最悪のタイミングで初登場したために謎の第3勢力になったTS魔法少女 (きし川)
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黒い魔法少女

キィィィン、キィィィン

 

「……はぁ〜」

 

畳の上に敷いた布団で寝ていたあたしを耳障りな音が起こしてきた。

あたしはため息を吐いて、ゆっくりと上体を起こす。

 

「はいはい、今行きますよー」

 

頭の中で鳴り響く耳障りな音に適当な相づちを打ちながら、布団を畳む。

そして、洗面所に行き、洗面台の蛇口から出した水を両手に貯めて顔を洗う。バシャバシャと適当に顔を洗ったあと、近くに掛けてあるタオルで顔を拭き、顔を上げて鏡を見る。

 

肩ぐらいまで伸びた茶髪、シミ一つない白い肌、眠そうな目つきの青い瞳。ぱっと見て、美少女と言える顔をしている。

少し視線を下げれば、今着ているTシャツを押し上げている僅かな膨らみが見える。()の年齢が大体、14、5ぐらいと考えれば大きすぎず、小さすぎずという具合。身長の方も150前半ぐらいだろうか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()。まるで、元々は違う姿だったみたいな言い方だが、実際の所そうだと言える。というのも、あたしは元々、普通の成人男性だった。が、自分でも分からないうちに死んでいて神を名乗る超常的存在に見知らぬ土地にこの姿で転生させられた。

しかも、転生させられた時に厄介事を頼まれてしまった。あたしは混乱状態で説明を求めたが超常的存在はあたしの要求を無視したばかりか、脳に必要な知識をぶち込んだ挙げ句、やり方は一任する。と言って、どこかへと行ってしまった。無責任にもほどがある。

 

クゥーン

 

未だに耳障りな音が鳴り続けている脳内で犬の強請るような声が聞こえる。

 

「ん、おはよう。もうちょっと待っててね」

 

鏡に薄っすらと映る黒い狼にあたしは言った。

 

ウォン!

 

早くしろ。と、さながら餌を入れる皿の前で餌が注がれるのを待つような姿勢で急かすように狼は鳴く。

彼?は超常的存在に頼まれた厄介事をするのに必要な存在であり、そのへんで拾ってきた狼だ。もちろんただの狼ではなく、鏡でこの世と繋がっている鏡界と呼ばれる異世界に生息しているモンスターだ。

 

「よし、行くとしますか」

 

いつもの普段着である、黒地に白いラインが入ったジャージと同デザインのハーフパンツに着替えて家を出る。

しっかり施錠をして、現場へ向かう。

 

向かった先はとある廃工場。ここが今日の仕事現場らしい。

頭に響く耳障りな音を頼りに周囲を警戒する。あたしの経験が正しければもうすぐ出てくるはず……。

 

そう思っていると、あたしから見て左側にあった窓ガラスが池に石を落とした時のように波打ち、窓ガラスから何かが飛び出してきた。

あたしは飛び出してきたものを避けると飛び出してきたものを見た。

 

グキキ……

 

カミキリムシの様な頭を持ち、両腕はカマキリのように鎌状で背中にはスズメバチの羽に似た物が生えている、大きさは2メートル程の人型の怪人。どうやら、今回は虫系のモンスターのようだ。

 

「階級的には、ランクⅠってところかな……能力持ちってわけでもなさそうだし」

 

鏡界に棲むモンスターにはランクがあり、図体の大きさ、能力の脅威度、知性の有無でランク付けがされている。

今目の前にいる虫系のモンスターは、外見から能力ではなく、物理で戦うタイプと判断し、サイズも人間大なため、そう評価した。

 

()()()()が来ないうちにさっさと倒そ」

 

モンスター以上に厄介な人物を思い浮かべながらあたしはジャージのポケットから1枚のカードを取り出す。

《CHANGE》という文字と黒い狼の顔が描かれたそのカードをあたしは躊躇なく握りつぶした。

 

パリンと、ガラスの割れる音がすると、待ってましたと言わんばかりに勢いよく近くの窓ガラスから狼が飛び出し、カードを割るのと同時に飛びかかってきた虫系のモンスターを空中で咥えて、投げ飛ばして廃工場の壁に叩きつけた。そのまま倒してくれないかなぁ……。

 

しかし、そんな願いを余所に狼はモンスターから離れ、あたしの後ろに移動すると体を黒い霧状にしてあたしを包み込んだ。

霧が体内に入り込んで、体が作り替えられているような感覚を味わうこと1秒ほど、あたしの格好は魔法戦衣と呼ばれる仕事着に変わった。

 

茶色い髪は黒く染まり、髪は後ろの髪だけ伸びて黒いリボンで括られ、瞳は青から朱へ、上は黒い半袖のアンダーシャツの上に黒いノースリーブのベストを着て、下は黒いショートパンツに黒いタイツ、腰には意味があるのか分からない黒い腰マントがあり、腰の右側にはケースがある。靴は黒いブーツ。両腕には手の甲から肘のところまでカバーするプロテクターがあり、こちらは鈍い銀色だ。殆どが黒で構成されたこの格好があたしの仕事着だ。

 

グギギギ!

 

着替えが終わると同時に虫系のモンスターが立ち上がり、鳴き声を上げた。

あたしは虫系のモンスターを見ながら両手に《ガン・トンファー》という名称の先端に銃口のようなものがある魔法武装を装備する。

 

グギギ!

 

飛びかかりながら右腕の鎌を振り下ろしてくる虫系のモンスター。あたしはその攻撃を少し後ろに下がることで避けると空振った腕の鎌に右足でローキックした。

 

グギャ……!?

 

「……脆っ」

 

蹴られた鎌は驚くほどにあっさりと根本から折れ、緑色の体液が溢れてきた。

 

グギギ!

 

鎌を折られて怒ったのか虫系のモンスターが左の鎌を振り下ろしてくるがあたしは右手のガン・トンファーでその鎌を弾くと、懐に踏み込んで左のガン・トンファーの銃口を虫系のモンスターの胴体に当てる。

そして、トンファーの持ち手にある引き金を引くと炸裂音とともに虫系のモンスターの上半身が吹き飛んだ。

 

「……あっけない」

 

遅れて倒れた下半身を見ながら思わず呟いた。別にこんな風にあっさり終わるなら喜ぼしいことだがこの程度のモンスターのために起こされたと思うとなんとも言えない心境になる。

 

「また、あなたですか」

 

そんなことを思っていると後ろから聞きたくない声がした。

 

しまった。呑気に時間をかけすぎたと、後悔したがもう遅いので後ろを振り向く。

 

「今日こそは話してもらいますよ。あなたの目的を……」

 

刀型の魔法武装を向ける、手足に申し訳程度の装甲と青と白で配色されたレオタードに近いタイプの魔法戦衣を身に纏った青い髪の()()()がいた。

毎度思うのが、よくそんな格好で平然としていられるなと、思う。恥ずかしいし、冬とか寒そうだ。

 

「……まだその時じゃない」

 

あたしはいつものように青い同業者に言った。

 

「またそのセリフ……一体、その時とはいつ来るのですか」

 

ムッとした表情で刀を構えてにじり寄ってくる。

この青い同業者との付き合いはもう5年近くになるが、ずっとこんな感じである。

なぜこんな付き合いになってしまったのか。簡単に言えば、初対面のタイミングが悪かったという他ならない。

 

5年前のあたしの初陣の日、青い同業者と他の同業者もその現場にいたのだが、あたしが現場入りした瞬間、モンスターが大量発生し、しかも、あたしには目もくれず青い同業者達を襲うものだからまるであたしがモンスターを使役して青い同業者達を襲わせているような構図になってしまった。あの時、青い同業者達と協力していればまだ状況がマシになったかもしれないが、あたしは恐怖のあまり、その場から逃げ出してしまった。

それ以来、青い同業者達とは敵対関係にあるが、正直にいうと、あたしはこの関係を改善するつもりはない。協力関係を結べたとして背中を撃たれる心配が無くなるわけではないからだ。かといって、仕事内容は同じなため、完全な敵対関係にはならずに目的不明な謎の第3勢力的存在になっている。

 

「はっ!」

 

青い同業者が高速で接近し、上段から刀を振り下ろしてくる。あたしはそれを左のガン・トンファーで受けると弾いて、右のガン・トンファーで殴る。が、当たる前に青い同業者は距離を取って躱した。

 

「正面からはやっぱり無理……なら……!」

 

青い同業者はあたしの周りを高速で回り始める。あまりにも動きが速いため残像が出来ている。

 

「はぁ!」

 

いつ来るのかと、構えていると気合の声とともに後ろから斬りかかってきた。

 

「ふんっ!」

 

あたしは青い同業者の刀を左のガン・トンファーで全力で弾くと間髪入れずに右脚で青い同業者の腹を蹴り飛ばした。

 

「ぐっ……!」

 

蹴り飛ばされた青い同業者はそのまま後ろにあったドラム缶の山に突っ込んだ。

 

(今のうちに……)

 

あたしは他の同業者が来ないうちに狼の能力である霧ワープで現場を後にした。

 

そして、現場から離れた人気のない場所で魔法戦衣を解除、普段着に戻した。

 

「お腹すいたなぁ……どっかコンビニでも行こっかな」

 

そんなことを言いながら、あの超常的存在から頼まれた厄介事である魔法少女という仕事についてふと考える。

 

 

 

 

 

いったい、いつまであたしはこんなことをしなければならないのだろうか?




黒い魔法少女

変身者 浪川静流

戦闘歴 5年

魔法武装 ガン・トンファー

経歴

元は一般の成人男性。超常的存在に転生させられ魔法少女をやらされている。超常的存在に用意された一軒家に住んでおり、学校には行っていないがそのことに疑問を持つものはいない。(ご近所付き合いは良い)
他の魔法少女にバレないようコツコツと経験を重ね、今では同じエリアを担当する魔法少女中では実力は上位である。


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アンノウン

お気に入り、感想、ありがとうございます。


「くっ……!どこに!?」

 

自分の体の上に乗っているドラム缶を刀を振るって退かし、黒い魔法少女を探す。が、既にその姿はない。

 

また、逃した……!

 

奥歯を噛み締め、みすみす逃した自分への怒りを抑える。

深呼吸、落ち着いたところで変身を解除する。

 

防御面は最低限度ではあるが着用者の動きを阻害せず速さに特化した魔法戦衣が淡く発光しながら(ほど)け、自分の通う中学校の制服に変わる。青い髪も元の黒髪に戻り、私は魔法少女ブルーバードとしての姿から早乙女(さおとめ)風花(ふうか)の姿へと戻った。

 

「学校は……間に合いそうにありませんか……」

 

制服のポケットからスマホを取り出し、時間を見ればあと5分で朝のホームルームが始まる時刻になっており、自分のいる場所からでは間に合わない事が分かる。

 

仕方ありませんね……機関にお願いして、学校に連絡してもらいましょうか。

 

機関……魔法少女監督機関は私達、魔法少女を管理している政府公認の組織だ。

主にどこで誰が戦闘をしたかとか、モンスターの能力の情報や次の出現位置の予測等を行っているが、こういった時に自分達に不利益が無いようサポートしてくれるため、頼りになる。

 

「すみません、早乙女です。実は――」

 

機関へ連絡して事情を話すとすぐに対処してくれることになった。ただ、あの黒い魔法少女について報告するようにと言われた。今日は放課後に機関に行かないといけないな……。

 

「あっれ〜、もう終わっちゃった感じ〜?」

 

廃工場の屋根の上から知っている声がしたので見上げると案の定、白いカッターシャツの腕を捲り、黄色いネクタイを緩めに締め、腰にセーターを巻いて、黄色いチェックのスカートを履いた。一見すると、魔法戦衣とは思えない格好の知り合いがいました。

 

「ええ、また遅刻ですよ。イエローストリングスさん」

「ごっめ〜ん☆さっきまで寝てたからさ~これでも急いだほうなんだよ?」

 

イエローストリングスさん。私と同じく機関に登録されている魔法少女で私の1つ上の先輩であり私と同じエリアで活動している。……事になっていますが、一緒に活動したことはほとんどありません。

 

「……珍しいですね。いつもなら積極的に行動しない貴方が急いでいらっしゃるなんて」

「や、実はさ〜この前ライブでみんなとおしゃべりしてたんだけど、最近、活動してなくて寂しいって言われちゃってさ〜。リスナーちゃんたちの要望を無視するわけにはいかない身としては重い腰を上げざるを得なかったってな感じなんで来てみた☆」

 

ま、遅刻したんですけどねーと、最後に付け足してガックリと項垂れるイエローストリングスさん。

 

「ところで、今日のはどんな奴だったの〜?ま、そんなに時間掛かってなさそうだから大した奴じゃないんだろうけど」

「……分かりません。今回倒したのは私ではないので」

「え、じゃあ誰……もしかして、アンノウン?」

 

アンノウン。機関があの黒い魔法少女に付けた識別ネーム。正体不明、目的不明。とにかく情報の少なさからそう名付けられたそうです。

 

「……はい、そうです」

 

私が頷いて答えるとイエローストリングスさんは不機嫌そうに表情を歪めた。

 

「……チッ、また、アイツ〜?毎度毎度、人の仕事横取りしやがってマジうざ過ぎ」

 

……あなた、いつも来ないじゃないですかとは、言わないほうがいいかもしれませんね。イエローストリングスさんを余計に刺激しそうですし。

 

「じゃ、私は帰るね、お疲れ様〜」

 

疲れたような顔をしてイエローストリングスさんはそう言うと踵を返して帰っていきました。

 

……私も学校に行きますか。

 

遅刻するのは確定なため、ゆっくり、のんびりと……。

 

 

 

 

 

 

時は進み、放課後。所属している剣道部の顧問に用事があるため今日は部活に参加ができないことを伝え、私は魔法少女管理機関が置かれている建物に向かう。

 

報告する内容を頭の中で整理しながら向かう事、十数分後。目的の場所である5階建てのオフィスビルに着いた。

一見すると、ただのオフィスビルだがこの地下に魔法少女管理機関の本部が置かれている。

私はビルに入り、エレベーターに乗ると操作ボタンの下のスペースに触れた。すると、ピッという電子音が鳴り、一般人が立ち入れない地下へと下降する。

 

3分後、エレベーターは止まり、ドアが開く。ドアの向こうには長く先の見えない通路があり、私はエレベーターを降りて、壁に設置されたパネルに手を置いた。

電子音が鳴り、パネルに内蔵されたセンサーが私の手の指紋をスキャンする。

 

『指紋認証完了。早乙女風花様、ようこそいらっしゃいました。足元が動きますのでご注意ください』

 

設定された音声が鳴り、静かにゆっくりと床がベルトコンベアのように動き始める。

私は床の動きに身を任せ、奥へと進む。

 

やがて通路の突き当たりにある扉の前まで来ると床の動きが止まる。

扉の横にパネルに手を置いて、指紋をスキャンさせ、扉を解錠する。

 

ドアが開くと広い部屋になっており、正面に巨大な3枚のスクリーンが見え、30人ほどの職員達がコンソールに向かって作業をしている。いつもの管理機関司令室の風景だ。

 

「来たか!早乙女君!怪我はしてないか!?」

「いえ、大丈夫です。問題ありません、神薙(かんなぎ)指揮官」

 

部屋に入るなり、大きく暑苦しい声で話しかけてきたのは魔法少女管理機関の前線指揮官で私達の上司的存在である神薙(かんなぎ)(たける)指揮官。身長180cm以上で筋肉隆々、漫画好きの知り合いに見せてもらった格闘技系の漫画に出てくる様な大男です。

 

「そうか!なら良かった!……では、さっそく本題に移ろう。今日君が戦ったアンノウンについて報告してほしい!」

「はい、わかりました……と、言っても、今までと同じです。連絡を受け、指定されたポイントに着いた時には既にモンスターはアンノウンの手によって倒され、私も交戦しましたがいつものように魔法も使わずあしらわれ逃げられてしまいました」

 

あの黒い魔法少女……アンノウンは、いつもそうだ。モンスターが出現した際に発生する微弱なエネルギーを検知し、現場に急行する私達よりも早くその場所にいて、モンスターを倒している。

まだモンスターの反応を検知するセンサーの性能が低かった5年前ならいざ知らず、性能が大幅に向上した現在(いま)でさえ彼女は私達よりも早く着いている。

その上、私達、魔法少女の代名詞である魔法……カードをアンノウンが使うところを私達は見たことがない。この事に使わないのでなく、使えないのではという説を唱える人もいたが、では私達にも有るあの腰のケースはなんだろうか?

 

 

「そうか……やはり、今回も()()を見せないか……しかし、あれだな、アンノウンは本当に何がやりたいのかわからんな。5年前のあの時はモンスターを使役して、それ以降はモンスター退治。一体何がしたいんだ?」

「同感です。私もずっとそれが気になっています」

 

5年前……珍しく市街地に大型のモンスターが出現し、そして、またも珍しく私を含めた5人の魔法少女がその場に居合わせ、協力してモンスターを討伐したあの戦い。

当時まだ魔法少女になって日が浅かった私は初めての大型モンスターとの戦闘で生き残れたことに震えながら安堵していて、そんな私と戦いで疲弊したイエローストリングスさんを先輩達が労ってくれていた時だった。

 

本当になんの前触れもなく、音もなくアンノウンは私達の前に現れ、じっと私達を見ていた。

その身に纏う魔法戦衣、腰の付けているケースで私達と同じ魔法少女だとすぐに分かった。けれど、魔法少女の力の表現である識別色(シンボル・カラー)は魔法少女管理機関のデータベースには無い色……”黒“だった為、私達は驚いた。

 

新しい魔法少女か!? と先輩の一人であったレッドベアさんが嬉しそうにしていたのは今でも憶えている。そして、もう一人の先輩ホワイトカリバーさんが声をかけようとした瞬間。

 

周囲の反射するもの。窓ガラスやカーブミラーだけでなく道路に溜まった水溜りから一斉に大量のモンスターが出現した。

 

街は大混乱に陥り、私達はすぐさまモンスター達と戦った。

けれど、多勢に無勢で先の大型モンスターとの戦いで疲弊していた私はモンスターの攻撃で重症を負い、イエローストリングスさんと一緒に先輩のグリーンエメラルドさんの結界内でホワイトカリバーさんとレッドベアさんが戦っているのを見ている事しかできなかった。

あの魔法少女は……と、周りを見るがいつの間にかアンノウンの姿はなかった。

 

そして、ホワイトカリバーさん、レッドベアさんの生命力すら消耗するほどの大魔法によって出現したモンスターは全滅し、街の人達から死者が出ることはなかった。

 

しかし、ホワイトカリバーさんとレッドベアさんは大魔法の反動と戦いで受けた傷からの出血で命を落とし、ホワイトカリバーさんのケースは今もなお見つかっていない。

 

その後、魔法少女管理機関はあのモンスターの大量発生をアンノウンが招いたものと判断し、優先的に捕縛または討伐するよう命令を出した。

 

しかし、私やイエローストリングスさんは目の前で先輩達が命を落としたことにショックを受けてそれどころではなく、グリーンエメラルドさんも後方支援に特化したタイプの魔法少女だった為、乗り気ではなかった。

 

ショックから立ち直れず時間だけが過ぎていく中、モンスター出現の連絡が来た。しかし、行かなければと、わかっていても行く気にはなれなかった。

 

しばらくして、電話が鳴った。神薙司令からだった。

出動の催促だろうかと、思い出てみると耳を疑った。

 

何者かにモンスターが倒された。

 

私はすぐにイエローストリングスか、グリーンエメラルドさんが倒したのではと、思ったが神薙司令曰く二人ではないらしい。

 

その日から、モンスターが出現すると何者かに倒されるという事件が続いた。そして、ある日のこと、またモンスターが出現したと連絡が入り、私のいる場所から近かったため私はその場所に向かった。この時にはもうショックから少しだけ立ち直って、いい加減前を向かなければという意志の方が大きかったので魔法少女として戦うことに迷いはなかった。

 

その場所に着くと既に誰かがモンスターと戦闘をしていた。

私も加勢しようと変身のカードを使おうとした時、手が止まった。

 

なぜなら、モンスターと戦っていたのはあのアンノウンだったからだ。

 

アンノウンはとにかくモンスターを殴り、蹴り、決して反撃を許そうとせず、最後はトンファー型の魔法武装の火砲でモンスターを倒していた。

 

私は混乱した。なぜ、モンスターを使役できるはずのアンノウンがモンスターを倒しているのか、分からなかったからだ。

 

本当に使役できるのか?

 

出来ないのではあれば、なぜあの時、モンスターが?

 

そもそも、あなたは何者なのか?

 

いろんな疑問が止めどなく湧いて、頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 

そして、私は聞いた。

 

――あなたは誰? 目的は何?

 

アンノウンは答えた。

 

――いつか話すよ。

 

そう言って、アンノウンは霧とともに消えた。

 

 

 

 

それから私は、積極的にモンスター出現の連絡が来れば、最優先で行動するようになった。ただし、魔法少女としてモンスターを倒すためではなく、アンノウンにあの日のことを聞くためにだ。

 

もしかしたら、私達の知らない何かをあのアンノウンは知っていると私は思っている。

けれど、その答えを聞く試みは未だに成功していない。

 

5年経ってなお、今日の時のように先延ばしされるばかりで教えてくれないからだ。

 

 

 

 

 

「本当に、あなたは何者で……何をしようとしているんですか」

 

司令室の巨大スクリーンではなくどこか遠い場所を見ているような気分で私は呟いた。

 

 




魔法少女ブルーバード

変身者 早乙女風花

魔法武装 叢雲

戦闘歴 5年

経歴

5年前に魔法少女となり、今も現役で活動している魔法少女。魔法少女成り立ての頃に尊敬、師事していた先輩魔法少女を二人も亡くし、戦意を消失しかけるが徐々に立ち直り、現在はアンノウンを追っている。中学校では、文武両道でスラッとしており、顔を良いことから男女共にファンが多い。部活はより剣の腕を磨くために剣道部に入っており、いくつかの大会で優勝している。


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新たな魔法少女

感想、評価、お気に入り、ありがとうございます。これからも頑張らせていただきます。


あの青い同業者とやり合った日の翌日。あたしはいつものジャージに着替え、家の前で準備運動をしていた。

この体に転生した日からずっと続けている習慣がいくつかあって、今からやるランニングもその一つだ。

 

元々は、前世の自分が三日坊主で止めてしまっていたものを転生したから今度こそは! と、自分を奮い立たせて続けた結果、習慣になった。おかげで体力がついて、時々起こるモンスターの同日連続出現も余力を残して対処できるようになっている。

 

魔法少女になると、筋力や思考能力などをアシストされる。これのおかげでつい先程までたたかいのたの字も知らないような子でも初戦闘でなんとか戦えるようになっている。まぁ、あたしは戦うことなく逃げたけど……。

 

ただ、アシストが入るのはあくまでその2つまでで、スタミナとか体の柔らかさとか、知能とか……その他のものは本人の地力になる。

 

「よーし……」

 

準備運動を終えて、いよいよランニング開始だ。

スマホに入れているランニングアプリを起動して、目標走行距離20キロに設定して、いざ出発。

 

 

 

 

 

あたしの家がある住宅街を西方向に走り抜け、橋を渡ってから川沿いに引かれた道を走る。あたしのランニングコースの大半はこの道だ。なぜなら、この川に架けられた橋は一定の間隔で架けられていて自分がどのくらい走ったかわかりやすいからだ。

走り初めの頃はまだランニングアプリを使ってなかったのでよく橋を目印にしていた。

 

そのまま川沿いを走っていると前方に近くの中学校の制服を着た顔見知りの学生さんが見えた。

紺色のブレザーに同色のスカート。初めて見た時は高校生かと思ってしまったが近頃の中学校はこういう制服な所が多いらしい。

 

いつかセーラー服なんて無くなるんだろうな。と、考えている間に学生さんとの距離が近くなった。

 

「おはようございまーす!」

「おはようございます」

 

軽く頭を下げながら挨拶すると学生さんも挨拶を返してくれた。

 

相変わらず偉いなぁ、あの子は……最近の学生さんは、返してくれないことの方が多いのにと、学生さんとすれ違いながらそう思った。

 

あの学生さんとはよくこの道で出会う。おそらく登校ルートなのだろう。

 

……そういえば、あの学生さん。剣道の大会で優勝したんだっけか、何か広報で見た気がする。なら、明日また会ったら、お祝いの一言でも言おうかな。ほとんど他人とはいえ、顔見知りだし、変な人とは思われないだろう。

 

そんなことを考えながら走っていると

 

 

キィィィン、キィィィン

 

 

「またか……」

 

昨日続いてまたも頭に鳴り響くモンスターが来る()()の音。

あたしはスマホを取り出してランニングアプリを落とし、現場に向かった。

 

音を頼りに走っていくと、閑静な住宅街にあたしはたどり着いた。

 

珍しいな、いつもなら、全然人気(ひとけ)のない所に出てくるのに……。

 

あたしが魔法少女になってから戦ったモンスターは皆、山の中だったり、人の寄り付かない廃墟だったりと、人が居ない場所から出てきていた。なのに、今回のモンスターはこんな人が大勢いる場所に出てくることにあたしは疑問に思った。

 

いや、そういえば5年前の時は街中でわんさか出てきてたな。……という事は、もしかしたら同じことがここで……?

 

嫌な予感がした。もし自分の考えが合っていたらまずい事だ。

5年前は、あたし以外の同業者達の尽力で負傷者が出る程度に収まったが、今はあたし一人しかいない。もし、5年前と同じ数が出てくるとしたら、何人守りきれるか……いや、そもそも守る余裕があるかも分からない。

 

「……やるだけやってるさ」

 

なにも自分一人で対処しないといけない訳じゃない。あたしの他にも魔法少女はいるのだから、あの子らが来るまでの間、被害をくい止めるだけでもいいんだ。

 

いつでも変身できるよう、ポケットの中でCHANGE(チェンジ)のカードを握る。

自分の周りにある《反射するもの》を見回し、警戒しながら住宅街を進む。

 

「……ん?」

 

数百メートル程歩いた時だった。なにか薄い膜のような物を体全体で突き破ったような妙な感覚をおぼえた。けれど、それはほんの一瞬のことで、()()()()()()()に比べればどうでもいい事だ。

 

なんで!?さっきまであんなに静かだったのに……!

 

ほんの数秒、にも満たないぐらいまではスズメの鳴き声ぐらいしか聞こえないほどに静かだったが、今では、ガラスの割れる音やなにかが衝突する音など住宅街には似つかわしくない非日常的な音が鳴り響いている。

 

誰か、戦ってる……?

 

音のする方にゆっくり近づき、電柱の陰から覗いてみる。すると、そこには手足が異様に長く、人のそれに酷似したカメレオンのようなモンスターとピンク色の宝石のような物が先端に付いたステッキを構えて対峙するピンクを主体としたカラーリングのフリフリの多い服装の小学生と思しき少女がいた。

 

……なんともまぁ、ベタな格好だなぁ。

 

一般人に魔法少女のイメージを聞いて大多数がこうだと答えそうな程の見事なTHE魔法少女感溢れる少女を見て、あたしは思った。

 

この5年間で色々な魔法少女を見てきたつもりだけどあんな格好をしている子は初めて見た。

髪色、服、靴に至るまでピンク主体で、髪型は、大きめの赤いリボンでツインテール。そして、ステッキを両手で胸の前で持つ事で年相応の少女らしさを感じられ、魔法少女感が強い。

 

一方で昨日の青い同業者はといえば、速さを追求した水着かレオタードに近い魔法戦衣のせいで体のラインがハッキリしていて、加えて手足の露出が多く、見ているこっちが恥ずかしい。魔法武装も装飾の類が一切無い刀で、構える姿勢は芯が通ったように真っ直ぐで青い同業者がどれほどの鍛錬を積んでいるかが伺える。はっきり言って魔法少女というより武人だろう。

 

……どっちが魔法少女?どっちも魔法少女なんだろうけど。

 

あたしも含めて、この世界の魔法少女と呼ばれる少女達はその名に似合わない格好をしている人が多すぎる。というよりは全員そうかもしれない。

 

と、そんな風に魔法少女について考えている間にピンクの魔法少女がピンチになった。

 

撃ち出すように口から放たれたカメレオン系のモンスターの長い舌でピンクの魔法少女は吹き飛ばされ、民家のブロック塀に突っ込んだ。そして、痛みで動けないのか、悶えているピンクの魔法少女にカメレオン系のモンスターがとどめを刺そうとしている。

 

流石に見捨てるわけにはいかないよね……。

 

あたしは電柱の陰から飛び出して走りながらCHANGEのカードを握り潰す。

パリンッという割れる音と共にカーブミラーから出現した狼が霧状になってあたしを包み、霧が晴れるとあたしは魔法少女になった。

 

力いっぱい踏み込んで、強化された脚力でモンスターとピンクの魔法少女の間に滑り込んで、放たれたカメレオンの舌を左のガン・トンファーで弾いた。

 

「だ、誰だキュン!?」

 

……いや、君が誰だ?

 

変な語尾の言葉で問われたので何事かと思い、後ろのピンクの魔法少女を見ると、そのピンクの魔法少女の横に白い毛玉のような形状のうさぎの耳を生やしたマスコットのような生き物がいた。

 

おかしい、さっきまでこんな生き物いなかったのに……。

 

「あっ、危ない!」

 

突如、ピンクの魔法少女がモンスターの方を見ながら悲鳴を上げる。今度はなんだと、思いモンスターを見るとまた舌を放ってきた。狙いはあたしの左足だ。おそらく捕まえてどうこうするつもりなのだろう。

 

あたしはモンスターの舌を足を上げることで避け、逆に上げた足で舌を踏んづけてモンスターを捕まえる。

そして、なんとかあたしの足から逃れようともがくモンスターの口にガン・トンファーの銃口を向け、2、3発撃ち込んだ。

 

口の中に弾が炸裂し、モンスターが口から煙を上げていると舌が根本から千切れて地面に落ちた。

 

一気にモンスターとの距離を詰めると、モンスターの頭をガン・トンファーで殴りつけ、同時に引き金を引いて、モンスターの頭を吹き飛ばした。

頭を失った胴体は地面に崩れ落ちてそのまま動かなくなった。

 

……ランクⅠって感じかな?舌の攻撃は速いし、射程も長いけど、それだけだったし。カメレオンっぽかったからもしかしたら環境に擬態する能力があったかもしれない。それ込みでもランクは上がらないだろうけど。

 

「助けてくれて、どうもありがとうキュン!ところで君は誰だキュン?」

 

倒したモンスターについて、あれこれ考えているとマスコットのような生き物が話しかけてきた。

 

「どういたしまして、あたしのことはいずれ話すよ」

 

何回聞かれたか分からない問いにいつもの定型文で答え、じゃあねと、立ち去ろうとした。

 

「あ、あの!」

 

ガシッと、いつの間にか接近していたピンクの魔法少女があたしの腕を掴んでいた。

 

「離し――」

「私を弟子にしてください!」

「えぇ……?」

 

あたしの言葉を遮るように放たれた言葉にあたしは反応に困った。

 

「そんな急に言われても……」

「無理を言っているのはわかります……。でも、どうしてもあなたの弟子になりたいんです!おねがいします!」

 

真剣な目で真っ直ぐあたしを見ながら言ってくる少女をどう煙にまこうかと考えるも、いい案が浮かばない。それどころか、前世を含めた今までの経験から、この手のタイプは頷くまで追いかけてくるから了承した方がいいかもしれないと思った。

 

「……分かった。君を弟子にするよ」

「っ……ありがとうございます!」

 

渋々、本当に渋々頷いてそう答えると、ピンクの魔法少女は深々と頭を下げた。

 

 

 

一方、あたしは空を見上げて思った。そろそろ腕から手を離してくれない?と、……。

 




ピンクの魔法少女

変身者 ???

戦闘歴 ???

魔法武装 ステッキ型名称不明

経歴

不明


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なにはともあれ大切なのは基礎

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「はぁ、はぁ……!し、師匠ぅ〜、待ってくださいぃ〜……」

 

いつものランニングコースをいつものペースで走っていると、後ろからヘロヘロ状態で走る焦げ茶色の髪をツーサイドアップにした少女に声をかけられた。

ピンクの魔法少女もとい御神(みかみ)(ほたる)ちゃん。先日、弟子入りを認めたのでこうして一緒にランニングをしている。

 

立ち止まって、蛍ちゃんが追いつくのを待つ。追いついた蛍ちゃんは膝に手をついて息を整えた。そして、着ているピンク色のジャージの袖で汗を拭うと、勢いよく顔を上げた。

 

「あ、あの、師匠! 弟子入りしてからずっと走ったりとかしかしてないんですけど、これで本当に師匠みたいになれるんですか!?」

「もちろんなれるよ。ただ、本格的にトレーニングするにはもっと蛍ちゃんに体力をつけてもらわないといけないし、魔法少女はハードだから体力が多いことに越したことはないんだよ」

 

本当に疲れるからね、魔法少女って。

 

「そうなんですね……すみません、浅はかでした……」

「謝らなくていいよ。地味なトレーニングだから力がついたか実感がわかないからね」

 

正直なところ、本当にこれで強くなれるのかと言われると自分でも分からない。これはあくまで”あたしのようになりたい“という蛍ちゃんの頼みを聞いて、とりあえず自分がやってきた事をなぞらせているだけだから、もしかしたら、あまり効果がないかもしれない。

けれど、経験上、体力があった方がいいのは分かっているから、蛍ちゃんには申し訳ないけど、納得してもらうしかない。

 

「さ、休憩は終わり!後、2キロは走ろっか!」

「ふぇぇ……」

 

涙目になっている蛍ちゃんを尻目に、あたしは再び走り出した。

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ、ぜぇ……」

「なにも、あたしのペースに合わせなくて良かったのに……」

 

十数分後、川の土手に大の字に寝転がって、息も絶え絶えの死に体となった蛍ちゃんにそう言った。

 

……ちょっと、自分の度量を超えた無茶をするところはあるけれど、一生懸命ついていこうとする根性はあるから、その辺りをどうにかできれば十分強くなれそうだな、この子は。

 

出会ってまだ間もないが、蛍ちゃんが真面目なのはすぐに分かった。たぶん、体力づくりを終えてから教える技術もきっとこの子なら問題なく習得できるだろう。

 

「こんなことして意味があるのかキュン?」

 

土手に腰掛けて、蛍ちゃんを見ていると蛍ちゃんのそばに居たマスコットことキュン助がいつの間にかあたしの隣に現れてそう言ってきた。

 

「さぁね。すぐに結果が出るようなものでもないし、蛍ちゃんにはあんまり意味が無いかもしれないかもね。けど、あたしはこれをやってて良かったと思ってるから、勧めてるだけだよ」

「ふーん、そうなのかキュン……あっ!そういえば君に聞きたいことがあったキュン」

「ん、なに?本名と住所以外なら答えるけど」

「初めて君と出会った時、僕はあの辺り一帯の空間を隔離して、外部から認識できないようにしてたキュン。なのに、なんで君は隔離している壁を突破できたキュン?」

 

……マスコットみたいな見た目の割にとんでもないことしてるわこの子。

 

キュン助と呼ばれるこのマスコットは蛍ちゃんから聞いた話だとどうもこことは違う世界から来た生物らしい。

違う世界から来たと、聞いて一瞬、モンスターの類いかと思ったが攻撃性が感じられず、狼も何も反応を示さなかったのでモンスターではなく、本当に別の世界の生物だと判断した。そのためか、この世界の理に合わない事をする。

先の空間の隔離だったり、蛍ちゃんにこの世界の魔法少女とは全く違う力を与えたりと不思議な力を持っている。

だから、正直言って、あたしはキュン助の事を信用してはいない。

 

「……ああ、それね。たぶんあたしの”識色特性“のせいだよ」

「”識色特性“?」

 

これぐらいなら話してもいいかと、思い、話すことにする。

 

「あたし達、魔法少女には識別色(シンボル・カラー)といってそれぞれ色がある。それぞれの色には力が宿っていて、キュン助の認識阻害を突破できたのも、あたしの”黒“の識色特性……肉体的・精神的干渉耐性のおかげだよ」

「肉体的・精神的干渉耐性……?」

「やっぱ、分かりにくいよね。あたしも理解するのに時間かかったから、しょうがないけど。……そうだね、例えば強力な毒を体に入れられたとする。すると、それは肉体的干渉にあたるから識色効果が働いて無効化される。そして、この前の場合も認識を阻害するという力が精神的干渉になるから無効化されて壁の中に入れたという訳」

「すごいキュン!そんなすごい力がこの世界の魔法少女には宿っているんだキュン!他にはどんな色があるんだキュン!?」

 

急に興奮しだしたキュン助。

純粋にすごいと思っているのか、そういうフリをして情報聞き出そうとしているのか、分からないけど、これぐらいなら話していいかな。

 

「えっと、確か……白は変幻自在、青は液体化、赤は炎熱、黄色は電撃、緑は治癒、だったかな」

「へぇ、そんなにあるんですねぇ……あっ、私にはどんな能力があるんですか?」

 

いつの間にか復活していた蛍ちゃんが興味津々といった感じで聞いてきた。が、あたしはその質問に答えられそうになかった。なぜなら――

 

「あー……言いづらいんだけど、蛍ちゃんには識色特性は無いと思うよ」

「えっ!? なんでですか!?」

「だって、魔法少女のルーツが違うから」

 

蛍ちゃんは、あたし達とはまったく別物の魔法少女だ。

あたし達のような魔法少女は鏡界にいるモンスターと契約するか、魔法少女だった者から魔法のケースを受け継ぐ事で魔法少女になる事ができる。だけど、蛍ちゃんの場合はキュン助に力を与えられる形で魔法少女になっているからあたし達と形態が違う。実際、蛍ちゃんにはあたし達には必ずある魔法のケースが()()。だから、識別色も無い可能性が高い。色が無きゃ、識色特性も無い。

 

「え〜……そんな〜……」

 

ガックリと項垂れる蛍ちゃん。

 

「まぁ、でも……識色特性が無くても戦うことはできるし、便利なものでもないから、そんなに落ち込まないで」

 

識色特性は効果だけ聞けば、正しくチートとも言える物だけど、デメリットもある。

黒の識色特性は悪影響を及ぼす能力を無効にできるけど、良い影響を及ぼす能力も無効にしてしまう。他の色も同じく、扱いが難しかったり、下手をすれば自滅するものまである。だから、一概に識色特性があるから優位になれるわけじゃない。

 

「それに、蛍ちゃんには蛍ちゃんにしかない強みがあるから大丈夫だよ」

「私だけの強み、ですか?」

「蛍ちゃんはあたし達には無い、《魔力》っていう未知のエネルギーを消費して、魔法を使えるようになっている。それはつまり、魔力がある限り何度でも魔法が使えるということ。しかも、蛍ちゃんのイメージ次第で色んな(かたち)にできる。これは蛍ちゃんにしかない強みだよ」

「師匠達は違うんですか……?」

「全然、違うね。まず、あたし達が魔法を使う時、消費されるのは使用者の生命力だよ。そして、使う魔法も決まった(かたち)でしか使えない。ほんっと、蛍ちゃんが羨ましいよ」

 

本当に羨ましい。あたしもそんな風に魔法を連発できるなら、苦労しなかったな。

 

「あの生命力って……?」

「簡単に言えば、寿命かな。魔法を使えば使うだけ、威力や効果を上げれば上げるだけ、それ相応の寿命を払うことになる」

「そ、それって大丈夫なんですか!?」

 

心配そうに言ってくる蛍ちゃんに対して首を横に振る。

 

「大丈夫じゃない。大丈夫じゃないから、あたし達は魔法を切り札や奥の手として滅多に使わない。だから、他の技術を磨く。魔法を使わなくても良いようにね」

 

ちょっとカッコつけて言ってみる。……小学生相手に何ドヤってんだろ、あたし。

 

「……すごいんですね師匠達って――――――私、もっともっと頑張ります!そんなすごい師匠たちに負けないように!」

 

そう元気いっぱいに決意表明してくる蛍ちゃん。

 

ああ、眩しいなぁ……。こういう若者の前向きに取り組んでいこうとする姿は。

 

「そっか、そっか。なら、もっとトレーニング量増やそう。明日からランニング30キロだ♪」

「ヒェ……」

 

蛍ちゃんの熱意に応えて、そう言ったら今にも泣きそうな表情になった蛍ちゃん。

 

どうしたの?さっきのやる気はどこへ行ったの?

 

「わ、私……魔法の練習とかもしたいです!その……色んな種類の魔法を使いたいので!」

「それも確かに大事だけど、どんなに強い魔法や能力を使おうと最終的に勝敗を決めるのは本人の地力だよ。しっかりと完成させた基礎があるのと無いとじゃ、技や魔法の質もかなり差が出るよ」

 

ちなみに聞くけど、さっきのヘロヘロ状態で魔法のイメージ出来る?と、最後に付け足して蛍ちゃんに聞いてみる。

 

「……出来ません」

「でしょ。何を始めるにしても()()()()()()()。忘れないようにね」

「……はい」

 

さっきよりも深く項垂れ、どんよりとした雰囲気を醸し出している蛍ちゃん。どうか折れずに頑張って欲しいと、願う。

 

 

 

 

 

 

まぁ、それはそれとしてランニング距離はどんどん伸ばすけどね。




ピンクの魔法少女

変身者 御神蛍

戦闘歴 1か月未満

魔法武装 ステッキ型名称不明(キュン助曰く特に名前は無い)

経歴

近くの小学校に通う小学5年生。ある日、登校中にカメレオン系のモンスターに遭遇し、襲われる。が、突如現れたキュン助と自称する不可思議生物に魔法少女になることを勧められ、助言に従いながら変身。戦闘する。しかし、苦戦を強いられ危うく命を落としかけるが駆けつけた黒の魔法少女によって、助けられる。以後、黒の魔法少女を師匠として慕っている。
その魔法少女になった経緯からこの世界の魔法少女とは、まったくの別物の魔法少女のため、実力は未知数である。

日常面では、明るく誰とでも仲良く話せるので学校の友人は多い。また困っている人を見つけたら積極的に助けるようにしている。



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怪しい発明、機関の溝

非常に多くの評価、感想、お気に入り、ありがとうございます。多すぎて手が震えております。


魔法少女監督機関司令室の地下には、魔法少女達の活動をサポートするための設備や装備を開発するチームの為の部屋がある。

 

「あぁ……!いい、良いですよぉ……!」

 

白衣を纏い、丸メガネを掛けた、痩せこけた男がパソコンに表示された数字を見て、口角を上げる。

男の名は、藤山(ふじやま)(さとる)。この開発部門を担当している部門長だ。

 

「これならば、2週間以内には実戦投入出来そうですねぇ……! ヒッヒヒ……ッ!」

 

藤山の視線の先、画面に表示された《相性係数 110%》という数字。これは、魔法少女と契約獣との相性を示す値であり、本来の上限は100%。にもかかわらず、それを10%も超えた結果に藤山は破顔が止まらなかった。

 

すると、藤山の引き笑いと機械の駆動音しかしなかった部屋に警告音が鳴り響く。

 

「おやぁ……? ()()、ですかぁ?」

 

その警告音は、今、実験に使っているモルモットに取り付けた心拍センサーがモルモットの心拍数が危険域に達している事を知らせるものだった。

藤山は部屋の窓に近づき、下を見る。

 

そこは、実験場と呼ばれる部屋で藤山が今居る部屋より広い空間を有している。

 

部屋の中央には頑丈な作りをした金属製の椅子があり、そこに頭に袋を被せられ、長袖、長ズボンの白い服を着た小柄な人が拘束されている。

袖を捲られた腕には片腕にそれぞれ4本、計8本のチューブが繋がっている。

 

その人物は手足と胴体に耐久性の強い素材で作られたバンドで何重にも拘束され、ガクガクと痙攣しているが、もがいていた。

 

藤山はそれを見て、ため息をつくとパソコンの前に戻る。

 

「では、いつものお薬を……と」

 

日常茶飯事と言えるレベルで毎度起こる事態に藤山は慣れた様子でカタカタとキーボードを操作し、投薬を行う。

 

数秒後、心拍センサーの警告音が止み、モニターに映る心拍数が正常な値に戻る。

 

「ふむ、もういいでしょう」

 

藤山は近くに設置されたマイクの電源を入れると、口を近づける。 

 

『実験を終了します』

 

淡々とそうアナウンスがされると下の実験場で控えていた藤山の部下たちが拘束されている人物に近づき、チューブを外していく。

藤山も実験場へ降り、モルモットと呼んでいる人物の元へと歩み寄る。

 

「ご苦労、今日はよく頑張りましたね。おかげで相性係数の上限を10%も超えましたよ」

 

上辺だけの労いの言葉を投げかけるが、モルモットは反応せず、俯いたまま荒い呼吸で袋を膨らましたり、萎ませたりしているだけだった。

 

「おや? また粗相をしてしまったようですね」

 

モルモットの履いているズボンが濡れていた。

 

「だめじゃないですか、設備を汚しちゃあ……一体、何度言えば分かるんです?」

 

モルモットは反応しない。依然として、荒い呼吸を繰り返すだけだ。

 

「ふむ、かなりお疲れのようですね。まぁ、今までよりもかなり効果の強い薬を使いましたから当然でしょうけど。彼女を”治療槽“へ、まだ壊れてしまっては困りますので、くれぐれも丁寧にお願いします」

「わかりました」

 

近くにいた部下にそう指示を出すと部下達は頷き、モルモットの拘束を解くと、ストレッチャーに寝かせ、モルモットを実験場から移動させた。

 

「部門長、ホルダーの調整、完了致しました」

「おお、早いじゃないか。流石は私が選んだ部下だ」

 

藤山は部下に礼を言って、部下がトレイに乗せて持ってきたものを見た。

 

赤いケースが挿し込まれた黒いホルダー。

 

それを手に取り、笑みを浮かべる藤山。

 

「ああ……! 楽しみだ……! これを実戦で試す日が……!」

 

愛おしそうにそれを眺める藤山を見て部下達が困惑した表情を浮かべている中、一人の部下が藤山に近づいた。

 

「部門長、そろそろ会議の時間です」

 

それを聞いた藤山は顔を顰めた。

 

「……なんだ、もうそんな時間か」

 

気分が高揚しているところに水を差され、些か気分を悪くしながら手に取った己の発明品をトレイに置いた。

 

「厳重に保管しておくように」

「分かりました」

 

藤山は部下にそう言うと、踵を返し、実験場を後にした。

 

しかし、自分の発明品が完成しつつある事に喜びを隠せず、口角が吊り上がる。

 

(ああ……早く、早く試したい……!)

 

いずれ来るその時を藤山は誰よりも望んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

「遅いぞ、藤山技術開発部門長。会議の開始時間はとっくに過ぎているぞ」

 

藤山が会議室に入ると、前線指揮を担当している神薙指揮官こと神薙作戦司令部門長が文句を言った。

 

会議室には、藤山以外の部門長が全員揃っており、藤山が来るのを待っていたのだ。

 

「申し訳ありません、神薙作戦司令部門長。今進めている例の装備の開発がいよいよ完了しそうだったもので、つい遅れてしまいました」

「それは結構なことだがな、藤山部門長。みんな忙しい中、会議に来ているんだ。時間くらい守ったらどうだ?」

 

神薙は藤山を睨みつけながらそう言った。

 

「それはそれは、ご迷惑をおかけして申し訳ない。ですが、神薙部門長。あなたは別に忙しくないでしょう?」

「なんだと?」

「今月に入って、20件。モンスターの出現が確認されていますがその全てが例のアンノウンに倒されている。更に言えば、アンノウンが姿を現してからの5年間、モンスターの討伐の割合もアンノウンの方が圧倒的に多い。つまり、あなたが抱えている魔法少女達はモンスターとまともに戦えてすらいない。おや? じゃあ、今の作戦司令部門は一体、何のご用事で忙しいのでしょうかねぇ?」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべながら、藤山は言った。

 

「……四六時中、いつ、どこで、モンスターが出現するか監視している。いつでも対応出来るように常に気を配っている」

 

神薙は苦し紛れに言った。

 

「そんなこと、うちの部下でも出来ますよ。なんでしたら、私の部署で――」

 

「その辺にしておけ、藤山技術開発部門長。会議が始められん」

 

――引き受けましょうか、という藤山の言葉は続かなかった。

 

《魔法少女監督機関長》という名札の置かれた席に座る。つり目の女性に遮られたからだ。

 

「申し訳ありません、宮沢機関長」

 

そう言って藤山は自分の席に着いた。しかし、口元は未だに笑みを浮かべたままだ。

 

「それでは、諸君。少し遅れたが会議を始める。まずは――藤山部門長。開発の進捗を報告してくれ」

「分かりました。――さて、我々、技術開発部門は今までにモンスターの出現を探知するセンサーや緑の特性を応用した治療槽など後方支援(バックアップ)設備の開発をしていましたが、今回、進めている開発では、魔法少女の能力を高める”強化装備“を開発しています」

 

「この《強化装備》というのは、魔法少女と契約獣の相性係数を劇的に高めるものでして、これにより、魔法少女の戦闘能力は飛躍的に高くなることでしょう」

 

藤山が自信満々に報告していると、1人の部門長が手を上げた。

 

「……御神報道部門長、何でしょうか?」

「報告を遮ってしまって申し訳ない。藤山部門長、その相性係数とは、なんだろうか?」

「ん? ああ、これは失敬。つい素人には分からない専門用語を使ってしまいました。相性係数とは、文字通り、魔法少女と契約獣の相性を示す数値のことで、この数値が高ければ高いほど、魔法少女の識色特性や契約獣の付加能力の最大出力が上がります」

「具体的には……?」

「そうですねぇ……。青の魔法少女を例に出しましょうか。彼女の契約獣の付加能力は《加速》ですが、相性係数が50%の場合は最高時速が100㎞だとすると、相性係数が100%の時はその倍になります」

「場合ということは、相性係数というのは変動するものなのですか?」

 

別の部門長が手を上げ質問をした。

 

「もちろんです。契約獣も生き物ですから、機嫌を損ねれば、数値は低くなりますよ」

「なるほど、よく分かったよ」

 

御神部門長と途中で質問してきた別の部門長は納得がいった表情で頭を下げた。それは見た藤山は仕切り直して報告を続ける。

 

「さて、この《強化装備》ですが、つい先程の実験で目標として定めていた。相性係数の上限100%を超えることに成功しました」

「なに!?」

 

藤山の報告に神薙が驚きの声を上げる。

 

それを横目に藤山はニヤリと笑う。

 

「しかし、まだ上限を突破した状態でどれ程のパフォーマンスができるのかが、分かりません。そこで宮沢機関長。提案なのですが近日中に実地試験を行いたいのです」

「ちょっと、待て! 藤山部門長! まさか、あいつ等にその《強化装備》とやらをぶっつけで使わせる気なのか!?」

 

神薙が声を荒げる。すると、藤山は手で制止しながら首を横に振った。

 

「ご安心を神薙部門長。流石に試してもいない色のケースで行うという危険なことはしませんよ。それに、上限突破の成功例は《赤のケース》しかありませんから、実施試験は赤の魔法少女で行います」

「赤の魔法少女だと……? 今は赤の魔法少女は()()()はずだぞ! それに、いつまで赤のケースを保有しているつもりだ! いい加減返せ!」

「返せ? おかしなことを言いますね神薙部門長。あれは機関全体の備品です。私が実験の為に保有する事には問題はありませんよ、機関長や管理部門長からは許可を頂いていますし……ああ! もしかして、()()()()()()だから、手元に置いておきたいとかそういう個人的な理由で仰っておられるので?」

「なんだと……」

 

机の上に置かれた神薙の拳に自然と力が入った。会議室内にピリピリとした空気が満ちていき、2人以外の部門長達に緊張が走る。

 

「そこまでにしておけ、二人とも! 会議中だぞ!」

 

そんな中で、宮沢が2人を一喝し、窘めた。

 

その声を聞き、神薙は一度、深呼吸をした後、「申し訳ありません」と、頭を下げた。一方、藤山は頭を下げはしたものの得意げに笑みを浮かべたままだ。

 

「……実施試験の事は、了解した。政府から許可が降りれば連絡する。……神薙部門長。例のアンノウンについて報告を頼む」

 

ひどく疲れた様子で宮沢は言った。

 

「はい。アンノウンについてですが、依然として、その目的、素性などは分かっていません。が、こちらでモンスターの出現を察知し、魔法少女が現場に向かうまでの間にモンスターを討伐していることから、存在が確認された頃に比べ、高い戦闘能力を有していることは間違いないかと」

「なるほど……報告ご苦労。次、小鳥遊(たかなし)部門長。モンスターについて報告を」

「はい、モンスターについてですが、外見は地球上に存在する生き物とまったく同じものがいるものの、DNA鑑定の結果、地球上のどの生物とも一致していません。また、どうやって鏡や反射するものから現れているのかも、まだ未解明です。……それと、先程の神薙部門長の報告に便乗する形になりますが、アンノウンが倒したモンスターの損壊具合がかなり少ないです。5年前くらいの頃は何度も攻撃を重ねたように全体に傷がありましたが、近年の死骸を見るとほとんど一撃か二撃で倒しています。なので、アンノウンの戦闘能力はかなりのものかと思います」

 

小鳥遊と呼ばれた四角いレンズの眼鏡をかけた白衣の女性が持ってきた資料を捲りながら言った。

 

「そうか……報告ご苦労。次は――」

 

その後、会議は滞りなく進められ、無事終了した。

 

「神薙。少しいいか」

「何でしょうか」

 

次々と部門長達が退室していく中、宮沢は神薙を呼び止めた。

 

「やはり、まだ娘のことを気にしているのか」

「……すみません、こればっかりはどうしても」

 

神薙はずっと悔いていた。

 

なぜ、自分は娘が魔法少女になったと知った時に全力で止めなかったのかと。

 

もし、止めていれば、娘は……(ほむら)は……、今頃はただの高校生として普通の生活を送っていたのでは、と、ずっとそんな考えが頭の中を回っている。

 

「忘れろとは言わん。が、気にしすぎるな、娘のことは決してお前だけのせいではない。本人が自分で決めたことだ」

「しかし、自分はあいつの父親です。子供が危険な道を歩もうとしているのに、俺は止めるどころか、背中を押してしまいました……。父親失格です」

 

拳を握りしめ、奥歯を噛みしめる神薙。

 

そんな神薙を見て、宮沢はため息を吐いた。

 

「重症だな……よし、神薙。機関長命令だ。今日は早めに上がれ、飲みに行くぞ」

「いや、しかし、モンスターがいつ来るかわかりませんので司令室を離れるわけには……」

「いいんだ。何かあれば私が責任を持つ。お前は大人しく付き合えばいいんだ」

「えぇ……」

 

強引な誘いに神薙は困惑した。

 

「それと、小鳥遊! お前も来い」

「えっ!? 私もですか!?」

 

まさか、声をかけられるとは思ってなかった小鳥遊が驚きながらそう言った。

 

「いや、でも、モンスターの解剖とかありますし……」

「そんなもの、部下にでも任せておけばいいだろう。それよりもだ」

 

宮沢は小鳥遊の元に歩み寄ると耳元で囁くように言った。

 

「ああいう傷心した男を支えてやるのもいい女の条件だ。上手く行けば好意を持たれるかもしれんぞ」

「な、なな、何言ってるんですか!? 別に私、神薙さんのことなんか……」

 

小声でそう反論する小鳥遊だが、その顔は少し赤かった。

 

「ほう? 頼んでもいない報告をしてまでアイツのフォローをしておきながら、その気はないと?」

「あ、あれは、別にそんなつもりで言ったわけではなくて……!」

 

あわあわとしながら、必死に取り繕うとしている小鳥遊を見て、宮沢はクスリと笑った。

 

「ま、どちらにしろ、アイツとは話をした方がいい。あのままだと、とんでもない事をするかもしれないからな」

 

宮沢はそう言うと、小鳥遊から離れた。そして、会議室を出ていく時に「必ず来いよ。来なかったら減給するからな」と、釘を差していった。

 

「……私達も戻りましょうか」

「……そうだな」

 

残された二人は困ったような表情で自分たちの部署へ戻っていった。

 




魔法少女監督機関 

宮沢機関長

監督機関のトップ。鋭いつり目が特徴。歳は40後半だが、10歳は若く見える。

神薙作戦司令部門長

早乙女ら、魔法少女達の実質的上司であり、彼女らの戦闘をサポートするのが仕事。常日頃から体を鍛えており、とある武術を修めており、その腕は師範に並ぶほどと、言われている。同じ武術を修めている妹弟子を娘のように思っている。

藤山技術開発部門長

モンスター出現感知センサーや治療槽の生みの親で技術面では、極めて優秀。だが、性格が陰湿である。神薙を毛嫌いしている。

小鳥遊モンスター解析部門長

主にモンスターの死骸の回収、解剖を行っている部門のリーダー。本部長の中では29歳と最年少だが、生物学や植物学に長けている為。実力は申し分ない。神薙に好意を抱いている。

御神報道部門長

魔法少女関連の報道管制を行っている部門のリーダー。一人娘がいる。


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もうこの子らだけでいいんじゃないかな

時刻は深夜真っ只中、街から少し離れた郊外の廃ホテル……地元では少し有名な心霊スポットとなっている場所にあたしと蛍ちゃんは来ていた。

 

当然だけど、ちょっと早めの肝試し……というわけではなく、モンスターが出現する前兆をここから感じたからだ。

 

「さて……待ちに待った実戦だけど、蛍ちゃん。やれそう?」

 

そして、今日は蛍ちゃんがモンスター相手に戦闘訓練をする日でもある。

 

本当は、丸一年ぐらいは体力作りと基礎作りをしておきたかったけど、蛍ちゃんとキュン助が戦わせろとうるさいので渋々、OKを出した。けどね、キュン助、別に平日の深夜に連れて来なくてもよかったんだよ? 蛍ちゃん、明日も学校があるんだよ……?

 

と、思いつつも、あたし自身、蛍ちゃんの魔法には興味があるから、早く見てみたかったんだよね。

 

キュン助に聞いた限りでは御伽噺(おとぎばなし)のような魔法。自分のイメージ通りに現象を起こす。そういう力らしいけど、どんなものだろうか?

 

振り向いて、後ろにいる蛍ちゃんを見る。

 

「……ヒィ! い、いま、そそ、そこでなにか動きませんでしたぁ!?」

 

廃墟の方を指さしてガクガク震えながら盛大にビビってらっしゃった。もしかしなくても怖いんだろう。

  

「蛍ちゃん、そんなに怖いんなら、今日は帰ってもいいよ?」

「い、いいいえ、全、然ッ! 平気です! これぐらいなんともありませ――」

 

ちょうどその時、蛍ちゃんの後ろ……近くの茂みからイタチか何かが飛び出し、ガササッと揺れた。

 

「ひゃ――っ!!」

 

蛍ちゃんは猫のようにその場から飛び退くとあたしの後ろに隠れた。

 

おー、いい反応。それにすぐ物陰に隠れるのもナイス判断。だけど、あたしを盾にしたのは……まぁ、今回は目をつむってあげよう。

 

「大丈夫だよ。ただのイタチだから、気をしっかり」

「は、はいぃ……」

 

足ガクガクだけど、大丈夫だろうか?

 

立ってられないのか、あたしにしがみついている蛍ちゃんに心配になる。

 

「と、ところで師匠、今日はここに出るんですよね? 一体、どこに居るんでしょうか?」

「うーん、もう音は聞こえないからこっち側に出ているはずなんだけど……どこに居るんだろうね?」

 

モンスターがこちらの世界に出てくる時に聞こえるあの音は鏡界(きょうかい)に繋がる門”鏡門(きょうもん)“に干渉する時になる音だ。

 

普通は聞こえない音だけど、狼の付加能力のおかげで聞こえる。

 

それが聞こえないということは、もう出てきているはずなんだけど、静かすぎる。

 

いつもなら近くにいる人間に向かってすぐ来る。なのに、全然来ない……。なんかおかしいな。

 

「……おっ?」

「ひぃ……!?」

 

きな臭いなーと、思っていると、廃ホテルの中から大きな音がした。

 

「あー、この中か……」

 

どうやら、この中にいるらしい。屋内戦は狭いし、逃げ場が限られるし、死角も多いから好きじゃない。

 

けど、やらなきゃいけないのがこの仕事の辛いところ。おまけに早くやらないとあの子らが来る。急がないといけない。

 

「蛍ちゃん、悪いけど実戦は今日は中止。帰っていいよ」

「えっ、なんでですか……?」

「流石に、初の実戦で屋内戦は危険すぎるし、今日は満月で快晴とはいえ、中は真っ暗だろうから」

 

それに、月明かりが窓から差し込んでいる分、影の所は余計に見づらいだろうし……

 

「で、でも……!」

「でも、じゃない。それに来るときに約束したでしょ? 危ないって思ったら止めさせるって」

 

ここに来る途中で、蛍ちゃんと約束していたことがある。

 

1・あたしが危ないと判断したら即中止すること。

 

2・無茶なことはしないこと。

 

3・ヤバくなったら、どんな状況であろうと逃げること。

 

4・あたしの言うことを守ること。

 

以上の4つ。

 

本音を言えば、もっと追加したかったけど、あんまり多いと嫌がるだろうから絶対に守ってほしいことだけ約束した。

 

「じゃ、あたし行ってくるね、帰り道気をつけてね」

 

蛍ちゃんにそう言って廃ホテルの中へ行こうとすると、蛍ちゃんのしがみつきが強くなった。

 

「蛍ちゃん? あたしの言うことは守ってって、言ったでしょ?」

「……いんです」

「ん?」

「こ、怖くて帰れないんです……! だから、一緒にいさせてください……!」

 

そんなに怖いのならなんで来ちゃったのよ。

 

あたしの体をガッチリホールドして、嫌だ嫌だと涙目で首を振る蛍ちゃんに少し呆れる。

 

「なにも一人で帰るわけじゃないでしょ。ほら、キュン助だっているし……」

「キュン助じゃ、安心できませぇん! 師匠と一緒じゃないと無理ですぅ……!」

「……僕、そんなに頼りないのかキュン」

 

蛍ちゃんの頭の上に乗っているキュン助がショックを受けたように影を落とす。

 

キュン助、どんまい。

 

「……困ったなぁ、なんとか帰れない?」

 

そう聞いてみるものの、蛍ちゃんは首をブンブン振って無理という。

 

「もういっそのこと、連れて行ったほうがいいんじゃないかキュン? 最悪、蛍にはバリアがあるから盾にでも使えばいいキュン」

 

かわいい見た目して、なんてことを言うんだろうかこのマスコットは……やっぱり何か腹に一物があるよね、君。

 

「……わかった、連れて行くよ。だから蛍ちゃん、手、離してくれる?」

 

そう言うと蛍ちゃんの顔が笑顔になった。

 

こういうのを見ているとやっぱり普通の女の子なんだなと、思う。

 

とりあえず、しがみつかれたままだと動きにくいので、離れてもらい、もし心細いのなら手じゃなく腰マントでも摘んどいてと言っておく、なるべく両腕は自由に動けるようにしておきたいから。

 

 

奇襲に警戒しつつ、ガラスが割れてしまって、もはや原型がないホテルの正面玄関から中に入る。

 

中に入ると、天井はところどころパネルが剥がれて床に落ちており、床には落ちてきたパネルの破片や外から風で飛ばされてきたであろう落ち葉やゴミが散乱している。

 

部屋の隅には、運営していた頃に使用していたであろう椅子やソファ、備品類が置いてあった。

 

当時はキレイだったであろう白い壁はここに来た誰かしらにスプレーで落書きされ、汚れていた。

 

フロントのカウンターを見ると電話やメモ帳が置きっぱなしだった。

 

ホコリ等が積もっていて長い時間放置されているのがよくわかる。

 

カウンターを通り過ぎ、さらに奥に進むと通路があった。

 

さっきのフロントの所は、窓や正面玄関から月明かりが入って見えていたが、通路は窓が無いから真っ暗で何も見えなかった。

 

懐中電灯でも持ってくるべきだったなと、思いつつ、あたしは通路の前で立ち止まった。

 

目を暗さに慣れさせるためだ。

 

「師匠? どうかしたんですか?」

 

腰マントを摘んでいる蛍ちゃんが聞いてきた。

 

「ん? ちょっと暗いから、目を慣れさせてる。ちょっと待っててね」

 

通路の暗闇を見ながらそう答えた。

 

「蛍、補助系3番の魔法を使うキュン」

「補助系3番……あ、なるほど!」

 

何か、後ろで気になる会話をしている。……補助系3番って、何?

 

「ライト!」

「え?――眩しっ!?」

 

急に何やら唱えたので何事かと振り向いた瞬間、眩ゆい光があたしの目を焼いた。

 

「ああ!? ごめんなさい、師匠! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫、大丈夫。ちょっと眩しかっただけだから……」

 

心配してくれている蛍ちゃんにそう言いながら、目が回復するのを待った。

 

「それで、ええっと、何それ?」

 

LEDライト並の光を放つ蛍ちゃんの杖を指さしながら尋ねる。

 

「これは補助系3番の魔法《ライト》。見ての通り、杖の先を光らせて暗い所を照らす魔法キュン」

「へぇ、そうなん――君、なんか形変わってない?」

 

あたしの質問に答えたキュン助を見ると入る前と形が変わっていた。

 

白いベレー帽に近いけど軍人が被るソレとは違うものになって、帽子の前面には黒い点のような目が2つと正三角形みたいな口を模したデザインがされている。顔の名残だろうか。

 

「ただ頭の上に乗っかっているだけだと、戦っている時に落ちそうだったから、こういう形を取らせてもらったキュン。それに、僕は蛍のサポートをする必要があるからこの方がやりやすいキュン」

「あ、そういうことなんだ……それで? なんでさっきの魔法のこと、入る前に言ってくれなかったの?」

 

言ってくれれば、あんなに悩まずに済んだのに……と、思いながら尋ねる。

 

「ごめんなさい! その、怖すぎてキュン助に言われるまで頭になかったので……」

「あー……」

 

ここに入る前の蛍ちゃんの様子を思い出して、納得した。

 

……まぁ、あんなに怖がってたし、しょうがないか。

 

 

「二人とも、そんなことよりもモンスターを早く探さなくていいのかキュン。時間をかけ過ぎたらまずいキュン」

「おっと、そうだね。蛍ちゃんのおかげで明るくなったことだし、さっさと、見つけちゃおうか」

 

そう言って、明るくなった通路を進もうとした時、キュン助が声を上げる。

 

「ちょっと待つキュン。捜し物にピッタリの魔法があるキュン。蛍、補助系1番の魔法キュン」

「補助系1番……わかった!」

 

何をするんだろう?

 

「その、補助系1番って、どんな魔法なの?」

「見ていればわかるキュン」

「いきます――ソナー!」

 

蛍ちゃんは魔法を唱えると、杖を振り上げ、先端を床に叩きつけた。

 

すると、叩きつけた場所からピンク色の波紋のようなものが広がる。

 

ピンクの波紋は壁や天井を通り抜けてどんどん範囲を広げていく。

 

「見つけました! この上……3階です!」

 

ビシッと、真上を指さして、蛍ちゃんはそう言った。

 

そんなに早く分かるんだ……。

 

「どうだキュン? これが補助系1番の魔法《ソナー》だキュン。魔力で作った波を全方向に放って、探したいものを見つけるキュン。今回はモンスターをイメージして使ったけど、他の物でもイメージすれば見つけられるキュン」

「いやー……なんというか、とんでもないね、蛍ちゃんの魔法……」

 

本当に、心底そう思う。

 

索敵はともかく、失せ物探しと照明代わりに魔法を使う……? 価値観が壊れそうだ……。

 

「よし、蛍。ここからモンスターを狙うキュン。攻撃系10番の魔法キュン」

「分かった! 攻撃系10番だね!」

「ちょっと、ストップ! 使う前になんの魔法か教えてくれない!?」

 

本当に何でもありなんだなと、蛍ちゃんの魔法に関心しつつも、何されるか分からないのが怖いので、やる前に聞くことにした。

 

「攻撃系10番《バスター》は射線状にいかなる障害物があろうとまとめてぶち抜く極太のビームの魔法キュン。この魔法でここから上にいるモンスターを倒すキュン」

「いやいや、待って待って……そんなロボット作品みたいな魔法があるのはとりあえず置いといて、ここからぶち抜くって言ったよね? このホテル放置されてからだいぶ経ってるからそんなことしたら建物全体が崩落すると思うんだけど?」

 

天井を見てご覧よパネルが剥がれて鉄骨とか見えちゃってるよ。

 

「大丈夫キュン。蛍にはバリアがあるから建物が崩れても助かるキュン」

「あたしは?」

「知らんキュン」

「ちょっと?」

 

なんだか無性にこのマスコットを床に叩きつけて踏みつけてやりたくなったけど、今は耐えることにする。

 

暗い通路を進み、階段を見つけたあたし達は上に登っていく、そしてモンスターのいる3階にたどり着いた。

 

「あっ……」

 

探していたモンスターはすぐに見つかった。けど、その姿形を見て思わず声をあげた。

 

暗い廊下の先、白い布のようだけどビニール袋のようにうっすらと透けていて、微かに発光している、てるてる坊主のような体。

 

足のような器官は無くて、フワフワ、ユラユラと、宙を漂い揺れている。

 

あー、これ完全に幽霊だね……。ってことは――。

 

「師匠、急に停まってどう――ヒッ!?オ――むぐっ」

 

案の定、蛍ちゃんが悲鳴をあげそうになったので手で口を塞ぐ。けど、少し遅かった。

 

蛍ちゃんの悲鳴が聞こえたのか、ゆっくりとモンスターがこっちを――顔がないのでわからないけど――向いた。

 

モンスターは体の中から白いビラビラのような触手を出して、あたしたちの方に伸ばしてきた。

 

「避けるよ!」

 

すぐに階段を降りて、触手を避けた。

 

避けた触手はあたしたちの後ろにあった壁に突き刺さっている。

 

柔らかそうな見た目に反して、硬そうだ。

 

そう思っていると、モンスターが壁から触手が引き抜き、触手を手元に戻していた。

 

あたしはその瞬間に、一気に階段から飛び出して、モンスターにガン・トンファーで3発、射撃する。

 

放たれた弾はまっすぐモンスターに飛んでいったけど、モンスターのユラユラと揺れる動きのせいで全て外れて通路の闇に消える。

 

「当てづらいな〜……と!」

 

内心、舌打ちをしながら、急いで近くの部屋に飛び込む。遅れて、あたしがいた場所を触手が奔った。

 

「師匠、大丈夫ですか!?」

 

階段の方から蛍ちゃんの心配する声が聞こえた。

 

心配してくれるのはありがたいけど、そっちこそ大丈夫だろうか、声が若干震えてるよ?

 

「大丈夫だよー。逆に聞くけど、蛍ちゃんの方こそ大丈夫? オバケが怖い蛍ちゃんじゃ、あんな幽霊みたいなクラゲのモンスター見ただけで動けなくなっちゃうでしょ?」

「べ、別にオバケなんて怖くないです! というか、クラゲ? あれってオバケじゃなくてクラゲのモンスターなんですか?」

「多分ね。触手の生えた幽霊なんていないだろうし」

 

部屋からモンスターを覗き見ながら、そう言った。

 

もう一度、ガン・トンファーで撃つ。……外れた。

 

「そうなんですか! なら、大丈夫ですね!」 

 

ん? どうしたんだろうか、急に蛍ちゃんが元気になって、いつもの調子に戻っていた。

 

「オバケじゃないなら、戦えます! キュン助、攻撃系3番でいいよね!?」

「良いセレクトだキュン、蛍。この状況に最も有効な魔法だキュン」

 

階段から通路に躍り出た蛍ちゃんが杖を構えながら、キュン助とそんなやり取りをしている。

 

今度は何をするつもりなんだろう?

 

「いくよ! 《バウンスボール》!」

 

蛍ちゃんがそう唱えると杖の先端が輝き、ピンク色の光球が8つ放たれた。

 

放たれた光球はまっすぐ飛ばず、壁や床、天井に当たる。

 

当たった瞬間、まるでスーパーボールのように跳ねて、モンスターに向かっていく。

 

モンスターはさっきのように飛んできた光球を避けたが、別方向から跳ねてきた光球に貫かれた。

 

一発当たると、動きが止まり、残りの六発に貫かれた。

 

おお、すごい。確かにこんな閉所なら有効な魔法だ。

 

貫かれたモンスターは力尽きたのか、ゆっくりと床に落ちた。

 

遅れて、白い体液が液溜まりを作っていく。

 

「お疲れ、今日は大活躍だったね、蛍ちゃん」

 

部屋から出て、蛍ちゃんを労う。

 

いやーほんとに今日は蛍ちゃん大活躍だった。あたしだけだったらもっと時間かかってたかもしれない。

 

「師匠、ありがとうございます! あ、それと、今回の訓練、どうでしたでしょうか?」

 

蛍ちゃんが今回の戦闘訓練の総評を聞いてきた。

 

道中は、怖がりすぎて一人じゃ、ろくに動けなさそうだったけど、キュン助のサポートもあって状況に合わせて魔法を使えているし、特に最後は自分で使える魔法を選べてる。

 

よって、あたしの総評は――

 

「合格。これなら、一緒にモンスターと戦っていいよ」

 

親指を立てながらそう言った。

 

まだ少し不安なところはあるけれど、キュン助がいるなら、大丈夫だろう。

 

これだけ動けるのなら十分戦力になれる。というか、もうこの子らだけでいいんじゃないかな。

 

「ヤッター! やったよ、キュン助! 合格だって!」

 

よほど嬉しかったのか、その場で跳ねてはしゃぐ蛍ちゃん。

 

なんとも微笑ましい光景だ。 

 

 

 

 

階段を降りて、来た道を戻り、廃ホテルの外に出る。

 

「じゃあ、蛍ちゃん。さっきも言ったけど、蛍ちゃんは十分戦えるからモンスターの()()任せるね」

「はい! 師匠、お疲れさまでした――って、あれ? モンスターの()()?」

 

うん、モンスターの方は、任せられる。けれど――

 

魔法少女(こっち)は任せるわけにはいかないよね」

 

月明かりぐらいしか光源のない暗闇の向こう、出来れば来てほしくなかった青い同業者の姿があった。

 




ついに邂逅する。青の魔法少女とピンクの魔法少女。

そして、明かされる師のもう一つの顔。

青と黒の戦いに蛍は何を思うのか。


次回、『大嘘つき』


以上、ふと思いついた次回予告でした。


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大嘘つき

「やぁ、こんな夜更けにこんな所に何の御用かな?」

 

月明かりぐらいしか光源がない暗闇の向こう、微かに見える青い同業者に声をかける。

 

「あなたの方こそ、こんな夜中にここで何をしていたのですか?」

 

質問に質問で返すな。

 

「別に。いつものアレだよ。特に変な事はしてないよ」

 

そう戯けつつ、蛍ちゃんの前に動く。

 

多分向こうも見えていないだろうけど、あたしの個人的なトラブルに蛍ちゃんを巻き込まないために念の為だ。

 

「いつもの、ですか……では、後ろに居る子は誰ですか?」

 

あれ? 見えてる?

 

「うーん……何の事かな? そんな子居ないけど〜? あ、もしかして、アレかな? ここ、地元じゃ有名な心霊スポットらしいから幽霊とかじゃないかな? ハハハ」

「え? 師匠、何言ってるんですか。私生きてますよ」

 

……なんでそこで喋っちゃうのかな、君は。

 

「やっぱり、誰か居るんじゃないですか。誰なんですかその子は? 声からしてあなたよりは幼い子に思えますが?」 

 

暗闇の向こうで青い同業者の視線が鋭くなったのを感じた。

 

……心なしか視線が冷たいのはなんでだろうか? もしや、あたしが深夜に年下の女の子を連れ回していると思われている?

 

「……黙っているということは、やはりどこからか拐ってきたのですか」

 

やはりとは……? 

 

「いやいや、そんなわけないでしょ。この子は……あー、弟子だよ」

「弟子……?」

 

多分、今ものすっごい怪訝な表情してるんだろうね、向こうは。

 

「そこのあなた、名前は何というのですか?」

「あっ、私はみ――」

「はーい、ストップー」

 

あろうことか、名前を教えようとしている蛍ちゃんの口を手で抑える。

あっぶな……この子、なに普通に名前教えようとしているだろうか。

 

「名前を教えちゃダメだよ」

「え、なんでですか? 同じ魔法少女だから教えてもいいんじゃ……?」

 

そんなことを言う蛍ちゃんに苦笑いを浮かべて、耳打ちをする。

 

「いや、蛍ちゃん。君は他の魔法少女と違うんだから、個人情報教えたら家に黒服の人が来て、知らない所に連れて行かれるよ」

「えっ、そうなんですか?」

 

というか、普通の魔法少女でも連れて行かれるけどね。

 

魔法少女管理機関という組織は国が運営する組織ではあるもののその実態は、一般には隠されている部分が多い。

 

主な理由は防衛上の関係や機密漏洩を防ぐためだろうけど、一番の理由は色んな意味でアウトに近い魔法少女の扱いのせいだろう。

 

例えば、スカウト関係……当然だけど、命を賭けて人を守りたいなんて考えを持った子なんてまずいないし、愛娘を一つ間違えば命を落とすような場所に送る親も居ない。けれど、機関はコレを認識改変を使うことで解決している。

 

《魔法少女として戦うことは誉れである》

《魔法少女になったのならば人々のために戦うの当然》

《子が魔法少女になったのならば戦わせるのは親の義務である》

 

とか、なんとか。そんな感じに認識を変える。それも魔法少女になる子からではなく、その子の親や親戚、親しい友人から。 

 

魔法少女になる子は大体が8歳から10歳だから、親族に機関に所属するように促され、友人達からも外堀を埋められるように追い詰められて、最終的に自分でもその事を疑問に思わなくなる。

 

そして、率先して生命力を浪費して、必死に戦い抜いた末、記憶処理によって魔法少女のことを忘れ、残りの人生が短いことを自覚することなく過ごすことになる。

 

……いやはや、とんだ嘘つき連中だ。誰がそうしようと思ったのか知らないけど、恐ろしいことこの上ない。

 

 

だからこそ、そんな組織に蛍ちゃんの存在を知られるわけにはいかない。

 

 

「なぜ、邪魔をするんです?」

「逆に聞くけど、邪魔しない理由なんてある? 正直言って、君等の所は信用できない。だから、この子に関して何も知らせるつもりはないよ」

「信用ならないのはあなたの方です、アンノウン。目的も素性も何もかもが不明なあなたより、機関の方が信用できます!」

 

だんだんと空気がピリついてくるのを感じる。

 

いよいよ、暗闇の向こうからいつものように高速の太刀が飛んできそうだ。

 

「……まぁ、いいでしょう。それよりもそこの女の子を保護するのが先です。そこのあなた、私は魔法少女管理機関に所属しているブルーバードという者です。あなたの名前は何ですか?」

 

すると、蛍ちゃんに声をかけてきた。勝手に話しかけるな。

 

「えっと……?」

 

後ろを見ると蛍ちゃんが困ったような顔であたしにどうすればいいか指示を仰いでいる。

 

あたしは首を振って、答えないように指示をして、青い同業者の方を向く。

 

「自分の本名を教えずに名前を聞こうなんてズルいことするね〜」

 

一歩前に出る。できるだけ青い同業者の注意を惹くようにするために。

 

「……なんですか? 邪魔をしないでください。今はそっちの子と話しているんです」

「この子は君と話すつもりはないみたいだけど?」

「それは貴方があんな嘘を言うから警戒しているだけです。というか、貴方には用はありませんから帰ってもらっていいですよ」

 

あーだめだ。いつもはしつこいぐらい絡んでくるくせに今日は用無しと来たか……どうやってこっちに注意を向けさせようか。

 

「釣れないねぇ……いつもなら、あなたに聞きたいことがーとか、言いながら斬りかかってくるのに――あ」

 

いい事を思いついた。これなら、青い同業者の注意を引けるかもしれない。

 

「そっか、なら……5年前のアレ。あたしのせいだって言ったらどうする?」

「……っ!」

 

あたしのついた嘘で暗闇の向こうの青い同業者の雰囲気が変わった。

 

「――そうですか。やはり……あなたが」

 

生温い怒りの視線ではなく、冷たい殺意に満ちた視線を感じる。

……これは、本気で殺しに来るな。

 

なら……ここから先は、蛍ちゃんには見せられない。

 

「キュン助、蛍ちゃんに認識阻害をかけながら帰ってくれる? 蛍ちゃん、まっすぐ家に帰ってね。絶対に戻ってきたらダメだからね」

 

そう指示を出しながら、両腕にガン・トンファーを装備する。

 

「あ、あの……師匠?」

「ごめんね、蛍ちゃん。こればっかりはわがまま言わずに黙って従ってほしい。向こうはあたしを優先的に狙ってくるだろうけど、蛍ちゃんが巻き込まれる可能性があるからね」

 

突然こんなことを言って、困惑するのは分かる。けれど、どうか何も言わずにすぐにここから離れてほしい。

 

「で、でも……」

「蛍。君の師匠の言うとおりキュン。この場にいたところでできることはないキュン」

「そんな……」 

「さぁ、行くキュン。それとも、君は師匠の邪魔をしたいのかキュン」

 

ちらりと後ろを見るとキュン助にそう言われ、項垂れる蛍ちゃんの姿が見えた。

 

「わかり、ました……」

 

どうやら納得してくれたようだ。

 

言い方はともかく、キュン助には後でお礼を言っておこ――

 

「ッ……!」

 

ぞあっと鳥肌が立ち、殆ど反射的に腕を上げた。

 

瞬間、トンファーと青い同業者の刀がぶつかって火花が散った。

 

「よそ見とは、ずいぶん余裕ですね」

 

ここまで近いと流石に青い同業者の顔がよく見えた。

 

表情はまるで感情が抜け落ちたように無表情だけど目の奥には怒りの炎が見えるようだ。

 

「ししょ……!」

「行きなさい!」

 

切りかかってきた青い同業者に驚き、声を上げる蛍ちゃんの言葉を遮って、強く言う。

 

「無事を祈るキュン」

 

キュン助がそういった瞬間、あたしの後ろから蛍ちゃん達の気配が消えるのを感じた。

 

指示通り認識阻害を使ってくれたみたいだ。

 

「消えた……?」

 

蛍ちゃんの姿が突然消えたことで青い同業者の目線があたしの後ろの方に向いた。

 

今だ!

 

トンファーで防いでいる刀を左に流し、青い同業者のバランスを少し崩して、同時に左足を狙って右足で蹴りを放つ。

 

「――遅いです」

 

蹴りは外れた。

 

青い同業者が《加速》を使って、後ろに下がったからだ。

 

「速い……」

 

今までよりも……ずっと、速い。

 

「当然です。今まではあなたに話を聞くために手を抜いていましたから」

 

下げていた刀を上げ、正眼に構え直す。

 

「ですが、もうその必要はありません。手加減無しで――」

 

青い同業者の姿が消える。

 

ッ――左!

 

本能に従って、首を狙って振るわれた刀を左のトンファーで受ける。

 

っ……今のは、危なかった……! もう少し遅かったら切られてた!

 

「殺します……!」

 

堂々と正面から言い渡された殺害宣言。

 

直後、2つ、3つと、剣閃が奔った。

 

最初の2撃をトンファーで受けつつ、下がり、後の3撃を躱す。

 

速いだけじゃなく、一太刀の重みも今までより重い……! 

 

「はっ!」

「っ……!」

 

再び首狙いで振るわれた刀を上体を少し退いて躱し、頭を狙って前蹴りを放つ。

 

けど、やっぱり躱される。

 

今まで突進か、脚さばきにしか使ってこなかったから、てっきり《加速》を使いこなせていないかと思っていたけど、全然使いこなしてるじゃない。

 

《加速》の能力自体は別に珍しいものじゃない。けれど、使いこなされると厄介極まりない。

 

昔、戦った《加速》持ちは身の丈以上の大剣を使っていたけど、本来なら生じる攻撃前後の隙を《加速》を使って無くしていた。

 

青い同業者がやっている事も同じだ。刀を引く、返す、動作の速度を加速して、次の攻撃への接続の間を無くしてる。

 

反撃する隙がない。

 

「……はは」

 

こうなるだろうと、分かった上で嘘をついたとはいえ、ここまでのことになるとは……正直、予想外だ。

 

冷や汗が止まらない。

鳥肌が収まらない。

 

懐かしく感じる《死ぬかもしれない》という危機感。なのに笑ってしまうのはあたしが魔法少女に成ってからの悪い癖だ。

 

ああ、久しぶりだなぁ……この感じ。

 

畳み掛けるように襲いかかる刀の連撃をトンファーで凌ぎながらそう思う。

 

少しでも判断を誤れば、死ぬような状況であたしは《あたし》が起きてくるのを感じた。

 

また、首狙いの剣閃が来る。

 

1、2、3、4……と、重ねられた斬撃を辛うじて弾くか、躱す。

 

「……本気で殺しにきてるんだね」

 

ここまでの一太刀、一太刀が首を狙いか、それに繋げるための布石になる軌跡を描いている事からあたしを殺すという意志に嘘は一片たりともないんだろう。

 

「そう言ったはずですが」

 

青い同業者の姿がブレ、正面に現れたと同時に振り下ろされた刀をトンファーで受け止める。

 

「まさかとは思いますが、命が惜しいのでしょうか? だとしても、諦めてください。私はあなたを必ず殺します」

 

刀が押し込まれ、トンファー越しに感じる重みが増す。

 

「確かに命は惜しいけど……それ以上に、怖い」

「怖い……?」

「ご無沙汰だったからね……この殺されるかもしれないっていう感じ……だからか、そろそろ()()が効かなくなりそうだ……!」

 

足に力を入れ、刀を押し返す。

 

青い同業者は後ろに下がって、構え直した。

 

「さっきから何を訳の分からないことを……」

「理解してもらわなくていい……ま、三味線弾いてたのはそっちだけじゃないって、事かな……ああ、それと、しでかす前に言っておくよ。やりすぎたらごめん」

 

そう笑いながら青い同業者に言って、構えた。

 

「……そうですか。ですが、あなたは私よりも速くは動けない!」

 

青い同業者はまっすぐ高速で突っ込んでくる。

 

そのとおり、あたしは君より速くは動けない。だから、受けてから反撃しても間に合わない。

 

 

――なら、受けと同時に反撃すればいい!

 

 

振り下ろされた刀を左のトンファーで受けにいくのと同時に右足でローキックを放つ。

 

「ぐ……っ!」

 

ローキックは青い同業者が踏み込んだ右足に決まり、骨の折れる音と手応えから足を壊せた事を確信した。

 

苦悶の表情を浮かべ、後ろに退く青い同業者。

 

「さて……その足じゃ、もうまともに動けないだろうし、あたしとしてもこの辺で終わらせたい……というわけで、弟子の事を誰にも言わないって事で今日はもう帰ろう」

 

構えを解いて、そう提案した。

 

「……ふざけるな。貴方は……先輩達の仇です! 絶対に、ここで殺し……先輩の墓前に首を供えます!」

 

折れた右足に体重を乗らないようにしながら剣先をこちらに向ける青い同業者。

 

「……そっか、分かった。なら、終いにしようか」

 

構えは取らずに青い同業者に歩み寄る。

 

警告はした。その上で続けるのなら、もうどうなろうと向こうの自業自得だ。

 

――加減はしない。

 

「はぁッ!」

 

刀の間合いに入った瞬間、左足だけで前に飛び込むように刀を突き出してくる。

 

狙いは変わらず首。――予想通り。

 

両手のトンファーを手放して、向かってくる剣先を体を右に反らして躱し、刀を持つ右手首を左手で掴んで、手のひらを上にするように捻り、青い同業者の肘を右の肩に乗せ、肘関節を折りながら投げる。

 

そして、頭から地面に落とす。

 

「がっ……ぁ」

「……生きてる」

 

落とした所が土だったからか、青い同業者は生きていた。ただ、頭から血が出ているからもしかしたら、頭が割れたかもしれない。

 

おまけに意識を失っている。

 

今なら、とどめをさせる。けど、しない。

 

青い同業者にはあっても、あたしには殺す理由がないから。

 

ただし、助けもしない。助けてもあたしに得はないから。

 

「このまま、ここで死ぬか、それとも誰かが助けに来て助かるか……君の運次第だ」

 

地面に転がる青い同業者を見下ろしながらそう言った。

 

当然、返事はない。

 

「……ま、一応助かる事を祈っておくよ。自分でやっておいてアレだけど」

 

そう独り言を言って青い同業者に背を向ける。

 

あー、何がしたいんだろう、あたしは。

 

どうなってもこの子の自業自得だと、そう自分に言い聞かせたが、いざやった後に後悔なんかしてしまう。

 

……毎度のことだけど、慣れないね。

 

どうも中途半端にあたしに()()()()いるからか、染まってない()()の部分が罪悪感を感じているのかもしれない。

 

……まったく、こんなに悩むならいっそ全部染まってしまえばいいのに。

 

「……帰ろう」

 

帰って、風呂入って、布団に潜って寝よう。

 

そうすれば、こんな悩みもすぐ忘れるから。

 

 

 

 

そう考え、霧を出してその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠……」

 

師匠が去った後、私は師匠がいた場所を見ていた。

 

師匠に家に帰りなさいと言われた後、私は帰ろうとしたけど、キュン助に止められて、ここでずっと師匠と青い人の戦いを見ていた。

 

青い人の動きが速すぎて、それに反応する師匠の動きも速くて、何がどうなっているのか見えなかったけど、キュン助が説明してくれたおかげでなんとか分かった。

 

「どう思ったキュン? 魔法少女の戦いを見て」

 

頭の上にいるキュン助が聞いてきた。

 

「どう……って」

 

そんなの決まってる。

 

「悲しいよ……だって、同じ魔法少女なんだよ?」

 

なんで同じ魔法少女なのに戦っているんだろう。

 

「魔法少女はモンスターから人を守るために戦うんだよね?」

「君の師匠が言うにはそうだキュン」

 

そう、たしかに師匠はそう言った。じゃあ……

 

「なのに、なんでこんな事になったの?」

 

わからない、私にはわからない。

 

「さぁ? それは僕にはわからないキュン。けど、君の師匠に原因があるように青い魔法少女は言っていたキュン。蛍、君の師匠はもしかしたら悪い人なんじゃないキュン?」

「そんなことない!」

 

そんな訳ない。だって、本当に悪い人ならあの時、私を助けるはずないもん。それに――

 

「最後の方、師匠、嫌そうな顔してたから、本当は師匠だってやりたくないんだよ……だから、師匠は悪い人じゃない」

 

あの霧で消える前、やりたくないことをやっちゃった時みたいな、そんな顔を師匠はしてた。

 

本当に悪い人なら、あんな顔しない。

 

「けど、君も見ただろうキュン。笑いながら、青い魔法少女を壊す師匠の姿を……そして、それを見て君は恐怖したはずキュン」

 

確かに、あの時の師匠はいつもの師匠とは違っていて、怖く感じたのは間違いない。

 

「確かに……あの師匠は怖かった。でも、私はあの師匠が本当の……師匠だなんて、私は思いたくない」

 

あんな師匠は嫌だ。

 

「それは、君の願望だろうキュン」

「うん。だから、明日聞こうと思う。師匠が良い人なのか悪い人なのか」

 

今日のことだけで師匠の事を決めるのは無理だから、明日聞く。

 

色んなことを聞いて、師匠の事を知るんだ。

 

「素直に教えてくれるとは思えないキュン。けど、君がそうした方がいいと思うのなら、僕は止めないキュン。――そして、師匠の事を理解した時、君はどうするキュン」

 

それについては、もう決めてる。

 

「……悪い人だったなら、止める。全力で止めて、良い人に戻ってくれるように頑張る。良い人だったなら、こんな事しなくていいように私が代わりになる」

 

生まれつき悪い人はいないっておばあちゃんが言ってたから、師匠が悪い人なら全力で戻す。

 

良い人なら、あんなことさせたくない。だから、私が代わりになって、師匠が戦わなくてもいいようにする。

 

「……でも、正直、今の私じゃ、どっちも難しいからその時は手伝ってね、キュン助」

 

かっこ悪いけど、今日の戦いを見て、私は師匠に敵いそうもないのはわかったから、キュン助には思いっきり頼らせてもらう。

 

「もちろん、手伝うキュン。僕は君の味方だからキュン」

 

……よかった。断られたらどうしようかと思った。

 

一先ず、ホッとする。すると、キュン助が言った。

 

「ところで、あれはどうするキュン?」

 

キュン助が視線で指した先には師匠に倒された青い人がいた。

 

「もちろん助けるよ。魔法少女は助け合いだから」

 

青い人の所まで近づくと頭から血が出ていて、右腕が変な方に曲がっていたのが見えた。

 

「ヒール」

 

回復系1番の魔法《ヒール“》。傷を癒やす魔法。

 

その魔法を青い人に掛けると青い人がピンク色の光に包まれて、光が弾けると青い人の傷が完全に治った。

 

「蛍、そろそろ帰らないと寝る時間が無くなるキュン」

 

言われて気づいた。明日……というか、もう今日だけど、学校があるんだった! 早く帰らないと!

 

「えっと……私はこれで帰りますから、おねーさんも早く帰ったほうがいいですよ……?」

 

一応、声をかけてみる。けど、返事は帰ってこない。

 

本当に大丈夫なのかなと、後ろ髪を引かれつつも、私は家に帰った。

 




嘘つきだらけ。


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自業自得

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。(激遅挨拶)


「すみません! 遅れました!」

 

いつも走っているランニングコースの近くの土手に座って、蛍ちゃんを待っていると、頭にキュン助を乗せた蛍ちゃんがジャージ姿で走ってきた。

 

「いいよ、いいよ。あたしも今来たところだから。それにしても、学校がある日は別に来なくてもいいんだよ? 着替えてからこっち来るの大変でしょ」

 

蛍ちゃんはトレーニングを休んだことがない。平日だろうと休日だろうと、始める時間には少し前後があれど、必ず来る。

 

「ダメですよ! これは私から頼んだことですから、毎日来るのは当然です! ……あっ! でも、風邪の日はさすがに休みますけどね」

 

じゃ、走りましょうか、日が暮れちゃいますし! と、言ってランニングコースを走り出す蛍ちゃん。

 

そんな蛍ちゃんを追いかけて、彼女の後ろを走りながら考える。

 

本当に真面目でしっかり者の子だ……そんな子の師匠役があたしなんかでいいんだろうか?

 

昨晩の青い同業者との戦いが終わって、あたしはすぐに布団に入って寝ようとした。けれど、久しぶりに本性を出して戦ったからか頭が興奮して眠れず、考えに耽って、結果ずっとこんなことを考えている。

 

殺されるからとはいえ、人をあんなふうに出来るのが今のあたしだ。昨日の戦いでそれを思い出さされた。

 

 

”これだけ大地を血に染めて、あれだけの血を被り、それでもなお殺し尽くそうとする貴様が再び人の生活に戻れるとは思えん“

 

 

()()()()に帰って来る前に、知人に言われた言葉が頭を過る。

 

……まったくもって、その通りだよ。

 

比較的モンスターの出現数が少ない地域であるこの国にいれば、少なくとも向こうに居る時よりは本性を出さずに済むと思っていた。

 

でも、結果はどうだ。あんな女の子が出すような殺気であっさり本性が起きてきた。そして、あの様だ。

 

1年も経てば、大丈夫だろうなんて楽観していた頃の自分を殴りたい。

 

……もし、昨日の戦いを、あたしの本性を蛍ちゃんが見ていたらどう思うんだろうか?

 

恐怖するだろうか?

 

失望するだろうか?

 

どちらにせよ、嫌われるだろうな……

 

 

「あっ、師匠! ランニング終わった後、時間ってありますか?」

 

前を走る蛍ちゃんがそんなことを言ってきた。

 

「時間なら全然あるけど、どうかしたの?」

「ちょっと、師匠と話したいことがあるんです!」

 

――っ!?

 

その言葉を聞いた時、一瞬、ドキッとした。

 

もしかして、昨日の戦いを見ていた? いや、そんなわけない。あれだけ言ったんだから、蛍ちゃんはちゃんと帰ったはずだ。

 

そのはずなのに、こうも不安なのは、なんでだろうか……? 

 

 

 

 

 

 

 

ランニングを終えて、集合した時の土手に座って休憩している。横には、蛍ちゃんが座っていて、時々あたしを見たり、地面を見たり、空を見たりしている。

 

……これは、あたしから話しかけた方がいいかな?

 

「蛍ちゃん、話って何かな?」

「えっ、あっ、……その、ですね。昨日の夜のことなんですけど……ごめんなさい! 私、実はあの後ずっとあそこに居ました!」

 

頭を下げて、謝罪する蛍ちゃん。

 

やっぱり、見ていたんだ。でも、どうして帰らなかったんだろう?

 

もしかしてと、思い、蛍ちゃんの頭の上にいるキュン助の方を見ると目を逸らした。

 

……なるほど、お前のせいか。

 

どうやら、またキュン助が何か吹き込んだらしい。全く何を考えているのやら。

 

「……そっか。じゃあ、見ちゃったわけだね。昨日のあたしの戦い」

 

そう言うと蛍ちゃんは頷いた。

 

「怖かったでしょ? あれが君の師匠の本性だ。平気で人を殺す悪人だよ」

 

自嘲気味にそう吐き捨てるように言った。

 

向けられた敵意や殺意が怖くて、優先的に、迅速に、暴力をもって解決しようとする悪癖。

 

たとえ、それが相性係数の高さからくる弊害だったとしても人として褒められるような事じゃない。

 

「違います。師匠は悪い人なんかじゃありません」

 

まっすぐあたしを見て、蛍ちゃんはそう言ってきた。

 

「だって、私を助けてくれたじゃないですか」

 

自分を指さして、笑う蛍ちゃん。

 

「……それだけの理由で、あんな事をする人間を良い人と判断するのはどうかと思うよ」

 

流石に早計じゃないかと、思いそう返した。

 

「そうかもしれません。でも、私は師匠を悪人とは思えません」

 

断固として認めないらしい。

 

「それに、師匠もやりたくてああいうことをしたわけじゃないんですよね?」

「……どうしてそう思うの?」

「昨日、帰る時にとっても嫌そうな顔してました。だから思ったんです。師匠は優しい人だって、誰かにこう、暴力を振るうのが本当は嫌なんじゃないかなって」

 

自分の手のひらに拳をパシン、パシンとぶつけながら、蛍ちゃんはそう言った。

 

本当……よく見てるなぁ、この子は。

 

蛍ちゃんの言っていることは当たっている。この体になる前、前世の自分は暴力沙汰とは無縁の存在で、暴力を振るったこともなければ、振るわれたこともなかった。

 

「……よく分かったね。その通り、本当はやりたくないよ、ああいうのは……でも、もうどうしようもないんだ」

 

隠すようなことでもないので、そう言った。

 

今、思えば、この事を人に話すのは初めてだ。

 

「どうしようもないって……?」

「あたし達、魔法少女には相性係数っていうのがあってね。細かい事は省くけど、数字が高いほどが強くなれる。これだけ聞けば良いことかもしれない。でも、デメリットもあるんだ」

「デメリット?」

「相性係数が100を超えると契約獣の色が移るようになる。色が移って、だんだん染まっていくんだ。心も体も……心が染まると、人格に変化が出てくる。全く逆の人格になったりとか、逆に元の人格が増強されたりとかね」

 

あたしの場合は前者だった。人や生き物に暴力を振るうことなんてすることなかったのに簡単に振るえるようになって、話す言葉も考える時の言葉も女っぽくなってしまった。

 

ため息を吐く。

 

「染まっていく内、いつか自分がただ殺すだけの存在になるんじゃないかって、思うようになって……情けない話、怖くなったんだ。でも、一度染まった物は戻せないから、諦めた……」

 

一時期は、なんとかできないか、色々と試した。

 

まぁ……結局は全部、駄目だったけど

  

「でも、今はそれでいいと思ってるよ。もう随分と、やっちゃったから……元の人格に戻ったところで……たぶん、その時の罪悪感で潰されそうになるだろうから」

 

あちらとこちら側で、合わせていったいどれだけ殺したか、わからない。

 

もし、今、元通りになったら……あたしは家に引きこもって懺悔し続けたり、殺した相手の幻覚でも見て発狂したりするかもしれない。

 

「それでも、完全に染まってしまうのはやっぱり怖いから、比較的モンスターの出現が少ないこの国に閉じこもって、出来るだけ染まりづらい環境に自分を置いた。けれど、昨日の戦いで青い子をとうとう手に掛けてしまった。近いうちに、機関は全力であたしを潰しに来るだろうね」

 

そうでなくても、いつかは決心して決着をつけなくてはいけなかった事。”いつか“が近々に変わっただけだ。……まだちょっと、決心ができてないけど。

 

どうしようかと、川を眺めながら考える。すると、蛍ちゃんが言った。

 

「それなら、大丈夫ですよ! あの後、青い人の傷は治しましたから!」

「……え?」

 

蛍ちゃんの言葉に驚いて、蛍ちゃんの方を見た。

 

ちょっと待って。だとしたら、蛍ちゃんの事が機関に……!

 

「……治した後、どうしたの? 青い子と話したりした?」

 

蛍ちゃんの肩を掴んで、そう尋ねる。

 

「い、いえ、話したりしてないです」

 

首を振って、蛍ちゃんはそう言った。

 

「……それなら、いい」

 

一先ず、安堵する。

 

けど、このままだと、蛍ちゃんもとい新種の魔法少女の存在が機関にバレてしまう……いや、もしかしたら、もう青い子が機関に報告したかもしれない。

 

「蛍ちゃん、あの後、認識阻害を解いたり、変身を解いたりした?」

 

新種の魔法少女の存在は機関にバレている可能性が高い。けど、まだ

 

「え? え〜と……キュン助〜」

 

蛍ちゃんは上を見上げながら、昨日のことを思い出そうとした。けど、思い出せなかったのか、キュン助に助けを請うた。

 

「はぁ……蛍。君というやつは……まぁ、いいキュン。昨日の晩、認識阻害を解いたのはあの廃墟から蛍の家までのちょうど半分ぐらいの所だったと思うキュン。変身を解除したのは蛍の部屋に戻ってからキュン」

「なんで、途中で認識阻害を解いたの?」

 

蛍ちゃんを誰かに見られたらまずいのはキュン助もよく分かっているはずだ。

 

「僕の使う認識阻害は個体に対して作用するものじゃないキュン。特定のエリアに対して作用するのが僕の認識阻害……だから、昨日の晩は移動する蛍の進路上に作用するように認識阻害を掛けたキュン。でも、僕のエネルギーも無限にある訳じゃないから途中で掛けられなくなったキュン」

 

なるほど……要はガス欠したわけだ。

 

「そんなに力を使うの、認識阻害っていうのは?」

「認識阻害は周りのあらゆる存在から範囲内のあらゆる存在、事象を感知できなくするものキュン。空間の一部を一時的に切り取っていると言ってもいい、そんな大事をするには、それ相応のエネルギーを要求されるキュン」

 

こっちの魔法と違い、キュン助のはちゃんと対価がつり合っているらしい。

 

「そうなんだ……なんとか、ならないの?」

「……一応、蛍の使う魔法にも、僕と同じことができるものがあるキュン。けど、その魔法を使うには、()()蛍の魔力が足りないキュン」

 

ん? まだ……?

 

「……その魔力っていうのは、増えるものなの?」

「増えるキュン。時間が経つごとに僕が植え付けた”魔力の種“は成長するキュン」

 

”魔力の種“……なにそれ? ――というか、今、植え付けたって言った!?

 

「蛍ちゃんに、なに仕込んでんの……? 事と次第によっちゃ、あたしは君を潰して、千切って、川に流さなきゃいけなくなるんだけど?」

 

キュン助を握りつぶしながら問いただした。

 

「ちょっと待つキュン。別に害は無いキュン。それに、蛍にはちゃんと教えた上で植えさせてもらったキュン」

「え? 植えた後、じゃなかったっけ?」

「ちょっと……?」

 

言ってることとやってることが違うんだけど?

 

キュン助を握っている手に更に力を込める。

 

「あ、あの時は仕方なかったんだキュン。説明をしようとしていたら、モンスターが襲ってきたんだキュン。もし種を植え付けていなかったら、蛍は君が助ける前にモンスターに殺されてたキュン」

 

……確かにそうかもしれない。だけど、得体のしれないものを分からないまま、植え付けられた蛍ちゃんの事を考えてほしい。

 

「あ、あの! 私は気にしてないので、キュン助を怒らないであげてください! それよりも、私の魔力を増やす方法なんですけど、他にもあるんです! ね、キュン助!」

 

あたしとキュン助の間に割って入るように蛍ちゃんが声を上げた。

 

「魔力を増やす方法?」

「魔力の種の成長は時間経過だけじゃない、魔法を使うことでも魔力を増やすことができるキュン」

 

魔法を使うと魔力が上がる? じゃあ、魔法をどんどん使っていけば、蛍ちゃんの魔力はその分増える……? 羨ましい、こっちは使ったら減るだけなのに。

 

待てよ? 早く戦わせてほしいと、言っていたのは、もしかしてこの為?

 

「だから、早く戦わせてほしいって言ってたの?」

「そうだキュン。これから、蛍が君の代わりをするためには、蛍のパワーアップは優先しなくちゃいけないことだキュン」

 

あたしの代わり? ああ、モンスター退治のことか。それなら、今のままでも十分――

 

「そうなんです! 師匠がこれ以上嫌なことをしなくてもいいように私が代わりに魔法少女とも戦います!」

「それはダメ。絶対にダメ」

 

速攻で、食い気味に、腕でバツを作って拒否した。

 

当たり前だ。蛍ちゃんにあんなことをさせるわけにはいかない。

 

「蛍ちゃんはモンスターとだけ戦っていてほしい」

 

蛍ちゃんは優しいからあたしのことを思った上で行ってくれたのはよく分かる。けど、これはあたしが蒔いた種だから、あたしが解決しなくちゃいけないから。

 

「あっ、でもモンスター全部ってわけじゃなくて、ランクⅡぐらいまで……って、言ってもわからないよね。今度、教え――蛍ちゃん?」

 

モンスターには、ランクがあり、高い程に危険度が増す。だから、蛍ちゃんなら問題なく倒せるだろうランクⅡまで任せるつもりだったのでそう言ったが……蛍ちゃんの様子がおかしい。

 

「……そんなに頼りになりませんか?」

 

蛍ちゃんは俯いてそう言った。

 

「確かに、私じゃ、魔法少女とは戦えないかもしれません。実際、昨日の青い人の動きが全然見えてませんでしたから……だけど、私だって師匠の役に立ちたい……師匠が嫌だと思う事をこれ以上してほしくないんです!」

 

涙目で蛍ちゃんは訴えてきた。

 

蛍ちゃんの優しさか、もしくは、昨日のあたしがそんなにも酷い顔をしていたからか、私には分からない。

 

だけど、どういう理由であれ、あたしは蛍ちゃんを他の魔法少女達と戦わせるつもりはない。

 

「ごめんね、蛍ちゃん。気持ちは嬉しいけれど、それだけは絶対にやらせない」

「っ……どうして、ですか?」

 

今にも泣き出しそうな……いや、もう泣いてるか、そんな顔して聞いてくる蛍ちゃん。

 

頷いて、答える。

 

「これは、あたしがやらなきゃいけない事。たとえ嫌でもやらなきゃいけない、誰かに任せてはいけない。これは、あたしの怠慢の結果だからね」

 

時間はたっぷりとあった筈だ。にもかかわらず、

 

騙し討や裏切りを警戒して和解をする努力を怠った。

 

辞めようと思えば、いつでも辞められるのに、自分が戦わなかったら、人が死ぬ。なんて、ことを考えて、魔法少女を辞めることを怠った。

 

完全に自分の怠慢で、自業自得だ。

 

「……でも、師匠は嫌なんですよね……?」

「嫌だね。でも、やらなきゃね」

 

笑いながらそう言った。

 

「……分かり、ました」

 

俯きながら蛍ちゃんは言った。

 

たぶん、納得はしてないんだろう。あたしが断固として譲らなかったから渋々諦めた感じだろうか。

 

「蛍ちゃん、一つ言わせてもらっていいかな?」

 

ただ、これだけは言っておきたいことがある。

 

「……なんですか?」

「あたしは蛍ちゃんが頼りにならないなんて、少しも考えてないよ。むしろ、これからはバンバン頼るつもりでいるからそのつもりで」

「……っ!」

 

蛍ちゃんの背中を軽くポンポンと、叩きながらそう言うと、蛍ちゃんは目を見開いた。

 

本気で頼りにされてないと思っていたのかな? と、思いながら立ち上がる。

 

少し本音を吐き出したからか、昨晩から感じていたモヤモヤとした気持ちが少し晴れた気がした。

 

「さてと、そろそろ日が暮れるし、今日はもう帰ろうか、蛍ちゃん。次、モンスターが出てきたら昨日みたいによろしく頼むね♪」

「はい!」

 

嬉しそうに元気よく返事をしてくれた。

 

その後、二人してスッキリした表情をしながら、あたしと蛍ちゃんはいつも通り家に戻った。

 

そして、翌日。慌てた様子であたしの前に現れたキュン助に告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

――蛍ちゃんが拐われた。と、




全て己の自業自得。




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突撃

蛍が拐われた。

 

それを聞いてあたしが取った行動はキュン助を掴んで走ることだった。

 

「助けに行くよ! 事情は走りながら聞く!」

 

いつものランニングコースの道を走りながら右手で掴んでいるキュン助に言った。

 

「そっちじゃないキュン! 逆方向キュン!」

 

急ブレーキをかけて、反転、全力で走る。

 

「先に言ってよ!」

「言う前に動くからキュン!」

「動く前に言いなさい!」

「無茶苦茶キュン……」

「で!? なんで、そんなことになったの!?」

 

道を走りながら、再度キュン助から事情を聞く。

 

「わからないキュン! 学校に行く途中、いきなり黄色い髪の女の子に襲われたキュン! 腰にケースがあったから魔法少女に間違いないキュン!」

 

(黄色い髪の魔法少女……。もしかして、あの子?)

 

キュン助の言った魔法少女に心当たりがあった。 

 

滅多に出会うことはなく、出会ったとしても戦わずにその場を去る。会話もしない。そのため、機関側の魔法少女の中では、一番得体のしれない子だ。

 

(だとすれば……厄介だな、手の内が分からない)

 

戦ったことがないから、どんな武器を使い、どんなの能力があるのか、どんな魔法を使うのか分からない。

 

(それにしても、早すぎる……なんでこんなにも、早く蛍ちゃんを特定できた?)

 

蛍ちゃんが機関側の魔法少女に知られたのは、一昨日の晩。その次の日……昨日の朝すぐに青い魔法少女が蛍ちゃんの事を知らせたとしても、今朝に蛍ちゃんを拐うのはどう考えても無理だ。

 

(いや……今はそんなこと、考えても仕方がない……!)

 

ポケットからCHANGEのカードを取り出し、握りつぶす。

 

パリンッと音を立ててカードが割れ、狼がどこかの反射面から馳せ参じる。

 

走りながら、狼が霧状になってあたしを包み、魔法少女へと変身する。

 

(どうか、無事でいて……蛍ちゃん!)

 

そう願いながら、アスファルトを砕く勢いで力強く踏み込んで加速した。

 

 

 

 

 

「このあたりで合ってる!?」

 

街の中心部にあるビル街。そのビル街に建っているビルの一棟の屋上から周囲を見渡しながらキュン助に聞く。

 

「ちょっと待つキュン。今、蛍にくっつけた僕と交信してみるキュン」

 

そう言って、キュン助は黙り込んだ。

 

ここに来るまでの道中で、キュン助に聞いた話だと、蛍ちゃんが拐われた時に自分の体の一部を蛍ちゃんにくっつけたらしく、くっつけた自分の一部から蛍ちゃんの居場所と状態を教えてもらっているらしい。

 

いよいよ、あたしにはこの生物がどういうものなのか分からなくなった。

 

「蛍は今、この辺りの地下深くで眠らされた状態で居るらしいキュン。今の所、何もされてないけど、あまり時間はかけられないキュン」

「分かってる……出来るだけ早く、蛍ちゃんを助けるよ」

 

(とはいえ、蛍ちゃんは地下……ということは、どこかに入口がある筈だけど……)

 

周囲を見渡しても、ごく普通のビル街があるだけでそのような物は見えない。

 

(階段か、エレベーター……機関は、政府から存在が認められてはいるけど、その多くは公開されていないはず……なら、それと分かるようにしてないよね)

 

ということは、ビルに偽装してあるのでは……。そう思い、周囲のビルを見る。

 

(……やっぱり、見ただけじゃ分からないなぁ)

 

周囲のビルに不審な点はなかった。

 

(一つ一つ、中に入って調べよう。目立つことになるけど、蛍ちゃんが最優先だ)

 

柵に手を掛けて、ビルから飛び降りようとした時だった。

 

「学生さん……?」

 

いつもランニングコースですれ違う学生さんが私服姿でビル街を歩いていたのが目にとまった。

 

(今日は、平日で学校があるはずなのに、こんな時間にこんな所で何をしてるんだろう?)

 

学生さんのことなんか見てる場合ではないのに、何故か学生さんの事が気になった。

 

やがて、学生さんは小さなオフィスビルに入っていった。

 

(……なんで学生さんがオフィスビルに?)

 

なんだか無性に気になり、なんとなく追うべきだと、思った。

 

「キュン助、行くよ」

「なにか手がかりを掴んだキュン?」

 

答えずにビルの屋上から跳んで、学生さんが入っていったビルの前に着地する。

 

歩道を歩いていた人達があたしを見て驚いて、声を上げて、ざわざわと騒がしくなったけど、無視してビルの中に入る。

 

ビルに入るとちょうどエレベーターのドアが閉まるのが見えた。

 

(何階に行ったんだろう?)

 

エレベーターの前でエレベーターの位置を知らせるランプを見た。でも、なぜかランプはいつまで経っても一階を示したままだった。

 

(動いてないのかな?)

 

ドアに耳を当てて、音を聞いてみると、エレベーターは動いていた。

 

最初はランプの故障かと思った。けど、すぐにおかしいことに気づいた。

 

(長い……このビル5階建てなのに、その割にはエレベーターがずっと動いてる)

 

明らかにエレベーターが動きすぎていた。

 

(もしかして……)

 

あることを思いついて、ドアをこじ開けようとした。

 

「き、君、いったい何をしているんだい?」

 

すると、横から声をかけられ、見てみるとサラリーマン風の男性がいて、少し離れた後ろの方では人だかりが出来て、何人かスマホをこちらに向けていた。

 

(さっさと、行こう……)

 

とりあえずサラリーマンの言葉には答えず、キュン助を頭の上に乗せると、ドアの隙間に貫手で手を突っ込んで、強引に開けた。

 

(やっぱり……)

 

開くとエレベーターが通る縦穴があり、下の方を見ると、底が見えない程に深かった。

 

入る時に確認したけど、このビルに地下のフロアはなかった。

 

(ここが、入り口だ……!)

 

そう確信すると同時にあたしは縦穴に飛び降りた。

 

 

 

 

 

(かなり深いな、何メートルあるんだろう……ん?)

 

壁を蹴って減速しながら、縦穴を降りているとようやく底というか、先に降りていたエレベーターが見えた。

 

エレベーターの上に着地して、整備用のハッチを蹴破り、内部に入る。そして、操作盤の開ボタンを押してドアを開けようとした。けど、開かなかったので、さっきと同じように無理矢理こじ開けた。

 

ドアの向こうは薄暗く長い通路になっていた。

 

エレベーターから出て通路を歩く。

 

ビーッ! ビーッ!

 

『侵入者、感知! 侵入者、感知! 自動防衛システムを起動します!』

 

 

(……やっぱり、そういうのあるよね)

 

突然、警報が鳴り、アナウンスが鳴り響く。そして、通路の照明が点くとあたしとエレベーターの間に分厚いシャッターが下りて道を塞いだ。

 

「うわわ……!?」

 

今度は通路の床がベルトコンベアのように動き出し、あたしをシャッター側へと移動させ始めた。

 

驚きつつも走って、流されまいとしていると、前方の左右の壁と天井から機銃のような物が出てきて、銃口をあたしに向けた。

 

(随分と……手厚い歓迎だなぁ、もう!)

 

よく考えられた防衛システムだ。

 

シャッターを閉じて、逃げ道を塞ぎながら、動く床で前進を妨害しつつ、機銃で倒す。

 

普通の人間なら為す術無しだ。

 

(けど、こっちは魔法少女だよ!)

 

機銃の向こう側……の空間に意識を向けつつ、狼の能力であるワープを使う。

 

機銃の後ろに転移すると、ガン・トンファーで機銃を撃って破壊し、ワープを繰り返して、動く床に抵抗しながら通路を進む。

 

(っ……シャッターが!)

 

今度は前方の方でさっき同じシャッターが下りた。それも、一枚ではなく、何枚も……どうやら、ここから先へは進んでほしくないようだ。

 

(……床が止まった?)

 

シャッターが下りると、床の移動が停まった。

 

そして、横の壁がスライドして、別の通路が現れた。ここを通って行けということだろう。

 

明らかに罠だと思ったのでシャッターを壊して進もうと思ったけど、殴りつけた感触から時間がかかると判断して、諦めてその通路を進むことにした。

 

「二手に別れないかキュン?」

 

通路を進んでいるとキュン助がそんなことを言ってきた。

 

「どうして?」

「僕なら、小さな隙間にも入れるから、妨害されずに進めるキュン」

「なるほどね。了解」

 

内心、そんなこともできるのかと、思いながらキュン助の提案に乗った。

 

「そこの給気口からダクトを通って、なんとか蛍の所に行ってみるキュン」

「分かった。……今、蛍ちゃんはどんな状況?」

「まだ眠ってるキュン。そして、椅子に座らされて拘束されてるキュン」

「……まだ何もされてない?」

「今の所は……でも、急いだ方が良いキュン。さっきの警報で周りが慌ただしいから何をするか分からないキュン」

「分かった。ありがとう」

 

キュン助に礼を言って、キュン助を給気口の穴に近づける。すると、キュン助はスライムのように体を隙間に滑り込ませ、給気口の中に入って行った。

 

あたしも通路を走っていき、やがて行き止まりにたどり着いた。

 

(……いや、これ壁じゃないな)

 

壁だと思ったソレはよく見ると重厚な扉のようだった。

 

見たところ、さっきのシャッターよりも頑丈かつ重そうな扉で簡単にはこじ開けられそうにない。が、他に進める場所もないのでなんとか開けられないか試すために近づいた。

 

すると、重々しい駆動音と金属が擦れる音をたてながら重厚な扉がゆっくりと左右に開いた。

 

開いた先は真っ暗で、通路から差し込まれる照明の明かりでは全容が見えない。

 

とりあえず、明かりで照らされているところまで踏み込んでみると、あたしの足音が響いた。

 

(けっこう広いな、ここ)

 

音の響き具合から、空間の広さを推測していた時だった。

 

ガァン! と、重厚な扉が勢いよく閉まった。あまりにも大きな音だったので鼓膜に響いた。

 

さらに、今度は天井の照明が点いた。

 

(眩しいな……)

 

少し目を細めて周りを見ると、推測通り広い空間だった。四方と天井と床が金属製で正面の壁にはスクリーンが壁に埋め込まれる形で設置してある。

 

そして、空間の中央には患者服のような服を着た仮面を付けた少女が一人、椅子に座っていて、その横には姿見が1つ置いてあった。

 

(誰だろ……あの子)

 

見たこともない子だ。だけど、ここにいる以上ただの子供ではないだろう。

 

ガン・トンファーの銃口を少女に向けながら、近づく。

 

『はじめまして、アンノウン』

 

(──っ!)

 

突如、男性の声が少女の方から聞こえた。

 

『おっと、申し訳ない。驚かせてしまったかな?』

 

よく見てみると少女の首に小さなスピーカーのような物がぶら下がっていた。そこから声が出ているようだ。

 

「どちら様ですか?」

『おや、意外ですねぇ。てっきり無視されるものだと思っていました。私の名前は藤山。ここの技術開発部門を任されている者です』

「どーも、藤山さん。早速で悪いけど、あたしの弟子を返してもらえるかな?」

『それは私の一存では決めかねますので、出来ませんねぇ。それよりも……少し私の実験に付き合ってもらいましょうか』

 

(実験……?)

 

「悪いけど、今急いでるから……別の人に頼んでくれる?」

『いえ、この実験はあなたでなければ意味がない。それに……これを見ても、そんなことが言えるでしょうか?』

 

正面のスクリーンに映像が映る。

 

(っ……蛍ちゃん!)

 

椅子にバンドで拘束され、目隠しをされた蛍ちゃんの姿がスクリーンに映し出されていた。

 

『そう怖い顔をしないでください、アンノウン。まだ何もしていませんから』

「まだ、って言うことは、これからなにかするつもりだよね?」

『ええ、ですが、ご安心を……彼女は重要参考人として赴いてもらいましたから、手荒い真似はいたしません。少し()()()()を行うだけですから』

 

(なにが、赴いてもらっただ……誘拐したくせに)

 

この藤山という男はかなり性根が腐った人間だと、短い会話の中で確信できた。

 

とはいえ、藤山が言った事情聴取が真っ当なものではないのは、容易に予想できる。そして、あたしが実験とやらに協力的でないなら事情聴取の方法も過激になるに違いない。

 

「……わかった。実験に付き合ってあげるよ。ただし、弟子には手を出すな」

 

あたしからは現状、手が出せない。別行動中のキュン助がなんとかしてくれるのを待つしかない。

 

『協力的で助かります。では、始めましょうか──モルモット、始めろ』

 

藤山がそう言うと、椅子に座っていた少女は立ち上がり前に出る。

 

そして、手に持つ黒いホルダーのような物に差し込まれた赤いケースからカードを1枚引き抜いた。

 

(赤いケース……という事は、炎熱系か……それにしても、あの黒いホルダーはいったい……?)

 

パリンッ

 

少女は引き抜いたカードを握りつぶした。

 

すると、黒いホルダーから黒い影が出て、少女の首から下を完全に覆った。そして、影がボディースーツに変化すると背中から黒い鎖が姿見へと伸びた。

 

黒い鎖は鏡の中へと入り、モンスターを1体引きずり出した。

 

背中が激しく燃えている赤毛のクマ。おそらく、少女の契約獣だろう。けれど、様子がおかしかった。

 

鎖の動きに逆らい、床に爪を立てて、必死に抵抗していた。明らかに少女との変身を拒んでいた。──が、抵抗虚しく契約獣は少女にぶつかった。

 

「熱……っ」

 

瞬間、少女を火柱が包み、熱風が部屋全体に吹き荒れた。

 

熱に顔を顰めつつ、少女を見ると、黒いボディスーツの上から赤いボロボロのコート、同じ色のボロボロのミニスカート、同じ色のブーツといった魔法戦衣を着て、さらにその戦衣の上から鎖を巻き付けたような格好になり、髪の色も黒から赤へと変わっていた。

 

『実験開始』

 

男がそう告げると同時に少女は両手に戦斧を出現させ、突撃してきた。

 




1番変身の時に周りに迷惑かけそうな子。


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外道共 ※

思ったより遅くなった。思ったより長くなった。




これも全部マスターデュエルって、奴の仕業なんだ。


ごう、と斧が振るわれ、それを少し引いて躱す。

 

勢いを殺さず、体を回転させて、振るわれた2撃目も引いて躱す。

 

赤の魔法少女と戦う時、一番厄介なのは、識色特性の炎熱。

 

鋼を一瞬で溶かせる程まで一気に加熱する。

火柱や火球を放つ。

 

色々できる。

 

だけど、あたしにとって一番厄介なのは、近づけないことだ。

 

ごう、と今度は大振りな振り下ろし。隙だらけだ。

 

間合いを外して、踏み込み、右の拳で腹に一発――

 

(っ……また!)

 

斧の軌道に沿って、一瞬遅れて迸る炎。これが、なかなか厄介で近づこうとすると焼いてくる。

 

この実験が始まってから、躱して踏み込んで間一髪、避けての繰り返しだ。

 

 

そして、何よりも、

 

(……蛍ちゃん)

 

スクリーンに映る蛍ちゃんを見る。今の所、向こうでは動きはないが、いつ事情聴取が行われるか分からない。

 

よって、下手に動けない。

 

 

(かといって、このまま戦いを続けるわけにもいかない……!)

 

理由としては、少女が変身してから上がり続けている室温。今はまだ大丈夫だが、いずれは限界が来る。

 

その前に決着をつけたいが、まだ動けそうにない。

 

(キュン助……まだなの!?)

 

別行動をしているキュン助が蛍ちゃんの所へたどり着くまで辛抱するしかなかった。

 

「これならどう!?」

 

ガン・トンファーの引き金を引いて、銃弾を浴びせる。

 

けれど、少女に直撃した銃弾は少女の体に傷をつけることなく、パラパラと床に落ちていった。

 

契約獣の付加能力かどうかはわからないが、少女の体は高い防御力を有していた。

 

「あまり、時間はかけたくないのに面倒な能力してるなぁ……」

 

どう倒そうか、考えていると、スクリーンの方に動きがあった。

 

「誰だ……?」

 

スーツ姿の女性が病院とかで見るカートを引いて、蛍ちゃんに近づいた。その女性はカメラから蛍ちゃんが見えるようにして立ち止まると蛍ちゃんを見ながら腕を組んだ。

 

あたしにはそれが蛍ちゃんが目を覚ますのを待っているように思えた。

 

すると、蛍ちゃんが身動ぎしたのが見えた。おそらく、眠りから覚めようとしているんだろうと思う。

 

「!……っと!」

 

スクリーンの方に気を取られていると少女の斧が迫ってきていた。間一髪、躱して距離を取る。

 

が、少女がさらに踏み込んで斧を振り下ろしてきたのでトンファーで受け止める。

 

(っ……重いねぇ……!)

 

斧型の魔法武装、大振りな攻撃……おそらくパワータイプな魔法少女なんだろうとは思っていたけど、案の定この少女の膂力は強い。

 

(蛍ちゃんの方も気になるけど、こっちもなんとかしないと……!)

 

徐々に上がっていく室温と嫌な予感しかない蛍ちゃんの状況。時間がないのは明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ん、ぅ……?」

 

目が覚めた。けれど、目を開けられない。どうやら、目隠しをされているようだ。  

 

「……え?」

 

体を動かそうとすると、椅子のようなものに座らされていて、何かで動けないようにされているのがわかった。

 

「目が覚めたようだな」

「っ!? ……誰、ですか?」

 

目の前で女の人……たぶん、お母さんと同じぐらいの歳の人の声がして、顔を上げた。

 

「名前を聞くなら、まず自分から名乗らなきゃいけないだろう。君の名前は何というのかな?」

 

声が急に近くなった。顔を近づけて喋っているみたいだ。

 

「……知らない人には、名前を教えちゃいけないってお母さんに言われてるので言いません」

「ほう、ちゃんと親の言うことを聞いているとはいい子だ。ならば、私から名乗ろう。私は魔法少女管理機関、機関長の宮沢だ」

 

(魔法少女管理機関……!?)

 

魔法少女管理機関。師匠が信じちゃいけないと、言っていた組織で一昨日、師匠と戦った青い人の所属している所。

 

「さて、君の名前を教えてもらおうか」

「……言いません」

 

絶対に名前を教えちゃダメだと、師匠は言っていた。だから、絶対に喋らないようギュッと口を閉じた。

 

「なるほど、名前は喋るつもりはないと……まぁ、いいとも。君から聞きたいのはそんな事ではないのだよ。()() ()()ちゃん」

 

心臓がドキリと跳ねた。

 

「っ!?……な、なんで!?」

 

どうして私の名前を知っているのか、見当もつかなかった。

 

「なぜ、私達が君の名前を知っているか、気になるか? 簡単なことだ。早乙女……ブルーバードとアンノウンが戦った日の夜、魔法少女状態の君が屋根を伝って住宅街を移動する姿をイエローストリングスが目撃した。そのまま尾行し、君の家を特定、身元も把握したというわけだ」

「そんな……!」

 

あの日の帰り道、途中で認識阻害が切れたところを見られてしまってたんだ。

 

完全に油断してた。

 

「さて、話が逸れたな。本題といこう――アンノウンは、いったい何者だ」

「知りません」

 

きっぱりと答えた。 

  

私は師匠のことをよく知らない。名前も住んでいる場所も……分かっていることといえば、普段の見た目と人と戦うことが嫌いなことぐらい……。

 

でも、たとえ知っていたとしても、私は絶対に教えたりしない。

 

「そうか、それは残念だ。ならば――こちらも少し聞き方を変えてみるとしよう」

 

女の人の声は全然残念そうには聞こえなかった。

 

小さな物音がして、左腕の袖が捲られた。そして、チクリと針で刺されたような痛みが走った。

 

「痛っ!」

「さて……これで少しは話してくれるかな?」

 

針が抜かれてすぐ、変化が起こった。

 

(……頭がふわふわする……)

 

まるで脳が水の中で溶ける氷のように溶けて無くなっていくような感覚。

 

脳だけじゃない。体までもが水になって、自分がわからなくなって……自分が自分と分からなくなるようで――

 

「……何、これ」

 

これからどうなるのだろうか、そのことを考えるととてもとても不安になる。

 

「なにこれ……怖い、怖いよ」

 

怖くて体が震えて、涙がでてくる

 

「安心するといい、これは通常のものより薄めてあるから効果は強くない。が、さらに2本、3本……と追加していけば――」

 

女の人はそこで話を切った。

 

追加していけば、どうなるのか。その先が怖くて仕方がない。

 

「さて、1本ではやはり口を割らないか、ではもう1本入れるとしよう」

 

左腕に細いなにかが当てられる。たぶんさっきと同じ物……注射器なんだろう。

 

「嫌、嫌……もう止めてください……」

 

このままどうなるかは分からないけど、良くないことだというのは分かった。

 

「では、話したらどうだ? アンノウンの正体を」

「知りません……! 本当に知らないんです!」

「そうか」

 

チクッ

 

唐突に左腕に針が刺され、鋭い痛みを感じた。  

 

「あ゛っ……!?」

 

そして、針を通してまた何かが体中に注入され、あの感覚が強くなる。

 

「嫌ぁ! 入れないでください! お願いします! 止めてください!」

 

思いっきり力を込めて、暴れる。けれど、自分の体を縛っているものはビクともしなかった。

 

「だったら、早く喋ればいいだろう?」

「ほ、本当に知らないんです……! 師匠のことは本当に知らないんです! だから、もうやめてぇ!」

「ああ、そうだ。一つ言い忘れていたがこの薬、規定量を超えて使用すると人を廃人にするほどの物だ」

「廃、人……?」

「分からないか? まぁ、その歳では理解するのは難しいな。簡単に言うとだ、生きているようで死んでいる状態になる……いや、これでは余計に分かりづらいな。要は死んだも同然ということだ」

 

(じゃあ、このまま薬を入れられたら……)

 

――死ぬ?

 

「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない! 助けて、師匠ぉぉっ!」

「ほーら、3本目だ。あと3本で規定量を超えるぞ」

 

また左腕に注射器が刺される。

 

「嫌ぁぁぁぁっ!!」

 

自分がどんどん壊れていくのを感じながら、師匠が助けてくれることを願った。

 

 

 

 

 

 

「止めさせろ!」

 

少女と鍔迫り合いをしていると蛍ちゃんの悲鳴が聞こえ、スクリーンの方を見るとスーツ姿の女性が蛍ちゃんに注射器で何かを注射しているのが見えた。

 

『そう言われましてもねぇ……あの子が話さない限りは事情聴取は終わりませんよ』

 

「あの子は何も知らない! これ以上続けても無駄だ!」

 

スピーカーの向こうにいる藤山に訴える。すると、スピーカーから薄気味悪い笑い声が聞こえた。

 

『嘘かもしれないじゃないですか? それに、そうまで止めさせたいのなら、あなたが話せばよいのではないのですかぁ? アンノウン』

 

(……ああ、なるほど。そういうことか)

 

どうやら機関側は初めから蛍ちゃんから聞くつもりはないらしい。本当に喋らせたいのはあたしの方で、蛍ちゃんが事情聴取を受けているところを見せつけて、喋らせる魂胆なんだろう。

 

「分かった。話すよ、その代わりあの子を解放して」

 

蛍ちゃんの命に比べれば、あたしの情報なんて軽い。

 

『おや、あっさり話すのですね。秘密主義のあなたの事ですから、てっきりあの少女を見捨てるものだと思っていましたが』

 

意外そうに藤山は言った。

 

「子供にあんなことをするアンタ達に言われたくはない」

 

『ヒヒッ……まぁ、そんなに怒らないでください。こちらの質問にちゃーんと答えてくださるのなら、あの子には何もしません。……モルモット離れなさい』

 

気色悪く笑いながら藤山がそう言うと少女はあたしから距離を取った。

 

『では、そうですねぇ……まずは貴方の本名と年齢を教えてもらえますか?』

 

「……浪川静流、歳は14か、15」

 

『んー? 自分の年齢もわからないのですかー?』

 

「……歳のことなんか気にしてもしょうがないでしょ」

 

妙に神経を逆撫でするような喋り方に苛立ちを覚えるが堪えて答える。

 

『では、次にあなたの目的はなんですか?』

 

「アンタ達と同じモンスター退治だけど?」

 

『我々と同じ? そうですか、そうですかぁ……ヒヒッ』

 

「……何がおかしい?」

 

『いえ、お気になさらず、それよりも、目的を同じとしているのなら、なぜ5年前に我々の魔法少女にモンスターをけしかけたのですかぁ?』

 

「あれに関しては、あたしは関係ない。たまたま、モンスターが出てきただけ」

 

『たまたま、モンスターが出てきただけですか……おかしいですねぇ、青の魔法少女の報告では貴方が5年前の事件の犯人だったと自白したと言っていましたが』

 

「一昨日、あの青い子に言ったのは嘘。あの子の気を引くために挑発しただけ」

 

『へぇ、そうですか』

 

「……もう充分答えたでしょ。早くあの子を解放して」

 

『ああ、そうですねぇ……質問は後でもできますし、あの子は解放―――――――なぁんて、するわけないじゃないですかぁ』

 

そう言って藤山は気色悪く嘲笑してきた。

 

「ちょっと? 話が違うじゃない」

 

『貴方には瞬間移動のような能力があるのはわかっていますから解放するのと同時にここから脱出するのは明白です。ですが、あの少女、御神蛍がこちらの手元にある以上、あなたはこちらの言葉には逆らえない』

 

「っ……この、外道が」

 

こんな事をするような連中だから蛍ちゃんをただでは返さないと思っていた。だから、こういう手も使ってくるだろうと薄々考えていた。

 

(けれど、本当に使ってくるなんて……とことん性根が腐ってる!)

 

『さて、事情聴取は一時中断して、そろそろ実験の方を再開しましょうか。私としてはこちらがメインですから』

 

「ふざけないで、アンタの実験なんかに付き合ってられるか」

 

『ほぉ? では、御神蛍を見捨てると? なら、私達の方で大事に使わせてもらいますよ。実験に使える人材は少ないですからねぇ』

 

「……使わせてもらう? それは、つまりその子のようにってこと?」

 

おそらくニヤつきながら喋っているであろう藤山の言葉に怒りで震えながらも、目の前にいる少女を指さしながら聞いた。

 

『もちろんです。まぁ、その前に色々調べますけどねぇ……なにしろ新種の魔法少女ですから、それが終わってからモルモットに使って、その後は、私の部下用にしますかねぇ……。研究、開発ばかりで色々と溜まってる部下達もいるでしょうから発散にでも――』

 

「ふっ――――――ざけんなぁッ!!」

 

もう、我慢の限界だった。

 

藤山が言い切る前に少女に向かって駆け出す。    

 

「はァッ!」

 

左のトンファーで頭を殴りにいく。すると、少女は斧を振り下ろしてきた。

 

「……っ!」

 

殴るのをやめて、斧を受け止め――同時に右手のトンファーを手放して少女の手首を掴む。

 

そして、青い子と同じように肘を折りつつ投げようとして、気づいた。

 

(関節まで堅いのか……!)

 

まるで一本鉄の芯でも入っているかのように少女の関節は折れそうになかった。

 

(なら、このまま投げる!)

 

折れなくても投げることはできる。

 

「はァッ!」

 

少女を投げ、頭から落とす。少女の頭を叩きつけた金属製の床が大きく凹んで金属の板がひしゃげた。

 

青い子の時よりも、力を込めて投げ、金属製の床が変形するほど叩きつけた。

 

確実に頭蓋骨は割れて、頸椎も壊せたはず……

 

「……嘘でしょ」

 

なのに、少女は平然と起き上がった。叩きつけられた時のダメージは全く無いらしい。

 

『どうしましたぁ? その程度ですか、アンノウン?』

 

煽るような声で藤山が言ってきた。

 

「うるさい、黙ってろ」

 

『おお、そんなに邪険にしないでくださいよ。調子にならないことなんて誰にでもあるじゃないですかぁ……くくくっ、なら調子が出るようにお手伝いしてあげますよ』

 

 

『う、あ……』

『さて、次で規定量を超えるがまだ喋らないつもりか?』

 

止まっていたスクリーンの映像が動き出し、ぐったりしている蛍ちゃんとそんな蛍ちゃんに注射器を刺そうとしている女の姿が映った。

 

「どういうこと!? 蛍ちゃんの事情聴取は止めたはずじゃ!?」

 

『ああ、そういえば言ってなかったんですが、ここでの会話は向こうには聞こえてないのですよ、ヒヒッ……! なので、あなたが質問に答えてる間も向こうの事情聴取は続いていますよ。ヒヒヒッ……!』

 

藤山は笑いながらそう言った。

 

「……いったい、どれだけあたしを怒らせれば気が済むんだアンタはァァァッ!!」

 

右手にトンファーを再展開し、さらに早く踏み込んで、右手のトンファーを振るう。

 

少女は左手の斧でトンファー防いで、もう片方の斧を振りかぶる。

 

その前に左足で少女の右脇腹に蹴りを入れ、少女を壁まで蹴り飛ばす。

 

『ヒッヒヒッ……ああ、このパワー、スピード、テクニック。どれをとっても素晴らしい! やはり貴方は()()の要にするにふさわしい!!』

 

(……計画?)

 

『さぁ、もっとです。もっと見せてください。あなたの力を……!』

 

少女がまっすぐ突っ込んでくる。

 

あたしもトンファーを手放して少女に向かって駆け出す。

 

少女は両方の斧を切り払うように振るった。

 

それを跳んで躱しつつ、少女の左肩に手を置いて、魔法戦衣を掴んで後ろに引っ張る。

 

後ろに倒れようとしている少女の顔面に右手を添えて、着地と同時に後頭部を床に叩きつけた。

 

さっきの投げよりも強く叩きつけた。これなら極った。

 

「……っ!」

 

と、思ったが少女があたしの腕を掴みに来た。

 

飛び退いて掴もうとする手から逃れる。

 

(……これも、だめか!)

 

少女の頑強さはあたしの想像を超えていた。

 

今の攻撃が通らないという事は今のあたしでは、打撃で少女を戦闘不能にすることはできないという事だ。

 

少女の防御を突破できるとすれば魔法しかないが……じつを言うと手元にない。代わりになるものはあるが、それは使いたくない。

 

(……いや、いくら堅くても、いずれ限界が来るはず)

 

ただし、それはこっちも同じこと。かなり温度が高くなっているこの空間でどれだけ持つか。

 

(根比べだ!)

 

トンファーを再展開して、少女へ駆け出した。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭がぼーっとする。

 

「さて、これで規定量だ。お前の認識は改められることになる」

「い、ゃ……」

 

嫌と言おうとしたけど、叫びすぎてもう声が出ない。また腕に何かが刺される。なにかが入ってくる。

 

「―――ぁ」

 

自分の中の何かが壊れるのを感じた。何が壊れたのかは分からない。

 

「さて、どう認識を改めるか……一先ず、アンノウンは敵という事にしておこうか」

 

誰かが何かを言っている。アンノウンとはなんだろう。

 

「っ……何だ!?」

 

誰かが戸惑うような声を上げた。

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

別の人の声が聞こえる。

 

「貴様、何者だ!?」

「名乗るほどの者じゃない。それに今はお前と話している程、僕は暇じゃないキュン」

「うぐ……っ!?」 

 

誰かのうめき声のようなものが聞こえた。

 

「あ、が……っ」

 

誰かの苦しそうな声がしばらく続いて、何かが床に落とされた。その後、頭の上に柔らかい感触を感じた。

 

「まったく他人の()()に変なことをしないでもらいたいな」

「だ、れ……?」

「……? 蛍? 僕がわからないのかキュン?」

 

この声の人は私を知っているみたいだ、でも私は分からない。

 

「ああ……さっき打たれた薬のせいか、確か認識を改める薬だったかキュン。……これは好都合だキュン」

 

頭の上に乗っている何かがふふふっと笑い始めた。

なんで笑っているんだろう?

 

「あの……?」

「おっと、すまないキュン。ちょっと考え事してたキュン。僕はキュン助、君を助けに来たんだキュン」

「たす、け……?」  

「そうだキュン。君はもしかしたら分かってないかもしれないけど、僕は君の()()の味方だキュン。だから、僕の言うことを信じてくれキュン」

 

キュン助、キュン助……。あっ、思い出した!

 

キュン助は私の()()()()()の味方。いつも私を助けてくれる存在。

 

この子の言うことは信じられる。

 

「ありがとう、キュン助。助けに来てくれて……ずっと怖くて……!」

 

キュン助が助けに来てくれたからか、気が抜けて涙が出てきた。

 

「蛍、安心するのはまだ早いキュン。まずは、ここから出ないといけないキュン……けど、蛍は万全じゃないから僕が代わりになるキュン」

「え? ……代わりになるってどういう」

「とりあえずリラックスしてほしいキュン。深呼吸して力を抜いて……」

「うん……わかった」

 

(何をするのかわからないけど、キュン助に任せておけば大丈だよね)

 

「んっ!?」

 

急に耳の中に何かが入ってきて、体がびくっと跳ねる。

 

「蛍、動いちゃダメキュン。じっとしているキュン」

「う、うん……ごめんキュン助、ひっ……!」

 

耳の中をモゾモゾと動きながら奥へと入ってくる。

 

(どこまで入ってくるの……? そもそも、コレはなんだろう?)

 

()()()()……蛍、ちゃんと我慢できたキュンね。良い子キュン」

「うん……ありがとう。ねぇ、キュン助今のはいったい?」

「じゃあ、あとは僕に任せて、蛍は休んでてくれキュン」

「――っ!?」 

 

キュン助がそう言うと声が出せなくなった。

 

(体も動かない……!? なんで……!?)

 

「さてと……〈メタモルフォーゼ〉」

 

キュン助が変身の魔法を唱えると、キュン助が私にくれた魔力の種が活性化して魔力を生み出し、魔法少女へと変わった。変身の余波で体を縛っていたものが壊れ、体が自由になった。

 

けど、私の意志じゃ動かせない。でも、目は見えているし、感覚もある。すごく違和感がある。

 

「うーん、うまく接続できてるね。思考と動作のズレもないし、感覚もハッキリしてる、さっすが僕!」

 

体を動かしたり、触ったりしながら確認しているキュン助。

 

ふと、視界に女の人が倒れているのが見えた。あの人が注射してきた人なのかな。

 

「うんじゃ、さっさとこんなところから出よっかな――〈レーヴァテイン〉」

 

キュン助はいつも私が使っているステッキを出して右手で持った。

 

(あのステッキ、名前あったんだ)

 

「どっちが出口に近いかな〜っと」

 

そう言うとキュン助はレーヴァテインの先端を床に叩きつける。

 

(〈ソナー〉だ……!)

 

魔力の波を広げて敵を探したり、地形を把握する魔法。それを使ってキュン助は出口を探すつもりみたいだ。

 

「う〜ん? アイツなんか苦戦してるね〜」

 

(アイツ……? 誰のことだろう……?)

 

「しょ~がないな〜。じゃあ、ちょっとお手伝いしてあげるよ!」

 

キュン助はある方向にレーヴァテインを向けると先端に魔法陣が展開され、そこから大人の人でも飲み込めるぐらいの太さのビームが出て壁に穴を開ける。

 

「さーて、どうなったかな〜?」

 

キュン助は楽しそうに焼け焦げたトンネルを進んで行く。

 

(なんだろう……? ()()()()()()()()がする……)

 

トンネルを抜けると広い場所に出た。

 

向こうの壁にもトンネルが空いてて私のいるトンネルの出口に床の焦げた跡がまっすぐ繋がっている。

 

「蛍ちゃん!」

 

床の焦げている所の近くに黒い服装をした人が居て、こっちを見た途端、駆け寄ってきた。よく見たら、この人も服の裾が焦げてる。

 

「大丈夫!? 具合悪い所とかない!?」

 

すごく心配そうに私を見てくる黒い人。

 

(誰だろう……知ってる人なのかな……?)

 

まったく憶えてないけど、どこか出会ったような気がする。

 

「蛍ちゃん……?」

「師匠、なんで私を助けてくれなかったんですか……?」

 

(え……師匠って、どういうこと? 私に師匠なんていないよね?)

 

キュン助が言っている事が私にはわからなかった。でも、なんでか引っかかりを感じた。

 

「え、何を言って……?」

「だって、あんなに助けてって言ったのに助けてくれなかったじゃないですか」

「それは……ごめん。すぐに助けられなくて……でも、怪我が無さそうで良かった。早くここから出よう」

 

そう言って黒い人は手を差し出してきた。けど、キュン助はその手を叩いた。

 

「蛍ちゃ――」

「気安く呼ばないでください。もう師匠のことなんか知りません」

「え……」

「さよならです。〈ショット〉」

 

レーヴァテインを振るって、弾速の速い魔法弾をキュン助は放った。

 

「っ……蛍ちゃん、なにを!?」

 

黒い人は至近距離で放たれた魔法弾をトンファーで全て弾きながら距離を取った。

 

「チッ……いまのが決まらないなんて、いい反応速度してるよ、ホント」

 

キュン助は黒い人に聞こえないぐらいの小さな声でそう言うと、さらに魔法を唱えた。

 

「〈ホーミングショット〉!」

 

10個の魔法弾がステッキから放たれて、まっすぐ黒い人に飛んでいく。

 

黒い人は避けようとしたけど、ホーミングショットは相手に向かって飛んでいくから避けられない。

 

「蛍ちゃん! 今はこんなことしてる場合じゃ……!」

 

全部トンファーで叩き落としながら、黒い人が言ってきた。

 

(すごい……あの人、あんなにあった魔法弾を簡単に壊しちゃった)

 

「やりますね。なら、これならどうです!?」

 

今度は20個の魔法弾をキュン助は放った。

 

黒い人は立ち止まって、飛んでくる魔法弾に向かって構えた。

 

「アンノウン!」

「っ……こんな時に!」

 

いきなり部屋の壁が動いて、中から青い水着みたいな変な服の人と学校の制服みたいな黄色い服装の人が出てきた。

 

「邪魔するな!」

「そうはいきません!」

 

青い人がすごい速さで黒い人に切りかかって、黒い人は刀を弾いて距離を取りながら、トンファーで青い人を撃った。

 

(あっ、魔法弾が……!)

 

黒い人の背後から魔法弾が迫る。

 

でも、黒い人は後ろを見ずにしゃがんで魔法弾を避けた。

 

「……まったく往生際の悪い。後ろに目でも付いてるの」

 

キュン助が苛ついたような声でそう呟いた。

 

「ハァ!」

「っ……ラァッ!」

 

しゃがんだ黒い人に青い人が刀を振り下ろす。黒い人はそれをトンファーで受け止めて、しゃがんだまま青い人の足を払うように蹴った。

 

けど、蹴りが当たる前に青い人が距離を取って、刀を構えた。その間も黒い人を狙って魔法弾が飛び回る。

 

「蛍ちゃん! 魔法を止めて! こんなことしてもなんの意味もない!」

 

黒い人が私達に向かってそう言ってきた。けど、キュン助は笑うだけで魔法を止めなかった。

 

「く……っ!」

 

魔法弾を躱しながら、青い人の刀も弾いて、なんとか凌いでる黒い人。

 

『おやぁ? 面白いことになっていますねぇ』

 

(もう一人……!?)

 

向こうの壁に空いた穴からもう一人、今度は赤い服の人が出てきた。……よく見ると服が全体的に少し焦げている。

 

「アイツもなんで〈バスター〉が直撃してるのに、ほとんど無傷なんだよ、おかしいでしょ」

 

キュン助が苛立ちを隠さずにそう言った。

 

「でもまぁ、これであの黒いのは4対1。ここで畳み掛ける!」

 

キュン助はさらに魔法弾を10個追加した。

 

「この……!」

 

飛んでくる魔法弾とまっすぐ突っ込んでくる赤い人を交互に見て、黒い人は赤い人の方へ駆け出す。

 

そして、振り下ろされた斧をトンファーで受け止めてつつ、赤い人の襟首を掴むと魔法弾の方へ力任せに放り投げた。

 

投げられた赤い人の背中に10個の魔法弾が全てぶつかる。

 

『ほぉ、モルモットを盾に使いますか。ですが、これなら、どうです!? モルモット、距離を取って戦いなさい」

 

男の人が指示をすると赤い人の持つ斧に火が付いて、赤い人が斧を振るうと人の頭ぐらいの大きさの火の玉が黒い人へ飛んでいった。

 

黒い人は火の玉を避けた。けど、避けた先で魔法弾が飛んできていて、それを弾いた。

 

「しま……っ!」

 

無理な体勢で弾いたからか、黒い人はバランスを崩す。

 

そこを狙って赤い人が火の玉を飛ばした。

 

「こ、の……っ!」

 

黒い人は崩れた体勢で強引に跳んで、躱した。

 

「それを待ってた」

 

パリン

 

瞬間、今まで動かなかった黄色い人がケースからカードを取り出して割った。

 

 

 

〈SPIDER CLUTCH〉

 

 

 

「っ!?魔法――うぐ……っ!」

 

黄色い人がカードを割った瞬間、太い糸のようなものが黒い人を拘束して、ランドセルぐらいの大きさの蜘蛛が後ろから抱きつくみたいに4本の脚で首とお腹を掴まえて――

 

「が、ぁ……っ」

 

残りの4本の脚を黒い人の胸に突き刺した。

 

「アッハハハハッ!! やった! いくらアンタでも空中じゃ身動きできないもんね! 待った甲斐があったわ!」

 

黄色い人の嬉しそうな笑い声が聞こえる。

 

(嘘……あの人、殺され……)

 

目を逸らしたかった。けど、今はキュン助が体を操ってるから出来ない。

 

ゆっくりと突き刺された脚が引き抜かれて、胸の穴から真っ暗な液体が溢れ出して、糸で空中に吊るされている黒い人の真下の床に滴り落ちた。

 

(え……なに、あれ……血?)

 

墨汁のような黒い液体。傷から出てきているから血だとは思う。でも、明らかに人の血じゃないと思った。

 

「なんなの、あれ……」

 

驚いているのは私だけじゃなかった。キュン助も、青い人も黄色い人も……赤い人は仮面をしているからわからない。でも、みんな黒い人から出てきた液体に目を奪われていた。

 

『おお……おお! なんと、なんと素晴らしい! 今日は最高だ! ヒッヒヒヒ!!』

 

赤い人が付けてるスピーカーから興奮した男の人の声が聞こえた

。でも、誰も反応しなかった、出来なかった。

 

ドチャ

 

やがて糸と蜘蛛が消えて、吊るされていた黒い人が落ちた。

 

真下の黒い水溜まりに落ちたから黒い液体が飛び散った。

 

「う……」

 

(あの人……まだ生きてる)

 

胸をあんなに刺されたのに黒い人はまだ生きていた。

 

黒い人がゆっくりと顔をあげる。

 

目が合った。

 

「ほた……ちゃ……ごめ……」

 

小さな声でなにかを呟いた後、黒い人はぐったりして動かなくなった。

 

そして、黒い人の服が淡く光ると、黒い人の姿が変わった。

 

黒いジャージ姿で茶髪の……私より少し年上に見える女の子。

 

知らない人、のはずなのに、なんでか見たことがある気がした。

 

クゥゥン……

 

姿が変わったと同時に現れた真っ黒な毛の大型犬ぐらいの狼が動かなくなった女の子を鼻で押していた。

 

キィィィィィィィン!

 

「な、なに……この音?」

 

突然、今まで聞いたこともないような、不思議で不快な音が鳴り響いた。

 

「この音……鏡から……?」

 

キュン助が音の発生源に気づいて、目を向けた。

 

そこには、姿見が置いてあった。

 

(揺れてる……?)

 

鏡の表面が池に石を落としたみたいに揺れていた。

 

波は次第に激しくなって、それに合わせて音もどんどん大きくなっていく。

 

(なんだろう……なにか、()()?)

 

そんな予感がした瞬間。

 

グルァァッ!!

 

姿見から巨大な黒い傷まみれの黒い狼が飛び出して、黄色い人に襲いかかった。

 

「ギャアァァァァッ!!」

 

黄色い人は突然出てきた傷だらけの狼に反応できなかったのか、左腕を噛み千切られて悲鳴を上げた。

 

傷だらけの狼は黄色い人の腕を吐き出すと女の子を咥えて姿見の中へ駆けた。女の子の側にいた狼も一緒に姿見の中に入っていった。

 

「な、何だったんだ……今の」

 

呆然としているとキュン助がそう言った。

 

「ま、まぁいいか。今のうちに逃げちゃお」

 

キュン助が周りを見れば、噛み千切られた左腕を押さえて「痛い痛い!」と、のたうち回る黄色い人と暴れる黄色い人をなんとか止血しようとしている青い人、興奮しすぎて奇声をあげるスピーカーをぶら下げて、立ったまま動かない赤い人。

 

(……確かに逃げるなら、今のうちかも)

 

キュン助は出来るだけ目立たないようにこっそりと部屋を出て、認識阻害で見えなくしながら抜け出した。




〈SPIDER CLUTCH〉(スパイダークラッチ)

分類 攻撃魔法

ランク D

範囲 1個体

コスト 小

概要 対象を糸で拘束し、対象に抱きつく様に現れる蜘蛛が脚を対象の心臓と肺に突き刺し殺傷する。



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再会

遅れてすみません。あまりにも間が開いたので前回までのあらすじをば。


 蛍が機関側の魔法少女に誘拐されたことを知らされた静流はキュン助と共に機関へ突入した。そこで待ち受けていたのは、正体不明の赤い魔法少女と拘束され意識を奪われた蛍の姿。
 機関の科学者、藤山の下劣な手段により静流は赤の魔法少女との戦闘を強要される。同じ頃、蛍は機関の長、宮沢による〈認識改変薬〉を用いた尋問を受け、自我があやふやな状態に陥ってしまう。その時、別行動をしたキュン助が介入し、宮沢を無力化する。
 しかし、キュン助が次に取った行動は蛍の救出ではなく、自我があやふやな状態を利用した身体の乗っ取りだった。
 そして、赤の魔法少女と交戦中だった静流と合流し、自身の計画の邪魔になる可能性が高い静流の殺害の実行。機関側の魔法少女を利用して、静流を殺すことに成功した。
 直後、傷だらけの黒い狼によって静流の遺体は何処かへと持ち去られてしまった。



――おとーさーん、起きてよー。――

 

懐かしい声がする……。この声は誰のものだったか……。

 

(ああ……思い出した。寧音(しずね)の声だ)

 

寧音。ぼくたちの間にできた第一子。生まれてから今まで怪我や病気もなく元気な子だ。

 

――ねーねー、おとーさん。今日はお休みだから、おかーさんのお見舞いに行くんでしょ! ――

 

そうだった。今日は、彩音(あやね)の見舞いに行く日だった。

 

彩音は体が弱かった。そのせいで寧音を妊娠した時もよく体調を崩していた。

 

それでも、頑張って寧音を産んでくれた。感謝しかない。

 

だから、入院していて家にいない分、寧音との時間を多く取れるように見舞いに行ける日は毎日行くようにしている。

 

早く起きよう。彩音に寧音を会わせてあげたい。

 

――ねぇねぇ、おとーさんってば! 早く起きてよ〜――

 

寧音はぼくを起こそうとぼくの体を揺さぶって、顔を舐めてきた。

 

 

 

 

 

 

「ん……ぅ、うん……?」

 

何かが顔を舐める感触で目が覚める。

 

目を開けると狼の顔が目の前にあった。

 

あたしが目を覚ましたのが嬉しかったのか、狼はさらに激しく舐めてきた。

 

「うわ、ちょ……やめてって」

 

これ以上、顔中涎まみれにされるわけにはいかないから、狼の顔を押しのける。

 

……なんだか、とても懐かしい夢を見たような気がする。けれど、内容は思い出せなかった。たぶんどうでもいい内容の類のものだったんだろう。

 

「ん……っ」

 

体を起こそうとすると胸のあたりに少し痛みが走った。

 

胸のあたりを見てみればジャージの下に着ているTシャツが黒ずんでいた。

 

(ああ……そういえば、あたし黄色い子の魔法を食らっちゃったんだっけ……)

 

あの時、蛍ちゃんが攻撃してきた事に動揺して、落ち着く余裕もないまま乱戦になって、判断を誤って魔法を受けてしまった。

 

「なんであの時、跳んじゃったかなー、ホント」

 

もし赤い子の攻撃を跳ばずに転がって避けていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのにと、考えながらTシャツの首元を引っ張って中を覗く。

 

胸の傷は塞がっていた。ただ、乾いた黒い血の跡が形の良い胸の膨らみや腹を汚していた。

 

今すぐにでもシャワーを浴びたい気分になるけれど、それよりも優先しなくちゃいけないことがある。

 

「……蛍ちゃん」

 

蛍ちゃんが心配だ。

 

私が倒れた後、無事に逃げられたんだろうか。もしかしたら、また捕まったりしてないだろうか。

 

「急ごう……」

 

立ち上がり、周りを見る。

 

どうやら、ここは住宅街の中にある空き地みたいだ。

 

「ここはどこだろう……なんだか、見覚えのある場所だけど……」

 

以前、ここに来たことがあるような……そんな気分で思い出そうとしていると、

 

ウォン

 

あたしの後ろで低く太い泣き声がした。振り返ると、傷だらけの黒い狼が佇んでいた。

 

「……お前、は」

 

その狼はかつての相棒。

 

あたしが()()に契約した契約獣。 

 

「――ああ、そっか……思い出した」

 

ハッとして、周りを見渡す。

 

ここは、コイツと初めて会った場所で、あたしとコイツが契約を結んだ場所だ。

 

(だとすると、家が近いから……街からも近い……すぐにあの機関の所には行ける……)

 

ただ行ってどうするか、現状今のあたしに赤い子の防御を突破できそうな方法があるにはあるけど、あまり使いたくない。

 

でも他に方法もない。

 

もしもの時はやるしかないだろう。

 

(やるとしたら……蛍ちゃんが近くに居ない時がいいな……)

 

アレは蛍ちゃんには見られたくない。

 

ウォン

 

すぐ近くで低い泣き声がしたので見ると相棒の顔が直ぐ側にあった。

 

どうやら近寄ってきているのにも気づかないぐらい考え込んでいたらしい。

 

「お前が助けてくれたの?」

 

ウォン

 

相変わらず何を言っているのかわからないけど、肯定的な意味であろうことはなんとなく感じられる。

 

「ありがとう、おかげで助かった……。じゃあ、あたし行かなくちゃいけないところがあるから」

 

ウォン!

 

蛍ちゃんの所へ行こうとすると、強く吠えられた。振り向くと相棒が低い唸り声をあげながら、あたしを見ていた。

 

「え……なんで、急に怒って――うあっ!?」

 

突然、怒り出したことに困惑していると相棒が短い咆哮と一緒に衝撃波のようなものを放って押し倒した。

 

「うっ……なにしてんの……!?」

 

さらに仰向けに倒れたあたしの体の上に前足を置いて、身動きできないようにした。

 

(いったい、どういうつもりなんだ……。怒っているようには感じられるけど、敵意はないみたいだし……)

 

見下ろしてくる相棒の口からは未だに唸り声が漏れている。

 

だけど、瞳にはどこか申し訳なさを感じられ、体の上に置かれた前足もそんなに力が籠もってないから、あたし自身になにか害を為そうとしているわけではなさそうだ。

 

「何がしたいのか、わからないけど……あたしは急がなくちゃいけないから――ごめん!」

 

そう言ってポケットから〈CHANGE〉のカードを取り出して割った。

 

近くで何もできずウロウロしていた狼が黒い霧になって、あたしを包み、魔法少女へと変身する。

 

「お、りゃあ……っ!」

 

前足を退かして、転がって傷だらけの狼から距離を取る。

 

ウォン……

 

「ごめん、本当に急いでるんだ」

 

理由もなしにこんな事をするような奴じゃない。

 

けれど、急がないと本当に取り返しのつかないになるような気がする。

 

(だから、押し通らせてもらう……!)

 

トンファーを出現させて構える。すると、傷だらけの狼は悲しそうな眼をあたしに向けた。

 

(……そんな眼で見ないでよ、やりづらいな)

 

傷だらけの狼の様子に少し罪悪感が湧いてくる。

 

(……なに?)

 

しばらくお互いに動かないでいると、傷だらけの狼の体から黒い霧が出て、包み込んだ。

 

傷だらけの狼を包み込んだ霧の塊は徐々に小さくなって、やがて晴れた。

 

(……え)

 

霧が晴れて、見えたものに思わず目を剥いた。

 

そこに立っていたのは相棒ではなく、かつての自分。

 

相棒と契約していた頃のあたしが立っていた。

 

今の魔法戦衣とほとんど変わらないデザインで、違いといえば、ベストや腰マントの縁、腕と足の部分にある銀色の二本線ぐらいだ。

 

「なんで、あたしに……?」

「ある程度、知恵と力のあるモンスターになら、人の姿を写し取ることぐらい簡単だ」

 

「君をここから出すつもりはないよ」

「っ……!? お前、喋れて……いや、それよりもここから出さないって、どういう意味!?」

「そのままの意味。君はこの鏡界の中で僕と一緒に、ずっと生きるんだ」

「鏡界……!?」

 

慌てて周りを見る。

 

鏡面が曇って鏡としての役割をなしてないカーブミラー。

 

ゴミ捨て場に設置された文字が左右反転した注意書き。

 

一切物音がしない住宅街。

 

(……ここが、鏡界……本当に鏡の中みたいだ。って、感心してる場合じゃない!)

 

「……ここでずっと生きろって、言ったよね……そんなことしてなんになるの?」

「今回は運良く助けられたけど、これ以上、戦えば君は死んでしまう。――それは嫌だ。だから、ここで生きていてほしい。ここなら、もう戦う必要なんてないから」

「そんな勝手なことしなくていいから! 早くここから出して!

行かなくちゃいけないところがあるんだ!!」

「行かなくちゃいけない所って、あの裏切り者の所? なぜ、そんなことをする? また傷つけられるかもしれないのに」

「蛍ちゃんは、裏切ってない! あれはあたしが助けてあげられなかったせいだ!」

「じゃあ、質問するけど、君はあの娘が癇癪一つでいきなり攻撃するような人間だと思っているの?」

「っ……それは」

 

言われてみれば、そうだ。蛍ちゃんがあんなふうに攻撃してくるわけがない。

 

だとすれば、どうして攻撃してきた?

 

(いや、そもそも蛍ちゃんが魔法を使えたということは……キュン助が側にいたはず――あっ)

 

もしかして、キュン助が……?

 

あの得体の知れないアイツなら蛍ちゃんになにかしたとしても十分あり得た。

 

(出会った時から怪しいとは思っていたけど、まさかあのタイミングで動いてくるなんて……)

 

いや、あたしのことを邪魔だと思っていたのなら、あのタイミングがベストか。

 

(だとすれば、邪魔なあたしがいなくなったから、キュン助は何かしでかす筈……!)

 

それも、蛍ちゃんにとって、とても悪いことを……。

 

(急がないと……!)

 

そのためには、目の前のかつての相棒をどうにかしなければいかない。

 

「……何考えてるか分からないけど、もう一度、言わせてもらうよ、君をここから出すつもりはないよ」

「なら、勝手に出ていくよ。入れるなら出れるでしょ」

「無理だよ。この辺の鏡門は潰したから、出られないよ」

「この辺の、ねぇ……じゃあ、無事な鏡門を探せばいいわけだ」

「……出来るとでも?」

 

相棒が化けた偽物のあたしがトンファーを出現させて、銃口をこちらに向けた。

 

「出来る出来ないじゃない……やるしかないんだよ!」

 

ガン・トンファーの引き金を引き、銃弾を放つ。が、放った銃弾は、相棒が放った弾丸に撃ち落とされた。

 

「やらせない。君はもう戦わなくていいんだ」

「勝手に決めないで! あたしはまだ戦わなきゃいけない!」

「どうして? 君は戦いたくなかったんじゃなかったの?」 

 

確かにそうだ。蛍ちゃんと出会う前のあたしはもうこんなことはしたくないと、何度も口にしていたし、思ってもいた。

 

でも、まだだ。

 

まだやるべきこと、やらなきゃいけないことがある。

 

「蛍ちゃんを助け出し、キュン助をどうにかする。それが今、あたしがやらなきゃいけないこと……だから、まだあたしは戦うよ」

「……ちょっと、余計なこと言っちゃったな。君のやる気を削ぐつもりが逆に向上させちゃうなんて」

 

ムスッとした表情で相棒が言った。

 

「しょうがない。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」

 

(っ……来る!)

 

瞬間、相棒が消え、あたしはすぐにしゃがんだ。

 

頭の上を相棒の蹴りが通ったのを感じて、すぐにあたしの目の前に瞬間移動した相棒の顔に跳び上がって膝蹴りを放つ。

 

同時に右のガン・トンファーから銃弾を放つ。けれど、相棒は膝蹴りを躱しながら、トンファーで銃弾を弾いた。

 

(……焦った)

 

トンファーを構えながら、相棒と対峙する。

 

もう忘れかけていたけど、これが昔のあたしの基本戦術だった。

 

瞬間移動で距離を詰めて、すぐに攻撃する。

 

狙うは頭か、首。とにかく一撃で相手を迅速に、戦闘不能にすることだけ考えた結果こうなった。

 

(こんなに速かったかな……昔のあたしって)

 

今のあたしでも似たようなことはできる。でも、前動作と移動後の動作があまりにも遅い。

 

狼の霧ワープはワープ前に霧を発生させてから移動して、移動先に霧が発生してそこにあたしが現れるというもの。

 

昔のあたしが使う瞬間移動に比べれば、速さは月とスッポン。完全な劣化版だ。

 

「僕が君より早く動ける以上、君が逃げ切るのは不可能だよ。諦めて」

「……なら、お前を倒してから往くことにする!」

 

あたしがそう言うと悲しい表情を相棒はあたしに向けた。

 

「……どうして、そんなに突き放そうとするの? そんなに嫌いになった?」

「……なに?」

 

顔を俯かせて、そう言った相棒に突然何を言い出すんだろうと、疑問に思った。

 

「そんなわけない……お前のことを嫌いになるなんて……」

「じゃあ、どうして! なんで突然、縁を切ったの!?」

 

俯いていた顔を上げると、目から涙を流していた。

 

「っ……それは」

「言えないよね。君って優しいから……だから、何も言わずに突き放したんだよね」

「違う! あたしはそんなつもりは――」

「それでも、君を守りたい。だって、君のことが好きだから」

「え……」

 

予想もしてなかった言葉に思考が止まる。

 

(好きって……いきなり何、言って……!?)

 

一方、相棒は涙を拭って、一気に距離を詰めてくる。

 

「ぐ……っ!」

 

防御のために胸の前で構えたトンファーは相棒が力任せに振るったトンファーの打撃で強引に弾かれ、空いた胴体に右の掌底が叩き込まれた。

 

突き飛ばされ、あたしの体は後ろにあった民家の壁に背中をぶつけた。

 

ダメージを与えるというよりは、突き飛ばすだけの技。

 

普通ならなんてことはない。

 

「熱……っ」

 

掌底を打たれた箇所、胸の所に象形文字に似た印が浮かび上がる。

 

その印は熱を持っていて、印を中心に、魔法戦衣にヒビが入っていく。

 

そして、魔法戦衣が砕かれ、変身が解除される。

 

(……いやはや、とてつもなく強い能力だとは思っていたけど、いざ相手にすると厄介極まりないな)

 

直撃さえすれば、相手に掛かっている魔法を全て破ることが出来る能力。

 

〈魔法破りの呪印〉

 

魔法少女に対して壊滅的かつ致命的な効果を発揮する恐ろしい能力。

 

まだ、色に染まってなくて、性格の変化が起こってなかった。戦いが苦手だった頃のあたしが生き残れた要因の一つ。

 

能力が強力で、危険すぎるから機関の魔法少女には使ってない。バレたら、全力で潰しに来てただろうから。

 

(ああ……でも、あの時、もし使えていたら、蛍ちゃんを助けられたな)

 

助け出すどころか、機関の魔法少女も機関も、まとめて終わらせられたかもしれない。……いや、出来た。

 

「……と、今さら後悔しても仕方がない。今はとにかく前を向け」

 

後ろ向きになりつつあった思考を切り替えて、自分に言い聞かせる。

 

後悔したところで時計の針は戻らない。

 

〈魔法破りの呪印〉は発動後には消える。だから、すぐにカードを使えば、変身できる。

 

「行くよ、狼」

 

カードを割って、再度変身しようとして――首を掴まれた。

 

「う、ぁ……!?」

「……やっぱり意識を奪わないとダメかな」

 

カードを割るよりも速く、相棒は近づいて首を掴んで締めてくる。ついでと言わんばかりに持っていたカードも空いている手で盗られた。

 

ウォン!

 

「邪魔」

 

ギャン!

 

狼が飛びかかるが逆に蹴り飛ばされて、家の壁に激突する。

 

(苦しい……! 息ができない……。このままだと、まずい……!)

 

首を締めている腕を両手で掴み、相棒の頭に蹴りを入れる。が、蹴りが通用している様子はなく、偽のあたしはじっとこちらを見ている。

 

「……こんなに君のことを思っているのに、どうして拒絶するの? ここから出ても、苦しくて辛い思いをするだけなのに、そんな思いをしてほしくないから助けたいだけなのに、どうしてわかってくれないの……? どうして離れようするの? また一人にするの……? 嫌だよ、そんなの……ひとりは嫌だよ。でも君は置いていくんだ。なんで、なんでなんでなんで」

「ぁ、が……!」

 

壁に押さえつけられ、さらに首を絞める力が強くなる。いつの間にか絞める手も片手から両手に変わっている。

 

引き剥がそうとしてもびくともしない。

 

窒息するよりも先に首の骨が折れそうなほど絞められながら、声を震わせて心の内を吐露しているかつての相棒を見る。

 

怒りと悲しみが混じった瞳であたしを見ている。目からはまた涙が流れて、頬を伝って下に落ちていっている。

 

(……やっぱり、なにか言っとくべきだった)

 

一年前にあたしは相棒との縁を切った。あの時はそれが最善の方法だと思っていたからだ。

 

相棒は、本当に優しい奴だ。

 

まだ戦い慣れていなかった頃、何度か相手の攻撃を受けたことがあった。

 

けど、それであたしが怪我をすることはなかった。

 

相棒がダメージを全部、肩代わりしてくれていたからだ。

 

おかげであたしは攻撃を恐れずに戦うことができた。でも、相棒はどんどん傷だらけになって、あたしは見ていられなくなった。

 

そして、あたしはこれ以上、相棒が傷つかないように縁を切ることにした。

 

あの時は相棒と会話ができるなんて思わなかったから、何も言わずに鏡にケースを投げ込んだ。それが契約獣との契約と縁を切る方法だった。

 

でも、それは失敗だったみたいだ。

 

あたしの身勝手で相棒に酷いことをしてしまった。こんなことされても仕方がない。

 

「ご、め……っ、ひ、とりに……して……っ」

 

いまさら謝っても遅いかもしれない。けれど、死ぬ前に言っておきたかった。

 

「これ、以上……っ、傷つけ、たく、なかった、から……! ごめ、ん……――」

 

だんだんと意識が薄れていく。このまま死ぬんだろう。

 

「――……え?」

 

急に首を掴む手の力が緩んで、あたしの体は地面に落ちた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

掴まれていた首を触りながら、荒い呼吸をすると、落ちそうだった意識が浮上する。

 

「傷つけたくなかったって……どういうこと?」

 

呼吸を整えているあたしを見下ろしながら相棒が困惑気味にそう問いてきた。

 

「……契約してた頃、お前はあたしの身代わりをしてくれたよね。でも、それでお前が傷ついていくのを見たくなかったんだ……。だから、お前と縁を切った。これ以上、お前が傷つかないようにって……でも、これはお前の気持ちを無視してた。……本当にごめんなさい」

 

座りながら頭を下げた。土下座だ。

 

「じゃあ、君は僕のことを嫌いになったわけじゃないの?」

「嫌いになるわけない」

「……そっか、そっかぁ……はははっ、なぁんだ。僕の勘違いだったのかぁ……はははっ!」

 

安堵したように笑い出す相棒。そして――

 

「じゃあさ、また僕と契約してくれる?」

 

そう、手を差し出しながら言ってきた。




傷だらけの黒狼

静流の最初の契約獣であり、初陣から4年間、静流を支えてきた。
内包する力は非常に強力で、モンスター、魔法少女問わず最上位以下の存在には圧倒が可能。
サポート面もダメージの肩代わりなど、様々な事が行える。




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