仗助と育朗の冒険 BackStreet (ジョジョXバオー) (ヨマザル)
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BackStreet --東方仗助と橋沢育朗--
プロローグ


1991年10月某日朝 [M県S市杜王町 住宅地]:

 

激しく暑かった杜王町の夏はようやく終わり、そろそろ肌寒くなってきていた。あと3週間もすれば、紅葉も始まるだろう。すでに朝などは、凍えるほどに寒くなっていた。

 

『Mori Mori Mori Mori モリオウチョウRadio~~……お早うございます。あなただけのカイ・ハラダです。さて、朝のうちはすっかり寒くなって参りましたが……』

ラジオからは、いつもの人気DJの挨拶の言葉が流れ始めていた。

 

その日の朝、東方朋子は、自宅のダイニングでコーヒー片手に、新聞を読みふけっていた。

何時も早起きの父親は、少し前に出勤して行き、もういなかった。小学生の息子、ジョースケはまだ起きて来ない。

出勤の支度を整え、息子が起きるのを待つこのわずかな時間こそが、朋子に取ってのささやかな至福の時なのであった。

 

「あら?この場所は」

朋子は、新聞の地方欄に小さく書かれた『ある記事』を見つけ、眉をひそめた。

 

その小さな記事は、ある先進医療研究所が、岩盤と共に崩落し、多大な死者を出したことを報じていた。記事曰く、その先進医療研究所は、 杜王町から150キロほど北方に行った、ほとんど人がいない海岸沿いに建っているのだと言う。

記事は短く、事実だけが簡潔に書かれていた。その被害の大きさの割に、不自然な程簡素な記事だ。

 

だが、朋子が眉をひそめたのは、『記事の不自然さ』に対してではなく、『事故の起こった場所』 についてであった。

そこは、朋子とゆかりのある場所だったのだ。かつて出会った、『忘れがたい男との思い出の場所』に近かったのだ。

「ジョセフ……」

無意識に、朋子がその男の名前を口に出した。

 

ほぼ同時に、2階から騒々しい物音が聞こえ始めた。

ジョースケだ。

朋子は慌てて新聞をたたむと、朝食の準備を始めた。7歳の息子を持つ親にとって、朝からじっくりと感傷にふけるなどと言うぜいたくは、許されない。

ちょうど朋子が、目玉焼きに塩をふってひっくり返したところで、階段を駆け下りてきたジョースケがひょっこりと顔を出した。

 

「カアァ――チャァ―――ン!おはよぉ―――――― ッ!!」

 

「おはようッ!朝ごはんできてるよ、早く食べなァァ」

朋子は、子犬のように飛びついてきたジョースケの頭をなでた。そして、朝から元気一杯のジョースケをなだめすかし、なんとか手を洗わせる。

 

二人は、アレコレとたわいもないことを話しながら、仲よく一緒に食事の準備をして、食卓についた。

口に食べ物を頬張ったまま、しきりに話しかけてくるジョースケの相手をしている内に、朋子は新聞記事の事を忘れた。

そして、二度と思い出すことは無かった。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年2月某日 [M県 O海岸]:

 

杜王町からしばらく北へ車を走らせたところに、めったに人がこない風光明媚な海岸がある。

その海岸近くの海に、一本の矢が浮かんでいた。

その矢は、ひどく古ぼけていた。

だが、その鋭い穂先だけは、キラキラと光っていた。穂先の一部は黒ずんでおり、それは、矢がつい最近、実際に使われ、何か生物を貫いたことを暗示していた。

 

ザザザザザッ

 

不意にその矢が、海岸線めがけて海中を動き出した。

 

海岸線の上には、道路が走っていた。

道路は、別荘地帯を抜け風光明媚な海岸線をドライブできるよう、10年前に、観光用に作り始めたものだ。しかし実際は、その道路を走るものはほとんどいなかった。バブルが弾けたこともあり、計画はほどなく中断。道路は、ここから10数Mほど北に行ったところで、ぷっつりと途切れていた。

 

2週間も前にふった雪が、まったく道路から取り除かれていない。市も、その道路を整備をする気が、ほとんどないのであろう。

 

その道路の上に、一台の車が止まっていた。

 

矢は、その車が止まっている海岸線めがけて、独りでに海中を進んでいく。

……いや、そうではない。

車の運転手には、その矢が何かに運ばれているのがハッキリと『見えて』いた。それは、普通の人間には『見えない』。ある『特殊な才能』を持つものだけに、『見える』ものだ。

彼には、矢が、『ラジコン程の小さな葉巻型の潜水艦』によって引っ張っているのが、『見えて』いた。

 

その潜水艦を軍事マニアが見れば、『おやしお型潜水艦』と言う、当時最新鋭の潜水艦のミニチュアであることがわかるであろう。

 

だがそれはラジコンなどではない。その『普通の人間には見えない潜水艦』は、彼、虹村形兆の生命力・精神力が具現化した、『パワーを持ったビジョン』であった。

 

それは、

 その能力を持つ者の傍らに寄り添い(Stand By)……

 その者に運命に立ち向かう力を与える(Stand Up To)……

それは、スタンド(幽波紋)と呼ばれる、彼自身の能力が生み出したビジョンなのだ。

 

ブルブルブル……

その潜水艦の上に、同じく小さなヘリコプターが飛んでいた。AH-64Dアパッチ・ロングボウだ。

 

シュルルルルッ

 

ヘリコプターからロープが伸びた。そのロープを伝って、小さなオモチャの人形のような兵士達が、降りてきた。

兵士達は、使い手の几帳面な性格を反映してか、一糸乱れずキビキビと動いていた。そして、潜水艦が引っ張ってきた矢を受け取ると、それを手分けをして、手際よくロープで縛り上げていく。

 

スタンドの兵士たちが、作業を終えた。ヘリは矢を引き上げ、クルリと向きを変えて陸地へ向かった。

 

潜水艦も、ヘリコプターも、兵士たちも、ロープさえも、どれも虹村形兆の能力:スタンド が具現化されたビジョンだ。みな、虹村形兆の意思で、自由に動かすことが出来る。

彼は、自分の『スタンドの軍隊』に、バッド・カンパニーと言う名前を付けていた。

 

「やっとみつけたか……一つしかないから、ほっとしたぜ」

虹村形兆は、ヘリコプターが運んできた矢を受け取ると、車をUターンさせた。そして、彼が住む町、杜王町へと戻っていった。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年9月末日 [アメリカ SW財団オフィス]:

(やあぁ〰〰れやれじゃの、コヤツラ、ちょっとは大人しくできんのかい)

SW財団特殊生物UNITのリーダー、ケイト教授はため息をついた。

 

教授の背後では、いい年をした壮年の男二人がワチャワチャと口論していた。

二人の口論は白熱し、今にも殴りあいの喧嘩に発展しそうなほどだ。だが、良く聞くとじつに下らない会話だ。さっき見た女の子のどっちが可愛かったとか、自分に気がある目つきだったとか、なかったとか、そんな話なのだ。

 

(コヤツラ、本当にバカなのかもしれん)

ケイト教授は、もう一度大きくため息をついた。

 

だが、そろそろ仕事の時間だ。

ケイトは気を入れ替え、手にした紙を丸めてパンパンと男達の頭をはたいた。

「お前たち、お黙り。とっとと今回の依頼を伝えるよ」

 

男たちが、ぶぜんとした表情で黙った。

 

ケイトは、腕を組んで男達の前を一、二往復し……口を開いた。

「今回の仕事は、ある人物を探し出して『保護』する事さ―――簡単な仕事じゃあないよ。なにせ相手は、『現代の狼男』だからね」

 

男達が、目を丸くした。

「はっ?」

 

「おいおい婆さん、与太話は止してくれよ。送り狼なら、ワザワザ探さなくても、アンタの目の前にいるぜェェ〰〰」

 

「ヒヒヒッ」

 

「笑うんじゃあないッッ!真面目な話、『狼男』に何の不思議があるってんだい?」

そもそもアンタ達は、吸血鬼と戦った男じゃあないか。

ケイトは二人をピシャリとやり込めた。

 

二人は、『吸血鬼』と言う言葉に、目に見えて緊張していく。ヘラっとした締まりのない顔が、あっという間に真剣な顔つきに変わる。

 

ケイトはコホンと咳払いをして、説明を続けた。

「いいかい、『吸血鬼』と同じように、『狼男』も実在するのさ。実はね、『狼男』ってのは、とっくにその正体が分かっているのさ」

 

「ほんとかよ?」

 

「ほんとよ……、それは、プラーガって呼ばれる、太古の寄生動物のことさ……コイツは宿主の体を作り変えて、宿主を狂暴な化け物に作り変えちまう……狼男とは、このプラーガに寄生された、哀れな犠牲者のことだったのさ」

 

その話を聞き、逆に二人は、リラックスし始めたようであった。

「なぁぁんだ、じゃあ『吸血鬼』や『石仮面』には、かんけーねーんだな?」

 

「俺たちへの依頼は、そのプラーガだか、サナダムシだかの退治なのかよ」

 

「うへぇ〰〰、ゴメンこうむりたいゼ」

 

ブヒヤヒャャ

男たちは、バカっぽく大笑いした。

 

ケイトは、自分の手をピシャリと打ち合わせ、笑い声を止めた。

「……『バオー』………ソイツが、アンタ達のターゲットの名前さ。『バオー』は、プラーガを人工的に進化させた生物兵器よ……」

ケイトは部屋を暗くし、用意したスライドを映し始めた。

「このスライドは、日本の諜報機関が入手したものよ……撮影者は不明。10年前、アンタ達が吸血鬼と関わっていた頃に、撮られたものらしいわ……これをみれば、アンタらにも、『バオー』の危険性が理解でしょう」

 

スライドには、この『バオー』に寄生された生物が姿を変えていく様子が、段階的に表示されていた。

被寄生者の体がその内側から膨れ上がり、肌が蝋人形の様に青白く光り初め、異形の怪物に代わっていく。

その様を、スライドは克明に映していく……

 

スライドは変わり、完全に変態した被寄生者が、素手で凄惨な破壊を行っていく様子が、次々に映されていった。

 

いつしか、二人の額から、冷や汗が流れ始めた。

 

スライドには、バオーに寄生された男が、砲弾を避け、戦車におそい掛かり、そして完璧なまでに戦車を破壊する様子がうつされていた。

しかも標的となった戦車は、西ドイツの名機、レオパルト2だ!世界有数の強力な戦車が、1人の生物によって溶かされ、千切られ、あっという間に鉄くずになって行く……

 

「おいおい、こりゃあ、マジかよ」

 

「さすがの俺様も、こんな奴とまともにやったら、チョットだけ、ほんのチョットだけ手こずっちまうゼ」

 

「……開発当時は、このバオーの力を制御出来れば、核兵器に匹敵する戦力がえられると、騒がれたものよ。その戦闘力はご覧のとおり……と、言っても、このスライドは『プロトタイプのバオー』を撮影したものらしいわ。その後研究をつづけ、完成された『バオー』が、どれほど恐ろしい能力を持っているのか、想像もつかないわ」

ケイトは説明を続けた。

「バオーが開発されたのは今から8年も前よ。開発は日本とアメリカの政府の息がかかった秘密組織が担当していたわ」

 

「していた?」

 

「そうよ……その組織、今はないの。このバオーに寄生された少年が、1人でその組織をつぶしたからね」

ケイトは、ため息をついた。気の進まない任務を伝えるときは、いつも心が、『ドライアイスに触れた』ように、冷たく、傷む。

「この少年は、その戦いの後で姿を消したわ。……でも実は、『彼は今も仮死状態で生存している』ようなの。それを、信じるべき証拠が、最近見つかったのよ」

 

「へぇ……」

 

「……すでに何者かが、彼を蘇生させようと動き出しているわ。……ライバルを出し抜いて、『後90日以内に少年を確保、保護、回収する事』が、アンタたちのミッションよ」

 

「90日以内?」

 

「そうよ……」

ケイトは、ますますつらい気持ちで、次のスライドを見せた。

 

そこには、おびえる男が、1人で独房の隅に座っているところが移っていた。男は、プラカードを持たされていた。

 

『実験初日』と、そのプラカードには書かれていた。

 

「今から見せるスライドは、『バオーを移植した被験者』の経過を観察したものよ……SW財団の協力者が、とあるDRESSの拠点を探索した時に、発見したものよ」

 

「人体実験?穏やかじゃネーな」

 

「そうね……この先のスライドを見れば、ますますそう思うはずよ」

 

カシャ

 

次のスライドでは、男はまだまだ元気そうであった。彼は、『実験100日目』というカードを持っていた。

 

カシャ

 

その次のスライドでは、男は体中をかきむしり、苦しんでいるように見えた。その足元には、『実験120日目』と書かれているカードが転がっている……

 

カシャ

 

その次のスライドでは、男の体が風船のように膨れ上がっていた。カードはなく、スライド上に手書きで『実験150日目』とある。……顔中から脂汗を流し、ほとんど動けない男の目には恐怖と……あきらめ、そして狂気の色が浮かんでいるように思えた。

 

カシャ

 

そして、次のスライドはで……男の体が、文字通り『爆発』していた。そして、男の体から、無数の、ヒルに似た動物が、四方八方に飛び散っている様子が映っていた。スライドには『実験終了、153日目』と書かれていた。

 

「うげっ……グロいゼ」

髪を逆立て、ピアスをした男が、心底からイヤそうに言った。

 

「そうね、そしてこれは、今回の保護対象の少年、橋沢育朗クンの運命でもあるわ……」

ケイトが、鎮痛な声で言った。

「彼の中にいるバオーはすでに成体よ。我々の試算によると、彼が目覚めた後、90日以内に『寄生虫バオー』は成虫になり、卵を産むようになるの。……その卵はすぐに孵化して、彼の体内から幼生体が爆発するように飛び出てくるわ……」

 

「なん?だってェェ???」

 

「そうなのよ、じきに『膨大な数の寄生虫バオーの幼生体』が、宿主を喰らいつくして、外に出てくるのよ。厄介なことに、幼生体は非常に感染力が強いの。相手が鳥類や哺乳類のような恒温動物なら、どんな生き物にも取りつく事が出来るようよ」

 

ケイトはそこで言葉を止め、男たちの様子を確認した。

男たちは、唖然としてケイトを見詰め返している。

 

「幼生体は宿主に寄生すると、またすぐに成長して繁殖していく……すぐに寄生虫バオーは、その数を倍々ゲームのように増やしていくわ………もし、この子がそうと知らず、たとえば東京のど真ん中でバオーに喰われたら……」

ケイトは身震いした。

 

「そうなったら、最悪、この地球上のすべての生き物が、このバオーになっちまうって事かよ」

男は、目深にかぶったテンガロン・ハットの縁をくちゃっといじりながら言った。

その声は、少し震えていた。



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噴上裕也 その1

1999年10月某日 [杜王町から100Kmほど北の峠道]:

 

爆弾を使うスタンドを持った猟奇的な殺人鬼 ――吉良吉影―― が杜王町からいなくなってから、ハヤ三ヶ月がたった。

 

噴上裕也は、夜の山道を、1人バイクで走り回っていた。

噴上が乗っているのは、ヤマハのバイクXJR400Rだ。最近『直った』ばかりのXJR400Rは、とても調子がよく、小気味いいエンジン音をさせながら軽快に走っている。

1人で山道を走り回り始めて、もう3日目になる。いわゆる珍走団に所属している噴上が、仲間とつるまずに1人で走っているのには訳があった。

噴上は幽霊を探していたのだ。

幽霊に、仕返しをするためであった。

 

つい4ヶ月ほど前、バイクを運転していた噴上は、幽霊に出会った。

そして、道の真ん中に出現した幽霊に驚き、ハンドルを切り損ねて転倒し、瀕死の重傷を負ったのだ

後でガールフレンド(スケ)の1人、アケミが話してくれた。そのとき、噴上のけがは、医者が『回復の見込みがない』と匙を投げたほどの重傷であったらしい。

 

幽霊には、そんな怪我をさせられた落とし前を、つけさせねばならない。

 

ギュルルルルッ

 

XJR400Rが、急カーブの連続する、見通しの悪い山道にさしかかった。

噴上は先の様子を探るために、自らのスタンド:ハイウェイ・スターを出現させた。

そして、ハイウェイ・スターをバイクの前方を走らせる。もし、対向車や『幽霊』がいたら、ハイウェイ・スターがいち早く見つけ、噴上に警告を発する……という訳だ。

 

この噴上に与えられた『能力:スタンド』は、事故から回復した時に手に入れたものだ。

 

あのとき……

 

事故に会い、意識不明なまま路上に倒れていた噴上は、杜王町の病院に緊急搬送された。

その病院で、噴上に奇跡が起こったのだ。

病室で、生死の境をさまよっていた噴上は、そこで不思議な矢に『選ばれ』た。

そして噴上は、矢から、ある『才能』を引き出されたのであった。 

その矢が引き出した『才能』こそが、彼の精神の奥底に眠っていた、『スタンド』であった。

 

その、不可思議な能力、『スタンド』によって、噴上は、奇跡的に復活する事が出来たのだ。

 

 

正確には、噴上と、ぶっ壊れたXJR400Rが直ったのは、ハイウェイ・スターの能力によるものではない。それは、やはり噴上と同じスタンド使い、東方仗助と言う名の男の力によるものであった。

 

仗助のスタンドは、『拳で触れたものを直す』力を持っていた。その力で、治ったのだ。

(とは言え、噴上のセンスからいうと、ほぼドノーマルなダサい状態に『直され』たXJR400Rに関しては、言いたいこともあったのだが)

 

 

XJR400Rも噴上自身も、無事『直った』とは言え、噴上に新たな『能力』が手に入ったとはいえ、それは、幾重にも重なった幸運の上に成り立った結果に過ぎない。

もし矢に選ばれてスタンドが発現しなかったら、噴上は確実に死んでいたのだ。

 

だから噴上には、『幽霊』を許す気はなかった。

 

噴上はXJR400Rのスピードをさらに上げた。ヘッドライトに照らされ、道路脇の木々がまるで亡霊のようにぼうっと浮かび上がり、あっという間に後方へと流れ去っていく。

 

「……どこに居やがる」

 

今ならわかる。

あの『幽霊』は、噴上の妄想の産物でもなければ、杉本玲美のような、本物の幽霊でもないはずだ。

どちらかと言えば、例の殺人鬼の父親であった、『吉良吉廣』に近い存在だ。

吉良吉廣は、自身が死んだ後でその存在そのものをスタンドと化していた。

あれは、あの『幽霊』は、スタンドに違いなかった。

ならば、スタンドで見つけることもできるはずだ。

 

     ◆◆

 

深夜の山道を走り回ること3時間、噴上はついに目指していた『幽霊』を見つけた。それは、噴上と同世代の若い男だった。

『幽霊』が、生きている人間では無い事は明白だった。

男は青白い光を幽かに発し、それにその体の背後の手すりが透けていた。透き通っているのだ。

 

その『幽霊』は、峠のカーブに設けられた、観光客が景色を楽しむための停車場を、1人で彷徨っていた。

 

ジリリリリ……

 

停車場の隅に立てられた外灯が、噴上とXJR400Rの影を長く引き伸ばし、地面に投影した。

やはり、『幽霊』には影はなかった。

 

「遂に見つけたぜ。お前……何者だ」

噴上はXJR400Rに乗ったまま、自分のスタンド、ハイウェイ・スターを再び出現させた。

もし噴上の考えがあっていて、あの『幽霊』がスタンドなのだとしたら、スタンドにはスタンドでしか対抗できないからだ。

 

そしてバイクから降り、『幽霊』に向かってゆっくり近づいて行く。

同時に、『幽霊』から見て自分がいる方向の反対側に、そっとハイウェイ・スターを回り込ませた。

 

ハイウェイ・スターは、本体の動きと歩調を合わせて、『幽霊』に向かって近づけていく。

挟み撃ちだ。

 

『……君……僕が見えるのかい?』

幽霊は、噴上のハイウェイ・スターを見て首をかしげた。

『君たちはいったい誰だい?……ここにいる紺色の君と、バイクに乗っている君が、つながっているのが分かる……』

 

「……お前、何を言ってやがる。このハイウェイ・スターが見えてるんだろ?ならお前も、スタンド使いッつ――わけじゃねえか……話せ、ここで何を企んでいる!」

 

『僕は……君こそ、どうしてそんな力を ――超能力―― を持っているんだい?』

幽霊は、噴上とハイウェイ・スターとを指差した。

 

「超能力?なんだそりゃ……もしかして、スタンドの事を言っているのか?」

憤上は、両手をだらりと下げた。

「俺の名前は噴上裕也。お前よ〰〰ぅ、この名前と顔に聞き覚えはないか」

 

『……申し訳ないけど、君の事は知らない』

幽霊はそう答え、自分の名を名乗った。

『僕の名は《橋沢育朗》……噴上クン、落ち着いてくれ。君と僕とは、これまで縁もゆかりも無かったはず。きっと何か誤解してるんじゃなかな』

 

「『縁もゆかりも無ぇ』だってぇ〰〰」

噴上は、幽霊を睨み付けた。

「橋沢さんよぉ〰〰、お前が忘れていても、俺はお前をわすれねぇぞ。4ヶ月前に、お前のせいで、俺は入院させられたんだからな」

 

『なんだって』

幽霊が、驚いたように目を見開いた。

 

「おっとまて、別にお前に恨みを持ってるわけじゃねぇよ。逆に感謝してるぜ。お前に入院させられたせいで、俺は、このハイウェイ・スターを手に入れた……って訳だからなァ〰〰」

これは仕返しじゃねー。お礼だよ。お礼はたっぷりとしないとなぁ。噴上はにやりと笑った。

 

『ちょっと待ってくれ……噴上君、君は……』

 

「質問をしているのは俺だッ!答えろ、橋沢。お前は何者だ!返答次第じゃ、ただじゃおかねぇぞ!!」

噴上は、凄んで見せた。同時に、こっそり幽霊の背後に回っていたハイウェイ・スターを、動かした。

ハイウェイ・スターの右腕が、無数の足跡型に分裂した。分裂した無数の足跡たちが、幽霊におそいかかった。

 

『……これは……足跡が僕に取りつくッ!まさか……墳上君、これは君の能力なのか』

幽霊は、ハイウェイ・スターに取りつかれ 動きを止めた。

 

「今、俺は健康だから、『養分』は取らないでおいてやるよ。しかしもう、動けねーぜ」

 

『うううッ……体に足跡が食い込んで行く……』

 

「それが俺のスタンド『ハイウェイ・スター』の能力さ……あきらめなァ〰〰ッ」

胸を張った噴上は、驚いてしゃべりかけていたセリフを飲みこんだ。

 

信じられないことに、幽霊がハイウェイ・スターを引きはがしているのだ!

 

噴上の驚きをよそに、幽霊の若者は一つ一つ、ハイウェイ・スターを引きはがしていき、ついには完全にはがしてしまった。

そして幽霊は、動揺している噴上に『浮かび』よると、その腕に手をやった。

 

「うううっ!」

悲鳴を上げたのは、噴上だ。幽霊の体が、噴上の腕をすり抜けていたのだ。

 

『君……噴上君に頼みがある。君にこんな事を頼むのは筋違いなのはわかっているけど、僕は、僕は……この世に居てはいけない存在なんだ……君の能力で僕の事を殺してくれないか』

幽霊の若者は、真剣な口調で突飛もないことを噴上に訴えた。

 

「ハッ・ハ・ハッ……何を言ってやがる。だいたい幽霊がまた死ねるのかよ」

育朗の手を振り払い、噴上が一歩後ずさりした。

だが噴上は、幽霊:育朗の目を見て、育朗が本気で言っているのを悟っていた。

 

『噴…ガミ君……頼む』

育朗が、両手を上げて噴上にゆっくり近づいて行く。再び、育朗が噴上を捕まえた。

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

「おっ……おい、よさねーかッ!そんなトンデモネー事をオレに押し付けるんじゃね――――ッ!」

 

ガヴォッ!!

 

突然、噴上の足もとの地面が爆ぜた。

「ウォッ!!」

 

「振り向くな!」

とっさに背後を振り向こうとした噴上は、警告を聞いて……動きを止めた。

 

「死にたくなきゃ、動くな。お前を拳銃が狙っているぜ……変な動きをしたら、あんさんの頭を吹っ飛ばす」

 

「死……なんだって……何もんだオメー」

噴上は、ようやく、背後に二名の人間がいることを匂いから知った。だが幽霊に気を取られていて、ここまで接近されるまで気が付かなかった。

うかつであった。噴上 はハイウェイ・スターを出現させ、自分の背後をこっそり確認しようとした。

 

ガツンッッ

 

次の瞬間、噴上は後頭部に激しい衝撃を受け……意識を失った。

 

     ◆◆

 

「橋沢育朗君だな」

拳銃の柄をぶつけて噴上を昏倒させたその男は、気取った仕草でテンガロン・ハットをかたむけ、育朗に挨拶した。

「俺の名はホル・ホース。俺達があんさんの依頼を受けてやるよ……その時が来たら、俺がお前を殺してやる。安心しな」

 

「おいおい、まだ子供相手に大人げないぜ、おめぇー」

もう1人の男、ポルナレフは、昏倒した噴上を抱え上げた。挑発的な言動をしたホル・ホースを睨みつける。

「さんざん言ったよな。ガキどもを痛めつけるようなまねはするなと……ここで契約を解除して、お前をぶちのめしてやってもいいんだぜ」

 

「相棒、そいつは勘弁してくれヤ」

ホル・ホースはポルナレフによりかかり、肩に手を回した。

「雇い主の指示は守るさ。この世界では信用がなにより大事なんだぜ」

 

「調子いいこと、言ってんじゃねぇぞォ」

お前は信用できないんだよ と、ポルナレフは、ホル・ホースの手を振りほどいた。

 

「落ち着けよ……大事な話の前に、ちょっとコイツに黙って欲しかっただけだ。大して手荒な事をしたわけじゃねぇ」

だが、もうこんなことはしない……と、ホル・ホースは付け加えた。

 

ポルナレフは、いかにも胡散臭そうにホル・ホースの釈明を聞きながし、育朗に向き合った。

「それはそうと橋沢君、君には俺達に付き合ってもらうぜ」

固い声であった。

 

 

――――――――――――――――――

 

「まず初めに確認させてもらうぜ」

ポルナレフが言った。

「君の名は橋沢育朗君だね……今から8年と少し前、君は家族とドライブ中に交通事故にあった……君は、その事故でご家族を失った。そして君の身柄はある組織に引き渡され…………生物兵器に改造された……それが君だ。間違いないかい?」

 

返事の代わりに、育朗は黙ってうなずいた。その脳裏に、8年前、眠りにつく前の過去の出来事が次々と去来していく。

 

     ◆◆◆◆◆

家族でドライブしている時に、交通事故にあったことを

 

少女によって目覚めさせられ、謎の組織の秘密車両から脱出 ――記憶の無いままに、雨の中、少女を連れてバイクを走らせたことを

 

自分に恐ろしい力が宿っていることを知った時の恐怖を

 

逃避行の末、少女を人質に取られ、独りで組織の基地に乗り込んだことを、そして強大な敵を

「ドレス!宣戦布告だ!行くぞ!お前たちのところにッ! 僕はおまえらにとって脅威の来訪者となるだろう!」

 

少女と再会し、基地の地下に広がる鍾乳洞で少女と……スミレと別れたことを

「育朗 ―― あんたと離れるのはいや――っ!」

「バルバルバルバルバルバル!」

 

崩れていく洞窟の中を渦巻いておそい掛かる濁流を

 

そして、気が付いたら森の中で、幽霊になっていたことを……

『こ……これはなんだ!? ここは……森? 僕は、死んでしまったのか? スミレは、どこに?』

『バカな……もうあれから8年もたってるなんて……』

     ◆◆◆◆◆

 

「……おい、あんさん話を聞いてるのか?」

 

育朗は、ホル・ホースの言葉にはっと我にかえり、追憶を断ち切った。

『その通りです……《生物兵器バオー》それが僕です』



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噴上裕也 その2

スタンド図鑑

スタンド名:ハイウェイ・スター
本体:噴上裕也
外観:紫色に分裂した複数の足跡(遠隔操作時は人型)
タイプ:遠隔自動操縦型/遠隔操作型
性能:()内は遠隔操作時の能力
破壊力 - C / スピード - B / 射程距離 - A(B)/ 持続力 - A / 精密動作性 - E(C)/ 成長性 - C
能力:基本は人型スタンドだが、自動追跡時には足跡型に分裂して獲物を追う。遠隔自動操縦型ではあるが、本体である噴上がスタンドに指示を出すこともできる。また、狙った獲物を時速60Kmで追いかけ、養分を奪うことができる。しかし、本体の力は人間並みで弱い。(噴上本体より力が弱いと思われる)

スタンド名:????
本体:橋沢育朗
外観:橋沢育朗本体と類似した外観を持つ、幽霊のようなスタンド
タイプ:長距離 特殊型
性能:破壊力 - 無し / スピード - C /射程距離 - A / 持続力 - A / 精密動作性 - C / 成長性 - D
能力:幽霊のスタンド。詳細は不明


噴上が目を覚ますと、二人の白人中年男性が顔を覗き込んでいた。

 

「おお、よかったぜ。中々目を覚まさないから少し心配したんだぜェ」

 

陽気に話しかけてきたホル・ホースと名乗る男を警戒しながら、噴上はそっと周囲の様子を観察した。

ここは、山中に打ち捨てられた別荘か何かのようであった。

広い部屋に、豪華な造りの家具たちが据え付けらえていた。誰も使わなくなってから時間がたっているようで、部屋中が埃っぽく薄汚れている。

 

もともと噴上が探していた幽霊:育朗は、三人から少し離れた場所に漂っており、窓から外の様子を眺めていた。

 

「おい、どういう事だ。オッサンたち、何者だ?」

噴上が尋ねると、ホル・ホースが答えた。

 

「小僧、教えてやるよ。簡単に言うと、俺たちは日本政府とアメリカ政府から極秘の依頼を受けて仕事をしているのさ。凄腕のエージェントってわけだ。カッコいいだろォ?邪魔すんなよ」

ホル・ホースは、胸をはった。

「さっぱりわからねぇ。オッサン達、何をしてるんだよ」

 

「しかたねーな。もう少し説明してやる――お前はスタンド使いらしいから、特別サービスだぜ。俺たちが日米の政府から受けた依頼を『ちょっとだけ』話してやろう」

 

ボッ

 

ホル・ホースが、煙草に火をつけた。

「いいか……8年前に壊滅したある闇の政府系組織の本拠地がこのあたりにあったのよ」

 

育朗が、ドレス とつぶやく。

 

ホル・ホースは我が意を得たり、と悦に入った様子でうなずいた。

「そうだ、その組織は、ドレスってふざけた名前で呼ばれていたらしいな。俺たちの仕事は、その組織が過去に作った危険な生物兵器の回収さ」

 

「なんだってェ〰〰」

噴上は疑わしげに言った。このホル・ホースと名乗る軽薄そうな男は、信用ならない。

「それ、ほんとの話かよ。なんかウソクセーぞ」

 

噴上が鼻で笑うと、ホル・ホースの顔が一瞬険しくなった。

 

「本当の話だ……俺たちは、たしかに日米両政府の情報を受けてこの辺りの地を捜索している者だ」

先ほどから不機嫌そうに黙り込んでいた男が、口をはさんだ。

髪を逆立てた、なかなか洒落っ気のある(俺には劣るがね と噴上は思っている)男だ。年齢は、ホル・ホースと同じくらいか?

 

「挨拶が遅れて、失礼した……俺の名は、ジャン・ピエール・ポルナレフ。ジョセフ・ジョースターさんと空条承太郎の友人だ。君は噴上裕也クンだったな。さっきは失礼した、すまなかったな」

ポルナレフは、噴上に頭を下げた。

「君のバイクは近くに止めてある。もう少し頭がすっきりしたら、どこにでも行きたいところに行けばいい。そして、今日起こったことは忘れ、育朗クンのことは我々に任せてくれないか」

 

「オイオイ、何言ってんだよッ」

噴上は、半笑いで首を振った。

「そりゃあ、ジョースターさんと承太郎さんの友達? が言うことならよぉ……確かにアンタのいう事は、『本当』かもしれないなぁ〰〰。でもな、俺はまだ納得してないぜ。そうだろ?だって証拠がないぜ。口で言われただけで、オッサン達があの二人の『ダチ』だって、どうすれば俺にわかる?そもそも、危険な生物兵器の回収をやってるっつ――オッサンたちが、どうして俺と、この幽霊野郎とのいざこざに首を突っ込まなければならねぇ?」

 

「……それはな…」

 

説明しかけたホル・ホースを制して、育朗が、ふわっと噴上の目の前に浮かび上がった。

『それはね……』 

育朗が悲しげに言った。

『僕の肉体がその危険な生物兵器だからさ……僕はこの世にいちゃいけない存在なんだ……』

 

「育朗クン、そんなこと言うなよ」

ポルナレフが、幽霊をたしなめた。

「きっと何か手があるはずさ。希望を捨てちゃいかん」

 

『希望も何も、僕に残された時間はもうあまりないんです』 育朗が言った。

『僕は……消えるしかない。それは納得しています。でも、残されたわずかな時間で、やらなければならない事があるんです』

 

(どういうことだよ)

噴上は、今後どう動けばいいのか悩み、腕を組んだ。

胡散臭い2人組のオッサン達と、自分を殺してくれと頼む幽霊。普通に考えたら、そんな奇妙な奴らからとっとと逃げ出すべきだ。

だが心のどこかに、逃げ出すことを引き留める何かがあった。

(この育朗って幽霊とポルナレフと名乗る男は、どこかしか信用できるところがあるぜ。だがやっぱり俺とは『無関係』だぜ……自分と関係ねェ〰〰ことなんだから、このまま黙って帰るベキか……)

 

だが、本当にそれで『納得』出来るのか?

 

考えがまとまらないまま、噴上は育朗に話しかけた。

「育朗よぉ〰〰お前、ずいぶんな事情があるんだろうな。その、生物兵器って所はまるでピンとこないがよぉ、お前が……やらなきゃいけない事ってなんだ?」

 

『僕には会わなくてはならない人がいるんだ。まだ僕に時間があるうちに、せめて一目、そのひとに会いたいんだ』

 

「……そいつは女か、それとも親か、親友か誰かか」

 

『親は死んだよ……昔の親友には、もう会えない。会わなきゃいけないのは、僕と同じ組織に捕まっていた女の子だよ。彼女が今も無事である事を確認して、ひと言お礼を言いたいんだ……。彼女は、僕と別れた時にはまだ幼かった。今は君と同じくらいの年のはずさ……』

 

「ふぅん」

噴上はうなずいた。理由はスケか、そういう事ならわかる。

「女(スケ)かよ……なら俺も力を貸してやるぜ。俺のスタンドは、遠距離型で追跡に向いてるからなぁ」

 

育朗は、何かを口にしかけたが、すぐそれを飲み込んで、噴上の腕を取った。

『噴上クン……ありがとう。何といえばいいか』

 

「気にするな。自分の好きでやるんだからよぉ。だが育朗、あと一つだ、あとひとつ教えてくれ」

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

「育朗よぉ〰〰。お前、なんでさっきから『死ななきゃいけない』 とか、『時間がない』とか、言っているんだ?」

 

『それは……』

育朗が、言いよどんだ。

 

「……代わりに答えよう。実は、育朗君の体は、危険な生物に寄生されている。その『生物』が、育朗を危険な生物兵器に作り替えた張本人ってわけだ」

ポルナレフが言った。

 

「?……へぇ……それで、それがどう関係するって言うんだ?」

 

「そうだな。説明しよう。『寄生虫バオー』が危険なその理由を……」

 

     ◆◆

 

「よせよ、そんな話を信じられるかよ」

噴上が、顎をいじった。

 

『本当の話だよ』 育朗が言った。

『だから僕は、『後90日以内に、死ななくちゃいけない』んだ。……僕の事はいいんだ。……ずっと前から覚悟はできている。でもその前に、せめて彼女に、 スミレ に一目会いたいんだ』

 

――――――――――――――――――

 

 

『育朗のスケを探すこと』には、協力する。しかし、女を捜索する前に、まずは育朗の本体を探さなければならなかった。

 

ポルナレフのつかんでいる情報によると、育朗の本体は、この地を縦横無尽に走っている地下水脈のどこかに眠っていると言うことだった。

噴上は、ポルナレフの指示にしたがってハイウェイ・スターを鍾乳洞にもぐり込ませた。そして、育朗の本体を探し続けた。

探索を初めてから5日目、夕方になっていた。

 

「何か見つけたぜぇ!」

噴上は喜び勇んで、自身のスタンドが、地下水脈に浮かぶ『何か』を感知した事を告げた。

「ハイウェイ・スターが、『地下水脈の中に漂っている弱い生命反応』を見つけたぜ。ちょうど、人と同じくらいの大きさがありそうだ。ありゃ、育朗の本体だ……と思う」

 

『本当ですか……噴上君、ありがとう』

育朗が噴上の手に、自分の手を重ねた。

『なんて礼を言っていいか、わからない』

 

「育朗、気にスンナ。俺がやりたくてやった事なんだからなぁ〰〰」

噴上は、精いっぱい格好をつけて肩を竦めた。

とは言え、安堵のあまり膝が落ちそうになっていた。それほどまでに『育朗』の捜索に入れ込んでいたのだ。

自分と、自分のスケ(彼女)達に置き換えて考えてみれば、『育朗』の願いがどれだけ真摯で、かつ深刻なものであるか、わかっているツモリであった。

 

「今、相棒のスタンドが報告してきた『育朗クンの体が眠っていると言う鍾乳洞』は、ここから10Kmほど離れた場所に入り口があるぜ」

ホル・ ホースが、地図を見ながら言った。

 

「そうか、それなら人が入れるところまで、俺のスタンドが引っ張ってきてやるぜ」

 

「よし。では明日の朝、育朗クンの本体を回収に行こう。噴上クン、育朗クンの体は、水から出さないように気を付けてくれよ」

ポルナレフが顔をほころばせた。

「今日はお祝いだな。それから育朗クン」

 

『はい?』

 

「君に会えるのを楽しみにしているよ」

 

     ◆◆

 

メギャン!

 

その晩、そろそろ寝ようかと言う頃。

窓際で見張りにたっていたホル・ホースが、急にスタンドを出した。

ホル・ホースのスタンドによって、ホル・ホース本体の両腕、胴体、顔に覆いかぶさるように、メカニカルなプロテクターのようなものが現れ、右腕には大型の拳銃が出現していた。

 

「何だ? 俺のスタンドを見せたのは、初めてだったか?俺のスタンドはハジキだ。……エンペラーって呼んでくれや」

ホル・ホースは、自分のスタンドを見ている噴上と育朗にウィンクをした。そして、まるでおまけのように、この家を囲んでる奴らがいるぜ…… と付け加えた。

 

「!?なんだってェ――ッ!」

噴上は冷や汗をかきながらも、ハイウェイ・スターを建物の外、屋根の上に出現させた。

噴上の脳裏に、スタンドの見た景色が浮かんだ。精神を集中させ、ハイウェイ・スターに屋根の上から下をのぞかせる。すると、三人の男達が、廃屋の周りに立っているのが見えた。

 

噴上は、自分がスタンド越しに見たものを、ポルナレフに伝えた。

ポルナレフはうなずき、噴上に 危険だからスタンドを引っ込めるように と言った。そして、育朗に向きなおった。

「育朗クン、君は隠れてろ。襲撃者が『どの組織のモノ』か予想はついている。奴らに、君の姿を見せたくない」

 

『……わかりました』

育朗は、素直にうなずいた。

 

ズゥウギャン!!ギャルッ!ギャルッ!

 

突然、銃声が響いた。

驚いて、噴上は銃声がした方向を振り返った。

 

そこにはホル・ホースがいた。無造作に窓を開けて、エンペラーの弾を発射している。

「チッ……視界が悪い。狙いがつけられねーぜ」

ホル・ホースは、銃を撃ち続けながら愚痴をこぼした。

 

噴上には、その様子が『冷静すぎる』ように思えた。

理解しがたいことだ。『拳銃の引き金を人間に向かって引いている』にもかかわらず、ホル・ホースからは銃を撃ち、人を殺す躊躇や、葛藤が、みじんも感じられないのだ。

 

(こいつ、やっぱりヤベー奴だぜ)

噴上は、無意識のうちに顎を触っていた。

(い……いきなり撃つか、普通よぉ〰〰)

 

噴上は外の様子を偵察しようと、もう一度、ハイウェイ・スターを建物の外に出現させた。再び、スタンドが視ているビジョンが、噴上の脳裏に浮かぶ。

そのビジョンによると、外は暗く、陸と空の境目は黒い塊にしか見えなかった。星明りに照らされて、ぼんやりと人影が見える……三人だ。

(コロシなんてまっぴらだぜ。俺のハイウェイ・スターで無力化してやりゃあ……)

 

すぐ横で銃声が鳴り響いているせいだろうか?

噴上は柄にもなく、目の前でコロシを行わせないために、自分が敵に襲い掛かることを決めた。だが、噴上がハイウェイ・スターを突っ込ませようとした、まさにその時だ。

 

バシュッン!

 

突然、襲撃してきた三人のうち、1人の体が『はじけ』た。

はじけた体は黄色のスライムに変化し、エンペラーの弾丸が着弾する前に弾を包み込む。

 

「おいおい、かんべんしてくれよ――」

ホル・ホースが、顔をゆがめた。

 

バシュッ、バシュッ

 

ホル・ホースは、何発も弾丸を男に打ち込む。だが、そのすべてが、『着弾するはるか前』に、黄色のスライムに飲み込まれていく……

 

はじけた男の体の奥からは、小柄な女性が姿を現した。

「これは、皇帝……キャハハハッ!素敵ね、ホル・ホースが、生きてたのね」

ハイウェイ・スターの耳に、女の笑い声が聞こえた。

 

「馬鹿な、ありゃあ……イエロー・テンパランスじゃねぇか」

ホル・ホースがさらに顔をしかめ、加えていた煙草をプッと吐き出した。

 

「お前、あの野郎を知ってるのか?」

噴上が尋ねると、ホル・ホースは首を振った。

 

「いいや、『あの女』はしらねぇ。(ラバーソウルの野郎が性転換手術でもしていたのでもない限りな) だが、『あのスタンド』は知ってるぜ……ありゃあ、イエロー・テンパランスって名前のスタンドだ。スライムでどんな衝撃も吸収してしまう厄介な奴だ……お前たち、あのスタンドに近づくなよ。スライムに食われちまうぜぇ」

 

イエローテンパランスには、承太郎でさえ苦戦したんだ。ポルナレフがそう付け加えた。

 

噴上は、顔色を変えた。

「じょっ……承太郎さんを……とんでもねぇ能力じゃねぇか……じ、じゃあよォ〰〰後の二人もどんなオッソロシ――能力を持ってるんだよ?」

 

「知るかッ!」

ホル・ホースは背中から、拳銃をつかんでいる『スタンドの腕』だけを伸ばした。背後に向かって、やみくもにエンペラーを撃ち続ける。

 

ズギャンッ!ギャンッ!ズギャンッ!!

 

と、後を追ってきた男のうち、『最も奇妙な格好をした長身男』が、何かを投げた。

 

キラリ と投げられたものが、光った。

 

「おい、何かやばい。撃ち落とせ!おっさん!!」

噴上がどなった。

 

「ガキめ、お前も少しは仕事しやがれッ!」

ホル・ホースが、『男が投げてきた何か』を撃ち落とす。

――すると、それは爆発した。

 

ドガァアアアアアンッ!

 

爆風が吹き荒れる。



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噴上裕也 その3

 

「馬鹿な……あれは爆弾のスタンドじゃねーか」

吉良以外にもいたのか 、 噴上に戦慄が走った。つい三か月前に見た吉良吉影のキラークイーンの能力を思い出すと、いまだに恐怖で足が震える。

だが、ここに『第二の爆弾のスタンド』が現れたという訳だ。

 

あの能力は絶対にヤバイ。

噴上は、身を震わせた。

ここは平和な日本なのだ。爆弾で全身をふっとばされて死ぬなんて、御免だ。

 

ガァン!

ドドガアァン!

 

噴上が震えている間も、ホル・ホースは、休むことなくエンペラーの弾丸を撃ち続けていた。

だが、そのすべての弾丸が、着弾する前にスライムにからみとられてしまう。……どんなにエンペラーの弾を撃ちかけても、三人の『敵』は無傷であった。

 

と、三人の追手の最後のひとり、初老のマッチョな老人がスタンドを出した。

それは、『マッチョな人間から皮膚をはぎ取った』ような、不気味な外観のスタンドだ。

 

ボッゴォオオオン!

 

思わず、噴上が老人の出したスタンド に鼻白んでいると、不意に家の屋根に『丸く』穴が開いた。さらにもう一つ、二つと続けざまに屋根に穴が開いていく。

 

何だかわからないが、ヤバい。

噴上は、ハイウェイ・スターを呼び戻した。そして小屋から出ようとドアノブを掴む。しかし、ドアノブはピクリとも動かなかった。

「はっ……は、は、反対側から固定されているのかッ……ドアがあかねえ!」

噴上は、悲鳴を上げた。

 

「チャリオッツ!」

噴上の悲鳴にいち早く反応したポルナレフは、銀色に輝くスタンドを出現させてた。

チャリオッツは剣をふるい、ドアを丸く切り裂いた。

「小屋が崩れる前に脱出するぜ。ついて来い」

 

「甘いぜ」

ホル・ホースが、かぶりを振った。

「奴らが、逃げるチャンスを俺たちに与えてくれると思っているのかョ。追って来るにきまってるぜぇ――、チトきついが、ここで奴らを倒すしかねぇぞッ」

 

「うるせぇぞ。そんな事は、そうしたほうが有利なのはわかってるぜ。……そもそも、俺が行けば、あんな奴ら、敵じゃねェ」

ポルナレフはチラリと振り返った。そして、恐怖で『血がにじむほど』に、自分の顎に爪を立てている噴上を見て、付け足した。

「だが今は、奴らを倒す事よりも優先すべき事があるってぇ訳だ」

 

――――――――――――――――――

 

 

ギャーッ と、猿だか何かの鳴き声がした。鈴虫の鳴き声、足音、草をかき分ける音、皆が空気を求めて喘ぐ呼吸音などが、夜の森に響いていた。

 

ポルナレフは、皆を先導して森の中へと誘導していった。

ポルナレフのすぐ後ろを噴上、そして育朗、最後尾をホル・ホースが務めていた。

一行は、一列縦隊を取って三人のスタンド使いの追撃を避けながら、森の奥へと走っていく。

森は、ほとんど人の手が加わっていない原生林なのだろう。木々の間をツタが絡みあい、足元は落ち葉がぎっしりと積もっていた。

 

振り返り、落ち葉の上に残った自分たちの足跡を見て、チッとホル・ホースが舌打ちした。だがどうしようもない。一行は原生林を苦労して進み続け、やがて、擦り鉢状の谷についた。

 

その谷底には、鍾乳洞があった。

 

「ここだよな、育朗クン。この奥に君の体が眠っているはずだ」

 

ポルナレフの言葉に、育朗は青ざめた顔で首をかしげた。

『わかりません……僕は、気が付いたら幽霊になって山中を漂っていました。だから、自分の体が何処にあるのか知らないんです……』

 

「じゃあ、ここじゃね〰〰かもしれねぇのか」

噴上が、ガッカリした風に言った。

確かに、ハイウェイ・スターは育朗のニオイをこの洞窟で探知したのだが……

 

『でも、この奥には何か引き寄せられるものを感じるよ……それが、僕の体なのかも』

育朗が、首をかしげた。

 

「そのはずだ。あの三人のスタンド使いの目的も、君の本体だと思う。こっちは、奴らよりも先に君の本体を取り戻すってわけだ」

ポルナレフが言った。

 

     ◆◆

 

洞窟の中は暗く、冷たく、『大人一人がかろうじてもぐり込める』ほどの幅しかなかった。

一行は、一列縦隊で洞窟の中を進んでいった。

 

………ピシャッ

 

入り口は狭かった。だが、先を進むにつれ洞窟は少しずつ大きくなっていき、同時に洞窟の床から水が染み出てくるようになった。 その冷たい水を踏み越え、さらに進む。

 

一行が洞窟に入ってから、30分ほど経っただろうか。ゴン!と言う爆発音が頭上から聞こえた。

 

「おい、やばいぜ」

ホル・ホースが言った。

「いまの爆発音……ありゃあ、さっきの爆弾テロリスト野郎の能力だろう。……おそらく、奴らは上の岩に発破をかけて、穴をあけようとしてやがるぜ…………おい、ポルナレフ、とっとと先を行けよ。ここにいたら生き埋めになっちまうぜ」

 

「わかってるよ。お前こそ、背後をちゃんと気を付けてろよ」

ポルナレフが、ぶっきらぼうに答えた。

 

一行は、鍾乳洞の岩を乗り越え、すり抜けながら苦労して先を進んでいった。

 

「ところでホル・ホースのオッサンよぉ……お前、さっきからまるで奴らの事を良く知っている様な口ぶりだな〰〰」

少しだけ、心の余裕を取り戻した噴上が、ホル・ホースに詰め寄った。

「オッサン、まだ俺たちに隠していることがねぇか」

 

「このガキ!年長者に対する口のきき方がなってねぇぞ」

ホル・ホースが噴上の襟を引き上げかけ……ポルナレフの目つきに気づいた。ホル・ホースは、苦笑して噴上を掴んでいた手を放した。

「……わかってるよ、お前や承太郎の野郎ともめるのは、ごめんだからな」

 

「ホル・ホース、話してやれよ」

ポルナレフがうなずいた。

 

「……わかった。少しだけ知ってる事を話してやる。いいか……俺は確かにあの三人の事を知ってる。奴らは元々、DIOさ……DIO と言う男の私兵だった奴らだからだ。オイオイ、ありゃあ、もう12年も前かよ………俺も年食ったわけだぜ」

ホル・ホースが言った。

「……DIOは、『”善人”でなくとも天国に行ける方法』を研究しているとホザイテいたな……奴には、”悪”のカリスマがあった。かかわった人間は、どんな奴でも奴に従っていれば救われると、奴が天国に連れてってくれると、いつの間にか信じさせられていたな。……あの三人も……俺も、DIOの部下だったのさ。もっとも奴らは『狂信者』で、俺は、金をもらって仕事をする『雇われ人』だったがな」

 

「天国?なんだかヤバイ、カルト教団の話を聞いているみたいだな」

 

「まさに、カルト集団だったぜ。しかも、DIOの奴はただの教祖ってわけじゃねぇ。奴は、恐ろしいスタンド使いだった」

ホル・ホースは、身震いした。

「奴の率いた組織は……狂ってたぜ。俺は何人か、自ら望んでDIOに血を吸われて、最後には悦びながら死んじまった女を何人か知ってるぜ。女だ、奴は女を殺す奴だ」

ホル・ホースは、『女を殺す』という言葉を心底イヤそうに言った。

 

「それで、DIOって奴は、今もその教団を率いて『天国に行く方法』を探してるってか。それが俺たちが襲われた事と、どう関係があるって言うんだ」

 

「DIOは死んだ……これまでにさんざんやった“悪事”の落とし前をつけられたって事だ。やったのは6人のスタンド使いどもで、その中でまだ生きているが3人いるぜ。お前たちも知っている、空条承太郎と、ジョセフ・ジョースター……それから、そこにいるポルナレフだ」

ホル・ホースは、額の汗をぬぐった。

「DIOの死後、奴が作った組織はいったん分裂し、今はまた再統合されたと聞いている。誰が組織をまとめているのかは知らねぇ。それはやばすぎる情報だからな」

 

「承太郎さんが……」

噴上は、ポルナレフを振り返った。

 

ポルナレフは、黙ってうなずいた。

 

『彼らが、そのDIOって男の狂信者達だって事はわかりました。でもそれが、どうして『彼らがおそってくる』ことに、つながるんですか』

育朗が尋ねた。

 

「おそらく……奴らが求めているのは、DIOの体を再生させ、そこへ魂をもう一度呼び出すことだ」

ポルナレフが言った。

 

「おいおい、ますますオカルトっぽい話だな。嘘くさいぜ」

 

「噴上クンよぉ〰〰馬鹿かお前は」

ホル・ホースが首を振った。

「嘘かどうかなんて関係ねーんだよ。肝心なのは奴らがどう考えるかって話だ……育朗クン、あんさんの体は、驚異的な力を持っていると聞いたぜ。噂だと切れた足をもう一度くっつけたり、怪我をあっという間に回復させたりできるようじゃないか」

 

『ええ、出来ます』

育朗が答えた。

 

「さっきは言わなかったがよぉ――DIOって奴は特殊体質でな。……あんさんと同じように 切れた体をもう一度くっつけたり、怪我を回復させたり……不死身の体をもってやがった。おおかた、奴らはおんなじような力をもつ、アンサンの体を使えば、『DIOの肉体を再生できる』って信じてるんだろうな」

 

「……ますますオカルトっぽいな」

噴上は眉をしかめた。

自分たちは、狂人みたいな奴らを相手にしてるってワケだ。

 

ドガァアアアアンッ!!

 

もう一度、破壊音が鍾乳洞に鳴り響き、土砂が崩れる音がした。

 

「チッ!奴ら、追いついてきやがったぜ」

ホル・ホースは、スタンドのプロテクターを出現させた。

 

「噴上クン。キミは、橋沢クンと一緒に行ってくれ。ここは、俺とホル・ホースが食い止めるッ」

ポルナレフも、自分のスタンド ――銀色に輝く騎士の様なスタンド、シルバー・チャリオッツ―― を出現させた。

 

「……いいの……か?」

噴上は躊躇した。正直、命がけの戦いに巻き込まれたくはない。

だが、ここで、『そんなこと』を言ってもいいのか。

 

噴上が躊躇している様子を見て、ポルナレフが優しく語りかけた。

「ここは俺達が食い止めるから、育朗と二人で先に行ってくれ

 

「だっ、だけどよぉ〰〰」

 

躊躇する噴上の額に、ポルナレフがコツンと指を突き付けた。

「噴上クン、悪いが、君は命のやり取りをする覚悟ができていない。そんな状態で戦いに出てもやられるだけだ」

 

「……」

子ども扱いされ、噴上はぶぜんとした。だが正直、脚が震えている……

 

「相棒よお」

ホル・ホースはスタンドの拳銃を構え、後方へ向けた。

「あんさんのスタンドは探索用だ。育朗の体を探して、掘り出すのはお前の仕事だよ。サッサと掘り出して戻ってきてくれや。それまで俺たちが時間稼ぎをしてるからよぅ」

 

(いや、ダメだ。ここで怖くない方を選ぶ訳にはいかね――)

噴上は首を振った。俺だって、俺なりに『覚悟』は出来てるはずだ。

「いいや、ポルナレフさん……『覚悟』なんてとっくにできてるぜ」

噴上は、震えながらも首を振った。

「育朗の本体なら、既にハイウェイ・スターは探索を終えて、地下水脈のなかすぐ近くまで引っ張って来ている。後は最後の岩盤を取り除けば、育朗の本体はもどってくるはずだぜ……だ…だから……育朗と行くのは、おれじゃあねぇ……ポルナレフさんだ。この先にゃあ『岩盤を切り裂けるスタンド』が必要だぜ」

 

ポルナレフは、噴上を値踏みするような厳しい目で眺めた。

すぐにその肩をポンと叩き、にこっと笑った。

「……判った……噴上クン、君を信じる……それからホル・ホース、てめーはわかっているな?」

ポルナレフは、ホル・ホースを睨み付けた。

そして、育朗を連れて鍾乳洞の奥へ消えていった。

 

     ◆◆

 

「さて相棒、俺達の無敵のコンビが活躍する時が来たなぁ」

命を懸けた戦いの直前だというのに、ホル・ホースはヘラッと笑った。なれなれしく、噴上の背中を叩く。

「だが、わざわざ奴らが接近してくるのを、ただ待つ事はないわな」

ホル・ホースは、皇帝の弾丸を、つづけざまに発射した。

 

ズキュウンッ!ジュキュウウンンッ!

 

「おい、無駄にスタンドパワーをつかって、どうするつもりだよ」

 

「無駄だと……おいおい、相棒……素人っぽい事を言うなよ」

 

ホル・ホースの銃弾は、洞窟の岩壁に当たり、立て続けに閃光を上げた。

「跳弾が先を照らせば、奴らの居場所を見つけられるってわけだ」

ホル・ホースは、どんどん弾を打ち出した。

 

跳弾の発する光は、微かで、それぞれほんの一瞬の光ではあった。だが、多量の弾を打ち出すことで、じきに、ぼんやりと目指す敵の姿を浮かび上がらせることができた。

 

「よし」

ホル・ホースは、浮かび上がった敵目がけて皇帝の弾丸を打ち出した。だが、すぐに首を振ってエンペラーを収納した。

「駄目だな。奴ら、イエローテンパランスを、洞窟の前面に貼り付けて、完全に防御してやがる」

 

バシュ!バシュ!

 

すかさず敵から反撃され、二人は銃撃を避けて岩陰に隠れた。

 

「どうするんだ。勝ち目がねぇじゃねえか!」

 

毒づく噴上をしり目に、ホル・ホースは悠々と煙草に火をつけた。

「いいや、まだ手はあるぜ」

 

「あーん?言ってみろォ!!」

 

「次の手はお前さ、相棒。お前が行くんだ」

ホル・ホースは噴上の肩を叩いた。

 

     ◆◆

 

噴上はハイウェイ・スターを分裂させ、物音がした洞窟の奥へとスタンドを送り込んだ。

 

ハイウェイ・スターは、3人の敵目がけて走っていく。 自動操縦モードとなったハイウェイ・スターの人型の体はばらけ、体を無数の足型はに分裂させて、『洞窟の岩棚や鍾乳洞の陰』などを、縫うようにして進んでいく。

「相棒のスタンドは、パワーがないが、代わりに遠くまで素早くいけるスゲースタンドだ」

ホル・ホースは、へらへらと言っていた。

「奴らは俺たちを追っている。待ち構えている俺たちの方が有利ってわけさ。不意打ちをしてやれよ」

 

やがて、ハイウェイ・スターは、洞窟の天井部分にある亀裂の一つに、その身を忍び込ませた。自動操縦モードを止め、無数の足型から、人型に戻る。

待つことしばらく、ようやく追手達が現れた。

匂いから判断すると追手は二人。一人は地上に残っているらしく、現れたのは奇妙な格好をした長身の男と、小柄な女性のようであった。

二人は懐中電灯もつけずに、真っ暗闇の洞窟をずんずんと鍾乳洞の奥へと目指していた。

 

『喰らえッッ』

噴上は覚悟を決めた。

腹をくくって、長身の男を狙って、ハイウェイ・スターを突っ込ませる。

ハイウェイ・スターに一撃必殺の殺傷力はない。だが、うまく顎を狙えば、脳震盪を起こさせることができる可能性がある。一人倒せば、あとの二人の養分を一気に奪い取ってしまえるハズだ。

そうすれば、勝ちだ。

 

スパンッッ

 

ハイウエィ・スターの一撃は、狙い通りに長身の男の顎にヒットした。 アゴを撃ち抜かれ、長身の男が崩れ落ちる。

「やっ……やったぜ ?」

噴上は歓声を上げかけ、だがすぐに恐怖で顔をこわばらせた。

 

長身の男は、崩れ落ちながらも、すばやく自分のスタンドを出していた。

鴉のような外観のスタンドがカァと鳴き、長身の男の手元にある石に触れた。その石を、ハイウェイ・スターに向かって、蹴り飛ばした。ッ!

 

バシュ

 

とっさにハイウェイ・スターは、その石を受け止めた。

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

だが、まずいことに、石に『何らかのスタンド・パワーが込められている』ことが、ハイウェイ・スターの感覚で伝わってきた。

「なんだこれは?」

噴上は、ハイウェイ・スターの視覚を通して、その『石』 を確認して、呻き声を上げた。

 

石には、何らかの『ピンのようなもの』が突き刺さっていた。もっとも近いイメージは、手りゅう弾だ。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「これのスタンドは、オエコモバ」

イエローテンパランスの女が、歌うように言った。

「エルネストのスタンドは爆弾よ。あんた、その手を離さない方がいいわよ」

 

「いや、マキシムの言ったことは忘れろ。さっさと手を放して、くたばっちまいな」

エルネストがせせら笑うと、プッと唾を吐いた。

 

ハイウェイ・スターの視覚には、エルネストがまき散らした唾の粒にも、小さな手りゅう弾が付いているのが見えたッ!

『まずい!』

噴上は、手に持った手りゅう弾を投げつけると同時に、ハイウェイ・スターを解除した。

 

トゴオォォォ――――ン!!

 

しかし、解除する直前に爆弾が爆発し、ハイウェイ・スターの右腕をズタボロに砕いた。

「痛ってぇ!!」

噴上に、スタンドが破壊されたフィードバックがおそった。噴上の右半身の皮膚が爆ぜ、血が噴き出した。

 

一方、エルネストの引き起こした爆発は、イエロー・テンパランスの防御によって完璧に防がれていた。

「ははははは。無意味な努力だったな」

エルネストが、そう笑った時だ。

 

バシュッ!

 

何かがイエローテンパランスの防御壁を貫いて、エルネストの右肩を砕いた。 

どういう事だ。

エルネストが、吹き出ている自分の血を抑えていると、第二の弾丸が、マキシムの肩を貫いた。

「グッ……どうして……どうしてエンペラーの『弾丸』如きが我が、スタンド、イエロー・テンパランスの防御をやぶったの」

痛い……マキシムは肩を抑えて、膝を落とした。

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

「ヒャッヒャッヒャッ……エンペラーAct2。……名付けてサタニック・マジェスティーよ……。スタンドも成長するってワケだ。爆弾の光で、お前たちの位置もよぉく解ったしよォ、お前の防御を破るなんて、『簡単』だったぜェー」

ホル・ホースは、にやりと笑った。

 

ホル・ホースの体の要所をおおっていたエンペラーの『防御パッド』は、今は、拳銃の上にかぶせられていた。そのため、ホル・ホースの手にある拳銃は、ホル・ホースの二の腕とほぼ同じくらいの大きさに膨れ上がっている。

 

「サタニック・マジェスティーの力で、弾丸を限界まで回転させて撃った。こいつの貫通力ならイエロー・テンパランスなぞ敵じゃねえんだよ!」

ホル・ホースが、巨大化したスタンドを一振りした。すると、スタンドの拳銃もバラけた。

スタンドの拳銃は、見る見る元の大きさに戻っていった。

外れた部品は、拳銃を掴んだ人型のスタンド――金属のパイプで出来た骨組みにプロテクターが付いている―― に組み直される。プロテクターが外れると、人型の部分が一瞬だけ姿を現した。だが、すぐにプロテクターだけを残し、再びホル・ホースの体にもぐりこんだ。

「チェックメイトだ……お前たちは、俺と相棒の最強コンビには勝てねーよ」

 

「ははは。痛ぇよ。痛ぇよ!」

エルネストは、自分の傷を掻きむしる様にしながら、高笑いした。

「流石、歴戦のスタンド使いだな。お前達手ごわいなぁ〰 面白いッ!! 」

エルネストは、握りこぶし大の石をスタンドに拾わせた。

そして、それを爆弾に変えて、洞窟の天井に投げつけた。

 

それは、爆発した。

 

ドッガァンン!

ガラガラガラ

 

爆弾によって砕かれた、岩盤が天井から落ちてくる。

 

「うぉおおおおッ」

噴上とホル・ホースは、とっさに洞窟の壁近くに体をピッチリと寄せた。

 

ガラガラガラガラ

 

こんなに重い岩盤が落ちてきては、非力なハイウェイ・スターがどうにかする事は、無理だ。

噴上はガタガタ震えながら、洞窟の壁に身を寄せた。

何もできない、ただこうやって身を縮め、崩落して落ちてくる岩に押しつぶされないことを祈るだけだ。 

噴上は目を閉じ、耳をふさいでただ震えていた。

 

やがて、岩の崩れる音がしなくなった。

 

そして噴上は、自分が『崩落した岩盤と、洞窟の壁とのわずかな隙間』に閉じ込められている事を、知った。

「ナっ!」

そうと気が付いた瞬間、制御不能のパニックが噴上をおそった。噴上は絶叫を上げ、岩盤を叩き、この隙間から出れないか、必死に暴れ始めた。

スケたちにも知られぬまま、ここで孤独に死んでいくなんて、嫌だッ。

――だが、脱出の術は、まったく思いつかなかった。

やがて、疲れ切った噴上は、涙目になりながら岩盤の隙間で丸くなった。

その時だ。

 

「……?」

 

何か、声が聞こえた。耳をすませる。それは、ホル・ホースの声だ。

不覚にも、噴上はその声をきいて涙が出るほどの安心感を感じた。

これで、助かった。

 

「…………おい?相棒……聞こえるか?」

 

「ああ、聞こえてるぜ。ホル・ホースのオッサンよォ」

だが動けねー。ここから出してくれないか。

 

噴上の希望は、だが簡単に打ち砕かれた。

 

「イヤ、アンサンには悪りィーが、そりゃ無理だぜ」

のほほんとしたホル・ホースの返答が、帰ってきた。

 

「オィッ!」

 

「しかたねーだろ。俺も『閉じ込められている』んだからよォ」

 

「!?何だって!どーすんだよッ」

噴上はわめいた。

こんな所で、こんなしみったれた地下で、人知れず死ぬなんてゴメンだ。

『アケミ』に、『ヨシエ』に、『レイコ』に会いたい……

 

気が遠くなる………

目の前が暗くなる……

 

ガラッ!

 

不意に目の前がまぶしくなり、噴上は目を開いた。

するとそこには、『まるでケーキのように複数に切り分けられた岩盤を、軽々と持ち上げている』橋沢育朗の、生身の姿が見えた。

 

「怪我はないようだね、よかった」

無事な噴上を見つけて、橋沢育朗がにっこりと笑った。

「噴上裕也クン、初めまして」

嫌になる程の、サワヤカな笑顔だ……



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虹村億泰 その1

1999年11月3日 [杜王町、喫茶カフェ・ドゥ・マゴ]:

 

噴上裕也が森の中で『橋沢育朗』の本体を捜索していたころ、虹村億泰は、カフェ・ドゥ・マゴにいた。

 

億泰は、落ち着かない気分で、なんども気ぜわしく、目の前のコーヒーを口に運んでいた。

コーヒーはまだ熱く、あわてて飲んだ口の中が少し火傷してしまうほどだ。

 

信じられないことに、億泰の目の前には、栗沢スミレと名乗るとびきりの美人が座っていた。スミレは、億泰に熱心に語りかけてくれる。

しかも……なんとッ、スミレは、億泰の面白くもない(ハズの)話にウンウンとうなずき、時折笑ってさえくれるのだッ。

 

仗助曰く、スタンドも月までぶっ飛ぶこの衝撃。

仲間が聞いたら、みんな驚くだろう。

ざまあミロッ!

 

もちろん、スミレは億泰の彼女ではない。

自慢ではないが、この虹村億泰、生まれてこの方、一度も女性にもてたことはないのだ。

彼女ができたらどんな気分なのか、いつも女性をとっかえひっかえ自分の隣にはべらせていた兄、形兆を横目で見ながら、億泰はよく妄想していたものだ。

 

だが、今や『それ(億泰に彼女ができる事)よりも、スゴイことが起こった』と言うわけだ。

なんとッッ!今朝、いつものように高校へ向かう途中で、この美人が突然声をかけてくれたのだッ!

いわゆる逆ナンと言う奴だッ!

 

やったぜツッ!

 

もちろん億泰が、美人の誘いを断るはずもない。だからこうして億泰は、まるで彫像のように、ギココチナイ動作で、美人と二人お茶を飲んでいる という訳であった。

 

「億泰君」 

スミレはまつげをぱちぱちさせて、億泰を上目づかいに見ていた。

「初めて会った億泰君に、こんなことを頼む事が変なのは、わかってる。でも私を助けて欲しいの。私が今から言うことに、協力してくれない?」

 

「イ――ダァ」

身を乗り出したスミレの胸元から、ぴょこんとリスに似た動物が顔をだした。そのリスに似た生き物は、ぴょんとスミレの頭の上に乗っかり、スミレの髪の毛を引っ張った。

 

「ちょっと、インピン」

スミレがすこし頬を染めて、イタズラするインピンを捕まえようとした。

 

しかし、インピンは素早くスミレの手を逃れた。そしてぴょんとスミレの頭から飛び降り、さっと手の届かないテーブルの下に避難した。

その時に、テーブルの上にあったレモンスカッシュをひっくり返す というおまけつきだ。

 

「もぅ、お母さんのノッツオに怒ってもらうよッ」

スミレは、ほほを膨らませた。

 

――その様子もたまらなくカワイイ――

 

「あら、ごめんなさい……それで、いいかしら、私の頼みを聞いてくれないかな?」

スミレは億泰に向き直り、もう一度まつ毛をぱちぱちとさせた。

 

億泰には、何だかさっぱり事情が飲み込めていなかった。

だが、美人の頼みを断るわけがなかった。

もし兄貴だって、こんな人に頼まれごとをされたら、二つ返事でOKするはずだ。

「もちろんですよ。スミレさん。何すんのか知らないけれど、なんでも任せてくださいよ~~」

 

「うれしい!ありがとう」

スミレがぱぁっと笑った。

「それじゃあ、私たちは仲間ね。さっそく作戦会議をしないと……そうね、ここではチョット話しづらいから、ちょっと場所を変えましょ?」

 

「場所を変えるって、いったいどこに行くんですかぁ~」

億泰は、思いっきりデレた声で尋ねた。

 

「いい場所があるのよ……ああ、ミキタカゾ君も来た。丁度よかったわ、これで三人がそろった」

 

「……えっ……」

 

そこにやって来たのは、自称宇宙人の支倉未起隆だった。

「ああ、億泰サン」

未起隆は、いつものようにのほほんと挨拶をした。

「もう、スミレ先輩と会えたんですね。良かった」

 

「ナヌ……未起隆……オメ~いったいどういう事だよ」

億泰は、嫌な予感を覚えつつ、尋ねた。

 

「スミレ先輩は、私のいた前の学校に通ってるんです」

なぜか未起隆が、ひそひそ声で答えた。

「先輩は『私が宇宙人だ』ってことを知っているので、今回の作戦を始めるにあたって、一番初めに私に声をかけてくれたってわけです」

 

「……そりゃ……どういう事だ?大体、『作戦』って、なんだぁそりゃ?」

億泰は、ゴクリと息をのみ 緊張して 未起隆の返答を待った。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

未起隆は、説明を始めた。

「作戦とは、……スミレ先輩の『大事な何か』 ――すみません、僕からその、『大事な何か』を話すことはできません―― を取り返すための、作戦です。けれど、その作戦を実施するのは、大変な危険が予想されています。だから、僕は『ボディーガードが必要』だと、……億泰さんが必要だと、先輩に話しました」

 

「な……なっぬううっ!」

億泰は、ガックリと頭をたれた。

つまり、自分はただの『ボディガード役』だった、という訳だ。逆ナンされたと思っていたのは まぼろし だったってワケだ……

 

「とても危険な、作戦です。たぶん僕とスミレ先輩の二人では、無理です。だから、凄腕のスタンド使いである億泰さんに、『ボディガード役』となって欲しいんです」

未起隆が、生真面目に言った。

 

「よろしくね。億泰君」

スミレは、にっこりと笑った。

 

「ハハハ……よろしくたのんマス」

 

キャア……ペットのリス ――スミレにインピンと呼ばれていた―― が、まるで慰めるようにやさしく鳴き、億泰の頬をなめた。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月4日 [M県K市山中 T町付近]:

 

ピユィイイ――――ッ

どこか見えないところで、これまで聞いたことがないような鳴き方で、鳥が鳴いていた。

 

億泰とスミレが出会った翌日、三人は、杜王町から遠く離れた山奥にきていた。

早朝に家を出たのだが、電車とバス、タクシーを延々と乗り継いで来たため、時刻はすでに1時を回っていた。

スミレの言う『作戦』を実行するために、三人は、『作戦』の舞台となるこの地に、のこのことやってきたのだ。

 

億泰と未起隆は、重い荷物を背負って、ヒーヒーと言いながら山道を進んでいた。

その隣で歩くスミレは、軽装であった。肩にかけた細長い渋茶の袋と、ちょっとした小物入れ以外は何も持っていない。

スミレが持ち込んだ荷物は、億泰と未起隆の優に二倍はあった。だが、それはすべてチャッカリと男たちに運ばせていたのだ。

 

山道を歩きながら、三人は、さわやかに初秋の山を楽しんでいた……その馬鹿重い荷物を運ぶこと、その重さを無視することが出来れば、目にするものすべてが美しいものだったのだ。

 

「しかし、さすがに木が多いっすねー」

重い荷物を持ってはいても、まだ余裕が残っているのか、億泰は感心したように周囲を見ながら歩いている。

「どこを見ても木しか見えね~」

 

「億泰さん……それ 当たり前すぎですよ」

 

「俺は都内で育ったからな。あまり、こういう山奥に来たことないんだよな~~」

 

「そうですね、(地球人の感覚では)これほど美しい景色を見ながら山をあるく事は、格別なんでしょうね」

 

二人の様子を見て「フフフ」とスミレが笑った。

「この探索、楽しくなりそうね」

 

「そりゃ~~あ、スミレ先輩は、身軽だから楽しいでしょうよ」

 

「何ッ?!何か言った?まさか、か弱い女の子に重い荷物を持たせて、男のアンタが楽しようなんて思ってないわよね?」

スミレは鼻を鳴らした。

 

「いやいや、何でもないっすよォ~~」

億泰は、胸をはった。

「こんな荷物ぐらいッ、この億泰にまっかせなさぁ~~~ィ」

 

「イヤ……キツイです。僕は億泰さんほど力がないんですよ」

言葉通り、未起隆は疲れ切っているようだった。いつもはポーカーフェースの 未起隆が、額の汗をぬぐって気持ち悪そうにしゃがみ込んでいる。

「いつも宇宙船に乗って行動しているからでしょうか。……僕はもっと鍛えなくてはだめですね」

 

「じゃあ、頑張って荷物を運べば、ちょっとは筋トレになるかもね」

スミレは笑った。

だがさすがにチョッピリ罪悪感を感じたのか、スミレはそそくさと小さなナップザックを未起隆の荷物から取り出し、自分で背負った。

 

しかし、ピクニック気分も、何時間も森をさまよっていれば薄れるというものだ。

三人とも半日以上も藪の中をさまよっているうちに、いつしかお互い疲れ切って、ほとんど口をきくこともなくなっていた。 よく考えれば家を出たのが朝5時半、今は昼の1時、都合8時間以上も動きっぱなしなのだ。

 

疲れ切った一行は、森の中を流れる美しい渓流を見つけ、これ幸いと昼休みを取ることにした。渓流は、手のひら一つ分程度の幅しかなかった。

だが、川の流れはとても透き通っており、冷たく、水量豊かで、ザザザザッ――と微かな音を立てて森の中を流れていた。

 

「イィィーダッ!」

インピンが、億泰のしょっているリュックから飛び出た。そして、木に登ったり、草葉の陰に隠れたりと、元気に遊び始めた。

インピンはなぜか億泰が気に入ったらしい。道中たまにスミレの髪を引っ張ったりして悪戯をする以外は、ずっと億泰のリュックの上にチョコンと乗っていた。

 

未起隆のほうは、 『ああぁ――重かった』 と、背負っていた荷物を勢いよくどさっとおろし、『もっと丁寧に扱いなさい』とスミレに怒られていた。

 

「まぁいいわ。ミキタカゾ、双眼鏡になってよ。この辺りの様子を調べたいのよ」

 

スミレが頼むと、人のいい未起隆は快くうなずき、双眼鏡に『変身』した。

『変身能力』……それが、彼の持つ不思議な異能 ――スタンドなのかも定かではない―― アース・ウィンド・アンド・ファイヤと名づけられた、『能力』であった。

 

「なぁ……スミレ先輩よぉ〰〰一体ここになにがあるって言うんすか?」

億泰も、自分が運んできた大きなリュックを降ろし、尋ねた。朝からへとへとになるまで働かされ、ようやく、一体スミレの言う『作戦』とは何か、疑問がわいてきたのだ。

 

「………探しているのは、洞窟よ」

比較的疲労の少ないスミレは、特に休むこともなく、その小さな渓流の傍の岩上に立っていた。

『未起隆が変身した双眼鏡』を熱心にのぞき、手にしたコンパスや地図と見比べて進路を確認している。

「地下水がたまっている鍾乳洞を探しているの」

 

「何すか、そこにお宝でも埋まってるんすか!?」

 

「……まあね。そんなとこよォ――」

 

「ナヌッ、すごい話じゃあないですか!どんな宝がそこにあるんすか? 」

 

「地球人の宝、僕も興味があります」

双眼鏡から声が聞こえた。未起隆の声だ。未起隆はアース・ウィンド・アンド・ファイヤを解除し、元?のイヤ、普段?の姿にもどった。

「でも……それは、前に聞いた アレ の事ですよね?……先輩の『大切なモノ』」

 

「……そうよミキタカゾ……億泰クン、話せば長い話なのよ」

少し考えさせてほしい。スミレは億泰に頼んだ。

 

「そりゃあ待ちますがよお……」

コイツは知ってるんだろ? 億泰は、少し納得いかない風で未起隆をチラッと見た。

 

「それより、ここはきれいなところですね……そろそろお昼にしませんか」

 

未起隆の提案に、二人も一も二もなく賛成した。

意外なほど手際よく、スミレがかまどを作り、木を集め、火をおこした。

そこに、さらに意外なことに億泰が湯を沸かしてコーヒーを作り、出来合いの弁当の中身をアルミホイルに包んで温めた。

言いだしっぺの未起隆は、何もできないので、水汲み係だ。

 

準備が終わると、三人はたき火の前に腰を下ろした。そして満足しながら温めた料理を食べ、アツアツのコーヒーを飲みはじめた。

 

「それにしても、億泰君は料理がうまいのね〰〰」

スミレが感心して、億泰の作ってきたローストビーフサンドイッチとタンドーリチキンをかじった。

「私なんて、じつは何にも作れないのよ」

 

「へへへぇ、俺は自炊してるんで」

億泰は、自慢げに鼻をうごめかした。

「もともとは、アニキが料理好きだったんす。俺は、アニキから料理を教わったんすよォ~~」

 

「へぇ、立派なお兄さんなのね」

スミレが無邪気に言うと、億泰が少しさびしそうな顔になった。

 

事情を知っている未起隆は、ただ黙って億泰を見ていた。

 

億泰の兄、虹村形兆は贔屓目に言っても悪人であった。

 

虹村形兆は、『弓と矢』を持っていた。

その矢に射られた者は、才能があればスタンド使いとして生き延び、才能がなければかすり傷でも死に至ってしまう、恐ろしい『弓と矢』であった。

虹村形兆は、その『弓と矢』で無差別に人々をおそい、杜王町に大量のスタンド使いを生み出した男であった。

その所業は、不死身の怪物となってしまった自分の父を『殺す』能力を持つスタンド使いを『作り出す』ためであった。だが、その結果として、数十~数百人もの『殺人』を犯したのだ。

スタンド能力の才能を持つ人間の数は、非常に限られている。ほとんどの人物は、矢が刺されてもスタンドを出現させることが出来ず、苦しみながら死んでいったはずだ。

だが彼は、ほとんどの人間が死ぬことを、理解したうえで犯行に及んでいた。彼は、役に立たないと判断したら、実の弟にさえ容赦なく攻撃が出来るような、冷酷な男だったのだ。

 

しかし、最後は自分を顧みずに弟ををかばい、弟を助け、弟の身代わりとなって死んだ。

虹村形兆とは、そんな男でもあった。

 

ふっ……と、億泰は紅葉に彩られた、遠くの山を眺めた。

「料理のとき、俺は、いつも感覚で作っちまうんです。だけどアニキは、時間や分量を几帳面に図ってましたね。いつもアニキにゃあ、俺は適当すぎるって怒られていましたよ……アニキは”料理というものは、芸術であり科学だッ!材料、時間、分量、盛りつけ、食べ方……すべてがそろって、最高の物が出来る”って口癖のように言ってました」

 

「仲のいいご兄弟『だった』のね……」

その口調から、『何か』に気が付いたスミレの口調が、優しくなった。

 

「どうなんすかね、……いつも口うるさく怒ってた。……キレルとオッカナかった。でも、おれにとっちゃぁサイコ―のアニキでしたよ……」

 

ヨシヨシ……スミレは、そっと手のひらを億泰の背中の上で往復させた。

 

「……私は孤児園で育ったの……だから血のつながった兄弟がいるって、どんなに素敵な気分がするか、よく想像したことがあるわ」

スミレが優しく言った。

「それから……私も、まるでお兄さんみたいに想っていた人と、ずっと離れ離れなのよ………だからあなたの気持ちがわかる……とまでは言えないけど、せめて……今は、隣にいてあげるわ」

 

「!?なッ……ななッ………あっ、おお……こ、これ、食ってみてくださいッ……こ、こ、こ、このタンドリーチキンは、ア…アニキの得意料理だったんすよ。試してみてください。う、う、うまいでしょ?」 

コツはレモンを聞かせる事っすよ、と 億泰が鼻をすすりながら、あわてた様に言った。

 

「うん、おいし」

スミレは、勧められた料理を口にし、それから、優しく億泰の肩を叩いた。

「そろそろ……行こうか」

 

「……そっすね」

億泰は、大きな音を立てて鼻をかみ、目をこすり、自分の顔を平手でひっぱたいて立ち上がった。

と……インピンが、渓流の反対側の茂みから顔をだした。

インピンは、ギャーっと叫び声をあげ、一番近くにいた億泰のところへ一目散に走ってきた。

そのまま億泰の肩まで、駆け上がってきた。その小さな体が、恐怖でフルフルと震えている。

 

「なんだぁ~~どうしたぁ?」

インピンをなだめようとした億泰は、『あるもの』に気が付き、突然真顔になった。

億泰は、自分のスタンド:ザ・ハンドを出現させ、インピンが出てきた茂みを睨みつけた。

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

「インピン……億泰さん、どうしたんですか?」

未起隆が尋ねた。

 

「近くから俺たちを見ている奴がいる。その木の陰で、こそこそ隠れたのがチラッと見えたぜぇ……スタンドもなぁ~~~」

億泰は一歩前に出て、未起隆とスミレを自分の背後にかばった。



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虹村億泰 その2

「なんですって……こんな山奥に……」

スミレが、顔をこわばらせた。

 

「おお……、隠れてこそこそ覗き見るなんざ、ろくな奴じゃあないに決まっているぜぇ。だから、そいつの相手は俺がてぇ〰ねぇ〰にしてやらねーとなぁ。未起隆、お前はスミレ先輩を守るんだぜ~」

 

「わかりました」

未起隆はうなずき、再び彼の持つ能力、アース・ウインド・アンド・ファイヤーの力でロープに変身した。

未起隆の変身したロープは、暴れるスミレを捕まえ、木の上に引っ張りあげた。

 

インピンもちゃっかり億泰の肩から飛び出して、スミレの肩に飛び移っていた。

 

「ちょっと、ミキタカゾッ、億泰君、突然どういう事よッ!」

スミレの抗議の声が頭上から響いた。

 

「未起隆、わかってんな?スミレ先輩をそっから出すんじゃねえぞ」

億泰はそう言い捨てると、バシャバシャと渓流を踏み越えていった。

 

「おう……、出て来いよ。出てくる気が無いんなら、こっちから行くぜッ」

ザ・ハンドの右手で、何もない空間をえぐるッ!

 

バシュッ!

 

次の瞬間ッ、億泰の目の前に 、唸り声を上げている3匹の犬たちが『現れた』。

犬たちは、ザ・ハンドの『空間を削り取る』能力によって、潜んでいた草むらから引きりだされたのだ。

 

その犬 ――二匹の黒犬と一匹の白犬―― は、しばらくきょとんとしていたものの、すぐに我に返り、億泰めがけおそい掛かって来た。

「ガルルルルルルッ」

「バウッ!」

 

だが、強力なスタンド使いの億泰に取って、犬など相手にならない。

億泰は素早くザ・ハンドを操り、おそい掛かってきた犬たちを『少しだけ』手加減して、蹴り飛ばした。

 

スタンドによる目に見えない衝撃を受け、犬たちが弾き飛ばされる。

だが、犬達は怯む事もなく、すぐに立ち上がり、再びおそってきたッ!

 

「よせよ、オラぁこう見えても犬好きなんだぜぇ~~」

億泰は気の進まない様子で、犬たちを再び蹴散らしていく。

 

何度か効果のない襲撃を繰り返すと、犬達は攻撃しても無駄なことを悟った。

そして犬達は、攻撃する代わりに、億泰を遠巻きに囲んで、低く唸り始めた。

 

「オイ、もういいだろ。犬っころの陰に隠れてないで、出てこいよ、てめぇ」

億泰は、犬達が隠れていた茂みに向かって、どなった。

「隠れんぼがしたいんなら、俺のザ・ハンドが引きずり出してやるぜぇ」

 

「わかったわよ。待ちなさい、自分から出ていくわよ」

せっかちねェ と茂みから姿を現したのは、ヒスパニック系の中年の美女であった。

「君が虹村億泰君ね、レポート通り、中々強力なスタンドを持っているのね。……それに、けっこう鋭いじゃあない。私の存在に気が付くなんて」

 

女は、まっすぐ億泰に向かって歩いて来た。

「私の名前はネリビル。初めまして」

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「お~う、こんな山奥で俺たちに何のようだ?」

 

「ごめんねぇ、悪いけどアナタには用が無いの。……私の任務は、その女の子を連れて帰る事よ。邪魔しなければ、何もしないわ」

ネリビルは、スミレと未起隆が隠れている木を見上げた。

「そう、あなたのことよ。スミレちゃん」

 

「あなた…もしかして?」

木の上にいるスミレが、おびえた声で言った。

 

「そうよ、私はあの組織の人間よ」

ネリビルは、組織の名前は口にするな……とスミレに警告し た。

「お友達を死なせたくは、ないでしょう?」

 

「おいおい、何言ってるんだよ」

億泰がザ・ハンドの右手を構えた。

「邪魔するなと言われて、はいそうですかって、素直に言う事を聞くと思ってんのかよ、このダボが」

 

「やっぱり……そうよね」

ネリビルもスタンドを出現させた。下半身が猫を思わせる四足の獣に、ヒト型の上半身が乗っかった大型の犬程度の大きさのスタンドだ。

 

「これが私のスタンド、カントリーグラマーよ。能力は動物の支配♡……」

ウフッと、ネリビルが投げキッスをした。

 

「そりゃあ強そうな能力だなぁ」

億泰はせせら笑った。

「おりゃぁ、子どものころ、トムとジェリーって話が好きでよう。町を歩いている猫やなんかと話が出来たらいいなぁって、 ずうっと思ってたぜぇ。お前、うらやましいスタンドをもってんなぁ~~~」

 

「そぉよねっ。やっぱりアナタも、そう思うでしょう〰〰」

キャーっと、ネリビルが嬉しそうな叫び声をあげた。その直後に、 邪魔するなら許さないわよ と、冷酷さを剥き出しに、億泰を睨み付けた。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「それはこっちのセリフだぜ ぇ」

億泰は、ザ・ハンドを再び出現させた。

「犬っころを引っ込めろ。大人しく言う事を聞きゃあ、削らないでやるぜ」

 

「フフフ。甘く見ないでね」

 

《ギィイイイイッ!!》

カントリーグラマーが叫び声をあげた。

 

「バォーよ、目覚めなさいッ!」

ネリビルの命令に、3匹の犬が一斉に体を震わせた。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「え……『バオー』ですってぇ!?嘘でしょ……」

スミレが、木の上で身をこわばらせた。

 

「オイオイ、たかが犬っころを操る能力で、このザ・ハンドをどうかできるって思ってるのかよォ~~」

億泰は笑って、一歩下がると、渓流の水面を蹴った。

飛び散るしぶきが犬たちの目に入る。

目つぶしだ。

そして億泰は、ネリビル目がけて走り出す。

 

「もちろん、はなからアンタみたいな筋肉バカと、直接やりあおうなんて、思ってないわよッ」

ネリビルは、カントリーグラマーを肩に乗せた。

そして、ネリビルは億泰に向って、パチッと言う音が聞えそうなほど大げさにウィンクを決めた。

体を震わせている犬達の背後に、隠れる。

 

「おいッ。よさねーか……犬を足止めにするなんて、卑怯な奴だなぁ、お前はよお~」

億泰が苛立たしげに言った。

 

「あら、アナタこそ、この子達の戦闘力を甘く見ているんじゃあない?」

ネルビルは、もう一度ウィンクを億泰に決めて、嘲った。

 

ドンッ!

 

犬達は億泰たちの見ている間に、見る見るとその姿を変えていった。

四肢が、胴体が、首が、犬達の体が、大きく盛り上がっていく。

「Gryuuuuuuuruuu!」

まるで何かにかみつくように、犬が口を大きく開けた。

口の中で牙が伸びていくのが、見えた。

「Barururururu!」

犬たちの額、首、四肢の毛皮がまるで風船のように膨れ、弾けた。

その下から、硬質の甲羅のようなものが現れるッ!

 

「……嘘ッ、本当にこの子達は、『バオー』なの……」

目の前で起こっていることをようやく受け入れ、スミレが喘いだ。

「億泰君、逃げてッ!!」

 

「なんじゃあ、こいつら?……しかしやることにゃ変わりねーゼ」

 

ガオンッ

 

億泰はザ・ハンドで空間を削り、3匹の近くに瞬間移動した。

「かわいそうだが、今度はこっちから行くぜぇ~~」

 

「ダメッ!」

スミレが叫んだ。

「億泰君、絶対にその犬達に触れてはだめよ!体が溶かされるわッ」

 

「喰らえ!」

しかし、スミレの警告は、億泰に届かない。

億泰のザ・ハンドが、犬達を削ろうと右手を振り上げるッ!

 

ビュウンッ!

 

「!?ウォッ!」

 

ザ・ハンドによる攻撃を繰り出そうという直前、その3匹が、同時におそってきた。

 

かろうじてザ・ハンドで身を守ったものの、億泰は先ほどとはまるで次元の違う、そのスピードに冷や汗をかいた。

手加減はできないッ! 

 

ガオンッ!

 

再びおそってきた一頭 ――白犬だ―― の腹を、ザ・ハンドの右腕が削り取った。

 

Gyan!!

白犬が悲鳴を上げた。

「くそ、やっちまったぜ……」

億泰が嘆いた。

 

ところが……

 

腹を削り取られた白犬が、平然と立ち上がった。

 

ブチュツ、ビュ、ビチチ…チ……ィ

 

見ると、ザ・ハンドが『削った』白犬の腹から、大量のピンク色の触手が飛び出していた。

触手はうねり、のたうち、白犬の腹の傷をふさいでいく。

白犬の傷が、グングン再生していく ……

 

「なんだぁ?こりゃ~」

この犬もスタンド使いかよ、と億泰は毒づいた。

 

「気を付けて……この犬はもう『バオー』っていう……恐ろしい生物兵器に改造されているの……また来るわよッ!」

木の上からスミレが叫んだ。

 

「ヴァルルル。ヴァルッ!」

億泰に向かって、バオー・ドッグが一斉に飛びかかってきた。

 

バシャンッ! 

「うぉっ!しまった……」

億泰は飛び掛かってくるバオー・ドッグ達を迎え撃とうとして、……足を滑らせ、渓流に尻もちをついたッ!

 

「うぉおおおおおお!」

動けない億泰をかばって、ザ・ハンドが三匹のバオーの前に立ちふさがるッ!

一匹目ッ!近づいてくる前に蹴り飛ばすッ

二匹目ツ!右手で削り取るッ

三匹目ッ!間に合わない!

 

「ぐぉおおおおおおおおおッ」

 

「ギャアルルルッ」

 

「うぉおおおッ、あっぶねェェェ~~ッ」

ギリギリのところで、ザ・ハンドは、最後の黒犬の突進をまともに受け止めることに成功していた。

 

だが、最初に蹴り飛ばされた一匹、黒犬:バオー・ドッグが再び立ち上がった。

大口を開けて、億泰にかみつこうとするッ!

 

「億泰ッ!イヤアァ」

 

「うぉぉおおおお!」

だが、あわや億泰の顔面がかじり取られる寸前、ザ・ハンドは黒犬を捕まえ、空中に引っこ抜いた。

 

「追撃だぜ」

億泰が放り投げた黒犬の両足を、ザ・ハンドで削るッ。

 

「Gyiiyaaaaaaaaaaa!」

両後足を削られた黒犬が前足だけでもがき、立ち上がろうとする。

 

「……おいおいおい、まだ立ち上がるのかよ」

億泰が、嫌そうな顔をした。

 

白犬と同じだ。

黒犬の、ザ・ハンドに両足を削られた傷が、見る見る『治っていく』のだ。

失った後足の傷口が盛り上がり、足に代わって『ピンク色をしたタコの触手のようなもの』が生えてきていた。

 

「こうなりゃ、完全に削り取る必要があるワケだな……厄介だぜ……」

 

「ああぁあ、どうすればいいのぉ」

木の上のスミレは、武器となるものを取り出そうと、大急ぎで抱えていた荷物をほどき始めた。

「こうなったら、私が何とかしないと……」

 

と、スミレの動きを、未起隆が止めた。

「待ってください、いい手を思いつきましたよ」

未起隆はそういうと、木から飛び降りた。手には、スミレの痴漢撃退用スプレーをにぎっているッ!

「億泰さん、鼻をつまんでくださいッ!」

未起隆は億泰とバオー達の間に飛び込み、バオーの鼻先ににスプレーを振りかけた。

 

プシュゥウウウウウウッ!

 

「ギャルルルルゥゥゥゥゥ!」

スプレーをまともに喰らったバオー達が、悲鳴を上げて跳ね回る。

 

「今のうちです」

未起隆は億泰を捕まえると、再びロープに変身して、グイッと木の上に引っ張り上げた。

 

「こらっ、落ち着きなさい」

ネリビルが、鞭を振り上げた。

「お前たちッ!……カントリー・グラマーが優しく命令するだけじゃ、だめなの?だったら、この鞭を食らわせてあげるわよ」

 

ところが、すっかり混乱した一匹が、ネリビルの腕に噛みつき、……手首を引きちぎった。

 

「◆$#@!!!! いぁああああああああッ!!!!!」

ネリビルが絶叫を上げて、倒れた。

すると、もう一匹もクルリと振り向き、ネリビルに唸り声を上げた。

 

「私を守りなさいッ!」

ネリビルの悲鳴に、残った一匹は反応した。

 

その一匹が、他の2匹におそい掛かった。

三頭のバオー・ドッグは、互いに戦い始めた。

 

「いってぇ、どういう事だ」

億泰が、首をかしげた。

 

「同士討ちよ」

スミレが言った。

「ミキタカゾ……あれは…… 」

 

「そうです。スミレ先輩が持っていた熊除けのスプレーです。犬は感覚が鋭いから、きっと効果があると思っていましたよ」

 

「おおお……、未起隆、なんだかわからねぇが、ありがとうよ。助かったぜェ」

億泰が礼を言った。

 

 

「イヤアァァァ!!」

と、背後から、ネリビルの悲鳴が再び響いた。

 

「おい、見ろよ……いや、スミレ先輩は目をつぶってくれ」

 

「うっわぁ……クソババァの腕が溶かされている…………あれは……あれは、バオーの能力の一つよ」

スミレは億泰の警告を無視し、ネリビルを見た。目にした凄惨な光景に吐き気を覚え、口を押えた。



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虹村億泰 その3

スタンド図鑑

スタンド名:ザ・ハンド
本体:虹村億泰
外観:人型
タイプ:近距離 特殊攻撃型
性能:()内は特殊能力の性能
破壊力 - B(A) / スピード - B /射程距離 - D / 持続力 - C(E) / 精密動作性 - C / 成長性 - C
能力:右手で掴んだ物体を空間ごと削り取る 。削り取った物体は消滅する(行き先不明)。この能力を応用して、対象物や自分を瞬間移動させることも可能。


スタンド名:アース・ウィンド・アンド・ファイア
本体:ヌ・ミキタカゾ・ンシ(支倉未起隆)
外観:無し、本人と同化している。
タイプ:一体化型
性能:破壊力 - C / スピード - C /射程距離 - 無し / 持続力 - A / 精密動作性 - C / 成長性 - C
能力:自分の体を変化させる。複雑な機械や、変身前の本体以上の力は出ない。人の顔真似はできない。(そもそもスタンドなのか不明)


スタンド名:カントリー・グラマー
本体:ネリビル
外観:大型の犬程度のケンタウロス。ただし、下半身は猫で上半身は人型。
タイプ:中距離 特殊能力型
性能:破壊力 - D / スピード - C /射程距離 - B / 持続力 - C / 精密動作性 - B / 成長性 - D
能力:動物と会話する能力。命令に従うよう訓練された動物を支配することもできる。一度に支配できる動物の量は限られる。


「YIYAAAAAAAAAXTU!」

ネリビルが言葉にならない絶叫を上げ、頭をふりまわし、身をねじった。

だが、まったく体を動かせていなかった。

 

バオー・ドッグは、後足代わりの触手をネリビルに巻き付け、動けないように押さえつけていた。

そのうえで、自分の前足で、ネリビルの残った左腕を押さえつけている。

 

そのネリビルの左腕が、無残にもグズグズに溶けかかっている。

しかも体の溶解は左腕から、徐々に胴体に向かって進捗していく……

 

ジュワワワァァッ………

「いいッ、痛アアアィイイイイッッ! ワタシィのッ!」

ネリビルがすすり泣く。

 

そのとき、ネリビルを溶かそうとしているバオー・ドッグの上に、唯一五体満足な別のバオー・ドッグ ――もう一匹の黒毛の大型犬だ―― が伸し掛かり、 その頭を齧りとってしまった。

頭を齧りとられたバオーは、ゴロリと倒れたが、それでもまだビクビクと体を痙攣させていた。

 

「ギギィイイイイイイ―――――ッ」

間一髪助かったネリビルは、判別不能な金切り声を上げて跳ね起きた。

そして、渓流の水をはね散らかして、川の上流へと走り去って行った。

 

そのあとを、傷ついたバオー・ドッグ達がゆっくり追いかけていく。

 

「うげぇぇぇええええ」

億泰がブルッと体を震わせた。

「敵とはいえ、嫌なものを見ちまったぜぇ~」

 

「バオー……まさか……」

スミレも、真っ青な顔で身を震わせた。

 

「とにかく、今のうちに逃げましょう」

未起隆は靴に変身して億泰とスミレの足をくるんだ。

 

すると、億泰とスミレの足は勝手に動きだした。

靴を通して未起隆の力が伝えられ、二人の脚力も大幅に向上している。

億泰とスミレは、木の上から大きくジャンプして、その場を逃げ出した。

     ◆◆

 

一行は短い休憩を何度か入れながら、もう大丈夫と思えるまで、道なき山森の中を必死に進んだ。

ようやく人心地がつき、足を止めたのは、三人が戦った渓流から1峰は越えた、山の山頂近くだった。

 

崩落でもあったのか、この上は岩肌が垂直に切り立っている。未起隆の力を借りても、これ以上は登れそうもなかった。

 

「ミキタカゾ、ありがとう」

岩肌にもたれて息を整えながら、スミレが言った。

「億泰は怪我しなかった?」

 

「余裕っす!」

億泰は胸をはった。

「この億泰に任せなさい。あんな奴ら、粉々に削り取ってやりますぜ」

 

「削り取るって……ねぇ、それがさっきあんたの隣で戦っていた怪人の能力なの?そもそもあの怪人は誰?」

スミレが興味深げに尋ねた。

「……億泰君とあの怪人はどんな関係な訳?」

 

「怪人?もしかして、このザ・ハンドのことかぁ~」

億泰が自分のスタンド:ザ・ハンドを出現させてみせると、スミレは そう、それよ と、うなずいた。

 

「ん~~っ いざ説明しろって言われると、なかなか難しいなぁ」

億泰が、首をひねった。

 

バフッ!

 

スミレと億泰、二人の靴が膨らみ、はじけ、未起隆が姿を現した。

「スミレ先輩……その怪人は……怪人であって怪人ではありません。あれは億泰さんの持っている超能力です。……僕達は、それを『スタンド』って呼んでいます」

億泰にかわって、未起隆が説明をはじめた。

「スタンドは二つとして同じものはなくて、それぞれ異なる超能力と、違う名前が付いています。ザ・ハンド……それが、億泰さんのスタンドの名前です」

 

「……ミキタカゾ、あんたも億泰の……スタンド?が見えてるの?」

 

「ええ」

 

「あんたのその不思議な『能力』も、スタンドなの?」

 

「……どうでしょう、私の星では特に特別な『能力』じゃあないですからね」

 

「………イヤ、ところで、スミレ先輩、あんたこそ、俺のスタンドが見えているのかよぉ~~」

 

「見えるわよ 」

 

「じゃあ、あんたももってんだな、スタンドを」

 

「……そういう能力は私にはないと思うわ」

私は見るだけよ……とスミレはつぶやいた。

「今まで……そんなスタンドっていうモノは見たことないわ。……私の力はスタンドじゃあない と思うわ」

 

「いやいや、『スタンドはスタンド使いじゃあないと見えない』んすよ。先輩も、やっぱりなんかの力を持ってるんすね!。俺たちと同じだ」億泰が喜んだ。

 

『同じじゃあないと思うわ』と、言うスミレの声は、もちろん億泰の耳には届いていない。

 

「ところでスミレ先輩」

未起隆が口を開いた。

「あのおばさんが話していた『組織』とは何ですか」

 

「おぉ、俺も興味あるぜぇ~~あのオバサン、スミレ先輩にいかにもワケありってかんじだったしよぉ。あの犬っころもおっかし~~ぜ。普通、あんなに体を削られたら、もう死んじまうだろ」億泰も同調した。

 

組織ってなんだ?

バオーってなんだ?

 

億泰と未起隆は腕組みをして、スミレの様子をじっと見ている。

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

「ゴメン……言えないわ」

スミレは顔をこわばらせ、首をふった。言えば、二人を完全に巻き込んでしまう。

確かに二人を荷物運びとして、育朗の探索に調子よく利用している自覚はある。だが、それとこれとは次元の違う話だ。二人を、これ以上巻き込むわけにはいかない。

 

「僕達があのおばさんに襲われたのは、その組織が関係してるんですよね。だから僕達も、敵の事を知った方が良いと思うんです」

 

「駄目よ。……私達のせいで、アナタ達をこれ以上危険な目に合わすわけには行かないわ……だから明日の朝になったら、アナタ達はもう帰って。……心配ないわ、私も、自分の身ぐらい守れるのよ」

スミレはそう言うと、背中に担いだ長い袋から、猟銃を取り出してみせた。

「私の父はマタギなの。私も銃の撃ち方は知ってるってわけ」

 

「そりゃあすげえな……でもよぉ~~ッ、あのバオーって呼ばれてた犬っころ達にゃ、銃なんてきかなそうだったぜ。ありゃあ相当な強敵だよ」

 

「それに今更逃げ出したって、その……『組織』が僕達を放っておいてくれませんよ。まあ、僕はいざとなれば宇宙船に乗って帰れるからいいんです。……ですが、お二人はそうはいかないでしょう?。それに、スミレ先輩をほっとけません」

 

「億泰、ミキタカゾ……有難う」

スミレは目蓋を強く擦り、ニッコリと笑った。

「でも、もう少し待って……考えさせてよ」

 

億泰と未起隆は顔を見合わせ、仕方がない と言う風にうなづいた。

「わかりました。話せない事情があるのでしたら、今は『組織』のことは言わなくてもいいです。でも、僕たちが、スミレ先輩を置いて先に帰ることもしません」

 

未起隆の言葉に、スミレはうなづき、ただ『ありがとう』と言って、微笑んだ。

 

「……おお、雨が降って来たみたいだな。よっ……よし、この俺がシェルターを作ってやろう」

スミレの笑顔を見て、なんだか落ち着かない気分になった億泰は、慌ててスミレから背を向けた。

ソソクサとザ・ハンドを出現させる。そして億泰は、切り立った崖をスタンドで『削り』始めた。

「俺が、ここに寝床を削りだしてやるぜぇ」

 

「……スゴイわね……あっという間にトンネルができていくわ」

スミレが目を丸くした。

 

「へっへぇぇ……後30分もかからないうちに、彫り終わるぜぇ~~俺のザ・ハンドは便利だろ?」

億泰は真面目に洞窟作りに取り組み、ザ・ハンドの空間をえぐり取る能力で、あっという間に三人が快適に一晩を過ごせそうな洞窟を作り上げた。よく見ると、それぞれの個室、空調用の窓までできている立派な洞窟だ。

 

スミレと未起隆はすっかり感心して、億泰の掘った洞窟を見て回った。

「億泰さんの能力、サバイバル向きでとても便利ですね」

未起隆が大真面目に言った。

「僕もお役にたたねば……そうだ、皆さんの毛布に変身しましょう。僕が皆さんを暖かく包みますよ」

 

「そうね、それは確かに暖かそうだけど……」

スミレが少し引きつった笑顔で言った。

「でも……私、寝袋を持ってきているから、遠慮しておくわ」

 

     ◆◆

 

その日の夜。

 

「へぇええええ、きっれ~な星だなぁ」

億泰はすっかり感心して、空を見上げていた。

そこには、巨大な天の川が広がっていたのだ。

「杜王町では、こんなにきれいな星みられないからな~~」

 

「私の子供の時に住んでいた所を思い出すわ」

スミレが言った。

「人気がいないから外から光が入らないし、星がよく見えるわね……きれいね」

 

「スミレ先輩はどこの出身なんですか」

 

「私は……すっごい田舎に住んでたわ。人なんて、私とおじいちゃん、おばあちゃん以外は全然いないのよ。人より、熊や狸の方が多いんじゃあないかしら?でも、ここからそんなに遠くないわね。そう……ここから平泉の方角に20Km位行った所よ……」

 

「それは……スゴイところですね」

 

「そうなのよ。フフフ……懐かしいなぁ」

 

「おばあちゃんとおじいちゃんに、会いたいんですか」

 

「あら……いやね、おじいちゃんとおばあちゃんの家には、毎月会いに帰ってるわよ。いい高校が近くになかったから、しかたなく都会に出てきただけだったしね」

 

「じゃあ、懐かしくないんすか?」

億泰には、話がよく理解できなかった。

 

「フフフ……小さいとき、彼とこうやって星を見たなぁっておもったのよ」スミレが言った。

「ほんの短い、ほんとに少しの間だけだったけど、二人でいろんなところに行って、星を見たなぁ」

 

「……そうっすかぁ……」

 

「いやーほんとにきれいですね」未起隆が言った。

「僕も、ちょっと宇宙船に帰りたくなりましたよ……知ってます?宇宙には空気がないから、本当に星が近くに見えるんですよ」

 

――――――――――――――――――

 

 

翌朝、スミレはみんなより早起きして、コーヒーを入れていた。朝早起きしてコーヒーを飲むのは、スミレの習慣であった。

あたりを跳ね回るインピンをあやしながら、スミレはコーヒーを片手に外の景色を見ていた。

すると突然、ポン とスミレの額から何か、チョウのようなものが飛び出した。

 

「これは……?」

スミレはびっくりして、コーヒーカップを取り落した。すぐに気を取り直すと、地面に落ちたカップには目もくれず、そのチョウを観察し始めた。

 

アゲハチョウ大のそのチョウは、黒のような、紫のような、そしてときに白い色に光りながらパタパタと飛んでいた。

不思議なことに、スミレには、次にこの蝶がどこに行くのか、なんとなくわかることに気が付いた。

しばらく蝶を観察し、ついにスミレは、これが自分の能力の形……つまりスタンドだという事がわかった。

 

チョウは、ひらひらっとスミレの周りを飛び、またスミレの額に止まった。

すると……蝶を伝わり、スミレはビジョン(幻視)を見た。

 

ビジョンは、スミレに、今自分たちがいる深い森を上空からの俯瞰で見せた。

まるで渡り鳥のように、ビジョンはその森を海岸に向って飛んでいく。

すり鉢状の谷の奥に、洞窟が見える。

その洞窟に入り、奥に突き進んでいくと……地下水脈があった。

 

その先に 懐かしい 『彼』が静かに眠っているのを、確かに『感じた』のだ。

 

……ビジョンが消え、視界が元に戻った。

スミレは割れたコーヒカップの上で、岩山の上、『昨晩億泰が削った洞窟』の入り口に立っていた。

「見えたわ!東よッ!ここから東に行った所に、育朗がいるのが見えたわ」

スミレが、晴れやかな声で歓声を上げた。

 

「それは良かった。スミレ先輩、おめでとうございます」

未起隆の姿は見えない。だが、まるでスミレの声をじっと聴いていたかのように、すかさず未起隆の祝福の言葉が返ってきた。

ブルンと、億泰が削り出したシェルターを塞いでいたテント地の隔壁と、寝袋 ――中にはまだ億泰が眠っている―― が、大きく揺れた。 そして、その二つの形が崩れ、溶けあわさり、未起隆が姿を現した。

 

突然寝袋から放り出された億泰が、ぶつぶつと文句をこぼした。

「痛ぇし寒い……未起隆よォォ~~。お前、変身を解く前に起こしてくれよぉ~~」

すみません。恐縮する未起隆に、億泰は、なおもブツブツと文句をこぼしつづけた。

 

そんな億泰を、スミレがたしなめた。

「億泰、男が細かい事をグズグズ気にしなさんな」

 

「いや~確かにそうなんだけどよぉ~」

寒いんだよぉ、と億泰がこぼした。

 

「見えたのよ、目指す 人がッ!」

スミレが億泰の腰を叩いた。

「こうしてはいられないわよ、さっさと荷物をたたんで、出発しましょうッ」

 

「了解です」

未起隆が、てきぱきとあたりの荷物をまとめ始めた。

「さぁ、億泰さん、さっさと行きましょう」

 

「ちょっ……ちょっと待てよ、俺にも準備ってもんが少しはあるんだよ」

 

「ほらほら、男でしょ。てきぱき行動できないと女の子にもてないわよ」 スミレがズケズケと言った。

 

「……余計なお世話っすよ……」

 

と、外にいるものに気が付いたスミレの顔色が、不意に嫌悪にゆがんだ。

「ちょっと、いゃあああああああ!あれを見てよ、気持ち悪い」

 

スミレが指さした先には、まるで、雲のような、真っ黒に蠢く塊が地面を覆い、あちこち動いていた。

よく見ると、それはネズミだ……ネズミの大群が、森の中を所狭しと走っていたのであった。

 

「気持ち悪うッ。なんなのよ、あんなにいっぱい」

 

「……あの、ネリビルってオバサンの能力……確か、『動物を操ること』でしたよね」

未起隆が言った。

「あの量のネズミから隠れて行動するのは、まず無理でしょうね……」



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川尻早人 その1

スタンド&クリーチャー図鑑

スタンド名:ウィスパー・イン・ザ・ダーク(WitD)
本体:栗沢スミレ
外観:アゲハチョウ大の美しい蝶
タイプ:特殊能力型
性能:( )内はスタンド能力(ビジョン)の性能
破壊力 - E / スピード - E /射程距離 - C / 持続力 - C(E) / 精密動作性 - A(E) / 成長性 - B
能力:未来に起こり得る危険・や人を含む生物の行動等 を映像化してみることができる。


クリーチャー名:バオー・ドッグ
性能:破壊力 - B / スピード - B /射程距離 - C / 持続力 - D / 精密動作性 - C / 成長性 - C
能力:寄生虫バオーが寄生した犬。ただし、今回億泰たちが遭遇したバオー犬の寄生虫バオーはオリジナルから生殖能力が取り除かれた『改良』型。オリジナルに比べ、パワーが弱く、発現できる武装化現象も少ないが、その分安定しており傷の回復力も強化されているらしい。半年程度の寿命と想定されている。



1999年11月3日: [M県K市、K山 (杜王町から150Kmほど北)]

 

ちょうど億泰がカフェ・ドゥ・マゴでスミレと話をしていた頃、川尻早人は、とある森のキャンプ地の周りを探検していた。

杜王町に生えている木々は、まだ紅葉真っ盛りと言うわけではない。だが杜王町からだいぶ北に上ったこの辺りでは、木々はすっかり秋深くなっていた。気温も下がってきており、少し肌寒いほどだ。

早人がいる森は、人里から遠い場所にあった。

この辺りにはめったに人も来ない。

だから森が荒らされていないのだろう。早人が周囲を少し探すと、食べられる木の実や果物がなっているのを、簡単に見つけることが出来た。

「私の育ったアメリカ南西部の森とは、違うわね……でも、とっても豊かで美しい森ね」

早人の後ろを歩いていた、SW財団職員のシンディ・レノックスが言った。シンディは美しい金髪をポニーテールにまとめた、容姿端麗の調査員だった。

シンディは、英語がわからず首をかしげる早人を見てにっこり笑った。そして、今度は日本語で「キレイナ モリ ネ」とゆっくり言い直した。

「この時期は、食べられる果物や木の実がたくさんあるんだよ」

早人は笑った。

「もう少し取ったら、仗助兄ちゃんのところに戻ろうよ」

早人は、東方仗助の誘いをうけて、杜王町から北側にある森の中でキャンプをしていた。

ひそかに憧れている東方仗助に声をかけられたとき、早人はとても嬉しかった。だが一方、母親を1人置いてキャンプに参加することにどうしても気が乗らなかった。

 

その母親が、どうしてかキャンプの話を聞きつけ、『必ず行くべきだ』と早人の背中を押してくれたのだ。

「あっアケビだ」

早人は、木のツルにたくさんのアケビがなっているのを見つけ、顔をほころばせた。

しかしアケビの実は、早人の手が届かない高さになっていた。

早人が困っていると、シンディがにこっと笑って木に登り、アケビを幾つか取ってくれた。

シンディがとってくれたアケビを一つかじり、早人は、このアケビが大好物だった父親のことを思い出した。

(そういえば、三人で森にハイキングに行ったことがあったな。その時は、父さんがアケビを見つけて大喜びしたっけ)

 

早人はクスリと笑った。

(それで、危ないからやめなさいっ……てとめる母さんを振り切って、父さんは木に登ったんだっけ。結局、木から落っこちちゃって……でもアケビのツルを掴んでたからお尻を打っただけですんだんだ)

――決して理想の家庭ではなかった。だがそれは、父と、母と笑い合った数少ない大事な思い出――

たまらなく、また父親に会いたい。

でも、もう会えない。

早人はそっと涙をぬぐい、先を行くシンディを追いかけた。

――――――――――――――――――

チチチチ……

森深い山奥で鳥が鳴いていた。鳥は、めったに人の来ないこの地にいる人物を警戒して、鳴いているのだろう。

その森のただ中にある、渓谷に埋もれた大岩の上に、東方仗助はたった1人、立っていた。

 

今年、杜王町から150㎞程北に上った地に、隕石が落ちた。

幸い人家のない森の中であったため、死傷者こそなかった。

だが、隕石が落ちて以来、人知れず、その地で色々と不思議な現象が起こっていたのだ。

仗助は、その現象の調査を、《生物学上の》父親:ジョセフ・ジョースターから依頼されたのであった。

調査に加わってくれれば、謝礼も出るという。

金欠でこまっていた仗助にとっては、謝礼の話は切実であった。渡りに船とばかりに、そしてちょっとした親孝行のつもりで、仗助は、SW財団主催の隕石調査に参加する事にしたのであった。

「こいつは、グレートだぜ」

仗助は、大岩の上にしゃがみ込んだ。そして、ナイフを取り出して、地面から掘り出した果物を輪切りにした。断面を確認して、ため息をつく。

果物の外観は確かにミカンであった。だが、輪切りにした『中身』は、ミカンとレモンが混ざり合っていたのだ。

ミカンもレモンも、昨晩地面に埋めたときは、至極普通の果物であった。それが、この地面に埋めて一昼夜も放っておくと、一つに融合してしまうのだ。

何度試しても同じことが起こる。しかも仗助のスタンド:クレイジー・ダイヤモンドの『直す』能力を使っても、一旦融合したモノを元々のモノに戻すことは出来なかった。

それは、まさに『奇妙な』現象であった。

「これ……本当に、不思議ね」

背後からピョコンと現れたアンジェラ・チェンが、仗助の背中に飛びつきながら言った。

「ここにスケボーとサーフボードを埋めたら、スノーボードになったりするのかしら。三輪車とバイクを埋めたら、サンドバギーになったりしてぇ」

「懐中電灯とピストルを混ぜたら、光線銃になったりしてなぁ」

仗助はへらっと笑って、さりげなくアンジェラを背中から降ろした。

「ちょっとぉ、仗助ぇ……冷たいじゃあない」

仗助の背中から降ろされたアンジェラは、ぷうっと頬を膨らませた。

「師匠に言いつけちゃうわよ。師匠の息子がどんだけ一番弟子に冷たく当たったか……ある事ないこと、こと交えて細かく説明しちゃうから」

アンジェラは、ジョセフ・ジョースターに言いつける予定の内容をまくし立てはじめた。

機関銃のような勢いだ。

 

その様子に、仗助はげっそりとした。

「……ジジイが師匠だなんて、お前が勝手に言っているだけだろうがよぉ〰〰」

「ちょっとぉ……そんなことないわよーだ。――証拠を見せてあげる」

仗助の反論を聞き、アンジェラが奇妙なリズムで呼吸を始めた。

コォォォォォオオオオ

心なしかアンジェラの体が、ボウッと微かに光っているように見えた。

アンジェラは、仗助の手からミカンとレモンが融合した謎の果実をひったくった。それを大岩の下に、躊躇なくぽぃっと放り投げこむ。

「おいっ!」

「大丈夫よ………見てて」

放り投げられた謎の果実は、大岩の下に生える茂みにあたると、なぜかバウンッと不自然に跳ね上がった。

そして果実は、またアンジェラの手に戻った。

アンジェラは、戻ってきた果実をピンと人差し指ではじく。すると、謎の果実はまたしてもスーパーボールのように跳ねた。

しかも、岩にぶつかったわけではない、今度は柔らかい雑草に触れ、またハジキ帰ってきたのだ。

再び跳ね返った謎の果物は、今度は 仗助の手にもどってきた。

 

不思議なことに、その果実を仗助が受け止めた瞬間ッ、ビリッと電気マッサージを受けたような衝撃が、両手に伝わってきた。

 

イテッ

 

驚いた仗助は、謎の果実を取り落とした。

バウンッ、バウン

果実は、不自然なバウンドをしながら大岩の下に落ち、そして地面を転がって川に落ちて、流れて行ってしまった。

「!?おいッ アンジェラ、おめーよぉー」

邪魔すんなよ。貴重な試料を落としてしまった仗助が、軽く怒った。

アンジェラはペロッと舌を出した。

「ほーぅら、見た?これが師匠譲りの技……仙道よ。仙道は、波紋のエネルギーを使う技術……太陽や生命のエネルギーと同じエネルギーを、体内で増幅させる技術よ。スゴイでしょー? これでわかった?私は師匠の一番弟子なんだからねッ」

アンジェラはそう言って胸をはった。

 

そして、自らのスタンド、――スケボーの様な外見をもつ――を、出現させた。

「ちょっとスケーター・ボーイで見回りをしてくるわッ。またね、 仗助」

アンジェラはひらひらと手を振ると、 スタンドのスケボーに乗った。そしてスタンドの力で木を垂直にかけあがり、梢の向こうへと消えて行った。

「ふぅ――。……相手すんのもメンドクサイ奴っすねぇ……承太郎さんじゃあないが、ヤレヤレっすよー」

仗助は、アンジェラが去っていくのを見て、ホッとため息をついた。

アンジェラ・チェンは、ホンの2週間前に、ぶどうヶ丘大学に台湾から留学生としてやって来た女性だった。

理由は分からない。だが、アンジェラは転入そうそう、仗助に過大な興味を示していた。そして 、暇さえあれば高等部にもぐりこんで、仗助をおいまわしていたのだ。

それからというもの、いつも一緒につるんでいる億泰の不機嫌そうな顔、同じクラスの女子の冷たい目にさらされ、仗助は居心地の悪い日々を過ごしていた。

可愛いいと言えなくもない年上の女性に、追い回されれば、ちょっとはうれしい気持ちもある。だが、そのアンジェラは、カナリうざいおしゃべりであった。正直、『残念な女性』なのだ……。

仗助は、山岸由花子にストーキングされていた頃の広瀬康一の気持ちが、少しだけわかったような気がしていた。

彼女が仗助の《生物学上の》父親、ジョセフ・ジョースターの知り合いである事を聞いたのも、うんざりした気分に拍車をかけていた。

そんなアンジェラが、つてをたどってこのSW財団の調査に同行する事を知った時は、唖然としたものだ。

まあいい、仕事に戻ろう。 仗助は頭をかきながら、手にしたノートを開いた。

「オレンジとレモンの実験か……なになに、まず『埋める深さを変えてみる』 と、それから『埋める場所を変える』、最後に『埋める時間を変える』……と、それから『深さ、場所、時間の違う、色々な組合せを試す』 と。 さらに、木と鉄を埋めてみる。百円玉と十円玉……そのほか『思いつく限りの色々なものを埋めてみる』……と………しかし参ったぜ、割のいいバイトだと思ったけどよぉ〰〰」

メンドクセーな。

仗助はブツブツ言いながらも、ノートの指示に従って真面目に試験を始めた。

オレンジとレモンを埋め、記録をとる。

掘り出したオレンジとレモンのアイノコを ビニール袋に入れ、ラベルを付けて分類していく。

埋めた時間を、ストップウォッチで計り、記入する。

面倒な作業だ、だが、面白かった。

仗助にも、『謎や冒険に首を突っ込む』性分が受け継がれているのだ。

 

「仗助さん、食べ物をたくさん見つけたよ」

仗助が仕事を開始して、半時間程経ったころ、早人が顔を出した。 早人の後ろからは、シンディも顔を出した。

「おぉぉ早人ォ――。お前、仕事が早いじゃねぇか」

仗助は、早人が取ってきた森の食べ物を見て、顔をほころばせた。

「うまそうだなぁ……お前、ただの都会っ子ってわけじゃなかったんだな」

「まぁね、良く小さいころ父さんと森に来てたんだ」

早人が胸をはった。

「早人君のおかげで、おいしそうな果物がたくさん取れたの。助かったわ」

シンディが早人の肩を叩いた。

「いやぁー、シンディさんもお疲れ様です」

仗助が拙い英語で礼を言うと、シンディは 気にしないで とひらひらと手を振った。

「美しい森ね、私も森の中を散歩できて、楽しかったわ」

「そうっすね、こんな森にこんな奇妙な土地があるなんて、思ってなかったっス」

「あら、手をすりむいてるわよ」

シンディは、仗助の人差し指に擦り傷があるのを見つけた。ポケットからカットバンを出して、クルリと傷口に貼り付けてくれた。

「気をつけなさい。ここは奇妙な土地なんだから、傷口から変な菌が入り込むかもしれないわよ」

仗助の指にカットバンを巻くシンディからは、ふわっと、石鹸のにおいが香った。

 

「……ありがとうございます」

仗助は、真っ赤な顔で礼を言った。

(うわあーいい香りだ。……なんてキレ―な人だ。しっかも、優しくて美人のおねー様かぁ……)

「仗助兄ちゃん……そんなにデレデレしてたら、アンジェラが怒るよ」

「なっ……お前、ませてんなぁー」

仗助は、早人を軽く小突いた。

「だが、俺がアンジェラに怒られる理由はねぇぞ」

 

「……そりゃあ、仗助兄ちゃんには、そうなんだろうけどさ……」

そろそろ朝飯の準備をしなければならない。 仗助は、早人を連れてキャンプ地に戻った。

早人は、はしゃぎながら走っていく。

(どうやらキャンプに連れてきて正解だったみたいだな)

仗助は早人の様子を後ろから見て、ほっと胸をなでおろしていた。

なんといっても、早人はつい数か月前に父親を失ったばかりだ。口には出さないが、つらい思いを抱えているに違いなかった。

仗助には、早人の気持ちが痛いほど想像できている『ツモリ』であった。

 

なぜなら仗助も、父親代わりであった祖父、東方良平を失った記憶があったからだ。東方良平は、『日本犯罪史上最低の殺人鬼:片桐安十朗』と、奴のスタンド:アクアネックレスによって、つい最近、殺されていた。

 

仗助にとっては、彼を子供の頃から慈しみ、守り、教え育ててくれた東方良平こそが、《本当の父親》だったのだ。

その《本当の父親》を失った時の悲しみ、怒り、むなしさは、今でも仗助の胸の奥に燃えている。

 

このキャンプを通じて、早人の心も少しは軽くしてやりたい。

仗助は、心からそう思っていた。

 

――――――――――――――――――

キャンプ地は、K山の山中にわずかになだらかになった斜面を見つけ、作ったものであった。

周囲はうっそうと森が囲んでいるが、キャンプ地は比較的乾いており、清潔であった。近くの渓流から、川の水が流れる音が聞こえる。

あわててしつらえたにしては、快適なキャンプ場であった。

 

早人と仗助は和やかに火を起こし、肩を並べて早人が採ってきた山の果物を洗った。そして、火の上にフライパンをかざして、朋子としのぶ が用意してくれた食材を、暖めていった。

 

アンジェラが帰って来るのを待って、三人は、一緒のテーブルで、昼食をつつき始めた。

三人の隣では、SW財団からやってきた研究Gr.が、同じように昼食を取っていた。

今回の調査はまだ予備的な調査と言う事であった。だが、アンジェラを含め、SW 財団からは5名の研究者が派遣されていた。

 

SW財団のリーダーはアリッサ・アッシュクロフトと言う知的な感じのする美人だ。

だが実は彼女は、ちょっと仗助が苦手なタイプの女性であった。彼女は、仗助が苦手だった小学校の時の厳しい担任に、どこか雰囲気が似ているのだ。

仗助の視線に気が付いたのか、シンディが仗助にウィンクを飛ばした。

それをみて、アンジェラがむっとした。アンジェラは、仗助の皿からハンバーグ(しのぶが作ったもの)をひったくり、大口でほおばった。

「おい、俺の皿からとるなよォ〰〰」

「あら、気が付いたの。シンディさんに夢中で、気が付かないと思ったわ。それにしてもシンディ姉さんって、ほんとに美人よね。うらやましいわ……」

アンジェラはいかにシンディが美しいか、とうとうと語り始めた。正直、ウザイ態度だ。

「……なぁ、かんべんしてくれよ」

「何をかんべんするっていうのよ」

アンジェラが、仗助を睨みつけた。

「……ねぇアンジェラ、ご飯を盛り付けるの手伝ってよ」

早人が文句を言うと、アンジェラは『台湾では朝ごはんは全部外食なんだ』と言い返した。

だから、ちゃんとした家では、朝ごはんの盛り付けなんてしないんです。

 

おしゃべりなアンジェラは、聞かれてもいないのに、台湾のおいしい朝食店のメニューを説明し始めた。 豆乳スープと揚げパン、汁ソバの数々、握り飯、チャーハン。

いつの間にか、早人はごくりと生唾を飲み込んで、アンジェラの話に聞き入っていた。

 



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川尻早人 その2

「アンジェラ、今お前が食べているのは、俺と早人の『お袋』が作ってくれた『昼飯』スよぉ――」

仗助が指摘すると、アンジェラは少し赤面した。

そして、今度は『いま食べているごはんが、どれだけおいしいか』力説し始めた。

仗助はげっそりとした顔になりつつ、アンジェラの長い話にウンウンと相槌を打った。

この昼飯は、本当に二人の母親、川尻しのぶと東方朋子が作ってくれたものだった。

色々あって、今は仗助の家と早人の家は家族ぐるみの付き合いをしていたのだ。

 

母子家庭で、一緒にいない父親をまだ愛している。

境遇に少し似たところがある東方朋子と川尻しのぶが知り合い、仲良くなったのは、必然だったのかもしれない。

二人は、杜王町で開かれた母子家庭家族の自助会で知り合ったらしい。そして、知り合ってすぐに意気投合し、家族ぐるみの付き合いをしていた。

今回のキャンプの件も、母親同士のつながりがあったからこそ、なのだ。

「仗助さん、杜王町で伝統の食事と言えば、芋煮会だよね〰」

早人が強引に話題を変えた。仗助と同じように、アンジェラの長話に辟易としていたのだ。

「芋煮会は………僕も、母さんと……父さんと、それから学校の友達と一緒に、毎年やったよ。近くの河原で、楽しかったなぁ」

「俺は今も毎年やっているぜぇ〰〰」

仗助が、ポンと早人の肩をたたいた。

「早人よぉ、今年はひとつ一緒にやってみよォ――ぜ。康一やユカコ、それから億泰の野郎も一緒にだ」

 

「アラ?おいしそうなお話ね」

シンディが仗助たちのテーブルにやってきて、話に割り込んだ。

果物くれてありがとうね。おいしかったよ。シンディは早人の頭を撫でてくれた。

「シンディさん、この調査が終わったら、その……あのぉ…芋煮会をしませんか」

早人が、勇気を出して提案した。

 

「ふんっ」

アンジェラがわかりやすくそっぽを向いた。

ピューっと仗助が口笛を吹いた。

「芋煮会?」

シンディが小首をかしげた。

「えっと……」

言葉に詰まった早人が、年上陣に助けを求めた。だが、アンジェラはそっぽを向いている。仕方がなく、仗助がコホンと咳払いして芋煮会とは何か、の説明を始めた。

「……なるほど、面白そうね」

仗助の説明を聞いて、シンディがうなずいた。

「面白いっすよ、それで……えーと……」

ちょっと慣れない英語を話し疲れた仗助は、助けを求め、隣に座っていた日系二世のヨーコと言うSW財団の女性に、日本語で話しかけた。

「いや、いいアイデアと思うんすよ。どうっすか、SW財団の皆さん、今度一緒に芋煮会やりませんか」

「??」

突然仗助に話しかけられたヨーコは、おどおどと『何を言っているのかわからない』というしぐさをした。

「彼女は、日本語がわからないんだ」

ヨーコの隣に座っていた、デビットと言うSW財団の戦闘員の男が言った。

「産まれも育ちもアメリカの、日系二世なんでね……日本のことはほとんど知らない」

「ああ……失礼しました」

頭を下げる仗助に、デビットは気にするなと手を振り、黙々と朝食を食べ続けた。

「私、両親が生まれ育った国に来れて、うれしいです」

ヨーコが仗助に英語で話しかけた。仗助にもわかるように、ゆっくり、簡単な単語を選んで話してくれている。

「日本に来て、すぐここにきてしまったので、まだ日本の町を見たことはないんですが……でもここは緑が多くてきれいなところですね」

「……そうっすね。調査に一区切りついたら、杜王町を一巡り案内しますよ」

「素敵、ありがとうございます」

ヨーコは、仗助にピョコンと頭を下げた。その背後で、アンジェラが鼻を鳴らしている。

「できれば日本料理も食べてみたいわ。私たちの研究所の近くにも、光瑠って日本食屋があるんですが、そこはレパートリーが少ないの」

「そうね、この調査が終わったら『みんなで』食べに行きましょうね」

シンディが言った。

その後、ピーターと名乗るSW財団の研究員も、会話に加わった。仗助たちは、それぞれの国の料理のこと、このあたりの見どころの話、研究員達それぞれの故郷についてなど、和やかに語り合った。

     ◆◆

昼食後、仗助とアンジェラは、早人と一緒に渓流で釣りをしたり、不思議な地の調査をしたり、と再び忙しく動き始めた。

渓流のそばの、小さな山のようにそびえる大きな岩の上が、仗助が調査を担当している不思議な現象を示す土地であった。

「いやぁー肩がこるぜー」

仗助はノートとスコップを放り投げると、調査の合間に一息をつこうと大きく伸びをした。岩の上から、渓流を見下ろす。

足元ではアンジェラと早人が、胴長 (長靴とゴム製の長ズボンが一体化したような防水具)をはいて、渓流の流れに立ち、竿を振っているのが見えた。

少し離れたところには、非番のデビットが竿を振っているのも見える。

デビットはすっかりリラックスした表情で、釣りを楽しんでいるように見えた。

よく見ると、時折デビットは、釣りに慣れていない早人とアンジェラに、竿の持ち方、えさのつけ方、魚がいそうなところなどを教えてくれているようだ。けさ話した時はぶっきらぼうなタイプかと思っていたが、デビットは、思いのほか面倒見がよい人のようであった。

と、早人の竿がクィッと上がった。

魚がかかったらしい。だが、しばらく釣竿と格闘していた早人が、ふいに あーあ と天を仰いだ。ばらしてしまったのだろう。

「仗助さんッ、見た? 今の大きかったんだよ。惜しかったなぁー」

早人は大きな声で笑った。その声は少しだけ、11歳の少年らしいイキイキさを取り戻つつあるように見えた。

アンジェラも、仗助の視線に気づき、手を振っている。

「アンジェラ、交代するぜー」

仗助は、崖にしばりつけた縄梯子を降りた。

よろしく、とアンジェラが仗助の手をとって、縄梯子から降りるのを助けてくれた。

「釣れたか?」

「私は全然よ」アンジェラが言った。

「それはともかくこの渓流、とっても冷たいのね、でもきれいだわ……」

「仗助さん!早く来て、今、デビットに教わったとうりにやってみたら、一匹釣れたんだよッ」

早人が叫び、魚籠を持ち上げて見せた。

少し離れた上流にいたデビットも、早人の方を向いて親指を立てている。

「おぉースゲーな 早人よぉ〰〰俺が初めて釣りに行ったときは、何にも釣れなかったんだぜー」

ふと、仗助には、魚籠を持ち上げ大声を出す早人の姿に、子供の頃の自分がダブった。

初めて良平じいちゃんと釣りに行ったのも、こんな渓流だったような気がする。そのときは、まったく釣れず、こっそり魚屋で魚を買って帰ったのだった。

もちろん、母親にはすぐばれて、それからしばらく 仗助と良平じいちゃんはずっと母親にからかわれっぱなしだったのだが。

(良平じいちゃんとも、こうやって釣りしたよなぁ……魚を釣っては大騒ぎして、魚が逃げると文句言われたっけな)

「仗助さんッ!」

「おお〰〰すぐ行くぜ、まってな――」

明日からは禁漁日である。この、ほとんど人も来ない、名も知れぬような小さな渓流ではあっても明日からは釣りができない。

(今度、康一や億泰と一緒に早人も連れて、海釣りにでも行くか)

仗助はそんなことを思いながら、胴長に足を通した。

     ◆◆

そうして、キャンプを始めてから、二日目の夜になった。

その時、早人は食卓を囲むアンジェラの弾丸トークに、苦労して突っ込みを入れているところだった。

仗助は少し離れたところで肉を焼いていた。焼きすぎると肉は固くなる。仗助は、うまい肉が焦げ付かないように、一言も口を利かずに集中して、肉に火が入っていくのを見守っていた。

ふいに、リリリと鳴いていた鈴虫の声が、止んだ。

時を同じくして数人の人影が、現れた。人影は、キャンプ場を見下ろすことのできる小高い場所に、立っていた。

「……誰」

アンジェラとの話を途中で止め、早人は声を潜めた。

「わからないわ、たぶん、道に迷った登山客だと思うけど……念の為、早人君は私の後ろに……」

弾丸トークをやめ、アンジェラが油断なく身構えた。

早人は素直にアンジェラの背後にまわり、近づいてくる男達を観察した。

「こんな夜に、なんか用っスかぁ」

俺が行きます。近づいてくる男達に対応しようとしていたデビットを抑え、仗助が、懐中電灯を掲げながら慎重に人影に近づいて行った。

仗助は男たちと何やら話している。

男達は仗助を取り囲んでいる。

ゴウッ

 

と、風が男たちの背後から、キャンプ場に向かって吹いた。

 

何か腐ったようなにおいが、男たちから匂ってくる。

何?このニオイ……早人が顔をしかめた。

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

「……お前、東方 仗助だな……死ね……」

男の1人が、もそっと言う声が、風に乗って早人の耳に入った。

 

今、死ねって言った?どういうこと……早人は唖然とし、聞き間違いではないかと再び耳を凝らした。

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

「……アイツら、何かヤバいワッ!…………仗助っ!」

アンジェラはテーブルにあったリンゴを取り、仗助を囲んでいる男に向かって投げつけた。

そのとき、早人には、アンジェラの体がかすかに発光したように見えた。

バシュッッ

アンジェラが投げたリンゴは、仗助を取り囲む男の1人に命中した。

当ったリンゴは不自然にバウンドし、アンジェラの手元に戻って来る。

「あんた達、いい加減にしなさいよ」

アンジェラは早人を背中にかくまいながら捲し立てようとして―――男の異様な様子に気がつき、口ごもった。

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

男の肩、リンゴが当った辺りから、煙が立ち登っていた。

それは……話に聞いていたゾンビ(屍生人)が、『波紋』を受けたときの症状にそっくりであった。

「!?波紋入りのリンゴでダメージを受けるなんて……あなた達……まさか……」

アンジェラが、信じられないというように、よろめいた。

「娘ぇ……波紋使い……かぁ」

男が判別不明な唸り声をあげた。

仗助に背を向けて早人とアンジェラにおそいかかるッ!

「BuooooooOOOOoo!」

男は、人とは思えぬほどの高さまで空中に飛び上がった。

だが、その体が空中にあるうちに、不意に男は不自然に止まり……そして後方に投げ飛ばされた。

「おおっと……お前たちの相手は俺っスヨ」

仗助が、男達と、早人とアンジェラの間に立ちふさがっていた。

(やっぱり仗助さんだ。仗助さんが守ってくれたんだ)

早人には、仗助のスタンド:クレイジー・ダイヤモンドは見えない。

だが見えなくとも、おそい掛かってきた男を仗助のスタンドが投げ飛ばしたことはちゃんと分かっていた。

(仗助さんは、絶対に助けてくれるんだ)

早人にとって東方仗助は、完全無欠のヒーローなのだ。

     ◆◆

「邪魔するなぁ!」

別の男が、仗助に殴りかかった。

 

ゴギィッ

 

人間にはあり得ない程の打撃に、防御したクレイジー・ダイヤモンドの右手が揺らぐ。

「!?グレートなパンチッスねぇ」

と、仗助は男がパンチを放った左腕が不自然にねじれている事に気がつき、顔を歪めた。

「おい……大丈夫か、おめー……腕が千切れかかってるじゃねーか?」

男はクックッと笑った。

「東方仗助、ただの血液袋の分際で、お優しい事だ」

「頭いかれてるのか、てめー」

もうやめだ、傷を直してやる。

仗助は、クレイジー・ダイヤモンドの腕を男に向かって伸ばした。

タ ー ン!!!

突然デビットが、仗助を押しのけて拳銃を発射した。

男は頭部に数発の銃弾をくらって、後方に吹き飛んだ。

「仗助君、下がりたまえ」

デビットは拳銃を構え、群がる男たちにその銃口を向けた。

「おい!止めろッ!」

仗助はクレイジー・ダイヤモンドを使って、デビットから拳銃を取り上げた。

「ここは日本だぞ、いきなり銃を撃つんじゃねー」

「馬鹿な、あの男は危険だ」

「うるせーぞ、この人殺し野郎ッ!」

仗助は、デビットの腹を殴った。

デビットはうめき声をあげ、腹をおさえて膝をついた。

「仗助君、危険だ。あの男に近づくなッ!」

「うるせぇ――ッスよォォ」

仗助は、デビットの拳銃を壊した。

そして、デビットの警告を無視し、銃撃の傷を『直す』ために、『倒れている男』に近づいていく。

不気味なことに、仗助を取り囲んでいるほかの男たちは、仲間が撃たれたというのに何の反応も示していない。

男達はただ後ずさると、仗助から距離を置き、遠巻きに取り囲んでいた。

「おい、大丈夫だ……お前の手を『治して』やるよ」

だが、クレイジーダイヤモンドで男の手を治療する前に、銃撃を食らった男が飛び上がった。

「ひゃひゃひゃああぁああい!」

頭部から血を流しながら、男が叫んだ。

「血だあ。お前達の血を1人残らず吸ってやるうぅぅ!」

「うぉぉぉ!」

完全に不意を付かれ、仗助は男の一撃を喰らい、吹き飛ばされた。

男の叫びに反応して、男のそばでぼうっと突っ立っていた数体の者たちも、絶叫を上げながらおそってきた。

「なんだっ?ドラララッ!」

わけもわからないまま、クレイジー・ダイヤモンドが、男たちを跳ね飛ばす。

「仗助君……早く逃げろ!」

後ろからデビットが叫んだ。

「オッサンこそ、大丈夫か」

仗助は、よろよろと立ちあがったデビットに、肩を貸して立ち上がらせた。

「ほら、拳銃を返すぜ……さっきはすまなかったな」

「……なかなかいいパンチを持ってるな、君は」

デビットはにやりと笑って、軽く仗助の腹を殴る真似をして見せた。

「まだよ、まだあの男たちが立ち上がるわッ!」

アンジェラが、叫んだ。

「ギャァァアアアア!」

クレイジー・ダイヤモンドの攻撃で吹き飛ばされた男たちが、ふたたび立ち上がる。

そして、外の森からも新手の男たちが姿を見せた。

男たちは奇声を上げ、キャンプにおそいかかってくるッッ

「イャアアアアアアア!!!」

SW財団の1人が、捕まった。

ヨーコだ。

ズズズズ…ズゥ――――ッ

足首をつかまれたヨーコは、驚くほどの速さで、地面を引きずられた。

襲撃してきた男達のほうに、引き寄せられていく……。

「やめてっ。助けて!」

ヨーコは恐怖に顔をひきつらせながら、仗助たちに助けを求めた。

「ウォオオオッッ!ドケェ、このやろォッ」

「ヨッ、ヨーコォォォォッ!」

仗助とデビットは、襲ってくる男たちを蹴散らしつつ、ヨーコに向かって必死に走るッ!

 

だが……

「ぎぃやああああああぁぁつ」

ヨーコは男たちにつかまり、噛みつかれた。

腕を、肩を、顔を……生きながら、絶叫を上げながら、ヨーコが、男たちに噛み千切られていく………

ギャアアア!

皆が見ている前で、ヨーコは何度も噛みつかれ、絶叫を上げ、あっという間に血だるまになった。

「ああぁぁ……ヨーコが、イヤぁッ!」

シンディが嘆いた。

『ドララララッ!』

「くそお。傷は直したが、遅かったか……」

群がる異常者共を跳ね飛ばして、なんとか仗助達がヨーコのもとにたどり着いたときには、ヨーコは、もうこと切れていた。

仗助は、そっとヨーコの傷を直した。

デビットが沈痛な表情で、亡骸を肩に担いだ。

 

「何なんだ、こいつらよォ……異常だぜ。だがもう遠慮はいらねー……早人よォ、しっかり守ってやるから、目つぶってろ!こんなスプラッタを見るんじゃねーぞ。夜寝れなくなるぜー」

仗助がスタンドを出現させるッ

『ドララララララララララララララララァ!』

仗助のクレイジー・ダイヤモンドが手加減なしの全力のラッシュを繰り出し、異常者どもを蹴散らすッ

 

「Guyiiiiiii!」

クレイジー・ダイヤモンドのラッシュを受けた異常者共は、まるでビリヤードの玉を散らすかのように、吹き飛んでいくッ!



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川尻早人 その3

スタンド&クリーチャ―図鑑

スタンド名:クレイジー・ダイヤモンド
本体:東方仗助
外観:人型
タイプ:近距離パワー型
性能:破壊力 - A / スピード - A /射程距離 - D / 持続力 - B / 精密動作性 - B / 成長性 - C
能力:手で触ることで、壊れた物体や生命体を元に戻す事ができる。(ただし自分の怪我等は対象外)スタンドの基本性能も超強力で、スタープラチナと比べても精密動作性はやや劣るものの、スピードとパワーはほぼ同格。瞬間的な性能ではスタープラチナを上回る事もある。


スタンド名:スケーター・ボーイ
本体:アンジェラ・チェン
外観:小さなスケボーの上に 乗った猫人形
タイプ:遠隔操作型
性能:破壊力 - D / スピード - B /射程距離 - B / 持続力 - B / 精密動作性 - B / 成長性 - D
能力:スタンドが触ったものに車輪をつける能力で、車輪を付けたものを自在に動かすことができる。スタンド自体に攻撃力はまるでないが、アンジェラ自身は修行した『波紋』の力で戦うので、高い攻撃力を持っている。


クリーチャー名:屍生人(ゾンビ)
性能:破壊力 - B / スピード - C /射程距離 - C / 持続力 - D / 精密動作性 - D / 成長性 - (無し)
能力:(石仮面をかぶって不死になった者(吸血鬼)のエキスを注入させられた者。常人をはるかに超える力と、血への渇望、不死の肉体を持つ。反面、傷が治ることはなく体は崩れていく一方。また、太陽のエネルギーや波紋により肉体が溶けてしまう。



ダンッ!ダンッ!

SW職員も、何もしていないわけではなかった。

ハンドガンを撃ちまくり、異常者達に銃弾の雨を降らせていた。

 

だが、異常者たちは、少々の弾丸やスタンド攻撃を食らったくらいでは意に介さず、再び立ち上がり、おそってきた。

「Bugyaaaaaaaaa!」

「波紋+スケーター・ボーイ!」

一方、アンジェラはテントを引き倒し、柔らかい素材のテントを波紋で硬質化させていた。

硬質化したテントに、アンジェラのスタンド‐小さなスケボーの上に 乗った猫人形‐が触れる。

すると、テントに『四つの車輪』が出現した。

 

「皆ッ、このテントに避難して」

アンジェラは、早人をテントに避難させた。そして巧みにテントを操って、SW財団の人間をテントに収容し始めた。

「グレートォ やるじゃねーか、アンジェラよう。……とは言えグレートにヤバい状況だぜ〰〰ッ。早人を、みんなを、守り切らなくちゃなんねー」

クレイジー・ダイヤモンドの攻撃 ――注意深く手加減した―― で異常者達の突撃を抑えながら、仗助が言った。

ブシャアアアアァ……!

そのとき、アンジェラのテントに触れた異常者の1人が、悲鳴を上げながら崩れ落ちた。

異常者がテントに触れた手から、波紋傷によると思われる煙が立ちのぼる。

その手が、どんどんと溶けていく。

「やっぱり波紋が利く……仗助、こいつらはジョセフ先生が言っていた屍生人(ゾンビ)どもに違いないわ」

アンジェラが叫んだ。

「どうして」

シンディが、頭を振った。

「なぜ屍生人(ゾンビ)がいるの?石仮面はすべて破壊されたんじゃなかったの?それに、なんで私たちを……」

「シンディさんッッ」

早人は、立ちすくむシンディの手を引っ張って、テントの中にすばやく誘導した。

「しっかりして、今はそんな事言ってる場合じゃあないよ」

「ゾンビ?」

アリッサが。ぱぁっと表情を明るくした。

「みんな、頭よ。頭部に攻撃を集中させてッ!ゾンビなら、頭を吹き飛ばせば、動きを止められるはずよッッ」

 

「了解だよ、アリッサ」

さっそく、ピーターが、近づいてきたゾンビの頭を、拳銃で吹っ飛ばした。

 

一方、仗助は、まだデビットと二人、テントから離れたところにいた。

 

デビットは、担いでいたヨーコの遺体を、丁寧に木の上に置いた。

「すぐに迎えに来る、ここで少し我慢しててくれ……」

デビットはヨーコの亡骸にそう言うと、怒りに目を血走らせ、拳銃を引き抜いた。

「貴様らぁあああ!」

ヨーコが殺された怒りからか、デビットは顔を真っ赤にさせて拳銃を撃ちまくり始めた。

 

頭を吹っ飛ばされない限りは、拳銃があたっても、ゾンビたちはのけぞるだけだ。

すぐにまた、何事もなかったかのように立ち上がり、再び二人に近づいてくる。

仗助は、デビットの隣で、遠慮なくクレイジー・ダイヤモンドを暴れさせていた。

近づくゾンビ達を、撃退しつづける。

幸い、ゾンビ達にはスタンドが見えないらしく、近づくゾンビを一方的に攻撃することができる。

だが……

カチッ

ついに、デビットの拳銃の弾がなくなった。

 

「チッ」

デビットは舌打ちすると、ナイフを引き抜いた。

「デビットさんよぉー。無茶だぜ。ナイフ一本でゾンビの相手をするのはよぉー。ここは、俺がやるぜ」

下がってなよ。

仗助は、デビットを背中にかばった。

『ドラッッ! ドラララァッ!!』

クレイジー・ダイヤモンドが、両拳のラッシュをゾンビどもにぶちかまし続けるッ!

だが、ゾンビは次から次へと、まるで噴水から水が湧きだすように、湧いて出てくる。

徐々に、仗助も、押し寄せるゾンビたちに押され始めた。

「うぉおおッ!」

そしてついに、『スタンドからの、ゾンビのパンチを受け止めたフィードバック』に耐え切れず、仗助が膝をつく。

「血ィイイイイイ!」

膝をついた仗助に、ゾンビが、文字通り飛びかかってくるッ!

タ ー ン!!!

そのとき、仗助におそい掛かろうとしたゾンビ達が、頭部に銃弾を受けて吹っ飛んだ。

ピーターとアリッサが、テントの中からゾンビを狙撃したのだ。

「仗助クン、デビットッ、早くテントの中に」

ピーターが二人を手招きした。

「ここなら安全だ!」

「行くわよ……スケーター・ボーイ!」

アンジェラは、最後の二人、仗助とデビットがテントに入ったのを確認すると、スケーター・ボーイの能力を発動させた。

ギュルルルルルッ

テントの下部に、スタンドでできた車輪が現れた。

『波紋』の力か、それとも『車輪のスタンド』の能力か、物理現象を無視して、テントはキャンプ地の横の崖を垂直に登って行くッ!

     ◆◆

幸いなことに、スケーター・ボーイのスピードに、ゾンビはついてこられないようであった。しばらく走って、完全にゾンビたちをまいたと確信ができたところで、一行はテントを止めた。

テントを降りると、仗助はアリッサに詰め寄った。

「説明してくれ、あいつらは何もんで、どうして俺たちをおそってきたんだ。……ありゃあ『ジジイ』が言っていたゾンビだろ?なんであんなものが、この辺りにいるんだ。あんたら、何か知ってるんだろ?」

「仗助君、信じて。あのゾンビがどうしてここにいるのか、私たちも皆目検討もつかないの」

アリッサは、両手を上げた。

「奴らは、俺たちが調べていた、あの不思議な『土地』と関連があるんだろ?あんたらが何も知らないなんて、思えねーなぁああ〰〰」

仗助が怒鳴った。気の弱い人間ならば、その目で睨まれただけで腰が抜けそうなほど、恐ろしい表情をしている。

「仗助さん、でも、ヨーコさんが……彼らの仲間がやられてるんだよ。僕にはSW財団の人たちが、ゾンビのことを知ってたとは思えないよ」

早人は、仗助の見せる怒りを気にすることなく、冷静に指摘した。アリッサに詰め寄る仗助をなんとか引き離そうと、仗助の袖を引っ張る。

早人の方へ振り向いた仗助は、先ほどアリッサに向けた怒りの表情から一転した、穏やかで人のよさそうな表情を見せた。

「……言われてみればそうだけどよぉ――早人ォ、お前はずいぶん落ち着いているな。安心したぜ」

「吉良を倒した仗助さんの能力を、信じてるだけだよ」

「ハハハ……ありがとよ」

仗助は『まかせとけ』と言わんばかりに早人とハイタッチすると、アリッサに詰め寄るのを止め、負傷者の手当てを始めた。

その間も、アンジェラはテントに波紋を流し続けていた。

一方、SWの職員たちは皆うろたえていた。アリッサとピーターは唇を噛み、互いに顔を見合わせている。シンディは、うつろな表情で『ヨーコ……』とつぶやきつづけていた。

1人ディビットは、備え付けの衛星電話に取り組み、なんとかSW財団の本部と交信を行おうと悪戦苦闘していた。接触の悪かった配線を締め直し、慎重に周波数を合わせ……

「よし、本部に連絡がとれたぞ」

「ホントッ」

アリッサがデビットから衛星電話をひったくった。アリッサは電話口に向かって、何やら早口でまくしたて……そして、回線が再び止まった。

「どうしたの?」

 

「……電池切れだ」デビットは渋い声で言った。

一行は顔を見合わせた。電池切れでは、たとえ『クレイジー・ダイヤモンド』の能力でも直せないからだ。

「まあいいわ、明日の朝には増援部隊が来るそうよ……武器の補給も、追加の戦闘部隊も来ると思うわ」アリッサが言った。

「ヨシ……そしたら反撃開始だ。ヨーコの仇を撃ってやる」 

デビットは、怒りに満ちた口調で言った。

「ヤツラを許さねぇ」

「じゃあ、それまで何とかして生き延びないとね。……仗助君、アンジェラさん、あなた達が私たちの切り札よ。あなた達には、元気でいてもらわないといけないわ。……少し休んでいて」

気を取り直し、アリッサがSW財団の職員たちに指示を出した。

「しばらくは我々の中から見張りを立てます。……デビット・キング、 シンディ・レノックス アナタたちが最初の見張りよ。そのあとは私とピーター・ジェンキンズが、見張りに立つわ」

「まって、私も見張りに立つわよ。ゾンビどもに対抗するなら、私の波紋が必要よ」

言い募るアンジェラを、アリッサが抑えた。

「安心して、ゾンビに対して、我々でだけで対抗しようなんて思ってないわ。ゾンビが来たらすぐにあなた達に頼る。約束するわ。……それに、このテントの周囲には、落とし穴やらトラップのたぐい、赤外線センサーと鳴子を何重にも仕掛ける。ゾンビどもがやってくれば、すぐわかるはず。私たちの見張りは、ただの保険よ」

「そういう事だ。今の俺たちの仕事は、いざと言う時に備えて、少しでも休んで置くことだぜ」

仗助はそう言うと、目を閉じた。

「アリッサさん、僕にも何かできることはありませんか」

早人が尋ねた。

「早人クン、ありがとう。でも君はまだ小学生でしょ。ここは大人に任せて頂戴」 

アリッサがクスッと笑って、早人の頭を撫でようとした。

早人はその手をはらい、こんな時に大人も子供もないでしょう、と言った。

「早人クン、わかって頂戴。子供には危険すぎるのよ」

「ええ、危険なのはわかってます。でも、それはあなたたちも一緒じゃあないですか。あんな馬鹿力のゾンビを相手にしたら、大人だろうが、子供だろうが 同じです。結局歯が立ちませんよ」

「早人クン……お願い、言う事を聞いて」

それでも私たちは大人なの、大人に子供を守らせて とアリッサが言った。

「でも……」

早人はうつむき、唇をかんだ。

 

「いや、早人にも何かやらせてやってくれよ。そいつに根性があって、肝っ玉の据わった性格してんのは、俺が保証するぜぇ〰〰」

眠ろうとしていた仗助が、薄目を開けて言った。

「ナリこそちいせーがよぉ、早人は、役に立つ男だぜー」

「わかったわ、じゃあ……食料係に任命するわ。……さっそく、そこのバックを開いて皆の簡単な食事の準備をして頂戴。量には限りがあるから、後のことを考えて配給の量は注意してね」

「わかりました」

早人は真剣に備品を開き、はりきって食事の支度を始めた。

     ◆◆

 

翌日、まだ空が白み始める前に、仗助たちはまたゾンビの襲撃を受けていた。

 

「Ugryyyyyyy!」

「血ィィィィイイイッ!」

『ドララッ!』

仗助のクレイジー・ダイヤモンドが、ゾンビを吹っ飛ばす。

「Gzyuaaa!」

最後のゾンビは、アンジェラに襲いかかった。

その攻撃を、アンジェラはとんぼ返りを切ってかわした。

そのとんぼ返りをきる動きのまま、跳ね上がった足に波紋を込め、ゾンビに蹴りを浴びせるッ。

「オーバードライブッ!(波紋疾走)」

 

バッシュゥウウウゥゥゥ――――ンッ

 

「ガガガガァ……」

アンジェラの波紋を顎に受け、ゾンビは一瞬で頭部を吹っ飛ばされた。

波紋は体中を流れていく。ゾンビの体は、ビクビク残った両手と体を震わせながら白煙を上げて蒸発していった。

「これで終りッスか〰〰? いや、今回は割とあっけないっすねー」

ゾンビの奴らも工夫がないっすね。仗助は、スタンドをひっこめながら言った。

「アリッサ隊長のえげつねー作戦と、アンジェラの波紋がゾンビにはまったってのがおおきいっすけどね」

「仗助のスタンドのおかげよ」

アンジェラが言った。

「仗助が背後を守っていてくれたから、私が攻撃に専念できたんだもの」

 

「とにかく、誰にも被害が無くてよかったッス」

仗助が、ホッとため息をついた。

今回の襲撃は、アリッサを中心にして万全の態勢を敷いて迎撃した。

ゾンビたちは、仗助たちに近づく前に、地雷で足を吹っ飛ばされたり、落とし穴に落ちたり、ネットにからめ捕られり、テントの周りに張り巡らされていたトラップに、そのほとんどを引っかけさせることができた。

そこを、待ち構えていたデビットとピーター、アリッサが銃撃を食らわし、半数以上をいっきに殲滅させたのであった。

だから、今回は仗助も、アンジェラも、ごく数体の銃撃を生き残った少数のゾンビを相手にするだけで済み、余裕をもって戦うことが出来ていた。

 

だから、あっけなかった。

しかし、もし何の準備もしていなければ、昨夜同様大変な惨事となっていたに違いなかった。それほど、ゾンビたちのスピード、パワー、そして痛みを知ることなく向かって行く姿勢は、脅威であった。

 

そして、ゾンビのほうは今日の失敗からまなび、次の襲撃では何か対抗策を繰り出してくるに、違いなかった。

次の襲撃も、今回のように簡単にさばけるとは限らなかった。

「でも、本当に。なんでゾンビが現れたんだろうね……ゾンビは1938年にジョセフ師匠とシュトロハイム隊が最後の一体を倒して以来、出現してなかったハズよ……わからないわ……まさか石仮面が、杜王町で見つかったってわけじゃあないでしょうに………」

アンジェラが、首をひねった。

「ジジイがゾンビと戦った?」

何の話だ?そりゃあ

仗助が首をかしげると、知らないの?とアンジェラが呆れたように言った。

「ああ、知らないんだ」

「知りたい?」

「……どうっスかね……ムシロ機会があれば、本人から聞きたいっすかねェ〰〰」

仗助は、頭をかいた。

仗助とアンジェラが話を続けていると、アリッサとシンディが現れた。二人は、何やら焦った様子で首を振りながら、仗助たちに向かって走ってくる。

「おお、えぐい作戦を立てた指揮官さまが、ご登場だぜ」

仗助はアンジェラとの話を止め、二人が来るのを待った。

 

正直言ってジョセフ・ジョースター……仗助の『生物学上の』父親の昔話は、聞きたくもあり、聞きたくはなかった。だから二人がやってくるのは、話を打ち切る良いきっかけであった。

「ねぇ、様子が変じゃあない」

アンジェラが眉をひそめた。

アンジェラの言うとおり、アリッサとシンディの二人は動揺し、すっかりあわてているようだ。二人は息を切らしながら、仗助とアンジェラの前まで駆けてきた。

「……まずいわ……」

アリッサが仗助の手をつかんだ。

「……お願い。デビットを探して………さっきから、デビットの姿が見あたらないの……ゾンビの襲撃の後で、彼を見た人がいないのよ」

「!?ちょっと待ってよ……」

アンジェラは、仗助の手をつかんでいるアリッサの手をさりげなくはずし、代わりに自分が仗助の二の腕を掴んだ。

「例のゾンビの襲撃のとき、デビットは私たちの後ろでズッとサポートにまわっていてくれたはずよ。危険なことなんて、無かったはず」

「……早人君が、デビットが森の奥に入っていくのを見たって」

シンディが言った。

「!?何だって、それで早人は? なんでデビットさんが、1人でそんなあぶねー事をしたんだ」

仗助は、シンディにつっかかった。

「デビットがどうしてそんな事したのか、わからないわ。それから、早人クンは無事よ」

あわてる仗助を落ち着かせるようと、シンディは仗助の手を掴んだ。

「……グレート、俺が探しに行くぜ」

少し落ち着いた仗助が、答えた。

「アンジェラ、お前は残って、このテントを守っておいてくれ」

「……仕方ないわね。でも、気を付けるのよ」

アンジェラは、少し不満げにうなずいた。

 

「私も行きます」

シンディが銃を取り出し、言った。

「止めたって無駄ですよ」

――――――――――――――――――

その夜、ゾンビが襲撃してきた場で、デビットは5体のゾンビを倒していた。

作戦通り、罠にはまったゾンビに銃撃を浴びせたのだ。

罠にはまらず、生き残ったゾンビは、仗助とアンジェラがあっと言う間に倒してくれた。 アリッサの立てた作戦は見事にはまり、今回はあっけなすぎるほど簡単に、ゾンビの襲撃を撃退することができた。

その時、仗助とアンジェラが生き残ったゾンビを倒すのを見守っていたとき、デビットはあるものを見つけた。それは、一体のゾンビが森の中に逃げていくの姿であった。

「!?まさか……」

ちらりと見えたそのゾンビをほっておけなかった。デビットは、ゾンビが逃げるのを追って、森の中へと入って行った。

作戦では、SW財団はスタンド使いのアンジェラと仗助を支援するのが役割だった。単独行動は危険だ。

それは良く分かっていた。だが、デビットには、そのゾンビをどうしても無視できなかったのだ。

 

森は暗く、裸眼ではほとんど何も見えなかった。

デビットは、ヘッドライトをつけた。ライトで森の中を照らしながら、探索をすすめていく。やがて、ライトが探していたものを照らしだした。

それが『何』か、目にしたものを理解したデビットは、思わず悪態を吐いた。嫌な予感が、当たってしまったのだ。

そこにいたのは、ヨーコだった。

 

正確には、『元』ヨーコの、ゾンビであった。

 

「あら……デビットさんッ」

『元』ヨーコであったゾンビは、体をもじもじと震わせた。その体は、血で真っ赤に染まっている。

「元気そうね……良かったわ……正直、貴方が無事だったのか、心配していたのよ」

 

「ヨーコ……」

その話す言葉、口調は、ヨーコそのままだ。一瞬、デビットの心に希望がともる。

もしからしたら、ゾンビになり立てのときなら、まだ助けられるのかもしれない。

少なくとも、こうして会話ができるのであれば……

「みんなのところに戻ろう。大丈夫だ。みんな、キミを見たら喜ぶぞ」

 

「そうかしら……」

ヨーコは、恥ずかしそうにクスッと笑った。

 

その笑みだ。そのちょっとシャイな笑みに、デビットは惹かれていたのだ。

 

「そうね、デビットが助けてくれるのなら、みんなのところに戻れるかも……」

 

「ああ、助ける。助けるとも」

 

「そう、嬉しいわ。じゃあ……ねぇ……ちょっと、その血を吸わせてぇぇ♡」

そういって、ヨーコはにやっと笑った。

地味でおとなしいヨーコが見せる表情とは信じられないほどに、挑発的な笑みであった。

 

ヨーコ……デビットにとって、いつもおとなしく少し自信が無さげな、はかなげなヨーコは ほっておけない、保護欲をかきたてる存在だった。

それが今、妖艶な笑みを浮かべながら、デビットの血を吸おうとしている。

「馬鹿な」

デビットは、ヨーコに向かって小銃を向けた。

「ヨーコ頼むよ、落ち着いてくれ……大丈夫だ SW財団の技術があればちゃんともとに戻れるさ」

(そうだ、まだ希望はあるんだ。いつだって希望だけはある……)

「デビットさん……あなたは無口で怖そうに見えたけど、いつも私を気遣ってくれたわよね」

感謝していたわよ、ヨーコはペロリ……と自分の下で唇を舐めた。

その唇の下から、牙がのぞく……

「今もだ。いまもキミを大切に思っている。だから、落ち着いてくれ、俺たちと一緒に行こう……助けてやる……」

「デビット……誤解されやすいけど、あなたは本当に優しい人……だから……だから偉大なるDIO様の懐にいられる『絶対の安心感』を教えてあげぇるうぅぅぅぅわぁぁぁぁぁぁ!」

 

ヨーコが、おそいかかってきた。

 

――――――――――――――――――

 

「……遅かったか」

仗助がシンディを連れて、その場に到着した時には、既にデビットは打ち倒されていた。

そして、血を吸われてすっかり干からびていた。

デビットの血を夢中に吸っていたゾンビが、二人に向き直った……それは、ヨーコだった。

「ははは……誰かと思えば、人気者のシンディちゃんじゃなぁい」

ゾンビと化したヨーコが、口元の血をぬぐいながら言った。

その血は……デビットの血だ。

「ねぇ……あたしの愛しのデビットがすっかりカラカラになっちゃったのぉ。でも、シンディちゃんが血をくれたら、元に戻るかもぉぉ」

ヨーコは、クスクス笑いながら言った。

「……ヨーコ あんた……」

「グレートォ……」

「血ィぃぃッッ!」

その時、カラカラのミイラとなったデビットが、叫び声を上げながら起き上った。

「喉が渇いて仕方ねぇぜぇ……。シンディィィィ、お前のあったかい血を、おれにくうれえぇぇぇ!」

寡黙だったデビィットとは思えないほど、テンションの高い話し方だ……

「ヨーコ……デビット……なんてこと」

シンディが、顔を覆って泣き出した。

「ウワッハハハッ!そのやわらかくて甘そうな血をもらうぞッ!」

 

『ドラララァアア!』

シンディにおそいかかろうとしたデビットを、仗助が吹き飛ばした。

 

吹き飛ばされたデビットに、仗助は歩み寄った。地に伏すデビットの背中に向けて、仗助は優しく話しかける。

「……デビットさんよぉ。目を覚ましてくれよ……あんた、早人に釣りを教えてくれただろ」

「ジョースケェエエエ……血だぁああああああ!血袋だぁああああ!!」

立ち上がったデビットが、吠えた。その眼には知性のかけらもなかった。

「……だめか……やっぱり、もうこうなっちまったら『直せねえ』のかよ」

狂ったように叫ぶデビットの頭を、仗助は痛ましい顔で破壊した。

 

デビットが倒れ、残るゾンビはヨーコだけとなった。

「ヨーコさん、もう止めてくれ」

仗助が泣きそうな顔で言った。

「こんなことしちゃダメだ」

「仗助クン……わたしの体を直してくれて有難うね」

ヨーコが言った。

「私達ゾンビは、自分で傷を直せないから、食べられちゃった、わたしの足と手と内臓を直してくれて助かったの……嬉しかったわ……こ……れ…で、アンタの血をすすれるからなぁあああ!」

ヨーコ……だったものが絶叫した。

 

「ヨーコさん……あんたも、すっかり化け物に変わっちまったんだな。もう、俺に出来るのは、あんたの息の根を止める事だけっスか……」

仗助は顔をゆがめた。クレイジー・ダイヤモンドを出現させ、ユックリとヨーコへ近づいて行く。

「……ヨーコさん……あんたに杜王町を案内するの、ほんとに楽しみにしてたんすよ……俺は……」



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ヌ・ミキタカゾ・ンシ(支倉未起隆) その1

1999年11月4日 [M県K市、A山山麓]:

 

バシュッ!

ボワゥンッ!

スミレと億泰は、枝から枝へ、まるで猿のように飛び跳ねながら、森の中を進んでいた。

その一歩一歩は、不自然なほどに大きい。その歩みは、まるで月面か、トランポリンの上を走っているかのようだ。

その動きは、未起隆のスタンド:アース・ウィンド・アンド・ファイヤの力によるものであった。

 

アース・ウィンド・アンド・ファイヤは、未起隆の体を任意の物体に変身させることが出来る。未起隆はその力を使い、4個の靴に変身・分裂して、スミレと億泰の足を覆っていたのだ。

スミレと億泰が足に力を入れるたびに、タイミングを合わせて未起隆が二人に力を貸す。すると、二人の脚力に未起隆の力が加わり、1.5人分の力で軽快に先を進むことができる……と言う訳だ。

 

三人は、ネリビルが操るネズミによる捜索を可能な限り避けるために、木の上を移動することにしたのであった。

 

半ば無意識に分裂と変身とを維持しながら、未起隆は、前の高校でスミレと初めて会った時のことを思い出していた。

 

    ◆◆◆◆◆

それは今から3年前のこと、未起隆の転校前の出来事であった。

 

その日、未起隆は放課後の教室に1人残っていた。1人で、自分の所属するバンドの新譜を、読みこんでいるところだった。

明日はバンドのメンバー全員で集まって、この新譜の音合わせをすることになっている。未起隆はボーカルを務めており、長くて発音が難しい英語の歌詞を間違わずに歌い切るために、その日中に、歌詞を全部頭に入れておかなくてはならなかった。

 

『スパイダーズ・フロム・アストロイド』

それが、半年ほど前から未起隆が所属しているバンドの、名前であった。メンバーすべてが同じ高校のクラスメートからなる、Hip Hop, Hard Rock, Heavy Metal 洋楽全般なんでもござれ、と言う感じのコピーバンドだ。

 

バンド活動は、とても面白かった。胸を鳴らすドラムの音、頭の中ではじける、ギターの大音量………音楽をやっているときは、何もかも忘れられた。しばらく仲間の宇宙人に出会っていない孤独も、『本当に自分は宇宙人なのか?』と、時折心に湧く疑惑も……。

 

いつしか、未起隆はすっかりバンド活動にはまっていた。

はまっているからこそ、時がたつのも忘れて、夢中で新譜を読んでいく。気が付けば、いつの間にか外が薄暗くなっていた。

 

突然、未起隆が没頭して読み込んでいた新譜が、ヒョイと取り上げられた。

未起隆が驚いて顔を上げると、そこには、ニヤニヤと笑う美少女が立っていた。その美少女の顔は、知っていた。

 

「アナタは……栗沢 スミレさん?」 

それまで、未起隆はスミレと一言も口を聞いたことはなかった。

しかしスミレの噂はよく耳にしていた。校内一の美女と名高い、しかし校内一の口の悪さを誇るスミレは、学校の有名人だったのだ。

「僕に何か用ですか?それから、その新譜は返してください、まだ発表前の物なので」

 

「ミキタカくん?」

スミレはニヤニヤしたまま、新譜を返してよこした。

 

その態度に、温厚な未起隆も少しだけ反感を覚えた。だが、続けて口にされたスミレの言葉に驚愕し、そのかすかに覚えた反感は、すぐにどこかに消えていった。

 

「支倉未起隆クンだっけ?……それとも、本名のヌ・ミキタカゾ・ヌシ君って呼んだ方が、いいかしら?」

 

「なっ……なんですって?……ボクはそんな名前じゃあないですよ、僕はモーリス・シャイニングスターです」

 

とっさにバンドのボーカルとしての名前を口にして、誤魔化そうとした未起隆の口を抑え、スミレは 未起隆の『本当の名前』をささやいた。

「それは『設定』でしょ、ヌ・ミキタカゾ・ヌシ君」

 

「……」

図星をつかれ、未起隆は口ごもった。

 

もともと、未起隆がバンドをはじめたのは、実は理由があった。

それは、自分が『宇宙人である事』、をごまかすためであったのだ。

未起隆は、『宇宙人である事』をごまかすために、『バンドの《設定》としてあえて宇宙人を名乗っている』という事にしていたのだ。

学校では、未起隆は、宇宙から来た伝説のスター ジギー・スターダストの弟の友達の知り合い…………のモーリス・シャイニングスター という設定であった。

だから、未起隆の本当の名前を知る人は、いないはずだったのに……

 

観念した未起隆は、スミレにその『秘密』を黙っていてくれるように頼んだ、

スミレは快諾した。

 

そして、そのときから、二人の『奇妙な』友人関係が始まった。

 

少々意外だったことに、スミレは未起隆を『普通の友人』として付き合ってくれた。未起隆が宇宙人だという事をまっすぐに受け止め、でもだからと言って地球人相手とかわらない態度で、接してくれたのだ。

 

二人は、いつしか親友といえるまでに仲良くなっていた。

何といっても、これまで自分の中だけに秘めていた、他の人とは共有するすべもない『秘密』を互いに共有したのだ。仲良くなるのも当たり前だった。

二人は、未起隆のバンド活動の合間をぬって互いの近況を交換したり、先日見た映画の事や、受験の事、気に入った音楽の話、時にはコクサイジョーセー等を語り合った。

 

スミレは未起隆に、彼女の驚くべき『秘密』を色々と打ち明けてくれた。

今まで両親代わりのお爺さんとお婆さんにさえ話したことのない、その孤独な過去を、未来が見えると言うその能力の事を。

 

未起隆も、彼女に色々な事を話した。

(最近よく怒られるが)地球人の仮の「父」と「母」の事をどれだけ大事に思っているのか

好きな音楽

空から見る星の美しさ

星を見たときに1人この星にいると感じる孤独

そして思ったものに変身できるスタンド能力:アース・ウィンド・アンド・ファイヤの事を。

 

スミレは、彼女の最も大事な秘密『予言』の事さえも、未起隆に話してくれた。

17歳になったら「騎士」が迎えに来る……

その予言は一見、現実と想像の世界の区別もつけられなくなった、夢見がちな女の子の『痛い』妄想のようだ。

 

だが、未起隆はそのスミレの言葉を信じた。

それは、彼女の「能力」を知っていたからであり、そして、スミレが未起隆が宇宙人だという事を、信じてくれているからでもあった。

 

スミレ先輩が同じ高校にいてくれたおかげで、どれだけ楽しかったか。

 

だがそんな『楽しい』日々は、ある放課後、『サイレンの音に気持ちが悪くなって未起隆が変身した所』を、うっかりファンの子に見られてしまった事で、簡単に終わりを告げた。運の悪いことに、未起隆の『変身』を見た女の子が校内一のおしゃべりで……

    ◆◆◆◆◆

 

もう止そう。

未起隆は、不快な記憶を頭から追い払った。

あの時の事は思い出したくない。思い出しても仕方がない。

 

なんといっても、今の未起隆には信頼出来る仲間が大勢いるのだ。

今の未起隆の仲間には、東方仗助、虹村億泰、広瀬康一……その他、気のいい、そして頼りになるスタンド使いが大勢いた。彼らもまた、スミレと同様に安心して未起隆の秘密を明かすことができる、仲間たちだ。

 

ちなみに、前回の反省をこめ、今回の学校ではスタンド使い以外には軽い洗脳をかけている。それは未起隆が宇宙人だと言っても、変身するところを見られても、それはすべて見間違いか冗談だと感じさせるための洗脳であった。

 

と、上の方から億泰の声が聞こえた。気がつくと二人の足も止まっているようだ。未起隆は物思いを中断させ、スミレと億泰との会話に意識を戻した。

     ◆◆

 

「なんだぁ、この小屋は」

億泰は、眼下に見える無残に破壊された小屋を見て、首を傾げた。

「一体何が起こったんだろうな……俺にゃあわからねぇが」

 

億泰とスミレは樹上から飛び降り、その小屋の近くに立った。

 

その小屋は、天井がぐしゃりとつぶれ、ドアが細切れの木片にされて地面に散らばっていた。壁の所々に硬い物を突き刺したような穴が開いているのはなんでだろうか? 所々焦げた所もある。

 

「私にもわかりません……何か、恐ろしい戦いが起こった後のようにも思えますね」

二人の靴からは、未起隆の声が出た。自分の足元から、人の声が聞こえるのは不思議な感覚であった。

「ここ……別荘だったのでしょうか、家具とか、照明とか、色々豪華な物がありますね」

 

「なんであれ、あのおばさんの仕業ではないわ」

スミレが言った。

「なら、ほっておいていいわよ。先を急ぎましょ」

 

「WitDが教えてくれたわ」

スミレが言った。

「私たちが目指す場所は、あと半日もかからずに着くはずよ。きっと今夜中につけるわ!……こんなところでぐずぐずしないで、先を急ぎましょ」

 

ところが、スミレの提案に反対するように、ブルンとスミレと億泰のはいていたシューズが震え、未起隆は、本来の姿に戻った。

「僕は、これ以上進むのは反対です。……スミレさん、今日はここで休みましょう」

未起隆が言った。

 

「ちょっとォ、そんなわけにはいかないわよォ」

せっかくここまで来たのよ、とスミレが言った。

「もう少しだけ……もう少し、進もうよ」

 

「スミレ先輩、あせる気持ちはわかります」

未起隆は諭すように言った。

「でも、考えてみてください。僕らには追っ手がいるんです。ここなら、少し補強すればいい守りができます。僕は、今日はここで休むのが、いい考えだと思います」

 

「でも、ネズミ対策はどうするのよ」

スミレが食い下がった。

「こんなところに隠れたって、絶対ネズミに見つかるわよ。それより、先を急いで『彼』に会いたいわ」

 

「確かに、ネズミから何時までも隠れることは、できません」

未起隆が言った。

「もうすでに見つかってるかもしれません……でも、どうせ見つかってしまうなら、防御に適したところで、あのオバサンを待ち受けるのがいいと思うんです」

 

スミレはお手上げ、と言うように頭を振ると、億泰の方を向いた。

「……億泰、ミキタカゾはああ言っているけど、億泰はどう思う?やっぱり、先にどんどん行くのがいいわよねぇ」

 

「スミレ先輩……俺は頭悪いから、どっちがいいかわかんねぇ~~」

億泰が言った。

「だがよォ~~もうすぐ暗くなるぜ。この先ちょっと進んだくらいで、ここよりもっといい場所なんか見つからね~かも知らねーぜ」

 

「…………2対1ね。わかったわよッ!」

スミレがぷんとむくれて言った。

「じゃあ、早速その補強って奴をやってしまいましょ……で、何すればいいの?」

 

「まずは壁と天井を直して……それから落とし穴が要りますね」

未起隆が考え、考え、言った。

 

「どうやって直すの?作るの?」

 

「そうですねぇ……宇宙で待機している本部に相談してみましょうか。あー本船・本船・応答セヨ」

未起隆は、右手首についている時計に向かって話しかけ、しばらく時計に耳を寄せた後、真面目 な顔で、しかし少し困ったように……

「宇宙船 本船からの支援は受けられません。自分たちで何とか考えるしかないようです………どうしましょうか?」

と、言った。

 

「ちょっと!」

 

「ああ……壁はあの崩れているレンガを積みなおせば、いいですね」

未起隆は、のほほんと言うと、壁に煉瓦を積み始めた。

「億泰さんは……」

 

「わかってるぜぇ~。落とし穴を『削り取れば』いいんだろ」

そう言う仕事は、おれのスタンドに任せろ。億泰はそう言って、張り切って建物の周囲に深い落とし穴を作り始めた。

 

「もうっ」

スミレは腰に手をあてて、二人を睨みつけた。

「もともと、ノーアイデアだったんでしょ……まあいいわ……天井にレンガを貼り直すのは無理ね……私は天井を塞いでみるわ。折れた木か何かで」

 

「プーダァ!」

インピンがスミレの懐から飛び出して、ふわりと床に着地した。

 

     ◆◆

 

ゴスッ!

 

その夜。屋根の上で見張り役を務めていた未起隆の耳に、何かが落とし穴に落ちたような音が聞こえた。

未起隆は緊張し、身をこわばらせながらしばらく耳を澄ました。すると、かすかにののしり声が聞こえてきた。

 

やはり侵入者だ。未起隆は、屋根をふさいでいた木の枝を持ち上げた。開いた隙間から、するりと建物の中に入り込む。 緊張のあまり、心臓がバクバクと悲鳴を上げていた。

 

スミレは未起隆が起こす前に目覚めていた。すでに月明かりの下で猟銃に弾を込めている。スミレもまた、緊張のあまり、すっかり青ざめた顔であった。

 

億泰も、未起隆がつつくとあっという間に目を覚ました。

事情を呑み込んだ億泰は、険しい顔で窓を睨みつけていた。

 

「危険が迫っているビジョンが観えたわ。敵は一昨日のおばさんだけじゃあない、もっと恐ろしい奴が一緒に来てるみたい……」

スミレの額には、三つ目のような、それとも蝶のようなスタンドビジョンが張り付いていた。それは、洋楽好きの未起隆がウィスパー・イン・ザ・ダーク(WitD)と命名した、スミレのスタンドだ。そのスタンドの能力は、予知だ。

 

WitDはパタパタと飛び、……地面の砂に何やら模様を描いた。

WitDが描いた模様には三人の人間が、一匹の犬のような怪物を連れている様子が描かれていた。そのうち1人の人間は、他の二人の二倍は背が高かった。

 

「ほら、アナタたちにも見えるでしょ……これが敵よ」

 

「なるほどぉ~、とにかくこいつらを倒せばいいんすね」

億泰は、バンバンと、派手に自分の顔を叩たき、気合いを入れた。

「俺はもう小屋の外に出るぜ、奴らを迎え撃ってやらぁ」

やってやるぜ。億泰は至って真剣な表情で、小屋を出ていった。

 

「ミキタカゾ、私たちも手筈通りにやろう」

スミレは未起隆を連れ、億泰を追って小屋の外へ出た。

 

外は真っ暗で、だが雲の切れ間から月明かりがうっすらとさしていた。

ゴウゴゥと、三人が寝ていた小屋を囲む木々が揺れている。

昼間は美しく思えた木々の梢が、今はどうしてこんなにも、恐ろしく見えるのだろうか?

     ◆◆

 

待機の時間は、さほど長くはなかった。

スミレ達が小屋の外に出てから約10分後、待ち構えていた億泰の前に、大きな影が姿を見せた。

ネリビルと、ネリビルが操るクリーチャーだ。

「今度はまた、ずいぶんでかいペットちゃんだなぁ~~」

あの犬っころは連れてこなかったのかよ。 億泰は現れたネリビルに言った。

 

ネリビルは、巨大なマンドリルの頭の上に載っていた。

バオー・ドッグにやられて失った両腕には、銀色に輝く義手をつけていた。



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ヌ・ミキタカゾ・ンシ(支倉未起隆) その2

クリーチャー図鑑

クリーチャー名:マーチン
性能:破壊力 - B / スピード - B /射程距離 - C / 持続力 - D / 精密動作性 - D / 成長性 - (無し)
能力:DRESSによってマンドリルをベースに生体改造を受けた生物兵器。オリジナルは、初期のバオーと互角の戦いを繰り広げたほど。


「マーチン2世ちゃんよ。かわいいでしょ」

ネリビルは、うっとりと巨大なマンドリルの頭をなぜた。

「ふふふ、ようやく見つけたわ。あんたたちもう逃がさないからね……スミレちゃんも、そんなに怖がって顔を覆ってたって、仕方ないわよぉ」

 

隣にいた”スミレ”……が顔を覆ったまま、たじたじと後ろに下がり、億泰の背中に隠れた。

 

「あらら、ずいぶん内気なのね……あなた、そんな子だったかしら?」

まあいいわ、ネリビルが首をかしげた。

「ところで、もう1人スタンド使いの男の子がいたわよね……ほら、あのロープと一体化出来る能力の彼よ。彼はどこ?あのハンサムボーイ……あの子にも、この両手のお礼をしないとねえぇッ!!」

ネリビルが喚いた。

「おいでッ。モーリンッ!このガキの相手をお願いっ」

 

ネリビルの呼び出しに答え、年老いたマッチョ男が、マンドリルの陰から現れた。

「出番か……しかし、ずいぶんとまぁ、頭の悪そうなガキの相手だな」

年老いたマッチョ男:モーリンが、しわがれ声で言った。ネリビルと同じように、日本語だ。

 

「今回は二対一だ、勝ち目は無い……警告する、死ぬか、五体満足でスミレを手渡すか、どっちを選ぶ?」

モーリンは、億泰に向きなおった。

 

「へっ……お前こそ。俺のスタンドはつえぇぇぞ。ジジイだからって容赦しねぇ~~」

億泰は、スタンド:ザ・ハンドを出現させた。

「……お前たちをぶったおしてやるぜぇ~~。二対一だぁ?そんなの関係ぇねぇッ」

 

「そうか……では、死ねぃッッ!」

モーリンは、不意を衝いて億泰に蹴りを放った。

スタンドによるものではない、生身の足での攻撃だ。

 

「がぁぁぁ!」

不意を撃たれ、蹴りを喰らった億泰が吹き飛ぶ。

 

すかさずモーリンはスタンドを出現させ、ザ・ハンドに組み付かせた。

「これで、お前を守るはずのスタンドも、『抑え込まれた』と言う訳だ」

モーリンは、再び生身で億泰に蹴りを入れた。

老人とは思えない、鋭いけりだ。

 

「糞がぁ」

億泰は、蹴りを受けながらも、モーリンの足を抱え込んだ。

「ジジイが、無理してんじゃねぇぞッ」

 

億泰は、モーリンの抱え込んだ足を払おうとした。

 

その時、モーリンは格闘家のように複雑な動きをみせた。

いつのまにか、足を抱え込んだはずの億泰が、逆にモーリンにくみしかれ、関節をかためられていた。

 

何が起こったのか、億泰にはよく理解できなかった。

モーリンの関節技は、億泰の首を、肩を、足首を完全に極め、絞っていた。

億泰が暴れるたびに、モーリンの関節技がますますきつくしまって行く……

「若者よ。頑張ったじゃあないか、しかし負けを認めて大人しくしていた方が楽だぞ」

 

「うるせぇぞ、この野郎!」

億泰は、力で無理やり関節技を振りほどこうとした。

だが、その動きを利用され、億泰はモーリンに首を絞められてしまった。

酸欠で目の前が真っ赤に染まり、まぶたの裏がチカチカしてくる。

力を入れようとしても、なかなか力が入らないのだ。

 

「ほほーっ。さすが若者、中々のパワーじゃな。しかし、無駄な努力よ」

モーリンが嘲笑った。

「お前の技と力では、俺のホールドから抜け出ることはできんわ」

 

悲しいかな、モーリンの言葉は正しかった。

億泰は必死に暴れたが、暴れるが暴れるほど関節がさらに深く極められていく……

やがて、億泰はグッタリとして、抗うのを止めた。

 

「ようやくあきらめたか……ヨシヨシ……てこずらせおって」

モーリンが満足そうに言った。

ぐったりとした億泰に、モーリンが止めをかけようとした。思いっきり体をそらし、億泰の首を締め上げる。

 

その時、へっと億泰が笑った。

「ああ、あきらめたぜ。俺ぁ頭悪いからよぉ。一度に二つの事はできね~のよ……だから、もうあきらめたんだよ」

 

「おお、愁傷なことだのォ」

ヒャヒャヒャ。モーリンが笑った。

 

「だから……あきらめたぜぇ~~ッ ステゴロの方はよぉ!」

億泰の目が、光った。

 

ガボンッ!

 

突然、モーリンの左肩が、そして左腿がえぐれた。

「!?なんだとぉ!!!」

痛みに耐え切れず、モーリンは億泰のホールドを解いた。傷口を抑えて、地面を転げまわる。

 

その隙に、億泰は立ち上がった。

億泰の背後では、億泰のスタンド:ザ・ハンドが、プラネット・ウェイブスを組みしいていた。

プラネット・ウェイブスの左肩と左腿が、モーリンと同じように不自然にえぐれていた。

ザ・ハンドが、削ったものだ。

 

「貴様ッ……集中していたな。スタンドの操作に」

地面に突っ伏したモーリンが、億泰を睨みつけた。

 

「俺のスタンドの攻撃は、痛てぇからよぉ~~お前、俺のザ・ハンドに勝てると思ってたのかョ……!?」

億泰は、モーリンを見下ろした。

 

その時……

 

ドゥオンッ!

 

今度は、立ち上がった億泰の左腕に、突然『孔』が空いた。

500円硬貨を一回り大きくしたような孔だ。

その孔から、血が噴き出してきた。

 

「ウォオオオ!!――痛ってぇ……なんだこりゃ。やっべぇー」

やられちまったぜぇ。

何が起こったのか理解できないまま、億泰は傷口を抑え、膝まずいた。

 

ドォオンッ!

 

その億泰の左足に、またしても、500円硬貨大の穴が一つ空いた。

 

ドドゥワンッ!

 

そしてもう一つ、左脇腹が抉られるッ!

 

「ガッ!」

たまらず、億泰は地面に這いつくばった。

その足元に、見る見るうちに血だまりができていく。

 

「ハッハハ。何だってえ? 『お前のスタンドに勝てると思ってたか』だ ってぇ?」

モーリンは、噴き出る血を抑えながら笑った。

「もちろんだ」

 

「こ……このやろ~~」

億泰が怒鳴った。

「てめー何しやがった。答えろッ!」

 

「お前は、我が攻撃をまともに食らった……いいだろう、教えてやろう」

モーリンは、億泰の腰を踏みつけた。

「……我がスタンド、プラネット・ウェイブスは、『宇宙から隕石を呼び寄せることが出来る』能力なのだッッ!貴様の体の孔は、わがスタンドが呼び寄せた隕石が、作ったものよ」

 

「な……なんだとぉ……」

 

「だから少年よ、もう立つな。今は、警告の為に敢えて致命傷を与えなかった。だが、次に立ち上がったら、容赦なくお前の土手っ腹を、打ち抜く」

降参しろ。

モーリンは、億泰を見下ろした。

 

     ◆◆

 

「アンタも、おとなしくしてなさいよッ」

マーチンの上に乗ったまま、ネリビルは、億泰の陰に隠れていた"スミレ"を捕まえた。

「見て……あんたたちに奪われた両腕に、義手をつけたのよ……これ、手首から銃弾を撃てるの。……便利でしょ」

アナタの体に銃弾を撃ちこんだら、静かになるかしら。

ネリビルは、"スミレ"の手首をねじった。

 

手首をねじられ、酷く痛いはずだ。しかし、特に反抗をするでもなく、"スミレ"はおとなしくしていた。

 

「あら、素直ね。珍しい……でもね、容赦しないわよンン」

ネリビルは石を拾って、"スミレ"の頭をその石で殴りつけた。

 

「ガッ!」

男のような悲鳴を上げて、"スミレ"が這いつくばった。

 

「まだよ、こんなもんじゃ、許してあげないわ」

ネリビルは、ねじった手首を引っ張り、無理やり"スミレ"を立ち上がらせた。

 

「チェックメイトだな、坊主」

モーリンが、億泰をさらにグリグリ踏みつけた。

「俺は一度、土下座ってやつが見たかったんだ……やってみろよ」

 

「けっ、言ってろ、ダボが……」

億泰が、ペッと唾を吐いた。

 

と、その時、"スミレ"が動いた。

「違いますね……チェックメイトは、そちらですよ」

スミレの声ではない、男の声だッ。

"スミレ"は思いのほか素早い動きで、身をねじって、ネリビルの手から逃れた。

 

捕まえようとするネリビルの前で、"スミレ"が、顔を覆っていた手をほどいた。

その奥からは、奇妙に劇画調の、スミレのよう……な?顔が、姿を現した。

 

「……誰、あんた……騙したわねッ!」

 

「よくぞ聞いてくれました、実は私、宇宙人なんです!!」

劇画調の“スミレ”が、真顔で答えた。

 

「きさまぁ、真面目に答えろッ!」

モーリンが吼えた。

 

ネリビルの目も、怒りに燃えた。

 

カントリー・グラマーが出現し、金切り声をあげる。

『Kyaaaaaaaaaa!』

 

その叫びに呼応するように、マーチンが動く。その巨体からは信じがたい速度だ。

マーチンは未起隆に飛びつくと、未起隆の喉を締め上げた。

 

「グブッ……」

 

「マーチンちゃんの手にかかって、死になさいッ」

 

「グブッ……それは、困ります」

突然未起隆の体が、『蛇』に変わった。

蛇は、締め上げようとするマーチンの手を、するりと逃れた。

蛇の動きは止まらず、思いのほか素早い動きで、完全にマーチンから離れた。そして、するり、するりと動き、隣にいたモーリンをがんじがらめに縛りあげた。

 

「なっ……なんだとっ」

蛇は、暴れるモーリンをものともせず、木の上につるし上げた。

 

続いて、奇妙なことに、モーリンの真向かいの大木から、『木の枝』がグングンと伸びてきた。

その木の枝が、モーリンの右肩に触れた。

 

「?ンンンウッ??」

モーリンが首を傾げた。

 

枝の先が、四つに割れ、開いた。

 

タ――ンッ!!

 

次の瞬間、乾いた音と共に、『枝の先』から弾が飛び出した。

 

モーリンの右肩が、打ち抜かれるッ

続けて、モーリンの左腿・右腿へと、枝が伸びて行く。

そのたびに、枝が触れた箇所が、打ち抜かれるッ!

 

「グァアッ!」

モーリンの体が痙攣した。

 

「キッキィ――――ッ」

モーリンの真向かいの木の樹皮が、バラリとはがれ、木の隙間からインピンが顔を出した。

インピンは、にらめっこのように頬を膨らませている。

 

さらにその奥から、猟銃を構えたもう1人の『スミレ』が、現れた。

「あんたこそ動かないで、……、次は急所を狙うわよ……このノータリン」

木の上で、『スミレ』がモーリンに警告した。

 

「貴様……既に仕掛けていた。と言うことか」

モーリンが、苦々しげに言った。

 

「フフフ……」

猟銃を構えた『スミレ』を覆っていた木の皮が、はがれた。木の皮は、はらりと劇画調の”スミレ”の顔にかかった。

 

木の皮は”スミレ”の顔を覆い、変形し、そして現れたのは、未起隆であった。

「驚きましたか?」

 

「やるじゃあない」

ネリビルはうなった。

「ロープと一体化できるわけじゃなくて、何にでも変身できる能力って訳ね……しかも、複数同時に……アナタ、凄い能力を持ってるのねぇ。……そうだ、私たちの仲間に入らない?」

 

「いえ、結構です。それに、私の星では、みんな同じ事が出来るんですよ」

私は、特別な能力を持っているわけではありません……と、未起隆は大真面目に言った。

 

「形勢逆転って奴よ」

木の上から、スミレが言った。

「わたしたちの勝ちよ。あきらめて、投降しなさい。オ・バ・サ・ン」

 

「本当ぅ?」

ネリビルが笑った。

「あなたぁ、ホントに本気でそう言ってるのぉ?おめでたいわね。……フフフ……スミレちゃん、悪いけど形勢を逆転させてもらうわよ。……モーリンッ!わかってるわね」

 

「おおぉッ、プラネット・ウェイブス! あの木を、……打ち抜けッッッ!!」

モーリンが叫んだ。

 

ベキッ!

 

すると、スミレが隠れていた大木に、突然大きな穴があいた。

 

バリベリベリ

 

大木はけたたましい音を立てて、へし折れ、未起隆とモーリンの上に降り落ちるッ!

 

「なんですってェッ?自分も巻き込まれるのに……イカレてるわ……」

スミレは、唖然としてモーリンを見た。

 

「ウワッハハハハ……わが主、わが救世主のためッ!我がすべてをささげるッッ」

モーリンは満足げに、大木が自分の上に降りかかるのを見ていた。

「ひゃゃひゃひゃひゃあああ」

倒れ墜ちる大木の影から、モーリンの狂ったような笑い声が響く。

 

本物のスミレは、まるでお手玉のように、木から投げ落とされていた。

 

インピンが、地面に向かって落ちていくスミレのパーカーから、飛び出した。

空中に飛び出したインピンは、尻尾を膨らませて、ゆっくり地面に降りていく。

 

未起隆は、その様子を確認してほっとした。あの様子なら、インピンは怪我もせず降りてこられるだろう。

だが、スミレは危ないッ!

 

「スミレ先輩ッ。つかまってください」

蛇に変身してモーリンを縛り上げていた未起隆が、動いた。

崩れかかる大木の下で、未起隆はモーリンを放し、蛇から元の姿に一瞬で戻った。

そして、右手をフック付ロープに変身させた。

未起隆はそのフックを別の木にかけ、力いっぱい引っ張り、スミレに向かって飛んでいくッ!

ブウンッ!

未起隆は、振り子のように身を揺らして、上から降ってくる大木をかわした。

 

一方、未起隆に解放されたモーリンは、何もできないまま倒れ落ちる木にぶつかり、地面にたたきつけられていた。

その上に、先ほどモーリンが自分で打ち抜いた大木が、折れ重なった。

モーリンの体が、大木の下敷きとなる。

モーリンの口から響いていた笑い声は、絶叫に代わり……うめき声となり……そして止まった。

 

「なっ……またお前か……許さないわよぉ。泣いてもッ、わめいてもッ、あんたを殺すッ!」

上を見上げ、ネリビルが吼えた。

 

スミレは、未起隆にだきかかえられ、かろうじて地面に落ちる事から、のがれていた。

「ミキタカゾ、アンタも怪我してるのに私を救ってくれてありがとう……」

 

「僕は大丈夫です。僕は宇宙人ですが……『男』です。ちょっとの怪我くらいなら、我慢できます」

未起隆が、頭の血をぬぐいながら言った。

スミレを助けたときに、上から降ってきた木片で怪我をしたのだ。

「それより、スミレ先輩は怪我ありませんか」

 

「アンタのおかげで、怪我はないわ……でも、なんて奴なの、自分を犠牲にしてまで、私たちを道連れにしようとするなんて……」

 

スミレの足元には、自ら撃ち抜いた大木の下敷きとなったモーリンの腕が見えていた。

ぐったりと力を失ったモーリンの体。その横でピカピカ光っているCDが、妙に場違いに見えた。

モーリンの私物だろうか?

そんな場違いな考えを頭から追い払い、スミレは未起隆の手をひき、木の上に移動した。

安全な木の上に移動すれば、怪我をしている未起隆の負担も、少しは軽くなるはずだ。

 

「億泰さん、こっちは任せてください」

未起隆が、足元の億泰に声をかけた。

 

「……未起隆、よくやったぜ。いいか、そのままスミレ先輩を地上に下すんじゃねぇぞ……後は、俺に任せな」

 

「悪運の強いガキどもだッ」

ネルビルは億泰に背を向け、スミレと未起隆の方を見上げて、喚いた。

「こんな悪いガキは、たっぷり血を吸っておしおきしてやるろりりりりぃぃぃぃ!!」

奇声であった。

 

(うっげぇ~~あのオバサン、すっかり頭のネジがとんでるぜぇ~~相手したくねぇ……)

しかし、 億泰は勇気を奮って小石を拾い、ネリビルに投げつけた。

 

バシッ!

 

小石は命中した。

ネリビルはゆっくり振り向き、じろりと億泰を睨みつけた。

小石があたったところから血がタラリと落ち、ネリビルはその血をペロリと舐めた。

「この……ビチグソ小僧がぁああッ! マーチンちゃんッ」

ネリビルは憤怒の叫びを上げながら、カントリー・グラマーを出現させた。

 

カントリー・グラマーはマンドリルの耳元に取りつき、なにやら囁いた。

 

マーチンは、カントリー・グラマーの指示にウギィと吠えた。

そして空高くジャンプすると、億泰の頭上からおそいかかった!

 

「億泰ぅうう、先ずは手負いのあんたを倒す事にしたわッ!」

 

「何言ってやがる」

億泰は鼻で笑って、ザ・ハンドをマーチンに突っ込ませた。

「俺の右手は、無事なんだぜぇ~~」

 

「gUgYIIIIIIII !」

マーチンは人間の太ももほどもある杭を口から吐き出し、億泰に投げつけたッ。

 

ガオンッ

 

すかさずザ・ハンドの右手が唸り、杭を消滅させた。

「唯の猿が俺様におそい掛かるなんて、百年早いぜ」

ザ・ハンドはマーチンを蹴り飛ばした。

そして、とどめを刺そうと、右手を振りかぶる。

 

そのとき、マーチンの背中からサッカーボール大の火の玉が出現した。火の玉は、億泰に向かって飛んできたッ!

 

ボォムンッ!

 

「うぉぉぉおおおお!」

かろうじて億泰は火の玉を避けた。だが、億泰の頭は、まるでアイパーをかけたかのようにチリチリになっていた。

「このエテ公ッ!ただじゃあおかねーゾッ」

 

「ザ・サン……」

ネリビルが言った。

「それがマーチンちゃんのスタンドの名前よ……とっても強いわよぉ」

 

ザ・サンは、マーチンと億泰の中間をフラフラと浮かんでいた。

火の玉の発する熱で周囲の空気が揺らぎ、辺りの景色がゆらゆらと歪んで見えた。

 

「ザ・サンだとぉ。俺様のスタンドと似たような名前を付けやがって、この真似っこ野郎がぁ!」

削ってやる。

億泰とザ・ハンドが火の玉に向かっていくと、火の玉は2、3度膨らみ、一筋の炎を吐き出した。

 

幸い狙いは外れ、炎は億泰に当たらなかった。

しかし、炎の熱で億泰の上着が引火した。

「コノヤロー、ノーコンのくせにスゲー火力じゃねーか」

億泰は上着を脱ぎ捨てた。

脱ぎ捨てた上着はあっという間に燃え尽きて、後には灰だけが残った。

 

「あら……意外と器用にかわすのね」

 

「あったま来た。もう手加減しね~、思いっきり削ってやるぜ」

億泰のザ・ハンドと、マーチンが激突するッ!

 

触れたモノをこの世界から削り取るザ・ハンドの右手と、

凶暴な野生の力が込められたマーチンの牙、

そして、凄まじい熱量の火球:ザ・サンの放つレーザービームとが 、

交錯するッ!

 

ギャアアア!

 

悲鳴を上げ、先に倒れたのはマーチンだった。

ザ・ハンドによって、マーチンの右腕の肩から先は、完全に削られていた。

マーチンは、傷口から激しい血を噴出させ、ドウッと倒れた。

 

「どうだ!……っっ痛てぇッッ!」

倒れたマーチンを見下ろす億泰は、すぐに足を抑えてうずくまった。

億泰の足が、反対方向にねじれていた。



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ヌ・ミキタカゾ・ンシ(支倉未起隆) その3

スタンド&クリーチャー図鑑

クリーチャー名:バオー(オリジナル)
性能:破壊力 - A / スピード - B /射程距離 - C / 持続力 - E / 精密動作性 - D / 成長性 - C
能力:寄生虫バオーが橋沢育朗に寄生した姿。10年近くの間、橋沢育朗に寄生し続けた結果、バオーの能力に肉体がなじみ、驚くべきほど寄生虫バオーの能力を引き出すことができるようになっている。状況に応じた武装化現象により、様々な特殊攻撃をすることができる。
後30日程度で、寄生虫が体を食い破り地球上に拡散していく危険性を抱えている。

スタンド名:ブラック・ナイト
本体:橋沢育朗
外観:橋沢育朗本体と類似した外観を持つ、幽霊のようなスタンド
タイプ:長距離 特殊型
性能:破壊力 - 無し / スピード - C /射程距離 - A / 持続力 - C / 精密動作性 - A / 成長性 - E
能力:幽霊のスタンド。直接攻撃力は全くないが、育郎と相性のいい生物に取りつくことができる。つまり、バオーに取りつくことができれば、育郎の意思でバオーが動かせ、かつスタンドが視認できるチート能力となる。


スタンド名:ザ・サン
本体:マーチン2世
外観:小型の太陽
タイプ:遠隔自動操縦型
性能:破壊力 - B / スピード - E /射程距離 - B / 持続力 - B / 精密動作性 - E / 成長性 - E
能力:サッカーボール大の太陽型のスタンド。熱エネルギーをレーザーのように発射できる。また、オリジナルと違い周囲の温度を上げるほどのパワーは無いが、代わりにボールのように相手に投げつけることができる。

クリーチャー名:ハンター
性能:破壊力 - C / スピード - B /射程距離 - C / 持続力 - D / 精密動作性 - C / 成長性 - E
能力:DRESSの研究により人為的に作られたクリーチャー
ある程度の知能があり、「簡単な命令 を理解し、仲間内での連携も可能」かつ「強靱で屈強な肉体」を備え、「非常に攻撃的な性質」を持っている。


「Gi・Ga……」

 

「いやぁねぇ、もう」

億泰にやられて息絶え絶えのマーチンを、ネリビルが軽蔑したように見下ろした。

「この子、もう、使えないじゃあない……。あなたァ……かわいいマーチンちゃんを、よくも殺ってくれたわねぇ」

億泰を睨み付けるネリビルの目は、憎しみにゆがんでいた。

「でも、これであんたもおしまいね……。動けないものね」

ネリビルは義手の先を億泰に向け、弾丸を発射した。

 

バシュン!

ガオンッ!

 

「チッ」

億泰は、しゃがんだ姿勢のまま動けないッ!

しかし、ザ・ハンドの右腕が、かろうじて飛んできた弾丸を削った。

「お前なんて、片手、片足ぐらいで、丁度いいんだょお!」

 

「アハハハハ……あなた、もしかしたらマーチンちゃんを殺ったから、安心してない?甘いわねぇ……私の武器が、この義手だけだと思ってるのぉ?」

ネリビルは、懐から二つの瓶を取り出した。

 

「何だぁ、そりゃぁ?」

億泰がせせら笑った。

「哺乳瓶か?のどが渇きでもしたのかよ」

 

「フフフフ……あなた、DIO様の事を聞いた事、ある?DIO様の持つ『不死身の肉体』に、秘められたお力のことを」

ネリビルは、勿体ぶって瓶の蓋を開けた。そして、瓶中の液体を半分飲み干し、残りをマーチンの肉体に振りかけた。

続いて……別の瓶からウネウネと蠢く奇怪な生物をつまみ出し、マーチンの上に、ポトリと落とした。

奇怪な生き物は、マーチンの眉間に、潜り込んでいく……

 

「おめー……何だ、それは?」

億泰から、笑みが消えた。

 

「フフフ……これはね……DIO様のお身体の一部よ。DIO様が我が組織をお仲間に入れて下さった時に、我らに授けてくださったの。それを、大切に培養してたってぇワケ」

 

「DIOさま……だぁ?」

 

「そうよ、我らの主、DIOさまよ。今の我々はね……」

ネリビルが真っ青な顔で言った。

何を飲んだのか、手足がガタガタ震えだしている。

「……今の我々は かつての-DRESS-Destruction & Regeneration Enforcement Secret Society(破壊と再生の秘密執行機関) じゃあ無いの。…… 今の我々は、DIO REsurrection Secret Society(DIO様復活の為の秘密結社) ――DRESS――

我らはDestiney Ruler Enforces us to Serve as Slave(運命の奴隷) ――DRESS―― 

……われらが闇のMaster、Messiah、Maitreya であられるDIO様を、再びこの地上に呼び戻すための組織……なのよ」

 

(??……何を言っているのかさっぱりわからね~)

だが、ネリビルが話したことの中にも、『一言』だけ、億泰に理解できる言葉があった。

その言葉を、聞き流すことはできなかった。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「おい……今なんて言った」

億泰が凄んだ。

「……お前、今、DIOって言いやがったのか?てめーまさか……今のは……あれかッ……』オヤジを壊し続けている』あれかッ!!」

 

「フフフ――よくできました、正解ョ」

ネリビルは、億泰にウィンクした。

挑発的に腰をくねらせ、空瓶を億泰に向かって振りたてる。

「そうよ――ここには、アナタのお父さんに『植え付けられていた』のと――いえ――アナタのお父さんを『ぶっ壊した』のと、同じものが、入っていたわよぉお!!」

 

ネリビルはもったいをつけながら、ささやく様に、一語、一語、はっきりと区切って

『NI KU NO ME (肉の芽) ♡』

と言った。

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

「何……だ……と」

 

「フフフ……たしか、あなたのお父さん ――虹村垓さんって言ったかしら?―― は、DIO様の肉の芽が、暴走してしまったのよねぇ」

かわいそうに  と、ネリビルが付け加えた。

ネリビルの声は、いつの間にか絞り出すような、しわがれ声になっている。

 

「てめーが、親父の事を口にするんじゃねーよ」

億泰は歯を食いしばった。

ねじれた足に体重をかけないよう、ほとんど片足で立ち、ネリビルを睨みつける。

「てめーに何がわかるッ」

 

思い出す灰色の日々

……父親が日に日に言葉を、人間性を、人としての品性を失っていくのを、ただ見るしかなかった絶望の日々のキモチ

そして、不意に父親がまともな言葉を取り戻し、『これですべてが良くなる』と喜んだ時のキモチ

だが翌朝起きてみると、父親が完全な『化け物』になっていたとき、そして、一切の意思疎通が不可能になったと判った時のキモチ

その時の兄貴の顔を見たときのキモチ

……友達と一日楽しく遊んだ後に帰った我が家で、怒り狂ったアニキが、腹立ちまぎれに父親を蹴飛ばしている光景に出くわした時のキモチ

 

……その時の父のまるで人間とは思えない泣声

……父を殺すために兄が闇に堕ちた事に気づいた日の、悲しみ、悔しさ

……最後の最後で、自分をかばってくれた兄の最後の言葉

……そして、今の少し落ち着いてきた父

 

そして、幸せだった時の記憶、母と、父と、兄貴と楽しく遊んだ時の、大切な思い出。

 

(誰にも、どんな奴にもよぉ、『俺の家族』に、わかった口はきかせねぇ~~)

億泰は、ヨロヨロとビッコをひきながら、ネリビルに近づいていく。

 

「あら、気を悪くしたみたいね……。ごめんなさいネッ……でも、私も引き返せないのョ。覚悟しなさいね……」

ネリビルの声はどんどんかすれていき、そして……

「!?ギャアアア!!!!!」

突然ネリビルが、絶叫した。

 

あっけにとられている億泰たちの目の前で、ネリビルは、恥も外電もなく絶叫を上げ、手足をバタバタと暴れさせ……、地面を寝転がり、のたうちまわり……

 

不意に、絶叫が止まった。

 

そしてネリビルは、まるで『先ほどまで暴れていたことなどなかった』ように、冷静な顔で立ち上がった。

同時に、先ほど倒したはずのマーチンが、また立ち上がった。

 

「まぁーたぁーせぇーぇええーたーわぁーねぇ――」

ネリビルが、凶気の笑い声をあげた。

「すぐに済むわ。私自らあんたの血を吸ってあげるからなぁぁあ A A A!」

 

「なッ……なんだ、お前達は?」

いかれてるのか?億泰は思わず気押され、後ずさった。

 

キャハハハハハッ

 

ネリビルは、笑い声を上げながら、億泰に向かって飛び込んできた。

自分の生身の両手で、殴りつけてくるッ

 

ガボッ!!

 

それは、ただの生身の攻撃のはずであった。

 

だが、スタンドで防御したにもかかわらず、億泰はネリビルのパンチ力に押され、後方に押し込まれた。

「ぐぅっ……やっかいなことになったぜぇ」

 

「ぎぃやああぁ!」

そこに、マーチンの背中から、野球ボール大の火の玉が飛び出して、再び億泰をおそった。

 

「あぶね~」

とっさにザ・ハンドが、火の玉をかき消す。

 

「隙ありッ!もらった!!」

ネリビルが、億泰に殴りかかるッ!

 

億泰は体勢が崩れている。避けられそうもない。

その時……

 

タ ー ン!!!

 

弾かれたように、ネリビルの体が後方に吹き飛んだ。

 

スミレが木の上から、猟銃でマーチンと、それからネリビルを狙撃したのだ。

「億泰君ッ!」

スミレが叫んだ。

「大丈夫?」

 

「スミレ先輩……いや、助かった……ゼ……?」

 

スミレの撃った銃は、確かにどちらも命中していた。

しかし、猟銃に撃たれたマーチンも、ネリビルも、どちらも額から血を流しながらも平然としている。

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

「……あなた……人間ですか?本当に、地球上の生き物ですか?」

未起隆がつぶやいた。

 

「アハハハハァ!」

ネリビルは、人間とは思えないほどの高さまで跳躍した。木の上にいたスミレを、軽々と抱え上げた。

 

「!?放せッ、このクソババア!大ぶすッ!……へちゃむくれの、腐った饅頭ヤロウッ!」

 

「やっぱりあんた、いい根性しているわね」

ネリビルは、暴れるスミレを簡単に抑え込んだ。

 

「させないッ!」

未起隆が、ネリビルに掴みかかった。

 

「フフフ、無駄よ。ばぁーい……ハンサムボーイ」

ネリビルは、抵抗しようとする未起隆を蹴り飛ばして、義手に仕込んだ弾丸を撃ち込んだ。

 

危ないッ!

未起隆は、とっさに紙飛行機に変身して弾丸をよけた。

しかし、もう一発ッ

二発ッ

ついに、ネリビルの放った銃弾が紙飛行機の翼を打ち抜いた。

翼を赤く染めた紙飛行機は、ふらふらと少しだけ飛んで ―― 地上に墜ちた。

 

「キャアアアア!」

ネリビルに捕まったスミレが、悲鳴を上げた。

「ミキタカゾ!大丈夫?」

 

「スミレさん、すみません……億泰さん、スミレさんを守りきれませんでした」

地面に落ちた紙飛行機が、未起隆の姿に戻った。

未起隆は、右手を抑えてうずくまっている。

その右手には、弾丸が貫通した跡が丸く開き、手を真っ赤に染めていた。

 

「プーダァァァー!!!」

スミレの懐に隠れていたインピンが、ネリビルにおそい掛かった。

後足から棘を伸ばし、ネリビルを刺そうとするッ!

 

パシッ

 

「……邪魔よ」

ネリビルは、人差し指でインピンをはたき飛ばした。

 

インピンがはたき飛ばされた先には、未起隆がいた。

互いに強く体を打ち付けたインピンと未起隆は、ふらっと倒れこんで……動かなくなった――

 

「あのリス、カントリーグラマーの命令を無視したわ……不思議な生き物ねぇ……まあいいわ……」

あとで捕まえて、ゆっくり解剖するわ……とネリビルが笑った。

 

「……このくされ脳筋ババアー……わかったわッ、私はどうなってもいいから、ミキタカゾと億泰君を見逃しなさいよ」

スミレが懇願した。

 

「諦めて、大人しくするのねッ」

ようやくいい子になったのかしら?

ネリビルが、ペロリとスミレのうなじを舐めた。

 

「いいゃ、スミレ先輩、勝負はまだだぜぇ~~」

満身創痍の億泰が、強がった。

「だから、まだ泣くのは早いぜぇ~」

 

「あら……可愛らしい強がりね」

あんまり可愛いいから、せめて痛くないように優しく血を吸って上げる。

ネリビルがウインクした。

 

「ぬかせ、この野郎!」

億泰は、突っ込んで来たネリビルを、ザ・ハンドで迎え撃とうとした。

 

しかし、ザ・ハンド が近づいてくるより早く、ネリビルはスミレを背負ったまま再び飛んだ。

そして、マーチンの背中に飛び乗った。

 

「くそっ。先輩を盾にしてやがる」

これじゃ攻撃できね~~ 億泰が歯噛みして悔しがった。

(だが、どうしてもコイツはゆるさねぇ~~)

 

「バアーイ。アナタのお父さんの事、今度ゆっくり教えてあげるね……でも、今回は時間がないってわけ。残念だけど、またねぇ〰〰 次はたっぷり血を吸ってあげる。うふっ♡」

ネリビルが勝ち誇り、マーチンを大きくジャンプさせた。

 

「ふんッ!甘いぜ!!」

だが、飛び去ろうとするネリビルに向かって、億泰は、ザ・ハンドの右手を振り下ろした。

「逃がすかよッ!」

 

シュルルルル

 

すると突然、ネリビルの手の中から、スミレが忽然と消た。

ネリビルが振り返ると、億泰が、ぐったりとしたスミレを抱えていた。

 

「何ですってぇ」

……このエロガキ、とっとと女の子から手を放しなさい。

ネリビルが怒鳴った。

 

「……空振りったって、空間を削っているんだぜ~~俺が削った先にあるものは、何でも吸い寄せられるのよ」

先輩は返してもらったぜぇ と、億泰が言った。

 

「何てこと……これで、あんたを殺さないわけには、行かなくなったじゃあないのよォッ!」

 

「俺こそ、遠慮なくあんたを削ってやるぜぇ」

 

「がぁぁきぃぃいいいい!!その甘くて温かい血をすすってやるわ!」

 

「おお、こいやッ!」

億泰は片足立ちで、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、ネリビルに向かって行った。

……ところが……

 

ドゴォンッッッ!!

 

億泰とネリビルが交錯する直前、突然二人の足元が『爆発』した。

 

億泰も、未起隆も、爆風をまともにくらって、吹っとんだ。

二人の視界は爆煙にふさがれ、吹き飛んだ衝撃で後頭部を打ち――意識を失った――

 

     ◆◆

 

億泰の目が覚め、辺りの様子をうかがうと、そこには敵の気配がなかった。

「……どうなってやがる」

爆風で、あたりはサンマを焼いたように真っ白にぼやけていた。

ほこりが収まり、ようやく周囲の様子がわかるようになったとき、億泰と未起隆は、スミレがさらわれたのを知った。

――――――――――――――――――

 

1999年11月5日 [M県K市、A山山麓]:

 

爆破された洞窟をやっとのことで抜け出して、噴上たちが地上に出ると、そこには二人の若者が倒れていた。

二人とも、噴上が知っている男達だ。

「お前、億泰じゃねーか。それに未起隆……なんでお前達がこんな所にいるんだ?」

噴上は、驚きの声を上げた。

「おい、ひでぇ怪我じゃねーか……どうした、誰かにやられたのか?」

 

「!?…………」

 

ポルナレフに助け起こされた二人は、意識朦朧とした状態だった。噴上が誰かも、すぐにはわからない様子だった。

 

「彼らは、知り合いかい?」

ポルナレフが尋ねた。

 

「……ああ、こいつは 虹村億泰、 もう1人は 支倉未起隆、二人とも東方仗助のダチだよ」

 

「その名前は、ブリーフィングの時に聞いたぜ、どちらも杜王町に住む『スタンド使い』だな?」

ホル・ホースは、噴上に確かめた。

 

「その二人が、どうしてここに居るんだ……しかしひどい怪我だぜ」

ポルナレフは、倒れている二人に簡単な止血をした。意識不明でぐったりとしていた二人は、ポルナレフの治療で、だいぶ容態が回復したようだった。

 

「ニーダ……」

未起隆の懐から、インピンが顔を出して鳴き声を上げた。

 

「ノッツォ……」

育朗が、インピンを見て硬直した。

「まさか、信じられない……君に再び出会えるなんて……」

 

育郎は、目を潤ませてインピンに向かって手を伸ばし……あることに気が付き、ハッと息をのんだ。

「君が一緒にいるってことは、スミレも一緒にいるはずだ……ノッツオ、スミレはどこにいるんだい?」

 

「育朗よォ……悪いが、この近くにあんたのスケはいないぜ」

噴上が言った。

「今は、あんたのスケの匂いはしねぇよ。ここにいるのは、こいつらだけだ」

 

「しかし……この子が理由無しにスミレから遠くに離れるなんて、ありえないんだ」

育朗は、近寄ってきたインピンの頭を撫でた。

「一体、何が起こったのだろう」

 

「……うう……!? だ、誰かと思えば、噴上さんじゃあないですか、どうしてアナタがここにいるのですか?」

ようやく頭が少しはっきりしてきた未起隆が、顔をゆがめ、頭を振り振り、尋ねた。

 

「未起隆ぁ、それはこっちのセリフだぜ。お前ら、何でこんな所にいるんだ?何でそんなに怪我してる」

 

「それはですね……」

 

ここにいる理由を話し始めようとした未起隆を、同じく目を覚ました億泰が遮った。

「ふ……ふ………噴上よォ~~。お前、いいところに来たぜェ~~。ちょっと……俺たちを手伝え」

 

「ハぁ?なんだってぇ?」

噴上は目を丸くした。前から勝手な奴だとは思っていたが、ここまでとは。

 

「猿の化けものと 馬鹿力のおばさんに……スミレ先輩をさらわれちまった。俺たちは、奴らからスミレ先輩を助けださねぇとならねぇ……だから噴上、ちょっと肩を貸せよォ」

億泰は、全身の痛みに耐えながら、歯を食いしばって立ち上がろうとした。

 

噴上は、頭を抱えた。

億泰の話は、すっかり要領を得なかった。だが、何を言っているか理解できなくとも、億泰が必死なのはわかる。どうやら、適当にあしらってはいけないことらしい。

「チッ……お前、何言ってるのかさっぱりわからねーよ。もっと頭の中を整理してから話しやがれ」

ホラ、肩を貸しな。

噴上は億泰の前にしゃがみ込んだ。

 

億泰は、噴上の肩を借りて立ち上がった。

「悪いなぁ……礼代わりに、今の生意気なセリフは聞かなかったことにしてやるよぉ~」

 

「お前ょお……俺の方が年上なんだぜ」

噴上はチッと舌を鳴らした。年長者に話しかける時はもっと丁寧に話しやがれ。

 

そんなの知ったことか。億泰がうそぶいた。

 

思わず口論を始めかけた二人に、育朗が声をかけた。

「ちょっと待ってくれないか、億泰君たちに、質問があるんだ……君は今さっき、『スミレがさらわれた』って言わなかったかい?」

育朗が、億泰の肩をつかんだ。

「頼む……教えてくれ……君達は……スミレと一緒にいたの?それで、彼女は今、どこに……」

 

億泰は、眉をしかめて育朗を睨みつけた。突然話しかけてきた、『いかにも女の子からモテそうな』爽やかイケメンに、隠しきれない敵意をにじませている。

「ああ、いっしょにいたぜぇ……それで、テメーは誰だぁ?」

 

失礼した と、 育朗は自分の名を名乗り、改めて二人にスミレの居場所を問いただした。

 

未起隆と億泰は、育朗の迫力に押され、自分たちが杜王町でスミレに出会ってから、先ほどネリビルに誘拐されるまでの顛末を、すべて話して聞かせた。

「……っと言うわけよォ~……動物を操るオバサンが、スミレ先輩をさらっていきやがった」

億泰が、ぶすっと言った。

 

億泰が話し終えると、未起隆が英語に翻訳して、ポルナレフとホル・ホースに説明した。

 

「何てことだ」

育朗が、頭を抱えた。

「スミレが、僕を探して……なんとしても助けないと」

 

「アナタ、スミレ先輩の知り合いなのですか」

何か言いたそうな億泰を遮り、未起隆が育朗に向かって尋ねた。

 

「僕は、彼女の……幼馴染みたいなものさ……」

助けに行かないと。

育朗は真剣な目つきで、周囲を探索し、スミレが連れ去られたと思わしき痕跡を追って、森の中に入ろうとした。

 

「育朗クン、ちょっと待て」

ポルナレフが、育朗の肩をつかみ、制止した。

「気持ちはわかるが、まずは彼らの傷の手当てをしないとならん。……二人ともひどい傷だ」

 

「そうでした……二人ともゴメン」

ハッと気が付いた育朗は、億泰と未起隆に頭を下げた。

「怪我をしている君たちを気遣わず、スミレのことばかり聞きたがるなんて……僕は最低の行動をしてしまった」

許してほしい。と、育朗は頭を下げた。

 

「おっおぅ……気にすんなよォ~~」

素直に謝られると、何時までも邪険な態度をとるわけにもいかない。億泰は、よしてくれ……と手を振った。

 

と、ポルナレフとホル・ホースの顔色が、変わった。何かが近づいてくる気配に、気が付いたのだ。

「……おい、ポルナレフ」

「わかってるぜ」

二人はほぼ同時に警戒態勢を取った。億泰達、高校生を中心にはさんで、背中合わせでそれぞれのスタンドを、出現させた。

 

「なんだァ~おっさん達?」

 

「!?また、追っ手ですか」

インピンを肩に乗せた育朗が、身構えた。

 

「そうだ、追手だぜ。……そろそろ来やがるぜ……油断すんなよォ」

ホル・ホースが、帽子を目深にかぶりなおしながら言った。



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ヌ・ミキタカゾ・ンシ(支倉未起隆) その4

「コーコーセイ諸君、君たちもスタンドを出せッ!」

ポルナレフが、背中越しにクルリと振り向いて、皆に警告した。

「敵が来るぞッ!身を守るんだッ!」

 

ポルナレフの言葉は、正しかった。

やがて、森の木陰から、一行をぐるりと取り囲むようにして人型の『何か』が現れたのだ。

その『何か』は、吼え声をあげながら、ポルナレフ達におそいかかった。

 

「Gyaxaaaaa!」

「UkyaaaAAAA!」

 

それは、判別不能の声を上げながら、小柄な大人程度の大きさの怪物であった。

怪物が、両手の大きなかぎ爪を振り回しながら飛びかかってきた。

その背格好は、人と言うよりもゴリラに近く、その頭部はまるで肉食恐竜のように巨大で、口からは巨大な牙が見え、涎がまき散らされていた。

 

「おいッ……なんだこれは」

噴上が叫んだ。

 

「ウッ……うぉおおおおォ~~ツ! ザ・ハンドッ!」

億泰はあわててスタンドを出現させ、おそってくる敵を迎え撃とうとした。

だが、億泰のスタンドが一体を蹴り飛ばした次の瞬間、別の怪物が、億泰めがけておそいかかってくるッ。

ザ・ハンドはバランスを崩しており、億泰の身を守れない……

 

絶対絶命!

だが、コーコーセーの傍らには、歴戦のスタンド使い達がいた。

「チャリオッツ!」

「エンペラーッ!」

二人のスタンド攻撃が同時に炸裂した。

億泰におそいかかろうとした怪物が、ぶっとぶッ!

 

突然の襲撃にもかかわらず、ポルナレフのスタンド:銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)は正確な動きで近づく敵を一刀両断にし続けていた。

一方、ホル・ホースのスタンド:皇帝(エンペラー)が、ポルナレフの間合いから離れた敵を打ち抜いていくッ

 

スキャットッッ!

バシュッ!

 

それは、コーコーセー達がまだ状況を把握しきれないわずかな時間であった。

二人の熟練したスタンド使いは、近くの敵を一気に殲滅した。

 

「まだだ、まだやってくるぜェ」 

ホル・ホースが言った。

そして、ホル・ホースは自分の拳銃型スタンド:皇帝から、10発の弾丸を宙に向って続けざまに放った。

 

ギュュィィィ――――ンッッ!

 

ホル・ホースが放った弾丸のスタンドは、一行の回りを高速で回転し始めた。

「へへへッ ―― これがホントの弾幕ってやつだぜ……お前ら、うかつに手を出すなよ、ドタマがぶっ飛んじまうぜ」

 

弾丸が、まるで結界のように、ホルホース達の周囲を巡るッ。

うかつに近づいてきた新たな敵が、『弾丸の結界』に近づいた。次の瞬間、頭部を吹き飛ばされ、悲鳴も上げることなく倒れた。

 

「Cgyaaaaaaa!」

「Gukyaaaaaaaaa!」

自分の仲間が次々に倒れていっても、怪物は気にかける様子もなく、黙々と『弾丸の結界』に近づいていく。そして次々と倒れていった。

ついには、結界の外には、怪物の死骸がまるで壁のように折れかさなった。

 

「しかし、こいつらはナニモンだぁ?」

ポルナレフは首をかしげた。

「こんな奴ら、今まで見たこともねーぜ」

 

おそってきた敵は、『人間を醜く変形させたような格好をした』異形の生物達であった。

肌は緑色、ホル・ホースの胸ぐらいの身長ながらも、鋭い牙と爪を踏み鳴らしている。

 

「まさに怪物だな…………しかし、どうやらコイツ等は、スタンドを見ることはできないようだなぁ」

ホル・ホースは新しいタバコを咥えると、格好付けてパチンとオイルライターを鳴らし、火を着けた。

「見えないなら楽勝ッ……飛んで火にいる夏の虫よぉ。ヒヒッ。このままエンペラーの弾幕にドンドン突っ込んでよぉ、自爆しちまいな」

 

しかし、いくらエンペラーの銃弾が強力でも、それだけでは怪物たちを完全に足止めすることは出来なかった。

ついに、何体かの怪物が、何発か被弾しながらも、回転する弾丸の壁を抜けることに成功した。『弾丸の結界』を抜けた怪物は、迷うことなく一行に迫ってくるッ。

だが、エンペラーの弾幕を抜けた先には、さらに強力な『剣』が待ち構えていた。

 

「おそいぜッ」

おそってくる怪物を見つけ、ポルナレフの目が光った。

チャリオッツが右手の剣を一閃させた。すると、近づいてきた怪物が一瞬で切断された。やはり、悲鳴を上る暇もなく、地面に崩れ落ちた。

一体、もう一体と、ポルナレフは手負いの怪物を、着実に、素早く、倒していくッ。

 

離れた位置からの皇帝での銃撃、そして近距離でのチャリオッツの剣撃、銃と剣の組み合わせは、恐ろしいほどの強さを発揮していた。

 

「白人のおっさん二人……強ぇえ~~~」

億泰、未起隆、そして噴上は、未だに状況が理解できず、目を白黒させていた。

億泰と噴上も、スタンドを出してはいた。

だが、億泰は怪我のせいで満足に動けず、噴上のハイウェイ・スターでは、怪物に致命傷を与えることはできなかったのだ。

 

「誰がおっさんだ」

ポルナレフは毒づきながら、おそってきた怪物に剣をふるい続けた。

 

……と、一体の怪物に剣を突き刺そうとしたチャリオッツの剣が、止まった。

 

ネチョリ……

 

見ると、剣先に、黄色のスライムのような物がまとわりついている。

スライムは、じわじわとチャリオッツの剣を溶かし始めた。

 

「!?……マジか、こいつは やべー」

ポルナレフは顔色を変え、剣を抜こうとあちこちチャリオッツを振り回した。

しかし、いくら剣を振っても、チャリオッツの剣にはスライムがまとわりついている。

とることができなぃ!

 

「任せなさ――いぃッ!」

その時、億泰が自分のスタンド:ザ・ハンドを出現させた。

 

ガオン!

上手くスライムを振り払えないチャリオッツに代わり、ザ・ハンドが黄色いスライムを、剣ごと削り取った。

「おりゃッ!」

 

「すまない……助かったよ」

ポルナレフは、億泰に親指を立てた。

「フフフ……空間を削るスタンド……か。強力なスタンド能力だよな……俺には君の能力の恐ろしさが良くわかるよ。さすがは日本のコーコーセーだ」

ポルナレフの脳裏に思い起こされていたのは、自分がエジプトに旅した時の記憶か……

 

「おォ~~。怪我してなけりゃ、もっと手伝えるんだがよォ~」

億泰は、ポルナレフの話す英語が全く分からないまま、適当に返事を返している。

 

「おい ――本命がおいでなすったぜ」

ホル・ホースが銃を向けた先に、怪物ではない、二人の人影が見えた。

 

いつの間にか、ホル・ホースの弾丸も、先ほどの黄色いスライムにすべて食われてしまっていた。

一行を囲んで敵から守っていた弾幕は、もうなかった。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「フフフ……ポルナレフ、ホル・ホース、お前達の事はよぉぉうく知ってるわ」

「あら、オクヤス達じゃあない。良かった。無事だったのね……シンパイしてたのよォ、スミレちゃんをとられて、今頃泣いてるんじゃあないかしらってぇ」

姿を表した二人の女性が、嘲った。

 

「マキシム……」

「ネリビル……」

育朗と未起隆は、それぞれが知っている相手の名前を呼び、はっと互いを見つめあった。

 

「オウ………スミレ先輩は、どこだァ~~ッ?」

億泰の問いに、ネリビルが 答えた。

「あら、億泰くん……元気そうで嬉しいけど……でも今回もアナタには用はないのぉ……」

引っ込んでいてね。

 

ネリビルがパチンと指を鳴らすと、また新たな怪物が現れて、一行を取り囲んだ。

「かわいいでしょ、こいつらはハンターって言うの。わが組織の最新の研究成果よ」

ネリビルはおぞましい悪臭のするハンターの顎を、まるで猫を相手にするようにくすぐった。

ハンターはネリビルにくすぐられ、その醜悪な顔でうっとりと、目をつぶった。

 

「何だ?奴らは」

敵の正体の見極めがつくまで、突っ込むなよ。

ポルナレフは、高校生達にそう指示した。

 

だが育朗は、ポルナレフの指示に首を振った。

「スミレ……僕は……時間がないッ。……僕はこうしてはいられないんだ」

育朗が、覚悟を決めた表情になった。

そして、突然ポルナレフ達から離れ、ネリビル達に向かって、 ハンター達のただなかに、1人で踏み込んでいく……

 

「!?よせッ!育朗クン」

ポルナレフはチャリオッツを出し、あわてて育朗の後を追おうとした。

だがその行く手は、飛びかかってきた、別のハンター達に阻まれた。

 

「チッ!ホル・ホースッ!!」

ポルナレフは、自分の目の前に立ちふさがるハンターを切り刻みながら、――拳銃使いの相棒―― ホル・ホースに怒鳴りつけた。

「おめーが何とかしろッ!」

 

「とっくにやってるぜッ!すでにエンペラーは、育朗の援護をしているッ」

ホル・ホースは何度もエンペラーを発射し、育朗の周りに弾幕を張ろうとしていた。

「だが……十分じゃねェッ!敵の数が多すぎるし、育朗が素早すぎるッ……敵だけを狙って倒せるほど、エンペラーは小回りの利くスタンドじゃねーンだよォ!」

ホル・ホースは毒づいた。

 

「Gzyuuuaaa!」

ホル・ホースの弾幕をかろうじて逃れたハンター数体が、育朗の目の前に現れた。ハンターは、育朗めがけて一斉にとびかかるッ

 

「うぉぉぉおっ」

育朗は、地面に転がっていた木の棒を拾い上げ、ハンターにたたきつけるッ

へし折れた木の棒を投げ捨て、背後から迫るハンターを横っ飛びで避けた。

跳び蹴りを放ち、ジャンプして飛びかかってきたハンターを、迎撃する。

 

「Gzyuaaa!」

蹴りを喰らったハンターが、悲鳴をあげてぶっ飛ぶ。

 

「負けるかぁぁあああ!」

着地した育朗が叫んだ、次の瞬間ッ

 

グジャァッ!

 

一体のハンターの鉤爪が、育朗の腹部を深くえぐった。

 

「うっ……」

悲鳴をあげる間も無く、育朗は前のめりに倒れた。

腹部の血が広がり、地面に血の海が出来上がる……

 

「な……なんだとォ――」

ホル・ホースは、『皇帝』の弾丸を発射した。

倒れた育朗の首をねじ切らんとしていたハンターは、 その銃弾をまともにこめかみに受けた。

ハンターは脳を破壊され、どうっと、育朗の上に折り重なる様に倒れた。

 

「おっ!おい……」

億泰は、信じられないとばかりに、力なくつぶやいた。

 

「育朗ッ!馬鹿野郎ッ」

噴上は顔を歪めた。

「お前……スケに会うまで、死に切れないんじゃ無かったのかよ。チッ・チクショー……捨鉢になりやがって」

 

「せめて……これ以上体が傷つかないようにしてあげないと」

未起隆が、鎮痛の表情で蛇に変身した。

敵をすり抜け、育朗が倒れた場所に、駆け寄ろうとする。

 

その『未起隆が変身した蛇』の尻尾を、ポルナレフが引っ張った。

「!?……待つんだッ」

ポルナレフが、育朗の体を指さした。

「まだ育朗は……イヤ、バオーは、これ位じゃあやられたりしない……まあ、もう少し見てろ」

 

「なっ!」

未起隆は、文句を言おうと口を開け、あるモノを目にして、また口を閉めた。

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

「バ……ル……バ…………」

地に伏す育朗の体から、人とは思えない、唸り声が聞こえ始めた。

見る見る間に、育朗の体は反り返り、そして、膨れ上がっていく……

「バル……バルバル……」

 

「バルンゥッ!」

不意に育朗の体がはねおき、人間には不可能なほどの大きな跳躍を見せたッ!

 

「なっなんだぁ~~」

 

「あれが、バオーだっ。気をつけろッ。あれに敵だと認識されたら、死ぬゾッ」

ポルナレフが叫んだ。

 

育朗の体:バオーは、空中にいる間も変貌を続けていた。

髪の毛まで含めた皮膚が、青白く硬質化し、時にバラバラとはがれ、額には黒い触角状の『何か』が飛び出すッ

 

「こっ……こりゃあヤベェーな」

ホル・ホースが言った。

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

彼らの目の前に、『バオー』が仁王立ちしていた。

それは、まさに『異形の怪物』、『現代の獣人』であった。

彼らが見たのは、

 ―元の体に比べ一回り以上も膨れ上がった体格

 ―蒼白く、人とは思えぬ無機質な質感を持つ肌

 ―無表情な顔、無機質な肌、蝋を溶かしたように崩れた目元と、その下にのぞく黄色い目

 ―まるで彫刻された炎のように一つにまとめられ、逆立った蒼白い髪

 ―額がパクリと割れ、そこから覗く”紅い”感覚器

そして、不気味さを増しているのが、その動きであった。明らかに知性ある人としての行動・しぐさが、その動きからは読み取れないのだ。

 

バフッ

 

と、バオーの体から、何か青白い霧の様なものが噴き出した。その霧は、少し離れた所で再び集まっていく。そして霧は、育朗の姿形をとった。

それは、橋沢育朗のスタンド:ブラック・ナイトの能力。言わば 育朗の生霊であった。

 

『……あれが、僕』

ブラック・ナイトとして姿を表した育朗は、初めて見る『自分自身が変異した姿:バオー』を、その異様を、食い入るように 見ていた。

『あれが、僕の中に巣食うモンスター……邪悪ッッ……』

育朗は、苦悩の表情を浮かべた。

 

「バルバルバルバルバルバルッ!」

バオーが吠えた。

「こ……これが、オリジナル・バオーのアームド・フェノメノン……」

ネリビルがうっとりした声で言った。

「ああ……素晴らしいわぁ」

 

「Ugiiy!」

ハンターがバオーにおそいかかるッ!

 

「バルンッ!」

バオーはとんぼ返りをきって、その突撃をかわした。

そして空中で、体をねじって頭を下にした。倒立した姿勢で、ハンターの頭を掴むッ!

 

「Agiiixty!!」

同時に、バオーに掴まれたハンターが激しく苦しみ出した。

 

「オイオイ……、野郎が掴んだ頭が溶けてるぜ……」

ホル・ホースは、咥えていたタバコをポロっと落とした。

 

バオーに頭を掴まれたハンターは、バオーの手から逃れようと、手足をバタバタと振り回し、必死に暴れていた。

その頭が、まるでろうそくの様にドロドロと溶けはじめている。

ハンターは絶叫を上げた。

だが、やがて振り回していた手足の動きが止まり、抵抗むなしく、全身がドロドロに溶けていった。やがて、そこにあるのはピンク色のドロドロした塊だけとなった。

 

「……あれは、バオー・メルテッディン・パルム・フェノメノン。フフフフ……溶かされた両腕がうずくわ……でも、さすがね……オリジナルはあんなに強力な酸を出せるのね……」

ネリビルが、ウットリした口調のままつぶやいた。

「やはりオリジナルの力は、モデレイテッド・バオーの何倍も強力なのね……」

 

「バルバルバルルッ!」

バオーが舞い、跳ね、群がるハンターにおそいかかった。

 

バオーに視覚は関係ない。

感覚は、全て額から飛び出す触覚から感じる『匂い』で賄っているッ。

だがら、バオーに死角は存在しない。

だから、ハンターが身を隠しながら背後から襲ってきたとしても、問題なく対応出来るッ!

 

見る間にバオーは、四方八方からおそい掛かってくるハンターたちを蹴散らした。

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

しかし、すべてのハンターを倒しても、バオーが感じている『嫌いな匂い』は、まだ消えないッ!

敵を、『嫌な匂い』を、追いかけ、バオーは 無造作にホル・ホースの作り出した銃弾の結界に踏み込んで行った。

 

もちろんスタンドに、『匂い』は無い。

よってバオーには、スタンドの銃弾は知覚できないッ。

バオーが、吹き荒れるエンペラーの結界に、無防備に頭を突っ込む……

 

バオーが 『銃弾の結界』に入る直前、ホル・ホースは自らのスタンド:皇帝を引っ込めた。

「おっかねぇえええ―――― 間違って撃っちまったら、俺が育朗の奴に襲われかねねーぜ」

ホル・ホースは、冷や汗をぬぐった。

 

「こ……この馬鹿野郎ッ……」

大慌てで、ポルナレフはホル・ホースの頭を殴った。

「まだ周りにハンターどもがいるんだぞッ……ボケっ!お前が結界を解いちまったから、奴らが入り込んでくるじゃねぇかッ!」

 

「ああ……」

ホル・ホースは頭をかいた。

「スマン、ハンターどもを忘れてたぜ」

 

「バァバババァアアア!」

ホル・ホースの結界がなくなると同時に、ハンター達がおそってくる!

 

「バルバルバルバル!」

バオーの両腕から、鋭い刃が飛び出した。バオーが発現する武装現象の一つ、リスキニ・ハーデン・セイバー・フェノメノンだッ

バオーはその刃を自在に振るい、ハンターたちをあっという間に切り刻んでいく。

 

「ホル・ホースッ!テメッッ!このバカ野郎ォ」

ポルナレフも、自らのスタンド:シルバーチャリオッツを出した。

ポルナレフとシルバー・チャリオッツは、バオーの背後を弧を描くように回る。そして、バオーの後方に構えていたハンター達に剣を突き立てた。

シルバー・チャリオッツの動きは、バオーに勝るとも劣らないスピードであった。

しかも、訓練を積み、経験を重ねたその動きには、一切の無駄が無いッ

 

「バルバルバルッ」

シュパシュパシュパッ!

 

バオーとポルナレフの連携攻撃により、ハンター達はあっという間に、細切れにされた。

 

「これが、バオー……素晴らしいわ……でも、寄生虫バオーは、まだ成長途中…『変わった』ばかりね。私にはわかるわ……フフフ………」

マキシムがうっとりと言った。

「今はまだ、バオーは本能のまま戦い続けているだけ……そうよ、いわば、バオーはまだ赤ん坊よ。ならば、今ならバオーを倒せるわ……私のイエロー・テンパランスでねぇ!」

 

「ハッ………アンタ1人じゃ、無理よ」

ネリビルはスタンド:カントリー・グラマーを出現させ、何やらハンターに命令した。

指示に従い、ハンターが4体、バオーの回りを取り囲んだ。

その全身に、イエロー・テンパランスを身にまとっている。

 

「バルンッ」

バオーが、ハンターにリスキニ・ハーデン・セイバーを突き立てた。

だが、その刃はイエロー・テンパランスに阻まれ、ダメージを与えられなかった。

逆に、バオーの刃を侵食していく……

「バルバル!」

バオーは自らの刃を、切り離した。それでもなお、わずかに皮膚に残ったイエロー・テンパランスのスライムも、バオーの皮膚ごと、バラリと剥がれ落とす。

一瞬、バオーの装甲の下に、体液で赤くただれた育朗の地肌が見えた。

すぐにまたバオーの体液が浸みでてカタマり、新たな装甲となって表面を覆った。

 

ハンター達は巧みな連携で、バオーを誘導していく。

その先の地面には、地面に薄く広がるスライム イエロー・テンパランスが広がっている……

 

「チッ、させるかぁッ」

ポルナレフはネリビルの意図を理解した。あわてて、バオーの元に近寄ろうとする。

だが、その前に、別のハンターたちが障壁となり、ポルナレフの進路をふさいだ。

「ドッ……どきやがれ、このやろッ!」

ハンターを切り刻みながら、ポルナレフは歯噛みした。

 

「フフ……育朗を追うのは、イエロー・テンパランスで全身を覆ったハンターどもよ……直接攻撃を喰らえば、このスタンド:イエロー・テンパランスが攻撃した箇所に取りつく……例え取りつく前にすべてやられても、今度は地面を覆ったイエロー・テンパランスがバオーの体に食いつくってワケよ」

ネリビルが、得意そうに言った。

「完璧な作戦よッ! 頭は使いようッ!知性の無い化け物あいてなんて、楽勝よ……」

 

「グキァャッ!」

ハンターが、人間のようにムセ、口から何かを吐き出しかけた。

その口から、銀色の、拳程の塊が、顔を出す……爆弾だッ

 

「フフフ、更に、ハンター共に取り付けておいた、戦車一台を簡単に吹き飛ばす爆弾を作動させた……本能のみで闘うオリジナル・バオーでは、この罠は理解出来ないハズよッ」

勝った!

マキシムが、勝ちほこった。

 

『それはどうかな……まだ僕がいる……僕なら、バオーを止められるはずッ!』

その時、上空から戦いを見ていた育朗の『幽体』が、バオーの目の前に現れた。

『バオーッ、力を貸せッッ!』

育朗が叫んだ。

育朗、いやスタンド:ブラック・ナイトは、全身から管のようなものを出現させた。

『管』はバオーに向かって伸びていき、その体にもぐり込んでいく。

そして、『管』に引っ張り込まれるようにして、ブラック・ナイト本体もバオーに近づいていき、バオーの体内にもぐり込む……

『アナタたちの思うようには、させない……』

バオーの体内に戻る直前、育朗は、ネリビルとマキシムを睨み付けて、言った。

 

ブラック・ナイトが入り込むと、バオーの動きが、止まった。

 

「……何か、なにかヤバいわ。ハンターどもよ、少し早いが、今、バオーに取り付けッ!」

ネリビルが、叫んだ。

「とっとと止めをさしてッ!」

 

『遅いッッ!その前に攻撃させてもらうよ……ブレイク・ダーク・サンダー・フェノメノンッ!』

育朗の顔 ――正確には育朗のスタンド、ブラック・ナイトの顔―― がバオーの胴体からぴょこんと飛び出し、叫んだ。

 

バオーが、再び動き出すッ!

両手を高く差し上げる。その腕が、光りだす。

 

バリバリバリバリッ!!!

 

バオーの両手から、まるで雷のように、電気が放出された。

その電気が、イエローテンパランスに守られたハンターたちに流れていく。高圧電流にさらされたイエロー・テンパランスが、ハンターの肉体が、蒸発していく。

雷に打たれた爆弾が、停止する……

 

バシュッッッ!!!

 

雷は、バオーの周囲を荒れ狂うように飛び交い始めた。

その雷は、ますます大きくなっていく……

やがて、育朗=バオーの周囲を囲んでいた、無数のハンター達は、皆、全身を黒焦げにして息絶えた。

 

「……とんでもねーな」

その余りに強烈な破壊力に、ポルナレフとホル・ホースが顔を見合わせた。

 

「……」

噴上と、億泰、未起隆も、顔を見合わせた。

 

「バルンッ!」

ハンターたちを全滅させたバオーは、次に、マキシマムとネリビルに向き合った。

『さあ、次は君たちだッ』

 

ゆっくりと近寄っていくバオーに対し、マキシムとネリビルは両腕を上げた。

「育朗……まって……私たちは、もともとアナタと戦う気はないのよ……ただ、アナタと話したいの。それだけよ」

 

バオーの動きが止まった。青白く光る育朗の幽霊が、バオーの体から顔を出した。

『スミレはどこだ』

育朗の幽霊は、ネリビルとマキシムを睨み付けた。

 

「アナタ、スミレちゃんが気になるのでしょ?」

マキシムが下卑た笑みを見せた。

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

『何……だ……って』

育朗が、動揺した。

 

そこに、二人が畳み掛けるように誘惑を始めた。

「あなた、スミレちゃんに会いんでしょぉ?」

 

「スミレちゃんに会いたいのなら、私たちと一緒に来たほうがいいわよン」

 

『スミレを……まさか』

育朗の声に、隠しきれない恐怖の声色が混じる。

 

「育朗クン、そうよ、スミレちゃんは私たちの手元にいるわ」

ネリビルが言った。

「彼女を助けてほしかったら、アンタが私たちの仲間になる事ね。どう、約束できる?」

 

『……この周りにいるハンター達を、ひかせろ……それから、ポルナレフさん達には、もう手を出さないと約束しろ』

育朗は、重々しく、言った。

 

「その条件を飲んだら、あなたが私たちについてきてくれるって言うのなら……約束するわ」

 

『……約束する』

 

「よせっ……育朗クン 馬鹿な真似はよすんだ」

ポルナレフがあわてて、育朗の下へ走ってきた。

 

「そうだぜ育朗よォ、俺たちを信じてくれ。かならずスミレって女は助け出すぜ」

ホル・ホースが、少し離れた場所から育朗に声をかけた。

 

「言っておくけど、ホル・ホース達が邪魔をしたら、『生きているスミレちゃん』には会えないからね」

マキシムが意地悪く付け足した。

 

「おい……調子にのるなよ」

ポルナレフは、シルバー・チャリオッツの剣をマキシマムに向けた。

「誰を人質に取ろうが、ここでお前たちをぶちのめしちまえば問題はねーぜ。逆にお前たちを、人質に取ってやることも、簡単に出来るんだぜ」

 

そのポルナレフの手を、そっと育朗が止めた。

『ポルナレフさん……』

育朗は、哀しげにポルナレフに向き合った。

『ボクは……絶対にスミレを危険にさらせません……お願いです……分かってください』

 

「育朗、俺たちを信用しろ。奴らの口車には、乗るな」

ポルナレフは、育朗の両肩をつかんだ。

「もし奴らについて……」

 

「……ポルナレフさん、ちょっと待ってくれよ」

そのとき、噴上のスタンド:ハイウェイ・スターがポルナレフの スタンドを抑えた。

ポルナレフのスタンドを羽交いじめしたまま、噴上は極めて正常なリアクションを見せた。

「育朗よぉ……そのスミレってスケが、お前の探していた女達なのか」

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

『……そうだよ』

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

その答えを聞き、ふぅっと、噴上はため息をついた。

「なら話は簡単だ……俺は、育朗に味方するぜ」

 

「おい、相棒。そりゃあ無いだろう」

ホル・ホースが言った。

「アマチュアっぽいことはしたくねーんだ。冷静に考えろッ!リスクがちょっとだけ高いだけで、そんなに悪い状況じゃねーだろ?」

 

「……」

育朗は答えない。

その顔が、だんだんと決意を帯びた表情に変わっていく。

 

「噴上クン……待つんだ。君は事情がよくわかってない」

ポルナレフが噴上の肩を掴んだ。

「君は、育朗クンの体に潜む『バオー』が、どんなに危険かわかっていない」

 

「そんなのカンケ―ねぇぜ……俺は、育朗が自分のスケを助けるのに『協力する』と言った」

噴上は、顎を撫でながら言った。

「それが、今だぜッ!」

その声は、少し震えていた。だが、噴上は、すべての気力を振り絞って、ポルナレフに向き合った。

 

「噴上クン……残念だ」

ポルナレフは、チャリオッツを出現させた。

 

「……口じゃ勝てないから、実力行使ってわけかい?」

 

「言ってろ、噴上クン……」

噴上に向かって、ポルナレフが舌打ちした。

 

そのポルナレフの体に、『網』が覆いかぶさった。

『網』の一部が姿を変え、未起隆の顔が現れた。

「!?待ってください、ポルナレフさん。僕もです。事情は良く分かりませんが、僕も噴上さんに賛成します」

未起隆が姿を変えた『網』が、ポルナレフの体を拘束した。

 

「……俺もだ……その……納得できねぇことはあるがよぉ~~」

億泰も立ち上がった。

「俺は、俺の心に従うぜ」

 

話し合いは、いつの間にかポルナレフ/ホル・ホース組 対 高校生組の様相を呈していた。

未起隆は、ポルナレフを拘束している。その正面には、億泰と噴上が今にもかみつきそうな顔をしてポルナレフを見ていた。

育朗は、決意を決めた顔つきで、ただ空を見ていた。

 

どうすべきか、ポルナレフはまだ自由にな動かせる左手で、自分の頭をかいた。

正直、未起隆の拘束を切り裂き、億泰と噴上、そして育朗を制圧するのは簡単だろう。だが、もしそうしてしまえば、高校生たちを必ず傷つけてしまう。

「……チッ」

ポルナレフは、何かしようとしたホル・ホースを制し、チャリオッツを呼び戻した。

「わかったよ……育朗クン、俺の気が変わる前に行っちまいな」

 

『……皆さん、すみません』

育朗は皆に頭をペコリと下げ、ネリビルとマキシマムと共に森の中に消えていった。

 

     ◆◆

 

「おい……、育朗の奴、ホントに行っちまったぜ」

ホル・ホースが肩をすくめた。

「良かったのかよ」

 

「ああ……これで、気はすんだか?」

ポルナレフは、コ―コーセー達をにらみつけた。

 

「……なんだよ……俺は間違ってねーぞ」

ポルナレフと噴上は、しばらくにらみ合った。目をそらしたのは、噴上が先だった。

 

「まぁいい。今から育朗の後を追うぞ」

ポルナレフが言った。

「噴上クン、君のスタンドで追跡を開始してくれ」

 

「言ったろ?俺は育朗の邪魔はしねーッ」

 

「誰も邪魔をしろと言ってるわけじゃなぁいッッ」

ポルナレフが肩をすくめた。

「逆だ……いいか、あの女の所属する組織は、狂信者の集まりだ。……奴らは目的を達したら、スミレって娘も、育朗クンも、むごたらしくバラすぞ」

 

「なんだってェ」

 

「俺は嘘は言わん。……だから、しばらく奴らを追い、スミレと育朗クンの身に危害が加えられそうになったら 助け出す必要があるんだ。わかったか?」

 

「ムゥウウウ……わかったぜ……しかし、俺がやるのは追跡だけだ」

噴上が答えた。

「それ以上はやらねーぜ。育朗に対する義理ってやつだ」

 

「俺達も行くぜ」

億泰が口を開いた。

「さっきは育朗を逃がしたがよォ。ポルナレフさん、うまいこと言えねぇ~~んだが、あのくそ婆どもにゃあスミレ先輩を奪われた貸しがあるぜェ。貸しを返してもらわないとなぁ~~」

 

「そうだな。受けた借りは、返しておくべきだ」

ポルナレフが言った。と、少し離れた位置に立つ、相棒の所業が目に入った。

「おい、ホル・ホース、お前どうしたんだ?」

 

話し合いから早々に抜け出して、倒れたハンターたちを調べていたホル・ホースは、青い顔で震えていた。

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

「おい……やべーぞ、ポルナレフ」

ホル・ホースが言った。懐から煙草とライターを取り出す。煙草をくわえ、オイルイタ―のファイァ・スターターを回す。だが、いくら回しても シュッ という音がするだけで、火は出ない。

「くっそ……タバコに火がつけられねー」

 

「なんだ、お前何でブルッてる」

 

「俺はな、昔こんな化け物どもを見たことがあるんだよ……こいつら……そっくりだ」

 

「おい、グダグダ勿体つけるな!」

 

「こいつら……そっくりなんだよ……」

ホル・ホースは、加えていたタバコを落とした。

「こいつら、DIOの作り出した『ゾンビ』に、そっくりなんだよぉ!!」

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「ばかばかしい。あの戦いで、やつは絶対に死んだ。俺はこの目で、やつが太陽の光によって灰になったのをみたぜ。間違いね〰〰ッ。たとえ奴らが狙ってる育朗クンの体を手に入れたって、奴の魂までは戻らねー」

ポルナレフは、震え声で無理やり笑ってみせた。

「DIOの野郎がよみがえることなんざ、『絶対に』ありえねぇ」

 

ホル・ホースは、かぶりを振った。

「ポルナレフよォ。お前、ディヴィーナ・ダービーの事を知ってるか?」

 

「誰だぁ、そいつは」

 

「ダービー兄弟の長女だよ。能力は兄貴たちと一緒だ」

 

「ダービー兄弟か……あいつらは強敵だった。ゲームに負けた奴らの魂を封じ込める能力だった……!?まさか……」

ホル・ホースが言わんとしていることに気が付き、ポルナレフは顔色を変えた。

 

「そうだよ。あの女のスタンド能力は、『戦いに敗れて死にかけた奴らの魂をコインに封じ込める』……そして……それを『別の誰かに移し替える』……そんな能力だ」

 

「おい、俺たちは、そんな奴しらねーぞ」

ポルナレフが言った。

「あの時戦った奴らに、そんなやつはいなかった」

 

「あったりめーだ。あの女には戦闘能力はまるでなかったからな。スタンド能力も弱くって、死にかけの奴らの魂を封じ込めるのが精いっぱいだったぜ……兄貴たちと違って、ゲームやギャンブルで負かした相手の魂を封じる事も出来なかった……つまりディヴィーナは、相手に“勝って”からじゃあないと効果を発揮できねー能力を持っていた。戦闘にはまるで使えねー能力だ。だから、お前たちが来た時は、こっそり館の陰に隠れていたはずだぜ」

 

「おい……まさか」

 

「そうだよ……そのまさかさ……ディビーナの奴は、承太郎とDIOの戦いの場にいたのかもしれねー。本当の事はわからねーぜ。なにせディビーナは、そのあと消息を建っちまったし、俺はそのとき入院してたんだからなー。だが、可能性はあるぜ……俺は、……ディビーナは『DIOの魂をコインに変えて持っている』と思う!」

 

「ばかな……あのDIOが……生き……」

その時、絶句したポルナレフの持っている衛星電話が、けたたましく鳴り響いた。



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東方仗助と橋沢育朗その1

【報告書】

【被追跡者プロファイリング】

【聞き取り調査結果】

被調査者番号:BA1593

「ああ、いくちゃんね?懐かしいわね……かわいそうに、交通事故でお父さんとお母さんと一緒に死んじゃった子よね。ウチの子の一つ上だったかしら?そう……もし生きていたら、もう25歳になるのね……」

被調査者幼少時の友人の母親(51才)

 

「えっ、あの育ちゃんの話が聞きたいの?ふぅん? いいわよ………そうね、あの子は『いい子』だったわよ。大人しくて優しい子でね。うちの子もよく遊んでもらってたわ。そうそう、仮面ライダーのお話が怖いってね、結構怖がりな子だったわ……ほかに何か、聞きたいことある?」

被調査者の友人の母親(54才)

 

「そうね…………ちょっと出来過ぎな感じ?何でもソツなく出来て」

被調査者の友人(24)

 

「ああ、あの氷の張った池に落っこちゃった子ね…………そうね、偉い子だったわ。あの子、池に落ちて怖かっただろうに、全然それを周りに言わないのよ。でももしかしたら、色んなストレスをため込んじゃうタイプかもね。それで、突然に爆発するタイプ」

被調査者が旅行中に泊まったホテルの女将(62)

 

「育朗?おーっ……あいつは『イイ奴』だったのによ――何つーか。あれだ……自分から何かする奴じゃなかったな。でも黙っていても皆から一目置かれるっつーか」

被調査者の友人(24)

 

「こんな事があったよ。僕が上級生にいじめられている時、たまたま通りかかった育朗クンが、一緒に殴られてくれたんだ」

被調査者の友人(24)

 

「あいつは、シャイな奴でよー……でも打ち解けると気さくで面白い奴だったぜ――。真面目な顔でつまんねーオヤジギャグを連発したりよぉ。だが、ギターはあまり上手くなかったな。俺のほうが全然うまかった」

被調査者のバンド仲間(28)

 

「えっ……あの人、無事なんですか?あの人は私を命がけで助けてくれたのに、優しく気遣ってくれて……いい思い出です」

被調査者と最後に接触したと思われる一般女生(30)

 

 

 

被調査者番号:CD59983

「ジョースケか、あの子優しい子だったよね。意地悪されても全然怒らないの」

被調査者幼少時の友人の母親(45)

 

「そうよ、今のあの子の髪形を見たらびっくりするくらい、温厚な子供だったわよ……でも、お母さんッ子でね。お母さんから全然離れないのよ」

被調査者が通った幼稚園の保母(36)

 

「ジョースケ君はイイ子だったわ、いっつもニコニコして……だけど、自分が大切にしているモノをバカにされると、そりゃあもう、人が違ったように怒り出してねぇ」

被調査者が通った小学校の同級生(16)

 

「ひっ…………」恐怖のあまりコメントを拒否。

被調査者が通う高校の近隣の不良グループのリーダー(19)

 

「おおっジョースケは俺のライバルだぜ。アイツはツエェ――。でも、格ゲーじゃあ、25勝20敗で、俺が勝っているんだぜッ!」

近隣の小学生(11)

 

「ポッ♡」

近隣の女子中学生(14)

 

「男気があるっす!あの人が立てた伝説の数々は物凄いッスよ。超ヤバッす。しかも、普段は滅茶苦茶に優しいーのに、何か理由があって怒り出すと超怖いッス。そこがカッケーッス!あこがれるウッス!」

近隣の男子中学生(14)

 

「頼りになる奴だ。ちょっとのんびりしておるが、同級生からも人望がある」

被調査者の高校の担任(57)

 

「……アイツはちょっと危ない所もあるが、だが良い奴だよ」

近隣の警察官:後日被調査者の祖父であったことが判明(1999年に故人となる)

 

――――――――――――――――――

 

1999年11月6日 [DRESSの基地]:

 

頬にあたるコンクリートのざらつく感触に気が付き、スミレは目を覚ました……

目を覚ましたはずだ。しかし、目を開けても何も見えない。

当然だ。周囲は墨を流したような真の暗闇で、自分の手足さえ欠片も見えないのだから。

スミレは当惑して、耳を澄まして周囲の気配を探った。昔の記憶がふっと蘇る。確か8年前、ドレスの研究所が崩壊した時の鍾乳洞も、同じくらい暗かったような気がしたのだ。

 

(ここはどこだろう )

「ミキタカゾ、億泰 」

暗闇の中、スミレは仲間の名を呼んでみた。

だがその声はスミレが思っていたよりも大きく響いた。そしてその音が止んだ時、完全な闇が再びスミレを包んだ。完全な暗黒、完全な静寂……時間感覚も、スミレは自分が誰なのかも忘れてしまいそうな程の、『完全な孤独』の中にいた。

 

(いくらミキタカゾと億泰を呼んでも一切返事がない。どういうこと?)

しばらくして、ようやくスミレは何が起こったのか、自分が森の中で襲撃者と遭遇してさらわれた事を思い出した。

そう、億泰とミキタカゾ、そしてスミレは森の中にあった廃墟の近くで、DRESSを名乗る二人のスタンド使いの襲撃者と戦ったのだ。

DRESS……スミレ達の人生を狂わせたその忌まわしき組織、そして恐るべき生物兵器:バオー……

スミレは昔、自分をDRESSから救ってっくれた少年、橋沢育朗の事を思い出した。彼……育朗も、DRESSにバオーとして体を改造されていた。

だが彼はその強力な力で、自分を助けてくれた……自分自身を犠牲にしてまで。

 

億泰とミキタカゾ、二人とも無事だろうか。

スミレは、育朗の探索に二人を誘ったことを、実は激しく後悔していた。

もともとあの二人は、ドレスとは縁もゆかりもないのだ。もし、スミレが声をかけなかったら、今頃は二人とも杜王町で、いつも道理の平穏な日々を過ごしていたはずだ。

あの二人を、育朗のような目に合わせてはいけないのだ。

 

(お願い……二人とも無事でいてちょうだい……)

スミレは心から二人の無事を願った。

……そして、もう少しで育朗に会えたことを、思い出した。思わず悔しくて、思いっきり拳を床に叩きつけるッ 手加減抜きで叩きつけた手は、まるで骨折でもしたかと思うくらい、激しく、傷んだ。

 

だがその痛みが、『完全な孤独と後悔』に飲み込まれそうになっていたスミレの気力を、再びよみがえらせた。

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

「そうよ、もうあの時とは違うわ……もう何もできずにつかまっているだけの私じゃあないのよ……何があっても、ここから脱出して見せるッ」

真暗の中、スミレはあちこち手探りをしながら立ち上がった。そして、自分のスタンド、ウィスパー・イン・ザ・ダーク(WitD)を出現させた。

 

WitDが、つまりスミレのスタンドは、額から飛び出すとクルリとスミレの周囲を一蹴した。

黒い蝶のビジョンを持つスタンドが、ぼんやりとあたりを照らしながら部屋の中を飛びまわる。

周囲は真の闇に覆われており、スミレの裸眼では何も見えなかった。だがスタンドの視界を通せば、暗闇でも、周囲の様子が手に取るようにわかるのだ。

 

WitDによる探索の結果、ここは、完全にコンクリートで覆われた、窓ひとつない密室であることも分かった。

ドアらしき壁の切れ目はある。だが部屋の内側には、ドアノブもなく、どんなに押してもピクリともしなかった。

やっとの事で探し出した通風孔も小さく、スミレがその中に入って部屋から脱出する役には、たたなそうだ。

 

つまり、ここは完全な密室だった。

 

しかし、あきらめるわけには、いかなかった。

スミレは、自分を奮い立たせた。

自分は、もう無力だった9歳のころと同じではないのだ。

ただ育朗が助けてくれるのを待っていた、あの時のようには、できない。スミレは、ミキタカゾと億泰君、そして多分、育朗に助けてもらうまで、ただ待っているつもりはなかった。

それに、もし自分のせいでまたしても育朗が……そしてあの二人が、無謀な戦いを強いられることになったらたまらない。

もし戦いの結果、取り返しのつかない事が起こってしまったら……スミレはそう思うと、じっと助けを待つことなど出来なかった。

 

むしろ、自分があの三人を助けるのだ。

 

自分には、それだけの力があるはずだ。

六助爺さんと圭婆さんのところで過ごした8年間を、思い出せ。

幼少のころ、スミレが可能な限りマタギの六助爺さんの狩りに同行していたのは、いつか育朗と再会し、サバイバルの日々に戻ったときに備えるため……だったハズだ。

 

六助爺さんは、そんなスミレの思いを分かったうえで、それでも後継ぎができたと喜んでくれたのだ。そして辛抱強く、スミレに自分のマタギの技すべてを教えこむ努力をしてくれたのだ。

 

だから、今のスミレは、昔と比べられ無いほどたくましく成長した……ハズだ。

例えばマッチ一本で、森の中で火をおこすことが出来る。そればかりか、狩りをしたり、山にあるものを食べたりして、1人でひと月以上を生き抜くことも出来るだろう。

ツキノワグマと一対一で正対しても、猟銃の一発で撃ち殺すことができる自信さえ、ある。

 

だから、出来るハズ。

 

スミレは目を閉じ、WitDの操作に意識を集中させた。そして、その能力で壁の向こうを、未来を、探り始めた。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月6日 [M県K市名もなき高原]:

 

「くそぉ……救えなかったぜ〰〰」

夕暮れ時、意に反して、デビットとヨーコ・ゾンビを倒したショックから立ち直れず、仗助は1人、キャンプの隅でがっくりと肩を落としていた。

 

そんな仗助を見ていられず、早人がココアを差し入れてくれた。

「仗助さん……ヨーコさんの事は仕方ないよ」

 

「おー」

仗助は、ココアを受け取りながらも、心ここに非ずといった風にぼうっとしていた。

 

「仗助さんがいなかったら、僕等は全滅していたよ」

 

「おー」

 

「みんな、仗助さんを頼りにしているんだよ。感謝もしてる」

 

「おー」

 

「……」

 

「お〰〰」

 

「…………所で…………仗助さんはアンジェラの事が好きなの?」

 

「お〰〰いやッ早人、おめー何を言っているんだッ」

ぼーっとしていた仗助は、早人の言葉にあわてて手を振った。

「お前、ホントに油断も隙もネーな」

 

「……ねぇ仗助さん、聞いてほしいことが、あるんだ」

早人が、真剣な口調で言った。

 

その口調に、仗助も態度を改めた。仗助は、早人の正面で足を組んで胡坐をかいた。顔の高さをも早人に合わせ、仗助は、正面からまっすぐ早人に向き合った。

「なんだよ?」

 

「明日の朝、本当に助けが来ると思う?」

早人は、不安そうに尋ねた。

 

「あったりめーだぜ。俺たちは、全員安全な杜王町に脱出する」

ニカっと、仗助はわらい、早人の肩をたたいた。

「きっと明日の昼過ぎには、お前は、母さんと一緒に昼飯を食ってると、俺は思うぜェェ」

 

「でも……ねぇ仗助さん、本当にいいのかな。本当に僕たちが、ここから逃げちゃっても」

早人は、顔を引き締めた。

「あのゾンビたちは、人を食べてゾンビに変えちゃうんでしょ………じゃあ、もしこのままほっておいたら、ゾンビ映画みたいに、この世がゾンビだらけになっちゃうんじゃあないかって、僕は心配なんだ」

 

「もちろんゾンビ共に、そんな事を許す訳にはいかねーすよ。だからゾンビどもは、ここで全滅させなきゃなんねー」

 

「やっぱり、仗助さんもそう思うでしょ。だったら、僕たちだけ逃げるわけにはいかないよ」

 

勢い込む早人の肩を、仗助がポンとたたいた。

「……早人よぉ、おめーが一番にやらなきゃいけないのは、自分の母さんを守る事だ。違うか」

 

「……もちろんだよ」

 

「じゃあ、お前は母さんのそばにいてやれ。それがお前が一番にやるべき事っすよ」

 

「でも、もしゾンビが近くの町や……杜王町まで来たら、大変なことになるよ」

 

「もちろんそんなことはさせねーっすよ。この仗助君が」

任せとけ と、仗助は胸をはった。

 

「……じゃあ、もしかして、仗助さんは僕たちと一緒に逃げないで、ここに残るっていうの」

早人は、泣きそうな顔になった。

 

「おぉ〰〰〰っ。ヤッパリそれは、俺がやらなきゃならない事だと思うんスよ」

仗助は、ニカッと歯を見せた。

 

「じゃあ、やっぱり僕も残るよ。仗助さんだけを残しておけないよ」

早人は、仗助にしがみついた。

 

仗助は、優しく早人の手をはずし、早人の両肩をグっとつかんだ。中腰になり、再び視線を合わせる。

「違うぜ早人ォ〰〰さっきも言ったがよぉ――、お前の仕事は、おふくろさんを守る事だぜぇ〰〰それに、お前には大事な頼みがあるッスよ。……杜王町に帰ったら、億泰や康一にこの件を話してくれないっすか?俺がこっちで戦っている間に、近隣の村や杜王町にゾンビが入り込むのを、アイツらに防いでもらわなきゃならね――」

 

「でも……」

 

「早人、頼む。お前や俺のお袋達を守ってくれ」

仗助が、手を合わせた。

「お前だけが頼りだ」

 

仗助に、いつまでも頭を下げさせたくない。早人は、不承不承うなずいた。

「……わかりました。……でも、仗助さん、気を付けてよ」

 

任せておけ。仗助は早人と固い握手をかわした。

 

     ◆◆

 

翌朝未明、キャンプの救援にSW財団から派遣されたという男たちの姿を見て、仗助と早人は目を丸くした。

「グレート……お前たち、億泰、噴上、それに未起隆じゃねーっすか。お前ら、何やってんだ。どうしてこんな所にいる?」

 

「仗助~~お前こそ、どうしてここに居るんだ……しかも、早人の奴もいっしょかよ」

億泰が、ニヤッとしながら、答えた。

 

「それにゃあ深いわけがあるんだが…………!?……ちょっと待てェお前たち……ひでぇー怪我をしてるじゃねーッスか!今直してやるッスよ」

仗助は笑みを引っ込めた。億泰も、未起隆も、そして噴上も、全身傷だらけなのだ。

仗助はスタンド:クレイジー・ダイヤモンドを出現させ、順番に三人に触れていった……すると、三人の怪我は、一瞬にして『治った』。

 

その様子を、ポルナレフとホル・ホースが興味深げに見ていた。

 

「ずいぶん、パワーがありそうだな……俺の知っている『アイツ等』のスタンドに似てやがる……」

 

「そうか、あれが噂の『治す』スタンドか……助かったぜ」

ポルナレフが、仗助に話しかけた。

「君は、この三人の知り合いかい?」

 

「そうです、ところで事情はよくわかりませんが、アンタ達がこの三人を助けてくれたんスか」

仗助は、ありがとうございました。 と、ポルナレフとホル・ホースに頭を下げ、自分の名前を名乗った。

 

「そうか、君が東方仗助クン……ジョースターさんの……お子さんかぁ」

ポルナレフは、仗助をまぶしそうに見た。そして、手を差し伸べた。

「俺の名はジャン・ピエール・ポルナレフ……ショースターさんや承太郎とは、あ――……昔の旅仲間って奴だ。ヨロシクな」

 

「ハァ……初めまして……東方仗助ッス」

仗助は、ぺコリと頭を下げた。



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東方仗助と橋沢育朗 その2

そこへ、アリッサが顔を出した。

「貴方たちが、ポルナレフさんとホル・ホースさんですね……SW財団からの『救援』として、助けに来て下さって、ありがとうございます……」

口では礼を言いながらも、 アリッサの口調からは落胆の色が隠せなかった。

「私は、SW財団がヘリか何か、ここから脱出するための『手段』を送ってくれる事を、期待していたのですが……」

 

「ベイビー、お前の落胆は良くわかるぜぇ」

ホル・ホースが、アリッサの手を取った。

「しかし安心しな。俺が来たからには、もう何も恐れることはないぜ。ヒヒヒィ……」

 

「そうなのでしょう……アナタがたほどの腕前なら、ゾンビ等など恐れないのでしょうね」

アリッサは、さりげなく腰に手を回そうとするホル・ホースから脱出した。腕を組み、ポルナレフとホル・ホースをニラミみつける。

「でも、我々はほとんどが非戦闘員なの。 失礼だけど、あなた達だけでここに居る学生たちと、SW財団の非戦闘員全員を守りきれるとは、思えないわ」

 

「レディ、あんたの懸念はもっともだ」

いつの間にか、ちゃっかりシンディと話していたポルナレフが、今度はホル・ホースとアリッサとの会話に、割り込んだ。

「正直な所、俺たちは、『たまたま別件でこの近くで仕事をしていた』のさ。ここには、近いから当座の救援としてやって来たッツ――訳よ。だから今頃は、俺たちとは別に、SW財団からの援護部隊が手配されているはずだぜ」

 

「そうだぜ、ベイビー……だがアンタはラッキーだぜ。俺と相棒のコンビは無敵だからよォ。……安心しな。それに……このコーコーセイの相棒達も、かなりやるぜぇー」

 

そうですか

アリッサは力なくいった。うなだれながらも軽くバックステップして、今度は、ポルナレフが手をつなごうとするのをかわした。

「つまり我々は、もうしばらくここで耐えなくてはいけない、と言う事ですね」

 

「残念だがそうだ……だが、これで働きづめだった二人のスタンド使いが、ようやく休息をとれるっつー訳だ。戦力も増強された。俺たちが来たことで、状況はぐんと良くなったと、俺は思うぜ」

ポルナレフが言った。

 

「……もちろんおっしゃる通りです。助けていただいて、ありがとうございます」

アリッサが、頭を下げた。

 

と、突然、アンジェラが、ポルナレフの目の前ににゅっと顔を出した。

「あ……あの、あなたJ・P・ポルナレフさんですね、お話は師匠から聞いていましたッ。ジョセフ師匠と共に旅したほど凄腕のスタンド使いの、ポルナレフさんが来ていただけるなんて、光栄ですぅ。夢みたいですぅ。……あっ……スミマセン!私、アンジェラと言います。ジョセフ師匠から……」

 

「おっおい……」

『頭と下半身がはっきり分離している性格』のはずのポルナレフが、突然のアンジェラの早口に、目を白黒させた。

「御嬢さん、初めまして……」

 

アンジェラのおしゃべりは、止まらない。

「もしよかったら、師匠との旅の話を聞かせてくれませんか……あっ、実は私もスタンド使いなんですぅ〰〰〰ポルナレフさんは、スタンドの操作方法を修行されたんですよね、いったいどんな修行をされたんですかぁ?実は私は、波紋も修行しているんです。だから、どんな修行が効果あるのかちょっと教えてほしいんですけど……もちろん、ポルナレフさんが良かったらですけどォ………私のスタンドはお見せします、かわいい子なんですよ。能力は………」

アンジェラの口調は、どんどん早くなって行く。ポルナレフにしてみれば、まるで、『至近距離からマシンガンを撃ちまくられている』ようだ。

結局アンジェラは、マシンガントークにぽかんとしているポルナレフを押し出すようにして、キャンプの隅へ引っ張り、連れて行ってしまった。

 

その様子を見て、ヒヒヒッとホル・ホースが笑った。

 

アリッサは、深く、深く、ため息をついた。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月7日 [とある廃墟]:

その出で立ちからは、生真面目さと、優しさが感じられる。

 

「駄目だ……行かせないよ」

その日の深夜。

マキシムとネリビルの前に、育朗が立ちはだかった。

そこは、隠れ家としていた古い廃墟の、出口であった。

 

外は、月ひとつない漆黒の闇だ。

人工の明かりも、全くない。空を見れば、きっと天の川が良く見えているのが、わかったはずだ。

だが、育朗も、マキシムとネリビルも、まったく空を見上げることはなかった。

空を仰ぎ見る代わりに、三人は睨み合っていた。

 

育朗が、マキシムとネリビルを見つけたのは、二人が、こっそり仗助達のいるキャンプに攻撃をしかけようとしていた姿であった。二人は、口うるさい育朗が寝入った?隙に、こっそりと行こうとしたのだ。

 

「あら?あなた何を言ってるのかしら?誤解してない?」

私たちは二人で、ただ外に月を見に行くだけよ。

 

マキシムの下手な言い訳を、育朗は冷たい目で睨みつけた。

「彼等の所には行かせないよ……君たちは約束したはずだぞ、彼等には手を出さないと……スミレに逢わせると……あの時君たちは、僕に嘘をついたのかッ」

 

今すぐ引き返せ、さもないと……と険しい顔で迫る育朗を、二人は能面のような無表情で見ていた。

 

「悪いけど、あなたを、そして『われらの組織についてあそこまで知っている人間』達を、野放しにするわけにはいかないの」

マキシムが言った。

 

「それにねェ……我々は、彼らのせいで、『ニンゲン』をやめなければならなくなったわけ……もう太陽を見ることは出来ない……それがどれだけ悲しいことか、わかる?私たちは落とし前もつけないわけには、いかないのよ」

わかるでしょ? ネリビルが、自分の義手を眺めながら言った。

「アンタも、彼等の事なんて、気にする必要ないわよ。元々あんな人間はいなかったってね。忘れてしまえばいいわ」

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「忘れちゃえばいいのよ……私たちと敵対するなって、バカな考えはやめなさい」

 

「育朗くん……君はスミレに会いたいんでしょ……ちょっとだけ我慢すれば、すぐに会えるわよ……アナタが『ニンゲン』を止めて、私たちのお願い通りに行動してくれれば……の話だけど」

 

だから、そこをどいて。 ネリビルが、育朗の横を通り抜けようとした。

 

そのネリビルの義手を、育朗がつかんだ。

「待てって……言ったろ」

まるで別人の様な、ドライアイスのように冷たく、硬い口調で、育朗が囁いた。

 

「……あんた、本気ィ?」

ネリビルの目が、酷薄に光った。ちょっとお灸をすえてあげる必要があるわ。

ネリビルはゾンビの怪力を利用して、育朗の手を振り払おうとした。

 

だが、育朗の手はゾンビの怪力をもおさえ込み、逆にネリビルを一歩も歩けないようにしていた。育朗の目が、漆黒の色をおびて、光る。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「今更そんなことで、僕を脅したって無駄さ……だめだよ、僕たちを助けてくれようとした人たちを踏み台にして、僕だけが『チョッピリ長く』生きたって仕方ないじゃあないかッ!」

どうせ、先が決まった命なんだ。

育朗の目が、もの騒がせな光を帯びた。

 

「そう……ならアンタは、望み通りにサッサと死になさいッッ」

マキシムが、手につけたスライム:イエロー・テンパランスを投げつけた。 

黄色いアメーバ―のようなスタンドが、育朗の肉を喰らおうと飛んでくるっ!

 

「させないッ!」

育朗は、とっさに腕を交差させて、ジャンプした。

空中で、育朗は心身宙返りのように宙に舞い、マキシムの投げつけたイエロー・テンパランスの塊を避けた。

しかも、育朗の体は空中にいる間にも、見る見ると一回り大きくなっていった。

育朗は、バオーに変身しているのだ。

 

「ハッ……殺せはしないわよ。アロマ・バットッ!」

ネリビルのスタンド、カントリー・グラマーが金切り声をあげた。

その金切り声が、空中の蝙蝠を呼び寄せた。

蝙蝠達は、ネリビルの指令に従い、育朗にむかって飛びかかったッ。

 

グラリ

 

「バルルルッ」

無事に着地したバオー=育朗は、石を拾い上げて、アロマ・バットに投げつけた。

狙い過たず、石は、何体かのアロマ・バットを撃ち落とした。

 

残ったアロマ・バットは、キィキィと興奮しながら、バオーに向かって口を開いた。

……すると不思議なことに、何のダメージも受けていないハズのバオーが、膝をついた。

 

効いたみたいね。ネリビルが、満足げに言った。

「アロマ・バットの放つ芳香は、バオーの感覚器を狂わせるの……これでもう、あんたは手も足も出ないでしょ」

 

「バルッッ」

しかし、バオーはすぐさま跳ね起きた。

そして、まるで猿のように四足で木々を飛び回り、空中にいるアロマ・バットを難なく切り刻んでいく。

 

「えっ……嘘でしょ?」

ネリビルが、右手を口にくわえた。

 

『効かないよ……たとえバオーが感覚を狂わせられても、僕がバオーの眼になればいい』

育朗のブラック・ナイトが、バオーの胸から顔を出し、言った。

バオーは、着地後の隙を狙ってきたイエロー・テンパランスの攻撃も、横っ飛びでかわすッ!!

 

「早いわッ!捕まえきれない……」

 

『覚悟っ!』

 

「やるわね……」

ネリビルが笑った。

「でも私が操っていたのは、アロマ・バットだけじゃあないのよ。ようやく『囲み』終わったわ、あんた……対抗できるかしらね」

ネリビルは、再びカントリー・グラマーを出現させた。

 

カントリー・グラマーは、まるで断殺魔の声のような叫びを、あたりに響き渡らせた。

 

ザワザワ……バオーは、自分が『悪意の匂い』に囲まれているのを感じ、身構えた。

 

ザワザワ……

 

『こッ……これは』

育朗の顔が、『嫌悪』にゆがむ。

いつの間にか、バオーの周囲は、蠢く黒い『海』が覆い尽くしていた。

否、それは『海』ではないッ

ネズミだッ!

周囲を覆いつくす何千匹ものネズミが、バオーに一斉におそいかかるッ

 

「ハハハハハ」

ネリビルがあざ笑った。

「スゴイでしょ……小さくても、幾千もの爪よ、歯よ、かじり取られておしまいッ。アマゾン川でピラニアに襲われた牛みたいに、骨になるまで齧られてしまうといいわァ」

 

ネズミたちが、バオーの肌にその小さな爪を、歯を、突き立てるッ!

一つ一つの攻撃は、小さい。だが、その小さな攻撃が幾千にも重なり合えば、それはものすごい破壊力を秘めている。

 

「バルバルバルバルバルバルバルッ!」

バオーが吠え、戦う。

牙爪でッ 蹴りでッ そしてシューティングビースス・スティンガーで……

バオーは、どんどんネズミを打ち払っていった。

打ち払えば、すぐに次のネズミが取りつくッ!

だが、バオーはひるむことなく戦い続けた。そしてついに、バオーの激しい攻撃により、いつしかバオーの周りだけ、ぽっかりとネズミのいない空間ができあがっていた。

 

ネリビルは、始めのうちこそ笑いながら、ネズミとバオーの戦いを見ていた。

だがいつの間にか、その笑みが止まった。戦いは、徐々に『バオー有利』に傾いていたのだ。

いったん有利になると、後はもうひたすら戦い続けるだけだ。

 

いつしかネリビルは、バオーの一方的な戦いにあんぐりと口を開け、恐怖に身を震わせていた。

「ちょっと……嘘でしょ?これだけのネズミを相手にしているのよ」 

なんて戦闘力、とネリビルは畏怖したかのように、言った。

 

一方、バオーは休むことなく動き回り、その牙爪を振り回していた。

「バルバルバッバッバッッ!」

バオーの牙爪は、まるで海を切り開くモーゼのように、押し寄せるネズミの大群を切り裂き続けるッ

だが、どれほど戦っても、多勢に無勢では勝てない。

 

「キャワワワワッ」

ついに一匹のネズミが、バオーの攻撃をかいくぐって、バオーの足に、深く、深く噛みつく事に成功した。 その肌から、青黒い 寄生虫バオーの体液があふれた。

それを契機に、もう一匹、もう一匹 と、ネズミたちが集まってきた。そして瞬く間に、ネズミがバオーを覆い尽くしていく。

 

「バルバルバルバルッ」

バオーは、あっという間にネズミにまとわりつかれ、すぐに頭までネズミに覆われた。

それでもしばらくは、バオーの手だけがかろうじてネズミの山から飛び出ていた。

だが、すぐにその手も、山に覆われ、見えなくなった。

 

「キャハハッ……そうよねぇ、いつまでも抵抗できるわけがないのよ」

ネリビルが、少しほっとしたようにはしゃいだ。

「ネズミどもッ、今度こそバオーを食べ尽くすのよ!」

 

キワァーッと言う、ネズミ達が興奮してあげる声が響いた。

 

「ちょっと……何考えてんのよッ!あの男、ネズミなんかにあげるにゃもったいないわよ」

マキシムが言った。

「あのイケメンの血……美味しそうじゃあない?」

 

「何言ってるのアンタ。チャンスに手を緩められるほど、オリジナル・バオーは甘い相手じゃあないでしょ」

やれるときにとことんやるのよ。と、ネリビルが目を向いた。

 

だが……

 

グチャヤアアアアッ!

 

突然、バオーを覆っていたネズミの山が、『溶解』した。

『溶解』したネズミの山が盛り上がり、そして

 

ヌポゥウウッ

 

『溶解した肉』から、手が生えた。

その手が交差し、ネズミの山を引き裂いた。その山から、悠然とバオーが現れる。

 

「ヴォォォム!」

溶けたネズミの山の上で、バオーが咆哮を上げた。

その様は、餓えきった野生の捕食獣に酷似していた。

 

育朗=バオーが着ていた服は、あちこちネズミに噛まれ、ボロボロに千切れていた。

しかし、肌には傷一つついていない。 ネズミの歯では、バオーの硬質化された肌を食い破ることは、できないのだッ!

 

「……やんなっちゃう……あなた、もしかしてかすり傷一つ付いてないって、ワケぇ」

ネリビルが、肩をすくめた。

 

「ちょっと……どうするのよ。あのコ、予想以上の規格外っぷりじゃあない」

マキシムが、ネリビルの背中を蹴った。

 

「まだまだ手はあるわよ」

ネリビルはうなった。

「マキシム、あんたちょっと時間を稼いでなッ」

 

「なっ……」

マキシムは一瞬怒りで顔を青ざめ――そしてすぐに、『ひどく冷静な顔』でうなずいた。

「フン……わかった。私がやるわ……あんたは、しばらく引っ込んでなさい。むしろ、あんたが来る前に片づけてやるわ……」

マキシムはスタンドで自分の体を覆った。その能力で、着ていた上着を、自ら溶かす。

すると……上着の下から、『全身を覆うブルーラバーのボディスーツ』 が現れた。

マキシムは、背中に垂れ下がっていたフードを被り、ジッパーを降ろし、ゴーグルをはめた。

所謂ド級の、ボンデージファッションだ。

 

「マキシム……あんたゾンビのくせに変態?そういう性癖だったわけぇ?」

その様子を見て、ネリビルが、呆れ気味に言った。

「アンタみたいな変態を相手にしなきゃならないなんて、育朗君もかわいそうねぇ」

 

「アハハハハ……」

マキシムは、乾いた笑い声を上げた。

「セクシーでしょ……これが私のプロテクターよ。これで私は完ぺきなの、何とでも、好きに言うがいいわ」

 

再び出現したイエロー・テンパランスが、マキシムのボディ・スーツの上に覆いかぶさる。

 

「ガガガガガガァ!」

マキシムは、奇体な雄叫びを上げながらバオーを襲うッ!

「バオーッ!私(ゾンビ)のフルパワーを、受け止められるかしらぁ?」

メギョォオンッ

 

マキシムは、野球ボール大のイエロー・テンパランスの固まりを作ると、バオー目がけて投げつけたッ

 

しかしバオーは、その攻撃を簡単にさけた。

「バルッ」 

 

「そう……当然あんたは避ける。……でも、ほんのチョッピリ体勢がくずれたわよ」

 

バオーがスライムをよけた所を、素早く踏み込んだマキシムのパンチがおそうッ。

 

「そして……体勢がくずれたあんたは、私のパンチをブロックするしかない……全てが予定通りだわ」

 

マキシムの言葉通り、たまらずバオーがパンチを受け止めた。

 

そして次の瞬間、マキシムを覆っていたイエロー・テンパランスが バオーに降りかかった。

イエロー・テンパランスが、バオーの体を浸食していく。

 

「だから、この攻撃が本命ってわけぇ」

マキシムが、クククっと嗤った。

 

『馬鹿な……僕の体が、スライムに喰われていく……』

育朗が、焦ったように言った。

 

「ホントは、直接あんたの体を喰い千切りたいけどぉ……スタンドごしで我慢するわぁ…………降参しなさい」

そうすれば腕一本くらいで、許してあげる。

マキシムは、上唇を舐めた。

 

しかし、マキシムの提案を、育朗は一蹴した。

『僕はどんな事があってもスミレを守るッ!……噴上君達もだ……』

育朗の言葉とともに、バオーの体を構成する細胞が、微弱な電流を発生させ始めた。

バオーの一つ一つの細胞が生んだ電気は、体内を駆け巡り、互いに混ざり合い、強力な電気を放電するッ!。

 

グォ――ン!

 

バオーの体から発せられた電気が、イエロー・テンパランスを焼くッ

マキシムは。電気ショックで一瞬体を硬直させた。

だがマキシムは、全身から煙をたなびかせながらも、まるで何事もなかった様に立ち上がり、再びバオーに組みついた。

 

「アハハハハ……我慢比べよ。楽しいッ」

煙を吐きながらも、焼け残ったスライムがバオーを再び覆うッ

 

『くっ……もう一度だ……ブレイク・ダーク・サンダー!』

 

グォ―――ン!

 

「アハハハハ」

 

グォ――ン!

 

『もう一度だ!』

 

グォオオオオ――ン!

 

「アハハハハァ」

 

『これでどうだ!』

 

グウォォオオオオ――――――ン!!

 

「アッハハハハハハッ」

何度電撃を喰らっても、マキシムは恍惚の表情を浮かべ続けていた。

だがその一方で、マキシムのゴーグルの隙間から、血が吹き出始めていた。

噴き出た血は、ブルーのラバースーツの上にかかり、まるで血の涙を流しているようにも、見えた。

 

(ううっ……マズイッ……ブレイク・ダーク・サンダーは一発撃つ度に激しく体力を消耗する……ラバースーツのせいで電撃の効果も弱い。しかも相手はゾンビ……我慢比べは此方の分が悪い、このままでは僕の体が徐々に喰われてしまう……ならば……)

「バルンッ!」

バオーはゾンビの怪力をものともせず、マキシムを押さえつけた。……そして、なんと……メルテッディン・パルム・フェノメノンの強酸液を、一気に噴出させたッ!!

 

『グウゥッ!』

跳ね返った強酸液をかぶったバオーの皮膚が、煙を上げていく。

 

「アアアアアッッ!イータァイィ!!」

一方、まともに強酸液をあびたマキシムは、絶叫を上げながらのたうちまわる。

「イイ、イイイイィッ!」

バオーにより、身に着けていたボディスーツがドロドロに溶け、ところどころ素肌と一体化している。スタンドである、イエロー・テンパランスさえも溶かされているのだ。

一体化していない皮膚は、グズグズにただれ、皮膚の下の赤い肉がむき出しになっている。

 

その様子を見て、ネリビルが楽しそうに嗤いだした。

「フフフ。マキシム、よかったわねぇ~あなた、肌がすっかり溶けて……きれいになったじゃあない」

スベスベよ、とネリビルが笑った。

「……アンタよくやったわ。これであの子を呼ぶのに必要な時間が、稼げたわ」

 

「ぎやあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

ネリビルは、足元でのたうちまわっているマキシムを、容赦なく踏みつけた。

 

笑うネリビルの隣に、2体のクリーチャーがヌッと現れた。

一体は巨大なマンドリル・マーチン!そしてもう一匹は……

 

「ちょっと遅れちゃったけど、あなたのお友達が来たわ……紹介するわね……彼が、モディレイテッド・バオー……レッド・ヘルムよッ!」

ネリビルが、高らかに言った。

 

現れたのは、通常の大きさ3倍近い、巨大なヒグマだ!

熊はネリビルの命令により、その体に眠る寄生虫バオーを目覚めさせた。アームド・フェノメノンを発現させ、その姿かたちを変身させる。

ただでさえ巨大なヒグマが、モディレイテッド・バオーの影響でさらに巨大化していく……

 

「フフフ……オリジナル・バオー対モディレイテッド・バオー……一体、どちらが勝つのかしらねぇ」

楽しみだわ? ネリビルが、楽しそうに言った。



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東方仗助と橋沢育朗 その3

1999年11月7日 [M県K市名もなき高原]:

 

杜王町の高校生達は、キャンプ場から少し離れた空き地に集まっていた。それぞれに激しい戦いをくぐり抜け、久しぶりに出会った彼らは……

 

「ぎゃはははは、お前マジかよ」

 

「ひー腹がいてえ……イッイヤ、グレートだぜ」

 

「ナヌッ……」

 

「億泰さん……これで良いんですよ……そう思えば、どうって事無いんです」

 

「よぉー……そこのコーヒー、取ってくれよ〰〰」

 

 ……ただ だべっていた。

 

「仗助よぉ~~。俺ぁ、嬉しかったんだぜぇ~」

飲み干した缶コーヒーを真っ平らに踏み潰しながら、億泰がこぼした。

 

「お―――ッ……わかるぜぇ、億泰ゥ〰〰。そりゃぁ、うれしいよなァ――」

仗助は、腕組みをしてウンウンと、うなずいた。

「そんな美人が話しかけてくれりゃあ、誰だってうれしいよ」

 

「そうだろう、俺達は頑張ったんだぜ~」

 

「ええ、億泰さんは大活躍でしたよ」

未起隆は、至極マジメにうなずいた。

「億泰さんが体を張ってくれなければ、僕らは助かりませんでした」

 

「チッ」

噴上は、不満げに舌打ちした。

「そうは言っても、お前達、育朗のスケを助けられなかったじゃねーかョ」

 

「ナヌ?」

 

「大体、何を勘違いしてやがったんだ」

噴上は鼻で笑った。

「スミレは育朗のスケで、おめ〰〰のスケじゃねーだろうが、この色ボケ野郎……鏡を見ろっんだ」

 

「よせよ。そりゃー言い過ぎっても……」

 

ドガッ

 

あわてた仗助がとりなす前に、億泰は噴上を殴りつけた。

「あぁああん?偉そうな口をきいてんじゃね~ぞ、僕チンよ~~泣かすぞォ?」

 

「ああぁ〰〰?おめーみてーな阿呆が何言ってんだ」

みぞおちに一発入れられた噴上は、痛ぇな……とむせながら億泰に詰めよった。

 

億泰と噴上はにらみ合った。……が、突然、億泰はがっくりと肩を落として、しゃがみ込んだ。

 

「そぉだよなぁああ」

億泰はなげいた。

「スミレ先輩は、捕まっちまった……だから俺らぁ、どうすればいいかわからね~~よ……俺はただ、目の前の奴らとやりあっただけだ。未起隆が頑張ってくれなけりゃ、俺達も、奴らにつかまってたろ~しよぉ」

 

「おぅー……しかし、しかたねーぜ。俺たち全員、グレートにヘビーな状況だったんだからよォー」

仗助は、さりげなく億泰と噴上の間に入った。

「聞いた話じゃあ、かなりヤバい能力のスタンド使いとやりあったんじゃねーか。……お前たちじゃなきゃ、対抗できなかったと、俺は思うぜ」

 

「おお……だが、スミレ先輩を助け出さなきゃならねぇ……」

 

こんな時、アニキならどうすんだろうなぁ~

ぼそっと口にされた億泰の言葉を、仗助達は皆、聞こえなかったフリをした。

 

「今、私の仲間も宇宙から探しているのですが……」

未起隆が、真剣に言った。

「どうしてもスミレ先輩が、見つからないんです」

 

「……仗助、どうやってこの状況に落とし前をつけるつもりだよ」

噴上が尋ねた。

「この状況、ヤバすぎるぜ……爆弾使いのスタンド使いに、ゾンビ……しかも育朗の奴までドレスの連中についちまったかもしれねー」

 

「そりゃあ―グレートな状況ッスね……それで、その育朗クンってどんな奴っスか」

 

「優等生クンだよ、仗助……俺やお前とは、人種が違う野郎だ……真面目で、誠実、イケメンって奴だしよォ~」

ダチになるようなやつじゃねぇ……億泰は、鼻息荒くいった。

「……だが、奴は強ぇえぞ。あの『バオー』ってのはヤバい能力だぜぇ~~」

 

「僕達も見ました、育朗さんが変身した『バオー』が、敵を掴むところを。……『バオー』がその手で、ただ掴んだだけで、その掴んだものがドロドロに溶けてしまいました。……それに『バオー』が、体から電撃を放って敵を黒こげにしたのも、確かに見ました」

未起隆はブルッと体を震わせ、あんな人は宇宙のどこにもいなかった と付け足した。

 

「グレートォ……」

『変身』するのかよ、仮面ライダーみてぇだな。仗助が、真剣な顔で腕を組んだ。

 

「育朗は、その スミレってスケを追って行っちまった。そのスケの為なら何でもやりそうだったからな……もしかしたら育朗は、スケを人質にとられて、俺たちの敵に回るかもしれネ〰〰ッ」

噴上は顎をかいた。

「ヤバすぎるぜ、育朗と、いや『バオー』と戦うのはよォ……アイツは強えぇ――ッ……しかも、相当気合いが入ってやがる。なんつーか、『スケが助かるんなら自分の事なんてどーでもイイッ』、て思いつめてやがる」

 

「彼は……育朗さんは、ドレスって組織によって、その『バオーに変身する能力』を与えられたって、言っていました。ドレスっていう人たちは、一体何者なんでしょうか?」

今の地球人の技術力でできる事とは、思えませんよ。と未起隆が言った。

 

「俺にゃあわからね~~だが、ドレスの連中は因縁的に、全員俺の敵だぜぇ~」

億泰は、つぶしたコーヒーの缶を、ザ・ハンドでかき消しながら言った。

「あのババァは、オヤジのことを笑いやがった……それは、『俺やアニキの生き方』を嘲笑ったのと、同じことだぜぇ、絶対許さね~~」

 

「お前だけじゃねー。ドレスは俺たち全員の敵だぜ、億泰よぉー」

ところで、爆弾のスタンド使いは、確かに吉良じゃなかったんだな?仗助は、噴上に確認した。

 

「なんっつ――か、……俺が思うに、カギはやっぱり、その育朗って人だと思うッスよ」

仗助が言った。

「その『美人のスミレ先輩』は、きっと無事だぜ。だって、育朗クンを味方にするためにゃあ、スミレ先輩に手を付けるわけにゃあいかね〰〰もんなぁ。……だからよォ――」

 

仗助は、噴上を見た。

「噴上裕也、まずはおめーだぜェ。おめーが育朗クンを探せ……その間に、俺たちは、早人達を安全な場所に連れてかなきゃならねー」

 

「それで、どうすんだよ」

 

「それから、反撃開始よ〰〰」

仗助は、クレイジー・ダイヤモンドを出現させ、近くの石をぶっ壊した。壊れた石は、クレイジーダイヤモンドの力で、まるで芸術作品のようにひん曲がって再修復された。

「このキャンプをおそって、人を殺したのも奴らの仕業に違いねー。奴らを全員まとめて叩き潰してやるぜ」

 

ボンッ!

 

気がつくと仗助の髪型が崩れていた。まるで、腹の底から湧き出る様な仗助の怒りが、発散されたため、髪が逆立ったかのようだ。

 

「……」

仗助はくしを取出し、細心の注意を払って、丁寧に髪型を整え始めた。

 

ジリリリンッ!

 

そのとき突然、警報がひびきわたった。アリッサが仕掛けた、『ゾンビの侵入を感知するためのトラップ』に、何かが引っかかった音だ。

仗助逹は、顔を見合わせた。

 

「さっそくゾンビがお越しになったぜ……気合い入れろよぉ―――」

それから、絶対ゾンビにかまれるな と、仗助は付け加えた。

「 奴らにかまれたら、自分たちもゾンビになっちまうっすよぉ。そうなっちまったら、俺でも『直せ』ねぇ」

 

「おお……なんだかよくわからね~が、要するに、やられる前に削っちめぇば、いいんだな」

億泰がうなずいた。

 

「……仗助、向うだ。向こうから……肉が腐ったみてーな強烈なニオイを感じるぜ……偵察に行くぜ」

噴上は、 ハイウェイ・スターを出現させ、嫌なニオイの元へ送りこんだ。

ニオイのもとは、キャンプ地すぐ近くの草むらに、大勢潜んでいた。

人間?

だが感じるのは、強烈に腐敗したニオイ、生臭い血のニオイ――ゾンビだッ!

「居やがったぜ!ゾンビだ」

ハイウェイ・スターは体を分裂させ、手近なところにいたゾンビにとりついたッ!

「とりあえず、一体倒しておくぜ。たっぷり養分を吸い取ってやる…………なっ……」

 

グゲゲゲゲッ

 

噴上は、急に込み上げてきた吐気に勝てず、地面に昼飯の残りをぶちまけた。

養分ではなく、『とてつもなくどす黒いもの』が、スタンドを通して送られてきたのだ。それは、『全身が徐々に腐っていく』ような、そんな感覚のモノであった。

 

「ぎゃあああああ!」

ゾンビたちが、一斉にキャンプをおそう。

「晩飯の時間だぜぇ……食事を、血ぃぃぃいいいいいいをよこせぃ!」

 

「噴上さん……」

未起隆が、地面にうずくまっていた噴上に駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

 

「……宇宙人野郎か……お、俺は、大……丈夫だ……」

噴上は、再びスタンドを出した。

ハイウェイ・スターで、近づいてくるゾンビを殴りつけるッ。

 

しかしゾンビは、ハイウェイ・スターの攻撃などものともせず、二人に迫ってくる。

「血ぃぃいいい!血袋ども待ってろぉぉぉ!!」

ゾンビが拳を振り上げ、殴り掛かってきたッ

 

「くそっ」

やむを得ず、噴上はゾンビの攻撃をハイウェイ・スターに受け止めさせた。

しかし、ゾンビの怪力はハイウェイ・スターよりもはるかに強い。

噴上はハイウェイ・スターごと、吹っ飛ばされた。背後にいた未起隆もろとも、地面をゴロゴロと転がる。

「ぐあああああ!」

起き上がった噴上の目の前に、ゾンビの拳が迫るッ

 

「お前の血ィイイ、くれぇええええ!」

 

「うぉおおおおおおおっ!」

だめだ、助からねェ……噴上は、目をつぶった。

 

「おりゃっ!こっちに、こいっ」

間一髪!

噴上と未起隆に止めを刺そうとしたゾンビは、その直前に後方に引っ張られた。億泰のザ・ハンドによって、引き寄せられたのだ。

 

待ち構えていた仗助と億泰が、ゾンビを迎え撃つ。

「さぁて……グレートに……ぶちかますぜッ」

そしてゾンビは、二人のスタンドにボコボコに殴られ……瞬殺された。

 

「……億康ぅ……仗助ぇ」

噴上は、悔しさと安心感とであふれ出た涙を、強引に拭った。

 

「噴上裕也、未起隆、おめぇ逹のスタンドは近距離の戦闘向きじゃねぇ、無理すんなよ」

仗助が言った。

 

「チッ」

噴上は歯噛みし、ヨロヨロと立ち上がった。

 

その噴上めがけ、またしてもゾンビが一体襲い掛かるッ

 

「ゴブッ」

噴上はかろうじて、ハイウェイ・スターでゾンビの一撃を受け止めた。

だが、噴上は再びパワー負けし、再び未起隆の足元まで吹っ飛ばされた。

 

『ドラララッ!』

仗助のクレイジー・ダイヤモンドが、再びゾンビを粉砕した。

 

「ちっ……ちくしょう」

やっぱり、自分には戦えないのか……噴上は、苦い思いをかみしめた。

 

「噴上さん!」

未起隆が、自分の能力、アース・ウィンド・アンド・ファイアーで『二本の金属バット』に変身した。バットは二本とも、噴上の手の中に飛び込んだ。

「武器になりました。これで、奴らを倒してください」

 

「お前、そんなものに変身して、本当に大丈夫なのか?」

噴上が尋ねた。

 

いくら金属バットとは言え、ゾンビの頭を殴れば凹みもするし、下手すれば折れるかもしれない。

そうなったら、本体である未起隆にとっても、ただでは済まないはずだ。

 

「もちろんです。ちょっとぐらい傷づいたって『平気』なんです」

金属バットの一本がしゃべった。

バットの表面から、未起隆のミニュチュア版の小さな顔がのぞいた。

「さあ……遠慮はいりません。僕を使って思いっきりやっちゃってください、仗助さんと億泰さんに任せっきりじゃだめです。僕たちも戦うんです!」

 

「だっ、だがッ……」

参戦をちゅうちょしている噴上を、未起隆は黙って見つめた。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「……わかったぜ〰〰っ。未起隆よォ」

噴上は二本のバットをつかみ、一本は自分、もう一本をハイウェイ・スターに持たせた。

「お前に乗せられてやる……戦うよ、未起隆。……お前を使ってやるぜ。だが……お前も覚悟を決めろよ」

 

「勿論です」

ワタシだって、みんなの役に立たずに、『ただ隠れてる』なんて、できないんです。

未起隆が、真剣な口調で言った。

 

『ウオオオオォオオァ!』

ハイウェイ・スターと噴上は、(未起隆のアース・ウィンド・アンド・ファイヤーが変化した)金属バットを、振り回した。

それぞれの両手でバットをふるい、ゾンビの頭を破壊していく。

 

『このやろう、くたばりやがれ。俺たちに近づくんじゃねー!』

「おおぉぉおおおお!」

ハイウェイ・スターと噴上、それからバットに変身した未起隆は、悲鳴にも似た雄たけびを上げた。

 

「おおっ……あいつ、弱っちいくせに意外と根性出しているじゃね~か」

億泰は、暴れる噴上を見て目を丸くした。

「チョットだけ心配だったかが、未起隆の奴がうまくサポートしてんな」

 

「おー、グレートだぜ……あの分ならあんまり心配いらねーな」

仗助もクレイジー・ダイヤモンドでゾンビを蹴散らしながら、言った。

「億泰、俺達も行くぜ〰〰早人やSW財団の人たちが心配だからよぉ」

 

「お~よ」

億泰が、ゾンビの頭部を削り取った。

「この仗助、億泰コンビの破壊力を、このダボ共に思い知らせてやろ~ぜぇ~~」

 

「もう誰も死なせやしねー。……いいか億泰、俺逹がみんなを守るんだぜ」

仗助が言った。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月8日 [DRESSの基地]:

 

 スタンド(幽波紋)、それは生命エネルギーが作り出すパワーを持った像。それは守護霊のように『傍らに立ち』(Stand by me)、『困難に立ち向かう』(Stand up to)ためのもの。

 

スミレは何度も何度も失敗した挙句、ついにドアの向う側に自らのスタンド:WitDを出現させる事に、成功した。

 

今、スミレの脳裏には、『扉の向こう側に出現させたWitDがパタパタと羽を羽ばたかせて、ゆっくりと扉の反対側を旋回する』はっきりしたイメージが浮かんでいた。それは非常にはっきりしたイメージであり、ただ想像しているときに心に浮かぶイメージとは、明らかに質が異なっていた。

 

今、スミレは思うようにWitDを動かせていた。そして、同時に、WitDはスミレに、未来のビジョンを送り続けていた。

 

『未来のビジョンを見ること』は、スタンドが発言していない、幼少期よりできていた。子供のころには、『心を滑らす』と呼んでいた技だ。

スタンドとは、幼い頃に身につけた『心を滑らす』能力の、さら先にある モノであることを、スミレは理解しつつあった。

億泰とミキタカゾの能力を知り、スタンドの概念を理解したことで発現したWitDは、実は気が付かなかっただけで、スミレが子供のころからずっと傍にいたのだ。

 

「やった……WitDが、扉の向うにドアノブを見つけたわ」

スタンドの操作に集中するために目を閉じていたスミレは、無意識の内に独り言を漏らしていた。

「WitDで回せるかしら……ダメだわ……そもそもノブには鍵がかかってる…… 鍵はどこ……」

スミレは、WitDを操作して鍵を探し始めた。 WitDがスミレの脳裏に送ってきた映像によると、スミレが閉じ込められているのは、どうやらドレスの研究所あとの、一つのようだった。

 

パタパタ……WitDが、蝶が飛んでいく。

WitDが飛ぶ廊下は、薄暗く、がらんとしていて、ほとんど明かりもない状態だった。

 

廊下はL字型に曲がっており、時折ポツン・ポツンと鍵のかかったドアがあった。しかし、それらのドアの奥には、人の気配が一切しなかった。

廊下の奥へ進んでいくと、パスコード付きのドアが見えた。

パスコードを入力するためのコンソールを見て、スミレの心臓が高鳴った。

パスコードならコードを『予知』して、カギを開けることができる。

そうだ……こうやって列車のドアを封じるパスコードを『予知』して、その『扉を開いた』ことによって、スミレは育朗に出会ったのだ。

このパスコードを予知できれば、きっとまた育朗に会える。

 

今度は、私が彼を助けるのだ。

 

さらに何度か集中することで、スミレはWitD越しに『心を滑らせる』事に成功した。

心を滑らせ、パスコードの番号を予知する。このドアを開けることは可能だ。

 

しかし、WitDを使ってパスコードを入力しようとしたまさにその時、WitDがスミレに、とあるビジョンを見せた。

スミレはそのビジョンを見て、息をのんだ。

ドアの向こうに狂暴な怪物が徘徊している姿が、ビジョンとして見えたのだ。

それは、緑色の皮膚‐鱗‐を持った人間を上下に押しつぶしたような怪物であった。

屍生人(ゾンビ)ではなさそうだ。だがスミレは、もし自分がこのドアを開けたら、あっという間にこの怪物に食われてしまう事を察知した。

 

ダメだ。他の部屋を試さなければ。

スミレはがっかりして、WitDに廊下を引き返させようとした。

 

ところがその時、スミレは、WitDを通して誰かの話し声を聞いた。その声は、パスコードの部屋から聞こえるようであった。

(誰?)

スミレは、WitDをドアの空気取り入れ口に止まらせた。空気取り入れ口の小さな隙間からは、とぎれとぎれではあったが、その人物の話す声がかすかに聞こえていた。

パスコードの部屋にいる人物は、どうやら電話越しに誰かと話をしているようだった。

「イェッサー……報告がありました。そうです。モーリンは、やられる前に必要な仕事を終えていました。目指すものはもうすぐ手に入りそうです。ええ、オルダスが対応して……」

ドアの空気取り入れ口から中を除くと、気弱そうな少年が、何か電話のように物を持って話し込んでいるのが、ちらりと見えた。

「ええ……予知の女のスタンドも奪います。もちろんです。手筈は整っています……彼女の力を奪えれば、ボスに抵抗できるものはいません……ええ、わかっています……」

 

話はまだ続いていたが、スミレはぞっとして、WitDをドアから離れさせた。

『予知の女』とは、自分のことに違いなかった。どうするのかは知らないが、誰かが私の『予知』の力を欲している。

狙われているは、育朗だけではなかったのだ。

 

このドアからは逃げられないことがはっきりしたが、WitDを使ってまだやることはあるはずだ。

たとえば、先ほど通り過ぎたいくつかの部屋の中を、調べてみるのもよさそうだ。

 

組織が自分の能力も狙っているのならば、絶対に脱出しなければならない。

自分の能力を奪われ、育朗たちを倒すのにこの力が悪用されるようなことは、あってはいけないのだ。

思いつくことは、できる事は、何でもやってやらなければ……

 

どのドアにも、空気取り入れ口を兼ねた鉄格子付きの小窓が取り付けられていた。 WitDが通り抜けるのに、ちょうど良い大きさだ。WitDは適当に選んだドアの小窓を通り抜け、部屋を一つ、一つ丁寧に調べて回った。

どれも家具ひとつない殺風景な空き部屋だった。しかし3つ目の部屋を調べたところで、スミレは、ついに目指すものを見つけたと、思った。

 

その部屋は物置として使われていたようだった。正体不明の瓶やら、ノートやら、不気味な標本などが、棚いっぱいに並べられていた。

そこに紛れて、小さなクリップの針金がきらりと光っていた。

部屋の窓にも鉄格子がはまっていたが、天井には、空調ダクトの吹き出し口が見える。スミレが入れそうな大きさだ。

 

何とかこの部屋まで行ければ、空調を通って脱出できるかもしれない。

 

と、スタンドを通して見るビジョンが、急激に薄くなり……スミレは、自分が真っ暗闇の中、汗だくで床に倒れていたことを知った。

コンクリートの粒が汗で体にへばりつき、たまらなく不快だった。



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東方仗助と橋沢育朗 その 4

「ふぅっ……スタンドの操作って、想像していていたよりも消耗するのね」

スミレは、一度スタンドをひっこめると、汗を拭き、ホコリをぬぐい、一息ついた。

ほんの数分、スタンド操作に集中していただけなのに、もうくたくただ。

だが、あまりノンビリもしていられない。

 

スミレは、もう一度スタンドを出現させた。目を閉じ、スタンドの操作に集中する……

 

やった……今度は、一度目と違って一発で扉の向こう側にWitDを発現させ、先ほど見つけたクリップまで誘導することができた。ほんの短い時間で、スミレはスタンドの操作を急速に習熟してつつあった。

 

「クリップ……力の弱いWitDでも、ギリギリ動かせるわね……」

WitDは、その前足でクリップをつかむと、ゆっくり少しずつクリップを伸ばし、針金を作った。

それを苦労してドアノブまで運ぶ。ドアノブの中に、クリップでできた針金を少しづつ、少しづつ送り込み、鍵穴の形状を探っていく……

 

完全な暗闇・静寂の中にいるスミレは、WitDの操作に完全に集中することができていた。

鍵穴の形状を微細な針金の振動で察知しながら、カギが合うように、クリップの形状を鍵穴に合わせていく……

 

そして、その『瞬間』は突然現れた。

 

キュイイーンッ

 

不意に、スミレがスタンド越しに感じていた『WitDの周りの空間』が、鮮明度を増した。まるで、近眼の人間が眼鏡をかけたように、世界が変わって見える。

集中すれば、WitDの百分の一ミリ以下の細かな動きまで、手に取るようにわかる。わかるだけでなく、気が付くと、クリップの針金を、髪の毛一本以下の精度で調整することができている。

スミレは胸を高鳴らせた。

もう少し、あと一息で鍵が開く……

 

カチャリ

 

驚くほどあっけなく鍵が回り、スミレを閉じ込めていたドアが開いた。ドアの隙間から光がこぼれ、新鮮な空気が部屋に流れ込んでくる。

 

音をたてないように気を付けながら、スミレはドアをそっと開けた。

ドアの外では、WitDが、光を放ちながら優雅に舞っていた。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月8日(早朝) [とある廃墟]:

 

バシュッ!

マーチンのザ・サンが放った光線を脇腹に受けながらも、バオー……オリジナル・バオーは、ひるまず突進した。

バオーは、素早くジャンプし、マーチンの放つ光線を避けた。

マーチンの防御をかいくぐり、爪をふるう。

マーチンの腹を、切り裂いたッ

 

「ギュアアアアスッ!」

 

『これで終わりだッ』

育朗が叫んだ。

バオーは反対側の手を、振り上げた。

その手から出現させた刃で、マーチンの首を切り落とすッ

「ヴァルンッ」

バオーは、まだカタカタと言っているその首をつかみ上げた。

その首が、ドロドロに融解した。

 

そこに、バオーと化したヒグマ、レッド・ヘルムがおそいかかった。

巨大熊の爪牙の一撃が、バオーの顔面をおそう!

 

「バルバルバルッ!」

バオーが前転して、レッド・ヘルムの爪牙を避ける。

 

「ヴォォオオオオオオ!」

レッド・ヘルムの爪牙は、バオーの背後の大木をまるでマッチ棒のようにへし折った。

 

『ううぅっ……ものすごいパワーだ』

育朗がつぶやいた。

『あの破壊力はモノスゴイ』

 

「フフフ、同じ寄生虫バオーに強化された者同士なら、当然元々の力が強い方が勝ってわけ」

ネリビルが笑った。

「それにアナタ、マーチンちゃんを殺るまでに負傷しすぎよ……レッド・ヘルムッ!育朗をバラバラにしておしまいッ!」

 

「ヴァル・ヴァル・ヴァル・ヴァル!」

レッド・ヘルムが吼え、そして背中から巨大な『斧』を、何本も出現させた。

 

「これが、レッド・ヘルムのリスキニハーデン・セイバー・フェノメノンよ。フフフ……ごめんね、これ……アナタのものより……何倍も、『太くて大きい』のぉ~~」

ネリビルは卑猥なポーズをして、育朗を挑発した。

「バルッ」

バオーは腕から刃を出現させ、レッド・ヘルムに斬りかかったッ!

 

オリジナル・バオーの刃とモデュレイテッド・バオーの斧、互いの刃がぶつかり、押し合った。

リスキニハーデン・セイバー同士の、つばぜり合いだ……

 

『クッ……強い』

だが、レッド・ヘルムにくらべ、体格が劣るバオーが、圧力に押され、一、二歩、後ずさった。

 

「ホラホラ……頑張らないと、真っ二つに斬られちゃうわよンッ」

ネリビルが煽った。

 

(押しては勝てないッ、ならば……ここはあえて『引く』ぞ)

バオーは、あえてレッド・ヘルムとの鍔迫り合いから、力を抜いた。

のしかかってくるレッド・ヘルムの圧力をかわして、後ろに飛びすさる。

そして、サッカーのスライディングタックルのような体勢で、レッド・ヘルムの後ろ右脚首を蹴り飛ばした。

 

レッド・ヘルムはバランスを崩し、バオーもろとも地面に突っ込んでいった。

 

ドドオォ――――ン!

 

土埃が立ち込める中、レッド・ヘルムは苛ただしそうに咆哮をあげ、立ち上がった。

驚いたことに、レッド・ヘルムの本体には傷一つない。

しかし、背中の『斧』がすべて、根本から切り裂かれていた。

地面に突っ込んだすきに、バオーが切り落としたのだ。

 

一方バオーは……オリジナル・バオーも立ち上がった。

バオーは、全身に切り傷を受け、さらに左腕が斬り飛ばされていた。

レッド・ヘルムの『斧』を切り落とそうとしたときに、逆に斬られたのだ。

 

『やはり、強い』

育朗が、顔を歪めた。

(モデュレイテッド・バオー……確か、バオーとしての能力を抑えて、安定性を向上させたと言っていた。ならば、バオー固有の能力はコチラが上のはず。バオー…………ここはお前に託すッ)

 

「バルバルバルバルバル!」

バオーが叫び、レッド・ヘルムの周囲を飛び回る。

頭部への蹴りッ

残った右腕のリスキニハーデン・セイバーを、振るう。

レッド・ヘルムが反撃しようとする間を与えず、オリジナル・バオーは、その能力をフルに発揮してレッド・ヘルムを攻め続けた。

手数で、力に対抗するのだ。

 

「ヴァル!」

業を煮やしたレッド・ヘルムが、爪牙を大振りする。

 

バオーは身をかがめ、爪牙を簡単にかわした。

 

一方、空を切った爪牙の勢いで、レッド・ヘルムがたたらを踏む。

 

チャンスだ。

『よしッ、シューティングビースス・スティンガー!』

育朗の声に従い、バオーはレッド・ヘルムの顎めがけて、発火能力を持つ毛針を放った!

 

「グァアアッ」

レッド・ヘルムの顎に、目に毛針が刺さり、炎を上げるッ。

 

だが、レッド・ヘルムは、目の負傷も、炎も、ものともしなかった。

対抗して、全身から毛針を放った。それも、バオーに倍する量だッ

 

バシュッ!バババババッ!

 

レッド・ヘルムが放った毛針によって、バオーの放った後続のシューティングビースス・スティンガーは、すべてが弾き返された。

 

しかも弾き返された毛針の一部がバオーに命中し、空気と反応して発火していく……

 

『ううぅ……炎が、僕をおそうッ!』

バオーは、火のついた上着を抛り出した。

ほうりだした上着は、見る見るうちに炎を上げ、燃え尽きていった。

『シューティングビースス・スティンガーは効かないか……ならば次だ、喰らえッ、メルテッディン・パルムッッ!』

2匹の『バオー』 ――オリジナルとモデュレイテッド―― は互いの手を組み合わせて、押し合った。

その手から、バオーの特殊な体液がにじみ出る。その体液はバオーの体表で成分を変え、酸になったッ! これが、メルテッディン・パルムだっ!

互いの酸が飛び散り、周囲の木や草が、しゅうしゅうと白煙を上げて溶けていく……

しかし、ほとんどのものを溶かしてしまうメルテッディン・パルムは、互いに効かなかった。

 

否、実際は、酸はバオー達を溶かしていた。

しかしバオーは、体が溶けるよりも早い速度で、次から次に新しい装甲が生産しているのだ。

そのため、酸では、互いにダメージを与える事が出来ないのだ。

 

『グォオオオオ……これならどうだ、とっておきだ……くらえ、ブレイク・ダーク・サンダー!』

育郎のスタンド、ブラックナイトの顔が現れた。と、同時に、バオーがまるで白鳥が舞うように両手を広げ、頭を下げた。

バオーの右腕が発光し、電撃を放つッ!

 

バリィィィィッ!!

 

「無駄よッ、ノー・ミィーニングゥ」

ネリビルが叫んだ。

同時に、レッド・ヘルムの背中が背びれのようなものが隆起、発光し始めた。

その背びれが光り、スパークが飛ぶ。背びれから、バオーへ電撃が飛ぶっ。

 

バリ!バリバリッ!

 

『くっ……』

ブラック・ナイトが顔をゆがめた。

電気は電圧の高い方から低い方へと、流れる。

当然、全身の筋力が大きいほうが、作り出せる電圧も高い。

 

ザバァアアアアンッ!

 

雷撃が、レッド・ヘルムからバオーに向かって、流れていた。

 

バオーはぐらっと揺れ、全身からしゅうしゅうと煙を吐き出した。

とっておきの武装現象である、電撃:ブレイク・ダーク・サンダーさえも、撃ち負けたのだ……

 

「ハハハハハッ」

ネリビルが笑った。

「ごめんねぇ、言ってなかったけど、レッド・ヘルムの素体は、ただのクマじゃあないのよ。実は彼には、あらかじめ生体改造を施してあるってわけェ……だから、モデュレイテッドには発現しえない、『オリジナルしか持っていない能力』も使えるって理屈よぉっ」

 

(だめだ……基本性能ですべて相手が上回っている……しかもあの分厚い筋肉と装甲、普通に戦っては勝てない……ではどうする?)

大勢を立て直すため、バオーはいったん飛び上がった。近くの木の上に着地する。

すぐにまた飛び上がり、バオーは高い木々のてんぺんに近いところまで、木を登った。

 

(考えろ、どうすれば致命傷を与えられるのかを)

木の上で、育朗は必死に考えた。

木の上なら、レッド・ヘルムの攻撃も届かない。少しは考える時間が取れるはずだ。

 

だが、そのもくろみは甘かった。

「ヲオォォーン!」

レッド・ヘルムは爪牙をふるい、バオーのよじ登った大木を、簡単に打ち砕いたのだ 。

 

『くっ』

 

バオーは、やむを得ず大木から飛び降りた。そこを、レッド・ヘルムの爪牙がおそうッ!

(やるしかないッ!!この力に対応するには、やはりスピードだ。パワーは速度の2乗に比例するはず)

おそい掛かるレッド・ヘルムの攻撃を、バオーはすべて いなし、そらし、まともに受けずにかわしていく。

 

「しゃらくさい、力で圧倒してしまいなさいっ」

 

ネリビルの命令にこたえ、レッド・ヘルムはいったん距離を取り……

バオーに向かって、突進してきた。

まるで新幹線が正面から突っ込んできたのかと、間違うばかりの圧力の暴力が、バオーに迫るッ!

 

(そして、技だ。ボクシングのカウンターや、柔道の投げ技のように相手のパワーを逆用するッ)

『セイバー・オフッ!』

バオーは、リスキニハーデン・セイバー・フェノメノンの刃を、レッド・ヘルムに投げつけた。

 

バオーの腕から外され、飛んでいった刃は、狙い正しく、レッド・ヘルムの額に刃が突き刺さった。

 

しかし……しかし、レッド・ヘルムの突進は止められないッ。

「ヲオォォォ―――」

 

バオーは全身をまりのように丸め、レッド・ヘルムのぶちかましを受け止めた。

10トンを超えるレッド・ヘルムの激突を正面からくらったバオーは、まるでバレーボールのアタックのように吹き飛んでいく。

 

ベシバキッ………

ドグガァアァァァ――ンン!

 

吹き飛ばされたバオーは、杉の立ち木に叩きつけられた。バオーを支えようとした立ち木は、軒並みへし折れてしまった。

これらの木は、ただの野山の立木ではない、どの木も樹齢300年は越えるかという大木だ。

その大木が、まるでボーリングのピンのように何本もなぎ倒されていた。

 

オリジナル・バオーの骨格は強化され、皮膚は強靭なプロテクターとなっている。

しかし、それでもなお、レッド・ヘルムのぶちかましはバオーの体をえぐり、激しく負傷させていた。

 

「ガ・ギ・ギ・ギ・ギィ」

バオーは、折れた立木の隙間から立ち上がった。

レッド・ヘルムに向かって、へし折れた立ち木を蹴り飛ばす。

 

バオーが蹴り飛ばした枝は、レッド・ヘルムが爪牙の一発で粉々に粉砕した。

 

「レッド・ヘルムは、あんたができる事ならなんでもできるわよ、育朗」

ネリビルがせせら笑った。

「まぁ、元々の素体がヒグマと人間じゃ、勝負にならないわね。あなた、良くやったわ」

『いや……人間には……あきらめず困難に立ち向かい、勇気と知恵で乗り越えることができる力があるッ、先人から積み上げられ、継がれてきた経験と技術があるッ……それが人間の力だ!』

育朗が叫んだ。

『僕は、あきらめないッ』

 

「ハンッ……笑わせないでよ」

ふらふらと立ち上がったバオーに、再度レッド・ヘルムが突進する。

「ニ・ン・ゲ・ン?違うわ。アンタは“元”人間よ……アンタは、私たちと同じ"モンスター"よ」

ネリビルが嘲った。

「モンスターが、ニンゲンの振りをして格好つけてるんじゃあないわよぉおおおッ!」

 

バオーは四足になり、後方にジャンプした。

そして…… 空中で体勢を立て直すと、立ち木を右手と両足でつかみ、蹴ったッ!

反動をつけ、勢い良くレッド・ヘルムへ向かっていく。

 

(もっと速度を……回転だ。バオーの突進に、回転の速度を上乗せしたカウンターだッ)

育朗の思いにこたえるように、バオーは、空中で体をそらせ、大きく手を振りかぶって回転するッ。

 

「ウォオオオム!」 

バオーのリスキニハーデン・セイバーが、さらに長さを増す。

バオーは、まるで一振りの回転する刃となり、レッド・ヘルムに正面から向かっていったッ!

 

『……どうだッ』

 

メザァアアアン!!

 

レッド・ヘルムの右上半身が、バオーによって切り離された。

しかし、 しかし、 レッド・ヘルムは、弱った様子もなくまた立ち上がった。

 

メメタァアア

 

そして、バオーに切断されたレッド・ヘルムの右上半身からは、赤肌色の滑っとした触手が生えた。

レッド・ヘルムは、初めこそ少し戸惑ったように触手をぺチン、ぺチンと動かしていた。

だが、すぐにその使い方を理解し、失った前足と同様に自由自在に使い始めた。

 

「育朗……今のは恐ろしい技だったけど、モデュレイテッドの回復力を甘く見たわね」

ネリビルが言った。

「同じ手は二度と聞かないわよ……もう勝ち目はないわ、降伏しなさい」

 

「Vauuuuuu!」

レッド・ヘルムが跳躍し、オリジナル・バオーに突撃するッ!

 

『まだだ…一緒にいくぞ、バオー!』「ヴォオオオオム!」

とっさに、バオーは、レッド・ヘルムの振り下ろす左前足を掴んだ。

瞬時に、身をひるがえす。

そして、片手での一本背負いをレッド・ヘルムにしかけた。

 

グツギャアァァァンッッ!

 

レッド・ヘルムは、バオーの投げによってその巨体を宙にまわせ、激しく背中を打ち付けた。

 

『ここだっ』

バオーはすかさず、レッド・ヘルムの手をつかみ、その頭に両足をかけた。

柔道で言う、腕ひしぎ十字の格好に持っていく。

 

「ヴォーム!」

レッド・ヘルムは触手を、バオーの胴体に巻きつけて、ひきはがそうとした。

そして同時に、バオーの右足に噛みつくッ!

 

『クソッ』「ウォオオオオオム!」

バオーは、無事な左足で、レッド・ヘルムの頭部を蹴った。

そして、足を噛み千切られる前に、バオーの左足が、レッド・ヘルムの顎を蹴り砕くことに成功した。

 

バオーは左足でけった反動を利用し、全身を巻き込むようにひねり、……逆に、レッド・ヘルムの右腕を、ねじきった。

そのままチョーク・スリーパーに移行し、レッド・ヘルムの首を直角にひねる。

 

レッドヘルムは、どうっと倒れた。

すぐに立ち上がろうとバタバタともがくが、その手足は、空しく土を掘り返すだけであった。

 

『とどめッ!』「バルッ!」

バオーは、レッド・ヘルムの傷口に手を突っ込む。

それは、捩じり切った右手のあった後だッ!

 

「ギィイイイイ!」

泣きわめくレッド・ヘルムを押さえつけ、バオーはレッド・ヘルムの体に、右腕をずぶずぶともぐりこませた。

そのたびに、レッド・ヘルムが、悲鳴を上げた。

 

「バルバルバルバルバル!」

バオーが叫ぶと同時に、レッド・ヘルムの胴体の内側から、4本のリスキニハーデン・セイバーが飛び出す。

それは、レッド・ヘルムの胴体につきいれられた、バオーの腕から飛び出したものだ。

それぞれの刃は真っ白に輝き、高圧電流が放電されている。

 

次の瞬間、その傷口から白煙が上がり、……レッドヘルムは黒焦げとなった。

 

「バカな……複数のアームド・フェノメノンを、同時に使えるなんて……」

マキシムが、おののきの声を上げた。

 

レッドヘルムは、それでも生きていた。

だが、激しい痛みに身を悶えさせ、苦しげに呻いていた。

 

     ◆◆

 

「バルッ……」

バオーは苦しむレッド・ヘルムに近づき、その首をそっと抱えた。

バオーとレッド・ヘルム、同じ寄生虫バオーの素体となったモノ同士が視線を合わせた。

 

バオーは今、苦しみながら死んでいく同胞の悲しみのにおいをかいでいた。

その悲しみのにおいは、バオーを介して、育朗の心にも響いた。

 

『苦しめてスマナイ……君は悪くない……悪いのは君を改造し、バオーを寄生させたドレス。せめて……安らかに逝ってくれ』「バル……」

 

バオーの指先から、小さな針の様なものが飛び出した。

その針は、レッド・ヘルムの首筋にもぐりこんだ……

すると、たちどころにレッド・ヘルムは大人しくなり、幸せそうに目をつぶり、そして『眠るように』死んでいった。

 

「何?……あんな能力知らないわ……あれは、まさかバオーの新しい武装化現象なの?」

またしても、ネリビルはおののいた。

 

『名付けて、バオー・ブル・ドーズ・ブルーズ・フェノメノン(Bull doze blues phenomenon)』

育朗が悲しげに言った。

 

今、バオーが指先から放った針には、『バオーの体液を変質化させた薬』が入っていた。

バオー・ブル・ドーズ・ブルーズ・フェノメノンとは、その薬によって相手に麻酔をかけたり、眠らせたりする、静かなる武装化現象であった。

 

バオーは、レッド・ヘルムを静かに横たえた。

そして、ヨロヨロしながらゆっくりと立ち上がった。その装甲はところどころ破壊され、動くたびに、その奥から赤い肉が見えていた。

バオーは満身創痍の状態で、レッド・ヘルムに斬られた自分の左腕を拾い、元通りにくっつけた。そして、振り返った。

バオーの顔の上に被さるように、育朗の、ブラック・ナイトの 貌が、被さった。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

『これで終わりだ。もうこれ以上やらせないッ 守るッ スミレを、仲間をッ!』

育朗が、叫ぶ。

 

「ヒッ!」

鬼気迫る様子で迫ってくるバオー:育朗の姿に、ネリビルは思わず後ずさった。

 

『どこだ、スミレは、どこにいる』

バオーが、ネリビルの首をつかんだ。

『本当はこんなことはしたくない……でも……話さないなら、君を……溶かすッ』

 

「ヒッ、止めて…… ヒッ ヒヒヒヒヒ」

ネリビルが、イヤイヤと手を振った。

 

『話せ……頼む。話してくれ』

 

「ヒッ……」

ネリビルが口を開けた。

 

ガボンッ!

 

その口から、蛆虫達が飛び出し、バオーの顔面に飛びつくッ。

 

『!?なっ』

突然、蛆虫に顔面をおそわれたバオーは、電池が切れたようにくずれ落ちた。

アームドフェノメノンが解け、バオーは、育朗の姿へ戻っていく。

 

「はぁっ……はぁっ……」

間一髪、ギリギリのところで助かったネリビルは、腰が抜け、無様に地べたに這いつくばった。

「ギリギリよ……これ以上はできないわ」

 

     ◆◆

 

「まさにギリギリか……いいところで、間に合ったようだなぁ」

二人組の男たちが、森の奥から現れた。

二人とも、派手なヒップホップ風のブカブカな服を着ている。話し方からすると、アフリカ系アメリカ人のようだ。

 

二人組の1人は、2M近くある巨体だった。

その後ろに、そばかすだらけのパッとしないイタリア系の少年が後をついてきていた。

 

「テイラー……あんたのユンカーズを飲み込むなんて最悪の経験だったわ……もう絶対やらないわよ」

ネリビルが、恨み言を言った。

 

「そう嫌うなよ……傷つくじゃあないか」

テイラーと呼ばれた、2M近くある方の男が肩をすくめた。

「なぁ、オルダス」

 

「別に……俺のスタンドじゃあないしな」

残る1人のアフリカ系アメリカ人、オルダスも、テイラーとは異なる理由で肩をすくめた。

「何を言われても俺はハッピーだぜ。ほしいものは、手に入れたからな」

そういうと、オルダスは背後に引いてきたミカン箱大のケースを、一瞥した。

「しかし、正に一石二鳥ってやつだったな。これで究極の戦闘生物と、その素体を、同時に手に入れる事が出来た……それにしても、マキシム、マーチンとレッド・ヘルムを連戦で破るとは、まさに究極の戦闘生物の素体に、ふさわしいな。さぞかし預言者様も、ウチのボスも喜んでくれるだろう 」

 

オルダスは、無造作に研究所の扉を開けた。不思議な事に、扉の向う側には海が浮かんでいる。

 

「ボスが呼んでいる……俺は、ドアーズで一足先に帰って報告をしなきゃならん、後は任せたぜ……イヤ、ドッピオは俺についてこい。ボスはいつも通り、お前の口から直接報告が聞きたいだろうからな」

これは好きにつかいな―― オルダスは、ポケットから一つかみのコインをテイラーに渡した。 

「3日間だ、3日間だけドアーズを貸してやるよ」

 

そう言うと、オルダスは、ドッピオと呼んださえない青年とともに、ドアの向こうへと消えていった。

 

一度しまったドアを再びあけると、今度はその先には普通の部屋があった。

ネリビルとテイラーは、意識を失った育朗を、協力して建物の中に運び込んだ。

 

「ところで、明日からSW財団の奴らは、俺に任せな」

テイラーが言った。

「俺のユンカーズで奴らを食い尽くしてやるからよォ」



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ホル・ホース その1

スタンド&クリーチャー図鑑

クリーチャー名:マーチン(屍生獣:ゾンビ)
性能:破壊力 - B / スピード - B /射程距離 - C / 持続力 - D / 精密動作性 - E / 成長性 - (無し)
能力:DRESSによってマンドリルをベースに生体改造を受けた生物兵器がさらにゾンビに変わったモノ。本来ゾンビになると精神力が衰え、その分怪力になる。しかし、すでに元々の生体改造で本来のポテンシャルをすべて引き出されていたため、ゾンビとなっても肉体能力にほとんど変化がない。逆に精神力の減衰でスタンド能力が弱まっている為、むしろ弱体化している。


クリーチャー名:レッド・ヘルム(モデュレイテッド・バオー)
性能:破壊力 - A / スピード - B /射程距離 - C / 持続力 - E / 精密動作性 - D / 成長性 - E
能力:モデュレイテッド・バオーが生体改造を受けた巨大なヒグマに寄生した姿。モデュレイテッド・バオー自体はオリジナル・バオーよりも戦闘能力が低い。しかし、生体改造を受けたヒグマの戦闘能力自体が人間をはるかに上回っているため、結果としてオリジナル・バオーを超える戦闘能力を誇っているものと想定される。


スタンド名:ドアーズ
本体:オルダス
外観:DIOの横顔が刻印されている12枚のコイン(10セントコインに似ている)
タイプ:特殊型
性能: ( )内は特殊能力の性能
破壊力 - 無し / スピード - 無し /射程距離 - E(A) / 持続力 - A / 精密動作性 - 無し / 成長性 - B
12枚のコインのどれか一つが張り付けられた任意のドアを接続する能力。つなげられるのは『表』のコインと『裏』のコインが張り付けられたドア。瞬間移動の能力ではなく、移動には距離に応じた時間がかかる。


1999年 11月 9日 未明 [M県K市 名もなき高原]:

 

リリリリィ、リリィィ、リリィ…リッ……………………リリリ

ヴォ――ッ、ヴゥォォ――…ヴッ…………………ヴォ―――

 

夜の森は、虫やカエルの声がそこらじゅうから響いている、意外とうるさいものだ。

逆に、その音が急に止んだら何か危険が迫っている事、例えば『ゾンビが迫ってくる』と言った事がわかるわけだ。

 

今も、急に虫の音が止んだところがある。

ホル・ホースは、音の止まった個所を調べるために忍び足で森の中を進んでいった。そしてポッカリと音が止んだ場所を覗き込む……すると、薄暗い中モゾモゾ動く影がチラッと見えた。ヒトか、あるいはツキノワグマほどの大きさの影だ。

その動くものをサーモグラフィーで覗いてみると、熱原は映っていない。つまり、その動く影の体温は、外気とまったく同じ温度だということだ。

 

間違いなかった。

メギャン!

ホル・ホースは自分のスタンド:暗殺銃エンペラーを手の中に出現させた。

ゾンビだ。

近づいてきた影を見、てホル・ホースの理性がそう判断した時には、すでにエンペラーの弾丸は発射された後であった。

 

ゾンビは ――自分の獲物:ホル・ホースが近づいてきたことを認識できないまま―― 頭部を撃ちぬかれ、一言も声を発する事もなく倒れた。

「ヘッ」

手ごたえからして、完璧に致命傷だ。

倒れたゾンビを一顧だにせず、ホル・ホースは周囲の警戒を続ける。もうすでに、ホル・ホースの頭の中には先ほどゾンビの事など、欠片も意識に残っていなかった。

超一流の暗殺者であったホル・ホースは、銃を撃つにあたって、一切の気負いも、タメを作ることも無い。 彼にとって、敵を殺すために行う作業 ――スタンドを具現化し、操作するための特別な思考―― は、まるで『パンにバターを塗るような』当たり前の作業なのだ。

 

標的を認識すると同時にスタンドを具現化させ、間髪入れずに撃つ。そして、余韻に 浸ることもなく頭を切り替え、次のなすべき行動 ――撤退―― に移り始める。

ホル・ホースはその一連の流れを、ほとんど習い性のように、息を吸うように自然にやってのけることが出来る稀有な才能があった。

スタンドを具現化させ、銃を撃ち、ターゲットを殺す。そこには特別な感情が入り込まない。

 

伝え聞くところによると、イタリアマフィアの骨のあるギャング達は『ぶっ殺す』と言う言葉は使わないのだそうだ。なぜなら、真のギャングなら『ぶっ殺す』と思った時にはすでに行動に移っているからだという。

だが、ホル・ホースは、自分はその一枚上手を行くと自負していた。なにしろ相手を『ぶっ殺すと思う』必要さえないのだから。

時計を確認すると、深夜5時少し前だ。ポルナレフと見張りを代ってから3時間がたっている事になる。

夜明けまでは後1時間、もうすぐもっとも危険な時間帯が終わる。

「だが油断するなよ、オイ……ホ」

ホル・ホースは自虐的な笑みを浮かべた。 油断すればどうなるか、それは11年前にさんざん思い知らされていた。

見張りを続けながら、ホル・ホースは過去を、あの日、DIOの死を知らされた時のことを改めて思い出していた。

     ◆◆◆◆◆

11年前のその時、俺:ホル・ホースがいたのは病院のベッドの上だった。ちょうど、承太郎達の襲撃に失敗して入院していた時だ。

 

DIOの消滅を伝えに来たのは教団の幹部だと名乗る男だった。

「DIO様が死んだ」

その男は淡々と俺にそう伝えた。

 

「なんだってェ?」

 

「あの男たち……ジョースターの者どもが、ディオ様を………」

男は俯いて、言葉を切った。その拳が固く握られ、ブルブル震えているのを、俺は見つけた。

 

その話を聞いたとき、俺はマジで驚いたね。確かに承太郎達は強かった。だが、その『強さ』は、しょせん俺達と同じ次元のモノであった。俺がチョッピリだけ体感した、ディオの『次元を超えた』強さとは比較にならない。

俺は、承太郎達はディオに一瞬にしてやられると確信していたのだ。

 

(そうかよ……ヤツラ、やりやがったか……)

不思議と ――イヤ、不思議じゃあないか。俺はディオに忠誠を誓ったが魂まで売っちゃぁいなかったからな―― その話を聞いた時に初めに俺が感じたのは、『喜び』の感情だった。

 

男は、俺の横で何やら話し始めた。

「だが、まだあの方の魂は消滅したわけではない。これから我々はDIO様の復活に全力を尽くす。そう、あの方もまた一度われらの代わりに受難を引き受け、そして復活するのだッ!復活の暁にDIO様は、必ずやわれらを天国に導いてくださるであろう」

その男の話声はダンダンと甲高くなっていき、最後になると半分白目を向いてあたりかまわず絶叫していた。

 

(狂信者だ、完全にイッちまってるゼ……コリャア手におえねぇ)

俺はゲンナリとしてその男を観察した。

「そうかい……アンタたちの幸運を祈るぜ」

「ホル・ホース、貴様にも働いてもらうぞ……DIO様は確かに貴様を『認めて』おられた、その『力』を我らに差し出すのだ」

その男は、にやっと笑って懐に手を入れようとした。

その時、男がなぜ懐に手をやったかは知らない。なぜなら、俺はその瞬間 ――男が懐に手を突っ込む前に―― 男の眉間を打ち抜いたからだ。

     ◆◆◆◆◆

その後、ホル・ホースは間髪入れずにエジプトを脱出した。

あの時同じ病院に入っていたスタンド使いの兄弟の行方は今も知れない。振り返ると、すぐにエジプトを脱出したのは正解だったのだ。

エジプトを脱出後、ホル・ホースはほとぼりを覚ますためにアルジェリアやスペインにしばらくの間潜伏していた。

当時のことは思い出したくない。

手持ちの現金もほとんどなく、知り合いの女を訪ねてはその日暮らし……のみじめな毎日だったからだ。

そんな逃亡の日々に転機が訪れたのは、それから一年後、やむなく受けたアメリカ政府からの依頼であった。

依頼は、当時中東で長く続いていた戦争にからむ、生存率の低い危険なヤマだった。だが手持ちの現金がカラになっていたホル・ホースは、背に腹を代えられる状態ではなかったのだ。 それに、どれほど危険な山であっても、成功した暁にはアメリカ政府に恩を売り、DIOの作った組織から隠れられる事が出来るのだ。

複雑な思いを抱えながらも、ホル・ホースは、その依頼を受諾した。

 

それからというもの、ホル・ホースはアメリカ政府のエージェントとして、文字通り世界を飛び回っていた。

ポルナレフとコンビを組み始めたのは、初めてのヤマから二年目の事だ。始めのころこそギクシャクしていたのだが、近接戦闘に特化したポルナレフと、遠距離に強いホル・ホースとは相性が良く、二人が組むとミッションの難度が驚くほど下がった。

それ以来二人は、不本意ながらアメリカ政府よりコンビとして取り扱われてきた。

7年前の世界一危険な都市シウダー・フアレスでのヤマ、3年前の南アフリカのヨハネスブルクでのヤマなど、他のエージェントにはできない危険な荒事は必ずこのコンビに回され、そして乗り越えてきたのだ。

エージェントになってから10年、ポルナレフと組み始めてもう8年も経つ。

年月が経ったものだ。

そうやって、ヤマを踏むごとに、ホル・ホースは昔のヘマも、DIOから受けた圧倒的な恐怖も、いつしか思い出すことが少なくなっていた。

しかし今、ジョウスケ・ヒガシカタとその仲間を見ていると、どうしても承太郎とその祖父ジョセフ・ジョースターのことを、そして11年前の恐怖を再び思い出してしまう。

加えて、ゾンビやハンターと呼ばれたクリーチャー……

 

ホル・ホースは身震いした。

あれらはその昔、DIOが戯れで作ったものとほぼ同じ姿をしていた。無関係なはずはなかった。

どんなに気のせいだと自分を納得させようとしても、この一件の陰にDIOの影を感じざるを得ない。

 

DIO……あの男のことを思い出すだけで ぞくり と寒気を感じ、ホル・ホースは体を自分の掌でこすった。

あの圧倒的な恐怖、威圧感、かなわないという気持ち、あこがれる気持ち、押しつぶされそうな恐怖、不安……もうあんな思いは二度としたくなかった。

「……へっ……」 

ホル・ホースは苦笑いした。 ビビり過ぎだ。あの男は、11年前に確かに死んだはずだ。

リリリ……鈴虫のうるさい鳴き声が、またしても一瞬、静かになったような気がした。

◆◆

億泰達と合流した翌朝、仗助は日が昇り始める前から、テントの中で目をさましていた。

どうやらテントの下に石があったらしい、その石が仗助の背中をゴリゴリとつつき、その痛みで目を覚ましたのだ。

仗助と一緒のテントに寝ている杜王町の男子コーコ―セー達は、みな気持よさげに眠っており、起きる気配はまったくなかった。テントの中は昨晩のゾンビの襲撃の後に開かれた宴会 ――と言ってもその場に出たのはオレンジジュースとポテチだけだが―― の跡で、壮絶なまでに汚れていた。

……隣で、噴上の肩に億泰が頭を乗せて眠っていたようにも見えたが、きっと気のせいだろう。 ウン。

そもそも本当ならキモすぎるし……

 

完全に目を覚ました仗助は、するりとテントを抜け出した。

テントの外は薄明かった。まだ周囲の様子はぼんやりとした影しか見えない。物音も、ほとんど聞こえなかった。

 

「うぅ――サミっ」

仗助はブルッと体を震わせた。まだ日中は残暑が残っているが、朝はもうずいぶんと肌寒い。少し考えて、仗助は早朝の林を歩いて回ることにした。少し動かないと、体が凍えそうなのだ。見張りを兼ねられるし、体も暖まる。一石二鳥だ。

 

仗助がしばらく森を歩いていると、ぽっかりと開けた小さな野原があった。そして、その野原の中央に、ポルナレフが1人で立っているのが見えた。

ポルナレフは小石を投げては自分のスタンドでその小石に穴をあけるという事を何度も繰り返している。

良く見ると、ポルナレフが投げた一つの石には5つの穴が開いていた。どの小石もほとんど同じサイズの同じ大きさの穴が開いている。恐ろしいほどの技の冴えだ。

おはよう。

仗助が近づいてくる気配に気がついたポルナレフが、スタンドを引っ込めてニカっと笑った。

「誰かと思ったら仗助君か……早いな、ジョースターさんは旅の間一番遅くまで眠っていたが……息子の君は、早起きなんだな」

「いろいろ考えていたら眠れなかったんす」

仗助が言った。

「ポルナレフさんこそ、こんな朝早くから何してるんすか?」

「スタンドの正確な操作の為の練習だ」

ポルナレフが言った。

「……二十年以上昔に、とある理由から始めた、スタンドの操作を素早く正確に行うための修行さ」

そうか、もう二十年か……ポルナレフは感慨深げに空を見上げた。

「もう練習する理由なんてないんだがな、すっかり習慣づいてしまって、今じゃもう止めようにもやめらねぇ――ってヤツだ」

仗助は、そんなポルナレフにかける言葉が思いつかず、しばらく黙って立っていた。

「……失礼した。年寄みたいなセリフで嫌になるが、ちょっと昔のことを思いだしてな」

ポルナレフは、そう言うと、仗助をまじまじと観察した。

「……なるほどな、君がジョースターさんの息子だと聞いたときは驚いたが、確かにこうやって見ると……少し面影があるかもな」

仗助は、ちょっと微妙な表情を浮かべた。

「あのぉ……じじいと……いや、父親と比べるのはやめて欲しいっス」

「おおッと!そうだった。君の事情は聞いている……スマンな、俺はデリカシーにかけていたぜ。失礼した」

許してくれ とポルナレフは深く頭を下げた。

「いや……えぇ――と、確かに嬉しくないッス。でも、そこまで真剣な話じゃあないっス……頭下げるの、止めてくださいよォ――」

仗助はあわてた。

「ジジイも俺も、実は周りが気を使うほどには気にしてないんスよ。俺たちは……おれは納得してます。ただ、それに付いてはお互い口にしないほうが楽ってだけっス」

仗助は、足を止めてポルナレフに正面から向かい合った。

「……ところで、ポルナレフさんに少し教えてほしいことがあるっス」

「先ほどの詫びもある。何でも言ってくれ」

仗助は大きく息をすって、一息に話し始めた。

「俺は……俺は、一昨日知り合いの人達を、自分のスタンドで倒……イヤ……殺してしまいました………二人ともいい人でした。でも、一旦ゾンビになっちまったら、俺には二人を『治せ』なかった………ただ、『殺す』しかなかった……この手で……」

仗助はクレイジー・ダイヤモンドを出現させ、じっとそのスタンドの手を見た。

「ポルナレフさん……ゾンビって一体なんなんすか。それに奴ら……ドレスはその育朗って人の体に何をしたんすか?」

本当に、彼らはもうもとに戻れないんすか。最後の質問は、ほとんど怒鳴り声だった。

「……残念だが、一度ゾンビや寄生虫バオーにおかされたものを助ける術は、見つかっていない」

ポルナレフが真剣に答えた。

「これは確かだ。君はできる事をやったんだよ。仕方がなかった」

「……」

仗助はがっくりと頭を落とした。

「なんで、あんな生き物が存在するんスか。『吸血鬼』 とか、『寄生虫バオー』とか、あんな生き物が自然に生まれるとは思えないっス」

「そうだ。もちろんあれは自然に生まれたものでは無いゼ」

ポルナレフは、少し考えて、付け加えた。

「……そうだよな、仗助クン、君には俺の知っていることを話しておこう。本当なら口外できない秘密情報って奴だが、キミは知っておいた方がいいだろう。君自身にも関わりがある話だしな……」

ポルナレフは切り株を見つけて腰かけると、仗助にも座るよう促した。

「長い話だ。事を完全に理解するためには、君の曽祖父であるジョナサン・ジョースター氏の代からの因縁と、彼の孫、君の父親であるジョースターさんが若いころに経験した戦いにさかのぼって説明する必要がある……」

「ジジイが若い頃に経験した戦い……第二次世界大戦の事ッスか……ジジイはパイロットとして日本と戦ったって聞いてます」

「いや、違う……確かに第二次世界大戦はとても重い話だが、今からするのはそれよりチョッピリ昔の話だ」

ポルナレフは、仗助の父、ジョセフ・ジョースターについて、語り始めた。



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ホル・ホース その2

仗助は、ポルナレフが語る話を目を丸くして聞いていた。

それは、夜の一族:柱の男達とその男達が作り出したゾンビや吸血鬼……石仮面の話であった。

それは、夜の一族と神秘の赤石をめぐる若き日の父親の冒険譚であり、ジョースター 一族とDIOと言う名の男との世紀をまたがる因縁話であった。

どれも、初めて聞く話だった。

「そうなんすか……知らなかったっすヨ……ジジイの奴からはそんな戦いがあったことさえ、聞いたこと無かったっス」

承太郎さんからも、仗助はそう言って唇をかんだ。

「こんなことを言って、慰めになるかは知らん」

ポルナレフが言った。

「だが、実は俺も、承太郎も、最近SW財団の記録を読むまでは知らなかった話なんだぜ」

「ジョースターさんはああ見えて自慢話もしないし、昔のことを話したがらない人だからな……俺の知ってることも表面的だが、あの娘、アンジェラは波紋の一族だから俺よりもっと詳しい事まで知っているかもしれん」 

 

聞いてみてくれ と言うポルナレフの一言に、仗助はあいまいにうなづいて見せた。

「それで、今の話で、ゾンビってのが 石仮面をかぶった吸血鬼 ――承太郎さんが倒したDIOみたいな―― によって作られた怪物だってことはわかったッス。その石仮面ははるか昔に夜の一族の為に作られたものだって事も」

ポルナレフはうなずいた。

「そうだ、おそらく組織がDIOの体細胞を採集し、何らかの方法でゾンビを作成するエキスやウィルスの分離・培養に成功したんだろうな」

それが、今俺たちが戦っている敵の正体だゼ。

「なるほどっス。そっちはわかりました」

仗助はギュッと両拳を握り、唇をかみしめた。 ポルナレフの目を、真っ正面から見据える。その視線の強さからは、承太郎や、ジョセフと同じパワーを感じる。まさしくジョースターの血統だ。

その顔つきは、友人達と戯れていた時とは全く違う、戦う漢の、貌であった。

(こうやって見ると、やはりジョースターさんと承太郎の血縁だな)

ポルナレフは感慨深く、仗助をみやった。

 

「それでもうひとつ教えてください。皆の話にちょくちょく出てくる……橋沢育朗クン……てヒトは何をされたんすか? ゾンビと、育朗クンに何のかかわりがあるんすか? それと、俺とのかかわりって何すか? 何がからむんすか??」

「……では話の続きに戻ろう。今の疑問に答えるため、もう少しだけ話を聞いてくれ…………ジョースターさんと戦っていたカーズの野郎が『究極生命体』になった時だ……その場に、日本帝国軍からナチス・ドイツに派遣されていた若き天才日本人研究者がいた」

「……まぁ、そんなヤローがいても不思議はないっすねー」

ポルナレフがため息をついた。

「そいつの名前は『霞の目』と言うらしいぜ。後にドレスと言われる研究組織の主任研究者となった男、マッドサイエンティストだ」

 

「へぇ……」

 

「狂った研究者だ ――いつか俺が止めをさしてやる―― 」

ポルナレフが言った。

「本当のところ、奴がどうやったのかは知らない。だが奴は、その場にほんのちょっぴり残った究極生命体の細胞を入手したらしい。奴はその細胞を培養し、バイオテクノロジーの技術でその細胞をもとに多くの生物兵器を作り出したってワケだ」

「その一つが育朗クンに植え付けられた バオーって事っすか」

「そうだ、バオーは 『霞の目』が生み出した もっとも恐ろしい生物兵器だゼ」

ドレスが生み出した生物兵器は他にもいるぜ。俺も、承太郎も、ジョースターさんもそいつらとずっと戦ってきた。

長い戦いだ、と、ポルナレフはため息をつき、話を終えた。

「さあ、戻ろう。もう皆も起きてくるころだ」

いつの間にか、すっかり辺りは明るくなっていた。

     ◆◆

ホル・ホースは、夜勤明けの眠い目をこすって早朝のキャンプ場を歩いていた。

とっとと眠りたい。 思わず出てしまった大きな欠伸をかみ殺して、宿舎(テント)に向かっていく。

 

だが、テントまでの道のりの途中で、噴上裕也とアンジェラ・チャンの話し声が、ホル・ホースの耳に入った。

(オイオイ、コーコーセーよォ、あのレディも俺のもんだぜ)

ほとんど反射的に、ホル・ホースは噴上とアンジェラの話に強引に割り込んだ。

「よォレディ、あんた、波紋使いなんだってな?」

……別に、ホルホースが見張りをしている間のほほんと寝ていた噴上が、美味い事やろうとしている事にカチンと来た訳でも、自分がいないところで若者たちが青春するのを邪魔したくなった訳でもない 。

……はずだ。

「あら、あら、モテモテトリオのお1人のホル・ホースさんじゃあないですかぁ〰〰」

アンジェラは、話しかけてきたホル・ホースに笑いかけた。

「どうしたのですか?私はあんた達のタイプじゃあないと思うんですけど……ホル・ホースさんは、シンディさんみたいな美人さんが好きなんだと思っていました」

「おいおい、誤解だぜ」

アンジェラの棘のある話し方に戸惑いながら、ホル・ホースが言った。

「俺はただ、礼儀正しい男なんだ……好みのタイプかどうかでレディへの接し方を変えるような男じゃぁないぜ」

「……あら、それは失礼な事を言っちゃいました。ゴメンなさい」

アンジェラは素直に謝った。

「いいって事よ〰〰っ。ちなみに、俺の好みのタイプは、強くてよく笑う女さ……つまり、あんたはストライクど真ん中よ、ベイビー」

じゃあ仲直りのしるしを……とアンジェラの肩に手を回そうとしたホル・ホースのみぞおちに、アンジェラは軽く肘を入れた。 しかもただの肘打ちではない。軽く波紋を込めた一撃だ。

ホル・ホースは丸々一分間息ができなくなり、真っ赤な顔になった。

「本当にあなた達には感謝していますッ……でもごめんなさい!私はもっとシャイな男がいいんです。ナンパな人はちょっと……」

アンジェラはゴメンナサイッ と頭を下げた。

「おいおい、ナンパってよぉ……それは何か、俺と相棒達のことかよ」 

ホル・ホースは、気を取り直しておどけて見せた。

「確かに相棒のポルナレフと、この噴上君はナンパ野郎と言われても仕方ないかもしれねぇ。でも、俺は違うんだぜ。俺は女を尊敬している。当たり前だよな、女がいるからこの世は回ってるのだからョ」

「ちょっと待て、この俺をオッサンたちと一緒にしないでくれ」

噴上も抗議した。 きらっと歯を光らせ、キメキメの顔でズィッとアンジェラにせまる。

「よく考えろ、俺はナンパなんてする必要さえねーんだ。ほら、俺を見ろ……どうよっ。わかるだろぉぅ?控えめに見ても、ミケランジェロの彫刻のようなこの俺、裕ちゃんをみればよぉ……」

この俺ほど美しければ、スケが勝手によってくるのよ。

 

と大真面目に話す噴上の話を、アンジェラは引き気味に聞いていた。

「そうね、すげー美しい……ですね、ミケランジェロさん。ところで教えてほしいのは、アナタのことじゃなくて仗助のことなの」

アンジェラが言った。

「仗助はどこにいるの?知ってたら教えてくれませんか」

「ああ……仗助のヤローならあそこで、ポルナレフと話をしていたぜ」

軽くあしらわれ、少し鼻白みながら、噴上が答えた。

「ホントッ?ありがとう、お二人サン」

軽くあしらわれて憤然としている噴上とホル・ホースを残して、アンジェラはイソイソと仗助のところへ走って行った。

そのあとには、ちょっと唖然とした『自称?』色男の二人が残された。

 

「オイ……ホル・ホースのおっさんよぉ〰〰っ。割り込みたぁひでえよ」

噴上は納得いかない様子で、ホル・ホースに詰め寄ろうとした。

 

「オイオイ……てめーのナンパの失敗を、他人に押し付けるんじゃねーゼ」

やってられねーぜ、相棒。

ホル・ホースは肩をすくめて噴上の抗議をうけながすと、大あくびを噛み殺しながら自分のテントの中へもぐりこんだ。

 

テントの寝袋に潜り込んだホル・ホースは、先ほどのアンジェラとの会話に触発され、11年前に出会った女、ディビーナ・ダービーのことを思い出していた。

 

     ◆◆◆◆◆

ディビーナは初めて会った時から、ずっと陰気な表情をしていた女だった。

無理もない、幼少のころから兄二人、ダニエルとテレンスに、まるで兄弟ではなく家政婦か何かのようにこき使われ、罵声を浴びせられていたのだ。

 

確かにダニエルとテレンスはスタンド使いとしては一流だった。二人とも、あのDIOから『天才』とまで言われた男たちだ。しかし、女をあそこまで追い込み、本来の美しさを封じ込ませる、クズ野郎達でもあった。後に彼らが承太郎に敗れ、再起不能となったことを知った時には、心からざまあみろと思ったものだ。

女から感情を奪ってどうする。女が笑い、子を産み、人とつながっていく事で、かろうじてこの世は存続しているのだ。女が笑うから世界には価値がある。

兄二人に無能とさげすまされ、表情のない人形のようだったディビーナ。

ホル・ホースは、そのディビーナをなにくれと気にかけ、話しかけ、微笑ませ、その無表情だった顔に表情を取り戻させてやった事を誇らしく思い返した。

     ◆◆◆◆◆

 

ホル・ホースの思考は、ディビーナの身の上から、より気になる事へと移っていく。

気になっていたのは、『ディビーナは、承太郎にやられたDIOの魂を回収・保管しているのか』であった。

ディビーナの能力は、まさしくそのための『保険』の為のモノだったのだから。

 

     ◆◆◆◆◆

あれは確か、エージェントの紹介でエジプトに渡り、DIOと面会した日の事だった。 引き合された何人かのDIO配下のスタンド使い達の中に、ディビーナがいた。

ディビーナははたから見ても一目でわかるほどオドオドし、委縮していた。そんな人間が何故DIOの近くにいられるのか、不思議に思った事を覚えている。

 

そんなディビーナが、その日のウチに自分からホル・ホースに 接触してきたのは、意外でもあり、だが想定内のことでもあった。 新しい仕事仲間の情報が必要だったホル・ホースは、渡りに船とばかりにディビーナに付き合い、問われるがままに自分の事を語った。

ディビーナが兄の差し金で送り込まれている事は 『承知の上で』だ。

「『セフィロトの樹』よ」ホル・ホースの脳裏に残る11年前のディビーナは、自分のスタンド ワン・ツリー・ヒルの秘密を恥ずかしそうにそう話していた。

「ベイビー……悪いが俺には意味が分からねー。お前ほど学がねーからよ」

あの時、クスっとディビーナは笑って、自分のスタンドを出してくれた。

「ケテル、コクマー、ビナー、ケセド、ゲブラー、ティファレト、ネツァク、ホド、イェソド、マルクト、ダアト……人間の体をセフィロトの樹にみたてて、その11か所へ金貨をおいていくの。このワン・ツリー・ヒルで精神を閉じ込めた金貨をね。そうすると、この金貨に封じ込めた魂を、別の肉体に宿らせることが出来るってわけ」

この能力はDIO様にささげたものよ ディビーナはうっとりとした口調で、そう言っていた。

「DIO様……あの方のお力になれるのなら、私はなんだって耐えられるわ」

「……そうだな、だがディビーナ、お前がただ耐えているだけでだったら……DIO様は喜ばないと思うぜ」

ホル・ホースは用心深く言った。

「DIO様は、お前も天国へ連れて行こうとされている。『本当のお前』をな……俺には分かるんだ……だから、お前はもっと本来のお前を表に出した方がいいぜ。美しいお前をな。そうすれば、DIO様のお眼鏡にかなうだろうゼ」

「フフッ、ありがとうホル・ホース」

     ◆◆◆◆◆

 

優しいのね……そう言って笑ってくれたあの時のディビーナは、確かに美しかった。

あの頃、ディビーナはすがるように、自分の存在をすべて注げるように、熱狂的にDIOに忠誠を誓っていたハズだ。

そんな女が、あのとき……ディオが殺られた時に何もせずにおとなしく引っ込んでいるだろうか?

考えれば考えるほど、ホル・ホースはディビーナがDIOの魂をコインに変えているはずだと確信を持つようになった。



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ホル・ホース その3

噴上が教えてくれた場所にアンジェラが着いた時、そこにポルナレフはいなかった。

だが、仗助が残っていた。 仗助は、1人双眼鏡をのぞいて何やら探している様であった。

「仗助ッ!」

アンジェラが声をかけると、仗助がビクッと背筋を伸ばした。

思わず仗助が取り落とした双眼鏡は、ぱっと変身し、未起隆の姿に戻った。

「やあアンジェラさん」

双眼鏡から元の姿に戻った未起隆は、アンジェラに礼儀正しく挨拶をした。

正直、仗助の友達は皆奇妙な人ばかりだった。アンジェラが見たところによると、その「奇妙な」仗助の友人達のなかでは、未起隆が一番まともに思えた。

……あくまで比較的 だが。

「ちょっと、仗助、未起隆君、何を見ていたの……まさか…アンタたちアリッサさんとシンディさんの着替えを覗いていたんじゃあないでしょうね」

アンジェラはにやっと笑って、未起隆の脇腹を突っついた。今度は波紋なしだ。

「よっ……よせよ、何を言ってんだ!」

仗助が真っ赤になって否定した。

「……怪しいわねぇー。早人には黙っててあげるから、本当のことを言ってごらん」

アンジェラは、ニヤニヤしながら尋ねた。顔を赤くしている仗助を見ていると、ついつい色々と突っ込んでしまいたくなるのだ。 仗助が見せるリアクションが、いちいち可愛くて仕方ない。

「イエ……怪しくなんてありませんよ」

未起隆が、すまして答えた。

「……僕は宇宙人なので、人間の女性の着替えには興味ありませんし……もちろん人間の女性は美しいとは思いますが……」

「見てたのは、木だぜ」

仗助が言った。気のせいか、少し早口だ。

「でかい木を探してたんだ」

「木ィ?木なんて探してどうするの」

嘘つくんなら、もっとましな事を言いなさいよ。アンジェラは、腕組みをして仗助を見下ろした。

「いいや、嘘じゃあないぜ……いいことを思いついたんス」

今度は、仗助がにやっと笑った。

「上手くいけば、全員安全な場所へ送り届けられるッスよ」

     ◆◆

仗助のアイデアはシンプルであった。

それは、『スタンドで橇のようなものを作り、それに乗って海岸まで移動して、助けを呼ぶ』というものだ。ゾンビが外に出れない日中を利用して、海の近くへと移動するのだ。

キャンプに立てこもっている全員が参加した徹底した話し合いの結果、最終的に仗助のアイデアは皆に受け入れられた。

そして決まったのなら行動は早いほうがいい。一行は、その日のうちにキャンプをたたんで移動する事にした。

 

「もう決まったことなので、とやかく言いませんが、相当な距離の移動になるわね」

アリッサが顔をしかめた。

「海までは2日はかかると思わねば」

「いいや、ベイビー……あれを見ろよ。俺たちは、今日の晩までには海岸線につけると思うゼ」

ホル・ホースが指差す先を見て、アリッサは驚きの声を上げた。

ホル・ホースがアリッサに見せたのは、スタンドを使って乗り物を作っている様子だった。

「皆さんがただ『見ているだけ』で、独りでに木が加工されていく……これが……スタンドですか……」

スタンド使いではないアリッサの目には、木が独りでに形を変えているように見えるだろう。

 

スタンド使いであるホル・ホースの目には、仗助のクレイジー・ダイヤモンドが折り取り・繋ぎ直した木を、億泰のザ・ハンドが削る。そうやって作った丸木舟の上に、未起隆が人数分の座席に変身する……そんな様がはっきりと見えていた。

その間、噴上裕也はハイウェイ・スターであたりの様子を見張っていた。 そのスタンドが森の中に消え、定期的に噴上の元へ戻ってくるのも、見えた。

 

若きスタンド使いたちの頑張りで、まるでロケットのような形の木製の車が、あっという間に出来上がっていく。

「何か、カッコいいですね」

早人がはしゃいだ。

「この……車なら、何処だって行けそうだ」

「削るスタンドに、破壊した物を混ぜ合わせたり、直したりするスタンド、それに何でも化けられるスタンドか」

ホル・ホースは、感心したように言った。

「コーコーセー達、やりおるぜぇ。こいつら何でも作れそうだな……だが、こりゃあ、言っちゃあ悪いがあれだ……あの話に聞くネズミーランドのアトラクションそっくりだな。なんていうか、メルヘンチックってやつだ」

「そうっすねぇー」

仗助が笑った。

「まあ、見てくれは気にしないように、お願いします。でも、メルヘン ケッコーじゃねーっすか」

メルヘンな結末にしたいものっスね。

「みんな、車ができたぞ。乗り込んでくれ」

ポルナレフが、待機しているSW財団チームに呼びかけた。

「これが、車?どうやって動くのよ」

「いつ、こんなものを作ったのかしら」

ポルナレフの指示に従って、SW財団の職員と、早人が、丸木におずおずと乗り込んだ。

 

彼等の座る座席の四方を、スタンド使い達が固めた。丸木の前方にはポルナレフと噴上が、後方にはアンジェラと億泰を、そして真ん中にはホル・ホースと仗助が陣取った。未起隆は全員分の椅子とシートベルトの担当だ。

「それじゃ出発するわよ、しっかりつかまっていてねぇ」

全員の登場を確認すると、丸木の後方からアンジェラが朗らかに宣言した。

「スケーター・ボーイ!!」

アンジェラの肩から、スタンドが顔を出した。

猫のぬいぐるみを思わせるそのスタンドは、ピョンとアンジェラの肩から飛び降り、丸木に触れた。すると、丸木の前後に、早人の身長程もあるスタンドの車輪が出現した。

『丸木』が、『丸木車』になった。

車輪は、スタンド使いでない早人やSW財団の職員達には、見えない。

車輪がついて急に宙に浮き上がった『丸木車』に、非スタンド使い達からどよめきが上がった。

「目標は30km先の海岸だ。頼むぞアンジェラ」

「了解。ポルナレフさん、任してください」

一行を乗せた丸木車は、そのファンシーな外見にそぐわない滑らかさで動き、海を目指して勢いよく坂を下って行った。

「うわぁぁ!」

「早人ぉ、しっかりつかまってろよ……しかし、グレート。まるでジェットコースターだな、こりゃあ」

「うぉおおおおおお」

「お~早ぇ~~」

「余計な事をしゃべるなよッ、舌をかむぜぇ――っ」

一行を乗せた丸木車は奥深い森の中、木々や下ばえのシダや雑草を縫うように、グングンと加速していく。

「アンジェラのスタンド、やりおるな」

ホル・ホースは、顔をほころばせた。

「何て強力なスタンドだ……尊敬するぜ。この分なら、海まであと半日ってとこだ」

と、その時だ。噴上が、ピクピクと鼻を動かした。

「!?……ポルナレフさん、なんかヤバい。危険な匂いがするぜ!」

噴上が警告を発した。

「……こりゃあ、この間の怪物どもだ……来るぞ!」

「オイオイ、まじかよぉ~~」

億泰をはじめ、スタンド使い達は、自分のスタンドを出現させた。

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

「シシャァァー!!」

「ウジャァァー!」

「ギャギャッギャッ」

突然、丸木車の前方から、横から、そして上方から、唸り声が鳴り響いた。

「来るぞッ!気をつけろッ!」

ポルナレフが叫んだ。

 

「そこだぜぇッ!」

ホル・ホースの銃が爆ぜる。

その先から悲鳴が上がり、物陰から小柄な人型の怪物 『ハンタ―』 がヨロヨロと現れ、倒れた。

そのホル・ホースの攻撃をまるで待ち構えていたかのように、ハンター達が丸木車の周囲、上方から姿を現し、おそいかかってきた。

「グレートォ。アンジェラぁ、絶対、丸木車を止めるんじゃねーぞ」

「仗助、わかってるわッ」

ガクンと、大きく『丸木車』が揺れ、スピードを増した。

 

だがハンターが、そのスピードをさらに越えて加速し、襲いかかるッ!

 

「この、ダボガッ!」

「けっ、切り刻んでやるゼッ」

「いくっスよ……『ドララララッ!』」

「ブヒャヒャヒャッ……エンペラーの、いい的だぜェ」

待ち構えていたスタンド使い達が、応戦する。皆、凄腕のスタンド使い達だ。襲いかかってきたハンターは、あっという間に撃退された。だが、すぐに次のハンターたちが、襲ってくる。

ハンターの数が、多すぎるッ

ジャルンッ!

丸木車の真ん中、仗助やホル・ホースの目の前にハンターが降って来た。

「うっ……うわぁぁああ」

ピーターが叫んだ。

不幸にも、突然ハンターが目の前に現れたのだ。

 

「ギュアアアアッ」

ハンターはピーターにおそい掛かった。次の瞬間、丸木車の上からピーターの姿が消えた。

 

「うぉおおおおおおお!」

ピーターは叫びながら丸木車から放り出され……そして、激しく激突して動かなくなった。

『ドラァッ!』

一歩遅れて、クレイジー・ダイヤモンドがハンターを吹き飛ばすッ!

「ピーターッ!いやああああぁぁあああ」

シンディが、悲鳴を上げた。

「!?マジーぜ……ピーターさんが落ちちまった……ホル・ホースのおっさん、後は頼むぜッ!」

仗助は、ピーターを追って丸木車から飛び降りるッ。

仗助は自分めがけて群がってきたハンターを吹き飛ばし、地面に横たわるピーターに向って全力疾走した。

「もう誰も殺させはしねーぞ!!!」

「仗助さん!」

早人が叫ぶ。

「アンジェラ、止めて!仗助さんが……」

 

「仗助ぇ!待ってろぉ~すぐそこに行くぜぇ」

億泰がどなった。

だが、仗助は大きく手を振って、助けに来ようとする者たちを止めた。

「バカヤローッ……俺は大丈夫だ。だから止まるなッ!降りるなッ!止まったらお前たちがハンター共にやられるっスよォ!アンジェラ、お前ら、そのまま行けぇ――ッ……早人ォ……しっかりやれよッ!」

叫ぶ仗助の周りを、木の上から飛び降りてきたハンターたちが追い越していく。

アンジェラは、仗助の方を振り返った。

アンジェラと仗助の目がぶつかり……そして、アンジェラは大きく頷いた。

グギュンン!

丸木車は加速をグンと増した。

仗助の姿はハンターの姿に隠れ、丸木車にいる一行の視界からは、あっという間に隠されてしまった。 

『ドラララッ!』

スタンドラッシュの声も、微かになっていく……

「ダメです。億泰さんッ」

丸木車から飛び降りようとする億泰を、未起隆が必死に引きとめていた。

「てめッ、未起隆ァッ、止めるんじゃねぇ~」

「億泰サンッ!駄目です。僕たちは丸木車の人たちを守らなければ」

「だから、仗助をみすてるわけにゃいかね~だろがッ!」

「わかってるわよッ!でも先に行くようにって、仗助が言ったのよ。仗助は絶対に自分でなんとかするわ」

彼を信じるのよッ。

アンジェラが言った。

「……そんなこと言ってオメ~~自分たちが助かりたいだけじゃね~のか?」

「ちょっとアンタ、私が軽く言ってると思ってるわけ?」

億泰とアンジェラ、それに未起隆は口論を始めた。

そのそばに、ハンターが近づいてきた。

「おいおいおいおいッ」

ホル・ホースは丸木車の後方にせまるハンターに向けて、エンペラーを撃ち続けた。

「お前ら、まず今やらなきゃいけないことが口喧嘩か?ホントにガキか?」

「ギャン!」

「ギャルルッ!」

エンペラーの弾丸を喰らったハンターが、次々と倒れていく。

「こぉらッガキ共、自分のやらなきゃならん事をやりやがれ!!」

ホル・ホースは丸木車の後方に向かってどなりつけた。

と……

ドゴオォオオオン! 

と激しい音がして、丸木車が一瞬宙を舞った。

森の中の小さな崖を飛び越えたのだ。

「ぐぉおおお」

エンペラーを両手持ちで撃っていたホル・ホースは、衝撃で飛び出そうとする体を支えきれず、丸木車から飛び出した。

「くっそおお、落ちてたまるか……エンペラーACT2 、サタニック・マジェスティー!」

ホル・ホースのスタンドが一度姿を消し、そして再び現れた。

機械人形に似たそれは、エンペラーの銃からいくつかの部品を剥ぎ取り、本体のプロテクターを増やした。

銃のうち残った部分は、ねじ回しやアイスピック、あるいは小刀のように小さくてとがっていた。

「オリャアアアアァッ!」

ホル・ホースが、その『小刀』を丸木車に突き刺すッ。

ギャルルルル

ホル・ホースめがけおそい掛かってくるハンター達の爪を、エンペラーAct2:サタニック・マジェスティーのプロテクターが防ぐ。

 

サタニック・マジェスティーは、力が弱い形態だ。ハンターの爪を、直接受け止めることさえできない。

だがプロテクターによって、その爪をそらす事はできる。

 

そう、これがホル・ホースの、まさに『とっておき』の能力だった。

暗殺銃の威力を弱めることで身にまとうことが出来るプロテクター:この能力をDIOに隠していたおかげで、エンヤ婆からの攻撃や、トト神の間違った予言による事故から身を守ることができたのであった。

バシュッ!

ホル・ホースの背中から、ロボットの様なスタンドの腕がにゅうッと現れた。その手に握った小さな『ピストル』が、襲ってくるハンターの喉にめがけて弾丸をうちこむッ

 

「ギィヤアアッ」

ホル・ホースを襲ってきたハンターは、喉を打ち抜かれて崩れ落ちた。

 

バシュッ!

バシュッ!

 

ホル・ホースが丸木車にしがみついている間も、ホル・ホースの背中から飛び出したスタンドの腕は『ピストル』を放ち続け、周囲のハンターを打ち抜いていく。

「ヒヒッ……そう簡単にこのホル・ホース様がやられるか……なにぃ!」 

だがその時、ホル・ホースは致命的な問題 ――エンペラーを分解して作った小刀では自分の体重を支えきれない事―― に気が付いた。

 

ズリッ

 

ホル・ホースの体は、徐々に下にすべり落ちていた……このままでは地面に足がぶつかり、そして丸木車から振り落とされてしまうだろう。

その事実に気が付いたホル・ホースは、悲鳴を上げた。

「こりゃあまじーぜッ……ポルナレフ、助けてくれぇ!」

「やかましぃ……いい年こいて、テメーは何をやってるんだ」

丸木車の先頭にいるポルナレフが、毒づいた。

「仗助は自分から丸木車をおりた……それに比べればなんてことねーだろうがッ、それクレー自分で何とかしやがれっ」

「チャリオッツ!」

ポルナレフはシルバー・チャリオッツの甲冑を外し、分身させた。

大声を出すホル・ホースには目もくれず、前方に群がるハンターたちを分身したチャリオッツが一気に切り伏せていく。

「おい、見捨てないでくれぇー!」

ホル・ホースから情けない声を上がった。

 

ズリッ

 

さらにホル・ホースの体が落ちる。懸命に足を縮めるが、もうすぐ下には地面がある。

ホル・ホースの視点からは、地面は相当なスピードで後方に流れていた。

 

「うぉぉおおおッ」

ホル・ホースが悲鳴を上げた。

 

その時だ。救いの手が差し伸べられたのは。

 

「ホル・ホースさんッ、つかまってくださイ」

未起隆だ。未起隆は、自身の変身能力:アース・ウィンド・アンド・ファイヤの力でロープに変身し、ホル・ホースの目の前にぶら下がった。

「大丈夫ですか、いま引き上げます」

下半身をロープに変身させた未起隆は、ホル・ホースの体の周りにロープを回し、丸木車の上に引き上げようとした。

ゆっくり、ホル・ホースの体が、引き上げられる。

「ヒヒヒッ、助かったぜ相棒」

ホル・ホースは助けられる間も、後方に、上空に、エンペラーを連射し続けた。

「今の仕返しをしてやるぜ。ヒャヒャヒャヒャ〰〰全滅しちまいなぁ」

エンペラーの弾丸は四方に飛び、あっという間に射程内のハンターを射殺した。

しかし、まだまだ射程外からハンターが追いかけてくる。

「おいおい、一体何匹いやがるんだヨ」

ホル・ホースは毒づきながら、エンペラーを連射し続けた。

――――――――――――――――――

一方、丸木車から飛び降りた仗助は、自身のスタンド:クレージー・ダイヤモンドがピーターを引き起こした所であった

ハンターにやられ、高速で走る丸木車から突き落とされたピーターは、だがまだ幸運なことにチョッピリ生きていた。

クレイジー・ダイヤモンドの能力で、ピーターの傷を治す。すると、ピーターはパチンと目を開き、復活した。

「!?……僕は……助かったのか?」

ピーターは、あっけにとられたように言った。

「ふぅ、グレートっ。意識が戻ってよかったッス」

仗助は止めていた息を吐いた。今度は、間に合った。

『ドラララッ!』

すかさずおそい掛かってくるハンターを、クレイジー・ダイヤモンドでぶち飛ばす。

 

ハンターは一体、一体、時には数匹同時におそい掛かってきた。

その都度クレイジー・ダイヤモンドがラッシュで瞬砕していく。

気が付くと、仗助とピーターの周囲を幾重にもハンターが取り囲んでいた。

 

「オイオイオイ、たかが二人にちょぃと大げさすぎね――ッすか?」

周囲を囲むハンターの数に気が付いた仗助は、冷や汗をぬぐった。

「仗助君、わざわざ助けてくれてありがとう。君は命の恩人だ」

ピーターが言った。

「だが、僕を助けたせいで、君まで危険な目に合わせてしまった……君は僕を置いていくべきだった」

 

「なぁに言っているンスか」

 

と、周囲を囲むハンターの輪に切れ目ができた。

その切れ目の奥をのぞいた仗助は、チッと舌打ちした。

「今更何を言ってるんすか。しかし、確かにグレートにやばい状況っすよォ―――ッ……ピーターのオッサン、悪いが自分の身は自分で守ってくれないっスか?」

「……当然だ、君の足手まといにはならないように努力するよ」

「グレートォ……じゃあ早速ですけど、少し離れてくれませんか」

仗助が真顔で言った。

「ちょっと面倒なことになりそうなんでよぉ〰〰」

仗助の視線の先には、橋沢育朗が立っていた。



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ホル・ホース その4

スタンド&クリーチャー図鑑

スタンド名:ワン・ツリー・ヒル
本体:ディビーナ・O・ダービー
外観:身長100Cm位の小型スタンド ガーゴイルを女の子にしたような人型の外見
タイプ:特殊型
性能:破壊力 - 無し / スピード - 無し /射程距離 - D / 持続力 - A / 精密動作性 - 無し / 成長性 - D
能力:戦いに敗れ、死の淵にいる人間の魂を11枚の金貨に閉じ込める。人間の体をセフィロトの樹にみたててその11か所へ金貨をおいていくと、その人間に金貨に魂を封じられた人間の知識・経験・精神力等を与える事ができる。尚、11か所すべてに金貨を置くと、その金貨に封じられた魂を人間に移すことさえできる。


バオー (BAOH):Biologic Armed Ordnance by Helminth(蠕虫による生体武装をもつ兵器)のこれまでに発現された武装現象一覧:
(1)バオー・アームド・フェノメノン
宿主の脳を麻痺させ支配下に置き、宿主の骨・筋肉・腱を何倍にも強化、治癒能力・代謝能力の活性化を行う。
宿主の頭部に独自の「触覚」を発現させ、これにより視覚・聴覚・嗅覚などの全感覚をまかなう。また、宿主の皮膚をプロテクターに変化させるため、宿主とは外観が大きく変わって見える。

(2)バオー・メルテッディン・パルム・フェノメノン
手のひらから金属や生物を溶かす強酸液を出し、対象を溶かしてしまう能力

(3)バオー・リスキニハーデン・セイバー・フェノメノン
両手首から皮膚組織を変化させた刃物状の武器を生成する能力

(4)バオー・シューティングビースス・スティンガー・フェノメノン
毛髪を高質化して射出する(毛針)能力、毛針は対象に刺さると自然発火する

(5)バオー・ブレイク・ダーク・サンダー・フェノメノン
体細胞より60000ボルトの高圧電流を放出させる能力

(6)バオー・ブル・ドーズ・ブルース・フェノメノン
指先からバオーの体液が詰められた小型の注射針を射出する静かなる能力。体液はそれぞれの指により 麻酔薬(人差し指)、睡眠薬(中指)、治療薬(薬指)、毒薬(小指)の四種類に変化させる事ができる。

尚、上記はオリジナル・バオーの能力。モディレイテッド・バオーは上記の内(1)-(4)までの武装現象しか発現しえないが、その代わりに治癒能力が増強されている。切断した四肢等の断面から 触手状の代替物を生成することさえできる。


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東方仗助と橋沢育朗、二人の男が向かい合った。

二人は、ほぼ同学年のように見えた。どちらも背が高く、印象的な外見であった。

だが、似ているのはそこまでだ。

 

東方仗助:身長185cm、まるでラグビーの選手のようなゴツイ体の上を持ち、イギリス系アメリカ人の血をひく、堀の深い顔立ちに、緑ががったアーモンド形の目を持つ、美丈夫だ。その頭には、特徴的なリーゼントヘアーがのっている。町中でであったら、10人中10人が恐怖を感じ、同時にどことなく信頼感を抱かせる、そんな容貌の男だ。

 

橋沢育朗:身長178cm、まるで芸能人のようにすらりとした体型に、スッキリ、爽やかな顔立だ。ツリ目ぎみの切れ長の目の上には、サラサラの長髪が風になびく。

その出で立ちからは、生真面目さと、優しさが感じられる。町中でであったら、いかにも女の子からキャーキャー言われそうだ。

 

育朗は、真っ黒なジーンズと長袖Tシャツを着ており、Tシャツには白抜きの模様で髑髏と牙と天使の羽が描かれていた。その胸元につけられた金色のピンバッチを見て、仗助は眉をしかめた。

 

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ハンターの群れが、後ろに下がった。育朗と仗助……そしてピーターの周りだけ、ポッカリと空間が空いた。

ピーターはあわてて近くの木によじ登り、二人から、そしてハンターからも距離を取った。

 

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「育朗クン、初めまして」

仗助はポケットに手を入れたまま、橋沢育朗に向って歩き出した。

「アンタの事は、噴上やポルナレフさんから聞いてます……元気そうっすね――ッ。安心しましたよぉ」

「君のそのあ……格好は……君は……そうか、君が、億泰君が言っていた東方仗助君だね」

初めまして と育朗が手を差し伸べた。

仗助が歩みを止めた。

差し出された手は、握らない。

「……それで、やっぱり気が変わって、俺らの所に戻って来てくれたんすか」

大歓迎ッス。と、仗助は不敵な笑みをうかべた。

「億泰や、未起隆 それから 噴上裕也が世話になったそ――っすね、そのお礼もしなきゃいけないっすねぇ〰〰」

「……仗助君……頼む、君に頼みがあるんだ」

育朗が苦しそうに言った。

「頼むから 皆を呼び戻してくれないか……君たちに危害は加えない。後三日だけ、ここに動かずいてくれたらそれでいいんだ……それから、スミレを僕の元へ連れてきてくれッ!」

「育朗ク〰〰ン、そいつは無理な相談っス。だってハンターたちを杜王町に近づけるわけにはいかないんすよ。誰かが警告しなきゃなんねー」 

『ドラァッ!』 

仗助は予告なしでクレイジー・ダイヤモンドを出現させ、周囲を囲んでいるハンターの一匹に石を拾って投げつける。

「Gaaaa!」

石はハンターの胴体に大穴をあけ、ハンターはひっくり返って動かなくなった。

「約束する……僕が杜王町に警告する、だからここは僕を信じて引き返させてくれないか……ハンター達は、責任をもって僕が抑える」

仗助は、首を振った。

「ところで、かっこいい格好してますね。どっかで着替えたんすか?そのピンバッチもいかすッス?」

ピンバッチのその "D"って刻印はどんな意味っすか? 

 

仗助の質問に、育朗は答えなかった。

 

「もう一つ聞いてもいいかい、なんでアンタは『スミレ先輩が俺たちのところにいる』って思ったんだ」

「…………」

「いや……せっかくだが、今の先輩は信用出来ね〰〰」

仗助は、育朗の額を指差した。

そこには『木の芽のような肌色の突起』が突き出ており、時折ピクピクと脈うっていた。

「それ……知ってるぜ。肉の芽って奴っす……そいつに取りつかれた奴は、ある男に強烈に忠誠心を抱かされるらしいじゃねーか。DIOって言ったっけ?そいつの名はよぉ〰〰」

DIOと言う言葉を聞いて、育朗の顔が醜く歪んだ。

「何を言ってる?……僕は……僕の考えで……DIO様が正しいと信じているッ!」

その邪魔をするものは誰であろうと許さない。育朗は、はき捨てた。

「やっぱりかよ。今のあんたは育朗クンであって育朗クンじゃね――。だから、俺が 『治して』やるぜ……俺たちを止めたきゃ、俺を倒してからにするんだなぁ!」

ポキポキと、仗助が指を鳴らした。

「仗助君、君とは闘いたくなかったよ」

育朗が悲しそうな顔をした。

「君とはいい友達になれるかもしれないと、思っていたのに……」

「……俺も残念すよ…………さぁ、変わりな、バオーによぉー」

仗助が促す。その声に何か呼ばれるように、育朗は、二、三度身を激しく震わせた。体を大きくのぞけさせる。 全身から『黒い汗』がふきだし始める。その体が、一回り大きく、膨れ始める。

「仗助クン……俺はSW財団の保管している資料を読んで、バオーの能力を知っている……説明させてくれ……」

木の上からピーターが言った。

「いいかい、バオーの本体が人間の脳幹に潜む小さな寄生虫だって事は聞いてるな。仗助君、気を付けろ……」

「うっス」

仗助がうなずいた。

その目前で。育朗は瘧にかかったように、体を震わせつづけている……

ピーターは、早口で説明を続けた。

「まず寄生虫バオーが、宿主の生命の危機を感じ取る。すると、寄生虫バオーは宿主の脳を麻酔、分泌する体液が皮膚を硬質化しプロテクターに変えて行く。その体液は全身の筋肉も同時に膨張させ、人間離れした怪力を与える……」

育朗が体を震わせる度に、まるで昆虫が脱皮するようにパラパラと皮膚が剥がれ落ちた。その剥がれた皮膚の奥から、最強の生物兵器、バオーが徐々に姿を現していく。

その体から、青黒く透き通った育朗の『生霊』が抜け出した。

ピーターの声に、恐怖の色が混じる。

「いいか……バオーに視覚は必要無い。必要な情報は頭部から飛び出した触角から得る。蠕虫による生体武装をもつ兵器 ……Biologic Armed Ordnance by Helminth ……これが……これが、バオー (BAOH)だッ!」

わずかな間に、育朗の外見はすっかり変わっていた。

全身が青白いプロテクターの様な肌に包まれ、体も二回り大きくなっている。バオーの頭の触角が、まるでそれぞれ独立した生き物のように仗助の方にザワザワと動いていた。

育朗は『バオー』への変身を終えた。

仗助は、ポキポキと拳を拳を鳴らした。

「なるほど、そうっすか……これが『バオー』っすね〰〰。スゲーカッケ―な………グレートだぜ……ピーターのおっさん、もう少し安全なところまで下がってくれないっスか」

もっと木の上に登っていてください。仗助は、やさしい口調で言った。

バオーは獣のように四つ足で地面を引っ掻き、落ち着かない風に頭を 激しく上下させていた。 そこには、人がましい気配が、育朗の雰囲気がまったく感じられない。

「ウォォォーム!」

バオーが、けだもののような咆哮をあげた。

『行くよ……バオーッッ』

そこに、育朗の『生霊』……いや、スタンド:ブラック・ナイトが再び取り着くッ。

 

するとバオーは、突然これまでの獣じみた挙作をピタリと止めた。

そして 今度は、逆にひどく人間臭い挙作で立ち上がった。

バオーはグルグルと肩を回し、仗助に向かって拳を構える。ボクシングのような構えだ。

と、バオーの胸元から、育朗の幽霊がにゅうっと顔を出した。

『……仗助君、覚悟は出来たかい?いくよ』

 

「おお……いつでもいいっスよ」

仗助は、クレイジー・ダイヤモンドを突進させた。

クレイジー・ダイヤモンドと、バオーの攻撃が交錯するッ!

『ドララッ!』

「バルバルバルッ!」

クレイジー・ダイヤモンドの強烈なラッシュが飛ぶッ。

だがバオーはそのラッシュを避け、かわし、そして受け流していくッ!。

爆風のような攻撃をすり抜けて、バオーが、クレイジー・ダイヤモンドの懐に踏み込んだ。

そして……

『おしまいにしよう……僕の射程距離内に、入ったよッ!』

バオーが、仗助めがけて殴りかかる!

間一髪、仗助はバオーの一撃をスタンドで防御し、カウンターの一撃を放つッ!

バシンッ!

バオーと、クレイジー・ダイヤモンド&仗助が、互いに距離を取って向かい合った。

『噂通り、強い』

育朗がスタンドの幽体をバオーの胸から突き出して、言った。

バオーの体には、あちこち岩がめり込んでいた。

確かにクレイジー・ダイヤモンドの一撃は空をきっていた。だが、その拳が地面を爆発させるようにえぐっていたのだ。

その爆発で飛び散った岩が、バオーの体に命中した……と言う訳だ。

一方で、バオーの拳も、本体である仗助の左肩をわずかにかすめていた。

 

仗助は、脂汗を書いていた。

「とんでもね――……コイツ、生身でスタンドの攻撃についてこれるのかよ……しかもスゲーパワーだぜ。ちきしょー、ほんのチョピリ、紙一枚分かすっただけで左肩が脱臼しちまったぜ」

仗助はクレイジーダイヤモンドを操作して、はずれた自分の左肩を入れなおした。

「ぐあっ……いっ痛ってぇ――ッッ」

 

『だが手加減しない、覚悟してもらうっ!』

バオーは、仗助に向かって駆けだした。

『ドラァアアア!』

再び放たれるクレイジー・ダイヤモンドのラッシュ。

バオーは、その攻撃をトンボを切ってかわした。

着地後、まるで飛び込むようにして放たれた3度目のラッシュも、バオーはステップバックして避けた。

そしてラッシュの終わりにカウンターを入れるように、バオーは蹴りを放った。

『ドラッ』

クレイジー・ダイヤモンドは、左拳でバオーの蹴りを迎撃するッ

バシンッ!

『やむを得ない……!』

今度はバオーの両腕から刃が飛び出して、仗助に斬りかかる!

「気をつけろ、仗助ッ!あれは、バオー・アームドフェノメノンの一つ。バオー・リスキニハーデン・セイバー・フェノメノンだ!」

ピーターが叫んだ。

バオーの繰り出す刃が、次から次へと仗助をおそうッ!

間一髪、仗助はダッキングを繰り返して、リスキニハーデン・セイバーを回避しつづけた。

「グレート……回りの木がストローをハサミで切ったミテーにスパッと切れちまった……スゲー切れ味してやがる。しかし、問題なく避けたぜ」

『ドラララッ!』

ついに、クレイジー・ダイヤモンドのラッシュが、バオーのガードを弾く。

『うわぁあっ』

バオーが、膝をついた。

 

とどめをさそうとする仗助に、バオーが毛針を飛ばすッ。

仗助の顔面に向かって、何十もの鋭い針が飛ぶッ

 

「うぉおおっ!」

クレイジー・ダイヤモンドは、スタンドの指でその毛針をすべてキャッチした。 摩擦熱に反応してその毛針に火が付き、燃え落ちた。

「あっぶねー、何だこりゃあ。燃えてていくぜ……」

「バオー・シューティングビースス・スティンガー・フェノメノン!」

ピーターが言った。

「仗助、バオーの髪の毛は体から離れると空気に反応して燃え上がるんだ。その髪を、針のように硬質化させて弾丸のように打ち出せる……気をつけろよ」

「へえぇ……コエーコエー。しかし、俺には意味の無い攻撃ッスねー」

仗助がにやりとした。

「むしろチャンス」

バシュッ……

 

なんと、先ほどクレイジー・ダイヤモンドがキャッチした毛針が、バオーの頭に戻って行く。

そして……

ガギィィ!

 

『馬鹿な……弾丸が僕の頭に食い込む』

育朗:バオーが、頭を押さえてうめいた。戻ってきた毛針が、バオーの頭部にズブズブと穴をあけ、もぐり込んでいくのだ。

「……ただ直した訳じゃねーッス」

仗助が言った。

「直す前に、ピーターさんからもらった弾丸の中に、毛針を封じこめておいたぜ……これの、自動追尾弾の威力はどうよ。このままだと、弾丸があんたの頭蓋骨に食い込むぜえ。降参しろ……そうすれば、自動追尾弾を解除してやるよ……」

『仗助ぇ!最強の生物兵器、バオーの回復力を舐めるなッ!!』

育朗が吼えた。

バオーは頭を掻きむしった。頭部に食い込む弾丸をつまみだし、溶かし始める。

「あれはバオー・メルテッディン・パルム・フェノメノン かッ。しかし……指先だけから溶解液を出せる程の繊細なコントロールが出来るとは」

木の上から、ピーターがうなった。

「グレート……コイツは一体、何種類の能力を持っているんすか」

「……いや……仗助、君の攻撃は効いてるぞ。見ろ……やつは立てないんだ。脳にダメージを受けたか?」

ピーターの指摘のとおり、バオーはぎここちなく立ち上がろうとして失敗し、派手な音を立てて無様に転んだ。

『何だって…』

育朗が顔色を変えた。

ピーターが、木上から言った。

「仗助君、チャンスだ。今の内に奴にとどめを」

「了解ッス」

駆け寄ろうとする仗助に、育朗のスタンド:ブラック・ナイトが話しかけた。

『仗助君、本当に驚いたよ。君は強いなぁ』

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

『一対一の勝負なんて僕が甘かった……そうさ……DIO様の復活は何よりも優先する。どんな手を使おうとも、君たちを止めなければならないんだ』

育朗が言った。うつろな声だ。

「ウォォォォォ――ム!」

バオーが叫ぶ。

すると、その咆哮に答えるように、不気味な吠え声が、仗助の背後から湧き起こった。

現れたのは、3頭の犬だ。

犬達は、バオーの前に整列すると頭を下げた。

『君たち……俺が回復するまで時間を稼いでくれ……』

育朗のスタンドがバオーから離れ、その中で一番体の大きい一体の黒犬に取り憑いた。

『僕のスタンド……ブラックナイトの能力は、『幽霊となって生物に取り憑く』こと』

育朗は、犬から上半身だけを出した格好であらわれ、腕組みをした。

「犬を操ったからって、この仗助君を止められると思っているんすか〰〰?」

『……思っているさ……彼らも『バオー』だからね』

育朗は、少し悲しげに、言った。

 

「な、何だってぇぇ」

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

先ほどの育朗と同じように、犬たちが身を震わせた。その体が膨れ、毛が逆立つ。バオーに変化していくッ!

「チッ……クレイジー・ダイヤモンド ッ!」

『遅い。モデュレイテッド……飛び掛かれ……そして、仗助のその変な《髪型》をグチャグチャにしてやれッ』

育朗が、冷静に言った。

 

プチンッ

 

「何だとゴラアァッ!!!!!!!!!!!!」

仗助が吼える。

仗助の目つきが変わり、凄みを増した。

『ドウォラララァツ!』

これまでよりも素早く、パワフルに、クレイジー・ダイヤモンドの連打が、バオーに『変わった』犬たちにおそいかかるッ。

「なんだぁとぅッ、このクソがァッッ!!」

「ヒッ……」

まるでジキルとハイド。そんな仗助の変化に恐怖の悲鳴を上げたのは、ピーターだ。

『ふっ……冷静さを失ったなッ!』

育朗は、してやったりと笑みを浮かべた。

 

育朗に操られたバオー・ドッグが、恐ろしいほどの速度と連携でクレイジー・ダイヤモンドの攻撃を避け、同時に仗助におそい掛かった。

黒犬と白犬が足元を、残ったもう一匹の白犬が口から触手のような物を振り回して、仗助に打ち付けるッ!

「ヴァル!」

「ガァル!」

『ドゥラァッ!』

だが、クレイジー・ダイヤモンドは、逆にバオー・ドッグの触手を掴みとり、宙に放り投げたッ。

「ギュワン!」

放り投げられたバオー・ドッグは、少し離れた立木に体をひどく打ち付け、倒れた。

残り、おそってくるバオー・ドッグは二匹ッ!

一匹は足首に食いつくと見せかけて、その直前、喉笛めがけてて飛びかかってきた。

仗助は喉笛めがけて飛びかかってきた一匹の攻撃を、生身で避けた。

『ドラッ』

攻撃を避けられ、腹を見せたそのバオー・ドッグの首を、クレイジー・ダイヤモンドが締め上げるッ。

そして……同時に攻撃してきたもう一匹のバオー・ドッグに対して………なんと仗助は、生身の『自分の拳』で迎え撃ったッ!

「ぐあぁぁぁ!」

当然生身の人間にバオー・ドッグをたたき伏せる力はないッ。

仗助は弾き飛ばされ、ピーターの登っている木に激しく体をぶつけた。

肺から息をすべてたたきだされ、必死にあえいだ。

眉間の感覚器に一撃を食らったバオー・ドッグは、ほんの一時ふらついた。だが、すぐに再び唸りだした。

クレイジー・ダイヤモンドが、手に持ったもう一匹のバオー・ドッグを投げつけるッ!

「ギャン!」

二匹のバオー・ドッグがぶつかり、悲鳴をあげた。

何とか立ち上がった仗助の右こぶしはグシャグシャにつぶれ、体中傷だらけだった。

「おおぉおおおおお!」

だが、仗助はそんな怪我など意に介さない。休むことなく、クレイジー・ダイヤモンドのラッシュを、バオー・ドッグにぶつけるッ。

『ドラララララララララララララララッッッッッ!!!!!!』

イヤ、スタンドの攻撃だけではないッ!仗助はスタンドの攻撃に織り交ぜ、自分の生身の拳、蹴り、そしいて頭突きをバオー・ドッグにぶつけていくッ!

「怒らぁぁッッッッ!」

『生身でバオーに殴りかかるなんて、無謀な……』

育朗が、あきれたようにつぶやいた。

「育朗ぉ――、テメーもぶちのめすッ!!!」

切れた仗助が、バオーに向かって駆け出したその時!

「ヴァルッ!」

物陰に隠れていたもう一匹が、仗助をおそった。

その一頭は、他のバオー・ドッグよりはるかに小柄であった。

だが、不意を突いたその突進はクレイジー・ダイヤモンドの防御をかわし、仗助の足首をはらった。

「うぉっ」

 

「ヴァルヴァアアアル!」

その、小柄なバオー・ドックは、一瞬バランスを崩しかけた仗助を、地面に引き倒した。

「クッ!おぉおおおおッ」

かろうじて、クレイジーダイヤモンドは、バオー・ドッグの致命的な攻撃から仗助の身を守っていた。

だが、不利になった体勢が災いして、小柄なバオー・ドッグの連撃はじわじわ仗助を追い詰めた。

いつしか仗助は、ほとんど動くことができない状況に追い詰められていた。

『フフフ……切り札は最後に見せるものなのさ、仗助君』

育朗が、その小さな愛玩犬のような犬の額から姿を現し、仗助の目の前に自分の顔を突きつけた。

『仗助君……もう一度尋ねる。この件からは手を引いて、僕たちの事は忘れてくれないかな』

「……それで、早人や億泰はどうなる……あのゾンビどもはどうなるんスか」

仗助が、尋ねた。

『……君1人だけなら助けられる』

「へぇ……そりぁあスゲ――な」

誰かのことを思い出したのか、仗助は不敵な笑みを浮かべた。

「だが悪いけど、断らせてもらうッスよ〰〰」

『……そうか……残念だよ、本当に』

育朗は下を向き、傍らに控えているバオー・ドッグに合図を送った。

バオー・ドッグは、大口を上げて仗助をかみちぎろうとした。

ボフウンッッ

と、仗助の体が浮き上がり、後方に下がっていく。

『なんだこれは?』

「クレイジー・ダイヤモンド、あんたがさっき斬った木を『直す』。その木の枝をもってりゃ、俺の体も、『元の木がある所』まで引っ張られていくって寸法っす」

仗助は、手ぐしで髪をかきあげた。

「残念だぜ。俺も、正気のアンタと話してみたかったっス」

プシュッ!

クレイジー・ダイヤモンドは、ピーターから譲り受けた銃弾を子犬のバオー・ドッグに向かって放った。

「ギャンッ!」

子犬のバオー・ドッグが、悲鳴を上げて倒れた。

『やるじゃあないか、でも、これで終わりさ。時間稼ぎも終わった。バオーは『回復した』よ……』

育朗はバオー・ドッグの支配を解除して、ふわっと離れた。

「なんだってぇ、てめぇぇー」

仗助はなんとか立ち上がり、育朗を睨みつけた。

だが仗助は、すでにボロボロに見えた。

バオー・ドックにやられた足首を引きずり、グチャグチャになった右手をだらりと下げている。

一方バオーは、まるで何のダメージも受けていないように、すくッと立ち上がっていた。

『仗助君……ずいぶん苦しそうだね。完全回復したバオーと、まだ戦えるのかい?』

「ぬかせ、さっさとかかってこい……」

仗助は言った。だが、本当のことだ。仗助は、すでに満身創痍の状態であった。

 

だがその時、育朗の幽霊-スタンドビジョン-がまるでTVに磁石を近づけたときのように、不意にぼやけた。

『……なんだ……バオー お前は何をしているんだ?』

そう言った育朗の声までも、擦れて良く聞こえなかった。

見ると、なんと回復したバオーが、自らの額に指を突っ込んでいた。

 

バオーの指先からは強酸液が滴り、自らの額に根を張った肉の芽とその周辺を溶かしている。

肉の芽の触手が苦しげにのたうち、バオーの右手にもぐり込もうとする。だが触手の動きはバオーのプロテクターに阻まれ、むなしく触手はペタン、ペタンとバオーの手を叩いていた。

その動きも、次第に弱くなっていく……

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

「ヤロー、自で『肉の芽』をえぐりだしていやがる。なんでだ?」

「そうか……バオーはにおいで周囲を判断する。今バオーに埋め込まれている『肉の芽』を不快なにおいと認識したんだ」

ピーターが言った。

『よせ、やめるんだバオー……それは、いいモノなんだぞ……』

育朗は薄れゆくスタンドを操り、再びバオーに取りつこうとした。

だが、バオーは肉の芽を引き抜く手を止めない。

そして……

バシュッ!

バオーは、肉の芽を完全に引き抜いた。肉の芽はメッティルデン・パルム・フェノメンによりあっという間に溶かされていき……その直後、バオーは突然前のめりにバタンと倒れた。

倒れたバオーの体が、一回り小さくなる。そしてその姿はミルミルと元の育朗の姿に戻っていく。

『ドラッ』

クレイジー・ダイヤモンドが、地面に落ちた肉の芽をすりつぶした。

その瞬間、育朗の幽体から『憑きものに取りつかれたような』表情が消えた。

スタンドの像がいよいよ薄くなっていき、やがて姿を消した。 と、同時にバオー本体の変身も解け、生身の育朗が姿を現した。

しかし、育朗はピクリともしなかった。

ピーターが木から降りてきて育朗の様子を診断した。だがピーターは、すぐにうなだれて首を振った。

「残念だよ。肉の芽は引き抜かれるときに寄生者の脳を傷つける。脳を傷つけずに肉の芽を引き抜けるのは、知られている限りでは 承太郎博士のスタンドだけだ……残…念だよ……だが、育朗クンは、もうおしまいだ」

ピーターは、悔悟の表情を浮かべた。

よくても一生障害が残る。最悪、植物人間か……

ところがピーターのその話を聞いて、むしろ仗助はニヤッと笑った。

「いいやグレートだぜ、これで、育朗クンも無事に元に戻る事が出来るんだからなぁ〰〰」

仗助は倒れている育朗に近づき、頭部にクレイジー・ダイヤモンドの一撃を加えた。

メキュ―――-ンッ

すると次の瞬間、育朗の頭部の傷が消え去った。

「これは……噂による君の力か?」

ピーターが目を丸くした。

「先程までピクリとも動かなかった育朗君が、今はゆっくりと呼吸を続けている。素晴らしい、これなら彼は助かるだろう」

「ふぅー……さて、早人達を追いかけるっすかね。ピーターさんは怪我ないっすか」

仗助は額の汗をぬぐい、櫛を取り出して乱れた髪型を整え始めた。

カラ……カラ、カラカラッ……

と、育朗の足元や育朗の周辺に、複数の小石が転がって来た。

「なんだぁ〰〰」

仗助はなんとなしに小石をつかもうと、一歩踏み出した。

その小石に手りゅう弾のような持ち手がついている……

「ジョ……仗助君……」

突然、ピーターが恐怖に満ちて、ガタガタと震えだした。

「あそこに……」

ピーターは川沿いにある大岩の頂上を指差し、そして後さずりして逃げ出した。

そこには、1人の男が立っていた。全身にまるで、蜘蛛の巣のような網目のタトゥーを入れた、奇妙な格好をした男だ。

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

「何だぁ〰〰?」

仗助は、その男から発せられる異常な『恐怖』に少し戸惑いながら、言った。

「……東方仗助、バオーを倒すとはな……思ったよりもヤル……だが、これで終わりだッ」

男が宣言した。

 

同時に、仗助の手にある小石についていた『ピン』が、するりと抜け落ちた。

「何かヤバい!!」

仗助が叫び……小石が『爆発』した。



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栗沢スミレ その1

1999年 11月 9日 午後[M県K市 名もなき高原]:

換気ダクトを抜けて建物から脱出したスミレは、WitDで探知した育朗の居場所を目指して、森の中を歩いているところであった。

 

ドガアァァァァ―――ンッッ!

突然、先の方で爆発音が聞こえた……ような気がした。

(何?)

スミレは、先を急ぐ足を止め、耳を澄ませた。爆発音は、スミレが目指している方向から聞こえたように思えた。

(今の音は…育朗の居場所を探知した場所?……そこで爆発が起こったの?)

 

WitDで探索すべき時だ。

 

スミレは嫌な予感を押し殺し、手に持っていたサバイバルナイフをシースに収めた。このナイフは通風口から逃げ出す時に、物置にしまわれていたものを見つけ、ちょっと拝借したものだ。

「よいしょ……なかなか大変ね…」

そしてスミレは手じかな木にしがみ付き、その上によじ登った。 幸い、その木は下から見ていたよりも手がかり、足がかりとなる枝や木のコブなどがおおく、思っていたよりも登りやすかった。

木の上はうっそうと葉に覆われ、下から見上げられても見つかる心配はほとんど無さそうであった。

ここに隠れていれば、周囲に気を払うことなく、スタンドの操作に集中できるはずだ。

スミレは木の上に体のおさまりがいいところを探し、そこによりかかるとWitDを飛ばした。

樹上で目をつぶり、WitDの操作に集中する。スミレのスタンド:WitDは小さく、速度も遅く、力もない。だが決して誰にも怪しまれずに周囲を探索する事ができる。こんな森の中で、誰も一匹の蝶に気を留めるわけがない。深い森の中の探索に、WitDは最適なのだ。

WitDは森の中をヒラヒラと飛んでいき、ついに爆発が起こったと思われる場所に到着した。その場所の光景をWitDを通して確認して、スミレは震えあがった。

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

――そこでは、大規模な爆発と崩落が起こっていた――

川沿いにあったらしき大きな岩が崩れて、周囲を埋め尽くしていた。焼け焦げた巨木がなぎ倒され、土は掘り起こされ、瓦礫があたり一面に散らばっていた。

そして、そこには、1人の大柄な男が気を失って倒れていた。男の全身はボロボロだ。ピクリとも動かない。

もしや……

WitDが恐る恐る近づき……スミレは止めていた息を吐き出した。その男は、育朗ではなかった。

スミレは、WitDを倒れている男の鼻先にそっと移動させた。そして、男の息が力強く規則正しいのを確認してさらにホッとした。どうやら、ひどい怪我を負ってはいるが、この男の命には別状ないようだ。

「うわぁ……」

倒れている男の『髪型』を見て、ウゲェっとスミレはぼやいた。それは、まさにヤンキー漫画に出てくるような、絵に描いたような見事なリーゼントだ。

この男は、億泰君も真っ青なドヤンキーだ……

 

リーゼントの大柄な男……

もしかして、彼は噂に聞く、葡萄ヶ岡学園の『東方仗助』ではないだろうか?

スミレの通う高校は仗助とは違っていたが、その高校でも時折名前を聞くほど、東方仗助は地域の有名人だった。スミレも、彼の名前を憧れを込めてつぶやく女の子に、何人もあったことがある。

実は彼が、『超強力なスタンド使い』だということは、億泰から聞いていた。そうであれば、彼が近隣の高校にまで噂がとどろくほどの有名人だったことも、納得いく……まるで都市伝説のような数々の逸話も、超キレやすいと噂されるそのおっかない性格を含めて……だ。

確たる根拠はないが、スミレは初めてみるこの男が『東方仗助』である事に、不思議なほどの確信を持っていた。

常識的に考えれば、杜王町にすむ彼が、こんな山奥に倒れているのは、信じがたい。ここは、杜王町から150Kmは離れたところなのだ。だがもしかしたら、スミレと同じように、『東方仗助』も、この森に、スタンド使いとしての何か特殊な用事で来たのかもしれない。

と、WitDのすぐ近くで微かに人の声が聞こえた。

スミレはWitDを仗助の鼻から、近くの花へと飛ばした。WitDを花にうずもらせながら、スミレはスタンドの『耳』に神経を集中させた。

やがて話し声が、聞こえ始めた。

 

「……と……この辺……だ」

「……いぞ。待ち………び……ところだ」

「やっ……失礼しました」

しばらくすると、人声はだんだん大きくなり、そしてWitDのすぐ近くまでやってきた。三人の男がいるようだった。

「さすがの威力ですね。……『素体』がすっかりこの下に埋もれてちまってまさぁ……こりゃあ、掘り出すにはユンボか、とんでもねーパワー型のスタンドが必要ですぜ」

軽い口調でそう言ったのは、黒人の大男だ。

「パワー型のスタンド……もう一度、あ……貴方様の出番でしょうか?」

太ったインド系の男が、三人の最後尾を歩いている奇妙な格好をした長身の男の方を向き、ひざまづいた。

 

(うわっ……)た

その、長身の男を目にしたスミレは、なぜだか『猛烈な恐怖』に襲われた。

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

その男は……その男をWitD越しにその男を見ているだけなのに、スミレは 男から発せられる独特な雰囲気にのまれていた。

スタンドの感覚越しに感じる男の『色』は、完全なる漆黒、暗黒色だッ!

「いや、いや、チャダよ……今の私に、そこまでの力はないよ」

その男は自らしゃがみこみ、ひざまづいている男と目線を合わせた。

「パワーが必要な局面では、むしろお前の『能力』を期待しているよ」

「ハッ」

チャダと呼ばれた男が、さらに深く頭を下げた。

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

スミレは、その奇妙な格好をした男から目を離すことが、出来なかった。

その男は、ウェーブのかかった金髪の、浅黒い肌の美男子であった。だが、その全身には、まるで蜘蛛の巣のような、網状のタトゥーが入れられている。

何故なのか、スタンド越しに見ているだけなのに、この男が少し動くだけで、男が普通の言葉を話すだけで、これほどまでに恐ろしいのか! まるで、周囲の温度が下がったかのように、寒気を感じるのかッ!

男が涼やかに言った。

「私はまだ、『本調子』じゃあないんだ……知ってるだろう?例の力を借りて、この世にかりそめの姿を現しているだけなのだからね……」

男は、背中から『黄金の羽』を出現させた。スタンドの羽だ。その羽を揺らすと、控えていた二人の男が、ビクリと身をよじらせた。

男は、少し悲しげにスタンドの羽をなぜ……そのスタンドを消した。

「今の私は、スタンド、オエコモバを持つエルネスト、それ以上でも、それ以下の存在じゃあないのさ……今の私の力では地中を掘り起こして『素体』を確保する事は無理だよ……そのつもりもない。それよりだ、奴との連絡は取れたか?」

「奴とは?」

「奴よ、今SW財団の者どもと一緒にいる奴よ。もう一度聞く、奴とは連絡取れたか?」

「はっ ディ……エルネスト様、貴方からのメッセージは伝えました。だが、まだ奴からの返答はありません」

「わかった、まあSW財団の奴らの目を盗むのも難しいのだろう、これ以上は接触をさけ、しばらくは奴からの連絡を待ってくれ」

「わかりました……エルネスト様」

「フン……その間に、こちらの彼の……東方仗助の処理だけでもしておくかな」

エルネストは、倒れている東方仗助を見下ろした。しばらく黙って仗助を見ていた後、エルネストは懐に仕舞い込んでいた瓶を、取り出す。

仗助の額へ、瓶からつまみ上げた『なにか』を、ポトリと落とした。

すると、たちまち仗助は身をそらせて何事かを叫びだし、そして、すぐにおとなしくなった。

スミレには、それが非常に『邪悪な』ものだということが感じられた。

     ◆◆

「GuGiGyaaaaa!」

不意に自分の生身の耳元に叫び声が聞こえた。スミレは我に返り、周囲を見回した。

(何の声?)

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

叫び声をたどって足元を見ると、木の根元に、爬虫類のような緑色の鱗をもつ人型の怪物が立っているのが見えた。

それは、長い腕に巨大な爪を持ち、牙の生えたトカゲ然とした顔は大きく、ひらべったい。額からうねって伸びる突起は、頭側部めぐって背中までつながっていた。

怪物は木の上にいるスミレを見上げ、大口を広げ、ヨダレを撒き散らし……そして、『飛び上がった』。

「GuGiyiiiiiiii !」

飛び上がった怪物は、スミレのいる枝のすぐ下に飛びつき、そして素早く幹を登ってきた。

「来るなあぁ!」

スミレは、木の枝の隙間からにょきっと顔を出した怪物の頭を、必死で蹴った。

「ギジャァアアッ」

ちょうど片手を木から離していた怪物は、スミレからの思わぬ攻撃にバランスを崩し、木の下に落ちるッ!

「ギイャアウ!」

地上に蹴り落とされた怪物は喚き、後ろに飛び退いた。その反動を利用して、再度跳ね上がる。ッ

 

(速いッ!止められないッ!!)

ガボッ!

スミレは、咄嗟に棒切れを拾い上げた。その棒切れ顔の前にかざすと、ごちそうを差し出されたかのように、怪物が噛みついた。

棒切れは、スミレの手から簡単に奪い取られた。

棒は、怪物の頑丈なアゴにとらえられ、瞬く間に細かく噛み砕かれた。

あわてて、スミレは何とか逃げだそうと中腰になった。

そこに、怪物が裏拳を叩きつけた。

バキッボキッィィ!

「うぅううッ!」

とっさにガードしたスミレの右手が折れ、ぐにゃりと曲がった。

不安定な木の上でバランスを崩し、今度はスミレが、登っていた木の上から地上に叩き落とされたッ!

「いやあぁ――――」

あまりの痛みに絶叫を上げながら、スミレは落ちていった。

 

ドガッ!

「うっ……」

スミレは 、樹上から地面に落ちた。

だが不幸中の幸い、大きな怪我はなかった。スミレが落ちたのが、柔らかな潅木の上だったからだ。

だがしかし、怪物も、すぐにスミレを追って飛び降りてくるに違いない!

(うぅうう……来るッ!怖いッ!)

 

絶体絶命の状況だった。

たとえば、普通の女の子がドーベルマンに襲わればどうなるか。その女の子はなすすべもなく、無残にかみ殺されてしまうはずだ。

ましてやこの怪物は、この人型のトカゲ然とした怪物は、ドーベルマンなど足元にも及ばないほど獰猛なプレデターであった。たとえ一撃でもその攻撃を食らってしまえば、その瞬間にお終いなことを、スミレは本能で理解していた。

(……もしあの鉤爪を喰らったら、きっと、何の抵抗もできないままこの怪物に食われてしまうに違いないわ)

しかも、いかにスミレがマタギとして訓練を積んでいたとしても、今は銃を持っていない。スミレが頼りにできる武器は、わずか一振りのサバイバルナイフだけなのだ。

怪物と、スミレの目があった。

怪物は、まるで笑っているかのように大口を開けた。

ダラダラと、涎がその口から滴り落ち、スミレのすぐ足元を濡らした。

「ギャァアアア……」

「ああっ……育朗、お願い、私に力を……」

スミレは、シースからサバイバルナイフを再び取出し、身構えた。

ナイフを両手で持ち、祈るように体の前に掲げる。

と、その時、WitDがまるで閃光のように一瞬、スミレの額にあらわれた。

すると、スミレの脳裏に、『片手のない怪物が、木の上から飛びおり、スミレに向って大きく口をあける絵』が ―――ビジョンが―― 見えたッ!

(5秒後、怪物が右側に飛びおりて噛みついてくる!)

ザァザザッ!

直後、スミレの見たビジョン通りに、怪物が飛びおりて飛び掛かってきたッ。

(見えたッ!)

一瞬早くその様子を予知していたスミレは、かろうじて怪物の突撃を避した。

しかし、続けての怪物の蹴りまではかわせないッ。

 

「グウゥアア!」

 

何とか先ほど骨折した右手で蹴りをブロックする。

蹴りの衝撃と、右手がちぎれそうなほどの痛みが、スミレをおそう。

ガンッ!

どこか遠くで、自分の体が壊れる音が聞こえた。

地面に突っ伏したスミレに向って、怪物がおそい掛かるッ。

(ダメ!避けられない!!)

と、その時、怪物の顔面に小さな影が飛び掛かった。

見慣れた、リスのようなその姿は……

「インピン!」スミレが叫んだ。

「イーダァァァッ!」

インピンは怪物の顔面を蹴り、怪物の顔を駆け上がった。

 

怪物が左腕を振り回し、インピンを捕まえようとするッ!

 

しかし、インピンはちょこまかと動き、巧みに怪物の手を避け ――怪物の左目に、後足から飛び出した針を突き立てた!

「ギィイやアアアアッ!」

怪物が左目を抑えた。

 

その隙に、インピンは意気揚々と近くの木に飛び移った。

「プーダァ」

樹上に隠れる直前、インピンはスミレに向って振り向き、自慢げに鳴いた。

(!? 今ヨッ!)

WitDがまた一瞬だけスミレの額にあらわれ、閃光を発した。閃光の奥に、未来の様子を見せる。

スミレの脳裏には、『怪物が左目を抑えたままぐるりと回り、見当違いの方向へ爪を振り回す』という未来の絵が、はっきりと見えた。

怪物が、再びおそい掛かってきた。

チャンスだ。

事前に怪物の動きがわかっていたスミレは、かろうじて爪の一撃を避けた。

怪物は、WitDの力で予期した通りの軌道でおそいかかって来た。

怪物の一撃を避けられたのは、本当にギリギリであった。

 

必殺の一撃を避けられた怪物は、バランスを大きく崩し、つんのめった。

スミレは、体勢が崩れた怪物の首筋に向かって、全身の力を込めて サバイバルナイフを打ち下ろした。

「ギィイイイィイ」

首筋にナイフの一撃をくらい、怪物が地面に突っ伏した。うつぶせのまま、バタバタと手足を振り回す。

まだ、致命傷では、ない。

「喰らいなさいッオオオオおぉおおお!!!!!」

スミレは歯を食いしばって怪物に馬乗りになり、二度、三度とナイフを打ち下ろした。

もう一撃、さらにもう一撃、もう一撃ッ……

スミレが攻撃するたびに怪物は悲鳴を上げ、手足をバタバタと暴れさせた。

だがその動きも次第に弱弱しくなり ――やがて、怪物は動かなくなった。



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栗沢スミレ その2

1999年 11月 9日 午後[M県K市 M山近郊]:

 

丸木車はスピードを上げ、後を追ってくるハンターを瞬く間に振り切った。

それから 2時間程走っただろうか、海を目指して進んでいた丸木車が、不意に止まった。

「どうしたの?」

「大分海に近づいたわ……だから、私はここまでよ」

アリッサの問いに、アンジェラが答えた。

「ここまでくれば海岸までもう少し。後ちょっとで、SW財団の方々から送られてくる救援を待つだけになるってわけ。たぶんもう危険はないわ」

「あなた、何言ってるの?」

「本当に悪いと思っていますが、でも、丸木車での移動は終わりにさせてください……私はまた出発地に戻るわ……戻って仗助を助ける!」

アンジェラが宣言した。

「本気なの?」

「……ハイ」

「へぇえ~~お前、怖くて逃げたんじゃあ無かったのかよォ~~じゃあ俺も行くぜぇ、残った二人を助けによォ~~」

億泰も、日本語で宣言した。

億泰には、英語でかわされる会話は一切わからない。だが話の雰囲気と、『仗助』と言う名前が出たので、アンジェラとアリッサが『仗助を助ける』為の話を始めたと理解したのだ。

「俺はスミレ先輩も、仗助のアホも助けなきゃならね~~だから俺も一緒に引き返すぜェ」

「なんだ?彼はなんて言ってるんだ」

ポルナレフが首を傾げた。

「ポルナレフさん、億泰さんは自分も引き返すといっています」

未起隆が、億泰の日本語を翻訳した。

「僕も行きますよ……スミレ先輩を助けないと。それに、億泰さんが行くのなら通訳もいるでしょうし」

「……俺もだ……俺も、行くぜ」

噴上がガタガタ震えながら言った。

「そもそも俺がいなければ、スミレを探せないだろ……育朗のスケを探すのに協力するぜ〰〰アイツらを探せるのは、俺のハイウェイ・スターだけだからなぁ」

「まて、まだ早いぞ」

ポルナレフが異を唱えた。

「まだ、安全な場所とは言えない。もう少し動いて、全員が隠れられる場所まで動いた方がいい」

「ヘッ……おあつらえ向きに、ここから3Km離れたところに丁度いい隠れ場所があるぜぇ――」

ホル・ホースが地図上の一点を示した。

「海から突き出た小さな岬がある。ここなら守るによさそうだ」

「アホか、袋小路じゃねーかッ」

「いいや違うぜ。確かに袋小路に見えるが、よく見ろ、岬の周りはすべて高い岸壁に囲まれている。防護にはもってこいの場所だゼ」

そこまで早人達を連れて行ければ、守るのもグッと簡単になる。 ホル・ホースは、ポルナレフに反論した。

ポルナレフと、ホル・ホースの二人は軽く口論を行った後で、アンジェラを取り囲んだ。

「なあベイビー……もう少しだけ、我慢してくれ」

ポルナレフが、アンジェラのほうへ顔を突き出した。

 

ホル・ホースが、アンジェラの腕に手をやった。

「ガキどもも、落ち着けよ。ヒヒッ。安全なところまで移動したら次に仗助を助けに行くぜ……まずはやるべき事を一つ一つやるってぇわけよ」

アンジェラは釈然としない様子で、なにか口を開こうとした。

「レディ……気持ちはわかる。だが、もう少しだけ移動しよう。そうすれば、我々の半数を仗助の保護に振り分けられる」

ポルナレフはホル・ホースを押しのけ、アンジェラの肩をそっと抱えた。

「でも、スミマセン、いくらポルナレフ先輩の意見でも私には受け入れられません……こうしている内にも仗助が助けを必要としているかも……」

二人を振り払うために身をゆすりつつ、アンジェラが言った。

「我がままなのはわかっています。でも、やっぱり、私は仗助を探しに行きますッ!」

アリッサは腕組みをして、アンジェラにつめよった。

「ねぇ、ちょっと待ってよ……私たちもピーターと仗助君の事は心配よ……でも解って欲しいの……戦闘班が去った後で、もし一匹でもハンターが残っていたら、私たちは……」 

虐殺されるわ、とアリッサは早人の方を見ていった。ここにいるのは大人だけじゃあないのよ。

「解ってますよ」

アンジェラが頷いた。

「だから、私1人で行きます」

「そりゃあ駄目だぜ、ベイビー。みんなで行くか、行かないかだ」

ホル・ホースが首を振った。

「みすみす、お前を死なす訳にはいかんぜ」

「構いませんッ!私は命を賭ける覚悟です!!」

「『私は命を賭ける』などと簡単に言うな!」

ポルナレフが一喝した。

「簡単になんて考えてませんッ!」

アンジェラが怒鳴り返した。

「だから、私1人で行くって言ってるんですッ!」

 

アンジェラも一歩も引かない。

ガクセー達と、大人たちが束の間、にらみ合った。

と、その時 川尻早人が手をあげた。

「僕も……仗助さんを助けに行くのなら、僕も一緒に行きますッ」

「何を言ってんの……ダメ危険なのよ」

アリッサが、言語道断とばかりに首を振った。

「私たちは、あなたのお母さんと約束したのよ。あなたを危険な目に合わせないってね」

「でも、僕も……僕だって仗助さんを助けたいんですッ!」

ポルナレフは、顔をほころばせた。

しゃがんで早人の肩に手を置いたポルナレフは、一言、一言、早人に言い聞かせた。

「早人クン……君は勇敢だな。尊敬するぜ。だけど、こういう役目は大人の仕事だ。俺たちに任せてくれないか」

勇敢なガキだな。なあ?と、ホル・ホースが意味ありげにアリッサに笑いかけた。

アリッサは頑なに顔を強ばらせ、ホル・ホースの視線を避けた。

「じゃあ、スタンド使いの皆さんが、皆で仗助さん達を助けに行ってください」

早人は、真っ赤に紅潮した顔で言った。

「僕の……僕たちの事は心配入りませんからッ」

「……早人クン……」

しゃがみ込んだままのポルナレフが、早人の顔を覗き込んだ。

「だがいいのか?君は……今言ったことがどんなに危険か、本当にわかっていて、それでもそう言ってくれるのか?」

「……本当は怖いです」早人が言った。

「でも、もし今仗助さんを見捨てたら、僕は自分が絶対に許せないんです」

「早人クン……気持ちはわかるけど、いい考えだと思わないわ……危険なだけよ」

アリッサが早人を翻意させようとアレコレ話しかけた。

だが早人の決意は固い。ついにはこれまで黙っていたシンディまでもが早人の意見に同調したことで、アリッサは不承不承うなずいた。

「わかったわ、アナタ達はドレスと決着をつけにいく。後は我々3人の民間人で何とかしろってことね」 

何とかしてやろうじゃあないの。

「いや、いや、誤解だぜ」

ポルナレフがあわてて言った。

「君たちの護衛に、二名のスタンド使いを残す」

そういうと、ポルナレフは未起隆とホル・ホースに、ここに残って彼らの護衛につくように頼んだ。

「でも……」

ためらう未起隆に、アンジェラが話しかけた。

「未起隆クン……あなたたちが早人達を守ってくれれば安心だわ。そして、杜王町のほかのスタンド使いたちに連絡を取って、万が一私たちが撃ち漏らしたゾンビどもが出たときには、アナタたちが町を守ってね。えぇ――とそれから、億泰の通訳は、私がやってあげる」

「……わかりました。早人サン達は、私とホル・ホースさんのコンビで守ります」

未起隆は、しばらく考えてからうなずき、『責任重大ですね』と、顔をこわらばせた。

もちろんホル・ホースは、二つ返事で残ることを了承した。

「決まったな」ホル・ホースが言った。

「行くのは、ポルナレフ、億泰 それからアンジェラと噴上……ここに残るのがアリッサ、シンディ、早人、未起達、それに俺様だ。 ヒヒヒヒッ……心配するな、俺がゾンビどもに負けるわけがねぇ。ちゃんと全員無事に脱出させてやるさ」

「……お願いします」

アリッサが頭を下げた。

「さて、行くか」

ポルナレフが残った一行を振り返った。

「いいか、勝手な行動をするなよ。1人の勝手な行動が全員の足を引っ張るからなッ!このまま、キャンプのあった場所まで引き返すぜ」

 

ポルナレフは丸木車に飛び乗った。 そのあとに続き、他のスタンド使いも丸木車に乗り込む。

「気を付けて……それから、絶対仗助さんを助けてねッ」

再び逆方向に動き出した丸木車に向って、 早人が大声で言った。

「任せなサィ~~」

億泰が早人の方へ振り返り、胸をたたいてみせた。

――――――――――――――――――

1999年 11月 9日 夕刻[M県K市 名もなき高原]:

 

「ウグッッ!」

何とか怪物を倒した後、スミレはその辺の適当な枝を切りとった。歯を食いしばり、切り取った枝を折れた腕にしばりつける。添え木とするためだ。

右腕はひどく折れているようで、振り回すと脂汗が流れるほど傷む。だが、まだ何とか我慢できる。

自分の治療を終えた後、スミレはWitDを飛ばし、近くに他の怪物が残って居ない事を、そしてエルネストと東方仗助の一行がこの場を完全に立ち去った事を、慎重に、何度も何度も確認した。

 

そして、何かおかしな兆候があったらいつでも逃げだせるよう注意しながら、慎重に爆発の跡地へと忍んでいった。

爆心地と思われる場所を、自分の目で調べてみる事にしたのだ。

今、自分がやるべきなのは この場に残って他の被害者が残されていないか調べ、救出する事だ。

スミレは自分にそう言い聞かせると、WitDを出現させた。そして、自分の目とスタンドの感覚の両方を使って、爆発の跡地を注意深く調べていった。

得体の知れないものに寄生させられた仗助も、心配だった。だが、少なくとも仗助には当面命の心配はない。ならば今は、まず目の前の惨状の中に生存者がいるかどうか、捜索するのが先だろう。

(……育朗は無事なの……まさか?)

探し続けるスミレは不安、いや、抑えがたい恐怖を必死で押さえつけて、WitDの操作に集中していた。WitDの予知では、確かに育朗がここにいた筈なのだ。

(もし育朗がこの瓦礫の下に埋もれていたら……)

いくろう

何処にいるの?

今助けるから、待ってなさい。

不安に身を震わせながらも、疲労困憊の体に鞭を打ってスミレは必死に捜索を続けた。

スミレは、体中を泥だらけにし、爪を割り、瓦礫をめくり、地面を掘り返し続けた。出てくるのは、土くれや倒木、石ばかり、ごく稀に先ほど倒したのと同じような怪物の遺体を掘り当てるばかりだった。

もう半日は探し続けているが、探している生存者は見つからなかった。

(もう…だめなのかしら……)

あきらめ、悲嘆にくれかけていたころ、WitDが瓦礫の山の切れ目、渓流のふもとに生きている人の気配を感知した。

WitDからの知らせは、スミレの胸の奥にポッと暖かい火を灯した。

(育朗なの?)

スミレは心弾ませてWitDが感知したあたりに移動した。

そこは、巨大な岩が崩れた個所だ。すぐ近くで割れた岩が渓流をせき止め、小さなダムを作っている。

ガリっ、ザッ…シュッ! ザッ!

スミレは、WitDが指し示す場所を、一心不乱に掘り進めた。

素手で土を掘る。

瞬く間に瓦礫に埋もれている硬い石や、砂利がスミレの手を痛めつけ、爪を割り、指先を血で真っ赤に染めた。左手だけでは、掘り進めるのに時間がかかる。スミレは、折れた腕も使った。折れた腕は動かすたびに、悲鳴を上げる。

だが、スミレはそんな痛みには全く注意を払わず、ただひたすらに瓦礫を掘り続けた。 

怪我なんて、かまうものか。

あれから ――育朗と鍾乳洞で別れてから―― 長い時が経っていた。 もうスミレも、あのころのようなちっぽけな少女ではない。

だが今でもスミレは、いまも変わらず、彼の顔を、声を、立ち振る舞いを、そして香りを、まるで目の前にいるかのように、くっきりと脳裏に蘇らせる事が出来た。

これまでの8年間の間に、育朗に話したい事を沢山ためていた。

小さなころ囲炉裏を囲んで聞いた、六助じいさんの話がどんなに面白かったか。森の奥深いところにある小さな渓流が、森がどんなに美しいのか。今、どれだけ素敵な仲間たちに囲まれているのか。そして、どれだけまた会いたいと思い続けていたのか。

高校で自分がモテていることを知ったら、育朗はどんな顔をするのだろう。ちょっとは焼きもちを焼いてくれるだろうか。そんな想像までして、スミレはちょっと顔を赤くした。

「ううっ」

!近くで人のうめき声が聞こえる ――怪物の声ではない―― すぐ足元からだ。

 

スミレは高鳴る胸をおさえつつ、しゃがみ込み、両手で瓦礫を掘り返した。

固い土を掘り、岩を取り除いていく。WitDからの情報によると、あとほんの少しで上にかかっている土を取り除くことができる。

もう少し

もう少しだ

ひときわ大きい瓦礫をのけると、瓦礫の奥に空間が見えた。その空間の奥には……横たわる人の胴体があるッ! 胴体は規則正しく動いている ――男物の服を着ている――

彼は生きている!

間に合った!

「育朗!!」

スミレは最後の力を振り絞って、男の体を覆う瓦礫を取り除いていった。



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栗沢スミレ その3

もうすぐ会える。もう少しだ。

お願いだから、無事でいなさい。アンタは強いから、大丈夫よね。

この岩を取り除けば、顔が見える……

……だが、違っていた………

現れた顔は、育朗では無かった。

救出したその男が着ているのは、背中に大きくSWとロゴが貼られた、た作業服だった。

そもそも男は、日本人でさえなさそうだった。茶色がかった髪、鼻筋の通った目鼻立ち、こんな時でなければなかなかハンサム?と思えるような渋いオジサンだ。

男は完全に気を失っていた。スミレは折れそうな心を励ましながら、苦労して男を瓦礫の隙間から引きずり出した。

近くを流れる渓流の水を汲んで口に含ませると、その男はゆっくりと目を覚ました。

 

「ううっ……君が助けてくれたのか。ありがとう」

助け出された男が感謝のことばを述べた。英語だった。

「あなたは……?」

「……僕はピーター。SW財団と言う財団に努める……研究者さ」

ピーターは、頭が痛む と言う風に自分のこめかみを抑えた。

「こ…この森には研究のために来たんだけど……いや、ひどい目にあったよ」

(SW財団? 確かミキタカゾがそんなような財団のことを口にしたことを聞いたことがあるような気がする)

この男は誰なのか?信用できるのか?DRESSの人間とは思えないが……スミレは状況を飲み込めず、少し混乱していた。

(もしミキタカゾに関連しているってのなら、洒落がわかって、たぶんUFOの研究なんかしている、少し左巻きの財団なのかも?でも、どうしてそんな関係なさそーな財団がこんな危険なところに来たの?……育朗、あなたは何処にいるの? )

少し頭がはっきりしてきたピーターが、スミレの手をつかんだ。切迫した口調で、スミレに警告する。

「君、ここは危険だ。出会わなかったか? ――恐ろしい怪物がこの辺りをうろついているんだ―― 早く、この森から脱出しないとッ!」

ピーターの言う怪物とは、さっきスミレにおそい掛かってきたあの怪物のことだろうか。

「怪物って、なんですか。ここで何があったの?」

スミレの質問に、ピーターが顔をしかめた。

「……すまない、君に余計な危険を呼び込みたくない。だから詳しいことは話せないんだ。だが、君こそどうしてこんな山奥にいるんだい?」

と、WitDがスミレの額に出現した。

すると、スミレの脳裏に、ピーターがミキタカゾや億康と一緒にいた光景が浮かんだ。三人は、他の仲間と一緒に 木で作った船のようなものに乗っている。

だが、その船が怪物に襲われ、ピーターの目の前に怪物が現れ……

ビジョンが消えた。

だが、今のビジョンを見てピーターがミキタカゾと億泰の味方だと言う事が、はっきりとわかった。ならば、味方のはずだ。

スミレは心を決めた。 本当の事を話そう。

「私の名前は、スミレって言います。S市の高校に通う、ガクセーです。この森には 仲間……やっぱり同じコーコーセーの ミキタカゾ くんと 億泰 くんと一緒に来たわ」

スミレは、これまでに起こったことをかいつまんでピーターに話した。

「そうか、君がスミレさんか」

ピーターが目をぱちくりとさせ、そして顔を暗くした。

「そうか……ならば話のつじつまが合う」

「お願いです。ここで何があったか、教えてください」

「………わかった」

ピーターは大きく何度も息をすって、自分が経験したことを、スミレに話してきかせた。

 

元々、この地のとある『怪異』を調査するために、このあたりでキャンプをしていたこと。

突然、怪物に襲われたこと。

丸木車を作って、海まで脱出しようとしたこと。

脱出の途中で怪物に襲われ、丸木車から落ちたこと。

怪物に襲われ瀕死の重傷を負った自分を、東方仗助が助けてくれたこと。

……そして、東方仗助と橋沢育朗が戦ったことを、ピーターは話した。

スミレは、ミキタカゾと億泰が無事だったことを知って顔をほころばせ、育朗が元気な姿を見せたことを知って一瞬涙を溢れさせ、そして二人の戦いを聞いて真っ青な顔になった。

「育朗と……仗助君が戦った?」

あの伝説のヤンキーと……育朗が?

「そんな……それで今、育朗はどこにいるんですか?」

育朗と戦ったという仗助は、傷だらけで倒れていた。ならば、育朗は今どこにいるの?

スミレの質問に、ピーターは顔をゆがめた。

「……育朗君も……ここにいるよ」

「えっ……」

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

そう言ってピーターが指差したのは、爆心地の中心に転がる巨大な岩の下だ。

その岩は地面に半分うずまっている巨大な岩で、2階だての民家ほどもある大きさがあった。

 

「……爆発が起こったときに、育朗君がこの、『大岩』に押しつぶされるのを見たよ……この岩は今は横倒しになっているけど、爆発が起こる前は、今見える崩落した所の端、この渓流の横に直立していたんだ……」

「ちょっと、うそでしょ……」

スミレは呆然として、横倒しになり、半分地面にうずまっている巨大な岩を眺めた。

「いく、ろぉ……」

――――――――――――――――――

1999年 11月 9日 夕刻[M県K市 屍人崎近く]:

 

ポルナレフ達と別れた後、早人達はホル・ホースの先導で順調に海岸へ向って進み、夕刻には海岸近くを走る細い県道に到達していた。周囲に人の気配がないとはいえ、文明の、人の住んでいる気配がする所についに到達した一行は、緊張から解放され、ほっと安心して息をついたところだった。

「助かったわね……」

喜ぶアリッサに、ホル・ホースはニヤッとうなずいた。

「そうだな、ベイビー。ついに文明がある所に近づいてきたってわけだ」

ホル・ホースは地図を開いて、一行に見せた。

「周りの地形を見るに、今いるところは大体この辺だ。だが、この辺りはほとんど民家がねーな」

「でも噂だと、この道路はほとんど使われていないはずです」

未起隆が、ポンと早人の靴から元の姿に戻って言った。

「確か途中の道が狭くて、状態も悪いので、一週間に一回、車が通ればいい方だと」

未起隆は声を潜め、しかもこの道路には幽霊がいるという噂もあるんですよ。と低い声で付け足した。

「へッ」ホル・ホースが笑った。

「俺たちには宇宙人がついてるんだぜ、幽霊なんて怖くねーだろ」

イヤイヤ、宇宙人だって幽霊は怖いです。未起隆が首を振った。

「それで、どうしますか」

シンディが尋ねた。

「まだ、無線も携帯電話もつながらないみたいです。 ここで車が来るのを待ってますか、それとも……」

「その『それとも』の方だな」

ホル・ホースが地図上の一点を示した。そこにはぽつんと民家が書かれている。

「どんな物好きかしらねーがよ、こんな所にポツンと住んでるやつがいる、そこに行こうぜ。電話ぐれーあるだろ。何、あとたった1Kmくれーよ……なんて場所だ?シニンザキィ?」

その、屍人崎という地名の意味を聞いて、ホル・ホースはうげぇ……と心底嫌そうな顔をした。

「そうね……縁起が悪そうな名前だけれど、道もない山を進むより、はるかに楽ね」

アリッサがため息をついた。

「半端に休むより、動き続けていた方がいいわね……さっそく出発よ」

     ◆◆

一行は、ホル・ホースの提案通り、県道を辿って進んでいった。

県道とはいえ道は細く、曲がりくねり、あちこちに急坂があった。舗装されていない砂利道や、ところどころでは少し崩れている所さえもあった。だが、それでも道なき山を進むより、はるかに道中は楽であった。

一行は順調に進み、小一時間ほど歩いた後、無事目指す民家に到達する事が出来た。

そこは、『県道から森の中へ伸びる細い道の行き止まり』にぽつんと立つ農家で、今時珍しい純和風の建物だった。困ったことに、早人達がいくら大声を上げて呼びかけても、農家からは誰も出てこようとしなかった。

「誰も出てこないわね……車はある、でも人の気配がしないわ」

アリッサが言った。

「これは……マズイかも知れませんね……これ以上近づく前に、もう少し調べてみましょう」

未起隆が、ポンと双眼鏡に化けた。

その双眼鏡をホル・ホースがつかみ、周囲の様子を調べた。時折舌打ちをしながら、丹念に周囲を探っていく。

もう、周囲は随分と薄暗くなってきていた。もうすぐ、日も沈むだろう。

メギャンッ

ホル・ホースは双眼鏡を放り投げると、自分のスタンドを出現させた。

「あなた、何やってるの?」

アリッサが尋ねた。

スタンドは一般人には見えない。だが、まるで子供の戦いゴッコの様に人差し指を突出し、手を拳銃の形にしているホル・ホースを見れば、彼が自分のスタンドを出現させていることぐらいは、一般人でも予想がつく。

「この民家は何かヤバい、静かすぎるぜ」

ホル・ホースは、黙って待機しているよう一行に指示して、1人、農家へ入って行った。

ホル・ホースが探索をしている間、未起隆は、表面を岩に擬態した空間を作り、一行をその中に隠した。

しばらくして、ホル・ホースが門をくぐって出てきた。肩をすくめ、首を振っている。

「誰もいねー……だがどうやら、ゾンビが『どこから来た』のか解ったぜ」

ホル・ホースが言った。

「ドレスの奴らは、このあたりの村を一つ壊滅させやがったに違いねー。そして、村人を全員ゾンビにして周囲の家や俺たちを襲わせたんだ。おそらく、この家の連中は奴らに『喰われ』た」

「どうしてそう思うの?」

アリッサの問いに、ホル・ホースは首をすくめた。

「この家に住んでいた家族らしい死体を、見つけたぜ。それからこの家だが、表から見ると普通だが、裏はめちゃめちゃにぶっ壊れているぜ。こんなにも家をぶっ壊せる奴はよぉ……重機でも使わない限り、ゾンビか超パワーのスタンド使いぐらいなもんよ」

「そう……所で、今のところ危険な奴らは近くにいないのね」

「ああ……この周囲にはいないね。プロの俺様が念入りにチェックしたんだ。間違いねぇ」

ホル・ホースは懐から葉巻を取出し、カッコつけた動作で火をつけた。

「じゃあ安全って事ね。私も見てくるわ」

アリッサが言った。

「何か役に立つ情報があるかもしれない」

「オイオイ、中はひどいありさまだぞ、危険はないから止めねーが……中に入ったら何を見る事になるか、覚悟していけよ」

「わかったわ」

アリッサは、シンディと未起隆を連れて、農家の門をくぐった。

だが早人は、三人の後をついていこうとしたところで、ホル・ホースに首根っこを引っ掴まれた。

 

「ボーズはだめだ。この奥にアンサンが見ていいモノなんかねー」

「どうしてですか」

「家族の死体があるって言ったろ?」

 

「……ひどいものを見る、覚悟はできてます」

 

「ダメだ……こりゃあ、覚悟のもんだいじゃあねぇ……ガキが見るもんなんざ、この奥にゃぁ、なにもねぇ――ゼ」

ホル・ホースが首を振った。

 

早人は、ホル・ホースが妥協する気が無いのを見て取って、三人の後を追う事を、あきらめた。

「……そうですか、納得はできないけど、わかりました」

 

早人はホル・ホースに向き合った。と、言っても、特に話すこともない。

世代が違いすぎるし、これまで暮らしてきた環境も違いすぎる。そう思って少し気まずい思いをしていると、ホル・ホースがポンと早人の頭を撫でた。

「兄ちゃん、さっきは ――『自分達を置いて、ジョースケを助けてくれ』って言ったのは――かっこよかったぜェ。あんさん、肝っ玉の太い、かなりヤル小学生だなぁ……いろいろ武勇伝も聞いてるぜぇ」

ホル・ホースは拙い日本語で、早人に話しかけた。

「武勇伝だなんて」

早人は、うつむいて言った。

「……そんなものないですよ。僕なんて、成績も、運動神経も、なんのとりがらの無い普通の小学生です。僕はただ、必死だっただけです。ただ、父さんと、母さんと、仲良く暮らしたかっただけ……」 

でも、お父さんは殺されてしまった。早人はゴシゴシと目をこすった。そして、だからこそ母さんは僕が絶対守るんです と力強く、言った。

「そうか ボーズ、お前は残されたお母さんを、守りたいか」

ホル・ホースが、いつになく真摯に言った。

「当たり前です」

「母さんを幸せにしたいのか」

「ええ……」

早人は少しむっとしていった。

「母さんには僕しかいないんです。僕が父さんの代わりに母さんを守るし、幸せにするんだ」

「ヒヒヒッ。立派なことで。末恐ろしいガキだな」

ホル・ホースは、ふっと煙草の煙を空中に吹いた。

「……だがな、ボーズ。お前は間違ってると、俺は思うぜ」

「なんですって?」

早人が怒った声で聞き返した。

「お前の母さんはよォ〰〰お前の親なんだよ」

ホル・ホースが言った。

「いいか、『親』なんだ。話をきいてりゃ、ずいぶん立派な母さんじゃねーか ――尊敬するぜ―― そしてお前は『子供』だ」

「わかってますよ……何を当たり前のことを言ってるんですか?」

早人は、ぷいっとホル・ホースに背を向けた。

「ヘッ」

肝心な事を言う前に嫌われちまったかな……とホル・ホースは苦笑いした。

「ダメだな、日本語じゃあ上手く話せね――。イイや、違うな。やっぱりガラじねーんだ。ガキに偉そうな口をきくなんてよ。ヒヒッ」

ガキが元気で幸せじゃねーと、親は幸せになれねーんだぜ……

ホル・ホースが言わんとしたその言葉は、ついに口にされる事は無かった。



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ジャン・ピエール・ポルナレフ その1

1999年 11月 9日 日没直後[M県K市 名もなき高原]:

 

 

     ◆◆◆◆◆

そこは砂漠であった。ポルナレフは、墜落しているヘリコプターの近くに落ちている水筒を見ていた。

 

「ポルナレフ 水筒を攻撃しろ」

 

「……いやだぜ *** お前が……くらわしてやりゃあいいじゃねーか」

 

「ぼくだっていやだ!」

 

「自分がいやなものを人にやらせるなッ! どおーゆー性格してんだてめーッ」

     ◆◆◆◆◆

 

山の尾根を上る丸木車の上で、ふとポルナレフは昔のことを思い出していた。

あのつらく、厳しく、だが振り返ると楽しかった旅のことを。当時の事を思い出すと、今でも夜に寝れなくなるほど後悔に襲われたり、ニヤニヤが止まらなかったり、顔が赤くなったりする。

本当に、いろいろな出来事があった旅であった。

 

「ポルナレフさん、どうしたんですか? ニヤニヤして……失礼ですけど、ちょっと気味が悪いですよ」

隣で、そんなポルナレフの様子を見ていたアンジェラが、恐る恐る指摘した。 

 

「へっ?」

ポルナレフは追憶をやめ、あわててこれからのことに意識を引き戻した。

「イヤ、すまん。ちょっと考え事をしていた……それより噴上クン、そろそろ『ハイウェイ・スター』を探索に出してくれないか?」

 

噴上は、ポルナレフの指示に素直にうなずいた。

「了解だぜ。ポルナレフのおっさん。探索に出すのは50メートル先、でいいか?」

 

「いや、もっと先だ。500メートルくらい先を探ってくれ」 

 

「其処まで行くと、自動操縦モードになっちまう。大まかな位置しかわからねーが、良いのか」

 

「構わない。やってくれ」

 

「了解っす、ポルナレフさん……だが億泰ッ、コイツはグースカ寝やがって、いい気なもんだ、ムカつくぜ」

噴上は、だらしなく眠っている億泰を見てチッと舌打ちした。だが、ポルナレフの指示通りハイウェイ・スターを出現させ、丸木車の前方を走らせる。

 

億泰の方は、今の内に出来るだけ休養を取れと言うポルナレフの言葉を文字通りに受け取り、少しでも深く休むために、丸木車の上で大口をあけて眠っている。

 

ポルナレフは、涎を垂らしてだらしなく眠っている億泰を見て、またニヤッと笑った。このコーコーセー達は、一緒に旅をした『奴ら』よりも見た目はアホそうだ。だが、もしかすると性根は『奴ら』よりも真っ直ぐ、純朴で、イイヤツ等なのかもしれない。

それは単にもしかしたら、地方都市のガクセーと、日本屈指のオサレ都市である湘南地方のガクセーとの違いかもしれない。

確か、コイツラは当時の『奴ら』より、年齢もちょっと下か。

そう考えて、ポルナレフは苦笑した。当時の『奴ら』も、今ここにいる『彼ら』も、今の自分の半分以下の年齢なのだ。

気を引き締めねば。

自分はもう、ただ『彼らの仲間』なだけではいられないのだ。当時のジョースターさんのように、自分がリーダーとして『彼ら』を導き、先輩としてのアドバイスをしなくてはならないのだ。勝手に動いていい立場じゃあない。

ガラじゃあない。

がらじゃあないが、自分がリーダーって奴をやらなければ。

 

「!!スピードを落としてくれッ、『ハイウェイ・スター』が何か嗅ぎ付けたゼ」

噴上が、後方のアンジェラに声をかけた。

 

「了解ィッ」

アンジェラがスピードを緩め、ゆっくりと丸木車を動かしていく。

 

すると、先行していた噴上の『ハイウェイ・スター』が、走って戻ってきた。ハイウェイ・スターは、丸木車を小さな森の広間 ――『行き』に、多数のハンターを始末した戦いの跡地 ―― へと案内していった。

 

「感知したぜ……このあたりに、仗助のポマードの匂いがプンプンしやがる」

噴上は、丸木車が下ってきた道とは異なる、別の狭い木々の切れ目を指差した。

「ハンターどもの匂いが多すぎてよくわからねーが……ここを何体かのハンターが上がっていったようだぜ。仗助の匂いもここにある……悪いが、ピーターのおっさんの匂いはしねーな」

 

「仗助が捕まっちまった、と言う事だろうな」

ポルナレフが言った。

「噴上クン、他の人間の匂いはしないか?」

 

「ああ、匂いがあるぜ。人数はよく把握できねーが、確かにハンターとも、仗助とも違う臭いの持ち主が何人かいるぜ」

 

「……よし、俺たちも後を追うぞ。丸木車はここにおいていく。噴上君は引き続き 『ハイウェイ・スター』を前方に出して周囲を偵察してくれ……『十分気を付けてな』……あ――先頭を行くのは アンジェラ、君だ。その次が億泰、噴上 そして俺がしんがりだ。イイな」

 

ポルナレフは、億泰をたたき起こし状況を説明すると、アンジェラの後ろに付かせた。

「アンジェラ、真っ直ぐだ。しばらく真っ直ぐ丸木車を走らせろ。奴らが近づいてきたら、ハイウェイ・スターが感知して、お前に知らせる。だから合図があるまでは真っ直ぐだ……お前たち、先をいく事ばかりに集中しすぎるなよ……ハンターや仗助を倒したスタンド使いが、途中で俺たちをおそってくるかもしれん。それを忘れるなよ」

 

「……うっす」

 

周囲がうんざりする程こまごまとした指示を出していたポルナレフを、噴上が遮った。

「ポルナレフのおっさん……近づいてい来るやつがいるぜ……悪いッ 仗助の匂いに集中しすぎて、気づくのが遅れちまった。来るぜ!」 

 

「何人だ?」

ポルナレフは、噴上が指し示す方向に自分のスタンドを出現させた。

 

「1人だ」

んっ? と 噴上が微妙な表情を一瞬見せた。

「この匂い?」

 

そして……

ガサッ 

 

草木をかき分け、何者かが近づいてくる……

待ち構えていたポルナレフ達の前に現れたのは、スミレであった。

「億泰ッ!」

姿を現したスミレは、億泰の元気な姿を見て、顔をほころばせた。

「こんなところでまた会えるなんて、思ってなかったわ。元気そうで良かった……ところでミキタカゾは?」

 

「スミレ先輩じゃあないっすかぁ~」

億泰は歓声をあげてスミレの手を握りブンブンと振った。

「逃げられたんですね。良かったッス。心配したんすよ」

 

「お、億泰も元気そうね……それで、ミキタカゾは?」

 

「訳があって別行動してますが、アイツも元気っすよお~」

 

億泰の返答に、スミレは良かったぁ とニッコリ笑った。

 

「あなたが栗沢スミレ さんか」

初めまして とポルナレフが手を差し出した。

 

「貴方は……」

 

「俺の名は、ジャン・ピエール・ポルナレフ……アメリカ政府に雇われた、エージェントだ」

 

「!?……アメリカ政府のッ」

スミレが、さっと顔を曇らせ、ポルナレフから距離を取った。

 

「……いや、誤解するな……俺は、彼を助けたいんだ」

ポルナレフは、スミレにこれまでの事情を話し始めた。

二人が話しているとき、噴上がスミレの手を勝手にとって、その手の甲に自分の唇の辺りを近づけた。

 

パンッ!

 

「ちょっとおっ、あんた何者?何すんのよッ!」

とっさのことに、スミレはその手を振り払い、噴上のほほを張った。 

 

パシッとほほを張られた噴上は、もう一発、と目を三角にして手を振り上げたスミレを見て、まってくれ とあわてて両手を挙げた。

「まッ待ってくれ。誤解だッ、おれはただ匂いを確認しただけだッッ」

 

「何ですってえ?」

スミレの眉がキリリと上がった。

「匂い好きの変態ってわけ?」

 

「ちょッ……待ってくれ。あんた、育朗の探してたス……人だろ?」

 

噴上の言葉に、スミレは目を丸くした。噴上の襟をつかみ、激しくゆする。

「育朗?アナタは育朗を知っているの?どうして?」

 

――――――――――――――――――

1999年 11月 9日 日没直後[M県K市 屍人崎近く]:

 

農家の中に入ったアリッサ達が戻ってきたのは、それから約半時間後だった。

アリッサも、シンディも、そして未起隆も、農家の中でホル・ホースの警告通りの惨状 ――血だらけで真っ赤に染まった部屋の真ん中に、腹と頭を噛み千切られた男女の遺体が積み上げられている―― を目にして、皆青ざめた表情で、吐き出しそうになっていた。三人とも、ついさっき悪夢から覚めたかのような、顔だ。

「警告したろう、素人にはきついってな」

ホル・ホースはそう言うと、優しくシンディとアリッサの二人の手を引いて、芝生の上に座らせた。当然、男である未起隆は、どんなにしんどそうでも完璧に無視だ。

「見たか?あの死体を」

ホル・ホースの質問に、アリッサとシンディは顔を強張らせながら、うなずいた。

「対して収穫はなかったわ。わかったことは……」

三人の中でいち早く震えを止め、シンディが説明しはじめた。

「……ここの主人は植松 秀彰さん 今年50歳の壮年の男性で、最近結婚した奥様と 赤ちゃん……アミちゃんって名前だったらしいわ……そして年老いたご両親の5人家族だったようね」

シンディは、ブルッと体を震わせた。

「赤ちゃん以外の死体はすべて確認したわ。赤ちゃんは見つからなかった……食べられたのかも……」

「アナログ式の腕時計が、2時を指していたわ」

アリッサが言った。

「襲撃は朝2時に行われたようね、それから電話線が切られている……当然NETもないし、携帯の電波も届かないわ」 

それから、車も破壊されていたわ と、アリッサが付け加えた。

「持ち物を見る限りでは、ここのご一家はあまり裕福な暮らしではなかったようですね……強盗の犯行ではないようです。少しあった貴金属やお金はそのまま残ってましたから」

未起隆も、青白い顔で言った。

「ゾンビだ……」

早人が言った。

「ホル・ホースさんの言うとおり、この家は、ゾンビに襲われたのに違いないよ」

ホル・ホースが、うなずいた。

「そうだな、俺もこの家がゾンビに襲われたと思うぜ。計画変更だ。もうひと頑張りして、この家の裏山を越えた先にある海岸まで行くとしよう。ここはお宅たちには、チョイと危険すぎる場所だぜぇ」

アリッサ達はうなずいた。

「そうね、しんどいけれどもう一頑張りしましょう」

「早人クン、もう少し頑張れる?」

シンディの質問に、早人はうなずいた。

「……もちろんです、頑張りましょうッ!」

「いや、早人君はずいぶん頑張りました。だから、少し僕が手伝いますよ」

未起隆は、そう言うと ポンッ とその姿を変えた。

変身した未起隆は、早人の体を、包んでいく。早人の足の上には新しい靴として、ズボンの上に新しいズボンとして、上着を、そしてゴーグルのようなものが付いたヘルメットとして、形を変え、早人を包んだ。

「なっ!」

驚いている早人の耳元に、未起隆の声が聞こえた。聞こえてくるのは、早人の耳に装着されたイヤホンからだ。

『突然スミマセン。これはなんと、僕達が宇宙船で着ているパワード・スーツをまねたものなのですッ。もちろん僕はパワード・スーツそのものの機能を再現ではないのですが、僕の力を早人君に貸すことができます』

これで、楽に歩けるようになりますよ……と、未起隆は満足げに言った。

「あ……ありがとうございます、でも イイですよ。こんなにしてもらったら 未起隆さんに悪いですよ」

(まるで漫画ヒーローのコスチュームじゃあないか。正直恥ずかしい……うわぁ、シンディ姉さんがあきれてみている……)

 

早人があわてて元に戻ってくれと頼んでも、未起隆はどこ吹く風だ。

早人は恥ずかしさのあまり、早くアリッサとシンディの視線から逃れたいと願った。そして小走りに駆けて、先を行くホル・ホースに追いつこうとした。

そのとき、軽く走ったはずの早人の体が、ピョンと空を飛んだ。そして、たった一歩でホル・ホースのもとへと到着した。

「何だぁ」

拳銃を構えたホル・ホースが目を丸くしている。

……拳銃?早人も、目を丸くした。これが、もしや……ホル・ホースのスタンド、エンペラーではないのか。

そう思ってホル・ホースを見ていると、今度はゴーグルが上に跳ね上がった。すると、ホル・ホースが手をピストルの形にしているように見える。 ――拳銃は見えない―― だが、再びゴーグルが下りてくると、拳銃が見える。

「これは……」

『そうです。私の能力を貸すと言ったでしょ……これで、早人クンにも、私が見えているもの……スタンドを見る事が、出来るようになったのです』

未起隆が誇らしげに言った。

「スゴイや」

早人は興奮した。

「じゃ未起隆さんが手伝ってくれたら、僕も仗助さんや億泰さんのスタンドが見れるんだ」

 

はしゃぐ早人の耳に、微かに何かが聞こえた。

 

誰の泣き声だ?

「ちょっと静かにして、何か聞こえるよ?」

早人が耳を澄ませると、それは2階の屋根から聞こえてくるようだった。

先ほどと同じ要領で、力を込めてポンと飛び上がると、早人は簡単に二階の屋根に飛びつくことができた。

そして……屋根の上に登ってみると、そこの雨どいに丸められた布団が引っかかっていた。泣き声は、そこから聞こえてくるように思えた。

(まさか……)

『早人サン、行ってみましょう』

早人&未起隆は、屋根の上を走って雨どいのところまで行った。そこにあったのは、青地に泳ぐ魚がプリントされた子供用の布団だった。

ガムテープで乱雑に留められている布団を開くと、その中には、3歳くらいの小さな幼児がくるまれていた。



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ジャン・ピエール・ポルナレフ その2

1999年 11月 9日 日没直後[M県K市 屍人崎近く]:

 

「君、大丈夫?」

 

早人が声をかけると、幼児は腹の底から絞り出したような大声で泣き始めた。

「おかあぁぁぁさぁぁん!!!おかあさんッ。おかあさんッ!おっがあぁぁぁざあぁぁぁんっ」

 

「どっどうしたの、泣かないで……もう大丈夫だよ!」

 

「おがあぁさんどごッ!アミぢゃんッあ”いだい!!!!!」

アミと名乗った幼児は、ズビビと鼻をすすった。涙と鼻水とでぐちゃぐちゃになった顔をすり寄せ、早人に思いっきりしがみつく。

 

「アミちゃん、落ち着いてッ!もう大丈夫だからッ!!」

早人はすっかり動揺して、その子を抱いたままピョンと二階の屋根から飛び降りた。

 

ますます火がついたように大声で泣き始める幼児。あわてて、シンディに泣き叫ぶ幼児を押し付け、早人は何が起こったかをシンディに説明しようとした。

 

ところがシンディが幼児を抱くと、その子はますますヒステリックに暴れ始めた。

 

「ギィヤアアアアア!」

 

「大丈夫よ……落ち着いて! キャァ!」

思いっきりのけぞった幼児が、シンディの手から飛び出す。

 

「危ないっ」

間一髪、幼児が地面にぶつかる前に、早人が体を投げ出してその子を抱きしめた。年が少しでも近いからか、早人が抱きしめていると、幼児が少しづつ落ち着いていくのがわかった。

 

だが、シンディが近寄るとまたその幼児はヒク ヒクと大泣きをする兆候を見せた。

「よしよし……頑張ったな、もう大丈夫だよぉ~~お兄ちゃんが守ってやるからなぁ~~」

早人は、優しく幼児を抱きしめた。そしてシンディとアリッサに、『しばらく自分にまかせるように』と目で合図をした。

 

アリッサが困ったように頭をかきむしり、そしてシンディに話しかけ、また家の中に入って行くのがちらりと見えた。

 

「ヒン……ヒン」

やがて、泣き疲れた幼児が目を閉じた。

 

アリッサが、建物からいくつかの荷物を抱えて戻ってきた。

「当面の紙おむつとか、タオルとか、その子の着替えとか、それからおんぶ紐を持ってきたわ……元々この子のものなのだから、ちょっと拝借しても、泥棒にはならないわよね」

アリッサは、「でも これどうやって使うのかしら?」と、おんぶ紐を見て首をかしげている。

シンディも、どうすればいいか戸惑っているようだった。

未起隆も、もちろん早人も、おんぶ紐の使い方など知らなかった。

一行は、いったいどうすればいいのか、と頭を抱えた。

 

「あ……」

早人は、アミが『ジョジョジョとズボンを濡らしていること』に気が付いた。

恐ろしいことに、未起隆の変身したスーツにも、何か『黄色い液体』がついている……

「こっ……これは……」

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

『……早人さん、この子のオムツを変えてあげてください』

未起隆が、観念したような悲痛な声で言った。

 

「……アミちゃん、おしっこ 出た」

わたし、何にもしてないよ? と言わんばかりに、アミがつぶらな瞳を見開いて、言った。

 

「どうしよう……オムツなんて替えたことないよ」 

早人が言うと、私たちもよと、アリッサとシンディも顔を見合わせている。

「こ、これはピンチだよ」

 

だが、いつも助けは、意外なところからやってくると相場が決まっている。

今回のピンチに最も役に立ったのは、本当に意外な人物であった。

 

「オイオイ……ベイビー、こいつはおれの出番じゃねーか?」

おぼつかない手つきのシンディや早人を、見ていられなかったのだろう。ホル・ホースが二人を押しのけてアミを抱きあげた。そして、慣れた手つきであっという間におむつを取り替えてしまった。

 

「えっ?」

 

驚く仲間をしり目に、ホル・ホースは手早くおんぶ紐を、アミに装着した。そして、そっとおんぶ紐を担ぎ上げると、アミを優しく背中に担ぎ上げた。

アミは抱き上げられた一瞬愚図ったが、誰もがぞっとしたその一瞬を乗り越えると、あっという間にスヤスヤと眠りに落ちた。

 

「よし、いい子供だな……先を行こうや」 

ホル・ホースは、チュッとアミのほっぺにキスをした。

 

「スゴイ……尊敬します」

 

「あんた、どうしてそんなに手馴れているの?」

 

「お子さんがいらっしゃったんですか?」

 

「……子供はいね――ッ!だが、昔子連れの女と付き合った事があるんだよ。じっと見てんじゃねーぞ、さっさと先を行くぞ」

おんぶ紐を身に着け、背中に幼児を背負った子連れガンマンは、どう贔屓目に見ても似合ってなかった。

ホル・ホースは、煙草を吸おうと胸ポケットを手さぐりして……アミを背負っていることを思い出して、不承不承その手を止めた。その顔が、不満げにぷっと膨れた。

 

「……ぷっ……」

「フフフ……」

 

思わず失笑する女性陣に、ホル・ホースはいかにも不本意 といった風に顔を曇らせた。

その顔が、さらに笑いを生む……

 

だが、その時だ。

 

「血ィイイイイ!」

突然、叫び声が県道の方角から聞こえた。

「血の匂いだぁ!腹いっぱい吸ってやるぜぇ」

 

声は次第に大きくなる。

 

「ねぇ……プロの人が確認したから、この辺りには危険なものはいないんじゃなかったっけ」

アリッサがホル・ホースを睨んだ。

 

「あれだけ泣き声がすれば、そりゃ聞きつけてやってくるだろーよ」

ホル・ホースがため息をついた。

「下がってろ」

 

「ギシャアアアア!!」

家の門をくぐって、ゾンビ達が現れた。

 

「おらぁッ」

すかさず子連れガンマンがエンペラーを連射っ、あらわれたゾンビを瞬殺するッ!

 

「……すごい」

 

「ヘッ『簡単』だぜ、ベイビー」

ホル・ホースは、気取ったポーズでシンディの手を取った。だがその時、ホル・ホースの背中の幼児が、カッと、目を開いたッ!

「あっ……」

ホル・ホースがしまった……と、言った表情で、アミを見た。

アミと、ホル・ホースの視線が、ぶつかる。

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

「ヒッ……ヒギー!」

アミは胸いっぱいに息を吸い込み、大声で泣き始めた。

 

「まっ まじーぜッ……落ち着け、アミちゃんよぉー。ホラホラ、ブーブー・バァーブーブー・バァー」

あせるホル・ホースの背後に、新たなゾンビが迫るッ。

「しまった、エンペラーの防御が間に合わねー」

ホル・ホースが硬直した。

 

「うゎあああああああああ!」

間一髪ッ! ホル・ホースに飛び掛かかろうとしたゾンビの前に、早人が飛びこんだ。

早人は空中で、怪物の頭を蹴りつけるッ!

 

不意打ちの攻撃を受けたゾンビが、吹き飛ぶ。

だが、吹き飛ばされたゾンビは何事もなかったように起き上がった。今度は、早人に向ってゆっくりと向きなおる。

「このガキ……やってくれたなぁぁ~~」

「小僧ッ、まずはお前の血から、先にいただくぜぇ!」

 

「うっ……うわぁぁ」

ゆっくりと迫り来るゾンビに、早人は1歩、後ずさった。

 

ホル・ホースは、まだアミにかかりっきりだ。

 

『早人君、大丈夫です。ボクがついてます』

早人のイヤホンから、未起隆の声が聞えた。

『ゾンビは、頭を潰せば、倒せます………ボクの力を貸します……大丈夫、できますよ』

 

「うっ、うん……わかってる」

 

早人の右腕に被さっていた『未起隆スーツ』が、バラリと離れた。離れた服が、再びまとまって、未起隆の右腕になった。

その右腕の一部が、鉄の棒に変化した。

 

早人が鉄の棒を受け取ると、未起隆の右腕は再び『未起隆スーツ』となって、早人の腕を覆った。

 

『この鉄棒を使ってください……これで、ゾンビを叩きますよ……大丈夫、君なら簡単です。』

未起隆は、早人を鼓舞した。

『勇気を出して、素早く、断固としてやらなくては』

 

「小僧ッ!」

ゾンビが早人におそい掛かるッ!

 

「うっうっうわあああああああ!」

早人は、高くジャンプしてゾンビの攻撃を避けた。

そして鉄棒を思いっきり振りかぶって、ゾンビの頭部を殴りつけた。

すかさず、横殴りに鉄棒を薙ぎはらい、もう一体のゾンビの頭を刈るッ!

 

「Juuuuuu………」

「Gi Gi Gi Gi」

頭を吹っ飛ばされ、ゾンビは倒れた。

 

「うっ………」

その凄惨な光景に、早人は口を抑えた。

 

『……早人サン……辛いでしょうが、今は耐えて下さい』

未起隆が、優しく言った。

 

ターン!

 

遅ればせながらアリッサとシンディも銃を取出し、近くのゾンビに狙撃を始めた。

ゾンビたちは全身に銃弾を浴び、一体、一体と倒されていく。

 

「ふー!ふうーッ」

アミが大きな声で唸る。

 

「ちょっと、その子黙らせられないの!」

アリッサがわめいた。

「その子の泣き声がゾンビを呼ぶのよッ」

 

「じゃかましいぃ」

ホル・ホースはおんぶ紐を外すと、アミが凄惨な光景を見ないで済むよう、暴れる幼児の目をふさいだ。

「早人ォ、未起隆ァ、この子を連れて先に行きやがれ!後は俺が始末するぜ」

 

「わかったっ」

早人は、ホル・ホースからアミちゃんを受け取ると、出来る限り優しく抱っこした。そして、海に向って一目散に駆け出した。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月9日  夜 [A山近郊]:

 

ここから3Km、山の稜線を北西に行ったところだ。そこに古い病院後の様な廃墟がある。仗助もそこに囚われているはずだ。

 

ハイウェイ・スターは、一行に 近くの高台に廃墟があること、廃墟の中から仗助のにおいを見つけたことを説明した。

仗助の近くには、他にも4人の人間 ――おそらくスタンド使い―― がいることを伝えた。

それから、クリーチャーが無数に廃墟の中を徘徊していることも。

 

「二手に分かれるか」

噴上が提案した。

「陽動作戦だ。どちらかが正面突破。もう一方は裏口からまわって攻撃するっていうのはどうよ?」

 

「どうかしら」

アンジェラが首をかしげた。

「一緒にまとまって行動したほうがいいんじゃない?陽動作戦なんて、かっこいいけど私たちは5人しかいないのよ。バラバラに動いたら、危険よ」

 

ポルナレフは、噴上の考えに賛成した。

「二手に分かれるのは悪い考えじゃあないぞ。だが、やるのは陽動作戦じゃあない。挟み撃ちだ。今晩、俺が1人で忍び込んで仗助を取り戻す。お前たちは正面からこの施設を攻略してくれ……」

 

「正面からぁ?どうやるんだ」

噴上が尋ねた。

 

「噴上クン、キミのハイウェイ・スターに、連絡係をやってもらう。俺は仗助を確保したら。建物から敵を追い出してやる」

 

「おお……悪くねぇな」

アンジェラに翻訳してもらい、ようやく話についてきた億泰が、うなずいた。

「俺は正面から乗り込んで、奴らをノシながら行けばいいんだろォ?わかりやすくていいぜ」

 

「悪いわよッ」

アンジェラはノンノンと、指を振った。

「ポルナレフさん……いくら凄腕のポルナレフさんでも、1人じゃあ無理だと思います。私のスケーター・ボーイも遠くまで行けて偵察に向いています。だから潜入するのは、私とポルナレフさんの二人にしませんか」

 

「しかし……」

 

反対しかけたポルナレフを、億康が止めた。

「いいぜぇ……ポルナレフさん、アンジェラを連れていきなよ……残った俺達だけで問題ねぇぜ。キッチリ正面突破してやるよ~~」

 

「そうよ、単独行動は危険よ」

あなたまでやられて、肉の芽を植えつけられたら、ヤバイわ。スミレがズケズケと言った。

 

だが君たちが危険だ……そう言おうとしたポルナレフは、ふと宙を見つめ……やがて苦笑して頷いた。

「……そうだな、単独行動は危険だな……わかってるよ……」

だがお前達、勝手な行動をとって命を無駄にするなよ。ポルナレフは、 優しく――しかし正直気味い声色で―― 付け加えた。

 

「お、おっお――……俺のスタンドは時速60kMで遠くまで走れる。ハイウェイ・スターだからな。奴らを引っ掻き回してやるぜぇー」

 

「私も、自分の身は自分で守るわよ」

スミレが言った。スミレは、サバイバルナイフを腰に差し、ピーターから受け取った拳銃を手に持っている。

「銃弾の数には制限があるけど、ナイフもあるし、私にはWitDの予知能力もあるわ」

 

「銃なら俺達が持ってきたのもある。潜入には使えないから、スミレが持っていると良いだろう」

ポルナレフはそういうと、スミレに自分とアンジェラが持っていた二丁の拳銃をホルダーごと手渡した。

「重くなるが、銃ごともってきな」

 

「……ありがとう……」

 

「だけどスミレ先輩よ~、あんたは別に、仗助の救出に絡む義理は無いんだぜぇ」

億泰が、心配そうに言った。

 

「あら、そんなこと無いわよ」

スミレは、自分の為に体を張ってくれた億泰とミキタカゾの為にやるのだ。と言った。

「もう……私の『用事』は終わってしまったし」

と、スミレは哀しげに付け足した。

 

「………」

皆が黙り込む。

 

「!?待って。まだあきらめる必要はないわッ。仗助さえ助け出せれば、きっと大丈夫よ」

アンジェラが、スミレの手を取った。

「岩が崩れているのなら、仗助のスタンド、クレイジー・ダイヤモンドで元の状態に『直せば』いいのよッ」

 

「あっ……」

スミレの顔が、みるみる明るくなった。

 

「そう、仗助なら、育朗クンの上に覆いかぶさっている岩を取り除けるわ……まだきっと間に合うわよ。育朗クンは助けられるわッ」

 

「そうね……そう、次は私が育朗を助ける番なのよ」

スミレがうなずいた。スミレの声は話すたびに力が宿り、そしてはずんでいった。

 

「よぉし、じゃあそろそろ行くぜ。覚悟はいいな」

ポルナレフは、億泰、噴上、そしてスミレの肩をどやしつけた。

「おとりの役目は、お前たちに任せるからな。億泰、噴上、スミレ、気合入れろよぉー……だがいいな。無理するなよ。ヤバくなったら、絶対に逃げろ……」

(俺の仲間の、かつてのコーコーセードモに負けるなよ……)

ポルナレフは、もう一度三人の肩を力いっぱいドヤした。

(なんだか俺はコーコーセー達に弱いらしいな)

 ポルナレフの脳裏では、かつて共に旅した『仲間』の面影が、三人の上にかぶっていた。

 

-――――――――――――――――――

 

 

『彼』と『彼女』は、家族であった。

彼らは互いがまだ幼いころに出会い、そして同じ過酷な運命を共に過ごしてきた群れの一員だった。

周囲には彼らと同じ運命を背負った群れの仲間が他にも大勢いた。だが、『彼』にとって『彼女』が、『彼女』にとっては『彼』が、他と比較できない特別な存在であった。理由などない、それは、二人が幼い時からわかっていた事実だった。

二人は過酷な運命を共に甘受し、励ましあい、よりそって生きてきたのだ。

 

そして、二人の間に『子供』が生まれた。子供の笑い声、走り回る声……子供のすべてが、彼らの『灰色の生』を、色とりどりの美しい世界に変えた。

 

幸せだった。

だが、それももう終わりか。

 

『彼』は自分達の生命がもうすぐ終わることを知っていた。まだちょっぴり生きてはいる。だが、いつまで持たないだろう。

 

暗闇の中、少し体を動かすと、愛する『彼女』と、『息子』に触れる事が出来た。

『彼女』も『彼』同様息も絶え絶えだった。あの崩れ落ちる岩の下敷きになる『息子』をまもるために、二人は身を投げ出したのだ。だが二人ともまだ生きている。

『彼女』もまだ生きており、『彼』と『息子』を気遣っているのが感覚として伝わっていた。

『彼』はなんとかして『彼女』を力づけたいと願ったが、だが『彼』に出来る事はほとんど残されていないのは、良く理解していた。

 

――『息子』の息はだんだん弱くなり、その生命力の匂いが今にも消えそうになっていた。

――『彼』の全てを託すべき存在が、いま、消え去ろうとしていた。

 

もし、願いがかなうなら、自分が『息子』の怪我を引き受けられたなら……

何とかして、自分のこの残された命の力を、自分に移植された“何か”の生命エネルギーの力を『息子』にあげる事が出来ないのか。『彼』は心の奥底から願った。『彼女』もまた、『彼』と同じ考えであることはわかっていた。自分達の命を我が『息子』へ……

 

ズルリ

そして、『彼』の思いに応えるような、奇跡が起こった。

ここは魔法の土地だったのか、この土地が、自分の生命力を吸い出し、そして『息子』の元へ流れていくのが解る。代わりに『息子』の傷が、痛みが『彼』に流れ込んでくる。

その痛みは望むところだ。その痛みは、『息子』を守っている実感を与えてくれるものだ。

ときおり意識が遠くなり、『彼』は自分の命が消えていくのを確かに感じていた。だが、『彼』には恐怖はなかった。それは『息子』に生命力が戻るのを、命が助かるのを感じているからだ。 彼が感じているのは、歓喜であった。

 

『彼』―― バオー・ドッグ ――が最後に感じたのは、心温まる『息子』と『彼女』の匂い、そして自分の体から『何か』がぬるりと出て行く感覚だった。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月9日  深夜 [A山近郊の廃墟]:

 

夜になった。

ポルナレフとアンジェラは、一言も口を聞かず、こっそり こっそりと動いた。ハンターやゾンビの目を逃れて物陰から物陰に身を隠しながら、進む。

幸いな事に、周囲には壊れたコンクリートブロックやら、繁茂した背の高い雑草やら、あちらこちらにあった。姿を隠す場所には事欠かなかった。

たっぷりと時間をかけ、話し合い通りに目指す廃墟へ到達したところで、ようやく二人は一息ついた。

 

「ポルナレフさん……右手の壁の後ろに、ハンターが一匹いるわ。でもその周りには誰もいないみたいです」

アンジェラが囁いた。アンジェラは右手に水をたたえたコップを持ち、コップの表面の波紋を見ている。

「そろそろですよ……ポルナレフさん」

 

「よしッ」

ポルナレフは、タイミングを計って、壁の向こうにチャリオッツを出現させた。

 

バシュンッ

 

シルバーチャリオッツは、本人の視界が無いところで、何かを見ることはできない。見えない状態で、壁の向こうの気配だけを頼りに、剣をふるった。

 

壁の向こうで、チャリオッツのレイピアが、何かを切り裂く感覚があった。

「手ごたえあったぜ、殺ったか?」

アンジェラがコップの波紋を見てうなずく。

それを見て、ポルナレフは満足げにチャリオッツを収納した。

 

「スケーターボーイは、すでにあたりの探索を終えてます……近くにはもう何も敵はいないようです」

 

「そうか……じゃあ、行くか。俺が殺ったハンターが見つかる前に、仗助を探しだすぞ」

ポルナレフとアンジェラは、隠れていた壁から離れた。そして、目指す施設に向かって堂々と歩いて行った。

 

壁の裏には、先ほどポルナレフが倒したハンターの死体がぴくぴくと動いている。ハンターはポルナレフによって、一撃で首を刈り取られていた。恐ろしいまでの剣のさえだ。

 

「さてと、どこから入るかね――そうだなぁ、このあたりにすッカ」

ポルナレフはチャリオッツの剣で、建物の壁に小さな穴をあけた。

 

その穴に、アンジェラのスタンド:スケーターボーイがするりと入り込んだ。建物の中を、偵察するのだ。

 

スケーターボーイが入り込んだ先は、暗い、狭い、廊下であった。

近くには、何もいないようだ。

ゆっくりとスケーターボーイが周囲を見回すと、廊下を折れた先に、扉があるのが見えた。

残念ながらスケーターボーイの力では、ドアを開けることもできない。だが空気取り入れ口から中の様子を除くと、奥は広い部屋になっており、なにやら動き回る人影が見えた。話し声も聞こえる。

 

「ぁあああ、あったかい血がほしいぜ。あのお方が探している娘っこの血を飲んだら、うんめぇ――――だろうなぁ。あの小僧もだ」

 

「バカッ、黙れッ あの方々の耳に聞こえたら……」

 

「だがよぉ、あの小僧の変な頭を見てッと、ヒヒッ………ど・どうも、か、か、か齧りたくなんねーか?」

 

「ガガガガッ チゲーネェ……」

 

うげ……

アンジェラはゲッソリした。

扉の奥にいるのは、間違いなくゾンビだ、そして、たぶん仗助の事を話している……アンジェラはスタンドをひっこめ、建物の中で聞いたことをポルナレフに報告した。

「わかったわ、どこかはわからないけど、仗助はこの建物のどこかにいるみたい」

アンジェラは、ポルナレフに言った。

「それから、建物の中にゾンビがいるわ」

 

「わかった。ではさっさと侵入して、仗助を助けようか」

 

バシュッッ!

 

ポルナレフは今度は壁の穴を大きく切り取り、自ら建物の中に入っていった。

「そのゾンビは、どっちだ」

 

「……こっちです……気を付けてください」

 

「なるほど……」

ポルナレフはアンジェラの警告に耳も貸さず、無造作に建物を突き進んでいく。

そして、迷うことなく突き当りのドアを、ドカンと蹴り開けた。

 

ガァアンッ!

 

「な……なんだオメッ」

 

ブシュッ!

 

「ァ…ア・ゴッ!」

チャリオッツは、そこにいたゾンビを問答無用で切り刻んだ。

「もう一匹は、どこにいやがる?」 

 

「危ないッ!」

 

残ったゾンビは、部屋の物陰に隠れていた。

そのゾンビは、ちょうど自分に背を向けて探索しているポルナレフを背後から襲おうとしているッ!

 

「ポルナレフ先輩ッ!避けてくださいッ」

アンジェラはゾンビにむけて、波紋を帯びた飛び蹴りを放つ!

 

「XGyeeeek!」

アンジェラの波紋をまともに食らったゾンビは、まるで熱湯をかけられた雪だるまのように、白い煙を上げて……溶けていった。

 

助かったぜ。

ポルナレフはアンジェラに親指を立てると、興味深げに侵入した部屋の様子を調べていった。

「ふん……ここはなんだ。管制室か何かかぁ?」

 

二人が入った部屋は、円形をしていた。壁面には、たくさんのモニターや操作パネルなどがところ狭しと据え付けられている。

コンソールに積もった埃の厚みを見ると、あまり使われていないようだった。だが、まだ主要機器の電源は生きていた。

 

「これ、検視カメラのモニターかしら」

アンジェラが適当に選んだスイッチを切り替えると、目の前のモニターには外部の様子が次々と切り替わった。

「便利ねぇ……あたりの様子がよくわかるわ」

アンジェラはモニターをぱちぱちと切り替えていき、やがて、目指すものを見つけた。



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ジャン・ピエール・ポルナレフ その3

1999年11月9日  深夜 [A山近郊 T鉱山跡]:

 

「またまた連れて来たぜぇ〰〰っ」

森を抜けて噴上の『ハイウェイ・スター』が走ってくる。その後からはわらわらと ゾンビや、ハンター達が追いかけていた。

 

噴上は『ハイウェイ・スター』に血染めの シャツを羽織らせていた。

スタンドはスタンド使いにしか倒せない、それはゾンビとハンターの気を引くための目印だった。 シャツの血は噴上自らの血で、スミレが持っていたサバイバル・ナイフでチョッピリ自分の腕を切って絞り出したものだ。

 

ハイウェイ・スターに導かれたゾンビとハンターが、三人を見つけて歓声をあげた。

「Giyaxaaa!」

「Thichi Chiiiiiixtu!」

「Dowrryyy!」

 

意味不明の歓声を上げながら、ハイウェイ・スターが連れてきた怪物たちは億泰達めがけて走り寄ってくるッ!

 

「うわ……改めてこうやって見ると、気持ち悪いわぁ、このバケモンッ!死にやがれッ!」

スミレが嫌悪感に顔をゆがめながら、 ハンドガンを連射して、近くに寄ってきたハンターやゾンビの額に撃ち込んだ。

だが、どちらのクリーチャーも、倒れる仲間には見向きもせず、ぎらぎらした目で三人に向かって駆け寄ってくる。

 

「手筈通りに俺のハイウェイ・スターが怪物どもを引き付けた。億泰ぅ、そのあとはお前の番だぜ」

 

「おうょ。俺が一匹残らず退治してやるぜぇ~~」

億泰は、スタンド:ザ・ハンドをハンターの一匹に突っ込ませた。

 

ガオォンッ!

 

ザ・ハンドが右腕を一振りするたびに、ハンターの頭が無残にも削り取られる。

 

「Giyaaas!」

隣にいるゾンビが大声を上げ、億泰に向かって駆け寄ってきた。

 

だが、そのゾンビを、『ハイウェイ・スター』が狙い撃つッ

『ハイウェイ・スター』は非力さを補うために、石を両手に持ってそれを武器代わりに使っていた。噴上から離れた遠距離で、ハイウェイ・スターはゾンビの頭を破壊していく。

 

「フハハハハ……さあ―――、派手に暴れるぜぇィッッ」

噴上は、『ハイウェイ・スター』を走らせた。

『ハイウェイ・スター』が走るたびに、その後ろをゾンビとハンターが追いかける。

時折足を止め、数体のゾンビを破壊しては、また動く。

 

さんざんゾンビを引っ掻き回したところで、後ろから億泰が襲い掛かるっ!

億泰のスタンド:『ザ・ハンド』が、ゾンビの体を削っていく!

 

「おうぅっ。このまま突っ切って、仗助のやつを助けだしてやるぜぇ~~」

億泰は、吠えた。

 

その億泰を少し離れた死角から襲おうとしたゾンビの頭が、吹っ飛ぶ。

スミレが、ゾンビの頭を狙撃したのだ。

「急ぎましょ……」

まだ硝煙の登る銃をおろし、スミレが言った。

「今、WitDのビジョンが見えたわ、ビジョンの意味は完全にはわからないけど、私は、なるべく早くポルナレフさん達にあう必要があるみたい……」

 

「うっす……そういう事なら、まかせてくださいよ~」

 

それからどれだけ戦ったのか、いつしか三人は人っ子1人いない村に足を踏み入れていた。

その村に入ると、途切れなく噴上と億泰におそいかかってきた怪物たちが、ぴたりと動きを止めた。

 

ザザザッ―― 風が吹き、田んぼの後に生えた雑草を揺らした。

 

「ここは?」

 

「……廃村のようね」 

杜王町から北の方へ行くと、けっこうこんな感じでドンドン村がなくなってるのよ。と、スミレが言った。

「私の故郷も、もう一緒に暮らしてるお爺さんとおばあさんの二人しかいないわ」

 

「そうなのか……でも、だれも住んでなくてよかったぜ」

こんなバケモンがうろついているところに人が住んでいるところがあったら『最悪』だったからな。

噴上が言った。

「とっとと通り過ぎようぜ」

 

ガサガサガサ

 

三人は、雑草をかき分け、かき分け進む。

朽ち果て、崩れかかった古民家の庭も、元々道だったと思わしきところも、すべて雑草が生い茂っていた。

三人は知らない、この廃村は、昔、T町と言われ、今は廃坑となってしまったT鉱山の鉱夫とその家族で栄えた村であった。一時期は大いに流行ったが、すぐにその鉱物を掘りつくしてしまい、設立から、わずか10年ほどで再び消え去ってしまった町であった。

 

「なぁ……」

噴上が、スミレに尋ねた。

「言いづらいんだが、育朗の体の事、あんた知ってるのか?」

 

「何言ってるの?知ってるわよ。寄生虫バオーに侵されてるんでしょ」

 

「いや……そうじゃねぇ…いや、イヤ……そうだ。……それで、このままいくと……育朗が後何か月かで寄生虫バオーに体を喰らいつくされちまうんだ」

 

「……知ってるわよ」スミレが言った。

 

「あんたの予知はこの件について、何か言ってるのか?」

 

「いいえ……知らないわ。なんでだか知らないけど、ワタシの予知は、育朗のことについては、ほとんど働かないの……」

スミレが言った。悲しそうだ。

 

「なぁ、いいのかよ、そんなんで……おりゃぁ――納得いかねぇッ」

噴上は、なおも言った。

「だってよぉ、理不尽だろ。アイツ、そんな目に合っていい奴じゃねーだろ」

 

「わかってるわよッ!」

スミレが怒鳴った。

「いいわけないでしょ……でも、だからといってどうすればいいのよッッ!…………いまの私にできる事は一つだけ、ワタシは……私だけはどんなことがあったって育朗の横にいてあげるの」

 

「そうか……アンタ、強い奴だな」

 

「……強くなんてないわよ」

 

「育朗はよぉ……黙っていたけど、……俺たちにはみせねー用にしていたけど、アイツはずっと『絶望』してやがったョ」 

そう言うニオイがしたんだ。噴上は、ぼそりと付け加えた。

「俺がこんなこと言う義理じゃあねーかもしれねぇけど、アイツを、育朗のヤツを支えてやってくれよ」

 

「……もちろんよッ」

スミレは、目蓋をこすった。

 

「ところで、何で怪物共、ここにゃあ入ってコネーンダ?」

ずっと黙って二人の話を聞いていた億泰が、まったく違うことで首をひねった。

 

「そりゃあ、ここには、怪物達が怖がるようなもっとオッカネーものが在るんだろ」

フンッ と噴上が鼻を鳴らした。気が利かねー奴だ。

 

「気をつけましょう」

スミレがいつもと変わらない風に言った。

 

 

 

と、噴上が足を止めた。

「待ちなぁ……匂いがするぜェ。腐った匂いがよォ」

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

「あら、随分ね……」

廃村の崩れかけた民家の影から姿を現したのは、おなじみネリビルと、新顔の黒人の大男だった。

「はぁーい 億泰、久しぶりねッ」

ネリビルが、億泰にウィンクをして見せた。

「三人だけ……やってくれたわね……陽動に引っ掛かっちゃったわけかしら?」

 

「おいおい、俺にスケと戦えってか。よしてくれよ〰〰っ」

噴上が頭を振った。

「お前たちは、俺たちのコンビにゃあかなわないぜ。降参しろ」

 

「ご親切ね。好きになっちゃうかもォ……でも、そういうわけにはいかないのよ、ハンサム君。あんた達にこれ以上邪魔させるわけにはいかないからねぇ〰〰だから私はテイラーと一緒にあんた達と戦わなければならないってわけ」

なんて悲劇的ッ ネリビルは笑った。

「せめて、あんたたちの血を吸って、私たちの仲間にしてあげるわよ」

 

「へィ、色男よォ」

テイラーがふざけた口調で言った。

「ネリビルと戦うのがいやなら、俺がお前の相手をしてやろうか?お前がちょっとでも俺の相手になれるだけの力があればなぁ」

 

「……スミレ先輩よぉ、ここは俺たちに任せて先に行ってくれ」

億泰が小声で言った。

「頼むぜぇ~」

 

「……頼んだわよ、億泰、噴上クン」

スミレは、蒼白な顔でうなずいた。

「あんなクズに負けないわよね」

 

「モチロンだぜぇ~~ッ」

 

「まッかせなぁ!」『オリャァアアアアッ!』

 

ザ・ハンドとハイウェイ・スターが、同時に突っ込む。

 

その間に体をねじ込ませるようにして、スミレが走った。二人の間を抜け、田んぼ跡の草むらをかき分け、一気に廃村の出口 ――切り立った小山をのぼる細道―― に向って走るッ

 

「ッ!」

スミレを捕まえようと、その背中に向けて、テイラーとネリビルが手を伸ばした。

その手を、ザ・ハンドとハイウェイ・スターが阻んだ。

 

スミレは、後ろを振り返らず山道をどんどん走って行き、やがて森の中に姿を消した。

 

「あら……でも、まあいいか」

ネリビルが妖艶に笑った。

「1人でわれらの本拠に突っ込むなんて勇ましいわ……でも、これであの子もおしまいかしら……『あのお方』に捕まって……ね」

ネリビルは、唇に人差し指をあて、ウィンクしてみせた……

「仕方がないわね……代わりにアンタたちの体を引き裂いてあげるわ」

それとも血を吸って欲しい?

 

「油断するなよ」

テイラーが言った。

「最初から本気を出して、一気に片を付けるぜぇ」

 

ネリビルがスタンド:カントリー・グラマーをだした。

例のごとく、ネリビルとカントリー・グラマーが、金切り声を上げるッ

「おいで、お前たち!億泰クンの血はあなたにも分けてあげるわ!!」

「GaiGaiGaixtu」

「Doooduoo!」

「Buoowon」

すると、周囲のハンターがネリビルの周りにワラワラと集まってきた。

 

「やってみろォゥ、ダボが」

億泰が、ネリビルを取り巻くハンター達に特攻した。

「先手必勝だッボケぇッッ!」

 

「あら怖い」

しかし、ネリビルはハンター達にジャンプさせた。ハンターは、億泰を飛び越えて噴上に飛び掛かった。

「でも、まずはあんたよ、色男君♡」

 

「おおおおおぉ、来いやぁ!」

噴上は吠えた。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月10日  未明 [A山近郊の廃墟]:

 

ポルナレフがドアを開けると……そこには東方仗助が待っていた。

 

仗助はトレードマークの髪形を変え、金髪に染めたぼさぼさの頭にしていた。

「よぉ、元気で安心したぜ」

仗助は二人にむかって、ぼそりと言った。

 

その部屋は、元々は倉庫だったのだろう。打ちっぱなしのコンクリート床に、ガランとした空間が広がっていた。部屋の中心には赤錆の浮いたコンテナが転がり、 あちこちにスパナやねじ回し、ボルトナット等が雑多に散らばっていた。部屋の壁には、鉄製の棚が括り付けてある。

 

ポルナレフ達が入ってきた扉の反対側には、少し開きかかったシャッターがついていた。

そのシャッターの隙間から月明かりが差し込み、仗助の影を長く伸ばしていた。

 

「仗助……無事なのか?」

 

「ああ、おかげで大分調子がいいッスよぉ〰〰」

 

「どうやってここまで潜入したの?」

 

「……ああ、なんとなくここに来ればアンタたちに合える気がしてたんスよ」

 

仗助の態度が何かおかしい。大体、大事にしていたあの髪型を変えるなんて……本来ならあり得ないことだ。

アンジェラは嫌な予感を押し殺し、努めて明るく答えた。

「そッか。無事で良かった。ホントに心配したのよ。じゃあ急いで、ここを脱出しましょ。ここにはもう用は無いし、みんな待ってるわよ」

 

「……いや、悪いがそりゃあ出来ね――ッス」

仗助は悲しそうに首を振った。

 

「……仗助クン……前の変な髪形はやめたのか?」

仗助のもとに近寄ろうとするアンジェラを、ポルナレフが抑え、尋ねた。

 

「ちょっ……ポルナレフさん……どうして」

アンジェラが真っ青になった。

普段は温厚な仗助だが、髪形をけなされると 途端に人格が変わり、誰彼かまわず殴りかかる超危険人物になるのだ。

 

だが……

 

「いやー、そろそろ髪形を変えてみようかなって思ってね〰〰」

仗助がおどけてみせた。

「やっぱり、薄々変だと思ってたんすよ……それで、あの人より『もっと尊敬できる人』の髪形を真似してみたんですけど、なかなかいいでしょう」

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

「……DIO……か」

 

「そうっす」

仗助は、クレイジー・ダイヤモンドを出現させた。

「すみませんが、二人にはちょっと静かになってもらいます」

 

「仗助……お前も操られちまったのか」

ポルナレフは顔をしかめた。

(ジョースターさんのお子さんだ。怪我をさせたくないが……仗助クンのスタンド:クレイジー・ダイヤモンドは手加減できる相手じゃあない。悪いが、いきなりとっておきを出すぜ)

「チャリオッツ & エメラルドソードォッ!」

シルバーチャリオッツは、右手に銀色に輝くレイピアを、左手に『緑色に光る日本刀』のような刀を出現させた。

 

「へぇ〰〰カッケ―スタンドッすね。」

さすが、あの人が『認めた』スタンド使いっすね。

仗助が言った。

 

「レイピアとニホントウの二刀流だぜ」

ポルナレフは、仗助を睨みつけた。

「俺たちを静かにさせるといったな。やれるもんならやってみろ。実力でな。だが、しょぼい攻撃だったら……おめー、チャリオッツに切り刻まれるぜ」

 

「やめて……」

アンジェラがポルナレフのスタンドを見て、震え上がった。

「ポルナレフさんのスタンドで斬ったら、仗助が死んじゃうよ……」

「アンジェラぁ〰〰大丈夫だ」

仗助がにやりと笑った。

「ポルナレフさんよ――――ォ。あんたのスタンド、確かにカッケ―っス……だけど、そんなスットロイ刀なんかで、この俺の、クレイジー・ダイヤモンドのラッシュをとらえられると思ったら、大間違いだぜぇー」

 

「行くぞ……仗助。せめてもの情けだ、痛みは与えん!」

ビシンッ!シャシャッシャッ!

ポルナレフは、チャリオッツに剣を振らせた。ピッとレイピアの剣先を、仗助に向ける。左手に持ったニホントウは、肩に担いている。

 

 

「こえーこえー」

 

仗助がおどけた瞬間、チャリオッツが飛び込んだ。レイピアを、突き出すッ。

 

だがチャリオッツの突きは、ことごとくかわされた。

そして、チャリオッツが剣を引き戻すタイミングを突いて、クレイジー・ダイヤモンドが突進、その拳がポルナレフをおそうッ

 

バババッ!

ブゥンッ!

 

「クッ!」

今度は、クレイジー・ダイヤモンドのジャブを、チャリオッツがギリギリダッキングでかわした。

 

そこからは、一進一退の攻防が始まった。

 

幾度も突き出されるレイピアをかいくぐり、はねのけ、クレイジー・ダイヤモンドはチャリオッツの懐に入ろうとした。

 

一方、そうはさせじとチャリオッツは素早く動き、直線的なクレイジー・ダイヤモンドの突進をさばき続けた。

 

……チャリオッツとクレイジー・ダイヤモンドは、互いにクリーンヒットを与えぬまま何度も交錯した。

 

バミンッ!

 

二人はいったん距離を取り、互いの隙を探った。

 

「さすが……承太郎さんの元相棒っすね。あんた強ぇぇわ」

 

(クレイジー・ダイヤモンド……さすがに強い。……だが、こんなものか?汎用性の高い『直す』能力に加え、基本性能が高い正統派のスタンドと聞いているが……)

 

「もういっちょいくっス!」『ドラララッ!』

 

再び突っ込んできたクレイジー・ダイヤモンドのラッシュをチャリオッツがさばく。

だが、ポルナレフは、その攻撃が腑に落ちず、首をかしげていた。

(仗助のスタンド:クレイジー・ダイヤモンド……情報ではスピードと正確性が若干落ちるものの承太郎のスタープラチナと同等以上のパワーを持つはずだ……しかし、こりゃあ……)

 

考え込むポルナレフに隙を見つけ、クレイジー・ダイヤモンドが右こぶしを上段から振り下ろす。

だがチャリオッツはそれも難なくよけて、体勢が崩れたクレイジー・ダイヤモンドを蹴飛ばした。

(……確かに早い……だが、普通だ。こんなモンじゃ、俺のチャリオッツや、承太郎のスター・プラチナに比べりゃあ、二枚落ちの実力だぜぇ?)

 

「おい……それがお前の本気か……承太郎の話じゃあ、お前もっとヤル奴だと聞いてるぜ」

仗助にむかって、ポルナレフが挑発した。

「本気だせよ、東方仗助。今のままじゃ、勝負にもならねーぜ」

 

「……さすがに判ります?」

仗助が頭をかいた。

「実は最近ちょっと調子悪いんす。なんかクレイジー・ダイヤモンドのキレがなくなってるって感じなんすよねー……でも、俺の『直す』能力はさえまくりっすけどね」

 

ビシュッ

 

「何ぃッ?」

突然ポルナレフの足に、鋭い痛みが走った。

見ると、ポルナレフの足元を棘が刺さっている。

 

バシュンッ!

 

ミルミルうちに、棘は大きくなった。そして、棘はポルナレフの足を貫通して天井まで飛んで行った。

 

「先に床にむかって銃弾を撃ち込んどいたッす。それを今『直した』ってわけっす」

仗助が不敵な笑みを浮かべた。

「足を痛めましたね。どんどんいくっすよ……『ドラアアアアアァァ!!』」

 

「甘いぜ、エメラルドソードッ」

チャリオッツの左手のニホントウが、クレイジー・ダイヤモンドの左足を薙ぎに行くッ!

クレイジー・ダイヤモンドは素早くジャンプして、ニホントウの一閃を避ける。

 

「フン。また体勢が崩れたぜ」

ポルナレフが勝ち誇った。

「俺の、勝ちだ」

 

「うぉおおおお。クソッ!そんなに素早くて正確に動けるスタンドなのに、そんなに射程が長いなんて知らなかったっすよ……」

 

空中に飛び上がったクレイジー・ダイヤモンドの左肩に レイピアが突き刺さっていた。チャリオッツが飛び上がって、撃ち込んだものだ。

 

ダメージのフィードバックで仗助の左肩からも血が噴き出し、アンジェラが悲鳴を上げた。

 

「い…いってぇ……でも、かかったっすね」

仗助がにやりと笑った。

「あんたの動きも止めたぜ」

 

「何だと?」

 

『ドラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』 

クレイジー・ダイヤモンドが、片手でチャリオッツのレイピアをつかみ、固定した。

残された左腕でラッシュを放つッ!

 

ラッシュはチャリオッツをとらえ、チャリオッツは崩れ落ちた。

 

「ああぁぁぁぁ……ポルナレフさん……仗助ぇ……アンタ、なんてコトを!」

アンジェラが嘆いた。

 

と、そのときだった。

クレイジー・ダイヤモンドに殴られ、崩れ落ちたはずのチャリオッツの姿が、かき消えた。

 

 

「いや、これは……残像か……」

と、仗助がポルナレフの姿を探したそのほんのチョッピリの隙、そのほんの僅かな隙に、チャリオッツは仗助の背後に回り込んでいた。

ニホントウが、仗助の左胸、背後から、突然ぬるっと突き出される。

 

「うぉっっ……」

仗助は、ニホントウをつかんだ。その手から、血が噴き出る……

 

「ジョッ……仗助ッ!嫌ぁあああああ!」

アンジェラが、悲鳴を上げた。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

いつの間に回り込んだのか、仗助の背後にはポルナレフが立っていた。

ポルナレフはチャリオッツの左手のニホントウを、仗助の胸に突き刺しているッ!

 

だが、不思議なことに仗助は特段痛みを覚えた様子もなく、元気そうにしていた。

「こっ……こりゃあ〰〰??」

 

「仗助ぇ、お前は動くなよ……我が 新しい能力 エメラルドソードは望むときに非実体化することができる……お前が少しでも動いたら、エメラルドソードを実体化させ心臓を斬る……」

 

「……いやぁ……さすが承太郎さんの相棒っすね……どうやって俺のラッシュをよけたんですか」

 

「簡単だぜ、カッチュウを外した。そうすれば倍の速度で動けるって訳だ。 オィッ!! アンジェラ!」

 

「ハイッ」

 

「仗助を、波紋で気絶させろッ」

 

「わかりましたぁ!」

アンジェラが涙をグイッと拭いて、スケーター・ボーイを出現させた。

確かに『波紋』を喰らわせれば、仗助を正気に返らせられるかもしれない。

 

「いや、いま眠らせられるわけには、いかないっすね」

 

と、ポルナレフの体がグイッと後ろに引っぱられ、同時に仗助が天井に向かって上昇した。

 

「うおっ…………」

ポルナレフが振り返って背後を見るッ。

すると、ポルナレフが引っ張られている先に、杭が突き出ているのが見えた。

「チャリオッツ!」 

 

カリンッ!

 

あわててポルナレフは自分に突き刺さろうとしている杭を、シルバー・チャリオッツに切り落とさせた。

「……くっ……いつの間に、俺の体にこの杭の破片を仕込んで立ってわけか……そして、仗助の奴はあのプラットフォームの部品を一つ持って戦ってたってわけだな。それを直した」

 

 

「そうっす。仕込ませてもらっていました」

天井近くのプラットフォームに到達した仗助が、下を見て笑った。

 

その時だ。

「ポルナレフさん、後ろッ」

背後に迫る何かに気が付いたアンジェラが、叫んだ。

「すぐ逃げてぇッ」

 

ボガァアアアアンッ!!

 

突然、ポルナレフの背後が爆発した。

 

チャリオッツは咄嗟に周囲の空気を切り裂き、爆発を弾き返すッ。

「!?なんだと……」

 

「いやぁ……さすがっすね……オエコモバの爆弾でも仕留められないとはねぇ」

仗助がプラットフォームから飛び降りた。

 

爆炎の中から、長身の男が姿を現した。

男の肩には、鴉のような外観のスタンドが止まっている。

 

「紹介しますよ、こいつはエルネスト……スタンドは触ったものを爆弾に変える能力。オエコモバっす」

仗助が言った。

 

「そうかよッ」

ポルナレフは、よろよろと立ちあがった。



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ディオ・ブランドーとDIO その1

かつてディオ・ブランド―と言う男がいた。

彼は今から100年以上昔、19世紀末のイギリス下層階級生まれの男であった。彼は、強く数奇な運勢、高い知性と並外れた意思の力、そして漆黒の覚悟を持っていた。

 

そして、ジョナサン・ジョースターと言う男がいた。

彼はディオと同じ年代にイギリスの地方貴族(ジェントル)階級に生まれた男であった。彼は強烈な魂の爆発力、素直な心と頑強な肉体、そして黄金の精神を持っていた。

……そして、彼は『ジョジョ』と呼ばれていた。

 

対照的な性格・生い立ちを持つ二人の運命は混ざり合い、二人は互いを兄弟として育った。

そしてそれはまだ二人が数奇な運命に巻き込まれる前、寄宿舎での学生生活を送っていたときの事だ。彼らの父親のジョージ・ジョースターが、休暇中の二人をエジプトに連れて行ったことがあった。

 

二人は、そこで『奇妙な冒険』に巻き込まれた。

 

「は――ッはぁ――ッッ……ジョースター卿ありがとうございます………ジョジョッ……おッ……君が助けてくれたのか」

「……いや、君がサソリを防いでくれなかったら、僕たちは逃げられなかった……ありがとう、……ディオ」

「気合い入れろよッジョッジョォォオオオッ」

「……キミこそ……ディオッ!」

その『奇妙な冒険』の間、エジプトの地を歩き回る間に、二人は『自分が生涯において目指すべき何か』を見つけた。

1人は空を見上げて星をみて、 もう1人は地面の泥を見て ――目標を―― 見つけたのだ。

 

「これは?そうか、興味深いな……フン。だが、今の俺には手に入れるべき術もない……だが、いつかきっと、すべてを手に入れた後には……」

「太古の人々は何を思い、何を信じ、何を夢見て生きていたんだろう……ああ、それを学ぶことが出来れば、僕たちはもっと先に行けるのかな……」

 

だがその後、二人の運命は変転する。

ディオは自らのめぐらした陰謀が仇となり、養父に毒をもったカドでついに追い詰められた。だが彼はその時、義理の父親の血と石仮面の力で――人間を辞めたのだッ!

「俺は人間をやめるぞ!ジョジョーッ!! 俺は人間を超越するッ! ジョジョおまえの血でだァ―ッ!!」

 

ディオが人間を止めた後、兄弟は三度に渡って相戦い……そして互いに大西洋に沈んでいった。

 

「いくぞ!ジョジョ!そしてようこそ!我が永遠の肉体よ!」

「ディオ…君のいうようにぼくらはやはり ふたりでひとりだったのかもしれないな、奇妙な友情すら感じるよ…そして今、ふたりの運命は完全にひとつとなった…」

「ジョジョ…!?こ…こいつ……死んでいる……!」

 

     ◆◆

 

二人の物語は、1889年の大西洋で終わったはずだった。

 

だが時がたち、二人の新たな物語が始まる。

 

不死身の吸血鬼となっていたディオが、ジョジョの肉体を奪い、100年の時を超えて復活したのだ。

復活したDIOは世界を見て周り、この時代に対する知識を増やして行った。DIOにとって、100年の時を経たその世界は驚異だった。

 

永遠をいかにして生きるべきか?彼は少年時代に見つけた『目標』を今こそ手に入れるためエジプトに渡り、そこで新たな力:スタンドを得て旅だった。

 

「ふん、少年よ……このDIOと取引をしようって言うのか」

「俺はアンタが誰モノなのか知らねえ、き……興味もねぇ……だが、この《矢》を買ってほしい……あんたならこの値打ちがわかると聞いた!」

「貴様ッ! 誰に向かって話しているかわかっておるのか、馬鹿者がッ!!」

「なッ……体が動かんッ……キング・クリムゾンッ時間を吹き飛ばせッ!……馬鹿な……時…時間を吹き飛ばしたのにまだ体が動かん!」

「ヒャヒャヒャッ……貴様がどんな能力だろうが、この《ジャスティス》にかなうものかッ!DIO様以外に私の能力を破れるものなぞ おらんわッ!」

(くっ……やられるッ……こんな所で、『悪魔』と呼ばれたこの俺がッ まさか、まさかッ!)

「フフフ……気に入ったぞ、小僧。エンヤ婆、構わん。この少年に金を払ってやれ」

「あっ…ありがてぇ……」

 

     ◆◆

 

DIOは自分と同じスタンド使いを生み出す『弓』と『矢』を持って世界中を回る。

イギリスを……

「フン……跡形もないな……兵どもが夢のあと……という訳か」

 

アメリカを……

「自動車か……このDIOが生まれた時代は、馬車しか走っていなかった」

「太陽アレルギーだという事を信じてくれてありがとう。いつかわたしに合いたいと思ったらこの矢に気持ちを念じて呼んでみてくれ…………心に留めておいてくれるだけでいい」

「DIOに会いたい……人はなぜ出会うのか きっと彼ならその答えを知っている」

 

そして日本を……

「垓、吉廣、貴様らの仕事は日本である「組織」に接触することだ」

「その『組織』とは?」

「正確には、元『組織』らしい。フン……その組織の研究者が、私の『体質』に興味を持っているかもしれんのだ。見過ごしてはおけないからな」

「わかりました」

「……チッ……何でただのボロッチー写真野郎と、ツルムまにゃいかんのかよ」

「その組織はアメリカでも活動しているらしい……お前たちが動き出したことは、『神父』にも伝えておいてくれ。アメリカ側の調査は『彼』に任せようと思ってるからな」

 

そしてDIOは気づく、自分のスタンドの持つ強大な力に。そして、若き自分がエジプトの地で見出しかけたもの、真に自分が目指していたもの……天国に行く方法に。

彼は天国に行く準備に取り掛かり、そのために再び漆黒の意思で、ありとあらゆる邪魔なモノを無慈悲に踏み潰していった。

 

「幸福とは、無敵の肉体や、大金を持つ事や、人の頂点に立つ事では得られないというのはわかっている。真の勝利者とは、『天国』を見た者の事だ。どんな犠牲を払っても、わたしはそこへ行く」

 

「……『君は……普通の人間にはない特別な能力を持っているそうだね……ひとつ…………それを私に見せてくれるとうれしいのだが』……ヤツを本当に恐ろしいと思ったのはその時だった ヤツが話しかけてくる言葉はなんと心が……やすらぐんだ」

 

「わたしの《ザ・ワールド》をDISCにして奪えば君は王になれる やれよ」

「そんな事は考えたこともない……君は王の中の王だ……君がどこに行きつくのか?僕はそれについて行きたい……」

 

     ◆◆

 

だが、DIOが『天国』へ行くためにおかしたその非道は、結果としてDIOの元へ自分の宿敵、ジョースターの家系を呼び寄せる事になった。

100年前の世界で生涯を終えたジョナサンは、その血を、その黄金の精神を、魂の爆発力を、彼の子孫に確かに受け継がせていたのだ。

 

「このくそったれ野郎の首から下は わしの祖父ジョナサン・ジョースターの肉体をのっとったものなのじゃあああ――あああ!!」

 

「やつらは』 この俺の存在に気付いている*****ジョナサンの一族は……排除せねば…………」

 

「DIO様、大丈夫ですか?御けがは……さあ、治療してください。私の血をお吸いになって」

「ディビーナ……君は、私にとって安らぎだ』」

「DIO様」

「君は私にとって代わりのいない人間だ……信頼しているよ。私の体はまだ少し本調子ではないんだ。だから万が一の時は頼んだよ。信じている、ディビーナよ……」

「もちろんです、DIOさま、私のすべては貴方のためにあるのですから」

 

そして、再びエジプトの地で、DIOとジョナサン、二人の運命は再び交わる。

 

「人間は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる……お前は優れたスタンド使いだ……殺すのは惜しい……私に永遠に使えないか?永遠の安心感を与えてやろう」

「初めて会うのに、ずっと昔から知っている男……そうわしはずっと知っていた……懐かしい相手ではない。…………わしらジョースターの血はこいつといつか会う事を知っていた」

「これで…………ジョースターの血統もようやく途切れてしまう と言うわけだな わが運命に現れた宿敵どもよ さらばだ」

 

     ◆◆

 

そしてDIOは《ジョースターの血統と引き継がれる黄金の精神》にまたしても敗れた。破れた彼は、これまでの人生で他人から奪ったものをすべて返し、塵となった。

 

「じじいは……決して逆上するなと言った…しかし……それは………無理ってもんだッ!こんなことを見せられて、頭に来ねえヤツはいねえッ!」

「クックックッ 最終ラウンドだ! いくぞッ!*****!WRYYYYYYYYYY――――――ッ」

「てめーの敗因はたったひとつだぜ…DIO… たったひとつの単純な答えだ… 『てめーはおれを怒らせた』」

 

だが、DIOは本当にこの世から消滅したのだろうか?

 

「ああぁDIO様……ええ、分かっております。今がその……万が一の時なのですね」

     ◆◆◆◆◆

 

 

1999年11月10日  明け方 [A山近郊の廃墟]:

 

無事に廃墟に潜入したスミレは、恐る恐る目の前のドア――があった跡――をくぐった。ドアは、先ほど、突然スミレの目の前で吹っ飛んでいた。

 

ドアの跡をくぐり、建物の中に入ると、そこには全身ボロボロのポルナレフと、同じく左肩から血を流している仗助とが、対峙していた。

アンジェラが、部屋の隅につっぷしていた。

仗助の隣には、二人の男が立っている。

二人の男の内1人は、むさ苦しい口ひげを蓄えた小柄で小太りのインド人だ。その男からは恐怖を感じなかった。 

だが、もう1人の派手な格好をした若い男、その男からは、圧倒的な恐怖の匂いが発散されていた。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

「これは、これは……君を探していたよ」

派手な格好の男が、スミレを見てにっこり笑った。

「予知の少女よ、やっと会えたね」

 

声を聴いて、スミレはその男が誰だか理解した。

この男はエルネストだ。

あの時、東方仗助に邪悪な『何か』を植え付けた男だ。

 

「仗助が、肉の芽に……」

アンジェラが言った。

「逃げて……スミレ。逃げて、億泰君と噴上を連れてきて……」

 

「!? わかったわ」

スミレは我に返り、部屋から飛び出そうと振り返った。

 

だがそのスミレの手を、エルネストが捕まえた。

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

「そうはさせないよ。それに、私は君の能力が欲しいんだ。スミレ、君の能力を私に役立ててくれないかい?」

後悔はさせない。代わりに永遠の安心をやろう。

 

「なに……貴方……誰なの?」

 

「君が探し求めている『彼』にも、『安心』をやろう」

スミレの問いに答えず、エルネストは話し続けた。

この男の声を聴いていると、すうっと『この男の言う通りにしたい』と言う欲求が沸き起こってくるのは、どうしてなのか……

 

「なに、『君たちが恐れていること』が何か、私は知ってるよ……君たちが不安を感じるのも無理はない。今迄辛かったろう…わかるよ。かつての私も、君達と同じような苦しみを感じていたからね。だが、だからこそ、私なら君たちを救える」 

エルネストは手を伸ばした。

「君達に永遠の幸せを約束しよう……君達にはその権利がある。ちょっと、私に協力してくれるだけで、その権利が手に入る」

 

その男の微笑みに、スミレは何故か胸が締めつけられた。男がこちらを見るたび、頭がくらくらとしてくる……

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

「頼む、手荒なことはさせないでくれ、マドモアゼル」

エルネストは、少しぼうっとしているスミレの腕を『優しく』とった。

 

「ハッ……離してクソオヤジッ!やり方が汚いのよッ。だいたい何んだって言うの――?わ…ワタシに何をシロって…イ、ウノ……?」

スミレの抗議は、エルネストに見つめられているうちに、なぜか勢いを失い、尻つぼみになった。

 

「スマナイが君の能力をくれないか……実は、ある男に君のその素晴らしい《能力》を渡す約束をしてしまっていてね」

 

「な…何ですってぇ……?」

 

「私にも良く理解できないが、彼が言うには、『絶頂に居続けるため』に、君の力が必要なのだそうだ……」

エルネストは、優しい口調で言った。

「確かに、君の『力』は素晴らしい……」

 

「あ、ああぁ……」

 

「だが、私には、君のその力は、彼には『過ぎたる力』だと思うんだがね……自分の器を超える力を手に入れたとき、その力はいとも簡単に、かの人にとってのエピタフ(墓標)となる……そう思っているんだがね」

だが、契約は契約。ビジネスはビジネスだからね……と、エルネストは優しそうな口調でつづけた。そして次の瞬間、スミレの額をギリギリと締め上げた。

エルネストは、そのほっそりとした姿からは想像もつかないほどの膂力で、スミレの体を左手一本で高く、差し上げた。

「まだ、DISCが出来きってはいないようだが、無理やり取らせてもらうぞッ」

 

「クッ …… あ、ああああ!!」

宙づりにされたスミレが、悲鳴を上げた。

 

と、エルネストがスミレをつかんでいた手を放し、ぱっと飛びのいた。

 

パシュッ!

 

エルネストが飛びのいた直後、その空間をシルバーチャリオッツが切り裂いた。

ポルナレフは、満身創痍の体から力を振り絞り、エルネストに相対した。

「貴様ッ!その薄汚い手をスミレから離しやがれッ」

 

「ポルナレフ、またしても邪魔するかッ!」

エルネストが、スタンドを出した。

「だが無駄無駄無駄ッ!跡形なく消し去ってくれようッ!」

その時

 

「ちょっと待つッスよー、エルネスト」

と、東方仗助が、天井から飛び降りてきた。

「ポルナレフのオッサンは、俺が仕留めるっす……アンタは引っ込んでてくれ」

 

「何だと……」

エルネストが仗助を睨みつけた。だが仗助も一歩も引かず、逆にエルネストを睨み返した。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

「わかった……お前に任せよう」

フッと、エルネストが笑った。まるで風船から空気を抜くかのように緊張を解き、スタンドをひっこめた。

「だが……わかってるな、仗助」

 

「……ああ」

仗助が自らのスタンド:クレイジー・ダイヤモンドを出現させた。

「『天国』へみんなを連れていくために、俺が何をしなければならないか、よォ―――く理解してるッすよ」

 

「……やってみろ、一対一だろうが、二対一だろうが、それとも三対一だろうが、同じことよ!」

ポルナレフは、エルネストと仗助に、スタンドのレイピアとニホントウを、それぞれ突きつけた。

「かかってコィッ!」

 

「グレートッ。行くっすよォーッ。ポルナレフさん」

仗助が、凄惨な、だがどことなく悲しげな笑みを見せた。



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ディオ・ブランドーとDIO その2

ギュイイーンッ!

 

「仗助ぇ、もうやめてっ」

そこに、アンジェラが突進してきた。

スケーター・ボーイの能力で、靴につけた車輪をフル回転させ、仗助めがけて加速していくッ。

それは、人間とは思えないほどの素早さだ。

 

その隙に、スミレがポルナレフに駆け寄り、よろよろとしているポルナレフの肩を支えた。

 

「仙道回転蹴りッ!」

アンジェラが、波紋を込めた回し蹴りを放つッ!

だが、仗助のクレイジー・ダイヤモンドは、アンジェラの回し蹴りを難なく防いでいた。

 

『ドラッ!』

クレイジー・ダイヤモンドの力を利用し、アンジェラはいったん引き下がった。

懐からトンファーを取り出し、そしてひるむことなく仗助の懐に飛び込む。

 

『ドラッ!』

 

「!?くうッ……」

今度は、圧倒的なパワーのクレイジー・ダイヤモンドの蹴りを、アンジェラがかわした。

身をかわしざまに、波紋を込めたトンファーの連撃を撃ち込む。

「トンファー波紋連撃ィ――ッ!」

 

カッ!カッ!カッ

 

だが、トンファーの連撃も届かない。全て、クレイジー・ダイヤモンドの拳に撃ち落されてしまったのだ。

 

アンジェラはムキになって連撃を撃ち込み続けているすきに、仗助本体に足首をつかまれた。

「無駄ッス!」

 

仗助はアンジェラの足首を持ち上げた。

 

『ドラァッ!』

宙づりになったアンジェラは、仗助のスタンドに放り投げられるッ!

 

「キャアッ」

だが、アンジェラは空中で姿勢を変え、ダメージなくきれいに着地した。

「さすが仗助……強いッ!」

 

「クレイジー・ダイヤモンド、あの方のスタンドにどことなく外見が似ているな……そのパワーもだ」

(やはり、あの方の『肉体』と強いつながりがあるからか?)

エルネストが感想を漏らした。

 

仗助は、ペッと唾を地面に吐きつけた。

「アンジェラよぉ―――出来ればお前とは戦いたくねー」

降参してくれ。

 

「だめよ仗助、そうはいかないわ」

アンジェラは、再びスケーター・ボーイで突進する。

「私がアンタを止めるッ!」

 

「よせぇ――ッ、これ以上は手加減出来ねえ――!」

仗助が辛そうに言った。

 

「!?ジョウスケ、お前がやりづらいのであれば、私が殺ろうッッ」

エルネストが言った。

スタンド:オエコモバがジャケットのボタンを引きちぎり、アンジェラに向かってばらまいた。

「ボタンを爆弾に変えた……さらばだ」

 

「馬鹿野郎ッ!エルネストッ、てめー何てことしやがるッ」

仗助がエルネストを突き飛ばし、爆弾を掴もうと手を伸ばした……だが、届かないッ。

 

「こんなもの!」

アンジェラがスタンド:スケーター・ボーイの『車輪』の力で急回転し、空を舞った。

 

ドガアァ――――ン!

 

アンジェラの背後でボタン爆弾が爆発し、爆風がアンジェラを仗助たちに向かって押し出した。

 

「コォォォオオオオ……」

(そうよ、波紋を一撃でも入れれば、仗助を気絶させられるッ)

 

「アンジェラァッ!」

仗助が、クレイジー・ダイヤモンドでアンジェラを殴りつける!

 

ガスッ……

 

(クッ!こすっただけでもモノスゴイ威力だわ、でも、これなら当てられるッ)

アンジェラはギリギリ、クレイジー・ダイヤモンドの初撃をかわすッ。

「行くわよ。スタンド越しの波紋ッ!!ウルトラヴァイオレット・オーバードライ……ッ」

 

そのとき、横合いから飛び込んできたエルネストが、アンジェラの波紋を込めた一撃をかわして、生身で体当たりした。

 

「なっ!?」

 

「ほらッ」

吹っ飛ぶアンジェラを、クレイジーダイヤモンドが追撃する。

 

「しまったっ」

(クレイジー・ダイヤモンドのラッシュが来る……)

 

体を丸めて防御姿勢を取ったアンジェラに、クレイジーダイヤモンドが手に持った何かを投げつけた。

 

すると……次の瞬間、アンジェラは網の中につかまり、天井裏に吊り下げられていた。

すぐに、スミレも全身を拘束された格好で、アンジェラの隣に吊り下げられた……

 

スミレとアンジェラは、網の中で必死に暴れた。だが網 は丈夫で、びくともしなかった。

「しまった……」

 

 

残るはポルナレフ1人。

「クッ……二人とも今解放してやる。待っていろ」

ポルナレフは、天井から吊るされた二人に向かって、声をかけた。

だがそのとき、ポルナレフの足元が突然膨れ上がった。

「うっ……」

バランスを崩したポルナレフに仗助が投げた網が飛び……結局、あっけなくポルナレフは拘束されてしまった。

 

「チッ……しまったゼッ。ガッチリ捕まえられちまった。動けねーッ」

 

「わっ……私もです。何もできないッ」

アンジェラは、網に『波紋』を流してみて、力なく首を振った。

『波紋』のエネルギーはすべて床に散らされ、まったく効果を上げられなかったのだ。

 

「暴れても無駄デス。下手に動こうとすれば、体を痛めますよ」 

仗助の隣にいた口ひげの謎のインド人が、ユーモラスに首を左右に振りながらポルナレフとスミレ、アンジェラの前に立った。

「プライマル・スクリーム!」 

インド人がそう叫ぶと、三人を囲んでいた床がぐぐっと盛り上がった。

そして三人を、上半身だけを残した状態で、さらにガッチリと拘束した。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月10日  未明 [A山近郊 T鉱山跡]:

 

プッッ

吐き出した唾には、血と折れた歯が混ざっていた。

色々な処が腫れあがって上手く口もあけられないし、目蓋も良く開かず、敵の姿さえよく見えない。

(俺は、いったいこんな所で何をしてるんだ。もう寝ちまおう……そうだ。元々俺にはカンケ―ネー話じゃあねーか)

一瞬、意識が飛びかけた。思わず目をつぶった一瞬、残してきたスケたちの顔が浮かぶ。

 

(イヤ、まだ寝るわけにはいかねー。そうだ、俺がここで倒れたら、奴らは杜王町も襲うに決まっている。そうはさせねー、俺のスケには手を出させねー)

噴上は再び気合を込め、目の前の敵を睨みつけた。

「あらら、色男が台無しねぇ」

ネリビルが嘲笑った。

少しもったいなかったかしら?

 

「ぬかせ!このドブス」

噴上はガクガクする足を抑えて、大見得をきった。

だが、それが全くのハッタリである事は、自分でも良く分かっていた。

実のところ、噴上は気を失う寸前の処まで追い詰められていたのだ。

 

今までにここまでやられた事は2回しかない。

一度目は、珍走団の抗争上、止む無く相手の特攻隊長とステゴロのタイマンを張った時だ。奴は強かったが、何とか踏ん張って引き分けに持ち込むことが出来た。

もう一度は、東方仗助とスタンドで 遣り合った時だ。その時は噴上はボコボコに負けた。そう、完膚なきまでに。

 

だが、そのどちらの時も、少なくとも『殺し合い』ではなかった。

今回の相手は確実に噴上の命を狙ってきている。 まともに一撃を受けたら、それで終わりなのだ。

 

「Giaaaaaa!」

ジャンプから振り下ろされるハンターのカギ爪が、噴上をおそうッ!

 

「おりゃあああッ!」

噴上は、カギ爪をハイウェイ・スターで防御した。

だがハイウェイ・スターは、近接戦闘向きのスタンドではない。

ハンターの物理的なパワーを支えきれず、ハイウェイ・スターが膝をついた。

噴上も、スタンドのフィードバックを受けて両膝を地面につく。強烈な圧力に、噴上の肉が、骨が、関節が悲鳴を上げた。

だが噴上には、それでもまだ反撃の余力が残っていた。

 

『おりゃああっ!』

ハイウェイ・スターは、その手に持っていたナイフを、ハンターの脳天に叩きつけた。

 

「Cyaaaaaa!」

悲鳴を上げて、ハンターは崩れ落ちた。

 

だが、ハンターに続けて、ネリビル自身が飛び込んできた。

「非力なスタンドで頑張るじゃないッ。でも、これならどう?」

ネリビルは、楽しくてたまらないとでもいうような口調でいい、噴上を殴りつけた。

ゾンビの強烈な拳が、噴上を襲うッ!

 

「くそっ」

防御のために、噴上は慌ててハイウェイ・スターを呼び戻した。

だが、間に合わないッ!

 

「ぐおおぉ!!」

かろうじて直撃は避けたものの、自らをゾンビと化したネリビルの拳は強烈だった。

かすっただけなのに、その鉄の拳は噴上にダメージを与え、吹き飛ばした。

「あら、無駄に頑張るジャナイ……弱いくせに」

ネリビルは、ペロリと下口唇を舐めた。

その唇から、尖った牙が覗いた。

「あなたの血を飲むのが楽しみ。ドンドン行くわよー」

ネリビルは、ジャブを打ち込んだ。噴上をなぶるかのような、手打ちのパンチだ。だが、その軽い一撃でさえ、侮れない。

 

「ち、チクショウ」

悔しいが確かにヤバイぜ。

ハイウェイ・スターの力で、 噴上は必死にネリビルの攻撃をさばき続けた。

一発でもまともに喰らったら、終わりなのだ。

 

ゾンビであるネルビルの攻撃は、重く、早かった。

徐々に噴上は押され、押し込まれていった。

 

「降参しなさい、色男クン――そうすれば、せめてあんまり痛くない様に殺してあげる。むしろ気持よく逝けるかもよ♡」

 

「なっ、ナメヤガッてよぉ――」

噴上は怒りに、ブルブルと震えた。

「か、か、返り討ちに、してやるぜ」

 

「フフフフッ」

ネリビルが頭に手をやってセクシーポーズをとり、噴上を見下した。

「そうよ、そうよねェ……出し惜しみはいけないわよねぇ……そうだっ、あんたに……とぅうっておき を見せてあげるわアン」

ネリビルの肩にスタンド:カントリー・グラマーが出現した。

カントリー・グラマーが耳障りな金切り声をあげた。

その金切り声が、止んだ時だ。

 

カサ ガサカサッ カサガサガサガサガサッ

何かが近づいてくる音がした。

廃村にはこびる放棄された水田の跡から、はこびるススキやなにやらを踏み倒し、突き進む音が、聞えるっ。

 

「何だ、何が来やがる?」

この嫌なにおいはなんだ?

 

「すぐわかるわよ」

不安そうにきょろきょろする噴上を、ネリビルが嘲笑った。

「せっかちは損よ、楽しみに待ってなさい」

 

「!?」

と、ようやく噴上にも、何が近づいてくるのかわかった。

「マジか……」

噴上は隠れ場所はないかと、あたりを見回す。

だが隠れる場所など無かった。

 

噴上が右往左往している間に、荒れ果てた水田跡の藪を掻き分けて現れたのは、都合三体の巨大な大蜘蛛だった。

大蜘蛛は涎を垂れ流しながらもガチガチとその牙を打ち鳴らし、びっしりと剛毛(黒く、濡れている)が生えている八本の足をカタカタと打ち鳴らす。

気絶しそうになるほどの悪臭と、ガラスをひっかいたような鳴き声。

その口が、おぞましく蠢いた。

噴上を、補食する気だ。

 

噴上は足が震えてきた。

あんな化け物に食われるなんて、ゴメンダ。

 

「ウェブスピナー:液グモよ……あんたに対抗できるかしら?」 

ヒャゥ…ハァッ ハハハァッ! ネリビルが高笑いを上げた。

 

噴上の脳裏に、チラリと三人のスケ達の顔が浮かんだ。

「うぉぉぉおっ、止めろおッ!」

 

「Jiwsshhhuuuww!」

ウェブスピナーが、悲鳴を上げる噴上に飛び掛かった。

 

     ◆◆

 

「ヘイッ!兄ちゃん。さっきの威勢は如何したんだよぉお?!」

テイラーが嘲笑った。

 

「ちっ」

億泰は、油断なく地面を睨み付けていた。

棚田を少し降りた所にいる噴上のピンチも見えている。

だが噴上の苦境も気になってはいたが、今の億泰に手助けが出来る余裕は無かった。

 

ボコッ

 

目の前の地面に穴が空き、そこからアオダイショウ大の蛆虫が何本も飛び出した。

これが、テイラーのスタンド、ユンカーズだ。

 

「フン」

飛び出してきたピンク色の蛆虫は、すかさず億泰のザ・ハンドが掻き消した。

「お前、ほんとにキショク悪いスタンドを使いやがってよぉ~~だが、この俺の敵じゃねえな」

億泰は蛆虫の残骸を踏みつけ、テイラーに向かって全力で走った。

 

「うぼぉおああああァ!」

威勢のいい口調とは裏腹に、テイラーは億泰から逃げていた。

だがただ逃げているわけではない。口から人差し指大の蛆虫のようなスタンド、ユンカーズを次々に吐き出しながら逃げている。

 

テイラーを追って崩れかかった民家の角を曲がった億泰は、嫌悪に顔を歪ませた。

 

億泰とテイラーの間に、蛆虫たちがうごめいているッ!

蛆虫達は億泰の周りをぐるりと囲み、周囲の地面をほぼ埋め尽くしていた。

蛆虫たちは小刻みに身を伸縮させ、口から何かの液を垂れ流し、億泰の周りを取り囲んでいた。

 

その隙に、テイラーがまた億泰との距離を取った。

「ヘッ、何度やったって同じだよ。お兄ちゃん、あんた、とろすぎるんだよぉ」

 

「調子に乗りやがってよぉ~~」

億泰は、何とかテイラーを自分のスタンドの射程距離に入れようと、悪戦苦闘していた。

だが、テイラーに近づこうとするたび、ユンカースが無数に表れて億泰をおそってくる。

億泰が何とかそれを排除しているすきに、テイラーは再び距離を取ってしまう。

その繰り返しであった。

 

「フン……お前のスタンド、シンプルに強いよなぁ。だぁがぁあ、スタンドの能力ってのは、単純な強さなんかじゃあ計れねーよぉなあ。あれだ、バカとスタンドは使いようって奴だ」

(億泰の奴は感情的で挑発するとすぐ我を忘れると聞いたぜ……ここは奴を出来るだけ怒らせてやる)

テイラーは挑発を繰り返した。

「お前はバカだからなぁ、スタンドをろくに使えやしねーだろーなぁ」

 

ヌシャッッ

 

テイラーはトラッシュ・トークで億泰をあおりながら、隙を見てザ・ハンドの左足、右足と、ユンカースを食いつかせていった。

 

「うるせーぞこの野郎!!」

ザ・ハンドがあわてて左手を地面に向けて振りまわす。

 

「おっと、おめー動きがど鈍すぎるなぁ」

 

ヌシャッッ、ヌシィィッッッ

 

テイラーは余裕の笑みでさらに一匹、もう一匹と、ザ・ハンドと億泰に取りつく蛆虫の数を増やしていく。

 

蛆虫が一匹取りつくたびに億泰の顔がゆがみ、目に見えて動きが鈍くなって行った。

「てめー動くんじゃねーゾォ、削ってやるからよぉ」

 

「ヘッ……このブンブン丸野郎、ちょろ過ぎるんだよぉ!」

 

「こっ、この野郎ォ……」

 

(ヘッ、だいぶカッカ来てやがるぜ、よし、ダメ押しだな)

テイラーはさらに億泰を挑発した。

「こんなぼんくらじゃあ、兄貴も浮かばれねーよなあぁ……お前、もしかしてポンコツのお前の父親よりも頭悪いんじゃねーかぁ」

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

「だがよぉ、お前の親父も DIO様のおかげで死ねねー体なんだってなぁ」

ヒャヒャヒャとテイラーが笑った。

「お前、せめて父ちゃんが普通に死ねるようにしてやりたかったらしいなぁ……知ってるぜぇ、アホなお前は、親父を普通に死なせてやる術を、自分から棒に振っちまったんだろ?」

 

「何だ……と?」

 

「お前、親父さんを殺せるスタンド使いを、自分の手で殺っちまったらしーじゃねーか。ヒャッヒャッヒャッ……あのキラー・クイーンならよぉ。お前の親父を再生のまもなく木端微塵にできたんじゃあねーか? あぁああ?」

バカな息子を持つと、化け物になっても父親は苦労するよなぁ。 

同情するぜぇ。

 

テイラーが調子に乗って言い募ると、億泰は黙ったまま沸々と怒りを蓄えているように見えた。

しかし、台風後のダムのように、臨界線ギリギリまで水位が上がった億泰の怒りは、遂に『決壊』した。

 

「貴様ッ、許せん!!!!」

 

(来たぜ!大振りの奴だッ!奴の左手を避けて無防備などてっぱらにィー、ユンカーズをぶち込んでやるぜ)

テイラーは勝利を確信し、にやっと笑った。

 

「オラッ」

ザ・ハンドが大きく振りかぶった。

 

(よし、今だ!)

テイラーが一歩後ろに下がった。

 

ボゴォウッ!!

 

ザ・ハンドの左手が空を切るッ

 

あまりにも大振りなその一撃を簡単に避け、テイラーは自分の両手、口、鼻、目、耳など ありとあらゆる穴から、 蛆虫を何回りも大きくしたようなテイラーのスタンド:ユンカーズを吐き出すッ。

 

ドロレレレェーーッッ

 

吐き出されたユンカーズは、億泰を食い尽くそうと四方八方から同時におそい掛かるッ!

(ヨシッ、勝った。隙だらけだぜ)

テイラーは、勝利を確信し、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「クソッ! まけねぇぞお~……グッ。ウォオオオッ! いっ……痛ってぇ!!」

抵抗する億泰が、ユンカーズに飲み込まれそうなっていく……

 

「ヒャッヒャッヒャアア、お前の負けだ! ユンカーズッ!奴を食らい尽くせッ ―― ガッ?!」

 

と、突然テイラーの動きが止まった。

なぜか、体中に、無数の『足跡』が食い込んでいたのだっ!これは、スタンドだ。

「なっ……」

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

戸惑うテイラーの目の前には、顔を晴らした噴上裕也が立っていた。

「ファ……ファイゥエィ・スターを、じ、じ動操縦、モードにしたぜ。お前の体力をすべて吸い尽くしてやるッ!」

話しながら、噴上の顔の腫れがどんどん引いていく。それと同時に、テイラーの体から力が抜けて行った。

 

 

「きっ……貴様」

テイラーは億泰を睨みつけた。

 

「ほらよッ!」

億泰は、力を失った蛆虫を払いのけた。

 

「貴様ッ!怒ったふりはワザと……冷静に演技をしていたのか……うっ……ウギィイイいいッ!!」

テイラーは力なく、崩れ落ちた。

ハイウェイ・スターが、テイラーの体からさらに生命力を引き出していく。

テイラーの体のなかで、ハイウェイ・スターが触れいている部分が徐々に透き通り、背後の骨格がボンヤリと見えてきた。体が見る見るうちにやせ細り、声からもだんだん力を失っていく。

「あぁ、ぁぁ……ぁ…………」

 

「コイツは任せたぜ、噴上よぉ」

億泰はもう一度ビュンッ と空間を削り、そしてネリビルの真正面に瞬間移動した。

億泰のスタンド:ザ・ハンドの空間を削る能力の応用だ。

 

「ほりゃっ」

ザ・ハンドがその右手を振り回す。

すると、三体の大蜘蛛:ウェブスピナーが瞬時にその体を削り取られ、倒された。

ザ・ハンドの、空間を削り取る能力によるものだ。

 

「今度は手加減しね~ぜ、ネルビルさんよォ」

億泰は、獰猛に言った。



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ディオ・ブランドーとDIO その3

スタンド&クリーチャー図鑑

スタンド名:ユンカーズ
本体:ジェイク・テイラー
外観: 僅かにピンク色がかった蛆虫
タイプ:群体型・実体化型
性能:破壊力 - D / スピード - D /射程距離 - A / 持続力 - A / 精密動作性 - D / 成長性 - A
本体の口から人差し指大の無数の蛆虫を吐き出し攻撃させる。蛆虫は肉を食う事で『成長』する。『成長』に応じてスタンド使い以外にも目視できるようになり、かつサイズも巨大になっていく。


スタンド名:プライマル・スクリーム
本体:ダレル・チャダ
外観:人型をした岩の塊・実体化型
タイプ:近距離パワー型
性能:破壊力 -A / スピード - D /射程距離 - D / 持続力 - A / 精密動作性 - E / 成長性 - E
体をバラバラにして無機物と一体化する能力。スタンド:ストレングスのように一体化した無機物は膨張し スタンド使いでない者にも見える。 隙を見て、本体とスタンドを『がっちり掴んで』動きを奪う事ができる。


クリーチャー名:ウェブスピナー(液蜘蛛)
性能:破壊力 - C / スピード - C /射程距離 - C / 持続力 - C / 精密動作性 - D / 成長性 - E
能力: 巨大な蜘蛛。前足に毒を持ち、突き刺した相手の感覚を奪う事ができる。改造の結果、体表面が丈夫な肌で覆われており、毒や酸を中和する体液を分泌する能力がある。そのため、通常の生物では生存できないような環境でも行動できる と期待されている。


ガオンッッ!

 

「なっ」

あわてるネリビルに向かって、ザ・ハンドが容赦なくその右手をふるった。

その何でも削る右手は、ネリビルの足をも削りとった。

 

「!?イャアアアア!」

両足を削り取られたネリビルが、絶叫した。

「私のあぁあ足ィイイイ!」

 

「へっ、ゾンビ相手なら、遠慮なしに『削れる』ぜえッッ」

億泰は胸を張った。

 

 

「き、貴様……策士だな」

テイラーがつぶやいた。ハイウエイ・スターに『養分』をすいとられ、意識朦朧となっていた。

 

「?あぁあ……日本語を使いやがれ」

何言ってるわからねーぞ。億泰がふんぞり返った

 

……英語で話されていたテイラーのトラッシュ・トークは、億泰には全く意味が分かっていなかったのだ。

「ばか……な」

テイラーは気を失った。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月10日  未明 [屍人崎]:

 

大きな欠伸を噛み殺し、ホル・ホースはまたしても独りで夜の見張りについていた。

SW財団と合流してからずっと、ポルナレフと二人で交代しながら夜警にたっていたので、かなり睡眠不足気味だ。だがそれは自己犠牲やチームプレー精神の為などではない。自分の安全のために、素人に夜間の警護を任せたくなかったからだ。

 

月明かりを海が反射し、意外なほどに周囲を明るく見せていた。時おりうち打ち寄せる波が、幾重にも重なり、ゴウゴウと言う海鳴りを響かせている。静な夜だった。山の中を歩くこと3時間、ようやくたどり着いた海岸沿いの岬は、ホル・ホースたちの一行のモノを除いてまったく人の気配がしなかった。

 

だが、朝日が登ればSW財団の迎えが来るはずだ。

そうすれば非戦闘員を送り返して、ゾンビどもの掃討に移る事が出来る。敵にスタンド使いがいないのであれば、ゾンビの掃討など簡単な仕事だ。

 

「ヒン!……」

と、少し離れた所にまとめて建てたシェルターの一室から、アミの泣き声が聞こえた。すぐに、一緒に寝ていた早人が起きて、いろいろとアミに話しかけているのも聞こえた。

 

おそらく早人は、いまだに例の『未起隆スーツ』を着ているのだろう。

ホル・ホースはあることを思い出して、プッと笑った。日本の彼女の家に転がっていた漫画を覗き見したこと、を思い出したのだ。

『未起隆スーツ』を着た早人はその漫画の……何だかって言う名前の『漫画の主人公』が強制的に融合・強化された『殖装体』とか言うものに、そっくりだったのだ。話の筋はうろ覚えだが、あれも確か、『宇宙人』が着ていた宇宙服が元だったような……

未起隆の奴は、絶対あのマンガを読んでいたに違いなかった。

 

あの野郎ッ。ありゃあ、『宇宙人』なんかじゃあ、ない。ただのマンガ好きのガキに決まってる。

ホル・ホースは再びニヤリとした。

だが、どんなに追い込まれても、奴は自分が宇宙人のふりを絶対改めようとしなかった。

そういう意味では、中々のタマかも知れなかった。事実 未起隆が補助する事で、ただの小学生であるはずの早人の能力が格段に高まっている。

あの後、ゾンビを全部始末してから早人達に追ったホル・ホースが、結局、早人が目的地に到達するまでは追いつけなかったほどだ。

 

早人とアミのいるシェルターからは、何やらあわただしい声がまだ聞こえている。

耳を澄ますと、どうやらアミがまったく泣き止まないようだった。

「チッ……」

ホル・ホースはもう一度周囲を確認した後で、シェルターの元へ戻った。

シェルターの入り口近くに行くと、早人が困った顔で必死にアミをなだめようとしているところであった。

 

「ボーズ……貸してみろ」

ホル・ホースは余計なことを言う手間を省き、早人の手からアミをとりあげた。

そして、アミを『民家から取ってきた毛布』に包み、優しく抱っこした。ゆっくり、ゆっくりと揺すってやる。すると、やがて、アミは安心したのか、微笑みを浮かべて再び眠りについた。

 

「イイカ……この子が慣れていた匂いにくるむんだゼェ。安心するからな。それから、抱っこする時は、体から離れた場所で手だけで支えようとするんじゃねーぞ。不安定な大勢だと、この子が不安がる……いいか、こうやって心臓の音を聞かせてやるのよ」

腹が膨れて、清潔で、安心すりゃあ、赤ん坊は寝るゼ。

ホル・ホースは饒舌に、早人に赤ん坊の扱い方を説明した。

 

「あ……ありがとうございます」

早人は頭を下げた。『未起隆スーツ』に包まれて、早人の顔は見えない。

 

「いいって事よ。今どきのボーズが子供の世話なんてしてるわけがねーよなぁ。ヒヒッ」

 

と、二人の話しを聞きつけたのか、シンディが別のシェルターから出てきた。

「あらあら、夜泣きかしら……アミちゃんは元気?」

シンディはホル・ホースが抱っこしている幼児 ――アミ―― の顔を覗き込んだ。

「可哀想に……この子にとって、今日はとんでもなく恐ろしい一日だったのよ。たった一日で家族をすべて斬殺されたんだから」

トラウマにならなきゃいいけど。

シンディは、アミのほほをそっと撫でた。

「強く生きてほしいわね」

 

「ガキは強いもんだぜ……よく気を付けてやりゃあ心配いらねーよ」

ホル・ホースが肩をすくめ、少しの間だけ早人にアミを抱っこさせた。

 

「あら、意外と冷たいのね」

 

「余裕がねーだけだ。このガキをちゃんと育てるためにゃあ、まずは俺たちが生き残りゃなならんのだぜェ」

 

「……そうですね。でも、私たちは、ホル・ホースさんがいてくれるから、安心してるわ……本当に、感謝しているわ……」

 

「気にすんなよ、ベイビー……あんたこそ、災難だったな。だが、もうすぐ安全な所に帰れるってわけだな」

ホル・ホースは、再びアミを抱っこして、そういった。

 

「フフフ。そうですね。早くみんなで、安全なところに戻れるといいですね」

 

「……何か飲みますか?コーヒーを作りますよ」

早人が言った。

 

「あら……是非お願い」

だが、穏やかな夜は、何かが近づいてくる物音によって、終わりとなった。

 

ガサ……

 

「ホル・ホースさん……もしかして……」

いち早く異変に気が付いたのは、早人であった。『未起隆スーツ』によって強化された聴力のおかげだ。

 

「ああ、その『もしかして』かもしれねーな」

ホル・ホースは、三人を背中にかばった。

「シンディ、ボーズ、ちょっと下がってろ……アミを落とすなよ」

 

ホル・ホースも、しばらく前からその音の持ち主が 1人でゆっくり、ゆっくりとキャンプに向って歩いてくる気配には気が付いていた。

ただ、その音の持ち主がキャンプの外、スタンドの射程距離外で一旦止まり、それ以上近寄ってこなかったので、当面放っておいたのだった。

 

近づいてきた人間がエンペラーの射程に入った。そう判断してホル・ホースは立ち上がり、エンペラーACT2:サタニック・マジェスティーの腕だけを、出現させた。その腕は、エンペラーの銃をつかんでおり、物音がした方向に向けた。

 

バシュッ

 

次の瞬間、ホル・ホースは躊躇なく、その人物の足元を、エンペラーで打ち抜いた。

 

「ヒッ」

足元を打たれたその人物は、みっともない悲鳴を上げ、しりもちをついたようであった。

 

「おい止まれ、そこの奴……撃たれたくなければ、膝をついてゆっくり、ゆっくりこっちに這ってこい。赤ん坊みたいにな……バカ野郎、立ち止まるんじゃぁない。動き続けろ、ゆっくりだ」

ホル・ホースは、男が奇妙な動きをした瞬間にエンペラーを打ち込むつもりで、近づいてくる人物に警告した。

動きの弱弱しさ、遅さから おそらく 近寄ってきているのはゾンビでも、ハンターでもない事はわかっていた。だが、その人物の肉体がいかに弱くても、そいつが強力なスタンド使いであれば、危険きわまわりない事態になるのだ。

 

が、その男は ホル・ホースの警告を聞いて、逆に安どのため息をついた。

「その声は、ホル・ホースさんか……待ってくれ……僕だ。ピーターだよ」

 

キャンプにあらわれたのは、ピーターだった。

一体どんな目にあったのか、ピーターの上半身は血で染まり、まるでマラリアにかかったかのように全身をがたがたと震わせていた。

 

「おい、おい………どういうこった、こりゃあ?東方仗助はどこだ?」

 

「ピーター!大丈夫?」

シンディが駆け寄り、ピーターを抱きかかえた。

 

物音を聞きつけ、アリッサもシェルターから出てきた。

 

     ◆◆

 

何故ピーターがここに来れたのか?疑問は膨らむ。だが流石に子供とレディの前で、疲労困憊の男を質問攻めにするのははばかられた。

ホル・ホースは、ピーターが応急手当を施され、水分と栄養補助食を与えられるのを焦れた気持ちで見ていた。

もし今ここにいるのがホル・ホースだけだったなら、そんな事情など気にもかけずピーターを尋問しただろう。

残念だ。そんな思いさえもチラリとわいていた。

 

「あ……ありがとう……」

少し体力が快復した所で、ピーターは丸木車から落ちた後で何が起こったのか、ポツリ、ポツリと説明を始めた。

 

     ◆◆

 

「……それで、その青年がオリジナル・バオーに『変わった』のね」

アリッサがピーターに確認した。

 

「ああ……バオーと仗助君が戦って、仗助君がバオーを気絶させる事に成功したんだ」

 

ピューッと、ホル・ホースが口笛を吹いた。

 

「東方仗助、噂通り恐ろしく強いのね……あの……最強の生物兵器を一対一で打ち破るなんて」

シンディは、顔を強張らせた。

 

「ああ……仗助君は強かったよ」

ピーターは、暗く沈んだ声で言った。

「だがその時だ、その時……何か爆弾のようなものがその場に投げ込まれたんだ。仗助君は俺を庇って……」

 

バタンッ!

 

「ばかな、信じないぞッ!そんなこと…仗助さんが、やられたなんて」

早人は、思わず立ち上がって叫んだ。

 

「そうです。僕も信じません。仗助サンは、あの恐ろしい爆弾魔と戦って、勝ち残った人デスヨ……」

未起隆は首を振った。

「さっき、シンディさんも言っていた様に、仗助サンは《恐ろしく強い》人です。僕は無事を信じています」

だから、大丈夫ですよ。

未起隆は動揺する早人の肩を叩き、優しく慰めた。

 

早人と未起隆が少し落ち着くのを待って、ピーターは話を続けた。

「私は幸運だった。あわやと言う瞬間に、仗助君が私を爆心地から突き飛ばしてくれたから、かろうじて生き残る事が出来たんだ……」

 

「……そうですか」

ショックが抜けきれない早人は、力なく立ち上がった。

早人はアミを抱っこすると、自分のシェルターへ、トボトボと歩いて行った。

 

「って事は、――残念だが―― 後はポルナレフの奴が、『スミレって娘を救い出せるか』って話だけが残った訳だな」

ホル・ホースも立ち上がった。

「まあ、『女を助ける』のなら、ヤル価値は大いにあるがな……俺は少し眠るぜ。3時間たったら起こしてくれヤ」

 

「そうね、もうすぐ夜も開けるから、少しでも休んでおかないと……」

 

「ピーター……まずはゆっくり休んで。私はシンディのシェルターにいくから、私のシェルターを使っていいわよ」

ホル・ホースの言葉をきっかけにして、皆自分のシェルターに戻ろうとした。

 

「待ってくれッ」

ピーターが皆を引き留めた。

「もう一つ、皆に言っておかなければならないことがあるんだ」

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

「おい、何だってんだ?」

へラッとした顔で振り返ったホル・ホースは、ピーターの真剣な顔と目が合い、どうしたことかと、首をかしげた。

 

「この中に、*****がいるんだ」

ピーターが言った。

 

「何だって?」

 

「我々の中に、*****がいるんだよ」

 

「おい、よく聞こえねーぞ。もっとでかい声で言えよ!」

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

「この中に1人裏切り者がいる。DIOの信望者が、我々の中に紛れているんだ!」

ピーターが叫んだ。

 

「何言ってるの」

アリッサが眉をしかめた。

「ばかばかしい事、言わないで」

 

「我々の身元は、SW財団が徹底的に調査しています。裏切りものが入り込む隙など……」

シンディが首を竦めたまさにその時、不意にシンディの左肩に、ナイフが『現れた』!!

 

ナイフは、シンディの左肩に突き刺さっていた。

 

「なっ」

シンディは左肩を抑え、地面に突っ伏した。

「ナイフ……私の体に刺さっている……ど…して?……い…痛い」

肩から溢れる血が、シンディの体を濡らし、地面に広がっていった。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

「僕は、見ていない!」

早人が言った。

「シンディさんがナイフに突かれるのを!!……ナイフは、突然シンディさんの体に突き刺さった状態で現れたんだ……まるで……『時間が止まった』ように突然だったッ!」

 

「!?皆動くなぁ!!!!」

ホル・ホースはアリッサからいち早く離れ、皆に指先を向けた。

 

ボゴォッ!

 

突然、早人の足元が土煙を上げた。ホル・ホースがスタンドの暗殺銃で地面を撃ったのだ。

 

「お前ら、動くなよ。一歩でも動いたら……かわいそうだが『撃ち殺す』ぜェ」

ホル・ホースは皆を見渡し、酷く冷酷に、言った。

 

「そう、ホル・ホース……あんたが裏切り者だったって訳ね」

アリッサが、ホル・ホースを睨みつけた。

 

「うるぇーぞ……黙れ」

ホル・ホースが、アリッサの足元を撃った。

 

「ヒッ」

アリッサはおびえ、口をつぐんだ。そしてホル・ホースに促されるまま、ひき下がった。だが、時おりまだ反抗的な目で、チラチラとホル・ホースを睨んでいる。

 

「ホル・ホースさん……お願いだ、せめてシンディの治療をさせてくれないか」

ピーターが懇願した。

「僕に、あのナイフを抜かせてくれ」

 

ホル・ホースが一瞬 ためらい、そしてゆっくりと早人に向かって銃口を向けた。

「おい……宇宙人野郎、早人から離れな……お前がシンディのところに行って、ナイフを抜いてこい。治療をしてやれ」

 

「なっ…医師ではない彼に……何故だ?」

 

「駄目だピーター。お前が歩き回るのは許可しねぇぜ。動いていいのは、宇宙人野郎だけだ。わかったか?」

 

「……わかりました」

未起隆はパッと変化して早人から離れ、元の姿に戻った。

 

すると、早人の視界からホル・ホースの持つスタンド:エンペラーの拳銃が消えた。

 

未起隆は、ホル・ホースを刺激しないようゆっくり、ゆっくりと慎重にシンディの所に歩いて行った。そして、何度かためらった後、一気にナイフを引き抜いた。

 

「あぁああッ」

あまりの痛みに、シンディが大声を上げた。

 

「患部を抑えるんだ!」

ピーターが叫んだ。

「タオルで血が止まるまで、患部を抑えつづけろ!」

 

「!?わかりました!」

未起隆は、左手をタオルに変化させ、必死にシンディの傷口に押し付けた。

 

「ヒッ」

早人にだっこされていたアミが目をさまし、そして泣き出した。

「おねいちゃん、ないてる! バンバン持った おじさん こわいッ!!」

 

「大丈夫だよ。心配いらないよ アミちゃん……怖くないよ」

早人は、あわてて愚図るアミを抱きしめ、なだめた。

その時、早人は『ある事』に気が付いて愕然となった。

(何だって? もしかして、バンバン って、エンペラーの銃の事?このコ……スタンドが見えるのか……まさか)

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

(『時間が止まった?』そんな能力……時間を止めるスタンド使いなんて、本当にいるの?誰がそのスタンド使いなんだ……この子は?)

 

「ふぇええええん!!」

アミは、早人の腕の中で泣き続けた。



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山岸由花子 その1

1999年 11月 10日 朝 [M県S市 杜王町 ]:

 

「ユカコ、《お》電話よぉ~」 

階下から母親が、ニヤニヤしながら山岸由花子を呼び出した。

 

「わ……わかったわッ」

二階の自屋で本を読んでいた由花子は、寝そべっていたベッドから飛び上がった。階段を飛び下りるようにして、玄関へ走る。

 

今どき珍しいことに、山岸家の電話は玄関の横にしかない。しかも、玄関の隣は母親の私室だ。

必然的に、そしてオゾマシイことに、山岸家にかかってくる電話はほぼ全て母親がとる、と言うわけだった。

由花子も大学生の兄と中3の弟と一緒にだいぶ抗議をしたのだけれど、電話機を追加するための交渉の場で、弟が『このせいで彼女と別れた』とウカツに口にし、それですべてがオジャンになった。

弟は、後でキッチリシメておいたが……

 

由花子は母親から電話を奪い取ると、ニヤニヤしている母親を睨みつけた。母親が後ろに下がったのを確認してから、いそいそと受話器に出る。母親が『《お》電話』とワザワザ《お》を付けるときは、電話の相手は決まっている。

「……はい、由花子です」

(こんな時間に電話してくるなんて、康一君らしくないけど、どうしたんだろう? もしかして、寝る前に私の声が聞きたくなったんだったりして……フフッ)

 

「由花子さん、こんな夜遅くにごめんね……実はさっき承太郎さんから連絡があってね――」

電話越しに聞こえる康一の声……由花子はうっとりと目をつぶって、その声を堪能した。

 

「いいのよ康一君、 電話をくれてありがとう。時間なんて気にしないでよ」

由花子は弾んだ声で康一と話をしていた。だが、話が進むにつれてその声が硬い声に変わる。

「…………そう、わかったわ ……… 私も協力する」 

由花子は、しきりに礼を言う康一に 水臭いわね と優しく言って電話を切った。そして母親のところに行き、『これから外出しなければならない』と説明を始めた。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年 11月 10日 早朝 [M県K市 名もなき高原]:

 

ずっと昔から、『怪物』が自分の中に巣くっているのを、知っていた。

ずっと、自分の中の『怪物』が、自分の感覚を、感情を、痛みを、共に感じているのを。知っていた。

 

そして、『怪物』が『自分の体を少しづつ変えていく』のを、確かに感じていた。

恐ろしかった。

『怪物』の事を知ってから、常にどこかに、じわじわと感じる恐怖心があった。それは、幼いころに経験した、徐々に割れていく氷の上にいる感覚と同じものだ。氷がゆっくり割れる。だんだん、だんだん、ゆっくりと、危機が迫ってくる、だが逃げるすべがない、あの感覚……

 

だがその一方で、自分と『怪物』は共に戦い、お互いの感情を、力を、命を、そして運命を長い間共有してきたのもまた、事実であった。

戦いの中で、『怪物』の意思と、自分の意思が混ざり合い、一つになる……そんな経験を何度もしていた。

わかっていた。自分もまた、間違いなく『怪物』なのだ……と。

この真っ暗闇の中、最後を迎える時に一緒にいるのも、たぶんお互いだけだ。

 

……それもまた、良いかもしれない。

 

そう、この『怪物』は、ただの『怪物』ではない、自分にとっては、一番近しい『相棒』でもあるのだから。

 

だが今、男は、自分の体の中にいる『相棒』が、ぐったりと動かないでいる事に気が付いていた。

 

男は、相棒に向かって、そっと語りかけた。

 

『………お前も、もうおしまいなのかい?………そうさ、こうやって人知れず暗闇で終わるのが、僕たちにふさわしい終わり方なのかもしれないね』

男はそう語りかけた。そして、あきらめと、奇妙な満足感の入り混じった気持ちで、眠りにつこうとした。昔のように。

 

だが、だが、その時、男の心にある少女の面影が浮かんだ。

その顔が、男を心地よい眠りから引き戻した。男は自問自答し、奈落に引き込まれるような心地よい、眠りの誘惑に抗った。

(……駄目だ! このまま心地よい微睡の中で過ごすことを、誰が許す?僕は、僕たちはそれを許さない! せめてあの子を、スミレを守りきらねば……)

 

男は、橋沢育朗は、漆黒の闇の中で意識を取り戻した。

体はピクリとも動かせない。

息苦しく、そして目を開けても何も見えない。

そこは、まさに漆黒の闇の中だった。

 

当然だ。地面の下に埋められているのだから。

息さえも、満足にできない。

(相棒、もう少しここで頑張ってくれ……僕は、行くよ……)

『ブラック・ナイト!』

育朗は、自身のスタンド能力で『幽霊』となって、するりと岩をすり抜けた。

『幽霊』は多量の土砂をもぐり抜け、再び地上に出て、あたりを見回す。月明かりに照らされ、『育朗』の目に映った光景は、気が滅入るものだった。

 

育朗の本体が埋もれているハズの土の上には、巨大な岩塊がデンと鎮座していたのだ。

一体何百トンの重量なのか……いくらバオーと言えど、この岩塊をどけて地上に出るのは難しい。仮に何とかして地上近くまで来ることが出来たとしても、この岩塊を砕いている間に、酸欠で死んでしまうだろう。

いや、今だって危ない……残っている酸素は、例え仮死状態であっても、それ程長く持つとは思えない。おそらく、後3時間ぐらいか?

 

自分1人の話なら、この土砂の下で『相棒』とともに終わるのもよかった。誰にも迷惑をかけない安らかな死……それが得られるなんて、自分にとっては望外の幸せだ。

だが逝く前に、スミレだけは助けておきたかった。彼女を助け、せめて自分の短い命にも意味があったと思いながら、逝きたいのだ……

 

(だめだ、僕1人では脱出できない……助けが必要だ)

助けを求める『育朗』の脳裏に、これまでに知り合った強力なスタンド使い達の顔が思い浮かんだ。

きっと、ハイウェイ・スターなら、僕の体を再び見つけてくれるだろう。

シルバーチャリオッツなら、この岩塊を切り刻める。

ザ・ハンドなら、削り切ってしまえる。

そして、東方仗助のクレイジー・ダイヤモンドの能力ならば、きっとこの岩塊を砕き、弱った育朗の体を、回復させられるはずだ。

 

僕は彼らのことはよく知らない。でも、彼らは僕を助けてくれる。

なぜだかわからないが、それは確信できる。

 

まだ希望は残っている。

 

育朗は助けを求め、周囲の探索を始めた。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月10日  早朝 [屍人崎]:

 

 

「いいな……誰も、動くんじゃあねーぞ」 

ホル・ホースは冷や汗をかきながら、アミを除く1人1人に順繰りに指を向けていった。

早人には見えないが、その指にはホル・ホースのスタンド エンペラーの拳銃があるはずだ。

「俺の許可がでねーうちに、ちょっとでも動いたら、ソイツは脳天に風穴が開くことになる。わかったかッ!」

 

早人は、ホル・ホースから少しだけ離れた処 に立っていた。

疲れはてていた、もう3時間は立ちっぱなしなのだ。早人はアミをだっこしながら、岩場に寄りかかってぐったりしていた。

「ぶーぶー……あけちゃメ……」

アミは、たまに寝言を言いながら、早人の腕の中でスヤスヤと寝ていた。

ずっと抱っこしているので、早人の腕はジンと痺れ、もうほとんど感覚がなかった。

「……どうぞ」

未起隆がトレーを手に持って近寄ってきた。そして早人に、配給――パンと暖かい白湯、それから固形ミルク――を手渡した。未起隆はホル・ホースの指示により、皆に配給食を配る役目を引き受けさせられていたのだ。

 

「ありがとう、未起隆さん」

 

「いえ……今の僕に出来るのは、この位だから」

未起隆が、力なく微笑んだ。

「……早人クン、疲れていると思うけど、もう少しでSW財団の救援が到着します。それまでの我慢ですよ……ところで、アミちゃんは元気ですか?」

 

「うん……寝ています」

 

「少しだけ、抱っこを代わりますよ」

アミの抱っこして、その寝顔を眺め、 未起隆が笑みを浮かべた。

「アミちゃんが起きたら、その固形ミルクをお湯にとかしてあげて下さい」

未起隆は、そっと眠っているアミの頬に触れた。

「ちゃんとお湯は冷ましてからあげてくださいね。肌と同じ温度になったら飲みごろです」

 

(アミちゃん……)

早人は複雑な思いでアミを見ながら、そっとアミの頭を撫でつづけた。

まさか、アミにスタンド使いの素質があるなんて、思ってもみなかった……

 

(この子のスタンドは一体どんな能力なのだろう。でも、今はみんなには黙っていよう。アミちゃんが疑われないようにしてあげないとね……)

安らかに眠るアミの寝顔を見ていると、こんな時なのに心が落ち着いていく……

 

「未起隆さん、ありがとう」

 

「どういたしまして」

しばらくして、未起隆はアミを早人に返した。そして、隣にいるアリッサの処へと別のトレーを運んでいく。

 

アリッサは、苦虫を噛み潰したような顔で、未起隆を睨みつけた。

「フン……やっぱりあんた達は、グルだったって訳ね」

配給を受け取ったアリッサは、未起隆に向かってはき捨てた。

「いいタマじゃない。ずっと私たちをだまし続けてたのね!」

 

「僕は、何にも知りませんよ――僕は、『裏切り者』じゃあない……デス」

さすがの未起隆も、一瞬、顔を真っ赤にした。その後、その怒りを飲み込み、冷静な口調で話を続けた。

「アリッサさん、こんな時だからこそ、今こそ、いがみ合うんじゃなくて、皆が冷静になるべき時だと思うんですよ」

 

「なっ……」

 

「失礼しますよ……」

アリッサが反論を考えている間に、未起隆はプイッとアリッサに背を向けた。そして、別のトレーを持って、隣のピーターの元へ向かった。

 

その様子を見ていた早人は、アリッサの暴言に眉をしかめていた。

(アリッサさん……なんでこんなに怒りっぽい人がSW財団のリーダーなんだろう?少しヒステリー気味な所もあるし………)

 

早人はアリッサの様子をこっそり観察した。

率直に言って、アリッサは有能なリーダーだ。でも、親しみを感じるタイプではない。どちらかと言えば、冷酷なタイプだ。早人は、 昨日のアリッサの言動――アミが泣くせいでゾンビがやってくる―― と、『ゾンビのいる山の中にアミを置いて行こう』と言ったことを、どうしても許し、忘れる事ができなかった。

 

早人は、アミを優しくなぜた。

(こんな小さな子を置いて行こうとするなんて……あの人は、冷血で自分勝手だ)

……だが、いくら自分勝手だからと言って、自分たちを裏切ってDRESSの側につくだろうか?

早人には良く判らなかった。

それに、そんなことをして、アリッサに何の得があるのだろう?

 

未起隆は、隣のピーターに配給を配っていた。

ピーターはアリッサと違い、大人として落ち着いた風であった。

いたずらに騒ぐことなく、ピーターは冷静に配給を受け取った。未起隆に礼を言い、シンディの手当てをした時の未起隆の手際の良さを褒めた。

「いや、未起隆クンは本当に良くやってくれている。君がやってくれなかったら、シンディは助からなかったよ……」

 

「いえ、ピーター先生の指導のお蔭デス」

未起隆は、頭を下げた。

 

危機に陥っても、ピーターは冷静で、紳士的だ。

だが早人は、そんなピーターを不振のこもった目で見つめていた。

(ピーターさん……山を歩いて下りてきたんなら、山を登っていたポルナレフさんたちに会わなかったのかな?なんで血が付いたシャツを着ているんだろう?誰の血?)

正直、早人はピーターがいうように『仗助が殺られた』とは信じていなかった。

(ピーターさん……僕は信じません。仗助さんが死ぬなんてありえないです……きっとピーターさんが間違えたか、嘘をついているか どっちかだ)

正直、早人はピーターが嘘をついていると考えていた。いや、そう思いたかった。

ピーターが嘘をついているのならば、仗助が生きている可能性があるからだ。

 

だがその一方で、早人は、ピーターが嘘を言っていればいいな……と思っている自分を、自分の願望を、客観的に認識できていた。

 

 

ピーターの隣は、シンディだった。

シンディはぐったりと横たわり、岩に上半身をもたれかけていた。未起隆の懸命な手当てのおかげで、シンディの容体は、だいぶ安定してきたようだ。

 

未起隆は、再び丁寧にシンディの傷口を確認し、頭の横に白湯を置いた。

「ずいぶんしっかりしてきましたね。もう大丈夫ですよ」

 

「フフ……ありがとう」

受け答えるシンディの声も、だいぶしっかりしていた。この分ならすぐに元気になるだろう。

「アナタは命の恩人だわ。いつか、ちゃんとお礼をするわね」

 

「では、無事に杜王町にかえったら、美味しいパスタをご馳走して下さい。杜王町には、それは素晴らしいレストランがあるんですヨ」

 

「……フフフッ、それは楽しみね」

 

早人は、シンディに『ナイフが突き刺さった』時のことを、思い返した。

(シンディさん……無事で良かった。考えるんだ、誰も気が付かないうちにシンディさんにナイフを突き刺すことが出来るなんて、誰だ?)

 

最後に残ったホル・ホースに配給を配ると、未起隆は無言で、ホル・ホースと早人の間に座り込んだ。

ホル・ホースはずっと顔をひきつらせ、冷や汗を何度もぬぐいながら、一行をじっと睨みつけていた。

はたから見ていても、今にもきれそうなほど緊張している。

(ホル・ホースさん。本当に余裕がなさそうだ……暴走して銃を乱射されたら、僕たちはどうすればいいんだろう)

 

「ホル・ホースさん……少し休みましょウ」

 

「うるせぇ――ゾ。宇宙人野郎ッ、黙ってろ」

ホル・ホースは未起隆に向かって、ヒステリックに叫んだ。

 

未起隆は肩をすくめ、しゃがみこんだ。何を考えているのか、膝を抱えてじっと地面を見つめている。

 

早人は、その様子をじっと隣で見ていた。

(未起隆さん……なんだか、未起隆さんは信用できそうな気がしてるんだけど……)

 

誰が『裏切り者』なのか早人なりに考え、整理していく。本当なら、今まで一緒にサバイバルをしてきた仲間は誰1人疑いたくない。だが、ここにいる誰か一人が、シンディを刺したことは間違いないのだ。

早人が考え、整理した結果は以下のようになった。

 

 怪しい人 : アリッサ、ピーター、そして ホル・ホース

 信用している人 : シンディ、未起隆

 守らなくてはいけない人 : アミ

 

 

(思い出せ……シンディさんがナイフを喰らったとき、そのナイフの柄はどちらを向いていた?)

早人は仲間を1人、1人を順番に見詰め、必死に考えをめぐらせていた。

(今まで一緒にいて、何か『不自然』な言動をとる人は、いなかったかな?)

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月10日  早朝 [A山近郊 T鉱山跡]:

 

今まで闇に閉ざされていた林道が、朝日に照らされた。廃村からDressのアジトへと至るその林道は、ほぼ獣道同然に荒れ果てていた。だが、これから負傷した体を押して、この林道を登って行かなければならない。

スミレを追いかけるのだ。

 

噴上はまだ痛む体を無理やり動かし、寝転がっている億泰に向って手を差し伸べた。

「オラッ、億泰ゥ……肩をかすぜ」

クタクタに疲れ切ってはいたが、テイラーの養分を吸って回復していた噴上は、億泰よりは余力を残していた。

 

 

「無理すんな、俺を置いて行けよ~お前は早くスミレ先輩達と合流して、仗助を助けに行け」 億泰は噴上の手助けを断り、自分は後から行く と言い張った。

墳上と違い、ユンカーズに吸いとられたパワーが、回復していないのだ。

 

「てめー、ふざけてんじゃねーゾ」

噴上は、億泰の抗議を無視して、肩を担いで歩き続けた。

 

「いや、俺はちょっと休んでから行くぜ~~。クヤシイが、今の俺はセンリョクにならねぇからよぉ」

 

「……そうだな、確かに、ちょっと怪我したくれーで泣き事をほざく奴はいらね――なぁ……センリョクにならねぇ―――」

噴上は、いらいらとした口調で言った。

 

「だから、お前1人で行けよ……俺は後から追っかけるぜ」

億泰は、力なく首を振った。

 

何を言ってやがる。噴上は億泰の襟を掴み、締め上げた。

「確かにへタレてる奴はセンリョクにならねぇ〰〰。だがよぉ……『無敵』の右手だッ。あの仗助を倒しちまう程の敵と戦うにゃあ……絶対にお前のスタンドが必要だぜ。お前の、『無敵』の右手がよぉ」

だから、俺が連れてってやるゼ。

噴上は、億泰の右肩を担ぎ上げた。そして、ハイウェイ・スターが億泰の左肩を担ぐ。

億泰の両側を、生身の体と、スタンドで支え、一歩、一歩進んで行く。

 

「へっ…………馬鹿野郎が」

億泰が、ニヤっと笑った。

 

厨二……いや、ヤンキー臭丸だしな会話をしながら、二人はゆっくり、ゆっくりと進んだ。半死半生のネリビルとテイラーをおいて、荒れ果てた廃村を出ると、切り立った山の間を縫うようにわずかに残る林道を、進んでいく。

事前のハイウェイ・スターの調査によれば、この林道跡を抜ければ、目指す組織の建物に到達するはずなのだ。

 

「仗助の奴を助けたらよぉ、一発ぶん殴ってやるぜェ~~あの野郎、1人でカッコつけやがったからよぉ~~」

億泰が言った。

 

「『左手』で、か?」

 

「『右手』でだ……おっと、スタンドでじゃね~~~奴は俺の拳で直接、思いっきり殴ってやるぜぇ」

億泰が笑った。

 

だが次の瞬間……

 

「!?グハッ!!」

突然、億泰が白目をむいた。体をビクビクと痙攣させ始める。

そして、驚いている噴上の目の前で、あっという間にぐったりと頭を垂れた。

 

「……おい、どうしたんだよ」

噴上は億泰の様子を確認し、顔色を変えた。億泰の様子がおかしい。

「お前、ガタガタ震えてるじゃねーか……どうしたよ、寒いのか?」

 

「うぅううっっ」

億泰は、何かを話そうと必死にのどをかきむしり……そして、意識を失った。

「冗談はよせッ つまんねーぞ テメぇー!!」

噴上は、意識のない億泰を肩からおろした。その体をそっと地面に横たえて、様子を確認する。

まだ息はある。

心臓もしっかり脈打っているようだ。

だが、億泰はまったく反応しない。

声をかけても、頬を叩いても、ピクリともしない。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

噴上は、億泰の服に『人差し指大の穴』が開いているのを見つけた。脇腹だッ。

あわてて傷口を確かめると、そこには、

‐黒く

‐濡れている

‐剛毛の生えた

巨大な昆虫の足が刺さっていた。

 

「!?馬鹿な……」

噴上は、あわてて億泰の脇腹に刺さっていた足を引き抜いた。傷口は小さいッ。だが億泰は白目をむき、ピクピクと体を震わせている。意識がほとんどないようだ。

(こりぁああ、毒か……?)

 

「クククク」

下方から笑い声が聞こえた。

墳上は、林道の下を覗き込む。するとそこには、うつ伏せとなったネリビルが、笑っていた。二人を追って、両腕で這って来たのだ。

「彼、ウェブスピナーにやられたのね」

 

「お前、意識があったのか……答えろッ!億泰がどうなったのか……どうすれば奴を助けられる?」

噴上は、ハイウェイ・スターをネリビルの目前に出現させた。

 

「ハ ハハハッ――ひゃひゃひゃッ――ヒヒヒ」

ネリビルは壊れた時計のように、カタカタと首を振って笑った。

「かわいそうにィ。ウエブスピナーの毒、は犠牲者をゆっくり麻痺させるわ……やがて、息をするための筋肉まで麻痺していき、最後には心臓まで麻痺するのぉ」

助かる手段はないわ……ネリビルが楽しそうに笑い、右手に掴んだ『何か』を噴上に向かって投げつけた。

 

ビュンッ

 

「クッ…『ハイウェイ・スター』ッッ」

墳上はスタンド:ハイウェイ・スターを飛ばし、ネリビルの頭を殴りつけた。

 

「ギャビィィィ……」

ネリビルは吹っ飛び、今度こそ確実に昏倒した。

 

一方、左手に痛みを感じた噴上は、自分の手を確認した。そして、最後にネリビルが投げたモノが何かを知って、頭を抱えた。

「やっちまったぜ……チクショウ……」 

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

親指大の太さの黒い剛毛の奥から、毒々しい黒と黄色の縞模様の地肌がのぞく。『それ』が、噴上の左手の甲に、おぞましくも突き刺さっていた。

 

そう、『それ』はウェブスピナーの爪だ。

 

そうと認識した途端、左手がカッと熱を放ち、吐き気がこみ上げてきた。

「うぅ……うっ……」

噴上の視界が暗転した。

 

そして、何もわからなくなった。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月10日  朝 [屍人崎]:

黙って互いをにらみ合う時が、何時間も続いていた。

いつの間にか日がのぼり、少しづつ暖かくなってきた。

 

「……」

早人は、かじかむ足を小刻みに動かし、少しでも早く体を暖めようとしていた。

 

「……あんた、どうして私たちを裏切ったのよ」

長い沈黙の時間を破り、アリッサがホル・ホースを詰問した。

「あんたが昔、DIOに雇われた暗殺者だったってのは、知ってるわ、でもその契約はとっくに終わったんでしょ、どうして?」

 

「へっ?」

ホル・ホースはあっけにとられた顔で、マジマジとアリッサを見つめかえした。肩をすくめ、バカらしそうな口調で言った。

「オイオイ、よく考えろよ。俺がSW財団との契約を破棄して『裏切った』だと?何をどう勘違いしたらそう思えるんだぁ?………言っちゃあ悪いが、アンサンたちを殺るのなんて簡単なんだぜェ。もし俺がアンサンの敵だったら、もうとっくに殺ってるゼェ」

 

「何を言ってるのよ。今も、私たちにスタンドを向けてるクセに」

アリッサが鼻を鳴らした。

 

「そりゃあ仕方がねー。この中に『裏切り者』がいるんだからよォ――」

ホル・ホースは額の汗をぬぐった。

 

「ねぇ、ピーター……誰が……誰が、『裏切り者』なのか、本当に知らないの?」

シンディが尋ねた。ナイフを喰らったシンディは、呂律が回っていない。つっかえ、つっかえゆっくりと話していた。

「あなた、何か聞いて無いの?」

 

「わからないんだ」

ピーターは、かぶりを振った。

「わ……私がその話を聞いたのは本当に偶然だったからね。聞こえたのは、『SW財団のヤツラに忍び込ませた奴と、連絡とれたのか?』って言葉だけさ」

 

「……つまり……私たちの中に、恐ろしい能力を持つ裏切り者がいることはわかっているけど、それが誰だかわからないって事ね」

シンディは喘ぎ、喘ぎ言った。

 

「それだ、そいつが問題だゼ……」

ホル・ホースは、遠慮なく1人1人をにらみまわした。

「DIOのスタンドは『時間を止める』能力を持ってやがった。思い出せヤ……さっきシンディの胸に『ナイフ』が突然突き刺さったよなぁ……いいか、時を止めている間にナイフを突き刺すってのは、ありゃあDIOがよくやっていた手だぜ……つまり、どうやってかしらねーがお前らの誰かがDIOのスタンドの力をほんのチョッピリ、使えるってぇことだ」

 

「ほんのチョッピリ?」

 

「もし裏切り者の能力が長いこと『時間』を止められるって事なら、僕たちはもうとっくに全滅してる って事が言いたいのかい?」

 

「その通りだぜェ、ピーター」

ピーターの言葉に、ホル・ホースはうなずいた。

そして、SW財団の三人をにらみつけた。

「悪いが、アンタたちを監視する必要がある」

 

「アンタだって、怪しいわよ……」

 

「スタンドは1人に一体だ。だから俺と未起隆は、裏切り者の『容疑者LIST』にはいないって訳よ」

 

「どうかしら?あんたの言葉をどうやって信じろって言うのよ」

アリッサが疑わしそうに言った。

「そのルール、例外はないの?」

 

ホル・ホースの目がすっと細くなった。

「Ms.アリッサよー、アンサンこそ自分が『裏切り者』じゃあないって言う証拠を出せや」

 

「な!……私たち……私とシンディ、ピーターの身元はSW財団の綿密なチェック済みよ」

ありえないわよ アリッサが鼻を鳴らした。

 

「ハッ…そりゃどうかな?……昔、DIOはSW財団の身元チェックを受けた船員の中にゃ、スタンド使いを紛れ込ませたことがあったぜ。身元調査なんか、ごまかすのは簡単なんだよ。――しかも、その時やぁ《船長》がそのスタンド使いだったんだぜ……どう思うよ、『調査隊のリーダー』さんよォ――」

 

「そんな……」

未起隆が困惑した。

「じゃあ、誰でも可能性があるってことじゃあないですか」

 

未起隆の発言を機に、皆が一斉に話し始めた。

皆が一斉に自分じゃあないと、身の潔白を必死に主張し始める。皆が自分は裏切り者ではないと断じ、そして相手に対しては、辛辣な疑問を投げかけ始めた。

次第に、お互いの声が少し甲高くなり、大きくなり、言葉が刺々しくなっていく……



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山岸由花子 その2

「アンタよ、アンタに決まっているわッ!!」

アリッサがホル・ホースを怒鳴りつけた。

「この裏切り者ッ 何が 『女を尊敬してる』よ、馬鹿にすんじゃあないわよ、この、エセ フェミニストッ!」

アリッサの右手が、腰に触れた。そこには拳銃があることを、皆は知っていた。

 

「まてよ、僕はこの未起隆の方が怪しいと思う。宇宙人だなんて、頭のネジが切れたふりをして、俺たちをけむに巻いているんだッ」

 

「イヤイヤ、宇宙人だからって、頭の中にネジは入ってないですよ。それではロボットです」

 

「バッ…馬鹿にするなぁッッ!」

 

「二人とも動かないでッ!!!!」

 

口論は、いつしか怒鳴りあいに変わっていた。

 

(いけない、これじゃあ『裏切り者』に倒される前に、僕たちは自滅してしまう)

早人は唇をかんだ。でも、どうすればいいんだ。思いつかない……

 

そのとき…………

 

「ダメッ!!!」

いつの間に目を覚ましていたのか、アミが早人の腕の中から叫んだ。

「みんな、おっちゃメッ。なかよくしなさいッ!」

 

「アミちゃん……」

SW職員とホル・ホースには日本語のアミの言葉は分からない。だが言っている意味は伝わったのだろう、年長者達は皆、ばつが悪そうに黙り込んだ。

 

アミは、ぴょんと早人の手から飛び降りると、腰に手を当て、大人たちに指をつきつけた。

「メッ。おっきなコエださないのッ……わかった? ケンカしないの? バンバンのおじちゃんも、おっきなお人形をもってるおじちゃんも……わかった?」

アミはそういうと、おぼつかない手つきで早人が持っていた哺乳瓶をひったくった。中のミルクを、ゴクゴクとうまそうに飲みほす。腰に手を当てた、堂々たる飲みっぷりだ。

 

「プッ」

その光景を見たアリッサが、くすっと笑った。その笑い声を皮切りにして、皆の言葉が再び穏やかにかわっていく。

 

「おっ……おう」

 

「そうね、私としたことが……」

 

「これは、一本取られたね。この子に教えられたよ」

 

皆が穏やかさを取り戻していく。

だがその中……

日本語で話されたアミの言葉、その意味を完全に理解していた早人と未起隆だけが、顔色を変えていた。

 

二人は、アミの言う『おっきなお人形を持ったおじちゃん』……ピーターを睨みつけた。

 

「どうした?『僕の貌』に、なにかついているのかい?」

ピーターが、心なしか低い声で、言った。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

「……ピーターさんに質問があります」

早人が尋ねた。

「アナタは、どうやって裏切り者がいるってわかったんですか?それに、なんでシャツが血に塗れてるんですか?あなたは自分の血だって言ってたけど、そんなわけないんです。だって、仗助さんの能力なら、血も一緒に治しちゃうはずなんです」

 

「ねえ……さっきアミちゃんに怒られたばっかりでしょ。やめましょう」

 

「そうはいかないんです」

シンディの言葉を、未起隆が遮った。

「……ったく。せっかく仲間割れの危機が回避出来そうだったのに。子供はこれだから」

アリッサがわざとらしくため息をついた。

 

「アリッサ、シンディ、ありがとう。でもちょっと待ってくれよ。子供が言ってる事さ、ムキになる必要も無いよ」

ピーターがへへへっと笑った。

「僕が裏切り者?そんなわけあり得ないでしょ。もし僕がに裏切り者だったら、みんなに警告なんてしないよ」

だが……その笑みはこれまでピーターが見せたことがない、下卑た笑みだった。

 

立っていることにつかれたアミが、抱っこして と早人に両手を開いた。

 

(この子……アミちゃんがスタンドを見れることを言っちゃダメだ)

求められるままに抱っこをしながら、早人は思った。

(アミちゃんの身が危ないし、もしかしたら……この子が疑われちゃうかもしれない)

 

未起隆が首を振った。険しい顔だ。

「ピーターさん……早人クンの質問に、答えてください。ピーターさんは、なぜ裏切り者がいると、わかったんですか? そして、なんでシャツが血に濡れてるんですか?」

 

「…………この血は、僕たちをおそった怪物の血だよ」

 

「なるほど。それで、『裏切り者』がいると知ったのは、どうやってですか?」

 

「あ……あの男だよ――僕たちのキャンプをおそった男が、仗助クンと戦っているときに裏切り者がいると言ったのを聞いたんだッ!」

ピーターは腕組みをして、未起隆を挑発的に睨みつけた。

 

「つまり……ピーターは裏切り者じゃあないって事よ」

シンディが言った。

 

「そうよ、そもそもSW財団の研究員は本当に厳正な身元Checkを受けているのよ。しかも、一回じゃあないの――抜き打ちのCheckは、私たちも知らないタイミングで年に何度も行われているのよ」

さっきは感情的になっちゃったけど、やっぱり論理的に考えると、怪しいのはSW財団の研究員以外の人じゃあないかしら…… アリッサは、疑わしげにホル・ホース、未起隆、早人、そしてアミを眺めた。

 

(マズイよ……アミちゃんがスタンド使いだってことを隠したままで、ピーター……さん……がスタンド使いだってことを、どうやって伝えればいいんだろう……)

早人は唇をかんだ。

 

――――――――――――――――――

 

1999年11月10日  朝 [A山近郊の廃墟]:

 

「クッ!チャリオッツ!!」

ポルナレフは、チャリオッツの足が新たなスタンド:プライマル・スクリームの能力によって、がっちり拘束されている事に気が付いた。

それはまさに11年前、船と一体化したスタンドに拘束されたのとそっくりの感覚だった。

 

「チャダのスタンドは超強力っス」

仗助が言った。

「一旦掴まれたら、もう逃げれませんよォ――」

 

バシュバシュ!プシュッ!ピスッ!ギャッギャッ!

 

「抜かせ!」

ポルナレフはチャリオッツの剣を、目も留まらぬ速さで足元のスタンドに何度も突き入れた。チャリオッツの剣は、ポルナレフを掴む壁を粉々に砕いた。

「こんなモノで俺を止められるかッ!」

 

「逃げるなッ」

チャダがスミレとアンジェラを捕まえている壁から、自分のスタンド プライマル・スクリームの本体を出現させた。

それは、通常のスタンドの優に二倍はある、巨大な石の塊のようなスタンドだった。

 

『GyaaaaaaaaaaAAAAAA!』

プライマル・スクリームはその名の通り、耳がつぶれそうなほどの大音量で絶叫を上げながら、ポルナレフに殴りかかった。

 

「フン、とろいぜ」

だが、チャリオッツは。素早い動きで、その拳をあっさりと避けた。

逆に、左手のエメラルド・ソードでプライマル・スクリームの腕を切り落とすッ!

 

『GyaaaaaaaaaaAAAAAA!』

スタンドの利き腕を切り落とされた、チャダの腕から、血が噴き出た。あまりの痛みに、チャダが絶叫する。

すると、スタンドの制御が弱まったのか、アンジェラとスミレが解放された。

そして、プライマル・スクリームがその名の通り、超大音量で絶叫しながら、暴れ出す……

 

そのあまりの音圧に、ポルナレフ達は耳を抑え、うずくまった。

うずくまるポルナレフと、アンジェラ、スミレ……その三人に向かって、プライマル・スクリームがさらなる吠え声をあげ、拳を振り上げた……

 

そのとき、仗助がチャダの腕を、『触った』。仗助のスタンド:クレイジーダイヤモンドが、一瞬だけあらわれ、消えた。

次の瞬間、プライマリー・スクリームの切り離された腕が再びくっついた。

――チャダとプライマリー・スクリームは、きょとんとして、叫ぶのを止めた。

 

「やるっすねぇーポルナレフさん」

仗助が、ぱちぱちと手を叩いた。

「でも、この後どうするッすか?チャダのヤツはとろいから、なんとでもなるッすが、俺に同じ手は、通じないっすよォ――」

やっぱり降参してください。一緒に天国への道を探しましょう。

仗助が言った。

 

「天国?お前は、天国とは何か、理解してるのか?」

仗助の言葉を無視し、ポルナレフが嘲笑った。

「天国への道が知りたきゃ神に祈れッ、教会へ行け、聖書を読め、馬鹿野郎ッ」

 

「そうっすよね……俺も、ポルナレフ先輩が理解してくれるとは、あんまり思ってなかったっす………ポルナレフ先輩にわかってもらう方法は、一つだけっすよね」

仗助は髪の毛をかきあげ――スタンド:クレイジー・ダイヤモンドを出現させた。

「チャダ、エルネスト……アンタたちは他の方々が逃げるのを抑えろ。ポルナレフさんは俺が相手するッす!」

そういうと、仗助がポルナレフに迫るッ!

 

「チッ……ちょっとだけマジィ――状況だゼ……アンジェラ、スミレ、お前たちは逃げろ」

 

シャリッンン

 

ポルナレフはスミレとアンジェラを背中にかばうと、背後の壁に丸く穴をあけた。

「悔しいが……いくら俺でも、あの三人を同時に相手に勝つのはチト難しいゼ。一度引く………俺が時間を稼ぐ隙に、逃げろッ!」

 

「なっ、そんなこと出来ないわよ」

スミレは首を振り、この場から逃げ出すことを拒否した。

 

「オリャアア!」

チャリオッツは8体に分身、片手にレイピア、片手にエメラルド・ソードを持っておそい掛かるッ

8体の分身から繰り出される、16振りの剣撃ッ!

 

『ドララララッッ!』

クレイジー・ダイヤモンドの拳が迎え撃つ

「分身なんて、全部迎え撃っちまえば問題ないっすねェェェ―――――ッッ!!!」

仗助が嗤う。

 

「フン、無駄ッ!」

同時に、エルネストがオエコモバを出した。シャツのボタンを外し、そのボタンをオエコモバに近づける・・・爆弾を作るためだ。

 

ザシュッ!

 

「させるかよぉッ!」

チャリオッツの分身の一体がすかさずエルネストの前に現れ、エルネストの右手を切り飛ばすッ!

「甘いぜッ……おめートロ過ぎだァッ! 俺と仗助の勝負を邪魔すんじゃねェ――ッッ」

 

「グォッ!!Urryyyyyyyy!!」

右手を切られたエルネストが血をまき散らし、傷口を抑えて絶叫した。

だがエルネストは、絶叫しながらも、切り落とされた自分の右手首をポルナレフめがけて蹴りだしたッ!

 

「何?……ハッ……マズイゼッ!」

ポルナレフは、『蹴り飛ばされた右手首』に、爆弾の信管が付いているのを見た。

(げえっ、ヤロー正気か?自分の体を爆弾に変える何てよぉ。マジーぜッ。チャリオッツが間に合うか、ギリギリだぜ)

ポルナレフは身をひるがえし、アンジェラとスミに向かって飛んでいく『爆弾』に手を伸ばすッ。

その手が、空を切った。

(だっ・・・だめか、間にあわねーー)

アンジェラとスミレの驚愕した顔が、目に飛び込んできた。

 

その時、ポルナレフがあけた穴から何か、『影』が飛び出した。

その『影』は、アンジェラとスミレを、自分が入ってきた穴の向う側に押しやった。

そして、『爆弾』を掴むッッ

 

ドガンッ!!!!!!

 

『爆弾』が、白煙を上げ、爆発した。

 

ポルナレフは、爆風によって全身を床に叩き付けられた。

 

アンジェラとスミレは、『影』によって爆風をさえぎられ、無事であった。

「Guiiiiiiiixtu!」

アンジェラとスミレを助けた『影』は、ハンターであった。

『爆弾』をまともに掴んだハンターも、生きていた。何とハンターは、『爆弾』を掴んだ片手を自ら切り落とし、オエコモバに投げ返したのだッ!

 

「えっ?ハンターが……私たちを……どうして?」

スミレが、困惑したように言った。

 

まさか……壁穴の向う側から確かめるようにハンターの背中に手を伸ばすスミレを、立ち上がったポルナレフがひっ捕まえた。

「とっとと逃げろッ!」

ポルナレフはチャリオッツを使って、スミレとアンジェラの二人を無理やり壁の穴から遠くへ押し出た。

 

「ちょっとぉ!」

 

「いいから行けッ!」

ポルナレフは二人にそう怒鳴ると、くるりと振り返って背後の敵に備えた。

 

 

『爆弾』を投げかえされたエルネストもまた、無事であった。

爆発の直後、ほぼ同時に、仗助がエルネストの右腕を治していたからだ。

「エルネストよォ――、オメェ――無茶するんじゃあねーぜ。完全に爆散しちまった後だと、俺の能力でも、もとに戻せねーんだぜ」

仗助が言った。その声には、怒りがこもっている。

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

「しかもオメェ――、スミレとアンジェラが巻き込まれるのを承知で、やりやがったろ!」

仗助は エルネストの襟を掴み、持ち上げた。

 

「貴様こそ、余計なことをしおって……俺の怪我など無視するのでべきだった。そうすれば、爆弾を完全に爆発させられた。少なくとも、あのハンターは始末出来たッ!」

DIO様に身をささげた俺が、体を失う事にためらうかッ!

エルネストもまた、怒っていた。

激昂するエルネストは、仗助の手を乱暴に振り払った。

 

「チッ……ふざけんなよ、テメェ――」

仗助は肩を怒らせ、エルネストを真っ向から睨みつけた。

 

――――――――――――――――――

 

 

一方、壁の外に押しやられたスミレは、まだぐずぐずと立ち止まっていた。

壁の向こうに突然現れたハンターの姿を、何とか確認しようとして必死に穴の向こうの気配を探っている。

 

そのスミレの手を、アンジェラが強く引っ張った。

「行くわよッ、早く億泰達を連れてこないと」

 

「ちょっと、待って。お願いッ!」

スミレが首を振った。

もしかして……今の『黒い影』は……

 

「気持ちは良くわかるわ………でもダメよ。私たちが早く億泰を連れて帰らないと、ポルナレフさんが!」

アンジェラは、嫌がるスミレの手を引き、強引に先を急がせた。

 

(!?あれは、もしかして……育朗?育朗、な、の……まさか?)

アンジェラに手を引かれて走りながら、スミレは後ろをチラチラと振り返っていた。

 

ゴォオオオン!

 

不意に背後の壁が膨れ上がり、爆発した。

天井が崩れ、がれきで、廊下が塞がった。

 

そして、塞がった壁がブロック状にバラバラと砕け、チャダが顔を出した。

『GyaaaaaaaaaaAAAAAA!』

チャダに続き、壁からプライマル・スクリームが顔をだし、大声を上げた。

 

「!? 来るわよ、何か投げてくる。気を付けてッ!」

スミレの額にWitDが閃光のように輝いた。WitDがスミレに、『未来のVision』を、一瞬だけ届けたのだ。

 

『GzyuaEWE!!!!!!!」

プライマル・スクリームは壁の一部をむしり取り、絶叫を上げながら、二人に向って投げつけてきたッ。

 

「ッ!」

アンジェラは、とっさにスミレを肩口に担ぎ上げ、飛び上がった。

波紋のエネルギーを両足に集めるッッ

 

ドゴォォンンンッ!!

 

アンジェラは空中で身をひるがえし、チャダが投げてきた壁の一部に、両足で着地するッ

波紋のエネルギーで、壁にくっつくッ!

 

その瞬間、アンジェラの足に、強烈な衝撃が伝わり、二人をおそった。

 

「ああぁぁッ!」

アンジェラは苦痛のうめき声を上げた。

スミレは、肺からすべての空気を掃出してしまった。目の前が、一瞬暗くなる。

 

二人の乗った『壁』が、廊下をぶっ飛んでいく。

 

「グハッ!! ……ううっ、スケーター・ボーイッ!」

アンジェラは、プライマル・スクリームの投げつけた壁に、スタンドの車輪を出現させた。

 

二人を乗せた『壁』は、廊下の行き当たりに向かって、グングン進む。まるで、吹っ飛んでいるような、ものすごいスピードだ。

 

ギュウィィィ――――ンッ!

 

アンジェラは、『壁』の上で身をひねった。まるでスケボーに乗っているかのような、自在な動きだ。

 

廊下の天井に、スケーター・ボーイで作った車輪がくっつく。『壁』の動きが制御できる‼

二人は、まるで上下が逆転したかのように、天井を滑っていく。

「くっつく『波紋』よ――絶対私から手を離さないでねッ!!」

アンジェラは、抱えていたスミレに、どなった。

 

突然、スミレがどなった。

「!?アンジェラ、右に避けてッ」

 

「!?ッ 了解っ!!」

 

ドゴゴォオオン!

スミレの言葉に従い、アンジェラが少しだけ右に移動した直後、プライマル・スクリームの投げた石隗が二人のすぐ左を通り過ぎるッ

 

「次、左、それから、もう少し左ッ」

 

「わかったわッ」

 

ボゴッ!

ドガガッ!

 

ジェラとスミレはWitDの予知に従い、プライマル・スクリームが投げる石塊を右に、左にと、小刻みに避けながら、天井を滑っていく。

 

が、目の前で廊下が右に曲がっている。

 

二人の目前に、ぐんぐんと壁が近づいてくるッ!

 

「このままだと、激突するわ!」

スミレがうめいた。

 

「大丈夫よ、しっかりつかまってて!!」

アンジェラが、スミレの手をしっかりと握って、言った。

 

グウギィャアアアア――ン!!!

 

『壁』に乗った二人は、廊下の曲がり角に猛スピードで侵入していった。

まるでジェットコースターのように、天井から壁、床、壁、そしてまた天井へと、グルッと回転していく。

 

ガガガッ!ジジジジッ!

 

二人がボード代わりに乗っている『壁』が、擦れ、ガタガタと跳ね回る。

「クゥウウッ!ずれる――グリップがッ!」

遠心力で頭に血が上り、目が回るッ! 

意識が飛びそうになるッ!

 

廊下を曲がったすぐ先に、ドアがあったッ!

 

「キッキャアアッ!」

 

「まだまだぁッ!」

アンジェラは悲鳴を上げるスミレを小脇にかかえ、身をひねった。

スケボー代わりの『壁』を、全身の力をこめてドアに蹴りだすッ!

 

ボッゴオォ――ンッ!

 

ドアは砕け、二人は建物の外に投げ出された。

 

「……逃げられたデスか」

もうプライマル・スクリームの速度では、追いつけない。

チャダは舌打ちをして、視界から消えた二人に向かって唾を吐いた。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月10日  午後 [屍人崎]:

 

「本当です」

シンディが言った。

「SW財団の身元は厳重にCheckされているのよ、ホル・ホースさんの言うとおり、11年前にDIO……の仲間にもぐりこまれた事件の反省から、今は本当に検査が厳しくなっているんです」

 

「そうよ……だから、怪しいのは『私たちではない』、怪しいのは、アナタと未起隆――それから――早人クンかアミちゃん ってワケよ」

アリッサが言った。

 

「ツマリ、僕らこそ裏切り者だと言いたいのですか?」

未起隆がゆっくり、ゆっくり尋ねた。

「いくらなんでも、早人クンやアミちゃんまで疑うなんて、本気で言ってるのですか?」

 

「確率の問題よ……それに、先に私たちの仲間を裏切りモノ呼ばわりしたのは、早人君とアンタじゃあないの」

 

「……僕らには、理由があるんです」

 

「そう?でも、私たちにも理由があるわけ……ピーターが裏切り者とは思えない理由がね」

アリッサが言った。

「ワタシには、あんた達スタンド使いたちの方が、よっぽど怪しく思えるわッ!特にホル・ホース……あんたよ。アンタ、元々DIOの部下だったじゃない。いつまた裏切っても、全然おかしくないわッ」

 

「フン、さっきから言ってくれるねぇ……だが、いいことを思いついたゼ」

ホル・ホースが腕を組んで、仲間をぐるりと見回した。

「お前たちを試す、いい方法がなぁ!」

ホル・ホースは、右手を未起隆に向けたッ!

 

メギャンッ!

 

ホル・ホースの右手から、スタンド:皇帝が姿を表す。

皇帝の銃口が、未起隆に向くッ!

 

「!?何をするんです?」

未起隆が叫びながら、地面に伏せた。

「皆、伏せてくださいッ!」

 

バシュッ、ギャン、ギャン、ギャンッ!

 

ホル・ホースはスタンド:エンペラーの銃口を他の仲間に順繰りに向かけ、弾丸を連射したッ!

 

エンペラーの弾丸が、未起隆、アリッサ、シンディ、ピーター そして 早人に向って高速で飛んでいくッ!

 

「逃げてくださぃッ!!」

未起隆は必死に叫んだ。

 

だが、超音速の弾丸は、未起隆の警告がみなに伝わり、理解されるよりも早く標的に着弾するッ!

 

 

その時……

 

「アミチャン、大丈夫?ダメだよ気を付けないと、」

早人は弾丸に気が付かず、尻餅をついて泣きそうになっているアミを抱っこしようとしていた。

 

「!?アナタ、なにをやってるの、なんで伏せてるの?」

アリッサは、必死に叫ぶ未起隆を見て、首をかしげている。

 

「あああッ……水が飲みたいわ」

シンディは苦しそうに頭をかかえてしゃがみ、目を閉じた。

 

「フン!」

 

「うわぁあああああッ」

未起隆は、目をつぶった。

 

パシュッッ

 

だが、エンペラーの弾丸は、5人に命中する直前に消滅した。

 

「!?これは?」

恐る恐る目を開けた未起隆は、自分も含め、皆が無事でいるのを見つけ、あっけにとられた。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

 「……見つけたぜ、やっぱりお前じゃねーか、この………マッチポンプ野郎がぁッ」

ホル・ホースが、『ある人物』を睨みつけた。

「覚悟はいいな、オメ――、ただじゃおかねぇ――ゼ」

 

「……そうかッ、そういう事だったんですね」

やっぱり と状況を理解した未起隆がうなずいた。

 

「ホル・ホースさん、未起隆さん、どうしたんですか?」

 

「あなた、何をしたの?」

 

「怪しいとは思っちゃぁいたが、まさか言い出しっぺが、本当は裏切り者だったってかァ――」

ホル・ホースが、その『男』を指さした。

「早人と宇宙人野郎が正しかったって事かよ……」

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

その男とは、ピーターであった。

ピーターの背後から、巨大なスタンドの腕が出現していた。そのスタンドが、エンペラーの弾丸をつまんでいる……

「ホル・ホース………貴様、よくもやってくれた」

ピーターが、ふらりと立ち上がった。その目は黄色く血走り、今までの理知的な見た目など、もう何処にも見つからなかった。

「もう少しで、もう少しで、『お前達全員が、同士討ちを始めるところが見れる』と、楽しみにしていたものを……ホル・ホース、俺は貴様を、昔からほんのチョッピリだけ目をかけていたのに、残念だ。殺さなくてはならないとはなッ」

 

ヴォォ――ン!!

 

ピーターの体から、チラリと強大な、禍々しいビジョンが全身を現した。

 

「!?全員、ピーターから離れろォ!」

ホル・ホースが怒鳴った。そう言ったホル・ホース自身が真っ先に走り出し、この場を離れていく。

 

「ふっ……いきなり逃げ出すか……だがまぁ、あながち間違った判断でもないな。普通ならな……だが、この私に背を向けるなど……愚か者よッ!」

ピーターがホル・ホースを追って、走り出すッ!

 

ザシュッ!

 

走っていたホル・ホースは、不意に姿勢を落とした。走る勢いそのままに、地面に向かって飛びこむ。

岩だらけの地面を、サタニック・マジェスティーのプロテクタ―で防御し、前周りに一回転する。

 

その直後、ブンッと何かが飛び、それまでホル・ホースが走っていた地面が、吹っ飛んだ。

ピーターのスタンドが投げた岩が、地面をえぐったのだ。

 

ホル・ホースは受け身をとった反動でくるりと半回転して、右手をピーターに向けた。

「死んじまいなッ」

ホル・ホースが嗤うッ。

だが、何故かその言葉を機に、ホル・ホースの体に無数の細い擦り傷が現れ始めるッ。

 

キュィン!ザシュッ!バキッ!

 

ホル・ホースとピーターの周囲の岩が、次々にはじけ、細かい破片が飛び散っていくッ!

まるで弾丸のように、破片が早人たちのまわりに飛んで来る‼

 

「早人クン!!」

とっさに未起隆が早人の上におおい被さり、飛び散る岩の破片から、早人の身を守った。そのまま再び『変身』して、早人の体を覆っていく。

早人の体の上に、見る見るプロテクターが取り付けられた。そして、ヘルメットに取り付けられた『バイザー』が早人の目を覆っていく。

すると、早人の目に ホル・ホースがエンペラーの弾丸を何発も打ち込み、ピーターがそれをはじき返しているのが幽かに見えた。

 

ちらっと見える巨大な腕が、ピーターのスタンドなのか。

良く見えない。

あまりの速さで行われる攻防を、早人の目では捉えきれないのだ。

 

メギャン!バシュッ!

ガンッ カンッ!

 

ピーターが跳ね返した弾丸は、ほぼすべてが跳弾となってホル・ホースに跳ね返っていく。

 

たいていの跳弾は、ホル・ホースの手元に来るはるか前に消されていた。エンペラーの弾丸は、ホル・ホースの意思で出し入れ自由なのだ。

消すのが間に合わなかった一部の弾丸は、ホル・ホースにあたる直前に急に方向を変える。ホル・ホースを避け、後方に飛んでいく。

さらにいくつかの弾丸は、ホル・ホースの全身を覆うプロテクターにあたり、致命傷こそ与えないまでも肌に無数の切り傷を作っていた。

 

「こ、この、エンペラーAct2サタニック・マジェスティーは、よぉ……11年前に自分のスタンドを喰らって入院した時に『完成』したのよ……二度と、自分のスタンドを喰らって、大怪我しちまわないためになぁ」

だからお前、弾丸を跳ね返したって、無駄だぜ。

ホル・ホースは雨のように弾丸をピーターにぶち込みながら、ヒャヒャヒャッと笑った。

 

(ホル・ホースさん、頑張って……)

早人は息をころしながら、二人の戦いを見守っていた。

ふとアミに目をやると、食い入るようにホル・ホースとピーターのやり取りを見ている。

やはり、アミにもスタンドが見えているのだ。

 

「早人さん、みんなを安全なところに……」

早人の耳に、未起隆の声が響いた。

早人は我に返り、アミを懐に抱えると、近くにいたアリッサのところにジャンプした。

 

「!?早人クン、何が起こっているの?」

アリッサとシンディは、すっかり戸惑った様子でピーターとホル・ホースの対峙を見ていた。

「SW財団の人間は、みんな厳密な審査を経た上で採用されているって言ったでしょ。それなのに、一体ホル・ホースは何をしているの?」

彼を止めないと……と、シンディが言った。

 

「アリッサさん、シンディさん、こっちに」

早人は、二人の手を必死に引いた。ピーターから離れたところに誘導する。

「ピーターさんが『スタンド使い』だったんだ。あの人が……裏切り者だったんだよ」

 

「何を言っているの?」

アリッサが呆れたように、言った。

 

『……私が見ました……ピーターさん……のスタンドを』

早人の胸が急に盛り上がり、未起隆の顔が浮き出た。その顔が口を開き、そう言った。

『ピーター……さんは、そのスタンドで、僕たちを殺そうとしています』

 

バシュッ!

バシッ!

バッ、バッ、バッ!!

 

狭い空間に銃弾が飛び交うッ!

 

「ウォオオオオオオオッ!」

雨あられと降り注ぐホル・ホースの弾丸。

だがその弾丸を、ピーターはことごとく打ち返すッ!

 

(チッ、らちが明かねーぜ……だが攻撃を止めら、それこそおしまいだぜぇ)

一見冷静にピーターを牽制しているように見せて、ホル・ホースは、実は内心冷や汗をかいていた 。

防御の方にも能力を割り振った状態では、弾丸の威力が落ちる。だから今、エンペラーの『弾丸』が打ち返されていても、それはある意味、当然であった。

だが、もし防御を捨てて攻撃して、万が一弾丸を跳ね返されたら、そこでゲームオーバーだ。

ホル・ホースには、防御を捨てて攻撃する覚悟は、なかった。

 

「貴様こそ、無駄なあがきよ……」

ピーターは、余裕たっぷりに言った。

「このまま近づいて、お前のどてっ腹に風穴を開けてやろう……プロテクターなど何の役にも立たん」



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山岸由花子 その3

ザッ ザッ ザッ

 

「無駄ッ!WRYYYYiii !」

弾丸の雨に足を止められることなく、ピーターが近寄ってくる。

ピーターはポケットに手を入れ、まるで近所の公園を散歩しているような風情だ。

 

「ウォオオオおおっ―――ッッ」

ホル・ホースが銃を撃ちながら、ジリ、ジリと後ろに後ずさりした。

(くっそーどうすりゃいいんだよぉ〰〰)

 

ターンッ!

 

と、その時、銃撃音がした。

ピーターの背後から、シンディが狙撃したのだ。

 

「無駄ッ!」

だが背後からの銃撃でさえ、ピーターのスタンドは苦も無く弾き返す。

跳ね返された跳弾は、シンディの足元の岩を砕いた。

 

「シンディ……なぜだ。なぜ君が僕を撃つんだ」

ピーターは、ほんの束の間シンディを見やり、ペロリと舌を出して自分の唇を舐めた。

「無駄、無駄ッ。弾丸程度の動き、たとえ360度、どの方向から撃たれたとしても、この私なら簡単に対処できるのさ」

 

ピーターの気が、一瞬ホル・ホースからそれた。

 

覚悟は決まらない。だが、ホル・ホースは自分のプロテクターを、限界ギリギリまで薄くした。そのぶん

のスタンドパワーを、攻撃に回す。

「ソーカヨッ!試してみるかぁ?オ゙ラ゙ラ゙ラララァッ!」

ホル・ホースの『皇帝』から、まるでレーザーの様に途切れなく弾丸が発射された。力を振り絞り、これまでよりも弾速が早まっている。

皇帝の無数の弾丸が、ピーターをおそう!

 

「フッ」

ピーターが、ニヤッと笑い、額の汗をぬぐった。

ピーターはホル・ホースの渾身の攻撃を、そのスタンドで弾き飛ばしていく。

 

その弾丸の一部が、ホル・ホースの体をえぐる。

だがホル・ホースは、臆することなく全力で、弾丸を放ち続けるッ!

 

「なかなかやるじゃあないか……褒めてやるよ、ホル・ホース……」

 

「近づくんじゃあねーッ!!!」

ホル・ホースが叫んだ。

 

「そうか?だが、近づかなけりゃお前をぶち殺せないからな……『腹に穴をあけてやる』と言ったろう?」

ピーターは、優しく、まるで諭すように答えた。

「ホル・ホースよ、昔のよしみで、キサマに特別な扱いをしてやろう……慈悲をかけてやる。キサマは、『あまり痛みを感じないように』殺してやるぞ」

 

「てっ DIOさッ……DIOみて―なこと言ってるんじゃね――ッッ」

ホル・ホースは、甲高い声で叫んだ。

声が裏返り、もはや悲鳴のようだ。

(くっそぉ〰〰これだけやっても、ダメなのかよォォッ)

逃げるか?そんな思いが頭をよぎり、だがすぐに逃げられるわけがない……と、ホル・ホースは考えを変えた。

 

「まだわからんのか?ホル・ホースよ……私が……『私達』が、DIO様と一心同体だと言う事を……」

ピーターは、ワザとらしく頭をかいた。

姿かたちは違えど、その口調、しぐさは、確かに『あの男』にそっくりだ……

 

「クッ……」

気圧されたホル・ホースは、後ずさった。

 

バンッ!

 

そのとき、背後から大きな音がして、ピーターの頭が大きく揺れた。

「ほう……」

ピーターは冷静に頭を触り、自分の血で真っ赤に染まった手を眺めた。撃たれたのだ。

「キサマもやるではないか小僧……なかなか見どころのある奴だ」

ピーターが、言った。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

ピーターの左側後方、そこにいたのは 未起隆スーツをまとった早人と、アリッサであった。

先ほどは、早人が、未起隆スーツで増強された力をつかって、石を投げたのだ。

「僕のことを、無視していたのか?」

早人が、ピーターを睨みつけた。

「オマエの敵は、ホル・ホースさんとシンディさんだけじゃあないのさ……僕だってぇえええええッッ!!」

 

ブォンッ!ブンッ!

 

早人は大声を上げ、次から次へと石を投げつづけた。

 

「ピーターィッ!この、裏切者ォォォォッ!」

アリッサは絶叫した。両手で銃を構え、引き金を引き続けるッ!

 

「ハハハハハ」

ピーターが高笑いした。

「つまらん攻撃だな……もっと工夫をしろよ」

ピーターのスタンドが、指先だけで石を、弾丸を、はじき返していく。

「そうだ……東方仗助の話だがなぁ……あれは、本当の話だ。アイツは確かに、ワタシが倒した」

ピーターが、早人をあざけった。

 

ゴキィッ

 

早人の投げた石を、スタンドの片手で軽く受け止め、砕く。

 

「嘘をつくなぁああああッ!!」

早人は、大きく振りかぶって、再び、力いっぱい石を投げつけた。

 

だが早人が投げた渾身の一投も、同時に放たれたホル・ホースの銃弾も、無情にもピーターのスタンドに弾き返された。

 

早人の隣ではアリッサが銃を撃ち続けていた。

「ピーター……いったいどうして……」

引き金を引くアリッサの表情は、苦痛にゆがんでいる。

 

「ピーターさん……」

早人の頭から、ニュルンと、おにぎり大の『小さな未起隆』が、顔を覗かせた。

「僕はアナタのことをよく知りませんが……でも、こんなことになって残念ですよ」

 

「フン……下らぬことを、ペチャクチャと……」

ピーターがニヤリと笑った。

 

「おりゃああああああっ」

バスッ

プシュッ!

ターンッッ!

正面のホル・ホース、右後方のアミ、早人、未起隆、アリッサ、そして左後方のシンディ、三方から同時に、ピーターを攻撃するッ

 

だが、ピーターのスタンドは前方からのホル・ホースの銃弾を弾き返し続ける一方、簡単に後方からの攻撃をブロックし、そして跳ね返した。

 

「グッウウウウ!」

「ああああああ」

『ウゥウウウウ……痛いデス……』

 

跳弾が返ってきた。

早人は自分の投げた石を左肩に、アリッサは銃弾を右わき腹に受けた。

あまりの痛みに、二人は傷口を抑えながら膝をつき、地面に突っ伏した。

 

未起隆の声が、早人の脳裏に響いた。

『ウゥウウウ……すみません早人クン、私がいながら、アナタに怪我をさせてしまって……』

 

……君を守り切れる自信がない、もう動かず寝ていてください。

 

「未起隆サン……危険なことは解ってます……」

そんな未起隆の願いを無視して、早人は歯を食いしばって立ち上がった。

折れた右肩を庇いながら、早人はもう一度ピーターに投げつけるための石を拾った。

「僕は、ぼくは……生きて、お母さんを守るんだッ! ――仗助さんにも約束したんだッ!―― そのために、お前を倒すッ!!」

早人が、宣言した。

 

「フン……小僧……お前から死にたいらしいな」

ピーターは、懐からフォークを取り出した。そのフォークを投げつけようと、早人に向かって大きく片手を振りかぶる。

 

……少しだけ、ピーターの動きが止まった。

 

その時だ。

 

バシュッ!

 

突然、ピーターの顎が『縦に』跳ね上がった。

「なっ……」

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

ピーターの足元の地面に、『蝉が地上に出てくる時に開けるような』親指大の穴が開いていた。

次の瞬間、その穴から再び何かが飛び出し、ピーターの顎を再び打ち抜くッッ!

 

「ガッ」

顎を撃たれたピーターは、まるで『バトミントンのシャトルを打ち上げたよう』に吹き飛んだ。

そして、背中から地面にたたきつけられ、動かなくなった。

 

ヌプッ!

ピーターの頭からは1枚のDISCのようなものが飛び出し、海の中へ吹っ飛んだように見えた。

 

「ヘヘハ…ヒャッハッハッ……エンペラーの弾丸で地面に穴をあけていたのよ」

ホル・ホースは、早人を見てウィンクした。

「安心しな……峰うちって奴だ。殺しちゃいねーよ。アミの前でコロシはできねぇ〰〰ヒヒヒッ」

 

「でも、まさかピーターさんが……」

早人は複雑な思いで、ピーターに近づいて行った。

 

ひっくり返って意識を失ったピーターの胸には、3つのコインが埋め込まれていた。

 

そのコインを見ると、それまでヘラヘラと笑っていたホル・ホースが、今度は真っ青な顔になった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月10日  昼 [A山近郊の廃墟]:

 

全身から血を噴出すハンターの肩口から、橋沢育朗のスタンド:ブラック・ナイトが顔を出した。

育朗は、心配そうにポルナレフに呼びかけた。

『ポルナレフさん、怪我はないですか?……ご無事で何よりです』

―――そして、自分勝手に仲間から飛び出して、すみませんでした。

『育朗』はポルナレフに頭を下げた。

 

「『育朗』クン……いや、助かった」

ポルナレフは尋ねた。

「君は今、近くにいるのか?無事なのか?スミレちゃんの話では……」

 

『ええ……僕の体はまだ――でも、どうして仗助クンが?まさか、彼も僕と同じように……』

 

「そうだ、『肉の芽』にやられている」

 

『なんてことだ……』

元はと言えば僕のせいだ。

『育朗』は、唇をかんだ。

 

その頃…… 仗助とエルネストのにらみ合いは、終わりに近づいていた。

「仗助、お互い意見の相違はあるだろう。だが今やるべき事は奴らを排除することだ、違うか?」

 

「わかってるぜ。ただムカッ腹が立っただけだ……わかってるぜ」

仗助は、最後にエルネストをもう一にらみして、腕組みをした。

「お手並み拝見だぜ、エルネストよォ」

 

「フッ……」

エルネストが砂を掴んで拾い上げた。そこに、エルネストのスタンドの翼が触れる……

「喰らえィッ この砂弾を避けられるかッ」

エルネストは、手に取った砂をポルナレフたちに投げつけたッ

 

『ううっ!」

育朗が顔色を変えた。

空中に広がる、小さな砂粒の一つ一つ……それがすべて、小型の爆弾に変じているのが、見えるッ!

 

「!?チャリオ――――ッツ!」

 

ビュワンッ!バシュッッ!!

 

だが、エルネストの爆弾は、ポルナレフのスタンドと相性が悪い。

砂粒の爆弾は 『育朗』とポルナレフに触れる手前で、すべてチャリオッツのレイピアに切り落とされた。

 

しかも、ただ切り落としただけではない。チャリオッツの鋭い剣先が空気を切り裂き、爆風をエルネストに向けて吹き飛ばしたッ

「我がスタンド:シルバー・チャリオッツの剣先は、空気を切り裂きスタンドの『炎』でさえ弾き飛ばすッ」

ポルナレフは、エルネストに人差し指を突きつけたッ!

 

ボゴォーンンッ!

 

弾き返された爆炎が、エルネストをおそうッ!

 

「グォオオッ」

エルネストは後方に飛び、爆炎の直撃をかろうじて避けた。

だが、爆風にあおられ、吹き飛ばされた。

「Uurrrrry! やるじゃあないか、ポルナレフ!!」

エルネストは壁に叩きつけられ、耳と目、そして頭部から血を流していた。

だがダメージを受けながらも、エルネストは楽しそうに笑いつづけた。



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山岸由花子 その4

スタンド図鑑

スタンド名:ソロウ
本体:ジョージ・ハミルトン
外観:人型
タイプ:近距離 パワー型
性能:()内は特殊能力の性能
破壊力 - C / スピード - B(A) /射程距離 - D / 持続力 - C(E) / 精密動作性 - C / 成長性 - E
能力:自分の時間だけを一瞬(0.5秒だけ)超加速させる能力。尚、0.5秒と言うのは周りから見た時間で、本人にとっては5秒程の時間が経過している。尚、時を加速させなくともギリギリ弾丸を叩き落とす(1・2発なら)程の速度がある。時の加速は連発できず、2秒程度のインターバルが必要。


「チッ……しぶとい」

ポルナレフは舌打ちした。エルネストと仗助に備えながら、隣のハンターをちらりと見る。

「『育朗』……ハンターは完全にお前の制御下にあるのか?」

 

『ええ、僕の思うように動かせます――ところで……さっきちらっと見たあの子、あの子――スミレですよね』

クシャッと育朗の顔が歪んだ。

『大きくなった……でも確かに面影がある……すぐわかった……』

 

二人が話している間に、仗助がエルネストの手を取り、引っ張り上げた。

仗助のクレイジー・ダイヤモンドに触れられたエルネストは、一瞬でその怪我が『治った』。

「エルネストよォ……次は、俺がいくぜ。お前は俺の指示に従え、いいな」

仗助が言った。

 

「フッ」

エルネストは苦笑した。

「わかったよ、東方仗助、お前の言う事を聞こう」

 

(……あれが仗助クンの能力…… 僕たちは 『爆弾の破壊』 と 『壊れたものを直す』 スタンドを同時に相手にしてるのか)

育朗は、仗助の恐るべき『治す』能力を改めて目にし、顔を引き締めた。

 

ポルナレフも、二人をにらみつけていた。

「……『破壊』と『再生』のスタンドの組み合わせ――厄介だよな」

 

だが、先に相手にすべきは仗助だ。

『強力なスタンド使い二人を相手取ること』

『仗助に致命傷を与えず無力化すること』

この二つを同時に実行することが、自分に出来るだろうか?

ポルナレフは、またチラリとハンターから顔を出している『育朗』の顔を見た。

真剣な育朗の貌。

本来ならこんな戦いの螺旋に巻き込むべきではない、真面目な好青年の戦う貌。

 

ポルナレフの心が、決まった。

「育朗……ここは俺に任せろ――君はスミレに会いに行け」

 

『!?えっ?』

育朗は、きょとんとした顔をした。

 

「お前は、時間を大事にしろ。だからここは俺に任せて、一刻も早くスミレに会ってこい」

ポルナレフがニヤッと笑った。チャリオッツの左手で、親しげに育朗の肩を叩く。

 

「イヤ……悪いけど、そうは行かないっすよ……」

仗助は、壁のかけらをクレイジー・ダイヤモンドに拾わせた。

「この壁を……『直す』!」

壁のかけらを、クレイジー・ダイヤモンドが投げつけた!

ものすごい速度だ。

 

「危ないッ」

ポルナレフと『育朗』は左右に別れ、飛んだ。

二人の間を、壁のかけらが唸りをあげて通りすぎる。

 

ベシャッ……

 

高速で飛んできた壁のかけらは、轟音をたてて二人の背後の壁に衝突した。

が、破片が飛び散る前に、クレイジー・ダイヤモンドの『直す』能力が働く。

壁の欠片は砕け、再びくっつき、まるで粘土のように、ポルナレフが開けた壁の穴を、ふさいだ。

 

「まだまだッスよぉー」

仗助が釘を拾った。

Tシャツの裾を千切った。それは、ポルナレフの返り血がこびりついたTシャツだ。

その血を、釘に塗りこむ。

 

「仗助、私も手伝おうか」

仗助の前にスタンド、オエコモバが浮かんだ。

 

ビュンッ! 

クレイジー・ダイヤモンドが、釘をオエコモバの足元ギリギリをかすめるように撃つッ 

 

『GaaaaaA!』

オエコモバが鳴く。

そして、オエコモバの足元を飛びぬけた釘には――手りゅう弾のピンのようなモノが取り付けられていた。

その、手りゅう弾付の釘に付着した血が『直され』、ポルナレフに向かって飛んでいくッ!

 

「ウォオオオ」

ポルナレフはなんとか避けようと、近くのコンテナの陰に隠れた。

だが、釘はヌルっと飛行する方向を変えた。

ポルナレフ達が隠れたコンテナの方向に真っ直ぐに飛んでくるッ!

自動追尾爆弾だッ!

 

しかも、一発ではない。

仗助は、立て続けに三発の、自動追尾爆弾を放っていた。

 

三発の自動追尾爆弾が、それぞれ異なる軌跡を描いてポルナレフを襲うッ!

 

(ヤバいゼ」

ポルナレフの額に、汗が吹き出る。

シルバー・チャリオッツが、迎撃しようとレイピアを構える。

 

『イヤッ……ポルナレフさん、ここは僕に任せてッ!』

そのとき、『育朗』が動いた。

『育朗』のスタンド:ブラック・ナイトが、ポルナレフの前に立つッ!

 

バシュッ

釘が、スタンドの幽霊であるブラック・ナイトを通り抜ける。

だが、通り抜けるときに、スタンドの影響か、釘についていた信管が外れたッ

 

バフンッ!

 

「馬鹿なッ」

ポルナレフは爆発の直前、カッチュウをはずしたチャリオッツで、『育朗』をハンターの方向へ蹴り飛ばした。

 

そして猛スピードでレイピアを振り回し、信管の外れた爆弾と自分の手前の空気を切り刻んだ。

爆風の前の空気を切り裂き、爆炎を弾き返すッ!

 

ドッグゴォォ――ン!

 

「ウォオオオ!」

自分たちに向かって跳ね返ってきた爆炎を、仗助とオエコモバは必死に避けた。

 

「……ポルナレフさん……イヤ、マジで尊敬するッす」

仗助が言った。

「さすがはDIO様もみとめたスタンド使いっすねー」

 

「はっ、言ってろ……」

 

そのとき……

 

ぐにゃりっ

 

突然、ポルナレフ達の背後の壁がゆがみ、膨れ上がった。

壁は、まるで焼きかけのホットケーキから浮き上がってきた泡のように、膨らみ、破裂した。

その泡から、スタンド:プライマル・スクリームが顔を出した。

続けて、チャダのとぼけた顔が、壁の穴からピョコンと飛び出した。

 

「……おいチャダ、貴様 予知の少女はどうした?あの波紋少女は殺せと言ったが、予知の少女を殺すことは許さんぞ……」

エルネストの言葉に、仗助は眉をしかめた。

 

「スマン、エルネスト様……逃げられてしまいました」

チャダが、おずおずと言った。そしてすぐに、まるでスキャットのように、自分がいかに頑張ったか、だがいかに運がなかったのか、言い訳をまくし立て始めた。

 

エルネストはチャダの言い分を完全に無視しながら、眉をひそめている仗助の肩を、ポンと叩いた。

「仗助、怒るな。あの波紋使いが……いや、その一族がDIO様の天敵になり得る……そのことは、わかっているだろ」

 

「ああ……だがよぉ……」

気にくわねぇ……仗助が低い声で言った。

 

エルネストはその様子をじっと観察し、やがて言った。

「……わかった。波紋の少女にお前がこだわるのなら、お前が責任を持つのなら その女の始末は、お前に任そう」

 

「勝手なことをぬかすなァ!!」

『育朗』の操るハンターと、ポルナレフが、三人におそい掛かった。

 

『Gyaaaaaaaaaaa!』

すかさずプライマル・スクリームが、二人の前に壁をつくる。

だが、壁が伸びあがってくる速度は、『育朗』と、ポルナレフのスピードに追い付けない。

 

「遅いッ!」

二人は壁を飛びこし――

 

ブッチィィ

 

『何だ?』

イヤ、二人が壁を飛び越そうとした瞬間だ。そのとき、壁が、二人の方向へ千切れ飛んでいった。恐ろしいスピードだ。

中にいた二人は、なすすべもなく壁に跳ね飛ばされた。そして、その『プライマル・スクリームの壁』にあっという間に取り囲こまれていく。

 

「グッ……ばかな……」

『これは……仗助クンの能力の応用か?』

 

「そうっす、床に付いていたアンタたちの『血』を直したッス……」

仗助が、なぜか少しホットしたように言った。

「よかったッス。お二人を傷つけずに、捕まえられて」

 

『クッ……ハンターを動かせられない』

育朗は、必死にハンターを抵抗させていた。。

 

その様子を、ポルナレフはじっと見ていた。

「『育朗』、お前は行け……」

 

『!?ポルナレフさん?……でも、僕はッ!』

 

「このガキッ、いいからさっさと行けェ!」

ポルナレフはチャリオッツを上半身だけ出現させた。チャリオッツの上半身は、まだ拘束されていなかったのだ。

下半身を固定されたチャリオッツは、クルリと身をひるがえしてハンターの方を向き、エメラルド・ソードを、育朗もろともハンターめがけて振り下ろすッ!

 

ザッシャアッ!

 

『な……』

 

エメラルド・ソードは育朗のスタンドをすり抜け、ハンターの肉体だけを切り裂いた。

「Gyaaaaaa!」

ハンターの上半身と下半身が切断され、プライマル・スクリームに掴まれていなかったハンターの上半身が、床に崩れ落ちた。

そして、ハンターの上半身にとりついていた『橋沢育朗』は、再び自由の身になっていた。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月10日  日没後 [屍人崎]:

 

日が沈みかけたころ、ようやく海岸線沿いに近づく車が、見えた。

 

「あれは?」

 

「……SW財団の車に違いないわ」

シンディが、元気な声で言った。シンディは先日の未起隆の手当てのおかげか、大分体調も回復してきたようだった。

「私たち、助かったのね……」

シンディはクィッと立ち上がると、道路脇へと歩き始めた。

「迎えに行ってくるわ」

 

 

「ちょっと、あんたも怪我してるのよ……無理しないで」

アリッサが、弱弱しくいった。

脇腹を抑える手の隙間から、血がにじんでいるのが見える。自ら撃った弾を弾き返され、負傷したのだ。

 

「大丈夫よ。もうすっかりよくなったわ……今はアリッサ、アナタの方が怪我がひどいのヨ、あなたこそ静かにしていて」

シンディは道路の横に立ち、大声を出しながら大きく手を振り続けた。

 

(やった………これで、僕たちは助かるんだ)

早人は心底ほっとしていた。

ガクッと全身の力が、抜けた。

これで、アミを安全なところに連れて行くことが出来る。SW財団の本部にも連絡が取れた。今頃は杜王町の他のスタンド使いの人達も、町を守るための行動を開始してくれているハズだ。――仗助さんも、スミレさんも、みんなきっと無事だ。

 

早人は、がんじがらめに縛られているピーターを悲しげに見やった。

がっくりとうなだれているピーターの胸には、三つの傷口が見えた。ホル・ホースがピーターの胸に埋め込まれていたコインを、無理やり取り出した跡だ。

 

そのホル・ホースはピーターから少し離れたところに立っており、時々コインを眺め、また、ピーターを見つめている。

 

キキーッ

車がシンディを見つけ、停まった。

 

(ついに助かるんだ……)

早人の心が、泡立つ。

 

アリッサが、歓声を上げた。

 

ガチャリ

シンディがドアノブに手をかけ、ドアを開く……

開かれたドアから出てきたのは、金髪の大男だった。

 

その男は……

 

「仗助サン!」

その男を見たとたん、早人は安心感で胸がいっぱいになった。

 

「早人……」

なぜか、東方仗助は早人を見つけて 少したじろいだ様子だった。

「そうか、無事だったかよ。そりゃあよかったぜ………ホッとしたよ。だがよぉ……」

仗助の目から、笑みが消えた。

そして、仗助の背後からゆらり、とスタンド:クレイジー・ダイヤモンドを出現させた。

 

何故、スタンドを出すんだろう?

それに、何故こだわりの髪型を変えたの……

早人は、フッと心に浮かんだ疑問を、必死に押し殺そうとした。

 

その時……

「動くなぁあッ!!」

ホル・ホースが怒鳴った。

 

メギャンッ!バシュッ!

 

ホル・ホースは叫ぶと同時に、自身のスタンド:エンペラーの弾丸を発射した。

エンペラーの弾丸は、大きく弧を描いて飛び、仗助の頭部を打ち抜ぬこうとした。

 

ホル・ホースが放った銃弾は、クレイジー・ダイヤモンドがとっさに投げつけた岩と正面衝突した。

空中で岩が破裂し、辺りに破片を振り撒くッ!

 

「えっ?仗助さん!!……ホル・ホースさん、どうして?」

早人はすっかり面喰っていた。

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

「突然危ないっすよ、ホル・ホースさんよォ――」

仗助は、エンペラーの銃弾を拳で撃ち落とした。

 

「仗助……貴様……なんで裏切った。コノヤロー」

ホル・ホースが吠えた。

 

オイ……テメ――……そのドアの後ろは何だ?まさかと思うが……そのドアの向こうに見えてるのは、奴らの基地じゃあないだろーな」

 

「そうだと言ったら、どうするんすか?」

仗助が、サラッと尋ねた。

 

「……シンディ、仗助から逃げろッ! そして仗助ェッ!テメェ――わっ、ぶっ殺すっ!」

ホル・ホースが、立て続けにエンペラーの弾丸を放つ。

 

『ドララッ!』

だが、エンペラーの弾丸はまたしても、すべて仗助のスタンド:クレイジー・ダイヤモンドに撃ち落された。

「ホル・ホース先輩よぉ……こんなコーゲキ、『無駄』だぜぇ?……それに、アンタが『裏切り者』を非難すんのかい?」

仗助は、懐から櫛を取り出し、丁寧に金髪に櫛を入れていく。

 

「お、おりゃあ、奴との契約はとっくに終わってる。別に裏切っちゃいねぇ――ッ」

ホル・ホースが言った。

「俺が何をしようと、奴とは関係ネ――ぜ」

 

「なるほどね――。ビジネスライクな関係って奴ッスかァ?」

 

『ドラッ!』

仗助は、クレイジー・ダイヤモンドで地面を殴った。

拳圧で、岩と、土が吹き飛び、ホル・ホースに向かって飛んでいくッ!

「おおおお――ぉぉっ!」

ホル・ホースは必死にエンペラーの弾幕をまき散らした。飛んでくる土砂の威力を少しでも相殺させようと、足掻く。

だが、無数の泥、岩、土に打たれ、ホル・ホースは膝をついた。

「シンディ、なにしてるッ。俺がひきつけているうちにさっさと逃げやがれッ」

ホル・ホースは銃を連射させながら、叫んだ。

だが……

 

「クッ クッ クッ……」

苦戦するホル・ホースをあざ笑うかのような、押し殺した笑い声が響く――シンディからだ。

「クッくっくっ ムダムダ無駄ァ!」

眼の奥に狂気の色をたたえたシンディが……叫ぶ。

 

ドグシャッ!

 

叫び声とともに、まるで『ろうそくを溶かすように』シンディの体がドロドロと崩れていった。

 

「シ……シンディさん……」

うそだ……早人は、目の前の光景が信じられず、唖然としていた。

あの優しかったシンディが……

 

そして、崩れたシンディの体の中から現れたのは――マキシムの顔だ。

だが、マキシムの貌は醜く、赤く、腫れあがり……そして下半身と両腕が無くなっているッ!

マキシムが顔を出すと、『シンディ』であった体は一気に崩た。

そして、黄色のスライム状になり……SW財団の車を覆った。

 

「何だとぉ?」

ホル・ホースが唇をゆがめた。

「クッ、いつの間に入れ替わっていやがったッ」

 

「仗助さん、逃げてッ」

早人は無我夢中で叫んだ。

まさか、『裏切り者』が、もう1人いるなんて 

――しかもシンディさんが――

早人には、まるで悪夢の中の出来事のように思えた。

一体、いつの間に入れ替わったんだろう?あの優しかったシンディさんは、何処に……

これが『夢』ならばよかったのに……

 

そして、なぜ自分たちが仗助サンと戦わなければならないの?

酷すぎる……

早人は、にじむ目をこすり、叫んだ。

「仗助さんも、ホル・ホースさんも止めてッ!二人が戦うなんて、相手を間違っているよッ」

 

「早人ォ、騙されるなッ!今は、こいつもDIOの手下なんだよぉッ」

ホル・ホースが、仗助を襲撃した。

 

だが、またしてもホル・ホースの弾丸を、仗助はあっさりと跳ね飛ばした。

「ホル・ホース先輩。アンタのスタンドは接近戦じゃ何もできねー。やられちまいなァ」

仗助が走るッ!

 

「へっ、やられるかよ……皇帝……Act2 サタニック・マジェスティーだッ!」

ホル・ホースは皇帝をかまえ、体にプロテクターを出現させた。

 

『ドラララッ!』

 

「ガッ ガボッ! ゲフゥッ!」

 

ホル・ホースは、クレイジー・ダイヤモンドの攻撃をプロテクターで受け流した。

超強力なクレイジー・ダイヤモンドの攻撃を、歯を食いしばって受け流す。

そして、エンペラーを構え、至近距離から、皇帝の弾を仗助のドテッパラにぶち込むッ!

 

「こうすりゃあ、俺だって接近戦もできるんだよ。なめんなよッ!!」

ホル・ホースは、防御に集中しておろそかになっていた仗助の足を、払った。

そして、バランスを崩した仗助の頭部に、弾丸の雨を降らせようとした。

 

『ドララララッ!』

だが、クレイジー・ダイヤモンドは先ほどのピーターがしたよりも簡単に、エンペラーの弾丸を全て叩き落とす。

そして……

 

「グオッ!」

叩き落とされた弾丸が、『直って』ホル・ホースの顔面をおそうッ! 

間一髪のところでスタンドを消したものの、一瞬目を回したすきに、懐にもぐり込んだ仗助の生身のラッシュがホル・ホースをおそった。

 

「ウゴォ!」

ホル・ホースが吹き飛ぶッ!

そして仗助が、ゆっくりと一行の方を向いた。

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

「さて、皆にはもう一度戻ってもらうッスヨ」

仗助が一行に言った。

 

「ナッ?」

「うっ……」

 

プシュッ

 

クレイジー・ダイヤモンドが、手に持った『何か』を一行に向かって弾き飛ばした。

 

「クッ!」

「アアアッ!」

「チッ!」

 

高速で飛んでくるその緑色のものが当たると、たちまちそれが『網』に変わった。

『網』の中に、1人1人、拘束されていく。

アリッサ達は何もできないまま、仗助が開いたドアの中に次から次へと引き込まれた。

 

いや、仗助の投げた『網』を避けたものがいた。

アミ

アミを抱っこした早人

そして未起隆の三人だ。

未起隆は早人のプロテクターとなっていた。

そのため、未起隆スーツの力をかり、網が早人にかかる一瞬前に、『アミを抱っこしたまま飛び下がる』ことが出来たのだった。

 

「未起隆、早人……そうだよな、お前たちが、いたな」

仗助は肩を落とした。

すぐさま、クレイジー・ダイヤモンドが早人たちめがけて、緑色の『網』を撃つ。

 

バシュッ

 

「うぅぅ……ウォオオオ!」

とっさに、早人は、足元に転がっていた石を放った。

 

パシュッ

『網』は石に絡まり、そしてスルスルとドアの中に引きこまれる。

 

「仗助さんッ!お願いだよッ、やめてよッ」

どういうことだかわからず、混乱したまま、早人は仗助に背を向けて走り始めた。

 

「グレートだぜ………」

少し躊躇した後、仗助は走っていく早人を見逃した。

唇をゆがめて、走り行く早人に背を向けた。

「後を追うのは止めたゼ。逃がしてやるッス………アバヨ、早人ォ、未起隆ァ」 

心なしか、その声はどこか満足げであった。

 

「いいの?」

アンタがやらないなら、私が……そう言いかけたマキシムは、仗助の目つきを見て、あわてて言葉を濁した。

 

「帰るぜ」

そう言い捨て、仗助は『ドアーズ』のコインが貼られた車のドアノブに、手をかけた。

 

その時、車の中にいた本当の『乗員』が行動を起こした。

 

ドジュウッ!

 

『音』が響く。

まるで、その『音』にはじかれたかのように、車をくまなく覆っていたイエロー・テンパランスが、突然吹き飛んだ。

 

ドサッ

 

「なっ!何っ?」

スタンドのフィードバックにより、マキシムも吹き飛ぶ。

無様に吹っ飛んだマキシムの上に、『岩』が落ちてきた。

 

「グッ」

マキシマムはわずかに身に残していたイエロー・テンパランスで、岩の直撃を防いだ。だが……

「なっ……止められないッ……岩が……迫ってくる……どうしてよッ!」

マキシマムが支える岩がどんどん重みを増していく。

そして、イエロー・テンパランスの防御膜をじわじわと浸食していく……

「ちょっ、仗助 助けてッ」

 

「ダメだ。そりゃあできねー。その能力を解除しようとするにゃあ、俺も命を懸けなきゃいけないっすからね〰〰」

そんなつもりはねーっす 仗助の冷たい言葉が返ってきた。

 

「ガッ!……ガ」

話している間にも、岩はどんどん圧力を増していく。

そのうちに、岩の重さが、イエローテンパランスの防御力を超えていく。

……やがて、マキシムは岩に押しつぶされ、今度こそ意識をうしなった。

 

バタン!

 

車の反対側のドアが開き、出てきたのは二人のスタンド使いだった。

広瀬康一と山岸由花子の二人だ。

 

『S H I T 命令通り 石を重くしてゾンビのスタンド使いを倒しましタ』

小柄な人型のスタンド 『エコーズACT3』が広瀬康一のところに戻って、報告した。

『これで、残る《敵》のスタンド使いは後1人デス』

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

「仗助クン?」

康一は変わり果てた仗助を見て、口ごもった。

何と言っていいかわからず、ただ仗助を指差した。

 

「おー……コーイチにユカコじゃねーかぁー」

こりゃあー杜王町のスタンド使いが勢ぞろいだな 仗助は唇をゆがめた。

 

「由花子さん……どういう事なんだろう?」

下がっていて、僕が……そう言って由花子の前に出ようとする康一を、由花子が引き留めた。

 

「……わからないわ、でも……」

ザワザワ……由花子の髪の毛がザワメキ、しなり、延びていく。

由花子の髪はミルミルうちに腰まで伸び、足首まで伸びる。

そしてザワザワとうごめき、ギュギュギュッと互いにこすれあいながら地面を這うように動き、仗助に向かってまるで蛇の様に近づいていく。

 

ラブ・デラックスの髪の毛は、ギュッと固まり、小柄なヒト型を取る。

自身の髪の毛を自由自在に操るスタンド、由花子のラブ・デラックスが仗助をおそうッ!

 

『ギュギュ……ギュラ…ギュララッッ!!』

ラブ・デラックスの『髪の毛の拳』がクレイジー・ダイヤモンドに殴り掛かった。

 

『ドラァッ!』

対するクレイジー・ダイヤモンドが、迎撃する。

『史上最高のスタンド』スタープラチナのガードさえも弾き飛ばすことができる、超強力な拳が、ラブ・デラックスの『髪の毛の拳』に襲い掛かるッ

 

ビシャッ

 

「ぐぅッ……こ…こりゃあ、まじーぜ」

仗助が、顔をゆがめた。

 

『髪の毛の拳』は、クレイジー・ダイヤモンドの拳に触れた途端、『ばらけた』のだ。

ばらけた髪の毛は、あっという間に伸びて、瞬く間に仗助とスタンド:クレイジー・ダイヤモンドの両腕を拘束した。

「知ってる?髪の毛って、一本で150g位は支えられるのよ。この髪を何千本かまとめれば、3~500Kgf位の引っ張り強度があるってわけ」

私の髪は、普通の髪の10倍は強いわ。

アナタのスタンドで引きちぎれるかしら?

由花子が嘲った。

 

「くっ…………やるじゃんか。ユカコよぉ」

 

「気安く呼び捨てにするんじゃあ無いわょォッ!」

それまで氷の様に冷たい態度だった由花子が、突然絶叫した。

同時に由花子の髪の毛がいっそう仗助を締め付けるッ!

「がんじがらめにした後で、思いっきり締め落とす。そして、口からチ〇ポコを引きずりだしてやるわ、このチ〇〇コ野郎ッ!」

 

「いっ………いやだなぁ、由花子さんってばぁ〰〰」

…………康一の言葉は、(幸い?)由花子の耳にはとどいていなかった。

 

「その首をねじ切ってやるわ。東方仗助ッ」

由花子は目を怒らせ、吐き捨てるよな口調で言った。

その目元、眼輪筋がピクピクと痙攣している………

 

「グッ……」

仗助の首に由花子の髪の毛が巻き付いた。すぐさま、締め上げにかかる。

 

仗助の顔が、どす黒く染まった。

 

「ちょっと、由花子さん!」

 

「グッ……康一……俺の事なら心配無用だぜぇ」

仗助は、ニヤリと笑って見せた。

そしてチョッピリだけ、かろうじて動かせたクレイジー・ダイヤモンドの左手に、自分の上着のボタンを千切らせた。

 

そのボタンを潰し、改めて鋭利な刃に変化させる。

 

「これは、ボタン・カッターだぜぇ〰〰」

 

バシュッ

 

次の瞬間、カッターが髪の毛を切り落とした。

クレイジー・ダイヤモンドの右手が、あっという間に解放される。

「無意味よ、そんなあがきでこの『ラブ・デラックス』から逃れることはできないわよッ」

 

「ヘッ……」 『ドララァッ!』

次の瞬間、自由になった右手で、クレイジー・ダイヤモンドが自分の左腕めがけラッシュを放った。

 

クレイジー・ダイヤモンドの腕に殴られたラブ・デラックスの『髪の毛』が元の長さに戻っていく

……すぐに左手も自由になった。

 

『ドララララァ――ッッッ!!!』

クレイジー・ダイヤモンドは止まらない。両腕で益々高速の――数千もの――ラッシュを放った。

その腕に触れた ラブ・デラックスの『髪の毛』を、超高速で次から次へと元の長さに『直って』いく。

 

そして、ラブ・デラックスは完全に仗助から離れた。

「なっ……なんですってェ」

由花子は気勢をそがれ、無意識に一歩、後ずさった。

 

「ふ―――っ。やっぱり今はお前たちとやりたくねーな。じゃあなァ。コーイチ、ユカコ」

仗助は朗らかにそういうと、ドアーズの『扉』に飛び込み、姿を消した。



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寄生虫バオー その1

スタンド図鑑:

スタンド名:ラブ・デラックス
本体:山岸由花子
外観:髪の毛 または 髪の毛が集まってできた黒い『人形』や『ぬいぐるみ』
タイプ:一体化型
性能:破壊力-B / スピード-B /射程距離-C / 持続力-A / 精密動作性-E / 成長性-B
髪の毛を自在に伸ばしたり、動かしたりする能力。髪の毛は家一つ分を覆うほどの長さまで伸ばすことが出来る。今作では、髪の毛を固めて『人形』や『昆虫?の形』等を作り出し、それを操ることも出来るようになっている。(直、髪の毛を固めた『人形』の姿は MUMU様の作品:ジョジョの奇妙な冒険 第4.5部 ‐DOMINATED GIRLS‐(@arcadia)の ラブデラックス・ノワールをご本人の許可をいただいた上でお借りしています)



スタンド名:エコーズ
本体:広瀬 康一
このスタンドは非常に特殊で、以下のようなそれぞれ能力の違う3形態を使い分けることが出来る。

Act-1
外観: 尻尾の生えたエイリアンの幼生体
タイプ:遠距離操作型
性能:破壊力-E / スピード-E /射程距離-B / 持続力-B / 精密動作性-C / 成長性-A
射程は50Mほど、物体に音を張り付け、その音を繰り返し響かせる能力を持つ。

Act-2
外観:小型の四足の獣が立ち上がった姿
タイプ:遠距離操作型
性能:破壊力-C / スピード-C /射程距離-B / 持続力-B / 精密動作性-C / 成長性-A
物体に音(擬音)を張り付け、その効果を体感させる能力を持つ。射程はAct-1と変わらないという説もあるが、今作ではAct-2はAct-1の半分弱(20M)の射程と言う設定とする。

Act-3
外観:小柄な人型
タイプ:近距離パワー型
性能:破壊力-B / スピード-B /射程距離-C / 持続力-B / 精密動作性-C / 成長性-A
射程は5Mほど、殴ったモノを『重くする』能力。


『それ』はまだ幼体だった。ただ本能に導かれ、安全な『家』を、『繭』を欲していた。

『それ』は本能に支配され、高度な知性を持っていなかった。

『それ』は無力であった。単体では、ただ、ただ種の保存本能に導かれ、周囲をうねり這いずり回るだけの存在でしかなかった。

 

繭として選んだ宿主に身を委ね、その身と子を守るのが、『それ』の生存戦略であった。

だからこそ、『それ』は自ら動き、生存競争を戦うかわり、 宿主にその種の限界を遥かに超える程の戦闘能力を与えるのだ。イヤ、より正確にはその『キッカケ』となる『モノ』を宿主に与えるのだ。

 

その『モノ』を宿主に与えるため、『それ』はゆっくり、ゆっくりと繭の体内に糸のような神経節や分泌管を伸ばしていた。

糸は繭の体に繋がり、『それ』と繭をつないでいく。

糸を介して『それ』は繭から生存に必要な養分を吸収した。そして、ほんのちょっぴりではあるが繭と『それ』は感覚を、知性を、そして感情さえも糸を介し共有していった。

 

それは、元々は宿主の危機に際して、「宿主」に力を貸せるようにするためのモノであった。

 

『それ』は繭:宿主の体内を居心地良く感じ、そこに潜んでいられることに十分満足していた。

宿主は『それ』にとってまさに理想の繭だったのだ。

 

『それ』の本能にプログラミングされた価値観によれば、宿主とはあくまで、子を育て、我と子を守るための使い捨ての繭でしかないはずだった。

やがて時が来て、子を産むときが来れば、『それ』は『宿主』に無数の卵をゆだねる。

卵はやがて『宿主』の中で孵り、生まれた無数の子達は『それ』と『宿主』をともに喰らい、成長し、そして外の世界に出ていく。

 

世界を覆い、喰らい尽くす為に。

 

……それが、本能にプログラミングされた、本来の『宿主』の使い道だった。

 

そして本来『糸』は、『それ』の身を守るために、宿主に力を与えるための道具でしかなかった。

だが、その宿主は強固な意志を持っていた。いつの間にか、『糸』を通じて宿主の感情が、意思が、『それ』に伝わり、いつしか『それ』は本能からの指令に加えて、宿主の意思を尊重して、動くようになっていた。

 

かつて『それ』と宿主は力を合わせ、自らと 宿主が守りたいと思うモノを取り戻すため、共に戦いもしたのだ。

 

だがその後、理由もわからぬまま突然宿主が呼吸を止めた。だから『それ』は、我と子を守るために、宿主の命を救うために、宿主を仮死状態にし、子をゆだねるのを止め、自身も眠りに入った。長い、永い眠りに。

 

そしてその眠りの間も、糸はゆっくり、ゆっくりとその数を増やし、宿主と『それ』とを繋ぎ続けた。

その繋がりは、徐々に強固になっていった。いつしか、『それ』:寄生虫バオーにとって、宿主はただの繭ではなくなっていた。

 

そしていま暗闇の中で、再び宿主が呼吸を止め、眠りに落ちようとしていた……

もはや寄生虫バオーは、宿主と一心同体であった。寄生虫バオーは、自分の体が溶けていくような心地よい まどろみの中に堕ちていった。

 

ハズであった。

 

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1999年11月10日 夜:[M山近郊]

 

「Garuuuuu」

 

ネリビルは、何者かに担ぎ上げられた状態で目を覚ました。

何事か?と周囲を確認して、ネリビルはほっと息をついた。

意外なことに、ハンターがネリビルを運んでいるのだ。

本体であるネルビルが気絶している間に、ネルビルのスタンド:カントリー・グラマーが周囲にまだ少し残っていたハンターたちを呼び寄せたのだろう。

 

「そう、いい子ねぇ」

ネリビルは、自分のスタンド:カントリー・グラマーの喉をくすぐった。

 

「なんだよ……お前のスタンドも、俺のスタンド同様に勝手に動けたのかぁ?」

いつの間にか、テイラーも目を覚ましていた。ハンターの背中に揺られていることに気が付いたテイラーは、バニックになりかけ……ネリビルの馬鹿にしたような視線に気が付いた。

「お前、ホントの能力を秘密にしてやがったな……だがおかげで助かったぜ。ヒヒヒヒ」

 

「あら、この子が勝手に動けるなんて、今まで知らなかったわ――私のスタンド能力もまだ成長しているのよ」

ネリビルは目をわざとらしく見開き、眉毛をぱちぱちとさせた。

 

そうかよ……テイラーは、肩をすくめた。

「まぁいいぜ……それで、俺たちはどこに行こうとしているんだ?まあ、地獄へ……って訳じゃあないだろうがよ……」

イヤ……テイラーは、はき捨てるように付け足した。

「まあ、何処であれ俺たちのいる処が、地獄か……」

 

(そうよ……この地獄から逃れるために、私たちはDIO様におすがりするしかないの)

ネリビルは心の中で呟いた。

飛び交う弾丸、爆発音、血、自分をつかむごわごわした毛むくじゃらの手……子守唄代わりの泣声……

地獄と言う言葉から、うっかり幼少時の記憶を思い出しかけ、ネリビルはブルブルッと首を振った。

 

忘れるのよ。

あの、かわいかった、光を信じていた幼子はもうどこにもいない。

今の私は、DIO様のしもべ……

それが、私の幸福……

 

物思いにふけるネリビルの横で、テイラーは話し続けていた。気もそぞろなネリビルの様子には、気づいていないようだ。

「――ところで俺は、ユンカーズを解き放っておいたぜ。だからあの二人――億泰と噴上――の方は問題ないってわけだ。もうすぐ、確実に始末できる」

テイラーはにやっと笑った。

「今頃、ユンカーズは奴らが倒したハンターやゾンビ共を『喰って』とんでもねー力を蓄えてるはずだからな――つまり今のところ、俺たちは自分たちの身の安全だけ考えて動けばいいってことよ。できれば、なんとかしてDIO様と合流したいもんだが」

 

ハンターたちは、森の奥へ、DRESSの基地とは反対方向に移動しているようだった。

 

一度、ネリビルは、ハンター達を基地の方へ向かわせようとした。だが命令を下す直前に気が変わり、そのままハンターたちが進みたい方向に、ただ進ませていた。その方が、距離が稼げると考えたからだ。

 

もう少し経つと、日が登り始めるハズだ。ネリビルは、焦り始めていた。早く日中も日陰になる場所を探さなければ、おしまいだ。できればこのまま、森の中の鍾乳洞にでも隠れた方がいい。

もし、DIO様のお近くに早く戻りたいとかなんだとか、テイラーがうるさい事を言ってきたら、テイラーの奴は喰ってしまおう。何も身を隠す場所がないところで、みすみす朝日を迎えたくはない。

 

フレッシュなテイラーの血……ゴクリ とネリビルのどが鳴った。

 

日が登る前に安全な処に隠れるためには、もう少し早く移動する必要があるだろう。

ネルビルはカントリー・グラマーに命じて、追加で何体かのクリーチャーを呼び寄せさせた。

 

     ◆◆

 

「Gxyzuaaaa!」

「Dbyazagazyatede!」

クリーチャー達は、カントリー・グラマーの呼び声にこたえて続々と現れた。一体、また一体と森の中から姿を現し、一行に合流していく。

クリーチャーの数が増えるたびに、ネルビルは新たにやってきたクリーチャーに命じて、自分とテイラーを担がせた。そうして、そのクリーチャーに体力の限界まで道を急がせる。クリーチャーがつぶれそうになったら、また新しいクリーチャーに二人を運ばせる。

これで少しは早く進める。後少しで、あらかじめ森の中に用意していた避難所に、たどり着けるはずであった。

 

だが

 

「Garyyuuuuuuu!」

突然、聞き覚えのないクリーチャーらしき咆哮が、聞こえた。近くからだ。

戦いを前にしたときの様な殺気が込められた咆哮。しかも、あきらかにハンターの鳴き声ではなかった。

 

ネリビルは周囲をよく見ようと、自分を担いでいたハンターに命令した。ネリビルの命令に答え、ハンターは、上半身だけとなったネリビルの体を、上に掲げる。

一見、周囲は静かだった。ジョースターの血族達がおそってくる気配もない。

 

だが『何か』おかしい。

 

ガチャッ!

「Barururur……」

 

と、背後から何か聞こえた。

枯葉が擦れる音、岩が落ちる音、そして、うなり声だ。

ネリビルがあわてて振り返ると、そこにいたのはハンターではなかった。

 

「馬鹿な……アンタ、生きてたって言うの……」

ネリビルは、かすれ声でつぶやいた。

 

そこにいたのは、まるで黒い狼のような獣だった。その獣は、まるでホラー映画の怪物のように、下半身がうねうねと動く触手に覆われている。

バオー・ドッグだ。

コイツは忘れもしない、ネリビルに反旗を翻し、両腕を奪ったあのバオー・ドッグであった。

いや、『あの時』は、普通の犬の大きさだった。だが今は、ホッキョクグマ程の大きさになっている。変わりすぎだ。

モデュレイテッド・バオーの回復能力が、暴走した結果なのだろうか。

 

「Garuuu……」

バオー・ドッグは黄色い目でネルビルを睨み付け、牙を剥いた。

モデュレイテッド・バオーの回復能力が異常発現したその姿は、 まさに怪物だった。

 

「おい、ネリビルッ。テメェ何を呼び寄せやがった?」

テイラーが、泣き声を上げた。

黙ってな。

ネリビルは、テイラーを無視して、バオー・ドッグ……であった怪物を、睨み付けた。

 

「何?アンタやるってぇの?ご主人様に向かって……生意気ね」

ネルビルは、精神を集中させた。

以前この怪物が歯向かって来たのは、理由がある。あの時は、暴れまわるバオー・ドッグに心の何処かで『恐怖』を抱いてしまったのだ。

だからあの時は、カントリー・グラマーの能力が、十分に発揮出来なかった。

 

しかし今は違う。DIO 様の眷属、屍生人(ゾンビ)として生まれ変わった私に、恐怖など無いのだ。

 

『キュァアアアア!』

カントリー・グラマーは、これまでで最も甲高く、大声量の金切り声を上げた。

その金切り声には、周囲の動物を支配する力がある。

声を聴いて、近くのハンターたちが、ビクッと身を震わせ、地に伏せた。

バオー・ドッグも、体をこわばらせる……

これで大丈夫……この怪物も支配出来るはず。

ネリビルは、にやりとした。

再びバオー・ドッグをしもべにできたら、戦力が大幅に上がる。もう、逃げなくてもいいだろう。

――だが、その怪物は、ブルブルと身を震わせると、声など聞こえていないように、動き出した。カントリーグラマーの金切り声に、一切反応しないッ!

 

「馬鹿な……」

 

「Giphyaaaruuuu 」

バオー・ドッグは奇妙な唸り声を上げながら、テイラーを運んでいるハンターに、おそいかかった。そして、あっさりとハンターを蹴散らす。

テイラーが、地面に放り出されるッ。

 

「チッ」

地面に落ちざま、テイラーが口をプッと膨らませた。ユンカーズを、バオー・ドッグに向かって吐きかける。

 

「Gyaruruuuuuuu!!」

 

バオー・ドッグの頭に、ユンカーズが喰らいつくッ!

ユンカーズは、それぞれ身をくねらせ、捩じった。バオー・ドッグの頭に歯を立て、穴をあけて体内に入り込もうとする。

 

「の……の、脳みそを吸い尽くしてやるぜぇ~」

俺のユンカーズは、オリジナル・バオーさえも倒したんだゼ。

テイラーが震え声で強がった。

 

しかし……バオー・ドッグはブルッと苛立たしげに頭を振ると、全身から毛針:シューティングビースス・スティンガーを、発射した。

 

ブシュッ!!

ブシュッ!!

ブシュッ!!!!

 

バオー・ドッグの頭に喰らいつこうとしていたユンカーズは、皆、至近距離からシューティングビースス・スティンガーの直撃を受け、弾き飛ばされ、地面に縫いとめられた。

 

ボッ

 

そして、地面に縫いとめられたユンカーズは、シューティング・ビースス・スティンガーの発火現象に巻き込まれ、あっという間にすべて燃え尽きていった。

 

「げぶっ……ばっ……ば……か…なぁ」

テイラーが、喉をかきむしった。

一本のビースス・シュティンガーが、テイラーの喉を貫いていたのだ。

 

「Vuoooooo……!」

同時に、ネルビルをかついでいたハンターも、毛針の攻撃を受けていた。

毛針は空気と反応して燃え上がる。その炎に焼かれ、火だるまとなったハンターは、ネルビルを地面の上に放り出した。

 

「クッ……」

ネリビルは、必死に地面をかきむしり、なんとかバオー・ドッグから離れようとした。

 

バオードッグは、ネリビルではなく、テイラーに目を付けていた。テイラーに向かって、バオー・ドッグが近寄っていく。

そして、無造作にテイラーの右足を踏みつけ……

その足を、体表から発生させた酸で、グチャグチャに溶かした。

「なっ……ぎぃやあああ!!」

喉を貫かれたにもかかわらず、テイラーが悲鳴を上げた。

「やめっ…止めッ……あぁぁ ぁぁ ぁぁ ぁ」

 

「Baruxu、Barurunn……」

バオー・ドッグは大口を開けた。そして、すすり泣き、悲鳴を上げるテイラーを、あっさりと頭から一飲みにし始めた。

まずテイラーの頭が、肩が、腕と胴体が……そして最後に時折ビクビクと震える足が、バオー・ドッグの口の中に消えて行った。

 

「やめなさいッ!」

ネルビルはカントリー・グラマーを飛ばし、バオー・ドッグに命令した。

「テイラーを、吐き出しなさいっ!」

 

だが……バオー・ドッグはカントリー・グラマーの命令には一切注意を払わず、逆にカントリー・グラマーを、前足で踏みつけた。

 

「グハッ」

スタンドが踏みつけられたフィードバックが、ネリビルを襲った。ネリビルは、地面に押し付けられ、這いつくばった。

何故、バオー・ドッグがスタンドを触れるの?

……ネルビルの疑問は、バオー・ドッグが口からテイラーのスタンド、ユンカースを吐き出した事で解決した。

あああ……なんてこと、この怪物はテイラーの頭をDISCごと喰ったのだ……

 

絶望に染まるネリビルが最後に見た光景は、大きく口を開けた、バオー・ドッグの巨大な牙だった。

 

――――――――――――――――――

 

1999年11月10日  夜 [R峠]:

 

緑深い山々の針葉樹の森に、紅葉した広葉樹の葉がまるで雨のように降っていた。

スミレとアンジェラが意識不明の二人 ――虹村億泰と噴上裕也―― を見つけたのは、その森を通る山道の上であった。

無事にアジトを抜け出すことに成功したスミレとアンジェラは、スミレの予知に従って億泰と噴上を探し山道を走った。そして、山道をだいぶ進んだ先、下り坂が終わり、丁度廃村が見下ろせる所で、ついに二人を見つけたのであった。

 

「億泰クンッ! 噴上クン! 目を覚ましてッ!」

スミレは、意識不明の二人に向かって必死に話しかけた。だが、二人ともまったく反応がない。

 

コォオオオオオッ……コォォオオオオオオオオオオッッ

 

スミレの隣では、アンジェラが二人の手を握って、生命のエネルギー『波紋』を流し続けていた。

 

だが、いくら『波紋』を流しても、呼びかけても、二人はまったく目を覚まさす気配がなかった。二人とも呼吸はしっかりしているし、心臓も規則的に動いている……だが何をしても無反応なのだ。

 

「まさか、二人がやられているなんて……」

スミレは激しい後悔の中にいた。やはり、自分1人で育朗を探しに行くべきだったのだ。関係ない人をムリヤリ連れてきたスミレが、すべていけなかったのだ。

 

だが、だからこそ、何としてでも二人を助けなければ。

 

まず、スミレは二人を乗せきれる大きさの板切れを探すことにした。板切れがあれば、何か二人を乗せる担架のようなものを作ることが出来る。二人を担架に乗せることが出来たら、アンジェラのスケーター・ボーイで二人を安全な場所に動かせるはずだ。

この森の中ならば、丈夫な木などいくらでもあるはずだ。スミレはWitDを上空に飛ばし、何か担架の材料に使えるものが無いか探させた。

 

だが……WitDは、担架となる素材を見つけるより先に、3台のバイクがこちらにやってくるのを感知した。

そのバイクがやって来る方向は、まさにスミレたちが逃げてきた所、Dress の基地のある方角からであった……

「ねぇ、アンジェラ……」

 

スミレの警告に、アンジェラもうなずいた。

「ワタシにもバイクの音が聞こえてくるわ……追っ手?それとも、ポルナレフさんかしら」

 

「……違うわ、来るのはどうやら『敵』ね……どうやら上の方から来るみたいよ」

スミレはジーンズにはさんでいた拳銃を引き抜き、安全装置を外した。昔、六助じいさんに教わったように拳銃を両手で構え、静かに近寄ってくる敵を待つ。

確かに拳銃は猟銃とはまるで扱い方が違う。だが、WitDで『構えた方向に発射した場合』の『結果』を予測すれば……

 

「噴上クンと億泰をここに置いてはいけないわ……誰であろうと、ここで戦わなければ」

たぶん、ポルナレフさんは倒されたのだろう。あの凄腕のポルナレフさんを倒す程の敵と戦わなければならないなんて……アンジェラが唇をかんだ。

 

スミレは、WitDがさがしだしてきた倒木の位置を、アンジェラに教えた。

「アンジェラ、億泰と噴上クンを安全な場所まで連れてって……あなたのスケーター・ボーイなら時間かからないはずよ……私は、私はここで奴らを足止めする」スミレが言った。

「担架にするのにちょうどいい木の枝が、そこに転がっているわ。億泰達をそこのせて、安全な所に連れて行ってほしいの」

 

「……わかったわ、すぐ、戻ってくる」

アンジェラは、スミレの見つけた倒木に『車輪』を出現させ、億泰と噴上の体をその上に乗せた。そして、二人をつれて山道を下って行った。

 

     ◆◆

 

ブルルルルッ

 

アンジェラに億泰と噴上を託したスミレは、1人で拳銃を構え、敵を待ち受けた。

やがて、バイクのエンジン音が聞こえ、そしてスミレの視界に、三台のオフロードバイクが見えてきた。

ノーヘルのライダー達は、遠目からでもどんな様子かよくわかる。

 

どう見てもライダーたちは、絶対に堅気のバイク乗りではなかった。

1人はエルネスト、他の二人は……1人は男性、もう1人は女性だろうか?

その二人とも3メートル近い巨体に、黒革のロングコートをまとっていた。

明らかにただの人とは思えない。

 

その1人、大柄な男の方がバイクを止めた。

「Guiiiiiixtu !」

男はバイクから降りると意味不明な叫び声をあげた。そして、なんと300Kg近くある ビッグオフロードバイクを片手で持ち上げ……スミレに向って、投げつけてきたッ!!

 

「!?」

しかもそのバイクには、何か『巨大な手榴弾の信管の様なもの』がついている事をWitDが知らせてきた。

WitDが警告したという事は、その『信管の様なもの』は危険なのだ。おそらくエルネストのスタンド、オエコモバがそのバイクを爆弾にかえたのだ。

 

もう逃げる時間はない。

 

バシュ!バシュ!

 

他に手はない。

スミレはバイクに向って二発弾丸を撃ち込んだ。

WitDによる予知の補正を借りて、弾丸は狙い過たずバイクに着弾するッッ

 

ドッゴォオオオン!!

 

バイクは弾丸が着弾した瞬間 ――ちょうどエルネストとスミレの中間点で―― 爆発した。

 

「なッ……」

爆風に吹き飛ばされたスミレは、すぐ目の前に黒づくめの大男がいるのに気が付いた。先程バイクを投げつけて来た男だ。

大男は、爆風から身を守ることもせず、足元にいるスミレめがけて飛び降りて来たのだ。

 

ズギュ――ンッ

スミレは飛び降りてきた大男に向って、再び拳銃の引き金を引いた。

 

弾丸は確かに命中した。

が、だが、大男は少しのけぞっただけだ。

まったくダメージを受けた様子がないッ!

 

「Dudadadadadaxtu!!」

 

「まさか……ゾンビ?」

 

「違うよ」

スミレの頭上の道から、エルネストの声がした。

「紹介しよう、モニカとグレッグの二人を……二人は、我々がメネシスと呼んでいる生体兵器でね。ゾンビとバオーの技術を下に改造したのだが、ゾンビのような知能はない……だが太陽の下を歩けるし、バオー程とはいかなくても、それなりの回復能力をもっているのさ」

 

ほら、挨拶しろ。

エルネストが、モニカ、グレッグと呼ばれた怪物に命令した。

すると、二体の不気味なクリーチャーが、まるで良く躾けられた子犬のように、ピョコンと頭を下げた。

 

「可愛いダロ?中途半端な性能でお蔵入りになっていたんだが……こちらもコマ不足でね、保管用カプセルに入れていたコイツ等まで引っ張り出してきたーーと言うわけさ。だが、戦闘能力は折り紙つきだ」

 

君はここで終わりだよ。

 

ザザシュ!

 

エルネストも、スミレの頭上から山道を滑り降りてきた。

 

「馬鹿ね、格好の的よッ」

スミレは息を整え、寒気と心臓のドキドキを少しでも鎮めようとした。

人に銃を向ける事。

それは、けっしてやるべきではない、殺人行為………

だがっ!

スミレは歯を食いしばり、エルネストに拳銃の標準を合わせた。

 

「フン、無駄っ」

斜面を滑り落ちながら、エルネストがスタンドを出現させた。

そして、斜面の途中で立ち木の枝を折り取り、スミレに向かって投げた。

 

その枝にも、先ほどと同じ爆弾の信管のようなものが見える。

あれも、スタンドの爆弾だ……

 

「こんのぉぉおおッッ!!」

スミレは銃の標準をエルネストから爆弾にかえた。爆弾を、撃ち落としたっ!

 

スミレの放った銃弾を受け、爆弾が爆発した。

 

ボッガンッ!!!

 

「チッ!」

エルネストは、爆風を避けて地面に伏せた。

「行け!メネシス:モニカ!」

 

「Stdarrzuuuu!」

モニカと呼ばれた方のクリーチャーが 意味不明の叫び声をあげ、右手を大きく振り上げた。

右手には、本来の手の代わりに、『棘だらけの鉄の骨組み』で作られた、棍棒のような器具がついている。

モニカは、その器具の先に丸い鉄球 ――棘棘が付いた―― を取りつけると、大きく振り回して 投げつけたッ!

 

ゴウッ!

 

とっさに鉄球が飛んでくる方向を予知して、スミレは地面に伏せた。

その頭上を、うなりを上げて鉄球が通り過ぎる。

 

「!?」

スミレは地面を転がりながら、照準をモニカに向けた。

一瞬の躊躇、だがその瞬間 さっきまでスミレが寝ていたところに鉄球が叩きつけられるッ!

 

「うわぁぁぁあああああああ!!」

スミレは地面を転がって鉄球を避けながら、モニカに向かって拳銃の引き金を引いた。 

パシ、バンッ!

一発、二発、拳銃を引くたびに強い衝撃がスミレの手に響く。

反動で、拳銃が手から飛び出そうになる。

アドレナリンの過剰放出でも誤魔化しきれない痛みが、スミレの骨折している右腕に響く。

だが、そんなくだらない痛みを気にしている余裕など、無いッ!!



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寄生虫バオー その2

クリーチャー図鑑

クリーチャー名:メネシス(グレッグ&モニカ共通)
性能:破壊力 - B / スピード - C /射程距離 - C / 持続力 - C / 精密動作性 - C / 成長性 - B(暴走化)
能力:DRESSによって生体改造を受けた生物兵器の最高傑作で、見た目は専用のトレンチコートを着た3M近い超大柄な人間。生物兵器の中では比較的知能が高く、簡単なコミニュケーションを取る事さえ可能で、武器やバイク等も使用できる。限界に近いダメージを受けると、リミッターが解除され暴走状態になってしまう。



「Stdarrzuuuu!」

モニカと呼ばれた方のクリーチャーが 意味不明の叫び声をあげ、右手を大きく振り上げた。

右手には、本来の手の代わりに、『棘だらけの鉄の骨組み』で作られた、棍棒のような器具がついている。

モニカは、その器具の先に丸い鉄球 ――棘棘が付いた―― を取りつけると、大きく振り回して 投げつけたッ!

 

ゴウッ!

 

とっさに鉄球が飛んでくる方向を予知して、スミレは地面に伏せた。

その頭上を、うなりを上げて鉄球が通り過ぎる。

 

「!?」

スミレは地面を転がりながら、照準をモニカに向けた。

一瞬の躊躇、だがその瞬間 さっきまでスミレが寝ていたところに鉄球が叩きつけられるッ!

 

「うわぁぁぁあああああああ!!」

スミレは地面を転がって鉄球を避けながら、モニカに向かって拳銃の引き金を引いた。 

パシ、バンッ!

一発、二発、拳銃を引くたびに強い衝撃がスミレの手に響く。

反動で、拳銃が手から飛び出そうになる。

アドレナリンの過剰放出でも誤魔化しきれない痛みが、スミレの骨折している右腕に響く。

だが、そんなくだらない痛みを気にしている余裕など、無いッ!!

 

「DusWaaaoooooo」

モニカは意味不明の叫び声を上げながら、スミレを捕まえようと突撃してきた。

 

スミレはとっさに身を沈み込ませ、モニカの足元をすり抜けるようにして突撃を避けるッ!

「うぁあああああっ」

スミレは顔をゆがめた。

モニカの足を避けるためにスライディングするとき、激しい痛みが右腕をおそったのだッ!

だが、それを気にする暇も……無いッ!

スミレは必死にその衝撃と痛みを抑え込みながら、さらにもう一発、もう一発とモニカの心臓に弾丸を命中させて行った。

 

モニカは着弾の瞬間、わずかに身を揺らしただけだ。

また、スミレにむかって鉄球を振りかぶった。

 

あの鉄球がかすりでもしたらそれで終わりだ。

スミレは必死に立ち上がり、モニカの振るう鉄球の攻撃を避けようとした。

だが……自分の立ち上がる動きは、まるでスローモーションで再生されているように、のったりと感じた。

一方、モニカの鉄球は、確実にスミレを粉砕すべく滑らかに動いている。

明らかに、自分の動きよりも鉄球の方が早いッ………

 

「ああ……間に合わない……」

スミレは目をつぶりかけた。

 

だがその時、スミレの目の前にアンジェラが飛び込んできたッ!

 

「おりゃあああ!リーバッフ・オーバードライブ!!」

アンジェラは、スピードが出るようにと、スケーター・ボーイの車輪を自分の肘と足首に取り付けていた。

猛スピードのスライディングで、アンジェラがモニカの懐に飛び込むッッ。

アンジェラはスライディングの体勢:低い姿勢から伸び上るようにして、ひじを撃ち込むッッ

肘うちは命中し、モニカの体勢を揺らがせ、鉄球の向きを変えさせた。

「Guooooon」

波紋を込めたひじ打ちでモニカが怯んだ隙に、アンジェラは地面に飛び込むようにして転がった。

モニカの拳による反撃を、ギリギリかわす。

 

「ウウッ!」

攻撃は避けた。

だが、わずかに拳がかすったその衝撃だけで、アンジェラは吹き飛ばされるッ!

 

「フンッ 無駄なあがきよ」

エルネストがせせら笑った。

「お前の貧弱な攻撃でメネシス:モニカを止めることは出来んよ」

 

「ガッ……」

吹き飛ばされ、地面に激しく背中を叩きつけられたアンジェラが、苦しそうに立ち上がった。

「まだよ、まだ私はあきらめないわよ……エルネスト、あんたが何をたくらんでるかなんて興味はないわ。私はただあんたとそのデクノボーを叩き潰して、仗助を取り戻すッ」

ペッと吐いた唾には、血が混じっている。

「だいたい、そんな変な格好、あんたかっこいいと思ってるわけ?趣味じゃあないのよ!」

 

「そうよ、このド変態ヤロォー。全身網のタトゥーって、あんたSM好きのド変態なんでしょ」

スミレが、毒づいた。

 

タァァア―――ンンッ!

 

スミレは追撃しようとしていたモニカの肩を狙撃し、またしても鉄球の狙いを外させた。

 

「スミレ……遅れてゴメンね。オクヤス達を安全な場所まで降ろした後、またここまで上がってくるのに手間がかかっちゃった……でももう大丈夫よ、ここからは一緒にやろう!」

 

「ええ、私たちが奴らを倒すのよ」

 

「そうよ、あの男達を取り戻すわよッ!狙った男をアイツ等に横取りされてたまるもんですか。……こんなヤツラに、私たちは負けないわよッ」

 

狙った男は必ず落とス!

アンジェラが胸を張った。

 

(……恥ずかしい)

だがスミレも、決意を込めてアンジェラの言葉に頷いた。

「そうよ、絶対に取り戻すわッッ!」

 

「下らん!」

再び、エルネストが爆弾を投げた。

 

「!?何度やっても無駄よっ」

すかさずその爆弾をスミレが狙撃、撃ち落としたッ!

 

バゴッッッ!!!

爆風が視界をふさぐッ!

 

その隙に、またしてもアンジェラが、モニカの懐に入り込み……

 

コォオオオオオオオ――ンン

 

「くらえっ! 千烈脚、波紋疾走(サウザンドバースト・オーバードライブウッ)!!」

アンジェラは、回し蹴りからの連続蹴りをモニカに放った。

170Cm程の細身の女性が放つ、3M近い巨人への果敢な連撃ッ!

 

ドッ ドッ ダッ ダダッ ダッ ダダダダッ ドダダダアッッ!!

 

「Guxyiiii」

頭に一撃、そして全身に無数の蹴りを受けたモニカは悶え苦しんでいた。

アンジェラの蹴りの1つ、1つに波紋が込められているのだ。

モニカは、攻撃を受けるたびにその巨体を揺るがせた。

そして、ついに地面に倒れこんだ。

 

「GYAAAAaaaaaaa!」

全身から煙を出して、モニカが倒れ落ちる。

 

「ふーっ ふ――っ ふぅ―――― 次、あんたよッ」

肩で息をしていたアンジェラは、倒れたモニカをしり目に、再び立ち上がった。

そして、次のターゲットであるエルネストを追撃すべく、駆けだした。

 

その時だ。

不意にスミレの額に、電撃が走り……電撃の切れ目からスタンドの蝶:ウィスパー・イン・ザ・ダーク(WitD)が発現した。

WitDはその羽でスミレの目をおおった。

額に走った電撃によって真っ白になったスミレの視界に、とある『未来のビジョン』を見せる。

「!? アンジェラ、ダメっ!引いて!」

WitD の見せた予知の内容を理解したスミレが、叫んだ。

 

ブンッ

 

とっさにスケーター・ボーイを操作して後ろに飛びずさったアンジェラの頭のすぐ横を、銀色に輝く何かが飛び抜けた。

 

「フン……貴様に差してやるつもりだったが、まあいいだろう」

背後からその『銀色のもの』を投げたエルネストが、再びゆらりと木の陰から全身を現した。

「そろそろ私もこの体と精神にようやく馴染んだみたいでね。本気をだすチャンスが、まだ残っているといいのだが」

 

「何ですって?」

スミレが拳銃でエルネストを撃った。

タァアア――ンンンッ

 

ペシュッ!

 

スミレの撃った銃弾は エルネストのスタンド、オエコモバが出現させた『翼』に防がれた。

エルネストは、その『翼』を自分の背中から、まるで、『天使の羽』のように出現させていた。

弾かれた弾丸はそのまま左右に分かれて飛び、エルネストの背後で爆発した。

 

ファサッ

 

エルネストが、スタンドの『翼』をはためかせる。

すると、エルネストの体が宙に浮かび上がった。

「フフフ……ようやく馴染んできたよ。これで、我がスタンドの能力を存分に使えるというものだ」

エルネストは空中をゆったりと飛んだ。

依然としているスミレとアンジェラの頭上で羽ばたき、二人を見下ろした。

天使などではなかった。漆黒の翼をはためかせたその様子は、まるで、悪魔のようだ。

 

空中でエルネストが上着を脱ぎ、上半身をさらけ出した。

その体には 4つのコインが 正方形を描くように埋め込まれている。

コインが、黒光りをしている……

「アンジェラ……お前には当たらなかったが……だが問題ないっ 死ネィ!」

 

ズブズブズブ

 

「Gxyuiiiiii!!」

 

背後で絶叫が聞こえた。

振り返る。すると、崩れかかっていたモニカの頭に、エルネストが投げた銀色の『何か』が沈み込んで行くのが見えた。

「あれは何?あんた何をしたの??」

 

「……『ファイヤー・ガーデン』それが名前だ……己の意思とは関係なく全身から炎を噴き上げつづけるスタンド。このスタンド能力を貴様にくれてやって、貴様が自らを丸焼きにする様子を楽しもうと思っていたのだ」

だが、貴様が丸焼けになって死ぬことには、変わりないな。

そういうと、エルネストは腕組みして フンッ と鼻で笑った。

 

「Gyaaaaaaa!!!!!」

炎を上げたままモニカが咆哮をあげた。

そして次の瞬間、全身からさらに激しく炎を吹き上げた。

モニカの体は火による破壊と、肉体能力による再生をものすごい勢いで繰り返し、やがて人間体 とは思えないほどその体を歪めていった。

モニカがさきほど右手に取り付けていた器具などが、ぬるりと現れた触手に覆われていく……

 

「くっ」

唖然としているアンジェラに、再び鉄球が横殴りにおそい掛かる!

 

ズルッ

 

「しまったっ うわあああああッ」

かろうじてアンジェラは、鉄球を避けた。

しかし足を滑らせ、山の急斜面を転がるように転落してしていく。

「うぅっ、しまったわ」

アンジェラは、とっさにスケーター・ボーイで斜面に張り付き、墜落を回避しようとした。

だが、張り付いた斜面そのもの土がもろく、また落ち葉が幾重にも重なっているため、勝手に崩れ、すべり、落ちて行く。

 

「チッ……手間をかけさせる」

エルネストは舌打ちした。

控えさせてたグレッグの肩にのり、アンジェラを追って斜面をすべり降りていった。

 

「アンジェラ!」

斜面に駆け寄ろうとしたスミレに、背後から炎をまとった触手の一撃がおそった。

 

「!?」

 

ヌルンッ

 

WitDの警告が走り、とっさに触手の直撃は避けるとこが出来た。

だが、触手は拳銃にまきつき、スミレの手から拳銃を奪った。

 

「しまったわ」

 

「Su……Muu Raaaaaaaaaaaaa!!!!」

振り返ったスミレに、全身から炎を噴出したモニカがおそい掛かった。

 

――――――――――――――――――

 

 

ザザザ―――ッッ

 

アンジェラもまた、斜面を滑り落ちていた。

しばらく滑って、森の中でぽっかりと空いた小さな空き地にたどり着いた所でようやく体が止まった。

落雷か何かで巨木が倒れてできたのか、この空き地にはゴロゴロと炭化した木が転がっていた。

 

そしてその地で、アンジェラはたった1人で『巨大なクリーチャー』と『超強力なスタンド使い』に相対していた。

 

「この、アマッ、チョコマカとォォっ」

 

「鬼さんこちらぁ〰〰 手ぇのなる方へぇ〰〰〰ッ」

圧倒的に不利な状況のなか、アンジェラは倒木が多い地形を利用して、反撃を行うチャンスを虎視眈々と狙っていた。

 

ギャルゥッ ギャルッ

 

アンジェラはスケーター・ボーイの車輪を靴と手袋、それに両手足のパッドに出現させていた。スタンドの車輪をフル回転させ、急停止、急反転、急加速を繰り返して攻撃を避けている。

スケーター・ボーイの機動力をフルに引き出したことにより、頭部へ激しくGがかかっていた。そのGは、波紋で頭部への血流をコントロールして酸素の供給を確保する事で耐える。

そうすることで、ブラックアウトを回避し、驚異的な挙動を実現しているのだ。

 

ボッ! ボガッ! ボッ!

 

エルネストがアンジェラに向けて多数の小石をまき散らす。

それらの小石がすべて爆発し、地面に大穴を開けた。

 

だが、アンジェラはその爆弾をすべて回避して見せた。

回避する動きの隙を突こうと振り上げられたメネシス:グレッグの振り回す刀も、ヒラリとかわす。

スタンドと波紋の精密なコントロールによる高機動による回避だ。

アンジェラは精神と体力を振り絞り、必死で、敵の攻撃をかわしていた。

こうやって、攻撃をかわし続けていれば、いつか波紋の一撃を打ち込むチャンスがあるはずだ。

 

だが……

 

「フン……波紋使いの女ァァ、遊びはやめだ。貴様は仗助にクレテやろうと思っていたが……」

業を煮やしたエルネストが懐から『何か』を取り出した。そ

の『何か』を、 持っている自分の手ごとグレッグの頭に『ズブッと』押し込んだ。

「グレッグよ……貴様にも新たな能力をくれてやろう!『コールドプレイ』!!」

 

「GIBUBUBUUUUUUUUUU!」

すると、その『何か』を埋め込まれたグレッグの全身から一瞬、ピンク色の、ヒルに似た小さな触手が無数にうねうねと現れた。

……プロテクターを兼ねていたトレンチ・コートがはじける。

そして、その背後に氷づけの巨大なモンスターのビジョンが現れた。これは、スタンドだッッ!

スタンドはグレッグを掴むと全身を凍らせ。

そして……唖然としているアンジェラの目の前で、グレッグは再び自ら氷を割って外に出た。辺りを揺るがせるほどの、吠え声を上げた。

 

「なっ……あなた、この化け物にスタンド能力を与えたって言うの?どうやって??」

 

「フン、お前に理由を話しても何の得にもならん。黙って死ねッ!」

 

「DaaaaaaBuuuuuuuu!」

エルネストの指示に忠実に従い、グレッグはスタンドの力で自らの脚部と周囲の地面を凍らせた。

凍らせた地面の上を、まるでスケートでもしているかのように氷の上を滑って、一気にアンジェラへの間合いを詰めるッッ。

接近してきたグレッグは、拳を振り上げ、アンジェラにむかって振り下ろすッッ

 

避けられない!

アンジェラはとっさに体を浮かせ、グレッグの拳を空中で受け止めた。

 

ベギャアアアァアアンッ!!

 

「きゃぁああああああああ!」

グレッグの拳は、アンジェラの腕をへし折り、近くの地面にアンジェラを吹き飛ばした。

波紋を全身に流して、傷の痛みを和らげたアンジェラがやっとのことで立ち上がる。

すると、目の前には巨大な氷の塊が浮かんでいた。

「あッ……ああああっ」

 

グレッグのスタンドが現れ、自らが作り出した空中の氷塊にそっと触れた。

 

バリン!!

 

次の瞬間、空中に浮かんだ氷塊が割れ、飛び散った。

幾つにも割れた氷片がアンジェラを再びおそうッッ

 

バシュッ! プシュッッ!

 

「うわあああああああ!」

アンジェラは、氷片を避けられなかった。

粉砕された氷のかけら達が、アンジェラの体を切り裂く!

「う……う……」

アンジェラはなんとか致命傷となる部分の攻撃だけは、ガードしていた。

だが、片耳を吹き飛ばされ、四肢、肩等に何発かの氷片を食らっていた。

血は出ない。氷片が触れた部分が凍り付いたからだ。

 

「貧弱、貧弱ゥッ―――だが、なかなかアガクじゃあないか」

もしかしたら、生きたまま仗助に引き渡せるかもしれんな……

エルネストが、余裕の表情で見下ろした。 

 

「ハぁ ハぁ ハぁ……」

アンジェラは波紋の呼吸を乱していた。その靴から、スケーター・ボーイの車輪さえもが消えてしまっていた。

 

「フッ……逃げ回るだけで力を使い果たしたか……とどめだ、サッサとやれぃ!! グレッグ……この女の両足を凍らせ、そして砕いてしまえッ!」

 

「Gyaaaaaaaa!」

グレッグが自らの刀に氷をまとわせ、アンジェラの足めがけて振り下ろす。

 

「はっは―――はぁ――はぁ――ッッ」

目の前に迫る氷の剣ッッ!

だが、アンジェラの目はまだ絶望していなかった。

いや、その目には希望をたたえた不敵な笑みが光っていた。

「かかったわね……」

 

「何だと?」

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

ピシッッ

 

次の瞬間、どこからともなく現れた『糸』がグレッグとエルネストの体に絡みつき、二人の動きを止めた。

 

「なんだ……体が動かん?」

 

どう、お師匠様譲りの戦略は?

アンジェラはヨロヨロと立ち上がり、挑発的に腰に手をやった。

「フフフ……私の地元の台湾からほんのチョッピリ南に行った島にね………『サティポロジア・ビートル』っていう芋虫がいるのよ……その虫から作った糸はね、波紋伝導率が100%なの。私の服は、その糸で織られた特製なの」

おしゃれでしょ。アンジェラが笑った。

 

「何だと?」

 

「その糸をね……こっそりスケーター・ボーイで逃げ回っている間に、近くの地面に張り巡らせておいたってワケ。アンタたちが近づいてきていれるかどうかは賭けだったわ ――でもその賭けは勝ったッ!もうあなたたちは動けないわ……」

 

「き……貴様」

「SuDaaaaaaaZuuu!」

 

コォォォオオオオ―――ッ

 

「そして、喰らいなさい、糸を通した『波紋』 ブラック・バタフライ・オーバードライブッ!」

アンジェラは左手で『糸』を引っ張っる。

その糸に、『波紋』を込めた右拳を叩きつける!

「Gyaaaaaa!!」

サティポロジア・ビートルの糸が、アンジェラが放った波紋を100%伝える。

波紋は……まずグレッグの右腕を切り落とし………そしてエルネストへ……

だが

「無駄ァァ!!!!!」

バシュンッッ!

次の瞬間、『糸』はエルネストのスタンド、オエコモバにより一瞬にして爆破された……

「なんですって、そんな……」

アンジェラは膝をついた。

「ハぁ ハぁ……こ……れが、私の精いっぱいだったのに……」

「女、よくもやった。せめてもの情けだ。粉々に粉砕してくれるッ」

と、言いかけたところで、エルネストが眉をしかめた。

バ……バル…バル

何か、遠くで獣が吼えるような声が聞こえたのだ。

バル・バルバルッ!

吼え声は、どんどん大きくなっていく。

「チッ……ヤツが復活したのか」

エルネストはペッと唾を吐き、そして……

「オエコモバッ! 奴が来る前に女を爆破しろッ」

オエコモバの翼が伸び、アンジェラをおそうッ!

見開かれたアンジェラの目に、ハッキリと迫り来る翼が見えた。

羽の毛筋や緑色の光沢までが細かく見える。

(いやよッッ!あの翼に触れたら、爆破される……)

だが、あまりの疲労に体が動かないッ

と……

ズルゥッ

突然、エルネストの体が一瞬だけ後方にずれた。

同時に、オエコモバの体も連動して後ろに引っ張られた。

 

ブゥンッッ

 

アンジェラは、鼻先にオエコモバの翼の一振りが巻き起こす風を感じた。

アンジェラを爆弾に変えるための翼の一撃が空振りに終わったのだ。

それは本当にギリギリのタイミングであった。

 

「!?貴様ッ」

エルネストは、とっさに自分の靴だけをオエコモバに爆破させた。

 

「フフッ……やらせてもらったわ。敵が勝ち誇った時こそ、反撃のチャンスなの…よ……」

アンジェラが舌を出した。

エルネストの靴に現れた車輪、それは、スケーター・ボーイが付けたものであった。

エルネストが吼え声に気を取られたその一瞬、わずかに残った『糸』に伝わらせて、エルネストの靴に車輪を取り付けたのだ。

一瞬、ほんの一瞬だけ車輪が逆回転し、エルネストとそのスタンドを、後方に高速移動させたのであった。

 

「バル!バル!バルバルバルバルッ!!」

 

次の瞬間、何者かがものすごい勢いで飛び込んできた。

そして、アンジェラの前に立ちふさがり、オエコモバに刃をふるった。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月10日  夜 [A山近郊の廃墟]:

 

 

ザアザザ――ッ

ズズズ――――

 

「クゥッ!放してッ」

「ウヲォォォォッ!」

 

扉の奥から、次々と網に引っ掛かった仲間たちが引きずり込まれてきた。

クレイジー・ダイヤモンドの能力によって『直された』網は、あらかじめチャダのプライマル・スクリームによって部屋中に張り巡らされていた工業用の網に次々に一体化していった。

ホル・ホースと仲間たちは、まるで蜘蛛の巣に引っ掛かったトンボやチョウのように、その網に絡みつき、動けなくされていた。

 

仗助は、扉の向こうに行く前に、網を引きちぎって持って行ったのだった。

その網の塊を、仗助はホル・ホース達に投げつけ、そして『直した』。直った網は、元に戻ろうと一気に広がり、ホルホース達をひっかけた。そして、元の網があった場所へ飛んで戻っていく。

このしかけで、仗助はSW財団の調査チームをあっという間に捕まえたのだった。

 

「……ホル・ホース、手っ前ェェエはよォォォ〰〰何やってんだよぉっ!」

ポルナレフは、その中の1人にホル・ホースがいるのを見て、がっかりした。

「お前よぉ―――本ッッッ当ォォに情けねぇな。それでもプロかよ」

 

「ああぁ?誰が言ってやがる???お前こそ、うかうか掴まってるんじゃねーか」

ホル・ホースが口をとがらせた。

「それに、俺の方のチームは非スタンド使いばっかりだったんだぜぇ、戦えるスタンド使いを全部連れてったお前の所にみてーに行かないのはあたりめーじゃねぇか!」

 

「クッ……だが、俺は高校生達を全員、安全なところに逃がしたぞ……おりゃあ、彼らを無事ににがすために、『敢えて』おとりになってつかまったんだよ。お前みてェェ――に警護対象のSW職員ごとつかまるよーなマヌケなことはしねーぜ」

 

「にゃにおッ……俺こそ『敢えて』奴らのアジトに侵入したってわけだ。お前と一緒にするな」

 

「ハッSW財団を連れてか?お前そんなにバカだったのかよ?」

 

「ナヌウニォオオオ、お前、コーコーセーと正面から勝負して、見事にやられたくせによォ」

 

「二対一だ、仕方ねーじゃねーかッッ、お前こそあっという間にやられやがって……さっき仗助が出ていってから、あんまり時間がたってねーぞ」

 

「おっ……おりゃあ連戦で疲れてたんだよッ」 

調子が悪かったんだ。 ホル・ホースは少しばつが悪そうに、テンガロン・ハットを深くかぶりなおした。

 

「……ねぇ、意味のない口げんかなんて止しなさいよ」

二人の様子を見て、アリッサが冷めた口調で言った。

 

ガチャッ

 

扉が開いた。

二人が不毛な口論をしているところに、東方仗助が入ってきた。

口論している二人をしり目に、仗助が手にしていたゴム片を『直す』。

 

プシュッ!

 

次の瞬間、扉の向こうから最後の1人、マキシムが飛び込んできた。そのマキシムにもう一度仗助が『触れる』と、その次は切断されていた四肢が。何処からともなく飛んできて、マキシムの体に収まった。

「アッ……あんたぁッ!!」

激昂しかけたマキシムは、だが仗助がチラリと見せた表情を見て、怯えたように黙り込んだ。

 

「………」

ポルナレフと、ホル・ホースは言い争いを止め、押し黙った。

 

バタン!

 

仗助は扉を閉めた。そして、未だに言い合いをしているポルナレフとホル・ホースの二人を見て、頭をかいた。

「味方同士で口げんかっすか……グレート。こりゃあ”ヤレヤレ”っすねー」

 

「仗助……その言い方をヤメやがれ」

ポルナレフとホル・ホースは、青筋を立て、イラッとした調子で、声をそろえて仗助を睨みつけた。

「よりによって、お前からそのセリフを聞くと、イラつくぜ」

 

「……いやぁ、済みません」

仗助は律儀に謝ると、順々に網に囚われたかつての『仲間』に自身のスタンドで『触れて』いった。仗助が触れる度に、そのスタンド能力によって皆の怪我が治っていく。

 

「ねぇ、仗助……クン……どうして」

アリッサが尋ねた。

「仲間を裏切って こんなこと続けるの、もうやめなさい……あなた、苦しそうよ」

 

「……どうしたもねーっすよ。俺も、DIOが言っている 誰でも天国に行ける グレートな方法ってのがもしあるんなら、みんなで行けばいーじゃねーかって、そう思ってるだけっすよ」

だから、こいつらにも協力してるんす。仗助は、嫌悪感をむき出しにして控えているチャダとマキシムを睨みつけた。

「アイツ等も……早人も、未起隆も、噴上や億泰の奴も、後できっとわかってくれるはずだゼ」

仗助は隅っこに止めてあったバイクにまたがり、バルンッとバイクのエンジンを起動させた。

 

「アンジェラちゃんも、今のあなたを見たらなんて思うかしら」アリッサが尋ねた。

 

「なっ……アイツは関係ーねーッス」

仗助は心なしか顔を赤らめ、首を振った。

「でも、そーっすねぇ。アイツ等を迎えに行ってやらなきゃならねー」 

エルネストの奴には、任せておけねーからな。

 

仗助はブルンと、バイクを回転させると、明らかににじみ出る嫌悪感を隠そうともしないまま、チャダとマキシムに命令した。

「お前ら……俺はエルネストを追うぜ。お前は余計なことをしねーで、ちゃんと皆さんを安全に見守ってろよ」

仗助は、マキシムをにらんだ。

 

「わ……わかってるわよぉっ、イケズッ♡」 

 

マキシムの揶揄を無視して、仗助はチャダを睨みつけた。

「それから、チャダ……オメ―わかってんな」

 

「承知してますよ。仗助さんの指示通り、コインをすべて扉の向こうに運べばいいんですよね」

 

「そうだ。いいか、『この部屋にあるすべてのコイン』だぞ」

忘れたらただじゃおかねー 仗助の威嚇に、チャダはイカにも言うとおりにしますよ。と仗助を宥めた。

 

バルッ…ブルウンッ!

 

さんざん念を資した後で、仗助は、バイクに乗って去っていった。

 

仗助が去った後には、ホルホース達とチャダ、マキシムが残った。



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寄生虫バオー その3

スタンド図鑑

スタンド名:ファイヤー・ガーデン
本体:グレッグ・ミューラー(メネシス)
外観:本体一体型
タイプ:特殊能力型
破壊力 - B / スピード - C /射程距離 - E / 持続力 - A / 精密動作性 - E / 成長性 - E
能力:暴走しており、体から常時炎を出し続けるスタンド。本体は焼かれ続けるが、このスタンドで受けた傷に限り負傷とほぼ同時に傷が治っていく。(つまり、自分のスタンド能力で死ぬことはない)本体から出た炎は燃え方を操る事ができる。


スタンド名:コールドプレイ
本体:モニカ・デュバル(メネシス)
外観:本体一体型
タイプ:特殊能力型
破壊力 - C / スピード - C /射程距離 - D / 持続力 - A / 精密動作性 - E / 成長性 - E
能力:触れたところや近くの空中に氷を作る能力だが半分暴走しており、本体が触れたものの温度はすべて零度になってしまう。空中に作れる氷は大きめのスイカ程度。ちなみに、凍らせるだけで溶かす能力はない。



「やだやだ……あの子、まだ開き直れてないようねェ」

仗助の後姿を見ながら、マキシムがわざとらしく笑い声をあげた。同意を求め、隣のチャダに話しかける。

「……あんた?ちょっとは返事しなさいよ」

 

チャダは話しかけてくるマキシムを無視して、ポケットから何かを取り出した。

それはコインだった。

チャダは一枚のコインを、つい先ほど仗助が出て行ったドアに張りつけ……そのドアを開けた。

すると、理屈に合わないことにそのドアの先には『南国の昼間の景色』が広がっていた。

ドアの先には、プールと、さらにその先に、海まで見える。

 

(!?なんだ、こりゃあ?)

ポルナレフは首をかしげた。なんとなく、なんとなくだが、その景色に見覚えがある気がする。

 

「チャダ……だからアンタ、いったい何をしてるのよ?」

眩しそうにマキシムが言った。

 

「何って、コインの回収ですよぉ」

チャダはそう言うとピーターの体を確認して、舌打ちした。

「あらら、コインがありませんね。ジョースケが彼の怪我を直したときに、コインも一緒に戻ってくると思ったんですがねぇ――」

フン……ホルホースさん達のポケットにもないみたいですねェェ。どうしましょうか?

 

チャダは携帯を取出し、ピーターの体にコインが残っていないことを話し相手に伝えた。そして、首を横に振り振りマキシムの方を向いた。

「さてと……ピーターのコインは残念でしたが、あと一つ回収できそうなコインがここにありますね……」

チャダはマキシムに向ってニタニタと笑いながら手を伸ばした。

 

「ちょっと……あんた、まさか……私のコインを奪おうっていうの?」

マキシムは警戒心もあらわにチャダの手の届かないところに飛びのき、自分のスタンド:イエロー・テンパランスを出現させた。

「……警告しておくわよ。私に少しでも触れようとしたら、あんたの体を喰ってやるわ」 

コインは渡さない。マキシムは歯をむき出しにした。

 

「何言ってるんですか?」

チャダが首を左右に振った。

「マキシムさん、ワタシのスタンドは無機物と同一化するスタンド、生物を喰らうアナタのスタンド能力の対象外じゃあないですか」

それに、あなたのスタンドには興味ありません。

 

「うるさい!近づくなッ」

マキシムは先手必勝とばかりに、イエロー・テンパランスをチャダに飛ばした!

「DIO様のお印を渡すものかッ!」

 

だが、チャダのスタンド:プライマル・スクリームは、すでにマキシムの足元まで侵食していた。

チャダ本体がイエロー・テンパランスを喰らうよりも早く、プライマル・スクリームはマキシムを拘束した。そして扉の向こう ――太陽の元へ―― 放り飛ばした。

 

ブワン!

ザザザザァァ……

 

「Dummmmmmmn!」

マキシムが、悲痛な絶叫をあげた。

扉の向こうの『強烈な日光』に照らされたマキシムの体が崩れていく。髪が、頭皮が、塵となり、その奥に隠れていた白い頭蓋骨が露出していく。その頭がい骨さえも、グズグズと崩れていく。

「XaXXXzuaDebzat!!!!!!!」

マキシムは両手をついてはいずり、何とか日陰に行こうとした。だがその両手が、あっという間に塵となってくずれ……空しく陽がサンサンと当たる地面をのたうちまわる。

そして、あっけなく全身が塵になり、マキシムは消えた。

 

最後には、コインだけが地面に転がり、太陽の光を反射して輝いていた。

 

残ったそのコインを、扉の向こうにいた人物が回収するのが見えた。

――だが、逆光で顔は確認できない――

 

扉がしまった。

 

「あれまぁー、きれいさっぱり消えちゃいましたね……さてと、ワタシはゆっくりしますか」

チャダは何の感情もなく、マキシムが消えるのを見終えて大きく伸びをした。

 

と……

 

パシュッ!!

 

「アギィッ!?」

 

振り返ったチャダの脳天に、チャリオッツのレイピアが突き刺さった。

ポルナレフの最後の奥の手だ。チャリオッツのもつレイピアの剣先を、チャダに向けて飛ばしたのだ。

 

「俺たちを舐めたな、馬鹿な奴だ」

ポルナレフが言った。

 

「あぐうぅ」

後向きに倒れかかったチャダは、運の悪いことに、ホル・ホースが構えていた銃口の真正面に、その身をさらした。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月10日  夜 [R峠]:

 

「!?」

スミレはWitD の予知に従って、地面に飛びこむように前周り受け身を取った。

 

ついさっきまでスミレが立っていた所を、グレッグの炎の鞭が抉った。

地面に飛び込んだ衝撃で、 またもや右腕に激しい痛みがおそう。

 

ガガッガッガッ!

 

激しい痛みをつとめて無視して、スミレは拳銃でグレッグの頭を狙撃した。

ポルナレフから受け取っていた、二丁目の拳銃だ。

 

弾丸の元々の狙いは確かだった。

だが、グレッグの周囲を渦巻く激しい上昇気流によってその軌道はそらされた。

グレッグのスタンド:ファイヤーガーデンの吹き出す炎が周囲の空気を暖め、激しい上昇気流を作っているのだ。

グレッグの肉体は、自身のスタンドが出す熱により焼け爛れ、どんどん炭化し、蒸発していく。……だが、その同じスタンドの能力なのか、その肉体は燃えていくのとほぼ同じ速度で回復していく。

そのため、たとえ命中しても、弾丸の威力は上昇気流の壁と、熱によって弾が溶かされていることで、威力が半減しているのだった。

加えて、超回復力により、銃撃によって受けた傷もどんどん治っていく……

 

だが、たとえ威力は半減していたとしても、どんどん回復されたとしても、スミレにできるのは銃撃を続けることだけだ。

銃弾は確実にグレッグの急所をとらえ、着弾のたびにグレッグをよろめかせてはいるのだ。

撃ち続けるしかない。

 

(少しは効いてるッ? やっぱり止めをさすには、どうにかしてあの炎を止めないと……でもどうやって?思いつかない……アンジェラを待つ?駄目よ、アンジェラは1人で二人を相手にしているのよ。私が助けに行かないと)

 

どのくらいこうやって戦っているのか、もしかしたら、まだ大して時間は経っていないのかもしれない。

だが、スミレはすでに疲労困憊だった。 

酸欠で目がチカチカする。銃を撃つたびに鈍器で骨を殴られたような衝撃が右腕をおそう。

 

ガッ ガガガッ

 

それでも尚、スミレは震える手で銃を構え、必死でグレッグの攻撃を避けつつ、弾丸を送り込み続けた。

そして……

 

「Gaxtuuuu」

遂にグレッグが膝をついた。

グレッグは絶叫を上げながら体を掻き毟り、その肌の奥の肉を露出させ……そして、肉があふれ始めた。

全身が膨れ上がったグレッグは、のたうち回りながらもその体をどんどん増殖させていく。

両手など、まるで熊手のように巨大に膨れ上がっている……

 

「Gwyeee!」

咆哮とともに、グレッグが再び立ち上がった。

膨れ上がった体は、もはや人間の原型をとどめないほどの異形と化している。

異形の怪物はスミレに吠え掛かり、一歩一歩、ゆっくりと近づいてきた。

 

「……」

絶望的な状況

だがすでに、スミレの感情はすっかり麻痺していた。

スミレは無表情に弾丸を再装填し、再び銃口をグレッグに向け、機械的に引き金を引く。

弾丸はグレッグの周囲を覆う炎に、からめ捕られていく。

 

「Buooooh!」

グレッグが、まだホンのチョッピリだけ原形を留めているその右手で、刀を振り上げた。

刀からも、炎が吹き上がる……

炎の熱で空気が揺らめき、景色が歪む。

 

(ああ……クッソッ!!…これは避けられないわ。 もう少しだったのに……育朗、ゴメンッ)

炎をまとった刀が、スミレにまさに振り下ろされようとする――― その時だッッ。

 

ジュワッッッ

 

……スミレが思わず閉じていた目を開くと、目の前には、まるで幽霊のように透き通った青年の『ビジョン』があった。

青年の『ビジョン』が、グレッグの持つ炎の刃を両手のひらで抑えているのが見えた。

 

『ウォオオオおっ』

その青年は炎の刃をグレッグから簡単に刀をひねりとり、未だ燃えているその刀身を、叩き折った。

 

その声は???

 

スミレの胸が、トクン と鳴った。

 

「Gsxyaaaa!」

グレッグの拳が、青年をおそうッ。

だがメネシスの拳は、何の障害も、ダメージを与えることも無く、青年の幽体をただ突き抜けた。

 

一方で、その腕から吹き上がる炎は、青年の幽体を焼いた。

青年は、苦悶の喘ぎ声を上げた。

苦悶の声を上げながらも、青年はその苦しみに怯むこと無くグレッグに取りつき、その体で噴き出る炎を叩き消そうとしていた。

『撃て、スミレッ!!』

その幽霊の青年、橋沢育朗が、スミレの方をシッカリと振り向き、叫んだ。

 

「!?はいッ!」

スミレは拳銃を構え、育朗が抑えているグレッグの眉間に弾丸を送り込んだ。

 

バシュッ!

 

「Agiiiiiiixtu !」

炎の障壁を失ったグレッグは、眉間を正確に打ち抜かれ、静かにたおれた。

 

「育朗ッ!!」

スミレは育朗の幽霊に両手を伸ばした。

懐かしい育朗の笑顔、シッカリと肉のついた体、手

……だがスミレの手は、育朗の体を突き抜けて、ただ空を掴んだ。

「あぁああ……」

 

育朗は少し困った様に、まるで泣いているかのように顔をくしゃくしゃにして、笑いかけた。

『スミレ……かい?』

 

スミレは、ゴシゴシと強く目をこすった。

眼をパチパチさせ、大きく息を吸って……にっこり笑った。

「……久しぶりねッ! 橋沢育朗クン」

 

『スミレ、やっぱり……大きくなったね』

まるで満月が山影から顔を出すように、育朗の顔がみるみると明るくなった。

 

「ちょっとッ、大きくなった、だってぇ?」

スミレは髪の毛をかき上げながらむくれて見せ、すぐに真顔になった。

「ねえ、むちゃくちゃしないで……メネシスの炎をその……ゆ……スタンドの体で消そうなんてさ」

 

『他に方法が無かったからね』

育朗が肩を竦めた。

炎に炙られた育朗の体は、幽霊の体にも関わらず黒く焦げ、ところどころが欠落していた。

 

当然、育朗は酷くダメージを受けていた。

育朗の声の端々からは隠し切れない苦しさが漏れていた。そして育朗の幽体自体も、まるで壊れかけたテレビに映る画像の様にその像が薄れ、時折チカチカとまたたく。

 

「ホント――バカなヤツ……無茶しないで」

スミレは両手で包み込むように、そっと育朗の顔の輪郭――幽体の――をなぞった。

 

『いつだって、支えるさ』

今は君に触れられないけどね。

育朗はそういうと幽体の手を伸ばし、スミレの頭をそっとパフパフした。スミレの髪が育朗の手を突き抜け、ピョコンと反対側に飛び出す。

 

「コラ、ジョシコーセーに『触る』ですってェ」 

それはセクハラよぉ。スミレは涙でぐしょぐしょの顔を無理やり歪めて、笑い顔を作った。

「………」

両手で丸く輪を作った。

そしてそっと、目を閉じる。

 

『スミレ……』

スミレが作った腕輪の中に、育朗の幽体が入った。

育朗も手を伸ばし、スミレを包み込んだ。

 

育朗のオデコとスミレのオデコが、ゆっくりと近づいていく――

 

と、スミレがブルブルッと首を振った。

「イケナイワッ!ダメ、駄目ヨ、今……この下でアンジェラが戦っているの。早く助けに行ってあげないと」

 

『そうだね……』

育朗は、にっこり笑った。

 

――――――――――――――――――

 

 

(これが育朗クン?……違うわね ――育朗クンの意識はないみたい―― 動きが人っていうより、動物っぽいわ)

アンジェラは、オリジナル・バオーの背中を見ていた。絶体絶命の危機を脱したことを、いまだに信じられない気分が続いている。

(でも育朗クンの意識がないとしたら、どうして、オリジナル・バオーが私を助けるわけ?そもそも、どうやって大岩の下から脱出できたの?)

今、目の前で起こっていることが、よく理解できない……

 

パスンッ!

 

突然、オリジナル・バオーのリスキニハーデン・セイバーが煙と化した。

アンジェラを庇ったため、代わってオエコモバに爆破されたのだ。

 

「バルッ」

バオーにはスタンドは見えない。

しかし、エルネストの殺意の匂いを嗅ぎとることは出来る。

嫌いな殺意のニオイが再び強くなるのを感じ、バオーは、身構えた。

 

「バオー!!懲りずに現れたか……今度は塵一つ残さん!」

貴様は用済みだ。すでに貴様を超える素体を回収してるのだよ。

エルネストが叫んだ。

エルネストの叫びに呼応して背中の翼が大きく広がり、オリジナル・バオーに向かって打ち下ろされたッッ。

 

バオーには、その翼の攻撃は見えていない……

 

ガシンッ

 

だが、オエコモバの翼による一撃は、アンジェラによって弾かれた。

 

「よそ見するんじゃあ無いわよ……アンタの相手は、ワタシ」

 

「馬鹿なッ。貴様、我がスタンドに触れておきながら、何故爆弾化せん?」

エルネストが戸惑ったように言った。

 

「フフフフ……知りたいの?……種明かしは、弾く波紋よ。弾く波紋でアンタの能力を弾き返してやったわ」

へへへっとアンジェラが笑った。

「そうよ……信じるべきは『汗』、流した『涙』、『努力』の量よ………アンタを倒すのは『波紋』だったんだわ。スタンドの操作に使っていた集中力を、より強い『波紋』を錬ることに使う……覚悟しなさいよ」

 

コォオオオオオォォォオオオオオォォオッ!!!

アンジェラの体が、うっすらと光り輝き始めた。

 

「バルバルバルバルバルンッ!」

その横で、バオーは確かに感じていた。

強烈な悪意の匂いを。そして、それに対抗しようとしている黄金のような美しい匂いをッ、太陽の様な生命力溢れる匂いをッッ。

目の前には『キライな悪意の匂い』をはなつ敵がいる事も、わかっていた。

だがバオーは思った。

(この悪意の匂いを止めるのは、自分ではない) と

自分の敵は、嫌いな匂いは、まだ他にもあった。

バオーは、すぐそばのもう一つの『腐臭に満ちた悪意の匂い』に向き合った。

(そうだ、自分の敵はコイツだ。この嫌な匂いを止めてやるッ)

バオーは思った。

 

「ハハハ」

エルネストは、バオーがくるりと自分に背を向け、モニカ におそい掛かるのを見て笑い声を上げた。

「馬鹿が、二人同時に攻撃してくれば貴様らにもチャンスもあったものを……ほんのチョピリだけ現れた逆転のチャンスを、自分達でフイにしおって」

 

プッッ

 

エルネストは懐から水筒を取り出し、グイと一口クチに含んだ。

それを、霧吹きの要領で吐き出すッ!

 

宙を舞う水滴を、オエコモバの翼がアンジェラへ向かってはたき飛ばした。

オエコモバの能力、爆弾化ッ。その能力で、水滴の一つ一つにスタンド爆弾の信管を付けるッ!

 

「ヒャッヒヤッ!!跡形も無く吹き飛べッ」

エルネストが笑った。

 

コォォォオオゥ

 

だがアンジェラは引かないッ。

スケーター・ボーイを出現させ、水滴で出来た爆弾の霧に、むしろ自分から突っ込んでいく。

 

ガキィィ!!

 

爆弾の霧がアンジェラに触れた。霧の粒が集まってより大きな水滴となり……

 

プルンッ

 

水滴爆弾は、まるでゼリーの様に震え……爆発しなかった。

 

「馬鹿な」

エルネストが唖然とし、あわてて自分の身を守ろうと防御の姿勢を取る。

だが、遅い!

 

コォォォオオ―――――オオッッ

 

「ふるえるハート!燃えつきるほどヒ――――――ト!!喰らえ、サンライト・イエロー(山吹色の)・オーバードライブッッ!!!」

懐に入り込んだアンジェラの拳での一撃が、エルネストの周囲を覆う翼:スタンド、オエコモバを粉砕ッ

アンジェラの拳は翼を突き抜け、エルネスト本体に届き ――波紋をエルネスト本体に流したッ!

 

グウィイイイイインンッッ

 

「ギィィィイッッッッッッ!」

全身に波紋を流され、スタンドを粉砕されたエルネストは、全身から血を噴き出した。

 

「ヒーッヒ――……ヒー」

アンジェラは跪いた。

両手を地面につき、何とかして呼吸を整えようとする。

「どう、波紋は流れたのかしら……こっ……これが限界……」

 

エルネストがもがいているすぐ隣で、アンジェラは、まるで電池が切れたオモチャの人形のようにぐったりとしゃがみ込んだ。

 

     ◆◆

 

「バルバルバルバルッ!」

一方オリジナル・バオーは、もう一体の敵と戦っていた。

オリジナル・バオーの相手は、DRESSが作り出したバイオロジカル・ウェポンの最高傑作であるメネシス、その最後の一体であるモニカであった。

 

「Uruuuuuu!」

モニカは何やら意味不明な叫び声をあげ、その強大な力で、手に取り付けた鉄球を振り回していた。

その鉄球の速度、威力は絶大であることは、たまに鉄球が地面や立木にあった際に、対象を文字通り粉砕してしまう事からも知れる。

幾らバオーが驚異的な回復力を持っているとしても、それはあくまでも生物 としてのそれだ。もし一瞬で身を砕き、体を粉砕するレベルの直撃を急所に受けてしまえば、命が危ういのだ。

 

「バルッ」

ジャルンッ!

そんな状況を知ってか知らずか、バオーは両手、両足を上手く使って俊敏に鉄球を躱していた。

そしてその捕食動物的な本能で、隙を見つけて蹴りや拳、鉤爪の一撃を単発ながら確実にモニカに当てていた。

 

いまのところ、バオーにはモニカの攻撃が当たっていない。

 

だが、状況はバオーに不利であった。

 

モニカの身には氷のプロテクターが覆っており、単発攻撃が致命傷となるのを防いでいた。

それにより、攻撃を当てた側のバオーの手足のほうが冷気によって凍り、傷つき始めていたのだ。

 

「バルッ!」

何度かの無駄に終わった攻撃の後、バオーは隙は少ないが威力に劣る単発の拳や蹴りの連打は『効果が薄い』ことを本能で理解した。

そして、バオーはモニカの胴体に飛びついた。

メルテッディン・パルムの強酸でモニカを溶かそうとするッ!

 

「Uruuuuuu !!」 

バリュゥゥンッ!

だが、モニカの体を溶かす前に、メルテッディン・パルムの強酸さえもが凍らされた。

さらには強酸を作り出しているバオーの左手までもが、凍り始めるッッ!

 

「バルンッ」

 

ガ・ガッ・ガッ!ボボッ

 

「Uryxaaaaaaa!」

とっさに氷をシューティングビースス・スティンガーで溶かして距離を取ったバオーに対して、モニカは左腕の鉄球をバオーに叩きつけた。

鉄球はスタンドによって凍らされていた。

そのため、それは触れるだけで深刻なダメージを受ける程危険なしろものとなっているッ!

 

ベリィッッ!

 

バオーはリスキニハーデン・セイバーを出現させ、真正面から鉄球を叩き斬ろうとした。

……だが、鉄球にわずか刃が食い込みはしたものの、鎖から伝わる猛烈な冷気によってリスキニハーデン・セイバーが凍りつき――パキンと刃が折れた。

 

鉄球は、バオーのリスキニハーデン・セイバーによって狙いがそれ、むなしく地面を叩いた。

 

「SDaaaaaaaa!」

モニカが叫んだ。

モニカはその能力で空中に氷の塊を出現させ、それを再び振り上げた鉄球で叩き壊すッ!

 

バシュッ!!!!

 

無数に砕けた氷の鋭い粒がバオーをおそうッ!!

 

「スウォオオオオム!」

モニカに呼応するように、バオーが叫んだ。

 

パシュッ、バシュッ!

バオーの頭部からシューティングビースス・スティンガーが放たれた。

バオーが放つ毛針は、嵐の中で吹き付ける雨粒の様に激しくモニカに降り注ぐッ。

 

ジュウウッ

 

氷の粒が、シューティングビースス・スティンガーに撃ち落とされ、そしてモニカに突き刺さっていく………

燃え上がるシューティングビースス・スティンガー、だがそれは、燃え上がるのとほぼ同時にモニカの能力で一本、一本と凍りついていく。

 

「バルバルバルバル!!!」

 

だが、一本の毛針を凍らせると、すぐさま二本のシューティングビースス・スティンガーが突き刺さる!

 

「Guryyaaaaaa!」

 

「バルバルバルバルバルバルバルバルバル!!!!」

 

しだいに、凍らせるよりスピードよりも早く、次から次へと炎をあげるシューティングビースス・スティンガーがモニカをおそう!

 

「ShyaaaaaaeeeeeAAAAA!!!!!!!!」

やがて、モニカは全身から炎を吹き出し、絶叫を上げて崩れ落ちた。

 

否、まだ戦いは終わっていない。

(まだ嫌なにおいは消えないッ)

バオーは武装化現象を解かず、構えた。

 

「Aaaaaa」

バオーの本能は、正しかった。まるで炎の塊のようになって、モニカが再び立ち上がったのだ。

全身が燃え上がり、生身の部位が骨と内蔵と体内の軟組織の一部、そして筋肉だけとなった状態であったにもかかわらず、モニカは地面を転げまわって炎を消す事に成功していたのだ。

火が消えると、傷ついた部位が剥がれ、そしてまるで風船を膨らませているようにピンク色の肉が膨れ上がり、逆にモニカの体が大きくなっていった。

 

スタンド能力のためか、ピンク色の肉は直ぐにぬらぬらと光る銀灰色に変わり、辺りの温度も急激に下がり始めた。

 

「Aaaaaa!」

モニカはのたうちまわる。

その体からぬらりと尻尾が生え、耳が蝙蝠のように大きくなり、背中から無数の突起が出現した。

 

「Aaaaaa!!」

モニカの顔がまるでサイのように顔が細長く引き伸ばされ、鼻先から角が生える。

 

「Aaaaaaaaaaa!!!!」

モニカは、人型の原形をとどめない程に、まるで恐竜のように変形した。そして、口を大きく開け、イソギンチャクの様に複数のピンク色の触手をウネウネと吐き出し続ける……

その触手が鞭の様にしなり、バオーに高速でおそいかかった。

 

「バルッ」

だが、バオーは四足で岩から岩へと飛び回り、高速の触手の攻撃をあっさりと避した。モニカを切り刻んだ。

そしてモニカに飛びつくと簡単に引き倒し、あっさりと喉を食い破った。

さらに、バオーの両手、両足で暴れるモニカを押さえつけた。

すると、押さえ付けられている処を起点として、モニカの体がグズグズと溶けていく……

 

「Gsxyaaaa!」

モニカはうめき、両手を宙に伸ばそうとして果たせず――息絶えた――

 

「ブルルゥゥ」

モニカを倒したバオーはブルっと身を震わせると、ゆっくりとアンジェラの方を振り向き、大きく口を開いた。

バオーの口は噛み千切ったメネシスの血で、赤黒く染まっている。

 

(ヒィッ)

アンジェラは、思わず上げそうになった悲鳴を必死に押し殺した。

(駄目、大人しくしてバオーを刺激しない様にするのよ。攻撃的な感情を消すの。匂いを探知されないように)

 

そんなアンジェラの思いまで感知している様に、バオーの頭部に生えた触角がワサワサと揺れた。

 

斜面の上からは、立て続けに拳銃の発射音が聞こえている。

(スミレ……ゴメン、まだアナタを助けにいけないわ)

アンジェラは、崖の上でたった1人でメネシスと対自しているスミレの事を思った。確かにスミレはタフな女の子ではあったが、そのスタンド能力はおよそ戦闘向きではない、独りでメネシスと対決させるのは荷が重いはずだ。

(やっぱりゴメンナサイ、私には貴女を助けられないかも……)

 

その時、銃声が響いた。

 

銃声を感じたバオーはピタッと立ち止まった。

バオーは少しの間上を見上げ、銃声がした方角を確認するそぶりを見せた。その後、ピョンと飛び上がり、無造作にアンジェラの上に着地した。



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栗沢六助とオケイ その1

1999年11月10日  夜 [K岩]:

 

「おお――い、ばあさん……オケイばあさんよぉ…わしの猟銃は、どこにやったかな?」

六助爺さんは猟銃を探して、家のあちこちを歩き回っていた。

 

「いやだワ、おじいさん」

ケイ婆さんがホホホと笑った。

「銃なら、先週ほら、スミレが来た時に持って行ったじゃあないですか……ちょっと、ボケちゃったんじゃあないでしょうね?」

 

「なんじゃと? スミレの奴、ワシの銃を持っていきおったのか?」

六助爺さんが驚いて言った。

「もちろん、先週スミレに銃を触らせたわ。だがスミレは、『チョット触るだけですぐ返す』と、言っておったんだがなぁ……あの娘は、嘘だけはつかない子なのに」

 

「あら……」

 

心配そうな顔をしたケイ婆さんを、大丈夫じゃ、そうだった確かに弾を抜いた銃を渡したワイ……と、六助爺さんはあわててごまかした。

だが、その言葉とは裏腹に、六助爺さんは真剣に心配し始めていた。

 

日本は、世界で一番銃の所持が難しい国の一つである。

そしてスミレはまだ17歳だ。――六助爺さんがたっぷり手ほどきした―― その銃の腕前から、スミレは空気銃の所持こそ特例で許されてはいたが、猟銃の所持許可を得ることが出来る年齢には達していない。

 

日本において、勝手に銃を持ち出したらどんなに大変ことになるのか、わからない子でもないだろうに。そもそも犯罪だし、今後、銃の所持許可を得ることも難しくなるだろう。

 

もちろんスミレに限って、銃を間違った目的に使うことはないとわかっていた。悪い男にだまされて、銃を持ち出す……という事もあり得ない。何か困ったことがあれば、必ず自分たち夫婦に相談してくれるはずだ……『あの少年』の事以外は。

 

そういえばあの時、猟銃を見せてくれ と頼みに来たスミレは、少し思いつめたような目をしていた。

六助爺さんは知っていた。

スミレがそういう目をするときは、必ず『あの少年』に関連したときなのだ。『あの少年』……親を殺され、得体のしれない組織によって『怪物』にされた、礼儀正しい少年:橋沢育朗に関連した何かだ。

 

六助爺さんは銃を探すのを諦め、裏庭の物置へと歩いて行った。

 

そこは、六助爺さんが初めてスミレと、育朗の二人と出会った場所であった。

 

あの朝、ケイ婆さんが、二人がここで震えているところを見つけたのだ。二人は追っ手から逃れるためにここに隠れていた。あの時の二人の疲れ切った様子は、忘れることができない。

 

六助爺さんは思い出す。

 その夜、和やかに4人で話した夕食の事を

 深夜に訪れた、『政府の人間』のふりをした襲撃者の事を

 スミレがさらわれ、彼女を助けるために1人出かけた育朗の顔を

 

そして、

 疲れ切ったスミレが ――育朗を連れずに―― 戻ってきたときの表情を……

 

自分たちの家に再び戻ってきてからずっと、スミレは育朗にいつか会えると信じているようであった。

六助爺さんとケイ婆さんは、内心、残念だが育朗は死んでしまったのだろう とあきらめていた ――表面上はスミレに合わせ、育朗が戻ってくるのを待っているふりをしていたが――

 

あの時、スミレの話を聞いた限りにおいては、状況は絶望的に思えた。

そもそもあの少年が元気だったら、8年もスミレをほうっておくはずがないのだ。

 

思いついて家に戻り、電話からスミレの携帯電話にかけてみたが、やはり不通であった。

 

スミレ…… こんな時ではあったが、六助爺さんは、この8年間 もてる愛情をたっぷり注いで育てた愛娘の事を愛らしく そして 誇らしく思いやった。

スミレは、杜王町の高校生宿舎で1人暮らしをしているのにか、ほぼ毎週のように自分たちの家に顔をだし、なにくれなく色々やってくれる。

彼女の存在が無くなった生活など、今の六助爺さんには想像もつかない事態だった。彼女が笑い、話す言葉にどれほど魅了されていたか。傷ついた心を、どれだけ救ってもらったか。

彼女は確かに血がつながった本当の子供ではない。だが、六助爺さんとケイ婆さんにとっては、実の子供以上の存在と言ってもいいかもしれなかった。

 

田舎暮らしがいやで、都会に出て行った三人の息子など、実の子供ながらまったく実家に顔を出しに来ない。長男など、風のうわさでは結婚し、孫までが生まれたらしいのに……一度も孫の顔を見せてくれたことがない。

長男のことを思い出し、六助爺さんは鬱々とした気分になった。やはり、自分はよい親ではなかったのか。

 

実はスミレにも、顔も見たくないほど嫌われているのでは……

 

子供はスミレだけではない。もしかしたら他の子にもまだ何かしてあげられることはあるかも知れない。時間がある時に、考えてみなければ。

まだまだ元気なつもりだが、もうじき67歳になるのだ。

いつまで元気でいられるのだろう? 誰にも言わないが、最近はふとそんなことを考える事も増えてきていた。

自分はともかく、気にかかるのは、ばあさんとスミレの事であった。

あと少し、あと5年も元気でマタギを続けていられれば、なんとかスミレに大学まで行かせてやる事ができる。

 

悲しい事だが、育朗のことを忘れられれば、あの子も幸せになれるだろう。もしかしたら、孫を抱くことも出来るかもしれない。

あの子が結婚するところを、この目で見たいものだ。

 

六助爺さんは独り言を呟いた。

 

なにやら気がせいてたまらなかった。

猟銃が一本なくとも、まだ武器はある。

六助爺さんは少し考えて、残っていた二本目の猟銃の手入れと、遠出の準備を始めた。

 

もう少し日が昇ったら、少し、この辺りを――海の方向でも――見回ってみよう。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月10日  夜 [R峠]:

 

まるで、美味しそうなアイスクリームに齧り付く子供の様にも見えた。

オリジナル・バオーは両手両足でアンジェラを抑え込むと、たっぷりと時間をかけて、その『匂い』を件分していた。

「バルンッ」

オリジナル・バオーが、能面のように無表情な顔をアンジェラの目の前に突き付けた。ザワザワ……額の触角器がざわめき、アンジェラの額をくすぐる。

 

「う……うっ……」

アンジェラは、圧倒的な暴力の塊が自分に触れている感覚に、自分を調べている恐怖に、必死に耐えていた。育朗の意識がない今、このオリジナル・バオーは、まさに一匹の獣も同然なのだ。

野生のライオンの群れに紛れ込んだほうが、いまの状況より遥かにマシと思えた。それは、例えれば戦車の砲身に括り付けられている様な感覚だ。

戦車の乗り手、寄生虫バオーのほんの一瞬の気紛れで、アンジェラの命が無残に終わる事は間違いなかった。

この、オリジナル・バオーに押さえつけられている自分の手足、これが次の瞬間に溶けださない保証がない……

 

「ブル……」

幸いな事に、アンジェラの匂いに満足したバオーは、アンジェラの検分を止めた。そして、今度はアンジェラからエルネストに視線を移した。

「!?」

……次の瞬間、バオーはまるで獲物におそいかかろうとする飢えた狼 のように後足をたたみ、エルネストに向って身がまえた。

 

「くっ……」

波紋でマヒしている体に鞭打って、エルネストはよろよろと立ち上がった。

身構えるバオーに対抗しようと、スタンドを出現させる。

だがエルネストのスタンド、オエコモバは現れたかと思ったら直ぐに瞬き、消えた。

「な……なんだと、スタンドが出ない」

エルネストは動揺して、その声が裏返った。

「……ばかな………こんなはずはない……お……俺は、DIO様の魂のお力を、最も強く受け取ったのだぞッ!」

 

アンジェラにはわかった。

エルネストの症状は、まさに『波紋』による神経の麻痺症状だ……おそらく、神経の麻痺により、一時的にスタンドを出現させることに支障が出ているのだ。

 

「バル……」

バオーが、今にもエルネストに飛びかかろうという様子を見せた。

先ほどのアンジェラに対する様子とは異なる、明らかに敵を倒そうという動きだ。

 

エルネストは麻痺している首をガクガクと回し、アンジェラを睨みつけた。

……そして、ゲラゲラと笑い始めた。

「ここまでか……ヒヒヒヒ」

エルネストは笑い、そして自分の腹に手をかける。

「DIO様……今お返しします」

エルネストは、熱にうなされている重病患者のように、強い酒を煽った後のアルコール中毒者のように、神を信じる狂信者のように、宙を見つめ ……

スタンドを、出現させた。

――チカチカと揺らめく、今にも消えそうなオエコモバの翼が、そっとエルネストに触れた――

 

ドヴァンッ!!

 

「ウォォォォォ!!!」

爆弾と化したエルネストの腹から、炎が噴き出した。

それにも構わず、エルネストは火を噴く自分の腹に指を突き入れ ――まるでそこに扉でもついているかのように―― 自分の腹をパックリと開いた。

 

「なっ……」

凄惨な光景に、アンジェラは目を覆った。

 

ヌプッ!

 

と、なぜかエルネストの腹から、血まみれの手が飛び出した。強大なパワーに溢れた、だが包帯に覆われた、どこか病的な印象のあるスタンドの両腕だ。

 

「ビィャアアアッ!」

全身から炎をあげ、血まみれのエルネストが叫ぶ。

「あ" あ"  あああぁツ……DIO 様、DIO様ぁぁ―――!!」

エルネストの腹から現れた腕は、二の腕まで突き出された ――そのあとに続くはずの顔は見えない―― そして、ひじを直角に曲げ、さらに手首をくるっと曲げ……そのままエルネストの胸をえぐった。

 

「あ、あ"あ"あぁぁぁ"ぁ"ぁ"アア―――――ッッ!!!!」

 

そのスタンドの腕は、エルネストの胸部をえぐってコインを奪った。そして、もう一つ、エルネストの頭部に指を突き入れ、そこから『何か』を引き抜こうとする。

 

「ウォォォォォム!」

血まみれのエルネストに、バオーがおそい掛かるッ!

 

スタンドの腕は、エルネストの頭から『何か』を引き抜いた。

そして、またエルネストの腹へ、闇へと、きえていった。

 

残されたエルネストが、迫りくるバオーを睨みつけた。

「バオーよッ!俺は貴様にはや・ら……レンッ!!!」

バオーの攻撃よりわずかに早く、再びオエコモバが出現した。

姿こそびっくりするほど小さくなっているが、今度はスタンド・ビジョンがくっきりと見えている。

そのオエコモバの翼が、まるで繭のようにエルネストの全身を覆う。

 

ボフゥン!!

 

……エルネストは、自分のスタンド能力で自らを爆破し、塵となって消えた。

 

 

 

「アンジェラ、大丈夫?」

崖の上からスミレと、橋沢育朗の幽霊:ブラック・ナイトが顔をのぞかせた。

 

『バオー、お前か?』

育朗:ブラック・ナイトが、バオーに話しかけた。

 

「ブルッ」

 

オリジナル・バオーは育朗の存在を感じると、上を見上げた。

「バルルルンッ」

 

『バオー……お前、どうやってあの土の中から脱出できたんだ……?』

 

「バルッ」

 

一瞬、まるで対話をしているかのように、育朗:ブラック・ナイトとオリジナル・バオーの視線がぶつかった。 

 

そして、オリジナル・バオーは、唐突にアームド・フェノメノンを解いた。

まるで糸を切った操り人形のように、急にガクンと崩れ落ちるバオー:育朗の体を、アンジェラはあわてて支えた。

パラパラ…… バオーのプロテクターが剥がれ、その下から育朗の肌が、素顔が現れ始めた。

 

     ◆◆

 

「……バオー・ブル・ドーズ・ブルーズ・フェノメノンッ!」

 

育朗の薬指から飛び出した小さな注射器が、アンジェラに『バオーの体液』を送り込んでいった。

注射器から染み渡る薬が、アンジェラの体を冷たくしびれさせる。だがしばらくすると、怪我をしている部位が熱く、ほてっていき……そして痛みと出血がだんだんと無くなってきた。

 

先に治療を受けていたスミレも、だいぶ気分がよくなったようだ。

酷く痛めていた右手も、治療を受けた後は随分マシになった様子であった。

 

「これで、怪我の治りが早くなるはずだよ。二人とも、ひどい怪我だ。しばらくは休むといい」

大変な目に合ったんだね……再び自分の体を取り戻した育朗が、優しくスミレたちに言った。

 

「……ありがと、いくろう……」

スミレが、モジモジと言った。

 

「どういたしまして」

だが、本当にもう無茶はやめてくれよ。

育朗はそういうと、ポム とスミレの頭をなぜた。

 

ボッ

スミレの顔が、赤くなった。

 

「ふむ……アナタが橋沢育朗クンね」

初めまして アンジェラがしげしげと育朗の顔を覗き込んだ。

「なるほど、イケメン君ね……まあ私は外見重視派じゃあないから、スミレとはかぶらないわね そうそう……ゲフッッ」

 

ちょっとッッ、

スミレはアンジェラの背中を強くたたいた。おしゃべりなアンジェラが、それ以上余計なことを口にしないように睨みつける。

 

「わかったわよ、スミレェェ……それで……育朗クン、君のその力で助けてほしい事があるのよ」

アンジェラは、よく事情が分からずニコニコしている育朗を、億泰と噴上のもとへと連れて行った。

 

「噴上クン……これは……」

育朗は、意識のない二人を見て笑顔をひっこめた。

 

すぐに育朗は、二人へブル・ドーズ・ブルーズを放った。すると、硬直していた億泰と噴上の体がしだいにに弛緩していき……やがて二人が意識を取り戻した。

 

「う……」

 

「オクヤスッ!目が覚めたのねッ。良かったあ〰〰」

スミレが億泰に飛びついた。

 

「おっおお~~」

状況を良く掴めずカチンコチンに固まっている億泰を、育朗が少し強張った笑顔で見ていた。

 

「何ぃ、億泰ぅ きさま、この裕ちゃんをさておき……」

同じく意識を取り戻した噴上が、億泰にかみついた。

 

「スミレ……億泰が困ってるよ〰〰それに、いいの?」

アンジェラがスミレを突っついた。

 

「?あら、イヤだッ」

はっと我に帰ったスミレは、億泰を突き飛ばした。

 

「ぐォッ!」

億泰はゴロリと転がり、地面に背中をぶつけ、目を白黒させた。

 

「プーダァ!」

億泰のポケットで眠っていたインピンが、抗議の声を上げて億泰の下から這い出してきた。インピンは、フンと億泰に顔を背け、スミレに飛びつくッ。

 

スミレはインピンを頭に乗せたまま、少し困った顔で、育朗、億泰、そしてアンジェラと噴上を何度も交互に見やった。そして、幸せそうに笑い出した。

その笑いに誘われるように、育朗も、億泰も、噴上も、アンジェラも笑い出した。

 

笑うたびに、その笑い声は大きくなり、楽しい気持ちが止まらなくなっていく……

 

バミィイイッン

 

だが、皆が笑っている中で、突然スミレのWitDが出現した。

不意に現れたスミレのスタンドに、皆の笑いが止まった。

 

「何?スミレ……どうしたの?」

育朗が、気遣わしげにスミレの顔を覗き込んだ。

 

スミレは、こわばった顔で指先を近くの岩 ――エルネスト達がやってきた方角だ―― に向けた。

「見えた……『彼』が来る……もうすぐよ」

 

「彼?」 もしかして……と顔を上げたアンジェラに、スミレはうなずいて見せた。

 

「そうよ……あなたの探している人よ」

 

 

 

コォオオオオオ……

アンジェラは複雑な表情で『波紋』の呼吸を再開し始めた。

「念の為……念の為よ……『波紋』をみんなに流すわ。チョッピリだけどみんな少しは回復できるはずよ……」

 

「このにおい……そうか、ヤツかよ〰〰っ」 

噴上もまた、少しおびえたように言った。

「マジか……あいつ、マジなのかよぉぉ〰〰〰 ッ」

 

バリィ!

 

突然、育朗の額の上部 髪の生え際の部分の皮膚が裂けた。そこから『バオー』の触覚器が出現した。

「……そうか……来るんだね『仗助』君が ―― 噴上くん、僕も彼の『意思』の匂いを感じたよ」

育朗は、自分が『気配を感じたい』と念じただけで『バオー』の触覚が出現したことに驚きを感じながらも、顔を引き締めた。 

スミレはもとより、アンジェラも、億泰も、噴上も 負傷が酷く戦う事は出来そうもない。

もし『仗助』が敵として現れたのなら、自分が対抗するしかないのだ。

(僕に、出来るのか……彼を『殺さず』戦闘不能にするような戦い方が)

育朗は、バオーの高すぎる殺傷能力を思い、ひそかに苦悩した。

 

「!?なんだよ、仗助がくるってのか? みんなどうしてわかるんだよ?」

億泰は、まだマヒが残る体を何とか動かそうと奮闘していた。何とか立ち上がったかと思うと、すぐによろけ、しりもちをつく。

その億泰に、アンジェラが『波紋』を電流のように流した。

億泰のマヒが、徐々に解消していく。

 

「ぷーだぁ」 

インピンは、いつの間にか舞い戻っていた億泰のポケットに波紋を流され、びっくりして飛び出すと、再びスミレの髪にへばりついた。

 

ブルンッ

 

バイクの音が聞こえてきた。

WitDの予知どおりの位置から、一台のバイクが音を立てて走ってきた。バイクとその乗り手が一行の目の前に姿を現す。

そして……

 

「億泰ゥ―それから噴上も……アンジェラも無事だったのかよォォ〰〰〰 ッ ホッとしたぜぇ」

 

「!?っ、マジだったかよ」

 

「仗助ぇ……」

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

そこに立っていたのは、やはり東方仗助だった。

仗助はヒラリとバイクから降り、皆の前で腕を組んだ。

 

「――アンタが、予知能力が有るッて言うスミレ先輩ッスね。成程、美人っスね――」

はじめまして……仗助はペコリとスミレに挨拶をした。

「どうやら、エルネストの野郎もやられちまったかぁ――」

しかたねー奴だ。だが、お前らが相手じゃ当然かもな。

 

パシュッ

 

仗助は、懐から緑色の網を取り出した。自身のスタンド、クレイジー・ダイヤモンドの指先でそれを一行に向けて弾く。

 

だが……

「おりゃっ」

 

シュルルルッ

 

網は不意にその軌道を変え、億泰の目の前に現れ……

「ほらョッ~」

億泰のスタンド、ザ・ハンドの能力でかき消された。

 

「グレートだぜ、億泰ゥ」

仗助はヘへへッと笑って、ポケットから別の網を取り出し ―― 舌打ちして投げ捨てた。

「何だよ……チャダの奴もやられちまったのか」

でもやっぱりだな、奴はだらしがねー奴だったし、さすがはポルナレフさんッて事っすか。仗助は不敵に、そして少し嬉しそうに笑った。

「さて、これで先輩達にとって、敵はあと1人って事っスね。……残ったのはオレ独りってわけだ」

仗助が肩を回した。

「……だが、今のあんた達のなかでマトモに戦えるのは、アンタ独りだろ……こいよ……育朗クン………第二ラウンドだ」

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

仗助は、橋沢 育朗を指差した。

 

「仗助クン……君も僕と同じように肉の芽を植え付けられているだけだ……君は敵じゃあない」

戦わない方法はないのかい?育朗は首を振り、尋ねた。

 

「!?そうよッ、仗助、私の言うことを聞い……ガフッ」

 

仗助は、何かを言いかけたアンジェラに向かって、脱いだ学ランを投げつけた。

 

思わず受け取った学ランが変形し、アンジェラはあっという間に拘束された。

 

「……口で何を言っても、無駄っすよ……アンジェラ先輩、育朗先輩」

仗助は、スタンド:クレイジー・ダイヤモンドを出現させた。

機械と鎧が融合した騎士、筋骨隆々のその姿は、それは、ただならぬほど強力なパワーを持っていることを、その姿が『見える』者達に容易に感じさせる。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

「……そうだね……仗助君、第二ラウンドだ……バオー 僕に力をッ!」

育朗は両腕を顔の前でクロスさせるようにした。そして、人間とは思えないほどの跳躍力で飛び上がった。

そしてちょうど跳躍の頂点で、育朗の体からスルリと青白く光るものが抜ける。育郎のスタンド、ブラック・ナイトだ。

 

バラ……バラ・バラバラッ

 

育朗は、空中でクルリと一回転して着地した。その体は一回り大きくなっており、肌が青白く変色していた。

その肌を育朗の手がかきむしると、バラバラと肌の一部が崩れた。顔の肌の下にある黒っぽい目が、のぞいた。

 

そう、もうそこにいるのは、育朗ではなかった。

 

これが、これが、これが、バオーだッ!

 

鋭い牙をもつ肉食獣の様な、青白い異様な外見を持つ人型の生体兵器。

現代の狼男。

その姿はまさに怪物であり、ただ立っているだけで、それの持つ悪魔的な強さ、恐ろしさを周囲に感じさせていた。



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栗沢六助とオケイ その2

「バルル……バルル……」

バオーが、うなり声をあげた。

 

『今いくよ……バオー』

そこに、先ほど育朗の体から抜けた青白い光 ――育朗本体の意識と一体化したスタンド:ブラックナイト―― が入り込んだ。

ブラック・ナイトの体から無数の管が伸び、バオーとつながる。

スタンドと肉体とをつなぐその管は、どんどん短くなっていき、ブラック・ナイトとバオーの体が重なっていく。

そして、

 

キュゥイイィィ―――ンッ

 

『!?ハッ これは……』

バオーに完全に憑りついた時、これまでと異なる不思議な感覚が育朗をおそった。

 

完全に、ブラック・ナイトとバオーの体が重なっているのだ。

 

これまでは、ブラック・ナイトでバオーの体を操るといっても、行動の主導権は寄生虫バオーに依存する部分が多分にあった。それゆえ、バオーに育朗が考えた通りの精密な動きをさせる事など、もってのほかであった。

だが今は、バオーと育朗が完全に一致している感覚がある。

今では指先の一つ、一つまで育朗の意思が正確にバオーを動かす事ができた。だが同時に、相棒である寄生虫バオーもまた、『一緒にいる』事を育朗は感じていた。

 

バオーの本能的意識が育朗の精神とまざりあい、一つに溶け合っている。

 

バラバラの意識を持ちながら、しかし互いの感情・思い・感覚をハッキリと共有している。と言えばよいだろうか。

 

つい先ほど、メネシスの放つ炎を身を削って消した、そのスタンドの欠損部分さえ、もはや埋まっている感覚があった。

 

その欠損を埋めているのは、この8年ずっと共に眠りについていた『相棒』の意識だ。

…… 自分をこの過酷な運命に導き、そしてまた後30日以内に自分の命を奪うであろう死神 

…… だが 自分を救ってくれた少女を救い出す為に共に戦った『戦友』

…… 8年もの時を共に過ごした『相棒』

…… 寄生虫『バオー』の意識とその生存本能を、育朗は自分の傍らに感じていた。

 

(『バオー』……僕は自分の運命に後悔は無いよ)

育朗は自分の内部にいる、『相棒』にそっと語りかけた。

 

「準備できたな……じゃあ育朗クン、行くぜぇッ」 

育朗の感慨など関係なく、仗助が突進してきた。

 

仗助の横に立つ巨大なスタンド、クレイジー・ダイヤモンドの拳がバオーをおそうッ!

 

育朗は、リスキニハーデン・セイバーを出現させた。

(仗助君を殺したくない。刃は潰しておくんだ)

育朗の意思に呼応して、刃が丸くなって行く。

「バル、バルッ!」

バオーが、リスキニハーデン・セイバーを振るった。

幾ら刃を潰していても、バオーの怪力で振るわれた刀がまともにあたれば、一撃で仗助を戦闘不能に出来るはずだ。

 

『ドラァッ!』

だがクレイジー・ダイヤモンドは、バオーの振るう刀を、時にのぞけり、時にダッキングし、そして時に拳で払いのけた。

 

その防御のための動きの隙をぬって、容赦のない攻撃がバオーをおそう。

『ドラッ!』

『ドラララッ!』

『ドラララララァッ!!』

やはり、仗助のクレイジー・ダイヤモンドは攻撃・防御共に恐ろしい程に基本性能の高いスタンドであった。

その動きが、攻撃が、すべてが機敏・正確で、しかも恐ろしいまでのパワーを持っているのだ。

普通のスタンドやクリーチャーでは、仗助とクレイジー・ダイヤモンドを前にしてまともに立つこともできないだろう。

 

(やはり、強いッ!どうすればいい?どうすれば彼をひどく傷つけることなく、無力化できる?)

バオーに、クレイジー・ダイヤモンドの攻撃を受け流し、ガードする役を任せ、育朗は考え続けた。

 

その時……

「無駄ッ!!ドラァアアアアア」

育朗:バオーの足をクレイジー・ダイヤモンドが払った!

 

『うっ……強いっ』

 

「ガードが甘いぜ、育朗クンよぉッ」

仗助はよろめいたバオーに体当たりをぶちかまし、クレイジー・ダイヤモンドで追撃をかけた。

 

『まだまだだッ!』

バオーは身を丸め、ボクシングで言うビーカブー・スタイルを取った。そのスタイルでクレイジー・ダイヤモンドのラッシュを受け止め、 すり抜けて、近づいていき、接近戦を挑む。

仗助のふところにもぐり込む……リスキニハーデン・セイバーを振るった!

『仗助君ッッ、君を止めるッ!!』

 

「甘いッ」

クレイジー・ダイヤモンドは、バオーの刀を両手のひらで受け止め、へし折った。

そして、そのまま蹴りを放っ。

 

ボゴォツ!

バオーはクレイジー・ダイヤモンドの蹴りをまともに受け、後方に吹き飛ばされた。

 

「手加減しちゃあ、この仗助君に勝てないっスよぉ―――っ」

 

吹き飛ばされたバオーは、空中で身をひるがえした。着地と同時に四肢を地面に食いこませ、勢いを止めた。

そして、両腕をまるで鶴の翼のように頭上にかかげ……リスキニハーデン・セイバーを仗助に飛ばした。

『セイバー・オフ』「バルルッ」

 

『ドラァアアア』

仗助は、飛んでくるバオーの刃を、地面を『破壊』し、そして『作り直した』壁で防ぐ。

 

「バルバルバルッッッ」

しかし、その壁でできた死角を利用して、バオーが仗助に迫ってきた。

『仗助クン、スマナイ』

バオーの両腕が、発光する。

 

「ウォォォオオオオ 何かヤバいぜ」

クレイジー・ダイヤモンドは自身の本体である仗助を殴り、突き飛ばした。

 

ドッガラガラガラッッッ!!!!

 

その一瞬後、つい先ほどまで仗助がいた場所とバオーを結ぶ空間が白く発光した。

そして、その光の中に生えていた草木が真っ黒に炭化しているッ!

 

「あれは、バオー・ブレイク・ダーク・サンダー・フェノメノンッ」

アンジェラが叫んだ。

「SW財団の報告書を読んだことがあるわ。バオーの体細胞は強力な電気を生み出せるとッ……あれが、それッ?ちょっと、育朗ッッ やり過ぎよ……」

 

バシバシ、バザーッ

 

「痛ってぇ……しかもズボンがちょっと焦げちまった……危うく全身がハンバーグになるところだったぜぇ――。これ、『ばぁばりぃ~』で作ってもらった刺繍入りの特注品なんだぜぇ~~」

自分のスタンドに殴られ、崖下に突き落とされた仗助が顔をしかめた。

「育朗先輩……あんたマジだな」

 

『仗助クン……君のスタンドは強力すぎる。遠慮はできない』

育朗が、崖上から仗助を見下ろした。

 

「そうかいッッ」 

仗助は、自分と共に崖上から落ちてきた岩を『直した』。崖上に戻っていく岩の上に乗った仗助は、その上昇の勢いを利用してさらに高く飛び上がり、バオーの頭上から攻撃しようとするッ。

 

『甘いッ!』「バルッ」

だが、スタンドを使った仗助の跳躍をも、バオーが上回った。

 

跳躍してからのバオーの蹴りを、空中でクレイジーダイヤモンドが受けるッ。

 

追撃とばかりに、着地した隙を狙ったクレイジー・ダイヤモンドの一撃は、バオーが両手で受け止めた。

 

「バオーってあんたの本体だろ。あんた、なんで、生身でスタンドの攻撃を受け止められるんスか?」

 

『……それが、僕の……ブラック・ナイトの能力さ……そして、とどめだ』

バオーの両手が、光る。

『決まった、ブレイク・ダーク・サンダーだ。この距離からなら避けられないよ』

 

仗助君、降参してくれ。

そんな育朗の願いを、仗助は首を振って拒絶した。

「……こんなんで勝ったと思ってるんすか?いいや……また俺の勝ちだぜ」

 

ブワッッ

 

突然、バオーの周りをゴムタイヤが覆い、バオーをゴムの中に閉じ込めた。

このゴムは、メネシスが投げつけたモンスターバイクのタイヤのゴムだッ!

そのゴムをクレイジー・ダイヤモンドで作り直した『膜』がバオーを覆っていく。

 

『こんなもので……僕を止められるかッ』

バオーがゴムを溶かして出てくると、だが、すでに仗助はバオーの前にはいなかった。

 

「……勝負あったぜ、俺の勝ちだ。アンタの視界を一瞬だけ封じりゃ、それでよかったんす。俺は初めから、それだけを狙っていたゼ」

仗助が言った。

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

仗助がスミレの背中にまわりこみ、スミレの手をクレイジー・ダイヤモンドで軽くねじりあげていた。

 

「抵抗するのはやめな」

仗助が言った。

「おれも こんなことはしたくない……でも、あんたを止めるにはほかに方法がなさそうだからよぉ――」

 

「育朗ッ、私には構わないでッ」

スミレが叫んだ。

 

「こら、育朗ッやめなさいよ……アンタはそんな男じゃあないでしょ」

ようやく、仗助が変形させた『上着』から脱出したアンジェラが、仗助にくってかかった。

「そんな、《肉の芽》なんかに、負けてんじゃあないわよ」

 

「お前、マジでスケの背中に隠れるのか?」

噴上が、信じらんれない……と言うように言った。

 

「……しかたねーッ…正しい目的のためっす。俺が泥をかぶってそれでまるくおさまるんなら……」

それでいいんだ。仗助が苦しそうに言った。

 

『……スミレ……』

バオーは、両手を上げた。

 

「!?ダメよ、育朗ッ」

 

『わかったよ仗助クン……スミレを傷付けるわけにはいかない。降参するよ』

バオ―:育朗は……アームドフェノメノンを解いた。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

「ねぇ仗助君、もうあきらめなさい。たとえ育朗が降参したって、あなた1人では何もできないわよ」

と、スミレが自分のスタンド、WitDを出現させた。

 

「スミレ先輩、止せよ。アンタじゃあ俺をどーこー出来ねえー」

仗助がWitD をつまんだ。

ピシッ

「あっ……」

自分のスタンドを圧迫されたスミレは顔をゆがめた。

 

「スミレ……止めてくれ、仗助君!」

 

「育朗、動くなぁッ!」

とっさに前に出ようとする育朗を見て、仗助が怒声を発した。 

「育朗クン、頼む……俺にこれ以上ひどいことをやらせないでくれ……」

 

「……仗助君、頼む」

スミレを離してくれ……何でもする。育朗が頭を垂れた。

 

仗助の顔が、ゆがむ。今にも泣きだしそうだ。

 

そのとき……

「まてよ、仗助ェ~~ッ!」

億泰が、ヨロヨロと立ち上がった。

「正気に帰りやがれ、この馬鹿野郎……がッ」

億泰は、まだ体のしびれが取りきれないままヨロヨロと歩き、仗助に自分の手が、スタンドが届くところまで近寄っていった。

 

「億泰、それ以上近づくな」

仗助が警告した。

「いくらお前が相手でも、容赦しねーぜ」

 

「……そりゃこっちのセリフだよ、バカ野郎……スミレ先輩をとっとと放せョォ」

億泰が睨みつけた。

「俺のザ・ハンドは手加減できねー。覚悟しろよ」

 

仗助はつらそうな、今にも泣きだしそうな顔を一瞬見せ……だがすぐに厳しい顔にもどった。スタンドに代わって、自らスミレの手をねじりあげ………そして、クレイジー・ダイヤモンドを億泰の目の前に出現させた。

「……いいぜェ――お前とは長い付き合いだからな……お前のスタンドをだせよ、またサシでやってやるぜ、億泰よぉ――っ」

「へぇ~~?そうかよ。だがお前みたいなアホに俺のスタンドはもったいないぜ」

億泰が言った。

「オレは確かに頭悪いがよォ~~だがそんなオレでもホントの馬鹿野郎は分かるんだよ。馬鹿野郎ってのは、自分に取って何が大事なのか、分からなくなったヤツだよ。…………今のお前や、兄貴みたいなよォ……何だぁ?、その馬鹿丸出しの髪型は?」

 

「オイ…………今、なんていった、お前?」

仗助の顔色が変わった。

仗助はスミレを、クレイジー・ダイヤモンドはWitDを、それぞれ手荒く手放し、億泰に向って拳を構えた。

 

ポン

WitD が無数に分裂して行く――

 

「仗助ェ~~~トットト杜王町に帰るぜ。それで……お前のその髪型も、何ッつ~か……あれだ、元のサOエさん見てーな カッコ悪リィヤツにもどそうぜェ~~っ」

億泰が陽気に言った。

 

プチッ!

 

「てめえェッ!!!俺の頭のこと、何て言ったあァ―――!!!!!」

仗助の血走った目……だがまだクレイジー・ダイヤモンドは動かないッ!

 

「カッコ悪いって言ったんだョ、このダボがぁ」

 

億泰が挑発する。

次の瞬間ッ!億泰の右拳 ――スタンドではなく自分の素拳―― の攻撃が 仗助の顔面をおそうッ!

 

仗助は血走った目で、億泰を睨みつけ……

「ヘッ……」

仗助は歯を食いしばり、億泰の渾身の一発を避けもせず、まともに顔面に受けた。

 

ドガッッ

 

そして、分裂したWitD が崩れ落ちる仗助の額に集まり……肉の芽を引き抜いた。

 

     ◆◆

 

そしてその10分後、肉の芽を引き抜かれ、意識を取り戻した仗助は……

皆に、まさに完璧な姿勢の、美しい土下座を披露していた。

「申し訳なィッ!!……俺はその、与太話を信じてDIOの野郎にあやつられてた……だが言い訳はしねーぜ」

仗助は両手をついた体勢から、ピョンと跳ね起きた。そして直立不動で立ち上がり、皆にズバッと頭を下げた。

「スマン!スミマセンでした! そして……『俺を止めてくれて』ありがとう……」

 

――――――――――――――――――

 

 

揺れている。

懐かしい感覚だ。

昔、子犬だった自分が河原で川の増水によって砂州に閉じ込められ逃げられなくなったことがあった。そのとき、母が自分の首を咥えて安全な場所まで運んでくれた時を思い出す。

……母の温かい匂いを思い出す……

だが今、母の匂いの代わりに周囲から漂ってきたのは、血と腐った肉の匂いだった。

 

『彼』は目を覚ました。

だが何かおかしい。体が動かない……ここは何処だ?

まるで頭に霞でもかかっているかのようなぼんやりした意識の中で、『彼』は記憶をたどり、起こった出来事を思い返そうと務めた。

そもそも自分と『彼女』は『息子』にすべての生命力を渡し、そして満足して逝ったはずだ。

なのに、なぜ目を覚ました?

まだ視界もはっきりしない。だが『彼』には強力な嗅覚があった。

周囲の匂いを嗅ぐ……さきほど嗅いだ血と腐肉の匂い、木と湿った土、草の匂い――ここは森の中らしい―― そして、すぐそばに懐かしい匂いがした。

心温まる、勇気づけられる匂い。母ではない、『彼女』だ。

『彼女』もまた何が起こったのか戸惑っているようだった。心配ないよ。僕も隣にいる。僕が君を守る。そう伝えようとしたとき、『彼』はもう1人の『男』の存在に気が付いた。 

 

そうだ、例の血と腐った肉の匂いをさせているのは、この『男』だ。

 

『男』もまた、自分たちが目を覚ましたのに気が付いた様子があった。だが、自分たちには一切構わずに森の中を走リ続けているようだ。

 

自分たちのことを危険はないと判断したのか。『彼』は気を害した。

すこしこの『男』を痛い目に合わせる必要があるかもしれない。自分は群れのリーダーだったのだ。もともと、『男』は自分の群れの部下だったのだ。 誰がリーダーか、思い知らせてやる必要がある。

だが、体が動かない。

チガウ……自分たちがその『男』の背に乗っているのだ。何故だ?必死に体を動かそうとしても、どうしても、まるで泥沼にはまったかのようにぬっぺりしたものに囲まれ、まったく体が動かせないノダ。

 

「クゥウン」

『彼女』が鳴いた。まるで子犬のような心細げな声だ。

 

子犬?

その時、『彼』は大事なことを思い出した。

そうだ、この世の何よりも、自分の命より、『彼女』よりも大切な唯一の存在がいる。

 

『息子』

 

『息子』は何処だ????????

激しい焦燥感にとらわれた『彼』は、『息子』を呼んで大声で叫んだ。隣の『彼女』も、その叫びに呼応した。

だが、返答はない。

否、『男』が反応していた。これまでは『彼』を無視していた『男』が、大声で吠える『彼』と『彼女』を感じ、イライラした敵意の匂いを向けた。

 

そして『彼』は、また何も見えなくなった。

 

――――――――――――――――――

 

 

1999年11月11日  未明 [T村]:

 

 

つい三か月前に離れた日本の地 ――母国―― にこんなに早く舞い戻る事になろうとは、まったく予想していなかった。

 

「ヤレヤレだ。まったく笑えねーぜ」

空条承太郎は乗ってきた車を降り、1人、T村の中へと入って行った。

 

東北の地方空港に到着してすぐ、SW財団と日本政府の用意した車にのって、この村に到着したのは、つい数分前のことだ。

飛行機の中で入念に睡眠時間を調整した結果、時差ボケこそほとんどないが、それでも長距離の移動は少し体にこたえていた。

 

無理もない、つい20時間前まではコスタリカで海洋の調査とともにSW財団が行っていた古代マヤ文明の遺跡調査に同行していたのだ。それが、この杜王町の北側で行われていた別の調査隊からのSOSを受け、SW財団の仕立てたチャーター機を乗り継ぎ、大急ぎで現地入りしたと言うわけだ。

ゾンビの大量発生……早急に対処し、被害が広がらないようにしなくてはならない。

 

村は壊滅していた。

 

元々は寂れた漁村だったのだろう、狭い道に家々が数件固まっており、村の通りは海へまっすぐ続いている。その通りを、承太郎はポケットに手を突っ込んだまま突き進む。

ジャリッ

 

海に至るであろう路地を進む。

 

生きた人間である承太郎が来るのを見て、あちこちから飛び出し、騒ぎ、喚く元住民たち。

「血ィイイイ」

そこかしらの路地から、屋根の上から、家の中から、元住民たちが承太郎を取り囲むように現れ……一斉に飛び掛かってきた。

 

「……スタープラチナ・ザ・ワールドッ!」

承太郎は、自身の背後に、神話の世界から現れた様な強大なエネルギーに満ちたビジョンを出現させた。

そのビジョン:スタンドに命じ、承太郎は自らの恐るべき能力:『時間停止』を発動させた。

 

一瞬にして周囲がセピア色に染まり、音一つない時間が止まった世界が承太郎を包む。

時が止まった世界で、承太郎はジックリとおそい掛かってくる元住民 ――ゾンビ―― を観察した。

おそらくゾンビになる前は皆年老いていたのだろう。つやのある肌にそぐわなず、その服装は年寄じみており、滑稽なほど体に合っていなかった。

唯一の救いは、この村が限界集落と化しており、小さな子供がいなかったことか。

 

『時』が、再び動き出した。

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!』

承太郎は迫りくるゾンビを、スター・プラチナのラッシュで一掃した。

 

スタープラチナの一撃で頭部を破壊されたゾンビは、それでもピクピクと体を引きつかせている。

ゾンビは確かに不死身だが、頭部を破壊すれば動けなくなる。朝になれば、太陽のエネルギーによって残っている肉体もチリとなるはずだ。

 

承太郎は、陰鬱な気持ちで時折現れるゾンビを倒しながら、寂れた元農村を見て回った。

丹念に辺りを捜索し、撃ち洩らしたゾンビどもがいないかどうか、チェックしていく。犬や、猫までも、ゾンビ化していないか、注意を払う。だが、しつこく、病的なほどに念には念を入れて探しても、生きている人間は1人も存在していなかった。承太郎は、ひとしきり村の探索を済ますと、苦虫をかみつぶしたような顔で車に戻った。

 

承太郎が車に戻ると、まさに二体のゾンビが車に飛び掛かっていく所であった。

岩をも砕くゾンビの超パワーをもってすれば、車を破壊することなど造作ないはずだ。だが、承太郎はまったく焦らずに、少し離れたところからゾンビが車に飛びつくのを、落ち着いて眺めていた。

 

バチバチバチ

車は、紫色の光を帯びたスタンドの茨に覆われていた。

 

「Gbyuuuuuu!」

一体のゾンビがその茨に触れ……まるで砂でできた人形のように、崩れ落ちた。 

 

もう一体のゾンビは、相棒が塵となるのをその目で見て……うろたえ、隣の電信柱を引きちぎった。

「GuraaeeeeeI!!!」

ゾンビの超パワーでいとも簡単に電信柱が振り上げられ……またストンと落ちて、地面に転がった。

 

『オラオラオラッ!』

倒れてくる電信柱を、スタープラチナが砕くッ!

 

電信柱を拾い上げようとしたゾンビは、顔が、手足が、『紙』と化して地面に転がっていた。

 

車のドアが開き 運転席にいた男:岸部露伴が出てきた。ゾンビが『紙』となったのはこの、岸部露伴のスタンド:ヘブンズ・ドアーによるものだったのだ。岸部露伴は、ゾンビの『紙』にかかれた情報を読んで、首を振った。

「ダメだ承太郎さん……このゾンビ達は、どうやら何も知らされて無いようです」

もう少し調べてみますが……そう言うと、岸部露伴はゾンビの横に膝をつき、熱心に『紙』を読み始めた。

 

「そうか…ただの使い捨てのコマにされたってことか」

むかつくぜ。 承太郎は車の後部座席のドアを開けた。

「ジジイ、どうだ……他に撃ち漏らしはないか」

その前に口にした、生きている奴はいないか と言う質問には、黙って首が振られていた。

 

「ふむ……この村にはもうゾンビは残っとらんよ」 

車の後部座席に乗っていた老人は、空条承太郎の祖父、そして東方仗助の父、ジョセフ・ジョースターであった。

ジョゼフは自分のスタンド、ハーミット・パープルの能力を使って、車に据え付けられたカーナビのモニターに念写をしていた。

「まだ動いているヤツは、後……四ヶ所……じゃの?」

このあたりの地図上に、赤い点が四つ、ピコン、ピコンと光っている。

 

承太郎はカーナビの画面を覗き込み、今後の対応の計画を立てた。

「ふむ……大丈夫だ。この、南に向かっているヤツは、ホル・ホースにやらせよう……ちょっと信頼出来ねえが、俺が信頼するスタンド使いを行かせている。問題ないだろう。この、西のヤツはポルナレフがやる。ちと敵がてごわそーだが、そこには仗助もいる。何とかしてくれるだろう」

 

「……ワシらはこの二カ所、北の海岸線沿いと、東北自動車道の方へ逃げたヤツらを追うワケジャな……いや、待つんじゃ……」

ジョセフが何ごとかに気がつき、カーナビの画面を広域表示に変えた。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

「承太郎さん……もう一つだ。もう一つ、こんな所に……カーナビの画面が切れていたから分からなかった……これもヤバイ奴だ……もうすぐ、集落についてしまう」

ゾンビの『紙』の調査を切り上げ、運転席にもどっていた岸部露伴がジョセフが操作するカーナビの画面を指さした。そこには、他のと比べてひときわ大きい赤い点が瞬いていた。

 

「なんだと……マズイな」

承太郎が顔色を変えた。

「露伴クン、奴が向かっている先に、人が住んでいる所はないかい?」

 

露伴は、手元の地図をパラパラ開き、そしてあるページを見せた。

「ある……あります、承太郎さん。どうやら老夫婦が住んでいる集落の様だッッ」

 

「チッ、ここからだと間に合わねーな……1番近いのは、ポルナレフと仗助のヤツの所か……」

承太郎は携帯を取り出し、盟友、ジャン・ピエール・ポルナレフへ電話をかけた。



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東方朋子 その1

スタンド図鑑

スタンド名:スタープラチナ(星の白金)
本体:空条承太郎
外観:神話の英雄然としたレスラー
タイプ:近距離パワー型
性能:破壊力 - A / スピード - A / 射程距離 - C / 持続力 - A / 精密動作性 - A / 成長性 - D
能力:遠くには行けないが強大なパワーとスピード、精密な動きを合わせ持つ、圧倒的な基本性能を誇る。 さらに本人の体感時間で3秒(1999年10月時点)だけ時を止める、スタープラチナ・ザ・ワールドと言う超強力な能力を持ち、本体である承太郎のスキの無さも考慮されて、「完成された」「強くて無敵の」「史上最高(最強)の」スタンドと称されている。


スタンド名:ハーミット・パープル(隠者の紫)
本体:ジョセフ・ジョースター
外観:紫色の棘の生えた茨
タイプ:特殊型
性能:()内は特殊能力の性能
破壊力 - D(C*) / スピード - C / 射程距離 - D(B**) / 持続力 - A / 精密動作性 - C(D***) / 成長性 - E
能力:念写、読心術、及び 機械操作。また、茨をロープのように伸ばして遠くのものを掴んだり、波紋を流して攻撃したり、と大変応用能力の高いスタンドである。
()内の性能:
*:波紋との併用時
**:茨を伸ばせる距離
***:念写能力の操作性


スタンド名:ヘブンズ・ドアー(天国への扉)
本体:岸辺露伴
外観:自作の漫画:『ピンクダークの少年』を模した人型
タイプ:特殊型
性能:破壊力 -D / スピード -B/ 射程距離 -C* / 持続力 -B/ 精密動作性 - C/ 成長性 -E*
   *: 1999年末の状態 (ステータスは下がっているが、原稿を見せなくても本
     にできるため、 使い勝手が上がっている。と言う設定)
能力:スタンドが触れた ある程度知能のある生物、幽霊および自分自身を本に変える能力。本には対象の経験・記憶が書き込まれている。また、『本』に直接命令を書き込むことで、対象を操ることが出来る。本来相手には実行不可能なことでも命令できる。


1999年11月10日  朝 [M県S市杜王町]:

 

「しのぶさん……大丈夫よ……そうよウチの仗助も一緒にいるんだから……ええ、悪い事なんて起こりっこないわ。明日には元気いっぱい帰ってくるはずよ」

東方朋子は、しのぶからかかってきた携帯電話を切り、長々とした電話越しの会話を終えた。電話の声から判断すると、しのぶはすっかり動揺し、情報に飢えているようであった。

無理もない。

先ほど、SW財団と名乗る財団のものから、早人君と……仗助がバイトで向った山で、何か深刻な事件があったらしいと、二人の親族:しのぶと朋子へ連絡があったばかりなのだ。

 

確かに恐ろしい。朋子はブルッと体を震わせた。

 

しのぶにとっての早人と同じく、朋子にとっても仗助が唯一の家族なのだ。

本人を前にして口にしたことこそないが、仗助は目に入れても痛くないほどかわいい、自慢の息子だ。その息子が、生死さえはっきりしないほどの危険な目に合っている……だが、確かに恐ろしくはあったが、朋子はしのぶほどには心配していなかった。

自分の息子を信じているのだ。

最近、日に日に最愛のあの男に似てきた息子を。

 

一方で、しのぶの気持ちもよくわかっていた。

しのぶは、自分の夫を仕事中に失っている。また同じことを繰り返したくないと思っているに違いなかった。そもそも早人君はまだ小学生だ。当然だ。自分だって彼女の立場なら、激しく心配しているだろう。

 

とにかく、しのぶを連れて対策本部に行こう。たしか、杜王町グランドホテルの会議室に対策本部が設置されていたはずだ。

朋子は再び受話器を取った。SW財団のコーディネーターだと名乗った男がよこした連絡先をダイヤルし始める。

そのとき……

 

ピンポーン

 

玄関のベルが鳴った。

朋子は誰が来たのか?と玄関ののぞき窓から来訪者の姿を確認し ―― 大きく深呼吸した後で――ドアを開けた。

 

そこには、車いすに乗った年老いた女性と、その車いすを押す中年女性が立っていた。

二人とも日本人ではない。

英国系か?

朋子より一回り歳上と思われるその中年女性は、まだ十分に美しさを保っていた。

そして、彼女が押す車いすに乗った年老いた女性……

 

(私はこの人を知っている。一度もあったことはないけれど、確かに知っている。)

朋子は、その年老いた女性の目をまっすぐに見た。

 

二人の視線が、真正面からぶつかりあう……

どちらも、目をそらさなかった。

 

「貴女が、東方……朋子さんね」

老婦人が言った。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

「あなたは……」

朋子はいつかはこんな日が来ると、心のどこかでわかっていた。

いつかこんな日が来たら、何て言おうか、ずっと前から色々と考えていた。

 

だが、どうしてこんなタイミングで……

今は駄目だ。仗助の安否を知ることが最優先なのに……

 

車いすに乗った老婦人はニッコリと笑った。

てらう事無い、混じりけなしの笑顔だ。

「初めまして、朋子さん……私はスージー・Q・ジョースターよ。……お会いしたかったわ」

 

「こっ……こちらこそ、初めまして」

朋子は丁寧にあいさつを返しつつ、心の中では色々な思考が渦巻いていた。

 

私は確かにこの人の夫の子を産んだ。

結果的に、この人の夫を、ジョセフをこの人に対して裏切らせたのだ。

もちろん目の前の老婦人を憎むことは出来ない。私にそんな権利はない。

私は、この老婦人を手ひどく傷つけたに違いないし、誰だってそんなひどい裏切りにあっていい訳がない。

 

彼女は私を憎む権利がある。私はその憎しみを受け止める覚悟があるッ。

 

しかし……しかし……私は、私はッ!

あの時、ジョセフを愛さないわけには、いかなかった。

……私は自分の生き方を、息子の生を否定しない!

彼が、仗助がこの世に存在しているのは、絶対に、完全に、正しいことなのだ。

私はすべてを納得して、父親以外の誰に頼る事もなく、誇れる仕事につき、自分で生計を立て、仗助をちゃんと育ててきた。

仗助は、ちょっと暴力的なところはあるけれど、でも真っ直ぐに育ってくれた。自慢の息子だ。

 

彼女が私を憎むのは無理がない。

でも……絶対に謝れないわ

 

東方朋子と、スージー・Q・ジョースターは、真正面から向き合った。

互いの視線はぶつかり合ったままだ。

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

だが、チリ・チリリ…… と押し殺したはずの罪悪感が、朋子の胸を刺しつづけていた。

スージーQのこれまで生きた長い年月を反映した、まるで年輪のように刻まれた皺。 温かい、だが少し悲しみのこもった目。

 

ゴメンナサイ。

あなたを苦しめるつもりはなかったのよ。

 

だが、目の前の老婦人は怒るわけではなく、ただニコニコと笑っていた。

そして、その笑みには力があった。強靭な意思の力が……

「朋子さん、貴方の平穏な毎日を乱して済みませんネ。でも、どうしても貴方と話がしたかったの……どうか老い先短い老人のわがままを聞いて、私と少しお話をしてくれないかしら?」

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

朋子が、視線を逸らした。

「わかりました……でも、できれば明日にしてくれないでしょうか。実は……」

 

朋子が事情の説明を始めようとすると、車いすをささえていた中年女性が口を開いた。

「ええ……知っています。実は、そのことについても話があるんです」

とても流暢な、日本語であった。

 

――――――――――――――――――

 

1999年11月11日  未明 [屍人崎]:

 

ポルナレフ達と仗助・育朗組が出会ったのは、仗助が肉の芽から解放されてから、小一時間後であった。

 

ポルナレフとホル・ホースは自分たちを拘束していたチャダを倒した後、二人のSW財団の職員と共にドレスのアジトであった廃墟を脱出した。そして、山道に残るバイクのワダチを追ってここまでやって来た……という訳だ。

 

ポルナレフ達――大人組――は子供たちが無事か、心底心配していたのだ。だから、傷つき、疲れ切った体を鞭打って、大急ぎで山道を抜けてきたのだった。

だがやってきてみれば、その心配していた『子供たち』は、廃村の空き家の庭で和やかに眠っていた。

心配をしていた大人達は、 すっかり拍子抜けしていた。

 

「私たちなんかいなくても、彼らだけで解決して見せたってわけね……なんとまぁ、たくましいこと」

アリッサは安心のあまり、地面にしゃがみ込んだ。

 

「ほォォ〰〰〰 ッ、コーコーセーども、やりおるぜぇ」

ホル・ホースは、へっとシニカルな笑みを浮かべた。正直、不意をつかれたとは言え自分が不覚を取った相手『東方仗助』が仲間と楽しそうにしている光景が、面白くなかったのだ。

 

「!?ホル・ホースさん……皆さん、誠に申し訳無いっス!!」

近づいてきた一行に気が付き、仗助が目を覚ました。仗助は、ピョンと跳ね起き、直立不動の姿勢で謝罪の言葉を述べた。

 

何か言いたそうなアリッサを制し、ピーターが疲れきった口調で言った。

「仗助君、君は悪くないよ……元はと言えば僕を庇ってくれたから、肉の芽を植えつけられてしまったのだろう……悪いのは僕だよ。僕なんて……」

そう言うとピーターは、自分が皆を騙し、DIO の命じるがままにホル・ホース達を攻撃した事を謝罪した。

「しかも、僕のせいでシンディが……」

ピーターは、膝をついて泣き出した。

 

その肩を、アリッサがそっと包んだ。

 

「……よし、この話はここまでにしよう。…………実はな……昔、俺もDIOに騙され、肉の芽を植えつけられた事がある……だからわかるぜ。DIO は……奴の手口は人間が対抗できるような生易しい代物じゃね――って事がなぁ」

ポルナレフはパンと手を打ち合わせて、反省会を終わらせた。

「それよりも、俺達にはまだやる事が残っている。いいか、聞いてくれ……」

ポルナレフは、皆に 承太郎からの伝言を伝えた。

 

     ◆◆

 

「つまり、俺たちが遭遇した怪物たちが、人里へ近づいているってことか」

安全だと思っていた、杜王町のアケミ達が……噴上は身震いした。

 

「そうだ、大部分はすでにジョースターさんと承太郎達が処理中だ。だが、奴の手に余る部分は、俺たちがやらなきゃならねー」

ポルナレフが言った。

 

「まさか……六助爺さんとケイお婆さんの家が……」

ポルナレフの話を聞いて、スミレは真っ青な顔になった。

 

「大丈夫だよ。僕が助ける。おじいさんとおばあさんは、僕と仗助君に任せるんだ」

育朗は、スミレを抱きしめて言った。

 

「ダメよ、私も行くわ……」

スミレは首を振った。

「……私が危ないことをアンタに任せて、自分だけのほほんと安全なところで待っててるなんて、期待しないでよ」

 

「君に、あのバイクは乗れないよ」

 

「ロープか何かで、アンタの体に、縛りついて行けばいいわ」 

 

アンタには、私の『能力』が必要よ。

言い張るスミレに、育朗はニッコリ微笑んで抱きしめる手に力をこめ……『ブル・ドーズ・ブルーズ 』を打ち込んだ。

 

「!?」

首筋に『ブル・ドーズ・ブルーズ』の麻酔を打たれたスミレは、まるでラジオのスイッチを切ったように、プチンと意識を失った。

 

ガックリと崩れたスミレを、育朗は慌てて支えた。

育朗は、少々狼狽して気を失ったスミレの様子を観察した。

幸いなことに少し脈も、呼吸も弱くなっているが、どちらも安定しているようだ。

 

「ほぉ――超強力な麻酔だな……大丈夫なのか?」

傍らにいたホル・ホースが尋ねた。

 

「大丈夫です。呼吸も、脈も安定していますから」

そうは言いながらも、育朗は心配そうに眉をしかめていた。

(なんてことだ……量を四分の一に絞っていたのにこの効き目……今日二本目だからか?……)

オーバードーズ(過敏投与)……と言う言葉がチラリと頭をかすめる。

(バオーの体液は強力だ。この能力……ブル・ドーズ・ブルーズは何度も打てないみたいだね……)

 

だが、幸いなことに、スミレの体調は安定しているようだ。

育朗は、ホル・ホースにスミレをゆっくりと引き渡した。

『ホル・ホースさん……彼女を頼みます』

 

ホル・ホースは、スミレの頬を微笑んでつつく育朗の様子を見て首をすくめた。

「アンサンよぉ――意地張らずに一緒に行けばいいのによぉ」

俺に女を預けていいのかよ。

 

おどけてみせるホル・ホースに、育朗は、『アナタはいい人です』。と生真面目に答えた。

「彼女は僕の希望」

育朗は、そっとスミレの髪をなぜた。

「おそらく残り三か月も生きられない僕にとっての、希望なんです」

せめてスミレとお爺さん、お婆さんを助けることが、僕の生きた証なんです。

育朗の言葉に、一行は言葉を失った。

「それよりホル・ホースさん……約束は守ってくださいよ」

育朗は真剣に言った。

「その時がきたら、僕を殺して下さい」

 

「……任せときな」

ホル・ホースはグイッとテンガロン・ハット を目深にかぶり直した。だが返事をするとき、ホル・ホースは育朗の顔をまともに見なかった。

 

アンジェラのスケーター・ボーイを除けば、一行に残された高速の移動手段はDRESSが使っていたビッグ・オフロードバイクが三台のみだった。

このバイクで荒野と森を越え、撃ち洩らしたクリーチャーが六助爺さんとケイ婆さんの住む 集落に到達する前に捕まえなくてはならない。

 

「……育朗クン、行くぜぇ――、そろそろよぉ〰〰 っ」

ビッグ・オフロードバイクに跨った仗助が言った。

 

仗助の隣では、噴上が少し心配そうな顔でバイクに乗っていた。

噴上が心配になるのも無理はない、二人が乗っているのはBMW R1150GS、排気量1000CCを超える、今年発売されたばかりのモンスター・マシンだ。

 

しかも、そのうち一台は、元々は一台は巨体のメネシスに合わせた改造が施されている。到底人が乗れるようなサイズではなかった。なんと、身長180cmを越える仗助が シートにまたがっても、ハンドルにも、ペダルにも、手足が届かないのだ。

その巨大過ぎるクレイジー・マシーンを、仗助はクレイジー・ダイヤモンドに自分の体を支えさせて、『無理やり』乗っていた。

 

噴上と育朗が乗るバイクは、ノーマルのR1150GSではある。が、それでも、それが乗り手を選ぶ強烈なじゃじゃ馬なことに変わり無かった。

 

「気合入れろよ育朗クンッッ。このバイクに乗れんのは俺と育朗クンくらいしかいねーんだからよぉー」

 

「……おい、俺を忘れんなよ……」

俺のハイウェイ・スターで捜索しなかったら、そもそも敵を見つけられねーぜ。噴上が少々不貞腐れながら言った。

「しかし、こんなバケモン DRESSの野郎は何だって持ち込んだんだ?」

 

「……ヤツラの『ボス』の趣味らしいぜ」

仗助が答えた。

「奴ら、俺の近くではDRESSについては何も話そうとしなかったぜ。だが、このバイクを扉の向こうから持ち込むときに、バイクに関してはボスの趣味に付き合わされてたまらんと、ヒーヒーボヤいてやがった」

 

「迷惑な趣味してやがる」

噴上が険悪な表情になった。

「こんな乗りづれーバイクを選びやがって」

 

「こんなふーにスタンドをうまく使って運転するしかねぇ〰〰ゼ。やれるか、噴上裕也?」

 

仗助のアドバイスに、噴上は、『俺にバイクの乗り方を教えようとするんじゃねー』と、さらに不満を募らせた。

「JET(珍走団)の特隊なめんなよ?仗助ェ」

 

「おっ……おう――」

返答に困り、仗助は頭を掻いた。

 

「ハハハッ 頼もしいね。じゃあ……行こうか」

育朗が、少し楽しそうに言った。

 

「ちょっと待て……仗助、『扉』の事なんだが、一つ確認したいことがある」

三人の会話に、ポルナレフが割り込んだ。

 

「なんすか?」

 

「知りたいのは、あの、ヤツラが使っていた遠く離れた場所を繋ぐ『扉』のことさ……俺はチャダって言うスタンド使いが開いた『扉』の向こう側を見た。君は……奴らの組織に入り込んでいた時、チャダが開いたあの『扉』がどこに繋がっているか、聞いていないかい?」

あれは、どこかで見た記憶がある景色だった気がするんだ。

ポルナレフは首をひねった。

 

仗助は、申し訳なさそうな顔をした。

「あのキショク悪い『肉の芽』に取りつかれていたときの事は、まるで夢の中みたいに、ボーッとして、よく覚えてないんス――いや――確かに『扉』の向こうから声が聞こえてきたときがありましたね。 なんだか、英語じゃなかったッス。なんていうんすかねーフランス語?スペイン語?そんな感じに聞こえたッス」

 

「フランス?」

ふむ……ポルナレフは、少し納得した表情でうなずいた。

「わかった。仗助、俺は心配してねーぞ。早く奴をぶっ倒して来いよ」

杜王町でまた会おう。

ポルナレフは、噴上と仗助、そして育朗の肩を叩いた。

 

北上している敵を追いかけるのは、バイクの運転が比較的得意な仗助、噴上、そして育朗の三人に決まっていた。

他のメンバーは、新たに表れた敵……無数の芋虫を全て退治しなければならない。ユンカーズが生み出したその芋虫は、目の前の荒野の至る所にウネウネとのたうちまわっていた。

さらに、その小さな芋虫の中心にいる、まるでクジラほどもある巨大な芋虫を倒さなければならないのだ。

主をなくして暴走しているスタンドと戦う。正直それもまた、ぞっとしない戦いであった。

 

「仗助ぇ~~こっちは任せときな」

億泰が言った。

「俺がいれば、大丈夫だからよォォ」

億泰は、背中越しに仗助に向かって親指を立た。そして、雨の向こうにぼんやり見える巨大なクリーチャーの方へ歩いて行った。

 

そこには、ハンターとゾンビの肉体を喰らって巨大化したスタンド、ユンカーズがのた打ち回っていた。既にポルナレフとホル・ホースは、その巨大な蛆虫と相対すべく、準備している。

 

億泰は、自分のスタンド:ザ・ハンドの瞬間移動能力で ポルナレフとホル・ホースの横に瞬時に移動した。そして、遠慮なくユンカーズの巨体をその能力で『えぐり』始めた。

 

sw財団の生き残りであるアリッサとピーターも、三人のバックアップをするため、拳銃を準備しはじめた。

 

     ◆◆

 

仗助達の隣には、もう1人、アンジェラが残っていた。

「仗助、手を出して」

今はおしゃべりしている時間はねーんだぜ……そう肩をすくめる仗助を、アンジェラは無理やりバイクから降ろした。そして、仗助の右手にそっと触れる。

 

「……ッ!」

 

痛みに仗助が顔を歪めるのを見て、アンジェラは怒ったように言った。

「やっぱり……アンタは自分の負傷は直せないのだものね……」

無理ばっかりして……こんなんでバイクの運転なんてできないでしょうが。

 

「いや〰〰育朗に薬を……ブルドーズを打ってもらったから、大丈夫っすよ」

 

「嘘おっしゃい、育朗のブル・ドーズ・ブルーズは傷を完治させるような物じゃあないでしょ」

せめて、あんたの怪我はワタシが……

コォオオオオオ―――ッ

アンジェラは波紋の呼吸をしながら、仗助の手をさすり……

 

フンッ!

 

仗助のドテッパラに、思いっきり膝蹴りを叩きこんだ!

 

ガフッ!

 

「!?何すんだ……アンジェラ、おめぇ――」

思わず前のめりに崩れ落ちかかった仗助は、かろうじて右手を前に突き出して地面との衝突を避けた。

そして……

「おぉ―― っ骨折の跡があんまり痛くねー」

右手をついた仗助は、びっくりしたように目を丸くした。骨折した右手をあれこれ振ったり、握ったり、右手の状態を確認する。

「スゲーぜ。まだちょっと痛ェ――が、バイクの運転には何の問題もねー」

 

波紋か?尋ねた仗助に、アンジェラがうなづいた。

「ディーパス・オーバードライブ……私の生命エネルギーをちょっぴり使って、あんたの傷を治したわ」

 

ありがとうよ 礼を言おうとする仗助を、アンジェラは笑って遮った。

「アンタも私たちの怪我を直してくれたじゃあないの、お返しよ……それに、アンタ達一族をフォローしたり、怪我を治したりするのは、これはもう波紋使いの ――それと私の一族の――『伝統』みたいなものよ」

 

「?」

 

きょとんとする仗助に、アンジェラは余計なことを口にしてしまった……と、少し慌てて口をパクパクして……しかし結局は話し始めた。

「……私の祖先は、この技でアナタのヒイヒイおじいちゃんの首の骨折を直した事があるって聞いたわ」

それから……アンジェラは一瞬躊躇した。

「17年前、ジョセフ師匠もこの技でアナタのお母さんの命を――」

 

「ジジイとお袋が?それから、お前……」

仗助は混乱して首を振った。

「アンジェラ……お前の言っていることが良くわからねー。どういう事か良く説明してくれ」

 

だが、お喋りなアンジェラとしては意外な事に、アンジェラは首を振った。

「私からはこれ以上の説明は出来ないわ、詳しくはあなたのお父様に直接聞きなさいよ」

アンジェラは最後に仗助の肩をポンと叩くと、身をひるがえして仗助に背を向けた。そして、ポルナレフ達を追って戦いの場に飛び込んで行った。

     ◆◆

 

雨が振っていた。

雨は、ポルナレフ達が承太郎からの伝言を伝えに来たころから、ポツポツと振り始めていた。そして今は、自分の手もまともに見えない程の土砂降りとなっていた。

 

仗助、育朗、噴上の三人は、杜の中を、丸木車の轍を逆走して進んだ。そして遂に、育朗と仗助が初めて戦った大岩の麓に立っていた。

だが、目に入る風景は様変わりしていた。

大岩は、まるで叩き割ったかのように砕かれていた。せき止められていた渓流が、砕けた岩の周りを 音を立てて流れている。

 

「ここだぜ……腐肉 ――敵の匂い―― が、この辺りでプンプン匂いやがるのを、ハイウェイ・スターが感知したぜ……理由はわからねーが、敵はどうやらこの大岩を砕いたようだなぁ」

噴上が言った。

「ハイウェイ・スターは、腐肉の匂いがこの辺りをうろうろした後で、この先の獣道みてーなのを通って、西に続いているのを感知しているぜぇ〰〰」 

この獣道を5Km、それから県道を10Km、それから林道に入って10Kmだ。

 

「グレートだぜ。俺たちが追っかけてる『奴』が、この大岩を砕いたってワケかよ。(俺のクレイジー・ダイヤモンド並のパワーが必要だぜ、そんな事をするにはよォ)……だが、何でそんなことをしたんスかねェ〰〰」

仗助が首をひねった。

 

「ここに穴があるよ……たぶん、バオーが這い出たものだよ」

育朗は、ヒト1人が地面から這い出たような穴を見下ろしていた。

「バオー ……僕の体 は、僕達が追跡しているクリーチャーがこの岩を破壊したのに乗じて、ここから脱出したと言うことかな……」

 

「!?この場所は……いや、何でもねーぜ」

仗助が首を振った。

「噴上よぉ〰〰ッ お前の能力のスゴサは分かってるぜ〰〰だから、ここで何が起ったのかもう少し詳しく教えてくれ」

 

「オイオイ勘弁してくれ……俺は猟犬程鼻が利くってワケじゃねーんだぜ、これ以上詳しい事を読み取れるような匂いは感じられねー」

雨も振りだしちまったしな。噴上は首を竦めた。

 

「そうか……」

仗助は残念そうな顔をした。

 

「では、もうこれ以上ここにいても仕方ないよ……仗助クン、行こうか」

育朗は噴上と仗助にバイクに戻るよう、促した。

 

「おお」

 

仗助達三人は再び、ビッグオフロードバイクを駆って獣道を上り始めた。

降り出した雨が、また一段と激しくなった。



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東方朋子 その2

仗助たち三人が、大岩の前にいたころとほぼ同時刻:

 

海岸近くの道路では、町から現れたゾンビたちを食い止めるべく 康一と由花子が大車輪の活躍をしていた。

 

「由花子さんッ」

 

「ええ……」

康一の合図に、由花子が飛び出す。

「ラブ・デラックス!」

由花子の髪が伸びて、おそい掛かってきたゾンビを捉えるッ。

 

そして、由花子が足止めした所を……

 

【 ピ カ ッ 】

【 ギラギラ 】

【 サンサン 】

康一のスタンド:エコーズ・ACT2が、『尻尾から生成した文字』を 次々とゾンビに貼り付けた。

 

「Guroooo――n!」

エコーズの能力で日光を『体感』させられたゾンビが、絶叫を上げながら溶けていく……

 

「ふ――っ……これで全ての敵を倒したかな」

康一は、今度はエコーズACT 1を出現させ、周囲に撃ち洩らした敵がいないか探索を始めた。

 

由花子は、スタンドを自分の近くから遠ざけた康一の身を守るべく、自分のラブ・デラックスを周囲に伸ばし、不意の襲撃に備えていた。

 

その頃、早人は、安全な車内でアミを寝かしつけていた。

アミは疲れ切っていたのか、周囲を徘徊するゾンビたちを一顧だにせず、車の中でぐっすりと眠っていた。

 

『早人クン……』

と、何か見つけたのか、未起隆が車外からコンコンとドアをたたいた。

未起隆は、天体望遠鏡に変身して車の周囲の見張りをしていたのだ。

 

「なんですか、 未起隆さん」

早人は怪訝そうな表情でドアを開けた。

 

すると……

 

バシュッンッッ

 

未起隆は再び変身し、早人の体に『装着』した。

 

「!?ちょっっ……何ですか、未起隆さん」

 

『早人クン、あれはなんでしょう?ちょっと、よく見てもらえませんか? ……康一サンの耳に入れる前に 念の為私が見たものが何か、確認したいので』

 

未起隆に促されるがままにテラスの外を見た早人は、思わず恐怖で喘ぎ声を出した。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣

 

「まさか、あれは……」

未起隆の力により、突然早人にも何やら亡霊のように白い人型の影が動いているのが見えた。

 

白い幽霊は、ここから僅かに離れた海岸線に近いところにいるようだ。

そこは、少し前までホル・ホース達と過ごした所だ。

 

「未起隆さん……あれは、スタンドです」

ぼくには、あれは未起隆さんのゴーグル越しにしか見えませんッ!

だからきっと、あれはスタンドなんです。

 

『そうですか……』

未起隆の声が、ヘルメットの中で響いた。

『早人君、申し訳ないけれど、一緒に康一君と由花子サンのところに話に行きましょう』

 

早人は、少し迷ったが、ぐっすりと眠っているアミをそっと抱えて車内から出た。

 

「……早人、危ないわよ、車に隠れてて」

なんでアミと早人を外に出したの未起隆? 由花子は、早人が近づいてくるのを見つけ、険しい顔で注意しようとした。

だが、つづく早人と未起隆の二人の説明を聞いて、由花子はお説教の言葉を飲み込んだ。

「康一君……今の未起隆君の話を聞いた?」

 

「うん――――敵かもしれない。みんな気を付けて」

僕が様子を見に行くよ。

 

そう言う康一に、由花子は満足げな ――そして酷薄な―― 笑みを浮かべた。

「いいえ、康一君。康一君が危ない思いをする必要は無いわ……だって、その敵なら、たった今、由花子が捕まえたんだもの」

 

いつの間にそこまで伸ばしていたのか、由花子のラブ・デラックスがその白いスタンドをとらえていた。

由花子の頭から、三つ編みが地面を伝い、 その先に、漆黒の、10才児程の背丈の『人形』が立っていた。

その『人形』が、白いスタンドと対峙している。

その黒い『人形』の両腕は、まるで巨大なボクシンググローブの様に丸まり、まるで女拳闘士 といった格好だ。

『人形』の腕も、足も、そして胴体も、三つ編み様に硬く編み込まれた髪の毛がより合わさって出来ている。

 

『何…ダ?……チビスケェ』

その白いスタンドが、漆黒の『人形』を掴みにかかる。

 

『人形』は身をよじって白いスタンドの攻撃をかわし……そして拳を固める。

腕から、拳から、固く圧縮された髪の毛がギチギチとこすれあい、音を立てた。

『ギュララララララアァ―ッッ!!』

ラブ・デラックスが作り上げた『人形』がラッシュを放ち、白いスタンドにおそい掛かった。

 

『そんなチビすけのラッシュだと? 』

『XuXUXUXUu!』

白いスタンドもラッシュを放つ、『人形』と白いスタンドのラッシュの速さ比べだ。

 

そして…………

 

『ゴブッ』

白いスタンドのラッシュが、『人形』をとらえた。

 

そのダメージのフィードバックを受けた由花子が、膝をつく。

 

『とどメ……』

拳をふり上げた白いスタンドの動きが、止まった。

 

白いスタンドの全身を、由花子の髪の毛が縛り上げているッ!

 

『なんだとッ』

 

『人形』が放った拳は砕け、その砕けた髪の毛がスタンドを拘束していた。

 

『Uuuuuu』

そのスタンドは、なんとか由花子のラブ・デラックスを引きちぎろうと身悶えた。

だが……

『Gyiiiiiiii!』

体を動かせば動かすほど、ラブ・デラックスが食い込み、そのスタンドボディが切り裂かれ始めたッ。

 

「アンタ、誰?何をしてるの……本体は何処?」

由花子がひどく冷淡に言い、ゆっくり、ゆっくりとそのスタンドの方向に歩き始めた。

「答えなさい……答えないと……あんたの体をバラバラにするわよ」

 

その時だ、突然、周囲を霧が覆い…… 由花子は戸惑ったようにあたりを見回した。

 

「何だって?」

康一も驚いたような声で自分のスタンドを出し、周囲を調べ始めた。

 

「!?何処、どこに隠れやがったのォ!」

由花子は、まるで悲鳴のような大声を上げた。せっかくラブ・デラックスで拘束していた白いスタンドを開放し、あたりの石を手当たり次第に穿り返したり、あらぬ岩を攻撃したりし始めている。

「何処に隠れやがったッ、このビチグソ野郎ッ!!」

ピクピクピク

……由花子の左目の端、眼輪筋が、まるで電気ショックを受けたカエルの足のように、ピクピクと動く。

 

『早人クン……キケンです』

未起隆があわてた口調で言った。

『まさか……スタンドの姿がいきなり消えるなんて……あれは、単にスタンドを引っ込めたのとは違います……多分、これはヤバい、ヤバすぎるスタンドです。危険すぎます!』

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

(?皆、何を言ってるの?)

早人は皆の反応が全く理解できず、首を傾げた。

さっきからあのミイラ男のようなスタンドは何処にも行っていない。ずっと同じ場所に立っているではないか。

何故、みんながあわてているのか。

早人が戸惑っている内に、謎のスタンドは由花子へ向かって、ゆっくりと歩いてきた。

 

そのスタンドが近づいてくると、謎のスタンドの全身から白い煙が噴き出し続けているのが早人にはわかった。白い煙はそのスタンドの周囲を覆って一緒に移動してくる。煙はどんどん濃くなり、スタンドの姿が煙の中に消えかかっていた。

 

「未起隆さん、扇風機か何かに変身できない? あの、白い煙を吹き飛ばさないと」

そうしないと危険だよ。

 

『煙?何を言ってるんですか?』

そんなもの何処にも見えませんよ。早人の意見を聞いた未起隆が戸惑っている。

 

(煙が見えない……まさか……?)

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

(きっとそうだ。僕は未起隆さんのスーツがフィルターで濾した空気を吸っているから、あの煙を吸い込んでない。でも、ほかのみんなはあの煙を吸った……そして、幻覚を見させられているんだ!)

 

と………くるりと包帯をまいた白いスタンドは足を止めた。そのスタンドの目の前には、あたりを手当たり次第に攻撃している由花子がいた。

白いスタンドは、由花子のすぐ隣で悠々と拳を振り上げ……

 

「あぶなぃ!」

とっさに早人はスタンドと由花子との間に飛び込み、スタンドの拳を受け止めるッ!

 

「!?キャァあああああッ 早人ォッ!どうしたの?」

 

『うわあああぁぁッ!突然ッ どうなったんですか?』

 

ゴフッッ!!

 

早人の肩が外れ、そしてスタンドに殴られた勢いで 早人は由花子に激突し、地面に投げ出された。

早人にぶつかった由花子は、後ろに吹っ飛び、大の字で地面に突っ伏した。

 

早人は地面をゴロゴロと転がり、やっとのことで再び立ち上がった。

 

『早人クンッ!これは?』

未起隆が尋ねた。

『どこかひどい怪我はしてないですか?致命傷はなかったと思いますが……それにしても、突然何が……』

 

「未起隆サン、これは、あの白いスタンドの能力だよ」

 

『!?なんですって』

 

「未起隆サンッ 僕に力を貸してッッ!」

痛みをこらえて立ち上がった早人の目の前に、その白い包帯のスタンドが立っていた。

 

『貴様……俺が見えているのかッ……』

白いスタンドが忌々しげに早人を見下ろし、そして もう一度拳を振り上げた。

『子供とはイエ、俺が見えているのであれば許してはおけン。この場で始末してやろウ』

 

「負けないよッ」

早人は拳を固め、包帯のスタンドに突進しようとした。

その時……

 

ゴブゥッ

 

白いスタンドが、突然両膝をついた。白いスタンドが手を地面に着けると、その部分の地面が、まるで粘土の上に立っているかのように、凹み、沈んでいく。

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

『エコーズ・ACT-3……どう早人君、上手くいったかな? 見えないけど手応えはあったよ』

康一が尋ねた。

 

そう、このスタンドの膝をひまづかせたのは、康一のスタンド:エコーズの『重くする』能力だった。

そして、康一に幻覚を破らせたのは、未起隆の能力:アース・ウィンド・アンド・ファイヤの能力であった。

 

未起隆は早人が殴られる前に、『自分の体の一部』をバッチに変換させていた。そのバッチを、早人を殴った相手にとりつけていたのだ。

たとえ白いスタンドが認識できなくとも、自分の体の一部がどこにあるのか感じることはできる。未起隆は、康一にいま自分の体がどこにあるかを逐次伝えていたのだッ。

 

「分かったよ、未起隆サン。ぼくには見えないけどそこに敵がいるんだね?間違いないみたいだ、僕のエコーズの攻撃にも、確かに手ごたえがあったよ」

敵の場所さえわかれば、ACT-3で倒せる。

康一は包帯のスタンドがいると思わしき方向に指を突きつけた。

「おいッ!そこのお前ッ!降参して姿を見せろッッ」

 

「こっ……このビチグソがぁ!!」

早人を乱暴にわきに追いやり、由花子が立ち上がった。

由花子は、すっかり血走った眼で周囲をにらみつけていた。由花子もまた、未起隆から、白いスタンドの位置を知らされたのだ。

「やってくれるじゃあない……許さないわよぉおおおお!」

由花子が吠えた。

「ゲロの代わりに、口から内臓を引きずり出してやるわッ!ギャハハッ」

 

グッググググッ!

 

由花子のラブ・デラックスが幾筋かにまとまり、先端がまとまり、そして奇怪な昆虫のような形をとった。

それは、ロケットに円形の牙の生えた口をつけ、百足のような足に、トンボのような羽が何枚も付いた、奇怪な昆虫のようなモノだった。

その「モノ」は、由花子の頭上に扇のように広がったラブ・デラックスの先端で揺れていた。

その「モノ」は、おぞましくもカチカチと歯を鳴らしながらうごめいている。

 

「くらぇッ 喰らわしてやるッッ 口からぐりこんで舌を引き抜くッッ! そのまま内臓までかじってあげるわッ」

由花子が叫んだ。

 

「!??ちょっと、由花子サンッそこまでしちゃ、ダメだッッ」

 

「わかってるわ、康一君。ちょっと言ってみただけよ……ユカコを信じて、ちゃんと手加減してるわ……」

 

ふっと由花子が、冷静な口調で康一に答えた。

 

だがその口調と裏腹に、由花子の頭上にうごめく『髪の毛』でできた蟲たちが、一斉に包帯のスタンドに向かっておそい掛かったッ!!

『ギュチッ ギュチッッ ギュチィッ!!!!』

 

「ちょっと、痛めつけるだけよッ 殺しはしないわ……」

ホントよッ

 

次の瞬間、カランと、未起隆が体の一部を変化させたボタンが地面に叩き落とされた。

そして、急に辺りを包む霧が強くなり、全員がまたしても包帯のスタンドを見失った。

目標を見失った蟲たちが、怒ったようにあたりを飛び交う……

 

そして霧が去った後、その場にいた謎のスタンドは姿を消していた。

 

――――――――――――――――――

 

 

(くそッ……やっぱりコイツら、とんでもねーヤツラだぜ)

先を走っていく仗助と育朗の背中を必死に追いながら、噴上がぼやいた。

 

三人は、猛烈な雨の中、ボコボコの道ともつかぬ獣道を、大排気量のビッグオフロードバイクを走らせていた。

 

(大体、この R1150GSはオフロードバイクじゃねーのかよ……なんてェ重さだ……それにこの道……バイクで走れる道じゃねーぞ……無茶させやがって……)

 

ちょっとアクセルを開けすぎたり、体重移動を間違えたら簡単に吹っ飛んでしまう。いや、たとえ操作を間違えずとも、こんな荒れ地をただ走るだけでバイクが勝手に暴れ出す。

バルンッ

胃のすくむような思いでハンドルを握って、バイクを飛ばす。木々の間をすり抜けながら急こう配の斜面を登り、下りる。

泥だらけのぬかるみに空転する大重量バイクを、スタンドや生身の力で持ち上げる。

ガレ場の岩で滑る前輪を、必死にバランスを取る。

その全ての動きでバイクが暴れ、噴上を吹っ飛ばそうとする。

普通の人間では、1Mたりとも進め無い超悪路だ。

 

その超悪路を、仗助も、育朗も、モンスターバイクを駆って吹っ飛ばしていくのだ。

猛烈な雨の中、どれだけ高い身体能力と精神力、そして度胸が有ればあんなスピードで飛ばせるのか。

噴上には悔しい事だが、命を削るようなその作業を、二人とも淡々とこなしているように見えた。

 

仗助など、噴上が乗っているものより一回りデカいバイク ――メネシス用にチューリング・大型化された超モンスターバイク―― に乗っているのに、然程苦労している様子もない。

当然人間には大きすぎるサイズだから、ハンドルこそ仗助が握っているものの、ステップはクレイジー・ダイヤモンドに抑えさせているのに、だ。

クレイジー・ダイヤモンドは、跳ね上がるバイクを押さえつけ、制御し、そして仗助の体を支えていた。一方、仗助本体は大排気量のモンスターオフロードのハンドル操作に集中している。本体とスタンドの完璧なまでに調和の取れた連携――それは、信じがたい程高度な、スタンド操作能力だった。

 

育朗も、まるで自分が乗っているのが自転車であるかのように、軽々とバイクを操っている。

イヤ、育朗のそれは、ジョウスケとは違った。育郎の運転は、まるで自分の命などまったく気にしていないような、限界を攻めるキレキレの運転だ。命知らず と言う言葉がぴったりと合う運転は、普段の育朗の言動とは不釣り合いだった。

イヤ……それは育朗がもう 『あきらめている』 と言うことなのか。

 

噴上に同じことは出来ない。 苦い思いを噛みしめていると、はるか前方から聞こえてきていた仗助と育朗のバイク音が消えたのに気が付いた。

(何だ、何が起こってやがる?) 

ハイウェイ・スターが、何か……とても『嫌な』ニオイを感知した。これは……ついさっき嗅いでいた匂いと同じだッ!

そして、前方から『一瞬』注意がそれた。

その『一瞬』、バイクがコントロールを失い、吹き飛ぶ。

 

足元

フロントタイヤが引っかかり、リアが勢いよく吹っ飛ぶ

頭上に地面

岩  ―――猛スピードで迫ってくる―――

 

「うおおぉ……ハイウェイ・スター、俺を守れッ!」

岩にぶつかる寸前、ハイウェイ・スターはかろうじて噴上を抱きかかえた。

火事場のクソ力と言う奴か、ハイウェイ・スターが噴上を抱えたまま獣道をスライディングするように滑って行く。

「おぉおおおおおおお!!」

噴上は必死にハイウェイ・スターを操作した。

なんとかバランスを取り、横倒しになって背後からぶっ飛んでくるバイクの上に乗る。

(おお……俺もなかなか……)

こんな場面なのに、チラリと もし4か月前のあの時スタンドがあったなら……と 場違いな妄想が走る。

もし、4か月前、橋沢育朗のスタンドに驚いて 交通事故を起こした時、すでにハイウェイ・スターが発言していたら、そうすればあんなひどいけがをすることはなかっただろうに。

 

だが、噴上が乗っている、地面を滑べっていくバイクの行く先に、巨大な杉の木が迫ってくるのが視界に飛び込んできた。

今度は止められそうもなく、無情にも大木が猛スピードで目の前に迫ってくる。

 

ぶつかるッッ!

 

(死?おい、ちょっと待てよ。俺まだやりたかった事を何にもしてない……)

噴上がそう思った瞬間――

 

『ドラァッ!』

大木がまるで爪楊枝のようにへし折れ、仗助とクレイジー・ダイヤモンドが 登場した。

クレイジー・ダイヤモンドが、なんなく噴上をスタンドごとキャッチする。

同時に、バイクも、噴上自身の損傷も、一瞬にして『直った』。

 

「おいおい、大丈夫かよ」

仗助は育朗を抱え上げ、眉をしかめた。

「オマエ、無理スンナって言ってただろぉぉ――がよォ」

だが、何か俺のスタンドのスピードが上がった気がするぜ。仗助は首をひねった。

(アンジェラのアレを喰らってから、クレイジー・ダイヤモンドのキレが増した感じだ……『波紋』か、今度アンジェラにならってみっかな)

 

「うっ……グウゥゥゥ……助かったぜ、仗助」

 

「あぶねーなァ。ホントに無理スンナよ〰〰自分のペースで行け」

 

「あっ……ああ」

仗助の忠告をよそに、噴上は、立ち上がると自分のスタンド:ハイウェイ・スターを再び出現させた。

「仗助よォ〰〰『育朗』を頼んだぜ。アイツ、自分のスケが手元に戻ってきたって言うのに、まだ『絶望』してやがるからヨォォォ」

 

「なんだよ 噴上裕也……お前なにをしようとしていやがる? それに、育朗がどうした?」

仗助が戸惑ったように言った。

 

「いいからお前達は先に行きなァ……俺は、ここでヤツラを始末してから、追いかけるゼェ……」

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

噴上の視線の先には、ワサワサと地面の上をのたうち回る無数のユンカーズの姿があった。

(俺だって、カッコつけねーとよぉッ)噴上は、1人ごちた。

「こいつは俺のハイウェイ・スターが『養分』を吸い尽くさねーと倒しづれー敵だぜ。 ――だから俺1人でやるぜ―― 仗助、つったってたら邪魔だから、とっとと先に行けよッッ!!」

 

     ◆◆

 

1人でユンカーズと対峙する噴上を残し、仗助と育朗の二人はバイクで先を進んだ

噴上が探知したように、獣道を飛び出して県道を行き、また林道に入る。

 

約20キロの危険な道のりを30分ほどで走破して、ついに二人はたどり着いた。

仗助と育朗は、『敵』に追いついたのだ。

二人の冒険は、ついに最終章に到達していた。

 

「グレートっすよ、こりゃァ――」

目の前の『敵』を見て、仗助の顔が引き締まった。

 

そこにいたのは、文字通りの『怪獣』だった。

たとえて言えば、太古の雷竜程の大きさの巨大な狼。

毛皮の代わりにヒルが全身を覆い、そして巨大なタコの触手が不規則に体から飛び出している狼……と言った格好だ。

 

一歩一歩、『怪獣』が進むたびに地面が揺れる!

Baruuuun!

Buuuraaarun!

 

「……もうこんなところまで……おじいさん、おばあさんのところまでは絶対に生かせないッ!」

 

バルンッ!!

 

育朗はビッグオフロードバイクのスロットルを前開にして、目の前の『怪獣』に向かって突進して行った。

 

「オイオイ、育朗クン、気合入ってるじゃねーかよォ―――ッ」

一拍遅れ、仗助もバイクで特攻をかけるッ!

 

地鳴りのようなエンジン音を響かせ、二台のビッグ・オフロードが怪物に向って突進した。

 

「来いッ!バオ―――――ッ!!」

育朗が叫んだ。

バイクを走らせながら、育朗の体がまるで風船を膨らませたように一回り大きくなっていくッ

 

肌がどんどん青白くなり、固化し、そしてポロポロと今の『人間としての』皮膚を垢のように落としていく。

そして……

 

「バルバルバルバル!」

バオーがそこにいたッ!

 

バオーはオフロードバイクを『怪獣』に向って蹴りつけたッ。

そして自分もまた両手をクロスさせ、身を守るための防御姿勢を取ったまま飛び上がった。

空中から、『怪物』に向っていくッッ!

 

「おりゃあああああああああ!」

一方、仗助はバイクをドリフトするように地面を滑らせた。

そのまま、まるでスノーボードに乗っかっているように、滑るバイクの上に立ちあがり、その滑る方向をコントロールし……車体を『怪物』の前足にぶつけたッ!

反動で吹っ飛ぶ仗助の体を、自身のスタンド:クレイジー・ダイヤモンドに支えさせる。

そして……

『ドララァッ!』

宙を舞いながらも、仗助はすれ違いざまに『怪物』のボディにクレイジー・ダイヤモンドのラッシュを叩きこんでいった。

 

「Vuoooooowm!!!!」

二人の攻撃を同時に受けた『怪獣』が絶叫を上げた。

タコのような触手の内の一本が、唸りを上げて仗助と育朗をおそうッ!

 

『ドラッ!』

仗助のクレイジー・ダイヤモンドが、触手の攻撃を吹き飛ばすッ!

 

「バルバルバルバルバルッ!」

バオーが宙を舞い、リスキニハーデン・セイバーが触手を切り落とした。

 

『Vogooom!!!』

『怪獣』は怒りの叫び声を上げた。

怒りにまかせた体当たり…… と思わせ、『怪獣』は残った触手の先端から リスキニハーデン・セイバーを――オリジナルの5倍近いサイズの巨大な刃を―― 出現させた。

 

「うぉぉぉ―――――ッ!」

 

『バオ―――ッ』「バルバルバルッン!」

 

仗助は、鞭の様にしなって周囲を薙ぎ払らう触手の根元にしがみつき、リスキニハーデンセイバーを避けたッ!

 

一方バオーは……バオーは自らも リスキニハーデンセイバーを出現させたッ!

迫り来る巨大な刃を、真正面から切り捨て…………

だが背後から回りこんだ新たな触手がバオーをおそうッ!

 

ズヴァ――ンッ!

 

『アッ……う、う、あ……』

鮮血が舞い、巨大な刃に四肢を切られたバオーが吹き飛ばされた。

 

絶体絶命ッ。

いや、そうではなかった。

 

『ドラララァッ』

吹き飛んだバオーは、あわや地面に激突する寸前に、仗助のクレイジー・ダイヤモンドに支えられていた。

「育朗よぉ、無茶するなよォォ」

仗助がその『直す』能力を発動させると、バオーの斬られた手足が一瞬にして元に戻った。

 

『すまない、仗助ッ』 「バルッ!」

 

「いいってことッスよォ―――、育朗クンッ」

仗助が獰猛な笑みを浮かべた。

 

『Dobabababaaaaaxtu!!』

今度は『怪獣』が口から黄色い何かの液を噴出した。

それはおそらく強酸液、まともに食らえば、二人とも一瞬に溶けてしまいかねないほどの量だ。

 

『ドラララッ!!』

クレイジー・ダイヤモンドは地面を砕き、そして地面を壁状に作り「直す」事で、とっさにシェルターを作った。

 

強酸液は、むなしくしぶきを上げ、クレイジー・ダイヤモンドが作ったシェルターの壁面を叩いた。

 

「グレート……こりゃあ何だ?……とんでもねー奴だぜ。俺はこんなやつがいたなんて知らねー」

 

『あれは、僕だよ……彼もバオーだ……』

バオーからスタンドの顔だけを覗かせて、育朗が顔をしかめた。

『本当に微弱だけど、バオー同士は微弱な電磁波のような物で連絡を取り合っているんだ。――だから、お互いの存在は分かる……正確な数はわからない。……でも、あの『怪物』の中には複数の寄生虫バオーがいるよ。 それが僕にまでも確かに感じられるんだ』

 

「なんだって?」

仗助が頭を抱えた。

「じゃあ、奴はアンタの何倍も つぇーってワケだ」

 

『イヤ……バオーの力は、そんな簡単な算数じゃあないハズなんだ。』

育朗は心配そうに言った。

『バオーの力は、寄生虫バオーが分泌する体液なんだ。その体液が僕たちの体を変化させる』

 

「その、分泌液をヤツが何倍も多く持ってるってことだろ?」

 

『そう……それがどういう意味を持つのか……』

 

ピシッ……

『怪獣』の発する強酸液が、シェルターを侵食しはじめた。

 

育朗と仗助は、シェルターの壁面に伸びていくヒビを見て、顔を見合わせた。

「育朗クンよォー、どーやら今はまだゆっくり話すときじゃあないっスよ」

 

俺が隙を作るッス 仗助の言葉に、育朗がうなずいた。

『分かった。その隙に僕が飛び出したら、今度は僕がアイツの注意をひきつけるよ』

 

「了解、行くッすよォォォ! 気合い入れろヨォッ!」



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東方朋子 その3

『ドラッ!』

仗助のクレイジー・ダイヤモンドが シェルターから身を乗り出し、手にした石を思いっきり『怪獣』に向って投げつけた。

スタンドはあくまでもパワーを持ったビジョン、物理的な強酸液など関係ないのだ。 

 

ガボォッッ

 

投げた石は、狙い過たずに『怪獣』の口の中に飛び込んだ。

すかさず第二投ッ

第三投ッ

怪物の口の中に石が詰まった。

さらにその石が『怪獣』の口の中で互いにくっつき、膨れて口の中をふさいでいった。

これが、物を『作り直す』クレイジー・ダイヤモンドの能力だ。

 

「今っスよ、育朗クン」

 

『ありがとう仗助君……次は僕の番だッ!くらえッシューティングビースス・スティンガー!』「バルバルバルン!」

 

バシュッ!バシュッシュッ!シュッ!

 

バオーの放つ毛針が、嵐のように『怪獣』をおそうッ!

 

しかし、その毛針は怪物にダメージを与えられなかった。

針が肉を深くえぐる前に、怪物の表面に蠢く無数の蛆虫に齧り取られたのだ。

 

『まだまだァ!行くぞ、バオー』「バルッ」

 

バリバリバリィ‼

 

『喰らえッ!ブレイク・ダーク・サンダー&シューティングビースス・スティンガー!!!』「バルバルバルバルバルバルバルバルバルバルッ!」

 

パシュッ・パッ・パパッ・バッッ!

 

グガァ――ン!

 

バオーの放つ毛針が、電気を帯びて飛んでいくッ!

この電気により、『怪獣』の表面で蠢いている蛆達は白煙を上げて倒れていった。

 

先ほどはすべてのシューティングビースス・スティンガーが、突き刺さる前にすべてかじり取られた。

だが、今回は毛針は何に遮られる事もなく『怪獣』に突き刺さった。

そして、突き刺さった毛針が『大気と反応して炎を上げて燃え上がり』、『怪獣』の体を炎に包んでいく。

 

『Bushaaaa!』

怪獣が呻く。そして……

 

ゴオアッン!

 

『怪獣』の目から高圧の体液が超高速で絞り出され、仗助をおそうッ!

 

「グッ……」

仗助は、かろうじてクレイジー・ダイヤモンドで、目から出る体液の弾丸を弾き飛ばした。

「危なかったぜーっ……もう少し気が付くのが遅かったら、ヤバかった」

 

体液の弾丸を出すのと同時に、『怪獣』の顎や肋骨、首筋から管のような物が飛び出した。

『怪獣』は、その管から空気を取り込み、 こめかみから突出した角の先から圧縮空気をバオーに向かって噴出させたッ!

 

『ううつ……何だ?空気の中にチョッピリだけ……まるでガラスの粉末のような粉が……』

バオーは、致命的な一撃をギリギリ避していた。

しかし、バオーの右足がッ!

身につけているジャケットがッ!

無残にも細切れとなっていた。

 

『かっ……風かっ!圧縮された高圧の風に紛れ込ませて飛ばしている、ガラスのように尖った粒が体を切り裂いているッ! ――動けない―― どうする……どうすればこの攻撃をかいくぐり致命傷を……』

バオーは残った左足で、圧縮空気の刃から逃れようと必死にもがいた。

 

その時、仗助が肩をブンブン回しながらバオーの前に立った。

 

『ドラッ!』

クレイジー・ダイヤモンドは地面を砕いた。

砕いた土は『作り直され』て、ぶあつい壁を作った。

壁はまたシェルターとなって仗助と『怪獣』との間に立ちふさがり、激しく吹き出してくる圧縮空気の刃を防いだ。

そしてすかさず、仗助はバオーの体の傷をも『直した』。

 

『仗助……ありがとう』

 

「育朗よぉ、さっきわかったみてーに、この壁はただの時間稼ぎにしかならねぇ――気合い入れろッ スよぉォォ〰〰〰 ッッ」

 

ビシッ

 

そして仗助の言葉通りに、土壁が切り裂かれた。

圧縮空気が……ちょうど土壁に背を向けていた仗助の背中を切り裂くッ! 

 

「グゥワァァッッ」

 

仗助は、音もなく地面に倒れた。

 

『仗助ッ!』

間一髪、怪物に止めをさされる寸前に、バオーが意識が朦朧としている仗助を抱えた。安全なところまで移動させる。

圧縮空気がおそった瞬間、仗助はちょうど育朗をかばうような位置に立っていた。だから、育朗:バオーには仗助が盾になったため、ひどいダメージがなかったのだ。

 

「チッ……くしょぉお、やられちまったぜぇぇ」

仗助は膝に力を入れ、何とか立ち上がろうとし……また地面に突っ伏した。

 

『仗助クン、いま回復剤を……』

すかさずブル・ドーズ・ブルーズを仗助に撃とうとしたところで、育朗は躊躇した。

仗助には出発直前に、すでにブル・ドーズ・ブルーズを打っていた。

副作用のリスクを減らす為、ブル・ドーズ・ブルーズの回復薬をもう一度仗助に打ちたくはなかった。

だが……今薬を打たなければ、結局は仗助を助けることは出来ないッ。

 

『……今、止血する。がんばれッ!』

今回だけだ。育朗は意を決した。 『仗助君……ブル・ドーズ・ブルーズのオーバードーズは危険なんだ。薬が強すぎる知れない』

覚悟してよ。

 

「薬も打ちすぎッと、毒になるって奴ッスねぇ〰〰」

だが、他に手はないっすよ。

 

仗助がうなずき……育朗は意を決してブル・ドーズ・ブルースを放った。

育朗の指から小さなバルーン付きの弾丸が放たれ、仗助に突き刺さるッッ

 

プッシュううううっ

 

「うっ!」

仗助は心臓を抑えて少しの間のたうち回り……そして……再び立ち上がった。

「育朗クン……確かにこの薬キツイッすねぇ〰〰だがもう終わったぜぇ〰〰俺たちはやってのけやがったたぜぇ――」

心臓に手をやり、脂汗を流しながらも仗助がニヤッと笑った。

 

『GuGyaaaaaaaaaa!』

 

その時、咆哮を上げて『怪獣』が崩れ落ちた。

見ると、『怪獣』は体の内部から火を吹き出し、もだえ苦しんでいる。

 

『!?仗助君、これは……』

 

「そうっス。アンタの撃った『ビースト・スティンガー』を直して、ヤツの周りに火を付けたまま浮ばせたぜ……ヤツはその火が付いた『ビースト・スティンガー』を体内に吸い込んだってワケッス……後は自分が吸い込んでる空気に煽られてどんどん勝手に燃える……」

 

『Guroooon』

燃え上がる怪獣の喉元から、何かがぬるりと現れた。

例えて言えば、ドーベルマンの舌、手足、尻尾をタコの触手に変え、さらに形を歪め、おどろおどろしい色に染めたような姿だ。

同時に、『怪獣』の首から上だけがポトリ……と落ちた。

 

落ちた首は急速に縮み、そして中に取り込まれていた二匹の犬 ――黒犬と白犬―― が現れた。

 

「キャウ――ン」

炎を吹き出している『怪獣』が叫んだ。まるで子供のように……

 

イヤ、その『怪獣』の首の切断面には、確かにもう一匹、子犬の頭が見えていた。

 

『怪獣』の喉から飛び出した不気味なバオー・ドッグは、スタンドを出した。

それは……そのスタンドはネリビルのカントリー・グラマーだッ

『Kuaaaaa!』

カントリー・グラマーは叫び声を上げた。

すると、 首のない『怪獣』本体がゆっくりと仗助の方を振り向いた。

 

ジュルルルルッッ

 

『怪獣』の首の断面からすさまじい勢いで触手が飛び出した。

触手は、断面から顔を出していた子犬の頭を覆いつくし、互いに絡み合い……

巨大な口をもった新たな『頭』を生成した。

 

(マズイッ……ここは、僕が)

まだうまく動けない仗助をかばおうと、バオーが『怪獣』と、バオー・ドッグの前に飛び出した。

『2対1では不利だ……ここは早めに決着を付けるッ』「ウォオオオウ――――ム!」

バオーが、リスキニハーデン・セイバーを構えた。

その刃は育朗の身長程に伸び、さらには刃先から炎が噴き出した。

 

(大事なのは、間合と刃先を立てること……)

育朗は、昔高校の武道の授業で体育教師が言っていた事を思い出した。

(相手の呼吸を読むこと、そして円の動きと速度だッ)

バオーは、まるで武道家のように、舞踏家のように、おそいかかる『怪獣』とバオー・ドッグの攻撃をかわし……二体を両断しようとした。

 

だが……

 

(しまった。あっ…………浅いッ!……一撃で倒せなかった)

バオー・ドッグは、育朗のその動きを「ニオイ」で読んでいた。

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

それは、ほんのちょっぴりの違いだった。

だが、育朗の『殺意』のニオイを感じ取ったバオー・ドッグは一瞬立ち止まっていた。そう、野生の感で危機を察知したバオー・ドッグは、オリジナル・バオーを警戒して攻撃に移るのを躊躇したのだッ

 

その躊躇がバオー・ドッグと『怪獣』の踏み込みを浅くさせた。

そして皮肉なことに、その浅かった踏み込みが、オリジナル・バオーのカウンターの威力を半減させ……まさに首の皮一枚、ほんのチョッピリだけ『怪獣』とバオー・ドッグを生かしたのだッ!

 

カウンターが十分に決まらなかったオリジナル・バオーは、体勢が崩れていた。

その崩れた体を、すかさずバオー・ドッグの触手が拘束した。

そして触手は、オリジナル・バオーを持ち上げ、地面にたたきつけるッ!

 

『グッ!』

 

ヴォオオオオオオオオン!

 

再び、『怪獣』の放つ暴風の刃がバオーをおそうッ!

『怪獣』は風を生み出すために、自ら大量の圧縮空気をため込んでいる。

その圧縮空気の圧力で、『怪獣』の体の一部がはじけ飛ぶッ!

自らから噴出した空気は、『怪獣』の全身を燃え上がらせている……

だが、『怪獣』はカントリー・グラマーの命令にしたがい、自分自身を苦しめながら、自分を壊しながら、暴風の刃による攻撃を止めないッ!!

 

「ギャオオオオオン!」

『怪獣』は苦しそうにほえた。

その体がまたはじけ、燃え上がった。

だが、攻撃は止めないッ

 

バサンッ!

 

遂に空気の刀が、逃げ回るオリジナル・バオーをとらえた。

バオーの足が切断されるッ!

 

(クッ……しまった……逃げ切れない)

どうしても逃げられないと判断して、育朗は『バオー』に無駄にあがく事を止めさせた。

育朗は、奇妙なまでに落ち着いて状況を分析していた。

そして、致命的な空気の刃が自分とバオーの命を刈り取ろうとするのを、冷静に、ほとんど待ち焦がれていたものがやってきたように、ただ、じっと見つめた。

(……六助おじいさん、すみません。仗助、後を頼むよ…………スミレ…どうか、幸せで……)

その時ッ!

 

「今助けるぞォッ」

 

ターン!!

 

銃声が響き、バオー・ドッグと『怪獣』が吹き飛ぶッ!

 

「!? どうしてッ?」

育朗が顔を上げると、そこには白煙を上げた猟銃を持った老人が、目を丸くして立っていた。

 

「……お前、育朗かっ!」

老人は倒れている仗助から少し離れた、崖上の小道に立ち戦いの様子を見下ろしていた。

 

(あれ……は、ばかなッ 六助おじいさん!)

育朗は驚愕した。 

(おじいさん……お元気そうだ……また会えるなんて……僕を助けてくれた、でもまずい!あの怪物の前におじいさんを出しちゃあダメだ)

 

「Gyaaaaaaaaa!」

あと少しでオリジナル・バオーにとどめを刺せたところを邪魔され、バオー・ドッグは怒り狂っていた。

「Varurururururu……」

バオー・ドッグはシューティングビースス・スティンガーを放った。

それは、驚愕のあまり目を丸く見開いている六助爺さんをおそい……

 

グサッ!

 

六助爺さんの体に突き刺さったッ!

「うっ……」

シューティングビースス・スティンガーの直撃を受けた六助爺さんが、口から血を吐いてぶっ倒れた。ちょうど心臓にあたる部分に、攻撃を受けたのだ。

 

ボッ……

 

そして空気と反応した毛針は燃え上がり、六助爺さんの体に火をつけた。

 

『お爺さんッ』

育朗はブラック・ナイトを飛ばし、六助爺さんの傍らに寄り添った。

だが、すでに六助爺さんは、動かなくなっていた。

(死んでいる……馬鹿な…………これは……夢だ)

『うぉおおおおお!!』

育朗は、背後に迫るバオードッグの事も忘れ、号泣した。

 

一方、育朗に負けず劣らず仗助も動揺していた。

(死んだ……育朗、泣いているのか……爺さんが死んだ…… ジジイ……いや……オヤジみてぇな爺さんがよォォ……)

仗助は、六助爺さんのそばに這っていった。

そして、傍らで泣いている育朗をみて良平爺さんの葬儀の時を思い出した。

まるで自分の家族を無くした時のように、ヤルセナイ思いを抱いていた。

そして……

(殺させねぇー……何としても……何としてもだ)

破れかぶれの気分で、仗助はクレイジー・ダイヤモンドを発現させた。

(俺が、必ず直す!)

 

ドンッ!

 

……だが、クレイジー・ダイヤモンドが火を消し、傷を治しても、六助爺さんは息を吹き返さない……

 

《仗助……死んだ人間を生き返らせることは出来ない……どんなスタンドでもだ》

良平爺さんのきれいな死顔と、承太郎の声が仗助の脳裏に浮かぶ……

 

(いやッ!もう一度だ)

 

『ドラッ!』クレイジー・ダイヤモンドが六助爺さんを拳で軽くたたき、もう一度『直すッ』

 

……だが、六助爺さんは息を吹き返さない。

 

『ドラララッ!』

もう一度、直す。

『ドララララララッ!』

もう一度、もう一度、直す。

 

「うっ……うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!―――― コメカミか?首か?心臓か?右肩か?肺か?どこだ?――――悪いのは?――――どこを治す?――――」

『ドラララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララァ――――――――ッ!!!!!!!』

ディーパスオーバードライブで強化されたクレイジー・ダイヤモンドが、ラッシュを六助爺さんにかけつづけた。超高速のラッシュの一撃、一撃が六助爺さんを『直し』続け……そして……

 

その瞬間が、訪れた。

 

キュイイイィィィ―――――ンッ

 

ふいに仗助が感じる『時間の流れ』が変わった。

まるで、違う『世界』に入ったような、静寂な『世界』の入り口が見えたような気がした。

その『世界』には行けないかもしれない。それでも今、仗助は周りがとてもスローに動いているように感じていた。

その不思議な世界の中で、クレイジー・ダイヤモンドが拳を撃ちつづけ、六助爺さんを『直す』。

そのラッシュの速度が、どんどん素早くなっていく……

 

一瞬の間に、無限とも思える回数の破壊と再生を繰り返したクレイジー・ダイヤモンドは、その能力の限界を超えた。

仗助とクレイジー・ダイヤモンドは、六助爺さんの上に流れている『時』に手をかけ、流れた『時』を5秒だけもとに引き戻した ――

 

「今助けるぞォッ」

五体満足な六助爺さんが、猟銃を抱え、再び『怪獣』とバオー・ドッグを狙撃した。

 

ターン!!

 

時が戻ったのは六助爺さん本人のみ。周りの時間は通常通りに過ぎ去っている。

だから、『怪獣』とバオー・ドッグは≪5秒前の≫六助爺さんにうたれた傷に加え、さらに第二発目をほとんど同じ場所にくらった。

さすがのバオー・ドッグも、一瞬、ひるみ、のけぞった。

 

そこを我に返ったバオーが飛び込んでいくッ!

「バルバルバルバルバルッ」

バオー・ブレイク・ダーク・サンダー・フェノメノンッ!

バオーの体から放出される高圧電流が、「怪獣」とバオー・ドッグを同時に痛めつけるッ!

 

「お前……育朗か?」

そのとき崖の上では、六助爺さんは目の前にいる育朗の幽霊:ブラック・ナイトにようやく気が付き、目を丸くしていた。

「お前……長いこと顔も見せんくせに、俺より先に、死んじまったのか?この……馬鹿たれがァ!」

スミレが……婆さんも、ワシも、どんなにお前に会いたがっていたのか、知ってるのか。

だが、口では怒ったようなことを言いながらも、六助爺さんは目にいっぱいの涙を貯め、喜びの笑みを浮かべていた。

「だが……何でもいい、良かったワイ。よく戻ってきたなぁ――」

 

『お爺さん……お爺さんこそ、よかったッ良くぞ無事で……』

育朗が喜びの涙を流した。

『お爺さん……僕は何て言えばいいのか……』

 

「なんだ、わからないのか?こんな時は、ただ タダイマ と言えばいいんジャ」

六助爺さんはガハハと笑った。

 

「間に合った……ぜぇ―――っ」

仗助は、すっかり消耗して地面に大の字に寝ころんでいた。 

横目で、六助爺さんと育朗が再会を喜びあう光景をほほえみながら見ている。

 

クレイジー・ダイヤモンドで『時をまき戻す』(Get Back)

それが出来る、兆候はあった。

 

あの最後の瞬間、吉良のとどめを刺すとき、仗助は、空条承太郎のスタープラチナ・ザ・ワールドの時が止まった世界で実際に何をしたか、何となく分かっていた。

キラー・クイーン・バイツァ・ダストが一時間の時を吹き飛ばそうとした瞬間、爆破された岸部露伴の傷を癒そうとしていた時に感じた『感触』を覚えていた。

そして、本来なら間に合わなかったはずの億泰のけがを直し、命を救った時の事も、よく覚えていた。。

たとえ仗助が意識していなかったにせよ、それらの経験は確かにスタンドによって、仗助の魂の奥に刻まれていた。

 

そして危機において、新たに爆発した魂の力が、仗助の黄金の精神が、クレイジー・ダイヤモンドを新たな覚醒に導いたのだ。

皮肉なことではあったが、肉の芽を埋め込まれた際に与えられた『刺激』もまた、仗助を覚醒させる補助の役割をはたしていた。

 

だが、戦闘はまだ続いている。

「!?……おい、まずいんじゃあないか、お前の体がやられとるぞ。 ――あれはお前の体じゃあないのか?」

六助爺さんが崖下の戦いにようやく気が付き、血相を変えた。

 

六助爺さんの感想は正しかった。

ブラック・ナイトとの共闘ではなく、単体でモデュレイテッド達と戦っていたオリジナル・バオーは、何発か致命的な攻撃をまともにくらい、アチコチを斬られ、溶かされていたのだ。

 

『!大変だッ』

お爺さん、行ってきます。ここで待ってて……

育朗は慌ててブラック・ナイトを崖下に飛ばし、オリジナル・バオーの体にもぐり込んだ。

 

(もう思い残すことはほとんどないよ。バオー……またせたね、ここからはずっと一緒に行こうッ!)

「ガルルルウンンッッ」

育朗とバオーが再び一つになった。

その瞬間からバオーの動きが目に見えて良くなった。

 

だが……既に大勢は決していた。

 

すでに、バオーは左足を太腿から切り倒され、右手のひらを半分失い、また全身のプロテクターも今にも剥がれ落ちそうな状態であった。

二対一の状況を、戦略や効果的な身の運びでカバーできる限界はすでに過ぎていたのだ。

 

バオーは、飛び掛かってきたバオー・ドッグを柔道の要領で投げ返した。

だが、投げられたバオー・ドッグは空中で身をひるがえし、ダメージを受けることなく両足で地面に着地した。

そしてすぐさま、育朗:バオーに向かって再び飛びかかったッ

 

『くっ……早いッ!強いッ!』

バオーはヤギツバヤにおそい掛かるバオー・ドッグのスピードに対応出来ないまま、どんどん押し込まれた。

(僕の体なんてどうでもいいッ。でも最後にこの落とし前だけはつけるッ!……きれいに勝つ必要はないんだ。このバオー・ドッグを何とかして捕まえられればッ!)

押し込まれながらも、育朗は冷静に起死回生のチャンスをうかがっていた。



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東方朋子 その4

仗助と六助 爺さんは崖の上からその様子を見て気をもんでいた。

 

「くっそぉおお―――ッ、育朗のヤツ、捨て鉢な戦い方をしやがってよォ〰〰」

仗助が顔をしかめた。

「あの構え……なんとなく、アイツの考えていることが予想付くゼ……アイツ、相撃ちを狙ってやがる」

 

「なんじゃとォォ……ようやく会えた子をムザムザ失ってたまるかッ!!………援護射撃をッ……クッッ……」

六助爺さんは猟銃を構え、すぐまた降ろした。

「駄目じゃ……どちらも動きが早すぎて、下手すると育朗に当たっちまいかねんワ……どうしようもない」

六助爺さんはうなだれた。

「あの子を……育朗を守ってやりたいが……こうやってただ育朗が戦っているのを見るのはもう辛い……わしらがしてあげられる事は何だ?なにも無いワ」

 

「……いいや、爺さん、俺は育朗のために一つだけ出来ることを見つけたぜ」

仗助は倒れている二匹の犬を見ながら言った。

 

何か気が付くことがあったのか、六助爺さんは1人うなずいて再び猟銃を構えた。

「そうじゃな、せめてこいつらが巨大な化けもんに育つ前に、とどめを刺してやらにゃならんなあ」

 

「いいや、逆だぜ、爺さん……こいつはおれが『直す』ッ!」

仗助のクレイジー・ダイヤモンドが、虫の息で倒れている二匹の犬を『直した』。

 

「ブルルルルッ」

「ガルンッ!」

二匹の犬は、突然元気になった自分達に戸惑い……互いをいたわるように舐め合い……そしてその後、何かを思い出したように身を低く構え、低く唸り声を上げ始めた。

 

「おい……お前、何かしたのか?」

 

「こいつらの怪我を『直した』んすよ」仗助が答えた。

 

「何だって?なんだかわからんが、お前、また敵を増えしおったのかッ!」

一大事じゃ……六助爺さんは唸る犬達を射殺しようと銃を構えたが、仗助に引き金を止められた。

「おい、青年……邪魔をするなッ!」

 

「大丈夫っす……奴らは敵じゃあないっす」

仗助は、ムシロしてやったりと言う表情をした。

「むしろ、アイツらは俺たちの味方っすよ……あの『怪獣』の首に見えた子犬……ありゃあアイツらの子供だ。かけてもいいッス。だから、アイツらは自分の子供を苦しめているのが誰か、わかってるはずッッス!」

 

仗助の言葉を肯定するように、『治った』黒白二頭の犬が、二手に分かれて飛ぶッ!

 

……白犬は『怪獣』の懐に飛び込み、壊れていく『怪獣』の体を必死になめ始めた。

 

そしてもう一頭……黒犬はバオー・ドッグに正面から挑みかかったッ!

「バルルルル!」

 

「Gyarururururu」

だが、バオー・ドッグはおそってくる黒犬を、前足の一撃で簡単に跳ね飛ばした。

 

黒犬は崖の壁に叩き付けられ、血を吐いて倒れた。

 

「おいおい、待てよ……俺は、お前たちをもう一度死なせるために傷を『直した』んじゃねーんだぜ」

仗助は自分のスタンドに自分の体を抱えさせ、崖下に飛び降りた。

 

重傷を負った黒犬は、仗助が近づいていくと力を振り絞って小さな声で唸り、ガクリと這いつくばった。

 

「……ふう……ギリギリだったぜ……」

仗助は、 クレイジー・ダイヤモンドの手で黒犬に触れ、黒犬の怪我を再び直した。

「!?……コイツ等……『バオー』じゃねー、普通の犬じゃねーか……しまった。 バオー・ドッグを直して味方にするつもりだったのによぉ――」

仗助は頭を抱えた。

 

『どうやら、この犬達の体内にいた『寄生虫バオー』はこの子に ――あの『怪獣』に―― 移動していったみたいだね……』

育朗が言った。

 

「グレート……普通の犬を戦わせるつもりはなかっただがよォォ〰〰ッ」

怪我を治療した後で捕まえておくべきだった。仗助は唇を噛んだ。

 

「Giiiiwoooo!」

バオー・ドッグが再びカントリー ・グラマーを出現させた。

またしても、カントリー ・グラマーが金切り声を上げる。その金切声を聞き、まるで出来の悪いおもちゃのロボットのスイッチを入れたかのように、黒犬、白犬、そして『怪獣』がビクビクと体をけいれんし始めた……

 

『させるかッ!』「バルッ!」

育朗のブラック・ナイトがバオーの体から抜け出し、カントリー・グラマーを抑え込むッ。

すると、黒犬と白犬は悪い夢から覚めたかのようにブルッと身を震わせた。

『怪獣』は戸惑ったようにただボウっとしている。

 

「おい……ちょっと待てよ。今お前たちを『直して』やるからよォ〰〰」

仗助が、バオーと育朗に呼びかけた。

 

『いや、治療の時間はないよ。チャンスは今だ、コイッ!バオ―――ッ』「バルバルバルッ!」

 

手負いのオリジナル・バオーは、まるで狼のようにバオー・ドッグに飛びかかった。

互いにもつれ、傷つけあう二体のバオー……今回の二頭の争いは、徐々にバオー・ドッグに不利になっていく。

 

「バルンッ!」

そしてついに、オリジナル・バオーがバオー・ドッグをリスキニハーデン・セイバーで切り裂くッ!

いや……オリジナル・バオーはリスキニハーデン・セイバーをバオー・ドッグの体に突き立てて、その体にしがみついていた。

 

「おいッ?育朗オメェ――まさか」

 

『!?仗助ッ あとは頼んだよッ!!……行けッ!バオ―――ッッッ!!!ブレイク・ダーク・サンダーッッ!!』

「!?バルバルバルバルバルバルバルッッ」

 

ズッバァァアアアア――――ンッッ

 

オリジナル・バオーの全身が白く発光し、全身から電撃を放ったッ

 

「Gruyaaaaaaxtu!!!!」 

全身を焼かれ、バオー・ドッグが悲鳴を上げた。

 

だが、同じくオリジナル・バオーの体も自らが発した電撃に焼かれていくッ

 

「おい……」

仗助はあまりの熱と光に目を覆い、叫んだ。

「馬鹿野郎ォォォッ!早くやめろッ」

 

『仗助クン……最後に一緒に戦ってくれて、ありがとう』

育朗はカントリー・グラマーを手放すと、自分の体:オリジナル・バオーに戻って行った。

『僕はここまでだよ……後悔なんてない………伝えてくれないか?スミレに……どうか《幸せに》と…』

 

「ふざけるなッ!この野郎ッッ……そんなことは自分で言えよォッ!」

 

その時、再びバオー・ドッグが叫んだ。

「Guruuuuuuuu!」 

 

バシュ!!

 

まるで爆発するように、『怪獣』の全身が弾けた。

弾けた肉片は、すべてニョロニョロと動く蛆虫にその姿を変えるッ!その蛆虫たちが近くにいた育朗と、仗助におそい掛かるッ

 

リスキニハーデン・セイバーでバオー・ドッグにしがみついていたオリジナル・バオー:育朗は、その爆発による蛆虫の襲撃をまともに受け、バオー・ドッグからふり払われた。

 

「うおおぉぉぉぉぉおおおおっ!!!」

『くッ……』

「バルバルバルバルバル!」

 

仗助はスタンドの拳で、オリジナル・バオーはシューティング・ビースス・スティンガーで、飛び散り、おそいかかってくる蛆虫達を迎撃して行くッ!

 

一方、その爆発の中心から再び子犬が現れた。

支えとなる『怪獣』の体を突然失った子犬は、なすすべもなく頭を下にして地面に向かって落ちていく……

 

「バウバウバウ!」

 

ドンッッ!

 

白犬が身を投げ出して子犬の下に身を投げた。

身を挺して、子犬が地面に直接たたきつけられるのを防いだのだ。

子犬に代わって激しく地面にたたきつけられ、白犬はガックリとたおれた。その下から赤い血が溢れ出て、地面に広がっていく……

 

一度爆散した蛆虫たち:ユンカーズが再び一つにまとまって、まるで巨大な蚯蚓のような姿になった。

その巨大蚯蚓は、大きく鎌首をもたげて子犬と白犬の方へ向けた。

そして、再び子犬を取り込もうと巨大蚯蚓が突っ込んでくるッッ

 

「ドゥワアアアアアッ!」

白犬の血を見て、背後に控えていた黒犬が飛び出していた。

黒犬は、白犬と子犬を庇おうと突っ込んでくる巨大蚯蚓にかみつこうとするッ!

 

だが、その次の瞬間、巨大蚯蚓はまたしても小さな蛆虫に分散した。

小さな蛆虫たちは、行く手をふさぐ黒犬におそい掛かるッ!

 

黒犬はチラリと背後の白犬と子犬を振り返り……逃げることなく蛆虫たちをその身に受けた。

 

「ギィィィィィ!」

蛆虫達は、本能に導かれるがまま、黒犬の体に穴がうがち、食い尽くす……

 

そのころ、意識を取り戻した『子犬』は、オロオロとぐったりとしている白犬の体を舐めていた。

周囲に一切注意を払っていなかった子犬は、だが黒犬の悲鳴をききつけて母親:白犬の体を舐めることを中止した。

子犬は周囲を見回し、目の前に立っている黒犬の背中を見つけた。

子犬は、その黒犬が自分たちをかばうために、蛆虫に生きたまま喰われているのを理解して、悲痛な鳴き声を上げた。

 

「クゥウウンッッ!」

「ブ…バウッ……グ…ウンッ…」

 

黒犬は、背後の鳴き声を聞きつけ、振り返った。

 

子犬と黒犬の目があった。

 

「グゥワッ!!」

黒犬は子犬に向かって、まるで父親が息子を優しく諭すような調子で軽く吠えた……そして、その姿は蛆虫に飲まれ、あっと言う間に消えていった。

 

「Uwyoooooooooooooooooon!」 

子犬が、悲嘆にくれた鳴き声を上げた。

その声を聴き……倒れていた白犬が一瞬首を持ち上げた。白犬は、最後の力を振り絞って子犬に近寄り……その頭を優しく舐め……

バタンと倒れた。

 

泣き叫ぶ子犬をしり目に、跳ね散った蛆虫達は、

今度はバオー・ドッグに集まっていく。

そして、バオー・ドッグを中心として巨大な『蛟』に『タコ』の触手がついたような 醜悪 な形へと収束していく……

『蛟』は、飛び掛かってきたオリジナル・バオーの攻撃をその触手で防いだ。

そして、ぱっくりと大きな口を開け、その肩を齧って振り回したッ!

 

『ううっ!』

オリジナル・バオーが降り飛ばされるッ

 

「グルグルグルグルッ」

子犬が泣くのを止め、立ち上がった。

子犬は最後に白犬をひと舐めして…… 小刻みに体を震えさせた。

ブルブルブルッ!

子犬が身を震わせるたびに、その体が一回りづつ大きくなっていく……

虎毛が逆立ち、まるでライオンの鬣のようにひろがっていく。

額の毛皮が割れ、そこから黒い触毛の塊が現れる。

前足、腹、そして背中から尻にかけてカニの甲羅の様な、白いプロテクターのようなものが現れるッ!

 

「ヴァンッ!ヴァンッ!ヴァンッ!」

そして、そこには武装強化した子犬:新たなバオー・ドッグが立っていた。

「バァウンンン!!」

子犬が、恐ろしい速度で触手が生えた『蛟』に突進して行った。

 

『……そうだ。あの子も、僕と同じバオー………自分の体だけでなく、肉親さえもDRESSに奪われたんだ』

バオー:育朗は、虫の息だった。

『蛟』の一撃で、これまでの負傷に加えて右肩を大きく食いちぎられたのだ。

戦いのさなかだというのに、バオーのプロテクターがところどころはがれ、その下から育郎の素顔が現れていた。

あまりに深い傷を回復するために、バオーの体液が大量消費されたのか。

その結果、体液が変身を維持する分に足りなくなっているのか?

 

『まずい……仗助……僕を『直して』くれ……早くあの子を守らないと……』

育朗は、『蛟』に向かって行く子犬を痛ましげに見た。

『あの子はまだ子犬なのに、けなげにも親の仇討ちをするつもりなんだ……僕たちが守ってあげないと』

 

「………………おお……」

仗助は、這いずりながら育朗のほうへ向かっていった。

 

ぷしゅッ

 

だが……育朗まで後5メートルというところで……

ユンカーズの蛆虫達が、仗助の足に喰らいついた。

一匹、一匹とユンカーズはその数をまして足に喰らいついていき……やがて仗助の足を完全に覆いつくした。

 

「クッソオ……あと少しの処で」

ガクリ……

ユンカーズに生命力を奪われ、 東方仗助がガックリと頭を垂れた。

出現させたスタンド クレイジー・ダイヤモンドのビジョンさえもが急速に薄れていく……

 

一方、二人からわずかに離れたところでは、『蛟』が子犬をあしらっていた。

子犬はヒラヒラトと飛び回り、スキを見ては『蛟』の体にダメージを与えようとしていた。

だが……

 

「ギャウン!!!」

ついに、子犬も『蛟』に強烈な攻撃を受けた。

脇腹をえぐられ、のたうちまわる子犬……

 

「い……育朗よぉ……俺にブル・ドーズを撃て」

仗助の頼みに、育朗は首を振った。

『駄目なんだ……ブル・ドーズ・ブルーズは副作用が強すぎる……』 

君はもう、2本ブル・ドーズ・ブルーズによるバオーの体液を注入されている。三本目は危険なんだ。

 

「育朗…………お前が俺に、ブル・ドーズ・ブルーズを打つ。俺がお前を『直す』」

 

『いや……出来ない。むざむざ君を殺すわけにはいかないよ――心臓が破裂するかもしれない』

 

「育朗、やってくれ」

このままじゃどの道全滅ダゼ 仗助は笑みをうかべた。

 

『しかし……』

 

「いいからさっさとヤレヨ!!!」

なおもためらう育朗に向かって、仗助がキレた。

「お前と一緒にするなッッ俺は今ある命を自分から捨てねェェッッ!!」

 

『クッ!』 

育朗が仗助の目をまっすぐ見て、そしてその右手をまるで握手を求めるかのように差し出した。 

仗助もまた、右手を差し出す。

 

育朗の薬指の爪がパカッと開き、そこから針が仗助の手に……飛ぶッ

 

「!?うっ……ウォォォォォ!!!!」

ドクンッ!

 

ブル・ドーズ・ブルーズ・フェノメノン、その能力は寄生虫バオーの体液を変質させ、何らかの効果を持った薬と化す事だ。

その元は、生身の人間を戦闘生物……いや、生体武装(Biologic Armed) を持つ兵器(Ordnance) に変貌させるほど強烈な寄生虫(Helminth)バオーの体液。

 

……… そのバオー(BAOH)の体液をオーバー・ドーズされた仗助の体が、まるでパトカーの点滅するライトの様に頻繁に跳ね上がるッ!

「ウッ……ウウッ!」

仗助が咆哮を上げた。

 

『仗助ェッ!……しまった』

やはりやめるべきだった。育朗は臍を噛んだ。

 

「ウワァァアアッ!」

叫んだ仗助の口から、鮮血が吹き出した。

 

やがて……

ビクビク と跳ねていた仗助の体の動きが止まった。

 

『仗助……』

育朗が仗助の容態を確認するために、幽体となってバオーから抜け出ようとしたその時ッ!

 

仗助の目が再び開く。そして、立ち上がったッ!

 

『仗助……無事か?』

 

「おお……グレートな気分だぜ。育朗、礼を言うぜェ〰〰」

仗助は立ち上がると、クレイジー・ダイヤモンドを出現させた。

「後は俺に任せときな」

 

『なッ……仗助クン、僕も戦うッ』

 

「悪リィが、命を無駄にするやつとは一緒に戦えネーぜ……」

 

『……頼む…僕の体は《戦う為》に作り変えられたんだ……もう長く持たないかもしれない』

 

「……だったら、なおさら残っているその命を大切にしねェとよォ〰〰」

 

『頼む……《スミレの為に戦う》 それが僕の生きる目的……』 それを奪わないでくれ……

 

育朗と仗助は、しばらく無言で向き合った。

 

「…………育朗ッ、約束できるか? 命を無駄にしねェと ―――生きて、再びスミレ先輩の元に帰ると」

それは、お前のためってだけゃねェ……スミレ先輩の為っす。

出来るか?

 

仗助の真剣なまなざしを受け止め、育朗がうなずいた。

『……約束するッ!』

 

「よし、信じたからなッ!」仗助が笑った。

そして次の瞬間、クレイジー・ダイヤモンドがバオーに触れ……傷を全快させるッ。

 

「行くぞォッ!育朗ォッッ」

仗助が叫んだ。

 

『!?リスキニハーデン・セイバー・オフッ!』 「バルバルバルバルバルバルバルバルバルバル!」

完全復活を遂げたバオーが両手を高く掲げた。両手の指爪から、炎を上げる小刀程の刃が、20本、生えた。

その炎を上げて放つ小刃が次から次へと『蛟』をおそい、そして……

 

『ドラララララララァッ!』

クレイジー・ダイヤモンドが放つラッシュが『蛟』をえぐルッ!

 

「ギャァアアアアッ!」

巨大な『蛟』が、まるでサッカーボールのように吹き飛ぶッ

 

「ヴァウンッッ!!」

……子犬が、吹き飛ぶ『蛟』に飛びついたッ!

そして、『蛟』の首にあたる部分に噛みつくと、グルグルッとその牙を中心に素早く何度も回転し

……その首を破壊した。

その最後の攻撃で、子犬は力尽きたようにふらふらと倒れた。

 

「!バルッ!バルバルバルバルバルバルッッッ!!!」 『ブレイク・ダーク・サンダー!』

子犬が離れると同時に、待ち構えていたバオーが電撃を放つッ! 

 

『ぐぉぉぉおおおおっ』

発する電力のあまりの総量に、バオーの両腕がまるで熱した炭にふいごで空気を送り込んだ時のように赤黒く輝いた。

バオーの両腕、両肩、足、あちこちからプスプスと煙が立ち、体が燃え始める……

 

「おい、育朗 やり過ぎだぜ。それ以上やったら、お前の体が壊れちまう」

消し炭になっちまったら、俺でも『直せる』かわからねェゾッ!

 

『いや、ダメだ。いまが最後のチャンス!ここはどんな《犠牲》をはらってでも、奴を倒すッッ』

仗助の手を振り払い、バオー:育朗は電撃を放ち続けた。

 

「おい、《約束》を忘れんじゃねーぞォッ」

 

『忘れてないよッッ。だが、今こいつを倒さないとその先なんて、無いッッ!』

 

「Ugogoggogogoooooo!」

だが、バオーの全力の電撃を受けてもまだ『蛟』は生きていた。

『蛟』はその体から煙を立ち上らせていた。だが、その動きは止まらず、叫び声を上げて周囲の木々をなぎ倒していく。

 

「バルバル……バルッ…バル……バ………」

やがて、バオーが膝をつき……電撃が止まった。

そのバオーの右腕は、今や完全に炭化し……崩れ落ちた。

『くっ…これでもまだ倒せないなんて』

育朗は歯噛みした。

『あと少しだったのに……ここまで力を振り絞ったブレイク・ダーク・サンダーは、もうしばらく打てないんだ』

何か次の手を考えないと………

 

「いーや……まだ手はあるぜ。なぜなら、お前はまだ電撃を放ってねェェーんだからよォォ〰〰ッ」

《約束》を破りかけたテメーに、大サービスしてやるぜ。

仗助が育朗の背後に立った。

そして、クレイジー・ダイヤモンドの新しい力が発動するッ……

「クレイジー・ダイヤモンド……Get Back!」

 

キュイイイイイ―――――ンッッ

 

『ほら、撃てるだろ?とどめはお前に譲るゼ、育朗』

仗助は、5秒だけ時が巻き戻った バオー:育朗の背中を、そっと後押しした。

 

「!バルッ!バルバルバルバルバルバルッッッ!!!」 『ブレイク・ダーク・サンダー!』

自分だけ時間が巻き戻ったバオーと育朗は、自分ではそうと気が付かないまま全力の電撃を『もう一度』、『蛟』に食らわせた。

『ぐぉぉぉおおおおっ』

 

その隣で、仗助は近くに転がっていたバイクのタイヤを『作り直し』て、高圧電流を封じるためのゴムシートを作っていた。

そのシートをまるでマントのようにクレイジー・ダイヤモンドにかぶせ、そして……

「おまけだッ」

『ドララララララララァッッ』

クレイジー・ダイヤモンドが弾幕の雨を『蛟』に降り注ぐッッ!

 

Downnn!

二人の連弾を同時に受けた『蛟』はその変身を解き、空高く吹っ飛び……そしてバオー・ドッグの姿に戻って……パタンと倒れた。

 

「はーっはーっは――――」

バオーが変身を解き、『育朗』に戻った。

 

「終わった……ぜぇ」

「そうだね、終わった………僕たちが、終わらせた」

仗助と育朗は共に地面に寝ッ転がり、互いの拳を突き合わせた。

 

「おいッ!お前たち 大丈夫かッ?」

六助爺さんが、疲労困憊の二人と一匹を助け起こした。



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エピローグ ――育朗と仗助――

ブ――――ン

 

バチパチバチッ

 

ジョセフ・ジョースターのスタンド、ハーミット・パープルが紫色の光を放って病室を照らしていた。

だが、その光は育朗とジョセフにだけ見えている。病室にいる他の人間 ――自衛隊、アメリカ海軍それぞれから派遣された医師と、SW財団のお抱え研究者―― には見えない。

彼らはスタンド使いではないからだ。そのため、スタンドの放つ光も見えないのだ。

彼らは、ただ病室の壁をじっと見つめていた。

その顔は皆、固い。

 

「……準備okよ」

 

「了解だ、そろそろ始めるかのォ〰〰」

 

ケイト教授の合図で、ジョセフの左手から伸びるハーミット・パープルの茨が 育朗の全身を包み込んだ。

そして、右手から伸びる茨は、テーブルの上に置かれたプロジェクターに伸びていく。

 

ブ――ン

 

ハーミット・パープルが強い光を放つ。

それと同時に低い音がして、プロジェクターが自然に起動した。プロジェクターは、医師たちが見つめる壁に、ある写真を出現させた。

照らし出された写真を確認して、その意味を理解すると、医師達は一斉にざわめき始めた。

 

「これは……」

ケイトは、その写真を見て パーッと晴れ上がったような笑みを浮かべた。

「信じられない、これは奇跡よッッ」

 

――――――――――――――――――

 

「雲一つない、い〰〰〰いッ天気だのぉ」

六助爺さんは空を仰いで元気よく言った後、すぐに似合わないため息をついた。

まさに、旅立ちに相応しい日だ。だが、まだ早過ぎる。もう少し、もう少しだけ出発を遅らせたっていいじゃあないか。 六助爺さんは、少し恨めし気に出発の準備をする若者に近づいて行った。

 

杜王病院の駐車場では、ようやく診察から解放された育朗がバイクにまたがっていた。

バイクの後部にはSW財団から送られたテントや何やらがくくりつけられている。育朗は、近づいてきた六助爺さんをみて、顔をほころばせた。

 

これから、育朗が出発する所であった。一緒に同行するのは、ホル・ホースであった。

スミレではない。

 

育朗の出発の意思は、SW財団の関係者と、六助爺さんにだけ伝えていた。仗助たち杜王町のコーコーセーと……スミレには伝えていない。別れがつらくなるからだ。

 

「オイ、本当にいいのかよ」

 

ホル・ホースの言葉に、育朗は晴れやかな顔で頷いた。

「いいんです……もう十分に」

 

「精密検査の結果によると、アンサンの中の寄生虫バオーが卵を産む確率は20%しか無いんだぞ……助かる可能性が高いんだと、諦めが良過ぎねーか?」 

ホル・ホースが肩をすくめた。

 

「でも、僕がいる限りDRESSが僕を狙い続けるに決まっています……やっぱり、僕はここを離れた方がいいんです」 

 

自分に残された時間がどれほどあるかはわからない。だからこそ、スミレには自分のことなど忘れ、幸せになってほしいんです。

そう言って微笑む育朗を、六助爺さんはきつく抱きしめた。

「育朗……お前が決めた事なら、わしゃ何も言わん」

六助爺さんは、育朗の目をまっすぐ見て言った。

「スミレの事は心配するな。まだまだわしも元気じゃからのぉ」

そう言いながらも、置いて行かれるスミレの気持ちを想像して、チクリと心が痛んだ。

 

「お爺さん……」

本当にいろいろありがとうございました。育朗は深々と六助爺さんに頭を下げた。

 

「……じゃあ、行くぜ」 

 

ブルンッ

 

ホル・ホースはバイクのエンジンを始動させた。

 

「わかりました……」

お爺さん、お元気で。

育朗はもう一度六助爺さんと握手をすると、バイクにまたがり、エンジンを始動させた。

 

ブルンッ

キュルッ キュルッ キュル……

 

「!?おい、こりゃあ……」

だが、育朗とホル・ホースがアクセルをいくら吹かしても、全く バイクが動かなかった。

よく見ると、髪の毛のようなものがバイクを持ち上げ、後輪を空転させている。

 

「!?……なんだい…………これは……髪の毛……」

育朗が唖然としている間に、バイクを覆う髪の毛はどんどんその数を増やしていた。

「そこだッ!」

だが、気配を感じて育朗が投げた石は、木の陰からスルスルっと現れた髪の毛に阻まれた。

 

そして……もの陰から現れたのは、山岸由花子だった。彼女は、自身のスタンド:ラブ・デラックスの能力によって髪の毛を動かし、バイクを止めていたのだ。

「……行かさないわ」

由花子は、そう呟いた。

「あなた……カッコ良くないわよ……女の子を置いてこっそり出ていこうとするなんて……」

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

「君ッ――お願いだ。このまま僕を行かせてくれ」 

育朗が、バイクから降りた。

バリッ!

右手に刃を……リスキニ・ハーデン・セイバーを出現させ、バイクにからみつく『髪の毛』を断ち切る。

「見てわかるだろ……僕は……普通の人間じゃあない。ここにいてはいけない人間なんだ……頼む」

 

「駄目よ」

由花子は育朗の頼みをきっぱりと断った。

「アナタの体が普通じゃあない?―――それは私たちスタンド使いだって同じことよ。そんな『クダラナイ』ことを気にしてるのなら、あなたやっぱり杜王町にいるべきよ…………………それに、アナタが話すべきなのは私じゃぁないわ……」

 

ジャリッ

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

育朗が振り返ると、そこには目を怒らせたスミレが立っていた。

「あら、橋沢育朗クン……貴方は、どちらに行かれるおつもりなのでせうか?」

まぁ、私には『関係ない』質問かも知れませんケドォッ!

 

ジャリィッッ!!

 

危機を察知し、ホル・ホースと六助爺さんがこっそり育朗を置いて逃げ出して行く……

 

残された育朗は、困った顔で立ち尽くした。

「スミレ……わかってくれ、僕は……」

 

「何ッ!? 貴方まさか、逃げようとしてたわけじゃあないでしょうねェ??」

スミレは育朗の正面に立ち、腕組みをした。

「貴方……私の『覚悟』を見くびってないでしょうねェ!!!!」

 

「いや……スミレ……さん。そのォ…………」

 

「何ィッ!?」

スミレが、またしてもキッと育朗をにらみつけた。

「アンタの体の事ならとっくに知ってるわ……だから、こそ もう独りで抱え込んだり、独りになろうとしないでッ……」

 

私が、アンタのそばにいてあげる。

聞いてる?

 

何があっても、私はアンタの横にいるわ

 

ツツッ―――――――

 

スミレの頬を一筋、涙が流れた。

古来女の涙は幾多の英雄を陥落させてきた。ましては普段は強気な女の涙……

 

「ゴメン……僕が間違っていました」

橋沢育朗は、その破壊力に『完敗』した。

――――――――――――――――――

 

 

仗助が目を覚ますと、真っ先に目に入ったのは 川尻 早人の笑顔だった。

「仗助兄ちゃんッ!」

「おおぉ、早人 無事に脱出できたか」

仗助は飛びついてきた早人の頭をグチャっと撫でた。

「……息子がお世話になりました」早人の母、しのぶ が仗助に頭を下げた。

しのぶは愛おしげにアミを抱っこしている。

「ニィーちゃんッ」

アミが早人のまねをして、仗助にくっついた。

「おっおおぉ〰〰〰ッ 早人のイモートだなッ げんきじゃねェぇか」

仗助はにっこり笑ってアミの体を持ち上げた。

「そうだよ。僕の妹さッ」

早人は胸を張った。

 

結局、アミのスタンド能力は判からないままであった。その能力が今後どうなるかも不明だ。

SW財団のケイト教授が言うには、アミのスタンドは、おそらく彼女がもっと成長したころに自然に表れるはずだという事だった。でも、精神的に安定した生活が続くことで、結局は発現しない可能性もあるのだそうだ。

結局、この先どうなるのかはよくわからないという事だ。

それでいいと早人は思っていた。

未来は、わからないほうがいい。

アミは、早人にすっかりなついている事を考慮され、川尻家で引き取られることになった。

また、母親とジョセフが話しているのを立ち聞きしたところによると、アミの養育費と言う名目でSW財団からそれなりの金額が月々支払われることになっているようだった。

愛くるしいアミに母親はもうメロメロな様子だったし、これでいいのだ。もしかしたらアミのおかげで父親の事で苦しんでいる母親の心も、少し楽になるかもしれない。

早人は、少しだけこの先の希望が大きくなったのを感じていた。

 

「早人、しばらく仗助さんとお話しててね……わたしは朋子さんを呼びに行くわ」

しのぶはそんな息子の様子を眩しそうにながめ、病室を出て行った。

 

     ◆◆

「目が覚めたようだな」

仗助が早人と話していると、ガチャリと病室のドアが開き、ジョセフ・ジョースターが姿を現した。

 

「……オヤジ……」

 

「仗助……ワシの頼んだ仕事で、迷惑をかけたな」

ジョセフが仗助の手を握った。

「しかし、良くやってくれた、頑張ったな」

 

「いや…俺は……」

 

シュルルルルッ……

握った手を伝わって、ジョセフのスタンド:ハーミット・パープルの茨が仗助を包んだ。その茨を通してジョセフの波紋がじんわりと仗助の体を温めていく……

 

「……ジジイ……オヤジ……わざわざ来てくれたのか……ありがとう」

 

「何、丁度ホリィに会いに日本に来ておったからの」

 

「……言いにくいケド、早人の母さんがお袋を呼びに言ったぜ」

 

「……ああ……わかっとる、あまり長くゆっくりはしておれん……な」

 

「!?僕、母さんを引き留めてくるよッ!」

バタバタっと足音を立て、早人が病室から出て行った。

 

そして、病室には父と息子……ジョセフと仗助の二人だけが残された。

「……何か飲むかい?」

 

「いいよ……済まんがここに来る前に夕食をすませておってな」

 

「そっ……そーっすか」

 

二人は少しの間黙っていた。だが、それは必ずしも気まずいだけではない、穏やかな、互いを思いやる暖かな時間だった。

 

「……それで、育朗たちはどうしたっすか」

沈黙を破ったのは、仗助からであった。

「ああ……あの青年か」

ジョセフが言った。

「彼なら無事じゃよ、今回の件でお前に礼が言いたいといっておったがのォ」

 

「いや、俺は」

仗助が頭をかいた。

「俺は何もしてないっすよ」

 

「そんなことはない。お前がいなければSW財団の研究部隊は全滅してたじゃろう。それに、あの若者たちも、組織につかまってひどい目にあっていたじゃろう」

 

「仗助ェッ」

バタン と勢いよくドアを開けて、アンジェラが飛びついてきた。

「よかった。心配したのよ……」

 

「おお……アンジェラ……その……悪かったな。あの時は俺が俺でなかったからな……許してくれるか」

 

「フフフ……一度デートしてね」

そうしたら許してあげるわ アンジェラが仗助の頬にキスをした。

 

バチッ!!

 

その瞬間、波紋 ――ジョセフのものより生命力に溢れる―― が仗助の頬から全身を駆け巡るッッ

 

「おッ……おおー」

 まるで電気ショックを受けたように、仗助はピンと体を伸ばした。

 

「フフ……すぐ元気になりそうね…………」

 

「……オホン」ジョセフが咳払いした。

 

キャッ ごめんなさいッ! お師匠さまッ! アンジェラが顔を赤くして、病室から駆け出して行った。

そのあとには、少し唖然とした親子が残された。

「……お前たち、こんなことを聞くのはなんだが……付き合ってるのか?」

「なッッ……そんなわけねぇぇ〰〰ッッス!」

ジョセフの問いを、仗助は顔を真っ赤にして否定した。

「ア……アイツの事はよく知らねェェ――んス。付き合うとか、それ以前の問題ッスよォ」

 

「そぉ〰〰かぁ?」

ジョセフはニヤッと笑い、そして話題を元に戻した。

「お前たちのおかげで事件が終息したんじゃ、あそこでお前たちが奴らを食い止めなければ、大変な被害が出ておった所じゃ」

 

胸を張りなさい。ジョセフの言葉に仗助は、はにかんだような微笑みを返した。

「…………オヤジ……あの、それで奴らは一体何もんだったんすか、あのゾンビは……」

 

「ゾンビどもはすべて退治したよ。安心しなさい……あの者たちは、我々の敵じゃ。 かつて我々と戦ったDIO という男を信奉している者どもだ……だが、奴らも追い払った。杜王町はまた安全な場所になったワイ」

 

「じゃあ……これで、一件落着ってわけっすね」

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

「それがな……」

ジョセフが不意に真顔になった。

「お前に、言わなければならん事があるんじゃよ」

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

「ゴクッ……なんすか……」

 

「仗助、いいか……落ち着いて聞いてほしいんじゃがぁ……」

真顔で説明しようとしているジョセフの耳が、背後から突然ひねられた。

「イタタタタタタ」

 

「……お父さん、いつまで待たせるのよ」

 

そこには、5人の女性が立っていた。1人はジョセフとほぼ同じ年代の白人女性、もう1人はその女性が抱っこしている赤ん坊、そしてジョセフの耳をつねっているのは40代後半の美しい白人女性だッ!

赤ん坊には見覚えがあった。あれは、ジョセフが杜王町で出会った透明な赤ん坊、静だ。

そしてさらにその後ろに、アジア系の美女と、その女性が手を引いている4・5歳の幼女が立っていた。

「オマエがジョースケかッ?」

なぜか幼女が仗助を睨みつけてくる。

「おっおおお〰〰そうだぜェェ?」

「ジョリーンッッ、初対面の人にはコンニチワでショッ ……仗助クン、夫が色々お世話になったみたいね」

幼女の手を引いていた美女が、仗助に手を差し伸べた。

「えっ?夫って……もしかして……」

仗助は、目を白黒させたまま美女の手を握り返した。

「わかったわよ、ママ……よろしくなッジョースケッッ」

ジョリーンが、ふてくされたように言った。そして、パシッと、仗助とその美女の握手をしている手をはたいた。

「ジョォリィィ――ンンッッッちゃんとアイサツしなさいッッ」

美女が目を三角にして、ジョリーンをしかりつけた。だがジョリーンも一歩も引かず、美女に何やら早口で言い返している。

 

仗助は、あっけにとられてその様子を見えていた。

突然英語交じりの日本語で話しかけられ、その直後に母娘が遠慮なしに繰り広げる口げんかを間近で見させられているのだ。

一体何が起こっているのか、よく状況に適応できていないまま仗助が呆然としていると、ジョセフの耳をつねっていた白人女性が仗助に話しかけてきた。

 

「初めまして……会いたかったわ……弟クン」

温かい、聞いていると心が安らいでくるような声であった。

 

「あなたは……」

 

「息子が世話になってるわね。私は空条ホリィよ」

ホリイと名乗る女性は、ハウ アー ユー!と陽気に挨拶して、仗助に手を差し出した。

 

「よッよろしくッス……ってことは……」

えっ?仗助は口げんかをしている母娘を見る。あれは、やっぱり、もしかして……

そして、静を抱っこしているおばあさんは、もしや……

 

ちらっと隣のジョセフを見ると、ジョセフはその大柄な体を可能な限りちぢこませ、もじもじとしている。

 

「なるほどね……あなた、お父さんの若いころにそっくりよ」

ホリイが、少し満足げに言った。

 

えっ? 仗助が鏡を見る……そこにいたのは、ピンピンと長髪を無造作に伸ばした青年の姿だった。

金髪に染めた髪を黒く染め直しているので、髪の色はこげ茶色だ。

仗助はわかっていないが、その色がまた、仗助をジョセフの若いころに似せていた。

 

「そう、そっくりよ」

そういうと、ホリィは 植物を編みこんでできたリスのようなビジョンのスタンドを出現させた。

「それから……アナタのスタンドも、私のスタンドと能力が似ているわね」

 

そのリスからイチゴのツタのようなものが伸び、仗助の周りを包んだ。

そのイチゴから立ち上る香りに、ジョースター家の女性陣に囲まれていた仗助の緊張が、すっと溶けていく……

 

でも今は能力を使うべきときじゃあないわよね。ホリィはニッコリ微笑んでチラッと見せたスタンドを引っ込めた。

「そうそう、私がスタンドを使う事は、男達には内緒よ」

ホリィが父と弟をジロリと見据えた。

「これは、むしろ男達を守るためよ」

 

はい……仗助とジョセフは神妙にうなずいた。

 

「ホリィ……姉さん……ッスか……すると……」

仗助は恐る恐るホリイの隣の老女の様子をうかがった。

 

老女は微笑んでいた。

「初めまして、スージーQと申します。そう……あなたがジョウスケ ね」

ようやくあえたわ。スージーQは破顔した。

「これまでの話は聞きました。あなたのお母様は、あなたを素晴らしい人に育てたようね」

 

「……いや、その……なんていったらいいか……」

(うぉおおおおお……別に俺が何かした訳じゃねーのに気まじィっス)

 

「貴方が私のことを何も気にする必要はないわ」

スージーQは優しく仗助に語りかけた。

「馬鹿な夫が迷惑かけました……勝手なのは承知ですが、あなたとどうしてもお知り合いになりたかったの」

そして、勝手だけどアナタにも私たちのことを 許し、受け入れて欲しいの ――アナタのお母さんがそうしてくれたように―― スージーQはそう付け加えた。

 

パタン

 

ドアが開き、母親が、東方朋子が満面の笑みを浮かべて部屋に入って来た。

「仗助ッ!目がさめたか?」母親が朗らかに笑った。

 

「うぅッ……」 

母親を見たとたん、不覚にも仗助の視界がぼやけた。

 

その仗助の隣では、彼の父親:ジョセフ・ジョースターが、彼が日本で覚えた最大級の謝罪を示すポーズ:MAX土下座を敢行していた。



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エピローグ ――その先へ――

噴上は、病院のホールに待機していた。

つい数か月前まで入院していた病院にいるのは、正直気分がいいものではなかった。だが噴上は、心配して病院に駆けつけてくれた「アケミ」「ヨシエ」「レイコ」の三人をひとまず帰して、ただ待っていた。

と、ハイウエィ・スターが探していたニオイを探知した。

予想通りかよ。 噴上は舌打ちして病院のホールを抜け出した。そのまま小走りに走って裏の駐車場に出る。

 

そこには、探していた二人がいた。

二人は両手に荷物を抱え、今から旅立とうという格好だ。黙って行こうとしたのだろう。水臭い奴等だ。

「噴上クン……」

育朗が、ちょっと気まずそうに笑いかけた。

「育朗ォ、オマエやっぱり黙って行こうとしてたのかよォ〰〰」

噴上は、育朗の肩を軽く殴った。よく考えると、この病院に入院させられたのは育朗の『幽霊』に驚いたからであった。

そう考えると、何だかくすぐったい、不思議な気持ちになった。

 

「ああ……仗助クンにも礼を言いたかったけど、彼を今邪魔しちゃいけないみたいだからね」

育朗が答えた。

育朗の隣には、スミレがぴったりとくっついていた。

そして、二人の足元には子犬がまとわりついている。銀色がかったグレー地の虎毛が生えた、きれいな子犬だ。子犬の背中にはリスのような動物がちょこんと乗っていた。

リスモドキの名前は、インピンだったか。

 

意外と可愛いもの好きの噴上がリスモドキの名前をようやく思い出すと、スミレが子犬のほうの名前を教えてくれた。オリオン座の源氏星と平家星から、ゲンペーと名付けたらしい。可愛い名前だが、実際は育朗と同じバオーだ。しかも、寄生虫バオーを3匹もその身に宿している、正真正銘『超強力』な戦闘生物だ。

 

「どこか、行く当てがあるのか」

 

「まずは墓参りに行くよ。父さんと母さんの、それからスミレが昔いた孤児院に行ってみようと思うんだ。その後は……昔世話になった人がいるんだ。その人のところにしばらくだけお世話になるつもりさ」 

SW財団の方も援助してくれるしね。育朗はそういうと、少し先でバイクを止めて二人を待っているホル・ホースをちらりと見た。

 

ホル・ホースは煙草を揺らし、話が終わるのを待ちながらも あたりに油断なく目を配っている。

 

「……僕が、僕に何かあっても彼が『処理』してくれる事になっているんだ」

育朗が微笑んだ。

 

「そ……そうか」

 

パシッ

 

深刻そうに話す育朗の背中を、スミレが叩いた。

「大丈夫よ、育朗ッ……なにがあっても、私がついてるからねッ」

 

「ハハハ。ありがとう」

育朗は、今度は晴れやかな笑みをスミレに向けた。

 

「おぉ~~ここにいたのか、探したぜェェ」

三人が和やかに話し合っているところに、億泰と未起隆、そして康一と由花子が現れた。噴上がハイウェイ・スターを飛ばして知らせていたのだ。

 

「スミレ先輩……良かったですね」

由花子の無愛想な言葉に、スミレはニッコリ微笑んでアナタのおかげよ と言った。

 

由花子は、ちょっと首をすくめると、すぐにプイッとまた立ち去っていった。

「まぁ~アイツの態度は気にスンナよ」

悪い奴じゃあないが、ちょっと周りが見えてないんだよォ。億泰が言った。

 

その隣では、康一が何も言わずに……ただ首筋をボリボリとかいていた。

 

「ミキタカゾ……オクヤス…… お世話になりました」

スミレは二人に頭を下げた。

「アナタたちが助けてくれなかったら、育朗と会えなかったわ」

 

[ミキタカゾ……クン? ありがとう。君達がスミレを助けてくれたことは忘れないよ」

ところで、ユニークなあだ名だねと付け加えた育朗に、未起隆は胸を張った。

 

「なにいってるんですか、本名です……私 宇宙人なんですよ」

 

「ありがとうね、ミキタカゾ」

何か言おうとした育朗を制して、スミレが未起隆を抱きしめた。

 

「……それから、億泰君 君にも ありがとう しか言えないけれど……本当にありがとう」

育朗は億泰に手を差出し、二人は固く握手を交わした。

 

「……おっ……おう」

グスッと鼻をすすりながら、億泰が涙目でうなずいた。

「あんた達……良かったなぁ」

グス

 

「……もし、しばらくして落ち着いたら、杜王町に顔を出せ。歓迎するぜ」

噴上が言った。

「どうだ、一緒に族をやらないか」

 

「ハハハ……いいね」

育朗が笑った。

「僕は……バオーが落ち着いた事がはっきりするまでは、しばらく旅に出ようと思ってるんだ。僕が眠っていた8年以上の時間を埋めたいからね……そのあとで、今後のことはゆっくり考えようかな」

(もし、この先も僕が生きていられたなら……)

育朗は、心の中でそうつけ加えた。

「承太郎さんからは、僕さえその気になれば、ぶどうヵ岡高校への編入手続きを取ってくれると、言ってもらったんだ。前向きに考えてみるつもりさ」

 

グスッ

もう一度、億泰がひときわ大きく鼻をすすりあげた。

 

「……この恩は忘れないよ。杜王町のために もし、僕の力が役立つことがあれば、いつでも力を貸させてもらうよ……それから、仗助君にもよろしく伝えておいてくれないか」

 

「わかってるぜ……またな、育朗、スミレ」

 

ブルンッ!

 

「じゃあ!」

「またねッ!」

育朗とスミレを乗せたバイクが走り去る。

 

ブルルル……

 

その後を、ホル・ホースが車で追いかけていった。助手席にはゲンペーとインピンがちょこんと乗っている。

「おうっ!ガキども元気でなッ!アミを頼んだぞッ!!縁があったら、またコンビを組もうぜェェ〰〰 ッ」

ホル・ホースはすれ違いざまに4人に手を振った。

 

「ガウンッ!」「ぷーだぁ!」

ゲンぺ―とインピンは車の座席から後ろを向き、遠くなっていく三人に向かって尻尾を振った。

 

「またなぁ~~!!」

億泰・噴上・未起隆・康一の四人は、道路真っ直ぐに走って行く二人の姿が見えなくなるまで、ずっとその場で二人を見送っていた。

夕日に照らされた道路の先で、一度、スミレがバイクの上から振り返ってこちらに手を振るのが見えたような『気が』した。

 

「……さあ、行こうか。億泰よぉ……お前、もう泣きやめよ」

 

「そうですよ。億泰さんは大活躍だったじゃあないですか」

そんなに強い億泰さんが、なんで泣いてるんですか?未起隆が真面目くさった口調で言った。

 

「でも、お似合いの二人だったね」

康一の一言で、億泰はさらに目をウルウルとさせた。

 

「……おっ…おう……グスッ」

 

――――――――――――――――――

 

 

「やれやれ……」

ジョセフは隙を見て仗助のいる病室から抜け出し、ため息をついた。

何もわかっていない静を除いた四人の女性がチラチラ飛ばして来る冷たい視線に、いたたまれなくなったのだ。

とくに、孫の娘、徐倫の視線が痛すぎた。あの ひ孫は、父に似て強気な性格をしている。何でもつい数か月前――父親の承太郎が日本で吉良吉影と戦っていた頃――に高熱を出して寝込んでいた頃も、一言も泣き言を言わなかったらしい。

 

仗助とスージーQ 、ホリィの三人が仲良く話しているのを見ていると、なぜか涙が出そうになってきて 耐えられなかったという事もあった。

 

東方朋子にあの場で何と言えばよいのか、何にも思いつかない と言うこともあった。

 

「……ジジイか、仗助とおふくろ……それに おばあちゃんの様子はどうだ? それから、徐倫と妻は……」

病室の外にいた承太郎が、目ざとくジョセフを見つけ、声をかけた。承太郎の横にはポルナレフがいて、コーヒーを片手に何かを楽しそうに話し合っていたようだ。

 

ジョセフは、ポルナレフの手から缶コーヒーを受け取った。

 

久しぶりの気の置けない仲間同士の会話。滅多に訪れない、この先二度とあるかわからない黄金の時間。

互いに成長し、歳をとり、責任を背負い、滅多にあえず、普段話す口調さえ変わっても、こうやって再会すればすぐにあの頃と同じような時間が流れる。

 

いつか仗助も、杜王町の仲間たちとこんな時間を持つことだろう。

ジョセフはふとそんなことも思いながら、二人の会話に混ざった。

 

「ジョースターさん……さすが……若いっすね」

ポルナレフがにやにやと笑った。

「俺も、ジョースター師匠のように 何歳になっても現役でいないとね……おい承太郎、怒るなよ。ジョークじゃあないか」

 

「……別に怒っちゃいないさ……仗助はジジイに似ず、頼りになる、『誠実な』いい男だしな」

 

「お前たち……もう少しワシに優しい言葉をかけられんのか」

老人は敬うもんじゃぞ……ジョセフはぶつぶつといった。だが、孫の承太郎がこれほど屈託なく笑うのを見るは、久しぶりだ。それは、嬉しかった。

 

「ハハハ。とっても尊敬してますよ」

俺も、エジプトでであったあの素敵なマレーナにまた会いに行こうかな。ポルナレフが言った。

「しかし、針のむしろっすね、ジョースターさん―――まあ身から出た錆って事っすね〰〰」

クックック〰〰

 

「ムムムゥ……ポルナレフ……しかし、貴様も少し老けたんじゃあないかぁ?」

 

「なんですとォ!ジョースターさん」

ポルナレフがかみついた。

「俺はあの後も修行を欠かしてないんすよ。俺の新たな能力・エメラルドソードの力を見たら肝つぶしますよォ――ッ」

 

「そぉかのぉ〰〰聞いた所じゃと、ワシの息子にボコボコにやられたそうじゃあないかぁ……お前、もう年なんだから無理するなよ」

 

「クッ…………承太郎、お前はこの後はどうするんだ」

形勢悪しと見たポルナレフが、唐突に話を変えた。

 

「……弓と矢の情報がなくなっちまった……俺は……DIOの奴が残した子供たちの後を追うぜ……奴の残した組織が、DIOの子供たちに接触したら事だからな。DIO REsurrection Secret Society(DIO様復活の為の秘密結社)-DRESS-だと、ふざけやがって」

承太郎は真顔になった。

「DRESSをぶっ潰すのは俺たち大人の仕事だ。これ以上あの子たちを犠牲にするわけにはいかねー」

(ヤレヤレだぜ……この件が片付くまで滅多に家族に会えなくなるな……)

だが、承太郎のその呟きは、口に出ることは無かった。

 

「俺は、ディヴィーナ・ダービーを追うぜ」

ポルナレフが言った。

「俺は組織の本拠地を探して潜入する……お前 俺から連絡するまで、お前の方から連絡取ろうとするなよ……組織にばれたら事だからな」

 

「わかった……またしばらくは会えないってことだな」

てめーは忘れようったって忘れられねー しょうもねー奴だがな。承太郎が笑った。

 

「DIOが復活するのなら、狙うのは育朗の体じゃろうな……そちらはホル・ホースに守らせる事にしたワイ」ジョセフが言った。

 

「あいつを、信用するのか」

ポルナレフがあからさまに疑わしそうな顔をした。

 

「あれでも契約には忠実な男じゃよ……育朗のボディガードにはちょうどいい」

万が一の時は、その他の『役目』もしなくちゃならんからな……ジョセフはボソッと付け足した。

 

「……とにかく、これで杜王町への危険は回避できた。一件落着という訳だな」

ポルナレフが笑った。

「しかし、杜王町のコーコーセー共、アイツらには驚かされたよ……日本のコーコーセーがヤルのは、お前と……カキョ―インを見てたから知ってたが、アイツらもお前らに負けないな」

 

「ああ、仗助たちは問題ない。例えスタンドあっても、その力に溺れる事もないじゃろ。彼らには『黄金の精神』が宿っておるからな」ジョセフが言った。

 

「……ああ、そうだな」

承太郎が微笑んだ。

「俺達の『何か』を彼らが継いでくれた……俺はそう感じるのさ」

 

「……『俺達』か……エジプトに行ったら、マレーナの所のほかに、行くべきところがあったな。アイツらにも、今回の話をしてやらねーとな」

ポルナレフが言った。

アヴドゥル、イギー…………口にしなくても、三人の頭にある思いは同じであった。

 

「ところで……ジジイが協力した例のアレ……ケイト教授の書いた育朗の調査結果を見たぜ……育朗の脳にいた 寄生虫バオーは育朗に完全に融合した様だな」

承太郎が言った。

 

「そうじゃ」

ジョセフが腕組みした。

「どうやら育朗と仗助が一回目に戦った際に、あの爆弾のスタンドのせいで、SW財団と仗助が調査していた不思議な土地に生き埋めになったらしい」

 

「あの、混ぜたものが一つに融合するという不思議な土地のことか」

 

「……そうじゃ。おそらくその土地の力でバオーと育朗が融合した……育朗が連れているあの犬もそうだ……しかも、寄生虫バオーは、育朗に融合した影響で生殖機能を失った可能性が高いようじゃ」

 

「そうか……すると、『寄生虫バオーが育朗の体を食い破って出てくる』ことはないってことだな」

承太郎がうなずく。

 

「あくまで可能性だが、そうじゃ。その可能性が高い。だから二人を行かせることにしたってワケじゃ」

 

「そうか……好青年だったな……あの二人がこれから幸せに暮らせることを願うぜ」

ポルナレフが真顔で言った。

 

そうだな……三人の男は若い二人のこれからを祈って、缶コーヒーを打ち合わせ乾杯した。

 

――――――――――――――――――

 

 

「神父様……大丈夫ですか」

 

海岸線沿いに小さな船が停泊していた。その船の船上で、1人の神父が油汗を流していた。

「ああ、大丈夫だよ。問題ないよディビィーナ……危ないところだったが、これで無事コインも、素体も回収出来たよ」

神父と呼ばれた男は、そう答えると傍らに控えさせていた自分のスタンドに向き合った。

 

神父のスタンドは、白い、包帯で覆われた不気味な外見であった。

『カイシュウしてきましタ』

スタンドはそう言うと、懐から神父の手に幾つかのコインを手渡した。

 

「ふむ……これで、彼らの手元にあるコインを受け取れば、コインの方は全部回収できた事になるな」

神父はディビーナの後ろに立つ気弱そうな少年に会釈した。

 

少年は、黙ってうなずく。

 

「DISCの方はどうだ?」

次に神父は、そのスタンドの血まみれの腕から三枚のDISCを受け取った。その一枚、ピーターにSW財団を裏切るよう命令を書き込んだDISCをへし折ると、残りもう一枚、エルネストから取り返した自分の一部のスタンド能力:『DISCを誰にでも押し込める能力』を封じたDISCを、自分のスタンドの頭部に押し込んだ。

 

「ん?残り一枚は……ああ、ファイヤー・ガーデンの残りカスか……もう水をお湯に変わる程度のスタンド・パワーしかのこせなかったな」

だが何かの役には立つだろう。神父はそのDISCも懐にしまい込んだ。

「何枚かは回収できなかったか……しかし、必要な投資と考えよう」

 

「神父さま……無茶です。ご自分のスタンド能力を他人に貸し与えるなんて」

ディビーナ・ダービーが首を振った。

「DIO様ご復活のために、アナタはカギとなられるお方。その能力に代わりはありません。そうそうお力をみだりに失いかねないような事はもう止めて下さい」

 

「だが、そのリスクを犯さなければこの成果は手に入らなかったよ」

神父は満足そうに答えた。

「二人の極悪人 ――マキシムとエルネスト―― の魂の力もコインに移し終えた」

 

「……DIO様のお力は強すぎました」

ディビーナがうつむいた。

「ワン・ツリー・ヒルでDIO様を呼び返すには36人以上の強い魂の力が要ります。11個のコインに、22個のパスに……そして三個のコインをつないだ三角形に、強い魂を入れなければなりません」

 

「彼が並はずれているのは当然だろう……彼は、『王』なのだから。コインにはすでに魂が込めてある。今回の件で3つの三角形にも魂を込められた」

回収できなかったピーターの分の魂は、私のホワイト・スネークがゾンビたちから集めたからね。神父は手をこすり合わせた。

「それに宇宙から落ちてきた『素体』と、ジョースターの一族の血」

 

「そうですね……いよいよ、もうすぐですね」

 

「そうだね、たまらなく『興奮』するよ……ところで、君たちが回収した素体の様子はどうだい?Mr.ドッピオ」

 

「……今解析しています」

ドッピオと呼ばれた少年が声を潜めた。

「素体はうちの組織では調べきれませんでしたが、フランス警察にちょっとしたコネがあるので、そこの鑑識科を使っています」

 

「それは……信用できるのかい?」

 

「もちろん」 死人に口なし です。

 

ぼそっと付け加えられたそのモノ騒がせな一言は、確実に神父に聞こえたはずだった。しかし、『聖職者』であるはずの神父は、まったく何の感想も漏らさなかった。

「それで、どうだい?使えそうか?」

 

「リスクは高いですが、行けそうです」ドッピオが答えた。「鑑識化の人間は、この宇宙から落ちてきた隕石にまだ生きている細胞があちこち存在しているのを見て、目を丸くしていましたよ」

1999年に空からやってくる恐怖の大王……ノストラダムスの予言は正しかったんですかね。

 

「……『彼』にはふさわしい肉体を用意しておかなければならない。この素体は彼の肉体の元となるものだ」

 

大事に取り扱えよ……神父の脅しに、ドッピオは酷薄そうに笑って見せた。

「待ってください。まだ取り引きは終わっていませんよ。あなた達は、まだあの、予知の少女の力を奪って無いじゃあないですか」

約束のブツは、予知能力のDISCと引き換えです。

 

「そうだったな、いやMr.ドッピオ、その約束を守ろう」

神父はそう言うと、自分の頭から一枚のDISCを取出した。

 

「!?これは」

 

「予知能力のDISCさ、あの少女のものではない。これは、ほんの数十秒先しか見えない能力さ……しかし、100%完璧な未来を予知できる……私が持っていたモノだが、少々惜しいがこれを君に渡そう。このスタンド:エピタフを」

これで、『君たち』は完璧になる。

そう言うと、神父はドッピオの頭にDISCを押し込んだ。



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LonesomeStreet --空条貞夫--
空条貞夫の孤闘 -1982- その1


1982年6月25日:アメリカ ニューヨーク

 

カチャカチャカチャ……

 

甲高い笑い声、グラスに氷がぶつかる音、ナイフとフォークが食器にあたる音などが、ときおりフロアに響く。

悔しいかな、フロアに響くその演奏は、そんな小さな音さえ邪魔に感じるほど心に響いた。

 

JOJO:ジョセフ・ジョースターは、帽子を目深にかぶって、ジャズバーの隅にしつらえてある丸テーブルに一人で座っていた。時折、手にしたスコッチをチビチビと飲み、ピッチャーがわりのクァーズをがぶ飲みする。シングル・モルトの最高級スコッチを飲んでも、すばらしい演奏を聴いても、その『苦虫を噛み殺したような』表情は、変わらなかった。

彼の視線は、ジャズバーの中央で演奏する『日本人』に固定されていた。

 

サックスを持ったその日本人は、周囲のミュージシャンとは一線を画す程の圧倒的な技術で、情熱的な音を奏でていた。

店を見渡すと、その演奏に聞き惚れ、すっかり心を奪われている観客が大勢見える。

 

面白くない。

JOJOは憮然としていた。

(確かに人の心を揺さぶる力をもった音楽をしおる……ムカッ腹立つが、それは認めてやろう。だが……)

 

気が付くと、いつの間にか演奏が終っていた。演者達が観客になにやら話しかけている。

観客はスタンディング・オベーションで演者を称えていた。しかも、感極まった観客の一人 ――ゴージャスな美人だ―― がその『日本人』に駆け寄り情熱的なアプローチを始めている。

 

なぬッッ

思わず立ち上がりかけたJOJOは、その『日本人』がさらっとその女性をかわしたのをみて、再び腰を下ろした。

ちょっとホッとした自分が、全くもって気にくわない。

もう十分じゃ。

JOJOはそっとホールから出ていった。帰宅しようと店をでて、運転手を呼ぶために外で控えていた駐車場の管理人に話しかける。

 

ところが……

 

「お義父さん、来てくれたんですか」

 

JOJOが車が来るのを待っていると、背後から、おっとりした声で話しかけてくる者がいた。

『奴』だ。

JOJOは軽く舌打ちをしながら振り返った。帽子を目深にかぶり、見つからないようにしていたはずなのに、この男はどうやって自分を見つけたのか。

「フン、お前と話す言葉などないワイ」

JOJOは、自分の最愛の娘を寝取った憎き男と正面から向き合った。

 

「演奏………どうでした?」

目の前の男はくったくのない笑みをうかべていた。男はJOJOの苦虫を噛み潰したような渋い表情にも、まったく怯るんでいないようだ。

 

――この男――JOJOはイラッとして、ポケットに入れていたチケット ――とっくにグルグルに丸めている―― を取り出し、男の鼻先に弾き飛ばした。――波紋を込めて――

 

だが、朴訥で無口なその男は、波紋を込められた紙玉をさっとつかみとった。そして、まるで何もなかったかのようにぺコリと頭を下げた。

 

思い出した。

このシャイな男は、サックス奏者と言うだけでなく、日本の古武道の達人でもあった 。

最愛の愛娘、ホリィとの馴れ初めも、そうだ。

ニューヨークの路地裏で、スージーQとホリィがガラの悪いゴロツキに絡まれている所を、この男が『格好良く』助けたと言うワケだ。

……なんだって、ワシはあの時二人からちょっとでも目を放したのか…………

格好良く妻と娘を守る役は、俺のものなのに……

 

もう何百回目にもなる後悔を振り払い、JOJOはむっつりと言った。

「もう聞いておるだろ………ワシは暫く日本に行く。例のM市近くの箱モノの件だ……忌々しいが、協力してやる」

 

「………」

貞夫は黙って頷いた。

 

「クソッ。いいか貴様ッ、ニューヨークに顔を出せよ。少しはホリィとジョータローに、父親らしい顔も見せてやれ!」

JOJOは、それだけを一気にまくしたてると、足を踏み鳴らし店から出ていった。

 

一人残された貞夫は、何やら考え深げにホールに戻った。

ホールに戻ってきた貞夫を見つけ、観客達が騒ぎ出した。

 

そのあけっぴろげな賞賛に、貞夫は思わず顔を赤くしてうつむいてしまった。下を向いたまま、身をちぢこませてカウンターに向かう。どれだけ海外で演奏をしても、欧米人のこの辺りのノリには、どうしても慣れることが出来ないのだ。

気分を変えようと、貞夫はカウンターに残されたバーボンを手に取った。今考えるべき事は演奏の事ではない。義父、ジョセフ・ジョースターの協力を取り付けることができた事だ。

貞夫はバーボンをグラスに移し、水を注ぎ、一息にあおった。

そして、フロントの電話を借りてあちこちに電話をかけ始めた。

 

――――――――――――――――――

8月15日:日本

 

第一印象は最悪だった。

東方朋子は、ゼミの教授のつてで夏休みを利用して引き受けたバイト――アメリカからやってきた不動産屋の秘書兼通訳の仕事――にホトホトうんざりしていた。

何と言ってもこの不動産屋がサイアク。

故郷近くのM市の不動産開発に来たと言うこの男は、いい年して無駄にエネルギッシュで、ワガママ、ブシツケ、ガサツ、騒々しく、軽薄ッ!!

絵に書いた様なヤンキーなのだ。

 

しかも 、ことある事に日本の男の悪口を言いまくるときた。どうやら一人娘がかってに日本人と結婚したとかで、日本人に恨みが あるのだそうだ。

子供かッ!

 

(やっぱり男は渋みよ、渋みッッ)

朋子は、手荒いハンドル操作で追い越し車線に移った。追い越し車線に移ると同時にリンカーンのアクセルをグッと踏み込み、一気に加速させる。

 

「オーッノォォォゥ――ッッ!」

 

「大丈夫かぁ、ジョジョォッ?」

 

「ああ、大丈夫、アチチチチ……」

 

「ヒャッ、ヒャッ……ヒャッッ」

 

「ジン・チャン、テメェ笑ってんじゃねえ!」

 

後部座席から不動産屋:ジョセフ・ジョースターとその相棒の騒ぎ声が聞こえた。騒ぎ声に交じる罵詈雑言から察するに、急加速の反動で、冷まそうとしていた熱々のたこ焼きを口のなかに放り込んでしまい……舌を火傷をしたようだ。

 

いい気味だ。

 

朋子は、バックミラー越しに後部座席のジョセフの様子を見て、ほそくえんだ。

 

朋子と不動産屋、そしてジン・チャンと言う台湾人――不動産屋のビジネス・パートナーなのだそうだ――の三人は、レンタルしたリンカーンで、東北道を北に、長旅の途中であった。

 

目指すはM県M市、朋子が生まれ育った杜王町から、さらに北上したところだ。

 

そこで、観光を兼ねて『今回の物件を下見する』をするのだそうだ。

 

まったくいいご身分だこと。

朋子は、アクセルをさらに踏み込んでいった。

 

◆◆

 

――4日後――

8月19日:日本、M市近郊の地下施設

 

観光も終わり、朋子のバイトも終わっているハズのころ。

本当ならもう東京に戻っているハズのころ。

東方朋子は、まだM市の近くにいた。

いや、ここはM市の近くのはずであった。

 

「……やってられないわよ」

朋子は、怒ったような口調で言った。

「こんな所にいつまでもいられないのよッ。あのメガネ、覚えてなさい。私をこんな真っ暗な倉庫に閉じ込めておくなんてさぁ」

だが、口では強がっていても、朋子は湧き上がる恐怖を抑えきれずにいた。

朋子は、暗い密室に監禁されていたのだ。

狭い部屋には椅子が一つあるきりで、その椅子に朋子は座らされていた。

もう、丸一日はこうして椅子に縛り付けられている。乱暴こそされていなかったが、明かりひとつない部屋に、ずっと放置されているのだ。

 

 

どうしてこんな事になってしまったのか。

苦い後悔とともに、朋子は昨晩の事を思い返していた。

 

◆◆◆◆◆

昨晩は、朋子は不動産屋のスケジュールに合わせて、M市近くのひなびた温泉宿に泊まっていた。

時刻は、深夜3時。しかし、無駄にエネルギッシュな不動産屋のテンションに振り回され、すっかり疲れはてていた朋子は、しかしまだ眠れずにいた。

その温泉宿は、日本の古い民家を改造して作ったものらしく、趣こそあったが空調に不備があった。おりしもその夜は熱帯夜で、朋子は寝ぐるしい夜を過ごしていたのだ。

どうしても寝れずに、あきらめて夜中に窓を開けて、外を眺めていた朋子は、そこである物を目にした。

 

窓のそとには、まるで幽鬼のような青白い顔をした女性が、小さな子供の手を引いて立ち尽くしていたのだ。

 

その女性は、窓の外、道路を挟んだ向かい側の山の上で、うつろな目で宿の明かりを見ていた。ちょうど、道路に立っている照明に照らされ、朋子の寝室から女の様子がよく見えていた。

 

その女はザンバラ髪で、ぼろぼろの服を着ている。

まるで暴行を受けた直後のように見えた。

……子供は、泣いているようだ。

 

何があったの?警察に連絡すべきかしら……

朋子が心配になって様子を見ていると、その女性と目が合った……

すると、その女性は

 

にやぁっ

 

と笑った。

その口角がつり上がった笑みが、夜の暗闇の中、スポットライトに照らされているかのようにボウッッと浮かび上がっていた。

そして女性は、子供の手を引いてパッと身をひるがえすと、山の上へ姿を消したのだ。

 

無気味であった。

だが、その女の奇妙な笑みと子供の涙に、朋子はほっておけないものを感じた。

 

(あの笑み………普通じゃなかったわ、もしかすると………)

万が一、その子供に取り返しのつかない事が 起こるかもしれない。

だから朋子は、二人を追いかける事に決めて、部屋を飛び出したのだ。

宿を抜けて道路を越え、森に入り……そして、山の急斜面で足を滑らせ、谷底に落ちてしまったのであった。

 

「痛たたたッ……クッ、どじったわ……あれっ?どうしてこんな所に?」

谷底に滑り落ちた朋子は、目の前にあるものに気がつき首をかしげた。

全く人が足を踏み入れる事がなさそうな谷底に渓流が流れており、そのほとりに小さなお堂が立っていたのだ。

足を滑らせて足を挫いた朋子は、少し休もうとそのお堂の扉を開けた。

 

驚いたことに、そのお堂の中に何やら近代的な研究設備が拵えてあり……うかうかと顔を出した朋子は、有無を言わさずその研究設備の警備員に取り押さえられた……と、言うわけであった。

 

その後、何が何だかよくわからない間に、この小さな部屋に放り込まれ、まるまる1日は放置されている処であった。

◆◆◆◆◆

 

朋子が監禁されている部屋には、まったく明かりがなかった。周囲の物音も、時折ゴーッとうなるエアコンの音以外は聞こえない。

 

朋子は、次第に時間感覚を失いかけていた。

 

その真っ暗闇の中、カチャカチャカチャ……何か、固い音がするものが近づいてくる……

始めは幻聴かとおもったが、そうではないようだ。

 

何かが、近づいてくる……

 

「痛いッ!」

と、朋子は左手に走る激しい痛みに顔をゆがめた。

(『何か』が私の手をかじっている)

朋子は必死で体をよじり、左手にかじりついたものを跳ね飛ばそうとした。

 

だが、その『何か』は朋子の抵抗などものともせず、さらに左手に牙を埋め立てるッ!

 

「ああああ―――ッ!」

あまりの痛みに朋子の体がのぞける。

 

プチン

 

その時、朋子の両腕をしばりつけていたロープが切れた。

『何か』が間違ってかみついたのか。

 

「うぁあああああああああああ!」

朋子は自由になった右手で、左腕に食らいつく甲羅を持つ『何か』を掴んだ。

それを、思いっきりコンクリートの床に叩きつけたッ!

「このっこのっこのっ!」

床に落ちた『何か』を、朋子は二度、三度と、思いっきり踏みつけた。

「はぁーっはぁーっはぁ――ッ」

壁を探って、部屋の明かりのスイッチを見つける。

 

ボォーン

 

低いうなり声がして、部屋の明かりがついた。朋子が閉じ込められていた倉庫の様子が明らかになった。

 

「ううううっ」

 

朋子の左腕をかじった『何か』は怪物じみた――ドブネズミほどの大きさがある――虫であった。その虫は、部屋の真ん中の床を緑色の体液で汚しながらまだピクピクと身をひくつかせていた。

 

(なんてオゾマシイ。変な病原菌を持ってないでしょうねッ)

朋子は、髪を縛っていたスカーフをほどき、左手にキツク巻いて止血をした。あまりの痛みに、涙がにじむ。

(あの男たちは、私をどうするつもりだろう。ここは何処……どうやって逃げ出そう?)

朋子は混乱し、その考えは支離滅裂となり、とりとめを失いつつあった。

(なぜあの時、勝手にあの子を追いかけて行ってしまったのだろう)

襲ってきた後悔の念と自分に対する怒りの思いは、しかしすぐに恐怖の波 に飲み込まれた。

 

ガチャ……カチャ

 

部屋のドアノブが音を立て、回り始めたのだ。

 

――――――――――――――――――

 

7月25日:アメリカ、ハリウッド近郊

 

「……そう、JOJOは貴方と行き違いで日本に行ったのね」

庭で薔薇の手入れをしながら、エリザベス:リサリサが言った。

 

「はい」

ホリィはプウッと頬を膨らませた。

 

「珍しいわね。JOJOが貴女の訪米の時に休暇を取らないなんて」

リサリサはクスッと笑った。

「『仕事が忙しい』ねぇ?………我が息子ながら、あの子は『糸の切れた風船』みたいなところがあるからねぇ……」

 

油断大敵よ。そういって笑うリサリサを見て、ホリィは全く面白くなさそうにしていた。

「サダ君も『仕事が忙しい』んですって。おかげで、ジョータローがすっかり暇にしてるわ」

もう帰ろうかな。

 

ふくれる孫娘を、あら もっと長くいてね とリサリサがなだめた。

「ジョセフと違って、サダ君は真面目な子だから、きっと仕事が終わり次第すぐ駆けつけてきてくれるわよ」

 

年齢を経た祖母と孫娘が、いろいろ話しながら仲良く庭仕事をする。

そんな穏やかな午後の時間は、突然現れた侵入者に乱された。

 

ドジャッ!

 

「誰?」

リサリサが手折った薔薇を投げつけた。

 

老いたとはいえ『波紋法』の継承者がなげた薔薇は、茂みの影に潜んでいた侵入者に命中した。

波紋が込められた薔薇をぶつけられた侵入者が、そのショックで痺れ……ハデな物音を立てつつ尻餅をついた。

 

「なっ!おばあ様………ローゼスを呼ばなくてはッ ここは危ないわ、早く立ち去りましょうッ」

侵入者が尻餅をついているすきに、リサリサとホリィはその場を離れて助けを呼ぼうとした。しかし、壁を乗り越えてやってきたもう一名の侵入者に、その行く手をふさがれた。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「何者ッ! 」

リサリサが、誰何の声をとばすッ

 

侵入者は二人とも黒いスキー帽を首までおろしていた。目のところに開けた穴には黒いサングラスをハメており、まったく顔が見えない。

 

「やっと見つけた……」

侵入者が嬉しそうに言った。

「さあ、《あれ》をよこせ、ババア」

 

「アナタッ」

人を呼ぶわよ、下がりなさいッ!ホリィがリサリサを背中に隠し、男に警告した。

 

「あの人の情報どぉーり奇妙な技を使うな、ババア。だがそんな弱ッちい技で、俺達は止められないぜぇ」

 

侵入者はせせら笑い、そしてホリィを見て舌なめずりした。

「トコロでお前、年増の癖に上玉じゃあねぇーか」

ヘヘヘヘッヘヘ

 

「貴方ッ、言葉を慎みなさい」

 

「ひっひひひっ……安心しろよ。たっぷり『優しく』してやる。俺無しでは生きていけねー位に喜ばせてやるぜぇ〰〰ッ」

 

下品なことを叫びながら、侵入者がベルトを解いた。その瞬間ッ

 

ジャリ

 

奥の木戸から、誰か庭に下りて来るものがいた。

 

「母さん、大おばあさん、紅茶を持って……はっ!何だ、お前たちはッ!」

庭の裏道を越えてやって来たのは、小学生の男の子、空条ジョータローであった。

 

「何だ。ガキか」

侵入者はニヤニヤ笑った。

「うへへへへっ……息子の前で母親を****ってのは面白そうだ。ヒャッヒャッヒャッ、サァイコォォ―――ッッ。お前がいけないんだぜ、ババア。お前がおとなしく『あれ』を引き渡してりゃ、こんな事は起こらなかったのによぉ」

侵入者はニヤニヤしながら、黙って立っているジョータローに近づいて行く……

 

と、

 

ボガッ!

 

「オラッ!」

いきなりジョータローは、侵入者のスネを蹴り飛ばしたっ。

 

思わずしゃがみ込んだ侵入者の顎が、ちょうどジョータローの肩あたりに下がった。

 

ジョータローは、おあつらえ向きの高さに来たその顎を、もう一度思いっきり殴りつけたッ!

まるで電気ショックを受けたように、侵入者は身をのけぞらせ、前のめりに倒れた。

 

「このガキィィ―――ッ」

思い知らせてくれる。

もう一人の侵入者が、胸ポケットに手を伸ばすッ!

 

――だがその手に、リサリサが投げつけたスコップが突き刺さるッ!

「あっ!」

 

侵入者は取り出しかけた拳銃を落し、しゃがみ込んだ。

 

ドガッ!

 

襲撃者の顔面に、ジョータローの拳がめり込むッ!

「ヤレヤレ……子供だからって舐めんなよ。おらおらおらっ!」

ジョータローが、侵入者に拳の雨を降らせるッ

 

物音を聞きつけた執事のローゼンが駆けつけた頃には、侵入者はすっかりボコボコにされていた。

 

「二人とも、大丈夫?」

ローゼンが侵入者を縄にかけて去っていくと、ジョータローは、(先ほどのふてぶてしい姿とは大違いの)あどけない表情で、二人の方を振り返った。

 

「ジョウタロー」

リサリサは、発音しにくそうに曾孫の名を呼んだ。

「ありがとうネ。でも、貴方が無理することはないのよ」

 

「おおばあちゃん、お母さん、怪我はなかったかい?」

ジョータローは心配でたまらないと言った口調でホリイとリサリサの元へ駆け寄ってきた。

先ほどのクールな口調は、まるで残っていなかった。

 

「あら、私たちなら大丈夫よ」

ホリィがウィンクした。

「私のジョジョが助けてくれたからね……でも、無理しないで。リサリサ大ばあちゃんが助けてくれたからよかったけど、あの男達が最初から銃をつかっていたら、どうするの」

「大丈夫だよ。アイツらが飛び道具を持ってたとしても、また違ったやり方をしただけだよ」

リサリサ大ばあちゃんと、父さんが色々教えてくれたとおりに、やるだけさ。

ジョータローが右手を開き、持っていたビー玉を見せた。

ジョータローは、そのビー玉を近くの石に投げつける。すると、不思議なことに石の方が砕けた。

 

「フフフ……アナタもやっぱり『ジョジョ』なのね。頼もしいワ」

リサリサは、ジョータローの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 

(……でも、私が『あれ』をまだ持っていることがどうしてばれたのかしら)

その夜、リサリサは、ホリイに貞夫に連絡するように伝えた。貞夫に、大切な、渡さなくてはならないものがあるのだ。

(確かメッシーナも引退しているはず……今の波紋の一族には頼りたくないわ……ジョセフも戦いから離れて長い。ジョータローはまだ子供よ。だから彼よ、彼しかいない、貞夫クンにこれを託すわ……我々とも違う不思議な『能力』を持つ彼に……)

長いこと自分に託されてきたアレは、未だにリサリサに託されたままだ。もう本来の役目を終えたのかもしれないが、アレを託され、管理する重圧をほかの人に渡すのは正直気が進まない。

だが、もう潮時なのだろう。

物思いに沈むリサリサの胸には、赤い宝石が揺れていた。

 

――――――――――――――――――

 

 

8月19日:日本、M市近郊の地下施設

 

「よぉ――ッ?!」

ドアを開けて部屋の中に顔を出したのは、ジョセフ・ジョースターであった。

 

「キィエエエエイッ!ってアレッ??」

鉄パイプを持って扉の影に待ち構えていた朋子は、入ってきた男の顔を見て驚愕した。だがすでに放たれた渾身の一撃を完全に止めることは出来ないッ

 

ガツッッン!

 

JOJOは朋子の鉄パイプをまともに頭に受けかけ、悶絶した。

かろうじて直撃こそ避けたものの、かすったその一撃が、JOJOの意識を一瞬飛ばしかける。

「オ――・ノォ――ッ―!信じられね――このアマッ!」

 

「!? 何でアンタがいんのよッ!」

朋子は、振り下ろした鉄パイプ――椅子から外したものだ――を慌てて放り投げた。

鉄パイプが頭に直撃すれば、命にもかかわる。朋子はJOJOに駆け寄り、介抱しようとした。

 

だが、JOJOは邪険に朋子を振り払うと、頭を抑えて立ち上がった。

「何で来たって、そりゃあー助けに来たに決まってるだろぉが」

 

「何でアンタが」

いつものように朋子とJOJOは、口喧嘩を始めかけた。

 

だがその時、部屋の隅に開いた小さな穴から、まるで湧いて出るように鼠虫が出てきた。

二人はピシャッと口をつぐみ、互いに顔を見合わせた。

 

ジャリッッ ガリリッ

鼠虫の群れが床をひっかき、気味の悪い物音をたてる。

 

「オーマイガッ!なんじゃありゃぁ?さすが日本。ネズ公まで気持ち悪いぜ」

 

「はぁッ??アンタ脳ミソが溶けて無くなっちゃったの?あんな変な生き物が自然界にいるわけないでしょ」

 

「……なんだかわからんが、とっとと退散しようぜ……気持ち悪りィ」

 

「そうね。異議なし」

 

二人があわてて部屋を出ようとすると、鼠虫が一斉に飛び掛かってきたッ!

 

「キィィィ――ッッ」

 

「いゃっ!」

朋子は、一番近くの鼠虫を蹴とばした。

だが、そのすぐ後ろにいた別の鼠虫が、朋子に飛び掛かる。

「うわぁあああああ」

 

「おおぉうッッとッ」

朋子に鼠虫が噛みつこうとする直前、JOJOが鼠虫を払いのけた。間一髪のタイミングだ。

 

ブギィィッ

 

JOJOに払いのけられた鼠虫が、床に叩き付けられる。すると何故か、その周りにいた他の鼠虫達も動きをとめた。

 

「あっ、ありがと」

 

「ヨシっ、奴らが出てくる前に扉を閉めるぞ」

鼠虫の動きが止まった今がチャンスだ。二人は力をこめて、それこそウンウンとうなりながら部屋の扉を閉めた。

扉の裏側で、再び動き出した鼠虫達がカリカリと扉を齧る音が聞こえた。

 

ドアの外は、リノニウムの床が貼られた、廊下であった。

ぼうっと、非常用電源の位置を示す青いライトが、列をつくって光っている。

 

かつん

 

足音が、響く。

「……とにかく、ここから逃げ出しましょ」

 

「そうだな……おいッ、アンタ怪我しているのか?」

JOJOは、朋子の手から血が滴り落ちているのに気が付いた。

朋子の傷ついた手を観察したJOJOは、その傷口の酷さにちょっと顔をゆがめた。

 

「ええ……馬鹿をやっちゃったわ」 ついさっき、部屋に入ってきた蟲に噛まれたの、でも大丈夫。

 

気丈に振る舞う朋子の手を、JOJO がブシツケに掴んだ。

 

「!チョット、痛ッ」

 

「いいから我慢しな」

JOJOはまるでいたずらっ子のように、鼻をピクピクとうごめかせた。

「オーバードライブッ!」

 

コォオオオオッ!

 

奇妙な呼吸音とともに、JOJOの体がボンヤリと光る。

その光が、JOJOの手から、朋子の傷口へ渡っていく。

すると、その光に触れたところから、ミルミルと血が止まり、朋子の傷が塞がっていく……

同時に、腕の痛みも無くなっていく…

 

やがて、朋子はきょとんとした顔で腕を振った。傷は完全には直っていない。だが血は止まり、傷口もふさがり、そして痛みもほとんどなくなっている。

「……どういう事?」

 

「これでヨシ。応急処置だが、だいぶマシだろ」

JOJOは朋子の傷を再び確認し、満足げに言った。

 

「!?ねぇ、これ一体どういうこと?アンタ今何をしたの?」

 

驚く朋子に、JOJOは肩をすくめ、これは『波紋』だ、と答えた。

「『波紋』は生命のエネルギー。この『波紋』をアンタの傷口に流したってわけだ。だから傷が治ったっつ―わけよ」

 

「……ありがとう。何だかさっぱりわからないけど、お礼を言っておくわ」

朋子が言った。

「それはそうとして、一体なんなの、ここはッ?あの化け物は?アンタ何か知ってるでしょ、教えなさいッ」

 

「知るかよ。オリャあ、アメリカ人なんだぞ」

だが、こりゃあ昔を思い出すぜ。JOJO は不敵な笑みを浮かべた。

「朋子よぉ、無事に帰りたかったら、覚悟しろよッ」

 

「なっ……何様よッ!呼び捨てにしないで」

朋子は、JOJOの言葉に反発して見せた。

 

だが一方で、朋子は、お守りにすがるようにJOJOの背後に移動した。

そして、まるで、捧げものをするように、鉄パイプを両手で構えた。

 

二人は周囲に注意を払いながら、恐る恐る廊下を進んでいく。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「来たぞッ!」

突然JOJOがささやき、再び不思議なリズムの呼吸を始めた。

 

コォォオオオオ――ッッ

 

「えっ?」

朋子は、またしてもJOJOの体が光るのを、『確かに見た』と思った。

そして次の瞬間ッ!

 

ドガァン!

 

廊下の曲がり角から、なにものかが飛び出してきた。

そのものは、歯をむき出して二人に跳びかかる。襲撃者だッ!

 

だが、まるで襲い掛かってくるのが予めわかっていたかのように、JOJOは襲撃者に、カウンターを入れるッ!

 

「Guiiiiiiiiii!」

カウンターを入れられた襲撃者は、JOJOに殴られた顔面をかきむしり……

そして『白い煙を出して』溶けていく……

 

「ちょっと、何これ?どういうこと?」

 

「ゾンビ(屍生人)だ。映画に出てくる奴、知ってるだろ?」

JOJOは平然と答えた。

「だが、どうやら、ただのゾンビって訳じゃあないようだぜ」

 

「『ただの』ゾンビ(屍生人)ですって?」

理解できない……朋子は頭を振った。

「アンタ、なにしたのかわからないけど、これは殺人よッ」

 

だが、色々なことが起こりすぎ、感覚がマヒしているようだ。

目の前で殺人を犯したはずのJOJOに、朋子はなぜか恐怖を感じなかった。

 

「まだ、助かるかも……」

JOJOが止めるのも聞かず、朋子は襲撃者の顔を覗き込み……込み上げる吐き気に口を抑えた。

そこに見たのは、まさに非人間的な『何か』であった。

 

顔かたち、目鼻口の大きさ、位置、それらがまるで、幼児の粘土細工の様に歪に歪んでいた。

そして、その顔面のいたるところをうねり、くねる無数の蚯蚓とも、昆虫の足ともつかぬモノ達……

そして、何よりもおぞましいのが、

黄濁し、血走り、憎悪に満ちてはいるが、その人間的な目だった。

非人間的な『醜悪さ』『不自然さ』に満ちた顔の中で、唯一目だけが『人間的』な光を放っているのだ。

 

襲撃者は、憎悪に満ちた目で朋子を睨み付け、口を開き、乱杭歯を見せつけた。

 

「はっッ!」

朋子は、思わず一歩後ずさりした。

 

シュッ

 

襲撃者のその口から、ねろん と赤黒い舌が飛び出した。

 

朋子が慌てて手で顔面を庇う。

左手に鋭い痛みが走った。

 

「チッ……大丈夫か?」

JOJOが襲撃者の舌を掴み、引き抜いた。

 

すでに朋子の左手には、感覚がなかった。

 

「血止めだ……オーバードライブッ」

JOJOは光る手で、朋子の怪我した左手をきつく握った。

 

激しい痛みと流血が、朋子の左手を襲う。

「痛ったあああぃッッ!」

朋子が、思わず大声を出した。

 

「!?」

「血いいっ!!」

「Dueeeeriii!」

朋子の悲鳴を切っ掛けに、ゾンビどもが次から次へと廊下に現れ、おそいかかって来た。



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空条貞夫の孤闘 -1982- その2

「クッ来るなッ」

ボゴッ

「こっこのぉおおおおッッ」

どれ程、意味の無い絶叫をあげながら襲い掛かって来るゾンビどもを倒したのか。

鉄パイプを持つ朋子の手は、なかなか上がらず、足腰もガクガクだ。

だけど大丈夫。

朋子は不思議な信頼感を持って、隣で戦っているJOJOのほうをチラリと見た。

 

朋子は、いい年して無駄にエネルギッシュで、ワガママ、ブシツケ、ガサツ、騒々しく、軽薄なこのヤンキーを、今は信頼できると感じていた。この男は、危険を顧みず平然と朋子を助けに来て、こんな非常識な状況でも全く動じず、平然と対応しているのだ。認めるのは癪だが、並はずれた人物なのは間違いなかった。

(なんて男なのッ)

朋子はJOJOの背後から鉄パイプをふるいつづけた。

 

「オリャッ! リーバッフ・オーバードライブッッ」

 

ブッシュウウウウッッ!

 

肘打ちを入れた怪物の顔が、煙を上げて蒸発していった。

「おりゃっ」

ひねりを入れて顔面に叩きこんだJOJOの脚が、その怪物を後方に吹っ飛ばした。

続けざまに襲ってくる別の怪物の顎を、波紋を込めたアッパーカットで跳ね上げる。

そしてまた、次の怪物に備えるッ

JOJOはこんなに絶望的な状況にもかかわらず、不敵な笑みを浮かべていた。

朋子を背後に庇いつつ、襲い掛かってくる化け物達に波紋を食らわせ続ける。

一体、また一体と拳を振るうたびに、化けモノ共の体は波紋で焼かれ、蒸発していく。

彼にとっては、(あの『究極生命体』とガチンコでやりやった時に比べれば)こんな状況はピンチでも何も無いのだ。

屍生人など、JOJOにとっては雑魚としか感じない。

 

「このッ!このッ!ドラァッ!」

東方朋子の声が、JOJOの背後から聞こえた。

 

(おおッ!ただのアーパー女子大生だと思っていたが、なかなか……)

JOJOは、自分の背後から、隙をついて鉄パイプを振りおろす朋子をチラッと見て、つい目を細めた。

「やるじゃあね―か」

 

「こっ……こう見えても剣道3段なの。警察官のお父さんに習ったのよ」

ハーハー言う荒い息を抑えながら、朋子が言った。

その言葉通り、鉄パイプを構える格好は、なかなか様になっていた。その『振り』も、素人ばなれした鋭さを持っている。

 

その様子を見て、JOJO は何故か不機嫌になった。

この場にいない、いるわけがない、ある男の事を思い出したのだ。

 

一瞬、JOJOの注意がそれた。

 

「ちょっとッ!」

と、その時、朋子がJOJOを突き飛ばした。そして、JOJOの背後に立ちふさがり……

 

ズッギュウウッン

 

朋子の肩に、ウネウネと動く触手が突き刺さった!

 

「ッ!!」

そして、朋子は悲鳴を上げる間もなく膝をつき、崩れ落ちた。

 

「あっ!朋子ォッ!…馬鹿な、俺を『かばった』のか?」

朋子に突き飛ばされたJOJOは、唖然とした。なぜあのとき余計なことを考えたのか……悔いても悔いきれない。慌てて朋子の様子を確認すると、ありがたいことに命に別状はない様だ。だが、早急な治療が必要な状態であった。

 

「……余計なことを。ダガ同じ結果よ…フフッ」

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

JOJOが目をあげると、そこには青白い顔の幽鬼のような女と、ゾンビがいた。

ゾンビの口から吐き出された触手が、朋子をおそったのだ。

女は、笑っていた。

そして、二人の背後には、朋子が気にかけていた『子供』がいた。

いや……それは『子供』ではなかったのだ。そこにいたのは、子供とほぼ同じ身長の小人であった。泣いていると思ったそれは、涙のようにペイントされた顔の模様であったようだ。

 

「オーテップ、俺はヤツに備える。だからここは、お前に任せたぞ」

小人は、その外見に不釣り合いなしわがれ声で女にそういうと、背後の闇に消えた。

見た目とは違い、女は小人にしたがっているようであった。女は闇に消えた小人の言葉に『わかりました』と丁寧に答え、朋子とJOJOに向き直った。

 

「あ……アンタはッ」

朋子が目を見張った。

朋子は、真っ青な顔で自分の肩に突き刺さりぴくぴくと震えている触手に、そっと触った。

そっと触るだけで、耐え難いほどの痛みが、触手を通して肩に送られる。

 

「アンタ……ワタシを追ってこなければ生きてられたのにね」

オーテップと呼ばれた女は、青白い顔で微笑んだ。

「ワタシ、おせっかいな人嫌いなのよ」

死んで?

オーテップは懐からナイフを取り出し、朋子に向かって投げつけたッ。

 

バシュッ!

 

だがそのナイフは、JOJOの手によってつかみ取られた。

 

「なっ……」

 

「ケッ!」

JOJOはナイフを放り投げると、朋子の肩に突き刺さっている触手を掴んだ。

そして、触手に波紋を流しこみ、一気に引き抜く。

 

『Dujiiiiiiィィッ』

波紋はゾンビに伝わり、ゾンビは一瞬にして溶けて、茶色のネトネトした水溜まりになった。

 

 

「うぅっ!」

体内に入り込もうとしていた触手を、無理矢理引き抜かれた。朋子は必死に歯をくいしばり、激痛に耐えた。

 

「朋子よォ……この借りは忘れねェぞ」

無茶しやがって……JOJOが優しく朋子の肩に触れ、波紋によって傷口を止血した。

JOJOは振り返ると、オーテップを睨みつけた。

「オイ、このクソビッチ……テメェただじゃおかねーぞ」

オーテップは、落ち着き払った仕草で、手首にバンドで止めていた『注射器』を取り出した。

『注射針』を自分のコメカミに差し、何かの薬剤を、注入していく。

「フフフフフ……さすがジョセフ・ジョースターッ!老いたとはいえ、あの究極生命体を倒した男……アンタには私の本当の姿を見せてあげるわ…ワタシの…プロト・バオーの姿を……」

オーテップが注射器を投げ捨てた。髪をかき上げ、笑う。

タラリ……と、ほんのちょっぴり、注射液がほほを伝って流れる。

笑い声はどんどんヒステリックになって行き……

 

プシュッッッ!

オーテップの肌が、ボコボコと膨れ上がった。

その青白かった肌は、血色を取り戻した。テラテラと照る、ピンク色にな変色する。

肌の下で膨れ上がった血管が、ニュルンと浮き上がる。

そして血管が膨れ上がり、オーテップは全身から赤黒い血を噴き出したッッ!

 

ドガっ

 

噴き出した血がオーテップの肌に触れ、固まっていく。

固まった血は青白く変色して行く。

頭部から、うねうねとネズミの尻尾を思わせる触手が伸び、髪の毛を巻き込んで固まっていく。

こめかみがパックリと割れ、その空間から太く、黒い触毛が顔を出した。

 

「嘘でしょ……うわあああっ…」

朋子が悲鳴をあげた。

恐怖のあまり、手にしていた鉄パイプを取り落しかけ、あわてて握り直す。

 

そこには、異形の怪物が立っていた。

「ママママ……ンムァウッ!ンムァウッ!」

怪物が、聞きづらいしわがれ声で、唸った。

その怪物はJOJOがこれまでであった怪物、屍生人、吸血鬼、夜の一族のどれとも異なる生命力に満ちていた。生臭いまでの生命力と、プレデターとしての圧倒的な殺意と歪んだ本能に支配された人獣、それが目の前にいる『レディ・プロト・バオー』であった。

「Muxuuuuu……NNmxtuu!NmaaUoaWoooxtu!!!」

生臭く、荒々しく、だがどことなく淫靡な様子で、プロト・バオーは吠え声を上げた。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「うおぉぉっ!」

 

プロト・バオーは驚くべき速度で跳躍ッ

JOJOに飛び蹴りを食らわすッ!

 

JOJOはかろうじて蹴りをかわした。

攻撃をかわす動きを繋いで、バックハンドブローを、プロト・バオーに放つ!

「ぐぉぉおおおおおっ」

 

だが、バックハンドブローを放ったJOJOの左拳に、プロト・バオーの髪の毛が、触手のように巻き付いていく。

巻き付いた髪の毛の先端が、JOJOの左拳を穿つッ!

 

「いってぇえええええ」

JOJOは、髪の毛から手を引き抜くと、痛みのあまり二転、三転して転げまわった。

(朋子の奴、さっきはこんな痛みに耐えたのかよ)

 

ドゴォオオッ

 

そのJOJOを見下ろし、プロト・バオーは、まるでフリーキックを蹴るような蹴りを何発も入れるッ!

 

「ゴっゴブゥウウッ」

到底避けられない。JOJOは体を丸めて防御姿勢をとった。プロト・バオーの蹴りのダメージを少しでも弱めようとじっと耐える。

 

「まぁむうぅっ!んんむうゥッッ!」

プロト・バオーが満足気に蹴りをいれ続けるッ。

 

だがJOJOは、プロト・バオーの攻撃タイミングを冷静にはかっていた。

タイミングよく体を伸ばすと、プロト・バオーのサッカーボールキックの威力を利用して、宙に飛び上がるッ

「調子に乗りやがって、喰らえッ、この野郎ッ!」

JOJOは空中で体をひねり、回し蹴りをプロト・バオーに放った。

 

JOJOの放った渾身の回し蹴りは、プロト・バオーにさらっとかわされる。

まるで野生の狼のような、俊敏な動きだ。

 

ブン

 

着地したJOJOを、プロト・バオーのタックルが襲うッ!

 

「うぉぉおおおおッ」

JOJOはとっさに身を沈め、プロト・バオーのタックルをさばき、柔道の巴投げの要領で放り投げた。

「ゼーゼーゼー……」

(くっそお、きついぜ。母さんは、50歳の時にカーズの野郎と正面から渡り合ったが、ワシはもう60を超えてるんだぜ……認めたくはないが、これ以上正面からやりあうのは、キツイゼ)

「ハッ!うぉおおおッ」

 

バシュッ!

 

プロト・バオーが投げた小石が、まるで弾丸のようにJOJOを襲うッ!

何とか初段をかわしたJOJOは、上着を脱ぐとそこに波紋を流した。

上着を波紋によって硬化させ、プロト・バオーの放つ次段を、何とかその上着に受け止める。

 

プロト・バオーは、続いて回し蹴りを放つッ!

 

その蹴りも、ブロックするッ

だぎJOJOは、蹴りの威力に、思わず膝と右腕を地面についてしまった。

(しまった、これじゃあとっさに動けんッ)

 

プロト・バオーは、とどめとばかりに両腕を大きくふりあげ……

 

「ンムァウッ!ンムァウッ!」

プロト・バオーの両手……その手から、忘れることは出来ないあの敵、『カーズ』の輝彩滑刀の様な鋭利な刀が現れるッ

「ンムァウッ!ンムァウッ!」

 

だが、プロト・バオーはJOJOではなく、朋子に駆け寄る。

負傷し、満足に動けない朋子に向かって、その刃をふるうッ。

 

「何よッ!私をなめるんじゃあないわよッ!」

朋子は、鉄パイプを上段にかまえ、プロト・バオーを向かい撃とうとするッ!

 

「馬ッ鹿野郎ッッ」

JOJOが叫んだ。

 

朋子の鉄パイプが、プロト・バオーに振り下ろされる。

だがプロト・バオーの刃のほうが、朋子の鉄パイプより、はるかに早い……

 

その時……

 

ガクッ

 

朋子に肉薄していたプロト・バオーが突然体勢を崩した。

プロト・バオーの足には、黒いひもが結び付けられていた。

それは、JOJOが巴投げを放った時に、抜け目なくプロト・バオーの足に結びつけておいたものだ。

JOJOはその紐に波紋を込め、渾身の力で引っ張るッッ

 

「んんがぁッッ!」

足が後方に引っ張られ、プロト・バオーの体が後方に泳いだ。

だが体勢が崩れたまま、それでもプロト・バオーは『輝彩滑刀』の刀を朋子に振るうその手を止めないッ!

 

プロト・バオーのその一撃が、父良平の得意技、『下段からの刷り上げ』に重なる。

けいこ場で、試合会場で、何度も行った父との稽古が、朋子の体を無意識に動かすッ。

 

「舐めるんじゃぁないわよッ」

朋子はとっさに鉄パイプで、輝彩滑刀の刀を叩き落とした。

 

輝彩滑刀は鉄パイプの先端を切り落とす!

…………だが、刀の矛先はずれ、朋子の肌を皮膚一枚、切り裂くだけにとどまる。

 

朋子は怯まなかった。振り切った鉄パイプを掴む手首を返し、間髪入れずにプロト・バオーの頭部へ再び一撃を放つッ!

「ドラッッ!」

朋子の一撃は狙いあやまたず、プロト・バオーの額にあらわに露出している触毛をえぐった。

 

「ンムォォォ―――ンッッ!」

プロト・バオーが、頭を抱えてよろめいた。

 

「キャアアアッ」

どこかやられたのか、朋子も鉄パイプを放り出してしゃがみこんだ。

 

「おおぉぉぉ――――ッ強えぇ」

JOJOはゴクリと唾をのみ込んだ。

「だが、残念なことに致命傷じゃあないみて――だなぁっ!後は任せな」

自信満々のJOJOが懐から取り出したものは…………

 

「ヨーヨーォ?アンタ何を考えてるのッッ」

朋子が驚いて、大きな声を上げた。

 

「おおぉぉぉ――ッと、俺は大まじめだぜぇ」

JOJOはくるっと手首を一捻りさせた。

すでに巻き上げていた二つのヨーヨーを両手に持って、プロト・バオーに向かって降り下ろすッッ!

「くらぇいッ!必殺~ゥッッ!ヨーヨー・ムーブッ!」

 

「そんなの、通じるわけないじゃないッッ」

 

朋子の嘆きをよそに、自信満々のJOJOが放ったヨーヨーがプロト・バオーに飛ぶッッ。

「Nmuoooonn!」

プロト・バオーは、腕から輝彩滑刀の刃を出現させ、ヨーヨーを断ち切ろうとしたッ。

だが

 

スカッ

 

輝彩滑刃が宙を切った。

 

ヨーヨーが、波紋の力で空中に静止したのだ。

「はっ、かかったな」

JOJOが目をキラキラさせ、右手にからげたヨーヨーの糸を拳で叩いた。

再びヨーヨーが動きだす。

 

「Vbuaruxtuuu!」

もう一度、プロト・バオーはヨーヨーを『切断』しようとした。だが、その瞬間ッ!

まるでフォークボールのように、ヨーヨーの進路がガクッと沈んだ。

先ほどJOJOがプロト・バオーの足に縛りつけていた紐を、ヨーヨーが巻き込んだのだッ

 

ベシュッ!

 

二つのヨーヨーが、プロト・バオーの腹部に命中した。

ヨーヨーはそのまま体を駆け上って行き、バオーの顔面に食い込むッ

 

ギュラルルルルッ

 

ヨーヨーは、プロト・バオーの体を縦横無尽にかけめぐった。

その後に続くヨーヨーの糸が、プロト・バオーに絡みつく。

 

プロト・バオーは、咆哮を上げて糸を引きちぎろうとした。

糸を掴む。

 

「へっ……つかむと思ったぜ、その糸をよぉ……」

JOJOもまた、糸を両手で掴んでいた。

「ヘッ 波紋入りの糸は強力だぜェッ……ブラック・バタフライ・オーバードライブッッ!」

コウォウオゥオウゥ―――――――ッッ

波紋は、まるで蝶が羽ばたく様にゆらめきながら糸を伝わっていく。

 

「Guiiiiiiiiii」

まるで高圧電流のように波紋が流れている糸に触れたプロト・バオーが、肌を焼く痛みに身をもだえさせた。

JOJOがヨーヨーを『引く』と、紐で縛り上げられたプロト・バオーも引き寄せられるッ

 

「喰らえッッ、焼き尽くす波紋ッッ!スカーレット・オーバードライブッッ」

JOJOは、身動き出来ないプロト・バオーに、赤く輝く 波紋のエネルギーをぶちこんだ。

ドボッッッ

JOJOの拳が触れている部分を起点にして、波紋がプロト・バオーの全身に広がっていく。その波紋が織り成す模様が、まるで揺らめく炎のように見えた。

 

「Nmuoooonn!」

プロト・バオーは崩れ落ちた。

倒れたプロト・バオーの体がひび割れ、その皮膚の下から元の人間の姿が現れた。

 

「……やったか…それにしても、なんだ、こいつは。吸血鬼じゃあねーみてぇだが?」

何者だ?JOJOはヒョイッとオーテップの顔を覗き込んだ。

と、その時

 

バタッ

 

JOJOの背後で、何かが倒れる物音がした。

振り返ると、朋子がうつ伏せの姿勢で倒れていた。

 

「おいっ!しっかりしろッッ 」

ジョジョは、‘朋子を抱きかかかえた。

 

「ゴボッ」

朋子が、黄色い胃液を吐いた。

「だ、大丈夫よ。ちょっと気持ちが悪くなっただけ」

 

「そんな……いや、そうだぜ、朋子ッ。すぐに良くなる」

JOJOは朋子の手を握った。その手は熱をもち、ガタガタと震えている。

JOJOの脳裏に、吸血鬼のエキスを注入されてゾンビに変わっていった哀れなもの達の姿が、浮かんだ。

「まっ、まさか……あのとき、ゾンビ野郎の『エキス』が、朋子の体にはいっちまったのかッ? 」

 

「何言ってるのよ……大丈夫だって…」

気丈な言葉とは裏腹に、朋子の顔は青ざめていた。

 

ポタ……

鮮血が、床に落ちた。

 

「オ……オイ、朋子ォ、お前」

 

「あっ…だっだから大丈夫だって……アハハハ」

朋子が、青ざめた顔で笑った。

腹部にあてている朋子の手が、血に染まっていた。

その時は鋭利すぎてわからなかったのだ。

先ほどのプロト・バオーが放った輝彩滑刃が、朋子の腹部を深く切っていたことに……

 

「馬鹿言ってるんじゃあねェッ」

JOJOは一瞬狼狽した顔になり、だがすぐに決意をこめた顔で立ち上がった。

「……時間がねぇ……朋子、オマエには『借り』があるぜ……今それを返すッ!伝えるぜ……波紋を通して俺の生命力をッ」

 

コオオォォォォ

「(究極深仙脈疾走)ディーパス・オーバードライブッッ!」

それは、100年前、彼の祖父:ジョナサン・ジョースターが彼の師匠:ウィル・O・ツェペリから引き継いだ生命の力……

JOJOは自分のありったけの生命力を絞り出し、その力を波紋に乗せた。

そして、そのパワーを惜しむことなく、東方朋子に注ぎ込んだ。

 

 

◆◆

 

ガラガラ

 

遠くで サイレンが鳴っていた。

「……バイオ・ハザードが発生、15分後に基地を破壊します」

録音された音声と思われる無機質な声が、繰り返し研究所内に流れていた。

ガラガラ

やがて、どこかで天井が崩れる音が始まった。

 

ガァアンッ ドッ ゴォオンッッ

そして、研究所の一画から爆発音が響いた。

 

 

朋子が目覚めると、目の前にはJOJOが倒れていた。

 

「……よッ…よぉ。目が覚めたか」

その声はすっかりしわがれている。

イヤ、声と髪だけではない。JOJOの顔には深いしわが刻み込まれ、肌には生気がなかった。髪も、すっかり白髪となっている。

「……傷は治した。後はこの揺れが収まったら、ここを脱出するだけだワイ」

 

「なっ……」

驚いた朋子が周囲の様子を確認すると、そこは巨大な岩やコンクリート片に囲まれた、小さな小部屋のようになった空間になっていた。

朋子が気絶している間に、JOJOが運び込んでくれたのだろう。

 

ヘッ。ワシ等の勝ちだ。やっつけてやったぜ。

JOJOは、ニヤリと朋子に笑いかけた。

 

「アンタ……なにがあったの?あの怪物にやられちゃった……の?」

 

「だから、勝ったっていったろうが。やられるものかよ。だけど、チョッピリ精力をつかいきっちまった……やりすぎて足腰がたたねー」

JOJOは、にやっと笑った。

「……おまえは次に、ちょっとッ!ふざけないでJOJO ……と、言う」

 

「ちょっとッ!ふざけないでJOJO……はっ!」

朋子は、驚いて口をふさいだ。

「アンタ……ホントに一体どうしたの。その髪……」

朋子はJOJOの頭をそっと抱え、優しく語りかけた。

「体が冷たいわよ、ジョセフ、アンタまさかッ」

 

「大丈夫、心配いらね――ぜ」

JOJOは、朋子にウィンクしてみせた。

「すぐ助けが来る」

その言葉を口にした直後、JOJOは気を失って倒れた。

 

「!?ねえ、ちょっと、しっかりしてよッッ」

 

ドガッ

ちょうど落盤が、朋子達のいる小部屋の入り口をふさいだ。

崩れた岩盤に囲まれた小さな空間は、光が一筋も入らない真の暗闇に包まれた。

 

真っ暗闇の中、朋子はJOJOを抱えて途方に暮れた。

「ちょっと、JOJO……ジョセフッ、アンタ体温がどんどん下がってるじゃない……何とか体を温めてあげないと、死んでしまうわッッ どうしよう……」

朋子は、唇をかんだ。

 

――――――――――――――――――

 

 

8月22日:北上高地山中

 

JOJOと朋子が行方不明になってから3日後、空条貞夫は二人のの足取りを追って、山林の中を歩いていた。

崩れやすい腐葉土で覆われた急峻な山を、泥だらけになって、登っていく。

山には、立木、倒木、下草や蔓植物が密集しており、その移動は困難を極めた。

 

貞夫は、事前にジョセフから聞いていた情報を元に、北上山地の奥深くに入り込んでいた。

森に踏み込んでからもう5日はたつ、本当の目的地を敵に知らせないために、足取りを偽装する必要があったためだ。

 

だが、もうあまり時間も残っていない。

 

貞夫は、義父:ジョセフ・ジョースターのことは、あまり心配していなかった。なんと言っても、彼は歴戦の猛者なのだ。

自分ごときが彼のことを心配するなど、おこがましい。

 

心配しているのは、自分に残された時間のことであった。

 

今はジョセフの相棒という触れ込みで、潜入していた波紋の一族:ジン・チャンが、『ジョセフが姿を消した場所』を偽装し、敵の目を別の場所にひきつけている。

この隙をついて、貞夫が探索を行っているのだが、チャンができる時間稼ぎも、せいぜい後数日、と言うところだろう。

それまでに探索を終えねば、DRESSはまたすべての証拠を消去し、深く地に潜ってしまう事は目に見えていた。

そうなれば、再び奴らのしっぽを掴むチャンスを得ることは、難しいであろう。

 

政府の上層にもDRESSの関係者が存在している。だが、この捜索を終えることができれば、待ち焦がれていた証拠が得られるであろう。

貞夫はそう確信していた。

この証拠を得られれば、貞夫が何年もかけて綿密に内偵を進めている成果が実を結ぶ。そうすれば、日本に潜む闇、DRESSの影響を(公的には)一掃出来るはずなのだ。

 

だが、それはもう少し先のこと、今はまだ、がまんのときだ。

(細心の注意が必要だ。DRESSはまだ侮れない、醜いファシストどもの最後の残り香だが力を持っている……)

貞夫自らが動かず、義父に探索を依頼したのも、政府の裏切り者に情報が漏れないようにする為であった。

 

空条貞夫は、世界的に知られるジャズ・ミュージシャンとしての表の顔の他に、公安委員会のエージェントとしての裏の顔を持っていた。

聴く人誰もが深く引き込まれる、素晴らしいサックスを吹く男。

だが同時に、日本ではほんの数人しか許されていない、国際的なマーダーライセンスを持つ公安委員会のトップ・シークレット・エージェントでもあった。

『牙』、『黒き天使達』と並び称される日本の力の一つ、それが空条貞夫であった。

 

◆◆

 

 

「DRESS……まさかこんなところに基地があったとはね……良くも見つけ出せたものだ。さすが、お義父さん……と言うところか」

ジョセフがくれた情報通りに探索を進めたおかげで、さほど時間もかけずに貞夫は、人知れない渓谷に崩れかけたお堂を発見することができた。

お堂の床を探ると、崩れかかった手掘りの洞窟があった。

その洞窟に入り込み、らにその奥に隠れる研究所に潜入しようとした貞夫は、一人の少年に行く手を遮られていた。

 

洞窟をこえて到達した『リノニウムで床が覆われた小さな広間』……その先に、ドアがあった。

そのドアの前で、少年が待ち受けていた。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「ダメだよ、貞夫さん……」

僕たちの邪魔をしないでくれよ。

その少年が笑みを浮かべた。

イヤ、貞夫は知っていた。彼は本当は少年ではない。彼の目は、その長い人生で色々なものを見てきた老人だけが持つ、複雑な色をうかべていた。

 

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

 

貞夫は、黙って刀の鯉口を切った。

目の前の男とは初めて出会う。

だが、貞夫は彼のことをよく知っていた。

男の名は、小暮大士。

彼は、目の前の少年のような見た目の男は、貞夫が調べた情報によればもう100歳を優に越える年齢のはずだ。

幕末、徳川の世が終わった直後に生を受けた怪物。

彼こそが、DRESSの真の創始者であった。

 

バリッ

 

大士が自分の顎に手をやり、べりっと剥がしていった。

あどけない少年の顔は、マスクだったのだ。

マスクの下から、大士の真の顔が現れた。

下に見えた顔は、目こそ年老いた色をおびていたが、100才を越える年齢とは思いがたい、エネルギーに溢れた若々しい顔であった。

「マスクを被っていると、少し見えづらいからね。それに貞夫さん……ここまで貴方が僕らの為に費やした努力に、少しは敬意を表しておくべきだしね……」

 

「小暮大士ッ!怪物め、そこを動くなッ……貴様を逃がさんッ」

貞夫が吠えた。

 

「僕の……ワシの名前を知っておったのか」

大士の口調が、急に年寄りのようにしわがれた。

 

「…………」

 

「怪物とは、御愛想だな」

大士の皮膚がひび割れ、崩れた。

崩れた皮膚の裏から、カサカサに乾ききったシワだらけの肌が顔を出した。

 

「この体はいらん、もうポンコツだからな……」

大士は、舌打ちして露出した肌に軟膏を塗り、顔全体をおおうように包帯をまいていく。

「でも、お前が来てくれてうれしい。ワシの治療には、その石が必要だったのじゃ……お前の持つ、イヤ……赤石の持つ、『生命のパワー』……がな」

君のお義父さんをここにおびき寄せれば、君も来てくれると思っていたよ。

小暮が言った。

さあ、それを渡しておくれよ。

小暮が両手を出した。

その背後に、揺らり と『何か』が出現した。

 

ザシュッ!

その『何か』に向かって、貞夫の居合切りが走るッ

 

だが、小暮は……小暮のスタンドは、貞夫の刀を防いだ。

「パワースレイヴッッ!」

小暮の叫び声とともに出現したスタンド。それは、ピンク色のテラテラと光るつぎはぎだらけの肌を持ち、ブクブクと肥え太った醜い外見をした、巨人であった。。

パワースレイヴが、攻撃態勢をとった。

その拳から、圧倒的なパワーを感じるッ

 

ゴアッ!

超高速の剛拳がうなる!!

 

パワースレイブの攻撃を、貞夫は落ち着いてすりぬけた。

 

ベキイッ

 

かわした拳が周囲の木々を、岩を、土塊をぶっ飛ばし、クレーターを作るッッ

「ほう……貴様………『見えている』のか?」

小暮が、睨み付けた。

「それとも、ただ殺気に反応しただけか? 」

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「…………」

貞夫は黙っている。

そして八双 ――刀を左側に持って斜めに右肩に切っ先を傾ける刀の持ち方―― に構えて、ジリジリと小暮によっていった。

 

小暮が、フンと鼻を鳴らした。

「まあいい、我がスタンドの、この圧倒的なパワーに対抗出来るものならやってみるがいいッ」

再び、パワースレイブがラッシュをかけるッッ!

 

ザサュッ

 

パワースレイブの攻撃をかわしざま、貞夫はもう一度居合い抜きを放つ!

その斬撃は、今度は命中した。

 

ボトリ……と小暮の体の一部が、落ちる。

左の膝下だ。

「そうか貞夫ッ、やはり貴様『見えている』のだな?」

小暮は、切断された左膝を抱えて、笑った。

不思議なことに、その傷口からはほとんど血が流れていなかった。

「貴様、ただの剣術使いかと思ったが、スタンド使い……と言うわけか……フム……では、貴様の能力が未知な今、迂闊に近づくのはリスクが大きいか……」

小暮は、片足でピョンピョン跳ねながら後ろに下がっていく。

 

「待てッッ」

貞夫がその後を追いかける。

 

だが貞夫が小暮に追い付く前に、パワースレイブが二人の間に立っていた支柱を、へし折った。

 

ベキッッ

 

すると、支柱に支えられていた大量の土砂が、一気に崩れた。

 

ゴボッ、ゴボッッ

 

貞夫は土砂に巻き込まれないように、とっさに背後に飛びのいた。

降り注ぐ土砂が、土埃を立ち込め、周囲が見えなくなった。

やがて、立ち込める土埃が止む。

小暮の姿は、どこにもみえなかった。

 

「クソッ逃がした……千載一遇のチャンスを」

貞夫は、いらただしげに首を振った。

「イヤ……だが、今はあんな奴のことなどどうでもいい、お義父さんを探さないと」

貞夫は気を取り直すと、刀を地面に突き刺した。

床を、切り抜くッ

 

ボゴッ

 

床下の穴をのぞくと、そこには暗黒が広がっていた。

下のフロアの様子は、見えない。

手に持っていた刀を鞘に納め、貞夫は、階下に広がる暗黒の空間に身を躍らせた。その所作には、一切の躊躇が見られなかった。

階下の空間は、真の闇であった。

 

飛び降りた貞夫は、身を低くして、敵の攻撃に備えた。

暗闇の中、何かおぞましい生き物が蠢いている感覚があったのだ。

 

ふっ……と空気が動く。

同時に、空条貞夫が刀の鯉口を切った。

 

ズバアァンッ!

 

「Hjiiiiii」

「Tejerriii?Tekerrii!」

闇の向こう側にいた『何者か』が、悲鳴を上げて倒れた。

 

手ごたえあり……

貞夫は、振りぬいた刀を素早く鞘に収めた。

収めた刀の柄に、再び手をかける。

しばらくそのまま油断なく構え、いつでも抜刀できるようにする。

『何者か』の気配を探りつづける。

やがて、その『何者か』が確実に息絶えたことを確認した後で、貞夫はゆっくりと構えを解いた。

 

ライターに火をともす。山を登っているときに作った手製のたいまつに、その火を移す。

周囲を照らすと、足元には貞夫を襲った怪物が、倒れていた。

体中がブクブクに膨れた、異形の怪物だ。

完全に胴体が両断されているのに、まだ生きている。

怪物は、目をギラギラと輝かせ、這いつくばった姿勢で、貞夫に向かってズリズリと進んでくる。

 

貞夫は、たいまつを口にくわえ、刀の柄に手をやった。

次の瞬間、怪物はみじん切りにされ、今度こそ息絶えた。

 

「あまり、ゆっくりしてられないな」

怪物を処理した貞夫は、懐から『赤い石が埋め込まれたペンダント』を取り出した。その石は、エイジャと呼ばれる、波紋の一族の至宝だ。

 

そのペンダントに意識を集中させる……エイジャの赤石を持ったままぐるりと回転すると、その方角によって、赤石が熱を持ったような感覚がある向きがあった。赤石が、JOJOが放っている特殊な生命の『波紋』を感じ、反応しているのだ。

 

貞夫は、赤石の反応がでる方角を探して、暗闇の中を歩きだした。

 

「ここかな?」

貞夫は、赤石を片手に時折襲い掛かってくる怪物を切り伏せつつ、暗闇をさまよった。

小一時間ほどそうして暗闇の中を探索しただろうか。やがて貞夫は、崩れた岩壁の前で足を止めた。

『波紋の反応』は、その岩壁の向こうから来るようであった。貞夫は、再び刀の柄に手をやる……

 

ズジャァッ!

 

貞夫が刀を振るうと、岩壁が切り落とされた。その裏には、すっかり衰弱し、意識を失っている彼の義父:ジョセフ・ジョースターと、ジョセフを優しく抱きしめる若い女性が座っていた。

 

「あ……アンタは?」

すっかり弱り切った若い女性が、貞夫に向かって弱弱しく問いただした。

 

「ああ……ボクは公安のモノだよ」

貞夫が、微笑みを浮かべた。

「君と、ジョセフ・ジョースター氏を助けに来たものです。もう大丈夫ですよ」

貞夫はゆっくり近づくと、その若い女性にタオルを放った。

今目にしているとある『光景』に少々困惑しながら、貞夫はJOJOに近づいていく。

 

「……私は無事よ……でも、JOJOの意識が……」

若い女性が、すすり泣いた。

 

その時、JOJOが目を覚ました。

「サダァッ!テメェ遅ぇぞ、馬鹿野郎ッ」

ぐったりとしていたJOJOがギョロリと目を開け、貞夫に悪態をついた。

 

「お義父さん、下調べだけの約束だったじゃあないですか」

貞夫が言った。

よかった……抑えきれない笑みが、その唇に浮かぶ。

「危ないことはしないと、おっしゃっていたのに」

 

「フン……お前のような若造には任せておけんワ」

 

「……イヤ、さすが義父様です」

感服しています。貞夫は頭を下げた。

「おかげで助かりました。私一人ではこうはできませんでした」

 

「クッ……お前は俺をナメめているのか?……まぁいい……サダよ、お前に頼みごとをするのは忌々しいが…後始末はまかせたぞ」

そう言うと、JOJOはまた気を失った。



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空条貞夫の孤闘 -1986- (NEW!)

1985年7月某日:アメリカ ルイジアナ:ラフィエット

 

「………あぁ……すまんな………急に予定の無かった追加公演が決まってね……スポンサーの都合で、どうしても断れない………つまり、まだ帰れないんだ」

空条貞夫は、電話越しに謝罪した。

 

……電話越しに沈黙が漂う……

 

電話の向こう側には、息子がいた。

『………そうか、仕方ない………俺はいいさ……でもオフクロには、直接あやまっといたほうがいい…………言っておくけど、おふくろ、ずいぶん前から楽しみにしていたんだゼ………父さんが誕生日に帰ってきてくれるのを』

やがて、沈黙を破り、息子の承太郎が答えた。もう母親の誕生日に帰ってこないことは、予想していたのだろう。いたって冷静な口調だ。

 

昔はもう少し寂しがってくれたのに……と寂しく思いつつも、息子が素直に話を聞いてくれたことに、確かにほっとしていた。

 

だがホッとした自分に、罪の意識も感じている。

 

「そうだな……じゃあ、電話を切るよ……またな……」

 

実家への電話をきると、貞夫は安っぽいモーテルのベッドに腰をおとした。

タバコの煙で赤茶けたモーテルの壁をぼうっと眺め、貞夫はしばらく物思いにふけった。

 

義父:ジョセフ・ジョースターと共にドレスの日本支部の一つを壊滅させてから、3年が経っていた。

ドレス本体の所在を示す手がかりは、まだ無い。

手を尽くしてはいたが、いまだに貞夫はDressの影を見つけられずにいた。

 

貞夫は冷蔵庫に行き、クァーズの缶を取りだした。ベッドに腰掛け、タブをこじあけると、一息に飲み干す。良く冷えたクァーズののど越しに、ささくれだった気持ちがほんの少しだけ、おさまっていく。

 

ベッドに腰掛け、缶ビールを片手にぼうっととしていると、再び電話がなった。

妻からか………淡い期待をいだきながら受話器を取る。

違った。電話から聞こえたのは、しわがれた声だ。義父:ジョセフ・ジョースターの声だ。

義父に依頼していた、調査結果が出たのだ。

 

「お義父さん、病気の具合はいかがですか」

尋ねると、いつも通りフンと鼻をならす音が聴こえた。だが、少し弱々しい。

義父は一年前に原因不明の高熱に倒れ、復帰したばかりであった。……一年前、大西洋に沈んだ沈没船から、『とあるモノ』が引き上げられたという噂をきき、調査に行ってすぐに、倒れたのだ。

 

『サダよ……貴様に父親呼ばわりされる筋合いはないワ』

グス……電話越しに、義父が鼻をすする音が聞こえた。

 

義父の憎まれ口に取り合わず、貞夫は、続く言葉を待った。

果たしてジョセフは、この電話をかけたそもそもの目的である、最新の『奇妙な』情報を話し始めた。ジョセフは、自分のネットワークを利用して、『奇妙な事件』が起こっていないかどうか、調べる。貞夫は、ジョセフの情報を調査し、DRESSの存在を探る糸口がないかどうか、調べる。

それが、演奏旅行とは別の、今回の訪米の裏の目的であった。

 

ノートを取り出して、ジョセフの話しの要点をまとめていた貞夫の指が、止まった。

ジョセフ曰く、ここから少しだけ離れた小さな町に、『幽霊屋敷』があるのだという。

「幽霊屋敷?」

興味をひかれ、聞き返した。

 

『そうじゃ……フム……そうじゃのぉ。ここは、調べてみる価値があると思うぞ、なぜならのぉ……”あれ”が運び込まれた形跡があるからじゃ………ワシラの探しておる”あれ”がのぉ……』義父が、のんびりと言った。

 

「あれ?」

 

『あぁ……”あれ”が、”ドレスの秘密兵器”が搬送された形跡があるんじゃ』

ジョセフは説明をつづけた。

その話を聞きながら、貞夫は手にしたノートに、『幽霊屋敷を調査、バオー搬入?』と赤字で書き込んだ。

 

――――――――――――――――――

 

その建物は、農場とはいえ、大邸宅であった。イタリア風ビクトリア様式とでも呼ばれる、アメリカの伝統的な形式の邸宅だ。その建物の中心には、ゴテゴテと装飾の施された巨大な時計塔が立っている。

その時計塔の両脇に、二つの三階建ての建物が伸びている。

中庭には、立ち枯れ果てた木が一本、残っていた。

 

「ここか?ジョースターさんがおっしゃっていた『幽霊屋敷』は?」

エジプト人の若者が、尋ねた。

その若者は、頭髪をいくつもの筒状にまとめ、ゆったりとしたケープのような服を着ていた。街中なら明らかに場違いなその格好は、しかし荒野の真っ只中に建つ古い農場の前では、似合っていた。

 

建物を見つめる二人の間を、風が吹き抜けた。風は埃や枯れ葉を巻き上げ、『幽霊屋敷』の庭を通りすぎていく。

 

「ぎゃうううっ」

若者がさげたバスケットの中から、不機嫌そうなうなり声が聴こえた。

若者はあわててふところからガム――コーヒー味なのだそうだ――を取り出すと、バスケットに押し込んだ。

すぐさま、クチャクチャとガムを噛む音、興奮しているらしき鼻息が、バスケットの中から聞こえてきた。

 

もう放してやったらどうだ?

貞夫の提案に、その若者:モハメド・アヴドゥルは首をふった。

「サダオ、それは出来ない。イギーは手におえないんだ」

 

貞夫は、目をむいた。ジョセフ・ジョースターが自分の代わりによこしたこのエジプト人の実力は、良くわかっていた。

そのアヴドゥルでさえ手に余るとは………少し信じられない気持ちでバスケットをマジマジと見ていると、そのカゴのすきまから、何か『砂』のようなものが、こぼれたように思った。

 

「サダ、潜入の前に、偵察に行くべきだ」

二人の背後に立っていたバックアップ隊のリーダー、ルディ・バロウズが言った。

 

貞夫達のバックアップチームとして、日米合同の超極秘チームがこの潜入作戦に同行していた。

バックアップチームは4名からなっている。

リーダーのルディとボビィ・バートンは、アメリカのFBIから、才堂 雅春は日本の警視庁特科中隊(SAP)から、そしてジン・チャンはSW財団からの出向者だ。

第二次世界大戦の闇をいまだに引きずる組織:DRESS。貞夫達は、DRESSの動きを、もう何年も追いかけていたのであった。

 

「もう少し情報を集めたほうがいい……ここは、慎重に行こうぜ」

旧友、ジン・チャンが貞夫の肩をたたいた。ジン・チャンもバックアップチームの一人として、この探索に参加してくれていたのだ。

 

「わかった。頼むぜ……」

貞夫はうなずいた。

 

貞夫の許可を得て、バックアップ・チームが少しづつ前方に展開をはじめた。

姿勢を低く、地に伏せるような格好で、ジリジリ進み、手にした観測機器を建物に向ける。

 

貞夫も、双眼鏡を手にとった。ゆっくりと『幽霊屋敷』の周囲を観察する。

『幽霊屋敷』の回りは高い赤茶色のレンガ塀にとりかこまれている。周囲には隣接する建物もない。

窓はくすみ、中のようすは見えない。

 

ルディが片手をあげた。ルディはバックアップ・チームをその場に残したまま、ジリジリと貞夫達の元へ戻ってきた。

「……確かに誰かに使われているな。サーモスコープで探ると、誰かが窓の近くに立っているのが確認できた」

 

ルディの報告に、貞夫は眉をしかめた。覚悟してはいたが、やはり『敵』は自分達がここにいることに気がついている……という事だ。

 

「……無線の類いは使っていない。だが、『放射線』が検出された。人体には影響ないレベルだが、気を付けたほうがいいダロウ……」

ルディはそう言うと、時計塔の上を指差した。

「放射線の発生源は、ちょうどあの時計の裏だ」

 

「わかった……潜入するのは今晩10時ではどうかな?夜に紛れて、近づこう」

 

アヴドゥルの提案に、貞夫は首をふった。

「いや……時間を置けば敵に対策をとられる……今、乗り込もう」

 

「…………そうか……そうだな。わかった」

貞夫の言葉に、アヴドゥルが頷いた。その顔が、不意に歪む。

「サダッ!気をつけろッ」

ボウッ

 

周囲の温度が高くなった。

アヴドゥルの『能力』 スタンドだ。スタンドにより、炎が産み出されたのだ。

「気を付けろッ!敵だッ………なにか『影のようなもの』が、屋敷から延びてきたぞ」

アヴドゥルはそう言いながら、バスケットのふたを開いた。

 

バスケットの中からは、ブサカワ……なボストンテリアが1頭、ぬっと顔を出した。不機嫌そうな様子だ。

アヴドゥルが連れてきたのは、犬であった。

犬は、ガルルとアブドゥルに対して唸った。見るからに機嫌が悪そうだ。犬は身を縮め、アヴドゥルの背中に襲いかかるそぶりを見せた。だが、不意にその姿勢を解いた。

犬はかわりに、そうっとアブドゥルの背後に隠れる。

 

「なん……だ?」

その犬の『奇妙』な動きにつられて、貞夫は農場の方を見た。

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

いつの間にか、農場:幽霊屋敷の入口に、一人の男が立っていたのだ。

男は、ポケットに両手を突っ込み、ただ突っ立っていた。小柄な男。その男の『影』が、動いた。

 

『影』が、伸びる。

 

伸びた『影』の目が、無気味に光る。

 

ジュギュゥ――――――ン……

 

『影』が、バックアップチームに向かって伸びていく。まるで、蛇が体をくねらせていいるように、くねくねと動く。

 

「!?何かマズイッ……逃げろッ」

アヴドゥルが、叫ぶ。

 

「お前たち、下がれッ」

ルディが叫んだ。

その叫び声をスイッチにして、ジン・チャン達、前方に展開していたバックアップチームの面々が、あわてて動き出した。

 

グニュリ……

だが三人の動きよりも一瞬早く、『影』が伸び、偵察に出ていた三人に触れた。

 

「!?」

 

「!くらえイっ」

次の瞬間、アヴドゥルが叫ぶと、その前方に炎が出現した。

エジプト十字架の姿をしたその炎は、『影』 に向かって轟音をあげながら、飛んでいく!

 

『影』はグニャリとその進路を曲げ、炎をよけた。今度は貞夫達に向かって、『影』が延びていく。

『影』が一瞬、アヴドゥル達に、そしてつぎに貞夫に、触れた。

 

ガタリッ

 

『影』に触れた貞夫の視界が、揺れる。

地面につきだしている石に躓いたかのように、視線が下がり、地面が近くに見える。

 

「マジシャンズ・レッドッ!」

「ガルルルッ!」

 

アヴドゥルと、ボストンテリアが叫んだ。

 

すると何処からともなく『砂』が現れた。『砂』が近くの小石を飲み込む。そして、まるで大砲のような形に変化した。

砲台のさきから、小石が『影』の先の男に向かって、飛んでいく。

 

おなじく『炎』が現れ、『影』を焼き払うッ

 

二人が、それぞれの持つ『能力:スタンド』で攻撃をかけたのだ。

だが、その攻撃に移る直前に、スタンドの像が一瞬歪む。

 

そして……

 

『炎』は、急速にその範囲を狭めた。

 

『小石』は、まるで子供がパチンコで飛ばしたように、勢いを失い、放物線を描いて飛んでいった。

 

ベシッ

ジュッ

 

『小石』も、『炎』も、その本来の威力とは程遠いささやかな力で、目標を攻撃することとなった。

 

だが、そのささやかな攻撃でも十分な威力があったようだ。

 

「……ヒィィィィツ」

『砂』に攻撃された男は、二人と一匹に背を向けた。悲鳴を上げて『幽霊屋敷』に飛び込み、ドアを閉めた。

 

「逃がすかッ」

悲鳴を上げる男を追って、貞夫も走り出した。

だがすぐに、足が絡まる。貞夫はもんどりうって、勢いよく地面に頭を打ち付けた。

隣で走り出していたアヴドゥルも、やはりすっ転んでいる。

 

いや……

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

「……アヴドゥル……お、おまえ……」

 

「サダ……いったいどうしたんだ、お前……その姿は」

 

「キャウン」

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

二人は……二人と、一匹は顔を見合わせた……

貞夫の目に映ったのは、見慣れていたアヴドゥルの顔ではなかった。そこに見えているのは……まだ7歳ほどの、あどけない少年の顔であった。少年は、ついさっきまでアヴドゥルが着ていたゆったりとしたケープに包まれている……

 

アヴドゥルの目に映ったのも、やはり10歳ほどの、ティーンエイジャ―になる手前の日本の少年だった。その少年は、切れ長の鋭い眼をしており、貞夫が持っていたのと同じような刀を、大事そうに抱えていた。

 

そして、二人のすぐそばには、生意気そうな、生後半年ほどの子犬がきゃんきゃんと吠えている……

 

その背後には、ルディに似た金髪でにきびだらけの少年が、怯えてしゃがみこんでいる……

 

「クゥン……」

子犬が、鼻を鳴らした。

 

「お……お前、もしかしてイギ―……なのか?」

あどけない子犬に、アヴドゥルが戸惑った。

 

オズオズと子犬に向かって手を伸ばすと、イギ―は甘えて手に鼻先をこすりつけた。まるで猫のように、今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうだ。

イギ―は、あどけない子犬になってしまったのだ。

「コイツ……コイツが『甘えてくる』だとぉ……」

アヴドゥルは、気味が悪そうに、そう言った。

 

一体……自分たちはどうなってしまったというのだ。

貞夫は、子供に戻ってしまった自分たちに、唖然とした。

 

「シクシク……ウェ――――ン」

「……サダ……いったいこれは?」

「ボク、どうしてここにいるの?おかぁさんは、ドコ?」

 

子供に戻ったのは、バックアップ・チームもであった。

いや、ルディを除く彼らの状態は、貞夫達よりも、深刻であった。

貞夫達の現在の年齢が10才前後だとすると、ジン・チャン達の年齢は、6才程度に見える………

影に接触していた時間が、長かったからであろうか。肉体だけでなく精神まで幼くされたバックアップチームの面々は、なすすべもなく泣くばかりであった。

 

「ウワッ」

「助けてッ!」

と、不意にバックアップ・チームの面々が、地面に引き倒された。

その体には、いつの間にかフックつきのロープが絡み付いている。

 

ジャリジャリジャリジャリッ!

 

ロープが引っ張られ、バックアップ・チームの面々が『幽霊屋敷』に引っ張られていく。

引っ張られた三人が、必死に手を伸ばす。

 

だが、その手に届かない……

 

「ウワァ―――ッ助けて、おにぃちゃんたちッ」

ジン・チャンの声だ。

 

「ジンッ!」

ジン・チャン達を追いかけようとした貞夫は、たたらを踏んで立ち止った。

 

貞夫たちに向かって、幽霊屋敷から何かが跳んできたのだ。

それは、今ジン・チャン達をとらえているフックと、同じものだッ

 

「くっ」

貞夫は、フックを避け様、居合い斬りを放つ!

 

ザッ

 

貞夫に裁ち切られたフックは地面に落ち、『まるで乾いた植木鉢に水をやったかのように』、消滅した。

 

だがその間に、バックアップ・チームの者たちが『幽霊屋敷』に引きずり込まれる……

 

「しまった……」

アヴドゥルが下を向いた。

 

とにかく、このままボーっとしていることは出来ない。彼らを助けなければ。

 

「追うぞ、アヴドゥル、イギー………ルディは、後方に1km下がって待機していてくれ」

貞夫が言った。

 

ルディは、確かに戦士として非凡な能力を持っていた。だが、あくまで普通の人間だ。

子供になってしまった今、足手まといとなる可能性の高いルディは、連れていくことはできない。

 

「……わかった、気をつけろよ」

ルディがうなづく。

 

「お前もな……俺たちが侵入してから、一時間たって何も起こらなかったら……町まで戻って、応援を呼んでくれ」

 

「うん……」

ルディがうなづいた。

「やってみるよ……」

 

「さだ、いこうッ!」

アヴドゥルが言い、ダボダボの服を切り詰めて走り出した。

 

子犬も……イギ―も、二人の後を追ってよちよちと歩き出す。

 

二人と一匹は『影』を操る男を追いかけて、『幽霊屋敷』に入った。

 

 

――――――――――――――――――

 

バタン

 

建物に入った瞬間、玄関のドアが勝手にしまった。

 

同時に、ドアの外からブルルルルンンと言う、車のエンジン音が聞こえた。

 

ドルルルル……

 

そのエンジン音は、どんどん遠ざかっていき、やがて、何も聞こえなくなった。

 

しまった。逃げられたのか……

貞夫は頭をかきむしった。

車で逃げたのは、あの、『影』を操る男に違いなかった。

 

「チッ」

貞夫とアヴドゥルはドアに取り付き、全力で引っ張った。だが、金属製のこのドアは、外から閂をかけられたのか、びくともしなかった。

 

「マジシャンズレッドッッ」

アヴドゥルが叫んだ。

するとアヴドゥルの横に、鳥の頭を持った怪人……の子供のような像が、現れた。その怪人は、高く両手を掲げ、ドアに手を触れた。その手から、チョロチョロとした炎が現れ、そして消えた。

怪人は、アヴドゥルの能力、炎を操るパワーを持ったビジョン(幽波紋)だ。

ジョセフ曰く、それはスタンドと言う、一種の超能力なのだそうだ。

 

「クソッ……だめだ、ドアが焼き切れない……マジシャンズレッドの力が……弱まっているみたいだ」

アヴドゥルは、悔しそうにドアを蹴とばした。

 

「……」

刀なら切れるだろうか……貞夫は、手にした刀に手をやった。だが、脱出より先に、やらなくてはならないことがある。まずは、屋敷に引き込まれたバックアップ・チームの面々を、助けなければ……

 

「……ぎゃうううっ」

イギーが、唸った。

 

その視線の先を見ると、血痕が点々とたれ、ロビーの横手にある扉に、伝わっているのが見えた。

アヴドゥルは貞夫にめくぱせをして、ゆっくりとそのドアに近づき、開けた。

 

ドアの奥は渡り廊下になっており、血痕はその廊下を渡って、突き当たりのドアまで延びていた。

「キュワワワワ……」

イギーが怯えたように唸り、アヴドゥルの肩に乗った。

 

「ハハハハ……お前が俺を頼るなんてな………もしかしたら、子犬のうちは、可愛い性格だったのか?」

アヴドゥルが笑った。だがその笑いが微かに震えているのに、貞夫は気づいていた。

 

「いぁあああああ――――!!」

建物の先から、絶叫が聞こえた。

 

「クッ!急げッッ」

二人と一匹は、絶叫が聞こえた場所めがけて、走っていった。

長い廊下を一気に駆け抜け、先を進む。

突き当りの階段がある踊り場の隅には、ドアがあった。

 

そのドアを開けた。

ドアの先は、食堂のようであった。その長いテーブルの上に、貞夫とアヴドゥルが『恐れていたもの』が見えた。

 

コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ" コ"

 

「……ボビィ………」

そこには、バックアップ・チームの1人、ボビイ・バートンの惨殺死体があった……

 

大人の姿に戻ったボビイの血だらけの死体は、苦しそうな表情を浮かべ、テーブルに縛り付けられていた。

その口には、カーテンの切れ端のようなものが詰め込まれていた。

テーブルには、一面ボビィの血が垂れ、真っ赤に染まっている……

 

「………遅かったか………」

貞夫は、唇をかんだ。こうなってしまっては、もうどうやってもボビイは助からない……他の二人は、無事だろうか……

 

その時、ガチャリ……と部屋の反対側にあるドアが、開いた。

 

「そこまで……丸焼きにされたくなかったら、近づくな」

ドアを開けた人物に向かって、アヴドゥルが言った。

 

「………」

開いたドアの先には、くすんだ服装の小男が無言で突っ立っていた。

小男は、二つ穴をあけた茶色の紙袋をかぶっている。そしてその両手には、自分の身長ほどもある、赤黒い鉄でできた鋏が握られていた。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

 

「……なんだお前は………お前が、ボビイをやったのかッ」

 

貞夫の詰問に答えるかのように、小男は巨大な鋏をシャキシャキと打ち鳴らす。

『ウィキィキィキィキィッッ』

小男は、涎を吐き垂らしながら、二人と一匹に向かって駆け出したッ!

 

「うっ……敵っ」

アヴドゥルが、吠える。

 

「ギャワワワワッ」

イギ―が、小男に向かってスタンド;ザ・フールを放つッ!

小柄な小男に向かって、子猫ほどの小さなスタンドが、襲い掛かるッ

イギーのスタンドも、小さくなっているのだ。

 

ジャキッ

 

小男:鋏を持つシザーマンが、ザ・フールに向かって鋏をふるう。

ザシュッ

 

だが、鋏は何もダメージを与えることなく、ザ・フールの砂の体をすり抜けた。

 

「焼き尽くしてやるぜッ!マジシャンズレッドォォッ」

アヴドゥルが叫ぶ。同時に、スタンド:マジシャンズレッドが出現し、炎を生み出す。

だが、生み出された炎は、焼き尽くすというには、ささやかすぎる大きさであった。

ほんの小さな炎が、シザーマンの右腕に触れる。

 

「Ztyaaaaaaaxtu!」

だが、シザーマンは絶叫した。

ささやかな炎が、それでもシザーマンの右腕を燃やしたのだ。

 

右手を失ったシザーマンが、わずかにひるむ。

 

すかさず、貞夫が駆けるッ

 

カチャッ

 

貞夫は、抱えた刀を、引き抜クッ。

シザーマンを、横なぎに一刀両断にするぅッ

 

その瞬間、シザーマンの姿が、掻き消えた。

 

「……これは?」

 

「スタンド……ということかな」

アヴドゥルが首をかしげた。

「つまり、あの化け物は……誰か本体が操っているってことかな?」

 

「ガルルルルッ」

 

「そうか、相手がナチュラルな化け物よりも、スタンドだってぇのなら、少しは気分がまし……か」

貞夫は鼻を鳴らした。

「とにかく、この屋敷から脱出して、あの『影』野郎をぶちのめさなきゃあならん」

 

「……でも、この幽霊屋敷は、僕らを摑まえるための罠だったってことが分かったね……だから、十分に警戒しながら探っていこうね」

アヴドゥルが言った。

 

「ガルルッ」

イギ―が、不満そうにうなった。

 

二人も、そしてイギーも、少しづつ、話し方が、その精神が、見た目相応になりつつある……

(まさか……な……)

貞夫は、嫌な予感を振り払い、幽霊屋敷の探索を、始めた。

 

◆◆

 

一時間後:

 

二人と一匹は、すっかりくたびれていた。

スタミナも子供に戻ったらしく、普段ならなんてことない移動が、体に響いていた。

 

探索は、あまりはかどっていなかった。

この幽霊屋敷には、部屋がいくつあるのか?

大邸宅なのはわかっていたが、ここまでとは思わなかった。

いくつかもの部屋を探索し、だが何も手がかりが無いままに次の部屋に移っていく。

そんなことの、繰り返しであった。

 

たいていの部屋には、ほとんど何の家具も、装飾もなかった。

 

ある部屋には、ベッドと小机、そして空っぽの本棚があった。

 

ある部屋には、椅子が一つ、ポツンと置いてあるだけであった。

 

そして、今開けた部屋には、一面に鳥の死体が散らばっていた。

 

「うっ……」

アヴドゥルが顔をしかめる。

「サダァ……気持ち悪いよ……」

アヴドゥルは、外見相応の子供のように、貞夫の手をぎゅっと握った。

 

子供っぽいその言葉に、貞夫はぞっとした。まさか、ついに精神まで子供に戻ってしまったのか……もしかして、自分も………

 

「ギャルッ」

イギ―が、鼻をクンクンと鳴らした。

砂が出現し、小さなスタンド……を出現させた。その猫なみの大きさのスタンドが、部屋の隅にひっくりかえって落ちていた大きな鳥籠を引きずってくる。

 

「おい、イギィー何をしているんだ?」

サダオの質問に、イギ―が得意げに吠えた。

 

良く見ると、ゆがんだフレームの奥に、一匹のカラスが閉じ込められていた。

 

「気を付けてよ……何か、変な病原菌に侵されているかも……」

 

「むっ?」

 

カラスは、弱弱しく頭をもたげ……

なぜか、笑ったように見えた。

 

バシュッ!

 

突然、カラスの体から醜く膨れ上がった人型の巨人が出現した。

『Xhatuxat!!!』

巨人は、意味不明な絶叫を上げた。そして、カラスが閉じ込められていたフレームを、まるで神のように引きちぎった。

同時に、巨人の背中から複数のフックが出現し、二人と一匹を襲うッ!

 

「ガッ……」

余りの至近距離の攻撃に、フックがよけられないッ!

二人と一匹の体に、フックが引っかかるッ!

「馬鹿なッ!では、このカラス野郎が、フックで俺たちを攻撃したのかよッ

 

「ぎゃわわわわわっ」

カラスが、してやったりと叫ぶ。

 

ヒト型の巨人が、フックの根元につけられたロープをつかむ。貞夫達ごと、ロープを振り回す。

貞夫、アヴドゥル そして イギ―の体が、宙を舞うッ!

空中で一瞬体が止まり、胃の中がでんぐり返るような不快感の後、グイッと引っ張られる。

床が、高速で迫ってくるッ!

貞夫は、必死に、頭と床のあいだに右腕を差し入れた。

 

ガチャァンンッ

 

二人と一匹は、激しく床にたたきつけられた。

かろうじて前回り受け身を取った貞夫は、それでもその威力に肺中の息をすべて叩き出され、喘いだ。喘ぐと、叩きつけられた痛みで体が悲鳴を上げる。

他の仲間を気遣う余裕は、なかった。

 

だがどうやら、アヴドゥルも、イギ―も、床にたたきつけられる直前に自らのスタンドを出して、身を守っていたようだ。

 

「大丈夫か……」

仲間に話しかけると、アヴドゥルもイギ―も、弱弱しく笑みを浮かべた。

 

『Vxuat!!!!』

再び、醜い巨人のスタンドが叫ぶ。

 

再び、アヴドゥルとイギ―が宙吊りになった。

貞夫はまだ床の上だ。

 

貞夫の体を拘束していたフック付ロープが、焼切られていたのだ。

アヴドゥルのおかげだ。

 

「うぉおおおおおっ!」

貞夫は雄たけびを上げながら、宙を舞うアヴドゥルとイギーを追って跳んだ。

宙で刀の鞘を掴み、鯉口をきる。

 

一息で刀を抜くッ!

 

ザシュッ!

 

「ガッ……助かった」

「ギャゥウウッッ」

 

アヴドゥルとイギ―は、床にたたきつけられる前にフックから解放された。

解放された一人と一匹は、勢いを失い、ふわりと天井に放り投げられた。

そして、自分のスタンドを使って、ブジに着地した。

 

一方貞夫は、再び刀をひらめかせ、飛んできたフックを、すべて空中で切り落としていた。

空中で刀を鞘に納め、床に手をつき、着地の衝撃を吸収する。

 

バタン

 

そのとき、ドアが開いた。

 

ドアの奥には、シザーマンがたたずんでいる。

背後には、スタンド使いのカラス、目の前にはシザーマン 挟み撃ちだ。

 

しかし、貞夫には仲間がいた。

 

「クッ!まじしゃんずれっどッ!!」

アヴドゥルがか細い声で叫んだ。

 

鳥頭の小人が出現し、シザーマンに組みかかるッ

 

『Xgutaxtu!!』

シザーマンは、どことなく嬉しそうに叫びながら、マジシャンズレッドに駆け寄った。ヒョィツヒョイッと跳び、躍り、跳ね上がって、手に持った巨大な鋏を、マジシャンズレッドに突き刺そうとするッ!

 

鋏は、マジシャンズレッドの手のひらを貫通したッ。

 

「うわぁああああっ!」

アヴドゥルが悲鳴を上げた。その手から、血が噴き出す。

 

『Bzyuuuu!!』

シザーマンも、悲鳴を上げた。その肩から炎が立ち登っている。

手を鋏で負傷しながらも、アヴドゥルが火をつけたのだ。

 

シザーマンが、ひるむ。

その一瞬のすきに、貞夫は体勢を整えていた。

刀を上段に構え……シザーマンを袈裟斬りにするッ!

 

『Bgaaaaaa!』

気味の悪い悲鳴を残して、シザーマンの姿がかき消えた。

 

その直後、刀を持っていた貞夫の手が、強くひねられた。

カラスのスタンドが放ったフックが、貞夫の刀をからめ捕ったのだ。

刀は宙を舞い……窓ガラスを突き破って、建物の外へ投げ出された。

刀を奪われた貞夫は、ひねられた右手首を、無事だった左腕と腹で抱えるようにし、かがみこんだ。

 

「ぎゃぅぅぅうううっ!」

イギ―が、叫ぶ。

砂のスタンドが、カラスの羽を切り裂くッ!

 

カラスが、悲鳴を上げた。

「アア”ァ”―――ッ」

そして、刀を追うようにして窓を突き破って外に飛び出し……墜落した。

 

「イッ……イギ――……ありがとうよ」

貞夫は、脂汗を流しながら、イギ―に礼を言った。無事な方の手で、差し出された頭をなでる。

 

『ぎゃううぅぅ』

褒められたイギ―は、床を転がって喜んでいる。

 

「さだ……だいじょうぶ?」

アヴドゥルが心配そうに尋ねた。

 

「……やっちまったよ……ちょっと手当てをさせてくれないか」

貞夫が言った。

その手首が、青黒くはれ上がっている。元の太さの、倍ほどに膨れ上がっていた。

(……チェッ、これでは、刀を振れない……か)

 

◆◆

 

「よし……これで、なんとかいけるかな」

なんとか手首を固定し終えた貞夫は、心配げに覗き込むアヴドゥルとイギ―に向かって、無理やりニヤリと笑って見せた。

 

あのスタンド使いのカラスが入っていたケージの骨組みを使い、手首の周りを補強したのだ。

まだうっ血している為、手首を心臓よりも下にもってくると、息がとまるほど痛い。

だが、なんとかなるはずだ。

 

ゆっくり、部屋を出る。

探索を続けなければ……

アヴドゥルとイギ―が、おそるおそる貞夫の後ろをついてくる。おそらくどちらも、例の『影』に、貞夫よりもほんのちょっぴりだけ、長く触れていたのだ。そのために、イギ―もアヴドゥルも、貞夫よりも子供に戻っているのだ。……おそらく、その精神状態までも……

 

と、貞夫は少し空気が動いているのを、感じた。立ち止まり、肌に触れる空気の動きを、探る。間違いない。わずかだが廊下に風が吹いている……

先ほどは感じなかったものだ。

貞夫はとりあえず、その風が吹いている元を探すことにした。

 

「さだぁ……」

アヴドゥルは、ぎゅっと貞夫の服の裾を掴んだ。

「そのきず、だいじょうぶ?」

 

足元には、イギ―が怖そうに体を擦り付けてくる。

「……くぅん……」

 

「ああ、心配するなよ」

貞夫はクシャッとイギ―の頭をなで、アヴドゥルの肩をたたいた。

「片手でも、刀が無くてもやれるさ……兄ィちゃんは、素手でも強いんだぞォ。たっぷり修行したんだ」

 

「修行ッ!」

アヴドゥルの目がぱぁっと輝いた。

「兄ィちゃん、ニンジャなの?ボク、聞いたことあるよ、ニンジャの修行は厳しいって」

 

「へへへ……そうだよ。兄ィちゃんはニンジャみたいなものさ。任せとけ」

 

アヴドゥルの目が、尊敬の色にそまる。

「………じゃあ、分身のジュツとか、使えるの?シュリケン、持ってる?」

 

「……へへへ」

貞夫が懐にしまっていたクナイを見せると、アヴドゥルは歓喜のあまりピョンピョンと跳び跳ねた。

 

 

――――――――――――――――

  ――――――――

   ――――

『いいか……『手の内』だ。しっかり刀を握るのだ……』

 

『はいっ!』

 

『そのまま、あと『2百回』木刀でその立木をたたけ』

 

『ハイっ!』

 

バシッ!!

『手が遅い、腰が入っとらんッ!もっと気合いを入れろッ!』

 

『ハイっッッ!!』

     ――――

    ――――――――

――――――――――――――――

 

貞夫は、子供のころを思い出していた。

 

空条家は、代々続く古武道の宗家であった。戦国時代以前からつづく実践主体の武道で、槍、刀と言った刃物の使い方だけではなく、無手での組撃ち術もまた、その流派の教えには入っていた。

 

貞夫も、幼いころから正式な伝承者となるために、毎朝のけいこ、夕刻のけいこ とけいこ漬の毎日を送らされていた。

 

稽古をつけてくれたのは、祖父であった。

祖父は厳しかった。道場での挙作、礼、言葉づかいと言ったことにも厳しかったし、それ以上に一つ一つの業について、呼吸のタイミング、目の動かし方、ほんの一寸したことまで、熱心すぎるほどに、叩き込まれていたのだ。

 

勢い、子供のころに子供らしい遊びをしたことなどない。

 

自分が古武道の党首に収まらず、彼らが最も嫌いそうな『音楽の世界』に飛び込んだのは、もしかしたら、ただ『家』からの反抗だったのかもしれない。

貞夫が、ティーンエイジャ―と呼ばれる年になった時、『音楽』と出会った。

最初は親への反抗心とただの興味本位で始めた『音楽』………………だが、貞夫は、いつしかその『音楽』に、すっかり魅了されていた。

 

貞夫は、全てをなげうって、ただサックスを掴んでニューヨークにわたった。自由の国アメリカ:ニューヨーク。貞夫は、ところ構わず楽器を吹かせてくれる所で吹きまくっていた。ほぼ勘当状態で『音楽の道』に入った貞夫には、頼れる人間などなかった。

だがあるとき、チンピラに絡まれていた美しい女性を助け……あれっ?

 

……あれっ?段々記憶がおぼつかなくなってきていた。

 

 

 

「!?さだお?」

 

サダオは回想から帰った。アヴドゥルが、心配そうな顔で、サダオの目を覗き込んでいる。

そうだ、今は思い出などにふけっている暇はないのだ。

サダオは気を取り直した。

 

二人と一匹は、空気の流れを追って、廊下を進んだ。

「2Fか?」

 

二階に上がり、また降りる。

「疲れてないかい」

 

「大丈夫サッ!ボクは元気だよッ」

アヴドゥルが目をキラキラさせて答える。

 

その時、イギーがクンクンと鼻をならした。

不安そうだ。

 

「どうしたんだい?」

そう尋ねた後で、サダオにもイギ―が嗅いだものが何か、わかった。

 

いつの間にか二人と一匹の周囲は、煙に囲まれていた。

この館が、燃えているのだ。

 

◆◆

 

サダオは、詰めていた自分の上着を切り取り、自分の鼻にあてた。アヴドゥルにもう一切れを渡し、イギ―を懐に入れる。

「アブドゥル、イギィ―大丈夫、ボクが守ってあげる。だからガンバルんだッ……姿勢を低くして、なるべく煙を吸い込まないように気を付けてッ」

 

「わかった。お兄ちゃン」

「ワンッ」

 

サダオは背後にアヴドゥルを従え、煙の切れ間を探して駆け抜けるッ!

階下からは、パチパチと炎がはぜる音が聞こえる。

主階段の踊り場は、すでに炎が充満していた。

サダオ達は、これまで走ってきた廊下を逆走して、廊下の突き当たりにあった階段を目指すッ!

 

「くっそ……」

だが、その階段に行きつくことさえ出来なかった。すでに、途中の廊下までが火に巻かれていたのだ。

 

ドガァァッ!!

 

不意に、燃え盛る横木が、サダオ達に振り墜ちてきた。

「ハッ!」

サダオは、何とか居合抜きを放ち、横木を両断した。

横木はバチバチと炎をあげ、燃えている。照り返しの炎が、サダオの肌を焼いた。

 

「どうしよう……」

アヴドゥルの声が不安げになった。

「ボク……ボクのスタンドじゃあ、こんなにおっきな炎はどうにもできないよ……」

 

「大丈夫だよ……」

パニックになりかけているアヴドゥルを、サダオは必死に慰めた。

だが、煙はどんどん濃くなり、火のはぜる音もそこら中から聞こえてくる。これでは、アヴドゥルの恐怖は増す一方だ……

 

バチバチバチっ!

 

その火のはぜる音にまぎれて、かすかに人の声が聞こえてきた。

「……  ……ッ! 」

 

ダ タッ

 

「……けてッ」

 

「助けてッ!」

 

「あれはッ!……イギィ――ッ、案内してくれぇッ」

サダオは、懐からイギーを出した。

 

「アオンッ」

イギ―はぷるっとしっぽを振ると、煙にもひるむことなく、走り出した。

煙うずまく主階段を上に上り、三階の廊下を走るッ!

 

「まっ、待ってよッ!サダオ兄ぃチャンッ」

 

「急げアヴドゥルッ!足を止めるな」

 

「アウゥツ!!」

イギーが二人を連れてきたのは、周囲と比べて頑丈で、巨大な扉の前だ。

 

「ウェー―――ンッ たすけてよぉおおおおッ」

扉の奥から、子供の鳴き声が聞こえた。

 

「今助けるッ少し下がってろッ」

サダオはそう叫び、扉を切り裂くッ

 

切り裂いた扉を押しのけ、部屋の中に入ると、そこには二人の子供がとらえられていた。

才堂 雅春と、ジン・チャンだ。

「大丈夫かッ」

 

「まじしゃんずれっどッ!」

アヴドゥルが、二人が縛り付けられていたロープを、焼切った。

 

「ウエェェ―――――ンッ」

才堂 雅春が鳴き声を上げた。本来は、死地に赴いても笑いながら突撃できる男だ。そんな豪胆な男が、今は子供のように泣きわめいている。……事実、見かけは6歳ぐらいの子供なのだ。

 

「サダ、助かったよ」

もう一人、ジン・チャンは子供ながらに落ち着いていた。

「ひどい怪我だなサダオ、手当てをさせてくれよ……」

コォォォォオオオオオォ―――――

ジン・チャンは、奇妙な呼吸をしながら、サダオの晴れ上がった手首に触れた。

ジン・チャンの手から流れ込む不思議な『気』の力で、サダオの手首の晴れが、少し収まってくる……

だが、ほんのちょっとだ。

 

「ゴメンよ……体が、子供になっちまったから、『波紋』の威力も子供なみに戻ってしまったみたいだ……」

ジン・チャンはすまなそうに言った。

 

「いいさ、これでもだいぶ良くなったよ」

サダオはにこっとした。

 

「サダ兄ィィッ!炎が……」

アヴドゥルが叫んだ。先ほど切り裂いた扉の近くまで、炎が迫ってきたのだ。

 

サダオは、ジン・チャンと共に泣き叫ぶ才堂 雅春をムリヤリ引っ張って、廊下に戻った。

 

「みんな、大丈夫だッ!」

 

サダオは、皆を励ましつつ必死に打開策を探った。

だがすでに、煙はもうもうと舞い上がり、周囲はほとんど見えない。足元さえもおぼつかない状況だ。

 

アヴドゥルが、才堂 雅春が、煙を吸い込んでせき込み始めた。

 

もうだめか……

煙の中に、美しい金髪の女性が笑う姿と、今の自分によく似た外観の男の子が睨みつける姿が、ふっと浮かんだような気がした。

 

「あきらめてたまるかッ!!!」

ジン・チャンが絶叫した。

「俺は、子供のところに帰るんだッ!」

 

その絶叫に、あきらめかけていたサダオの心に、再び火がともった。

 

「うぇぇ―――――ンッ! アァアア――――ンんッ!ゴワイィィ―――ッ」

才堂 雅春は、すっかりパニックになって手足をバタバタと暴れさせた。

 

「ウッ……ヒッ……」

その様子を見て、アヴドゥルが涙目になった。

 

「クッ」

バチィッ

ジン・チャンが再び『波紋』の呼吸を行う。その両手が、時折、パチ パチっと音を立てる。その両手が、太陽のエネルギーを湛えてうっすらと光る。

そして、ジン・チャンは才堂 雅春の頭にそっと触れた。と、才堂 雅春の頭ががっくりと垂れた。ジン・チャンが流す『波紋』の威力に、意識を失ったのだ。

 

「サダ、行こうッ」

 

「ヨシっ」

 

サダオは、才堂 雅春を肩に担ぎ、廊下から、まだ火にまかれていない客室に移動した。ジン・チャンがせき込むアヴドゥルの手を引いて、部屋に入ってくると、ドアを閉めた。すると、煙がほんの少しだけ、薄くなった。

 

「うぉおおおっ!」

サダオは、窓ガラスにはめられていた鉄格子を、必死に蹴り飛ばす。

 

ジン・チャン、アヴドゥルも、サダオとタイミングを合わせ、鉄格子を蹴るッ!

二度

三度

 

何度蹴りつけただろうか、やがて鉄格子はガタビシときしみだし……最後には、ポキリと折れた。

 

いつの間にか、部屋の周囲はすっかり煙にまかれ、真っ白になっていた。

サダオは、ベッドのマットレスをはぎ取った。

「ヨシっ!このマットレスにくるまって飛び降りるぞッ!アヴドゥルッッ!ニンジャならこんなの眠って立ってできるぐらい簡単だ。お前もできるなッ!」

 

「でっ……でも……」

 

「……大丈夫だ。ボクがついているから」

サダオは、アヴドゥルの手を取った。イギ―は、いつの間にかサダオの肩に乗っている。

 

「サダ、才堂 雅春は任せろッ」

ジン・チャンが波紋の呼吸をしながら言った。その体が、ぼんやりと光っているように見える。波紋だ。

「先に行くぜッ」

そういうと、ジン・チャンは意識を失った才堂 雅春をかかえたまま、窓の外に身を投げたッ!

地面に着地した衝撃を、『波紋』で和らげる。

 

「ヨシっ、オレらも続くぞ、しっかり捕まってろよっ!」

サダオは叫び、マットレスに体を包み、イギ―、アヴドゥルと共に三階の窓から、地面に向かって飛び降りた。

 

「ぐわっ!」

マットレス越しとはいえ、アヴドゥルとイギーの体重をささえ、背中から地面にぶつかったサダオに、強烈な衝撃が襲った。その衝撃は、一瞬、完全に意識を失ったほどであった。

 

「うっ……ウッ………」

意識を取り戻したサダオは、ヨロヨロと立ち上がった。

痛みで全身がガタガタだ。肋骨も、鎖骨も折れているようだ。

 

右手は、もう酷いありさまだ。晴れ上がった部分は青黒く染まり、血が噴き出ている。ピクリとも動かせない状態だ。全く感覚も無い。

 

もっとも、痛みも感じないから、好都合と言ったところでもあった。

 

「良かった、みんな無事か……今、少しだけ治療するよ……」

ジン・チャンが波紋を一行に流す。その力で、少しだけ体力が回復していく。

 

ジャリ……

 

誰かが近づいてきた。顔を上げ、誰が近づいてきたのか確認した貞夫の顔が、ゆがむ。

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

「ハッ……生きてるのかよ……」

その男は立ち止まり、くわえていた煙草をベッと吐き捨てた。

 

「おかげさまでね……まさかとは思うが……あの火は君が……」

 

「そうだよ。俺が火をつけた」

ルディ・バロウズが言った。

懐から、拳銃を取り出し、一行に向ける。

不思議なことに、ルディの体は元の『大人の体』に戻っていた。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

「そうか……お前が、僕たちを罠にかけたのか……」

 

「ヘッ……その通りだぜ……」

ルディは笑い、無造作に引き金を引いた。

 

パンッ

 

だがその弾は、突然出現した『砂の壁』に取り込まれ、力なく地面に落ちた。

 

「アウッ」

イギーが、誇らしげに吠える。

『砂の壁』が、姿を変え犬のような、車のような姿になった。心なしか、その姿は少し力強さを取り戻しているようだ……

 

「……そうか、お前たち……お前たち全員 クソ スタンド使いだったよな」

ルディは再び笑った。

「そうだよな……じゃあ、俺も……」

 

「なんだとぉ……」

アヴドゥルが、いぶかしげな顔になった。

 

カシャン

 

周囲から、鋏がしまるような音がした。

 

カシャンッ

カシャンッ

カシャッ……

 

「ウワァァンッ……」

イギーが、鳴き声を上げた。

 

奴らが、そこにいたのだ。

そう、奴らが……

 

いつの間にかサダオ達の周囲には、『シザーマン』達が鋏を打ち鳴らしながら、立っていた。

4体もだ。4体の『シザーマン』達が、サダオ達を囲んでいる。

 

「……こっ、コイツだっ、コイツが……僕らを捕まえ、そしてボビィを……」

ジン・チャンが言った。

 

「ヒャハハハハッ……」

ルディが、笑う。

「どうよ、俺のスタンド、『シザーシスターズ』はよぉ……館では、楽しんでくれたか?……コイツラの能力は、単純でよォ……『一般人にも見える』って能力なんだよォ……だが、シンプルな分、射程距離も、パワーも中々なんだぜェ~~」

 

「お前、お前……がやったのか?自分の仲間を……」

ジン・チャンが睨みつける。

「よくも、そんな真似が出来たものだ……」

 

「なかまぁ?違うねッ!お前も、アイツらも、ただのカモだぁッ」

ルディがへへへへっと笑った。

「死ねよ、わが『ドレス』の事を探るネズミどもメッ!」

 

ルディの叫び声とともに、4体の『シザーシスターズ』が襲い掛かった。

これまでとは違い、驚くほどの素早さだッ!

 

「なっ!」

サダオは、皆を守ろうと刀を片手に飛び出すが、かろうじて一体の足止めが精いっぱいであった。

身をひねり、ヤギツバヤにつきだされる鋏を避ける。

「クッ!早いぞ……馬鹿な……」

 

「ブヒャヒャヒャッッ!奴らが遅いと思ったかぁ」

ルディが嗤う。

「ばかめっ!俺のスタンドは距離に応じて、出せるパワーとスピードが比例するのさッ。俺の目の前で操るコイツラは、最高の能力を持ってるぜェッ!」

 

アヴドゥル、イギー、ジン・チャンに向かって、『シザーシスターズ』が迫るッ!

 

「まじしゃんずれっどぉッ!」

「バッッ・ブウルルルゥッ」

アヴドゥルとイギーが、スタンドを出現させた。

『シザーシスターズ』は二人のスタンドに掴みかかるッ!

 

そして……

『シザーシスターズ』の残り一体が、生身のジン・チャンに襲い掛かかったッ!

 

「コォォォォォオオオッッ」

ジン・チャンはスタンドを持たない。だがすでに波紋を溜め、敵を待ち受けていたッ!

 

ボゴォッ

 

「くらえぃ!」

ジン・チャンの波紋の一撃が、『シザーシスターズ』の体を砕くッ!

 

同時に、マジシャンズレッドの炎が、ザ・フールの砂の牙が、そして貞夫の手刀が、『シザーシスターズ』を倒すッ!

 

ガシャリ……と『シザーシスターズ』の持っていた鋏が、地面に落ちた。

「や……やるじゃぁねぇか」

全てのスタンドを倒されたルディは、冷や汗を浮かべた。逃げ道を探すように、オロオロとあたりを見回す。

 

モチロン皆、裏切者をムザムザと逃がすほど、甘くなかった。

「キサマッ……この裏切者メッ!覚悟しろォォォッ!」

アヴドゥルが、残されたルディに向かって、マジシャンズレッドを放つッ!

 

「ブヒャヒャヒャヒャァッ」

迫りくるマジシャンズレッドを見て、ルディが、豚が殺されるような悲鳴を上げた。

 

だが……

 

(まてよ……なぜ、スタンドをすべて破られたのに、コイツにはダメージが無いんだ?)

サダオは、ふと湧いた疑問に、思わず足を止めた。周囲を確認し、その顔がこわばった。

「フセロッ!」

 

目の前に立つアヴドゥルとジン・チャンを引き倒すッ!

 

バビュゥウッッ!

 

ちょうど、『アヴドゥルとジン・チャンの首があった高さ』を、宙を飛ぶ鋏が、飛びぬけた」

 

ガチャンッ

 

飛びぬけた鋏が、互いにぶつかり……一つになった。

 

「ウォォォォッ」

サダオは、ブーメランのように弧を描き、自分にめがけて再び飛んできた二つの鋏の交点から、やっとのことでのがれた。

 

ガチャン!

 

またしても、飛びぬけた鋏が、一つになった。

 

融合した二つの鋏が、さらにぶつかり……ついに、4つの鋏が、一つの巨大な鋏となった。

「ケッ、やるじゃぁねーか……そのそっ首、ハネてやろうと思ったのによぉ~~~」

ルディが、その巨大な鋏を手に取った。

 

ジャキンッ

 

ジャキンッ

 

鋏を交差させるたびに、その体が……醜く膨れていく。いつの間にか、ルディの顔に『二つ穴をあけた茶色の紙袋』がかぶせられている。

シザーマンだ。

 

「ウギャギャギャギャッ」

ルディ=シザーマンは、これまでとは打って変わった素早い動きで、飛びかかってきたッ!

 

「ウォッ!」

不意を突かれた三人と一匹が、不覚を取る。

 

三人と、一匹の顔面に、これまでとは裏腹の超高速で鋏が飛ぶッ!

 

「ガッ」

「チッ!」

「クッ」

「ギャウゥゥッ!」

 

サダオは、おおきくとんぼ返りをうちながら、鋏をギリギリのタイミングで蹴とばした。蹴り上げた鋏を、シザーマンに向かって、蹴り返す。

鋏は、狙い過たずシザーマンの右手に突き刺さった。

 

『ブギィいぃぃっ!』

シザーマンは悲鳴を上げ……サダオに背を向けると、逃げ出したッ!

 

「糞っ!」

後を追いかけようとしたサダオは、すぐに舌打ちをしてあきらめた。

シザーマンの逃げ足は、驚くべき速さであった。

一方、サダオの足は、子供の足だ。

追いかけても、結果は見えていた。

 

「みんな、大丈夫か?」

サダオは振り返り、仲間たちの様子を確認した。

尋ねたその顔が、ゆがむ。

 

コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ” コ”

 

アブドゥル、ジン・チャンの二人の手に、深々と鋏が突き立っていた。

 

イギーの額も、流血していた。

その横には、鋏が墜ちている。ザ・フールの砂が、その鋏を覆っていた。

恐らくイギーは、ザ・フールの『砂の壁』で、鋏を防御しようとしたのだろう。

だが鋏が、その強烈なパワーで『砂の壁』を突破しかけ……イギーの額に、チョッピリと傷をつけていたのだ。

 

「大丈夫か、お前たち……」

サダオが声をかける……だが、誰の反応もなかった。

「馬鹿な……」

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨

 

二人と一匹の顔が、苦痛に歪んだ表情で固まっている。その肌が、髪の毛か、毛皮が、光沢のある真っ白な色に変わっている……

二人と一匹は、文字通り石化していた。

 

「くそっ」

サダオは、三人の肌を傷つけた鋏を集め、踏みつけた。

その役目を果たしたからなのか、鋏のビジョンがボヤけ、消えていく。

 

「……お前たち………」

サダオは、ギリリと歯をくいしばった。

イギーも、アヴドゥルも凄腕のスタンド使いだ。ジン・チャンも中々の体術を使う。だから彼らは、子供に戻されていなければ、いくら不意をつかれたからとはいえ、こんな鋏などにやられることは無かったはずだ。

あのとき自分は、一行の一番はじに立っていた。だから、影に触れた時間も一番少なかった。

いま自分だけが助かったのは、完全に偶然のことなのだ。

 

「ジン・チャン……」

サダオは、沈痛な表情で石と化した旧友の肩に手をやった。すると……

バチッと、まるで何かに弾かれたかのような衝撃が、一瞬サダオを襲った。この感覚には、覚えがある。義父、ジョセフ・ジョースターから、冗談半分、半分本気で腹に突き入れられた拳に、こもっていたエネルギー……『波紋』だ。

『波紋』を受けたサダオの体力が、ほんの少し回復した。手足に力がみなぎっているのが、わかる。

 

もしや……サダオは、二人と一匹の脈、呼吸、体温などを確認し、ほっとした。大丈夫だ……全員まだ生きていのだ。ただ……『石』のように体が硬くなっているだけだ。

ならば、まだ希望はある。

 

ゴオォッ!

アブドゥルの前方に向かって、突然『炎』が噴き出た。

 

ドロリと、空中で何かが解け、地面に落ちた。

 

『ブギャァアアアッッ!』

サダオの背後から、悔しそうな声が上がる。シザーマン=ルディだ。

ルディは、全速力で逃げつつ、無防備なサダオの背中に向かって、『鋏』を投げつけたのだ。

 

「アヴドゥル……おまえ、そんな姿になっても、俺を守ってくれたのか……」

 

石化したもの達が、それでも出来る限りの力を尽くしてくれている。サダオは、立ち上がった。ならば、五体満足な自分が、シザーマン=ルディを倒さなくて、どうするのだ。

 

当然、残り一匹も、いまだに闘っていた。

サラサラサラ……

イギ――の背中に、砂が集まっていく。砂は大きな翼となり、折から吹き付けた風に乗り、イギ―を宙に浮かせた。

身動きのおぼつかないイギ―が、スタンドを使ってシザーマンを追いかけようと言うのだ。

 

「お前らッ!」

サダオは走った。全速力でルディを追う。子供の足だ。いくら走っても、大人のルディの方が早い。

 

だが……

 

人間よりも、風の方が、風に乗った犬の方が、早いッ!

 

「アギィイイイいいぃっッ!」

空中で、イギ―が叫んだ。イギ―は、完全に石化したわけではなかったのだ。

かろうじて動く前足、口を動かし、シザーマンに向かって、吠えた。

 

その時、一回りイギ―の体が大きくなっていることに、貞夫は気が付いた。

どうやら、『子供化』の能力には、制限時間があったようだ。いままさに、その制限時間がとけかかっている……と言う訳だ。

十分に近づいたイギ―は、空中から『砂の爪』を出現させ、シザーマンに向かって、爪を振るうッ

 

『ブギィぃぃッ!』

シザーマンは、まるでスーパーボールのように右に、左に跳ね、その『砂の爪』をよけざま、無数の『鋏』を投げたッ!

 

「ウォオンンッ!」

イギ―は、『砂の壁』をつくり、『鋏』を防ごうとした。だが、さっきと同じように、『鋏』の一つが『砂の壁』を通り抜け、イギ―を傷つけるッ!

「アウッ!」

瞬時に石化したイギ―は、バランスを崩して墜落し、地面にたたきつけられた。

 

『あっア”ッッアァァァ―――――ッ!』

シザーマンは喜び勇んでイギーに飛びかかる。懐から巨大な鋏を出現させ、イギーの首を刈ろうと、鋏を開く。

 

「させるかッ!」

貞夫が、追いついたッ!

 

貞夫は、シザーマンに向かって、回し蹴りを放つッ!

 

『ヴギィイイイッ』

まともに貞夫の蹴りを喰らったシザーマンは、まるでゴムまりのように吹っ飛んだ。

 

「逃がすかよッ!」

貞夫は、間を与えず追撃に移るッ!

 

だが、シザーマンはその『鋏』を素早く振り回し、貞夫が近づいてくるのを、けん制した。

チッ……

 

何か、あの鋏を防ぐものが必要だ。貞夫は上着を脱ぎ、左手に巻き付けた。

あのイギーの『砂の壁』をぶち抜いた鋏だ。こんな布では、到底防げないのは、わかっていた。だが、ほんの一瞬、全力の拳を突きいれる間だけでも、あの鋏を防ぐことができれば、それでいい。

「行くゾッ!!」

貞夫は、シザーマンに向かって、特攻した。

 

『ヴギィッ!』

シザーマンが、鋏を放った。

 

貞夫は、左手をかざして、飛んで来る鋏を布に絡めとり、その速度を受け流した。

シザーマンの懐に飛び込み、必殺の掌底撃ちを放っ!

 

スギィーーンッ!

 

シザーマンが、ぶっ飛んだ。

『あ……アギャッ……』

その顔から紙袋がぶっ飛び、ルディの顔が、現れた。

 

「チッ……手間を取らせやがって」

貞夫が、ゆっくりと、ルディに近づいてくる……

 

「ひぃぃぃっ!」

ルディは、恐怖のあまり尻もちをついたまま後ずさった。

「ゆっ……許してくれッ!なっ……お……俺は、何にも知らないッ!脅されて無理やりやったんだッ……なっ……仲間じゃないか」

 

「……おう……ゴタクは、後でゆっくり聞くぜ……お前の顔面をぶっ壊した後でなッ」

貞夫は念入りに、入念に、その顔面をボコボコに殴り付けた。

 

ルディが半死半生になった時、ようやく、貞夫はその手を止めた。すると、不意に、貞夫が腕に巻いた上着から、鋏がこぼれ落ちた。

その上に、ザ・フールの砂がサラサラと降り積もった。

最後の瞬間に、イギーが貞夫の腕をガードしてくれたのだ。……それがなければ、貞夫はシザーマンにやられていたに、違いなかった。

 

「……イギー……アヴドゥル……ありがとう……みんなのおかげで、助かったよ」

貞夫は、煙草を懐から取り出し、くわえながら言った。

 

その視線の先に、石化から戻り、本来の年齢に戻った仲間たちが、再び立ち上がるのが見えた。

 

「アギィツ」

イギーが、唸った。

 

パチンッ

アヴドゥルが、指を鳴らした。

すると、完全復活した『マジシャンズレッド』が出現し、幽霊屋敷の炎を消し止めた。

 

「さぁ、探索を開始しようか……」

アヴドゥルは淡々とそう言うと、再び幽霊屋敷に戻っていった。



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空条貞夫の孤闘 -1991- その1

スタンド&クリーチャー図鑑

―――――― 本編最終章 ――――――
クリーチャー名:『怪獣』
素体:バオードッグ3体にユンカーズが寄生したもの
外観:太古の雷竜程の巨大な狼。 毛皮の代わりにヒルが全身を覆い、そして巨大なタコの触手が不規則に体から飛び出している。
性能:破壊力 -A/ スピード -B/射程距離 -B(単純に体がデカいため)/ 持続力 -B/ 精密動作性 -D/ 成長性 -C
能力:超巨大なバオー・ドッグ。巨体による攻撃力、ヒルによる防御力、バオー三体分の力とユンカーズが吸収したエネルギーによる超回復力を持つ。
バオーとしての能力はモデュレイテッド・バオーと同じ(ただし、体がデカいので破壊力はオリジナル・バオーに比べけた違いに大きい)+ 柱の一族の『風のモード』と同様の能力を持つ。


クリーチャー名:『蛟』
素体:カントリー・グラマーをスタンドに持つバオードッグにユンカーズが寄生したもの
外観:『怪獣』の頭部が狼ではなく巨大な蛇に代わった姿。さらに四肢がなくなり、全身から巨大な蛸や蚯蚓のような触手を毛皮のように生やしている。
性能:破壊力 -A/ スピード -B/射程距離 -B(単純に体がデカいため)/ 持続力 -B/ 精密動作性 -C/ 成長性 -E
能力:ユンカーズをスタンド:カントリー・グラマーが制御することにより、精密動作性が向上した『怪獣』。手足こそなくなったが、全身から生えた触手がそれを補って余りある働きをする。
バオーとしての能力は『怪獣』と同じ。


―――――― 前日譚その1 ――――――
クリーチャー名:プロト・バオー
寄生者:オーデップ
外観:バオーに酷似した外観。ただし頭部はまるで鼠のしっぽを思わせる触手の塊であり、頭部の感覚器は触毛が密生している。また、口部に牙が生えている。
性能:破壊力 -B/ スピード -B/射程距離 -C/ 持続力 -E/ 精密動作性 -D/ 成長性 -E
能力:バオーのプロトタイプ。寄生虫アドバンスド・プラーガの分泌する体液により武装化する。武装化する事で発現しえる能力は、
    ―皮膚の強靭化
    ―筋力の増強
    ―治癒力の増進
    ―リスキニハーデン・セイバー
    ―毛髪から生えている触手を動かすこと、
プロト・バオーへの変身にはタイムリミットがあり、稼働可能時間は30分ほど。また、変身中は寄生虫アドバンスド・プラーガの分泌する体液の影響で、宿主はまるで酒に酔ったような状態になる。


スタンド名:パワースレイブ
本体:小暮大士
外観:ピンク色のテラテラと光るつぎはぎだらけの肌を持ち、ブクブクと肥え太った醜い大男
タイプ:近距離 直接攻撃型
性能:破壊力 -A/ スピード -A/射程距離 -C/ 持続力 -E/ 精密動作性 -D/ 成長性 -E
能力:ある範囲に強大かつ迅速な破壊を起こす能力を持つ。他の能力は不明。



1991年某日

 

その日、東北の海岸線沿いの『最先端医薬研究所』が、 爆発事故を起こした……と言う小さな記事が、東北のローカル紙に載った。その記事は、事故の規模にもかかわらず扱いが小さかったこともあって、ほとんどの人の注意を引かず、あっという間に忘れ去られてしまった。

 

だが皆は知らない、その事故の真実を。爆発が起こったのは、『最先端医薬研究所』などではなく、『軍事技術研究所』であったことを。その爆発が、たった一人の少年、橋沢育朗によって引き起こされたものだったことを。

 

その少年は、軍事組織:ドレスの実験によって、核兵器にも匹敵すると言う恐ろしい怪物:バオーの移植手術実験を受けていた。そして、実験経緯を観察するため、眠りにつかされていた。

その眠りについていた少年を、同じくドレスに捕らえられていた、スミレと言う予知能力をもつ少女が、目覚めさせたのだ。

二人は手を取り合ってドレスを抜け出し、逃避行を始めた。

『最先端医薬研究所』の爆発は、その逃避行の果てに起こった出来事であった。

これは、二人の逃避行の裏で起きていた、もう一つの話である。

 

 

バオーこと橋沢育朗が解放されてから2日後:とある東北の線路上

 

 

『いつも通り異常無しだ。サダ』

 

その声に隠された思いを感じ、空条貞夫は眉をしかめた。

電話越しに、なんとなくジン・チャンに元気が無い様に感じたのだ。

我が友、ジン・チャン。ここ十年来の友人も疲れてきているのか。

 

貞夫は、友への気持ちをこめて……だが

「そうか、いつも悪いな」

とだけ言った。

我ながら、自分の口数の少なさにあきれ果てる。だが、ジン・チャンには伝わっているはずだ。

 

『フフッ……気にするな。DRESSをぶっ潰す為に俺ができる事はなんだって喜んでやるさ……安心しろよ、サダ。お前の家族の安全は、俺が守ってやる』

 

「ああ……判っている。必ずDRESSをぶっ潰そうぜ、ジン・チャン」

 

『まったく楽しみだよ、ヤツラをぶっ潰す日が……なぁ貞夫、すべてが終わったら、一度は一緒に故郷の台湾に来てくれないか?俺の家族も紹介するよ……俺の娘、アンジェラはとってもオシャベリだけど、かわいいぞぉ。びっくりするなよ』

ジン・チャンの声に、少し力が戻った。

 

「ハハハ……それはいいな、俺も楽しみだ」

DRESSをぶっ飛ばした後で飲む酒は旨いだろうな。貞夫はニヤッと笑った。

 

『ああ……その日が待ちきれんよ……妻の墓前に奴らの首を据える日がな』

その日の事を思えば、あの日の『痛み』を思い出せば、俺は何でも出来るさ。

ジン・チャンの声は、インフルエンザにかかった病人の様に、だんだんと熱を帯びて来た。

 

「……協力するよ」

 

『!?……んんっ?…スマンな、もう電話を切らねばならん。ちょっと気になる音が聞こえたんだ………』

ジン・チャンが言った。電話越しの声が、少し早口になっている。

『いいか、最後に言っておくが、お前、少年たちを追うってことは、DRESSの奴らに近づいていくってことだ。身辺には十分注意しろよ』

 

「ああ、お前もな」

空条貞夫は電話を切った。

ジン・チャンの事を思い、無意識にため息をつきながら、再び歩き出す。

どうやら、ジン・チャンは長年の追跡に、すっかり疲れているようだ。

心配だった。

 

だが、ジン・チャンだけではない。疲れているのは貞夫も同じであった。もうDRESSを追い初めてから15年以上も経つのだ。疲れるのも無理はない。

 

貞夫は、自分の人生を振り返り、ため息をついた。

隠れ蓑でもあり、本業でもある演奏活動のせいもあり、家族の元にもほとんど帰れていない。

一体いつまでこんな生活が続くのだろう?続けられるのだろう?

 

貞夫は、もう一度ため息をついた。

ふと、ジン・チャンと、そして義父のジョセフ・ジョースターと共に、DRESSの開発基地を潰したときの事を思い出した。もう10年前の事だが、思えばあの時が一番DRESSに近づく事が出来ていたのかもしれない。

 

あの時、もっと手がかりをつかんでいれば、もうDRESSをつぶせていただろうか。

貞夫は、何度したかわからない後悔に襲われた。

 

だがあの時、あの状況で、他に何が出来たというのだ。

あの時、ジョセフたちを安全な所に移動させた直後に、開発基地のあった地面の下から、一斉に火柱が立ち上ったのだ。

そして、全ての証拠が炎の中に消えてしまったというわけだ。

しかも、気を失って倒れていたジョセフは、一刻を争う状態であった。

そのため、ジョセフを医者に連れていく事を優先したのだ。脱出の際に証拠を集める余裕など、なかったのだ。

 

東方朋子。

貞夫は、あの事件に巻き込んでしまった女性の事を思いやった。

彼女もまた、DRESSによりその生き方が変わった一人だ。

彼女はあの事件でジョセフ・ジョースターと出会い、恋に落ちた。そして、義父の子供を授かり、それを義父本人にも言わないまま、一人で育てている。

 

幸いなことに? 深 仙 脈 疾 走 (ディーパスオーバードライブ)を放ってから貞夫に助け出されるまでの間のことを、ジョセフは『覚えていない』。

朋子と二人、崩落した岩の隙間に閉じ込められていたあいだに『起こった』出来事を、ジョセフは『知らない』。

記憶喪失を引き起こすほど、それほど、深 仙 脈 疾 走 (ディーパスオーバードライブ)が術者の命を削る技だった……という事なのだろう。

そこまでして自分の命を救ってくれたジョセフに、朋子がある種の思いを抱くことは当たり前だ。

 

それに義父ジョセフは……あの時のジョセフは、意識も朦朧としていただろう。少なくとも、いつものジョセフ・ジョースターでは無かったはずだ。

 

だから、あの時、義父と彼女の間に起こった事を、貞夫がどうこう言うツモリはなかった。

 

そもそも、貞夫が黙っていれば誰にも知られることはないのだ。

大人の対応のようで嫌だが、あれは『起こらなかった』事なのだ。

 

貞夫は、それが、皆が幸せになる方法だと思っていた。

そして、それは同じく、東方朋子の望みでもあった。

 

彼女の選んだ道は、辛く厳しいものだと思う。だが、それはまっとうな道にちがいないと貞夫は思っていた。 東方朋子、仗助、あの親子には健やかに暮らして欲しい。

互いの家族を、幸せを守ろうという彼女の覚悟には、それだけの価値がある。

 

……彼女は立派な人だ。

貞夫は、そう思った。

少なくとも父親として、夫としての仕事をほとんど放棄している最低の自分とは、大違いだ。

 

シュボッ

そんな物思いにふけりながら、貞夫はタバコをくわえて、火をつけた。

 

彼は、東北のとある路線に人知れず放置された車両の捜索を、続けていた。行き先も、認識番号もついていない、黒い列車だ。

貞夫が追う敵、ドレスの車両に間違いなかった。

放置された車両の中は綺麗に清掃されていた。だがまだ探せば、何か見つかるかもしれない。事実、SW財団から派遣された調査員が、先ほどほんのわずかの指紋がまだ残っていたのを発見していた。

それは、大きな手掛かりであった。

その指紋は、つい数週間前に山陰地方の孤児院からDRESSの関係者とみられる東欧系の美女に連れ去られた少女、高野スミレの指紋と一致していたのだ。

 

年端もいかない少女に降りかかった運命を思いやり、貞夫はいたたまれない気分になった。

何としても少女を救わねば。

「!?」

と、貞夫は線路沿いの砂利の上に、何か黒い、切れ端が落ちているのを見つけた。

貞夫は切れ端を慎重にピンセットでつまみ上げた。それは、ゴムのような、革のような、不思議な素材で出来ている。

その素材には見覚えがあった。

これは、あの敵、プロト・バオーが身に着けていたものと同じ素材だった。つまり、あのバオーの少年が身に着けていた可能性が高い。

貞夫は、懐から取り出したビニールの袋の中に、その切れ端を落とした。

この切れ端に、少年の匂いが残っているかもしれない。

貞夫の胸が高鳴った。

この切れ端を追跡することで、少年に、そしてDRESSにたどり着けるに違いなかった。

 

◆◆

 

「サダさん、SW財団から解析結果がでたと、連絡がありました」

車両の捜索を続けていると、数少ない公安委員会の協力者の一人が、貞夫の元へ報告にやって来た。

 

「速いな」

 

「……たまたま、ケイト教授が来日されていたのだそうです」

公安委員会のものは、SW財団の研究者の名をあげた。

 

「なるほど……」

貞夫は、調査員から車載の衛星電話の受話器をうけとった。

 

ケイト教授は、挨拶もそこそこに調査結果をまくし立てた。

『サダオ……最悪だわ。例のあれから、陽性反応が出たわ。この体液のDNAパターンは、あの9年前に採取されたプロト・バオーのものとほぼ同一よ。しかも、付着した体液の分布状況と染色体分類からみて、この体液の持ち主は人間、おそらく身長170~180cm後半の若者、男性と推測出来るわッ!』

 

「つまり……」

 

『そうよ、カスミノメがやったのよ。現代の人狼が……バオーが完成して、この世にとき放たれてしまったのに、間違いないわ』

ケイト教授の声が、おののく。

 

「………」

 

貞夫は黙って話を聞いている。ケイトは早口で話し続けた。興奮し過ぎて、まるで怒鳴っているような口調だ。

『サダッ……判ってるわね。もし戦術核にも匹敵するバオーの武装現象が『発現したら』何が起こるか』

 

「……」

 

『それは……地獄よ』

電話越しのケイトの声が、震えた。

『サダ……このあたりでバオーに対抗できる可能性があるのは、アンタだけよ。アンタが止めるのよ。アンタの武道の技と……スタンドでッ……例え相手が少年でもよ。さもなくば……《この世の終わり》よ』

ケイトは自分の言いたいことだけをまくし立てて、ガチャリと受話器を置いた。

 

「やれやれだ」

貞夫は、緊張した。

戦術核にも等しいと言うバオーは、手加減できる相手ではない。命がけで挑むべき相手だ。

だが、俺にできるのか?

貞夫は自問しながら受話器を置いた。

俺は、自分の息子よりも年若い『少年』と、本当に本気で、戦えるのか?

スタンド:ジギー・スターダストの『封印』を解くべきなのか?

 

――――――――――――――――――

 

 

「ソフィーヌ、貴様わかっているな」

 

「……はい…」

ソフィーヌと呼ばれた女は、その冷たい口調に震え上がった。

よくわかっていた……自分の命が危ないことは。

自分のミスで高野スミレが逃げだした。そして、そのスミレを捕まえようとした際の不手際が、バオーの少年:橋沢育朗を解き放ってしまったのだから。

戦術的価値が核兵器にも等しいと言われる無敵の戦闘生物、バオー。そのバオーが、なんの束縛もないまま無防備にこの世に解き放たれたのだ。

その罪が万死に値することは、自覚していた。

 

「オマエの超能力で、少年と少女を始末しろッッ。お前にはあと30時間やろう。いいなッ!それが過ぎたら、わかっているなッッ!!」

DRESSの主任研究者であり、バオーを作り上げた『生みの親』でもある霞の目博士が、怒鳴った。

 

「かならず……」

ソフィーヌは深々と頭をさげた。

 

「コマが足りないな、霞の目」

霞の目の背後に座っていた男が、口を開いた。

 

まるで少年と言ってもいい背格好の男だ。だがその男が口を開くと、霞の目は、電流に打たれたようにピンと背を伸ばした。

 

頭を下げているソフィーヌには目もくれずに、二人の話は続いていく。

 

「だから、コマが足りないだろう」

 

「はっ……しかし小暮様、お言葉ながら、すでに日本支部の精鋭たちを差し向けています。この女の投入は、あくまでバックアッププランです」

霞の目は、得意そうに言った。

「こんなこともあろうかと、予知の少女と少年の体には発信器を埋め込んでいました。その措置が功を奏して、彼らの居場所は常に把握できています」

 

「わかっておる。だがまだ甘いわ。アメリカ支部のウォーケンを呼んでおく」

 

「なんとッ、彼を呼んで頂けるとは」

 

「バオーは核弾頭にも匹敵する兵器なのだろう?ならば、万全をきすのだ」

 

「もちろんです…………」

 

「俺は『奴』に対応しなければならん……『奴』も性懲りもなく、未だに我らのことをこそこそ探っておるからな。今、奴は、貴様が失敗したガソリンスタンドで痕跡を探っておると言う報告が、入っておる」

 

「はッ……すみませんッ」

 

奴もご苦労なことだ。だがその執念は侮れん。俺が直々に対応するしかないだろう……奴には借りがあるしな。男はニヤッと笑った。

「だから霞目、少年の捜索はお前が指揮を執るのだ。核兵器に匹敵するとは言え、その戦力をコントロールしているのは、たかだか17才の小僧、貴様でも十分だろう」

 

「……」

 

完全に二人に無視されたまま、ソフィーヌは頭を下げ続けていた。

屈辱と恐怖に飲み込まれたソフィーヌは、一人決意を新たにしていた。

必ず、バオーと予知の少女を殺る。

そう、必ずだ。

私の超能力(スタンド):トゥルー・カラーで二人を始末してやるのだ。

 

――――――――――――――――――

 

バオー解放から3日目の夜:

 

真っ暗闇の先にあるはずの隣の水田から、カエルの音がうるさいほど響いていた。

 

音を立てないように気を遣いながら、育朗は上着を脱いだ。その上着を、そっと眠っている少女の上にかける。

 

少女は、ブルッと身を震わせた。そっと触った手が、ひどく冷たい。

無理もない。5月とはいえ、この辺りはまだまだ冷えるのだ。

 

その身に宿されたバオーと言う怪物の影響か、育朗自身は少しも寒さを感じていなかった。

 

しかし、スミレはまだ9歳の少女だ。体力もそれほどある方ではないだろう。

だから、彼女に代わって育朗が気を付けてあげないといけない。小さな子が、こんな所で風邪をひいてしまったら大事なのだ。

 

(スミレ……疲れているだろうに。なんとかもう少しまともなところで寝かせてあげられるといいのだけど) 

育朗は思った。

初日の寝床は、森の中に捨てられていたバスの中だった。昨日などは、店の裏手に落ちていた段ボールを拾い集めて作った箱の中で寝たのだ。

昨日の夕方は、なかなかいい廃墟を見つけることができた。だが、ドレスの追手が襲ってきた為、その廃墟からは出ていかざるをえなかったのだ。

あの仲むつまじそうだった親子に起こった悲劇……運悪く、ドレスの追っ手に出くわした親子が殺害されていたあの光景を思いだし、育朗はあらためて怒りに震えた。

 

その怒りは、すぐ自分自身のふがいなさに、向けられた。

 

育朗は、今夜こそはいい寝床を見つけてやろうと、がんばったのだ。

だが結局、こうやって森の中で拾ったブルーシートの上に落ち葉をかぶせて、なんとか寒さをしのいでいる。

 

いつまでもこんなことを続けるわけには、いかない。

この先どうすればいいのか。

そして、スミレが見たという……自分に潜む邪悪:バオーとはなんだ?

僕はどうなるの?

何故、自分とスミレがこんな目に合うのか。

自分はこの子を守り切れるのだろうか。

 

育朗はあれこれと思い悩みながら、また眠りに落ちた。

 

 

――――――――――――――――

    ――――――――

      ――――

気が付くと育朗は、深い霧の中に立っていた。

 

どういう事だ?

自分はつい先ほどまで、スミレの横で野宿をしていたはずだ。

不意に霧が深くなる。すると、視界が完全に真っ白に、覆われた。自分の手さえも、見えない。

 

すっかり混乱して立ち尽くしていると、少し、霧が晴れた。

ほっとして足元を見ると、いつの間にかスケート靴を履いていた。その下には真っ白な氷が見える。霧と同じほどに白い氷の上にいると、まるで宙に浮いているかのようだ。

これは、夢の中なのか。

 

「ここは?」

育朗は戸惑いつつ、ためしに周囲を滑ってみた。

 

カ――ッ

 

硬い氷の上を、スケートが滑っていく音が響いた。硬い、冷たい音だ。

 

しばらく滑っていると、前方に緑黒い帯のような塊が見えた。

と、今度は身を切るような寒さの突風が吹き、周囲の霧をふきはらって行く。

前方に浮かび上がった緑黒い帯は、灌木に覆われた岸辺のようだ。どうやらここは、大きな池なのか。

 

パタパタパタ……

 

育朗の目の端に、黒い、小さな蝶が飛んでいくのがちらりと見えた。

(蝶が真冬に飛んでいるなんて?)

不思議に思ってその蝶を見ていると、心なしか蝶はしきりと育朗をある方向に誘導しようと動いているように見えた。

 

だが育朗は、蝶の動きを無視して進んでいた。

 

バリッ

 

と、足元の氷が透明に変わった。

あっと思った次の瞬間、バリッと氷が割れた。

染み出る氷水に足が濡れる。

氷に穴が開き、育朗は耐えきれずに氷の上に腹ばいになった。

 

バリッ

バリッ

 

育朗の周りの氷が、パリパリとひび割れていく。

 

「うわわああああああッ」

育朗が悲鳴を上げた…….

そうだ、思い出した。これは子供の頃、氷が張った池に落ちかかったときの記憶だ。

あの恐怖を、夢の中で追体験しているのだ。

 

と、突然周囲が真っ暗になった。

 

パン

 

まるで音が聞こえるほどにパッと、育朗の目の前に、スポットライトが照らされた。

 

そのスポットライトに照らされ、育朗の目の前を不思議なクリーチャーが、複数踊っていた。

それらのクリーチャーは、絵の具のチューブを大きくし、そこに手足と目、口を付けたような、いびつで、奇妙な外見をしていた。

よく見ると、そのクリーチャー達は黒いチューブ、青いチューブ、赤いチューブなど、それぞれ異なる色をしていた。全部で7体いるようであった。

 

『ドゥバッ』

『ドゥバアッッ、バッ』

チューブ達が踊る。

 

「なんだ?これは」

育朗は首をかしげ、一心不乱に踊るチューブに恐る恐る手を伸ばした。

 

その手を見て、チューブたちが笑った。

『ブファァアアアアアッ』

チューブの一体が頭のキャップを外し、黒い絵の具を吐き出した。

 

「ウワッ」

育朗の手に、黒い絵の具がべったりとついた。

その耳に、『何か』が聞こえてくる……

 

『あららっ』

『ちょっと、嫌だ。あの子あの池に入ったの』

『溺れちゃうわよ、ねぇ……助けてあげたら?』

『いやよッ足が濡れちゃうわッ、大丈夫よ誰か助けてくれるわよ』

 

(何だ?この声は?)

 

気が付くと、育朗の体は宙に浮いていた。

足元を見ると、小さな子供が、割れつつある氷の上で必死で暴れているのが見える。

その少年の姿形は、良く知っている……自分だ。

 

(やはり……あれは、子供の頃のボク?)

と、育朗は笑い声の主が誰か、気が付いた。

(その声は……まさか……いや、そうだ。間違いないッ 声の主は、ボクが子供のころあこがれていた近所のお姉さんだッ!)

 

だが、お姉さんは今にも溺れそうな郁郎の様子を見てケタケタと笑い……完全に崩壊しそうな氷に向かって……石を投げようとしていた。

 

『あのコ池に落ちたら、死んじゃうかしら』

全く心配している口調ではない。むしろ面白がっている。

『ちょっと、アノコ、あんたになついてたじゃないッ。かっわいそォォ――』

はんっ

お姉さんが肩をすくめた。

『止めてよ、気持ち悪いッ』

 

「うわあああああぁぁッッ」

嘘だ。

あの優しかったお姉さんが、そんな。

育朗は叫けぼうとした。だが、声が……出ないッ。

 

と、お姉さんの目の前を、黒い蝶が舞った。

 

『キャッ』

お姉さんは足を滑らし、尻餅をついた。

『お姉さん』が投げようとした石は、床にこぼれた。

      ――――

    ――――――――

――――――――――――――――

 

「……育朗ッ!ねえ、育朗ッ」

スミレの声に起こされ、育朗は目を覚ました。

 

「!?はっ……スミレッ?」

 

「アンタどうしたの?うなされていたわよ」

 

「そっ……そうか、あれは夢か」

 

「なに?悪い夢でも見たの?」

スミレは育朗の顔をのぞきこんだ。

「私もよ。私も悪い夢を見たわ……何か寒っむいなか、知らない所をずっとうろうろしている夢だったわ。あんまりムカツクから、近くにいたイケスカナイ女に嫌がらせをしてやったわ」

スミレが言った。

 

(寒い?まさか……)

 

育朗が戸惑っていると、スミレがませた話し方で話しかけてきた。

「まあ昨日も大変だったしね。お互い悪い夢もみるってものよ。育朗、アンタもちゃんと休みなよ。私が見張りをしてあげるからさ」

 

「ははッ……ありがとう、そうしようかな」

と、育朗は自分の両足がしびれ、感覚がないのに気が付いた。

「うっ、冷たい」

育朗の足は、まるで氷水でも足を突っ込んだかのように、冷たく、ぐっしょりと濡れていた。

だが不思議なことに、濡れているのは育朗の足だけだ。その周りは、しっかりと乾いているのだ。

(なんだ?これは?)

育朗は不気味に思ったが、それを顔に出すことはなかった。少女を不必要に不安にさせることはないのだ。

 

「それで、今日はどうするの?」

スミレが尋ねた。

 

「人のいない所に行こうとおもうんだ」

 

「ふうん、それはどこ?」

 

「ここから少し 行った所さ。そこに山小屋があるんだ。めったに人が来ないところだから、そこに行けばゆっくりできるよ」

 

育朗は寝床を始末すると、スミレを背負って走り出した。

『……止めてよ、気持ち悪い………』

お姉さんの言葉が、ふと育朗の脳裏にこだました。

 

 

――――――――――――――――――

 

バオー解放から4日後:

 

『サダ、最近どうもこの辺りがきな臭いぞ』

その朝の電話会議でのことだ。それまでたわいのない会話を楽しんでいたジン・チャンの口調が急に改まった。

 

「……何だって?」

 

『最近、この辺りに妙に見知らぬ奴らが出歩いている。身元の分からないヤツラだ。後を追うと、いつの間にか巧妙にまかれちまう』

 

「ジン・チャン、無理するなよ」

 

『わかってるさ。だがお前の家族は俺が守ってやるって言ってるだろ。今度こそ守りきるサ』

ジン・チャンは、ひどく真剣にそう言うと、不意に話題を変えた。

『ところで、お前の調査のほうはどうなんだ』

 

「……ああ、進捗してるよ。少しづつ手がかりも増えている。奴らもだんだんと焦って来ていると見えて、痕跡を隠すのがドンドン荒くなっていやがる」

 

『そうか、ツマリ、チャンスがあるって事だな』

 

「そうだ。もうすぐ少年に追い付けるはずだ」

貞夫は満足げに言った。

 

 

――――――――――――――――――

 

ほぼ同時刻:K岩近辺

 

「疲れたかい?」

 

「大丈夫ッ、平気よッ」

 

育朗は、けなげに力こぶを作って見せるスミレを、ヒョイッとだっこした。スミレをかるがると抱えたまま、育朗は山道をぐんぐん登って行く。

 

途中ですれ違った女子大生っぽい三人組が少し気になる。もしかして、彼女たちの口から自分達の居場所がDRESSにばれたら……

そう考えて、育朗は苦笑した。

考え過ぎだ。あまり悩んでも仕方ない。

 

「どうしたの?ぼーっとして」

スミレが、疑わしそうに育朗の頬をつねった。

「さっきのお姉さんたち、かわいかったな――ッて思ってたでしょ」

 

「ははッ……違うよ、スミレ。ちょっとしっかりつかまっててよ。先を急ぐからね」

育朗は、スミレを抱きかかえたまま、山道を走って行った。

 

◆◆

 

それから半日後、疲れ切った育朗とスミレは、たまたま近くにあった民家の倉庫に忍び込み、休憩を取っていた。

今晩ここで休むことが出来たら、明日の朝には山小屋に到着するはずだ。

 

山道をずっと揺られて疲れたのか、スミレは育朗の手を握ったままスヤスヤと眠っている。

自分も休もう。

育郎はスミレの手を一度ギュッと握ると、目をつぶった。

 

――――――――――――――――

    ――――――――

      ――――

目を開けると、納屋の奥からチューブをかたどった人形があちらこちらから現れた。

 

(これは……またか、また夢の中なのか?)

昨晩の悪夢が、頭をよぎった。

『ヴァルッ?』

 

まるで犬の吼え声のような吼え声が、育朗の口から飛び出した。

(なんだッ?)

『バル?』

 

何を話そうとしても、思った言葉が口に出せない。いや………思ったように体を動かすことが全く、出来ないッ!

感覚はある。

これは確かに『自分の体』だ。

だが、コントロール出来ないッ!

 

ゾワリ

 

育朗は、首筋・脳髄にそった体内に『何か』が蠢いているのを感じた。

その『何か』が蠢くたびに、育朗の体が動く。その動きは獣のように機敏で、荒々しかった。

 

自分の体が『何か』に乗っ取られた……という事か。

夢の中のこととは言え、育朗は戦慄した。

 

育朗の意識に反して、体が勝手に犬のように四つん這いになった。

そして、あちこちをうろうろし始めた。

そのとき顔が下を向き、地面についた手足が視界に入った。

育朗の視界に入った両手はいびつに膨れ上がり、まるで紙粘土に錆青色の泥を塗りつけたようであった。

(これが、スミレの言っていたボク?)

 

醜い。

自分でも、そう感じた。

 

『化け物』

青色のチューブの人形が、ケタケタと笑った。

『ばぁぁぁけもぉぉおおおおのぉ』

 

ぎゅぃい――――イインッ

 

白と黒、灰色のチューブが色を絞りだし、壁に絵を描き始める。

その色が、水墨画のように黒髪の女性の姿を描き出す。

 

ぎょろり……

絵の女性の瞳が動き、育朗を認めて……にやりと笑った。

『そうよ、化け物……怪物……バオー……それがアンタよ』

絵の中から、女性が言った。

 

ヌォオオリンッ

 

絵の中の女が、育朗に向かって手を伸ばす。

まるで高粘度のスライムを引き延ばしたかのように、伸ばした手から壁に向かって、絵の具が糸を引く。

『アンタは化け物なのよ。あんたは真っ黒な邪悪ッ!アンタは人類の悪夢よォォ』

 

ネタァアァァッ

 

絵の女は、手足をバタバタさせて『二次元の壁』から、『三次元の世界』に、自分自身を引っ張り出した。

 

『バルッ』

育朗:バオーは、確かな殺意の臭いを感じ、攻撃姿勢を取った。

だが、その殺意の『臭い』がどこから来るか、方角がわからないッ!

 

戸惑うバオーに、絵の女『ソフィ――ヌ』が艶めかしく笑いながら近寄って来た。

そして、ペトリ と自分の手でバオーの貌を挟み込む。

『あなたに、ステキな未来を見せてあげる』

ズリリッと手を動かし、バオーの貌に灰色の絵の具を塗りこんで行く。

 

殺意の『臭い』が、どこから来るのかわからない……

 

と、バオーの周囲の動きが、まるでビデオデッキの4倍速のように早くチョコマカト動き始めた。

瞬く間に昼と夜を何度も繰り返す。そして……

 

ズキィイインッッ

 

育朗は、体の内側からおそってくる激しい痛みに、絶叫した。

(ウォオオオあああああアッ)

自分の体の内側が、肉が、神経が、噛み千切られていくような痛みだ。

自分の体が弾けそうになるッ!

 

「シュウォオォォ――――ムンンッ!」

だが、痛みに苦しむ育朗の口から発されたのは、まさに異形、異形な怪物の 断殺魔だ!

 

『はははははははははははははははははははははははッ』

ソフィーヌが大笑いした。

『自分がどうなっているか、わかるッ?アンタ、内側から体を食われているのよ』

 

「アアアアアッあああああああ!」

 

『ヒャヒャヒャヒャッッッ……どっち道アンタはおしまいなのよ、アンタは近いうちに体を食いちぎられて……死ぬ』

ソフィーヌは育朗を指差し、バン と拳銃で打ち抜く真似をした。

 

育朗が膝をついた。地面についた手、その手のひらがモコモコと盛り上がる。

盛り上がった皮膚の下がぐにょぐにょ動き……

 

『細長く、黒く、濡れている何か』が、ヌタヌタとうねりながら飛び出てきた。

 

『何か』が飛び出した跡に、赤黒い穴が開いた。

 

一匹、二匹、それは、どんどん育朗の体から飛び出していく。

育朗の全身の皮膚の下が、まるで水の塊のようにブヨブョと波うち、崩れていく。

その黒い何かは、育朗の体から次々と巣立ち、近くの物陰に消えていく。

 

さらに時が加速していく。

日が昇り、沈み、また昇る。その動きがどんどん早くなっていくッッ

 

すでに育朗は、ピクリとも動けなかった。

だが、育朗から飛び出した『細長く、黒く、濡れている何か』が、この世にどんどん広まっていくのがわかった。

そして、猫が、犬が、リスが、スズメが、鴉が、大人の男が、女が、老人が、少女が、少年が、赤ん坊が……育朗から出て行った『黒い何か』に寄生され、そして育朗と同じように体を食いちぎられていく……

そして、育朗と同じように体を『内側から』喰われ、次々に死んでいく……

 

そして、『育朗』であった無残な躯が、ガラッと崩れ落ちた。

 

『フフフフ』

ソフィーヌが笑うのを止めた。

『我が超能力(スタンド):トウルゥー・カラーは貴方の夢に入り込み、貴方が最も知りたくない真実をあなたの目の前に突き付ける能力うッ!

……トゥルー・カラーが見せる《悪夢のような真実》を見た人間は、

絶望のあまり、

死ぬ……

いい?一番残酷なのは、いつだって本当の真実を突きつけられることなのよ』

 

「はっ?」

いつの間にか育朗の体は、枯はて崩れた躯から、元の人間の姿に戻っていた。

 

だが、その顔には悲痛な痛みがあふれていた。

「馬鹿な……」

育朗の膝が、ガクガクと揺れた。

立っていられず、両手、両膝をついてしゃがみ込む。

「あぁっ……ボクは……ボクの体は……ッ」

育朗の目から、涙が吹き出た。

 

そんな育朗の周りに、チューブを模したスタンド:トゥルー・カラーズが近づいて行った。

『そぉおれが真実だ』

『真実よォ』

『し・ん・じ・つ』

『本当だぜ』

『マジだ』

チューブ達がソフィーヌの周りを踊りながら、笑いながら、口々に言った。

 

「う……う、うわああああ……」

育朗の体が、まるでガラスのように透き通り、ひび割れ始めた。

「あ…あ……あ」

 

『それが、現実よ。あなたはこのままでは、死ぬ。しかも、死んだあとで害悪を世界中にまき散らすのよ』

最悪の『化け物』よね。いま死んだ方がいいわよ。

『絵の女』:ソフィーヌが言った。

 

「あ……」

育朗が宙に手を差し出した。その手が見る見るうちに透き通り、パリパリッとヒビが入った。

(太陽の光……これが、ボクが最後に見る景色か……フフフ、綺麗だ)

ゴメン、スミレ。君を助けることはできないみたいだ……

 

パタパタパタ

 

と、育朗の視界に、黒い影が見えた。太陽を背にして、黒い蝶がキラキラと輝きながら育朗に近づいていく。

(何だ……これは…でも……『暖かい』)

育朗のその手に、黒い蝶が止まった。

 

その『蝶』が触れた部分から、無限の暖かさが育朗の体に染み渡ってくる。

透明だった手も、炎がともされたような暖かい色が付いた。

その色が、どんどん育朗の体に広がっていく……

 

『何ッ?なんなのよ……』

ソフィーヌが、戸惑った声を上げた。

『まさか……無意識のうちに、あの子が邪魔してるってわけッ?こうなったら、私が直接、育朗の魂を砕いてあげるわ』

そう言うと、自らの爪を伸ばし、高く差し上げた。

だが、ソフィーヌが振り上げた手を、力を取り戻した育朗の手が押えた。

 

『なっ……どうしてぇッ』

 

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

 

「そうだよ……僕にはまだやることがあるんだ」

力を取り戻した育朗が、再び立ち上がった。

 

「僕には、まだやるべきことがある」

育朗は、そう言うと、手を伸ばして赤いチューブを捕まえた。

 

『なっ……なんで?スタンド使いでもないアンタが、我がトゥルー・カラーをさわれるの?はっ!』

 

育朗の体の輪郭が『黒い光』に縁取られていた。

「……わかりかけてきたよ。これは精神力の勝負なんだ。このビジョンは、お前の精神が作り出したもの……超能力って訳だ。そしてここは、僕の夢の中……」

育朗は捕まえた赤いチューブのフタを回し、フタを取り除いた。奇妙な悲鳴を上げ、力なく手足をパタパタさせる赤いチューブを、顔の前に差し上げる。

「ならば、僕が精神を集中させれば、お前の精神のビジョンを掴めるはずだって思ったんだ」

 

育朗は、恐れおののいているソフィーヌの上に、赤いチューブの中身を絞り上げた。

 

まるで頭から血をかぶったように、ソフィーヌの全身が真っ赤に染まった。

『いいいぃぃぃやああああああああああああああ!!』

ソフィーヌは絶叫を上げて、倒れ……再び起き上がった。

だが無事ではなかった、ソフィーヌは涎を垂れ流し、フャフャフャっと呆けたような笑い声をあげつづけている。

 

彼女がどんな真実を目にしたのか……育朗は知りたくもなかった。

 

ソフィーヌは、うつろな顔で、周囲を気にせず、ただ笑っている。

彼女が笑うたびに、周囲の景色がぼやけていく……

 

      ――――

    ――――――――

――――――――――――――――

 

やがて育朗は、深い海のそこから引っ張り上げられるように、夢から覚めた。

(夢?でも、そうだ。たとえ……僕の運命が決まっていたとしても、ぼくにはまだやる事があるッッ)

目を覚ました育朗は、目の前で身をちぢこませている少女の寝顔を見て、微笑んだ。

 

少女は、ぶるッと体を震わせた。目をつぶったまま、育朗に身を寄せてくる。

 

育朗はスミレにかけた上着がずれ、肌がのぞいているのに気が付いた。上着の裾をちょっと引っ張って、スミレがちゃんと暖まれるように上着をかけなおした。

「……スミレ、疲れてないかい?」

 

プププ

 

寝ているスミレの前に積み上げられたズタ袋の上で、寝ぼけたノッツオが寝返りを打った。

 

「……ハッ」

 

「おはよう、スミレ。少しは休めたかい?」

 

「もちろんよっ……ここは?」

 

「山奥にあった民家の納屋だよ……君が寝ちゃったからね。少しここで休んでたんだ」

 

「えっ……じゃあ、すぐに先を急がなきゃねっ……私は、もう十分休めたわ」

 

「そうかい?でもしばらくは、ここにいないかい……夜になって、この家の人が眠ってから、外に出たほうがいいと思うんだ」

 

「そうか……それもそうね……」

スミレは、素直にうなずいた。

 

その時

 

ガラ――……

 

「!!」

 

納屋の扉があいた。

隠れる間もなく、育朗とスミレの二人は、開いたドアの前にその身をさらした。

 

ドアの向こう側では、驚いた表情の老婆が、腰を抜かしてしゃがみこんだ。

 

ガタン

 

「こ……怖がらないで!………怪しいものではありません!」

 

「ヒッヒィイイイ――ッどッドッ…泥棒じゃあ!」

老婆が大声を上げた。



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空条貞夫の孤闘 -1991- その2

バオー解放から5日後:

 

空条貞夫は、誰も出なかった電話を下ろした。

胸元に手をやり、首から下げたペンダントを血の出るほど握りしめる。

 

先日から、ジン・チャンと連絡が取れなくなっている。

心配でたまらなかった。

 

(どうする……ここで探索をやめ、ジン・チャンと家族の様子を見に行った方がいいのではないか?)

敵は日米両政府のエリートエージェント達なのだから、何が起こっても不思議はない。

DRESSのエージェントを相手に油断すれば、自分の命さえも危うい。いや、自分の命が問題になるだけならいい。もしジン・チャンと家族に危害が及んでいたら……

 

思い悩む貞夫に、SW財団の研究員が声をかけた。

「サダさん、色々探ってみましたが……ダメです。顔も潰されており、身元不明です」

 

その報告に、貞夫は重々しくうなづいた。

「血液を採取しておいてくれ。DNA鑑定にまわしておきたい」

 

「判りました」

研究員は、ボディバックのチャックを引っ張り上げた。

バックから顔を出していた女の死体――今朝、陸中の海岸で見つかった人物だ――の無残な潰された顔が隠れていく。

彼女は……手掛かりにはならなかった。

 

だが、悲観することはない。

これまでの捜査で、育朗とスミレの足取りはだいぶ掴めていた。

二人は、まずはM市近くの無人電車に乗っていた。ここで何が起こったのか、育朗が、スミレを連れてDRESSの専用車両から脱出したと思われる。

そして、M市郊外のバス停、ガソリンスタンド、T市近くの競馬場、廃墟にも痕跡があった。

 

「栗沢家の様子は?」

栗沢家は、最後に育郎とスミレの足取りがつかめた場所だ。

 

「無事です。音沙汰無い所を見ると、DRESSの奴らは我々が警備に当たっている事に気がついたものと思われます」

「それは良かった」

あの老人達をこれ以上危険な目に合わせたく無い。貞夫は、今朝訪れた六助爺さんの、けんもほろろな様子を思いだした。

きっとあのガンコ爺さんは、少年達を守ろうとしてくれているのだ。貞夫はその事が少し嬉しかった。少なくとも、少年達は孤立無援ではないのだ。ガンコじいさんも、自分たちもいる。

 

……そうだ、自分にはやらなければならないことがあるッ

自分のわがままで、すべてを捨てて家族を優先させるわけにはいかないのだ。

貞夫は自分にそう言い聞かせた。だが、自らが発したその言葉が自分の心に響かない……

 

「サダさんッ!興味深い警察無線を傍受しましたよッ!!……場所はI市ッ。そこで、奇妙な事故が起こった模様ですッ」

 

「何だって?」

 

「目撃者である女子大生から聞き出した話では、若者が一瞬のうちにバイクを持ち上げ、そしてそのバイクが爆発したと……裏を取ってみましたが、バイクが突然爆発したのは、本当のようです」

 

「I市……そうか……距離的には、確かに彼らがいてもおかしくない……見に行くか」

二人とも無事でいてくれ。貞夫は、刀を掴んで走り出した。

 

――――――――――――――――――

 

バオー解放から6日後:

 

やっと見つけたその少年は、ビルの屋上で独り地図を見ながら何やら考えていた。

 

こうしてみると、年相応なあどけなさを残す、普通の17歳の少年にしか見えない。

(こんな、普通の少年に……『バオー』が寄生しているのか)

貞夫は、少年の横顔を見つめた。

17歳……息子の承太郎が、義父と共にエジプトで吸血鬼と死闘を繰り広げたのも、同じ17歳の頃だ。

(俺は、この少年を確保しなければならない……)

貞夫は、もやもやした気持ちを抱えたまま、少年に声をかけた。

「こんな所にいたのか、探したよ」

 

「!?誰だッ」

 

身構えた少年に、貞夫は手を広げてゆっくりと近づいていった。

「橋沢育朗君だね。僕は日本政府の者さ……君を保護しにきた」

 

「なんだって」

育朗の目がすわった。

「DRESSの追っ手かッ」

 

「まてっ!!ワタシはDRESSと敵対しているものだ」

 

「どうしてそれを信じられる?」

DRESSは日本政府が関与してできた組織だと言う話じゃないかッ ボクには、日本政府の役人であるアナタが味方になってくれるとは思えない……騙されないぞ。

育朗の目が、モノ騒がせな光を帯びた。

「ボクにはやらなければならないことがあるッ 申し訳ないけど、アナタを倒してボクは行くッ!」

育朗の皮膚が、徐々に碧く染まっていく……グッ グッ と育朗の体が、まるで自転車のチューブに空気を入れているかのように、一定のリズムで大きくなっていく。

 

「待てッ!」

貞夫は両手を上げた。

「信じてくれ、ワタシは君と戦わない。……なんならワタシの体を調べてみるかい?抵抗しないさ」

 

育朗の動きが止まった。

 

貞夫は冷や汗をかいていた。

もしバオーと対決することになったら、古武道だけでは相手にならない。

おそらく、スタンドを出す必要があるだろう。

だが、もしジギー・スターダストの封印を解き、その能力が『バオー』に働いたらどうなるのか……貞夫には、予想もつかなかった。

 

なによりも自分が、目の前の17歳の少年と戦う気になれるとは、思えない……

 

だがほっとしたことに、育朗の肌の色が徐々に元に戻っていった。

やがて、育朗は完全に人間体に戻った。

 

だが、まだ警戒心もあらわに貞夫を睨みつけている。

「警告するッッ!ピクリとでもうごいたら……」

 

「わかってるさ、だがこの肩にかけた袋は、降ろさせてくれ。これは刀だからな、君に疑われたくはない」

 

「……だめだ。動かないで……それはボクが調べる」

 

「もちろんOKだ。気のすむまでやってくれ」

 

育朗は貞夫に慎重に近づいていき、丁寧に身体検査を始めた。まずゆっくりと貞夫の肩から竹刀袋をはずし、その袋を開ける。

「これは……」

育朗は竹刀袋の中に入っていた刀を見て息をのんだ。その刀は美術品ではない。見るからに『使い込まれた』禍々しい刀であった。

 

「……ワタシは古武術をやっている。これは、万が一の護身用だ」

貞夫が言った。

 

「……」

育朗は刀を貞夫から離れたところに置き、捜索を再開した。時計、靴の中敷きの裏等をじっくりと探していく。そして、貞夫のポケットに入っていたパス――公安委員会の特別エージェントとしての身分が書かれている――を見つけ、育朗は少し安心した様子を見せた。

 

「空条さん、この刀を除けば貴方が丸腰なのはわかりました……政府の役人さんだってことも、信じます」

 

「信じてくれてありがとう」

貞夫はほっと一息ついた。

「ワタシは君たちを保護するために来たんだ、だがまずは……」

貞夫は、手早く育郎の体にスキャナーを当てていった。スキャナーは、育郎の右肩に来たところで、派手なビープ音をたてた。

 

「なんですか?これは」

 

「……発信器だ。君の体に埋め込まれていた」

貞夫は注射針を取り出すと、育郎の肌に局部麻酔を施した。そして、その肌にメスを当て、裏に隠されていた小さなチップをとりだした。

すぐさま、そのチップを踏みつぶす。

 

「僕らの居場所はずっと筒抜けだった……」

育郎は、唖然としていた。

 

「そうだ……だが、これで君の位置情報はわからなくなった。すぐここを移動して姿をくらまそう。話はそれからだ」

 

「わかりました……」

育朗は、素直にうなづいた。

 

◆◆

 

それから数時間後、二人は町はずれの林の中で、今後のことを話し合っていた。

 

「では、スミレはK崎の近くにいるって事ですね」

育朗は地図の一点を示した。

 

「そうだ。そこにDRESSの秘密基地がある。先進医療施設と言うふれこみでな。スミレちゃんは、そこに監禁されている可能性が高い」

 

「DRESSの秘密基地……そんなところにどうやって潜入すれば……」

育朗は頭を抱えた。

「正面突破しかないのか」

 

「……大丈夫だ、策はある」

貞夫が言った。

「育朗クン、後はワタシに任せなさい。絶対何とかするから。君は安全なところで、待っているといい……」

 

「いえ……僕が行きます」

育朗は首を振った。

「スミレは僕のせいでつかまっている。僕のせいで苦しんでいるんです。だから僕が助けます」

育朗は、自分の手をじっとみながら、悲しそうに言った。

「それに、ボクにとって安全な所なんてどこにもありません」

 

「……」

この少年は自分の運命を理解している。貞夫は、少年にかける言葉が見つからず、ただ黙っていた。

(……こんな時、ホリィだったら彼になんて言っただろう?)

貞夫にはわからなかった。

「……イヤ、育朗クン。DRESSとカタをつけるのは、それはワタシの仕事だよ」

貞夫は、育朗の肩に両手をかけた。

「ワタシはDRESSを潰す為に何年も奴らを追いかけてきた……」

 

目の前の少年が、ほとんど手をかけてやれなかった自分の息子:承太郎と重なる。

あの時、貞夫に代わって命がけで戦いホリイの命を救ったのは、息子と義父達であった。

貞夫は誓っていた。あの時のように、自分のやるべきことを17歳の少年に任せたりはしないと。命を懸けるべきなのは、子供ではない。大人の自分だ。

 

だが、貞夫の言葉は、思いは、育朗に届かなかった。

「ボクが行きます」

育朗は、頑固に言った。

「ボクが、スミレを助けます」

 

「……育朗君」

貞夫は、それでも何とか育朗を説得しようと言葉をさがした。だがその時、何かが近づいてくる気配を貞夫は『察知してしまった』。

(この感覚……)

手振りで育朗に静かにしているように合図すると、そっと気配がした方角を探る。

やはりそうだ。この気配には覚えがある。

貞夫は、思わずニヤリと笑った。

そこには貞夫の『仇敵』がいる。

 

「DRESSの追手ですか?発信器は取り外したはずなのに……」

育朗が訊ねた。

 

「いや、あれはワタシを追ってきたものだろう」

貞夫は痛ましい思いで育朗を見やった。この少年を助けたい。

だが、『仇敵』がやって来る。

少年をかばいながら『仇敵』と闘うのは、無理だ。

貞夫は、いぶかしげにこちらを見ている育朗に、懐に入れていたもう一つの地図と、背負っていたナップサックを放った。

 

「……これは?」

 

「このあたりの地下水脈の様子を示した地図だ……この近くから、DRESSの基地近くまで一本の地下水脈が走っているのがわかるだろう?それは人が入れる大きさなんだ」

貞夫は、手短にその地下水脈の入り口を育朗に伝えた。

「今からくる敵は、ワタシがけりをつけなければならない相手だ……君は先に行け、ワタシも後から追いかける」

 

「わかりました」

ご無事で。

育朗は、貞夫にペコリと頭を下げると、森の中に消えていった。

 

◆◆

 

「空条貞夫、久しぶりだな」

目の前に現れた小男は尊大な口調で言った。

 

貞夫は、にやりと笑った。

この日を待ちわびていた。こうして、この男と会いまみえる日を。

今、決着をつけるのだ。

 

「ところでお前、ドンキホーテを読んだ事あるか?」

男が慣れ慣れしく話しかけてきた。

「まさに、今のお前だな……下らん理想を夢見て政府の方針に逆らい、すべてを捨ててわがDRESSに歯向かい……その結果、お前は何を手に入れた?家族には愛想を尽かされ……音楽で身を立てる夢を失い……あわれな男だ」

男は嘲笑う。

「聞いてるぞぅ。4年前、奥さんが生死の境をさまよってたらしいじゃあないか。でも、それでも家族の所に帰らなかったのだろ?俺を倒すために……」

そこまで思ってもらえて、光栄だよ。

 

「小暮……」

貞夫は黙って刀を抜いた。この怪物と話をする必要は一切無い。ただ切って捨てるのみ、だ。

 

「そして、とうぜん家族からは愛想をつかされ、今また仕事仲間さえも失おうとしてるって訳だ」

小暮大士が指をぱちんとうち鳴らす。

 

「ほら、キリキリ歩きなさいヨッ」

どこかで聞いた事のある女の声だ。小暮の背後から出てきたその女は、背中がせむしのように曲がり、フードを頭からかぶっている。

その女が、引っ立てて来たのは……

 

「ジン……ジン・チャンッ!」

 

「サダ……」

ジン・チャンが笑った。その顔は真っ黒に腫れ上がり、一見すると本人には見えないほどだ。

「ドジっちまった。スマン」

プッ

ジン・チャンが、口から、血と歯の交じった唾を吐いた。

 

「月並みだけど、『お仲間の命を守りたければ』武器を捨てなさいヨ」

女が言った。女はフードを脱ぎ、その銀髪と真っ白な肌、ロシア系のはっきりした顔立ちをさらした。

 

「……オーテップ………貴様、まだ生きていたのか」

 

あらご挨拶ね。

オーテップが笑い………そのカギ指を ジン・チャンの左胸に潜り込ませた。

 

「ぐっ!ううぉぉぉっ!!」

ジン・チャンが苦悶の声を上げた。

 

「待てッ!わかったッ」

武器を捨てるよ。貞夫が手にしていた日本刀を投げ捨てようとしたとき……

 

「サダッ!よせッッ……コイツラのいう事を聞いたって無駄だッ」

ジン・チャンが叫んだ。

「サダ、良くわかってるだろう?コイツ等の事を」

 

「俺は、お前を見捨てん……」

 

ヘッ……ジン・チャンは苦笑して

「後は頼んだぞ」と言った。

そして……

コォォオオオッッ

ジン・チャンは、苦しそうに顔をゆがめながら、不思議なリズムの呼吸を始めた。

心なしか、そのジン・チャンの外見が少し、『光った』ように見えた。それは、『波紋』の光だ。

 

「おい……オイッ、よせ」

もしや……覚悟を決めたジン・チャンの表情を見て、貞夫は動揺した。

 

「頼んだぞ、一族を……娘を……」

ジン・チャンは、もう一度貞夫に笑いかけた。

「俺に後悔はない。お前とも出会えた。いい人生だったよ……だが俺はここまでだ。妻と息子と、天から見守っているぜ」

そしてジン・チャンは……自分の胸に手を当て、

自ら心臓を停止させた。

 

「ジン・チャンッッ」

貞夫の顔が怒りで歪んだ。あまりの怒りにぼやけていく景色。

 

ぼやけた景色の中、気のせいであろうか……崩れ逝くジン・チャンの体から、もう一つのジン・チャンが顔を出したように感じた

 

(これは……ジン・チャンの霊?)

 

フフフとジン・チャンの霊が笑った。

(サダ……妻と両親に愛してると伝えてくれ………それから、娘に………アンジェラに幸せになるんだと、俺はお前のことを見守っていると、伝えてくれ)

ジン・チャンは貞夫に親指を立てて見せ、そして昇って逝った。

 

「チッ」

オーテップがジン・チャンの遺体を蹴り飛ばした。

「人質は死んじゃったけど、まぁ良いわ」

わたしがアンタをぶっ殺せば良いだけですものね。

オーテップは拳銃を貞夫に向けた。

 

バシュッ

 

放たれた銃弾は、貞夫に到達する前に弾き飛ばされた。一瞬、貞夫の背後に現れたビジョンが、弾丸を弾き飛ばしたのだ。

「大サービスだ、貴様らに我がスタンドの名と姿を教えてやるッ 出ろッッ」

涙を流しながら、貞夫が叫ぶ。

「ジギィー・スターダストッッ」

 

貞夫の傍らにスタンド:ジギー・スターダストが現れ、吠えた。

それは、パワーに満ち溢れた『荒神』であった。その身を古式の大鎧で覆い、甲冑の隙間からのぞくその肌は、赤茶けた剛毛を生やしていた。兜の下にあるのは、牙をガチガチとかみしめる獣だ。

金色と、赤色の派手な色遣いの、そのスタンド:ジギー・スターダストは涎をまき散らし…………貞夫に殴りかかったッ!

 

ボゴッ!

 

「うぉおおおッ」

貞夫は、自分のスタンドの拳をかろうじて刀で受け止めた。だが、その強烈なパワーに吹っ飛ばされるッ!

「!?ハッハハハ」

貴様、自分のスタンドが制御できないのかッ

小暮が笑った。

「物凄いパワーのスタンドの様だが、それでは宝の持ち腐れって奴だな」

 

『ギュルルルルッ』

ジギー・スターダストは貞夫を吹っ飛ばすと、物凄い速度でオーテップに駆け寄る。

 

『Gzyuaaaaaa!』

小暮のパワー・スレイブがジギー・スターダストに殴りかかる。

 

暴走したスタンドは、オーテップに背を向け、パワースレイブを吹き飛ばすッ

「ぐぉおおおッ」

辛うじてガードしたパワースレイブがぐらりと揺れ、小暮は膝をついた。

「恐ろしいパワーだ……だが、ただ暴れるだけだ。やりようはあるッ」

パワー・スレイブは地面を殴りつけたッ

 

ボゴォオンッ!

 

土煙が舞い上がる。そして、周囲の視界を覆い隠したパワースレイブは、ジギー・スターダストの背後に回り込み、渾身の一撃をたたきこんだ。

 

『ギャルゥッ』

「うぉおおおっ」

パワースレイブの拳を喰らったジギー・スターダストと貞夫が吹き飛ぶッ

二人は、森林の奥に吹っ飛び、小暮達が移動に使っていた車の側壁に、激突した。

 

「頑丈だな……」

致命傷を与えられないのか……小暮が悔しそうな顔をした。

 

「とどめよッ」

オーテップは、倒れた貞夫に向かって銃を向けた。

 

だがその時……

ブォロロロッロッ!!

突然、エンジンが大音量を奏で、車が走り出した。乗り手のいない車が、オーテップに向かって突っ込んでくる。

 

「なっ」

 

慌てて突っ込んでくる車をよけたオーテップは、突っ込んできた貞夫に、拳銃を押さえつけられた。

 

『ギャルルルルッ』

辺り構わず暴れようとしたジギー・スターダストが、その拳銃に触れる……すると……

 

バシュッババババババアアアアッ!!!!!

拳銃が、まるでマシンガンのように弾丸を周囲にまき散らしたッ

 

「キャアアアッ」

 

「ウォッ」

 

「ぬぅううッ」

 

オーテップ、小暮、そして貞夫までもが、銃弾をその身に喰らうッ

 

「貞夫ッッそのスタンドッ!」

小暮が怒鳴った。

「答えろッ!貴様のスタンドの能力をッッ……」

 

パワースレイブが、ジギー・スターダストに組み付いた。

巨大なスタンド:パワースレイブ……

だが、自分より一回りは大きいスタンドを、ジギー・スターダストはちょっと身を震わせ、弾き飛ばした。

そして、ジギー・スターダストは、ラッシュを……足元の地面に向けて、放つッ!

 

ボガァッ!

 

スタンドのパワーで地面が割れ、土砂が散乱した。

 

その隙に、貞夫は立ち上がった。

「……」

立ち上がった貞夫は、小暮に向かって、ゆっくりと歩きだした。その足元からは、拳銃の銃創から流れ落ちる血が、点々と続く。

 

ジギー・スターダストが貞夫を見つけ……襲い掛かったッ!

 

「クッ!」

貞夫は、自らのスタンド:ジギー・スターダストの拳をからめ捕り、足払いをかけた。

思わず転びかけるジギー・スターダスト。

その隙に、貞夫は暴れ続けているジギー・スターダストを、押さえつけた。

 

「頼むッ!元に戻ってくれッ」

 

 

 

「貴様のスタンド、そうか……『暴走させること』それが貴様のスタンド能力だな」

小暮が言った。

「貴様のスタンドが出来るのは、『能力』も『行動』も暴走するだけか……」

クダラナイ。小暮は嘲笑った。

 

貞夫は、無言で刀を振り上げた。

バシュッ

 

ジギー・スターダストが貞夫の刀と、それから貞夫の背中を殴ったッ

 

「グッ!」

だが、貞夫は自分のスタンドから受けた攻撃を耐えた。そして、刀を小暮に向けるッ

 

バシュ!

刀がその長さを増し、小暮の肩を貫くッ!

貞夫のスタンド能力で、刀の性能が飛躍的に向上したからだ。

 

ボムっ

 

だが次の瞬間、貞夫の刀が柄から爆発した。刀の強度を超える『強化』をした報いだ。

「グッ……消えてろ、ジギー」

貞夫は刀をとり落とし、自分のスタンドを消した。

 

「フフフ……なあんだ。『暴走させる能力』ね、私には見えないけど、確かに使えない能力だわね」

あんた、自分自身でさえ制御できないんじゃない。

そういうと、オーテップは首に巻いたスカーフを取った。

そのスカーフの下には、まるでせむしのような瘤が二つ、蠢いているッ!

 

「?!」

 

「………ワタシ醜いでしょ」

オーテップは鋭い目を貞夫に向けた。

「……私はね……親に『売られた』子供だったのよ。実験動物としてね」

 

「お前は優秀な被験者だ。オーテップ」

 

小暮の言葉に、ありがとうございます と、オーテップは優雅に頭を下げた。

「私はね…イクロウとは違うの。自分がどんな人間だかよくわかってるのよ。

私は道具。私は人類が先に進むための人柱よ。この体を差出し、改造し続けていただくことだけに私の価値があるのよ」

 

フフフ

オーテップが笑った。

「私には親なんていない、要らないワ……そうね、もしかしたらアンタの息子も私と同じことを思ってるかもね」

 

「……」

 

「フフフ……でも私はね、後悔してないの。この体を差し出したおかげで、素晴らしい力を手に入れたのよ。貞夫、私は能力が制御できないアンタやイクロウとは違う……私は小暮様のおかげで、バオーを制御できるようになったのッ!この疑似脳のおかげでねェッッ」

オーテップが懐から二本の注射器を取り出した。その注射針を瘤に打ち込むッ!

 

「あうぅぅううつ!」

オーテップが大きくのぞけり、白目をむき、絶叫した。

反り返った体が青白くそまり、ボコボコと膨れていく。

銀髪が逆立ち、同じく絵の具を吸ったかのように根元からすっと青白く染まり、固まっていく。

 

「!?何だかわからんが、今のうちだ」

オーテップが絶叫している隙に、貞夫は懐から二本目の刀をとりだし、オーテップの懐へ突っ込んでいった

だが、まさに居合をはなとうと踏み込んだ貞夫の前に、小暮のスタンド:パワースレイブが襲いかかった。

 

「くっ!」

貞夫は刀を閃かせ、かろうじてパワースレイブの拳を受け止めた。

だが、その圧倒的なパワーに貞夫の体は後方に持っていかれ、危うく吹っ飛ばされそうになる。

 

その直後ッッ!

 

「ヴァルッヴァルヴァルヴァルッッ」

背後から吼え声が聞こえた。

貞夫はとっさに地面を転がって、回避行動をとった。

 

バゴッ

 

なんと、パワースレイブが飛び込んできたレディ・バオー(オーテップが『変身』したもの)を受け止め、貞夫に投げつけたのだッ!

 

「クッ」

 

レディ・バオーが空中で、両腕と頭から湾曲した刀状の武器を出現させた。

それは、オリジナル・バオーとは異なる、禍々しい、まるで鋸のような刺々しい刀であった。

キュゥワワワワッ

鋸の小さな歯がキュワキュワと互いに擦れ、気味の悪い不協和音を奏でるッ

 

再びスタンドを出現させる余裕さえ無いッ

何とか身を立て直した貞夫とレディ・バオーとが、正面から切り結ぶッ!

貞夫とレディ・バオーがつばぜり合いの形になるッ!

 

同時に、二人の側面からパワースレイブが突撃してきた。

『Gyisaaaaaaa!』

パワースレイブの拳が貞夫めがけてうなりを上げるッ

 

「!?チッ」

間一髪、貞夫はつばぜり合いの刃を外した。

身をひるがえしざま、一瞬だけジギー・スターダストの拳だけを出現させ、レディ・バオーを押し返した。

そして身をまるめ、パワースレイブの拳を避けるッ!

 

だが、貞夫の姿が消えても、パワースレイブの拳は止められないッ

「何だとォォ」

小暮が驚愕の叫びを漏らす。

 

ドゴォオオッ

 

貞夫に代わって……パワースレイブの拳がレディ・バオーに突き刺さった。

 

「ヴォォオオオンンッ」

 

ベリッベリッッ

レディ・バオーの体が杉の立ち木をへし折りながらぶっ飛んでいく。

 

「終りだ、ウォオオオオオッ」

地面に寝そべっていた貞夫は、起き上がりざまにパワースレイブの胴を薙ぐッ

 

だが

 

パキン……

 

パワースレイブの胴体に食い込みかけた刀が、折れた。

貞夫は、パワースレイブの蹴りをまともに喰らい、吹っ飛んだ。

 

「ガッ……クソッ」

 

「ほう?とっさに急所を外したのか?やるな、思ったより粘るものだ……感心したよ。だが、刀が折れてはもう手はあるまい。そんなちっぽけなスタンドなど、どんな能力だろうと俺の敵になれるとは思えないしな。それから……」

小暮が笑った。地面に伏しているジン・チャンの頭を踏みにじる。

「このジン・チャンは、お前の家族を警護していたのだろう?そりゃあ、まずいンンじゃあないかぁぁ?」

 

「何が言いたい?」

 

「わかるだろぅ?家族を警護しているものが誰もいないってことの意味を?」

 

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

 

「わかるな、貞夫。『家族の命を守りたくば』自殺しろ」

ヒャハハハハハッッ

小暮が笑った。

 

「……腐りきった野郎だ………」

 

リリリリ

 

と、ちょうどその時、小暮のポケットベルが鳴った。

 

「……フン」

小暮はポケットベルの表示を確認すると、懐からトランシーバーを取り出し、貞夫に放った。

「貴様の家に送っておいた部下からだ……出てみろ」

 

「……」

貞夫は言われるがままにトランシーバーの通話ボタンを押した。

 

「……親父か……」

電話口から聞こえたのは、息子の声であった。

 

その声を聴いた途端、それまで保っていた貞夫のポーカーフェィスが崩壊した。

「承太郎……ッ けがはないのか?母さんは無事かッ」

トランシーバーにかみつきかねない勢いで、貞夫が叫ぶッ

 

「?……ああ、無事だぜ」

 

 「……スマンッッ!絶対お前たちを守り切るはずだった。決してお前たちを………」

 

「おうッ……だが、アンタが今まで何をやっていたのか……おかげで理解できたよ」

 

「スマン!許してくれッ」

 

ヤレヤレだぜ。と承太郎が笑った。

「おい……何を誤解してやがる?俺たちは無事だといったろう」

 

「えっ?」

 

「フン、襲ってきた馬鹿どもはすべて俺がぶっ飛ばしてやったゼ……今、ジジイが襲ってきた奴らを締め上げて、アンタの話を聞いたところだ」

 

「えっ?なんだって……」

 

と、承太郎の声が途切れ、無線機の先で話している人物が交代した。

「サダ君、聞いたよ」ホリィの声だった。「……ゴメンね、サダ君が一生懸命私たちを守ろうとして事、知っちゃった。それから、サダ君のお友達の事も聞いたわ。私たち、彼に一人で戦わせてしまっていたのね……」

 

「ホリィ……君は…」

貞夫は、ふっ と無線機の先からホリィがほほ笑んだ気配を感じた。

 

「サダ君、でもね……アナタが重いものを抱えて一人で戦ってたのはずっと感じてたよ」

わかるのよ……子供の時からお父さんのことをずっと見てたからね。

 

バリバリバリ……無線機から、何か、透明なツルの様なものが生えた。そのツルは、今にも消えそうな様子で、頼りなく瞬いている。

「これは、もしかして義父さんの……」

これは、ジョセフのハーミット・パープルのビジョンのようであった。しかし、いかにハーミット・パープルとは言え、電波越しの発現では微かなビジョンしか出せないようであった。

 

『サダよ、ホリイと承太郎が貴様を許すといっておるからのォ、ワシも手伝ってやろう……いいか、ハーミット・パープルに流れる波紋を貴様の『気』で、廻せ』

電話ごしに、ジョセフの声が聞こえた。

 

言われたままに、ツタを流れる『波紋』の『気』をつかみ、体内で練りなおしてふたび『ツタ』に戻す。

貞夫は『波紋』を使うことはできない。だが、古武道の『気』の応用ととらえて、すでにある『波紋』を体内で収束させたり、逆に発散させることができるのだ。

 

『波紋』を収束させ、再びハーミット・パープルに戻す。

すると、消えかかっていた『ツタ』がノロノロと貞夫の腕を登り……赤石に触れた。

 

ブォオオオンン!

ハーミット・パープルが赤石に触れると、赤石が震えだした。

その震えが、貞夫の体とハーミットパープルに伝達していく。

 

(これは……波紋ッ?)

赤石の震えが伝わるたびに、ハーミット・パープルのビジョンがくっきりと見え、力を増していく。

同時に、貞夫の体に波紋のエネルギーが流れ込んでいく。

波紋は、貞夫の体に染み渡り……体に溜った疲労を追い出していく……

 

「!?これは……まさかッ」

そのハーミット・パープルの蔦に絡まって、もう一本、まるでイチゴの茎のようなスタンドの『植物』が現れた。その『植物』はあっという間にその数を増し、やがて束なり、小さなリスの姿になった。

そのスタンドが伝える魂の形は、色は、その香りは、貞夫が良く知っているものであった。

間違いなく、それはホリィの魂の力であった。

 

「これは……」

 

『これはね、私のスタンドよ……ツリートップって名付けたの』

お父さんの能力に乗せて、君に送るわ。無線機越しに、ホリィが言った。

 

「ばかな……君にもスタンドが……一体いつから?」

 

『……4年前からかな』

 

「そうか、あの時か……」

貞夫は唇をかんだ。

4年前、ホリィはディオと言うジョースター家にあだなす吸血鬼の影響で生死の境をさまよった。

だが……そんな一大事にも関わらず、そのとき貞夫はDRESSの南米支部をつぶすために奮闘していた。ホリィの横にいてやることさえしなかったのだ。

それは、後で思い返しても、貞夫にとっては悔いても悔いきれない『痛み』であった。

「あの時、俺は……」

 

うまく言葉が出ず、立ちすくむ貞夫にリス=ホリィがクスッと笑った。

『わかってるわよ。サダ君、もうあの事を悔いるのはやめて……私のキモチを、今伝えるわ……』

 

ツリートップの『リス』が、その手に持っていたスタンドの『イチゴ』を貞夫の唇に押し付けた。

 

「これは……」

 

その『イチゴ』を通して、ホリィの魂と精神の力が貞夫のスタンドに流れ込む。

貞夫の精神が、悔いが、浄化されていく……

 

「ああ……」貞夫は涙を流した。

「伝わるよ……わかるよ……ホリィ」

 

『……サダ君、応援してるよ。がんばってッッ……』

薄れゆくホリィのスタンドが、最後に貞夫にそっとささやく……

 

チクリと、ジョセフのスタンドの刺が貞夫をつつき……消えた。

 

◆◆

 

「?何だ、今のスタンドは……」

小暮は、展開が変わったことに気が付いた。

こんなはずではなかった。貞夫が鳴きながら自殺するのを楽しみにしていたのに……その上で、しあげに奴の家族をバラバラにしてやる予定だったのに……

だが、先ほど無線機から飛び出した光の植物のようなスタンドが貞夫に力を与えているのか、貞夫から恐ろしいほどの『凄味』が発せられているッ!

 

「……ジギー・スターダスト」

貞夫が自分のスタンドを再び出現させた。

その姿は、だが先ほどとは異なっていた。

貞夫の傍らには、5歳児程度の大きさのビジョンが、3体現れていた。そのどれもが甲冑を着込んだ、荒神の様な外観をしていた。姿はこれまでとほぼ同じ外見、だが三体の小柄なスタンドに分裂しているのだ。

 

そのジギー・スターダストのビジョンが、貞夫の体にしがみついた。一体が貞夫の右肩に、もう一体が左肩に、そして残った一体は心臓の上に、それぞれ顔だけを出して体内に潜り込むッ

 

「ヴァルッヴァルッヴァアアアルゥウウウッッ」

レディ・バオーが再び飛び込んでくる。

今度は、何百本ものビースス・シュティンガーを放ちながらだッ

 

だが、貞夫は手にした折れた刀を両手で掴むと、その両肩のスタンドが吼え声をあげ……

 

キュイ――――ンンンンッッ

 

その刀を『強化』した。

 

間髪入れず、貞夫は『強化』された刀を目まぐるしく振り回したッ!

折れた刀は、貞夫めがけて放たれた無数のシューティングビースス・シュティンガーをあっという間に叩き落とした。

さらに貞夫は、手裏剣を懐から取り出して、突進してくるレディ・バオーに投げつけるッ

 

レディ・バオーはその手裏剣を掴みとろうと両手の平を突き出した。だが……

 

ブシュュッ

 

突き出した両手を突き破り、手裏剣がレディ・バオーに突き刺さるッ

 

「ヴァアッルンッッ」

レディ・バオーがバランスを崩した。

 

『オラアアアッ!』

貞夫と、貞夫の体に顔を出したジギー・スターダストが叫ぶッ

貞夫は折れた刀を振り回し……レディ・バオーの心臓を、突き通した。

 

 

「何だとォオオオッ」

小暮は、恐慌にかられた顔でパワースレイブを構えた。

「貴様、スタンドをコントロールできるようになったのかッ」

 

「パワースレイブ……強力かつ超高速の破壊力を持つスタンド、しかも殴った対象を破壊するか、精神を屈服させ従えるか、選択できる能力を持つ」

組織を作るのには最適のスタンドだよな。

貞夫は折れた刀を放り投げ、落ちていた木の枝を二本、拾った。先ほど使っていた『折れた刀』は、レディ・バオーの体を貫いた際に、ついに砕けてしまったのだ。

「その力で政府内にDressのシンパを集めていたという訳か……だが、それももう終わりだ」

 

「ふざけるなぁあああああああああああ」

パワースレイブの渾身のラッシュッ!

 

だが、すでに貞夫は手にした二本の枝に ホリィによって精神力を強化されたジギー・スターダストのパワーを送り込み、その枝の破壊力を最大限に高めていた。

パワースレイブのパワーを、二本の棒はしっかりと正面から受け止めた。だが、折れないッ

二本の普通の枝が、白く、激しく、熱く輝くッ

『オラァッ!』

貞夫はその枝を、パワースレイブに叩きつけるッ

そして、パワースレイブのラッシュと真正面からぶつかり

 

ヴぇッリィイイインンンッ!!

 

貞夫は、そのスタンドを真正面から打ち砕いた。

 

「ばっばかなッ日本の闇を牛耳るこの俺がッ!!」

小暮は両手をついた。その手が、まるでカサカサに乾いた土くれのようにパラパラと崩れていく。

 

「……もう退場すべき時が来たってわけだ。小暮大士」

貞夫は崩れゆく小暮にそう言い捨てた。

「そうだ、お前……『赤石』がほしいって言ってたな……じゃあ選別にくれてやるよ『赤石』のパワーを」

 

貞夫は、古武道の呼吸法で気を『練った』。

その気が右手に集まっていく。

その右手には『赤石』が輝いていた。『赤石』は太陽の光/『波紋』の力を増幅させることが出来るのだ。

もちろん、武道の気は『波紋』のエネルギーとしては似て非なるものである。『波紋』の代わりにはならない。だが、ジョセフから授かった『波紋』は、まだ貞夫の中に微かに残っていた。その『波紋』を『気』が絡みとっていき、『気』の流れにからみとられた『波紋』のエネルギーが『赤石』に集まっていく。

 

「ジギー・スターダストッ!」

貞夫のスタンドが三体とも『赤石』に触れた。

 

バシュッ!!

『太陽のエネルギー』が、能力が強化された『赤石』よりほとばしり……

小暮の眉間を打ち抜いた。

 

(終わったッ)

貞夫は、傍らに倒れているジン・チャン・チャンの体をそっと抱きかかえた。

(ジン・チャン……『終わった』よ。ありがとう……)

貞夫の目から涙があふれた。

(俺、この件が落ち着いたらすぐに台湾に行くよ。行って、お前の一族に会ってくるよ……)

 

――――――――――――――――――

 

8日後:

 

ウッ…ウッ……

 

海岸線で泣いている少女を見つけ、貞夫はゆっくりと近づいて行った。

その海岸線の向こうには、炎に包まれたDRESSの基地が見えた。つい先ほど、貞夫が潜入したところだ。

貞夫が潜入したころには、DRESSの基地は完全に壊滅していた。

数人の生き残りを尋問したところ、バオーこと橋沢育朗と凄腕のスタンド使いであるウォーケン、それからバオーの開発者の霞ノ目博士の三体が地下水脈に落ちたことを知った。

その後に起こった激しい爆発と水蒸気から、三人とも落盤に巻き込まれて死亡したものと考えらえていた。

 

つまり、貞夫はまた『間に合わなかった』のだ。

 

「……スミレさんだね?」

 

「……アンタ…誰?」

泣いていた少女が、警戒心もあらわに貞夫を睨みつけた。なかなか気の強そうな少女だ。この少女が、橋沢育朗と共にDRESSから逃走中であった高野スミレに違いなかった。

 

「ワタシは……空条貞夫だ。日本政府のエージェントみたいなものさ」

 

「日本政府のッ!?アタシをどうしようって言うのよッ」

 

「君を助けに来たんだ」……それから、君に謝りたかったんだ。

「間に合わなくて、悪かった」

貞夫は目の前の少女に土下座した。

「ワタシは育朗クンの力になろうと思ったのに……彼の……橋沢育朗君の手助けに間に合わなかった」

 

「なっ……なによ、そんな事を言われても……私にどうしろって言うのよォォォッ」

ウッウッ……

スミレが目を真っ赤にしながら貞夫に殴りかかった。

「育朗はどこッ!彼が死ぬわけないわッ!彼を助けてよぉぉ――――ッッ!!」

 

貞夫は、スミレの拳を避ける事も、防御する事もしなかった。ただスミレに殴られるに任せていた。

「あの火が消えたら……もう一度彼を探すよ」

貞夫は対岸に燃え広がる炎を見ながら言った。

おそらく、手遅れだろう。あの火にまかれたのであれば、橋沢育朗君がまだ無事でいられるとは到底思えなかった。

 

「育朗クンを救い出すのが間に合わなくて、悪かった」

貞夫はスミレに殴られながら、青い、青い空を見上げる。

(ジン・チャン……育朗クン……俺の力がもっと強かったら君たちを助けられた……スマンそして、ありがとう。終わったよ)

自分たちは大きなものを失った。だがたしかに、DRESSをつぶしたのだ。

生き残った者は、彼らの思いを引き継ぎ、前に進まねばならない。

 

 

 

やがて貞夫は、泣きつかれたスミレをそっとおぶり、再び歩き始めた。




スタンド名:ジギー・スターダスト
本体:空条貞夫
外観:甲冑を着込んだ小柄(100cm位)な荒神のような見た目(三体いる)
タイプ:近距離・群体・パワー型
性能:破壊力 -B/ スピード -C/射程距離 -E/ 持続力 -C/ 精密動作性 -D/ 成長性 -E
能力:本体が手にした物の力を、スタンド一体につきかっきり30%上昇させる。
剣を手に持てば切れ味が、携帯を手に取れば電波の送受信能力が、PCを触れば処理速度が、車に乗ればその排気量が、そして楽器を手に取ればその音圧が増強する。
ただし、その増強された物を操作するのは、あくまで貞夫本体である。
また、例えば車の排気量を増大させても、タイヤの性能や、車体の剛性などは上がらないため、使い方次第では極めて危険な事態にもなりえる。

ホリィのよって貞夫のわだかまりが消えるまでは、スタンドは暴走状態にあった。その能力も、触れたものを『暴走させる』能力であった。


スタンド名:ツリートップ
本体:空条ホリィ
外観:イチゴのような長い茎を持つ植物。(その植物が束なるとリスのような外観になる)
タイプ:長距離・特殊型
性能:破壊力 -E/ スピード -D/射程距離 -A/ 持続力 -C/ 精密動作性 -D/ 成長性 -E
能力:人の心を癒す。癒された人が、心に傷を抱えたスタンド使いだった場合、その心が癒されることで心の力が高まり、スタンドの能力を強くすることが可能。
また、本人に『治った』と思いこませることで、対象者の傷や病を少しだけ治すことが可能


スタンド名:パワースレイブ
本体:小暮大士
外観:まるで粘土を張り付けて作ったような不気味な外観の巨人
タイプ:近距離パワー型
性能:破壊力 -A/ スピード -A/射程距離 -D/ 持続力 -A/ 精密動作性 -D/ 成長性 -E
能力:殴った相手を破壊するか、それとも自分の命令を聞く従順な奴隷にするか、選ぶことができる。

クリーチャー名:レディ・バオー
寄生者:オーテップ
外観:バオーに酷似した外観。ただし頭部はまるで鼠のしっぽを思わせる触手の塊であり、頭部の感覚器は触毛が密生している。また、口部に牙が生えている。背中に二つの瘤がある。
性能:破壊力 -B/ スピード -A/射程距離 -C/ 持続力 -D/ 精密動作性 -C/ 成長性 -E
能力:プロト・バオーを手術し、脳幹にいたアドバンスド・プラーガを除去し、代わりに背中に二つの疑似脳幹をこぶ状に背中に移植した姿。
変身のたびに、瘤にバオーの刺激剤を注射する必要がある。


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空条貞夫の孤闘 -2000- その1

「オヤジ……久しぶりだな。元気かい」

「ああ……」

貞夫はそう答えた後、少し黙って相手の反応を待った。だが、電話口からは沈黙の時間が流れるだけであった。

そうだった。貞夫は苦笑した。承太郎も自分と同じ無口な人間であった。

ここは父親である自分から話を続けなければ。貞夫は、少し無理をして自分から言葉をつないでいった。

「最近は演奏活動も少しセーブしている……数より質を大事にしようと思ってね。それで今は、長い間もてなかった妻との時間を満喫しているところさ………近々オマエのところにも、顔を出そうと思っているんだ。ジョリーンと奥さんは元気かい?」

貞夫は努めてニコヤカに話しかけた。

「……ああ、こっちはボチボチだぜ」

承太郎は、少し歯切れ悪く答えた。

そして、おもむろに話題を変えて、本題を口にした。実に息子らしい。今やるべき事に集中している――少々集中しすぎている――態度だ。

「実は、少々マズイ案件が出てきたのだが……ヤボ用があって、俺が対応する時間がないんだ……アンタに代わりに調査を頼めないだろうか」

電話越しの息子の声は、いつも通り憎たらしいほどに落ち着いた口調に戻っていた。

「もちろん構わない。詳しい話を聞かせてくれないかね?」

「助かる……調査してほしいのは、1999年に杜王町から100Kmほど離れた場所に隕石が落ちた件だ」

貞夫が思っていたよりも、承太郎の電話越しの口調はホッとした空気を帯びていた。どうやら思ったより息子は困っていたようだ。

久しぶりに息子の力になってやれる。

貞夫は少し嬉しい気持ちになった。

「ああ……DRESSの被害にあった若者がついに助け出された件だな……承太郎と、お義父さんの一族が総出で対応してくれた件だろう?」

お義父さんもまだまだお若かかったな。貞夫はクスッと笑った。

「育朗クンは元気かね」

「ああ、あの件では、裏で色々と便宜を計ってくれて助かったよ」

「なに、ちょっと昔のコネを使っただけさ。それに……新生DRESSの話は父さんにとっても衝撃だったからね」

奴らが相手なら、いつでも『現役』に戻るつもりさ。もともと私が取りこぼした種だからね。その『覚悟』は口に出さなかった。

だが口に出さずとも息子には何か伝わったのだろう。承太郎の声が一段穏やかになった。

「だが、オレが出会った新生DRESSは、それはもう昔のDRESSでは無かった……と思うゼ。そりゃそうだろう、真のDRESSはとっくにアンタが潰してくれたんだからな。日本拠点は8年前に、海外の拠点は5年前に、すべてヨ……とはいえ、新生DRESSの奴らは因縁的にJosterと空条の手で始末すべき敵だとは思ってるぜ……だから、ヤツラの始末は俺が引き継ぐ……イヤ、引き継いだぜ。アンタはオフクロについていてくれればいい」

「そうか……そうだな」

電話越しに貞夫はうなずいた。

DRESSは自分が完全に倒すべき敵だった。だが、いつの間にか時代は変わったのだ。今は承太郎が自分の代わりに闘ってくれている。

それでいいのだ。『自分がすべてをって立つべき時期は終わった』と、そう考えるべきなのだ。

先ほどの嬉しい気持ちが薄れ、貞夫は少しさびしく思った。

自分が始末しきれなかった敵を、いまは承太郎が代わりに引き受けている。

危険はすべて自分で引き受け、家族を決して危険な目に合わせる気はなかった。そのつもりで戦っていたのだ。

だが、自分の後を追ってくれるものがいる。もちろんそれは悪い気分ではなかった。

それで、満足すべきなのだ。

それは、わかっていた。

「ああ……………だが、今回の件だけは頼めないか。先ほど話したが、俺もこっちで立て込んでいる案件があってな……手が離せないんだ」

「フム……話をそらさせてすまなかった。もちろん手伝おう。それで、隕石の件がどうしたのかい?」

「実は、隕石は杜王町に落下する前に複数に分裂していたことがわかった。もちろん大半は海の中に落ちたのだが……」

「陸に落ちた物もあったという訳かい?」

「そうだ。実は、隕石のかけらが一つ、山陰地方の山の中に落ちたと聞いている……しかも、間の悪いことに今そこには育朗とスミレ、それからホル・ホースの野郎が偶然向かっている……」

だが、育朗クンとも、ホル・ホースのヤロウと連絡が取れねぇ。電話越しに承太郎の舌打ちが聞こえた。

「わかった、対応するよ……だが、もう少し教えてくれ。まず知りたいのは、その隕石が落ちた正確な場所と、最後にホル・ホース君と連絡がとれた場所だ」

ああ、今から細かなことを伝える…… と、息子が説明する声を聴きながら、(オマエの望みなら何でもするよ)と、貞夫は心の中でつぶやいた。

サックスを置いて、再び刀を手に取る時がきたのだ。

――――――――――――――――――

『……もうすぐ着くよ』

『この木、覚えている物よりだいぶ小さく見えるわ』

『そう言うモノだよ。君はあの時まだ9才だったんだから』

『そっか……そうだよね』

『おい?あれか……アルファベットでTAKANO と書いてある看板があるぜぇ』

『―――そうよ、高野養護園………私が育ったところよ……みんな、まだいるかな……』

相棒とその連れ合いはなにやら色々と話しながらしばらくその建物の前をうろうろとしていた。だがようやく、意を決したらしい。

相棒の連れ合いが、ゆっくりと建物に向かって歩いて行く。すかさず相棒もその横に並び、黙って連れ添いながら歩いていく。

『ゲンペーッ、ここで待っててね』

少し歩いたところで、相棒の連れ合いがくるっと振り向いてゲンペーに手を振った。

そして、二人連れだってその建物の中に姿を消した。

◆◆

ゲンペーはしばらくその場で相棒の帰りを待っていた。だが、二人はすぐにはもどってこなかった。

二人につきまとっているもう一人のニンゲン、その男は一度ヒヒヒッと笑ったきり、ただ建物の外壁に寄りかかり、黙って身じろぎもせずにいた。

男は、あの嫌なにおいのする『タバコ』と言う物に火をつけて、ただ待っていた。

時折キョロキョロと目を動かし、近くを歩くメスを探しているあの様子では、当面そこを動かずにいるつもりなのだろう。

このニンゲンは。時にボールを投げたりしてゲンペーと遊んでくれるいい奴だ。だが、今はそんな気分では無いようであった。

ニンゲン達からほっておかれたゲンペーは、はじめの頃こそおとなしくしていたが、だんだん、ただ待つことに飽き始めていた。

漂ってくる相棒の匂いから判断すると、相棒は特に危険な目にあっているわけではないようだ。きっとつまらない、ニンゲンのゴタゴタで時間がかかっているのだろう。

ゲンペーはすっかり退屈して、その建物の裏手にある山の様子でも見に行こうかと考え始めていた。

何やら面白そうな、好奇心をくすぐる『ニオイ』が、山から漂ってきていたのだ。

もういい、山を見に行こう。相棒はまだまだ戻ってこないはずだし、戻ってくればすぐわかるはずだ。

「イ――ダァ」

インピンが、山に向かうゲンペーを目ざとく見つけて背中に飛び乗ってきた。建物の中にいるニンゲンの子供たちの臭いに気が付いたのだろう。小さなインピンにとって、ニンゲンの子供たちは『天敵』なのだ。

「がうっ」

ゲンペーは、寛大にもインピンを背中に乗せたまま、山へ向かっていった。

建物の裏山の中は緑豊かで、色々な『ニオイ』に満ち溢れていた。ゲンペーはすっかりうれしくなって辺りをいろいろ嗅ぎまわりながら、木々を飛び回った。

いろいろ嗅ぎまわっていて、思いっきり走りたい衝動にかられたゲンペーは、少し全力で走ってみることにした。

ゲンペーは、まるで空を飛ぶように走った。通常の犬と比較にならないスピードで、あっという間に峰を一つ、二つ越え、谷を渡り、周囲に全く人の気配が無い所まで走って行く。

寄生虫(モデュレイテッド)バオー:宿主に非常に高い戦闘能力を与える、そのバトル・クリーチャーをゲンペーは三匹も身に宿していた。そのゲンペーの運動能力は、もはや普通の生物の持つそれをはるかに超えているのだ。

そんなゲンペーが本気で走り出せば、あっという間に普通の犬の足では行きつけないような森の中に入ることが出来る。

ゲンペーは、あっという間に尾根を越え、人里からだいぶ離れた土地にやってきた。そこまで遠く離れたところに行くと、周囲にようやく人の気配がなくなった。そのかわりに、いい匂いのする花や木の実、木の皮、虫の存在をたっぷりと感じることが出来た。

渓流の匂い、シカや狸の匂い。

ゲンペーは大いに満足して周囲のニオイをかいで回った。

すると、そんな匂いに交じって、ゲンペーの鼻にホンの微かに、ある匂いが漂ってきた。

それは、ゲンペーとほぼ同年代の子犬、それもたくさんの子犬の匂いであった。

(?なんだ、何でこんな山奥で子犬達の匂いだけがするんだ?)

気になったゲンペーは、何とかその匂いをたどろうと色々かぎまわった。

だが、先日に降った雨のせいか、匂いはあまりに微かであった。

ついにゲンペーはその匂いを追跡することをあきらめようとした。

その時……

ガサッ

風下の山から、枯葉が擦れる音がゲンペーの耳に響いた。しかも、音がしたのと同じ方向から、先ほどかいだものと同じ犬のニオイがする。

(しまったッ風下から回り込まれていた?)

うかつだった。

ゲンペーは瞬時に反転した。

すると目の前には、生後10ヶ月位の、つまりゲンペーとほぼ同い年の子犬が立っていた。

その子犬は黒い虎毛を持つ甲斐犬で、黒光りする毛皮がキラキラと美しく光っている。だが、ゲンぺーに向けられるその目は、敵意に満ち溢れていた。

(何だコイツ?ガンつけやがって、ピカピカした毛皮のキザッたらしい奴だな……だが、なぜほとんど匂いがしないんだ?)

ゲンペーは首を傾げた。

例えどんなに立派な成犬だろうが、熊だろうが、普通の生き物が『バオー』たるゲンペーをおびやかせるわけがない。まして目の前にいるのはまだ成長途中の子犬だ。ゲンペーは目の前の犬には何の脅威も感じていなかった。

だがそれでも、この犬からほとんど匂いがしないのは不思議であった。

「動くなッ!お前は囲まれているッ」

子犬はゲンペーに警告を発した。

「ちょっとでも動いたら、仲間たちが寄ってたかってお前を引き裂くぞ」

「なあ……お前なんでそんなにけんか腰なんだよ、気楽にいこうぜ?」

余計な戦いはメンド―なだけだ。ゲンペーはヘラッと笑って見せた。

「何言ってる?ここは俺たちの縄張りだぞ……お前みたいなよそ者を追い払うのは当たり前だ。誰だ?お前ッ」

その子犬は胡散臭げにゲンペーを睨み付けた。

「なぁ、お前達の仲間って……なんで子犬の臭いしかないんだ?成犬は何処にいる?」

「質問しているのは俺だッ!ふざけるなッ」

「おお……悪い悪い、怒るなよ……俺はお前たちの敵じゃねぇーんだからよォ」

「じゃあ……さっさと出て行けよッ」

「オイオイッ」

子犬は、ゲンペーめがけていきなり飛びかかってきたのだ。だがその子犬の首筋をゲンペーはヒョイッとくわえ、かんたんに放り投げた。

「こいつ、やる気かよッ!」

放り投げられながら子犬が叫んだ。驚いた事に、子犬は空中で器用に身をひるがえし、余裕を持って両足で着地した。なかなかの運動神経だ。

「やるってんなら、容赦しねぇ、玉とったらあッ!」

「よせっての」

ゲンペーはげんなりした気分で、つっかかってきた子犬の首を押さえつけた。

「俺はただ散歩をしていただけだぜ。お前と戦いたくなんかねーよ」

「くっそォォォッ!こっ……殺せッ!さっさと殺しやがれッ!」

「……なんだよコイツ」

子犬の剣幕にすっかり閉口したゲンペーは、肩をすくめた。

「勝手に盛り上がってんなぁ……バカバカしい。付き合ってられね――ぜ」

もう、出て行くか。少々げんなりしたゲンペーは、前足の力を緩めて子犬を解放しようとした。

その時

「チ……チョコを離せッ」

またしても背後から、震え声が聞こえた。

振り返ると、そこにはさらに3匹の幼犬たち ――生後半年位か―― がいた。三匹とも、真っ白な毛皮の紀州犬だ。

―――やはり、こんなに近くに来るまで、ゲンぺーは幼犬達のニオイをほとんど嗅ぎ分けることが出来なかった。

「なんだ、お前らぁ〰〰?」

「スー、ユイ、モア……」

どうやらゲンペーが組み敷いている子犬はチョコと呼ばれているようであった。

そのチョコが、ゲンペーに押さえつけられたままうなり声をあげた。

「!?」

不意にチョコが激しく身を震わせ、ゲンペーはうっかりチョコから前足を放してしまった。チョコはさっとゲンぺーの手の届く場所から離れた。

と、そのとき何故か強烈な臭気がどこからか漂ってきて、ゲンペーは顔をしかめた。

「ガッ……」

チョコがゲンペーから逃れると、すかさずその周りをスー、ユイ、そしてモアが取り囲んだ。三匹は心配そうにゲンペーの様子をうかがい、チョコにまとわりついていた。

「チョコォッ、大丈夫?」

「……もちろん大丈夫よ」

チョコは三匹に向かって微笑み、チョコは近寄ってきた幼犬たちの鼻をペロンと舐めた。そして再びゲンペーの方を向く、真剣な表情だ

「お前……強いな……オ、俺のことはイイ。だがこいつらは見逃してくれ」

先ほどとは打って変わった神妙な口調であった。

(コイツ……自分の身を捨てて、仲間を守ろうとするなんて。やるじゃないか)

ゲンペーは少しだけチョコのことを見直した。だが……感心する以上に、もっと大事な『ツボ』にゲンペーは引っかかってしまった。

「お前ッッ、『チョコ』だってぇ?女の子かよ。ダッセェ〰〰」

ヒャッヒャッひゃひゃッッ

先ほどの勇ましい口調と名前とのギャップに、ゲンペーはどうしても大笑いの発作を止めることができない……

「てっテメェ……」

チョコの口調が再び怒りに燃え上がり、どんどん低い声になっていく。

「いッイヤ、悪いなッ。ちょっと予想外だったもんでよ……ぷっ」

とうとう我慢できず、ゲンペーは吹きだした。一旦笑い始めると、どうしても笑いを止めることが出来ない。結局、ゲンペーは息が続かなくなるほど、大笑いをして転げまわった。

ヒャッ、ヒャヒャヒャッッ、ハ―――、ヒィィ――――……クックルシィィ―――ハッ、ハッ……

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

「お前たち……後ろに下がってろ」

酷く、冷静な、平坦な口調でチョコがスー、ユイ、モアに言った。

「ちょっチョコね…」

「黙ってろッ」

何かを言わんとしたスーの言葉を遮り、チョコがゲンペーに躍りかかるッ

「テメェッ、無礼に笑うなッ!!許せねぇ〰〰」

と、ゲラゲラと笑っていたゲンペーが、急に真面目な表情を取り戻した。

「いや……悪かったってよッ」

チョコに一瞬遅れ、ゲンペーも宙に飛び出すッ!だが、ゲンペーが飛んだ方向は、チョコにむかってでは無かった。

ゲンペーがむかったのは……二匹の頭上だッッ

頭上の樹から、突然、なにか黒い影がスー達のほうへ襲い掛かってきたのだ!

ガツゥウウンッ!

ゲンペーとその黒い影はまっ正面から衝突した。

―――――地面に叩き落されたのは、体重の軽いゲンペーの方だッ

だが、黒い影もゲンペーに弾かれ、その狙いはそれた。

ゲンペーと衝突した黒い影は、スー達から少し離れたところに着地し、ゴロゴロと転がって地面に激突した衝撃を吸収した。

「子供相手に何を考えている?この馬鹿ッ」

ゲンペーは歯をむき出し、黒い影を威嚇した。

「てっテメェ……こんな所まで来やがってッッ」

チョコがその黒い影とスー達の間に入った。

「Bugyiiii……Bugyiiii」

その黒い影――狸と狼のアイノコの様な生き物――が低いうなり声をあげた。

その生物はゲンペーの牙を全く気にした様子もなく再び襲い掛かってくるッ。

「逃げろッ!コイツには俺たちの牙なんか通らねぇッ」チョコが叫んだ。

「そりゃあ、お前のチャッチイ牙じゃなッ!チョコちゃんッ」

ゲンペーがヘラッと笑った。

「バカッ!逃げろッッ」

チョコが、もう一度叫んだ。

その間にも、《狸と狼のアイノコ》はゲンペーに向かって突進しかけていた。口を大きく開け、牙をつきたてようとするッ!

「へっ、余裕だぜ」

ゲンペーはその突撃をかわしざま、敵の背中をえぐるッ!

『Gbyuaxtu !』

背中を切られた《狸と狼のアイノコ》が、怒りの吼え声をあげた。

「へっ、どんなもんだよ」

ゲンペーは空中でくるっと回転して華麗に着地した。

三匹のメス ――と言っても幼犬だ―― に向けて、ゲンペーは気取ったポーズをとってみせた。

「これで、俺が味方だってわかっただろ?これからは、厄介な敵は俺に任せとけッ」

「ばっか、よそ見するんじゃね――」

突然ッ! チョコは熱心に自慢話をしているゲンペーに、体当たりした。

「なにすんだ、このヤロッ…………はっ?」

ゲンペーは、文句を言おうとした言葉を、飲み込んだ。

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

突き飛ばされたゲンペーの目の前には、背中を斬られたチョコが倒れていた――――チョコは、さっきまでゲンペーが経っていた所で苦しんでいる。ゲンペーの代わりに、やられたのだ。

『Gkyuaaaaa』

痛い目に合わせ、追い払ったはずだった敵《狸と狼のアイノコ》がとどめの一撃を放とうと、前足を振り上げるッ!

「しまった!このヤロ――ッ」

バシュッ!

ゲンペーは渾身の力で地面をけり、突進していった。

突進力に加え、顎を振り回して回転力を加えることで鋭さを増したゲンペーの牙爪が、敵の前足をいとも簡単に吹き飛ばすッ!

『ギュアアアアアッッ』

前足を失った敵は、だが、その傷を意にも介さずに再び突進してきた。

ゲンペーの着地の隙を突き、かみ殺そうと、牙を閃かせて食いついてくる。

バシュッ!

敵がゲンペーの首にかみつくッ

敵はすかさずゲンペーの首をへし折るために、身をよじり、ゲンペーの体を振り回そうとした。

その敵とゲンペーとの体重差は、優に三倍以上あった。そのため体重の軽いゲンペーは、なすすべもなく、激しく振り回された。

だが、地面にたたきつけられた瞬間、ゲンペーの前脚、後脚の爪が地面にキツクくいこみ、再び体を持ち上げようとする敵の力に対抗した。

「コノヤロォオオオッッ」

そしてゲンペーは、小さな熊ほどもあるその敵の攻撃に耐えきった。

バシュッ

敵のパワーでゲンペーの首の肉が引きちぎられる。

だが、この程度ではまだ生命の危機では無い……まだゲンペーの『バオー・アームド・フェノメノン』は発動しないッ

いや、発動する必要はない。

「痛ッてぇな、畜生ッ」

ゲンペーは逆に敵の喉笛を噛みかえして、平然と振り回した。

そしてその巨体を、山の斜面に向って放り投げた。

『Gyuaaaaaaッ』

敵は悲鳴を上げながら山の斜面を転がり落ち……谷底の岩に激しく体をぶつけ動かなくなった。

「痛ッてえな。なんだぁありゃ?」

谷底を見下ろし、ゲンペーはブルッと体を震わせた。襲ってきた敵を調べるため、ピョンと谷底に飛び降りる。

谷底に倒れていた生き物は、ゲンペーがじっくり見ても、においをかいでも、まったくその正体がわからない不思議な生き物であった。

ゲンペー達は知らなかったが、彼らが遭遇したのはユーラシアクズリ(貂熊)であった。

イタチ科クズリ属、本来の生息地は中国北部、モンゴル、ロシア。体長一メートル、体重20キログラムの『恐怖心がない動物』である。

怖いもの知らずで名高く、一説にはホッキョクグマやオオカミの群れでさえ追い散らう事があるほど、気性が荒いと言われている。

なぜ、そんな危険な動物がここ、日本の山陰地方にいるのか、それは謎であった。

謎の敵:ユーラシアクズリの死体を調べ、ゲンペーは谷底から上がった。すると、崖の上ではチョコがグッタリと倒れていた。

「アイツは倒したぜ……おいチョコッ?大丈夫か?」

「お……お前、奴をやったの……か?」

倒れていたチョコが、首をもたげ、あえいだ。

「やる……じゃねぇか。見なおし…たぜ……」

「大丈夫かよ、お前」

ゲンペーは心配そうにチョコの様子を確認した。

「かッ…かすり傷だぜ、こ、んな…もの」

だがチョコはそれだけ言うと、気絶した。

「チッ」

チョコの傷を見たゲンペーは、舌打ちをした。その傷は無残にめくれあがっていた。

実際はゲンペー自身の怪我の方がかなりひどかった。だが、ゲンペーに潜む三匹の寄生虫バオーの力により、その怪我はみるみるふさがって行く。より軽傷ではあったが、深刻なのはチョコの方であった。

「……チッ」ゲンペーは、チョコの傷口をなめた。あらかじめ自分の舌を噛んで血をだしておき、自分の体を流れるモデュレイテッド・バオーの分泌物をチョコの傷口に塗り込んでいく。

「いっ……痛ってえッ。お前の舌、どうなってんだよ」

ネコみてえにザラザラなのか?この、ネコ野郎ッッ。

あまりの痛みからか、それともバオーの力によるものか、すぐにチョコが気絶から回復し、毒づき始めた。

「……だめだ、傷が深すぎて応急措置にしかならね――、こうなったら、相棒に直してもらうしかねぇな。おい、暴れるなよ」

ひょいッとチョコを抱え上げたゲンペーは、そこで何事かに気が付いて顔色を変えた。

いつの間にか、スー、ユイ、モアと呼ばれていた三匹の子犬、それからインピンの姿が消えていたのだ。

何の気配も、匂いすらなかった。

◆◆

いなくなった4匹の事は気になるが、まずはひどい怪我を負ったチョコの手当が最優先だ。ゲンペーは、はやる心を抑えてチョコを背中にオブリ、いったん相棒の元へ戻った。

『こりゃあ、ずいぶん鋭い爪にやられたな。熊か?』

一番初めにゲンペーとチョコを見つけたのは、ヒヒヒッと笑うニンゲンであった。その男が、チョコの体に手早く包帯を巻いていく。

『この子、かわいそうに……』

スミレ(相棒のツレアイだ)がチョコの頭をそっとなぜた。

「あぎッ」

そのときゲンペーは、スミレの膝の上に抱かれていた。

その背中を、そっとスミレが撫でた。

優しく首筋を撫でられ、ゲンペーは目を細めてうっとりとその感触を楽しんでいた。スミレの匂いも気持ちがいい。インピンが行方不明になり、自分をかばったチョコが苦しんでいる横で完璧にリラックスしている自分に、少しだけ罪悪感も覚えた。

『大丈夫だよ、スミレ、ゲンペー。この子は助かるよ……ブル・ドーズ・ブルースッ!』

相棒はにっこり笑い、相棒の前足の『爪』をチョコに向けて飛ばした。

バシュッ!

相棒の『爪』がチョコの首筋に撃ち込まれた。しばらくして、その爪に仕込まれていた薬が全身に回ったころ、チョコはパチッと目を開いた。

「よう」

ゲンペーはスミレの手の中から抜け出した。そして、パシッと前足の肉球の部分でチョコの頭を叩いた。

「生意気にも、俺をかばおうとしやがって……だがおかげで助かったぜ」

「……ここは?なんでニンゲンがいるんだ?お前、まさか……」

睨むチョコに、ゲンペーが苦笑いした。

「大丈夫だ。こりゃあ、俺の群れの仲間だよ」

「お前の群れ……」

チョコは、胡散臭げに周囲のニンゲンを眺めた。

「お前、飼い犬なのかよ……ところで、スー達は何処だ」

「ああ……」ゲンペーが頭を下げた。「悪い、俺が奴と戦っているすきに、別の犬共にさらわれちまったよ」

「なんだってェ」

チョコは目をいからせた。よろよろとした体に鞭打って、すくっと立ち上がる。

「……Deathの連中だな。すぐ取り返してやるッ」

チョコは、すぐさま山に向って走って行った。

『あの子、もう少し休んでいった方がいいのに』

『……人間とは馴れ合わんってことだろ。俺はご立派だと思うぜ、お嬢ちゃん。むしろ、奴らの立場じゃ人間に下手になれあうとまずいだろ』

『それはわかるけどッ、怪我してるんだからさぁッ……それに、さっきからインピンの姿も見えないの……どうしたんだろう……』

『大丈夫だよ、ゲンペーはすごく強いんだ。知ってるだろう?彼がいて、敵なんか問題になるわけないさ………それに、インピンはあんなに賢くて素早いんだから、困ったことになるわけないよ。万が一インピンが困ったことになっていたら、ゲンペーがあんなに落ち着いているわけないしね……君のWitDも危険なビジョンや警告を見せているわけじゃないんだろ』

『でもッ』

『わかってる。用事を済ませたら、僕も《ブラック・ナイト》で探しに行くよ』

『がうっ』

ゲンペーはうなづいた。

チョコを追わなくては。

群れの仲間たちが話しているのをしり目に、ゲンペーはそっとチョコを追いかけて山に戻るべく立ち上がった。

そのゲンペーを目ざとく見つけ、背後から相棒が声をかけた。

『ゲンペーッ』

『バウンッ?』

『あの子の傷は尋常じゃなかった。頼んだよ』僕もすぐ後を追うよ

相棒は朗らかに言った。

『がうっ』

任せとけと、ゲンペーは相棒にうなづいて見せた。だが相棒の手を煩わせるつもりはなかった。

◆◆

「……オイ……なにしに来やがった?」

一人山道を登っていたチョコは、追いついてきたゲンペーをうっとおしそうに見やった。

「……借りを返しに来たぜ。あの三匹のカタキうちだろ。手伝ってやる」

ゲンペーは肩を軽くチョコにぶつけた。

「お前の助けなんて、イラネ――よ」

チョコが肩をすくめた。

「それに、アイツラは生きてる。カタキ撃ちじゃねぇ――ッ。助けに行くんだ」

チョコは少し口ごもり、付け加えた。

「アイツラはよォ、一週間前に目の前で親を………だから、お……オレが親代わりになってやるって、決めたんだよ」

「…………」

ゲンペーは黙りこんだ。その心に思い起こされたのは、自分を『怪獣』からかばって犠牲になった両親の後ろ姿だ。

「…………お前の親は?」

「……とっくに死んぢまったよ。だけど、アイツラの親はいい親だったんだ。仲良くてヨ」

ゲンペーは、ただ『そうか』と相づちをうち、話題を変えた。

「へぇ……ところで、あのさっき戦った変な生き物、あの狸と狼がまざったみてぇな奴。ありゃあ、あの一匹だけか?」

「……あと、二匹いる」

チョコはポツリと答えた。

「俺が倒したアイツ、犬じゃね――ぜ。ありゃあ〰きっと、オオイノシシより、つええ。下手な熊より強いかも知れね――ぜ」

そんなの二体も相手したら、お前……死ぬぜ。

「アイツが狸と狼の血が入った奴なら、ア…オレだって狼と犬のハイブリッドよ」

チョコが言った。

「オレの親父は甲斐犬だけど、母さんは肥後狼犬だった……二人とも、俺の兄貴共々奴らにやられちまったけどよ」

「じゃあ、その狼の血が入っていたって言うお前の母さんも、お前の兄さんも………ヤラレちまったんなら、まだ子犬のお前が勝てるわけないじゃないか」

チッ。

イライラとチョコが足を止めた。

「ああ〰〰そうかもな、勝ち目なんてないのかもなぁ〰〰だがそれが、どうだっていうんだッ……それともお前なら、勝てるってのかよッ」

チョコがにらみつけた。

「さあな……でもお前と俺が協力すりゃあ、もしかしてあの三匹を助けるぐらいは、出来るかもな」

「……」

「まぁ……お前が止めても、俺は勝手にいくけどな……どうやら俺の連れも、つかまっちまったみたいなんだよ。うるさい奴だが、助けてやらねーと」

「へっ……」チョコが下を向いた。

「それを早く言えよ。勝手にしろッ」

――――――――――――――――――

『Bzyuuuaaa!』

「伏せて下さいッ!運転手さんッ」

「ハッ……ハィィイイッ――――!」

貞夫が突然襲撃を受けたのは、人がほとんどいない山道を進んでいるときであった。

何て事だ。

貞夫は、目指す隕石の落下地点を目指してバスに乗っていた。不意にそのバスの窓ガラスを破って襲い掛かってきた黒い影を、貞夫はかろうじてかわした。

『Giiiyaxtu !』

『Kwiaaaaa!』

その黒い小さな影は、貞夫の周りをまるでスーパーボールのようにアチコチを跳ねまわった。

それは……猿だ。だが、普通のサルよりも圧倒的に素早い!

「なっ……なんですかッこれはァ?」

また、ワンマンバスの運転手が大声を上げた。

バスの中にはほかに乗客はいない。貞夫と、運転手だけだ。

『Fgzyuuuu!』

猿が、大声を上げた運転手に襲い掛かる

「うぁッ」

運転手が悲鳴を上げる

「まずい、ジギ――!猿を倒せッ!」

『オラッ!』

貞夫はジギー・スターダストを飛ばし、かろうじて猿を捕獲する

だが……

バリンッ

バスの正面ガラスが蹴破られ、新たな猿がバスの中に飛び移ってきた。

猿は……貞夫が捕まえる間もなく運転手に飛び掛かる。

「ウッギャアアアアッ」

顔面と首筋を噛み千切られたバスの運転手が、崩れ落ちた。

ギュワワワワッ!

運転者を失ったバスは、コントロールを失ってスピンを始めた。

「まずいッ!ジギー、戻ってこい。」

貞夫は自分のスタンド、ジギー・スターダストを呼び戻し運転席に飛び込んだ。

スピンをしたバスが、崖に向かって疾走していく……

「ウォオオオオオッ」

貞夫は運転手をかみ殺した猿を片手で放り投げ、思いっきりブレーキを踏むッ!

車体がキシンだ。だが、タイヤがロックされたバスは、完全にコントロールを失って崖に向かって滑っていく……

「ジギィ――ッ!タイヤの摩擦力を強化しろッ」

貞夫が叫んだ。

キィイイイイ―――ッ

貞夫は崖ギリギリのところで、なんとかバスを無事に『停車』させた。

「ふぅ―――まさに危機一髪、ヤレヤレだったな」

貞夫は大きく息を吐いた。



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空条貞夫の孤闘 -2000- その2

バスを降りると、先ほどの無茶な運転が元でバスの車軸が折れ、タイヤがパンクしていたことがわかった。

つまり、ここからあの山まで歩いて行かなくてはならないという事だ。

貞夫はため息をついてバスから荷物を引っ張り出した。

こんなこともあろうかと思い携帯していた輪行袋から、貞夫はあらかじめばらしておいたマウンテンバイクの部品を引っ張り出した。レンチを片手に、マウンテンバイクを組み立てていく。

自転車でも、徒歩よりはましなはずだ。

と、

『Kuwaaaaa!』

またしても猿の声が鳴り響いた。

すぐさま、山の方から猿の黒い姿が現れた。

『Kuwyaaa!』

『Buyaaa!』

猿たちが、一斉に貞夫へ襲い掛かってきた。

「クッ」

貞夫はあわててバスの中に戻った。刀を抜いて周囲の座席を切断し、組み直して即席のバリケードを作る。

そうやって猿の侵入を防ぐと、貞夫はまたマウンテンバイクの組み立てにもどった。

バリケードの反対側に猿たちが突っ込み、喚きながらバンバンとバリケードを叩いている。

ガシャッ

時折、バリケードが反対から崩される音が聞こえる。

もう、この簡易バリケードもそう長くは持たないだろう。

急がなければ。

まずはストラップを外して部品を広げ、保護用の部品を外し、フレームとホィールを組みなおしていく。

このマウンテンバイク(MTB)は元々、ホリィと二人で富士山からのダウンヒルでも楽しもうかと、昨年買っておいたものだ。その時はたまたま演奏旅行が入ってしまったため、その計画は白紙となっていた。まさか、こんな(昔のような)荒事の場がこのMTBのお披露目になるなんて……

貞夫は苦笑した。だが『後ろめたい』ことに、この修羅場を『楽しんでいる』自分を、貞夫は確かに自覚していた。

「よし、行くぞッ」

組み立てを終えると、貞夫はバスの中でMTBにまたがった。思いっきりペダルを踏み、バリケードに突進していく。

バシュッ!

貞夫はバリケードを刀で切り開き、襲い掛かってくる猿を跳ね飛ばしながら、バス正面のガラスを突き破って外に飛び出した。

「オオラァァッッッ!」

貞夫のスタンド:ジギー・スターダストの二体がMTBのタイヤを、残った一体がMTBのギァの能力を高めていく。

「ヨシッ、行くぞォ!!」

バスの正面ガラスを蹴破って、貞夫は林道に飛び出した。華麗に着地を決め、一気に林道をMTBで駆け昇って行く。

その後ろをキーキー言いながら猿たちが追いかけてきた。だが、ジギー・スターダストの能力で強化したMTBの速度には追いつけないッ!

しばらく必死にペダルをこいだ後で、貞夫はちらっと肩越しに後方を振り返った。見る見る遠ざかっていく猿たちの姿を見て、貞夫は満足の笑みを浮かべた。

ところが、……

猿の襲撃から逃れてしばらく走ったところで、貞夫はふと周囲が妙に薄暗くなったことに気が付いた。

それも、貞夫の周りだけだ。貞夫の周りだけが、まるで小さな雲に囲まれたように妙に薄暗いのだ。

「ハッ!まさか……」

何かが襲い掛かってくる『気』を感じ取った貞夫は、とっさに背中に背負っていた刀を引き抜き、振り回すッ!

バサバサッ!

頭上で、羽音と何かが急旋回したらしい風圧を感じた。

上を見ると、今度は、空が暗くなるほどの大量のハシブトガラスが貞夫の頭上を回っているのが見える。

そのカラスが一斉に襲い掛かるッ!

『Kuwaaaaa!』

カラスが吼え声を上げるッ!まるでロケットのように、その固い嘴を貞夫に向け、恐ろしいほどの速さで、何羽も、何羽も突っ込んでくる。

「ウォラッッ」

貞夫はMTBを漕ぎながら両手をハンドルから放し、両手に刀を持った。

MTBのハンドルには、ジギー・スターダストを取りかせる。

それにより、手放し運転で敵を撃退しつつ、MTBをコントロールして山道を加速していくッ!

「オオォォォッ!」

貞夫は両手の刀を振り回し、襲い掛かるカラスを叩き落とした。

バシュッ

バシュ

バババ

まるで真っ黒い雨が貞夫の周囲だけに降っているように、嵐のようなカラスの襲撃が続く。

と、カラスを対峙し続けている貞夫の目に、林道の入り口が見えた。

「ここだ……ジギィィーッ!!山に登るぞォ」

貞夫は不意にMTBをウィリーさせ、100度以上の鋭角ターンを決めた。そして、貞夫はMTBのスピードを生かしたまま林道に入っていった。

林道に入るとカラスの襲撃は弱まった。だが、MTBをこぐ速度は落ちる。バスを襲撃した猿たちが、再び追い付いてきていた。

ヴアンッ!

木の根っこにひっかかり、MTBが跳ね、宙を飛んだ。

貞夫は空中で身をひねり、MTBを操作して空中から飛びかかってきた猿の一匹を蹴り飛ばすッ

そして、立ち木を蹴って体勢を立て直すと、MTBに乗ったまま今度は反対側の立ち木へ飛ぶッ

「ウォオオオオオッ」

貞夫は全身の力を振り絞り、MTBを加速させていく……限界までスピードを増したMTBは山道のカーブへ勢いよく全速力で侵入し、そして……谷に向かって貞夫の体を宙に躍らせた。

ゴウッ

宙を舞う貞夫の眼下20M ほど下に、細い谷川が流れているのが見えた。

目の前には切り立った崖がそびえている。その崖がグングンと近づいてくるッ!

貞夫は空中でMTBを蹴ッた!

居合の要領で背中から刀を引き抜き、360度、上下左右、前後方から襲ってくるカラスを一気に切り伏せる。

そして再び納刀すると、今度は迫りくる崖に向かってスタンドと自分の両手を伸ばした。

「!?」

高速で流れていく壁に触れた手は、上方にはじかれるッ!

貞夫はスタンドの両手を突き出させ、壁に衝突する衝撃を受け止めようとした。

スタンドの両手が弾かれた反動で体が壁から離れそうになる。だがあわや墜落と言うところを、かろうじて貞夫は壁から突き出た岩角を掴んで、落下を食い止めることに成功した。

だが、掴んだ岩角はすぐ手から離れ、貞夫の体はまたしてもがけ下に向かって落ちていく……

岩棚に酷く体を打ち付ける。

その衝撃はギリギリのところで、ジギー・スターダストの一体が支えた。

残る二体のジギー・スターダストが、崖の中腹から張り出す木にしがみつく。

―― だが木が折れる ――

「ゴブッ! オラァ!」

貞夫は刀を引き抜くと壁に突き立てた。ジギー・スターダストの能力で硬度を高めた刀は、まるでバターを斬るようにやすやと崖の岩肌に食い込み……ギリギリのところで落下を食い止めた。

「さて…いくか」

どうやらこの空中戦によって、すべてのカラスを倒したようであった。

次の敵がやってくる前に目的地に行かねば……苦労して崖をよじ登りきった貞夫は、ほとんど休むことなく、山頂を目指して再び歩き始めた。

――――――――――――――――――

山の中腹、隣の山との尾根沿いに、その『大木』がはえていた。

その木は大きくうねり、黒々とした太い根を数多く大地に突き立てていた。まるで、南方のマングローブの根に似た、小さな林のように互いに絡み合った根だ。その根元にはまるで熊が冬眠するためのねぐらのようにポッカリとうろ(穴)が開いていた。

その大木の根元近くに二匹のクズリが寝そべっていた。さらにその周りには、30匹近くの野犬がいた。皆クズリを遠巻きにしてうなっている。

のそり

クズリの一頭が立ち上がった。周囲の野犬たちがビクッと身を固くし、皆一斉に尻尾を足の間に挟んだ。クズリが動くたびに、野犬 がビクッと震え、後ずさっていく。

『さて……デザートの時間だな……お前ら……わかってるなぁ?』

クズリの一頭が犬たちを怒鳴りつけた。

「ハッはい……」

野犬の一頭が卑屈そうに笑い、暴れる三頭の子犬を連れてきた。それは、スー、ユイ、モアだ。

「よしてよッ」

スーがわめいた。スーはずっと暴れていたらしく、ところどころ血がにじんでいる。

「アンタら……チョコが絶対私たちの仇を取ってくれるから。その時になって後悔しても遅いんだからね」

ユイが、低い声で言った。

「……裏切り者」

モアは、一言ぼそっとつぶやいた。

『オウッ、肉が柔らかそうな、うまそうな子犬どもだ』

寝そべっていたもう一頭のクズリも、立ち上がった。そのクズリは小型のクマほどもある巨体だ……

『フフフ、やわらかそうな肉だな』

ペロン

巨大クズリは下品に舌で自分の鼻を舐めた。

「何よッ……この馬鹿野郎ォォ」

スーがわめいた。

「地獄に落ちろ、この醜い化け物ッ」

『この無礼者ッ、スカーストラック様に対して、何て口のききようだ!』

最初に立ち上がった小柄な方のクズリが、三匹をなじった。

『良いわステイン。餌が何を言おうと、ただ喰うだけよ』

巨大クズリ:スカーストラックは目を細め……大口を開けた。

「止めろッッ!」

そのとき、大木のうろから、制止の声が響いた。

「そんな小さな女の子たちを……恥を知れッお前たちッ。お前たちにプライドは残ってないのかよ!」

木のうろから顔をのぞかせたのは、ボロボロに痛めつけられた老犬であった。

「ぷぅーだァ!!」

その老犬の背中には、インピンがまたがっているッ

インピンは、老犬の体にからみつけられていた最後のツタを噛み切り、老犬を完全に解放させた。

自由を取り戻した老犬は、よろよろと木のうろから這い出て、野犬たちの前に立った。。

ザワッ

インピンと老犬に叱られ、クズリを取り巻く野犬たちは、老犬に睨まれると皆バツが悪そうに下を向いた。

「こんな幼い子たちを差し出して、それで拾った命に何の価値があるのだッこの馬鹿者どもッ」

老犬は、下を向く野犬たちを叱咤しつづけた。

『クックックッ』

ステインが笑った。

『なんだ、ずいぶん青臭いことをぬかすヤツがいると思ったら、負け犬共のリーダーであられるコバ様か……なんならお前から食ってやってもいいんだぞっ?』

「こッ……この悪魔め」

コバはステインをにらみつけた。

「この、卑怯者め!恥を知れィ」

「ブァ―――ッバッ」

インピンも叫んだ。

『フン……これまでは『あえて』生かしておいたが、もういいか』

貴様達には何の興味もなくなったよ。

スカーストラックがつまらなそうに言った。

『我らが来るまで、この《切り株》の《管理者》であった貴様の《能力》を知るまでは生かしておこうと思っていたんだが……もういい―――死ねッ』

「……ワシが簡単にやられると思うなよ」

コバがにらみつけた。

「ワシの『能力』が知りたいのか、ならば教えてやるッ!出ろ アカツキッッ!」

コバの体から、まるで小型のマンモスのようなビジョンが出現した。

だがそれは、周りの犬たちには見えない。これは、スタンドッ!

一方、クズリたちはそのスタンドビジョンを見て、へっと嘲った。

『なんだ、そのボロボロのスタンドは』スカーストラックが笑った。『あまりになまっちょろい。相手をする気も失せるわ』

『フフフ……スカーストラック様、少し面白い趣向を考えました』ステインが言った。

『ほう……やってみろ』

ボスの許可を得たステインが、首を回し、下を向いている野犬たちを睨み付ける。

『お前たち、その小うるさいリーダー様を牢から出して差し上げろ。そして……お前たちで殺せ。その肉を喰らえ』

キサマラにご馳走だ。久々に肉を喰わせてやる。

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

「!?なんだと、貴様」

コバは目を向いた。

『コバよ、貴様のお仲間に、そのご自慢の《能力》を使えるのなら、使って見せろッ』

ワッハハハハハ

スカーストラックが笑った。

そして、無造作に近くにいた野犬の一匹を踏み潰した。悲鳴を上げ続けるその犬の頭を持ち上げ……まだ生きている犬の頭を口に放り込む。

そして、その頭骨を無慈悲ににかみ砕いた。

『ほら貴様ら、あんなふうにされたくなかったら、サッサと行けよ』

ステインが野犬たちをけしかけた。

「なっ……」

「ウッ……ううううう」

「くっ悪魔め、性根がねじまがってオルッ」

コバは、涙を流しながら自分に襲いかかる犬の後ろでニヤニヤしているクズリ達を睨み付けた。

だが、スタンドは出現させないッッ

「長ッ!コバさまぁッッ!すみませんッ!!!!!!」

一匹の野犬が、絶叫を上げて長の閉じ込められている牢の扉を引きちぎった。そして、コバの首根っこを掴んで投げ飛ばした。

「皆の為に、死んでくださぁあああいいいい!」

ヒッック

うっうわあああああっ!!

野犬たちは泣きながらコバの体にかみつくッ!

その時……

「馬鹿野郎が!」

何処にいたのか、チョコとゲンペーが野犬の輪の中に飛び込み、まさに長を牙にかけようとした野犬を吹き飛ばした。

「お前たち、それでもキ ○ 玉ついてるのかよッこのオカマヤロウッ」

チョコが野犬に向かってどなりつけた。

「チョコ……いや、俺は……俺は…」

一番初めにコバに牙をむいた犬が、チョコに話しかけようとして……黙ってうつむいた。

「よりによって、長にまで……ヘドバンッ!てっめー、この大馬鹿野郎ッ」

チョコは、ヘドバンと呼んだその野犬を引き倒した。

「オマエ、……オヤジィィィッ!!……この、馬鹿野郎ッ」

「ウッ……スマン…ごめんよォ」

「うるせぇッ!お前……お前たちッ!しっかりしろよォォ」

チョコは泣きながらヘドバンを叩きつづけた。

――――――――――――――――――

一方、チョコが『元仲間たち』を怒鳴りつけている間に、ゲンペーは、ユイ・スー・モアの三匹を確保することに成功していた。

「ふぅ……もう大丈夫だぜ」

「……」

「ヘッ……信用してくれねーか。だが、無理もねーよな」

だが、ユイも、スーも、モアも、助けに来たゲンペーをうさん臭そうに眺め、なかなかゲンペーが促すように逃げようとはしてくれなかった。

ゲンペーが三匹の誘導にてこづっていると、その周りを再び犬達が取り囲もうとしてきた。

「へぇホンキで邪魔すんのかい?……消えろッ今なら見逃してやる」

ゲンペーは近寄ってくる犬達をけん制した。

その迫力に、犬達の足が止まった。

「こんなダサ坊にビビりやがって。なりこそ小せぇが、この三匹のアマっこよりも、チョコよりも、お前たちダセえな」

「……なっ何だとォ」

余所者が何を言う。犬達の目が敵意に燃えた。

「ぶ、ぶ部外者が……俺たちの事で知ったことを言うな」

「なんだとォ?仲間に牙をむけるようなクズが偉そうに言うな」

「クッ……貴様に、あの方々の恐ろしさがわかってたまるか……」

ヘッ

ゲンペーがあざけりの声を上げた。

「ばっああぁかぁ―――ッ!お前たちが『恐れている』ヤツラなんて、俺に比べりゃ雑魚だぜ。さっきも一匹殺ってやったばかりさ……」

「なんだと」

「ハッタリだ」

「あんな、大ぼら吹きの事は無視しろ」

「……だが、確かにメイデン様がいらっしゃらないぞ?」

「もしかして……」

ブシャッ!

その疑問を呈そうとした犬は、自分の推測をすべて口にする前に吹っ飛ばされた。

その犬を吹っ飛ばしたのは、先ほどの巨大クズリだった。

『小僧ッ……貴様が、キサマが メイデンをッ……許さんぞ、貴様は俺が喰らってやるわッ』

巨大クズリ:スカーストラックがゲンペーにいきり立った。

「チッ」

ゲンペーはスカーストラックをにらみつけつつ、チラッとゲンペーの背後で震えている三匹に目をやった。

「……ユイ、スー、モア、お前たちは逃げろ。コイツは、おれがひきつけといてやるぜッ!」

一撃でやってやる……

ゲンペーは、スカーストラックに牙をつきたてようとした。

「ハッ!」

スカーストラックの目が嘲笑にそまった。その直後、突然ゲンペーの足元の地面が爆裂した。宙を舞うゲンペーの体。

「なんだぁ?今のは?」

宙を舞ったゲンペーは、身をねじって頭上の枝にうまく着地した。そして、すぐさま枝から枝へと飛び移り続ける。

その飛び移った直後の枝が、まるで透明な『拳』で殴られたかのようにベリベリと折れていく。

その隙に、ユイ、スー、モアは大木の陰に身を隠した。

『やはり、貴様……視えてないか』

スカーストラックは満足げに言った。

『ではもうどうでもいい……さっさと死ね』

「うぉぉぉぉっ」

ゲンペーはフェイントを入れつつ、上下左右に細かく動きながら、スカーストラックをチョコ達から引き離した。

(くっそぉッ!こんなやつ、とっととぶった押して、チョコを助けにいかなきゃならねーのによォ――)

――――――――――――――――――

そのころ、チョコとコバの迫力に気圧されている犬達を見かぎったステインが、自ら立ち上がった。

「ハッ……役立たずどもが。もういい……俺が直接殺ってやる!」

ステインは、野犬たちを吹き飛ばしながらコバに向かって駆け寄った。

「貴様は俺が殺ってやるわッッ」

クズリはコバに襲い掛かるッ!

「ワシが簡単にやれると思うなよ」

コバが叫んだ。

だがそのコバの目の前に、一匹の子犬が立ちふさがった。またしてもチョコだ。

「ウッ!オサを殺らせるかッ負けるかぁああああっ」

コバを背中にかばい、チョコが叫ぶッ

「よせっ、チョコォ」

コバがヨロヨロと立ち上がる。

コバのスタンド:アカツキが鼻を振り上げ、チョコを持ち上げた。

「!?なっ……体が宙に浮くゾォッ」

スタンドのヴィジョンが見えないチョコは、自分の体が突然宙を浮いたことに狼狽し、驚きの声を上げた。

次の瞬間、アカツキは鼻を振り下ろし、チョコを後方に放り投げる!

「クッ!」

チョコは空中で身をよじって、両足から着地した。

「コイッ!」コバが叫んだ。「アカツキ、やつを倒せっ」

『フンッようやくスタンドを出したか』

ステインが嗤う。

『では、貴様に大サービスだ。俺のスタンドで殺してやろうッ』

と、ステインの体が突然『丸く』なった。いや、体中の毛が逆立ったのだ。

『くらぇッ我がスタンド:ヴェリー・ビーストッ』

バシュシュシュッッ!

ステインの体から無数の『毛鉤』が周囲にまきちらされた。まるで、雨のように降り注ぐ『毛鉤』が周囲の犬たちを無差別に襲うッ!

「たっ……助けてッ」

「止めて下さいッ」

長に襲い掛かろうとしていた犬達の体に、『毛鉤』が何発も命中するッ

犬達に命中した『毛鉤』は、まるで釣り餌のゴカイのように身をくねらせ、犬達の体に潜り込んでいく。

犬たちはもだえ苦しみ……もだえ狂い……そして、目が真紅に染まり、涎をまき散らし、小刻みに体を震わせ始めた。

「お…おい……」

チョコは、身を震わせて突き立った小さな針を弾き飛ばした。

不思議なことに、チョコにつき刺さった『毛鉤』は、するりと抜け落ちた。

チョコの後ろに駆け寄ってきた、ユイ・スー・モアも、コバも、同じように身を震わせ、『毛鉤』を払いおとした。

5匹に残ったのは、ノミに身体中を食われたような、むず痒い不快感だけだ。

「これは……どういう事?」

スーがくびをかしげた。

「アイツラ……まるでヒルにたかられたみたいに『毛鉤』に喰われている。でも、私達は何ともない」

お姉ちゃん。と、ユイとモアがスーにすり寄った。

だが、それ以外の犬たちは皆小刻みに身を震わせ続け……

「gYUAAAAAAAXTU!!」

意味不明の叫び声をあげ、無事だった5匹に襲い掛かるッ!

「なんじゃとぉッッ」

コバがうめいた。

「お前達ッ、どうした?正気に戻るんじゃ」

「長ッッ!無駄だよッッ」

チョコはスー達を背後にかばいつつ、コバに向かって叫んだ。

「長、逃げてェ――ッ」

「gYAXTUUUU!」

「KLYIAAAA」

「BOVC!BOC!VOC!」

《獣犬》と化したかつての仲間たちが襲い掛かってくるッ

ガブッ

コバの手足に、首に、何匹もの《獣犬》が噛みつくッ

「うぞおおおおおお」

『ははははッ 我がヴェリー・ビーストの能力は心の底から屈服させた相手を、我が命令だけを聞く『獣』に変えることよ』

ステインが嗤う。

『《獣犬》ども、あの五匹を喰いちぎれェッ!』

『Vzyuaaaaaa!』

『Vwaooooohoo!!』

『Vhoozyaaaa!!』

《獣犬》はステインの命令にこたえ、コバに向かってうなり声を上げ……襲い掛かったッ!

「いやっ」

「長ッ」

とっさに逃げ出そうとするユイ、スー、モアにさえ、《獣犬》が襲い掛かる。

「うわっ」

スーは前足を振り上げた《獣犬》の一撃をかわして、体当たりをぶつけた。

「Gzyuuaaa!」

スーの体当たりを受けた《獣犬》は、ワズカに体勢を崩した。だが、生後すぐの子犬の一撃では、《獣犬》にダメージを与えることができないッ!

体勢を立て直した《獣犬》が、再びスーに牙をむくッ

「お前たちッ!逃げろッ」

横からチョコが飛び込むッ!

バシュッ!

「チョコ姉ェ」

スーに代わって牙を受けたチョコが、吹き飛ばされた。

木の幹に叩き付けられたチョコに止めをさすために《獣犬》が一匹、背後から襲いかかろうとしていた。

だが、そのチョコに向かって飛びかかろうとしていたその一匹の動きが、急に止まった。

「!??おッ……俺は………」

その《獣犬》の目から赤色が抜けていき、やがて元の犬に戻っていく。

「お……おれはまたしても……」

「はっ!」

「みんなッッ」

チョコに襲いかかった犬だけではない。周りの《獣犬》達の何匹かも、徐々に元の犬に戻っていく。

「長ッッ!スミマセンッッ」

「お、俺達は一体なにを……」

「あぁぁ……スー、ユイ、モア、許して……こんなことをするつもりはなかったのよ」

《獣犬》に墜された犬達は、我にかえり自分たちの身になにが起こったかをさとり、動揺し、右往左往としはじめた。

「……チョコッ!」

無事か……

コバとユイ・スー・モアが、切り株に体をうちつけられたチョコの元に駆け寄った。

「小汚ない野良犬ども、その切り株から離れろ」

ステインが唸った。

「その場所は、貴様ら抵能には理解できん『価値』がある。大人しくその切り株から離れれば、優しく殺してやる」

「なんじゃと」

コバが目をむいた。

「私たちをバカにするなッッ!お前のみたいなヤツにアヤマルなんて、絶対にしないぞッ」

叫んだのは、まだ幼犬のスーだ。

「そうよッ私たちは負けないッ!」

モアも、ユイも震え声で叫んだ。

「お前達ッ……」

チョコは三匹の首を優しく舐めた。

「よく言った!…………お前達、聞いたかよ。こいつら幼犬のほうが、お前達なんぞよりよっぽど誇り高いぜ」

「……くっ………」

「だっ……だが」

犬達はそれでもなお、自分たちを正当化しようとし……失敗して黙り込んだ。

『この馬鹿どもッ!』

犬達の態度にイラついたステインは、近くにいた一匹の頭を、無造作に踏み潰した。

『バカが。切り株をたてにとれば、我がスタンドを止められるとおもったのか?だが無駄よ。単純にワレが直接貴様らを叩き潰せばいいだけよッ!』

ステインはチョコ目掛けて前肢を降り下ろそうとし……急にとまどった様に周囲を見回した。

『なっ?何処だ……何処に行った?』

ステインの目の前から、急にチョコの姿が掻き消えたのだッ!

周囲を見回したステインは、次の瞬間に目の前にいたユイが、そしてまた次の一瞬にモアが、スーが、そして最後にコバの姿が消えた。

『なっ?なんだ、これはッ』

ステインはすっかり動揺して、周囲をグルグルと見回した。

『お前たちッ奴らを見なかったかッ?』

やむを得ず、ステインは取り巻きの犬達を詰問した。

「ス……ステイン様、本当にわからないのですか?」

一匹がおずおずと尋ねた。

『貴様……貴様には奴らがどこにいるのかわかっているのかッ?』

「本当に見えないのですか?」

『くッ』

犬達の目に侮蔑の浮かんでいる事に気づいたステインは激昂した。

『ヴェリー・ビーストッ!』

目の前にいた四頭に毛鉤を撃ち込む。

『切り株を守るためにお前たちを解放してやっていたが、もう構わんッ。貴様ら、奴らを殺せッ』

「うわあああああああッ」

犬達は身を震わせ……三匹が口からあぶくを出してうなりだした。そして、一匹は文字通り尻尾を丸め……その三匹に襲い掛かった。

「お前らッ正気に返れッ!」

その一匹がさけんだ。ヘドバンだ。

『貴様ッ!』

ステインが、正気のヘドバンを噛み殺そう大口を開けた。

そのステインの背中に、突然赤い筋が走った。

『!?』

ステインは慌てて立ち止まり、周囲を見回した。

振り返ると、チョコが睨み付けていた。その口からは血が滴り落ちている。ステインの毛皮を切り裂いた時に吹き出た血だッ!

「ヘドバン……お前よく乗り越えたな」

チョコが笑った。

「さすが、親父だ」

「チョッ……チョコッ!俺は……」

いいよ、わかってる。チョコはヘドバンに方目をつむって見せると、振り返って険しい顔をステインに向けた。

「お前ッ!……お前はコイツらをもとに戻せッ!」

『はっ……』

姿が見えればこんな子犬など眼中に無いわ。

落ち着きを取り戻したステインは、今度はチョコを噛み殺そうと大口をあけ、ジリジリとにじりよった。

『おどおど隠れていられなくなったか?だが、自分から出てきたのは感心なことだ。褒美に一口で喰ってやろう」

「待てッッ!」

頭上から、コバの声が聞こえた。

ステインが慌てて上を見ると、頭上の木の上に、二匹の犬が今にも飛びかかってこようとしていた。

『コバか……』

ステインはにやりと笑った。先ほどは見逃してしまったが、こうしてまた自分から姿を見せてくれるとは好都合だ。まさにこちらの思うつぼだ。

『どうやって我の目をくらませた?貴様のスタンド能力か?』

「……そうだ……わがスタンドの能力は、対象の存在を一瞬完全に忘れさせること……」

コバが静かに言った。

コバの横に現れたスタンド、アカツキがその象のような長い鼻をコバの傍に近づけ、何かを吸い込むようにした。

すると、一瞬ステインの意識からコバの存在が消えた。そして次にスーの存在を忘れ……

次に気が付いた時には、まずコバが目の前に、そしてそのすぐ後ろにスーが宙を舞い、ステインに向かって飛び込んできているッ!

『侮るなッ!』

ステインが吠えた。

『老犬と子犬が、我の毛皮を超えてダメージを与えられるものかッ』

返り討ちよ

ステインが後足で立ち上がった。

その時、不敵な声がした。ステインの足元からだ。

「そうだな、お前の毛皮はバカ厚いぜ……だが俺の牙ならどうよ……喰らえッ!」

あわててステインが声の聞こえた足元をのぞくと、そこには、ゲンペーがいた。



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空条貞夫の孤闘 -2000- その3

スタンド図鑑


スタンド名:アカツキ
本体:コバ
外観: 小型のゾウ
タイプ:遠隔操作型
性能:破壊力 -D/ スピード -D /射程距離 -A/ 持続力 -A/ 精密動作性 -C/ 成長性 - A
能力:特定の相手の『ニオイ』や『気配』、『存在』を、周囲から一瞬だけ忘れさせる。



スタンド名:ヴェリー・ビースト
本体:ステイン
外観:毛皮の中に仕込まれている針
タイプ:一体化型
性能:破壊力 -D/ スピード -B /射程距離 -B/ 持続力 -D/ 精密動作性 -D/ 成長性 -D
能力:完全に恐怖に屈服された相手を、自分以外の命令はすべて無視する『獣』に変身させることが出来る。


『なっ、なんだとォッ』

「遅いぜッ」

ゲンぺーは、驚いてぼう立ちになったステインの首筋めがけて駆けのぼり、その首を一撃で切断した。

バシュッ!

「へっ」

血沫を上げて崩れ落ちたステインを尻目に、ゲンペーは華麗に着地を決めた。

自慢げにあごを上げるゲンペーの元に、チョコやコバ、スー達が駆け寄ってきた。

「ほっ、若いの……さすがじゃな」コバが笑った。「我がスタンドでお前をここに隠した作戦勝ちじゃの」

「ちょっと、コバさん、アンタ無謀だよ。アンタが奴らの注意をひく必要なんてないんだ」ゲンぺーが言った。

「はっはっは」

コバは満足げに笑った。

「だが、うまくいったじゃろ?」

「いや……オッサンにはまいったな」

ゲンぺーは自分の首筋を掻いた。

「爺さん、あとは任せてくれよ」

ゲンペーはそういうと、残る一匹、スカーストラックに向きなおった。

ワッハハハハハ

ピクリとも動かないステインの体を見て、スカーストラックは笑っていた。だが、その目はまったく楽しそうに見えなかった。

『ステインまでも……チビ、貴様、死にたいのだな?』

「うるせーおめー、お前こそさっさと消えやがれッ」

問答無用と、ゲンペーが必殺の回転切りを放つッ!

マトモに当たれば、間違いなく巨大なスカーストラックをも絶命させうるゲンペーの一撃ッ

分厚い毛皮を持つクズリと言えど、その牙爪の鋭さには抗う術は無いッッ

だがその攻撃は

『空中』で

何かの障害物にぶち当たった。

バゴォォッ

次の瞬間、ゲンペーのどてっぱらに風穴があくッ

「ゴッ……ゴブッ」

ゲンペーは腹と口から血を吹き出し、まるでぼろ雑巾のように捨てられた。

「おいッ、お前ッ」

「キャアあああああッ」

スカーストラックが悲鳴を上げるスー、ユイ、モアをジロリと見た。

『ハッ……食前の運動にもならなかったな……だが、デザートはいつだって別腹だからな』

ペロリ

スカーストラックは、まさに舌なめずりした。

「こやツ……恐ろしく強力なスタンドを持っておるッ! 」

コバが呻く。

『コバよ……我がスタンド、オーバーキルのパワーを体感したか?』

スカーストラックがクスクスと笑った。

『こそこそ隠れるだけの、貴様の貧弱なスタンドとの能力差に絶望したか? 』

「バルッ」

うなり声が背後から聞こえる。

「てっ……てめぇ―――」

チョコがブルブル震えながらも、スー、ユイ、モアの前に立ちはだかる。

コバが自らのスタンド、アカツキを出現させるッ。

『ハハハ、お前は喰わんぞ、ションベン臭くてまずそうだからな。そうだ、お前は我が親愛なる友コバの食事にしてやろう』

スカーストラックがペロリと自分の鼻先をなめた。

「バル……バル」

「何だとォォコノヤロー」

チョコは真っ赤な顔になり……やられる前に飛び掛かろうと、まるで猫のように姿勢を低くした。

「バルバルバルバルバルッ」

その時、背後から再びスカーストラックに襲い掛かる影があった。

「バルッバルバルバルッ」

それは……それは、バオーだッ

ゲンペーの中に潜む三匹の寄生虫バオー、それがゲンペーの生命の危機に反応しゲンペーの体を戦闘生物に変えたのだ。

ガズンッ

バオーが飛び込むッ

その突撃はまたしても、見えない衝撃(スタンドによる防御)に阻まれた。

グラリ とスカーストラックが揺れた。

『小僧、貴様……どてっぱらに穴をあけてやったというのに、本当に何者だ?生身で我がスタンド、オーバーキルを揺らすパワーとはな』

スカーストラックは首をかしげ……笑った。

『だが貴様、実はスタンドが視えてないのだろ?ならば我の敵ではないわ』

バゴッ!

またしても見えない拳の攻撃!

今度はバオーの超強力なプロテクターがオーバーキルの拳を止めた。だが、そのパワーをまともに受けたバオーは、柔らかい地面に踏ん張り切れず、吹っ飛んだ。

不幸にも、吹き飛ばされたバオーが飛んでいった先には……チョコがいた。

「きゃあッ」

バオーはチョコを巻き込み、さらに後方に吹っ飛ばされるッ!

グオォオオオッ

その先にはクズリ二頭が寝そべっていた大木が……

「ウッあんなのにぶつかったら……マズイッ!」

チョコが狼狽した声を上げた。

「バルバルバルッ」

とっさにバオーは、チョコをかばって背中から大木に激突したッ

「ごぉぶっ」

大木を背にしたバオーにぶつかったチョコは、腹からすっかり空気を吐き出してしまい、せき込んだ。

ベキッ

ボゴォオオオオッッ

そんな二人の上に大木が倒れるッ!

「ボケッとすんなよ!このださ坊ッ」

チョコは、バオーを崩れ落ちる木の下から弾き飛ばし……

べシュッ

チョコは、『崩れ落ちた木』の下敷きとなった。さらにその上に、何本もの枝が落ちていく。

「えっ……」

目の前で実際に起こったことが信じられず、ユイ・スー・モアの三犬は呆然としていた。

「何?どうしたの……」

ユイが戸惑ったように言った。

「ちょっと、ふざけてるんでしょ。早く出てきてよ。面白くないよッ」

モアが言った。

「馬鹿な」

コバが首を振った。

「老犬を置いて……お前みたいな先行き明るい犬が……どうしてだ」

「……いやッ」

ようやく状況を理解したスーが叫んだ。

「いぃやぁあアアアアア―――――ッ」

泣き叫ぶスーの声につられたのか、ユイとモアも大声で泣き始める。

その横で、すんでのところで大木の下から弾き飛ばされたバオーも、哭いていた。

「スウォ――――ムゥ!」

『ハハハハハッ、お前たち全員、すぐお友達の所に行かせてやるワッ』

スカーストラックが『愉快でたまらない』と言った風に、笑う。

ベリィッ

その時、バオーのこめかみから白い触角が二つ、現れた。

すでに額に現れていたバオーの触角と合わせ、都合3つの触角がゲンペーの額にざわめく。

同時に、バオーの背中からはまるでゴジラの様な背びれが盛り上がり、尻尾が長大に伸び、その先端が複数に分かれた。

頭部、首、腹、背中、手足にはそれぞれカッチュウの様な装甲が現れ、全身からごてごてととがった角や、刀状の突起等が現れる。

それはッ!それはッ、まさに野獣ッッ!

現れた……『バオー・ビースト』は、スカーストラックに向けて低くうなり声を上げた。

『なんだ?この化け物は……』

スカーストラックは一瞬たじろぎ、だがすぐに平然とした表情に戻った。

『ワッハハハハハッ貴様がどんな化け物だろうが、このオーバーキルの敵ではないわッ』

スカーストラックは再びスタンドを出現させた。それは、いびつなほど巨大な頭部を持つクマの様なスタンドだ。そのスタンド:オーバーキルはその巨体からは想像もつかないほどのスピードでバオーに襲い掛かるッ

『全力だッ貴様がどんなに固くとも、食いちぎってやるわッ』

オーバーキルは前足をバオーに向かって振り下ろした。

だが……

バシュッ!

スタンドが見えないはずのバオー・ビーストが飛び、スタンドの攻撃を避けた。

もちろんバオー・ビーストには『スタンド』は見えない。だが、元々バオーに視覚は必要ないのだ。バオー・ビーストはクズリのスカーストラックと、スタンド:オーバーキルの『殺意のニオイ』に反応する事ができたのだ!

バオー・ビーストは空中で身をよじり、右に、左にオーバーキルのスタンドラッシュを避ける。

そして……

「バルバルバルッ」

バオー・ビーストの全身から飛び出した刀が、オーバーキルを切り裂いた。

『ば……ばかな』

スカーストラックは目を丸くしたまま、倒れた。

「ヴァルンッ」

戦いを終えたバオー・ビーストは、危機に瀕した生命の発する臭いを感知した。

そして、バオー・ビーストはチョコが下敷きになった大木におもむろに近づき、その大木を『破壊』した。

その下には、チョコと、そしてインピンが奇妙にぐにゃりとした姿で倒れていた。

「イヤッ」

「チョコ姉さんッ」

「どうして……」

泣き叫ぶスー、ユイ、モア。そしてコバもがっくりと頭を落とした。

と、ピクリともしないチョコとインピンの近くへ、バオー・ビーストがゆっくりと近寄って行った。

「ヴァルッ……」

バオー・ビーストは、警戒している三匹にはまるで注意を払わず、チョコの前にかがみこむ。

「アンタ……何なの?何でそんな格好になっちゃったワケ?どうしてなにも言わないの?」

バオー・ビーストの異様な姿を見て、ユイが震え声で尋ねた。

「ブルッ」

バオー・ビーストの三ヶ所の触毛がザワザワ揺れ、初めにインピンの体を、次にチョコの体を探っていく。

バオー・ビーストは二匹の中にまだ命の匂いを感じていたのだッ。その体が熱を発し、燃えていることを確かに感じていた。

だが、その命の匂いは、今にも消えそうなほどかすかであった。

バオー・ビーストは思った。この匂いを止めさせない!と。

「バル……」

バオー・ビーストが、チョコの口元に鼻を近付ける。

「止めてッ」

スーがバオー・ビーストに噛みつく。だが、どんなに強く噛んでも、硬質化したバオーの肌に牙を突き通す事は出来なかった。

バオー・ビーストは、噛みついてるスーに気がついてもいないように、ただチョコを見つめていた。

そして、バオー・ビーストは自分の舌を噛み切り、その血を二匹に振りかけた。

まずはチョコを自分の血で真っ赤に染め、次にインピンにも同じようにする。

「なっ、アンタ……」

バオー・ビーストに噛みつくのを思わず止めて、スーがおぞましげに身を震わせた。

「……チョコ姉さんの体をこれ以上汚すな」

モアがバオー・ビーストを蹴飛ばした。

「バルッ……」

バオー・ビーストは無表情のまま振り返った。そしてまるで赤ん坊にするように、モアの首根っこをひょいっとくわえ、放り投げた。

なにすんのよッ

モンクを言おうとしたスーとユイは、バオー・ビーストの無表情な瞳を見て、思わず湧き上がる恐怖に、言葉を飲み込んだ。

その時………

「ごぶっ!」

「ぷぅっ!」

息絶えたかに思われたチョコが、インピンが、力強く咳き込み始めた。

「うぇっ。なんだこりゃ?」

チョコは、自分の身に降りかかった血を振り払った。

「こっこりゃあ……や、ヤローのカエリ血か?やったのか?」

「チョコ姐ッ」

ユイがチョコに抱きついた。

「アンタ……ユイか?良かった。アンタが無事でなによりさ」

「グスッ、お姉さまッ」

モアはチョコの足をペロッと舐めた。

「ちょッ……止めろッ、くすぐったい」

チョコが身もだえた。

戦いを終えたバオーは、そんな4人の様子を見つつ、急速に元のゲンぺーの姿に戻っていく。

だが三体の寄生虫バオーからの高濃度の体液から解放されたゲンペーは、気持ちが悪くなりしゃがみこんだ。

体中の力が抜けて、立ち上がることが出来ない……

いつの間にか、インピンがゲンペーの背中にしがみついていた。そして、インピンの首には、まるでシルバーの首輪の様な『モノ』が巻かれていた。それは、時に現れ、時に消え、チカチカと瞬いている。

と、その首輪がパチンコ玉の大きさに分裂した。

その分裂した玉が、複数の小さなリスの姿になり、四方に飛んで行った。

チョコが、そんなゲンペーの様子に気がつき、心配そうに眉をしかめた。

「?こりゃあ、どうしたんだ?」

「チョコ……オメ――ヨォ」

「なっ……なんだよ」

と……笑いあう5匹の背後で悲鳴が上がった。

スー、ユイ、モアの三匹の目には、ステインと呼ばれていた小柄なクズリの体が、まるで透明な肉食獣にバリバリとむさぼり喰われていくように見えた。

「なになによ、あれ……」

ステインの体はどんどんと削れて行き、やがて無くなった。すると、そのそばにいたそばにいた野犬の一匹の頭が悲鳴と血しぶきと共になくなり、そして同じように体が削れていった。

「!?何?あの化け物はッ」

チョコは、傷ついているわが身も顧みず、走り出した。

嫌、チョコは一匹ではない。

一匹ではない。

ギンぺーの目に、チョコの体からもう一匹、白銀色の毛皮を持つキツネがグンッと姿を現したのが見えた様な『気がした』。チョコとキツネは足並みをそろえ、生きながら削られている野犬の下へ走っていく……様に感じる。

なぜかゲンペーにも、その野犬の死体に覆いかぶさるようにしている『何か』が感じられるような気がした。

チラチラと出たり消えたりするそれは、巨大な牙をもつゴリラの様な姿であった。

「何だぁ?あれ?」

ゲンペーは気が付いていなかった。ゲンペーの額、三か所から触毛が出現しているのを。

三体のモデュレイテッド寄生虫バオー、その三体のバオーのパワーの相乗効果か、触毛がゲンペーにスタンドのニオイ ――正確にはスタンド本体の殺気―― を感知させていたのだ。

一方、チョコの体から飛び出た白銀色のキツネは、チョコを追い越して、そのゴリラに飛び掛かるッ

思いのほか素早いキツネの攻撃ッ

だが、ゴリラのスピードはキツネよりもさらに素早かった。

超スピードで振り向いたゴリラが、宙を舞うキツネに向かって拳を放つッ

だが、ゴリラの拳は宙を切った。

キツネの姿は消え、そこには宙を舞うフクロウがいた。フクロウはゴリラの頭を突っつくッ

ゴリラはうるさそうに頭をかきむしった。

避けそこなったフクロウがゴリラにつかまるッ

だが、またしてもフクロウの姿が消え、代わってそこには蛇が姿を現れしていた。

シュルルルッ

蛇はつるりとゴリラの手をすり抜け、チョコの足元に戻っていくと、またキツネの姿に戻った。

「なんてことよ……」

チョコがうめいた。

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

チョコの目の前では、スカ―ストラックが再び立ち上がっていた。

真っ二つに斬られたハズのスカースストラックの上半身から、ウネウネと肌色の肉が増殖している。

その肌色の肉は急速に量を増していき、恐ろしいほどの速さでスカーストラックの体を再生していく……

『ガブッ』ゴリラが足元に横たわっていた野犬の死体に喰いつく。すると、ゴリラが肉を喰らうたびに、スカーストラックの体がグングンと再生していく……

「貴様、スタンド使いになった……という事か。だが、そんなパワーとスピードでは我がスタンド、オーバーキルの敵ではないな」

復活したスカーストラックがチョコを睨みつけ、言った。

「いや、貴様だけではないのか?」

スカーストラックはゲンペーの方も振り向いた。

「キキキ――ッ」

インピンがうなる。

ふと気が付くと、銀色の小さなリスが、インピン、チョコとスカートラックの近くに潜んでいた。よく見ればゲンペーの肩にも、同じリスがちょこっと止まっているように『感じる』。

ゲンペーはクズリの言葉がわかるのは、何故かわからないがそのリスのおかげだと感じていた。

「ゲンペー、キをつけてッ!」

リスが……いや、インピンがしゃべった。

「お前?インピンか?何だそりゃ、何してるんだ?」

ゲンペーはすっかり困惑しながら、インピンと同じ『魂』のニオイがするその『リス』に話しかけた。

「このリス(The Call)はボクのチカラ:スタンドさ。スミレやイクロウとおんなじチカラが、ボクにもあったんだ」

インピンは、得意そうに答えた。

「何だってぇ?」

スタンドってなんだ。

混乱するゲンペーの背中に、インピンが飛び降りた。

「ボクのは、ザ・コールは ダレとでもハナシをできるチカラを持ってるみたいだ……タタカウためのチカラじゃない――でもこのチカラを貸すよッ、きっと何かの役にたてるよ。たぶん、ゲンペーの中の『イソウロウ』タチとも話せると思う」

『イソウロウッ?』

ゲンペーは一瞬首をかしげた。だがそれよりももっと聞きなれない言葉があった。

「それより、おまえスタンドって言ったか?なんだそりゃ?」

『……そうか、見えないんだね。見せてあげるよ』

リスはそう言うと、そっとゲンペーの額をさわった 。

すると、ゲンペーの視界の中に、見慣れないキツネに似た不思議な動物が見えた。その動物は、チョコの横を寄り添う様にして走っている。良く見ると、そのキツネは時々チョコの体の上に『覆いかぶさった』り、チョコの体に『潜り込んで』首だけを外に出している様にも見える。

「なんだ?あれが その チョコの《スタンド》って奴なのか?」

「そうだよ。あのキツネが傷つけばチョコちゃんも傷つく……あのコを守ってあげなよ」

『面白いッ』

スカーストラックが吠えた。

『貴様の貧弱なスタンドを喰らい尽くしてやるわッ』

チョコが危ない……

そう思った瞬間、ゲンペーの中の寄生虫モデュレイテッド・バオーが再び活動を開始した。

寄生虫バオーは、ゲンペーの体を強化するための体液を放出し始める。同時に麻酔液を抽出し、ゲンペーの意識を失わせた……

寄生虫バオーの施した麻酔によって意識が闇に堕ちた直後、インピンが出した『リス』が、ゲンペーの意識に飛び込んできた。『リス』は意識不明の海に沈んでいたゲンペーの『意識』を拾い上げ、浮かび上がらせ、そして、ゲンペーの目から闇を払った。

突然ゲンペーの身の回りの景色が、晴れて行く。そしてゲンペーは、意識が無いときに自分の身に何が起こっているのかを明確に認識し、驚愕した。

(こっ……これはッ!……)

ゲンペーの体は自律的に動き、ものすごい速度とパワーで敵に向かっていた。

『これは、君の本当の力だよ』

ゲンペーの意識の目から闇を払っているリスが、そういった。それが、意識の目から闇を払う事、そして相手との完璧な意思疎通能力。それが、インピンの心の力だった。

(なんだってぇ?)

『わかってる。ゲンペーには、この《本当の姿》をジブンの考えで動かすことはできないんだよネ……でも、ゲンペーが《彼ら》に君の意思を伝えられれば……彼らは君に協力してくれるはずだよ』

(ちょっとまて、インピン、お前の言ってる事はさっぱりわからねぇーゾ)

『そんなことないさ……もう感じてるだろ?君の体にすむ三匹の《イソウロウ》を……』

ゲンペーは黙り混んだ。

そう、知っていた。

しかも、そのイソウロウ達が懐かしい、心あたたまるにおいを持っていることも知っていた。その匂いのひとつは自分が生まれたときから傍らにいた匂い。残る二つは……それは父と母の匂いだった。

その匂いは温かくゲンペーを包み……そして彼らの存在を意識するたび、ゲンペーの心を寂しさがチクリと刺した。だから、思い出さない様にしていたのに………

(そうだ……コイツラは父さんと母さんの形見でもあるんだ……)

ずっと、父さんと母さんにまた会いたいと思っていた。

一度だけ、施設から外に出て父さんと一緒に森を探検した事があった。一人でいるとき、相棒と散歩しているとき、その記憶を何度思い返したことか。

誰にも知られるわけにいかない秘密だが、実は毎晩、空想の母親に話しかけて母の隣で寝ているツモリで寝ることにしていた。実は、そうしないと眠れないのだ。

『Duvuaaa!』

オーバーキルの叫び声が、ゲンペーを物思いから引き戻した。そのスタンドは、凄まじいスピードでゲンペーに襲い掛かるッ。

だがッ、

だがッ、

だがッッ、

バオーの速度は、そのオーバーキルのスピードをはるかに上回っていた。

バオーは軽々とオーバーキルの拳を避け……背後にいたスカ―トラックを『溶かし』始めた。

『ギヤアアアアアッ』

本体が攻撃を受けたために悲鳴を上げるオーバーキルの喉笛を、チョコのスタンド:メギツネが噛み千切った。

だが、まだオーバーキルの能力『他者の血肉を喰らって本体を継続的に回復させる能力』は、まだ生きていた。

「おっ、俺は不死身だッッ!」

溶かされたスカーストラックの体が、また回復し始める。

「だ……誰にも俺を殺す事はできねー」

再び姿を表したスカーストラックが、バオーとチョコを睨み付けた。

「貴様らも、かならず喰らってやるぞ」

「くっ……」

再び死体を喰らって、甦ろうとしたスタンドの動きが、止まった。

「遅いぜ、相棒………」

伝わらないとは思っていたが、ゲンペーは思わず相棒:橋沢育郎に話しかけた。

スカーストラックのスタンドに、相棒が手をかけ、その動きを封じていたのだ。

『ゲンペー、少し手伝うよ』

何時ものと同じように、相棒は落ち着いた口調で言った。相棒、自分と同じような新たなゲンペーの家族……

相棒がオーバーキルを押さえ込んでいるうちに、ゲンペーはビーススシュティンガーを放ち、スカーストラックを燃やし尽くした。

――――――――――――――――――

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

「まだ、生きていたのか」

崖を登り切り、山頂を目指すべく山に入り込んだ空条貞夫は衝撃をうけていた。

山道などまったくない人気の無い山。そんな山中でであった目の前にいる女に、確かに見覚えがあった……

そこには、中年の白人女:オーテップが、目をいからせて立っていた。

「ハッ!アンタに組織をつぶされてから、アタイが味わった苦難を思い知るがいいッ!」

DRESSを貞夫がつぶしてからもう10年がたっていた。

この10年の、これまでの苦労がいかなるものだったのか、女はがりがりに痩せこけ、シワだらけになっていた。かつての美しかった見た目も、すっかり荒れ果てている。

だがそれでも、眼だけはギラギラと光っていた。

「もうあきらめろ……DRESSは無くなったんだ。……話してもらおうか。DRESSの残党がここで何をしていたのか、お前のクダラナイたくらみを」

「うっ……うるせぇッ!アタイをあざけるんじゃねェ――」

叫んだオーテップが、スタンドを出現させた。

「あの時アンタたちにかなわなかったのは、スタンドが見えなかったからさッ!だが今は違うよッ!!この、悪魔の切株の力で、アタシにもスタンドが身についたのよッ!くらぇッ ブッチャーズ・フック!!」

現れたのは、ぶくぶく肥った巨漢のスタンドッ!

そのスタンドの髪から、指から、体中から無数の血に塗られたフックが出現し、貞夫を襲った。

銃弾と同等の速度で雨のように降り注ぐ無数のフック。

そのフックの一つが、近くの立ち木に引っかかった。すると、瞬時にフックが引っ張られ、その立ち木が根こそぎ引き抜かれて空中に放り投げられた。

恐ろしい威力だ。

だが、空条貞夫は剣の鯉口を切り……

襲い掛かるフックをすべて切り落とした。

「ハッ!引っかかったねッ」

オーテップが笑い……ブッチャーズ・フックがロープを引いた。

引いたロープの先は、貞夫の周囲の立ち木に、岩にかかっている。

グウォオオンンッ!

無数の立ち木が、岩が、宙を舞ッた。そして、同時に高速で貞夫に叩きつけられるッ

「ヒャッヒャッッ 油断したな、このボケッッ この質量ッ 叩き斬っても無駄よッ 切断されたすべてのピースがアンタを襲い続けるッ!」

オーテップが狂ったような笑い声を上げた。

「アタイの10年の思い、しっかり受け止めな」

ドガッ

ドガッ

ドドドドガッ!

貞夫の上に、立ち木と岩が次から次へと降りかかり、山積みになった。まるでピラミッドだ。

ヒャヒャャヒャッッ

オーテップの笑い声は、しかし唐突に止まった。

貞夫の刀が、ピラミッドを切り裂いて現れたのだ。

貞夫は冷静に降り落ちる立ち木や岩を切り裂き、自分一人が何とか隠れることが出来るだけの隙間をピラミッドの中に作っていたのだ。

「本当にヤレヤレだ……でも、これで終わりにしよう」

貞夫は右手で柄を、左手で鞘を持ち、自分の目の前にかざした。そして、ゆっくりと女に向かって近づいていく。

「ひゃっひゃっひゃっ」

老いぼれッ!お前には追い付けまいッ

このままではかなわない、そう判断した女の行動は素早かった。

ブッチャーズ・フックを木々にひっかけ、そのフックを伝って女が宙に飛び上がった。

「バルバルバルッバルッッ」

同時に、オーテップは自らの瘤に注射針を突き立て、レディ・バオーに変化させるッ

そして空中から、レディ・バオーが貞夫に襲い掛かるッ!

同時に、その背中からブッチャーズ・フックが姿を現す。そのフックは周囲の石を次々にひっかけ、4方から貞夫に向かって投げつけた。

さらに同時に、レディ・バオーのビースス・シュティンガーが発射されるッッ!!

「オオオオオおおおおッオラオラァッッ!!」

貞夫が叫び、めまぐるしく刀と鞘を回転させ、石と、ビースス・シュティンガーとを叩き落としていった。

「ヴァルッ!」

鞘にビースス・シュティンガーが突き刺さる。

たちまちその髪の毛は炎上し、鞘に燃え移る。

「クッ」

貞夫は鞘を放り投げ、両手で刀を振り上げざま、目の前のレディ・バオーに振り下ろすッ!

『ヴァルッ』

レディ・バオーはリスキニハーデン・セイバー・フェノメノンを振り上げるッ!

バシュシュッッ!

ぶつかり合った二つの刃は、一瞬せめぎあい……リスキニハーデン・セイバーが折れた。

そして、貞夫の刀がレディ・バオーの右手を切り落とす。

『ヴォアオオオムンッ』

レディ・バオーは自分の右手を掴むと、再びスタンドを出現させた。

ブッチャーズ・フックを遠くの木にひっかけ、そのフックを引き寄せる事で、素早く移動する。

「フン」

貞夫はすかさずフックの方向へ走った。

どれだけ早くとも、その移動はフックをかけた場所に向かう直線的なものだ。読むのはたやすい。その移動方向を読んでしまえば、斬るのもんたやすい。

「オラァッ」

だが、貞夫がレディ・バオーを斬りすてようとしたまさにその時、レディ・バオーが不意に移動方向を変えた。

気が付くと、ブッチャーズ・フックは周囲のあちこちにかけまくられていた。これでは移動方向を読んで先まわりすることが出来ない……

「ヤレヤレだね」

貞夫はため息をつくと、懐からパチンコを取り出して引き絞った。

「ジギー・スターダストッ!」

貞夫の背後に、神話の英雄の様な姿の、小さなスタンドが現れた。

そのスタンドがパチンコに手を触れる……

バシュッ

パチンコから放たれた小石は、まるでマグナムから打ち出された銃弾のようにレディ・バオーの肩を砕き、貫いた。

貞夫は、撃ち落としたレディ・バオーめがけて走った。貞夫は走りながら懐に手をやり、小さな脇差を取り出した。

ザッッシュウウウウウウウッッ!

貞夫が引き抜いた脇差が光るッ

貞夫が振るう脇差は、地に墜ちたレディ・バオーを肩口から袈裟懸けに斬りおろすッ!!

ガッ……

レディ・バオーが変身を解き、元の中年女に戻っていった。

「なっ……」

オーテップが薄れる意識の中、貞夫を睨みつけた。

その両肩の瘤が、きれいに切断されていたのだ。

にゅりょぉおおオン

切り落とされた瘤の断面から、人の手のひら大のゴカイの様な、ヒルの様な生き物が這い出てきた。

これが、オーテップに移植されていた寄生虫……モヂュレイテッド・バオーであった。

「ジギー・スターダストッ」

貞夫はその瘤と寄生虫に石油をかけた。そしてスタンドの力で持っていたライターの炎を強化し……石油に火をつける。

ボォオオオ―――――ッ

爆炎を上げて燃えていく寄生虫を、貞夫は奇妙な思いで見ていた。

これが、このちっぽけな虫が、DRESSの切り札だったのだ。そのちっぽけな虫が、貞夫を何年にもわたる戦いの日々に連れ込んだのだ。

やがて、寄生虫が燃え尽き、チリになった。貞夫は、大量の出血を起こして死にかけているオーテップに目をやった。

この女をどうすべきか……家族に再会もできず、無残にも殺されたジン・チェンの事も頭をヨギル……

だが考えるまでもない。貞夫は大きく一つ、うなづいた。

「……ジギー・スターダストッッッ」

貞夫はフトコロから止血パッチを取り出した。その止血パッチをスタンド能力で『強化』し、オーテップの背中に貼りつける。

傷から流れる血がその止血パッチで止まった。心なしか、オーテップの様子も少し楽になったようだ。

「お前も……犠牲者なのだ。やり直せ」

止血をしたオーテップを、貞夫は担ぎ上げた。

「……今更…」

オーテップがポツリとつぶやいた。

「今からだ。《今更》じゃあない。まだやり直す時間はあるさ」

貞夫が言った。自分でも驚くほど、優しい声であった。

「いつからだってやり直せる」

「……」

貞夫の背におぶわれながら、オーテップは一言も言葉を発しなかった。

オーテップをかついで下山していた貞夫は、ふと気配を感じ、足を止めた。

どこからか、貞夫に話しかけてくる声が聞こえたのだ。

『なぜ殺さないんだい?』

この女は、君を殺そうとしたんだよ?

その声の主は、貞夫のすぐそばにいた。

「君は?」

貞夫は首をかしげた。

貞夫の足元に、銀色のリスが立っていたのだ。しゃべりかけたのは、そのリスであった。

――――――――――――――――――

「あなたはッ」

橋沢育朗は、ゲンペーとともに山から下りてきた初老の男をみて目を丸くした。

この男は空条貞夫。空条承太郎の父で、死亡扱いされていた育朗の戸籍を復活させてくれた男であった。

そして8年前、スミレを助けるためにDRESSの基地への侵入口を教えてくれた『恩人』でもあった。

「久しぶりだね、育朗クン……スミレちゃん」

貞夫は顔をほころばせた。

貞夫はふと、泣きながら自分に殴りかかってきた昔のスミレを思い浮かべた。あれからもう8年がたったのか……

あの時は『間に合わなかった』と思った。

だが、こうしてみると、結局は自分は『間に合った』のかもしれない。

「サダさんッ お久しぶりですッ」

スミレが、貞夫を見て満面の笑みを浮かべた。

スミレの戸籍を改ざんし、DRESSの残党に怪しまれること無しに六助爺さんと暮らせるように便宜を図ったのも、貞夫であった。その後も、なにくれなく生活のサポートをしていたため、スミレは貞夫の事をよく知っていたのだ。

元気そうだね? 貞夫はにこやかに笑った。息子の承太郎とは違う、穏やかな話し方であった。

だが、ホル・ホースは冷や汗を浮かべ、貞夫から可能な限りの距離を取っている。

貞夫とホル・ホースは一瞬だけ互いに視線を交え、短く目礼をした。だが互いにほとんど口は利かない。

「どうしたんですか?突然」

「いや、別件で来たんだけどね……ちょっとした調査をする必要があってね」

元気か?貞夫は、ゲンペーののどをくすぐった。

「その調査場所に行ったら、何故か彼らにあってね。ついでだから、一緒に君たちのところに顔を出すことにしたのさ」

貞夫が笑った。

「それで、これからの君たちの事だけど……」

腹は決まったかい?

「ええ……杜王町に戻らせてください」育朗が答えた。「新しい場所で、あの時から、高校生からまたやりなおそうと思うんです」

「わかったよ、喜んで手配しよう」

貞夫は微笑んだ。

――――――――――――――――――

一方、ニンゲン達の話し合いの陰で、動物同士でも話し合いがもたれていた。

「じゃあ、黒幕はニンゲンだったってワケ?」

インピンから事の顛末を聞かされたチョコは、怒りに体を震わせた。

「そうみたい。あいつラ……スカーストラックたちは、DRESSの残党によってこの地にかり集められていたらしいよ」

インピンが気取って言った。その後ろには、彼のスタンド、ザ・コールが作り出した小さなリスたちが、同じように気取ったポーズでついていく。

「オイラが聞き出したところによると、ヤツラ、かり集めたイヌや、サル、カラスなんかを自分の部下になるように『作り変える』つもりだったらしいよ。それで、自分の兵隊を作ろうとしてたんだって」

「……なんてこと」

あの、不思議な切株もヤツラの計画の一部だったのかしら?

チョコは傍らに自分のスタンド:メギツネを出現させた。

このスタンドは、あの切株にチョコが『埋もれた』時の衝撃で、チョコのスタンドとして出現したものだ。

「そうみたいだね……あの切り株があったから、DRESSの残党がここに来たらしいよ」

「ふぅんん。でも、これでなんとか一件落着だ」チョコが言った。

「幸い、長は無事だった。あの裏切り者共もみんな反省してるし……俺達は奴らを許すことにしたよ」

「そっか、良かったな」

「そうさ、それで……ポツポツとだけど、逃げていたほかの仲間たちも戻ってきてるんだ」

クズリ共がいなければ、ここはスゴク暮らしやすいところなんだぜ。チョコは胸を張った。

「全部、お前が頑張ってくれたおかげだぜ」

「イヤ、俺はただ暴れたかっただけだ……頑張ったのはお前達だろ」

ゲンペーの言葉に、ヘッ とチョコが笑った。

「なあ……オマエ、ここに残れよ」チョコが言った。「オ……オマエの様な男なら、みんな歓迎するぜッ 長もお前を認めるといってくれたし……」

チョコは、ちょっともじもじしていた。

「俺……アタシもそうしてくれたら、う……嬉しいぜぇ」

ゲンペーは、顔を真っ赤にした。

隣で黙って聞いてるインピンがピュッと冷やかしの声を出した。

「イヤ……嬉しいけどよ…でも、俺はまだ『俺が属してる群れ』を離れられねぇーんだよ」

アイツら、まだほっとけねぇーんだ。

ゲンぺーは、チョコが泣きそうな顔になったのを見て、あわてて付け加えた。

「だけど……いつか、またここに戻ってくるぜ」

ホントか?

ゲンペーの返事を聞き、パーっと花が開いたようにチョコが微笑んだ。

「おっ……おう…よろしくな」

「ウン。こっちもね」

「はぁ~〰ぁ」

微笑むチョコと、少し後悔したような?こわばった笑みを浮かべるゲンペー。

そんな二人を見て、インピンは『見てられないよ』と首を振った。




スタンド&クリーチャー図鑑

スタンド名:オーバーキル
本体:スカーストラック
外観:いびつなほど巨大なクマの頭部を持つ、巨大なゴリラ型の体躯
タイプ:近距離パワー型
性能:破壊力 -A/ スピード -B /射程距離 -B/ 持続力 -A/ 精密動作性 -D/ 成長性 -C
生物を『喰って』その生命エネルギーを奪い、本体を回復させる能力。
スタンドの基本性能も高い。


スタンド名:ブッチャーズ・フック
本体:オーテップ
外観: ぶくぶくと肥った巨人
タイプ:近距離パワー型
性能:破壊力 -B/ スピード -B /射程距離 -B/ 持続力 -C/ 精密動作性 -C/ 成長性 -E
複数のフック付きロープを出現させ、ありとあらゆる物を釣り上げる能力

スタンド名:The Call
本体:インピン
外観: リス
タイプ:群体、長距離[半]自動型
性能:破壊力 -E/ スピード -C /射程距離 -A/ 持続力 -B/ 精密動作性 -D/ 成長性 -C
能力:取りついた相手の意思を翻訳し、次の相手に連絡できる。糸電話の様な能力。人と犬等、異なる生物間どうしでも意見の交感が可能。


スタンド名:メギツネ
本体:チョコ
外観: メカニカルな外見のキツネ(本体) 他、森の動物たち
タイプ:近距離パワー型
性能:破壊力 -C/ スピード -C /射程距離 -B/ 持続力 -A/ 精密動作性 -C/ 成長性 -C
能力:森の動物たちに姿を変え、その姿だけでなく、変身したさいに発現した動物固有の能力を使って戦う。



クリーチャー名:バオー・ビースト
本体:ゲンペー
外観:白い鬣の生えた巨大な狼。ゴジラの様な背びれが盛り上がり、尻尾が長大に伸び、複数に分かれている。前足、後ろ脚は蟹の甲羅の様なプロテクターで覆われている。
性能:破壊力 -B/ スピード -A /射程距離 -C/ 持続力 -D/ 精密動作性 -C/ 成長性 - A
能力: 三体の『モデュレイテッド』寄生虫バオーが同時に活動した姿。発現する武装現象はほかのモデュレイテッド・バオーと変わらない。ただし、その威力は桁違いであり、かつ発達した触角の力でスタンドの『ニオイ』をかぎつけることが出来る。


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