ギャラクシーポリス (橘 花道)
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捜査報告書 No.1 【ヘリオン0の攻防】
#1『廃墟の異変』


◎簡単なあらすじ
 東京は変わった。
 今は至る所に"異星人"が存在している。

 路上を闊歩している。コンビニにで雑誌を立ち読みしている。
 競馬場で馬券を握っている。クラブのカウンターに立っている。犯罪だって犯す。
 そして、それを取り締まる警察組織の中にも……

 小学生の奇妙な通報から始まった一つの事件。
 古いタイプの警察官 矢原は、因縁の場所で4人の異星人捜査官と出会う。


 操作画面に【撤退】の二文字が移し出された。

 

「あーっ。クソッ」

 

 思わず小さく悪態をつく。

 葉桜皐月は、真っ暗なトラックの荷台の中でギャラフォンを操作する指を素早く奔らせた。宇宙を股に掛ける宇宙海賊に扮して冒険するゲームアプリ【カルパード】を始めてからもうすぐ一ヶ月。もはや小学校と塾を除けば、寝る間も喰う間も惜しんで遊び続ける位にはまり込んでいた。

 しかし、現在のクエストで突然躓いてしまった。とんでもなく強い宇宙生物が出現したのだが、倒さないと先に進めないのだ。攻略サイトを見ても載っておらず、どうやって倒したら良いのか全然わからない。公式が気まぐれで出したイベントエネミーとしか思えなかった。

 ふっと、右耳のサウンドが消えた。

 

「え…?」

「だから」

 

 友達のユウヤが言った。

 

「そろそろ着くから準備しろよ」

「今良いところなんだよ」

「はぁ?」

 

 ユウヤでなく、トラックの荷台に乗っているシンやマサも呆れ顔だった。

 

「もうすぐ、ゲーム内でのランクが百五十万位内に入るんだよ」

「…それって、スゲーのか…?」

「全銀河連邦加盟国で遊ばれてるゲームでアクティブユーザー数三兆人の中でだよ。スゲーに決まってんじゃん」

 

 【カルパード】は、銀河連邦加盟国で販売されている携帯端末であるギャラフォンが無いとダウンロードできない。日本は約15年前に国交を締結し、7年前から交流が始まった。まだ正式に加盟国になっていないアメリカだって無い。地球上では日本しか手に入らない代物だ。それだけで鼻が高くなる。

 最新の3D映像やリアルな世界観も魅力的だが、やっぱり何と言ってもサウンドが最高だ。聞く人間のコンディションに合わせて、端末側が最適な心地よさを感じるよう、音量や周波数を自動調整する機能があり、疲れにくくなるだけでなく、最高にハイな気分でプレイすることができるのだ。

 

「へぇ…」ユウヤが頭を掻いた。「まぁ、そう言われれば、凄い気もするな」

「うん」

「でも、今日は肝試しに来てんだぜ。もうちょっとそっちにワクワクしてもいいだろ」

「本当に、見つからない?」

「間違いないさ」シンが言った。「この運搬業者は検問を通った後、必ずお台場のとある施設近くの駐車場で二時間居眠りするんだ」

 

 ユウヤが身を乗り出し、「その施設こそ…」と続け、マサも交え

 

「「「ヘリオン0ッ」」」

 

 口を揃えて、嬉しそうに口を揃えて言った。

 ヘリオン0という施設が何なのか、皐月はよく知らない。生まれる前の話だが、何でも異星人と地球人との間で『てろ』とかいうのが起きて施設が破壊され、現在では封鎖中なんだそうだ。何故撤去しないのかは謎に包まれている。化け物が出るなんていう噂も出た。そういうわけで、皐たち四人で肝試しをやろうという流れになったのだ。

 トラックが停車し、しばらく経ってから荷台を降りた。外も真っ暗だが、月と星の光をじっと見ていると、眩しく感じた。鼻の奥をツンと刺激する夜の潮風の中を歩いて行く。

 

「――ひっ」マサが短い悲鳴をあげた。

「どうした?」

「あ…あれ……」マサが指さす方向を見る。「化け物……」

 

 薄い月光で跪き、項垂れた巨人のシルエットが浮かび上がった。

 ユウヤがマサの頭を叩いた。

 

「びっくりさせんじゃねぇよ。あれは単なるハリボテじゃんか」

「へ?」

「大昔の人気アニメに出てくるナントカスーツとかいうロボットだよ。名前は覚えてないけど」

「パパ達が産まれる前の番組だよね。人気があるから作って、一度撤去されたけど何故か復活したんだ」

「らんどまーくってのが必要だったんだろ。それくらい、このお台場は異星人を交えた時代で重要な意味を持っていた筈の場所だってことさ」

「それがこんな風に壊れちゃうのって、ちょっと悲しいよね。所々ヒビもあるし」

「ま、目的はあれじゃないんだ。先を急ごうぜ」

 

 しばらく歩くと【ヘリオン】という看板が見えた。「スゲーっ」「ヤバくねぇっ」と興奮する友達には悪いが、皐月は早く終わらせて【カルパード】の続きをやることしか考えていなかった。

 

「化け物、本当にいるのかな?」シンが言った。

「恐いんなら、先に帰れよ」

「へん。お前こそ、帰りたいからそんなこと言うんだろ?」

 

 ユウヤの挑発にマサが返した。

 どうやらシンはヘリオン0を破壊したと噂される化け物に興味があり、ユウヤは怖じ気づく友達を見て優位に立ちたいのであり、マサはそんなユウヤへの対抗心から来ているらしい。皐月は、別の意味で早く帰りたいと思った。

 ヘリオン0の扉は当然閉まっていたが、爆発の物と思しき穴から簡単に侵入ができた。電源は完全に死んでいるらしく、携帯のライトアプリで探索していった。中は所々爆発の影響からか破壊されており、地下に続いているようだった。

 当然のように地下に行く三人に着いていったが、十分もするともう飽きてしまい、我慢ができなくなってギャラフォンで音楽を聴き始めた。

 

「なんだよ」ユウヤが不満そうな声を出した。「化け物いねぇじゃんか」

「つまんねぇの」シンは心底がっかりした様子だった。

 

 皐月は内心ホッとした。これで帰ったらゲームの続きができる。そう思った時だった。

 

「ん?」

 

 爆発の残骸を照らしていたギャラフォンの光の中に、奇妙な物を見つけた。どうやら、マシン内にあるハードディスクのようだ。手にとってみると、僅かに動いているのがわかった。

 

《オメー、面白そーなものやってんだなッ》

 

「あれ?」皐月はユウヤ達に訊ねた。「今、何か言った?」

 

 三人が怪訝な眼差しを向けてくる。

 

「何言ってんだ? 何も言ってねぇよ。それより、もう帰ろうぜ」

「うん。そうだね、もう…」

 

《帰すわきゃネーだろぉうッ》

 

「――ッ」

 

 突然体中の自由が利かなくなり、固まった。いや、手足がバタバタブラブラと動き、のたうち回っている。しかし、それは皐月の意思によるものではなかった。床の破片に腕が当たったのだろうか、鋭い痛みを感じた。

 

「おいっ。サッちゃん、どうしたんd………………」

 

 ユウヤ達が何かを叫んでいる。けど、もう聞こえない。先ほどまでの腕の痛みも消えた。ブラブラなる手が空中に突き出されたのを見たのを最後に、皐月は真っ暗な闇の中に沈んだ。

 

    ☆    ☆    ☆

 

 立ち並ぶビルの隙間から夜闇の中チカチカと小さな光が見えた。

 星じゃない。飛行機でもない。UFOでもない。それは矢原の所属する警視庁の本庁だ。

 それを認識する度に暗い気分になる。

 入庁した時、警視庁は地上にあった。

 普通に日本人の一省庁として存在していた警視庁を本部とし、所轄の一つで一人の日本人として日本の治安を守ってきた。

 ずっとそれが続くと思っていた。

 それがよくわからないうちに変質し、日本人というか地球人以外の存在を相手にすることになり、警視庁は空を浮遊し始めた。

 今見上げるそれは【浮遊警視庁】などと呼ばれ、変質した現在の日本を象徴する存在になっている。

 地上から見上げるしかない矢原は、いつも自分がしがみついている時代と現代の距離を思い知り、眉間の痛みを感じている。

 今日は痛みがいつもの五割増しだった。

 居酒屋の前のパトカーには、好奇な眼差しがいくつも注がれている。

 くそ面倒臭ぇ。

 矢原は思った。顔にも出ているだろうが、もう気にしないことにしていた。

 

「あの、お巡りさん。私はどうなるのでしょうか?」

「とりあえず、署で事情聴取だな」

「やっぱりそうですか…ああ、失点だなぁ。主任になんて報告しよう…」

 

 そう言った相手は、パトカーの後部座席で小さくなっていた。

 

「はぁ…」

 

 矢原は眉間を揉み、ストレスを少しでも和らげようとした。

赤い鱗に覆われているが、スーツを着て二足歩行する巨大トカゲとでも言えば良いのだろうか。そんな異星人が失点だとか主任だとか呟く様子を見る度に、眉間の痛みがますます強くなっていくのを感じる。

 

「出身と名前は?」

「惑星ザラマンデルのカーズです。日本には、故郷の野菜を売り込みに来ました」

 

 話を聞くところによると、外資系企業に勤めている異星人のカーズは、日本の営業担当とここ副都心の居酒屋で飲んでいた。

 その中、カーズの見た目がサラマンダーそのものであることから、火を吹けないのかなどという悪ふざけに発展したそうだ。

 

「私、火の魔法って苦手なんですよ。他のにしてくれって言っても、やっぱり火がいいってきかなくって…。氷の魔法なら得意なんですよ? 十分もあれば故郷で祀られている女神の像を造れます」

「いやぁ」相棒の進藤が言った。「でも、その外見だと火を使ってもらいたいよねぇ」

「それで、苦手な火の魔法を使って、店の前で小火騒ぎを起こしたってわけか?」

「仕方ないじゃないですか。利き魔法じゃないんですから」

「キキ魔法?」

「貴方だって、利き腕じゃない方でお箸なんて持てないでしょう?」

「…そういう意味かよ」

「なかなか上手いこと言いますね」

 

 簡単な質問を終え、個人端末に打ち終える。

 報告書を署に送ろうとしたが…

 

「くそっ。やっぱりネットに繋がらねぇ。壊れてんじゃねぇのか、この携帯」

「ギャラフォンでしょう? 後で設定見ますよ。とりあえず、僕の端末から送信しましょう」

 

 進藤はギャラフォンに向かって「ロクサーヌ、有線ケーブルを出して」と話しかけた。

「お前、自分の携帯に名前付けてんのか?」

 

 署より前に後輩を病院に連れて行かなきゃならんかと心配になったが、端末の方も

「ラジャー」と応え、本当に尻尾のようなケーブルが出てきた。

 ケーブルの先を矢原の端末に差し込み、「報告書No.334をダウンロード」と指示した。

 どうやら、本当にダウンロードできたらしい。

 

「異星人の技術はわからねぇ…」

「いや、このテの技術は前からありますよ?」

 

 署で事情聴取しようと思った時、パトカーの窓ガラスが激しく叩かれた。

 

「なんだ?」

 

 見ると、小学校高学年くらいの少年三人が、酷く慌てた様子で叫んでいるのが見えた。

 

「お巡りさん。サッちゃんを助けてっ」

 

 少年達の言動は支離滅裂で、纏めるのに少し時間がかかった。

 

「要するに、肝試しにヘリオン0へ行ったら、友達の一人が狂ったように暴れ出したってことかい?」

「単なる悪戯の演技じゃないですかね?」

「違うよっ」

 

 進藤の言葉に、ユウヤと名乗った少年が強く反発した。

 

「サッちゃんはそういうことする奴じゃないんだ。ほんとは肝試しも乗り気じゃなくて…」

「じゃあ、何で呼んだんだい?」

「…いつも、僕たちは四人で遊んでいるんだ。夜遅くに、サッちゃん一人だけ家に居ると、親に色々訊かれるから…」

「それに、サッちゃんの腕掴んだけど、凄い力で振り回されたんだ。人間じゃないみたいだった…」

 

 シンと名乗った少年が言った。

 眉間がピクピクと痙攣した。何となく、異星人絡みの予感がする。

 

「よし、進藤。行くぞ」

「え? カーズさんはどうするんですか?」

 

 矢原は、パトカーの無線を掴んだ。

 

「港湾4から港湾本部…えー、ヘリオン0にて小学生の失踪事件発生の模様。現在青海××‐△△にて友人の少年三人を保護。異星人の関与の恐れあり。えー、港湾4は現在ザラマンデルの軽度火災事件の被疑者連行中であるが、事件の緊急性を鑑み、直ちに現場へ急行する。火災事件被疑者引き渡しのため、応援を求む」

 

 無線のオペレータと会話し、カーズは近くの交番に引き渡すことになった。

 

「よっしゃッ。俺たちはヘリオン0へGOだ」

「えー…ホントにいくんですかぁ? 何だか嫌な予感がするんですけど…」

「馬鹿言え。悪い異星人のせいで幼気な子供がピンチなのかもしれんのだぞ。これこそ警察官の使命というものだろうっ」

「はぁ…」

 

 鬼ヶ島に向かう桃太郎のような気分になった矢原は、眉間の痛みが少し和らいだように感じた。




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

 ○矢原(38)
  東京港湾署の巡査。
  急速に変わっていく日本についてこれていない。

 ○進藤(23)
  東京港湾署の巡査。
  先輩の矢原の相方。

 ○アスワード・マーテン(45)※
  警視庁 公安部 外事特課 強行犯捜査
  第一係 係長。階級は警部。

 ○ヘリアンテス・ルクサ・イグニース(25)※
  警視庁 公安部 外事特課 少年事件係の巡査。
  愛称は「リア」。病的な子供好き。

 ○シレーム・ヴ・ザーマク(27)※
 警視庁 公安部 外事特課 強行犯捜査第二係 巡査の二人。


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#2『その名はジェスター』

 懐かしい。

 矢原の脳裏にまず浮かんだのはそんな感情だった。

 懐中電灯で照らされた光景一つ一つが写真のようだった。13年前の傷跡が、まだ癒えずに生々しい恐怖を感じさせている。

 進藤は周囲の雰囲気に完全に呑まれ、矢原の後ろで小さくなりながら、ちょこちょこ着いてきていた。

 

「先輩~…もっと大人数で来た方が良かったんじゃないですかぁ?」

「うるせぇ。たかだか小学生一人を保護しに来ただけだろうが」

「だって、外の巨大ロボットなんか、こっちを見下ろしているみたいで気味が悪かったんですよぉ」

「大袈裟すぎるだろ。たかだか4・5メートルくらいじゃねぇか」

「何言ってるんですかぁ。直立状態で18メートルくらいからこっち見てたんですよぉ」

「馬鹿言え。お前は知らないだろうが、あのモビルスーツは事故で壊れて跪いた状態になって放置されてるんだ。お前の見間違いだよ」

「でもぅ…うわっ何だ、コレ?」

 

 進藤が指さしたのは、床に開いた穴だった。タイルがジグザクにひび割れており、見方によっては巨大な怪物の口のようにも見える。

 

「事故の時の爆発で開いた穴みたいだな。タイルの破片がこの階の床に散乱している」

「ホントだ。じゃあ、下の方からの圧力で床が吹っ飛んだんですね?」

「おそらくな」

「なんだか、空気の音が化け物のうなり声に聞こえ…先輩、何処に向かおうとしているんですかッ?」

「下だよ、決まってんだろ。あの子供三人も下の方を探索していたっていってたじゃねぇか」

「それはそうですけど…ああ、先輩待ってくださいっ。置いていかないでぇ…」

 

 階段で下に降りれば降りるほど、薄気味悪さが増していくようだった。

 

「何処に向かっているんですか?」

「地下の制御ルームだ。子供が見て面白そうなのは、多分あそこしかねぇからな」

「詳しいんですね」

「俺はその頃から港湾署にいたんだ。まぁ、街の方が別物になっちまったが」

「お台場エリアの一部が閉鎖されたのも、その頃でしたっけ?」

「ああ、元々このお台場エリアは、今有明に住んでいる異星人達の商工業地区に改造する予定だったんだ」

「え? そうなんですか?」

 

 進藤が知らないのも無理ない話だった。当時から警察として治安維持に努めていた矢原達は知らされていたが、一般には公開されていない計画だったのだ。今あるヘリオン0が異星人技術を使用した変電所であることも、テロが発生してから開示したくらいだ。

 理由は色々あるが、攘夷派の存在が大きい。

 矢原自身、異星人に対しては色々思うところがあるが、あの過激派連中ほど迷惑な集団もいなかった。

 史上初の異星人殺害事件から始まった対立感情は日本人・異星人間の国交に致命的なダメージを与えていた。

 連日のニュース番組で映る総理、官僚、与党議員は揃いも揃って顔面蒼白の充血眼であり、日本兎集団(ジャパニーズ・ホワイツ)と呼ばれていた。

 

「…気の毒でしたね。僕はまだ子供でしたけど、テレビ付けると連日頭下げているお偉方が居た印象がありますよ」

「ま、そういうわけで、居住エリアは残っちゃいるが、働き場所は他の区に行くしかなくなった。その後は、家から遠いとか何とか理由をつけて、どんどん本土に住み着き始めやがった。兎集団は断れる筈もなし。ってな」

「そういえば、線路ってこっちにも通ってるんですね?」

「ああ、昔はレインボーブリッジから、このお台場エリアの北側から中央付近までをグルリと回るようにゆりかもめが走っていたんだ。中央が閉鎖されてからは、ショートカットするみたいに青海駅に直通しちまったけどな」

「その頃のことは、あまり良く知りませんね」

「この辺りを回るゆりかもめの風景は、結構綺麗だったんだ。なんだか、子供の頃見ていた未来の風景を見ているようだったのを思い出すぜ」

「テロが起きたのはわかりますけど、何でヘリオン0は閉鎖されたままなんですか? 原発でもないのに」

「その辺りの詳しい事情は俺も知らないな」

「怪物が出るからとか? 以前から結構噂になってますよね?」

「……」

 

 矢原は目線を上に向けて沈黙した。それが何か嫌な流れかと感じたのか、進藤が慌てて両手を振り始めた。

 

「いやぁ、ジョーダンですよ。ジョーダン」

「それも、全くでまかせな話でもないな」

「え?」

「ここを襲ったテロリストは、もちろんいた。けどな、このヘリオン0の破壊には、何か別の存在が居るっていう説がある。テロリストだけでは、どうにも説明がつかない部分が多いからだ。裁判だってまだ続いている。だから、現場を簡単に荒らすことができず、今でもこうして残されているんだよ」

 

 階段の表示は地下6Fとあった。この階の奥に制御ルームがあったことを思い出す。壊れたドアを潜ったとき、妙なものが見えた。

 

「あれは…」

「なんです?」

 

 階段のすぐ隣の部屋は倉庫だった。かなりの広さがあり、木材や鉄骨などの他、怪しげな建築用資材が山と積まれており、このヘリオン0が街作りの重要な拠点であったことを物語っている。しかし、異質な部分が一つだけある。それは格納庫の扉だった。他の部分が爆発の衝撃でも崩れていないのに対し、ここだけが開いている。それも、衝撃や振動によるものではなく、横にある開閉パネルを壊して無理矢理開けたように見えた。

 

「何か出てますね」

 

 進藤が懐中電灯で照らすと、極太の金属パイプと電圧で伸縮する人工筋肉で構成された三メートルほどの金属骨格が浮かび上がった。中央に開いた空間に操縦桿らしきものがある。一番上には頭部らしき物があり、眼のように付随しているターレットレンズが不気味な視線で虚空を見つめている。

 

「作業用のエグゾスケルトンだな」

「ああ、あのパワードスーツみたいなやつですね」

 

 おそらく、この街を異星人街に造り替える目的で配備されたものだろう。よく見ると、大型のアームやらドリルやらが並んで置いてあった。

 直立で整列している何十体ものエグゾスケルトン。埃を被ってたたずむその姿に、矢原はなにやら忘れられた労働戦士のような哀愁を感じ、思わず敬礼したくなる衝動にかられた。

 

「ん?」

 

 矢原の脳裏に何かが引っかかった。

 投げ出された機体と整列している機体。その中を順にライトで照らす。

 矢原は走り出した。

 

「先輩っ?」

 

 真っ直ぐ制御ルームへ駈ける。

 

「どうしたんですか?」

「埃だよっ」

「は?」

「投げ出されたエグゾスケルトン。あれが背面よりも頭や肩に多く積もってやがった」

「それがどうしたんですか?」

「自分の部屋のテレビとか思い出して見ろ。埃ってのは上の面や土台には嫌になるほど積もっても、側面はそうでもねぇだろ。つまり、手前の機体が投げ出されたのはつい最近のことだ。おまけに、揃いもそろって腰部分のコードが乱暴に引きちぎられてやがった」

「えーと・・・?」

「ようするにッ」言うが早いか、矢原は制御ルームに躍り出た。

 

「――ッ・・・・・・こういうこった」

「へ?」

「ん~~?」

 

 電子機器が並ぶクリーム色の壁の内、一面だけに大型のモニターが設置され、下にある端末で操作できるようになっている。電源が落ちているにも関わらず、モニターから淡い光が放たれ、金属骨格で覆われた異形の存在を浮かび上がらせた。

 

「うわっ・・・あれ何ですかっ?」

 

 そこに居たのは、一体のエグゾスケルトン。しかし、どんな魔改造を施したのか、背中から生えたマニピュレータの先に、大型アーム・ドリル・チェーンソーに、何かの噴射装置が備え付けられている。フレームを覆う人工筋肉が細かく伸縮し、さながら独自の意思を持っているかのごとく複雑に稼働していた。どう考えても、乗り込んでいる人間が操作しているとは思えない。しかも、中にいる人間は・・・

 

「・・・子供?」進藤が言った。

 

 小学校高学年くらいの男の子。外見の特徴から察するに、例の葉桜皐月少年に違いない。

 エグゾスケルトンの頭部が回転し、ターレットレンズが矢原達の方を向く。ピントを合わせるように回転し、カメラ独特の収縮音が鳴った。

 

「……だ……れ…だ…?」

 

 虚ろな表情で絞り出すように声を発した。

 進藤が一歩前へ出た。

 

「葉桜皐月君だよね? 君のことを心配した友達に話を聞いてきたんだ。さ、そんなのから降りて帰ろう?」

 

 首をグリンっとこっちに向け、

「んー? うん?」

 

 大きく開いた眼の眼球が機械のように上下左右にグルグル回り、ようやく矢原達の方に焦点が合った。

 

「――進藤ッ。離れろ、正気じゃねぇッ」

「⁼あ~~~」

 

 そんな矢原達を見た皐月が欠伸をするように大きく口を開けた。と同時に、マニピュレータの一つが進藤達の方を向いた。

 

「くそッ」

 

 とっさに進藤にタックルし、二人して転げ回る。

 かわしたのと、マニピュレータの噴射装置からレーザーのようなものが床を切断したのはほぼ同時だった。切断面に水滴が残っている。

 

「ウォータージェットだったのか・・・」

 

 マッハを超えるスピードで水を発射し、鉄さえ斬り裂く機械だ。

 

「あ・・・あぶないじゃないかっ」

 

 進藤が言うと、完全ににイっちまってる皐月少年が、口をパクパクさせながらしゃべり始めた。

 

「HAHAHAッ。なんだぁ? 真っ二つは趣味じゃねぇか? んじゃぁ、腹潰してボン・キュッ・ボンになるのと、穴あきチーズになるのと、ミンチになるのと、どれがイイんだぁ?」

「そういうこと言ってんじゃないよっ」

「Ohー。オイラのオススメを聞きたいのかぁ~。そうか、そうか。それじゃあ応えてしんぜてやろうじゃないかッ」

 

 少年が操る鋼鉄の外骨格から伸びる四つのマニピュレータが動き出す。

 

「遊びは余すことなく楽しもうぜぇ。フぅルコぉスぅだぁぁッ」矢原達めがけて突っ込んできた。

 

「先輩っ。ぜんぜん話が通じませんよぉっ」

「んなことわかって・・・どわぁっ」

 

 突っ込んできた機械の塊を躱すと、すぐ後ろの壁がズタズタに引き裂かれた。

 

「先輩っ・・・この子・・・はぁっ・・・いったい・・・」

「悪い異星人に操られているんだ。そうに決まってる」

「なんて安直な・・・」

「ヒヒヒヒヒィ。悪い異星人。異星人ねぇ」

 薄気味悪く嗤いながら、マニピュレータをタコ足のように広げてみせた。

「さぁ、クイズですッ。オイラの名前は何でしょう? 正解者にはァ素敵な賞品をプゥレゼントォォォ……ってなぁぁッ」

 

 異音を放ちながら佇む暴走機械に呑まれている進藤の首根っこを掴み、「逃げるぞっ」三十六計の精神で走り出した。

 最初はガシュン、ガシュンという音が追いかけてきたが、だんだんと小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 

「こいつぁ、やべぇな・・・」

「先輩ッ。突然ですけど僕退職しますッ」

「んなこたぁ、生きて帰ってから署長にでも…どわぁッ」

 

 目の前にいきなり壁が現れ、重い音が響いた。隔壁が尋常じゃないスピードで降りてきたのだ。

 

「なんじゃこりゃっ。挟まれたら骨が折れるぞッ」

「先輩、あっちに道がありますっ」

「くそっ」

 

 とにかく遮二無二走るしかなかった。それからというもの、隔壁に邪魔され、警報に驚き、落とし穴にはまりそうになりながら逃げ続けた。

 

「先輩っ。この建物知ってるんでしょ? 出口は何処ですかぁっ」

「はぁっ、がぁぁっ。もう・・・わかるかぁっ・・・うん・・・?」

 

 暗闇の中、眼の代わりに研ぎ澄まされた耳に入り込む音の中に鈍重且つ高速な異音が混じる。その音がどんどん高くなる。それがドップラー効果だと気づいた瞬間、進藤の後ろ頭を掴んで床にダイブした。

 

「ふばぁっ・・・先輩、何をっ」

 

 進藤の抗議を遮るように、大質量の何かが壁に突き刺さった。

 

「え・・・?」

 矢原はその物体に触れた「鉄骨・・・?」

「何でそんなものが飛んでくるんですかっ」

「俺に聞くなっ。とにかく走れッ」

 

 もうどこにどんな仕掛けがあるかわからない。洋画で有名な某冒険家みたいな状況だが、心情的には完全にホラー映画の気分だ。

 そうこうしている間に、目の前に光が漏れる扉が見えてきた。

 

「出口ですか?」

「――違うッ。あれはっ」

 

 壁が弾け、矢原と進藤は吹っ飛ばされた。

 

「ぐはぁっ」

 

 倒れ込む二人を見下ろすのは鋼鉄の外骨格。「お帰りぃぃ~~」

 

「ひやぁぁーーーッ」進藤が叫ぶ。

 

 ――なんてこったッ

 

 矢原は思った。この正体不明の化け物は施設を無茶苦茶に操作し、二人を制御ルームまで誘導していたのだ。

 

「おいぃぃッ」

 

 妙に不機嫌な声を出したかと思えば、チェーンソーで壁を斬り始めた。粉砕された壁が矢原達の顔に降り注ぐ。

 

「お帰りって言ってんだろぉ~~。この国ではそう言ったら、ただいまを言うモンじゃねぇのかぁ~? ・・・・・・ん? 順序が逆だったかぁ~~」

「進藤っ。悪い異星人は多分近くにいるんだ。探すぞっ」

「何でそう言い切れるんですかっ?」

「外骨格のあんな複雑な操作やこんな仕掛けが人間にできるか。それに、俺たちの行動を細かに把握している。近くで見てるに違いない」

「なるほどっ」

 

 そう言った進藤の背後にエグゾスケルトンが立ち、唸るチェーンソーを振りかざし――

 

「半分正解だ」

 

 振り下ろされたチェーンソーは、壁から生えるようにして現れた刀のようなものに阻まれた。いや、何者かが壁の向こうからその刀を差し込んだのだ。

 その刀の主は、音を立てて崩れる壁の向こうから現れた。その姿を見た瞬間、矢原の眉間がピクピクと痙攣を起こした。黒光りする硬顎に四つの牙。二メートルを超す巨大な躰と丸太のような四肢をダークスーツに包み込んだ異星人。

 

「あいつは・・・」

「先輩、あれ、サイード人ですよね? 知っているんですか?」

「ああ、こいつは異星人だが、警視庁公安部外事特課第一係の係長だ。名前はたしか・・・アスワード・マーテン」

「HAHAHAッ。サイード人ったぁ面白え。じゃあ、こんなゴミ文明惑星の劣等種族にゃもう用はねぇ」

 

 異音を上げて駆動するマニピュレータはウォータージェットの噴射口を矢原達に向け、躊躇なく発射した。

 

「「どわぁっ」」

 

 二人してそんなことをしても無意味と知りつつ腕でガードする。

 

「――危ねぇっ」

 

 水のレーザーは矢原達を斬り裂きはしなかった。腕ガードを解いた時、矢原達の目の前に新たな異星人が仁王立ちしていた。その姿に、赤鬼をイメージする。

 

「ちくしょうっ。シャツが切れちまった」

 

 水レーザーでシャツが切り裂かれたようだが、その異星人の赤い躰は傷一つ負っていない。凄まじい外皮の硬度だ。赤鬼はTシャツを和紙のようにビリビリと破った。その赤い異星人の背中から、青鬼のような小型の異星人がぴょこりと顔を出す。

 

「生存確認」

 

 それだけ言って、再び赤鬼の背中に入り込んだ。

 

「何だ? こいつらは・・・」

 

 矢原が言うと、赤鬼が振り向いた。

 

「俺はザーマック。背中の奴はシレーム。アスワードのオッサンと同じく外事特課の刑事だよ。ゴンジーマ人を見るのは初めてか?」

「ああ・・・あんたらが・・・」

 

 ゴンジーマ人。たしかデカい体力担当と小さい頭脳担当でコンビを組んでいる異星人だ。特徴は小さい方がデカい方に寄生することで強力な力を発揮する種族だったと思い出す。矢原も見るのは初めてだった。

 

「ゴンジーマ人もいるとは、ますます面白ぇじゃねぇかッ」

 

 興奮気味の少年を睨み付けながら、アスワードはこちらを一瞥した。

 

「シレーム、ザーマック。その二人の護衛を頼むぞ」

「おう、任された」

 

 矢原は目をむいた。

 

「ちょっと待て、お前一人で相手をするつもりか?」

 

 アスワードは応えず、左腕に取り付けた機械を操作した。

 

「音無。目の前の少年を操っている存在の再チェックだ」

『ラジャーだよ、警部。・・・チェック完了。実体は無いけれど、波動パターンに該当あり。出身惑星は不明。銀河連邦の指名手配リストに該当があるね。因子型存在。危険度はS。仮名称の名は、【ジェスター】』

「ジェスター?」

 

 矢原が言うと、シレームがぴょこりと顔を出した。

 

「僅少存在・・・何かを操るという点で自分に少し似ている」

「因子型・・・? ちょっと待て、まさかとは思うが、あの少年の中にウィルスみたいに入り込んでやがんのか?」

「可能性としてはあり得る。情報が少なすぎて、ハッキリとはわからない」

「クソがっ」

「とりあえず」アスワードが歩を進めた。「邪魔な外骨格を取り外す」

「やってみなぁッ。HAHAHAHAァ」

 

 皐月少年・・・いや、ジェスターが再び制御ルームに入り込んだ。すぐに追いかける。すると、エグゾスケルトンから伸びた小型のマニピュレータが椅子のキャスターを無理矢理取り外し、自身の脚部に取り付け始めた。

 

「ムンッ」

 

 アスワードが刀で武器を破壊しようと踏み込んだが、ジェスターは椅子から奪ったキャスターで作り上げたローラーダッシュで素早く身を躱した。

 

「ヒャッハァーーーッ」

 

 ジェスターが叫ぶ。部屋内を縦横無尽に動き回り、ドリルやアームを振り回す。異様としか思えない戦い方だった。しかし、アスワードはその全てを受け流していた。

 

「破ぁっ」

 

 アスワードの刀が奇妙な唸りをあげ、ジェスターのドリルを斬り裂いた。

 

「工業用ドリルはかなり頑丈なんだが、バターみたいに斬れちまったぞ」

「オッサンの得物は高周波ブレードだからな。大抵の物は斬れるぜ」

「凄いっ。腕の端末からの声、あれが噂に聞く幽霊捜査員の音無さんですよッ。それにあの凄まじい切れ味の武器ッ。頼もしすぎるっ。銀河連邦の技術があれば怖いものなしですよ、先輩ッ」

 

 興奮気味の進藤が妙にウザい。

 こっちの戯言を余所に、何度目かの鍔迫り合いを終えてアスワードと距離を取ったジェスターがヒヒヒっと嗤った。

「なかなかヤルなぁ。だが、これはどうだぁ?」

 

 再び襲いかかるジェスターの猛攻をアスワードは受け流した。しかし、すれ違いざまにブレードに妙な物が巻き付いていた。先ほどの小さいマニピュレータだ。それがブレードとコンピュータに巻き付き、

 

「ひゃっHAHAぁぁぁ~~ッ」

 

 一瞬の電光。

 アスワードがそれを引きちぎった時には、刀とコンピュータは煙を噴き、バチバチと放電しながら小さく爆発を起こした。高周波ブレードの方は機構が暴走したのか、刃の中程で折れてしまった。

 

「あ・・・ああ・・・・・・」

 

 進藤が青で口をパクパクする。

 

「んん~~。連邦のオモチャも案外脆いなぁ」

「先輩っ。ヤバいですよッ。音無さんが壊れちゃいましたよッ」

『え? ボク?』

「うひゃあぁぁっ」

 

 ザーマックの腕に付いている端末から先ほどと同じ声が聞こえる。

 

「えーとぉ? 二人目の音無さん?」

「いや、こいつの本体は不遊警視庁の本部にあるパソコンで、今はこの端末と繋がっているだけでな」

『それより、あいつ何かしらの手段で触れた機会を操ることができるみたいだ。精密機械じゃ勝負にならないよ』

「そんなぁ……銀河連邦の超技術が通用しないなんて。もう駄目だぁ、お終いだぁぁ~」

「さっきから五月蠅ぇぞッ。もとから異星人なんてアテにしてねぇっ。お前もサツカンなら自分の体一つで皐月君を助ける方法を考えやがれっ」

 

 矢原が叫ぶと、アスワードが小さく「ああ」と呟いた。「その通りだ」

 

 アスワードは、刀を床に突き立て、腕のコンピュータも外して捨てた。

 

「進藤巡査。警棒を貸してもらえるか」

「え? ハイ」

 

 進藤は腰の警棒を抜き取り、あと一ミリもジェスターに近づきたくないのか、投げてよこした。アスワードは、振り向かずに空中で警棒を掴み、手首のスナップを利かせて伸ばす。

 

「そんなんで勝負する気かぁ? サイード人」

 

 ジェスターの煽りには全く耳を貸さず、アスワードは腰を落とした。

 

「耳ふさいだ方がいいぜ」

 

 ザーマックが言った。どういうことか分からなかった上に、言うとおりにするのが嫌だったのでシカトしていたが、進藤は従った。次の瞬間、矢原は後悔した。

 大きく息を吸ったアスワードから鼓膜が破れそうな爆音が放たれた。制御ルーム全体が震えている。それは、戦の鬨とも猛獣の威嚇とも違っていた。神への祈りにも似た、歓喜さえ感じる咆哮。そして、僅かな静寂。次の瞬間、アスワードの巨体が魔改造外骨格に突撃した。



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#3『狂気のクイズ』

 それは、常軌を逸した戦いだった。

 変幻自在に攻撃を繰り出すジェスターだったが、アスワードはその全てを弾いていた。自身の躰と比べれば小型ナイフ程度のサイズしかない警棒だが、襲いかかるチェーンソーを打ち払い、腕部・脚部の間接を破壊し、マニピュレータを打ち貫いていく。警棒の扱いだけではない。同じ二足歩行動物だが、繰り出すパンチ一つを取っても、地球人のやり方と何かが違う。おまけに、全方向に眼がついてでもいるかのように、攻撃を躱している。まるで何度も戦った敵を相手取るかのようだ。予測と反射神経、力、技、駆け引き。その全てを駆使して戦いの主導権を握っている。

 その間、矢原達に飛来する攻撃は全てザーマックが防いでいた。

 

「KISHAAAーーーッ」

 

 繰り出されるアームを跳んで躱し、かかとではたき落とす。ジェスターがそのアームを振り上げようとする。が、それまでのスムーズな挙動が鈍る。アームの人工筋肉が縮まないのだ。

 

「なんだぁ?」

 

 それは、警棒が人工筋肉に突き刺さっている為だと遅れて気づいた。

 

「いつの間に・・・?」

「跳んだと同時に投げて差し込んだんだよ」

 

 ザーマックが言った。「技の連携が無数にあるから、オッサンと稽古してると頭がおかしくなるんだよなぁ」

 アスワードはその警棒の両端を掴み、自身の体重をかけるようにしてねじ切った。

 

「よしっ」進藤が拳を握りしめる。

 

 次の攻撃に移ろうとしたアスワードに新たなマニピュレータが伸びる。

 

「なにッ?」

 

 それは、先ほどのブレードで切り裂いた筈のドリルだった。アスワードはとっさに反応して防御したが、前腕の一部をえぐられ、鮮血が飛んだ。

 

「馬鹿なっ」進藤が言った。「ドリルの先端が復活している・・・?」

「見ろ」

 

 ザーマックが指さす先で、これまた先ほどねじ切った筈のマニピュレータに小さなマニピュレータが伸び、信じがたい速度で溶接加工を行っている。数秒でアームのマニピュレータが復活してしまった。

 

「やるじゃねぇか、サイード人。だがぁ、オイラは壊された側から再生するぜぇ? てめぇの体力がいつまで持つかなぁ?」 

「どうしましょう? 先輩・・・」

 

 進藤がまた泡を食ったような表情をしだした。

 

「いくらサイード人が体力に優れているといっても、無限に再生されちゃあ、いつかやられちゃいますよ」

「アホ言えっ。無限なんてことがあるか」

「矢原巡査部長の言うとおりだ」

 

 アスワードは、警棒を逆手に持ち替えた。「無限と言うことは考えにくい」

 

 そのアスワードに、ジェスターは四つのマニュピレータをグルングルンと動かしながら口元を歪めて笑いかけた。

 

「それはどうかなぁ?」

「動きがだんだんと鈍くなってきているぞ」

「・・・あ?」

「武器が付いているマニュピレータは再生させるが、試しに破壊してみた腕部関節は修復しないのだな。単なる気まぐれかもしれんが」

「・・・・・・・・・」

「絶対に後ろを取らせない。私がそういう動きを取ろうとすると、必要以上に距離を取る」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 場を静寂が支配し、しばらく誰も動かなかった。

 

「・・・ひひひっ」

 

 沈黙を破ったのはジェスターだ。

 

「ひひひゃひゃひゃっ。なるほど、てめぇにとっちゃ、コンピュータはそこまで必要じゃねぇようだなぁ。これまでに何人かサイード人とヤッてきたが、なるほど、今度の奴はとびきりの大物みてぇだ。なんでこんなド田舎惑星にいるのか、そこんとこがわかんねぇが」

 アスワードが飛び出し、素早いステップで相手の背後に回り込んだ。

 

「はっ。くらえぇッ」

 

 予測していたように、ジェスターがドリルとアームを突き立てる。しかし、アスワードは急に小さくバックステップして躱した。背面への回り込みはフェイントだったのだ。空振りしたマニピュレータの関節が警棒に貫かれる。反撃に構えられたチェーンソーとウォータージェットの二つは、振り向きざまに根元を掴み、握りつぶした。

 

「ちくしょうっ」

 

 再びジェスターが小さいマニピュレータを伸ばし、躰の修復にかかる。アスワードは、その様子をじっと見ていた。

 ドリル、アーム、チェーンソーが復活する。しかし、ウォータージェットは修復の途中でマニピュレータがヘタってしまった。

 

「それが限界か?」

「Oh……やばいなぁ。腕が再生しなくなっちまったZE~。これじゃあよぉ……」

 

 さも困ったようにマニピュレータが頭を抱える仕草をして――

 

「――お前らにオイラの見分けがつかなくなっちまうじゃねぇか」

 

「――――ッ」

 

 アスワードが何かを察したように跳び上がる。しかし、床から大量のマニピュレータが蔓のように伸びてその足に絡みつき、その一部が腹部を貫いた。

 

「ぐっ……」

「おいっ。大丈夫か?」

「…問題ない」

 

 細いマニピュレータを引きちぎり、アスワードはジェスターと距離を取った。

 

「さぁて……第二ラウンドだ」

 

 激しい地鳴りのような無数の足音が近づき、床や壁が突然弾けるように砕け散った。

 

「なんだッ?」

 

 機械の腕を伸ばしている本体が姿を現す。それは先ほど保管庫にあった残りのエグゾスケルトンだった。

 

「よーしッ。整列だぁ」

 

 カッとかかとを揃えて敬礼する外骨格軍団。その内数体が、操縦席部分にプレートを装着していく。

 

「いえーいッ」

 

 ジェスターが他のエグゾスケルトン軍団に混ざり、激しいダンスを始めて目まぐるしく立ち位置を入れ替えていく。

 十秒ほど踊ったかと思うと、突然ピタッと止まって全機体のレンズがこちらに焦点を合わせた。

 

「さぁ、クイズですッ。ジェスターはどれでしょう?」

「全て本物だ。どのように操作しているのかはわからんが、全機体にお前という因子が入り込んでいるはずだ」

 

 アスワードの答えに、全てのジェスターがうんうんと頷いた。

 

「ぴんぽーん。大正解だーっ。こいつらには、オイラの一部を分け与えている~。この子達のことは~そうだなぁ……1%ジェスターとでも呼んでくれっ。1%ジェスター50体と、本体である30%ジェスターだ~~。覚えたかな? ここ、テストに出まーす。当てずっぽうに攻撃してみな? 中の子供が生きているか死んでいるかは、開けてみないとわからな~い」

「この野郎っ。遊びでやってるつもりかッ」

「なんだ、連れねぇなぁ。せっかくお前らお得意のゲームにしてやったのによぉ。いつもやってんだろ? この中に犯人がいるーーッってやつさぁ」

「それは探偵で、俺たちは警察官だッ。だいいち、この場合だとオリエント急行殺人事件のオチだろうッ」

 

 ケラケラと嗤いながらにじり寄るジェスター軍団と一定の距離を取りながら後退していく。先頭のアスワードは、もう縮めることはできないほど複雑に曲がった警棒を逆手に構えた。

 

「シレーム。分析が終わったら教えろ」

「承知」

「うっしゃぁッ。やるか、おっさんッ」

『みんな。外のイグニース巡査が「出番はまだですの?」って言ってるよ 』

「今は危険。特定が終わるまで手出し無用と伝達」

『いえっさーだよ』

 

    ☆    ☆    ☆

 

「どうしたぁ? サイード人にゴンジーマ人。さっきから攻め手が見えねぇZEっ」

「くそっ。今すぐ全員ぶっ壊してぇ…」

 

 赤い躰をさらに真っ赤っかにしながらザーマックが呟いた。

 

「焦るな。廊下の中で行動が制限されているのは向こうの方だ」

「………34から42は除外。2から17の解析は82%。27、33、48、50……除外……」

『シレーム。機械分析が終了したよ』

「――解析完了ッ。No.13」

「手前ぇかッ」

 

 ザーマックが一体のエグゾスケルトンの頭部を殴りつけた。

 

「ぐをぉぉぉッ」

 

 凄まじい威力で廊下の壁を突き破って隣にある何かの格納庫らしき部屋にぶっ飛んだ。

 

「っしゃぁッ」

「ザーマック。子供のことを忘れるな」

 

 拳を突き出すザーマックの背中からシレームが釘を刺した。

 

「わーってるさ」

「どうやって見分けたんだ?」

 

 矢原の問いかけると、シレームが頭をこちらに向けた。

 

「駆動部の関節に負荷がかかる動きに対する反応及び音無の端末を破壊しようとするマニピュレータの動作パターンの解析。前半はオレが、後半は音無が担当」

 

 矢原は頭をかいた。

 

「え…と…つまり、奴がやって欲しくない行動に対する嫌がり方と、反対にやりたいと思っている動きを見たってことか?」

 

 シレームが頷いた。

 

「ジェスターは自分自身の本体が30%だと言った。戦力アップにその中から分け与えても良さそうだが、それをしない。何故か? それは因子の割合を高くしなければできない能力があると考えるのが自然だ。例えば、奴が見せた複雑な機械の操作・破壊・再生」

 

「もう一つわかったことがある」アスワードが言った。

「奴のエネルギー源、それは電力だ。腰部に取り付けられたバッテリーを交換しているのが見えた」

「付け加える」ザーマックの背中からシレームが顔を出した。

「機械を操る力と同じようには生物を操作する力はない。自分とは違う」

「何故そう言い切れるんです?」進藤が訊ねた。

「機械部分は修復するが、少年の腕の傷は治療していない。外骨格を操作するのに支障をきたす。これは不自然」

 

 言われてはじめて気づいた。たしかに、助けを求めてきた少年三人が言うには、滅茶苦茶に暴れていた皐月は、腕を負傷していたと言っていた。操作対象の傷を自由に治せるなら、その部分を放置しているのはおかしい。

 

「しかし、現に声を発することや、エグゾスケルトンの腕部・脚部の操作はやっている。どういうことだ?」

 

 矢原が訊ねると、シレームは眉間に皺を寄せた。

 

「不明。しかし、何かが引っかかる」

「おやおやおや~~。なんだか色々とバレちまったみたいだなぁ~~」

 

 ジェスターがゆっくりと姿を現した。「しかーしぃ。この数の暴力を克服できるかぁ?」

 

「それは問題ない」

「……あぁ?」

「音無。イグニース巡査にポイントを伝えろ」

『ラジャーっ』

「――もう来てますわッ」

 

 空気が震える。

 

「何だ?」

 

 突如天井が崩れた。背中から翼のようなものを広げた女が見えた。三日月を背にして紅の瞳が光っていた。

 

「イグニース巡査」アスワードが言った。「正面の頭部が歪んでいる個体以外を破壊しろ」

「了解しましたわッ」

 

 凜とした声が響き、夜空の星々に混じって瞳と同じ紅く揺らめく細長いものが無数に生まれた。

 

「燃える…剣……か?」

 

 それは雹のように降り注ぎ、外骨格達に突き刺さったかと思うと、周囲を炎の海へと変え、爆風で通路を吹き飛ばした。



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#4『月下の巨人』

 矢原と進藤はザーマックに抱えられて間一髪ダイブで外に脱出できた。

 

「おい、リアッ。俺たちを巻き込むんじゃねぇッ」

「待機時間が長すぎて、力が入り過ぎちゃいましたわ」

 

 声の主が空中から降りてくる。翼のように見えたのは、先ほど撃ち込んだのと同じ何十本もの剣を広げたものだ。爆炎がブースターのように噴射して空中移動ができるらしい。

 

「うはっ」

 

 進藤がアイドルを見たような声をあげた。

 

「先輩、先輩ッ。本物のヘリアンテス巡査ですよッ。僕、前からファンだったんですよ」

「あー、そうかよ……」

 

 しかし、進藤が興奮するのもわかる。

 近くで見ると、それほどに美しい女だった。

 整った顔立ちと白い肌。豊かな乳房はシャツの上からもわかる。それだけなら、矢原も見とれていたかもしれない。しかし、爛々と輝く瞳、肩口で揃った髪の毛、その隙間から揺れる炎その全てに共通する鮮やかな紅色が神秘的な輝きを放ち、地球人とは違う存在であることを示していた。

 

「こいつも、あんたらの仲間か?」

「肯定。ヘリアンテス・ルクサ・イグニース巡査。外事特課最強の攻撃能力の持ち主」

「んんん~~? あー………」

 

 ジェスターが瓦礫の中から這い出た。

 

「イグニース巡査、あの機体の中には少年が捕らえられている。攻撃は胴体部分を避けて行え」

「わかっていますわっ」

 

 今度は魔法か…

 矢原はズキズキし始めたこめかみを揉み込んだ。

 

「そうか、これが魔法か。なるほど、なるほど。こいつは確かに不味いヤツだぁ」

「先輩。なんだか、警戒しているみたいですよ」

「わたしくしの炎はヒトの強い想いの力で物理に影響を及ぼすもの。よって、概念だの精神だのといった存在にも直接ダメージを与えられますわ」

「すごいっ。美貌だけでなく、こんな凄い力をもっているんですねっ」

 

 進藤が興奮した様子で拳を振っている。

 

「肯定」シレームが言った。「拳銃程度の威力で十分なところでもダイナマイト程までしか絞り込めないくらいの力の持ち主」

「それは、ノーコンって言うんじゃないのか?」

 

 ヘリアンテスは、こちらのやりとりはどこ吹く風で歩を進める。

 

「――おおっと。ストップだぁ。こいつが見えるか?」

 

 ジェスターは胴体のプレートを剥ぎ取った。

 

「子供を焼き殺したいなら止めないが、どうする?」

 

 ヘリアンテスの眼が皐月に向けられる。すると、紅い瞳に炎が宿っているのが見えた。

 

「なんですか? それは」

「ああ?」

「その腕の傷はなんだと聞いているのですッ」

 

 突然声を荒げた。

 

「最初の調整の時になぁ、ちょっとぶつけたのさぁ。それがどうかしたのかぁ?」

「・・・死刑よ」

 

 突然、ヘリアンテスの周囲が歪み、何も無い空中から数十本の剣が出現した。刃一つ一つに、ヘリアンテスの髪の毛のように紅い炎が揺れている。

 

「おい、何だあれは?」

「落ち着けリアっ」

「消し飛べ。アクト・インベニム・ウィム・アクト・ファルキルム」

 

 炎の剣がミサイルのように飛び出し、ジェスター諸共、ヘリオン0を斬り裂き始めた。

 

「どわぁッ」

 

 凄まじい熱量がまき散らされる。

 見上げると、ジェスターのマニピュレータが融解していた。それだけでなく、剣が滅茶苦茶に踊り回り、ジェスターの再生能力を上回るスピードで破壊し続けていた。

 

「HAHAHAHA~っ。ど派手なパーティになってきたなぁ」

「その子を離しなさいッ」

 

 一際大きな爆炎が起き、ジェスターは巻き込まれて吹っ飛んだ。

 

「それじゃあ、パーティのメインイベントと洒落込むかッ」

「何をする気だ?」

 

 警戒する矢原にジェスターは指を振って見せた。

 

「さぁ、クイズですッ。本体のジェスターは30%、1%ジェスターの総数は50%。残りの20%はぁ……さぁて、どこに居るでしょう?」

 

 その時、ズシン、ズシンと巨大な足音と共に巨大な影が浮かび上がった。

 

「クソッ。さっき進藤が言ってたのは見間違いじゃなかったのかッ」

「なんだ? こいつは」

 

 アスワードとザーマックが反応する。

 

「このウィルス野郎。この街のシンボルを改造してやがったのか・・・」

「HAっHAっHAあぁぁーーーッ」

 

 ジェスターが飛び上がり、それに飛びつく。

 更に、他のエグゾスケルトンもワラワラと向かっていく。長さ2メートルほどの黒い円柱状の機械を運んでいる。

 30体ほどのエグゾスケルトンが一つの巨大な影に群がり、自身のパーツを組み替えながら融合していった。

 

「あ・・・ああ・・・・・・」

 

 驚きのあまり喋ることができない。

 

「んん~。これはなかなかイイ感じだぁ~」

「馬鹿な・・・こんなことが・・・」

「おい、矢原の旦那。あれは何だ?」

「さっき言った通り、この街のシンボルだ。そして、この国では知らない奴の方が珍しい位の有名なロボット・・・」

 

 驚愕と感動が矢原に襲いかかった。青い胸部から伸びる白く逞しい四肢。広いV字型の黄金アンテナ。テレビでしか見ることができなかったその勇姿が、リアルロボットアニメの金字塔と言える存在が、連邦の白い悪魔が自分の目の前で歩いている。

 しかし、コックピットが存在するにも関わらず、人質として盾にするためか、胸部は開いて皐月少年は相変わらず露出している状況だった。

 

「あとは~こいつを取り込んでーっとな」

 

 1%ジェスター達が持ってきた黒い機械を取り込み始めた。

 

「あれはなんだ?」アスワードが訊いてきた。

「・・・衛星軌道上のヒュペリオンから電力が届かなくなった時に備えた大型コンデンサーだ。規模は詳細に覚えていないが、首都圏を数日稼働させるくらいは・・・・・・くそっ・・・なんてことだっ・・・」

「先輩、さっきからどうしたんですか?」

「この気持ちがお前にわかるかっ。いけないことだ、犯罪だと・・・わかっているんだ・・・・・わかっているのに・・・」

 

 よくやったっ。グッジョブだッ。是非俺にも操縦させてくれッ。

 その要求を飲み込み、矢原は自分の中から警察官としての自分を励ました。自分の使命はなんだ。何の為にここに居るのだ。そう、皐月少年を助けるのだと。

 そんな事情を知らないヘリアンテスは、無茶な攻撃を繰り返していた。

 

「大きくなっても変わりません。消し飛ばしてあげますッ」

 

 ヘリアンテスがスタンスを広くとり、両腕を正面に伸ばした。不規則に飛んでいた剣がジェスターに向かって円形に並び、素早く踊って空中に魔方陣のようなものを描く。

 

「我、ルクサ神殿の戦士。イグニース神の信徒が願い奉る。十字架の丘、我らが聖女の名に誓い、全ての邪悪に沈黙をッ」

 

 妙な台詞と共に、ヘリアンテスの魔方陣が紅く輝き出す。炎と共に深紅の雷光が奔る。

 

「うをぉぉ・・・HAHAHAぁーーー。何をする気だぁ?」

「我が国の最高魔術をくらいなさいっ。

――ベガ・セシリ・・・・・・」

「やめろ、馬鹿者がっ」

 

 最高魔術とやらは、アスワードの拳骨によって阻止されてしまった。

 

「何をするのです? おじさま・・・」

「威力の高すぎる攻撃は控えろ」

 

 たしなめるアスワードに、ヘリアンテスはふふんっと笑ってみせた。

 

「この魔術、『ベガ・セシリア』は全ての邪悪を聖火のもとに消滅させる究極奥義。悪しき心を持つ者のみを滅し、聖者には傷一つ負わせません」

「いい加減に頭を冷やせ。この世に邪悪な心を持たない者などいない。少年諸共消し飛ばしてしまいかねん。そもそも、我々は日本の警察官だ。悪人であろうとも、検挙こそすれ、殺す事は罷り成らん」

「それでは、どうなさるんですか? 因子型存在なんて、どうやって捕まえれば・・・」

「今はわからん。だが、何かあるはずだ」

「ええ~…」

「先輩、あの警部って・・・」

「ちっ・・・」

 

 眉間がうずく。いつもの痛みとは違う、異質な違和感を感じている。

 

「ヌァァァァッッ。バチバチが染み渡るぜぇぇぇッ」

 

 ジェスターが砲身を向ける。

 

「あれは・・・まさかッ」

「む・・・」

 

 天に向かって砲身を掲げ、甲高い音と共に一筋の閃光が奔った。

 

「HAHAHAーーーッ。なかなか良い気分だぁ」

「まてっジェスターッ。そのポーズはメインカメラが無い状態でやるべきだっ。やり直せッ」

「せ……先輩……?」

「おい、あの武器はなんだ?」

「ミノフスキー粒子をIフィールドの限界を超えて圧縮することでできるメガ粒子を放出する武器。その名もビームライフルだ」

「びーむらいふる?」

「地球にも凄い技術がありますわね」

「先輩ッ。異星人の皆さんに嘘科学を教えないで下さいッ。地球が誤解されますよッ」

「流石に本物程の威力は出ないみたいだが・・・まさかと思うが、あの武器も・・・」

 

 両手の握り拳を振るわせる矢原に、ジェスターが目を向けた。

 

「んんん~? その武器とやらは、もしかしてコレのことかぁ~~?」

 

 背中のバックパックから飛び出ている柄を掴み、正面で構えて見せた。

 

「まさか・・・本当に・・・・・・? 馬鹿な、できるわけがない。ハッタリに決まってるッ」

「先輩、そんなこと言いつつ、凄い食い入るように見てますね・・・」

 

 柄の先から、赤紫色の閃光が伸びる。閃光は数メートルで止まり、独特の音を発しながら周囲の空気を焦がしていた。

 

「うおおおぉぉーーーーッ。夢じゃねぇっ。マジでやりやがったぁぁーーーーッ」

「今度は何だっ?」

「ビームサーベルだぁぁッ」

「びーむさーべるぅ?」

「ビームは・・・英語・・・サーベルは・・・オランダ語読み・・・何故・・・?」

 

 シレームとザーマックが呆れたような顔をした。

 

「っていうか、何で光学兵器が発射したすぐ先で止まってるんだ」

「メガ粒子になる寸前のミノフスキー粒子をIフィールドで固定しているんだ」

「「はぁ?」」

「なんて奴だ。得ている電力次第でこんな技術まで再現可能なのかっ」

「そもそも、あの図体で刀剣類を扱う必要がどこにあるんだ」

「んなこたぁ、どうだって良いんだッ。あの武器は、男のロマンなんだよッ」

「そのロマンこそどうだって良いですっ。来ますよ」

 

 赤紫の閃光が矢原達に襲いかかり、ヘリオン0の一部がバターのように切断されて崩れ落ちた。

 

「さぁ、クイズですッ。今ジェスターは何を狙っているでしょう?」

「いい加減にしろッ。その機体で破壊活動は――」

「はい、時間切れ~~」

 

 雑に掲げたビームライフルの銃口が南東を向き、一瞬の閃光。何の心の準備物無く耳に届く破壊音と悲鳴。

 余りに突然のことで理解するのに数秒かかった。ジェスターが撃った先の青海駅の屋根が崩壊していた。

 

「ジェスターッ。貴様ーーッ」

「矢原巡査。被害確認は他の職員がやっている。今は目の前の問題を冷静に対処するべきだ」

 

 そんなことはわかっている。しかし、普段の仕事とはかけ離れた現実感のない状況。その最たる悪夢のような異星人が、自分達が守ってきた街を破壊している様を目の当たりにすると、どうしても頭に血が上ってしまう。

 

「はぁっ」

「そりゃっ」

 

 暴れ回るジェスターにヘリアンテスとザーマックが攻撃を加えるが、先ほどよりも更に防御能力を上げた敵になかなか有効な打撃を与えることができないでいる。

 

「手加減って難しいですわーッ」

 

 どうやら片方は皐月へ危害を加えないように力をセーブするのに忙しいようだ。

 

「HAッHAッHAァ」

 

 力を溜め始めたジェスターの周囲に電光が輝き、電流が全身を包み込んだ。

 

「URIIIIIYHAAAAーーッ」

 

 ジェスターが無茶苦茶に振り回したビームサーベルの一閃。それは、先ほどの刃渡りから更に倍程度まで一気に伸びてきた。

 

「危ねえッ」

 

 とっさにザーマックが防御に入った。

 矢原と進藤に飛来した巨大な閃光を全身に受けた赤鬼。袈裟懸けの一閃が過ぎ去り、血が吹き上げる。

 

「・・くそっ」

「おいっ。大丈夫かっ」慌てて駆け寄った矢原に、ザーマックが手を振ってみせた。

「はっ。大したことねぇよ」

 

 おどけて見せているが、傷は浅くないように思えた。あれほど堅牢な外皮が、これまでジェスターの攻撃の全てをはじき返して見せた躰がザックリと斬り裂かれていた。

 歯を噛みしめる。

 異星人とはいえ、このゴンジーマ人達も生物なのだ。寿命もあれば、怪我や病気で死ぬことだってある。

 自分たちと同じように。 

 

「矢原巡査」アスワードが呼びかけた。

「貴官はあの機械に詳しいようだ。弱点があれば、教えてもらいたい」

「そんなの、簡単にわかったら苦労しな・・・――うをぉっ」

 

 矢原の目の前数メートルをビームサーベルが通り過ぎる。刀身の熱エネルギーのせいで、その距離でも危険な代物だった。

 ハイになりすぎたジェスターが、巨体を踊らせ、ビームサーベルを振り回す。

 

「YHAAAAAAAーーッ」

「せいやああぁぁーーッ」

 

 その攻撃を凌いでいるのはヘリアンテスだった。

 電柱や電線を足場にして走り回り、巨体の背後に回り込みつつ、斬擊を加えていく。しかし、ジェスターは後ろにも眼が付いているかのように素早く反応し、斬り結ぶ。

 しばらく戦うと、電線はほとんど残っていない状況になっていた。ジェスターが敵の足場を破壊するのはわかるが、ヘリアンテスのノーコン攻撃は、自分に不利になる軌道にも平気で飛んでいくのだ。

 閃光の太刀と無数に跳び回る炎の魔剣。

 ヒートアップする二つの力は周囲を破壊しつつ、公道へと移動していく。

 

「ちょっと待て」

 

 矢原の制止は全く届かず、二人の攻撃は元ゆりかもめの高架下でぶつかり合い、線路を破壊してしまった。

 

「手前ぇら、何しやがるんだッ」

 

 新橋と副都心を結ぶ空の道。子供の頃から、矢原はゆりかもめから見える湾岸風景が好きだった。いずれ、ヘリオン0のごたごたが片付いたとき、もう一度あの風景を見たいと願っていた。

 

「ジェスターッ。もうお前に好き勝手はさせねぇッ。この街は俺が守るッ」

 

 警察官の最強武器、配給品の黒い拳銃を正面に構える。

 

「おい、旦那よせッ」

「先輩っ?」

 

 消煙と共に放たれる弾頭。矢原の怒りを宿した鉛の弾頭は・・・

 

「燃え尽きなさい、悪党ッ」

 

 空中で舞踊を続けるヘリアンテスの剣に当たり、あらぬ方向へと飛んでいった。

 

「おいっ」

 

 キンっ、コンっ、カンっ。と音を奏で、右へ左へ、上へ、下へ、ピタゴラスイッチのボールの如く跳弾する矢原の怒りは、最も飛んではいけない軌道を辿り、ある場所をかすめてコックピットの奥で止まった。

 

「URIIIIIIッ。なかなかスリリングじゃねぇかーーーッ」

「ぎゃーーーーーッ。この中年オヤジぃぃぃーーーッ。皐月君に当たったらどうすんのよおぉぉーーーッ」

 

 ヘリアンテスが、矢原の襟を掴んで滅茶苦茶に振り回してきた。

 

「ばっ・・・馬鹿女ッ。お前の剣が邪魔だったからじゃねぇかぁぁ」

 

 アスワードが顎に手を添えた。

 

「惑星インフェリシタスの民は、絶大な攻撃能力を持っているが、やることなすことが裏目にでる不幸体質だ。何かやるときは十分注意した方が良い」

「先に言いやがれーーーっ」

「おい、旦那達っ。遊んでないで距離を取れ。またあのサーベルが飛んでくるぞ」

「そうだった。まずっ・・・ん・・・・・・?」

 

 ビームサーベルの一閃が来ることを覚悟していた矢原の目の前で、18メートルの巨人が不自然にカクカクした動きで右手を振り上げていた。

 

「なんだ?」

「UWOOOOッマズイぜぇッ」

 

 ジェスターが、酷く慌てた様子でコックピット部分にマニピュレータを伸ばす。

 それは、皐月の右耳付近の千切れたコードを引っ張ってその先と繋げ、溶接を施していった。先ほど矢原が撃った銃弾が当たったヘッドフォンのコードだ。

 更に、ジェスターは補強のつもりかコードを金属製の筒で覆い、ヘッドフォン自体もヘルメット型に改造しだした。

 辺りに静寂が訪れ、深夜のお台場に一筋の海風が吹いた。

 

「HEっHEっHEっ。そんなに見つめるんじゃねえぜ。照れるだろぉ?」

 

 頭を掻きながらおどけるジェスターに、アスワードが歩を進めた。

 

「どうやら、弱点が見つかったようだ。少なくとも、皐月少年を助けだすことはできる」

「え? どういう事ですか?」

「あいつは・・・生物を直接操れない。寄生しているのは少年ではなくギャラフォン。端末の高性能サウンドを利用して精神に働きかけ、間接的に操っているっ・・・」

「HAHAHAーーーッ。バレちゃあしようがねえ。本格的にこれでおさらばだぁッ」

 

 ジェスターがまたもやマニピュレータを伸ばし、周囲のビルからありとあらゆる機械を取り出してきた。それらがジェスターの背中に集まり、ロケットブースターのようなものを作り出し始めた。

 

「駄目だぁっ。あいつは戦えば戦うほど強力な機械を取り込んで強くなっていくーっ。弱点がわかっても狙えないですよぉーー」

 

 進藤がもう何回目かわからない泣き言を言い出した。

 

「おい、そんなことを言う暇があったら、お前も少しは何か考え・・・」

 

 矢原は、ハッとしてジェスターの本体。皐月のギャラフォンを凝視した。

 

「先輩? どうしたんですか?」

「進藤・・・」

「はい?」

「お前、なかなかやるじゃねえかッ。これが終わったら焼き肉を奢ってやるぜッ」



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#5『変わらぬ想い』

「何か掴んだのか?」アスワードが言った。

「ああ。だが、皐月君を引き離す必要がある点は変わらねぇぜ。何とかなるのか?」

「たった今、その算段がついたところだ」

 

 アスワードとアイコンタクトを交わした。そんなことをするとは、つい数時間前まで思いもしなかったことだ。

 どちらが先だったかはわからない。ほとんど同時に走り出していた。

 

「あのロボットは、どこかはわからねぇが、サブカメラが無数に付いているぞ。そいつを壊すんだ」

「承知した」

 

 アスワードが右手を掲げ、ヘリオン0で閉じ込められた時のように空間が歪み始めた。

 

「悪ぃがなぁ、もうOSARABAだぁぁ」

 

 完成したロケットブースターからガスが噴射し、二つのマニピュレータが石をカチカチと擦り合わせて火花を散らしはじめた。

 

「ああ、逃げるーーー」

「シレームっ。ザーマックッ」

「「任されようッ」」

 

 アスワードの呼びかけに、シレームとザーマックが同時に応える。

 石の火花が噴射ガスに引火し、ジェスターは背中から煙をあげて飛び上がり始めた。

 

「アイッ、キャンッ、フラーーーーーッ・・・ん・・・?」

 

 ジェスターは、地上数メートルまで飛んだところで静止してしまった。

 

「なんだこりゃぁぁ?」

 

 ジェスターの巨体に巻き付いたのは、先ほどジェスターとヘリアンテスで斬りまくった電線。それを束ね、地上で飛行を阻止しているのはシレームとザーマックだった。

 

「「二つの心を一つにっ。合身シンクロ

――リミッター解除ッ」」

 

 ただでさえムキムキの躰が更に盛り上がり、掴んでいた電線の束を引き下げた。

 

「FAAAAAーーー!」

「「そりゃぁッ」」

 

 ジェスターを地上に叩き落とさんとしたシレームとザーマックが、逆に拳を振り上げてブースターめがけて飛び上がった。拳は見事にブースターへと命中し、完全に破壊した。

 

「こんにゃろッ」

 

 体勢を立て直そうとするジェスターの周囲が歪んでいく。

 

「その図体でなぜ我々三人の攻撃を凌ぎきれるのか疑問だったが、機体の周囲にあるカメラを使って見ているのだな」

「なぁ?」

「周りを浅く破壊するくらいなら造作ありませんわッ」

 

 ヘリアンテスの剣が巨大ジェスターの周りを取り囲み、爆炎であらゆる装甲を破壊した。

 

「くそぅ。見えねぇッ。何処だぁ?」

 

 キョロキョロするジェスターに向かい、アスワードが走り、空中に浮かんでいたヘリアンテスの剣を一振り掴み、ジェスターの足を駆け上がった。

 

「ヘリアンテス、貴官は剣の威力制御に全力を傾けろ」

「おじさま・・・ええいっ。了解しましたっ」

 

 燃えさかる大剣を振りかざし、強力な斬擊で胴体を破壊した。そこには、例のコンデンサーが露出した。「これがなければ、今の状態は維持できまいっ」

 アスワードは、コンデンサーに向かって燃えさかる剣を突き立てた。

 

「IIIIIIII~~~」

 

 叫び苦しむジェスターの躰のあちこちが爆発し、煙を噴き上げる。だが、ダメージはジェスターだけではない。ヘリアンテスの魔剣を突き立てるアスワードもまた、紅蓮の炎に焼かれていた。

 

「もうよせ、おっさんっ。リアの炎なんかに巻かれたら燃え尽きちまうぜッ」

 

 ザーマックが叫ぶ。しかし、アスワードはまるで聞こえていないかのように何も喋らなかった。ただ爆炎の中で剣を深く突き立てている。

 

「このっ・・・サイード人めぇぇッ・・・」

 

 ジェスターが大きく腕を振り上げた。握りこんだ巨大な鋼鉄の拳が勢いを付け――

 

「警部ッ」矢原は叫んでいた。

 

 ――警部

 警察官の序列6位の役職名。矢原はそれをアスワードに対して使った。驚いたのは、それが素直に口から出てきたことだ。常に人質である少年の安全を第一に戦い、被疑者であるジェスターに対しても、検挙を目指した。資料を見ていた限りでは、荒事で鍛え抜かれた異星人の筈だ。しかし、アスワードは日本の風習を尊重している。

 少しやり過ぎな感はあるが、他の三人も同様のようだ。

 もう認めたも同然だ。ここにいる四人の異星人が、自分たちと同じ日本の警察官なのだということを。

 

「破ぁッ」

 

 アスワードの剣戟がジェスターの拳を破壊する。

 続けざまに、自分の剣を足場にして飛び上がったヘリアンテスが、ジェスターの両腕を肩関節部分から切断した。

 

「再生しないぞっ」

「GYIIIIIーーーッ」

 

 唸るジェスターのコックピットにアスワードが飛び込み、爆発の中から皐月少年を抱えて脱出した。

 

「おじさまっ。そういうのはわたくしの役目ですのにーーッ」

 

 ヘリアンテスが両拳を振りながら地団駄を踏んだ。

 

《ちくしょーーーう》

 

 完全に武器を奪われたジェスターが、もはや正体を隠す必要もなくなった為か、スマホ部分から叫んだ。

 

《ファーーーーっクッ。しかしぃ・・・もうこの位置までくればこっちのモンだ。電波に乗って逃げてやるッ》

 

「ええ?」「あいつ、そんなことまでできるのかぁ?」

 

 進藤とザーマックが驚きの声をあげた。対して、ヘリアンテスは皐月に向けていたのとは正反対に、絶対零度の視線をぶつけている。

 

「こうなれば、我が聖なる炎で概念ごと滅ぼして・・・」

「何度も言わせるな巡査。殺すことはまかりならん」アスワードが言った。

「では、どうするのですか? ここで取り逃がせば、他で被害が起きるだけですわよ?」

 

 アスワードが矢原に一瞥をくれた。

 

「貴官の出番だ」

「うおっしゃあッ」

「先輩、どうする気ですか?」

「こうするんだよッ」

 矢原はヘリアンテスからギャラフォンを奪い取り、自分のギャラフォンを取り出した。

 

《何をする気だぁ?》

 

「おい、糞携帯。ケーブルだッ。ケーブルを出せっ」

「合点」

 

 妙な応対表現だったが、矢原のギャラフォンからも、進藤のと同じケーブルがするすると伸びてきた。その先端をジェスターが入っているギャラフォンに突き刺す。

 

「ダウンロードだ。ジェスターとかいう異星人をダウンロードするんだぁぁぁッ」

 

「「「ええええぇぇぇーーー?」」」

 

 アスワード以外のその場にいる全員が信じられないといった声をあげた。

 

「先輩、そんなことできるわけが・・・」

 

《NUWAAAAーーーッ。吸い込まれるぅぅぅぅぅーーーッ》

 

「「「嘘ッ?」」」

 

 ジェスターは悲痛な声をあげた。他の連中は状況についていけず、呆然としていた。

 

「だうんろーど終了」

 

 矢原は然る後ケーブルを引き抜く。そして、天高く自分のギャラフォンを掲げて宣言した。

 

「ふははははぁぁぁーーー。どうだッ。この俺が逮捕してやったぜぇぇーーー」

 

《この劣等種族め。何を喜んでやがる。こんなの端末が移動しただけだ。それならこっちから電波に乗って逃げれば良いだけ・・・・・・ん? ・・・・・・・・・あれ? ・・・・・・・・・で・・・できねぇ・・・・・・・・・馬鹿なッ》

 

 呆然としている連中の中から、進藤がハッとなり、手を戦慄かせた。

 

「せ・・・先輩・・・まさか・・・・・・」

「その通りだぜ」

 

《そんな馬鹿なッ。どういうわけだ? 何処も壊れてねぇ、壊れてねぇのに・・・何故だッ・・・どういうわけか、この端末はインターネットに接続できねぇぞーーーッ》

 

「はははははーーッ。そうさ、俺のギャラフォンは、何故かインターネットに繋がらねぇ。さっき進藤が戦えば戦うほど強力になっていくって言ったのを聞いて閃いたんだ。わざと、使えない機械に閉じ込めてしまえばってな」

「この旦那…いったい何者なんだ……?」

「科学の常識で計れない…異様なる存在…」

「恐ろしいですわッ。地球人…なんていう能力を持っていますの……」

「いや、こんなの先輩だけですよ? 多分」

 

《ちくしょぉぉぉぉ~~。萎えるぜぇぇ。こんなバッテリーじゃアガらねぇぇ~~あああ・・・ナエナエだぁぁぁぁ・・・・・・》

 

    ☆    ☆    ☆

 

「状況報告は以上ですね?」

 

 目の前の女性警察官が言った。名前は根米准という外事特課の課長だ。つまり、アスワード達の上司にあたる。キャリア組の日本人だ。進藤はヘリアンテスに見とれたままだが、矢原からすればこの課長の方が色気があるなと思った。

 

「はっ。間違いありません」

 

 矢原達はジェスター逮捕後、浮遊警視庁へと連れて行かれ、アスワード達と合流する前のヘリオン0について報告を求められた。

 

「ところで、少なからず被害が出たようだけれど、うちの捜査官の対応に問題はありませんでしたか? なにぶん他の星から来た者達ですので、加減がわからないこともあるのだけれど」

 

 准の質問に、奥のザーマックがビクリとなったのが見えた。一番該当しそうなヘリアンテスは、自覚が無いのか優雅に紅茶を飲んでいる。

 

「いえ」矢原は言った。「被疑者は非常にやっかいな能力を持っていました。多少の公共物破損はありましたが、妥当なレベルであると確信致します」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

《ちくしょうぅぅ。こんなド田舎惑星のクソ野郎に捕まるなんてよぉぉ》ジェスターが言った。

 

「ふふっ。けれど、因子型存在を捕まえるなんて、お手柄なんてものじゃないわ。あとで正式に表彰されますね」

 

 准が柔らかい笑みを浮かべながら言った。正直、勘弁して欲しいと思う。

 

「矢原の旦那。いっそのこと、外事特課に入っちゃどうだ?」ザーマックが言った。

 

 隣の進藤を含め、視線が集まるのを感じたが、矢原は小さく首を振った。

 

「いえ、私は港湾署の警察官ですので。この街を守ることが、自分自身の使命です」

「そうですか」

 

 准の最後の笑みは、少しだけ残念な表情に見えた。

 

    ☆    ☆    ☆

 

 契機になった青海駅前に戻ってきた。

 ジェスターの攻撃で半壊しているが、奇跡的に人的被害は出なかったらしい。

 

「先輩、どの店に行きます?」

「普段行かねぇ店でパーッとやるか。・・・しかし、なんであんたらも来てるんだ?」

 

 後ろから、ぞろぞろとアスワード、シレームとザーマック、ヘリアンテスがついてきていた。

 

「傷を治すのは肉が必要だからな」

「何故だか皐月君がわたくしの顔を見るなり、泣き出してしまいましたのよッ。おまけに、強面のおじさまに助けを求める始末。ヤケ酒でもしなきゃやってられませんわッ」

「ジェスターに操られていたときも意識はあったらしいから、目の前であれだけ派手にやってりゃ、トラウマにもなるわな」

「私は三人の監視だ」

 

 矢原は溜息をついた。

 

「まぁいいぜ。あんたら異星人には言いたいことが山ほどあるんだ。朝まで付き合って貰うからな」

 

 眉間の痛みは、もうなくなっていた。



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【おまけ ギャラポリ放送局 第一回】
『聞いてください!私たちの初めての×× 恥ずかしいけど、一生懸命がんばります!』


「宇美と」

「佳和の」

「ギャラポリ放送局!」

「こんにちは~。ギャラクシーポリス広報課新人、星乃宇美(ホシノウミ)で~す」

「同じく、モロコシフラワー星出身の永遠の17才。天野佳和(アマノカワ)です」

「ついに始まりました、ギャラポリ放送局」

「地球が銀河連邦に加盟してから10年、街中で異星人さんたちの姿を普通に見かけるようになりました」

「でもでも、異星人さん達のことは私たちには知らないことばかり」

「そんな地球の方々に、この番組を通して異星人さんたちのことを少しでも知ってもらえればと思っております」

「尚、この放送は宇宙の平和と安全を守るギャラクシーポリスの提供でお送りいたします」

 

 ~ギャラクシーポリスからのお知らせ~

 「猫が日本語で話しかけてきた!」

 「人が空を飛んでいる!」

 「家が突然消えた~」

 「これまでの常識では考えられない、奇妙なことに遭遇したら#○○110のギャラクシーポリス相談窓口へ。尚、緊急時には110をご利用ください」

 

「それでは、さっそく参りましょう」

「週刊ギャラクシーニュース!」

「このコーナーは先週おきた異星人関係の主なニュースをお知らせいたします」

「昨日発生したヘリオン0事件ですが、犯人はジェスターという因子型異星人で施設内のコンピューターのメモリーに侵入、作業用のエグゾスケルトンや巨大モニュメントを操作して近隣の施設を破壊して暴れまわりました。

ギャラクシーポリスがこれに応戦、捜査にあたっていた湾岸署の警官の機転により犯人は巡査の携帯にダウンロードされ、現在その端末は浮遊警視庁で拘留されているとのことです」

「コンピューターに侵入する異星人なんて、これまで地球では考えられないことですね」

「そうですね。でもっと怖いのは人の心に入ってくる異星人ですよ。銀河法でも厳重に禁止行為とされています」

「それじゃあ佳和さんもダメじゃないですか。いつも『あなたの心にチェックイン!』『私のハートは私の物、あなたのハートも私の物♪』って歌ってますよね?」

「そっ、それは歌詞でしょ」

「そうかなぁ。昨日も佳和さんSNSで…」

「あっ、あれもお仕事ですわ。そっ、それよりその巨大モニュメントの動画が昨日の国内再生数トップになっていたらしいですね」

「巨大モニュメント自体、男性に熱心なファンが多いですからね…うちの父も昨日はそのシーンばかりずっと再生しつづけて母に叱られてました」

「なるほど…この星の方々は巨大モニュメントが好き…と。やはり叔母様みたいに巨大モニュメントの上で歌うのがいいのかしら?でも、そうなると衣装とか振り付けは…」

「佳和さん…次のコーナーに行ってもいいですか?」

 

「お隣の異星人さんって、どんな人?」

「このコーナーは地球で生活している異星人さん達の生活や習慣、特性をお聞きするコーナーです」

「栄えある第一回は、モロコシフラワー星人、つまり今私のお隣にいる天野佳和さんです」

「皆様、はじめまして。モロコシフラワー星出身の永遠の17才、天野佳和です」

「えっと…おそらくリスナーさん含め、私も出だしからず~っと気になっていたんですが、永遠の17才って、本当ですか?」

「ええ。私たちの星…というか、住んでいるところにはコロニーみたいなところなんですが、年中温暖、いつも明るく照らされているんです。つまり時間という概念がないんですよ。だから初めて地球に来たとき、演出でもないのに空がだんだん暗くなっていくのでびっくりしました」

「夜がないって、睡眠はとらないんですか?」

「適度に一息は入れますが、特別まとめて休むということはしないですね~。怪我とか病気の時は別ですが」

「それでその美貌、私たちにはうらやましい限りです。老けたりとかもしないって本当ですか?」

「本当といえば本当ですけど、老い自体はありますね。私たちの生命エネルギーはファンの気なんですよ。気をもらい続けているうちは永遠にこのままですが、もらえなくなった途端、一気に老衰します。だから寿命は人それぞれ、かなり違うんですよね。ちなみに17才っていうのは私が地球に来た時に教えていただいたフレーズで、今の私の外見がちょうど地球人の17才あたりになるみたいですね」

「そこなんですけど、なんで挨拶の時に一々永遠の17才って年齢を言うんですか?」

「私も理由はよくわかりませんが、私たちの挨拶として定着しています。日本でも『本日はお忙しいところ』とか、『お日柄もよく』って言うみたいですけど?」

「なるほど…。あっ、それともう一つ、どうしても知りたいことがあるんです…その、お手洗いにもいかないって、本当ですか?」

「お手洗いはよく利用しますよ。メイク直しとかしょっちゅうです。東京のお手洗いはかなり改善されていますけど、私たちの星に比べるとまだまだですね」

「いえ、そっちではなくて、うん…じゃなくて、小とか、大とか…」

「ああ、排泄行為はありませんね。先ほどお話ししたように、私たちはファンからいただく気で動いていますから、食事も不要です。水分は取りますけど、気化して肌呼吸ですね。そうそう、初めて地球であれを見たとき、私わからなくて、てっきり足を洗うものだとばかり」

「使っていたんですか?」

「使ってました。足を入れてジャーって。マネージャーさんがもうびっくり」

「あはは。でも私たちにはトイレが不要ってことの方がびっくりですよ。さすがに今は…」

「ええ、さすがに外のは使いませんね」

「外のは?」

「いっ、いえ。ほら、もう時間がありません。次行きましょ、次!」

 

「質問コーナー」

「このコーナーは、皆様から寄せられた異星人やギャラクシーポリスに関する質問にお答えいたします」

「といっても、第一回なのでメールなんてありません」

「よって、今回はホームページによく来るお問い合わせに答えたいと思います」

「それでは最初の質問です。浮遊警視庁が浮遊する仕組みを教えてください」

「お答えします。端的に申し上げますと、実はよくわかっておりません」

「…、と、いいますと?」

「浮遊警視庁というのはそもそも銀河連邦から支給された宇宙船なんですよ。その動力やエネルギーに関しては全くのシークレットとなっていて、今の地球にはないテクノロジーで動いているとしかお答えできませんね」

「これを解明することが、これからの地球人の課題とも言えますね」

「ある意味、今は地球にとっての文明開化なんですよ」

「なるほど…みなさん、私のことももっと知ってくださいね~」

「それでは次の質問に参ります」

「あっ、スルーしますか~」

「浮遊警視庁はいつ見れますか?巡回ルートを教えてください」

「この質問も多いですねよ。でもこちらも」

「トップシークレットです。ですが巡航のプログラムはあるみたいで、ランダムというわけではないようです」

「いつ見れるかわからない。普段見えないからこそ見えたときの喜びが…」

「いえ、そういうのではないから」

「そうなんですか?なかなかいい手法だと思いますが…」

「それでは最後の質問です」

「浮遊警視庁内に入るにはどうしたらいいでしょうか?」

「基本的に一般の方は入れません。職員は旧警視庁跡地にある転送ゲートを使って入退館しています」

「でもまだ、慣れない人も多いみたいですね?」

「人によっては気分が悪くなるみたいです。一応エアバイクヤエアパトカーでの入場も可能ですが、台数が限られていますからね」

「どうしても中に入りたい人は職員になるしかないですね」

「その通り!警視庁は職員募集中です!」

「来年度の採用試験については警視庁のホームページで」

「私たちと一緒にこの星の平和と安全を守りましょう!」

「と、職員募集の宣伝も終わったところで」

「そろそろお時間となりました」

「ギャラクシー放送局へのご質問はギャラクシーポリスのホームページまで」

「くれぐれも(リアル)警視庁にはぜ~ったいにメールしないでくださいね」

「それでは、また次回の放送でお会いしましょう」

「まったね~!!」

 

~♪エンディング~



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捜査報告書 No.2【堕天使降臨】- ヘリアンテスメイン
#1『お祭りがあると、ギャラポリは出動するわけ?』


◎簡単なあらすじ
 京王線沿線の街に佇む"闇明神社"で秋祭りが開催された。
 雑踏警備として出動しているヘリアンテスへの取材に来た記者の横山智里は、
 天然かつマイペースな彼女に翻弄される。
 そこに、虎頭の大男達が突撃してきて…


 チョコレートとシナモンの香りが一瞬鼻先をかすめた。法被を着た子供達が、チュロスを頬張りながら、目の前を駆けていく。

 横山智里はふっと笑い、それまで見ていた手帳のページを閉じた。

 闇明(あんめい)神社の参道は笑顔と活気に満ちている。

 参道に並んでいる屋台で買ってきたのだろう。鳥居から敷地に入て最初の屋台がチュロスだったのを思い出した。

 他の屋台は唐揚げ、メンチカツ、コロッケ、天ぷら、アメリカンドッグ、サーターアンダギー串、春巻きなんてものが並んでいる。

 秋祭りに春巻きというのはどうなんだろう? と思わなくも無いが、とにかくこのお祭りで扱われる屋台の食べ物は揚げ物ばかりで、ジャンクフードが苦手な智里は匂いで頭がクラクラし始めていた。

 いかんいかん。と頭を振り、中々現れないターゲットを見つけようと、目をこらした。

 右手で携帯電話を操作し、高校時代の後輩が出るまで待った。

 

「はい。山城です。どうしました? 先輩?」

 

 浮遊警視庁の地域部に所属する山城香苗の脳天気な声が耳に入る。

 

「イグニース巡査の姿が見えないわ。本当に今日来るんでしょうね?」

「間違いないですよぉ。一日中警視庁の情報収集に勤しんでいるあたしが掴んだ情報なんですから。記者クラブよりも重要視する人だっているんですよ」

「あんたの勤務態度に問題があることだけは確かなようね。そういえば、テニス部時代もさぼり癖が…」

「その後輩から聞いた噂話で記事を書いている人に説教なんかされたくありませーん」

 

 電話の向こうでガラガラッという音が聞こえた。ストローでジュースでも飲み干したのだろう。電話中のマナーもなってない。

 

「昨日十五時過ぎ、ヘリアンテス巡査の上司に当たる外事特課の根米課長から彼女に指令があったらしいんです。人手が足りないので、今日その付近の雑踏警備に当たるようにって」

「このお祭りの為に?」

「そうです。お祭りの場で浮かないような格好で行くように指示があったそうですから」

「お祭りがあると、ギャラポリは出動するわけ?」

「いやいや…そんなわけないですよ。その辺りの異星人居住者って結構多くって、外務省が把握している正規の人数と監視カメラとAIで分析している人数に大きな乖離があることがわかっているんです。非正規の異星人が多い地域では犯罪も多くなりやすい傾向にあるので、ポイントを絞って外事特課メンバーも警戒に当たるんですよ」

「じゃあ、他のギャラクシーポリスに代わったという可能性は?」

「百パーセントありえませんよぉ」香苗はケラケラと笑った。

「そもそも他の外事特課メンバーが異星人宇宙船の不時着調査で忙しいからってのが理由だし。そして、あのイグニース巡査を子供神輿が巡行する地域に行かせるってのも断腸の思いで…」

「不時着? そんなことがあったの?」

「あ、これまだ公表されてなかったッ。先輩今のは聞かなかったことに…」

「記者に何を言っているのよ? 今度その件もしっかり聞かせてもらうわ」

「……先輩の方からの情報提供も、おまけがあればなー。なんて思っちゃいます」

「ええ。考えておくわ」

 

 電話を切った。

 あんな性格だが、香苗の情報精度はかなりのものだ。信頼するとしよう。

 胸元から一枚の写真を取り出す。黄金色のボブカットに真紅の瞳が印象的な一人の美女が写っている。

 ヘリアンテス・ルクサ・イグニース巡査

 銀河の遙か彼方からこの日本にやってきた魔法を使う異星人捜査官だ。

 日本が銀河の異星と交流を結んだことで、それまで経験したことがない犯罪捜査に対応するために派遣された人員の一人だ。

 地球人から見ると異形な姿をした異星人が多い中、彼女はほとんど地球人と同じ見た目のうえ、その素晴らしい美貌とプロポーションから多くの注目を浴びていた。

 彼女の人柄、能力、日本に来た動機など、知りたいことは山ほどある。

 【週刊ギンガ】は比較的ゴシップを取り扱うことが多いし、読者は概ねそういうのを目当てにウチの誌面を購入している。しかし、智里としては交流が始まった異星人の歴史や文化の違いも聞いてみたいと思っている。

 銀河の他の星々はどのようなものなのか、広大な宇宙を旅する気分はどうか、そして、彼女たちから見た日本はどのような国か、何の為にこの国に来たのか。その他、彼女たちの視点を通じて見える宇宙というものを聞いてみたい。

 きっと智里が知らない思いがあるはずだ。

 

【女神降臨。麗しの異星人捜査官の素顔】

 

 誌面の見出しはこのようにしようと決め、手帳に書き記した。

 周囲が少し騒がしくなってきた。

 そろそろ子供神輿が出る頃なのだろうか。と思ったが、ざわついているのは本殿とは逆方向だ。

 なんだろう? と人だかりの先を覗いてみる。

 すぐにざわつきの正体はわかったが、先ほどとは別の「なんだろう?」が生まれた。

 金銀で光り輝くそれはそれはゴツい見た目でド派手な鎧を着込んだ女性が、ガッチャンガッチャン音を立てながら参道を進んでいった。

 全身光り輝く鎧で覆われているが、兜はかぶっていないので、顔は確認できた。

 とても信じたくなかったが、その女性こそ智里が取材をしたかったイグニース巡査その人だった。

 ヘリアンテスが智里の横を通り抜けていく。

 はっと我に返った。

 

「イグニース巡査っ」

「はい?」

 

 真紅の双眸がこちらを見つめる。

 目の前で見ると、本当に綺麗な女性だということがわかる。

 一流の彫刻家が作ったかのような整った顔立ちに、全ての女性が羨むようなきめ細かい肌をしている。

 ブーツを履いているわけでもないのに、智里が少し見上げるような形になっているので、女性としてもやや長身だ。

 これに加えて、写真で見る限りグラビアアイドルのようなバストに腰もくびれて、股下も長いという躰の持ち主だ。

 資料上、年齢は25歳となっていた。智里が24歳なので、1つ年上ということになる。育った星が違うので、年齢の数字自体はほとんど意味がないのだが、ヘリアンテスの産まれた惑星インフェリスタスは公転周期が地球とほぼ同じらしいので、この銀河で生きてきた時間としては、本当に同年代と言えるのだ。

 小さく品の良さそうな唇が開く。

 

「わたくしをご存じなのですか?」

「え……ええ……。ニュースを見ている人なら、結構知られていると思います」

「あら、それは困りましたわね。課長からは目立たずに警戒するように言われていましたのに…」

 

 ヘリアンテスは本当に悩むように眉をひそめるた。

 

「えぇと…イグニース巡査。顔が知られているかどうかよりも、そのような格好をしていると嫌でも目立ってしまうと思いますが…」

「え? そうですの?」

 

 ヘリアンテスは自分の鎧を首を動かしながらチェックした。

 

「どこかおかしなところがあるかしら?」

「いやいやいやッ。周りを見てください。ここにいる誰もそんな鎧着てないでしょう?」

 

 周囲の野次馬達は、遠巻きに見ながら携帯で写真を撮ったりしている。無許可でそんなことをするのはマナー違反だが、ヘリアンテス自身は全く気にしていないようだ。

 

「よく見たらそうですわね。神事に参列するとのことでしたから、祖国で使っていた祭事用の鎧が適切だと思いましたが…」

「あの……一つ聞いても良いですか?」

「何かしら?」

「ご自宅からここまで、どうやって?」

「京王線ですわ」

「電車に乗ってここまで着たんですか?」

「タクシーで来たかったのですが、肩当てが窓ガラスに当たって閉められませんでしたの。おかげで道に迷ってしまいましたわ」

 

 そういう問題じゃ無いと思ったが、このままでは取材にならない。彼女のペースに付き合っていると話が脱線どころか宇宙船で大気圏を突破してしまう。

 すぅ~~は~~と深呼吸をした。

 懐に入れていたケースから素早く名刺を取り出した。

 

「イグニース巡査。申し遅れましたが、わたくしこういうもので――」

「ねぇちゃ~ん。こっち向いてポーズとってくれ~」

「コスプレかぁ? 来るとこと日付を間違ってるぜ~」

「何のキャラクターだ? 見たことねぇなぁ」

「デザイン的に90年代じゃない?」

「――ふつくしぃ……神々しいでゴザるぅぅぅーーッ」

 

 パシャ。パシャ。パシャ。と鳴りまくるシャッター音。

 両手で名刺を差し出す智里の先で、ヘリアンテスは参拝客達から写真を求められていた。

 

「え……ええと……いえーい……ですわ」

 

 目をパチくりしながらぎこちなくピースのポーズを取る自称雑踏警備の警察官。

 

「モテモテですね…」

「嬉しくないですわ……もっと、こう…小さい子供達に囲まれる感じで…」

 

 はぁ……とため息をつき、力の抜けた手でヘリアンテスの腕を取って社務所の方へと連れて行った。




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

 ○ヘリアンテス・ルクサ・イグニース(25) 
  警視庁 公安部 外事特課 生活安全総務係の巡査。

 ○横山智里(24)
  週刊ギンガの女記者。

 ○山城香苗(23)
  警視庁 地域部 地域総務課 庶務係所属
 
 ○常磐なずな(74)
 闇明神社の氏子総代


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#2『いせいじんさんはいっぱい見るけど、こんなキレイな人初めてみた!』

「まぁ、これでいいでしょう」

 

 目立ちまくる鎧を脱がせ、余っていた大人用の法被を借りて着てもらった。

 その際、裸のヘリアンテスの躰にさらしを巻くのを手伝ったのは智里だが、胸の大きい人のさらしの巻き方がわからず、憧れるのと同時に若干イラっとしてしまった。

 

「これがこの国の神事に使う装束ですのね」

 

 何となくウキウキしているように見える。

 

「おお。異星人といっても、別嬪さんは何を着させても似合うねぇ」

 

 若干腰が曲がった年配の女性が社務所のパイプ椅子に腰掛けた。法被を快く貸してくれた常磐なずなだ。この神社の氏子の一人らしい。

 

「このような立派なものを貸して頂いて、心より感謝申し上げますわ」

 

 ヘリアンテスが深々と頭を下げた。

 言葉遣いが若干妙なのと、行動が突飛ではあるが、立ち居振る舞いは品の良さを感じる。

 従軍期間が長いようだが、元いた惑星インフェリシタスのイグニース王国では有名な貴族の御令嬢らしいので、やはり育ちが良いのだろう。

 

「ところで、御神輿も担ぎ手の皆さんも準備万端みたいですけど、巡航は始まらないんですか?」

「予定時間にはなっているんだがね、巡航前にお供えする御神酒が来ていないのさ。まぁボチボチだと思うけどね」

 

 ヘリアンテスが袖をクイクイしてきた。

 

「オミキって何ですの?」

「神様にお供えする日本酒のことです。祭事において神様と同じものを頂くことで、御利益があるものとされています」

 

 それを聞いたヘリアンテスが満面の笑みを浮かべた。

 

「素晴らしいですわ。この国のお米のお酒はとても美味しいですし、とても楽しみですわ」

「……勤務中ですよね?」

「わーぁ…お姉さん、凄く綺麗ね」

 

 そんなヘリアンテスに興味を持ったのか、小学校中学年くらいの女の子と低学年くらいの男の子が話しかけてきた。おそらく姉弟だろう。

 その途端、ヘリアンテスの真紅の瞳がハートマークになった。

 

「まぁまぁまぁ! わたくしのこと!?」

 

 女の子に目線を合わせるようにしゃがみ、肩をガッチリと掴んだ。

 会って数十分だが、一番テンションが高い瞬間だ。

 

「……う…うん。がいこくの人?」

「ええ! もうちょっと本当のことを言うと、この星じゃない別の星から来たの!」

 

 はぁ、はぁ……と、鼻息荒く答える。未だに幼女の肩を掴んで離さない腕がぷるぷる震えている。

 何故だろう……

 抱きしめたい衝動を必死に堪えているように見えた。

 

「へー、いせいじんさんはいっぱい見るけど、こんなキレイな人初めてみた!」

「わたくしも、あなたのような天使を初めて見ましたわぁ!」

 

 天使いうた……

 

「……子供好きで…いらっしゃるのですね?」

「ええッ!! それは勿論!!」

 

 もの凄く力強い肯定だ。

 

「お姉さんのおほし様はなんていうの?」

「インフェリシタスよ!」

「どこにあるの?」

 

 ヘリアンテスは空を見上げた。

 

「ええと……恒星は地球からも見られる筈なのですけれど…パムテルはどちらの方角かしら?」

「何です? それ」

「インフェリシタスの母天体ですわ。たしか、地球ではアルナスルっていう名前だったと思います」

「え? ええぇと……たしか、インフェリシタスはいて腕でしたよね。だから……」

「アルナスルは、射手座の矢尻部分の恒星だろう?」なずな婦人が言った。「射手座は日本では夏の星座だよ。今は見られんさ」

 

 ヘリアンテスはしょぼーんとなった。

 

「ねぇちゃん……もう行こう? このお姉さん、なんだか怖いよ……」

「ええー? なんだか金ピカのよろいとか着てたし、正義の味方っぽいかんじだよ?」

「そんなかっこをしているところが、ものすごく不安なんだよ……ママに頼まれたサーターアンダギー買ってこうよ」

 

 姉の腕を取って、無理矢理引き剥がす。

 

「そうね。じゃあ、お姉さん。またね!」

「ああぁぁぁ……」

 

 天使が去った後のヘリアンテスは、秋を迎えた枯れた向日葵のように、ガックリと項垂れた。

 

「巡査。警備任務なんですよね? 仕事しなくていいんですか?」

「……それもそうですわね……」

「で…では、イグニース巡査。お仕事の邪魔にならないよう、インタビューをさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「構いませんわ。えーと……ヨ…コ…ヤ…マ…チ…サ…トさん…と呼べばよろしいのかしら?」

 

 智里が渡した名刺を眉を潜めながら見つめている。どうやら漢字はまだ苦手らしい。

 

「はい。横山が苗字で、智里が名前です。ご自由にお呼び下さい」

「では、チサトさんと呼ばせて頂きますわ。わたくしもリアで結構です」

「リア?」

「愛称ですわ。ヘリアンテスというのも長くて呼びにくいでしょうし、『イグニース』は祖国。『ルクサ』はわたくしが祝福を受けた神殿の名称ですのでね。日本の方々のようにミョウジというもので呼び合うのに少々違和感がありますの」

「家系を表す名は無いんですね」

「イグニースに生を受けた者は、イグニースの子ですわ。我が国民はすべからく同胞を愛し、産まれ出でた子の誕生を祝い、その成長に責任を持つべし。というのが長く続く国の方針ですの」

 

 地球で言うところの全体主義に近い。

 惑星インフェリシタスは魔物との生存戦争がずっと続いているようなので、それが原因なのだろう。

 もはやペースをこっちが握るのは無理に思えた。

 しかし、割と簡単に色々話してくれそうだ。自由に喋らせた方がいいかもしれない。

 ふと気づくと、汗で手帳のページがふやけはじめていた。秋にしては、今日の気温は異常に高い。

 

「今日は結構暑いですね。天気予報だとそこまででもなかったような…」

 

 というより、急に暑くなり始めた気がする。

 

「そうさねぇ。確かに妙な日だよ」

「ふむふむ…」ヘリアンテスが何かを確かめるように法被をつまんであちこちを見始めた。

「わたくしの影響ですわね」

「え?」

「わたくしがこの神社の装束を着たことで、ここで奉られている神の力がわたくしの魔力に反応して活性化しているようですわ。お祭りも関係していると思います」

「ははぁ、そりゃあ有り難いね。来年は豊作かもしらんわねぇ」

「何かの収穫ですか?」

「まぁ、そうだねぇ」

 

 秋祭りは、その年の収穫への感謝と翌年の豊作を祈願することが多い。ここもそのようだ。

 ヘリアンテスが、常磐氏をじっと見つめた。

 

「リアさん。どうかしましたか?」

「ご婦人。貴女様はとても位の高いお方ではありませんか?」

「そこら辺のババァさね」

「ご謙遜を。この場所の魔力に似た力の加護を感じます。この地の重要人物。非常に徳の高いお方とお見受けしますわ」

「ウチの次男が眼科を営んどるけど、紹介しようかい? 精神科医なら、孫の嫁がたしかそうだよ」

 

 なずな婦人の返しにフフっと笑った。

 こういう所はいいんだけどなぁ……

 そんな風に考えていると、ヘリアンテスの顔から一瞬で表情が消え、鋭い眼光が鳥居の方へと向けられた。

 

「*******ーーッ」

 

 けたたましい足音を響かせ、十人程の巨大な人影が、参道を土煙をあげながら突っ込んできた。

 身長は二メートルほど。プロレスラーのような筋骨隆々な体躯に虎の頭がくっついていた。



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#3『どこかで感じたとすれば、それはあんたの家のキッチンさね』

「リアさん。なんだか、本当にコスプレした人がいらっしゃいましたね」

「いえ、あれはこすぷれじゃあありませんわ」

「え?」

「惑星フェリーネの一団ですわね。まだ日本とは国交を結んでいないはずなのですが…」

 

 あの頭はマスクなどではなく、本物のようだ。

 フェリーネ人達は他には目もくれず、本殿に供えられた一房の花を乱暴に分捕って吟味し始める。

 

「*****! *……****……」

「++! +++! +++++++++++++++++ッ」

 

「あのぉ……」すぐ横にいた宮司さん(多分)が話しかけた。

「どちら様でしょう?」

 

 ふんっと鼻を鳴らした虎人間は、手に持った花を高々と掲げて何かを叫び始めた。

 部下と思しき側のもう一人が、最近普及し始めたギャラフォンを起動して音声通訳の補助をしている。

 

「聞いて下さい! 地球人よ! 我々はこの星の人間じゃねぇ!」

 

「それはわかってるよ!!」

「目的を言えよ!」

 

 野次馬が騒ぎ始めた。

 

「うるせぇ! 私たち一同は、この植物が欲しい。とても大量に欲しい。だから、貴方たちが保有のここにあるこの植物の種子を全部俺たちに寄越せ!」

 

 どうやら、アプリのバージョンが古くて無茶苦茶な翻訳をしてしまっているようだ。

 日本語に関する文献を無作為に選んでディープラーニングさせたどうしようもないやつだ。

 

「どうして、それが必要なのですか? 何かご事情がおありのようですが」

 

 この時点で110番だが、人が良いのだろう。宮司は再度話しかけた。

 虎人間の眼がちょっとウルっとした。

 

「よくぞ尋ねてくれました! この植物は、数千年前に生きていた私たちのご先祖が、このオリオン腕のどこかを冒険中に偶然見つけて持ち帰ったものたい! それからずっと、この植物は私たちの大事な産業だったんや。ばってん、十年前に俺たちの星に、メテオが落ちてきた。メテオは北の方の永久凍土にブチ当たって、氷と一緒に睡眠していたタチの悪いウィルスも一緒におはようしてパンデミックした。ウィルスの駆除はミッションコンプリートしたが、その時には、この植物は絶滅してしまっていた!」

 

 虎人間は、感極まったのかつーーと涙を流し始めた。

 オリオン腕というのは、銀河の中心から伸びるスパイラル・アームの一つで、この太陽系が存在するだが腕だ。虎人間達の言い方からすると、彼らは遙々別の腕から来たのかもしれない。

 

「では、正式に輸入するとか…」

「この国の外務省のお役人様は、頭がダイヤモンドでできている。パンデミックの事件のおかげで、国交を結びたくないって言っちょるんやで!」

「しかし、だからといって持って行って良いとは言えん」

 

 いつの間にかなずな婦人がフェリーネ人達の前に立っていた。

 

「おばぁちゃん。貴様らにとっても大事なんだろうが、ワイらにとっても神聖で無くてはならないものなんぜよ。せやから――」

「いや、銀河連邦の法律に、星間帰化生物発生に関する取締り事項がある。我々が許可すれば、関与が疑われて罰せられる可能性がある。一粒たりとも持って行ってはならんよ」

 

 場が凍り付く。

 

 ヘリアンテスに耳打ちした。「本当ですか?」

 

「ええ。生態系を破壊することは厳しく咎められるので、悪質と認められると大変なことになりますわ」

「なるほど……けど、さっきの射手座の件といい、なずなさんって何でそんなこと知ってるんですかね?」

 

 ヘリアンテスの言うとおり、もしかしたら本当に凄い人なのかもしれない。

 その腰が曲がった小さな老人が放つ、謎の威圧感に、虎人間の眼が泳ぎ始めた。

 

「……ええぇと……せやかて……それでも………」

 

「頭ぁ!」

「負けちゃダメだぁ!」

「遙々こんな青い地球くんだりまで来て、おばぁちゃんに叱られて帰るなんて嫌なんだぜ!」

 

「――ええぇい!」

 

 虎人間のお尻から生えている尻尾が伸び、屋台の前にいた女の子と男の子の躰に巻き付いた。

 

「――はっ」

 

 ヘリアンテスが眼を見開いた。

 智里も気がついた。先ほどヘリアンテスと話していた姉弟だ。

 尻尾は女の子を軽々と持ち上げて引き寄せ、虎人間はその子を人質に取った。

 

「もう頼まねぇ! この娘のママよ! 種子を持ってこいッ。若しくは俺たちを置いてあるところに案内せい! そうなさらなかった場合、代替手段としてこのジャリンコを拐かしてご覧に入れ候!」

「お待ちなさい!」

 

 凜とした通る声。カッカッカッと規則正しい足音を響かせ、ヘリアンテス・ルクサ・イグニースが虎人間へと歩を進める。

 

「このわたくしの前で、そのような狼藉は許しませんっ」

「お姉ちゃん!」

「誰だ? あなた様は?」

「警視庁公安部外事特課所属。ヘリアンテス・ルクサ・イグニースですわ。貴方達へは、惑星インフェリスタス イグニース王国の元戦士と名乗った方がわかりやすいかしら?」

 

 虎人間達が眼をギョッと見開いた。

 

「頭!?」

「インフェリスタスのヘリアンテスって……」

「うん。あの星のおっかない魔物軍王を何人も成敗されたレジェンドソルジャーの名前やん! せやけど……」虎人間の頭はびしぃ! と肉球から人差し指部分を突きつけて叫んだ。「そんな凄い戦士がこんな辺境の星にご就職されているわけがない! 俺たちをビビらせるご冗談だ! あなた達! やっておしまい!」

 

「「「うおぉぉぉーーーッ」」」

 

 子分達が棍棒やナイフを片手に一斉に襲いかかった。

 

「リアさん!」

 

 いくらなんでも丸腰であの人数に一斉に襲われたらッ

 助け出そうと駆けだした時、一瞬周囲が眩い光に覆われた。

 甲高い幾つもの金属音と共に見えてきたのは、空中に浮かぶ無数の剣に守られたヘリアンテスの姿だった。

 

「ハァッ!」

 

 空中の剣がヘリアンテスの気合の声と共に奔り、虎人間の子分達をはじき返した。

 どうやら、あの剣はヘリアンテスの意志で自由に操ることができるらしい。

 

「あれは……」

 

 虎人間の頭は、人質の子供達を子分に任せ、ナイフを突き出して警戒を強めた。

 

「頭…間違いねぇ。やつは本物です」

「ああ……こんな所でとんでもねぇお方に面会しちまった……」

 

 完全に優勢に立ったヘリアンテスは、胸を張って声高らかに叫んだ。

 

「わたくしの前で子供に危害を加えることは許しません。悪しき魂を持つ者よ、我が国で受け継がれし魔法、炎の剣で塵にしてあげましょう!」

 

 決まった! と言うように、得意げな表情で手を前に突きつけた。

 

「いいぞーッ。ねぇちゃん!」

「格好いいでござるーーーッ」

「でもやりすぎるなよー!」

 

 その時、駐車場の方から緑色の作業着を着た男性が入ってきた。後ろに大きな樽を乗せた軽トラが見える。

 

「なずなさーん。御神酒お待たせしましたー……って、何か取り込み中?」

「……間が悪い時に来ちゃいましたね」

「まぁ、終わるまで待っててもらうさ」

 

 御神酒を運んできた酒屋さんを余所に、

 ヘリアンテスが操る剣がその数を増していく。

 すると、高い気温が更に高まっていった。

 

「何か、どんどん暑くなっていきますね…」

「あのリアって子の影響かねぇ」

 

 なずな婦人も扇子で顔を仰いでいた。

 この暑さは真夏以上だ。ただ事ではない。

 

「なんか、ただ気温が高いだけじゃないですね。結構覚えがある熱さの気がします」

「あんた、家で料理はするかい?」

「はい? まぁ、しますけど」

「どこかで感じたとすれば、それはあんたの家のキッチンさね」

 

 気温は高いが、背筋が急激に寒くなった。

 ヘリアンテスは言った。自分の魔力によってこの神社に奉られた神の力が活性化していると。

 周囲を見渡した。連なる屋台は揚げ物ばかり。そして、虎人間の頭が握って離さない茶色の植物に付いている黒い種の周りで怪しい靄がユラユラと揺れている。

 法被を着ただけで活性化した神の力。今戦闘モードで高まったヘリアンテスの魔力の影響は……

 

「常磐さん。一応聞きますけど、この神社で奉られている神様っていうのは……というか、彼らが欲しがっている種っていうのはもしかして……」

「ああ、あんたの想像通り、『菜種』さね」

 

「++++++ーーー」

 

 悲痛な叫び声をあげながら一人の虎人間が天から落下してきた。さっきヘリアンテスが弾き飛ばした虎人間の子分の一人だ。

 

「えらく長い滞空時間でしたね…」

 

 その子分は、御神酒の樽を積んだ軽トラの荷台に落下した。

 衝撃で落ちた巨大な樽がゴロゴロと転がってくる。

 樽の向かう先では、ヘリアンテスが周囲の剣に炎を纏わせ、「喰らいなさい」と命じて一気に虎人間へと飛ばした。

 虎人間周辺の靄が急速に巨大化し、ヘリアンテスの魔法に引火したのか、巨大な炎を発した。「――何事ばいッ」

 その炎めがけて、転がってきた樽が石につまづいてジャンプ。吸い込まれるように飛び込んでいく。

 

「――リアさんッ!」

 

 炎・油・酒。導き出される答えは――

 目の前で一瞬の閃光がはしる。

 以前ネットで見た、温度の上げすぎで燃える天ぷら油に水をぶっかける実験動画を思い出した。

 水蒸気爆発だ。

 一瞬の内に発生した爆炎と衝撃波は、何故か横方向に、それもよりによってヘリアンテスめがけて噴出し、彼女を神社の大木へと叩きつけた。

 

「――げふぅッ……ですわ……」

 

 麗しの女戦士は、そのままどしゃッと前のめりに倒れ、ぴくりとも動かなくなった。

 辺りに静寂が立ちこめる。

 虎人間達も、神社の神主さんも、法被を着た子供達も、もちろん智里も暫く微動だにできないでいた。

 何が起きたのかは理解できる。しかし、起きた事象のあまりのミラクルさ加減に思考停止を余儀なくされ、これから何をすればいいのかわからないのだ。

 虎人間の頭と人質の子供達が、眼を点にしてこっちを見てきた。

 

 眼が合っちゃった……

 

 こんな時、どんな顔すればいいの? と訊かれているようだった。

 

 笑えば良いと思うわ。と心の中で答えた。



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#4『ち……違いますわ! わたくしは正義の行いをしただけで』

「驚かせるんじゃねぇ!」

「惑星インフェリスタスは星の位置が悪くて生まれつきツキが無えってウワサだよ!」

「こんな一人コント女に付き合ってられるかッ。あなた達、手早く種を頂いて早くズラかるんや!」

 

 虎人間達は仕事を再開し始めた。

 しかし、呆気にとられたままの人々は誰も110番をする気配がない。

 智里はヘリアンテスの元へと急ぎ、抱き寄せた。

 借り物の法被は燃えて面積は僅かになり、さらしは正面が爆炎で吹き飛んでバサリと落ちてしまった。

 

「リアさんッ。大丈夫ですか?」

 

「……ぐっ…むぅぅ………くふっ……」

 

 後頭部を打ったのだろうか。焦点の定まらない目線を戻すように頭を振っている。

 

「あのインフェリシタス人の淑女、ご無事だったか! 手前ぇにはもう用はねぇ! 俺たちはこの種さえ手に入ればいいんだ。乗ってきた宇宙船は墜落炎上だから、この国の施設を拝借するんや! お前達っ。何台か車をうばっちゃいな」

「頭、運転のやり方なんてしらないぜ」

「そんなもん、カンで何とかするんやっ」

 

 荷物を纏めた虎人間達が上機嫌で立ち去ろうとする「とりあえず、じゃりんこ達も道連れ世は情けないぜよっ」

 それを聞いた子供達の顔が青くなった。

 

「いやーーッ。誰か助けてーーッ」

「ママーーーッ」

 

 境内に幼い子供の悲痛な叫びが響く。流石に呆けてられなくなった周りの人達が動き出したその時――

 

「アウァールス・イプセ・ミセリアエ・カウサ・エスト・スアエ(貪欲な者は自らが自分の惨めさの原因である)」

 

 倒れていたヘリアンテスがユラリと立ち上がる。

 彼女の魔力の影響だろうか。聞いたことのない言葉だが、その格言めいた意味が頭に入ってきた。

 何か怖い……

 

「あなた様! まだやる気かよぉ!!」

「子供達の助けを求める声がある限り、わたくしは何度でも蘇ってみせますわ」

「だまらっしゃいっ。お前達、もう奴さんは蚊の鳴く息よ。今度こそ声の音を止めて……」

 

 その言葉を遮るように、甲高い音が境内に響く。ヘリアンテスのよく鍛えられた脚が石畳を踏み抜いたのだ。

 まるで少年漫画の主人公のようなオーラを纏い、真紅の髪と瞳に炎を宿す。

 先ほどまでとは比べものにならない熱気で、すぐ近くにいる智里は本気で火傷しそうな予感がした。

 たじろいだ虎人間達が生唾を飲み込んだその瞬間――

 

「はぁッ」

 

 智里の目の前で地面を蹴り、凄まじい速度で駆けるヘリアンテスは、剣を奔らせながら虎人間達の後方へと走り抜けた。

 

「――ぐはぁぁぁッ」

 

 剣に斬りつけられた虎人間達がバタバタと倒れていく。

 吹き抜ける一筋の風のような、一瞬の勝負だった。

 虎人間達を見下ろすその瞳は炎が爛々と輝いているが、絶対零度の視線が同居していた。

 

「これが、ヘリアンテス・ルクサ・イグニース……」

 

 さっきまでの一人コント女はもういない。生まれながらに悪を滅することを宿命づけられた人間。いや、それは人の形をした炎そのもののように思えた。

 

「……殺したのかえ?」なずな婦人が訪ねた。

 

 ヘリアンテスの纏った威圧感が鎮まり、表情にも柔らかさが戻った。

 

「いいえ。わたくしの剣は物理にも作用しますが、元は精神力によって生み出される概念状態のもの。見た目の斬撃はまやかしに過ぎず、対象に精神ダメージを与えるのみですわ」

 

 ほっと胸をなで下ろした。

 斬られたのは見た目のイメージであり、肉体への損傷は無いらしい。

 なずな婦人は虎人間の頭の頭をぺしぺしと叩いた。

 

「遠い世界の猫さん。いつの日か、地球とフェリーネで国交を結ぶことができたら、あんた達に優先的に種を分けてやろうと思うんだが、どうだい?」

「ありがたい申し出やが、現実は非情なものばい。そうやろ?」

 

 智里は詰め寄った。

 

「難しいかもしれませんが、多くの人たちの声を集めれば、可能性はありますよ」

「ばってん……」

「いやぁ、そんなに大事にせんでもいいさ。うちの一番上の倅に言ってみよう」なずな婦人が言った。

「なずなさん……それって、どういう……」

「あんた、記者なんだろ? 外務省の現職事務次官の名前を言ってみな」

「…ええと……たしか、常磐まさひ……」

 

 なずな婦人の顔を見た。頬をヒクつかせる智里に婦人は不敵に笑って見せた。

 

「あまり趣味じゃあないが、たまにはちゃんと仕事をしているか、電話してみるのも悪くないさ」

「なんで…そんな……」

 

 なずな婦人の笑みが柔らかなものに変わった。

 

「あなた方は同じ菜種を愛する仲間だ。理由なんて、それで充分じゃないか。だからさ、あたしと友達にならないかい?」

 

 婦人の言葉に、虎人間の頭は涙した。

 

「……ありがとうございます。そして、申し訳なかった……」

 

 ヘリアンテスの剣よりも、なずな婦人の言葉の方が、彼らへのトドメになったように思えた。

 

「信じて良いですか?」

「ああ。江戸時代より夜を照らした菜種油の闇明神社が氏子総代、常磐なずなの名において、約束するさ」

 

 横で聞いていたヘリアンテスが膝をつき、頭を垂れた。「見事な御裁定、感服いたしました」

 

「あんたみたいな力があるわけじゃないからね。あたしはあたしの裁量で事を収めるだけさ」

「その裁量に力を持たせるのは貴女様の心意気でしょう。星は違えど人は人。今見せていただいた心こそが幾千幾万光年の距離を繋ぐ橋となり得ましょう。わたくしも精進させていただきますわ」

 

 どうやら、徳の高いどころでは済まされない大物だったようだ。時代劇で印籠を突きつけられた家来の気分になると同時に、先ほどヘリアンテスが発した言葉が胸に突き刺さる。

 なずな婦人が見せた心こそが、外宇宙に踏み出す資格なのだとしたら、この日本にいるどれほどの人がそれを持っているだろう。

 事実、この場でヘリアンテスと対等に会話できているのは、なずな婦人唯一人だ。

 

「私は…」

 

 胸にモヤモヤとしたものを感じたその時

 

「さてと!」

 

 再び眼がハートマークになったヘリアンテスは、人質になっていた子供達を抱きかかえた。

 

「天使達ーー! 恐い思いをさせてごめんなさい! 大丈夫だった? 怪我はない?」

 

 子供二人を抱えて軽快なステップでダンスをはじめた。

 智里の眼には周囲にお花畑が咲いたように見えた。

 

「……うん。お姉さん……特に何もされてないからだいじょーぶだよ…」

「それより、お姉さんの方が大怪我じゃない?」

「……そうね! じゃあ、お姉さんと一緒にお医者さんのところに行こうか?」

「だから……ぼくたちは怪我してない……」

「大丈夫! わたくしがついているわ! 病院まで守ってあげるわよ!」

 

 さっきまでのシリアスな雰囲気は何だったのだろう……

 まるで多重人格と思えるような変わりようだが、ヘリアンテスの活き活きとした表情を見るとこちらが素の性格なのではないかと思えてくる。

 もう間違いない。このヘリアンテスという異星人は異常なまでのアレだ。

 病的なまでのアレだ。なずな婦人のご家族にいる精神科医の診断が必要だろう。

 弟の方が泣き始めた。

 

「ねーちゃん! このお姉ちゃん会話が通じないよ! ぼくさっきの猫星人に捕まっているときより今のがずっと恐いよーーーッ」

 

「えー、闇明神社はここですよね?」

 

 鳥居の方から、二人組の制服警官がやってきた。

 

「お巡りさん、遅いですよ。もう解決しましたよ」

「解決?」お巡りさんはキョトンとした。

「虎人間さん達を捕まえに来たんじゃないんですか?」

 

 お巡りさん二人は、何のことかわからないといったようにお互いの顔を見た

 

「? いえ、われわれは、変な格好をした女性がお祭りに乱入しているという通報があったので確認に来たんですが」

 

 お巡りさんとヘリアンテスの眼が合った。

 ほとんど布面積のない法被に、おっぱい丸出しのスタイルで子供を抱いて離さないヘリアンテス。その姿は子供を襲う痴女以外の何者でもなかった。

 

「確保!」

 

 ヘリアンテスはお巡りさん二人に拘束されてしまう。

 

「ち……違いますわ! わたくしは正義の行いをしただけで」

「あんた異星人か? おたくらの星じゃどうか知らないが、ここだとあんたの行為はダメなんだよ」

「だから違いますわ! わたくしはあなた方の同僚です! 公安部の――」

「ハイハイ……。後は署の方で聞くから…」

 

 事件解決の功労者は、パトカーで連行されてしまった。

 その後、人質だった子供達が担ぐ子供神輿が元気よく巡行していくのを眺めていたが、お囃子に混じって着信音が響いた。

 

「はい、横山です。ああ…編集長でしたか。はい、はい……インタビューは、一応終わりました。……シッポリ、ドッポリな性癖ですか。読者が喜びそうなネタ……まぁ、掴んだと言えば掴みました。ええ、ええ……はい、書きます。ただ、別の問題で記事にできないかもしれませんけど、書きます。では、すぐ戻りますので」

 

 電話をを切った。

 手帳を開き、決めていたタイトルをボールペンで消し、新しいタイトルを書き記した。

 

『堕天使降臨。麗しの異星人警察官、自分の性欲を取り締まれず、現行犯逮捕』



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捜査報告書 No.3【電柱】-羽咋優杜メイン
#1


◎簡単なあらすじ
 銀河連邦を称する異星人達が地球にやってきて、日本と国交を開いて約十年。
 異星人が地球に往来、定住する事に寄る、あたらな文化価値観が生まれていく中、
 その異星人達に寄る奇特な犯罪も増えていった。
 そして、一人の高校生が異星人の犯した犯罪に巻き込まれてしまう。


 *20xx/4/2-22:22

 羽咋優杜(はくい ゆうと)は天文部の部活動を終え高岡高校を後にする。

 まだ四月の夜は少し肌寒く、上着が風に揺れた。

 電車に揺られ最寄の駅を降り、取り出したスマホを操作して一時停止を解除した。

 

『ついに6件目だよ、全部で10本。電柱ばかり盗んでどうする気なんだろうね』

 

 耳元にパーソナリティの声が響き始める。

 

『ダネ。ダネ』

 

 独特の低音で相方が相槌を打つ。

 

『さすが異星人。面白いこと考えるよね。ちょーUnbelievableだよ』

 

 ここ数日、突然電柱だけが消える事件があり、異星人の仕業だと世間を騒がせていた。

 

『マテ、マテ、異星人でひとくくりにするなよ』

『だって、なに星人の犯罪かわかんないんだもん』

『イヤイヤ、地球人の犯罪かもしれないだろう』

 

 はるか遠くマーマ星から来たマーマ人のヤッさんと日本人の真奈美によるネットラジオだ。

 聞き始めたのは天文部の部長から強引に勧められたからだが、部長のお勧めの中で唯一気に入っている番組だ。

 既にネットラジオや動画配信、地上波テレビのコンテンツなどを異星人が普通に手がけており、何年も前から色々な異星人が地球に来て生活をしている。

 特にここ東京は優杜が物心着く頃には、観光や異文化への興味からか多くの異星人が往来するだけではなく、東京に住み、さまざまな仕事をしていた。

 優杜の祖父母の話ではバブル成長期に海外から多くの外国人労働者や観光客がきて、異国文化、多様性を日本に根付かせていったらしく、今度は銀河の星々からさまざまな異星人が地球に、日本に来て新しい常識や価値観を展開していた。

 

『誰が盗んだかは置いとくとして、あんな大きなもの、どうやって運ぶんだろうね』

『え、日本には何処でもドアとか、スモールライトがアルジャン』

『それ漫画の中だけだから。警視庁は空に飛ばすし、普通に星間ワープとか、物質転送装置のを持ち込んだ異星人のほうがすごいからね』

『デモデモ、スモールライトがあれば、電柱盗みたいホーダイなのに、何で地球人は造らないのさ』

『スモールライト作っても電柱は盗みません』

『マジカ、一家に一本イヤ二本電柱あると便利だよ』

『なに使うの?』

『箸でもいいし、物干し竿にもなるし、デーンチュにだって』

『なにそのデーンチュって、何処の星の言葉よ』

『えっ、知らんの?コノサク星のヌリノミ語だよ』

『いやいや、知らないわよ。せめて地球の日本語の駄洒落にしてよ』

『ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセーン』

 

 優杜はなんでもない異星人独特のボケに、クスリと笑うと夜空を見上げる。

 街灯の明かりに霞む夜空。

 星好きの優杜はその寂しい夜空を見て落胆し、ため息をつく。

 街の明かりに負けじと、今日は綺麗な月が出ていて、それが唯一の救いだ。

 だが、その二つより、星々を遮る巨大な浮遊物が悠々と濃紺の夜空を月すらもかき消しながら泳いでいるように進んでいた。

 浮遊警視庁。

 通称 -ギャラクシーポリス-。

 優杜が小学生の頃から、それは常に東京の空を悠然と周っている。

 東京都の治安を守り、特殊な能力を持つ異星人の犯罪を抑止する為に。

 

 

 

 道沿いにほぼ等間隔に並ぶ電柱。

 地下設備や、異星人の持つ新技術により、宅地整備が進む中、都心部では見なくなったが、優杜の住む郊外では今だ悠然と並んでいる。

 ネットラジオに意識が持っていかれていた優杜の視界に突然、軽々と電柱を持ち上げる四本腕の巨人が姿を現す。

 目の錯覚かもしれないが、身の丈四メートルはあるように見える。

 巨人は優杜に気づき不敵に口元を緩めると中から鋭い牙が覗き込む。

 

「えっ」

 

優杜は学校帰りに何時もの道を歩いていたはずだったのに。いつの間にか異界に紛れ込んだように立ち尽くす。

 きっと、一昔前なら、化け物とか、妖怪だと呼ばれるような姿をした生物も、異星人が身近で暮す現在となっては、それらが妖怪などの類ではなく異星人に取って代わっていた。

 それも、今まさにネットラジオで話題にしていた、電柱を盗もうとする異星人犯罪者だ。

 

『ハハハ…、なにそれ、マジウケル』

 

 耳元から流れるラジオの笑い声に、金縛りがとけ足がぎこちなく動き出す。

 スマホを耳元に当て小声で「警察に電話」とつぶやく。

 

「おや、これはいけませんね」

 

 背後から男性のような声が聞こえて振り返ると、いつの間にかスマホが奪われていた。

 男は素早い動きでスマホを操作すると、発信をキャンセルした。

 トレンチコートにカウボーイハットの男がわざとらしく、肩を竦めておどけてみせる。

 トレンチコートと帽子で顔が隠れて見えない。顔は見えないが間違いなく地球人ではない。

 恐怖で身動きの取れない、優杜の耳からイヤホンと取り外すと、本当に警察に掛かっていない事を確認する。

 

「おや、コズミック・コミュニケーションじゃないですか。良いですよねこの番組、特にマーマ人のボケが…、おっと地球人にはわかりませんか」

 

 のんきな声とは対照的に、すばやい動きでスマホの電源を落とす。

 

「コロスカ」

 

 その言葉に、優杜の心と体は縮み上がり、四本腕の巨人の腕がひとつ、優杜に伸びる。

 

「待ちなさい」

 

 トレンチコートの男は腕時計を見るように手首の装置を見る。

 

「うむ、地球人払いの装置は正常動作と、困りましたね」

「じゃ、み、見なかった事にしますんで…」

 

 トレンチコート男と四本腕の巨人に挟まれたままの優杜は、二人の脇を抜け横にそれようとゆっくりと動く。助かるならスマホは諦める。

 

「おや、帰すとお思いですか」

「うぅ……」

 

 逃げようと動き出した優杜の肩をトレンチコートの男が掴む。

 

「安心してしてくだい。殺しはしませんよ。何せ貴方は重要な研究材料」

 

 安心できない言葉を、演技でもしているように大げさにトレンチコート男が言うと、優杜の脳裏に体を切り刻まれ、薬を飲まされ、注射針を何回も射される想像が脳内を大行進する。

 

「お願いです、本当に見なかったことにしますので」

 

 脅えながら言う、優杜の言葉を無視しつつ、トレンチコート男は演技を続ける。

 

「ここは雰囲気作って、円盤から銀の光を出して回収してとかしてみたいものですが、生憎とそんな高価なおもちゃは持ってませんので、アギン。丁重にお連れしろ」

 

 巨人の腕が優杜を掴み、動きを封じる。

 

「だれか、たす…ゲッホ、ゲ…」

 

 ダメ元で大声で助けを呼ぶが、あまりの握力に肺が押し潰されるような痛みに悲鳴すら上げられない。

 トレンチコート男が優杜の口元に手を当てるとそのまま意識を失いだらりと体が崩れ落ちた。



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#2

 優杜が眼を覚ますと、歯科医の診察台のような椅子に手足を固定されていた。

 頭上には怪しげな光を放つヘッドギアが浮いている。

身じろぎする音で起きたことに気が付いたのか、コート男が傍らに立つ。

 目深に被った帽子と襟を立てたトレンチコートで、明るい場所にもかかわらず顔が見えない。

 

「ご気分はいかがですかな」

「………」

「良いわけあるかいな」

 

 緑と白のコントラスト、カエルとしか思えない珍妙な顔の異星人が鼻息荒く登場すると、優杜に顔を近づける。

 

「まぁ、気分が良かろうが悪かろうが、実験できればなんでもええけんどな」

 

 カエルのような異星人の独特の口臭に、優杜が顔をしかめる。

 

「プロック人は初めてかね。まぁ、地球人にはなじみのない顔だが、根は良いヤツだよ」

「ふん、小悪党に根の良いやつなんか居るかい。起きたなら始めさせてもらうで」

 

 そう言ってカエル男は優杜の頭側に回り、なにやら準備を始める。

 

「安心したまえ、殺しはしないよ。もちろん、君の態度しだいだが」

 

 優杜は素直に従うという意味をこめて何度も首を縦に振る。

 

「返事ぐらいして欲しいな。君の身体を調べるだけさ、所謂健康診断さ」

「拉致って、体縛り上げて健康診断って、誰がそないなこと信じるかいな」

「うーん、比喩表現としては間違ってはいないが、まぁ、口も利いてくれないし、健康診断から、体を切り刻む人体実験に変更しようか」

 

 その言葉に、優杜は恐怖で身動ぎをして、

 

「そ、その、か、身体を調べるって…」

「ようやく口を利いてくれたようだね。これは健康診断だからね。リラックスしている状態が一番」

 

 とてもリラックスできない状況に追い込んだ当人が、リラックスしろと言う。

 

「大丈夫、薬を打って、その機械を頭にかぶせば一瞬で終わる。なに、痛いのは一瞬さ」

 

 顔色は見えないが、すごく悪そうな表情をしているのが想像できる。

 

「俺の体なんか調べても、何も有りませんよ」

「何にもないのも困りものだが、少なからず、君は地球人払い装置の中に踏み込んできた。だからこうして捕まっているんだよ」

「偶然ですって」

「あの装置の開発には膨大なお金と時間が掛かってる。偶然では済ませられないのですよ」

「じゃぁ、機械の故障ですよ。なので帰して下さい」

「さっき装置を調べたけど故障はありえない。次の仕事に差し支える要因があれば徹底的に調べて対策を立てたくなるだろう」

「なりませんよ。そんなこと」

「ならないか、地球人は本当に奥ゆかしいね。表現を変えてみよう。不思議とは思わないかね、君だけが我々の隠蔽装置を無視できたのかと」

「……思いますけど。原因が分かった所で、この状況が好転する分けじゃないでしょ」

 

 そう言って優杜は拘束されている手足を少しばたつかせる。

 

「確かにね、だが、君が協力的なら好転はしないが、友好的になる可能性はある」

 

 その言葉に、優杜は先ほどの切り刻んでもいいんだぞ的な発言を思い出す。

 

「…わ、分かりました、協力しますよ」

「良い心がけだ、では、早速検査させてもらおう。まずはリラックス、はい深呼吸」

 

 優杜が数回大きく深呼吸をすると、頭の上から。

 

「こっちも準備できたでぇ」

 

 カエル男が来て注射器を首筋に刺し、何かを注入すると、優杜にヘッドギアをかぶせる。

 小さな排気音と共にヘッドギアが頭部に密着し後頭部が少しチクリと痛む。

 視界がさえぎられ、診察台から少し不快な振動が伝わってくるような気がした。

 

「一応確認だが、異星人にさらわれた経験は」

「初体験中ですよ」

「おやそれは失礼した。すまないね初体験がこんなむさいおっさん達で」

「残念、記憶操作、チップや改造の形跡はないで」

「記憶操作もか、なら、他の星の遺伝情報は?」

「そっちもシロやな、異星人とのハーフじゃんないわ。九十九点九九パーセント地球人やで」

「でも、百パーセントじゃない」

「遺伝情報なんて勝手に欠損するさかい、百パーセントはありえんわ」

「………」

 

 なにやら考え込んでいるような気配がその場に沈黙が流れる。

 

「なんで、電柱なんて盗むんですか」

 

 視界がさえぎられ沈黙が怖くなってきたので優杜のほうから話題を振ってみた。

 

「うーん、良い質問だ。君、株はやるのかね」

「やってません。高校生だし、なにより金もない」

 

 最近では親が金持ちだとやっている同級生がいるが、未だに高校生で株をしているのは稀だ。

 

「それは残念だ。オワリポールという会社を覚えておくと良い」

「オワリポールって電柱の会社?」

「電柱の会社だ。コノサク人と言うのがいてね。これが石灰岩が好物でね。コンクリートなんか絶品らしい。共感は出来ないがね」

「食べるんですか、コンクリートを」

「うーん。キャンディーに近いなかな。バリバリする奴も、舐める奴もいる。特に長い年

月風雨にさらされたビンテージ物が裏で人気でね」

「ワインみたいなものですか?」

「これがただ寝かせればいいって分けじゃなくてね、劣化具合や粉の吹き方にもこだわりがあるのだよ。だから、厳選した一本を選んでいるわけさ。まぁ、その違いは全く理解できないけどね」

「だからって、電柱を盗んで良いことにはならないでしょう」

「ごもっとも、それに毎回電柱を盗んでいたのでは効率が悪い。安いとはいえ、自重固定装置もタダではないしね」

 

 電柱がなくなれば支えていたケーブルが垂れ下がるはずだが、そのような事は起こらず、停電も通信生涯も起こってない。

 結果的に最初の窃盗から発覚までに時間が掛かり、捜査の初動が遅れていると連日のニュースでも報道されていた。

 

「こんなことせずに、普通に買って売れば良いじゃないですか」

「そう問題はそこだよ。コノサク人が地球の電柱の美味しさに気づいてしまってね。普通に商売が始まってしまったのだよ」

「え、普通に商売するならいいじゃないですか」

「普通では儲からない。商品には付加価値をつけ、流通量をと価格をコントロールし、上前を撥ねる必要があるだろう」

「いや、そこまでしなくても」

「ふむ、この面白さが分からないか。やはり、株からやるべきだよ」

「おい、おしゃべりはそこまでや」

 

 ビーッビーッビーッ。

 

 カエル男の言葉と同時にけたたましくブザーの音が部屋中に鳴り響く。

 

「うーん、囲まれましたね、六人ぐらいですかな」

「余計な事ばかりするから、こないなるねん」

「いや、少年を拾ってきたのは必要な事だよ」

「その時に何か証拠残したんだろう」

「どちらかというと、七回目も盗んだ事だな。我ながらちょっと欲を出しすぎたと思うよ」

「もう、どっちゃでもええわ。さっさと逃げるで」

「少年、命拾い、いや記憶拾いしたかな、全部消える前に助けてもらえよ」

「え、どういうことですか」

「ただで返すわけないだろう。記憶はいじるさ」

「そんな話が…」

 

 命は取らない言っていたが、記憶に関しては確かに触れていない。

 

「まぁええわ、こえは貸しやさかいな」カエル男がかなりイラだ多々しく叫ぶ。

「割り引き効くと良いのだが」

「アホ抜かすな。手動かせ」

 

 掛け合い漫才のように言い合いながら、二人は優杜の前で何かを操作し始める。

 見たくともヘッドギアで視界はふさがれていた。

 

「ああ、バカコンピューターめ、早くデータ書き込めや」

「すまんね、貧乏がいけないんだよ。貧乏が」

「よし、いくで」

「達者でな少年。もう異星人なんか捕まるんじゃないぞ」



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#3

 *20xx/4/2-22:22

 【Galaxy Police】【浮遊警視庁 外事特科】と背中に掻かれた濃紺のジャケットを羽織った巨躯の人物が警視庁とか彼等パトカーの助手席から降りる。

 

「本当にここでいいんですか?」

 

 運転席から警察官が、降りた人物に声をかける。

 

「ああ、ここでけっこう。現場は足でって言うだろう」

 

 そう言って、不敵に笑ったのは赤褐色の肌に金色の髪、額には二本の短い角をはやす赤鬼のような顔をした異星人だ。

 身長は百八十くらいだが、肩幅と腕周りは地球人より一回り半ほど広くて太い。

 

「犯行場所、次予想、未然に防ぐ」

 

 そう言って赤鬼の背中から、ジャケットの後ろ襟が不自然に開いて、小さな異星人が顔を出す。

 蒼い肌に銀色の髪、頭頂部には一本の小さな角、頭が大きく、ジャケット越しに見える腕や肩はやたら細い。

 それが赤鬼の背中の窪みに、まるでカンガルーの親子のようにはまり込んでいた。

 大きな赤鬼のようなほうが、ザーマック。

 小さな青鬼のようなほうが、シレーム。

 ゴンジーマ人は基本的に二つの異なる種族が共生関係で成り立っている特殊な生態系を持つ異星人だ。

 二人は惑星ゴンジーマから来て、警視庁に協力をしている異星人で、公安部外事特科という異星人犯罪がらみを主に扱う部署で働いている。

 二人は送ってくれた警察官に礼を言って、大通りから、人気の少ない住宅街へと入っていく。

 

「でもよう。予想って、まだ東京には何万本と電柱があるんだぞ。どうやって次に盗まれる電柱を探すんだ」

 

 ザーマックの言うとおり、異星人の技術で送電方法も変わってきていて、街中の電柱は減って入るが、急激にインフラが進んでいるわけでもなく、住宅地には未だに多くの電柱が並んでいた。

 

「電柱、でかい、遠く運べない。アジト遠くない」

 

 そう言ってシレームがザーマックのガジェットに、今まで盗まれた電柱の所在地を記したマップを表示させる。

 

「言いたいことは判るけどよこの十本の真ん中にアジトがあるわけでもないだろう」

 

「電柱隠す、建物、廃屋、条件、絞る」

 

 そういうと、マップ上に赤い天が三点追加される。

 

「ここをしらみつぶしって事か、やっぱり捜査は足じゃねえか」

「違う、情報、精査、推理、重要」

「おうおう、頭使うことは任せるわ。だが、ここからはオレの出番だぜ」

「暴走、禁止」

 

 そう言って自制を求めるシレームの言葉を無視してザーマックは走り出した。

 

 

 

 ―ドン!―

 何かが盛大に破壊される大きな音に、優杜の心臓が激しく跳ね上がる。

 

「ギャラクシー・ポリスだ。大人しくしやがれッ」

 ヘッドギア越しに鼓膜に痛みが走るぐらい大声をあげながら、誰かが入ってくる。

「うるさい」

「チッ、窃盗犯め、恐れをなして逃げたか」

「警察ですか、助けてください」

 

 室内に侵入してきたシレームとザーマックが、拘束されている優杜の姿に警戒する。

 

「貴様は何者だ、ここでなにしてやがる」

「なにって、犯人に捕まって、記憶を消されそうになっているんです」

「装置、寄れ」

「ああ、面倒だこうすりゃ止まる」

 

 機械を安全に止めようとするシレームを無視して、ザーマックが装置と優杜の拘束されているベットの間のケーブルを力任せに強引に引き抜く。

 優杜の耳には突然バッチッと何かが弾ける音がして、一瞬鼓膜が破れたかと思える。

 

「安心しろこれで装置は止まった、問題ない、で、犯人はどっちに逃げやがった」

「今な何気に危険なことしませんでした。この状態で犯人見れるわけないでしょう」

「匂いと振動で解るだろう」

「分かるわけないでしょう」

「外せ、開放」

「ん、そんなの事後処理班に任せりゃ良いだろう。こうしている間に犯人が逃げるぞ」

「間に合わん」

「間に合うさ、建物は囲っている。逃げられん」

「#$&+<」

「*+(%$!!?&%$!!!」

 

 言い合いがヒートアップしたのか、突然、未知の言語でののりしあう。

 

「ちょっと、喧嘩してないで助けてくださいよ。本当にギャラクシーポリスなんですか」

 

 犯罪者のほうがやっている事は兎も角、言動は紳士だった気がする。

 だが、優杜の言葉に痛い所を突かれたようで。

 

「わかった、わかった。ほらよ」

 

 乱暴にヘッドギアが引き抜かれ、拘束されていた手足のベルトが切られる。

 ようやく視界を取り戻した優杜の前には巨大な赤鬼の様な異星人、ゴンジーマ人が立っていた。

 地球人だけでは手に負えない、異星人犯罪を抑制したりするのに、異星人の警察官がいるのは有名な話しだが、こうして目の前で見るのは初めてだ。

 テレビや警察の広報ポスターなどではもっと紳士的なイメージだったが、実際に目の当たりにすると、がさつで少しがっかりとする。

 

「有難うございます」

 

 手足をさすりながら優杜は、一応礼を言う。

 

「礼には及ばんこれが仕事だ。で、ここでなにがあった最初から…」

「ここ、来てから」

 

 ザーマックの背中から声が響く。

 優杜は腰を浮かして声がした場所を見ると、赤鬼の背中に小さな青鬼が寄生していた。

 

「えっと、その」

「わかったよ、ここに来てからのことを話せ」

 

 テレビや、部長達から、ゴンジーマ人は赤い大きい方が肉体担当、青い小さい方が頭脳担当をしているという。

 二人で一つの共同生活をしている、かわった異星人だ。

 優杜は頭脳担当のシレームのほうを見て、掻い摘んでトレンチコートの男との会話を説明する。

 すると、シレームが隠し扉がありそうな所を指差すと、ザーマックが待ってましたとばかりに駆け寄り。

 

「隠し扉だ」

 

 ザーマックが壁を激しく叩き強引に隠し扉を破壊する。

 覗き込むと、隠し扉の向こうにはマンホールのような蓋が跳ね上げてあり、地下に降りるような大きくない穴が開いていて、僅かながらに悪臭が漂ってきていた。

 

「下水に逃げ込みやがったな。さっさと後を追うぞ」

「時間、経過、ムリ」

 

 そう言って穴に近づいたザーマックが自分の体の大きさと、掘られた穴を見比べで立ち止まる。

 

「お前ならやれるだろう、下水道の情報とかで割り出せよ」

 

 そう言って、ザーマックは怒りをあらわにしてその辺の機械に八つ当たりする。

 

「空港、行く」

 

「はあぁ、空港に犯人なんかいるのかよ」

「いない」

「ああ、バカかいないなら意味ないだろう」

 

 シレームとザーマックが再びいがみ合う。

 

「また喧嘩しないでくださいよ」

「うっせいよ。喧嘩じゃねぇ、こいつとはいつもこうだ」

「日常」

「そうなんですか、なら、いいですけど…」

「いいわけあるか、何でこんな頭でっかちとバディ組まされたのか、未だになぞなんだぞ」

「同感…」

「ははは…」

 

 なかが悪いのか気が合っているのか分からない二人を見て優杜が思わず笑いを漏らす。

 

「でも、自分も空港に行くのに賛成です」

「なぜだ。小僧」

「異星人の科学力がどれだけ凄いか解りませんけど、物質を一瞬で銀河の果てまで運ぶなんて、それだけで莫大なエネルギーを必要としますよね」

「ああ」

 

 電柱をどんな手段で運ぶのか見当も付かないが、あんな大きなものを運ぶのであれば、それなりのルートが必要だろう。

 

「犯人は経費をかけずに儲けたいわけだから、効率の悪い事しないと思うんですよ」

「言われてみれば」

「コノサク人向けの荷物を探して、発送を止めれば証拠を押さえられる可能性が…」

「むむむ…」

「少年、正しい。空港、行く、荷物、探す」

「わかった。わかった。今回はこの小僧に免じて、お前に従ってやる」

 

 ザーマックは入ってきた勢いそのままに、激しい音を立てながら部屋を出ていった。

 優杜一人、ポツリと部屋に取り残される。

 

「ええと…、動かないほうが良いんだよね…。これ」

 

 シレームとザーマックの背中を見送りながら、優杜は暫くその場で救助を待った。

 

 

 

 暫くして、優杜は警察官に保護された。

 

 

 

 シレームのインカムから状況は送信されていた為、状況説明や調書の処理は簡潔に終了。

 身体検査も行ったが心身に異常は見つからず、異星人達が言っていた特別な理由も分からないままだった。

 警察も相手の機械の故障か偶然の可能性が高く災難だったねと言ってくれた。

 結局、学校帰りに、異星人に拉致られ、警察署で事情聴取を受け、病院で検査をし、帰宅できたのは、次の日の夕方になってしまった。

 春休み中でなければ、今頃面倒な事になっていたが、平穏な日常を送れそうだった。

 その後、電柱窃盗事件はなくなり、ニュースにも上がらなくなった。

 後日、プロック人が窃盗容疑で捕まったというニュースが小さく流れたが、異星人の顔の識別がしにくいので、あの時のプロック人かは不明だ。

 他の協力者のプロック人かもしれない。

 ただ、四本腕の巨人と、トレンチコートの男が捕まったという報道は未だに聞いていない。

 

 

 

 近年、多くの異星人が地球に、特に門戸を開いている日本に来て生活している。

 日本を「デジマ」などと揶揄する外国もあり、異星人がらみの奇怪で奇特な他愛のない事件から、重大な犯罪まで日々発生している。

 その全てを警察が迅速に対応し、未然に防ぎ、事件を解決しているとはいえない。

 それでも、犯罪抑止のために東京上空には、今日も浮遊警視庁が宇宙人犯罪に目を光らせていた。

 



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【おまけ ギャラポリ放送局・第二回】
「聞いてみたいな、異星人さんたちの恋愛事情。  それ以上はダメッ、××のことは放送できません!」


「宇美と」

「佳和の」

「ギャラポリ放送局!」

「こんにちは~。東京では桜が満開、心もウキウキなギャラクシーポリス広報課の星乃宇美(ホシノウミ)で~す」

「花の命は短くて、乙女の夢もまた儚い。モロコシフラワー星出身の永遠の17才。天野佳和(アマノカワ)です」

「佳和さん、今日はずいぶんしんみりとしてますね。昨日はお花見であんなにはしゃいでいたのに」

「ええ、初めはあの美しさに感動していたんですよ。風にあおられて舞う桜吹雪が美しくて。でも今朝見たんです。通勤中にある桜の散ってしまった姿を」

「葉桜も悪くないですよ。また来年も咲きますし。そもそも、佳和さんって、永遠の17歳じゃないですか~」

「そっ、そうです。天野佳和は永遠に不滅なんです。あら、宇美さん、目じりに皺が…」

「ちょっと、何言ってるんですか!?これは、ほら、昨日はお花見で夜が遅くなったから」

「人間は20歳を超えるとお肌の曲がり角らしいですよ」

「ディレクターさん、お知らせ、お知らせお願いしま~す」

 

 ~ギャラクシーポリスからのお知らせ~

 「天気予報です。今日の東京地方の天気は晴れ。所によりネコが降るでしょう」

 「えっ!?」

 

 にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ、

  にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ、

 

 「なっ、何だこりゃあ~!」

 「これまでの常識では考えられない、奇妙なことに遭遇したら#○○110のギャラクシーポリス相談窓口へ。尚、緊急時には110をご利用ください」

 

 

「それでは改めて参りましょう」

「週刊ギャラクシーニュース!」

「○月○日、電柱消失事件の犯人がついに捕まりました。犯人はプロック人で、コノサク人の好物である電柱を密猟していたとのことです」

「電柱って、そんな簡単にとれるものなんですか?」

「とること自体は難しくないみたいです。どちらかというと、電線の処理のほうが面倒見たいです。今回の犯人は自重固定装置を使っていたみたいですが、一歩間違うと大惨事になっていたでしょうね」

「色々な星の方々が地球に来られるのは歓迎なんですが、犯罪は困りますね」

「そうですね、私も気をつけなくちゃ」

「佳和さん、まさか何かやってるんですか?」

「だって、私も盗みに来たんですもの…地球人さん達の心を!」

「さ~て、次のコーナーへ参りましょう」

「あ~ん、スルーしないで下さいよ~」

 

「お隣の異星人さんって、どんな人?」

「このコーナーは地球で生活している異星人さん達の生活や習慣、特性をお聞きするコーナーです」

「今回のゲストはギャラクシーポリスの戦闘隊長、サイード人のアスワードさんです」

「アスワードさんは地球が銀河連邦に加盟した時に銀河連邦から派遣された異星人さん第一号なんです」

「銀河中から異星人さんたちが来るのはいいですけれど、トラブルも増えましたからね」

「ただ、そのほとんどがお互いの認識不足だったりするんですよね」

「このコーナーはその解消のためにも一役買えればと思っております」

「それではアスワードさん、どうぞ」

「うむ。浮遊警視庁 公安部 外事特課のアスワード・マーテンだ」

「今日はお忙しい中、ありがとうございます」

「アスワードさん、少し緊張されてます?」

「ああ。こういうのは初めてでな。何を話したらよいのか…」

「大丈夫、私たちに任せてください」

「優しく導いてあげますわ。さあ、心も身体も私にゆだねて…そうすればあなたも私のとりこ…」

「ちょっと、佳和さん怖いんですけど…」

「軽い冗談です」

「さて、サイード人といえば、強靭な肉体を持った狩猟民族とのことですが…」

「アスワードさんも例に漏れず、たくましい体つきをしていますよね」

「ああ。この強靭な肉体が我らの誇りだ」

「若い頃はアスワードさんも大型の宇宙生物を狩っていたとか」

「狩りは学校の必須項目だからな。宇宙では怪獣被害も多い」

「地球の生活はいかがですか?私もこの星に来て、いろいろと苦労しているのですが…」

「かなり満足してる。着物は肌にあうし、食事もうまい。またこの国の武士道という文化は我が星の信条にも通じる」

「地球の女性についてはどうですか?署内でもファンは多いですよ」

「そうだな…肉体的には乏しいが、奥ゆかしさと芯の強さには感心している」

「おやおや、誰かいい人でも…」

 

 ピーッ、ピーッ、ピーッ

 

「うむ?課長からの緊急通信だ」

「佳和さん、どう思いますか?」

「どうと言われますと?」

「アスワードさんの、いい人…私としては、あの人が怪しいと思うんですけど」

「それはちょっと…」

「すまない、課長が早急に来てくれというのでこれで失礼する」

「事件ですか?本日はお忙しいところありがとうございました」

「お時間のある時に、またいらしてくださいね」

「うむ。では」

「ざ~んねん。アスワードさんの恋バナが聞けると思ったのに」

「地球の女性は恋バナ好きですね。私たちの星ではご法度ですよ」

「そんなこと言って、佳和さんはどうなんです?地球の男性」

「禁止事項です!私たちの星なら即逮捕ですよ」

「ちぇ~」

「さっ、次のコーナーにまいりましょう」

 

「質問コーナー」

「このコーナーは、皆様から寄せられた異星人やギャラクシーポリスに関する質問にお答えいたします」

「さて、今回の質問なんですが、意外とみなさん、ギャラシーポリスそのものをあまりご存じないことが判明しました」

「よって、今回はギャラクシーポリスについてご説明させていただきたいと思います」

「さて、佳和さん、ギャラクシーポリスとは一体何なのでしょうか?」

「はい、ギャラクシーポリスとは、警視庁公安部外事特課の通称になります」

「正式名称ではないのですね。これまでの外事課とは何が違うのでしょうか?」

「異星人問題に特化している点ですね。今回のゲストのアスワードさんみたいな異星人さんを含め、特殊な技能を持った方々を中心に構成されています」

「諸外国の問題も特殊ですけど、異星人問題はさらに特殊ですものね」

「諸外国問題は思想や生活環境が違っても、同じ人間ということでまだわかりあえる部分もあるんですが、異星人となると、考え方どころか、生体そのものから違いますからね」

「具体的にはどのような方がいらっしゃるんでしょうか?」

「アスワードさんの他では、ゴンジーマ星のシレーム・ザーマックさん、半サイボーグの義体の方々や自分の血液を弾丸に変えて打ち出せる特殊能力のある方、またPCにとりついた地縛霊の方もいらっしゃいますね」

「宇美さん、あと、あの派手な女性の方」

「インフェリタス人のヘリアンテスさんですね。彼女の魔法は何かと話題になることが多く、よくニュースでも目立ってますね」

「さすがはギャラクシーポリス。でも特殊な能力がないとなれないのでしょうか?」

「そんなことないですよ。普通の人間の方もいます。ただ、扱う事件が特殊ですので、柔軟性が求められますね。頭の固い方や、偏見が強い方には向かないと思います」

「こんなに特殊なギャラクシーポリスですが、一緒にお仕事もいかがでしょうか?警視庁は職員募集中です!」

「来年度の採用試験については警視庁のホームページで」

「私たちと一緒にこの星の平和と安全を守りましょう!」

「と、今回の職員募集の宣伝も終わったところで」

「そろそろお時間となりましたね」

「ギャラポリ放送局へのご質問はギャラクシーポリスのホームページまで」

「くれぐれも(リアル)警視庁にはぜったいにメールしないでくださいね」

「それでは、またお会いしましょう!」

「次回も、あなたの心にチェックイン!」

 

~♪エンディング~



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捜査報告書 No.4 【アスワード小隊】- アスワードメイン
『黒の魔天』


◎簡単なあらすじ
 東京都O区の鎌羅地区は、不法滞在異星人が関係したは犯罪が多発している。
 人数が多く、戦闘に秀でたサイード人で構成されたチーム『シャリード
 盗賊団』は敵対組織への一斉攻撃を目前に控えていた。
 その会議の場に、屈強な新入りが入ってきて…
 


 アジトの空気は緊張に満ちていた。

 不安定に点灯する照明に引き寄せられた蛾が、薄汚れた丸テーブルに不気味な影を落としている。

 ニホン人が廃棄していた粗大ゴミで作ったプレハブのアジトだ。

 カルブ・シャリードは、愛用のククリナイフを研ぎ終え、刃の歪みが無いかを確かめた。この星に来て手に入れた刃物の中で一番のお気に入りだ。

 問題ないことを確認してから指先で回して鞘に収めた。

 

「お前ぇ等、今までよく辛抱してくれたな」

 

 テーブルを囲むのは、カルブと同じ屈強な体躯を持ったサイード人だ。

 

「頭こそ」

「遂に、この時が来たんですね」

「応よっ。今日こそ、ここ鎌羅の全てを手に入れる時が来たんだ。華が咲く日が来たんだぜぇ」

「俺たちが鎌羅の王かッ」

「今まで散々下に見てきた連中を見返してやるぜ」

 

 銀河連邦中心で製造される機械製品の純正品は非常に高価であるため、辺境の星では安価なコピー品が出回ることが多い。

 そこで、仕事に都合が良い場所を見つけては、ゴミの山から自分たちの技術でコピー品を大量に製造し、かなりふっかけた値段で地元企業に売りつけ、場合によっては流通にも口を出す。

 そして、機械はその内壊れる。

 しかも、ニホン人はそれを安く捨てたがる。時には人気の無い場所に投棄する。無料の回収業者に引き渡すことさえある。

 それを回収しては自分たちの技術でコピー品を以下同文という感じに、ローコストハイリターンで金を生み出すサイクルができている。

 鎌羅地区は、巨大なゴミ収集場所を保有し、三つの鉄道が交差している上に空と海両方の港を持つ素敵すぎる場所だ。

 不法滞在の異星人が入り込んできてからは、違法パーツ製造の温床になり、陸・海・空の販売ルートで様々な機械が世に出回っていった。

 当然金が集まるので街は大きくなっていき、飲食店・風俗店・様々な娯楽施設は数を増し、タワーマンションも雑草が生えるような勢いで建ちまくった。

 しかし、そのうま味に目を付ける輩は沢山いるもので、抗争は日夜発生している。

 ここ最近はパワーバランスが崩れ始め、カルブ達の『シャリード盗賊団』に流れが向いていた。

 今日の作戦が成功すれば、鎌羅における絶対的優位な所に立つことができる。

 

「カルブ兄ぃ。そろそろ作戦の確認をやらねぇか?」

「キット。その前に・・・だ。お前ぇの後ろに居る新入りの紹介が先じゃあねぇか?」

 

 キットは硬質顎を広げてニィと笑った。

 

「ああ、紹介しようじゃねぇか。こいつこそ、俺がこのニホンで出会った最高の仲間さ」

 

 影に隠れていたサイード人が一歩前へ出ると、照明の光で顔が露わになった。

 

「・・・名前は?」

「テンマというモンです。アス・テンマ」

 

 テンマと名乗ったその男に、カルブは本能的な危機感を覚えた。

 戦闘に適した民族であるサイード人とはいえ、その男の躰は凄まじく鍛え上げられたものだった。

 丸太のように太い腕、くすんでいるが厚くて硬そうな皮膚。見るからに丈夫そうな硬質顎と牙を持っていたが、何よりも凶暴な中にも深い知性を秘めた瞳は吸い込まれそうな力を秘めていた。

 

「鎌羅駅地下通りの段ボールハウスに住んでやがったんだ。俺が他の異星人と揉めてるところに躍り出てきた。俺と一緒に瞬く間に連中をぶちのめしたんだ。そんな腕っ節と度胸を見込んで、俺が連れてきたってワケさ」

「・・・いいだろう」

 

 カルブは、テンマに一瞥をくれた。

 

「今日からお前ぇも俺たちの仲間だ。そんなとこに突っ立ってないで、椅子に座れ。今日の説明を始めるからな」

 

 カルブは、粗大ゴミを分解して作り上げた3Dディスプレイを起動させ、鎌羅地区の映像を映し出した。

 重要拠点を赤くマークしてある。

 

「長い調査活動のおかげで、ようやくこの地区に存在する敵の活動拠点が割れた。今回の作戦では、その中心組織を構成する5団体に対して一斉攻撃をかける」

 

 キットが親指を立てた。

 

「3人体制でA班からE班までの配置は完了しているぜ」

 

 頷き、各班の位置情報を青でマークした。

 

「連中の動きは把握している。バンで近づき、中の二名で強襲。狙いは各目標のトップだけだ。始末した後、再びバンで逃走する」

 

 キットがニッと笑った。

 

「東京進出を狙っているこの国のギャングから来た身代わり連中の出頭準備も万全だぜ。襲撃犯はこいつらに擬態させてある。十五人分だから、弁護士費用やらなんやらで結構金がかかるな」

 

 テンマと名乗った男が3Dディスプレイに映った十五名のニホン人の顔をじっと見ている。

 

「ギャングと共闘しての襲撃か。手に入れたシマは折半するのか?」

「あいつらのことを、この国ではクミとかいうらしい。危ない橋を渡るのはこっちだ。連中と共闘する形だが、あいつらに金を出す気もないし、手綱を握られる気もねぇよ。せいぜい三対七くらいの比率だな」

 

 テンマがフッと笑った。

 

「気に入ったかい。ルーキー?」

「ああ、野良犬にしてはよく考えたもんだ」

「なんだとッ」

「いきり立つな。野良犬が浅知恵で餌を探すなら、俺たちのような首輪付きの犬もまた、浅知恵を絞って獲物を狩りに出かける。いわば、似たもの同士だ」

「手前ぇ、何モンだっ」

 

 テンマの横にいたキットが立ち上がり、ナイフを突き立てようとした――しかし

 

「ぐぁっ」

 

 突然、キットの躰が吹き飛ばされ、プレハブの壁に叩きつけられた。見えないハンマーに殴られたように見えた。

 

「何だ?」

 

 テンマとキットの横。何もない空間に一瞬揺らぎが見えた。

 

「……光学迷彩か」

 

 テンマは答えず、小型の無線機のようなものを取り出した。

 

「音無。先ほど視認した顔情報からターゲットは割り出せたか?」

 

『モチのロンだよ、隊長! 既にGP3、GP4へ送信済み。B、D、E班はGP4の有効射程内』

 

『GP4よりGP1へ。狙撃準備完了。許可を』

 

「――撃て」

 

 無線機から発砲音が響いた。

 

「何だ? 何をしてやがるッ」

「A班、C班の特定を急げ」

 

『GP3よりGP1へ。立体駐車場に潜伏中のA班、C班の無力化に成功』

 

「よくやった。襲撃犯は予定通り所轄と協力して本部へ連行しろ」

 

 テンマは通信を切った。

 

「何をしやがった?」

「聞いたとおりだ。先ほどお前からご丁寧に説明してくれた襲撃犯は全てこちらで押さえた。後はこの場の連中だけだ」

「野郎っ」

 

 団員達がマシンガンを取り出し、テンマと謎の透明人間の方向に銃口を向けた。

 だが、トリガーに指がかかった瞬間、窓ガラスが砕け、四人全員の銃器がはじけ飛んだ。

 

「今度はなんだっ」

 

 床に落ちたマシンガンに、ライフル弾クラスの穴が開いており、穴の周囲に粘ついた赤い液体が付着している。

 

「血・・・だと・・・?」

「訂正がある」

 

 椅子に座っていたテンマが立ち上がった。

 

「ああッ?」

「私の名前だ。アス・テンマではない。本当の名は、アスワード・マーテン。警視庁公安部 外事特課 強行犯捜査第一係の係長だ」

「聞いたことがあるぜ。浮遊警視庁の鬼警部だッ」

「しゃらくせぇッ」

 

 カルブはククリナイフを抜き放ち、アスワードに向かって飛びかかった。

 

「むんッ」

 

 速く、重い斬擊だった。くすんだ日本刀の一閃が、カルブの手に持ったククリナイフを両断していた。

 

「悪の華も咲くだろう。実を結ぶこともある。本物の力を持ったもの達ならばな。しかし、お前たちはお粗末だ。力なき者は華が咲いても実はならなぬ。・・・・・・それをこの国では

【徒花】と呼ぶそうだ」




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

 ○アスワード・マーテン(45)※
  警視庁 公安部 外事特課 強行犯捜査
  第一係 係長。階級は警部。
  彼が指揮する第一係は『アスワード小隊』と呼ばれている。

 ○カルブ・シャリード(45)※
 サイード人のみで構成される『シャリード盗賊団』の頭領
  鎌羅地区の覇権を狙う

 ○キット・シャリード(44)※
  カルブの弟


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捜査報告書 No.5【奇妙な時効】- 小山凛子メイン
#1『事件を追ってサボタージュ』


◎簡単なあらすじ
 外事特課 強行犯捜査第二係の小山凛子は、アスワード率いる一係と比べて全然活躍できていないことを不満に思っている。
 事件を探す中、五年前に発生した詐欺事件の話を聞くが、既に時効は過ぎていた。
 しかし、その時効にはとある欠陥が存在することが判明する。


 浮遊警視庁の食堂で注文したボンゴレビアンコが素晴らしい香りを放っていた。

 

「よっしゃ、喰うぜぇ」

 

 ザーマックはフォークとスプーンでパスタを巻いて食べ始める。

 パスタを日常的に食べる国ではフォークだけで食するそうだが、ザーマックは未だにそれができないでいる。

 ついでに言えば、日本人がラーメンなんかを食べる際にやる"すする"という芸当もできない。インフェリシタス人のヘリアンテス・ルクサ・イグニースなんかは、音をたてて食べる行為が下品だと言って、よく倉林美希と喧嘩している。ザーマックはそうは思わないにしても、不思議な食べ方だと思っていた。

 

「さて・・・」

 

 ボンゴレビアンコの象徴とも言えるアサリの身にフォークを引っかけ、殻ごと口の中に放り込む。

 バリボリと砕ける絶妙な歯ごたえ。飲み込み、胃に入る頃には躰が求めていた栄養素が染み渡り、何とも言えない幸福感に包まれていた。

 

「相っ変わらず変わった喰い方ねぇ・・・そんなモノまで食べなくてもいいでしょ」

 

 目の前の女が目元をひくつかせて軽蔑するような眼を向けてきた。ザーマックと同じ公安部 外事特課 強行犯第二係の同僚である小山凛子だ。

 髪の毛という不気味に頭部にだけ生えた体毛をセミロングと呼ばれる長さに揃えている。人間の女にしては筋肉質で、スカートから伸びるふくらはぎはしっかりとバネがありそうに膨らんでいる。血色も良く、そこそこ丈夫な子供を産めそうだ。

 乳房という、子供に乳を与える器官は平均よりも大きめに見える。正直、この脂肪の塊に何の必要性があるのか理解に苦しむが、周囲の職員を魅了していることから、人間の眼から見るとそこそこイケてる女なのだろう。

 顔立ちはほぼシンメトリーなので、そこだけは評価できる。

 ザーマックに言えることは、人間の中の美人であることと、その美点を覆すほど口が悪いということだけだった。

 

「俺の硬い外皮の維持にはそれ相応の栄養素が必要なんだよ。お前等と同じような食事をしてたんじゃぁ、追いつかねぇ」

「サプリ飲めば?」

「あんな錠剤よりもアサリや伊勢エビの方がよっぽど美味いぜ」

「異星人の感覚ってわからないわ」

「けっ。この旨さがわからねぇとは、可愛そうな生き物だぜ」

 

 見ると、凛子は海老フライの身の部分だけを食べ、カリカリになっている尻尾を残している。殻ごと揚げない理由もサッパリわからないが、尻尾まで拒否するとは・・・。いったい何が美味くて喰っているのだろうと思う。

 そんな事を考えていると、ポケットに入れていたギャラフォンが鳴り始めた。

 マナーモードにしていたので、ザーマックの硬い外皮に当たり、ガチガチッと嫌な音が周囲に響いた。

 

「どうにかならないの? それ」

「うるせぇ。通常はマナーモードにしろと言われたから設定しているだけだ」

 

 実際、ザーマック自身迷惑している。外皮を通じて躰中が振動してしまうので、着信の度に嫌な気分になるのだ。

 電話に出る。相棒のシレームだった。

 

『・・・今、何処にいる・・・?』

「食堂だ」

『凛子も?』

「ああ、俺にとってのごちそうを残しているけどな」

『・・・早く戻れ。過去事件の異星人関係分類報告期限・・・今日の18時・・・』

「頭を使うのはお前の専門だ」

『・・・お前の専門は?』

「躰を張って犯人を検挙することだ」

 

 電話の向こうで溜息が聞こえた。

 

『お前たち馬鹿二人のせいで・・・まともな事件・・・回ってこない・・・お前の仕事はない』

「言ってくれるじゃない、シレーム」

 

 急に凛子が割り込んできた。

 

「だいたい、アスワード警部の係が仕事を持っていきすぎなのよ。わたしたちだって、やればできるんだって証明しなきゃ駄目ね」

「凛子、口元に海老フライの衣がついてるぞ」

「うるさいわね」

 

 少し頬を赤らめながら拭った。

 

「そうと決まれば出かけるわよ」

『・・・分類報告・・・・・・』

「シレームにはその仕事が適任よ。わたしたち二人は外に出るわ」

『・・・何をしに・・・?』

「事件が割り当てられないならば、自分の足で事件を探しに行くのよ。刑事ってもんは、足を使ってナンボなんだから」

「なるほど、よく聞くフレーズだな。そういう意味だったのか」

『・・・ザーマック・・・騙されるな・・・』

「善は急げ。さぁ、行くわよザーマック」

「待て、ボンゴレビアンコがまだ終わってない」

 

 まだ半分以上残っているのだ。

 

「もう美味しくないわよ、それ・・・」

「馬鹿、そんなわけあるか」

 

 急いでかき込む。

 

「・・・・・・・・・あれ・・・?」

 

 先ほどまで食べていたボンゴレの味ではない。冷めている上に、妙に油っぽく感じる。

 

『乳化状態・・・終わった・・・』

「乳化?」

『油と水分の一時的な融合状態・・・すぐ解ける・・・だから、早く食べないと美味しくない・・・もう、手遅れ・・・・・・』

「くそがっ。お前等のせいで美味いメシが不味くなっちまったぜ」

 

    ☆    ☆    ☆

 

 ザーマックと凛子が来たのは、高岡高校の校庭だった。

 

「おい、凛子。どうするつもりだ?」

「うるさいわね。そろそろ次の授業でグラウンドに生徒が来るわ。隠れるわよ」

「?」

 

 ワケがわからないまま身を隠すと、言った通りに生徒が体育の授業でグラウンドに出てきた。

 

「しめたっ。あの子がいるなら好都合だわ」

 

 それは、ザーマックも良く知る男の子だった。そして、都合の良いことにその男子生徒は飛びすぎたサッカーボールを追いかけて茂みに近づいてきた。

 ボールをグラウンドに蹴り返し、戻ろうとした男子生徒に凛子の小麦色の腕が伸びる。口をふさぎ、吃驚した男子生徒は暴れるが、警察官の腕力には適わない。たちまち押さえ込まれてしまった。

 

「はぁい。可愛いボク、ちょっとお姉さん達とア・ソ・ビ・マ・ショ❤」

 

 男子生徒もとい羽咋優杜は青ざめた顔で凛子とザーマックを見つめていた。

 

 事の次第を話す。

 

「要するに、暇だから仕事くれってことですか?」

「違うわ。アスワード警部達ばかり目立つからしゃくに障るだけよ」

 

 優杜が残念な人を見る眼で凛子を見つめた。おそらく、なんで外事特課に入れたのか不思議がっているのだろう。

 

「とりあえず、授業に戻っていいですか?」

「駄目よ。サボりなさい」

「ちょっと、そんなの嫌ですよ」

 

 凛子は優杜の顎を人差し指でくいっと持ち上げた。

 

「今、この瞬間にも罪のない人間が被害にあっているかもしれないのよ。その解決に協力しようというのが人情ってものでしょう?」

「・・・今、この瞬間僕が迷惑を被っているのは?」

「うるさいわね。ちょっとサボったことろで問題ないわよ」

「何でそんなことが言えるんですか?」

「わたしたちを見なさい。仕事をサボって仕事を探しに来ているのよ。それでも生きていけるんだから、何とかなるわ」

「・・・いや・・・でも・・・・・・」

「面倒くさいわね。これ以上ごねるなら、公務執行妨害で君を逮捕するわよ」

「横暴だーーーーッ」

 

 てんやわんやだったが、優杜は観念したようだった。

 

「異星人関係の犯罪・・・僕ははっきりとしたことは知りませんけど、隣のクラスの女子が不思議な事件に遭ったって言ってました」

「ほうっ」

 

 その女子生徒の名前は佐伯美和といい、体育は優杜のクラスと合同授業だった。もちろん凛子は美和が誰かを特定するやいなや、優杜の時と同じ手口で茂みに連れ込んだ。

 

「五年前だったわ。あたしのお母さんは、異星間交流が始まるから、他の星に旅行に行きたいって思ってたの」

 

 そんなある日、ある男が近づいてきた。

 バリッとした高そうなスーツに身を包んだイケメンだったそうだ。

その男は、限定百人の団体で銀河連邦加盟五カ国の旅行を五十万円で行けるというプランを紹介してきた。

 

「うちのお母さんって、舞い上がるとロクなことにならないの。お父さんは随分前に死んじゃったから、正常な判断がつかなくって・・・」

「欺し取られちゃったってわけね?」

 

 美和はコクンと頷いた。

 ザーマックは、外事特課にある自分の端末にアクセスし、シレームが分類したファイルを覗いた。

 

「あったぞ。7年前だが、惑星サギールのカミーノとかいう奴が同じ手口で捜査の手が伸びている。海外逃亡して逃げ延びているから、逮捕はできなかったみたいだな」

「詐欺かぁ・・・ちょっと待ってね」

 

 凛子はギャラフォンをいじり始めた。

 

「長期10年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については5年・・・なるほどね」

「なんの話ですか?」

「時効よ。詐欺罪は懲役10年未満の犯罪だから、5年経過すると逮捕できないの」

「そういうのって、記憶しているものじゃないんですか?」

 

 凛子は優杜のツッコミを無視した。

 

「時効が無い犯罪もあるよね?」

 

 美和が言った。

 

「殺人等の犯罪は時効がたしか無いな」

 

 優杜が手を上げた。「異星人が地球人に擬態するのって、犯罪じゃなかったでしたっけ?」

 ザーマックは首を振った。

 

「擬態そのものは違法じゃないな。日本人がよくやるコスプレみたいに、異星人が一人で地球人の格好をしたり、元が異星人だと知っている相手と遊ぶのは構わない。しかし、それと知らない相手に対して地球人のフリをしてコミュニケーションを取ると犯罪だ。懲役5年未満だな。もっとも、今回は詐欺罪が10年未満だから、擬態の罪単体が裁かれることはないだろう」

「美和ちゃん、お母さんが欺されたのって、いつの話?」

「四月一日よ」

「一ヶ月前に時効成立してるな・・・」

「というか、エイプリルフールじゃない」

 

 たしか、この星の風習で嘘をついても良い日だったはずだ。

 どうでも良い情報なのに、面白そうだから覚えてしまった。

 何か他に情報がないか、ギャラフォンを再度操作する。

 

「ん? 待て。こいつは犯罪を犯すと恐るべき速さで国外逃亡して行方を眩ましている。その間はたしか時効のカウントが止まるはずだ。まだ希望はあるぜ」

「あの、ところでザーマックさんと小山さんって、強行犯捜査第二係でしたよね? 詐欺罪って仕事と関係な・・・」

「さぁ行くわよッ。悪い異星人をふんじまれーーーッ」




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

 ○小山凛子(23)
  公安部 外事特課 強行犯第二係の巡査。
  ブレーキがイカれた暴走機関車

 ○シレーム・ヴ・ザーマック(27)※
 警視庁 公安部 外事特課 強行犯捜査第二係 巡査の二人。

 ○羽咋優杜(16)
  高岡高校の2年生

 ○佐伯美和(16)
  優杜の同級生


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#2『逃げる鷺を堕とすには』

 カミーノの時効は成立していなかった。そして、美和のお母さんを欺した犯人もカミーノであると断定された。

 アンダーグラウンドで擬態をやっている業者を締め上げたところ、カミーノが使用した装置にデータが残っており、写真として刷りだしを行った。

 美和に聞いても、間違いなく母を欺した男だと言っていたし、マンションの監視カメラの映像から引き延ばした顔写真とも一致したのだ。

 銀河一逃げ足の速いサギール人であるカミーノは予想通り国外逃亡をしていた。その日数を加味すると、時効成立まで2日間ある計算だ。

 現住所の特定も終わっており、いつでも踏み込める状態だった。

 

「よし、早速逮捕しに行きましょうよっ」

 

 意気込む優杜に、凛子は指を振り立ててみせた。

 

「何言ってるのよ。こんな絶好のシチュエーション、楽しまなくてどうするのよ」

「というと?」

 

 凛子はおもむろに立ち上がり、舞台女優のような大袈裟な身振りで芝居のようなことを始めた。

 

「もうすぐ時効が成立してしまう。不幸を受けた被害者の涙、それを拭う術を時間という悪魔が奪ってしまうのだ。刑事達は必死で犯人を追う。靴底をすり減らし、ジャケットを汗でヨレヨレにさせながら、雨の日も、風の日も・・・。そして、遂に割れる犯人像。しかし、時効まであと十分。時計は無情に時を刻み続ける。一秒、また一秒と針は進む。まだか、まだ見つからないのか、課長は電話の前で逮捕の報告をじっと待つ。あと三分、二分、一分・・・そして、最後の五秒で電話が鳴り響くっ。電話を取る課長。「逮捕しましたッ」その瞬間、捜査本部は歓喜の声に包まれるッ」

 

 くるりと振り返る凛子はドヤっとでも良いそうな顔だった。

 

「よく刑事物のドラマである展開だな。悪くない」

「いや、取り逃がしたらどうするのさ? 今すぐ逮捕に行こうよ」

「あたしは、凛子さんに賛成」

 

 美和が言った。

 ええ~という優杜をよそ目に、決意たっぷりの顔で美和は凛子を見つめる。

 

「どうせなら、一番悔しがる姿をさらして欲しいモン。お母さんの無念を晴らすためにも、あいつに・・・カミーノにギャフンと言わせてみせて」

 

「任せなさいっ」

 

 凛子が胸を拳で叩いてみせた。

 

    ☆    ☆    ☆

 

 逮捕の瞬間はシレームも一緒だった。

 経緯を話すと、シレームは元々青鬼みたいな姿なのに、更に青ざめて見返してきた。

 

「そんな茶番に・・・付き合わされるのか?」

「茶番とはご挨拶じゃないか。被害者の女の子の溜飲を下げるにはいい幕の引き方だと思うぜ」

 

 シレームは首を振った。

 

「そのプランは成立しない・・・何故ならば・・・」

 

 シレームが言い終わらない内に、凛子が尾行していたカミーノが現れた。呑気に外出してランチを食べて来たらしい。五年前の同じ時間に美和の母親を欺して50万円を騙し取ったことを考えると、ふてぶてしい野郎だと怒りが沸いてきた。

 凛子の合図と共に、ザーマックは飛び出した。向こうの茂みにいる美和と優杜が期待に胸を膨らませながら見ているのが見えた。

 

「カミーノーーーッ」

 

 ザーマックのタックルに面食らったカミーノは、アスファルトに滑って倒れ伏した。

 

「でかしたわ、ザーマック。手錠はわたしに任せなさいっ」

「ズルいぞ凛子っ。押さえ込んだのは俺だ。俺が手錠をかける」

 

 やんややんやとしているザーマック達に、シレームが残念そうな顔で近づいてきた。

 

「・・・もう放せ・・・逮捕なんてしても・・・意味がない・・・」

 

 くくくっとカミーノが笑い出した。

 

「はははははーっ馬鹿なサツカンだぜ。逮捕だと? いいぜ、逮捕してみろよ。だが、世間に笑われるのはお前等だし、俺は罪に問われることはないんだぜぇ?」

「はぁ? 逮捕が意味ない? どういうことよ?」

「そんなことをしても、【公訴時効】は成立してしまうからだ」

 

 渋い声が場に響く。

 現れたのは、外事特課 強行犯捜査第一係 係長のアスワード・マーテンだった。

 

「アスワード警部?」

 

 凛子が驚きの声をあげた。

 

「こうそ時効ってなんですか?」

 

 茂みから出てきた美和が訊いてきた。

 

「被害者の娘さんだな。公訴時効とは、検察官が被疑者を起訴するまでの猶予期間の事だ。被疑者は検察官が起訴することで裁判にかけられる。警察官があと数秒で【逮捕】したとしても、検察官が【起訴】する時間が足りないのだ。一般の人は知らなくても問題ないが、警察官にとっては常識だな」

 凛子は呆然と突っ立っていた。

 ライバル(?)にミスを指摘され、絶対逮捕すると豪語した被害者が見ている前で赤っ恥を晒す結果になってしまった。

 被疑者には馬鹿にされ、異星人捜査官に日本の法律についての無知を指摘される。

 顔は真っ赤になり、充血した眼には涙が溜まって、今にも泣き出しそうだった。

 

「・・・但し、だ・・・・・・」

 

 アスワードが続けた。

 

「え?」カミーノが驚いた声をだした。

「それは、被疑者についても、五年という時間が経過した時に初めて成立するものだ」

「な・・・何が言いたいんだよ」

「カミーノ。お前は国外逃亡の際に、亜高速宇宙船で旅行に行っているな? 調べはついている。その速度で移動する者の時間は、そうでない者と比べて約0.4倍。この星で言うところの【ウラシマ効果】だ。この娘にとっては既に五年は過ぎた。しかし、お前が過ごした時間は、五年経過まであと48時間ほどある。そもそも、時効が成立する可能性があるのに令状請求が通るわけがないだろう」

 

 カミーノが口をパクパクさせはじめた。

 

「どういうことですか?」

 

 美和がアスワードに訊いてきた。

 

「要するに、この被疑者にギャフンと言わせることがまだできるということだ」

 

 瞬間、カミーノは大空に飛び出した。

 

「おいっ」

 

 流石に逃げ足銀河一といわれるサギール人だ。凄まじい速度で飛行している。

 

「小山巡査、汚名は自分自身で返上してみせろ」

「ふんっ。わかってますよッ。シレーム、ザーマックッ」

「あいよっ」「・・・わかった」

 

 シレームがザーマックの背中に収まる。更に、神経接続のシンクロ率を最大まで引き上げる。

 ゴンジーマ人最大の力を見せるときだ。

 

「やりなさい、二人ともッ」

 

 身を丸めた凛子をザーマックは掴む。

 天高くジャンプし、凛子ボールを詐欺野郎に思いっきりぶん投げた。

 

「喰らえっ人間砲弾ーーーッ」

 

 数キロ先で、凛子に組み付かれたカミーノが落下していくのが見えた。

 

    ☆    ☆    ☆

 

「やったーーーッ。逮捕だ、逮捕だ、初逮捕だぁッ」

 

 外事特課に帰ってきた凛子はご機嫌だった。

 被疑者は完全に自供しているし、検察側への引き渡し手続きもスムーズに行った。

 問題なく起訴できるだろう。

 優杜からはアホさと人間砲弾に耐えられる躰の頑丈さに呆れられたが、美和からは感謝されていた。

 

「根米課長、褒めてくれるかなーっ」

 

 るんるん気分でドアを開けた凛子を待っていたのは、眼を三角にした根米課長の恫喝だった。

 

    ☆    ☆    ☆

 

「そもそも、ドラマみたいなシチュエーションを求めて被疑者を泳がせるなんていう非常識な仕事をするからこんな事になるのです。相手がミスをしたから良かったものの、一歩間違えれば本当に時効が成立して取り返しがつかなくなってしまうのですよ? 

だいたいですね・・・」

 

 正座で根米課長の説教を聞いていたザーマックと凛子は砂粒のように小さくなっていた。

 犯人の前では耐えていた凛子も、今度こそグスグスと泣き始めてしまっていた。



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捜査報告書 No.6 【110番の女①】- 百枝十香メイン
『辞令、受け取りました・・・』


 あたしの目の前に一枚の紙があります。デカデカと辞令と書いてあります。

 もーちょっと詳しく説明すると、受令者の名前は百枝十香。府中警察署 地域課から浮遊警視庁 地域部 通信指令本部への転属を命ずる。って書いてあります。

 

 もちろん、百枝十香というのは、あたしの名前です。

 

 年齢は二十歳ちょうど。

 高校卒業後、東京都の警察官採用試験を受験し、なんとか受かって巡査を拝命しました。

 コネがあるとか、特別な能力があるとかは一切無い、ただの女性警察官です。

 

 目の前に居る、頭頂部が薄くなった恰幅の良いオッチャンは、しんみりと窓の外を眺めていましたが、くるりと振り返ってあたしの方に目を向けました。

 府川忠治警視。あたしが今居る所轄の署長です。

 年齢はあたしより十個上。オッチャンなどと言いましたが、結構若いです。貫禄がある方なのです。あ、所謂キャリアさんです。

 

 辞令を渡した署長は寂しさと栄転への期待をない交ぜにした、なんとも爽やかな笑顔でこっちを見ています。

 署長の後ろの窓から、あたしの新しい職場である浮遊警視庁が見えます。右から左へと、スィーーーって感じで移動しながら…。

 

 浮遊警視庁っていうのは、あたしが小学生くらいの頃に起きたテロが原因で、霞ヶ関にあった警視庁っていう建物と、異星人の巨大宇宙船が融合してできた、東京都地方警察本部であり、地球人と異星人が一緒くたになって暮らしている現代日本のシンボルです。

 

 何となく想像できるんじゃないかなぁと思いますが、SFチックな浪漫を感じさせる職場ですので、今の警視庁採用試験はとっても倍率が高いです。キャリアの人たちも凄く異動したがっているって聞きます。警視庁は大きな積雲のようにプカプカと浮いていますが、警察庁や、あたしが今居る所轄は地面にありますからね。

 ここ十年くらいの間に警視庁の門を叩いた学生達の志望動機のほとんどは、お空に浮かぶ職場で働くことを夢見た人たちが大多数なんじゃないでしょうか。

 飲み屋で浮遊警視庁に勤めているなんて言った日には、もうヒーロー扱いでモテモテです。

 そんな場所に配属されるとは、つい最近まであたしは思いもしませんでした。希望はおろか、夢見たこともありません。

 

 もう一度辞令をマジマジと見つめました。目をゴシゴシと擦っても、文面に変化はありません。結婚式のブーケみたいに投げたら、お巡りさんたちの争奪戦が始まりそうな紙切れの文面に変化はありません。

 口元をきつく結んだ府川署長が立ち上がり、「百枝十香巡査、新天地でも頑張るようにッ」

 

 警察官らしく暑苦しい口調で告げました。

 

「はいっ。ありがとうございますッ」

 

 反射的に敬礼しましたが、膝が凄く笑っています。

 

 今の気持ちを率直かつ端的に表現すると、凄くオシッコが漏れそうです。

 感動や、緊張の為では断じて無く、切実な恐怖心故に、です。

 

 聡明な皆さんなら、もうどういうことかお察し頂けると思います。

 

 あたしは、高所恐怖症です…



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捜査報告書 No.7 【110番の女②】- 百枝十香メイン
『エイっエイっオーーーッッ』


 こんにちは。百枝十香です。

 あたしは今、桜田通りを品川方面から皇居方面に向かって全力で走っています。

 すぐ右に東京タワーが見えます。この東京タワーという建物は、以前電波塔として使われていたようですが、現在はもっぱら観光地です。約十年前、警視庁を破壊しようとしたテロがありました。盗んだ宇宙船が警視庁に突撃する際、この東京タワーをかすめた為に、先端がちょうど昔警視庁があった方向に折れ曲がっています。

 警視庁跡地や皇居に行きたければ、東京タワーの指し示す方向を目指せ。というのは、現在の東京都民の常識となっています。

 そう。あたしの新しい職場である警視庁が、宇宙船と融合して宙に浮く以前は、この道路の終点である皇居前にありました。

 現在その場所は、浮遊警視庁にトラクタービームで引っ張り上げてもらうためのポイントとして存在しています。

 日勤の警官は、朝9:00の勤務を始めるために、このポイントに集合します。

 ビームが照射されるのは、朝8:30から8:35のみ。それを過ぎると浮遊警視庁に行けません。

 ぶっちゃけた話、配属初日から遅刻しそうです。下手すれば欠勤。

 お巡りさん全員の憧れである浮遊警視庁勤務がそんな形でスタートするなんて知られたら、切腹モノです。

 現在の時刻は8:25。十香ピンチです。

 

「おっと…」

 

 ずっと通りの東側を走っていましたが、警視庁跡地は西側にあったはずです。

 ちょうど青になった横断歩道渡るべく、全力ダッシュしました。

 イケるっ。

 女と言っても警察官です。体力にはソコソコ自信があります。

 このままいけば、ギリギリ間に合いそうです。

 が、そんなギリギリなあたしの目の前に、ヨタヨタと横断歩道を渡るおばあちゃんが見えました。

 とても信号が変わる前に渡りきることはできそうにありません。

 

「くっ…」

 

 立ち止まり、0.1秒で結論を出しました。

 ここでおばあちゃんを助けると、遅刻必至です。浮遊警視庁勤務の警察官失格どころか、社会人失格です。が…

 

「すみませーん。車両のみなさん、ちょっと待って下さいねー」

 

 しかし、あたしは浮遊警視庁職員以前に東京都の人々を守るお巡りさんです。ここでおばあちゃんを見捨てたら、警察官失格になってしまいます。

 あたしが手を引くおばあちゃんが、懐かしいものを見たような笑顔を向けています。

 

「ありがとうねぇ」

「いえいえ、当然の事ですよ」

 

 仕事ですので。

 

 さて、結論を言うと、あたしは間に合いませんでした。

 トラクタービームの照射は、あたしがポイントに到着する30秒前くらいに終わってしまいました。1分強のロスをそこまで巻き返したのだから、大健闘と言えるでしょうか。

 しかし、仕事は結果が全て。遅刻はどんな過程が存在しようと、遅刻です。

 

「ふふっ…」

 

 何だか、今日の空気はしょっぱいですね。

 

「見ていたぞうっ」

「うわぁッ」

 

 飛び上がりそうになりました。

 あたしの背後に、比較的大柄な男性がいました。真っ白な車体に取り付けられた三つの赤い回転灯。青い服に、ヘルメットに輝く桜の代紋。白バイ隊員です。

 

「えーと…」

「サッカマシロ」

「え?」

「俺の名前だっ」

 

 マシロはともかくとして、サッカとは聞いたことの無い苗字です。どんな漢字なのでしょうか。

 

「君の名前はなんだっ?」

「も…百枝十香です」

「モモモエトオカ?」

「百枝十香ですっ。ちょっと噛んだだけですッ」

「百枝か…よし、乗れッ」

「え?」

「遅刻をしてでもおばあちゃんを助ける。その心意気は見事だ。君は俺が連れて行ってやるっ」

「えーと…バイクでどうやって?」

「フフフ…見ろっ」

 

『自動姿勢制御開始。エアバイクモード』

 

 バイクから出たっぽいアナウンスと共に、白い車体が変形し、宙に浮きましたっ。

 といっても、ほとんど変わりません。フロントタイヤのディスクブレーキの外側と、両サイドのサイレンサーにある円形の機械が外に飛び出して、地面に向けて青い光を放っています。

 うん、おそらくその光の力で浮いているんでしょう。そこまでわかった瞬間、猛烈に嫌な予感がしたので、あたしは回れ右をしました。

 

「それでは、あたしはこの辺で…」

「どこへ行く?」

 

「え?」

 

 突然、あたしの足の裏から、アスファルトの感触が消えました。

 サッカと名乗った白バイ隊員が、あたしを左手一本で持ち上げているのです。

 あたしの体重は、決して軽くありません。女性が警察官になるには、身長は155cm以上、体重は45kg以上必要です。つまり、あたしの体重も45kg以上あるということです。

 正確な数値を知りたがるのは野暮ですよ。

 

「ちょっ…」

「出発だーッ」

 

 あたしの首根っこを掴んだまま、サッカは空へと舞い上がっていきます。

 

「ちょっと、せめて後ろに乗せてから出して下さいよ! やだ…どんどん上がってく……コワイっコワイっコワイィィーーーッ」

 

 酷いメにあいました。

 遅刻は免れたものの、もう少しでお小水の雨を霞ヶ関へ降らせてしまうところでした。

 配属の挨拶を終え、お手洗いをすませたあたしでしたが、今この瞬間も東京の空に浮いているのだと考えるだけで、気が遠くなりそうです。

 

「窓の外とか見たくないなぁ…」

 

 それでなくとも、みんなが憧れる浮遊警視庁です。高い倍率の中、選ばれた者達が集まる精鋭軍団の一員になってしまったのです。

 おまけにここには、公安部外事特課。通称ギャラクシーポリスという、異星人事件を専門に扱う集団が居るのです。何重の意味で恐怖があたしを襲っています。ホント…なんでこんな所に呼ばれたんだろう…。

 

 …駄目です。帰りたくなってきました。こんな時は、アレです。アレっきゃありません。

 不安に苛まれた時、何かを成し遂げなければならない時、あたしがいつもやってきた儀式の出番です。

 

 トイレの鏡に映った自分の瞳をジッと見つめ、丹田に気力を充実させ、お腹の中イッパイに空気を吸い込んで…

 

「デキるよ十香! 負けるな十香! ガッツだ十香! エイっエイっオーーーッッ」

 

 鳥肌が立ち、ブルリと一瞬震えました。

 気力マックス。無駄な力が抜け、とってもリラックスした感じ。今のあたしは無敵。何でもやれちゃうって気分です。

 ムテキモードになったあたしは、トイレのドアを優雅に開けました。

 

「ん?」

 

 目の前に、丸太のような腕がありました。

遙か上を見上げると、ピカピカと黒光りする硬顎を持つ、異星人のご尊顔が見えました。

 

「あわ…あわ…」

 

 口角から露出する四対の牙。230cmはあろうかという巨大な体躯。写真で見たことがあります。あのギャラクシーポリスの鬼警部と恐れられる、アスワード・マーテンですっ。

 

「えーと、あの…その…」

 

 見れば見るほどデカいサイード人です。知性を感じさせる深い色の瞳や、服の上からでもわかる太い四肢から、これでもかというような『雄』を感じます。

 猛烈に、筋肉をペタペタ触りたい衝動にかられちゃいました。

 挨拶ができないでいると、アスワード警部は奥の男子トイレへと入っていきました。

 そのまま去ろうかと思った瞬間、男子トイレの中から声が聞こえました。

 

「音無。これから言う日本語の検索を頼む」

『らじゃー、警部。どんな言葉?』

「エイ、エイ、オーの意味を知りたい」

 

 あたしは、無視することができず、慌てて男子トイレの中を覗きました。

 アスワード警部は、腕に付けた小型の端末に話しかけていました。

 

『えい、えい、おー……?』

「そうだ。意味を知っているか?」

『僕は使ったことないなぁ……』

 

「では、検索エンジンを使って調査をしてほしい」

『らじゃー。……検索終了。「【鋭、鋭、応】中世日本の戦における鬨(とき)の一種。【鋭】は、前進の激励であり、軍の大将が二度【鋭、鋭】と激励を行い、軍勢全員がそれに【応】とこたえることで、士気の向上と連帯感を高める効果があった」だって』

 

「状況が全く異なる。若い女性が手洗い場の中、一人で行う場合で再検索だ」

 あたしは、思わず「やめてッ」と叫びたくなりました。

 

『検索終了。該当はゼロ。ただ、推測だけれど、それは激励してくれる大将や、共に戦う味方が居ない孤独な状況でも、先ほどのような士気向上の効果を狙った一人芝居……だと思います…まる!』

 

 あたしのライフはもうゼロです。

 しかし、アスワード警部は満足気な感じでした。

 

「よくわかった。今までに無い重要な情報だ。地球人の生態の中、希少性Sのフォルダに保存し、バックアップを取…」

 

「やめて下さいーーーッ」

 

 あたしは、たまらず男子トイレに突撃しました。

 当初のピンチとは別の状況で、切腹モノな思い出と共に、あたしの浮遊警視庁ライフはスタートすることになりました。



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捜査報告書 No.8 【血の報酬】- 柳沼翔メイン
#1『空の涙』


◎簡単なあらすじ
 銀河連邦加盟国内で次々と行方不明者が出ている。いずれも政界の大物、財閥の上位層等、社会的立場が高い人物達である。ヒットマン暗躍の可能性が示唆される中、一方で日本の前外務大臣である岩永が回復は絶望的と言われた宇宙放射線病から奇跡の復活を遂げたニュースが流れる。
 外事特課の捜査員柳沼翔は、連日の張り込みで疲れた躰を癒やすべくサウナへ向かい、そこで出会ったザフィと奇妙な友情を結ぶ。


 新宿淀上署の取調室から出たのは十五時を少し過ぎた頃だった。

 ブラインドの隙間から見える窓ガラスが、雨に打たれている。無数の水滴が流れては、また現れて流れる。それがもう一週間途切れることなく続いている。

 七月上旬。梅雨という蒸し暑さと雨の季節を、この星の外からやってきた彼らはどのように感じているのだろうか。

 いつもよりかび臭い廊下を歩いていると、一人の女性警察官が横についてきた。

 

「ご苦労様です、柳沼さん。今回も大活躍だったそうで」

 

 小動物を思わせるパチリとした眼を向けている。ショートボブの髪の毛の先が赤茶けていた。染めているのではなく、帽子に守られていない毛先は外のパトロールなどで日に焼けてしまうのだ。

 ご苦労様というのは一般社会では目上の人間が下の者に使うのがマナーとされているが、警察等の役所では上下関係なく使われる。

 

「一分一秒でも早く事件を解決するのが仕事だからね」

「異星人の不法入国事業でしたっけ。全員逮捕できたんですか?」

「いや、組織の中心人物を一人取り逃がした。しかし、今日中には逮捕できるだろう」

「柳沼さんは中・小規模の組織犯罪の壊滅の手腕にかけては、我が国最強ですものね」

「仕入れている情報がそのテのやつってだけさ」

「しかし、張り込みと情報統制で連日徹夜。ご苦労様です」

「君も寝てないんじゃないか? 目元が赤いぞ」

「あたしは夜勤です。これから帰りますけどね」

「この署の第二当番の終わりが昼過ぎとは知らなかったな」

「柳沼さんと一緒に帰りたかったって言ったら、少しはドキッとしてもらえます?」

「あいにくと、疲れているとそういう気も起きないんだ」

「我が家には、中国に出張していた兄がいます! 奴の按摩なら多少の疲れなら一発でぶっ飛びますよ! ちょっと不味いけど、薬膳料理も効き目大ですッ」

「中々芸達者なお兄さんだな」

 

 女性更衣室の前で分かれた。

 

「兄に按摩と料理習っておきますねー!」

「楽しみにしているよ」

 

 適当に相づちをうつ。

 ロビーで振り返る。彼女の名前は何と言っただろう。何回か会っているような気もするが、あまり気にしたことがなかった。

 しばらくしたら思い出すだろうと思いつつ、道場へ向かった。

 時間がある日の日課のようなものだ。

 剣道着へ着替え、竹刀を手に取る。道場に足を踏み入れた瞬間、十数人の警官達が最敬礼してきた。非番の時間を利用した稽古中のようだ。

 

「柳沼さん、ご苦労様ですッ」

 

 坊主頭の若い警官が再度頭を下げた。警察学校を卒業して間もないくらいの歳だ。

 

「ああ、ご苦労様」

 

 返事をすると、更に一歩前へ出てきた。

 

「よろしければ、自分に稽古をつけて頂けないでしょうか?」

 

 若い警官の申し出に、他の警官達が色めきだった。

 

「おい、抜け駆けはよせよ。諸先輩方から順番だ」

「そういうことだ。お前相手じゃ、柳沼刑事の練習にならんだろう」

 

 フッと笑って見せた。

 

「構わない。だが、今日は挑みたい者全員まとめてかかって来てくれないか?」

 

 淀上署の警官達が眼を丸くした。

 ベテランの警官が一歩前へ出る。

 

「我々とて、子供のチャンバラの様に遊んでいるわけではありませんよ」

 

 気分を悪くさせてしまったか…

 

「言い方が悪かったな。俺は職務上、一人で複数の異星人を相手取ることがよくあるから、その訓練をしたいんだ。それに、君たちも凶悪な異星人と対峙する機会があるかもしれないだろう?」

「柳沼刑事を、その異星人と想定してかかれということですか?」

「お互い、良い稽古になると思わないか?」

 警官は頷いた。「承知しました」

 

 挑戦者が募られ、十人の警官が手を上げた。

 柳沼を取り囲むように、青眼に構えた警官達が闘士を燃え上がらせる。

 他の者達は、離れた場所から正座して様子を見ている。道場に入った時よりも女性警官の数が倍近くになっていた。

 

「行きますッ」

 

 右側からの打ち込み。しかし、甘すぎる。

 軌道ギリギリで躱し、竹刀をはたき落とす。更に、柄の先を喉元に突きつけた。

 

「剣道の試合と思うな。お前達の目の前にいるのは、数十人を惨殺して銀河中から手配されている凶悪犯だと考えろ」

 

 対峙する十人の表情が変わった。場の空気が張り詰める。纏う闘気の質が変わっていく。

 一人が雄叫びをあげながら突進するのに呼応し、弾かれたように、他の者も次々に踏み込んだ。

 面打ち・胴・背中・足。逃げ場を封じる囲いの剣戟。

 相手を叩きのめすことを目的とした攻めだ。

 幾度か打ち込みを捌いていると、徐々に動きに慣れてきたのか、差し裁きが洗練され、隙が無くなってきた。

 だが、そこまでいくと気がつく筈だ。

 剣の斬り合いでは勝てないということに。

 突如、一人雄叫びをあげながら突進してきた。なぎ払おうとしたこちらの一撃を体ごと竹刀で受け、完全な間合いに入って腰に組み付いた。最初に稽古を申し出たあの若い警官だった。

 悪くないやり方だ。本人はそのまま押し倒したいのだろうが、そう簡単に倒れてやるわけにはいかない。だが、体勢としてはそれで充分だろう。

 

「今ですッ」

 

 剣道の試合では絶対にありえない、なりふりかまわない若者の行動に戸惑いながらも、ベテラン警官達はこのチャンスを逃すまいと斬りかかってきた。

 悪くないが、こちらも一人組み付かれたくらいで腰の回転が止まるような訓練を積んでいるわけではない。

 

「覇ァッ」

 

 一瞬の脱力。そして、組み付い警官を振り切るように腰を切り、四方八方に竹刀を繰り出す。端から見ると、無茶苦茶に振り回しているだけに見えるかもしれないが、その全てが無駄を極限までそぎ落とし、躰に刻まれた型に則った必殺の一撃だ。

 勝負は一瞬。

 瞬きの間に終わった攻防の後に残されたのは、粉々に破壊された十本の竹刀の残骸だ。

 

「勝負ありッ」

 

 審判の警官が終了を告げる。息を呑んでいた周囲が緊張から解き放たれ、歓声があがった。

 女性警察官達が黄色い声をあげながら集まってきた。

 

「流石です。柳沼先輩ッ」

「柳沼先輩! タオルをどうぞ!」

「お水はどうですか? 先輩!」

 

 真っ直ぐに向けられる好意や羨望の眼差しに笑って受け流す。

 こういったものを受けると、揉め事になる。

 

「柳沼刑事、自分達の完敗です。よろしければ、何かアドバイスを頂けないでしょうか?」

 

 問いかけてきたベテラン警官に、女性警察官達が非難の眼を向けた。邪魔するなという意思表示なのだろうが、こっちは答えることにした。

 

「技術面・戦術面に問題は無い。もう二人ほど組み付いていたら危なかったがね」

 

 ベテラン警官はため息をつくように笑った。

 

「次は柳沼刑事に冷や汗くらいはかけるようになりたいですな」

「少しはかいたさ」

「しかし、手心を加えられました」

「何のことだ?」

「我々には本気でかかれと仰っておりましたが、柳沼刑事の剣は、一度も本官達の急所を狙ってはいませんでした」

 

「警察の本分は、一般市民を守ったり、凶悪な犯罪者を検挙するだけじゃないだろう」

 

 言っている意味がわからないようだ。

 しかし、言葉にして教えては意味が無い。剣の道は心の道と教えられた。気付き、悟ることで初めて自分の剣と成り得るものだ。

 着替え終わり、道場を出た所でポケットの中のギャラフォンが鳴った。根米課長だった。

 

「はい。柳沼です」

 

『根米です。チームの壊滅に成功したそうですね。ご苦労様です』

「恐れ入ります。まだ一人捜索中ですが」

『後は所轄に任せて大丈夫でしょう。あなたはもう直帰して明日は非番。明後日から出勤して下さい』

「明日から出ますよ。事件は毎日起こり、未解決は溜まっていく一方ですから」

『…我が課の負担が大きいのは承知しています。わたしも、上もね。しんどいでしょうけど、少し我慢してちょうだい』

 

 そんなつもりはなかったが、批判と受け取られたようだ。

 

『ところで』

「はい」

 

 本題のようだ。

 

『あなたが今回捕まえた相手や関係者に、暗殺や拉致を行っている人物はいませんでしたか?』

「いえ、そういった者はいませんね。何かあったのですか?」

『最近、銀河連邦加盟国内部で次々と行方不明者が出ているようなの。いずれも、政界の大物や財閥の上位層といった、社会的立場の高い人物。地球時間で一ヶ月内に二十人』

「身代金の要求などは?」

『無し。なので…』

「暗殺の可能性が高い…と。何か痕跡は残っているのですか? 若しくは、周囲の闇組織の不穏な動向などは」

『実は、それも無いのよね』

「全く?」

『ええ。何の前触れもなく、綺麗さっぱり。まるで、最初からいなかったかのように』

 

 柳沼はこめかみをつついた。考えるときの癖なのだ。

 道端で刺すなり撃つなりして殺害すれば、血痕が残るのは避けられない。拉致するにしても、言い争いの声は周囲に聞こえるし、その場合はターゲットの行動パターンを読むことに時間を割くから、一ヶ月に二十人は多すぎる。ましてや、星々を跨いでの犯行。

 大規模な組織の人海戦術による暗殺…しかし、そんなことをして大量の人間が地下に潜れば、組織の資金の流れに何らかの痕跡が必ず残る。

 

「二十人からの異星人が連れだってハイキングですか」

『無事に家に帰ってきてくれれば良いんですけどね。とにかく、日本も人ごととは言い切れないから、気にはとめておいて』

「了解です」

 

 ギャラフォンを切る。

 

「謎のヒットマンね…」

 

 ロビーに設置してあるテレビが民放のニュースを流していた。

 

『入院していた岩永岳氏元外務大臣が、本日退院しました。岩永元大臣は、昨年銀河連邦加盟国訪問の際、事故で宇宙放射線病にかかっており、回復は絶望的と言われていましたが、奇跡の回復を果たし…』

 

「ピンピンしてたのにいきなり居なくなる奴がいるかと思えば、死ぬと言われていた奴が生き残る…か。上の世界はよくわからないな」

 

 淀上署から出た先の大久保通りをしばらく歩いて南に向かい、歌舞伎町にあるビルの地下へと向かった。

 風は無い。天からひたすら落ちてくる雨が傘を打ちつける。革靴とスラックスの裾が濡れていく。湿った空気の中をひたすら歩いた。しばらく行くと、何年も通っている銭湯が見えてきた。

 番台の店主に五百円を払う。

 

「まいどあり」

 

 躰を洗ってから、サウナへ向かった。むわっとした熱気につつまれる。よく座る場所のタオルに腰を落とした。

 この銭湯には、日本人だけでなく、異星人もよくいる。日本に出稼ぎに来ている者達の中には、あまり裕福でない者も大勢いる。一ヶ月の家賃が三万円以下の風呂なし物件に文句をたれること無く住み着く彼らの共有浴場がここなのだ。

 インフェリシタス人など、風呂好きの異星人の人数は、日本人の客数よりも多いかもしれない。

 左に眼をやると、大柄な体格に深い緑色の髪の男がいた。ほぼヒューマノイドタイプだが、黄金色の虹彩に細長い黒の瞳孔が特徴的だ。たしか、タムリア人という名前の異星人だ。柳沼が通い出してしばらくしてから顔を見るようになった、この店の常連だ。もちろん、話したことも無ければ、名前も知らない。

 連日の徹夜による眠気が一気に襲ってきた。

 まずいな…

 疲れが蒸気となって吹き出し、躰には安らぎとまどろみだけが残りつつある。

 瞼も次第に重くなってきた。




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

 ○柳沼翔(35)
 公安部 外事特課 強行犯捜査第一係所属。階級は巡査部長。
  切れ長の眼、高い鼻、ウェーブがかった長髪を後ろで結んだイケメンで、
  浮遊警視庁内にファンクラブも存在するが、本人自身は女性への興味は薄い。

 ○ザフィ(33)※
  柳沼が出会った異星人

 ○岩永岳氏(64)
  元外務大臣。


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#2『金色の瞳』

「おい」

 

 左肩をつつかれた。あのタムリア人だ。

 

「地球人はあまり長く入っていると躰に毒じゃないか?」

 

 どうやら、サウナに長時間入っていることを心配して起こしてくれたらしい。

 時計を見ると、二十分ほど経過していた。

 

「ありがとう。平気なんだが、最近の疲れが出てきたみたいだ」

「地球人にしては頑丈なんだな」

「仕事柄、躰を酷使するんだ。そういうあんた…タムリア人の事は詳しくないが、暑さには強いのかい?」

「平均気温も湿度も高いね。行ったことはないが、この星では熱帯雨林気候が近いと思う」

「日本は寒いくらいかな」

「この季節はそうでもない。冬は苦手かもしれないが、色々な星を回るので、私自身は寒い地域にも慣れているよ」

「そうか。この国は四季毎に見所が変わる。余裕があれば楽しんでいってくれ」

 

 お互い、向き合って微笑を浮かべた。

 一通り汗を流してから脱衣所へ向かった時、数人の人だかりができていた。店主のおばあちゃんが腰を押さえて倒れていたのだ。

 急いで駆け寄る。

 

「おばあさん。大丈夫ですか」

「いやぁ、持病でねぇ…。ちょっとすれば良くなると思うんだけど」

「病院に…」

「無駄さ。何度行っても、全然良くならないんだ」

 

 店主は弱りきった顔で俯いていた。

 

「ちょっと見せてもらえますか」

 

 あのタムリア人だ。

 

「あんた…」

「腰ですね。良ければ治しますが?」

「ええ?」

「この店には世話になっていますから」

「…まぁ、ダメ元さね。やれるものなら、お願いしようか」

 

 男は、店主の腰に手を当て、持っていた容器から針を取り出した。針先は何か赤い液体に浸かっている。

 指で肌を数回押さえ、真っ直ぐに針を落とした。

 

「――んんっ」

 

 たちまち、店主が目を見開いた。

 

「ぬはぁッ」

 

 信じられない勢いで飛び起きる。逆エビに背骨を反り、ブリッヂでもしそうなくらいだった。

 

「凄いよっ。まるで羽のように腰が軽くなったわ」

「それは良かった」

 

 男は針と容器を鞄にしまった。

 

「あんた、医者か?」

「そんなようなものだよ」

「凄い効き目だったな。針治療っていうのは、あんなにも効果があるものなのか?」

 

 男は答えず、着替えを始めた。

 

「この広い宇宙のどこかに、どんな怪我も、病も、生きてさえいればたちまち治すことができる血肉をもった生物がいる」

「え?」

「私が持っている針の先には、そいつの血をつけているんだ」

「おいおい、からかうなよ」

「企業秘密ってことさ。しかし…」

「うん?」

「もし、そんな夢のような生物が本当にいたとしたら、君はどう思う?」

 

 頭を振った。

 

「そんなのは、悪夢にしかならないだろう」

 

 錆び付いた鍵でロッカーの鍵を開けた。

 

「人と名のつく全員が、誰もが幸せになる手段を選べる程利口じゃない。上の階級にいる奴らほど、そういう万能な力を独占したがるものだ。…人は、多少不便な位が丁度良いと思う。苦しみや痛みを知っている方が、他人に優しくなれる」

 

 男は笑った。「君はリアリストだな」

 

「職業柄、そういう考えになるものでね」

「そうかい」

 

 男は群青色のボトムスに、コルセットのような鈍色の腰巻きを付け、山吹色を基調とした、太陽が描かれたアロハシャツを羽織った。

 

「洒落たものを着ているな」

「うん?」

「そのアロハさ」

「アロハ?」

「その上着、アロハシャツじゃないのか?」

「こいつは故郷の知り合いから貰ったものだ」

「そうか、偶然にしちゃできすぎなぐらい似ているけどな」

「そうかい? この国でこれに似たものを着ている人には会ったことないけどね」

「ハワイの民族衣装だからな」

「…あの太平洋の小さい島国か。たしかに、日本語とは違う響きだなとは思ったよ」

「アロハっていうのは、たしか現地の言葉で『好意』とか『愛情』、『思いやり』といった意味だったはずだ。けど、この国と関係がないわけじゃないんだ。アロハシャツの起源は日本の着物らしいから」

「そうか」

 

 黄金色の双眸がこちらに向く。吸い込まれそうな輝きを放っていた。言葉は簡潔だが、確かな興味を感じる。

 揃って外へ出た。雨は、いくらか弱まっているように感じた。

 タムリア人が腰に手を添えると、腰巻きが蛇のようにうねり、液体のように広がったかと思えば、瞬く間に傘の形に変化した。

 

「凄い腰巻きだな」

「流体多結晶合金の携帯ツールだよ。別に腰巻きが通常っていうわけではないんだ」

「いや、実に便利そうだ。どこの星で売っているものなんだ?」

「あいにくと、非売品でね。私は職人の知人から試作品を譲って貰ったんだ」

「あんたと話していると、面白そうな話が聞けそうだな。俺は柳沼翔。名前を聞かせてもらえるか?」

「…私は……」

 

 双眸に戸惑いの色が混じる。

 その時、通りの先から怒号が聞こえてきた。

 駆けつけると、やや大柄な体躯に鼠頭の異星人が中学生くらいの子供を盾にして警官と向き合っている。ポルトという、現在は日本と国交を結んでいない惑星の住人だ。

 比較的治安が悪いエリアの惑星であり、犯罪者も多い。そして、目の前の男は柳沼が先ほどまで追っていた不法入国業者の最後の一人だった。

 柳沼が前に立つ。

 

「その子を離せ」

「お前…柳沼とかいうデカだなッ。てめぇだけは許せねぇ。捕まった仲間に代わって、ぶちのめしてやる!」

 

 制服警官に目を配る。

 

「どういう状況なんだ?」

「聞き込みを続けていたところ、庭に大きな足跡が見つかったと通報を受けました。急行して調べた瞬間に飛び出してきまして…」

「通りがかりの子供を盾に取ったか」

「はい」

「この雨がなければ、事件の解決はもう少し長引いたかもしれんな」

「余裕ぶっこいてんじゃねぇッ」

 

 ポルト人は、腰から棒状のものを取り出し、遠心力で伸ばした。警棒のような武器らしい。

 

「脳みそぶちまけやがれっ。糞野郎ッ」

「糞はお前だ。卑怯者」

「なに?」

 

 突然聞こえてきた声の方に目を向けた瞬間、傘を向けたタムリア人が腕を振る。鞭のように長く撓った鈍色のツールが、ポルト人の左腕に巻き付く。

 

「はぁっ!」腕を振り上げると、一瞬ポルト人の躰が宙に浮いた。

 

「ぬわぁッ」

 

 柳沼はすかさず駆け抜け、人質の子を救い出す。

 

「てめぇッ」

 

 宙から落ちてきた男は、軽い身のこなしで着地し、こちらに細身のメイスを打ち付けてきた。

 

「莫迦め」

 

 構えた傘でメイスを受け流すと同時に大きく踏み込み、奴の死角へと滑り込む。

 

「…え?」

「――伊崎一刀流 木蓮ッ」

 

 こちらの姿を見失った無防備な背中へと、傘を撃ち込んだ。

 

「ぐわぁッ」

 

 悶絶するポルト人に制服警官が飛びつき、すかさず手錠をかけた。

 一人の警官が敬礼した。

 

「ご協力感謝致します。柳沼巡査部長」

「いや、全員逮捕まで見届けられて安心したよ」

 

 盾にされていた子供に向き合う。

 

「大丈夫だったか?」

「はいっ。ありがとうございます!」

 

 キラキラと輝く眼を向けてくる。

 

「覚えてやがれ! 柳沼!」

 

 ポルト人が引っ張られていく。

 代わりにタムリア人の方が近づいてきた。

 

「刑事だったとはね」

「騙すつもりじゃなかったんだが」

「素晴らしい技を見せてもらったよ」

「代わりに、あんたの星の技術についても、教えてもらいたいな」

 

 フッと笑った。

 

「名前」

「ん?」

「聞かせてもらえるかい?」

 

 右手を差し出す。

 タムリア人は指を顔に当てて少し考える仕草をした後、右手を握り返した。

 

「ザフィだ」

 

☆    ☆    ☆

 

 蒸し暑い夜だ。

 石塚弘人は、ネクタイを緩めた。雨の夜だというのに、湿度も温度も高すぎる。

 

 …走って帰るか

 

 元外務次官である岩永議員の事務所から自分の住んでいるマンションまで、徒歩で三十分程だ。

 多少服が濡れるが、早く帰って岩永から貰ったサイード製のビールを妻と飲みたかった。

 お茶くみから始まり、残業・休日出勤は当たり前の、労基法無視の生活だったが、ようやく実を結ぶ。

 一流と呼ばれる大学を卒業して滑り込んだ外務省の出世レースから脱落したが、運良く交流があった岩永議員の秘書として雇ってもらえた。官僚時代に培った銀河連邦加盟国の各種パイプは、秘書業で存分に活かすことができた。

 岩永が宇宙放射線病で倒れた時は流石に肝を潰したが、治療が上手く行ったのは、間違いなく自分の功績が大きい。

 今後の振る舞い次第では、大きな後ろ盾を得て出馬することもできるだろう。

 無理のないペースで走っていたが、雨が異様に強くなってきた。雨の威力だけで傘が壊れそうな勢いだ。

 先ほどまで蒸し暑かったのに、若干の肌寒さすら覚える。

 近道をしようか…

 誰も居ない公園を突き抜け、チカチカと点滅する街灯の路地に入った。

 その時、塀の隙間から比較的大柄な異星人が顔を覗かせた。鈍色の傘の隙間から、黄金色の眼がこちらを見ている。

 雨音は、更に強まっていった。

 

☆    ☆    ☆

 

「では、特に何かおかしい様子はなく帰宅したのですね?」

 

 柳沼は、最後に念を押した。

 

「はい。今は比較的残業も少ないですし、石塚さんは結婚されて以降は、誘われない限り夜に遊びに行くことはありませんでした」

「わかりました。ご協力ありがとうございます」

 

 礼を言ってから、外へ出た。

 岩永の事務所に勤めている石塚の同僚と、石塚の妻の証言に矛盾は無い。

 事務所と石塚のマンションは、徒歩で移動できる距離だ。周囲に立ち寄る店はほとんどなく、聞き込みからも情報はゼロ。タクシーに乗った形跡も無し。駅の防犯カメラや、自動改札機の情報からも、昨日の夜石塚が利用した形跡は皆無だった。

 石塚は事務所と自宅の間で、行方知れずとなった。それは、昨日根米課長から聞いた連続失踪事件と類似しているように思える。

 何故、地球で同じ事が起きたのか、何故石塚がその一人になったのか。

 事件を解く鍵は、そこにある。

 現場鑑識は難航しているように見えた。

 

「何かわかりましたか?」

「この雨ですからねぇ。色々と流されちゃっているみたいで」

「ほら、ここなんか土がきちゃってるんですよ」

 

 見ると、アスファルト一面に泥状になった土が広がっている。

 

「さっき私も足をとられてころんじゃいましてね」

「そこの公園の物でしょうか?」

「恐らくは。或いはトラックで運ばれたものが落ちたか、近所の民家のものか、調べないことにはわかりませんがね」

 

 初期の事件性が薄いせいで、大規模な捜査ができていない。

 可能な限りの手段は尽くしたが、現場から得られる情報がなさ過ぎる。

 今回に限った話で言えば、石塚は間違いなく真っ直ぐに帰宅していた。

 何故その行動を変えたのか。或いは、変えられたのか。

 自分自身の意思ではなく、例えば拉致されたのだとすれば、争いの声があってもおかしくない。しかし、聞き込みによる証言では何もない。

 昨日の豪雨でかき消されたか。それとも、何か別の要因か。

 

「柳沼さん」

 

 鑑識班の一人から呼ばれた。

 

「どうかしましたか?」

「これ…」

 

 布の上にあったのは、指輪だった。

 そっと、内側を見てみる。

 

「…“Hiroto Ishiduka”」



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#3『残された手』

「その指輪は、石塚氏の物で間違いないの?」

 

 根米課長が聞いた。

 パリッとした制服の肩から、一つ結びの黒髪ロングを覗かせ、胸には警視正の階級章が光っていた。

 キャリア組らしい頭脳労働を得意とする一方で、引き締まった肢体と鍛えられた体幹は一線で活躍する女刑事のようも見える。

 

「シンプルなデザインの結婚指輪ですが、石塚の妻の物と形状は一致しました」

「歯切れの悪い言い方ね?」

「形が同じ。名前が同じという以外に、言いようがないもので…」

「…どういうこと?」

「あの指輪…普段指にはめている物ならば、必ずあるはずのものが全く無いんです。垢とか、脂とか、微量な体毛の欠片とか。多少の傷が付いている以外は、今日買ってきたばかりの新品同様なんですよ」

 

 根米課長は椅子に腰掛け、結んだ髪の毛の先をいじり始めた。

 

「柳沼さん。今から、ある人物の護衛に付いて貰いたいのだけれど」

「護衛…誰ですか?」

「今回の被害者と一緒に、銀河連邦加盟国へ外遊に行った人物。…実は、先日の行方不明事件の該当者の何人かとも、秘密の交流があったことがわかっている」

「――まさか」

 

 根米課長が頷く。

 

「前外務大臣。岩永岳氏」

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 ホテル『ガイア』の室内プールは多種多様な人々で賑わっていた。

 柳沼はプールサイドに設置された木製の椅子に腰掛け、周囲を見渡した。

 室内といっても、この高級ホテルのは特別製で、ドーム状の屋根の内側は全てスクリーンになっており、登録されている様々な星の光景を映し出すことができる。

 今日は惑星サイードの観光地である岩山のオアシスを設定し、湖畔に見立てたプールの周囲も岩と砂で構成されている。おそらく、現地の物だろう。

 本当の空である豪雨を隠して映し出した、仮初めの眩い太陽の下、金色の小ぶりな花を付けた羽状複葉の木が鏡のように輝く水面を縁取っていた。

 

「あー、柳沼君と言ったかな? 私はちょっと知人と話をしてくるよ」

 

 岩永岳氏が言った。

 四角い顔に二重顎。口角を上げたスマイルの中で、どこか悪巧みを考えていそうな小さい三日月型の眼が爛々と輝いている。

 

「あまり動き回らないでもらいたいのですが」

 

 三日月が困ったように傾き、頭を振ると二重顎がブルブルと震えた。

 

「そうもいかんよ。星々を渡り歩いて滅多に会えない人もいるのだからね」

「先日、先生の秘書が行方不明になったのをお忘れですか? 目的などは不明ですが、先生と関係が無いとは…いや、あると考えて行動された方が良いかと存じますが」

「おいおい。まるで私が何か悪事を働いて、誰かに命を狙われているみたいな言い方じゃあないか」

 

 実際そうなのだろう

 知った顔のSPは、このプールに何人もいる。本当にそれほど豪胆ならば、こんな護衛は付けないだろう。

 

「実際、石塚が個人的な恨みから連れ去られたという線で捜査はしないのかね?」

「ほう、何か彼が恨まれるような事に心当たりがあるのですか?」

「彼は優秀な秘書だったよ。ただ、私の為に粉骨砕身…というわけではない。全ては私が引退した後、地盤を引き継いで出馬したいが為だ。そんな彼が、将来を見据えて異星とのパイプを独自に作り、某かの人物と揉め事になるというのは、あるのではないかな」

「石塚氏が聞いたら悲しむかもしれませんよ。まだ生きていれば、ですが。しかし、傾聴に値するお話ですな。まるで実体験を語っているようでした」

「いやいや、私は清廉潔白な政治家だよ。ただ、政治の世界の中では、色々な話が飛び回るものだ」

 

 わかるだろう? とでも言いたげな眼差しを向けてくる。

 

「岩永先生。先方がお待ちですが」

 

 初老の小柄な男が近づいてきた。右手に大きな炎症が見える。

 

「この方は?」

「砂川という、私の主治医だよ。今回の治療で色々と異星の医学を勉強してくれたんだ」

 

 知人との話し合いは医療関係か…

 

「できる限り、早く戻ってきて下さい」

 

 岩永は、ニコリと不気味に笑って異星人の一団に近づいていった。

 石塚は殺されている。それは直感だがわかる。そして、岩永も狙われている。

 しかし、実際このオヤジの命を狙う輩はどんな奴なのだろう。ついこの間まで風前の灯火だった命を。

 誰が、何のために…

 

「よう」

 

 後ろから声をかけられた。振り返ると、見覚えのある頭が見えた。

 

「ザフィか」

「また会ったね」隣に腰掛けた。

 

 プールらしく水着を着ているが、トレードマークのアロハっぽいシャツは健在だ。

 照りつける人工太陽光と、山吹色の色合いがマッチしている。

 

「ここに泊まっているのか?」

「いや、商談で寄っただけだよ。君は?」

「詳しくは話せないが、仕事だ。まぁ、役所の経費でなければ、こんなホテルとは一生縁がないだろう」

 

 ザフィがフッと笑った。

 

「私も似たようなものさ。しかし、そうでなくても、こんな高級なプールなんかより、新宿のサウナの方が個人的には性に合っていると思うよ」

「それは同感だ」

 

 この奇妙な友人が纏う空気は、不思議と穏やかだと思った。

 無論、任務も忘れてはいない。岩永を眼にとめつつ、周囲を観察した。

 特に怪しい気配の人物は居ないように思える。大人は皆上流階級なのか、それを気取っているだけなのか、優雅に佇んでいるだけだ。 その子供達は元気に泳いだりしている。中には、翻訳機で異星の子供とコミュニケーションをとる子もいた。

 

「あんな風に、無邪気に友情を育めるのは良いことだな」

「そうだね。環境のせいもあるかもしれない。自然の中というのは、開放的になるものだ。例えそれが人工的なものであってもね」

「空気が綺麗なのも、人工的に作っていたりするのかな」

「いや、植えられているサイードの樹木のせいだろう。あの星の木は、特に空気の浄化作用が強いから」

「そうなのか。地球でも植林が進むかもしれないな」

 

 ザフィは頭を振った。

 

「慎重になった方がいい。あの星の人間と同じで、特に繁殖力が強い種ばかりだ。下手をするとこの星の生態系が取り返しのつかないレベルで狂ってしまう」

「詳しいな。色々な星に行くのか?」

「仕事でね」

「その躰を見ると、武術の出稽古もやっていそうに見えるぞ」

 

 目算で190cmm、85kg。それも、格闘技をやっているような体付きだ。古い傷も多く見える。

 

「それもある。文字通り異種格闘技戦だ」

「地球人との対戦経験はあるのか?」

「いや。まだない」

「今度お手合わせ願いたいな。かなり使いそうだ」

「受けて立とう。君の躰も、かなり鍛え込まれている。もしかすると、今までで一番の強敵かもしれない」

 

 互いの握った拳を合わせた。力強さが伝わってくる。

 

「それが終わったら飲みにも行かないか? この国伝統の料理と酒が味わえる店があるんだ」

「それは良いね。この国は食べ物が美味い。私の故郷の料理も食べてもらいたいが、まだこっちには専門店がなくてね」

「いつか、こっちで罪を犯した犯人が飛んだ時に他の星に行くかもしれないな。その時に案内してくれるか?」

「約束しよう」

 

 突然、悲鳴が聞こえた。岩永が若い女性に言い寄っているのが見えた。

 すぐに駆け寄る。

 

「どうかしましたか?」

「いやぁ、それがねぇ…」

「このオヤジがいきなり腕を掴んできたのよ! お尻だって触ったんだからッ」

 

 なるだけ押さえたが、軽蔑の眼を向けるしかなかった。

 

「何をしているんですか?」

「地球人の女性を紹介したかっただけだよ」

 

 岩永が女性に向き直る。

 

「ほら、怪しい者じゃないよ。この顔に見覚えないかい?」

「知ってるから余計ムカつくのよ! わたしは△△党の支持者なの!」

 

 岩永が所属する与党に対抗する野党の筆頭だった。

 口をパクパクする岩永の腕をとった。

 

「とにかく、立派な痴漢行為です。詳しく話を…」

 

 その時、また別方向から悲鳴があがった。 ――今度は何だ

 岩永がいた場所から五十メートル程離れた場所に人だかりができていた。

 その中心に、異様な物が転がっている。

 

「何…あれ……」

 

 動揺が波のように広がる。

 近寄って確認する。鑑識に見せるまでもなく、本体から切り離された人間の右手首だ。

 そして、見覚えがある。岩永の主治医と言っていた砂川と同じ、大きな炎症があった。



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#4『受け継がれる名前』

「二人目ですか…」

 

 解剖室には、根米課長とアスワード警部の姿があった。

 

「砂川医師の右手なのだな」

「間違いありません。指紋もDNAも一致しました」

 

 医者が手袋をはめた手で砂川の右手を持った。

 

「すさまじく鋭利な刃物。それもかなりの腕前で両断されていますね。切られた細胞組織に雑な部分が無い。スパーンとイカれてますわ」

 

 根米課長が頷いた。

 

「柳沼さん。簡単に現場の状況を教えてくれる?」

「プールへの廊下は、ホテルの一階ロビーから続いているもののみです。外部メンテナンス用の扉が開かれた場合、制御室で検知できるため、この線はなし」

「つまり、砂川医師本体を連れ出す場合、不特定多数の人間の眼をかいくぐる必要があるということだな」

「はい」柳沼は続けた。「聞き込みでは一切の情報はなく、監視カメラにも特に怪しい人物は映っていませんでした。ホテルの利用者も全て身元がわかっています」

 

 アスワード警部が静かに眼を閉じた。

 

「警部。光学迷彩を使用した暗殺でしょうか?」

 

 殺人と断定した言い方で尋ねる。姿を隠して行動しているのは明らかだが、日中のホテル内という状況で誘拐は線が薄い。手首を切断して連れ去る理由もわからない。

 無論、殺人も簡単な状況では無いが、殺してから一緒に姿を隠して逃げたと言う方が現実的だ。

 アスワード警部が頭を振った。

 

「いや…加害者が消えているのではない。被害者が消えているのだ」

 

 間抜けな顔で見返したと思う。

 

「それは、そうでしょう。おそらく殺されて移動を…」

「そういう意味ではない」

「警部ッ」

 

 鑑識が入ってきた。「現場からこれが…」

 

 持ってきたのは、銀色の金属片だった。妙にひしゃげている。

 

「これは何ですか?」

「はい。これは…」

「砂川医師の歯にあった銀の詰め物だろう」

 

 鑑識が頷いた。「おっしゃる通りです。歯医者にあったカルテのものと形状が一致しました」

 

 意味がわからない。歯そのものが落ちているならともかく、何故詰め物だけが発見されるのか。

 

「出ましょう」

 

 根米課長に促されるまま退室し、車へ戻った。

 アスワード警部が懐からビニールの袋を取り出した。赤い液体が入っている。

 

「それは?」

「現場にあった血痕の一部だ。被害者のものとは異なる方のな」

 

 液体を水が入っている霧吹きの中に入れ、今度は小さい植木鉢を取り出した。花は枯れ、葉も茎も萎んで瀕死の草だった。

 

「見ていろ」

 

 アスワード警部が霧吹きで液体を瀕死の草に吹きかけた。

 すると、みるみると生気が戻り、艶のある葉と綺麗な花が咲き始めた。背筋が寒くなるような光景だった。

 

「……これは…」

「ナーゴ族の血だ」

「ナーゴ族…」

 

 全身が鱗に覆われた龍人のような姿をした異星人だ。日本では天河組の四分儀組の構成員として知られている。高い知能と身体能力を持っているが、あまり表に出てこない異星人達だ。

 

「その血をわずかにつけるだけで致命傷が癒え、飲めば不治の病すら完治すると言われている。銀河の隠された秘宝だ」

「そんなものが…」

 

 しかし、それと今回の事件に何の関係があるのだろう。

 

「この血は、そのまま使えば銀河に並ぶ物がない薬として使われる。しかし、薬は使い方次第で毒にも成り得る」

 

 外の雨が一段と強くなった。

 

「ナーゴ族に伝わる機構を使い、この血の力を増幅・加速して放ち、命中した有機物を一瞬で土へと返す武器の存在が銀河連邦の一部で伝わっている。その名を、『ヴィジャーヤ』と言うらしい」

「そんな…兵器が存在するのですか?」

「ナーゴ族の一部にしか伝わっていない、彼らの最終兵器と言われている」

 

 眉間を小突いた。「確か、四分儀組が製造・販売している武器の中に、化学繊維等を分解する因子を発射するものがありました。あれと組み合わせて使えば…」

「そうだ。金属以外は全てその場で土に返す最強の暗殺兵器が誕生する」

 

 二つの現場を思い出す。死体が残らない殺人現場に残されていたもの。

 

「…あの、どこからか流れてきたと思っていたアスファルトの土は…」

「被害者の成れの果てだろう」

 

 拳を握りしめる。

 一通りのカラクリを聞いても、中々飲み込むことができないでいた。いや、理解したくなかったと言う方が正しいかもしれない。できることなら、嘘か夢であってほしいと思う。

この、あまりにも荒唐無稽な殺害手口が。

 こんなものが殺害方法として広まったら、今の日本警察の捜査手法はほとんど意味を成さなくなる。そもそも殺人が発生したかどうかすら定かではなく、一日でも人が居なくなっただけで最悪のケースを想定して捜査し始めるなど、警察官がいくらいても足りない。おまけに、残される物が金属だけ。拾われたらお終い。鑑識から得られる情報はゼロに等しく、悲鳴すらあげるまもなく消し飛ばされるせいで聞き込みも無駄。完全にお手上げだ。

 

「ナーゴ族というのは、何故こんなことを?」

「それは、これから調べに行く」

 

 アスワード警部の左腕に取り付けられた端末から電子音が鳴った。

 

「音無か?」

「お待たせっ。タイチョー! 砂川宅の家宅捜索、お札が降りたよ!」

 

 端末から、外事特課の電子捜査担当音無の声が聞こえる。実態の無い、霊魂がノートPCに憑依している捜査官だ。

 お札というのは、警察官が裁判所に請求する捜査令状のことだ。家宅捜索と言っていたので、捜索令状と差し押さえ令状がセットになっている捜索差押許可状が降りたということだろう。

 根米課長が車から外へ出た。

 

「私は戻って捜査本部の立ち上げを行います。天河組二次団体との直接対決ですから、人選も重要になりますので」

「我々も、砂川宅を調査した後、合流します」

「ええ…お願い」

 

 車を発進させる。既に、砂川宅の位置はナビにインプットされていた。音無の仕事だろう。

 

「何か見つかるでしょうか?」

「砂川宅は、個人病院と自宅が一体になっている。そこで、お前には例の力を使って犯人の手がかりを見つけてもらいたい」

 

 ハンドルを握る右手に力がこもる。

 

「…シグが見せてくれるかどうかは、わかりません。それに、ご存じの通り法的根拠が無い手段ですよ」

「今回に限っては、時間が無い」

 

 詳しく聞く間もなく、砂川邸に着いた。アスワード警部に続く形で病院施設に足を運び、残されていた物を片っ端から調べて回った。

 

「これだ」

 

 アスワード警部が手に取ったのは、一着の衣類だった。麻のような素材でできたシンプルなワンピースだ。デザインから察するに、女性ものだろう。

 促されるまま、右手に取る。

 

「頼む…シグ」

 

 ドクンッと右手が震える。

 瞬間、様々なイメージがフラッシュバックのように頭に飛び込んでくる。

 

 ――この病室。メスを持つ砂川

 ――悲鳴。誰かの名前を叫んでいる

 ――走馬灯…様々な光景が浮かんで消える

 ――豊かな自然と機械化学が融合した街

 ――龍人のような姿。ナーゴ族か

 ――麻のようなワンピース

 ――屈強なナーゴ族に、何かを渡している

山吹色の太陽が描かれたアロハ

 

「――ザフィッ」

「柳沼ッ。何が見えた?」

 

 滝のように流れていた額の汗を拭う。

 

「この娘は、ここで殺されています。砂川に」

「血肉を取られたか」

「ええ…おそらく。しかし、この娘はナーゴ族です。犯人は、この娘が殺されたと知って、復讐に動いたのでしょうか」

「そんなところだろう」

 

 息を整え、情報を整理する。

 

「砂川は、ナーゴ族の血の薬効を求めて殺害に及んだ。親族か、恋人か…とにかく身内の恨みを買い、復讐を受けて殺された。しかし、石塚が狙われたのは…」

「砂川とそのクライアントにナーゴ族を捉える手引きをしたのが石塚なのだろう。外務官僚時代のコネかもしれん」

「…クライアント?」

 

 アスワード警部が冷蔵室と思しき扉を開く。中には沢山の輸血用パックに納められた紅い血がいっぱいに吊されていた。

 

「こんなものでも使わない限り、死んでしまいそうなメに遭っていた人物がいただろう」

「…岩永ですか」

「そうだ。このワンピースの持ち主は、岩永の病を癒やすために殺された。その手引きをした石塚は共犯者として、砂川は嘱託殺人の犯人として復讐されたと見える」

 

 アスワード警部が真っ直ぐにこちらを見る。

 

「柳沼。犯人を見たな」

「いえ…知っているシャツが見えて…」

「顔は見えたのか?」

「はい。しかし、種族が違います。俺が知っているのは、タムリア人で…」

「変装しているのかもしれない。潜入任務を行う時は、バレやすい現地の種族ではなく、別の異星人に成りすますというのは、よくある手口だ。相手は誰だ?」

 

 外の雨が一層強くなった。対して、柳沼の喉はカラカラに渇いていた。目の前が暗くなるのを感じた。声を絞り出す。窓の外が光り、稲妻が轟いた。

 

「…ザフィ……という名前の…男です…」

 

    ☆    ☆    ☆

 

 柳沼は車のアクセルをいっぱいに踏んだ。

 岩永の事務所職員を締め上げて吐かせた郊外の廃工場へと急ぐ。

 連日の雨で中央道のあちこちで排水が追いつかない程の水が溜まっている。しかし、スピードを緩めるつもりはない。

 岩永は自ら警察に保護を頼むことができない。砂川が死に、自らの悪事が明るみになる可能性が濃厚である今それを行うことは、自分自身で罪の告白を行うのと同義だ。

 ならば、答えは一つ。殺られる前に殺る。自分の雇った兵隊で復讐者を返り討ちにするしか道は無い。そのための舞台が、自分の息がかかった企業が昔使っていた倉庫だった。近づく者は皆無で、多少の音はこの豪雨がかき消してくれる。

 ザフィは罠と知っても行くだろう。これは予想というよりも、確信と言える。

 過ごした時間は少なく、交わした言葉は多くない。ただ、あの金色の双眸の奥には、自ら決めたことをやり遂げるだけの覚悟があるように感じた。

 外事特課を始めとする対策本部は、四分儀組の監視と追及を主眼としている。移植した異星人の右腕が見せる幻。それを根拠に人員を動かすわけにはいかない。現場に向かっているのは柳沼一人だ。

 アスワード警部は言った。ナーゴ族は、何万年もの間命を狙われ続け、そしてそれに対抗してきたのだと。

 おとぎ話になりそうなくらい過去の事だが、ナーゴ族の血の効果を知ったある種族が、彼らの乱獲に乗り出した。その時立ったのが、ナーゴ族の中で最も力のある一人の戦士だった。

 彼は自らが編み出した不思議な力を用いて、自分たちに仇成す者達を倒していった。 その戦士の名前はザフィ。

 以降、ナーゴ族の中でその名前は特別な意味を持ち、各時代で最強の戦士がその名前を名乗っていったと言われている。

 稲光が輝き、雨はフロントガラスを打ち付ける。流れゆくも、次々と雨は降り注ぎ、また流れる。途切れること無く、ひたすらに。この雨はいったいいつから降り続いているだろう。思い出せなかった。

 

 ――もう晴れることはないんじゃないか。

 

 そんな想いが頭を過る。

 終わることがない哀しみ故の、溢れ続ける涙のように思えた。



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#5『終わらぬ雨』

 廃工場は死で溢れていた。

 おびただしい銃弾の跡。血の海と化したコンクリートの床。牛のような、豚のようなうめき声が建物内に木霊している。

 銃声の方向へと走った。

 重い資材庫の扉を開け放つ。部屋の隅っこで追い詰められたネズミのように小さくなっている岩永に、一人の龍人が歩を進めていた。

 その間に、防弾チョッキを着た男が一人青紫色の顔を天井に向けて横たわっている。

 護衛は全滅したらしい。

 左腕に装着された鈍色のボウガンが、岩永に向けられている。

 

「ザフィッ」

 

 警棒を引き抜いて駆ける。龍人が向き直り、鈍色のボウガンをロングソードに変えて打ち付けてくる。なんとか警棒で受け止めたが、凄まじい剣圧だった。

 

「ザフィなんだな」

「…柳沼……」龍人が呟いた。

 

 龍の頭の下、大柄な巨躯を覆う緑色の鱗の上から植物繊維の衣類を身に纏っている。

 変わらないのは、山吹色のシャツと黄金色の双眸だった。

 闇に輝く眼に悲しみの色が混じったように見えた。

 剣を押し返し、警棒を構えながら後退する。岩永の側まで行き、怪我が無いか確認する。

 

「無事ですか?」

「無事なものかッ。いったい今まで何をしていたんだっ」

 

 勝手にいなくなったのはお前だろうという文句を飲み込んだ。言い争いをしている時では無い。

 

「大事ないなら、すぐに逃げて下さいっ」

「馬鹿を言うなッ。こいつは普通じゃない。逃げても必ず追ってくる!」

「ああ、逃がすつもりはない…」

 

 鈍色の鞭がうなりをあげながら襲ってきた。

 

「くっ」

 

 岩永をかばいながら扉に飛び込み、外へと脱出した。

 二人して水たまりに突っ込む。

 岩永は泥水にまみれ、グレーのスーツを土色に染めながら、赤ちゃんのハイハイの格好で森の方へと逃げる。

 ザフィは、見た目も行動も豚と化した岩永に鈍色のボウガンを向けた。

 

「危ないっ」

 

 とっさに岩永の襟首を掴み、後ろへ倒れ込むように救い出す。

 紅の光が奔り、森の木へ当たる。その瞬間、木は色を失い、全身が崩れ去り、周囲と同化する土の山へと変わった。

 

 ――これがヴィジャーヤか…

 

 そこそこデカい木がものの二秒程で崩れてしまった。これでは人間など悲鳴をあげる間もないだろう。

 岩永が、悲痛な思いをぶつけるように叫んだ。

 

「頼むッ。許してくれ!」

 

 泥の地面に額を擦りつけながら土下座した。

 

「黙れ」

「何でもする。金ならいくらでも出すっ。欲しいものなら、何でも差し出すから、命だけはッ」

「私はそんな言葉を聞くためにここへ来たのではない。黙れ」

「いやだ! 君の気が変わるまで交渉してやる! おれは今までこの口だけで生きてきたんだ!」

 

 必死に叫び続けていた。

 一歩前へ出る。

 

「ザフィ。こいつを殺しても、故郷の娘が生き返るわけじゃない。そんなことをしても、喜ぶ者はいないんじゃないか? 俺からも頼む。罪を重ねるのはやめてくれっ」

 

 柳沼の言葉に救いを受けたように、岩永の声が多少元気になった。

 

「そうだ! そうだとも! あの娘には悪いことをした。反省している。わたしは死にかけてどうかしていたんだっ。謝ろう。故郷の墓に手を合わせようとも。これからの人生で、わたしも罪を償う。わたしにもう一度チャンスを与えてくれ! あの世にいる君の恋人も、それを望んでいるんじゃあないか?」

 反吐が出そうな言葉の連続だが、もはや重ねる言葉はそれしかない。

 何とか、ザフィの心が変わってくれれば…

 

「お前達は、何もかも勘違いしている」

「え?」

「私は殺されたあの娘の恋人ではない。同郷の友人だ。彼女が殺された事に私は怒りを覚える。しかし、その怒りは私だけのものではない。私たち一族全ての怒りだ」

 

 巨躯の龍人が歩を進める。

 

「そして誤魔化すな。お前とお前達が奪った私達一族の命は、一つではない。この星の時間で一年間。十人もの命を奪っている。自分たちの利益のために…」

 

 岩永を見た。

 頬をヒクヒクさせながら、何とか笑って誤魔化そうとしているように見えた。

 

「もう一つ。殺されたあの娘達は、私がこれからお前を殺すことを悲しみはしない」

「そんなことわからないじゃないか。善良な心の持ち主ならば、友達が罪を犯すことを喜びなど…」

「無に還った者が、何を喜び、何を悲しむのだ?」

 

 岩永の弁舌が止まった。何を言われたのかわからなかったのだ。実際、柳沼も硬直していた。

 

「あの世? それは何処だ? あの娘達は何処へ行ったのか、お前はわかっていると言うのか?」

「そ…それは……」

 

 岩永の顔から生気が抜けていく。

 

「私が許せないのではない。我々はな……それを許さないんだよッ。

神とかいう、超常的な存在が、貴様らの罪を公正な立場から罰し、聖者を楽園へ送り、悪人を地獄へと叩き落とすなどという夢物語を、我々は信じないッ。

この宇宙に生きる同胞を助け、未来を守るのは、法律でも! 神でも! 他の誰かでもない! 我々ナーゴ族こそが行わなければならないものなのだ!」

 

 龍人が鈍色のロングソードを構える。

 

「我々に仇なす貴様への報復をもって、未来の貴様等に知らしめる! 我々に手を出すと言うことの意味を! それこそが、受け継がれし『ザフィ』の死命故に!」

 

 岩永が足にしがみつく。

 

「殺せ! このエイリアンを殺すんだ! おれが許可する! 無かったことにしてみせる! だから、今すぐ始末して――」

「離せッ」

 

 頭を思いっきり殴りつける。気絶した岩永は地面とキスをはじめた。

 

「ザフィ。お前の言い分はわかった。言葉では止まってくれないことも」

「ならば、邪魔をするな」

「いや」

 

 真っ直ぐに黄金の双眸を見つめ返す。

 

「俺はお前を止める。言葉でだめならば、お前の心に訴えかける手段は、これしかないな」

 

 右腕に埋め込んだ生体端末を起動させる。

 

「GP03 シグ・サィヴ。リミッター解除申請」

『GP03の申請を送信。…GPαからの許諾を受信。リミッター解除』

 

 右腕からの応答と共に、右腕の形状変化が始まる。

 かつての友から受け継いだ異形の右腕が、本来の力を取り戻し、灰青の腕の先から90度に日本刀が現れる。

 

「それが君の奥の手か」

 

 右腕の刀を真っ直ぐに構える。

 

「――勝負だ」

 

 ザフィも応じ、ロングソードを構える。

 こちらの構えは青眼。対する相手は剣を天に向ける。日本剣術でいう上段か八相の構えよりも、西洋剣術の屋根の構えに近い。

 あの体制から放たれる一撃は限られる。

 

「フッ」

 

 死角となる逆胴。それをザフィは最小限のスウェーバックで躱す。すかさず放つ逆袈裟と袈裟の二撃・三撃。それは剣の重量を活かした鉄壁の防御に阻まれる。

 横からの攻撃は通らない。ならば…

 真下からの切り上げ、逆風。これを躱させて後ろへ下がらせ、踏み込んで唐竹を見舞う。

 頭上で十字に交わる刃と刃。

 周囲の雨を切り裂きながら金切り音が鳴り続ける。

 ザフィの打ち込みを左右に受け流し、距離を詰める。左切り上げ。

 躱すザフィが屋根の構えに戻る。

 

 ――打ち落とし。

 

 西洋剣術のロングソード技の基本中の基本。その名を憤激と呼ぶ。単純かつ強力な一撃。だが…

 その打ち込みを刀で受け流し、大きく踏み込み、死角へと滑り込む。

 

「――ッ」

 

 もらったッ

 身を返し、無防備になった背中へ斬りかかる。

 

「――伊崎一刀流 木蓮ッ」

 

 刀を振り下ろす。

 しかし、そこにいるはずの背中が消えた。

 

「何ッ?」

 

 ピピッと雨を切り裂く音が背後から鳴る。

 

「くッ」

 

 倒れ込むように躰を回転させ、刀で防御する。

 凄まじい横薙ぎで吹っ飛ばされ、泥上を転げ回った。

 

「その技を使うと思っていたよ」

 

 素早く起き上がり、体勢を整えた。

 

「十八番を見せたのは失敗だったな。柳沼」

「まったくだ」

 

 口の中に入った泥を吐き出す。

 甘かった。ザフィ程の使い手に、知っている技を使うべきではなかった。

 ならばッ

 

「ハっ」構えは下段。真っ直ぐに飛び込む。

「ムンッ」相手の憤激。

 

 この軌道をギリギリで見切って空振りさせ、こちらの刀で相手の剣を地面に落とす。

 がら空きの躰に胴を打ち込む。これは、素早いスウェーバックと左腕に阻まれた。

 しかし、流石の鱗も刀の一撃には耐えられずに割れ、小さく出血した。

 

「やるな」

「まだまだこんなものではないぞ。ザフィ」

 

 体重を乗せた袈裟切り同士がぶつかるつばぜり合い。

 受け流そうとした瞬間、内側に滑り込ませた切っ先が胸に襲いかかる。

 それを捌いて斬り上げる。

 つばぜり合いの経験値は向こうが上。相手の土俵で勝負はできない。

 ミドルレンジでの攻防。剣撃を受け流しながら、打ち合う。

 一撃一撃に意思を込める。必ず止めるという覚悟をもって。

 その一刀が、友情の証となると信じて。

 

「ハァッ」

 

 相手が構え直したのと同時に右肩付近で刃を返し、左小手を斬る。

 

「チッ」

 

 ザフィが後退する。

 

「剣では勝負が付かんか…」

 

 雰囲気が変わった。

 

「行くぞ。柳沼ッ」

 

 ロングソードの連撃。これは今まで通り捌ききれる。

 しかし、突然鈍色の剣が形を変える。

 

「フンッ」

 

 体勢を変えて槍の連撃。突然軌道の違う攻撃に冷や汗が流れる。

 眼が慣れ、槍を打ち落とそうとした瞬間、再度武器が変わる。

 躰を回転させて、超重武器を振り回す体勢と共に、武器は西洋の両手剣モンタンテのような形状に変化した。

 強力な左斜めからの一撃は受け流すことも躱すこともできず、まともに刀で受けるしかなく、空中で吹っ飛ばされた。

 マズい…

 体勢を変えられないこちらを見逃す筈も無く、鈍色の鞭が足に絡まる。

 ザフィは、左手に構えたハンドガンの銃口をこちらに向けていた。

 

「クソッ」

 

 響き渡る銃声。

 刀で銃弾を弾く。しかし、全てを捌くことなどできるわけもなく、足や腕に被弾する。

 だが、それはこちらにとっても好機だ。

 足に絡まった鞭を刀で斬り、地面に降り立つと共に、悲鳴をあげる躰に鞭を打って突撃し、ハンドガンを弾き飛ばす。

 

「鞭では簡単に戻せないだろうッ」

 

 上段に構えた刀を振り下ろす。しかし、ザフィの動体視力は普通じゃない。これを避けられるのはわかっている。

 鞭をロングソードに戻しての打ち落とし、それを逆風ではじき返す。

 目の前にはがら空きの胴体が見える。

 

「貰ったッ」

 

 右手の刀を形状変化。

 剣術が使いやすい90度の角度から、拳から真っ直ぐ伸びる0度の直刀へ。

 右手を脇に構え、腰の回転と同時に右手を突き出す。すなわち、空手の正拳突きの要領でえぐり込む軌道の突き技。

 

「――伊崎一刀流 鳥兜ッ」

 

 これ以上無いくらい十分な体制から放った必殺の一撃。

 しかし…

 

「何ッ?」

 

 切っ先はザフィの胴体に届くこと無く、数センチ手前で電磁フィールドのような力場に阻まれた。

 

「すまないな。柳沼」

 

 鈍色のボウガンがこちらに向く。

 

 ――ヴィジャーヤ

 

 紅い光が放たれる。素早く身を翻すが、間に合わない。左手の先にわずかに掠った。だが、この武器はそんな状態でも致命傷になる。

 手の先から崩壊が始まり、土へと変わる。

 これしか打つ手は無い。

 

「クソッ」

 

 崩れる左手を、肘の先ギリギリで斬る。

 血があふれ出すのを、動脈の圧迫で抑えた。

 荒ぶる息を整える。

 

「ヴィジャーヤを喰らって生きていたのは、お前が初めてだよ。柳沼」

「そのアロハは…」

 

 ザフィが山吹色のシャツに触れる。

 

「殺されたあの娘が、ザフィとなった時私にくれたものだ。お守りだと言っていた」

 

 予め溜めておいたエネルギーで張る電磁フィールドだ。防弾チョッキレベルのものは見たことがある。

 まさか、あんな一般の服装に偽装できるような高性能ウェアがあるなんて知らなかった。

 

「試合としての一騎打ちはお前の勝ちだ。柳沼。しかし、勝負は私が貰う」

 

 どうする…

 あのテの電磁フィールドは、保有エネルギーが尽きると、その効果が失われることはわかっている。

 だが、このザフィ相手にフィールドエネルギーを使わせる程の隙を見つけることなど、あと一回あるか無いかだ。ましてや、左手を斬ったこっちは動ける時間が限られる。エネルギー切れを狙う長期戦などできる状況ではない。

 後ろへ飛ぶ。

 

「む?」

 

 呼吸を整える。あと一撃でフィールドを破れる可能性のある技は、これしかない。

 

「まだやる気か? 柳沼」

「言ったはずだぞザフィ」刀を青眼に構える。

 

「俺はお前を止めるッ」

 

「岩永は殺す」

 

 ザフィが最後の一撃を打ち込みに走ってくる。

 瀕死の状態において、呼吸法によって最後の一撃の為に躰を動かす伊崎一刀流の奥の手。その名を『竜胆』。

 しかし、その効果はシグの力である人と人、物と物にある引力をたぐり寄せるのにも効果がある。

 感じ取れ。

 雨でも、石でも、木でもない。柳沼翔とザフィの間にある引力を手繰れ。

 

「ハァッ」

 

 ――ここだッ

 

 ザフィの躰を、そのシグの力で引き寄せる。

 

「何だッ」

 

 一瞬で移動させる強烈な運動エネルギーに、こちらの捨て身の袈裟切りをぶつける。

 

「――伊崎一刀流 竜胆ッ」

 

 再び広がる電磁フィールド。刀とフィールドの間で火花が散る。

 

「いけぇッ」

 

 刀を振り下ろす。フィールドは破られ、龍人の躰は斜めに鮮血が飛ぶ。

 二つの躰が重なった。

 荒ぶる息が、互いの躰にかかる。

 力を使い果たした右腕が、刀の形を保てず元に戻った。

 

「ぐっ…」

 

 ザフィはなおも動き、歩もうとする。その肩を掴んだ。

 

「私は、死命を果たす…」

「もうやめろ。ザフィっ」

 

 額を突き合わ、眼を見る。

 

「そんな方法では、滅びが待っているだけだ。他の種族と共存しなければ、解決は望めない」

「…その他種族こそが、我々を狙うのだ」

「どうしても信じられないのか?」

「……」

「俺とお前は……」

「柳…」

 

 銃声が鳴った。

 ザフィの躰が目の前で倒れる。

 横を振り向く。

 岩永が、ザフィのハンドガンを構えて立っている。

 

「やめろ! 岩永ッ」

「うるせぇ! お前も死ねぇッ」

 

 胸と腹を撃たれた。

 喉の奥から熱いものがこみ上げ、血反吐をぶちまけた。

 

「へへへっ。ついてる。ついてるぞ。見事に潰し合いやがったぁ」

 

 殺させる訳にはいかない。ザフィに岩永を。岩永にザフィを。どちらに、どちらを殺させることも、やらせてはならない。

 この雨を、終わらせる為に…

 

「くそっ」

 

 躰が動かない。

 血を流しすぎた。指一本動かない。

 目の前でザフィが立ち上がる。岩永を殺すつもりか。

 やらせるわけにはいかない。

 動けッ。動けッ。動けッ。

 目の前でザフィが撃たれている。紅の血が飛び、雨と一緒に地面を流れる。

 目の前が…暗くなっていく……

 

 ……………

 

 気分が軽くなっていく。

 死ぬっていうのは、こういう気分なのか。

 楽になるとは、よく言ったもんだ。

 くッ…

 結局、最悪の結末を迎えてしまった。

 自分が弱いばかりに。何故立つことができなかったのか。ザフィは立ったというのに。

 やるべき事は、沢山あった。こんなところで死ぬわけにはいかなかった。死ぬなど、許されなかったのに…

 俺は……

 

「……て……ぬ…ま…」

 

 幻聴か?

 

「立てよ……柳…沼……」

「ザフィっ?」

 

 軽くなったのは、死んだからではない。

 これは…

 

「お前は…生き……ろ……」

 

 飛び起きる。岩永の恐怖に歪んだ顔が飛び込んできた。

 

「何故立ち上がれるっ」

 

 岩永へと走る。形状変化させた右腕を返し、峰打ちで胴を打つ。

 憎い護衛対象は再び昏倒した。

 振り返り、友に駆け寄った。

 

「ザフィッ」

「間に合って…よかった…」

「しっかりしろッ」

 

 抱きかかえる。躰がどんどん冷たくなっていく。

 

「お前達…自分の傷は…」

 

 ザフィは静かに頷いた。

 

「今病院に連れて行くッ」

「もう…いい……」

「そんなことを言うなッ」

「こんな形で…戦いたくは……なかった…」

「死ぬなッ。ザフィ!」

 

 ザフィはゆっくりと首を振った。

 

「もう…ザフィじゃあ…ない…」

 

 金色の双眸が閉じていく。

 

「……私の…名…は……」

 

 躰から全ての熱が失われ、ぐったりとした肢体は、どれだけ揺すっても、もう動かなかった。

 

「――ザフィッ」

 

 何故お前が死ななければならない

 何故俺は助けられなかったッ

 何故……

 

 ザフィは、死ぬことは無に還る事だと言った。あの世など、信じていなかった。

 ザフィ。お前は、もう何処にも居ないのか?

 

 ありったけの声で叫んだ。

 

 かけがえのない友を失った悲しみ故か。

 友を殺した岩永のような屑を生かさねばならない自分の立場に対する憤り故か。

 それとも何処かにいるかもしれないザフィに声が届くかもしれないという、淡い期待故か。

 わからない。しかし、叫ばずにはいられなかった。

 慟哭のように、叫び続けた。本当の名前もわからない、友の名を叫び続けた。

 

 雨はまだ、やむ気配は無い。



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【おまけ ギャラポリ放送局 第三回】
『彼と彼、二人だけの秘密の関係。   えっ、その穴に××を入れるんですか?』


「宇美と」

「佳和の」

「ギャラポリ放送局!」

「こんにちは~。間もなくGW、皆様どのような計画を立ってておりますでしょうか?ちなみに警察官は平常通り交代勤務の星乃宇美(ホシノウミ)です」

「GWは持ち出さない、持ち込まない、宇宙密輸撲滅週間。一日税関職員をやります永遠の17才、天野佳和(アマノカワ)です」

「GWは宇宙旅行に出かける人も多いですからね」

「はいっ。抜き打ちで、あなたの身体、チェックしちゃいます。5月〇日は軌道ステーションの出星ゲートでお待ちしております」

「佳和さんに見られて困るような物は持ち込まないように」

「ギャラクシーポリスからの、お知らせでした」

 

~ギャラクシーポリスからのお知らせ~

 「空を見ろ!」

 「鳥だ!」

 「飛行機だ!」

 「ラ〇ュタだ。ラピュ〇は本当にあったんだ!」

 「ばかだねぇ、ありゃ浮遊警視庁だよ」

 「な~んだ」

 「これまでの常識では考えられない、奇妙なことに遭遇したら#○○110のギャラクシーポリス相談窓口へ。尚、緊急時には110をご利用ください」

 

「それでは、さっそく参りましょう」

「週刊ギャラクシーニュース!」

「先日、連続詐欺犯が捕まりました。犯人はサギール人で、5年前に虚偽の格安宇宙旅行を地球人に持掛け、旅行費用をだまし取っていました。判明しているだけでも被害者は数100人を超え、被害総額は数億円を超えるものと思われます。尚、現在もギャラクシーポリスでは余罪を追及しています」

「憧れの宇宙旅行、以前に比べればずいぶんお安くなったようですが、地球の方々にとっては、まだまだ高嶺の花ですからね」

「この手の話はなくなりませんよね。うまい話には裏がある。みなさん、騙されないように」

「おかしいな?と思ったら、ギャラクシーポリス相談窓口まで」

「以上、ギャラクシーポリスからのお知らせでした」

「何だか、今回はお知らせだらけですね」

「気にしない、気にしない、これがこの放送の役目なんですから」

 

「お隣の異星人さんって、どんな人?」

「このコーナーは地球で生活している異星人さん達の生活や習慣、特性をお聞きするコーナーです」

「今回のゲストは、公安部 外事特課 強行犯捜査第二係所属、二人で一人、ゴンジーマ星のシレーム・ヴ・ザーマックさん…」

「と、先日見事、宇宙旅行連続詐欺犯を逮捕した、小山凛子です」

「あら、凛子さん、いらっしゃい」

「いや、なんで凛子さんが来てるんですか!?」

「いいじゃない。ゲストコーナーなんだから、むしろ増えてお得~、みたいな」

「なるほど、それはいい事ですね」

「そんなこと言って、また課長に叱られますよ」

「大丈夫、大丈夫。だって今日は非番だから。ふふふっ、たとえ課長でもプライベートに口出しはできません。さらに私、今日は連絡用のギャラフォンを自宅に置いてきました!GPS検索もムダムダ。本日の小山凛子は先日課長に叱られたことが悔しくて、自宅で一日中枕を濡らしているんです。連絡が来ても出れないんです。凛子はそんな、か弱い乙女なんです。っと、アリバイ工作もばっちりです」

「さすがは凛子さん」」

「連絡用のギャラフォンを持たずに外出だなんて、それって規律違反では…」

「気にしない、気にしない。宇美さん達が叱られるわけではないでしょ」

「それはそうですよね」

「いや、ダメでしょ」

「うるさいわねぇ。宇美さんったら、融通聞かないんだから。ええ~いっ、このかわいい佳和さんがどうなってもいいのか?ほらっ、スカートめくっちゃうぞ。おっぱい揉んじゃうぞ」

「きゃ~、たすけてくださ~い(笑)」

「もうっ、どうなっても知りませよ」

「えへへっ、それじゃあ、始めるわよ。みな様、準備はよろしくって?」

「は~いっ!」

「はあ…」

「皆様、初めまして。浮遊警視庁 公安部 外事特課 強行犯捜査第二係の優秀な巡査、小山 凜子です。まっ、今は巡査だけど、課長や部長になるのは時間の問題ね。で、この前の詐欺犯を逮捕した時のお話なんだけど…」

「あのぉ、凛子さん。ここは異星人さんのお話を聞くコーナーなんですが…」

「わかってるわよ。で、その私が逮捕したサギール人というのはね…」

「いえっ、ですから今日はゴンジーマ星のシレーム・ヴ・ザーマックさんにお話を」

「仕方ないなぁ。それじゃあ、私の優秀な将来の部下達を紹介するわ」

「将来の部下?」

「ザーマック、気にするな」

「で、このでっかいのがザーマック、小さいのがシレームね。ほらっ、挨拶、挨拶」

「はっ、話していいのか?」

「いいみたいだな」

「なんとこの二人、合体しちゃいます!ほら、合体して」

「挨拶はもういいのか?」

「そうみたいだな」

「ほらっ、早く入るの!」

「合体するのか?」

「そのようだな」

「凛子さん、これ音声だけでは、よくわからないのでは?」

「それはそうね。ここっ、このザーマックの背中に窪みのような穴があります。ちなみに凛子、冬場の寒い時にはここに手を突っ込んで温めることもできて超便利!もうっ、じれったいわねぇ。何やってるのよ」

「そんなにせかすなよ。神経の接続部はデリケートなんだよ」

 

 ガチガチガチッ!

 

「ザーマック、ギャラフォンが鳴ってるぞ」

「ああ、すまない」

「もうっ、収録中は電源を切る!そんなの常識でしょ。凛子をみなさい、私なんてはなから…」

「いえ、立場上、それはどうかと…」

 

 ピッ!

 

『凛子ッ、凛子はそこにいるんでしょ!?』

「げげっ、課長!ザーマック、凛子はいない、凛子はここにいませんって言って!」

「凛子さん、無理ですよ。収録中の音声は外に聞こえてますから」

「課長、私は犯罪防止のために、非番も問わず…」

『いいから私のところに来なさいっ、今すぐ!』

「はっ、はいっ!」

 

 ピッ!

 

「ねぇ、シレームぅ、ザーマックぅ~」

「やれやれ、わかったよ、俺らもついてってあげるよ」

「まあ、かわいい後輩のためだからな」

「あらあら、せっかく楽しいお話が聞けると思っていたのに」

「もうっ、だから言ったのに。皆様、大変お聞き苦しい点があったことをお詫びいたします」

「まあ、気を取り直して、次のコーナーに参りましょう」

 

「質問コーナー」

「このコーナーは、皆様から寄せられた異星人やギャラクシーポリスに関する質問にお答えいたします」

「今回はホームページに届いたメールの中からいくつかお答えしたいと思います」

「まずは都内の高校に通う男子高校生からのご質問ですね」

「いつも放送楽しみに聞いています。さて、本来であれば時効となっていたはずの詐欺事件を解決に導いたのは、ギャラクシーポリスのとある優秀な一人の女性刑事のおかげだと聞いていますが、どのような方なのでしょうか?私の同級生の母が被害者で、感謝しても感謝しきれません。金一封をお渡しの上、ぜひ昇進せてくださいっ!」

「メール、ありがとうございます。ただ、残念ながら個人を特定できるようなことはお答えできかねます。でもギャラクシーポリスはいずれも優秀な方々ばかりです」

「そうそう。決して、先ほどの方ではないことだけは伝えておきますね」

「佳和さん、余計なこと言わない」

「そっ、そうですね。失礼しました。では次の質問に行きましょう」

「次は都内に住むOLさんですね」

「地球の平和のため、日々のお勤めありがとうございます。さて、ギャラクシーポリスの外事特課強行犯捜査には第一係と第二係があるとのことですが、実績、実力、メンバー、いずれも優秀なのは第二係ですよね?特に第二係に所属しているある女性刑事は若いながらもかなり優秀で、先日の詐欺事件では…」

「ちょっ、ちょっと、佳和さん、ストップ、ストッープ!」

「えっ、ええ?」

「やはり、この質問も同じアドレスから…あっ、これも、こっちもみんな…もうっ、凛子さんったら」

「どっ、どうなさったんですか?」

「いえ、時間。もう時間なんですよ」

「ああ、今回はゲストコーナーで時間とられちゃいましたからね」

「それではまた次回」

「宇美さん、募集、募集…」

「あっ…、そうそう、警視庁では職員募集中です。来年度の採用試験については警視庁のホームパージで」

「私たちと一緒にこの星の平和と安全を守りましょう!」

「それじゃあ、またね」

「宇美さん、落ち着いて、何あせってるんですかぁ」

「もうっ、根米課長に言いつけてやるんだから」

 

~♪エンディング~



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捜査報告書 No.9【時がすぎて】- 小山凛子メイン
#1『湖畔臨場』


◎簡単なあらすじ
 奥多摩方面で深夜に謎の青い物体の目撃情報と、わずかながらも通信障害ありとの情報を得たギャラクシーポリス。小山凛子巡査、並びにシレーム・ヴ・ザーマク巡査たちは、奥多摩周辺に馴染みのある鈴木イチロー部長の運転で、奥多摩のキャンプ場周辺に異星人がらみかどうかの調査へと出かけた。異星人すら珍しい奥多摩の地に現れる謎の物体とは…


※20xx/6/1-16:00 奥多摩湖のキャンプ場

 東京都心から車で二時間弱、家々が点在しウグイスの声もよく響く山間に、1957年にできた人造湖、奥多摩湖がある。湖岸に沿ってグニャグニャとした道路がめぐり、対岸に渡るドラム缶を浮かべた浮き橋が知られる。周辺にはキャンプ場やハイキングコースなども整備され、東京都の最高峰雲取山をめざす登山口の一つとして愛好家達も大勢訪れる。晴れた日には富士山が望める山頂付近には、銀河連邦から送られて来る電力を地域に供給するための変電設備【ヘリオン】が設置されている場所でもあった。

 そんな奥多摩湖のキャンプ場の駐車場に、一台の大型のワゴン車が入って来て停車する。

 後部ドアが開き額に角のある顔の赤い大男が、収納ポーチに収まった頭でっかちな小さな人形のようなものを抱えてのっそりと降りてくる。抱えていた人形のようなものがポーチから伸びをするように出ると、顔の赤い大男の背へと回り服に隠れた凹みに身を収めた。顔の赤い大男もまた両手をあげて伸びをすると、体が膨らんだように見えた。

 赤い顔の男はザーマック、頭でっかちの小さな方はシレーム。二人で一つのゴンジーマ人。警視庁外事特課所属の異星人警察官である。

 

「やっと着いたか。車の中は狭くてたまらんぜ」

「部長に運転させて、あんたたちは寝てただけじゃない」

 

 助手席からタブレットを手に降りて来た女性が、イヤホンを外しながら言った。運転席からは男性が降り、女性がタブレットとイヤホンを手渡した。

 女性は小山凛子巡査。男性は鈴木イチロー巡査部長。二人もおなじく警視庁外事特課所属の警察官である。四人ともスーツや制服は着て居らず、休暇でキャンプ場へやってきた様に見せていたが、実は仕事できているのだった。

 

「なぁ、凛子、今日はもう終わりにしてメシにしよう」

「そういう事はちゃんと仕事した人が言うの!」

「休暇のふり…仕事」

「な…。あ〜あ、なんで一緒なのよ…」

 

 イチローがタブレットとイヤホンを凛子に返し、彼女の肩を軽く叩く。

 

「まぁまぁ、そうカッカするな。課長からは夜に備えて、軽く聞き込みしたら早めに食事をとっていいと言われたぞ」

「そうこなくっちゃ」

「もう…、部長まで…」

 

 不満そうにしながら凛子はタブレットをバッグにしまった。

 

「さて、まずは、そうだな、今日はイチローと呼んでくれ」

「おお。イチロー! イチロー!」

「おいおい、そんなにはしゃぐな。さあ、荷物を下ろしてくれ。各自の装備は揃えてあるから」

 

 少し肩をすくめてから、荷物を下ろし始めるザーマック。

 駐車場には平日ではあるが数台のワゴン車やキャンピングカーも駐車しており、テント泊の客たちも食事の準備を始めながら、この辺りでは珍しい異星人の出現にこちらの様子を窺っていた。

 

「あぁ、やっぱり目立ってる…」

 

 そこへ男性が近付いて来る。スラリとした痩せ型で、しっかりとした足取りだが、白に近い髪は前の方から薄くなり額には艶がある。だいぶ年配のようだった。

 

「ご連絡いただいたギャラクシーポリスの方々ですね。管理人の秋山です」

 

 凛子が身分証を出し、次にイチローが前に出てシレーム&ザーマックを指差す。

 

「あの二体、…いや、二人も、大丈夫ですか?」

 

 チラッと二人を見る秋山。角の生えたザーマックと、その肩越しに顔を出す目のぎょろっとした小さなシレーム。だがその姿を見ても動じない。

 

「大丈夫ですよ。騒音と異臭は困りますが」

「異臭は無いわね」

「異臭、騒音、発生…ない」

「では、バンガロー三つでしたね。電気が使えるタイプで、設備は簡易ベッドと折りたたみの机と椅子だけ。水場とトイレはバンガローの近くに案内がありますので」

「わかりました」

 

 秋山がバインダーに挟んだ使用届を出し、イチローがボールペンで必要事項を記入すると、ナンバーの付いたカードキー3枚を渡した。

 

「オートロックではありませんので、気をつけてください」

「バンガローでもカードキーなんですね」

「電気が使えないタイプはシリンダー錠ですよ。この辺りはヘリオンのおかげで電源供給が良くなりましたが、わざわざ電気の無い生活を体験しにくる方もあるんですよ」

「今回は不慣れなやつらがいるからな」

「さすがぶ…、イチローさん、キャンプ慣れしてますね」

「では、何かありましたら、奥の岩山の手前の看板があるところが管理事務所ですので」

「分かりました」

 

 一行は荷物を持って各々のバンガローへ向かった。

 

※20xx/6/1-17:00 管理事務所

 シレーム&ザーマックへのバンガローの使い方や説明はイチローに任せ、凛子は管理事務所と案内板のある建物にやって来た。扉に札がかかっている。手書きで《裏の納屋に居ます》と書いてある。

 

「裏の納屋?」

 

 見ると建物の右側が通路になっており、裏手の岩山へ続いている。凛子は通路に沿って裏山へ向かう。

 少し登った斜面に洞窟があり、覗き込むと木の柵らしきものが見える。そこは厩舎らしく秋山が栗毛の馬に餌を与えているのが見えた。

 凛子に気付いた馬が嘶き、秋山も気付いて会釈をする。

 

「へえぇ、馬が居るんですか」

「ええ。あの馬車で湖の周辺をドライブもできますよ」

 

 秋山の視線の先に幌の付いた四人ほどが乗れそうな馬車が停めてある。

 

「ドライブ? 馬車でドライブって変じゃありません?」

「え? そうですか? 馬車も車だからドライブかと…」

「馬車で巡る、とかじゃ、ないですか?」

「はぁ、そうですか…」

 

 湖畔を馬車で巡るのは楽しそうだ、と思いながら凛子が馬に近づくと馬が大きく首を振り始め、秋山がそれをなだめた。

 

「なんだ、美人を見て興奮したか。ほら、ほら」

 

 そう言いながら首から頭を軽く撫でる。凛子も同じように慣れた手つきで撫でると、馬は彼女の方へ頭を近づけもっと撫でて欲しそうにする。秋山は少し驚いた顔をしたが、すぐににこやかに微笑んだ。

 

「お嬢さん、慣れていますね。ピューリッタも気に入ったようだ」

「ピューリッタって言うんですか」

「ええ。この子がこんなに懐くとは珍しい」

 

 ピューリッタは凛子にじゃれついて来る。彼女もそれに応じて撫でている。その様子に微笑む秋山に、凛子もついほほえみ返した。

 

「母の実家近くに牧場があって、学生時代は夏休みにはそこでバイトをしてたんです。馬に触れるのは久しぶり」

「そうでしたか、ところで、何かご用でしたか?」

「あ、お話をうかがいたい事がありまして」

「じゃぁ、事務所へ戻りましょう」

 

 秋山が手早く片付けると、名残惜しそうなピューリッタを残し二人は事務所へ向かった。

 

 管理事務所へ戻った二人は応接セットに向かい合わせで座る。事務用の机にパソコン、背後の棚にはたくさんのファイル、それに応接セットがあり、壁には奥多摩周辺の山々の写真の他、秋山の写真の入りの防火管理者の証書が掲示されている。秋山悌二郎 1956年生まれ。交付は平成21年10月11日、東京消防庁。

 

「それで…?」

「実はこういう目撃情報があると聞き、調査しているのですが…」

 

 そう言って凛子はタブレットの画面を見せる。

 橋を飛び越えて行く青白い物体が映っていた。

 

「これは数日前拝島橋で写された物で、多摩川の上流に向かったようなんです。鳩ノ巣渓谷、小河内ダム付近でも目撃され、湖の上を飛んでいたというので来たんです」

 

 黙って見ている秋山をまじまじと見る凛子。祖父くらいの年齢なのに若く見える、などと考えながら。

 メガネをかけ画面をみていた秋山。またメガネをはずす。

 

「ウワサは聞いた事があります。雨上がりの夕方に西日に照らされて青白い物が飛んでいったって。そう、おとといだったかな。私は見てませんが」

「その話しはどなたから聞かれました?」

「由美ちゃん、あ、いや、ええと、中沢さんていう、近くのコンビニの店員です」

「中沢さん…。その方にお話を聞きたいのですが」

 

 凛子は手帳にメモをとりながら聞いた。

 

「ああ。コンビニといっても、地元の食材やキャンプ用品を取り扱っているところで、そこの道路を右に10分ほど上流に行くとあります」

「10分…、徒歩でですか?」

「ええ、すぐですよ。今の時間なら中沢さんも店にいると思います」

 

 凛子はその他の情報についても聞きながら、それとなく秋山の日常についても聞き出した。

 管理人になってからはここで寝泊まりをしており、暇な時や休憩中は先ほど見た馬とのんびり過ごしているそうだった。

 30分ほどして、凛子は一礼して出て行った。

 秋山はそれを見送りながら呟いた。

 

「ちょうど、いいかもしれないな…」

 

 誰もいない部屋で誰かに話しかけるように…




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

 ○秋山悌二郎(74)
  奥多摩のキャンプ場の管理人

 ○小山凛子(23)
  公安部 外事特課 強行犯第二係の巡査

 ○シレーム・ヴ・ザーマク(27)※
  警視庁 公安部 外事特課 強行犯捜査第二係 巡査の二人


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#2『管理人の秘密』

※20xx/6/1-18:00 コンビニの駐車場

 キャンプ場から歩いて10分ほどの上流にあるコンビニの駐車場には、大勢の人が集まりお祭り騒ぎとなっていた。

 シレーム&ザーマックと一緒に順番に写真を撮っている人や、バーベキューが用意され飲めや歌えの宴会状態。

 

「こうなってしまいまして…」

 

 凛子から電話で事の次第を告げられ、様子を見にやってきたイチローはあっけにとられた。

 

「や、これは…」

「ちゃんと調査の協力もしてもらっていますし…」

 

 イチローは頭をかきながら周辺を見回す。着いて早々に向けられた奇異の目に比べ、今はみな異形の二人に対して怖がる様子も無く楽しそうにしている。

 

「今のところの情報は?」

「ハイ。二日前の夕方にも目撃されています。それ以前から、からたびたび現れては上空へ飛び去って行くようですね。そのたびに雷のような音がしたり、一瞬光ったり、通信障害が起きたりしているそうです」

「そうか…」

 

 メモした手帳をポケットにしまいながら、イチローは人々に囲まれているシレーム&ザーマックを見る。

 

「俺は戻って本庁へ現状を報告して、監視の準備をしておこう。少ししたらあいつらを連れて戻れ」

「分かりました」

 

 キャンプ場へ戻っていくイチローを見送る凛子。

 シレーム&ザーマックは住民に囲まれ、まるで凱旋将軍のようである。

 

「まぁ、怖がられなくなったのはいいことよね」

 

 やれやれ、という表情で凛子もその輪の中へ入って行った。

 

※20xx/6/1-19:30 イチローのバンガロー前

 折りたたみテーブルの上に置かれたランタンが灯り、コーヒーの入ったカップを手に、ゆったりした折りたたみのイスに座って、お祭り騒ぎを切り上げ戻って来た三人の話しを聞くイチロー。

「だいたい、似たような目撃情報だな。通信障害と雷が気になるところだが」

 

「そうですね。今晩、何か出るといいんですが…」

「ちょっと…いいか」

 

 ザーマックの背中から顔を出したシレームが言った。

 

「なんだ」

「あの管理人…少し、変」

「別に普通のおじいさんじゃないの」

「何か違う。俺たち…見て、驚愕ない」

「人間、年を取れば多少のことには驚かないのよ」

 

 少しムッとするシレーム。

 

「カードキー…指紋、身元…調べる、どうだ」

「身元なら管理事務所に証書が」

「念のため照合しておこう。奥多摩署の知り合いにも問い合わせてみる」

「部長ッ」

「まぁ、まぁ、何もなければそれでいいだろう」

 

 そう言われて凛子も黙るしかなかった。

 

「よし。じゃぁ深夜帯の観察までは仮眠をとったり自由にしていい」

「カメラはいつ作動させます?」

「うーん、暗くなってからでいいかな」

「ってことでよろしく」

「お前の担当だな」

「……了解だ」

 

 シレーム&とザーマックのバンガローは、少し木々が開けて夜空や周辺が比較的よく見える位置にあった。

 

※20xx/6/1-22:00 シレーム&ザーマックのバンガロー

 シレームは机の上に座り、1リットルの牛乳パックを2本寝かせて台にした上にパソコンを乗せ、穴あけパンチを座椅子のようにして座り、小さな手で器用にパソコンを操作中。ザーマックはバリバリと殻付きの小海老の素揚げを食べながら、体を動かしている。

 ドアが開き、暑そうに団扇で仰ぎながら、ショルダーバッグを肩にかけた凛子が入って来る。

 

「一時間後には監視任務開始するって」

「おう」

「…3人も入ると、ますます暑いわね」

「カメラ…作動、テスト…」

 

 シレームがパソコンから無線で外のカメラを作動させる。カチカチというキーを叩く音とともに、ギィギィというが響く。

 

「あんた、その穴あけパンチ、わざわざ持って来たの?」

「俺…必需品。これ…なかなか、いい」

 

 楽しそうに穴開けパンチをギィギィと揺らしながらシレームが答える。

 

「こっちはカルシウムが大量に要るし、あんたは車用のシートといい、いちいち面倒よねー」

「仕方ないだろ。身体構造が違うんだ…、お前も食うか?」

 

 ザーマックは凛子に小海老の素揚げの入った袋を差し出したが、凛子は軽く手を振って断った。

 

「そういえば今日、制服じゃないのね」

「お前が制服じゃダメだって言ったんだろ」

「そうだったわ…。よくサイズがあったわね」

「課長、用意…して、くれた」

「課長が?! あの人、異星人には優しいのね…」

 

 団扇で仰ぎながらパソコンの方へ寄っていく凛子。

 イチローが用意した360度撮影できる小型カメラを、身軽なシレームが屋根の端に設置し、屋内でモニターできるようにしてあった。

 

「どう? ちゃんと映る?」

「良好だ」

「あれは? カードキーから採取した管理人の指紋」

「ああ…」

 

 シレームがパソコンを操作し画面を指さす。

 凛子は表示された画面に目を通す。

 

「若い頃に連続企業爆破の犯人と交流があり公安がマーク。10年ほど前にここの管理人に就職。独身で親兄弟もなし。評判も悪くない…と、ほらみなさい、普通のおじいさんよ」

「報告、不審…無い、だが…」

「ん?」

「俺たち、見て…興味無し…」

「まだ言ってるの?」

「地球人…俺たち、見る…驚く。管理人、驚き…ない。異星人、知ってる。おかしい」

「そんなに気になる?」

 

 うーんと考える凛子。

 

「凛子、お前あのじいさんに入れ込んでるな」

「ち、ちがうわよ。ちょっと知り合いに似てるだけよ」

「凛子、動揺…してる」

 

 シレームは少し意地悪そうに口角をあげた。

 

※20xx/6/2-02:00 午前2時過ぎ シレーム&ザーマックのバンガロー

 シレームが窓枠に座って外の様子を見張り、屋根に設置した360度が撮影できるカメラからの映像を、凛子が屋内のパソコンで観察。ザーマックは外で体を動かしている。

 変化の無いカメラの映像を画面の隅にやり、凛子はネット上の最近の奥多摩周辺の超常現象のニュースに目を通す。青白い物体の目撃情報。電波異常が発生し毎回1分程の通信障害が起こる。雷のような光や衝撃音。しかしいずれも関連性は不明。

 

「やだ、昨日のがもう載ってる」

 

 【休暇中のギャラポリ異星人が来訪!】という見だしで、昨夜のコンビニ駐車場のお祭り騒ぎの写真も載っていた。

 

「お〜お、ゴキゲンだこと。何をしてんのかねぇ〜」

「市民との交流…大事、凛子、管理人…出て来た」

 

 シレームが窓から見つめる先にライトを手にした秋山の姿。ここからは管理事務所もよく見える。

 凛子が窓に寄り外を見る。ライトが一旦暗闇に消え、少しして、裏手の納屋の方に明かりがつく。

 

「裏…何か…」

「洞窟に馬が居たわ」

「洞窟? 馬?」

 

 どんなものだ?と考えているシレーム。

 そうこうしていると裏手の照明が消え、今度はピューリッタを連れた秋山が管理事務所の前を通って行く。

 

「あれが愛馬のピューリッタよ」

「ピューリッタ? 言いにくい…。こんな時間…、どこ行く」

「追うわ。GPS入れとくから、あんたたちは監視を続けてて」

「待て、馬…走る」

「レンタル自転車を使う」

 

 凛子はギャラフォンを手に、ショルダーバッグを肩にかけるとザーマックに声もかけずに走って行った。

 

「なんだ、どうした」

「管理人…追う」

「あ? 勝手な奴だな」

 

 凛子が道路に出ると街灯のおかげでゆっくりと進む馬の影が見えた。駐車場の一画にあるレンタル自転車を借り、バッグを斜めがけにすると自転車で影の後を追った。

 

※20xx/6/2-03:00 奥多摩湖畔

 キャンプ場から2キロ程上流の、湖面に降りるスロープと階段のある場所から、秋山は下馬し手綱を引いて降りて行った。

 凛子は少し程離れた曲がり角で自転車を降りた。バッグからゴーグルタイプの暗視スコープを出し装着し、身を隠しながら湖が見えるところで様子を窺った。

 ピューリッタはパシャパシャと水音を立てて、気持ち良さそうに水辺を歩き、跳ね上がった水が青白く光って見える。秋山は流木でできたベンチに座り、時々空を見上げては、身振り手振りをしながら口を動かしている。凛子にはまるで誰かと話しているように見えた。

 その時凛子のギャラフォンが鳴った。慌てて出ると小声で言った。

 

「現在秋山を監視中」

『おい、何勝手な事してるんだ…』

「すみません。ちょっと気になって」

『秋山が何かしているのか』

「馬を湖の中で遊ばせて、自分はベンチでそれを見てます」

『ん? それだけか』

「独り言をしゃべってるようですが、それだけですね」

『小山、変に思われる前に戻ってこい』

「はーい」

 

 凛子がギャラフォンを切ろうとしたところに、いきなり鼻息がかかり舌が伸びてきた。

 

「きゃぁッ」

 

 いつのまにかピューリッタが近くまで来ていて、凛子の顔を舐め始める。しつこいくらいベロベロとなめ回され、持っていたギャラフォンを取り落とす。

 

「やめて! やめて! くすぐったいし、もう、ベタベタになっちゃう」

「ずいぶんと気に入られましたね」

 

 いつの間にか秋山も近くに来きていた。だが、さらに、別の声がした。

 

「これほど気に入るとはな」

「え…ッ」

 

 秋山の顔を見た凛子は気を失った。

 

「これは、これは、なんとも…」

「いきなり現れたら驚くさ」

 

 秋山は凛子を抱き上げるとピューリッタの背に乗せ、自分も跨がり歩を進めた。不思議と蹄の音は聞こえない。



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#3『奥多摩SOS』

※「20xx/6/2-05:00 奥多摩湖畔の道

 月明かりの中、角の生えた筋肉質な体が周囲をきょろきょろ見ながらやってくる。凛子のギャラフォンのGPS情報を頼りに、探しに来たザーマックである。

 凛子が停めた自転車を見つけ、その自転車を肩に担ぎながら更に周辺を捜索する。一瞬月明かりに何かが反射した。走り寄るザーマック。ザーマックは指先でちょいちょいとギャラフォンを操作する。凛子のギャラフォンだ。

 

「おれだ。ギャラフォンは見つけたが、凛子はいない」

 

 それだけ言うと、ザーマックはギャラフォンを切り、空を見上げる。ぼんやりと青白い光が見える。

 

「ん? あれは謎の物体か?」

 

 自転車を肩に担いだザーマックは、遠くにぼんやりと見えている青白い光を追いかけた。

 

※20xx/6/2-06:30 シレーム&ザーマックのバンガロー

 自転車を肩にかついで戻って来たザーマック。

 

「凛子は?」

「いない。だが途中で例の謎の物体のようなものを見かけた。イチローは?」

「イチロー、会議中。電話…出ない」

「映像は?」

「映像…少し、光…映った」

 

 録画されている映像を確認するザーマック。ぼんやりとした光が遠くを通って行くのが映っている。

 

「凛子のバンガローの方だな…。見てくるか」

 

 ザーマックは少し離れた凛子のバンガローへ向かった。

 

※20xx/6/2-07:00 凛子のバンガロー

 外から声をかけるザーマック。だが応答はない。窓から覗くが中が暗くてよく見えない。分厚い木のドアをノックすると、鍵がかかっていないのか少し開いた。

 鍵は中から締めるか、外からカードキーでロックすると説明をうけていた。

 

「凛子、いるのか?」

 

 ザーマックは取手を掴んだまま少し考えた。返事も無いのに入ったら怒られるかもしれない。しかし…

 ザーマックは意を決して扉を開ける。ベッドには横たわる人らしき盛り上がりがある。抜き足差し足でベッドに近寄り頭のあたりをのぞき込むザーマック。

 

「凛子?!」

 

 ザーマックの声にも反応しない凛子。よく眠っているなら起こさない方がよいだろうかと、ベッドの横をうろうろすると、ぎしぎしと床が軋む。

   ×   ×   ×

 ザーマックの背中越しに凛子を覗き込むシレーム。

 

「息…ある。寝てる…」

「寝てるだけか? 起こしたら、怒るよな」

「起こす、無い。不明」

「弱ったな…」

 

 じーっと凛子を見つめるシレームとザーマック。 

 いきなり目を覚まし体を起こす凛子。

 

「起床」

 

 そろそろとドアのほうへ後退りするザーマック。

 

「ここ、どこ?」

「凛子、やっとお目覚めか。心配したぞ」

「心配?」

「何があったんだ、自転車もギャラフォンも放り出して来て」

 

 自転車とギャラフォンと言われ、記憶を辿る凛子。秋山の顔を思い出しザーマックを掴む。

 

「秋山さん、秋山さんはどこ、どこに居るの?」

「え? 管理人?」

「管理人、事務所」

「事務所にいるのね?!」

 

 バンガローを飛び出して行く凛子。追いかけるシレームとザーマック。

 

「おい、待て」

「私見たのよ!」

「見たって、青い物体をか?」 

「違う! あいつ、人間じゃあないのよ。顔が、ちがうのよッ」

 

 叫びながら走る凛子。足がもつれて転ぶ。

 

「違うって、なにがだ…。落ち着いて話さんとまるでわからんぞ」

 

 ザーマックに支えられ、立ち上がる凛子。呼吸を整える。

 

「半分、顔が半分青白くなって、声も違うのよ」

「顔が半分青白いから寝てたってのか?」

「違うわよ!」

「凛子、興奮…なぜだ」

 

 さあ? という顔のザーマック。

 

「イチローに知らせなきゃ」

 

 イチローのバンガローへ向かおうとする凛子。

 

「イチローは奥多摩署だ」

「ええッ?!」

「会議中。電話…出ない」

「地球人に化けた異星人だったら、捕まえなくちゃ…。私が、私がやらなきゃ」

 

 凛子、バッグの中をがさがさと何かを探す。ザーマックがポケットに入れていた凛子のギャラフォンを出す。

 

「これか?」

 

 凛子、ハッとする。

 

「どうし…、そうだ、電話を切ったら、ピューリッタがやってきて、それから、それから…」

「どうかしちまったのか?」

「大丈夫。やれるわ!」

 

 凛子は自分を励ますように頷き、頰を数回叩くと、今度は管理事務所へ向かって歩き出した。シレームとザーマックも凛子の後に続いた。

 

※20xx/6/2-08:00 管理事務所

 凛子とシレーム&ザーマックが窓から中を覗くが秋山の姿は無い。すると馬の嘶きが聞こえて来る。

 凛子たちが裏手のを窺うと、ピューリッタを連れた秋山がやって来る。ピューリッタは嬉しそうに首を振って凛子に鼻先をすりつける。

 

「ちょうどいい。中で話しましょう」

 

 ピューリッタの背に乗せていた重たそうなジュラルミンケースを、軽々と持って管理事務所へ入っていく秋山。ピューリッタは凛子をひと舐めすると中へ入るようつついた。凛子たちも管理事務所へと戻る。

 ジュラルミンケースはあちこちに傷があり、かなり古い。テーブルの上へ置いて蓋を開ける秋山。中には米軍のマークの入った15cmほどの立方体が3個、他に赤と青のコードや工具、筒状の金属なども見える。

 

「秋山さん、これは…」

「どうみても危険物、爆薬だな」

「秋山悌二郎さん、あなたを逮捕します」

「危険物…所持…」

 

 バッグの中から手錠を出そうとする凛子。

 

「待ってください。もうじきこの惑星に禍が降ってきます」

「え?……!」

「何言ってるんだこのじいさん」

「協力していただけるなら、その後は従います」

「協力?」

 

 秋山の顔が青白くなり、徐々に半分が別人へと変わっていく。

 

「奴はもう近くに来ている」

 

 その時、凛子のギャラフォンが着信を知らせた。

 我に返った凛子が通話ボタンを押し耳に当てた。

 

『雲取山から奥多摩湖周辺に避難命令だ』

 

 急にきりっとした凛子は内容を確認する。

 

『急に現れた隕石が、雲取山のヘリオンに導かれるように落下中だ』

「え?! 隕石が落下中?!」

 

 ザーマックの肩越しに凛子を見るシレーム。

 秋山は驚いた様子も無く、ジュラルミンケースから出した立方体の蓋を開け中をいじっている。

 

『管理事務所へ行って、秋山氏とともに災害時の退避マニュアルに従い…』

「今管理事務所です。秋山さんならここに居ます」

 

 凛子は通話をスピーカーにしてテーブルに置いた。

 

『猛スピードで隕石が雲取山方面へ向かっている。退避行動をお願いします』

 

 直後に防災無線のサイレンが鳴り響いた。

 

「どうやら現れたようですね。あいつが…。奴の狙いはヘリオンです」

『あいつ?』

「あいつって、なんです? あなたは…」

「我々はギャラモンと呼んでいる。あらゆる資源を吸収し、分裂と破壊を繰り返す。あいつを完全に破壊しなければ、死の星となってしまう」

 

 そう言うと、じわじわと顔の右半分が青白くなる。

 

「わたしは秋山の体を間借りしている、メール」

「ど、い、う…」

 

 驚きのあまり言葉につまり、いや、うまく声が出ず、固まってしまう凛子。

 凛子の様子に、ふたたびもとの元の顔に戻った秋山が微笑んで近づき、そっと抱きしめる。固まっていた凛子が秋山のぬくもりに安堵しの表情を浮かべる。

 わずかな時間だったが、凛子は落ち着きを取り戻した。

 

「おい、凛子」

「年寄り…好きか」

「そんなんじゃないわよッ。変なこと言うとホルマリン漬けの標本にしてやるからッ」

 

 シレームはガラス瓶に漬けられている姿を思い浮かべる。

 

「勘弁…だ」

 

 秋山が静かに言った。

 

「一刻も早くギャラモンを完全に破壊せねばなりません。我々だけでは手が足りない」

「我々?」

 

 秋山の顔がまた青白くなり、今度は完全に顔が変わる。

 

「秋山の体の私とピューリッタ。大切な相棒だ。君たちには分かるだろう」

 

 顔を見合わせるシレームとザーマック。

 凛子は今度は固まらずに、青白い別の顔をした秋山を見つめた。

 

「で、さっきから言う、完全な破壊ってのはどうするんだ」

 

 ザーマックの問いに、メールと名乗った別の声が説明を始めた。

 【ギャラモン】の体内には再成能力を持った頭脳という核ようなものが存在し、それを破壊しない限り新しいギャラモンが次々と生まれる。頭脳が体内にいる間は破壊は不可能。その為、まずは核を外に出す必要があるという。

 

「この国の言葉で言う、息の根を止めるのだ。そこで、最重要任務を諸君達にお願いする。だが、危険な任務であり、負傷することもある。命の保障もできない」

 

 ゆっくりと、凛子、ザーマック、そして背中のシレームへと視線を向けるメール。凛子が頷くと、シレームとザーマックも頷く。

 

「では、作戦を説明しよう」

 

スピーカーにしたままの凛子のギャラフォンから、作戦の内容はイチローにも伝わっていた。



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#4『二大怪獣激突』

※20xx/6/2-09:00 奥多摩湖

 上空から轟音がうなり、隕石が飛んでいくのが見える。

 隕石は雲取山山頂付近にある【ヘリオン】に向かっていたが、その手前で強力な電磁防壁に弾き返され、奥多摩湖の一番広いあたりへと落下した。

 その衝撃で湖からは津波が発生。周辺の道路は水浸しになった。落下した隕石はジュージューと水蒸気を上げ、全面にひび割れが入っていく。

 

※20xx/6/2-09:30 管理事務所の前

 辺りは避難誘導の声と移動していく人々で騒然としている。凛子はショルダーバッグ、ザーマックは爆薬の入った立方体を持ち、シレームは液体の入った身長と同じくらいの大きさの容器を紐で背中に負い、ザーマックの肩に乗っている。

 凛子は気合いを入れるように頰を軽く叩いた。

 ピューリッタは凛子を舐めようと首を近づける。それを秋山が手綱を引いてとめる。

 

「あなた達に頼む事はピューリッタが決めたようなもんです」

「え?」

「初めて会った時から、こいつがあなたに信頼の行動を取りましたから」

「あの舐めまわした事?」

「そうです」

 

 秋山が手に持ったカプセルを食べさせる。

 

「なんですか? そのカプセル」

「怪しい薬じゃありませんよ。このあたりにもあるワサビの成分と同じだと言ってました。これまでため込んだエネルギーを、一気に爆発させる強化剤のようなものらしいです」

「ワサビの成分ですか…」

「詳しい事は分かりませんが、ほら、効いてきたようです」

 

 秋山はそわそわし始めたピューリッタにまたがり、馬上から凛子に一礼する。

 

「では、そちらはお任せします」

「ハイ!」

 

 秋山が手綱を操り岩山を駆けあがていくと、みるみるうちにピューリッタが巨大化していく。そして、秋山はピューリッタの首の部分に取り込まれていった。

 

※20xx/6/2-10:00 奥多摩湖畔

 凛子たちは奥多摩湖が見渡せる高台から、落下した隕石を見つめていた。湖水は沸騰してほとんど蒸発し、底が見えている。

   ×   ×   ×

−−−回想

 

「ギャラモンは吸収したエネルギーで分身を作り出す。その分身もまた同様に分身を作る。一体だけのうちに破壊しなければならないのだ」

 

 立方体のケースの爆弾と、500mlほどの容器に入った液体を示す。

 

「その爆薬でギャラモンて奴を吹っ飛ばすんだな」

「ただ爆発させても奴の強靭な表皮で防がれるだけなのだ」

「それ一つ、ダイナマイト10本分、威力…ある」

「奴が分身を作る前に吹き飛ばすには、この10倍以上の威力が必要になる」

「それじゃぁ…」

「この液体は体内から腐食させるものだ。だが、飲ませて吸収させていたのでは間に合わない。体内で爆発させ液体の吸収を早めるのだ」

「体内で爆破すれば周囲への被害も出ないわね」

「一石二鳥」

 

  ×   ×   ×

 高台の凛子達が奥多摩湖に落下した隕石の様子を見ていると、ひび割れがどんどん大きくなり、とうとう中から【ギャラモン】が現れた。立ち上がると周辺の建物を悠に超える巨体で、動くたびに地響きがする。

 「ゲェーッ」と甲高いような低いような君の悪い声を発し、立ち上がると大きく体を揺すって、体の周囲の岩のかけらを振り落とす。かけらは周囲に飛び散り、バラバラと落ちる。

 その正面にギャラモンに負けないほどに巨大化したピューリッタが降りてきて身がまえる。ピューリッタに気付き二体は対峙する。いよいよ二体の戦いが始まった。

 

 ピューリッタが突進する。それをギャラモンがかわす。すかさずピューリッタが後ろ足で蹴り上げる。ギャラモンはかがんで体を丸くする。ピューリッタの一撃を強固な鱗で跳ね返す。ギャラモンはそのまま転がって移動する。距離を取ったギャラモンが体を起こし立ち上がる。

 大きく口を開きピューリッタの方に向く。ピューリッタは飛び上がる。それを見てギャラモンも上を向き、口から熱線を放射する。ピューリッタはそれを躱し、ギャラモンを飛び越え反対側に着地する。ギャラモンはそちらに向きを変え狙おうとすると、ピューリッタはふたたび飛び上がり頭上を超えて行く。

 それが3回目の時、ピューリッタは飛越さず急降下し、ギャラモンに体当たりした。

 「ゲェーッ」声を発しながらギャラモンが仰向けに倒れる。その上に馬乗りになるピューリッタ。覆い被さったピューリッタの体が青白く光ると、体がドロドロと溶け始めた。

 

 それを見ていた凛子たち。

 

「なんだありゃ、キモぃぞ。あれで口を塞ぐって?」

「口の中へそれを入れて、あのドロドロで塞ぐ、ほら、行って!」

 

 やれやれ、といった顔つきで、シレームを肩にのせザーマックが駆け出していく。仰向けで倒れているとはいえ、巨大なギャラモンの顔は見えない。ギャラモンに近づくと、ドロドロの表面には青白い光が模様のように光ながら移動している。意外とベタ付かないドロドロを乗り越えると、シレームが一人するすると腕から腹へとジャンプし顔にたどり着く。ドロドロが首のあたりにまとわりつき、大口を開けた状態になっている。

 

「口…開いてる」

 

 シレームは背負っていた液体の入ったペットボトルを降ろし、ザーマックが爆薬の入った立方体を投げると器用に受け取り、ケースの蓋をあけてタイマーを起動させた。カウントは66。蓋を戻しギャラモンの口の中へ突っ込み、それを、液体の入った容器でぐいぐいと押し込み、最後は全体重をかけた。

 ザーマックが集めてきたドロドロを、ギャラモンの口へと詰めていく。その間、ギャラモンは痺れたように動かない。

 

「よっしゃ、これでいいな」

 

 ザーマックの背に乗ろうとしたシレームが、ドロドロの中に倒れている秋山を見つける。

 

「そこ…管理人」

「くそ、掘り出すか?」

「時間…無い、あと10」

「10?! 無理だろ」

 

 ザーマックが慌ててドロドロをかきわけ秋山をひっぱる。

 ギャラモンは目を覚ましたのか、低く唸りながらゆっくりと手足が動いた。

 シレームがザーマックの背に飛び乗った。

 

「シンクロ」

「おう」

 

 二人の体が波に打たれたように振動する。ザーマックのパワーが増し動きも早くなり、ドロドロの中の秋山を一気に引っ張り出すと小脇に抱え、高速でギャラモンから離れて行った。

 その時、立ち上がりかけたギャラモンの体内から、ボンッという音がして、口に詰めたドロドロが吹き出した。

   ×   ×   ×

−−− 回想

 

「ギャラモンの動きを封じ、体を腐食させれば電子脳が外へ出てくるはずだ」

 

 秋山が組み立てた銃のようなものを凛子に渡す。困惑している凛子。

 

「あなたの役目は分離して外へ出てきた電子脳を、この銃で撃ち抜くことです」

 

 渡された拳銃ほどの大きさの銃を握りしめる凛子。その手を秋山が上から握る。

 

「大丈夫。照準を定めて撃てば、必ず当たる」

 

   ×   ×   ×

 起き上がろうと頭をもたげたギャラモン。ボンッという音が聞こえ口に詰めたドロドロをはき出した後、ビクビクと痙攣を起こし、ふたたび頭を落として動かなくなった。

 ギャラモンを見下ろせる場所に立っている凛子は、両手で銃を握りしめ狙いを定める。

 ギャラモンの体を覆っていたドロドロとした物が乾いてハラハラと落ちて行く。更にその下のギャラモンの体が赤くふくらみ、そして、急に砂のように崩れ始めた。

 その中から青く輝く物体が見えてくる。中心からはちりちりと静電気のような光を発した丸い物体が、ギャラモンの体から浮き上がった。

 凛子が銃を構え照準を合わせる。ピピピと電子音がすると、構えていた銃のようなものが変形した。狙いを定め引き金を引く。

 銃声一発。

 次の瞬間、青く輝く物体が木っ端微塵になる。

 凛子が撃ち抜いた。その体勢でひと言。

 

「カ・イ・カ・ン」

 

 思わずポーズをとる凛子。だが銃はまたもとの大きさに戻っていく。

 

「なんか、すごい…」

 

 そこへ秋山を抱えたシレーム&ザーマックがやって来る。

 ザーマックに抱えられている秋山はグッタリとしている。

 

「秋山さん、秋山さん!」

 

 しがみつく凛子。

 

「死んじゃあいない。意識はないがな」

「凛子、救急車…呼べ」

 

 慌てて凛子がギャラフォンで連絡する。ザーマックは地面に秋山を下ろす。

 

「人工呼吸でもするか?」

「やめなさいよ、あんたの馬鹿力でやったら死んじゃうわ」

 

 凛子はギャラフォンを切り、秋山の傍に座り血の気を失って青白い手を握る。

 

※20xx/6/2-18:00 青梅市内の病院

 病室のベッドには秋山が横たわり、体には脈拍や血圧を表示する医療機器い繋がるコードや点滴の管が付けられている。そ顔色も点滴に繋がれた手も普段の色に戻っていた

 イチローと凛子がベッド脇に立っている。

 

「本当に異星人が乗り移ってたのか?」

「シレームとザーマックも見てますし、部長も話しを聞いていたはずです」

「姿は見ていないし、医者はただの人間だと言ってるが…」

「本当にいたんです」

 

 うーんと首をひねりながら考えるイチロー。

 

「まぁ、怪獣は実在したからなぁ〜。じゃあ、体から逃げ出したか、死んだのか…。とにかく、今ここに居る彼は秋山悌二郎でしかない」

 

 ベッドに横たわる秋山を見つめる二人。医療機器が発する音が静かに響く。

 

「秋山さんは、どうなるんですか?」

「まあ、怪獣の残骸の回収と、お前の持っていた銃、それと管理事務所の調査待ちだ。意識が戻ったら本人からも話を聞く。なぜ襲来が分かったかが聞けるといいんだが…。今回のこと、本部では絞られるだろうな」

「…やっぱり、懲戒処分ですかねぇ…」

「まぁ、課長はキビシイからな。覚悟した方がいい。ともかく、正直に話すんだ、俺に話していないことも」

 

 看護士が入って来て、イチローと凛子は後を頼み病室を出る。



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#5『また会う日まで』

※20xx/8/15-08:00 奥多摩へむかうバスの中

 奥多摩湖の湖岸のぐにゃぐにゃとした道路を走行するバス。家族連れなどとともに凛子が乗っている。周辺には大きな岩が転がり、ところどころ工事中の表示があるが通行は大丈夫なようである。

   ×   ×   ×

−−− 凛子の回想

 外事特課のフロアの一画。課長デスク前に、制服姿の凛子が直立している。課長の根米がタブレットを手に、座ったまま正面の凛子を見つめる。

 

「小山巡査、報告書は読みました」

「ハイ…」

「なぜ秋山への協力を決めたのかしら?」

「え、と…」

「異星人と体を共有していると、自称した男の言葉だけで、まだ現れてもいない怪獣が来ると、どうして信じられたのかしら?」

 

 静かだが厳しい根米の追求である。

 

「課長、確かに、メール、という異星人は、いたんです。秋山さんの中に。部長も聞いていたんです」

「鈴木くんの報告では、音声では聞いたが姿の確認はしていないそうだけど?」

「でも、メールと秋山さんの指示で、ギャラモンを倒せたんです!」

 

 ふぅ、とため息をつく根米。

 

「怪獣、ギャラモンを倒せたことは認めましょう。ですが、なぜ協力をしたのか、その理由を聞いているのよ」

「秋山さんとメール…、いえ、異星人のしゃべり方が、私を可愛がってくれたおんじ…いえ、牧場主に似ていて…。ぶっきらぼうで素っ気なかったんですが、私にはよくしてくれて…、それに…」

 

 言葉に詰まる凛子。

 

「それに、なんです?」

 

 戸惑いながらも、イチローに言われた通りに正直に答える凛子。

 

「最初は気付かなかったんです。親しみは感じていたんですが。その、思い出すとたまらなくて…。おんじは事故で亡くなってお別れもできなくて、恩返しもしてなかったんです。それと重なって…」

 

呆れたようにため息をつく根米。

 

「それで、確証の無いことに協力を? シレームとザーマックも巻き込んで? 冷静な判断とは言えませんね」

「それは! やらなければ地球が危ないと…! あいつ…、いえ、二人には悪かったと思ってます。でも、巨大化したピューリッタを見た時、できそうだと感じたんです」

 

 根米はまたひとつため息をついた。

 

「それはうまくいったから言える事です。それに、もう協力を決めてからのことですよね」

「…それは、その…」

「正直に言いなさい」

 

 凛子がうつむきながらぽそぽそと力なく説明する。

 

「ピューリッタは、私が牧場で育てていた馬のように思えて、見捨てられなかったんです。それに、秋山さんのような祖父がいたらと…」

 

 根米がタブレットをテーブルに置き立ち上がる。

 

「小山巡査」

「ハイ…」

「それが今回の行動の要因ですか」

「ハイ、そうです…」

 

 肩をすくめ小声になる凛子。

 

「分かりました。結果はどうにかなりましたが、あなたの感情が原因で、巻き込まれた者に犠牲が出たかもしれません。そのことは忘れないように。処分は後日通知します」

「ハイ…」

「下がってよし」

 

 力なく頭を下げ課長室を後にする凛子。

   ×   ×   ×

 キャンプ場前でバスが停車。他の客に続いてバスを降りる凛子。少し周囲を見回してから、管理事務所へと向かう。

 

※20xx/8/15-08:30 キャンプ場の管理事務所

 秋山がデスクワークをしている。ノックがあり凛子が入って来ると、ニッコリと微笑む秋山。勧められソファに座る凛子。秋山は正面に座る。

 

「大変だったんでしょう」

「課長にはさんざんシボラれましたが、首はつながりました」

「そうですか…。よかったです」

「秋山さんもたいした事なくって…」

「米軍からの盗難届も出ていなかったようですし、銃や爆薬の不法所持くらいしか…」

「撃ったのは私ですしね」

 

 秋山、少し笑う。

 

「まぁ、証人のメールもいませんでしたから、襲来がなぜ分かったのかは僕にもわかりません。しかしまた警察の監視対象にはなったようで、周辺はパトカーが日に何度も巡回にも来ます。まぁ、生活は変わりません」

「メールは、どこへ行ったんですか?」

「わかりません。検査結果で、体にいない事を知ったんです」

 

 秋山は仕事をしていた机に戻り、パソコンを打ち始める。

凛子も近くへ行くと、モニターを凛子に向け左手で凛子の頰を触る秋山。ハッとする凛子。その手は青白くなっている。

 その手の色に思い出した凛子。その手を握って秋山を見る。秋山は目でモニターを見るように合図し、口に指を当て黙るよう指示。その右手も青白くなっている。そしてモニターの文字を読む凛子。

「おはよう凛子くん。君の質問に対する答えだが、私とピューリッタは、核になる部分だけが残り秋山の両手に逃げ込んだ。普段は俗に言う仮死状態だ。元に戻るには何年かかかるだろう。この事を知って君が報告するかあるいは黙っているか、私たちはいっさい感知しない。以上だ。なお、この文章は自動的に消滅する」

 読み終えるとモニターの文章は消えていった。

 凛子は秋山の右手を両手で握る。

 

「私どうしたら…。みんなが生きていてくれて嬉しいんですけど…」

「どっちでも大丈夫。そう悩まずに、報告していいんですよ」

「で、でも…」

 

 秋山が凛子の頭を撫でる。

 

「まぁ、なるようになれ、ですよ。たぶん、僕たちはここに居るでしょう」

 

 凛子は秋山の胸に顔を埋め、涙を流している。暫くは二人はこの姿勢でいたのであった。



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捜査報告書 No.10【ビッグスター】- トラ&シロメイン
『ビッグスター』


◎簡単なあらすじ 
 銀河の辺境に地球というまだ未成熟な星が有ると知った二人は、遥遠くのその星を目指す。地球人に、音楽という芸術を広める為に。


     一

 

「「…君を愛してるぅ♪」」

 

 二人の息ピッタリにハーモニーが野外ホールに響き渡った。

 ビリィーン…

 最後にはじかれた弦が、切ない音を出して余韻を残す。

 

「今日は有難う」

「また聞きに来てくれよなぁ」

 

 ステージの上の二人が手を振ってオーディエンスに応えた。

 

「チックショー。今日のオーディエンス。何だアレは」

「全くだね。音楽という芸術を理解できないバカどもだよ…」

 

 舞台裏に下がったとたんに、怒りと鬱憤を晴らすべく二人が叫ぶ。

 野外ホールには彼等の歌を聴きに聞きた客はごくわずか。

 そのほとんどが、偶々通りかかったら演奏をしていたから足を止めた。

 その程度の客だ。

 聞いている間に欠伸をしたり、小首を傾げている者もいて、熱唱したにもかかわらず、拍手の一つもない。

 

「最近の連中は音楽という芸術を理解できないほど感性が乏しいよ」

「オレ達が偉大すぎて、彼等の理解の範囲を超えているわけだな」

 

 そう息巻くが、二人の歌が下手なので反応が悪いのであって、お客は悪くはない。

 

「そうか、ボク達が偉大すぎるのがいけないのか」

「そうとも」

「危うくオーディエンスのセイにしてしまうところだったよ」

 

 良くも悪くもポジティブなところが二人の持ち味だ。

 鼻歌交じりに、楽屋に入る。

 備え付けのディスプレイに新たに銀河連邦に加盟した【地球】の特集が流れていた。

 

「みてよ、地球だってさ」

「新しく連邦に加盟した田舎惑星か、建物も景色も古臭いな」

 

 暫く片づけをしながら映像に見入る。

 

「おい、あれをみろ」

「まじか…」

「なぁ、オレこれ見て、気付いてしまった」

「ああ、ボクも思いついたことがあるよ」

「きっと、オレ達はこの星で音楽という芸術を教える為に生まれてきたんだって」

「ボクも今それを思っていたところさ」

「そうだろう、この辺境の田舎モノに芸術を、いや、心を豊かにする精神を」

「示唆して、成長してもらう為に」

「「いこう地球へ」」

 

 がっちりと手を組む二人。

そして、二人の無謀な旅が始まった………。

 

 

 

「当機はまもなくゲートアウトし、地球への慣性航行に入ります。到着予定は…」

 

 地球の日本を含む一部地域が銀河連邦に加盟してまだ十数年、他の銀河連邦加盟惑星と地球には定期巡航している旅客艇は多くない。

 政府関係、商取引関係、物品輸送が主で、観光における利用は未だ二割を切る。

 地球人の技術では造ることの難しい恒宙艦はものすごく高価で維持費なども合わせると、地球の企業が恒宙艦の就航ビジネスに手を出すのはハードルが高い。

 地球から宇宙への観光客もいないわけではないのだが、庶民に手が届く価格には落ち着くのはまだまだ先の予定だ。

 例え銀河の中心領域にいる先進国であっても、就航本数の少ない現状では、地球へ行くのは少々難しい。

 売れないミュージシャンが、そんなプラチナチケットを買える訳はなく…

 

「腹減ったね」

「言うなよ、余計に腹減る」

「その辺の荷物勝手に開けたらダメかな」

「魅力的な提案だが、どうやってコンテナや木枠に穴を開ける」

「はぁ、せっかく暗いし、寝れば空腹もまぎれるのに、もう、寝すぎて寝れない」

 

 貨物スペースの隅っこで、二人は見つからないように身体を丸めている。

 所謂密航である。

 

「もう少しの辛抱だ。地球につけば美女と暖かいベットが待っているさ」

「それに、食べきれないほどの食事がほしいね」

「そうともさ、オレ達をほっとくわけない」

 

 彼等の脳内ではバラ色の人生が約束されていた。

 ゴン・・・

 小さな衝撃音の後に、小さく船体が振動を始める。

 大気圏降下したことを肌で感じられる貴重な瞬間だ。

 通常の旅客エリアや、一等貨物エリアには振動軽減等の装置が施されているので、それほど不快に感じることはない。

 しかし、三等貨物エリアにそんな装備はなく。

 

「のぉおおおお」

「しぬ、しぬ、しぬ」

 

 固定されていない体は壁やコンテナに打ち付けられ、暫くして急激なGがかかり、体が悲鳴を上げる。

 宇宙に出るまでは転送ゲートをなけなしの金をはたいて利用し、軌道ステーションまで行ったので苦労はなかった。

 出航前にこの痛みを感じていたら、きっと地球へ行こうという野望は消えていただろう。

 

「ボクはもう、ダメだ…」

「あ、諦めるな、きっと…」

 

 そして、二人共あっさりと気を失った。

 

 

 

     二

 

 ピロロン、ピロロン…

 作業開始を知らせる警鐘音が鳴り響く。

 ガゴン!

 エアロックが解除され、外の空気が強めの風となって舞い込んだ。

 

「うッ…」

「なに、え」

 

 警鐘音に振動、打ち付ける風によって、二人は意識を取り戻す。

 

「そうか、オレ達」

「地球についたんだ」

 

 感動のあまりお互いに抱き合って、喜びを分かち合う。

 

「おい、そこ、何かいるぞ」

 

 貨物用扉が眼前に開き、外で待機していた作業員が誰何をあげる。

 

「やべぇ、逃げるぞ」

「あいさ」

 

 二人は慌ててバックと楽器を担ぐと、開いた扉から一気に外に出る。

 地球人の作業員の足元を、小さな影が一気に駆け抜けていった。

 

「おい、まて」

「おい、何か逃げ出した。密航者かもしれん」

 

 空港職員が声を上げ、飛び出した二人を捕まえようとするが、小さく俊敏すぎて、追いきれない。

 職員はすぐさま無線を取り出し、管制塔に連絡を入れる。

 

「勤勉な空港職員。ご苦労」

「だが、ボク達は」

「「一陣の風」」

 

 持ち前の俊敏さで広大な駐機場中央から、入出国ロビーのほうに走り出す。

 センターエリアの職員用通路から警備職員が駆け出してくる。

 警備員がロケット砲のような筒を構えると、引き金を引いた。

 パーンと小気味の良い音共に、捕獲用ネットが広がり、二人の頭上に降り注ぐ。

 

「「ボク(オレ)達は一陣の風」」

 

 息もピッタリに最大級の跳躍を見せると、ギリギリで捕獲網をかわす。

 その後、警備員が追いかけ、捕獲しようとするが、ことごとくかわして扉の開いていたメンテナンスエリアに入り込む。

 

「密航者はどこだ」

 

 二メートルを超える長身。威圧感を覚えるダークグレーの肌に制服越しに盛り上がりが見える筋肉質な肉体、地球人とは程遠い容姿の男性が現れる。

 

「アスワード警部。あちらです」

 

 警備員が、駆けつけたアスワード警部をメンテナンスエリアへ案内する。

 

「やばい、アレはサイード人だ」

「野蛮で凶暴で無慈悲な、アレだね」

「しかも、今アスワードって聞こえたぞ」

「マジかッ、鬼のアスワードってこと。何で地球に」

「やばい、捕まったら殺されるぞ」

「大丈夫、ボク達は一陣の風だ」

「そうだな。いくら鬼のアスワードでも、オレ達を捕まえるなんて不可能だな」

「そうだよ、いくよ」

 

 コンテナを足場にジャンプを繰り返す。高い位置へと進むと、上部側面にある換気口に向かって走り出す。

 

「よし、ここから逃げるぞ」

 

 換気口の虫除け網をけり破る。

 いくら虐殺鬼のアスワードでも、換気口なら小さすぎて入ってこれないはずだ。

 勢い良く飛び込む。コン…

 背中の荷物と楽器が大きすぎて入らない。

 

「くそッ」

 

 無理やり押し込もうとするが、入る様子はない。

 

「やばい、悪魔がやってくる。もう、楽器と荷物を諦めよう」

「なにを言う、命の次に大切なオレの魂だぞ。こんな所に置いて行けるか」

「ボク達の使命は何だ」

「そ、それは…」

「この地球の生きとし生けるものに、音楽という芸術を等しく教えることだろう」

「そうだ、危うく本分を忘れるところだった」

「それにボク達には神業のリズムと、女神のような歌声がある。そうだろう」

「ああ、そうともさ」

「なら」

 

 二人は担いでいた楽器と荷物を捨てる。

 換気口に飛び込んだ。

 ホコリと油と湿気が入り混じり、悪臭に鼻を曲げる。

 

「我慢だ、この先に出口があるはず」

 

 明かりが見え、換気口の中継地が姿を現す。

 

「現在この頭上を通過中。そろそろ見えるはずです」

「催涙用意」

「まさか」

 

 ここから脱出する予定だったが、真下から声がして換気口から大量の煙が入ってくる。

 

「のぁおおお」

「めが、めがっぁぁあ」

 

 仕方がなく、次の換気口を目指して走るが、次の場所でも、また次の場所でも、待ち伏せは続く。

 運良く見つけた、天井裏に抜ける換気口から出る。

 充満していた煙は霧散し、息苦しさからは若干解放される。

 少し休んだ後に、天井裏をさまようが、降りれる場所には待ち伏せがいた。

 

「なぜだ、足音を殺しているのに」

「一体、ボク達がなにをしたって言うんだ」…密航です。

 

 二人は息も上がり、催涙煙攻撃に、生も根も尽きてその場に座り込む。

 未だにあふれ出す涙を手でぬぐう。でも、ジワリとまた涙があふれてくる。

 夢と使命を抱いて、苦難を乗り越えようやく地球にたどり着いたというのに、悪魔のサイード人、鬼のアスワードに追い込ま身動きも取れない。

 きっとこの涙は催涙ガスではなく、悔し涙だ。

 二人は言葉に出さないまでもお互いの涙の意味を悟る。

 

「くそ、ここまで来て」

「何でこんな目に」

 

 天井床の下では、職員がこっちだという声が聞こえてきた。

 咽の渇きも、空腹も限界に近い。

 もう、つかまるのは時間の問題だった。

 

 

     三

 

「あッ。そうか。オレはなんてバカなんだ」

 

 諦めかけたその時、神は彼等を見捨てず、天啓を下す。

 

「………」

「今すぐ、チョーカーを外すんだ」

「まって、これは多機能ユーティリティツールだよ。これを外したら」

「そうだ、ヘルスコントロールはおろか、翻訳機能が失われる」

「それが解っていたなら、なぜ」

「これは銀河連邦が作ったものだ。当然発信機能が付いていると見て良い」

「あっ」

「気づいたか、オレ達が先回りされていたわけが」

「だが、これを失うということは」

「バカヤロー」

 

 頬に強烈なこぶしが炸裂する。

 

「オレ達の使命はなんだ。さっきお前が言ったことだろう」

 

 殴られた頬を押さえながら。

 

「そうだ。確かにさっきボクが言ったことだ。許してくれ」

「いや、オレも強く殴りすぎた。許してくれ」

 

 差し出された手を硬く握り返す。

 

「そうと決まれば」

「ああ」

 

 二人は首のチョーカーを外して、遠くに放り投げた。

 

 

 

「気づかれたようですね」

 

 タブレットを確認しながら警備員が言う。

 

「スマン、小物の捕り物は苦手で、ヘリアンテスならこの手の案件は得意いなのだが」と無念そうにアスワード警部。

 

「ヘリアンテスさんですか、捕まえれたでしょうけど、ええと、その、二次災害が…」

「彼女は優秀だよ。どうしても不幸な部分が目立つだけで。少なからず、密航犯は逮捕して、始末書はなかったと思う。本当に申し訳ない」

「こちらこそ申し訳ありません。自分達も、あんなに小くてすばしっこい異星人想定していませんでしたから」

「彼等が特殊とは言わないが、これで始末書と、次の警備計画の見直しで暫く残業確定だな」

「どちらかというと、メディアとか、SNSでたたかれるほうが今から恐怖ですよ」

「で、検疫的には問題は」

「たぶん大丈夫でしょう。イヤというほど消毒液を掛けましたから。今頃胃や腸まで届いているはずです」

「そうか、なら後はギャラポリの仕事だ。任せてくれ」

 

 アスワード警部は浮遊警視庁に連絡すべくインカムのスイッチを入れた。

 

 

 

 *20xx/3/31-18:45

「久しぶりの肉まん。カレーまん。臨時収入様々だな」

 

 羽咋優杜はコンビニを出て公園抜けながら食べ歩きを始める。

 

『にゃぁ、にゃぁ、にゃぁ』

 

 悲愴な面持ちで二匹の小柄な猫が足元にすがり付いて、泣き声を上げてきた。

 

「もしかして、腹減っている?」

 

 青銀のサバトラ模様の猫と、三毛猫の二匹で、首輪もなく、この辺りでは見かけない。荒れた毛並みから野良猫だろうが、野良にしてはありえない行動に同情心を誘う。

 優杜は中腰でかがむと、手に持った肉まんを二つに分け二匹の前に差し出す。

 

「ほら、お食べ」

 

 二匹は瞳を輝かせながら、肉まんにかぶりつく。

 地球の猫と姿形がそっくりな彼等は、

 サバトラ模様のキジトラ・デ・シルーバと、三毛模様のシロ・クロチャ。

 ミャアタマ人のアーティスト・デュオ。自称、銀河一の音楽家だ。

 故郷の惑星キティンズで、歌も、演奏も、下手すぎて売れなかった彼等は、地球で自分達と同じ容姿の猫がちやほやされている映像を見て、ここなら売れると錯覚。

 密航までして地球にやってきた。

 楽器はおろか、翻訳機能付き多機能ツールまで捨て去り、言葉も分からないまま東京の街を彷徨う。

 そんな彼等がいつか、この地球でトップスターとなり、世間を騒がせる日が来るはず。

 そう、いつか…

 



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捜査報告書 No.11【予備班】- アスワードメイン
#1『坂上と坂下』


◎簡単なあらすじ
 府中警察署地域部の笠間琉也が殺された。
 殺害の手口から異星人の可能性が浮上し、本庁から派遣された外事特課のチームとの
 合同捜査本部が立ち上がる。
 しかし、日本人と異星人との摩擦が深刻な府中市では捜査が難航する。
 その対立は地域社会だけでなく、警察組織内にもあった。


 植木勝は自分の耳を疑った。

 

「署長、今何と仰いました?」

「すぐに本庁(ホンブ)へ連絡。外事特課の参集。そう言ったのだよ、植木警部」

 

 署長―府川警視は、口をへの字にして虚空を見つめていた。

 

「外事特課・・・笠間を殺したホシは異星人だと言うんですか?」

「その可能性がある。ということだ」

 

 殺された笠間琉也は、植木の同期だった。刑事部で出世した植木と違い、笠間は常に良いお巡りさんを続けていた。それだけに周囲の信用も厚く、慕われていた。

 それが、巡回の最中不審な動きをした三人に職務質問をした所、突然刃物で刺された。

 犯人を含む三人は逃走。笠間は病院へ向かう救急車の中で息をひきとった。

 府中警察署の刑事は煮えたぎる怒りを胸に捜査本部に参加した。通常、捜査本部には一線級の職員を投じない。通常業務が回らなくなるのを防ぐ為だ。しかし、今回はベテラン捜査員が笠間の敵をとるべく、率先して参加を申し出てきた。

 刑事課長の植木も予備班として犯人の追跡を開始し、鑑識班からの報告を聞いた。

 司法解剖による結果から、致命傷は二つある創の内、みぞおち付近の刺切創と断定された。要するに鋭利な刃物による刺し傷だが、この報告が問題になった。

 創の形状から、片刃ナイフのような形状の凶器と考えられるが、通常有刃の凶器による刺切創は、刺す時と引き抜く時にそれぞれ皮膚を斬り裂くことになる。

 つまり、刃が付いている方の傷が二つになるわけだが、今回は一つしか傷ができていなかった。

 現場に凶器は残されていない。この報告を受けた瞬間、本部長である府川は、突如異星人犯罪の捜査をする浮遊警視庁の精鋭部隊参集を命じてきたのだ。

 

    ☆    ☆    ☆

 

 植木たちの前に現れた異星人二人は、対照的な印象だった。

 

「カプノスです。階級は警視正。今回の捜査主任補佐を担当します」

「アスワード・マーテン。階級は警部です」

 

 カプノスと名乗った方はデルタ人だった。銀河連邦の中心惑星の人間で、念力が使えるらしく、常に浮いて移動する。頭が異様にデカく、躰の線は細い。

 植木は、こういったエリート然としたタイプがたまらなく嫌いだった。現場の苦労を理解しようとしないことが多いからだ。

 アスワードと名乗った警部は、典型的なサイード人だったが、身長183cmの植木が見上げるほどの巨漢だった。

 植木は、職業柄異星人と関わることが多い。特にサイード人はその人数の多さから、よく見かける。

 府中市は、大きく坂上と坂下に分けられるが、現在は坂下付近に異星人の街ができはじめた。サイード人はその中でも全体の60%を占めるが、アスワードはこれまで出会った中で最も大きい。口角から露出している牙がより一層の威圧感を与えていた。

 

「では、アスワード警部は予備班ということでよいですね?」府川が言った。

「謹んで、引き受けさせて戴きます」

 

 アスワードがすかさず応えた。

 

 ――予備班?

 

「こちらの植木警部も予備班です。二人で連携して事件解決に努めて戴きたい」

 

 アスワードは無言で植木に会釈した。それでも、頭の高さは植木の遙か上にあった。

 この化け物と一緒に捜査するだとッ

 形だけの会釈をしながら、植木は自分の胸に先ほどまでとは別の熱が生まれているのを感じた。

 

    ☆    ☆    ☆

 

 予備班というのは、名前から想像するヘボさとは裏腹に、捜査本部の重要ポジションだ。捜査主任の懐刀となり、情報の交通整理や容疑者等の尋問を行う。

 予備班となったアスワードもまた、その仕事をすることになる。

 アスワードは、報告書をぱらぱらと捲った。

 

「なるほどな」

「何かわかるのか?」

「凶器は発見されていないとのことだったが、現場で凶器を見た者はいないということで間違いないのだな?」

 

 見落としを疑っているのだろうか。

 

「捜査班の報告ではそうだ。異星人が作った透明なナイフがあったというなら、話は別になってしまうがね」

 

 やや皮肉を交えて答える。すると、報告書を捲るアスワードの手が止まり、目線を文面から植木の眼へと移してきた。

 

「いや…」植木は肩をすくめた。「ただの例え話だよ。気分を害することを言いたかったわけじゃ…」

「良い着眼点だ。植木警部」

「…は?」

 

 その時、捜査本部の扉が開き、一人の女性警察官が入ってきた。

 捜査本部の面々が一様にその女を眼で追っていた。見とれていたと言ってもいいだろう。それくらいの美女だった。

 その女は、真っ直ぐに予備班の席へと歩いてきた。神秘的な見てくれとは対照的に、規則正しく響く靴音には、軍人のような雰囲気が混じっている。アスワードの前でかかとを揃え、気をつけの姿勢をとる。ボブカットの真紅の髪の毛がふわりと揺れた。

 

「調査が終わりましたわよ。魔天のおじさま」

 

 紅髪の女が手渡した報告書を受け取ったアスワードは、さっそく目を通し始めた。

 

「その呼び方は改めるよう言った筈だぞ。イグニース巡査」

「はいはい、わかりましたわよ。けーぶ様」

「………」

 

 捜査本部に沈黙が広がった。

 見事に外見と仕草と中身の印象が違う女だ。捜査員の中にも、理想を裏切られたような顔をする者が少なからずいる。

 そんな中、アスワードは読み終えたらしい報告書を机に置き、「やはりな」と呟いた。

 

「わたくしの同族ですわ。恥ずかしながら」

「どういうことだ?」

「犯人の種族と大まかな人物像が判明した。インフェリシタス系異星人の流れ者。年齢は二十代前半から後半。男性」

「氷の神 グラシリスの加護を受けた血筋ですわ。本人は棄教しているようですけどね」

「ちょっと待て、何故そんなことがわかる?」

 

 植木が身を乗り出して質問すると、女が初めて植木の方を振り向いた。聖火のような紅い瞳が植木の眼を覗き込んでいた。

 外見は地球人とそう変わらないが、髪の色以上にその瞳に異質なものを感じた。

 サーモグラフィーで見え方が違うように、自分たちとは見えている世界の景色が違っているような瞳。

 こちらの外見や表情ではなく、内にある精神自体を見つめられているようだ。

 理屈では無く、直感だ。だが、刑事として研ぎ澄ませた嗅覚が警戒を促している。

 

「府中警察署の植木警部だ」アスワードが言った。「私と一緒に予備班として捜査本部に携わっている」

「おや、そうでしたか」イグニースと呼ばれた女は背筋を伸ばして敬礼した。「公安部 外事特課 生活安全総務係のヘリアンテス・ルクサ・イグニース。階級は巡査です」

 ヘリアンテス……たしか惑星インフェリシタスからやってきた異星人捜査官だ。

 前に本庁に配属されるとかで騒ぎになっていたのを思い出した。

 ヘリアンテスは報告を続けた。

 

「わたくし達インフェリシタスの民は、神の加護を持って魔法を扱います。

――このように…」

 

 瞬間、ヘリアンテスの髪に炎が宿り、周囲に西洋の美術館に飾られるような剣が無数に出現した。

 

「なっ…」

「これが消えた成傷器のカラクリだ」

 

 アスワードが言った。

 

「剣を出現させ、笠間巡査に致命傷を負わせ、そのまま引くこと無く消した」

「どこに証拠が?」

 

 植木が言うと、ヘリアンテスがペラペラで青く光るシートを見せてきた。

 

「銀ですわ。純水に浸してわたくし達の剣による創にかざすと、このように変色します。変わる色の種類によって、加護を受けている神様も判別できるのです」

 

 ヘリアンテスは、剣を消し去った。

 

「威力は弱めですわね。筋肉は切り裂けても、肋骨付近の刺突は骨を断てていません。棄教し、神や教会と袂を分かったチンピラのなまくらです」

 

「年齢の件は?」

 

 植木が訊ねると、ヘリアンテスはにこりと笑った。

 

「色の濃度と濁り方からざっくりと」

 

 植木は驚愕せざるを得なかった。残された遺体から得られる情報は極めて多い。しかし、それが異星人に通じるかどうかはわからなかった。それが、創だけでここまでの人物像を特定することができるとは。

 

 やはり、餅は餅屋ということか…

 

「植木警部」アスワードが呼んできた。

「何だ」

「ホシの潜伏場所は何処だと見る?」

 

 植木は少し考えて答えた。

 

「おそらく、坂下だろう」

「坂下?」

「ああ、府中市は地球人や裕福な異星人が住む坂上と、低所得の異星人や地球人が住む坂下に別けることができる」

「ほう」

 

 坂下の街は暴力団や半グレ集団や流れ者異星人の温床となっている。坂上との平均賃貸価格差は約三万五千円だ。空き家に勝手に住んでいる者も大勢居る。ほぼ無法地帯だ。

 

「総人数は把握できていないが、インフェリシタス系の異星人も少なからずいる筈だ」

「充分だ」アスワードが言った。

 

 植木は頷いた。

 

「坂下と言っても広い。的は絞れるのか?」

 

 ヘリアンテスが手を上げた。「インフェリシタス系は、お風呂に入ります」

 

「は?」

「定期的に躰を清めなければ、神から授かった魔力と身の汚れが干渉して、大変なことになってしまうのです」

「…どうなるんだ?」

「色々です。個人差があります」

「話を纏めると」

 

 アスワードが引き継いだ。

 

「ホシは低所得のインフェリシタス。家は水道が引かれていない可能性が高い。そうでないにしても、大浴場を好む彼の種族ならば、銭湯を定期的に利用している可能性は極めて高い」

「――毛髪か?」

 

 アスワードが頷いた。「先ほどと同じ要領で銀紙をかざし、色や濃度が一致すればホシと特定できる」

 アスワードは立ち上がった。

 

「地取りの班分けを行う」

 

 植木は身を固めた。他の府中署の捜査員も同様だった。

 

「府中署の捜査員と、浮遊警視庁の捜査員でペアを組んで貰う。特に、ベテランの捜査員は私の部下である外事特課のメンバーとだ」

「…ちょっと待ってくれ」

「どうした?」

「こっちの地取りは、基本的に府中署の捜査員でペアを作りたい。やれても、刑事部のメンバーとだ」

「理由は何だ?」

「府中市の治安は、異星人が来てから劇的に悪くなった。捜査員の中にも、異星人に対して良くない感情を持っている者が大勢居る」

「そんなことを言っている場合じゃあないと思うのですけれど?」

「言いたいことはわかる。だが、今回は異星人に俺たちの仲間が殺されているんだ。あんた達は知らないだろうが、殺された笠間って男は…」

 

 言いかけた時、アスワードが手で制した。

 

「言い分はわかった。まともにコミュニケーションが取れないようでは、コンビを組む意味が無い。円滑に捜査できるよう、提案を呑むことにする」

「…感謝する」

「方針は決まったようだね」

 

 カプノスがゆらりと席を立った。アスワードに耳打ちをするように話しかける。

 

「私は戻るが、何としても挙げろよ」




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

 ○アスワード・マーテン(45)※
  警視庁 公安部 外事特課 強行犯捜査
  第一係 係長。階級は警部。

 ○植木勝(42)
 府中警察署の刑事課長。階級は警部。
  捜査畑一筋のベテラン

 ○笠間琉也(享年42)
 府中警察署 地域課の巡査だった。
  巡回中、天河組の手によって命を落とす

 ○カプノス(44)※
  銀河連邦首都が存在する星デルタの人間。
  
 ○府川忠治(30)
  府中警察署の署長職に就いている、キャリア組。階級は警視。


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#2『熱気』

 異星人向けに解放している銭湯の調査を終えた鑑識班が戻ってきた。

 

「ヘリアンテス巡査より教えて貰った方法で調査したところ、三件の銭湯で一致する毛髪を発見することができました」

 

 捜査本部に「おおッ」という声が広がった。

 

「坂上地取り班です。犯行前後で銭湯を利用している者に変化はなく、聞き込みを続ければ犯人特定ができそうです」

 しかし、坂下地取り班からの報告では、有効な証言が得られなかった。

 

「どうみる?」

 

 植木は溜息をついた。

 

「坂下の横のつながりは強い。警察というだけで目の敵にして、何も答えやしないんだ。俺たちが行っても無駄だが、あんたらならもしかしたら。と思っていたんだがな」

「そこまで深刻なのか?」

「言葉と文化の違い、色々な摩擦があった。俺たち警察官も、余計な刺激を与えたくなかった」

「坂下の交番は機能しているのか?」

「あまり効果は無いな。交流も皆無と言って良いだろう。互いに踏み込まず。そうやって摩擦を避けていなければ、色々な事件が起こっていただろう」

 

    ☆    ☆    ☆

 

 捜査本部が立ち上がってから、一週間が過ぎた。最初と違い、まったく有効な情報が上がってこない。

 府中市の坂上と坂下の溝。それが痛かった。

 聞き込みをする側から逃げてしまうのだ。

 棲み分けをすることで、一応の平和を維持していた。だが、それは互いの領域への無関心へと繋がっていたのだ。たかが坂一つを境に、地球と異星のような距離を生み出しているのか。

 苛立ち、焦り、そういったものが汗に混じり、からみつくような熱気となって捜査本部を包み込んでいる。

 

「まさか、もう逃亡してしまったのか?」

「いや、まだいるはずだ」

「何故そう言い切れる?」

「今あの連中が逃亡するとすれば、異星へ逃れるしかない。航空ルートは別の捜査員に抑えさせている」

 

 その日の会議が開かれた。カプノスは、本庁から通信で参加した。席にホログラフで姿が投影されている。

 

「やれやれ。この会議も進展がありませんね」

「皆頑張っている。追い打ちを掛けるような真似は控えて頂きたい」

「私の貴重な時間を使っているのだよ、警部。反論するのであれば、成果を見せ給え」

「承知しております」

 

 ここ数日の通り、何も無い報告が続いた時だった。

 

「鑑取り班です。その…」

 

 何か言いにくそうにしている。

 

「どうした? 早く報告しろ」

「はい。ホシの背後関係を洗っていたのですが、連中は…天河組の構成員の可能性があるのです」

「何っ」

 

 捜査本部に動揺が走る。植木の目の前も真っ暗になった。

 天河組は、浮遊警視庁と銀河連邦が全力を持って壊滅に取り組んでいる宇宙を股に掛ける暴力団だ。

 犯人がその人間ともなれば…

 

「はははははっ」

 

 カプノスが突然笑い声をあげた。

 

「これは愉快だ。ええ、アスワード。これは何としても挙げねばならんぞ」

「どういう意味ですかな?」

「犯人の身柄は、銀河連邦に引き渡す」

 

 カプノスの言葉に、捜査本部にさらなる動揺が走った。

 

「貴様の失点の回復にもなるぞ。気合いを入れることだな」

「身柄を引き渡す…」

 

 そうなれば、尋問も裁判も地球外の案件として処理される。

 府中警察署の……日本警察の手で敵を取れなくなる。

 

 アスワードの表情は変わらなかった。



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#3『狩りの時間』

 捜査会議は、絶望の色を残して終わった。

 植木は、休憩室でブラックの缶コーヒーを胃に流し込んだ。ウイスキーが飲めるなら、それにしたいくらいの気分だった。

 懐から、写真を取りだした。笠間のものだ。 いつも街を巡回していた笠間。府中の安全を・・・いや、笑顔を守っていた。この街からあいつを奪った犯人の処罰を地球でできなくなる。それが悔しかった。

 拳を机に叩きつけた。

 

「人に慕われる人物であったようだな。笠間巡査という警察官は」

 

 アスワードだった。

 

「何の用だ?」

「……」

「ホシは銀河連邦の預かりになるんだろう? 捕まえることができればの話だが」

「必ず捕まえる」

 

 植木は鼻を鳴らした。

 

「この前聞いたぞ。あんた、浮遊警視庁に入るに当たって、結構無茶をやらかしたそうじゃないか」

「……」

「エリート様の挫折ってやつか? 早く名誉を挽回して、本部に返り咲きたいだろうな」

 

 植木の携帯が鳴った。

 

「植木だ」

『警部。地取り班の前田です』

「どうかしたか?」

『聞き込みを続けていた所、異星人の無銭飲食に遭遇しまして』

 

 植木は溜息をついた。

 

「交番に引き渡せ。捜査が先だろう」

『それが、その異星人が興奮して、私が持っている笠間巡査の写真を指さして何か叫んでいるんです』

「なんだとっ」

 

 取調室に連れ込んだサイード人は、ゼナ・カァブという名だった。

 話は同じサイード人のアスワードが担当した。

 

「へへへ。同族に会えるとは思いませんでしたぜ。いや、そんなに飲むつもりじゃなかったんでしたがね、ちょっと懐具合を…」

「何故笠間巡査を知っている?」

「ん? まぁ、何度か道ばたで見かけているもんでね。ほら、お巡りでござんしょ? あの地球人」

「話をしたことがあるのか?」

「ええ、妙な地球人でしてね。何処からかサイード語を学んで、話しかけてきたんですよ。ああ、他の言語も使ってやがりましたね。片言で下手くそでしたが。だから…色々と相談に乗ってもらうこともあってですね。…あ、これは仲間には言わないでもらいたいんですよ。官憲と話しているなんて知れたら、色々やりにくいもんで。まぁ、あの官憲に相談すれば、無銭飲食の罪も誇張されること無いかなと期待してのことでござんす」

「……」

「で、笠間さんはいらっしゃらないんで?」

 

「笠間巡査は」アスワードは言った。「先日亡くなった」

 

 ゼナの動きが止まり、顔色が変色した。

 

「旦那、おいらちょっと耳が悪くなったみてぇだ。もういっぺん言ってもらえるかい?」

 

 植木とアスワードは眼を見合わせた。

 

「溝に橋を架けようと、一人戦っていた男がいたらしいな」

 

 植木は壁を思いっきり殴りつけた。

 誰も坂下の異星人とコミュニケーションをとろうとしていなかった。署内にも、不用意に近づくと怪我をすると、行く事を躊躇う風潮があった。

 そんな中、たった一人彼らの話を聞こうとしていたのが、笠間だった。やつが守ろうとしていた街、笑顔。それは地球人だけではなかった。異星人も街の一員、同じ府中市の民。そんなことを考えて仕事をしていたのだ。昇進もせず、日々不器用に彼らの言葉を密かに覚えながら…

 

 ゼナの協力により、ホシの素性・素行・交流関係が判明し始めた。

 

『ホシの出入りしていたスナック、キャバレー、バイト先など可能な限り調べましたが、行方を知っている者はいません』

「壁は調べたか?」アスワードが言った。

『え?』

「連中はインフェリシタス系だ。魔法を操る」

『それが何か?』

「ホシの一人はリフォーム会社でアルバイトをしていたとあった。出入りしていたスナックの内装工事にも関わっている。空間を歪ませ、隠し部屋を作っている可能性がある。会議でも言っておいたはずだ」

 

 別の者が出た。

 

『自分が調べました。警部の仰るマークは存在しません』

「無地だったか?」

『いえ・・・ごく細かい模様はあります』

「遠くから眺めてみろ。壁全体で以てマークとしている可能性もある」

『・・・わかりました』

「あんたも必死だな」

「・・・仕事なのでな」

 

 仕事・・・か・・・

 それは植木達府中署の署員も同じだ。しかし、この捜査がどのような結末を迎えても、自分たちの望む物にはならない。

 自分たちは利用されているだけだ。それが地球人捜査員のモチベーションを著しく下げている。

 席を立ち、喫煙室でたばこを吸った。

 

「植村警部」捜査班の一人が来た。

「何だ?」

「アスワード警部の事ですが・・・」

「ん?」

「正妻を亡くされているのはご存知でしょうか?」

「そうなのか?」

「その犯人は、天河組らしいんです」

「なんだとッ?」

 

 あの執念はそういうことだったのか。

 席に戻ると、新たな無線が入っていた。

 

『犯人らしき人相を見たという情報が入りました』

「どこだ?」

『府中駅側の並木通りです』

 

 難しいと植木は思った。

 この時間の府中市は、街灯の少なさの割に人通りが多い。見つけるのは困難だ。

 

「見つけ出せ。但し捕らえるな。仲間の居所まで追跡しろ」

『この人数の中をですか?』

「できる」

『――っ』

「やれ」

『・・・・・・了解しました』

「見つかるか?」

「見つける」

「なぁ、俺たちはあんたの駒じゃない」

「・・・」

「殺された笠間はみんなに慕われていた。太陽のような男だったんだ。みんな自分たちの手で捕まえたいと思っている」

「当然だろう」

「しかし、あんたとしての立場もあるだろう。・・・その、個人的な想いも。だから、力を貸して欲しい。せめて、銀河連邦じゃなくこの捜査本部の者の手で捕まえたい」

「もう一度言うが、当然だ」

『ホシを見つけました』

「どこだ?」

『例のスナックの前です』

「ママは知らないんじゃなかったのか?」

「情婦なのだろう。隠していたんだ」

『警部の仰るマークは存在しました。隠し部屋も発見済みです』

「やった」とそこら中から聞こえてきた。

 

 捜査本部の熱気が変わった。沸き上がる熱い血潮の熱だった。

 

「すぐに向かう。やつらは魔法を操る。決して先走るな」

『了解』

 

 府川署長が捜査員を召集した。

 

「えー、これからホシの確保に向かいます。しかし、相手は異星人であり、ヘリアンテスさんの証言によれば、極めて危険な状態になっているとのことです。そこで、本作戦の指揮はアスワード警部にとって貰うこととします。では、アスワード警部。一言」

 

 アスワードが府川からマイクを受け取った。

 

「現刻より、ホシの逮捕に向かう。しかし、抵抗が予想されるので、戦闘は私とその部下で行う」

 

 予想通りの言葉だった。捜査員にも諦めの表情が浮かんだが、せめて地球で逮捕できるという安堵もあった。

 

「・・・これから話す内容は重要なので、心して聞け」

 

 植木も、捜査員も首をかしげた。

 

「戦闘は私たちが行うが、犯人三人に手錠をかけるのは、この府中警察署の職員で行う。これは命令である」

 

 その言葉に、植木は絶句した。他の皆も同様だった。

 

「殺害された笠間巡査の経歴を見た。華やかさこそ無いが、地域の平和を守るため、常に前向きに職務に励んでいた。有給はほとんど取らず、風邪等による欠勤は皆無だった。関わった地域の声も聞いた。皆名前を覚えていた。いつも助けられたと言っていた」

 

 全員がアスワードの言葉を驚きの表情で聞いていた。涙を浮かべる者もいた。

 

「その彼を、奴らは奪ったッ」

「――っ」

「その弔いは、この署の同じ屋根の下、職務に励んできた同胞の手によって行われなければならない」

 

 皆引き寄せられていた。アスワードの声に、その力ある瞳に。

 

「この一週間、諸君等は街中を歩き回り、情報をかき集めた。何の為か? 全てはホシ三人を腰縄を掛けて引きずり回し、この地球の法廷に立たせ、犯した罪に等しき罰をその魂魄に刻みつける為である」

 

 捜査員全員の瞳に、炎が宿った。熱くなったエンジンのように、走り出す時を待っている。

 

「狩りの時間だ。諸君等は猟犬である。罪を犯したチンピラの喉元に、鍛えた牙を突き立てろッ」

 

「「「「応ッ」」」」



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捜査報告書 No.12【秘密会議】- 羽咋優杜メイン
『秘密会議』


◎簡単なあらすじ
 高岡高校も新年度を迎え、弱小部の存続を賭け、新たな部員獲得の為、作戦会議が始まった。


 *20xx/4/5-16:00

 

「諸君。集まって貰ったのは他でもない。今年もとうとうこの時期が来てしまった」

 

 締め切った薄暗い室内で、黒縁メガネをかけた男が重々しく口を開く。

 

「部長、今年こそは」隣の凛とした女生徒が悔しさをにじませるように言う。

「ああ。去年の雪辱を晴らす時だ」

 

 擬似蝋燭の明かりが、部長と呼ばれた男…新田豊の顔をぼんやりと映し出す。

 両手を組み、口元に宛がう。事の深刻さを強調したしぐさに、室内のほぼ全員が息を飲む。

 

「では、議題というのは…」

「もちろん新入生部活紹介イベントについてだ」

「おおっ」複数の声が相槌を打つ。

 

 彼等がいるのは高岡高校の校舎の四階に位置する教室の一つ。

 その室内には円卓状にに並べられた学習机に五人の男女。外からの光を嫌うかのごとく、厚めのカーテンが外側の窓だけではなく、廊下側の窓にも全て取り付けられている。

 

「去年は保守派の前部長達に邪魔されたが、今年は違う!我々がついに最上級生となり、【宇宙人研究部】が新入生を大量獲得して…」

「部長!」

 

 男子生徒が突然声を上げ、新田部長の演説を止める。

 

「羽咋研究員。発言を許可した覚えはないが、今日は気分が良い。特別に許可しよう」

 

 羽咋優杜は椅子を押しのけて立ち上がると、

 

「ここは天文部です。宇宙人研究部では有りません。週明けの…」

「まったッ!」

 

 新田部長が手を突き出し、優杜の言葉をさえぎる。

 

「確かに、ここはかつて天文部だった。いや、今はまだ書類上は天文部だ。だが、部員が五人に満たない場合どうなる」

「同好会に格下げ、もしくは廃部となります」

 

 事務的に三年女子の窪内が応える。

 

「有難う窪内さん。確かに去年までは、我々は天文部に依存していた。か弱い存在だ」

「部長、仕方がありません。我々の先進的な考えを理解しない教師しかいないからです」

「パイオニアの悩みというやつだな。なら、確認を取ろう。ここが天文部だと思うものは」

 

 優杜がそっと手を上げる。

 

「では、宇宙人研究部だと思うものは」

 

 優杜以外の四人が元気に挙手をする。

 

「羽咋研究員。多数決の暴力ですまないが、五人のメンバーが必要な状態で、どっちが主か従か、分からない歳でもあるまい」

 

 勝ち誇ったようにメガネのブリッジを押し上げて正す。

 

「でも…」食い下がろうとする優杜。

「羽咋君。今ここにない副部長を合せても、天文部員は二人だ。天文ブームも去って生徒数も少なくなった昨今、新一年生を三名以上集める自信があるなら、今すぐ退席してもらって構わない」

 

 強めの視線が優杜へ集中する。

 眼力に脅えるように、優杜は身を小さくして開きかけた口を閉じた。

 勝ち誇ったように新田部長が頷く。

 

「異論は無いようだな、賢明な判断感謝する。先の通り部員の確保が最重要課題だ。この際、幽霊部員でも何でも構わない、大量獲得しなければ我々に明日はないのだ」

「部長。自分は誰でもかまわないというのは反対です」

 

 二年の男子、菊本が大声を上げて反論する。

 

「私もです。出来れば志の高い新入生に来てもらいたいです」

 

 窪内も当然とばかりに言う。

 

「そうです。一番いただけないのは、中途半端な自称オカルトやろうです。今や、宇宙人はオカルトではないというのに」

「言いたい事は分かる。だが、我が高校にオカ研がないも事実だ。オカルト好きも受けいれようではないか、誤解を解く時間はこれからたくさん有るのだし」

「部長、言い方を間違えました。普通のオカルト好きは理性的で僕も大歓迎です。問題はゾンビやヴァンパイアなど、アニメや映画などで本来の意味を創作によって捻じ曲げられた存在に興じ、さもそれがオカルトだという、勘違い自称オカルトやろうです」

「確かに彼等は性質が悪いですね。映研やアニ研があるのになぜオカルトの門をたたくのでしょうね」

 

 ため息混じりに窪内さんが言うと、優杜以外が全くだと言わんばかりに大きく頷く。

 

「わかった。菊本研究員の懸念はもっともだ。そういう新入生が来たら、映研あたりを勧めることにしよう」

「よろしくお願いします。部長」

 

 言いたい事を吐き出したのか、すっきりした表情で菊本は前のめり気味だった体を元に戻す。

 

「話を戻そう、新入部員大量獲得に一番良いのは宇宙人をゲストとして呼んだり、顧問として招聘出来れば問題ないのだが、誰か何かよいアイデアはないかね」

「谷中銀座の異星人街アーケードに行って誰か演説してくれる人を探してきましょうか?」

 

 優杜の隣、二年の男子の中山が恐る恐る提案する。

 

「ふむ、あそこの住人は気前が良い。だが、無償で高校の新入生部活紹介に参加してくれるだろうか」

 

 書類上は天文部だ、それ以外の活動に部費は認められない。

 それでもなくても、有料でゲストを呼ぶだけの財力はない。

 

「私、守銭堂の主人と仲が良いので、一度頼んでみましょうか」

「守銭堂の主人か…、確かに引き受けてくれるだろうが、インパクトと一般人受けがなぁ」

 

 全員がジャバザハットのような腹の出た爬虫類の姿を思い浮かべる。

 情報番組などで親日派の異星人として、お店と共に良くテレビに取り上げられる為、知名度は問題ないが、あまり見てて親しみを感じる容姿ではない。

 

「どこかに、カリスマ性の高い宇宙人はいないものかね」

「部長、ならウズノメ人はどうでしょう。容姿端麗で我々地球人も惚れ惚れする歌声の

持ち主。ウズノメ人ほどこの事態に適任なのは居りません」

 

 異星人の好みが美的重視派の菊本が再び前のめり気味に発言する。

 彼は異星人をアイドルのように神格化し愛情を注ぐアイドル系異星人オタクだ。

 

「悪くはないが、ウズノメ人は我々日本人と容姿が似ていて、インパクトにはかけないか」

「そうですよ、異星人といえばどんな過酷にも孤独にも耐えれそうな、屈強さが必要です。私はサイード人のほうが適任だと思います」

 

 異星人の好みが肉体重視派の窪内が今度は声を上げる。

 彼女は普段から屈強な異星人と結婚して銀河玉の輿に乗って見せると嘯いている。

 

「特にギャラクシーポリスのアスワード警部なんか最高です。ふっ、ふふふ…」

 

 彼女が一瞬でなにを想像したのか不明だが、今までの凛とした表情が大きく崩れる。

 

「ギャラクシーポリスで呼ぶなら、インフェリシタス人のヘリアンテスさんでしょう。広報ポスターなどにも出ていて認知度が高い。何より美人です」

「なにをいっているのッ…」

「あのう、どちらも有名人ですが、どうやって呼ぶんですか」

 

 控えめに手を上げつつ中山が二人の間に割ってはいる。

 

「よし、嘘の通報をすると言うのはどうかね。学校に宇宙人が襲ってきたと。問題は…」

「どの宇宙人がやってくるか分からない事ですね」

「全くです。アスワード様なら兎も角、ゴンジーマ人の怪物が来た日には目も当てられません」

「えっ、問題点そこですか」

 

 異星人オタク達の言葉に、思わず突っ込みを入れる優杜。

 三人の視線が優杜を見ると、なにを言っているんだという表情を造る。

 

「ここはどうでしょう、天河組が襲ってきたというのは、高確率でアスワード様に来て貰えます」

 

 天河組は異星人と日本のヤクザが混ざり合って出来た暴力団で、ギャラクシーポリスも手を焼いている組織の一つだ。

 

「良いアイデアだが、必然性に掛けて嘘だとばれないかね」

「大丈夫です、いたいけな生徒が人質になっているといえば、子供好きと噂のあるヘリアンテスさんが駆けつけてくれるはずです」

「人質作戦か、確かに悪くない。よし、その線で行こう。後は天河組のどの宇宙人が襲って来た設定にするかだな」

「待ってください、本気でやる前提で話してませんよね。これ、冗談ですよね」

 

 優杜は慌てて立ち上がって会話の流れを止めようとするが、もうそこに彼がいないかのように彼等は話を続ける。

 

「この際ですから、敵役は部長の好きな宇宙人をどうぞ」

「自分の好きなか…、好きなだけで言えば、ゼライス人が好みなのだが、逆に好きな宇宙人を代役といえ犯罪者にするのもな」

「ゼライス人ですか、また渋いところを…」

 

 ゼライス人はゼリー状生命体で、体内に発光器を持ち、光の強弱等で会話をする珍しい異星人だ。

 

「だったらこんなのはどうでしょうか…」

 こうして、彼等の異星人議論暴走は続き。

 

 

 

「おい、お前等、下校時間はとうに過ぎているぞ」

 

 激しい音を立てながら部室のドアが開かれると、顧問の天野先生が大股で入ってくる。

 

「ほら、片付けて帰った、帰った」

 

 そう言いながら、暗幕用のカーテンを次々に開けて行く。

 外は既に薄暗く、街灯の明かりがうっすらと見え始めていた。

 

「チッ、良いところであったのに」

 

 文句を言いながらも全員が立ち上がり、かばんの置いてあるロッカーへと向かう。

 

「そうだ、羽咋」

「はい」

「週明けの部活説明会、お前が出ろ。担任の先生には話しておくから」

「「待ってください」」優杜と新田部長の声がハモるが意味は異なる。

 

 何か言いかける二人を手で制して天野先生が、

 

「極度の上がり症の井上に部活紹介なんて出来るわけないだろう。天文部です、天体観測とかしてますだけで良いから」

「先生、それなら部長として自分が」

「井上があんな性格だから新田を部長にしただけだ。人権、この場合は異星人権とでも言うのかな、を無視したなぞの活動を公式に認める分けなかろう。何人集めようがここは天文部だ。分かったらさっさと帰れ」

 

 そう言って生徒を追い出すと、ぴしゃりと扉を閉めて鍵をかける。

 こうして全員が肩を落とし、虚しく帰宅するなか、見送る天野先生の瞳が一瞬だけ地球人にはない不思議な光彩を放った。

 

 

 



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【おまけ ギャラポリ放送局 第四回】
『みなさん、大変です!今回の放送はピーがピーとなって××になっちゃうんです』


「宇美と」

「佳和の」

「ギャラポリ放送局!」

「こんにちは~。もうすっかり夏ですね。熱中症に気を付けてお過ごしください。ギャラクシーポリス広報課の星乃宇美(ホシノウミ)です」

「紫外線と暑さでバテ気味のモロコシフラワー星出身の永遠の17才。天野佳和(アマノカワ)です」

「佳和さん暑さに弱そう。向こうは年中温暖って、お話でしたもんね」

「そうなんですよ。こんなに暑いと、お客さんの反応も悪くて…」

「何でも汗をかけないみたいですね。この前一緒にスパに行った時も…」

「汗はかきますよ。ただ、人間みたいに体温調整機能がないんですよね」

「そうなんですか?」

「はぁ、はぁ…ダメ…私、もう無理…」

「わわっ、すごい汗。顔も真っ赤になって、大丈夫ですか?」

「演出です。汗と涙は自由自在です」

「もうっ、心配したじゃないですか」

 

~ギャラクシーポリスからのお知らせ~

 「パパ~、空から女の子が!」

 「パパは今、忙しんだ。ママに聞いて」

 「ママ~、空から女の子が!」

 「ママは今、手が離せないの。パパに相談して」

 「え~、じゃあどうしよう…」

 「そ~んな時!」

 「これまでの常識では考えられない、奇妙なことに遭遇したら#○○110のギャラクシーポリス相談窓口へ。尚、緊急時には110をご利用ください」

 

「それでは今回も張り切って参りましょう」

「週刊ギャラクシーニュース!」

「まずはニュース速報です。今朝発生した幼稚園バスハイジャック事件ですが、犯人のショリータ星人が投降しました。投降した理由は現在聞き取り調査中ですが、犯人が異星人だと判明してギャラクシーポリスに応援を頼んだところ、犯人の態度が一変、『奴が来る前に』と投降したとのことです」

「犯人さんが賢明で助かりました。もしすぐに投降していないと、今頃は大変なことになっていたでしょうね。でも何故幼稚園バスを?」

「惑星ショリータでは子供の涙が美味とされており、最近地球産の子供の涙が特に高額で取引されているとのことです。ただ、最近では涙の回収が難しく、効率的に涙の回収をしようと幼稚園の送迎バスを狙ったものではないかと思われます」

「またずいぶん無謀なことをされましたねぇ」

「計画もずさんですし、警察ではその背後関係もこれから調べていくところです」

「放送をお聞きの皆さんも犯罪は決して行さないように」

「ギャラクシーポリスは優秀なメンバーがそろっています。どんな犯罪も見逃しません」

「以上、ギャラクシーニュースでした」

 

「お隣の異星人さんって、どんな人?」

「このコーナーは地球で生活している異星人さん達の生活や習慣、特性をお聞きするコーナーです」

「今回のゲストは戦場に咲く一輪の薔薇、ギャラクシーポリス生活安全総務係のインフェリシタス人のヘリアンテスさんです」

「…なんですが、少し遅れているようですね」

「ギャラフォンのGPSによると、もう近くまで来てはいるようですよ」

「今受付から連絡がありました。間もなく到着とのことです」

「仕方ありませんね。それではヘリアンテスさんがいらっしゃるまで、私の歌でも…。聞いてください、永遠の17歳、天野佳和の代表曲、『あなたの心にチェックイン!』」

「ちょっ~と、お待ちなさいっ!」

「わわっ、ヘリアンテスさんっ!?どうしたんですか?服もずぶ濡れでぼろぼろじゃないですか」

「ちっ、もう少しで歌えたのに…」

「それが、放送前に緊急出動があって…」

「今朝の幼稚園バスハイジャック事件ですね。事件はギャラクシーポリスが到着する前に犯人が投降したと…」

「さっき、ニュースで放送しましたよ」

「それがひどいのよっ。事件はすでに解決したの一点張りで、現場は解散、子供たちにも会えずじまいですわっ」

「あらあら、犯人さん以上に警察も賢明ですわね」

「何かおっしゃいまして?」

「ほらっ、佳和さん」

「ほほほほほ。でも、何故そんなにぼろぼろに?」

「それが、甘いものでも食べて落ちつこうとカフェに入ったんですけど…注文は忘れられるし、近くの幼稚園では運動会やってるし、ギャラフォンをカフェに置き忘れたことに気がついて取りに戻って、あわてて駆け付けてきたら、最後はゲリラ豪雨に落雷直撃ですわっ」

「相変わらずの不幸体質ですね」

「一部自業自得に思える部分もありますけど…」

「それより、先ほどのお知らせ、あれはどういうことですの?」

「どういうこと?と申しますと?」

「何かおかしなところありました?」

「男の子の連絡先ですわっ、連絡先。ああ、空から女の子だなんて、なんて羨まし…いえ、この男の子の純粋な悩み事、淡くて切ない少年少女のボーイ・ミーツ・ガール、これこそ私にふさわしい案件ではなくて?」

「まあ、あれはお知らせ用のフィクションですから」

「まずは相談窓口で受けて、内容によって然る部署で対応ですね」

「だまらっしゃい。これだから日本の警察は対応が遅いと言われるんですわ。放送を聞いているお坊ちゃま、お嬢様~、みんなの悩み事はヘリアンテスお姉さんのギャラフォン、030の…」

「ストーップ、ストーップ!」

「個人のギャラフォンの番号を公共にさらすのは規律違反ですよ」

「いいえ、将来を担うお子様たちのためですわ。みな様、メモのご用意はよろしくって?私の番号は…」

 

 ピーッ、ガーッー

 

「なっ、なんですの?」

「なんだかマイクの調子がおかしいみたいですね」

「とりあえず、一旦マイクの電源を入れなおしてみてください」

「あら、今度は電源が入りませんわよ」

「故障でしょうか?」

「それじゃあ、わたしのマイクを貸しましょう。私たちは二人で使いますから」

「ありがとう。えっと、なんでしたっけ?」

「自己紹介、自己紹介をお願いします」

「そういえばまだでしたね」

「それではみなさま、開始から大分時間がたってしまいましたが、改めまして。今回のゲストは警視庁 公安部 外事特課 生活安全総務係のインフェリシタス人のヘリアンテスさんです」

「ぱちぱちぱち~」

「えっと…コホン。生活安全総務係のヘリアンテスです。地球の皆様の生活の安全と平和を守るため、惑星インフェリシタスのイグニース王国から来ました」

「そんなヘリアンテスさんにはファンも多く、今回ゲストにいらっしゃるということで、多くの応援メッセージが届いています。今日はその中の一部を紹介いたしましょう」

「こちらは文京区の小学一年生の男の子からのビデオメッセージです」

「あら、まあ。なんておいしそう…いえ、利発そうなお子様」

「放送をお聞きのみなさまには映像がお見せできなくてすみません。音声のみお楽しみください」

「それでは再生しますね」

「さっ、早くなさい」

「ヘリアンテスさん、目が血走ってますよ」

 

 ピッ

 

『ヘリアンテスのおねえちゃん、こんにちは…』

 

 ピーーーーーッ

 

「あら、動画止まっちゃいました」

「『このファイルは破損しています』って、出ていますね」

「もうっ、どうなってますの」

「大丈夫ですよ。他にもいっぱい来ていますから。別のにしましょう」

「あっ、佳和さん、その動画は…」

 

 ピッ

 

『はぁ、はぁ、ヘリアンテスさん、いつもニュースで拝見して応援しています。ぼっ、僕はカメラが趣味で、ヘリアンテスさんの情報を見つけては、いつも現場に駆けつけているのですが、なかなかタイミングが合いません』

「なっ、なんですの?この暑苦しそうなおじさんは」

「あちゃあ~」

「まあ、熱心なファンさんですこと」

『でも、この前やっとお会いすることが出来ました。ただ、その時にちらりと見えた下着はヘリアンテスさんのイメージ゙とちょっと違うかな?と。僕のイメージとしてはもっと清楚な…あっ、これはその時に撮った写真を拡大したものですが…』

「汚らわしいっ、成仏なさいっ」

「だめっ、室内で炎の魔法は!」

 

 ジリリリリー。

 

「大変だっ!スプリンクラーが作動したぞっ」

「機材が水浸しになるっ!退避だっ。早く機材を避難させるんだ!」

「放送をお聞きのみなさま、申し訳ございませんが、今回の放送はこれで中止ですっ。また次回!」

「やっぱり、ヘリアンテスさんが来ると無事には収まりませんね」

「もうっ、信じられませんわっ」

 

~♪エンディング~



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捜査報告書 No.13【赤の軌跡】- 倉林美希メイン
#1『直径6.5ミリの繁華街』


 繁華街はいつも通り賑わっているようだった。耳に届くのは客引きと酔っ払い、夜の店に誘う女の喧噪だ。

 バケツをひっくり返したような雨が降る金曜日の二十五時。遊び足りない大人達は、日本で最も稼げるこの街で、稼いだ金をバラマキながら経済を回している。

 バーで異星の高級な酒を飲んでいるのかもしれない。大衆居酒屋で決起会を開いているのかもしれない。スナックでのど自慢大会を開いているのかもしれない。大人の店でハッスルしているのかもしれない。

 しかし、私は彼ら彼女らが何をしているのか、いかなる様子か知る由も無い。

 私は五時間前から同じ姿勢で同じ景色を見つめている。

 ススだらけの高層ビル屋上。黒い雨合羽に身を隠し、うつ伏せの姿勢で雨に打たれている。

 

「――っ」

 

 小さく息を呑む。

 500メートル先の雑居ビル入り口。

 直径6.5ミリの視界の中、豊和M1500の銃口が狙う先で、待ちに待ったターゲットが現れた。

 

     ◇   ◇   ◇

 

 入り口を蹴破るように入ってきた二人組は、カウンターをたたき割る勢いで腕を振り下ろした。

 

「ニホン人。ミカジメ料……ダセ」

「俺タチ。ココガナワバリ。オマエタチヲマモッテイル。ダカラ、オマエタチハ俺タチニカンシャスルアタリマエ。金ヲ出セ」

 

 額に浮いた汗を拭いた。

 

「――お断りします。あたな達のことなんて存じ上げませんし、そもそもみかじめ料の徴収は法律違反です。……日本の法律は知っているんですよね?」

 

 二人の異星人は顔を見合わせた。緑色の肌と異様に大きい楕円形の眼が目を引く。

 鼻と耳に当たる部分が無い代わりに、頭頂部に二本生えている触手がクルクルと回っている。考え事をしているのかもしれない。

 

「ホウリツ……聞イタトキアル」

「ニホン人がマモッテイル決マリ事ダナ」

「そうです。法律を守らないと、警察に捕まるんです。わかりますね?」

「ルクスタニハ関係ナイ」

「……え?」

「オマエタチガホウリツを守ルノハ勝手ダ。ダガ、俺タチハ従ワナイ」

「俺タチハヤラナキャナラナイコトアル。イッパイアル。ソレヲ縛ルモノハ全部ムシスル。ルクスタガ守ルモノハ、ニホン人トハチガウ」

「ソンナバカゲタモノヲ押シツケルナ」

「社会で生きるのに、そんな無法は……」

 

 再び腕が振り落とされ、今度は本当にカウンターが破壊された。

 

「――ひっ」

「ガタガタヤカマシイ」

「金ヲダセ。オシャベリシタイノトチガウ」

 

 ルクスタと名乗った異星人達は、有無を言わさない迫力があった。

 

「……仕方ありません。わかりました」

「ソレデイイ」

 

 カウンターから出て、奥の扉を開いた。

 

「ドコエイク?」

「現金は事務室に置いてあるんです」

 

 ルクスタ人の二人も付いてきた。

 

「そう、仕方ないんだ」

 

 事務所金庫のダイヤルを回し始める。

 

「ハヤクシロ」

 

 一瞬、壁の方から風が吹き抜けた。

 

「オイ、窓ガ……」

 

 空気を切り裂く音が聞こえたのと同時に、喋り始めた方が倒れる。そして、二秒と経たない内にもう一人も倒れた。

 ピクリとも動かない。

 

「――はっ、はっ、はっ…………」

 

『怪我はありませんか?』

 

 机に隠していた小型スピーカーから女性の声が聞こえた。

 

     ◇   ◇   ◇

 

 イヤホンから聞こえてくる声は今にも過呼吸になりそうな様子だった。

 

『だ……大丈夫です』

「では、別の者が片付けに行きますので、何もしないようにお願いします」

 

 ライフルからマガジンとスコープを抜き、ケースに入れた。

 

『あの……少しいいですか?』

「手短に」

『この人達、何なんでしょう? とうか、何故今日ウチが襲われるとわかったんですか?』

「名乗ったかもしれませんが、ルクスタという惑星から来た異星人です。正式な手続きで入国したわけではない不法滞在者で、この大田区で急速に勢力を拡大しています。みかじめ料を取る恐喝班は開店一週間目に来る傾向があることがわかっているので、我々栗唐組がマークさせていただきました」

 

 答えながらも、撤収の為の手は動かした。

 

『はぁ……なるほど……あの、報酬とか聞いてませんですが、どのように……』

「ご安心を。別ルートから報酬は貰う形になっています。事業者様からは一銭も受け取りはしません」

『別ルートって、一体?』

「申し訳ありません。撤収準備が完了しましたので、私はこれで失礼させていただきます」

『あ、はい。……お引き留めして申し訳ありません』

 

 ケースを担いで屋上の扉を開く。

 

「お気になさらず。では、良い週末を」

 

 通話を切った。店内の通信機は遺体を回収する班が一緒に撤去することになっている。

 扉を閉めるのと同時に、ドヤ街の方角から爆発音が聞こえてきた。

 ルクスタのアジト襲撃に成功したのかもしれない。



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#2『標的はキング』

 降り注ぐ雨で道路はちょっとした沢のようになっていた。坂の上から流れる雨水でできた川の水量は足首まで達している。

 薄暗い貧民街に佇む苔の生えた鉄筋コンクリートビルに裏口から入った。ようやく水攻めから解放されて一息つくことができる。

 ガスマスクを被り、隠し扉から地下に入り、下水道の横道を更に歩いた。

 暗くてよく見えないが、下水の中はよくわからないゴミが大量に流されていた。

 マスクをしていなければ、周囲の臭いで目眩がしてしまうかもしれない。

 ここでは、煌びやかな繁華街とは対照的な光景を見ることができる。

 十分ほど歩いた場所にある、十円玉くらいの大きさの窪みの中にあるボタンを押すと、壁の一部がせり上がり、アジトの扉が開いた。

 禿げたリノリウムの通路の先にあるシャワー室で、身体中の雨と煤を洗い流した。

 ショートカットの髪をフェイスタオルで拭いた。ドライヤーもバスタオルも無いアジトではタオルを絞りながら使うしかない。そのまま躰も拭き上げた。

 脱衣所に戻り、着替えてロビーに出た。

 久しぶりに生き返った心地だったが、テレビの音声を聞いたとき、下水道の方が百倍マシに思えるほどの吐き気に襲われた。

 サイドを刈り上げたショートヘアの男がテレビに映っている。

 この大田区の区長である、蛇沢栄一郎だった。

 

『我が大田区以上に異星人との交流が強みとなっている土地は他に無いでしょう。工業製品の製造技術はどこよりも抜きん出ていて、繁華街でのコミュニケーションも盛んであります』

『その秘訣はどこにあるのでしょうか?』

『何と言っても、受け入れている住民の寛容な心と、共に未来に向かっていこうと手を取り合う改革精神でありましょう。行政側も福利厚生を充実させ、異星人の方々が住みやすい街作りを……』

 

 ――嘘をつけ

 

 この大田区は異星人居住者が非常に多い。それは事実だが、最初に住み着いた異星人は完全に招かれざる客だった。

 彼らがこの大田区に目を付けた理由。

 それは、彼らが得意としていた機械製品のコピー能力とこの大田区が地盤として持っていた産業がマッチしていたこと。そして、大量生産した製品を陸・海・空の全てをフルに活用して運ぶことができる理想的な土地であり、何より大規模な粗大ゴミ処理場を有していたからだ。

 大量のゴミを無断で盗み出し、独自のコピー技術で加工・組み立てを行い、非純正製品として安価に売り出す商売を発展させてきた。これは、元々の日本人も一緒になってやっている。

 新技術による新しい商売はそれだけ魅力的なものだった。

 もちろん、高額な純正製品を売る正規メーカーから訴えられれば敗北は必至だ。

 そして、彼らはそうなったが最後何処かへ高飛びするだろう。責任を負うのは残っている日本人だ。

 ただ、それだけなら法律や条令を整備し、取締りを強化すればいい。

 日本人もコピーから学びを得て独自の新製品を作成できるよう、人材と技術への投資を行っていけばいいのだ。

 だが、それをさせなかったのは区長の蛇沢だ。新技術を育てようとするベンチャー企業を冷遇し、コピー生産企業を優遇した。

 更に、ルクスタのような話の通じないならず者共さえも厚遇している。

 賄賂を貰っているというのが世間の見方だが、経済発展の功績からか、糾弾より支持の声が大きい状況だった。

 ソファーに腰掛けている仲間の一人が眉をひそめた。

 

「蛇沢のインタビューは割と頻繁にやってるが、この局のキャスター、前は違う奴じゃなかったか?」

 

 周囲の仲間達がフッと笑った。

 

「随分前に更迭されちまたんだよ。しょーがねぇよなぁ。日本人企業の技術向上の為の政策が弱い。大田区の実態は騒動が頻繁に起こっていて、治安が最悪。その対処は如何するお考えか? って、そう聞いちゃったからだよなぁ」

 

 角刈りの男が缶の発泡酒をあおり、握りつぶした。

 この組の特攻隊長である黒河壇だ。

 

「それって、報道側からすればあたりまえの質問じゃないっスか?」

「ばぁーか。それをされると迷惑だから圧力をかけんだよ。逆らったらこうなるっていう見せしめになったってワケだ」

 

 わたしの前に座っている五厘刈りの男が頷いた。

 

「この国は元々報道の自由度や透明性に関しては底辺レベルだ。おまけに、長いものに巻かれろのような精神も深く根ざしてしまっていた」

 

 だから、我々のように暴力に訴える層が出てくる。……そのような続きが滲んでいた。

 相馬誠司。この組の爆弾製造及び運用担当。

 先ほどの爆破も彼の仕事だった。

 

「お疲れ様です。相馬さん」

「お疲れ様、四宮君。雨の中で長時間の監視任務は堪えただろう?」

「いえ、これくらいなら平気です」

「傭兵上がりはモノが違うんだなぁ。藍那ちゃん」

 

 黒河が下卑た笑みでこちらを見つめた。

 

「慣れてはいます。しかし、日々攻撃を受けて疲弊している住人達を救う為ならばこそ、頑張ることができるものだと、わたしは思います」

 

 周囲の仲間達からの注目を感じた。信頼されている。そう思いたい。

 わたし――四宮藍那の狙撃技術はこの組の助けになっている筈だ。

 従軍経験があるこの土地出身の者とはいえ、長期間住んでいなかった二十五歳の女がゲリラ活動で信用を得るには、うわべだけの結果では絶対的に足りない。

 誰よりも結果を残し、動機においても揺るぎない決意を示さなければならない。

 心の中の誇りを熱く燃え上がらせ、その他全てを凍てつかせ、修羅となりて敵を討つ。

 そのような姿勢が信頼へと繋がる。

 扉が開かれ、ガッチリとした体格の男がヌッと入ってきた。日焼けしたような赤い顔に白い髭をびっしりと蓄えている。

 組長である栗唐源蔵だ。

 姿を見た構成員一同が立ち上がり、姿勢を正した。

 

「おうっ。黒河、相馬、四宮。今日はご苦労だったな。実行部隊二人を始末して、アジトも吹き飛ばした。かなりの打撃を与えたといえるだろうな」

「楽勝過ぎて欠伸が出るところだったがな」

 

 黒河の軽口にフッと笑った。

 

「相馬の爆弾のおかげで拠点攻略がかなり進んだ。四宮の狙撃は連中への牽制としてかなりの成果を上げている。このところの損耗は相当押さえられていると言えるだろう。そして、それを纏めて実行に移せる黒河だ。これだけのカードが揃えば、ルクスタの連中を一網打尽にすることだって夢じゃねぇ」

「オヤジ。しかし、連中は数が尋常じゃありません。今何割減らせているのかも……」

 

 栗唐が鼻を鳴らした。

 黒河が頭をかく。

 

「諜報班から報告が上がったんだよ。ルクスタの連中には明確な弱点があるんだ」

「弱点……?」

「あの連中は結束がとんでもなく固い。あんな無茶苦茶なことをやっていながら、反旗を翻す者も、脱退する者も皆無。どころか、ルクスタマフィアは日本人はおろか他の異星人も入れず、単独種族だけで構成されているんだ。それは、連中のある習性というか、生態が大きく関係している」

「……それは?」

「連中は群れの中に一人リーダー格を持っている。遺伝的に王となるその男が複数の女に子供を産ませ、それがねずみ算式に広がって一つの組織になるが、血統を辿ると必ず王に行き着くんだ。そして、組織の戦略的ガバナンスをテレパシーで仲間に発信し、統治しているってわけだ」

 

 そう、それがルクスタが外的な法律や論理で縛ることができない最大の問題だ。

 

「こいつは、組織を途轍もなく強固にできる反面、このリーダー格を失うと群れ全てが瓦解するという弱点になっているってことだ」

「じゃぁッ」

「このリーダー。通称キングを探し出し、ぶっ潰せば全部終わりっていうことなんだよ」

 

 ――オオッ

 

 と歓声が響いた。目標が定まり、士気が最高に高まっている。

 

「テメエ等、よく聞け。ルクスタ共は普通じゃねぇ。日本人はもとより、他の異星人とも一緒くたにするな。ルールに従えねぇ奴らは客人とは呼べねぇ。これは言わば害虫駆除だ。同じ人だ殺人だなどと遠慮するこたぁねぇ。いいか、連中は部屋の隅から飛び出てカサカサ這い回る黒いあいつだ。スリッパを振り下ろすような気軽さで鉛玉を撃ちまくれッ」



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#3『眼に見えない糸』

 攻撃の方向性が示されたことで、構成員の士気は確実に上がっていた。

 アジト内にいるメンバーは一様にアルコールの缶を片手に騒いでいた。

 ルクスタとの争いはもう二年ほど続いている。抗争といえる状態になってから考えても、精神を疲弊させるには十分な月日が経っている。

 どこかから流れてくる常温の缶チューハイを飲んでいる間だけが、家族や友人との関係を絶って活動に励んでいる辛い日常を忘れられる瞬間なのかもしれない。

 私も缶を傾けた。

 冷蔵庫に入れていない、段ボールから出したばかりのカクテルは生ぬるく、レモンの酸味と共に口に広がり、喉を刺激しながら胃の中に落ちた。

 美味くはないが、豪雨に打たれながらの任務で疲れた躰には、一時的に癒やす効果は確かにあった。

 相馬が私の隣にある段ボールから新しい缶を取り出した。

 私は口を開いた。

「どう思いますか?」

「何のことかな?」相馬は缶を空けながら答えた。

「ルクスタのキングを討つという方針です」

「君は反対なのかい?」

「この大田区の日本人が苦しい思いをしてきたそもそもの原因はルクスタではありません。極論を言えば、ルクスタを排除できたとしても、同種の新しい異星人によって同じことが繰り返されるだけではないかと考えています」

「蛇沢か……」

 私は頷いた。

「区長は明らかにルクスタをはじめとした異星人を優遇しています。事業に補助金を出すだけならともかく、税が極めて軽く、身分が明らかではない者も特に調査することなく生活を許している。それだけでなく、日本人には重い税負担を課し、事業の邪魔をする異星人は積極的に責めず、生活が苦しくなった土地保有者を追い込んで異星人に奪わせている」

「ふむ……」

「今更異星人を排除しようとは考えていません。しかし、明らかにバランス感覚を無視している蛇沢は許して良い相手じゃありません。他の首にすげ替えなければならない」

 相馬は目を伏せた。

「君の言うとおりなんだろう。ただ、周りを見てみてくれ」

 相馬の指さす先を追う。

 ロビーで踊り、歌う構成員達が赤ら顔で騒いでいた。

 ここ最近見ていなかった笑顔だった。

「ここにいる者は、皆ルクスタに生活を奪われたんだ。私も、仕事と一緒に妻と子供を殺されたよ」

「……」

「私怨の活動を笑うかい? でもね、テレビではギャラクシーポリスなんていう連中が活躍している様子を流しているけど、ここの惨状は完全に放置しているじゃないか。結局、行政ってやつは操り人形なんだよ。悪が存在していても、上の都合で見逃したり、逆に弱い存在を追い詰めたりする」

 相馬は缶の中身を一気にあおった。

「個人的な感情であっても、それが本気なら立ち上げれるものだ。そして、そんな人間が束になっているから戦うことだってできる。僕たちは、ルクスタを潰す目的で纏まっている。それを達成しない限り、前には進むことができないんだよ。たとえそれが、正義の道であっても」



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#4『暁の強襲』

 復讐は何も生まない。

 それをやったら憎んでいる奴と同じ。

 憎しみに捕らわれているだけじゃ何も解決しない。

 安っぽいテレビドラマで使われる薄っぺらい台詞は、とても陳腐で古臭く、押し入れの中に転がっていた饅頭と同じく、緑色にカビているように思えた。

 何の力も無く、誰からも見向きもされない。

 それは、畳んで久しいお店のシャッターに描かれている、色あせた名前もわからないキャラクターに恐ろしく似ていた。

 蒲田駅周辺の中で一番高いビルの屋上で息をひそめる。

 昨日の雨が作り出した水溜まりに膝をつく。

 太陽はまだ空を碧く染める程度の位置にいた。

 ターゲットは、シャッター街と化した商店街の角から現れた。

 彼らが徹底的に潰した町並みを、ケラケラと笑いながら闊歩する姿には、直接的な被害を受けていないわたしも怒りがこみ上げる。

 リーダー格らしいルクスタの目撃情報から照らし合わせて張っていたが、どうやらビンゴかもしれない。

 ルクスタは、キングを頂点とした種としての社会構造を持った生物だ。

 生まれながらに指揮管理を義務付けられた個体もいれば、働き蟻のように任務を忠実に行う個体もある。

 その他、キングの子を大量に産み出せることに特化した個体。諜報に秀でた個体など、それぞれの役割がハッキリとしている。

 今、中央の要人と思しきルクスタの周囲を固める個体は、明らかに他の個体よりも上背と肩幅がある。

 特殊任務よりも警備・警護に重点を置いたボディーガードタイプのルクスタと言うべき個体に思えた。

 

「あれが、キング……?」

 

 正解かどうかは不明だが、やるべきことは変わらない。組の方針は、目の前のキングと目される個体を仕留めることだ。

 距離を計算し、現在の湿度と気温の補正を加える。

 スコープを開くタイミングまで息を整えた。

 朝の四時。まだ出勤者もいない駅のロータリーに、迎えと思われる黒塗りのセダンが停まった。

 ターゲットが乗り込もうとしたその時、急襲したバンの窓から数挺の銃身が突き出され、ルクスタ達に無数の鉛玉を浴びせかけた。

 完全に不意を突かれたルクスタ達は、ターゲットを取り囲むようにして車と反対側へと駆けだす。

 

 ――わたしの仕事のはじまりだ。

 

 駅の方向に向かっているが、この時間で動いている電車はない。

 狙いを定めた時、ボディーガードの一人がバトンサイズの筒を地面に叩きつけた。

 一瞬のうちに、白い煙が辺りに充満し、ターゲット達の身を隠していた。

 しかし、行動はある程度読める。

 構わず引き金を引いた。

 白い煙の中で、鮮血が散った。

 ビル風で煙が吹き飛ばされた。小さく舌打ち。

 肩を貫通しただけだった。

 次の狙いを駅のホームに向けた。線路をどの方向に逃げようと、外さない自信はある。

 その時、駅内に鐘が鳴った。始発までには若干の時間がある筈だった。

 眼をスコープから離して確認した。

 貨物列車だった。

 

 ――――「……ッ」

 

 ターゲット達は、貨物列車に飛び乗り、コンテナの間に挟まるように身を隠した。

 

「ちっ……」

 

 無線機を取り出した。

 

「こちらA4。ターゲットを負傷させるも、ロスト。現在、ターゲットは蒲田駅から貨物列車に乗って横浜方面へ移動中。補足可能なメンバーがいれば、追跡されたし」



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#5『那須与一』

 アジトの本部会議室のドアが開け放たれた。

 眉間に皺を寄せながら出てきた黒河が、ロビーのソファーに腰掛け、くわえていた煙草を灰皿に押しつけた。

 

「ダメだ。完全に見失っちまった」

「川崎の班からは何と?」わたしは言った。

「向こうから観測した時には見つからなかったとさ。おそらく、途中にある多摩川に飛び込んだんだろう」

 

 周囲から落胆の溜息が漏れた。

 

「あいつらは独自の暗号通信でやりとりしている上に数が多いからな。一旦逃げられると補足は容易じゃねぇ」

「一発で仕留められる策か罠が必要ということですか?」

 

 相馬が言った。

 

「そうだな。油断しているところを遠距離から撃ち抜くか、大火力で吹き飛ばすか。お前ら二人の力が必要になるだろうぜ」

 

 黒河は新しい煙草に火をつけた。

 

「ま、いずれにしてもキングの野郎を見つけ出さないことには、どうしようもないことだけどな」

 

 それからはあれこれと各自感じたルクスタの動きや、大田区の世情などの話が続いたが、徐々に解散していった。

 わたしは作業室でライフルの整備を始めた。

 全体の煤を拭き取り、銃身の燃えかすを取り除いた。分解して各部の摩耗度を確かめていく。

 

「精が出るなぁ。藍那ちゃん」

 

 背後から黒河の声が聞こえた。

 

「すぐに出ることになるかもしれませんので」

「もうちっと、良い銃はあるだろう? 組長に手配を頼んでやろうか?」

「これは割と良い銃ですよ。評価も悪くありません」

「だが、流石に古すぎるだろ」

 

 各パーツを取り付けた。

 

「……単なるつまらないこだわりです。この国で戦うからには、この国で生まれた銃で戦いたい」

 

 組み上げて動作を確かめた。

 

「自分の想いを……乗せるなら……」

 

 黒河はフンっと鼻を鳴らした。

 

「十年前、この国が異星人連中とどう付き合っていくかで揉めている時、色々と小競り合いが発生していた。その銃はその頃活躍していたらしい」

「そうでしょうね。我が国で生産されているスナイパーライフルと呼べる代物はこれだけですし、猟銃としても警察の運用でも広く使われていました」

 

 黒河が異様に黒目の小さい眼をこちらに向けた。

 

「異星人連中と、日本人の各勢力で戦いが激化していた時、一際輝く狙撃手がいた。山間部、市街地戦どちらでも一級品の活躍をしていたそうだ。素性は伏されていて、同じ陣営の構成員達も詳細は知らされていなかった。敵味方からも畏怖の存在として認知されていたその狙撃手を、当時のゲリラ達は現代に蘇った【那須与一】と呼んでいたそうだ」

「知っています。というか、当時の活動を見ていた人達なら知らない人はいないでしょう。若輩のわたしでもよく噂を聞きます。与一とはどんな男だったのか、と……今でも正体不明なので、存在そのものに疑問を持つ人もいますけどね」

「いねえだろうなぁ。そんな男は」

 

 黒河の三白眼を見つめ返した。

 

「どういう意味ですか? 話が見えなくなりましたが?」

「簡単な話さ。与一と呼ばれた狙撃手は確かにいた。しかし、それは男じゃねぇってこった」

「……」

「単なる風の噂さ。存在が秘匿されていた天才狙撃手、那須与一。この正体は、当時まだ十四・五歳の女の子だったってな」

「なかなか面白い噂ですね」

「ああ……特に面白れぇと思うところはな、ちょうど十年後の今、まだ生きていれば二十五歳前後になっている。それとまったく同じ歳の凄腕女狙撃手が、俺の目の前にいるっていう事実だ」

 

 ライフルをケースにしまった。

 

「言いませんでしたか? 黒河さん。わたしの従軍経験は海外です。十年前ゲリラ活動が激化していた頃、わたしはヨーロッパにいました」

「崩してみてぇなぁ。そのアリバイを」

 

 獲物を見つめる狼のような眼を無視して、作業室をあとにした。



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#6『深層世界』

 アジトの出口に続く通路を歩いていると、黒い革ジャケットを着た相馬の後ろ姿が見えた。

 

「作戦ですか?」

 

 相馬が振り向いた。

 

「四宮君か……」

 

 顎に手を当て、何か考えを巡らせるように眉間に皺を寄せた。

 

「そうだな」

 

 何かを決意したように、わたしと目線を合わせた。

 

「少し、確認したいことがあるのだが、付き合ってもらえるかな?」

 

 

☆    ☆    ☆

 

 蒲田の地下街は地上と変わらない賑わいを見せていた。

 多種多様な異星の貿易品は勿論、この大田区から出ることが難しい異星人達向けに、日本の日用品も多数出回っていた。

 皆一様に自動翻訳機を使っているが、所在確認用GPS機能が内蔵されている正規品を使っている者はほとんどいないだろう。

 こういう街に入り浸っている者達の需要に応え、コピー品を製造・販売するのも、ここの重要な役割の一つになっている。

 壊れかけた蛍光灯が照らす、大通りから外れた脇道の先に、怪しい雰囲気を漂わせる横町が見える。

 急ごしらえで作られた通路は薄暗く、所々ひび割れた壁面が目立つ。

 文字通り太陽の下では売られることがない、多種多様な製品を手に入れるための街といったところだった。

 

「蛇沢のような者が区長でなければ、直ちに摘発されるような場所ですね」

「ああ。この大田区発展の心臓部だよ。表に出て脚光を浴びているのは、こういった地下組織の中でやりとりされている製品のほんの一部だけだ」

「こういう場所が好きだとは意外でした」

 

 相馬の表情に、少しだけ影が差した。

 

「そう見えるかい?」

「わたしも、人の喜怒哀楽を感じることはできますよ。スコープ越しに、ターゲットが何を考え、次にどういう行動を取るのかを常に考えているので、そのせいかもしれませんが」

 

 相馬はフッと笑った。

 

「私は、この街で生まれ育った土着の男でね。PCメーカー社員の父の背中を追って機械いじりをしていた。趣味をそのまま仕事にして、ちょうど異星人との交流が始まろうとしていたので、そっちの技術に手を出していった」「十年前はまだ国交を結ぶ前でしたが、地下では既にやり取りが始まっていましたからね」

「うん。片足を突っ込んで、気がついたらどっぷりだったよ」

「そこで手に入れた技術で新しい商売を始めたということですか」

「そういうことだ。妻からは、見た目いい人そうだけど、かなりのワルよね。って、散々からかわれたもんだよ」

 

 普段、爆弾の製造と運用を行っているのを見ているからわかるが、相馬の機械製造技術は相当なものだ。

 人づてに聞いた話だと、元々その技術で旧来のPCに代わる新しいデバイスや周辺機器を製造するベンチャー企業を仲間と立ち上げたようだ。

 

「働いていた頃、いつも思い描いていたよ。今までとは全く違う機械に囲まれる世界ってやつをね。スタイリッシュな汎用デバイス、車、通信機器、家電、それらを作るための幾千幾万のパーツ。それらを扱う人間の一人として、表の世界とこの地下の世界を行き来しながら生活していくんだ。そんな世界が幸せなんだと本気で思っていた」

 

 この地下街はある意味合法的とは言いがたい。しかし、こういう場所で生まれた化学反応の一部に光が当たることもある。

 相馬誠司という男は、清濁の境界に立ち、変わりゆく世界を動かす重要な人間の一人になれたかもしれない。

 

 しかし、現実はそうならなかった。

 

「ルクスタの妨害は、どのような?」

「今と大して変わらないよ。営業妨害・器物破損・親族の誘拐・恐喝……その中で、妻と娘は死んでしまった。事故として処理されたけどね」

 

 顔に表情は無い。しかし、その瞳には当時の光景が焼き付いているように思える。

 

「そろそろ、ここに来た目的を教えてもらってもいいですか?」

 

 相馬は頷き、細い隙間からスルリと横道に入った。

 

「先日追い詰めたキングだが、君は貨物列車を使って逃げたのは、偶然だと思うかい?」

 

 わたしは首を振った。

 

「ターゲットは車からの襲撃を受けたあと、何の迷いも無く始発にはまだ時間がある駅の方へと走り出しました。場所は蒲田駅前。隠れる場所なんていくらでもあります。そして、ビルから地下に降りて逃げるという手立てもあったはず。地下に網が張られている可能性を考慮するとしても、一番最初に選ぶ選択肢が駅というのは不可解です」

「始発の時間を知らなかったという可能性はどうだろう?」

「無いと思います。奴らは普通に電車をよく利用するので、始発と終電の時間くらいはわかっているでしょうし、そもそも車での迎えを用意したのが、電車が動いていないと知っていたからだと考えられます」

 

 相馬は頷いた。

 

「僕も概ね同意見だ。そして、それでも貨物列車が来ることがわかっていた。そういう情報を得られる立場にあったとしたらどうだろう?」

「……なるほど。その線から絞り込むと? しかし、それとこの横町とどういう関わりがあるんですか?」

「ここさ」

 

 立ち止まった相馬が親指で指し示したオンボロのテナントには、【パーツショップ斑】という看板が掛かっていた。

 休業中のようだが、相馬は構わず中に足を踏み入れた。

 店内はほとんど棚に埋め尽くされていた。 塗料が剥がれて錆びている棚には、無数の機械部品が陳列されている。

 新品とはとても思えない。おそらく、そこら中の無法者がコピー品を盗んで分解した物を売っているのだろう。

 しかし、店内の奥に置かれている組み上がったマシンには、どことなく品のようなものを感じた。

 

「ここの店主が作ったものだ。不法滞在者が作っているコピー品は基板部分がいい加減なものが多くてね。ある程度技術のある日本人が密かに作って商売をしていることがあるのさ。ここの店主はモグリで、色々な犯罪に加担することがある。だが、腕前自体は知る人ぞ知る優秀な奴だ」

 

 相馬は一呼吸置いて奥の扉を開いた。

 

「――ッ」

 

 奥の部屋にいたのは、頬のこけた中年の男性だった。服は灰色のセーター。同じ色のニット帽を被っている。

 部屋の中は、様々な家電製品や用途不明の機器で溢れている。

 その中、男がいじっていたのは成人男性がすっぽり入りそうな筒状の機械だった。旧式の酸素カプセルに見えるが、多くの端末とコードで繋がっている。

 

「久しぶりだな。斑目」

「てめぇかよ。驚かすんじゃねぇ」

「警察だとでも思ったか?」

「……ああ……」

 

 斑目と呼ばれた男がわたしを見つめた。

 

「栗唐が凄腕の女スナイパーを味方に付けたと聞いたが、随分若いんだな」

「誰かと勘違いしているようですね」

「誤魔化さなくて良い。こんな所に長年いりゃあ、一目でそいつが普通かそうじゃねぇかくらいわかるようになる」

 

 斑目は大きく溜息をついた。

 

「相馬。探しているのは、こいつのデータだろう?」

 

 斑目は改造酸素カプセルを指さした。

 

「非正規の擬態化装置ですか?」

「勘の良いお嬢さんだ」

 

 相馬は頷いた。

 

「擬態化技術は、割と貴重だからね。大手暴力団の天河組傘下のは割と見つけやすいが、足がつきやすい。こういう、お上に見つかりにくい場所ってのは、意外に需要があるものだ」

 

 擬態化は、旧来パーソナルコンピューターの頃から使用されていたファイル圧縮技術に似ている。

 日本人・異星人問わず、その細胞を微妙に変化させて姿を似せる技術だ。

 ただ、素体の細胞組織をどのように変化させるのかは、各々の製品や技術者によって様々なので、粗悪品だと悲惨なことになる。

 そして、当然ながら擬態前と擬態後の変化データを持っていなければ、元に戻ることはできない。

 わたしはカプセルのコンソールに手を伸ばした。

 

「キングは、貨物列車のスケジュール変更の情報を知り得る立場にいる。それは、現在その人物に擬態しているということだ。そして、今日までの大田区を破壊し続ける行為を行い続けた人物」

 

 擬態前に大型のルクスタ。そして、擬態後の姿が映し出される。

 

「――蛇沢栄一郎ッ」



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#7『最後の作戦』

 アジトに戻って報告を行うと、栗唐源蔵が赤ら顔をニカッとさせてわたし達の肩をバシバシと叩いてきた。

 

「でかしたぞ。ターゲットの正体さえ割れてしまえば、もうこっちのもんだ」

 

 アジトの組員達は、勝利を確信したように歓声をあげ、いつも以上に明るく酒を呑んでいる。

 わたしは相馬と並んで壁に寄りかかり、そんな組員の様子を眺めていた。

 いつものように、生ぬるい缶チューハイを傾けている。

 

「蛇沼の正体が……キング……」

「奇しくも、当面のターゲットと、最終的なターゲットが重なった形になったね」

「そうですね。状況としては一挙両得。しかし……」

「都合が良すぎる……かな?」

 

 わたしは頷いた。

 区長である蛇沢が行ってきた異星人優遇政策は、酷い圧政だ。一見景気が良いように見えるが、それは不法に移住してきた者達や、他地域から金儲けのためにやってきた者達。ようするによそ者が群がっているだけにすぎない。

 人様の家に土足で踏み入り、住人への迷惑も主義主張も考えずに歌って踊ってのどんちゃん騒ぎ。言わば、好きなだけ暴れ散らかす糞祭り。

 その狂乱の中で、住人のためになる何かが残るなら、まだ良い。

 しかし、この祭は何も残るものはない。たまたま見つけた狩り場に群がる禿鷹と同じく、散らかしたまま何処かへと飛び立つだろう。この祭で得た利益は、集まった禿鷹が持ち去ってしまうのだ。

 尊厳と文化を踏みにじられ、命と未来を絶たれ、ぺんぺん草も生えない荒野で呆然とするしかない。

 何より許せないのは、その未来への旗振り役が日本人の政治家であるという事実だ。

 その動機は何なのか、ずっと考えていた。ただ金のためか、脅されているのか、それとも何かの哲学によるものなのか…

 

 しかし…………

 

「本物の蛇沢が既に殺されていて、キングが擬態して成りすましているのであれば、諸々の辻褄は合います」

「ああ、異星人優遇の政策が何の為なのか、日本人による異星人の為の政策では理由が必要だが、異星人による異星人の為の政策であるならば、頷ける」

「あのパーツショップを見張っていれば、いずれキングは来るでしょうか?」

「いや、さっき斑目の端末を調べさせてもらったが、動作レコーダーに例の擬態データをコピーした記録が残っていた。おそらく、持ち出されているだろう」

 

 ある程度の技術があれば、擬態データを使って元に戻すことは可能だ。データだけは手元のデバイスから参照させ、擬態や復元を別の場所で行って痕跡を残さないようにすれば、足はつきにくい。

 

「もし、次の作戦が成功したら、この不味い酒ともおさらばになるかな・・・」

「そう願います。わたしも、白身魚と吟醸香を楽しみたいところです」

「君のような若い女性で日本酒好きとは意外だね」

「そうでもないですよ。わたしも友達とよく呑みに行ってました」

「……私の好きな酒があってね。父の故郷の地酒なんだが、この戦いが終わったら紹介するよ」

「わかりました。よろしくお願いします」

 

 缶を捨て、ロビーの扉を開いた。

 蛇沢は本当にキングなのか……

 今の段階ではわからない。

 

☆    ☆    ☆

 

『区長襲撃……決行日時は?』

「明後日。一四三○に作戦開始予定です」

『白昼堂々とはね…』

「この日は、ルクスタの方も栗唐側の武器庫を襲撃する確率が非常に高いと予想が出ています。相馬誠司の高性能爆薬に手を焼いている連中は、これからのかき入れ時に邪魔されたくないので、戦略的に先にここを叩いておくというのが最善手という判断でしょう」

『戦力的にはルクスタが上。栗唐はゲリラ戦闘を続けるために、そちらの防御を固めるという予想。その裏では、区長が次の政策に関する対談を行う……か……』

「終盤は駒の損得より速度。という言葉もあります。王将を仕留める勝ち筋が見えたのならば、龍と馬を捨て、金と銀によって王手を掛ける」

『詰ませされなければ、栗唐の敗北。リスクは高い。しかし、これも一つの決断かもしれませんね……わかりました。こちらも準備をします』

「…通信、終わります……」



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#8『船上の扇』

 地下道を抜け、ホテルの地下駐車場に出た。

 蛇沢は、最上階のレストランで製造業の重役数名と会食をすることになっている。

 偵察班からの無線が届いた。

 

『予定通り。ターゲットは席に着いた』

 

 相馬は「了解」と返答し、爆薬が入ったザックを背負って走り出した。

 わたしも、分解したライフルを入れた鞄を片手に、隣の高層ビルへと急いだ。

 レストランと同じ高さの13階。パスクラッカーで侵入したフロアの中、人の出入りが無い倉庫に入り、ライフルが差し込めるよう、窓硝子を丸くくり抜いた。

 

「こちらA4。所定の位置に到達」

『こちらB1。セット完了』

 

 相馬からの無線だ。レストランがある棟と駐車場への直通エレベーターがある棟を繋ぐ連絡通路の隅に爆弾をセットしたのだ。

 わたしの位置からも、蛇沢と爆弾を確認できる。

 蛇沢が連絡通路に差し掛かったタイミングでわたしが狙撃し、ターゲットを仕留める。しかし、他のルクスタの妨害が入る可能性はある。そのため、狙撃で足を止めている隙に爆破して確実に仕留める。

 これが、今回の作戦の概要だった。

 

『幸運を』

「そちらも、幸運を」

 

 通信を切り、大きく溜息をついた。

 この作戦には、別のシナリオが被さってくる。

 狂乱の祭で盛り上がる大田区の惨状を傍観していると思われていた、警察の絵図だ。

 既に現地に潜入している大田区所轄の刑事が、相馬達を押さえる。

 爆弾は無線の起爆スイッチを押すタイプなので、運用する相馬を押さえてしまえば、爆発しない。

 そして、様々な凶悪犯罪の首謀犯とされ、異星人の擬態が疑われている蛇沢を同時に取り押さえ、この大田区に巻き起こった暴力団とマフィアの戦争を終結させる。

 

「終わったら謝りますね。相馬さん」

「――そりゃあ、あの世でやってくんなや、藍那ちゃんよぉおッ」

 

 ――ッ

 

 左頬に強い衝撃。

 吹っ飛び、金属の棚にぶつかった。書類が入った段ボールが次々と落ちてくる。

 幸い脳震盪は起きなかった。

 何の気配も感じなかった倉庫の影から出てきたのは、栗唐の特攻隊長、黒河だった。

 

「警察ってやつは、ゴキブリと変わりがねぇなぁ。一匹見つけたら、根こそぎぶっ潰すにかぎるぜ」

「どこで気づいたの?」

「勘だよ。俺は最初からお前を怪しいと思っていた。まぁ、決定的だったのはこの作戦が示されたときの眼だ。明らかに、他の連中とは別のことを考えていやがった」

 

 油断した。この男は野犬のような勘の良さがある。

 

「黒河さん。わたし達の目的は、この区の治安を良くすることです。ルクスタのキングを押さえる目的は同じのはず。だから……」

 

 黒河は腹を抱えて笑い出した。

 

「まだわからねぇのか? キングが誰に化けているのか、この戦いが何故終わらねぇのか」

 黒河の笑みを見たとき、この戦いの構造がようやく理解できた。

『……四宮……君……』

「相馬さん?」

『ルクスタの……襲撃……知らない、私服の男達もやられている……。多分、刑事だ……何か、おかしい……君は、逃げて……』

 

 ブツリと通信が切れた。

 歯をギリギリと噛みしめる。

 

「今のキングは、栗唐組長なんですね?」

「ぴんぽーん。大正解だ」

「この戦いは一種のマッチポンプ。栗唐とルクスタ双方に血を流させ、戦争をしていると見せかけていただけの茶番ですか」

「大体そうだ。相馬みたいな意識高い系はウザいからな。あいつやお前みたいなのを一掃して、単純で組の命令に従順な連中だけを残す。手打ちにするタイミングに適当だからな。ちょうど、相馬の爆弾もルクスタでコピーが可能になったことだしよ」

「その先にあるものは何ですか?」

「冥土の土産に教えてやる。これからの戦争は、大田区内なんて、小さな規模じゃねぇんだよ」

 

 ルクスタと栗唐が手を組む。

 その勢力の相手は、一つしか無い。

 

「……天河組とやり合うつもりですか?」

 

 黒河がニッと笑った。

 

「ああ、あの大物面したいけ好かねぇ連中をぶっ潰してやるのよ。血湧き肉躍る本物の祭りが始まるのさ。そのために、俺はこの計画に乗ったんだからな」

「……下らない」

「何だと?」

「それは天河組のレイモンドの思う壺よ。増長したルクスタと気が狂った日本のヤクザを鮮やかに駆逐し、今よりマシな治安にしてみせれば、自分たちの存在意義を強固に主張できる」

「随分見くびってくれるな」

 

 黒河は、八つ当たりのようにわたしのライフルを拳銃で撃ちまくった。

 

「テメエの観戦席はあの世だ。精々楽しんでくれや」

 

 黒河は部下達に目配せをした。

 

「後始末は任せる。ちょっとくらい楽しんでもいいぞ」

「あいよ」

「へへへ・・・」

 

 部下達が下卑た眼でわたしを眺める。

 

「何処へ行くの?」

「俺には俺の仕事があるのさ」

 

 その手には、相馬の爆弾を起爆するスイッチが握られていた。

 

「一応、痛み分けって形を取っておかないとな。邪魔なゴキブリも一斉に始末してやるぜ」

 

 黒河は、窓にワイヤーを引っかけ、勢いよく地上に降りていった。

 

☆    ☆    ☆

 

 黒河はホテルの真下に移動し、爆弾の起爆通信範囲内であることを確認した。

 蛇沢は爆弾の効果範囲外に逃げたと知らせが入っていた。

 あとは、関係ない連中と一緒に相馬達実行部隊と刑事共を吹き飛ばすだけだ。

 

「あばよ、相馬」

 

 スイッチを押し込むその瞬間、入道雲が浮かぶ空に、連絡通路へ向かって一筋の赤い閃光が奔った。

 

「?」

 

 押し込んだスイッチは、その空に爆風と共に轟音と悲鳴を響かせるはずだった。

 

 ――どうした?

 

 起爆しない。

 何度押しても駄目だった。

 その間、赤い閃光が次々と撃ち込まれていった。

 何が起きてやがるッ

 スイッチに安全装置でもあるのかと分解を試みようとしたとき、先ほどまでいたビルの方向から赤い光が見えた。

 続いて、右足に重い痛み。力が抜け、日光でフライパンのように熱くなったアスファルトに倒れ込んだ。

 

「ぐあぁぁぁあああ」

 

 火傷しそうな地面で藻掻く。雨で打ち上げられて干からびるミミズになった気分だ。

 目の前に、女が立ち止まる。

 太陽を背に黒河を見下ろしていた。ゴキブリを見るような目つきだ。

 

「……藍那…………」

「栗唐組長は、キングどこですか?」

「……多摩川から……海へ向かっている。船で……商談を……」

「わかりました」

 

 見下ろす女は、無感動な表情で右手に握られた拳銃をスッと向けた。

 

「やめろ……」

「心配しなくてもいいです。仮死状態になる特殊な弾頭なので。……それと、一つ伝えることがあります」

「……あ?」

「わたしは、四宮藍那じゃない」

 

 乾いた銃声と共に、意識は消し飛んだ。

 

☆    ☆    ☆

 

 黒河を無力化させ、所轄の刑事に引き渡した直後、羽田空港の方角へと車を走らせた。

 海運と空運の二つを統括する貨物管理タワーの屋上は地上100m。

 見晴らしは良く、ターゲットの位置も掴みやすい。

 

『蛇沢区長を調べたけど、誰かが擬態しているものじゃない。正真正銘の本人だよ』

 

 右腕に埋め込まれたマイクロ端末から同僚の音無からの通信が届いた。

 

「でしょうね」

『これで、区長が何を考えて政治をしているのか、その謎は振り出しに戻った形だね』

「その謎解きは次の機会に譲るっ。今はキングを止めるのよ」

 

 最上階から階段を登って屋上へ出た。

 南東の方角。多摩川の終わりから広がる東京湾の青い水面が太陽光を反射して輝いていた。

 

「音無。キングの現在位置は?」

『GP4の位置から、157.3984度の方角。洋上のフェリー、距離5037m。……ねぇ、本気で狙うつもり?』

「いいから、現在の気温・湿度・海上の風の方向と強さ、現在位置の緯度と経度。わかる範囲の情報を寄越して」

『らじゃー』

 

 データを参照する一方で、右目のスコープを調整する。

 他のルクスタからのテレパシーで慌てたのだろうか、船尾に栗唐源蔵の赤ら顔が出てきた。おそらく、事態急変を察して船を停止させられる前に逃げる算段だろう。

 慌てふためく表情がレンズ越しに見える。

 頭に響く歯車とモーターのような機械音にももう慣れた。あの日、現在巷でギャラクシーポリスと呼ばれる捜査組織で戦うことを宿命付けられた瞬間から、わたしの躰は純粋な人間ではなくなった。

 栗唐組の中での潜入任務は、それ以前に所属していたゲリラとよく似ていて、居心地は悪くなかった。

 だが、もうわたしの戦場は違う場所にある。

 人間が創りだしたスナイパーライフルではない、異星人の技術により躰を変質させ、己自身を正真正銘の銃へと変えて。

 

「GP04 。リミッター解除申請」

『GP04の申請を送信。…GPαからの許諾を受信。リミッター解除』

 

 音無とは違う応答と共に左腕全体が蠢き、細胞組織の変化が始まり、一瞬で有機物と無機物を混合させたようなライフルが生まれた。

 

『やっぱり無理だよ。船ごと取り押さえるのを待とう』

「その前に他のルクスタがやってきて逃げられてしまう。そしたら、キングは新しい姿に変わって補足が更に難しくなってしまうわ。今なら、ターゲットが栗唐源蔵だとわかっている」

『公表されている地球人の実戦狙撃世界記録は3540mだよ。しかも、今回は海流と海風で不規則に動く洋上の的を五キロ先から撃ち抜くって、正気じゃないよ』

「音無。わたしがゲリラ時代に何て呼ばれていたか、知ってる?」

『那須与一だっけ?』

「ええ。屋島の戦いに参戦したこの武将が、平家が掲げた洋上の扇を弓矢で射貫いて見せたお話は知ってる」

『……知ってます』

 

 体内の血が凝固し、一発の弾丸を作り出す。

 細胞が発電し、発生した電磁気力を射撃エネルギーに変える。

 

「何故、わたしが現代の那須与一と呼ばれるか、教えてあげるわ」

 

 銃身をターゲットへと向け、静かに息を吐く。

 殺傷はさせない威力の調整。温度と湿度による弾の膨張率計算。これらの要素から受ける風の影響。地球の自転から受ける慣性力。波による揺れ。全ての式と解から導き出される銃口の向き先。

 無煙火薬とはだいぶ違う、電磁気特有の一瞬の高音と共に放たれた赤い銃弾は、計算通りの放物線を描く。

 そして、右目で捕らえているスコープ内のターゲットの位置に帰結した。

 栗唐源蔵の巨体が倒れ、慌てふためいた周囲の人間が船内に引きずっていった。

 

『………………』

「観測できた?」

『……お見事デス…………』

 

 左腕を戻し、さっきまでいた戦場へと眼を向けた。

 

「相馬誠司さんは、どうなった?」

『……亡くなっていたよ。襲ってきた一匹のルクスタと重なって倒れていた。持っていたナイフで心臓を抉っていたらしい。追い詰められた状況だけど、相打ちにまで持って行ったようだ』

「そう…………」

『キングが仮死状態になったことで、各地のルクスタの動きが止まったようだよ。作戦は終了だね』

「――任務終了」

 

 一筋の風が吹き、切り裂くように頬を過ぎ去る。

 散っていった一時の仲間達の別れのように感じた。

 

☆    ☆    ☆

 

 浮遊警視庁の応接室は、冷房が効いていた。

 昨日まで過ごしていた地下のアジトとは比べものにならない快適具合だ。

 いくつか設けられている個室に入ると、わたしと同年代の女性が椅子に座っていた。

 

「お久しぶりです。四宮藍那さん」

「お疲れ様です。倉林美希さん」

 

 座っていた女性は立ち上がった。お互い、深く頭を下げた。

 椅子に座り、偽造していたいくつかの身分証明書を机に出した。

 

「ご身分をお貸しいただき、あらためて感謝いたします。本当に助かりました」

「いえ……できることなら、このわたし自らの手で戦いたいと思っていました」

 

 四宮藍那という女性は、大田区出身で欧州の外国人部隊で戦っていた本職の軍人だ。

 警察官倉林美希が、ゲリラのスナイパーとして潜入する身分としては、最も都合が良い人物だった。

 連絡をとり、抗争終結のための潜入任務のために協力をお願いしたのだ。

 

「故郷を救っていただき、こちらこそ感謝いたします」

 

 藍那はふっと笑った。

 

「最後の狙撃、お見事でした。わたしじゃあ絶対無理。力不足を痛感しました」

「いえ、わたしの場合、自分自身の力だけというわけじゃないので」

 

 お互い微かに笑った後、重苦しい沈黙が流れた。

 

「栗唐の人達とルクスタ人は、その後どうなりました?」

 

 わたしは、少し考えてから口を開いた。

 

「栗唐組の構成員達は、皆逮捕され、現在は拘留中です。規模が大きい抗争なので、検察側への資料も膨大なので、裁判も長引くでしょう。ルクスタは……元々、国交を結んでいない、いるはずがない異星人です。元いた星に強制送還となります。銀河連邦も手を焼いている連中なので、その後どうなるかは正直わかりかねます」

「そうですか……。あの、構成員の中に、相馬誠司さんがいたと聞いたんですけど……」

「あ、はい。開発と実行の両面で活躍した方でした。……もうご存じかもしれませんが」

「亡くなったんですよね……」

「お知り合いでしたか?」

「小さい頃、公園で遊んでいた時に壊したラジコンを直してくれたことがあったんです。わたしのことなんて覚えてなかったかもしれないけれど、ちょっとお話して、将来の夢とか、そういうお話をしていました」

 

 藍那は肩を落とし、目を伏せた。

 涙を堪えるようなその表情に、幼い頃の淡い恋の記憶があるように思えた。

 

☆    ☆    ☆

 

 根米家長とアスワード警部への報告が終わり、自室へと戻ってきた。

 潜入任務を終えたわたしを待っていたのは、一週間の休暇だった。

 流石に、ゲリラ気分で警察官をやるわけにはいかない。頭の切り替えをするための時間だった。

 簡素な装飾の部屋は、あのアジトとよく似ているように思える。

 電気はつけなかった。

 冷蔵庫を開け、一本の瓶を取り出した。

 相馬が教えてくれた、日本酒だ。

 ソファに腰掛け、封を開けた。月明かりに照らされたグラスに静かに注いだ。細長い吟醸香が鼻に届いた。

 相馬誠司の顔が暗いテーブルに映ったように見えた。

 

「……献杯」

 

 口に運び、少しの間舌の上で転がしてから呑んだ。

 端麗辛口のやや強いアルコールが喉を焼いた。

 微かに残る余韻が、戦いの情景を呼び起こした。目を閉じると、暗闇に浮かぶアルバムのように、映像が浮かんでは消えた。

 どうやら、わたしは一人で呑むのは向いてないようだった。

 ギャラフォンを取り出し、ヘリアンテスに美味い日本酒を呑まないかと、メッセージを送った。

 

 ――すぐに行きますわッ

 

 返信はすぐに返ってきた。

 今のわたしは、日本人のためだけに戦っているわけじゃない。

 あの地球人そっくりの外見をした、妙に明るい女と話すのも悪くない。

 テレビをつけた。19:00のニュースだ。大田区の騒動で取材を受けている蛇沢栄一郎が映し出された。

 今回は尻尾を掴むことはできなかったが、近いうちに、必ず監獄にぶち込むわたしのターゲットだ。

 

「そう、いつの日か…必ず」

 

 テレビ画面の中の蛇沢はとぼけたように笑っていた。その、刈り上げたショートヘアの額を見つめ、左手を指鉄砲の形にして突きつけた。

 

「――バンッ」




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

○倉林美希(25)
 警視庁 公安部 外事特課 強行犯捜査
 第一係所属。階級は巡査部長。
 警視庁No1のスナイパー。
 四宮藍那の名前で栗唐組に潜入中

○相馬誠司(32)
 栗唐組の構成員。爆弾の製造を担当。

○キング(年齢不詳)
 日本に来たバッタ型異星人ルクスタの長

○栗唐源蔵(60)
 栗唐組組長

○黒河壇(30)
 栗唐組の特攻隊長

○蛇沢栄八郎(62)
 天河組を含めたヤクザ・銀河の他マフィア・裏組織と繋がる悪徳政治家。


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捜査報告書 No.14【留学生】- 羽咋優杜メイン
#1


◎簡単なあらすじ
 高岡高校宇宙人研究部の新田部長が、部活動活性の為にも
 新一年生を大量獲得するべく、部活動紹介に望みをかける。
 そんな中、新田部長が一発逆転を狙える極秘情報を手に入れた。



 *20xx/4/8-7:27

 

「諸君。早朝よりの召集ご苦労」

 

 宇宙人研究部部長・新田豊が何時も通りの尊大な態度で話し始める。

 高岡高校の天文部の部室で早朝から新田部長の招集に全員が怪訝な表情で新田部長を見る。

 

「集まって貰ったのは他でもない。我が部存続の一大転機となる極秘情報を入手した為である」

 

 言葉をかみ締めるように搾り出す新田部長の台詞に集まった部員達が息を呑む。

 天文部員の優杜だけがまたかとため息をついた。

 優杜の経験上、新田部長が悦に入っている時は大抵くだらない思いつきな事が多い。

 新田部長の黒ぶちメガネが一瞬輝くと、

 

「本日より入学する新一年生の中に、宇宙からの留学生がいるとの情報を掴んだ」

「っな」 

 

 その場にいた全員、優杜までが驚きの声を上げる。

 

「部長、それは本当ですか」

「留学生は、何星人ですか」

「当然、女子、女子ですよね」

 

 立ち上がり、前のめりになる部員達を、手を出して制する。

 

「まぁ、落ち着きたまえ諸君」

 

 これ以上ないドヤ顔の新田部長。

 

「君達が興奮するのも分かる。かく言う私も、溢れ出る感情を抑えきれないぐらいだ」

 

 なら、もったいぶらずに教えて欲しいと部員達が抗議の視線を送る。

 

「だが、残念なことに私の優秀な諜報能力を持ってしても、判っているのはそこまでなんだ」

 

 クソ教師どものガードが固くてなと、小声で吐き捨てる。

 

「そ・こ・で・だ!なんとしてもその宇宙人留学生を我が部に」

「当然ですね」

「なんとしても、探し出して勧誘してきます」

「ありがとう、皆協力を頼む。特に羽咋君。君には期待している」

 

 新田部長の情報が本物だとして、あえて自分から劇物をあげる気のない優杜は、わざわざ捜す気もなく。

 

「ええ、まぁ」と曖昧に返事をする。

 

「なにを惚けているんだ。君には使命があるだろう。部活紹介という」

「だから、天野先生からも言われているとおり、そっちの部活紹介はしませんって」

「頼む、羽咋研究員。後生だ。もう、そこは天文部で良い。せめて宇宙からの留学生はぜひ天文部へと一言、一言、壇上で呼びかけてくれぇぇぇぇぇえええ」

 

 早朝から新田部長の叫び声が優杜の鼓膜を突き破った。

 

 

     二

 

 ガタン!

 薄暗い裏路地で、何かが激しく転倒する音が響き渡る。

 

「ちっ、見つかった。逃げるぞ」

「がってん。ボク達は風。捕まるものか」

 

 キジトラ・デ・シルーバとシロ・クロチャは勢い良く走り出すと、その背後から三匹の猫が追ってくる。

 

「「「ニャー!」」」

「ふッ、言葉も理解しない原住民にボク等が捕まるものかよ」

「全くだ、高貴で知的な生き物に生まれ変わってから出直してくるがよい」

 

 そういう二人も、体型・外見的に何処から見ても《猫》。

 地域の野良猫と餌場を求めて縄張り争いを繰り広げている彼等は立派な異星人。

 惑星キティンズで文化を育んで来たミャタマ人だ。

 彼等は己の魂の使命に目覚め、艱難辛苦を乗り越え地球にやってきた。

 だが、その代償はあまりにも大きかった。途中で翻訳機能を内蔵したチョーカーを犠牲にしたのだから。

 結果、地球人の言葉どころか、自分達そっくりの生物である猫にも言葉が通じず、地球人には追い掛け回され、猫には敵とみなされ。

 サバトラ模様のキジトラ・デ・シルーバ、三毛模様のシロ・クロチャ。

 二人はこうして町から町をさすらう日々を送っていた。

 

「ふう、ここまで来ればやつらも追って来るまい」

「くぅ…激しい運動したから、腹が減って死にそうだよ」

 

 そう言って二人は建物の影に寝転がる。

 地球に来た当初、気位が邪魔して行ってかった残飯漁りも、とうとう空腹に耐えかねて身を投じる始末。

 だが、始めてみると残飯は厳重に管理され業者が処理。

 少ない餌場も野良猫グループが牛耳っている為、思うように行かない。

 彼等の体力は何時だって限界だ。

 

「はぁ、こないだ食べた、白くてふわふわしたの、美味かったなぁ」

「熱くて死にそうだったけど、あれは最高だったね」

「せめて言葉が通じれば」

「我々が悪くないと、いや、むしろ栄光ある音楽家だと理解してもらえるのに」

「ん。おい、あれ」

「あれは、確かヤプル・ラボ社製の最新モデル」

「ああ、あれならこの辺境でも、オレ達の言語が入っているはず」

「まさか、あれを盗む。それはダメだ」

「違う、ちょっと借りるだけさ。ちょっと借りて、ちゃんと話せるようになれば理解してもらえる」

 

 トラの言葉に一瞬考え込むシロ、だが、空腹と惨めさが圧倒的に倫理観を上回る。

 

「そうだよね。今のボク達にはあれが必要なんだ。ちょっと借りるだけさ」

 

 あっさりと、考えを翻す。

 そうして意を決した二人は最後の気力を振り絞り身構え。

 

「行くぞシロ、昔やったフォーメーションPだ」

「がってん、ボク達は一陣の風」

 

 いっせいに標的に向け駆け出して行った。

 

 

     三

 

  *20xx/4/8-18:52

 

 ―こまった…

 優杜が最初に感じた感想は実に自分勝手なものだった。

 突如、前方から小走りにやってきた少女は、優杜の前で立ち止まると、ものすごい剣幕で話しかけてきた。

 優杜が通う高岡高校のブレザーの制服、リボンは青色、一年生で間違えないだろう。

 トラブルが発生して、同じ高校に通う人物を頼って話しかけてきた感じだ。

 確かに周りを見ると、同じ高岡高校の制服を着ているのは優杜だけだ。

 この往来の激しい人ごみの中、わざわざ優杜を選んで向かってきたも疑問だが。

 最大の問題は彼女が何を言っているのかさっぱり分からない事だ。

 支離滅裂なことをしゃべっているのではなく、言語として理解できない。

 発音やイントネーションからして、英語やドイツ語など良くテレビで耳にする言語とも違う。

 そして、同時に朝の新田部長の言葉がよぎる。

 異星人のの留学生………

 くせ毛ではあるものの黒い艶のあるミディアムの髪、目鼻立ちの薄い顔立ちに少し垢抜けない白い肌。身長も百五十後半ぐらいで何処から見ても、日本人の女子高生に見える。

 だが、間違いなく彼女の発している言葉は日本語でも、方言でも、英語でもない。

 

「ごめん、なにを言っているかわからないけど、とりあえず、落ち着いて」

 

 掌を下に、下にと落ち着くように動かす。

 ダメもとでスマホを取り出し、翻訳系アプリから言語一覧を表示させるが、彼女は首を振るだけ。

 こんな時、新田部長達がいたら、異星人用の言語データとか持っているかもしれないと一瞬脳裏に浮かび、すぐさま危険行為だと否定する。

 彼女を部員達に会わせる訳には行かない。

 かなり遠いが、谷中銀座の守銭堂に行くか、警察に行くか、素直に110番してギャラクシーポリスに来てもらうか、どうしたものかと思案していると、彼女が大声を上げ、優杜の腕を掴み突然走り出す。

 

「ちょ、ちょっと…」

 

 路地裏のさらに小さな小道の先に入り混むと、悠々と歩いて猫がビックと一瞬動きを止めて俊敏に塀の隙間を走り去って行った。

 彼女は歩みを止めて肩を落とす。振り返ると再び話しだすが、さっぱり理解できない。

 

「猫。猫に何かあるの」

 

 優杜はスマホの画面に猫の写真を表示させると三毛猫の写真に反応を見せた。

 

「猫、マジで猫なの。まさか猫が盗んだなんて言い出すんじゃないよな」

 

 今度はSNSのスタンプから、猫が走っている。覆面をしている小悪人。荷物を持って走っている。びっくりしている。落ち込んで泣き崩れているスタンプを順番に表示するす。

 彼女は意味を理解したのか、今までになく力強く何度も頷く。

 

「マジかッ」

 

 その上で、彼女は自分の手首を掴んで輪っかのように形作る。

 

「もしかして、翻訳機ブレスレットタイプ」

 

 ブレスレット関係の一覧を出すと、ミサンガの写真でうなずく。

 猫がミサンガ奪って逃走。お魚銜えたドラ猫追っかけて言う今時ありえない歌詞がまともに思えてくる。

 これは本格的に自分の手には負えない。

 素直に警察に行こう、そう優杜が決心した瞬間。

 彼女が犯人を見つけたとばかり声を上げて走り出す。

 

「ああ、もう待てってば」

 

 まさかこのまま見捨てるわけにも行かず、優杜も慌てて後を追った。

 

 

    四

 

「やったぞ」

「さすがはボク達。何をやらせても完璧だね」

 

 小さな公園の草むらに息を切らせながら倒れこむミャタマ人のキジトラ・デ・シルーバとシロ・クロチャ。

 二人は自分達の偉業を誇らしげに語るが、直ぐに立ち上がるだけの元気は残っていない。

 

「これで、今晩からメシが食える」 

「それに暖かい寝床もね」

 

 シロは奪った帯状のものを空に突き上げて満面の笑みを浮かべる。

 

「ヤプル・ラボ社の最新モデルなんて、一生縁がないと思っていたけど」

「まさかこんな辺境の地で手に入れるとは」

 

 もはや彼等の認識は盗んだことを忘れている。

 

「ほら、トラ。つけてみなよ」

「いやいや、シロ。せっかく今手にしているんだ。お前が付けろよ」

 

 二人はゆっくりと起き上がると、小さく頷いて。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて…」

 

 シロが手にした帯状のものをゆっくりと首に巻く。

 肉球をひし形模様の部分に軽くタッチすると首にフィットするように巻きついて動作完了…のはずが。

 二人の目の前にスクリーンが投写され、なぞの文字がいっせいに表示される。

 

「な、なんだこれ」

「ふむふむ」

「えっ、トラこれ読めるの」

「こう見えても、銀河標準文字の成績はDマイナーだ」

「さすが、ボクなんかEしか取った事ないよ。で」

「ふむ、警告がさっきから出ているのだが、それ以外はさっぱり」

「えっ」

 

 ガサガサッ!

 

「「ぎゃぁああ」」

 

 草むらからの異音に、身を寄せ合って恐れおののく。

 

「ぬぁああごぉ」

 

 威厳に満ちたメインクーン似のボス猫と子分の猫が茂みから堂々と現れる。

 

「はぁ、なんだ大将か」

「てっきり、また悪魔のサイード人かと思ったよ」

「てか、君等もほんとうにしつこいね」

 

 言葉は分からなくても、馬鹿にされているのは雰囲気で伝わるもので、大将と呼ばれたメインクーン似の猫が怒りで毛並みを逆立てる。

 いくら空気を読めない二人でも流石に危険を感じて、瞬時に警戒態勢を取る。

 

「やるか」

「ボクは負ける気しないけど、弦を押さえる指が心配だね」

「ほんとは勝てるけど、仕方がない。今日は空腹だから勘弁してやらぁ」

 

 トラが啖呵をきったと同時に、野良猫達が一斉に飛び掛る。

 空腹と疲労で体力は限界だが、身に危険が迫れば話しは別だ。

 ありえない瞬発力と跳躍力でそれらをかわすと、一気に公園を走りぬける。

 

「鬼さんこちら」

「追いつけまい。オレ達は一陣の風さ」

 

 二人は逃走の経験から、彼等、野良猫が苦手な人通りの多い道に抜け出る。

 

「ヤバイ。前」

「あれ、さっきの」

 

 翻訳機を取られた少女が二人を捕まえようと追っかけてくるのが見える。

 慌てて路地裏へ。

 

「なぁあああごおお」

 

 そこに待ってましたとばかりに、野良猫軍団が追尾してくる。

 

「くっ。前門のアスワード、後門ヴォルフォルのか」

「どうしてボク達ばかり」

 

 自分達の事を棚にあげる。彼等の最大の武器だ。

 

「ちくしょう。お腹がすいていなければ」

「ねぇ、あれ。前に温かいふわふわをくれた」

 

 追いかけてくる少女の後ろに、走ってくる優杜の姿を見つける。

 

「まさか、彼まで裏切ったというのか」

「信用していたのに。このまま裏切り者に捕まるのか」

「あ、足が、これ以上は走れない」

「諦めちゃダメだ。この星でビックになるって誓ったじゃないか」

「そうだった。オレ達は負けない」

「そうさ」

「危険だが、やるか」

「危険だって。ボク達は一陣の風。危険のほうが避けて通るさ」

「よし、今だ」

「ボク達は」

「「一陣の風」」

 



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#2

  *20xx/4/8-19:01

 

「ちょっと待った。死ぬ気か」

 

 自動車が行きかう大通りを、問題の猫を追って飛び出そうとした少女を、優杜は間一髪掴んで飛び出しを止める。

 最初に二匹の猫が飛び出し、それを追って少女が飛び出そうとしてきた為、慌てて急ブレーキをかける音が街中に響き渡る。

 一台がハンドル操作を誤り、歩道に突っ込もうとした所に、赤い壁が突如現れ、はみ出そうとした乗用車を受け止める。

 

「ふんっ」

 

 そこには今に胸元がはちきれそうなタンクトップ、警視庁の文字が入ったジャケットを羽織った赤鬼、ゴンジーマ人のザーマックが自らを盾にして車を止めていた。

 背中が少し盛り上がっているところを見ると、中に相棒のシレームもいるのだろう。

 ザーマックはつかんでいた二t近くある乗用車をそのまま降ろすと、ドライバーに怪我はないかと尋ね、ドライバーは無言で頷いた。

 そのまま二三言葉を交わすと、驚愕の表情のままドライバーは走りさった。

 

「おい、少年」

 

 騒ぎを起していてお咎めなしだとは思わなかったが、振り返って近づいてきたザーマックの姿に思わず笑いを堪える。

 タンクトップの胸元にも警視庁の文字。ここまではっきり主張しないと、確かに傍目には凶悪犯に見える風貌だ。

 

「こんばんわ。ご無沙汰してますというのも変でしょうが」

「そっちもな。で、ついでに色々聞きてぇんだが」

「ええ、こちらも話したいことが色々…」

 

 まだ猫が逃げたほうを未練たっぷりに見ている彼女を強引に引っ張って一度その場所を離れると、優杜は現れたシレームとザーマックにこれまでの経緯を話す。

 事情を理解したシレームは、未知の言語で少女と話し始めた。

 

「分かった。説明する」

 

 唐突に日本語に戻したシレームに、ザーマックと世間話をしていた優杜は、それが最初日本語だと気づかずに、しばし思考が停止する。

 

「トラブル内容」

 

 優杜の返事を待たずに、マイペースにシレームがつぶやく。

 

「ええと、彼女が巻き込まれたトラブルの内容が分かったから説明するって事?」

「イエス」

 

 この青鬼のような小さな異星人はとにかく必要最低限しか言葉を発しないので、違う意味で会話が成り立たない。

 とりあえず、根気良く話を聞いていると、彼女が猫に盗まれた翻訳機のセキュリティが働いて、待機していたシレーム達がセキュリティアラームの発生した地点に急行。

 今でも、アラームを辿って追跡は可能だが、アラームは常時発信しているわけではなく、約三十秒に一回なので、正確に追跡できいない。

 発信機の履歴で、相手の行動がある程度分かっても、相手が小動物ではガサツなザーマックでは捕まえにくい。

 なので、行動を先読みして捕獲を試みるから囲いに協力して欲しいと、たったこれだけを聞き出すのに十分が経過していた。

 

「………」

「どうした少年」

 

 シレームの話を聞きだし終わって、考え込んでいる優杜にザーマックが声をかける。

 

「いや、あの猫。どこかで見覚えがあるなぁって、思って…」

「近所の猫なのか」

「いや、うちの家はこの辺じゃなくて…。あッ」

「なにか思い出したか」

「えっと、バカげているかもしれないけど、こんな作戦どうかな…」

 

 

     六

 

「なぁ、絶対なめられてるよな」

「全く不愉快だね。ボク達は孤高の戦士だと言うのに」

 

 必死の思いで野良猫と人間達を突き放したトラとシロ。

 二人は休める場所を求め彷徨っていた。

 その行く手の先に、これ見よがしに白くて丸い食べ物が置かれていた。ご丁寧に紙皿の上に載せてだ。

 

「こんな幼稚な罠が見抜けないとでも思っているのか」

「ふん。罠とわかっていて、飛び込むバカはいないよね」

 

 と、物陰からグチグチと二人はつぶやき合っているが、目線は肉まんに釘付け、口元は締りがない。

 

「ねぇ、トラ」

「ああ、分かっているやつらの狙いはヤプル・ラボ社の翻訳機だ」

「分かっているなら」

「卑怯な。卑しい地球人の分際で。これは我々が苦労して手に入れたんだぞそれは。それを、こんな方法で…」

「ボクも悔しいよ。これは血と汗と涙の結晶だ。でも、悔しいのは相手にじゃない。こんな理不尽や、横暴を受け入れることしか出来ない今のボク自身にだ」

「くっ、確かに。オレ等にもっと力があれば」

 

 二人は理不尽に唇?み締め、悔しさに涙を流す。

 グルグルグルゥゥ…

 そして、諭すようにお腹の蟲が悲鳴をあげる。

 

「行くか」

「ああ、そうだね」

 

 どういうとシロは首に巻きついた翻訳機を外す。

 

「いつか、この悔しさをバネに」

「ビックになる」

 

 翻訳機を口に銜えなおすシロ。

 

「フォーメーションTだ」

「ふぁてん(がってん)」

 

 二人は明日(肉まん)に向かって走り出した。

 

 

「有難うございます」

 

 少女はようやく日本語でそうお礼を述べると、深々と頭を下げた。

 

「いや、無事に戻ってきて良かったよ」

「無事なのが一番だな」

「せっかく戻ってきたのに、獣臭くない?」

「この程度なら洗うまで我慢できますよ、それに、私のミスなので」

 

 と言いながら、彼女は手首を鼻先に近づけると、一瞬いやそうな顔をする。

 

「ザーマックさん。猫捕まえなくて良かったんですか」

「猫を捕まえても手柄にならん。それに事件は解決だ」

 

 捕獲作戦前にもしかしたら猫は異星人かもしれないと話しもあったのだが、結局は翻訳機を囮に肉まんを奪われ逃走されてしまった。

 真偽のほどは不確かだが、そんな器用な猫がいるとは考えにくい。

 なので、異星人の可能性は高い。

 異星人なら犯罪者としてシレーム達は追わなければならないのだが、猫なら話しは別だ。

 ここは大人しく猫ということにしておこうという話の流れになった。

 

「さて、暗いし地球にまだ不慣れだろうから、送るぞ」

 

 そう言ってザーマックは少女に手を差し出す。

 

「さすがに手をつなぐのは恥ずかしいですよ。でも、お言葉に甘えて、お願いします」

 

 ザーマックは少し残念そうな表情をしながら、笑顔を取り戻し。

 

「じゃぁな、少年」

「本当に有難うございました。また、明日学校で」

「…ん、ああ、そうだね。明日また学校で」

 

 少女はもう一度深々と頭を下げると、ザーマック達と共に雑踏の中に消えていった。

 

「また学校でか…」

 

 優杜はなんとなくそうつぶやいて、学年も違うし、そうそう会うこともないだろうなと思いながら歩き始め。

 

「しまったッ。異星人をそのまま帰しちゃまずいだろう。オレ」

 

 ドヤ顔をした先輩達に取り囲まれる少女の姿が脳裏をよぎる。

 その光景に、今後の事とか色々と悩んだ挙句、ため息混じりに決心する。

 

 

    七

 

  *20xx/4/9-8:10

 

 高岡高校の校門からフェンス沿いに桜の木が並んでいる。

 その桜の木に身を隠すように、優杜はじっと校門を見つめていた。

 新一年生はまだ部活に未所属なので、朝練時間には登校しないだろうが何時登校するか分からず、かれこれ三十分以上前からそこにいる。

 端から見れば、あからさまに不審者だ。

 小高い丘の上に立っているから高岡高校と名づけられたと噂のある優杜の学校は、正門に向かう少し急な坂道を登らなければたどり着けない。

 当然、桜の樹の陰からだと下り坂は見えず、少女が校門を過ぎたところで発見して、慌てて駆け出す。

 

「あのう」

 

 間抜けな声掛だ。せめて昨日、名前ぐらい聞いて置くべきだったと優杜は今更ながらに後悔する。

 

「おはようございます。昨日は有難うございました」

「あ、うん。こちらこそ。その、ええと、話があるんだけど、いいかな」

「はい。大歓迎です。私も用事があったので」

 

 元気よく返事をしてくれた少女の笑顔に優杜の心臓が一瞬高鳴る。

 昨晩は突然だったし、彼女も必死だったから険しい表情をしていたが、こうして元気な顔を見ると、奇麗でかわいい顔している。

 トキメキかけた優杜は、慌てて新田部長の顔を思い出して慌てて心を静めた。

 出来るだけ目立たないように、小声でこの場から少し離れるように伝えると、少女は素直に応じてくれた。

 既に好奇の視線が二人に降り注いでいるが、彼女はお構いなしのようだ。

 

「じゃぁ、こっちへ」

 

 桜の樹の奥を指して移動する。

 好奇の視線から逃れるのに、完全に人気のない所へ行きたいが、流石にそんな大胆なことをする勇気はなく、話が聞こえない場所ならばと元いた桜の木の蔭へ戻っていく。

 

「「あのう」」

 

 優杜が足を止め振り返ると、二人同時に声をかける。

 そして、お互いに小さく笑いながら相手の出方を待つ。

 程なくして、優杜が突然頭を下げ。

 

「ごめん。勝手なお願いなのは分かっている。どうしても君に合わせたくない連中がいるんだ。だから、せめて、せめて異星人だって事を秘密にして欲しいんだ」

 

 初対面ではないにしろ、いきなり意味不明なことを言っている自覚はあるが、中々事情を説明しずらいのも事実だ。

 既に一年生の間では周知の事実で、部長達の耳に入っている可能性もある。

 それでも、頭を下げてでも接触を避けないことには天文部が本当に乗っ取られかねない。

 

「頭を上げてください…、そうだ。自己紹介まだでしたね。私、本居五十鈴(もとおり いすず)。本名はモトゥーリン・シュズっていいます」

「オレは、羽咋優杜、見ての通り二年生。ええと、モトオリさん。その本名って…」

 

 昨晩は暗いから日本人と見間違えたかと思ったが、明るいところで見ても異星人とは信じがたい。

 

「流石にウズノメ人の留学ってのは色々あって、問題視されてしまったので。ほら、私達ウズノメ人ってこの国の人と容姿が似ているので。一応、外国から帰ってきた日本人って設定です」

 

 部員の菊本がそんな異星人がいると力説していたのが頭の片隅から掘り起こされる。

 

「もしかして…」

「ええ、私が異星人だって知っているのは一部の教師と優杜先輩だけです」

 

 一瞬、優杜の脳裏に秘密を知ったからには…と言う映画等のワンシーンが浮かぶ。

 五十鈴がにこっと微笑むと、かばんの中に手を入れ何かを取り出そうとする。

 恐怖のあまり優杜は顔を引きつらせ、半歩身を引く。

 

「なので…」

 

 優杜は片腕を上げ、意味もなく胸元を守る。

 

「このことは秘密にしてください。それとこれ、昨日のお礼です」

 

 五十鈴はかばんから綺麗にラッピングされた小包を取り出し優杜に差し出す。

 

「えっ」

 

 かばんから取り出されたものを凝視しながら、次の言葉が出てこない。

 

「あれ、私何か間違ってますか。ハッテ姉さんに、地球人へのお礼と、お願いをするには手作りクッキーを渡すのが文化だって聞いたんですけど…」

 

 上目使いに心配そうにのぞき込む五十鈴の表情に少しドキリとしながら、間違った想像をしていた優杜は、慌てて身構えた腕と引いた姿勢を正し。

 

「いや、その、完全に間違えじゃないけど。ありがとう。素直にうれしいよ」

 

 少し緊張気味に小包を受け取る。

 すると、今までの懸念や緊張感から開放されたのも手伝って、優杜は無性に込み上げて来るのを押さえきれず、笑い始める。

 

「や、やっぱり、変、変なんですかこれ。ハッテ姉さん時々変なこと言うから」

「ごめん、ごめん、笑ったのはこっちの勘違いで悪気はないんだ。そのお姉さんのことは正しいよ」

「本当ですか。はぁ、なら良かった。まだ地球の風習に不慣れで、ちょっとドキドキしてましたから」

 

 五十鈴の憂いていた表情が一瞬で明るくなる。

 

「大丈夫。ちゃんと約束する。君の事は、秘密は絶対に守るって」

「ありがとうございます」

「でもさ、なんでこの何にもない、うちの高校に来たんだい。もっと良いところがあっただろうに」

 

 公に異星人を受け入れている私立の学校は増えてきている。

 わざわざ、何もない公立の高校に来るのも不思議な話だ。

 

「親戚の叔父さんがこの学校で働いているからです」

「それって…」

 

 この学校に既に異星人がいるって事、と出かかった言葉を飲み込む。

 しかし、彼女はそれを勘違いしたらしく。

 

「そう、天野先生です。…あぅ。またやってしまった。こ、これも内緒ですよ。特に私が言ったなんて」

「あ、うん。ヤクソクスル」

 

 灯台下暗し。部長達が知ったらどんな反応するのかすごく楽しみと思う心を、優杜はすぐさま全否定に走る。

 

「もうバレたついでに聞いてくださいよ。事情を知っているからって、担任は卒業するまで叔父さんだし、課外活動は天文部って所以外認めないって、ひどいと思いません」

 

 そして優杜からしたら一番聞きたくなかった言葉が飛び出す。

 

「天文部だけ。そう、ソレハザンネンダネ」

「私、本当はですね…」

 

 キーンコーンとここで予鈴が鳴り響く。

 

「それじゃぁ、また後で、優杜先輩」

「ソウダネ。マタアトデ…」

 

 表情が凍り付いていく優杜とは対照的に、五十鈴は爽やかな笑顔で駆け出していった。

 

 一限目も終わり、自由な時間を満喫したい優杜だったが、当然のごとく教室にやってきた【宇宙人研究部】の面々に取り囲まれる。

 無論、優杜が逃げられないようにだ。

 

「これはこれは、羽咋研究員。今日は朝からお楽しみだったそうじゃないか」

 

 友人やクラスメイトは気を使ってか遠慮していた質問を新田部長は堂々としてくる。

 朝から校門を見張り、下級生を少し離れたところに引っ張っていき、おまけにプレゼントらしきものを貰っていたとなれば、こうなることは予想できた。

 誰かが問いただしに来るだろうと。

 しかし、よりにもよって新田部長からなのが一番堪える。

 

「でだ。例の宇宙人は見つかったかね」

「探すわけないでしょ。オレは天文部です」

 

 他にも言いたいことはあるが、これ以上は口が裂けても言えない。

 

「大丈夫。君は天文部で構わないさ。だが次の時間の部活紹介。分かっているだろうね」

 

 そう言ってスマホで取った映像を再生させる。

 音声こそ通学中の生徒達の会話で、望遠で撮られた優杜達の会話は入っていないが、間違えなくクッキーをテレながら受け取っているシーンだ。

 恥ずかしさのあまり、本気で部長のスマホを奪って叩き壊そうと腕を伸ばすが、菊本や窪内先輩に止められる。

 

「ちょっとあんたら。本気でやって良いことと悪いことの区別もないのかよ」

「ふん、宇宙人のためなら悪魔にだって魂を捧げる」

 

 本気で悪魔に魂を捧げかねない。既に売ったと噂さえある。

 

「部長、やはり今ここで彼を亡き者にして。私が代わりに」

 

 優杜の腕を絡めながら、同じく悪魔に魂を売りかねない窪内先輩が言う。

 端から見れば美人なのに行動や言動がおかしいと、学校一の残念美人の評判はダテじゃない。

 

「待ちたまえ、思いは皆一緒だ。だが、あえて羽咋研究員にやらせるのには意味があるのだよ」

「意味ですか」

「これは一種のイニシエーション。部活紹介で宇宙人研究部を紹介する事により、芽生えるのだよ。彼の中の宇宙人魂がッ」

「なるほど、さすがは部長。そこまで深い考えが」

 

 本当に感涙して菊本が叫ぶ。

 

「分かりました。部長がそのようにお考えでしたら」

 

 窪内先輩も納得したとばかりにうなずく。

 新田部長がスマホをちらつかせながら言う。

 

「そう言う訳だ。ここはお互いの未来のためにも、共闘しようではないか」

 新田部長が手を上げると、二人は絡めた腕を放す。同時にチャイムが鳴り響いた。

 

「任せたぞ、羽咋研究員」

 

 腕を大きく振り上げてガッツポーズをとりながら去って行く宇宙人研究部員達。

 優杜はクラスメイトの同情と哀れみの視線を一身に受け、席を立ち、哀愁漂う背中を揺らしながら体育館へと向かう。

 天文部の部活紹介で五十鈴がどんな表情をするのかをちょっとだけ期待して…。

 



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捜査報告書 No.15 【稔侍歌舞伎町シリーズ①】- 山浦稔侍メイン
『ゆかり編~色欲街のオアシス』


◎簡単なあらすじ
 歌舞伎町界隈で変死体が続発。
 被害者はいずれも女性で、腹部から食い破られた形跡あり。
 新宿ゴールデン街にあるバー「ゆかり」の店主ゆかりから
 とある風俗店が怪しいとの情報を得た念侍は
 真相を確かめるため、潜入捜査を試みる。


歌舞伎町のはずれにある小さな公園の公衆トイレの一室で女は苦しんでいた。

 腹が風船のように膨れあがり、中で何かがもぞもぞと蠢いている。明らかに赤ん坊とは違う、そいつが無理やり腹をこじ開けて出てこようとしているのだ。

「だっ、だめっ…、やめっ…あっ」

 それを押さえつけようとする女。だが、そんなことで押さえつけられるはずはなく、女の腹が限界を超えた。

「ぐはっ」

 腹がはじけ、鮮血があたり一面に飛び散る。

 薄れゆく女の目に写る、ゆらりと立ち上がるハチの様な化け物。だが次の瞬間、そいつはパンッ!とはじけて消えた。

 

 商業ビルが立ち並ぶ日本有数の繁華街、新宿。その一角に、まるで時が止まったかの様に古い木造建ての建物が所狭しと密集している一角がある。

 そこが新宿ゴールデン街。異星人たちが闊歩するギャラクシーポリスの世界でも、この街は新しい客層をのみこみながら変わらず健在だった。外見は古いが、情報は最先端、懐は無限大。かつては攘夷派と開星派がともに対立し、また互いの認識を分かち合った場とも言われている。

 そのメイン通りから外れた片隅にひっそりとバー『ゆかり』があった。人通りが少ない場所でもあるが、古く重苦しい扉は一見さんの入室をさらに拒むかのような雰囲気を醸し出していた。

 『ゆかり』の店長の花園ゆかりは愛嬌があり、色白で和服が似合う美人だ。噂をききつけた客たちでにぎわってもよさそうだが、どうやら本人がそれを拒んで、取材、写真、SNSへの投稿は一切禁止、また凛とした趣は気高く、近づき固いオーラを発していた。

 そんな隠れ家的な店のカウンターの奥に一人、数少ない常連客が腰かけていた。がっしりとした体格に黒スーツ、五分刈りで強面の姿は他者をひるませるすごみがあった。

「ねぇ、本当に行くの?」

 ゆかりが心配とも嫉妬とも思えぬ表情で男に尋ねる。

「ああ、やっぱ確かめないとな」

 男がにやりと笑う。

「もうっ、いやらしい」

 ふてくされたゆかりが男から酒を取り上げる。

「あっ、おいっ」

「酔ってちゃ、できないでしょ」

 くいっ、とゆかりは一気に飲み干した。

 

 眠らない街、東洋一の歓楽街と称される新宿歌舞伎町。

 平日の夜にも関わらず、今日も人々の流れは途絶えることなく続く。

 大声で歌う酔っ払い、人目もはばからずキスするカップル、飲みすぎて道端で倒れこむ若者。客引き防止条例のアナウンスが流れる中、相も変わらず、客引きが次々と声をかけてくる。

 そんな雑踏の中をピンク色の派手なシャツを着崩して、ほろ酔い加減の男が歩いていた。趣味の悪いゴールドのネックレスが何かと目を引く。先程のスーツ姿からは一転、これがこの男の歌舞伎町スタイルだ。ゆかりの時の凄みはどこへやら、人懐っこく、柔和な表情はまるで別人で、威圧的だった五分刈もこうなると寧ろかわいらしく見えるから不思議だ。男はこの界隈ではちょっとした有名人のようで、顔なじみの客引きが次々と声をかけてくる。

 冗談交じりに客引きをうまくあしらう男。昔と違い、あっさりと引き下がる客引きに少々物足りなさを感じながら、男は裏通りのビルにたどり着いた。

 男の視線に気づいたボーイが声をかけてきた。

「お兄さん、いい娘いますよ。どうですか?」

「本当かよ。この前来た時はすげえババアだったぜ」

「その時はタイミングが悪かったんですよ。絶対大丈夫。先月、女の子総入れ替えしましたから」

「らしいな、調子いいみたいじゃないか」

「噂を聞いてきたんですね。じゃあ」

「一戦やろうじゃねぇか」

 

 ピンク色の部屋は甘い香りに満ちていた。室内の芳香剤とは違う、明らかに目の前の女の体内から漂ってくる。

 男のブツは部屋に入ってからというもの、はじきれんばかりにできあがっており、今にも爆発寸前だ。

「ねぇ、早くぅ」

 腰をくねらせて女が誘う。女の方もすっかりとろとろで蜜が止まらない。

「よしよし、今いくぜ」

 念侍は女をまさぐっていた指をひとつに束ねた。

 蕩けた表情の女が不思議そうに目を向ける。

 柔和だった男の表情が鋭い目つきに変わる。

 一瞬、女の背筋に恐怖が走る。と、次の瞬間、男は女の股間に一気に指を突き入れた。

「ぐはっ」

 女が快感なのか苦しみともつかない表情で悶える。

「我慢しな、もう少しだ」

 女の胎内を探る男…いた。男はそいつを掴むと、一気に引き抜いた。

「ぎゃぁ~」

 女は衝撃で悲鳴を上げ、気絶する。

 男が女の体内から引きずり出したのは、うねうねと動くこぶし大の蛆虫だった。

「どうだ?音無」

 ギャラフォンのカメラを通して確認させる。こぶしに掴まれてもがいていた蛆虫がパンッ!と弾けて体液をぶちまけた。

「間違いない。サキュッパの幼虫だね。地球の空気に触れ、破裂しやがった」

 目の前の女からまるで風船がしぼむかのように若さが失われ、しわくちゃの老婆へと変貌する。虫の影響とはいえ、こんな女に欲情していたとは我ながら情けない。

 ドンッ、ドンッ、ドンッ!とドアが激しくノックされる。

「お客様、どうかなされましたか?」

「・・・・・・」

 男はとっさに天井の監視カメラに向けてタオル投げつけると、左手首にある玉虫色の腕時計のスイッチを押し、ゆっくりと息を殺した。

「失礼いたします」

 扉を開け、黒服の男が入ってきた。ベットの上で気を失っている女以外、誰もいない。ここは窓ひとつない風俗店の一室。どこにも逃げ場などないはずだ。慌てて携帯で連絡を取ろうとする黒服、その背後で何か気配を感じて振り向くが、やはりそこには何もいなかった。

 

 間違いない、奴はここで消えている…。

 店長は監視カメラの映像を何度も見返した。

 出入り口は一つだけ、部屋には粗末なベットと浴槽があるだけで、隠れる場所など、どこにもない。天井の監視カメラにタオルが投げつけられて落ちるまでの、映像が遮られたわずか数秒の間に、男は室内からその姿を消したのだ。

「間違いありません。公安部外事特課強行犯第一係、山浦念侍。奴はギャラポリの一員です」

 顔の映像データーを検証していた部下が叫ぶ。

 ただのエロ親父かと思い、油断した。この界隈でよく遊んでいる通称成金坊主。だるまのような人懐っこい丸顔と派手な外見、そして金払いの良さはこの界隈ではちょっとした有名人で、この店にも何度か来ている。データー状の強面とは全く別人で、分析しないとわからなかった。まさかギャラポリだったとは。

 入口の扉が開き、強張った表情でさっきの黒服が入ってきた。

「おいっ、勝手に入って…」

 黒服が突き飛ばされ、次の瞬間、ぐっと喉元を何者かに捕まれた。相手の姿は見えない。

「おいっ、卵はどこだ?」

 苦しい。声が出ない。ギャラポリの連中は特殊な能力を持つ者が多いという。これは奴の能力か?

 店長の異変に気付いた部下たちがざわつき始めた。

 店長の首筋が手の形をかたどるように透明になっている。まさに透明人間が店長の背後から首を絞めているようだ。

「動くなっ!」

 ドスのきいた声が響き、全員の動きが止まる。

「卵を持ってきな」

 顔を見合わせる部下たち。

 店長の目にモニター画像の一つがふと入る。平然と女性の体内から虫を引きずり出す念侍の映像…その鋭い眼差し…首を絞める力がさらに強くなった。こいつは躊躇なくやる男だ…そう悟った店長はそれ以上抵抗することなく、あっさりと観念した。

 

 

 『連続女性変死体の謎。違法生物持ち込みの風俗店摘発』のテロップと激しくまくしたてるアナウンサー。

 複数のパトカーがビルを取り囲み、中から店長以下、従業員や女性、客たちを次々と連行していく。

 歩いてわずか数分の場所なのに、TVの映像ではまるで別世界のように感じる。

 ゆかりは落ち着かない様子で画面の端々に目を配らせていた。アナウンサーや警官、犯人などどうでもいい、ゆかりが探しているのは…と、ふとした気配にゆかりはほっと胸をなでおろした。

「はいっ、お疲れさま」

 ゆかりは誰もいないはずのカウンターの上のグラスに酒を注いだ。

「マジかよ。よくわかったな。今回こそは上手くいったと思ったのにな」

 腕時計のスイッチを操作し、透明化を解除した念侍が姿を現す。黒服や店長は騙せても、何故かゆかりには通用しない。

 ゆかりはふふっとほほ笑んだ

「女の感」

「ちっ、なに言ってんだ」

 念侍は注がれた酒を一気に飲み干した。念侍の好物の大吟醸『大銀河』が疲れた体に染み渡る。

 ゆかりがそっと小鉢を差し出す。これまた念侍の好物の里芋の煮っ転がしだ。ったく、悔しいくらい念侍のことは何でもわかっている。

 ゆかりが二杯目の酒を注ぐ。

「あれっ?俺のボトルまだあったっけ?」

「新しいの開けたわよ」

「勝手に開けるなよ。そんな金、ねえぞ」

「ボーナス払い。つけとくわよ」

「ったく、商売うまいな」

「払わないで済む方法もあるわよ」

 ゆかりが媚びた瞳で念侍を見つめる。その瞳に吸い込まれそうな自分を振り払い、

「冗談じゃねぇ」

 と、一気に飲み干した。

 少しさびしげな表情を浮かべたゆかりに念侍は少し後悔の念を持つ。

 と、突然、念侍のギャラフォンが鳴り出した。アスワードからだ。

 無視してやろうかと思ったが、そうもいかない。

 ゆかりがそっと席を外す。

「おつかれさま。卵は無事に回収した。鑑識に回す」

「ちゃんと経費で落とせるんだよな。今月は厳しいんだよ」

「領収書もらったか?部長次第だな」

「やめてくれよぉ。歌舞伎町の捜査は金がかかるんだよ」

「それより念侍、これから区役所方面に行けるか?」

「おいおい。俺はひと仕事終えたばかりだぜ」

 やっぱり出るんじゃなかったと少し後悔した。

「新しい被害者だ。これまで同様に腹を食い破られている」

 その言葉に念侍は愕然とした。だがそんな気もしてはいた。違法生物の星外密輸、とてもあんな小さな店で収まる事件ではない。今回はその糸口を掴んだにすぎないのだ。

「女たち、すべてが被害者というわけじゃない。お前が相手したばあさん。あれ、やる前は20代の魅力的な女性にしか見えなかっただろ?そういうこった。俺は見ててげっそりだったがな」

 ケケケと、呼んでもいないのに音無が勝手に割り込んでくる。

「もうこんな時間だ。今日のところはやめとくか?」

 アスワードが優しくきりだす。

「いやっ、わかった」

 と、ギャラフォンを切る。

「おいっ、今から仕事だ。つけといてくれ」

「ちょっと待って」

 急いで席を立つ念侍をゆかりが引き止める。

「だめっ、そのまま動かないで」

 振り向こうとした念侍をゆかりが制す。

 カチッ、カチッと首筋で石を打ち鳴らす音がする。

「なんだそりゃ?」

「ゲン担ぎ。一度やってみたかったの。時代劇とかでよくやっているでしょ」

「へっ、バカバカしい」

 そう言い捨てて念侍は店を後にした。

 そして念侍はふと思う。あいつは本当にできたヤツだ。気づかいが出来て、心優しく、おまけに美人…いや、そんなことよりも、とにかくあいつと一緒にいると心が休まる。念侍ももう40歳、女房にするのならあんな人がいい…と。が、あわててその考えを振り払った。いや、俺は何を考えているのだ。そもそもあいつは男だっ!

 

続く

 

 

 




登場人物

 ○山浦稔侍(40)
  破戒僧。エロ親父。特殊な機械で透明になって活動できる。

 ○花園ゆかり(42)
  新宿ゴールデン街の外れにあるバー「ゆかり」の美人店主。
  和服が似合う大和撫子。だが男だっ。

 ○寄生虫サキュッパ
  星外から違法に持ち込まれた寄生虫。女性の膣の中で、男性の精を餌に成長。
  最後は宿主を食い破って体外に出る。虫の特性上、宿主となった女性は若返り、
  男性を引き付ける強烈なフェロモンを発するため、
  その特性を利用する者が現れた。幸いサキュッパは地球の環境では
  生存できないため、被害が拡大することはなかったが、
  それゆえ発見が困難となっていた。


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捜査報告書 No.16【料理対決】- ハッテマスメイン
#1


◎簡単なあらすじ
 浮遊警視庁の食堂を舞台に、日本の未来を左右するかもしれない、料理勝負が開始された。
 果たして、栄光は誰の手に輝くのだろうか・・・


     一

 

 *20xx/4/20-14:55

 

「ねぇ、リア。本当にやるの?」

 

 紅色のウエーブの掛かったセミロングの髪に、北欧出身かと思わせるハンサムな顔立ちの女性が、その容姿に似合わない割烹着姿で、ダルそうにつぶやく。

 

「もちろんですわ。ハッちゃんには絶対負けません」

 

 燃えるような真紅のロングヘア、誰もが息をのむ美女がその赤い瞳に炎を宿しながら、強気に宣言する。

 

「勝負にならないと思うよ」

「そんなこと、やってみなければわかりませんわ」

「いや、私があんたに勝てる要素がないって意味で」

「何も始めずに逃げ出すなんて、イグニース一族にはあるまじき行為ですわ」

「いやぁ、あんたと私を、同じ一族でくくられても」

「いいですこと、この勝負には一族の名誉だけでなく、日本の、いえ、地球の運命が係わってきますのよ」

「ああ、もう。わかった、わかったから。やればいいんでしょ」

「その意気ですわ。やるからには全力。それでは行きますわよ」

 

 そう言って美女が意気揚々と歩き出す。

 対照的にハンサム女性が、手にした白い帽子を髪を隠すように被ると、やる気なさそうについて行った。

 

 

    二

 

 *20xx/4/20-15:00

 

「さぁ、始まりました。浮遊警視庁料理対決。司会は私、広報課の佐倉浩美。解説は警視庁副総監、襷星児(タスキ セイジ)でお届けします」

「よろしくお願いします」

 

 食堂のテーブルにシーツをかぶせただけの簡易的なアナウンス席に座った二人は深々と挨拶する。

 

「まずは対決していただく両雄に登場してもらいましょう。キッチン右手」

 

 カウンターキッチンの右手側二つポットライトに当たり、長く美しい真紅の髪がキラキラと光る。

 

「警視庁の残念系アイドルとしてその地位を確立しつつある外事特課・生活安全係。ヘリアンテス・ルクサ・イグニィィィィィィース」

 

 紹介と共に拍手が起こり、警察の制服にエプロン姿の真紅の髪の美女が入室する。

 ヘリアンテスは誰もが心惹かれるような笑顔を撒き散らせながら手を小さく振ると。

 

「この勝負、地球の平和のために、わたくしが勝たせてもらいますわ」

 

 ヘリアンテスは堂々と勝利宣言をする。

 

「おお、さすがはヘリアンテスさん。やる気満々ですね」

 

 感心したように、襷副総監が言う。

 

「イベント的には本当においしいキャラです。本来なら広報部としても彼女で決定なんですけどね」

「まぁ、色々ありますから…」

「続きまして、キッチン左手」

 

 スポットライトが切り替わり、ほっかむり帽子に割烹着姿の女性が照らし出される。

 

「普段からやる気がないのだけが残念だが、私達の幸福は彼女にかかっている。まんぷく食堂の新星ハッテマス・パリエース・イグニィィィィィィース」

 

 スポットライトを浴びながら、ハンサム女性がぺこぺこと頭を下げる。

 

「地球の流儀はよくわかりませんが、今日は精いっぱい頑張ります」

 

 その彼女の言葉に不思議そうに襷副総監が佐倉巡査にしか聞こえない声でつぶやく。

 

「地球の流儀…」

「副総監、そのつぶやきはNGです」

「どうせ、佐倉君の事だから、やりたがらないハッテマスさんに、これが地球での由緒ある勝負の仕方とか言ってやらせてないだろうね」

「ははは………。何のことでしょう」

 

 小声の応酬で最後に浩美が目をそらし、再びマイクを手にする。

 

「さて、気を取り直して。そして今回料理の良し悪しを判定する審査員を紹介しましょう」

 

 そういうと、審査員席の上の明かりが灯り。

 

「まずは異星人代表、異星人最強アスワードと剛鬼の異名を持つザーマック」

 

 そう言って佐倉巡査がさす方にはアスワード警部もザーマック巡査も存在せず、ブレザー姿のさえない高校生が一人座っていた。

 

「…の代わりに、この場違いな場所に来てしまった、可哀そうな高校生、いや、一般人代表。羽咋優杜君」

 

 ブレザー姿のさえない高校生、羽咋優杜が、辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「あのう、新宿でザーマックさんに会って、ちょっと手伝ってほしいって言われて来たんですけど、どうして、俺がここいるんでしょうか?」

「異星人代表のアスワードとザーマックが逃げたからよ」

「料理対決ですよね。なんで逃げるんですか?」

 

 優杜の問いに、関係者全員が一瞬目を背ける。

 

「まぁ、男の子なんだし、細かいことは気にしない。よく見て、あんな美人のお姉さんたちの手料理を今から食べれるんだから。うれしいでしょ」

「はぁ…」

 

 一人は美人で警察広報のポスターなどでも大活躍の異星人の警察官。

 異星人に興味がない優杜でもその名前を知っている国民的存在、ヘリアンテス巡査。

 もう一人も、地球人離れした体型と顔つきに美人とは言わないまでも人目を惹く。

 新田部長や菊本が今この場にいたらさぞ狂喜乱舞すると思うが、少々強引にザーマックに連れてこられた優杜のテンションは恐ろしく低く。

 なにより、会場の普通ではない空気感が優杜の根拠のない不安を掻き立てていた。

 そんな優杜の不安を察したのか隣に座っていた、生真面目そうな女性が優杜の肩に手を当て。

 

「すまんな少年。もし、本当に嫌なら、今からでも地上に戻してあげるけど」

「いえ、大丈夫です。時間を持て余していたのは本当なので」

「そうか、気分が悪くなったり、無理だと思ったらいつでも言ってくれ」

「ありがとうございます」

「さぁ、続きまして、いきなり少年の不安を取り除く、心優しく気遣いもできる警視庁代表。でも、そのやさしさの裏の顔は泣く子も黙る公安部、外事特課の根米課長」

「そのアナウンス褒めてないよね」

 

 制服をきっちり着こなした、切れの良い目線が冷たく襷副総監と佐倉巡査を睨み。

 

「ねぇ、この茶番に本当に付き合わないといけないの。一般人をも巻き込んで」

 

 と諫言をすると、二人が一瞬目をそらす。

「課長、これは異星人と地球人の文化の違いを勉強して理解する場所だよ。当然じゃないか」

 

 目をそらしつつ、襷副総監が食い下がると、

 

「わかったわ。続けて。ただし手短にお願いね」 

 

 やや投げやり気味に手を振って先を促す。

 

「さぁ、課長もあきら…、納得していただいたと理解して、どんどん進めていきましょう」

「ん、んんっ、さ、佐倉君…」

「では、最後の審査員は、ここ、まんぷく食堂の社長兼料理長。山田真由美さんです」

 

 恰幅の良い、いかにも食堂のお母さんという人が頭を下げる。

 

「どうも、どうも、今回は料理対決ということで、大変楽しみにしています」

「山田さんには浮遊警視庁の中で、ここ、まんぷく食堂を経営。我々の胃袋を支えてくれているわけですが、今回の料理対決どう見ますか?」

「本来であれば、同じインフェリシタスから来ているお二人のなので、ぜひ郷土料理対決などをしてもらいたかったのですが、あいにく材料の問題がありまして」

「なるほど、異星の食材が買えるようになったとはいえ、まだ、まだ、入手困難で高いですものね」

「そうなんですよ。彼女達の故郷の料理には大変興味があるんですが、残念でなりません」

 

 本当に悔しそうに山田さんが言う。

 

「ずばり、今回の勝負のポイントは何処でしょう」

「そうですね、普段私達は異星人の方に、育った星は違えども食べる楽しみは一緒だと考え、心をこめて調理させていただいております」

「つまり、真心が大事だということですね」

「そうです、それ以上の隠し味はありません」

「さて、審査員の紹介も終わったところで、本日の料理対決のお題を決めていきましょう」

 

 そう言って、佐倉巡査が食堂のお品書きを持ってページを開き、優杜に手渡すと、

 

「せっかくだから、何か食べたいものある?」

「えっ、俺が決めるんですか…」

「もちろん。せっかく参加してくれているんだから」

 

 優杜はしぶしぶお品書き開いてあるページをめくり。

 

「じゃぁ、このスペシャルB定食…、で」

「えっ。スペシャルB定食って、どういうことですの?」

 

 優杜の注文に大声で疑問を投げかけたのはキッチンにいるヘリアンテスだった。

 

「だ、ダメですか、スペシャルB定食。唐揚げに、ハンバーグすごく美味しそうなんですけど…」

「ダメに決まってますわ。今日の勝負はかつ丼と決まってますのよ。この日の為に、わたくし、血の滲むような努力をしてまいりまいたというのに」

 

 そう言ってヘリアンテスはこぶしを強く握りしめた。

 

「てか、リア。かつ丼作る特訓本当にしたんだ」

「もちろんですわ。何事にも手を抜いたり致しませんわ」

「まぁ、私はどちらも毎日作っているから、どっちでも構わないけど。で、浩美、どうするの。カツ丼、B定」

 

 やる気なく、ハッテマスが佐倉巡査に問いかける。

 

「少年、ここは少しは空気を読んでかつ丼ってい言ってもらわないと。わざわざ丼のページを開いて渡した意味がないじゃない。ここは警察なのよ」

 

 優杜が不安そうに辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「佐倉君。少年をからかうのはその辺にしておきなさい。元々、かつ丼対決だったじゃないか」

「あっ。副本部長。自分だけ良い人ぶろうとしている。お品書きを見せてかつ丼って言わせようって言ったの、副本部長なのに」

「佐倉巡査」

「ひゃい」

 

 低く冷たい口調で根米課長が佐倉巡査を窘める。

 

「手短にってお願いしたわよね」

「はっ、手短に致します」

 

 窘められた佐倉巡査が姿勢をただいて敬礼する。

 

「少年、もう一度確認しておくが、このまま参加して大丈夫かね。帰るのなら今よ」

 

 根米課長が再び優杜に優しく問いかける。

 

「大丈夫です。一度引き受けたことですし、最後まで頑張ります」

 

 そう言って自分自身を鼓舞するように力強く頷いて見せる。

 

「その意気よ、少年。ご褒美に。わたくしが今から飛び切りのかつ丼を作って差し上げますわ」

 

 ヘリアンテスのその言葉に、一瞬会場全体がザワリとした空気が吹き捲く。

 その会場の普通ではない空気感が優杜の根拠のない不安を掻き立てると。

 

「俺、無事に帰れるのかなぁ…」

 

 優杜は心の中で小さく呟いた。



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#2

     三

 

 *20xx/4/20-15:05

 

「それでは、調理スタートです」

 

 合図と共に手を振り下ろす佐倉巡査。

 二人とも同時にまず、手を洗い。次に食材に手を伸ばす。

 鮮度や大きさを確認しつつ、最初に豚肉の加工から手をつけ始める。

 

「さぁ、ついに始まりました。料理対決。果たして、栄光を手にするのはどちらか」

「今から料理が出来上がりが楽しみですね」

 

 山田さんが心の底から楽しそうに応えた。

 

「料理の出来上がりも楽しみですが、そのままだと間が持たないですし、一般の高校生もいるので、基本的なところからよろしいでしょうか副総監」

「もちろんだとも」

 

 やや芝居がかった佐倉巡査の問い掛けに、襷副総監もわざとらしい声質で応える。

 

「今回の対決ですが、二人の出身。インフェリシタス人について教えてください」

 

 副総監の襷星児がその問いに、困ったような顔をして。

 

「んん…、まず。彼女達の星には魔物が住んでいるそうなんですよ」

「え、魔物ですか」

「まぁ、私達の言葉に訳すと魔物と言うことで」

「なるほど、それは大変ですね」

 

 対して関心がなさそうに佐倉巡査が応える。

 

「それが影響しているのか、彼女達は魔法が使えます」

「魔法ですか、って、一気にファンタジーに飛びましたね」

「普段は魔法の使用を制限しているんですが、今回の調理対決に限っては制限を解除しましたので、もしかしたら見れるかもしれません」

「料理対決とは言え、勝負ですから。持てる力と技量は存分に使ってほしいですよね」

「もちろん、彼女達の実力を見るいい機会になると期待してます」

「それで、料理に魔法って使うんですか?」

「さぁ、見てればわかるのでは」

「さぁって、見たことないんですか」

「犯人追っているときぐらい」

「ハッちゃんも魔法使うところ見たことないわね」

 

 山田さんも首をかしげながら答える。

 

「そもそも魔法について詳しくはないし、インフェリシタス人でもないので、あくまで抽象的な話ですが…」

 

 襷斗副総監はそう前置きをして、

 

「一括りに、魔法と言っていますが、彼女達のは私達の知識では精霊力に近い」

「精霊力って、火の精とか、水の精みたいな」

「そうです。それぞれ家系によって、使える魔法の属性があるらしく。彼女達イグニース一族は炎の力を引き出すことができるそうです」

「炎の力、それなら確かに料理対決にはもってこいですね」

「料理に魔法を使っているところ見たことがないので、果たして有効なのかが問題です」

「と、いいますと」

「お肉を焼くのにバーナーならちょうどいいですよね」

「ええ、そのぐらいの火力なら悪くないですけど」

「でも、溶鉱炉の火力は行き過ぎだし、マッチではお話にならない。二人の魔法力だと、片方は大きすぎ、片方は小さ過ぎて料理に向くかどうか」

「ははは…、なるほど。でも、普段から魔法を使っているわけですよね。コントロールとかは可能なのでは」

「だと思うんですけど。マッチは頑張ってもバーナーにはなりませんよね」

「ああ、うん。ハッちゃんじゃぁ、料理に魔法は無理そうね」

 

 そう言って佐倉巡査は、調理中の二人を見比べる。

 犯罪者のトラブルを解決したり、特殊な能力を持つほかの異星人を無力化する事のできるヘリアンテス巡査は高い戦闘力と巨大な魔力を持つ。

 方や、食堂で一従業員として働いているハッテマスはその辺の地球人と何ら変わらない。

 

「次に特出すべきは、出生率が低いそうです。魔物と戦っているのに」

「はい?」

「詳しくは知らないのですが、インフェリシタス人は男性が少ないのか、遺伝的なものなのか、子供が少ないそうです」

「はぁ、出生率低下は日本も深刻な問題ですが」

「地球上の生物は、同種の個体が減少したりすると子孫を残そうと本能が働きます」

「え、セクハラ発言になります?」

「学術的発言です。まして魔族と戦争状態にあるのに、出生率が低いんです。不思議じゃないですか」

「そんなモンですか?」

「そいうモノです」

 

 僅かな沈黙の後、佐倉巡査が口を開きかけ、次の話題に入ろうとしたところで。

 

「あのう、一つ良いですか」

 

 優杜が控えめに手をあげて。

 

「そもそも、何で料理対決なんかになったんですか?」

 

 その言葉に関係者の顔が全員凍りついた。

 

 

     四

 *20xx/4/20-15:10

 

「困ったね」

「困りましたね」

 

 襷副総監と佐倉巡査が本当に困ったという顔をして呟いた。

 

「外部の人間を入れた以上、いつかは起こる不幸だが」

「でも、反対しませんでしたよね副総監」

「まぁ、あの顔が怖いアスワードとザーマックが彼を連れて、自分達の代わりだと詰め寄ってくれば…」

「そうですね。NOといえるのは根米課長ぐらいですね」

 

 根米課長は既に興味がないとばかり、タブレットを手に仕事をしている。

 

「それは、わたくしが、この地球の子供達の未来を守るためですわ」

 

 ヘリアンテスが厨房からビシリと審査員席を指しながら言う。

 

「ちょっとリア、それじゃ説明になってないわよ。それに、その件なら譲ってあげるって言ったじゃない」

 

 ハッテマスが作業の手を止めることなく、投げやり気味に言う。

 

「ハッちゃん。子供達の未来がかかっているのです。簡単に譲るなどと軽々しく言うものではありませんわ」

「たかが、交通安全教室のアシスタントでしょ。誰がやっても同じよ」

「何をおっしゃってますの。子供達は宝ですわ。その子供達の未来を守る交通安全教室のアシスタントですよ。こんな重要は職務はほかにありませんわ」

「だったら、なんで、料理対決なんて提案したのよ」

「これほどまでに需要な職務。イグニース家の戦士として、相手の得意分野で勝ってこそですわ」

「ああ、本当にもうめんどくさい。なら、あんたはそろそろ口ではなくて手を動かしなさいよ」

 

 そう言うハッテマスに、ヘリアンテスは静かに突き出してた指先を下すと、再び料理に向き合う。

 

「ええと…、交通安全教室のアシスタントなんですよね。何も問題ないじゃないですか。二人とも採用でいいんじゃないんですか?」

 

 不思議そうに優杜が問いかける。

 襷副総監がしばらく考え込んだ後に。

 

「少年、これからのことは他言無用だ。彼女達のプライベートに関わるからな」

「ええ、まぁ」

「とうい事で、佐倉巡査、詳しい説明ヨロシク」

「えッ、私がですか。副総監してくださいよ」

「めんどくさいな、これは業務命令」

「ああ、もう、パワハラだ。後で訴えてやる」

「下手なコントはいいので、説明してくださいよ」

 

 優杜が再度催促すると、佐倉巡査はあきらめたように真顔になり。

 

「ゴールデンウィークにね、小学校低学年向けに警察のお仕事紹介しつつ、異星人や銀河連邦についても身近に感じてもらう、防犯と交通安全の教室を事をやる事になったのよ」

「良いことじゃないですか。それシレームさんとザーマックさんにも首に縄つけて参加させてください」

「いいけど、縄掛けるの手伝ってくれる」

「すいません。それは無理です。でも、交通安全教室ですよね」

「うーん。交通安全教室自体は問題じゃないのよね」

「少年。先程出生率が低いと説明したと思うが…」

 

 襷副総監が神妙な口調で切り出すと、その問いに、優杜は小さく息をのむように頷く。

 

「因果関係は不明だが、二人共母性が強い。特にへリアンテスは異常と言っていい。地球人なら間違えなく児童愛好癖で逮捕されるレベル……でだ」

「副総監、異星人でも彼女はほぼアウトです」

 

 そう言われて優杜は調理に集中しているヘリアンテスを見るが、そんな雰囲気は何処に見当たらない。

 

「そうは見えないでしょう、彼女の普段を見せれないのが残念ね」

「子供達を危険にさらすかもしれないから、ハッテマスさんが最初に選ばれたんですか?」

「ごめんね。ちょっと言い過ぎたかも、ヘリアンテスは過度な子供好きなんだけど、業務を全うできない訳じゃないのよね」

「じゃぁ、なんで最初にハッテマスさんを選んだんですか?」

「ハッちゃんね。魔法で小さな人形を動かせるのよ。子供達の前でやってもらうにはちょうどいいじゃない」

「えッ、でも、ヘリアンテスさんも魔法を使えるんですよね」

「ハッちゃんが言うには、人形に小さな命の炎を灯してあげると、その炎が尽きるまで命があるかのように生き続けれるらしいのよ。でも、ヘリアンテスは同じ魔法でも、魔力が大きすぎて人形が…」

「ああ、最初のマッチと溶鉱炉の火力の話ですか」

 

 納得したように、優杜が頷く。

 

「そう、ハッちゃんの魔法はマッチ売りの少女。灯したマッチに小さな希望が乗るの。対して、ヘリアンテスの魔法は邪心を断ち切る炎の魔剣。悪を挫き平和をもたらすモノなの」

 

 ドラマのヒロイン紹介のように、感情をこめて佐倉巡査がナレーションする。

 

「どちらが子供達の交通安全のアシスタントに必要か分るだろう」と、襷副総監。

「確かに、でも、アシスタントであれば別に二人いても大丈夫ですよね。わざわざ、料理対決せずに二人とも参加でいいんじゃないですか」

「そう、そこなんだよ少年。問題は…」



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#3

     五

 *20xx/4/20-15:15

 

「きゃぁ」

 

 厨房のほうからかわいい悲鳴が聞こえた瞬間。

 ヘリアンテスの手にいつの間にか炎の魔剣が現れ、盾にするように、フライヤーと自分の前に突き立てていた。

 カツを上げ始めたようで、油が撥ねて盛大に跳ねて、顔に飛び込んできたようだ。

 

「油はねなどに屈するわたくしではありませんわよ」

「こら、リア。厨房で魔剣出さない。そんなの振り回したら危ないでしょ。それに油に引火したらどうするのよ」

 

 ハッテマスが同郷の誼かヘリアンテスを愛称で呼んで窘める。

 

「安心してくださいまし。敵意のないモノにわたくしの炎は影響を与えませんわ」

「そういう問題じゃなくて、厨房で武器を振るなッ」

 

 ハッテマスが注意する端から、ヘリアンテスは跳ねてくる油を炎の魔剣を使って何度も器用に防ぐ。

 まるで意図的に油がヘリアンテスに向かって飛び跳ねているかのように、彼女に向かって跳ねてきていた。

 

「始まったかな」

「見たいですね」

 

 神妙な面持ちで、襷副総監と佐倉巡査がつぶやく。

 

「いや、あれ止めなくていいんですか?」

 

 優杜が話の流れてつい口をだす。

 

「ヘリアンテスをかね、それとも、彼女の魔法をかね」

 

 襷副総監の問いかけに優杜は即答で。

 

「両方ですよ」

「魔力も魔法もな私達には難しい問題ね」と、投げやり気味に佐倉巡査が言う。

「いや、料理対決中止にすればいいだけでしょ」

「大人の事情でね。そういう訳にもいかないのだよ」

 

 副総監が静観の言葉を紡ぐと。

 

「わッあ」

 

 厨房から新たな悲鳴が聞こえる。

 油跳ねも収まり、ハッテマスに怒鳴られて、しぶしぶ炎の魔剣をしまったヘリアンテスに、最後の一撃とばかりに跳ねた油が一筋襲い掛かる。

 

「ふふ。これぐらいよけるのは造作もないことですわ」

 

 そう言って身を引いた彼女の足元が滑り、体制をくずすと、手先が用意されていた調味料に当たり、床に落ちて四散する。

 

「ああ、やってしまいましたわ」

 

 落ち着きを取り戻して、近くのモップを取り出して床を掃除し始める。

 

「解説の副総監、次の一手はどう見ます」

「彼女のは解りやすいので、掃除に気を取られている間にフライヤーのカツがこげて煙を出す」

「それは人災ですよね。本当に止めなくていいんですか」

 

 優杜の問いに、ため息をつて二人が沈黙する。

 掃除を終え、手を洗いなおして、フライヤーに向かうと、少しだけきつね色を過ぎたカツが脂取りに上げられる。

 ほっとした表情を浮かべたのを見て。 

 

「残念でしたね、焦げてはないようです」

「いや、あれを実食することを考えると、外れてくれて良いのだが」

「そうなんですけど、なんか無いと無いで寂しいじゃないですか」

「安心したまえ。佐倉巡査。まだ、勝負は終わっていない」

 

 そうドヤ顔で宣言する襷副総監。

 

「それに、ハッテマスさんのほうは順調そうじゃないか」

 

 ヘリアンテスの悲鳴でほぼ彼女に視線が集まる中。

 ハッテマスは順調に調理を進めて、丼もの用の片手鍋にカツと溶き卵を加えて最終工程に入ろうとしていた。

 

「あっ」

 

 だが、再び聞こえるヘリアンテスの悲鳴。

 掃除した床が乾ききっていない為か、ヘリアンテスが足元をすくわれ、漫画みたいに彼女の体が大きく宙を舞う。

 手にしていた、千切りしたキャベツをつめたボールから、キャベツがふわりと舞う。

 再び一瞬で炎の魔剣をまた作り出す。

 空中で一回転しつつ、舞い上がったキャベツの千切りを炎の魔剣でくるりと整えボールの中に誘導すると、今度は炎の魔剣を突き立て着地に利用する。

 無事に着地すると、ポーズを決め、ドヤ顔でヘリアンテスが愛嬌を振りまいた。

 それを目撃したギャラリーから歓声と拍手が飛び出す。

 

「オオーッ。これはすごい、人間業じゃない。確かに魔法です」

 

 佐倉巡査がマイクを握り締めて興奮気味に絶叫。

 優杜もここに来て始めて感動したという表情を見せる。

 

「ちょっと、これはどういうことよッ」

 

 ほぼ全員が彼女の技に感動している中、ハッテマスだけが怒りの声を上げる。

 彼女が指差した先には、調理中の味噌汁のなべ。

 厚揚げや豆腐の具材に交じって赤いパンプスが真ん中に浮かんでいた。

 ヘリアンテスが慌てて自分の右足を見ると、綺麗に靴がない。

 滑った瞬間に撥ねて飛び込んだようだ。

 

「ごめんなさい。悪気はなかったの」

 

 そう言って誤りにハッテマスに近づこうとするヘリアンテス。

 

「まって、動かないで」

 

 近づいて来て頭を下げようとするヘリアンテス、悲鳴にも近い声でハッテマスが止めようとする。

 だがそこに。突然彼女の左ヒールがポキリと音を立てて折れる。

 慌てて体勢を立て直そうとした彼女の手が、コンロの上の片手鍋の一つ、その持ち手に当たると、テコの原理で大きく跳ね上がった。

 誰もが先ほどのような奇跡を期待していた。

 だが残念ながら、ヘリアンテスの目線は折れたヒールに向けられていた。

 

『気に入っていたのに』

 

 そんな言葉が聞こえてきそうな表情をしていた。

 そして巻き上げられたかつ丼の具材達。

 放物線を描きながら、無常にも二人の頭上に降り注ぐ。

 

「あついぃ」

「あつっ」

 

 あまりの出来事に場内が静まり返る。

 

「………」

「さてと…」

 

 最初に動いたのは山田さんだった。彼女は厨房に行くと、コンロの火を消し、片づけを始める。

 

「やっぱりこうなりましたね」

「うむ」

 

 その言葉で、ギャラリーもため息混じりに散会し始める。

 

「いや、みんなわかり顔でいないで、説明してくださいよ」

 

 何が起こったのか唯一理解できない優杜が叫ぶ。

 

「彼女達の一番の問題は、……不幸体質なんだ」

「はぁ?」

 

 襷副総監の言葉に、優杜が本当に気の抜けた返事をする。

 

「科学的に根拠がないので、状況証拠だけなのだが、彼女達がやる気を出せば出すほど、なんからのトラブルが発生する」

「えっ、今のただの不注意ですよね」

「最初の油の飛び跳ねを見たかね。あんなに的確にヘリアンテスめがけて飛び跳ねる油を」

「あれは、その…」

「その後の不注意もあるが、何はともあれ、あそこからの不幸の連鎖が発生するのだよ、二人いると」

「一人だけでも不幸を呼び込むのに、二人いて両方やる気を出すと、不幸パワーが連鎖して増すのよね」

 

 本当に残念そうに佐倉巡査が言う。

 

「一般人の、まして小学生達が来る現場にそんな二人を一緒に連れて行けると思うかね」

「む、ムリですね」

「それでね、色々あって、二人で料理勝負して、勝った方を連れて行くことにしたのよね」

「何も起きないようなら、二人共連れて行く気だったんだ。何もなければ…」

「やる気が出たら不幸になるなら、やる気が出る前に止めればよかったんじゃないですか?」

「一番の問題はそこだよ。既にやる気を出してしまった彼女達を止める方法はない。心の問題でもあるからね」

「それに、やる気になった所で中止や禁止を宣告した時に巻き起こす不幸よりも、やる気の中で巻き起こる不幸の方が、私達が対処しやすいのよね」

「今みたいに。分りやすい不幸が目の前で起きるからな」

「あれ、でも、今回やる気になっていたのってヘリアンテスさんだけですよね。不幸体質って、どこまで周りに影響するんですか?」

「今のを見てもわかる通り、不幸になるのは基本的には本人のみだ。だが、今、山田さん達が片づけ始めているように、二次被害は出る」

「ハッテマスさんも連鎖で不幸なってますよね。これは不幸体質、二次被害?」

「不幸体質ね」

「でも、やる気なさそうでしたよね」

 

 即答した佐倉巡査に優杜が聞くと、襷斗副総監と優杜が彼女に視線を向ける。

 

「…もう、全部バラすとね。今回の料理対決、ハッちゃんが出ないって渋っていたから、ちょっと合コンを餌に出てもらうことにしたの」

 

 てへぺろと続けて聞こえてきそうな声色で、佐倉巡査が言う。

 

「合コン…」

「彼女はね、インフェリシタス人の中で魔法が極端に苦手なのよ。だから扱い一族の中でもがものすごく低いらしいの」

「それでね、一族の言いなりで結婚させられるらしいのよ。可哀想と思わない」

 

 佐倉巡査の説明に山田さんが厨房の片づけをしながら、世間話大好きおばさんのように大声で口をはさむ。

 

「異星人って、精神的に僕等より発展していると思ってましたけど、封建的な感じのところもあるんですね」

「その辺はわたしらにはわからないけどさ。そのままじゃみじめなままでしょ。一念発起して、自由と恋愛を求めて地球に来たって分けさ」

「すごい行動力ですね」

「ほんとよ、感心しちゃうわ。でね、彼女としては出来れば自分が異星人だと引け目を取らずに恋愛してみたいんだって」

「それで、合コン…」

「なので、別にやる気がなかったわけじゃないのよ。ハッちゃんも」

 

 佐倉巡査がごめんねとそのあと小声でつぶやいた。

 

「そう、それでね…」

 

 そう言って、ハッテマスの事について、山田さんと佐倉巡査の井戸端会議に優杜が捕まる。

 それをほほえましく見ていた、襷副総監のもとに、根米課長が詰め寄ってくると。

 

「で、副総監。どちらを連れて行くのですか?」

「よし、少年」

「はい、いやな予感しかしないんですけど」

 

 優杜は声を掛けられ、井戸端会議から解放された安心感と、その先の選択に不安になりつつ呟く。

 

「君の感は正しい。さぁ。どちらでも好きなほうを選びたまえ」

「まって、それただの責任放棄じゃ」

「大丈夫、どちらを選んでも、責任は自分が持つ」

 

 神妙な面持ちで、襷副総監が格好をつけると、根米課長がため息をつき。

 

「そう言っているけど、棄権してもいいわ」

「ええと、じゃぁ、ハッテマスさんで…」

 

 山田さんと佐倉巡査からハッテマスさんが頑張っている話を聴いた手前、同情的に優杜が答える。

 

「「えええええっ」」

 

 厨房から、片付けと調理の続きをしている二人から、異口同音に悲鳴が上がる。

 それを聞いた優杜が、少しおびえて何かお言おうとした時。

 根米課長が大丈夫とばかりに優杜の肩を叩くと、にこりとほほ笑み。

 タブレットを襷斗副総監に強引に手渡す。

 

「副総監。選んでください」

 

 凄みのある視線で睨みつける。

 

「は、はい…」

 

 根米課長の圧力に負けてタブレットを受け取った襷副総監。

 そこにはイベントの人員名簿が承認待ちでリストアップされていた。

 こうして、警視庁料理対決は幕を閉じた。

 優杜はその後かつ丼でなく、スペシャルB定食を味わいつつ…。

 

 

 



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捜査報告書 No.17 【稔侍歌舞伎町シリーズ②】- 山浦稔侍メイン
#1『あかね編~歌舞伎町・淫夢大乱舞~』 


◎簡単なあらすじ
 歌舞伎町で謎の伝染病が発生。
 歌舞伎町一帯は封鎖された。
 ふらりと立ち寄ったバー「ゆかり」で稔侍は元歌舞伎町No.1キャバ嬢あかねと出会う。
 あかねから歌舞伎町内にある自宅から指輪をとってきて欲しいと頼まれる稔侍、
 一夜を共にすることを条件に依頼を受けるが…。


 少し暖かくなってきたとはいえ、まだまだ肌寒い三月。

 歌舞伎町のメイン通りの中央を一人のホームレスの男がふらふらと歩いていた。

 ぼろぼろに破れた服に穴の開いた靴、黒ずんだ肌と油ぎって縮れた髪にだらしなく伸ばした髭。焦点の定まらない瞳と異臭に通りを歩く人々は彼を避けるように離れた。

 と、その前方から金色に染めた髪につけまつ毛、真っ赤な口紅に長いピンクの付け爪。肩をはだけた白のワンピは大人びた印象を受けるが、顔はまだあどけなさを残す少女が歩いてきた。いわゆるギャルというやつだ。

 少女は携帯に夢中でホームレスに気が付かない。

 通りの誰かが注意を促すように声をあげようとしたが、間に合わず、ぶつかってしまった。

「んだよ」

 と悪態をつきかけるが、相手を見てぎょっとなる。

 にやりと笑うホームレスに、思わず平手打ちをくらわした。

 派手に転倒するホームレス。

 自分の手についた感触に嫌悪感をあらわにする少女。

 むっくりと起き上がるホームレス。鼻血がたらたらと流れ出ている。

 「ひっ」とおびえる少女。

 焦点の定まらなかった瞳が少女をとらえると、突然目がぎらつき、少女にとびかかった。

「きゃっ」

 と悲鳴を上げて振り払おうとした少女だが、勢いで押し倒される。

 少女はホームレスから逃れようと必死に爪を立て、もがき抵抗するが、全くひるむ様子はなく、くさい息を吐きかけてくる。

 ぽたぽたと流れ落ちる鼻血が少女の白い肌や服を赤く染める。

 周囲の人々が異変に気付くが、お互いに顔を見合わせるだけで、直接助けようとする者はなかなか出てこない。

 誰かが警察に通報をしてくれるだろう、いやすでにしているだろうと他人任せの様子すらうかがえる。

 見てないふりをして先を急ぐ人々、いやそれどころか、決定的瞬間を撮ろうとカメラを構える者までいる始末。

「助け…」

 少女が涙目に助けを求めようとしたその時、ホームレスの顔面が突然ゆがんだ。

 駆け付けたスーツの若い男が蹴りをくらわせたのだ。

「ケンジ!」

 男は少女の知り合いだったようで、歓喜の声をあげる。

「おらっ、離れろよ」

 ケンジは更に蹴りを繰り返し浴びせた。

 が、ホームレスはひるむことなく、あろうことかケンジの右足を掴んで噛みついてきた。

「ぐあっ!」

「ケンジ!」

「ざけんなっ」

 ケンジは左足で何度も男の顔面を蹴りつけるが、一向に離れる様子はない。

 と、ホームレスの男の体が横に吹き飛んだ。

 駆けつけてきた男がバットでホームレスを思いきり吹き飛ばしたのだ。

「トモヤっ」

 男はケンジの知り合いらしい。トモヤの他にもスーツ姿の数人の若い男達が駆けつけてきていた。彼らはこの近辺にあるホストクラブのホスト仲間だったのだ。

「大丈夫か?」

「ちっ、足の肉を少し持ってかれちまったぜ」 

 苦痛に顔をゆがめるケンジ。

「ねぇ、ケンジ…」

 少女が声をかけてきた。

「あっ、マミちゃん、大丈夫?俺はこんなのかすり傷だからさ。なんだったらこれから一緒にお店で…」

 満面の営業スマイルで振り向くケンジ。

 と、少女はうつろな瞳でケンジを見下ろしている。ツーと少女の鼻から血が垂れる。

「マミちゃん?」

「私、我慢できない…」

 ぼろぼろになった服を脱ぎ捨ててケンジに覆いかぶさるマミ。

「ちょっ、ちょっと…。これマズイって…」

 人目を気にしてなだめようとするケンジ。

 と、マミがその唇をふさいだ。

「何すんだ、このアマ!」

 思わずマミを突き飛ばすケンジ。

「ったく、調子に乗りやがって…」

 と、周囲から悲鳴が上がる。

 さっきのホームレスが別の女性を襲っているのだ。しかもホームレスに追い打ちをかけに行ってた仲間のホストたちも鼻血を出しながら他の女性を襲っている。

「マジかよ…」

 襲われた者がまた更に他者を襲う。被害者が加害者に、次から次へと増殖していく様はまるで映画で見たゾンビパニックだ。

 と、背後から何者かが抱きついてきた。

「なっ」

 その手を慌てて振りほどき、振りむけば、相手は鼻血を出したトモヤだ。

「なぁ、ケンジ…」

「おっ、おまっ」

 逃れようとしたケンジをトモヤが背後から覆いかぶさって押さえつける。

「俺、前からお前のことが…」

 トモヤの堅い物がズボン越しにお尻にあたるのを感じた。

「ひっ」

 はいつくばって逃れようとしたその瞬間、ぶつかった柔肌に視界が遮られる。

「ねぇ、ケンジぃ…」

 それはマミの股間だった。逃れようとするも、強い力で頭を押さえつけ、ぐいぐいと股間を押し当ててくる。ツンとした匂いに息が苦しくなる。

「なぁ、ケンジ」

「ケンジぃ…」

 ケンジは自分の鼻からツーと体液が流れ出てきたのを感じた。鉄の味にそれは鼻血だと気づいた。そして、その後のことはわからない…。

 

 靖国通り沿いにあるヨンパークビルの8Fに四平食堂という昭和の雰囲気そのままのレストランがある。

 この窓側の席から靖国通りを挟んで歌舞伎町が見える。

 あの騒動から3日、いつもであればぎらついた明かりと流れゆく車、大勢の人々が行き交う通り。それが今では車もまばら、バリケードで覆われて明かりが途絶えて真っ黒になった歌舞伎町を稔侍は何ともいえない面持ちで見つめていた。

 当時、事態を重く見た政府の要請により、歌舞伎町一帯を即封鎖、自衛隊と機動隊の投入で一気に鎮圧された。

 死亡者数十名、重症、軽症者は数百人を超えた。

 死亡の原因は主に鼻血による出血死、もしくは出血後の発情により、血圧の上昇が止まらないことによる心臓や脳の血管の損傷によるものだった。

 暴徒化した人々は鎮静剤や睡眠薬で取り押さえられ、拘束、歌舞伎町内のホテルや病院で隔離されている。

 まだ様子見ではあるが、安静にして血圧の上昇のピークさえ乗り切れば回復することがわかってきたので、今後再発や他者に感染しないことの確認さえとれれば、拘束された人々もいづれは解放されるだろう。

 食事を終えた稔侍は会計を済ませる。

 さて、腹ごしらえも済んだし、せっかくの給料日、これからどこに行こう。池袋、渋谷、六本木…。銀座…は少し心許ないか。たまには五反田や錦糸町も悪くない。それともこの機に、新規開拓でもするか。

 期待に胸を膨らませながら稔侍は外に出た。

 

 新宿ゴールデン街は歌舞伎町一丁目の一部にあたるが、幸い被害の中心から外れていたこともあり、区役所通りを境に封鎖対象区域から外れることができた。

 しかし身近であんなことが起きたとなれば、当然人通りはなく、閑散としていた。

 バー・ゆかりの重い扉を開ける念侍。どうしても他所には行く気が起きず、結局ここに落ち着いた。

「あら、給料日に珍しい」

「お前がツケツケうるさいからよ。たまには清算しとかねぇと、何されっか…」

 5席しかない小さな店のカウンターの奥に、めずらしく一人の先客がいた。

 こくりと頭を下げられ、稔侍も思わず会釈する。

 室内にもかかわらず、大き目のサングラスにつば広の大きな帽子。どこの芸能人だよ…と思ったその瞬間、脳内コンピューターが一人の女性を導き出す。

「おまえ、もしかして、月夜城のあかねか?」

 月夜城というのは歌舞伎町に古くからある老舗のキャバクラだ。今でこそ少し落ちぶれたとはいえ、そのあかねといえば、話すどころか顔を見るだけでも奇跡。会えるのは一日に一人きり。それもあかねのお目にかなった一流の人物のみ。ましてや寝床を共にした者などいない、とまで言われた元歌舞伎町No,1のキャバ嬢である。

「こらっ、ここ(ゴールデン街)では個人の詮索はしない」

 と、ゆかりが叱咤するが、

「ばれているのなら構わないわよ。知らない振りってのも不自然だし。ねっ、歌舞伎町の成金坊主さん。いえ、生臭坊主さんだったかしら?」

 サングラスをずらしてペロッと舌を出すあかね。この無邪気さがNo.1の秘訣か。

「いやあ、あかねちゃんと飲めるなんて、最高だなぁ」

 そそくさと隣席に陣取る稔侍。

「こらっ、調子に乗らない。あかねちゃん、今プライベートなんだから」

「ここ(ゴールデン街)はそんなとこじゃないだろ?」

 さっきの仕返しか、意地悪な返しをする稔侍。

「おじさんならいいよ。でも、あかねのお願い、聞いてくれる?」

「聞く聞くぅ。おじさん、なんでも聞いちゃう」

「実はぁ、歌舞伎町にある私の部屋から指輪を持ってきて欲しいの」

「指輪?」

「あかねちゃん、それは…」

「この人なんでしょ?ゆかり姉さんが言ってた『あの人ならもしかして…』って人」

「それは…」

 ゆかりがちらりと稔侍を見る。

「ねぇ、あなたならできるんでしょ?」

 うるんだ瞳で稔侍にお願いするあかね。だが、

「無理だな…」

「えっ!?」

「歌舞伎町は全面封鎖だ。とても入れる雰囲気じゃねぇ。もし仮に入れたとしても、それは違法行為だ」

「そっか…」

 がっかりした様子でうなだれるかあかね。ゆかりは少しほっとしたような、すまないような、そんな複雑な表情で稔侍にボトルの酒を差し出す。

「ちょっとトイレ借りるぜ」

 酒には手を出さず、稔侍が席を立つ。

「ゆかり姉さん、どうしよう…」

「そうねぇ。あの人なら引き受けてくれると思っていたんだけど…」

 と、ガチャリと扉を開けてすぐに稔侍が出てきた。用をすますには早すぎる。手には手洗い用のタオルで何かを包むでいる。

「おいっ」

 と、タオルの包みをゆかりに差し出す。察したゆかりは黙ってそれを受け取り、カウンターの下に置く。

「まあ、条件次第ではとってきてやれないこともないぜ」

「条件?」

「俺と一夜を共にしろ」

 その瞬間、ペシッと後頭部をテーブル拭きではたかれる。

「あら、ごめんなさい」

 ツンとしたゆかり。

「てめぇ、わざと…」

 と、ゆかりに食ってかかろうとしたところ、

「いいわよ…」

 あかねの意外な言葉に稔侍もゆかりも「えっ?」となる。

「指輪とってきてくれたらぁ、考えてあ・げ・る」

「い~や、おじさんは騙されないぞぉ。お前たちは油断ならねぇからな。『考えただけぇ~』な~んて、いつものパターンだ」

「いつもの?」

 ゆかりが軽蔑のまなざしできっと稔侍を睨む。だが稔侍は聞こえないふりだ。

「そうだ、これに一筆書いてもらおうか。指輪と交換に、一夜を共にしますってな」

 警察手帳から白紙のページを一枚抜いて、ペンと一緒にあかねに差し出す。

「え~、あかねのこと信用してないのぉ?」

「いやっ、まぁ…」

「な~んてね。おじさんがそうシタイのなら、あかね何でもやってあげる」

 躊躇なくサインするあかね。

「あっ、あと携帯番号もな。ほら、場所に迷ったり、間違った物持ってきちゃ、まずいじゃない?一応ね」

「そんなの、お店か私の携帯にかけてきたらいいじゃない」

 と、ゆかりが口をはさむが、

「いいわよ。ワンギリしてあげる。番号教えて」

 と、それもあっさりと受け入れるあかね。

 個人携帯に元歌舞伎町No1キャバ嬢の携帯番号を登録、しかも一夜の約束済だ。

「でも本当に大丈夫なの?かなり警備厳しいみたいだけど…」

「まかせとけって。あっ、酒はそのままにしておいてくれ。帰ってきたら祝杯だ。あかねちゃ~ん、シャワーでも浴びて待っててね。なぁに、一時間ちょっとで帰ってくるさ」

 意気揚々と店を出る稔侍に、ため息をつくゆかりだった。

 

 ~続く~




◎登場人物紹介

 ○山浦稔侍(40)
  ギャラポリ。所属は公安部外事特課強行犯第一係。
  生臭坊主。エロ親父。特殊な機械で透明人間となって活動ができる。

 ○花園ゆかり(42)
  新宿ゴールデン街の外れにあるバー「ゆかり」の美人店主。
  和服が似合う大和撫子。
  だが男だっ。

 ○秋月あかね(28)
  元歌舞伎町No.1キャバ嬢。


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#2『あかね編~淫夢が囁く~』 

◎簡単なあらすじ
 謎の伝染病のため、完全封鎖となった歌舞伎町。
 元歌舞伎町No.1キャバ嬢のあかねの頼みで自室から指輪をとってくることを頼まれた稔侍、
 透明化の能力を生かしてゴーストタウンと化した歌舞伎町に侵入する。


 歌舞伎町の周囲はぐるりとバリケードで囲われ、一様に盾を持った機動隊が張り付いていて、どこからも侵入することはできそうにない。

 歌舞伎町内への唯一の出入り口が新宿区役所だ。新宿区役所は調査本部となっており、関係者はまず正面入り口から入場。受付で身分証を確認、身体検査を受けたのち、歌舞伎町内に入場する者は更衣室で防護服を着用後、裏口から町内に入ることになる。

 どう考えても鉄壁の要塞と化した歌舞伎町内への侵入は不可能と思われるが、こと稔侍に関しては事情が違う。

 左手のスイッチで透明化した稔侍は交代で戻って来た警備隊の背後に張り付いて正面から入場、係員から身体検査を受ける警備隊を尻目にやすやすと館内に入った。

 館内にはいかにも即席の調査本部らしく、正面に大きな手書きの案内図が張り出され、また天井のあちこちから「更衣室」「会議室」「食堂」「仮眠室」「待機場」といった案内の貼り紙が大きく垂れ下がっていた。そしてご丁寧に「町内出入口」の垂れ紙も。

 案内に従って『町内出入口』に向かう稔侍。この時間ではすでに今日の調査は打ち切られており、人の出入りは全くない。カギは幸い内カギのサムターン錠で、そっと扉を開けて稔侍は闇の街へと飛び込んだ。

 

 闇に閉ざされた歌舞伎町は全くの別世界だった。24時間眠らない町と称された、あのぎらついた景観はどこにいったのか。人っ子一人いない歌舞伎町はまさにゴーストタウンといった面持ちだ。

 稔侍にとって暗闇は問題なかった。透明化になるのは例の機械で実は誰にもできるものだ。ただ、透明化のまま自由に動くというのは誰でもできるものではなく、稔侍の持つ並外れた察知力のなせる業であったのだ。だが、このあたりの仕組みの詳細はまた別の機会に解説したい。

 暗闇を進む稔侍の前をさっと何かが横切った。歌舞伎町でイタチ?と思ったら、どでかいネズミだった。ネズミは稔侍の気配に気づいたのか、シャーととびかかってきた。と、その脇から飛び出してきた、更に大型の何者かがネズミに食いついた。野良犬だ。人間という存在を失った町は新たな生態系を有していた。野良犬がネズミを加えたまま、くんくんと鼻を鳴らす。どうやら彼も念侍の気配に気づいたようだ。

 ぐっと身構える稔侍。と、野良犬は稔侍に何かを察したのか、じりじりと後退すると、ネズミを加えたまま去っていった。

 やれやれ、こんなところとはさっさとオサラバだと、念侍は足早に駆け出した。

 

 あかねの自宅は店のビルの上のフロアだった。

 借りたカードキーで室内には難なく侵入できた。

 ここが元No.1キャバ嬢、あかねの部屋と期待を膨らませて扉を開ける稔侍。電気はつけなくても稔侍の察知能力で辺りの様子は手に取るように判る。が、次の瞬間、異臭に思わず鼻をつまんだ。コンパクトなワンルーム八畳の部屋の中は酒にタバコに香水をメインに、ピザやハンバーガーにポテトやカレーといった食べ物の匂いが充満していて、匂いに敏感な人間にはとても耐えがたい。

 少し幻滅しかけた稔侍だが、女は内面より外見、あかねとの一夜が待っていると奮起する。が、中に足を踏み入れた瞬間、稔侍は足を取られる。手に取りると、どうやら下着のようだ。これは!と興奮しかけた稔侍だが、次の瞬間、愕然とした。部屋には脱ぎ捨てられた衣服や下着が散乱していて、とても足を踏み入れられる状態ではない。

 いくら気配を察する念侍とはいえ、さすがに床に転がった衣服や空き缶、雑誌といった細かい物の気配までは感じ取ることができず、四つん這いになって慎重に手探りしながら進むしかなかった。

 何とかドレッサーまで辿り着いた稔侍。だが、聞いていたドレッサーの引き出しの中も化粧品が散乱していて、何がどれだかさっぱりだ。と、引き出しの手前に宝石箱がそっと置かれていた。この置き方を見るに、どうやらこれだけは別格のようだ。

 携帯で写真を撮り、あかねにメールで送る。と、即「ありがとう。だ~い好き!」の返信があった。

 やれやれと部屋を後にする稔侍であった。

 

 宝石箱を手に意気揚々と帰路を急ぐ稔侍。

 もう汚部屋のことはどこへやら、あかねとの一夜とのことで頭はいっぱいだ。

 あかねの抱き心地ははどんなであろうか、ウィークポイントはどこだろう?どんな声を上げてくれるのか…期待は膨らむばかりできりがない。 

 と、シネシティ広場で一人の防護服を着た捜査員が地面に付着した血液を採取していた。ここから一番街までが騒動の中心地である。こんな遅くまで任務ご苦労さん、と心の中で唱え、立ち去ろうとした瞬間、ふと足が止まった。

 今日の調査はすでに終わっているはず、こんな夜中にこいつは何をしているのだ?一見するとただの調査員のようにも見えるが、明かりも無しに、そもそもこんな場所で単独行動なんて聞いたことがない。

 稔侍はそっと捜査員に背後から近づいた。

 タイミングを見て、一気に羽交い絞めにする稔侍。

 突然のことで捜査員が慌てもがくが、稔侍の絞めは簡単には外れない。

「貴様、ここで何してる?どこの者だ?」

 と、突然稔侍の脇腹に激痛が走った。

「ぐっ」

 思わず緩んだ絞めの隙を捜査員は逃さなかった。そのまま肘鉄を数発くらわされ、絞めを外されて、だらしなくも地面に尻をつく。

 稔侍の絞めから逃れた捜査員は振り向き際、さらに攻撃を加えようと構えた。が、その動きが止まる。

 透明化のおかげで命拾いした、捜査員は相手の姿がないことに戸惑っている。でなければ、おそらくそのままとどめを刺されていたことであろう。

 左手袋の平を突き破って大きな注射針のようなものが見える。稔侍の脇腹に走った激痛はどうやらあの注射針だったようだ。

 息をひそめる稔侍。さっきは油断したが、奴はまだこちらの正体に気づいていない。有利なのはまだこちらなのだ。

 敵もその場から動かず、かなり慎重に周囲を警戒しながら気配を探っている。

 と、突然電話の呼び出し音が鳴りだした。

 さっきあかねの部屋で写真を撮るのに電源を入れて切るのを忘れていた。ったく、油断していたのは稔侍の方だった。とっさに携帯を投げ捨てる稔侍。

 何もないはずの空間から突如鳴り出した携帯が飛びだしてきて、とっさに後ろに飛びのく捜査員。

 居場所がばれた、来るか…と身構えた稔侍だったが、捜査員はそのまま飛び退いた方向に逃走した。

「待てっ!」

 と追いかけようとした稔侍だったが、脇腹に激痛が走った。さっき刺されたところだ。

「ぐっ…」

 せっかくのチャンスを逃すとは、あいつも甘いな…と思ったが、こっちの状況がわからないまま、見えない相手に不利と判断したと考えれば、むしろ手練れなのかもしれない。

 と、稔侍の鼻から一筋の血が垂れてきた。たかが鼻血と思ったが、止まることなく次々と溢れてくる。

 ただの鼻血じゃない。この量はやばい…念侍はとっさに鼻を摘まむ。が、血は止まらずに喉にまで流れ込んでくる。めまいがしてその場にしゃがみこんだ。しかもこんな時にもかかわらず、下半身が熱くなってきた。発症した者は鼻血を出し、発情、興奮が高まり、死亡する…今朝の朝礼の根米部長の言葉が頭をよぎる。

 まさかな…が、興奮は収まらない。心臓の鼓動が激しくなっていくのが自分でもわかる。

 と、さっき放り投げた携帯が再度鳴りだした。画面に「ゆかり」が発信者として表示されている。ったく、あいつこんな時に電話なんかしてきやがって…あかねが待っているんだ、こんなところでくたばって、た、ま、る、か、よ…必死に携帯に手を伸ばす稔侍…だが、その手が携帯まで届くことなく、稔侍の意識は遠くなった…。

 

 ~続く~



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#3『あかね編~淫夢の導き~』 

 謎の捜査員との格闘で発症し、倒れた稔侍。
 危機を感じ取ったゆかりがギャラポリに同行して稔侍の救出に向かう。


 ゆかりはそわそわとして落ち着かない。

 さっきからずいぶん長いことカウンターの下でタオルの包みがブーブー震えているのだ。この中には稔侍のギャラフォンが入っている。稔侍はプライベートで歌舞伎町に遊びに行く時はいつもゆかりにギャラフォンを預けていく。遊んでいる店の場所が特定されるのはまだしも、何でもギャラフォンには小人が住んでいて、行動や会話はすべてそいつに丸見え丸聞こえというのがその理由だ。

 小人というのはゆかりにはよくわからないのだが、異星人たちとの交流が始まってからというもの、これまでの常識では測れないことばかり、携帯に住む小人の異星人がいてもおかしくはないだろうとゆかりは思っていた。

 それにしても今日はしつこいくらいに鳴り続けている。いつもであれば二、三回くらいで諦めるところを、今日に限っては全く鳴りやむ気配がない。

 またさっきもギャラフォンが鳴っていることを稔侍の個人携帯に連絡してみた。忍び中だから出れないのだろうと思ってはいたが、いつもなら頃合いを見て返してくるのが、いまだに折り返してこないのが少し気にかかる。

「出たら?私、気にしないわよ」

「いえ、そんなんじゃ…」

「遠慮しないって、あの人なんでしょ?」

「それは…」

「おいっ、そこのあんた?」

 どこからか少し合成音のような妙な男の声がした

「あれっ、ゆかり姉さん、何か言った?」

「さっ、さあ…TVじゃない?」

 TVではずっと歌舞伎町のニュースが流れている。ただ、何かにつけて国が悪い、政治家が悪いとすぐに政府批判に結びつける自称〇〇専門家の好き勝手な言い草が鼻につく。

「さっきから何度も呼び出してんだろ。いいから出ろよ。稔侍が大変なんだよ!」

 再び例の声。「稔侍」の単語にいてもたってもいられなくなった。

「ごめん、ちょと電話」

「いいわよ。勝手にやってるから。ごゆっくり」

 ギャラフォンを包んだタオルをつかみ、慌てて店の奥に引っ込んだ。

 

 裏口から外に出て、タオルをほどく。

 画面には「アスワード」の文字。

 勝手に出ていい物か躊躇していると、

「じれったいな」

 と、携帯から声が出たかと思うと、勝手に繋がった。

「バーゆかりの店長さんだな」

 何もしていないのにスピーカー設定にまでなってる。

「…はい」

「悪いが、知ってることはすべて話してほしい」

 アスワードの話によると、歌舞伎町のシネシティ広場に設置してある防犯カメラの映像に、立ち入り許可を得ていない不審な防護服の人物が映っていたという。それが何者かと格闘した後に逃亡した。その格闘した相手が稔侍ではないかと疑っているのだ。稔侍の行き先を聞きたいというが、稔侍が規律違反を犯していることはゆかりもわかっている。伝えるべきか、黙るべきか…とまどうゆかり。

「ゆっくりしてる暇はないんだ、これを見な!」

 画面が防犯カメラの映像に切り替わった。画像が地面に転がった何かに焦点を合わせ、ズームする。ぼやけてはいるが、見覚えがある。稔侍の個人携帯に違いない。しかも地面には血の跡が…。

「実は…」

 事の深刻さに気づき、真相を話すゆかり。

「わかった、すぐに捜索隊を編成する。音無し、捜査本部につなげ!」

「待って!」

 思わず声が出た。

「私も、一緒に…」

「それはダメだ。危険すぎる」

「でも…」

「なあに、心配するな。稔侍は我々が必ず助け出す」

 アスワードが自信たっぷりに答えるが、ゆかりは気が気でない。

「おい、アスワード待てよ。この人、連れてったほうがいいんじゃないか?」

 さっきからちょくちょく入り込んでくるこの声の主は何者なのだろう。画面に名前は表示されていないのに、まるでマルチ通話をしているようだ。

 ゆかりへの音声が途絶え、何やら二人でこそこそ話している。一緒にいるのだろうか?

「わかった。ゆかりさん、捜査に協力してくれ」

 アスワードが決心したかのように伝えてきた。

「よろしくな、ゆかりさん」

 また例の声。

「私の方こそよろしくお願いします。えっと、あなたは…」

 それとなくゆかりが聞いてみる。

「俺か?俺は稔侍があんたに話している、『小人さん』さ」

 音無しはからかうように「けけけ」と笑った。

 

 アスワードを隊長として、警護隊2名、救護隊2名、捜査員として鑑識課から警察犬1頭とその担当者、そしてゆかりを加えた7名と1匹、いや音無し1台も含めた稔侍捜索隊が組まれた。

 稔侍一人の捜索には少々大げさな気もするが、謎の捜査員の件がある。さらに厄介なことは稔侍が透明化のままということだ。

 新宿区役所で合流した一同はお互いに軽い自己紹介と打ち合わせの後、防護服に着替えて裏口から町内に入った。

 防犯カメラの映像から場所はある程度特定できており、謎の捜査員と遭遇さえしなければたやすい任務と思われたが、そう簡単にはいかなかった。

 まず警察犬が何かを察したのか、現場まで行きたがらないのだ。代わりを手配しようとしたが、事態は急を要する。警察犬はあきらめて、まずは携帯のあるシネシティ広場を目指した。

 慎重に歩みを進める一行。例の防護服の人物のこともあるが、透明化した稔侍がどこにいるかわからない。もしかするとその辺に倒れこんでいて、つまずくだけならまだしも、それが弱っている稔侍へのトドメともなりかねない。いや、逆に興奮した状態で稔侍が襲い掛かってくる可能性も0とは言えないのだ。

 シネシティ広場まで辿り着いた一行。稔侍の携帯が見えた。その傍で数匹の野良犬が鼻を鳴らして周辺の様子をうかがっている。

「やめて!」

 ゆかりが突然犬たちのほうに駆けつけた。

「おいっ!」

 アスワードと警護隊員1名が後を追い、もう一名の警護隊員が銃を構える。

 ゆかりが野良犬たちの中に飛び込んで地面に身を伏せる。一瞬ひるんだ野良犬たちだったが、ゆかりに牙を剥く。と、駆けつけたアスワードが吠えると、犬たちは一目散に飛び去った。

「稔侍、稔侍」

 地面をさするゆかり。いや、よく見れば地面ではない。その手は宙にあり、今度はそこにある何かを押し始めた。

「旦那っ!」

 音無しが叫ぶ。

「ああ」

 アスワードも察して、しゃがみこみ、ゆかりが触れているあたりを探る、ぬるりとした感触が防護服の手袋越しに伝わる。みれば真っ赤な血だ。

「救護班!」

 突然叫ばれ、慌てて救護隊員が駆けつけてくる。アスワードは感触を頼りに左腕の時計にたどり付き、機械のスイッチをOFFにした。

 何もなかった地面に稔侍が姿を現わした。

 鼻と口から血を吐き出したまま、意識がない。

「いっ、今AEDの準備を…」

 背の荷物を下ろす救護隊員。と、ゆかりが防護服のヘルメットを突然脱ぎ捨て、稔侍の唇に自分の唇を重ねた。

 唖然とする一同。

 ゆかりは稔侍の口から血を吸いだすと、ペッと吐き、また唇を重ねる。

「あっ、あんた…そんなことしたら…」

 救護隊員の一人が震える声を漏らす。感染の恐れがあるため、直接被害者には触れないこと、これが出発前の打ち合わせで最初に言われた注意事項だ。

 ゆかりの鼻から一筋の血が流れてきた。

「ダンナっ、止めさせるんだ。うつっちまったぞ」

 アスワードが稔侍からゆかりを無理やり引きはがそうとしたその時、稔侍がゴホッ、ゴホッと息を吹き返した。

「よかった…」

 そうつぶやくと、ゆかりはそのまま稔侍の胸に倒れこんだ。

 

~続く~



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#4『あかね編~淫夢は何処~』 

◎簡単なあらすじ

 ゆかりのおかげで一命をとりとめた稔侍。
 ウィルス騒動の真相と稔侍が遭遇した捜査員は謎のままだが、都内の騒動は収束しつつあった。
 すっかり回復した稔侍はあかねと一夜を過ごすために歌舞伎町に出かける。


 真っ赤なシースルーのベビードール姿のあかねに稔侍はごくりと息をのんだ。

「そんなに見つめないで。恥ずかしい…」

 頬を赤らめたあかねが恥ずかしそうに視線を外し、左手を差し出す。

 その手をとり、回収した指輪を薬指に通す。

「稔侍、ありがとう」

 稔侍に抱き着くあかね。

 ゆっくりとベットに押し倒す稔侍。

「んっ…」

 稔侍は耳元から首筋、胸元へと舌を這わせた。

「ああっ、稔侍ぃ」

 甘い吐息ともに、あかねが喜びの声をあげた。

 稔侍は胸元から腰、そして秘部へと手を伸ばす。

「あっ、あっ…」

 と、稔侍の手がふと止まる。下半身に妙な手触り。何だか妙に触り慣れたフニフニした生暖かいそいつは次第に固く、大きくなってきた。はっとして顔を見上げた稔侍の目の前に映ったのは上気した顔のゆかりだった。

「ああ、稔侍ぃ」

 顔を両手でがっしりと掴まれ、ゆかりに唇を奪われた。

 

 はっとして目覚める稔侍。

 そこは病院のベットの上だった。

 妙に生々しい感触が唇に残っている。

「だんなぁ~、良かった。気がついて」

 隣のテーブルの上のギャラフォンから音無しが叫んだ。

 

 音無しがアスワードに通話を繋いだ。

 アスワードからいきさつを聞く稔侍。

 あの日から一週間、稔侍は寝込んだままだったらしい。発見時の稔侍は出血多量でかなりやばい状態に陥っていたらしく、そしてそんな稔侍の危機を救ったのがゆかりだったということも。

「まさかお前にあんな人がいたとはな」

 にやりと笑うアスワードに、

「ばかっ、そんなんじゃねぇよ」

 と慌てて否定した。

「何言ってんだ、命の恩人に。救急隊員でも感染者者相手には、いきなりあんなことはできないぞ」

「けけけっ、稔侍の趣味じゃないらしいよ」

「わからんな。異星人の俺から見ても魅力的な人物だとは思うが…」

 まあ、あいつが悪い奴でないことは稔侍もわかっている。わかってはいるのだが…

「悪い、なんだか疲れが出てきた。もう少し寝る」

「目を覚ましたばかりなのに悪かったな。ゆっくり休んでくれ」

 回線が切れて、稔侍は一人思う。あいつ、そんなことを…と、夢のことを思い出し、慌てて否定する。いやいや、そんなことがあってたまるか。…それよりあかねだ、あかね。回復したらあいつと一夜…もやもやしながらも、再び眠りにつく稔侍であった。

 

 あれから一か月がたち、稔侍はやっと退院することができた。

 体調そのものは二週間程度で回復していたのだが、立ち入り禁止区域への無断侵入で謹慎処分が下され、病院で半監禁状態にさせられていたのだ。

 ゆかりの方は症状が軽く、一週間程度で退院していたらしい。

 しかし今となっても例の防護服の人物の行方は不明のままだ。おそらく防犯カメラの死角にあるマンホールから下水道に抜けて外へ出たと考えられているのだが、その正体や目的は謎のまま。ただ、稔侍やゆかりの体内から抽出したウィルスが今回の俗称「歌舞伎町ゾンビパニック」騒動を引き起こしたウィルスと同等の物ということが判明、その関係性が問われている。

 いずれにしろ、あの騒ぎが人為的なものであり、自然発生した物でないということが分かっただけでも一つの進歩ではある。まだ油断はできないとは言え、とりあえずあれ以降、事件は起きていない。

 これ以上の被害の拡大がないことから、歌舞伎町封鎖も二週間前にはとかれていた。

 まだ以前ほどの賑わいは戻ってはいないものの、徐々にだが人々は集まってきた。これが歌舞伎町の逞しさなのか、日本人特有の特性なのかは不明ではあるが。

 

 薄暗いキャバクラの店内で、皮のソファに腰かけた稔侍がそわそわしながらあかねを待っている。

 例の指輪は救出された際に回収され、とっくに当人に返却されていたが、稔侍には一筆残したメモ書きが残っている。いきなりお店に来て、あかねはどんな顔をするのだろうか。そう考えるとニヤニヤがとまらない。

「ごめんね、お待たせして」

 と、やってきたのはがりがりにやせ細った骨女と推定体重三桁の巨体だった。

「あれ、あかねちゃんは?」

「お兄さん、わたし喉渇いちゃった。ドリンク頼んでもいい?」

「あたし、フルーツ盛りが食べた~い」

 骨女と巨体が左右から腕を絡めてくる。

「いや、あかねちゃん…」

「とりあえず、シャンパンいい?」

「アイスクリームもたべた~い」

「わかった、わかった。好きなもの頼めよ」

「こっち、シャンパンひとつ~。あと焼酎も」

「フルーツ盛りにアイス~。あとチョコの盛り合わせも」

 こいつら、とんでもない地雷だ。

「で、あかねちゃんは?」

 ひと段落したところで改めて切り出す。

「あかねさん?やめちゃったわよ」

「えっ…」

「なんでもぉ、田舎の幼馴染と結婚するとかなんとか」

「寿退社って本当?はったりじゃないの?」

「指輪してたよ。最後挨拶に来た時。すっごい安物~」

「まあ、一時は歌舞伎町No.1だったかもしれないけど、もういい歳だもんね」

「顔だけは美形だからね。でも元No.1だなんて信じられない」

「たまたまあの顔に惚れた太客がいただけよ。変にプライドばっか高くってさ、客に選ばれるんじゃない、私が客を選ぶんだって、チョーシ乗り過ぎ~」

 ガハハハハと下品に笑う女たち。こいつらは永遠にヘルプだな、と稔侍は思った。

 

 しつこくすがる骨女と巨体を振り払い、店を出た。ったく、あいつらとだと、せっかくの酒がまずくなる。

 ただ、これであかねとの縁が切れたわけではない。稔侍にはこの前もらった携帯番号がある。このままサヨナラしてたまるか、むしろ店をやめてフリーになった今がチャンスともいえる。

 複数のコール音で諦めかけたその時、電話がつながった。

「あかねちゃ~ん、おじさん退院したよ。退院祝いしてよ~、退院祝い」

「…」

「おいおい、黙って店をやめるてるなんてひどいじゃねぇか。一言あれば俺だって相談の一つや二つ…、まっ、金以外のことだがな」

「…本当に相談聞いてくれる?」

「ああ…何なら今夜一晩じっくり…って、おい、その声」

「じっくりと、聞いてもらおうかな~」

「ゆかり!?お前、どうして?」

「あかねちゃん、この携帯もういらないっていうからもらっちゃった。あんた専用だって」

 携帯複数持ちはキャバ嬢の得意技。わかってはいるものの、期待せずにはいられないのは男の性か。

「お前なら、知ってんだろ、あかねの行き先。なぁ、教えろよ。あいつとは一夜の約束があるんだからよ」

「一夜なら共にしてるわよ。あの晩、私たちのことを心配して、ずっと病院の控室にいたんだから」

「なっ…」

 本当は関係者として一晩取り調べを受けていただけなのだが、それは稔侍には黙っておく。

「それに、サインした秋風あかりはもうこの世にはいない…お店やめちゃったからね」

「まじかよ」

「マジです」

「ちぇっ、ご祝儀変わりだ、くれてやらぁ」

 そう言い放ち、電話を切った。

 懐から取り出したのはあかねのメモ書き。「ええ~い」と粉々に破り、宙に放つ。

 ひらひらと舞い散る紙はまるで舞い散る落ち葉のようだ。

 振り返れば遠くにお店の看板で微笑むあかね。

 これまで意識してなかったが、あれは何年前の写真なのだろうか?よく見れば看板自体もかなり傷んでいる。

 あかねの顔がふとなぜかゆかりの顔になる。

 そういえば、まだゆかりにお礼を言ってなかった。復帰後初の電話があれではさすがの稔侍もいい気がしない。

 仕方ない、退院祝いの初飲みはゆかりにするか。ちなみにさっき元あかねの店で飲んだのはまがい物でノーカンだ。

 そんな都合のいい言い訳を考えつつ、足はゴールデン街へと向かった。でもあいつ、男なんだよな…。

 

 ~終~



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【緊急放送 ギャラポリ放送局 0401】
『異星人襲来!地球侵略まであと○日!?私たち全員××されちゃうんですか?』


「宇美と」

「佳和の」

「ギャラポリ放送局!」

「今日から4月。進級、進学、就職、昇進、部署移動。新入社員も入ってきて、新生活が始まる方も始まらない方も、心機一転、頑張っていきましょう。ギャラクシーポリス広報課の、もう新人ではありません。星乃宇美(ホシノウミ)です」

「4月は番組編成の時期。番組継続はみなさまのおかげです。これからもずっと応援してください。永遠の17歳、天野佳和(アマノカワ)です」

「4月は死の月。地球の諸君、初めまして。私はカミダス星の総統テスターである。君たちにはこれまでにはない、新しい世界を体験することとなろう」

「あれ?…すみません、少し混線しているみたいです」

「カミダス星…まさか…」

「混線ではない。この放送は我がテスター軍が支配した。その証拠に、まずはこれを聴きたまえ」

 

~カミダス星からのお知らせ~

「働いたら負けだと思っている」

「保育園落ちた、日本死ね!」

「俺がモテないのはどう考えても社会が悪い」

「30歳、童貞。何故俺は魔法使いになれないのだ」

「働きたくないでござる!」

「こんな世界、なくなってしまえばいいのに」

「俺だって、異世界に転生さえすればモテモテのウハウハになれるはず」

「そんな君たちに朗報だ!地球は変わる。我がカミダス星の軍事力でな。さあ、カミダス帝国を崇めたてるがいい」

 

「えっ?こんなの台本に…」

「間違いない、これは…」

「くっくっくっ…少しは自分たちの立場がわかってきたかな?次はこれだ!」

 

「週刊カミダスニュース!」

「ここで地球の方々に我々の進行状況をお知らせしよう」

「昨晩、小笠原諸島姉島の南方にある無人島に落下したのは隕石ではない。我が軍の遊星爆弾である。なあに、まずはあいさつ代わりだ。本日自衛隊の諸君が調査に向かっていることとは思うが、わが軍の科学力に驚くことであろう。これから毎日一発づつ数を増やしていく。小笠原諸島を伝って南から北へ。さて、首都に着くのはいつかな?」

「えっ、これって…本当に…」

「宇美さん、大変です。惑星カミダスは間もなく寿命を迎えていて、彼らは新しい移住先を探してました。そしてどうやらこの地球を新たな移住先として目をつけたみたいです」

「ということは…」

「はい、このままでは地球は彼らに侵略されてしまいます。それも地球人には住めない星として…」

「おや。これはこれは、モロコシフラワー星の方ではないか。悪いことは言わん、早急に祖星に帰るがいい。地球の方々も同様だ。我々は遊星爆弾を使って、これから地球をカミダス星と同じ放射能の星へとフォーミングする。なあに、我々は寛大だ。逃げる者を追ったりはせぬ、好きな星に移住するがよい。まあ、死にたい者は残るのも自由だがな」

 

「まさか、そんな…」

「宇美さん、落ち着いて」

 

「ちょ~っと、待った!」

「うむ?貴様らは…」

「ペコポンを侵略するのは吾輩ゲロゲロ小隊のゲロゲロ軍曹であります」

「フォッ、フォッ、フォッ、フォッ、フォッ、フォッ…」

「ウチと鬼ごっこをして、ウチが負けたら地球征服はやめて帰るっちゃ」

「鏡よ鏡、全宇宙で一番美しいのはだ~れ?」

「チーキュを花火にして打ち上げるのだ」

「小賢しい。全員、アクー空間に引きずり込め」

「ほほほ…虫けらどもがよくもまあ。地球はわたくしブリーフの物。勝手な真似は許しません。ちなみに私の戦闘力は53万です」

 

「ああっ…私たち、いったいどうしたら…」

「宇美さん、大丈夫。私に任せて」

「佳和さん、何を?」

「みなさん、いい加減にしてくださいっ!地球は私たちの星。あなたたちの好きにはさせません」

「えっ?」

「聞いてください。天野佳和の新曲、『80億のアイラブユー』。みんなのハート、私に分けて~!」

「ええっ!?」

 

 ~♪輝く80億の宝石たち…、未来へ届け…、私のハートとともに…~

 

「こっ、これは…」

「ヤック、デカルチャー」

「戦闘力が10万、20万…いやっ、100万を超えただと!?」

 

 …I love yuo…、80billion…♪~

 

「ギャラクシーポリス参上!80億の宝石は俺たちが守る」

「みなさんっ!…って、なんですか?その格好…あっ!」

「どっきり大成功!」

「今日は4月1日、エイプリルフールですよ。みなさん、お疲れ様でした~」

「えっ、知らなかったの私だけ?」

「敵を騙すには、まずは味方から、ってね」

「ひっど~い。私、本気で、本気でっ…」

「わわっ、宇美さん、泣かないで」

「ちょっと、悪いことをしたかな」

「うむ」

「宇美さん、ごめんなさい。私たち、本当に…」

「な~んてね。お返しよ」

「もうっ」

 

「では、みなさん、エイプリルフール特別版。今回の放送はいかがでしたでしょうか?」

「放送を聞いて驚かれた方もいらっしゃるとは思いますが、地球はこの通り、ギャラクシーポリスがしっかり守ってます」

「今回の放送につきましてのご意見、ご感想につきましてはギャラクシーポリスのホームページまで」

「くれぐれも(リアル)警視庁には送らないように」

「それではまた次回」

「まったね~」

 

 

~♪エンディング~

 

「エンディングも変わったんですね」

「ええ。新曲『80億のアイラブユー』はギャラクシーポリスのテーマソングです。ホームページからダウンロードもできますよ。応援よろしく~」

 

~終~



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捜査報告書 No.18【☆1「合コン?」】- ハッテマスメイン
☆1「合コン?」


◎簡単なあらすじ
 婚活中のハッテマスは浩美の企画した合コンに参加。
 色々な男性と顔合わせしてみたけど・・・


「では、改めまして」

「「「「かんぱーい」」」」

 

 チッン~~~

 合図と共にワイングラスが独特の即興曲を奏でた。

 

「うーん、今回もぅ、はずれでしたねぇ」

 

 雰囲気の良いレンガ造りの店の奥に女性四人。

 乾杯の合図もそこそこに、天城瑞穂がため息と共に愚痴る。

 

「だなッ。でもハッちゃんとAlly交換してきただけましってか」

 

 そう言って桜色のワインを一気に流し込む倉林美希。

 

「美希ちゃん、気持ちはわかるけど、ワインをそんな一気に飲んじゃ」

 

 空になった美希のグラスに、佐倉浩美が早速ワインを継ぎ足す。

 

「ダイジョブ、ダイジョブ。こんなんじゃ酔わねぇって」

「美希ちゃんは底なしよねぇ。さっきも、あんなにシャンパン飲んでたのにぃ」

「でもこれ美味しいね。色もホーエェに似てて綺麗だし」

 

 少し遠いまなざしでハッテマス・パリエース・イグニースがワイングラスを掲げ、その神秘の先を覗き込む。

 

「ホーエェ?なんだそりゃ。でも、普段は赤しか呑まない私だけど、春先に気分の上がるお勧めの一品だぜ」

「確かに艶やかな桜色、ものすごく春らしいわね」

「まっ、こんな機会でもないと、ロゼは中々な」

「でもぅ、気分を変えるには良いワインですわねぇ」

 

 その言葉に全員が深々と頷く。

 端から見てれば美人が集まって楽しく女子会と見えるが、そのメンバーは浮遊警視庁勤務の一筋縄ではいかない面々だ。

 顔が広く、何処にでも首を突っ込みたがる広報課の切り込み隊長、佐倉浩美。

 通信指令本部よりその柔らかな声に隠れファンも多いと噂の、甘城瑞穂。

 泣く子も黙る外事特科・強行班の紅一点、野性味を帯びた精密スナイパーの、倉林美希。

 三人は自称【ハッテマス婚活応援隊】。

 本日の合コンでハッテマスの婚活を応援するのが目的だったのだが、奮戦虚しく撃沈………。

 反省会と、気分転換を兼ねて倉林のお気に入りのワインバーに来ていた。

 

「でもハッちゃんはだいぶ積極的に気配りしてたけど、誰か良い人いた?」

 

 浩美がこれが本題とばかりに尋ねると三人の視線が本日の主役、ハッテマスに集中する。

 

「あのう、良い人いたら、今頃ここで反省会してませんよね」

「ハッ、確かにな」

「じゃぁさ。今日の四人の中で顔で選ぶなら誰?」

「うーん、顔だけなら故郷でも人気の有りそうな自衛官の二階堂さんだけど…」

 

 四角顔スポーツ刈りのガチ体育会系、生真面目そうな男性が皆の脳裏をよぎる。

 

「マジか、インフィエリシタスではあんな顔がもてんのか?」

「もてるわよ。魔族と戦って勝てそうなイメージじゃない」

「アスワード警部もぅ、地球人風にイメチェンすると、あんな感じかしらぁ」

「え、なに。戦いに強そうな顔って、全宇宙共通」

「なッ、それはやだ。そんなの宇宙共通にしないでくれ」

「じゃぁ美希はさ、アスワード警部がどんな地球人の顔なら良いのよ」

「ハッちゃん、顔の話とアスワード警部は関係ないだろう」

 

 少しほほを赤らめながら、美希が強引に話題を否定する。

 

「ふふふ…、美希の話はとりあえずとして、二階堂さんの顔は合格として、何が問題」

「何って言われると…」

 

 ポッキーを口にくわえて弄びながらハッテマスの目線は宙を漂う。

 

「地球人的な表現すると、いちゃラブと無縁そうな感じ」

「うーん、いいわ。ハッちゃんて、ほんと乙女よねぇ」

 

 そう言いながら浩美がハッテマスを思いっきり抱きしめる。

 

「いまどき。いちゃラブもだいぶ死語だぜ。ドラマでも使わない」

「ほんと久しぶりに聞きましたわぁ、でも、ハッちゃんが言うとなんだか可愛く聞こえますぅ」

「えっ、私何か変な事言った」

「いいの、いいの、ハッちゃんはそのままの擦れてない感じで」

「でも二階堂さん、良い人だと思いますよぉ。純真できっと大切にしてくれると思うんですけどぉ」

「大切にはしてくれるけど、絶対仕事優先だぜ、あれ」

「ああ、分かる、分かる。そのうちオイとかしか言わなくなる感じよね」

「そうなの?逆に聞くけど、みんなは顔で選ぶと誰なのよ」

「顔だけですかぁ、顔だけなら吉田さん。…かなぁ」

「そうだね、顔は合格だね」

 

 …ねぇ~と、三人でハモル。

 ふわりと染めた茶髪に、少し小顔で整った容姿、職業がモデルか俳優と言われても信じさせる雰囲気を持つ男性が脳裏を掠める。

 

「でも、良く見るとイケメン、下手するとチャラ男だからね」

「大体、あの自分かっこ良いだろファッション。赤のジャケットは無いわ」

「それに絶対マザコンですわよねぇ」

「そうそれ、それは私も思った」

「えっ、そうなの。その辺の地球の感覚がまだつかめないのよ」

「そんなのまじめに取らないでよ、なんとなく、思っただけだから」

「でもぉ、ハッちゃんにはお勧めよぉ。総合病院の三代目で、小児外科医よぉ」

「マジ、お勧め、お勧め、何もしなくてもいいハイソな生活が保障されているだぜ」

「メディカルマシーン三台も有るって、異星人のハッちゃんも何かあっても一安心よ」

「しかも、最新機種を年内に入れるって鼻ひくつかせて自慢してただろう。一台、十数億だぜ。いったいどこにそんなお金があるのか。世の中不公平だ」

「そうよぅ、今なら世の中の1%には入れるのぉ、こんなチャンスはめったに無いわぁ」

「こんな綺麗で美味しいワインと、色彩あふれる旬の食べ物が毎日楽しめるのよ」

 

 どうッとばかりに三人がハッテマスを見る。

 自分が当事者にはなりたくないが、友達にそういう関係が欲しいと言う欲望に満ちた視線を向ける。

 

「…って、押してきますけど、ないんですよね」

「ないわぁ」

「ないな…」

「ないわね」

 

 そう言って三人がため息ともにワインで咽を一旦潤す。

 

「ハッちゃんてさ、見た目は赤ワインなのに、中身はロゼっぽいんだよね」

 

 ワイングラスを掲げて美希が突然呟く。

 

「ん、どういう意味」

「ロゼって、柔軟な感じのが多くて、結構幅広い料理に合うのさ」

「分かりますぅ、ハッちゃんは知り合いの異星人の中では一番物腰や和からいですものねぇ」

「絶対見た目で損しているタイプよね」

「この生ハムはギィ・パルマっていって、すごく繊細なの。チーズはノッジャーノ、すごくしっかりとした味わい。でも、どちらとも合うだろう」

 

 改めて全員が、ロゼワインと薄くスライスされた生ハムとサイコロカットされたチーズとの相性を楽しむ。

 

「確かに、この感じはハッちゃんだ」

「ポッキーやぁ、イチゴともばっちりですわぁ」

「そんなこと無いって、私だって、好き嫌いとか、好みってのはあるし…」

「じゃぁさ、性格で選ぶとしたら、神経質そうなのと、オレ様的なの、どっちが良い」

 

 生ハムとチーズを掲げて美希がハッテマスの口元に浮かべる。

 

「大体誰の事を言っているかわかりますけど、そう言われるとヒドイ二択ですよね」

「じゃぁあぁ、クールな優男さんとぉ、熱血なマッチョさんでわぁ」

「その表現もビミョー、でも、体型で言うならやせているよりは筋肉質のほうが…」

「なら、西宮さんですわねぁ。良いと思いますわぁ、信用性、将来性、資産全部二重丸の良物件ですぅ」

「あの少しオレ様的な性格を除けばな」

 

 美希は好みじゃないとばかりに、チーズをハッテマスの口元に無理やり突っ込む。

 チーズの力強い風味を楽しみながらがっしりとした体格の男性を思い出す。

 顔にニキビ痕もあり決して二枚目とはいえない、少し不愛想な男性の顔を思い浮かべる。

 

「でも、あの人、私が異星人だとわかると、途端に興味をなくした感じがハンパなかったんですけど」

「あー、うん。プロ野球というか、プロスポーツ業界は未だに異星人問題山積みな業界だからね」

「唯一認められているのが怪我した時の医療の分野だけだしな」

「しかもぉ、メーカーと型式指定の数少ないメディカルマシーンのみですからねぇ」

「食事は特に厳しいわよね。食べ物によっては地球人的にドーピング効果のあるのもあるし、全ての食料をチェックするわけにも行かないし」

「ですねぇ、奥さんが異星人でぇ、手料理でどんな食材使っているか知りませんとは言えませんものねぇ」

「まして、西宮選手、将来メジャー目指しているって聞くわよね。だったら、契約の時に奥さん異星人ですってのはね…」

「異星人の技術で怪我からの復帰は早く確実になった一方で、まだまだ受け入れられてない事が多いからな。特に海外じゃ」

「じゃぁさぁ、最後に残った多田さんは、銀河の企業の株と投資をしているしぃ、今日の中では一番ハッちゃんの立場を理解してくれそうだけどぉ」

 

 最後に今日の男性側幹事でもあり、各方面に幅広い人脈と知識を持つ長髪の優男が脳裏を過ぎる。

 オリーブグリーン系のスーツを無難に着こなし、清潔感もあり、物腰も柔らかく、彼女達の第一印象は悪くはない。

 

「ううん、あなた達の言葉を使うなら、…ないわ」

「ええ~、なんでぇ?」

「…マッチョじゃないから」

「いや、そこまでこだわってないから、なんていえば言いのかなぁ」

「厚・資産、好・容姿、高・学歴と3K揃っているのよ。性格だって悪くないし、会話も上手いし、何がいけないの」

「え、だって、宇宙人じゃない」

「なにそれぇ」

「ハッちゃんから見たら全員宇宙人じゃない」

「いや、カラーンクって意味で」

「余計分からないですぅ、母国語禁止ですぅ」

「ん、もしかして、なに考えているか分からないとか、変なこだわり持っていて、人の話を聞かないとかそういう事」

「あッ、そう、それ。それ」

「ハッ、そういう意味の宇宙人」

「私はそんな変な感じしませんでしたけどぉ」

「あ、分かったぜ。あれ、顔は笑顔だったけど一人だけ目が笑ってなかったわ。わたしも少し違和感が…」

「でも、男の人って大なり小なり、変な感性と自意識持っているから、あのぐらいなら上手く付き合っていかないと、中々彼氏なんて出来ないわよ」

「そうよねぇ、そもそもハッちゃんの好みって言うかぁ、譲れない最低条件って、なんですのぉ」

「ええと、誠実で優しい人…、…かな」

「あ、あ~あっ」

「ダメだ、一番ダメなパターンだ」

「まず、そこをどうにかしないと、永遠に幸せはやってこないわ」

「せめて明確な最低条件は必要よですぅ、でないとぉ、なにを基準に付き合うか決まらないと思いますぅ」

「まって、地球じゃビビッと来た人と付き合うんじゃないの?」

「やばい、やばいぜ」

「うーん、完全に間違った外国人ならぬ、宇宙人、いや、異星人」

「そもそも、ビビッと来るのは地球人の特権だぜ。異星人のハッちゃんは違うだろう」

「いやぁ、それもどうかと思うけどぉ」

「ああもう、もはや地球人というか、日本人が忘れて久しいピュアな感じがハッちゃんのいいところだけど、恋愛に基準は必要よ」

「そうなんだけど、いきなり基準て言われても」

「ハッちゃんに宿題ですぅ。来週までに最低条件を三つ決めてくること。いいですねぇ」

「最低条件なのに三つっておかしくないですか」

「「「おかしくないッ」」」

 

 勢いよく三人が否定する。

 

「てかさ、せっかくAllyを交換したんだぜ、三人のうち一人とデートの約束を来週までに取り付けろよ」

「えっ…」

「ああ、それはいいわね。デート経験もないのに、いい男とか、好みの男の条件なんて中々出てこないものね」

「そうですねぇ。ハッちゃんに足りないのは経験ですしねぇ」

「………」

「よし、決まり。来週までな」

「ちょ、ちょっと待って、いきなりそんなこと…」

「い・い・わ・ね」

「…ハ、ハイ」

 

 周りの強靭な視線に気圧され、思わず返事をしてしまうハッテマス。

 

「目標もできたし、今日の反省会はここまでとして、せっかくだからお酒を楽しみましょう」

「さんせ~ぇ」

「じゃぁ、改めてかんぱーい」

「「「かんぱーい」」」

「どこかにぃ、良い男いいませんかねぇ」

「ほんとだな」

「はぁ~」

「んっ?」

 

 こうして今日も吐き出した幸せと共に、無常にも夜陰に包まれ時間だけが過ぎていくのであった。

 



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捜査報告書 No.19 【クラッシャー上司】- 街道筒水メイン
#1『会議室の怒号』


◎簡単なあらすじ
 銀河を相手取った日本企業を支えるN銀行は、新時代に対応した新しい基幹システムの開発を行っていた。
 しかし、その開発は難航しており、主担当の社川逐次は上司である上野の罵倒によってボロボロになっていた。
 そんな彼に、闇の中から一人の男が近づいた


フォーっフォっフォっフぉゥッ

 私の名前は街道筒水。とある会社で物売り家業に従事しております。

 日本が銀河連邦と国交を結んで十年。色々な人々が入国し、色々な物が流通してまいりました。しかし、残念ながらそれらは広大なる銀河で出回る商品のほんの一つまみ。

 日本の皆さんが求める空想上でしか見たことがない商品。それは、知らないだけで存在している物だったりするのです。

 私は特別なルートを使って、そのような商品用意することができます。

 

 そこのあなた

 

 どうぞ、このカタログをご覧下さい

 

    ★    ★    ★

    ☆    ☆    ☆

 

 課長である上野司が会議室の机を殴りつけた。

 

「どうして、こんなことになったんだッ」

 

 出席している他メンバーは一様に下を向き、嵐が過ぎ去るのを待っていた。

 課長の怒号に対して説明する責任をもっているのは、この案件の主担当である僕、

社川逐次だからだ。

 僕は額が机に擦れるぐらいまで頭を下げた。これから始まる説教を考えると、胃がキリキリと痛んだ。

 

「申し訳ありません。仕様の変更があっただなんて、全然知らなくって・・・」

「そんなものが言い訳になるかッ」

「・・・すみません・・・・・・」

「だいたい、運用担当との調整が不十分だからこんな事態になるんだっ」

「課長が・・・あまり運用と馴れ合うなと・・・」

「問題を起こさない為の処置だっ。別の問題を起こしてどうするッ」

「・・・申し訳ありません・・・・・・」

 

 上野課長は胸ポケットから、タバコの代わりにミントタブレットを取り出してぼりぼりと噛み始めた。先にタバコを取り出した辺り、今すぐに吸いたい気分であることが誰の目にも明らかだった。

 

「「我々は銀行のルールに従ってシステムの開発・運用に従事しています。その担当が銀行ルールを把握していないなんて、あるはずがないですよね?」だとっ。こんな屈辱、就職以来経験したことないぞッ」

 

 僕たちの会社の委託元であるN銀行はこの度、銀河連邦中枢の大銀行と合併することが決まった。日本の銀行としては先駆けとなるプロジェクトだ。

 元々、製造業のN銀と言われるくらい、自動車・半導体電子部品・鉄鋼業・化学工業等に強く、そういった業種との取引が全体の八割を占めていたN銀行だが、取引先企業の銀河進出に伴い、主に為替分野における全面改革が必要になった。裸一貫で銀河に進出できるとは、N銀行も考えていなかった為に取った手段、それが合併だった。

 そこで問題となったのが、両銀行で扱っているシステムだ。

 普通だったら、テクノロジー的に超格上の銀河連邦の銀行システムに片寄せするのが手っ取り早い。しかし、あまりにも体系が違いすぎる為、一旦現行システムを更改し、銀河規模の業務に慣れた辺りで徐々に統合させようという計画に落ち着いた。

 合併先の銀行が言うには、他の星でもそのようにしているらしく、数百年経っても統合していないシステムも存在するとのことだった。

 このプロジェクトにあたり、重要になるのが、融資・為替・預金という銀行三大業務に加え、様々な金融商品の売買取引の基盤となるシステムだ。

 N銀行はそれを銀河系取引基盤システムと命名。「銀河を取るぞっ」と銀河進出宣言をしたN銀行頭取が発した台詞にあやかって一般には『ギントリ』という略称が用いられている。

 システムの筐体とOSは、銀河連邦で流通している高性能機を購入したため、あとは中で動かすアーキテクチャの開発となる。

 そのシステム開発に駆り出されたのが、上野課長や僕をはじめとした(株)N総合情報サービスのSE達だったのだが、文字通り宇宙人と取引をすることに対する銀行員の無関心さはもはや清々しく、ユーザ要望の相次ぐ変更と銀河連邦の勉強に追われ、基本設計の見直しだけで二年を費やした。

 ベテラン社員が次々と倒れ、新人の教育をして自分の業務が滞るという悪循環。

 心身共にボロボロになってようやく完成した基本設計書の確認会で運用担当の天王寺沙也加に言われたのが、システム運用に関する銀行ルールが変わったという情報だった。

 沙也加はルールを逐一チェックしていたため、その変化に気がついたのだ。

 

・システムは、受領データの遅延検知機能を有すること。 ※代替え手段:なし

 

 これをテレビ会議中に沙也加から突きつけられた僕は、本気で背筋が凍るかと思った。

ユーザが入力する取引データは、毎営業日に届くようになっているが、これは、先方の営業日に左右される為、祝日であった場合送られない。

 惑星インフェリシタスなど、魔法文明が発達した星の国は、直前の占いなどで勝手に平日を祝日に変える為、システム側でそれを察知するのは不可能だ。

 確かに、日次報告に使われるデータの到着有無を人力で確認するのは面倒なので、銀行員としてはそうしてもらった方が有り難い。しかし、無理なものは無理なのだ。

 状況を説明して銀行側に納得して貰うのが現実的だが、そうしたが最後、僕達は沙也加に負けたことになる。上野課長がその屈辱的結果に納得できるとは思えなかった。

 

「社川」上野課長が僕に指を突きつけてきた。「次だ。二週間後の再会議で、必ず基本設計書を通せ。あの小娘をねじ伏せるんだッ」

 

 ほらね・・・・・・

 

 満員電車に揺られながら、僕は帰路についていた。時刻は夜の二時。何かアイデアが閃くでもなく残業し、(だって、先に帰ると上野課長怒るしね・・・)終電に乗って、不味いラーメンをかき込んだら、こんな時間になってしまった。

 

「はぁ・・・・・・」

 

 空を見上げると、忌々しいことに雲一つ無い星空だった。最近では、あの輝き一つ一つが僕の敵のように思えてくる。

 

「こんな時間にどうかなさいましたか?」

 

「え?」

 

 低く、渋く、耳に残る声が響いた。

 振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。濃い灰色のダブルスーツにネクタイをビシッと締めている。斜めにピンと張った眉毛、爛々と輝く瞳、スッとした鼻筋、赤く薄い唇というパーツで構成され、全体的にフクロウのような印象だ。

 普段だったら、通りで話しかける人間に付き合うことはしない僕だが、何故か心に余裕のような物が生まれた。そのせいだろうか、少し話をしてみたいと思った。

 

「ええ、ちょっと・・・仕事が上手くいかなくてね。あなたこそ、こんな時間で帰るなんて、お仕事忙しいんですね?」

「はははっ。奇遇ですな。よかったら、一杯ぃやっていきませんか?」

 

 男が指さした方向に、昭和チックなおでんの屋台があった。

 

「あんなの、あったっけ?」

「こういう雰囲気って、妙に落ち着くと思いませんか?」

 

 たしかに・・・

 

 ラーメンを食べた後だが、漂う昆布・鰹節の匂いと、日本酒のラベルに心が動かされた。

 

「じゃあ、一杯だけ・・・」

「申し遅れました。私、こういう者です」

 

 渡された名刺には、『街道筒水』と書かれてあった。

 

「そうですか・・・システムの設計を・・・」

「ええ、もうどうしたらいいか・・・」

「基本設計はそのシステムにかけられる予算を決める重要な工程ですからなぁ・・・」

「へぇ」ぼくは思わず感心した声を出した。「詳しいんですね」

「問題は、その上司の方なのですな?」

「ええ・・・罵倒ばかりで。まぁ、仕事はできる方なんですけど、いつもピリピリしていて、ミスをすれば反省室で二時間は説教ですよ。猛烈型で、これまでに十人は潰されています」

「それは・・・典型的な、『クラッシャー上司』というやつですなぁ」

「ええ、もともと仕事ができるんですけど、今は銀河進出の時代で、課長が実績を上げてきた時代のやり方が通用しなくなってきて、上手く仕事が回らなくなってイライラが溜まる。終わらない悪循環」

「仕事を・・・やめる気はないのですか?」

「それは・・・難しいですね」

「どうして?」

「親にも期待を掛けられていますし、もともと働くこと自体は好きなんです。それに、良い企業に入って良い案件のメンバーになれたのに、こんなことで辞めるの、もったいないし・・・」

 

 僕は日本酒を一気にあおった。

 その様子を見ていた街道が、鞄を取り出した。

 

「上司の罵倒が辛い、しかし、仕事は頑張りたい、プロジェクトも成功させたい。そんな貴方に、ピッタリの一品があるのですが、いかがですか」

「商談ですか? 何かの薬かな? あいにく、そういうのはやらない主義なんです」

「いえいえ。私の扱う品は銀河中から取り寄せられる逸品でしてね」

「あなた・・・地球外商品なんて売買できるんですか?」

「ええ、今回はこんな商品です」

 

 取り出したのは妙な柄のインナーだった。

 

「これはッ」

 

 黒地に黄土色の縄が亀の甲羅状に描かれていた。

 

「『キッコウインナー』という商品です」

 

 名前もまんまだった。

 

「これを着れば、上司の罵倒がキツければキツいほど、貴方の働くエネルギーになることでしょう」

「そんな馬鹿なっ」

「しかしっ」半信半疑の僕に、街道は指を突きつけてきた。

「これは非常に効果の強い惑星ルグドラシルの染め物屋で作られた秘蔵の一品。お仕事も大変でしょうが、これを着けて仕事をして良いのは定時まで。あなたは十七時以降は帰らなければいけません。

 絶対に、絶対に残業をしてはいけませんよ」

 

 何が何だかわからない一夜だった。

 試験用だとかで、タダで受け取ったキッコウインナーを僕は自室で眺めていた。

 もうすぐ出発しなければならない。

 迷った末、僕はこれを着ていくことにした。別に躰に入れるものじゃない。着ているだけだ。効果がなければ、明日から使わなければいいだけだ。

 そう思って、家を出た。

 

 出社すると、早速眼が三角になった上野課長が近寄ってきた。

 嫌だなぁと思いつつも、逃げるわけにはいかない。

 

「社川ッ。基本設計書の案はまだできてないのかッ。昨日中に作成しろと言った筈だぞ」

「あれは・・・課長が終電には帰れと言うから」

「指示通りにできないなら、何故報告しないっ?」

 

 話しかけるなオーラを出していた課長に話すのが嫌だったとは言えない。何か言い訳をしようと思った瞬間ーー

 

「はぅぅっ」自分でもよくわからない、うめき声が漏れた。

 

「だいたいだな・・・」

 

 不思議なことが起こった。

 いつもこんなタイミングで痛む胃が、ずいぶんと軽いのだ。

 いや、軽いのは胃だけではない。上野の罵倒を聞けば聞くほど、体中が羽のように軽くなり、リラックスし、幸せな気分になっていくのだ。

 

「おい、聞いているのか、社川ッ」

「はい、課長ッ」

「ん・・・おお」

「しばらくお待ち下さい。午前中には新しい基本設計書をご呈示致しますッ」

「む・・・わかった」

 

 凄く晴れやかな気分だ。二時間しか寝ていないとは思えないほど頭はクリアで、全身のコリも全くない。

 問題となっていた部分の解決策が見えてくる。何でこんなことに気がつかなかったんだ。

 

「これなら、ルールを破らずに作ることができるッ」

 

 二週間後に開かれた基本設計書の確認会は穏やかなムードで進んだ。

 部内レビューを素早く終え、一週間以上前に運用サイドへ提出した基本設計。そのQ&Aの応答もスムーズに進み、それまでの不備をことごとく修正していた成果と言えた。

 しかし、それでも問題となったのが、例の遅延検知機能だった。

 

「Q&Aでも返答しておりますが、この検知機能は不完全と考えています」

「しかし、予算の範囲内で実現できるのは、これが精一杯です。そもそも、機能の仕組みは詳細設計工程での話で・・・」

「運用側としては、現実に使えるシステムの設計を要望します。別データの営業店情報の照合で営業・休日を判定する仕組みを拝見しましたが、過去データでは、営業店データの入力不備が年間十パーセントも起きています。年に百件以上エラーを出す現実を知って、OKは出せません」

 

 沙也加の冷たい言葉が、僕の心に突き刺さる。

 

「そこまで仰いますか。ならば、運用側が開発費の負担をして頂きたい」

「何故こちらがそちらの負担をしなければならないのですか? 開発は開発側の業務の筈です。まだ明確な予算も決まっていないのに、予算の話を持ち出すのはお門違いと考えます。これ以上時間をかけるようならば、銀行側を通じて正式な抗議を行うことも考えておりますよ」

 

 沙也加の言葉に、上野の頬を伝う一筋の汗。焦っているのは明白。

 テレビ会議はミュートモードになった。

 こちらの声を運用側に聞こえなくさせるためだ。

 

「くそがっ。何故納得しないんだ」

「これで通るんじゃなかったのか? これ以上時間はかけられないぞ」

 

 皆が焦り出す中、上野が睨み付けてきた。

 

「おい、社川。何とかしろ」

「何とかって・・・」

「お前がこの案件の主担当だ」

「これ以上は・・・」

「皆試練を乗り越えて成長しているんんだ。甘ったれるな。解決策はあるはずだ」

 

 そんな中、僕は天に昇るような感覚を味わっていた。

 

「いいか、これは次の査定に影響するぞ。お前の将来をかけた正念場だ。デッドオアアライブだと思えッ」

 

 凄まじいプレッシャーが僕を天へと連れ去り、アイデアがピカッと頭に閃いた。

 ミュートモードを切る。

 

「わかりましたッ。プランはもう一つあるので、そちらで御一考下さいっ」

 

 僕の言葉に、会議室の皆も、テレビの向こうの沙也加もシンとなった。

 

「社川さん、因みにそのプランとはどのような?」

「営業に聞いたことがあったんです。銀河連邦では、ウラシマ効果や放射線の影響で通信が正常に行われない場合もあるので、通信をワープさせて日付管理を行う管理局が存在するんです」

「それがどうかしたんですか?」

「そこで扱っている全拠点惑星のカレンダーとリアルタイムで同期させます」

 

「「はぁ?」」

 

 素っ頓狂な声をあげたのは、上野以外の会議メンバーだった。

 

「そんなシステム設計、いつになったら完成するの? ギントリのリリース日は、一般公開されているのよ。来年の一月四日。忘れているわけじゃないですよね?」

「設計だけなら、三日で作ってみせますっ」

 

 画面の向こうで、沙也加が吹き出した。

 

「できるものなら、やってごらんなさいな」

 

 会議室を出た瞬間、同僚に肩を捕まれた。

 

「おい、本当にできるんだろうな」

 

 皆が心配する中、上野だけが冷ややかだった。

 

「自分でできると言ったんだ。やらせればいい」

 

「イィィッヤッホォォォーーウ」

 

 キーボード上で踊る十本の指、めまぐるしく移りゆくディスプレイ、もう息をするのすらもどかしいぐらい、仕事が進んでいく。

 設計書の概要はすぐに完成した。沙也加にメールで送ると、直ぐに電話がかかってきた。

 

「早すぎよッ。議事録も出来上がっていないのに、見れるわけないでしょっ」

「議事録ですかっ。僕が作りますッ」

「いいわよっ。貴方はシステム開発に専念してちょうだいッ」

 

 営業に電話し、資料を提出し、予算を見積もって、通訳を通して銀河連邦の管理局に取り次ぎを行った。

 システムのサンプルも手にし、それをN銀行用に作り直しに着手した辺りで、十七時終礼の鐘が鳴った。

 

「くそぅッ。ここまでしか進まなかったッ」

 

 僕がそう言うと、隣の同僚が青い顔で話しかけてきた。

 

「いや、五時間でそこまでできれば充分だろう。っていうか、お前飯行ってないだろ? 残業前に喰っとけよ?」

「・・・いや、僕は残業できないんだ」

「何か用事・・・ははぁん、女でもできたか」

「違う。違うんだが・・・すまないっ」

 

 僕は、飛び出すように退社した。

 

 家に帰り着き、クーラーをつけた。

 キッコウインナーを脱ぎ、一息つくとさっきまでのテンションが嘘みたいに静まっている。

 ビールを飲んだが、不味いと感じた。

 

 前は好きだったのに・・・

 

 すぐに、その理由がわかった。不完全燃焼だからだ。前は、くたくたになって帰ってきて、その疲れを癒やすように酒を飲んでいた。だから美味かったのだ。

 元々仕事は好きなのだ。おまけに、今はこのキッコウインナーのおかげで、仕事が早く片づくようになり、毎日定時あがりができるようになった。

 最初は仕事ができる男になったみたいで嬉しかった。しかし、そんな気分に浸れたのは最初の三日だけだ。

 

「次の仕事まで・・・あと十四時間かぁ・・・」

 

 テレビをつけると、僕の知らない芸人がコンとをしていた。全然面白いと思えない。仕事をしている方が何百倍も幸せだ。

 会社の皆も、上野課長も、沙也加も、終電まであと五時間も仕事ができるのだ。自分と違って・・・

 

「ズルいよ・・・皆ズルいなぁ・・・」




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

○街道筒水(年齢不詳)
人の弱い心につけ込み、様々な地球外商品
 を扱うセールスマン


○社川逐次(28)
 本日の被害者[お客様]
 (株)N総合情報サービスのSE
 頑張りすぎるサラリーマン

○上野司(40)
クラッシャー上司 

○天王寺沙也加(28)
 (株)N運用サービスの運用管理担当。
 少々キツい性格


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#2『闇は嗤う』

 翌日、朝イチで沙也加から電話がかかってきた。

「社川さん、昨日受け取った書類の一部、管理番号の記載にミスがあるんだけど」

 

「え?」

 

 確認すると、確かに五部ある内の一つに振ってある番号が一世代前のものになっていた。書類は後輩が作成したものだが、そんなの関係ない。

 

「すいません、直ぐに差し替えを・・・」

「あー、良いのよ。確認だけだから。こっちで電子データを書き換えておくわ」

「え? でもそれって改ざ・・・」

「いいのっ」

「・・・・・・」

 

 今日の沙也加は、とても穏やかな口調で話してくれる。

 

「バレないわよ。それに、差し替え手続きをしたら、また上野さんに話を通さなきゃいけないでしょ? 怒られて、社川さんの時間が使われる方が、わたし達には痛手なのよ。貴方には頑張ってもわらないといけないし、この案件を終わらせるまで、こっちでサポートできる部分はやるから」

「天王寺さん・・・」

 

「ねぇ、社川さん」

 

「はい」

 

「良いシステムにしましょう」

 

 沙也加の協力もあり、基本設計後の詳細設計はみるみる内に終わった。

 テスト工程も終了。ユーザテストは、沙也加と一緒に作ったマニュアルを使ってもらうことで、滞りなく終わらせることができた。

 あとは、リリースまでの最終チェックを終わらせるだけとなっていた。

 

「もうすぐ終わりね。長いようで、あっという間だった気がする」

「ええ・・・」

「これで、N銀行は銀河に羽ばたくのね。なんだか嘘みたい。でも、良い仕事ができた」

「そうですね」

「ねぇ、社川さん。あの・・・これが終わったら・・・」

 

 その時、沙也加の言葉を遮るように上野の罵声が轟いた。

 

「すいません、後でかけ直します」

「え? あ、うん・・・」

 

 上野がメンバー全員を会議室に集め、書類を渡し始めた。

 

「銀行からの通達だ。今すぐ合併に向けたシステム移行のプラン提出をしろとのことだ」

 

 全員がざわつく。当然だ。ギントリのリリースは来年の一月だが、他のシステム更改は再来年夏を予定している。

 

「リリース延期が濃厚だったギントリがここにきて順調に完成していることから、計画を前倒しにしたらしい」

 

 そういうことか・・・それなら、提携先の企業も助かる。

 

「社川、お前もギントリだけじゃなく、他のシステムのサポートをするんだぞ」

 

「え?」

 

 時計を見ると、十六時四十五分を指している。

 

「申し訳ありません。僕は定時で帰らなければ・・・明日やりますので・・・」

 

「馬鹿野郎ッ」

 

 罵声に、皆がビクつく。

 

「お前はここ数ヶ月、他の皆が頑張っている中、毎日定時あがりだな」

「それは・・・」

「課長、社川は充分すぎるほど良くやっているからで・・・」

「黙れっ、俺は社川に言っているんだ」

 

 上野課長僕を睨み付ける。

 

「お前には協調性というものがないのかっ。それでも日本のサラリーマンか。毎日々々女との電話でハッスルしやがって。公私混同もいい加減にしろっ。業務時間外に発生する仕事を、いったい誰がやってると思っているんだっ。お前の採用面接の時の台詞は何だった? 御社の業務に精一杯従事したいと言ったよなぁ。これがお前の精一杯なのか。違うよなぁ、お前は前は残業だらけだったはずだぁ。それがいきなり定時あがりだ。誰が見たっておかしいぞ。それまでが精一杯仕事をしていなかったのか、それとも精一杯しなくなったのか、いずれにしたって、お前は嘘をついているんだよ、この嘘つき野郎ッ。俺が若い頃なんか、月百時間残業するなんてザラにあったぞ。

何だ、何が言いたいんだ? 働き方改革とか言い始めるのかぁ? そんな寝言はなぁ・・・目の前の仕事を終わらせてから言えぇぇーーーッ」

 

 恐るべき発言、企業コンプライアンスとして問題すぎる暴言の数々。

 

 その全てが・・・

 

「僕の力になるーーーっ」

 

 天に拳を掲げる僕に、皆の冷たい視線が刺さる。

 

「おい、社川。どうした?」

「課長、了解しました。社川逐次、本日は終電終わっても残る所存ですっ」

「仕事が終われば、どうだっていい」

 

 時刻は午後二時。会社には僕以外誰もいない。凄まじい量の仕事を皆から奪い去り、猛烈な勢いで片づけていく。

 幸せな気分を味わっていた。

 そういえば、あの人と会ったのも、こんな時刻で・・・

 

「社川さん」

 

 椅子から飛び跳ねそうになった。

 独特の声質を間違おう筈がない。

 

「か・・・街道さん・・・・・・? いったい何処から入って・・・っていうか、何故・・・?」

 

 街道は、やれやれというように首をふった。

 

「社川さん、あれほど残業してはいけないと言ったのに、貴方という人は救いがたいハードワーカーですねぇ」

「申し訳ありません・・・」

「貴方、それが口癖なんですかねぇ」

 

 僕は、哀れみをたたえた街道の眼をまともに直視できなかった。

 

「仕事が・・・好きなんです・・・・・・」

「はぁ・・・」

「仕事をしてないと、僕じゃないんです。家にいてもつまんないんです。何もする気が起きない。頑張って、頑張って、終電になって、クタクタになって……でも、朝になったらまた立ち上がって……それが僕なんですよッ」

 

 街道は、今度はうんうんというように首を縦にふった。

 

「フォーっフォっフォっフぉゥッ。そこまで働くことがお好きならば、望み通ぉりにして差し上げましょう。人間などお辞めなさい。二十四時間、三百六十五日。

永ぃぃ久に働く躰こそが……貴方にはぁふさわしいぃぃ」

 

「え?」

 

「新たな門出毎度ありぃ……ヌアァァァッ」

 

 街道の指先が光ったと思うと、頭に火花が散った。

 すると、僕の躰が捻れていくのがわかった。

 

「な・・・なんだ、これ・・・・・・」

 

 キッコウインナーが僕の躰を捻っているのだ。宙に浮き、手足を変形させ、首は百八十度後ろを向いた。でも、全然痛くない。

 

「何が起きて・・・・・・」

 

 それ以降、僕は声が出せなくなった。

 考えるのが怖いけど、少なくとも、もう僕は人間としての原型は留めていなかった。自分の躰のどこが折れ曲がり、捻られたのかを記憶できなくなった僕はやがてーーーー

 

    ☆    ☆    ☆

    ★    ★    ★

 

 社川さんが失踪という扱いになってから一週間。ギントリは、上野課長の主導で最終的なリリースを進めているようです。

 まぁ、本当に難しい部分は社川さんが終わらせたので、問題なくいくでしょう。

 私は、社川さんと一緒に仕事をしていた天王寺沙也加さんのいる会社の前を歩きました。

 おや、地球人のOLに、同じく地球人らしい女性とスーツ姿のサイード人が話しています。

 あれは・・・ギャラクシーポリスのアスワード・マーテンのようですな。

 OLは、ほほぅ。天王寺沙也加さんのようです。

 

「では、社川さん失踪について、心当たりはないのですね?」

「検討もつきません。直前まで、一緒に仕事をしていたんです。一緒に作ったシステムも完成間近で・・・。あの、刑事さん達、ギャラクシーポリスなんですよね? 社川さん、異星人に連れ去られたんですか?」

「今は何とも。私生活に、何かトラブルを抱えていたということは・・・」

「無いと思います」

「直接聞いたことが?」

「いえ、いつも電話で話すだけでしたから」

「直接の面識は無かったと?」

「はい……」

「何か断言できる根拠があるのですか?」

 

 沙也加さんは俯いていました。

 

「あの人は・・・私と同類だと思うので」

「同類?」

「プライベートは、空っぽなんです。仕事だけが生きがい。働くことが、自分を認識できる唯一の行為」

「・・・・・・・・・」

「あの人の上司、上野さん。仕事が終わったら部長に昇進ですって。笑っちゃった。ほとんど社川さんが進めたプロジェクトなのに。全て自分の手柄にしてしまって・・・」

 

 眼に涙を浮かべて、続けました。

 

「おまけに、仕事を放って逃げ出すなんて、これだからゆとり世代はっなんて・・・」

「お察しします・・・」

「わたしたちは、こんな乾いた空間のなかで出会って、仕事を通じて知り合いました。二年と数ヶ月。電話で会話するだけの関係でしたけど、人柄は伝わってくるんです。

確かに、『絆』はあったんです」

 

 女性の涙は、美しいですな。

 彼女は、これからも社川さんを探し続けるのかもしませんが、無駄な努力です。

 というか、そんなことをする必要は、まぁったく無いのですがねぇ

 

 それから二ヶ月後、ギントリがリリースされてしばらくしてから私は再びその場を訪れました。沙也加さんは居ませんでしたが、他の方が話をしておりました。

 

「ねぇ、ギントリ、稼働してから一度もエラーを出したことないのよ。凄いっていうか、不気味よね?」

「っていうか、マニュアルに書かれている注意事項に『絶対にシャットダウンしないでください。リブート(再起動)も不可』ってあったけど、どういうこと? 普通一週間に一回は定期リブートするわよね?」

 

 ふふふふふ・・・ギントリは順調に稼働しているご様子ですなぁ。

 それもその筈です。

 

    ★    ★    ★

    ☆    ☆    ☆

 

 素晴らしいッ。なんて素晴らしい躰なんだ。これならば、僕は永久に働いていられるんだ。

なんて幸せな・・・

 ん? 銀河連邦からやたらめったら大きな取引データが送られてきたな。普通なら処理オチするか、ヘタするとシステムダウンだぞ。しかしっ、今の僕には朝飯前サッ。

 十五分で処理してみせよう。

 

 ああ・・・最高だ。最高な気分だぁぁぁ・・・

 

    ☆    ☆    ☆

    ★    ★    ★

 

 良いシステムが完成して、本当に良かったですねぇ。

 これで、N銀行・・・大袈裟に言えば日本は新たな一歩を踏み出したわけですな。

 ところで、N銀行行員に社川さんと沙也加さんの対立を生んだルールを吹き込んだのは、いったい何処の誰なのでしょうか。

 フォッ、フォッ、フォッ。

 

 しかしまぁ、社川さんも大概ですが、上野さんという方は強烈でしたなぁ……

 クラッシャー上司というのは、メンバーシップ型の雇用形態をとっている日本でしか生息できない人たちのようです。

 しかし、肉食獣が草食動物なしに生きていけないように、クラッシャー上司もまた、社川さんのような人々無しには存在しえない。裏を返せば、クラッシャー上司にノーを叩きつけられる人々ばかりになれば問題ないのでしょうが・・・

 はてさて、日本人の皆さんの中から、

『社川さん』を滅することが、できるのでしょうか。

 それは果たして『日本人』なぁのでしょうか。

 フォーっフォっフォっフぉゥッ。



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捜査報告書 No.20【メジャーデビュー】- トラ&シロメイン
#1


◎簡単なあらすじ
 地球に密航した自称アーティストのトラとシロの二人。
 地球人のファンを助けようと大奮闘する。


     一

 

 *20xx/4/27-10:07

 

「「やぁっと、気づいたのさぁあ~♪」」

 

 野外ステージには十万人を超えるオーディエンスが二人の歌が終わった瞬間、熱狂の奇声を上げる。

 …はずだった。

 二人がゆっくりと瞼を開けると、妄想していた光景は綺麗さっぱりと消え去り、地球の、日本の小さくのどかな公園の景色が広がっていく。

目の前には大観衆の代わりに地球人の少女が一人、座り込んで興味深そうに二人を見ているだけだった。

 当然、心からの拍手を送るわけでも、彼等の歌に聞き惚れているわけでもない。

 

「おかしい、なぜこんな美声を奏でているのに人が集まらないんだ」

「やっぱり相棒のチシャがないとダメだと言うのか」

「ボクだって、シャルルさえあれば」

 

 そう言って彼らは本来手にしていたであろう相棒に思いを馳せて、自分達の手を見る。

ハハハ…

 先程の歌ではなく、今の動作が面白かったのか突然少女が笑い出す。

 その現実に、二人は再び打ちのめされる。

 

「…トラ」

「ああ、分かっている。今はどんなに笑われようと、きっとオレ達の歌声が地球に、いや、銀河に響き渡ると」

「そうだよね」

「「ボク(オレ)達には明日がある」」

 

 そう言ってお互いの拳をぶつけ合った。

 再び、オーディエンスの少女に向き直ると、

 遠くから母親らしき声に、少女が振り返えり、何度も母親と二人を見返して。

 

「…ジャァネ、ネコチャン」

 

 唯一のオーディエンス、地球人の三歳ぐらいの少女が、地球語で二人に言葉を投げかけ、名残惜しそうにその場を立ち去っていく。

 

「最後にボク達を褒めて言ったよ」

「いや、きっと感謝の言葉を残したにちがない」

 

 二人は、何事においてもポジティブシンキングな他惑星からの密入国者。

 自分達には音楽で人を幸せに出来る天賦の才能があると信じて活動してる、見た目は何処から見ても猫そっくりな、ミャァタマ人。

 サバトラ模様のキジトラ・デ・シルーバと、三毛猫模様のシロ・クロチャ。

 母国では音楽性の違いから全く相手にされなかったが、ここ地球ならきっと自分達の音楽を評価してくれるだろうと、一念発起し地球に、日本に向かった。

 全く売れない一文無しミュージシャンが地球へ行くのに正規の方法をとれるわけもなく、監視の目を盗んで密航、密入国して、日本にたどりついた。

 だが、密入国する時に入国管理局とアスワード警部に追われることとなり、二人は相棒でもあった楽器と、翻訳機を泣く泣く手放して、ようやく日本にたどり着いた。

 密入国して追われる立場になっても、二人にとって日本での音楽活動は魅力的な事なのだろう。

 そして、翻訳機を捨てて言葉が通じなくても、天才的な音楽、神秘的な歌声があれば、この地球でちやほやされるに違いないと、日々ゲリラ活動を続けていた。

 

 もちろん、二人は壊滅的な音痴である。

 

 

     二

 

 *20xx/5/1-10:07

 

 軽快に裏路地を駆け抜ける猫が二匹。

 いや、ミャァタマ人が二人。

 サバトラ模様のキジトラ・デ・シルーバと、三毛猫模様のシロ・クロチャだ。

 

「今日は大猟だったね」

「またオレ達の技に磨きがかかったと言うことだな」

 

 そう言う二人の口元には戦利品の食べ残しのパンと、ソーセージ。

 日々の残飯漁りでの久々の戦果に足取りは軽い。

 勿論彼等の技に磨きがかかったのではなく、世間的にはゴールデン・ウィークと言う大型連休に人々の流れが多く、悲しいことに、打ち捨てられているゴミが多かったからに他ならない。

 密入国し、翻訳機も手放した二人は、正規の仕事に就く事も、地球人と対話交渉する事もできず。

 密入国してからの生活や食事は、ほぼノラ猫と変わらない。

 捨てられた食べ物を拾い、人気のなく、雨風のしのげる場所で寝る。

 そんな二人は落ち着いて食事が出来る場所を求め、地球人も異星人の気配もない場所を捜し歩く。

 

「ねぇ、あそこなんて静かそうでよくない」

「おお、確かに、昨日はうるさそうだったのに、今日は静かだな」

 

 そう言って、二人は建設中のビルの工事現場を、覆っているバリケードの隙間から中を覗き込む。

 連休中だからか工事が休みの為、人の気配が全くない。

 建設中・関係者以外立ち入り禁止と至る所に書かれてはいるが、猫と同じ視線の、ましてや字の読めない二人がそんなことを気にするわけもなく。

 

「トラ、こっち」

 

 シロが痛んでいるフェンスの隙間を見つける。

 トラが軽く傷んでいる部分を押すと、小さな子供なら無理やり通れそうな隙間ができる。

 猫と同じようなサイズ、しなやかさを持つ二人は、その隙間から難なく中に侵入、そして、薄暗い建物の中へと入り込む。

 

「ここなら雨風もしのげそうだね」

「おお、いいじゃないか。今日からここを俺たちに城にしよう」

 

 まだ外側の鉄筋とコンクリートだけの建物だが、野宿同然の二人には日差しも適度に入る最高のロケーションだ。

 気に入ったとばかりにゆっくりと座り込むと、口にくわえていた戦利品を離して、半分に分け合う。

 

「さぁ、久しぶりのご馳走だ」

「最初は地球の食べ物なんて馬鹿にしていたけど、食べ慣れると美味く感じるね」

 

 彼らは知らない、日本の残飯が世界一おいしい事に。

 そして、空腹が一番のスパイスだと言うことも。

 

「では、いただき…」

「ねぇ、トラ、何か聞こえない?」

「ん?」シロの問いに、トラがよだれが垂れている口を大きく開いたまま、耳をピクピクさせる。

「泣き声らしきものが」

「確かにそう言われると、こっちのほうから」

 

 そう言って建物の奥を覗き込む。

 

「よし、分かった。食べてから見に行くとするか」

「うん、そうだね」

 

 ものすごく気になるところだが、もはや命に危険が迫っていない限り、食事を中断したくない。

 かといって、気になったことを放っておける性格でもないので、二人はせっかくのご馳走を味わう事無く、急いで口の中に流し込む。

 

「モガガ、モガモガ(こっちだ、ついてこい)」

「モガア(がってん)」

 

 口いっぱい頬張ったまま走り出す。

 そして建物の奥の大きな縦穴の底で、地球人らしき子供がうずくまって泣いているのを見下ろす。

 地球人の大人であれば普通によじ登れる高さだろうが、子供が一度落ちると、周りがコンクリートで固められていて、手足をかけることろもなく、自力で登るのは困難に見えた。

 地球人の子供は既に大泣きして体力も無く、ただうずくまっている様だった。

 

「トラ…」

「分かっている。だが、色々巨大すぎてオレ達では助けられん」

 

 適当に辺りを見渡すが、人影どころか、救出に必要な道具さえも見つからない。

 

「助けてあげたいけど、やっぱりボク達じゃ」

 

 例え地球人が子供と言えど、猫と同じサイズの二人にはどうすることも出来ない。

 二人が諦めて、その場を立ち去ろうとした時、少女が二人に気がつき、一瞬見上げる。

 何度か自力で上がろうとしたのだろう、顔も髪も砂埃で汚れ、目も泣き疲れて腫れあがっていた。

 

「「………」」

 

 少女と二人は一瞬目が合うが、少女はあからさまに失望したような表情で、再びうずくまる。

 

「おい、あれは」

「あの娘だね」

「「唯一のファン!」」

「よし、何としても助けるぞ」

「ああ、ボク達なら余裕だよ」

「とにかく道具だ」

「そうだね、何とかロープを探そうよ」

 

 先程までの諦めモードの二人が、一気にやる気を見せて、工事現場を走り回るが、当然人影はなく、工事が休みの為、使えそうな道具などはきちんと片付けられていて見当たらない。

 

「なんて場所だ、ロープ一つ置いてないなんて」

「全くだよ、地球人のくせに奇麗に片づけちゃって」

「くっ、これではファンの娘を助けられないだろう」

「せめてボク達にもっと力があれば」

 

 そう言って、少女が落ちている場所に戻ってきて、再び二人は少女を見下ろす。

 疲れも出てきているのか、見た目はさっきより元気がない感じがする。

 

「………だが、ファンの娘を放っておくわけにもいかんだろう」

「だね。それにファンの娘を助ければ、間違えなく感謝され、有名にもなってきっとメジャーデビューだよ」

「メジャーデビューか」

「メジャーデビューだよ」

 

 二人は脳内で満員のオーディエンスの中、ライブを行い。

 ファンたちにチヤホヤされる妄想をしばらく繰り広げる。

 

「よし、ならオレ達に出来ることはただ一つッ」

「そうだね。ただ一つだよ」

「助けを呼びに行くことだ」

「そして、メジャーデビュー」

「「オレ(ボク)達は一陣の風ッ」」

 

 二人は脱兎のごとく飛び出していった。



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#2

     三

 

 *20xx/5/1-10:52

 

「アッチイキヤガレ、バカネコッ」

 

 商店の中から罵声がとどろく。

 手にした氷を店に近づこうとする二人に投げつける。

 

「ふん、そんなもの当たるものか…、って冷たいだろう」

「そうさ、ボク達は一陣の風…、いっ、痛いって」

 

 結局避けきれず、冷たい思いをしながら再び近づこうとする二人に牽制のごとく、氷が投げつけられる。

 

「ええい、なぜ、話を聞こうとしない」

「ボク達は君達、地球人のピンチを教えに来ただけなのに」

 

 普段、売り物の魚を虎視眈々と狙っている二人が、いつもの自分達を棚に上げて文句を言う。

 商店街の地球人達はなにも動物虐待がしたいわけではなく、普段から盗みを働くノラ猫を追い払っているに過ぎない。

 二人がどんなに言葉を尽くそうとも、地球人からしたら、どこからどう見てもノラ猫にしか見えないのだから。

 

「くぅ、なんて薄情なんだ地球人どもは」

「しかも氷を投げつけてくるなんて、血も涙も、何より心も凍りついた種族だよ」

「ここはやっぱりオレ達の音楽で一刻も早く、彼等に芸術の素晴しさを教え込まなければ」

「そうだよ、音楽に触れればきっと暖かい心を手に入れ、凍った血ではなく感激の涙が出るはずさ」

「だが、その前に、なんとしてもオレ達の大事なファンを助けなければならないと言うに。ええい、だから話を聞け」

「トラ、ここはダメだ、一旦引こう」

「くッ…」

 

 そう言って、一旦人通りの多いエリアから、裏路地のほうに逃げ去る。

 少女の倒れていた建物から出て、近くの人通りの多い商店街に向かって助けを求めに来たが、かれこれ三十分ほど全く相手にされない。

 無視され、話を理解してもらえず、挙句の果てには、蹴られそうになったり、氷水を投げつけられる始末。

 

「もはやこれまでか、せめてあのチョーカーかヤプル・ラボ社の翻訳機があれば…」

 

 そう言って裏路地で座り込むトラ。

 

「諦めちゃダメだ、どんなに苦しくても、誰からも相手にされなくても、ボク達は大きな使命の為にここにいるんだから」

「そうだった、ファンがオレ達を見捨てても、オレ達はファンを見捨てない」

「そうだよ、そしてメジャーデビュー」

「うむ、メジャーデビューだ」

「考えよう、まだなにか手は有るはずさ」

 

 シロに励まされ、再び立ち上がるトラ。

 

「よし、場所を変えてもう一度チャレンジだ」

 

 二人が再び動こうとした時。

ナアアアアゴオオ・・・

 地獄から響いてくるような泣き声が轟く。

 同時に路地裏の狭い道を複数の猫が行く手をさえぎるように立ちはだかる。

 その中で一際大きな態度のメインクーン似の猫が二人の前に躍り出た。

 

「大将か、毎度、毎度。しつこいなぁ」

「まったくだよ、今日は急いでいるんだから空気読んでほしいよね」

 

 二人が大将と勝手に呼んでいるメインクーン似の猫は、この当たりをまとめているボス猫らしく、異物である彼らに対して何かと絡んでくる。

 

「まったくだ。今は一刻を争っているというのに」

「どんなに兵隊集めようと、ボク等の敵じゃないけどね」

「仕方がないさ、こいつらは言語も持たぬ下等生物。群れなきゃ喧嘩も出来ないのさ」

「で、やるかい」

「そうだな…」

 

 二人が会話しているうちに、大将の足取りに合せて猫達が詰め寄り、包囲網が狭まる。

 

「ちょっとむしゃくしゃした気分を晴らしたい」

「それもありだね」

 

 二人はすばやく身構える。

 その動きに合せて猫達も警戒を強め。

 大将が鋭い爪を立て、ニヤリと威嚇する。

 負けじと、トラとシロも大将を睨み返す。

 いっせいに大将と共に数匹の猫が飛び掛ってきた。

 華麗なステップで相手の攻撃をかわしカウンターを…。

 出来る気がしたのは勘違いで、こちらのパンチは空を斬り、多数に猛攻撃を食らう。

 

「まって、いたい、痛いって」

「ええい、じゃまだ、あった、ばか、こうしている間に、ってイタイだろうこのやろう」

「と、トラ…」

「ダメだ、ここは引くぞ」

 

 二人は猫達の追撃を気力で押し返し、踵を返して、

 

「だね、逃げるが勝ちさ」

 

 そう言うと、大将達に背中を向け一気に表通りの方に走り出す。

 

「「オレ(ボク)達は一陣の風ッ」」

 

 二人の上げた大声に怯んで身を小さくした猫達の真上を、豪快なジャンプで飛び越えた。

 慌てて大将と猫達が追いかけるが地球人の多い表通りは猫達にとっては危険エリア。

 二人を追撃したいが、恐怖心が勝り足を思わず止めてしまう。

 

「大将、またなぁ」

「次はちゃんと遊んであげるから」

「なぁごおおぉ…」

 

 大将の叫び声を背中に受け、街中を疾走する。

 

「ふふふ…、負け惜しみを聞きながらというのは気持ちが良いなぁ」

「特に大将のは何時聞いても甘美だね」

「まぁ、誰も彼もオレ達には敵わないのだから仕方がない」

 

 さっきまでボロボロに負けていて、全身傷だらけなのに、減らず口だけは超一流である。

 

「全くだねトラ…、ねえ、あそこ見て」

 

 走りながらシロが促すと、そこには見覚えのある地球人が歩いていた。

 

「あれは白い食べ物」

「そうだよ、あの地球人なら」

「よし、オレがやつの背後から飛び掛り、首を押さえて脅迫する。シロはファンの元に誘導でどうだ」

「いいアイデアだね。でも、あの地球人、ポリスと仲良かったから危険じゃない」

 

 もしばれて捕まれば故郷に強制送還、夢も野望も潰える。

 

「ああ、だから首筋に爪を突きつけ脅して言う事を利かせ、ファンの子を救助させ、おまけに白い食べ物を奪う」

「さすがトラ。やることえげつない」

「ファンからは感謝され、白い食べ物は手に入り、おまけにポリスを煙に巻く、一石三鳥な完璧な作戦」

「うん、完璧だ。おまけにファンの子を助けたことが世間に知れ渡れば、一気にメジャーデビュー間違えなしだよ」

「まぁ、その場にポリスがいても、あんな無能連中に捕まる事などないのだが、どんな時も最高のパフォーマンスをしてしまうオレの性格が憎いぜ」

「よし、じゃぁ、まずはボクが白い食べ物の前に飛び出して注意を引くから」

「よし、任せたフォーメーションFだ」

「がってん」

 

 二人は地球人を挟むように前後に分かれる。

 突然飛び出してきたシロに、足を止めた地球人の背後からトラが飛びかかり首元に爪を突きつける。

 

「命が惜しければ、オレ…、ぎゃあ」

 

 爪を突きつけたまでは成功だが、あっさりと首元をつままれ引き剥がされる。

 

「と、トラッ」

「ええい、離せ、離せ、白い食べ物」

「マタ、オマエタチカ」

「と、トラを離せ、離せ…」

 

 シロも慌てて地球人の足元詰め寄ると、右足の靴紐をかんで必死の抵抗を見せる。

 

「マテ、マテ、ホラ、イマハナスカラ」

 

 地面にそっと降ろされるトラ。

 

「シロ、その口を離すなよ。そのままこいつを引きずってでも連れて行くぞ」

「もちろんだとも、例えこの口が裂けても」

「ああ、ファンを助けてみせる」

「「そして一気にメジャーデビュー」」

 

 続いてキジトラも左足の靴紐をかんで引っ張り始める。

 

「ナンダヨ、ナニガシタイノ、ツイテコイッテコト」

 

 地球人が二人の引っ張りに合せて歩き出したので、二人は靴紐を離さない様に後退する。

 

「ナァ、ツイテイクカラ、イイカゲンハナシテクレナイカナ」

 

 地球人が納得したような言葉を投げかけてきて、シロ達の引っ張る方へ足を向け始める。

 

「ねぇ、白い食べ物こっちの意思が通じた気がしない」

「ああ、オレも今そう思った所だ」

 

 地球人を無理やり引っ張りわずか四歩、歩かせた所で早くも何時もの調子に戻る。

 地球人がなにを言っているのかわからないが、何よりもう顎の力が限界だ。

 

「そろそろ離しても、大丈夫だよね」

「ああ、きっと大丈夫だ。オレ達の意気込みは伝わったはずだ」

 

 二人は同時に靴紐を解放する。

 そのまま建物のほうに歩き始めると、地球人も後からついてきた。

 

「やったねトラ」

「これで、少女の所まで連れて行けばミッション達成だ」

「じゃぁ、ついに」

「ああ、メジャーデビューだ」

 

 

     四

 

 *20xx/5/1-11:47

 

 建設途中で放置されていた建物の周りを警察車両数台と、救急車が赤い回転等を点灯させながら囲んでいた。

 救急車に少女を乗せたストレッチャーが運び込まれると、サイレンを鳴らして走り去っていく。

 

「お手柄だったね、少年」

 

 地域部の警察官がブレザーの制服を着た高校生、羽咋優杜に声をかける。

 

「いや、発見したのは俺じゃなくて、ノラ猫なんです。偶々ここに案内されただけで」

「その件に関しては少女のほうもネコちゃんが助けに来てくれたって証言してますし、疑うつもりは無いのですが、ネコが自発的に、そのありえない事で…」

 

 そう言って警察官は横にいる巨大な赤鬼のような異星人警官のザーマックを見る。

 

「一応調べてみたが、異星人が関係していそうな証拠はないな」

「ネコ、翻訳機の」

 

 背中から小さな青鬼のような異星人、シレームの声が響く。

 優杜の中で五十鈴の翻訳機を盗まれた事件があったから、念のためにシレームとザーマックを呼んでもらったが、それらしい証拠はやまり見つからなかった。

 猫達も、ザーマックの顔を見たら、どこかにすっ飛んで行ってしまった。

 

「同じ柄の猫ちゃんたちだったから、気になって、やっぱり異星人なんですかね」

「結論ない、可能性上がった」

「まぁ、異星人かネコかは置いといて、人助けした分けだから、感謝はせんとな」

「そうですね、今日の事であいつ等の事、少し気に入りましたし、また見かけたら肉まんぐらいは奢ってやりますよ」

 

 そう言って優杜は、初めて公園でお腹をすかせた二人に会った時に、手渡した肉まんを豪快に食べているシーンを思い出し、小さく微笑んだ。

 

 ミャァタマ人の自称アーティスト・・・キジトラ・デ・シルーバとシロ・クロチャ。

 二人のファン・・・現在、二名。

 

 メジャーデビューまでの道のり・・・∞。



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捜査報告書 No.21【妖精】- 羽咋優杜メイン
#1


◎簡単なあらすじ

 地球よりはるか遠い星、シューバーリ星から、妖精を連想させるような異星人、ティンク・カールベル皇女が来訪された。
 彼女は連日の公務に疲れ果て、日本滞在中にホテルを抜け出し、地球観光を試みる。


     一

 

*20xx/4/15-22:27

 

「今、降下船より、姿を現しました。本当に物語に出てくる妖精のようです」

 

 日本の報道アナウンサーが興奮気味に実況する。

 降下船の搭乗ゲートが開き、護衛達が周りを固めると、少女が翅を羽ばたかせ、宙を舞うように現れる。

 体長二十センチ程度、壊れそうな華奢な体に、太陽の光を反射したキラキラとした長い金髪、そして一番の特徴は薄い緑色の筋が見える半透明の翅。

 北欧神話や英雄物語に語り継がれ、映画やアニメに幾度となく登場した妖精が宇宙より舞い降りた。

 

「この度、ティンク・カールベル第三皇女様が、地球の主要国と通商条約を結ぶ為、外交特使として約123光年先のシューバーリ星からはるばる地球へ、そして所縁のあるイングランドの大地、ヒースロー空港においでになりました」

 

 いくつものフラッシュの光が彼女を映し出すたびに、羽ばたかせている翅から虹色のプリズムがキラキラと舞い上がる。

 レッドカーペットの引かれた降下船から地上への階段を降りず、そのまま宙を優雅に舞い、に出迎えに来ていた身なりのよい男性の下へと羽ばたく。

 身長差が違いすぎる為、差し出された紳士の人差し指を妖精、ティンク・カールベル皇女は右手でしっかりと握り形式的に握手を交わす。

 

「今、出迎えに現れたチャールズ国王陛下とフィッツジェラルド大統領と順番に握手を交わしていきます」

 

 歴史的瞬間に立ち会ったという興奮から、アナウンサーの声のトーンが最高潮に張り上がる。

 

「今後、アメリカ・ドイツ・中国などを順番にご訪問の後、五月九日には日本にもお見えになって、総理等との会合が予定されております」

 

 まさに妖精のような異星人の初めての地球来訪は、全世界にビックニュースとして飛び回った。

 

 

     二

 

*20xx/5/11-07:13

 

 広く調度品の整ったホテルのスイートルーム。

 中央のテーブルの上に不釣合いな、まるで人形遊びを思わせるドールハウスとミニチュアテーブルセットが置かれている。

 ドールハウスとの違いは、中に本格的なキッチンが入っており、実際に料理人とメイドが作業をしている事だろう。

 ミニチュアテーブルの上には樹の実や葉野菜の盛り合わせに小さなパン等が並べられ、ティーカップからは湯気も立ち上っていた。

 そこに体長二十センチほどの翅を生やした少女が席に着く。

 彼女はティンク・カールベル。

 妖精のような姿をしているがシューバーリ星から来た異星人だ。

 彼女の傍らにはふよふよと翅を羽ばたかせながら紳士服に身を包んだ男性。

 こちらも体長はティンクより少し大きいぐらいで妖精といわれても不思議ではない。

 

「姫様。そのまま朝食を取りながらで構いませんので聞いてください」

「ラウルキン」

「はい、なんでしょう姫様」

「今日は疲れたら、一日休みね。皆にもそう伝えて。これは命令よ」

「自分はお仕えしているテイル皇帝陛下の命令以外は聞き入れられません」

「ああ、そうでしょうとも。本当につまらない。もっと気の利いたことは言えないの」

「公務が嫌だからと言って、仮病を使わなくなっただけ立派になられましたな姫様」

「なにそれ、イヤミ。予定なんて聞いても仕方がないでしょう。どうせ、予定外の事もなければ、わたしの希望は通らないんだから」

「そのような事はありません。姫様も予定を熟知していただき、皇女として恥ずかしくない振る舞いをなさねばならないのですから」

「そんな振る舞い必要ないわよ。今日も昨日と同じ連中なんでしょ。だいたい、なんなのよ。昨日も。まるで化け物でも見るような目で」

「辺境の惑星ですから、まだ我々のような異星人が生理的に受け入れられないのでしょう」

「最初に行ったイギリスとか、途中のアメリカとか言う民族は、ものすごく好意的だったわよ」

「あの辺りは異星人に好意的な地域ですからね。それでも、本日で二十六日間の公務も終了です。我が帝国の技術と特産品を地球星に売り込むために姫様の笑顔が必要なのですから、そろそろ機嫌を直してください」

「観光…」

「はい?」

「地球に来る前に観光する時間はいっぱいあるから姫様にも楽しんでいただけますって、そう言ったでしょ。ラウルキン」

「ええ、ですから。この星の方々にもご協力いただいて、その地域の名所を巡り、名物を頂いてきたではありませんか」

「各民族の首領や著名人、そして大量の護衛とともにね」

「それはいたしかありません。姫様に何かあれば国際的にも問題になりますし」

「わたしは地球観光が出来るからこの公務を受けたのよ。いい視察じゃないの」

「公務は皇族の義務です。それに、そう言わなければ公務を行わないでしょう。姫様は皇族としての自覚が足りなすぎなのです。ですから皇帝陛下も心配して今回の事を…」

「ああ、もう、分かったわよ。分かりました。朝食がさめちゃうから、さっさと本日の予定を言ってちょうだい」

「それでは…」

 

 と、ラウルキンが本日の予定を細かく読み上げていく。

 

「…以上です。なにかご質問は」

「ないわ。ラウルキンのほうも質問は」

「普段どおり振舞って頂けるのであればありません」

「そう、なら朝食がまずくなるから、暫く一人にしてもらえるかしら」

「かしこまりました」

 

 恭しく一礼すると、ラウルキンは軽く手を叩く。

 すると厨房からコックや侍女たちが翅を羽ばたかせてティンクの前に集まる。

 

「それでは、ごゆるりと。我々は一度退出させていただきます」

 

 一同が小さく頭をさげると、地球人サイズの扉を警備ロボが開け、部屋から退散した。

 

「はぁ、何とか抜け出す方法ないかしらね…」

 

 ため息混じりに、朝食を取っているとコンコンとドアをノックする音が響いた。

 

「はい、どちら様。って、どうせラウルキンなんでしょ。開いているからさっさと入ってきたら」

 

 そう言うとドアの所で立っていた警備ロボがロックを外してドアを開ける。

 すると、ラウルキンではなく、トレンチコートにカウボーイハットを目深に被った人間型と思われる生物が入ってきた。

 

「失礼致します。ティンク皇女殿下に置かれましてはお初にお目にかかります。不躾かつ無作法の訪問お許しいただければ幸いです」

 

 そう言いながらトレンチコートの生物は頭を深々と下げるが、顔をさらしたくないのかカウボーイハットは深々と被ったままだ。

 不気味な来訪者にティンクは脅えるどころか、目を少し輝かせ喜びたくなるのを堪え。

 

「苦しゅうない。面を上げよ。して、わたしに何用で参ったのだ」

 

 威厳を保つ為に丁寧な口調でわざとらしく話しだす。

 だが、カウボーイハットの男は深々と頭を下げたまま、

 

「自分もこの地球星で暮す銀河連邦の一員として、連日の皇女様の御苦労や御心労に心を痛めておりまして、こうして参ったしだいでございます」

「ふむ、能書きは良い。わざわざ警備を抜けてきたのだ。さっさと本題を述べよ」

 

 ティンクは顔も見せないこの者の言い回しに少しイラつき冷たく言い放つ。

 

「これは手厳しい。しかし、自分がなぜ不法侵入者だと」

「この星の習慣で帽子を深々と被ったまま、他人と話すのは悪人と相場が決まっている」

「では、悪人と分かって自分を招き入れたと」

「つくづく、回りくどいことが好きなようだな。次で本題に入らなければ、警備を呼ぶ」

「これは失礼。姫様に買っていただきたいものがありまして、こちらになります」

 

 少し小さめの革の手提げかばんからジュエリーボックスを取り出す。

 その中には青い宝石が埋め込まれたティンクが身につけれるサイズの小さなペンダントが収められていた。

 

「このペンダントトップ中には地球人払いの装置や、一時的にセンサーなどをごまかす装置が入っております」

「そ、それは真かッ」食い入り気味にティンクが声を出す。

「こうして自分自身が、誰にも咎められず入ってきたのが何よりの証拠かと」

「………」

 

 ティンクは思案をするように宝石と来訪者を交互に見る。

 

「自由に空を飛びまわりたいのでしょう。ならば、これはぜひ買いです」

 

 そういうと、タブレットを取り出し、金額を表示させる。

 

「そして、中に発信機を仕込んでおいて、護衛のいなくなったわたしを捕まえる気なのだろう」

「滅相もございません。決してそのような事は、これもひとえに皇女様の気苦労を思えばこそ。ああ、儲け話だと思ったのは確かですが」

「全くどこまでが本心なのやら、他に隠し事はないのだろうな」

「実はですね。姫様のサイズに合せて小型化致しましたので、稼働時間が短く、現地時間で十五時間程度で止まってしまいます」

「時間が来たら証拠隠滅の為に爆発する仕掛け付ね。手の込んでいる話だわ」

「ふむ、お客様が必要というのであればお付けいたしますよ。自爆装置。ああ、もちろん別料金かつ、返品不可ですが」

「まったく、何処まで本気なのかしら。その稼働時間は起動させてからって事でいいのよね」

「もちろんでございます」

「しかし高いわね、もう少し安くならないのかしら」

「ご冗談を、最新技術が詰め込まれておりますので、かなり良心的な値段ですよ」

「わかったわ。じゃぁ、こうしましょう。ここまで入って来たのだからまた外に出ますわよね。このホテルの外まででいいわ、あなたのそのかばんに隠れさせてもらって、外に出るまでは手伝って下さるかしら」

「…わかりました、それぐらいはサービスいたしましょう」

「よろしい。商品を買いましょう」

 

 ティンクはタブレットの前まで飛んで行き、指輪を近づけると決済画面に代わり、指輪の宝石を慣れた手順で左右に回転させる。

 アクセス中の画面の後、軽快なメロディと共に入金された知らせが画面に表示された。

 

「お買い上げありがとうございます」

 

 来訪者は頭を深々と下げティンクにペンダントを手渡す。

 早速ティンクはそれを身につけると、はめていた指輪等の装飾品をを外して。

 

「さぁ、何時でも構いません」

「分かりました、ではこちらに」

 

 そういうと、かばんのサイドポケットを開いて見せる。

 ちょっと手狭で、身を縮めないと隠れらそうにないが、この際贅沢は言ってられない。

 革製品独特の鼻に付く匂いに、少し顔をゆがめつつ、息を殺すように中に入る。

 

「では、いきましょうか」




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

○ティンク・カールベル
  妖精を連想させる容姿を持つ惑星シューバーリから来た、カールベル第三皇女。
  地球の各国や企業と、通商条約を結ぶため、大使として地球に訪れた。

○羽咋優杜(はくい ゆうと)
  高校二年生の地球人。
  高校では天文部の活動に力を入れるつもりが、質の悪い先輩に引っ掻き回されている。
  最近では、異星人がらみの出来ごとに、よく遭遇する。
  
○モトゥーリン・シュズ&本居五十鈴(もとおり いすず)
  日本人とよく似た容姿を持つ、ウズノメ人の留学生。
  地球では、日本国籍の本居五十鈴と名乗って、異星人であることは一部の人を除き秘密にしている。
  優杜と同じ高校の一年生。

○新田豊(にった ゆたか)
  地球人の高校三年生。
  宇宙人好きが高じて、高校に独自の部活動【宇宙人研究部】なるものを勝手に立ちあげてるいる。
  宇宙人が絡むと、恐ろしいまでの能力を発揮する。 


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#2

     三

 

*20xx/5/11-7:43

 

 カーテンや暗幕で締め切られ、外から光のさすことのない教室。

 そこに円形に組まれた机には何本もの蝋燭風のライトがユラユラと漂う。

 中にいるのは八人の男女。

 今や秘密結社と変わらぬ様相を呈する【高岡高校天文部】。

 俗称【宇宙人研究部】だ。

 

「諸君、こうして早朝に集まって貰ったのは他でもない。ついにティンク・カールベル皇女様が日本においでになられた」

 

 口元に手を組みながら新田部長が何時もの口調で言葉を発する。

 

「今日は土曜日で授業も午前中に終わる。新生宇宙人研究部の活動を行うのにふさわしい、素晴しい日だとは思わないかね」

 

 その場にいたほとんどの部員が力強く頷く。

 

「だが、残念なことに皇女様は無作法で無神経な護衛共に囚われ、大変心を痛めておられる」

 

 新田部長は見てもいないのに自信たっぷりに言い放つ。

 周りからは小声で、かわいそうにとか、なんということだとか妄言が呟かれる。

 

「なんとしても我々の力で皇女殿下をお救いし、栄光ある宇宙人研究部の歴史にその名を刻もうではないかッ」

 

 新田部長はテンションマックスで机を激しく叩き、恥ずかしげもなく声高に叫ぶ。

 

「特に、この春より…」

「部長、今晩の準備があるので席を外していいですか」

 

 新田部長のいつもの緊急招集。

 朝のHR前に無理やり連行された羽咋優杜は、一秒でも早くこの茶番を終了させたい思いから、早速部長の言葉をさえぎる。

 

「羽咋研究員。言いたいことはそれだけかね」

 

 新田部長が眼鏡のブリッジを押してガラスを光らせると、威圧的な態度で優杜をにらむ。

 

「ええと、はい。なので…」

「残念だよ、羽咋研究員。とある筋から入手したところによると、浮遊警視庁内で、あのアスワード警部に缶コーヒーをおごってもらったとか」

「なんですって、それは本当ですか」

 

 新田部長の言葉に、アスワード警部大好きな窪内莉乃先輩が悲鳴に近い声を上げる。

 

「真実だよ。な、羽咋研究員」

「………」

「それが事実なら、裁判レベルの問題ですよ」

 

 羽咋優杜は先日、浮遊警視庁の料理対決に巻き込まれて、迷惑をかけたなと帰り際、アスワード警部に缶コーヒーを奢ってもらったが、その事を誰にも話していないのに、知っている部長に心から驚く。

 

「まぁ、簡易法廷をしたいわけではないので、過ぎてしまったことをとやかく言うつもりはない。だが、宇宙人研究部員の一員といて、ちゃんと活動報告はしてもらわないと困るな」

「いや、だから、ここは天文部ですって」

 

 思わず優杜は立ち上がって否定する。

 だが、新田部長は優杜の発言を無視して持論をさらに展開する。

 

「いきなり、アスワード警部のような大物に会って、気持ちの整理がつかないのもわかる。だが、新たに加わった仲間達の為にもここは先輩として少しは落ち着いてもらわないと困るな」

 

 そう言って、不気味な笑みを浮かべる新田部長に、新しく入ってきた一年生の大半が、感動したように彼の言葉に耳を傾けていた。

 その様子を優杜はため息交じりに見つめる。

 この春、不人気部活に新一年生が六人も入部した。

 だが、その中で天文部への希望者は二人。残りの四人は宇宙人研究部という悲惨な結果に終わった。

 当然、新田部長の、宇宙人研究部の態度も発言力も大きくなる。

 

「さて、話を皇女殿下に戻そう」

「ここは天文部なので、夜の観測会のほうが皇女殿下より重要です」等と言おうものなら、さらに取り返しの付かないことになりそうなので、優杜は言葉をやわらかくして。

「僕らは、今夜の観測会の準備がありますので自分達はこの辺で…」

 

 そう言って席を離れようとすると。

 

「部長、大変ですッ」

 

 勢い良く扉が開かれ、鈍い明かりが差し込むと同時に、部員の菊本が入って来る。

 優杜は立ち去る機会を逃して呆然と立ち尽くす。

 空いている席の前まで駆け込んできた菊本は背負っていたリュックを慎重に降ろした。

 

「ふふふ………、やりましたよ部長」

 

 全員の視線が自分に向いている事に気をよくしたのか、大仰な態度で下ろしたリュックのジッパーを開け、中から月刊マンガほどの大きさの箱を取り出す。

 

「見てください。ファインモーズの皇女様を無事にゲットしました」

 

 箱の中にはすごくリアルに造られたティンク・カールベル皇女の等身大人形が納められていた。

 

「さすがは菊本研究員。やるではないか」

 

 新田部長が褒めると周りからも賞賛の声が上がる。

 

「苦労しましたよ、皇女様というか、カールベル王家公認の一品ですからね」

 

 ティンク・カールベル皇女が地球にやってくるというニュースが流れると同時に、フィギュア作製会社の社長が苦労の末、王家との交渉を制し公認を得てこの来訪に発売を間に合わせた奇跡の一品だ。

 モデルとなったティンク・カールベル皇女の可愛さもさることながら、その人形のディティールの細かさに日本のオタクだけではなく、今では世界中から注文が殺到し入手困難を極めた。

 ネットのや裏の世界ではその人気に便乗した紛い物まで氾濫している。

 

「これは幸先が良いぞ、ちょうどそのティンク・カールベル皇女様救出作戦を話し合おうとしていた所なのだよ」

 

 機嫌よく新田部長が人形から優杜に視線を移してけん制する。

 

「そうです、大変なんですそのティンク・カールベル皇女様が、ご病気で倒れたって今速報でッ」

「「「「「なにッ」」」」」

 

 半数以上が叫び声を上げ、慌ててスマホを取り出すと、各々情報ソースを確認し始める。

 公式発表では確かに、ご病気で倒れて公務を中止となっているが、真相は皇女がホテルから逃げ出したとその筋の情報網が伝えていた。

 

「…まって、これはもしかしらチャンスかもしれないわ」

 

 窪内先輩が顔を上げて呟く。

 

「どういうことだ」

「ローマの休日と言う大昔の映画があるでしょう。きっとあれよ」

「つまり、皇女様は公務の日々に心を痛められ、にぎやかな町へ飛び出したと」

「ええ、その通りよ」

「きっとそうに違いない。そして、皇女様は我々に今助けを求めているはずだ」

 

 実際にはほぼ合っているのだが、根拠のない妄想に自信に満ちた声量で新田部長が叫ぶ。

 

「行きましょう部長、今すぐ皇女様を助けに」と菊本が賛同する。

「勿論だとも、諸君詳しい説明は移動しながらする。俺に付いて来い」

 

 ガタン。

 ほぼ全員が一斉に立ち上がる。

―キーンコーンカーンコーン―

 タイミング良く予鈴がなると、部室のドアが再び開き。

 

「おい、お前等。そろそろ教室もどれよ」

 

 顧問の天野先生が現れる。

 

「待ってください先生、今、俺達は人生の中で重要な選択を迫られているんです。このまま行かせてください」

 

 新田部長が、入り口に立つ天野先生に詰め寄る。

 

「言っている意味がよく分からんが、とにかく教室もどれ。それと…」

 

 天野先生は華麗に新田部長をすり抜け、菊本が大事に抱える限定フィギュアの箱をむしりとると。

 

「これは没収。帰るときに返すから取りに来るように」

「なぁあああああああああああ」

 

 手元からすり抜けていくフィギュアの箱に、菊本はこの世の終わりが来たような悲痛な叫び声を上げ、その場に崩れ落ちる。

 

「ほら出た、でた」

 

 天野先生は新田部長の腕を掴んで引きずり出すと、無理やり他の生徒も追い立てる。

 

「待ってください先生、これは世界を、イヤ、宇宙を揺るがしかねない一大事なのです。先生ッ、先生ッ………!」

 

 全く聞く耳を持たず、天野先生は新田部長を引きずり出す。

 そして、扉の向こうまで引っ張り出すと、扉越しに目線を倒れている菊本に向けて。

 

「とりあえず、羽咋。その倒れているやつはお前が引きずってでも教室連れて行けな」

 

 優杜は今日もまた、己の不運を呪った。

 

 

 



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#3

     四

 

*20xx/5/11-13:41

 

 ティンク・カールベル皇女は全力で翅を羽ばたかせていた。

 ラウルキンを出し抜いて、ぶらりと街中散策を始めるまでは順調だった。

 悪夢の始まりはちょっとお腹がすいたので、その辺の露店で何か食べようとして、ペンダントのスイッチを切った瞬間からものすごい勢いで地球人達が騒ぎ出してしまった。

 お忍びで外に出てきているのに、騒がれて居場所がバレて連れ戻されては元も子もない。

 慌ててスイッチを入れて隠れるが、空腹は増すばかり。

 だめ元でもう一度試すが結果は変わらなかった。

 改めて、自分の存在が地球ではいかに稀有で目立つかということを思い知らされる。

 なので今度は人通りの少ない所ならと行って見るが、今度は店が見つからない。

 そうこう彷徨っているうちに…

 

「あー、もう。さっきからしつこい」

 

 再び大歓声で、大勢に追い回される事に。

 ティンクの人気知名度を鑑みれば仕方がない事とはいえ、今回の熱狂振りは昼間の繁華街とは一味違う。

 -カァー、カァー-

 都会の空に君臨する黒い悪魔。

 カラス達に追い回される羽目に。

 スピード、旋回性能、安定性、どれをとっても劣ることは無い。

 一匹なら特に問題ないのだが、ティンクにちょっかいをかけてきた一匹にちょっと冷たく当たったら、一鳴きで大群が押し寄せてきた。

 ファンでもなければ、会話どころか言語すら理解しない、勿論地球人払いの装置が効果を発揮するわけも無い。

 

「こんなことなら、色々置いてくるんじゃなかった」

 

 警護の観点から、大抵の持ち物に防衛装置や発信機等が付いている。

 当然お忍びの観光には不向きなので全て置いて来た。

 身を守るすべは己の肉体と技量のみ。

 

「あんた達、いい加減に」

 

 正面にカラスが回り込み挟撃の態勢を取ると、ティンクはスピードを上げて相手に突っ込み、ヒールの先で額にケリを入れる。

 

「しなさいッ」

 

 悲鳴を上げて墜落していくカラスをよそにそのケリで軌道を変えて後続を振り切ろうと試みる。 

 しかし、討たれた仲間の敵だとばかりにさらに闘志と食欲をたぎらせカラスたちはいっせいに雄叫びを上げる。

 -カァー、カァー-

 

「ああ、もう、誰でもいいから助けなさいよ。てか、この状況で誰も助けに来ないってなんて地球人は薄情なの」

 

 すっかり地球人払いの装置のことなど忘れ、やけくそ気味に叫ぶ。

 地球人が空を飛べない事も忘れている。

 地球人から見たら今日はカラスが騒がしいぐらいの感覚だ。

 一対一なら負けることは無いが、多数に追われれば最終的に体力を消耗して追いつかれるのは目に見えている。

 そして、疲れで意識が緩んだ隙にカラスが急降下して爪を立てて迫ってきた。

 紙一重で致命傷を避けたが、カラスの爪がドレスにかかり、体ごと強く引っ張られる。

 

「きゃぁ」

 

 悲鳴と同時に、爪の鋭さと勢いで、そのままドレスが引き裂れる。

 捕獲されることは回避するが、一度崩れた体勢を戻すにはスピードが出すぎていた。

 コントロールを失っそのままつつじ生垣の上に墜落する。

 葉や小枝がクッションの代わりをした為大怪我はしなかったが、砂埃等でドレスはすっかりボロボロに。

 -カァー、カァー-

 ゆっくり状況を確認するまもなく漆黒の熱烈なファンがやってくる。

 カラスが飛び掛ってくる瞬間を狙って飛び立てるように、背中の羽に力をこめる。

 

「頭を下げて」

 

 背後から突然声がかかる。

 ティンクは慌てて身をかがめつつ背後を振り返ると、地球人の男性が黒く四角いかばんを振り回しながらティンクの横を通り過ぎる。

 流石のカラスも人間が現れたので戦意を喪失したのか、急降下を止めてそのまま大空へと飛び立って行った。

 

「あいつ等、今度見つけたら、絶対にガマゴリン付けにしてやるんだから」

 

 ティンクは逃げていったカラスを睨みつけ怒りを溜めて拳を握り締める。

 

「ご無事ですか」

 

 地球人の少女がティンクのそばに寄ってきて声をかけてくる。

 

「おかげさまで、助かったわ」

 

 一度少女の顔の高さまで飛び上がるとお礼を言う。

 

「…なんとか間に合って良かったよ」

 

 息を切らしながら少年が戻ってくる。

 

「助けてくれてありがとう」

 

 そう言ってティンクは小さく頭を下げた。

 

「いえ、たいしたことはしてませんから。ご無事なようなので、オレ達はこれで」

 

 そう言って地球人が軽く頭を下げてその場から立ち去ろうとする。

 

「ちょっと、まちなさい」

 

 慌てて少年の耳を掴み引き止める。

 

「あっててて、まだ何か御用ですか。ああ、このことは内緒にしておきますから」

「それは助かる…じゃなくって。聞きたいんだけど、あなた達は私が誰だかわかっているのよね」

「ニュースで有名ですからね。ティンク・カールベル皇女様でしょ。なぜこんな所にいるのかは不思議ですけど」と少女が答える。

「なのに私を見て驚きも騒ぎもしないのね。あなた達本当に地球人なの」

 

 地球人は自分の姿を見れば騒ぎ出し、装置が働いていれば声をかけても気づかれない。

 

「さすがは皇女様よく分かりましたね。私はウズノメ人の留学生。でも、先輩は正真正銘の地球人ですよ」

 

 地球人のような格好をしているが、地球人ではないのなら納得できる。

 

「すいません、生まれも育ちも地球です」

 

 少年がなぜだか申し訳なさそうに応えた。

 

「ねぇ、地球人なら、ちょっと日本を案内してくれない」

 

 二人はお互いに顔を見合わせると少年のほうから。

 

「ムリ、ムリ。日本を案内って、皇女様を案内なんてそんなすごいことムリです」

「そうですよ、皇女様なんですから、私達なんかに頼まなくても案内してくれる人がいるんじゃないですか」

「いないわよ。いたらこんな事になってないって」

「そもそもニュースで病気でお休みしているって、こんな所にいて大丈夫なんですか?」

 

 心配そうに少年が尋ねてくる。

 

「病気なんてするわけないでしょ。健康だけがとりえなんだから。ちょっとラウルキンが私を騙したから、その仕返しに抜け出してきただけよ」

「仕返しって、そのまさか、無計画に飛び出して来たとか」少年が怪訝そういう言う。

「仕方がないじゃない。こうでもしないとまともに観光すら出来ないんだから。ちょっと聞いてよラウルキンがさ…」

 

 ティンクは堰を切ったように愚痴りだし、これまでの経緯を自分都合に盛り上げて話す。

 

「ええと、つまり。忙しくて休みもなく働いているのに、最初に約束したことが一切守られなかったから、執事の人を困らせるのと気分転換の為に勝手に飛び出してきたと」

 

 少年が吐き出されたティンクの愚痴をまとめ、内容を確認する。

 

「そうよ。だからあなた達に日本を案内してって頼んでいるの」

 

 そう言ってふんぞり返るティンク、人に物を頼んでいるようには見えない。

 

「私は良いと思いますよ。それに、私も地球に来て少し経ちますけど、まだ観光ってしてないですし」

「いや、そうは言っても…」

「なに、他に何か用事があるの?」

「あるにはありますが…」

「別に大した用事じゃないから大丈夫ですよ」

「ええ、そうなの、まぁ、それなら、夜までは確かに時間があるけど、皇女様を案内なんて…」

「いいのよ別に、いけるなら何処だって。姿を現せば地球人に、空を飛ぶと怪鳥に追い回されるこの現状が変われば」

「そうですよ。またカラスに追われたら可愛そうじゃないですか。楽しく観光がしたんであって、何かすごいサプライズを期待しているわけじゃないですから」

 

 同じ異星人だからか、少女の方がティンクを後押しする。

 

「いや、でも…」

「もう、何を気にしているんですか。異国から来た少女が二人、ちょっと地球を観光したいなって、地球人としてちょっと親切にしてあげるだけじゃないですか」

「そうそう、小さな思い出を一つ分けてほしいだけなの」

 

 そう言う二人に、少年が追いつめられると。

 

「…わかりした、地球とか日本じゃなく、その辺でよければ」

「よし、そうこなくっちゃ。その辺で結構、ようは気分の問題なんだから。そうと決まれば早速行くわよ……。そうだ、あなた達名前は」

 

 喜び勇んで飛び出しそうなったティンクが慌てて二人を振り返り見る。

 

「優杜、羽咋優杜です」

「シュズ、モトゥーリン・シュズ。地球では本居五十鈴で通してますけどね、よろしくお願いします皇女様」

「ティンク」

「えっ?」

「皇女様はなし、ティンクって呼んで」

「じゃあ、私の事もシュズと呼んでくださいね」

「ユウトにシュズね。改めてよろしくお願いね」

「じゃぁ、早速のボロボロの服装をどうにかしないと気分が台無しですよ」

 

 ティンクは改めて自分のカッコウを見る。所々に戦いの勲章が刻まれていた。

 

「とはいっても、地球人のドレスなんか大きすぎて着れないわよ」

「ふふふ…そこは私に考えがございましてよ。ティンク」

「まって、その前に、暫く何も口にしていないの、のどもお腹も限界」

「なにか食べてみたいもの有ります?」

「うーん…。なんと言ったかしら…タコヤキ。そうタコヤキ」

「じゃぁ、駅前に行かないと、こっちですティンク」

 

 にこやかに走り出す姿に優杜は呆気にとられて出遅れる。

 

「ちょっと、まって、本居さんに、皇女様」

「シュズ」

「ティンク」

 

 息ピッタリに優杜へ振り返り訂正する二人を見て、優杜は精一杯遠く空を見つめた。



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#4

     五

 

*20xx/5/11-16:05

 

 東京スカイツリー。

 全長634メートルの電波塔は、老朽化した東京タワーの代わりや次世代の通信システムを担う為に建設された。

 今日では、軌道ステーション【しろがね】からの通信や、【しろがね】からの転送ゲートの出入り口施設としての役割も担っている。

 日本政府や建設に関わったゼネコン関係者はお互いに口をそろえて否定しているが、異星人との交流を目的に建設されたと言われている。

 事実として、異星人が地球に銀河連邦に加盟し、門戸を広げるように迫ってきた時に、世界中でいち早く対応し、活躍したのがこのスカイツリーだ。

 それは日本政府が少なからず、その建設途中で異星人とコンタクトを取っていなければ、設計上辻褄の会わない話として、今日では都市伝説化している。

 

「はい。チーズ」

 

 優杜が構えたスマホの画面の向こうで、ティンクと五十鈴が無機質な東京の町並みをバックにポーズを決める。

 スマホの画面の中に東京スカイツリー展望デッキからの景色をバックに上機嫌な二人の笑顔が切り取られた。

 

「どう、綺麗に撮れた」

「おお、中々じゃない。次はユウトも来てみんなで撮るわよ」

 

 そう言って嫌がる優杜をティンクと五十鈴が無理やり大外のガラス越しに引きずり込む。

 ティンクは優杜と五十鈴のそれぞれの肩を足場に器用に立つと、

 

「さぁ、何時もでいいわよ」

「先輩早く」

「じゃぁ、撮るよ」

 

 優杜が目一杯腕を伸ばしてスマホの画面に三人を入れ込んで、震えながらシャッターボタンを押す。

 

「いいわねぇ。この調子でどんどん行くわよ」

「どんどんって、あんまりはしゃぎすぎるバレちゃうって」

 

 そう言って、落ち着きなく優杜は周りの観光客やスタッフを見渡す。

 

「ほんと先輩は心配性なんだから。堂々としてたら大丈夫ですって。それにみんな自分たちの事で忙しくて私達の事なんて気にしてませんから」

「ユウトは男なんだから、もっと堂々としてればいいのよ」

「ええと、なんでしたっけ何とかの休日作戦なんですから」

「ローマの休日ね」

「じゃぁ、ローマの休日作戦。次にいきましょう」

 

 そう言って優杜の肩に乗っているティンクが顔の横から指を突き出す。

 あの後、ティンクの小腹を満たしつつ、五十鈴の下宿先に向かった。

 五十鈴の同じ下宿先の知り合いのお姉さん。

 ハッテマスさんに頼み込んで、ボロボロになったティンクのドレスの代わりに、人形用に作った手作りの菜の花模様の着物を借り受けた。

 背中の翅を出せるように手直しをしてもらい。

 かんざしで髪の毛をまとめ上げると、ぱっと見ではそれが皇女様とはわからない着飾りに、本人も五十鈴も満足して観光に繰り出した。

 ただ、ナゾのペンダントはそのままだと危険だと言う事になり預けてきていた。

 最後に今日の軍資金までも援助して貰い。

 準備万端、観光に乗り出そうとした時には、皇女様が病気との報道や、街中で皇女様を見たというニュースからSNSなどであちらこちらで「ローマの休日ごっこ」が流行り出していた。

 中にはお手製のティンク人形を持ち出してきて、それっぽい写真を上げる人が出てくる流行りっぷりだ。

 なので、優杜達もそれに乗っかることにして、ローマの休日ごっこのスタイルで、観光していた。

 それでも、優杜的には勝手に抜け出てきているティンクと一緒に観光しているので、何時見つかって大事になるか気が気ではない。

 何度か優杜が人目がある所では心配だからと、ティンクには胸ポケットに入ってもらえるように勧めたが、景色が見難いと言う事で優杜の左肩に腰をかけるように座る事で落ち着いた。

 一応、優杜の左側に五十鈴が来ることで視線をそらせてはいるが、いつ、自分達が皇女様を連れていることがばれるか心中穏やかではない。

 そんな優杜の心配をよそに、

 

「ちょっと、ユウト早く、早く」

「先輩、そんなキョロキョロしていたら逆に怪しいですって」

 

 と、下宿先を出てから常にこの調子だ。

 

「ねぇ、シュズ。さっきから変な黒服の人達がちらちら見えるんだけど」

「もう先輩。だから気のせいですって、私が目が良いのは知っているでしょ。私が見えていないんですから、心配しすぎて幻覚見ているんですって」

「幻覚かなぁ…」

 

 それでも、さっきから黒服にサングラスの二人組みが視界の片隅に入って来ている気がしてならない。

「幻覚です。そんなことより観光楽しみましょうよ」

 

 そう言って優杜の手を強引に引っ張る。

 

「みてみて、ユウト。あの変な建物はナニ」

 

 順路どおりに南向きから西向きに進むと、ティンクの指差した先に《く》の字に曲がった東京タワーが見えてきた。

 

「私もあれ気にはなっていたんですよね」

「東京タワーって言って、昔の東京のシンボルだったんだけど、十年以上前にさ、僕等日本人の過激派と、異星人とが激突した事件があって壊れたままなんだ」

 

 俗称で攘夷派事件と呼ばれる異星人を排斥しようとする過激派の起こしたテロ事件は、優杜がまだ幼稚園の頃の出来事で彼自身は詳しい経緯を知らない。

 

「なにそれ、壊れたなら直せばいいのに」

「普通に私達が地球で生活しているけど、昔は大変だったんですね」

「再建するのに莫大なお金がかかるとかで十年以上そのまま。でも事件の後、積極的に東京の復旧に力を貸してくれたのが異星人だったらしくて、その後は急速に異星人と仲良くなったらしいよ」

「つまり、私達がこうしているもの、その事件のおかげって事ですよね」

「じゃぁ、あれは平和のシンボルって事ね」

「いや、教訓じゃないのかなぁ…」

「よし、平和のシンボルをバックに記念撮影よ」

「先輩、ほらもっと近づかないと写真に入りきらないですよ」

「ほれほれ、ユウト。もっと近こう寄るがよい」

「ハイ、ハイ、オオセノママニ。はい、チーズ」

 

 軽快な電子音と共に、折れかけた東京タワーをバックにした思い出が切り取られた。

 

 

 

*20xx/5/11-17:32

 

 異星人との宥和政策により解放され多くの異星人が住む、荒川区日暮里駅の西側エリアに東西に伸びる商店街、谷中銀座商店街。

 通称「谷中銀河」

 約200メートルの商店街には、昔からの下町の商店に混じって、異星人が経営する異国情緒あふれる店が混在してる。

 

「らっしゃい。らっしゃい。今日は群馬産の春キャベツがお買い得だよ」

 

 と言う八百屋の呼び声と重なるように。

 

「イラッシャイ、イラッシャイ。今日は、ヴェジフール星のエロエロが緊急入荷、今を逃したら、これを逃したら一生後悔するよ」

 

 他惑星からのなぞの食料を売り捌こうと異星人が声を張り上げている。

 見た目は混沌としているが、地球人と異星人が協力し、競い合って独特の雰囲気を作っていた。

 土曜日の夕方ともあってか、学校帰りの学生から、観光客まで多くの人で賑わっている。

 

「す、すごーい。こんなヴァイタリティあふれる場所もあるのね」

 

 喜んで飛び回りたい気持ちを堪えてティンクが優杜の頭の上で喚起の声を上げる。

 東京タワーの話から、一番地求人と異星人が綺麗に共存している場所にと言う話しになり、三人は学校近くの谷中商店街に来ていた。

 

「ね、面白い所でしょ。私も始めて来たときには少し感動したんですよね」

「わかる。わかる。ねぇ、ユウトあれは何」

「あれは、みたらし団子って言って、日本の伝統的なお菓子だね」

 

 店先で割烹着姿のおばあちゃんがコンロで団子を焼いていると、香ばしい匂いが漂ってくる。

 

「美味しそうな匂いよね」

「ほんとね、でも、あれもこれも食べれるの」

「ちょっとシュズ、なんで欲しい物が食べ物ばかりって決め付けるのよ」

「違うの、視線が食べ物ばかりに釘付けに見えるんですけど」

「そこまで食いしん坊じゃないわよ。分かったわ。とにかく厳選するから、色々周ってみましょう」

 

 優杜はティンクの指す方向、指す方向、決して長くないアーケード街を練り歩く。

 

「お嬢ちゃん、それ気に入ったのなら、手にとって奏でてみるかね」

 

 店先に優杜を立たせて真剣に見入っているティンクに、店の中からのっそりと出てきて声をかけてくる。

 愛想よく接してきたのは、ジャバザハットのような腹の出た爬虫類の様な姿の異星人。

 この谷中銀座でも有名な異星人の経営する雑貨屋【守銭堂】の店主だ。

 

「これって、レイナーでしょ。まさか、こんな所で見るとはおもわなかったわ」

 

 そうって、ティンクは優杜の頭から飛び降りると、赤茶けた色をした、ししとうの様なものを持ち上げる。ヘタの先端部分に当たるところに口をつけて思いっきり息を吹き付ける。

 すると、中から甲高い響きとコロコロとした風斬り音が響く。

 

「ほほう、結構上手いじゃないか」

 

 守銭堂の主人が腹を叩いて賞賛する。

 優杜には全く聞こえなく、隣にいる五十鈴を見るが同じく聞こえていないのか小さく首をかしげた。

 

「それ楽器なの」

「そうよ、良い音色でしょ」

「うーん、音色って言われても」

 

 ねぇ、と言う五十鈴に優杜も力強く首を縦に振る。

 

「お嬢ちゃん、地球人には聞き取りにくい音なんだよ。だからちっとも売れない。フォフォフォ…」

 

 売れないことがそんなに楽しいのか、上機嫌に笑い出す。

 

「それ気に入ったの?」

「気に入った訳じゃなけど、なつかしいなぁって」

「なにか想い出があるんですね…」

「親父さん、これいくら」

「二百円さね」

 

 優杜は財布から小銭を取り出すだすと、守銭堂の主人の手に乗せる。

 

「まいどあり。フォフォフォ…」

「それは今日の記念にプレゼント。まぁ、そんなおもちゃ見たいのしか買えないけどね」

「本当に。ありがとう。大切にするわ」

 

 レイナーという楽器を抱えてティンクが飛び上がる。

 

「そう言ってもらえると、嬉しいよ」

「ねぇ、ティンクこんなものあったわよ。じゃーん」

 

 五十鈴が店の奥から、A5サイズぐらいの少し大きめながまぐち財布の様なものを持ってきた。

 淡い緑と深緑のストライプで、頭の部分に目のような模様が描かれていてスイカのお化けのようなデザインだ。

 

「ああ、懐かしい。昔あった、あった」

「でしょ、でしょ」

「ええと、それは何?」

 

 流石に二人で盛り上がると疎外感に、興味がなくてもつい質問してしまう。

 

「これはですね…」

 

 そう言って、五十鈴はパカリとがまぐち財布と同じように口を開けると、その中に手を突っ込む。

 

「よいっしょ」と、中から1メートルぐらいの樹の棒が現れた。

 

 とてもA5サイズのものに入っている長さではない。

 

「意外なものが入っているわね」

 

 そういうと今度はティンクが、頭から体ごと突っ込む。

 

「ええと、確かこの辺に…、きゃぁあああ」

「えっ、ティンク。まって」

 

 五十鈴が慌ててがまぐちからティンクを引っ張り出そうとするが、力が強いのか引っ張り出せない。

 

「ちょっと、ええッ」

 

 優杜も慌てて五十鈴の手を掴み引っ張り出そうと試みると、スポッとティンクが抜け出てきて。

 

「うわぁああ」

 

 ティンクの上半身が、醜いトカゲのようになっていた為、驚いて優杜が半歩飛びのく。

 

「はっははは…」

「うんうん、大成功。こういう遊びよくやりましたよね」

「ちょっと、二人共…」

 

 からかわれたと分かり、安心と共に怒りもこみ上げてくる。

 

「ごめん、ごめん、そんなに怒らないでくださいよ」

「そうそう、ちょっとした冗談じゃない」

「本当に冗談。てか、本当にローマ休日、見たことないんだよね」

「ないわよ」

「ないですよ。これは思い描いたものを数秒だけ作ってくれるおもちゃなんですから」

 

 そういうと、ティンクの周りのトカゲ模様はサラリと霧散し行き、五十鈴の出した樹の棒も消えていた。

 

「ねぇ、他にも面白そうなものあるかなぁ」

「ここは何時も意外なものがあるんですよ」

「たのむから、心臓に悪いのは…」

 

 ヴゥーン…、ヴゥーン…

 止めてくれよ言おうとしたとき、優杜と五十鈴のスマホが同時に鳴り響く。

 

「げっ」

「あらら」

 

 優杜には新田部長、五十鈴には窪内先輩からの着信が表示される。

 ある意味、最も心臓に悪い着信だ。居留守をすると後々面倒なので、

 

「はい、もしも…」

「いま、守銭堂にいないかね」

 

 間髪入れずに問いただしてきた部長の声に、優杜は心臓が飛び出しそうになるのを堪えて。

 

「い、いえ、いませんけど…、な、なにか」

 

 と、何とか否定しつつ声を絞り出す。

 

「実はさっき知り合いの宇宙人から守銭堂近くで皇女様を見たとリツイートがあってな。今我々もそちらに向かっている最中なのだが、もし近くにいるようなら」

「ざんねん。いません。でも念のために他を探してみます」

「すまない。健闘を祈る」

 

 五十鈴のほうも同時にスマホを切る。

 

「部長からですから用件は同じですよね」

「一応、ここにはいない事にしたけど」

「私も。でも、長居は無用ですよね」

「部長達とティンクが出会っても、手荒なまねはしないと思うけど…」

「まぁ、こっそり観光じゃなくなりますよね」

 

 嬉しそうに店内を飛び回っているティンクのことを思うと心が痛むが、部長達に見つかればタダではすまないはずなので、心を鬼にして声をかける。

 

「ティンク、ごめん」

「どうしたのユウト、シュズ」

「ごめん、ちょっとトラブル発生。一旦外に出ようか」

「いいわよ」

「ごめんね、どうやらティンクの熱烈なファンに、ここにいることがバレタみたい」

「う、それは確かにトラブルかも」

「なので、ちょっと場所を変えたいんだけど」

「いいね、いいね。逃避行しながらの観光も楽しいしね」

「いや、まぁ、喜んでくれるなら」

「先輩、しゃべってないで急ぎましょう」

 

 そう言って、慌てて三人は谷中銀座を後にした。

 



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#5

     六

 

*20xx/5/11-18:22

 

 逃避行とはいっても部長達に見つからなければ良いだけなので、少し離れた場所に行こうという話しになり、最近では外国人のみならず、異星人にも人気の観光スポットである浅草寺に来てみた。

 東京に住んでいながら優杜も実際に来るのは初めてで、日も落ちかけているというのに日本人、外国人、異星人問わず多くの観光客、参拝客で賑わっていた。

 お忍びの観光だけでなく、部長達に追われているのもあり、周りが気になる優杜は、あまりの人の多さに周りの人達がすべて自分達を見ている気になってくる。

 しかも、仲見世通りは道幅も広くないのに多くの人で賑わっているため、余計に人目が気になる。

 五十鈴は幻覚だと言うが、特にスカイツリー以降、何度と無く黒服の二人組みが優杜の視界の中にに入って来ていた。

 優杜の心配をよそに、ティンクと五十鈴が単純に散策を楽しんでいる事がせめてもの救いだ。

 色々な物に好奇心を示すティンクとシュズに冷や冷やしながら、華やかな賑わいを見せる仲見世通りをふらふらと練り歩き。

 ようやく本殿にたどり着いたときにはすっかり日も暮れて完全にライトアップされていた。

 

「や、やっとついたぁ」

 

 優杜の肩に乗っていて歩いているわけでもないのに、一番疲れたような口調でティンクが言う。

 

「思ったより、商店街が長かったですよね。色々な店があって目移りしちゃうし」

「俺も初めて来たけど、こんなに人ごみで大変だとは思わなかったよ」

 

 雷門から仲見世通りを抜け、宝蔵門潜って、本殿にたどり着くだけで、小一時間が過ぎていた。

 

「しかし、どれもおいしそうで、困ったわ。こういう時、自分の小さな体が恨めしい」

「本気で悔しそうに、食べ物屋を通り過ぎてたよね」

「ティンクって、見かけによらず、食いしん坊だよね」

 

 優杜と五十鈴がそれぞれ感想を述べると、ティンクが握り拳を作り。

 

「地球人の食べ物のサイズが、でかすぎるのがいけないのよ。もう少し、いえ、せめて十分の一に」

「異星人の観光客が増えたといっても、地球人サイズの人がほとんどだからな」

「でも、今回の件でシューバーリ星人の観光客増えたら、小さいのを作る店も増えますよきっと」

「そうね、そのころにもう一度来るわ」

 

 そのまま三人は参拝の列に並び、巨大な仏殿を見上げながら眺める。

 

「でも、これぞ観光って気がするわ」

「ですよね。歴史とかよくわからなくても、なんだかすごいなぁって思えますし」

「初めて来たけど、こんな凄い所だとは思わなかったよ」

 

 しばらくして三人は、向拝所の賽銭箱の前にたどり着く。

 

「この中にユウト達の神様がいるの?」

「見た事がないので、絶対とは言えないけど、この本殿の中に神様がいて、大昔から多くの人達が安全祈願や願い事を聴いてもらうために、ここでお祈りを捧げるんだ。こんなふうに」

 

 優杜はお賽銭を投げ入れ、手を合せて黙祷を捧げると、ティンクと五十鈴も倣って手を合わせた。

 

「で、先輩はなんてお祈りしたんですか」

「え、普通だよ。またこうしてみんなでお参り出来ますようにって」

「小さいお願いねぇ。お祈りってもっと大きな事を願うんじゃないの」

「まぁ、先輩らしくてかわいいですけどね」

「じゃ、じゃぁ、二人はなんてお願いをしたんだよ」

「内緒です」

「内緒よ」

 

 ねぇ~、と二人仲良くハモられ優杜は一人疎外感を覚える。

 ここで食い下がるわけにも行かず、そのまま本道の階段を下りる。

 

「先輩、入り口のところ、部長達です」

「マジか」

 

 偶然と言う事はありえない。

 部長達は、正確には新田部長と窪内先輩にはナゾのネットワークが存在する。

 暫く平穏な時間が続いていたから普通に観光が出来ると思っていたのに、部長達の諦めの悪さを、異星人に対する嗅覚と執念を甘く見ていた。

 まだ、こちらには気づいていないようだが、部員全員が散開して、優杜達の捜索を開始する。

 その中の菊本と中山がこちらに向かってくるのが見えた。

 

「シュズ。逃げるよ。ごめんティンク」

 

 肩に居たティンクを掴んで無理やり胸ポケットに押し込む。

 

「わわ、ちょっと、なによ」

「例の、熱烈なファンが追ってきた」

「うーん、人気者は辛いわ」

 

 本当は五重塔とかも見たかったが、薬師堂のほうから北側へ向けて走り出す。

 

「先輩、逃げるのはいいですけど、なにか算段が有るんですか」

「と、特に、ない、い」

 

 猫に翻訳装置を奪われた時もそうだが、優杜は息も絶え絶えに走っているのに、五十鈴は周りに気を配る余裕を持って付いてくる。

 幸いなことに、追ってくる部員は入ったばかりの新一年生を除き、全員が運動が苦手だという事だろう、全力で走っている限り差が縮まることはない。

 もちろん広がることもないのだが…

 言問通りに出たところで停車中の路線バスを発見。

 

「の、のりまーす」

 

 発車間際のバスに飛び乗った。

 息を整えながら、窓越しに菊本がスマホを取り出し連絡しているのが見える。

 路線バスなら行き先は明白で、先回りの指示でも出しているのだろうか。

 

「しまった」

「どうしたんですか」

「お金があるんだから、タクシーを使えばよかった」

 

 バスと併走して走るタクシーを見て優杜が悔しがる。

 

「降りてタクシー使います?」

 

 優杜は改めてバスの系統図を見る。

 慌てて乗ったので何処行きかも確認していなかったが、幸いにも日暮里行きだ。

 電光掲示板は次の行き先の他に19:46と数字が刻まれている。

 

「うーん、せっかくお金があるから、どこかで豪華なディナーでもと思っていたのになぁ」

「豪華なディナーって、そんなガラじゃないですよ先輩は」

「そうよ、ディナーじゃなくていいから、ご飯にしましょう。お腹すいたわ」

 

 ティンクも胸ポケットからようやく顔を出して、夕食にしようと言ってくる。

 

「でも、部長達がなんで追いかけてきているか分からないしなぁ」

「問題はそこですよね。ナゾだらけですからね」

「もしかして追われているの、わたしじゃなくてユウト達なの」

「あ、半分は当たりかも。無駄に感がいいから、さっきの電話で気づかれた可能性は高いですよね」

「あとは、SNSでオレ達を追跡させているってっか。ほんと意味不明だよ。あの人達」

「よく分からないけど、難しい話をするならご飯を食べながらが一番よ」

 

 ティンクが空腹から再び話を夕飯にもどす。

 

「かといってのんびり食べていたら、部長達に見つかりそうですしね」

「まさかここまで来てコンビニ弁当というわけにもいかないなぁ」

「えっ、なに、なに、コンビニ弁当って。それ、スッごく地球っぽい響き」

「本当にいいんですか。あまり美味しいものじゃないですけど」

「いいのよ、ユウト達と食べれればなんだって」

 

 本人はすごく乗り気だが、日本人、いや、地球人代表として本当にそれで良いのか真剣に悩む。

 

「良いんじゃないんですか、コンビニ弁当で。私もまだ食べたことないですし」

 

 二人からそれで良いと言われては他に拒否する理由も思いつかない。

 

「それに、今日は夜間活動の日ですからね」

「そろそろ学校に戻る時間だよな」

 

 唯一夜間に課外活動を許されている天文部は、日が沈んでからが部活動の開始時間だ。

 事前にティンクにもそのことを説明していて、今日の最後には一緒に天体観測をする約束になっている。

 普段の部活動では、一度帰宅し事前に夕飯済ませてくるか、商店街のお弁当屋さんで買っていくのが定番だが。

 

「わかった。そのまま学校まで戻るか」

「なに、なに、次の行き先決まったの」

「今から、途中コンビニ弁当を買って、私達の学校に行きます」

「ユウト達の学校。ああ、そういう約束だったわね。よし、じゃぁ、まずはコンビニ弁当目指していきましょう」

 

 少しテンションアップ気味なティンクの言葉に、一瞬周りの視線がユウト達に集まる。

 

「しー、ティンク声がでかい」

 

 慌ててたしなめる。

 部長達以前に色々ばれてしまうのは時間の問題かもしれないと思い始めた。



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#6

     七

 

*20xx/5/11-20:30

 

「とーちゃく」

 

 優杜達が勢い良くドアから飛び出すと。

 その向こう側にはささやかながら東京の夜景が広がっていた。

 高岡高校第二校舎の屋上。天文部のみが使用を許されている、特別な場所だ。

 目の前にはピクニックシート上に、キャンプなどで使う折りたたみのテーブルと椅子が数脚並べられており、その奥には二台の天体望遠鏡と天文部員の学生が二人いた。

 

「副部長、鍵、鍵」

 

 優杜がそういうと、副部長と呼ばれた男子生徒がゆっくりと扉に向かい。屋上側から鍵をかける。

 本来建物の中から鍵を使っての施錠はないのだが、勝手に屋上に上がれないように、ここの扉だけ内側からも外側からも鍵を使って開け閉めしなければならない。

 天文部の部長だけが、この扉の鍵の管理を特別に許可され屋上を部活動の範囲で自由に使うことを許されている。

 だが、今年は諸般の事情により副部長である、井上太陽が管理していた。

 

「ふう、これで一安心。色々とありがとうございます。副部長」

 

 井上副部長は大丈夫だよという感じで小さく頷く。

 

「部長達はよっぽどここまで登ってこないんじゃないんですか、天文部の活動をしたら負けって思っている節がありますし」

「でも今回は異星人絡んでいるから。下手すると、校舎の壁を登って現れるんじゃないかと思うよね」

「たしかに、やりそうで怖いですね」

「で、先輩と五十鈴は、愛の逃避行の挙句、子供を作ってきたんですか」

「!!」

 

 フェンスの向こうに意識を飛ばしていた優杜の背後から、女子生徒かぼそりと呟くと、優杜は驚いた上に顔を真っ赤にする。

 

「ななかちゃん、おつ。どう、ふふふ…すっごくかわいいでしょ」

 

 五十鈴はななかと呼んだ女子生徒に優杜の肩に座っていたティンクをひょいっと自分の手の上にのせて見せびらかす。

 

「いえ、とくには。私は市松人形の方が好みなので」

 

 三倉ななかが本気とも冗談とも取れない、淡々とした口調で答える。

 彼女は今年入った唯一のまともな天文部員だ。

 一応、五十鈴は天文部員扱いだが、親戚の天野先生の目の届く所にということで、天文部に入ってはいる為、それほど天文が好きでも、詳しいわけでもない。

 ただ、五十鈴とななかが入ってくれたおかげで、辛うじて新田部長から天文部の体裁を保てているのも事実だ。

 

「だって、ティンク。ということで、この可愛らしさは私が独占」

「まって、シュズ。それは痛いって」

 

 五十鈴がティンクに頬ずりをすると、今まで人形に見せるために大人しくしていた彼女が大声を上げて抗議する。

 

「おお、動いた。本当に皇女様」

 

 ななかがそうつぶやくと、井上副部長も感心したように頷いた。

 

「Allyで先に連絡していた通り、シューバーリ星から来た、ティンクちゃんです」

 

 五十鈴はティンクを頭の上にのせて改めて紹介する。

 

「初めまして皇女様…」

「ノンノン、ななか、ティンクちゃん」

「ふぅ…。三倉ななかです」

「ティンク・カールベルです。今日は突然お邪魔しちゃってごめんなさいね」

「いえ、この部活、先輩達の無茶ぶりはいつもの事ですから、気にしてません」

「まって、三倉さん。部長達と一緒にしないで」

「………」

 

 新田部長達と一緒くたにされた優杜が、慌てて抗議するが、ななかは無言の圧力で優杜を見つめる。

 

「ああ、ええと、こちらも紹介しておきますね。うちの部活のリーダーで、副部長の井上先輩。そしてティンク・カールベル…さんです」

 

 耐えきれなくなった優杜が慌てて井上副部長を紹介すると、彼は小さく頭を下げた。

 

「始めまして、よろしくお願いします。って、ねぇ、私もうお腹ぺこぺこ。早くコンビニ弁当を食べましょうよ」

「副部長すいません」

 

 優杜はそう言って軽く頭を下げると、設営されたテーブルに向かい、買ってきたコンビニ弁当を広げる。

 春の行楽弁当、ハンバーグ弁当、AOSHI監修豪華フレンチ風弁当、ノリ弁、親子丼、ざる蕎麦、フレッシュパスタのミートスパゲッティ、茸と鶏肉のサラダ、冷奴セットにお茶やコーラ、いちごオレと結局、悩みに悩まれた結果、ティンクと五十鈴が気になるのを片っ端から買うこととなった。

 その他、取り皿やウエットティッシュなど、合せて約八千円、値段だけなら豪華ディナーだ。

 サイズ的にも全部一口づつしか食べないであろうそれを広げて見せる。

 駅前のコンビニから学校までは少し距離があり、せっかく暖めてもらった弁当はすでに生暖かく、内包した湿気でなんとなくへたっている感じもするが、それも合せてコンビニ弁当だと思って食べてもらうしかない。

 初めてのコンビニ弁当にティンクは、弁当のラッピングが取れて置かれるたびに、嬉しそうにその周りを飛び周り周る。

 

「さて、お嬢様。どちらから御取り致しましょう」

 

 ティンクに爪楊枝を短くしたものを渡し、紙皿を用意する。

 

「あぁーん。どれから食べよう。なやむーぅ」

「副部長と、ななかちゃんも良かったら適当につまんでくださいね。きっと私達だけでは食べ切れませんから」

 

 五十鈴の言葉に、天体望遠鏡をのぞいていたななかは、後でと小さく答えた。

 それに頷いて、五十鈴は少し離れたところから見ている井上副部長に紙皿と割り箸を渡すと、テーブル際まで引っ張ってくる。

 副部長が一旦割り箸と紙皿を置き、手を合わせるのを見て、慌てて優杜も。

 

「頂きます」

 

 手をあわせると、ティンクもそれに倣う。

 

「そういえば、今日は一日オレ達の星の話ばかりだったけど、ティンクの星でも、ご飯食べる前に手を合わせたりするの」

「私達のはこう」

 

 そう言って、ティンクは腕を交差させて掌を胸に当てる。

 

「お祈り言葉はイギリスとかで見たのに近いかなぁ」

「へぇ、もし、オレ達がティンクの星に行くことがあったらその時は詳しく教えて、色々とさ」

「それはもちろん。任せなさいって。ああ、これからにしよう。それとってユウト」

 

 遠い星の皇女様が夕飯に最初に興味を示したのは、醤油と生姜がほんのり香る冷奴だった。

 

 

 

 

「もうだめ、これ以上は食べられない」

 

 猛烈な勢いで、全ての食べ物をまさにつまみ食いしたティンクはそう言って、テーブルの上でごろんと仰向けになる。

 

「私ももうお腹いっぱい」

 

 五十鈴もそう言ってレジャーシートの上に仰向けになって天頂の星を眺める。

 

「この公務で星空なんて一度も見なかったけど、こうして地球から見る星も綺麗ね」

「不思議ですよね。ただ、星を見るだけなら軌道ステーションに行って見るほうが、はっきりと数もたくさん見れるのに、こうして地上から眺めてしまうんですよね」

「宇宙で見る星も素敵だけど、地上で見る星って暖かさを感じるのよね」

「草原の真ん中で、そよ風に吹かれ、寝転がりながら星を見る。見たなことをしてみたいですよね」

「ああ、それいいかも。シュズ。今度わたしの星に来た時に良いところに連れて行ってあげるわ」

「おっ、それは楽しみ、ぜひ、ティンクの星に行ってみたいです」 

 

 寝そべりながら、五十鈴とティンクが無駄話をしていると、天体望遠鏡のところにいた優杜が戻ってきて。

 

「ティンク。ぜひ見せたいものがあるんだけど」

「え、なに、なに」

 

 すばやく起き上がると、若干重い感じで優杜のところまで飛んでくる。

 優杜の差し出した手に乗ると、起き上がった五十鈴と共に天体望遠鏡の接眼レンズの所まで案内される。

 

「上手く覗けるか分からないけど、覗いてみて」

「星がいっぱい。すごく綺麗」

「少し分かりにくいんだけど、その真ん中ぐらいにある小さな青白い点が、123年前のティンクの住んでいる星の太陽の光」

「………」

「本当は望遠鏡の精度がよければちゃんと見せてあげれるんだけど、今はこれが精一杯。でも、なんだか不思議だろう。こうして、遠い星から、自分の星の太陽の光を見るって。広い宇宙だけど、繋がっているんだなって思えるよね」

 

 ティンクは接眼レンズから顔をあげて優杜を見る。

 

「ありがとう、ユウト。すッごく嬉しい」

 

 喜びのあまり飛び上がって優杜の顔に抱きつく。

 

「うぐッ。よ、喜んでもらえてとても嬉しいよ、こんなおもてなししか出来ないけど」

「ううん、そんな事ない。十分素敵よ…」

「副部長に、三倉さんもセッティングありがとう。おかげで遠い星から来た友人に喜んでみらえたよ」

 

 優杜がお礼を言うと、普段から口数の少ない二人は照れてそっぽを向く。

 

「地球に来て、色々大変だったけど、なんだか最後のいい思い出ができたわ」

「…それはよろしゅうございましたな。姫様」

 

 その聴きなれぬ言葉に優杜達が振り向くと、紳士服に身を包んだ妖精、シューバーリ星人の執事のラウルキンがいつの間にか飛んでいた。

 

「ら、ラウルキンっ」

「これはお初にお目にかかります。私、カールベル王家に仕えておりますラウルキンと申します。此度は姫様のために色々とご足労いただきありがとうございました」

 

 そう言って深々と頭を下げる。

 

「ご歓談中に失礼いたしますわ。ギャラクシーポリス所属のヘリアンテス巡査です」

 

 同じく空を飛んできたであろうヘリアンテス巡査が警察手帳を見せつつ姿を現す。

 突然の来訪者に警戒を強める優杜と五十鈴をよそに淡々とラウルキンは。

 

「姫様、お迎えにあがりました。地球での休暇は堪能されましたか」

 

 ティンクがしがみついていた優杜の顔から離れると、

 

「お迎えご苦労。ええ、今日は一日楽しかったわ」

「それは宜しゅう御座いましたな」

「ティンク…」

「ユウト、シュズ、今日は色々ありがとう。でも、もう戻らなきゃ」

「………」

「………」

「………」

 

 ティンク、五十鈴、優杜がそれぞれお互いを思い見つめ返す。

 

―ドン・ドン・ドン―

 

「クソっ、やっぱり鍵かけてやがる」

「そこにヘリアンテス様がいるというのは、本当だろうな」

「はい、間違えなく第二校舎に飛んで行くのを見ました」

「絶対皇女様も隠しているはずです」

「よし、こうなれば三階の教室から上がるぞ」

 

 

「ああ、もう。相変わらず、空気読まない人達だなぁ」

「でも、一瞬で湿っぽい空気を飛ばしてくれましたよ。少しは感謝しないと」

「そういえば、私の熱烈なファンに申し訳ないことしちゃったわね」

「じゃぁ、それは次回のお楽しみということで」

「わかった。楽しみに取っておくわ」

 

 ティンクはヘリアンテスの前に羽ばたいて移動し、その肩の上に乗る。

 

「じゃぁ、またね。ユウト、シュズ」

「うん、また」

「さっきの約束忘れないでよ。いつかティンクの星に行くから」

「ええ、もちろん。楽しみにしているわ」

 

 そして、三人同時に含み笑いを堪える。

 ラウルキンもヘリアンテスの肩に乗ると、

 

「皇女様、少々手荒いですが、ご容赦願いますわ」

 

 ヘリアンテスはティンクを抱えたまま背中に炎の魔剣を翅のように広げて四階から飛び降り、高級車の横に優雅に着地する。

 優杜と五十鈴が慌ててフェンス際に駆け寄ると、車に乗り込む直前のティンクに向かって手を振っていた。

 ティンクは小さく手を振り返し、振り切るように視線を外すと車に乗り込む。

 ティンクが専用の小さなシート座り、シートベルトをすると、しばらくして、ゆっくりと車は走り出す。

 ティンクは車窓から見えなくなるまで優杜達がいた学校の屋上を眺めていたが、やがてため息とともに目を離すと、皇女の顔に戻る。

 

「姫様、少しですが、成長されましたな」

 

 ラウルキンが皇女様をねぎらってそう語りかける。

 車窓から流れる町並みの明かりを漠然と眺めながらティンクは小さく、うん、と頷くのが精一杯だった。

 

 

     八

 

*20xx/5/12-10:12

 

 ティンク・カールベル皇女様をせめてテレビ越しに見送ろうと、日曜日の午前中だというのに、新田部長の強権発動で強引に優杜達は部室に集められた。

 優杜と五十鈴がその招集に渋々応じたのも、昨日ティンクと一緒に過ごしたからで、個別で見るよりはと部室に来てしまった。

 ティンク・カールベル皇女の帰国直前のインタビュー見る前に、当然昨日の事を問いただしに来る部長達。

 優杜と五十鈴は皆に取り囲まれながら、昨日のことを根掘り葉掘り問いただされる。

 途中浅草で逃げたのは、カールベル皇女様探しをサボって遊んでいたから。

 屋上で天文部の活動している時にヘリアンテスが来たのは、犯罪者を追っている最中に、偶然通りかかり巻き込まれたと言うことで、強引に押し通した。

 日暮里駅近くで小さな爆発騒ぎがあり、異星人が関係していると言うニュースがあったので、それは利用させてもらった。

 十数分の独裁法廷は会見映像と共に素早く終了し、今は全員でテレビ越しにティンク・カールベル皇女様の勇姿を、あるものは姿勢を正しながら、あるものは涙を流しなら直視していた。

 優杜と五十鈴は、少し離れた後ろ側から疲れ果てた表情でだらりとそれを見ていた。

 そして、

 画面の向こうでは報道陣に囲まれ、ティンク・カールベル皇女が女性アナウンサーから質問を受けていた。

 

「ティンク・カールベル皇女様。滞在中で一番お気に入りの国は何処ですか」

「世界中、色々な国に寄らせてもらいましたが、何処も特色が豊富で、素敵な場所でした」

 

 そこでカールベル皇女が小さく頷き。

 

「…でも、あえてあげるとしたら日本です。私は日本がとても素敵だと思いました。次に来た時には、またぜひ立ち寄らせて頂きたいと思っております」

 

 そして、会見中一番の笑顔で、

 

「ユウト、シュズまたねぇ~」

『んッ』

 

 部員達が一斉に振り返る、それは独裁法廷代二幕の幕開けだった。



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捜査報告書 No.22【休日】- ハッテマスメイン
#1


◎簡単なあらすじ

 のんびりと自堕落に休日を過ごしていたハッテマスの元に、テレビやネットで話題のティンク・カールベル皇女様が妹分のシュズと共に助けを求めてきた。
 だが、話を聞くと皇女様は監視や護衛をすり抜けてお忍びで遊びたいという。
 シュズの願いを聞き届けたい気持ちと、皇女様に何かあってはと心配する気持ちに、彼女は手助けしつつ、陰からから見守ることにするのだが…


     一

 

*20xx/4/15-22:27

「今、降下船より、姿を現しました。本当に物語に出てくる妖精のようです」

 

 報道アナウンサーが興奮気味に実況する。

 降下船の搭乗ゲートが開き、護衛達が周りを固めると、少女が翅を羽ばたかせ、宙を舞うようにティンク・カールベル皇女が現れた。

 浮遊警視庁の福利厚生施設の一つ、【まんぷく食堂】

 二十四時間対応の警視庁の職員の為に、基本的にこちらも二十四時間経営だが、この時間の利用者は少ない。

 その中央に設置されている巨大テレビにティンク・カールベル皇女様ご訪問のニュースが流れ出すと、仕込みや清掃作業をしていた従業員達が手を止めてモニターに釘付けになる。

 

「ハッちゃんの時も、あんなふうに熱烈歓迎だったの」

 

 従業員の一人が、この食堂で働いている数少ないい異星人、インフェリシタス人のハッテマスに尋ねる。

 

「いや、いや、私達は政府の文化交流隊員で来たので、それはもう事務的でしたよ」

 

 地球と異星人との交流が始まって早十年。

 異星人だからと言うだけでは持て囃されなくなって久しい。

 特別な何かが必要だった。

 

「ヘリアンテスなんかはだいぶ歓迎されたみたいですけどね」

「ああ、そのニュース見覚え有るわぁ」

 

 浮遊警視庁で特殊警官として働いているハッテマスと同郷のヘリアンテス・ルクサ・イグニース。

 同じ故郷の惑星インフェリシタスどころか、銀河連邦にすら名前を知られている彼女が日本に来た時は確かにニュースで盛大に取り上げれていた。

 

「でも、あんなに綺麗で可愛らしいなら、一目会って見てみたい気はするけどね」

 

 テレビに映るティンク・カールベル皇女の愛らしい姿を見て、ハッテマスが呟く。

 

「同じ異星人のハッちゃんでもそう思うんだ。何とかお近づきになれないものかしらね。せっかくギャラクシーポリスで働いているってのに」

「仮にも一国の皇女様ですよ。会うどころか近づく事も出来ませんよ。見てください、あの護衛の数」

 

 テレビの端々に屈強そうなSPが映る。

 日本に最初に訪問されたのなら、間違いなくヘリアンテスもあの護衛の中にいただろう物々しい雰囲気だ。

 今後、日本にも訪れる予定があるとかで、浮遊警視庁内部でも、警備体制をどうするのか日夜会議が行われているという。

 

「まぁ、世の中そんなものよね。テレビの向こうは夢の国って」

「そうそう、御伽の国なんて、小市民の私達には全く縁がないですからね。今日も美味しいご飯のためにセコセコ働きますよ」

「はぁ、現実は厳しいわ…」

 

 しかし約一月後事態は一変する。

 

 

     二

 

*20xx/5/11-13:11

 浮遊警視庁内で民間委託施設、まんぷく食堂で働く異星人、ハッテマス・パリエース・イグニース。

 今日は待ちに待った久しぶりの休日。

 朝から惰眠をむさぼり、寝巻き姿のまま、チェックを入れてあるドラマやバラエティーを流しつつ、ファッション誌と女性誌をパラパラとめくる。

 インフェリシタス星から地球に、日本に来て早二年、既に年季の入った一人暮らしOLの様相を呈している。

 流れるような少しウェーブの掛かったセミロングの紅い髪。少し目鼻立ちのハッキリしている北欧風の顔立ちと、一見外国人のモデルの様にも見えるが、この日本社会になじみきった状態を見て彼女が異星人だと思う人はいないだろう。

 ハッテマスは日本に来てからのお気に入り、買いだめで山積みにされた黒糖麩菓子の袋を一つ手元に引き寄せる。

 袋を開けると、中から安っぽい黒糖の香りが広がり食欲をそそる。

 今まさに至福の時と思った瞬間、スマホがヴゥーン・ヴゥーンとうねりを上げた。

 このタイミングでかかってくる電話は碌な事が無いと分かっていても、無視が出来る性格でもないので、仕方なく耳元に当てる。

 

「もしもし、シュズだけど、助けて姉さん」

 

 ハッテマスのことを姉さんと慕ってくるのは、同じ下宿に住む地球在住のウズノメ人、モトゥーリン・シュズからの電話だった。

 

「なに、どうしたの」

「今部屋」

「そうよ、ってか、助けてあげるから、事情を説明しなさいって」

「ごめん、電話口では説明しづらいから、今からそっちに行くね」

「わかった、待っているから落ち着いて来なさい」

 

 助けてほしいというシュズの切実な声に、安請け合いして電話を切ると。

 今日初めてスマホの更新履歴が目に飛び込んでくる。

 思ってたより多い数字に、

 

「みんな仕事もせずに暇よね」と呟いて内容を確認する。

 

 友人の浩美達からが主で、どうやらティンク・カールベル皇女殿下がホテルを抜け出して、しかも、それが町で目撃されて警視庁内が大慌てになっているという内容だった。

 

「あら、今日はみんな大変ね」

 

 Allyやニュースサイトを見ながら他人事のようにつぶやくハッテマス。

 確認用に見たネットでは、皇女様の体調不良の発表で公務が中止。

 その後、街中で何度か皇女様が目撃されたこともあり、体調不良はデマで、実際は皇女様がこっそり抜け出して、東京の町を堪能しているのだと、【ローマの休日】ならぬ【東京の休日】がトレンド入りしていた。

 どちらにしても、今日は一日引きこもってだらだらする予定のハッテマスにとっては、

 

「まぁ、そっちは私には関係ないか。そうだ、皇女様と言えば…」

 

 そんな風に独り言をつぶやき、休日を満喫すべく棚から箱に入った人形を取り出す。

 巷では高値で取引されていると言う、ファインモーズのティンク・カールベル皇女様のフィギュアだ。

 倉林美紀が仕事の関係で手に入れたとかで、ハッテマスが人形好きなのを知っていて、プレゼントしてもらったものだ。

 正確には人形が好きというより、人形に合わせた服や小物を作って着飾るのが好きなのだが、これも、ハッテマスが地球に来てから目覚めた趣味の一つだ。

 魔力の少ないハッテマスの持つ魔法は小さな人形を動かす程度のものだ。

 それを、故郷では伝令とか偵察に使っていて、人形を着飾るという発想はなかった。

 地球に来て一番最初のカルチャーショックは着飾っている人形達だった。

 それ以来、この小さな趣味にはまっていて、色々な人形の服を手作りしている。

 皇女様の人形を箱から取り出し。

 

「うーん、皇女様は可愛いんだけど、服がいまいちなのよね」

 

 そう言って、裁縫箱を引き寄せ。

 

「縫製が微妙、直すより作り直した方が早いか。でも、すぐにシュズも来るっていうし」

 

 悩みながら、皇女様の服を脱がし始める。

 無意識に下着姿にしたところで。

 

「はっ、結局脱がして…、やっぱり作り直そう」

 

 そう言って、採寸を始める。

 

 トン・トン…

 

 ドアがノックされた音が響き、採寸に夢中になっていて、もう三十分立ったのかと我に返る。

 

「姉さん、いる」

「ちょっと待って、今開けるから」

 

 そう言って、ハッテマスは何の気なしに扉を開ける。

 

「………」

 

 そして、扉の前の光景に思わず、思考が止まる。

 目の前には妹分のシュズだけだと思っていたら、なぜか、男の子と、ぼろぼろな状態の皇女様のそっくりさんが。

 格好は寝間着姿のままだし、その後ろには下着姿になった皇女様のフィギュアがおかれていた。

 そして、その皇女様そっくりさんの目線がゆっくりと自分ではなく背後に行ったような気がした。

 

「………」

「姉さん、ごめん」

「ああゃあああっっッ、ちょっと、十分、いや、一分待って」

 

 ハッテマスは慌てて扉を閉めると、跳ねあがった心臓の鼓動と、浮き沈みする感情をコントロールできないまま、片付けと着替えに忙殺されるのだった。

 




◎登場人物紹介
 ※異星人の年齢は地球人に換算したものです

○ハッテマス・パリエース・イグニース
 惑星インフェリシタスから逃げて日本で働いている異星人。
 地球で恋人を作って幸せを手にしたいと妄想している。

○ヘリアンテス・ルクサ・イグニース
 ハッテマスと同郷の特殊警官。
 戦闘力・魔法力共にトップクラスだが、天然なお嬢様体質で、周りを不幸に巻き込む。

○ティンク・カールベル第三皇女
 惑星シューバーリから、外交特使として地球に来た、見た目が妖精のような異星人。
 公務に嫌気がさして、偶然出会った地球人と友達になり、半日だけの地球観光をしている(詳しくは「妖精」を参照)

○倉林美紀
 浮遊警視庁・外事特科所属
 狙った獲物は外さない凄腕スナイパー。
 恋の矢はいまだに命中せず。


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#2

 

     三

 

*20xx/5/11-13:43

 

「…でね、姉さんの秘蔵コレクションをちょこっと貸して欲しいなぁって」

 

「はぁああああっ、で、それ本気で言ってる?」

 

 シュズの電話から約三十分、扉を開けてから二分、ハッテマスは濃い紅色のジャージには着替えたものの、慌てて着替えたからか、髪はぼさぼさのまま、気恥ずかしさを隠すように少し厳しめの表情を作り、下宿の廊下で何事もなかったかのように三人と会う。

 そして、シュズから聞かされた経緯や事情に思わず声を荒げて聞き返えした。

 事情を聴いて、ようやく心臓の行動を抑え込むと、訪ねてきた三人を改めて順番に見渡す。

 まずは休日のひと時を壊してやってきたのは、妹のような関係のモトゥーリン・シュズ。

 地球人そっくりな容姿だが、異星人である彼女は地球ではあえて本居五十鈴と名乗っている。

 シュズが電話口て説明してくれなかったのも悪いが、訪ねてくるのが彼女だけと思い込み、いつもの調子で扉を開けた自分にも隙があったので、攻めるに攻めれない。

 次になんの因縁か、先日の料理対決で審査員をしていた高校生、羽咋優杜。

 何よりも驚いたのは三人目、テレビで憧れていたティンク・カールベル皇女だ。

 テレビで見た愛らしさのままだが、ぼろぼろの服装と荒れた肌と髪になんとなくお転婆な感じで、テレビで見ていた印象が覆る。

 なので、最初にちゃんとシュズに紹介されたとき、

 

「本当に皇女様………」

 

 と、感動よりも、疑いの目を持ってしまった。

 初見でも、本人がこんな所にいるわけないと、そっくりさんだと思い込んでいた。

 まさか、自分が皇女様のフィギュアを脱がしているところに、本人が登場するなんて思いたくないのが一番の理由だが、ハッテマスはその感情に気付かないふりをして、強引に押し込む。

 もし、あのアクシデントがなければ、疑うこともなく感動で迎え入れただろう。

 その三人がハッテマスに助けを求めてやってきていた。

 当然、警察には内緒で協力して欲しいとの事だった。

 妹分のシュズと、憧れの皇女様のお願いに協力してやりたいのは山々だが、警察関係で働いているハッテマスの立場的には微妙だ。

 

「ハッテ姉さん今日はお休みでしょ。だから内緒で私達に協力して欲しいの」

 

 シュズが手を合せて、お願いと付け加える。

 

「知ってる、休日でも逮捕権があるのは」

 

 事態が事態だけに何とか思いとどまらせようと、ダメ元で突き放してみる。

 

「逮捕権があるって、犯罪者に対してでしょ、まだ、犯罪を犯したわけじゃないわよ」

「痛いところ付いてくるわね。確かに今の話を信じるなら、人様に迷惑をかけてるだけで、犯罪じゃあないわね」

「でしょ」

「無理は承知で、お願いします」

「頼む、こんな機会は中々無いのよ」

 

 皇女様と優杜も再度頭を下げてお願いする。

 六つの純真な瞳に見つめられては抵抗することも出来ず。

 

「ああ、もう分かったわよ。思い出作りには協力してあげるわよ」

「姉さんッ。ありがとう」

 

 シュズが勢い良くハッテマスに抱きつくと、体勢を崩してそのまま部屋の中に倒れこむ。

 

「あてて…、あんた、相変わらず加減ってモノを」

「すいません。ありがとうございます。でも、具体的に…」

 

 慌てて二人を助け起しながら優杜が尋ねる。

 

「その前に、協力するのは今日の二十二時まで、それまでにちゃんとホテルだか大使館に戻るって、約束できる」

「「「出来ます」」」

 

 三人は同音異句に頷く。

 

「じゃぁまず、そのペンダント預かるわ」

「でもこれがないと、ティンクが表を…」

「あっても地球人以外に効果ないんじゃ意味ないでしょ。それに、得体の知れない商人から買ったものなんて、そんな危ないものを持たせられないわよ」

「ハハハ、確かに面白そうなヤツではあったが、得体は知れないわね」

「ティンク、それ笑い事じゃ…」

 

 他人事のように言い放つティンクに優杜があきれ顔で突っ込みを入れる。

 

「ようは、一見して皇女様だとバレなきゃいいんでしょ。そこは任せなさい。こんなチャン…、ちゃんとした皇女様に合わせた服装を用意してあげるから」

 

 そう言いながら、ハッテマスは脳内にある人形用の衣装コレクションを思い浮かべる。

 リアル皇女様にどんな服を着せて合わせるか、高速でシミュレーションが始まる。

 

「ねえさん、なんかやばい顔になっているけど…」

「そ、そんなことないわよ。まずはペンダント預かるわ」

 

 そう言って、ハッテマスはティンクから問題のペンダントを預かると、ついつい小物としての出来を見て心の中で二十点と呟く。

 

「にしてもみんな汚れているわね、皇女様の着替えの準備もあるしいったん着替える?。何なら、少年には私の私服を貸すけど」

 

 カラスとバトルしたり皇女様が興味を示した、たこ焼きとの格闘で、優杜やシュズの制服も若干ソースやら青のりやらが目立っていた。

 

「いや。そこまでは…」

 

 優杜が断ろうとすると、

 

「えっ着替ましょうよ先輩」

「ユウトも着替えるといいよ」

「そうそう、せっかくの思い出作りなんだから、遠慮しない」

 

 そう言われて、優杜はしぶしぶ頷く。

 

「さて皇女様。少々不恰好ですが、ぜひ着て頂きたいお召し物があるのですが、いかがなされます…」

 

 ハッテマスは最後に不敵な笑み皇女様に問いかける。

 が、目元はは獲物を目の前にした野獣のまさにそれであった。

 

 

「どう、ユウト似合う。似合う」

 

 ティンクは上機嫌で、ハッテマスの部屋から飛び出すと優杜の前で。

 ティンクは菜の花色を基調とした、華柄模様の浴衣を着てクルリと一周する。

 長い髪もまとめ上げ小さなかんざしで止めていた。

 遠めに見る分には絶対に皇女様とは思われない出で立ちだ。

 

「先輩、中々奇麗に仕上がったと思いません。さすがはハッテ姉さん」

 

 一緒に部屋の中で着付けを手伝ったシュズが嬉しそうに後から出てくる。

 ハッテマスは普段集めている色々な人形の、服装のコレクションから散々悩みぬいて、皇女様に似合いそうなのを選ぶと、翅が出せるように短時間で裁縫しなおし着付けてみせた。

 ハッテマスは自分でも感心してしまう速さと出来栄えだ。

 普段の衣装製作の時にこの集中力が発揮出来たらと思ってしまうほどだ。

 

「どうです先輩、これならパッと見、皇女様には見えないでしょ」

「それに小さいだけの異星人なら、他にもいるからあとは度胸と勇気で乗り越えなさい」

 

 お披露目が終わり、ティンクが優杜の肩に座り込む。

 

「どう見ても人形を持ち歩いている、ダメな人だよね」

 

 優杜がそういうと、

 

「そんな事ない。悪くないぞ少年」

「そうですよ先輩、それにさっき調べてローマの休日ごっこが流行っているから、その線で行きましょうって決めたばかりじゃないですか」

「ハハハ…」

「さて、これは餞別だ。好きに使ってきなさい」

 

 そう言ってハッテマスは財布から、お札を何枚か取り出す。

 

「ええ、こんなに。頂けませんて」

「大丈夫、金は有って困らないから。それにあまったら返してくれれば良いよ」

 

 そう言って無理やり優杜の手に握らせる。

 

「すいません、では、ありがたく」

「さぁ、今日も、夜も短いからさっさと遊んできな。ただし、時間厳守ね」

 

 ハッテマスは優杜と五十鈴の背中を押して玄関から追い出す。

 三人は行ってきますと、小走りに駅前に向かっていった。

 ハッテマスは暫く優杜達の消えていったほうを眺めていたが、

 

「……さてと、ここからは名ばかりだけど、浮遊警視庁の一員よね」

 

 ポケットからスマホを取り出し。

 連絡先一覧を眺める。

 真っ先に相談しなければいけないのは、外事特科の根米課長とか言う人なのだが…。

 

「食堂のお姉さんじゃ、世間話しかしないしねぇ」

 

 警察官でもない、ただの食堂の従業員では、例え浮遊警視庁内部で働いていたとしても直通の番号は知らない。

 普通に110番に掛けるわけにもいかず。

 諦めて履歴を表示させる。

 

「うーん、浩美、瑞穂は異星人向きじゃない担当だし…」

 

 何より、話が多きなりそうで怖い。

 

「でも、美希は確か…」

 

 異星人向けの外事特科の知り合いである倉林美紀は、特殊任務でしばらく連絡が取れないと言っていた。

 ハッテマスはさんざん悩んだ末。

 

「ねぇ、ヘリアンテス今いいかしら。…忙しい。仕事中。なにふざけた事言っているのよ。美少年のピンチなのよ。いいから私の言うとおりにしなさい」

 

後でトラブルに巻き込まれることが予想されつつ、今はヘリアンテス経由で「穏便に」話を通してもらうしかない。

 

「実はね…」

 



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#3

 

     四

 

*20xx/5/11-15:42

 人目を惹くような肩口で揃った真紅の髪、笑顔が似合う愛嬌のある顔立ち、そんな女性が警察官の服装を着て犯罪撲滅や、交通安全のポスターになって、町の至る所に貼られている。

 ポスターのモデルはヘリアンテス・ルクサ・イグニース。

 インフェリシタス星から来た異星人で警察官の一人だ。

 その容姿や知名度から、警察官として広報活動のモデルに抜擢されることも多い。

 そんなヘリアンテスのポスターの張られた町中の壁に身を隠すように怪しい二人組。

 漆黒のダークスーツに身を包み、シルクハットにサングラス、足元はパンプスとショートブーツ。

 ダークスーツにサングラスに身を隠しているのが、体躯の良い男性なら堅気ではない職業の方と思う所だが、若い女性となればどこかの諜報員のコスプレと言う有体だ。

 しかも二人共モデル並に背が高く、一種、異様なオーラをまとっているので違う意味で周りの注目を集めていた。

 

「ねぇ、リア。この格好本当に必要なの?」

「当然ですわ、地球では対象を監視護衛する時の正装すって、イチローも言ってましたし」

 

 自信満々に答えたのは、インフェリシタス人の特殊警官、ヘリアンテス・ルクサ・イグニース。

 普段はふわりとしているボブカットの髪を纏め上げ、帽子の中に隠して一応変装しているつもりだ。

 そのヘリアンテスを愛称のリアと呼ぶのは、同郷のハッテマス・パリエース・イグニース。

 彼女の方は服装こそヘリアンテスに併せているが、変装する気などみじんも感じさせず、自然体で臨んでいた。

 確かに、この場違いな格好であれば二人が異星人で、ギャラポリとして仕事をしている最中と思う人はいないだろう。

 今の所、監視対象である皇女様達には見つかってはいない様だが、あからさまに往来する人々からはなんとも言いがたい視線を浴びせられていた。

 ちなみに物好きがこの二人の事を写真に取り、ローマの休日のSP側コスプレしている人発見とSNSにあがって、小さな盛り上がりを見せ、これが間違いだった事を知るのは事件が終了してからとなる。

 

「でも、助かったわ。一番の心配は皇女様達が強引に連れ戻されることだったから」

「それはもう、少年少女のピンチを救うべく、頑張って説得いたしましたから」

 

 ハッテマス的には皇女様を心配しつつ、出来ればこの観光を成功させてあげたかったが、連絡した手前、一番の心配は強引に連れ戻されることだった。

 そのあたりに温情が行くように、ヘリアンテスにお願いしていた。

 実際は、ヘリアンテスの説得が成功したからではなく、シューバーリ側から、今回は皇女様のご意向に沿うように穏便にという話が出たからに過ぎない。

 

「あんたが、こわもてで有名な根米警視正を説得したのはいまだに信じられないけどね」

「ハッちゃんが真っ先に友人のわたくしに連絡してきてくれたのです。頑張りどころですわ。何より、始めて根米警視正に褒められましたのよ」

 

 ドジッ娘属性とも言えなくもない、不幸体質のせいでギャラポリ内で一・二を争う失敗エピソードの持ち主であるヘリアンテスは、質実剛健を絵に描いたような根米警視正から褒められることは皆無。

 その為、褒められた時の喜びは一入だ。

 

「それはようござんしたね。で、本当に根米警視正が私も一緒に追跡しろって言ったの?」

「とうぜんですわ、これは私達が最初に手がけた事件ですのよ。私達がやらなくて誰がやりますの」

「いや、確かに内密にってお願いしたのは私だけど…、それにバディの鈴木さんはどうしたの?」

 

 異星人警官は日本の文化などの知識や経験が乏しいので、相棒となる警察官がついている。

 鈴木一郎巡査部長は、ヘリアンテス担当の警察官だ。

 要領がよく、人を乗せるのが上手いので、トラブルメーカーのヘリアンテスの担当をしているとハッテマスは聞いたことがある。

 

「イチローは今日は非番ですの。無理して倒れられてたら困りますわ」

 

 決して、彼がいると何時も美味しい所で手柄を取られるから避けたわけではない。あくまで彼を気遣ってという所を強く主張する。

 

「ちょっと、待って。私は公休なのよ。本当に根米警視正が私と行けって言ったの」

「言いましたわ。(貴女一人だと心配だから)単独で行動しないこと、(本署の)誰でもいいから一緒に警護しなさいって」

「まって、誰でもいいって、それはあくまで警察関係者って事じゃないの。私は食堂の従業員よ」

「大丈夫ですわ、ハッちゃんも浮遊警視庁の中で働いていますし。それに私達友達でしょ」

 

 【持っている者】から【持っていない者】への友達でしょ発言ほど信用できないものはない。

 しかも相手に自覚も悪意もない場合なおさらだ。

 

「はぁ、あんたはつくづく…」

 

 返事の変わりにハッテマスがつぶやく。

 惑星インフェリシタス、同郷出身といっても、国元では身分も立場も違う。

 方やイグニース王国の女勇者。

 方や一族有数の落ちこぼれ。

 イグニース王国の女勇者の前では、一族有数の落ちこぼれはただただ飲み込むしかない。

 

「ハッちゃん今何か言いました?」

「わかったわよ、協力すればいいんでしょ。これも何かの縁だろうし」

 

 こんな二人の共通点は、孤高の女勇者も、落ちこぼれもどちらも故郷に友達と呼べる存在は少ない事だろう。

 こんな辺境の地で友達ごっこをする事になるとは故郷を出たときには夢にも思ってもいなかったことだろう。

 

「そのかわり、今度合コン、セッティングしなさいよ」

「えッ、むりですわ。そんなの」

「大丈夫、あなたの知名度があれば良い男がいっぱい釣れるわよ」

「その、私合コンなんてやったこともないですし」

「いい機会じゃない、地球の文化を学ぶチャンスだと思えば」

「でも、やり方が解りませんことよ」

「あなた顔広いんだから、生活安全課でも、広報でも地域部でも好きな所に相談したら良いじゃない。それに私達友達でしょ」

「うぅッ。努力しいたします…」

「出来れば一月以内によろしく、それと…」

 

 合コンの条件を色々つけようとした時。

 

「まってハッちゃん、少年達が動くわ」

 

 皇女様達がソラマチからスカイツリーのチケットカウンターに入って行くのが見える。

 

「まさか、ここに登るって言わないわよね」

「なに言っているの。ちゃんと影から警護しないと」

 

 スカイツリーに入っていく往来の人々の多さと、その塔の高さを思い浮かべて、ハッテマスは本当にこのままで大丈夫なのか、さらに不安を募らせた。

 

 

 スカイツリーが出来て既に数十年、目新しさはないもの、未だ展望デッキの土日は観光客でにぎわう。

 しかも、基本的な移動方法はエレベーターだけという、きわめて尾行をするのに厳しいミッションを何とかクリアして、ターゲットを監視する、ハッテマスとヘリアンテス。

 

「ハッちゃん伏せて」

 

 ヘリアンテスが自分が身をかがめると同時に、前にいたハッテマスの肩をつかんで伏せさせる。

 ゴン!

小気味の良い音を立てて、身を隠してた壁にハッテマスの頭が、思いっきり当たる。

 

「………!!!」

 

 ハッテマスが声にならない、悲鳴を押し殺しながら、涙を浮かべてヘリアンテスを睨む。

 

「危なかったですわ。危うく見つかるところでした」

「あんたね、だからってやり方ってものがあるでしょッ」

 

 荒げた声に、周りの視線が一瞬で二人に集まる。

 

「………」

「………」

 

 二人はいったん無言で何事もなかったかのようにふるまい。その後小声で、

 

「あんたのせいで、変に注目集めちゃったじゃないの」

「仕方がありませんわ。あの少年が急にこっちを向くからいけませんの」

「あの少年な。警戒しすぎて、見てるこっちがハラハラするぐらい挙動がおかしいからなぁ」

「見つかってしまっては、せっかくの尾行が台無しですわ。ここは狭くて隠れる場所もないですから、慎重に行きますわよ」

「あんたがそれを言う。ってか、さっきので、周りの目線が痛いんですけど、本当に尾行の仕事したことあるの?」

「もちろんですわ。でも、最近はイチローがその手の仕事を持ってこなくなりまして」

「…ハハハ。ナントナクワカッタワ」

 

 乾いた笑いでハッテマスが応える。

 

「何がですか」

「どうせ、尾行中に目立ったり、不幸体質ばらまいたりしたんでしょ」

「そんなことありませんわ。何時もわたくしの尾行は完ぺきだとイチローが褒めてくださいますし」

「へー、以外ね」

 

 得意げに話すヘリアンテスにハッテマスが感心したように頷く。

 しかし、本当のところは、ヘリアンテスが目立って相手の注意を引き付けてくれている間に、死角からの尾行を成功させているのだが、本人にはそのことは伝えられていない。

 

「あっ」

 

 突然ヘリアンテスが小さく悲鳴を上げた。

 ハッテマスが視線を離した隙に、皇女様達に何かあったのかと思ったが、ヘリアンテスの視線は、倒れて膝を打った小さな男の子に向けられていた。

 

「今…」

「ちょい待ち」

 

 慌てて男の子を助けに行こうとしたヘリアンテスをハッテマスが異様に俊敏な動きで肩をつかんで止める。

 

「ハッちゃん、行かせて」

「行かせるわけないでしょ、こんなところで不幸体質を発動させるつもり」

「発動なんてしないわよ。わたくし、何もしてませんから」

「いや、今、一瞬凄いやる気になったでしょ」

「なりますわ。男の子がピンチなんですのよ」

「それがだめだって言ってるの、もし、皇女様達にばれて尾行ができなかったら、根米課長に怒られるでしょ」

「大丈夫ですわ。尾行も男の子の救出も無事にやり遂げて見せますわ」

「その自信が一番危ないって、絶対トラブル引き寄せるから。それに…」

 

 二人が口論している間に、男の子の姉が助け起こしに来ていた。

 

「ああ………」

 

 ヘリアンテスが悲しげな声をだす。

 

「よし、これで発動はしないわね」

 

 反対にハッテマスは満足そうに頷く。

 不幸体質。

 インフェリシタス人だからか、地球人ではないからか、彼女達はやる気を出すと、その後、科学的根拠のない突然の不幸に見舞われる。

 異国の戦士としても日本の警察官としても優秀なヘリアンテスだが、なぜか彼女を中心に発生する不幸な現象により、トラブルメーカーの影が付きまとう。

 その不幸体質は同郷のハッテマスにも小さいながら発動し、二人合わさると、確実に発動すると謂われている。

 当然、その事を理解しているであろう根米課長が今回の任務にハッテマスを組ませるとは考えにくい。

 なので、ハッテマスは最初にに根米課長が自分を指名した事に疑念を持っていた。

 しかも、今となってはヘリアンテスの暴走を止める仕事をしなくてはいかない。

 これ以上自分達が不幸にならないように。

 

「はぁ、せっかくの休日に、私なにをしているんだろう」

 

 ふと目線の先に広がる展望デッキからの東京の眺めに、一瞬我に返るハッテマス。

 

「ハッちゃん、少年達が動きましたわ」

 

 エレベーター待ちの列に並ぶ皇女様達をヘリアンテスが指さす。

 その言葉に、もう一度気を引き締め直して。

 

「もし、あんたの不幸体質で任務失敗したら、今日の晩御飯おごりだからね」

「それは、どちらが不幸体質を発動させるかって勝負ですわね」

「ぎゃく、ぎゃく。不幸体質発動させなかった方が勝ちだって」

 

 先が思いやられると思いつつ、ハッテマスはヘリアンテスと共に非常口に向かった。

 

 



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#4

 

     五

 

*20xx/5/11-21:07

 ティンク・カールベル皇女様御一行のお忍び観光は若さゆえか、短時間に次から次に場所を変え、隠れてこっそりついていくのは大変だったが、浅草寺から高岡高校に向かい、その屋上で夕食と観測会を始めたところで、いったん落ち着きを見せていた。

 ハッテマスとヘリアンテスは、高校から少し離れたビルの屋上から双眼鏡で学校の屋上の様子を交代で眺めていた。

 ハッテマスは約束の時間までもう少しと、時計を見ながら少し安心し、気を緩める。

 そこに突然ヘリアンテスが。

 

「ねぇ、ハッちゃんあそこ」

 

 異変に気付いたヘリアンテスがハッテマスの肩をつかんで裏通りを指さす。

 既に時刻は午後九時を回っており、街灯の明かりが届かない所に、所々薄っすらと影を落としていた。

 そんな陰にひっそりと潜むように、カウボーイハットにトレンチコートを着た人物が身動ぎ一つせずに立っていた。

 その気配の無さから、周りの風景に同化しているようにも感じれるが、日が落ちているとはいえ既に初夏の気温、気づいてしまうと異様な光景だ。

 

「あれね、皇女様が言っていた怪しい売人って」

「東京ではあんな格好逆に目立ますのにね。それにあれ絶対暑苦しいですわ」

 

 自分達の事を棚にあげてヘリアンテスが感心する。

 

「ちょっと、どうするの」

 

 腰を浮かせて今にも飛び出しそうな勢いのヘリアンテスの肩を掴んでハッテマスが尋ねる。

 

「どうって」

「このまま暫く様子を見るのか、根米警視正に連絡して別働隊を送ってもらうのか」

 

 自分達の任務はあくまで皇女様達の監視と護衛。

 やる気丸出しのヘリアンテスと違ってハッテマスとしてはイレギュラーは出来るだけ避けたい。

 仮にも一国の皇女様がお忍びで観光しているのだ。自分達以外にも監視が付いているはずだ。

 連絡をすればその部隊のひとつが動いてくれるにちがない。

 

「なにを言ってますの、連絡している間に逃げられますわ。ここは私達で職質しますわよ」

「あ、うん。そう言うと思った」

 

 一応別の選択肢があることを示唆したが、逆効果だったようだ。

 敵や困難から逃げない。ヘリアンテスが祖国で勇者なのはそういう前向きな姿勢によるところも大きいのだが、今ここでは勘弁して欲しいと思う。

 

「行きますわよ」

 

 掛け声と共に、ヘリアンテスの背中に炎を纏った剣が左右に四本づつ、羽のように生えて広がる。

 ビルの上から飛び降りようとするヘリアンテスに慌てて掴まると、高々とビルの谷間を飛び越えて、炎の剣を羽が代わりにトレンチコート男の背後にふわりと降り立つ。

 

「ギャラクシーポリスです。そこの人、聞きたいことがあります。ゆっくりとこちらを向いてください」

 

 ヘリアンテスが威勢よく啖呵を切る。

 同時に彼女の前に警察官であることを示す認識票が浮かび上がった。

 ハッテマスは飛び降りるために掴んだ腕を放して、邪魔にならない様に二歩ほど下がると、トレンチコート男がゆっくりと振り返る。

 

「これは、これは、お勤めご苦労様です」

 

 繁華街の裏手とは言え、この時間には人通りの少ない通り。

 隠れて佇んでいるには普通に怪しい場所だが、トレンチコートの男の場所からだと、高校の屋上の様子が辛うじて見える絶妙な場所だ。

 

「こんな所に隠れるように皇女様に何の御用ですか?」

「ちょ、リア…」

 

 一応、皇女様の件はお忍びということになっている。

 例え、相手がほぼほぼ黒でも、堂々と皇女様の事を尋ねるヘリアンテスにハッテマスが頭を痛める。

 

「偶々ですよ、自分はここで人と待ち合わせをしているだけで」

 

 だが、相手も当然とばかりにその事には一切触れずに、そのままヘリアンテスと会話を続ける。

 

「あなたが皇女様と何らかの取引を行い、皇女様を連れ去ったことは記録から見て明白です。大人しく同行し、協力するのであれば手荒なまねはしませんわ」

「………」

 

 返事がない変わりに、辺りの空気が冷淡に殺気立つ。

 

「ハッちゃん、後ろに回りこんで退路を断って」

「この狭い道路でどうやって」

「軽くジャンプで飛び越えるだけでしょ」

 

 魔法で作った剣を足場にでもして軽いジャンプで人の頭を超えられるヘリアンテスからしたら造作もない事だが。

 

「こっちは一般人だって言っているでしょ」

 

 魔力が皆無に等しいハッテマスの身体能力は地球人と変わりない。

 

「あなたの目的は、皇女様に近づいたのはなぜですか?」

 

 退路を絶てず容疑者確保が難しくなったので、事情聴取を兼ねて時間稼ぎに作戦を切り替える。

 

「これは慈善事業ですよ。地球での思い出を皇女様に提供するね。地球とシューバーリが友好関係になれば私も苦労した甲斐があるというもので」

「あからさまに胡散臭くない」

 

 ハッテマスの呟きにヘリアンテスは小さく頷く。

 

「信用して欲しいなら、その帽子をとって素顔を見せなさい」

「信用ですか、難しいですね。帽子を取ったぐらいで私が信用される空気でもなさそうですが」

「なら、これは貴方が皇女様にお売りになったモノですわね」

 

 そう言ってヘリアンテスは懐からペンダントを取り出して見せる。

 

「おや、それはなんとも出来の悪いペンダントですね。百年もすればアンティーク的な値打ちがつくかもしれないですが、今なら二千円って所でしょうか」

 

 その評価に、ハッテマスが心の中で同意する。

 

「目利きのお話をしているわけではありませんわ。このペンダントで皇女様をどうするおつもりでしたの」

「そう言われましても…、おっ」

「おっ?」

 

 今まで飄々としていたトレンチコート男が、珍しく驚いたような声を上げた。

 

「意外です。設計は完ぺきだったはず」

「設計?」

「いえ、何かそのペンダントにされましたか?」

「していませんわ。これは証拠品ですもの」

「そうですか、これが噂の不幸体質…、ですか、実に趣深い」

「いったい何を…」

「リアッ」

 

 怪訝そうに相手を観察するヘリアンテスにハッテマスが異変に気付いて叫ぶ。

 すると、目の間に突き出したペンダントが急に発光しだして…

 

「もしかして爆…」

 

 ヘリアンテスが爆弾と言いかけた時、ペンダントからキチリと嫌な音がする。

 

―ドンッ―

 

 閃光と共に当たり一帯に大きく衝撃と爆音が響き渡る。

 皇女様から預かっていたペンダントが爆発したのだ。

 音と光はすごかったが、破壊力はたいした事無く咄嗟に張ったヘリアンテスの防御魔法で近隣の建物等の被害は防ぐことが出来た。

 しかし、視覚と聴覚を数秒奪われた為、目の前から容疑者は忽然と消えていた。

 

「ゲホゲホ…、だから人呼んでさっさと渡しておきなさいって」

「こんな小さなペンダントがいきなり爆発するなんて普通思いませんわ」

「それはリアが持っていたから、爆発したんでしょう」

「ええ~ぇ、今回のはハッちゃんのほうが引き寄せていると思いますわ。私何も得したことないですし」

 

 容疑者のこれが不幸体質という言葉に踊らされてお互いに不幸の責任を押し付け合う。

 

「大丈夫かッ」

 

 二人の様子がおかしいとカバーに周ったアスワード警部と倉林巡査部長が爆発音に慌てて駆けつけてきた。

 

「損得なら、あんたのお守りとか、私は今日は損な役回りばっかりよ」

「今日の私は悪くないですわ。運勢だって最高の日なんだですから」

「あのう…」 

 

 言い合いを続ける二人に倉林巡査部長が恐る恐る声をかける。

 

「喧嘩はそれぐらいにして、とりあえず服を着てください」

 

 そう言って、アスワード警部と倉林巡査部長は都市型迷彩用のジャケットを脱いで二人の前に突き出す。

 二人共、爆撃でダークスーツはズタボロになり、白と水色の下着も今にも朽ち果てそうになっていた。

 

 

 

     六

 

*20xx/5/11-23:37

「とにかく、おつかれさまーッ」

 

 テーブルを挟んで、三つのグラスがキィンと小気味いい音を立てる。

 ハッテマスは手にしたビールグラスを一気に呑み干すと、恥ずかしげも無く、

 

「うーん、うまい。生き返る」と大声で叫びながらグラスを大きな音を立ててテーブルに戻す。

 

 満珍飯店…、安くて夜遅くまでやっているだけの中華料理屋に本日のご苦労さん会と言うことで、ハッテマスとヘリアンテス、倉林美希が上司への報告を終えて集まった。

 

「あいかわらず、良い呑みっぷりだな」

 

 美希がすかさずハッテマスのグラスにビールを注ぐ。

 

「せめてこの瞬間だけでも、楽しまなきゃ、私の休日はもうこれで最後なんだから」

「うう、だから、悪かったって言っているじゃない」

「ってか、美希の特殊任務が皇女様の護衛だと知っていれば、迷わずそっちに連絡したのに」

「ははは…、ごめん、ハッちゃん。さすがに機密事項多いからおいそれと仕事の話できなくてさ」

 

 元々、皇女様来日併せて、アスワード警部と倉林巡査部長が陰ながら護衛にあたっていたのだが、当然その内容を話せるわけもなく、友人達には特別任務でしばらく居ないとだけしか伝えていなかった。

 その為、皇女様の居場所が分かっても、ハッテマス達の前に姿を見せる事もできず、美希たちも犯人を逃がして悔しい思いをしていた。

 

「つくづく、警察官なんて面倒な仕事よね」

「ええ、そう?私はさ、厨房で働くハッちゃんの方がすごいと思うぜ」

「そんなことないわよ。あの上司の下で働くよりは」

 

 結局、許可無くハッテマスを現場に出した事や、相棒に連絡しなかった事、ペンダントを直ぐに渡さなかった事など、浮遊警視庁に戻ったヘリアンテスは根米警視正にこってりと絞られた。

 当然、ハッテマスも今回ばかりはそれを横で一緒に聞く羽目に…。

 まぁ、まぁ、もう一杯と、ハッちゃんにグラスを空けるように言う美希のスマホにメールの着信を知らせる音が鳴る。

 

「鑑識からの色報告だ。あのペンダント、大きさや、残留物から、あんな大きな爆発することはあり得ないって。せいぜい証拠隠滅に小さくショートするぐらいだろうって」

 

 美希のメールにハッテマスとヘリアンテスがお互いに顔を見る。

 

「あれは、決して不幸体質ではありませんわ。最初から皇女様に危害を加えるために仕組まれていたものですわ」

 

 調書でも、散々そう主張したヘリアンテス。決して不幸体質による事故とは認めていない。

 

「まぁ、過ぎたことだし、その話題ほじくり返さないでよ。いいじゃない。何がどうあれ皇女様が無事だったんだから」

 

 そう言って、ハッテマスは不幸体質の話はここで終了と言い切る。

 

「ああ、それに、最後に皇女様のいい笑顔が見れたのはよかったぜ」

 

 そう言って、倉林美紀が今回の任務に思いをはせる。

 

「ほんとはリアじゃなくて、美希がお迎えに行きたかったんじゃないの?」

「いや、私の仕事はあくまで監視と護衛だから」

「さすがプロ、いいこと言いうわ。ねっ、リア」

「ううぅぅ…。ハッちゃんそれは言わないお約束…」

 

 爆破騒ぎの後、いったん着替え直した二人の元に根米課長とラウルキンさんが現れ、騒ぎにならないように、空から皇女様をお迎えに行ってほしいとヘリアンテスに最後の仕事を任せた。

 

「なんにせよ、公務で毎日作り笑いの皇女様を見てきたからな。最後はヘリアンテスでよかったともうぜ」

「それはどういう意味ですの」

「単純だからじゃない」

「もう、ハッちゃん。今日は当たりが強いですわ」

「当然よ、私の貴重な休日を奪ったんだから」

「同じ休日でも、皇女様とは天と地の差だけどな」

「まったくよ。皇女様と同じなのは明日はお仕事って事ぐらい」

「次の休日までが待ち遠しいぜ」

「そうよね。さぁ、リアもそんな落ち込んでないで、のんで、のんで」

 

 ビール瓶を手に持ったまま、ハッテマスがせかすようにヘリアンテスを煽る。

 一気にコップを空にしたヘリアンテスに待ってましたとばかりにビールを注ぐ。

 

「リアも明日から仕事頑張ろうね」

「えっ、私明日公休だけど」

 

 一瞬時が凍りつく。

 

「はぁああぁぁぁッ」

 

 その後小さな店が壊れんばかりのハッテマスの怒号が飛んでいった。

 



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