真・女神転生Ⅴ 神と悪魔と世界と (ナタタク)
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第1話 夢と現実

「ここが神殿の最上階よ…鍵を捧げることで、道が開くはずよ」

隣にいる少女の言葉に従うように、少年は手を伸ばす。

少年の目の前にポリゴンが集まってできたような四角柱の物体が3つ、青と紫とオレンジのものが現れ、それが巨大な楕円形の鏡のような扉に取り込まれていく。

少年自身、なぜ少女の言葉に従っているのかわからない。

その少女はクラスで知っている少女と似ているが、天女のような姿をしていて、瞳は黒ではなく水色。

3つの鍵を取り込んだ扉はまぶしい光を放ち、その中で少年の視界が変化する。

青白い、生きているものとは思えないほどに静寂な空。

そこで体を浮かべる少年の目に広がるのは赤い光を葉としている大樹。

「ついに…至高天への道は開いた…」

再び少女の声が聞こえる。

大樹の前に現れたのはその声の主で、その姿は先ほどとは異なり、銀色の衣を身にまとった、まるで機械のような姿だった。

顔は銀色の仮面に隠れ、もうそこからは表情は見えない。

声も機械音のようになりつつあり、人からかけ離れていく。

「そこは…始原にして終焉を現す地。世界を改変する創世の光の源だ。到達したナホビノは望むとおりに世界を作り替えることができる」

「…いや…」

「資格ある者よ、至高天を進み、王座を目指すがいい」

「待って!!」

 

 

手を伸ばすと同時に目の前の天女が光を放ち、同時に視界に広がるのは真っ白な天井。

浮かんでいたはずの体はベッドの上で、腰から下には掛布団がある。

「また…この夢…」

進級してからたびたび見るようになった夢。

その夢はいつもこのタイミングでとどまり、少年はいつもこの時に止めようと手を伸ばす。

そして、目には涙がたまっている。

涙をぬぐった少年は起き上がり、ハンガーにかかっている制服を見る。

3年目となり、着慣れた制服。

桔梗の花の模様が描かれた独特な制服。

花言葉である気品と誠実さをここで育てることを、今通っている高校である縄印学園は求めている。

入学してからはあまりこの女性の着物のように思える制服になじむことができなかった。

最初はそれを着ているがために舞台のことを思い出してしまう。

机にある写真立てには中学生の頃の自分を中心に父親、そして大人たちに囲まれた写真がある。

自分自身は真っ白な化粧をしていて、おまけに女性の着物姿をしており、彼だけでなく大人たちの中にもその化粧姿と着物姿をした人もいる。

それ以外の男たちは父親も含めて江戸時代の侍や町人を思わせる衣装姿だ。

高原キョウタロウ、歌舞伎役者である父親の高原キョウイチの教えを受けて幼いころから歌舞伎役者として活動していた。

この写真は初めて主役を務め、無事千秋楽を終えた後のものだ。

ただし、高原キョウタロウよりも芸名である日向アマツの方が有名だろう。

歌舞伎役者としての教えを受ける中で成長した彼の体つきは女性のようにほっそりとしていて、趣味も読書やピアノということもあり、舞台ではともかく学校ではあまりいい思い出がない。

クラスメートの保護者の中で歌舞伎を知っている人の中では日向アマツとして好奇の目で見られ、クラスの男子からは女扱いにされ、いじめのターゲットにされていた。

歌舞伎役者としての活動をする都合上、転校を繰り返していたものの、その光景も待遇も変わりはなかった。

視線についてはあきらめがついたが、いじめだけは苦痛だった。

仲間外れにされるのはともかく、女扱いされることや弱虫呼ばわりされることが嫌で仕方がなかった。

やり返してやりたいと何度も思ったが、それで役者仲間や家族に迷惑になると思い、受け流すことに徹していた。

そんな中で始まった高校生活。

小中と何度も転校をさせて大変な思いをさせたこと、そして縄印高校という全寮制の高校に進学することができたのは好都合だと考えた父親の提案により、長期休暇の間だけ興行に参加するという条件で3年間をこの高校で過ごすことが決まった。

最初はいじめを警戒していたが、この制服のおかげなのかは知らないがいじめは嘘のようになく、あの大人たちの見せる視線以外は大して問題はなかった。

少ないながら友人もでき、まあまあな高校生活を送ることができている。

役者仲間や両親と会う機会が著しく減ったのは寂しいが、それも今年までだ。

制服を身にまとい、机の本立てにある読みかけの本を手に取る。

ちょうど登校時間となっていて、部屋の外からは生徒の声や足音が聞こえる。

部屋を出たキョウタロウはその中に入っていき、いつもと変わらない高校生活へと思考を戻していった。



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第2話 変わる日常

変わらない日常、変わらない教室。

外側の窓際の席から教師の声に耳を傾けつつも、目にするのは外の景色。

3年間ですっかり見慣れてしまった、鉛色のビルの森。

最近読んだ詩集、智恵子抄の中の一説がキョウタロウの脳裏に浮かぶ。

「東京には空がない…か…」

「どうしたの?黄昏ちゃって」

トンと机から音が鳴り、透き通った柔らかな少女の声が聞こえてきて、前を向くとそこにいたのは青い運動用ジャージを上着にしたクラスメート、磯野上タオがいた。

「磯野上さん…」

「もうホームルームは終わったわよ。また先生の話、聞いてなかったんでしょ?」

「それは…」

「図星みたいね。今日は集団で帰るようにって。最近物騒になってきたから…」

「物騒、か…」

数か月前から東京各地で起こっている奇妙な事件。

各種メディアでも、SNSでもその事件に関する噂で持ち切りだ。

三鷹の井の頭公園で高校生複数人がバラバラの状態の遺体で発見された事件がその始まりといえる。

東京都内の高校生であることは共通しているが、性別も所属している高校も、部活も趣味もそれ以外は何もかもがバラバラの彼ら。

それ故に捜査は難航し、その中で黒い影に襲われて怪我をしたという人、東京都内であるにもかかわらず、獣に食われたかのような無残な死体などが出てくるようになっていった。

事件は確かに恐ろしいが、それ以上に怖いのがそれをおびえながらも日常と同化しつつあることかもしれない。

どんな事件も事故も、それにかかわることがない以上はいずれ底なし沼に日常の中へ放り込まれ、やがて記憶からも消えていく。

「じゃあ、ちゃんと伝えたからね」

いつの間にか自分の席へ戻ってカバンを手にしたタオが声をかけた後で教室を出ていく。

挨拶を返せないまま、出ていくタオを見送るキョウタロウのそばにクラスメートの男子がやってくる。

「あーいいなぁー。われらがアイドルの磯野上タオちゃんに声を掛けられるなんてなぁー」

「どうせなら、俺が声をかけてもらいたいぜー。どうせなら、一緒に帰ってそのまま…」

「よしてよ、僕と磯野上さんはそんな関係じゃない。で、どうする?みんなで一緒に帰る?」

「おいおい冗談言うなよ。事件の話は聞いたけど、別に大したことじゃないだろ?それより、カラオケ行きてーんだ」

「おー!いいな!どうせなら隣のクラスの女子とかにも声をかけて…」

「はぁ…あんまり遅くならないようにね」

すっかり放課後の遊び場決めに夢中になりつつある彼らを放って、カバンを手にしたキョウタロウもまた教室を出る。

誰かと一緒に登下校することなどない彼にはこんな時に誘えるような友人はいない。

いるとしても、こうして遊びに行くような友人の方が多い。

全寮制で高校と大学が存在する縄印学園は日本各地の、学業もしくは部活での成績のいい生徒が多く集まることで知られているが、それでもやはりこうした今どきの学生は少なくない。

そんな友人を頭から追い出しながら、キョウタロウが脳裏に浮かべるのは先ほど声をかけてきたタオと夢の中で見たタオだ。

夢のことが気になり、昔似たような話があったから今になって夢で思い出しているのではないかと思い、これまで演じてきた歌舞伎の台本や本を読み漁ったが、その内容の話など出てくるはずがなかった。

(磯野上タオ…か…)

同級生だが、一緒のクラスになるのは今回が初めてで、ラクロス部に入っている彼女と基本的に帰宅部で放課後は寮か図書館にいることの多いキョウタロウはほとんど接点がない。

同じクラスになって2か月だが、あまり積極的に話をしたわけでもない。

今日のように、たまにあちらから声を掛けられるくらいで、こちらは生返事するだけ。

衝動的でもドラマチックでもなく、それを期待されても意味はないだろう。

外に出たキョウタロウに弱弱しい日の光が当たる。

「そうだ…まだ読み終えて…」

「やぁ、天原。君、一人なのかい?」

急に肩を軽くたたかれ、カバンを支える手に力が入る。

声をかけてきたのは眼鏡をかけたさわやかな顔立ちの男子生徒、敦田ユヅルだ。

「敦田…」

「久しぶりだな。まったく、クラスが変わっただけでこんなにかかわることが少なくなるとはな」

「仕方ないさ。けど、相変わらずだね。この前の模試、かなりの成績だったんだよね?」

「まだまださ。上には上がいる。もっと勉強しないと…」

「あまり無理しないようにね。それで、敦田も一人なのかい?」

「いや、妹と磯野上さんも一緒だよ」

一緒に校門まで行くと、そこで談笑するタオとマフラーと手袋をつけた少女が目に留まる。

これから暑くなっていく6月であるにもかかわらず、冬着をしている彼女だが、とても暑そうなそぶりを見せていない。

「あ!ユヅル君とキョウタロウ君」

「こ、こんにちは。先輩」

「こんにちは、敦田さん」

「ミヤズちゃんはキョウタロウ君と知り合いなの?」

「あ、え、ええっと、その…」

小さくなる敦田ミヤズは体を揺らし、何度か視線を兄であるユヅルに向ける。

そんな彼女を見たユヅルは眼鏡を直すと代わりにこたえる。

「去年、天原と同じクラスで、一緒にいることがあった。その時に何度かあったことがある」

「そう…なんです。タオ先輩」

「最初にミヤズが天原に声をかけたときは思わず笑ったよ。あの時は…」

「その時の話はもうやめてよ…こっちも恥ずかしくなるから…」

ミヤズと初めて話をした日、それは去年の文化祭の時だ。

各クラスが出し物や店を開く形となり、その中で当時のクラスメートがふざけて男女逆転喫茶なんて提案をし、それに冗談半分で投票する生徒が多数存在したがためにやることとなってしまった。

女形であり、細い体つきをしたキョウタロウと女装はぴったりであり、彼を知らない人の多くが本気で彼を女に見てしまうほどだった。

その犠牲者の中にはミヤズがいて、本気でキョウタロウと女子だと思い、比較的普通に声をかけてしまった。

「うふふ…そっかぁ。いつも一緒にいてくれる先輩がいてくれて、安心ね」

「は、はい…」

「僕ら家族は2人きりだ。兄が妹を守るのは当然だろ」

「特待生を狙うのも、それが理由?」

「そうだ。そうでもしないと、とても大学に行けるはずがないだろう?」

奨学金制度があるとはいえ、返済不要のものは額が少ないものが多く、学費が賄える奨学金であっても返済額と返済までの年月を考えると早々に手が出せないものが多い。

ユヅルが狙う東京大学や慶應義塾大学には入学料や授業料が免除になる制度がある。

それを手にし、卒業後はいい仕事に就くことで妹に楽な暮らしをさせることができる。

いい大学に入ればいい職場のある時代は終わりつつあり、東大などの有名大学を卒業したことによる逆差別もある昨今だが、それでもいい大学に入れるのであれば、入るに越したことはないのは確かだ。

ユヅルとミヤズの両親は彼らが幼少期の頃に交通事故で他界している。

残された2人は親戚に預けられることになり、そのことで一時は離れ離れになってしまったことがある。

たまに電話でやり取りすることで寂しさを紛らわしてはいたが、それでも限界がある。

もう1度一緒に暮らすため、寮制度のある学校を受験した結果、この縄印学園に入学することができ、去年はミヤズが後を追うように入学した。

兄妹ではあるが同じ部屋で暮らすことはできないが、離れ離れだった時と比べると大したことはない。

「そうね…じゃあ、みんなで帰りましょう」

「うん…」

4人で校門を出て、キョウタロウはようやく読みかけの本を手にする。

こんなことがなければ、このようなメンバーで下校などしないだろう。

めったにかかわらないはずなのに、夢で何度も出てくる少女に元クラスメートの友人とその妹。

3人の声を聴きながら、読みかけていた本を読んで歩く。

たまに生返事を返すキョウタロウだが、彼にとって大事なのは目の前の本。

そうしていると、急に本が手元から離れてしまう。

前を向くとそこには不満げな表情のタオがいて、上へ上げたその手には本が握られていた。

「キョウタロウ君、だめだよ。本を読みながら歩いてたら、ぶつかっちゃうよ」

「別に歩きスマホをやってるわけじゃないけど…」

「それでも危ないの。それに、せっかくなんだからキョウタロウ君も一緒に話そうよ」

「別にいいけど…でも、前から聞きたかったけど、なんで磯野上さんって、僕のことを下の名前で…」

「さあ?なんででしょう?」

「クイズ形式…?」

(本日、越水ハヤオ総理大臣が声明を発表しました。コロナウイルスや世界各国の政情不安の中…)

「越水ハヤオ…僕たちのOB…」

ようやくキョウタロウも話に加わる中で、駅前にある大型テレビに記者会見を行う越水の姿が映る。

縄印学園の卒業生であり、現内閣総理大臣である越水ハヤオの名前はキョウタロウも知っている。

卒業後は当時の保守系自民党議員の秘書を務めて経験を積み、その人物の死後にその地盤を引き継ぐ形で議員となった。

若くから改憲議論に積極的に参加し、古参の議員だろうが大臣であろうが臆することなく意見を述べ、時には反論とともに積極的に対案を出していったことで当時の閣僚から目にかけられることになった。

そして、若干42歳で自民党総裁となり、同時に伊藤博文の44歳3か月の記録を更新し、史上最年少の内閣総理大臣となった彼はついに戦後から誰もなしえなかった改憲を成し遂げることとなった。

その時、改憲に反発する政党が審議に参加しないという動きを見せた際には『国民のために議論を重ねなければならないこの時に議論の場に姿を見せない議員に存在価値はない』と断じて出席しない彼らを無視して議会を進めた。

他にも同じ政党であったとしても、野党と共謀して陥れようと動いた派閥に対してその派閥の議員すべてを除名するなどの行動もあり、強引だという声もあれば、そうでもしなければ何も決めることができず、むしろそうしたことを実行できる越水総理大臣だからこそ、今も結果を出すことができていると賛否両論が渦巻いている。

昨今騒ぎとなった新型コロナウイルスが起こった際にも早急に渡航規制や水際対策を行うとともに、補正予算によって国内でのワクチン開発を奨励するなど迅速な動きを見せ、コロナウイルスによる重症患者や死者を世界でも例を見ないほど最小限に抑えることができたこともあり、賛否両論渦巻く総理大臣であるにもかかわらず、3年目の今でも支持率が7割を超えている。

「敦田については中学からの友人ってことだからわかるけど、僕って磯野上さんと接点は…」

テレビの報道に目もむけず、考え出すキョウタロウにタオはジトーッとした目で見る。

正解を出してほしいと思っていることはわかっているが、あいにくキョウタロウには何も思い浮かばない。

「タオ先輩…さすがに天原先輩がかわいそうですから、何かヒントを…」

「そうね、ヒントは…」

ヒントを出そうとしたタオだが、急に表情を凍り付かせ、足を止める。

タオに合わせるように3人の足も止まる。

ここは寮へ行くために使う品川駅の連絡通路。

下校時間となり、社会人と学生がごった返す中で、多くの人が足を止め、中にはスマホで写真を撮ろうとする人もいる。

規制線が張られ、その先の道をふさぐようにブルーシートがかけられている。

「何が…起こったんだ?」

「聞いたか…殺しだとよ」

「またかよ、今月でもう何回目だ?」

「俺…見ちまったんだ。なんか、皮膚が裏返しになっていて、おまけに…」

「やめろよ!想像しちまうだろう!!」

テレビやネットの映像でこの情景を見れば、これも日常の餌食となるだろう。

だが、今この場にいる彼らの日常にとって、これは飲み込みきれるものなのか。

それは誰にもわからないことだろう。

 

 

 



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第3話 6月15日

ブルーシートの向こう側では警官たちが集まり、被害者と現場の写真を撮る。

その中で青いトレンチコートを身にまとった鋭い目つきの男が現場に入ってきて、捜査中の警察官たちが彼に敬礼する。

「警部、こちらです」

「身元は判明したか」

「仏さんの持っていた財布を確認したところ、茶川タイチ34歳。品川区役所総務課の職員です。職場に問い合わせたところ、朝から出勤しておらず、いくら電話しても応答がなかったうえ、家にもいなかったとのことです」

「そうか…」

万が一入ってきた誰かが見ることでパニックになることを防ぐべく、犠牲者の遺体はブルーシートで覆われていた。

「警部、これも…」

「ああ…この不自然さ、例のものかもしれんな」

犠牲者の近くまで歩いた彼は膝をついて視線をおろすと、手を合わせることなくブルーシートに手を伸ばす。

近くにいる警官が制止しようと声をかけるのを気にすることなくそれをどかすと、犠牲者茶川タイチの無残な姿が警部の目に飛び込む。

「皮膚が裏返しか…だが、ここで殺されたわけではないということか」

「ええ…目撃者の証言によれば、30分前に真上から落ちてきたとのことです。うう…」

何度も殺人現場で経験を積んできた警官でさえ、今回のこのありえないような状態な上に血みどろな犠牲者はそうそう見ることがなく、経験が浅いものの中には嘔吐する、ショックで現場から離れる者が続出する始末だ。

そのような死体だが、警部はもう見慣れたようにそれを見た後でシートを戻した。

「しかし…なんなんでしょうか?犯人は殺したことを隠したいのか世間に知らしめたいのかわからない!!」

「それに、30分前というのも妙な話です。詳しい状態を調べなければはっきりとは言えませんが、死亡推定時刻が午後3時から午後4時の間。発見が4時半。品川駅の様子を防犯カメラで確認しましたが…」

「不審なものはまるでなし…か…。そして、短時間でこのようなことを、ふん」

犠牲者に背を向けた警部は搬送用の救急車からやってきた医師たちと入れ替わるように現場をあとにする。

何も言わずに現場をあとにした彼の後姿を見た警察官の一人が怪訝な表情を見せる。

「なんなんだ…もう帰るのか、あの警部…」

「どうだろうな。あの人、かなり偏屈だけど、検挙率がかなりのものだぞ」

「知ってるよ、だから警部になれてるんだろ?八雲ショウヘイさんは」

 

外で待つパトカーに乗ることなく、一人路地裏まで歩いた警部、八雲は足を止める。

目を閉じ、耳に伝わる情報にだけ神経を集中させていく。

(八雲よ…来ておるぞ。じゃが、これはまだただの兆候にすぎぬ」

脳裏に響く若い女性のなまめかしい声。

幼少のころから聞き続けたその声に子供のことはおびえていたのを覚えている。

何も知らない男なら、その声に惹かれていき、その魔性に取り込まれていくだろう。

「わかっている…。奴らの好きにはさせん。行くぞ…」

(そうこなくてはな…ふふふ)

女性の笑い声が響くと同時に空気が鳴るような音が響き、同時にその場にいた八雲の姿が一瞬で消えてしまった。

 

「…離れよう。嫌な感じがする」

ブルーシート越しに嫌な光景が存在することを感じたキョウタロウは鳥肌が立っているのを感じながら、3人に促す。

ミヤズがうなずくが、その中でユヅルはスマホの画面を見る。

「…すまない。連絡をしなければならないから少し離れる。天原はミヤズと磯野上さんと一緒に待っていてくれ」

「敦田…いったいどうしたんだ?」

「野暮用だ!」

そう言い残すとユヅルは大急ぎで品川駅を飛び出していく。

そんな兄の後姿を見たミヤズは不安げな表情を浮かべていた。

(あいつ…たまに早退したり欠席したりしてたことが…)

ユヅルの不審な行動は同級生の頃に何度か見かけたことがある。

医大を目指して猛勉強しているというのに、なぜか欠席や早退を時折しているこの不安定さ。

彼のことだから不良のようなことはしていないだろうが、それでも真実がわからないと不安になるのは明白だ。

だが、これはユヅルに限った話ではない。

「ごめんなさい!2人とも、ここで待っていてくれる?すぐに戻るから!」

急にそういったタオもユヅルと同じように品川駅から出てしまう。

2人きりになったキョウタロウはひとまず気持ちを落ち着かせようと、近くにあるベンチに腰掛ける。

「あの…大丈夫ですか?先輩…」

「ああ、大丈夫…。ちょっと、気持ちが悪くなっただけだから」

安心させようと笑顔を返し、それを見たミヤズが顔を下に向ける。

「怖い、ですね…。こんなことが身近で起こるなんて…」

「うん…。自分たちだけは心配ない、関係ないって思っても、結局は…」

こうしてこの世界にいる以上、世間と無関係ではいられない。

最近起こったコロナウイルスにテロ、戦争。

メディア越しに伝わるそれは確かに現実で起こっていることであり、そうなっている以上は自分たちも遅かれ早かれその関係者とならざるを得ない。

無関心を装い、そんなことはないと決めつけて過ごそうとするなら、苦痛とともにその代償を支払うことになる。

「あ、あの…天原先輩」

「ん…?」

「お兄ちゃんの様子、見に行ってくれませんか…。タオ先輩には私から伝えますから…」

「いいのかい?そうしたら君が…」

「私なら、大丈夫です…。それに、お兄ちゃんっていつも私のことを心配してくれていますけど、私だって、お兄ちゃんのことが…」

「…そうか、わかったよ。念のために番号を交換しよう。彼のこと、わかったら電話するから」

「はい…お兄ちゃんのこと、お願いします」

お互いにスマホを出して、番号の交換を終えたキョウタロウは立ち上がり、走って品川駅をあとにする。

一人になり、スマホに映っている『天原キョウタロウ』の名前と電話番号を見つめるミヤズ。

「…はあ、もっと違う感じで先輩の番号、知りたかったのに…」

 

「敦田…いったいどうしたんだ?」

何度も電話を掛けるが応じる気配がなく、ショートメールを送っても既読されない。

一度学校へ戻るが、今日は原則として部活を行わない日となっており、残っているのは教職員だけ。

職員室へ行き、先生に聞いたものの、学校に戻ったという話はないらしい。

学校以外なら、どこへ敦田は行くのか考えるが、一向に答えがない。

(友達でありながら、僕は彼のこと…ほとんど何も知らないんだ…)

ため息をつき、歩くキョウタロウの目に留まったのは高輪トンネルだ。

非常に天井の低いトンネルとして知られ、時には眉唾物の怪談話の舞台ともなっている場所。

だが、車体の低い車ならかろうじて通ることができ、通行人もかがめば通れるということで現在も使用されている。

そのトンネルの歩道のところで、アフロヘアーの生徒がスマホで撮影をしている。

その向こう側には黄色い帽子をかぶった男子生徒の姿があった。

どちらもキョウタロウと同じ制服を着ていて、撮られている生徒はかなり陽気だ。

(確か、彼は…)

「えー、このトンネルのあたりで、化け物を見たという噂があります!」

大げさな手ぶりでリポートする男子生徒、太宰イチロウはこの縄印学園で一番どうして入学できたのかわからない生徒として知られている。

成績は大したことがなく、だからといって運動ができるというわけでもなく、やっていることはYOUTUBE配信だが、そこでの評価もいいものではない。

コメント数も視聴回数も少なく、ありきたりなユーチューバーといってもいい。

うきうきとした様子でトンネルをくぐろうとするが、うっかり背を屈めることを忘れてしまい、頭をぶつけてしまう。

「痛て…天井すごい低いわ…。奥は…暗いです。なんだか、すごくやばそう」

手招きしたイチロウは少しずつ先へ進んでいき、撮影している生徒もそれについていく。

このトンネルについて、最近クラスメートの女子が言っていたことを思い出す。

ここを通っていた時に黒い影とすれ違い、そこでスカートを切られたとか。

「…そんなわけ、ないよね」

こんなところにユヅルがいるとは思えないが、だからといって手掛かりになるものは何一つない。

イチロウ達の邪魔にならないように、離れて進んでいく。

「うわあ…暗いなぁ。けど、奥まであと少し!そこへ行けば、噂のものが…」

「ギャアアアアアア!!!」

「うわあああ!!な、何の声!?」

人の物とも獣の物とも思えない悲鳴がトンネルに響き、イチロウは思わず腰を抜かす。

撮影している生徒もその場に座り込み、スマホを持つ手がガタガタ震える。

「イ…イチロウ、あれ…!!」

「あれ…?」

生徒が指さす方向を見たイチロウの頭の中が真っ白になる。

暗がりのトンネルの中、慰め程度に灯る明かりで照らされるおびただしい血痕。

それが歩道だけでなく、車道にもつながっている。

ガタガタ震える生徒のスマホが血痕を追跡していく。

その中で、ちょうど正面から誰かの走ってくる足音が聞こえてくる。

「ひ、ひい!!ま、まさか…噂の黒い奴が!?」

「お前たち!ここで何をしている!!」

「敦田…?」

鬼気迫る表情でイチロウ達に向けて声をかけるユヅル。

撮影している2人に注意が向き、まだキョウタロウには気づいていない。

「敦田…お前、どうしたんだ?敦田さんを…妹を心配させ…!?」

言い終わらぬうちに発生する激しい地震。

その揺れに立っていられず、キョウタロウはその場に座り込み、イチロウは転倒する。

「うわあああああ!!!」

「く、崩れる!!」

「頭を…頭を守るんだ!!」

「その声…まさか、天原か!?うわああ!!」

崩れるトンネルの中、視界も揺れてイチロウやユヅルを目視することが難しくなる。

頭を守ろうとカバンで頭を隠し、背を屈めるキョウタロウの頭上の天井に大きなひびが入る。

壊れた天井はガラガラとキョウタロウを襲い、覆い隠していった。

 

「ミヤズちゃん、どう…?

「ダメ、です…。繋がりません」

品川駅の外、タオのそばでスマホを鳴らすミヤズ。

キョウタロウの番号にかけるが、なぜかつながらない。

何度かけても、音声で電波の届かないところにいるか、電源が入っていないからつながらないという案内があるだけ。

「どうしよう…お兄ちゃんにもつながらない。もし、私が先輩にお願いしたからこうなったんだったら、私…」

「ミヤズちゃんのせいじゃない。キョウタロウ君だって、そういうにきまってる。いったん、寮まで送ってあげる」

「は、はい…お兄ちゃん、天原先輩…」

2人の身を案じながら、タオとともに寮を目指す。

まだ規制が解除されていない以上、線路を超えた先にある学生寮へ向かうとなると南側の交差点から線路向かいへ行くことができる。

遠回りにはなるが、ここでいつまでかかるかわからない捜査を待つよりはいい。

「あの…タオ先輩。タオ先輩は天原先輩って…」

「もしかして、ミヤズちゃんも気になったの?」

「は、はい…」

キョウタロウにとっては面識が少なく、今年クラスメートになったという程度の認識でしかないタオ。

だが、こうして短い時間ではあるが一緒に下校したミヤズにはタオがそれ以上の感情を抱いているように見えた。

「実はね、キョウタロウ君とは小さいころに会ったことがあるの。きっと、キョウタロウ君は覚えていないかもしれないけど。それでね…」

嬉しそうに語るタオはジャージのポケットに手を入れ、その中に入っているものをミヤズに見せる。

「これを、天原先輩が…?」

「うん、キョウタロウ君がくれたの」



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第4話 東京

サララ、サララ…。

風と共に砂が飛ぶ音がかすかに聞こえる。

車のクラクションやエンジン音、人々の足音や声に満ちた東京で、この音が聞こえるほどの静寂を得ることは珍しい。

それこそ、東京の中でも田舎へ向かわなければ難しいだろう。

砂の音が聞こえるとともにかすかにキョウタロウの視界に見慣れた天井が浮かんでくる。

「生きてる…?」

天井が崩れてから目を覚ますまでの間の記憶は何もない。

わかっていることは、ガレキが自分を押しつぶそうとしたことくらいだ。

だが、体には目立った外傷はなく、痛みもない。

ゆっくりと起き上がり、近くに落ちているカバンを手に取る。

周囲にはガレキがあるものの、ここは確かに先ほどまでいた高輪トンネル。

だが、違いがあるとするなら、その路上に広がる大量の砂の存在だ。

「なんで、砂が…?いや、そんなことよりも…」

今重要なのは一緒に崩壊に巻き込まれたユヅルとイチロウ、そして彼の撮影仲間だ。

確かに一緒に巻き込まれたはずだが、彼らの姿はどこにもない。

来た道を振り返ると、そこは既にガレキで埋まっていて、出られそうにない。

「先に外へ出たのか…?」

あの激しい揺れが起こった以上、東京にも何かあったはず。

品川駅に残したミヤズ、そして彼女と合流するであろうタオは無事なのか。

次々と浮かぶ疑問をまずは1つ解決しようと、残った出口へ向けて歩く。

トンネルの出口へ向かうにつれて砂の量が増え、太陽の光で明るくなる。

「気を失ってから、かなり時間がたったのか…?」

昼のような明るさが気になりつつ、ようやくその光の下に出ることができたが、そこにあったのは答えでもなんでもなかった。

「なん、だ…これ…?」

広がるのはエジプトを思わせるほどの砂漠、そしてその中にオアシスのように立つビルの廃墟の数々。

そんなはずはない、仮に東京に大地震を襲ったなんて話があったとしても、こんな惨状になるはずがない。

それこそ、人類が東京から出ていき、数百年でも経過しなければあり得ない光景だ。

「う、うわ、、ああ…うわあああ!!」

男の情けないほどの叫びが耳に届き、それが聞こえた上空に目を向ける。

「黙れ、人間よ。このようなところに迷い込むとは…」

空にいるのはイチロウで、仮面をかぶった白衣の天使というべき存在によって右手のひらから発する何らかの力によって拘束されていた。

叫ぶ彼を黙られるために手にさらに力を籠め、同時にイチロウはしゃべることさえできなくなる。

「ここは貴様ら人間が立ち入ってよい場所ではない。貴様を外へ送り出してやる。ここで出会ったのが混沌の悪魔ではなく、ベテルの天使であることに感謝するのだな」

「ん、んん…!?んーーーーー!!!」

反論も弁解も許されず、イチロウは天使とともに北へ向けて一直線に飛んでいってしまう。

「ベテル…混沌の悪魔…砂漠…」

いったい何のファンタジーなのかと思い、愕然とするキョウタロウはその場に崩れるように座り込む。

かつて、アマテラスを天岩戸へ閉じこもらせる原因を作ったスサノオが高天原を追われたときでさえ、緑と水、そして誰かしらがたどり着いた場所には存在したのだが、今キョウタロウがいる場所には緑も水もなく、わけのわからない情報だけが目と耳に入ってくるばかり。

スマホを手に取り、電源をつけるが、やはり圏外と表示されるだけでこれで誰かと連絡できるわけもなく、ネットもつながるはずがない。

「夢、というわけでもないか…」

地面を殴る手から感じる痛みが現実を突きつける。

あの地震は何だったのか、ここが東京だとして、あれから何が起こったのか。

そして、イチロウを外へ連れ出すといって連れて行った天使は何者なのか。

わかっていることがあるとしたら、ここで立ち止まっても何も動かないことだ。

「太宰…敦田…みんな…」

カバンの中にある水筒のお茶のみが今の飲食の頼り。

キョウタロウは砂漠を歩き始める。

天使が飛んでいった大雑把な方向にまっすぐ歩いていく。

砂漠になったことで天候にも変化が生じているようで、40度近い温度が体から水分を奪っていき、水筒のお茶もその量を減らしていく。

そして、歩いていく中で見るのはビルの廃墟以外には岩石と空まで届くほどの高い柱くらいだ。

「はあ、はあ、はあ…」

全身から噴き出る汗で制服の中が濡れ、不快感が増していく。

そんな中で目の前に紫の渦が発生する。

「今度は、何が…」

「人間、人間、人間だぁ!!」

「知恵をよこせええええ!!」

渦の中から三又の槍を手にした黒い悪魔たちが飛び出してくる。

イチロウの前に現れたのが天使に対して、キョウタロウの前に現れる悪魔。

そして、悪魔たちは口を開くとキョウタロウに向けて炎を放つ。

いきなりの攻撃に驚き腰を抜かしたと同時に肩にかけていたカバンを落とす。

「あ、あああ…」

「避けてんじゃねえぞ!!死んで知恵をよこせよぉ!!!」

「知恵を、よこせ…?」

「そうだ…よぉ!!」

1匹の悪魔の槍が左手を貫く。

そこから感じたのは焼かれるような感覚と鋭い痛み、そしてそこからあふれ出る血。

「あ、ああ、うわあああ!!」

「もう一丁!!」

逃げられないように今度は右手を突き刺そうともう1匹の悪魔が狙いを定める。

(し、死ぬ…何も、わからないまま、死ぬ…?)

キョウタロウの脳内にはここからの生き残るビジョンが何も描けない。

炎で焼かれるか、全身を刺されるか、それとも食われるかで死ぬ未来だけが浮かぶ。

「く、来るな!くるなあ!!」

どうにか抵抗しようと悪魔に砂をかける。

それが悪魔をいらだたせ、その手を炎が襲う。

右腕と制服が焼け、焼けた制服の溶けた繊維と皮膚がくっつく感覚を覚える。

その激痛が頭の中から抵抗の二文字を消していき、力が抜けていく。

「じゃあ…まずは、心臓をおお!!!」

悪魔が槍を左胸に突き刺そうと勢いをつけ始める。

せめてこれ以上苦しむ前に死ぬことを願い、目を閉じかけた。

(どうした…?生きるのをやめるつもりか?)

急に誰かの声が聞こえる。

悪魔たちの動きが止まり、周囲から風や砂の音も消える。

どういうことかわからないキョウタロウだが、体は金縛りにあったように動かない。

(抵抗したいと思わないか?死ぬくらいなら、この世界のこと、今抱えている謎を解きたいと思わないか?)

「言っている意味が分からない!君は誰なんだ!?」

(答えろ!あきらめるのか?)

正体など教えないといわんばかりの強い口調の声が響く。

左手を見ると槍が突き刺さり、血が出ていて、右腕は大やけど。

両腕が使えないうえに、何もかもわからない悪魔という存在に抵抗しても、生きて逃げ切れるとは思えない。

(お前には生きなければならない理由がある。そうだろう?)

「生きなきゃいけない理由…」

(そうだ…どんなことをしてでも、悪魔と取引するようなことになったとしても)

「僕は…」

真っ先に脳裏に浮かんだのは両親と役者仲間。

次に浮かぶのはタオをはじめとした学校でできた友人たち。

彼らに会いたい。

東京がなぜこうなったのか、あの地震が何なのかを知りたい。

(なら、望め。既に力は来ている)

「力…!?」

「しねえええええ!!」

目の前の悪魔が動き出し、キョウタロウにとびかかろうとする。

だが、真上から降ってきた雷が悪魔を貫き、黒焦げになった悪魔の体が赤い光となって消滅する。

急に起こった出来事に驚いた悪魔たちの視線が雷に向けられる。

「あ、ああ…」

「妖鬼、ダイモーン…撃破を確認。対象弱点、雷…」

煙が晴れていき、消滅した悪魔、ダイモーンの代わりに姿を見せたのは青い髪をしたサイボーグといえる男性。

「この野郎…!俺たちの邪魔をするなぁ!!」

キョウタロウの近くにいたダイモーンが炎を吐くが、サイボーグはジャンプをしてそれを避けると、ダイモーンの目の前で着地をして彼の頭をつかみ、地面に向けてたたきつける。

頭が地面深くに埋もれ、窒息しているダイモーンを無視し、サイボーグはキョウタロウの目の前で止まる。

「その、顔…」

とび色の目と青い髪という違いはある。

だが、その顔立ちには見覚えがある。

日本の総理大臣である越水ハヤオ。

彼の顔はその男にそっくりだ。

「対象を確認。少年…死にたくなくば、手をとれ」

サイボーグがキョウタロウに向けて手を差し伸べる。

背後にはまだ数匹のダイモーンがいて、まだ仲間があっという間に2匹倒されたことで動揺している。

だが、いずれ怒りを見せ、サイボーグとキョウタロウを襲うだろう。

そして、もし彼があの声が言っていた力だというなら。

キョウタロウは激しい痛みを感じる右手を伸ばし、サイボーグの手に触れる。

その瞬間、2人を青い光が包んでいく。

サイボーグとキョウタロウの肉体が帯のようになっていき、1つへと融合していく。

その感覚に驚きを感じながら、なぜか不快感はない。

まるで当たり前のもののように思えた。

「おい!!なんだこれは!!」

目の前に起こった以上な光景にダイモーン達は動揺を隠せない。

光が収まると、そこにはサイボーグとキョウタロウの姿はなく、代わりにいたのは全く別人のような存在。

水色の光でできた指を露出した黒いサイボーグではあるが、細見が強調された体で長い青髪と相まって女性的といえる。

「ふざけたことをおおお!!」

ダイモーンの1匹が頭にきて彼に向けて炎を吐く。

だが、彼はそれを避けようとせず、右手に念を集中させる。

5本指が光の刃へと変化し、それを用いて炎を切り裂いて消滅させた。

(これは…これが僕の体!?それに、なんで僕は力の使い方を知っているんだ!?)

サイボーグみたいな見た目となってしまった彼、天原キョウタロウの困惑とは裏腹に、炎では無理ならばと槍で攻撃を仕掛けようとするダイモーンの攻撃を刃でさばいていく。

体の動かし方や両足の底についているブレード部分を利用して砂の上をすべるように動きつつ、今度は右手をもとに戻すと力を込めていき、雷のエネルギーをためていく。

ためたエネルギーを放つと、それを受けたダイモーンが先ほどの落雷を受けたときのようにしびれると同時に体が焼けただれていき、やがて赤い光へと変わった。

ついに1匹になってしまったダイモーンは先ほどまでの小ばかにした態度を反転させ、おびえながら逃げ出していく。

だが、背中を向けてダイモーンの体は光の刃に貫かれていた。

最後にダイモーンが見たのは欠けているように見える刃先だった。

 



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第5話 魔界東京

「傷が…消えてる…」

ダイモーン達を倒し、助けてくれたサイボーグと分離したキョウタロウは自分の体に生じた変化に驚きを隠せなかった。

槍で貫通されていた左手には痕すら残っておらず、焼かれた右腕については制服と下のシャツは燃えてしまい、右腕そのものにも痕がまだ残っているものの、徐々にその痕もなくなるくらいに回復していきつつある。

「今の、その…ダイモーンっていうのは?」

「少年、君を狙っていた悪魔だ」

「僕は…少年じゃない。天原キョウタロウだよ。助けてくれたことには感謝しているけど…」

「そうか、すまないな。キョウタロウ」

「でも、どうして僕を助けたの…?それに、ここは…」

「ここは…今は魔界と呼ばれている」

「魔界…?」

「そうだ。それは悪魔が住む世界を呼称した場所だ。君も先ほど見たであろう。古の神々とその眷属は悪魔と呼ばれ、この世界で住んでいる」

「そんなところに、僕たちは…」

仮にダイモーンに襲われ、深手を負うようなことがなければ、彼の言葉を信じることはできなかっただろう。

だが、その古の神々の眷属に襲われ、死の恐怖を味わったことでこれを現実と認めることができた。

「だが…安心してほしい。私、神造魔人アオガミが君を助けよう。私たちはナホビノと呼ばれる存在となれる。その力と体があれば、悪魔と戦うことができよう。安全な場所にたどり着くまでは、このまま進むとしよう」

「進むって…このまままっすぐ…?それに、ナホビノって…?」

キョウタロウの脳裏に浮かぶ『ナホビノ』は日本神話に登場する神の一人で、イザナギが黄泉の国から戻り、汚れを洗い落とすための禊を行った際に生まれた神、大直毘神だ。

おそらくアオガミのいうナホビノとその神は異なるかもしれないが、キョウタロウにはどこか共通していると思えて仕方がない。

砂に埋もれたカバンを手にし、アオガミとともに進んでいく。

「その…アオガミ、さん…」

「アオガミでいい」

「じゃあ…アオガミ。作られたって言うのは…」

「言葉通りだ。私は神の手で作られた魔人。君を守ること、それは作られたときから決められたことだ」

「作られたときから…?」

「そうだ。そして、こうして君と出会い、使命を遂行することができる。それが君にとっては幸か不幸かはわからないが…。見ろ」

しばらく歩いていき、ようやく見慣れたシルエットがユラユラとキョウタロウの目に浮かぶ。

蜃気楼なのかと思いながら、とにかくじっと見るキョウタロウ。

その形状はどこか見覚えがある。

「東京…タワー…」

「そうだ。これが魔界と呼ばれる大地だ」

ようやく砂漠を抜けることができたかと思って、見えた光景はキョウタロウをさらなる混迷へと誘う。

ボロボロになったビルや車両。

砂に埋もれた道路。

砂を除けばまるで戦場になっていたかのような光景だ。

「ここはかつて東京と呼ばれていた…。しかし、時が過ぎ、悪魔が跋扈する世界と化したと聞く」

「どう…して…?」

「…。すまない、キョウタロウ。君の質問に答えられるだけの情報を今の私は持っていない。今の私が持っているのは…かつてこの地で神と悪魔の戦いがあったということ。天使と悪魔があの東京タワーの前で遭遇し、その場に私も居合わせていたこと。だが…そのあとの私の記憶データは破損している。覚えているのは…君を守れという指令のみ」

「そう…か…」

タコの糸がプツリと切れたかのように、一度フラリとしたキョウタロウの体が熱い砂の上で横たわる。

倒れたキョウタロウのそばに来たアオガミが彼の体に触れる。

「体温の上昇…熱中症を確認。それに、体内の水分も…」

冷静に体調の分析をするアオガミをよそに、キョウタロウの目から涙がこぼれ、そのまま意識が闇に消えた。

 

(目覚めよ…目覚めよ、ナホビノとなりし者よ…目覚めよ)

「…!?」

どこからか女性の声が脳裏に響いてくる。

目を開けると、そこは砂漠となった東京ではなかった。

群青色一色の空間の中で、なぜかキョウタロウは同じ色の椅子に座っている。

椅子の形状は音楽室によくあるピアノとセットで置かれているものとよく似ていた。

そして、キョウタロウの前に青い頭巾をつけた女性が現れる。

頭巾と首についているリボンタイ以外には何も身に着けていないが、青白い装甲をしているように見え、それはアオガミと似た神造魔人かと思えてしまう。

「ここは…?僕は…」

「ここは邪教の世界。先ほどまでいた世界とはあらゆる時間や空間から切り離された場所。われはずっと待ち望んでいた。我が名はソピアー、再び我を認知する存在と出会えることを待ち望んで居ったぞ、天原キョウタロウ…新たなナホビノよ」

「僕の名前をどうして…?それに、ナホビノって!?」

「ナホビノ…それは2つに分かたれた命と知恵、それが一つとなり元の姿へと戻ったもの。私の役目はこの邪教の世界において、世界とナホビノを導く存在の一人。なれど、神に等しき力を持つはずの汝はまだ完全に力を取り戻せていない。じきに取り戻すときが来るであろう。その時にまた会おう…」

「なんだって…急に招いて、全部を教え…!?」

急激に眠気が全身を襲い、徐々に意識が揺らいでいく。

「忘れるな、ナホビノとなりし者よ。すべての力を取り戻した時、汝に選択が迫られることを…」

「選択…」

言葉の意味が分からぬまま意識を失い、キョウタロウの姿が邪教の世界から消える。

同時に、彼女の背後に人影が現れる。

「ご命令に従い、彼を召喚し、助力を約束いたしました…。ええ、わかっています。今は見守るとしましょう…。すべてを知るときではありませんから…」

 

「う、ん…」

けだるさを感じつつ、ゆっくりと目を開けるキョウタロウの目には砂塵でかすかに隠れた太陽が見える。

ビルの影に隠れているためか、気を失う前と比べると若干心地よさを覚える。

だが、気絶する前と違うのは今のキョウタロウはナホビノの姿になっていること。

そして、様々な色の光を無意識に取り込んでいることだ。

「気が付いたか、キョウタロウ」

「アオガミ…これは…」

「この魔界にあふれるマガツヒを取り込んでいる。私と一体化していることで君はマガツヒを取り込むことができ、それを己の力とすることができる」

「マガツヒ…」

「意識存在が持つ精神エネルギーであり、悪魔が現世で存在を保つために必要なものだ。適度にマガツヒを取り込むことができれば、君は回復することができ、飢えと渇きをいやすこともできる」

「そんなことが…もう、驚くのも疲れたよ…」

まだ疲れを感じるキョウタロウは再び目を閉じる。

体の制御についての大部分を彼にゆだねる形となっているアオガミもこれでは彼が目覚めるまで待たざるを得ない。

だが、思考をすることはでき、こうして周囲に警戒をしながらも思い出すよう努めることもできる。

(東京…私の記憶の中にある東京はもう少し違っていた…)

霞がかかったような記憶の中の東京。

それは青白い輝きを放つ球体が太陽と月に替わって燦然と輝き、その輝きでしか時間を知ることができない空間だ。

そして、その死をほうふつとさせる輝きの中の東京は確かに砂漠化していたが、それ以上に違いがあるとすると、球体の内側に地面が張り付いているような場所ではないということ。

奇妙な話だが、アオガミの脳裏に残る東京はそんな場所だ。

(だが…今は太陽を見ることができる。そして、平たんにどこまでも広がっているように見える。一体東京に何があったというのだ…?)

その答えを、キョウタロウとともに歩めば見つけることができるのか。

それは誰にもわからないことだ。



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第6話 友の謎

「電車…それに、線路か。本当にここは東京なんだな…」

砂に埋もれ、サビや汚れなどが目立つが、今彼の目の前に存在するのは確かに普段暮らしている東京で確かに見ていたもの。

車両は彼の記憶が正しければ、これは山手線のE231系500番台。

2001年に採用され、現在では多くが引退していっているその電車が今、大昔に既に放置されたかのような無残な姿をさらしている。

これが何を意味するのかを思案する中、背後から足音が近づいてくることに気づく。

スマホを左手に握り、振り返った彼が見たのはアオガミと一体化したキョウタロウの姿だ。

「敦田…無事だったんだね」

「その声…もしかして、天原か?その姿はどうしたというんだ!?」

顔立ちから見ると確かにユヅルの知っているキョウタロウの面影がある。

だが、そのサイボーグのようなよくわからない姿になっていることがユヅルにはわからない。

「それが、僕にもよくわからないんだ。彼と一体化したら、この姿に…」

「彼?」

「初めまして、敦田ユヅル。私はアオガミ。キョウタロウを助けるために作られた存在だ」

自己紹介とともにキョウタロウの隣にアオガミが半透明の状態で姿を見せる。

彼の顔立ちを見たユヅルは若干の驚きを見せたものの、眼鏡を直して平静を装う。

「なるほど…疑問は多くあるが、今はそれを考えている場合ではないな」

「敦田、この電車は…」

「ああ、僕たちのいた東京に確かに存在するものだ。あの地震の後、東京はどうなったというんだ…」

「アオガミの話によると、ここは…魔界らしいんだ」

「なんだって!?だが…なんで魔界にこの電車があるんだ。電車だけじゃない、東京タワーだって…」

判断するには情報が少なすぎるが、逆に別の世界だということで少しだけほっとしている自分もいる。

きっと、ミヤズは巻き込まれていないはずだから。

だが、問題は一緒に崩落に巻き込まれた2人の生徒だ。

「ほかの生徒を見つけて、今後の方針を考えよう。確か…太宰があそこにいたはずだ」

「うん…ただ、太宰は天使に捕まって、連れていかれたよ。速すぎて、追いかけられなかった」

「なんだって…!?なら、その天使を探す必要がある。手分けをして探そう」

「手分けをして…ちょっと待って、敦田。君は悪魔と…」

「戦える。実をいうと…僕にはその悪魔を使役する力がある。厳密にいうと、プログラムだけど」

左手に握っていたスマホを右手に持ち替え、画面を操作した後でそれをキョウタロウに見せる。

「悪魔召喚プログラム…?」

「世界の秩序を守るとある組織が開発したものだ。伝説の悪魔が闇から目覚め、東京を狙っている。それに対抗するために作られたんだ。自分を守るためでなく、誰かを守るために使いたい。それに、スマホもその組織が作った特別性だ。ここであろうと君と連絡はとれる。スペアで持っているものを、渡しておくよ」

制服の内ポケットから取り出した、ユヅルが持っているのと同じ型のスマホがキョウタロウに手渡される。

見た目は市販のスマホと変化がないものの、キョウタロウが持っているスマホと違って、この魔界でも電波が確かに届いていた。

さすがに、あくまでも緊急用ということで悪魔召喚プログラムは入っていないが。

「ありがとう…けれど、このことは彼女も知っているの?」

「いや…知らない。知ったら、止められるさ。それに、こうして戦っているおかげで、僕たちは食べていけて、学校にも通えるから…。じゃあ、行くよ」

スマホをしまったユヅルが線路沿いに南へと進んでいく。

寸断されているところになると、ユヅルはスマホを操作し、翼をもつ悪魔を召喚してそれに乗って移動する。

その後ろ姿をアオガミとともに見送る。

「悪魔召喚プログラム…。キョウタロウ、君が眠っている間に集めたマガツヒだが、それを利用することで君もそのプログラムと同等の力を使用できる」

「そうなの…??」

「ああ、最も現在召喚できるのは戦った悪魔のみ。現在ならば、ダイモーン、スライム、ピクシーのみだが…。試しに、ピクシーを召喚するといい。頭の中で、その姿を思い浮かべてみろ」

「イメージが問題か…」

ここまで、一人で悪魔と戦ってきて、そのナホビノの力が悪魔を圧倒する力があることはわかったものの、いつまでも一人で戦い抜けるかどうかは自信がない。

こうして味方と共闘できる状態なら、どうにかできる可能性が広がる。

脳裏に浮かぶ、青いレオタードを身に着けた、肩の乗る程度の大きなの妖精を思い浮かべる。

すると、手から放たれたマガツヒが目の前で集まり、ピクシーへと姿を変えた。

「成功だ。これからも戦いを続ける中で、多くの悪魔と出会うだろう。戦い、マガツヒを取り込み、力を増やしていくことを推奨する」

「それで…召喚したのはいいけれど、制御はできるの?」

「問題ない。召喚できるのは今の君が制御できるもののみに私が制限をかけている。君自身がナホビノの力を使いこなしていくことで、その制限を解除していく。そして、この力で召喚された悪魔は君の意思でのみ、操ることができる。有効に活用してくれ」

「…わかった。悪魔をもって、悪魔を制する…か」

召喚したピクシーがマガツヒへと変換され、再びキョウタロウの体内へと戻っていく。

「キョウタロウ、生徒の捜索の前に、東京タワーへ向かってほしい」

「わかったよ。けれど、どうして…?」

「私の最後の記憶の中にそれが強烈に残っているのだ。それに、そこから見渡すことでその生徒に関する情報をつかめる可能性もある」

アオガミの指示に従い、キョウタロウは線路に沿って東京タワーへと進みだした。

 

「キョウタロウ君、ユヅル君…」

ミヤズを寮へ連れ帰ったタオは自室へ戻り、窓から正門を見つめている。

教師の言葉に逆らい、遊んできた生徒がチラホラと戻ってくる姿が見えるが、その中にはキョウタロウ達の姿はない。

ユヅルはともかく、タオが心配なのはキョウタロウだ。

何も知らない彼がもし巻き込まれていたとしたらと思うと不安でしかない。

品川駅での凄惨な事件のせいで、それが余計に大きくなる。

その中で、非通知でスマホがなる。

「はい、磯野上です。え…それって、本当ですか!?」

 

東京都内にある、とある施設。

白衣姿の研究員が集まり、パソコンを操作しているその部屋の中央にはショーウィンドウでしまわれた、錆びた剣が保管されている。

古代日本で作られた鉄剣のような形状のもので、鞘に納められた状態のままさび付いたことでもう抜くこともできない。

半年前、関門海峡付近でこの研究員たちが所属している組織が発見されたその剣は博物館へ送られることなく、こうしてここで保管されている。

「いったいどうしたというのだ…剣が震えている…??」

「こんなこと今までなかったというのに。これは…何の予兆だというのだ…??」

 

悪魔を倒しながら進み続け、東京タワーまであと少しというところにまで差し掛かる。

ナホビノという姿がこの魔界においては少し便利なもので、マガツヒを吸収することでそれを食事の代替にすることができる。

実際、ナホビノの姿でこうして魔界を駆け抜ける中で、キョウタロウは空腹やのどの渇きを感じていない。

もっとも、マガツヒが不足するとそうした欲求が出てくるものだとアオガミは言っていて、体力回復やダイモーン達と戦うときに放った電撃、そして指を変形させて作る剣もマガツヒを消耗する。

そして、マガツヒをすべて失った場合、それらの力を使うことはできなくなるという。

そうなった場合は丸腰同然で、どうにかしてマガツヒを取り込まなければ悪魔に食い殺される未来が待っている。

それを防ぐため、マガツヒの気配が感じられる岩場の影で休んでいる。

「不思議だな…魔界に来てから5時間か…。もっと長くここにいるとばかり思っていたのに…」

この5時間はキョウタロウにとってはあまりにも情報量が多すぎて、今でもそれを消化しきれていない。

フウとため息をつくキョウタロウの目の前に小さな何かが近づいてくる。

悪魔かもしれないと思い、右手に力を込めながら、接近してくるそれを見つめる。

「うわあー-、君だね君だね!ちょっとした噂になってる悪魔って!」

幼い少女のような声が響き、それが急速にキョウタロウの目の前に迫る。

首に鈴をぶら下げた、白い和装姿をした、ピクシーくらいの小ささの悪魔が興味深そうにキョウタロウの周囲を飛び回る。

「君は…いったい…??」

「警戒を解いてはならない、キョウタロウ。悪魔の中には友好的に近づいてきて、だまし取る個体も存在する。油断するな」

「ねーねー、君にちょっとお願いがあるんだ。君みたいな悪魔にしかお願いできないこと!!」

「僕にしか…??」

アオガミの警告は確かにわかっているものの、なぜかこの悪魔に対しては少しだけその警戒を解いてもいいように思えてしまった。



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第7話 アマノザコ

「でね、でね!!その失われた半身、運命の悪魔を探してるんだ!わかる、わかる!?このロマン!」

「うんうん、わかるわかる。会えるといーねー」

「だよねー!それでそれでぇ」

もう何回目になるのかわからない和装の悪魔の話に機械的な返事を返すキョウタロウ。

彼女はアマノザコを名乗り、幻魔のカテゴリーらしい。

彼女が旅をする目的であるその運命の悪魔の話で耳にタコができる感じがし、それよりもキョウタロウの脳が意識を向けているのは彼女が話していた東京タワーにいる悪魔のことだ。

塔の悪魔と称されるその悪魔は強大で、東京タワーへ行って戻ってきた悪魔はいないとのことだ。

「アタシの勘だと、東京タワーに行けば、運命の悪魔にぐっと近づくの!だから、あんたにはどうしてもそいつに勝ってほしいの!」

「勝つって…まあ、確かにそいつを倒さないと進めないのはわかるけど…」

東京タワーに向かうことはアオガミの求めでもあるので断る気はないが、その塔の悪魔の話を聞くとどうしても足がすくむ感覚を覚える。

ここに来るまでにガキやオンラキモなどの悪魔を倒してきたが、それでも自分と同じ程度かそれ以下の体格の悪魔に過ぎない。

アマノザコから軽く聞いたその悪魔はおそらくそれらの数倍の大きさを誇り、それに見合う強さを誇るだろう。

そんな悪魔に勝てるのか、そんな不安が頭をよぎる。

「大丈夫大丈夫、そんなヤツに負けないように、アタシがサポートしてあげる。それなら絶対勝てるよね、よね!!」

自信たっぷりに言うアマノザコだが、彼女のことは初対面な上にどんな力を持っているのかも知らないキョウタロウにはあまり効果がない。

かといって、立ち止まっていても、つかまったイチロウを助けることができず、元の世界へ戻ることもできないため、進むしかない。

そうして東京タワーへの坂を上がっていく。

「やはり、か…この場所、覚えがある」

「覚え…これは!?」

上がり終えたところでキョウタロウが見つけたのは腕で、それはアオガミのものとよく似ていた。

砂の中から上に伸ばしている状態を見ると、埋まっているのかもしれない。

「少年、掘り起こしてくれないか?おそらく、この中に私の求めているものがある」

「わ、わかった…」

「うわあ、見た感じもうこいつ死んでるよ、るよー」

もう活動することがないように見える腕だが、アマノザコが気になったのはそれがいつまでもマガツヒにならないことだ。

死んだ悪魔、もしくは元の姿を保つことのできなくなった悪魔はマガツヒとなる。

それが何らかの理由で終結することで新たな悪魔が生まれることがあれば、別の悪魔が取り込むことで自らの糧にする。

だが、この悪魔は死んでいるにもかかわらず、ただ埋もれているだけでマガツヒに戻ろうとしない。

違和感の多いそれをアマノザコが見つめる中で、キョウタロウは掘り起こす。

「え、ええ!?これ…」

掘り起こしたキョウタロウは驚きのあまりその場に座り込む。

機械のような鎧姿に青い髪、金色の開いたままの瞳。

それはアオガミそっくりの機械で、瞳はまるで掘り起こした自分をじっと見つめているようだった。

「アオガミ…この、アオガミって…」

動揺を隠せないキョウタロウから分離したアオガミが自分そっくりのその悪魔の手を握る。

同時にアオガミとその悪魔の体が光り輝き、悪魔の体がアオガミに取り込まれていくのが見えた。

あまりのまぶしさに目を閉じ、光が収まるのを感じて目を開くと、そこに映っているのは天使と悪魔の大群が対峙する東京タワーだった。

「何…これ…」

この世界に来て初めて見た悪魔であるダイモーン、そしてイチロウをさらった天使たちが対峙し、その天使たちの先頭に立っているのは褐色の肌と金色のハイレグアーマー姿の天使だ。

「聞け、同胞たち!天使長の命により、我、アブディエルがベテルの総指揮を執る!敵はこの混沌の悪魔どもだ。邪悪な蛇に従い、秩序を破るものたちだ。しかし、恐れることはない!我々には神の加護がある!各地より集いし精鋭たちよ、ベテルの定めし秩序を守るために、戦え!」

「我らが神のため、秩序のために!」

「混沌の悪魔に死を、世界の祝福を!」

「我、神の刃として悪魔を葬らん!」

アブディエルの演説に応えるように天使たちは武器を掲げ、神への賛美の言葉を口にする。

その間にも、赤い鎧をまとった天使や王冠をかぶり、緑のローブ姿の天使など、様々な姿の天使たちがかけつける。

彼らの姿を見たアブディエルが号令をかけようとする中、急に空が暗くなり、激しい揺れが起こる。

空を見上げると、暗くなった空にひびが入り、まるでガラスのように砕け散る。

そこから現れるのはダイモーンをはじめとした悪魔たち、そして、東京タワーにも匹敵する巨大な黒い体の悪魔だった。

6枚の羽根を持ち、赤い瞳で天使たちをにらむ。

そして、その肩の上には誰かが乗っているように見えたが、地上からはその姿をはっきりと見ることができない。

「聞け、天使たちよ。汝らのあがめる神は死んだ。混沌王の手によって」

「何!?何を言って…」

「そんな話、信じられるか!この、蛇が!!」

「いや、しかし…」

黒く染まった天使の言葉に天使たちの中で動揺が広がり、その様子を見ている混沌の悪魔たちがせせら笑う。

たった一言、神の死を口にしただけでたやすくお題目である秩序に傷がつく天使たちへの嘲りだ。

「人を…すべての支配から解放するために、行ったのだ…」

「蛇め…妄言を!!」

「妄言ではない。私は至高天、神の玉座にたどり着いた。天使であれば、その言葉の意味が理解できよう」

目を細めるアブディエルだが、肯定も否定もするそぶりを見せない。

その中で、蛇と呼ばれた悪魔を討つべく、5体の天使が突撃を仕掛ける。

仮面で隠れている顔だが、それぞれが宿しているのは神を貶める悪魔への強い憎しみだった。

「見苦しいぞ、かつての同胞よ」

目を開かれた蛇の肩に乗る誰かが蛇と天使たちの間に入る。

わずかに高度が下がったことで、キョウタロウの目にその誰かの体に緑と黒のタトゥーのようなものが刻まれているのが見えた。

彼が武士の居合切りのような構えを見せると同時に右手に白い光でできた刀のようなものが出現し、それを振るうとともに発生した剣閃が襲い掛かる天使たちを細切れにする。

倒された天使たちはマガツヒとなり、彼の体に吸収されていく。

「紹介しよう、彼こそが混沌王。神を滅ぼした…最強にして最高の悪魔だ。これより、秩序は崩れ、混沌が世界を覆う…。そして、その混沌の中から、真の再生が…未知なる未来が生まれる」

混沌王と呼ばれた彼が蛇から離れていく。

蛇の体が徐々に赤く染まっていき、そこからマガツヒが放出されていく。

その量は指先だけでも、並の悪魔や天使以上の膨大なものだ。

「我の最後の役目だ…その未来に芽吹く種をまこう」

マガツヒへと変換された蛇の体が魔界中に拡散していき、そのマガツヒを止めようと天使たちが動こうとするが、混沌王の目を見ただけで恐怖を感じたのか、動きを止めてしまう。

それはアブディエルも同様で、彼女もまた、本能で混沌王から大きな何かを感じ取ってしまっていた。

「至高天…ベテル…神の、死…うう!!」

激しい頭痛を覚えたキョウタロウの視界が元の光景に戻り、同時にその頭痛はまるで最初からなかったかのように消えてしまった。

「ねえねえ、どうしたの??急に動かなくなっちゃってたよ、たよ!!」

アマノザコが飛び回りながらキョウタロウの容態を確認しようとするが、彼にはそれに答えを返す余裕がない。

それよりも、アオガミに聞かなければならないことがある。

「アオガミ…今の、光景は…」

「君も見たんだな、あの光景…18年前に東京で確かに起こったものだ。ここには、世界各地のベテル支部から天使たちが混沌の悪魔を討つべく集結した。そして、奴は言った。神の死…至高天のことを…この私の記憶は、ここまでのようだ」

ここから先の光景を見ることなく現実に戻ったということは、ルシファーがマガツヒと化して魔界に拡散した影響だろう。

自ら行ったとはいえ、マガツヒとなり、このアオガミはその余波を受けただけで機能停止した。

それほどまでにルシファーは膨大なマガツヒとそれに伴う力を有しており、おそらく余波を受けた多くの天使が同じ運命をたどったのだろう。

「18年前…僕が生まれる前に…え、でも…」

キョウタロウが生まれたのは東京で、アオガミの言うことが正しければ、生まれたときにはすでに東京は滅んでいたということになる。

ならば、自分が生まれ、高校生活を送るこの東京は何か。

別の世界の東京の話ではないかと考えれば考えるほどキリがなくなる。

「あ、ああ、ああああー----!!!」

急に耳元に響くアマノザコの叫びが思考の海に沈みかけたキョウタロウを浮上させる。

東京タワーの影から伸びてくる蛇の頭がキョウタロウを丸のみにしようとしているのが見え、思わずあおむけに転倒したことで運よく捕食されずに済んだ。

キョウタロウを食い損ねたその首は徐々に後ろへと下がり、やがて犯人がその姿を見せる。

大蛇の胴体に9つの頭を持つ邪龍。

東京タワーの展望台に届くばかりの巨大なその悪魔にキョウタロウは戦慄する。

「悪魔、確認…種類特定、邪竜ヒュドラ」

「この悪魔が塔の…でも、なんで今まで気づけなかったんだ!?」

これほどの巨体で、しかもこうしてみているとナホビノになった影響なのか、その悪魔から大きな力を感じる。

少し距離があっても、これだけ感じることができるのであれば、おそらくは気づくことができただろう。

それができないくらい混乱していたのか、それともアオガミが記憶を取り戻したことで得た力なのか。

蛇の首から次々と炎が放たれる。

「キョウタロウ、悪魔召喚だ」

「わ、わかってる!!オンラキモ!!」

右手から放出されるマガツヒから形成される凶鳥オンラキモ。

タマネギのような頭に羽根をむしり取られたニワトリの胴体がついたようなそのいびつな悪魔は口から炎を吐く。

それはキョウタロウに命中するコースだった炎とぶつかり、若干その勢いを弱める。

だが、ヒュドラとオンラキモでは力の差が大きすぎる。

やがて炎の勢いはヒュドラが競り勝っていく。

なんとかオンラキモが持ってくれている間に立ち上がったキョウタロウは右手を刃に変える。

(ベテルとか、至高天とか…僕にはよくわからないし、大きすぎるよ。ただ、東京へ帰って、元の生活に戻りたいだけなのに…)



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第8話 塔の悪魔

「うわああああ!!!」

ヒュドラの首に向けて刃を振るうキョウタロウだが、その刃はその悪魔を傷つけることはできなかった。

これまでの悪魔と比較して大きく、力を持つヒュドラとナホビノという謎の存在になったとはいえ、そうなったばかりで戦いの経験も少ないキョウタロウとの差は歴然で、よく見るとその刃にはいくつもひびが入っていた。

「キョウタロウ、刃での攻撃はやめろ。一度元に戻し、魔法でけん制しろ」

「わ、わかった!!」

ダイモーンとの戦いの中で使えるとわかった雷の魔法、ジオがキョウタロウの手から数発放たれるが、そんな魔法など何も意味がないといわんばかりにヒュドラが接近してくる。

実際、首に何度もそれを受けているにも関わらず、先ほどの刃と同じように傷をつけることができていない。

 

「うわ、うわわわわわ!!これって、まずい、まずいよね、ねえ!!」

オンラキモは既に消え、その後でキョウタロウが召喚したガキもすでに消し炭と化している。

今残っているダイモーンも、炎と毒に耐性を持っているとはいえ、ヒュドラに力押しされたらどうなるかなど明白だ。

「ええっと、ええっと、こういう時に役に立つもの、立つものー!!」

幸い、キョウタロウと彼が召喚した悪魔に意識が向かっているヒュドラをかいくぐり、東京タワーの近くまで来たアマノザコはガレキの中を探し始める。

あの悪魔が長い間居座り続けたそこにはきっと、いろいろと隠し持っているものがあると思った。

というよりも、あってほしいという願いが強い。

もしキョウタロウが力尽きたら、次に狙われるのはアマノザコだ。

戦う力のない彼女では、あっという間に消し炭にされるか、食われるか、毒でなぶり殺しにされるのかしかない。

壊れた段ボールや自動販売機の中などを探し続けた。

 

「はあはあはあ、あ、あれ…撃てない…」

魔力を使い果たし、ジオをもう撃てなくなり、同時にどっと疲れがキョウタロウを襲う。

ダイモーンも姿はなく、もう悪魔召喚を行うだけの力も残っていない。

「まずいぞ、キョウタロウ。既に魔力は危険水準。マガツヒも残りわずか…」

「そんな…どうにかならないの!?」

「マガツヒを取り込むことができればあるいは…だが、ここから空気中のマガツヒを取り込み、全快の状態となるには1時間はかかる」

「1時間って、うわっ!!」

アオガミとの会話の隙をつかれ、首でキョウタロウの体が巻き付かれていく。

ヒュドラの顔は縛り上げた獲物の苦悶に満ちた表情に笑みをうかべ、少しずつ巻き付いた首に力を入れていく。

「ア、ガ、アア、ガアアアアア!!!」

全身が縛りつぶされる感覚に襲われ、叫びと共にキョウタロウの口から血が噴き出る。

普通の人間であればもうここで死んでもおかしくないが、ナホビノとなっているキョウタロウは命をつなぎとめていた。

だが、それももう時間の問題であり、このまま絞殺されるのを待つだけだ。

バキバキと体中から嫌な音が響き、次第に意識も薄くなっていく。

それなのにも関わらず、なぜか頭の中はスーッと透き通ったような感じがするのがもどかしい。

(お待ちしておりました、ナホビノよ。今こそ、力の一部を解放しましょう)

脳裏に響くソピアーの声、そして目の前に現れたのはわずかに残ったマガツヒを糧として再び召喚されたダイモーン。

それがアオガミの時のように帯のように体を分解させていき、それがキョウタロウの体に取り込まれていく。

そして、青かったキョウタロウの体が赤く変化していき、右手には炎を放つ刀が出現する。

炎が効かないヒュドラだが、だからといって刃物が通らないわけではなく、刺されたことで叫びをあげるヒュドラの拘束が解け、キョウタロウは地面に落ちる。

「はあはあはあ…この、力…」

「力の一部の解放を確認、これが、写し身…。召喚した悪魔の力を取り込み、一体化する力…」

姿が変わったことに驚くキョウタロウとアオガミに向けて、怒りを覚えたヒュドラがファイアブレスを放つ。

一体化したことで、炎への耐性を得たキョウタロウだが、それでも巨大なヒュドラが放つそれを何発も受けられるものではない。

だが、そんなキョウタロウの前に炎が入った水晶といえる石が飛んでくる。

「使って!!使って!!」

「使うって、どうやって…こうか!?」

物陰に見えたアマノザコがパンパンと手を叩きながら叫ぶのが見え、見様見真似に左手で握ったその推奨を右手で挟むように叩く。

すると水晶が砕け、その中にあった炎がバリアのようにキョウタロウを包む。

どういう原理かわからないが、、炎を防ぐことができたことだけはわかる。

その間にキョウタロウは自らの写し身をダイモーンからマーメイドに変化させる。

赤かった体が今度は薄水色へと変化していき、刀は青い波のような模様のある玉石へと変貌する。

写し身となったマーメイドのおかげなのか、どう使えばいいのかはわかる。

幸い、炎の障壁はまだ持ってくれる。

右手で握る玉石に左手をかざし、精神を集中させる。

狙うのは障壁が消えたとき。

一方のヒュドラは炎を吐きながらも、目の前の小さな悪魔に対して嫌な予感を感じていた。

これまで、このさびれた塔を己の住処としてからは何度か己がため込んでいるマガツヒを求めて悪魔が戦いを挑んできたことがある。

そういった連中はいずれも例外なく炎に焼かれ、毒に侵され、丸のみにしてやった。

運悪くこの近くまで来て、逃げようとした力もない悪魔は炎一つでマガツヒすら残らなかった。

だが、今こうして戦っている悪魔はこれまでの悪魔とは何かが違う。

拘束から逃れたとき、自らが召喚した悪魔の自らの体に取り込んだのが見え、それが拘束から逃れる大きな一助となったことについてはわかる。

問題なのはその一体化する悪魔として選ばれたのが、自らと比較するとはるかに格下であるはずのダイモーンであること、そしてそれによって体に深い刺し傷ができたことだ。

もしそんな悪魔がさらに強力な悪魔の召喚を可能にし、そして一体化できるようになったらどうなるか?

その危険を感じたヒュドラの首の一つが炎を放つのをやめ、炎の中にいるキョウタロウに襲い掛かる。

自らが放つ炎に焼かれるというリスクはあるものの、ヒュドラそのものが炎に対して強い耐性がある。

キョウタロウに関しては炎を防いで入るものの、それによってヒュドラの姿を見ることができていない状態だ。

そんな状態でいきなり頭がやってきて障壁を突破し、丸のみにする。

そうすれば、あの悪魔の力を取り込むことができ、さらに力を得ることができる。

その確信に近づいたと思ったと同時に視界が真っ暗になった。

 

「はあ、はあ、はあ…」

障壁が消え、炎が収まり、元のナホビノの姿となったキョウタロウがその場に座り込む。

砂漠のはずの今の東京の地面はまるで豪雨が降っていたかのようにぬれている。

炎を吐くのをやめ、そして体の動きを止めたヒュドラが目の前にいる。

キョウタロウを飲み込もうとした顔面が横一文字に切れ目が入り、そこから鮮血と共にマガツヒがあふれ出る。

顔面というのはやや語弊があり、切れ目は首を伝い、ヒュドラの胴体やそのほかの首にも入っていた。

キョウタロウが玉石から放ったのは巨大な水の刃であり、それがヒュドラを真っ二つに切り裂いていた。

ヒュドラ本人は勝利を確信したまま、真っ二つになったことに気づかないままマガツヒとなっていき、勝者となったキョウタロウに取り込まれていく。

ヒュドラがいた場所には大きな血だまりが残り、生々しい匂いがキョウタロウの鼻に伝わる。

同時に、どっと体が鉛のように重たくなるのを感じてその場にあおむけに倒れる。

「うわ、うわわわわ!倒れちゃったよ!大丈夫だよね、よね!?」

飛んでくるアマノザコが力尽きたキョウタロウの様子を見て驚きながらも、塔の中で見つけた道具の中にある回復アイテムをキョウタロウに対して使い始めたが、そのままキョウタロウの意識は闇に沈んだ。

 

「見事だ、ナホビノよ。目覚めたばかりの力でヒュドラを撃破するとは」

眠るキョウタロウの脳裏にソピアーの声が響き、目を開けるキョウタロウの目に広がるのは暗い邪教の世界の空。

まだ体のダメージは残っているようで、起き上がる気力が出ない。

そのせいで、近くにいるであろうソピアーの姿は見えない。

「そのまま聞け、新たなナホビノよ。今のお前はヒュドラが持つ強大なマガツヒを取り込み、その反動で倒れている状態だ。少し休めば、元通りに動くことができるだろう。だが、ナホビノの力は本来、その程度のものではない。忘れるな、お前がナホビノとなったこと、それによってお前たちの世界が動き始めることを。新たな力に再び目覚めたとき、また会おう」

世界が動き始める、その言葉の意味を問おうとするキョウタロウだが、再び意識が闇へ沈んでいき、横たわっていた肉体が吸い込まれるように沈んでいく。

「…あのナホビノはあなたも同じでした。かつて、あなたも死した世界で再び生まれたとき、彼と同じか、それ以上の苦難に陥っていました…。あなたは期待しておられるのですね?彼と世界が、歩き出すことを。そして、東京を…」

 

「ねえ、ねえ…!彼、大丈夫だよね?よね!?」

「心配ない。あと少しで暴れるマガツヒが鎮まる。まったく、想像がつかんな。今までにない悪魔とはいえ、よもや塔の悪魔を倒すとは…」

ゆっくりと目が開き、ぼやけた視界の中でアマノザコと赤い肌をした姿が浮かび、会話が聞こえてくる。

次第に視界がはっきりすると、彼女と会話している何者かの姿がはっきりしてくる。

鮮やかな赤い屈強な上半身をさらした山伏といえる男で、見た目は確かに人間ではあるが、この世界にいる以上、普通の人間ではありえないだろう。

自分の胸の手を置き、経を唱える中で、周囲に浮かぶマガツヒがゆっくりとキョウタロウの体内に入り込んでいった。

マガツヒが見えなくなると、キョウタロウの視線が山伏に向けられる。

「ムッ…気が付いたか。危ないところであったな、拙僧が近くにいなければ、おぬしは間違いなくマガツヒに飲まれ、暴走していただろう」

「暴走…?」

「知らぬのか?マガツヒには強弱が存在する。強大な悪魔であればあるほど、その者が持つマガツヒも強い力を宿す。そして、弱き悪魔に強大なマガツヒは危険すぎる。過度に取り込むと自我を蝕まれ、自我を失い、やがて肉体が砕け散る。先ほどまでのおぬしがまさにそのような状態だったのだ」

「そう、だったんですか…ありがとうございます、ええっと…」

「拙僧の名は悟劫。異変が起こった故、東京を調査しておったが、かような場所に飛ばされ、さまよっておったのだ」

ようやく起き上がるだけの体力が戻ってきたのを感じ、起き上がったキョウタロウは自分の周囲に浮かぶマガツヒを見つめる。

数多くのマガツヒがキョウタロウ達の周囲を飛び回っていて、そのすべてがあのヒュドラが宿していたものだ。

「さすがはこの塔を支配していた悪魔、これほどのマガツヒを宿しておったとは…。このマガツヒを捨ておくわけにはいかぬな」

悟劫が背負っていた神輿をおろし、手にしている数珠を額に当てて経を唱え始める。

唱えるとともに神輿についている扉が次々と開き、それが掃除機のように周囲のマガツヒを取り込んでいく。

あっという間にマガツヒがなくなり、扉が閉じた神輿を悟劫は軽々と背負って見せた。

そして、東京タワーに体を向けると、手を合わせる。

「かの悪魔の犠牲となった者たちよ、どうか安らぎ給え。極楽浄土にて生まれ変わり給え…。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」

ただひたすらに唱え続ける悟劫に倣うかのようにキョウタロウも東京タワーに体を向け、目を閉じる。

アマノザコにはどうして2人がそのようなことをするのか理解できない様子で、首をかしげていた。

 

「すまぬな、拙僧の祈りに付き合わせてしまった。主は何故この地へ?」

「友人を探していて…一緒にここに飛ばされて。そして、友達は天使に見つかって、連れていかれて…」

「そうか…天使ならば、ここの崖下にある廃墟で見た。主のいう友人の姿まで見たわけではないが…何か手掛かりを見つけることができるやもしれぬ」

「そうですか…ありがとうございます。僕のことまで…」

「気にするな、すべては御仏の導きによるものだ。だが…再びかの大蛇のような悪魔と出会うやもしれぬ。餞別にこれを進ぜよう」

悟劫が懐から取り出したのは青い光を淡く放つ水晶のような柱のミニチュアというべきもので、受け取ったキョウタロウはその奇妙なオブジェを見つめる。

「回帰のピラー、というものだ。いずれ役に立とう。では…」

「どこへ…?」

「私には私ですべきことがある、すまぬが…それ以上のことは言えぬ。いずれまた会おう」

キョウタロウ達に背中を向けた悟劫が経を唱えながら立ち去っていく。

その後ろ姿は急に発生した砂煙に包まれ、それが晴れた頃には見えなくなっていた。

 



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第9話 天使と悪魔を狩る者

東京タワーを後にし、廃墟の町を越えたキョウタロウはそびえたつ岩山を越えていく。

ナホビノとなり、悪魔と戦うだけの力を手に入れはしたものの、それでも移動速度は翼をもつ悪魔と比較すると劣る。

「アオガミ、今空を飛んでいる悪魔みたいに、僕も空を飛べないの?」

「現時点では不可能。撃破・吸収した悪魔の中にはチンやアイトワラスもいるが、現状では一体化は困難。それに、一体化には大きな負担がかかる」

「そうなの?あんまり実感がわかない…というのも、当然か」

マーメイドと一体化することでヒュドラを倒すことには成功したが、その直後にヒュドラから放出されたマガツヒを吸収する事態となり、悟劫に助けられた。

それ故に自覚はないキョウタロウだが、仮に何らかの手段でマガツヒを吸収しておかなければ、枯渇してその場で動けなくなるところだった。

実際、初めて悪魔と一体化したことと相手が相手だったためにキョウタロウ自身も加減がわからずに使っていたことも大きいだろう。

「今後は枯渇する事態がないように、私がマガツヒの制御をしよう。これで、一体化の力を使い果たしたとしても、最低限戦闘が継続できる。だが、マガツヒを際限なく消費すると命取りになることだけは頭に入れておいてほしい」

「わかった…。僕も、死にたくないから」

「ここを越えると、目標地点だ。おそらく、ここに君の友人がいるだろう」

「なら、早く助け出し…!?」

「…?どうしたの、どうしたの!?なんか、顔色悪いよー!!おーい、おーい!!」

キョウタロウの周りを飛ぶアマノザコが両手を振ったり、手を叩いたりして反応するように仕向けるが、突然の寒気とともに顔色を悪くした彼にはそれにかまっている余裕がない。

今は向かいのふもとが見えない状態ではあるものの、その先から感じる恐ろしいプレッシャーを感じる。

それはあのヒュドラ以上のものだった。

「感じたか?キョウタロウ…。ここから先、おそらくは君の友人がいる場所から発生しているであろう強力な存在を」

「これが、プレッシャー…」

ガタガタと震える体がどうにか収まり、たっぷりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせていく。

逆に言えば、ヒュドラや数多くの悪魔を倒し、そのマガツヒを得ながら進んだからこそ今はこの程度で済んでいるともいえる。

もしヒュドラと戦うよりも前にここにきてしまい、先ほどのプレッシャーを感じたなら、それだけで失神してしまったかもしれない。

「けど、すごいな…アマノザコは。なんともないなんて…」

「あ、ええっと、その…それは…そ、そんなことより、早く行った方がいいと思うよ!よ!!」

なぜかしどろもどろになって周囲を飛び回りだすアマノザコ。

その様子はあまりにも隠し事をしていますと教えているようなものだ。

ヒュドラ以上の悪魔と遭遇することは明白ではあるが、それでもここから進まなければ、その先にいるであろう太宰を見捨てることになる。

「案ずるな、キョウタロウ。ヒュドラとの戦いでは勝たねばならなかったが、すべての悪魔と戦い、勝利するだけが最善ではない。場合によっては、君の友人を見つけ、共に逃げることが君にとっての勝利にもなりえる」

「…わかってる。死んでしまったら、それまでだから…」

頂上まで登ったキョウタロウはその先にある建物に目が留まる。

砂漠の中に長年放置され続けたためか、埋もれている箇所があったり、崩れている箇所が見受けられるが、キョウタロウにとっては見間違えるはずのない施設だ。

「これは…国会、議事堂…」

「見ろ、キョウタロウ…。どうやら、ここで惨劇があったようだ。時間も、それほど経過していない」

国会議事堂の正面に広がる広場には数多くの悪魔と天使の死体が転がっていて、マガツヒへと変化しつつある。

百単位近くあると思われるそれらの死体が広がる場所まで降り立ち、その光景にアマノザコはブルブル震えながらキョウタロウの後ろに隠れる。

「天使と悪魔が戦っていたというの…?ここで…」

「そのようだ。だが、双方ともに全滅したとなると、別の要因が考えられる。まずはあの天使を調べるとしよう」

まだ死んで間もないためか、体の大部分が残っている天使に近づく。

太宰を連れて行った天使によく似ているが、仮面がどのようなものかは思い出せず、この天使が太宰を連れて行ったと断言するのは難しい。

「天使エンジェル…。ベテルの下級天使。倒された要因となるものの分析を開始」

キョウタロウの金色に変化していた瞳の中に0と1の羅列が流れはじめ、それが視界を覆っていく。

「アオガミ、何を…?」

「解析を行っている。じっとしていてほしい、もうすぐ終わる。よし…死因となったのは土…。それも、この魔界のものではない」

エンジェルの衣に付着しているものはこの砂漠には不釣り合いな水分のこもった泥で、それはこのエンジェルだけでなく、多くの悪魔の体に付着していた。

「泥からは悪魔の魔力が感じられる。おそらく、悪魔が何らかの作用を泥にもたらし、それを使って天使と悪魔を攻撃した。だが…この惨劇を生み出したのは悪魔だけではない可能性がある」

キョウタロウの視界で強調される、泥以外の悪魔の死因となった深々とした切り傷。

切り傷から感じられたのは普通の刃や爪で切り付けられたものではない、何か得体のしれない力だ。

「気になるのはなぜ、これほどの悪魔と天使の死体があふれた状態のまま放置されているのかだ…。解放されるマガツヒによって、力を得ることができるというのに」

アオガミの計算上、この空間に漂っているマガツヒの量はこれからマガツヒ化していく分も含めるとあのヒュドラに匹敵する。

それだけのマガツヒを悪魔であれば喉から手が出るほど欲しがるものだというのに、その殺戮者は取り込まず、放置していることが彼にとって、違和感が大きい。

まるで天使と悪魔を皆殺しにすることだけが目的かのように。

「気をつけろ、少年。悪魔の気配…おそらく、彼らを皆殺しにしたものだ」

「また、この感覚…それに…」

1度おびえるほど受けたプレッシャーのため、今回はある程度耐えることができたとはいえ、小刻みに震えているのを実感せざるを得ない。

気になるのはその気配とプレッシャーを感じたときには、既にその悪魔が間近にいるかのような感覚で、振り向くとそこには赤い着物を身に着けた美女といえる悪魔が立っていた。

皺ひとつないみずみずしい肌で、黄色い瞳と肩や生足を露出させた着物姿を除けば普通の女性だと思えたかもしれない。

だが、ナホビノとなった今のキョウタロウの目は彼女が悪魔であると訴える。

「ベテルの差し向けた援軍かや?」

「あわわわ…」

間近で彼女を見たアマノザコが震えながらキョウタロウの背後に隠れる。

彼女はフフッと笑みをうかべるとキョウタロウの目前まで向かい、彼の頬を撫でる。

間近から感じる女性のにおいがキョウタロウの鼻孔を通じて脳を刺激し、プレッシャーとの相乗効果で彼の体を硬直させる。

「残念じゃったな…。もう、皆死んでおる」

「はあ、はあ…な、んで…こ、んな…こと、を…」

「この地に集いし天使も、混沌の悪魔も…皆死んだ。汝も…その後を追わせてやろうぞ」

「まずい…離れろ、キョウタロウ!!」

何者かに引っ張られたような感覚に襲われるとともにキョウタロウの体が大きく彼女から離れていく。

同時に、周囲に転がる天使と悪魔の死体が急激にマガツヒへと変化し、彼女の体に吸収されていく。

「冥途の土産に教えてやろう…わらわは地母神ジョカ…。今、この時にこの地に来た不幸を呪うがよい」

マガツヒによって活性化していくジョカの髪飾りが落ち、神が巨大な蛇の胴体へと変貌してジョカの華奢な体を支える。

両腕の着物の裾からは縄のような肉体をした蛇が生え、その目が獲物たるキョウタロウをにらむ。

「嘘嘘嘘!?こんなの、こんな怖い悪魔と戦うの!?ダメダメダメ!!死んじゃう、死んじゃう!!勝てない!!」

アマノザコの目に映るジョカの力はあのヒュドラでさえかすんで見えるほどだ。

その力はこうした見ただけでも認めるしかないアオガミだが、一つ引っかかるところがある。

(天使を切り裂いたあの刃の力…あのジョカという悪魔からは感じられない。敵は奴だけではないということか、それとも…)

「さあ、舞うのじゃ!我が蛇よ!!」

両腕から伸びる蛇がキョウタロウにかみつこうと襲い掛かり、左右の剣でいなし、蛇の頭を切り裂く。

だが、数秒も経たぬうちに斬られたはずの蛇の頭が復活する。

「何!?」

「わらわの蛇は今、ご機嫌でのぉ…。たっぷり餌を手にしたおかげで、再生も早いのじゃ。知らぬのか?蛇は不死の象徴であることを…」

己の尾に嚙みつくことで輪となった蛇、もしくは竜を模した図を人々はウロボロスと呼び、その存在はアステカや古代中国、ネイティブ・アメリカンなどに存在する。

脱皮して大きく成長し、たとえ長きにわたる飢饉であったとしても生存し続ける強い生命力から死と再生、不老不死の象徴として見られ続けてきた。

その起源はエジプトにまでさかのぼり、プトレマイオス朝エジプト最後の女王であるクレオパトラが自死の際に蛇を用いたのは、いずれ現世によみがえり、その暁にはエジプトを守護する不死の存在となろうという意思があったのだという。

かのエジプトの永遠の守護神であるイシスのように。

そして、その象徴を証明するかのように再生した蛇の首は太くなり、牙もまた鋭さを増していた。

「キョウタロウ、悪魔を召喚しろ。まずは蛇の動きを抑えるのだ」

「うん!召喚、ダイモーン!そして、アイトワラス!!」

初めて遭遇した悪魔として記憶に焼き付いているダイモーンと共に、尻尾に炎をともし、翼がついた蛇のような悪魔である邪龍アイトワラスが放出されたマガツヒによって形成され、2体が放つ炎がジョカの蛇を襲う。

2体とも炎を使うことができる悪魔であり、ジョカの弱点となることはアオガミによって分析済みだ。

炎は確かに蛇に命中し、炎上しているはずだった。

だが、炎を突き破った蛇は2体の悪魔に食らいつき、そのまま捕食されてしまった。

「何!?」

「目論見が外れたのぉ、確かにわらわは炎に弱い…じゃが、悲しいことよのぉ、力不足じゃ」

どんな生き物であったとしても、弱点や急所というものは存在する者であり、それはどれほどの強者となったとしても変わることはない。

だが、その急所となるところに蚊が刺して血を吸ったとしても生き物はそう簡単に死ぬものではない。

ジョカにとって、下級の悪魔といえるダイモーンとアイトワラスの炎はまさに蚊の針に等しいものだった。

「ほれ、ほれ、汝の力は…ナホビノの力はこの程度かのぉ?」

「く…だったら!!」

再びマガツヒを消費した召喚したアイトワラスを自らの身に宿し、右手の剣に炎を宿す。

そして、一瞬背中からアイトワラスと同じ翼が生え、羽根が散ったかと思われた瞬間、蛇の目前まで瞬間移動したキョウタロウの炎の刃が蛇を切りつける。

再び頭を失った蛇だが、再び再生を始めようとした。

だが、傷口が炎上しているためか、その再生スピードは先ほどと比較すると遅い。

首を切ることができたキョウタロウだが、そこには攻撃が通用したという安心感はない。

(あの蛇…ゆくゆくは攻撃が通用しなくなる。再生すればするほど強くなるぞ。キョウタロウ、本体を狙え)

「うん…この状態も、長くはもたないから…!」

再び翼を出現させ、瞬間移動を発動したキョウタロウがジョカに肉薄し、炎の刃を切りつける。

その刃をジョカはその場から動くことなく、体を柔らかく後ろにそらすことで回避して見せた。

確かに瞬間移動してでの斬撃は普通の悪魔にとっては脅威といえるだろう。

だが、数多くの戦いを乗り越え、多くの悪魔を倒してマガツヒを手にしてきたジョカにとってはこの程度は造作もないことだった。

それに、不用意な大振りを見せたことでキョウタロウの隙は明白だ。

大蛇と化しているジョカの尾がキョウタロウの無防備な横っ腹を襲い、彼の肉体が大きく吹き飛ばされる。

「キョウタロウ!!あわわわわ!!」

弾丸のように飛んでいくキョウタロウの体が巨大な砂山に突き刺さった。

砂山が崩れ、その中に埋もれることになったキョウタロウまでジョカが近づいてくる。

「手ごたえはあったのぉ、これは…少々大人げなかったかえ?」

「キョウタロウ!キョウタロウ!!まずい、まずい、まずいよぉ!!」

アマノザコが慌てて手で砂を掘ってキョウタロウを探し始める。

その一方、砂の中にいるキョウタロウは大きくひびの入った腹部の左手を当てる。

衝撃が内部にも確実に届いているためか、体に力が入らなくなったうえに右手の剣も解除され、憑依していた悪魔も消えてしまう。

「アオ…ガミ…」

(あの一撃で損傷率、45%。周囲の微弱なマガツヒを吸収しているが、それ以上に消耗が激しい)

「そん、な…」

こみ上げてくる吐き気に耐えきれずに吐き出される血。

人間と変わらない赤い血を見て、キョウタロウはダメージの大きさに驚く以上になぜか安心感を覚えてしまう。

だが、砂をかき分ける気力のないキョウタロウの意識が徐々に消えていく。

「この、まま…じゃ…」

 

「こちらです!代表!」

「反応があったというのか?剣に」

「はい、先ほどまではわずかな揺れでしたが、今は…」

とある施設の研究室に入ったきたスーツ姿の男が白衣の研究者に見せられた、ショーウィンドウに覆われた錆びた剣。

その震えは激しく、まるでここから出たいと剣自身が願っているようにも見えた。

「マグネタイト指数、上昇していきます!!」

「なんだと?今までこのようなことは」

「始まるか…」

スーツ姿の男のつぶやきと共に、錆びた剣が白い光を放つ。

それはこの部屋すべての人々の視界を塗りつぶすには十分すぎる者で、同時にショーウィンドウが砕ける音が響く。

光が収まると、剣があった場所には粉々になったショーウィンドウの破片だけが遺されることになった。

「なんということだ…剣が!?」

「そんなバカな、剣が消えるとは…どういうことだ!!」

この短時間に襲い掛かった不可解な現象の連発に混乱する研究者たち。

それに対して、この剣が消えるという事態を目の当たりにしたスーツ姿の男は動揺する様子はなく、研究室の扉が開く音が彼の耳に届く。

「…目覚めた、というわけだな。聖女よ」

「はい…」

「おそらく、奴らもこのことに既に感づいているだろう。備えるぞ」

 

「とどめといこうか…ムッ?」

突如として光を放ち始めた東京議事堂にジョカとキョウタロウを掘り起こそうとしていたアマノザコの視線が向かう。

このような現象はこれまで起こったことがなく、光が収まったかと思ったらそこから光のごとき速さで飛ぶ物体がキョウタロウのいる砂山の中へと突っ込んでいく。

その勢いは砂山を吹き飛ばし、砂嵐へと変貌させていき、ジョカの視界を封じる。

「これは…まさか、ナホビノの力とでもいうのかえ!?」

「う、ぐ、う…!!」

朧げな意識の中、突然自分を包んでいた砂が丸ごと消えることになったことに驚きを隠せないキョウタロウはそれを引き起こした物体を見つめる。

サビで覆われていて、元々がどのようなものであったかは判別できないが、形状から少なくとも剣だということはわかる。

何が何だか分からないまま、キョウタロウの手が剣へと伸びる。

柄の部分をつかんだ瞬間、キョウタロウの体と剣が共鳴したかのように青い光を放ち始める。

「な、な、なななな、何が起こってるの!?」

「これは…とんでもない事態になったやもしれぬぞ…ショウヘイよ…」

砂嵐が収まり、目の前に映る相手にさすがのジョカも余裕の態度を維持できなくなっていた。

ジョカの強烈な一撃を受けたはずの肉体が癒えたキョウタロウの姿がそこにあり、彼の手には青い光を淡く放つ剣が握られていた。



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第10話 ナホビノの刃

「これ…ホントのホントに、キョウタロウ…?」

砂山に埋もれ、胴体が砕けるほどのダメージを負ったはずのキョウタロウの五反満足な姿とそこから感じる強烈なプレッシャーに、アマノザコは先ほどまで一緒に行動した悪魔と同一の存在と一瞬思えなかった。

そのプレッシャーはジョカに匹敵するかそれ以上、彼女にはそう思えた。

「これは…ベテルの天使どものようにはいかぬな!!」

先ほどと明らかに違う様子のキョウタロウを危険だと感じたジョカの目が赤く光る。

同時に彼女の目の前に巨大な地割れが発生し、そこから全長20メートル近い大きな土偶が姿を現す。

いつものジョカであれば、小型の土偶を大量に生み出し、単純に突撃させる人海戦術を行うことが多く、それだけで多くの天使や悪魔を討ち取ってきた。

だが、彼に対して同じようなことをした場合、もしかしたら大けがだけでは済まなくなる。

だから多くのマガツヒを使うリスクを承知のうえでこの土偶を召喚した。

 

「ジョカめ…久々に見せるな、その土偶を」

国会議事堂から出てきた男は右手に握っている刀を鞘に納め、視界の大半を占拠しているその巨人に目を向けている。

東京駅の事件で調査を行っていたはずの男、八雲はその巨大な土偶とジョカ、小さな悪魔とは別の強い気配を感じ取っていた。

おそらくはその気配を発している存在とジョカは戦っていて、彼女は奥の手を出そうとしている。

「ベテルにまだ、厄介な存在がいるということか」

 

ジョカの命令に従う土偶が右手をキョウタロウに向けて振り下ろしていく。

迫るだけで風が音を発し、地面が揺らぐにも関わらず、剣をにぎったキョウタロウは動じない。

避ける様子さえ見せない彼を巨大な手が押しつぶそうとした。

だが、その手はキョウタロウに接触するギリギリのところで止まる。

土偶は確かにキョウタロウを押しつぶそうと力を籠めている。

だが、その手とキョウタロウの間に展開される青い光の障壁がそれを許さなかった。

キョウタロウは右手に握る剣に力を籠め、土偶の手に向けて横一線にふるう。

ふるったのはほんの一瞬、そして同時に土偶の巨大な右手のひらが二つに切り裂かれてしまった。

「何…?」

この土偶はモスクワで太陽神ストリボーグをはじめとした多くの東スラヴの神々を討ち取るだけの力があり、その時でさえ一撃で右手が切り分けられるような事態は起こらなかった。

そのようなあり得ない事態はいかなる強者であったとしても、ほんの一瞬だけ動揺を与える。

その間に一気にキョウタロウがジョカの懐に入り込む。

ほんのわずかな間の、瞬間移動ともいうべき動きにさすがのジョカも対応できない。

キョウタロウが振るう刃がジョカの胴体を深々と切り裂いた。

本来なら絶命するであろう一撃だが、ジョカはやはり強大な悪魔で、この一撃では絶命には至らない。

だが、放出されるマガツヒとジョカが見せる苦悶の表情がそれが彼女にとっては手ひどい攻撃であることをキョウタロウに伝えている。

「小童と油断したわ…これほどの力を、それに…その、剣は…」

「何をしている、ジョカ。遊びすぎだ」

「あ、あわわわ…もう1人、もう1人いる!?」

大けがしたジョカに喜びかけていたアマノザコにとって、これはあまりにも悪い展開だ。

国会議事堂からやってくる抜刀した男。

彼が手にしている刀からはキョウタロウが持っている剣と似た力が感じられる。

そして、彼から感じられる気迫は悪魔以上といってもいい。

悪魔ではない普通の人間のはずの彼がなぜそれほど力を持っているのか、アマノザコには分からない。

「我が名は八雲ショウヘイ、すべての悪魔を狩るものだ。小僧、貴様を捨ておくわけにはいかん。あの世へ送ってやろう」

キョウタロウの視線がジョカからキョウタロウに向けられ、互いの刃を向け合う。

二人が地面を蹴り、ぶつかり合おうとした瞬間、その間に割って入るように土の大蛇が地中から現れる。

反射的にその大蛇から距離を取り、同時に八雲の背後にジョカが現れる。

「わらわの頼みじゃ、八雲よ。少し待たぬか」

「…また、気まぐれか」

「わらわを前に臆さぬ戦い、そしてあの力…見事であったからのぉ。これほどの傷を受けるのも初めてである故…」

元の姿に戻るジョカは八雲から受け取った宝玉から放出される光で体を癒していく。

ジョカの言葉に従うように八雲は納刀し、同時に二人を隔てる大蛇が消える。

「運が悪いな、小僧。次は…楽には死ねんぞ」

「いや、運がいいかもしれぬぞ。あの様子…これ以上は戦えぬ様子じゃからのぉ」

ジョカが笑みをこぼすと同時にキョウタロウが握っていた剣が急激に錆びていき、ボロボロになっていく。

同時にキョウタロウの体を激しい疲労が襲い、立っていられずに片膝をつく。

「なるほどのぉ…目覚めはしたが、ほんのわずかな間だけ…か…」

「ハア、ハア…なん、で…ここで、天使と、悪魔…を…」

「わらわにとって、ベテルの天使は敵じゃからのぉ。太古の昔より、法の神とそれ以外の神が相争い合っておった。じゃが、法の神によって多くの神々は知恵を奪われ、貶められたのじゃ。神と、それを信じるベテルの天使ども、奴らはいまだに法の秩序を絶対と信じており、今でもこの秩序を守ろうとあがいておる。このような無法を許すわけにはいかぬ。故に、天使どもを始末したというわけじゃ。もっとも、法の神に反抗する者共が正しいとは言わぬ。きゃつらの多くは己の欲望に従い、暴れるだけの痴れ者どもじゃ」

「故に、我々は天使と名乗るベテルの徒と悪魔と貶められし古き神々を斬らねばならぬ。一つ…貴様に問おう。他を貶め、己の正義と秩序を敷く法の神々の在り方、それが世界に必要なものだと感じているか?」

「そんなの…わかる、はずが…ない…」

その答えを口にすることが最後の抵抗だったのか、崩れるようにその場に倒れるキョウタロウ。

彼を助けるそぶりを見せるはずもなく、ジョカと八雲が背を向ける。

「今すぐに答えは求めぬ。再びあったその時、よい答えを出してくれることを願う。わらわに傷を負わせた男よ」

「この奥に転移装置がある。ベテルが開発しているものと同型のものだ。それを用い、己の知る東京へ帰るがいい。そこで、神と悪魔が人に何をもたらすのかを知るがいい」

薄れる意識のキョウタロウの目に映るのは立ち去っていく二人の姿。

そして、耳にかすかに聞こえるのは自分の名前を呼ぶ誰かの声だった。

 

東京、首相官邸。

総理大臣の送迎を行うリムジンが停まり、中から越水が出てくる。

国会を終え、総理大臣としての仕事を終えた彼は首相官邸に入ると、出迎えたのは黒服姿の男の集団で、彼らは帰宅した越水に頭を下げる。

彼らと共に奥へと進み、本来であれば晩餐会を行う大ホールに入る。

その中央には大きなアタッシュケースがあり、左右には警備員が待機している。

「ようやく、主上からお許しを得られたか…」

「ハッ、これこそが…我らの悲願を晴らすための鍵…我らが生き残るための道しるべです」

本来であれば、主上でさえも見ることすら許されない物。

誰一人、現物がどのような姿なのかわからないそれが今、このアタッシュケースの中にある。

その前に立つ越水が首をわずかに降ると、守っていた警備の人間が下がっていく。

ケースを開くと、そこには淡い光を帯びた、キョウタロウの手元へと飛んできたものと同じ剣が錆び一つない状態で存在していた。

「よもや、私の代で解放することになるとは…」

 



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第11話 帰還

「はあはあはあ…」

「なあ、なあ!大丈夫だよな!?生きてるよな!?」

「大丈夫だ!回復はしている!意識も戻ってきている…」

かすかにキョウタロウの耳に二人の少年の声が届く。

ゆっくりと目を開けるとそこにはイチロウとユヅル、そして回復術を施しているピクシー、そして自分を見守るアオガミの姿があった。

背中から感じる硬くて冷たい感触と日光を遮る石の天井から、屋内にいることを理解する。

「太宰…敦田…」

「起きた!!ああ…よかったぁ」

声を出したキョウタロウの様子にイチロウが腰を抜かしたかのようにその場に座り込む。

ゆっくりと起き上がるキョウタロウの様子を見たピクシーはユヅルのスマホの中へと戻っていく。

「無事、だったんだな…太宰…」

「それは俺のセリフだって!俺、ここで天使…だっけ?そいつに閉じ込められてたんだ!でも、なんかすごい騒ぎになって、扉がぶっ壊れて外に出てみたら。倒れているお前と敦田を見たんだよ!」

「まさか、悪魔も天使も皆殺しだとは思わなかったが…。お前がいた場所から強い力を感知した…」

「ああ…とんでもない奴だったよ…。一人の人間と一人の悪魔…それだけで、悪魔も天使も…」

キョウタロウは思い出せる範囲で、ジョカと八雲のことをユヅルに伝える。

話を聞いたユヅルは顔をしかめ、考え始める。

「敦田…?」

「いや、なんでもない。だが…生き延びていてくれてよかった」

「奴が…言っていた。ここの奥に、転移装置があると。それを使えば、東京に帰れるって…」

「ああ、そうだ。ベテルが管理している。使い方はわかるが…どうだ?歩けるか?」

「歩くなら、どうにか…」

立ち上がったキョウタロウはユヅルの後に続くように歩き、ビクビクしながらイチロウも続く。

歩いている中で、キョウタロウはアマノザコのことを思い出す。

目覚めてから、彼女の姿が見えなかった。

(キョウタロウ、君が意識を失っている間に彼女は姿を消した。ちょうど、敦田ユヅルが来た時にだ。何か理由があるかもしれん。幸い、彼は彼女の姿を見ていない。ひとまず、彼女のことは口にしないほうがいいだろう)

脳裏に響くアオガミの声。

アオガミの口は動いておらず、ユヅル達に聞こえた様子はない。

事情は分からないものの、ひとまずはそのことに合意し、わずかに首を縦に振る。

「にしても、驚いたぜ…。まさか、お前…あの青い奴と合体してたなんて。体、大丈夫なのかよ?」

「問題、ないよ…。それから、僕の名前は天原キョウタロウ」

「ああ、悪い。名前、知らなかったから…その、助けに来てくれたって聞いたよ。ありがとな、天原」

「君に起こったことや、あのアオガミという悪魔についても、東京に戻れば、何かわかるだろう。ここだな…開けるぞ」

ユヅルの手で重たい鉄の扉が開き、そこにあるのは真っ暗な広い部屋で、その中央に筒状の機械だけが置かれた寂しい空間だ。

機械に近づいたユヅルは調べた後で、スマホを操作し始める。

「操作方法は…同じだ。いける。な…?」

何を思ったのか、操作を終えたスマホをユヅルから取り上げたアオガミ。

握られたスマホが自動的に操作されていき、それに向けてアオガミは口を開く。

「こちら、ベテル日本支部所属、神造魔人アオガミ。応答せよ」

「アオガミ…!?数十年前に、アオガミ型は既にすべて…」

「再起動に成功、これより帰還する」

「なんということだ…すぐに上に報告しなければ!了解、すぐに帰還してくれ!!」

「了解、すまない。勝手に借りてしまった」

「いや…だが、まさか…」

これまで悪魔召喚とターミナル操作、そしてこの魔界内での通信以外に使えなかったはずのユヅルのスマホがまさか元の東京の、しかもベテル日本支部と連絡できるようにしたことも驚いたが、日本支部にとってアオガミという悪魔がかなり重要な存在だということが、通信先のベテルのメンバーの声色からも明らかだ。

同時に、そうした話がまだ伝わっていない自分がまだまだ低い地位にいるということも感じてしまう。

「これで、帰還できる。みんな、ターミナルの周りに集まってくれ」

「お、おう…。にしても、どんな構造なんだよ、これ…」

車や飛行機や電車ならともかく、こんな筒みたいなヘンテコな装置でどうやって東京へ帰るのかと半信半疑なイチロウだが、今は一番詳しいであろうユヅルに従うほかなく、キョウタロウと共にターミナルのそばへ向かう。

スマホを取り戻したユヅルが入力を終えると、ターミナルから複数のよくわからない文字が光で浮かび、同時に回転を始める。

3つに分割されたパーツがそれぞれ上から左、右、左と回転し、周囲の空間がゆがんでいく。

「うわわ!?何がどうなってるんだよー!!」

「安心しろ。すぐに終わる。これの扱いには慣れている」

ユヅルの言う通り、あっという間にゆがんだ空間が元に戻っていく。

だが、そこは元の場所ではなく、周囲に複数のモニターが置かれた、手術室か研究施設の一室のような空間だ。

「ここは…東京、なのか?」

「ああ、ここは縄印大学医科学研究所。ベテルの施設のターミナルだ」

「え、マジ…?お、おおおお!!本当だ!スマホ、ちゃんと動いてる!やった!やったぁ!!」

イチロウのスマホのマップアプリに表示される、ユヅルの言っていた場所とそこにいる自分の現在座標にイチロウは歓喜の声を上げる。

だが、自動ドアの厳かに開く音とそこから聞こえる甲高い足音がその声を静めた。

「よくぞ帰還した…。なれど、何者だ?施設に保管されていたその剣を手にし、そして…ナホビノになるなど…」

「大天使、アブディエル…」

見たことのある天使数人とともに歩いてくる、レオタードのような黄金の鎧姿をした褐色の肌と真っ白な髪の長身な女性といえる天使がキョウタロウ達の前で止まり、自らの名を呼んだアオガミに目を向ける。

「数十年前に失われたアオガミ型の帰還も驚いたが…まさか、こんな子供が、神が定めし禁を破るとは」

手にしている黄金のロングソードを軽々と片手で振るい、キョウタロウの喉元に剣先を向ける。

一度、彼女の言うナホビノになった影響はやはり人間に戻ってからもキョウタロウに影響を与えているようで、それ故に彼女の持つ力を感じてしまう。

あのジョカと同じか、それ以上とも思える力とプレッシャー。

わずかに震えるキョウタロウをアブディエルは容赦なくにらむ。

「答えろ、小僧。禁を破りし者にベテルは容赦はせん」

「お待ちください」

「え…?その声は…」

開きっぱなしの自動ドアから入ってくる誰かが発する、なじみのある少女の声。

キョウタロウとアブディエルの間に入ってきた少女、タオは臆することなくアブディエルに発言する。

「詳しい事情は分かりませんが、巻き込まれただけの民間人にどうか寛恕を」

「聖女か…」

「聖女…?」

「そもそも、ナホビノとは神によって定められし禁。破ろうとしても、破れるものではありません」

タオの言う通り、ナホビノは禁忌である故に何者であったとしてもそうなれないように神が封じた。

それ故に、これまでナホビノが世界に出現することはなかった。

「だが、今この状況をどう説明する?現にこの少年はナホビノとなったぞ」

「彼がなぜナホビノとなったのか…それについては、日本支部で調査いたします。ただ、少年と合一したのは日本支部の神造魔人。かの決戦で失われたはずのものです」

「…」

「失礼ながら、あの決戦において、アブディエル様は前線に立ち、指揮をとられていたと聞き及んでおります。であれば、従軍したかの神造魔人の帰還を責めるのではなく、むしろ喜ぶべきではないでしょうか?」

納得がいかない、まさにそれを大きく書いているような顔でアブディエルはタオをにらむ。

(かの決戦、それは…東京タワーで見た…)

混沌の悪魔と天使の大群が集結した場所。

そこで天使たちを率いていた天使は間違いなく、アブディエルだった。

「…よかろう。ただし、かのナホビノの疑いについては日本支部の責任をもって調査せよ」

剣をおさめ、天使たちと共にその場を後にするアブディエル。

それを見送ったタオがフウと安心したかのようにため息をつく。

「怖え…なんだよ、あの迫力」

「あれが、本部の大天使か…」

ユヅルの後ろに隠れていたイチロウと、初めて見た大天使と彼女に威圧に嫌な汗を感じたユヅル。

一時はどうなることかと思ったが、どうにか場が収まったことに安どする。

「キョウタロウ君!」

「ああ、助かったよ…よく、わから!?」

いきなり走ってきたタオに飛びつかれるように抱き着かれたキョウタロウがそのまま勢いのまま倒れてしまう。

ポカンとするユヅルとアワワワと口を震わせながら見ているイチロウ。

いきなりのことに驚くキョウタロウの視界は体をわずかに起こしたタオの顔をいっぱいになっていた。

「磯野上…さん…??」

「心配したんだよ、キョウタロウ君。みんなも…おかえりなさい」

「あ、ああ…ただい、ま…」

キョウタロウから離れ、アオガミが握っている錆びた剣に目を向けた後でタオは自動ドアまで歩く。

「いろいろ聞きたいこと、あるよね?一緒に会議室まで、来てくれる?」

 

東京各地の映像、そして東京と思わしき地域の映像が数多く映ったモニターが数多く置かれた部屋。

そこに映るのは市井の人々だけでなく、悪魔の姿も映っている。

タオと共にエレベーターを降りたキョウタロウ達はその部屋に入り、ユヅルの後ろにいるイチロウは初めて見るその部屋を興味深そうに見ている。

「ええっと…どこから話せばいいかな…?改めて話すけど、私…子供のころから霊力があって、ベテルでは聖女って呼ばれているの」

「聖女…?それって、聖母マリアとか、ジャンヌ・ダルクみたいな…」

「うーん、そういうのとは違うかな…。うまく、説明できないけど…。かつての戦いで、ベテル日本支部は多くの戦力を失ったの。それで、私のような学生も協力しているの」

「僕もその一人だ。それより…東京は無事なのか?僕たちは、ついさっきまで悪魔ばかりの廃墟にいたんだ」

確かにこの場所はユヅルにとってはなじみのある場所であり、モニターには見知った風景が映っているが、それだけではどうしても安心できない。

滅びた東京の風景を肉眼で見てしまった以上はなおさらのことといえる。

答えを求めるユヅルにタオは表情を固める。

ここから話す情報はおそらく、キョウタロウ達にとっては衝撃的な話で、きっと知ってしまうと二度と元の日常へは戻れないだろう。

タオ自身も、ベテルに入ってそのことを知った時は大きなショックを受けたことを今も覚えている。

まだまだ幼い少女だったというのも大きいが、きっと大人になっても受け入れがたい真実だったといえる。

意を決したタオは口を開く。

「私たちが暮らしている東京が実は…嘘だったって言ったら…信じる?」

「ハァ…?」

タオの言っていることが全く理解できないイチロウの目が点になる。

今まで当たり前のように暮らしてきたこの東京が嘘、となると今まで暮らしてきたのは何?

渦巻く疑問に混乱する。

ユヅルも言葉は発していないが、ベテルに入って初めて聞くその話をどう整理すればいいのかわからない。

ましてや、あの東京を見てしまった以上、嘘と断言しきれない自分が存在していた。

「嘘だとしたら…ここって、東京じゃないってこと…?」

「キョウタロウ君は、信じてくれるんだね」

「嘘を言ってないってことはわかるから。なんとなく、だけど」

「…。18年前、千代田区を中心に23区全土が魔界化し、現世から消滅した。一千万を超える都民もそこで精を終えたわ。東京受胎…ベテルではそう呼ばれているわ」

18年前、グラウンドゼロとなったのは千代田区の新宿衛生病院。

それを引き起こした張本人は二人。

一人は、当時存在していた既存の秩序や権威に囚われず世界との共存を図るというカルト宗教、ガイア教徒の一人であり、大手通信会社であるサイバース・コミュニケーションのCTO、氷川学。

そして、もう一人は自由をつかさどる神であるアラディアをその身に宿すことが可能なほどに強い霊力を持ち、ベテルが聖女の候補としていた教師であり、氷川からは創世の巫女と呼ばれた高尾裕子。

氷川はガイア教の聖典であるミロク経典を解読し、それに基づいてアマラ転輪鼓などを作成。

東京受胎を阻止しようとするガイア教徒たちを代々木公園で虐殺し、裕子を篭絡して味方につけた。

そして、運命の日に東京23区が突如として球体のような次元の壁の中へと消えていき、その果てでどうなったかはベテルの記録には残っていない。

最初に次元の壁を突破し、突入に成功した大天使からの報告によると、氷川や裕子を含めて人間は一人残らず消滅しており、悪魔たちが跋扈する魔界と化していたという。

いや、厳密にいうと一人だけ人間が存在しており、彼は悪魔の力を宿していたという。

その悪魔がその魔界で力をつけ、やがてベテルを滅ぼしかねない脅威となりうることから始末することを決意。

だが、その大天使はその人間に敗れた。

そのころ、次元の壁を越えるほどの力を持つ大天使が彼一人であったことから、魔界と化した東京の内部の調査が大きく遅れることとなった。

次に魔界を調査することが可能となったのは、タオの言う18年前の戦争の直前のこと。

悪魔の王による宣戦布告がベテルに発せられるとともに、次元の壁の力が弱まり、天使たちが容易に内部に侵入することが可能となった時だ。

そこで指揮を執ったのがアブディエルだ。

「何を言っているんだ、磯野上。僕たちは今まで東京で暮らしていたじゃないか。あれは、どういうことだ?」

タオの言う18年前の戦争、その時はアオガミを除いて、この場にいる誰も生まれていない。

そして、キョウタロウ達は東京で生まれている。

その東京が嘘だというなら、自分たちは何なのか?

「…神の、奇跡よ。消えた東京の土地と住民を何の疑問も持たれないように再現したの」

大天使たちが力を合わせ、球体型の次元の壁を移動させ、空っぽになった東京を神の奇跡によって再現。

これにより、少なくとも表向きには東京は存続しているように見せる。

だが、いくら神の奇跡と言えどもすぐに元の東京を再現できたわけではなく、その間に世界中で混乱が起こることとなった。

首都機能を失った日本への侵攻しようとする近隣諸国に世界中の経済の混乱などがわずかな日数の中でも起こり、それについては人々の記憶を改ざんすることで抑え込んだという。

「俺たちが…暮らしていた東京は…嘘…ハ、ハハ…」

冗談であってほしいと願うように笑うイチロウだが、脳裏によみがえる魔界と化した東京の景色がよみがえる。

笑って消そうとしても決して消えない。

「本当の東京は…18年前に滅んだの。あなたがたが訪れた魔界こそが、本当の…東京よ…」

「そんな…」

「本当の東京は悪魔が暮らす魔界と化した。そして、悪魔たちは人の魂を奪おうとして、私たちのいるもう一つの東京に襲ってきているの」

「それを防ぐために戦っているのが、少数精鋭の極秘組織…ベテル日本支部だ」

自動ドアが開き、中に入ってくる黒いスーツの男。

彼の姿を見てユヅルは頭を下げ、キョウタロウとイチロウは驚きを見せる。

「嘘、だろ…?」

「本物…」

「聖女による説明は終わったか。改めて、我々の戦いに巻き込んでしまったことを謝罪しよう。私は越水。日本国内閣総理大臣で、ここの責任者だ。敦田君、よくぞ無事に戻ってきてくれた」

「ハッ、ありがとうございます。越水長官」

「東京の真の姿を知った君たちには、この世界の真実を教えよう」

キョウタロウもイチロウも、まさか現職の総理大臣である越水と会うことになるとは思っておらず、動揺が隠せない。

それを抑えるのを待つ余裕のない越水は口を開く。

「世界の裏側では、秩序と混沌が対立している。法の神と混沌の悪魔による戦いが続いているのだ。悪魔たちは人を襲い、魂を奪おうとする。隙を見て、魔界から現実へ侵略しようとしている危険な存在だ。この東京だけでなく、世界各地でそれが起こっている」

日本支部、とあるようにベテルもまた世界中に存在し、各地で混沌の悪魔による侵略に備えているが、悪魔たちの勢力は圧倒的だった。

実際にロシア支部、フランス支部、中国支部などが壊滅し、多くの人々が殺された。

「ベテルはその悪魔たちに対抗している。無論、日本支部もその一つだ。悪魔の勢力は圧倒的だ。今、一人でも多くの戦力を必要としているのが現状だ。情けない話だ…磯野上君と敦田君をはじめとした学生たちの手を借りざるを得ないほど、ベテルの力は足りていない」

内閣総理大臣に就任するとともに、先代の日本支部長官の急死に伴って長官に就任した越水の尽力によってかろうじて回っている今の日本支部。

硬い表情の越水からは一抹の無念さが感じられる。

「あの…総理、それって…その、俺にも、できますか?」

「…東京を、守ることかね?」

「ああ…それ、やりたいんです!」

「太宰君…?」

「太宰…」

「俺、落ちこぼれで…いつも、みんなに迷惑ばかりかけて…」

落ちこぼれでヘタレ、周囲の笑いもの。

幼少期からそんな状態が続き、縄印学園に入ってからはそんな自分を変えようと始めたYOUTUBERの活動も、結局は再生回数が伸びずに底辺のまま。

歌舞伎役者であるキョウタロウや、秀才のユヅル、聖女である学校のアイドルであるタオとは違い、何もない。

だが、多くの人が知らない真実を知ってしまった以上は何もせずにはいられない。

最初は驚きを隠せなかったが、今ではまるでバラバラのままだったピースが埋まっていくような感覚に襲われる。

そして、霧が晴れて、進むべき道が見えてきたように思えた。

「こんな俺でも…優等生みたいに、人の役に立てるなら、やってみたいんです!お願いします!総理!!」

思い切り頭を下げるイチロウを越水はじっと見つめる。

しばらく沈黙が続き、その中で嫌な汗をかきながらもイチロウは頭を挙げず、じっと答えを待つ。

「…ありがとう、君の勇気に感謝する。敦田君、君は彼に悪魔との戦い方を、悪魔召喚プログラムを教えてやってほしい」

「了解しました、長官」

悪魔に対抗する手段の一つが、ベテルで開発された悪魔召喚プログラムだ。

悪魔の言葉を翻訳し、同時に人間の言葉を悪魔の言葉に翻訳可能にするとともに、交渉などによって仲魔にした悪魔を保管、必要に応じて召喚できるというものだ。

だが、すべての悪魔に言えるわけではないが、いかに仲魔にしたとしても、悪魔は隙を見せれば魂を奪うべく動く。

そして、悪魔が持つ力に誘惑される人間が存在し、その結果として召喚した悪魔を制御できなくなるケースも存在する。

そんな代物を果たしてイチロウは使いこなせるのか。

(すまない…太宰。君まで巻き込んでしまうとは…。せめて、生き残れるくらいにはしてやる)

「そして、天原キョウタロウ君。君については連絡を受けている。アオガミと融合した君にも協力を求める。悪いが…選択肢はない」

「…そう、ですよね…。わかっています…」

もし、アオガミとあの時融合していなければ、魔界で死んでいた。

そして、少なくともヒュドラを倒すだけの力がある以上は何もしないわけにはいかない。

「ありがとう」

「神造悪魔が帰ってきたのは喜ばしいけれど、キョウタロウ君と…人間と融合するなんて前代未聞ね。それに…」

タオが視線を向けるのはアオガミの手に握られている錆びた剣。

視線に気づいたアオガミがその剣をタオに手渡す。

「磯野上さん…この剣って、いったい…」

「これは、草薙剣よ。壇ノ浦で失われたとされているもの。最近になって海底から引き揚げられて、ここに保管していたの。まさか、ナホビノになったあなたに反応して飛んでいっていたなんて…」

「これには、助けられたよ。握っていると、力があふれてくる感じがして。でも…すぐに元のさびた状態に戻ったけれど…」

「アオガミ製造については私もかかわっていた。後でいろいろと調べるつもりだ。君の手へ飛んだ草薙剣も含めて。アオガミ、君の記憶データを調べたい。この後、研究施設へ向かってくれ」

「了解」

「他の皆は後日、改めて話をするとともに今後のための訓練を受けてもらいたい。今日はゆっくりと休むがいい。君たちがいなくなっている間のことについては学園にうまく説明してある。表向き、急病による休暇として処理されている。混乱は起こっていないから、その点は安心したまえ」




魔界に最初に侵入した大天使の記録

神に背く所業…その結果がまさに今の東京といえよう。
次元の壁を越えて、最初に見えたのは青い光に照らされた砂漠のような東京の光景だ。
青い光を放つ球体がおそらくはこの世界の太陽であり、月といえるだろう。
人間の気配はなく、わずかに人間だったものの魂が感知できる程度だ。
人間の代わりに存在するのは悪魔、そして浅草の泥から生み出された人間の模造品、マネカタだ。
魔界と化した東京を元に戻すことは不可能に近い。
この世界はコトワリを宿した人間があの青い球体の内部にたどり着き、それを示すことで新たな世界を作ることができるという。
その世界が我らと調和する者とは限らない。
なれば、我らの世界の平穏を守るためにも、この東京を青い球体もろとも跡形もなく消し去り、創世の神の御業によって新たな東京を作るべきか…。


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