近界の帰還者 (黒い角持ち)
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滅びよ、星よ

 君達の母、姉は奪われました。君達の父、兄は殺されました。君達に残されたのは国だけです。守りなさい。守りなさい。国を守りなさい。残された最後の砦を守りなさい。

 君達のように奪われる者をうんではなりません。君達の様に失う者をうんではなりません。

 戦いなさい。戦いなさい。全てを失った君達は、自分を失うまで戦うのです。

 奪う者を殺しなさい。殺す者を殺しなさい。

 君達から奪った者を殺しなさい。君達の家族を殺した者を殺しなさい。

 

 

 

 

(………殺されそうになったその瞬間にも、命令をするのか……意味ないのにな)

 

 夥しい死体と血が荘厳な玉座をおどろおどろしく彩る。

 その中央に立つ一人の青年は青い剣を二振り持ち、玉座に青い剣で縫い付けられた男を見る。この国の、あるいはこの星の王。

 

「まだマザートリガーには寿命があるのに、領土拡大なんて夢見なきゃ僕も殺さなかっただろうに」

 

 はぁ、とため息を吐く青年はビクリと震えた少女に視線を向ける。困った様に、安心させるように微笑む。

 

「そんな顔しないでよ、僕はあんたを斬る気はないからさ」

「な、なんで………何で、あなたがこんな事を」

 

 裏切られたと言わんばかりの絶望の、それでも信じたいと言いたげな期待のこもった目を向けてくる少女に青年はん〜、と頭を手を当てる。

 青年はこの星の英雄だ。何度も何度も侵略者からこの星を守ってきた。この星の多くの者尊敬する憧れの対象。もっとも、貴族連中や軍の上層部は違うが。

 

「何で、と言われてもな。君達の教えだろ? 奪った者を殺しなさい、家族を殺した者を殺しなさい、って。おまけに僕をマザートリガーに取り込ませて、僕の人権というか命その者を奪おうとすると来た」

「そんな……お父様が、まさか………でも、それはきっと貴方を信じて!!」

「お前、僕がこの星の為に命かけてると思ってんの?」

「……へ?」

「頭ン中埋め込まれた爆弾を昨日漸く取り出せた。僕はね、最初からこの国を滅ぼす気だったよ。死にたくないから従ってやっていたんだ」

 

 憧れの英雄。誰よりもこの世界の事を思いってくれていると、彼さえ居ればこの星は安泰だと思っていた男の言葉に少女は目を見開く。

 

「だから死んでくれ、この星とともに」

「こ、この星には、関係のない子供達だって……!」

「その顔も知らないガキの未来とやらを守るために僕等の未来が奪われたんだろう? 故に死ね。滅びろ。消えろ。僕は別に全ての近界(ネイバーフッド)を滅ぼすなんて出来もしない妄言を得意げに語る気はない。そもそも、それこそ本当に無関係だしね。僕は本当に関係のない奴は巻き込まないから安心してくれ」

 

 だがこの星だけは別だ。そう言って、剣を片手に去っていく。目指す場所は、この星の中枢。

 その日、一つの星が滅びた。民達が誰に救いを求めたのかは、生き残りのいない今知る由もない。

 

 

 

 




神崎 叶(こうざき かなえ)

「だから死んでくれ、この星とともに」

ポジション(推定)万能種(オールラウンダー)
年齢19歳 誕生日6月7日
身長175cm 血液型B型
星座うさぎ座 職業戦士→無職
好きなもの甘い物、辛いもの、苦いもの、大雑把に言えば味のあるもの トリガーいじり 弦楽器
Family
なし

トリオン51 攻撃29
防御・援護17 機動8
技術12 射程7
指揮2 特殊戦術3
トータル129

トリガー
メイン『蒼の霧(ミステス)
自ら制作に関わったトリガー。本人に言わせる所の大半は技術所のクソが行った欠落品。ブラックトリガー使いとも渡り合えるが戦争兵装というよりは短期で決める決戦兵装。これで戦場に送った上の奴等馬鹿だろ。

サブトリガー
『■の王』
7年程前に奪ったトリガー。何か使えた。持ち主のおっさんは死んだ。

12年前攫われ、戦場に投入されたのは9年前。数々の武功を立て、本来は上司の手柄になる筈だったが国防戦において一躍有名人。
技術所に入り込み頭の中に埋め込まれていた爆弾を取り除き報復する機会を虎視眈々と狙っていた。なお、気持ち悪くて抱けないので童貞。
持ちネタは「吾輩は改造人間である」


ステマナス
所属していた国。他国から攫った子供達を洗脳教育して戦士に育て上げる。武功さえ立てれば出身に関係なく出世出来るが攫われた者は基本的に使い捨てなので極稀。
人体実験、トリオン器官の研究が近界随一だったが滅びた。トリオン器官に関する研究資料は全て原因不明の火事で消失。トリガー研究に関する資料は何物かに持ち出された。


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帰還

 瓦礫となった家、無人となった家。人の営みがかつてあったと分かるその光景は、しかし人がいないとなんとも物悲しさを感じさせる。

 人が居ないのは仕方ない。ここは警戒区域。2年ほど前、異世界の(ゲート)が開き『近界民(ネイバー)』と呼称される事となる侵略者の大群が現れた。

 それに対抗する者達がいる。界境防衛機関『ボーダー』。近界民(ネイバー)に対抗するだけでなく、(ゲート)を誘導する技術も有し、その誘導範囲が警戒区域。一般人は勿論ボーダーの持つトリガーと呼ばれる武器が無ければ武装した人間でも危険なその場所に、一人の青年がいた。

 

「まあ、こんだけ派手に壊されてここだけ無事なわけ無いか」

 

 半壊した建物。屋根が崩れた二階の部屋の子供用ベットで横になり空を眺める顔は、何処か達観していた。

 

「しかしあれはなんだろうね? 僕が知らなかっただけで、この世界にもトリガー技術が? なんの為に」

 

 崩れた壁から見える箱型の巨大基地を見て呟く青年。青年が知る限り、この世界にトリガー技術は存在しないはずだ。何故なら()()()()()()()。人間誰しもが持つトリオンではあるが、この世界はそんなものなくても存在し続ける。それが無いと生きていけないからこそ近界(ネイバーフッド)はトリガー技術が発達したのだから。

 

「ああ、でもそもそもこの世界から巣立ったって可能性もあるのか」

 

 前提としてトリガーが無ければ存在不可能な世界だ。その世界の中心たるトリガーも国によって可動方法に差はあれどまあ基本的には『神』を必要とする。で、あるなら世界より人が先のはず。

 まあ世界の外に世界があった以上、トリガーを必要としない世界も別にあるかもだが。

 

「あれはどっちかね? 異世界からの侵略者に支配された象徴か、こっちの連中が偶然手にしたトリガーを研究した成果か………できれば後者であってほしいな」

 

 街を見ればわかるだろう。原住民の顔に陰りがなければ前者。ああ、でも原住民そっくりな顔の作りの異世界人とそっくりそのまま入れ替わってる可能性もあるのか。昔の知り合いでも居たら良いんだけど。

 などと考えながら、不意に目を細め二階から飛び降りる。

 

(ゲート)発生! (ゲート)発生! 座標誘導完了! 付近の隊員は直ちに向かってください!』

 

 ズウンと大きな音を立てて家を踏み潰す巨大なオオサンショウウオのようなトリオン兵。放送を聞く限り、直にこの世界のトリガー使いがやってきて倒すだろう。見つかるリスクは回避すべきだ。だが………

 

「そこは、僕の家だぞクソトカゲ」

 

 青い剣が現れ、振り抜く。明らかに長さの見合わぬ一振り。だというのに、トリオン兵………バムスターは文字通り真っ二つに切れ、地面に横たわった。

 

「ま、家族写真だけ持ち出せたのは良しとするか。生きてるのかね……死んでても、僕にはあんまり違いないけどさ」

 

 懐に写真立てを入れ、走り出そうとした瞬間

 

「お早いおつきで」

 

 遠方より飛来したトリオンの弾丸を剣で斬り伏せる。飛び退きながら振り返った場所には二人の青年と呼ぶには若い男が居た。

 

「まあ君達が近くに居るのは解ってたけどね。それはそれとして、このクソトカゲは僕の手で壊しておきたかったからね」

「人型近界民(ネイバー)と接敵。これより戦闘を開始する」

「話を聞かない奴だ。君、友達少ないだろ…………ん?」

 

 と、不意に青年は目を細める。目の前の短髪の少年とカチューシャの少年2人。トリオン体だが、短髪の方に見覚えがある様な。

 12年も経てば人の顔などだいぶ変わる。さて、どれだったか照合するか。

 

「と……」

 

 放たれたトリオン弾を青いシールドを展開し防ぐ。拳銃型のトリガーだ。性能自体は良くある。と、発砲と同時に迫っていた短髪の少年が刀型のトリガーを振るう。

 後ろに跳んでかわすと槍が迫る。首を狙った槍を僅かに逸して回避しようとするが槍の先端が形を変え片鎌槍のように変形したのでバク転し、槍の少年の顎を蹴ろうとして、接近するトリオン弾に気付き足元にシールドを生み出し蹴りつけ射線から移動し、読んでいたであろう追撃の狙撃を身を捻り交わす。

 

「おう、マジか。一発も当たらんかった」

「いい連携だ。個人個人は僕より弱いが、連携次第では傷を負うかもね」

「傷だけかよ、なめてくれる」

「会話など無駄だ。口より手を動かせ」

 

 短髪の少年は随分とこちらが嫌いらしい。距離を取れば弾丸を、近づけば刀。槍の少年には近接戦以外の武器がなさそうだ。

 

「なるほど、物質として固定してトリオン消費を抑えているのか。トリオンの少ない奴の工夫だね」

「!?」

 

 腕を切り捨て槍を奪う。一瞬の出来事に目を見開く槍の少年を無視して槍を観察する青年。

 

「形を変えるのは……これは、機能を追加したのか。本質的にはそっちの刀型と同じかな?」

 

 銃弾を防ぎ、振るわれた刀を槍で弾く。と、再び拳銃を向けて来る。

 

(弾速が遅い?)

 

 青いシールドを展開するがすり抜け、二重に張った二枚目に当たると六角錐が現れる。

 

「シールドで防いだだと!?」

 

 驚愕する槍の少年。短髪の少年も目を見開く中、再び迫った狙撃を剣で弾く。

 

「狙撃手……片方は優秀だね。もう片方は、予想外の事態に弱い。そこを鍛えたほうがいいよ。その優秀の方も相手の射程もわからず近づき過ぎるのは悪手だけど」

 

 2本の鏃が生み出される。狙いは目の前の二人ではない。

 

「っ! 奈良坂! 古寺!」

「遅い」

 

 トリオン体故に空気の壁に当たることなく音速を超えた速度で飛び出す鏃。光が一つ、空に登りボーダー基地へと向かった。

 

「負けても生き残れるのか。あれ、結構トリオン無駄にしてるなあ………もう片方は対応出来たか。悪手は取り消そう」

 

 感心していると短髪の少年が再び拳銃からトリオン弾を放つ。また速度が違う。通常弾と異なり、速度と威力以外にトリオンを割いてるのだろう。

 

「せめて通常弾の速度をあえて遅くしなよ。騙すにはもってこいだよ」

 

 空中で機動を変えた弾丸を全て正確に小型の盾で防ぐ青年。

 

「君達の強みは連携にある。片腕を失った槍使いと、一人だけの狙撃手じゃ、ただでさえ実力で劣るのにもう勝ち目はないかな。落ち着いて、話をしようじゃないか」

「話だと………近界民(ネイバー)が何を抜かす! お前達は人類の敵だ! 必ず殺す!」

「正義に酔う………いや、復讐者か。面倒くさ………ん、あれ?」

 

 と、青年はそこでようやく思い出す。泣き虫だったあの頃しか知らなかったが、大きくなって。しかも今は戦士だ。

 

「思い出した……と言うか、漸く記憶と一致した。君は……そっか。もうお姉ちゃんに守ってもらわなくて良いのかい?」

「───!!」

「おや……」

 

 その表情の変化を見て、青年はどうやら短髪の少年の地雷を踏み抜いてしまったらしい事を察した。




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侵入

「カナちゃん、カナちゃん。私、大きくなったらカナちゃんをお嫁さんにしてあげる」

「なんで僕がお嫁さん?」

 

 

 

 

 

 忘れもしない、姉の最期の瞬間。

 自身をかばい、胸に穴を開けられた姉の姿を何度も夢に見る。故に必ず近界民(ネイバー) を殺すと誓った。誰よりも大切な姉を奪った奴等を殺すと。そして、姉を殺した国を見つけ、必ず滅ぼすと。

 

「漸く見つけたぞ! 2年前、俺から姉さんを奪った貴様等をずっと、ずっと殺すと決めていた!」

「………2年前? いや僕が言ってるのは──聞いてないし」

 

 迫りくる少年……三輪秀次に呆れたようにため息を吐く青年、神崎叶。

 戦っている相手が秀次だと思うとどうにもやる気が削がれる。とはいえ、トリオン体を破壊しても死なないし玄界(ミデン)のトリオンはトリオン体が破壊された場合、体は別の所に転送される………

 

「あ、ならとりあえず殺すか……と」

 

 弾速が先程より速い狙撃が来た。威力が弱く、シールドで簡単に防げる。続いて2発目。爆音が響く。

 

「なるほど、速度重視、威力重視、スタンダードタイプ……切替可能な数までは分からないけど、玄界(ミデン)では複数のトリガーを組み合わせた臨機応変な戦い方を主としてるのか………消極的だなあ。もしかして、『神』を用いずに運用を? てことは、奪ったのではなく借り受けたのかな?」

 

 などと考えながら、叶は無数の青い鋲を生み出し放つ。それ等は四方八方から幾何学模様を浮かべて飛んできた無数のトリオン弾を全て破壊し一つの方向に同じく幾何学模様を描きながら飛んでいく。

 

「くっ!!」

 

 それを防いだのは高身長な少女だ。その後ろには儚げな美少女。

 

「くまちゃん!」

「大丈夫よ、玲………まさか全弾対応されるなんて」

「おお新規精鋭の那須隊じゃん」

「那須隊現着。これより三輪隊の援護を」

「邪魔をするな!」

 

 と、玲と呼ばれた少女の言葉を無視して秀次が突っ込で来る。玲は驚きながらも援護する為に縦横無尽に動く弾を放つ。

 

(弾道設定はリアルタイムか。俺と同じだ………とはいえまだ微妙にあらが目立つな)

 

 そのあらを埋めるようにクマチャンが剣を振るう。秀次が先攻しすぎているがそれを上手くサポートしている。

 

「死ね! 近界民(ネイバー)!!」

 

 剣を振り下ろし、止められたら至近距離で拳銃を放つ秀次。腹を蹴り吹き飛ばし追撃を放とうとするが再び複数の弾丸。撃ち落とそうとした瞬間、2方向からの狙撃。弾丸の速度からして威力重視、この鋲では迎撃不可能。

 円柱型のシールドを展開。同時に、爆発。

 

(炸裂弾……? これまでの性能を見るに複数の性能入れられないかと思っていたが)

 

 起動変化に加えて爆発。土煙が視界を多い、継続して響く弾丸の激突音。

 

「っ!」

 

 複数の弾丸が一箇所に集中してあたり、シールドに亀裂が走る。修復前に槍の穂先が亀裂に突き刺さり罅を広げ、秀次が銃口を押し付け弾丸を放つ。

 シールドが砕けるのとほぼ同時に解除し上に飛ぶと足場を生み出し後ろに跳ねる。狙撃が通過した。

 

「逃がすものか! 姉さんを殺した貴様の国、洗いざらい吐いてもらう!」

「…………そうか」

 

 死んだのか、あの女。まあ別れて12年。戦争に投入されて9年。殺し合い自体はやはり12年。今更、知人の死を知りだからなんだと言う話だが。

 

「それはそれとして、僕はこれ以上戦うつもりは無いんだよね」

 

 目の前のトリガー使いは異世界から来て植民地にした侵略者ではなく、この世界の住人。それが確認できた今敵対する気はない。ないだけで、向こうがあるなら受けて立つが。

 本部にいるであろう上と話せたらいいのだが今の秀次にわざとやられても上司に話を通すことなく私刑しそうだし、かと言って全滅させても基地の防衛機能を上げて次のトリガー使いを送ってくるだろう。

 

「なら取る手は一つ」

「え……」

「くまちゃん!?」

 

 一瞬で背後に移動しクマチャンの胸に青い杭を突き刺す叶。間違いなくトリオン供給器官を狙った一撃。敗北を想像するには十分。せめてもの反撃にと刀を振るうが回避される。

 

「………? 緊急脱出(ベイルアウト)しない?」

 

 明らかに戦線離脱の一撃。だが、トリオン体は無事。困惑するクマチャンと玲。秀次と槍使いの少年は気にせず動く。

 

(狙撃が片方明らかに精度が落ちた。この女のチームで、精神的に未熟か。思いがけぬ好都合。それはそれとして、少し本気でやるか)

「『蒼の霧(ミステス)』」

「「「!?」」」

 

 瞬間現れる、蒼い煙。いっそ幻想的なまでに美しい煙は一瞬で周囲一帯に立ち込める。

 

 

 

 

『月見さん、位置の特定は……』

『無理ね、チャフのような効果があるのか、トリオン反応を感知できない』

 

 狙撃手の奈良坂はオペーレーターの月見に連絡を取ってみたが望んだ答えは返って来なかった。流石にあの驚異的な防御能力を持つ近界民(ネイバー)を視界不良どころか視認せずに当てることは不可能だ。もっと近づけば影だけでも捉えられるだろうか?

 

 

 

「この程度の目くらまし!」

「不用意に動くなよ、シュウちゃん」

 

 と、秀次の足が斬られ地面に横たわる。

 

「っ!?」

 

 何が起きた?

 見えなかった。速すぎて? いや、違う。

 

「米屋先輩ふせて!」

「く!」

 

 玲の言葉に慌ててその場でしゃがみ込む槍使い。先程まで首があった場所に鋭い刃の生えた歯車の様な物が現れる。色は、青い。

 

「この霧、まさか………」

「形態自由のトリガーかよ!?」

「厳密に言うなら、そっちの子が撃ってきた弾道自在のトリガーかな。微小のトリガーを組み合わせて好きな武器を作ったり他人の武器を真似たり………トリガーいじりは大好きだから僕」

 

 と、片手を顔の前に持っていき親指と中指を合わその上に複数の光の輪を出現させる叶。

 

「『偽装・星系図(オルガノン)』」

 

 パチン、と指が鳴る。同時に、秀次達の体が切り刻まれた。

 

「っ!? これは………!」

「え………」

 

 そして()()()()()()()()()()。本来なら本部に帰還し生身に戻るはずなのに、全員生身でその場に取り残される。

 

「うっ……けほ、こほ!」

「玲!!」

「なんだ、トリオン体で健康を保ってたのか。戦闘体と日常用に使い分けてはいないんだな」

 

 咳き込む玲を見て叶は病弱でも戦わせられてるのだろうか、と玄界(ミデン)の方針に少しだけ嫌悪感が湧く。まあ、少しだが。

 

「うおおおお!!」

 

 と、秀次が生身で殴りかかってくる。下手に受けたら手を怪我をさせるかもしれないのでかわし、足をかけ転ばせると片足で背中を抑える。

 

「落ち着きなよしゅうちゃん。僕は2年前、ここを襲ってはいないよ」

「今更言い訳か!? なら何故姉さんを、俺を知ってる!?」

「冷静になって考えなよ。これだけ街を派手に破壊した奴が、一人一人の顔を覚えてるとでも? いやまあ、あの子が知らぬ間にすごいトリガー使いになって戦闘中君を庇って死んだとかならありえるのか?」

 

 まあそのあたりは後でいっか、と切り替える叶。そして、秀次達に取って信じられない単語を呟いた。

 

緊急脱出(ベイルアウト)

「…………は?」

 

 瞬間、叶のトリオン体が砕け、()()()にある生身がボーダー基地に向かって飛んでいく。

 

 

 

 

「ひう!?」

 

 那須隊オペーレーター志岐小夜子は突然帰還用の部屋の扉が吹き飛び悲鳴を上げる。

 

「やあこんにちは。お時間いいかな? 出来るなら司令室とかと通信を繋げてほしいんだけど…………あれ?」

 

 現れたのは映像で確認した人型近界民(ネイバー)。ちなみに男だ。そして、小夜子は男が大の苦手だ。

 

「あ゛」

「…………気絶してる」

 

 どうしたものか、と叶は頭をかく。いや、暴れないならむしろ都合がいいか?

 と、帰還用の部屋からボス、とマットに人が落ちる音が聞こえた。

 

「小夜子先輩! 人型近界民(ネイバー)がこっちに来た…………かも………し、れ………」

「君があの子達のチームのスナイパーだね。どうも」

「あ、ど……どう、も?」

 

 ペコリと挨拶され慌てて挨拶を返す緊急脱出(ベイルアウト)して追ってきたのであろう女の子。礼儀正しい。

 

「って、違います! 緊急脱出(ベイルアウト)をどうして貴方が使えたのかは解りませんが、使った今トリガーは使えないはず! 大人しく………っ!?」

 

 眼前に向けられた剣に気づき腰を抜かす少女。トリオンで形成された剣……つまりトリガーの剣を片手に叶は笑う。

 

「トリオン体に換装しなくたってトリガーは使える。あの国じゃ、トリオン量が少ない使い捨ては少しでも攻撃に回すトリオンを増やすためにそうしてたからね……」

 

 そう言いながら反対の手で金属の筒のようなものを取り出し、服を引っ張り鎖骨付近を露出させると指で皮膚をカンカン叩く。明らかに人の皮膚の音ではない。カシュ、と皮膚の一部が開き金属の複雑な凹みが見え、そこに筒を差し込む。筒に縦に刻まれた溝が光り、上から下にかけてゆっくり減っていく。

 

「それにトリオン体は10分もあれば回復するしね。まあ、その間人質になってくれ。その前に上から連絡が来るなら、それでも良いけど」

 

 緊急脱出(ベイルアウト)を使った今、彼女もトリガーを扱う術はない。とはいえ、基地に侵入されたのは本部も気づいているはず。きっとすぐに動いてくれるはずだ。

 

「取り敢えずこの子そっちのベッドに寝かせてあげてくれる? 折角女の子が来たなら、僕が触れるのも」

「あ、はい!」

 

 ひょっとしたら悪い人じゃないのかも。



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神崎叶

「はっはっは。凄い目だ、『僕を母親代わりに思いなさい』。この言葉が相当気に入らなかったと見える」

 

 研究者故に『教授』と名乗る女はケラケラ楽しそうに笑う。

 

「だが、顔に出してはいけないよ。あの実験を生き残った稀有な個体でも、けっきょくは攫ってきて洗脳施した奴隷だ。君、洗脳が効かないって解ったら処分されるよ。死にたくないだろう? 残った家族のもとに帰りたいだろう。友達や、その年でも居たかもしれない恋人とか」

「それを俺から奪ったのはお前等だろうが!」

「返す言葉もない。そうだね、恨んで憎んで、何時か僕達の心臓を貫くといい。でも、今は無理だ。研究者の僕にこうして転がされるようでは」

 

 失った手足からトリオンが流出していく。直に戦闘体を維持できなくなる少年に女は笑みを浮かべ続ける。

 

「でも強くなれるよ、君なら。誰だって、戦場で死なずに戻って生き続けていたら強くなる。だから、それまでは笑いなさい。口調も変えると良い。子供だからね、一緒に戦う関係だと君にその気がなくても、そんな体質でも、恨みは薄れていくかもしれない。だから、自分じゃない自分を作ると良い」

 

 緑の瞳を猫のように細め、女は少年の額に指を添える。

 

「君は今のままじゃ直ぐ死ぬ。戦いの勝敗に気持ちの強さは関係なくても、弱さは関わってくるよ。モチベーションの為にもこれから君は本音で誰とも接するな。偽り、欺き、騙された敵を嘲りなさい。決して仲間だと思わぬように、目の前の相手を常にどう殺すか考え続けなさい。そうすれば、もう死にたいとか考えてる君でも生き残れる可能性が上がって、何時か帰れるかもしれないからね」

 

 幸い君の体質は、恨み続けるにはもってこいだ。女は楽しそうに笑い、唇に指を添え言った。

 

──ほら、笑うだけなら結構簡単だろ?

 

 

 

 

「志木君! 日浦君! 無事か!?」

 

 近界民(ネイバー)緊急脱出(ベイルアウト)を行い本部に向かったと聞き、記録(ログ)に2名ほど帰還したとなっている那須隊の隊室に通信を送る忍田。

 

『お、通信来た? 茜ちゃんちょっとこれ持ってて』

『勝手に食べて、後で怒られますよ〜』

 

 と、予想に反して気の抜ける声が聞こえてきた。

 

『カメラの起動は………えっと、これかな?』

 

 ブツッと音を立てて通信が切れる。そして……

 

『すいません忍田本部長!』

 

 那須隊隊室からコールがかかり慌てた様子の日浦茜が映し出される。その後ろで青年が塩昆布を食べていて。

 

『あ、通信繋がった。はじめまして……忍田さんとお呼びしても?』

「………その前に確認させてくれ。現在そちらにいる日浦隊員と志木隊員は無事なんだろうな」

『今の所は。僕も貴方方と敵対する気はありませんので……とはいえ、貴方方は僕を嫌っている様子。身の安全のために人質にさせて貰ってます』

「君は方法は不明だが緊急脱出(ベイルアウト)を使ったと報告を受けているが?」

『トリオンは元々人が誰しも持ってる力だ。トリオン体じゃなければ伝達率で出力は落ちるけど、使用自体はできる。少なくも、僕の持つ技術ならね』

 

 事前に見ていた映像に比べ短い剣を生み出す近界民(ネイバー)。本来より力が出せず、また出血も無視できない生身であるのなら………

 

『因みに剣の2本ぐらいなら余裕で作れる。今はその分を茜ちゃんと志木さんの肺や胃に入れてるから、余計なことを考えたら内から殺す』

「っ!!」

『僕もね、戦士とはいえ子供の命を脅かすのは本意じゃない。少なくとも君達は僕の何かを奪った訳ではないのだし』

『じゃあ今すぐ出してくださいよ〜!』

『それはそれ、これはこれ。僕も自分の身が大事なんでね』

「要求はなんだ」

 

 人質を取るということは、何か要求があるということ。彼の言葉を信じるなら命を奪う気はない筈。

 

近界民(ネイバー)と交渉する気ですか!?」

「何を悠長な!」

 

 根付と鬼怒田が忍田に向かって非難するように叫ぶ。人類の敵である近界民(ネイバー)の要求を聞こうとする消極的な対応に怒りを覚えたのだろう。

 

『なら君達はどうするのかな? 具体案も出さずに口を挟むなよ』

「では、君は私達に何を望む」

「城戸司令!?」

 

 と、交渉に反対する二人に対して最高責任者である城戸が交渉に移る。

 A級三輪隊、なりたてとはいえB級の新規精鋭那須隊を圧倒し、緊急脱出(ベイルアウト)を何らかの方法で妨害し生身を眼前に晒させる近界民(ネイバー)だ、基地内の誰もが危険に晒される。故に時間を稼ぐために会話は使えると判断したのだ。

 

『僕個人に対する攻撃をやめてくれるだけで良いですよ』

「君の行為を見逃せというのかね」

『僕がこの世界の人間に酷い事する前提で話すのやめてくれます? 茜ちゃん、2歩下がって』

『? はい……』

 

 と、茜が2歩下がった瞬間床とベットが光り、ベッドの上の志木が消える。近界民(ネイバー)は短刀を何もない空間に振るうと空間が歪み、少年が現れる。

 

「っ、まだ……!」

「いや、終わりだ」

 

 バチン! と紫電が走りトリオン体が歪み、キューブ状になり床に転がる。

 

『う、歌川先輩!?』

『心配ない、ラービットの捕獲技術の応用だ。容量調整の為にラービット程複雑じゃないから壊すと戻るよ』

『ラビット?』

『君達が近界民(ネイバー)と呼ぶトリオン兵。ぶっちゃけ、安全とか気にするぐらいなら種類にもよるけどトリオン兵量産の方が緊急脱出(ベイルアウト)より安上がりだと思うけどね、一々修復とかしなくて済むし』

 

 天然水を飲みながらそんな説明をする。無警戒に見えて、人質確保と同時に対処に向かった歌川を簡単に対処してみせた。

 

『志木さんの体内のトリガーは健在。茜ちゃんも言わずもがな。あと歌川君だっけ? 彼も新たな人質。半端な実力者なら送らないほうがいい』

「………………」

『別に僕は犯罪行為を見逃せなんて言ってませんよ。警戒区域でしたっけ? そこに無断侵入した罰を受けろと言うなら受けます。ただ、残念ながら記憶処理は効かない体質なので反省文や口外禁止の書類に関する署名などで………』

「ふん、近界民(ネイバー)にこちらの法律を適用しろだとでも」

『ああ、それなら大丈夫です。僕、玄界(ミデン)出身なんで』

 

 鬼怒田の言葉に青年はあっけらかんと言い放つ。

 

『僕の名前は神崎叶、10年ぐらい前に三門市から攫われた日本人です。まあボーダーが出来たのは四年前でしたっけ? 別に、あなた方が怠慢だと言う気はないのでご安心を』



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事情聴取

 元々は『僕』で、何時の間にか『俺』になる。特にこれといった理由はない。単純な子供らしく、テレビのヒーローにでも憧れていたのだ。幼馴染には戻した方がいいと言われた。でもその時自分は子供で、かっこいいと思っていたことを否定されるのが嫌で、初めて言い合いになった。

 喧嘩したまま、仲直りせず両親と祖父の下に帰郷した。毎年の事だ。だから、帰ってから謝ろうと思っていた。

 帰りの山道。自分達以外車も人影もないその道に突如現れたそれは、車を容易く吹き飛ばし崖から落とす。そこまで高い訳じゃない。全員生きていた。

 母が自分を引っ張り出してくれて、父も助けようとした時降ってきたそいつが車ごと父を潰した。自分を抱えて逃げようとした母は、それが放った光線で頭が跡形もなく吹っ飛んだ。

 母の死体を食らったそれは、無力だった自分を飲み込み、腹の中で見せつけるように母だった肉の塊の胸から何かを取り出した。

 全て覚えている。思い出そうとすれば、踏み潰された父の血の広がり方も、切り開かれた母の胸の骨の数も。その死の光景、感じた絶望、怒り。同時に、両親の死の記憶とともについてくる幸せだった頃の記憶。

 呪いのようだ、とある女は言った。

 

『人は別離を過去にする事で漸く死者と生者を分けられる。なのに君は、それこそ何十年と生きようと共に過ごした誰かの記憶を薄めさせる事が出来ない。たった今体験したかのように、思い出す』

 

 うん、ようじゃなくて間違いなく呪いだったわ、ととある女は笑っていた。

 その笑い方を昨日どころかさっきのように思い出せる。その時感じていた感情も含めて。過去の別離など、最後に会ってからの間などなんの意味もなく、生者も死者も等しくたった今まで関わっていた存在。違いなど、情報の更新があるかないか。

 

『記憶を思い出さないのは不可能だ。だけど、そもそも人間の記憶にデリートはない。管理が出来てないだけだからね。君は記憶の引き出しが簡単に開く。近くの引き出しが勝手に開くほどに………必要なぶんだけ引き出せるようになりなさい。親との幸せを思い出す時、親の死が出てこないように。僕がコツを教えてあげよう。ま、僕は君と違うから、記憶力強化の応用訓練させ続けるしかないけどね』

 

 何が楽しいのかヘラヘラと何時も笑みを浮かべている女。少し考えると何時も何かを喋っている光景が脳裏に過ぎる女。

 だけど、誰よりも知識を与えてくれた。トリガーの使い方、プログラミング、遠征艇の操作方法。他の国に何度か連れて行かれて、その国の情報を教えられた。必要のない名産品とかも。

 

何れ交渉に使うと良い。君の未来に役に立つ。僕が言うのだから間違いないよ。

 

 何もかも見通す女は、自分を唯一止めることが出来たであろう、それをしなかった女は自分の前で笑み以外の表情を見せることはなかった。

 

 

 

 

 ふと、そんな事を思い出す叶。目の前のディスプレイには微かに目を見開く傷のある男と虎のような印象を受ける男に何処か胡散臭げな男。狸と狐の様な男達は解りやすく動揺していた。

 

『少し、待っていてくれ』

 

 傷の男、城戸はそう言うと周りの者に指示を出す。その間、叶は胸に突き刺していた金属の筒を抜く。

 

「もう大丈夫だよ茜ちゃん。息を吸って」

「……?」

「吐いて」

「はあ〜………わあ!?」

 

 叶の言うとおりに息を吸って吐く日浦茜。その口から青い煙が出て来る。

 

「こ、これ……トリガーですか? あ、じゃあ小夜子先輩は」

「気絶してるから、咳き込んでるんじゃないかな」

 

 トリオン体は回復した。とはいえ僅か一瞬でもトリガーを消す気はない。なので極めて物理的な手段で取り出させてもらった。

 

「で、でも大丈夫なんですか?」

「暫定敵の心配? 君、軍人に向いてないね」

「うっ。で、でも皆を危険な目に遭わせるなら戦えますよ!」

 

 軍人、というよりは自警団的な側面が強いのだろうか。あくまで防衛目的。

 

(あの城戸って人としゅうちゃんを見る限りは、近界(ネイバーフッド)と事を構える気があるように見えたけど)

 

 それでも秀次と城戸ではだいぶ差があるようにも見えた。

 

『確認が取れた。あくまで、君の名前は……詳しく調べたい』

「良いですよ。では、案内は外の人に頼めば?」

『ああ……』

 

 扉のロックを解除し部屋の外に出ると二十代後半の男性が壁に寄りかかって座っていた。その横には気絶した小夜子。

 

「こんにちは」

「どーも。上から司令が来たので、案内するよ。日浦ちゃんは志岐ちゃんを見てあげてね」

「あ、はい!」

 

 

 

 

 

「日本人で間違いないようです」

 

 血を取ったり粘膜を取ったりして得たDNA情報を下に、自称神崎叶は間違いなく日本人である事が解った。

 

「そうか…………」

「だから何だというのです。10年以上も前の話だ! 近界民(ネイバー)に与し、2年前の大侵攻を行った罪が消えるとでも!?」

 

 そう叫ぶのは三輪秀次。他にも、A級隊員である二宮や太刀川、加古など実力者が揃っている。

 秀次の言った『2年前の侵攻に関わった人間』という言葉は彼が日本人である事を差し引いても警戒するには十分過ぎた。

 

「2年前、あの国は別の国々と争っていたから玄界(ミデン)を襲う暇なんてなかったよ」

「ならば何故姉さんと俺のことを知っている!?」

「攫われる前から知ってたからね。君に至っては、君が生まれる前から。彼奴が今度弟が生まれるって自慢してたからね」

「……………何だと?」

「君のお姉さんと僕は幼馴染だったんだよ。小さい頃からのご近所さん、年も近かったし父親が同じ仕事場で、お互い預けたり預かったり。まだ赤ちゃんだった君のおむつを二人で取り替えたこともある」

「そんな話を信じろと!?」

「仇の情報を得たかも、と必死になるのはわかるけど、本当さ」

「っ!!」

「そこまでだ、三輪隊員………君の両親に確認は取れないか?」

「…………少々お待ちを」

 

 秀次はそう言うと携帯を取り出し、電話を掛ける。

 

「母さん? 少し聞きたいことが………神崎叶………え? ああ………そ、う………いや、少し、その………うん。大丈夫」

 

 電話を切り、苦虫を噛み潰したような顔をする秀次は叶を睨みつける。

 

「確認が、取れました。かなちゃ………神崎叶は、過去俺の家族と交流がありました」

「そうか………では、神崎君」

「はい?」

「申し訳ない」

「…………? 先程も言ったように、対抗策がなかったんですから別に……」

「存在した」

「……………」

「12年前、規模こそ違えどボーダーはすでに存在し、トリガーを保有していた」

 

 黙っていれば良いのに、そんな事を正直に言う城戸。

 

「出来たばかり、存在を知ったばかり、そんな言葉は言い訳にもならない。気づかなかった事、救えなかった事、本当に申し訳ない」

「………気にしないでください」

 

 別に、だからといって気にしていない。人が救える数には限度がある。

 

「救えなかった事を責める気はありません。助けを求めたなら救われるべきだ、などと考えられる環境でもありませんでしたから」

「…………そうか」

 

 その言葉に顔を上げる城戸。その目は真っ直ぐに、そらすことなく叶に向けられていた。

 

「では、話を変えよう。君はどうやって脱出したのか教えてくれないか」

「国の王族貴族が集まる催しがあったので、衛兵皆殺しにしたあと王族一人残して王族、貴族を皆殺しにして遠征艇を盗みました」

「…………では、その国はどうなった」

 

 目を見開き動揺しながらも質問を続ける。太刀川などは強いのか、と何処か楽しそうだ。

 

(マザー)トリガーを破壊したので、崩れました。彼処は国を捨てて逃げた王族が、漂っていた滅びた国の残骸を寄せ集めて作った星でしたので」

「……………そうか」

 

 城戸は頭痛でもするのか頭を押さえた。

 

「それと、君のトリガー……渡してもらえないだろうか」

「無理です」

「無理だと!?」

「何か手放せない事情でもあるんですかねえ? それこそ、また暴れるとか」

「いえ、僕のトリガー……心臓付近の血管に絡みつくように体内に埋め込まれてるので取ったら死にます。まあ殺しても情報が欲しいなら抵抗しますけど」




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交渉

(ブラック)トリガーってさ、何であんなに強いんだろうね」

「なんでだろうね、僕にもさっぱりだ」

「………口調を変えて、常に演じろといったのは僕だけど、そのモデルにされると照れくさい」

「……………」

 

 ケラケラ軽薄な笑みを浮かべる女の言葉に、取り繕っていた仮面が一瞬剥がれる。

 

「怒らせたかな? なら話を戻す。ほら、優れたトリオン器官を取り出して加工しても(ブラック)トリガーには及ばないじゃん? 理屈の上では全トリオンを使ってるのに」

「命を注いでないからじゃない?」

「命ってなんだろうね。生き物を生きてる状態にする力? でも、死体の心臓動かして生きてるようには出来ても、それは果たして生き物なのかな?」

「結局何が言いたい」

 

 話の展開が見えてこない女に苛立ったように素の顔で問いかける。女はやはり、笑うばかり。

 

(ブラック)トリガーの存在は魂の証明だっていう論文を思い出してね。魂があるなら、僕達は死後何処に行くのか。(ブラック)トリガーになった魂は、永遠に現世に取り残されるのかとか考えてみてね」

「…………」

「それに、君達は(ブラック)トリガーに一番近い存在だ。君達の魂が何処に行くのか気になるしね」

 

 トン、と叶の胸に指を当て微笑む女。

 

「幽霊が見える副作用(サイドエフェクト)とか、面白そうだよね」

 

 

 

 

(グレイ)トリガー?」

「正式名称は生体融合同調型トリガー……一々適合者を選ばなきゃ行けない(ブラック)トリガーより扱いやすく強力なトリガーを作る実験として、命のある器にトリガーを融合させる」

 

 レントゲンに映る写真には心臓部付近に黒い影が見える。それは枝分かれするように心臓付近の血管に絡みついている。

 更に右腕に存在するブレスレットは肉を貫き骨に根を張っていた。

 

「………それで、こちらはトリオン技術を用いた上で調べた体の状態なのですが…」

 

 と、技術者は言い難そうに鬼怒田に資料を渡す。

 

「神経系、血管系。さらには脳や内臓の一部などがトリガーチップやトリオン兵などを構成する物質と置き換わっています」

「生身でトリガーの武器を使うには生身にトリオン伝達器官を作るしかありませんからね」

 

 攫ってきた兵士には当たり前のように施されていた処置だ。闘ってきた敵国の兵士にも居ないから、相当非人道的な行為なのだろう。

 

(グレイ)トリガーは(ブラック)トリガーと同じく製作者の性格や感性なんかが強く反映されます。(ブラック)トリガーと違い、その後改良出来ますけど」

 

 元々叶の持つトリガーの力は変幻自在、強度抜群の武器を生み出すトリガーであった。現在のように煙幕にすることもできたがそれは小範囲。実態から非実態を切り替えたりエネルギー状態にして爆発させたり中距離にレーザーを飛ばしたりは出来たが今回のように周囲一体を霧で包むなんて事は出来なかった。

 トリオン量が少なかった訳ではない。潤沢だ。臨機応変な闘いのできる長期決戦型だった。ただし国が欲していたのは敵を多く殺せて広範囲の規模も守れる兵器。

 

「トリガーのデータを書き換える為のアダプターに接続して、色々更新したんですよ」

 

 と、鎖骨あたりを軽く叩けば胸の一部が開き金属のような凹みが見える。アダプターにも確かに見える。

 

「現在の僕のトリガーの特性は広範囲の霧、複数の物質の構築、トリオン体への侵食と同調、解析です」

「武器の構築は映像で見たが、侵食と同調、解析とは?」

 

 鬼怒田が尋ねる。近界(ネイバーフッド)のトリガーの情報を解析せずに使用者から得られるなど滅多にない機会だ。

 

「言葉通り、トリオンで構成された物質を侵食して支配したり、トリガーの機能を停止させたり、トリガーの情報を読み取って利用したり。今回だと緊急脱出(ベイルアウト)機能の停止と利用ですね」

「それは、他の国でも使えるものはいるのか?」

「僕があってきた敵にはいませんでしたけど、だからといって居ないとは言えませんが」

「そうか………その機能。それと、歌川隊員をキューブにした機能、解析させてもらってもいいかね?」

「構いませんよ。なら、これも……」

 

 と、叶は懐から青黒い棒状のものを取り出す。

 

「僕が保有する限りの近界(ネイバーフッド)とトリガーの情報。僕の身の安全と、玄界(ミデン)における生活補助と交換で、渡します」




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帰還者の対応

「ベッドは柔らかいし、テレビもある。良いところだ。ネット環境はまだないけど」

 

 テレビの『懐かしアニメシリーズ』を見ながらすれ違った男から受け取ったぼんち揚げを食う叶。先程あった男の目を思い出す。

 

「居る所には居るものだね、全部背負えると思ってるあたり、結構面倒くさい性格してるみたいだけど」

 

 

 

 

 

「現状、彼がボーダーと敵対する未来はありませんでした。太刀川さんと切り合いしてる未来は見えましたけど、あれ仮想フィールドですね」

「そうか………」

 

 S級隊員。

 それはボーダーが所有する(ブラック)トリガーを扱うランク規格外の隊員。それが今上層部の目の前にいる迅悠一と言う男だ。

 

「しかし、なんとも扱いに困りますねえ」

 

 額の汗を拭いながら言うのはメディア対策室の根付だ。

 近界(ネイバーフッド)からの帰還者。それだけならば良いニュースだろう。公には出来ないが。公にすれば間違いなく2年前、家族や友、恋人が攫われた者達が彼等彼女等も早く助けてくれとなり、現状不可能だという事実を受け入れずにボーダーを怠慢、贔屓だなんだと責めたてるだろう。

 

「しかも12年も近界民(ネイバー)の国で戦い続けたなどと、そんなの殆ど近界民(ネイバー)のようなものでしょうに」

「根付さん」

 

 と、根付の発言に城戸が反応する。元々威圧感がある城戸が目を細め、根付はビクリと震える。

 

「その事実は当時の私達の失態だ。それを理由に、彼を色眼鏡で見ないでほしい」

「も、申し訳ありません………」

「………ただ、彼を完全に信用していいかと言われれば、たしかに話は別だ。鬼怒田さん、脳の一部がいじられているという話だったが、それは彼の記憶、性格に現在、または今後に影響を与えうるものだろうか」

「まだなんとも言えませんな。我々はトリガー技術において、近界民(ネイバー)共に劣っていますからな」

 

 12年。人生の半数以上の近界(ネイバーフッド)で過ごし、道徳を学ぶ機会は戦場にて失われた。一般人と呼ぶにはあまりにもズレすぎている。

 

「失踪宣告を取り消すのも大変そうですしねえ」

 

 元々は死亡扱いになって居たが、死体が見つかっていないからと彼の母と彼自身は祖父母から捜索願が出され続けていた。彼等の帰る場所を守るためにと祖父母は彼等の家を改めて買ったらしく、おかげで叶が写真を元の家で見つけられた。その祖父母も、大規模侵攻の際に亡くなっている。

 とはいえ、失踪宣告自体を取り消すのは出来る。問題は、そんな彼がボーダーに保護されているとなればいらぬ邪推をする者が現れるだろうという事だ。しかもそれが真実。

 

「間違いなくメディアが食いつきますよ」

近界(ネイバーフッド)で戦士やってたなんて知れた日には、彼奴自身に2年前の憎悪が向くでしょうな」

 

 と、林藤が煙草を咥えながら呟く。

 彼は間違いなく被害者だ。だが、世間は加害者として扱う可能性の方が高い。アンチボーダーも水を得た魚のように騒ぐだろう。

 

「まあそちらは私に任せてください。昔の伝手を上手く利用してみますよ」

 

 と、外務・営業部長唐沢克己が応える。

 

「どうにか出来るのですか?」

「ええ、取り敢えずだいぶ前に検挙された外国の人身売買組織の名前を貸してもらいましょう。多少無理はありますが、世間的には近界民(ネイバー)が接触してきたのは2年前。何割かが真実に気づいても、大多数を騙せれば数の力で黙らせられる。ま、そのあたりは根付さんにお任せしますよ」

「仕事が増えますねえ………」

 

 とはいえやらぬ訳には行かない。現実に存在する人間を居ないものとして扱うのはバレた時の世間の批判が強くなるだろう。

 

「………彼のトリオン量は、攫われるだけあり多いのだろう。また狙われる可能性は高い」

「でしょうな。現状最大のトリオン量を誇る二宮の3倍以上。元々高い資質に加え戦場にて常に酷使した結果でしょう……身体のことを考えれば、トリオン器官そのものを強化されてる可能性もあります」

 

 その言葉に城戸は目を細める。

 

「その技術は、模倣可能か?」

「まだなんとも」

「では再現可能、人体に対する負荷がないと解ったら使用も視野にいれよう」

 

 トリオン量はそのまま戦闘継続能力、或いは射手(シューター)銃手(ガンナー)の強化に繋がる。そうでなくても、豊富なトリオンは遠征などにも役立つ。

 

「……彼が奴隷兵であったことを考えると、まともな手段ではない可能性の方が高いがな」

 

 傷口を指で触れながら言う城戸に、空気が僅かに重くなる。

 

「なるべく彼の願いは叶えてやってほしい。が、警戒は怠らぬように」

「「「了解」」」

 

 

 

 『蒼の霧(ミステス)』を一部展開、解析モードにして端末を作る。今日得た玄界(ミデン)のトリガーの情報を整理する為だ。

 玄界(ミデン)のトリガーは専用トリガーとは異なり汎用型。一対一の場合、余程の使い手でない限りは近界民(ネイバーフッド)の遠征隊に選ばれる精鋭には勝てまい。

 

「やっぱり、(マザー)トリガーあるなあこれ……」

 

 そんなことを考えながら、ふと下を見る。向こうもトリガー技術が直接肉体に埋め込まれている人間相手にまさか探られないとは思ってもいないだろうから、探らせてもらった。

 玄界(ミデン)には12年前からすでにトリガー技術があったようだが、発展したのは最近だろうと考えている。似たようなトリガー技術を見たことがあるが、それには若干劣るからだ。真似したばかりなのだろう。緊急脱出(ベイルアウト)は類を見ないが、そもそも戦えないなら死ねが向こうでは普通だったしそんなものだろう。

 

「この技術は……アリステラ辺りに近い………」

 

 確か2年前辺りに滅んだのだったか。ボーダーの設立時期とも一致する。アリステラの(マザー)トリガーを得たのだろう。当時の玄界(ミデン)に滅ぼして奪えるほどの戦力があるとは思えない。周回軌道的に、アリステラと同盟を結んでいた可能性が高い。

 それなら(マザー)トリガーを使用出来るのも解る。

 

(彼処って何処が滅ぼしたんだっけ……? 事前調査とやらで数日滞在しただけで結局うちは攻めなかったんだよな)

 

 玄界(ミデン)との同盟は知らなかったがあの国は他2国とも繋がっていた。性質上多くの国に恨まれているステマナスは離れた星に遠征隊やトリオン兵を大量に送る余裕はないし、態々攻め入る旨味もない。

 身分を隠してるつもりだったであろう、いいとこ育ちと少女と知り合ったぐらいしか特筆すべき事はなかった。あの女はいざという時亡命先に使えそうなどと言っていたが滅びたのでは意味がない。

 

(そういえばステマナスの星が滅ぶところは見たし、他の遠征艇は事前に壊してたけど、遠征に出てた奴等は無事かも。一応後で報告しとくか)

 

 遠距離遠征隊ともなれば()()()()()()()()()()()()()()使()()()()。だからこそ体もトリオン器官も相当弄られている。ただの人間とは基礎能力(スペック)が違う。

 ステマナスのトリオン兵も厄介な奴が居るし。

 と、その時ポーンと電子音が鳴る。確か来客を知らせる音だったか。壁に取り付けられたモニターを操作するともじゃもじゃ頭の青年が映る。先程あった、太刀川と呼ばれていた戦士だ。

 

『よお、暇だったらうちの隊室に来ないか? 遊ぼうぜ』

「……………」

 

 やたらワクワクしてる少年のような目をしている。こういう目は、よく知っている。戦いを楽しむ者の目だ。

 あの場にいたということは、たまたま近くに居た秀次達と違い確実に精鋭。玄界(ミデン)の強さを正確に測るにはいい機会だろう。

 

「解った、直ぐ行く」




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炒飯

「おい国近、トレーニングルームの設定頼む」

「ん? いきなり何さ……おや、そちらの男前は?」

「どうも、男前の神崎叶です」

「どうも〜。国近柚宇です。こっちのモサモサした男前は烏丸恭介、あっちのフワフワした男前が出水公平」

 

 太刀川隊作戦室に入ると太刀川はゲームをしていた少女に声をかける。

 少女、国近は他にくつろいでいた隊員も紹介する。

 

「どうも、モサモサした男前です」

「あ、これ俺もやる流れ? フワフワした男前で〜す」

「国近、俺は?」

「モジャモジャした男」

「前は?」

 

 隊員同士仲は良さそうだ。結局、前を付ける事のない国近に若干不服そうながらも太刀川はそれよりも優先したいことがあるようで、トレーニングステージを用意させる。

 

「この人強いの? 期待のB級?」

「いや、報告にあった帰還者だ。近界(ネイバーフッド)のトリガー持ってるからいっちょバトろうと思ってな」

「ええ〜。勝手にやっていいの? 怒られるのやだな〜私」

 

 国近の言うように、本来上の許可無く保護されている近界(ネイバーフッド)のトリガー使いと戦うなど、咎められる行為だろう。だが、それは近界(ネイバーフッド)の場合。玄界(ミデン)において、そんな取り決めはない。

 

「大丈夫だろ、模擬戦以外の戦闘禁止は隊員同士の話だし」

 

 近界民(ネイバー)を保護するという行為自体するつもりがないのならそもそもそれを取り締まるルールは無いのだろうが、褒められる行為ではないのは違いない。

 

「それにこれだって模擬戦だろ」

「う〜ん。まあ太刀川さんが責任取って怒られてくれるなら」

「へいへい、怒られたら俺だけ怒るように言うよ」

 

 薄情なオペレーターだ、と肩を竦める太刀川。国近はカタカタとキーボードを操りトレーニングステージに町並みを形成していく。

 

「よーし、行くぞー!」

「『蒼の霧(ミステス)』」

 

 太刀川が剣を構えると同時に叶の服装が軍服に変わり蒼い粒子が霧の如く溢れ出す。

 

「おっと……」

 

 一見煙幕にしか見えないそれに、特に報告も受けていない太刀川は距離を取る。拡張された空間内に広がる蒼い霧はあっという間にステージ全体に広がり、3階建ての屋根の上に着地した太刀川は静かに見下ろす。

 

『えっとね〜、三輪隊の報告によるとあれ全部細かいトリガーで、霧の中に入ったら斬られるよ。後、自己申告だけど肺の中に入れて内部から破壊も出来るってさ』

「マジか、出水もまぜときゃ良かった」

 

 そうすれば炸裂弾(メテオラ)で吹き飛ばせたのに。

 まあ仕方ない。霧に入った瞬間感知されたとしても反応に時間がかかると信じて突貫してみよう。その前に……

 

「旋空孤月っと」

 

 ザン、と家の屋根を切り取る。ブレードトリガー『孤月』のオプション、『旋空』だ。その効果は、攻撃範囲の拡張。刀身が伸び、まるで斬撃が飛んだかのような錯覚を与える。

 

「よっと……」

 

 そのまま切られた家の上部をトリオン体故に強化された脚力で蹴り上げる。

 

「グラスホッパー」

 

 ジャンプ台を生み出し加速、立体機動を可能にするオプショントリガーにより砲弾のように吹き飛ぶ家の一部。その影に隠れるように飛び出す太刀川。ほんの一瞬なれど、霧が存在しない道が生まれる。

 

「そこだ!」

 

 微かな足音を頼りに放つ2発の突き技。これも旋空を使用した。距離が開くほどに狙いが付けにくい突き技。しかし、そこそこの至近距離ならば太刀川は外さない。集中シールドさえ容易く貫くであろう孤月の先端は確かに何かを砕いた感触を手に伝え………太刀川の首が宙を舞った。

 

『トリオン伝達系切断』

 

 設定上、緊急脱出(ベイルアウト)せずにビーッとブザーが鳴り、負けたか、と叫ぼうとした太刀川の頭を叶が踏み潰した。しかし直ぐに再生。またブザーが鳴る。

 

『待った待った! まだ再スタートしてないよ!』

「? ああ………」

 

 国近の言葉に一瞬首を傾げるも、そう言えば模擬戦だったと思い出す。

 

「悪い、つい癖で。僕はもう戦士じゃないのに」

 

 癖、つまりはトリオン体が崩壊してその場に残った本体の頭を踏み潰していたということだろう。大丈夫? と心配そうに手を差し伸べてくる姿からは、いささか想像しにくい。だからこそ危険とでもいうか。

 

「さっきのあれ、どうやったんだ?」

「足音を偽装した。『蒼の霧(ミステス)』は形だけなら何でも真似出来るからな。特殊な効果のあるトリガーとかはだいぶ劣化するけど」

 

 よっと、と手を借り立ち上がる太刀川。近接戦しか行えないトリガー構成故に相性もあるが、かなり強い相手だと言うことは解った。

 

「じゃあ次は剣だけで相手してあげるよ」

「お、言ったな? 俺剣ならすげえ強いぞ」

 

 

 

 

 

「失礼するわ」

「どうも、加古さん」

「あら烏丸君。どう、ウチのチームに入らない?」

「すいません、来年から転属先決まってるんで」

 

 太刀川隊作戦室にA級部隊隊長の一人、加古望が入ってくる。入っていきなり勧誘するがあっさり断られた。

 

「そう言うと思ったわ」

 

 顔の横に✧が出るのはA級隊員の特徴である。

 

「それで、本日はどういったご要件ですか?」

 

 勧誘、拒否の流れはいつもの事。つまり目的はそれではないのだろう。

 

「神崎叶さん、故郷のご飯も味わいたいだろうと思って食事に誘いにいったのに部屋にいなかったの。もしかしたら太刀川君が戦ってみたいって誘ったのかと思って」

「ああ、それ当たってますよ」

 

 と、出水がモニターの前で振り返り名が答える。モニターには孤月二刀を構えた太刀川と蒼い刀を振るう叶の姿が映されており、上部には10: 3と表示されている。

 

「あら、中距離型だと聞いていたけど中々やるのね。太刀川君から3本も」

「逆です加古さん……」

「え?」

「太刀川さんが3本しか取れてねーんす」

 

 と、モニターで叶の腕がぶれ、太刀川の孤月ごと胸から上が切り飛ばされた。スコアは11:3に変わる。

 

「今のは剣に反応出来てたのにね〜。切れ味が半端ない」

「トリガー性能の違いでしょう。それでも、太刀川さんの受け太刀失敗が今のだけって考えると太刀川さんが負けてるんでしょうけど」

「トリオン体の性能も違うよ。それがなかったらもっと勝ってる筈だもん!」

 

 国近の言葉もあるのだろうが、傍目から見ても彼の剣技は中々のものだ。加古も素直に感心した。最後の一本、太刀川と叶のどちらもトリオン伝達脳を斬られ引き分けた。

 

 

「なんだよあの切れ味、ウチの弧月にも組み込めねえかな」

「あれは剣を構成してた粒子に隙間作って高速往復させてるから、一塊の孤月じゃ難しいかな」

「コーソクオーフク………なるほどなぁ」

「………早い話、斬ると言うよりは剣の接触面を削り取ってるんだよ」

「なるほど! コーソクオーフクで削るのか! 鬼怒田さんに相談してみるぜ!」

「…………………」

 

 こいつは駄目だな、とでも言うような視線を向ける叶に気付かず太刀川は上機嫌。ふと、加古に気付いた。

 

「お、加古じゃん。どうした?」

「神崎さんを食事に誘いに来たのよ。太刀川君達もどう?」

「すいません、俺これからバイトなんで」

「ゲーム今日中にクリアしたいんで」

 

 出水は太刀川が出て来る前に逃げていた。太刀川の顔が引きつる。

 

「ほ、本気か加古。神崎さんに、お前の飯を?」

 

 因みに叶の方が太刀川達より1歳年上である。故にさん付け。

 

「ええ、神崎さんも故郷の味を久しぶりに味わいたいでしょ?」

「そうだね。メニューは何かな?」

「炒飯よ」

 

 

 

 加古隊作戦室。リビングルームにて死を覚悟した顔の男が3人。太刀川、三輪、そして一人の男が。

 

「どうもはじめまして、堤と言います」

「これはご丁寧に。僕は神崎叶と言います」

「コウザキ………もしかして、勧誘された?」

「いや、この人はまだ隊員じゃねーよ。でも隊員になったら面白いな。俺のとこ来ませんか?」

「太刀川さんも誘うほどなんですね」

「ああ、負け越してる」

「え!?」

 

 その言葉に堤が驚き、三輪は忌々しそうな顔で叶を睨む。

 

「それだけの力があるのなら、2年前姉さんも救えたろう」

「…………」

「父さんと母さんが言っていた、お前と姉さんは、子供のお遊びといえども結婚の約束もしていたと。10年も前の、昔の事を覚えていたのはお前にとっても姉さんが特別だったからじゃないのか? なのに、お前は何をしていた!?」

「み、三輪君?」

「おい秀次、そりゃ暴論が過ぎるぞ。だったら2年前この街にいた俺等はどうなんだよ」

 

 三輪も、太刀川の言葉の正当性がわかっているのか口を噤む。そんな彼に対して、叶は……

 

「………彼奴を救えなかったのは、僕の不得だ」

 

 暴論を、肯定した。

 

「いやいや、神崎さん帰ってこれなかったんでしょう?」

「どうにか手段を講じれば帰れたはずだ。事実、()()()()()()()()

 

 本当に申し訳無さそうな顔をする叶に、三輪は思わず立ち上がり掴みかかりそうになる。

 否定してくれた方がマシだった。心では解っていても、頭では目の前の男を拒絶出来たから。

 だけど、その顔に、その声に、その言葉に、目の前の男が本当に姉を想い、救えなかった事に心を痛めていると解ってしまう。巫山戯るな、ふざけるな。俺と同じはずがあるか。命惜しさに近界民(ネイバー)の兵士として戦っていた奴に、俺の気持ちが解ってたまるかと否定したくても、言葉が出て来ない。

 

「はいはい、そこまでよ。仲良くなるための食事会なのに、険悪な空気になってどうするの」

 

 と、張り詰めた空気を切り裂くように加古が皿を持って戻ってきた。三輪は叶から目を逸らすように顔を背け乱暴に座り直す。

 

「今日も自信作。『イチゴジャムさば味噌炒飯』よ」

「おかわり」

「はや!?」

 

 何時の間に食い終えたのか、叶は空の皿を加古に渡す。

 

「え、てか食ったの? これを?」

「味がある」

「もしかして、あたり?」

 

 太刀川は恐る恐る炒飯を口にして、ぶっ倒れた。

 

「あら、太刀川君たら疲れてたのかしら?」

「……その、神崎さん食べてなんともないんですか?」

「向こうで食ったものに比べたら」

 

 おかわりをよそいに加古がキッチンに向かい、堤が小声で尋ねると簡潔に返された。これ以上……いや、これ以下の料理?

 三輪の中の嫌悪はほんの少しであるが、同情に変わった。




『教授』
ポジション(推定)完璧万能種(パーフェクトオールラウンダー)
年齢NODATA 誕生日NODATA
身長172cm 血液型B型
星座NODATA 職業トリガー解析・開発者
好きなもの 味のあるもの トリガーいじり 弦楽器 授業 弟子
Family
NODATA

トリオン29 攻撃31
防御・援護23 機動5
技術15 射程9
指揮4 特殊戦術10
トータル122
トリガー
GLAYTRIGGER
深層の泥(デイロスダウト)
叶の『蒼の霧(ミステス)』が持つトリオン体への侵食と同調、解析は元々このトリガーの性能をデータ化して書き写し模倣している。ユーマの(ブラック)トリガーと異なり強化は出来ないが侵食したトリガーの模倣が出来る。



5年前(叶14歳)のとある事件により故人。
叶の師匠。先代のステマナス最強。
本来の立場は(グレイ)トリガーを植え付けられてることからお察し。しかし技術所主任にまで上り詰めた。
料理が壊滅的で、酸味をたすために塩酸ぶち込む、色合いの為に油絵の具を入れる、形を整えるために粘土を使う、米を洗うと聞いて洗剤を使う、スープの中に溶けかけの鍋の取手が混ざる、掬おうとしたお玉が何故か黒く染まり崩れるなどと暴走と謎の化学反応を上げればきりがない。
改造人間だから耐えられた。
改造人間じゃなかったら危なかったと次代ステマナス最強は語った。
彼女が生きていたら叶の脱走は3年は早まった。
断じてショタコンではない。


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情報と対価

 僕は全てを知っている。今こうして君と星々を渡り歩くことすら、君が初めての景色と感動してる事すら、僕には既知である。

 

 遠征艇の中、たった二人しか起きていない中女は幼い少年に微笑む。

 その顔が、ずっと嫌いだった。笑っているくせに笑っていない。女が自分に教えた笑みだから、よく解る。

 笑わずに笑う女。そのくせ、時折心の底から笑う。それは決まって自分に視線を向けている時だけだととっくに気づいているし、その目に宿る色が何なのかも解る。忘れられぬ体質など関係なく、忘れることの無いあの人達の目と同じ………

 

 

 

 

「これが近界(ネイバーフッド)製の遠征艇か………」

 

 ボーダー内でも限られた人間しか入れぬ、C級ならばその空間を知っていても確実になんの為の場所かは知らぬであろうボーダー基地の中には。そこに開いたゲートからSFの宇宙船のような物が出てくる。

 叶の使っていた遠征艇だ。ボーダーの誘導装置に叶のキーのデータを送り、こちらの世界に持ち込んだ。ボーダーの研究も一気に進むだろう。

 

「トリオン貯蓄機を見たが、あれでは足らんのでは?」

「省エネというのもありますけど、まあ元々僕ら強化兵専用の遠征艇でもありますから………これを、首の後ろにブスッと」

 

 鬼怒田の疑問に対して叶は貯蓄機からコードを伸ばし首の後ろの皮膚の一部に似せた部位を開き差し込む。

 

「………とことん、道具扱いするんじゃな」

「場所に寄っては人間並みの扱いを受けますよ。何なら、近界民(ネイバー)玄界(ミデン)の民のハーフとか居ましたし、孫に囲まれた玄界(ミデン)の人間を見送ってほしいと彼の妻に頼まれた事もあります」

 

 まあ、それでも国によってそれぞれだが。一員と認められる国もあれば奴隷として使い潰されることもある。何なら叶達のように実験のサンプルにされた挙げ句戦わされる国もある。

 

「大概の国はトリオン量が高ければ大事にするし、そいつ等の機嫌を損ねない為にもトリオン量が少ない者も丁重に扱う。大規模侵攻は、むしろ珍しい部類……余程余裕がない時か、王位継承で揉めて実績を欲しがるとかでもなければ起きないでしょうね」

「巻き込まれる此方としてはたまったものではない!」

「でしょうね。僕も同意見です」

 

 まあだからといって、大人しく星と共に滅びろと関係のない人間に言えるほど、向こうの全ての世界について無知にはなれなかったが。

 人間が居た。そこには人間が住んでいた。

 

「なので、僕がボーダーに入るとしたら忍田さん派の玉狛よりですね」

「何がなのでじゃ。というか、玉狛じゃと!? お前は………いや、なんでもない」

 

 憎くはないのか、そう言葉にしようとして口をつぐむ鬼怒田。結構悪そうな顔をしているが、根は良い人なのだろう。

 

「僕が憎んでいた国は僕の手で滅ぼしましたから」

「こちらが気を使ってやっとるのに……まあ良いわ。で、中のこれがトリガーじゃな? この一つだけ形が違うようじゃが」

「あ、それ(ブラック)トリガーです」

「……………はぁ!?」

 

 

 

 

 

「という訳で、僕がボーダーに提供する技術はまずトリオン体の強化。最終的な運動能力は生来の身体能力に左右されますが、出力……一足で飛べる高さや進める距離、ネイバーを吹き飛ばせる膂力などが手に入ります」

 

 資料に纏めたステマナスのトリガー技術。それを見ながら上層部は叶の話を聞く。

 

「次に仮称『予備タンク』と呼び続けてるトリガーです。これは所持トリガーにトリオンを補充しトリオン体を修復した後もトリオンを少しずつ吸い取り保管する道具です。トリガーと連結させてトリオン体の早期復元が可能になります」

 

 叶が茜の前で胸に突き刺したものだ。叶のは特注品。満タンならば叶のトリオン量でも10分で復元可能。

 

「………………」

 

 何方もボーダーにとって有り難い。政府公認の組織でなく民間の企業。勧誘も行い、有志を集めていてもその戦力は1000にも満たない。だというのにトリオン体が一度破壊されてしまえば復活に時間がかかる。しかも、トリオン量が多い程時間を要する。

 トリオン量が全てとは言わないが、戦闘時間を伸ばすのにトリオンは必要。そのジレンマを解消してくれるのはありがたい。

 

「僕の場合トリガーが融合してるので肉体に挿しますが、ボーダーの隊員ならトリガーを少し改造するだけですみます。後、トリオン体に取り込ませる事で一時的な強化も可能です。ボーダーのトリガーにもある臨時接続に似ていますね。本人のトリオンを取り込むだけなので、機能障害は起きません」

「おお! 隊員の一時的強化とは!」

 

 と、根付が叫ぶ。事前に聞いていた鬼怒田は驚いていないがウンウンと頷いている。

 

「この情報に対して、君が我々に求める対価は?」

「ボーダーのエンジニアとして働かせてください」

「……………」

 

 それは願ってもいない要求だ。

 元より、叶を今さら一般人に戻すことなど不可能。彼の家族は既に故人。親戚を探すことは出来るだろうが、12年の空白の期間の説明をするわけにも行かないし、何よりトリガーを体に埋め込まれ取り外せないのにボーダーの関われない場所で生きるなど、爆弾を放置するようなものだ。

 

「良いだろう。技術の問題ではなく、組織に所属するために幾つかの試験を受けてもらうが、それさえこなしたなら『特別技術顧問』として、君を鬼怒田さんの下につける。それで構わないか?」

「ワシは問題ありません」

「僕もそれで構いません」

 

 鬼怒田としてもトリガー技術に関して上を行く技術者が部下になるのは喜ばしい。と、不意に城戸が尋ねる。

 

「時に、君のトリオン量は計測史上最も高い………それも、ステマナスの技術かね?」

「………あー」

 

 と、その言葉に叶は固まる。一度全員を見回し、再び口を開いた。

 

「はい、ステマナスの技術です。他人のトリオン器官同士を融合させて無理やりトリオン能力の高い人間を生み出す………ボーダー基準に従うなら、僕の元のトリオン量は38と言ったところですね」

 

 叶のトリオン量の測定結果は51。つまり13も増えた。現在の数値と並べると大したことのない数値に見えるが、トリオン量が10を超える者すら希少であることを考えると、とんでもない変化だ。

 

「他人のトリオン器官を? 可能なのか、そんな事」

「まあ、普通死にますね。実際生き残ったのは僕を含めて数人ですし………自慢ではありませんが、それでも全員30いくかいかないか程度ですが」

「君達は何故生き残れたんですか?」

「根付さん、その質問は無意味だ。僕が特別だから生き残った訳じゃない、()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ」

 

 根付の言葉に淡々と返す叶。

 そもそもとして、ステマナスにおいて叶の最初の立場は実験用のモルモット。強化して使う戦士ではなく、案として出た強化方法が可能か調べるために施術する()()

 (グレイ)トリガーもそうだ。先に実験して、生き残った者と死んだ者の体質から施術方法に至るまで差異を調べどういうやり方なら成功するか、どういう人間なら死なないかをデータ化して、叶は成功率が30%以上という理由で、体内にトリガーを埋め込まれた。

 

「トリオン器官の移植も僕の世代で行われた実験です。僕自身死にかけましたし死んだ者もいました」

 

 大丈夫だよ、と慰め続けていた幼子が、叶の腕の中で泣き止み二度と泣くことはなかった。俺が一番年上だから、と皆を支えようとした青年がチリとなって崩れ落ちた。やたら仰々しい、演劇のような喋り方で子供達に物語を聞かせていた少女が喉が裂けるほど叫び破裂した。

 

「選ぶ基準は、戦いの才能がある者。選び方は、殺し合わせて生き残った方。そもそもトリオン器官を生かしたまま取り出す方が難しいので、ボーダーでは出来ないかと。『人型』としている本物の近界民(ネイバー)で試すと言うなら、手伝いませんし教えませんが止めはしません」

「不要だ。人の生き死にが関わる人体実験は、私のボーダーには必要ない」

「それを聞いて安心しました」

 

 何が何でも強い兵を作る、なんて組織だったら、敵対していた。

 

「僕の体については後日詳しく纏めを提出します。取り敢えず今言える事は、生身でもトリガーを使用できる。トリオン量は実験の結果。同じく実験でサイドエフェクトを複数持ってる。身体の悪影響を気にしなければ『蒼の霧(ミステス)』の出力を上げられるって事ぐらいですかね」

「サイドエフェクトを………? いや、そちらは後日纏めを読ませてもらおう」

「そうですか………そう言えば、茜ちゃんってB級でしたよね? 記憶処理はなされたんですか?」

 

 遠征部隊は近界民(ネイバー)が街を襲っているトリオン兵ではなく、別の世界に生きる人間である事を知っているだろう。遠征部隊予備とも言える、A級中位、下位も恐らくは。ただ、B級は街の防衛が主だろうから、知らない可能性はある。むしろ知らないほうがいいだろう。

 

「僕は色んな所から攫われた仲間達と一緒でしたからね。師もそうですし………僕等の屍の上で何も知らない民が笑ってたステマナスは兎も角、近界民(ネイバー)を憎んではいません。その上で、城戸さん……城戸司令の方針を間違ってるとは思いません」

 

 12年前。7歳までは世界を知ろうとしなかった。しかし今はこの世界を調べ、その上で理解した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 認められるとか、認められないとかは関係ない。何故彼がこんな凶行に走ったのか、やたら調べる。理由を探す。何なら冤罪の殺人容疑者のプライバシー侵害した記事がネットに残り続けるぐらい、人を殺す事から無縁な()()()()()だ。平和な世界に生きた者達には、殺人を行えるようにする建前が要る。

 

「敵だから殺そう。解りやすいスローガンですが、少なくとも茜ちゃんが耐えられる現実とは思えない。かなうなら僕とあの子の出会いを消して貰えると助かるのですが」

「…………日浦隊員達に関しては、日浦隊員がそれを拒んでいる」

「…………拒んでいるからしない、という組織ではないのかとばかり」

「それが違反行為ならば私もそうしただろう。だが、彼女達は偶然知っただけ。規定違反を起こした訳でもない。それに、知った上で戦える隊員が増えるならそれはそれで望ましい限りだ。彼女達が外部に漏らすような行動に出る、もしくはその事実に耐えられない、ボーダーを去ると言うのなら、記憶処理はする。そうでないなら、現状彼女達の記憶に関して君に口出しの権利はない…………すまないな。少しいい方がきつくなった。だが、それが全てだ」

「…………解りました。ボーダーに入れば僕の司令はあなたになる。その判断に従います」

 

 叶はそう言って頭を下げる。話は終わり、叶は会議室から出ていった。

 

「……話せば話すほど、闇が出て来る子ですね」

「まあ、本人はさして気にしていないようですがねえ。さすが、十年も殺し合いをしていただけはあります」

「根付君にはそう見えるか?」

 

 唐沢の言葉に根付が冷や汗を流しながら紡いだ言葉に、城戸が反応した。

 

「彼は始終笑顔だった。私が知る限り、それ以外の表情は見ていない。それは、本当に彼が笑っているからか?」

「そ、それはどういう………」

「表情だけで彼の人間性を判断してはいけないと、そう言う話だ」

 

 

 

 

 

(一見すると厳格で苛烈。見た目はそうだが、存外隊員思い………いや、子供思い、か?)

 

 城戸とのやり取りを思い出しながら、城戸という人間を測ろうとする叶。

 

(元々旧ボーダーの一員って話だけど、それなら近界民(ネイバー)を滅ぼすなんて()()()()()()()って現実を知ってると思うんだけどな。本当の目的はスローガンとは別なのかな? やっぱり、解りやすく戦う意志のある人間を集めるための方便? ま、その当たりを調べる必要はないか。敵になるかならないか、重要なのはそこだけ)

 

 少なくとも、茜達への対応や人体実験と聞いた瞬間一瞬見せたあの嫌悪感。それを見る限り、悪人ではない。

 真の目的がある可能性が高く、その目的が気にならないのかと言われれば当然気になるが、まあ踏み込んで不和を作るぐらいなら気にしなくて良いだろう。

 

(ないとは思うけど、本気で近界(ネイバーフッド)全てを滅ぼす気なら、逃げるか。巻き込まれたくないし)

 

 

 

 

 試験まで暇だ。数日空いたが、何をしようか。

 外出許可は降りている。生体融合式のトリガーを所持しているため、トリガー反応を計測する機械をつけてだが………。

 

(あいつの墓参りでも行くか? でも、場所がな………)

 

 秀次は教えてくれないだろうし、バックストーリーが完成するまで彼の両親にも会えない。というか、昔の知り合いに接触できない。まあ接触できる知り合いなんて三輪一家ぐらいなのだが。あれ、交友関係少なくない?

 いや、知り合いという意味でなら探せばいるだろうが、多分覚えているほど親しいのは………と、その時来客を知らせるインターホンがなる。また太刀川あたりが来たのだろうか、と特に気にせず扉を開け………

 

「こんにちは〜!」

 

 クソデカボイスで日浦茜が挨拶してきた。




叶はトリオン回収ができなくても滅びを気にしないミデンがトリオンの枯渇が滅びに繋がるネイバーフッドを幾つも滅ぼしたら孤立し連合にミデンが蹂躙されるの考えてます。ていうか自分がネイバーフッドの人間だったら無限に攻めてこれる国とか他の国に頭下げてでも協力して滅ぼす道を選んだと考えてます。軍人なので


『教授』は灰トリガーのプロトタイプ。普通なら舌が溶けるレベルの酸で漸く酸味っぽいのを認識する。どこぞの炒飯と違って味見はするが、取り敢えず本人が体調崩さなければ大丈夫と判断して出す。実用可能か確かめる為の改造率なので寿命はともかく体の頑丈さは叶達より上だから意味がない


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数日ぶりの再会

 ボーダーは民間組織だ。

 トリガーという軍事力を一変させる技術の流出を抑えるためだ。そのため警察、自衛隊などの国の力を雇えない。

 そして、トリオン体が成長する期間の者達を集めている都合上、未成年が多い。

 

(まあそれにしたって大人はなにやってんだよって話だけどね)

 

 ネットで簡単に出てくるアンチボーダーのまとめサイトを見る限り、子供を戦わせるなんてと騒ぐだけ騒いで自分は戦おうとしない奴等ばかり。しかもボーダー組織のみならず、その子供達も結局非難しているのだからなんと中身のないことか。

 

「と、そんな風にネット見て思ったけど、この街だとアンチボーダー少ないんだね」

「うーん。私、そういうの考えた事ありませんでした」

「三門の外から見ればここは戦時中で、他人事だからじゃないの? 三門の住人からすれば戦ってくれるボーダーってありがたかったし。入った理由はヒーローになりたいからって訳じゃないけど」

「私はちょっとだけだけど、透君……従姉弟が先に入っていて治療のために誘われたから」

 

 現在叶は美少女達を侍らせていた。那須隊の面々だ。

 儚げな美少女、那須玲。背の高い美少女熊谷友子。そして天真爛漫な美少女日浦茜。

 何故彼女達と町中を歩いているのか、それは少し前の事。

 

 

 

 

「…………やあ茜ちゃん、久し振り」

 

 扉を開けた先に笑顔で立っていた茜に挨拶する。そして、背後の二人にも目を向ける。

 

「君達も久し振りだね。あの時はごめんね、戦場に取り残されるなんて初めての経験だったろうし、怖かったろう? 特に、そっちの君は健康に難があったみたいだし………」

「いえ、私達の方こそ故郷に帰ってこれた貴方にいきなり攻撃してしまい申し訳ありませんでした」

「……ごめんなさい」

「…………………」

「あ、えっと。あたし、熊谷友子って言います」

「那須玲です。よろしくおねがいします」

 

 随分と礼儀の正しい子達だ。というか完全に信用出来ない自分に、太刀川達精鋭はともかく彼女達を接触させていいのだろうか?

 

(一応監視はしてるみたいだけど………)

 

 トリガーを使用していないか常に把握していると言う腕輪。しかし、生身でも人など括り殺せる改造人間相手には心許ない監視だ。それに異変に気付いたとしても、対応される前に目の前の3人はやっぱり括り殺せる。

 

「僕が怖くないの?」

「大丈夫です! 迅さんが言ってましたから!」

「誰?」

「ちょっと茜!」

 

 熊谷の言葉に慌てて口を抑える茜を見て、ふむ、と考える。

 迅と言う何者かからの助言は口に出さないほうが良かったらしい。何故か? 貴方は安全ですと言われました、なんて言われたら心変わりする可能性があるからだろう。そして、それがなければ茜達に何もしないと確信するには………方法の一つ、茜達とあった瞬間心を読む。これは無いだろう。近くにはいないし、大丈夫と言われてきたと言っていた。なら………

 

「未来予知か」

「っ!!」

「知り合いにも居てね………全く、どこの世界でも厄介なものだ。予知者というのは………未来を知るからこそ、より良い未来だなんだと選択者気取り………まあ、良い。予知者が肯定した以上君達と僕の交友は少なくともボーダーにとって損にはならず、むしろ得になるかもしれない。それは僕としても望むところ………」

 

 ボーダーに資金が増えればトリガー後進世界の玄界(ミデン)でもまともな設備が造れる。

 

(いや、緊急脱出(ベイルアウト)機能は結構すごかったな。トリガーの容量食うけど………もっと詳しく解析すれば………『蒼の霧(ミステス)』の簡易解析機は監視中の今使えないし)

 

「? 神崎さん?」

「と、失礼。少し考え事を……」

「あー……あの、もしかして忙しかったですか?」

「まさか。見目麗しい淑女3人の誘いより優先することなど、ありはしないよ」

「ほえ?」

「は?」

「まあ」

「………………今の無し」

 

 国民に英雄として崇められ、貴族の子息やお姫様(のうないおはなばたけども)に尊敬され、形だけでも取り繕わされた英雄時代のキザったらしい対応をしてしまった。

 

「くま先輩くま先輩! 私達見目麗しいって言われましたよ!」

「そうね……あの、でも何で目をそらしてるんですか?」

「きっと、思わず言ってしまったのよ」

 

 困惑しながら少し頬を染める茜と熊谷とは異なり、那須は落ち着いた様子で笑う。

 

「向こうじゃ貴族の子供の機嫌損ねただけで命の危険………は、あの頃は早々手出しできない位置だったけど、まあ酷い目にあったからね。思ってなくてもつい女性相手には言ってしまうんだ。気を悪くしたなら謝るよ」

「あら、冗談だってんですか?」

「…………ま、君達が見目麗しいのは本当だよ」

「ですって、二人共」

 

 男慣れ、という訳ではないだろう。この世界娯楽に溢れているし、体の弱い彼女は文字媒体か映像媒体にしろ、その手の台詞が出るやり取りを二人より多く知っているのかもしれない。

 

「それで? 君達は僕にどんな用事かな? 前回の負い目もあるしね、何でも言ってよ」

「遊園地行きましょう! 遊園地!」

「………遊園地?」

「はい。遊園地って言うのはですね……」

「ああ、それは知ってるよ。良く家族と行ったし。まあ、乗れる物も少なくて、あの子と一緒に身長制限のない乗り物や、屋台巡りをした思い出しかないけど」

「え!? 覚えてるんですか!?」

「それが僕の元から持つ副作用(サイドエフェクト)だからね……」

 

 だから今でも、両親の死を、師の最後を覚えている。師の施した訓練のおかげで、それが脳裏に過らないで済んでいるが。

 

「で、どうして遊園地に?」

「えっと……最初は神崎さんと話したかったんです。その、記憶をどうするかって言われて」

「僕としては、忘れた方が良いと思うけどね。これから先、戦うかもしれない『人型』を、『人間』として見る事になるよ」

 

 人を初めて殺すのは、とても気持ち悪かった。ましてや殺した相手がお互いを支え合った攫われた者同士。その後も、殺せるようにはなった。笑顔を貼り付けることも出来るようにも………でも、心は何時だって。

 

「詳しくは言わないけど、最悪なんだよ、あれ。だから、まだ近界民(ネイバー)を『動物型』と『人型』って区別できてた頃に戻した方がいい」

「神崎さんも、私達を忘れたいんですか?」

「僕は副作用(サイドエフェクト)で記憶の改変や削除、受け付けないから忘れられないかな」

 

 完全記憶能力者自体は、探せばいるだろう。その全員がトリオン能力が優れている訳でもあるまい。

 叶のそれは、膨大なトリオンが脳に影響を及ぼしたもの。その部分を()()()()()いじられていない。少なくともトリガー技術を使った記憶の消去や付与は叶には効かなかった。

 

「自分だけ覚えてるって、悲しくならないんですか?」

「どうだろう。しゅうちゃんは年齢が年齢だから仕方ないと思うし、おじさんとおばさんは覚えてくれていたし……」

 

 忘れない事が当たり前の自分にとって、覚えていてくれて嬉しいと実感するほど強い関係のものに忘れられたことはない。だから、良く解らない。

 

「私も、きっとそれは悲しい事だと思うわ」

 

 と那須が言う。

 

「そう………なら、僕からは何も言わないよ」

「………あ、えっと……えっとですね。でもその……やっぱりそう言うのは相手をよく知ったほうがいいのかなぁと思いまして。それで遊園地のダブルペアチケットの有効期限が近いのに気づいて」

「ダブルペア?」

「本来の目的としてはダブルデートにどうぞってやつだと思います」

「あの目隠れの子………小夜ちゃんは? そう言えば、あの子にも謝りたいんだけど」

「小夜子は、男の人がいる所に出られないので」

「……………なるほど」

 

 あの時の気絶は近界民(ネイバー)への恐怖だけではなかったのか。

 

「それでですね。やっぱり、相手をよく知るためには一緒に遊んだりしたほうが良いと思うんです。どうですか?」

「そこまで言われて、女性の誘いを無下にするほど落ちぶれちゃいないよ。どうぞよろしく、お嬢さん方」




英雄になったのは『教授』の死後だけど教養自体は『教授』に生前学ばされた。何なら遺品に自分の死後の勉強内容を記した本がある。

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