してしまった。

もう気づいたことだが、Parallelに人を送ること自体がすでに過去改変に関わっており、悪い方向に進むことになってしまう。そこで送られた人が過去を直せれば通常ルートを辿る。

だが、死んでしまえばそこで終わる。強制過去改変となるのだ。

 

「ロボ子…」

 

ロボ子さんの行動を共に見守るのは、ロボ子さん以外に唯一本来の過去を知っているAZKi。

3人ほど過去へ送ってから、壊れた人形のように次々に人物を過去へ送り出している。そして失敗。

それの繰り返しだ。

 

「――次は…」

 

失敗する人間たちを見ていて気づいたことがある。

それは、過去へ送り、失敗して戻ってきた時に記憶がないことだ。

つまり、記憶を保持して再挑戦ができない以上、常に初回攻略ができる人物が求められる。

――そして、送り直す度にも過去が変わり、人物の行動が変わってしまう。

 

「…それのせいで命を落としていっちゃう」

 

そんな日々を繰り返す2人。

――いつしか、過去は本来より絶望な世界になっていた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「――え」

 

長い年月が過ぎた頃。不意に現れたイレギュラーな存在。

 

「…っ!ロボ子っ!」

 

「…どうしたのあずき」

 

Parallelへ送る頻度も減り、2人寂しく過ごす日が増えてきていた時だ。

 

「――っ!?」

 

そこで見つけた人物。

それは、2人が亡くしたとても大切な存在。

 

「…そらちゃん?」

 

それは――「ときのそら」と全く同じ姿の少女。

 

「…呼ぶの?」

 

AZKiが確認をしてくる。

何もここへ呼ぶ人物は手当り次第という訳では無い。

Parallelへの適性が比較的高い人物を抽出している。

――それでも「記憶の保持」ができる人物は居なかったが。

 

「…呼ぼう」

 

ロボ子さんの決断。2人とも、この時点で「ときのそら」では無いことくらい分かっていた。それでも、その姿に惹かれ、適性が少しあるからとParallelへ呼んでしまったのだ。

 

「…一応、あの子の世界を見てこようか?」

 

「そうだね。お願い。ボクはいつものように食材を見つけてくるよ」

 

AZKiが『時渡り』によって、この場から姿を消す。あの謎の少女の境遇を知ればどんな人物かだいたいは分かるだろう。

――そして、続きは物語の序盤、ときのそらとの出会いに繋がる。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…ロボ子さんとの出会いがなければこんな事は無かった。けど、選ばれたならちゃんと救わなきゃ!」

 

目の前にそびえる秘龍を前に、ノエルが攻撃を受け止めている状態。その背後で守られるときのそら。

こんな状況でも、Parallelへ呼んだロボ子さんを恨むどころか、むしろ感謝をしているくらいだった。

 

「…強いな…っ」

 

ノエルが爪を受け止め維持するが、秘龍から放たれる尻尾が横からノエルを襲う。

 

「おりゃあ!」

 

その尻尾に対してマリンの放つアンカーが迎撃する。

上手く弾け飛び、ノエルへ攻撃が届くことは無かった。

 

「…ノエルっ!もう大丈夫っ!」

 

「っ!」

 

フレアの呼び掛け。それに応じて秘龍を抑える力を抜き、その場から回避する。

 

「くらえっ![弓変化]――『力の矢』!」

 

押し潰そうとした相手がいなくなり、がら空きとなった秘龍の腹部に渾身の一撃を与える。

 

「うっ…あまり効いてない!?」

 

よろけはしたものの、決定打には程遠い。再び、秘龍が体全体に光を溜め込み、それを放出してきた。

 

「…っ!?」

 

「っっ!」

 

直撃は避けるものの、全員がその光に当てられ小さな洞穴の地面が崩れ落ち、一緒に下へと落とされていく。

 

「やば――」

 

上手く着地し、周りを見渡すフレアとるしあ。

着地に失敗し倒れているのマリンとぺこら、それからときのそらを庇って一緒に落ちたノエルの姿が――

 

「…っ!ノエルとそらちゃんがいないっ!?」

 

一緒に落ちた2人の姿が見当たらなかった。崖に近い場所故に、崖下まで落ちてしまったのだろうか。

 

〈――ッ!!〉

 

「くっ…こいつ…!」

 

助けに行こうとすぐに走り始めたフレアの道を塞ぐかのように秘龍が地へ降り立ってきた。

 

「フレアっ!敵はこいつしかいねえぺこ!ノエルとそらなら大丈夫!ぺこらたちはこいつと応戦するぺこ!」

 

ぺこらがその手に[ぺこットランチャー]を持ち一歩前へと出る。

 

「そうですよ。…ノエルたちもここへ戻ってきますから!」

 

「…そうだね。るしあ!合わせていくよっ!」

 

「任せてっ!」

 

2人を見失った状況の中、秘龍との第2回戦が幕を開けた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…んん。…痛っ!?」

 

落下の衝撃で気を失ったときのそら。何かが頭へとぶつかった衝撃で目が覚める。

 

「…これって…」

 

【ジュエリーショップ】で見た「輝竜の鱗石」に限りなく似たもの。

 

「…いや、まんまそれじゃん。えっ…てことは」

 

「あの秘龍――〈輝龍〉ってことね」

 

「っ!ノエル、大丈夫っ!?」

 

「うん、ありがと。それより輝龍か…」

 

落ちてきた物を見てノエルがそう答える。

 

「…心当たりが?」

 

「いや。噂だと輝龍ってのは無闇に暴れないって聞いてたから」

 

確かにその噂の通りだとすれば目の前にいる輝龍は不自然と言えるだろう。

無闇に暴れないということはそれだけ大人しい、または冷静でいられるということ。だが、今の輝龍を一言で表すならそう、暴走状態のような――

 

「――っ!!」

 

「…そらちゃん?」

 

その瞬間、引っかかっていた謎が一瞬にして鮮明になる。

 

「もしかしたら――暴走している。…何かに操られていたり…」

 

「…っ!そうか、だから雰囲気が。それなら納得できるっ!」

 

ときのそらの言葉を反芻しノエルもその可能性にたどり着く。

 

「あの黒いもや…あれが原因だろうね」

 

そうしてノエルの中で一つの答えが導かれた。

 

「倒すより先に、操っているものを解こう。…皆に合流して伝えないと」

 

このまますぐ上へと行ければ楽だがあいにくとそんな方法は――

 

「そらちゃんこっち来て。技で上へ飛ぶよ」

 

――無いことはなかった。言われるがままノエルへと抱きつき、落とされないようにする。

 

「…よし。『パワーストライク』!」

 

ノエルの武器[プラチナメイス]を地面へと思い切り叩きつける。その衝撃波によって2人の体が宙へ浮き、そのまま天井を貫いて皆のいる元へ――

 

「…っ!?」

 

「っ!ノエルちゃん!」

 

行くところを光の軌跡によって阻止されてしまう。そのまま2人は再び下の地面へと尻もちをつく。

 

「うっ…何これ…」

 

ときのそらは体勢を建て直しながら上を見て呟く。そこにいるであろう新しいバケモノたちにではない。

天井から壁まで、至る所に模様のように浮き出ている光の残留。そこから伸びる光棘たちが蠢いていたからだ。

 

「…これって、輝龍の能力?」

 

他に考えられることは無いだろう。

そんな光棘たちが一気にときのそらとノエル目掛けて伸びてくる。

 

「っ!?」

 

「そらちゃん!――『パワーストライク』!」

 

気力を溜め込み、一気に解き放つ。襲い来る光棘を一撃で粉砕していく。だが数が多く、キリがない。

 

「…このままじゃ…」

 

『パワーストライク』の力が消えれば一撃で粉砕できるか分からなくなる。輝龍の力なら尚更だ。

 

「…おりゃああ!」

 

必死に振り回すノエルの攻撃が全て当たり、次々へと光棘が消滅していく。

それと同時、光の残留が小さくなるのが分かって。

 

「…全部壊しまくるってこと…?」

 

「やってやる!そらちゃんは必ず守るっ!」

 

これは完全な耐久戦だ。

ノエルの力が途切れるのが先か、光の残留が消えてなくなるのが先か。

 

「っ!ノエルちゃん!!」

 

だが、横から水を差すような光棘が、ノエルの背後から伸びていくのに気づいたときのそら。

それでも言葉を投げかけ、ノエルが反応するまでのタイムラグを考慮すればすでに手遅れだ。

 

「――ぐっ!?」

 

「ノエルちゃん!?」

 

思い切り背中から横腹に抜けるように斜めに貫通した光棘。そのまま壁へと突き刺さり、ノエルを串刺し状態にした。

 

「…がはっ…っ」

 

「っ!」

 

動きが制限されたノエルは、今も必死に光棘を撃ち落としていくが、徐々に拾える範囲が狭くなり追加ダメージを負っていく。

みるみるうちに、ノエルの体が赤く染まっていくのをただ見ているだけしかできないときのそらにとって、これだけ屈辱的なことは無いだろう。

 

「…何か…」

 

何かできないか。そう自問自答するときのそら。

そこに不意にやってきた感覚。

 

「――え?」

 

まるで、自分もすいせいと同じように能力者だと錯覚するような感覚。この力の源が自分にあるのか、それとも突如渡されたものなのか。

 

「――」

 

このままではノエルがやられてしまう。それを阻止するには、一か八かこの力を使うしかない。

 

「――ノエルっ!!」

 

「…っ!?」

 

ノエルに向かって両手の平を向ける。

使い方など分かってはいない。これで発動するかも分からない。

――でも、発動しなかったら困る。

 

「…ありがと、そらちゃん。っ!!」

 

賭けには成功したようで、ノエルの一振りが自身を貫く光棘ごと周囲の光棘を一瞬にして消滅させていく。

 

「…すごい…!」

 

自分の力の正体は分かっていない。

この状況だけ切り取ればバフ効果のようなものに思える。

 

「…おらぁ!!」

 

ノエルの動きが先程までと段違いに良くなり、次々と光の残留を消滅させ、ついに全ての残留がこの場から消えてなくなったのだ。

 

「…窮地での覚醒。なんか主人公みたいだね」

 

「あはは…とりあえずノエルちゃんが動けそうで良かった」

 

Parallelにて過去を救っている点では、ある意味主人公かもしれない。

 

「…上から音がなくなっている。どっかへ移動したかも」

 

戦っている途中から、激しい爆発音が鳴り止んでいた。まさかやられたとは思っていないため、どこかへ移動したと考えるのが無難だろう。

 

「探しに行こう。――必勝法を伝えなきゃ」

 

その意見に反対するはずもなく、ときのそらはノエルの後を追って島の中を移動することになった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…うっ」

 

「ぺこらっ!『ロマンス・ホロイズム』!」

 

〈――ッ!〉

 

秘龍による猛攻に防戦一方を強いられる状況。周囲には光の残留がいくつか存在し、そこから伸びる光棘の対処も迫られている。

 

「…埒が明かないよっ!」

 

秘龍本体へ攻撃するのはぺこらとマリン。そして、周りの光棘はるしあとフレアが相手している。

次々に迫り来る光棘により、秘龍本体へ攻撃できないことが徐々に押されてきている証拠だ。

 

「…これ、容赦なくやるしかないのか」

 

「フレア?」

 

そう呟くフレアの声を聞くるしあ。だが、それには反応せずに行動に移す。

 

「…[弓変化]――『金唾の矢』!」

 

「っ!それ…」

 

容赦しないフレアの一撃。きんつばの力を借りる、最大級の攻撃。

大きな光が残留に向けて放たれた。

 

「…っ!!」

 

その威力は凄まじく、一瞬にして周囲の残留を巻き込み、消滅させるほどだ。

 

「…ぐっ…」

 

「フレアっ!」

 

その威力の反動か、その場に膝をつくフレア。るしあがすぐに傍により、魔力による回復を行う。

 

「…これで…4人で秘龍を――」

 

「――え」

 

フレアとるしあ。体力が回復すれば、秘龍と4対1で戦えると、そう思った時には遅かった。

――2人に飛んでくる物体。それは背後の壁にぶつかり倒れるが、その姿は言うまでもない――ぺこらの姿だった。

 

「っ!ぺこらぁっ!」

 

るしあとフレア、2人でぺこらの元へ駆け寄る。横腹を思い切り損傷しており、血がものすごい勢いで流れ出てる。

 

「…ぺこらっ!まだ大丈夫っ!」

 

必死の思いでるしあが回復をかける。

 

「…っ、マリンはっ!?」

 

フレアがぺこらの安否を確認しつつ、未だ戦ってるであろうマリンの方へ目を向ける。

体中から血が滴り落ち、マリンもぺこらまでとは言えないがかなりの傷を負っている。

 

「…マリン――がぁっ!」

 

マリンの助太刀に入ろうとするフレアを遮るように、秘龍から光棘が放たれた。

 

「…フレアっ…!?」

 

秘龍の意識がマリンから外れたことに気づいたマリンが、その方向へ視線を向けた。

――フレアが、光棘に腹を貫通された瞬間を目の当たりにした。

 

「――っ!」

 

そんなフレアに意識を向けた瞬間、横から秘龍の爪による攻撃をもろに受け、吹き飛ばされてしまう。

 

「…ぐぁぁ…っ」

 

意識が朦朧とする。そんな中、視界に映るのは膝を付いたフレアに迫る秘龍の姿。

るしあはぺこらを癒すのに集中し、こちらへ意識が裂く余裕がない。

 

「…かっ…ぁ」

 

このままではフレアがやられてしまう。

――ダメだ、それだけは何としても阻止しないと。

 

「がぁっ…ダメだ…死なせちゃ…っ!!」

 

溢れ出る力の深淵。操れるか分からないそれを、今発揮する以外に道はない。

 

「こいっ…!――[深淵乖離]!!」

 

底から無理やり力を引っ張り出してくる。

 

〈――ッ〉

 

その瞬間、秘龍の足元に渦巻きができ、それに両足が囚われ身動きが取れなくなった。

 

「…絶対に…船長が死なせませんっ!!」

 

今にも倒れそうな状態で、最後の力を振り絞ったマリンが改めて秘龍と向き合ったのだ。



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▶21「一縷の希望」

――――――人は死の淵に立ったり、命懸けで物事に必死になると潜在能力が発揮され、覚醒すると良く耳にする。

今マリンの身に起きているのはまさしくその通りだろう。

 

「…ぁ…マリ…ン」

 

傷口から流れ出る血を手で抑えながら、マリンに視線を向けるフレア。

だが、助けに行けるほどの余裕は今のフレアには残っていない。

 

「…はぁ…はぁ…死なせません…!」

 

先の攻撃でかなりの痛手を負ったマリン。頭から血を流し、意識が少しずつ朦朧としていく。

そんな中でも、ここで倒れるわけにはいかない。

――皆を死なせられないから。

 

「…もちろん、船長に守られる必要はない人たちですけど…」

 

自分自身も死んではいけない。

皆で生きて帰ること。それが「絶対条件」なのだから。

 

「…かはっ…っ」

 

口の中にたまる血反吐を吐き捨て、秘龍と向き直る。

予備動作無しに、いきなり目の前へと現れる秘龍。

 

「…[深淵乖離]っ!!」

 

マリンの特殊能力が覚醒される。何も無い空間に、突如渦巻き状の穴が出現する。そこから鎖がいくつも現れ、目の前の秘龍の四肢を捕らえた。

 

〈――ッッ!!〉

 

その鎖により、秘龍は足止めされる。必死に暴れるが、それでも破ることができずにいる。

 

「…はぁ…っ…」

 

血の巡りが悪くなってきた頃合いだ。そろそろマリンの限界も近づいているだろう。

それでも、まだ倒れる事はできない。

 

「…るしあが…っ…ぺこらを回復し終えるまでは…」

 

それまで耐えなければいけない。

 

「…っ!!『壊落激流』!」

 

秘龍の頭上に、再び特殊能力によって不自然に現れる黒い穴。そこから、一気に大量の水流が落下し、秘龍に直撃する。

かなりの大ダメージ。秘龍とはいえ、無傷では済まないだろう。

 

〈――ッ!!〉

 

「――ぁ…」

 

そんな中、抵抗するように反撃してくる秘龍。放たれた光に、マリンはかわすことも迎え撃つことも間に合わない。

 

「――間に合った」

 

「…っ!…ノエル…!」

 

その横からマリンの前に立つノエル。

 

「…団長の特殊能力…ここが最適!!」

 

そして、武器を片手に飛んでくる光に向かって走り出した。

 

「…ノエル…っ!」

 

止血が間に合わず、徐々に意識が薄れていくフレアがその姿を見て、必死の声を上げる。

 

「――[金剛]!」

 

真正面から光とぶつかるノエル。その瞬間に発動した特殊能力により、全身が銀色のメタル色と化する。

そこへ直撃する光によって、その姿は見えなくなるが――

 

「…効かないよっ!そして――『メテオドライブ』!!」

 

ほぼ無傷で光を突破したノエルがそのまま勢いよく秘龍の頭上へと現れ、鎖で捕縛され動けない所へ、その一撃を叩き込める。

 

〈――ァァ!!?〉

 

その強大な力に、初めて、秘龍がその場に倒れ伏したのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…マリンっ!!」

 

華麗に着地し、マリンの元へ駆け寄るノエル。

 

「…大丈夫…です…」

 

「良く耐えてくれたね。…もう、無理しないで大丈夫だよ?」

 

笑みを浮かべるノエルの目元から涙の粒がこぼれ落ちる。

そんな必死に頑張ってくれたマリンを称賛し、るしあの元へと連れていった。

 

「…るしあちゃん!」

 

「…っ!?そらちゃん!」

 

一方、るしあの方へ一足先に向かっていたときのそらがフレアを抱えてるしあと合流を果たす。

 

「…フレアっ…!」

 

ぺこらを回復しつつ、フレアにも回復の恩恵を与える。

ここにマリンも追加となればるしあの負担はかなり大きくなるだろう。

 

「大丈夫!るしあだけじゃなく、霊の力を借りてるから。消費は少なめだよ」

 

そんなときのそらの心配に気づいてか、るしあが優しくそう答えてくる。

 

「…あの秘龍の必勝法が分かったよ」

 

そんなときのそらの一言に、意識のあるフレアとるしあが目を見開く。

 

「――操られている。だから、それを解けば大人しくなるはず」

 

そこへ、マリンを連れて戻ってきたノエルがときのそらの言葉に付け足した。

 

「…操られている?」

 

「あの秘龍…おそらく〈輝龍〉だと思うの」

 

そのノエルの言葉に両者ともに驚きを隠せないでいた。

輝龍が大人しい性格というのは、この付近の人間にとっての共通認識だったらしい。

 

「…本当に輝龍なら、操られている可能性は高いね」

 

「でも…どうやって解除するの?」

 

「…結局やり方は変わらないかもしれないけどね。恐らく体力を消耗させれば、解けるはず。あの黒いもやが証拠だろうね」

 

ノエルの言葉に全員が納得し、やる事が決まる。

攻撃することは変わらないわけで、倒すか倒さないかの違いだ。

 

「…やってやるよ!」

 

ノエルが意気込み、一人前へと立つ。

そのまま、起き上がった輝龍と睨み合う。

 

「…しぶといね。その謎の黒いもや、祓わせてもらうよ!」

 

先に動いたのはノエルだ。素早く輝龍の目の前へと駆け出し、力強く一歩踏み切り、空へと跳ぶ。

 

「…『メテオドライブ』!」

 

2度目となる、隕石が降るかのように光が輝龍目掛けて撃ち落とされる。

しかし、一度受けたからか、見た目とは裏腹に俊敏な動きで避けていく。

 

「…ノエルちゃん…」

 

一人で立ち向かうなんて馬鹿なまね、普通の皆なら止めただろう。

しかし、これは少しでも早く、多く回復してもらうための場を繋ぐための行動だ。それを分かっているからこそ、ノエルを止めるような言葉を誰も出さないでいる。

 

「私の力…」

 

まだノエルに付与されているのだろうか。それすらも分かっていない。もう一度付与しようにも、さっきのように上手くいく保証はない。

 

「…うっ!?」

 

着地する前、輝龍の風圧により更に上空へと飛ばされる。

 

「ノエルちゃん!」

 

人は空中での機動力は、地に足をつけている状態よりかなり落ちるのが普通だ。ノエルもその例から外れず、空中で身動きがままならない状態の所へ、輝龍が光を無数に放ち込んだ。

 

「…まだ使えない…っ」

 

同じように特殊能力で突破しようと考えていたノエルだが、発動できずにいる。

――このままでは絶対絶命だ。

 

「…それはさせないっ!」

 

「るしあちゃん!?」

 

3人を回復していたるしあから大量の禍々しい紫色の魔力が溢れてくる。

 

「…はぁぁぁ!――[禁術蘇生]!」

 

るしあの背後に溢れた魔力が集まりだし、その中からるしあたちの2倍以上の大きさの、人型の女性の霊が呼び出されたのだ。

 

「…グァァァ!!」

 

その女性人型霊がノエルへと放たれた光の前へと現れ、対抗するように口から禍々しい波動を放ち、上空で2つの光がぶつかり合った。

 

「…うっ!?」

 

その衝撃に尻もちをついてしまう。

 

「ノエルっ――ぐえっ!」

 

「痛たた…ご、ごめんるしあっ!?」

 

何事もなく落下してきたノエルを受け止めたるしあ。だが、受け止められずにノエルの下敷きとなってしまう。

 

「…ありがとるしあ」

 

「う、うん…ここからるしあも戦うよ」

 

ぺこらはもう充分に回復し、一命は取り留めている。

フレアとマリンに関しても、るしあの霊により回復が継続されている。

 

「分かった。…何としても輝龍を大人しくさせなきゃ」

 

ノエルの意気込みに呼応するかのように、輝龍の放った光を押さえた女性人型霊が降りてきて、るしあの背後に位置づいた。

 

「…とりあえず輝龍を消耗させる」

 

「そして、あの黒いもやを祓うこと」

 

ノエルとるしあが目的の確認をする。そして、再び始まる輝龍との真っ向勝負。

 

「…行くよ!」

 

「うんっ!」

 

ノエルの声に合わせ、輝龍に向かって走る2人。るしあの後を追うように呼び出された女性人型霊も動き出す。

 

「…[禁術蘇生]――『幽玄虚霊』!」

 

「――ガァァァアア!!!」

 

るしあの特殊能力が本領を発揮する。女性人型霊に更なる霊魂が集まりだし、紫色のオーラを放ちながらその姿を更に一段と巨大化させ、凶暴な姿へと変貌を遂げた。

 

「よし…『怨恨』!」

 

そして、先制攻撃とばかりに、るしあが紫色の霊魂を輝龍に向かって撃ち放ったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

るしあが増え、2対1となった戦いぶりを見守る4人。

 

「すごい…!」

 

ときのそらは率直な感想を漏らした。

一人増えただけで、戦況に変化が生まれたのだ。

防戦一方に近い戦いをしていただけだったノエルだが、今では輝龍の方が押されてきている。

 

「3人も順調に…」

 

体力が回復している。もう少しで意識を完全に取り戻すだろう。それまで2人で耐えてもらうか、願わくばそのまま輝龍を倒して欲しいところ。

 

「…ぐっ!?」

 

「っ!?るしあちゃん!」

 

鈍い音が聞こえ、一瞬にしてときのそらから笑顔が無くなる。急いで振り向けば、そこには左腕が普通ではありえない方向に折れているのが良く分かる。

そう、はっきりと――誰が見ても、もう使えなくなっていることくらい。

 

「…るしあっ!?」

 

「大丈夫っ…!…虚霊!」

 

「ガァァァ!!」

 

左腕をだらりと下に垂らしながら、特殊能力により生み出された女性人型霊――虚霊を呼ぶ。

追撃に飛んできた輝龍の爪を、同じく虚霊の爪が抑えた。

 

「…『メテオドライブ』!」

 

すかさず、ノエルが輝龍の横腹目掛けて無数の光を放出する。

虚霊に捕まれていることで避けきれず、輝龍に直撃した。

 

〈――ァァ!!〉

 

「…効いてるっ!」

 

ときのそらも一連の流れを見て、勝機を感じてきていた。今、自分にできること。たった一つあるそれを再び試す時かもしれない。

――上手く行けば、それが決定打にも。

 

「…今更干渉の事気にしても意味ないからっ!!」

 

同じように、ノエル目掛けて先の力を使おうと気合いを入れる。

その瞬間ある事に気づく。

 

「…。もしかしたら…」

 

考える前に行動するのがときのそらだ。

先の力を引き出すために集中するが、それはノエルだけでなく――るしあ、フレア、マリン、ぺこらをも含む5人に対して力を行使したのだ。

 

「――お願いっ!!」

 

「…っ!…そらちゃん」

 

「――えっ!?」

 

賭けは大成功。ノエルは先と同じ感覚に対して、真っ先にときのそらの力が使われたのだと気付く。

他4人は、いきなりの能力向上に驚きを隠せないでいた。

 

「…これ、そらちゃんが?」

 

「…これ…で――」

 

マリンもぺこらも完全に意識を取り戻し、確認のためにフレアがときのそらに問いかける。だが――

 

「…っ!そらっ!?」

 

倒れるときのそらの体を咄嗟に支えたぺこら。

ときのそらは激しい力の発揮により、気を失ってしまったのだ。

 

「…ありがとうそらちゃん。――ここからは船長達に任せてください!」

 

ときのそらの力を無駄にはできない。

力を取り戻した3人が立ち上がり、ノエルとるしあの元へと合流する。

未だ倒れない、輝龍の姿を見つめながら。

 

「…さあ、ここからが本番ですよ」

 

本当の本当に、6人の力が合わさった今こそが、最後の戦いになるのだろう。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――気を失うと、力を使った直後に実感した。

今更皆の安否を気にする必要はない。

自分よりも何倍も強い人たちだからこそ、死なないと思っている。

もちろん、自分の心配さえも必要ない。

人任せかもしれないが、皆が守ってくれるだろうから。

――だから、今思うことはたった一つだけ。

 

「…過去、変えられたかな」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

急激な力の増大に、輝龍でさえも驚いているだろう。その証拠に、次々と攻める5人に対して、防戦一方となっているのだ。

 

「…はぁ…はぁ」

 

「るしあっ!虚霊はもう引っ込めても良い![深淵乖離]!」

 

「わ、分かったマリン!」

 

るしあの特殊能力はかなり強力。その分、代償を伴う。

あまり長時間で使用させるのは危険と判断したマリンが、輝龍の動きを抑える役割の交代を提案する。

[深淵乖離]によって、空間に現れた幾つもの渦巻きから鎖が飛び出してきて、輝龍の体を封じる。

 

〈――ガァァ!〉

 

そんなマリンに向かって光砲を放ってくる。

だが、咄嗟にかわそうとしたマリンの前にフレアが現れた。

 

「フ、フレアっ!?」

 

「大丈夫。…私の特殊能力の本気、見せちゃうよ!」

 

そう言って飛んでくる光砲に対抗する手段は、片手を前に突き出しただけ。

 

「…ちょっ!?フレアっ!?」

 

横から支援攻撃をしているぺこらも、フレアの行動の意図が分かっていない様子。

 

「…はぁぁ!」

 

光砲を正面から受け止めるフレア。少しずつ後ろへと押されていく。

 

「…っ!![弓変化]!」

 

そのまま、特殊能力を発動する。フレアが受け止めた光砲が徐々に収縮していき、やがてフレアの手の中で1本の光り輝く弓矢となっていた。

 

「…そ、それって… 」

 

「…私の能力は、何も弓矢を作り出すだけじゃない…!触れたものから弓矢を作り出し、元の性能を維持させる事ができるのさ」

 

そう言い放ち、フレアは手に持った光砲の弓矢を輝龍へと向かって構える。

 

「――『速の矢』」

 

そう声を出し、弓矢を持つ手を離した。

 

〈――グガァ!?〉

 

――刹那、輝龍を射抜く凄まじい光が、粉々に散っていく。

 

「…え、当たっ…てない?いや…違う、のか?」

 

ノエルすらも困惑するほど。一体何が起きたのか、この場にいるフレア以外の誰しもが理解出来ていないだろう。

そして、理解する前に次の情報が与えられる。

 

「…輝龍が」

 

自分の光に当てられ、二度目の、背中から大きく倒れ込んだのだ。

 

「今のって…」

 

「『速の矢』。それこそ、光の速度で敵を射つ力だよ。当たったら砕けちゃうけど、それなりの強さはあるよ」

 

今の力についての説明をしてもらい、ようやく理解出来た4人。

 

「…また起き上がる?」

 

ノエルが倒れた輝龍を見て呟く。

 

「…どうだろうね。でも、そらちゃんの力が無かったらこの状況は訪れていなかったかもね」

 

マリンが、まだ気を失っているときのそらを見てそう感想を言う。

ときのそらの、あの力がなければこの一縷の望みすら掴み取れなかったかもしれない。

 

「ねぇ…!輝龍が…!」

 

るしあが急に声を出したため、慌てて全員が輝龍の方を振り向いた。

 

「…な、なんぺこ!?」

 

そこにいたのは――

 

「――痛てて。…お?ここどこだ?」

 

――輝龍ではなく、その輝龍が存在していたはずの場所に突如現れた、謎の角と尻尾が生えた美少女だったのだ。



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▶22「仲間」

――――――可愛らしく、その場にぺたんと座る美少女。美少女と言うには、少し背が高いかもしれないが、そんな美少女が周りをきょろきょろ見渡して首を傾げる。

 

「あれえ?私、さっきまで上にいませんでしたかね?」

 

その少女は周りを見渡しながらそんな呑気な事を声に出している。

 

「…ねぇ」

 

「ノ、ノエルっ!?」

 

そんな少女に一歩ずつ近づいていくノエル。その大胆な行動に思わず全員が止めようと声を裏返してしまう。

 

「…本当にさっきまでの記憶は無いの?」

 

「――バレちゃいましたか。記憶はあるんですよ。でも、自分を制御出来ていなかったみたいでして…」

 

この場にいる理由。それはしっかりと分かっていると言う少女。その場に立ち上がり、彼女もまた、ノエルに一歩ずつ近づいてくる。

 

「…ぼいんぼいん…」

 

「る、るしあさん?…その感情はまた別ではないかと」

 

恐らく180cmはあるだろうか?女性にしては背が高く、更には胸もノエルに匹敵する程大きい。

るしあが別の意味で嫌悪感を抱いているが、それは気にしなくても良いのだろう。

 

「…助けてくれてありがとうございます。いやぁ、暴走して困ってたもんで」

 

「…やっぱり暴走か。そらちゃんの見解が正しかったね」

 

2人の間にあった敵意が無くなったのを感じ取った4人。

少しずつ、4人も輝龍と思わしき少女の方へ向かっていく。

 

「…あなた、輝龍なの?」

 

「そうですよ。まぁ、私の[特殊能力]ですけどね」

 

フレアの問いにあっさりと自分が輝龍だと告白する少女。

 

「…特殊能力?」

 

「私の能力は[人竜変異]。同時に、人と竜の姿を持ってるんすよ」

 

「…なんかファンタジーっぽい…!」

 

「人の姿に戻れず暴走してたので、皆さんには助かりましたぁ」

 

「…〈五大秘龍〉の一匹がまさか人とはね」

 

「まぁ人の姿を持ってるって考え方のが良いっすよ」

 

そんな元輝龍との会話を交わし、何があったのかを聞き出す5人。

 

「…ん」

 

「あっ、そらが目覚めたぺこ!」

 

ぺこらの声にそれぞれが反応し、ときのそらの元へと駆け寄ってくる。

 

「…ん。はっ!?皆っ…!?」

 

「落ち着いてください」

 

「…ぁ」

 

「そらちゃんのおかげで、私たち大丈夫だよっ」

 

「ちゃんと、輝龍も助けましたから」

 

ときのそらの心配を他所に、気を失っている間に起きた出来事を次々と語り出てくる。

ただ、それだけなのに分かったことがある。

――過去は、変わったのだと。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「いやあ、あなたのおかげかもしれませんねっ!」

 

起き上がるときのそらに、元輝龍の少女が近づきながら手を差し伸べてくる。

 

「助けてくれてありがとうございますっ」

 

「…うん、良かった。…えーっと…」

 

手を出し、互いに握手を交わすが微妙な表情を浮かべ、首を傾げたときのそら。その顔を見て元輝龍も首を傾げる。

 

「どうしたんです?」

 

「…人の時って、なんて呼べば良いのかな?」

 

目が覚めた後、目の前の少女が輝龍の人の姿だと教えてもらった。だが、その人の姿に対して輝龍と呼ぶのはおかしい。

 

「…確か名前は」

 

「輝龍クヴィネグランツが私の名前ですね」

 

ときのそらの疑問に元輝龍がそう答える。

 

「クヴィネグランツからなんか取ったら?」

 

「んー…それじゃあ、桐生ココですねぇ」

 

「…あっさり決まったね。てか、どこからココ?」

 

「クヴィネとグランツを濁してとかどうです?」

 

やけに単純に自分の名前を決める元輝龍――ココの態度に全員から気が抜けるのを感じる。

 

「…皆さんのおかげで助かったですけど、皆さんの体が…」

 

ココがそれぞれの体の様子を見比べる。軽傷重傷はあれど、5人とも傷を負っているのが分かる。

特にるしあの腕は今見ても痛々しいものだ。

 

「…これから、私も役に立ちたいです」

 

「…うん。それなら、団長たちと一緒に来る?」

 

ノエルがそんな提案をする。もちろん、誰もその提案に反対意見は出さないだろう。

判断はココに委ねられる事となる。

 

「ついていかせてもらいます!皆さんに負わせた怪我も治させてもらいます!」

 

そう言い、ココが次々に回復してくれる。

 

「…るしあさんも」

 

「るしあは大丈夫」

 

「えっでも…なるほど。るしあさんの力だったんですか」

 

ココが回復をかける前に、すでに自分の魔力と、自身の霊の力を合わせて回復をしていたるしあ。見た目は完全まで治ってはいないが、垂れ下がっていた左腕はすでに治り、自在に動かしていたのだ。

 

「…これからよろしくね、ココちゃん」

 

「…よろしくお願いします〜!」

 

改めて、輝龍が――桐生ココが仲間となった。

 

「――うっ…?」

 

その瞬間、目の前が真っ白に染まる。

やがて音も消え、完全に意識が無くなった。

 

「ま――」

 

時間は待ってくれない。やがて目の前が鮮明に映し出されると――

 

「――」

 

そこは、【秘密の丘】の祭壇の上。

――ただし、ENDではなくMAINの世界だった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…え」

 

最初は意味が分からなかった。

一体なぜParallel World MAINへと戻ってきたのか。

一体なぜあのタイミングなのか。

 

「…ロボ子さん…いない?」

 

この場で別れた、この世界の管理人。

ここにいないことから、恐らく拠点となる洞穴に居るのだろうと考え、迷うよりも先に行動に移していた。

 

「…何だか、変わった?」

 

少ししかこの世界から離れていないのだが、行く前より何だかこの島全体が生き生きとしている気がする。

 

「…あれ?人の声…?」

 

すると、【妖精の森林】の中から微かに声が聞こえた。

 

「ロボ子さんかな?」

 

そう思い、その声が聞こえた方へと足を進める。

この森林に入ると、いつも決まって妖精の不思議な感覚を味わっている。

それを体感する度、自分が今ここにいると改めて思うことができる。

 

「…あっ、ロボ子さん!」

 

森の中を少し歩き回ると、少し離れた位置に人の影が見える。

ここにいるのはロボ子さんだけのため、見つけた途端に歩く速度を上げ、その人物の元へ駆け寄った。

 

「――ん?」

 

振り返るロボ子さんに世界を救ったと報告を――

 

「――え?」

 

――振り返った人物。それがロボ子さんでは無いことに気が付いた。

 

「――ぁ」

 

「――そ…そら、ちゃん?」

 

そして、その人物が自分の良く知る人物だと言うことにも気が付いて。

 

「――フ…フレアちゃん…っ!」

 

「わわっ…!?急にどうしたのさ…。――そらちゃん、だよね?」

 

思わずフレアの胸の中へと飛び込んだ。それに驚きつつも受け止めてくれたフレア。その声が、少しずつ震えていくのが伝わって。

 

「良かった…。あの日いきなりそらちゃん倒れちゃって。家に送って次の日見に行ったら居なくなってて…」

 

フレアが泣きながらにあの日の状況について説明してくれる。

 

「…あの日。今ってあれからどれだけ経ってるの?」

 

「今はあの日から2年経過したところ。この無人島、結構居心地がいいから皆で住めるようにしたの」

 

「皆ってことは…ノエルちゃんたちも!?」

 

「もちろんいるよ!今は国に行ってるからまだ帰ってこないね」

 

このMAINの世界がENDから2年後という事が分かり、ある程度状況を飲み込めた。

――しっかりと、過去が改変し、未来が切り替わっていた。

 

「本当に…良かった」

 

「…これからそらちゃんどうするの?まだ私はこの周辺にいるけど」

 

「うん。――ロボ子さんに会いに行く」

 

フレアとの再会は名残惜しいが、まだこれからも会えるならやるべき事を先にやっておいた方がいいだろう。

 

「…よし、着いた」

 

ロボ子さんと出会い、最初に案内されたロボ子さんが住まう場所――洞穴の入口までやって来た。

 

「…よし」

 

少しだけ緊張してしまうが、一歩前へ踏み出し、その洞穴の中へと入っていく。

そして、その奥の方に1人の姿を見つけ、後ろ姿とは言え今度は間違わないではっきりと誰なのか分かる。

 

「――ロボ子さん」

 

「――っ」

 

声をかけると、こちらに気づいていないで驚いたのか、肩を少し跳ねさせる。そして、聞き取った声音から誰なのかを察して。

 

「――そら…ちゃんっ!」

 

勢いよくロボ子さんが抱きついてきた。それだけで、救うことができて本当に良かったと思う。

 

「ロボ子さん…救ったよ」

 

「そらちゃん…!――っ!」

 

それからしばらくの間、泣きに泣いたロボ子さんを慰めていたのだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

2人とも落ち着き、机を挟んで椅子に座る。

 

「…ぁ」

 

「えっ…AZKiさん!?」

 

洞穴の更に奥の出入口から姿を現したのは、ぺこらを救う上で一緒に手伝ってくれていたAZKiだった。

 

「…ホントにあの世界救っちゃうなんて…そらちゃんなんだね」

 

「ん…?」

 

「深く気にしないでいいよ。それより、ありがとね。救ってくれて」

 

AZKiが手を差し伸べて、感謝の気持ちを伝えてくる。

 

「うん…これで、良かったのかな?」

 

「うんうん。皆救えたし、そらちゃんのおかげだよ」

 

そのままAZKiとは固く握手を交わした。

始まる前は長く感じたこの役目。だが、いざ終わるとなれば少し悲しくも思えてくる。

 

「…そらちゃん。本当にありがとう」

 

ロボ子さんの口から告げられる言葉。

心の底から思っている、本当の気持ち。

 

「…いつでも、遊びに来てね」

 

まだ目尻に涙を浮かべながら、笑いかけてくるロボ子さんの顔は、今までよりもずっと綺麗な笑顔で――

 

「――うん。また来るよ」

 

――その会話を区切りに、目の前が真っ白となる。

やるべき事を全て終えて、役目を果たしたから。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

目が覚めると、いつもの光景――自分の部屋の天井が映し出される。

 

「…よし」

 

気持ちを切り替える。今日は学校があるため、その準備をする。最近元気がないと心配してくれた2人に謝らなくてはいけない。

準備を終え、いつもより早めに家を出て行った。

 

「…おはよーっ」

 

教室のドアを開け、いつものように彗星と巫子にあいさつを交わし、自分の席に座った。

 

「おはよ…なんか今日早いね?」

 

驚いた顔をしながら彗星が近づいてくる。

 

「うん!良いことがあったからね。最近ずっと暗くてごめんね?2人に余計な心配かけちゃってたし」

 

「気にすることないにぇ。暗くなることくらい誰にでもある訳だし」

 

「そーだよ?空がそんなに気にする事はないよ」

 

「すいちゃん、巫子ちゃん…ありがと…!」

 

優しい2人とこれからも仲良くやって行きたい。

あわよくば、ノエルちゃんたちと会わせたりとかも。

 

「…それじゃあまたにぇ!」

 

2人と別れて家の中へと入るときのそら。そのまま着替え、ベッドに入る訳ではなく、外へと出て行った。

 

「…これ、勝手に入っても大丈夫だよね?」

 

たどり着いた場所は親友の1人――桜 巫子の母親が務めている【電脳桜神社】だった。

何故ここに来たのか。その理由は言うまでもない。

 

「…よし」

 

行き方なんてものは分からない。それでも、ロボ子さん側からこっちに来ることはできた。

 

「…ぁ」

 

よく分からないが上手く行ったようだ。神社の中に立つと不思議な力を感じ取り、賽銭箱が一際大きな力を放っている。

そして、その賽銭箱に手をかざすと――

 

「――っ」

 

大きな光に包み込まれて、この場からときのそらの姿が消え去った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…来れた…」

 

転移できてもちゃんとMAINに行くか心配だったが、周りを見渡した感じ、しっかりと戻って来れている。

 

「よし」

 

周りはすっかり暗くなっており、森の中は特に見えなくなっている。

何度も来ているため、直感でロボ子さんの拠点に向かって足を進める。

 

――ガサッ。

 

「――え?」

 

不意に、背後で草が揺れる音がした。以前にも何度かこう言った場面はあったが今回は例外で、求めていない物音が聞こえる。

恐る恐る振り返ると――

 

「がぁぁ!!」

 

「きゃぁぁぁ!!?」

 

大きな体に、立派な角と翼を付け、長い尻尾を揺らしている存在――龍が咆哮を上げてきた。

あまりの怖さに叫び声を上げてそのまま走り出して逃げていく。

 

「いやぁぁぁ!!これロボ子さんが言ってたやつ!!?」

 

夜になると眠っている龍が目覚める。まさか、本当の出来事だったなんて。

 

「――そらちゃん!冗談です!…待ってくださーい!」

 

「…え?」

 

泣き目で走るときのそらの背中にかけられる声。その声に聞き覚えがあり、足を止める。

 

「はぁ…はぁ。いやぁ、まさかそらちゃんが怖いもの苦手だなんて思わなかったですよ」

 

「――ココちゃん…」

 

そこにいたのは、大きな体ではあるものの、角は控えめ、尻尾が生えているが翼は生えていない――人の姿となっているココだったのだ。

 

「…なんだココちゃんか…驚いた…」

 

「んー。怖いものと言うよりビックリが苦手系だったのかな」

 

「…あっ!そらちゃん来ましたね!」

 

「――っ!」

 

2人の声を聞きつけて現れる人物。それは最初に出会った縁のある人物の片方、マリンだった。

 

「さ、ロボ子さんの拠点行きましょ!皆集合ですね!」

 

マリンが率先し、拠点の方向へ案内してくれる。

――これで、本当に皆を救うことができたんだ。

 

「…そらちゃん」

 

拠点へ戻ればマリンの言った通り、ロボ子さん、AZKi、ノエル、フレア、るしあ、ぺこらが待っていた。

 

「…本当に…ありがとっ」

 

「うん!ロボ子さんとの約束、果たしたよ」

 

駆け寄るロボ子さんを優しく抱きしめる。

これからは、こんな幸せな日々が続くのだろう。

 

「…さてと、皆集まったし久々に豪華なご馳走にしよっ」

 

そう言い、AZKiが次々に料理を運んでくる。

 

「あ、るしあも手伝うよ!」

 

皆が賑やかに騒いでいる。ときのそら含めて全員での集合はこれが初めてだ。何かの記念になるだろう。

 

「さて、二年も一緒にいるわけですし、そろそろ呼び捨てとかどうですかココ…」

 

マリンが肉を食べながら、同じく肉を食べるココに問いかける。

 

「…さんを付けろよデコ助野郎!」

 

「――。…死ねぇぇ!!」

 

「ちょっと2人ともっ!?」

 

空っぽになった皿を投げ飛ばしながらココを追いかけるマリン。それが本気ではなく、遊びだと全員が分かっていたため止める者は誰もいない。

 

「…ふふっ」

 

これが、役目を果たす上でときのそらが望んだ結末。

皆で笑い合いながら、楽しく日々を過ごしていく。

――こんな賑やかな雰囲気がこれからもずっと続きますように。




これにて第1章完結となります。この後は幕間を投稿して、第2章に入ります。これからも楽しみに待っていてください。


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▶幕間「消えた花」

――――――ある日、王国から一人の少女が姿を消した。

この情報が耳に入ったのはつい最近の事。誰も、想像していなかった悲劇の始まり。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…今日はどこか行くの?」

 

Parallelでノエルから借りていた部屋。過去を変えたことで、現在のMAINにおいてもその部屋はときのそらの所有物となっている。

そのため、時々王国に皆で戻る際には使用しているのだ。

今日は全員で王国に戻り、自分の部屋の必要な荷物をMAINの拠点へ移す作業をする日。

だが、ノエルの様子を見れば荷物をまとめず、どこかへ出かける支度をしている。

 

「これでも団長だからね。一応国王の元へ行って色々説明を加える。後は少し国の見回りみたいなものかな」

 

ノエルがそう説明をして、すでに扉に手をかけていた。

 

「そんじゃ、戻るまでなんか適当にしてて」

 

「えっ!?…わ、分かったけど」

 

最後の方は早口で言われ、はっきりと聞き取れなかった。この部屋からノエルがいなくなり、ときのそら一人だけとなる。そんな、彼女の心情は――

 

「適当って、何もすることないんじゃ…」

 

ただひたすらノエルか帰るまで、何もせずここで待ってれば良いのかと思っていたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

空を見上げれば清々しく青色が広がっており、雲一つない景色が鮮明に映し出される。

 

「まぁ、じっとしてても退屈だしね…」

 

結局のとこ、荷物をまとめ終えたときのそらは、観光気分で【プラチナ聖王国】の中を歩き回ろうとしていた。

 

「マリンちゃんたちも荷物まとめてるのかな…」

 

同じ王国にそれぞれ拠点を持つマリンとるしあも、ノエルたちと一緒に来て荷物をまとめるように言われていた。

フレアに関しては、ここからは少し距離がある【フルーフ大森林】の中に拠点があり、そこの管理者はフレア自身のため荷物をまとめる必要がない。

そのため、マリンの手伝いとして、マリンと同じ拠点へと行っている。

そしてぺこらは、拠点として使ってる場所が少し遠く、一人で荷物をまとめに行ってしまった。

ココはこの国にあまり関与していないため、ロボ子さんやAZKiと一緒にMAINの島に残っている。

 

「…図書館?」

 

目的もなく道を歩いていると、ふと視界の端に捉えた建物を見て足を止める。

 

「こんな所にあったかな…?」

 

それは二階建てという、大きな面積を敷地とした図書館だった。つい最近にでも出来たのか、以前はここには何も無かったような気がする。

 

「折角だし入ってみるか」

 

ときのそらは迷う事なく、図書館の中へと入っていく。

 

「…すごい」

 

そこには多種多様の本が、規則正しく本棚に収められている。

 

「いらっしゃいませ。開館記念として、初回ご利用の方には一冊だけ無料で1週間の貸し出しを行っています。詳しくはレジまで声をかけてください」

 

館内放送のようだが、図書館ということもあって音声は控えめだ。それでも、開店記念で一冊無料で本を借りられるという。

 

「なんかお得…!気に入ったのがあったら借りようかな」

 

時間つぶしにも、読書というのは最適だろうと考えている。図書館の中をぐるぐると見渡して、面白そうな本を探している。

 

「…あれ、ぺこら?」

 

「お、そらぺこじゃん」

 

図書館の中を歩き回っていると、本を手に取って表紙を見ているぺこらと出会った。

 

「…荷物は?」

 

「拠点に戻ったぺこなんだけど、島の方に全部持っていってたみたいぺこ。だから軽い荷物しかなかったぺこよ」

 

そう言って、少し大きめのポーチを見せてくる。恐らくその中に納まる程の荷物しか無かったのだろう。

 

「暇だったから王国にちょっと寄ったぺこよ。そしたら見ない建物あったから入ったってわけ」

 

「なるほど」

 

ぺこらがこの図書館に来るまでの経緯を説明し終えると、手に持った本を棚へと戻した。

 

「そらはどうしたぺこ?」

 

「荷物まとめは終わって、今ノエルちゃんが戻ってくるまで暇だから王国の中を散歩しようかなと」

 

「なるほどぺこね。ぺこーらはもう暫くここにいるけどそらはどうするぺこ?」

 

「うん、私ももう少し図書館を見回ろうかな」

 

「おけぺこ。それならどうせだし一緒にいよぺこ」

 

「いいよ〜」

 

それから小一時間ほど、図書館の中で本を見て回っていたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「結局何も選ばなかったなぁ」

 

一冊無料貸し出しを使わず図書館を出てきてしまった。一応まだ一度も本を借りていなければ次の来館でも無料貸し出しは出来るというのが出入口に書いてあった。

 

「…次はなんか借りようかな」

 

「この後どうするぺこ?」

 

図書館を出たものの、目的もなく道を歩いている。

 

「んー。どうしようね」

 

あまり時間も経っていないため、まだノエルも戻ってきていないだろう。

 

「マリンたちのところに行ってみるぺこか?」

 

「あ、それいいね。そうしよ」

 

行く先もなかったため、ぺこらの提案に賛成し、マリンの拠点となっている家へと向かって歩き始めた。

 

「…あ、この花綺麗」

 

ふと、ぺこらが道の端にある草むらへ走っていった。

 

「…バラ?」

 

そこにあったのは鮮やかな赤色をしている美しいバラの花が咲いていた。

 

「へぇー。これがバラぺこか」

 

「見たことないの?」

 

「この辺だとバラはとても高価で貴重な花ぺこよ。こんな風に自然に咲いてることが驚きぺこよ」

 

そう言ってぺこらは立ち上がり、目的であるマリンの家へと歩いていく。

 

「さすがに貴重だからといって摘み取る程、ぺこらは落ちぶれちゃいないぺこよ」

 

「うんうん、えらいね」

 

そのまま他愛ない話をしながら、数十分歩き続けた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「あれ?ノエルじゃねーぺこか?」

 

マリンの家に着き、ドアを開けると中には3人いた。

自分の荷物をまとめるマリン、その手伝いをしているフレア。それに加えて、国王の元へ向かっていたノエルが居たのだ。

 

「いや、思ったより話が短く済んでね。家に戻ったらそらちゃん荷物まとめ終わって出かけてたみたいだし。どうせだからマリンの所に来たわけ」

 

「そうだったんだ」

 

「あ、これそらちゃんの荷物持ってきちゃった」

 

「ありがと〜」

 

ノエルが戻ってるかもしれないと思って家へ戻ってたら二度手間になっていたところだった。

 

「丁度マリンの荷物もまとめ終わったよ」

 

「はぁ…はぁ…。ノエル、フレア、助かりました…」

 

「マリンほんと体力ないなぁ」

 

荷物をまとめるだけで少し息が上がってしまっている。

 

「どうする?一休みする?」

 

フレアがマリンにそう問いかける。

 

「…いや、大丈夫です。島に戻ってからゆっくり休むとします」

 

「…ほ、本当に大丈夫なの?」

 

「うぅ…船長と同じくらい体力がないと思っていたそらちゃんにまで心配されるとは…」

 

遠回しに悪口を言われたような気がするが、軽口で言われたことは分かっているため口出しはしなかった。

 

「よーし。じゃあ、皆まとめ終わったから島へと戻りますか」

 

ノエルがそう先陣を切って、荷物を背負いマリンの家から出ていこうとする。

だが、その発言と行動に若干の違和感を持ったときのそらがノエルに口を出す。

 

「…あれ、全員?――るしあちゃんはもう戻ったの?」

 

その発言の瞬間、ときのそら以外の全員が歩みを止め、ときのそらの方へと振り返る。

 

「…え、え?」

 

「――そらちゃん」

 

最初に口を開いたのはマリン。

だが――その言葉の続きを聞いてはいけなかったなどと、そのときは分からずに耳を済ましてしまった。

決して――

 

「――るしあ…ちゃんってそらちゃんの知り合いですか?」

 

――嘘でも冗談でも、言ってはいけない言葉だったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「――」

 

今、マリンは何と言ったのか分からなかった。否、分からなかったのではなく、分かろうとしなかった。発言の意味を理解することを脳が拒んだのだ。

だってそうだろう。

 

「…なんで…」

 

「そらちゃん疲れちゃってる?」

 

「ほら早く行くぺこよ」

 

「まぁ置いては行かないけど、ちょっと休んでから港に来てもらって構わないよ」

 

次々と、フレアが、ぺこらが、ノエルがマリンの言葉に違和感を持たず家を出ていく。

最後に、ただ一人――潤羽るしあの存在を覚えているときのそらだけが残る。

残って――

 

「なんで…。――マリンちゃんだけは…最初に言っちゃいけない言葉なのにっ…!」

 

その場に膝をつき、言ってはいけない人物が言ってしまったという事実を悔やみ、数分の間呆然としていたのだった。

マリンは、るしあにとって一番最初に出会った、るしあの生き方を変えさせた救いの人物。

それなのに――どうして覚えてないのだろうか。

 

「――バラ…」

 

ふと、今日の出来事であった不思議な現象を思い出す。ぺこらが、この付近ではバラが自然に咲いていることは有り得ないと。

そして、それだけではない。バラ以外にも、この付近にはたくさん、鮮やかな花が咲いていた。

 

「――」

 

だから何だと言うのだ。花が不自然にも咲いていたことと、るしあのことを忘れるのに関係性など――

 

「――っ!図書館!!」

 

ふと思い出した途端に、その場に立ち上がり、ぺこらと会った見たことの無い図書館へと走り去っていく。

 

「…やっぱり」

 

図書館へ向かう道中、色々な花が咲いているがその中でも目立って多く存在しているものがある。

 

「…白いポピーの花」

 

この辺では珍しいバラに目がいってしまうが、それよりも不自然に多くを占めているのがポピーの花。しかも全て白色だ。

 

「…はぁ、これ貸してください!」

 

「初回無料貸し出しですね。返却は1週間後となります。ありがとうございました」

 

目当ての本を見つけ出し、本を借りて図書館を出る。

――るしあと一緒に居て分かったことがある。

るしあはとても仲間想いだ。それと同時に花が好きだった。

そんなるしあが何故みんなを裏切るような行動を取ったのか。

 

「るしあちゃんが消えたタイミング。そしてこの不自然な花…」

 

普通では関係ないように思えるが、ときのそらには何か関係があるのではと思っていた。

 

「…白色のポピー」

 

借りた本は、【花言葉総集編】というもの。そして、その中からポピーの花の欄を見つけ探し出す。

 

「――眠り。忘却」

 

それが、白色のポピーの花言葉だった。

 

「――」

 

ここはファンタジーな世界。花言葉が現実となるのも不思議じゃないだろう。

 

「…早く、るしあちゃんを探さなきゃ!」

 

そうしてときのそらは、この王国の付近に位置する【潤羽屋敷邸】へと向かって走り出した。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「――ない…」

 

道は間違っていないはず。それなのに、この場所にあったはずの屋敷が消えてなくなっている。

 

「――嘘…」

 

どうして突然と姿を消してしまったのか?

何が原因なのか、ときのそらは悩みに悩みまくる。

 

「――こんな所にいるだなんて」

 

「港とは正反対ですよ?」

 

「っ!…皆」

 

後ろから声をかけられ、振り向けばそこには港へ向かったはずの4人が立っていた。

 

「…ごめんそらちゃん。あの時、そらちゃんが変なこと言ったんじゃと思ってたけど…」

 

「なんか、私たちも心が落ち着かないのよね。何か大切なモノが抜け落ちた感じ」

 

そう言ってノエルとフレアが僅かな違和感に気づき始める。

 

「船長も…何だか、大切な記憶が抜け落ちたような…」

 

「ぺこーらも。ここにもう1人居た気がするぺこ」

 

「…皆」

 

「…そらちゃん。たぶん、この感じだとそらちゃんだけは覚えてるよね」

 

「そらちゃんが頼りになってしまいますけど、この違和感の正体に気づかないままは少し嫌です」

 

「…うん。皆で、探そ!」

 

皆忘れても、ときのそらは覚えている。

――皆の仲間を探し出さなきゃ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――あれから1週間近く経とうとしている。

 

「…時間がない」

 

本を返す期限まであと12時間。るしあの手がかりは今となっては道に咲いている花のみ。花言葉から連想させて追っているが、未だに決定的な瞬間に遭遇できていない。

 

「…皆どう?」

 

「…ちゃんと覚えているよ」

 

この期間探して分かったことがある。まず、ときのそらは何故か記憶に干渉されず忘れていないこと。これは最初の段階で気づいている。

そして、推測だがるしあに近づくほど忘却の効果が高まっている。

皆が、ついさっきの事すらも忘れるような事が何度かあり、それを目安にるしあを追っているのだ。

 

「…ねぇ、誰も行かなそうな場所ってある?」

 

「行かなそうな場所?王国内で?」

 

「うん」

 

今まで路地裏や薄暗い森の奥、中央から離れた場所など、人がいなそうな場所を選んで探してきた。それでも、少なからずそういった場所にでも人は生息している。

 

「…誰も近づかないって噂の場所ならあるよね」

 

「あー…あそこ?」

 

「え、あるの?」

 

「うん。ちょっと地面が高くなってて、崖っぽくなってる場所があるの」

 

「でもそこって昔、行方不明者が続出して誰も立ち入らない場所になったぺこよね」

 

「…そこ行こ!」

 

ときのそらは説明を聞くなり立ち上がる。

 

「…まぁ、人を避けてるって考えならそこに居そうだけど」

 

「そこ行く人って、だいたい自殺目的が多いんじゃ…」

 

「でも行こう!まだ間に合うかも!」

 

1週間経ってるため、可能性は薄い。それでも、行かないよりはマシだ。

 

「そうだね。行こう!」

 

ノエルたちも、一緒についてきてくれた。そうして、ノエルに着いていき目的地の近くまでやって来た。

すると、他4人に異変が訪れる。

 

「…あれ、何でここに来たんでしたっけ」

 

「え?」

 

ふと、マリンがそんな事を言ったと思えば、気を失うようにその場に崩れ落ちた。

 

「マリンちゃん…!?」

 

事態はそれだけには留まらず、フレアやぺこら、ノエルまでも次々と倒れていく。その原因は――

 

「…昏睡状態」

 

この近くに、白色のポピーが咲いている証拠だ。

 

「…近くにいる!」

 

そう思い、4人を1箇所にまとめてから周囲を探し回る。

そしてついに――

 

「――いた!るしあちゃん!」

 

「――っ!!」

 

崖近くに立ち尽くし、ときのそらの声に肩を跳ねあげ、驚いた表情でこちらを振り向いてきた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「るしあちゃ――」

 

「来ないで!!」

 

るしあに近づこうと、歩みを寄せるときのそらに大きな声で静止させる。

 

「…なんで…そらちゃんは忘れてくれないの…?」

 

その顔は決して良く無く、涙を流し、震えた声で問いかけてくる。

 

「…忘れないよ。だってもう、仲間でしょ」

 

ときのそらの強い言葉にるしあが目を見開く。

 

「…皆に、嫌われたくない」

 

「嫌いになんてならないよ」

 

「… 力が覚醒しちゃったら…きっと、前のみんなと同じになる」

 

前のみんな。それはマリンに語った過去の出来事の事だろう。

 

「…王国でもやっぱり嫌がられてて、もう無理だよ」

 

「…でも、私たちは絶対に嫌いにならない!悪口なんて聞いちゃダメだよ」

 

いまいち説得とは程遠いかもしれないが、これがときのそらに出来る精一杯の声かけだった。

 

「…でも、それはそらちゃんの言い分じゃ…」

 

「皆も同じこと言うよ。…絶対!」

 

力強くそう断言する。すると、るしあは手に持った一つの花を地面に落とす。それは、ここまで何度も見てきた白色のポピーの花だ。

そして、そのポピーの花から魔力が溢れてきたかと思うと、るしあの目の前で渦巻き状の塊になった。

 

「…それは」

 

「『霊代』。花に力を注いで、花言葉を実現させていた」

 

るしあの説明で謎が解ける。

花言葉が実現化し、周囲が忘却したのはるしあの力によるもの。るしあが消えたのと、花が増えたのにはちゃんと繋がりがあったということだ。

 

「…るしあ?」

 

「っ!」

 

背後から声が聞こえる。それは他の誰でもない、マリンの声だ。

今のるしあの行動により、花言葉の実現が解除されたのだろう。

 

「――るしあ…」

 

ノエルやフレア、ぺこらも後からやって来る。

 

「…るしあ。船長たちはるしあを嫌いにはなりませんよ。どんなるしあでも…大切な人ですから」

 

「…マリン」

 

「そうぺこよ。どこへ行っても、ずっと一緒ぺこ」

 

次々に皆の声を聞き、ついにるしあがその場に座り込んだ。

 

「…っ…みんなぁ…」

 

そのまま泣き崩れるるしあを4人が傍に寄り添い、優しく宥めるのだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…ほんとどうなるかと思いましたよ。るしあもバカなこと考えるもんですね」

 

「別にるしあバカじゃないし!マリンの方がバカなくせに…」

 

「なんだとぉ!おいコラやんぞ!」

 

「ちょマリン狭いから暴れんなぺこ!」

 

王国から島へ戻る船に乗っている最中だ。行きとは違い、荷物を乗せた分一段と狭く感じる。

 

「あ、るしあちゃん今日誕生日だよね。これプレゼント!」

 

ふと思い出すときのそらが一つの花束をるしあへと渡す。

 

「そらちゃん覚えててくれたんだ!ありがとう〜!」

 

そう言って花束を受け取ったるしあは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

 

「…バラぺこじゃん。良く手に入れたぺこね」

 

「奮発したからねっ」

 

「でもこれ何…?まだら模様?なんていうか…」

 

「フレア。それ以上はたぶん言っちゃダメだよ」

 

「分かってるけど…」

 

ときのそらがるしあに渡したまだら模様のバラに微妙に納得してない4人。当の本人が花束をもらい喜んでいるので、何も言わずに黙っている。

 

「…これからも皆一緒。例え離れ離れになっても」

 

「――そうですね。皆で居た事実は決して消えませんから」

 

全員がその言葉を噛み締め、島へと帰還するのだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…あれ、栞挟んだままじゃん」

 

期限ギリギリに返された本の整理をしていると、栞が挟んだままになってることに気がつく。

 

「珍しいなぁ。【花言葉総集編】の本を借りるなんて」

 

「…ちょっと来てくれ!」

 

「はーい」

 

館長に呼ばれ、貸し出し口から離れる。机の上には、【花言葉総集編】の本が置かれており、栞が挟んであるページが開いたままとなっている。

そのページにはこう書いてあった。

 

――【No.122】バラの花。模様によってその花言葉の意味が変わってくる→【まだら模様】花びらに別の色がまだらに入っているものは次の意味を持っています――

 

「あなたを忘れない」



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#FORTH FANTASY
▶1「始まりは地獄」


第2章始まります。


――――――赤く染まる空に、一人の人物が落ちてくる。

 

「ぐあっ!?…なんだ、ここは…」

 

周りを見渡し、その異様な空間に驚きを隠せないでいる。

その場に立ち上がり、どこへ向かうかすら分からず、歩き出すことができない。そもそもここへ来た理由すら分からないのだ。

 

「――それ、あんた死んだからでしょ?」

 

「――っ」

 

何者かの声。声音からそれが女性だと分かると、落ちてきた人物――巨体の男が声の方向を睨みつける。

 

「…あ?誰が死んだって?」

 

「だからあんただよ。自覚ないわけ?」

 

「自覚だと?…俺はあの後逃げて、それから――」

 

少しずつ少し前のやり取りを思い出す。

かなり美人と噂の歌姫。それを拉致することが目的だった。だが、能力の正体を知っていた謎の少女と、兎女の邪魔が入ったことで置き土産を残してあの場を去ったはず。

――その後に、大きな鎌に斬り付けられたような。

 

「…っ。この盗賊団のボスである俺が死んだだと…?」

 

「お、思い出した?それは良かった。早く処罰受けに行ってよ。ここにいられると邪魔」

 

「…ここは死後の世界ってか?ならお前も死んでることになるぜ?――その舐めた口さっさと閉じた方がいいんじゃないのか?」

 

「死後ってよりここは地獄だよ?それに、ここの管理人だから死んでないわけ」

 

管理人と女が口にする。同じ場所に存在しているのに、片方は生きてて片方は死んでる。そんな馬鹿な話があるだろうか。

 

「…くっくっ。ならお前も殺してその体堪能させてもらうぜ」

 

「…どうしたらその思考になるの?」

 

突如戦闘モードに切り替わる男に、ため息をつく。

 

「…っ![密閉圧縮]!」

 

鉈の軌跡上の空気を圧縮し、目の前の少女へと斬撃を飛ばした。

 

「――っ!?」

 

だが、その攻撃が少女へ届く前に、何者かの武器――鎌によってあっさりと止められてしまった。

 

「…お前が俺を殺したやつか?」

 

その鎌には見覚えがある。その持ち主が殺した本人で間違いないだろう。

 

「――Sorry.貴方の行いは罰するべきと判断したまでよ」

 

鎌を持ち、目の前に降り立つのは謎の女性。ピンク色の長い髪に、真っ黒な服装で体を包んでいる。

 

「…いいねぇ、女が増えてよ!」

 

それでも男は笑みを浮かべ、標的を目の前に降りた女性に変える。

 

「お前を殺――」

 

「――R.I.P」

 

鉈を構え、突撃しようと姿勢を落とす。だが、その次の瞬間には、目の前から女性が姿を消していなくなっていた。

 

「――ぁ。な…なん…だ…?」

 

代わりに、物凄い勢いで体温が失われていくのを感じる。傷を負ったわけではないし、血も流れ出ていない。

――それなのに、体という器から魂という存在が抜け落ちたような感覚を味わう。

 

「…あーあ。ここで始末してどうすんの?」

 

その場に倒れ、動かなくなった男を見て少女が言う。

 

「…大丈夫ですよトワ様。この後も私がやりますので」

 

「はーい。っと、そろそろか」

 

その少女――トワ様と呼ばれた少女が上を見上げる。そこには何も無いが、やがて空にヒビが入り、白い光が差し込んでくる。

 

「…今日もやるの?暇だね」

 

「――あったりめーよ。いい加減こっちにちょっかいかけるのやめてくんない?」

 

「それは無理〜。…カリオペ、他頼んだよ」

 

「OK」

 

この場から一人の女性が去り、空から降ってくる少女とトワだけとなった。

 

「――今日も遊ぼうぜかなた!」

 

「――望むとこよ!」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…よっ、と」

 

「お、そらちゃん」

 

「マリンちゃんおはよ〜」

 

MAINに姿を表すとき、いつも誰かしらとばったり会う。

今日はマリンが一人でいるタイミングだったみたいだ。

 

「最近良く来るね」

 

「うんっ!皆に会いたいから」

 

「またまた照れること言うじゃん。拠点まで一緒に行こうか」

 

「うん!」

 

毎回【電脳桜神社】に出入りするのはこっちの世界の法律的に危ういため、ロボ子さんにお願いして自分の部屋の使っていないタンスから転移できるように力を分けてもらっていた。

そして、その日からほぼ毎日のようにこっちの世界へやって来ているのだ。

 

「――ん〜」

 

「おはよー…あれ、ロボ子さん?」

 

拠点へ戻り、2人して扉を開ける。中を見れば、丁度ロボ子さんが唸っている場面だった。

 

「…あ、そらちゃんおはよ」

 

「うん。どうかしたの?今唸っていたけど」

 

「あー、うん。ちょっと気になったことがあってね」

 

ロボ子さんが椅子に座り直し、こちらへ椅子ごと振り返ってくる。

 

「…ココちゃんのことなんだけどね」

 

「ココちゃん?」

 

それは、最後の世界において暴走し、マリンやノエルたちと死闘を繰り広げた人物のこと。

今では暴走も収まり、仲間として一緒に行動している。

どうやらロボ子さんとAZKiだけは、昔からココと面識があったみたいだが、詳しくは教えてもらっていない。

 

「…ココちゃんがどうかしたの?」

 

「うん。そらちゃんが気づいたみたいだけど、あの時のココちゃん、何かに操られて暴走してたって感じなんでしょ?」

 

「あー。確かそんな感じだったはず」

 

忘れかけていた記憶を何とか辿り、思い出すときのそら。

 

「その操っていたのが何なのかってこと」

 

「――たまたま力が暴走したってことは?」

 

奥の部屋に居たのだろうか、扉を開けてAZKiがやって来た。

 

「それも考えた。で、調べたら他者の能力の影響が確認できたの」

 

そんな驚きの発言をいとも容易く、平然に言い放った。

 

「…それってまた探しに行った方がいい?」

 

「そうだね。一応ココちゃんに聞いたんだけど、誰かにやられたような事はなかったらしいのよね」

 

「…んー。とりあえず過去見てくる。『時渡り』!」

 

AZKiの周りを光の円環が発生し、そのままAZKiの体を包み込みこの場から消えて居なくなった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「――えっ…」

 

「あー、そらちゃんはあずきの特殊能力初めてだったね」

 

確か、Parallelにいた時に、歌うことで効果を発揮する力、それは特殊能力じゃないとは聞いていた。

 

「全く。あずきもそらちゃんに言っておけばいいのにね。前に、あずきもそらちゃんと同じようにParallelを飛んでるって話したでしょ?」

 

「あっ、うん。その話はちゃんと覚えてる」

 

「簡単に言えばそれ。あずきは自分で好きなParallel時間軸に転移できるの」

 

その話を聞いて、納得が行く。話をされなかったのは、すでにロボ子さんから聞いていると思ったのだろうか。

 

「…とりあえずあずきが確認しに行ったから、戻ってくるまで待ってるか」

 

「…私もParallelとかは?」

 

「まだないね。どこにいるか分かったら…可能性はある」

 

久しぶりのParallelとなる。過去を変え、より良い未来にするために行動をする。その役目が再び始まるかもしれないと思うと、徐々に緊張していくのが分かる。

 

「…大丈夫だよ。今回は人増えたし。そらちゃんだけじゃなく複数人でParallelへ行くことになる」

 

「えっ、そうなの!?」

 

それは何とも心強い。実際、ときのそらは戦えないわけだし、戦えるメンバーが一緒なら安心だろう。

 

「ども!あ、そらちゃん居たんすね」

 

「あ、ココちゃん!」

 

もうすぐお昼という時間で、ココが拠点へとやって来る。

 

「…あれ、何か浮かない顔してる?」

 

ロボ子さんがココの表情に反応し、声をかける。

 

「…ここしばらく周辺とか国とか見回ってるんすけど――天使どこに行ったか分かります?」

 

「え?…天使?」

 

その単語にはロボ子さんも聞き覚えが無いらしく、首を傾げて悩んでいる。

 

「…あれ?ロボ子さん天使と会ったことなかったですか?」

 

「…うん。聞いたことないな」

 

2人のやり取りを見て、その天使というのとはココだけが知り合いだと言うのが分かる。

問題は、その天使が何なのか。

 

「…その天使の名前は?」

 

「天音かなたって言うんすけど…」

 

「いやぁ分からないな」

 

名前を聞いても、身に覚えがないと謝るロボ子さん。

 

「いや謝ることじゃないっすよ。…でも、ホントどこにも居ないっすね」

 

「…天使なら天界とかにいるんじゃない?」

 

ここ、非現実的な場所であまりにも単純かつ在り来りな事を言い放つときのそら。自分で言って、そんなの当たり前だと後々から思うが遅かった。

 

「――」

 

2人ともこちらを見て黙り込んでしまった。

――よく分からないけど、なんかまずいかもしれない。

 

「――確かに!」

 

「…。え?」

 

「あー言われてみれば天界に住んでるとか言ってた気がしますねぇ」

 

「…えっ、え?」

 

理解が追いつかない。何を言われるかと思えば、2人ともその考えがまるで無かったとばかりに、ときのそらの提案を称賛しまくっている。

 

「…えぇ…普通に考えたらそうなるんじゃ…」

 

「そらちゃん。2人は色々と抜けてるんですよ、察してあげてください」

 

肩に手を置き、ため息混じりにそう呟くのは一緒に拠点に戻ってきたマリンだ。

 

「…それじゃあ天界へ行ってみる?」

 

「えっ、そんな簡単に行けるの?」

 

「もちろん!Parallelを使えば、同じ時間軸で違う世界に行けるのさ」

 

「同じ時間軸…?」

 

「あずきの能力の受け売りなんだけどね。簡単に言えば、過去や未来じゃなく、現在のParallelに行くの」

 

その考えはなかった。てっきり、過去のParallelにしか行けないとばかり思っていたからだ。

 

「…まぁ軽く見てきて。人探しならそんなにかからないと思うし」

 

「戻る時は?」

 

「こっちで時間指定しておくよ。今ちょうど午後2時だから、午後7時にこの世界に戻るようにしとくね」

 

つまり探索時間は5時間。その中で、ココの言う天音かなたという天使が存在しているかを確認しなければいけない。

 

「ココちゃんにとって大切な人?」

 

「…もちろん。とても大切な天使ですよ」

 

それは何としても見つけださなければいけない。

 

「万が一今回で見つけられなくても、次はあずきと一緒に行けばもっと楽だと思うし」

 

ロボ子さんにそう言われ、少し気楽に人探しを進められるように感じた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

ココ、マリン、ロボ子さんと一緒に【秘密の丘】へとやって来る。

 

「一応Parallelとは言っても、同じ時間軸での転移だから、瞬間移動?みたいなのに近いかな」

 

ロボ子さんが最後の念押しをしてくれる。もちろん、ロボ子さんはこのMAINの管理者のため転移せず、ときのそら、マリン、ココで行くことになった。

ノエルたちがいない理由を来る途中に聞いたが、少し王国の方へ遠出をしているという事だった。

――そのため、この3人になったのだ。

 

「よし、行こ!」

 

3人とも転移する準備が整い、周りが少しずつ白く霞んできて――

 

「あっ、Parallelと違うから、死んだら本当の死を迎えることになるから気をつけて〜」

 

――最後に、とんでもない爆弾を言い残されて目の前が真っ白に染まった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

【アガペー天国界】――それが、ときのそらたちの向かった天国の名前だ。

 

「うっ…ここは――っ」

 

そこは、まさに天国と呼ぶに相応しい鮮やかな青に囲まれた世界――とはかけ離れた場所だった。

 

「…あれ、おかしいですね」

 

ココもこの異変に気付く。確かに、ロボ子さんからは天国である【アガペー天国界】へ転移すると言われていた。

だが、目の前の光景はその真逆。言うならばそこは――

 

「――地獄だ」

 

そう、表現するしかなかった。周りは火の海に沈んでおり、空も真っ赤に染まっている。

来る場所を間違えたのかとさえ思う。

 

「…でも、この人たち…」

 

マリンが視界の端に捉えた人物の影を指差す。そこには何人もが倒れているが、その全員に天使の輪っかと羽が付いていたのだ。

 

「…酷い」

 

ときのそらも、純粋な気持ちを言葉にする。そうしなければ、狂ってしまいそうだったから。

 

「…っ!?誰ですか!」

 

マリンが物音に反応し、後ろを振り向く。その声に驚いたときのそらとココも同時にマリンの向いた方向へ視線を向ける。

そこには、傷一つ付いていない、不思議な少女がこちらを見て立っていたのだ。

 

「…あれがかなたって天使?」

 

「いや、違いますね」

 

「てか、あの子天使?輪も羽も無いけど」

 

その少女には天使の輪っかも羽も付いていない。更にはボロボロの茶色いマントを付けていていかにも迷子といった感じの子だ。

 

「でも、なんでこの天国に?」

 

「ねぇ君。どうしてここにいるの?」

 

マリンがその謎の少女に問いかける。

 

「――天使に、助けられたから」

 

「天使?それってかなたって人?」

 

「――覚えてない」

 

たが、その天使が誰なのかは忘れてしまっているようだった。

 

「…一人にするのもあれですし、一緒に行動しますか」

 

「でもマリンちゃん。私たち…」

 

5時間後には3人とも元の場所に戻ってしまう。5時間以内に見つけてあげられなければまた一人にしてしまう。

 

「でも居ないよりマシでしょ。5時間以内に見つければいいのさ」

 

「…マリンちゃん」

 

確かに言う通りだ。それならば早めに行動を開始した方がいい。

 

「…えっと名前は?」

 

「――覚えてない」

 

「えっ…」

 

自分の名前すら覚えていないという少女に思わず驚いてしまう。

 

「恐らく脳に影響を受けたりとかしたんじゃないすか?」

 

ココが小声でときのそらとマリンに話しかけてくる。

 

「そうかもね。名前ないと不便だし…そうだ!ハクちゃんって呼ぼう!」

 

名前が無いということからハク。ときのそらはそう言い、少女の手を握る。

 

「単純ですが、そこがそらちゃんのいい所でもありますよね」

 

「これから一緒に探すの手伝うよ!私は時乃 空!短い間かもだけどよろしくねハクちゃん!」

 

「えっと…よろしく?」

 

困り顔をしつつ、それでもときのそらの手を取って、少女は微笑んだのだ。



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▶2「名無しの少女」

――――――暗闇の中、絶えず音が鳴り響く。それは、2人の撃ち合いによるものだった。

 

「…これじゃトワがやってる事と変わんなくない?」

 

「うっせえ!実力行使させてんのはそっちだ…ろ!!」

 

激しく、白い光の弾が地上めがけて撃ち落とされるが、自分をトワと名乗った少女は綺麗にそれをかわしていく。

 

「お返しだよ!!」

 

「うわっ!?」

 

空を飛ぶ少女――天使の輪のようなひし形を頭に浮かせ、背中から天使の羽が生えているまさしく天使そのものが、トワによる紫色の闇の弾に追われ逃げている。

 

「それよりかなた。こっちに居ていいの?」

 

「それどーゆう意味だ…よっ!」

 

会話を交わすトワとかなた。だが、それと同時に弾幕合戦が繰り広げられている。

 

「自国を大事にしたら?そっちは有能な右腕いないんじゃない?」

 

「はぁ?…表立って行動させてないだけでいるし!」

 

「へぇ。それで、そろそろ核を教える気になった?」

 

「なわけないだろ!!」

 

空を舞うかなたが弾幕の合間をくぐり抜ける。ふと、弾幕が緩くなったのに気がついたかなたは、トワと同じ地上へと足を降ろす。

 

「今日はお終いだよ。そろそろ帰らないとゲート閉じちゃうし」

 

そう言って、トワが天に向かって指を向ける。その先には、中には宇宙空間が広がっているような、渦巻きの裂け目ができていた。最初の時よりも若干小さくなっている。

 

「…いつも思うけどなんでそんな妙な優しさを見せるんだ?」

 

かなたがそう思うのは当たり前だろう。因縁があるのか、しばらくの間ずっとトワとかなたは戦闘を繰り返している。

その理由の一つはトワたちのいる地獄がかなたの住む天国へ攻撃を仕掛けているから。

 

「…やり合う気があるなら僕を返さないのが賢明な判断なんじゃ?」

 

「えぇ…。トワが慈悲をかけてるのにそれ言っちゃう?…まぁこうやってかなたと遊ぶのが楽しくなって来ているのもある」

 

「うわ。僕は嫌いだけど」

 

「率直だね。とりあえず今日は帰ってよ。…こっちにも色々あるからさ」

 

トワがかなたに引き返すように促す。

 

「――。今に見てろよ。何度もやられっぱなしにはならないからな」

 

最後の捨て台詞を吐き、かなたがゲートを通じて向こう側へと消えていった。一人残ったトワは、そのゲートの裂け目が無くなるのを見てから、ぽつりと一言呟いた。

 

「――ほんと最悪」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「その助けてくれた天使ってどんな見た目?」

 

「…覚えてない」

 

「そっかぁ…。私たちと同じ目的の人物ならいいね」

 

「…そらちゃんまさかのコミュ強…?」

 

「まぁー船長より遥かにコミュ力高いんじゃないですかねぇ」

 

ハクと命名された少女とときのそらが会話を盛り上げる中、そんなときのそらのコミュ力について語るマリンとココ。

周りの景色は想像していた天国とは程遠いほど違う。何かに襲撃された後のようなものになっている。

 

「…それにしても誰も見かけませんね」

 

周りを見渡しながらマリンか呟く。転移した直後の場所には何人か倒れていたが、そこから移動し家が複数ある方へ向かうと倒れている人すら見かけなくなった。

 

「もう皆避難したとかっすかね」

 

「そうかもね…」

 

家がある所へ向かえば人と会えると思っていたが、避難しているのなら無駄足になっただろう。

 

「――まだ居るか」

 

「っ!」

 

ふと声が聞こえ、一瞬にして全員が肩を跳ね上げる。声の聞こえた方へ振り向けば、そこには2人の男が立っている。

 

「…あれ、こいつら天使じゃなくないすか?無視します?」

 

「ここにいる時点で始末するのが命令だ。行くぞ」

 

突如こちらへ向かって距離を寄せる2人。そのうち、指示をしていた方の男が自身の周囲に小さな光弾を無数に浮かび上がらせる。

 

「…『フルオート』!」

 

その男の周りを回る光弾が、ときのそらたちめがけて猛スピードで飛んでくる。

 

「まずい…っ!?」

 

「っ!『光棘』!」

 

すぐさまココが能力を発動する。目の前には無数の光の棘が壁のように地から出現し、光弾を防いでいる。

――〈輝龍〉との戦いで脅威となった能力だ。

 

「…それ人姿のときでも使えるんですね」

 

「あたりめえよ。それより、敵さん中々強いんじゃないすか?」

 

「…船長だって成長したところ見せてあげます![深淵乖離]!」

 

前方の敵2人に向かって[特殊能力]を発動させる。周囲に複数もの渦巻き状の穴が出現し、そこから鎖が2人めがけて飛んでいく。

 

「――やれ」

 

「ういっす。――[透明化]」

 

光弾をまとった男とは別の男が能力を発動する。大柄の男の体に手を触れながら、能力を唱えた瞬間――

 

「――消えたっ!?」

 

目の前から突如姿を消したのだ。マリンの鎖攻撃は2人に当たることなく空を切ることになった。

 

「…『フルオート』」

 

次の瞬間には横へと移動していた2人の姿が現れ、『光棘』のない横方向から光弾を連射する。

 

「…うっ![深淵乖離]!」

 

マリンが再び能力を使い、現れた鎖でいくつかの光弾を受け止める。

 

「…『光棘』!」

 

更にココも真横方向へと『光棘』を出現させ、残りの光弾を受け止めた。

 

「――良い連携だが、すでにそれは対策済みだ」

 

「――がはぁっ…!?」

 

「っ!!――そらちゃんっ!!!」

 

全くの反対方向――背中側から強烈な一撃を受けるときのそら。

そのままの勢いで地面に倒れてしまった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「そらちゃん!!」

 

マリンが駆け寄り、その体を抱き寄せる。背中から脇腹にかけて体が損傷していて、血が流れ落ちていく。

 

「…っ…ぁ」

 

意識が朦朧としているのか、目の焦点が合っていない。

 

「…まずいっ…」

 

「船長はそらちゃんとハクちゃん連れて逃げてください!防ぐなら私の能力のが適任です!」

 

ココがマリンたちを逃がすために『光棘』を再び発動する。

 

「ハクちゃん逃げましょ!」

 

「…えっと…そらは?」

 

こんな状況においても落ち着いた状態でハクが声をかけてくる。いや、落ち着いたというよりもこの状況を理解していないという方が正しいだろう。

 

「…っ。そらちゃんは能力者じゃありません。今のところだけだと思いますけど…このままだとそらちゃんが死んでしまいます!」

 

「死ぬって、どんな事?」

 

「――っ」

 

脳に影響があると予想したココとマリン。その考えは的中しているだろう。常人とは違う感覚をハクは持っている。そのためか、こちらの話は正しく伝わらないかもしれない。

 

「もう会えなくなります。貴方はまだ付き合いが短いかもしれない…でも、船長たちにはとても辛いことです。そして、あなたも死なせたくない。だから一緒に逃げるんです!」

 

ときのそらを抱き抱えながらハクに視線を向ける。

 

「とりあえず逃げますよ!ココさんが気を引いているうちに!」

 

「――それはさせないよっ!」

 

「っ!?」

 

マリンが逃げようとした先に突如、平均的な身長に普通体型の男が現れる。先程も使っていた[透明化]の能力だろう。

 

「くらいな…!」

 

手に持った短剣をすでに瀕死のときのそらへ向けて伸ばしてくる。すでに1歩踏み出していたマリンはそれをかわす術がない。

 

「――っ!!」

 

そんなマリンに迫られる2択。このままときのそらが刺されるか、横へと投げ飛ばし自分が刺されるか。どちらをしてもときのそらは助からなくなるだろう。

 

「――なっ!?」

 

「――っ!?」

 

刺されることを覚悟していたマリンだが、短剣に刺されなかった事実に気がつくと、2歩目でその足を止め目を開いて目の前の状況を確認する。

――『光棘』によって、男の手首から短剣にかけて、その動きが封じられていたのだ。

 

「…ココさん…!」

 

大柄の男と戦っている中でこちら側へ助力してくれたココに感謝をしようと目線を移動する。だが――

 

「――え?」

 

――大柄の男の攻撃を全て止め切るのに精一杯なココは一切こちらを見ていない状況だった。到底、こちらに助力する暇は無いだろう。

 

「え、それじゃ…」

 

誰がやったのか。考えられる可能性は一つだけ。そう考えたマリンは――ハクの方へと視線を向けた。

 

「…そらと会えなくなるのは…たぶん、私も嫌。だから、逃げるんじゃなくて、戦った方が守れる?」

 

ハクが片方の手のひらをこちら側へ向けており、十中八九今の『光棘』を発動したのはハクだろう。

 

「…同じ能力。特殊能力じゃなかったのか…!」

 

まんまとやられたと歯を食いしばる男。だが、悲しいことに男の仮定は微妙にずれている。

事実として、『光棘』は男の言うように特殊能力の部類ではない。だが、だからと言って他の人が使える能力でもなく、あれはココにしか使えない技だ。

 

「先にお前か!」

 

男は空いているもう片方の手から違う短剣を投げ飛ばしてくる。ハクは避ける素振りを見せず、再び男に向かって手のひらを向け――

 

「――『◾️◾️◾️』」

 

ハクは何かを口に出したようだが、上手く聞き取れず何を言ったかは分からない。それでも何かの能力を使ったのだろうと分かる。そう、分かった瞬間――

 

「――え」

 

「――なっ!?」

 

――男だけではなく、マリンもハクの異常さに改めて気づいたのだろう。

先程大柄の男が使っていた『フルオート』と同じ能力が放たれたのだから。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

敵の男とマリンが驚くが、そんなことで事態は変わらない。男へ真っ直ぐに飛んでいく複数の光弾。

咄嗟に[透明化]の構えを取るが、それより先に男へと直撃し大きな爆発を起こした。

 

「――ん?」

 

「…っ!?」

 

大柄の男とココも、その爆発の音に意識を取られ、お互いの攻防が一度止まる。そして、同時に爆発のした方向へと目を向けた。

 

「――やられたか?」

 

爆発に呑まれ倒れ込んだ仲間の男を見て、ココと戦っていた方がそう呟く。だが、驚きはそれだけでは終わらない。

 

「…ハクちゃん?」

 

ココもマリンも気づいたように、この場からハクの姿が消えていた。大柄の男に関しては、そんな事知ろうとも思っていない。――それが仇となっただろう。

 

「――」

 

「――っ」

 

大柄の男の背後、何も無い空間から突如ハクの姿が現れる。そのまま勢い良く蹴りを男の横腹に加えた。

反応ができず直撃するも、その鍛えられた体にはそれほどのダメージは入っておらず、数メートル飛ばしただけに過ぎなかった。

 

「…今のは[透明化]と似ている。…いや、同じか?」

 

目の前で起きた出来事を分析し、ある一つの結論を導き出す。それは――

 

「――このままでは分が悪いか…」

 

襲っておきながら、自分たちの方が状況は悪いと判断する。そして、倒れている男を抱え、この場から姿を消していった。

 

「…!待って!」

 

その後をハクが追おうとしたが、それをマリンが止める。

 

「今は倒すより、そらちゃんを死なせない方が優先です」

 

「…倒しても、そらは助からない?」

 

「ええ。そらちゃんの傷を塞げば、倒さなくても助けられます」

 

ときのそらへと駆け寄るココが、治癒魔法を使う。次第に顔色は良くなっていくが、ココだけではいずれときのそらが命を落とす方が先になるだろう。

 

「…マリンはやらないの?」

 

「船長は使えないです。ハクちゃんは…」

 

何も手を貸すことができないことに苦しむマリン。そんなマリンがハクは手助けできるかを聞いて――

 

「…こう?」

 

ハクが一度ココへ視線を向けてから、ときのそらに向かって手をかざす。ココと同じように、ハクの手のひらから淡い光が溢れてきてときのそらを包み込んだ。

一人の時よりも速い回復力で、あっという間にときのそらの傷口が塞がったのだ。

 

「そらちゃん!」

 

マリンが肩を抱え声をかける。やがて、全くの無反応だったときのそらの瞼が少しずつ開いていくのが分かる。

 

「…ん…っ」

 

そして完全に目を開け、周囲を見渡した。

 

「…あ、あれ…死んで…ない」

 

「良かったぁ!」

 

「良かったですそらちゃん」

 

ココもときのそらの状態を見て安堵した。

 

「2人とも無事で良かった…あっ、ハクちゃん大丈夫!?」

 

立ったままこちらを見下ろしていたハクに向かって、何とか立ち上がり駆け寄った。

 

「…大丈夫。そらは、大丈夫?」

 

「うん。皆のおかげ。ハクちゃんもありがとう」

 

「…うん」

 

何とか危機を脱したことにより、この場の全員――いや、正確にはハク以外の全員が肩の力を抜いたのが目に見えて分かった。

 

「…それにしてもハクの能力…」

 

「敵の能力使ってたよね。それだけじゃなく、『光棘』も」

 

マリンの付け加えにときのそらとココが一瞬目を見開く。

 

「私以外に同じ技使う人いたんすか」

 

「えっ、偶然とか…?それか似ている能力とか…」

 

「――ねぇハクちゃん。自分の特殊能力が何だか覚えていますか?」

 

ココとときのそらの言葉を遮り、マリンがハクへと問いかける。脳に影響があるのではと予想している人物に対して、今の質問はおかしな事だ。普通に考えればこれまで通り覚えていないだろう。

だが、その質問を受けたハクは今までとは違う態度でこう言った。

 

「うん。――能力のことは覚えている」



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▶3「見えない敵」

――――――その時は、ある日を境に終わりを告げた。

 

「…どうされましたかトワ様?」

 

ある部屋の中、じっとしていられずに動き回るトワに一人の女性が声をかける。

 

「…あー、カリオペか。…かなたがこっちに乗り込まなくなってから何日経った?」

 

「だいたい12日程ですね」

 

トワに問われ、即座に返答をするカリオペ。毎日のようにやって来てはやり返そうと戦いを申し込んできたかなただが、急に来なくなったことにトワは驚いている様子だ。

 

「…もしかして、心配――」

 

「は?そんな訳ないでしょ。…そ、そう退屈なだけよ!」

 

食い気味に心配をしているということを否定する。だが、どこからどう見ても心配しているようにしか見えないトワの姿を見て、カリオペは微笑ましく思っていた。

 

「…そうだ!いっそこっちから天国へ乗り込めばいいのよ!」

 

「それは良い提案ですね。私はここで待っていますわ。無茶はしないで下さいね」

 

「おっけー」

 

そう言うとすぐさまこの場から去ってしまう。こういった行動力においてはトワを信頼しきっているカリオペ。ただ一つ悩む点があるとすれば――

 

「――もっと自分の気持ちに素直になって欲しいですね」

 

「…くしゅん!…誰か噂してるのか?」

 

カリオペの声は、すでに居なくなったトワの耳には聞こえず、要らぬ勘違いをしているトワ。

そんなトワはすでに地獄と天国を繋ぐゲートを作り終わっていた。

――もちろん、このゲートは誰もが出来る訳では無い。天国と地獄、それぞれにおいて資格あるものにしか作り出せないものだ。地獄で言えば、トワとカリオペ。天国ではかなたしか作り出せない。

 

「…よっ…と――」

 

天国の地へと足を踏み入れたトワ。そして、目の前に広がる光景を見て言葉が出ない。

――天国とはかけ離れた、それこそ地獄のような姿に成り果てていたからだ。

 

「――お前…」

 

この状況を作り出したと思われる姿を捉え、心の底から怒りを露わにする。

 

〈――オ前ニトッテモ嬉シイノデハナイノカ?〉

 

「…ふざっけんなっ!お前らの指示に従ってたろ!守ってる間は天国に手を出さないんじゃねえのか!」

 

貯めに貯めた感情を爆発させ、怒声を上げる。それでも相手は何とも思っていない様子でこちらを見る。

 

〈――ソチラガ先ニ破ッタ。ソレダケニ過ギナイ〉

 

「…てめぇ。ふざけんなよ――〈幼龍〉がっ!!」

 

〈幼龍〉――そう呼んだ敵に対し戦闘態勢に入ったトワ。

 

〈――案ズルナ。モウオ前ニ用ハナイ。天使ト同ジ所ヘ向カワセテヤル〉

 

幼龍もまた、トワに対し牙を向けた。

――これが、トワにとっても最後の日だったのかもしれない。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

ハクの放った発言を聞き、ココたちは押し黙る。そして、一番最初に口を開いたのは質問をした本人であるマリンだった。

 

「…その、能力を教えてくれませんか?」

 

「…どうして?確か、天使さんに能力は人に言わないことが最大の武器になると言われた気がする」

 

ハクの返しに言葉が出ない。それは正論だから。完全な仲間となった訳でも無い相手に能力を話すのは危険行為と言ってもおかしくない事だからだ。

 

「…まぁマリンちゃん。とりあえずハクちゃんのおかげで助かったわけだし、今は良いんじゃない?」

 

ときのそらがマリンの肩に手を置いてそう伝える。しばらくして、マリンも落ち着きを取り戻したのか、ときのそらとハクにごめんと一言謝った。

 

「…仕切り直しですね。とりあえず天使を…天音かなたを探しましょう」

 

その提案に異論は無く、ハクも大人しく一緒についてきたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…誰一人会わないとは…」

 

かなりの時間歩き回っているが、誰一人として出会わない。

 

「…残り時間どれくらいだろ」

 

「…もう1時間切ってるはずですね…」

 

島へ戻されるタイムリミットまで1時間を切ってしまっている。

 

「…なんでそんなに慌ててるの?」

 

「私たち能力でここへ来たんだよ。それで、あと1時間しない内に能力の効果が切れて、元の場所に戻っちゃうの」

 

ハクの純粋な疑問に答えるときのそら。今ので納得したのか、なるほどと何度も頷いている。

 

「…ここと島ってどれくらい離れてるのかな?」

 

「んー。転移でやって来たんですし、それなりには遠いんじゃないですか?」

 

このまま天使――天音かなたを見つけられなければ、またハクを一人にしてしまうことになる。

 

「…一緒に連れて帰れれば良いのにね」

 

「さすがに能力の恩恵受けてないですし無理ですねぇ」

 

ココに頭から否定され肩をすくめるときのそら。周囲を探索しつつも、そんな雑談をする回数が少しずつ増えてきている。

 

「…あ、あれ人じゃない?」

 

ふと半壊した家の壁際に倒れている人物を発見する。4人とも急いで駆け寄り、その人物の姿を捉えた。

 

「――え」

 

それは、この天国には似つかわしくない格好――悪魔のような羽が生え、下半身に目を動かせば黒く細長い尻尾のようなものがついている。

 

〈――誰ダ〉

 

「…っ!」

 

鋭く冷たい声。目の前の倒れている人物の声では無いことは皆が気づいている。――この声は、別の何かによるものだ。

 

「…っ。なんでここに居るんすかね…っ」

 

その姿を見るなり、ココが動揺するのが目に見えて分かる。

 

〈――輝龍。人ト群レルトハ堕チタモノダ〉

 

その人とは言えない姿――まるで龍のような姿をしている小さいバケモノがココに対してそう皮肉を告げる。

 

「…えっ、知り合い…ってことは…」

 

その2人の様子を見ればそう思うのも無理はないだろう。知り合いという事――それはつまり、目の前のバケモノも〈秘龍〉と考えるのが当然の反応だ。

 

〈――消エテモラウ。邪魔ハサセナイ〉

 

目の前の秘龍と思わしきバケモノが、その小さな体を生かした素早い動きで、あっという間にときのそらたちの目の前に現れる。

 

「…うっ!?」

 

狙われたのは1番先頭にいたときのそら。ココたちが反応するが、バケモノの攻撃が先にときのそらへと届くだろう。

 

「――Sorry.これ以上はやらせない」

 

バケモノの攻撃がときのそらへと届く直前、どこからともなく現れた長いピンクの髪をした、黒い衣装に身を纏った女性が手に持つ大きな鎌で受け止めたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…あなたは…」

 

ときのそらたちの目の前へ突如現れた女性。それは、今まで見たことも無い、知らない人物だった。

 

「…トワ様」

 

その女性は傍らに倒れている悪魔のような人物に一瞬視線を向け、ぽつりと呟く。だが、その呟きは誰の耳にも届いていない。

 

「…貴方たちは早く逃げなさい」

 

敵の攻撃を受け止めている女性が、後ろにいる4人に声を発する。

その言葉に反応してか、タイミングが良いのか悪いのか、能力のタイムリミットが訪れてしまった。

 

「――嘘」

 

3人の体から淡い光が溢れ出し、この場から消え去ろうとしていた。

 

「なんで今なんですっ!?」

 

「タイミング悪いっすね…っ!」

 

マリンもタイミングの悪さに声を荒らげた。だが、逆に逃げてくれたと思っている女性の顔を笑っている。

 

「ま、待ってください!この子だけは逃げられなくて…えっと…理由を言う時間が足りないんですけど…っ!」

 

1人、体に何の異変も訪れていない少女――ハクの事を必死に伝えるときのそら。

 

「――ごめんなさいっ!この子だけは守ってください!」

 

ものすごく身勝手で、強欲な願いだろうと思う。それなのに、その女性は二つ返事で――

 

「――OK.次は救ってくださいね」

 

――あっさりと了承したのと同時、意味深な言葉を残した。それを聞き返す前に、周囲から色が失われ、次の瞬間には元いた島へと戻ってきていたのだ。

 

「…あ、お帰り。…浮かない顔?」

 

3人が戻ってきたことに気がついたロボ子さんが声をかけるが、3人の表情を見て首を傾げる。

 

「…見つからなかった?」

 

「いや、それよりも…」

 

手短に、そして丁寧に事の説明をロボ子さんに数十分程した。そして、終わった際には――

 

「…まずいね。秘龍の可能性があるってことは…」

 

「ねぇロボ子さん!もう1回あの場所に転移させて!」

 

ときのそらが強く前のめりになってロボ子さんへ迫りよる。その気迫に一瞬驚くロボ子さんだが、すぐに元に戻り、再び転移の準備を始めた。

 

「連続使用になるし、場所も遠いから次は30分から1時間程しか転移出来ないと思う。その後また行くなら、あずきが帰ってきてから。分かった?」

 

「うん!」

 

3人ともその条件を呑み込み、再び【アガペー天国界】へと転移していったのだ。

 

「――そらちゃん本当にお節介だね。…そこが好きなんだけども」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

再びやってきた3人は、周りの景色が鮮やかになると途端にさっきの進んだ方角へと走り出していく。

ある程度の方向へと進んでいくと、やがて視界内に半壊した家を捉える。それが記憶上にあるものと一致していることを確認すると、ときのそらは迷わず直進して家へと近づく。

 

「…ハクちゃ――っ…」

 

近づいたことで、その周囲の様子が鮮明に映し出される。そして、その様子を見たときのそらの声が途中で止まり、その場に膝から崩れて落ちていく。

 

「…っ!そらちゃん…!?」

 

後から追いかけてマリンとココもその様子を目の当たりにした。

 

「――っ」

 

結論から言えば、そこにはもう先程いたバケモノのような〈秘龍〉の姿は居なくなっていた。

――代わりに、2つの死体が増えている。

 

「…っ…なん…で…」

 

片方は誰でも予想できるであろう、ハクの死体だった。

だが、もう1つの死体。普通に考えれば目の前で助けに来てくれたピンクの髪をした女性のだと思うはず。

 

「…逃げ…た?見捨てて…」

 

「――流石にそれは…ないんじゃないすかね」

 

ココがそのもう片方の死体へと近づいていく。

倒れていたのは、ピンクの髪ではなく、銀髪で青色のメッシュが目立つ――天使の羽をつけている少女。

 

「――かなた」

 

その少女に、ココが目的であった人物の名前を言う。もちろん反応や返事は無いが、その少女が天音かなた本人なのだろう。

 

「――救う…」

 

涙で視界がぼやけているが、それでも頭は冷静でなくてはいけない。ピンク髪の女性が残した最後の言葉――「次は救ってくださいね」これは、こうなる事が予想出来ていたから発した言葉なのだろう。

そして、気になることが1つ。この出来事を予想していたなら――

 

「――え?」

 

気がついた女性の違和感を伝えようと、涙を擦り前を向いた――だが、周囲の景色はさっきまで居た場所とは異なる、未知の場所に座っていたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…皆っ!?」

 

周りを見渡すも、ときのそら以外誰もいない。正確に言うならば、この世界には他の全てが無い。半壊した家も、焼き払われた森すらも無く、辺り一面白く光る床に紫色の霧が足元を覆い隠している不思議な空間に居たのだ。

 

「――Sorry.あなたを驚かせるためにやったわけでは無いわ」

 

ふと近づいてくる足音に女性の声。振り向けば、二度目となるピンク髪の女性との出会いとなった。

 

「…っ」

 

「あまり警戒されないでください。この空間もほんの僅かのみ。もう少しで元いた場所へ戻ります」

 

「…あなたは?何でさっきは助けてくれたんですか?…何で、ハクちゃんは助けなかったんですか…」

 

溜めていた気持ちを静かに吐き出してしまう。順序がおかしい。それは分かっていたが、止められなかったのだ。

 

「――私は森カリオペ。【イスキオス地獄境】を統括するトワ様に仕えている者です」

 

「…地獄」

 

地名は初めて聞くが、その中の1つの単語に反応する。天音かなたを探すためにやってきた場所「天国」――それの対になる場所だ。

 

「じゃあ――」

 

「違います。今、天国を襲ったのが私たちとお考えでしょう。しかし、本来地獄と天国の仲は悪くありません」

 

早とちりな結論を否定するように、先手でカリオペが事情を説明する。

 

「…第三者の仕業ってこと?」

 

「その通り。その第三者に、私たちの住む地獄も脅かされていました」

 

脅かされていた――そう、過去形で伝えてくるカリオペ。裏を返せば――

 

「…今は」

 

「――もう、終わってしまいました。天国同様に」

 

切ない現実を突きつけられ、ときのそらは絶句する。関わったことの無い場所にも関わらず、ときのそらはその悲劇さを感じ取り、同じように悲しんでいる。

 

「…優しいのですね」

 

「…そう…かな。でも、もうカリオペ…さんの事についても、私は無関係じゃなくなったし…」

 

「――次は救ってくださいね」

 

「っ!」

 

再び告げられる意味深な言葉。その引っかかりに気づき伝えようとしたらここへ呼ばれたのだ。だが、目の前に本人がいるなら確認しなくてはいけない。その言葉の意味は――

 

「――やり直せることを知ってるの?」

 

Parallelの存在を明かす行動に過ぎない。本来、ParallelはAZKiの能力の作用によってその存在を認知できたのだ。それ以外の人物が知る由は無いのではないか?

 

「――えぇもちろん。私の親友と一緒にParallelを移動した経験があります」

 

「…っ!?」

 

自分たち以外にParallel移動を体験したことのある人物がいるとは思ってもみなかった事だ。

 

「…次はってやっぱり…」

 

「――次は救ってもらいます。Parallelの過去の世界で、私を――トワ様とかなた様を助けてください」

 

目の前のカリオペが深々と頭を下げてきた。

もちろん、ときのそらはその気持ちに答えないほど冷たい人間ではない。

 

「――約束する。必ず、貴方も…お仲間さんたちも救ってみせる」

 

「…ありがとうございます」

 

「私は時乃 空。これからも宜しくね」

 

「――そらさん。ご武運を」

 

最後の言葉を区切りに、今いる空間が崩壊していき、やがて元のココたちの前へと戻ってきたのだ。

 

「…そらちゃん?」

 

おそらく、こっちでは数秒の体験だったのだろう。ゆっくりと立ち上がると、マリンとココの方を力強い瞳で見つめ――

 

「過去で――Parallelで、全部救おう」

 

確固たる意志を持って、そう2人に告げたのだ。



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▶4「探し人」

――――――静かに、決意を込めたときのそらの発言の意図を汲み、マリンとココも表情が変わる。

 

「――そうですね。そらちゃんはそうやって、船長たちを助けてくれたみたいですし」

 

「もう関わっちゃったから他人事じゃなくなりましたもんね!…いっちょやりますか!」

 

2人の意思表明も終わり、あと数分で元の島へと戻る時間となる。

 

「…でも、一つ申し訳ないことが…」

 

「どうしたの?」

 

マリンが申し訳ないと挙手しながら2人の視線を集める。一度、咳払いをしてから言葉を続ける。

 

「…実は船長、明日ノエルと王国に用があるんです。なので、今日中のParallelじゃないと一緒に行けないかも知れないです。ホント申し訳ないっ」

 

「えっ、だ、大丈夫だよ!?そんなに謝らなくても…」

 

「そうですよ船長。気持ちは充分に伝わりますし、何も明日しか無いって事でもないですし」

 

「ありがとう2人ともっ」

 

今日中の転移、それが難しいようならマリンは一緒に行けないかもしれない。

だからといってマリンに非はない。

そんな事を話している内にタイムリミットとなり、再び島へと帰還することになった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…過去を救う。そらちゃんにとっては2度目だね」

 

島へ戻った後、ロボ子さんに事の経緯を伝える。

 

「でも、一度救った経験があるからって、違う人を救うのはまた違ってくるからね。気をつけるんだよ」

 

「うん!」

 

ロボ子さんとの約束通り、AZKiが帰ってくるまでの間、各々休んでいることとなった。

 

「…そらちゃんは一旦自分の世界に戻る?」

 

「…いや、一緒にここで待つよ。学校はしばらく休みだし」

 

すでに長期休暇に入っているときのそらは、心配ないとロボ子さんに告げて同じ島の中でAZKiを待つことにした。

 

「ただいまっする〜」

 

「…あ、ノエルちゃん!」

 

しばらくして、王国へ遠出していたノエルたちが島へと帰ってきた。

 

「お帰りるしあっ」

 

「ただいまマリンっ」

 

「そらちゃんただいま〜」

 

「お帰りフレアちゃん!ぺこらも!」

 

「ただいまぺこ〜。あれ、何か取り組み中ぺこか?」

 

ぺこらが、ロボ子さんとその目の前にあるモニターを見てそう口を開いた。

 

「丁度良かった。一応皆にもさっきの出来事伝えておくね」

 

と、AZKiを待つ間、ロボ子さんが帰ってきたノエルたちに先程ときのそらたち3人が体験したこと、そして新たな問題の解決を試みることを話した。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「そんな事が…」

 

話を聞き、未だに信じられないといった顔をするフレア。ノエルたちも深刻な表情を浮かべている。

 

「…ごめんねそらちゃん。団長これからマリンと王国に行かなきゃいけない…」

 

「大丈夫だよっ!マリンちゃんからも聞いたし、無理させるのも良くないからね」

 

ときのそらはそう伝え、それからフレアたちの方に振り返る。

 

「…フレアちゃんたちはどう?」

 

「別にこれといった予定ないし、全然手伝うよ」

 

「――いやぁ、きついかも」

 

嬉しい反応をするフレアたちに目を輝かせたが、その直後の否定の言葉に驚くときのそら。

その否定は、AZKiによるものだったから。

 

「ただいまそらちゃん。さっきロボ子から色々聞いたよ」

 

「AZKiさん!その…きついってのは?」

 

「さっきそらちゃんが見てきた所を救うために過去へ戻る。それは、たぶん私の能力で戻った方がいい」

 

「…というのはどういうことっすか?」

 

話の流れをいまいち理解出来ていないココが困った表情を浮かべてAZKiに聞き返す。

 

「この島にある【秘密の丘】。そこからParallelへ飛べるのはそらちゃんは分かるよね?」

 

「うん」

 

何度も過去のParallelへ行き、世界を救ってきたのだから。

 

「…そのとき、ロボ子から馴染みのある物を持っていくと狙った過去へ飛びやすいって聞いた?」

 

「あ…うん、一回あったような気がする」

 

確かフレアのParallelへ飛んだ時だろう。フレアの弓矢を持ち、Parallelへ向かったことで狙った通りの世界へ行くことができた。

 

「でも今回、関わり深い物を持ってる?」

 

「持ってないね…」

 

それだと必ず行けるとは限らないと言う。例え行くことが出来ても、指定時間に飛べる保証もないらしい。

どうしようもなくなった所へ飛んでも救うことはできない。その前の段階で過去に戻る必要があるのだ。

 

「私は、そのまま能力の通り過去を渡れる。狙った過去の世界へ入ることができるの」

 

つまり、AZKiの能力による転移の方が確実性のあるものだと言う。

 

「…それできついってのは」

 

「私の能力での転移は人数制限がある。一度に3人まで。それも、能力を使う私自身を含むから行けるのは2人だけになる」

 

つまり、ときのそらとココが行くことは決まっているため、これ以上人数を増やすことはできないと言うこと。

 

「そっか…」

 

「ごめんね」

 

「ううん、大丈夫!私とココちゃんでしっかりと解決してくる!」

 

「そうですね!そらちゃんと2人で片付けてきちゃいますよ」

 

2人ともやる気に満ち溢れており、AZKiもロボ子さんも安心したような顔をしている。

 

「帰ってくる時は同じように、過去を改変できたら戻るようになってるから。――本当に気をつけてね?」

 

「大丈夫だよ!」

 

最後に念押しの忠告を入れ、AZKiが能力を発動する。

 

「それじゃあロボ子。2人を連れていくね」

 

「うん。――気をつけて」

 

「――『時渡り』」

 

AZKiの能力発動により、3人の姿が同時に消えて居なくなった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…なんか不思議」

 

そこはまるで、狭い空間ごと次元を移動しているかのようだった。

 

「まぁすぐ終わるから気にしないで。とりあえず向かう先は、私も見てきたからすぐに着けると思う」

 

「…えっ、AZKiさんも私たちの目的分かってるの?」

 

「うんうん。あと、もう長い付き合いだし、さん付けはやめてよね」

 

「うっ…でもアイドルなんだし…」

 

「気にしたらダメ。分かった?そらちゃん」

 

「う、うん…AZKiちゃん」

 

名前の呼び方を今更変えることとなったところに、横からココが声をかける。

 

「話が脱線してますねえ。結局、AZKiさんはどこへ転移するつもりなんです?」

 

「うん…今から3ヶ月くらい前のとこ。そこで、分岐があったみたいだから」

 

そう話していると、やがて周囲が開けてきて、ある場所へと着地した。

 

「…ここは…」

 

見た感じ、【アガペー天国界】と似ている。だが、あの時に感じた悲惨な状況というのが、ここでは当たり前のように周囲に広がっている。

 

「――【イスキオス地獄境】だね」

 

ときのそらの疑問に答えるようにAZKiがこの場所の名前を口に出した。

 

「…っ。そこって…」

 

――不思議な空間の中で、森カリオペと名乗る女性と出会った。救って欲しいと願った人物――その人物が住む場所の名前だった。

 

「ごめんね2人とも。私も手伝いたいけどやる事があるから…」

 

「大丈夫っすよAZKiさん。私たちに任せてください」

 

「うん」

 

ココとときのそらの返事を受け、この場からAZKiが去る準備をする。

――MAINの3ヶ月前となるParallel。

 

「頑張ってね。ここ――Parallel World ROVINAで」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…よし、まずはどうします?天国じゃないのが気になりますね。かなたを救うんじゃ…」

 

周りを見渡しながらココがそう呟く。

 

「…天国と地獄は関わりがあるみたいなの。先にここを救うことで天国にも影響するんじゃないかな?」

 

「なるほど、そうなんですね」

 

ときのそらの説明で納得がいった様子。

 

「…カリオペさんを探そう」

 

「…えっと?」

 

あの空間内での出来事を知らないココが首を傾げる。説明をし忘れていたことを思い出し、慌ててあのピンク髪の女性から言われたことを伝えた。

 

「…あの倒れてた人物も関係あるんすね。とりあえず向こうの方へ向かいますか」

 

ココが指を向けた先には、一つ大きくそびえ立つ建物のようなものが薄らと見える。まずはそこを目指そうということだ。

 

「そうだね。もし敵がでてきたら全部任せるねっ」

 

「…これはきつそうっすねぇ」

 

たった2人、暗い世界の中を進んで行く。

 

「…っ!?」

 

すると、目の前に複数の影が見える。

 

「バケモノっすね」

 

「ここにもいるんだ…っ」

 

久しぶりにバケモノと相対する。ここしばらくは、龍の姿のココ(正確にはバケモノではない)、人との戦闘があったため、バケモノの異様な威圧に驚いてしまう。

 

「安心してください。こいつらはA+ランクっすよ」

 

A+と言われるが、あまりピンと来ない。

そう悩んでいるうちに、目の前にいたバケモノたちが一気に迫ってきた。

 

「!…ココちゃんっ!?」

 

「任せてくださいっ――『神光』」

 

ココが自分の正面へ手の平を向けると、かなり大きな範囲で円が地面に広がっていく。

こちらへ向かってくるバケモノ全てがその円状の光の中へと入り切ったタイミングで――

 

「――グァァ!!?」

 

「えっ!?」

 

凄まじい光が天へと立ち昇り、その力によってバケモノたちが灰と化したのだ。

 

「まぁこんなもんっすよ」

 

「つ、強い…」

 

分かっていたことだが、ココはかなりの実力者だ。それこそ、ノエルたちよりも強いのではないかと思う。

実際、〈五大秘龍〉の1人なのだから強いのは当たり前だが。

 

「――ん?」

 

「どうしましたそらちゃん?」

 

何かすぐ近くのどこかで、こちらを見つめる視線を受けたような気がしたが、周りを見渡すが人の姿が見当たらない。

 

「…いや、気のせいみたい。大丈夫」

 

「そうですか。とりあえず先進みましょう」

 

「うん」

 

腑に落ちない点はあるものの、今の段階ではその解決に繋がることはないため、気持ちを切り替えて当初の目的通り、カリオペを探すために再び歩き始めたのだ。

 

「――」

 

その近くで、姿の見えない人物が一人。

 

「――A+のバケモノ集団が簡単にやられるとは。どこの者だ」

 

静かに呟かれ、次の瞬間には気配すらもその場から無くなっていた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

あれから10分近く歩いた頃。ようやく、薄らと見えていた大きな建物がはっきりと見えるようになった。

 

「ようやく見えてきましたねえ」

 

「ここにいるかな…」

 

居ることを願いつつ、その建物の扉の前へとやって来る。

 

「…人がいますね」

 

その扉の前に、2人の人の姿が見える。

2人に共通しているもの、それは背中から生えている黒い翼と、地面に垂れ下がっている小さな尻尾だ。

 

「…あの時のあの子に似てる」

 

半壊した家で見た人物と容姿が似ていた。

 

「…ん?貴様ら、一体何者だ」

 

「…地獄の住人じゃないよね。誰かな?」

 

それぞれ屈強な体の男性と、小柄で子供のような見た目の女性。近づいてこないものの、こちらを警戒しつつ声をかけてきた。

 

「…えっと、人探しです!」

 

「人探し?こんな時期にここへ来るとは怪しいな」

 

「――奴らの仲間の可能性あるんじゃない?」

 

「…それでも2人で来るのはおかしい。一度話を通してみるか」

 

2人で何やら会話をしている。こちらに聞こえない程度の声で、数十秒程話したあと、改めてこちらに振り返った。

 

「…現時点では貴様らを判断できない。よって、これからこの中へ入ってもらう。上手く行けばその人探しの人物を見つけられるかもな」

 

「…これは、好印象ってことでいいんすかね?」

 

「とりあえず中に入れて貰えるらしいし、指示に従おう」

 

いきなり攻撃を仕掛けてくるような人物でないことに安堵し、言われるがままに扉へと近づいていく。

 

「ここの部屋で待っていろ」

 

「分かりました」

 

ときのそらとココを部屋の中に置き、2人が部屋から出ていった。

 

「…一体どれくらい待てばいいのかな?」

 

「んー。まー今回は時間制限ないですし、ゆっくりできますけど、なるべく早めが良いですね」

 

「――なら、早く終わらせるようにしますわ」

 

「っ!?」

 

不意に聞こえる第三者の声。ココもときのそらも肩を跳ね上げ、声のした方向へ振り向く。

 

「…えっ、カリオペさんっ!?」

 

そこにいた人物の顔を見てときのそらが声を上げる。まさしく、MAINの世界で出会い、探していた人物の一人――森カリオペと同じ容姿の人物だったのだ。

 

「…この人がカリオペさん?」

 

「…あっ」

 

名前を叫んだ後、自分の失態に気づく。

――この世界で会うのは初めてだ。それにも関わらず名前を知っていれば、疑われる可能性が出てきてしまう。

 

「えっと…!」

 

「心配しないでください。――そらさんのことは未来で見てきました。…救いに来てくれてありがとうございます」

 

カリオペの発する言葉。それを聞いてときのそらは驚いて声も出せずにいた。



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▶5「地獄の統括者」

――――――カリオペの発した言葉。その意味を考えている間に次の言葉をカリオペが放つ。

 

「――私の親友に、オーロ・クロニーという人物がいます。彼女の特殊能力は[時針盤錯]。あらゆる時の流れを管理する「時の番人」です」

 

つまり、そのクロニーという人物の能力のおかげでParallel転移ができるということ。AZKiに似たような能力だが、それよりも強力だと思う点。

 

「あらゆる時の流れ…」

 

「はい。彼女は全ての過去、現在、未来を見ることができるため最善の世界を見届けることができます」

 

「そ、そんなに凄いなんて…」

 

その人物なら、このParallelを移動し、世界を救うことができるのではないか。

 

「残念ながら、彼女はその力の使用をこの世界では禁じられています」

 

「この世界?」

 

「はい。あらゆる国が位置する、最も標高の低い場所に位置する大陸。そことはかけ離れた位置に存在するこの地獄と天国。そういった下界での使用はできないのです」

 

完全な観測者となる立ち位置に存在しているということ。

 

「特殊能力の使用が不可能なだけで、こっちに降りてこれますし、普通の力なら使えますがね」

 

「そうなんですね…その、クロニーさんの能力を勝手に話しちゃって大丈夫なんですか?」

 

「問題ないです。そらさんのことは信頼してるので。それにまぁ、クロニーの能力はバレた所で支障はないですから」

 

話が一段落ついたところを見計らい、ココがカリオペに声をかける。

 

「さっきの2人が呼びに行ったのはカリオペさんってことですか?」

 

「Yes.扉の前で2人の姿を確認していたので、すぐにこの場へ来たのです」

 

そう言い、カリオペは2人に立つように声をかける。

 

「早く行った方が私としても助かります」

 

「…どこへ行くんですか?」

 

ときのそらの疑問にはすぐ答えずに、2人をこの建物の外へと連れていく。そこで初めて振り返り、告げる。

 

「――まずは、全ての始まりを防いでみましょう」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

カリオペから説明されたこと、それはときのそらたちがあのバケモノのような龍と出会う3ヶ月前に全てが始まったということだった。

地獄に持ち掛けられた約束の条件――それは、天国と関わりを深めるなということ。すなわち、仲が良くなってはいけないということだった。

 

「…普通に考えれば、天国と地獄って正反対ですし、仲が良くなるとは思えないですけどねえ」

 

ときのそらもココと同意見だった。

 

「実際は仲が良かったです。なんなら、トワ様も今でも仲良くしようとしてた」

 

「…仲良くしようとしてたって…」

 

「察しの通り、天国の管理者――天音かなたは地獄を憎んでいます。そのため中々仲良くなることができないのです」

 

ここで出てきた「天音かなた」という単語。お互い反応するが、より大きな反応を見せたのは他の誰でもない、ココだった。

 

「…もしかしてお知り合いですか?」

 

「…そうですね。だいぶ昔からの腐れ縁ってやつっすよ」

 

「…そしてこのあと幼龍が現れます。それに告げられるのは仲良くしないこと。守れなければ地獄も天国も滅ぼすと」

 

「…なんでそんな事」

 

今の話を聞いてときのそらが感じたこと。それは、何のためにそんな約束を縛り付けてきたのかということだった。

 

「理由は分かりません。が、地獄へ接触される前に追い返せればベストです。とりあえずトワ様の元へ向かいましょう」

 

カリオペが率先して2人を引き連れる。その言葉を噛み締め、ときのそらとココがカリオペの後をついていった。

 

「…数分ほど歩きます」

 

「大丈夫です。…それにしても…幼龍って」

 

「間違いなく、あの時襲ってきたバケモノでしたね。雰囲気が似てますし合ってると思いますよ」

 

MAINの世界において、天国で襲ってきた龍のバケモノ。それと幼龍が同一だとココがはっきりと口にした。

 

「幼龍は成長を操る特殊能力を持ってるのでかなり危険です。たぶん、秘龍の中じゃ1番強いんじゃないすかね」

 

「ええっ!?」

 

ココの口から、自分より強いと表現された幼龍。そして、その幼龍の特殊能力らしいと思われる力。

 

「…成長を操る?」

 

「詳しくは私もやられたことないんで分からないっすけどね」

 

それでも強いと言われる幼龍の特殊能力は警戒しておいたほうがいいだろう。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…着きました」

 

目の前にある建物は小さいが、その分丁寧に造られており、他の建物とは一線を画したものとなっていた。

 

「トワ様。客人連れてきました」

 

カリオペが扉越しに声をかけ、数秒後に中から反応が返ってくる。

 

「――客人?トワ呼んでないけど」

 

「私が呼びました。――地獄と天国を繋ぐ重要な人です」

 

カリオペの最後の一言に、中の物音が一切聞こえなくる。そしてしばらくしたあと、扉がゆっくりと開かれた。

 

「――っ」

 

「…中々面白いこと言うじゃんカリオペ」

 

中から現れたのは、MAINでの幼龍との戦闘の際に、家の傍らに倒れ込んでいた人物と同じ姿をしていたのだ。

 

「…2人がその重要な人なの?説明は?」

 

「トワ様からされた方が良いと思ったのでしてないですね」

 

「そ。…とりあえず中入りなよ」

 

トワと呼ばれる少女に促され、ときのそらとココが家の中へと入りソファーに座った。

その正面へとカリオペとトワが座り、こちらを見つめてくる。

 

「…まずは自己紹介。常闇トワ。よろしく」

 

簡潔に、自分の名前を口に出す。

 

「トワ様がこの地獄を統括する人物です」

 

付け加えるようにカリオペがそう説明した。

 

「わ、私は時乃 空。よろしくね」

 

「私は桐生ココですう」

 

ときのそらたちの自己紹介が終わると同時、トワがココの方に視線を向けた。

 

「…桐生?何とも勘違いしそうな名前してるね」

 

「勘違いじゃないっすよ。私は〈輝龍〉なんで」

 

誤魔化そうともしないで、いとも容易く自分の正体をバラした。

それを聞いた瞬間、トワの目が一瞬見開くのが見えた。

 

「――ふーん。まぁ仲間になってくれるならこっちも大歓迎だわ」

 

「ところで…」

 

話が落ち着いたとこで、ときのそらが気になっていたことについて話し出す。

 

「…その、トワちゃんの頭の帽子…」

 

「ん?ビビのこと?」

 

トワが被っているキャップ型の黒い帽子。耳や目、尻尾がついており、生き物をモチーフにした帽子と思っていたときのそらだが――

 

「――う、動いてる?」

 

時折動く尻尾を見て、ときのそらは困惑していたのだ。

 

「あー…ビビは帽子ってよりペットだから。あまり気にしないで」

 

そう言われるが、気にするなと言うのも無理な話だった。

しばらくの間、動く帽子に気が散ってしまい、これからの事についての話を半分ほど聞き逃していたのだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…で、天国の管理者――天音かなたと知り合いってのは本当なの?ココ」

 

「そうですよ。もともと天国に居候してた身ですからね。何かと因縁に近い関わりがあるんすよ」

 

「…かなたが地獄を憎んでいる話。聞いたことない?」

 

「いやぁ、無いっすね」

 

「…なんでトワちゃんは天国と仲良くしようと?…あっ、別にして欲しくないとかそういうんじゃなくて…」

 

「分かってる。トワはね、あまり争いとかしたくないから。地獄と天国が仲良く関係を結べれば、下に位置する大陸も安心できるでしょ」

 

下に位置する大陸というのは、ときのそらたちのいる島や、【プラチナ聖王国】などの事だと説明を受けている。

 

「そうだったんだ。…仲良くするにはかなたちゃんの憎しみの理由が分からないと難しそうだね」

 

「そうなんだよ、分かってるじゃんそらちゃん。とりあえず、明日何かしら動こうかなって考えてる。このままじゃ何も変わらないし」

 

そう言うと、トワの頭にのっている帽子――ペットのビビが勢いよく跳ね上がり、扉を開けて外へと飛んで行った。

 

「ええ!?ビビちゃんそんなこと…」

 

「――おかしい」

 

トワの張り詰めた言葉にときのそらとココが息を飲む。

 

「…何かに引っ張られていましたね」

 

今の状況について、簡潔にカリオペが教えてくれる。

 

「行くよ」

 

いち早くトワが駆け出し、家の外へと出ていってしまった。

 

「え、え…何が起きたの?」

 

「…これはまずいです。――世界が変われば、同じ道を辿ることも無いということですね」

 

「ど、どういうこと?」

 

ときのそらが発言の意味を聞き返すが、それに反応する代わりに外へ出るよう2人を仰ぐ。

 

「トワ様と一緒にビビを追いかけながら説明します」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…過去が変わった?」

 

トワと一緒にビビを追いかける中、カリオペがときのそらとココにだけこっそりと話をしている。

 

「私はクロニーの影響で未来を見てきただけなので干渉することはありません。ですので、十中八九2人のParallel移動が原因でしょう」

 

カリオペから告げられる言葉。もちろん、Parallel転移することによる、過去改変はロボ子さんから聞いているし、実際にも体験したことだ。

 

「…じゃあ」

 

「幼龍との接触は避けられないかと。…しかも私の知っている通りに世界が進むとも限りません」

 

「大丈夫っすよ。それを救いに来たのが私たちなんすから」

 

ココの強気な言葉には弱い気持ちを助けてもらっている気がする。

ココの言う通り、ときのそらも頑張らなくてはいけない。

 

「――っ!?」

 

ふと目の前を走るトワが急に足を止めたのが見え、慌てて残り3人も止まり前を見る。

 

「――っ!!」

 

「…幼龍っすか」

 

目の前には小さいながらも凶悪なオーラを放っている龍の姿をしたバケモノ――何度も名前を聞き、一度出くわした〈幼龍〉がこちらを見据えていたのだ。

 

「…ビビがいない?」

 

ビビを追いかけていたはずが、目の前から突如姿を消してしまった。

 

〈――ソロソロ動クツモリダッタナ〉

 

「…何が?」

 

〈地獄ト天国ノ和平。ソンナモノ必要ナイ〉

 

まるでトワの考えを見透かしているように淡々と語りかけてくる。

 

「…っ、てめぇ」

 

〈――天国ト関ワルナ。約束ヲ守レバ悪イヨウニシナイ〉

 

そう、幼龍が条件を突きつけ、この場を去ろうとしている。

 

「っ!逃がすかよ!『魔弾』!」

 

トワが手のひらから紫色の弾を幼龍に向かって連発する。

 

〈――無駄ナ事ハシナイ〉

 

そう言い、幼龍の足元から新たなバケモノが一匹生み出された。

 

「…手下!?」

 

「いや、幼龍の能力っすよ」

 

新しく生まれたバケモノもかなりの力を有しており、幼龍と大差ないオーラを放っている。

そのバケモノに『魔弾』が防がれ、次の瞬間には幼龍の姿は消えていたのだ。

 

「ちっ…!」

 

「まずはバケモノを倒しましょう」

 

トワとカリオペがバケモノを倒すことに意識を向ける。ココも加わり、3人ならすぐに倒せると思うときのそら。

 

「――でも、あのバケモノなんか変?」

 

「幼龍と同等の力と思った方がいいっすね」

 

不意に、予備動作なしにバケモノが目の前に現れる。最初の標的として狙われたのはカリオペだった。

 

「――[命断]」

 

カリオペが言葉を発した瞬間、その周囲が薄暗い空間に閉じ込められる。

周囲にいたときのそらたち全員を含んで、その空間が広がった。

 

「っ、これって…」

 

ときのそらは一度この空間を体験したことがあった。

 

「この能力は世界からこの空間内のものだけを分離するものです。もちろんここで起きたことは元の場所へ戻った時に同じ影響を受けることになります」

 

カリオペがこの不思議な空間について説明をいれてくれる。そのおかげで慌てずに済んだのかもしれない。

 

「…そして、この空間内に切り取られたのは私たちの存在という形だけ。本来の肉体は元の場所に残っています」

 

「えっ…?」

 

「――ここでの1分が元の場所での1秒に等しい。思う存分、相手できますわ」

 

そう、カリオペが告げた能力の詳細。それを聞き、ときのそらが元の場所に戻った時に数秒の出来事と感じたのは実際のことだったと知る。

 

「…こっからはカリオペのフィールド。とりあえずトワたちも援護に回るよ」

 

「わ、私戦えない…」

 

「…は?まじ?」

 

トワの視線が鋭くなったのを感じ、ときのそらが縮こまってしまう。

 

「…私いるんで問題ないすよ。それに支援はできるんでサポート要員ってことすよ」

 

「…なんだ、無能力者かと思ったわ。とりあえず了解」

 

ココがそう助け舟を出してくれたおかげで何とかトワも納得してくれた。

だがあの日以来、上手く力が使えなくなってしまったことをココも知らないでいる。

 

「…どうしよ」

 

そんな心配を他所に、戦況が動き出す。

カリオペが大きく幼龍の生み出したバケモノ目掛けて一歩踏み込み、懐から取り出したしまえない程の大きさの鎌を横に一閃、体を真っ二つにする勢いで切り裂く。

 

「…なにあの武器…」

 

「カリオペの武器[デットビート]だね」

 

本人の代わりにトワが答えてくれた。

 

「…中々なようですね」

 

だが、その攻撃では倒れず、反撃に目に見えないほどの速度で拳を振り下ろした。

ときのそらが認知したときにはすでに地面が抉れていた。

 

「嘘っ…」

 

更に驚くのは、今の攻撃を綺麗にかわすカリオペの姿だ。

余裕の笑みを浮かべるカリオペからは不思議なオーラが溢れ出ているように思える。

 

「…耐久力が高いバケモノですね」

 

「ならトワが援護してあげる」

 

そう言い、今度はトワがバケモノへと近づいた。

それに反応し、バケモノが片腕を伸ばしてくる。真っ直ぐ伸びた腕を姿勢を低くして避け、懐へと潜り込んだ。

 

「――『刻印・魔的』」

 

トワがバケモノに触れた瞬間、眩い光に周囲が包み込まれたのだった。



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▶6「天国の管理者」

――――――「『刻印・魔的』!」

 

バケモノに直撃するトワの攻撃。攻撃を受けたバケモノの体には何やら不思議な紋様が刻まれた。

怯むことなく、すかさず次の攻撃をしかけたバケモノだが、トワは一撃与えただけで後ろへと引き下がった。

 

「…さて、準備はできた」

 

トワがそう言い、カリオペと交代して見守る側へと戻ってきた。

 

「今ので終わりすか?」

 

「そうだよ。――今のだけで充分。あとやることはカリオペに支援をすること。…『魔恵付与』」

 

トワがカリオペに手をかざした。その瞬間、トワから溢れ出る紫色のオーラがカリオペの身にまとっていくのが分かった。

 

「…今のは」

 

「トワの力、[小悪魔の恩恵]だよ」

 

「…特殊能力っすか?」

 

「それとは別の力。特殊能力は別にあるよ」

 

トワの力の正体――それが魔力や気力を参照するものではない、全く別の力だということを明かした。

 

「…カリオペ、よろしくね」

 

「OK.――『死蝶乱舞』」

 

カリオペが持つ鎌を大きく目の前に振りかざす。途端、鎌から溢れ出る禍々しい妖気がバケモノめがけて波状に飛んで行った。

 

「…グァァ!」

 

だが大きく跳躍し、いとも容易くカリオペの技をかわす。

そして、その勢いのままカリオペに飛びかかった。

 

「危ない…っ!?」

 

上から飛び込んでくるバケモノを避けようとしないカリオペに、ときのそらが思わず悲鳴を上げてしまう。だが――

 

「…Don't worry.私の攻撃が先です」

 

カリオペの不思議な発言。それを聞き返す前に答えが実現した。

 

「――グガァァ!?」

 

バケモノの背後――背中に対して鋭い刃状の衝撃波が打ち込まれた。

 

「な…っ!?」

 

その死角からの攻撃にときのそらが驚く。が、それだけで今の芸当は終わらない。

 

「…ァァァ!!!」

 

バケモノに襲いかかった衝撃波――それが着弾した瞬間、更に衝撃波が分裂し体全身を刻み込むかのように斬裂刃が駆け回ったのだ。

 

「…な…なにあれ…」

 

一瞬にして再起不能に陥ったバケモノは、その場に倒れ伏し動かなくなった。

それと同時にカリオペの生み出したフィールドが解除され、元いた場所へと戻ってきた。

 

「…幼龍が生み出したバケモノを簡単に倒すとは流石ですねえ」

 

ココも今の一戦を見て心の底から感心した様子でいる。

 

「すごいでしょ。今のくらいなら2人にも教えてあげるよ。これから一緒に戦うかもだし、味方の戦力は分からないとね」

 

トワがときのそらとココに近づきながらそう言ってきた。

 

「もちろん2人は教えられるときにでいいよ」

 

「今の私の技は見たままです。特に説明を加えるものはありませんね」

 

相手に着弾した際に細かく分裂する斬裂刃。それが、今カリオペが使用した『死蝶乱舞』だ。

 

「…背中側から当たる技?」

 

「いえ、私のは真っ直ぐ飛ぶだけ。ターンなんてしないですよ」

 

「えっ?でも今見たのは…」

 

「それがトワ様だけに授けられた能力[小悪魔の恩恵]です」

 

「トワがバケモノに使ったのが、紋様が刻まれたものに対して、魔の力が宿った攻撃が必中するってやつ」

 

ここで新たな単語が出てくるが、十中八九[小悪魔の恩恵]で得られる力のことを指すだろう。

 

「…でもそれはトワちゃんにだけしか使えないんじゃ」

 

さっきの話を聞く限り今のときのそらの疑問は最もだろう。

 

「そう。だからカリオペに使った技。あれは自分の魔の力を対象者も使えるように分け与えたの」

 

それにより、カリオペの真っ直ぐ飛ぶはずだった技が魔の力を帯びたことにより、バケモノに付与した技を合わせ、必中となったということ。

 

「すごいっすね」

 

「でしょ。…まぁそこは良いとして。問題が出てきたね。幼龍をどうするかだ…」

 

トワが言う問題とは幼龍の存在だ。天国と手を組みたいトワだが、幼龍によってそれを阻止される。幼龍に従って天国を諦めれば何もしない――

 

「っ!何もしないとは言ってなかった…っ」

 

ここで幼龍の発言を思い出したトワが目を見開く。

 

「――悪いようにはしない。あいつが言った言葉…もしかして」

 

「この地獄には、ってことの可能性がありますねえ」

 

トワの発言を引き継いで、ココがそう発する。

それを聞き、ときのそらも今の状況を理解する。

 

「…まさか天国!?」

 

ここで思い出すのは自分が元のMAINで転移した天国の様子だ。荒れ果て、何もかも更地となっていたあそこは――

 

「…幼龍によるもので確定っすね」

 

こうしている間にも天国の端から滅ぼしているのかもしれない。

 

「…カリオペは応援で戦える者たちを集めて。戦力を万全にしておいて」

 

「分かりました」

 

トワがカリオペにそう告げると、カリオペは早々にこの場を立ち去って行った。

 

「…すぐに行くんすね?」

 

残ったトワに対してココが問いただす。

 

「…まだ、大丈夫なはず…」

 

だが、トワは中々踏み出せずにいた。幼龍の実力は誰しもが先の件で経験したが、到底じゃないがトワでは勝ち目がない。

それに加えてときのそらが感じたことがある。

 

「…これじゃ元の歴史に近い…」

 

元の歴史では、カリオペの話を聞く限りトワが2週間弱行動せず、かなたがやって来ないことに違和感を持って初めて天国へ赴いたと。

そして、その時にはもう手遅れだったと言う。

それならば今行動しなければ、過去は変わらず同じ未来を辿ることになる。

 

「――行こう!手遅れになる前に!」

 

力強く発言するときのそら。初めてトワがときのそらの言葉に驚いたような表情を見せる。

 

「…そうだね。そらちゃんの言う通りだわ」

 

バカなことを考えたと、トワが一度大きく深呼吸をする。

そして――

 

「――今から3人で乗り込むよ。幼龍の思い通りにはさせない」

 

そう、トワが力強く言い切ったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

MAINで一度訪れた場所。今回のParallel World ROVINAでは初めてとなる。

 

「まだ平穏?」

 

目の前に現れた光景は、天国の名に相応しく、白を基調に世界が創造されている。

まだ幼龍による攻撃が仕掛けられていないみたいだ。

 

「…ちょっとそこら辺の民家に行ってみるか」

 

トワが迷いなく近くにあった家へと近づいていく。

 

「ちょっと!?迷い無し!?」

 

さすがのときのそらもこの行動には驚いてしまう。

仮にも地獄の住人と天国の住人だ。さらに言えば、天国の管理者――天音かなたが地獄を毛嫌いしているため、住人たちも同じ考えを持ってる者が多いかもしれない。

 

「それならそれで好都合…」

 

トワが扉を開け、中を確認した途端に動きが止まる。

 

「?…どうしたの?」

 

それを見て不自然に思ったときのそらとココが同じようにトワの背中越しに家の中に目線を向ける。

 

「…えっ」

 

「――助けて…」

 

中にいたのは、ボロボロの服で、全身を焼かれたかのような酷い怪我をしている2人の女性だった。

 

「…助けて」

 

トワの姿を見て地獄の住人と悟ったようだが、それでもそのトワに助けを求めた。

 

「――。誰にやられた?」

 

「…外にバケモノが…私たちの力じゃ勝てなくて…」

 

「分かった。トワたちが倒してくるよ」

 

トワがそれだけ言い残し、扉を閉めて外へと出る。そして、ときのそらとココの方を振り向いた。

 

「…倒すよ」

 

「了解っす」

 

「うん!」

 

この周辺に出没したという異例のバケモノ。恐らく幼龍の手駒だろう。

急いでバケモノを止めるために、3人は今も音が微かに聞こえる方角へと走っていった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…あれか」

 

少し高い丘の上に立ち、今も暴れているバケモノの方へ視線を向ける。

 

「…あれ、バイオグールじゃないすか?」

 

そのバケモノを見て、聞いたことの無い単語をココが口にする。

 

「バイオグール?」

 

「そうです…別名は泥喰。SSランクのバケモノっすね」

 

「SSランクからは繁殖型のバケモノじゃなくなるから個別名がついてるんだよ」

 

トワの助言、そしてココの口から発せられたSSランクの言葉。

ココや幼龍たちはバケモノ基準でのSSSランクという最高ランクに位置しており、SSランクはその1つ下だ。

更に、ときのそらがこれまで出会った、ノエルたちや自分自身をも窮地に立たせたバケモノ――Sランクを上回るということ。

その事実が、強くときのそらを動揺させた。

 

「…っ」

 

何度もParallelの中で死んできたノエルたちの仲間。

ロボ子さんに言われた、本当に救ってもらいたい過去の親友では無かったとしても、それを平気で見殺しにはできなかった。

辛い思いを、何度も繰り返したくはない。

 

「…トワが負けるわけ。カリオペが居なくてもやってやるよ」

 

「私も負けらんないですねえ」

 

2人が気合を入れる中、1人妙に落ち着いている人物がいる。

 

「――まだダメなの…っ」

 

何度も使おうと試みるが、一切あの時の力を発揮できないでいる。

 

「――グァ!!」

 

暴れ回るバケモノが一瞬視界の端に映った3つの塊に気づき、視線を向ける。

ときのそらたち3人を見据え、久々に見つけたであろう人に咆哮をあげながら猛スピードで近づいてきた。

 

「所詮はSS。知能は秘龍に劣りますね!」

 

突っ込んでくるバイオグールにココが迎え撃った。

鋭く振りかざされるバイオグールの攻撃、それをかわし顔面へと大きな拳を打ち付けた。

 

「…ほう」

 

だが、その攻撃のダメージが通る素振りがなく、そのままカウンターの攻撃を仕掛けてきた。

 

「――[人竜変異]」

 

ココの特殊能力が発動する。ココの、〈秘龍〉としての力が発揮される。

 

「…すごいっ!?」

 

ときのそらが思わず声を出し、トワも口を開けて驚く。

その姿はまさしく龍に近い。だが、全身ではなく一部分のみ。

バイオグールの攻撃を防ぐため、両腕が龍の鱗をまとい、容易く受け止めたのだ。

 

「これは相性悪いっすね!」

 

そのまま攻撃に使われたバイオグールの腕を掴み、遠心力を加えて遠くへと投げ飛ばした。

 

「…あいつメタル系のバケモノっすね」

 

「えっ!?」

 

「メタル系」という単語は前に教えてもらっている。気力を参照する攻撃――いわゆる物理攻撃に耐性が強いという特徴がある。

 

「…なにもメタル系は見た目が硬そうってだけじゃないから。逆に、柔らかく力の衝撃を吸収するタイプってことね」

 

ときのそらの思っていたメタル系のイメージとの違いを、トワが分かりやすく説明してくれる。

 

「…これはトワの方が相性良さそうね。援護頼むよ」

 

「了解っす」

 

飛ばされたにも関わらず、一直線にこちらへ向かってきているバケモノ。ココとは違い魔力指数を参照するトワが前へと一歩踏み出す。

 

「――『魔眼』!」

 

途端にトワの体から溢れんばかりの禍々しいオーラを感じ取る。

恐らく[小悪魔の恩恵]による技の効果だろう。

 

「自身の大幅強化。さてと、いっちょやりますか」

 

再び目の前までやってきたバイオグールに対し、構えを取る。カウンターで沈める考えのようだ。

 

「…っ!トワ!」

 

ココの力強い叫び声。急な声に反論もせずトワが反応し、咄嗟に後ろへと引いた。

そして次の瞬間には――

 

「――っ!?」

 

トワが立っていた場所の数メートル範囲が泥に埋もれ、溶けてしまっていたのだ。

 

「…バイオグールの能力っすね」

 

「ちっ…厄介だな」

 

一瞬でも反応が遅れていればトワは跡形もなくなってたかもしれない。それを考えただけでも血の気が引いていく。

 

「…『魔弾』!」

 

近づくリスクが高まったことで、遠くからの攻撃に切り替えるトワ。

『魔弾』を次々にバイオグールに向かって飛ばすが、その半分近くは特殊能力による泥の影響で溶けてしまい、残りの弾も綺麗にさばかれている。

 

「…ジリ貧だな」

 

「私の攻撃で足止めくらいならいけますね。サポート全振りで行きます!」

 

トワとの連携を試みるココが、バイオグールに向かって技を放つ。

 

「――『光棘』!」

 

バイオグールの周囲の地面から伸びる無数の光の棘。それらが、四肢を拘束し動きを封じた。

 

「体内の泥が能力っすね。そして、体のどこからでも取り出せるって訳じゃない」

 

普通の体の構造のように、耳や口、鼻といった体外と体内の行き来が自由な管を通してでないと特殊能力の泥は排出されない。

 

「まずはそこを抑えるか!」

 

泥を封じてからバイオグールを倒す戦法だ。

 

「…『神光』」

 

バイオグールの足元に大きな光の円が浮かび上がり、次の瞬間に一気に光が放出された。

凄まじい一撃、光が分散し中の状況が見えるようになる。

 

「…っ!耐えてる!?」

 

「私の攻撃はホントに相性悪いっすねえ」

 

気力を参照する攻撃、例えそれが秘龍が放つ攻撃だとしてもかなりの耐久力により、傷は負うものの倒れる様子ではない。

 

「でもいい時間稼ぎ![闇淵源]――『暗黒螺旋』」

 

トワの強力な一撃。バイオグールを囲うように漆黒の稲妻が螺旋状に渦巻きながら飲み込んでいった。

 

「…これが特殊能力っすか」

 

「…はぁ…そう。滅多に使わないけどね…」

 

かなりの体力を消費したのか、息が上がってるのが目に見えて分かる。

 

「――ずいぶん派手にやってくれたじゃねえかおい」

 

「っ!?」

 

不意に聞こえる声。3人とも一斉に声のした方へと振り返る。

 

「――地獄の統括者さんよ…」

 

「…かなた」

 

ココの漏らす声。目の前にやってきた人物が、ときのそらたちがParallelへ足を運ぶ最大の理由となった――その人物だったのだ。



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▶7「決意と選択」

――――――目の前に降りてくる天使の姿をした人物。「天国の管理者」こと天音かなたがこちらを見つめてくる。

 

「…ずいぶん派手なことしたみたいだな」

 

「…っ!」

 

今の発言、完全にトワたちがこの惨状を繰り広げたのだと解釈している。

 

「ま、待ってください!これは別の――」

 

「言い訳はいらねぇ!『天拳』!」

 

ときのそらの言葉に耳を傾けることなく、目の前の天使が技を使う。

伸びてくる光の拳。それがときのそらの目の前にまで迫ってきて――

 

「――待つっすよかなた」

 

直前で、ココが竜化した片腕で防ぎ、そのまま目の前の天使――かなたに視線を向けた。

 

「――お、お前…ココ、なのか…?」

 

目の前のかなたと呼ばれた者が、その声の持ち主の存在に気づき目を見開いた。

 

「…う、嘘だろ…だって急に…」

 

「悪いかなた。私にも事情があって…」

 

「――でも…良かったぁ…生きていたんだ…っ」

 

涙をこらえ、笑顔でココの目を見つめる。それに応じてココも笑みを浮かべた。

 

「――でも、話は別だ…。なんでそいつと…トワと一緒にいるんだ!?」

 

もちろん言及してくる事は予想された。

誰よりも地獄を憎むかなたが、親友であるココが地獄側の人物と一緒にいることを知れば怒り狂うのも当然だろう。

 

「さっきの音…天国に何したんだ!」

 

「落ち着けよかなた!トワたちがしたんじゃなくてここに現れた…」

 

「うるせぇ!」

 

「ぐっ…!」

 

トワの言葉を聞かず、1歩踏み締めトワに殴りかかる。

咄嗟の反応でそれを避けるが、続けて攻撃を仕掛けてきた。

 

「…ど、どうすれば…っ!」

 

乱入できる余地がないことを悟り、ときのそらが1人苦しむ。ココも親友が相手だからだろうか、力づくで止めに入ることに躊躇している。

 

「だから話を聞けって!」

 

「今日こそが決着の日だ!いい加減倒させてもらうよっ!」

 

激しい攻防。トワはあまり反撃をせず交渉をしようと試みる。だが、かなたは関係なしに攻撃を続ける。

 

「これでしま――」

 

しまいにしてやろうとかなたが力を使おうとしたその時だ。

 

「っ!!この視線っ!」

 

一度受けたことのある視線。A+のバケモノ集団を片付けた時に感じた視線と同じだった。

 

「――今だ」

 

遠くから飛んでくる光の矢。それがかなたの心臓を容易く貫いたのだ。

 

「がはぁ!?」

 

「!――かなたぁ!!」

 

その瞬間声を荒らげるのはトワでもかなた自身でもときのそらでもない、親友のココだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

トワたち3人が矢の飛んできた方向へ視線を移す。そこには1人の男がマントを身につけて仁王立ちしていた。

 

「っ!貴様ァ!」

 

珍しくココが平常を保てず、怒りに身を任せ男へと突っ込む。

ほぼ全身と言っても差し支えないほどに龍の力を身にまとっていた。

 

「――なるほど。秘龍ならばこの前の光景には納得出来る」

 

その男は飛んできたココをかわし、後ろへと引きながら弓矢を放った。

 

「――『神光』!」

 

飛んでくる矢ごと巻き込もうと能力を行使する。

 

「無駄だ。俺の矢は生物以外を封じる矢。能力など受けない」

 

「…ぐっ!?」

 

ココの『神光』に巻き込まれながらも、勢い止まらず弓矢がココの腕へと突き刺さる。

そして飛んでくる攻撃を男はギリギリの所で避けきった。

 

「…これは下手したら俺がやられるな」

 

「ココちゃん!!」

 

ときのそらがココへと近づく。その傍ではかなたが倒れていた。

 

「…か、かなたちゃん!」

 

「…ぐっ…っ」

 

心臓に矢を受けながらもかなたは生きていた。それを見てトワが心の底から安堵する。

 

「こいつ幼龍の手下?」

 

明らかにこちらに敵意を放っている。このタイミングでの敵対、他に思い当たるものはない。

 

「…[化物扱]――行けっ!」

 

男が呟くと、どこかに隠れていたのだろうか、バケモノの集団が一斉にこちらへ襲ってきた。

 

「…バケモノ使いか!?」

 

敵の特殊能力を見てトワがそう判断をする。

今現状まともに動けるのはトワのみ。かなりの窮地に追い込まれている。

 

「…私もまだ――っ!?」

 

「ココちゃん!?」

 

ココが戦おうと能力を使おうとして、動きが止まる。

男の言っていた生物以外を封じる矢。その意味は――

 

「っ!能力封じの意味もある…っ!」

 

矢で討たれたかなたとココは今、能力が使えない状態だと言うことだ。

 

「やばい!」

 

このままバケモノに囲まれやられてしまうのか?幼龍の元へたどり着く前に死んでしまうのか?

 

「――『死蝶乱舞』!」

 

だが、不意に聞こえたその声が、ときのそらの迷いを打ち消してくれた。

 

「カリオペさんっ!」

 

『死蝶乱舞』によりバケモノの体を連鎖して斬裂刃が飛び回る。次々とバケモノたちが倒されていく様子を男は遠くから見ていた。

 

「…増援か。さすがにこれ以上ここにはいられない」

 

カリオペとトワが反応するよりも早く、男はこの場を立ち去って行ったのだ。

 

「――2人は封じた。俺の役目は十分果たした」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…ありがとうカリオペ」

 

「いえいえ。こちらこそ遅れて申し訳ありません」

 

周りを見てもカリオペ以外の人物が見当たらない。トワには戦える者を集めるよう指示されていたはず。

 

「かなたさんの様子を確認しました。大勢連れてくれば話し合いの場につくことが不可能になります」

 

「良い判断だ。…ココ大丈夫?」

 

言葉を投げかけられるココは、矢が当たった腕を見つめながら困り顔をしている。

 

「…能力封じって厄介すね。[特殊能力]も発動しないっす」

 

完全な能力封じ。特殊能力まで使えないとなれば無能力者とほぼ近いものとなってしまう。

 

「…その効果を消す方法は2つだね」

 

前にノエルから聞いたことがある。他者からかけられた力などに対して、正攻法で解除するか強制的に解除するかの2パターン存在するらしい。

 

「あの能力者を殺せば解除されるって訳でもなさそうだけど…」

 

「やってみる価値はあるね。あとは無理やり解除させるか」

 

「今は足でまといになるかもしれないんで一旦サポートに回ります。身体能力までは落ちてないので問題ないっす」

 

そうして、自然と4人の視線が未だに気を失っているかなたへと集まる。

 

「かなた…」

 

トワが優しくその頬に手を添える。何かが顔に触れたことで一瞬体が反応する。そしてゆっくりと目が動き出す。

 

「…ん…ココ…?」

 

かなたが目を開け1番最初に視界に映ったトワを見て――

 

「ぎゃあああ!!?近づくなぁ!」

 

「ぶへっ!?」

 

思い切りトワの頬をビンタして、軽く吹き飛ばしたのだ。

 

「…かなたちゃんっ!良かった…」

 

「ぁ?…誰?」

 

自己紹介がまだだった。その事に気づいたときのそらが慌てて名前を言う。

 

「私の友達っす。仲良くしてくれよな」

 

ココが優しく付け加えてくれたおかげで手を出されずに済んだ。

 

「ふーん、そらちゃんか。とりあえず話を…」

 

「おいコラおまえ何すんじゃ!」

 

「…あ?地獄の住人に聞く話なんてねぇっつーの。ココが居るおかげであんたらに攻撃仕掛けないだけマシと思え…」

 

そこまで話して、かなたが自分の体に起きた異変に気づく。

 

「さっきの矢か…っ!?」

 

「私もやられた。今は無理に動かずトワたちに守ってもらう方がいいっすよ」

 

「なっ!?よりによって地獄の…」

 

「――かなた。もう昔とは違うんすよ。人が違けりゃ考えも違う。向き合ってあげたらどうすか」

 

「…っ」

 

ココの言葉にかなたが縮こまる。今の発言に対して何か思ったのか、トワが口を開いた。

 

「…かなたの憎しみ、知らなかったんじゃ?」

 

「――騙してすまなかったトワ。でも、かなたの秘密を私が言うのもお門違いと思ったんすよ」

 

ココは知っていたかなたの秘密を、知らないと嘘をついていたのだ。嘘を言われれば誰しもが嘘をついた人物を許すことは無いだろう。だが――

 

「…今回だけは許す。…かなたとトワの話し合いの場を設けてくれたらね」

 

「了解っす」

 

許す代わりにかなたと話せるよう説得しろと条件を差し出した。

 

「…かなた。さっきの音の件について説明したい。聞いて貰えるすか?」

 

「…ココが説明するなら」

 

「相変わらずだなホント…」

 

トワの苦悩も分からないことは無いが、とりあえず話を聞いてくれるだけ有難く思える。

ココがさっきの事について詳しくかなたへ説明したのだ。

――もちろん、幼龍の存在やその脅威も。

 

「――」

 

「かなた。信じて貰えないすか?」

 

一通り説明し終えた後、改めてトワたちと協力を結ぶようココが提案をする。

 

「…っ」

 

「かなたちゃん…」

 

「――ひとまず、だ。幼龍を追い払うまでの協定。それくらいなら許してやるよっ」

 

「こいつ…」

 

「ま、まぁトワちゃん落ち着いて…!協力してくれるだけ十分だよ」

 

何とかかなたの説得を終え、一時的ではあるものの地獄と天国の間での協定が結ばれたのだ。

 

「さてと、悠長にはしてらんないすね」

 

「だね。幼龍を早く見つけること、それからかなたとココの能力封じも解除しなきゃだし」

 

「…」

 

「かなたちゃん?」

 

トワの言葉を聞いていたかなたが動かず、じっとトワの顔を見つめていた。

 

「な、なんでもない…」

 

「とりあえずあの子たちに無事だってこと伝えてくる」

 

あの子たちというのは天国に来て最初に話した2人の住人のこと。その2人に言われ、先のバイオグールの討伐に赴いたのだ。

トワがこの場を離れ、かなたとココ、ときのそらとカリオペの4人が残る。

 

「…トワ様が戻られるまで地獄の様子を確認しに行きますか」

 

「様子?」

 

「一応ゲートの前に戦える者たちを呼んで待機させてます。皆さんを連れてくれば少しでも戦力が増えるはずです」

 

「確かにそうっすね。かなた、良い?」

 

「…好きにしなよ」

 

トワとは別行動で、4人は地獄へ戻るためのゲートへと足を進めた。

 

――――――――――――――――――

 

 

ゲートの中へと入り、天国から地獄へと戻ってきた4人。

 

「――えっ…」

 

その4人が見た光景は、予想にはない現実だった。

 

「…っ」

 

「先読み…すか」

 

ここに集められたであろう100近い能力者たち。それが全て、血の海と化した地面の上に横たわっていたのだ。

 

「嘘…」

 

「…中々に幼龍もイライラする相手ですね」

 

カリオペもこの事は予想出来ていなかったのか、珍しく動揺しているのが分かる。

 

「――」

 

そして1人、かなたはその光景を見るも声を発さず、沈黙を貫いていた。

 

「――地獄は捨てます。トワ様の元へ戻りましょう」

 

「――え」

 

カリオペの発言。それに驚いたのは興味を示していなかったかなただった。

 

「…天国が潰される方が最悪の事態になる」

 

「…カリオペさんがそう言うなら」

 

ときのそらとココも、カリオペの判断には口を出せないと分かっている。

だからこそ、カリオペの判断を尊重しようと行動しているのだ。

 

「――地獄も天国も、「核」と呼ばれるものが存在します」

 

「…核?」

 

不意に、カリオペから放たれた言葉にときのそらとココは揃って首を傾げる。

 

「それが壊されれば、地獄天国それぞれが崩壊してしまう。そうなれば、トワ様とかなたさんの持つ恩恵が失われます」

 

恩恵というのは、トワが使っていた[小悪魔の恩恵]のことだろう。

だが、地獄を捨てるのはトワの力を捨てるのと同じなのでは無いだろうか。

 

「…かなたちゃんも恩恵を…?」

 

「――その話は後でいい。カリオペとか言ったな。地獄を捨てるって本気かよ?今の話の通り、トワの恩恵がなくなるぞ?」

 

「かなたさんの恩恵がなくなる方が困ります」

 

「…は?それはどういう…」

 

「――天国の管理者が持つ恩恵の最大効果。それは『創造』です。その力で地獄を戻して欲しい」

 

カリオペの狙い。それは天国の管理者――かなたが持つ恩恵にだけ許された大技。それで今回の幼龍の被害を打ち消そうと考えていた。

 

「はっ!やっぱり地獄のやつらはそういう考えだ。天国を利用しようとしている。そんな奴に協力なんて出来るかよ!」

 

「…っ!かなた!」

 

カリオペの言葉が癪に障ったのか、かなたがこの場から走り去っていき、天国へのゲートへ入ろうとしていた。

 

「二度とツラ下げてくんなよ地獄の住人が!」

 

そうしてかなた1人、天国へと戻ろうとゲートに近づいて――

 

〈――遅イ〉

 

「っ!?」

 

「かなたちゃんっ!?」

 

目の前に現れた幼龍によってゲートが破壊されてしまったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…1番会いたくないタイミングでやって来ましたね」

 

〈――約束ヲ破ッタ地獄ニ救イハ無イ〉

 

「っ!」

 

ここで幼龍と出会うのは1番避けなくては行けなかったこと。能力が封じられたココとかなたに加え、能力が使えないときのそらがいる。

カリオペの力でさえ、3人を守りつつ秘龍を撃退するのは難しいだろう。

 

「…トワ様…っ」

 

〈――天国ハ我ノ4人ノ使者ガ暴レテイル。モウジキ地獄ノ統括者諸共滅ブダロウ〉

 

「…ここでこいつを倒すしか道はないみたいすね」

 

「でもココちゃん…」

 

「――そらちゃんはMAINへ逃げてください」

 

「…え?」

 

不意にココから告げられる言葉。その真意が分からず、間抜けな声を漏らしてしまう。

 

「…もう一度新たなParallelでこの過去を救ってください。そらちゃんなら…それができる」

 

「でもココちゃんが…!」

 

同じParallel移動をした人物だ。この世界線で死んでしまった場合、他のParallelでココが生きている可能性があるのか。

そもそも、MAINの存在であるココが死んでしまえば、あらゆる世界線から除外されてしまうのではないか。

――これまで考えてこなかった、このParallel転移のデメリットを認識してしまった。

 

「…私は死なないです。かなたと一緒なら生き延びてやりますよ」

 

「…ココちゃん…っ!」

 

「…行ってください。この過去は――」

 

「――捨てます」

 

「――っ!!」

 

過去を救う上で考えてはいけない選択肢。カリオペとココから問われ、ときのそらがひどく驚いている。

 

「――でも」

 

それでも、ときのそらに与えられた使命がある。

 

「――絶対に捨てるようなことはしない!最後まで足掻いてみせる!!」

 

2人の意見に押しつぶされることなく、更に大きな声で自分の意志を宣言したのだ。



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▶8「反撃の糸」

――――――強く宣言したときのそらの決意。生憎にも、ときのそらの考えを伝える時間を幼龍が与えてくれるはずも無かった。

 

〈――滅べ〉

 

無数の隕石のような塊を次々に降らせてくる。

カリオペが皆を守るために鎌を取り出し技を行使する。

 

「――『狂乱刃』!」

 

大きく鎌を横に薙ぎ払う。その軌跡上から無数の赤黒い刃が降ってくる隕石と衝突し、相殺したのだ。

 

「…そらちゃん」

 

「天国へ連れてってください!絶対にこのParallelを終わらせない!」

 

ときのそらの強い申し出。地獄と天国を繋ぐゲートは、それぞれの世界で権限ある者にしか使えない技だ。

この場にいる中ではカリオペとかなただが、能力を封じられたことでかなたはゲートを開くことができない。

ときのそらの気持ち、それが通るかどうかはカリオペに懸かっている。

 

「…分かりました。必ずこの世界を救ってくださるのですね?」

 

「…もちろんです!」

 

ときのそらの気迫に負けたカリオペが、ゲートを作ろうと意識を幼龍から逸らした。

 

「…っ!カリオペ!」

 

「っ!?」

 

その一瞬を見逃さなかった幼龍が猛スピードでカリオペに攻撃を仕掛けた。

いち早く動いたかなたがカリオペに届く前に自らの腕で攻撃を抑える。

 

「かなたちゃんっ!」

 

能力が封じられていても身体能力は健在のようで、幼龍の攻撃に押しつぶされずに耐えている。

 

「…がはっ…能力なしはきつすぎる…!」

 

「…そらさんすみません!幼龍の隙を作らないことにはゲートを出せないみたいです!」

 

だが、まともに戦えるのがカリオペ1人だと秘龍相手に隙を作るのはかなり難しいだろう。

 

「っ…どうする…っ!」

 

このまま戦闘が長引けばカリオペが先に力尽きるのは目に見えている。

トワを襲わせた4人の手下。その中に先の能力封じがいれば、そいつを倒すことで解除される可能性がある。

だが、そのためには天国へ行かなければいけない。

 

「…っ!」

 

スピード勝負となった今、果たしてどちらが先に目的を達するか。

 

「…天国へ戻させろ!」

 

かなたもいち早く天国へ戻りたいと声を荒らげる。

 

「落ち着くっすよ!」

 

「落ち着けねえよ!だいたいこの現状を打破するには天国にいる手下共ぶっ倒すのが早いんじゃねえのか?」

 

かなたもときのそらと同じ結論へとたどり着いていた。

 

「…それに」

 

それに、ココとときのそらは天国で最初に出会った少女の存在を知っている。かなたと面識があったことから、かなたと天国へ戻れば戦力が増やせる可能性がある。

 

「…はやく…!」

 

「はやく天国へ行かなきゃいけねーのによ!」

 

ときのそらとかなた、いち早く天国へ戻りたいとそう心から願う。

――カリオペがやられる前に早く解決策を出さなければ。

 

「――っ!」

 

その時、ときのそらの体に起きた異変。以前のような、何か不思議な力が湧き上がる感覚。

 

「――何でもいいっ!」

 

そんな感覚を忘れないうちに解き放つ。どんな能力だろうと今のこの状況を打破できるならば。

 

「――は?」

 

そんなときのそらの使った力――それを見たかなたが呆気に取られる。

 

「…えっ」

 

それもそのはず。ときのそらの目の前には、限られた者にしか使えない技――すなわち、ゲートが誕生していたからだ。

 

「お、おま…なんでそれ…」

 

かなたに不思議がられるが、なんて言い訳をすればいいか分からない。そもそも、ときのそら自身でさえもゲートが使えた理由が分かってないのだ。

 

「…せ、説明は後!かなたちゃん、天国行くよ!」

 

今説明をしている暇はないし、説明できるわけも無い。

かなたを急かすように言うと疑問が残りつつも天国へ行くためにゲートを通過する。

 

「…カリオペさんっ!絶対に救ってみせるから!」

 

「…頼みましたよそらさん。こいつは何とか押さえ込みます!ココさんも天国へ!」

 

「了解です!」

 

カリオペの邪魔にならないようにか、ココも天国へ逃げ込む。

――絶対にこの窮地を乗り越える。

 

「――待っててください!」

 

勢いよく、3人はゲートを通過し、この場から居なくなったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

再び訪れる【アガペー天国界】。3人が着地したと同時、すぐに行動に移る。

 

「…かなたちゃんはなんでそんなに天国に?」

 

走りながら問いかける。逃げたいがためだけに天国へ行きたいと叫んでいたはずは無いだろう。

 

「…トワにとっての右腕がカリオペだとしたら、僕にもその右腕的存在がいる。でもそいつは僕の言うことしか聞けない…だから会いに行く。そうすりゃこの状況を突破できるんだよ!」

 

かなたにとっての右腕的存在。その人物を探すのが、かなたが天国へ戻る理由だったのだ。

 

「…私はトワを見つけに行きます!3人で固まっても効率が悪いっす!」

 

「ならそらちゃんもココについて行け」

 

「えっ!?そしたらかなたちゃんが…」

 

「あ?…今更逃げねーよ。どうせ追われる立場なんだし」

 

心配のつもりで言ったことだが、かなたには違う意味で捉えられてしまった。

 

「そ、そうじゃなくてかなたちゃんが心配だから!」

 

改めて伝わるように訂正すると、一瞬足が止まりかけるのが見えた。それでも足を止めず、走りながらに答える。

 

「――。まさかお前なんかに心配されるとはね」

 

「そのくらい今のかなたが切羽詰まりすぎなんすよ」

 

「そうかもね。…安心しろ、僕はやられない」

 

強く心の底から答えるかなた。その言葉が嘘偽りなどとは一切思わない。だから、ときのそらはかなたの言う通りココについて行くことに決めた。

 

「トワを見つけたら連絡する」

 

「りょーかい。すぐに向かうよ」

 

そうして話が終えると、ココとかなたが左右の反対方向へ走り始めた。

 

「…連絡って?それにトワちゃんの位置を見つけるのもかなり苦労するんじゃ…」

 

大袈裟に例えるなら、この天国の真逆の端同士にいた場合、連絡することもすぐに向かうことも不可能だろう。

 

「そこは問題ないですねぇ」

 

「え?」

 

「こんな事もあろうかと「輝竜の鱗石」を持ってきたっす」

 

懐から取り出したものは、ときのそらが1度見た事のある綺麗な宝石だった。

 

「これ…」

 

いつかのParallelで見たものと同じだとすぐに気付く。

 

「これは1度だけ強制的に輝龍の力を使えるんすよ。私自身の能力が封じられてもこの鱗石の能力は封じられてないっすからね」

 

そう言い、ココが足を止め周囲を見渡している。

 

「…どうしたの?」

 

「近くで誰か戦ってますね。もしかしたらトワたちかも」

 

そう言いココがある方向へと走りだす。

ときのそらは全く気配なんてものを感じないが、ココの進む方向へついて行くように一緒に走りだした。

 

「――見えた!」

 

しばらく進んだ先、そこにあった光景は――

 

「…中々手強いわね」

 

「連携で倒す方が良いだろう」

 

「…っ」

 

――トワと、それを囲う4人の姿が見えたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…っ!あの二人…」

 

4人のうち、1人はついさっき対峙したバケモノ使いの男。そして、残りの内の2人にも見覚えがあった。

元のMAINで出くわした、ときのそらを殺す一歩手前の攻撃を仕掛けてきた大柄の男と、[透明化]使いの男だった。

 

「…トワちゃん!」

 

片足をつき、体力を消耗してるであろうトワに近づく。

4対1の中、耐えていたトワの実力を改めて実感した。

 

「…ココ!そらちゃんも!」

 

2人が戻ってきたことに対して、喜びと不安が重なり合う。

 

「…離れてて。こいつらかなり強いから」

 

「大丈夫っす!1度限り、制限時間10分で能力使えますよ」

 

ココがそう言い「輝竜の鱗石」を取り出す。

 

「かなたちゃんがこの状況を突破する人物を連れてくるまでの時間稼ぎだよ!今地獄でカリオペさんが幼龍と一対一をしているから!」

 

急がないといけないことをトワにも伝える。

 

「幼龍と…!?…まぁカリオペは死なないだろうけど地獄が崩壊する危険性もあるか」

 

「私たち2人で4人倒せれば楽っすけど保険でかなたとその仲間がやって来るっす。そしたらトワは地獄へ行ってください」

 

「了解」

 

話がまとまり、トワの横にココが並び立つ。

 

「…能力使えないんでしょあの秘龍の擬人化ちゃん」

 

1人、初めて見る女性がこちらを見据えてくる。

 

「間違いなく例の武器で能力封じをかけた。問題ない」

 

「じゃああんたと私であの秘龍やるわよ」

 

女性とバケモノ使いがココの方へ走り出してくる。

それと同時、大柄の男と[透明化]の男がトワと戦うことになった。

 

「やられんなよ!」

 

「当たり前っす。…「輝竜の鱗石」発動!」

 

ココが力強く鱗石を握りしめて、砕いた。その瞬間、鱗石から溢れ出した光のオーラがココの身を纏い、能力の底力が上昇する。

姿形は人のままだが、力の総量で言えば竜化したときとほとんど差異はない。

 

「…急に跳ね上がってるけど!?ホントに封じたの!?」

 

「さっきの石の力か…っ![化物扱]!」

 

目の前にバケモノが生み出され、それがココへ襲いかかる。

 

「――『神光』」

 

「――ァァ!?」

 

「きゃ!?」

 

バケモノを前に放たれた攻撃。容易く飲み込まれたバケモノは光の中へ姿を消し、それだけで威力は止まらずに後ろの2人をも飲み込んでいった。

 

「…す、すごい」

 

今までの攻撃とは桁が違うことに驚く。そして、ココは光に飲まれた2人が地面に倒れているのを見て、トドメをさそうとする。

 

〈――[狂愛]〉

 

「っ!?」

 

ふと響き渡る声。それが発した言葉――それは倒れた2人に向けられたもので。

 

「…ァァ!」

 

「ッ!!」

 

先程までとは全くの別人のようなオーラを放ち、その場に立ち上がったのだ。

 

「…ァァ!」

 

「っ!」

 

速さや威力も段違いに強くなっており、2対1ということも相まってややココが守り多めとなってきた。

 

「…!あのもや…」

 

そんな2人に集中して見ると、体に黒いもやがかかっているのが見えた。

――まるで最後の世界で戦った輝龍にかかっていた能力の様な。

 

「…じゃあ!」

 

あの段階で輝龍は幼龍に操られていたということが分かり、謎が1つ解けた気がした。

だが、それが分かった所で今の状況は何も変わらない。

 

「頑張って…ココちゃん!」

 

応援しか出来ないことがここまで辛いこととは思いもしなかった。

そうしてココの戦いの方が進むと同時、トワの方にも動きがあった。

 

「――『魔眼』」

 

身体能力を向上させるトワ。向かってくる2人に対しカウンターを狙っているようだ。

 

「行くぞ」

 

「――[透明化]」

 

男の能力が発動する。2人が目の前から急に姿を消したことによって、トワの反応が遅れた。

 

「…『フルバースト』!」

 

横からトワに向かい両手を向ける。その先から凄まじいオーラの砲撃がトワに向かって放たれた。

姿を見失ったトワは、砲撃が放たれるまでその存在に気が付かなかった。

そのため、振り向いた瞬間には目の前まで攻撃が迫っており――

 

「…うっ!?」

 

「トワちゃん!!」

 

――かわすことができずに直撃してしまったのだ。

 

「…かっ…ぁ」

 

横たわるトワが口の端から血の塊を吐き出す。目の前を向けば、消える男が短剣を向けて距離を詰めて来ているのが分かる。

動こうにもダメージによる影響で間に合わないだろう。

そんなトワに躊躇なく飛び込んできた男がその短剣で腹を突き刺そうと――

 

「――っ!!」

 

「いけぇ!」

 

「…っ!?」

 

――不意に聞こえる声。それが、ココやときのそらとは違う声で――

 

「…何やられてんだよトワ」

 

「――かなた」

 

間一髪の所でかなたと謎の少女がトワを助けたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…っ!ハクちゃん!」

 

ときのそらがやって来た2人をみて声を上げる。

片方はかなた、そしてもう片方がかなたが連れてくると言っていた人物。

まさかそれが、このParallelのきっかけの1人でもあった、最初に出会った少女――ハクだったとは思いもせず、ときのそらは驚きつつも嬉しさでいっぱいだった。

 

「ハク?そらちゃん知り合いなの?」

 

「あっ…いや、あだ名で呼んだだけ」

 

この世界線においてはハクと出会うのは初めてだ。かなたが不思議がるのも無理はない。当の本人であるハクはそもそもハクと呼ばれていることに興味が無いのだろうか。

 

「…えっと、かなたちゃんの右腕?…な、名前は…」

 

ときのそらは知っている。ハクは自分の名前を覚えていないと。だが、かなたなら分かるのかもしれない。そう期待を込めてかなたに聞くと――

 

「…この子は七詩ムメイ。能力の副作用で記憶と脳の結びつけに異常があるみたいだけどね」

 

「七詩ムメイ…」

 

改めてハクの名前を聞き、口の中で反芻する。

 

「…ムメイ、敵はあの変なオーラまとってる2人とこっちの男2人。――時間が惜しいから出し惜しみは無しだ」

 

「うん。分かった」

 

かなたの指示を受け、ムメイが一歩前へ出る。

ココの方は意外にもココがやや優勢を保ちながらの攻防戦を繰り広げているため、先にトワの相手2人を倒すことに決めたようだ。

 

「――[鏡花]…『◾️◾️◾️』!」

 

ムメイが目の前に手をかざし、何かを呟く。

その瞬間、手から砲撃が放たれ、勢い良く2人の男へ向かって伸びてゆく。

 

「なっ!?これっ…」

 

「ちっ…能力使え――」

 

咄嗟に[透明化]を使えばかわせただろうか。だが、相方の能力を完全模倣されたことに驚き、判断が遅れる。

2人を巻き込み、そのまま後ろの岩壁へと激突し、大きな爆発音をたてたのだ。

 

「…すごい」

 

改めてムメイの使う能力に驚いている。ときのそらの中での見解は「コピー」だと思っているが、恐らくほぼ合っているだろう。

 

「…かなた」

 

トワからすればかなたが助けに来たのが意外だったのだろうか、少し動揺しているのが分かる。

そんなトワを他所に、4人の敵を見つめ、未だ能力が使えないでいるかなたは笑みを浮かべ高らかに宣言した。

 

「意見が合っただけだ。――さぁ、反撃しようぜ」



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▶9「重なる世界」

――――――強大な攻撃を受けるも、やられずに立ち上がった。そのまま、トワとムメイを相手に勝負を仕掛ける。

かなたの指示の元、次々に攻撃を繰り出すムメイ。トワが相手していた2人に、余裕がなくなってくるのが目に見えて分かる。

 

「あいつ何なんすか!?」

 

自分と同じ[透明化]を使用してくる少女に苛立ちを隠せないでいる。そのためか動きが単調になり、ムメイやトワの攻撃に当たる回数が増えてきた。

 

「落ち着け、模倣の能力だ。どのようにして模倣してるか分かれば対処できる」

 

「…ちっ!」

 

「…『黒魔渦』!」

 

「…避けろ!っ!」

 

トワの右手から放たれた黒いオーラが2人に向かって伸びていく。咄嗟に[透明化]によってギリギリかわすことができるが、もう1人の大柄な男は逃れられず、四肢を拘束されてしまう。

 

「ムメイ!」

 

トワの呼び声に反応し、ムメイが拘束されている男に意識を向ける。

 

「…俺の技は体のどこからでも出せるんだよ!『フルバースト』!」

 

四肢を拘束されてなお、口から再び砲撃をトワに向かって放った。

そんなトワの前にムメイが降り立ち、トワに触れると――

 

「…『透明化』!」

 

ムメイとトワの姿が一瞬にして消えて居なくなった。

 

「…っ!?」

 

「大丈夫っすか!」

 

[透明化]で消えていた男が目の前から居なくなった2人の隙を見て、男の拘束を解こうとしている。

 

「…!やめろ!離れるんだ!」

 

だが、拘束されている男が違和感に気づき声を荒らげる。

 

「今のはお前と同じ戦法だ!後ろ――」

 

後ろを取られている。そう伝えようとする前に事が起きた。

 

「っ![闇淵源]――『閃黒魔砲』!」

 

「――『フルバースト』!」

 

トワとムメイによる渾身の一撃が2人を襲う。反応した時にはすでに手遅れとなり、地形を吹き飛ばす火力で2人に直撃した。

 

「…ぁ」

 

「――ここまでか」

 

そのまま2つの砲撃に身を飲まれ、跡形もなく消し飛んでしまったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

トワとムメイ側の勝負に決着がついた頃、ココ側でも変化が訪れた。

 

「…っ!」

 

「ココちゃん!」

 

「輝竜の鱗石」による効果が切れてしまう。動き自体はあまり変わらないものの、攻撃がほとんど通らなくなってしまった。

 

「ァァ!」

 

「おりゃ!」

 

「かなた!?」

 

死角からの攻撃。対処できないと悟ったココだったが、その間に割り込むようにかなたが代わりに防いでくれる。

 

「…この男が能力封じたやつだよね!?」

 

「そうっすよ!」

 

直撃すれば即死と言ってもいいレベルの打撃を、2人で協力してかわし、防御している。

2人の連携の高さから、古くからの付き合いが真実だと分かるだろう。

 

「…『◾️◾️◾️』」

 

かなたとココを狙う敵のうち、能力封じを使用していた男の背後に突如としてムメイが現れる。

そのまま力強く横腹に蹴りを入れ、男は大きく横方向へと吹き飛ばされた。

 

「サンキュー!」

 

助けてもらったかなたが礼を言い、もう片方の女へと視線を向ける。

 

「…ウッ!」

 

勢い良く飛んでくる女の攻撃をかわし、反撃のパンチをいれる。だが素の力だけでは到底敵わない。

 

「ココ!…『魔恵付与』!」

 

自身の力の一部を与える技。突っ込んでくる女を正面から受け止めたココ。トワの支援能力のおかげで互角以上となった。

 

「…すごい!かなたちゃんにも…」

 

付与すれば3対1で勝てるのではないか。そう考えるときのそらにトワが少し目を伏せながら――

 

「…天使は悪魔の力が使えない。逆もそうだ」

 

――かなたに力が渡せないと言われ、ときのそらは歯をくいしばる。

このまま2対1でも勝てるのではないかと思うが油断はできない。

男の方をムメイが1人で相手しているおかげで動きやすくなっているのだ。ムメイの力が途絶える前にこちらを早く終わらせないといけない。

 

「…なのに!」

 

いつになってもときのそらの謎の力は現れない。

どうすればできるのか、何もかも分からずに能力を使おうと必死になっている。

 

「…おりゃあ!」

 

必死に、能力が使えないままでもかなたが戦う。

かなたに振りかざされる攻撃はトワが代わりに防いでいた。

 

「礼なんて言わねえぞ」

 

「分かってる!…ココ!」

 

「…っ!」

 

相手の攻撃を受け止めると同時、攻撃に使われたその腕をトワが掴まえる。

がら空きとなったその背中にココが恩恵により付与された力で思い切り殴り飛ばしたのだ。

 

「…ァァ!?」

 

大きく吹き飛び、地面へと激突した女は動かなくなった。

 

「…倒した?」

 

そう思うのもつかの間、謎の黒いもやが濃く輝き、再び女が立ち上がり攻撃を仕掛けてくる。

 

「…っ!これじゃあ埒があかねえ!」

 

3対1とは言え、体力が消耗しているように思えない女を相手にしていては少しずつ不利になっていく。

 

「…!ココ!」

 

その一瞬の出来事だった。

不意を突かれたココが女の攻撃を力強く叩き込まれ、そのまま地面に倒れ動けなくなってしまった。

 

「ココちゃんっ!!」

 

ときのそらが駆け寄り、その体を抱き起こす。死んではいないが大きなダメージにより気を失っているようだった。

 

「…っ!」

 

1人離脱により更に劣勢となっていく。能力が使えないかなたはもちろん戦闘員として機能はあまりせず、トワと女の一対一となる。

トワもかなり体力を消耗しているためか、動きが少しずつ鈍くなっていってる。

 

「…トワ!後ろだ!」

 

「っ!?」

 

女の動きに追いつけず、後ろを振り返った際にはすでに攻撃の構えに移行していた。

 

「――っ!トワちゃんっ!」

 

ときのそらも必死に叫び、そしてその瞬間を見たくないと目を逸らした。

――数秒経った後、トワの声が聞こえないことに気づき恐る恐る目を見開いてトワの方に視線を移す。

そこには――

 

「…っ!ムメイちゃん!」

 

――女の攻撃を受け止めるムメイの姿があったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

ムメイが手助けに入る。それが意味するのは――

 

「…っ!?」

 

男の体が内側から爆ぜたかのように見るも無惨な姿となって横たわっていたのだ。

 

「…ぁ。戻ってきた!」

 

男の死を認識したと同時、かなたが内側から溢れてくる力に気づき、先程までの曇っていた表情が一転、笑みを浮かべて女を見据えた。

 

「…くらえ!『天拳』!」

 

女に向かって拳を突き出す。その形を維持した光の弾が女へ向かって飛んで行った。

 

「ッ――ッ!?」

 

それを受け止めようと両手を広げるが、接触した瞬間、攻撃の有り得ないほどの大きな圧力に押しつぶされ、その勢いのまま壁に叩きつけられた。

 

「トワ!ムメイ!一気に行くぞ!」

 

そのままかなたは女へと向かって突っ込んでいく。その傍ら、トワが最後の力を振り絞って能力により女を拘束する。それと同時にムメイも同じようにトワと協力して女を拘束した。

暴れ回るが、拘束を抜け出すより先にかなたが懐へと迫った。

 

「…っ!『天破轟裂』!!」

 

凄まじい拳が女の腹に直撃する。その瞬間、大きな爆発音とも呼べる破裂が女の体の内側から響き渡り、背後の壁にさらに押しつぶされ、そのまま崩れ落ちたのだ。

 

「お…終わったの?」

 

ときのそらが弱々しく言葉にし、そして周りからの反応を見れば答えが見えてくる。

 

「…良かった…っ!」

 

膝から崩れ落ちるほどときのそらにとっても緊張する一戦となった。

しかし、これで全てが解決した訳では無いことに表情が険しいままだ。

 

「ここから地獄へ戻らないと!」

 

ココが気絶、かなたとトワは体力をかなり消耗している状態。

戻っても戦力として数えられるのはムメイくらいになるだろう。

 

「…早く行くぞ」

 

そう地獄へ行くことを促したのは、誰も予想していなかったかなただった。

かなたの発言にトワが目を見開く。そんなトワを見てかなたが続けて言葉を投げかける。

 

「最後まで付き合うって言ったろ…ったく」

 

少し照れながらか、顔を逸らしてゲートを作り出した。

 

「…ふふっ。サンキュ」

 

時間もあまりないため、回復する暇なく5人で再びゲートを通過したのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

たった数十分。だが、相手は秘龍の1匹。それと一対一などという傍から見れば無謀とも言える戦いが地獄では繰り広げられている。

今更間に合うのか、不安に思うときのそらは地獄へ降り立った瞬間周りを見渡してカリオペの位置を探す。

そして、ときのそらの目に映ったものは――

 

「!…カリオペさんっ!」

 

「…間に合いましたね…」

 

戦いを続けている幼龍とカリオペの姿があった。

驚くべきことは、あの幼龍と戦い続けていてもカリオペの体に疲れが見えないことだ。

 

「…カリオペも本気でやっててくれたみたいだな」

 

「カリオペさんの本気…」

 

トワの呟きを聞き、改めてカリオペの方を見る。

特別何かをしているようには見えないことに首を傾げるときのそらを見て、トワが説明をする。

 

「カリオペの特殊能力の応用だ。…何にせよあの状態のカリオペは死ぬことは無い。手助けに行くぞ」

 

カリオペの元へ駆け寄ろうとするトワ。だが、その足がふらつき始め、前へ倒れそうになる。

 

「…らしくねぇじゃんか」

 

「…っ、かなた…」

 

そんなトワの体を支えたのは、かなただった。お互い体力を消耗し、今にも倒れそうなところを耐えている。

 

「ココはそらちゃんに任せた。…そらちゃんならきっと大丈夫だから」

 

後ろを向けば、ココを背負ってときのそらが岩陰に身を潜めている。

力が発揮されない身としては懸命な判断だ。

 

「…トワも一緒に身を潜めるぞ。このまま戦ったら無駄死にだ」

 

「…カリオペだけに任せるのか?」

 

「んな訳ないだろ。…僕の右腕を舐めてもらったら困るよ」

 

そんなかなたが不気味な笑みを浮かべたところで、2人の上を通過し戦闘に加入したものがいる。

 

「…頑張って、ムメイちゃん…!」

 

未だ攻防を繰り広げるカリオペと幼龍。その間に無謀にも混ざったムメイに一瞬驚くカリオペだが、次の行動に目を奪われる。

 

「――『◾️◾️◾️』!」

 

幼龍に向かって両手を突き出す、瞬間凄まじい光の砲撃が放たれた。

 

「…『フルバースト』だ…まだ使えたんだ!」

 

すでに倒された者の力を使い、幼龍に重い一撃を叩き込んだ。

 

〈――生意気ガ…!〉

 

ふらつく幼龍を見て、隣に着地したムメイに振り向き直した。

 

「あの時の…。あなたがかなたさんの右腕でしたか」

 

「…?よく分かんないけど手伝う」

 

「ふふ。Thankyou」

 

再び距離を詰めてくる幼龍。それを横目にカリオペが一呼吸置き――

 

「作戦があります。手伝ってください」

 

ムメイに対してそう告げたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

幼龍の攻撃をかわしながらら何か2人で会話をしている。

ときのそらは、その光景をただ見守ることしかできないでいる。

 

「…2人で戦ってもほぼ互角…」

 

カリオペ1人の時に比べて攻撃する回数が増えてはいるが、それでも決定打を与える隙がない。

 

「…っ」

 

もしときのそらの力が使えていれば。そう思ってしまうのも無理は無いだろう。

 

「…せめてトワちゃんとかなたちゃんの体力が戻れば…」

 

2人加勢すれば更に優位になれるだろうと思っている。最初の2人の雰囲気は悪かったが、共通の敵と戦い続けた結果、今では些細なことによる仲間割れが無くなっている。

 

「…何か」

 

あと一押し、2人を協力させる何かがあれば変わるだろう。

 

「…ちっ。じっとしてるのも何だか癪だな」

 

「とは言ってもさっきの戦いで力を使いすぎてる。トワたちが行っても助けになるかどうか…」

 

「…」

 

かなたが何か言いたそうな顔でトワを見つめる。視線に気づいたトワも、何を言いたいのか分かっている様子だ。

 

「やるか?――恩恵付与」

 

かなたが口にしたセリフ。恩恵付与とは聞いたことがないが、少し前にトワとした会話。

それから2人だけが持つ特別な力を思い出せば察することができる。

 

「でもトワちゃんさっき…」

 

天使は悪魔の力が使えないと言っていた。そしてその逆も。

 

「正確には違う。…天使と悪魔同士、お互いを信頼すれば使える業があるって言い伝えられている。昔の奴らはできてたのも居たみたいだけど…」

 

「なんだよ、僕が悪いって?…誤解があったってことにしてくれよ。――これが終わったら話聞くからさ」

 

トワとかなたの間で何があったのか、ときのそらには知る由もない。

だが、それでもついさっきまでの2人より明らかに関係が良くなっているということは、ときのそらでも充分に分かる。

――2人が意を決した、その時だ。

 

「――っ」

 

「っ、ムメイ!?」

 

吹き飛ばされた人物がすぐ傍らに転がってきた。幼龍の力によって弾き飛ばされたムメイだった。

 

「…カリオペさんは…っ!?」

 

ときのそらがカリオペの方を見れば、岩に叩きつけられ口の端から血を垂らしているのが見えた。

 

「…くっ!トワ!すぐにやるぞ!」

 

急激に力を発揮した幼龍に焦り、かなたが今すぐにでも恩恵付与をしようとトワへ近づく。だが――

 

「…かなたっ!」

 

「…うっ!?」

 

幼龍の尻尾によるなぎ払いで、かなたが後方へ吹き飛ばされる。咄嗟にガードをしていたようで、致命傷は避けている。

 

「…カリオペさん…!」

 

幼龍の気がトワとかなたに向いた隙にカリオペの近くへとやって来たときのそら。

 

「私は大丈夫…」

 

「でも…」

 

「…話があります。このままでは2人が力を発揮する前にやられてしまう」

 

不意に、カリオペが放った言葉。

 

「…え。それって…」

 

「――Parallelが変わりました。同じ時間で、幼龍のもう1つの要因による災害が起きました。その結果、幼龍の力が跳ね上がった…」

 

淡々と述べられる出来事。頭で認識するよりも次々と言葉が連ねられる。

一瞬でパンクしそうになったときのそらに、カリオペは一呼吸入れてから分かりやすく簡潔に言い放った。

 

「――その要因となる幼龍の手下を排除してきてください。…頼みます」

 

言われた瞬間、目の前が急激に白く染まり気を失ってしまった。

直前まで、カリオペのときのそらを――私を見つめる瞳がただ私を逃がそうとした訳では無い、私に全てを委ねた決意ある眼をしていたことだけは覚えていた。

そして気がつけば――

 

「――」

 

夢でも何でもない、新たな地に足をつけて意識が覚醒したのだ。



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▶10「吟遊詩人」

――――――時は、ときのそらとココがAZKiと一緒に時空を渡り、Parallel World ROVINAの世界へと向かった瞬間へ遡る。

 

「2人とも準備できてる?」

 

ロボ子さんが声をかける2人とは、現白銀騎士団団長ノエルと、海賊という名ばかりの居候をするマリンの事だ。

 

「まさか国王に隠し子が居たとは…」

 

ときのそらにも言ったように、この後ノエルとマリンは一度王国へ戻らなければいけなかった。

その理由の1つとして、今まさに言った、国王の側近にも当たる騎士団団長のノエルですら知らなかった「国王の隠し子」についてだ。

マリンが戻る理由とは特にないが、王国に居候している身としてノエルに同行することを決めたのだ。

 

「なんでも、その隠し子さん?が作った国が今危険に晒されているって話だよね」

 

マリンの言葉にノエルが頷く。

 

「今回はボクの出る幕じゃないから余計なことは言わないけど、無理はしないでね?」

 

「大丈夫!安心して待っててね」

 

ロボ子さんからの言葉を受け止め、ノエルとマリンは王国へ向かうべく、舟に乗って進み始めたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…というわけで、ここから更に北へ向かい山を超えた先に我が娘が持つ国が存在してる」

 

国王の元へ着いたばかりですぐに説明を受けた。メインとして舟漕ぎをしたのはマリンのため、疲れた様子を見せながら話を聞いている。

 

「…それで、今その国が危ないと」

 

「そうだ。娘からは心配要らないだのうるさいだの言われるがワシも心配だ。そこで是非ノエル団長殿に現地へ向かって欲しいのだ」

 

「…分かりました。すぐに行ってきます」

 

ノエルは立ち上がり、未だ座っているマリンを無理やり立ち上がらせ、この場を去っていく。

 

「ふ、2人で大丈夫なのか?」

 

「心配いりません。すぐに終わらせてきますから」

 

やや早歩きで王室を出ていくノエル。違和感を持ったマリンだが、深く言及せずに後をついて外に出ていった。

 

「こちらをどうぞ…団長殿」

 

外へ出れば待機していた1人の騎士が1台の馬車を用意して出迎えてくれた。

 

「ありがとう。マリン早く乗って」

 

「はーい」

 

荷台に乗り込み、ノエルが手綱を握って早々に出発したのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…ここまで来れば良いか」

 

ある程度王国から離れた所でノエルがそう呟く。そして次の瞬間には――

 

「なぁにが我が娘だこらぁぁ!」

 

「の、ノエルさん…?」

 

ノエルの豹変ぶりに思わず敬語を使ってしまう。

 

「娘1人で国を立ち上げた?それでそのまま放任?アホかあの国王!!」

 

「の、ノエルさん…?」

 

「だいたい危険な目に会うかもしれないってまだ危険じゃないんだろ!?だったら王国に戻せば良いだろうがぁ!」

 

ノエルの不機嫌の正体。それは国王の娘に対する、甘やかしすぎてるのか厳しいのかよく分からない態度にあった。

 

「全く!どうせ娘の言葉に何も言えないだけのくせして」

 

「ノエルさーん時と場合を考えて発言してるとしてもそれ以上は可哀想なのでやめましょう」

 

荷台に乗っていたマリンだが、横を伝ってノエルの横へと腰掛けた。

 

「これから行く国ってなんていうとこなんです?」

 

「…私もあまり覚えてないんだけど、昔はそんなに大きな…国って言える程でもなかった気がするよ」

 

そこが今では国王の娘が統治をした事で、大きな国へと発展したのだろう。

 

「――おーい助けてくれぇぇ」

 

「ん?」

 

ふと背後の方で微かに叫び声が聞こえた。2人とも気づいたらしく、ノエルは一度馬車を止め、マリンが地面に降りて後ろを振り返る。

 

「あれ?なんか声が聞こえた気がするんだけど」

 

「うん、団長も聞こえたよ?」

 

声は聞こえたものの、その声を出した本人と思わしき人物がどこにも見当たらなかった。

 

「気のせいかな」

 

「まぁとりあえず進もう。早く馬車に乗って」

 

不思議に思いつつもマリンが乗り直し、再び進もうとした時だ。

 

「待ってぇ!あと少しだから待ってぇ!」

 

また微かに後ろの方から――いや、もっと身近な、マリンのすぐ後ろで声が聞こえた。驚き、振り返ったマリンは更に大きな悲鳴を上げた。

 

「わぁぁ!?犬!?」

 

いつの間にか馬車に乗っていた、通常の犬よりやや小さい、まだ子供のような犬が声を出していたのだ。

 

「えっ…人語を話してる…?」

 

あまりの現実味の無さにノエルまでもが呆気に取られている。

すると今度は、先程何もいなかったはずの道に1人の影とその背後に迫る大きな影が見えた。

 

「っ!?あれってタイラント!?」

 

ノエルが背後に見える大きな影を見てそう言い放つ。

タイラント――別名は暴君と呼ばれ、動く生物に対し常に攻撃を仕掛けるSSランクのバケモノだ。

 

「とりあえず逃げよう!」

 

ノエルが馬車に座り直し、手綱を掴む。

 

「この手をとって!」

 

荷台に乗ったマリンができる限り体を外へと出し、手を伸ばす。

駆け寄ってくる少女が大きく跳躍し、その手を掴むと――

 

「ノエル!」

 

「うん!」

 

勢いよく馬車を走らせ、瞬く間にタイラントから距離を取ったのだ。幸い動きが遅かったため、タイラントの姿は一瞬にして見えなくなった。

 

「はぁ…はぁ…助けてくれてありがとうございます…」

 

マリンと同じく荷台に乗った少女は息を切らしながら礼を言う。

 

「大丈夫だよ。それより君は…?」

 

ノエルが首だけで後ろへ振り返り、少女へ名前を聞く。

 

「角巻わためです!吟遊詩人やってます!」

 

逃げていた時よりも大きな声で、そう自己紹介をしたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

しばらく逃げたあと、馬を休ませるためにも川沿い近くで休憩を取っていた。

 

「逃げながらも北へ向かったおかげでもうすぐだね」

 

ノエルが少し遠くに見える大きな城壁を見てそう呟く。

 

「…2人とも【デセール】に向かうつもりなの?」

 

ノエルの呟きを聞き取り、わためが質問をしてくる。

 

「…その【デセール】って言うのがあそこに建ってる国の名前なの?」

 

「そうです。わためも何回か行ったことあるので分かります!」

 

そう言いつつ、長い間休憩を取ったことから移動しようと考えたわためが立ち上がった途端、顔を顰めながら自分の足首に手をやった。

 

「どうしたんです?」

 

「あ、いえ…邪魔にならないようにと隠していたんですが…追われてる途中、あのバケモノにかすり傷を与えられてしまって」

 

そう言うわための足首を見れば、微かにだが赤く滲んでいるのが分かる。内出血のようなものになっているだろう。

 

「…バケモノから傷…」

 

ふと何かに気づいたノエルが今の言葉を反芻し――

 

「っ!今すぐ逃げよう!あのバケモノ――タイラントは与えた傷を察知する能力がある!」

 

ノエルがそう叫んだと同時、まるでタイミングを計っていたかのように地面の中からタイラントが大きく飛び出してきた。

 

「…ひっ!?」

 

その拍子にわためはその場に倒れ込んでしまう。そこへタイラントが攻撃を仕掛けようと前脚を伸ばしてきた。

 

「…っ![マリンアンカー]!」

 

マリンが武器を取り出しその前脚めがけて投げ飛ばす。

 

「なっ!?」

 

だが、前脚に突き刺さるも深く入らず、その前脚を振り回し武器を弾き飛ばした。そのまま武器と一緒にマリンも飛ばされ、木に激突し姿勢が崩れてしまう。

 

「…!マリンさんっ!」

 

わためを無視し、タイラントがマリンへと標的を変えた。その口から青白い熱線を放ち、マリンめがけて飛んでいく。

 

「…まずい!」

 

ノエルも熱線の速さを見て間に合わないと息を飲む。

だが、わためが背負っていたリュックの中にある1つの道具を取り出し――

 

「…っ!!『シープホープ』!」

 

――次の瞬間には、マリンの目の前に大きく、そして分厚い綿毛が盾となり熱線を防いだのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…ナイスですわためさん!」

 

起き上がり再び反撃に出るマリン。それに呼吸を合わせて連携を取るノエル。

――そして、戦闘要員とは思われなかったわためを含む3人でタイラントを迎え撃った。

 

「…その武器…」

 

「はい!吟遊詩人として使っている道具でもあります!名は[全自動演奏ハープ]です!」

 

わためは自分が持つハープを掲げてそう答える。そして、そのままハープに手を添え詠唱の構えを取る。

 

「…動物さんたちの力を借りる!『フレンドシップ』!」

 

そのままハープから演奏が流れ、周囲にいた小さな虫や鳥、少し大きめでタイラントを睨んでいた犬等が一斉に淡い光に包み込まれ、次の瞬間には――

 

「…やっつけるよ!」

 

わための声に呼応しタイラントに飛びかかったのだ。

 

「…さっきワンコをあなたたちの馬車に近づけたのもこの能力です」

 

「なるほど、サポートとしてかなり強いね」

 

わための使役した生き物たちによって思うように動けないでいるタイラント。

ノエルが気を溜め始め、タイラントが完全にこちらから生き物に意識を向けた瞬間、大きく跳躍した。

 

「…わためさん!離れてください!」

 

「…分かりました!」

 

マリンの指示を受け、生き物たちもタイラントから遠ざけさせ、自分自身もマリンに手を引かれて逃げる。

 

「――『メテオドライブ』!!」

 

ノエルの渾身の大技。空から落ちる隕石の如く、無数の光がタイラントを襲う。

 

「――ァァァ!!」

 

大きな叫び声と煙を上げて、タイラントはその場に崩れ落ちたのだ。

 

「…倒した?」

 

物陰に隠れ爆発を耐え忍んだマリンとわため。マリンが顔を出しノエルの方を見る。

 

「…手応えはあったから――っ!?」

 

倒しただろうと思ったノエル。それもつかの間、倒れたタイラントが勢いよく立ち上がり、そのままノエルのいる地面を抉りとった。

 

「…っ!」

 

「ノエル!」

 

バランスを崩し、地面と一緒に宙へ飛ばされたノエル。身動きが上手く取れない宙に浮くノエルめがけて、タイラントが再び熱線を放出した。

 

「…やば」

 

助けも間に合わない中、ノエルがその熱線に飲み込まれ、すぐ横を流れている川へと突き落とされたのだ。

 

「…嘘」

 

わためがその一部始終を眺め、膝からその場に崩れ落ちてしまう。

たかが数十分共にしただけ。だが、それでもわための心に来るものが無いわけではない。

 

「…立ってください。ノエルはあんな程度じゃ死にません!」

 

だが、そのわためよりも長い時を一緒にしているマリンは深く落ち込むどころか、前を向き立ち上がろうとする。

 

「…マリンさん」

 

「ノエルを信じてやってください。船長たちは船長たちのやる事がある!…絶対にこいつを倒すぞ!」

 

マリンの強い鼓舞を受け、わためもがむしゃらに立ち上がりハープを手に取った。

 

「…よし、いっちょやりますか!」

 

マリンが手にした[マリンアンカー]をタイラントめがけて投げ飛ばす。

 

「だけども!今度は違う!…[深淵乖離]!」

 

再び受け止めようとしたタイラントの目の前で大きな渦が浮かび上がり、マリンの放った武器の先端はその渦の中へと消えていった。

 

「…ガァァ!?」

 

そしてタイラントの死角となる位置に新たな渦が浮かび上がると、そこから武器の先端が飛び出てきてタイラントに命中したのだ。

 

「よし!このまま押せば…」

 

そう思うマリンだったが、2度目の攻撃にすぐ対応し死角からの攻撃でさえもタイラントは直前で避けきってみせた。

 

「…うっ!」

 

その反撃に口から熱の塊のような弾を放出する。上手く避けながらマリンもタイラントに対抗する。

 

「…うっ、マリンさん…!」

 

わためも、足の怪我など忘れるくらいに全力でタイラントに攻撃を仕掛けている。だがマリン程の威力を出せないのか、タイラントには見向きもされない。

 

「くっ、このままじゃ…」

 

マリンのサポートができない。一方的に狙われるマリンは体力の消耗が激しく、今にも倒れてしまいそうだった。

 

「っ!わための全力を出す…!」

 

さっき会ったばかりの関係だから――そんな事を思う人は強くなれない。「吟遊詩人」だからこそ、その時その時に出会った人とは大切な関係を持ち続ける必要があるのだから。

 

「うおおおお!」

 

気力を溜め込み、タイラントの足元めがけて走っていく。

 

「…!わためさんっ!?」

 

そのわための様子を見て驚くマリン。だが、タイラントからの攻撃を避けるので精一杯。反撃する隙はあってもわための元に駆け寄る隙はない。

 

「うおお!つのドリルー!!」

 

わための頭から生える、可愛らしく巻いてある2本の角。それが神々しく光ると、そのままタイラントにめがけて突っ込んだ。

 

「――ァァァ!?」

 

大きな爆発音を立て、初めてわための攻撃にダメージを負わされたタイラントがバランスを崩し再び倒れ込んだのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…わ、わためさん今のは?」

 

地面に座るわために駆け寄ったマリン。その手を取ってわためを立ち上がらせる。

 

「…えへへ。わための全力をぶつけました!」

 

そう言いながらタイラントの方を見る。今度こそ倒れたのか、動き出す気配がなかった。

 

「…ありがとうわためさん」

 

「こちらこそ助けてくれてありがとうございます!」

 

タイラントを倒したことで気が緩む2人。だが、それだけで今回の件は片付いていない。

 

「…この川に流されてる可能性ありますね。ノエル泳げないですし」

 

余計な一言を付け加えるマリンだが、川にしては流れが速く、ノエルが流されていると考えても無理はない。

 

「…運がいいのか悪いのか、この川の流れる先が目的地ですね」

 

これから向かおうとしていた場所【デセール】。生憎と川の先に位置しているため遠回りにならないのが救いだ。

 

「…それじゃわためさん。ここは危険だから早く逃げておきなよ?」

 

わためを助けたことでマリンも気分が良いのか、先程の死闘で起きた被害をわためのせいにしようとしないでいた。

そのまま歩き出すマリンだが、わためが後ろから声をかける。

 

「…あ、あの!…わためもついて行って良いですか?」

 

「えっ」

 

マリンからすれば思わぬ誘いだっただろう。

だがわための目を見ればそれが冗談で言ってものとは思えない。

 

「…あなたたちとも仲良く、大切な存在になりたいんです!それに、ノエルさんを助けなきゃ行けないですもんね?」

 

「…そうですね。それではもう少しわためさんの力を借りることにします」

 

2人並んで、ノエルを探すために川沿いを進んで行ったのだ。

 



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▶11「バケモノと成り果てた者」

――――――川沿いを歩くこと数十分。遠くに見えていた城壁は、今ではすぐ間近に見えている。

 

「この城壁はここの姫様が住んでるお城で、【デセール】の中心に建ってるんだよ」

 

歩きながらわためが説明をする。【デセール】には何度か訪れているらしく、思っていたよりも詳しく語っている。

 

「…そういえばさっき自分のこと船長?って言ってたけど…」

 

「あー、実はですね…」

 

道中、くだらない会話を交わしながら、ゆっくりと進んでいく。

 

「着いたね」

 

「うん。あの川、【デセール】の中に続いていたのか。知らなかったなぁ」

 

いつしか敬語も柔らかくなり、親しい間柄の会話となった。お互い仲良くなれたことは嬉しく思っているが、やはりノエルの姿が見つからないことに少しずつ焦りが生まれる。

 

「…それに、なんだかいつもより違う雰囲気がある」

 

「いつもより違う?どんな感じなの?」

 

「普段はここまで殺気立ってないよ。…何かに襲われてる?」

 

そう考えるわため。そして、その言葉を聞き国王に言われた事を思い返すマリン。

 

「…なるほど、危険な目に会ってるっていう状況…かなりマズイですね。ノエルを探さなきゃいけないし、姫様のところにも行かないといけない」

 

どちらも最優先事項であり、そのどちらをより先に行くかを迷ってしまうマリン。 そんなマリンの背後に人影の様なものが突如現れ――

 

「…マリンちゃん!」

 

「…うおっ――っ!?」

 

強烈な攻撃を後ろから叩き込まれ、軽く飛ばされて地面に倒されてしまう。

 

「…人じゃない、これは…バケモノ?」

 

人の様な形をしているが、一回り大きく、何より体をバケモノ特有のオーラで覆い隠され顔が見えないでいる。

 

「…っ!『シープホープ』!」

 

マリンに攻撃を仕掛けた人型バケモノがわために標的を変えるが、わための技により足元を綿毛で覆われ、身動きを封じられた。

人型バケモノが動けない隙を狙って、わためがマリンの元へ近づき手を貸した。

 

「ここで暴れるのはやめときましょ!まずはルーナを見つけるのを優先しよ!」

 

「…うん」

 

聞き覚えのない単語が出てきたが、わための言う通り今この謎の敵と戦っている場合じゃない。

素直に指示に従い、城壁に囲まれる国の中でもずば抜けて大きい城の入口を目指して走っていった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

目の前に大きな門のような入口を見つける。

 

「大抵こういうのって門番とかいる気がするんですが…」

 

周りをキョロキョロと見渡すが、門番らしき人物はどこにもいない。

 

「…っ!あれ!」

 

わためが何かに気づき指を指す。マリンがすぐに反応し指の向く方向へ目を向ければ――

 

「もしかして門番!?」

 

2人の鎧を身にまとった、まるで騎士のような人物が草陰に隠れて倒れているのを見つける。

 

「…っ!これは…」

 

その騎士を見つけた直後、気がつけばマリンとわためは先程襲ってきた人型バケモノのようなモノ数十体に囲まれてしまっていた。

 

「…ど、どうしよう…」

 

幸い城の入口が近いため、急いで走れば入れると思う。

しかし、それでは今度は逆にこの国の人達に敵対されてしまう恐れがある。

 

「…き、きたぁ!?」

 

一斉に人型バケモノが攻めよってきた。

マリンも自分の持つ武器[マリンアンカー]を手にし迎え撃とうとする。その時だった。

 

「――んなぁぁ!」

 

「…っ!?」

 

謎の声と共に空から1人の少女が地へと降りてきた。そして――

 

「――『ハートサーキュレーション』!」

 

その場で小柄な少女が持つとは思えないような、大剣を振り回した。周囲にピンク色のリングのようなオーラが放出され、触れた人型バケモノは次々に爆発を起こしながら吹き飛ばされたのだ。

 

「…す、すごい…」

 

自分よりも2つほど年下に見える少女は、その見た目に反してかなりの実力を持っていた。

 

「…あんたらは敵じゃなさそうのらね」

 

その少女がこちらへ振り向くと、少し印象に残る語尾をつけながら話し始める。ふと、わための方へ向くと一瞬目を見開いた。

 

「おっ、わためちゃなのら!久しぶりなのら〜」

 

「久しぶりだねルーナ!」

 

2人は知り合いのようで先程までのやり合いが嘘のように思えてくる。

 

「…あれ、わための知り合いってことはつまり…」

 

2度目となる単語の響き、それを聞きマリンの中での仮説が1つ立つ。そして、それはすぐ直後に事実となった。

 

「あなたは初めましてなのらね。姫森ルーナなのら〜。この国のお姫様なのら〜」

 

そう言って、マリンとノエルがやって来ることとなった目的の人物が目の前に現れたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

城の中に案内されたマリンとわため。姫の部屋と呼ばれる、ルーナの使用する部屋へと入ると、ルーナが改めてマリンとわためを見つめた。

 

「わためちゃは何しに来たのら?」

 

「道中バケモノに襲われてる時にマリンちゃんに助けてもらったんだよ。だけどお仲間のもう1人が戦いの中で川に落ちて流されてしまって…」

 

「その川がここに繋がっていたという訳です」

 

わための説明に付け足すマリン。話を聞き、ルーナが分かったように頷く。

 

「つまりそのお仲間さんを探すためやって来たわけなのらね。わためちゃはいつも通りのお人好しが出たのらね〜」

 

「そのおかげで色んな人と仲良くなれるんだよ。この前だってフレアちゃんとかフブキちゃんとか…」

 

「え!?フレアと知り合いなの?」

 

「マリンちゃんもフレアちゃんと知り合いなんだ!」

 

「話ずれてるのら!」

 

意外な共通点を見つけ盛り上がる2人を見てルーナがため息を付き、可愛らしい声で怒っているかのように声を出した。

 

「まぁ理由は分かったのら。で、マリンちゃ?はなんでこの付近にいたのら?初めて見る顔なのら」

 

当然の疑問点にたどり着くルーナ。少し誤魔化すこともできるが、マリンは隠さず話すことを決める。

 

「国王から…つまりは、あなたの父親から任務としてやって来ました」

 

「うげぇ、パパの仕業なのらか!…可愛い子を送ればルーナの気が変わるとでも思ってるのらか?」

 

可愛いと言われ一瞬反応するマリンだが今はそれどころでは無い。

父親とはいえ国王に対する態度から、相当嫌がっているのが分かる。

 

「まぁでも、入っちまったもんはしょうがねえのら」

 

「ん?入っちゃった?」

 

「ここの現状は何となく分かったと思うのら。つまり、一度入ったらこの戦争が終わるまで出れないのらよ。出ようとすれば即殺されるのら」

 

「なんて物騒な!?」

 

とんでもないところに足を踏み入れてしまったなと後悔するマリン。だが、そんな後悔もすでに手遅れだ。

 

「というか…もうすでに戦争が始まってたんだね」

 

早めの行動をしたことが唯一の救いだろう。たどり着いてから、ルーナが居ませんでしたでは話にならない。

 

「もう1人のお仲間さんは、川に流されてここへ来たのらよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

「だったらその川の行先は分かるのら。ここに流れる川は1つだけなのらから」

 

そう言い、ルーナはその小さな体で扉へと歩き始める。

 

「ん?どこへ行くんです?」

 

「何言ってるのら。お仲間を探しに行くんじゃねえのらか?とは言っても戦争は始まってんのら。――敵の主将を討ち取るのら」

 

そう言って外へと出ていってしまう。

 

「…ちょ!?姫様直々に!?わため!すぐに後追うぞ!」

 

「う、うん!」

 

慌ただしく、2人もルーナの後を追って城の外に向かったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

ルーナが身につけている武器は細く伸びた剣のようだった。

 

「…剣を扱うのか」

 

「まぁ色々あるのらよ…とりあえず川の流れ着く先に向かうのら」

 

異彩な空気を放っていた国【デセール】の中、森のようになっている地形を進んでいく。

 

「それにしても戦争…してるんだよね?」

 

「そうなのらよ?」

 

「…何も変わってない…気のせいか?」

 

マリンが不思議に思うこと。――それは戦争が起きていると言っているのにも関わらず、地形が――もっと言うならこの国の中の至る所に、なくてはならない「戦闘の跡」と言うものが全く見つからないこと。

音は色々な所から聞こえるため疑ってはいないが、何かと違和感を感じていた。

 

「…もうすぐでつくのらよ」

 

ルーナの言葉で気を引きしめる2人。木々を掻き分け、現れる光景は――

 

「…ァァ!」

 

「うおっ!?」

 

唐突に何者かの攻撃が飛んでくる。ルーナは直前でかわし、マリンはわためを抱き上げながら横へと回避した。

 

「ありがとっ」

 

「…今のは?」

 

「敵が使役しているバケモノなのら」

 

「っ!?使役!?」

 

本来、バケモノが人の言葉を聞くことなどない。それに加え、人の持つ[特殊能力]でさえもバケモノに対する強制効果は存在していない。

その上で、バケモノが使役されていると。

 

「よーくかわしたな。褒めてやるよ」

 

バケモノが飛んできた方向から1人の男が歩いて近寄ってくる。

 

「…なんだ、可愛いおこちゃま1人と女2人か。この国の長はどこだよ全く…」

 

べらべらと語る男に対し、ルーナが剣を構える。

 

「おいおい…やる気?」

 

「襲ってきた以上見過ごせねえのら」

 

「そうかよ。――[使役]…『タイラント』!」

 

男が能力を発動し、手から形代のようなものを投げ飛ばす。瞬間、その形代が破れ、中からバケモノが――

 

「…なっ!?」

 

――そう、先程マリンたちを襲ったSSランクのバケモノ「タイラント」と同じ見た目をしたモノが現れたのだ。

 

「…はっ!通常のタイラントと同じ強さだと思うなよ」

 

強く乱暴に言葉を重ねる男。その隣に立つタイラントがルーナめがけて襲いかかった。

 

「…っ!ルーナ!」

 

マリンが叫ぶ中、ルーナはその細い鞘から剣を抜き取り――

 

「――[姫ノ国]…『戦姫』!」

 

瞬間、周囲にピンク色の光が膨れ上がる。数秒も経たない内に光は解け、ルーナの方を見ると、そこにいたルーナは光に呑まれる前と姿が変化していたのだ。

 

「…な、なにそれ」

 

マリンも想像しなかったことなのか、ルーナの見た目に驚きを隠せない。

先程まで腰付近まであった長い髪の毛は、今では肩の上まで短くなっている。

更には、細くリーチもそこまでないに等しかった剣が大剣のように長くなっている。ルーナの見た目では持つのが難しそうに見えるも、それを片手で軽く振りかざしているのが分かる。

 

「…はっ!見た目が変わったから何だってんだ!」

 

ルーナの変貌を見てもバケモノは止まらない。その勢いのままルーナの頭を噛みちぎろうとして――

 

「――甘いのら」

 

横に一振り。ルーナの顔に届く前にバケモノはその体を真っ二つに斬られ倒れてしまったのだ。

 

「――っ!?」

 

その光景を目の当たりにした男は表情を曇らせる。

 

「…ばかな…っ!まさか…お前がこの国の――」

 

「消えるのらよ」

 

男が何かに気づいた時、すでにルーナは男に接近し、その頭と胴を繋ぐ首を容易く斬り裂いた。

 

「ふぅ…危ねぇのら」

 

ルーナを光が包み込み、光が解けると同時、ルーナの姿が元に戻っていた。

 

「ありがとう!助かったよ」

 

「いいのらよ」

 

「…強いんだね。わざわざ心配する事でも無かったのか」

 

「そうのらよ。全くパパはしつこいのらからね。さあて、早くお仲間を見つけるのら」

 

再び、ノエルを探すべく目的地に足を運ぶのだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――そして、目的地周辺で探すこと10分。

 

「…見つかんねえのらぁ」

 

流れ着いた先で、ある程度歩き回ると想定した中の範囲で尚且つ人が行ける場所を隈無く探すが、ノエルの姿はどこにも見当たらなかった。

 

「…それどころか足跡も何もない」

 

少しぬかるんでいる地面。川で濡れた靴で歩けば尚更足跡がつくだろう。だが、その足跡すらどこにも見当たらない。

 

「ルーナ、ホントにこの辺に繋がってるの?」

 

わためも色々な場所を探しながらルーナに問いかける。

 

「そうのらよ。あの川はこの貯水池に繋がってるのら」

 

そう言うが周囲に人らしき気配を感じない。

 

「早い段階でどこかへ向かったか、そもそもここにたどり着いてないとか?」

 

「マリンちゃの考えが合ってるかもなのら。強いて言うなら、あの川からは一本道でここに来るから早い段階でどっかへ行った可能性が高いのらよ」

 

そうなれば入れ違っている可能性も出てくる。

早々にノエルを見つけるため、3人でこの場所を離れ別の場所を探すことに決める。

――そう思った時だった。空から激しい紫色の光がこの国の至る所に落ちてきた。

 

「…っ!?」

 

激しい爆発音を立て、至る所で煙が舞い上がる。

 

「なになに!?」

 

「ルーナ!」

 

「分かってるのら…!絶対許さないのら!」

 

再び『戦姫』を発動し、光が落ちてきた中で最も集中していた場所――つまり、姫の城に向かって走り出した。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…っ!」

 

城へ戻るなり目にした光景は、至る所で血溜まりの上で倒れているルーナの騎士たちだった。

 

「…酷い…っ」

 

わためもその様子を見て激しく動揺する。

――それでも、城、道、木――国の中に建築された物が何一つ壊れていないことに再びマリンが違和感を感じる。

 

「――はっ!おれの影を良く倒したものだ。だが、遅かったようだな」

 

ふと城の上から聞こえてくる声。目を向ければ、ついさっきルーナが一振りで倒したはずの男が立っていた。そしてその背後には仲間と思わしき人物が4人いる。

 

「…あれは偽物…っ!」

 

「…はぁ…ここの長を見つけたし話は早い。――やるぞ」

 

男の命令で4人の仲間が地上へと降りてくる。そしてそのままルーナに襲いかかってきたのだ。

 

「まずい!援護しなきゃ…!」

 

マリンが慌てて武器を手に取る。だがそれよりも早く4人がルーナを囲った。

 

「――姫様!」

 

少し遠いところから聞こえる声。そのまま1本の矢が4人の内の1人に命中する。

 

「ちっ…!まだ騎士さん居たんかよ」

 

「…っ!皆っ!」

 

ルーナも声の方を振り向き、国の中でも遠い位置にいた騎士たちがやってきたことに驚いている。

 

「…隙ありだっ!」

 

1人の女がルーナの視線が逸れた瞬間に攻撃を仕掛ける。

 

「っ!」

 

「…ぐっ!?」

 

だがすぐに反応したルーナが大剣で返り討ちにする。

 

「――お前たち…許さないのら!」

 

「…はっ!これからお前らが見るのは――地獄さ」

 

未だ城の上に立つ男。その男が掌を空へ向けると、詠唱を始めた。それは――

 

〈――[狂愛]〉

 

「――っ!?」

 

――ふと空から響き渡る謎の声。それは城の上に立つ男に向けられたもので。

 

「…ァァァ!!」

 

「な…何なのら…」

 

ルーナでさえも驚愕する程に、男の溢れ出る力がみるみる増していく。

――まさしく、バケモノに成り果てた者となった。



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▶12「絶望の淵」

――――――凄まじい殺気。それを目の当たりにして、初めてルーナが一歩、後方へと足を動かした。

 

「――まずはその騎士からだ」

 

殺気を纏う男が、城の頂上から一瞬にして地へと降りる。

それに反応することができなかったルーナが身構えるも、そのルーナを通り過ぎる。男が狙ったのは言葉通り――

 

「ぐわぁぁ!?」

 

「がはっ!」

 

ルーナを助けるため応援に駆けつけた騎士たちだった。

 

「っ!皆っ!?」

 

反撃を取ろうとするも掠りもせず、たった1人の男によってやって来た騎士が次々に殺されていく。

 

「っ!この――」

 

「おっと!」

 

ルーナが男へ攻撃しようとするが、その男の手下4人に道を塞がれてしまう。

 

「邪魔なのら!」

 

「っ!」

 

その大剣で大きく横に薙ぎ払うが、手下の男の1人が体ごとそれを受け止める。

 

「甘いわよお嬢ちゃん!」

 

「ぐっ…!」

 

大剣を受け止められたことによる無防備な体に、手下の女の1人が強烈な蹴りを入れる。

大剣を持ったままルーナは後方へ飛ばされ倒れてしまう。

 

「ルーナ!船長たちも…」

 

「おっと!お前らは俺らが相手するぜ」

 

マリンとわための前には、ルーナの前に立ちはだかっていた手下の内の残り2人が立っていた。

 

「悪いですけど消えてもらいます![深淵乖離]!」

 

マリンが能力を発動する。マリンの少し手前の地面に渦ができると、そのまま2人目掛けて渦の中から鎖が2本飛び出して襲いかかる。

 

「ふっ!」

 

狙われる2人、その片方は身軽な動きで鎖を避けていく。

 

「甘いぜ!『業火』!」

 

もう片方は能力を使い、鎖に対抗してくる。手のひらを真っ直ぐに伸ばし、そこから炎の渦が放たれる。

鎖に直撃した瞬間にその炎は燃え移り、鎖を伝ってマリンへと飛んできた。

 

「マリンちゃんっ!『シープホープ』!」

 

わための能力によりマリンの前へ壁が展開される。炎を完全に受け止めるが壁は燃え尽きてしまい、一瞬にして壊れてしまう。

だが、その時間のおかげでマリンが次の行動を取る猶予が生まれた。

 

「――『壊落激流』!」

 

「なっ!?」

 

目の前に創られた渦。それを囮として、2人の頭上にも渦が生み出されていたのだ。

渦の中から激しい波が2人を襲い、地面を抉るほどの威力で流れ出ていた。

 

「すごい…!」

 

「足止めくらいにはなってるはず!今のうちにルーナを――」

 

「――だから甘いと言ってんだ!『業火』!」

 

激流の中から聞こえる声。一瞬にしてマリンの目の前へ迫ったそれを回避する術はなかった。

 

「っ!?――ぐわぁっ!?」

 

「マリンちゃん!?」

 

目の前で敵の攻撃に直撃したマリンが倒れてしまう。未だ体を炎がまとっていて近づくことが出来ないでいる。

 

「…そんなっ」

 

もう片方の敵は激流によりかなりの負傷をしたのだろう。地面に倒れて動けずにいた。

だがもう1人の男はそれを耐え、マリンに反撃を取ったのだ。そしてそのままわための元へと近づいてくる。

 

「へっ…その女は終いだぜ。丸焦げになるだろうよ」

 

未だ体に炎が燃え広がっているマリンを横目に、わためはその男を睨みつける。

 

「おうおう。お前に何が出来る?」

 

「っ…!」

 

わための専門は戦闘ではない。更に戦闘では味方のサポートが主になってくる。

当然この男に太刀打ちできないのだ。

 

「おりゃあ!」

 

「っ!…くっ!」

 

横から飛んでくる謎の人物。その攻撃を避け、炎の男は後ろへと距離を空けた。

 

「…ルーナっ!」

 

「ちっ…あの二人は何して――」

 

他2人が相手をしていたはずのルーナ。それが自分へと攻撃をしてきたことにイラつきつつ、炎の男は2人の手下の方を見て目を見開いた。

――2人共地面に倒れ、動かなくなっていたのだ。そして、それをした人物は相手をしていたルーナ。

 

「…なんだお前は…っ!」

 

見た目に反して謎の力を持つルーナに恐怖を感じたか、先程まで戦っていたマリンとわためから、ルーナに攻撃対象を切り替えた。

 

「ふっ!――『プリンセス・スラッシュ』!」

 

男の放つ炎ごと、男に向かって大剣を斬り上げる。その大剣からピンク色のオーラが斬撃の軌跡を辿って真っ直ぐに飛ばされる。

炎を真っ二つに斬り、そのまま男を斬り付けた。

 

「――っ!?」

 

男の体に当たった瞬間爆発し、後ろへと飛ばされた。

そのまま男は倒れ、動けなくなる。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…ルーナっ」

 

「大丈夫なのら!?…マリンちゃは!?」

 

倒れているマリンの姿を見て、ルーナは駆け寄ろうとするが一歩、その足を止める。

 

「…っ、わためちゃはマリンちゃを!」

 

「ルーナはっ!?」

 

「――ルーナイト達が戦ってるのら。あのバケモノを倒してくる!」

 

ルーナの道を塞いだ手下たちは全員倒れている。あのバケモノと成った男までの道を邪魔する者が居なくなった今、ルーナイト達がやられる前に助けに向かったのだ。

 

「…マリンちゃん!」

 

わためはルーナに言われた通り、マリンの元へと駆け寄った。体を燃やす炎は鎮火したものの、体の至る所に火傷の跡が残り、息もまともにできていない状態だ。

 

「かはっ…はっ…ぁ…」

 

「やばいやばい!何とかしないと…っ!」

 

だが、わためは回復系統の能力は使えない。周りにいる騎士たちもやられている側のため、助けてもらうことは叶わない。

――このままでは、マリンが命を。

 

「…っ!!」

 

最悪の事態を考えるだけ無駄だと、脳裏にちらついた未来を払拭する。

と、その時だ。ふと大きな音が聞こえ、次の瞬間には誰かが鈍い音を立ててこちらへと飛ばされてきた。

 

「っ!ルーナっ!!」

 

それは他の誰でもない、バケモノの男に挑んだルーナだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

応援に駆けつけた騎士たちは皆、あのバケモノの男にやられてしまった。

その事実が酷くわためを恐怖へと追い込む。

 

「…残りはお前だけか」

 

バケモノの男が残るわためを見てそう呟く。一歩、ゆっくりとこちらへと近づく。

何とか攻撃をしようと思うわためだが、体が思うように動かないのだ。

 

「何も怯えることは無い。お前もすぐにその女たちと同じとこへ行けるさ」

 

こちらへ真っ直ぐと手を伸ばす。淡く、黒いオーラが手のひらに集まりだし、黒い球体が浮かび上がった。

 

「――もっと楽しみたかったぜ」

 

そう言って、わために向かってそれを飛ばしてきた。

 

「っ!!『シープホープ』っ!」

 

すぐ傍らに置いたハープを手に取り、何とか防壁を作り出す。

だが、そんな防壁もすぐに飛ばされわための目の前まで迫り――

 

「――っ!…っ、あ、あれ?」

 

直撃すると思い目を瞑るが、一向にその事実が訪れない。恐る恐る目を開け目の前を見て、また別の意味で驚く。

そこにいたのは――

 

「…っ、ルーナっ!」

 

――先程吹き飛ばされ、命を落としたと思われたルーナだったのだ。

いつの間にかルーナの目の前に家の壁のような大きな土の塊が現れ、バケモノの男の攻撃を防いだ。

 

「…確かに死んだはず。どういう事だ?」

 

だが男の問いかけには答えず、ルーナは静かに地面に手を添える。そして――

 

「…っ!」

 

「なっ…」

 

あっという間にルーナを中心に土の城が形成され、その城の中にルーナ、わため、マリンが入り、外側に男が取り残される。

城の形になった土の塊は、次第に色や素材が変化していき、やがて本物の城へと変貌を遂げたのだった。

 

「えっ…えっ」

 

目の前で起きた事態を理解出来ず、わためはかなり混乱してしまう。

 

「…はぁ…一旦立て直すのら…」

 

そう言い、ルーナがわための隣までやって来る。

 

「…ルーナ、これは…?」

 

それに聞きたいのはそれだけではない。それを悟ったかのように、ルーナが包み隠さず話してくれる。

 

「ルーナの能力は[姫ノ国]。この国の中は全てルーナの能力で造られてるのら。だから自由に城を造ったりできるのらよ」

 

「…すごい」

 

「それだけじゃないのら。ルーナの見た目が戻ってることを気にしてるのらね。さっきの一撃のことも」

 

「うん。…確かにあの男が言うように、あの攻撃を受けてルーナが生きてるとは…」

 

「…技の1つ、『戦姫』の効果なのら。…発動中なら、死に至る攻撃も耐えるのら」

 

「…えっ、すごっ!?」

 

「でも代わりに能力が解けてしばらく使えないのら。つまり今またくらえば今度こそ死ぬ…あいつにバレる訳にはいかないのら」

 

元の、腰まで伸びた長い髪を揺らしながらルーナがそう言う。再び『戦姫』を使えるようになるまでの時間稼ぎも込めたのだろう。

 

「それと、何とかマリンちゃを助けねえとなのら」

 

「でもどうしよう…わためは回復は…」

 

「それなら大丈夫なのら。この城を造るときに、一緒に回復薬も作っといたのら」

 

そう言い、部屋の隅へと走っていき棚を勢いよく開ける。その中にあった小さな袋を持ってマリンの元へと戻ってきた。

 

「…これで」

 

回復薬をマリンに飲ませる。最初は少しむせたものの、次第に呼吸が安定してきているのが見える。

 

「すごい…!」

 

「これで何とか…ただ出血までは止められないのら。今はそこまで激しく流れ出てないけど時間の問題ではあるのら」

 

少しは落ち着いたが、いつ効果が切れるか分からない。それまでに決着をつけなければいけないのだ。

 

「…ルーナもあと少しで再発動できるのら」

 

それまで何事もなくこの城の中で身を隠していたい。

 

「――やっと見つけたぜ」

 

「…」

 

だが、そう簡単に上手く行くはずもないのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

広く、それでいて複雑な造りをしている城の中を2人は、正確には背負われたマリンを含む3人は逃げ回っていた。

 

「はぁ…はぁ…っ!『シープホープ』!」

 

マリンを背負う役目を果たしているのはわためだ。背負いながらも武器を取り出し、逃げてきた道を塞ぐように能力を使用する。

これでほんの僅かでも足止めになればいいが。

 

「――おらおらどうしたよ!さっきまでの威勢はどこへいった!?」

 

すぐ後を追ってくるバケモノの男はわための壁をものともせずにやって来る。

離れるどころか少しずつ距離が近づいてきている。

 

「もう少しの辛抱なのらっ!」

 

ルーナの後を追い、迷宮と化している城の中を進んでいく。あとどれくらいで能力が使えるようになるのか。

それを知るのはルーナだけのため、ルーナを信じるしかない。

 

「…きゃっ!?」

 

「わためちゃ!?」

 

だが、不覚にも男の飛ばした攻撃が城の内部にぶつかったことによる反射でわための足元に着弾した。

バランスが崩れわためはマリンを背負ったままその場に倒れ込んでしまったのだ。

 

「――追いかけっこは終わりだぜ」

 

今更ルーナ1人で逃げることはできない。かと言って、わためはもう逃げることは叶わないだろう。

 

「これで終わりだ…」

 

「――『解除』!」

 

「――っ!?」

 

ルーナが床に手をつき放った言葉。次の瞬間、かなりの逃げる時間を稼いでくれた城が、まるで無かったかのようにこの場から消えてなくなったのだ。

――そう、2階に立っていたルーナたち4人を宙に残して。

それはつまり――

 

「…っ!…『シープホープ』!」

 

落ちる4人。だが咄嗟にわためが能力で、床につく前にクッションの役目を果たした壁を生成する事によって、3人は受け止められた。

 

「…っ!」

 

男はそのまま地面へと落下する。対してダメージは期待できないが、一瞬の隙が生まれる。

 

「…きた!いくさ――」

 

ルーナの能力のインターバルがついに終わり、再発動しようとした、その時だ。

 

「――ルーナぁ!!」

 

バケモノの男が落ちた地面から、真っ直ぐに伸びる黒い影がルーナの胸を貫いていた。

 

「…くっ!?」

 

「――甘いんだよ。こんなんで俺が隙を見せるとでも?」

 

黒い影が男の元へと戻り、ルーナは大量の血を流しながらそのまま地面に倒れる。

 

「…やめ…て…」

 

わためがルーナ側へと歩き、膝から崩れ落ちる。その傍らではマリンが倒れたままだ。

もうすでに、バケモノの男に対抗する能力者は残っていない。

 

「…やめる?今更か?ふっ…それは無理な事だ」

 

バケモノの男がこちらに手のひらを突き出してくる。再び、黒い球体のようなオーラが浮かび上がっている。

 

「――終わりだ」

 

何度目になるだろうか、バケモノの男がそう口にした時だ。

 

「――見つけた」

 

「…っ!?」

 

空から降りてくる3つの人影が薄らと見える。

 

「…次から次へと邪魔するなぁ!」

 

男はルーナたちに目掛けて放とうとした攻撃を、横に降り立った3人に向かって撃ち出した。

 

「――『リフレクト』」

 

3人の内の1人が、その手に持つ長い得物で飛んでくる球を突き刺した。すると、まるで壁に当たってバウンドしたかのようにそのまま男の方へと跳ね返っていった。

 

「…っ!?」

 

急なカウンターに反応が遅れるものの、ギリギリのところで自分の攻撃を回避した。

 

「…ぁ」

 

やって来た3人を見て、わためが1人の人物に心当たりがあった。

 

「…色々ごめんねわためちゃん。…ここからは任せて」

 

「…ノエルさん…っ!」

 

――そう、その1人とは行方をくらましていたノエルだったのだ。再会できた事に喜びを隠せない。だが、そのまま感情に出すには状況が似つかわしくない。

それにノエルだけではなく、他に2人もいる。

 

「a〜…やっちゃっていーの?」

 

「うん。2人ともお願いね。…あなたがわためちゃんだね。ルーナちゃんとマリンちゃんと一緒に頑張ったんだね」

 

3人の中で唯一武器を持っていない1人がこちらへと近づいてくる。

ノエルと一緒にいることから敵ではないことは明白だ。

ただ先の言葉で気になるところがあった。

――この子はルーナと知り合いなのだろうか?

 

「えっと、あなたは…?」

 

この場で聞くのは違ったかもしれない。それでも素直に疑問を口に出してしまった。

それに対して少女は――

 

「――大丈夫。この世界もちゃんと救うから」

 

――と、わためには理解しきれない言葉を発したのだった。



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▶13「サメとの出会い」

――――――意識が覚醒した瞬間、最初に見えたもの、それは――

 

「…お城?」

 

自然の豊かな土地の中から見える、一際大きな城だった。ピンクの屋根に白い外装と、どう考えても人工物だ。なぜお城があるのかは後で考えることにして、ここへ来たのには理由がある。

 

「…幼龍の、もうひとつの要因」

 

Parallelを飛ばされる寸前、カリオペが放った言葉だった。

あのままでは、あそこの世界を救うことが出来ないという。その原因となっているのが、幼龍による別の世界での被害だ。

 

「…つまりあの時点でもう被害が起きていたってことか」

 

その時から何分、何時間前に飛ばされたのか分からないが悠長にしていられないことは分かる。

 

「…幼龍の能力が影響してるはず。――自分の力を与えるだけじゃなく、与えた人物から力を得ることもできる」

 

これは、ときのそらが立てた予想だった。正確には、力を与える能力は見たため確定だが、人物から力を得ることに関しては分からない。

ただ、最初にココから聞いた「成長を操る」という単語の意味から、間違った予想では無いだろうとも思っている。

 

「だったらここで起こした幼龍の要因を打ち消せばあっちの世界での幼龍が強くなることはない…はず!」

 

少し最後が弱々しいがすぐに行動に移すべき。城が見える位置に転移したことからも無関係とは思えない。

だからこそときのそらは足早に城へ向かって進んでいった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

しばらく歩くと、城目前までやってくる。

 

「…壁」

 

だが近づくと城の周囲を囲うように壁が立っていた。そこまで高くはないが、人が越えるのは難しい高さだ。

 

「…あれ、声?」

 

何やら壁の反対側の声が薄らと聞こえてくる。良くないこととは分かってるが、仕方なく壁に耳を当てて音を探る。

 

「――姫!このままじゃ…っ!」

 

「…やるしかないのら、何としてもこの国を守るのら!」

 

「…ルーナ姫っ!すでに東から攻撃を――」

 

どうやら動きながらの会話だったらしく、途中までしか聞けなかった。

 

「…だけど何となく分かった気がする」

 

この国を襲う者。それが幼龍のもう1つの要因なのではないかと考える。つまり、この国が滅ぼされてしまえば、あの未来に繋がってしまうと。

 

「…ルーナ姫」

 

姫ということからこの国で1番偉いのだろう。最初の目的は姫に接触して協力して敵を倒す――

 

「あれ、これ今接触したら逆に疑われる?」

 

今の状況を考え、自分の行動は逆効果になるのではと思う。

 

「…でも待ってられない!」

 

逆効果と思いつつも信念を曲げず、ルーナと呼ばれた姫に会うためにこの壁の反対側へ抜けられる場所を探して壁沿いを走っていった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

走り回ること数分、正しい道ではないものの、壁の反対側に進む道を見つけ、そこを通り中へと入っていった。

 

「…壁の中にも森林地帯あるんだ…」

 

景色があまり変わらなかったことに対するショックだが、足は止められない。

と、走り始めたところふと視界の端に映ったものがある。

 

「…池?にしては結構広い…」

 

何やらこの場に似つかわしくない池がある。そう思い立ち止まると、その池の付近に人の姿が見えた。

 

「…」

 

さっきの会話のルーナ姫にとって、敵なのか味方なのか。それを確認しようと思い、危険は承知の上でその人物に近づいていく。すると――

 

「…わっ!?」

 

「えっ!?」

 

見えていた人物の傍らにもう1人、誰かが倒れていたらしく、その人物が起き上がって声を上げる。

驚いて声を出すも、こちらには気付いていない様子。

 

「…というより、あれって…ノエル!?」

 

起き上がった人物が自分の知り合いで二重の意味で驚いた。ノエルはマリンと一緒に王国へ用があると言っていたが、何故ここにいるのか。

 

「…ここが王国に近い場所だったり?」

 

そんな考えをしているが、ノエル側の方で話の発展がある。

 

「…な、目覚めてしまった!?起きていても食べれるかな…」

 

最初に見えていた人物も同じく立ち上がるが、その身長はとても小さい。見た目だけで言えば幼子に感じるが、その人物から溢れる異彩なオーラをときのそらも感じ取っていた。

 

「ちょ待って!団長は食べ物じゃ――」

 

「私は今お腹ぺこぺこ!だから食べます!」

 

食べ物に飢えた目付きをして、その小さな少女がノエルに向かって飛びかかる。

 

「まずい…!」

 

ノエルが負けるとは思っていないが、どっちにしろここでの争いは宜しくない。

今は幼龍のもう1つの要因を無くすためにここへ来ている。

ノエルは貴重な戦力だし、あの少女も他とは違う能力があるように思える。仲間になってもらえるなら嬉しい限りだ。

ここで消耗し合うのは良くないと考え、ときのそらは今にも戦いを始めそうな2人の間に割って入る。

 

「ちょっと待ってぇー!」

 

「えっ!?そらちゃん!?」

 

突然の再会に驚きを隠せない。それも無理はないだろう。ついさっき、ときのそらはParallelへと転移したはずなのだから。

 

「a〜、じゃまものー?」

 

「話を聞いて欲しいの。今ここはとても危険になってるから無駄な争いをしてる場合じゃないの!」

 

「え、危険?」

 

ときのそらの話に言葉を返したのはノエルの方だった。

 

「うんっ、その話は後で詳しく言うね。…とりあえずあなたは誰?」

 

先程からこちらに威嚇をしている少女に、ときのそらは優しく問いかける。

 

「a〜サメです」

 

「…。ん?サメ…?」

 

今の質問に答えてくれたのだろうが、返答が期待していたものと若干ズレており理解するまでに少し時間がかかってしまった。

 

「…被り物、とかじゃなく?」

 

「YESYES.サメです〜」

 

確かに着ている服はサメの形をしたフードがついている、膝上まである長さの服だ。

サメかどうか聞かれたら――

 

「…うーん」

 

――人にしか見えないだろう。それでもとりあえず会話ができていることにホッとしている。

 

「…えっと、サメちゃんはなんでノエルに襲いかかろうとしたの?」

 

単刀直入に聞くのが手っ取り早いと感じストレートに質問をする。

 

「お腹空いてるから!食べようと思った…」

 

「怖っ!?え、ホントにサメ…だったり?」

 

答えがあまりにも人からかけ離れており、流石のときのそらも恐怖を感じてしまう。

 

「…なら、食べ物あげるから代わりに協力して欲しいことがあるの」

 

「え〜疲れるのは嫌です〜」

 

「でも協力してくれないと食事ができなくなっちゃうかもだよ?」

 

「えっ…ホントに?」

 

「ほんと」

 

ときのそらによる言葉に、少しの間頭を悩ませる。

 

「うーん…分かりましたー。手伝います!」

 

「ほんと!?ありがとう!私は時乃 空!よろしくね」

 

協力してくれる事となり、戦力(かどうかはまだ分からないが)が増えて幸先が良い。

このまま、2人を連れてさっきの姫の所へ向かおう。

 

「おーいそらちゃん、団長おいてけぼりなんだがー?」

 

道中でノエルに詳しく説明もしなければいけないと思いつつ、ときのそらは歩き始めた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

思った以上に敷地が広いらしく、目当ての人物が中々見つからない。

 

「…まさか同じ人だったなんてね」

 

と言うのは、ノエルがここへやってきた理由と、ときのそらの目的の人物が同一人物だったからだ。

 

「えっと、サメちゃんって強い?」

 

何気なく隣を歩く少女に声をかける。見た目はかなり小柄だが、背中には三又槍と呼ばれる、槍の先端が3つに別れている――俗に言うトライデントというものを背負っていた。

 

「a〜強いと思う〜」

 

だが肝心の少女は曖昧な返答をするだけ。幼い感じと思えばそれまでだが、今更になって戦闘要員として活躍してくれるのか心配になって来ていた。

 

「まあ心配しなくてもかなり強いと思うよ。さっき対面したときの雰囲気だけど」

 

ノエルが横からそう言うので一応信じてみよう。

 

「そらちゃんの行った世界とここが関係してるって、何か運命みたいだね」

 

ときのそらがここへ来た理由を事細かに説明したことに対するノエルの感想だった。

運命かどうかは分からないが、少なくともルーナも関係者の1人になるのだろうとは思う。

 

「…ルーナ。国王の娘の名前か」

 

ノエルが何度も名前を口に出している。と、その時に不意に大きな音が聞こえた。しかも、すぐ近くでだ。

 

「…っ!」

 

振り返ると、そこには複数の男が立っている。

 

「…こいつらが敵…」

 

ノエルも臨戦態勢へと入る。男たちは何も言わずにこちらへと近づいてくるだけだ。

 

「…こいつらの中には姫は居ないか」

 

「なら殺しても大丈夫だな」

 

「…っ、姫を探してる…」

 

姫を――ルーナを探す男たち。その目的はどう転んでも良い意味には捉えられない。

絶対に会わせては行けないと直感で思った。

 

「…だからここで倒す!」

 

「そうだね!」

 

ときのそらに呼応するかのようにノエルが武器[プラチナメイス]を手に持った。

 

「…ふっ」

 

それに反応してか、敵の1人の男がノエルの目の前へと突っ込んでくる。

 

「おりゃ!」

 

ノエルが目の前の地面へ大きな一撃を叩き込み、土煙を上げる。

 

「目くらましなど効かない」

 

「…っ!」

 

土煙に隠れて男の横へと回ったが、容易く見破られ、男が手に持った剣を突き立ててきた。

咄嗟に武器で防ぐことができたが、その間に他の者に囲まれてしまう。

 

「ノエルっ!…っ!?」

 

「…お前戦えないみたいだな」

 

そんなノエルの元に近づこうとするが、ときのそらの目の前には一際大きな男が立ち塞がる。

 

「くっ…」

 

「まずはお前だ」

 

大きな男がその拳を振り上げてときのそらへと一気に降ろす。距離と速さを考えれば、ときのそらは避けることができないだろう。

 

「そらちゃん!!」

 

「――a.私を無視されるのは、困りますー」

 

「…っ!!」

 

ときのそらへと振り下ろされた拳。だが、それは間に入った小さな少女の持つ武器、トライデントによって軽く防がれた。

 

「サメちゃん!」

 

「そらが居なくなったらご飯無くなるからー助けます!」

 

「…なんだこのガキっ!?」

 

男の拳を振り払うと、咄嗟にトライデントの突きが男の胸に当たる。

その勢いのまま男は吹き飛ばされ地面に倒れてしまう。

 

「…強いっ!」

 

実際に実力を目の当たりにして、その強さに驚く。

それはときのそらだけでなく、ノエルも同じことだった。

 

「すごい…!」

 

「先にこの女騎士からだ!囲むぞ!」

 

ノエルの周囲に居た敵たちが一斉にノエルへ襲いかかる。だが、いつの間に移動したのか、ノエルの前にはサメちゃんが立って待ち構えていたのだ。

 

「いつの間にっ!?」

 

「――『擬似海域』!」

 

サメちゃんの周囲に大きな水の輪が浮かんだと思うと、一瞬にしてそれは収縮し、サメちゃんの全身に水の輪が纏い始めた。

 

「…ぐはっ!?」

 

その勢いのままトライデントでやって来る敵たちを――予想を遥かに超える桁違いの速度で跳ね返していく。

その威力も格段に強く、たった一突きで大きく吹き飛ばされ、胸から血が溢れるほどの力だった。

 

「…ぁ」

 

たった数秒。10秒にも満たないうちに、襲いかかってきた敵全員がサメちゃんによってやられたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

その力を見た今でもその少女の体のどこにそれ程の能力が隠されているのか、全く分からない。

ただ、言えることは一つだけ。

 

「…あの時やり合わなくて良かった」

 

ノエルが零す感想。あそこでやり合ってたら、一体どっちが勝っていたかは分からない。

いや、ノエル本人は分かるだろうがそれはあえて口には出さない。

 

「…すごいよサメちゃん!」

 

恐るべき力を発揮した少女だが、今はこちらの仲間なのだ。怖がるより喜ぶ方が正しい感情表現になるだろう。

 

「えっへん。後でご馳走いっぱい貰います〜」

 

「分かった!これは料理頑張んなきゃ…!」

 

胸を張って誇らしげにする様子は、見た目通り無邪気な少女に見える。

 

「…とりあえずあの出方は待ち構えてたかもね」

 

ノエルも気持ちを切り替えて今の状況を把握しようとしていた。

 

「つまりこの付近?」

 

方向感覚はそれほど鈍くはないと自覚しているが、それでも周りが木々だらけでは道標がない限り相当道に苦労するだろう。

生憎と、最初に姫の声を聞いた箇所にあったような壁が薄らと見えるため何とかなっている様子だ。

 

「あと少し――」

 

「気をつけるです!」

 

あと少しで姫を見つけた場所へ戻れると思ったときだ。サメちゃんが大きな声で2人に呼びかける。その意味は――

 

「…なに!?」

 

ノエルがその声に反応し周りを見渡す。だが、何も異変は起きていない。だからサメちゃんがどうかしたのかと、ときのそらはサメちゃんを見る。

――真っ直ぐ上を見るサメちゃんを。

 

「っ!!ノエルっ!上!」

 

「…っ!?」

 

ときのそらの声に今度こそノエルも異変に気づく。

空から無数に降ってくる紫色の光がその正体だ。この国の至る所に落ちているようで、例外なく、ときのそらたちがいる場所にも複数落ちてくる。

 

「――『リフレクト』!」

 

サメちゃんの持つトライデントが光り輝き出した。そのトライデントを落ちてくる紫色の光に目掛けて突き刺す。

 

「…えっ!?」

 

驚きが思わず声に漏れてしまう。ただ光っただけの槍。だがそれに突き刺された光全てが、降ってきた方向――つまり空に向かって跳ね返って行ったのだ。

 

「す、すごい…!」

 

ときのそらたち周辺に落ちてきた光は1つも落ちることなくそのまま跳ね返っていき、誰もその光に打たれずに済んだ。

 

「あっちの方向、いっぱい落ちてた」

 

サメちゃんが指を差した方向、それは皮肉にもときのそらが向かおうとしていた壁の向こう側――姫がいた場所だった。

 

「っ!もしかして!」

 

姫が狙われたかもしれない。そう思った瞬間、ここにずっといられないと2人に声をかける。

 

「早くあっちに行こう!あそこにきっといる!」

 

目的の人物が無事であることを願いながら、真っ直ぐと姫がいた城――つまり、光が落ちてきた中で最も集中していた場所へと向かって走り出した。



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▶14「決着」

――――――急がなくてはいけない、そう本能が囁いている。だが、体がそれには反応出来ず、足は遅い。間に合わないかもしれない。

それでも全力で走り続ける。そして、もし間に合ったなら――

 

「――見つけた」

 

「…っ!?」

 

ノエルに掴まり、思い切り跳躍して降り立った場所。狙い通り、敵と思わしき黒いオーラを放つものと見知った顔をしている人物を見つけた。

 

「…マリンちゃん…!」

 

一瞬視線をマリンへと向ける。ボロボロの体で目を閉じてるその姿から悪い想像をしてしまう。

だがそれでも、マリンの身を案じるよりも先に敵を倒す方が優先だ。

 

「…色々ごめんねわためちゃん。…ここからは任せて」

 

「…ノエルさん…っ!」

 

マリンの隣に座る少女に、ノエルが優しく声をかける。恐らくこの少女がノエルが言っていたここへ来る途中で出会った吟遊詩人、角巻わためなのだろう。

そして、近くに倒れているもう1人の少女。その少女は知り合いではないが、ときのそらはそれが誰だか一目で分かった。

 

「a〜…やっちゃっていーの?」

 

不意のバケモノの攻撃を跳ね返したサメちゃん。そのまま戦う意思を見せている。

 

「うん。2人ともお願いね。…あなたがわためちゃんだね。ルーナちゃんとマリンちゃんと一緒に頑張ったんだね」

 

相手側の反応からこの少女がわためだと確信できた。

――そして、ルーナ。壁越しの会話の中で薄らと聞こえた、この国の姫様。

その見た目から間違いなくこの少女がルーナ姫のはず。

 

「酷い…」

 

だがその姿はマリン同様、痛々しい見た目をしていた。恐らく必死に戦った証拠なのだろう。

 

「えっと、あなたは…?」

 

わためからそう言葉を投げかけられる。それもそのはず、見知らぬ人物がやって来たと思えば自分の名前を呼ばれているのだ。

不思議に思わない訳がない。だが簡単に説明できるほど単純な話でもないのだ。

それに敵も優しく待ってくれるはずがない。ときのそらは戦えなくても、ときのそらにしか出来ないことがある。

だから答えになっていないかもしれないけれどこう伝えておこう。

 

「――大丈夫。この世界もちゃんと救うから」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――カリオペから託されたもう1つの世界。こことトワたちのいた所は関係ない――とは思えない。

だからここを救えばトワたちも救われる。そんな気がする。

 

「…え?この世界もって…え?」

 

もちろんわためは何を言われたのか理解出来ずにいる。

 

「邪魔をするなァ!」

 

バケモノのような敵が黒い影の手を伸ばしてくる。

 

「…やっつけます!――[海底神域]、『擬似海域』!」

 

「っ!?」

 

サメちゃんが能力を発動する。瞬間、敵だけでなく味方全員が、ノエルとときのそらは一度体験したが、それでもその殺気に気圧された。

 

「何これ…」

 

わためは座ったまま、味方であるはずの力を見ただけなのに足が竦んで動けなくなってしまった。

 

「…それでも俺を越えられるかッ!」

 

無数の影がサメちゃんに集中砲火していく。手に持った武器のトライデントで迎え撃とうとするがさすがに手数が足りないだろう。

 

「『シャークバイト』!」

 

トライデントを前方へ突き出す。その三又に分かれた先から、螺旋状に飛んでいく刃の衝撃波が物凄い破壊力を備えて放たれた。

 

「きゃっ!?」

 

「そらちゃん!」

 

その爆風に思わず吹き飛ばされそうになるがノエルがしっかりと受け止めてくれた。

 

「がァっ!?」

 

無数の影を容易く打ち落とし、その勢いのままバケモノへと直撃した。

 

「…強い」

 

「これなら団長もサポートに回っても大丈夫そうだね」

 

サメちゃんの力を改めて知り、ノエルもマリンとルーナのサポートへと徹した。

 

「とは言っても…」

 

ノエルは癒す系の力を使うことはできない。ただ見守ることしかできないのだ。

かと言ってサメちゃんに混ざれば、あの勢いに巻き込まれる恐れもある。

 

「…ノエルさん」

 

「…大丈夫。わためちゃんのことは団長が守ってあげるから!」

 

何も出来ないならばせめて何かできる人を精一杯守ろう。どんな理由であれノエルがこの場において必要ないなんて事はないのだから。

 

「どうしようノエルちゃん、マリンちゃんとルーナちゃんが…」

 

そんなノエルの元へときのそらが寄ってくる。2人の状態が著しくない。これ以上戦いが長引き、手当てするのが遅れていけば手遅れになるかもしれない。

 

「…っ、せめてるしあかフレアがいれば」

 

「フレアちゃんも回復が?」

 

「使ってないだけで使えるよ」

 

かなり長い間を過ごしているが、それでも未だに知らなかった情報を与えられて驚いてしまった。

 

「どうしよ…わっ!?」

 

悩んでいても時間が過ぎるだけ、そう思っていたノエルたちの近くでいきなり爆発音が聞こえる。

慌てて振り向けばそこには新たな敵と思われる人物が2人現れていた。

 

「嘘っ、まだ敵が!?」

 

わためが驚く様子からすでに残るバケモノだけになっていたみたいだ。

遅れて増援したことに驚いているが、ときのそらはまた別の方向でも危機を感じた。

 

「まずい…!」

 

現れた2人が見ているのはバケモノを追い詰めているサメちゃんの方だった。

バケモノはいつしか攻撃せず守りに徹していた。そんなバケモノにサメちゃんは無数の攻撃を浴びせているが、その背後はがら空き。

 

「…この増援はそこが狙い…っ」

 

意識がバケモノに集中したサメちゃんの背後に強烈な砲撃が放たれた。

 

「…っ!?」

 

「――かかったナ」

 

不意の砲撃音に一瞬背後を見るサメちゃん。もちろん飛んできた砲撃が見えたことから回避、もしくは迎撃体勢に入ろうとしていたはず。

だが、その一瞬の隙を狙ってバケモノがサメちゃんの四肢を無数の影で拘束したのだ。

 

「…間に合ワネェダろ!」

 

一瞬で振りほどくサメちゃんの強さに驚かされるが、それでもそのわずかなタイムロスで砲撃を躱す余裕が消えてしまった。

 

「…サメちゃん!」

 

「a…そら…」

 

直撃する寸前、サメちゃんの体を押して自ら代わりに砲撃の餌食となる。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

前へ倒れたサメちゃんは能力を解除し、ときのそらの姿を探すがどこにも見当たらないでいる。

 

「…当たり前ダ。今の砲撃デ粉々にナッタだろうヨ!」

 

高笑いしながらこちらへ近づいてくるバケモノ。予定していた人物を倒せなかったが、それでも問題ないといった余裕の笑みを浮かべている。

 

「…サメちゃん!そらちゃんは生きてる!だからそいつを先に…っ!」

 

ノエルが下を向いているサメちゃんに声をかけるが、新しく現れた2人がノエルを次の標的にしたのか、勢いよく襲いかかった。

 

「――がはっ」

 

「え…?」

 

そんな2人の体が突然目の前で2つに割れ、ノエルに届く前にその命が尽きてしまう。

何が起きたのか周囲を見渡し、誰がしたことなのか一目で分かった。

 

「…サメ、ちゃん?」

 

先程までのサメちゃんとは様子が違く、その殺気もかなり高まっている。

 

「――今更モウ遅イ!貴様に勝ち目はナイのダ!」

 

バケモノがサメちゃんへと影を伸ばし追い討ちを決めに行く。

 

「…そらは大切な人、だからお前は許さない――『裏海域』」

 

再び能力が発動する。だが、その力の伸びが桁違いに跳ね上がり、一瞬にして伸びてきた影全てが消滅したのだ。

 

「サメちゃん…」

 

あまりの力の伸びに困惑するノエル。先程まで見ていた力よりも強くなっているからだ。

 

「…ドレだけ力が増えるんだコノガキ!舐メンナ!!」

 

ついに痺れを切らしたか、影で打点が得られないと分かると自らの手を刃状に変形させてサメちゃんへと突っ込んできた。

かなりの速度で、気がついた時にはすでにサメちゃんの背後から刃を振り下ろす瞬間になっている。

 

「死ね――ッ!?」

 

かわすことはできないと誰もが思っただろう。だが、バケモノの刃が振り下ろされた時には、すでにサメちゃんはそこにはいなかった。

 

「…『シャークバイト』!」

 

バケモノの頭上から声が響き渡る。即座に反応し上空を見上げるが、その時にはすでにバケモノを囲うように衝撃波が放たれていたのだ。

 

「…ガァ!?」

 

バケモノは為す術なく、その刃の衝撃波に呑まれ大爆発が起こったのだ。

 

「…サメちゃん」

 

ノエルがサメちゃんを見る。異常な程の力の跳ね上がり、それに呼応してか見た目にも変化があった。

髪の毛に入っていた青色のメッシュが赤く変化しており、瞳も真紅に染まっていた。

 

「…カァ…ッ!?」

 

何とか生き延びたものの、桁違いに膨れ上がった力を正面から受けたバケモノの体はボロボロとなっていた。

体勢を立て直そうと前を見れば、すでに目前にまで迫っていたサメちゃんの強烈な打撃が複数飛んできていた。

 

「…すごい」

 

わためもノエルも、その力を見て驚きを隠せないでいる。

数分間、無数の打撃が繰り出され、やがてバケモノはその場に倒れ伏して動かなくなったのだ。

 

「…終わった?」

 

ノエルがゆっくりとサメちゃんの方へと近づいていく。

 

「…まだだ!」

 

「っ!?」

 

ふと発せられたわための声。それに反応し、ノエルはすぐに倒れたはずのバケモノの方を見る。

再びバケモノの体にまとわりついている黒いオーラが勢いよく放たれたのだ。

 

「しぶとい…!」

 

サメちゃんの姿が元に戻っていることから先程の力は発揮されないだろう。

あまり通用しないとは分かっていてもノエルは武器を構え、臨戦態勢に入った。

 

「――え?」

 

だが、そんなノエルとサメちゃんの前を横切りバケモノに向かう見たことの無い少女が現れる。

急な登場に驚いてしまうが、1人だけその少女に反応した人物がいる。

 

「あれ…フブキちゃん!?」

 

わためがその姿を見てそう叫ぶが、少女は反応せずバケモノへと一直線に向かっていく。

 

「――[口寄せ《エンチャント》]…『槌ノ型《ギガトンハンマー》』!!」

 

周りがその少女に意識を持っていかれる中、視線を気にせず手に取った大きなハンマーで、そのバケモノを思い切り叩き潰したのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「これは…」

 

ノエルの零した声、それに応えるかのようにハンマーに叩き潰されたバケモノがみるみるうちに浄化されていき、やがて灰になって散っていったのだ。

 

「え…フブキちゃんだよねぇ?」

 

わためが恐る恐る現れた少女に声をかける。すると声に反応し少し肩を跳ね上げてから振り返り、声の主に目を合わせる。

 

「えー!わためちゃん!?どうしてここにいるの!?」

 

声をかけられた少女――フブキがわために驚き、声を上げた。

 

「いやいやこっちのセリフだよ!フブキちゃん前に遠くへ出かけるって…」

 

「あー…それはですね。その遠くへ出かける「指令」の事で、ここに用があったんですよ」

 

詳しい話が分からないノエルとサメちゃんは2人の会話を黙って聞いていた。

 

「…そら」

 

「ん?今そらって…人の名前かな?あっちに寝転んでる子だったり?」

 

「…え?」

 

フブキの言葉にノエルとサメちゃんが反応する。するとフブキが突然歩き始め、森林地帯の中へと入っていく。

 

「――っ!そらちゃん!」

 

後を追っていったノエルとサメちゃんが、1本の木の下で寄りかかって目を閉じてる人物を見つけた。

 

「なんかこっちに向かってたら吹っ飛んできた少女を見つけてね。念の為にと助けておいたけど…当たりだったみたいだね!」

 

「うっ…」

 

「そら!」

 

少し唸り声をあげ、意識が戻ってきたのか薄らと目を開ける。それに反応して、肩を掴んだサメちゃんが大きな声で呼びかけた。

 

「あ、あれ…サメちゃん?」

 

「そらちゃん!良かった…」

 

意識が覚醒し体を起こしたときのそらを見てノエルも一安心した。

 

「っ!そうだバケモノは…」

 

「それなら倒したよ。もう大丈夫」

 

わためも側に寄ってきてそう答えた。だが、バケモノが倒れただけで大丈夫という言葉を言うのはおかしいだろう。なぜなら――

 

「いやだって…マリンちゃんとルーナちゃんはっ…」

 

「――本当に大丈夫だよ。見て」

 

ノエルがそう優しく声をかけ、ときのそらにある方向を見るように指を向けた。

その先には2人の姿と見知らぬ白い女性が1人。

 

「今フブキちゃんが治癒してくれてるから一命は取り留めてるよ」

 

「そうなの?――良かった…」

 

安心した瞬間、気が抜けて脱力してしまう。サメちゃんに体を支えられたことで倒れることはなかった。

 

「…そらに言わなくちゃいけないこと、あります」

 

「…?」

 

サメちゃんが声のトーンを落とし、ときのそらに向かって話しかける。

何の話をされるか分からないでいるときのそらだが、ノエルたちも何のことなのか分かっていない。

 

「…最初は、そらの作ったご飯が食べられるならと一緒についてきました。でも、その中でそらには特別な感情が湧きました。…失いたくないと思ったのです」

 

ところどころ詰まるものの、サメちゃんの今の想いを真剣に打ち明けてくれている。

 

「…だから、そらが良ければ…私も一緒に旅したいです」

 

それは、最初の出会いからは考えられなかった言葉。

そもそもここで力を借りるのも、お礼にご馳走を振る舞うと言ったからだ。

それ以上の事は断っていただろうし、こちらも求めていなかった。

だが、それでもサメちゃんの方から仲間になりたいと言われときのそらは声にならない感情が湧き上がってきた。

 

「…嬉しい。そう言ってもらえて…こちらこそ、これからもよろしくね!」

 

「――がうる・ぐら」

 

「え?」

 

ふと発せられた言葉に今までの流れとの共通性を持つのか分からず数秒停止してしまう。

だが、すぐにその言葉の意味を理解した。

 

「…私の名前です〜」

 

「ふふっ。――よろしくね、ぐらちゃん」

 

改めて、がうる・ぐらと手を取りあったのだった。




次の投稿は来年になります。もう少しお待ちください。


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▶15「分岐点」

――――――問題を解決し、マリンとルーナの命も救えたことにより、皆して一安心していた。

見知らぬ少女――白上フブキというのが、吹っ飛んだときのそらを助けてくれたらしく、いつか恩を返さなきゃいけないと思う。

だが、ときのそらはまだ喜べない。理由は明白だ。

問題は解決した。解決したのだが――それはまだ1つ目だ。

このParallelへやって来ることとなった理由。それはもう1つのParallelを救うため、カリオペによって飛ばされた世界がここなのだ。

 

「…意味もなく飛ばすはずがない」

 

ならば、ここの世界を救うことで向こうも救われると分かっていたから。だが、生憎とここと向こうの繋がりが分からない。

だから、確かめるしかない。

 

「…あの」

 

一段落ついた所で安堵していた全員に声をかける。一斉に振り向き何事かとときのそらに耳を傾けた。

 

「…この中に森カリオペ、常闇トワ、天音かなた、七詩ムメイの誰かと知り合いって人はいませんか?」

 

ここの世界の人と繋がりを持っている可能性があるとすれば、今名前を挙げたこの4人になるだろう。

この4人と何らかの関係を持っているものがいれば、カリオペがここへ飛ばした理由が分かってくる。

もちろんノエルとマリンを除いたフブキ、わため、ぐら、ルーナに向けて呼びかけた。

そして、声をかけられた4人のうち誰か1人でも反応があれば思った通りとなる。そう思い全員の顔色を窺っていると――

 

「あいつを知ってる!?」

 

「かなたちゃんとトワちゃん?」

 

「…Calliope」

 

「あまねちゃ…?」

 

「――え…えぇ!?」

 

誰か1人――ではなく、全員が名前を挙げた誰かしらと関わりを持っていたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

あまりの反応の良さに、驚いたときのそらが落ち着くこと数十秒。最初に声をかけ直してきたのはフブキだった。

 

「…それで何で森カリオペのこと知ってるんですか?」

 

「…実際に会ってきたから」

 

ときのそらの発言にノエルとマリン以外の全員が驚いた。

 

「ふむふむ。それで、いきなりそんな話をするということは何かまだあるんですよね?」

 

勘が鋭いフブキ。一から説明をしなくても話が通じてくれた。

 

「今そのカリオペさんと仲間たちが危険な状況で…手を貸してほしいんです!」

 

ここの障害を取り除いたとしても、それだけでときのそらが1人戻って絶対に救えるという保証はあるのか?

可能性を出すなら、ここで助けた仲間を連れて戻るのが最善策。

それでも断られるのなら1人で戻って尽力するしかない。

 

「危険な状況…それは死ぬ可能性があるんですか?」

 

「…はい」

 

「…。分かりました。白上としても行く理由があるので一緒について行きましょう」

 

だが、フブキの発した言葉は協力するといった内容だった。

それも、ほかの皆の顔を見るとフブキと同じように前向きに考えてくれている。

 

「…あまねちゃは友達なのら。だからルーナもいくのらよ」

 

「トワちゃんも友達!」

 

「a〜…私はそらと共にするから、行きます!」

 

「みんな…!」

 

「あの――」

 

快い返事をくれた皆の中、1人反論があるかのように手を挙げる。その人物は意外な事にも、ときのそらの仲間であるはずのマリンだった。

 

「…どうやってみんな連れてParallel行くんです?」

 

「――あ」

 

それはときのそらも考えていなかった――いや、正確にはごく普通の事だが、先の件で考える頭を持ち合わせていなかったのだろう。

とにかくマリンの言う通り、Parallelを移動する手段などこの場には存在しないということが唯一の盲点だったのだ。

 

「…Parallel?」

 

「話が長くなるから今は気にしないで欲しいな。とりあえず、そらちゃんが向かおうとしている所に行く方法ある人いる?」

 

「…だってこれから行くの地獄でしょ?白上1人なら何とか方法はあるけどみんな連れてくってなると…。てっきりそらちゃんが行く方法あるから白上たちみんなを連れていこうとしたのかと…」

 

とんでもない初歩的なところで意見がまとまらなくなってしまった。

確かに、ときのそらに声をかけられた4人側には地獄や天国へ行くといった手段がない。

あるとするなら協力を申し出たときのそらだろうと考えるのは普通のことだ。

 

「いったん戻ってロボ子さんに頼むとか…」

 

「それだと時間が…」

 

ときのそらが恐れていることは取り返しがつかなくなること。カリオペによってここへ直接飛ばされたため、ときのそらからしてみればここの流れている時間とカリオペたちと居た向こう側の時間軸が同じだろうと考えてしまう。

こうしている間にも向こうでは時間が経っている。未来を変える1歩目を踏んだとは言え、これだけで全てが変わるものなのだろうか。

 

「何とかして方法を…」

 

そう、ときのそらが強く『願った』時だった。

 

「…何これ」

 

全員がその光景に目を奪われる。それも無理のない事だろう。

――目の前に突然として大きな光の門が現れたからだ。そして、ときのそらはその門に見覚えがある。

 

「これ…」

 

色や形は違えど、その本質はかなたと天国へ戻る時に、ときのそらの目の前に突如として現れた『ゲート』と同じものだった。

 

「…なんですかこれ。もしかしてそらちゃんの能力?」

 

最初に言葉を発したのはフブキだった。その言葉にどう反応しようかと困るものの――

 

「…自発的に発動しないですけどそうです。とりあえずこれに入ってください」

 

あやふやな解答で怪しまれないかと思うが、ひとまずは納得してくれた様子。

 

「…これ入れるのら?」

 

「だったら団長が最初に行くよ。その後で皆ついてきて」

 

不発に終わるかもしれない、そんな不安を解消すべく真っ先に行動したのはノエルだ。

そんな後に続くようにここにいた全員が門に向かって歩き始めた。

 

「――今度こそ、救える…!」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

ノエルに続き、残り5人が門をくぐり抜けた。フブキの提案により門を発動させた能力者であるときのそらは1番最後にくぐることとなった。

くぐり抜けた先、一体あれからどう変わっているのか。それを確かめるべく、ときのそらはゆっくりと目を開けた。

そして――

 

「っ!カリオペさんっ!」

 

目の前には傷一つない状態のカリオペが居た。記憶していたものでは、秘龍と戦い、傷を負っていたはずだ。

 

「…早すぎた?」

 

「それは大丈夫です。――ちゃんともう片方を解決してきたのですね」

 

こっちの時間軸やカリオペの記憶について心配をしていたときのそらだが、カリオペの言葉によってその心配は無用となり、ほっと一息ついた。

 

「――もしかしてこちらもお取り込み中ですか?」

 

そんなカリオペに対して先陣切って言葉をかけたのはフブキだった。その威圧するような口調からも、さっきのやり取りからして仲が良い方での知り合いではなさそうに見える。

 

「――。こちらの用を片付けてくれるならもう隠れませんよ、foxさん」

 

「…良いだろう。さっさとこっちも片付けますか」

 

意気込むフブキだが、肝心の秘龍が見当たらないことに周りを見渡すときのそら。

 

「…まだ居ないよ。そっちがやったことでこっちの時間が少しずれたみたいだよ」

 

「…かなたちゃん!」

 

そんなときのそらに不意に声をかけてきた少女が1人、振り向けばそこに居たのは天使の天音かなただった。

 

「丁度さっきカリオペから不思議な話を聞かされてね。…信じ難い事だけど、まぁ信じるしかないって感じだし?」

 

恐らくParallelが変わったことについて、この時間軸にも影響を及ぼしたということなどについて話したのだろう。

確かに何も知らない者からすれば聞いても不思議な感覚だろう。

 

「あまねちゃなのら!」

 

そん2人の会話に割って入ってきたのは、ルーナだった。そのルーナの姿を見てかなたは大袈裟に驚いた。

 

「えぇぇ!?ルーナ!?なんでここにいんの!?」

 

「そらちゃんが連れてきてくれたのらよ」

 

そう説明するルーナに色々と整理が追いついていない様子のかなた。

 

「…さっきまでここに居たのにいつの間に?…ぁ、これがParallelってやつ?――もう訳わかんないよ…」

 

最終的に結論は出たものの、はっきりと理解はしていない感じだった。

 

「トワちゃんとムメイちゃん…それにココちゃんは?」

 

「近くで休んでいるとこ。さっきの戦いで消耗してるからね」

 

恐らく幼龍の手下と戦った時のことを言っているのだろう。

そんな話をしていた時だった。

 

〈――罰ヲ与エル〉

 

「っ…!?」

 

この場にいた全員が声のする上空へと首を向ける。その時にはすでに空から咆哮が振りかざされていた。

 

「いきなりっ!?」

 

「――『シープホープ』!」

 

咄嗟に反応し、わためが能力を発動する。だがそれだけの防壁では全く歯が立たず、威力はほとんど衰えないまま目の前まで落ちてくる。そして――

 

「[闇淵源]――『深嵐壁』!」

 

――間一髪のところで聞きなれた声が、少し離れた位置から聞こえる。そのままときのそらたちの周囲に黒い暴風の嵐が巻き起こり、壁となって落ちてきた咆哮を阻止した。

 

「トワちゃん!」

 

「やっと幼龍のおでましか…」

 

そのままトワがときのそらたちの所へと着地した。隣にムメイも現れ、残りは1人となった。

 

「まだココちゃんが…」

 

未だに姿を現さないココを心配に思う。だが、そんなときのそらにかなたはそっと近づき――

 

「ココなら大丈夫に決まってるだろ。ゆっくり寝たらすぐやってくるさ」

 

「かなたちゃん…」

 

かなたの言う通りだと改めて考えるときのそら。かなたほどではないにしろ、ココとは長い付き合いだ。

さっきの消耗程度で終わるわけないと分かっている。

ならば考えを切り替えて、目の前の幼龍に意識を向ける必要がある。

 

「…今度は倒す」

 

一度幼龍に滅ぼされかけた、直前までいたParallelの世界。果たしてそことここは繋がっているのだろうか。滅ぼされかけたParallelとは、違うParallelの同じ時間に飛んできたのか、はたまた幼龍が力を蓄える分岐点の前に戻ってきたのか。

真相はときのそらにも、誰にも分からない。

――だからこそ、今いるまだ終わっていないこのParallelを救うために全力を出す必要があるのだ。

 

「…かなた。これが終わったら改めて話を聞いて欲しい」

 

「なんだよ急に。――ちゃんと聞くって言ったろ」

 

目の前に現れた幼龍に向かって、トワとかなたが1歩足を踏み出した。

 

〈――罰ヲ与エル〉

 

再び幼龍が言葉を発し、地面に前脚を思い切り降ろすと、幼龍の周囲から毒々しい色を帯びた木の根が伸びてきた。

その正体は周りに生えている木の根と同等のもの。

 

「っ、自然が…!」

 

「これが『成長』の能力ですか」

 

そのままこちらへと向かって伸びてくる無数の木の根。それに対して1番前線でトワとかなたが迎え撃つ。

その2人をかいくぐって抜けてきた攻撃は後ろに構えるフブキ、カリオペ、ぐら、ルーナによって打ち降ろされた。

 

「…これじゃ近づけないっ」

 

ノエルが攻撃の隙を窺っているが、無数に伸びてくる木の根が邪魔をして幼龍の元までたどり着くことができない。

 

「わためとマリンちゃんで何とか道を作るしか…」

 

「中々にきつそうですね…っ!」

 

幼龍の特殊能力の影響により、木の根だけでなく自然そのものがこちらに牙を向けている。至る所から飛んでくる自然の攻撃が、前線組を突破して後ろにいるときのそらたちにまで届いていた。

それをさばくのはノエル、わため、マリンの3人。ムメイはときのそらを傍で守る方針でいる。

 

「何とか隙をっ…!」

 

ときのそらは必死に考えるが、今の状況を打破するには1つ、攻撃の手が足りなかった。

ムメイを前線にあげれば突破できるだろうが、そうした場合ときのそらがかなり危険な状況に晒されることとなる。

 

「それでも!――ムメイちゃん!前を手伝って!」

 

「――分かった」

 

自分よりも皆を優先したときのそらがムメイにそう指示を伝える。ムメイが加わったことでより前で攻撃をさばくことが可能となり、やがてトワやかなた、カリオペなどの攻撃が幼龍へと届くようになった。

 

〈――鬱陶シイ〉

 

ほんの僅か程度で攻撃が効いているようだが、これではまだ足りない。そう考えるときのそらに――

 

「っ!そらちゃん!」

 

「――っ!?」

 

不意に飛んできた1つの木の根。誰も防御に間に合わない中、ときのそらのすぐ目前にまで伸びてきていた。

 

「――やば」

 

避けないと行けない、そう思うが体が動くより先に、その木の根はときのそらの顔を貫いて――

 

「――ギリギリ間に合ったっすね」

 

――見るも無惨な姿になると思った直前、空から光の柱が降りかかり、木の根は粉々に消滅したのだった。

 

「っ――ココちゃん!」

 

「さあて、こっからが本番っすよ。――『神光』!」

 

幼龍の前脚付近の地面が光輝き、次の瞬間空へとその光が溢れ出して行った。

 

〈――ッ!〉

 

それなりのダメージが入ったのか、幼龍が揺らいで隙が生まれた。

 

「――かなた」

 

「おうよ――間に合ったな」

 

トワとかなたがお互いに手を取り合う。数十分前の2人を見ていたときのそらからは、2人が今した行動がかなり意外に思えた。

それと同時に過去が変わったんだなと嬉しくも思える。

――2人の願いは、今度こそ誰にも邪魔されない。だから発動する。

 

「「――[天魔の恩恵]…『マドロミ』」」

 

2人の声が、呼吸が、行動全てが重なった。まるで雷が2人に落ちたかのように激しい爆音が鳴り響いた後、2人からは想像もできない白いオーラが放たれていたのだ。

――そして、その力が及ぼした影響は、目の前の地形を跡形もなく消し去ったことだった。



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▶16「微睡み」

専用のTwitterを作ろうと思い、アカウントを作成しました。
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――――――凄まじい音と衝撃で、一瞬目の前が真っ白に染まった。だがそれもほんの僅かな事で、次第に周囲の景色が拓けてくる。目前、幼龍に向けて放たれた大技の影響で地形が跡形もなくなっており、幼龍の姿も消えていた。

 

「…あれで倒れたってこともないだろ」

 

「そうね。とりあえず皆の元へ――」

 

後ろに控えている皆の元へ戻って一度体制を立て直そう、そう言おうとしたトワは振り返った瞬間に硬直する。

トワの反応に遅れて気がついたかなたが、同じように後ろへ顔を向けると――

 

「――居ない…?」

 

そこには幼龍の姿が消えたのでは無く、トワとかなた、2人以外の全ての存在が消えていたのだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…これって能力の影響?」

 

数分間悩んだ末、不意に言葉を発したのはかなたの方だった。

 

「能力?幼龍の?」

 

「いや、僕たちが使った能力…『マドロミ』もその1つじゃなかった?」

 

その1つといきなり言われ、前後の繋がりが曖昧だが、トワにはその言葉の意味が理解できた。

 

「――天魔の力を使うと起きる代償の事か」

 

天魔の力とは今さっき2人が使った合わせ技のこと。代々、強大な敵を倒す時には天魔の力を行使して倒していると言い伝えられてきた。

――そして、代わりにその力を使った先祖たちはその場で命を失っていると。

 

「まぁ使っちまったもんはしょうがねえな。たぶんこれ『微睡み世界』だと思うんだよ」

 

『マドロミ』の代償は、意識だけが違う場所へと飛ばされてしまう『微睡み世界』に閉じ込められること。

先祖から話を聞いたことのあるかなたが今の状況をそう結論づけた。

 

「なら抜け出すには時間経過でしょ?待ってれば良いってことじゃん」

 

「でもあの力で倒したのが幼龍な訳だし…力に比例して時間も長くなるって聞いたよ?」

 

「どうせ噂でしょ。それにこの力使った先祖は皆その瞬間に死んでるんだし今更――」

 

今更関係ない、と口にしようとしたトワだったが、衝撃によって言葉を発すことができなかった。

その衝撃とは――

 

「っ…!幼龍!?」

 

「少し変だけど…まさか『マドロミ』の代償って…」

 

突然として現れた幼龍の形をしたものに呆気に取られているトワ。かなたはその手を掴んで走って幼龍から離れていった。

――『マドロミ』の代償、正しくは葬った相手の夢の世界に一定時間閉じ込められてしまうこと。

夢の中で死ぬ事があれば現実でも死を意味し、抜け出すには時間経過か夢の中の相手をもう一度倒すことのみ。

 

「こん中でまた『マドロミ』使えば無限ループになっちまうしそれはできねえ…!」

 

逃げながらもどうやって倒すかを思考するかなた。

能力自体は使えなくなった訳では無いため、対抗するという考えは最もなのだが――

 

「…2人で勝てる相手なら苦労しなかったわけだし!」

 

「っ、まずは隠れた方が良い!」

 

トワに促され、この夢の中とは思えない程リアルに近い地形を進んでいく。

上手く障害物を使いながら逃げ隠れしたことで幼龍の存在を近くで感じ取ることはなくなった。

だがそれでもこの『微睡み世界』は有限の広さだ。いつかは追い詰められてしまうこともあるだろう。

 

「さて…仕切り直しだな」

 

時間経過での脱出が無理に等しいとなった今、改めて幼龍を倒す方法を考えなくてはいけない。

しかも、かなたとトワの2人でだ。

 

「でも実際、僕ら2人で力を合わせればいけるっしょ?」

 

「…急に気持ち悪いこと言わないで。まぁ、やるしかないけどね」

 

気持ちが一致したことで、二度目となる幼龍との戦いに備えたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

幼龍が姿を見失ってから約10分が経った。その間2人は周囲を警戒しながら少しずつ場所を移動している。

戦うのなら早く見つけにいけば良いと思うだろうが2人には狙いがあった。

 

「やっぱり一発目が肝心だね。特大威力を叩き込んでからの方が良いでしょ」

 

「それにできるなら不意を突きたい…まぁ秘龍相手に不意を突いても期待は薄いかもだけど」

 

あれから色々と考えている2人だが、結論、『やってみないと分からない』だった。

現実世界において2人だけで、しかも万全の状態で戦ったわけでは無いため、必ずしも幼龍に勝てないという訳では無いだろう。とはいえ、相手は秘龍の1匹なのだから苦戦を強いられるのは当たり前だ。

 

「…[天魔の恩恵]の代償がないやつ…もしくは少ないやつで戦うか」

 

「そうだね。攻撃は各々の武器を有効活用するか」

 

そう作戦を考えながら目の前の小屋の中へと身を隠そうとした時だ。

 

〈――ガァァ!〉

 

「っ!!」

 

頭上に影ができる――瞬間、反射的に横へ飛んだことで一命を取り留めることができたのだろう。

影で覆い隠された部分は、その直後に大きな脚で地面を抉り取られてしまった。

そしてそれを行ったモノは1匹しかいない。

 

「…幼龍」

 

「…こっちが不意を突かれたって訳か」

 

――出会った一発目、不意打ちに大きな攻撃を叩き込もうとした2人だが、虚しくも先に不意を突いて攻撃を仕掛けたのは幼龍の方だった。

ここで見つかってしまい、周囲は少し拓けた場所となっている。再び姿を隠すのはほぼ不可能だろう。

それはつまり――

 

「…不意打ち作戦不発で本番か」

 

「仕方ない、やるっきゃないっしょ。合わせてもらうぞトワ」

 

逃げも隠れもしない、最後の勝負が今始まる。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

一度ぶつかる度に地形が少しずつ変化していく、それ程までにお互いの力が常軌を逸しているのだ。

 

〈――ァァァ!〉

 

外では普通に言葉を発していた幼龍だが、夢の中ということもあるのかこちらと会話をしようという意思が見当たらなかった。

 

「それならそれでやりやすいけど…!」

 

幼龍から飛んでくる咆哮、両手両脚全てを掻い潜り懐へと打撃を与えるかなた。それでも大したダメージは期待できない。

 

「[闇淵源]――『閃黒魔砲』!」

 

かなたと入れ替えにトワが攻撃を放つ。夢の中、つまるところ睡眠世界なここではどれだけ能力を行使しても疲労しないのが利点の1つだった。

そのため惜しまずに全力で攻撃を仕掛ける。

真っ直ぐに伸びた砲撃が幼龍に直撃するが、それほど大きなダメージとは言えないだろう。

 

「[破壊陣]――『破壊・天拳』!」

 

その直後にかなたが背後から拳の形をした光をぶつける。これも今まで同様あまりダメージは入っていないだろう。ただ――

 

〈――ァァ!〉

 

声が発せないとしても何を言いたいのか分かる。恐らく、何をしたのかと問いたいのだろう。その理由は、かなたに攻撃された部分に『赤い紋』が浮かび上がってきたから。

 

「…これ特殊能力?」

 

「ああ…ムメイ以外に見せるのは初めてか」

 

トワも初めて見たという風に幼龍と同じように驚いている。

 

「紋様を10個つければ能力が発動する。今はそんくらいしか説明ができねえが…」

 

「おっけー。あと9回ね」

 

だがこの一発を当てるのにどれだけギリギリだったか。かなたが攻撃を当てたのはこれで2回目だが、1回目に当てた攻撃には能力が発動されていなかった。

 

「準備が必要だから…あと外した時のデメリットもある」

 

「…なるほど」

 

この能力で倒すことを視野に入れたトワだったが、準備時間とデメリットを考慮した結果、それだけに頼るのは難しいと判断した。

 

「ならまずは隙を作るか!」

 

トワが幼龍の意識を引く役目を負った。先に動き出したトワを追うかのように幼龍が首を回し、勢いよく咆哮を浴びせる。

 

「[闇淵源]――『深嵐壁』!」

 

その幼龍の咆哮を止めるように嵐の壁がトワの前に現れる。咆哮が衝突した瞬間、激しい音を立てながら爆発が生じる。

その爆発の煙の隙間からトワが姿を見せたことから防ぎきったことが分かる。

 

「っ、今じゃねぇ」

 

トワに意識が向いた瞬間を狙ってかなたが攻撃を仕掛けたが、かなたの狙いが外れ、特殊能力を使うことはできなかった。

 

「…紋様を付ける場所は何もどこでもいいって訳じゃねえ。ある程度近い位置に付与しなきゃ能力の範囲に収まらねえんだ」

 

「うわぁ厄介な特殊能力だなっ…!」

 

かなたの説明を聞くトワは、その間も幼龍の攻撃を掻い潜る。トワの特殊能力に比べたら確かに難点が多いかもしれない。

それでも、決まればどんな者だろうと屠ることができる特殊能力だ。

 

「…[闇淵源]――『天帝眼』!」

 

『魔眼』の強化技、『天帝眼』を発動するトワ。あらゆるモノの動きを刹那単位で捉えることができる、身体能力を向上させる『魔眼』と比べて、一部分を大幅に強化するのが『天帝眼』だ。

負担もかなり大きいが、それに伴った見返りは大きい。

それに――

 

「ここなら使い放題…ねっ!」

 

幼龍の攻撃を当たるか当たらないかのギリギリで全てを回避し、懐から重い一撃を加える。

 

〈――ッッ!〉

 

呻き声を上げつつも反撃を繰り返す幼龍だが、全てを見通しているかのようにトワにはどの攻撃も当たることはない。

 

「…すげぇ」

 

かなた本人も、トワに対してここまで尊敬の意を示すのは初めてだろうし、今後一切起こらないだろう。

そんなトワの力に驚きながらもかなたも負けてはいない。

 

「かなた!」

 

トワの声に反応し、かなたが幼龍の目の前から姿を消す。阿吽の呼吸となった今の2人を止めるのは幼龍でさえ困難だろう。

それを表現するかのように、かなたの[特殊能力]を一撃与えるのに苦労した時間に比べて、たった数回の攻防ですでに4発叩き込んだからだ。

 

〈――ガァァ!!〉

 

言葉を失った代わりに咆哮の頻度が増している。その中には苦痛を表明するものも混ざっているだろう。

 

「あと5発か…トワ、大丈夫か?」

 

「何とかね。普通こんなに『天帝眼』維持してたら倒れるけど、今のとこその心配はないね」

 

さすがに、ずっとこのままなのかも怪しいため、早めに倒すに越したことはない。

 

「――『天拳』!」

 

立て続けに攻撃を繰り出すかなた。全てが命中することはないが、それでもかなり多くの数が命中している。

 

「[破壊陣]!」

 

そしてその攻撃の中に織り交ぜて[特殊能力]を使用する。

単体で撃つときに比べて命中する確率が高いからだ。

だが――

 

〈――ガァ!〉

 

「…ぐっ!?」

 

ギリギリのところで撃ち落とされてしまい、[破壊陣]が届くことは無かった。

それが意味するのは、能力を使用したかなたに反動が返ってくるということ。

 

「…大丈夫!?」

 

「なんとか…っ!」

 

幼龍に付与された『赤い紋』とは別の、『黒い紋』がかなたに付与された。

話の通りなら、あと4個かなたに付与されてしまえば能力か封じられてしまう。

――それは、幼龍を倒す方法の1つを失うことと同じだった。

 

「まだ行ける!あと3個つくまでは同じだから!」

 

1回外したことへの恐怖など1ミリもなく、再び幼龍へ攻撃を仕掛ける。

そんなかなたを見てトワも最大限にできるサポートをした。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

しばらくの間攻防が続く中、転機が訪れた。

 

〈――ガァァ!〉

 

幼龍の口から放たれる咆哮はトワの『深嵐壁』によりかなたまで届かずに防ぎきった。

 

〈――ァァ!〉

 

咆哮が効かず、目の前までやって来たかなたに対し前脚を思い切り伸ばすが、トワの魔の力と正面からぶつかり阻止された。

 

「――[破壊陣]!」

 

〈――ァァァ!?〉

 

複数の攻撃を掻い潜り、再びかなたの[特殊能力]が直撃した。能力が発動せずとも、積み重なる打撃により消耗してきているのが目に見えて分かる。

 

「押せる…!」

 

戦いが始まりかなりの時間が経過した今、幼龍の動きが疲れからか遅くなってきたのを感じ取った。

 

「あと1回…!」

 

かなたの[破壊陣]も、すでに9個付与することに成功しておりあと1度で能力が発動する。

 

〈――ガァァ!〉

 

幼龍も学習し、攻撃をした直後の空中に滞在するかなたに向かって腕を伸ばしてきた。

 

「[闇淵源]――『閃黒魔砲』!」

 

幼龍の伸ばした腕がかなたへと到達する前に、トワの放った稲妻の弾が勢いよく幼龍の腕と接触し、大爆発を起こした。

 

「ナイス!」

 

そのままかなたは地面へと着地し、一気に幼龍との間を詰める。

再びそのかなたへ攻撃を当てようと幼龍が咆哮を放った。

 

「[闇淵源]――『暗黒螺旋』!」

 

攻撃からかなたを守るように、トワの放った稲妻の渦は、かなたを飲み込むようにして周囲からその姿を閉ざした。

幼龍の放たれた咆哮は、トワの放った渦によって防がれ、その中から姿を表したかなたは――

 

「[破壊陣]――『破壊・天破轟裂』!」

 

――凄まじい力で幼龍の腹部へ直撃、瞬間、先程の爆発とは比べ物にならなあほどの大きな音を立てて周囲を飲み込んだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

激しい音と凄まじい量の煙で自分の居場所を見失う錯覚に陥る2人。

数十秒経過し、ようやく周りが見渡せるようになった。先に目を開いたトワは、かなたが打ち出した能力の影響がどうなっているかを確認する。

 

「かなた!」

 

「大丈夫…ていうかまだ[破壊陣]は発動してねえからな」

 

「…え?」

 

膝をつけているかなたの傍によったトワに対し、衝撃的な発言をするかなた。

あれほどの威力を発していながら、能力の影響ではないという。

 

「…あとはあいつを視認すれば発動するんだが…」

 

かなたが違和感を感じながら言葉を発する。その違和感はトワにもあった。

――あの、衝撃的な爆発の後から幼龍は姿を消しているからだ。

 

「…あれで倒れたって可能性もあると思うけど」

 

「それならすでにこの世界を出てるはず」

 

未だ『微睡み世界』に捕らわれている状況を鑑みて、幼龍が倒れた可能性は薄いだろう。

 

「――いや、下だ!?」

 

「――っ!?」

 

唐突に、トワが叫ぶと同時に2人のいる地面が宙に吹き飛んだのだ。

それを起こした原因は、どうやって潜ったのか、地面の中から出てくる幼龍だった。

空へ身を投げ出された2人は為す術なく、そのまま幼龍が口を開け、咆哮を受けるか食べられるか、その2択を迫られている。

 

「だけど――」

 

「――こっちは待ってたんだよ![破壊陣]――『赤の紋・破滅』!」

 

幼龍が選んだのは2人を食べること。惜しくも、かなたの能力発動と同時に、2人は幼龍に飲み込まれてしまったのだ。



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▶17「悪魔」

長くおまたせしてすみません。もう暫くはこの投稿頻度になってしまうので長い目で見てください。


――――――それは、一瞬の出来事だった。大きな見た目に反して動きは機敏で、その洞察力の高さ、そして[特殊能力]の強さから〈秘龍〉と呼ばれ恐れられていたのだ。

――そう、こんなところで終わるはずがないのだ。

 

〈――ァァァ!!?〉

 

叫び声にもならない程の掠れた声が大きく響き渡る。

確かに、幼龍は2人を飲み込んだ。あとは噛み砕き命を奪うだけだ。

もちろんここは『微睡み世界』のため、2人の命を奪ったたところで幼龍には何も無い。

――幼龍はすでに、『マドロミ』によって命を落としているのだから。

それでもそんな事情など知らず、目の前に現れた憎き敵を滅ぼすために牙を向けているのだ。

だが、その牙が2人に届く前に――

 

「――『赤の紋・破滅』!」

 

凄まじく強烈な痛みと共に、幼龍がその大きな身体を思い切り横へと倒した。

――紋が付与された場所、横腹付近が抉り取られたかのように破裂していたのだ。

 

「うえっ…汚ねぇ」

 

空洞となった横腹から体液で体を汚した2人が姿を現す。

 

「これで終わったろ…」

 

かなたが後ろへ振り返り、地面に倒れ伏した幼龍を見て呟く。再生能力を持たない幼龍にとって、この横腹の損傷はかなり大きなダメージとなっただろう。

このまま息絶える可能性もあるはずだ。

 

「こいつか消滅すれば抜けれるの?」

 

「たぶんそう」

 

――そう、確実に殺ったと思い込んだ2人は予想もしなかっただろう。

〈幼龍〉が〈秘龍〉最強と言われる所以を。

 

〈――[狂愛]〉

 

「――っ!?」

 

「トワっ!?」

 

不意に聞こえてきた、この世界で聞くことのなかった声。

呟かれたその直後、トワが思い切り後ろへと吹き飛ばされた。

かなたがすぐに何の攻撃かと目を向ければ――

 

「…冗談すぎるだろ」

 

――そこには、全身から黒いオーラを漂わせた、最早原型を留めていない幼龍の姿が映ったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

大きく吹き飛ばされるも、[闇淵源]の力で致命傷を貰うことはなかった。

少しの間めまいがしたが、すぐに周りを見て今の状況を見直す。

 

「…さすがに…しつこいな」

 

幼龍ではない別のモノへと変貌を遂げた敵に対してトワがそう言葉を呟く。

手足が動くの確認してまだ戦えることを実感する。体力の消耗はないに等しい『微睡み世界』だが、痛みが消えた訳ではない。

故に、今の攻撃も脳震盪を引き起こす原因ともなっていた。

 

「っ!『天誅』!」

 

幼龍に対してかなたが指を向けたその瞬間、天から降り注いだ光の刃が幼龍の身体を切り刻んでいった。

――それだけに留まらず、身体に刺さった刃が四方八方に棘を伸ばし内側から侵食していく。

その間にも体内で光が小爆発を起こし、中の様子が分からなくとも幼龍の形を変えるほどまでに達した。

身体に刺さった刃を壊そうと幼龍が動いた瞬間、刃が自ら淡い光を放出しながら爆発していった。

――普通の者が喰らえば跡形もなく消滅する程の威力だ。

 

〈――ァァァ!〉

 

「[闇淵源]――『深嵐壁』!」

 

だが今の攻撃を受けても尚、幼龍の身体から溢れ出てきた黒いオーラが棘となってかなた目掛けて飛んでくる。それをギリギリ間に合ったトワによって、何とか防ぎきった。

 

「トワ!大丈夫か!?」

 

「何とか!…とりあえずもっかい倒さないとな!」

 

先程のかなたの攻撃はかなりの威力を発したがそれでもまだ動く余裕がある幼龍。

 

「にしても…」

 

このまま何度倒しても復活を繰り返されればこちらの気力が尽きるかもしれない。それに加え長くなるほど、現実世界で待たせている皆のことが不安に感じてしまう。

――久々に会えたわためやルーナともう会えなくなるかもしれないのだ。そんな事を考えた時だった。

 

「――」

 

ふと、心の中から聞こえた鼓動。その音は聞き間違えのないものだ。

いつも傍に居て、まるでペットのように扱ってきた生き物、そして何かに引っ張られるようにして目の前から消えていった――

 

「――ビビ」

 

「…トワ?」

 

小さな声で呟いたトワが一歩前へ出る。ビビがどこにいるか分からないが、それでも今確かに近くにその存在を感じた。

――それが作り物でも嘘でもないというのも分かった。なら、トワがやるべき事は一つだ。

 

「――ここでやられる訳にはいかねぇんだ」

 

今なら、きっとできるはず。いや、やらなきゃこのまま何も変わらないだろう。

――だから、幼龍を倒すために全力を尽くすのだ。

 

「――『悪魔《デビル》』!」

 

瞬間、光の柱がトワに落ちてくる。その衝撃で周囲にとてつもない突風を巻き起こした。幼龍はもちろん、かなたも近くの岩にしがみつき吹き飛ばされることはなかった。

だが、かなたはそのトワの様子を、今した力の正体を感じ驚きを隠せないでいる。

 

「――覚醒…?」

 

トワとかなた、それぞれが持つ特別な力――[恩恵]。その最大の効果は、[恩恵]の力を自分自身に取り込み、能力を活性化させる『覚醒』にあった。

今まで[恩恵]を授かった者たちでも、ほとんどの者がこの状態になることはなく伝説として語り継がれる程だった。

だが、今かなたの目の前にはその伝説が舞い降りたのだ。

トワの姿には変化があり、髪や体から紫色の光を発しており、目からは稲妻のような光の線が迸っている。

 

「――最大だ」

 

噂でしかなかった力を、今トワが物にして改めて幼龍と対峙した。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――かなたが見せた『天誅』という技。必中にして、対象者から今までに受けたダメージの分に応じて、何百倍にもして相手へと反射させるカウンターに近い攻撃だ。

幼龍の強さは今更言うまでもなく、かなたも少しの間しか戦っていないが1人では絶対に勝てない相手とさえ思った。

だからこそ弱い攻撃はあえて受け、『天誅』の威力を最大限強化しようと考えた。

[破壊陣]で倒せなかったことで、迷いなく『天誅』を発したが、見ての通りやられる事はなかった。

 

「――もう…」

 

一度『天誅』を使えば、その対象者に二度と使うことが出来ない制限がある。

かなたにとっての二度の切り札が、二度とも期待した結果にならずに、ついに心が折れかけてしまう。

――そこに訪れた新たな希望。トワの覚醒だった。

 

「…すげぇ」

 

かなたにとってトワは一番嫌いな相手で、一番のライバルだった。

もちろん正しくは、トワではなく地獄の住民にされた過去の出来事で毛嫌いしているだけなのだ。

――それでも今は気持ちが変わりつつあり、終わったらちゃんと話を聞こうと思っている。だから――

 

「…勝ってくれ」

 

今はトワの勝利を願うしかなかったのだ。

 

〈――ァァ!〉

 

幼龍の体からは複数の棘が伸び、手足を無造作に動かし、狙い構わず咆哮を撃ち放つ、まさに厄災とも呼べる状況にあった。

だが、そのどれもがトワには掠りもせずに、空を切って通り過ぎていく。

 

「――『ライメイ』」

 

〈――グガァ!?〉

 

一瞬にして間合いを詰めたトワからの蹴りを食らう幼龍。それはただの蹴りではなく、まるで稲妻に撃ち落とされたかのような衝撃が幼龍を襲った。

その勢いに気圧され、幼龍が地面へと倒れ伏したのだ。

 

「…強ぇ」

 

「――それって女子に対して使う言葉じゃないっしょ」

 

一瞬の攻防、だがそれだけでトワの圧倒的な力を目の当たりにした。素直な感想を口にしたが、その言葉選びにトワは不服そうにしていた。

 

「…トワ」

 

「大丈夫。死なない程度にやるよ。――だから、さっさとお前もサポートしろ」

 

「――え」

 

トワの邪魔にならないように隅に移動して、身を潜めていたかなた。そんなかなたはトワに言われた言葉の意味が分からずに変な声を漏らしてしまう。

 

「お前らしくないって言ってんの。さっさと次の案だして」

 

「――」

 

それは一度戦場から降りたかなたに対する罵倒ではなかったのだ。

もちろんそうした事を言われる覚悟はあったが、トワは再び一緒に戦えと言ってきた。

 

「…だってもう」

 

「何言ってんだ。トワがなれてかなたがなれないわけないだろ。――自分を間違えるな」

 

そう強く言われ、かなたは改めて目を見開いた。そして、トワに言われた事で気持ちを切り替える。

――かなたらしくないと、そう言われてしまったのだ。

 

「――分かってらぁ。時間稼ぎしてくれよ」

 

「…はっ。言ってくれるじゃん」

 

かなたの返事を聞いてトワが声を大にしてひと笑いする。そうして立ち上がった幼龍を睨み、再びトワが臨戦態勢へと入る。

 

「――『ライメイ』」

 

地を思い切り蹴り飛ばし、目にも見えぬ速さでトワが幼龍へと向かって進んで行く。

 

〈――ガァァ!〉

 

正面から飛んでくるトワに対して咆哮を撃ち放つ。もちろん当たることなく地面へと飛んで行った。

そして、そのがら空きの横っ面に勢いよくパンチを繰り出した。

 

〈ガァァ!!〉

 

閃光を散らつかせながら殴られた勢いで思い切り吹き飛ばされる幼龍。そのままトワが畳み掛けて攻撃を放つ。

 

「――『ライメイ』!!」

 

手に纏った稲妻の光を幼龍目掛けて撃ち放った。光の線を軌道上に描きながら幼龍を貫いていく。

攻撃の勢いは凄まじく、幼龍に反撃を与えないでいる。

 

「…っ!」

 

だが、それとは別の苦悩がかなたにはあった。トワは覚醒状態に入った。そして、それはかなたにもできるだろと煽ってきたのだ。

 

「…どうやれば」

 

覚醒状態に入るためのスイッチがどこかにあるはずだが、それが見つけられずに中々覚醒状態へといけないでいる。

そもそも、今のトワが本当に覚醒なのかどうか疑い始め――

 

「いやいや。早く…」

 

今圧倒的に押しているのはトワの方だ。何も心配する必要はないはずだ。

――それでも万が一、幼龍が最強である理由の一つ、[狂愛]が力を発揮するならば――

 

〈――[狂愛]〉

 

「――っ!?」

 

再び、一段と禍々しく立ち上るオーラの総量が増え始め、更に威圧感を増してきた幼龍がトワの連撃から逃れたのだ。

反射的に体を横へ動かしたトワ、動かす前の地点へ無数の棘が飛んできたのだ。

 

「…っ!」

 

『ライメイ』の速度に追いついてきたのか、徐々にトワの躱すタイミングがギリギリとなってきて、ついに幼龍の飛ばしてきた棘のオーラに横腹を貫かれてしまった。

 

「っ!トワっ!」

 

衝撃で地面へと転がったトワに追い打ちをかけるかのように幼龍の攻撃は勢いを衰えさせずに集中砲火する。

姿を現したかなたには一つも攻撃を割かずにだ。

――まるで戦うまでもないと言うかのように。

 

「――『天破轟裂』!」

 

咄嗟に、トワの目の前の地面を殴りつける。光と共にその衝撃で舞い上がった地くずや欠片が障壁となって幼龍の攻撃を阻止する。

 

「――『天帝眼』、『深嵐壁』!!」

 

トワが続けざまに能力を行使する。本来、[闇淵源]による強化は1度のみの付与で、使用後は少なからずクールタイムが発生する。

そのため、強化技を続けて使用、更に同時の使用は不可能なのだ。

 

「…これが覚醒か」

 

トワが誰にも聞こえない程の小さな声で呟く。

覚醒した恩恵により、常時[闇淵源]付与状態となっているのだ。

『深嵐壁』で四方に竜巻の壁を生み出し、『天帝眼』による驚異的な視界増強により、幼龍の動きを完璧に把握し、稲妻の速さで壁を蹴り、幼龍を翻弄する。

 

〈――ガァァ!〉

 

「っ、こいつ――!」

 

だが、幼龍の[狂愛]による成長速度はトワをはるかに超えていた。

時間が経つにつれ、[闇淵源]の重ねがけをも見極め、次第に攻撃をする回数が入れ替わっていったのだ。

そして――

 

「――ぐっ!?」

 

「トワぁ!!?」

 

一瞬の判断の遅れ、その隙を見逃さなかった幼龍の一撃がトワの心臓を貫いたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

『マドロミ』を使用した歴代の恩恵を受けた者たち。それら全てが突然と命を落としている事は長年語り継がれてきた。

直接な理由は分からず、禁断の力とまで揶揄された[天魔の恩恵]。

いつの時代だったか、その禁断の力を悪用しようとした1人の悪魔がいる。無理やり力を使い、天使もろとも命を落としたのだ。

それにより天国と地獄の恩恵者は敵対し始めたのだ。

だからかなたも地獄を毛嫌いし――

 

「――トワ…」

 

目の前に倒れてきたトワの体をゆっくりと救い起こす。

――『微睡み世界』での死が、直接現実での謎の死に繋がっているものだと今ではもう気づいていた。

だからこのままではトワは――いや、[天魔の恩恵]で繋がっているのだ。トワが死ぬならかなたも同じく死ぬのではないのか。

いやそれよりも――

 

「――トワ」

 

――トワの事を絶対に死なせたくない、今はその気持ちが勝っている。

だから、早く壊れた部分をなおして――

 

「――ぁ」

 

ふと、なんの前触れもなくそれは訪れた。その時はイライラが溜まっていたこともあり、まともに聞いていなかったが、確かにカリオペは言っていた。

――[天使の恩恵]の最大の力は『創造』だと。天音かなたが使う技――『破壊』の力とは真逆だということ。

 

「――そうか」

 

改めて落ち着けばなんてバカバカしいだろうか。あの時の話をちゃんと聞いていれば。

 

「――いや、まだ終わってない!」

 

まだトワは息をしている。ならまだ『創造』できるだろう。

今までとは違う思いを胸に抱き、再び力を練り上げる。

そして、かなたの周りが少しずつ照らされていき、やがて白く染まり出した。

 

〈――ッッ!!〉

 

トドメと言わんばかりの凄まじいブレスを吐き出してきた幼龍。動けないトワは避ける術がなく、かなたが防がなくてはならない。

 

「――簡単だろ、こんなの」

 

次の瞬間、まるでブレスが天の光に当てられ消滅したかのように消えてなくなり、2人の元へ届くことは無かった。

そして、それをしたのは――

 

「――『天使《エンジェル》』」

 

――眩い光を発している、紛うことなき天使そのものだった。



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▶18「天使」

――――――意識が朦朧とする中、戦おうと必死に体を起こそうとする。『天帝眼』を常に発動させることができているおかげか、脳の回復は思っていたより早かった。

そのため体が動かないにしても、状況を把握することは可能だった。

その状況を把握して――

 

「…遅いって」

 

隣に舞い降りた天使――背中から神々しい羽を大きく広げ、頭に付いていた輪っかが青く染まった人物、天音かなたに向かって言い飛ばす。

 

「――悪かったよそれは。『ファミリア』」

 

悪態をつくトワに軽く謝ると、かなたの体から眩い光のオーラが放たれる。

すると、倒れていたトワを囲うようにオーラが注ぎ込まれていく。目に見える傷穴が徐々に塞がっていき、やがて元から傷などなかったかのように完治してしまった。

 

「――これがかなたの覚醒ね」

 

「そうみたいだな。要するにサポートは任せろ」

 

再び復活したトワがその場に立ち上がる。凄まじいブレスを吐いた幼龍は、2人が未だその場で生き残っている様子を見ると、続け様に尻尾を思い切り振りかざしてきた。

 

「――『ライメイ』」

 

再び、超速で横へ跳び尻尾の射程距離から逃れた。一方かなたは――

 

「ただ癒すだけじゃねえっつーの。――『ファミリア』」

 

突如としてかなたの目の前に鉄で出来たような見た目の壁が地面からせり上がってきた。

幼龍の勢いよく放たれた尻尾は壁に直撃――想像以上の耐久値があるようで、尻尾を跳ね返したのだ。

 

「僕の『創造』舐めんなよ」

 

そう言って幼龍の足元の地面に手の平を向ける。地面から淡い光が漏れ出てきたと思うと、その瞬間地面が勢いよく爆ぜ、光の剣が幾重にも現れて幼龍の体を内側から貫いていく。

 

〈――ガァァ!!〉

 

呻き声を上げつつも、反撃にその凄まじく尖った爪を突き立ててくる。

 

「――『ライメイ』!」

 

その爪に向かって頭上から勢いよくトワが落ちてくる。言葉通り、トワ自信が小悪魔のオーラを纏い、幼龍の爪へと着地したのだ。

――着地などと優しい表現が似合わないほどの威力を発揮し、人で言うところの肘に当たる部分から先が、落下の衝撃によって粉々に砕かれてしまったのだ。

 

「…おりゃあ!」

 

幼龍が怯んだ隙に乗じてかなたとトワが連携を取り、幼龍へ攻撃を積み重ねていく。

今度はこちらの番と言わんばかりに、幼龍の[狂愛]の積み重ねに対応していく。

 

〈――ガァァ!!〉

 

こちらの対応に更に対応する形で[狂愛]による成長を繰り返す幼龍。

少し前の攻防戦に近い形――つまるところの埒が明かない状態に再び陥ったのだ。

 

「またか…!」

 

いくら覚醒した2人とは言え、能力の消耗がない世界の中だとしても体力には限界がある。いずれはまた幼龍に上回られてしまうだろう。

 

「もー早く決着つけなきゃなのに…!」

 

このまま戦い続ければ、2人の覚醒は解けてしまうだろう。それまでが本当のタイムリミットとなる。

 

〈――ァァッ!〉

 

「――っ、かなた!」

 

「なっ…!?」

 

そして訪れる、均衡状態が崩される一手。不意に放たれた幼龍の攻撃――しかしそれは今までに見たことの無いもので、咆哮に合わせて地面に結晶が広がっていったのだ。

咆哮のブレスに備えて移動する2人だが、それとは違う結晶による動きの封じに嵌ってしまう2人。

動きが止まった2人目掛けてブレスを――

 

「――っ!?」

 

「トワっ!」

 

足を止めた結晶が更にトワの体の半身にまで拡大し、さながら結晶化のような状態になってしまう。

その上でのブレスがやって来る。もちろんトワに避ける術はない。

 

「くっ――『ファミリア』!」

 

目の前に地面から大きな壁を生み出し、ブレスを防ぐ手段とした。だが――

 

「っ!威力が――」

 

先程までとは比べ物にならない程強くなっており、壁である程度軽減できたものの、そのまま2人ともブレスに巻き込まれてしまったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

爆煙に呑まれるも、まだ息をしている2人。幼龍からは煙で姿が見えないのか、追撃が来ることはなかった。

 

「っ…」

 

かなりの痛手を負ってはいるものの覚醒が解除されなかったのは救いだろう。

 

「まずいか…このままじゃまた同じだ」

 

何か策はないかと考えるトワを横目に、かなたがぽつりと呟く。

 

「1個…あるにはあるだろ」

 

「この中で『マドロミ』を使うっての?」

 

微睡み世界の中で更に『マドロミ』を行使する。そんな話は聞いたことがないし、やろうとした者もやった者も居ないだろう。

 

「いーやそれじゃない。――『オーバータイム』だ」

 

「っ、本気か?」

 

『オーバータイム』は、制限時間の間ならあらゆる能力を無条件で使うことができ、身体能力も元の数千倍にまで跳ね上がる強力な技だ。

この技に伴う代償は、使用した秒数に比例して使用解除後あらゆる能力が一時的に使えなくなるというものがある。

 

「…時間は?」

 

「10分以内に蹴りを付ける」

 

「――おーけー。やるか」

 

2人の意見が合致したタイミングを見計らったかのように煙が晴れて視界が開けた。

目の前にはずっと煙を見つめていたであろう幼龍の姿があり、2人の姿を捉えた瞬間に大きな咆哮を上げる。

 

「「――『オーバータイム』!」」

 

声が重なり、溢れんばかりのオーラが放出された。だが相手は幼龍――オーラに怖気付くこともなく直進して2人を今度こそ仕留めようと、その鋭い爪を突き立ててきた。

『オーバータイム』は身体能力を極限まで上げるものだが、その理屈は使用した天使と悪魔の総合能力の乗算となる。

つまり、圧倒的な潜在力を秘めているかなたとトワが使う『オーバータイム』は、過去に使われたものとは比にならない程の力をもたらしているのだ。

その結果が――

 

〈――グガァァ!!?〉

 

これまで受けてきたダメージを、たった一撃でそれを上回る激痛が幼龍を襲う。その痛みが2人分の拳や蹴りから放たれているのだ。

 

〈――ァァァ〉

 

圧倒的な力の前に例え幼龍といえど為す術がない。――と考えるのが普通だ。

 

〈――[狂愛]ッ!〉

 

今までに聞いた事のないような人間味の溢れる声が張り裂けんくらいに響き渡る。

再び、その身体能力を強制的に向上させたのだ。

だがそれでも――

 

〈――ァァァッ!!〉

 

「――『ライメイ』」

 

かなたの力により創造された光の柱に体を貫かれ、大きな苦痛を露わにする。

そこへ追い打ちをかけるようにトワから光の粒子が溢れ出し、手を幼龍へかざした瞬間、凄まじい速度で幼龍に向かって放たれた。

幼龍に触れた瞬間に粉々に砕け散ってしまう。そう聞けば誰もがあまり効果がなかったのではないかと疑ってしまうだろう。だが実際に幼龍に当たった部分、腹部に注目して観察してみればその異常さが浮き彫りとなる。

 

〈――ガァァァッッ〉

 

2つの光により攻撃を受けた腹部は、風船が破裂したかのようにその中身を露わにして弾け飛んでいた。人が受けるものなら即死する程の攻撃。だがそれでも幼龍はやられずに未だ顕在している。

とは言え幼龍も明らかに弱っているのが見て取れる。

 

「攻めるなら今しかねえ!」

 

かなたの合図にトワが頷き、お互いにこれまでお世辞にも仲が良いとは言えず、ずっと張り合っていた2人とは思えない完璧な連携で幼龍に追い討ちをかける。

――そしてついに、この長く続いた永久にも思える戦いに変化が生じたのだ。

 

〈――ァァァァ〉

 

永遠に成長を繰り返し立ちはだかると思えた幼龍は、ついにその成長が突然として止まり、最早原型など留めていない体はボロボロに崩れ落ちていったのだ。

 

「…本当に、終わったのか?」

 

一度復活した幼龍を前に、また復活を果たすのではないかと不安になるかなた。だが、そんなかなたの不安を取り除くかのようにトワが口を開いた。

 

「残骸ごと消えてなくなった。これで本当に終わりだよ」

 

そしてそのトワの言葉を肯定するかのように、この『微睡み世界』そのものがひび割れて、少しずつ形が壊れていったのだ。

 

「…おい!?」

 

「大丈夫だ」

 

不意に倒れたトワにかなたが驚きの声をかけるが、心配ないとトワは答える。それにつられてか、かなたも背中から地面に思い切り倒れたのだ。

 

「…これでここから本当に出れるのか?」

 

「…さあ。過去に聞いたことなんてないしな。もしかしたらもう死んでたり」

 

「笑えない冗談だな」

 

「――暫くは能力も使えないな」

 

「――そうだな」

 

崩れていく『微睡み世界』の中で、天を仰いで目をゆっくりと閉じる。恐らく1ヶ月近くはまともに能力が使えないだろう。この後戻れても、果たして無事でいられるのか。

――そんな後のことを考えるのはやめて、お互いに手を繋いだまま意識が途絶えたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

眩い光と轟音を発した直後、目の前からは幼龍の姿が消えていた。――いや、正確にはトワとかなたも消えてしまっていたのだ。

それに気がついた瞬間、ときのそらは酷く慌てふためいた。

 

「っ!?嘘っ!?」

 

このまま2人が欠けた存在となってしまったら――このParallelは失敗に終わるのではないか?そんなことまでも考えてしまう。

 

「大丈夫っすよ。かなたが簡単にやられる訳ないし、2人が消えた理由がちゃんとあるはずっすよ」

 

ココがそう言い、ときのそらを落ち着かせる。ココの言葉に同意して周りの皆が大丈夫だと声をかけてくれたおかげで何とかパニックにならずに済んだ。

 

「これからどうします?ここで2人を待ちますか?」

 

フブキがそう提案を出すと、他の手がないことから全員が賛成することにしてこの場に残ることとなった。

――そう気持ちを固めた時だった。

 

「――っ!?」

 

「なになに!?」

 

不意に皆が居座る場所――地獄に大きな揺れが生じたのだ。一度鳴り止み、そして再び揺れが発生する。

それが繰り返され、その度に地面がひび割れ、まるで地獄全体が壊れていくかのような錯覚を味わう。

 

「――まさか、地獄の「核」が…?」

 

ふとカリオペから言葉が発せられる。「核」と呼んだもの、それについては一度カリオペの口から聞いたことがある。

 

「…壊されたら、ここが滅ぶ――っ!」

 

一体誰が壊したのか、それは考える必要も無いだろう。

 

「恐らく幼龍は核の位置を把握していたでしょう。死の間際に見えたもの――恐らく「狂愛卵」から孵化したバケモノが壊してしまった」

 

幼龍がトワとかなたの光の力で消滅する寸前、ときのそらにも何か地中に産み落とされた楕円形の物体を視認していた。

だが、カリオペはそれを「狂愛卵」と断定し、まるでその正体が知っているかのような口ぶりで現状の予想を立てたのだ。

 

「…狂愛卵、幼龍の最期の奥義っすね。中からは[狂愛]を注がれたバケモノが1000体産まれてくると言われているものっすよね」

 

ときのそらの疑問、その疑問の発生源であるカリオペに説明を求めたが、それよりも先にココがその疑問に答えた。

 

「せ、1000体…」

 

説明の中で出てきた1000体という単語。それにはときのそらだけでなく他の者も同じように驚きを隠せないでいた。

 

「…って、これどうするのら!?やばいのらよ!」

 

と、悠長に現状について話し合う暇など残されていない。ルーナの言うように、すぐ付近の地面がひび割れて崩れ落ちて行った所だったのだ。

 

「…時間が足りないよ!」

 

誰が嘆いたのだろうか、この場にいる全員の気持ちを代弁するかのように呟かれたその言葉を聞いて、カリオペがすぐに行動に移した。

 

「皆さん!ゲートに入ってください!」

 

地面から浮き出るように現れたゲートの前に立ち、この場にいる全員へ呼びかける。

 

「――地獄は捨てます。天国へ戻り打開策を考えましょう」

 

再びカリオペの口から放たれた地獄を捨てるという選択。だが以前と違うのはこの地獄を、過去を諦めて捨てるのではなく、その逆――地獄を救うために捨てるという選択を取ったカリオペの心意気だった。

それはときのそらにも感じ取れた事で、同じように前向きにカリオペの作り出したゲートへと入ろうと皆の後を追ったときだった。

 

「――っ!?2人ともっ!」

 

「…そらさん!」

 

全員がゲートをくぐり抜けたあと、壊れ行く地獄の中で残ったのはカリオペとときのそらの2人。そんなときのそらの視界の端に不意に人の姿が映ったのだ。

そちらに視線を向ければどこからともなく現れたトワとかなた――お互いに手を繋いだまま意識を失って地面に落ちてきたのだった。

 

「…まずいです!」

 

「…っ!?」

 

そんな2人を放っておくなどという前提が覆るような行動は起こさまいと、急いで駆け寄り2人を抱えてゲートに乗り込もうとした瞬間、タイムリミットを示すかのようにときのそらの足場となっていた地面が崩れてしまった。

――そしてそのままどこへ向かうかも分からない地面の下へと落ちていったのだった。



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▶19「唯一の方法」

――――――咄嗟の出来事にカリオペは反応できなかった。突然として予定と違う行動を取ったときのそら、だがそれを叱る権利はカリオペにはない。

 

「…死なないで!絶対に助けますから!」

 

むしろ褒めるべき行動を取ったとも思える。ここでカリオペまでもが自らを投げ出してときのそらたちを助けに降りてきてくれれば簡単だったかもしれない。

だがときのそらは知らないが、ゲートを生み出した本人が強い損傷を受ければその瞬間にゲートが閉じてしまうのだ。

全員がちゃんと天国へと繋がったのか、それを確認する術がない今カリオペは無闇な行動ができない。

故に、一言『助ける』と叫んだカリオペはすぐさまゲートの中へと入っていったのだ。

 

「…大丈夫だから!」

 

助けに来なかった理由が分からずとも、カリオペの今の行動に意味を見出したときのそらは悲嘆することなく、トワとかなたを両の手に抱えたまま深く下へと落ちていったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…うっ」

 

気を失っていたのか、意識が覚醒し目を開ければ周りは薄暗く、地面が少し濡れているのが布越しに伝わってきた。

 

「…水?――っ、トワちゃんたちは!?」

 

2人を抱えて落下したはずのときのそらだが、手は地面へと付けていて2人の姿が近くに見当たらなかったのだ。

最悪な状況を想定して、急いで探そうと立ち上がり――

 

「落ち着いてそらちゃん」

 

「うわっ!?」

 

目の前から突然声をかけられ、びっくりして再び地面に手をついてしまった。

 

「脅かしてんじゃねーよトワ。とりあえず3人の安否確認はできたな」

 

そのすぐ隣から声をが聞こえてきた。この暗闇の中、ときのそらだけが周りを視認できていないのかと考えたが、次第に暗さに目が慣れてきて2人の顔がはっきりとは言わずとも見えてくるようになった。

 

「2人とも良かった…」

 

改めてトワとかなたの顔を確認して安堵のため息を零す。

 

「ここってどこ?」

 

「地獄の地下世界…って言ってもただ地面の下に大きな空洞があるだけで住んでる奴とかは居ないけどね」

 

ときのそらの疑問にトワが受け答えをした。地上が先に崩れていった訳を聞けば、核の存在している位置に関係しているという。

 

「まぁこの地下もそう長くは持たないけどね。核が壊されたのが本当なら地獄は完全に消滅する」

 

何も悔しさや未練など無いと言ったふうに軽々とトワがそんな事を口にしたのだ。

 

「天国が残ってりゃあ、この地獄は復活させられる…ってカリオペも言ってたしな。優先すべきは天国への帰還だ」

 

トワに続いたかなたの言葉を聞き、まだ諦めるところでは無いと再認識した。

それでいて、前に説明を受けた時のかなたと今のかなたには大きな変化が――良い方向に変化していたことがときのそらにはとても嬉しく思えたのだ。

 

「それじゃ早速ゲートで…」

 

一時はどうなるかと思ったが、2人が無事目を覚ましてくれたことで色々な心配が消え去って行った。

どのくらいの時間経ったのかは分からないが、あくまで勝手な予想としてまだカリオペ達が助けに来ていないことを考えるとそう長い時間は寝ていなかっただろうと思える。

 

「皆に変な心配かけないで済むね」

 

そう意気込むときのそらだったが、それに対する2人の反応はイマイチだった。なぜなら――

 

「えっと、そらちゃん。聞いて欲しいんだけど…実は僕たち能力が使えないんだよね」

 

「…だからゲートも作れないの」

 

かなたとトワから告げられた言葉、それを聞いてときのそらは大きく目を見開いて固まってしまったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

ときのそらが落ち着いた後、2人から消えて居なくなった後の話をしっかりと聞いたのだった。

 

「…そうだったんだ。でも良かった、2人が無事で」

 

「まぁ倒すのにこっちは全能力制限されちゃったし…無事って言えるのか?無事なのか?」

 

変なところに疑問を覚えたかなたを無視して、トワは改めてときのそらに意見を求める。

 

「とりあえずさっきも言ったようにここももう危ないだろうし。どうにかして天国へ移る方法を探さないとね」

 

「ちょっとした疑問なんだけど…」

 

話の途中、ふと気がついたことがあってトワに確認をした。

 

「地獄が壊れて、そのまま落ちていったらどこに着くの?」

 

初めて会った時の説明から、この地獄はときのそらたちの済む大陸、それのはるか上空に位置しているという。

単純な話、落ちていけば地上に戻るのではないかと考えたのだ。

 

「まぁそう上手くは行かないね。トワたちは問題ないけど、普通の人間が落ちて行けば途中にある特別な大気圏で体が消滅しちゃうよ」

 

「それって…」

 

「そもそも地獄と天国に来る人間は10割が死んだ奴らだからな。そらちゃんたちみたいなのは例外中の例外だよ」

 

このまま落ちるという選択肢は、2人には問題ないがときのそらが無事では済まないという。それは2人が許さないだろうし、ときのそら自身もここで死にたいとは全くもって思っていない。

 

「ここから天国に行く方法って…」

 

「ものすごくかけ離れている…というか、空飛べないとそもそもたどり着かないからね。飛んで行くかゲートを使うかの2種類だけだね」

 

もちろんときのそらが空を飛べる訳もなく、選択肢は最初から1つ――ゲートを通るのみだった。だが――

 

「2人は能力が使えない…」

 

ゲートが使える者が居ない今、天国へ行く方法がなくなってしまったのだ。

 

「…向こうからゲートを開いてもらえれば、って思うかもだけど。先に伝えるとそれはかなり難しいからね」

 

今まさに同じことを考えついたときのそらだが、それを先回るようにかなたにダメだしをくらう。

そうしてときのそらが驚いた表情を見せると、説明をするかのようにかなたが続きを口にする。

 

「ゲートを出すには地獄と天国の座標に関わってくるのさ。だから特定の人物の元に繋げようとしたら、そいつがいる場所が正確に分かっていないとできないんだよ」

 

今3人がどこにいるのか、それをカリオペが知るはずもない。実際3人も居る場所が曖昧なため伝える手段が例えあったとしても正確に位置情報を言うのは困難だろう。

 

「それじゃあもう…」

 

手段がないのではないか、そうときのそらが呟こうとしたがグッと堪える。ついさっきまだ諦めないと決めたのだ、まだ諦めるのは早いだろう。

何とかして方法がないか思考を凝らして考える。

そう考えるときのそらに、ふとトワが何かを思いついたかのように吐息が漏れた。それを聞いてかときのそらとかなたは同時にトワへと振り向く。その視線に気がついて、一つ呼吸を挟むと――

 

「――1つだけ、限りなく薄いけど方法があるかも」

 

そう、何も宛がないと思っていた2人に告げたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「…核の所に向かう?」

 

トワから告げられた言葉を聞き、かなたがそれに疑問を返す。

 

「そ。カリオペが「狂愛卵」を産み落としたって言ってたんでしょ?ならそいつらが核を壊したのは間違いないと思う」

 

「それがどうしたっての?」

 

「…一緒に、トワのビビも混ざってる可能性がある」

 

そう告げられるビビという名前。初めて出会った時トワの頭に居た帽子型のペットの名前だ。幼龍の異変により、何故かトワの前から姿を消してしまっていたのだ。

 

「…それが唯一の方法?」

 

「うん。ビビはね、トワの命令を受けてゲートを出現させることができるんだよ」

 

初めて聞く情報にときのそらは驚く。もちろん、かなたも同じようにだ。だがその情報がかなり有益な物と感じると希望が見えてきた。

 

「んじゃ早速向かうか。だいたいの方向は分かるし。――って、僕たち能力使えないじゃん。バケモノどうするの?」

 

勢いよく一歩を踏み出して、次の一歩で立ち止まり無視できない問題を疑問にした。

 

「え、それはそらちゃんに戦ってもらうしか…ってそういえばサポート寄りの能力なんだっけ?」

 

「…あれ、そらちゃんゲート使えるよね?それで戻れば良いんじゃない?」

 

トワがときのそらについて知り得る能力の事を再確認し、かなたがふと思い出したかのように能力について問いかけてくる。

2つの質問に答えなくてはいけないが、どちらから答えるかと考えるより先にかなたのした質問にトワが過剰に反応した。

 

「…え?ゲートを…?」

 

この前まではその場の勢いで乗り越えてきたが、今はそんな状況ではない。故にときのそらは、包み隠さず自分の能力と言えるか怪しいものを2人に説明したのだった。

 

「――あの時は偶然か」

 

その説明を受けて、意外にもすんなりと受け入れてくれた2人が互いに納得する。

 

「なら尚更戦える人が居ないか…バケモノとの戦闘を回避してビビにたどり着くしかないか」

 

「そうだな」

 

思った以上に話し合いが素早くまとまり、3人してこの地下空間から上へ出るための通路を探しに動き出した。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

少し遠回りをして地上へと戻った3人。そこはすでに地上と呼ぶべきか怪しい状態だった。

地面はひび割れ、所々が砕けて穴が空いている。その影響で木々は倒されて地面が凸凹しているのだ。

 

「核が壊れたら一番遠いところから崩壊していくから、この辺がまだ大丈夫なら近くにあるって事だな?」

 

「そう。地形が変わってるけどたぶん、だいたいの位置は覚えている」

 

そう指を指し、トワの後について2人も歩き出す。この辺りはまだ地面もなんとか地面としての役割を保っており、道を進むのにそこまで苦労はしない。

それに加えて周辺にバケモノらしきものが今のところ見当たらないのも幸先が良いと言える。

 

「はぁ…まだなのか?」

 

「もうちょい」

 

しばらくの間、道とは呼べない道を進んでいく3人。かなたが痺れを切らしてきた頃、ついにその時がやって来た。

 

「っ、あれって…」

 

ときのそらが目の前に見つけた大きな球体。まるで人間の心臓のような形をしたそれは、これまで地上では見ることはなかったのだ。それが今、こうして地上に姿を現していた。

 

「ま、壊された影響だね」

 

「さすがにここはバケモノがいるか」

 

ときのそらが見つけた球体を、2人は「核」と認識し、その周辺には幼龍の産み落とした「狂愛卵」の一部から産まれたであろうバケモノがうろついていたのだ。

 

「トワちゃん!あれ!」

 

ふと視界の端に映ったバケモノではない生き物を見つけ、ときのそらがすぐにトワを呼ぶ。

その声に反応したトワがときのそらと同じ方向を見ると――

 

「っ!――ビビ!」

 

見つけた生き物は、トワの元から姿を消したビビだったのだ。

ビビの体は小さく丸まっており、今にも儚く消えてしまいそうな状態だとときのそらの目にも分かった。

 

「くっ…バケモノが邪魔すぎる!」

 

何とかしてビビの元に近づきたい3人だが、バケモノの隙間をくぐり抜けることは今の3人には出来そうにもなかった。

こうしている間にも地響きは鳴り続け、時折遠くのところで地割れが発生している。

核付近が崩壊するのも時間の問題だろう。

 

「諦めんな!突っ切るぞ!」

 

かなたがそう大きな声をあげて覚悟を決めるように2人を促す。

ときのそらもそのつもりでここまでやってきたのだ。ここで怯んでいる場合ではなかった。

 

「――うん!行こう!」

 

そうときのそらが大きく一歩を踏み出すと、一斉に周囲のバケモノがこちらへ振り返ったのだ。

 

「そらちゃんは僕たちのサポート!トワ!能力が使えないなら地力で退けるぞ!」

 

「あぁもう!やってやるよ!」

 

2人に挟まれる形でときのそらが真ん中に位置し、3人で固まってビビの元へ一直線に突っ走る。

横から飛び込んでくるバケモノたちはまだ産まれたばかりというのもあり知能が低く、能力なしのかなたとトワでも十分に引きはがすことができた。

 

「…お願いっ、なんか!」

 

今までに自分が発動した力。その恩恵が何かは知らないがこの状況でなんでもいいから発動してくれと必死に願う。

そしてその願いは――

 

「っ!これ…」

 

「うおっ…力が溢れてくる!」

 

ときのそらの両端に居た2人をまとう金色のオーラ。それに伴って力が漲ったことによるバケモノへの攻撃――それら全ての行動が示し合わせたかのように、ときのそらが願った直後に起きた出来事だった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

ときのそらの能力の覚醒により、ビビの元にたどり着くまでの間のバケモノは難なく突破できそうだと感じ取れる。

あとわずかでビビに触れられると思ったその瞬間、手を伸ばしたトワの真横から異質なバケモノの影が見えたのだ。

 

「っ!?」

 

そのバケモノから溢れ出るオーラ。今までの産まれたばかりのものとは格が違く、間違いなくこのままではトワはやられてしまうだろう。

バケモノを次々退けたとはいえ、能力柄制限されている2人の集中力はかなり低下していた。かなたもバケモノの存在に気がつくが助けに入るのには間に合わないだろう。

 

「――だめ!私が…助ける!」

 

トワも足を止めてバケモノの方を見たまま動けなくなっていた。そんな2人より先に、自分が――ときのそらが必ず助ける。

そのために、過去に――Parallelにやって来たのだから。

 

「――っ」

 

そう強く意識した瞬間、ふと頭の中に謎の感覚が入ってくる。それがなんなのか確かめること無く、ときのそらは迷いなくその感覚に全神経を委ねた。

強く決心したものの今の力では助けられないから。

何か能力が発動したならそれに賭けるしかないから。

そうして自分の中の別の意識に力を割くと――

 

「…そらちゃん!?」

 

ときのそらの行動にかなたが大きな声を上げる。それは無理と分かっていながらトワの代わりに犠牲になろうと飛び込んだ彼女の姿を見たからか、あるいは――

 

「――っ!」

 

「ガァァッ!?」

 

今までに見たことの無い超常的な速度で動いた彼女の姿を見たからか。

 

「…そらちゃん」

 

トワがぽつりと呟く。目の前で起きた光景は地面に落ちた木の枝を拾ったときのそらがそのままバケモノに突っ込み――気がつけばバケモノの首がきれいに切り落とされていたのだ。

それをしたのは、手に日本刀を持ったときのそら本人だった。



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▶20「終わりは天国」

――――――久々の再会、その事実に気が緩んだのか今まで退けてきたバケモノとは比にならない強さのバケモノの存在に気が付かなかった。

ここで死にたくはないと思ったが、もしこれでやられても今までの行いのせいなのだろうと割り切っていた。

だが――

 

「そらちゃん…」

 

そのバケモノを倒したのはトワでもかなたでもなく、サポート要員だと自分で言っていたときのそらだったのだ。

 

「――ぁ」

 

一瞬別人のように思えたが、それはあながち間違っていないようで、ふといつものときのそらに戻っていたのだ。

――トワには薄らと見えたが、確かにさっきの行動をしたときのそらの瞳は青く染まっていた。だが、今のときのそらは今までと同じ茶色の瞳をしているのだ。

 

「今が…凄かったねそらちゃん。まるで別人みたいだったよ」

 

そうかなたがときのそらの元へ近づきながら絶賛する。

 

「そ、そうかな。…あれ」

 

照れ隠しをしながら謙遜するときのそらだが、その手に持った木の枝を見て違和感を覚える。

確かに、自分の意思で動いていたわけではないが意識がはっきりとしていた中で――間違いなくバケモノを切ったのは日本刀だったのだ。

だが、そんな物は持ち合わせていなく代わりにこの木の枝を持っている。

 

「…なんかの能力?」

 

自分のことだが自分自身がよく分かっていない。元のMAINへと戻ったあと色々と確認する必要がありそうだった。

 

「ビビっ!」

 

脅威も去ったことで、ようやくトワとビビが再会を果たしたのだ。だが――

 

「…まずい、かなり消耗している」

 

「えっ。それって――」

 

「ゲートを使えない。トワから離れすぎたせいで体力がほとんど残っていないんだ」

 

微かな希望を手繰り寄せたかと思えば、今度は別の角度から希望が失われてしまう。

目線を落として答えるトワに何とかならないかとかなたが声をかける。

 

「…体力を戻す方法は?」

 

「トワの傍にいるってことだけ。どれくらい居れば元気になるかは分かんない」

 

与えられた残り時間はもうわずかだ。それなのに後どれくい待てばいいのかも分からないというこの状況。

他に方法がないか改めて考え直そうとするときのそらだったが――

 

「っ!?」

 

「そらちゃん!」

 

ときのそらの足元の地面が崩れ危うく落下しそうになる。素早く反応したかなたに手を握られたことで落ちずに済んだが、それでも宙に浮いている状態となってしまう。

 

「…もうっ」

 

時間がない。それが3人が同時に認識した事実だった。このままではいずれかなたとトワも落ちてしまう。

これ以上為す術がないと思ってしまったその時――

 

「――そらさん!」

 

――不意に聞こえた女性の声。その声にどれだけ心を救われただろうか。片手をかなたに握ってもらって宙に浮いている状況の中、首だけで声のした方へ振り返りその人物をしっかりと視界に抑えたのだ。

 

「――カリオペさんっ!」

 

その視線の向こうには大きなゲートが現れ、その中から一人の人物――カリオペが姿を見せていたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「そらちゃーん!」

 

「わっ!?」

 

カリオペの開いたゲートを通じ、3人が天国へと戻った直後、勢いよく飛び込んできたノエルに抱きつかれそのまま尻もちをついてしまった。

 

「良かったぁ…!」

 

「…ノエルちゃん」

 

皆がときのそらのことを深く心配してくれていた、その様子を見ただけで心に来てしまいそうだ。だが今ここで泣くわけにはいかない。

――皆無事に生き延びることができたのだから。

 

「…かなたの能力で地獄を復活させる予定だったけど、まだ使えないのか」

 

満身創痍となっているかなたの傷を癒しながらココがそう呟いた。

カリオペの言っていたようにかなたの持つ[天使の恩恵]にて地獄を復活させることができるのだ。

 

「この能力が使えるようになるまでもうちょいかかっちゃうな」

 

「…ならトワたちはかなたの所にしばらく住まわせて貰おうかな」

 

「しゃーねーな。部屋汚すなよ?」

 

トワがカリオペと自分を指さしながらかなたにそう意見を述べた。

前までの2人の関係ならこんな発言はでてこなかっただろう。今ちゃんと二人がお互いを理解し合えたからこそ言えるのだろうと、ときのそらだけでなくカリオペも嬉しく微笑んだのだ。

 

「…これでここを救えたってことは」

 

ときのそらがParallelを転移する中での絶対条件。それは、過去を改変し仲間を救った時点でMAINへと帰還することになっているという点。

 

「…みんな、あの」

 

その事についてこの場にいる全員に伝えようとするが、それを制して先にココが口を開いた。

 

「ちょっと私たちこの後用事があって戻らなくちゃいけないんです。なのでこの後私たちの所へ来てはくれませんかね?ノエルと船長が案内してくれると思いますよ」

 

そのココの発言に全員が真剣に聞いている中、一人驚いた声をあげた。

 

「えっ。だってマリンちゃんとノエルちゃんも…」

 

二人も同じMAINの人間だ。ときのそらたちと同様に帰還することになる為道案内を頼めるはずがないと思っていた。

 

「船長たちはParallel移動してないですからたぶんここに残りますよ。大丈夫です!そらちゃんが作った仲間たちとそう簡単にお別れなんてさせないですから」

 

「――っ」

 

ときのそらが恐れていた唯一の懸念をあっさりとマリンが見破った。

前回の――ノエルたちを救ったParallelは同じ大陸上、しかも近い国の中での出来事だった。そのため元の無人島に戻された時も、ノエルたちが別の道を伝って無人島にたどりついたことで奇跡の再会をすることができたのだ。

だが今回は地獄と天国、そして遠く離れた国での出来事。元の場所に戻ってしまえば道を案内させる人物がいない限りもう会うことがないだろうと思っていた。

 

「…ふむ、そらちゃんの住んでるところは気になりますね」

 

「a〜私も行きたいです!」

 

「私も、お礼言う」

 

だから、マリンの言った通り、ときのそらとココの体が白く光りだし今にも元いた場所へと戻されようとしているのにも関わらず、別ルートからやって来たマリンとノエルの体は白く光り出すことはなかったのだ。

 

「…僕たちも能力が戻って地獄を創造し終えたら向かうよ」

 

「…残る皆さんは私のゲートで下へと送り返してあげます」

 

かなたとカリオペがそれぞれ提案すると、この場にいる全員がそれに賛成する。

そして、ときのそらとココを包む光がよりいっそう輝き出すと――

 

「――皆、また絶対会おうね!」

 

ときのそらが強くそう言葉にした瞬間、この場から完全に消え去って行ったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

このParallel転移の感覚にはすでに慣れてきている。それでも毎回ちゃんと戻れるのか、それを心配してしまう。

 

「――うっ」

 

突然として目の前が眩しく輝き出し、目を細めて辺りを見渡す。

見慣れた自然の中、1つ高い丘のような所に立っている。そして隣には同じようにして戻ってきたココが居た。

 

「…戻ってきましたね」

 

「うん。――ロボ子さんの所に行こっか」

 

戻ってきたという実感をすると、急ぎ足でロボ子さんたちと作った拠点へと歩き出す。

そこまで遠い距離ではないが、1秒でも早く戻って報告をしたいと思うときのそらは歩く速度が徐々に速くなっていく。

そして、拠点の入口付近で何やら作業をしている人物を一人見つける。

 

「ロボ子さん――っ!」

 

「っ!?そらちゃん!?」

 

声をかけられた少女――ロボ子さんが振り向くと、視線の先にときのそらが映り思わず声を上げて驚いてしまう。

 

「ロボ子さん!全部救ってきたよ!ココちゃんの大切な人も!」

 

勢いよく成果を述べるときのそらに待ったをかけて、一度落ち着かせてから改めて話を聞いた。

 

「そうだったんだね。良かったよ…向こうで知り合った人たちはここに来るの?」

 

「うん。マリンちゃんたちに案内させてるからここへ来るよ。…あれ」

 

そこでふと突然として違和感を覚える。マリンたちは王国へ用があると出かけ、その用事の行先がときのそらが転移した2つ目のParallel、【デセール】の国での出来事と被ったのだ。

だが、ときのそらとココがAZKiの力によって転移した先は今の時間軸から3か月ほど前。

 

「――時間軸がおかしい?」

 

何故3か月前の自分が並行移動で転移した先と、3ヶ月後に起きているはずのノエルたちの国への用事――それが同じ期間に起きたのか。

その疑問を思い浮かべたところで、声をかけられモヤモヤした気持ちを抑えながら意識を切り替える。

一度落ち着いてからこの疑問に再び頭を悩ませれば良いと考えたからだ。

 

「そらちゃん」

 

「どうした…えぇ!?」

 

声をかけられた方へ振り向くと今まで以上に大きな声を上げてビックリする。それもそのはず――そこに居たのはつい先程、天国で別れたはずのマリンたちが立っていたからだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

あまり正確な時間は覚えていないが、天国から帰還してから今この状況になるまで小一時間程しか経っていないはず。それなのにもうすでにマリンが帰ってきたことに驚いている。

もちろん、それがマリン一人で帰ってきたのではなく向こうのParallelで出会った仲間たちを全員連れてきたことにだ。

 

「…トワちゃんたちはまだか」

 

天国と地獄の主である、かなたとトワ、そしてその傍付きのムメイとカリオペの姿は見当たらなかったが能力が元通りになるまで1ヶ月程かかると言っていたため当然居ないのが普通だろう。

 

「でも。皆にまた会えて…ホントに良かった」

 

あの時を最後にバラバラになるかもしれない、そんな嫌な予感が頭をよぎっていたが、今この瞬間にそんな思いは綺麗さっぱりなくなったのだ。

 

「――それじゃ、皆のこと紹介するね!」

 

そうして、このロボ子さんの拠点にて、フレアたちの帰りを待ちながら新しく出会った4人の仲間、ルーナ、わため、フブキ、ぐらについて話すこととなった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「まだあと4人居るのか。ずいぶんと多くなったね」

 

話が終わり、それを聞いていたAZKiの口からそう感想が零れる。

 

「いやぁだいぶ賑やかになったね。これからここに住んだりするの?」

 

意外にも仲間が増えたことをすんなりと受けれいたロボ子さんが、今いる4人にこの後のことについて聞く。

 

「Yes.そらと一緒に居るから〜ここに住みます!近くに良い海もあったし〜」

 

「わためもどこか拠点があると楽だから皆が良いならここに住みたいなぁ」

 

ぐらとわためから肯定の気持ちを受け取るが、残り2人は少し微妙な顔をしていた。

 

「まぁ白上としては今やらなきゃいけない用が終われば良いですけど…とりあえずそれが終わるまでは保留ですかね」

 

「ルーナも迷ってるのら。ここって王国に近いのらよね?パパから離れたくて向こうに国を作ったのらだからちょっと…。それにまだ住人たちが心配のらよ」

 

確かに2人の言いたいことも分かる。だから無理に住まわせる必要はないとときのそらも感じていた。

 

「それなら一応すぐこっちに来れるようにそっちの国とここを転移できるようにしておこうか?」

 

と、ルーナの事を配慮しつつ、仲間との繋がりが途切れないようときのそらのためにもロボ子さんが提案を言い出した。

 

「そんなことできるのら?まぁそれなら…わためちゃやそらちゃと別れるのは寂しいのらから」

 

ロボ子さんの持ち出した案に賛成するルーナ。そうしてこの場にいる者の今後の方針が決まったとき――

 

「――お、いるじゃん」

 

「――えぇ!?」

 

本日2度目となるときのそらの大声が響き渡る。それは、声をかけてきた人物が、天国の住人でありココの親友、天音かなたによるものだったからだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「えっと…」

 

さすがのときのそらもここまでくれば違和感に気づいていた。

そしてそれを問いかけるより先にかなたが切り出してきた。

 

「…分かるよそらちゃん。僕たちが来るのが早すぎるってことでしょ?」

 

「そう!1ヶ月くらいかかるって言ってなかった?」

 

「それはね…僕たちの住む天国や地獄っていうはるか上空に位置する場所――俗に言う【あの世】は今居るここ【この世】と時間の流れが違うんだよ」

 

「時間の流れが…違う?」

 

そう言われ、前にロボ子さんからときのそらの住む現実世界と、このParallel世界での時間の進みは違うと説明を受けていたのを思い出した。

それに加えて現実世界に戻った時に、明らかに時間の進み具合が違かったという経験も思い返す。

 

「こっちの住んでるところは進みがものすごく早いんだ。だから僕たちはちゃんと1ヶ月近く過ごしてきたよ」

 

それを言われたことで、先のときのそらの並行世界の移動と3ヶ月後のノエルたちとの出会いの違和感にも納得したのだ。

 

「トワち〜また会えたねぇ」

 

「そっちからしたら数分の別れだったでしょ。まったく」

 

駆け寄ってくるわためを拒否することなく、トワもわために対して抱き返した。

これで、やっと天国と地獄を完全に救うことができたのだ。

 

「――わぁ、人がいっぱい」

 

一段落ついたところで拠点の奥の方からAZKiが出てきた。

 

「そらちゃんの仲間たちも結構な人数居たんだ。…それなら、ちょっと天国に行ってみない?綺麗な景色があるんだよ」

 

そうかなたがロボ子さんやAZKiたちに声をかけるがロボ子さんの反応が思ったより薄い。

 

「天国かぁ…行ってみたいけどボクはここを離れる訳にはいかないしなぁ」

 

「まぁ、でも景色見るだけなら良いんじゃない?」

 

「そ、そうかな」

 

AZKiに説得され、ほんの少しなら問題ないだろうと了承した。

 

「よっし決まりだな。じゃ、皆で行くということで」

 

「賛成ー!」

 

ここまでのおおにんずうになるとは思わずときのそらも内心驚いている所はある。違うParallelで関係を持ったが、そうした仲間たちが一緒に集まることはとても嬉しく思えた。

 

「――ふふ。なんか楽しいね」

 

誰に言った訳でもないただの独り言。だが、そんな声をこの場にいた全員がまるで聞いてくれたかのように笑みを浮かべる。

 

「それじゃ行こっか!」

 

そう言い、救われた天国の美しい景色を一目見ようと、ときのそらたちは楽しみに進んで行ったのだった。




次回からは3章に入ります。また、3章からは文章の書き方を大幅に変更致します。これからもよろしくお願いします。


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#MYTH STORY
▶1「冥界の異変」


今回から本文の書き方を大きく変更しています。
見易くなっていましたら幸いです。


――――――天国と地獄での騒動が落ち着き、天国に案内されたときのそら達が自分たちの拠点へと戻ってきた。

 

「……いやぁホントに凄かったね」

 

 最初は乗り気ではなかったものの、AZKiに勧められたことで一緒に天国へと行ってきたロボ子さん。帰ってきた時の反応はかなり良いものだった。

 

 ロボ子さんやノエルなど、ときのそらの最初のParallelで出会った仲間たちがかなたに連れられて天国へ向かった際、代わりにトワたちがこの【Parallel World MAIN】の拠点を見守っていてくれたのだ。

 

「さてと……そろそろ調査に向かわせてもらいたいのですが」

 

 拠点に戻ってくるなり、付き添いで天国へ向かっていたカリオペに対して、待っていたフブキが声をかける。

 

「そういえば2人の間になんかあるって言ってたよね?」

 

 詳しくは聞いていないが、カリオペとフブキは少なからず関わりがあった雰囲気をしていた覚えがある。

 

「うん――『冥界』での異変、それによって白上の住む故郷に影響が及んでいるんだよ」

 

「……冥界?」

 

 天国や地獄とはまた別の呼び方の地名を聞かされ、その初めて聞く単語に首を傾げる。

 

「そう。天国とか地獄とかとは違って、ちゃんとこの地上の直線上に位置する大陸の事だよ。普通に入ることが困難だから冥界って言われてるの」

 

 そう説明を受けるものの、その冥界とカリオペの関連性はどこから来ているのか分かっていなかった。

 そんなときのそらに説明するかのように、カリオペが口を開いた。

 

「――実は私はその冥界出身なんです。そこにいるぐらも同じく」

 

 話に全く参加していないぐらを指差しながら、カリオペが薄く微笑んだのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 トワに仕えている身とはいえ、自分の出身地である冥界の情報は漏れなく認知しているとカリオペは言った。

 今現在起きている異変を解決するため、フブキは自分の住む里の長からの『指令』で遠くへとやって来たらしい。

 そして少なからずカリオペが関係あるという情報を聞き、最近似た人物を里で見かけたという噂も相まって探しに来たと言うのが現状ということになる。

 

 だが、当の本人であるカリオペを見つけたもののフブキは未だ納得していない様子。

 

「前向きに対応してくれるんだったら最初から逃げなきゃ良かったじゃないですか」

 

「Sorry.どうしてもあなただけでは解決できなそうな案件でしたから」

 

「なんですとー?」

 

 まるでフブキを煽るかのような発言に食いつこうとするフブキ。危うくケンカに発展しそうな雰囲気に慌てながら、ときのそらがフブキを抑えようとする。

 

 だが、その前に再びカリオペが言葉を紡いだ。

 

「――解決するには恐らくParallel移動の力が必要ですから。foxさん、あなたにその力が?」

 

「――その不思議な力が必要……ってことはそらちゃんが居ないと無理ってことか」

 

 そこでフブキの視線がときのそらへと移されたことで、思わず驚いて声を上げてしまう。

 

「えっ、私!?」

 

「Yes.そらさんの力が必要です。これからfoxさんと一緒に冥界へ来てもらえますか?」

 

 カリオペにそう言われ、一度ロボ子さんの方を見る。確かにこれまでParallel移動をしてたくさんの仲間たちを救ってきたのはときのそらだ。

 だが、このParallel移動自体はときのそらだけでなくAZKiも行えるものだ。それに加え、『秘密の丘』へ向かえば誰でもParallel移動はできる。

 

 そんなときのそらの不安を感じ取ったか、ロボ子さんが近づいてくる。

 

「確かにそらちゃんの気持ちは分かるよ。でも逆にボクはそらちゃんが行くことに賛成派かな」

 

 と、想定していた言葉とは違うものが飛び出てきたことで一瞬目を見開いてしまう。が、すぐさま口を開いて――、

 

「……実はちょっと気になることがあってね。それを確かめるためにもってこと。そらちゃんが嫌なら無理強いはしないよ」

 

「気になること……?」

 

「そう。本来、『秘密の丘』から転移させて向かうParallelの世界、そこは一度使ったら反応しなくなるんだよ」

 

 ロボ子さんの続けられた言葉の意図が読み取れず、首を傾げてしまう。そんなときのそらの行動に苦笑しながら、説明するかのように再び話し始めた。

 

「うーんとね、無意識なParallel移動って経験した?」

 

「無意識?……あ、確かあった気がする」

 

 そう言われ思い出すのは、フレアのParallelを救った後、MAINへと戻ってくることなく続け様にぺこらのParallelへ飛ばされたことだ。

 これは自分の意思ではなく、明らかに突如として転移したことだと分かる。

 

「そういう無意識なやつだったり、あずきの能力だったりなら何回でも移動できるの。だけど、あの『秘密の丘』から正確に狙った所へ飛ぶ転移――一度使ったら、もう二度とあの丘で転移できなくなるはずなの」

 

 そう詳しく説明されたことで何とか話を理解することが出来た。それはつまり、マリンやココはあの丘からの転移ができなくなったということ。

 そしてときのそらも――、

 

「あれ……私あの丘何回も使っているような?」

 

 一度使えばそれ以降使えなくなる――そう言われているはずの丘のParallel移動を何度も繰り返していたことに気がついた。

 

「そう。何故かそらちゃんは何度も使うことが出来る。その事について調べたいと思っているんだよ」

 

「……だから今回の件を?」

 

「うん。さっきも言ったけどそらちゃんが嫌なら行かせる気はないよ。ただどうしても行きたいと言うなら――調査って事で止めたりはしないってこと」

 

 こちらの気持ちを汲みつつ、自分の中で気になっていることを調べるための選択。

 もちろん、初めからロボ子さんに止められたとしてもときのそらはカリオペと共に冥界へ向かっていただろう。

 

 だからこそ条件付きというていでこちらに任せてくれたロボ子さんには感謝しかない。

 

「――うん、大丈夫。一緒に行ってくるよ」

 

「……やっぱり、そらちゃんらしいね」

 

 ときのそらの返答に満足したか、ロボ子さんが軽く頷いてカリオペに同行する許可をくれた。

 

「Thank you ロボ子さん、そらさん。では行きますか……ぐらもですよ」

 

「a〜!?」

 

 不意に話を振られたぐらがビックリして声を上げるが、すでに手をカリオペに掴まれたことで行かざるを得ない状況となってしまっていた。

 ときのそらの了承を受け、フブキとカリオペとぐらは冥界へと行く準備を始めた。そこへ――、

 

「それ、私たちもついていっても良いかな?」

 

 と、背中越しに声をかけられた。振り返れば、そこにはフレアとわためが一歩前に出ていたのだ。

 

「せっかくフブキちゃんと仲良くなったんだし、わためたちも手伝いたい!」

 

「わためぇ…それにフレアも」

 

 驚きつつも、戦力が増えることは悪いこととは思っていないからか、カリオペも止めるような真似はしなかった。

 

「くれぐれも気をつけてね。皆、もう名前を知った仲になったんだから。……危険なことだけは避けてね?」

 

 改めてロボ子さんがカリオペに注意を促し、カリオペは首を縦へ振るとそのままゲートを作り出した。

 

「――それでは冥界へ」

 

 そのまま、ときのそらたち6人はそのゲートをくぐり抜けて行ったのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 ゲートをくぐり抜けた瞬間、重たい空気が一瞬にして身を囲った。空は赤黒く染まり、ここが地獄だと言われても違和感はないだろう。

 

「この冥界の隣には魔界が位置していますが、そこには入らないように気をつけてください」

 

「魔界……?」

 

 再び聞きなれない単語を耳にしてときのそらが疑問を投げかける。

 

「入ると襲われてしまいます。特に人間は狙われやすいので行かないでください。区切りがあるので間違う事はないかと」

 

 そうカリオペに念押しされ、さすがに襲われるのは嫌なため言う通り入らないように心がけることにした。

 

「ここが冥界か……」

 

 周りの景色を見渡し、フレアの口から感想がこぼれ落ちる。

 その声のトーンが低いことから、好印象は持たなかった様子だ。

 

「さてさて、異変の原因に心当たりがあるんだろ?早く案内してくれたまえ」

 

 何故か胸を張って上からものを言う態度を取るフブキだが、カリオペは特に気にもせず皆を案内する。

 少しばかりかフブキのテンションが上がっているようにも見えるが深く追及することは無かった。

 

 そうして連れられてきた場所、周囲を大きな城壁で囲まれ中と外が隔離されているかのような建物の前へとやって来た。

 

「ここに居るってこと?」

 

「Yes.――彼女が異変の原因です」

 

「……彼女?」

 

 言い方から中には人が、それも女が居るということを表していた。カリオペが言うように、中からは時折火の玉が外へと放出されており、明らかに雰囲気が違うことは確かだ。

 

「でもこれがフブキちゃんの故郷にまで影響してるって事なの?」

 

 ときのそらの疑問に、残る3人も同じく頷いた。確かに異様な空気を纏っていることは肌で感じ取れるが、それでもこの冥界を抜けてまで影響を与えるかと言われれば疑問に思うことがある。

 

「常にということでは無いです。彼女の中にある力が暴走したとき、下界である地上に姿を現して力を放出しているのです」

 

「……白上の故郷の一部が燃やされたのがその人物のせいってこと?」

 

「はい。彼女は何者かによって意識を奪われている……無駄に力を溜め込んでは、それを放出しに地上へ赴く。それを繰り返しているのです」

 

「何でそんなこと……」

 

 カリオペの説明を聞き、フブキの故郷に与えた影響を実感する。それと同時に、ときのそらたちが住む拠点も安全ではないということが分かる。

 

「その人を止められないの?知り合い……みたいな感じじゃないの?」

 

「a〜キアラはバカだけど、実力は高いの。下手したら私たちがやられちゃう〜」

 

「キアラ……それが中にいる人の名前だね?」

 

 フレアの疑問、それにぐらが答えたがカリオペも概ね同じ意見なようで訂正を入れることはしなかった。

 実力が高いと言われ一瞬体が強ばるが、まだ力ずくになった訳ではない。

 

「見た方が早いかもですね」

 

 そう言って、何の準備もせずにカリオペが目の前の大きな門を開けた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 大きく開かれた門の内側、そこに広がっているのは炎の波だった。

 

「あっちぃー……なんですかこれ」

 

 カリオペについて行くように全員が門の内側へと足を運ぶが、周りに浮かぶ炎の暑さにフブキが文句を言う。

 ときのそら自身も我慢できなくはないが、かなり暑く感じておりどんどん体力が奪われていく。

 

「この奥に彼女――キアラは居ます」

 

 そうカリオペが言い、更に奥の方へと進んでいく。やがて炎の密度が急激に上昇し、丸い地形となっている場所にたどり着き、その中央に一人の人物が横になっているのが見えた。

 

「あれは……」

 

「彼女が小鳥遊キアラです。今は力が収まっていて寝ているところでしょう」

 

 真ん中にいる人物について説明をするカリオペだが、終始言葉に暗い感情が混ざっているように感じる。

 

「……キアラさんは意識を奪われてるって」

 

「その通りです。今ではキアラ本人と会話をする事ができない。その解決のため、そらさんを呼びました」

 

 話から察するにもう手遅れだと言っているも同然だ。それを救うためときのそらを呼んだのなら――、

 

「Parallelに行って過去を変える……」

 

「ねぇ、その前に今のキアラを抑えるって事はできないの?何とかして意識を奪っている奴を取り除ければ危険を犯さずに済むかもよ?」

 

 Parallel移動を視野に入れるときのそらと違い、フブキが今現在でやれる事はないかと問いかけた。

 フブキの言うように、今すぐに解決できる策があるならばそれをするに越したことはない。

 

「力で抑えるとか……人数差があれば可能じゃないですか?幸い白上は腕に自信ありますよ」

 

 そのフブキに賛同するかのようにフレアとわためも戦う覚悟はできている様子だった。

 だがそれでもカリオペとぐらからは戦う意志をあまり感じずにいる。相手が知り合い――おそらくそれ以上の、仲間とも呼べる存在だからというのもあるだろう。

 ただ、それだけではないと前置きをして――、

 

「――確かに私たちが束になれば負けることはないと思います。ですが、勝つことは不可能です」

 

 はっきりと断言するカリオペに対して、フブキは耳を疑ったかのような態度を取る。

 

「何を根拠に勝てないと?」

 

「――キアラが持つ恩恵です」

 

 『恩恵』――その単語は妙に馴染み深いものだ。それもそのはず、先刻まで一緒に居たトワやかなたが持つ力のそれと同じ言葉だったからだ。

 

「……どんな恩恵を持ってるんですか?」

 

 トワやかなたの持つ恩恵の力を聞いた時、皆が使う能力とはまた別の強力な力だという認識がある。

 勝てないとまで言われたキアラが持つ恩恵は一体どんなものなのか、それを問いかけると――、

 

「彼女の持つ恩恵は『不死鳥の恩恵』――死ぬ事のない絶対的な力です」

 

 そう、カリオペの口から衝撃の言葉が発されたのだった。



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▶2「海の中の番人」

――――――カリオペの口から放たれたキアラの持つ力、『不死鳥の恩恵』。

 

「……死ぬ事がない、ってまじ?」

 

「本当〜」

 

 さすがに嘘だろうという淡い希望は続くぐらの言葉に否定される。

 だが、死ぬことは無いと聞かされるもののときのそらはある事を思いついた。

 

「殺せなかったとしても元凶を取り除ければ良いんでしょ?だったら弱らせるだけでも……」

 

「確かにそうです。ですが彼女の持つ恩恵は死なない以外にも、痛みを感じなくなるのです」

 

「それじゃ弱らせることも無理ってこと?」

 

 ときのそらが出した提案、それが不可能だと言わんばかりに、問いかけに対してカリオペが首を縦に振ったのだ。

 

「ふむ……やっぱりさっきから言っているパラレル?ってやつで未然に防ぐ方が可能性があるのか」

 

「そうなります」

 

 結局のところ今現在でどうにかできる話ではないと再認識させられてしまう。

 それならそれで、ときのそらはParallel移動をする覚悟はあるため特に問題はなかった。

 

「……今回、AZKiさんの力を借りずに移動します。少し待っていてください」

 

 そう言い、カリオペが何か黒い霧に包まれると忽然と姿を消したのだ。

 AZKiの力を借りずに転移、そもそもAZKiの力では自分を含めて最大3人までしか転移させることができない。この場にいる全員を連れていくのは不可能なためカリオペの判断は理解出来る。

 

 例の丘から転移をすれば良いとも思う話だが、ロボ子さんの言うことが正しいならときのそら以外は丘からの転移は一度しかできない。

 丘からの転移は馴染み深い物を持っていれば狙った所に転移できるが、キアラの物など持っているはずもない。

 

 狙った場所に転移できるとも限らず、更に他のみんなの転移をすぐに使ってしまうのはできないという2つの点から新たな選択肢があるとときのそらは考えた。

 

「……でもどうやって転移するんだろうね」

 

「そらちゃんが転移するゲートみたいなのを作れるって訳じゃないみたいだし……」

 

 フレアとわためがお互いにそんな事を言っている。そんな考えをしていたとき、消えたカリオペが戻ってきたのだ。――フレアたちが気になった転移の仕方、その方法となるある人物を連れて。

 

「紹介します。……彼女はオーロ・クロニー。今回の件で手助けしてくれる人です」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 カリオペに紹介された人物、オーロ・クロニー。前に一度だけ、ときのそらはその人物の名前を聞いていた。クロニーの持つ能力について、それは――、

 

「……確かあずきちゃんと同じように色々転移できるとか何とか」

 

「――そんな認識で大丈夫です。あー、人が多くて緊張してるけど、オーロ・クロニーです。よろしく」

 

「よろしくっ」

 

 差し伸べられた手を握り、ときのそらは微笑んで挨拶を返す。クロニーの口からこの後の事情を説明してもらったが、想定していたようにクロニーの力でParallelを移動するというものだった。

 

「それじゃ早く行きましょ。キアラって人が何者かに操られる前に転移して、その何者かをやっつければいいんだよね?」

 

「フブキさんの言う通り、単純な話そうなります。私はただ皆さんをParallel移動させるだけしかできません。後はカリオペさんとぐらさんに従ってください」

 

 フブキの質問により最終確認が終わり、やるべき事が定まった。すぐに転移させてくれるとの事で、クロニーがその準備を始める。

 ときのそらたち6人の周囲に魔法陣のようなものが展開され、次第に強い光を放っていく。

 

「……戻ってくるのって、やっぱりParallelの過去を変えることができたとき?」

 

「えぇもちろんです。――ですが、万が一のときにはカリオペさんが私に連絡をしてくれるとの事。その時には一度帰還するという方向性です」

 

 危険な目に遭わないためにも、事前にやり直しのようなことが出来ると聞き、ほんの少しだけ安堵する。

 だが、すでに魔法陣が完成したようで転移する準備が出来た。

 

「……それでは、ご武運を」

 

 クロニーが最後にそう言葉を残し、やがて光に包まれた6人はこの冥界の場から綺麗さっぱり居なくなったのだ。

 6人を送り出し、役目を終えたクロニーが元の部屋へと戻ろうとすると――、

 

「……who?」

 

 自分の背中側から声をかけられ、クロニーはゆっくりと振り返った。

 そこには、先程まで中央で横になっていたと思われる少女が、その体を起こしてその場に立ち上がっていたのだ。

 

「――キアラさん、もう少しの辛抱です。もう少しで……必ず助かりますから」

 

 意識はすでに無くなっていたとしても、無意識のうちにキアラの本能が反応しているのだろう。そのおかげか、こちらに襲いかかることなく、再びその場で横になってしまったのだ。

 

 そんなキアラの行動の一部始終を見届けると、今度こそクロニーは元の部屋へと戻るために転移を行った。

 

「――皆さん気をつけて。【Parallel World ATHANATOS】はとても過酷ですから」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 飛ばされた先、そこは飛ばされる前に居た場所である冥界と同じ景色をしている。故に、キアラを救う鍵となるのはこの冥界で起きた出来事だと分かった。

 

「……そういえばカリオペさんってParallel来ても良いの?」

 

 ふと思ったことを口にする。今までParallelへ来ていたのは、その世界に存在しないときのそらという人物だった。

 前回の移動においても、ココを連れていたとはいえ地獄や天国においての時間の流れが違うことから、そこに住んでいる訳ではないココには関係のなかった話だ。

 

 だがカリオペは転移する術は持たないにしても、過去や未来のParallelの記憶を維持することができる。冥界が出身地であり、時々帰省していたという話も聞いたことがあるため、万が一にでもカリオペ同士が出会うのはまずいのではないかと考えたのだ。

 

「えぇ、そらさんの言う通り転移をしてきた者と、元々その世界に住む同一人物が直接出会ってはいけないことです。その考え方は正しいです」

 

「出会ったらどうなっちゃうの?」

 

「少し所では無いほどの大きな変化を現実世界にもたらしてしまいます。自然の崩壊となるため、これは絶対にいけないことです……が、その心配は必要ありません」

 

 Parallel転移をする上での絶対的なタブー、過去にロボ子さんも軽く言っていた内容――Parallelで移動した人とParallel先の同一人物は出会ってはいけないということ。

 ときのそらは異質な存在のためその心配はないと聞かされていた。

 

「心配いらないって?」

 

「この転移先は恐らく4ヶ月ほど前となるはず。その時の私は地獄にずっと居たので出会うことはありません。時間軸も違うので大丈夫です」

 

 と、全員に分かりやすくカリオペが説明をした。同じように、ぐらは冥界へ戻ることがほとんどなかったため心配はないという。

 更に他の3人に関しては、冥界に居るはずがないことから大丈夫だということらしい。

 

「まずはこの問題を早急に片付けなくては」

 

 やって来た場所と時間軸の確認が取れると、すぐにカリオペは行動に移そうとしていた。

 

「それじゃ早速元凶探しと行きますか」

 

 意気揚々とフブキが歩み出す中、それに待ったをかけるのはカリオペだった。

 

「私たちは誰が元凶なのか、それを知りません。なので無計画に行動しては時間と労力の無駄になります」

 

「えぇー?知らないんですか」

 

 てっきり犯人の目星がついているからこそ、過去に戻ってそれを止めようと考えていたんじゃないかと思っていた。

 ときのそらも同じように思っていたため元凶が分からないと聞くと少しだけ不安になる。

 

「それでも全く手がかりがないという訳でもありません。『囚われの海』へ向かいましょう」

 

「……囚われの海?」

 

 初めて聞く単語に問い返すときのそら。簡単に言えば、冥界の中にある特別な海のことを指しているという。

 そしてその海の奥底にはアトランティスが眠っていると言われているらしいが、誰も見たことがないとも言われている。

 

 詳しく聞けば、どうやら謎の触手に邪魔をされてしまい進めないとか。そう話すカリオペの言葉を真剣に皆が聞いているが、ぐらはあまり興味を持っていない様子。

 

「ぐらちゃんの性格ならそういうの面白そうって思いそうだけど……」

 

「ぎくっ。べ、別にぃ〜何もないですよ?」

 

 純粋なときのそらの質問に驚いたのか、はたまた別のことに驚いたのか、問いかけられたぐらはそっぽをむいてしまった。

 

「そこには何かあるの?……アトランティスってやつ以外に」

 

「憶測ですが、囚われの海はキアラの住処に近いので何かあるかもということです。まずは周辺から探しましょう」

 

 そう言い、全員で囚われの海へと向かって歩き始めたのだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 歩くこと数十分、全体的に赤黒い雰囲気をまとう冥界にしては異彩な、真っ青な海原が広がっているのが目に見えた。

 その異常なまでに広い海に光景を奪われてしまう。

 

「この海の向こう側は無人島のような島や岩があるだけで何もありません。さらに進むと魔界へと入ってしまいます」

 

 この海が冥界と魔界を隔てる境界線だと教えてくれた。

 

「とりあえずこの付近で何かを探すか……ん?」

 

 フレアがある方向を見つめたまま首を傾げた。その行動につられてときのそらとわためも同じ方向へ視線を向けた。

 そこには見慣れない触手のようなものが海から陸へと飛び出ているのが見えた。

 

「……あれって噂の触手ですかね?」

 

「まさか……ね?」

 

 つい先程噂話として聞いた話にそっくりなものを見つけ、フブキとフレアが互いの顔を見つめながら身構える。

 そんな2人の反応が正しかったと言わんばかりに、触手に続いて人物らしきシルエットが海の底から上がってきたのだ。

 

「……誰ですか?」

 

 率先してフブキが声をかけると、海の底から上がってきた人物はこちらへその眼光を向けて――、

 

「――あなたたちが騒いでいるのですか?」

 

 直後、見えていた触手がこちらへと向かって伸びてきたのだ。

 

「くっ!!」

 

 それを間一髪のところで腰に携えていた刀で受け止める。そのまま勢いよく謎の人物がこちらへと向かって触手を――合計10本も伸ばして攻撃してきた。

 

「って多すぎー!?」

 

「フブちゃんどいて!――『弓変化』、『散の矢』!」

 

 フブキの前へとフレアが体を出し、特殊能力によって弓を生成する。

 以前は弓は実体化されたものを持ち歩いていたが、能力の応用で弓をも創り出すことができるようになったと言っていたのだ。

 

 それに加えて、今放った『散の矢』はこれまで見たことの無い新しい技だろう。

 その効果は絶大で、四方八方から襲いかかる触手に対して、たった一矢放っただけで、それら全てを抑えてしまった。威力が足らず押し返すまではいかなかったが、それでも侵攻は食い止めた。

 

「すごい…たった1回で」

 

「そらちゃんには初めて見せるかな?威力と距離を代償にして前方近距離に対する範囲はかなりのものだよ」

 

 触手が止められるとは想像していなかったのか、目の前に姿を現した人物はこちらへと向かってくる訳でもなくその場に立ち止まったままこちらを凝視している。

 

「おやおや、どうしたんでしょうかね」

 

 相手の様子に不思議がるも、警戒は怠らないでいる。そうしていると、こちらを見ていた目が軽く左右に振られると、そのまま一定の方向を見て止まったのだった。

 

 その向いている方向へときのそらは同じように視線を向けた。すると、そこには先程動揺している様子が見られたぐらが居たのだった。

 

「……ぐらちゃんを見ている?」

 

「a……」

 

 そんなぐらは微妙な表情を浮かべ、ときのそら以外の皆からも視線を浴びることとなってしまう。

 この事からぐらが何かを隠しているのは誰の目にも明らかだった。

 

「――ぐら、もしかして何か知っているの?」

 

 カリオペに問い詰められいよいよ観念したのか、ぐらが口を開く。

 

「a〜……確かに目の前のあの子は知り合い」

 

「もしかしてキアラの件に――」

 

「No!キアラとは関係ないよ!」

 

 目の前の少女が今回の元凶なのか、そう考えたカリオペの問いをぐらは強く否定する。

 

「なら何故黙っていたの?ここに来ると言った時に話してくれればさっきのような無駄な戦闘は回避できたのでは?」

 

 カリオペの言うことは正しいだろう。この海へ向かうと言った際、ぐらから目の前の少女の事について説明を受けていればもっとスムーズに事が進んだかもしれない。

 

 だが、ぐらがそれを黙っていた理由。それは――、

 

「目の前の……あいつは――」

 

「――私は一 伊那尓栖。海を荒らす奴は許さない」

 

 ぐらの説明に被せて、目の前の少女がそう自分を名乗り、ぐらの知り合いであるはずの彼女――イナニスは突如としてこちらへと突っ込んできたのだった。



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