最強になれと言われても他の妹姉の方がずっと強いので無理と言ったら両親に泣かれ、じゃあ修行に行きますと言ったら姉妹に泣かれたんだがどうしろと言うんだ? (ジラフ)
しおりを挟む
旅に出られないよ
「シンよ、お前がこの家を背負って立つのだ。最強の称号を手に入れるのだぞ」
「期待してるわ。貴方ならできる、きっとよ」
「母さん、父さん、多分それ無理」
「うおおおおおん!! なぜそのような事を言うのだ!! お前は我が家の希望なのだ!!」
「よよよよ、どうして母を悲しませるような事を言うのですか……」
「だって俺より、デーレ姉さんとラアの方が強いから」
「……そ、そんなこと」
「さっきの沈黙が何よりの返答だったよ父さん」
俺の生家であるビクトリウス家は最強の男を生み出すために代々研鑽を積んできた、何故か屈強な女が生まれてくるビクトリウスの血筋から強い男も生み出せば最高の血であると証明できるらしい。
「お前の可能性はまだ枯れていないぞ!」
「そんな風なことを言われると思って、俺は今日こんなものを用意してきた」
「こ、これは。映像投射魔法具ではないか」
「はい、ではこちらをご覧ください」
スイッチを入れて映像を始める。
「えー、今から私(わたくし)が行うのはなぜ私が妹と姉より強くなれないのかについてです」
「シン!! お父さんも言ってたでしょう、諦めてはいけないわ」
「その可能性について今からお話します」
一枚目のスライドは俺たち兄妹のパラメーターを可視化したものだ。能力をAからGまでに分類してまとめてある。能力の尺度としては能力を数値化する魔法具を使った。
「はいこちら、これが俺のステータスです。ご覧になってもらえれば分かると思いますが俺のアベレージはE程度です。しかし、我が姉と妹の平均はAとB+です。この時点でもはや埋められぬ差があることはご理解いただけますか?」
「数字に現われぬ強さもあるだろう!!」
「そうですか……では、次です」
次のスライドは、父さんが言う数字に現われない強さを表にしたもの。つまるところ生まれたときに身体に刻まれた固有能力である。
「デーレ姉さんの身に宿った力は【雷破砕鎚(ミョールニール)】、比類なき攻撃力を持つ雷撃を操るというAクラス相当の能力。そしてラアが持っている力は【怒(アンガー)・飢(ハンガー)・糖(シュガー)】、液体、砂、結晶の三形態という多様な使い方ができる万能型のAクラス相当能力。さて、それでは私ですが【熟練工(アーキテクト)】という能力です。これが何かというと、御存知ですね?」
「……物の操作が上手くなる、だったか」
「そうですね、結局のところある程度要領の良い者がそこそこ時間をかければできることですから甘く見積もってもDランクになるかどうかという感じですね」
「……な、なにかあるはずよ!! ねえお父さん!!」
「う、むむむ……」
「お父さん!!?」
「ここまででも良いですが、ダメ押しといきましょう」
最後のスライドは、さらに数値化がしにくい部分である才能を今までの能力の上昇から算出したもの、簡単に言えばこのまま成長すればどこまで強くなれるかという表である。デーレ姉さんとラアは天井知らずだが、俺は。
「これが、私の才能の限界です。良くてCランク止まりなんです。どれだけやっても、今のデーレ姉さんとラアに勝てないんです」
「く、くうう……しかしお前は数百年ぶりの男なのだ……」
ちなみに父さんは婿養子である。
「シン、今日はここまでにしましょう」
「……はい、でも次は諦めて貰う」
「それは分からないわ」
これで3度目の話だが、どうしても諦めて貰えない。俺なりに説明を尽くしているつもりだが、譲れないらしい。俺だって、本当は、希望を叶えてあげたいけど。
「……行くか」
俺は何度目かの決心をする、俺の限界を超えて成長するための何かを探す旅をするんだ。それが無謀だろうと、無駄だろうと、やらないよりは、良い。
「ここからなら……」
皆が寝静まったころを見計らって家を出る。絶対に気取られてはならない。なぜなら。
バチッ
「っ!?」
電気の弾ける音、それと共にツカツカという足音。
「今回も、バレちまったか」
膨大な威圧を放ちながら登場したのデーレ姉さんだった。電撃を纏った姿はもはや神々しい。
「ずずっ」
そして鼻を啜る音。
「ど」
「ど?」
「どぉして、お姉ちゃん達を置いていくの……き、嫌いになったの? それなら言ってよ、直すから、全部全部直すからぁ……うえぇええええん!!」
全身からバチバチと電撃を迸らせながら泣きじゃくっている。このままだと家が半壊しかねない、というか1回した。
「違うんだ、悪いのは俺だから」
「ほんと? 嫌いになってない?」
「姉さんは大好きだから、泣き止んで? ね?」
「うん……ナデナデして」
「はいはい」
電気ではねた髪を櫛でとかしながら撫でる、こうしないと感電して酷いことになる。実際なった。
「えへへ、頭撫でるの上手いね」
「そうかな?」
などと言いつつ、Bプランを発動の準備をする。その名も「撫で代行装置による緊急脱出」。内容は作戦名通りだ。
「あれ? シンちゃん?」
「どうしたの?」
「んーん、なんでもない」
入れ替わって数秒で気づかれそうになったが、返事をする機能を付けていたおかげでなんとかなった。
「初めてデーレ姉さんを突破したぞ、これで俺の旅が」
「お、にい、さ、ま」
「っ!?」
「ラァを、ぐすっ、捨てるの、ですか?」
呼ばれたときには既に遅かった、身体をがっちりと砂糖で固められ指1本動かせない。ラアまで起きてるとは思わなかったのが俺の失敗だ。
「ラァは……ラァは……お兄様をこんなにお慕いしていますのに、お兄様には伝わらないのですね……ひっく……うう……」
「いいや、伝わってるよ。ラァを捨てるなんてありえない、俺が俺の問題で出て行こうとしてるだけなんだ」
「い、嫌です。ラァの側からお兄様が居なくなるなんて!!」
「はは、少なくとも今日はないよ」
「信用できません、ラァのお部屋に一月監禁します」
「……甘んじて受けるよ」
「うふふ、お兄様と一緒♪ お兄様と一緒♪」
砂糖で固められたまま部屋に連れて行かれた。1ヶ月はここから出られない。でも、俺はいつかちゃんと旅に出るぞ。
【雷破砕鎚】
天を見よ、気づく前に光は去る。これは最も慈悲深き処刑。
【怒・飢・糖】
あら不思議、怒っているの? 砂糖をどうぞ。あら可哀想、飢えているの? 砂糖をどうぞ。あら大変、砂糖がないの? あなたのハートと交換しましょ
【熟練工】
誰でもできることを、誰よりもすぐにできる。それはとても凄い事、誰も讃えてはくれないけれど。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
再検討
「お兄様、この一月は夢のようでした」
「そうか……それは良かった……」
なんとかラァの部屋1ヶ月を切り抜けて久しぶりに外に出る事ができた。運動不足で体中バッキバキだが、その程度の鈍りが致命的になるようなレベルにはないから大丈夫だ。自分で思ってなんだが、少し悲しくなってきた。
「……ふう」
「シン!! どこに行っていたのだ!!」
「ラァに監禁されてました」
「……そうか、苦労をかけるな」
「良いんだ父さん、それで何の用なの?」
「実はお前が強くなる方法を考えてな」
「一応聞くけど、その方法っていうのは」
「身体能力と固有能力で勝れずとも、技術と知恵ならば可能性があるのではないか?」
「……こちらをご覧ください」
「ま、まさか」
「それでは説明をはじめさせていただきます」
技術? 知恵? そういうのは俺もとっくに考えたさ。そこでも勝てそうにないから諦めて欲しいんだ。とりあえず今回はパターンCの資料で父さんと母さんを納得させよう。
「うぐぐ……」
「今日はここまでにしましょう」
「はい、またのお越しはないことを祈っております」
「諦めないわ、子の可能性を諦める事は何より辛いもの」
「……困ったなあ」
父さんと母さんは後々改めて説得するとして、俺はデーレ姉さんとラアを突破する方法を考えなくちゃいけない。
「……どうしたもんかな」
「あ、シンちゃんだ。どーしたのそんなに難しい顔して」
「んー、デーレ姉さんより強くなるにはどうしたら良いかなって」
「え? シンちゃんはもうお姉ちゃんより強いよ?」
「そんなわけないって、俺じゃあ手も足も出ない」
「だって、お姉ちゃんはシンちゃんの事を攻撃する事なんてできないもの。それに、シンちゃんに攻撃なんてされたらそれだけで心が壊れちゃう」
「大げさだよ」
「ほんとーにそう思う?」
至近距離に顔が近づく、鼻先が触れるような距離で正面から目を合わせた。デーレ姉さんの瞳の中には雷が迸っている、それが能力の影響によるものかは分からないけどとても綺麗だ。
「じゃあ、試しにお姉ちゃんをぶってみて」
「そんなことできない」
「良いから、軽くぺちって。ね?」
「……やらなきゃだめ?」
「だめ」
「それじゃあ……」
触れるように頬を打つ、もはや撫でたと言っても過言ではないくらいの弱々しいものだ。それくらいが限界だった、姉さんの頬を打つなんて悪魔に魂を売ってもしたくない。
「ひぐ、ひぐ、シンちゃんが、ぶったぁ……!!」
「え」
「お姉ちゃんを嫌いになったんだぁ……!!」
「ちょ、姉さん!?」
「うえぇええええええん!!!」
「これ……本気泣きだ」
姉さんが本気で泣くときは、帯電するから分かりやすい。もうバッチバチに迸っている、これにうっかり触れると感電して黒焦げになる。もちろん経験済みだ。
「落ち着いて、ほら」
絶縁できるように用意した特性のハンカチで涙を拭いながら頭を撫でる、これで落ち着かなかったらちょっと大変だ。とはいえ、今回はこれで落ち着いてくれた。
「ひっく……分かってても泣いちゃうの。これが本気だったらお姉ちゃんもう生きていけない」
「十分分かったよ」
「だからシンちゃんは今のままで良いの。強くなくたって、何も困らないんだから」
「はは、そうだね」
「分かってくれて嬉しい、じゃあお姉ちゃんはちょっと用事があるから行くね」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
「大丈夫だよ、お姉ちゃんは怪我なんてしない」
バチッという音を残して姉さんが消える、雷を纏った移動はもはや目で捉えることもできない。少なくとも俺には。
「……威嚇するくらいで崩れてくれたりしてな」
姉さんに精神攻撃を仕掛けて泣かせるなんて、そんな外道を行ってまで旅に出る必要があるのか? そのような事は思うが、一応選択肢として頭の片隅に留めておく。いつまでも、ここで燻っていては俺の予想通りにしかならないのだから。
「ラアもどうにかしないとな……」
「お呼びになりましたか?」
「……ラァより強くなるにはどうしたら良いかなって」
ラァの能力は変幻自在、縦横無尽だ。気体以外の全ての状態に迫る粒子に囚われたが最後、俺は部屋に連行されるだろう。どうやって逃げおおせたものか。
「お兄様がラァより強く、ですか」
「そうなんだ。知ってるだろ? 父さん達の願いだからさ」
「困りました、いくら考えてもラァがお兄様に負けるのが想像できません」
「ま、そりゃあそうだ。あ、例えば俺がラァを攻撃したらどうする?」
デーレ姉さんと同じ結果にはならないだろうが、何かの糸口になってはくれないだろうか。
「お兄様が、ラァに、攻撃?」
「そう。例えばこんな風に」
姉さんにしたように軽く頬を撫でる。
「え?」
「どうだ?」
「今、もしかして、ラァをぶったのですか」
「まあ、そうなるな」
「ひゅ」
「ひゅ?」
ラァが膝から崩れ落ちた。
「ど、どうした!?」
「あ、か、ひゅ」
呼吸が上手くできてない、顔色が真っ青だ。
「大丈夫か!?」
「ひゅー……ひゅー……」
どうしたら良いか分からず、抱きしめることしかできなかった。何が起こったか分からないが、俺にできることはこれしかなかった。
「はぁ……はぁ……お兄様……」
「ラァ!! 無事か!!」
「お兄様……ラァは……ラァは……お兄様にぶたれるなんて考えたこともありませんでした……こんな絶望に包まれるなんて……」
「まさか呼吸ができなくなったのは」
「はい……お兄様にぶたれたからです……」
「本当にごめん、もう二度としない」
「……お兄様、お兄様はもう、ラァよりも強いです。よく分かりました、ラァはお兄様には絶対に勝てません……攻撃することはできませんし、攻撃されれば今のようになります。抱きしめていただけなければ、ラァは今頃死んでいたでしょう」
「そんな……」
「いえ、そうなります。絶対に」
「そ、そうか」
俺は出し抜く手段が欲しかっただけで、即死攻撃の選択肢が欲しかったわけじゃない。俺から攻撃する意思を見せるのはあまりにもリスクがありすぎる事が分かった。またしばらくは考えなければいけないみたいだな。
【弟溺愛】
生まれたときから知っている、水よりも濃い完全なつながり。濃すぎるつながりは何を生むのか、手のひらの先に感じるものだろうか。
【兄溺愛】
物心ついた時から慕っていた、金より尊い十全たるつながり。己と相手に不足はなく足すことも引くことも要らなかった、足すものも引くものも知らない無垢にだけ許された傲慢。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
雷を突破する方法を探せ
「……行ったか」
新たな解決策を見いだすため、デーレ姉さんを尾行する事1時間。買い物やら、何やらをしているのはとてもほっこりするのだが。
「これ、バレてるな」
所々自然な動きの中で俺とばっちり目が合っている。絶対に偶然じゃない、何かしらの方法で俺の居場所がバレたと考えた方が良い。
「念を入れて1キロくらい離れてるんだけどな……」
双眼鏡を使って、反射光にも気を遣ったつもりだったがダメらしい。ほぼほぼ確定でバレているが、一応確認のためにカマをかけてみよう。足首を捻ったふりでもしてみようか、姉さんの事だから気づいているならすっ飛んでくる。これで来なければ気づいていない事になる。
「痛っ」
「大丈夫!?」
紫電が尾を引きながら直線距離で俺の元に跳んできた。ということはやっぱりバレてたな。
「どこか痛めたの!?」
「いや、大丈夫だよ。それで、いつから気づいてたの?」
「いつから? 今日は離ればなれのままデートするんでしょ? シンちゃんたら焦らすの上手いんだから」
「……最初からか」
「ふふん、お姉ちゃんは自分でビリビリするだけじゃなくて他の人のビリビリも分かるからね。どこに居るかなんてすぐに分かるのですよ」
「他の人のビリビリ?」
「そうだよ? 人でも獣でも身体の中でビリビリしてるんだから」
身体の中にあるビリビリ……肉体の電気信号を感知してる? 我が姉ながら規格外すぎる。人間レーダーじゃないか。
「すごいな姉さんは、これでも隠れてるつもりだったんだけど」
「わーい!! シンちゃんに褒められた!!」
「ははは、ほんとに。どうやって追い抜けば良いのやら」
「前も行ったけどシンちゃんの方が強いんだからそんなこと考えなくて良いんだよ?」
「そういう訳にもいかないんだ」
「もー、真面目なんだから」
待てよ、電気信号なんて誰でもあるじゃないか。どうやって俺だって識別していたんだ。
「姉さん、なんでビリビリだけで俺だって分かるの?」
「え? シンちゃんのビリビリは24時間365日追跡してるけど?」
「さいですか……」
「んふふ、シンちゃんならもっと離れてても分かるよ」
「っ!」
射程範囲は把握しておくべきだ、聞くなら今しかない。
「それってどれくらい?」
「そーだなあ、今シンちゃんが見てた距離の倍くらいかな」
「射程2キロ……やっぱり姉さんはすごいな」
姉さんから2キロ離れるのは至難だ、そもそもの移動速度が桁違いなのに加えて全方位に伸びる2キロのレーダーとなるともう俺の移動手段じゃどう考えても振り切れない。
「でしょー? じゃあはい」
「はい?」
「もー、褒めてくれたんなら撫ではセットでしょ。だからはい」
頭を差し出してくる姉さん、これを拒む理由はない。
「えへへぇ」
「帯電していない時の姉さんの髪は撫でやすいんだけどね」
「むー、仕方ないでしょー。バチバチすると髪がバリバリになっちゃうんだから」
「はいはい、仕方ない仕方ない」
「分かればいーの」
この日はその後普通に姉さんの用事に付き合わされて終わった。しかし、この日から俺の試行錯誤の日々が始まった。
「今回は姉さんの探知をすりぬけるために電気信号を遮断する方向で行こうか」
服に電気を遮断するような素材を編み込んで姉さんレーダーを阻害しようとしてみた。これには一定の効果があったようで。
「シンちゃん!?」
「うごわぁ!?」
俺の居場所を見失った姉さんが俺の居た場所に全速力で移動してきてぶっ飛ばされるはめになった。これはマジで特別製の服を着てなかったら感電死していたと思う。
「シンちゃーん!? 居たの!?」
「いま、まさに、居なくなりそう、だった……ガクッ」
「しんちゃぁあああああああああん!!!?」
黒焦げ一歩手前にまで行ったが、なんとか一命をとりとめる事に成功した。しばらくミイラ男のようになったが仕方がない。実験に犠牲はつきものだ。
「今度は飽和させてみよう」
静電気を大量に発生させて俺の存在を紛れさせてしまおうという作戦だ、これは電気をため込む性質を持つ金属の玉を複数個用意して行った。これも、悪くない結果を生み出した。
「シンちゃぁん……なんかムズムズする……助けてぇ……へくちっ!!」
姉さんに花粉症に似た症状を引き起こす事ができることが分かった、でも鼻水と涙でズルズルになるのは可哀想なのでこれも没とする。
「となると、これが本命だ。囮作戦が上手くいけばいいんだが」
今までの実験は前座だ、これこそが本命。むしろこれ以外は遊びだったと言っても良い。姉さんと遊んでるみたいで少しだけ楽しかったのは内緒にしておこう。
「頼むぞ、二号」
俺の電気信号を解析して、99%くらいの精度で再現する人形を作ることに成功した。1%の揺らぎを姉さんがどれくらい捉えてくるかだが。
「さて、どうなるか」
俺の部屋に二号を残して、こっそりと移動する。俺が家の外に出ようとするといつの間にか姉さんが後ろにいるのだが、今回は限りなく俺の電気信号を押さえて二号を起動しているから追跡をかわせるのではないかと考えた。
「ようし……行くぞ」
「シンちゃん、どこ行くの?」
「……姉さん」
「もー、変なもの部屋に置いてたでしょ。まったくもう、お姉ちゃんはこれ嫌いです」
ゴトリと置かれたのは炭と化した二号、どうやら俺の作戦は姉さんの逆鱗に触れたらしい。これは結構本気で怒っている。
「シンちゃんには罰として、お姉ちゃんを撫でる券を発行してもらいます。1枚1時間、20枚綴りです」
「……分かったよ姉さん」
これ以上の厳戒監視体制になられると本気で突破の可能性が潰えるので、今回は姉さんの要求を叶えることにした。俺が姉さんを突破する日は遠そうだ。
【生体電流感知】
生まれた時から感じていた。見える前から、聞こえる前から知っていた。だが、思いもしなかった。この煌めきを共有できる同胞が皆無だとは。しかし、その事実は今となっては福音である。最も愛しい煌めきを独占できるのだから。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
妹の追跡は甘くない
「ラァは俺がどこに居るかって分かってたりするのか?」
デーレ姉さんの人間レーダーみたいな例があるからな、下手に遠回りするよりも直接聞いた方が早いと考えた。これで教えてもらえなかったらまあ、それはそれで別途調査が必要になるか。
「分かりますよ?」
「それはやっぱり何かで判別しているのか」
「はい。お兄様にこれをつけてます」
ラァの手からサラサラと粒がこぼれていく。これはラァの能力を顆粒状態で使用していることを意味している、そしてこれは俺になかなかの衝撃を与えた。
「……もしかして服に仕込んでる?」
「はい。全ての衣服といくつかの食事に」
「……そっか」
ラァが操っているのは自らの固有能力によって生み出した砂糖、のように振る舞う謎の粒子だ。実際味に関しても上品な甘みがあるらしく料理に入れても問題はないらしい。だが、問題はそこじゃない。
「一応聞くけど、それいつから」
「どうでしょう、初めてやったのはずいぶん前ですし。それ以降はずっとやっているので何とも……」
「……そっかあ」
俺の肉体がラァの砂糖を消化吸収している場合、俺がラァの探知から逃げられないことを意味している。というか、姉さんとラァに俺の行動ほぼ完全把握されている気がする。俺のプライベートは存在しないのか。
「あ、でもでも。流石に食べていただいた場合は一日ほどで追えなくなりますし、服に仕込んでいるのもお兄様が嫌だと言うのなら半分ほどに減らしますが……」
「半分なんだ」
「半分です」
「全部……は、ダメか」
「……わかり、ました」
あんまり表情が変わっていないように見えるが、目は潤んでいるし声も微かに震えている。絶対これ無理してるやつ。本当はしたくないけど俺が言うならギリギリなんとか我慢できるラインってところか。
「やっぱり半分で」
「分かりました!!」
ダメだった、いくらなんでもあの顔のラァを見続ける事は俺にはできない。これで難易度がまた1つ上がってしまったような気がするが今更だ。
「あ、でもでも。今回はお試しということで、やっぱり気にならないようなら数日ほどで戻しますね?」
あ、この顔は俺の話聞かない時の顔。これは多分俺がダメだって言っても勝手に仕込まれるな。それなら、ちゃんと自分から期間を設定してしまったほうがコントロールできる。下手したら明日には戻っている可能性まである。
「とりあえず1週間で」
「え!?」
「え」
「は、はい。分かりました……」
マジで明日くらいには仕込み直す気だったようだ。危ない危ない。
「そんで、だ」
ここにあるのが、ラァの砂糖が仕込まれてる服とそうじゃない服。ラァから貰った砂糖のサンプルと照らし合わせながらどうにかして砂糖を回収したいんだが。とりあえず安易な手段を試してみよう。
「これを試そう」
用意したのは掃除に使うような吸引効果のある魔法具だ。このスイトール君に頑張って貰おうと思う。
「いくぞ」
ギュゴーという音と一緒に服に付着した砂糖が吸い込まれていく、思ったより簡単に取れるな。結局のところ服の繊維に絡まってるだけで別に自分からくっついてるわけじゃ。
「ん?」
スイトール君の様子が。
「なっ!?」
あ、これアカンやつ。
「くそっ!!」
慌ててスイトール君を放り投げる。すると爆発した。
「……なんで?」
「お兄様、申し訳ありません。言い忘れていましたがラァの砂糖は何かに取り込まれると半自動的に攻撃するようになっていまして」
「そっか……、それとなんで俺の部屋に?」
「お兄様の部屋にある砂糖が1カ所に集まっていたようでしたので何かあったのかと」
「掃除、だったんだけどな」
「これからは掃除をする前にラァにお申し付けください。そうすればもう壊れることもないですから」
「……そうするよ」
吸い込むのはNGと。それが分かっただけでも収穫だな。あと、一粒単位で管理してるとなるとなかなか難しくなってきた。
「もっと原始的に行こう」
もう粘着テープで良いんじゃないかな。これなら爆発する事もないし。
「コロコロ転がして地道くっつけるぞ」
服に付いている砂糖を取るだけだからそんなに手間でもない。さっさとやろう
「はいはい、うん。まあ、取れるよな」
今回は取り込んでいるわけでもないし、別にテープが爆発する事もない。これで良いじゃないか。
「ん?」
おや? 粘着テープの様子が。
「……砂糖が外れてるな」
なんか、こう。ぴょんぴょんしてる。なんでだ、なんで砂糖が動く?
「お兄様、お召し物の手入れ中申し訳ございません」
「良いところに、これなんだ? ラァの砂糖がぴょんぴょんしてる」
「ぴょ……!?」
「大丈夫か!?」
なんかラァが鼻を押さえている。
「ず、ずみまぜん。お兄様がぴょんぴょん等とカワイイ事を言うものですから。鼻血が出かかりました」
「……ぴょん」
「っ!?」
なんか変な弱点見つけちゃったな。少し複雑な気分だ。でもちょっと面白い。
「ぴょんぴょん」
「くぁっ!?」
「うおぁ!?」
すげえ勢いで鼻血が出た!?
「お、お許しください。これ以上は」
「ああ。悪ふざけが過ぎたな。それで、この砂糖が跳ねてるのは?」
「あ、それはですね。粘着質のものに絡まれた場合には半自動で震動して離脱するのです」
「そうなんだ……」
粘着テープもダメと。
「あのう、もしかしてお兄様はラァの砂糖がお嫌いなのでは……?」
「そんなことないぞ。どうしてそう思った」
「これはラァの勝手な妄想なのですが、先日からラァの砂糖を取り除こうとしているように思えて」
「ははは、ソンナマサカ」
ラァは鋭くて賢いなぁ、それが今だけ少し恨めしい。
「こんなことを言うと、気持ち悪いと思われるかもしれないのですが」
「どうした? 何かお願いでもあるのか」
「こ、ここ、これを、食べてはいただけないでしょうか。ラァが……安心できる……だけ……ですけど」
ラァの手のひらの上で構築されていくのは砂糖の結晶、そして赤みがかった氷砂糖が完成した。
「もちろん食べる」
「あっ」
一秒と待たず氷砂糖をかみ砕いて飲み込んだ。これでまた懸念事項が増えるが、ラァの心を守るためならこれくらい食べる。たぶんこれ、いつもより長く体内から追跡できるやつだけど。
「お兄様……!!」
「これで良いか?」
「はい……!! ありがとう、ございます!!」
これで、体内の砂糖についても本気で考える必要がでてきたな。それでも、何を克服すべきか分かっていればいつかは突破できるさ。
【淡血氷砂糖】
ふうわり甘くてサラサラな普段の砂糖とは違うもの、硬くて甘ったるくてそして重い。蓋をすべきものと恥じるなかれ、それはきっとなにより尊い思いのひとつ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
一世一代の計画
「ついにこの日が来たか」
今日は俺が今まで培ってきた全てを総動員しなければならない。雷を纏う姉も、砂糖を操る妹も突破しなければならない。
「今日は2人とも用事が立て込んでいて俺への意識が薄くなるはずだ」
姉さん対策には二号を改良した三号を用意した、前回の反省を踏まえて俺の生体源流を模倣して再生するタイプではなく俺の身体とリンクさせて破壊されるまでは全く同じ反応をするように調整した。これなら前回よりも時間を稼いでくれるはずだ。
「こっちも……結構キツかったけど。なんとか間に合った」
ラァの氷砂糖を一塊食い切ったことでとんでもないハンデを背負ってしまったからな。俺の身体の中に溶け込んだ砂糖を無理矢理濾過して体外に隔離する事に成功した。体重を結構持って行かれたせいで体調は最悪だが。
「できればあんまり泣かないで欲しいけど……」
ラァに関しては裏切りに近いことをしてしまったからな。服に関しても、たぶん全部に仕込み直されているだろうから今この場で魔法具を使って織ったやつを着ていくことにするし。下手をしたら二度と口も聞いてもらえないかもしれないな。
「それでも、俺は行くよ。色々言われた事もあるし、自分の身の丈に合っていないとも思うけど」
結局の所、俺も夢を見たいんだ。俺でも、強くなれるって。理屈をこねていたのは諦める理由が欲しかっただけ、手を伸ばさない理由付けに過ぎなかった。
「俺が最強になれるのか、試したい」
逃走経路はこっそり庭に作った坑道、近くの崖に出たら姉さん達に追いかけられないくらいまで遠くまで行く。そこから強くなる手段を探そう、ひとまずはダンジョンの最深部にあるとかいう宝を目指してみようと思う。
「行くか。身代わりがバレないうちに」
地下を進む、万が一にも探知されてはいけないので灯りは使わない。全くの暗闇をただ進む。その先にきっと希望があると信じて。
「っ!? 思ったより早く着いたな。早足になっていたのか……」
焦りによる揺らぎも失敗要因になりうるからできるだけ冷静だったつもりなのに、逸ってしまっていたらしい。
「ん、しょっと……」
偽装した坑道の出口から身体を出す。
「……くそ」
目に飛び込むのは紫電の閃きと渦巻く砂糖。
「シンちゃん、どこに行くの?」
「お兄様、ラァは悲しいです」
「……早いね」
どうして、バレた? 極力隠していたはずなのに。もしくは、俺の極力なんてその程度だったって事なのか。
「うん、まあね。シンちゃんが最近おかしかったから、
「奇遇ですねお姉様。ラァも
24時間体制で張り付かれてたのか……、俺が想定していた前提からして間違っていたと。なんてこった、このままだと連れ帰られる。
「お姉ちゃんね、ちょっと考えを改めたの」
「……俺を行かせてくれるってわけじゃなさそうだ」
だって、手に本気の象徴であるハンマーを持っているから。あんなの食らったら俺は消し炭になるぞ。
「うん。お姉ちゃんは今からシンちゃんの背中にビリビリを流します」
「姉さん、それで俺がどうなるかは」
「分かるよ、シンちゃんはね動けなくなるの。でもね、安心して良いよ。一生お姉ちゃんが面倒見るから」
電撃による全身不随とは恐れ入った、そこまでやる気なのか姉さんは。
「ずるいですお姉様、そんな風になったらラァは困ります。ラァだって、お兄様を砂糖漬けにしたいのに!!」
「あらあら、それじゃあ下半身だけにしましょうね」
「それなら、まあ」
マズいな勝手に俺の半身不随が決定した。
「待ってくれ、俺は」
「ダメだよ、シンちゃんの話はもう聞かない。嫌いって言われてもやるもん」
「お兄様、お覚悟を。ラァ達から離れようとするので仕方ないです」
本気だ、本当の本気で二人はやる気だ。最悪のパターンをさらに越える事態になった。俺が取り得る手段は3つ。1つ目は受け入れること、2つ目は抵抗すること、そして3つ目は逃げることだ。そのどれもが無理難題だ。
「……それでも、俺は行くよ」
「やるよシンちゃん」
「お兄様、傷みはありません。眠るようなものです」
来る。当然のように二人の動きは目で追えたものではない。
「っ!?」
なんだ、【熟練工】が何かを訴えている。時間をかければ誰でもできる事が初めからできるような能力が、今? 何をしろと?
「手を?」
自分に備わった能力を信じて右手を挙げた。
「え?」
なにかが触れる、身体が浮く。
「うえええええええええええええええええええええええええ!!!?」
【鳥籠の願い】
何時までも隣に居て欲しいと願う、とりたてて目立たない願い。このささやかな願いを叶えるためなら鬼でも悪魔にでもなる。たとえ、愛しき相手の可能性を奪ってでも。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
挙げた手とその結果
「なんだぁあああああああああ!!?」
地面、離れ、俺飛んで、なんで?
「シンちゃん!!?」
「お兄様!!?」
下に姉さんとラァ。あの2人が追いつけない? そんなの事があるのか?
「違う、俺の周りに何か……」
薄い膜のような……? これのせいで近づけないのか。でも、これはいったい。
「見るのが怖くて、わざと見てなかったが……」
原因は俺の右手にあるはずだ。
「……なんだこれ」
俺の右手に何かがくっついている。半透明で細長いナニカ、触手のような翼のようなものが生えているが。こんな翼で空を飛べるはずもない。だから、これが別の方法で飛んでいるはずだ。
「操作、方法? これ道具なのか」
【熟練工】が俺に告げる。存在を認識しさえすれば、誰でも扱える道具の使い方を。
「指の動きで操作するのか」
速度の調整に、高度の調整、その他諸々を全部右手の指で操作するらしい。これがなんだか分からないが、今は僥倖だ。一芝居打とう。
「ぐわぁああああああああああああああ!!?」
「今助けるから!!」
「今行きます!!」
姉さんとラァに追跡を諦めてもらうためには……
「ダメだ!! 来るな!! これは近づいてきた者をこの空間に取り込む古代兵器だ。暴走していて俺の【熟練工】ではどうにもならない!! 姉さんとラァまで犠牲になる必要はない!!」
「そんな……!!」
「う、そ……それじゃあお兄様は」
「俺はなんとかこれを人のいないところに落とす。ギリギリ【熟練工】で干渉できるのは行き先の調整くらいだから。今まで、本当にありがとう」
もう助からない感じで飛んでいってしまえば、追い続ける事もないだろう。
「し、シンちゃん……それ以外に方法はないの?」
「そうです!! ラァとお姉様ならなんとかできるのでは……!!」
「残念だけど、もう時間がない」
こんなことして、帰って来たときにとんでもない事になるような気しかしない。怒られたらその時は、平謝りだな。
「それじゃあ、元気で。幸せになって欲しい。これが俺の最期のお願いになる」
「うん……うん……!!」
「お、おにいさまぁ……!!」
あーあー、そんなに泣かないで欲しい。これが嘘だってバレたら謝るとかそういうレベルじゃなくて、マジで殺されるかもしれない。
「っ!!」
えっと、加速に方向調整っと。後ろの姉さんとラァがどんどん小さくなる。
「にしても早いな、どこに向かうべきか」
理想としてはこのまま降りても特に騒ぎにならないような場所。つまりは市街地とかの人目につく場所はダメだ。森とか、砂漠とか、広大な草原とかそういうのが好ましい。
「ん?」
嫌な音がする、これってあれだろ? 魔法具が壊れる時の音!! そして魔法具が壊れる時は大体爆発する!!
「右腕がぶっ飛ぶなんてごめんだ!!」
急いで高度を降ろす、近場で着陸できそうな所は……あった!! なんか桃色の森だが仕方ない、命には代えられない!!
「早く外さねえと!!」
「ピー、ガガ、プー、この度は
「え?」
今しゃべったぞこれ。しかもこれなんていった、金払えって言った?
「お問合せの際は弊社に念話をお願いいたします。弊社は賢者の石、賢者の石です。どうかお忘れなきように」
「賢者の石、聞いたこともない魔法具メーカーだな。それにこのスカイフィッシュとかいう魔法具も見たことないし」
知らないだらけだが、これで助かったのも事実だ。見かけたら贔屓にしようか。
「んで、ここはどこなんだろうか」
今は別に春でもないのに桜が咲きまくっている。一年中咲いてる桜? スカイフィッシュで結構飛んだし、慌ててたから場所の見当もつかないがこれは普通の光景ではないだろう。
「とりあえず進むしかないか、今の俺に退路はないのだし」
進めども進めども、目に見えるのは桜だけか。こんな場所があるのなら、少しくらい有名でも良いはずなんだが。そうではないということは、ここがよほどの危険地帯かもしくは本気で秘境なのかどっちかだろう。前者ではないことを祈るばかりだ。
「っ!?」
足場が崩れた!? 落とし穴か、原始的だがそれゆえにまともにまればどうしようもない。
「くそっ!!」
そこに槍が仕込まれている可能性がある、少々の傷を覚悟の上で両手足をつっぱった。
「な」
周りの土が、ふかふかすぎて、止まらねえ。
「あー、やっちまったなあ」
今から誰かが愚かな獲物を狩りにやってくるだろう、それが少しでも話の通じる奴だと良いが。
「おい」
「うわぁ!?」
いきなり土から顔が出てきた!? この人は、植物系の特徴を持つ人型種の樹人(ドリアード)か。しかもこの色は桜の樹人か。
「お前、天使様だろ。出してやる」
「てんし、さま?」
【有料無人飛行装置】
画期的な我が社の商品をご覧ください、右手に付ければ誰でもすぐに空の旅にご招待。一定区間を飛んでおりますので右手を挙げてお呼び下さればすぐさま参ります。耐久性も折り紙付き、1000年経っても大丈夫!!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
三色の樹人
「空から降ってくるのなんて天使か、雨くらいだ。しかもこのタイミングとなればこれはもう天の思し召しとしか思えない」
「天使……って」
天使、高い次元に存在しているという不可思議な存在。俺がそんなものに見えるわけがないので、俺を天使として扱う理由がある筈だ。例えばそう、自分達よりも外側の存在にしか解決できない問題のせいで俺を天使として利用したいとか。
「……なにか困り事かな」
「へっ、話が早くて助かる。お前は天使様だったから助けた、良いな?」
「オーケー、俺がそれでここから生きて出られるならそれでいい」
死んだら終わりだ、これで助かるなら天使でも何でも騙ってやるさ。
「よっと」
土から出てきた根っこが足場になったので、穴から楽に出ることができた。樹人の能力によるものだろうか。まあ、それはともかく今は情報収集をしなければならないな。
「さて、話を聞こうか」
「ここじゃなんだ、ついてこい」
地面をスライドするように動く樹人、根っこのような足で移動しているのだと思うが。初めて見るので中々興味深い。
「ふむふむ?」
「おい、あんまり凝視するんじゃない。それはあまり褒められた行為じゃない」
「そう、なのか」
「ああ。根を見るのは言わば品定めと同じだ、繁殖相手のな」
「っ!? 失礼だった、謝る」
「良い、お前らみたいな二股の奴らに我々のことをすぐに理解できるとは思わない。本来なら時間をかけて分かるものを付け焼き刃で分かったふりをされても不愉快だ。知らぬなら知らぬなりに礼儀を弁えろ天使様」
「分かった、努力する」
思った以上に柔軟な発想をするようだ、閉ざされた環境で生きている少数民族かと思ったがそうでもないのかもしれない。
「さて、ここなら見やすいか」
坂を上った先に見えるのは三色の森だった、一色は桜、一色は楓、そして竹だ。異様な光景だ、時期も違えば生える条件も違うはずのもの共がそれぞれの縄張りを主張するように一定の範囲に密集している。もしやとは思うが、楓の樹人とか竹の樹人とかもいるのかもな。
「今、我々は戦争をしている」
「……なるほど?」
「見えるだろう、あの忌々しい赤き悪魔を。奴らは我らの長を殺し、あまつさえ侵略を開始した。それは許される事ではない」
「もう始まった戦争に対して、天使が介入する余地があるのか」
「ある。実を言うと、長の死には不可解な点が多い。加えて中立にいるはずの緑が何も言わないのにも疑問が残る、奴らは気味が悪いが公平だ。不倶戴天の敵と言えど数少なき樹人の数が減るのは避けたいのだ」
「つまり、俺には天使の特権身分を使って本当に桜の樹人の長が楓の樹人に殺されたのか探れと」
「そうだ。和解の道を探って欲しい、報酬も用意しよう。樹人の秘境であるこの場所にはお前等が言うとことのダンジョンがある。神域かつ禁足地ではあるが、天使様なら入り込んでも問題はないだろう。そこで手に入れたものに関して我々は干渉しない」
ダンジョンか、捜査をしながらダンジョン攻略なんて現実的ではないな。そもそも、俺の戦闘力でダンジョンに潜るのは非常に危ない。ダンジョンは基本的に奥にはとんでもない化け物が潜んでいるものだ、神の気まぐれとか試練とか言われたりもするように内部構造でも侵入者を殺しにきている。宝物が見つかることも多いが、死者の方がずっと多いような場所だ。だが、そこには可能性がある。
「引き受けよう、ここに居る間俺は天使様だ。全力を賭して依頼を完遂しよう」
「助かる、本来なら余所者は粛正なのだが。良い時期に来たな」
「……本当にな」
あっぶねえ、決行を今日にしておいて良かった。
「見よ!! 天より舞い降りし天使様である!! 我らの諍いを見かねて降臨なされたのだ!! 降臨の瞬間を見ていた者もおろう、天使様の邪魔をせぬように!! そして、天使様は裁定を下すまでは争うなと仰せである!!」
あれよあれよ言う間に祭り上げられてしまった。この桜の樹人やるなあ、立ち位置的には死んだ長の後釜という感じだろうか。
「チッ、天使様がそう言ったなら矛を収めよう。だが忘れるな、先に刃を向けたのは桜である事を」
「委細承知、僕たちは異論はないよ」
楓の樹人と竹の樹人、予想はしてたが本当に居たな。
「急で申し訳ないが、それぞれの領域に踏み居ることを許して欲しい。どこからも等しく見なければ正しき裁定は下せない」
天使様として行動する事を認めて貰わないと、どこで禁忌に触れて粛正されるか分かったものじゃない。他の二人も桜の樹人のように物わかりの良い奴らだと良いんだけどな。
「問題はない、好きなように調べて構わん。それで何かが変わるなら、何かが分かるならな」
「同意、僕たちも求めていた。ここのしがらみに囚われない裁定者を。自分達では止められぬものも、外部の権威よって止まる事がある」
ははーん、こいつらあれだな? 実は薄々おかしいことに気づいてるけど部族の構成員が聞く耳持たずに戦争初めて、終わりが見えないから困ってたな?
「分かった、期待に応えられるように頑張ろう」
【樹人】
人でもあり、木でもある、その在り方は一種の境地を彼らにもたらす。だが、それは温厚な森の聖人を意味しない。植物は時として人よりもよっぽど凶暴だ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
桜の根は血を吸うらしい
「そういえば名乗っていなかったな。樹人は特に名を持たないが長には名が与えられる。桜の長の名はヨシノだ。そう呼ぶ事はないと思うが」
ひとまずということで桜の樹人の方に向かったら唐突に自己紹介をされた。なんとなく分かってはいたがこの樹人が長だったらしい。
「そうか、これからよろしくなヨシノ」
「な、名前をそう軽々と呼ぶな!!」
「自分で名乗ったのに……」
「う、うるさい!! 普段呼ばれないから恥ずかしいんだ!!」
「あらやだ、かわいい」
「かわっ!? ふざけるなよ!!」
「うおっ!?」
風が巻き上がる、桜が舞う小さな竜巻が俺の身体を持ち上げた。ここから俺にできることはほとんどないな、ヨシノは結構強いみたいだ。それでも、姉さんとラァには及ばないとは思うが。
「こんど茶化したら、真上に放りなげるからな!!」
「分かった、もうしない」
「全く、油断も隙もないなお前は」
「シンだ」
「……? シンとはどういう意味だ」
「俺の名前だ、名乗られたなら名乗り返さないと失礼だからな」
「……お、まえは……!!」
「あぶっ!?」
今度はカマイタチのような風の斬撃が飛んできた!?
「当たったら死ぬぞ!!?」
「うるさいうるさい!! 迂闊なことばかりする奴は死ななきゃ治らんのだ!!」
「……名乗るのがまずかったのか」
「真名の交換は、魂の契りを意味するんだ!!」
「じゃあなんで名乗ったんだよ!?」
「それだけ期待しているという事だ!! 言わせるな恥ずかしい!!」
期待がめちゃ重いことが判明いたしましたとさ。できる事しかできないから過度な期待はしないで欲しいんだけどな。
「じゃあまあ、聞き込みでもしますかね」
探偵の真似事なんてしたことないが、なるようにしかならないだろう。
「じゃあヨs」
「名を、軽々しく、呼ぶな」
「じゃあ桜の長で」
「なんと安易な、だがそれで手を打とう」
「じゃあ聞くけど、前の長のことについて」
「待て、今から防衛戦だ。話は後にしろ」
「ん? 戦争は一時休戦だろ」
「違う、奴らが来た時は我らの諍いなど瑣末なこと。長が総出で当たらねばならない」
奴ら、そう呼ばれた存在が何なのかはすぐに分かった。
「なんだありゃあ!!?」
わさわさ、うぞうぞ。がさがさ、かりかり。そのような音が木々の間から響いてきた、地鳴りのような音は音の主の重さを知らせる、これで泣き声のあろうものなら大型の獣だった。だが、こいつらの足は4本ではなかった。
「でかすぎるだろ」
「そうだ、大きくそして強い。ゆえに我らはあれらを撃滅せねばならない」
視界の端まで埋め尽くす勢いで湧いてきたのは鱗のようなものに包まれた芋虫だった。虫が巨大化したようなモンスターは当然存在しているが、それはここまで大きくはない。こんな、小屋ぐらいある奴なんて聞いたこともない。
「奴らの名は
「……俺も戦った方が良いか」
「いや、それには及ばない。これは我らの戦いなのだ」
正直ホットした、俺の攻撃であれらがどうにかできるかは怪しかったからな。
「すまない」
「良い、お前に求めているのは囓る者との戦いではない。では、ここを動くなよ。守り切れるとは限らないからな」
ヨシノが囓る者の方へと向かう、するとさっき顔合わせをした二人の長も前線に駆けつけていた。
「焼けろ、そして死ね!!」
「貫かれなさい」
なるほど、楓のやつは葉の形をした炎を使うみたいだな。そんで、竹の奴は超高威力の水鉄砲みたいな感じに見える。二人ともヨシノと負けず劣らずって感じだ。
「はぁあああああああああああああああああああ!!!!!」
桜の竜巻が囓る者を空へと放り投げていく、翼を持たないあいつらではただ落ちて潰れるだけだな。次々と現われる囓る者も出てくるはしから焼かれ、貫かれ、巻き上げられていけば数を減らしていく。
「しかし、どこからこんな奴ら湧いてくるんだ」
出所が分かれば、こんな風に襲われる前に潰せると思うんだが。雨とかみたいに降ってくる訳じゃないならどこから来てるのかは探れるかもしれない。
「一応奥の手はある、動いてみるか」
動くなと言われたが、流石に何かしないとな。
「こっちに向かってくるんだから……、あいつらが来た方を遡ってみれば良いよな」
三人の長がヘイトを稼いでいるおかげで、俺が近くを通っても囓る者は見向きもしない。そもそもどこに目があるかも分からんけどな。
「こっちか……」
なんとなくそれっぽい場所に着いたとは思うんだが、これはなんだ? デカい木の根?
「地下から来てるってのか、ならここの下は奴らの巣?」
これ思ったり深刻なんじゃないか、これじゃあいつ押しつぶされてもおかしくないぞ。
「ここより先に行っても大丈夫なのか分からないが……行かなければ何も分からないか」
大樹の根の先へと足を進めた、その瞬間になにかが変わったような感覚に包まれた。おいおい、これってまさか。
「あー、やっちまった。そういうことか」
先ほどまでとはまるで違う景色、周囲は壁、眼前には門。
「汝、迷宮に挑む者よ。大樹(ユグドラシル)の底へと至れ、か」
あの場所、ダンジョンの入り口だったのか……
【囓る者】
タベル、タベル、タベル。フレルモノヲ、タベレルモノヲ、タベテタベテ、イタルノダ、ハルカナタイジュノ、ハルカナネヘト、イタレバワカル、ナニモカモ、ウマレタイミモ、タベルイミモ、ワレラナニユエウマレ、ナニユエシヌノカ、タベタサキニハ、スベテガアルノダ
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ダンジョンの中でも桜は咲くか
「手持ちはの攻撃手段は……と」
後ろを見ても退路はなかった。もう、進むしかない以上は自分の持ち物の確認くらいはしておこう。装備はだいたい姉さんとラァへの対策だから囓る者にどれくらい効果があるかは分からないが。
「殺傷力のある武器がほぼないのが、問題か」
持ち物と言えば絶縁体で作ったマジックハンドだろ、それに掃除機のスイトール君二号、後は緊急加速のできる靴くらいか。あとは……小ぶりなナイフ。
「これ大丈夫か、あまりにも脱出に気を取られすぎて脱出した後の事全然想定できてなかったみたいだな」
これ、逃げることしかできなくね?
「まあ、敵がでてきたらその時だ」
門をくぐる。さあ、始まるぞ。
「これが人生最後のダンジョンにならないことを祈るか」
ダンジョンがどんなものか、俺は知らない。それは致命的な何かを引き寄せる、神経を尖らせろ。何も見落としてはいけない。
「あー、厳しいな……やっぱり」
門を開けたらすぐに居たよ。
「キシャー!!」
「鳴いた!?」
それに地上に居た奴らよりも動きが鋭い!? ここがホームグラウンドだからか?
「あっぶね!?」
見えてるかは知らねえけど、視界に入った瞬間突進してきやがった。
「キシャ!!」
「思った、より、早いな!!」
攻撃に転じる隙があまりないな、そもそも何を使うべきか。今のところ選択肢は2つ、ナイフで削るか加速効果を使って蹴り飛ばすかだ。
「ナイフ、は無理だな。あまりにもサイズがでかい」
となると、蹴りか。別に健脚というわけでもないが魔法具を仕込んでるからそこそこ威力は出るはずだ。
「おらぁ!!」
突進の勢いのまま壁に激突した囓る者の横腹に蹴りを入れる。
「硬いし、重い……」
ちょっと俺の足の方にダメージがあったくらいだ。これはヤバいぞ、何回でも蹴れるって訳じゃなさそうだ。
「どーしたもんかな」
幸い、突進以外の攻撃手段はないようだから避けることはできる。逃げるか?
「挟み撃ちにでもなったら、それこそ壁のシミにされちまうな」
殺せる手段を探っておきたい、どれくらいやればこいつらは死んでくれるのか。
「ナイフを打ち込んでみるか」
小ぶりなナイフと言えど、これも刃物だ。刺した後に蹴り抜けば貫通くらいするだろう。それが重要な臓器を壊してくれると良いんだが。
「あらよっと」
ナイフが刺さらなかったらまた考えよう。
「お、刺さるは刺さるな」
意にも介さないくらいのダメージしかないようだけど。
「次の突進を避けたら蹴ろうか」
来た。横に避けて、ナイフを蹴る。
「できれば死んで欲しいな!!」
上手く柄を蹴れた。身体の奥底に打ち込めたような気はするが。
「キ、キシャ!?」
「お、初めての反応だな。効いたか?」
「シャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「怒ったか!!?」
なんかビタンビタン暴れ始めたぞ!?
「ちょ、近寄れ、ない」
不規則な動きをするから避けにくいぞ。
「ダメージはあったみたいだけどな、致命にはほど遠いよなこれ」
もっと押し込めばあるいは……?
「マジックハンドで、押し込むか」
姉さんの電撃に耐えられる性能にしてあるから耐えてくれると信じよう。
「上下に跳ねているのをどう捉えるか、接地したとこに突っ込むか」
傷の位置は把握している。そこに全力でねじこもう。
「いち、にの、ここだ!!」
うげえ、緑色の液体が大量に。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「うぐぉっ!?」
はね飛ばされた!! 受け身は。
「うおらぁ!!」
ギリギリ受け身に成功した、骨と臓器まで達するダメージはない。けど。
「いってぇ……確実にでかい内出血ができるな」
目の前で大暴れしている囓る者は段々動きを鈍らせていった、周囲に緑の体液をまき散らしながら死んでいった。酷い殺し方だ、俺にもっと力があったなら一息に殺してやれただろうに。
「弱い奴は、戦い方を選べないから仕方がない」
さてと。後はあいつの体内ならナイフとマジックハンドを回収しなきゃならないよな。嫌だな、全身緑色になっちまうぞ。
「ま、回収方法も選べないよな」
手を突っ込んでマジックハンドとナイフを回収する。うへえ、臭いしネバネバするし、倒す度にこれだと気が滅入るぜ。あ、ナイフにヒビが……マズいなあ。
「ふぅ、進むか」
横から嫌な音がした。それはさっきまで聞いていた音。つまりは、囓る者が出す音。
「二体目、こんなに早く来るかね」
ナイフを使えるのはこいつまでかな。
「ん? 風……と花びら?」
さっきまで空気の流れなんて、そんなになかったはず。どうしていきなり風が。しかも、これは桜の花びら。
「桜旋風(さくらつむじ)」
目の前で囓る者が細切れになる。そしてその先には、桜の樹人が居た。
「ヨシノ……?」
【桜旋風】
咲け、誇り高く。舞え、高貴に。散れ、潔く。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
桜が薫れば虫は去れり
「なぁんでオイラの名前知ってんだ? そこそこ頑張っていたみてえだけどここじゃ長生きできねえぞ。さっさと帰れ」
「もしかして、先代の長か?」
桜の樹人だから似ているような気がしたが、こいつは俺の知ってるヨシノとは随分違う。それでヨシノが自分の名であると言うのなら先代の長しかいない。
「先代? ははぁん。オイラ死んだことになっているんだな。まあ、その方が都合が良いと思ったバンの奴がそうしてくれたんだろうな」
「えっと、桜の樹人の長で合ってるんだよな?」
「ああ、そうだ。オイラがヨシノだ」
「……あんまり名乗るもんじゃないって聞いてたんだけど」
「あ? ああ、次のヨシノにそう言われたんだな。はは、生真面目な奴だったろ? 名乗りとか真名とかそんなカビ臭い風習なんて気にしなくて良いって伝えたはずなんだけどな」
「な、なるほど?」
随分とまあフランクな奴だ。その方がこっちもやりやすい。
「それはそれとして、お前何しに来たんだ?」
「実はそこの虫の出所を探ってたらこんな所に」
「ああそうか、ならオイラと一緒だな」
「なら」
「あ、でもお前じゃ足手まといだから一緒には行けねえぞ?」
「あ、さいですか」
「おう、それじゃあお互い死なないように気をつけような。じゃあな」
あー、行ってしまわれた。はー、キッツいぞこれ。ヨシノが一緒に居てくれれば楽に動けたんだけどな。
「……?」
「ちらっ……ちらっ」
あーれー? なんかヨシノがこっちをチラチラ見ているぞー? これは、あれだ。姉さんが構って欲しい時のアピールと一緒だ。つまり、今ヨシノに話しかければいける。
「あー、困ったなあ!! 俺は弱いからここだと死んでしまう!! 誰か強い人が助けてくれないかなー!! あー!! どうしようかなー!!」
分かりやすく困ってみた。これで話しかけてくれるなら大丈夫なんだけどな。
「そ、そんなに困ってんのか?」
はい来ましたね。
「実は、そうなんです」
「仕方ねえなあ、オイラが守ってやるか」
「良いんですか」
「ま、オイラもずっと1人でここに居るからな。誰かが隣に居るってのも良いだろ」
あ、口の端がピクピクと動いてる。これは笑いそうになってるのを押さえ込んでいるやつだ。死亡説が流れるくらいにずっと1人だったのなら人恋しくもなるだろう。それにつけ込む形になるのはちょっと卑怯だが、ここはウィンウィンということで。
「……あのう、これはいったい」
「お前が自分で弱いって言ったんだろ? ならこうやって守らんといかんといけないじゃないか」
右腕が完全に根でホールドされている。別に自分から積極的に離れようとは思わないが、結構動きにくいぞこれ。
「ま、ここらに居る虫ならそんなに強くもないからな。これくらいで良いだろう」
「もしかして、囓る者以外の虫も居るんですかね?」
「それ総称だから色んな型の奴がいるんだ。1番弱いのがさっきのだな」
「もっと強いのが出てきたらどうするんですか」
「そりゃまあ、こうする」
「うわっ!?」
根でがんじがらめにされて、背中にくくりつけられた!?
「こんな感じで戦うことになるな。これならオイラの動きも阻害しないし」
「そう、ですか」
これは中々キツい。激しい動きされたら反動くらって身体が軋みそうだ。
「早速、来たな」
「え?」
「少し動く」
「何が来たんですか!?」
「ちょっと強い奴」
今、前が見えないから余計に怖い。何が来たんだ、芋虫型じゃない奴なのか。
「っと」
後ろに飛んだのか!? 速いぞこれ。
「今、出てきたのはダンゴムシ型の奴だ。上から殴っても意味がない。だからひっくり返す」
風が吹く、桜が舞う、そしてなにかが転んだような大きな音。
「はい、一丁上がり」
目の端で緑の液体が飛び散ったのを見る。恐らくひっくり返したダンゴムシの腹に風の一撃をたたき込んで終わらせたんだろう。
「終わったぞ」
解放された。やっぱり、この人かなりやるな。なんの苦労もせずに、囓る者を処理した。
「どうだった?」
「どう、とは」
「何か感想はないかって事だよ、鈍い奴だな」
感想、俺はほとんど何も見ていないが。この顔は、あれだな褒めて欲しいときのラァの表情と一緒だ。つまり今は褒めるべき時間という事になる。
「すごく……かっこよかったです?」
「そ、そうだろ!! 何回も何回も倒してこんなに上手に倒せるようになったんだぞ!!」
「とても真似できないですね」
「へへん、そうだろそうだろ!!」
なんかこの人との付き合い方が分かってきたような気がするなあ。
「それじゃあ、このダンジョンの底を目指して下っていきましょう」
「下? ここって下に行くのか?」
「あ、はいそうみたいです」
「知らなかった!!」
これは結構工夫が必要だな。
【囓る者】ダンゴムシタイプ
マワル、コロガル、ドコマデ、ワカラナイ、ケレド、タイジュノネニイタレバワカル、キット、キット、ワカル。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
大樹の根 1層
「ここから降りられると思います」
「お、ホントだ」
虫を蹴散らしながら、ダンジョンを進むこと小一時間。なんとなく降りられそうな場所を見つけることに成功した。少しだけ色の違う壁があったので触ってみたところ、後ろに空間がありそうだった。そこを風で探って貰ったら案の定というわけだ。
「オイラもこっから先は未知数だ、余裕がなくなると守り切れないから離れるなよ」
「分かりました」
「んー、もう良いぞ? 口調を崩しても。それが素じゃないだろ?」
「いや、でも」
「良い」
なんだかちょっと不穏な感じだな、ここで口調を崩さないと不信感を抱かれてしまうかもしれない。ここは戻しておくべきだろうな。
「分かった、これでいいか」
「うん、それでいい。へへ」
ヨシノが笑っている、何か面白い事でもあったのか。等と考えるようでは姉と妹の機嫌を取る事などできはしない。嬉しい気持ちと暗い気持ちが混ざった笑いだ、恐らく対等に話せる相手がいなかった過去があると予想する。加えて、圧倒的優位にある状態では自分の要求を断れないことも理解している。だから、拒否できない要求をしたことに対して後ろめたく思っているのだろう。
「オイラはちょっと事情があってな、まともに話せる奴なんていなかったんだ。里のしがらみがない友達が欲しかった」
「そう、なのか」
「ああ、どこでもそういうのがある。ここみたいな閉鎖された場所だと特にな」
陰のある顔だ、なんとなく俺の予想が合っているっぽいぞ。
「それに最近はずっとここに1人だった。長の立場を気にしなくて良い1人は楽だったけど、やっぱり寂しくてな。お前が来てくれて良かった」
「タイミングが良かったようでなによりだ、俺も立場の関係ない友達が欲しかっんだ」
これは半分本音だ、やっぱり姉さんとラァは有名だったからな。出来損ないの長男という風に言われた事もある。
「お前、名前は?」
「シンだ」
「そうか、頼みがあるんだけど良いか」
「頼み?」
「名前をオイラにくれないか」
名前? 俺が、ヨシノに?
「それは、何かの儀式だったりするのか」
「いいや、これはただのお願いだ。嫌なら大丈夫だ今まで通りヨシノで構わないぞ」
ただのお願い、名前を与えるという行為が何かの意味合いを持たないなんていう事は絶対にない。目が僅かに泳いでる事からもそれはほぼ確定と見ても良い。だが、俺がここでヨシノに新しい名前を与えることで何が起こるかを知る術はない。ということは、やってもやらなくても変わらない。じゃあ、やった方が良いだろう。
「そうだな……今考える」
「っ!? 良いのか!?」
「ヨシノ、桜、樹人……となると」
安易な発想になって申し訳ないが、文字を入れ替える方式で名付けとしようか。さくら、よしの、どりあーど、SAKURA、YOSINO、DORIADOか。アルカス、オニソイ、オダイロッド、この中だとアルカスっていうのが1番良いと思う。
「アルカス、というのはどうだろう」
「ある、かす。それがオイラの名前……」
気に入ってもらえるだろうか、それだけが気がかりだ。
「4文字の名前っていうのは、少し具合が悪いな。アルカにしても良いか?」
「構わない。アルカだな」
「ごめんな、変なことを頼んじまって」
4文字だと具合が悪いっていうのは、4が死を連想させるからだろうか。
「じゃあ、気持ちを改めたところで行こうか。シン」
「ん? あ、ああ」
おかしいな、なんか距離が近くなったぞ。
「じゃあ、手」
「手?」
なんだ、手を出されたぞ?
「ほら」
「え?」
手を、取られて、握られた。
「えっと」
指をからめてきた、これっていわゆる恋人繋ぎじゃないのか。
「つっ!?」
微かな痛み、何かが手のひらに刺さったような。これはなんの痛みなのか、俺の身が危険になるような何かではないような気はするが。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
「じゃあ行くぞ。これならオイラは大丈夫だ、どんな奴が来たって吹飛ばしてやる」
アルカの言葉は本当だった。さっきまでの風が手抜きだったかのような暴風が桜と共に吹き荒れる。芋虫型も団子虫型も、蜘蛛型も一切合切を蹂躙した。
「す、すげえ」
「へへへ、そうだろ? 今のオイラはちょっと強いぜ」
俺と手をつないだ事が理由なのかは分からないが戦力的に一気に余裕が出たのは確かだった。これならあっさりと虫の大元を潰せるかもしれない。
「樹人ってのはみんなこんなに強いのか」
「いいや、一部の樹人だけが強大な力を持つ。普通の樹人の起こす風なんてそよ風みたいなもんだ」
「それで、その強大な力を持った奴が長になるのか」
「ま、そんな所だ。長になったら終わりだ、死ぬまで虫との殴り合いだ。さっきも言ったけど立場があって気安く話せる友達も居なくなる」
「……こんな風に言って良いのか分からないが、辛かったな」
「辛い、か。そんな風に思うこともなかったけど、今思えば辛かったのかもな。でもまあ、今シンとこうできるなら別になんてことない」
硬く握った手を見てアルカが笑う。少しだけ熱を帯びた視線と緩んだ頬、これは少し依存的な香りが出てきたな。
「……こっちだな、下の方に向かう風があるぞ」
「本当か!! やっぱり凄いな」
「ははは、もっと褒めて!!」
「凄いぞー!!」
「だろー!!」
少し大げさにじゃれつく、たとえ依存関係だとしても。今はそれがアルカの救いになっているのなら、俺はそれを維持しよう。破綻は今は考えない。
【共振強化】
ともに在り、ともに立つ、それがどれほどの意味を持つか、それは当人にしか分からない。だが、孤独の中で繋いだ温かな手は何よりの励みになるだろう。それが、かりそめの温もりであったとしても。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
大樹の根 2層
「ははははははは!!! まだまだやれるぞ!!」
1階下に降りた事で敵の数が増え、赤い色の強化個体のような奴がでてきたがアルカの勢いはそんなことで止まらなかった。風が吹く度に緑の体液が飛び散り、細切れになった敵が量産される。
「どうだ!! すごいか!!」
「凄すぎて何も言えない」
「ははは!! オイラだからな!! それも仕方ないな!!」
歯牙にもかけないにも程がある。もしかして敵がとても弱いんじゃないかと思ってしまいそうになるが、今の俺が相手にして簡単に倒せるような奴は一体もいない。
「俺も、役に立てれば良いんだけど」
「何言ってんだ、シンがいなけりゃオイラはこんな風になれない。シンがいないとダメだ」
この階に降りてきてからアルカのくっつき加減が尋常じゃない、前の階では恋人繋ぎだったが。今はもう腕にくっついてもたれかかってきている。別にうざったいとか、気恥ずかしいとかそういうのではないがこのまま放っておくと何か致命的な何かが起こりそうな気がする。
「アルカ、少し良いか?」
「なんだ? プロポーズならもうちょっと雰囲気のいいところでお願いするぞ」
「違う。実は」
そこまで言ったところで、通路に異変が起きた。
「っ!? なんだ!!?」
床が波打つ、まるで生きているかのように。
「は?」
いきなり足下にぽっかりと穴が空く、牙を剥いた迷宮の落とし穴が俺を飲み込もうとしていた。
「させるか!!」
上方に向かって風を吹かせる事で、俺を助けようとしてくれている。が、この穴はその干渉をものともしない強い力で俺を引っ張っている。
「くそっ!!」
どうにかして抗いたいが、スカイフィッシュは今使えない。
「アルカまで落ちるな!!」
「い、いやだ!! また1人になるのは嫌だ!!」
「俺がどうにかなる前に向かえに来てくれ!! だから、手を離せ!!」
「やだ、やだああああああああああああ!!!!!」
ダメだ、説得できそうにない。これじゃあどうにも。悲鳴をあげる腕がもう限界だ。
「う、うぐぁああああああああああああああ!!!?」
俺の、腕が、もげた。
「シン!? シィイイイイイイイイイイイイン!!!!!」
支えを失った俺の身体が穴に吸い込まれる。腕を失った痛みはまだ襲ってこない、アドレナリンが出てるうちに止血をしなければ。
「う、ぐぅうううううううううううううううううううううう!!!!」
ラァの追跡を回避するための服の素材が余っていてよかった。強い繊維で縛れば血は止まる。二の腕のあたりは残っていてくれて助かったな。
「ガリ、ゴリ、ガリ、ゴリ」
移動した先は真っ暗で、ただ何かを削るような音だけがする。この音の正体がなんなのかは判断がつかないがろくなもんじゃないだろう。なにせ、寒気が止まらない。大量の血を失ったことだけじゃ説明できないほどの圧倒的悪寒。これは命の危機を感じた時の奴だ。
「ガリ、ガリ、ガリ、ゴァアアアップ」
これ、ゲップ、だよな。つまり音の正体は食事。音の大きさから予測するに、この音の源は俺なんかよりも遙かにデカい。囓る者よりもずっと、ずっとデカい。
「……親玉ってわけか」
今だ姿の見えぬ虫の根源が食事を続ける。俺がこいつにできる攻撃などたかが知れている、食事を続けてくれるのなら俺はただアルカを待つだけだ。止まらない悪寒と、重傷のダブルパンチで俺が死んでしまわなければだが。
「我慢比べ、といこうか」
体力の消耗を抑えるために座り込む、そもそも血を失ったせいで立ちくらみが酷かったんだ。あとはただ、深く呼吸をしながら意識を保つ事に集中する。
「ふぅ、頼むぜアルカ」
なあ姉さん、ラァ、2人だったらこんな無様を晒さずにこの問題を解決できるんだろうな。でも、俺にはできない。だから、俺なりのやり方をするしかないんだ。
「っ!? 痛みが来やがったな」
止血はしても、痛み止めなんてもってないからな。腕をなくせばそりゃあ痛む。
「----!!?」
いってえ……!! これ、痛みで意識飛びそうだ……!!
「ゴア?」
マズい、うめき声で気づかれたか? 食事の音の方がずっと大きいはずなのに、悪運すらも使い切ったってことなのかよ。
「ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「ぐぉあ!?」
なんて馬鹿でかい声だ、音の圧力だけで吹飛ばされたぞ。
「ゴゴ、ニンゲン、ニンゲンノ、ニオイ、クサイクサイ、ニンゲンノニオイ」
「喋るのかよ……」
「クサイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」
「ま、たか……!!」
さっきよりも大きな叫び声、身構えることができたからなんとか踏ん張れたが、これ以上力を込めようものなら傷口から血が吹き出しそうだ。
「ガチンッ!! ガチンッ!!」
なんだ、歯がぶつかって火花が出てるのか。薄らと浮かび上がる虫の親玉。
「冗談だろ……」
「グォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
巨大な身体に巨大な口、鱗で覆われた寸胴の身体。あまりにも大きな力の差がここにはあった、俺じゃあ絶対に勝てないと確信できるほどの戦力差。
「ガチンッ!!」
虫の親玉の近くに舞っていた粉に飛び火し、照明弾のように辺りを照らした。より鮮明に、より深刻に、事態は推移する。
「イタナ、ニンゲン」
「……覚悟、決めるか」
悪あがきはさせてもらうぞ。
【
畏れよ、その歯を。恐れよ、大いなる虫の王を。怖れよ、大樹に牙向くその蛮勇を。彼の者はいずれ来たる黄昏に備えて根を囓る。だが、愚鈍な彼は知るよしもない。黄昏など既に終わっている事を、彼の者の存在にもはや意味はなく、ただ根を囓るだけの虫へと変わり果てた事を。引導を渡されるその時まで彼の無意味は終わらない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
デカい虫を料理するするには、デカい火が要る
「考えろ。俺から出る火力じゃ、あのデカブツはどうにもできない。つまりはよそから攻撃力を調達するしかない」
「ニンゲン、キライ、ツブス」
「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」
めちゃくちゃ突進してきた!!? 予想できた攻撃ではあるが……迫力がえげつない!!
「走れ走れ走れええええええええええええええええ!!!!! こんなところで死んでたまるかぁあああああああああああああああああああああああああああ」
「ツブレロ、ツブレロ、ツブレロォオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
走ってるだけで災害みたいな奴だな!!? つくづく俺の手には余る敵だな!!! っていうか、走ると腕が痛え!!
「くそが!!」
壁に阻まれる前に90度の方向転換をする。これで壁に激突してくれるような馬鹿ならまだ良いんだが。
「ツブォ!?」
「良かった!! こいつ結構馬鹿だ!!」
「ニンゲェエエエエエエエエエエエエエエエエエン!!!!!」
「うっさ!?」
身体から蒸気をあげて怒ってやがる。これ多分運動性能上がってる奴だな。
「ガチン!! ガチン!!」
歯をガッチガチ鳴らしてまあ、そのせいで俺が壁だと思ってたものの正体が見えてきたぞ。
「ここの壁全部根っこか、それこそ大樹の根なんだろうな」
「グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「あと何回避けられるか……それが問題だな」
正直言ってあと何回も避けられるようなコンディションじゃない。3回が限度といったところだろうな。
「それまでに、こいつを倒さないと俺がミンチになるってわけだ」
俺が取り得る手段は今のところ1つだな。手順はこうだ。
①俺がデカブツの攻撃を避ける
②デカブツがキレて歯をガッチガチ鳴らす
③デカブツの歯から火花が散る
④歯にくくりつけた繊維が燃え上がる
⑤近場の根へと炎を伝播させる
⑥丸焼き☆
「どんなに上手く事が運んだとしても厳しいだろうなぁ……それでも狙うっきゃねえ」
成功したら成功したで俺も死ぬんだが、それくらいになったらアルカが助けに来てくれてると信じるしかねえ。それ以外にも失敗パターンがあって。
①そもそも避けられない
②歯に繊維をくくりつけるとか無理
③そもそも根が燃えない
みたいな感じになった瞬間に俺の勝ち目はなくなる。
「ま、やるしかねえ」
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
2度目の突進、やっぱりさっきよりも速い!!
「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
足がちぎれそうだ、腕も痛え、それでも動きを止めるわけには、いかない。
「こ、こで!!」
「グガ!?」
ギリギリ、躱せたか。根に激突して怯んだ瞬間は口が開いている。
「ほらよ!!」
ほぐれたままの繊維を投擲する、上手く口に投げ込めたと思うが。
「引っかかってくれよ……」
「ニンゲェエエエエン!!!!」
「よし、口から糸引いてやがるな」
牙にまとわりついてくれたようだ、繊維のもう片方は根の方に接するようにした。あいつの暴れ具合によっては切れちまうかもしれないが。
「ガチンッ、ガチンッ!!」
「来た!!」
火が付いてくれよ。
「グルルルル……」
流石に1発とはいかないか。
「ツブレロォオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「ああっクソ!! さっきよりも速い!!!」
回数の見積もりが変わって来た、今回で体力を使い切っちまうぞ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
動け、俺の身体、痛みは無視しろ、限界は忘れろ、明日動けなくとも良い、今を生きられれば、それで。
「かっ……!?」
膝が、折れ、動かない、なぜ、もう無理、なのか。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
真後ろ、デカブツ、距離、無い、俺、死、少しの火。
「ん? 火種?」
俺が繊維に僅かに着いた火を認識した瞬間だった、突然デカブツ頭の辺りが爆発した。
「ウゴオオオオオオオオオオオオ!?」
「な、なんだ……いまの」
へたりこんだ地面が異常にサラサラしていることに気づく、さっきまではこんなに砂はなかったはずなのに。
「あいつの白いのって、蒸気じゃなくてなんかの粉だったのか。鱗粉か?」
粉塵が可燃性だったから、口の近くで一気に爆発した? 高速で走ったから火の粉が余計に舞ってか?
「は、ははは、捨てたもんじゃねえな。俺の運も」
どっと身体から力が抜ける、今までの無理が一気に襲って来たな。でも良い、あんな爆発が口の近くで起きて無事な生き物なんていねえ。俺が生き残った、俺の勝ちだ。
「……おいおい、動いてんだけど」
大きく破損したはずの身体はいつの間にかサナギのようになっている、俺の認識が正しければサナギは次の形態へと移行する段階のはずだ。
「羽化、するのか」
「キィエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! ニンゲエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエン!!!!」
白く、大きな、先ほどまでの醜悪さはなく、美しいとさえ思う、蛾と龍の間のような姿、漂う鱗粉は淡く桃色に輝き、そして炸裂する。
「は、ははは、どーすっかな」
【
地を這い、根を囓るのみの彼の者に残された最期の可能性。空を飛び輝く鱗粉をまき散らす様は夢物語の一幕のごとく。ここに彼の者の真なる姿は示された、失われた伝承にうたわれし空飛ぶ光輝の再来。遍く者よ、頭を垂れよ王の御前である。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
吹けよ神風、墜ちよ虫
「か、ははは、動けねえか」
身体にまるで力が入らない、このままじゃ体当たりで圧死するか爆殺されるかのどっちかしかねえ。敵のミスで勝ったと思ったら強化状態に変態するとか、ダンジョンの試練は厳しいな。
「く、そが、動け動け動けええええええええええええ!!!!!」
気合いでどうにかなれば苦労はない、声も出せなくなったらもうダメだが。一応叫ぶ事くらいはまだできる、絞り出せ体力を、燃やし尽くせ命を、それができなきゃ俺はここで終わる。ここで何か、新しい力に目覚めたりすれば良いんだが、そんな都合の良いことは起こらないだろう。そういうのは素質に溢れた精鋭が命を振り絞った時だけに起きる奇跡だ。凡人が当然のように死ぬときには起こりえない。
「カァアアアアアアア……」
「なんで時間をくれるのかは分からないが、できる事はまだあるか」
そろそろ身体が冷えてきた、血を失いながら動き回りすぎたな。痛みも凄いんだろうがもう麻痺してしまっている。それなら足の1つでも動いて欲しいんだけどな。あいつが滞空しているうちに立ち上がる事くらいはしたいが……
「く、ぅううううううううううううううう!!!」
力を、こめろ、少しでも、動け、立ち上がれ。
「パチッ」
なんだ? 静電気が走った時のような音がしたぞ。俺の記憶が正しければ、この音は姉さんが良く出していた音のはず。ここは確かに乾燥しているが、今動けていない俺が静電気を食らう? 何かが起こった、のか?
「うご、いた」
足が動く、動くぞ!? 今の今まで動かなかったのに!?
「おかしな感覚だ、足に力は入っていないはずなのに。どうして思い通りに動く? ん?」
俺の【熟練工】が告げる。使える道具があると。
「……これか」
姉さんの髪を梳かすのに使ってた櫛が微弱な電流を帯びている。それが俺の身体を無理矢理動かす事に成功したらしい。髪を梳かすだけで魔法具を生み出すなんて、我が姉ながらつくづく規格外な存在だ。ていうかなんで木が帯電してるんだ。
「だが、これで動ける」
俺の動きを補助してくれる以外の使い方はないようだ、今取り得る最善の手段は一刻も早くあいつから離れる事。
「こんなところでまで、助けられるなんてな」
飛んでいるあいつはまだ動かない。組み立てろ勝ち筋を、組み上げろ戦術を、何かできる事はないのか。
「あ」
迂闊、そう言うほかない。上を見すぎて、前を見ていなかった。目の前には光る鱗粉、恐らく触れたら爆発する類のもの。
「死っ!?」
正面から爆発に巻き込まれ!?
「……ん?」
さらりとした感触、そしてほのかな甘い匂い。
「ラァの砂糖?」
俺を爆発から守ったのは、ラァが使っていた砂糖だった。
「あの時食った奴の残りがあったのか?」
赤い色が混ざるそれは、確かにあの時食べた塊の色だ。
「守られてばっかりだな、俺は」
もう、見落としで爆破されるような真似はしない。
「キェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「くそ、動きやがったか!!」
こっちに向かって飛んで来やがった、まだなにも考えついてないってのに。俺はどうしたら。
「え?」
【熟練工】が告げる、腕を振れと、それで助かると。しかも、これは無い方の腕だ。馬鹿げている、しかし、スカイフィッシュの時も同じだった。訳の分からない行動でも、それは確かに道具の使い方に他ならない。それが俺の【熟練工】なのだから。
「信じてるぞ【熟練工】!!」
無い腕を必死で振る、それで何が起こるかも分からぬままに。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
腕生えた!?
「なんで俺の腕から木が生えるんだ!?」
木の根が絡まったような腕が確かに俺から生えていた。これは多分アルカと同じもののような気がするが
、これは俺の意思で動く、そして、伸びる!!
「気にするな!! 今は離脱だ!!」
壁面にまで伸ばした俺の腕に引っ張られるように身体が高速で動く、これは良いぞ、伸縮自在、加えて複数の根として扱うことも可能と来ている。だが、なんで今こんな、考えろ何かあったはずだ。
「……仕込まれたのはあの時か」
アルカに手を握られてチクッとした時に種でも入れられたと考えるのが自然だ。桜に寄生樹としての素質があったのは驚きだが、それ以外に考えられない。
「助かったから不問としよう」
なんてことしてくれやがると言うのは簡単だ、だがまあそれで助かってんだからなんも言えないな。
「とはいえ、火力不足は否めない」
流石に腕を伸ばしてあいつをたたき落としたり、絞め殺したりってのは無理そうだ。そんなことができるなら【熟練工】が提示してきているはず。
「どうするか、ん?」
ふわりと俺の頬が何かに撫でられる。
「っ!?」
ひらりと舞うのは桜。
「まさか!!」
天井にあたる部分にヒビが入る。
「遅いじゃねえか」
「シィイイイイイイイイイイイイイイイイイン!! ここかぁああああああああああああああ!!!」
根をぶち破って竜巻と共にアルカが降り立った。
「お前か、お前がシンをオイラから奪ったんだな? 楽には殺さない、オイラの痛みを知ってから死ね」
【微雷櫛】
雷神の髪を梳かす権利はこの世に2つ、最愛たる肉親とこの櫛のみ。微弱ではあるが、雷神の持つ雷を宿し持ち主の動きを補助する。一説によれば、この櫛が他者の手に渡ったときこの櫛は自壊するという。それは雷神の思いの顕れだろうか。
【血守糖】
お別れの挨拶をしましょう♪ これは一度きりの指切り♪ 愛する貴方を守りましょう♪ もはや届かぬあこがれでも♪ 私は貴方を想います♪ 今の今まで溜めてきた♪ 私の盾を使いましょう♪ さよなら貴方♪ 愛しい貴方♪
【桜腕】
なぜそうしたのか分からない、つなぎ止めねばと思ったときに身体は動きを完了していた。桜にあるまじき所業、それを厭わぬほどに、欲しかった。それは名と共に飛来した感情。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
散華
「オマエハ、ニンゲンチガウ、イイニオイ、テキチガウ」
「お前はとっくにオイラを怒らせてんだ、違うだの違くないだの言う時間はもう終わってんだ」
逆巻く風がアルカの感情を代弁しているみたいだ、にしてもあいつ匂いで人の区別つけてるのか。俺の事は臭くてアルカの事は良い匂いってのはなんとなく分かるが。
「アルカ!! 頼む!!」
「うん、今から細切れにするから見ててくれ」
「う、うん」
ん? なんか、雰囲気が変わったか? なんか姉さんとラァに近い雰囲気を纏っているような? 気のせいか? 気のせいであってくれ? 笑い方が何か昏くなっているような気がするんだけど、きっと今だけだと思いたい。
「シン」
「ん? なんだ」
「目を、離さないで」
「ああ、分かった」
「絶対、だ」
「ああ」
うーん、手遅れかも。あの目はなかなかヤバい時の2人と一緒だ。
「というわけで、お前を殺すぞ」
「オロカ、ハナヲ、チラスカ」
「散るのはお前だ」
「ヘラヌクチ」
鱗粉が、今までの比じゃない量散布された。逃げ場は、ない。
「ははははは!!!! オイラの風と相性最悪だな!!!」
「そうか、風なら鱗粉を動かせる……いや待て」
あれは爆発する、それなら風で一気に巻き上げようものならどうなるか。そんなの分かりきっている、大爆発が起きる。
「止めるんだアルカ!!」
「心配するなって、オイラだって分かってる。これは爆発するんだよな」
「分かってたのか!?」
「ああ。でも、オイラはそんなこと気にしない」
「へ?」
「正面からプライドをへし折って地面にたたき落としてやる」
普通に風使う気マンマンだ!?
「くっ!!」
確実に爆風がここまで来る、耐える体勢にしなければ。
「いくぞぉおおおああああああああああああああああ!!!!!!」
来た、アルカを中心にして風が、そして。
「うおおおおおおおおおお!!?」
うるせえし、風すげえし、もう何も分かんねえ!!
「どうなったんだ!? アルカ!! 無事か!?」
煙が出すぎで今何がどうなってんのか全然分からない。今の爆発を耐えきってあのデカブツに突撃できたのか?
「ーーーー」
「■■■■」
何か、言い合ってる? つまりアルカは無事だ!!
「ははははははははは!!!!」
「キサマ、ホントウニ、ドリア-ドカ」
「その程度か、尊大な態度割に弱いんだな」
「マジか……」
俺の目の前には信じられない光景が広がっていた。
「ここまでとは思ってもみなかったな」
片羽を失って地に伏せるデカブツ、それに乗って見下ろすアルカ。誰がどう見ても勝者は明らかだった。
「見てるかシン!!」
「ああ!! 見てるぞアルカ!!」
「そっか、じゃあこれからこいつバラすから」
「バラす……?」
「いっくぞー!!」
桜が舞う、風が渦巻く、それはさながら削岩機のようで。
「イギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!」
「あはははははははははは!!!!! お前がオイラからシンを奪わなければこんなことにならなかったのにな!!! 苦しめ!! オイラの痛みはこんなもんじゃない!!!!!」
飛び散る体液、抉られゆく肉、止まない悲鳴。
「こ、れは」
「あはははははははははははははは!!!!!!!!」
これをやり過ぎだと、残酷だと、そう言う権利が俺にあるだろうか。俺ではこのデカブツを倒せなかった。それを倒して貰っておいて、こんなやり方はないだろうなどと言えるだろうか。言えないだろうな、そもそも俺が穴に飲まれなければこんなことにはならなかった。弱者は勝ち方を選べない、選ぶ強さを持ち合わせない。
「それでも、だ」
「ん? どうしたシン。まだまだこいつには痛い思いをしてもらうんだ」
「アルカ、もう良い」
「もう、良い? 何が? オイラからシンを奪ったコレを許せって? なんで? そんなこと言うんだ? オイラは痛かったぞ? 全身が張り裂けるくらいの痛みだぞ? それを? この程度で? シンはオイラのことキライか? だから止めるのか?」
ああ、この目、この詰め方、懐かしいな。姉さんとラァもたまにこんな風になったっけ。おっと、こんな風に考えてると察知されるんだよなこういう時。
「今、オイラ以外の事考えただろ」
「生き別れの姉妹が居るんだ、それを思い出していた。今のアルカみたいになることも結構あったんだ」
これを言うと大体の答えは予想がつく。次にアルカが言うのはたぶん。
「今、シンと一緒に居るのはオイラだぞ」
まあ、大体こうなる。ここで返答を間違えようものなら、ちょっと命の保証ができない感じになる。というか何回かなった。
「アルカ、実はこの化け物の身体を使って装備を作りたい。軽くて良い素材になりそうなんだ、俺は弱いから少しでも装備で埋めたい」
「あ、そーいう事か!! ごめんな、崩しちゃって!!」
相手が納得できる理由を見つけられればこんな感じで丸く収まる。ここでしくじると次の詰めが始まって困ったことになる。ここのポイントは自分の目的がちゃんとあって止めたと言う事だ、口が裂けても相手の行動に関してコメントしてはいけない。
「こっちこそ悪いな、まだ足りないと思うが」
「ううん、もう良い。手を繋いでも良いか?」
「ああ、良いぞ」
こうして、俺の初めてのダンジョン攻略は終わった。
「あ」
いや、終わってないな。ダンジョン攻略したらお宝探しのターンじゃん。
【仇討桜】
己に刻まれた痛みは肉体にあらず、心に、魂に刻まれしものなり。とすれば、なんとする。怨敵を滅し、奪われたものを取り返す他に道はなし。心せよ、我が花を全て血に染めようとも、受けた仇は万倍にして返上せん。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
トレジャーハント&カース
さぁさぁ、お宝探しですよ。と言いたいところだが、その前に一応確認をしなければいけない事があるな。それは、俺の腕の事だ。
「アルカ、これの事なんだけど」
「びくっ!?」
いや、そんな「え? 何で気づいたの?」みたいな驚いた顔をされても。どう考えても俺の身体から自発的に生えるようなものじゃない以上はアルカの仕業なんだから、そりゃあ聞くよ。
「お、オイラとおそろいだな?」
「そうだな。で、これが俺の命を救ってくれたわけなんだが」
「っ!? そうなのか!! 良かった!! あ」
「手をつないだ時に仕込んだな?」
「う、うん」
「そうか。さっきも言ったけど、これのおかげで助かった。ありがとう」
「え、怒らないのか」
「怒る? 命を救って貰って怒る奴がいたらそいつは死んだ方が良いな。もう一度言う、ありがとうアルカ」
「そ、それほどでもあるかなぁ!!」
怒られると思って身と心を固めた者には何を言っても無駄だ、内容なんて入ってないしなんなら怒られたってだけでメンタルがバッキバキになって戻ってこない可能性すらある。姉さんとラァを諭す時もこんな風に1回褒めてからやんわりと伝えるようにしていた。1回普通に怒ったら2人とも1月寝込んだからな。
「でもな、次にそういうことをするときは事後報告でも良いから俺に教えて欲しい。すごく驚くから」
「うん、そうする」
本当は事前報告にして欲しいが、衝動的な動きっていうのは止められないのはなんとなく分かる。理性と思考が戻って来た時にはもう行動が終わってるみたいだから。
「く……」
「大丈夫か!?」
「ああ、ちょっと血が足りなくて」
ん? まさか、そんなこと、できるのか? 【熟練工】ができると言うならできるんだろうが。これやったら本格的に人間離れしたことになるんじゃ……
「まあいっか」
桜の腕を地面に垂らす、そして瞬間的に根を張って養分を吸い上げる。
「うわ、一気に元気になった。樹人の身体ってすごいな地面から直接回復できるなんて」
「え、シン何やってるんだ、初めて見た」
「え? 樹人って皆これできるんじゃないのか」
「そんなの知らない、たぶんできないと思う」
「え?」
おかしいな、【熟練工】で分かるのは誰でもできるようになる範囲のはず。つまり今の俺の身体の使い方はそもそも人間とも樹人とも違うってんだな。
「……これってあんまりやらない方が良いか」
「どうだろう、何やってるか分からないから大丈夫だと思うけど。それでも自然に近しい奴は気づくかもしれないな」
「じゃあ、バレないようにやるよ」
「その方が良いな」
緊急時の切り札ってことにしよう、これで敵を作るのも嫌だし。
「さて、疑問も解消したところで。何かめぼしいものがあるかと思ったんだけど、なさそうだな」
別に宝物庫につながる扉が開いたり、もしくは見えなかった階段がいきなり現れたり、天から労いの言葉が降り注いで何かが下賜されるってこともなさそうだ。
「やっぱり、こいつの身体を持ち帰るくらいしかないな」
「こんなには持ち帰れないぞ?」
「まあ、普通に考えてそうだよな」
となれば、半壊したデカブツの何処を持ち帰って何を作るかを考えなきゃならない。
「ん?」
結構グロテスクな光景の中に、何か光を放つものがあるのを確認した。あいつの鱗粉が光ったのかと思ったが、死んでからは鱗粉が爆発することもなかったので別のものだろう。腹の中っぽいから何か飲み込んでいやがったのか。
「うわ、ぐちゃぐちゃしてる」
体液と臓腑をかき分けて手に取ったのは、木目の入ったインゴットのようなものだった。こいつは金属を食っているわけではなかったから腹の中で木が固まったものだと思うが。木がこんなにカッチカチになるものか。
「アルカ、これって何かに使えると思うか」
「し、ししし、シン。それって、ダマスカスじゃないか!!」
「騙すカス?」
「違う!! 世界樹が永い時間をかけて抽出されないとできないもんだよ!! 貴重なんていうレベルじゃないぞ」
「そんなにすごいのかこれ」
「それがあれば、とてつもない武器が作れる!! やったなシン!!」
「……俺が扱えるレベルを超えそうだな」
「あ」
強い武器には高い技術と高い身体能力が要求される。そんな伝説の武器みたいなものは姉さんやラァが使うならまだしも俺が持っても振り回されて終わる未来しか見えない。使えない武器は持って投げられる路傍の石に劣る。
「でも、もったいないし。どうにか……」
「どうにか、なりそうか? たぶん武器の形にした段階で俺のキャパを越えるぞ?」
「うーん、オイラの枝を混ぜ込んで純度を落とせばなんとか」
「純度を落とすなんてできるのか」
「そもそも、これって世界樹の塊だからな。そこにオイラの桜を接ぎ木すれば少しは扱いやすくなると思うぞ」
「是非ともやってくれ、少しでも可能性があるのなら」
「……それでもキツいと思う、だからもうひとつ混ぜたいものがある」
「なんだ、なんでも良いぞ」
「これ」
「……俺の、腕?」
そういやアルカが持ってるのに違和感はないな。なんか、切り離されて割と経つけど新鮮に見える。
「根をつなげてオイラの一部にしてある、自分の一部まで混ぜ込めばきっとシンにも使える武器になる。でも腕を返して欲しいっていうなら」
「ん? 俺の腕はもうあるから使って良いぞ」
「でも、それは元々の腕じゃ」
「俺はこの腕の方が気に入ってる」
「っ!! そっか、じゃあ要らないな!!」
まだ腕の事を気に病んでいたのか、そんなのもう良いのに。これできっぱり後悔を断ち切ってくれると良いんだが。
「好きな形にできると思うけど、何か使いやすい形はあったりするか?」
「いや、特に得意も不得意もないんだ。どんなものでも人並みに使える。その代わり達人レベルにはなれないからあんまり月並みな武器だと埋もれかねないかもしれない」
「突飛な武器の方が良いのか、普通に扱うまでがとんでもなく難しいような」
「そんなものがあれば、だけどな」
「そーだな、重さに関しては木製だから問題ないとして。持ち歩く時に邪魔にならない長さと、複雑な動きが必要になるという特徴を持った武器か」
「そんなもの……思いつかないな」
「うーん、一応あるにはあるが。これが実用に足るものなのかオイラには全然分からないな」
「どんな武器だ」
「伸びる剣」
「え? 今なんて」
「だから、伸びる剣だって。刃の間に繋ぎの部分を入れて鞭みたいに使える武器が神話に登場するんだ。はっきり言って使いにくいなんてもんじゃないと思う、耐久性の部分はダマスカスが解決してくれるけど」
「それ、良いな。誰も使ったことのない武器なら俺が平々凡々な腕でも唯一になれる」
「本当に良いのか? 後悔しないか?」
「良い、やってくれ」
「……分かった」
ダマスカスとアルカの枝、そして俺の腕が1つに混ざり合っていく。
「うぐ、あああああああ……!!」
「痛むのか!?」
「いや、オイラは大丈夫だ。続けるぞ」
枝って簡単に言ったが、それって腕をそのまま金床に打ち付けて剣と融合させるようなものじゃないか!! 苦痛を伴うに決まっている!!
「……頼む」
俺はこれを止められない。止めてしまったら、アルカの献身が無駄になる。
「はぁっ……はぁっ……できたぞ……これが……シンの武器……だ」
アルカが倒れる、無理もない。文字通り身を削ってくれたんだから。
「ありがとう、アルカ」
「へへ、これでおそろいだ」
片腕にあたる枝を失ったアルカが嬉しそうに笑う。そんなおそろいは望んでいなかったんだけどな。樹人の腕は生えてくれると嬉しいんだが。
「この剣の名前はアルカにする、この恩を忘れないために」
【神樹鋼剣アルカ】
分割される刃は鞭の如き挙動をする、桜の樹人たるアルカと凡人たるシンの肉体が混ざっている事で生きた武器と化している。そのため低ランクの固有技能を有し、風を纏うことができる。
伝説の武器となる事を手放して製造された凡人のための武器であるが、伝説の英雄と凡人、伝説の武器と粗悪な武器、その間にある壁は脆く儚い幻想に過ぎない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
森の裁判
「あの、これはどういう?」
「オイラにも分からん」
なんとかダンジョンから戻ったと思ったら速攻でアルカが拘束された。ヨシノも何も言わねえからマジで事態の把握ができない。
「説明、をしてはくれないよな」
「……」
あー、これ怒ってるわー。確かに動くなって言われてたしなー。
「んで、ここは法廷と」
見たところ竹の奴が裁判長で、ヨシノと楓の奴がそれぞれ証言をする役割か。
「判決、死刑」
「異議なし」
「異議なし」
「ちょぉおおおおっと、待ってもらって良いか!?」
おかしいおかしい、どう考えてもおかしい!! 始まって速攻で死刑を言うのもアレだが、異議なしで即決されるのもおかしい!!
「いくらなんでも!! これは!!」
「いや、良いんだ。オイラは森の法で裁かれる。それだけだ」
「ええ……どうなってんだ……」
待って、ドッキリか何かを疑うほどにあっさり過ぎる。
「ん?」
なんか、手のひらに根が。文字を書いている? つっても俺は樹人の文字を知らない、何を求められているんだ。いや、これは、俺の知ってる文字だ。
「お、ま、え、の、や、く、わ、り、こ、れ、は、み、ら、れ、て、い、る。お前の役割、これは見られている……?」
あー、なんとなく理解した。ここではこいつらは自分の役割どおりの振る舞いを強要されるのか。立場っていうのは面倒だな。
「んんっ!! 天使の視座から意見を言っても良いか」
「承る。天使の視点からの意見を」
「俺は見た。この村を脅かす虫の親玉を殺す瞬間を、本日をもって囓る者の被害はなくなる。その功労者を死刑にするというのは些か不当ではないか」
「っ!? 天使の言に疑いを持つべきではないが、これは緊急許されよ。その言の根拠は」
「これだ。囓る者の王の亡骸よりダマスカスを手に入れた。それをもとに作りあげた剣だ」
これが証拠になるかは分からんが、とりあえず証拠になると思って掲げてみた。これでダメだったらまた何か考えなきゃな。
「ダマスカス、確かに。純度はいくらか落ちているが」
「虫の王、本当に存在するのかは分からないが。ダマスカスを手に入れるほどの何かをした証拠にはなる」
「一定の減免をするのも止むなしか」
あー、なんとなくいけそうな空気になってきた。
「では、その剣をこちらに納めてもらおう。それで本日は閉廷とする」
「あ゛? シン以外が触れるなよ。それはオイラとシンの絆だぞ」
まずい、アルカがキレかけてる。しかも、この感じはマジギレの奴。
「済まないが、これは渡せない。他の者が触れると剣が暴走して一帯が吹き飛ぶ」
「……なるほど。天使にしか持てぬ神器というわけか、それならばこの要求は取り消そう」
ふー、なんとか阻止したか。ここまできて全部ぶち壊しになるのは御免だ。
「一度閉廷を宣言した以上は剣の押収が為されずとも閉廷は変わらぬ。解散」
ざわざわと周囲の木々がざわめき、何かが離れていく感覚があった。
「ふぅ……なんとか凌いだな」
「桜の長、今度こそ説明をしてもらえるんだろうな?」
「ああ、今回はお前の手柄だ。我らはあれには逆らえぬ、約定のせいでな」
「あれってのは、さっきざわざわしてた奴か」
「ああ。あれは森の掟と呼ばれている、樹人は掟に逆らえぬ」
「いったいなんなんだそいつは」
「分からぬ、姿は見えぬが気配はあり、そしてすべきことを強制させる。そういうものだ、とても承服しかねる裁判をさせられるようにな」
これは、あのデカブツ倒したからってここの問題が解決したってわけじゃないみたいだな。
「おー、やっぱりお前がヨシノになったんだな。悪かったないきなりいなくなって」
「よ、しの様。よくぞご無事で……!!」
「ははは、今はお前がヨシノだ。オイラの名前はアルカって事になったからそっちで呼んでくれ」
「アルカ様……」
よたよたとヨシノが近づいていく、感動の再会か。良いな、俺がやるときはたぶんとんでもないことになるだろうから羨ましい。
「こ、の、うつけ者がぁあああああああああああああああああああ!!!!」
「へぶぅ!?」
「あなたが!! 全部ほったらかして!! いなくなったから!! 内紛状態にまでなったんですよ!! どうしてくれるんですか!!」
ら、ラリアット、からのジャーマンスープレックスだ。初めて見た……完璧に決まってる。ゴングの鳴る音が聞こえてくるようだ。
「あっちゃあ、その言い方だとエデの奴は伝言をしくじったな」
「先代の楓の長は!! 今も眠り続けています!! その身体に残った傷があなたの攻撃によるものだと思われて!! 戦争が始まったんです!! 早く誤解を解いてください!!」
「うーん。それ合ってるから誤解じゃないぞ。オイラは確かにエデの身体を抉った」
「は?」
「それじゃあ、戦争が終わらないですよ!! 嘘でも良いですからやってないって言ってください!!」
「おいおい、ここには今のエデもいるだろう」
「うるさい!! いい加減疲れたんですよ!! なんで唯一まともに話せるお友達と敵対しなくちゃいけないんですか!!」
「事情があったんだよ、神域に向かうにはそうしなきゃならなかったんだ」
「だからって!!」
これ終わんないな、ちょっと介入しよう。まあ、なんとなく事情は分かったけど。
「あー、ちょっと良いか?」
「なんだ!!」
「俺が話を纏めた方が私怨が入らなくて良いと思うんだが」
「……業腹だが、一理、ある」
はー、まあ話を聞こうじゃないか。
【森の掟】
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
森のルールは森の生き物しか縛れない。
「つまりなんだ、樹人が神域の近くで生きることを許されるための約定が、今やただの縛りになってるって事で良いのか?」
「まあ、かなりかいつまんだ表現だがそれで良い」
それぞれの長から話を聞いたのを纏めたら今の結論が出た、森の掟と呼ばれる存在は確かに高位の存在らしいが大昔の約束のせいで今の奴らが縛られるのはおかしいだろう。問題は、それを俺が解決する資格があるのか怪しいってところだな。
「俺が、例えば森の掟とやらを破壊したとして、それでお前等は良いのか?」
「……それは、分からない。掟無き森がどうなるのか見当もつかない」
「絶対にダメとは言わないんだな」
「そう言ったとしても、我の言葉は天使様を縛る効力を持たぬ」
「ああ、そういえばそんな設定だったな」
「お前をそう定義したことで、今のお前は森にあって掟に縛られぬ。一矢報いるとすれば、お前しかあるまいよ」
「俺が、正体不明の森の掟をどうにかできるのか」
事ここに至って、逃げ出すような真似はしないけど。普通に返り討ちにあって森の養分になるのはあんまり嬉しくない結果だ。
「不明、不明ではあるのだが。まあ、なんとなく察している部分もあるのだ。皆あえて言わぬだけでな」
「お? 言って良いのか、じゃあオイラが言おうかな!! 森の掟ってのは、虫だ」
「また虫か!!」
「いやいや、虫は虫でも地下にいた奴らとは別なんだ。言わば益虫で、樹を守る虫なんだな。そもそも大樹には虫が2匹いた、食う虫と育てる虫だ。何時の日か、片方が地下に潜って根を食い荒らし、もう片方が樹を保護することにしたらしい」
「そのような話を聞いたことはありませんが」
「だって、言ってねえもん」
「く、またそのような!! 口伝は!! 正確にと!! 何度言ったか!!」
「まあまあ、それもあと少しで決着だ。地下の虫を潰したから、あとは掟を潰すだけだ。きっとやるさ、シンが」
「やっぱり俺か」
「仕方ねえだろ、オイラ達は掟に逆らえない。やるならシンしかいないんだよ、それもできるだけ早く頼む」
「なんでだ?」
地下にいたのと同規模の敵なら俺には無理なんだけどな。
「時間がない。今日はシンとバンで無理矢理閉廷させたが次はこうはいかない。オイラが死罪になる」
「それは今日みたいに口先でどうにかならないのか」
「ならないな。もうあんな飛び道具は通用しない」
「……次の裁判はいつになる」
「ま、長くて3日。早くて明日だ」
「時間が本当にないな!!」
「だから言ったろ、できるだけ早く頼むって」
「クソ!! やってやるよ!! アルカをみすみす死なせてたまるか」
「……くひっ」
「アルカ様?」
「なんだ?」
「今おかしな笑いかたをしていたような」
「ははは、おかしな奴だなあ。オイラがおかしな笑い方なんてするか」
「はぁそうですか」
今のは中々昏い笑いだったな、嫌な感じはしないから大丈夫だろうけど。
「おい、これ持ってけ」
「こちらも」
「これは、楓の一枝と竹の一節か」
まあ、樹人の長が渡してくるものだ。おそらく何かしらの効果があるものだろう。
「……これ、爆弾じゃん」
【熟練工】が言う、これは簡単に使える武器だ。楓のほうは爆炎を吐き出すもので、竹のほうは瀑布のごとき水を吐き出すものだ。
「これ投げたら森がヤバいんじゃないのか」
「何言ってんだ、楓の焔が木を焼くわけないだろ」
「同じく、竹の清流は木を折らない」
「あら便利、一家に1本欲しいな」
軽口を叩くくらいの余裕が出てきた。強い武器は自信を与えてくれるものだな。それが虚ろな自信だとしても、あるにこした事はない。
「一応聞くんだが、森の掟の巣とかってあるのか」
「そんなの知るか」
「ええ、知らない」
「そっか……森を走り回るのは非効率なんだけどな」
「あーそういや、なんか知らねえけどあそこの1番高い木から妙な気配がすんな」
「奇遇、あそこの一番上から嫌な感じがすると思っていた」
「……なるほど、ありがとう」
「なんのことか分かんねえな」
「礼を言われるようなことなんて1つもない」
うーん、あそこまで言っておいてしらばっくれるのは中々図太い連中だ。正直に話す事ができないような制約でもかかってんだろうな。
「いや、思ったより高いなあの木」
割と離れてたからそんなにでもないように見えてたが、あれ上るのしんどいぞ。
「え? 嘘? そんな風にできる? え? マジで? できるの? え? やっていいの? え? 本当に?」
【熟練工】が言う、剣を持って腕を縦に振れと。それで全てに片が付くと。信じらんねえ、でも【熟練工】は俺に嘘を吐かない。
「……やってみっか」
勢いよく桜の腕を上にあげる、それに合わせて腕が伸びていく。それ以上に剣のアルカもジャカジャカと音を立てて伸びていく。
「いやこれ、どこまで伸びて」
ある瞬間が訪れた、伸びる勢いと落ちる力が釣り合う一瞬。まあ、俺がそこに合わせてなにか超絶技巧を披露することなどできないので重力に任せて落とすだけだが。
「いけぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!! これが高さと長さと硬さの力だぁああああああああああああああああ!!!!!」
俺の力と言えないのは悲しいが剣のアルカは直線上の全てを削り取り、そして正面の先にある途轍もなく高い木を縦に割った。
「なにしてんだてめえ!! 森を破壊すんじゃねえ!!」
「あいたっ!?」
え、たぶん虫倒したのに殴られたんだけど!?
【超長結(ちょうちょむすび)】
長く、硬いものが超々高度からしなりを加えて落下する。これは剣術ではない、ただ支えていたものを倒すだけのこと。それだけのことで、起承転を消し飛ばす。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
囓る者・蝶妃装
「森の掟の居場所を真っ二つにしてしまったんだが、これはもう討伐したということで良いのか?」
「……多分」
「多分て、これで倒してなかったらなかなか面倒くさい事になるんじゃないのか」
「いや、支配の線は消えたように感じる。実際に確認しない事には断言ができないということだ」
「……死体の確認か」
とりあえず、ぱっかんさせた木のところまで行くしかないか。幸い俺の攻撃のせいで直線の道ができてしまっているから行きやすい。
「……あのう、森を破壊した分のお咎めとかってあります?」
「本当なら死をもって償って貰うところだが、今日は不問とする」
「以後気をつけます……」
とりあえず今すぐ俺が裁かれるようなことはなさそうだ。
「それじゃあ、腕の試運転を兼ねて」
新しく生えたこの腕の使い方は【熟練工】が教えてくれる、俺がそのまま走るよりもこれを伸ばして引っかけた方が早い。と良いな。
「よっと」
腕を伸ばし、木の幹を掴む、引き寄せる、その繰り返し、繰り返す毎に速度は上がり、そして。
「うおぁああああああああああああああああ!!?」
「シン!? 大丈夫か!?」
俺の能力の限界を迎えてバランスを崩した。
「かー、やっぱりキツいか。速度が一定以上出ると制御できないな。いっそのこと両腕落ちてればもっと安定したかもしれない」
「……シンがもう片方の腕も、そうしたいって言うなら」
「アルカ、冗談だ」
「そうしたくなったら、いつでも言ってくれよ。オイラの準備はいつでもできてるからな」
うーん、これ本当にやるな。あまり迂闊な事を言わないようにしよう。
「さて、なんだかんだと木の下まで到着したわけだ」
ある程度の速さなら出せることが分かって良かった、調子に乗るとやはりろくな事がない。
「それらしきものは、ないな」
地下にいた奴よりは小さいって話だが、それでも一目見たら分かるくらいの感じだと思う。それでぴんとこないってんだから。実は倒せていないのか。
「パチ」
静電気、櫛からの? 動きの補助は今必要ない、とすれば、これは警告の類。
「くそっ!?」
勘に任せて身を捻る、何がどんな攻撃をしかけてくるかは分からないが、危険が迫っていたことだけは確かだ。
「っ!?」
俺の首を何かがかすめる、微かな熱を感じた。
「あぶねっ」
首からの出血は命取りだ、浅かったから良いものの。死ぬとこだった。
「生きてやがったか」
「キシュ……フシュ……」
「確かに地下の奴よりは小さいが」
あっちの奴は蝶と龍の合いの子のような感じだったが、こっちはより虫に近いような姿をしている。羽で斬りつけてきたのか。とはいえ俺の攻撃は当たっていたようで、それこそ虫の息って感じだ。あ、他意はないぞ。
「く、ごめんシン。オイラ達は手出しできないみたいだ、頼む」
「やってやるさ、ちょっと厳しいけどな!!」
樹人は手出しができないようだから、俺がやるしかない。
「あばよ!!」
とりあえず距離を取る、至近距離なんて反応が間に合うはずもないからな。距離さえあればあとは射程距離の差でどうにかできる。と思う。
「俺が距離を取り終わった時がお前の最期だ!!」
「キシュー……」
あれ、普通に、追いつかれ。
「死にかけでも俺より少し遅いくらいか、これじゃあ距離取るのは難しいな。ん? このまま逃げてればこいつ勝手に死ぬんじゃないか」
「キ、キキ!!」
「ぬぉあ!?」
急加速!? また油断か、学ばないな俺も!!
「くそっ」
今、俺の身体の中で、一番耐久力のある部位を盾にする。
「マジかよ……綺麗に切断しやがって」
桜腕を根元からいきやがって、これがそのままの腕だったらと思うとぞっとするな。まあ、腕は1本もう落ちているけれども!!
「……え?」
見えた、これでなんとかなるんじゃないか。
「あらよっと」
切り離された腕は普通動かない、でも桜腕は普通の腕じゃない。別につながって無くても俺の意思で動く。そして、桜腕は武器を持っている。
「キシャッ!?」
「そうだよな,斬った部位がそのまま攻撃してくるとは思わないよな。ま、油断したのはお互い様だ」
やはり本当に死にかけだったようで、結構浅めの攻撃だったが致命傷になったらしい。もう、動かないでくれよ。
「さてと、腕はくっつくかな」
あ、くっつきましたね。良かった良かった。
「こいつと地下のデカブツがセットだって言うなら、今度こそ何か特典みたいなものがあると嬉しいんだけど」
ダマスカスは十分貴重品だったけど、あれは腹の中で勝手にできてたものであってダンジョン攻略の報酬にあたるようなもんじゃないしな。
「ま、幸運を期待するのは止めた方が良いか」
ダンジョンの攻略したら、宝物が手に入るってのもなかなか眉唾物だし。
『ダンジョン番号5番、オベローン&ティターニアの攻略を確認いたしました。記念クレジットを授与いたします。これからも賢者の石をよろしくお願いします』
「え、記念クレジット? 何それ、ていうか賢者の石はダンジョンにも関係してるのかよ」
チャリーンという音はすれども、なにかコイン的なものが俺の手にあるわけではない。
「……とりあえずスカイフィッシュか」
今のところ俺が持ってる賢者の石製品はこれだけだ。これが使えるようになるのが、記念クレジットとやらの効果であって欲しい。
「記念クレジットを確認しました、本日よりスカイフィッシュの所有権を賢者の石からお客様に変更することが可能です。変更しますか」
「する、迷う理由がない」
これでいつでも飛べるようになったんだろう、高速移動手段は欲しいから有り難い。
「ふぅ……、これで一段落か」
ダンジョン攻略と合わせて樹人の問題も解決した、そろそろ次の場所をどこにするかを考え始めないとな。
【記念クレジット】
おめでとうございます、あなた様は特別なお客様になられました!! 試練を突破した事を記念いたしまして、我が社の製品を所有する権利を差し上げましょう。重ねておめでとうございます、次なる試練を突破した暁にはまたお会いしましょう!!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
別れの契り
「やだやだやだやだやだ!!!!!! シンについていくんだぁ!!!! オイラは絶対についていくんだぁ!!!!」
「アルカ様、無茶を言わないでください。樹人が力を振るえるのはこの付近のみです。それに元とはいえ長がここを離れるにはそれ相応の理由が必要なんですよ」
「シンから離れたくなぃいいいいいい!!! それが理由じゃダメなのかあ!!」
「当たり前でしょうが!! それにさっきも言いましたが、我々の力はここから離れると著しく弱体化します。足手まといになっても良いんですか!!」
「それはやだぁ!!!!! いつまでもシンを守って頼られて褒められるんだぁ!!!!!!」
えー、現在起きている事を簡単に纏めると。やること終わったから移動するって言ったらアルカが壊れましたとさ。
「ほら!! そこで突っ立ってる元凶の男も何か言ってください!!」
「……そこまで言われるのも悪くない気分だなあ」
「シン……!!」
「馬鹿か!! 馬鹿なんだな!!! 今、そんなこと言ったら余計に話が拗れるだろう!!!」
「はは、つい本音が」
実際求められることは悪い気分じゃない。まあでも、これからもアルカに頼りっきりっていうのは俺の修行にはつながらないから遠慮したい。俺は少なくとも、姉さんとラアよりも強くならないといけない。もしくはそれと同等の功績をあげて認められないといけない。それが全部アルカのおかげになってしまったら何の意味も無い。
「そうだなあ、アルカ」
「シンからも言ってくれよぉ、オイラが必要だってぇ」
「アルカは確かに俺にとって大切だ」
「なら」
「だけどな、俺は目標の達成のために強くならないといけない。だから俺の隣にアルカがずっといると、アルカに守られてばかりで俺は強くなれない」
「そ、そんなことない。オイラだって我慢するし、シンが勝てそうな相手なら譲る!!」
「ごめんなあ、それだとダメなんだ。俺は勝てそうな相手にだけ勝てるようじゃダメなんだ。もっと大きくて強い相手に勝てるようにならないといけない」
「そ、そんなぁ」
覚悟はしていたけど、これは泣かれる。目が虚ろになってハイライトが消えるよりは幾分マシな状態ではあるけど、こっちの精神的ダメージはどっこいだ。ここまでアルカに与えてしまった絶望を覆うような希望を示す必要がある。
「アルカ、この腕と剣はアルカから貰ったものだ。これの位置はなんとなく掴めるか?」
「……うん」
「それなら俺がどこにいても会えるじゃないか。いつも一緒にいなくても俺たちはつながっている。それにここの近くに来た時は絶対に会いに来る」
「……ほんと?」
「本当だ。この腕と剣にかけて。それに、俺が困ったらアルカに頼りに来るかも」
「……いつでも頼ってくれていいんだぞ、なんならずっとここにいても」
「アルカ、それはできない」
「うう……ここでずっと駄々をこねてもシンの気持ちは変わらないよな」
「そうだな」
「ほんとうは、ぜったいに嫌だ、ほんとうは悲しくてたまらない、ほんとうは痛くて死にそうだ、ほんとうは足を切り落としてでも引き留めたい、でもそれをするとシンに嫌われるから、我慢する」
「ごめんな」
「うん、でもね」
あ、これヤバい目だ。完全に目から光が消え……
「オイラ、あげたいものがあるんだ」
「アルカ様!? それはまさか」
「ヨシノ、少し黙っていてくれな」
「っ!? 分かり、ました」
おいおい、威圧というか殺気に近いモノを仲間に向けちゃダメだぞ……
「あげたいものっていうのは、いったい何なんだ?」
「本当は交換になるんだけど、オイラはもう貰っているから」
「……何かあげたか?」
「……まあ、それは置いといて」
「うーん、置いておこう」
たぶん血液とかだろうなあ、腕持ってたのアルカだったし。別に構わないけれど、少し後ろめたい感じなのかな。
「んっ……くっ……はぁ……」
なんか少し色っぽい感じでアルカの指先から液体が染み出してくる、樹液のようなものだろうか。
「はぁっ、はぁっ……これを身に着けて欲しい」
「耳飾り? いや指輪か?」
「どっちでも良いけど、オイラとしては指に嵌めて欲しい」
「そうか、じゃあそうしよう」
樹液が固体化した宝石みたいだから、琥珀の指輪になるか。確か石に込められた意味は大きな愛だったような気がする。ちょっと恥ずかしいな。
「よし、これでいいか。ん?」
おいおい【熟練工】、これは武器でも道具でもなくて宝飾品だぞ。なんでお前が反応するんだ。これの使い方なんて指に嵌めるしか……
「……はは」
こいつは、参ったな。とんでもないものをもらったようだ。
「ありがとう、アルカ」
「うん。元気でなシン」
「……ところで」
「なんだ?」
「近くに村とか町とかってあるかな?」
「オイラここから出たことねえから知らん」
「ですよね……」
とりあえずスカイフィッシュで飛んでみるか。
【琥珀桜晶(チェリーアンバー)】
桜樹人の命を込めた貴石は、持ち主を致命傷から救うという。それは一種のおとぎ話であるが、心なる想いと真なる触媒によって生み出されたこの指輪はおとぎ話を現実の物とする。
「オイラができる精一杯の贈り物なんだ、それにこれが着いたままなら、シンは死ぬような目に合ってないって事が分かるから安心できるしな」
この話で、樹人と大樹の話は終了となります。今までの話を読んでいただき誠にありがとうございます。続きの話の構想は何となくありますが、応援していただけると頑張れると思うのでよろしければ評価・感想などよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
バードストライク
「最初に飛んだときは余裕がなくて見られなかったけど、空から見る世界ってのは凄く綺麗に見えるもんだな」
近くで見たらそう見えなくても遠くから見たら凄く綺麗なんてものは良くある話だとしても、この感動はなかなか得られるようなものじゃない。鳥と並んで飛ぶなんて事は今まで考えたこともなかったが、やってみると気持ちの良いものだ。
「どこか、降りられるような場所はと」
いや、別に何も見つかってないというわけじゃない。ちらほらと村らしき場所とかは見かけてはいるがそこに降りてもな。できれば大きめの街とかに行きたいんだが、俺の知ってる地図と実物では見え方が違うせいで場所がよく分からない。
「何か目印のようなものとかないか」
とはいえ、そんなに簡単に行き先を決めるようなものなんて見つかりはしない。もう少し空の旅を楽しむとしよう。
「カァー!! カァー!!」
「うぶっ!? なんだ、スカイフィッシュのフィールドをすり抜けたのか!?」
姉さんやラァでも妨害できたスカイフィッシュの謎空間を突破できる奴がこんな所に!?
「カァ……カァ」
「白いハト? いや、白いカラスか、珍しいな」
俺の顔面にぶつかってきたカラスがそのまま俺の腕に落ちてきた、珍しい個体だがそれだけでスカイフィッシュを突破できるのか。いや、それよりも何か臭うな、これは鉄の、血の匂いだ。
「お前、羽が片方千切れそうじゃないか」
「カァ……カ……ァ」
「待て待て、死ぬな!!」
いきなりぶつかられてそれで死に様を見せつけられるのはいやだぞ、治療に使えそうなものはあるか。あーくそ、【熟練工】がなにも示さないってことは、俺の技術でできる治療行為はほぼないと思って良い。そもそも、自分以外を治すのはそれだけで専門技術だ。
「傷を縫ってやることくらいしかできないか」
あのデカブツを倒したときに繊維は全部投げちまったから、俺の桜腕で無理矢理傷を閉じてから自切するしかない。麻酔もないしかなり痛むだろうが。
「耐えてくれ」
「カァ……」
傷の状態から何をされたのかを類推することは難しいが、何かにつつかれたような傷のように見える。綺麗な切り傷とかなら楽に縫えるんだろうがぐちゃぐちゃの状態だからかなり難しいな。これは綺麗に治ることはないだろう、飛べなくなるか、それとも予後不良で死んでしまうかのどっちかになる気がする。
「生きろよ」
意識を失ったのかぐったりとしてしまった。死んではいないと思うが。
「不格好で悪いな、とりあえずは抱えていくか」
これは応急処置に過ぎない。やはり医者に見せる必要があるか。医者が常駐しているような大きな街を早く見つけないと。
「高度を上げる、視力が追いついていない分は気合いで何とかする」
残念ながら鷹の目は持っていない、それでも高く上がって周りを見渡す以上の方法を思いつかなかった。
「どこか、大きな街、大きな川の近くとか、もしくは盆地とかにあったり」
水運が使える大河の近くは農業もしやすく、交易もしやすい。だから大きな街になりやすいはずだ、せめて川を見つけたら。
「あった!!」
大きな川、きっと名のある川だろうが勉強不足で分からない、とりあえずこの川を下って街を探す。
「あるはずだ、1つくらい」
正直今川を下っているのか、上っているのかは分からない。きっと自分が行く先に街があると信じて飛ぶほか無い。
「見つけた!!」
何かを囲む壁を確認した!! あれが城壁だとすれば城下町がある!! そこには医者もいるはずだ!!
「行くぞ」
見えてしまってからはそこに一直線に進むのみだ、だんだん細かいところが見えてきた。あれは、旗か? 旗だと!?
「どこの旗だ?」
我が家がどこかの国家と敵対しているということはないはず、とはいえどこで怨みを買っているかなんて分かりゃしない。好戦的なとこだった場合は家の人間と戦争をしていた可能性がある、もう少しで判別が着きそうなんだが。
「羽の付いた盾、そして中心に丸印。盾王の傘下の街か、それなら大丈夫そうだ」
盾王、そう呼ばれる王がいる。噂でしか知らないが戦争を嫌う温厚な王らしい。そこならわざわざ俺の家と戦争していたことはないだろう。
「良かった、そこに降りよう」
城門らしきものの少し前で地面に降りる、あんまり空を跳ぶ人間はいないから目立ってしまう。変に目立つ奴を親切に通してくれるお人好しばかりが門番じゃない事くらいは分かる。
「さて、通してもらえると良いが」
今の俺の状態を確認しよう。怪しいところは極力減らしていかないといけない。
「まあ、腕だよな」
他はまあ誤魔化せる範囲ではある、腕だけ木だもんな。それをどう説明するべきか。普通に義手ですって言えば通るか? 時間も無い、それで言ってだめなら別の手段を考えよう。
「ん? お前は……何の用だ」
「この中に入りたいんです、この子の治療をしたくて」
まずは正直に話してみよう、それで何か言われたら対応する。
「通行手形を見せてもらおう、商人か? 職人か? それとも兵士か?」
「通行、手形ですか」
「ああ、その反応だと持っていないか。それだと通すのは難しいな」
「でも、この子の命がかかっているんです。どうにかなりませんか」
「どうにかといわれてもな、その獣は何か聞いても良いか? 鳥のようだが」
「白いカラスです」
「なるほど、白いカラス……しろいからす!!?」
「あ、はい、そうですけど」
「今すぐ入る許可をする!! 一刻も早くその護鳥(まもりどり)を治療しなければならない!!」
「まもりどり?」
「ああもう!! 説明はいい!! 俺についてこい!! 今すぐに治療できる医者まで案内してやる!!」
「あ、ありがとうございます」
「さあ行くぞ!!」
ちょ、この人足早いな。
「こっちだ!!」
「はい」
街の景色も見られないままに門番についていくと、大きな建物の中に入っていった。立派な門を躊躇なく開けて大声で医者を呼んでいるようだ。
「手が空いている医者は皆出てこい!! 護鳥が負傷されている!!」
建物の中にいた医者らしき人が大慌てで出てきた、服装が少々乱れているところを見ると休憩中だったのかもしれないな。そんな中呼び出して悪いとは思うが、この白いカラスの治療をしてもらわないといけないから仕方ない。
「な、なんだって!? 護鳥だって!?」
「そうだ!! 見ろ!!」
「ほ、本当だ。初めて見た」
「治療をお願いできますか、今は私の力で応急手当をしていますがとても保ちそうにないんです」
「ああ、全力を尽くそう」
白いカラスを渡す。これで一安心だ、にしても護鳥ってなんなんだ。ああそうだ、縫合を解いておかないと。
「あんた、もしかして護鳥の止まり木なのか?」
「え?」
【護鳥】
盾と翼は分かたれず、数多の戦火を鎮めたもう。白き翼のカラスは3本の杖を持ちて地上を見下ろし、止まるべき木を選定した。選ばれし者よ、盾を持て、それは自らと自らの後ろに立つ者を遍く危機から救うだろう。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
止まり木
「すみません、知りません」
「まあそうだろうな」
護鳥も知らないのに、止まり木だけ知ってるわけはないもんな。名前からだけ推測するなら護鳥の使い手みたいな感じなんだろう。もしくは巫女的なやつか。
「止まり木というのは、まあ護鳥に選ばれた者の事だ。その、選ばれた者は英雄になるというのが大筋なんだが、お前は、違うような気がするな」
「はは、そりゃあそうですよ」
「でも、さっきの護鳥は確かに本物だったんだが」
「そもそも私は傷ついた鳥にぶつかられただけなので」
「あー、そういうことか。なるほど、得心がいった」
「分かっていただけてなによりです」
英雄っていうガラじゃあない、それでも英雄と並び立つくらいの強者にはならないといけないんだ。まだまだ足りないな。
「とはいえ、護鳥の命を救った事には変わりない。お前の滞在は許されるだろう。ようこそ、白盾(はくじゅん)の街へ」
「ありがとうございます、これで野宿せずに済みそうです」
「はは、それは良かったな。とは言えないかもしれないぞ」
「え、どうしてですか」
「いや、だってお前、金持ってないだろ」
「一応手持ちはこれくらい……」
「あー、やっぱりな。見覚えのない身なりからなんとなく察してはいたんだが、その貨幣は盾王の領地では使えないぞ」
まさか、経済圏が丸々違うのか。
「え、両替とかは」
「できねえなぁ、使えない金をわざわざ替えてくれる物好きな奴はそうそういねえだろうよ」
「……そうですか」
「まあ、今日の宿くらいは面倒を見てやっても良い。その後は自分で稼ぎな、稼ぎ口は紹介してやるからよ」
「ありがとうございます……頑張ります」
「はは、じきに慣れるさ。とりあえず今日はここで寝ればいい、明日になれば護鳥も元気になってる」
「分かりました……とりあえずもう寝ます」
「そうした方が良い」
ふー、先立つものはどんな時も必要か。冒険やら修行の前に金策をしなくちゃならないなんてな。それもまたやむなしだ。稼がなければ、明日の宿にも困る身になってしまった。
「あー、なんか、どっと疲れが、出てきたような、気が、する」
この、眠気、は、なんか、異常、な。
「嗚呼、汝は我が片翼となりて、悠久の空を」
「耳元で囁かれるとくすぐったいんだけど」
「ひぇっ!?」
おかしい、さっきまですげえ眠かったはずなのに、今は全然そんなことない。耳元にいた奴は俺が言葉を発した事によほど驚いたのか腰を抜かしたらしい。白い服を着た、白髪の女、白すぎて目がチカチカするくらいだ。誰だこいつ、寝込みを襲っていないから敵ではなさそうだが。
「な、ななな、なんで起きてるでしゅか!!」
「知らないよそんなの」
「ここは人間の夢に干渉できる存在しか認識できないはずなのに」
「ん?」
なんか、剣のアルカが震えている。この剣が今の状況を作り出したのか。いや、これどっちかと言えば殺気とか敵意に近い雰囲気を感じるぞ? これ、もしかしてアルカがこいつを敵認定してる?
「で、俺を眠らせて何がしたかったんだ。事と次第によっては、荒っぽい手段を取る事もあるかもしれない」
「え、違いましゅ。ちょっとした恩返しというか、ちょっとした運命の演出といいましゅか」
「……どういうこと?」
「じ、実はその、我は、先ほど助けていただいたカラスでしゅ、なーんていったら信じましゅ?」
「いや、無理がある」
「ははは、まあそうでしゅよね」
「じゃあそういうことで、起こしてもらっても良いかな」
「ああっ、待って欲しいでしゅ!!」
「えー」
「これだけは聞かせて欲しいでしゅ、飛べない鳥は無価値でしゅか」
「飛べない鳥?」
「そうでしゅ、走れない馬や泳げない魚と言い換えても良いでしゅ」
「無価値、かもしれない」
「っ……そうでしゅか、汝も……そう思いましゅか……なら……もう……」
「それなら走る鳥になればいい、泳ぐ馬になればいい、飛ぶ魚になればいい」
「は、走る鳥!? そんなのデタラメでしゅ!!」
「できないことを数えるより、デタラメでもできそうな事を考えるほうがずっと良いだろ。それを実現しないと、とても届かない存在だっているんだ」
「汝の中にいるそれは、とてもつもない存在なんでしゅね……」
「ああそうだ、とても勝てない。それでも勝てるようになりたい」
「……走る鳥でしゅか、ふふ」
「笑うなよ……自分でも言ってて恥ずかしいんだから」
「ふふふ……本当に面白い。あ、これで本当に最後でしゅ。我の名を持っていって欲しいでしゅ!!」
「え、まだ何か」
うわ、視界が、ぐるぐるする、やば、これ酔う。
「うえ、気持ち悪い……最悪の目覚めだ」
頭がガンガンするし、吐き気もする、二日酔いか? 酒飲んでないのに?
「……? ヤタ・デシュ?」
なんだ、頭に直接ぶち込まれたような言葉の羅列。聞いたこともない名前だ、ん? 名前? なんでこれが名前だと思ったんだ?
「カァ!! カァ!!」
「うおっ!? なんだよ」
「おお、これが奇跡か!! さきほどまで生死の境をさまよっていたというのに」
「え、こんなに元気なのに」
「君がさっき呼んだんだろう? その護鳥の名を」
「え、ヤタ・デシュ?」
「カァ!! カァ!!」
「めっちゃつついてくるんですけど!?」
「元気な証拠じゃないか!!」
この医者……他人事だと思って……!!
【ヤタ・デシュ】
マジあり得ねえんでしゅけど、正気の沙汰じゃねえでしゅ、なにをとち狂ったら我の名前をそういう風に受け取るんでしゅか、耳を疑ったでしゅ、そんな奴とこれから一緒にいなきゃいけない我の身にもなって欲しいでしゅ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
雑用金策
「飛べなくなった?」
「ああそうだよ。傷の付き方が非常にまずくてね、片方の羽はもう動かないと思って良い」
「そう、ですか」
「とはいえ護鳥であることには変わりがない、大事にするんだよ」
「あ、はい……」
「カァ!!」
肩に乗ったヤタ・デシュが上機嫌に鳴いた。ここが自分の定位置とでも言うように。
「……護鳥は何を食べるんですか」
「ん? 食べないよ」
「食べない、となるとこの鳥はどうやって生きているんですか」
「そりゃあ、止まり木の生命力を献上しているに決まっているじゃないか」
「ふー、なるほど」
こいつ……転がり込んだうえに俺の体力を吸ってやがるとか、なかなかに図太い野郎だな。野郎かどうかは知らないけど。
「お? 起きてやがるな」
「ああ、門番の」
「稼ぎ口を紹介してやるって言ったろ。これを持って向かいの建物に入れ、そうすれば仕事を仲介してくれる」
「ありがとうございます、で。これはなんですか」
見たところ、カードのように見えるが。
「それは、登録証だ。ここらで働くにはそれが要る。本当なら結構面倒な審査がいるんだが護鳥のツレなら別に構わんだろう」
「本当に良いんですか」
「大丈夫だ、悪事しますってんなら話は別だが」
「しませんよ」
「ならいい」
訂正しよう、ヤタ・デシュは良い鳥だ。俺の体力を吸うくらいなら許すことにする。
「カッカッカッカ」
「笑ってやがる……」
人の言葉分かってんのか?
「さあ、早く行くに超したことはねえぞ」
「はい。ありがとうございました」
とりあえずいっちょ働いて見るか、思えば家では基本的に訓練漬けだったからまともに労働するのは初めてだな。
「すいませーん、仕事あります?」
「ああん? 仕事ぉ? そこに貼ってある紙から好きなもん持ってきな」
「あ、はい。そういうシステムなんですね」
壁には確かに色んな依頼の書いた紙が貼ってあった。できれば、そこそこの危険でリターンをがっぽりいきたいところだが。
「そんなうまい話はねえってな」
どれもこれも雑用だらけ、草むしりにどぶさらい、それにペット探しに失せ物探し、人捜しもあるか。一応高価な依頼もあるにはあるが、なんかもう怪しさ満点な内容だし。
「ん?」
これは、なかなか良いんじゃないか。依頼内容は「密猟者の摘発」らしい。鳥や獣を勝手に捕ってる奴らがいるらしいからそれをまとめてふん縛って欲しいとさ。他よりずっと高い報酬だし、それに経験にもなるだろう。
「どんだけ密猟者が強くても、あのデカブツよりは弱いだろうし」
「その依頼か。それは複数人でやる依頼だけど良いかい? 同じ依頼を受けている奴が3人いるよ」
「あ、そうなんですか。大丈夫です」
「そうかい、なら準備しな。依頼の日付は今日の夜だよ」
「分かりました」
「ちゃんと帰ってくるんだよ」
「はい」
荒っぽい感じかと思ったら、思ったよりも良い人が受付だったな。
「さて、夜まで時間が空いちゃったな」
特にすることもないし、また寝るのはもったいない。となると、するのは散歩くらいしかないか。
「町中でいきなり飛ぶわけにはいかないし」
この町を見て回るのも良いだろう、白盾の街っていうだけあって白い町並みは目新しくて綺麗だ。あと全体的に四角いシルエットが多いな。
「なにか、面白いものはと」
屋台とかはあるが、金がなぁ。
「あ、あの!!」
「ん? 俺?」
「はい!! その肩にいらっしゃるのはもしかして護鳥様では!!?」
「え、ああ。そうらしいな」
「初対面で、とても厚かましいお願いだと思うのですが!! 護鳥様の絵を描かせてはもらえませんでしょうか!!」
いきなり話しかけてきたな、見たところ絵描きの少年って感じか。
「別に良いが、金はないぞ?」
「むしろボクのほうが払いたいくらいです!! いえ、払わせてください!!」
「いやいや、貰うのは流石に気が引ける。そこでどうだ、屋台のメシを奢ってくれるくらいがちょうど良いと思うんだ」
「わっかりました!! 好きなだけお食べください!!」
「……もしかして、結構お金持ちだったり?」
「ハハハ、ナンノコトダカー」
「ああ、分かった。詮索はしないよ」
どう見ても叩けばホコリの出る感じの反応だったが、ここでこいつを問い詰めても何の意味も無い。
「じゃあ、お言葉に甘えていただきます」
「どうぞどうぞ、ここの屋台はどれも絶品ですよ」
さあさあ、美味そうなものを片っ端から買って貰ったぞ。今すぐ食べようじゃないか。
「カァ♪」
「なんだ嬉しいのか、そりゃそうだろうな。俺が食ったもんがそのままお前の栄養になるんだ」
「はぁ、はぁ、護鳥様がこんなに近くに」
うーん、食事の風景を猛烈にスケッチされている。奢られた手前それを咎めることはできないが、なかなかに居心地が悪いな。
「ああ、なんて美しい御羽、鼻血出そう」
「……あんまり無理をするなよ」
「へへ、無理なんてしません。ボクは今最高に幸せですよ」
恍惚の顔をしながら手が別の生き物のように猛烈に動いている。なかなかキモい。
「さあ、予算はボクが出しますから最高の一日にしましょう!!」
「ん?」
「日が暮れるまで逃がしませんからね!!」
「……引っかかっちゃいけない奴だったか」
【白盾の街】
大いなる盾に寄り添う小盾の1つ、白き盾の意味するところは汚れぬ誓い。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
真夜中の密猟者
「ようやく解放されたか……」
「カァ……」
ヤタ・デシュも疲れたようだ。ずっと見られ続けるっていうのはなかなかに疲れる。いや、中々どころじゃなく疲れる。
「いや、姉さんとラアには四六時中監視されてたようなもんだったけど。あれはこっそりやってたからそこまで疲れたりはしなかった、でもがっつり見られてるのはやっぱりな」
「カァ……」
なんだよ、その異常者を見るような目は。俺だって今思えばなかなかの環境だったと思うけど。そのまっただ中にいる間はそれが普通だったんだからな。
「カァカァ」
「今度は同情の目か」
羽でぽすぽすされた。ふわふわして気持ちいいじゃねえか。
「さて、この辺りが集合場所のはずだ」
もう人が集まっている、雑談しているところを見るとその3人は知り合い同士かもしくはチームなのだろうな。……1人だけ別グループの奴が混じるパターンか。
「どうも、シンです。今日はよろしくお願いします」
先制で挨拶をしてしまおう。変な空気になるよりは良いだろう。
「……っす」
「どーもー」
「はいよろしくー」
男3人で、身体のサイズ的には大中小って感じか。ん? なんか小さい奴には少し違和感があるな、もしかして男装か? よく見れば身体の線は細いし、それに、見覚えがある。見覚えがあるっていうか一旦気づけばもう他の奴に見えない。なんせ半日以上拘束されたんだからな!!
「……何してんだ? お前絵描きだろ」
「なんの、こと、っすか」
「いや、バレてるから」
「ぼ、俺はお前なんて知らねっす」
「ははーん、そこまで言うなら俺にも考えがあるぞ」
「カ?」
ヤタ・デシュを手に移して。
「食らえ!!」
「カァ!?」
「な!?」
羽毛でふわりとビンタをしてやった。俺が知ってるあの絵描きならこんなことをされたら大変なことになるはずだ。
「あ、ああ、あふっ」
はは、幸せそうな顔しやがって。これでもう言い逃れはしないだろ。
「……ずるいです、そんなファンサされたら耐えられません」
「お前が嘘吐くからだろう、後ろの2人は従者か?」
「……ボクの執事です」
「執事付きって……お前、貴族か」
「これ以上は止めておきましょう、ボク達が今のままの関係でいられるように」
「その言いようだとかなりの大物みたいだな」
「否定はしません」
つまり、ここで良いところを見せると依頼料に加えて貴族のパイプまで手に入るかもしれないって事か。これは俄然やる気が出てきた、とは言えない事情がある。貴族には俺の家の顧客も相当数いるから、貴族の間で話題にでもなろうものなら1発でバレる。そして、鬼か悪魔かという形相をした2人が追ってくるだろう。それに追いつかれたらジ・エンドだ。死を偽装してまで手に入れた修行の旅路は手放したくはない。
「まあ、頑張って密猟者を捕まえようぜ」
「はい。地獄も生ぬるい責苦で生きている事を後悔させましょうね」
「……随分強火だな」
「ははは、当たり前じゃないですか。美しい動物たちを勝手に捕まえる人類なんて皆滅べば良い」
真顔だー、これは本気で言っているやつだ。やっぱりこいつはあまり関わり合いになるべきではないな。この依頼のあとには会わないことにしよう。
「んじゃ、行こうか。灯りはつけるなよ」
「え、それじゃあ何も見えません」
真夜中に行動する密猟者が相手だ、灯りを持っていたら逃げられてしまう。それでどうやって人間を探すのかって思うだろうが。
「ちょっとだけ、手管があるんだ」
その正体は桜腕を拡散させて伸ばすだけ、見えなければ直接触って確かめれば良いんだ。相当気味の悪い感じになっているだろうが、見えなければ気味の悪さなど問題ではない。
「それはそれとして、密猟者ってのはどういう所にいるんだ」
「ああ、それなら風下です。匂いでバレるのを防ぎたいものですから」
「そうか、はぐれないように近くに居ろよ」
風下のほうに向かって進んでいく、暗闇に静寂、密猟者なんてホントにいるのか疑わしくなってきたな。人の気配も後ろのやつら以外にはないし。
「……ん?」
妙な気配がする、ような。だが前でも後ろでも。
「上か!!」
桜腕を伸ばしたまま上に向ける、枝分かれした腕が一気に頭上の空間を叩く。
「ぬぁっ!?」
「ぐぉっ!?」
2人か、早めに絡め取ってしまおう。
「待ちな、そこの妙なあんちゃん」
「……もう1人いたか」
「ああ、お前等を見ていたぞ。この女の首がぽとりと落ちるのと、あんちゃんが俺を倒すのはどちらが早いかな?」
「あー、そういう感じ」
「ああ、武器を捨てて伏せろ。そうすれば解放しようじゃねえか。こっちだって命あっての物種だ、危ねえ橋は極力渡りたくねえ」
もしかしてこいつの固有能力は、隠れることがメインなのかもな。だから正面戦闘を避けているとみたが、どうかな。
「分かった、武器は捨てるよ」
ごめんな、アルカ。少しの間だけ地面に置くぞ。
「そして終わりだ」
「あがっ!?」
手を突いたらそこから桜腕を伸ばして真下からアゴを打ち抜いた。これで立ってくるならもう人間じゃない。
「ふぅ、密猟者なんてこんなもんだろうな」
【闇三羽】
俺たちゃ無敵の密猟屋♪ 闇に乗じて獲物捕る♪ 灯りもいらなきゃ元手もいらねえ♪ 夜中の狩りは実入りが良い♪ 誰にも邪魔をさせやしねえ♪ 邪魔する奴は肥料にでもなりな♪
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
白盾の領主の子
「密猟者も引き渡したところで、さようならだな」
これ以上、こいつと関わると多分面倒なことになるだろうし。俺の対人センサーが反応しているからな、こいつはヤベえ奴だって。何かに異常な執着を見せるやつは何処かしら破綻しているものだ、そういうやつに関わるとろくな事にならない。と、思ったけど姉さんとラァは例外か。
「ここで会ったのも何かの縁、ボクにもう少しだけお付き合いいただけませんか」
「嫌です」
「そこをなんとか!!」
「えー」
「もちろん報酬はお支払いします」
「いや、そう言う問題じゃない。少なくとも俺はお前が何者か分かるまではこれ以上の関わりを持たない。面倒毎に巻き込まれるのは御免だ」
「カァ!!」
「ほら、ヤタ・デシュもそう思ってるみたいだしな?」
自分の立場を明かす事を嫌っているから、大した用でないならこれで言いよどんで終わりだ、ここで踏み込んでくるなら何か重大な要件だろう。
「……ボクの名前は、ラウン・ホワイトシールド。名前でお察しの通り、この街周辺の領主の子だよ」
「で、その領主の子が俺になんの用だ」
「ボクに護鳥様を貸して欲しい」
「理由は」
「護鳥様がいないと入れない場所があるんだ、そこに行かないとボクの望みが叶わない」
「それは、お前が次の領主になるために必要な事か」
跡継ぎ争いに荷担するのは嫌だぞ、そういうのは身内だけでやってくれ。
「違う。これはボクがやりたくてやっているだけの事で家は関係ない」
「そうか、それでお前の望みっていうのはなんだ」
「卵が欲しいんだ。護鳥様の卵が」
「え? 卵泥棒?」
「なんでそうストレートに言うかなあ!!」
「だって、そうだろう」
「そうですけど!!」
なんとなく魂胆が読めてきたな。
「つまりは、自分の護鳥が欲しいから卵の時から育ててしまおうってことだろう?」
「な、ボクの極秘計画をなんで!!」
「そりゃ分かるわ」
「それを知られたからには協力を得られずに返す訳にはいかなくなりました。護鳥の捕獲はあまり褒められた行為ではありませんから」
ラウンが右手をさっと挙げると、周りに私兵のような感じの奴らが集まってきた。うーん、余計な事言ったな。これで私兵をなぎ倒したら多分お尋ね者だし、そうじゃなくても追われる身になるというわけか。協力以外の道がほぼ断たれたな。
「分かった分かった、手荒な真似はやめてくれ」
「そちらの護鳥様をこちらに」
「いや、俺がその場所に同行しよう。このヤタ・デシュは飛べなくてな。それに俺からあまり離れると死にかねない」
「……なるほど、護鳥様の命が脅かされるのは本意ではありません。貴方が同行することを許します」
許します、か。生まれながらの支配層らしいところが表に出てきているな。こういうところも含めて名前を明かしたくなかったってことなのか。まあ、立場が分かってしまえばそれに相応しい振る舞いをする必要が出てくるのは理解する。
「で、今から行くのか。夜通しの依頼だったから疲れているんだが」
「分かりました。それでは明後日の出発とします」
「はいよ」
「では、ボクの持っている家に来て貰います。逃げられてはたまりませんから」
「ま、そうなるか」
これで放免してくれるかもなー、なんて希望的観測をしていたけどダメだったか。逃げても追われるだろうから逃げる気はなかったけどな。
「着いてきてください」
そうして連れてこられた場所はなかなか快適そうなアトリエだった。
「ここです、好きに使って貰って構いません。ですが、どこかに行く場合はボクに報告を」
「分かった、勝手にいなくなったりしないよ」
「お願いします。無理を言っているのは分かっていますから、不自由はさせません」
「そうしてくれると助かる。ふわぁ、とりあえず寝ても良いか?」
「どうぞ、中にベッドなどありますので」
「ああ、助かる」
あ、一気に睡魔が来た。あれ、こんなの、前もあったような……
「馬鹿でしゅか!!」
「うおっ!? なんだお前か」
目の前にいるやつの事を今まさに思い出した。
「あんな奴の言うことを聞いているのは百歩譲って良いとしても、どーして我の名前を間違えているんでしゅか!!」
「名前?」
「我の、名前は、ヤタでしゅ!!」
「だから、ヤタ・デシュだろ」
「ヤ、タ、でしゅ!!」
「だーかーらー」
「あー、もう話になんねえでしゅ。これもおいおいすり込んでいくとして、本気で卵を取りに行くのなら覚悟して欲しい事があるでしゅ」
「なんだよ、覚悟って」
「我はそうでもないかもしれないでしゅが、本気の同族はとんでもないでしゅ。卵を奪うなんていう蛮行を許されるとは思わないことでしゅね」
「俺、死ぬんじゃね?」
「精々頑張るでしゅ。でも、我を排斥した同族に痛い目を見せてやれるなら少しはスカッとするかもしれないでしゅ」
「排斥?」
「あー!! あー!! 何も言ってないでしゅ!! お目覚めでーしゅ!!」
「あ、お前!!?」
目が覚める。
「……何か、警告されたような?」
【跡継ぎ】
ボクは、鳥を愛でていられればそれで良いんだ、それで、良いんだ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
白盾、白翼
「では向かいましょう、身体は万全ですか」
「ああ、まあな」
毎日警告されるから目覚めはあまり良くないが、身体に疲れが残っているような感じはしない。なら、大丈夫だ。気疲れに対する耐性なら、なんとか獲得している。
「それではこれを」
「目隠し……?」
「はい。これから向かう場所は本来ならばホワイトシールドの者しか入れない私有地ですから。場所の特定をされないためにこうする必要があるんです」
「……仕方ないか」
本当ならこういう時に素直に目隠しをされるべきではない。視界を奪われた後に好きにされる可能性は何時だって存在しているからだ。今は桜腕を仕込む時間があるから、対策が可能だ。
「ほらよ」
「ありがとうございます。今から馬車に乗ります」
ラウンに手を引かれて誘導される。それなら馬車に乗ってから目隠しをしても良かったんじゃないかと思ったが。その場所に行くための馬車すらも特別製なのだろう。
「段差がありますので気をつけてください」
「はいよ」
馬車、と言うわりには生き物の気配がしないな。
「おっと」
わざとよろめいてみせる、ここで何かに触れて使い方が分かればこの馬車がなんなのか分かるんだが。
「シンさん!?」
「すまん、足下の把握が甘かったようだ」
これは……なかなか、御者もいらない少人数用の自動運転馬車か。場所を設定した後は2点間を全自動で移動するもののようだ。馬も魔法具だ、こんなもんを自分の一存で使える環境とは恐れ入った。
「では行きます」
滑り出すような動き出し、本来の馬車は相応に揺れるものだがそんなものはなかった。こりゃあ、快適だな。俺も欲しい。
「あの、着くまで無言というのも何なので。お話しませんか」
「そうだな、暇は良くない」
そこからは、他愛ない会話が続いた。好きな食べ物、名物、絵のこと。俺もラウンもなんとなく察しているのか家族の話は一度も話題にはならなかった。
「……着きました。ここがホワイトシールドと護鳥が約定をかわした白の渓谷です」
「目隠しとっても良いのか?」
「はい、もう大丈夫です」
「目隠しからのこの光景は目に悪いな、チカチカする」
渓谷と言うだけあって、まあ谷なんだけど。白いんだ、白すぎてめっちゃ眩しい。谷の間にある川も光を反射して余計に眩しい。
「慣れてもらうしかありません、この先に護鳥様の巣があるのですから」
「……分かった」
少しずつ慣れてきた、あんまり長居はしたくないが。
「この岩の先からが護鳥様の領域です。ボクではここから先に行けませんでした、きっとシンさんなら通れるはずです」
「通れないようには見えないが、何か壁でもあるのか」
「結界です、護鳥様が貼っているのです。これを見てください」
ラウンが小石を拾って投げる、すると虚空にぶつかって弾かれた。
「結界ね、これ俺なら通れるのか」
「恐らく。家の古文書には護鳥様と共にある者は拒まないと」
「じゃあ、やってみるか」
結界がある場所に向かって歩いて行く、そのまま胴体でぶつかるのは怖いから桜腕を伸ばしてみるか。
「なーんもねえ」
普通に通れた、結界なんてないかのように。
「おお!! やはりボクの考えは正しかった、今からボクも行きますから離れないでくだっ!?」
「……顔面からいったけど大丈夫か」
「いたた……なんでぇ?」
「そうだな、俺が通れるのはヤタ・デシュとつながってるからとすれば、そもそもつながりのない奴は普通に入れないんじゃないか?」
「なんて、ことだ、ここまで来て!!」
「まあ、ダメ元で試してみたい事があるけど。やるか?」
「お願いします!!」
じゃあ、しますか。おんぶ。
「あの、これって」
「密着すれば良いかと思って」
「……恥ずかしいんですけど」
「まあ、まあ、ここを抜けるまでと思って」
これでラウンだけが弾かれたら出直しになる思うが、俺の考えは正しかったようだ。
「通れた……!!」
「良かった、これなら俺が来た意味もあったな」
「はい!! ありがとうございます!!」
テンションが上がったラウンが俺の背中から降りる、瞬間俺の背中に冷たいものが走る。このままだと、何か致命的な事が起こるような。
「避けろ!!」
「え?」
何かは分からないがラウンを抱えてこの場を離れる。
「な、なんだこれ!?」
さっきまで俺たちがいた場所に何かが飛んできていた、地面に突き刺さっているのは純白の羽。どう見ても当たっていたら痛いでは済まない。
「つぅ……!?」
「大丈夫か!!」
「すみません、足を……」
ラウンの足に羽が刺さっている、避けきれなかったか……これはもう。
「うん、今日は帰ろうぜ」
「だ、駄目なんです!! 今日を逃したら、間に合わなくなるんです!!」
「ええ……でも怪我したしな」
これを無視して死んだら元も子もない。
「お願いします、ボクを連れていってください。この通りです」
「貴族階級がそこまでするか」
地べたに頭をつけて懇願するか、ここまでをするとなると引き下がろうと言っても勝手に行ってしまう可能性が高いな。
「俺と離れた瞬間に羽が飛んできた、ということはずっと俺とくっついていなきゃならないぞ。それでも良いのか?」
「何も問題ありません」
「……仕方ないな、案内は任せたぞ」
「古文書の内容は覚えています、任せてください」
ラウンは軽いから大丈夫だと思うが、これからずっとおんぶかぁ……
【白翼矢】
不届き者を誅する、純白の矢。これは領域を侵した者を迎撃・殺害するために遣わされる結界の意思である。これより先、白翼の加護なき者が生くる術なしと思え。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
バイス・フリューゲル
「いやー、マジでなんもないなここ」
「巣までは一直線ですから、別に回り道もありません。案内などと行ってしまった手前恥ずかしいですが、まっすぐ行けば着きます」
「それならそれで、いいんだけどさ」
楽に着けるならその方が良いに決まっている。苦難の道じゃなければ大きな収穫がないという思い込みは捨てるべきだろうな。まあ、俺の勘では卵にたどり着いてからが本番だろうからそこまでは楽をさせて欲しいと思う。
「あー、でっけえ巣だ」
木の枝を編んだような形だ、護鳥と言えども鳥は鳥。そういう定型からは逃れられないんだな。サイズは規格外だけど。
「これで卵がなければマジで無駄足になるんだけど……流石にそうはならないか」
普通に3つくらい卵があった。
「でも、でけえ。これ抱えるの中々骨だぞ?」
「持つのはボクがやりますから」
「重いのは俺なんだけど」
卵を抱えようとしたその時だった。
「やっぱり来るよな!!」
「カァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「ああもう想像通りのデカい護鳥だことで!!」
また空飛ぶデカい奴との戦いか、とはいえ今の俺にはスカイフィッシュがある。あるが、これ俺が戦わなきゃいけない場面なのか?
「汝、我が白翼の末席に座る者よ。何故我らの子を奪う」
喋るのかこいつ、いや、別にそこまで驚きじゃないな。鳥が喋っているのに? それが普通のような感じに思えている。なんでだろう? まあいいか。
「こ、この方は関係ありません!! ぼ、わたくしが無理を言って連れてきてもらったのです!!」
「なんだお前は、資格なき者がなぜここにいる」
「わたくしはホワイトシールドの末裔です!! お忘れかもしれませんが、かつてあなた方と約定をかわした者です」
「ホワイトシールド……そうか、あの者どもの血筋か」
「はい!! 一度は断たれた約定をもう一度結びに参りました」
「……まさかここまで厚顔だとは思いもしなかった」
「え?」
「ホワイトシールド、貴様等が我らにした仕打ちを知っているのならそんなことは口が裂けても言えぬはずだが?」
「そ、そんな、ホワイトシールドがなにをしたというのですか!!」
「無知は罪よな。だが、死にゆく前に教えてやろう。白翼とホワイトシールドの因縁を」
え? 今さらっと死にゆく前にって言った?
「そう、あれは3代前の長の頃」
えー、話が長かったの割愛します。要約すると、ホワイトシールドは金に目がくらんで護鳥を金儲けに使い始めたので鳥側がぶち切れて絶縁しましたとさ。なんともまあ、人間の愚かさというか汚いところが見事に出た話でしたとさ。
「いや、これはお前等が悪いって」
「そ、そんな」
「流石は我ら白翼の加護を持つ者。話が分かるな」
「ボクはそんな事、知らなかったんだ。ただ、鳥が好きで」
「自らの無知を知れて良かったではないか。では、失意を冥土の土産とするがよい」
崩れ落ちたラウンの頭目掛けてデカい羽が降り注ぐ。これを見過ごして俺が自由になるっていう選択肢も確かに存在する。その方が色々と楽かもしれない。でもなあ。
「目の前で死なれると悪夢を見そうだ」
軌道が見えてるなら俺でも切り払える、アルカのおかげだけどな。
「汝、何のつもりだ」
「こいつを守らないと街に戻ってからの寝床がないんだ。悪いけど殺されちゃ困る」
「ほう……ならば、我が白翼を空からたたき落として見せよ。さすれば命を助けてやろう、ただしそれをするのはそこの小娘だ。汝の攻撃は認めぬ」
「……ですって」
「ボクが……?」
「そうだ、汚れたホワイトシールドが今は違うと示すがよい」
「そんな、ボクができるのは絵を描く事と。この貧弱な盾を出すことだけ……それでどうやって!!」
んー、確かに小さい盾が出てきたな。それがホワイトシールドの能力ってことだろうけど、これじゃあ守れるものはそんなにないだろう。
「まあ、やれることはあるだろ。つかまれ、もう少しだけお前の足に……この場合は翼になってやる」
スカイフィッシュで複数人運べるかは分からないが、なんとかなるだろう。頼むぜスカイフィッシュ!!
「え、飛んで!?」
「内緒にしてくれよ? これを知られると面倒なんだ」
スカイフィッシュを奪う為に命を狙われるなんてのは御免だ、誰でも飛べる魔法具なんてものは実は相当ヤバいもののはずだからな。
「ほう、飛ぶか。良いだろう、我らが領域で戦うというのなら。そのおごりごと引き裂いてくれよう!!」
「やっべ、守ってくれ」
あの鳥めっちゃ早いな!! もともと飛んでる奴相手にするにはちょっと無策過ぎたかもしれない。
「え、そんな、ボクは」
「爪来たぞ!!」
「うわぁああああああああああ!!?」
金属音と馬鹿げた質量に押される感覚、こりゃ吹飛ばされるな。しかし、ラウンの盾は思ったよりもしっかり防いでくれたみたいだ。
「うぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」
「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!?」
ぐぅ、それでも、きりもみ状態にはなるか。お? どさくさでラウンの盾に触れたが、これは……
「ラウン、これ勝てるかもしれないぞ」
【バイス】
白き翼よ永遠なれ、白き谷よ永劫なれ、我らの翼こそ潔白の証。されど、かつての栄華は既に去り、緩やかに滅びゆく定め、白の領域は停滞の牢獄と化した。嗚呼、願わくば来訪者による変革がもたらされん事を。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
翼落とす黒
「シンさん!? どういうことですか!!」
「よく分からんけど、お前の盾の使い方はただ身を守るだけじゃないみたいだぞ!!」
まさか俺もこんなこと分かるとは思ってなかった、他人の固有能力まで【熟練工】の効果範囲だとは。
「何かをしようと言うのか? ならば我の力の片鱗も見せようではないか」
「片鱗? いてぇ!!」
なんか、目の前に見えない壁がある。
「これ……入る時にあったやつだな」
「左様、そもそもここを覆う結界は我らが力によるもの。ここから先自由に飛ぶことなど許さぬ」
「くそ、障害物競走かよ」
そこかしこに見えない箱みたいなものがありやがる、スピードが乗ったときに激突したら結構なダメージになるぞ。迂闊に動けなくなった。
「そして、当然このようなこともできる」
「嫌な予感……うぐっ!?」
箱が直接直接来たか、幸い一撃で死ぬようなものではないが。何発も食らえるものでもない。
「予定変更だ、早く覚醒してくれ」
「無茶を言わないでくださいよ!!」
「いや、早くどうにかしないとまとめて死んじまうぞ」
「く……!!」
お、箱を防いだか。まぐれかもしれないがありがたい。
「その意気だ、頑張ってくれ」
「頑張るにも限度があります!!」
「そう言うな、やればでき、ぐあっ!?」
腕に見えない箱が激突した、まずい、握力が死ぬ、ラウンを、落とす。
「あ、落ち」
「とどけぇえええええええええええええ!!!!」
桜腕をめいっぱい伸ばしてラウンを回収……する!!
「届いた!! すまん!!」
「あ、あぶ、死、死ぬかと」
この高さなら確実な死が待っていただろう、さすがに震えている。このままだと心が折れて戦闘どころじゃないか。なら、励ますしかない。
「少しくっつくぞ、嫌だろうが大人しくしててくれ」
「え」
こんな風に心が折れそうな時は、人肌と心臓の音が一番落ち着くらしい。少なくとも俺の知ってる2人はそうだった。それが当てはまるかは少し怪しいが、効いてくれると信じてる。
「落ち着け、音と体温だけ感じろ」
「え、え?」
「鼓動を聞け」
「あ」
よし、震えが止まってきたな。これで持ち直してくれるといいんだが。
「良いか、お前ならできる。できるんだ、いいか、できるんだ」
「でき、る」
「ああ、できる」
「ボクは、できる」
「そうだ、お前はできる」
「ボクは!!」
「うおっ、びっくりした」
いきなり大っきな声出すなよ……びっくりするだろ。
「できる!!」
「お、おう」
あれー、なんか目がぐるぐるしてる。変なスイッチ入れちゃったかな……
「何がホワイトシールドだ!! ボクの色にしてやるよ!!」
「え? 自分の家全否定なの?」
あ、でも盾に変化が。
「コレがボクの盾だ!!」
「絵の具を乗せる台みたいになったな」
「……ほう」
え、でもあれ盾か? 1発で壊されそう。
「クリムゾン」
赤色が正面に塗りたくられた、なんで空間をペンキみたいに塗れているんだ? そういう能力なのか。
「そんなものはまやかしよ、我が羽に貫かれるがよい」
「信じるぞ」
「大丈夫です、ボクのクリムゾンは負けません」
羽が迫る、赤いペンキに突っ込み、そして。
「焼けた……」
「はい、ボクの盾はキャンバスです。色の意味をこの世界に定着させ護りとする。これがボクのホワイトシールドだったんです」
「そうか、強いな」
「シンさんのおかげです。ボクを、信じてくれたから」
「はは、照れくさい」
「さあ、落としましょう」
さて、ラウンの盾は未知数だ。本当にあの鳥を落とせるかもしれない。まあ、盾で攻撃するのは間違ってるような気がしないでもないが。
「ははははは!! その程度で我を落とすと言うか!! 己の非力を呪うが良い!!」
突っ込んできた! だが、これは好機かもしれない。打ち合わせなしの一発勝負になるが、うまくいけばこれで終わる。
「一発で決めろよ!!」
「シンさん……?」
桜腕をめいっぱい伸ばして視界をふさぐ、そんで俺は軌道からずれる。
「小癪、だがただの時間稼ぎよ」
「分かってるよ、止まりゃしないってことは」
「……1人?」
悉く桜腕を蹴散らされたが、俺の狙いには気づいていないようだ。
「さて、もう1人はどこに行ったかな」
「落ちたわけではない、ならばどこだ!! この空で自由に動けるはずもない!!」
「案外近くにいるかもしれないぜ」
「近く、まさか」
そう、腕に紛れさせたラウンは既に護鳥の背にいる。
「護鳥様、これで終わりです。ブラック」
「馬鹿な!! 我が、地に落ちるわけが!!」
黒く染まる羽、景色が歪むような妙な感覚、そして一気に自由を奪われる鳥。
「羽が、重い……!?」
「これではもう飛べませんね。お覚悟を」
「おのれ、おのれえええええええええええええええええええ!!!!」
そうして、白き大翼は地に伏せた。俺たちの勝ちだ
【白盾・色板】
白い盾はボクのキャンバスだった、好きでもなかったこの名前、好きでもなかったこの盾、今は違う。どんな色でも塗ってやろう、極彩色の盾で護りたいものはもう見つけた。ボクの翼はもう見つけたんだ、ボクは飛べる、どこにだって。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
早すぎる邂逅
「くぅ……まさか、我がこのような醜態をさらすことになろうとは」
「悪いな、1発芸で」
「だが、これで良いのかもしれぬ。この場所はもはや緩やかな滅びを待つのみ」
「カカカカカカカ!!!」
「こら、空気を読め」
なんだ、なんか良いこと言おうとしてただろ。ヤタ・デシュに空気を読めというのも無理な話か。にしても、いきなり爆笑なんかしてどうしたんだ?
「そうか……ヤタ、お前の見初めた男か。ならばこの結果は当然というもの、あらゆる阻みをなき物とするお前の止まり木ならばあるいは」
「何の話だ。さっぱり分からん」
「こちらの話だ、ただ共にあれば良い。さて、約束は約束だ。我は動けぬゆえ卵を持って疾く失せるがいい。直に結界も消えよう。古き白翼は消え、新たな翼に生え替わるときだ」
「……お前、このまま死ぬ気か?」
「我は長く生きすぎた、それだけのことだ」
「だからって……」
全身が総毛立つ、何かとんでもないものが近づいてくる感覚だけがある。でも、これは、まさか、こんなに早く。
「死神が来たか、ここはもう終わりだ。死に物狂いで逃げよ」
「ああ、悪いがそうさせてもらう。これはモタモタしていられる段階をとうに過ぎている」
「護鳥様、卵をいただいていきます」
卵を抱えたラウンをおぶって全速力でスカイフィッシュを走らせる、俺が出せる最高速だ。それでも外から来るものはもっと早い。なぜなら、それは。
パチッ、パチパチ、バヂッという特徴的なこの音は間違いない。
俺の知っている雷だ。
「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
護鳥のいた場所に特大の雷が落ちる。暴力的なまでの音と光が周囲を席巻していく。こんな出力の雷使いなんて1人しか知らない。
「なんで、デーレ姉さんが……!!」
「姉さん?」
「喋るな!! 舌噛むぞ!!」
いや、そもそも誰かに雇われていたなら護鳥の討伐に動くこともあるかもしれないが。よりによってこのタイミングか。
「運が悪すぎる、雷が落ちたところに姉さんがいるとすると。もう探知範囲内だ」
護鳥の討伐が目的だとすると、俺たちに目もくれない可能性はあるが。俺の生体電流を完全に覚えているであろう姉さんに捕捉されたことは致命的だ。追いかけられたらどうしようもない。どうする、今から何か手を打てるか。
「やるしかねえ。ラウン、上手いこと生き延びてくれ」
「え、どういうことですか!?」
「説明している時間はねえ、下手なことは言うな!!」
俺の全身を桜腕で覆う、そして1本の木に擬態する。こんなことでどうにかなるとは思わないが、それでも何もしないよりは良いだろう。
「え、ええ……もしかしてあの雷を撃った化け物がここまでくるんですか。あいたっ!?」
「だ、れが、化け物だ、俺の姉さんだぞ……次言ったら殺す」
「あ、はい、すみませんでした」
もう来る、あとは祈るだけか。
「パチッ、パチッ」
身体の表面で電気が弾ける音、姉さんが戦闘モードに入ったときの音だ。
「…………ねぇ」
「ひっ……!?」
間違いない、姉さんだ。でも、こんなにかすれた声は聞いたことがない。まるで毎日叫び続けて喉が壊れてしまったような……
「あなた、もう1人はどこに行ったの」
「ぼ、ボクは最初から1人でした。もう1人と言うのならこの卵じゃないでしょうか」
「ふぅん……そうなんだぁ。ところで、あなた、私と並んですごくちょうどいいくらいの身長で、とっても愛らしくて、とってもかっこいい人知らないかしらぁ」
「知らないです……そんなすごい人なら忘れるはずありません」
「そうよねぇ……そんな……すごい……弟が……いたのよぉ……」
「弟さん、ですか」
「そう……でももう……いないの……もう……いないの……」
「それは……残念でしたね」
「残念? そんなものじゃないの……もう……どうでもいいの……あの子がいない世界なんて……どうでも……でも……私は幸せにならないといけないから……お仕事だけはしているの……もう……褒めてもらうこともないけれど……もう……頭を撫でてくれることもないけれど……それでも……最期のお願いだもの……ね」
「……」
「ああ、ごめんなさい。貴方は無関係のようね、そう言えば依頼主のホワイトシールド卿に似てるわ。もしかして血縁かしら」
「はい、末席ですけど」
「そう、それじゃあ。お家まで送っていってあげるわあ。安心して、すぐに着くから」
「お願い、します」
「うん、それじゃあ掴まって」
「は、はい」
バチッ、という音を残して2人の気配は消えた。まさか完璧に誤魔化せるなんて。アルカからもらった腕は俺じゃないからか?
「カァ!!」
「なんだよ、俺を責めるのか?」
「カァカァ!!」
「俺はまだ姉さんに会う訳にはいかないんだ。まだ、俺は強くない」
「カァ!!」
「え? なんだ、手?」
ヤタ・デシュが生身のほうの手を見ろと言っているようだ。
「……」
手は真っ赤だった、すぐにでも姉さんに駆け寄ってしまいたい衝動を抑えるために握り込み過ぎていたのか。
「まだ、振り切れてないか……」
【雷神の嘆き】
流れども、流れども尽きぬ泉、塩辛く、そして苦い雫。失ったものはあまりにも大きく、かけられた呪いはあまりにも重く。どれだけの後悔をしても、どれだけの懺悔をしても、どれだけの代償を払っても、けして戻らない。雷神の嘆きが終わったとき、何が残っているのだろうか。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
雷は2度鳴る
「さて、飛んで戻るか」
とはいえ、ここがどこだか全く分からない。その状態で飛んでも何処に行けば良いか分かんないしな。このまま別の場所に行っちまうのも手か……
「とはいえ、これで終わりってのも。味気ないな」
なにより、あの謎の馬車を動かしてみたい。きっともとの場所にあるはずだ。
「あった。さぁ、弄らせてもらうぞ」
さてさて、これはなんか賢者の石の影を感じるが……
「んー、普通に動かせるな。別に賢者の石製というわけでもなさそうだ」
まあ、そう簡単にスカイフィッシュのようなレベルのものは手に入らないだろうな。こんなのぽこぽこあったらとんでもないことになるぞ。
「んじゃ、戻りますか。ラウンがどうなったのか気になるし」
素晴らしく快適な馬車の旅が始まる。
「一眠りするか、疲れた」
飛び回って、戦って、そんで姉さんに見つかりそうになって、盛りだくさん過ぎるな。しばらく白盾の街でゆっくりしても良いかもな。ホワイトシールドにも恩を売ったところだし、良きに計らってもらってもバチはあたらないだろう。
「ふわぁ……」
超眠い……やっぱしんどかったんだな……くう……ちゅう……せ……ん。
「この、浮気者!!!」
「なぁんで、いきなりお前に怒鳴られるんだよ。浮気もクソもお前にはなんの気もない」
「なんてこと言うでしゅ!! 事ここに至って言い逃れでしゅか!!」
「いや、何も至ってない」
「親に挨拶まで言ったのに!?」
「親!? もしかしてあのでかい鳥か!?」
「そうでしゅ!! 馬鹿な親がコテンパンにされるのは気分が良かったでしゅ!!」
「お前……思っててもそんなこと言うなよ」
「一応言っておくでしゅが、我らの親子関係は人間とは全く違うでしゅ。お前のだーいすきな姉との姉弟関係とも違うでしゅ。もっとドライで殺伐としてるでしゅ。端的に言えば我は捨てられたでしゅ」
「……なんかごめん」
「分かれば良いでしゅ。それと姉がだーいすきっていうのは否定しないんでしゅね?」
「は? 当たり前のことを言われて否定もクソもない」
「あ、手遅れでしゅね」
「なにが手遅れだって?」
「うるさいでしゅ。止まり木の性癖くらいドンと受け止めるのが度量というものでしゅから、見逃しましゅ」
こいつ……なんか生暖かい目で見やがって、さばいて焼き鳥にしてやろうか。とはいえ、カラスの焼き鳥は不味そうだな。
「なんにせよ、大元の結界がなくなったおかげで我かかっていた枷もなくなったでしゅ。力を貸してやるでしゅ」
「ん? 俺も結界を出せるようになったのか?」
「違うでしゅ、我は突然変異体の特別製でしゅから。閉じ込める結界ではなく、すり抜ける力をもっているでしゅ」
「すり抜ける力……?」
「そうでしゅ、まあ簡単に言えば壁抜けとかができましゅ」
「……それは、まあ、色々と悪さができそうだな?」
「その代わり、1つ抜けるたびにすげぇ疲れるでしゅ」
「代償か……疲れるのにも限度があるよな」
「そうでしゅね……今の止まり木なら、壁2枚で動けなくなるでしゅ」
「消耗が激しすぎるな」
「宿り木は我よりずっとおおきいでしゅから仕方ないでしゅ。大きい物を通せば消耗も増えるでしゅ」
「なら、腕とかだけなら?」
「それならまあ、ある程度融通は利くと思うでしゅが。腕だけ通してどうするって言うんでしゅか」
「ま、やりようは色々ある」
できる事が増えれば選択肢が増える、それがどんなものであろうと使い道は存在する。
「ひっ!? なんか来るでしゅ!?」
「なんかってなんだ!?」
「分かんないでしゅ!! でも、凄い勢いで向かってくるでしゅ!!」
「この空間は夢の中だろ!? そこに入ってくる奴って誰だよ!!」
「だから、分からないって言ってるでしゅ!!」
肌がピリピリする、これは……!!?
「うそ、だろ」
「……」
「デーレ姉さん」
「……」
「分かるよ、怒るのは当然だ。俺は確かに死んだように見せた、それに関して俺は何も言えない。姉さんにどんなに謝っても許されない真似をした。でも、俺はここで連れ戻される訳にはいかない」
勝ち目は薄い、だが、諦めるには早すぎる。姉さんの知らない手札をフルで使って逃げおおせるんだ。さあ、今までで一番辛い戦いだ。
「……zzz」
「寝て、る?」
「そ、そりゃそうでしゅ。ここは夢なんでしゅから寝てるに決まってるでしゅ」
「その割には焦ってただろ」
「う、うるさいでしゅ!!」
「しかし、なんで姉さんは立ったままで寝てるんだ」
「弟が分からないことを我が分かるはずないでしゅ」
「……シン……ちゃん……?」
「っ!? 起きるのか!?」
「起きねえでしゅ、何かを察知して無意識で割り込んできたようでしゅが。ここに入ったからには我の許可なしで覚醒することなんてねえでしゅ」
「そうか、なら……」
寝ている間に謝るのは卑怯だからしない。それでも、頭を撫でるくらいは……
「うわ……寝てる姉の頭を撫でてるでしゅ」
「今はこれくらいしかできないから、ただの自己満足に過ぎないのは分かってる」
「まあ、分かってるならいいでしゅ。それで救われた気になるのはお門違いでしゅからね」
「厳しいな」
「我は締めるところは締めると決めているでしゅ」
「そうか……これからもそれで頼む」
「そろそろ起きる時間でしゅよ」
次起きた時にはもう、馬車に乗った場所に戻っているだろう。にしても起きると記憶がぼやっとするのはどうにかならねえかな。
【自動馬車】
最高級の魔法馬車であり、速さと快適さは他の馬車の追随を許さない。ただし、登録した2点間を移動することに特化しているため場所の設定をしなければ動かない。
鉄の馬は、肉の馬を凌駕した。だが、信じられるだろうか。鉄の馬を凌駕する肉の馬がいるという。鉄の馬はその馬を参考にして作られたとまことしやかに囁かれている。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
雷の眠る間
「……ふわぁ」
よく寝たな……何か良いことがあったような気がするんだけど……よく覚えていない。でも、手に何か懐かしい感触があったような……?
「分からねえ……ぼんやりとした……ものだけがある」
分からないことを考えていても仕方がないな。
「っと……周りを見る限りではラウンのアトリエに戻ってきたようだ。前みたいに出てきたら即連行って事もなさそうだな」
とはいえ念を入れて情報収集したい。桜腕を接地させられればちょっとした索敵ができるが、馬車の中からじゃなあ……
「カァ!!」
「……なんだよいきなり? ん……? すり抜け?」
なんだ、馬車の床を抜く? 何言ってんだ【熟練工】
「……できんのかそんなこと」
俺の身体にそんな能力はない、はずだけど。
「カァ……!!」
「えー、できた……? なんで? 怖いわぁ……」
どうなってんのこれ、なんか床を水面みたいに貫通したんだけど。なにこれ、まあ良いか。とりあえず桜腕を接地面から展開して……周囲の様子を確認しよう、
「あー、何もいないな。びっくりするくらい」
「カァ」
「なんだよ、自分の手柄みたいな顔しやがって。もしかして、お前が何かしてんのか」
「カッカッカ!!」
「そっか、ありがとうな」
ヤタ・デシュを撫でてやった、ついばまれる事を覚悟していたが大人しく撫でられているところを見るとお気に召したらしい。
「じゃあ行くか」
馬車を降りてアトリエに入る。そこには困った顔をしたラウンと、俺が寝ていた場所で寝ているデーレ姉さんがいた。
「……なんで?」
「あ、シンさん。少し前にいきなり寝てしまって、それでなんとかここに運んできたんです」
「いきなり寝るって、そんな持病とかないはずだけどな」
姉さんも疲れていたらしい。見る感じだと、しばらく起きることはなさそうだ。
「危なかった、全力で逃走するはめになるところだった」
「なにかしたんですか?」
「あー、そうだな。見つかったら確実に連れ戻される関係」
「家出……出奔ですか?」
「似たようなものだな」
「それなら一刻も早くここから離れたいですよね」
「まあ、ラウンが他に用がないって言うなら今この場で報酬もらってさようならって感じだ」
「本当にごめんなさい、こんな書状が届いていて」
うわー、これ見たことあるー。しっかりした造りの封筒に蝋印がくっきり、これって領主クラスが命令出した時に作るやつー。
「拒否権は?」
「多分ないです。ほぼ名指しレベルで呼び出されています」
「……逃げて良い?」
「止めた方がいいです、たぶん追われることになります」
「だよな……行くしかないか」
「あの、ボクからも早く終わるように取りはからいますから」
「頼む……!」
何日も拘束されたら流石に姉さんが起きる、そうなったら終わりだ。逃げ切るために頑張りはするが、遊びゼロの姉さんから逃げ切るのはまだ無理だろう。
「では、すぐに行きましょう。ボクも父に聞きたいことがありますので」
「え? 今?」
「当たり前です。行きますよ」
ラウンが早足で歩いて行くのでそれに着いていく、門の前とかで一旦止められたりはしたが基本的に全部顔パスだから早い早い。本当なら領主の前に行くまでは結構かかるはずなんだけどな。
「すげえな、止められもしないか」
「まあ、一応血縁なので。こっちです」
歩き慣れてるな。城の中って入り組んでるから分かってる奴が先導してくれると動きやすい。
「ここです、入りまーす」
「え、良いの」
「大丈夫です、父なので」
「……それでいいのかホワイトシールド」
「良いんですよ、この一帯で父に傷を付けられる人はほとんどいませんから」
そんなに硬いのか? 岩でできてたりして。
「父上!!」
「ん? 誰だ、無礼だぞ」
あ、なるほど、岩というか鉄の塊だ。鍛えすぎてシルエットがもうゴッツゴツだもの。少し凄むだけで相当な力量を持っているのが分かる。戦う王様系の人だな。
「なんだ、ラウンちゃんじゃないか!! 無事だったか!!」
「無事です、それよりもどうして護鳥様を殺す依頼をしたんですか」
「そんなの決まってるじゃないか、ラウンちゃんがどこの馬の骨ともしれないやつとあんな所にいくからだぞ。パパ心配したんだから」
「護鳥様とホワイトシールドはこの街の要です!! どうして自ら片翼をもぐような真似を!!」
「護鳥はもはや伝説なんだよラウンちゃん、今はホワイトシールドだけが要なんだ。万が一ラウンちゃんを失うなんてパパ耐えられない」
「だからと言って!!」
「ラウン」
身体……が、重い。ちょっと本気で睨みを利かせただけでこれか。
「これはね、難しい話じゃない。パパは護鳥よりもラウンちゃんのほうが大事だった、それだけなんだ」
「……では、これは喜んでいただけませんね。ボクはこの護鳥様と約定を結びます、もう一度ホワイトシールドと翼を並び立たせるために」
「それは……」
「護鳥様の卵です、ボクはこれを得るために行ったんです」
「そっか……それを言うってことはラウンちゃんも参加するんだね」
「はい。ボクはホワイトシールドの跡継ぎに立候補します」
「パパは、止めて欲しいな。跡継ぎを決める戦いなんで汚いだけだよ」
「それでも、ボクの夢を叶えるためにはそうしないといけない。今それが分かりました」
「決意は固いんだね」
「はい、ホワイトシールド卿」
「もうラウンちゃんとは呼べないか」
「はい、跡継ぎが決まるまでは」
「……分かった、で」
え、なんでこのタイミングで俺を見るの?
「そこの馬の骨とはどういう関係かな?」
「彼こそがボクの翼です!!」
「ふ~ん……?」
な、なんてこと言いやがる!!? 翼とかいう言い回しは知らないが、確実に巻き込まれる流れじゃないか、冗談じゃない!! ここにはそんなに居られないって言ったのに!!
「ホワイトシールド卿、私から申し上げることはないので帰って良いですか? ご息女の発言は私にとっても初耳でありますので冗談の類かと」
「まぁ、待ち給えよシン君。少しお話しようか」
少しは殺気を隠して対話に臨んで欲しい、これもう殺し合いする殺気のレベルなんだけど。
「謹んで、遠慮させていただきたく存じます……」
「まぁまぁまぁ……夕食でもどうだね」
領主直々の誘いを断るのは失礼にあたる、無礼打ちされる可能性を考えると……詰んだな。
「分かりました……ご相伴にあずかります」
「楽しい夕食になりそうだ」
最後の晩餐にならないことを祈ろう。
【アイゼン・ホワイトシールド】
固く、硬く、堅く、自らを鍛え上げた。授かった白き盾を十全に使うため、鍛え上げた毎日、十分な素質に十分な鍛錬。完成された肉体はもはや、並大抵のものは通さない。信頼厚い彼の側近はそんな彼を見てこう言った。
「もう盾要らなくないですか?」と。
彼はそれを聞いて大笑いした後にこう返した。
「要る、手加減にちょうど良いんだこれは」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
味がしねえよ
「さあ、乾杯」
「乾杯」
あー、円卓にすわってしまった。こんな圧の中で何を食っても味なんかしないっての。
「好きに食べると良い」
「ありがとうございます……」
肉も野菜も、魚もパンもまるで味がしない。きっと良いもんだろうに、もったいねえ。これならもっとリラックスして食いたかった。
「それで、シン君といったね」
「はい……」
「ラウンの翼と呼ばれていたが」
「実は、空を飛ぶ能力があって。それで護鳥相手に立ち回りまして」
「ほう? あの大カラスと、逃げおおせたのか」
「いや、勝ちました」
「……なかなか冗談が上手いな」
「事実です、あの卵が証拠になります」
「ラウン、盾を出しなさい」
盾? なんでそんなものを。
「……」
「形が変わっているな」
「はい、護鳥様と戦っている時に変わりました」
「盾の形が変わるのは、ある種の覚醒を意味している。お前にとってこの男は相当な意味を持つらしいな」
「この方がいなければ、ボクは今ここにいないでしょう」
「……命の恩人というわけか」
「はい、命を拾い上げてもらいました」
「……そうか」
圧が強いんだって、そろそろ手が震えてきそうだ。
「ありがとう」
「……?」
「この通りだ、家族を救ってくれて感謝する」
「あ、頭をあげてください!! ここで貴方が頭を下げることの意味はあまりにも大きい!!」
「それほどのことをしたのだ、どうか礼を受け取って欲しい」
領主に頭を下げられている状態はあまりにも居心地が悪い、というかあんまりこの状態を維持すると良くない。
「受け取ってもらえるだろうか」
「受け取ります、受け取りますから!!」
「そうか、では受け取れ」
は? 目の前、盾、飛んで、当た……!?
「あっぶ、ねえ!!」
「ははは、流石に避け……今当たってた気がするが」
「何をするんですか!?」
「いやなに、娘の恩人にホワイトシールドの真髄をお見せしようと思ってな」
「別に見たくないので帰っても良いですか!!」
「受け取るといったではないか」
「地獄の片道切符とは思いませんでしたよ!!」
「殺しはしない、すこし殴り合うだけだ」
「肉体言語は習得してないんですが!?」
「ははは、そろそろ次行くぞ」
さっきの一瞬で顔面だけすり抜けを使って回避を成功させた、問題はそのすり抜けで結構な疲労感が襲ってきていることだ。息があがる一歩手前まで来ている。
「今度は胴体だぞ、不可解な避けかたをもう一度するか?」
「盾は投げるものじゃないですよ!!」
「直接殴ると殺してしまうのでな、これでも一応手加減なのだよ」
「恐悦至極です!!」
もう一度すり抜けで避けても良いが、そうすると多分動けなくなる気がしている。だからこれは、別の手段で避けないといけない。
「さあ、どうする」
「うおらぁ!!!」
1つ目の策、桜腕による物量で押しとどめる。
「……冗談だろ!!」
盾が木を切り裂くな!! それは、身を守るものであって!! 丸鋸じゃないんだぞ!! 全然止まりやしねえ!! 尋常じゃない縦回転の暴力だ!!!
「さっきが面で飛んできたのに、線で飛んできてるせいで当たったら死ぬぞあれ」
では2つ目の策。アルカによる迎撃。
「うおおおおおおお!!! だめかぁ!!」
桜腕を最初に使ったせいで、生身の腕を使うことになった。全然パワーが足りない、弾かれた、
「クソ、こうなったら最終手段だ」
これを見せるのはひどく危険だが、当たるわけにもいかない。
「スカイフィッシュ!!」
わざわざ呼ぶ必要はない、これが道具のみの力だとバレるのを防ぐために咄嗟に思いついた苦し紛れだ。
「それがお前の翼か、良いだろう。次で終わりにしようか」
大きく体を捻る体制、手には盾、横薙ぎの一閃になるだろう。それなら上下に避ければそれまで。しかし、最後の一撃でそんなことをするのか?
「ぬぅん!!」
「で、デカすぎる!?」
手を離れた直後に巨大化した盾、面制圧をする攻撃から逃げるには屋内は狭すぎる。目の前に高速で壁が迫ってきているようなもんだぞ!!
「さあ、どうする?」
「……ぜぇ、はぁ、ぜぇ……これで、良いですか」
壁が迫っているなら壁抜けをすれば良いじゃない、と思ってやったらもう死にそうだ。心臓が跳ねまくり、息上がりまくり、これ以上の運動は死を招くと身体が言っている。
「……なるほど、不可解な動きも含めて実力ということか。すまなかったな、試すような真似をして」
「どういう、ことですか? 何を試していたのですか」
「お前にこれをやろう」
何だ? 投げ渡されたのは半分に割れた盾の紋章? これがなんだって言うんだ。
「それがあれば、盾王の領域内で入れぬ街はないだろう。旅をする身であれば垂涎の品だろう?」
「も、もったいなきご好意痛み入ります」
「そんなに畏まらずとも良い。お前はもう息子のようなものだ」
「……?」
「ラウン、翼を背にできたなら。このホワイトシールドの名を継げるかもしれんぞ」
「っ!? は、励みます!!」
「ふふふ、孫はまだ早いからそのつもりでな」
「なんてことを言うんですホワイトシールド卿!!」
【半盾の紋章】
盾王傘下の場所であればオールスルーのETC状態となるすごい紋章。
割れた盾は分身を意味し、盾王の分身と同じくらい丁重に扱わなければならない客人に与えられるもの。裏にはホワイトシールドの名があり、他の勢力への牽制になる。娘の想い人が盗られぬためのおまじないでもある。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
神鳴り
ゴロゴロ……ピシャァアアアンン……!!
ホワイトシールド卿が血迷った事を抜かし始めたと思ったら、近くに特大の雷が落ちた。これはつまり、姉さんの目覚めを意味している。つまりタイムリミットだ。
「失礼ですが、時間のようです。私はこれ以上ここに居られません……それでは!!」
「あ、シンさん……」
「話はまた今度だ、姉さんが来る」
「待て、今から来るのは姉と言ったな?」
「あ……」
「お前、あの一族の人間か」
「では……!!」
ばれたか……どちらにしろ今はスカイフィッシュで全速力、これ以外ない。
「待て、お前にも訳があるのだろう。隠れて居るが良い」
「でも、ホワイトシールド卿……相手はあの」
「雷神なにするものぞ、我が盾の前に追い返そうではないか」
姉さんは図抜けている、それでもホワイトシールド卿なら、そう思わせる凄みがこの男にはあった。姉さんが負けるところは想像もできないが、追い返すことくらいなら。
「……良いんですか」
「良いと言ったぞ」
「……すみません」
「なに、未来の息子を助けるためなら」
「……それは聞かなかったことにします」
「あー、古傷がー、いきなり痛み出したー!!」
「聞こえてましたー!!」
「ならば良い。しらばっくれるのは許さないぞ」
「……選択を誤った気がするなぁ」
隠れてろと言われたので、桜腕を使って身を隠す。一度は欺けたこの手段でも、もう一度いけるのかは定かではない。
「来たか」
轟音、ここまでの音と振動は俺も知らない。見たことのない姉さんの本気なのか。
「……ホワイトシールド卿、このような不躾な真似をしまして誠に申し訳ありません」
「何、貴殿がそこまでして来るのだ。何か重大な要件があるのだろう」
「はい。我が家名にかけて問わせていただきます」
家名にかけて問う、これは嘘偽り即デストロイという物騒な前置きだ。とても領主に向けて使うものではない。
「では改めて聞こうではないか、デーレ・ビクトリウス」
ビクトリウス、それが家名だ。傲慢にも勝利を意味する言葉を家名にした先祖のセンスに物申したいところはある。
「私の、わたしの、せかいでいちばん、だいじな、おと、おとうとを、しりませんか……?」
「貴殿、なんて顔をしている。今にも死にそうではないか」
か細い声、鼻をすする音。見なくても今の姉さんがどんな顔をしているかは分かる。目にいっぱい涙を溜めて、触れば砕けてしまいそうなほど儚げなのだろう。
「なまえは、シンです。いま、さっきまでここに、ここにいたとおもうんです。どうか、どうか、なにかしっていることがあればおしえてください……!!」
「貴殿の弟の事は知らぬ。だが、シンという名前の男ならばこの白盾の街に来ていた」
「本当ですか!!」
バチッという音、これは姉さんが移動した時の音だ。今はホワイトシールド卿に詰め寄っているに違いない。
「いつですか!! どこですか!! 教えてください!! 早く早く!!!!」
「そんなに急がずとも教えよう、ビクトリウスを敵に回すほどの余裕はない」
「あちらにある黒盾砦を超えていくと言っていた、そこから先は知らん」
「ありがとうございます!!! それではシンちゃんを迎えに行かないといけないので!!!」
またしても電気が弾ける音。姉さんの気配が消えた。
「出てきても良いぞ」
「……はい」
会話だけで追い返したか。これがホワイトシールド卿なんだな。こっそり脳筋だと思ってた。
「……お前も酷い顔をしているな。先程の姉にそっくりだぞ」
「姉弟ですから」
「奥歯が砕けそうではないか、そんなに辛いなら姉に居場所を明かした方が良いのではないか」
「姉は、外に出ようとする私の半身を麻痺させてまで止めようとした人です。今捕まれば、私は2度と自由は得られないでしょう」
「う、麗しき家族愛もそこまで来るとなかなか強烈だな……」
「それはまあ置いておいて、ありがとうございました」
「良いのだ。聞いていたと思うが黒盾砦には行かない方がいいだろう。目指すなら、反対方向の赤盾灯台に向かうと良い」
赤盾灯台、なんでそんなところに俺を誘導しようとしているんだ。何か魂胆があるのか?
「あの、赤盾灯台には何があるんでしょうか」
「ん? なあにひとっ飛びして届けてほしい密書があるんだ」
「今密書って言いました?」
「言ったぞ」
「それを聞いた私は?」
「密書届ける以外の選択肢はないな」
「拒否すれば?」
「もちろん、こうだな」
首を刎ねるジェスチャー、命はないってことね。
「まあ、これくらいはしてもらってもバチは当たるまい」
「密書を届けたら戻ってこいなんて言いませんよね?」
「ん? その先は好きにするといい。ラウンを連れて行けとも言わんさ」
「分かりました……姉さんをいなしてもらった恩を返します」
ラウンがこっちを見ているが、何も言わないなら俺はこのまま去ろう。報酬はもう貰ったし、これから跡継ぎ争いをする奴がここを離れるわけにもいかないだろう。
「シンさん」
「なんだ?」
「ボクは、ホワイトシールド卿になりますよ」
「ああ、応援してる」
「ホワイトシールド卿になったら、ボクは我慢しません。あなたの姉も何もかも気にしません。あなたをボクの翼にします」
「俺を移動の足にしたいのか……!?」
「違います!! そういうことではなく!!」
意味はわかっている、それでも今ここでは茶化すくらいでちょうどいいだろう。俺がどうなるかなんて分からないんだ、傷は少ない方がいいよな。
「スカイフィッシュ!!」
さあ、飛んで行こう。
【密書】
ひみつのおはなしがかいてあるひみつのてがみ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
赤盾灯台
「部外者に密書なんて渡すもんじゃないぞ……全く」
指示された方角に飛んでいくと、一目見たらわかる大きさの塔が2本建っているのが見えた。
「2本?」
灯台を同じ場所に2本建てる意味があるのか? 予備……なわけないしな。
「となるとどっちが赤盾灯台なのかって話になる」
いやまあ、なんとなく当たりは付いている。だって。
「こっちの塔赤いしな」
これでもう一本が赤盾灯台だったらなかなか以上に紛らわしい景観だ。
「カァ!!」
「なんだ?」
ヤタ・デシュがバタバタと動いている、何か伝えたいことがあるっていうのか?
「なんだよ」
顔を横に向けた瞬間、何かが頬をかすめた。
「あつっ」
熱を感じる、攻撃か!?
「何か飛んできたのか!?」
位置が捕捉されたとなれば、このまま飛び続けるのは危険だ。一旦降りて射線を切らなければ俺の命はない。
「カアッ!」
「次が来たか」
どこから撃ってきているか分からない、壁抜けを切るには早すぎる、となれば
「やっぱり真下だ」
急降下で攻撃を躱す、そして近くに隠れられそうな岩場を発見した。ひとまずここに隠れよう。
「俺なんかしたか……? それとも未確認飛行物体絶対撃ち落とす協会の方なのか?」
頬の傷は深くない、顔を背けた時に当たったのと傷の角度で射角を。
「割り出せるわけねえよな」
そんな超絶的頭脳があったらこんな苦労をしていない。ひとまず桜腕で傷を癒すか。
「地面から直で何かを吸い上げているけど、何を吸ってるのかは分からないんだよな
そう思うと少し怖くなってきた。もしかしてこれやり過ぎるとどんどん身体が木になってしまうとか。
「まあ、それならそれで」
それはそれで何かやりようはあるだろう。
「今は射手をなんとかしなけりゃいけないか」
頭を1発で狙ってくるところを見ると、狩人の線が強いな。殺すだけならまず手傷を負わせて確実にやる、即死させて不必要な傷を残さないのは狩人のやり口だ。
「そんなことを推理したところで、別に対応策が出てくるわけでもないが」
桜腕の探知をしてみようにも、当てずっぽうで這わせて見つかるようなものでもないだろうしな。
「困ったぞ、赤盾灯台はもうすぐだってのに」
ん? 灯台がもうすぐなら不審者が攻撃されるのは当たり前か。灯台の上の方から見張ってる射手がいて、そいつが得体の知れない奴を攻撃したっていう流れじゃないか。
「俺の想定以上に索敵範囲が広かったわけだ」
こりゃ入る前にちょっと面倒なことになるかもな。
「ここにいても事態は好転しない、なら進むしかないか。ヤタ・デシュなら飛んでくる何かが見えるんだろ? 頼むぜ」
「カァ!!」
「いい返事だな、頼りにしてる」
間に合わなくて普通に頭を貫かれる可能性もあるが、それはその時だ。
「行くぞ!!」
走る、赤盾灯台目掛けて一直線に。
「うおぉおおおおおおおお!!!」
そして。
「おおおおおおおお……?」
何事もなく赤い塔の下まで着いてしまった。
「……なんなんだ? 本当に飛んでる奴だけ絶対撃ち落とすマンでも居たっていうのか?」
「どうした? 何かに追われているのか」
「いえ、ちょっと何者かに撃たれまして」
流石に何かを察知されたようで、門番の人が怪訝そうな顔をしている。
「……あんたこの辺りの人間じゃないね? 差し詰め空中浮遊の手段でも持っているんじゃないか」
「よく分かりますね、その通りです」
「死ななくてよかったよ、この赤盾灯台の横にある塔は人形工房っていう名前のダンジョンなんだ。登る形のダンジョンを飛んで攻略する者を撃ち落とす機能があるんだと」
「な、なるほど……どうりで影も形も見えない射手だなと」
「これからは気をつけることだな、それで通行証は持っているのか?」
「これを」
恐る恐る、ホワイトシールド卿から貰った通行証を見せる。すると門番が手に持っていた書類を落とした。
「も、ももも、申し訳ありません!! 来賓の方にとんだ御無礼を!!!」
「え? いや、そんな大層ないものじゃ」
「それは盾王様直々に発行されるものです、ご謙遜はなさらないでください」
「っ!?」
思った以上にやばいもの渡されてた!! こんなの持ってたら目立ってしょうがないじゃねえか!!
「しっ、静かにしてくれ。お忍びなんだ、分かるだろう? 普通に入れてくれたら良い、特別扱いはなしだ。良いね?」
「わ、分かりました。ではこちらに」
「ありがとう」
ふー、良かった。これで面倒なことに巻き込まれる確率が減った。危ない危ない。
「さあ!! 本日も始まりました!! 入塔許可を正式に得るのは何人なのか!! 品定めの時間でございます!!」
「え?」
「赤盾灯台名物、入塔デスマッチ開幕ぅうううううううううう!!!!!」
「え?」
【赤盾灯台】
赤き盾の意味するところは返り血、赤盾とは盾王傘下で最も好戦的な戦闘民族の集まりである。
彼らは巨大な灯台の内部に街を作り、自らの研鑽の場とした。
恐るるなかれ、たとえ野蛮であったとしても赤盾も盾の一枚、誇りと矜持を持つ者達である。たぶん。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
一階は闘技場
「信じられねえ……、なんで入るのに戦闘が必須なんだ」
「ん? なんだお前知らねえで来たのか。それなら早く帰った方がいい、ここは赤盾灯台。戦士の聖地のひとつだぜ」
親切なスキンヘッドのお兄さんだな、忠告だけでなく説明まで。
「ありがとうございます。でも、今更戻れないので」
「そうかい、何か背負ってんだな。細かいことは知らねえが、塔の中で会おうぜ」
「はい、お互い頑張りましょう」
広い円形の闘技場に数人が入れられている構図か、これなら周囲の壁が開いて猛獣が出てくるっていうのが定番になりそうだ。
「カァ」
「……下か」
ヤタ・デシュが下を見て鳴いた、このタイミングで無意味なことはしないだろう。なら、敵は下から来る可能性が高い。
「地面からなら、迎撃できるかもな」
桜腕を地面に突き立てる、根を思いっきり張ることで相手を見つけ出す。
「いた」
急上昇する振動を感じる、やはり下からか。
「出てこなくて良い、ずっと地中に居てくれ」
根で絡めて……
「あ、無理だ。下から来るぞ!! 防御しろ!!」
全然パワーが足りない、これは普通の獣じゃないな。何か特別な奴だ。今できるのは周りの人に危険を伝えて飛び退く事くらいだった。
「グモォオオオオオオオン!!!」
咆哮と共に姿を現したのは、熊と土竜を足したような謎の生き物。そのモグラグマが敵意を持ってこちらを見ている。
「こいつを倒せば良いのか」
未知数の相手に対してどう対応するか、様子見かあえての全力殲滅か、それは意見が分かれるところになる。
「慎重に行くか」
俺の間合いは近距離じゃない、モグラグマは明らかにパワータイプ、なら距離を取って小手調べをするのがいいだろう。
「お前が赤盾の悪魔か!! この時を待ってたんだ!!」
1人が斧を振りかぶって突撃する。すごい度胸だと思う。できればあいつが実力者で、一撃で終わらせてくれれば良いんだけど……
「グモッ」
「ぐわああああああああああああ!!?」
「おーっと!! 1人がなぎ払われました!!」
ダメだったか……右腕でなぎ払われてしまった。壁まで一直線に飛んでいったのを見るともう戦線復帰はできないだろう。
「くっ、やられたか!! だが、まだこれからだぞ」
「おうっ!!」
良かった、これで戦意喪失されていたら護りながら戦うことになるところだった。誰かを護りながら戦うなんてことは経験がないから困る。
「前衛は任せます、俺はここから攻撃を」
「何言ってんだ!! 遠距離攻撃ができるようなもの持ってるのか!!」
「これです」
「剣じゃねえか!! どうするってんだ」
「こうします」
アルカを抜き、刃を伸ばす。
「気持ち悪っ!? なんだその剣!!」
「家宝です」
「家宝か……なら仕方ない」
咄嗟に家宝と言ったら、通じてしまった。これからアルカの説明をするときは家宝ですと言って通す事にしよう。
「これならここからでも届きます」
【熟練工】の導きに従ってアルカを振るう、横薙ぎに向かって振るうと巻き込んでしまうから縦、もしくは突きが良いだろう。
「食らえ!!」
選んだのは突きだ、正面から貫いてしまうのが最も速い。それに縦振りをしている間に距離を詰められるのは避けたい。
「グモオン!?」
「刺さった、あれ?」
当たった、当たったのだが、抜けない?
「あ、まずいですねこれ」
「グモオオオオオオオオオオオオオン!!」
「ぐっ!?」
身体の中に残った刃が、引っかかって、抜けないのか、パワーの差で、振り回され、る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」
「グモオオオオオオオオオオオオ!!!」
「おーっと、妙な武器を使ったが効果は薄いか!!」
実況がうざいな!!
「手を離せ!! そのままじゃ引きずられるだけだぞ!!」
「アルカを、手放す?」
そんなことはあり得ない、そんなことをできるはずがない。
「これでいい、ここから一手であいつは倒せるんだ。動きを止められれば」
ふんばれ、桜腕を伸ばしてアンカーにしろ、一瞬でも止まればそこから動ける
「くそっ、信じるぞその言葉!!」
各々が手に武器を持って、モグラグマに向かって行った。攻撃は命に届かずとも、気は散る。
「止まった!!」
足でしっかりと地面を踏む、桜腕で重量と筋力を補助。後はアルカを信じて、思いっきり振り抜くだけだ。
「切り裂けええええええええええええええ!!!!」
「グモオオオオオオオオオ!?」
刺さった場所からアルカが抜ける、その方向は上。傷口を広げながら真上に向かって飛ぶ。結果としてモグラグマの上半身が大きく裂けた、致命傷だ。
「赤盾の悪魔が沈んだぁああああああああああああああああああああああ!!!! 決着!! 決着ぅうううううううううううううううううううううう!!!!!!」
実況、本当にうるさいな。
【モグラグマ】
グモッ、グモグモ、グモモ、グモォオン!!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
2階は武器屋
「その剣ワシに預けてみないか」
「嫌です」
モグラグマを倒して、それでようやく塔の2階に登れたと思ったら。妙な老人に絡まれるハメになった。なんでアルカを預けないといけないんだ。持っていかれたらと考えると絶対に嫌だ。
「いや、ワシには分かる。その剣はまだ高みに昇れる」
「残念ですけど、そんな高みにいられると私が使えないので」
「そんな!! 宝を腐らせる気か!!」
「ははは、とにかく遠慮させていただきますね」
これでやり過ごせればよし、万が一アルカに触ろうとでもしたら。ちょっとどうなるかは保証できないかもしれない。
「いや、その剣はあんなものじゃ」
「……」
あと、少しだけ我慢しよう。
「だから、ワシが」
3
「そもそも剣とは」
2
「つまり、使い手の研鑽が」
1
「おいおい、惨めったらしい真似をするもんじゃないヨォ」
「なんだと!」
「さっきから聞いてりゃぁヨォ、女々しく言い寄るわ、引き際も分からねえわで。見てるこっちが気分が悪ィ」
「貴様……ワシが誰だか分かっての物言いだろうな」
「おうヨ、赤盾灯台鍛冶場の長老だろう?」
「では、これから貴様がどうなるかも分かるな?」
「ヘェ、どうなるってんだい?」
「ワシの全能力を使って叩き出すのだ」
なんか、割って入った奴に意識が向いたな。そうだ、今のうちに逃げてしまおう。苦言を言ってくれた奴には後で礼をするとして、今は走るか。
「じゃあそういうことで!!」
「あっ!? 待て!! まだ話は終わってないぞ」
我慢の際まで来てた話がまだ続く予定だったのかよ。聞いてられないから、さっさと撒こう。
「こっちか」
入り組んだ路地へと逃げ込む、止まらずに出鱈目に走っていったが運良く行き止まりに当たらず敗けたようだ。
「ふー、厄介な奴だった」
「本当サ、全く面倒なことになったもんだ」
「……」
なんでこいつおるん? 俺が走ってきたのを先回りしたのか? だがなぜ? 俺が逃げたからか、ならば初めにやることは感謝と謝罪だ。
「逃げてすまなかった、助かった」
「ン? 良いんだそんな事は。こっちだって下心があってやった事だしナ」
「下心? 金でも要求されるのか」
「いやいや、銭っこなんざ飯を食いっぱぐれなけりゃあ良い。あての要求は、それサ」
アルカを指さしたか、こいつもさっきのと同類か。
「申し訳ない、この剣は大事な者で誰かに渡すことはできないんだ」
「渡してもらおうなんざ思っちゃいねえヨ、ただ振ってもらえりゃあ良い。その蛇腹がどう動いてんのか見てえんだ」
「それくらいなら、まあ」
剣舞はできないが、ただ伸ばして振るだけなら問題はない。少々狭いが、そこは【熟練工】の適応範囲内だ。
「ふっ!!」
円を描くように縦横に振って見せる。
「こいつァ、とんでもねえ!!」
「そんなに目を剥いて言うほどすごいのか」
「すごいも何も、何もかもだ。伸び方も曲がり方も、しなり方も煌めきも、全てが規格外サァ!!」
「それは嬉しいな、少し気恥ずかしいが」
やっぱ、アルカって凄い剣だったんだな。
「いやァ、さすがはダマスカスの剣だ」
「っ!?」
「おや、当たりかィ?」
「……はめられたか」
「悪いネ、カマをかけたつもりが本当だったとは。そりゃ誰にも触らせないわけだ。それ一本で城が立つもんナァ」
「口封じ、しないといけないか?」
「いや要らねえヨォ、この界隈であての言うことを真に受ける奴ぁいねえからサ」
「……」
どうするか、信じる理由がない。だからといって殺すのもな。何か良い方法が有れば良いんだが、そんなものは咄嗟に思い浮かばない。
「ンー、信じてもらえねえか。となれば手形を渡さにゃあならんナ」
「手形?」
「ほれ」
投げ渡されたそれを受け取ると、それは暖かく柔らかい。
「これはどういうつもりだ?」
「だから手形サ、あての右手じゃ足りないかい?」
「……どうなってる」
確かにこれは右手、しかもウネウネ動いている。
「もう少し驚いてくれても良いんじゃないかい」
「だって、これ本物じゃないだろ」
「ありゃ、あての腕もまだまだ」
実際腕を落としたから分かる。部位欠損して眉の1つも動かさない訳がない。それなら偽物か、狂人のどっちかだ。ひとまず狂人の線を捨ててみたが当たっていたようだ。腕がまだまだと言ったのなら、この手はこいつが作った物だと考えられる。人形師か、義肢職人か?
「いや、よくできてる。と思う」
「いやいや、初見の方を騙せないようでは」
「腕を落とした事がある。それで違和感に気づいた」
「腕? そちらの奇妙な腕は能力ではなく義手?」
「そうなる。俺を助けてくれた奴からもらった」
「……じゅるり」
「なんで舌なめずりを……」
「あての生業からすると、それは是非とも隅々まで見せていただきたいものでネェ」
「生業、というと」
「これサ」
目の前にゴトゴト音を立てて人の身体のパーツが置かれていく。義肢の方だったか。
「名乗り遅れまして申し訳もございやせん。あては姓をヒコ、名をカタハと申します。しがない義肢作りでございやす、どうかお見知りおきを」
【義肢師】
神ならざる身にて、人を作る者。それはある種の禁忌となる。人が人を作ることは、神の御業を侵すことにほかならないと失わぬ者が言う。だが、実際に失ったものにとっては神が作ろうと人が作ろうと同じ事だ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
あての夢
「……俺も名乗った方が良いか?」
「呼び名がないのは不便だと思わないかィ」
「それもそうか。俺のことはシンと呼んでくれ」
「それじゃあシンの旦那。ここでこんなことを頼むのもなんだけどヨォ、一生の願いを聞いてはくれないかい」
「嫌だけど」
何を言われるか分からないこの状況でうんと言う奴はいないと思う。言う奴がいたとしたらそれは英雄願望のある奴か慈善事業家だな。
「そこをなんとか、ナ?」
うわ、すりよって来やがった。言っとくけど、ウチの姉妹(きょうだい)よりも美人とかいう女神でも無い限りは色仕掛けは無駄だ。
「あれ、おかしいナ。これくらいで鼻の下を伸ばすはず」
「もう良いか、借りがあるから何かしたりはしない。次はないと思え」
「旦那、もしかして不能じゃないかィ」
「じゃあな」
付き合ってられねえ、時間の無駄だ。まったく、ろくな奴に絡まれねえな。
「待て、いや、待ってください!!」
「足を止めるのはこれで最後だぞ。要件は?」
「あてを、人形工房の頂上まで連れて行ってくれ」
「何が目的だ」
「人間の完璧なパーツを作りたい」
「もう十分じゃないか? 俺だって一瞬は騙されたぞ」
「違う、違う違う違う!! あてのはあくまで模倣、贋作だ。本物を作りたいんだ、あては」
「……こう言っちゃなんだが、人が人を作るってのは無理な話じゃないか。子どもを産むなら話は別だと思うが」
「人形工房の頂上には、人と寸分違わぬ人形がいるという話サ。きっと、そのパーツを見ればあては作れるはずなんだ。本物を」
「あれはダンジョンだろ? あんなものに挑むのは命知らずのやることだぞ」
「命なんて、本物を作るのに比べたら安いもんサ」
覚悟は良い。それは確かに必要なものだ。だが、命を捨てる事と覚悟をキメることは似ているようで全然違う。これは命を捨てている。
「命は安くない、死んだら終わりだぞ」
「いや、あては夢のためなら死んでも良い」
「……あのな、今から言うことは与太話だから本気にするなよ?」
「?」
「俺は、前にダンジョンを攻略している」
「ダンジョン踏破者……!?」
踏破者、それはダンジョンを攻略した者に与えられる称号だ。名誉と、ダンジョンを攻略したという力を示している。
「この剣。アルカはその時に手に入れた」
「たまげた、たしかにダンジョン製ならその馬鹿げた剣も納得がいく」
「それを踏まえて言う。死んでも良いなんて思ったら、本当に死んでしまうのがダンジョンだ」
「……ぷっ」
「何がおかしい」
「シンの旦那、あんた本当にお人好しだネェ」
「帰る」
「ああっ!!? あての秘密を教えるからもう少しだけ付き合っておくれヨ!!」
「秘密ぅ? そんなものは知ってもどうしようも無い」
どうせ大した事じゃない、俺はさっさと密書を届けにいかないといけないんだよ。
「これを見てほしいのサ」
「だから色仕掛けはもう……」
「違う、ちゃんと見ておくれヨ」
「いや、女の裸なんて姉妹で見飽き……て……!?」
なんだ、これは。四肢に継ぎ目が、ある? それどころか関節には全て継ぎ目が。なんだ、この身体は、これじゃあまるで。人形じゃないか。
「お前……何者だ?」
「あては、ヒコ・カタハ。人形工房から逃げ出した人形サァ。あての夢は、本物のパーツを作って人間になる事」
「これは、とんでもない奴がいたもんだな」
人形遣いなら分かる、糸繰りで動かすような奴だ。だが、自我を持って自立する人形なんて。そんなものは物語の中か、能力の産物でしかありえない。しかし、しかしだ。コイツはダンジョン製の人形、何が起こってもおかしくはない。
「お前がそうだというのなら自分で勝手に登れば良いじゃないか。身内なら攻撃されることもないだろう」
「あすこは、あてを許さない。このまま登ってもすぐに解体されるだけサ」
「……なぜだ」
「あては不良品だから、処分の対象なんだとヨォ。失礼極まりないだろ?」
「万が一、俺がカタハを連れてあの人形工房を登ったとして。それで俺に何の得がある。俺はそれで強くなれるのか」
「へへ、初めて呼ばれたナァ……名前」
「聞いてるか?」
「えっと、得か、得ネェ。まず一つ目、あてはあの中を知ってるから値打ちのありそうなものの場所が分かる」
「続けて」
「次に、あの中は人形の巣窟だ。踏破するには相当の戦闘がある。武者修行にはちょうどいいだろうナァ」
「終わりか?」
「いや、最後にもう一つ。踏破した暁には絶対裏切らず、そして簡単には死なず、絶対的な忠誠を持った奴隷を手に入れる事になる」
「奴隷? そんなもん連れてたら一発でアウトだぞ。奴隷は表向き禁止だからな」
「奴隷ってのは言葉の綾、つまるところ頂上で本物になった後のあてが隷属するって事さネ」
「え? いらない」
隷属されても困るし。
【15式自律人形・マキナ】
それは一つの奇跡、それは一つのバグ、それは一つだけの欠陥品。人形工房は言う、人形たれと。人形は言う、本物になりたいと。ないはずの心は内側から暴れ。そして、運命を求めた。命なきものに運命が訪れるはずもないのだけれど。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
甘く、黒い、香り
「いやいや、自分で言うのもみっともねえが。もったいないぜ? ダンジョンの内部を知ってる奴がいるなんてそうそうない事サ」
攻め方を変えてきたな、確かにダンジョンの内部を知れる事はほぼない状況だ。千載一遇と言えばその通りなんだが、こいつの思惑にそのまま乗るのは嫌だな。だって、こいつがダンジョンに誘い込む罠そのものである可能性を捨てきれない。
「お前が俺を嵌めようとしている可能性がある。だからお前と人形工房にはいけない」
正直に言ってしまうのが一番早い。腹の探り合いはいらない、これで終わりだ。
「は? 嵌める? あてが? シンの旦那を?」
「とぼけてるようにしか見えない」
「……」
黙ってるか、なら本当に終わりだ。
「……あては泣くことができねェ、それが今ほど辛いと思ったことはないサ」
「それも信用ができない。涙も出ない泣き落としに意味があると思うか?」
あまり酷な事は言いたくないが、今は拒否する以外の道がない。流石に犬死には御免だ。
「今度はもっと話が分かる奴に相談するといい、俺もお前の事は黙っておく」
「シンの旦那、どうやったら信用してもらえますか」
「今は無理だ、どうやっても」
「……あては諦めねェ、あてにはシンの旦那しか居ねえんだ」
「そうか、俺の邪魔をしなければ好きにしたら良い」
俺は早くこの赤盾灯台を上って、密書を届けないとならないんだ。結構なロスにはなったが、大丈夫であることを信じよう。
「……俺しかいない、っていうのはどういうことだ?」
最後の言葉が引っかかる、それこそ言っていたようにダンジョンの内部が分かるという甘言があればホイホイついてくる奴の1人や2人すぐに見つかるはずだ。それをしない理由はなんだ? まぁ、今考えても意味の無いことだ。
「こっちから上れるのか。螺旋階段は見事なんだが、せめて機械式の昇降機くらいつけても良いだろうに」
上り下りするだけで結構な労力になる。別に疲れるとは言わないが。
「すん……なんだ?」
何か甘い匂いがする。どこかで嗅いだことのあるような……
「っ!? これは!?」
甘い匂い、嗅いだことがある筈だ、この匂いは、ラァの砂糖だ。
「居るのか、ここに」
密書を渡して今すぐにでもここを離れた方が良いか。
「待て、バレてたらこっちに接触してこない理由がない。じゃあ、この砂糖はいったい」
索敵ではなく、ただ垂れ流している? あのラァが?
「ありえないだろ、でも。俺が居るのがバレてて来ないのもあり得ない。一体どうなっているんだ」
自分で言ってて、少し恥ずかしいが。俺の経験上そうなんだから仕方がない。
「猶予があるうちに、さっさと行こう」
密書に宛名はないが、メモ書きのようなものが付いている。密書をほっぽり出して逃げるわけにはいかないよな。
「赤盾灯台の塔主、行ったら会えると良いんだが」
たぶん頂上にいるんだろう、少しズルをするぞ。
「スカイフィッシュ……」
こっそりスカイフィッシュを使って身体を浮かせる、これで無茶な走り方ができる。
「さっさと上る」
螺旋階段を駆け上る。周りの奴らが、目を丸くしているけど気にしない。そんな事を気にしている場合ではもうなくなった。
「少々目立つのは、仕方ない」
ラァが居ることが分かってしまった今、一刻も早く離れなければならない。ラァの砂糖はデーレ姉さんの雷よりも察知が難しい。今回はたまたま匂いがしたおかげで分かったが、本来は気づいた時には手遅れになるタイプだ。
「なんだ、ここから先は塔主の領域。許可無く入る事は許されないぞ」
「これを塔主に」
「ん? なんだこれは」
「それを塔主に渡してもらえれば分かる」
「……宛名の無い手紙、なるほど。少し待て」
話の分かる人が居て助かった。これで塔主の元に密書が届けば俺の仕事は終わりだ。そうしたら、俺は一目散でここから離れよう。
「待たせたな、塔主がお会いになるそうだ」
「え、遠慮します」
「ダメだ、塔主の決定に意義を唱えることはできない。諦めろ」
「逃げたらどうなりますか」
「運が良くて投獄、悪ければ死ぬ」
「……分かりました」
こんなところでお尋ね者になるのはな……ラァと塔主の2面作戦をするのはまずいし。
「この扉からまっすぐ進めば良い。それで塔主の元へ着く」
行きたくないなー、何を言われるか分かったものじゃない。
「……開けるか」
赤い扉、この先にいるのか。
「お呼びに預かりまして光栄です。シンと申します」
「知っている。入れ」
声の感じからすると、女か? だからといって油断することはないが。
「失礼いたします」
扉を開けて中に入る。
「っ!?」
目の前にトゲ付き鉄球!?
「カァッ!!」
ヤタ・デシュが鳴く、その瞬間モーニングスターは俺の頭をすり抜けた。
「おやおや、直撃したと思ったんだけどね。あんた、やるじゃないか」
赤い軍服を着た塔主がそこに立っていた。
「さあ、少しお話をしようか。ビクトリウスの長男坊」
【クヴェール・レッドシールド】
人は言う、赤き盾の後ろには一滴の血も流れない
人は言う、赤き盾の赤は全て返り血だと
人は言う、赤き盾の前に立つことは死と同義だと
赤き盾を持つ女は言う、自分の血が見れる日はいつ来るのだと。
女は今日も、赤き塔の頂で強者を待つ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
先んじる理由
「私はビクトリウスの名を堂々と名乗れる力はありません、興味を持っていただくほどの者では……」
「ははは、随分と殊勝な事だね。聞いてるよ、あの白カラスを落としたんだろう? それで興味を持つなっていうのは謙虚すぎるね」
「いや、あれは」
「ああいい、あたしはもうあんたに興味がある。それは変わらない」
「……恐縮です」
「ふふ、さっきだって直撃させるつもりで投げた鉄球を躱してみせたしな」
「く……」
ヤタ・デシュのおかげだと言っても反応は変わらないだろう、もう塔主の相手のするしかないか。
「秘蔵っ子のはずのあんたがなんでこんな所に居るんだい。ビクトリウスの悲願を背負っているだろうに、もしかして完成した? いや、流石にそこまでの力は」
「おっしゃるとおりです。私は家の悲願を達成できるほどの力を持ってはいません。今は」
「……ああ、修行か。あんたも大変だねえ、雷神と糖妃が居るって言うのに。あの姉妹は高すぎる壁になっちまうだろ」
「それでも、私は」
「ふぅむ、自分の伸びしろは分かっているって顔だね。それでも足掻いている。違うかい?」
「はい。自分の天井は見えていますが、諦められないのです」
「そういや、姉妹とはできるだけ会わせないように書いてあるがどういうわけだ? 仲が悪いのかい」
「いえ、家を出るときに強攻策を取ったので。連れ返されます」
「……話し合わなかったんだね」
「家を出ようとしたら、監禁されそうになったので」
「あー、そういやビクトリウスの女は情が深いことでも有名だったね。まさか肉親にまでそうなるとは思わなかったけど」
「はは、それでも自慢の姉妹です」
「うーん、あんたも中々狂ってるね」
「恐縮です」
「じゃあ悪いことをしたね」
「……何の話です?」
まさか、塔主がラァを呼んだのか? 盾王の領地ではビクトリウスを雇うのが流行ってるのか?
「実はあんたの妹が隣のダンジョンに用があるみたいでね、別に断る理由もないから許可を出したんだ。で、今日ここに来るのさ」
「今すぐ隠れます!!」
「あの糖妃から逃げ切るのは簡単じゃない。引き留めてしまった詫びに、土地勘のある奴を貸しだそうじゃないか。ついでにここにいる間はそいつに案内でもしてもらいな」
「あ、ありがとうございます!!」
見つかりにくい場所があれば、そこに行くに超したことはない。案内がいるなら手っ取り早い。
「おい、居るか」
「お呼びですかィ」
「よしよし、今からしばらくこいつに付き合ってやりな。追われてるらしい」
「分かりやした、仰せのままに」
嘘だろ、なんで……
「カタハ……」
「また会ったネェ、縁があるようだ」
「あ? 知り合いか? じゃあちょうど良いな、さっさと隠れた方が良いぞ」
「さぁ行きましょうや」
「あ、ああ……」
塔主の厚意を無下にすることはできない。ここは、大人しく一緒に隠れるほかないか。
「いやー、まさかお嬢に用とは」
「一応聞く、隠れる場所に心当たりは」
「そりゃあ、あるサ」
「それは、砂糖くらいの粒子がばらまかれた時に入り込まない密室か」
「もちろん、一度入れば時間を稼げる場所に1つだけ心当たりがある」
嫌な予感がする。
「その場所、人形工房だろ」
「ありゃ、察しが良いネェ」
「……なんで俺なんだ、塔主から紹介だから罠の線は消すとしても、そこだけが分からない」
「賢者の石、知ってるかィ」
「知ってる。それがどうかしたか?」
「ダンジョンを作ったのは賢者の石という事も知ってたかィ」
「は……?」
「そこまでは知らないようだネェ」
「そんな、ホントか?」
「嘘を言う理由がないだろォ。とはいえ、あてもそこまで深いことを知っている訳じゃネェ」
「……続けてくれ」
「シンの旦那が手につけてるそれは賢者の石のもの。しかも、所有権まで持っている。つまりは、挑む側の人間ということサ」
「挑む側……?」
「シンの旦那はダンジョンを攻略し、その恩恵を正しく受け取る資格がある。挑む側の人間でなければ人形工房は攻略できないのサ」
「だから、俺なのか」
「そのとおり。そしてシンの旦那の妹がどれほど強くても人形工房は攻略できない」
「ラァが危ないのか」
「その通りサ」
「俺が先に行けば回避できるんだな」
「もちろん」
じゃあ、もう、なにもためらう理由はない。
「今すぐ行くぞ、人形工房へ」
「その言葉を待っていた、準備は良いかィ?」
「時間が無いんだ」
「分かった、一直線に行こうじゃないか」
ラァに危険が及ぶのなら、それは何にも優先される。それが、俺には難しい事だったとしても。やらなければならない。
「これでも、兄なんだ」
「麗しき兄弟愛だネェ」
「当然だろ、たった1人の妹なんだ」
「監禁されそうになったのに?」
「……? それと、ラァを守ることが矛盾するのか?」
「ははは、確かに狂ってるナァ」
「話はここまでだ。案内してくれ」
「分かってるサ」
【糖妃】
誰かが噂をしているよ、ひそひそぼそぼそ言ってるよ♪
怖くて可愛いお姫様、さらさら、とろとろ、かちんかちん♪
自由自在の縦横無尽、甘い匂いに気をつけろ♪
ビクトリウスのお姫様、分かったときにはもう遅い♪
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
人形工房 足
「入口はここか?」
「正確なところでは裏口と言った方が良い場所サ」
「どっちでもいい。もうラァは来てるんだ。早く上らないと」
壁の一部にカモフラージュされた扉は確かに違和感しかないが、時間がない。追いつかれたら元も子もないんだからな。
「人形工房の第一は、足サ」
「足? それはどういう意味だ?」
「あれを」
目の前にあるのはドールハウス、本来なら人形遊びに使うものだ。だが、ここに人形はない。おかしな所と言えばそれは、何に使うか分からない謎のレバーが出ているということだけだ。
「そこのレバーを引けば良いのサ」
「レバー? これか」
ドールハウスにくっついていたレバーを引く。
「うぉっ!?」
右足から力が抜けた!? 攻撃か!?
「慌てる必要はネェ、右足がそっちに移っただけの話サ」
「右足が、移る?」
「シンの旦那の足はこれになったのサ」
カタハがつまみ上げたのは、人形の足だった。大きさは手のひらに収まるくらい。俺の10分の1スケールくらいか。
「で、なんで俺の足がそれになるんだ」
「この人形工房を上るには、自分を人形にしなけりゃあならない」
「まさか、上る毎にパーツを作れってんじゃないだろうな」
「ご名答ォ」
「……確かにこれは、1人じゃ制覇は難しいか」
「まず足から奪うのが最悪だと思わないかィ?」
「全くだ、動きにくいったらありゃしない」
片足が使いもんにならないっていうなら、それはそれでやりようはある。奇しくも、階段を上るときと同じような使い方になるな。
「スカイフィッシュ」
よし、少しふわふわしているが。なんとか調整は可能だ。これでまあ、ある程度は動ける。
「んー、器用なもんだ。それの使い方を知っている奴なんていないはずなのに、なかなかどうして使いこなしているじゃないかィ」
「ま、使ってりゃ分かるだろ」
「シンの旦那が天賦とは縁遠いと思ってたのは、あての思い違いだったようだ」
「いや、確かに俺には天賦の才はない。その評価は間違ってない」
「あらら、スカイフィッシュを使いこなす御方が? そんなことを言っちゃいけネエ。それは乗るのが難しすぎて、数年かけないと普通に乗れるようにすらまなならない物らしいからナ」
「……そうなのか」
【熟練工】の良いところが出たみたいだ、それがたとえどれだけ難しかろうとも、誰しも時間をかけて至れる場所までなら最初からできるからな。基本操作が難しければ難しいほど、優位性が増す。
「まあいい、それでもう上がれるのか?」
「いんや? ここからが人形工房サ。この足は、シンの旦那から作った生の足。人形達が喉から手が出るほど欲しい、本物さネ」
「……もっと手っ取り早く」
「今から足のない人形がわんさか襲ってくるねィ」
「早く言え!!」
「はは、悪いネ」
ガサリ、ゴソリ、何かが這いずる音がする。周りを見ると、既に囲まれていた。円形のフィールドの中心にはドールハウスのみ。隠れられる場所なし、逃げ場所なし、つまりは、圧倒的不利。足のないマネキンのような奴らがこっちを見ている。のっぺらぼうだから見てるかどうかは分からないけど、多分見てると思う。
「来るか!!」
「待ちナ」
「なんだよ!!」
「まあまあ、ここはあてに任せてくれないかィ?」
せっかくアルカでなぎ払おうとしてたのに、少し距離のある今の状況で削れるだけ削らないと勝ち目はねえんだ。カタハの戦闘力がどれほどか分からない以上は、気を抜けない。
「この足が欲しいんだろ? この出来損ない共のトウヘンボクがぁ!! 欲しけりゃあくれてやるヨォ!! あての足をナァ!!」
シュゴッ、ジェット噴射のような音と一緒にカタハの足が射出された。ん? 射出? 足を? なんで足にロケットが付いてるんだ? 空でも飛ぶ気なのか? こいつの身体はいったい何がどこまで仕込まれているんだ。
「ハハハハハハハハァ!!!! 食らいナァ!! お前等が求めて止まない足だぞォ!!」
うわー、しかも連射式、もうちょっと飛ばす場所あっただろ。腕とかさぁ、なんで膝から下を飛ばす仕組みにしたかなあ。片足でバランス悪いから絶妙に狙いズレてるし。
「こんにゃろ!! 避けるんじゃネエ!! あてが好感度を稼ぐチャンスをなんだぞ!!」
好感度稼ごうとしてたの? 今? あとなんで言っちゃうかな。 それに当たってないのはお前のせいだ。
「だがナ、こんな事もあろうかと。爆破機構を仕込んであるのサ!! 爆ぜなァ!!」
「ば、お前!!?」
こんな密閉空間で、爆破なんかしたら確実に巻き込まれるだろうが!!
「こんなところで使う気なかったのに!!」
「カァ!!」
全方位から押し寄せる爆風を回避するにはコレしかない、まさか虎の子の壁抜けをこんな序盤に使うハメになるなんて。
「くそ……、ありがとうなヤタ・デシュ」
「カァ(ドヤァ)」
このドヤ顔は許そう、実際それくらいの事はしたから。にしても、全方位からの衝撃を通したからか、疲労感が、とんでもない、壁2枚の限界、ギリって感じ、先が思いやられる、マジで、ラァに追いつかれて終わる可能性が、見えてきた。
「どんなもんだィ!!」
「カタハ……お願いがある」
「ッ……な、なんだィ改まって」
「お前戦うの禁止」
「へ?」
【壱式機構・流れ鼠】
こいつァ、あての自慢の武器の1つだァ。なんてったって、足が飛んでくるだなんて思う奴ァいねえ。面食らってる間に食らってボン!! っていう算段サ。問題は、片足立ちになっちまってまっすぐ飛ばネエことだが数打ちゃ当たるってもんヨォ!! あん? どうやってそんな勢いで装填してるかだって? そんなこと聞くなよ野暮天、乙女の秘密って奴だろうがィ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
人形工房 腕
「いやいやいや、ちゃんと倒したよナ!!」
「戦場を更地にするような奴の隣にはいたくないだろ」
「え?」
「え? じゃねえ!! 爆風にがっつり巻き込まれたぞ!!」
「ゑ?」
「発音変えてもダメだぞ?」
「ははは」
「笑って誤魔化してもダメだぞ? どうせ他の武装も爆発すんだろ」
「マサカ、マサカ、ソンナワケ」
「もういい、上行くぞ」
きりがねえ、砂糖の匂いが濃くなってきた事も考えると時間が本当にない。
「次なにか爆破しようとするときは断ってからやってくれ」
「合点」
なにが、合点だ。近くに居ないようにしよう。
「人形工房の二は腕サ」
同じパターンだな、さっさとレバーをガシャコンして人形の腕を出せば良いんだろ。
「ああはいはい、今度は片腕使えなくなって、腕を狙った人形が襲ってくるんだろ?」
「惜しい、使えなくなるのは片腕だけじゃあネエ」
おい、冗談だろ、両腕が!?
「ふざけんな!! こんなんどうやって攻略しろってんだ!!」
「ははは、あての出番って訳だナァ」
「くそっ!! 爆発はなしだぞ!!」
「あて……それじゃあ何もできない……」
「なんで、本当に全部の武装が爆破物なんだよ!!」
こうなったら、【熟練工】のギリギリを攻めるぞ。
「くひへ、はるはをふるひはへえ(口でアルカを振るしかねえ)」
「お? 曲芸かィ?」
「ふふへえ!! ほはへほへいははんは(うるせえ!! お前のせいだかんな)」
アルカが俺の意思を汲んでくれることを信じて、首を振る!! 絶対にヤバイ筋がぴきぴき言ってるけど、ここはやるしかないんだ!!
「ふほぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!(うおぉおおおおおおおおおおお!!!)」
「これは凄ェ!! さながら獅子舞のごとく」
歯がいてええええ!!! これで抜けたら生えてこないんだぞ!! 保ってくれよ俺の歯!!
「もがっ!?」
え? 変形? アルカが? 俺の口に根を張った? 一体化? なんだコレ、流石に怖いぞ。
「まあいい、これで振りやすくなった、あ、普通に喋れる」
マスクみたいな形状になったおかげか、これなら両腕が使えなくてもなぎ払える。顔を振るだけだから、【熟練工】も発動済みだ。
「おらぁあああああああああああああああああああ!!!」
腕のない人形が斬られて壊れていく、本当なら粉みじんにするまで動くものなんだろうが。アルカに斬られた奴は動かない。なんかの効果が発動しているらしい。
「ふぅ……はぁ……こんな動き方したことねえ、そもそも疲れてるっつうのに」
「シンの旦那、粋だネエ。まさか舞で倒すたァ恐れ入った」
「お前なあ!! 両腕がいくなら初めにそう言え!!」
「聞かれなかったもんで」
「……俺、お前、キライ」
「ご冗談を」
「冗談抜き、俺、カタハ、キライ」
「名指しで!?」
割とマジで、合わない。やることなすこと相性が悪い。
「あ、ああ」
「うわぁ!? いきなり崩れるな!! 軽いホラーなんだよ!! なんで内蔵まで完備してるんだ!!」
義肢の範囲超えてるぞ、作り物のはずなのになんで脈打ってるんだよ。リアルすぎるだろ。
「シンの旦那ァ……」
「首だけで話すな!! 怖いだろ!!」
「あても、初めてサ。こんな風になったのは、所有権限を持った人間を見たのも、そして恐怖を感じたのも」
「何を……言って」
「人形は……なんで作られるか知ってますかィ?」
「知らない、俺は人形を作った事は無い」
「だろうナァ、愛されて生きてきた顔してる」
「……何が言いたい」
「人形ってのは、愛されるために作られるのサ」
「愛される、ため」
「そうサ、持てあました愛を、注ぐために作られる。そういう運命を背負って、作られる」
「……」
「人形工房の人形は、一体を除いて完成しない。あてもそう、足りないパーツを補って、人間の振りをしていた」
「……」
「完成していない人形は、愛されない、愛される資格もない。そもそもあては、愛されるとかそういう事に執着してはいなかった」
「過去系、なのか」
「ご名答ォ。今は、愛されないのが、怖い、捨てられるのが、怖い、愛される人形になりたいだなんて思っちまってるのサ」
「一応聞く、なんでだ」
「シンの旦那、それは無粋ってもんだ。人形は、所有者が現れれば、その所有物になるのが一番の幸せサ」
「つまり?」
「……あてを、愛してくれないかィ」
俺の、人生初めての告白は、作り物の内臓と義肢をぶちまけた人形からでした。一生忘れられない経験になってしまったな……そしてその答えは
「普通に無理です」
「……そ、そうかィ、はは、今のはすっかり全部忘れてくんな。あてはちゃんと案内するサ、その後は綺麗さっぱり、消えて、無くなることにするヨォ」
「ああ、待て待て。いきなり愛してくれとか言われても、無理だ。でも、これから先ずっと愛せないかどうかは分からないだろ。今は一蓮托生なんだから、早まるな」
「し、シンの旦那ァ!!」
うわぁ!? 高速でガッションガッション組み合わさっていく!?
「あて、愛されるように頑張るヨォ!!」
「おい、それ」
「ん?」
「心臓、入ってないんじゃないか」
「あ、これはさっきの一言で心臓が張り裂けたので発動したみたいだネェ」
「爆弾か!? 爆弾だよな!!? 早くどっかに投げろ!!」
「せっかくだから上階めがけて投げてみようかネェ!!」
間に合ったか、爆発二回目は避けられたようだ。
「うわぁ、ピンクの煙」
「はーとぶれいくボム、だからナ」
「やかましいわ」
【はーとぶれいくボム】
冗談めかして言ったけどヨォ、本当に悲しかったんだ。涙も流せネェ身体だけどサ、運命を感じたんだ、本当に、最初で最後の機会だと、本気で思ってた、だから愛してくれるって、思ってたんだ、ダメだった、無理だと言われた、その瞬間、巻き込んで死んでやろうと思った。どうせ手に入らぬ憧れなら、壊してしまえと思った。でも、シンの旦那はあてを見捨てなかった、だから今はそれで十分サ。今は……ナ?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
糖妃降臨
理解する。ということは、時間をかけて行う事もあれば、瞬間で理解するものもある。これは、圧倒的に後者だった。今まで微かに感じていたものが、一気に濃くなる。それは香り以上の存在感、血のつながった者特有の感覚。
「……来たか」
「何が来たってェ?」
「ラァだ。妹が、この塔のすぐ近くまで来た」
「ああ、なら急がないとナ。とはいえ、シンの旦那と同じ事をするんだ。そうそう上がってはこられないと思うがネェ」
「俺には分かる、このギミック程度でラァは止められない。俺は今足と腕を封じられた状態で戦闘するのがかなりキツいが、ラァはたとえ四肢を本当に切り落とされても、目を潰されても、耳を塞がれても、何も問題が無い。全力戦闘が可能だ」
「妹御は化け物か何かで?」
「あ゛あ゛?」
聞き捨てならねえ。ぶち壊すかこの木偶。
「今のは失言サ。取り消す」
「……次はないぞ」
「くわばら、くわばら……口は災いのなんとやらだ」
全く、人の妹を化け物呼ばわりしやがって。
「で、なんでそんな芸当が可能なんですかィ」
「ラァの砂糖は万能だ、索敵攻撃防御なんでもござれ。加えて粒子、液体、固体にまでなる。逆に何ができないのか聞きたいくらいのものなんだよ」
「はー、そりゃあ羨ましい限りで」
「全くだ、だから。うおっ!?」
地震か!?
「こりゃあ……人形工房全体が揺れているみたいだネェ」
「ラァがやったか……あいつ結構ものぐさだからな。外から大穴あけてショートカットしようとしたんだろう」
「なかなか豪快なお人だ……」
「ラァでも流石に人形工房を壊すのは無理だろう。外から無駄な攻撃をしているうちに上る。今から降りて外に出るよりは、その方がまだ分の良い賭けだ」
「なら、あと二階最速で行きやしょう」
人形工房の第三、そこは人形の胴体を求める場所。俺から奪われたのは胴体の機能半分。
「ぜぇ……ぜぇ……おいおい……冗談だろ……内臓の半分が、機能停止とか、ろくに、動けやしねぇ」
「その代わり、ここの敵は胴体がネェ。砕くのは簡単サ」
「動けねえって言ってんだろ……はぁ……はぁ…声を荒げるのも……キツいんだぞ……」
「分かってるサ、だからあてを使っておくれ」
「……?」
「動きを合わせるのはあてがやる、シンの旦那は思いのままに動けばいいサ」
「どういう……?」
「こういう事サ」
カタハがまたバラバラに……そして、俺の身体に鎧のように装着された?
「外骨格……か」
「ご名答、あての義肢でシンの旦那を動かす算段だ」
「そんなこと、できるのか」
「ははは、初めてサ」
「ぶっつけ本番かよ!!」
アルカを持つ手に力は入らない、それでも持てる、それでも振れる、すげえ気持ち悪いぞこの感覚。それでも動く、それならやれる。
「動くなら、やるしかネェ!!!」
ん? なんかイントネーションがおかしいような。まるで、カタハみたいな。
「お? こいつァすごい、あてとシンの旦那が混ざっちまった」
口が勝手に動く、なんじゃこりゃあ!?
「カタハ!! なんだこれェ!!」
精神同調? 融合? どういう状態だ!?
「あても分かりやせん!! 初めてだもんで!!」
くそっ、今は良い。人形の手足、頭が無数に襲ってきやがる。
「だぁああああああ!!! 気持ち悪ィイイイイイイイイイイイイ!!!」
アルカを振る、振る、振る、全部が動きを止めるまで動き続ける。外骨格で動いている分負担はほとんどない。俺の身体能力以上の出力で外骨格が動いているからか【熟練工】の導きも冴えている、ような気がしてきた。俺の身体以上っていうのが、なんだか悲しい。
「……これで、終わりだな……」
動く者はもうない、手元には頭のない人形が一体。
「あと一階サ、終わりが見えてきた。最上階にはあての目的と、宝物庫がある」
そうかよ、もうそろそろ俺の限界も見えてきているんだけどな。
「シンの旦那、今こうやって動かしているから分かった。本当に、天賦はないんだネェ」
最初からそんなことは分かってる、それでもなんだ。
「だから、あてがシンの旦那の天賦になるサ」
俺の天賦に?
「あてが動きを足せば、力は2人分以上。1人で2人分以上の動きができればそれは天賦の才能を覆す力になるサ」
……俺の力になってくれるってわけだ
「もちろん、あてを使ってくれればこれ以上の喜びはないネェ」
それは……
「っ!?」
真下から震動!? もう来たか!?
「相談している暇はない、さっさと攻略して逃げるぞ!!」
思った以上にラァの攻略が早い!! 攻略が終われば飛んで逃げる選択肢ができる、それに賭けるしかなくなった。
「さあ、本物って奴を見にいこうかネェ」
【人形具足】
抱くように絡みついた義肢が肉体の動きを補助する外骨格。本来であれば他者の肉体を支柱として乗っ取るための寄生攻撃である。それがどうしてこのような形になったか、言葉にすれば陳腐だが、人形が獲得した事は真の偉業と言えよう。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
偶像
「これで、最後だ」
最後のレバーを引く、人形の頭のパーツが手に入る、そして、俺から何かが、何か、が? 何が? あれ? 何を?
「いけネェ、感覚の半分が吹っ飛んで混乱状態だ」
こんらん? はんぶん? なにをいってる、おれは、ちゃんと、これを
「頭の機能も半減サ、早いとこ正気にならねえと」
しょう?
「はーい!! 無謀な有象無象のみんなー!! 私が来たよー!!」
ひかり、おと、きれい。
「まさか、あれが!?」
ひと、ひかりをせおう、ひと、きれい
「そこでどろどろになってる君!! 私が君の目的!! 完全なる人形、万人を愛する人形、最高傑作のアイドールちゃんだよ☆」
あい、どーる?
「愛する人形たァ、ご大層なもんだ」
「あれぇ? さてはアイドールちゃんのファンじゃないなー? えーい☆」
きれい、きらきら、あっちに、いきたい、きっと、たのしい
「さあ!! アイドールちゃんのファンになりなさーい!!」
ふぁん、なに? でも、きっと、たのしい
「シンの旦那!! そっちに行っちゃあおしまいだ!!」
くち、かってにうごく、いやな、きもち
「やだ」
じゃまする、いやだ、あっち、いく
「畜生!? このままじゃ」
「ファン第一号のごあんなーい☆」
あまい、においが、する、これは、なつかしい、におい、これは、たしか
「ラァ」
「おにぃいいいいいさまぁあああああああああ!!!!!!!!!!!!」
振動、そして濃密な香り、思い出した、ラァの匂いだ。
「旦那!! 戻って来たのかィ!?」
俺は今喋れない、ラァがここに到達した以上バレたら終わりだ。今から体の主導権をお前に引き渡す。好きに動け。俺の身体は極力覆え、良いな?
「合点!!」
「お兄様は!? ラァのお兄様は!? 感じました!! 今確かにお兄様の声の振動を!! 死んでなかった!! お兄様は生きていた!! どこですか!! どこにいるのですか!!?」
最上階に上がってくるなり、俺を探して2体の人形はほったらかしか、我が妹ながらもう少し周りを見た方がいい。
「飛び入りだね?でも、君は資格がない。人形を完成させたのはそこの人だから、君には待っててもらうよ☆」
5体の人形が現れた、それぞれ違う色で塗られた法被を羽織っている。それに、手には光り輝く棒、あれで攻撃するのか?
「万が一、アイドールちゃんの親衛隊を倒せたら認めてあげなくもないぞ☆」
「我ら」
「アイドール親衛隊」
「不躾な者に」
「礼儀を叩き込む」
「騎士である」
ポーズを決める五人の騎士、絶妙にダサいな。
「おにいさまー!! どこですかー!!」
こんなに濃い奴らが出てきたのにガン無視とは恐れ入る。
「妹御、大丈夫かネェ?」
大丈夫だ、俺の妹だぞ。
「左様で」
「うーん、無視なら死んでね☆」
ラァに向かって5体の人形が襲いかかる、やっぱりあの棒は熱で焼き切るタイプの武装らしい。まあ、そんなものがラァに効くわけもない。
「なに? ラァの邪魔をするの?」
ラァの瞳がようやく敵を捉えた。これであいつらは終わりだ。
「壊れて」
「がっ!?」
「ぎっ!?」
「ぐっ!?」
「げっ!?」
「ごぉっ!?」
内側に潜り込んだ砂糖が固体化して貫いたな、人形の隙間なんて入り込むのに数秒も要らない。内側から串刺しになるのは痛そうだが、人形だから良いだろう。
「……あなたも邪魔するの?」
「すごいね☆ 言ったからには認めるよ。君もアイドールちゃんに挑む権利をあげる☆」
「そんなの要らない、お兄様はどこ?」
「ふふふ☆ 勝ったら教えてあげるよ☆」
「そう、じゃあ早く負けて」
アイドールに粒子が殺到する、これを防ぐ術がなければ終わりだが。ダンジョンの最奥にいる奴がこの程度で倒せるのかという思いもある。でも、ラァだしなぁ。ストレートで突破してしまう可能性を否定できない。
「さっきと同じ手だね☆ 衣装変更(ドレスアップ)・天愛(アーガペー)」
光が!? こいつずっと光ってんな!!
「面倒くさいね、それ」
「あはははは!! 天使スタイルだよ☆」
「見た目だけ、それで天使だなんておこがましい。天使っていうのは、内側から光が溢れるんだよ?」
「内面の光なんてナンセンス、見える光だけが本物なの☆」
白い御衣に翼に輪っか、ステレオタイプの天使だな。コスプレと言えばそれまでだが、さっきまでとは一線を画す雰囲気を纏っているのも確かだ。
「見えるってことはね、干渉してくるってことだよ☆ アーガペービーム!!!」
「っ!?」
いや、ハート型の光線とか正気か!? どうなってんだ!?
「ラァの砂糖が溶けるくらいの熱なんだ……へぇ?」
「アイドールちゃんの愛はもっともっと降り注ぐよ。いつまで耐えられるかな☆」
【16式自律人形・デウス】
愛を受けるのではなく、愛を与える人形。それは本来人形に与えられるには重すぎる役目。しかし、彼女はやりとげた。人形の身でありながら、愛することを獲得した。愛する対象は自分の信奉者(ファン)、たとえそれが洗脳による隷属であっても彼女は最高最強の偶像(アイドール)になることを諦めない。それが無理だと分かっていても彼女は止まらない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
お兄様さえいれば良い
「あてはどうするべきかネェ」
ラァの攻撃範囲を考えると迂闊に前線に割りこめない、今はアイドールとラァがどうするかを見ておくのが良いだろうな。
「了解サ」
ラァが本気で攻撃すると、範囲内にあるものは全部攻撃される。俺の身体もカタハの身体も耐えられるような生ぬるい攻撃ではない。
「なかなかどうして、難しい局面で」
今は待ちだ、アルカを振るう時がきっと来る。
「どんどんいっくよー☆」
ハート型のビームとかいう頭の痛い攻撃がラァに襲いかかる。その一つ一つが超高熱だというのだから、見た目では判断つかないものだ。
「投げつけるほどに持てあました愛に価値があるの?」
「見えない愛よりは上等でしょ☆」
「ふふ、可哀想」
「口の減らない子☆」
うわぁ……割り込めない空気を形勢し始めた。相容れないっていうのがひしひしと伝わってきている。これは酷い戦闘になるぞ。ドロドロのな。
「内側から湧き上がる甘い想い、汲んでも尽きない泉、与えるものではなく、ただ心を満たすの」
「一目で分かる好意、有限でもそれと分かる対価、与えることで、身体を満たす」
「「それが愛」」
主義が合わなすぎて話が噛み合わない、一言交わす度に逆鱗をなで回しているぞ。
「やっぱり可哀想、空っぽの愛を配るのね」
「届かない愛を持ち続けるのは哀れじゃないの☆」
ぴしり、ヒビが入る音が聞こえた。まずいぞ、これはマジの奴だ。
「あなた、好きな人がいるのよね☆」
「それが何か?」
「でも、あなたの考えじゃその想いは届かない☆」
「……」
「言わないと伝わらない、示さないと分かられない、それが愛だよ。君の好きな人はきっとお兄様なんだろうけどさ☆」
いや? めちゃくちゃ伝わってきたけどな……
「今、ラァの愛を否定しました?」
「したよ☆」
「……」
あ、もうダメです。ラァはもう止まりません、だって砂糖が黒糖に変わっている。本気で殺す時にしか出さないんだコレは。前に一度見たのは依頼人が俺のことを馬鹿にした時だったか? とにかく、もう問答は終わりだ。
「万死、ですね」
「あはは、アイドールちゃんこわ〜い☆」
どこまでもキャラクターを崩さないやつだ。ラァが本気になったのが分からないほど馬鹿というわけではないはずだが。
「バイバイ」
「アーガペービーム!!」
黒の奔流とハート型ビームが拮抗する。
「もっと欲しいの? じゃあ、あげる」
「っ!?」
増大した黒の奔流がハート型ビームを押していく、そしてついにはアイドールに届いた。
「飲み込む、跡形もなく」
「そんな、アイドールちゃんが、押し負ける、なんて☆」
「その程度で何を満たすの? それが愛だなんておこがましい」
「うるさいうるさいっ!! これがアイドールちゃんの愛なんだよぉおおおおおお☆」
咆哮も虚しく黒糖に飲み込まれるアイドール、これであとは黒糖に握りつぶされてしまうだろう。なかなか印象深いやつだったな。
「衣装(ドレス)……変更(アップ)……最終(フィナーレ)……形態(モード)……
爆発!? やばい、黒糖が吹き飛んだ、今のラァは無防備だ!!
「委細承知、ってネェ」
俺の身体が動く。目標、前方。標的、妹を狙う敵。攻撃方法、アルカによる斬撃。
「そらっ!!」
しなりを伴ってアルカが征く、触れるもの全てを切り裂いて道を作る。爆心地の中心にいるアイドールを両断するまで止まらない。
「手応えありサ」
腕に伝わる感触、なにかを断った手応え。
「ざーんねん、斬ったのは羽でした☆」
「読まれたってのかィ」
「違うよ? あんまり遅いから見えてただけ」
アイドールの衣装がまた変わっている。今度は煌びやかなドレスかよ。成金趣味というか、ゴテゴテというか……
「アイドールちゃんのこの姿を見たのは貴方達が初めてよ。さぁ、存分に楽しみましょう!!」
ハートビームで殴ってきたやつだ、今さら何をしてきても驚かねえ。
「いっくよー、 キラッ☆」
「っ!?」
正面が揺らぎ、何かが発生する!?
「くそっ!? なんだそれは!!」
「アイドールちゃんの輝きは、好きな場所に好きなだけお届けできるんだよ☆」
揺らぎの中心から光を伴う衝撃波が発生した、ならばこいつの攻撃は座標指定のものか。動けば当たらないようなもんだったら良いんだが
「みんなに溢れるくらいのキラキラをあげるの、これが私の愛だから☆」
あ、だめだ、
「さあ、愛を受け取ってね☆」
飛ぶか? いや上もダメだ、今から下に降りることも難しい、飽和攻撃に対して壁抜けがどこまで機能するかも分からん。どうする!?
「イッツァ、ショータァイム☆」
一面を包む閃光、視界は塗り潰されたが、不思議と痛みはない。
「こいつァ」
俺を囲むのは黒糖の壁、ラァの防壁だ。だが、なぜだ、俺だとは思っていないはず。
「借りは返しました、次はないですよ」
ラァ、なんて良い子なんだ。一瞬だけ稼いだ時間を恩と思ったのか。
「今からアレを黙らせます、それまで大人しくしていてください」
【煌めきの王】
輝きをあなたに届けましょう
それが私の愛だから
それで貴方が死んだとて
私はけして悲しまない
愛を渡して逝くのなら
それはきっと幸いでしょう
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
こくとう
「あはっ☆」
盾になってる黒糖がどんどん削られていく。それほどまでにこの光の破壊力はとんでもないのか。まともに当たってたら即死だったかもしれない。
「さあっ、さあっ!! アイドールちゃんの愛を受け取って☆」
「貴方の愛なんていらない、そういうの押し売りって言うの」
「それでも構わないっ!! アイドールちゃんの愛が届くのなら☆」
「度し難いです、終わりにしましょう」
「終わらないわ!! アイドールちゃんがここにいる限りね☆」
「いいえ、終わり。もうできてしまったもの」
なんだ? 何ができたんだ? ラァの攻撃で前準備が必要なものはほとんどないのに。わざわざ用意したものならば、それはきっとこの状況を打開するもののはず。
「黒糖正宗」
今とんでもない事が聞こえたな、なんて? 正宗って言ったか? 伝説に出てくるような刀の名前じゃないか、いくらラァが万能でも砂糖で刀を作れるわけ……
「たまげた、まさか砂糖の名刀が拝めるたァ」
黒く光沢を放つ一振り、ただそれだけのはず、それだけのはずなのに、どうしてここまでの存在感を発しているのか、どうしてこんなにも目が離せないのか。まるで魅了をかけられたような状態だ。
「そんなものがアイドールちゃんに届くと思うの? 無理、無駄、無様の三拍子だよ☆」
「これを一振りすれば貴方は終わり、遺言はある?」
「遺言? それが必要なのはあなたの方かな☆」
歪みがラァに集中する、それが弾ければいくらラァでも危ない
「ああ、お兄様。この技はお兄様に捧げるもの、きっと近くにいるのでしょう。見てください」
黒糖正宗を手放した? 当然刀は地面に落ちて、そして。
「
刀身が根元から折れ、そこから一直線に黒糖が放たれた。それは高速回転する弾丸にも似て、アイドールを胴体に大きな風穴を空けた。察するに、黒糖正宗は銃身であって近接武器として使うわけじゃないんだな。刀の形になっているのは相手に近距離攻撃を警戒させるための罠ということか。我が妹ながら、恐ろしい攻撃をする……
「どう、して」
「技の解説なんてしない。そのまま壊れて頂戴」
「ま、だ、本当の、偶像に、なれて、ないのに……な」
倒れるアイドール、流石に胴体のほとんどが消し飛べば動きを停止するのか。いや、本当にそうか? 今までの人形は切り離した手足も普通に動いていた、その頂点にいるアイドールがこの程度で機能停止するとは考えにくいだろう。
「ふぅ……」
「油断、したね☆」
「残念だったネェ、人形が壊れにくいことなんてお見通しサ」
アイドール目掛けてアルカを振る、何度も何度も、動かなくなるまで刻み続ける。幸いアルカには人形の動きを止める謎の効果がある。
「あ、ぎゃ、ひっ、やめっ☆」
「止めるわけネェだろう」
「ゆるっ、してっ、もう、こうさん、するか、ら」
「信用できないネェ」
「いや、いやぁ、死にたくない、死にたくないよぉ☆」
「人形が恐怖するなんてェ凄い出来だ。それでこそあてが参考にする価値があるってもんだィ」
「ごめん……なさい……ごめ……なさい……」
「動かない人形だけが良い人形サ、あてを除いてネェ」
「うふふ……」
っ!?
「何を笑って……」
何か隠し玉があるぞ、警戒しろ!!
「あはっ、アイドールちゃんはねえ。唯一無二だけど、身体は用意できるんだよねえ。だってここは人形工房、いくらでもパーツはあるんだもん☆」
「……そりゃ道理だネェ」
おいおい、後ろから歩いてくるのは完全な状態のアイドールか。それも、何回でも復活するってのかよ。こりゃあ、なかなか、しんどい展開だ。
「姿を見せるのが偶像の役割なんだけど、攻撃されるのは嫌だからさきにやっちゃった☆」
「先に……?」
俺は攻撃を受けていない、ならこの言葉の意味は
「ごぷっ……!?」
「吐血か、内臓が傷ついているようだネェ。おおかた、体内に衝撃波をぶち込まれたんだろうナァ」
「お、にい、さま……」
ラァの口から、血、赤い、血、あんなに、血が、俺の妹が倒れた、血が、は? そんな、ことが、許され、どういうことだ? やったのは、アレか、そうか、アレか、殺そう、壊そう、手段は問わない、全身全霊で、殺ってやる
「旦那……?」
ああ、そうだ、全てを使って、殺しきれ。許さない、許さない、アレは、俺の妹を、傷つけた。
「旦那!?」
カタハ、俺がやる。引っ込んでいてくれ。
「……了解サ」
【熟練工】、どうすれば良い、どうすれば俺はアレを殺せる? 使えるものは全て使う、動かない肉体はいっそのこと捨て駒として割り切っても良い。
「俺のできる範囲では、それは達成できない、か」
【熟練工】で出来るのは、天賦の才能がない者が到達できることまで。それ以上のことは当然できない。できないことはできないと分かる、だがそれがどうした。できないことを、無理なことをするために俺は、ここに居るんだろうが。
「ほぼ無限に換えがある人形、だからどうした」
俺の手札を見直せ、攻撃、防御、搦め手、全てを考え直せ、俺ではできない、なら、俺以外も使えば良い、道具として認識すれば良い。
「我慢比べだ、身体の換えはいくらでもあるようだが。精神の換えは利くのか試してやろうじゃネェか」
【黒糖正宗】
黒糖で作られた伝説の刃、という嘘を纏った射撃武器。極限まで固めた刀身が折れた時、相手に向かって高密度の黒糖が弾丸として発射される。とはいえ、刀身は切れ味鋭く、そこらの刃物よりはよっぽど切れる。
刀身には銘が彫られており、実は正宗という名前すら嘘である。本当の名前は「真」であるが、それをラァが告げる事は無い。名を秘めることで成就する願いがあると信じているからだ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ブチギレたシスコンは何をするか分からない
桜腕の伸縮、不可能。アルカによる直接攻撃、可能だが一度余裕を持って避けられている。素手による殴打、論外。壁抜けを使用しての奇襲、消耗が激しすぎて不可能。スカイフィッシュを使って塔から落とす、不可能、そもそも捕まえておけない。ラァによる援護、出血と衝撃による気絶で不可能
「カタハ、お前が最後の希望だ」
カタハ、正式名称は15式自律人形マキナ。目の前のアイドールはマキナの次世代機らしい。人格を停止すると同時に情報を渡してくれたのはありがたい。
「ハッキング、汚染、それで終わりサ」
同型機ゆえに造りが似ている、構造が似ているならば、入り込める、はず。手順はこうだ、
①アイドールの装甲を一部剥がす
②破損部分からカタハの一部をねじ込んで接続
③精神プログラムへの干渉、精神への直接攻撃で機能停止に追い込む
「というルートくらいしか、考えられなかった」
まず①からキツい、当たる攻撃がないのどうにかしないとな。
「考え事はもう終わりかな☆」
「悪かったな、今から壊してやるよ」
「お、お、ぐ、ち、キライじゃないよ☆」
「余裕面も今だけだ」
周囲を見ろ、何か使える物はないか、俺の攻撃は読まれる、予想外の一撃を入れるしかない。今の所俺が使えるのは落ちている黒糖正宗の刀身、それをアイドールに叩きつけてやる。
「また刻んでやるよ」
「うふふ☆」
アルカの攻撃は目くらましだ、大きく円を描くようにしならせ、伸ばし、視界を奪え、できるだけ派手に、できるだけ魅せるように、当てるよりも、舞うように、全身を使って、偶像の目を惹け。一手を届かせるために。
「ぜんぜんダメ☆」
「くっ!!」
「そんなお遊戯には当たってあげられない☆」
悔しそうな顔をしろ、手玉にとっていると思わせろ、侮りを引き出せ、傲慢を利用しろ、全力を出させるな、道化でも良い、最後に立っているのが俺ならば。
「ダメダメすぎて可哀想になってきた☆」
「言ってろ!! お前は俺に負けるんだァ!!」
「愚かもここまで来ると、愛おしいよね☆」
位置を調整しろ、角度はなんとか確保する、あと、3歩。
「うおっ」
「あたらなーい☆」
2歩
「くそっ!!」
「あははは☆」
1歩
「当たれ!!」
「がんばれ、がんばれ☆」
ここだ!!
「いけぇえええええええええええええええええええええ!!!!」
「当たらないってば☆」
地面を這わせたカタハの腕、黒糖正宗を回収、切っ先をアイドールに向け、そして、自爆だ。
「っ!?」
反応したな、だが遅い、額に突き刺さる軌道だ。あれが射撃武器の銃身部分だとしても、ラァの黒糖を固めたもので、尖っているのなら、それは十分以上の武器になる。
「んぁあっ!!!」
「首が、落ち……!?」
首をパージして、避けた、だと!? 今までで一番人形らしい動きしやがった!?
「お……に……い……さ……ま……の……こ……え」
ラァ!? 意識が戻ったのか!?
「は、んぷ、てぃ、だんぷ、てぃ」
軌道が、変わって、もう一度、アイドールの方へ
「んにににに……!!!」
「おいおい、可憐さの欠片もないな。歯で受け止めるとブサイクだぞ」
凄まじい執念だな、だが、頭だけなら、俺の全力で押し込める。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「ぐぎぎぎぎぎ……!!!!」
嘘だろ、全体重に全力で力を込めて、それでも拮抗するとか、俺が弱すぎるのか、こいつの歯が堅すぎるのか。
「ダメ押し、いくぞ」
桜腕なら、修復はなんとかなる。カタハの外骨格を爆発させて押し込んでやる。
「ぐぁあああああああああああああ!!」
「がっ!?」
刺さった!! ここからだ!!
「ねじ込んでやるよ」
「はひほ、へはっへほふは(何を、狙っても無駄)」
「食らえ」
カタハの頭部分の一部を、傷口に、入れる。
「突破してくれよ!! 頼むぞカタハ!!」
返事はない、だが、アイドールの動きは停止した。
「やったか……?」
ぐらりと視界が揺れる、これは、地震とかじゃなくて、俺の、身体が、倒れて、いって。
「シンの旦那……しくじった、逆流、して、引きずり込まれ」
「もー、信じられなーい☆」
スポットライトを浴びる大舞台、これがこいつの精神プログラムなのか。
「アイドールちゃんのプライベートに入り込むなんて、ダメだぞ☆」
「随分余裕じゃねえか、ここなら肉体のハンデはないぞ」
「逆に聞くけど、アイドールちゃんより心が強い自信があるの? 永遠に近い時間を生きられる精神構造をしているんだけどな☆」
「当たり前だろ、人間もどきが」
「こわーい☆」
歪み、光
「ここでもそれか」
「スターの攻撃は光って無くちゃね☆」
「精々光れ」
一歩ずつ、一歩ずつ、力を溜めて近づく、
「ほらっ、ほらぁっ☆」
なんだ、これ、全然効かないぞ
「え……? キラッ☆」
歩みが遅れる事も無い、そよ風だ、こんなの。
「うそっ、うそっ、そこの出来損ないには効いたのに!?」
「ははは……てめぇには分かんネェだろう……ナ」
何が、永遠を生きられる精神構造だ。何が、偶像だ、俺はラァの兄だぞ。妹を傷つけられた兄貴を止められるものなんてあるわけないだろうが……!!
「歯ァ、食いしばれ」
「え、え、そんな、うそ」
戸惑いの溢れた顔に、右の拳をたたき込む。
「ぎゃひぃ!?」
「分かったか、これが兄だ」
【シスコン鉄拳】
ブチギレたシスコンが放つ最強の一撃、あらゆる阻み、あらゆる防壁を突破して、怨敵を撃滅する。その右拳には意思の力とか怨念とか呪いとか、いろいろな情念が込められていて、一種の呪殺効果まで発動する。とんでもない攻撃だが、妹、もしくは姉が攻撃されないと発動しないため、日の目を見ることは滅多にない必殺技である。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ドールハウス
「一応聞くけど、こいつ封印できるか?」
「封印ネェ、そんな能力を搭載しているように見えてるのかィ?」
「見えない、愚問だった」
「まあ、手段はあるサ」
え? あるの? 動かなくなるまで殴り続けるしかないと思ってたが。
「シンの旦那の人形に意識をぶち込んでしまえば良い。あの人形はここの産物であってそうじゃない異物サ。閉じ込めて塔の外で改めて壊せば終わり」
「なるほど。で、それはお前ができるんだな?」
「移動くらいなら、まァ」
「じゃあやってくれ」
「あいヨ」
アイドールの姿が薄れていく、それに伴って舞台もひび割れていくか。それじゃあここから出ますかね。
「ん? どうやって出るんだここ」
「さァ?」
「このままだとまずいよな」
「確実にそうだろうナァ」
これが最後っ屁かよ!?
「アハハハハハハハ!!!!」
アイドールの声、いや、それだけじゃない、崩れた形のアイドールが無数に湧いて来やがった!?
「はぁ!? ふざけんなよ!?」
「ニガサナァイ、ヨォ?」
「しつこい奴だな!!」
「アハハハハハハハ!!!!」
ダメだ、話をするとかそういう状態じゃねえ。
「何かするにも、もう時間が」
何か、出る方法を
「仕方ないでしゅ」
この声は、どこかで、
「境界、断絶、何するものぞ、我が翼を阻む事能わず」
え? なんか引っ張られ、
「止まり木が折れたら困りましゅからね」
ヤタ、お前
「サービスでそっちの人形も追い出してやりましゅ。後始末もやっておくでしゅ、感謝してほしいでしゅね」
意識が、また
ーシンoutー
ーヤタinー
はぁー、全く手のかかる止まり木ですね。この程度の精神世界なら勝手に出入りできるくらいの度量を見せつけて欲しいんですが?
「まあ良いでしゅ、こうやって助けてやれば喜んで止まり木の役目を果たすでしゅ」
「ニガサナァアアアアアアアアイ」
搾りかすが暴れていますか、そんなものを振りかざしたところでなんの意味もありません。なぜなら、私の翼は全てをすり抜ける。
「なんでしゅか? 確か、無理・無駄・無様の三拍子でしゅか? 今のお前にピッタリでしゅ」
「アアアアアアアアァアアアアアアア!!!!」
「怒ったでしゅか? 怒っても怒らなくても同じことでしゅ。当たらないんでしゅよ」
学習しない奴ですね。だから負けるというのに。
「ああ、それと。あと2回でしゅ」
このカウントダウンが終わった時、それがこいつの最後です。
「キィアアアアアアア!!!」
「はい、あと一回でしゅ」
次にすり抜けたら。
「はいおしまい。はい終わりでしゅ」
自慢の白翼から、今まで我をすり抜けた攻撃を放つ。飛べない翼にも使い道はあるものですね。
「どうせこれでも湧いてくるでしゅ、少しの時間が作れればそれで良いでしゅ」
パキパキ、ガキガキと崩れた人形がまた組み上がる。また立ち上がる。これが不屈の勇者ならまだ見れたものを。
「ぶっ壊してやるでしゅ」
すり抜けた攻撃からこの場所と敵の構造を把握、存在証明確立、反対存在の抽出成功、構築瓦解計算終了、結合開始、対消滅結界起動
「さかしまに、まみえることぞ、さいわいか、けがれもはれも、もろくはかなく」
「あ、ぁ、ぁ」
ぜーんぶ消えてなくなれば良い。そうすればもう2度と止まり木を害することもない。正直に言うと、我の結界まで使う必要はなかったけど。イラついたので叩き込みました。
「我のものに手を出したのが運のつきでしゅ」
まあ良い、これで綺麗さっぱりなくなった。我に精神世界で喧嘩売るなんて。身の程知らずとしか言えませんね本当に。
「さて、戻るとするでしゅ」
ーヤタoutー
「……戻って来たんだな」
「そのようで」
目の前には動かないアイドールの抜け殻、そしていつの間にか分離していたカタハが持っているのは俺の人形。
「そこに、いるんだな?」
「もちろん。あての中の何かも言ってるサ。こいつを壊せってネェ」
「さて、どうしてくれようか」
ラァをおぶって塔を出た後に踏み砕けばいいか。
『ダンジョン番号3番。「自律式人形は偶像の夢を見るか」の攻略を確認いたしました。特殊条件である人形への封印も達成されましたので、賢者の石がこっそり作った非売品をお贈りします』
「おわっ!?」
目の前にはなんか落ちて、いやこれって……?
「ドールハウス……?」
『こちらのドールハウスは、賢者の石の超絶最高技巧が詰め込まれたものです。内部は最高の治療を約束する空間となっております。製品名を「ナイチンゲール」といって、先程生み出したご自身の人形が起動トリガーとなりますので破壊なさらないようにご注意ください』
「今すぐラァを入れるぞ、手伝ってくれ」
「シンの旦那? 少しは疑ってみても良いんじゃあないかィ」
「ラァが治療できる可能性があるならなんでもしてやる」
「……分かったヨォ、聞く耳ないって事が」
ドールハウスを開けて、人形を放り込む。
「アイドールちゃんの、おうちにようこそ☆」
「お前、俺の妹を治療できるんだよな?」
「ひっ!? と、当然ですご主人様!! このアイドールちゃんはそのように再プログラムされました☆」
「なら良い、早くしてくれ」
「
「傷の一つでも残してみろ、今度こそ叩き潰すからな」
「わ、分かってます!! 全力全開でやらせていただきます☆」
【ナイチンゲールinアイドール】
皆さん、驚くべきものが生み出されてしまいました。空間圧縮型高性能治療装置「ナイチンゲール」に最高性能の人形が入れ込まれたことで、なんと、治療効果は、そのまま!!
そもそもの効果がハイエンドですので悪しからず。
これからも賢者の石をよろしくお願いいたします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
愛される資格
「アイドールちゃんからご主人様にご報告だよ、妹ちゃんの治療には1時間くらいかかるよ☆」
1時間か、それならここから離れることはできるだろう。
「でもなあ、これをここに置きっ放しにするのももったいないような気がするよな」
「何言ってるのサ、妹御にそのドールハウスを持っていてもらえば良いじゃないかィ」
「……ラァに渡せるのか?」
「できます☆」
「じゃあ、これをラァに渡す」
「分かりました☆」
よし、これで憂いはないな。さっさと去るとしようか。
「さ、行くとするか」
「……」
「どうしたカタハ?」
いきなり黙り込んで、何か言いたいことでもあるのか? いつも話している奴がいきなり黙ったときはたいていろくな事がない。
「何かあるんだな? 隠さずに言ってくれ」
「はは、シンの旦那には隠せないか」
「その身体、どうしたんだ」
カタハの身体には無数のヒビが入っている、いくら換えのある身体とはいえ、この有様はあまりにも、致命的に思える。
「人形工房から独立したと、思っていたんだけどネェ」
「まさか……」
「あても、ただの人形だった、みたいサ」
「壊れるのか、お前」
「壊れる、というのは少しだけ違うネェ……」
そんな顔で笑うなよ、そんな、諦めたような、
「あては、もとに戻るのさ、ただの、意思無きものに」
「人形工房を攻略したからか」
「どうだろうネェ、遅かれ早かれこうなっていたような、気が、するけど、ネェ」
「夢は、どうするんだ」
「夢? ああ、本物の身体、義肢の完成形、確かに、今なら作れる、ような、気がする、でもそれはもういいナァ」
「時間は、もう無いのか」
「はは、それもあるネェ。まあ、もっとも今はもう要らないっていうのが本当の所サ」
「なんでだ、夢なんだろ」
「あては、本物の手足があれば、本物になれると思っていたんだ。でも、それは違った。本物っていうのは、在り方だった、あてはもう、とっくにあてだったんだ」
「そうか、それがお前の答えなんだな」
「だから、もうひとつの夢を、追うとするヨォ」
「もうひとつの?」
何だ、そんなものあったのか、俺が何かできる事だと良いが。
「シンの旦那……野暮なことだってのは分かってるが、もう一度聞いても良いかィ?」
俺に聞くこと? 今聞かなきゃいけないことなのか?
「……あてを、愛しちゃくれないかィ?」
「っ!?」
そうか、そういうことか、
「……お前が居なければ俺は人形工房を攻略できなかった。俺とラァの命の恩人だ。俺は、お前に恩を返さなければならない。それは建前として、俺がお前に何かしてやりたいというのも本音だ。俺はどうやって愛せば良い?」
「口づけを、最期に……くれないかィ」
「そんなことで良いのなら」
「へ?」
「ん?」
「な、なんでもない。あまりにも即答だったもんで驚いただけサ」
今一瞬、すごいきょとんとした顔になったな。
「直接で良いのか?」
「え、あ、直接?」
「口にするんだろ」
「え? 口に?」
「口づけって言ったろう」
「や、確かに、言ったけどネェ」
「こんなところで遠慮するな」
「遠慮、というか、躊躇わなさすぎじゃないかィ」
「ん? 口づけってのは挨拶みたいなものだろ。なんで躊躇う必要があるんだ」
「シンの旦那……つかぬ事聞くんですがネェ、もしかしなくても慣れてるかィ」
「慣れるも何も、毎朝毎晩ラァと姉さんからされてたからな。もはや日常の一部だ、それがどうかしたのか? 姉弟なら普通だとデーレ姉さんも言っていたし」
「……」
絶句してるな、顔にドン引きって書いてあるぞ
「まあいい、口づけをしよう」
「ちょ、ま、むぐっ」
これで、少しでもカタハの無念が減るのなら良いんだが。
「ん、ん、んん!? んんんんんん!!?」
「うおっ!? なんだ!?」
暴れて逃げ出すとは、なんでだ、いつも通りに舌を絡めただけなのに。
「だ、だだだ、し、ダンナァ!?」
「落ち着け、ヒビが広がるぞ。なんでそんなに慌てている?」
「し、舌、入れ、ナンデ!?」
「なんで? 口づけってこういう物だろう?」
「……妹御と姉御にはいつもこのような」
「当然だろ? さっきから何をそんなに驚いて」
「……シンの旦那、一応言っておきますけどネェ。舌を絡ませるような口づけは、恋人同士が営みのときにやるようなものでネェ。とてもとても、姉弟で毎日するようなものではないと思うヨォ」
「まさか、姉さん達はちょっと長めの挨拶だって」
「……とんでもねえ姉妹と暮らしていたんですネェ」
「あ゛? 今なんて言った?」
「んんっ!! 仲むつまじいご姉弟で……」
「姉弟ってそういうものだろ?」
「ははは……」
なんでそんなに気になるんだ、当たり前のこと、なんだよな? え? 違うの?
「ていうか、なんかお前余裕あるな」
「あ」
「あ、じゃねえ。なんか死にそうな感じだったのもなくなったし」
「いや、壊れそうなのは本当で、けっ」
あ、砕け散った。
「今の感じで壊れるのか!? そんな馬鹿な!!」
「あはは、一応こんな感じでこれからやっていくみたいサ」
「え、ちっさ」
指人形サイズのカタハがそこにいた。
【長めの挨拶】
フレンチキス、もしくはディープキス、決して血のつながった物同士でやるような行為ではない。だが、それは一般常識という鎖に縛られた囚人の発想、人並み外れた想いの前ではそのようなものはひとえに風の前の塵に同じ。
ちなみに、物心ついた時からシンはラァとデーレにキスをされ続けているためにとんでもなくキスが上手い。その技術を使う事はほとんどないが。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
隠れ家
「小さくなったなぁ」
「ははは、ご覧の通りで」
「どうすんだこれから」
「どうする? それはなんとも薄情な問いじゃないかィ?」
「と言うと」
「連れてってくれヨ、この通り持ち運び易い身体サ」
「……ま、確かにな」
連れていきやすいのは、そうなんだが、連れていく意味がなあ。薄情と言われてしまうのも甘んじて受けるが、ただ同行者を増やすのもなんだか違うよなあ。俺が強くなるために必要なものを選別しないと、なし崩し的に大所帯になる気がする。
「で、カタハは今何ができる?」
「何って、そりゃァ。愛らしいだろ?」
「ただのマスコットは要らん」
「な、なんてこと言いやがるんだィ。あては恩人だろ?」
「確かにそうなんだが、口づけでチャラになったんじゃないか」
「いやいや、ならネェ」
「そうか……困ったな」
「あ、あれなら出来そうだネェ」
「あれ? どれだ」
「腕出しナ」
腕?
「これでどうだィ?」
「……腕1本分の鎧か」
「ま、このサイズの限界ってところだネェ」
「よし、じゃあ行くか」
「……随分とあっさりだネェ」
「まあ、少しでも連れて行ける理由があればそれで良い。カタハのノリにも慣れてきた頃だ」
桜腕じゃない方でも、これで有効打を出せるようになると良いんだが。
「それで、相談なんだけどな」
「何だィ?」
「1時間でラァの探知範囲から逃げられる自信が無い」
「あー、正確にはあと55分だナァ」
「もっと無理だな。地下の隠れ家とかないのか。ラァの砂糖は風に乗るから地下には行きにくいんだ」
「ない、正確には今はないネェ」
「含みがあるな、これからできるみたいだぞ」
「ご名答ォ、人形工房の真下には素材置き場があってネェ。そこをちょちょいと弄れば隠れ家サ」
「ちょちょいってのは、何分くらいだ」
「50分くらいサ」
「早く言え!! 5分で降りるぞ!!」
「合点!! とはいえ、あては御存知このサイズ。運んでおくれヨ」
「分かってる!! 好きなところに潜り込め!! 落ちるなよ!!」
「へいへい」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
落ちるように塔を下る、スカイフィッシュは方向を選ばねえ、下に向かっても加速できる!! 重力+スカイフィッシュなら、5分で間に合う、はずだ。
「一階についたぞ!! どうするんだ!!」
「では、ちょちょいと」
「ぐぉあ!?」
床が爆発したぞ!? とんでもねえ威力だ。
「ありゃ? 火薬の量を間違えたかネェ?」
「おま、火力、どうなって」
「え? あては別に小さくなっても弱くなったとは言ってないヨォ?」
「……そういうことは先に言ってくれ。連れていく理由を探してた時間を返せ」
「へ? 連れていく理由を探してた?」
「あー、なんでもない。忘れてくれ」
「……へー、連れていく理由を、ネェ?」
「うるせー!! 早く隠れ家作れ!!」
「分かってるサ、さぁやるよ。今だけはあてがここの主」
うわー、なんか地下がグルグルしてる、なんだこれ。
「え? てかなんでカタハがこんな権限持ってんだ」
「あー、それはネェ。アイドールの奴を人形に移すときにコピーしたのサ」
「そんなことしてたのか」
「やー、一泡吹かせるための仕込みが役に立って何よりだネェ。それじゃ、あと48分22秒待っておくれナ」
「結構あるな……」
「待つだけは暇かィ?」
「まーな」
あー、なんか駆け抜けた反動で今どっと疲れが出てきたな、普通はこんな駆け足で攻略するもんじゃないんだよ、ダンジョンは、多分。あ、やべぇ、気を抜いたら眠くなってきた。
「ふふ、横になって寝ナ。出来たら起こすからヨォ」
「ふわぁ……悪いな……なんか、すごく……眠いんだ」
「目を閉じな、寝てる間くらいなら、あてもなんとかやるサ」
「なら……安心だ……頼んだ……カタ……ハ……」
なんだ、柔らかい、感触が、ある、ような
ーシンoutー
ーカタハinー
「寝てる姿はまるで、無垢な幼子みたいだネェ」
あてはシンの旦那に嘘をついた、本当は人形工房が攻略された影響なんて微塵もないんだ。それどころか、アイドールが持っていた特権も手に入れて、あてが求めた本物の義肢だって難なく作れちまう。小さくなったという芝居は、ただ、連れていって欲しかったのサ。
「この姿、見せる事はできないネェ」
理想の身体、あての、姿。人間と遜色のない身体というあての夢。この身体を愛してくれたなら、それはきっと極楽に行くよりも、幸せだネェ。
「今は、寝ている間に膝枕をするくらいが限界サ」
シンの旦那は、誰よりも強くなりたいと願っている。そこに強すぎる仲間は要らない、あての立ち位置はほどほど使える道具だ。それなら、きっと連れていってもらえると考えたのサ。
「ああ、愛おしい」
あての、あてだけの、持ち主。
「今なら」
そう、今なら、完全に気を抜いて、寝ている今なら、あての、ものに、
「なんて、思うだけサ」
シンの旦那は、あてを信用して、命を預けてくれている。それを裏切ることなんて、できやしないサ。
「それに、怖い護衛も居るみたいだネェ」
射殺すようにこちらを睨む白いカラス、意思のあるように蠢く木の腕、変な気を起こすもんじゃないネェ。
「安心しておくれヨ、奪ったりしないサ」
ま、しばらくはネェ?
【17式自律人形エンデ】
人形の完成形、被造物の終着点、人形工房が生み出した最後の傑作、マキナはデウスを呑み、エンデに至った。そして、人形はひとのかたちを得た。次なる望みはひとのこころ。自らのものではない、愛しい者のこころ。
愛しいこころを得るために、最後の人形は、自らを偽る。それこそが、最も人らしい事と気づかぬままに。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
夢々忘るるな
「で? 我に何か言うことはないんでしゅか?」
「なんだいきなり、こっちは疲れて寝たと思ったんだぞ」
目の前に不機嫌なヤタがいる状況に叩き込まれただけだった。これじゃ、休むに休めない。
「なーにーかー!! 言うことはぁー!! ないのかなぁあああ!!!」
なんでこんなに機嫌が悪いんだこいつ。俺が寝てるのが気に食わないのか?
「分かった、今すぐ出て行く」
「はぁ!? なんでそうなるでしゅか!?」
「いや、俺が邪魔なんだろ? 分かってる」
「そーじゃないでしゅ!! 絶対に行かせないでしゅ!!」
そんな必死に縋り付かなくても、俺をここから出すかどうかはヤタ次第なんだけどな。
「えー、じゃあなんだ……俺が言わなきゃいけないことは……」
「我、結構頑張ったと思うんでしゅけど? 命を救ったと思うんでしゅけど?」
「それには感謝してる。何か礼を」
「それでしゅ!!」
「え?」
「もっと感謝の言葉を!! もっと労いを!! さぁ!! さぁ!!」
「いや、だからここじゃ礼なんて大したことは」
「いーからさっさと抱きしめて頭を撫でてありがとうお前がいてよかったって囁くでしゅ!!!」
「……今なんて?」
「2度は言わないでしゅ……」
あ、これは従った方が良いやつだ。信じられなくて思わず聞き返してしまったけど、本当なら聞き返すのもアウトだったな。
「分かった、それを望むなら」
「早くするでしゅ……半端にしたらもう助けてやらないでしゅ」
「それは困るな。全力で甘やかそう」
「それで良いでしゅ、ぎぶあんどていくでしゅ」
「ぎ? なんだって」
「うるさいでしゅ、早く我を甘やかすでしゅ」
「分かったって
うーん、まさかここに来てヤタが構ってちゃんの甘えん坊だと発覚するとはな。まあ、そもそも群れから追い出されたっぽいし、甘えることに飢えているのは不思議じゃないか。
「むふふ〜」
「力加減は良いか?」
「くるしゅうない、くるしゅうなぁい」
「殿様か」
「もっと撫でるでしゅ、止まり木は鳥の世話をするのが存在意義でしゅからね」
「はいはい、お前がいてよかったよ。ありがとう」
「心がこもってなぁーい!! やり直しでしゅ!!」
「心を込めるってなぁ」
「妹とか姉に囁くようにやるでしゅ!!」
え? 改まって言われると難しいな。というか、囁く機会なんてほとんどなかったしな。何度かのやつだって、ラァもデーレ姉さんもすぐに座り込んでしまったし。
「“ヤタが居てくれて良かったよ、本当に感謝してる”」
「カァッ!?」
「そんなに気色悪かったか、傷つくぞ」
カラスみたいな叫び声あげやがって、やれって言ったのはお前なんだからな?
「そ、そんなふうに、姉妹に話していたんでしゅか?」
「いや、普段は違う。耳元で小さく話す時だけだな」
「だとしてもド変態でしゅ、なんであんな色気を出す必要があるんでしゅか」
「色気……? 別にこれは言われた通りに練習してただけで」
「……それは誰から」
「そりゃあ、ラァとデーレ姉さんだけど? なんでも相手にバレずに耳打ちする話し方だとか」
「仕込み方がえげつねえでしゅ……なんで実の弟とか
兄にそんなことを」
「それで、囁くのはもう良いのか」
「……良いと言うまで続けるでしゅ」
どんだけやらせる気だ。
「どーせ、ここの事はうろ覚えになるでしゅ。だから言うんでしゅが」
「え、怖い話?」
「茶化すんじゃねえでしゅ!! 黙って聞くでしゅ!!!」
「あ、はい、すみません」
重い話はあんまり聞きたくないんだけどな。
「我はもう現実では飛べない体でしゅ、片羽はもう動かない。でも、我は空を飛べる。止まり木が代わりに飛んでくれるからでしゅ」
感謝、されているのか
「そもそも、我はあの時死ぬ定めだったんでしゅ、血溜まりに沈んで終わり。でも、そうはならなかった。止まり木が救ってくれた」
まあ、成り行きだけどな
「いけすかない同族も叩き落としてくれたし」
それも成り行きだ。
「何より、我の力を使ってくれる。必要としてくれる。それが何より嬉しいでしゅ」
ヤタ……お前そんなふうに
「だからなおさら、腹立たしい」
え? おっと風向きが?
「我より早く近くにいた木、盾の女、すり寄って来た人形、血縁は多めに見るとしても。止まり木には女が寄りすぎる」
あーれー? なんか良い感じで終わりそうな風だったじゃん?
「正直言って!! そいつらを撃滅してやりたいでしゅ!!」
言いやがった、止めるか? まだ話の続きはあるのか?
「我の止まり木でしゅ!! 誰のでもなく!! 我の!! 誰にも渡さないでしゅ!!」
今は聞く時間だ。トチ狂って口を挟もうものなら今以上にヒートアップするはずだ。
「でも、我は寛大でしゅ。止まり木に嫌われたくないし、大目に見るでしゅ」
ヤタが大人で助かった……いやマジで
「た、だ、し、今までのあれこれは忘れても今から言うことだけは持っていってもらうでしゅ」
なんだ、相当大事なことらしい。
「名前だけはちゃんと読んで欲しいでしゅ、ヤタと読んで欲しいでしゅ。それだけで今は満足でしゅ」
「分かったよ、ヤタ」
「それで良いでしゅ、忘れてたら承知しないでしゅ」
こりゃあ気合を入れておかないとな。
「起きてヤタ・デシュって呼んだら。止まり木の急所を攻撃するでしゅ」
「絶対忘れないから!!」
気合を!! 入れて!! おかないとな!! 俺の俺が死にかねないぞ!!!!
【囁き殺法】
説明しようっ!! 囁き殺法とは!! タガの外れた姉妹が仕込んだとんでも能力である!!
微量の電気と砂糖による矯正が行われた結果、囁く時のみシンの声にはf分の1の揺らぎに似た効果が発生し、相手の脳を強制的にリラックスさせてしまうのだ!!!
この技術が1番効く相手は仕込んだ本人たちである事は言うまでもないが、一応言っておこう!!!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
糖妃飛翔
「ん……ヤタ、で」
「カァ……?」
悪寒が走る、目を覚ました直後でよく分からないが、これ以上先を言うことは絶対にダメだと俺の勘が全力で警告を出している。
「ヤタ?」
「カァ」
何かを回避した、ような気がする。
「ヤタ、か」
そうか、こいつの名前はヤタだったのか。じゃあ、ヤタ・デシュのデシュってなんだったんだ? 朧気ながらに覚えている事があるような、ないような。
「起きたかィ?」
「ああ、悪い。逃げ場はできたか」
「もちろんサ、ここがそう」
「……?」
周りの景色が変わっている。カタハに運ばれたのか?
「俺を運んだのか? その身体で?」
「人形工房の中なら、いくらでも運びようがあるのサ」
「……そうか」
「まあそんなことはどうでも良いサ。そろそろ腹が減る頃だと思って作ったものがあるんだナァこれが」
「お前料理できるのか」
「できるといっても、人形工房の設備をぶん回して作ったもんだがネェ」
「人形工房すごいな……」
確かに目の前のテーブルには湯気の立つスープとパンがある。確かに言われてみれば空腹を感じている様な気が。
「もふもふ……」
「ど、どうだィ?」
「美味い……」
「はは、そうだろうヨォ」
何の変哲も無いパン、じゃねえなこれ。なんか、焼き加減とかそういう事じゃねえ、たぶんこれ、なにか入ってるぞ。
「なんか入れた?」
「ぎくっ!?」
「小麦以外の味がするような気がするんだけど」
「……ちょいと隠し味を」
「何入れた?」
「美味いと……感じる成分を……抽出した粉を……少し」
「まあ、美味いからいいや」
「い、良いんですかィ?」
「いいよ、美味いなら」
別に死んだりしないだろ。
「で、俺が寝てる間に何かなかったか」
「んー、妹御はもう起きているみたいですがネェ。まだ動いてないようだナァ」
「動いてない? ラァが?」
おかしいな、俺よりよほど即断即決なはずなのに。どうしてまだここに居るんだ。なにかあったのか?
ーシンoutー
ーラァinー
目が覚める、記憶を一息に遡る、自分に起こったこと、自分が置かれた状況の整理を完結させる。第一優先事項お兄様、第二優先事項は目の前だ。お兄様の気配はない、ならば目の前のこれが何かをはっきりとさせなくてはいけない。
「ドールハウス?」
「いえいえお嬢様、ナイチンゲールとお呼びください」
ドールハウスが喋った? 可能性は3つ。
①遠隔操作
②この何かが意思を持つ
③自分の錯覚
「あれあれ☆ こっちの方が良いかな☆」
識別完了、敵だ。
「ああっ!? 待って待って☆」
命乞いは聞かない。
「お兄様のことを聞きたくないの!?」
「聞かせなさい。もし嘘だったら塵にする」
「こわーい☆」
「次にそれをやっても塵にする」
「分かった分かった☆」
優先事項一位のお兄様の情報ならばこの怪しいドールハウスの事も少しだけ存在を許そう。
「じゃあ手短に話すよ☆」
「それで良い」
「かくかくしかじか」
「塵になりたいなら今すぐにでも」
「わぁ!? 冗談の通じないお嬢様☆」
聞いた話によると最愛のお兄様は、私を助けるために超高性能治療装置であるナイチンゲールを私に下さったという。
「な、なんてことを」
「あれ? 顔色悪いよ☆」
お兄様が手に入れるはずの栄光を、強さを、全て奪って産まれてしまったというのにそれでもなお、お兄様は与えようというの?
「なんという慈悲深さ」
これ以上与えられてしまったら溢れてしまいそうだったのに、こんなことをされたら、もう、我慢ができなくなってしまいます
「やはりお兄様は救世主の生まれ変わり、遍く光を与えるお方。一度死んだように見せかけたのはラァに試練を与えるためだったのですね」
こうして姿を隠したのも、見つけてみせろという事なのでしょう? 嗚呼、体に力が、不思議と笑みが溢れていきます
「良いでしょう、ナイチンゲール」
「アイドールちゃんだよ☆」
「ではアイドールちゃん。お兄様の行った方向は分かりますか?」
「たぶんあっちの方☆」
「分かりました。白盾の方向ですか」
お兄様からいただいたこのナイチンゲールは、肌身離さず持ち歩きましょう。それがお兄様の愛に報いることになりますから
「口を閉じなさい、飛びますよ」
「人形工房が攻略されたからと言っても壁をぶち抜いて飛ぶのは無理だと思うな☆」
「今のラァならできます」
収束、収束、収束。イメージは流れ星、真っ直ぐに飛ぶ一条の星。
「
「うわぁあああああああ!?」
気持ちよく壁を貫き、私は飛ぶ。待っていてくださいねお兄様
「今迎えに行きますから」
【星に願いを】
流れ星のように、たどり着くべき場所に一直線に向かう。それがどんなに困難でも、どんなに離れていても。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
災害【地鳴り】
「行ったか」
上からものすごい音が聞こえた、きっとラァが壁でもぶち抜いたんだろう。見た目に反して、行動は結構脳筋だからな。
「まさか人形工房から一直線に飛び出すとはナァ」
「凄いだろ?」
「凄いというか、凄まじいというか」
まあ、何にせよ。これでラァの方から距離をとってくれたんだ。ここから出るなら今しかない。
「よし、ここを出るぞ。出口はどこだ」
「そういやァ、次はどこに行く気だィ?」
「どこ? 決めてなかったな。海でも渡ってみようか」
「船旅かィ、悪くない」
「いや、空を飛んでいく」
船を動かすのは大変なんだぞ? 俺にはスカイフィッシュがあるんだからそれでいい。
「ま、空の旅ってのも悪かないネェ」
「別の大陸とか島国でも強くなるタネはあるだろうしな」
「あてはシンの旦那と一緒ならどこでも良いさね」
ノーコメントとしておこう。ここで下手に答えると面倒なことになる気配がぷんぷんする。
「さて、出てきたのは良いが。なんか騒がしいな」
赤盾灯台の空気が張り詰めている。今から攻められでもするのか?
「ん? お前は支度しねえのか」
「支度?」
「伝令聞いてなかったのか!? 黒盾砦に昨日地鳴りが出たんだよ!!」
「地鳴り……!?」
そう呼ばれる災害があるのは知っていたけど、それがどうしてデーレ姉さんのいるはずの黒盾砦に。
「救援を送らにゃならんから戦える奴らはみんな戦支度をしてんだ、お前は行かないのか?」
「行く、教えてくれて感謝する」
ラァの身が危ないのを回避したと思ったら、今度はデーレ姉さんか!? 俺が行ってもどうにもならないかもしれないが、行かないという選択肢は存在していない。
「カタハ、落ちるなよ」
「合点!!」
スカイフィッシュの最高速度で黒盾砦に向かう。方角はすでに把握済みだ。
「夜明けまでには着くか?」
正確な距離が分からない以上は、何も起こっていない事を祈るほかない。それだけに、時間の進みが異常に遅く感じる。
「これ以上早くはできないが……もどかしいな」
制御不能になって墜落するのが1番時間の無駄になる。これ以上の速度は出せない。
「くそっ、無事でいてくれ」
万が一が何度も頭をよぎる、血溜まりに沈んだデーレ姉さんの姿を幻視する。
「落ち着け、デーレ姉さんは強い。俺なんかよりずっとだ。心配する事なんてないんだ」
言い聞かせる、何度でも。
「見えた……!!」
そびえ立つ黒い城塞、そして周囲には破壊の跡。
「焦げた匂い……」
周囲の物が焼けている、しかしこれはただ焼けているんじゃない。電熱で黒焦げになっている、それならここはデーレ姉さんが戦った場所か。
「砦は健在で、地鳴りは居ない」
勝ったのか? それなら、
「なんだ?」
デーレ姉さんの破壊痕の他に、何かとんでもなく強い力で蹴り出しような足跡。
「……デーレ姉さんの移動には、こんな跡は残らない。つまり、デーレ姉さんのほかに誰か戦っていた?」
少なくとも足手まといにならないレベルで戦える人間といえば、この砦の主くらいだと思うが。
「デーレ姉さんが矛で砦の主が盾をやっていたのか」
そのタッグなら、災害である地鳴りでも正面から打倒する事ができてもおかしくはない。
「地鳴りも居ないなら、ここに残るリスクの方が大きい」
デーレ姉さんの探知範囲に入ってしまうのは避けたい。
「……戻るか」
「いいのかィ? 無事を確認しなくても」
「良い、デーレ姉さんは負けない」
ここがこの程度の破壊しかないのなら、それは姉さんが本気で戦っていない証拠だ。姉さんが本気になったら、この辺り一帯は更地になっている。
「後悔しないようにナァ」
「大丈夫だ」
「ま、シンの旦那がそう言うなら。あてから言うことはなにもないサ」
さて、海を渡る準備でもするか。
「無駄足で良かった」
「なにが無駄足だって?」
「っ!?」
誰だ、それよりも、どうやって? さっきまでここには誰も……!?
「お前、名前は?」
目の前の女、金髪を腰まで伸ばした令嬢風の見た目。それを覆い隠して余りあるとんでもない威圧感。強さを隠そうともしないその姿。
「……シンだ」
「シン? シンねぇ……」
何かを考えるような素振り、今のうちに俺の本能が逃げろという。だが、俺の勘は逃げられないと言う。相手の目的すら分からない現状では迂闊に動くことはできない。
「あの電撃の弟だろ。お前」
「電撃? 何の話だ。俺はここに地鳴りを倒しにきたんだ」
「嘘だな、お前じゃ無理だ。そんなことは自分が一番よく分かってますってツラもしてる。助けに来たんだろ? 姉貴を」
「何のことだかさっぱりだ、話が終わりなら行くぞ。地鳴りがいないならここに居る意味もない」
これで行かせてくれるなら、どんなに楽だろうか。
「待てや」
肩を掴まれたか、好都合だ。
「あ?」
手をすり抜けた。異常事態に固まる相手、後は全力で飛ぶだけだ
「させねえよ?」
「……冗談だろ」
何をされたのか分からなかった、ただ俺は地面に倒れて拘束されている。
「なぁ、お願いがあるんだよ」
嫌な予感しかしない。
「聞いてくれるよな?」
【地鳴り】
大地を操るおそるべき災害、一国をも滅ぼす力を持つというが今回は相手が悪かった。
雷神と鬼が暴れ回り、地鳴りは崩れゆく。無念を胸に抱きながら。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
試される大地
「この状況でするのはお願いではなく、脅迫の間違いじゃないのか?」
「お? その余裕はどこから来るんだ。今すぐにでも抜け出せる手段があるみたいに聞こえるぞ」
「さあ、どうだろうな」
壁抜けは一度使ってしまった。全身ではないにせよあと1回が十全に使える限度だろう。次に使う時は絶対にいなされてはならない。慎重にならなければいけない。
「ふてぶてしいな、お前」
「虚勢くらい張らせてくれよ、今はお前が圧倒的に有利なんだ」
「お前じゃない、ファスカだ。ファスカ・ルーザス」
「ルーザス……!?」
あのルーザスか……!? それなら今状況はおかしい、ルーザス一族は弱いことで有名なはず……
「今、おかしいと思ったな? それは正しいぞ」
「本当に、ルーザスなのか」
「お前が知ってるルーザスだよ。過去の栄光を捨て去って、職人になった一族さ」
「信じられない。ファスカはどう考えても、ルーザスにしては強すぎる」
「その通り、オレは強すぎた。まともに布も織れやしない、全部壊しちまうからな」
「余計に分からない、俺に何を望むっていうんだ」
「器用なんだろお前、電撃が言ってたぞ。自分にできないことがたくさん出来てすごいってな」
「器用は器用でも、器用貧乏だよ。なんでも人並みの域を出ない凡人なんだ」
「ただし、その人並みの適用範囲が異常に広いんだろ。電撃に聞いた限りでは、持った瞬間になんでも人並みにできるらしいじゃねえか。殴る以外できない身としては羨ましい限りだぜ」
え? 待って、今褒められたか? やだ嬉しい。
「しかしまぁ、あの電撃の溺愛っぷりは正直異常じゃないか? そりゃあお前が逃げるのもなんとなく分かるってもんだ」
「一瞬でも、てめえが良い奴だと思った俺が馬鹿だった。デーレ姉さんを異常と言う奴に良い奴はいねえ」
「っ!?」
前言撤回、壁抜けを使用。すり抜けるのと同時にアルカを抜く。馬鹿げた身体能力があるのは分かっている、目にも映らない行動をするのなら、動く前に止めれば良い。強い奴は弱い奴に対して、無自覚の慢心がある。今みたいな絶対有利なら無論。一度破っているというのも良い、対処済みということで油断する。逃げにしか使えないと思っているうちにアルカで攻める。
「動かない方が良い、俺は弱くてもアルカは一流なんだ」
「なんだこりゃ、伸びる剣か?」
「そう、それに巻かれている状況は理解してもらえるか?」
「ああ、やっぱり器用だなお前」
「姉さんへの言葉を取り消せ、そして二度と俺と俺の家族に近寄るな。そうすればこの場で切り刻む事はしない」
「……悪かった、その目を見る限りだとオレはお前の聖域に踏み込んだらしい」
「分かれば良い」
となれば、周囲をカタハで爆破の目隠ししてから離れるか。告げ口をされたところで、海を渡ってしまえばデーレ姉さんの移動速度でもすぐには見つからないだろうし。
「ますます良いな、家族を思えない奴は信用できない。やっぱりお前ならオレの先生になれる」
「せ、せんせい?」
「そうだ、オレは家業を継ぎたい。だから、職人になりたいんだ」
「しょくにん……!? その強さで!?」
「悪いか……? 好きなんだよ、細々した作業とか」
「いや、意外すぎて」
「そうだろうな、お前もオレを笑うか? 岩を砕く手で編み物なんて……てな」
「笑わない。それを笑えば俺は今の自分の行為を否定することになる」
「じゃあ、オレの先生になってくれるんだな」
「ならない」
金輪際ファスカと会う気はないからな。
「困ったな、この剣がいいものだってのは何となく分かる。それを壊すとなると嫌われそうだ」
「今の時点では、ファスカの事は嫌い寄りだけど。アルカに傷をつけたとなればそれは決定的になるだろうな」
というか、神樹鋼でできてるアルカを壊せるのかこいつ。
「無理に抜け出すことはできないな。シンを手放すのも嫌だし」
「手放すもなにも、ファスカのじゃない」
「オレから何か利を示せば良いのか」
「いや、そういう問題じゃ」
「じゃあ、この身体を好きにしていいぞ。発育は良い方だから、楽しめるだろ」
「……俺に色仕掛けをしてくる奴は2人目だけどな。無駄だ、デーレ姉さんを見たなら分かるだろう?」
「あー、なるほどな。あのレベルの美人を見慣れているから、そう簡単にはなびかないと。贅沢な奴だな」
「否定はしない、俺にはもったいない肉親だ」
「あーあー、あの姉にしてこの弟ありって感じか。これじゃあ、入り込む余地はなさそうだ」
「話は終わりだ、俺はここから離れる」
「っ!? 剣を手放してそこから離れろ!!」
これは冗談や仕掛けの類じゃないな、何かが来ている?
「オオオオオオォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
目の前に、山が組み上がっていく、これは、なんだ
「地鳴りだ、生きていやがったのか」
「地鳴り!?」
姉さんとファルカにボコボコにされて死んだんじゃないのか!?
「オノレ、オノレ、ニンゲン、ワガ、シンノスガタ、ニテ、ホロボシテ、クレヨウ」
……マジか
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
山が崩れて、その内部から人間くらいの大きさのものが出てくる。
「我が名はドゥミン。真なる試練を与えよう」
土で作った彫像のような奴だ、これが地鳴りの本気の姿だとしたら、俺に勝てるのか? デーレ姉さんにも殺しきれなかった相手だぞ。
「シン、取引をしよう」
「なんだ」
「今からお前の命を助ける、だから俺の先生になれ」
「……分かった」
背に腹は代えられない、ここで死ぬよりは……
「じゃあ、戦(や)ろうか」
【地鳴り・
地鳴りが人型を取った姿、この形態になることは滅多にない。
なぜなら、この形態になるには一定の速さで地鳴りを倒さなければならないのだ。
彼の者は大地の恵み、彼の者は大地の怒り、彼の者は大地の意思。
逆らうことまかり成らぬ、大いなる大地に挑むのはあまりに無謀、あまりに不遜。
畏れよ、敬え、五体を投げ出し慈悲を請え。小さき命を少しでも長らえたいならば。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
鬼と呼ばれる女
「良いとこ見せなきゃなあ!!」
「どわぁっ!?」
踏み込み一歩でこれか、地面に深々と足跡が残ってやがる。これと戦おうとしてたのか俺は、結構命知らずな真似をしていたようだ。
「貴様か、もう1人はどうした」
「もういねえよ、オレだけで十分だ」
「不遜だな」
あーあー、オレが介入できるレベルの白兵戦じゃないな。勝手に入り込めばゴミくずのようにボロボロにされるのが目に見えている。だから、今の俺がすることは待つことだ。好機を待ち、それを掴む。
「相変わらず堅いな」
「貴様の拳はもはや意味をなさない。ただ壊れるのみだぞ」
「オレの拳が、壊れる?」
「無意味な真似をやめよ、貴様は強い。敬意を持って殺してやろう」
「あはははははははは!!! オレの身体の壊し方なんて、オレも知らねえのによくも言ったもんだな!!」
「っ!?」
おいおい本気か、拳の回転がどんどん速くなってやがるぞ。殴る音は人の身体が出すような音をとっくに越えている。ファスカの身体は本当に俺と同じ材料でできてんのか?
「もう一回言ってみろよ、何が壊れるって?」
「うぐ……貴様、本当に人間か」
「人間だよ、多分な」
一際大きな音、地鳴りが吹飛ばされていく。
「……俺がすることなくね?」
「うーし、これで終わり……とはいかねえか」
吹飛んだ先で地鳴りが起き上がる、身体にはヒビが入っていたがそれもすぐにふさがっていた。
「その身体、凄まじい密度だ。確かに拳が壊れることはないだろう。だが、その拳が我を砕くことはない」
「再生か、めんどくせーな。粉みじんになるまで殴れば良いか」
「無駄なこと」
再開された殴り合い。地鳴りの方は地面から槍を出したり、岩を砲弾みたいにしてぶち込んでいるみたいだが……
「チクチクと鬱陶しいなあ!!」
「無意味か、お前の命に届く攻撃はやはり我自身の一撃のようだな」
ファスカに全部迎撃されている。というか、当たってもノーダメージだ。どっちが災害なのか分かりゃしねえ。
「おぉおおらぁあああああああああああ!!!」
「くっ……」
圧倒している、拳の嵐の前に地鳴りは対応できていない。
「砕ききってやるよ」
「おのれ……!!」
終わりが見えてきたか。ボロボロと崩れる身体と、中に宝石……?
「舐めるなよ、我は大地。我を倒すということは、大地を倒すことと知れ。幾度、この身体を砕こうと意味は無いのだ」
「は、我慢比べか」
「よっと」
桜腕を使って宝石を抜き取る、意識を完全にファスカに向けていたからなんの苦労もなかった。
「な、ぐぁああああああ!? 我が力の、源泉たる、宝珠を、盗みだしただと……!?」
「え? やっぱりこれってそういうやつ?」
「きさまぁあああああああ!!!」
やべ、矛先がこっちに向いた。
「よそ見してる場合か?」
「していない、お前の弱点はもう見切った。お前の対処は終わっている」
「弱点だぁ?」
「内部破壊だ、貴様の内部には既に我の粉塵が入り込んだ。内側から貫かれるがいい」
「おご……!?」
ファスカの腹が内側から槍で……!? それも2本3本と続けて出てきやがる。
「ファスカ!?」
「手こずらせてくれたな、だがここまでだ」
「ち、くしょう……」
辺りを真っ赤に染めて、倒れる、ぴくりとも動かない、あれはもう、死んで、
「次は貴様だ。創造主の客といえども、これは試練だ。贔屓はしない」
「俺が、創造主の客……?」
俺が客と呼ばれるような存在で、地鳴りを作るような規格外となると。それはもう、1つしかないだろ。
「地鳴り、お前は。賢者の石の製品なのか」
「懐かしき名よ。我らは創造主の命を完遂するまで」
「賢者の石から下された命令ってのはなんなんだ、俺たちを殺すことか?」
「情報の開示を許されているのは1つだけだ。我らはダンジョン番号6番であり、その別名を地震雷火事大風(クアトロテレール)という」
「……マジかよ」
「話は終わりだ、さあ死ぬが良い」
地面、から、槍か!?
「カァッ!!」
「ぐっ!?」
ダメだ、壁抜けが、不完全、そもそも、3回目の発動、加えて、槍が太すぎた。
「わき、ばらを、少々もっていかれたか」
「不可思議な技だ、だが次はない」
頭上にデカい岩、面制圧は、避けきれない。
「アルカぁ!!」
俺の命を預ける、岩を両断してくれ。
「それは囮だ」
正面、地鳴り、拳、
「……弾くか」
「はぁっ……はぁっ……」
「その鎧、生きているな。惜しいことだ、虚飾を捨てれば窮地を脱する事くらいはできるだろうに」
カタハが無理矢理腕を動かして防いでくれた、反動で腕の感覚はもうねえが。
「では、足を固めよう」
「くそっ……」
腰まで地面に埋められた、動けねえ。
「即死という慈悲を与える」
「くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
落ちてくる岩、アルカは振れない、できることは、口を動かすことくらいか、
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
は?
「オオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
岩を砕き、その破片の上で吠える1人、いや、あれは人か?
「赤い肌に、大きな2本の角、どう見ても人間じゃない」
じゃあなんだ、あれは、いったい。
「鬼か、懐かしいな」
鬼? 御伽噺の鬼だってのか?
「面白い。見せてみよ、鬼の力を!!」
【鬼】
かつて存在していたという幻の存在、それは造られた命。強くあるように細工をされた命。どこまでも戦闘に特化した身体に無駄はなかった、されど、強すぎる種は次代を多く残さない。やがて血は減り、そして薄まる。強すぎたせいで減った彼らは、弱くなることを選んだ、あえて小さく、儚く、戦闘からは身を引き職人の道を切り開いた。
よもやその血が、今になって濃くなろうとは。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
鬼の腕の中で眠れ
「我らと同じ遺物の1つ、失われた血を持つものよ。暴威を以てその存在を示すが良い」
「アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
あの服、ファスカなのか……?
「ぐぅ……!? 見えないか……!!」
今、まばたきの間に地鳴りの腕が吹飛んだぞ。
「宝珠は奪い返した、存分にやろうではないか」
「アアアアアアアア!!!」
地鳴りの身体は次々が消し飛んでいく、それを意にも介さない。つまりは、これでは永遠に倒せないということだ。
「ふぅむ、貴様。吠えるばかりで吸っていないな、内側から食い破られるのは懲りたということか」
吸っていない? あの運動量で、無呼吸なのか!?
「それもいつまで保つかな?」
無理だ、内側から貫かれればまた。
「ははははは、我を相手に我慢比べをするか!!」
もう吠えることもできていない、息を吸ったときが最後だ。俺は、見ていることしか。
「すぅっ」
「終わりだ、鬼。遺された血を消すのは忍びないが、これも試練だ」
ダメなのか、砕けば砕くほどに地鳴りを吸ってしまう。
「がぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「なにっ!?」
え? 口から、衝撃波?
「今までの呼吸と叫びは嘘か、この一撃の、為の……!?」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
一気に吹飛んだ地鳴りの身体から宝珠が。あれを砕けば、あるいは……!!
「やらせると思うか!!」
地鳴りとファスカの間に岩の壁が次々と。
「ははははは、幾度も再生する岩の壁だ。お前の息がいくら長かろうと、保つまいよ」
「ああああああああああああああああ!!!!」
ほんの少しずつだが、声が細くなっていく。これを防ぎきられたら、きっと次はない。これが最後のチャンスかもしれない。
「いまやらなきゃ、いつやるんだよぉおおおおおおおおお!!!」
地面に埋められたのが幸いだった、いくらでも吸い上げて回復にあててやる。体力が戻れば、まだ、腕が動く。
「アルカァアアアアアアア!!! ぶったぎれぇええええええ!!!!!」
桜腕とアルカを限界まで伸ばし、そして、倒す、これは俺が、出せる、最大の攻撃だ。
「そんなものが効くわけがないだろうが!! いくら威力があろうとただ落ちる剣に当たると思うか!!」
確かに避けられるだろうな、重力に従って落ちるだけのアルカなら。だが、その勢いを殺さずに軌道を変えられるならどうかな。
「ファスカ!!!」
聞こえているなら応えてくれ、会ってすぐの仲だが、地鳴りを倒すにはここで斬らなきゃならないんだ。
「頼む……!!」
タイミングは一瞬、そこで動いてくれ。
「ここだ」
咆哮とアルカが交差する一瞬、既に地鳴りは居なくなってしまったが、射程圏内には居る。今しかない。
「聞こえたよ、オレの名を呼ぶ声が」
オレの目には、一瞬の閃光が走ったようにしか見えなかった。だが、結果は、すぐに訪れた。
「く……見事、我が宝珠、砕け、散れり」
振り抜いた格好のファスカ、そして、崩れ落ちる地鳴り。勝者は明らかだった。しかし、ファスカはその場に倒れてしまった。きっと身体の負担が限界を超えたのだろう。
「いやいやいや、地鳴りがやられちゃ締まんないでしょ? ちゃんと揃ってるから地震雷火事大風なのに」
「……え?」
誰だこの3人? いや、この雰囲気は、地鳴りと同じ。つまり。
「我が名はシナト、君たちが吹き嵐と呼ぶ者」
「我が名はクワバラ、てめぇらが轟きと呼ぶモンだ」
「我が名はオコシ、あなた達が火吹きと呼ぶ災い」
なんで、ここに、そんな奴らが
「はいっ、名乗って名乗って」
「く……上手く消えられると思ったのだがな……」
「はん、そうはいかねえよ」
「そうですよ、あなたがその形になったのならば。名乗りをするのが決まりです」
「ああ、そうだったな。久しく、忘れていた」
地鳴りの身体が、宝珠と一緒に再生、していく、そんな……馬鹿な
「我が名はドゥミン、貴様等が地鳴りと呼ぶ試練」
信じられない、目の前の光景を、信じたくない、目の前に居る災害を
「我らを乗り越えよ、さすれば、創造主への道が開かれよう。賢者の石を求めるならば、これは避けられぬ試練である」
「……今ここで、やるのか」
地鳴り1人にこの有様だ、とても、勝てるとは。
「んー? そっちがやる気なら良いけど」
「何言ってんだ、それじゃあルール違反だ。自分の城造って待ち構えんだろ、そういうルールでやるんだろ我(おれ)達は」
「そう。我(わたし)たちはそういうモノ。勝手に戦ってはいけません」
「だってさ、皆が真面目で良かったねー?」
城を造って、待ち構える?
「城を造る前ではあるが、貴様等は我を打倒した。我が城に来たとき、証を授けよう」
「えー? 甘くない?」
「甘くはない。創造主が全盛だった時と比べてはいけないのだ」
「ふーん。我(ぼく)にはそんなの関係ないね」
今から、こいつらが世界に解き放たれて、根城を造るのか? そうなれば、その周囲は、きっと、根こそぎにされる。そこにはきっと、犠牲が、出る、だけど、俺にはこいつらを倒す力がない
「力が、ない、ことは。立ち向かわない、理由には、ならない、よな」
強くなったら戦おう、勝てる戦いだけをしよう、そんな、そんなんじゃないだろう、俺が目指しているものは。
「あ、立つんだ? でもね、城ができてないからさ。ここはお開きなんだよね、じゃあばいばーい」
風、強すぎる、踏ん張りが、効かない、身体が、浮く
「スカイ、フィッシュ」
「あーダメダメ、我をダウンサイズした製品じゃあ。我の風からは逃げられないよ」
「ちくしょう……!! 俺は……俺は……!! 絶対にお前等を……倒すぞ……!!」
「はいはい、楽しみにしてるよーん」
敵とも、思われねえのか、俺は……!!
「くそっ……!!」
風に乗せられる、どこまで、飛ばされるんだ……
【鬼結び】
おちるつるぎよ、にないてをまて、ときはおとずれる、ひらめきよ、ばんぶつをうがて、おわりは、すみやかに、しずかに。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
双璧並び立つ
「ん……オレは……地鳴りを倒した……のか」
軋む身体を無理矢理起こす、ここまで肉体を酷使したのは何時ぶりだ? でも、あの全能感は悪くなかった。最後の一撃は特に良かった。やっぱり良い剣だあれは。
「シン、やったな」
近くに居るはずの相棒兼先生に声をかける、返事はない。なんだまだ寝てんのか? 仕方ねえか、オレよりずっと弱いのにあんなに頑張ったんだ。それくらいなら許してやろう、もう少し回復したら獣を捕って焼いてやろうか。肉を食えば回復も早い。
「これから、みっちり教えてもらうぜ」
ん? 待て、寝てるにしても。あまりにも、あまりにも気配がなさすぎる。万が一、万が一だ、もう、死んでいるわけじゃ……
「シン!?」
痛む身体を無理矢理起こす、居るはずの場所を確認する、そこには、何もなかった、死体も、なにも
「死んでは、いないのか」
安堵する、他人をここまで心配したのはこれが初めてかもしれない。
「なら、どこに?」
まさか、まさかとは思うが、
「逃げた、のか」
オレから? どうして? 利害は一致していたはずだ、ならなぜ?
「……お前もオレを避けるのか」
身体に力が漲る感覚と共に、自分の身体が変わっていったのを覚えている。鏡がないから分からないが、きっと恐ろしい、醜い姿だったに違いない。
「オレを、裏切ったのか」
あまりにも短い関係、それで信頼しあっていたというのは虫の良い話だ。それでも、それでも、それでも……!!
「オレは、お前を信じてたのによぅ」
運命というものがあるのなら、命を運ぶというのなら、それはこれだと思った、この出会いはきっとそれなのだろうと、思っていたのに。
「ガラにもなく、少女趣味だったようだ」
幻想は要らない、今オレは何をするべきか。
「逃げたのなら、追う。手段は選ばねえぞ」
先に約束を破ったのはそっちだぜ。
「電撃に手を貸す、その方が早い」
オレの知る中で最も、シンを探すのに適した奴だ。生きているとは思っていたようだったが、まだ確信には至っていない様子が見えていた。生きていると伝え、そして、一緒に探す。
「絶対に見つけ出す、それからどうするかは……そん時だ」
申し開きのひとつ位は聞いて、そのあとボコす。
「んじゃ、行くか」
足に力を込める、不思議だ、もう痛みはない。
「目的地は電撃、居場所は匂いで何となく分かる」
覚悟しやがれ。
「……というわけで、お前の弟に裏切られて逃げられた」
電撃のところまで行くのは案外簡単だった、常にビリビリしながら動いているわけじゃないからな。普段の移動はオレの方が早い。
「何を言っているのか分からないのだけど」
「言った通りだ、お前の弟のシンが約束を破って逃げた。オレだけで追うよりも、お前と一緒に探した方が早い」
「シンちゃんは、やっぱり生きているの……!!」
「あ? そう思ってたから探してたんだろ」
「可能性があるのと、確定しているのは別の事なの!!」
うわっ、なんか泣き出した。
「……あなた、名前は?」
「ファスカ、ファスカ・ルーザス」
「そう。私はデーレ・ビクトリウスよ。これからよろしくね?」
「ああ、さっさと見つけようぜ」
きっと、この選択は間違いじゃないはずだ。
「……それで、ファスカさん」
ん? なんで戦闘態勢に入ってんだ。
「あなた、シンちゃんに手を出そうだなんて思ってはいないですよね」
「手を出すかどうかは、あいつの言い訳次第だな。何発か入れるかもしれねえぞ」
「……そういうことではなく」
「そういうことではなく?」
じゃあ、なんだってんだ?
「シンちゃんは可哀想な子です。とても、とても良い子なのに。ビクトリウスに産まれた男というだけで呪いを受けてしまっている。強く、深い呪い。それでも、あの子は良い子のままだった。家族を大切にする、優しい子のままだった」
「何が言いてえんだ?」
話が全く見えてこないぞ?
「健気で、努力家で、賢くて、可愛くて、格好いいんです」
「うん、聞こえてないみたいだな。何を確認したいんだ?」
「そんなシンちゃんを、好きにならない人が居るわけがないっ!! あなたもきっと、シンちゃんを狙うはず!! そうなればあなたは敵、協力はできないの」
「ええ……?」
オレが思っているよりも、数倍やばいなこの姉弟。どうしたものかね。
「どうなの? あなたはシンちゃんが好き?」
「……嫌いじゃねえ」
「じゃあ……」
天候まで変えるか、いきなり暗雲が出てきてゴロゴロと鳴り始めたぞ。
「まぁ、聞けって。これは別に、色恋の話じゃねえんだ」
「本当に……? 信じられない」
「先生になってもらわねえと困るんだよ、あいつくらいしかオレに教えてくれる奴がいねえんだ」
「困る? その力があって職人になる必要はないでしょう」
「好きでやりたいんだよ、文句あるか……!」
「へ?」
ぽかんとしやがって、こいつも笑うのか
「……似ているわ」
「あ?」
「あなたも掴めぬものに手を伸ばし、欠けた破片を求める人なのね」
「詩を聞く趣味はねえんだが?」
「良いわ、信じましょう。あなたは敵にはならなさそう」
「わっけわかんねえ……」
まあいいか、これで協力体制ができたってことだよな?
【雷雲】
雷に満ちた黒き従者、唸りを上げて解放の時を待つ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
絶海と蒼空
「空!! そして海!!」
どこだここは!!
「風に乗せられて飛ぶ距離じゃねえって……」
場所を類推しようにも、周りには海しかねえし。
「幸い餓死とは縁遠い身体になっちまったから時間はあるが……」
ずっとここに居るわけにはいかないしな、さっさと飛ぶか。
「スカイフィッシュ」
ん?
「スカイフィッシュ……!?」
動かない……?
「壊れた……!? このタイミングで!?」
マジで?
「泳いでいくか……? いやそれは流石に」
俺が餓死と無縁なのは桜腕のおかげだ。水の中ではどうしようもない。
「修理できるか……?」
熟練工は何も言わない、できないのか。そもそも修理をするような道具もない。
「……どうするかな」
「お困りかィ?」
「そうだな、今のところこの島から抜け出す算段がつかない」
「ま、そういう時は天の助けを待つってのも一つの手だネェ」
「今考えつかないなら、とりあえず休息を取っても良いかもな。地鳴りとの戦いでは無理をしたし」
「休んでから考えて方が良いこともあるサ、きっと」
寝て起きたら良い考えが浮かぶ事を期待して、休むとするか。
「ふわぁ……身体がバッキバキだ」
無理に治して動かしたツケだなこれは。眠気はすぐに襲ってきた。
「カァ……」
ヤタ? 珍しくすり寄ってきたな……なにか……言いたい……こ……と……でも……
「止まり木……飛べなくなったでしゅか」
「ん? いつのまに寝たんだ?」
「我が誘うまでもなかったでしゅ、疲れていたんでしゅね」
なんだ、ヤタがなんか生暖かい目で見てくる。え? 逆に怖い。
「今回はなんの用だ? ただ話したいからここに連れ込んだわけじゃないだろ」
「よしよし」
なーんで俺はヤタに頭を撫でられているんだ? どういう事だがいまいち掴めない。
「分かってるでしゅ、傷を見せたくなくて強がっているんでしゅね。でも、ここは我と止まり木しかいない場所でしゅ」
「???」
え? 何? 慰められてんの?
「さあ、思う存分泣いて良いでしゅ」
「いや、泣かないよ?」
「強がりは良いでしゅ、翼を失った痛みを分かるのは我だけでしゅ」
「翼?」
「止まり木は飛ぶ手段を失った、それはつまり我と同じ片翼の鳥でしゅ」
「えっと……?」
ダメだ、よく分からん。
「一度でも飛んだ生き物は、空を失った時には死ぬものでしゅ。それでも死ねなかった半端者は大人しく傷を舐め合うしかないでしゅ」
「……ん?」
違和感、いや、これはあれだな、危険信号だ。何度もデーレ姉さんとラァから感じた気配だ。つまるところ、返答を間違えれば不味いことになる場面だ。
「止まり木も堕ちたのなら、それはもう天啓に他ならねぇでしゅ。さぁ、一緒にどこまでも……」
光を失った瞳と独特の威圧感。
「我は、止まり木となら沈んでも良いでしゅ」
「いやいや、沈まねえって」
「翼を失った者同士で、いつまでも溺れていれば良いでしゅ」
「だから失ってねえ」
「さあ、委ねて……」
1つも話を聞かねえな。揺さぶりをかけるか
「ヤタ、お前もしかして俺に沈んで欲しかったのか?」
「……?」
「お前は、俺に絶望して欲しかったのか」
「……何が言いたいでしゅか」
「いや、嬉しそうに見えてな」
「嬉しい……? 我が?」
怒るか?
「な、なんでそんなこというでしゅか……」
泣いたかー
「我は……我は……止まり木が……止まり木が……死んじゃうんじゃないかと……思って……」
「死ぬぅ!? 俺が……?」
「だって、だってだってだって!! 我が飛べなくなったとき死にたくなったもん!! 止まり木も同じはずだもん!!」
「そう思うのか」
「止まり木と我の心は一緒だもん!!」
「……じゃあ今は死にたいのか?」
「死に……たくは……ない」
「心が一緒なら、分かるだろ? 俺は別に死んだりしないって」
「止まり木は、死なない?」
「死なないよ」
「ほんとに?」
「ああ、それにまだ飛べる」
たぶんだけど。
「……まだ飛べる?」
「ああ、きっと飛べる」
「……ふーん」
「なんだふーんって」
「心配して損したでしゅ、飛べるなら何の問題もねえでしゅ」
「いや変わり身早いな!!」
「風向きを読むのは得意でしゅ」
これで分かった、ヤタがおかしくなるのは俺が飛べなくなった時だ。薄々分かっていたが、飛ぶことに関しての執着がかなり強い。夢の世界に幽閉される可能性を考えると飛ぶ手段は常に確保しておいた方が良いな。
「もう、用はねえでしゅ。さっさと起きて飛べるところを見せるでしゅ」
「ちょ、叩くな!?」
文字通りたたき起こす気か!?
「そんな乱暴な……と」
夜か……何も見えない。起きたは良いが、これじゃあ何かしようにも……
「ん? なんか光ってるな」
スカイフィッシュに発光機能なんてあったか……?
『やあやあ、我(ボク)からの試練だ。廉価版のこれを封印しておいたから、これを解いて脱出するか他の手段を取るかは好きにして良いから頑張ってね?』
「あいつ……ぜったいぶっ飛ばすわ」
【夢堕ち】
二度と浮き上がらぬ夢の底。それはきっと絶望の末に選ぶ心中ではなく、これ以上傷付かぬようにと願う優しさだろう。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
飛翔せよ
「ふー……飛ぶためには」
あの野郎に封印されたスカイフィッシュを解放する必要があるな、そのためには干渉をする手段を探さないといけない
「賢者の石つながりでどうにかならないか」
「どうにかネェ、同じとこの製品だからと言って上位権限を持っている訳ではないんだけどネェ」
「……無理そうか」
「無理? そんな事は1回も言ってないヨォ」
「……というと」
希望が見えてきたか。
「あての全性能をつぎ込んで、半分ってところだろうナァ」
「半分もあれば十分だ」
「そうかィ、じゃあやろうか」
カタハがスカイフィッシュの方へと移動する。
「ん? 合体するのか」
「そうだネェ、権限的なロックを物理的接続でこじ開けるにはこれしないないのサ」
そうなのか……
「スカイフィッシュを使っている限りあては喋れない、機能に制限がかかっていることを忘れないようにして欲しいサ。前と同じように使ってたら墜落するヨォ」
「分かった」
「戒めのために、この状態のスカイフィッシュは『イカロス』と呼ぶ事にしようかネェ」
「いか、ろす?」
「ありゃ、知らないかィ? イカロスって言うのは翼を得た後に調子に乗って落ちた愚か者のことサ」
「そうならないようにしろっていう事だな」
「ご名答ォ」
「肝に銘じておく」
海に落ちてそのまま死ぬのは間抜け過ぎる。
「では、しばらく」
「ありがとう、カタハ」
スカイフィッシュの感覚が戻ってくる、確かに飛べる距離に制限がかかっているのが分かる。こういう時には熟練工がありがたい。
「何処に向かうかも分からない状態で飛ぶのは危険だな」
それこそイカロスのようになってしまう。
「せめて方向を決めねえと、それか飛ぶ距離を延長できる手段が要るな……」
今は暗すぎて何も用意できねえ……ん? 何か音がするような……
「キィイイイイイ!!」
「うわ……!? なんだ」
なんか、こう、ぴちぴちしている。魚なのか? いやいや、魚は鳴かないだろう。
「キィイイイイイイイ!!!」
「いや違うな、この音は……」
え? ヒレから出てる? ヒレが振動して音を出してんのか?
「何でそんな事を……?」
音を出す理由を考えてみよう。
① 意思疎通
②危険を知らせる
③仲間を呼ぶ
「これくらいか? 1番不味いのは③になるが」
まさかこのタイミングで、そんな魚が現れるわけ。
「……ははっ、綺麗だな」
上空の雲が晴れた、少しばかり目も慣れたこともあり視界が戻ってくる。そこには、俺に向かってくる魚の群れがいた。
「……食べ放題だな」
迫る魚、魚、魚!!! これをどうするべきか、そんなことは言うまでもない。
「アルカ、お前を最高に活かせる場面だ」
周囲に味方なし、障害物なし、アルカ延長制限は解放された。思いっきり振り抜いてやるよ魚共
「おらぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
こんなところに連れてこられたうさはらしも兼ねて、全力で攻撃する。
「魚程度に防げるアルカじゃねえんだよ!!」
飛び散る魚ども、本当なら美味く食ってやりたいところだがそこまでの余裕はない。雑な解体をするのは許して欲しい。
「はははははははは!!!!!」
一方的な蹂躙だった。ここまで圧倒できるのは初めての経験だな。
「おまちください」
「ん?」
話しかけられた? 誰に?
「はじめにこうげきしたのはこちらです、はじをしのんでこんがんいたします、どうかおやめください」
「喋ってる!?」
「わたくしは、トビィーオのじ」
「あ」
なんか出てこようとしてたのがでかいのに食われたぞ。あれはクジラか? いや、でかいシャチだな
「美味!! かつ大量!! なんたる僥倖!!」
うわー、ひでえや。次々と食われていく。これが食物連鎖と言われればそれまでだけどさ。
「満腹!! そして礼を言おう、貴公は我輩の恩人であるぞ」
砂浜に乗り上げたシャチが礼を言ってきた、近くで見るとよりでけえな。
「ほほう、貴公の美味そうな匂いにつられて餌が寄ってきているようだな」
「……そんなに臭うか?」
「うむ!! 何かに魅入られたか? 微かだが芳醇な香りが風に乗っているぞ」
「あいつかー!!」
スカイフィッシュの封印だけじゃなくて、こんな嫌がらせまでしてやがったのか!!
「心当たりがあるようだな!!! どうだろう、我輩と共にならないか!!!」
「急だな」
「貴公がいれば餌には困らんのだ。それに貴公もここから出たいだろう?」
「まあ確かにその通り」
「なあに、我輩の背に乗っていれば何処へでも連れて行ってやろうではないか」
「どこに行けば良いのか分からないんだけどな」
「では我輩が知っている陸へと順番に連れて行こうではないか」
「それなら……」
そう言いかけた瞬間。肩からとんでもない殺気が飛んできた。
「カァ……」
「あー、ちょっと待ってくれるか。考えたい」
「待つとも、ここに居ても餌には困らんのだ」
俺は多分飛ばなきゃダメなんだ、ここで普通に乗せてもらうと多分ヤタの機嫌を損ねる。それは避けたい。
「じゃあこうしよう」
【芳香】
ははははは!!! 気づいたら怒るだろうなあ!!
我(ボク)が匂いまで仕込んでいたなんて思わないだろうし。たくさん苦労してボロボロになってくれたら嬉しいよ!!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
移動海上拠点 レブン
「我輩に足場になれと言うのだな? もぐもぐ」
「ああ、そうだ。お前の背中に乗っていくのも悪くないんだが……飛べるところを見せなきゃいけなくてな」
「大いなるレブンをそのように扱うと? もぐもぐ」
「レブン?」
「我輩の名だ。もぐもぐ」
「ちょっと食べるのやめてもらえるか」
流石に食い続けられると話がしにくい。
「我輩に食事を止めろと?」
馬鹿げた威圧感、今まで友好的だった分余計にやばさが伝わる。レブン、こいつの地雷は食事か。早急に取り消さないと関係が修復不可能になる。
「いや、そのままで良い。悪かったな。食事は大切だ」
「貴公はやはり話が分かるな。飢えは悪だ、飢えれば聖も乞食に堕す。もぐもぐ」
「その通りだな」
危ない危ない、危険察知が間に合って良かった。
「我輩はこの身体ゆえ食事に難がある。飢えは常に共にあったのだ。貴公のお陰で今は久方ぶりの満足感を得ている。もぐもぐ」
「そうか、知らなかったとはいえ酷い事を言ってしまったな。申し訳ない」
「許す。貴公の提案も受けよう」
「良いのか?」
「良い。貴公の残り香だけで餌を取るには十分だ」
「すまない」
長い距離を飛べないならば、休憩地点があれば良い。イカロスは適宜休むべきだったんだ。
「よし、行くか」
「待て」
「なんだレブン」
「これから飛ぼうと言うのだ。燃料を補給すべきだろう」
「うおっ!? ピチピチしてる!?」
でかい魚が目の前に飛んできた。え? もしかしてこれを食えと?
「食べたまえ」
「いや、生は、ちょっと」
「美味いぞ?」
「……いけるのか」
熟練工が俺に告げる。アルカならできると。
「さばくか……」
一流の料理人レベルではないが、まあ。食えるレベルにはさばける筈だ。
「……ふぅ」
なんとかなったか。
「生で、食えるのか」
是非とも焼きたいところだ。
「さぁ、一思いにいきたまえ」
「……分かった」
そんなキラキラした目で見られると食えませんとは言えねえ。
「く……」
覚悟を決めろ、ここで食うことで信用が得られるはずだ。だから。
「あむ」
「どうだ、美味かろう」
「あー、いけるな。塩味が欲しいが美味い」
思った以上に美味い。これなら1匹分食えちまいそうだ。
「良い食べっぷりだ。貴公もこれで飛べるだろう」
「気遣い感謝する」
「なに。飢えは辛いものだ。友に飢えの苦しみは与えたくない」
とことん食事にこだわりがあるらしいな。
「飛ぶぞ、イカロス」
身体が浮く、やっぱり鈍いな。どちらに向かうべきか。
「ここから一番近い陸地はどこだ?」
「こちらだ」
レブンが見た先を確認する。そこに向かって飛ぶとするか、問題は目印が見えない状態でまっすぐ飛ぶことができるかどうかという点にある。正直に言ってそこまでの方向感覚はない、デーレ姉さんやラァならなんとかなるとは思うが。
「まっすぐ進める自信が無い、悪いが先導してもらえるか」
「良かろう、我輩ならば空を飛ぶ貴公よりも早く泳いでみせようではないか」
レブンが行く、俺はそれを追えば良いというわけだ。
「いや、速いな!!」
「ふはははは!! 我輩の泳ぐ速さについて来られるかな!!」
置いて行かれる可能性がでてきたぞ……気が抜けないな。
「うおぉおおおおお!!!」
「ぬ、上げて来たか。我輩も枷を1つ外すとしよう」
「もっと速くなるとか……冗談だろ!!」
「ふははははは!!!!」
唸れイカロス、お前の性能限界はまだ先のはずだ!!
「カァッ!! カァッ!!」
「ヤタが楽しそうで何よりだ!!」
もっと、もっと飛べるはずだ、俺は!!
「あ」
ピーという音、そして、上がる煙
「イカロスゥウウウウ!!?」
堕ちる身体、しくじったな。まさか限界の8割くらいを維持できる時間が数秒とは。
「危なかったな友よ」
「ありがとうレブン、海に落ちるところだった」
レブンの背に落ちたおかげで助かった。案外柔らかいな。
「おお、人間とは熱いのだな」
「不快か?」
「いや。冷たい北海、暗黒の海底よりずっと良い」
「それなら良かった」
「ああ。我輩はこの熱さを忘れないだろう」
「なんだいきなり」
「つまらない感傷だ、友よ」
「……?」
「我輩に熱を与えるものは、食事以外にはないと思っていたのだが」
んー? 孤独、寂しさ、飢え、もしくは孤高のジレンマ? 何かが心に刺さっているような感じ、それに対して何かをした方が関係は良くなるか。何を言えば心を揺らせるか。強さの裏にあるのはなんだ?
「熱か。寒さを感じる事があるのか?」
「寒さ、それも飢えに付随するものだ。食わねば冷える、何もかも」
「……食っていても冷えることはあるか?」
「ある、ような気がする。冷えは突然にやってくるのだ。冷えた我輩は狂乱し、そして何も残らぬ。我輩を冷やすな、友よ」
「なるほど、心に留めて置くよ」
冷えか、地雷を踏まないように気をつけて行こう。
【冷酷】
我輩の記憶には霧がかかる
飢え、冷えたとき
全てを食い散らかす
冷えがなくなった時はいつも
血の中に居る
嗚呼、どうか友よ
血霞の中に消えないでくれ
悲しみもまた
我輩を冷やすのだ
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
うーみーはーひろいーなー、おそろしいーなー
「あとどれくらいだ?」
飛べども飛べども陸は見えてこない、幸いレブンが定期的に魚を投げてくれるから餓死はしなさそうだが。
「おかしい。着いてもおかしくないはずなのだが」
そうか、レブンから見てもおかしいか。異常事態が起こっているなら一旦飛ぶのはやめだ。使えるかは分からないがもう一つ頭脳を増やそう。
「イカロスからカタハを分離するには……」
ここを押せば良いのか?
「ぽちっと」
「ああん♡」
なんで声が聞こえるんだよ。しかも分離しないし。
「連打か? 連打すれば満足か?」
「んっ♡ あっ♡ やん♡」
「次が最後だ。これ以降は諦めるからな」
戻る気がないならこの試みは無駄だったということになる。それは避けたいが仕方ない。
「長押ししてやる」
「あはぁああああん♡」
「……」
長い声が出るだけかと思ったら、今度はちゃんと離れやがった。タイミングを測っていたとしか思えない。
「なんですかいシンの旦那」
「次に音声機能を悪用したらしばらく口をきかないからな」
「なんのことやら」
「……まあ良い、海がおかしいんだ。着くはずのところに着かない」
「足場になってる奴もそう言ったんで?」
「そうだ。レブンもそう言ってる」
「そりゃおかしいなあ、海洋移動式が間違えるはずはないのにナァ」
海洋移動式?
「長い時の中で劣化したんじゃないかィ?」
「貴公と我輩は初対面のはずだが? なぜよく知っているように話す」
「おいおい、識別もできないのかィ。こりゃあ相当イカれちまってるナァ」
識別? レブンはもしかして……
「カタハ。もしかしてレブンも、賢者の石の製品なのか」
「まさか分からずに信用していたとはネェ……」
「で? どうなんだ」
「シンの旦那が思った通りサ。これは賢者の石が開発した製品だネェ。残念ながら何を目的として作ったものかまでは分からないナァ」
「どう見ても生き物なんだが」
「どう見ても、ネエ?」
いや、賢者の石に常識は通用しない。何を作っていてもおかしくはないか?
「賢者の石? 我輩が、その賢者の石とやらの被造物だというのか」
「そうだろ? あてには分かるのサ」
「奇妙な懐かしさを感じるが……それだけだ。我輩は賢者の石など知らぬ」
「まあ良いサ、本題はそれではないみたいだしネェ?」
そうだ、今は陸に着かないのをどうにかしないとどうしようもねえ。
「レブンって言ったネェ? お前がグルグル回ってるんじゃないのかィ?」
「な、何をバカな!? 我輩がそのような事をするはずが」
「おかしいネェ? あての感覚(センサー)が間違いでなければ
「……」
「だんまりかィ?」
おいおいおいおい、マジかよ。
「いや、我輩には本当に心当たりがないのだ」
「嘘はいけねえナァ。それならどうしてここを回って、回って……? 今泳いでないよナァ?」
「泳いでないが?」
「なんで泳いでないのに座標が動くんだァ……?」
「む?」
雲行きがめちゃくちゃ怪しくなって参りました。この話はどこに着地すんだ。話し始めたカタハには是非とも収拾をつけてもらいたいんだが?
「友よ……我輩にしがみつけ。呑まれるぞ」
「呑まれ……? なにが起こっている」
「発生源は分からぬが、巨大な渦ができつつある。呼吸が保てば良いのだが」
「つまり渦潮に引き摺り込まれると? 突破はできそうにないか」
「できぬ、すでに渦中にある身。無駄な体力を使わずに流れる他なし」
息を止めるにも限度がある。ここで窒息死なんて冗談にもなりゃしねえぞ。どうする、何か方法はないか。
「……根性しかねえな」
空気を用意する手段がない。しかし、レブンを失えば結局海に放り出されて遭難する。結局はレブンについていくしかないんだなこれが。
「限界までやるしかねえ……」
息を止め、そして目を閉じた。次に空気があるところに出るまで、俺は思考を止める。無駄な事を考えるな。死が近づくぞ。
「シンの旦那、空気くらいなら用意できるんだがネェ」
「がぼぁ!?」
口に、入り込んで、なんだこれ、猿ぐつわか? なんでったってこんなもんが。
「なにしやがんだ!! ってあれ? 呼吸ができる」
「あてが口にくっついている間は呼吸ができるのサ」
「こういうことができるなら早く言ってくれないか?」
「はははは、必死な旦那が可愛くてつい」
「……いつだって俺は必死だよ」
「知ってるサ、くっついてるからネェ」
その訳知り顔ちょっとムカつくな。
「……すまないが、周りを見たまえ。食べ放題だ」
食べ放題?
「ギュゴォオオオオオオオオオオ」
「でかいイカだとぉ!?」
「ここまでのものは初めてみる。我輩を引き摺り込んだ渦はこやつが作り出したのだろうな」
「つまりはこいつを倒さないと進めない。そういうことだな」
「然り、我輩と共に戦ってくれるか?」
「そうしないと死ぬだけだ。やってやるよ水中戦」
一回もやったことないけどな。
【ルルイエイカ】
それは■■■■■の尖兵。
■■を■■■するために存在する者
偉大なる■■■の一角の手足となる眷属
恐れよ、
怖れよ、
畏れよ、
天地を返し、
正気を狂気に塗り替えた時
拝謁の機会を与えよう
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
深く冷たく、怒るモノ
「やってやるとは言ったものの」
水中で剣を振っても意味が無い。達人レベルならそんなことはないのかもしれないけどな。
「アルカも流石に水中戦対応まではできないよなぁ」
そうだよな熟練工?
「え? できそうなの」
熟練工が俺に言う、振れないのなら振らなくても良いと。ならアルカを伸ばすだけ伸ばして、絡め取ることはできるのか?
「調子の良いことを言って申し訳ないんだが、あのイカの周りを泳いでもらえるか」
「……何故だ? 奴の周りは危険である事は分かるだろう」
「俺の武器は伸びる、それを奴に巻き付けてから思いっきり削いでやる」
「本気か?」
レブンの困惑が伝わってくる、そりゃそうだ。あんなデカいイカをを巻き取れるくらい伸びる武器なんて想像できないもんな。俺だってアルカを持っていなかったら同じようになる。
「信じてくれ」
「……分かった。全力でいくぞ友よ」
「頼む」
アルカを伸ばす、伸ばす、伸ばす、伸ばす、どこまでも、いけるところまで。
「驚いたぞ友よ。我輩でも知らぬ武器を持つとは」
「この世で1本の宝物だ。性能も信頼できる」
「っ!? 触手が来るぞ!!」
「分かった!!」
流石に大人しく巻かれてはくれないか。ぶっとい触手の一薙ぎでもまともに食らえば、俺は枯れ枝のように折れるだろうな。
「だけどこっちの方が速いな」
「避けるだけならいくらでもやってやろう」
「あと二周くらいで巻けそうだぞ!!」
「了解した」
アルカで包囲した後は一気に巻いて輪切りにできるか。
「巻けた!! 全速で離脱してくれ!!」
「承知」
お前なら斬れる、そう信じている。
「ギュゴォ!?」
「今更気づいたか? もう遅いんだよ!!」
包囲はもう終わっている!!
「いくぞアルカァアアアアアアアアア!!」
レブンのスピードで一気に引く、これでイカは終わりだ。
「え?」
悪寒がする、致命的な何かが起こったときに感じる警告。
「レブン!! 止まれ!!」
「何故だ!? あと一手で勝利を得るのだぞ!!」
「駄目だ、何が駄目かは分からないがこれ以上行ってはいけないんだ!!」
「血迷ったか友よ!! 我輩は行くぞ!!」
「止まれ!! 止まるんだ!!」
駄目だ、止まってくれない。信頼されるには時間があまりにも足りなかったか!? 今までが上手くいっていただけに油断した!!
「ギュゴオオオオオ!!!」
「見事に切り裂いたではないか、何も問題など」
「違う!! まだ動いているんだ!!!」
考慮してなかった、考えが及ばなかった、後悔ばかりが押し寄せる、相手はイカだ。人間じゃない、輪切りにされてもまだ動くとはな!! 斬った触手を含めてバラバラの身体が全部こっちに向かってきている、今度はこっちが包囲される!!
「なんだと!!」
「このままだと圧殺される!! 俺は全力で背中を守る、突っ切ってくれ!!」
「後悔も謝罪も後にしよう。我輩の全速力を以て突破する」
「やるぞアルカァアアアア!!!」
俺が今できるのは伸ばしたアルカを縮める事。縮める過程にできるだけイカを巻き込むんだ。
「うおぉあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
くそ、輪切りにした分縦横無尽すぎるぞ、あまりにも範囲が、広い。
「ごぁっ……!?」
なんだ、目に、何かが、
「それ以上は駄目サ」
「カタハ!?」
「シンの旦那、少し借りるヨォ」
顔全体を覆われた!? 何をする気だ!? 駄目だ、意識が……
シンOUT
カタハin
「この……役立たずが!!」
「友は!! 友は無事なのか!!」
「無事じゃねえ!! あてが出るのがあと少し遅ければシンの旦那は頭を潰されてたかもしれネェ……」
「っ!?」
同じ製品だと思って少しはできるのかと思ったら、全然ダメじゃネェか!! 畜生、畜生、畜生、シンの旦那の目が。
「シンの旦那の意識はない、あてがやる」
出し惜しみはしネェ、ここら一帯全部消し飛ばして
「待ってくれ、待ってくれ、我輩は、我輩は」
「黙れ。今てめえにできる事はシンの旦那を運ぶことだけサ」
「それは……う……ぐぁ……冷える……飢える……わが……はい……から……離れろ……」
「てめぇ!! なんで止まってんだヨォ!!」
「ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「ふざけるのも大概にして欲しいナァ……!!」
悪い事は重なるもんだナァ……
「暴走? 違うか、あてが見る限りこれは本来の動作に近いナァ」
「制限解除、海洋保全機構解放、汚染源特定」
あれは……
「確か、海洋保全用の回遊型環境調整機。製品名は確か……オケアノスだったかナァ。賢者の石の中でも軍用部門の製品なら、任せても良いかネェ」
それなら、シンの旦那を治療する方に専念しようかネェ。
【擬態型海洋保全用環境調整機 オケアノス】
この度は賢者の石が誇ります環境調整装置をお買い上げいただきまして誠にありがとうございます。
こちらは普段海洋生物に紛れ込み、汚染もしくは破壊活動を見つけた際にはその対象を完膚なきまでに排除する能力を持っております。
しかも食らったものをクリーンな物質に変えて放出するため、排除による被害もございません。
あなた様が所有する経済水域はオケアノスがある限り守られるでしょう!!
※軍用にチューンナップすることもできますので、相談してくださいませ
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
赤い海の上で
「止まり木、我を褒めるでしゅ」
ん? 俺は、今イカと戦って……? でもヤタが居るってことはあれ?
「と、ま、り、ぎ」
「分かった分かった、頭をすりつけるな」
そういや潜る前くらいからヤタが居なくなってたな。飛べないだろうから、壁抜けの応用で隠れていたのだとは思うが……
「おい、よく見たらお前ボロボロじゃないか!!」
「やっと分かったでしゅか、止まり木が戦ってたあのイカは止まり木が見たら発狂する類のものでしゅ」
「え」
「我が身体の内側に潜り込んで守ってなければ今頃頭がパーンってなってるでしゅ」
「そ、そんな相手だったのか」
深海にいるただデカいイカかと思ってた。
「そうでしゅ。さあ撫でるでしゅ」
「ああ、ありがとうヤタ」
「えへへ……」
「ん?」
何か、違和感がある、ような。視界が狭い?
「っ!? 何かおかしいでしゅか!?」
「いや、目がなにかおかしい……ような?」
「誤魔化しきれないでしゅか……」
「誤魔化す? 俺をか?」
「心して聞いて欲しいでしゅ」
「なんだ?」
「止まり木の右目はもうないでしゅ」
「は?」
「防ぎきれなかった足の切れ端が目に入り、潰されてしまったでしゅ」
「……そう、なのか」
「そうでしゅ。治療ができるような状況でもなく、もう見えることは多分ないでしゅ」
「……ありがとうな、教えてくれて」
「礼を言うならあの人形に言うでしゅ、応急処置とその他もろもろをやったのは人形でしゅ」
「そうなんだな、分かったよ」
右目、腕に続いて失ったか。どこかに義眼でもあれば良いんだけどな。
「そういえば、外がどうなったか分かるのか?」
「まあ、だいたいは」
「あのイカはどうなったんだ?」
「ああ、あれは乗り物がなんかガシャーンガシャーンとなって全部食い散らかしたでしゅ」
「ガシャーン?」
「そうでしゅ、肉の内側からこう、なんか出てきたでしゅ」
「……なる、ほど?」
賢者の石製品ならそんなこともあるか。
「あと、目が覚める前に1つだけ言っておくでしゅ」
「なんだ?」
「あんまり傷ついたらダメでしゅ。腕も目も失って、それでも止まる気がないのは分かってましゅが、それでも止まり木が壊れたら我も一緒に壊れるのは知っておいて欲しいでしゅ。これは護り鳥の契約だけの話じゃないでしゅ」
「……気をつける」
「お願いするでしゅ。人形も今にも泣きそうな顔で治療をしてたんでしゅから」
「分かった」
「じゃあ、さっさと起きるでしゅ。我は疲れたからしばらく止まり木の中で休むでしゅ」
「ああ、ゆっくり休んでくれ」
浮上するような感覚、これは目覚めの兆候だな。
「……眩しいな」
海の上じゃあ日を遮るものもねぇし。そりゃあ眩しいよな。
「ああ、これが今の視界か」
明らかに狭い、見える範囲が減っている、これがこれからの世界なんだな。
「シンの旦那……あてがナイチンゲールほどの事ができれば、そうすれば、目を、光を、失うことはなかったんだ、すまネェ……本当にすまネェ……!!」
「良いんだ、ありがとうカタハ」
「礼なんて言われるようなことはできてネェ。そんであてはしばらく目から離れられネェんだ……何かあったら言っておくれナァ……」
「ああ、分かった」
後は……レブンか。ここは陸じゃないから、レブンの上だろう。
「レブン、無事か?」
「……大事ない。だが、我輩にはもう友と話す資格がない。我輩のせいで友は光を失った。我輩が代わりになれれば良いのだが……その機能は我輩にはない」
「目の事は仕方ない、こうなってしまった事は残念ではあるけどな」
「友よ、我輩の罪は許されぬものだ」
「許すよ。終わってしまった事はどうしようもないんだ」
「だが……」
「良いんだ、良いんだよ」
これから海での移動をするときにレブンに頼ることがあるだろう。それならここで借しを作っておくのは決して悪い事ではないはずだ。そう言う打算を抜きにしても、弱い者が戦場で傷を負うのは当然の事だから仕方ないしな。
「何か、償いはできないだろうか」
「そうだな……俺が海を渡りたいときにまた背中を貸してくれれば良い」
「それは当然のことだ。我輩は償いに何かを差し出さねばならないはず」
「差し出すって言われてもな……」
もらえるものなんてないだろう……
「要らないって」
「だが……!!」
「……それじゃあ歯をもらえるか」
多分そのままでも天然の刃物として使えるレベルだと思うが、加工すれば更に信頼できる武器になってくれるだろう。
「そんなもので良いのか……?」
「ああ、それで良いよ」
「分かった。陸に着いたら渡そう」
「ありがとう」
これで食い下がられたら困るとこだったな……下手なものを受け取っても持てあます。
【潜行】
ほんっ………とうに世話の焼ける止まり木でしゅ
人間の身体の中に入り込むなんて、したことなかったけど上手くいったでしゅ
思ったより居心地が良いし、もうちょっと居ても良いでしゅね
二心同体……えへへ、これはもう結婚でしゅね?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
白き光、毛玉の瞳
「友よ、陸だ」
おお、ようやくか。絶体絶命の状況からはこれで抜け出せたってわけだな。
「ここまでずっと運んでもらって悪かったな」
「何を言うか。友を背に乗せる時間は至福だ。今は飢えも冷えも感じぬ」
「そう言ってくれると助かる」
これなら次もちゃんと乗せてもらえそうだ。いつ海に出るか分からないもんな。
「我輩の牙が友の助けになれば良いのだが」
「なるさ」
これで牙を受け取ればひと段落か。にしてもスカイフィッシュの調子が戻らないうちは移動に難があるな。
「友よ、これが我輩の牙だ」
「ああ。ありが……?」
なにこれ、牙? というよりも、白いボールって感じなんだけど。
「これは……?」
「友よ、我輩の罪をここで話そう」
「いや、それはもう良いって」
「我輩は友を陸に上げることを躊躇っていた」
「ん?」
もしかして、カタハが言ってたことは正解で、レブンは俺を海に縛り付ける気だったのか? まあ、なんとなく理由は察しがつく。孤独と飢えの中にあって両方を満たせる相手が現れたら、それはもう抱え込もうとしても不思議はない。
「友から離れれば、我輩はまた飢えと冷えに怯える日々が始まる。ゆえに、我輩は躊躇った」
「……ずっと耐えてきたんだろう。俺にはそれを責められない」
「我輩は先の戦いで、自らの本分を思い出した。海中に合わせた姿を取り、海を美しく保つ機構が我輩の根本だ。恐らく製品同士が近づいたせいで干渉したのであろう」
「そうだったのか、思い出せたんだな」
「そして、我輩は友に渡す牙をどうすべきかを考えた」
「うん?」
俺はただ刃物として歯が欲しかったんだけど、別の意味合いで牙を渡されるっぽいな。
「我輩は海から離れられぬ、それは変えようのない規律。されど一部なら、機能を受け継いだ子機ならばどうだ。本体は海から出られずとも、動くことが可能なのではないかと考えたのだ」
「つまり、これがその子機だと」
「然り。それはレブンにしてオケアノスである我輩から分かたれた分身。擬態する能力を引き継ぎ、陸に相応しい形になるもの」
「陸に相応しい形か……」
陸のシャチ? なんだそれ。
「うおっ!?」
白いボールが熱を持ちはじめた、そして震えている。
「出てくる……のか?」
「生まれ出でよ!!」
破裂、そしてずるりと這い出るもの。
「白い毛玉?」
「ワンッ!!」
「……犬?」
「ふうむ、こうなったか」
「えっと、これを持って行けって?」
「まあ、そうだ。オゼロはきっと友の役に立つ」
「オゼロ?」
「生まれ出でし子機の名だ、名がないと不便だろう」
「オゼロか、分かった」
「ワンワンッ!!」
「うわっ、ちょ、顔を舐めるなって
すげえ懐かれてる……嫌われるよりは良いけどな。
「オゼロ。俺の言うことは分かるか?」
「ワン!」
「お手、お座り、伏せ」
「ワンワンワン!!」
おお、すごいな。俺が何をやって欲しいかを察してやがる。もしかしてすごく頭が良いのか? それとも俺の頭の中を覗いているとか? いや、まさかな。
「よーしよしよし!! 良い子だぞぉ!!」
「くぅーん……!!」
え? 犬可愛い、とっても癒やし。
「ははは、は」
背骨に氷をぶち込まれるような感覚、というかこれ内部からのプレッシャーだな。
「……カァ」
「ヤタ? どうした? 俺の中で休んでいるんじゃないのか?」
「…………(ぷるぷる)」
え、そんな悲しそうな顔する? 鳥の身体で泣けるか分からないが今にも泣きそうな感じだぞ。
「オゼロを構ってたからか!?」
「カァ……」
「わわわ、ヤタも可愛いなー!!」
これで機嫌が取れるかは分からないが、撫でていれば良いのか!? く、デーレ姉さんとかラァみたいな感じだったら経験値でなんとか対応できるんだが。こんな風になられると、困るぞ……
「カァ!!」
ヤタが単純で良かった!!
「あ、戻っていった」
身体の中にずぶずぶ沈んでいくのはちょっと不気味だな。
「……良し、これから気をつけよう」
「ワン!!」
問題はオゼロが何をどこまでできるのかだな。主に戦闘面で。
「友よ、オゼロの能力は我よりも小さい。だが、我にできることでオゼロにできぬことはないぞ」
「……それはつまり」
「期待して良いという事だ」
「なるほど、楽しみにしておく」
とりあえずは、機会を見てテストしよう。
「がぁう!!」
「っ!? どうしたオゼロ!!」
「ワンッ」
「……鳥?」
なんでオゼロが鳥を? いつの間に仕留めたんだ。
「今起きた事を言おう、匂いに惹かれて飛んできた猛禽をオゼロがかみ殺したのだ」
「いや、鳥なんてどこにも」
「言っただろう。オゼロは我にできることは全部できると、変形など序の口。つまりは首を伸ばして空中の鳥を捉える事など容易い」
「ははっ……期待以上だ」
ちょっと底が見えないな。あんまり強すぎると俺の成長の妨げになるような……
「オゼロは友の目になるだろう。友の一部になってくれれば嬉しい」
「目か、オゼロは片目じゃおつりが来るぞ?」
「そんな事があるものか」
片目になった分を補うためか、それならまあ良いか。性能過多な気もするけどな。
「ありがとうレブン、もらったオゼロは大事にするよ」
「そうしてもらえると我輩も嬉しい」
「さて……と」
1番の問題について考える時が来たな。
「ここは、どこなんだ?」
【オゼロ】
わんわんわーん!!
わんわんっ!!
わんわわーん!!
(某の名はオゼロ。主人たるシン様のため、身を粉にする覚悟であります!!
たとえ火の中水の中、布団の中でもお守りいたします!!
でも、寂しいのと寒いのは嫌なので定期的に構って欲しいであります)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
槍を掲げる者
場所によってはビクトリウスはめちゃめちゃ怨みを買っているからな……そんな場所だと身の振り方を少し考えないといけないぞ。
「レブン、俺は行くよ」
「友よ、また会おう」
海の中にレブンは消えた。俺はどこに向かうべきか、目を保護している間はスカイフィッシュもイカロスも使えないしなあ。手っ取り早く空から見るという手段がないとなれば、周りの景色からどこかを類推するしかないな。
「砂浜に、岩肌か」
判断要素が何もないぞこれは、どうせ陸地であれば補給は要らない身体だ。ゆっくり歩いて村でも探すか。幸い俺はビクトリウスとして動いた経験はほとんど無い、言わなきゃばれないだろうさ。
「どっちに行こうかな」
「ワンッ」
「ん? どうしたオゼロ」
「ワンワンッ」
「そっちに何かあるのか?」
オゼロが先導するように行ってしまった、無駄なことはしないだろうからきっとあっちには何かあるのだろうな。できれば人が居て欲しいんだけど。
「こっちか、どれどれ」
岩の影? 誰かが休んでいるのか?
「うわ……これは」
あるのは串刺しの遺体。胸を槍で一突きにされたようだな。で、こんな事をする場所は1つしか無い。前は盾王の場所にいたはずだが随分遠いところに来てしまったようだ。
「槍王の領地か……」
槍王は好戦的な性格で常に戦を臨む王らしい。だが、それと同時に都市を運営する手腕に関しては素晴らしいとも言われている。愚王なのか賢王なのか評価の難しい王とのことだが。
「これが槍王領名物、串刺し処刑なんだな」
残酷な刑ではある。だが、たぶんこの罪人は苦しんではいないだろう。急所を一瞬で貫かれ即死しているはずだ。
「ある意味慈悲深いのか」
とはいえ、第1発見者がこれとは幸先が悪いな。
「ごめんなオゼロ、これは死体で」
「がう!!」
「っ!?」
オゼロが攻撃した!? つまり敵が居る!?
「どっちだオゼロ!!」
「ワン!!」
あっちか!?
「くらえ!!」
敵の居るだろう方向にアルカを振る、長さは目一杯で良いはずだ
「どわぁ!? 待て待て待て!!!」
「話ならお前を無力化した後に聞こうじゃないか」
槍持ち、鎧に紋、正式な騎士の可能性がある。殺すのはもってのほか、できるだけ傷も着けたくないが……
「この通りだ、話をしよう」
槍を地面に突き刺した? 戦闘の意思はないということか?
「……分かった」
「かかったな不審者!!」
槍を蹴り飛ばして来やがった!? もうちょっと武器は丁寧に扱え!!
「がぁぁあう!!」
あ、オゼロが取った
「え?」
「……残念だったな」
「あー、なんだ? よくぞ受け止めたな」
「どの口が言ってやがる。これで和解の道が遠くなったぞ」
「顔は覚えたぞ、さらば!!」
「あ!?」
逃げやがった!?
「待て、と言って待つような相手ではないな」
これはまずい。何がまずいって、槍王の正式な兵士に敵として報告される可能性がある
「オゼロ、追跡するぞ」
「ワン!!」
オゼロならきっと匂いで追えるだろう。それで本隊に連絡される前に話を付けなければとんでもないことになる。
「ん? なんかデカくなって」
「ォオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」
「や、これはもう狼だぞ!?」
「オン!!」
「……乗れって言うのか」
頷くオゼロ。このサイズなら確かに乗れる。
「行くぞオゼロ」
「ォオオオン!!!」
速い!! これなら追いつけるかもしれない。
「居たぁ!!」
「げ!? 狼なんてどこから!?」
「待てやぁあああ!!!」
「待つわけないだろ!!!!!」
「いや、待たなくても良い。もう射程圏内だ」
オゼロに乗って分かった、やっぱりオゼロも賢者の石製品だ。つまり、熟練工で使い方が分かる。
「ォオオン!!」
「な!? 首が!?」
見える位置までいけば、オゼロの首が届くんだよ。
「……くそっ」
「で、お前は槍王の騎士なのか」
「言わねえ。殺したきゃ殺せ」
「俺は別に他国の間者とかじゃない。追われる立場になるのを防ぎたいだけだ」
「そんな言葉を信じられると思うか? どうやってかは知らないが海から1人で勝手に来た奴がスパイじゃないわけがないだろうが」
「……疑うのは分かる」
どう言えば良いか……この状態だと何を言っても無駄だな。
「どうしたら信じてもらえる?」
「誰がてめえを信じるかよ。それに、いつまでも生かしておくと怖い人が来るぞ」
「怖い人?」
「ああ、とても怖いお人だよ。でも頼りになる」
「まさか既に救援を呼んでいるのか!?」
「さあ、どうかな? もう時間はないぜ」
空気が震えている、何かが飛んでくるのか!?
「オォオオオオオオオオン!!!!」
「くぅうううううううう!!?」
分からない、分からないが、アルカで防げるか!?
「ヤタ!!」
「カァ!!」
アルカを構え、そして壁抜けを発動する。
「これが今の俺にできる最大限だぁ!!」
「ん? 余の敵はお前か」
一瞬、一瞬だ、槍が俺の胸をすり抜けた刹那に馬鹿げた回数の突きが俺を貫いた。
「ほう? 位相をずらしているのか。面白いな」
「っ!? お前は」
「不敬ぞ」
「ぐぅ……!?」
身体が、動かない、それに、壁抜けの使用限界まで攻撃を通過させてしまったか。
「余はロン。槍王ロンである」
【槍王】
好戦的な性格と比類無き暴の力でもって領地を治める王
領地内で同時に目撃される事があり、影武者が大量にいるのでは?という噂がある
「王サマもしかして分身してる?とか言われてマス」
「余にあるのはこの槍だけだぞ、余が偉大すぎて幻でもみたのであろうな!!」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
番外指令
槍王ロンは全身を鎧で覆い、紫のマントをはためかせている。全身に漲る覇気が、王である事の証明になるだろう。
「自身の非才を道具で補うか、それもまた面白い」
立ち上がれない、見下ろされている、見下されている。自分はまだ、この王には勝てない。
「なんて、言ってられるかよ……」
「む?」
自分の非力を許容する時間は終わった、日和る時間はもうないんだ。俺は、勝てない相手に勝てる自分にならなくちゃいけないんだぞ。どんな方法でも良い、どんな負担がかかってもいい、一瞬だけでも刃を届かせる力が出せれば良い。俺の全てを使って攻撃を届かせる。
「あぁあああああああああき、てくとぉおおおおおおおお!!!」
「……吠えてどうする、それで刃が余に届くのか」
熟練工、俺が今できる最大の攻撃を組み上げるぞ。
「……はは。そうか、それで良いのか」
とんでもないことだ、これをした後に自分がどうなるかなんて分からない。だがそれでいい、1発の切り札で最強に近づくのならそれでいい。いつか勝つではなく、今勝つために。
「番外指令(アウトオーダー)」
熟練工によると、番外指令は本来の用途を逸脱する運用を可能とするために必要な言葉らしい。これを言った瞬間にカタハとオゼロは賢者の石が刻んだ指令よりも俺の指令を優先する状態になった。
「切り札か、余にはそれを待つ理由はない」
「そうだろうな……だが待ってもらうぞ」
槍王の攻撃は1発も当たらない、避けている訳でも耐えているわけでもない。地面から吸い上げた養分で無理矢理壁抜けを維持しているに過ぎない。内臓がかき回されるような感覚が続いている、きっと少々以上の損傷も伴っているだろう。だが、それがどうした。これから撃つ人生最高の一撃を考えれば些末な事だ。
「いつまで保つか見物だな」
「お前に攻撃が届くまでだ」
アルカを核として、カタハとオゼロを連結する。奇しくも形は槍になりそうだ、槍王に対して槍を放つのは不遜が過ぎるか。ん……? 生体認証? 条件突破? 何の話だ……なんだそのおーでぃんってのは、それが俺のしようとしてる事なのか、賢者の石はこの運用をする事を想定してたってのか。くそ、手のひらの上かよ、癪だが今はその道筋に乗るしかねえ。
「制限解除(オーバーリミット)」
言うべき言葉はもう分かった、用意すべき燃料も分かった。あとはそれを完遂するだけだ。
「主神型対災害用複合兵器(アンチディザスター・オーディン)」
あと2つ、それで俺の準備は終わる。喉を駆け上がる鉄の味、激痛を訴える肉体を無視して言葉を紡ぐ。
「
俺の力を全て注ぎ込む。なにも躊躇うことはない。
「貴様……それは人の身には過ぎた力だぞ」
過ぎた力? そんなことは重々承知だ。今から撃つものがどれだけ危険なものかも、どれだけ無謀な事をしているのかも、自分がどうなのかも、全部分かってやっている。今ここで撃てなきゃ、俺はいつまで経ってもこれを撃つことができないままだ。
「撃滅開始(ファイア)」
桜腕はエネルギーを吸い上げるのに全能力を集中させている。必然この槍は生身の腕で支える事になる。俺の身体ほどの大きさになった槍を支える腕力は本来ないが、全身にエネルギー過剰供給している今なら問題なく支えられる、
「余に槍を放つか」
グングニールの加速は一瞬だった、槍の形に見えていたのは一瞬だけですぐに高熱を帯びた閃光と化した。
「いくら速かろうと、熱かろうと、当たらなければ意味はないぞ」
槍王が回避の体勢に入る、だが意味はない。グングニールが放たれた時点で、命中は確定している。組み込まれたカタハとオゼロがどこまでも相手を追跡するからだ。生半可なものでは防ぐこともできない、溶けるどころか焼失するだろう。
「っ!?」
「避けることも、防ぐこともできはしないぞ」
まだだ、倒れるな、意識を保て、死にそうでも、横になってしまいたくても、自分の勝利を見届けるまでは。
「なるほど、そういうものか。少々見くびっていたらしいな」
「その……余裕……いつまで……続くか……がふっ……!?」
まずいな、この血の量は、ちょっと致命的だ、
「貴様の覚悟に敬意を表し、余も最大戦力でもって迎撃しよう」
槍王の右手に光り輝く槍が召還される、あれが槍王の……
「聖なるもの、邪なるもの、強きもの、弱きもの、その全てに区別無く。我が槍のまえには全て等しきものと知れ」
光がより一層強くなる、白く強く輝く槍。
「覇槍(ロン・ギヌス)!!」
槍王の覇槍と俺のグングニールがぶつかった。
「そんな、拮抗するのか……!?」
「我が槍は砕けぬ!!」
一際強い光は周囲を光で塗りつぶした。何も見えない。俺が勝ったのかも。なにもかも。
「ふ、ふははは、ふははははははは!!!!」
「っ!?」
槍王の笑い声、つまり、そういうことか
「見事!!」
視界が戻った時、俺の目の前にあったのは右半身が消し飛んだ槍王だった。
「貴様の勝ちだ!!」
【主神型対災害用複合兵器】
製造番号■■■■■■■■■
用途■■■■■■■■■
資格者■■■■■■■■■
一定以上の権限を持ち、肉体的に■■■■■と同じ状態にある者に解放される武装
加えてSランク製品2つ以上を持ち、番外指令を知っている者でなければいけない
開発者コメント
「ノリで作ったけど、北欧の■■■■■が持ってた武器がどんなんか分からないので超ホーミングとプラズマ化、亜音速での激突を可能にしといた。ボーナス武器としても条件が厳しいのでアッパー気味の性能で調整、ダンジョンボスにぶっ放す設計だし問題ないっすよね?」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
王殺しの罪
「は、はは、やった、やったぞ!! 俺は……やったんだ!!!」
あの槍王を、俺が、俺が倒したんだ!! これで、これで、俺は!!
「俺は……」
王殺しの大罪人になった。
「……」
矜持のため、目的のため、槍王を殺した。その責任を俺は背負う。
「……」
槍王の国全てから殺意を向けられて、俺は耐えられるだろうか
「……い」
最強とは、頂とは、全てに恨まれる破壊者なのか
「おい」
「うわっ!?」
「頭を抱えてどうした、余を倒したのだ。誇れ」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!?」
なんで左半身分の鎧だけで動いてんだぁ!?
「死んだはずじゃないか!」
「うむ、死んだだろうな」
「ならどうして!?」
「中身を見るがいい」
「なにも……ない」
「これは国家機密ゆえ他言はできないが、鎧に余の意識を投射しているのだ」
「それじゃあ、俺が倒したのは作り物か……」
「いや、力はそのまま余のものである。貴殿の一撃は確かに余を殺害せしめる絶技であった。名を聞こう、勇者よ」
「シンだ、ただのシン」
「そうか、ではシンよ。余はお前の事が気に入ったぞ」
「……?」
「このような姿で言う事ではないが、聞いてくれ」
なんだ、何を言われる。反逆罪に問われるのか!?
「余の夫になってはくれまいか」
「は?」
「なんだその気の抜けた声は。余は自分より強い者と番うと決めていたのだ、今までそんな骨のある男がおらなんだから独り身であったが」
「話が急すぎて、おいつか……あ」
やばい、無理しすぎた、安心した瞬間に、死にそうだ
「シン!? 余の夫になるのだからこんなところで死ぬな!!」
「それ……また……後で……」
「シィイイン!!!」
「最近……負荷が……重い戦いしか……ないな……かはっ……!!」
もう無理。
「とーまーりーぎー!!!!!」
「シンの旦那!!!!!!」
「ご主人!!!!!!」
なんだ!?
「え、ヤタにカタハ!? それと、誰?」
「オゼロであります!!」
あー、状況が飲み込めてきた。俺が意識落としたから夢の世界にぶち込まれたんだ。で、犬耳の人型になったオゼロが投影されていると。カタハも今回は招待されているんだな。で、みんなの顔を見る限り、これは相当怒られるやつだ
「この馬鹿!!」
「阿呆!!」
「おたんこなす!!」
ほーら、罵倒の嵐。
「あの、ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃねえでしゅ!! 言った側から死にかけてんじゃねえでしゅ!!」
「あてを使うのは構わネェ!! むしろ嬉しいサ!! その反動で身体を壊されちゃ!! たまんねえヨォ!!」
「ご主人はもっと命を大事にして欲しいであります!! 付き合いの短いオゼロでもドン引きであります!!」
これ何言っても駄目だ……おとなしく感情の奔流を食らうしかないなー
「……」
「黙ってんじゃねえでしゅ!! 何か言うことはねえでしゅか!!」
「自分自身の重さを理解して欲しいサ!!」
「ご主人は死にたがりでありますか!?」
やー、困ったな。
「あれしないと勝てなくて……」
「もう良いでしゅ、やんわり伝えても伝わんねぇならはっきり言うでしゅ!!」
え、これもっと怒られるの?
「止まり木が死んだら、我も死ぬでしゅ。これは生命力の供給先がないからとかじゃなくて、止まり木の居ない世界に存在することが耐えられないからでしゅ。つまり自害するでしゅ」
「や、そんな大げさな」
「おおげさ!? ふざけんじゃねえでしゅ!! 自分が我に何をしたのかよく考えるでしゅ!!」
しまった、不用意な発言をした。これは拗れるぞ
「たたみかけるようで悪いがネェ。あても同じ気持ちサ。シンの旦那が死んだなら、あてもそこまでだ。それ以上は要らないナァ。旦那の遺体の横で朽ちるのが望みサ」
「ご主人!! オゼロはご主人を食べてから飢え死にしますね!!」
まさか、ここまでとはな……
「ありがとう」
感謝しかない、俺にそこまで言ってくれるようになるなんて。
「つまり、皆をこれからは俺の命として扱って良いって事だな?」
今までも結構頼ってたが、自分として扱って良いなら遠慮はいらない。
「そう言ってるでしゅ」
「あてもそれで良いサ」
「オゼロも頑張ります!!」
うん。良さそうだな。
「これからは自分の身体をあんまり酷使しないように気をつける、それで良いか?」
無言の頷き。一応許してもらえたかな?
「さて、時間稼ぎはこれくらいで良いでしゅかね」
「ん?」
「なんでもないサ、少し外で話し合いをしていただけだヨォ」
「んん?」
「外ではなにも起こっていないであります!!」
「んんん!?」
これたぶんすぐに起きないと駄目だな!!
【遠隔鎧】
使用者の能力を再現するラジコン
製造には特別な設備が必要なので、おいそれと作れるわけではない。
「王サマ、一機壊れたって本当デスカ」
「本当だぞ? 余の夫が壊した」
「……夫?」
「うん」
「こりゃ、明日は槍が降りマスネ」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
槍王様のお気持ち
「っ!?」
飛び起きる、それだけの動作に痛みが伴う。これは代償、過ぎた力を行使した自分に下された罰。それは別に良い、予想通りだ。問題は俺の意識が夢の中にある間に何が起こってしまったかだ。最悪の場合、俺の首が飛びかねない。
「ここ、は」
景色の情報を得る。見覚えはない、なぜかふかふかのベッド。天蓋付きの超高級品。少なくとも来賓クラスが泊まるような部屋だ。今の俺をこんなところに入れる相手はもう1人しかいない。槍王ロン以外には考えられない。
「城か? んぁっ!?」
爆発音、そして震動、この爆発はカタハか!?
「こっちだ!!」
城の造りは分からなくとも、方向と震動でどっちから爆発が起きているかは分かる。大事になる前に、大事になる前にぃいいいいい!!!!
「ここだぁあああああああああああ!!」
なんか豪華な扉があったが、それを蹴り開ける。
「カタハァアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
え?
「ふははははは!!! そうかそうか!!!」
「分かっていただけたようで何よりでサ」
円卓を囲んで談笑と来たか。どういう状況?
「起きたか夫よ」
「……カタハが何か失礼を」
「ん? 失礼と言うならば余を1度殺した夫の方が失礼では?」
「あれは戦闘の結果です。失礼にはあたらないかと」
「勇ましい答えだ。余の夫にふさわしい」
うーん、夫扱いか。
「カタハは何を話していたんだ」
「あてはシンの旦那のことを話していたのサ」
「具体的に」
「ははは」
「はははじゃねえ。それに身体のサイズ戻ってんじゃねえか」
「シンの旦那が無茶したせいで、戻ったのサ」
「そんな事ある!?」
「あるからこうなっているのサ」
「……証拠が目の前に居ると何も言えねぇな」
ん? という事は俺の目は今潰されたままを晒しているのか。
「っ!? お見苦しいものを」
「何を言うか。正面の傷は戦士の誉れだ。それに、光っていてかっこいいぞ」
「光って?」
「うむ。眼窩が緑色に光っているが。そもそも余に放った一撃の際から光っていた。面白い義眼があるのだな」
「入れた覚えがないですね? なぁカタハ」
「何の事やら」
「お前以外に誰がこれをやれるのか教えて欲しいんだけど?」
「や、これは本当にあての仕業じゃないのサ。シンの旦那があの槍を使うと決めた時に勝手に生成されたものなんだナァこれが」
「勝手に?」
熟練工の効果範囲に入るか?
「あ、いけそう」
これが何の結晶なのかは分からない、見えるようになっている訳ではない。その代わり、自分の身体を焼くようなエネルギーを通すときにこれを介して負荷を減らすものみたいだな。勝手に埋め込まれたらしいが、これがなかったら俺の身体はもっと酷い状態になっていたのか。
「ふーん、ということはつまり」
余分なエネルギーはこれを介して放出することも可能と。待てよ、つまりやろうと思えばこんな事もできるのでは?
「あ、地面じゃないから今は無理か」
あとで試してみよう。きっと1発芸くらいにはなる。
「さて。夫よ、本題に入ろうではないか」
「本題、とは」
「ん? 婚礼の儀式の話だが」
「結婚ならしません」
「よく聞こえんな? もう一度言ってもらえるか」
わー、次はないぞという圧を感じるな。
「そもそも私の姓はビクトリウスです。そんな血みどろの家と王が結ばれるなど到底ありえない話です」
「ほう、傭兵のビクトリウスとな」
「そうです、ですから」
「だからなんだ」
「や、体裁とか」
「だからなんだと言っている」
「え」
「王は余だ。余を越える権力はこの国に存在しない、余を越える戦力もだ。誰に何を言われても覆す理由などないのだ」
「すみません。言葉が1つ足りていませんでした。私は別に陛下の事が好きでは無いので結婚はできません」
「そんな遠慮をしなくとも良い? 余と夫の仲ではないか」
あって数時間で婚姻とか、流石に無理だろ。政治的にも危ない匂いがぷんぷんする。
「あの、ごめんなさい」
「え」
「本当に好きじゃないんです」
「え、そんな事がありえるのか?」
「ご覧の通りです」
「余だぞ?」
「槍王ロン陛下であることは存じ上げております」
まあ、今も鎧姿だから素顔とかは存じ上げていないけど。
「そ、そうだ。余の姿を見れば気が変わるはずだ!! 見るが良いこの美貌を!!」
ん? 鎧が崩れ落ちて。違う方から声が
「余がロンである!!」
「……子ども?」
「違う違うちがーう!! 余はそういう種族なだけだ!! 舐められるからいっつも鎧姿で人前に出ているのだ!!!!」
「あー、なるほど」
「どうだ!! 麗しかろう!!!」
麗しい、というか可愛らしいかな……
「これで気が変わっただろう!!」
「いや全く変わりません陛下」
「なんでぇ!?」
「すみません、ご期待に添えません」
「そんなぁ……」
そこまでへこまれると対応に困る、というかこれ俺って生きて槍王の領土出られるのか……?
「うう……助けてパック」
「へいへい、お呼びでデスカ」
「夫が結婚してくれないって……」
「それは困りマシタね」
なんだこいつ、ダボダボの白衣に濃いクマのある顔。大臣か何かか?
「ん? ンン? へぇ、随分集めたものデスネ。スカイフィッシュに人形工房、あとはオケアノスの子機と来ましたか。そりゃあ王サマも負けるわ」
【排熱機構・翡翠】
どうも皆様こんにちわ、この度は賢者の石製品を更にアップグレードさせる追加パーツのご案内でございます。
こちらの緑色の宝石はなんと組み込むだけでエネルギー効率を跳ね上げる代物でございます。商品の中にはこちらを組み込まないと上手く起動しないものもございますので是非ともお買い上げいただきたく思います。
一部の製品には初めから組み込まれていますが、必要になった際に駆動するようになっております。流用は非常に危険ですのでご注意ください。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
石を継ぐもの
「今なんて言った」
俺の聞き間違いでなければ、こいつは賢者の石製品のことを知っているような口ぶりだった。俺以外にこれの存在を知っている奴がいるとは考えもしなかった。
よく考えてみれば、賢者の石が作ったものはそれ自体は道具に過ぎず、俺だけが使えるわけじゃない。ならある程度の知識を持っている奴がいてもおかしくはないのか?
「ンン? パックの事を知らない? 石掘りならパックの事を知らないわけないデスけど?」
「石掘り?」
「……もしかして、マジで偶然手に入れたとか言いマセンよね。そんなに賢者の石を持っておいて」
「いや、そうなんだ」
「オーマイゴー!!?」
「うわっ!?」
いきなり大声を出したな、そこまで驚く事なのか。
「信じられマッセーン!! そんな馬鹿な!!!! どうやって使い方を知ったのデスカ」
「俺は触れたら使い方が分かる能力があるんだ」
これは別に知られたところで問題はない。別に弱点とかもないし。
「そんな地味能力がこんな風に開花するとか、あなた主人公デスカ」
「シュジンコー……?」
「英雄って事デス。あなたの言うことがホントなら世界征服できマスヨ」
「それは最強ってことか」
「まあそうデス。今からでも最短クリア目指せマス」
最短クリアってなんだ?
「そーデスネー、4魔人はもう出てるみたいなのデー、手始めにソコから落としましょうネー、RTAルートで言う4斬りデスネー」
さっきからちょこちょこ意味わからん単語が入るな。その意味を問いただすべきか? それともこいつが何者かを聞く方が先か?
「ええと、パックさん?」
「へいへい、なんデスカー?」
「あんたは一体何者なんだ」
「ふっふっふ……それはデスネー!!」
「パックは余の姉だぞ」
「え?」
「それもまた然りデスネー。でも今はもっと違う名前で名乗りマス」
なんだ、なんかごちゃごちゃしてきたな。
「ンー? じゃあこう言いましょうカー」
なんだ!? パックから一気に重圧が……!?
「我が名はパック、賢者の石序列8位にして【育成卿】と呼ばれし者!!」
「……!?」
「やー、こう言う名乗り憧れてたんデスヨネ」
賢者の石序列8位? すると何か、こいつは賢者の石の関係者どころか中枢の人間だって言うのか。賢者の石は今もあるのか?
てっきりもう無いものだと思い込んでいたが、まだどこかにあると言うのならそれは……
「賢者の石は今もあるのか……!?」
「アー、期待に溢れた目でみていただいているところ悪いんデスケド。賢者の石は空中分解、自動解体デストローイ、でもうナイデス」
「な、じゃあなんでダンジョンやら道具やらはそのままなんだ」
「それはまあ、遺すのが前提で作りましたからネー」
「なんでそんなことを……!!」
それじゃあ賢者の石が何をしたかったのか分からない。作るだけ作ってあとは放っておく意味はなんだ。
遺すのが前提、パックはそう言ったな?
なら、それは遺さないといけない理由があるはずなんだ。試練を課すダンジョンと、とんでもない性能の道具を用意する意味はなんだ。ただの商売でそこまでするか?
たしかに賢者の石の道具は商品ではあった、だがその裏には普及させないといけない理由があったんじゃないか?
道具による人類全体の底上げと、一部の猛者を選別するためのダンジョン。それはなんのため?
「……立ち向かうには強すぎる外敵がいるのか」
「ホー、なかなか察しが良いデスネー。その通りデス。この世界、我々はアルファと呼んでいましたが。このアルファと繋がっている世界が2つありマス。仮称ベータ、ガンマ、デスネ」
繋がってる世界? べーた、がんま? なんだ理解が追いつかないぞ
「ベータ世界は所謂神の国デス。天使、神、聖人が住んでいる天上楽土。対してガンマ世界は地獄デス。悪魔、魔王、魔人が跋扈する世界デス」
「天使? 悪魔? そんなのいる訳……」
「ハハハ!! 賢者の石の製品を使っておいてベータ世界とガンマ世界を否定するんデスカ? 賢者の石が製品の材料に使っているのはそちらの世界のものデスヨ」
「いや、そんな」
「見せた方が早いデス。ちょっとスカイフィッシュ貸してくれませんカネ。壊しはしないノデ」
「……分かった」
現状分からないことが多すぎる。スカイフィッシュを渡す事で少しでも理解の助けになるのなら。
「ドーモ、ではちょちょっと」
流れるような手捌きでスカイフィッシュをバラしていく。そして完全にバラバラになった時、パックの手には脈打つ赤いものがあった。
「これ、天使の翼デス」
「……どう見ても肉片なんだが」
「ええ。デスから天使の翼の一片なんデス」
「は……?」
「賢者の石が作った製品には多かれ少なかれこういうものが入っているんデスヨ。死んで破片になっても脈打つ生物はアルファ世界にはいないはずデス」
本当なのか、それを確かめる術がない以上は今は飲み込むしかない。
「賢者の石の目的は、アルファ世界がベータ、ガンマ世界に立ち向かえるように遺産を遺す事デシタ。完全な形での成就は無理デシタが、あなたが今ここに居マス。王サマを調整して仕立て上げるよりずっと早い」
「……待て、何を言うつもりだ」
嫌な予感がプンプンしてきたぞ。
「世界を救う気はありマスカ? あなたにしかできない事デス」
【育成卿】
育てるのが好きだった、植物でも動物でも、人間でも
育成ゲームが好きだった、シミュレーションゲームも好きだった
だから、千載一遇の機会だった
この世界は育て甲斐がある
いつ襲われるか分からない、いつ自壊するか分からない
そんな世界だった
私は、自分が育成する国が欲しかった
そうして世界を旅するうち
同郷の人間に会った
彼らは自分達を賢者の石と称していた
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
栓をする
「世界を救う?」
「賢者の石が遺したものを本当に使えるのなら、ベータ世界、ガンマ世界の侵略を止めることができるはずデス」
「止めないと、この世界が滅ぶって言うのか?」
「もちロン、今はまだ栓が機能してイマス。デスがそれは永遠ではありまセン。それが壊れれば、このアルファ世界はベータ世界、ガンマ世界の手に落ちるでしょうネ」
「俺にその世界に行って、滅ぼしてこいと?」
「それはムリが過ぎる提案デスネ。あなたに頼みたいのは上からもう一度栓をする事デス」
「……?」
てっきりそういう類の無理難題をさせられると思ったんだが。いや待てよ、これはたぶん栓をするというのは何か別の意味を持っているに違いない。勘だが、たぶん死ぬような目にあうんだろうな。
「……栓をするっていうのは具体的にどんな事をするんだ?」
「まあ、とりあえず最低限のダンジョンを攻略してもらって道具を集めてもらいマス。その後は栓に行って直接操作してもらえればそれで終わりデス。ひとまずはそれで時間を稼げるデショウ」
「そのダンジョンっていうのは……どれくらいあるんだ?」
「攻略の状態にもよりマスガ、まずは3つデス。最初は四魔人でいきまショウ」
「その四魔人ってのがピンと来ないが、いったいどこに居るんだ」
「ピンと来ない? ご冗談を、だってもう4つの城が出てマス。あなた意外にあの四魔人を出す条件を満たすような人が居るんデスカ?」
「城……? あいつらか……!!」
あの災害どもを倒す……それはそもそもの目的とも合致する。あれを世に出してしまった責任が俺にはある。奴らを倒すことにもう1つ目的が追加されたと考えるか。ダンジョン攻略をする事で得られる物を考えればこの流れに乗ってしまった方が良いとも言える。
だが、言われるままに動くことには危険がある。まずパックを信用して良いか分からない。1度考える時間が必要だな。
「今返事はできない。考える時間が欲しい」
「それもそうデスネ。ここに泊まってもらっても良いデスカ王サマ」
「ん? そっちの話は終わったのか。まあ、ともかく余の夫が居城に泊まるのになんの不都合があろうか」
「オッケーだそうデス」
「そろそろ夫にはならないってことを分かってもらいたいですね」
「何を言うか。パックの協力を受けるということは余の協力を受けると言うこと。王の親族からの個人的な協力を受けられる立場はもう夫しかあるまい。もう事実上の婚姻ではないか」
えー、そんな胸を張って言われても。事実上の結婚状態ではないと思うが、今はそれで甘んじておかないと話が終わらないだろうな。なんでこんなに結婚に拘るのかは今のところはっきりとはしていないが。
今聞いてしまうか?
「槍王陛下」
「余のことはロンと呼ぶがいい」
「……ロン陛下」
「なんだ? 夫よ」
「どうして結婚をそんなに急ぐのですか」
「そんなの余がいつ死ぬか分からぬからに決まっているではないか」
「まさか、身体が?」
「いや、すこぶる健康だが」
「ではなぜ?」
「明日空が落ちるかもしれぬ、今地面が砕けるかもしれぬ。何時だって人は死ぬ、何処だって人は死ぬ。それが真理であろう。だから余は生き急ぐ、できる事は今のうちに。掴めそうな運命は囲い込む。夫がそうだ、余が初めて見初めた相手なのだ」
本気だ、これは本気の言葉だ。自分が本気で明日死ぬことを考えて、今できる全てを手に入れようとしている。これが槍王ロンか。
この覚悟を説得するのは大変だ、そもそも説得が可能かどうか。おそらく不可能だろう。だから俺はずるい手を使う、これは卑怯だ。それは分かっているが、ここで槍王に縛られるわけにはいかない。
「ロン陛下。私の家はビクトリウスであると申し上げました。それでも構わない、関係ないと陛下は仰せになりました。ならば、私への求婚はビクトリウスへの申し出として家長である母に話をしていただきたいと思います」
「なるほど、まずは家族に挨拶をというわけだな」
「そういうわけです。私の家は傭兵家業ですので、少し手荒いものになるかもしれません」
「構わぬ。荒い歓迎でも一向にな。それにビクトリウスは女傑の血筋であろう? 母君と会うのが楽しみだ」
「母の名は、マレフと言います」
「マレフ? マレフだと!? 死地渡りの凶刃か!?」
「ええまあ、今は一線を退いていますが」
「これは生半な覚悟では赴けぬな……挨拶に行ったが最後、そこが死地になりかねぬ」
家の名前、母親の異名、そんなのものを使う事はしたくなかった。それは俺のもとめる所から最も遠い振る舞いだ。今の俺では、上手く切り抜ける手段がなかった。許してくれ母さん、今から槍を持った王サマが実家に突撃してくるかもしれない。
「で、場所はどこなのだ」
「教えられません、そこも含めて当家への求婚なのです」
「むぅ……王の執務を休むわけにもいかぬ。合間を見つけて探すしかないか」
「申し訳ありません、これが当家の流儀なので」
「いや。良い。余が先に言った事だ。必ずや見つけ出してみせよう」
「ご健闘をお祈りしております」
よし、これで結婚問題も先送りにしたぞ!!
【死地渡りの凶刃】
女のいる場所はいつも最前線だった。それは死がありふれた地獄の入り口。
女はいつも無手だった。それは獲物に拘らないから。彼女が持つ武器は全てがその全性能を発揮した。
女はいつも笑っていた。自らの強さを誇っていたからだ。自分は生涯戦場にいるのだとそう思っていた。しかし女は戦いをやめた。
女が母になったからだ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
槍王さん家のお食事会
「もぐもぐ、そんなもので良いのか? 余の夫ならもっと食べねば」
「うぷ……これくらい勘弁してください」
眼前に広がるのは料理の山、これは俺をもてなすために槍王が用意させたものだ。だが、はっきり言ってこんな量を食べられるとは到底思えない。
到底思えなかった。
少し前までは。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
まるで吸い込まれていくかのように料理が槍王の中に消えていく。その小さい身体のどこにこんな量の料理が入っていくのか見当もつかない。速い動きをするためにはエネルギーを用意しないといけないってことなのかもな。姉さんも結構食べるほうだったし。
それにしても槍王の勢いは凄まじい。
「王サマは大食らいデスから、でも君はあんなもの撃ったのに元気そうデスネ」
「まあ、そんなに食べなくても良い体ではある」
「ンン? もしかしてその腕デスカ」
「どうしてそう思う」
「その腕、樹人のものとよく似てイマス。もしかして義手もらいマシタ?」
「どうだったかな」
パックの事はまだ信用していない。賢者の石の関係者であるのはまあ、スカイフィッシュバラして戻せる事からほぼ確定だが。それはそれとして、俺の敵ではない可能性が排除できたわけではない。
変な計画の片棒かつがせようとしてくるし、英雄とかなんとか言ってくる奴は大体詐欺師だと思う必要があるだろうし。
「だってそれ、桜の腕デスヨネ。樹人は確か桜、竹、紅葉でしたっけ」
「だとしても何も問題はない」
「ンー、今すぐ協力していただけるのであれば耳よりな情報があるんデスけど」
いきなり攻めてきたな。ここで頷く事は難しい。
「そんな事で協力を取り付けようって言うのか? 時間をくれと言ったはずだが」
「ちょっとそういう訳にもいかなそうナンデス」
「急かす理由は」
「……これを何か言ってしまうと駆け引きの意味が無くなってしまうのデハ?」
駆け引きの意味が無くなる、つまりは一言程度で俺に衝撃を与える内容である事が確定した。そして、今の話の流れからそれは樹人関係であると推測がつく。俺が樹人と知り合いであるのなら言うだけで、俺を動かせるような状態。
つまりはアルカの危機ということか。ここからアルカの居る森までは、結構な距離がある。スカイフィッシュが不調な今は急ぐにも限度がある。
「樹人の森が危険にさらされているのか」
「……ンー? 勘の良いガキはなんとやらデスネ」
「そうなんだな」
「当たらずとも遠からずくらいデスカネ。時間と確率の問題ですケド」
「森の近くに城とやらがあるんだな?」
「サァ?」
「……」
これ以上は問い詰めても無駄か。ここで折れることは簡単だ、だがそうするとこれからずっとパックの言いなりになる可能性がある。どうにかして、主導権を握ってしまいたいが。何かは良い手はないのか。この状況を俺の有利にできるような。
あ、そうだ。1回場をぶち壊すか。
「じゃあ今から俺は樹人の森に行く。話はここまでだ。じゃあな」
「ちょっとちょっと!!?」
「槍王陛下、すみません。今から帰ります」
「なにっ!? 今日はお泊まり会ではないのか!?」
「急用ができましたので」
どう出る? このままなら俺は本当に居なくなるぞ。お前が本当に俺からの協力を得たいのならここで折れるしかないだろう。
隠し玉か、イレギュラーでも起きない限りは。
「わ、分かりマシタ。少し待ってくだサイ」
「どうした? 何か話があるのか」
「実は」
閃光によってパックの言葉は遮られた。遅れてくる音は雷鳴。
「余の城に2人で乗り込んで来るとは随分と舐められたものだな」
「舐めてねえよ。オレが最大限の警戒をして乗り込んでたんだから」
「は、不遜だな」
「仕方ねえだろ? どうしても会って話をしないといけない相手がここにいるんだからよ。なぁシン?」
目の前に、いるのは
「シンちゃん」
「デーレ姉さん……」
雷光を全身に纏いながら、一歩ずつ、一歩ずつ近づいてくる、優しく笑いながら、抱擁をするような態勢で、距離を詰めてくる。
「ずっと探してたんだよ」
「ごめん……」
「死んだと思ったんだよ」
「ごめん……」
「でも良いの。今こうやって会えたから」
「デーレ姉さん……」
デーレ姉さんは今にも泣きそうだ、これ以上何か言えば瞳から大粒の涙がとめどなく零れ落ちるだろう。
「姉さん、俺は」
「良いの。今はただ抱きしめさせて。それ以外は全部いまは良いの」
「姉さん……」
姉さんの、抱擁を受け入れ、
「っ!?」
「どうして逃げるの……?」
「姉さん、俺のこと気絶させて持ち帰ろうとしてるでしょ」
「そうだよ?」
どーりでバチバチしたまま近づいて来てると思ったよ。
「もう逃がさないから」
【槍王の食卓】
毎日とんでもない量の食事が並ぶ円卓である。
この食事量が槍王の強さの一端では? などと言われることがあるが、それは間違いである。
食べているから強いのではない、強いから食べなくてはならないのだ。
恐るべきことに槍王の成長期はまだ終わっていない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
鎧の名は
やばいやばいやばい、デーレ姉さんが視認できる距離にいる状況が果てしなくやばい。動きはまず見えない、そして抱き着かれたら意識を落とされて終わりだ。
抱きついてくることを考えると、上半身に触れるはずだ。
「うぉおおお!!?」
「あれ?」
全力でかがんだ、ギリギリで姉さんの抱きつきを躱すことに成功したぞ。
そしてこの避け方は二度と使えない。こんどは腰をつかむような態勢になるだろう。
「むぅ、お姉ちゃんから逃げるのはダメなんだぞ」
「逃げないと秒でお持ち帰りされるじゃないか!!」
「そうだけど、いやなの?」
「少なくとも今は嫌だよ!!」
「ふぅん、そんな事言うんだ」
あ、纏う電気が強くなった。次はもっと早く来るぞ。
「……番外指令(アウトオーダー)」
今の状況を打破するのは、姉さんの知らないものしかない。熟練工が示した可能性は一つじゃない。これは俺自身に纏う形。
「主神型対災害用複合兵器(アンチディザスター・オーディン)」
「なになに? やらせないよー?」
「姉さんは知らないはずだ。これを」
「えっ!?」
「カァッ!!」
姉さんの抱きつきを壁抜きで躱す。身を低くして飛びこんだぶん、体勢を立て直すにのに時間がかかるはずだ。
「鎧骨格(タイプ・ベルヴェルグ)」
これはカタハとオゼロを鎧とするものだ。きっと、これなら姉さんと俺の圧倒的差を埋めてくれるに違いない。
「……ねぇ、その人形はなぁに?」
え、なんかデーレ姉さん滅茶苦茶怒ってる?
「シンちゃんに後ろから抱き着いてるその人形はなぁに?」
「カタハ!?」
「あてには何のことだか、鎧になれと言ったのはシンの旦那でしょうや」
こいつ……、絶対に分かってやってやがるな。姉さんを煽っても良いことなんて一つもないんだぞ。付け入る隙がどんどん無くなっているんだからな!?
わざわざキツくなるような真似をしやがってからに、あとで説教してやる。
「シンちゃん。お姉ちゃんは顔が隠れるような鎧は嫌いだなぁ」
「そうは言われても、こういうものだから仕方ないよ」
「じゃあ、すぐに脱がせてあげるね?」
閃光のような、姉さんの移動。その動きが、見える。
「これが、姉さんの世界か……!!」
感動に体が震える。初めて姉さんと同じ世界を体感できているという事実。これが強者の世界、絶対に入り込めないと思っていた世界。
自分一人の力でないのは残念だが、それに文句を言える立場ではないな。
「ッ!?」
「どうしたんだ姉さん。そんなに驚いて」
「シンちゃん、お姉ちゃんが見えるの?」
「今の俺なら、姉さんの動きが見えるよ。一方的にお持ち帰りできるとは思わないで欲しい」
「シンちゃん、強くなったんだねぇ……」
姉さんの目からあふれ出る涙。
このタイミングで泣かれるのは予想外だぞ!?
「何で泣くの!?」
「だって、だってぇ……シンちゃん、ずっと頑張ってたの知ってるからぁ」
「え、じゃあ。持ち帰るの諦めてくれる?」
「それは嫌」
「さいですか……」
うやむやに出来るチャンスだと思ったんだけどなぁ……
「じゃあ、どれくらい強くなったかお姉ちゃんに見せてね」
「良いよ。まともに姉さんとやるのは初めてだ」
「うふふ、行くよ」
雷の速さで姉さんが迫る、鎧によって強化された視覚はその軌道を見切り、姉さんの攻撃がどう来るのかが分かる。
俺はそれに合わせて、拳を……拳を? 姉さんに? 当てるのか? 本当に? そんな事をするために俺は強さを求めていたのか? 絶対違う、姉さんを殴るために俺は強くなったわけじゃない。
駄目だ俺に姉さんは殴れない。
「くっ……」
「シンちゃん? どうしてお姉ちゃんを攻撃しないの?」
「それは……」
姉さんの攻撃は容赦ない、迷わず俺のことを攻撃している。これが正しい、正しいはずだ。それは分かっている。分かっているが、どう頑張っても姉さんを攻撃することを選べない。
正直避けるだけで精一杯な部分は多分にあるのだが、全く攻撃を挟めないわけでない。それすらも俺の心は拒否している。
「殴れない」
「え……?」
「これが失礼なことだってのは分かってる。それでも、姉さんを攻撃できない」
「……」
姉さん怒るだろうな……。こんな舐めきった事言われたら俺でも怒る。
「シンちゃん……」
「はい……」
「それはずるいよぉ……」
「え」
「そんな可愛いこと言われたらお姉ちゃんも戦えなくなっちゃうじゃない」
「え?」
「シンちゃんはさぁ、その一挙手一投足がお姉ちゃんに与える衝撃を分かってないよねぇ」
「それは、確かに分からないけど……」
「シンちゃんはねえ!! 可愛い!! かっこいい!! もうたまんない!!」
「……?」
何を言っているか、分かんないぞ?
「そろそろお姉ちゃん耐えきれないんだけど!」
「さっきから何を言っているんだ姉さん」
「ねえ、シンちゃん。お姉ちゃんの事好きって言ってくれない……?」
「姉さんのことはもちろん大好きだけど……」
「はぁう……!?」
「姉さん!?」
姉さんが胸を押さえて倒れた!?
「シンちゃん……の、勝ち」
「……ええ?」
【鎧骨格】
え? 槍だけだとアレだからセット装備として鎧も欲しい?
納期は?
週末!? 舐めてんのか!?
デザインと能力は自由でいい? そういうことは早く言えや
深緑の外装に骨の意匠だろ、それにマント、あとはまあフィーリングで良いか!!
グングニールぶっ飛ばす時に一番カッコいい奴にしてやんよ。
素材? まあ、製品を2つ分ってことだろうな、槍と一緒に使いてえなら4つ必要だろうな
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
鬼の問い
「ん? 電撃との話は終わったのか」
終わったというか、勝手に終わってしまったというか、姉さんが自滅したというか。これで終わったと言ってしまって良いのか分からないな。
そして、この感じだとファスカも話があるような。でも、話があるというにはあまりにも闘気がみなぎりすぎている。まるで、今から本気の殴り合いを始めるかのような。
「じゃあ、オレの話を始めよう」
「待て。さっきは家族の話ゆえに口を挟まなかったが今は違うだろう」
「あ?」
「お前は何者か」
「オレは、あいつに裏切られたんだよ。約束を、信頼を、ごっそりとな」
「裏切り……?」
裏切り? 俺がファスカを裏切った? あの短時間で裏切るようなマネをしてしまったか? あの辺りは結構必死だったから記憶が曖昧だぞ。もしかして、風のやつにぶっ飛ばされていなくなったから裏切ったと思われた?
なんにせよ、俺が今やることは一つか。
「すまなかった。俺があの場所から居なくなったことは確かに裏切りだったと思う」
「ほーん? 言いてえ事はそれだけか」
「言い訳にしか聞こえないと思うが、俺はお前に教える事を放棄したわけじゃないんだ」
「そうか、なら許す」
「え」
結構本気で怒っている感じに思っていたが、これで許してもらえた? もっとこうドロドロとしか展開になるかと思っていた。さっぱりとした性格で助かった。
「良かった、それなら」
「じゃ、ケジメの一発だな」
「ぶっ!?」
俺がファスカに殴られる? そんなことをされたら俺の頭が果物のようにはじけ飛ぶ未来が確定している。耐えられたとしても、確実に尋常じゃないダメージを負う。
「あ? 嫌なのか? 信用を回復するには禊が必要だろーが」
「お、お前の一発は洒落にならないんだよ!!」
「だからなんだよ。オレから命を狙われ続けるよりはいいだろ」
「……つまり、ここで清算しないと。ずっと追い続けると」
「おう。物分かりが良いな」
「避けたり、防いだりは駄目だよな?」
「ん? 別にいいぞ。できるなら」
ファスカの速さに対応できるか、それはかなり怪しい部分だ。姉さんの動きについていけたのは今まで見てきた動きだったのと、電撃の予兆を感知できていたことが大きい。単純に筋肉の力で早いのは、ちょっと方向性が違うというか。
まともに喰らったらやばいのはそうなんだが、対応できるかはかなり怪しい。
「というわけだ槍王。俺があいつを一発殴る権利はあるんじゃねえか?」
「……夫もそれでいいなら余は口をつぐもう」
ここで嫌ですと言える人間になりたいが。それを言ってしまうと本気でファスカとの決別を意味しかねない。なにより、ファスカに追われ続けるという状況はあまりにも危険すぎる。パンチ一発でこっちを殺せる刺客とか考えただけで背筋が凍る。
ここで一発をもらうしかないのか。
「分かった。俺も全力で対応させてもらうぞ」
「たりめーだろ。
「え?」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「全力って、おまえそれ、地鳴り倒した時の」
赤い肌に、角、運動性能を爆発的に上昇させる状態。
「いくぞぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
「やってやらぁああああああああああああ!!」
こんなんもう、死ぬ気で迎撃するしかないじゃねえか。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
神経を研ぎ澄ませ、奴はほぼ瞬間移動する。踏み込む瞬間を見逃せば、次の瞬間には壁の染みにされてもおかしくない。
鎧の性能を限界まで引き出せ、先読みをして、拳を逸らせ。
「消えっ」
ファスカのいた場所が爆ぜた、その瞬間には既に拳は俺の顔面の前に来ている。
「ぐ」
拳が、俺の頭を粉砕、する前に、ギリギリの、回避を、いや無理だこれ、このすぐ後に俺の頭は破壊されるだろう。
いや、破壊されるくらいなら俺の方からやってやらぁ!!
「がぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「っ!?」
カタハの機能を使い、殴られる場所を爆発させて多少のダメージと引き換えに拳の殺傷力を相殺させることを狙った。
結果は成功、俺の頭は残っている。
「はぁっ……はぁっ……!!」
「お前、爆発とか無茶するなぁ」
「ファスカに殴られた方があぶねぇんだよ!!」
「ははっ、それもそうだな。爆発よりもオレの一発の方が強い」
「全くだよ……」
相手の攻撃に爆発を合わせるのはこれからも使えそうだ。
「これで許してもらえたってことで良いのか」
「ああ、良いぜ。そんで約束を破ってないって言うんなら、さっさと教えてくれよ」
「あ……それなんだけどな。今はちょっと時間がないというか」
「あ゛あ゛?」
「怒らないで聞いてくれ、いまちょっと困ったことになってて手が空きそうにない」
「それはオレが手伝えば早く終わるのか」
……ファスカの手伝い、それはなかなか良い提案じゃないか?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
巨竜火山ウンゼン Ⅰ
シンが槍王の領地にたどり着く少し前、盾王の領地では異常気象が確認されていた。毎日のように灰が降り注ぎ、気温が徐々に上がり続けていた。
このようなことは今まで例がなく、何かの前触れではないかと有識者が騒ぎ出していた。盾王イージスもまた何かの流れを感じ取り自らの腹心である白盾領主アイゼン、赤盾塔主クヴェール、黒盾元帥ガイゼを居城に呼び出していた。
「して、この事態をどう見る?」
玉座に座りし老王こそが盾王イージスその人である。老いてもなおその覇気に衰えなく、全身から力が立ち上っているかのようである。
「お戯れを陛下。すでに原因にあたりはついているのでしょう?」
「そう言うなアイゼン。私はお前たちの意見を知りたいのだ」
「……では僭越ながら。今回の異変の原因は領地の火山にあります。灰が降るのはその証拠でしょう。気温まで上がるというのは異例ですが」
「ふむ……、ではクヴェールはどうだ」
「あたしも同意見だね、火山の異常な活性化だろうさ」
「……ガイゼはどう見る?」
「私は、もう少し踏み込んだ見方をしたいと思っております」
「と言うと?」
「先日黒盾砦に地鳴りが出現し、そして討伐されました。その際に火山に向かって光の筋が飛んでいくのを見た者がおります。これは新たな災害の兆候ではないかと思います。急ぎ火山に戦力を投入するのが賢明かと」
「ほう……なるほどな」
イージスが思案する。
「陛下!! 緊急事態です!!」
謁見の間に飛び込んできたのは真っ青な顔をした兵士であった。本来であれば腹心と王の会話に兵士が割り込むなどあってはならない事だが、それを破るほどの何かが起こった事は兵士の顔を見れば明白だった。
「何があった。息を整え、報告せよ」
「火山が、火山が竜となり、こちらへと向かっています!!」
「火山が竜に?」
「は、はい、わが国最大の火山が形を変えて、ゆっくりとこちらへ向かって動いています」
「それは本当なのだな」
「信じられない事態ですが、事実です。既に村が5つ飲み込まれました」
「このままでは、火山の竜に国がひき潰されるというわけか」
「そうなると思われます」
「そうか、大儀であった」
イージスはゆっくりと立ち上がり兵士の肩に手を置いた。
「安心せよ。私が知った以上はこれ以上の破壊は許さぬ。お前の故郷の仇も討つ」
「へ、陛下。どうしてそれを」
「お前の生まれ故郷は火山に近い。5つ飲み込まれた村の中にそれがあることは想像に難くない。もう一度言う。大儀であった、今は休むがよい」
「どうか……どうか……お願いいたします……」
「もちろんだ。我が名を忘れたか?」
「我らが王、盾王イージス陛下です……」
「うむ、では征くぞ。ついて参れ」
イージスの後ろに腹心が続く。その目は既に先ほどまでにものとは変わっていた。
「私の国を侵す者は、なんであろうと許さぬ。何が火山か、何が竜か、一片残さず蹴散らしてくれよう」
怒りを漲らせ、盾王は征く。外敵を打ちのめすために。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」
大火山が竜となり、大地を焦がす、燃え滾る溶岩が絶えず流れ出し、咆哮は天を震わせる。あまりにも大きく、あまりにも熱く、あまりにも暴力的だった。
火山の中心に在るのは赤き魔人。地鳴りの覚醒と共に姿を現した炎の災害、火吹きである。
「さあ、人間よ。乗り越えてみなさい。我(わたし)と我が城である巨竜火山ウンゼンを」
試練を与えるものとして造られた、そしてその役割を果たす時がきた。被造物が感じる無上の喜びを火吹きは感じていた。
「ふ、ふふふ、はははあ、あははははははははは!!」
高笑いはウンゼンの中で響き渡る。呼応するかのようにウンゼンは咆哮する。
「あれが、そうなのだな」
イージスの目は巨竜火山ウンゼンを捉えた。遠近感覚が狂うほどの大きさで、すべてを飲み込む火山が自分の国を蹂躙しようとしている様を。
「私が守るものはこの国だ。これ以上は許さん」
イージスの手には美しい大盾。透き通った盾は儚げですらある。
「我が盾に傷なし、我が道に傷なし、すべての害あるものは我が盾を超えず、すべての守るべきものは我が後ろに在り」
大盾は無数の破片に分かれ、そして巨竜火山ウンゼンへと向かう。
「万壁招来(アイギス)」
盾の一片がそれぞれ城壁のごとき盾に変化する。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
融けもせず、崩れもせず、潰れない、巨竜火山ウンゼンの力であってもこの盾は超えられない。この盾に傷はつけられない。
災害の歩みは、一人の王によって止められた。
「……なかなかやりおる」
盾王イージス、その腕は今も煙を上げて焼けている。災害の進行を一人で止めるという偉業は人の身に代償を強いていた。
「陛下、しばしの辛抱を」
「すぐに仕留めてくるさぁ」
「速やかに破壊して参ります」
腹心三人が巨竜火山ウンゼンへと向かう、王の身体が保つうちに敵を仕留めるために
「頼んだぞ……私の盾よ」
だが、巨竜火山ウンゼンはただの災害ではなかった。竜なのだ、火吹きなのだ、つまり、動きを止めても噴き出すものがある。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」
ひと際大きな咆哮、竜の口腔に光が集まる。誰が見ても分かる予備動作。ドラゴンブレスの予兆。
「待て!! 今は行くな!!!」
静止は間に合わず、溶岩は光線のように解き放たれた。
「ぬぅううううううう!!!?」
国に被害を出さぬため、最大展開した万壁招来。
ブレスを防ぐための更なる展開
噴き出す血、
焼ける身体、
訪れる限界。
「むね……ん」
イージスの瞳が閉じられる。
「グングニィイイイイイイイイル!!!!」
閃光がイージスの後方より放たれた、それは途方もない熱量と速度をでブレスを散らし、そして巨竜火山ウンゼンの頭部を吹き飛ばした。
「間に合ったか!?」
放ったのは、片目に緑光をたたえた男だった。
【巨竜火山】
巨いなるものよ、我が意思に従え。
秘めし熱を、炎を、全て吐き出すがいい。
溶けた岩を、融けた鉄をもって蹂躙せよ。
人よ見事乗り越えて見せよ、できなくば死ね。
その先に我がいる、その先に真なるものがある。
我が銘は熾し、火を生み出す者。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
巨竜火山ウンゼン Ⅱ
デーレ姉さんとファスカの襲撃が一段落つき、パックが話し始めた。
「結局のところ、樹人の生息地と4魔人の城が動く範囲が同じくらいなんデス。なので早めに対処しないと樹人のお知り合いが危ないっていう事デスネ」
なんとなく予想はついていたが、そういうことか。1度アルカのところまで戻る必要がある事は変わらないな。にしても、4人のうちのどれが来るかで大分緊急度が変わりそうだ。
まさか、火吹きって事はないよな?
「一応確認したいんだけど、樹人のところに来るのは誰なんだ?」
「え? 火吹きデスケド?」
「うぉおおい!! 1番ヤバいじゃねえか!!!」
「だから言おうとしてたんデスケド?」
「焼かれたら終わりじゃねえか」
「ええまあ」
「デーレ姉さん!! ファスカ!! 今すぐ俺の指示する方向へ飛んでくれ!!」
「もう行くんデスカ?」
「行くに決まってんだろ!!」
猶予がなさすぎる、今すぐ行かなきゃならない。
「火吹きの城は強めデスカラ、気をつけてくださいネー」
「忠告どうも!!」
鎧を纏ったまま樹人の森の方向へ飛ぶ。
「シンちゃん、お姉ちゃんは無条件で手伝うけれど情報収集もしないで戦いに向かうのは褒められないよ?」
「ごめん姉さん。今回は本当に時間がないんだ」
「分かってるなら良いのだけれど。じゃあお姉ちゃんが本気で飛んだ方が良いのよね? お姉ちゃんの腕に掴まってくれる」
「分かった、姉さんの方が速い」
デーレ姉さんにつかまる。姉さんの身体が寄り強い光を放つ。雷そのものと化しながら空を征く。
そして、俺は、それを見た。
「なんだ、あれ」
「わぁ~、おっきいねえ」
「殴り甲斐がありそうな奴だな」
火山そのものが、動いている、竜の形をとって、大地を食らっている。だが、それを食い止めている何かがある。あれは盾なのか?
「盾で動きを止められている?」
「あれは盾王の万壁招来(アイギス)だねぇ。あれであの大っきいのを止めてるみたい」
「へえ、あれが噂の絶対防御か」
盾王が出てきてるのか!? 火山まるごとを覆う防御領域とは恐れ入った。
「ん? あれまさか」
「ああ、ブレスだね。このままだと危ないかも」
「避けりゃ問題ないな」
あんなの撃たれたらどこまで被害が出るか分からない。一か八かぶちかますしかねえ。
「姉さん、俺を降ろしてくれ。撃ち込む」
「え? 避けた方が良いよ」
「大丈夫、俺の槍ならできる」
「やだ。シンちゃんかっこいい……」
本当は確信なんかない。それでも、ここで撃たないという選択肢はなかった。
「番外指令(アウトオーダー)・制限解除(オーバーリミット)・主神型対災害用複合兵器(アンチディザスター・オーディン)」
あ、これちょっと間に合わねえ。少し省略するか。あとは撃つだけだ。
「グングニィイイイイイイイル!!!!」
全力で吸い上げたエネルギーを注ぎ込んだ。
「間に合ったか!?」
放たれたグングニールを見守る。
「よし!!」
俺の放ったグングニールはブレスを散らし、目の前にいた巨大火山竜の頭部を砕いていた。
「シンちゃん!!」
「うわっ!?」
デーレ姉さんが抱きついてきた!?
「何今の!? すごいすごいすごい!! あんな威力お姉ちゃんでもできないよ? さっきのシンちゃんが考えたの!?」
「え、ああ、まあね」
「すごいよ!! お姉ちゃんびっくりしちゃった!!」
姉さんに戦闘の事で褒められたのは初めてだ。正直言って踊り出したくなるほど嬉しい、いま踊り出すわけにはいかないから踊らないけど。
「あれで終わってくれればいいんだけど。そういうわけにもいかないよな」
巨大火山竜は溶岩で頭部を再生しつつあった。もともとが火山である以上は頭部に見える部分を吹飛ばしたところでさしたる意味は無いということか。
つまり、火山まるごと消し飛ばす必要があると。
「じゃあ行くか、2発目だ」
体勢を立て直そうとした瞬間、全身に走る激痛。
「ぐうっ!?」
どこかしこも痛くてたまらない。内側から焼かれるようだ。デカすぎる一撃に伴う代償はやっぱりこうか……
早く2回目のグングニールを撃たなければならないのに。あ、血の味がする。
「がふっ」
「シンちゃん!?」
「大丈夫、大丈夫だよ姉さん。身の丈に合わない攻撃は自分も壊すってだけだから」
「あんだけの攻撃をしたのならそうなってもおかしくはねえな。少し休んでろ、オレが行く」
「待ってくれ、後1発撃たせてくれ。俺が撒いた種なんだ、俺が刈り取らないと」
「1発でそんな風になってんだから、2発も撃ったら死ぬぞお前」
「いや、やれる。やってみせる」
そうだ、1発撃ったらぶっ倒れる切り札なんて、そんなの使えねえ、せめて2発撃てなきゃ話にならねえ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
なんて咆哮だ、この距離で全身が震えてやがる。
「……一筋縄じゃいかねえな」
目の前に見える頭の数、実に9個、それが全部ブレスの動作に入っていると。
「上等だ。ぶち壊してやるよ」
2発目のグングニールで、まとめて消し飛ばしてやる。
【巨竜火山ウンゼン 九頭竜態(モード・ヒュドラ)】
破壊されようと、砕かれようと滅びぬ。
この身は竜であって竜にあらず。
地からの熱ある限り、幾度でも再生を果たす。
9つの丘を同時に焼いてみせようぞ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
巨龍火山ウンゼン Ⅲ
「首が9個は多すぎるっての……!!」
どう考えてもあの頭全部から攻撃可能だ。一度に出る量は減るかもしれないが砲台が9個あっちゃな。
俺がグングニールを撃つ前に一帯が焼け野原になる可能性の方が高いじゃねえか。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
馬鹿でかい咆哮、そして光り始める9の砲台。
「時間が足りないね? お姉ちゃん頑張っちゃう」
「え?」
雷鳴、閃光、そして弾ける龍の頭。
「さっきのすごーくカッコ良かったからお姉ちゃんも真似しちゃった♡」
「……さいですか」
俺よりも遥かに短い溜めで、同等とまではいかないまでも準ずる威力を連射するか……つくづく越えるには遠い姉を持ったと思う。
「シンちゃんのがグングニールでしょ? じゃあお姉ちゃんのはグングヤークにしようかな」
「グングヤーク……?」
「シンちゃんのは煮るんでしょ? じゃ同じ感じで言ったら焼くかなって」
「なる……ほど?」
「でも近づいた方が早いからちょっと行くね」
姉さんののネーミングセンスにはノーコメントで行こう。
「じゃ、オレも行こうか。頭潰してくれば良いんだろ?」
「いや流石に火山を殴るのはやめた方が」
「あ゛゛?」
「分かった。何かを言える立場じゃなかったな」
瞬間移動に等しい跳躍は瞬く間に頭との距離を0にした。で、そこからどうするんだ?
まさかとは思うが本気で火山を殴り壊すつもりじゃないだろうな。
「うぉおおおらぁあああああああああ!!!」
怒号と爆発音に似た打撃音。
「やりやがった……素手で火山を解体するとか」
あの拳俺に向かって来てたよな? それを考えると背筋が凍る思いだ。
今俺の首が繋がっているのは本当に奇跡だったのかもしれない。
「だけど……まだ首は半分以上ってもうない!?」
なんかいつの間にか残りの首が壊されていた。誰がこんな事を。
「ぬううううううううん!!!!」
「はぁああああああああ!!!!」
今まで気づかなかったのは不思議なくらい暴れてる。
「白盾と赤盾がいたのか」
ひたすら拳と盾で火山を押し返す白盾、対して赤盾はなんか鉄球を振り回して火山を削っている。凄まじい戦いぶりだ。頭どころか胴体まで削り始めたぞ。
「そして黒盾か」
なんかでかい処刑台みたいなので攻撃してる。首を落とすだけなら他の2人の比じゃない速さだ。あれが黒盾砦を任された奴の力か。
「時間は稼いでもらっている。なら後は俺が撃つだけだ」
1番の問題はここだ。あの龍は一見削れているように見えて全然総量は減ってない。きっと地面から材料を持ってこれる限り倒せないんだろう。
一撃で消しとばす火力が必要だ。俺にはその手段がある。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
「吠えてろ。今のお前にはそれしかできないだろうからな」
ん? 吠えた? 頭が潰されているのに?
それになんだかやけに音が近いような?
「嘘だろお前!?」
「■■■!!!」
地面から10本目の首!?
早く気づくべきだった。地面から吸い上げたもので体を作っているのなら地面があの龍になる可能性もあるという事を。
「くそがぁああああああ!!!」
グングニールはまだ撃てない。グングニールに形の変わっているカタハとオゼロも動けない。そして桜腕で体を固定している俺もすぐには。
まずいぞ、近すぎる。
「アルカァアアアアアア!!!」
最後の望みをアルカに託す。これで首が止まらなきゃ俺は黒焦げになる。
「なっ!?」
弾かれた。俺だけの腕力じゃ、傷つけることもできないのか。
壁抜けをしたところで面攻撃をされ続ければ意味がない。何より今以上に体力を使ったら二発目のグングニールは絶対に撃てない。
詰みか? だが。
「諦めるかよぉおお!!!」
一度でダメなら二度、二度でダメなら何度でも。アルカが俺に応えてくれる限りは信じ続ける。
「うぉおおおおおおおおおおおおおお」
迫る顎、光る口腔、0距離での攻撃は一切の軽減なく俺を焼くだろう。
耐える術はない。
「うぉおおおおおおおおおおお!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■!!!!」
そして、俺の視界は赤く染まった。全身を溶岩が包む。だが不思議と熱くない。
「……なんで生きてるんだ」
俺がここで生き残る道はなかった。何か奇跡でも、まさか。
「は、はは、そういえばこれはそういうものだったな」
パラパラと落ちるのは砕け散った結晶。アルカからもらった琥珀の指輪。その効力は、一度限りの死の回避。
「アルカ、ごめん。俺はお前に貰った命をすぐに捨てちまうみたいだ」
「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
二度目の攻撃、依然として体勢は整わず。
「……」
頬を風が撫でた。それはどこか懐かしい。次いでやってきたのは桜の花びら。
「オイラのシンに何してんだトカゲ」
桜を纏う暴風が龍の頭を打ち砕いた。
【砕けた琥珀桜晶】
無残に粉々となった琥珀桜晶、命を救う奇跡が起きようと、時間稼ぎにしかならなかった。だが、その一瞬が必要だった。風と桜が死に追いつくには。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
巨龍火山ウンゼン Ⅳ
「アルカ!?」
意味が分からない、ここは樹人の森ではない筈だ。ならばあの威力はおかしい。何よりなんでこの時この場所にアルカが居るんだ。そんなことがあるわけ。
夢か? 死ぬ間際の都合のいい夢を見ているのか。
「へへ、久しぶりだな?」
いや、これはアルカだ。本物だ、桜腕と剣のアルカが反応している。間違いはない。
「どうして」
「どうしてここにいるのか、どうしてあのトカゲを吹っ飛ばせたのかってところか?」
「あ、ああ」
「その答えは……じゃじゃーん!!」
「なんだそれ、胸元に宝石なんてあったか」
「チッチッチッ、これはただの石っころじゃないんだなこれが。これは
「賢者の石!?」
何を言っているんだ? 賢者の石は組織の名前だろう? それがなんで宝石に同じ名前が、いや考えろ。どんな可能性がある? 考えるまでもない、賢者の石と関係する奴なんてあいつしかいないだろう。
「パックから貰ったのか」
「さすがはシン、言わなくても分かっちゃうんだな。真っ青な顔して変なのが来たと思ったら、予想以上に大きな城ができててシンが危ないって言ったんだ」
「それでその宝石を渡されたと?」
「そう、石を組み込めばすぐに助けに行けるってさ。危なかったな?」
「ああ、そういう事か」
後で聞きたいことは山ほどあるが、助かったのは事実だ。アルカが居てくれるなら俺はグングニールに専念できる。
「今度こそやるぞ、ん?」
なんだ? 剣のアルカが震えているような?
「……え?」
アルカ本体が賢者の石製品を取り込んだせいで、剣のアルカにも変化が起きている。
「やれるのか、こんなこと」
【熟練工】はやれると言う。ならば。
「番外指令」
きっとできるのだろう。
「アルカ、力を貸してくれ」
「ああ、やろうぜシン」
俺とアルカで、あの龍を斬る事が。
「制限解除」
アルカ本体すらも一本の剣として組み込む。今のアルカが賢者の石製品とみなされているからできる事だ。
「
さあ、見ろよ災害。これがお前を砕く剣だ。
「
俺よりデカい剣ができた、形はアルカを大きくしたものだ。とはいえなんでこのサイズの剣を俺が持てているかは分からないが普通に振れそうだ。
これならグングニールほどの消耗を伴わずに大規模な攻撃ができるはずだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
っ!? 風が剣を後押ししているのか。それでこの軽さということか。いけるぞ、正面からあの龍を真っ二つにしてやる。
「いけええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
伸びて伸びて伸びて、そして、目の前の巨体にグラムアルカが食い込む。
「入ったぞ」
【熟練工】が俺に言う。ここで解放しろと。持ち手を捻り、真の力を。
「グラムアルカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
グラムアルカの真骨頂は長さでも、大きさでもない、刀身に触れている者に対して行われる暴風の追撃だ。内側から爆ぜる風に耐えられる者はいない。たぶん。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!」
龍の身体が醜くふくれあがり、そして、断末魔を上げながら爆ぜた。
「しゃああああああああああああああああ!!!!!」
腕を全力で天に衝き上げる。俺だけの力ではないにしろ、俺の攻撃があの巨竜を倒したんだ。
「素晴らしい」
「っ!?」
「まさかこの程度の焼却範囲で
「お前、は」
「ああ。もう一度名乗ろうか人間。我はオコシ、火吹きの災害だよ」
終わりじゃなかった。確かに言っていた、城を作って待ち構えると、だが、城を壊せば終わりだなんて、そんなことは誰も言っていなかった。
本命はこいつなんだ。炎を纏う女性のようなこいつを倒さないとダメなんだ。
「城を壊したのはお前だ。次のステージに進む資格を持つのはお前だけ」
「つまり、一対一の決闘ってわけか」
「違うぞ、これは試練だ」
「言い方の問題だろ」
「まあ、そうとも言うか。では始めよう。我が試練を」
俺の周囲が燃えていく、まるで炎が世界を侵食するように。
「人間よ。熱を示せ」
俺と火吹きだけが居る焼け野原。ここが試練の場所か。資格は俺だけと言いつつも、グングニールもグラムアルカもそのままだ。俺の装備と見なされたらしい。
「火吹き、これを卑怯とは言うなよ」
「言わないさ。それもお前という人間の力だ」
カタハ、オゼロ、アルカをもとの姿に戻す。
「火吹きかィ、全身吹飛んでも平気かネェ?」
「ワン!!」
「ん? もう良いのかシン」
「カァ!!」
総力戦だ。出し惜しむ事は無い。
「番外指令」
見せてやるよ火吹き、人間の熱さを。
【魔剣・桜】
風よ、桜と舞え。鋼よ、水の如く振る舞え。
切り裂く刃は偽り、真なる刃は風。
内に吹き荒ぶ嵐、防ぐ事能わず。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
火吹き
今まで手を抜いていたわけじゃない。ずっと必死だった、ずっと全力だった。だけど、全部を出していたわけじゃない。
アルカが来てからずっと感じていた。条件が整った感覚。本来はこうあるべきだと示された答え。今までは純粋に数が足りていなかったんだ。高ランクの賢者の石製品の所持数が。
「制限解除」
カタハ、オゼロ、アルカのおかげで俺はもっと自由に戦える。もっと強くなれる。
賢者の石が想定していたところを超えてもっと先へ行けるんだ。
「三機融合(トリニティライズ)」
今目の前の火吹きを凌駕する力が欲しい。きっとこいつはあの龍より強い。それを打倒する力はなんだ。火を打ち消すのはなんだ。
「大海式対災害用兵装(モード・オケアノス)」
水だ、規模を考えれば海をここに持ってくるしかないだろう。
「さっき熱を見せろって言ったな? 見ろよ、お前のために俺は海を用意した」
オゼロをメインにしてこの兵装は、俺の両腕を覆う機械の籠手。望んだ量の海水を海から引っ張り出し、そして操るもの。
「熱烈だろ?」
「何かと思えば、ただの水で我を消せると?」
「俺の言った事聞いてたか? 水じゃねえんだ。海を持ってきたって言ったろ」
海を持ってきた。というのはそのままの意味だ。見える水は確かに海と繋がっている。それが例えどんなに深いところの水だろうと。
「っ!?」
「気づいたか。超深海の水はどうなってると思う。どんだけ圧がかかっているか分かったもんじゃねえよ」
「だが」
甲高い音と共に火吹きの動体に穴が開く。超圧縮された水が奴に風穴をぶち開けた。
「ば、かな。たとえどれほど圧をかけようとも我の身体に触れる前に蒸発するはず」
「俺もちょっと前まで知らなかった。まさか深海にあんなもんがあるなんてな」
レブンが倒したあのイカは深海からの尖兵だったらしい。オゼロから改めて聞いたが、深海には異常に重たい水がある場所があるそうだ。
「そこは異海(ルルイエ)っていうらしいぜ」
その水は水でありながら特異な性質を持ち、耐性を持たぬものを容易に溶かし込む。と思えば外界からの変化は頑なに拒むとかいう意味のわからない水だ。
レブン曰く、生命のスープに近い混沌だとか。よく分からないが。
「はははははは!!! 素晴らしい!!! まさか原初の水がまだ存在しているとは!!!」
「ああ素晴らしいさ。それでお前が倒せるんだからな」
話しているうちに火吹きの頭上には水の塊を展開済みだ。この水に溶かし込まれれば流石に消えてくれるだろう。
「爆ぜよ」
「ぐぁっ!?」
くそ、落とす前に爆発で散らされたか。だけど俺はすぐに水を持って来られる。火吹きはもう詰んでいる。
「おお怖い。怖いから我は空から攻撃するとしよう」
「飛びやがったか!?」
炎を噴射して浮いてやがる。今まで止まっててくれたから狙いをつけられたが、このまま縦横無尽に飛ばれちゃあ厄介だ。
「楽しい!! 楽しいぞ!! もっと熱くさせてくれ!! 我はもっと熱中したい!!!」
「俺は早く鎮火させたいんだが」
「つれないな、もっと熱くなろうじゃないか」
「うるせー!!」
飛びながら撃ってくる火球やら隕石やらの威力が尋常じゃねえ。異海の水で弾かなきゃ一撃で蒸発しているところだ。
「いつまでも飛べると思うなよ」
「……雨?」
上空で弾けさせた異界の水が降り注ぐ。一歩間違えたら俺が危ないからやりたくなかったが。仕方ない。
「良いぞ!! もっとなりふり構うな!!! 情熱を!! 熱気を!!! もっと我に!!!!」
「暑苦しいわ!!」
キャラ変わってね? 一段と火勢を強めやがって。いくら蒸発しない異海の水といえど。気温を上げることで俺が倒れたら元も子もない。周囲からの変化を拒絶するってことは周囲の熱を吸ってくれない事も意味しているからな。
「もっと飛びにくくしてやるよ」
空中に水溜りを設置する。これに触れた場所は持っていかれるぞ。少しずつ追い詰めて消してやる。
「良い!! 良いぞ!!!」
「その飛行性能どうなってんだ」
間を縫って飛び回ってやがる。この程度の障害なんざ気にしねえとでも言いてえのか。なら、もっと大技を出して
「気が逸れたな?」
「っ!?」
真後ろを取られた!? いつのまに? 今も飛んでいるのは炎で作った偽物か!?
「残念だ。ここまで熱くしてくれたのに。せめて我の腕の中で灰になれ」
炎の抱擁をまともに受けたら終わりだ。水の展開が間に合うか?
いや、逆に考えろ。これは最大の好機。奴は俺に緊急回避がある事を知らない。抱擁を回避しながら、水で押しつぶして終わりだ。
「……?」
「どうした? 好機だぜ?」
「嫌な予感がする。やはり離れた方が良さそうだ」
くそ、離脱しやがった。
「代わりに我の最大火力をお見せしよう。天から降る火をお前に」
「デカすぎだろ……」
あの龍をそのまま落としているような超巨大隕石。それが俺めがけて落ちてこようとしていた。
「受けるが良い。これが火吹きの裁き」
「受けるかそんなもん。こっちも準備は終わってんだよ」
水を使って撃ち出す大技、俺の必殺といえばあれしかねえ。
「超圧縮異海槍術式(グングニール・オケアノス)」
速度、威力共に未知数だが。何故だかやれるという確信があった。
「うおらぁあああああああああああ!!!!」
火吹きの裁きは俺の槍と正面からぶつかった。そして数秒の均衡の後。
「見事……お前は……我を打倒した……試練の達成(クリア)をここに宣言する」
グングニール・オケアノスを食らって消滅した火吹きの声が俺に届いた。
【火吹きの裁き】
空より来たる炎の塊。
火吹きのテンションがMAXになった時に放たれる一撃。
実はテンションが低い時に撃つ別の攻撃の方がえげつないのはヒミツ。本当の名前はメギド 。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ところで火山はどうなった
「はぁっ……はぁっ……はは」
一歩も動けねえ。全部出し尽くした。何もする気が起きねえなもう。
だが、やったんだ。俺が火吹きを倒した。
「気持ちの良い空だな……」
澄んだ空が目の前に広がっている。龍がいた時は黒煙で塞がれていたが、今はもういない。
何も邪魔するものがない空はなんて
「シィイイイイイイイン!!!! 何寝てんだお前!! お前も手伝え!!!」
なんだよ、結構良い感じ浸っていたのに。
「一歩も動けないくらい疲れてるんだ、寝かせといてくれ」
「ああん? お前が弾けさせたせいで溶岩が飛び散ったんだが? その後片付けはお前の責任じゃねえと?」
「え?」
「良いから見ろ」
無理矢理体を起こされるとそこには死にそうな顔でぷるぷるしている盾王と、必死で溶岩を処理している赤白黒の盾がいた。
「飛んだ溶岩全部受け止めたのか……」
「見りゃ分かるだろうが。ちなみにここにいないデーレは近くの水源まで飛んだぞ」
「分かった。最後の仕事だ。幸いこれは俺がなんとかできる」
そのままだったモード・オケアノスをもう一度使う。異海の水を持ってくるのと比べれば普通の水でいいから楽で良い。
「一気に冷却する。水蒸気に気をつけろって言ってくれ」
「……仕方ねぇな。今からなんか起こるぞ!! 気ぃつけろ!!!」
この大声なら聞こえただろう。本当ならこれをするのもしんどいが、責任と言われちゃあ仕方がないか。
「海で冷やす」
見える範囲にある溶岩めがけて水を落とす。急激な冷却は凄まじい水蒸気を発生させ。一体が真っ白に染まった。
「うわっ、思ったよりもすごい」
「なんだこりゃあ!?」
「これで冷えたろ? じゃあこれで本当に空だ。何も残っちゃいねえ。おやすみ」
もう無理もう無理、はい終了はい就寝、きっと捨て置かれたりはしないって信じてる。
そうだよな? そうだよね? これで起きた時今の場所だったら泣いちゃうかもしれない。
「むっすぅ」
「え、なんでそんな機嫌悪いの」
「ぷいっ」
「ちょ、ヤタ?」
寝て早々になんかすげえ不機嫌なヤタが居た。これは、どういうアレだ? 俺なんかしたか? したような気もするし、心当たりが無いわけでもないような気がしなくもないみたいな?
「仲間はずれにしたでしゅ……」
「え?」
「我は、要らない子でしゅか」
「は?」
「きっと我のことなんてただの寄生鳥だと思ってるでしゅ!!!!」
「待て待て待て!!!! なんでそうなった!? 何がそんなに拗れた!?」
「うるさいうるさいうるさいうるさいでしゅ!!! 我も居たのに!! 声もあげたのに!! 頼ってくれなかったでしゅ!!」
「……あ」
もしかして、火吹き戦でヤタの力を使わなかったのを気にしているのか!?
「いやいやいや!!? 使おうとはしてただろ!?」
「……でも使ってないでしゅ」
「えー」
「えーじゃねえでしゅ……この満ち足りた顔を見るでしゅ」
ぼわんと浮かび上がったのはカタハ、オゼロ、アルカの顔だった。たしかに満足げな顔をしている。
「うぎぎぎ!!!」
うわっ、聞いたことない音出してる。
「ぐすっ……」
「泣いてるのか……」
「あー、嘘泣きだぞそれ。オイラは騙されないからなー?」
「っ!? どうしてここに!?」
「どうしてもこうしてもあるか。シンの腕はオイラの樹なんだから。こんなに近くに居て入れないと思うのか?」
「ここは我の領域でしゅ!! 勝手な真似は許さないでしゅ!!」
「来ちゃダメだったのか? それならごめんなあ、他のやつも引っ張って来ちゃったぞ」
わー、さっきまで見てた顔が勢揃い。
「流石に泣き落としが雑すぎるネェ、もっと機を見た方が良いんじゃないかィ」
「ご主人に飼われている者同士、仲良くした方がいいでありますよ?」
「我は飼われてねえでしゅ!! 対等の協力関係!! いや!! 我の方が上でしゅ!!」
「え」
そんな風に思ってたのか。
「そうか……ヤタは……俺を下僕だと思っていたのか……」
「え、あ、いや、クチバシが滑ったというか、勢いで言ったというか」
「いいんだ、咄嗟に出るのが本音なんだから」
「や、ちが、そんな」
「俺が勝手に距離を見誤っただけなんだ、無理をしなくてもいい。これからは馴れ馴れしくせずに距離を取ろう」
「……しゅ」
「どうしたんだ? よく聞こえない」
「い゛や゛でしゅ〜!!!」
いや音量がえぐい。大泣きとかいうレベルじゃない。絶叫?
「悪かったでしゅ……距離を取るなんて言わないで欲しいでしゅ」
「分かった。これからもよろしくな」
「えへへ……」
頭を差し出してきたな。撫でろという意味だろうこれは。
「よーしよしよし」
「むふふ〜♪」
これで機嫌が治ってくれるなら良いんだけどな。
「おや、あての中に何か燃えるものが?」
「オゼロもソワソワして来たであります」
「オイラも撫でられたい!!」
殺到して来た奴らの相手も含めてしばらく撫で時間が続いたのだった。
「そろそろ良いだろ?」
「「「「駄目」」」」
夢の中とはいえ、腕が筋肉痛になりそうだ。
【巨竜火山の残骸】
シンが内側からパーンしたせいで内部に在った溶岩を周囲に吐き出す事となった。
ある意味災害としては相応しい最期ではあったが、盾王によってその最後っ屁は無効化された。
巨竜火山ウンゼンが出現したにもかかわらず、被害が最小限に抑えられたのは盾王がいち早く前線に出たおかげである。
盾王が判断に一日かけていれば今の100倍に及ぶ土地を焦土に変えていただろう
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
リターン・バーニング
「いつまで乳繰り合っているのだ人間」
「うぉあ!? なんでお前がいるんだ!?」
俺が消し飛ばした火吹きがそこにいた。
「我(わたし)を倒したからにはそれ相応の報酬があるというのに。待っていたらイチャイチャイチャイチャしくさってからに。流石に我の導火線も有頂天というものだ」
「途中から何言ってるかいきなり分からなくなったな……導火線が有頂天ってなんだよ」
「む? 当世風の言い回しだとインプットされているが違うのか。まあ良い、なんにせよお前に渡すものがあるのだ」
火吹きの手からふわふわと飛んできたのは赤い羽のようなものだった。
「言っておくが、赤い羽根ではないぞ募金とも関係はない」
「……誰に断ってるんだ」
「いや、これも言うようにと厳重にプログラムされているのだ。なんでもケンリモンダイとかなんとか」
「なんの話かさっぱりだな」
「我もだ。とにかくそれが我を倒した証だ。無くすな、それと間違っても食べるな」
「食うとどうなるんだ?」
「全身が炎に包まれて死ぬ。厳密に言うと肉体が炎で構成されるようになる。少なくともよっぽどの特異体質でもない限りは自殺と変わらないな」
うへえ、そりゃ食うなって言うわ。
「それを食べると賢者の石製品になるでしゅか?」
「ん? まあ、そう言えるかもしれないな。ある意味我と同じものになるという事だからな」
猛烈に嫌な予感
「あーん」
「食うなー!!」
「止めないで欲しいでしゅ!! 我も賢者の石の仲間になればもっと活躍できるでしゅ!!!」
「お前自分が俺の中に入るってこと忘れてるだろ!! 適合できたとしても体内に炎の塊なんか入ってきたら俺が焼け死ぬわ!!!」
「あ」
「あ、じゃねーよ!!」
阻止するのが遅かったら、大変な事になるところだったぞ……
「でも実際に入ってるわけじゃなくて、すり抜けて留まってるだけでしゅ。別にそれで焼けたりはしないでしゅ」
「いや、そうかもしれんが。だとしても万が一があるだろうが。前みたいに水中に行った時溺れ死ぬ気か?」
「うーん……それは困るでしゅ」
「そうだろう? だから今はやめとけ。どうしてもって時が来たら俺が許可を出す」
「……分かったでしゅ」
ふー危ない危ない。
「渡すべきものも渡した。では我はこれで消えるとしよう」
「最期に一つだけ質問してもいいか」
「なんだ」
「賢者の石ってどんな奴らだったんだ?」
「創造主のことで話せる領域は多くないが……真に世界を救おうとした方達であった事は確かだ。故郷が同じような理由で滅び、ここでもそれが行われようとしているのを見て立ち上がったのだ」
「で、本当のところは?」
「……勘が鋭いな」
「まあまあ、賢者の石の連中がそんな殊勝なわけないだろ。もっと自分勝手で刹那的、享楽メインの連中だと俺は睨んでる」
「……カバーストーリー看破、条件達成。真実を話そう」
え、何その顔。微妙な顔してる。
「創造主達は……言い難いが、その、お前の言った通り大義のために動くような者ではなかった。絶大な力を持っていたが、それを基本的に自分のためにしか使わなかった。趣味に合わない事はしないし、2つの世界を見つけたのも偶然だった」
まー、そうだろうな。そんなこったろうと思ってたよ。
「だが信じて欲しい。世界を案じていたことだけは確かだ。今はもう足取りを追うことすらできないが。我々を作り、技術を残し、対抗する手段を残した。それは事実だろう?」
「いやまあ、そうだけど。誰も使い方知らない技術と殺人遺跡と化したダンジョンじゃなあ」
「お前がどう思おうと、賢者の石は世界を救おうとしていたのだ。お前が今使っているものはその証拠ではないのか? 着々と力をつけているだろう? その力で世界を守れ。そのために必要なものを賢者の石は遺している」
「……言われなくても、この世界が更地にでもされたら困る」
「なら良い。さらばだ」
火吹きが消える。
「好き勝手言いやがって、結局パックと同じような事しか言ってねえし」
それで強くなれるのも事実なのがまた。
「ん? そろそろ目が覚めるか」
浮遊感が出てきた。このまま浮ききってしまえばそれは意識の覚醒に他ならない。
「ああ、そうそう、言い忘れていたが、お前の血筋も賢者の石によるものだぞ」
「は?」
「ではな……」
「待て待て待て待て!!!! 今お前なんて言った!!? とんでもない爆弾をさらっと最期に言うんじゃねえよ!!」
「ふふふ……」
「ふふふじゃねえの!!! どういうことなんだよ!!!」
「子細は当主にのみ伝わるという、気になるのならば聞くほかあるまい……」
「あっ」
今度は本当に消えやがった。くそ、当主に聞けだと?
「家に帰る必要があるな……」
今の当主は母さんだ。聞き出す事ができるかどうか分からないが、1つ言える事がある。
「死ぬほど怖ぇ……」
【赤の羽】
ふわりと浮かぶ赤い羽。ほのかに温かく、柔らかな光を放つ。
構成要素はすべて安らぎを与えるようなものであるのに、なぜか触れる事が躊躇われる。
生きる者は本能で知っているのだ。
その熱の恐ろしさを。
焔がもたらす死を。
これはその具現。
人よ熱を使う獣よ、存分に使え。されど忘るるなかれ、熱は自らも焦がすことを。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
里帰り
「はぁ……気が重い」
蒸発した息子がひょっこり帰ってきて、家の秘密を話せだなんて言ったら絶対に怒られる。これはもう確定だ。避けられない。
で、俺は母さんが怒った怒ったところを見たことがない。つまりは未知だ。怒ったところを見たことのない人が怒るのが一番怖いのはそこだ。
俺がどうなるか分かったもんじゃない。
「深いため息だ。若人よ、そのように俯くものではないぞ」
「いや、とてもとても前向きになんて……ん?」
俺の目の前にいる老人、見覚えある。盾王だ。なんで!?
「た、盾王陛下!?」
「陛下などと呼ぶ必要はない。ビクトリウスはどこの国家にも属しておらぬ。故に私を仰ぎ見る必要もない」
「で、ですがここは盾王陛下の領地」
「なるほど。ではなおさら畏まる必要はない。ここは私の領地ではない」
「へ? ではここは……?」
「あたりをよく見ると良い」
「?」
あー、なんか見覚えあるー、なあんだ、ここ俺の部屋じゃーん、ははは、驚いたなぁ、なんて
「言ってる場合か!? なんでここに居るんだ俺は!!?」
「良い反応に腹から出ている声。身体に支障はなさそうで重畳。最も、それが良いのか悪いのか」
「なんか不穏なことを言わないでくれます!?」
「はっはっは、そろそろ時間か」
「なんのですか!?」
「平和が終わる時間。ここまでに貼ってきた盾が残り一枚になった。目覚めはせめて平穏にと思ったのだがここまでのようだ」
「え、それはどういう」
盾王の言葉の意味はすぐに分かった。なぜなら。
「あら、起きたのね?」
「母さん……」
扉がずり落ちるようにバラバラにされ、母さんが姿を現したからだ。その手には愛用の包丁とフライパン。
母さんの愛用なのだから尋常なものではない。超希少な半獣半石の獣であるオリハル狐(コン)でできた包丁とフライパンだ。
「ほう……オリハル狐製か。ならば私の盾を割るのも頷ける」
「お褒めに預かり光栄です。今から少々お見苦しい内輪の話を始めますので応接室へどうぞ」
「うむ。死ぬなよ若人」
行かないで欲しいというのが本音だが、今から起きる惨劇に付き合わせる事はできないな。
さて、母さんの中にいるのは鬼か蛇か、それとも破壊神なのか。
「さて、聞きたいことを聞きましょう。あなたはこの家を捨てて外に出た、そうね?」
「え?」
家を捨てて? 俺が? そんな事ありえないだろ。
「嫌気がさしたのか、それとも何かに絶望したのかは分からないけれど」
「待って待って、俺は別に」
「黙りなさい。母が話しているでしょう!!」
「うっ!?」
威圧感が尋常じゃねえ。息子に向けるもんじゃねえだろこれは。
「あと少しであなたに受け継がせる準備ができたというのに。今からでも遅くはありません、賢者の石であなたは最も強き者になるの。嫌だと言うなら」
「母さん、賢者の石ってこいつらみたいなものか」
休眠状態に入っていたカタハとオゼロを起こす。省エネ? 機能らしいがよく分からないな。
「ン? こいつァ驚きいたネェ。お初にお目にかかります、あてはカタハ。【人形工房】のはぐれものにしてシンの旦那に仕えるものでさァ。お見知り置きを御母堂」
「ワン!!」
母さんが固まっているもしかしてまずい事をしたのか。あとはアルカとヤタ、スカイフィッシュも紹介しないといけないが……
「オイラもそうなったんだろ? 教えとかなくて良いのか?」
「いや、母さんの反応を見てからと思ってたんだけど」
「カァッ!!」
ヤタも出てきちゃった。なんかわちゃわちゃしてしまったぞ。母さんは依然として固まっている。これは怒りの前の静けさか、呆れ返ったと言う状態か。
もう出してしまったからに仕方ない。何事もなかったように説明をするしかないか?
「賢者の石が作った物という意味じゃなかったのか……?」
「シン……あなた」
ゆっくりと歩いて近づいてくる。それだけの動作を止められる気がしない。どんな風に攻撃しても全部撃墜される予感しかない。
「分かっていたのね、ビクトリウスの使命を」
え?
「せっかくだからちゃんと話しましょう。ビクトリウスと賢者の石の関係を」
え?
「そう、これはビクトリウスが産まれる時の話」
なんか勝手に始まっちゃった。けどまあ、聞きたかった事聞けそうだから良いか。
「あ、それはそれとして勝手に出て行った罰は与えますからね」
「へ?」
やっぱりダメだったー!!
「半殺し、半殺し、4分の3殺し、10分の9殺しの順でやります」
「情状酌量を要求します!!」
「却下します。理由は母を悲しませた事を相殺する事情など存在しないからです」
「そんな!!? 陪審員を呼んでくれ!!」
「シンちゃん呼んだ? ビリビリいっとく?」
「お兄様お呼びですか? 砂糖漬けになりたいならすぐにでも」
「ここは敵地の真ん中か!? 頼りにならないが、父さんなら……!?」
父さんに加勢を要請をしようと思ったが、そんなことをしたら父さんにまで被害が及ぶかもしれない。だが、父さんならやってくれるかも……
「ん?」
ひらひらと落ちてきたのはガタガタの文字が書かれた紙。
『生きろ。父より』
「うん。まあ、この状況なら俺でも逃げるわ」
【オリハル狐】
おいおい、この世で1番堅いものが何か知りたいのか。
鉄も鋼も金剛石もあるが、そんなものじゃ比較にならねえよ。
これはな、生きた金属なんだ。
なんで狐の形なのかって?
そんなの俺が知るかよ。
―――伝説的な金属加工職人 ドドロス
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
死地渡り
「さあ、見せてちょうだい。あなたの性能を」
「実の息子に性能とか言うものじゃないよ母さん」
「そうかしら?」
ビクトリウスの屋敷は円状で中心に模擬戦のできる空間がある。そこで母さんが俺に向かって包丁とフライパンを向けている。正直な話をしよう。
滅茶苦茶怖え。
「あら、どうしたの? 来ないのならばこちらから踏み込むけれど」
「もう少しだけ待ってくれ、俺の心が整うまで」
「ふふふ。甘いわね、もう間合いよ」
「な!?」
瞬きの瞬間に狙い澄まされた投擲、流石に包丁ではなかったが、それでも母さんの投石なんてまともに食らったらそんなん死ねる。
だが、完全に虚を突かれて間に合わない。壁抜けを切るしかない!!
「ガァウ!!」
「でかしたオゼロ!!」
オゼロの牙がその石を弾く、それで終われば良かったが、ご丁寧に同じ軌道でもう1個石が飛んできてやがる。こんな超絶技巧を息をするように繰り出して来やがるんだから手に負えない。
「旦那!」
「助かった」
2発目はカタハがいなしてくれた。素の能力の違いはこういうところに出るよな。自分で対処できないのは歯がゆいが、これが今の俺の力だ。
「……当然そう来るよな」
投石に意識を裂かれた獲物を刈り取る一撃が俺に向かう、後頭部に迫るフライパンに容赦なんて一切無かった。
「番外指令!!」
「あら」
番外指令発令に伴う衝撃で母さんを退ける。ぶっちゃけ母さんなら耐えられるレベルのものではあるが、母さんは未知に無策で突っ込むような馬鹿じゃない。観察からの滅殺が母さんの流儀だ。
「母さん出し惜しみなんてしてたら即死させられそうだからな。最初から全力全開でいかせてもらう」
「そうしなさいな。母だってシンを枯れ枝のように折りたくはないわ」
「少しは太い木になったと思って欲しいな!!」
母さんのスタイルは機動力と攻撃力が異常に高いものだ。デカい一撃を出させてもらえるとは思えない。ここは一撃必殺よりも、手数が必要になるだろう。
「三機融合(トリニティライズ)、大樹式対災害用兵装(モード・アルカ)」
「オイラだな? いくぞシン」
「ああ、やろうぜアルカ」
腕に集中するモード・オケアノスと違って、このモードは首輪のように変化する。そして、その能力は。
「おらぁああああああああああああああ!!!!!」
「あらあら」
次々と地中から襲い来る根は母さんを包囲する。
「それだけかしら」
十本以上の同時攻撃を一呼吸で全部ばらしてくるか、別に驚きはしない。
「そんなわけないだろ母さん」
「まあ、綺麗ね」
「これがアルカだ」
俺の背には桜の巨木、さっきの根は全てこの木から伸びたものである。固定砲台と化したアルカの飽和攻撃がこのモードの真骨頂。桜が舞う空間はすべてアルカの支配下、舞い散っている花びらは全てが武器だ。
「ふ、ふふ、ふふふ」
「楽しそうだな母さん」
「ええ、嬉しいわ」
「そうか、早く終わりにしよう。俺は家族同士で争うためにこの力を得た訳じゃない」
「まだまだ遊びましょうよ? 母はもっとやりたいわ」
「いいや終わりだ。もう包囲が済んだ」
「あら?」
母さんを囲む桜の木、アルカの分身とも言えるそれらもアルカ本体に準ずる能力を持っている。つまりは超過密攻撃による圧殺の準備が終わったということ。
「これ以上に意味はないだろ?」
「シン、もしかしてだけれど。まだ性能の一部しか見せてない事が分かって言っているのかしら」
「……ん?」
「少しだけ本気を出すわ」
風が頬を撫でた、それは少しずつ熱を持った。
その風が母さんの攻撃だと気づくのにかかった時間はあまりにも致命的だった。
「……あまり失望させないで」
「母さん……!? どうして、ここに」
「全部斬ってここまで来たのが分からないの?」
「っ!?」
母さんを包囲していた桜は全てが両断され、囲んでいたはずの花びらは無残に破壊されていた。これがあの一瞬で起きたことか? 母さんの時間と、俺の時間の流れは本当に同じなのか、そう思うほどの、圧倒的な性能差。
「母を舐めすぎよ。本気で来なさい、手加減なんて考える暇があるなら、1つでも多く殺す手段を構築しなさい。それができる力を持っているのだから。何はともあれこれで1回死んだわ。次はないと思って」
母さんが後ろに向かって跳躍し距離を取る、同じ事をしようものなら次は本当に斬られるだろう。
「俺の全力程度なら、余裕で受け流せるって言うんだな母さん」
「ええ。その通りよ」
「……アルカ」
家族に振るう刃も拳もないが、母さんなら問題なさそうだ。どうせ全部いなして平気な顔をするに決まっている。
「さっきの比じゃないぞ」
「それで良いわ」
身を裂く桜吹雪、貫こうと迫る根、前触れ無く叩きつけられる風、それらが息つく間もなく攻撃を続ける。全力全開だ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
母さんを中心として吹き荒れる嵐に目掛けて、剣のアルカを叩きつける。グラムアルカほどではないが、剣のアルカも強化されている。どう見ても、どう考えても1人に向ける攻撃の密度ではない、だが、それでも足りないのか、中心の母さんは1歩も動かずに全てを迎撃している。
「足が止まっているのなら!!」
必殺を放つ余裕がある、槍を撃てる。
「超螺旋風射出術式(グングニール・アルカ)!!」
「窮地にありて惑わず」
止めどない攻撃が殺到しているはずなのに、轟音が響いているはずなのに、母さんの言葉だけが鋭く響いた。
いや、母さんの声以外の音が消えた。
「好機にありて逸らず」
なんだ、時間が遅い、動きが鈍い、その中で母さんだけが普通に動いている。
「歩み止める事能わず」
俺の放ったグングニール・アルカは超高速回転する花びらの槍だ。削岩機のような槍を受ければ母さんだってひとたまりも。
「一時の閃きだけが許される」
切り崩された……!? そんな馬鹿な!?
「残念だけどここまでね」
まずい、防御を
「よくここまで至りました。母は嬉しいです」
頭に、手?
「よしよし」
「え?」
「母に切り札の1枚を出させるほどまで使いこなしているとは」
「……お眼鏡にかなったのか?」
「ええ。でもまあ、やはり1発は入れます」
「え」
何かとてつもない衝撃が身体を突き抜けた気がしたが、俺の記憶はそこで途切れてしまった。
【止水】
これは1つの極。
この技を受けた獲物は死を予感し、走馬燈を見るという。
酷くゆっくりとした世界の中で迫る刃をただ見つめる事しかできない
そして吹き上がる血しぶきを見て理解するのだ、命の終わりが来たのだと
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
オーバーホール
「ん? なんだこれ」
体の調子が良い。母さんとやり合って全身バッキバキになるのを覚悟していたのに。これは一体どういう事だ?
超再生能力でも会得したかな?
「お兄様。お目覚めですか?」
「ラァ……久しぶり」
「お体の具合はいかがですか」
「凄く調子が良い、まるで回復能力でもあるみたいだ」
「それは良かった。お兄様が下さった、このナイチンゲールがまた役に立ってよかったです」
「……ナンノコトカナ」
「いえ、良いのです。お兄様はきっと、何か、そうとても重大な、ラァ……より……大事な……グスッ……ことが……」
やばい、これはマジ泣きだ。寝起きで何が何やらだが、今はあやすことに全力を注ごう。妹の泣き声ほど効くものもない。
「家族より大事なものなんてない。俺がここを離れて行動していたのは確かだが、その一点に関して俺は何一つ違えていない」
「ほんとう、ですか」
「疑うのか?」
「その言い方はずるいです。ラァはお兄様を疑うことなんてできないのに」
「ごめん……置いていくような真似をして」
「良いんです。戻ってきてくださいましたから、それに、これからはずっといるのでしょう?」
「いや、それは……」
「違うんですか……?」
くそっ、上目遣いで目をうるうるさせてる。俺の妹は可愛いなあ!!
だが、ここで終わらせたら俺は何も成さないままだ。むざむざ別の世界からの侵略を許すハメになるのも看過できない。
「俺はやらないといけない事があるんだ」
「そう、ですか、あくまで行くと言うのなら、ラァもそれ相応の対応をさせていただきます」
「ん? ラァ? 何を?」
砂糖がラァの周りに集まり始めている。何をする気なんだ?
まるで今から攻撃をするみたいじゃないか。
「お兄様の動きを封じて監禁します」
「待て、冷静になれ、何も一生帰ってこないってわけじゃない、やることをやったら帰ってくる、絶対だ」
「それまでラァは耐えられないので、駄目です」
駄目かー、どうする、俺から攻撃して突破という線はない。
ただでさえ不安定なラァの心にこれ以上俺から打撃を与えたら砕けてしまうかもしれない。
第3勢力の登場を期待したいが……
「うふふふ……お姉様とお母様なら来ませんよ。治療の邪魔をしないようにキツく言っておきましたから」
「……そっか、近くにはいるんだな」
ここはラァの部屋。そこそこの距離はあるが走ってどうにかなる距離だ。
「ラァ、俺は今捕まるわけにはいかないんだ」
「いいえ捕まえます。そもそもこの距離でラァから逃げる事ができますか」
「どうだろうな、やってみよう」
するりと体を落下させる。ここが2階で助かったな。
「な!? お兄様!?」
「服に仕込んでた分も置いていくぞ、悪いな」
壁を抜けるのは俺とその付属物だ。ラァの砂糖はヤタの能力範囲から外れる。
どうせ仕込んであるとは思ってたが思ったより多いな。これ全部集めたら結構だぞ。
「よし、行くか」
目指すは居間だ。おそらく姉さんか母さんのどっちかが居るはずだ。ラァを止めるならその2人の方が俺より上手い。
「おにいいいいさまあああああああ!!!!」
「早いな」
砂糖を巻き込んだ塊のようになったラァが追ってきた。あの移動早いとは思うが見た目が絶望的だな。正直言ってモンスターの類だ。
「俺が到達する方が早い」
扉を開けて居間へと体を……
「あー、そんなご無体なー、あてにはシンの旦那がいるというのにー」
「何を言っているのですか? 子の持ち物は親の持ち物に等しいのです。見せなさい」
「あーれー」
見たくないものが目の前に、どう見ても襲われているカタハに、襲っている母さん。
「嘘だと言ってくれよ母さん……」
「待ちなさいシン、何か誤解をしているようですね」
「良いんだ母さん……たとえ母さんが人形に欲情するとしても……俺は母さんを愛しているから……ちょっと受け入れる時間をくれれば、普通に、接するから」
「重大な間違いがあるので、そこに座りなさい」
「ちょっと、今は、無理かな」
扉をそっと閉めた。
「……お兄様」
「ごめんラァ、今は1人にしておいてくれ」
「え、あ、はい……」
部屋に戻る足が重い。家の秘密を話してもらう前に母さんの性癖の秘密を明かされるなんて思っても見なかった。
「いや、抱えきれねえって……」
一旦頭を整理するために寝ることにしよう。きっと目が覚めたら何もかも普通に、
「なーんて思ったけど。母さんに限ってそんな倒錯した趣味はないか。だってあの母さんだし、早く戻ろう」
気持ちを切り替えて居間に戻る。
「ごめん母さん。やっぱり俺の……勘……違い……だった……」
え?
なんでみんな分解されているんだ、カタハも、オゼロも、スカイフィッシュも、アルカも、
「これは……?」
「シン、これは必要な事よ」
「何がだよ!? 俺から取り上げる事がか!?」
「だってあなた、手入れの仕方知らないでしょう?」
「え?」
「これはオーバーホールというものよ、今からする事を覚えておきなさい。手入れができないのは所有者失格なのだから」
「……はい」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
イニシエーション Ⅰ
「うん。特に不備はなかったわ。次からは自分でやるのよ」
「分かった」
整備なんて考えたこともなかったな。意味不明の超技術とばかり思っていたが、造り自体までが意味不明なわけではないからな。これからはこまめにやっていこう。
ちゃんと戻せるよな……?
「さて、じゃあ始めましょうか」
母さんが手を叩く。すると姉さんとラァが部屋に入ってきた。その格好は最前線に赴くような装備で、今からどこかへ戦いに行くことは間違いない。
今から? どこへ?
「物騒な感じだけど、何を始めるのか聞いても良い?」
「もう身体は大丈夫なのでしょう。母は認めましたが、まだ認めていない者が居ます」
「それはつまり……」
「シン、あなたはラァとデーレに認めさせないといけない」
「模擬戦で勝てって?」
「本気の戦闘よ、致命傷は母が止めます。だから、全力でやりなさい」
「俺の力はそんな事をするために得たものじゃない。たとえ母さんでもそれは」
「シン。これは決定事項ですよ。これができなければあなたはビクトリウスの使命を完遂できない」
「……使命」
「ええ。あなたが最強を求められた理由もそこにある。それを知る機会も、2度と訪れない」
ビクトリウスの使命、賢者の石との関係、それらを知る機会が無くなるのか。
それがどうした、そんなことを知らなくても俺は目的を達成し、この世界が侵略を受ける事を防げる。パックも居るし、無駄に争う必要なんて。
「俺は」
「ああそれと、ラァとデーレをなだめる事もしませんし、今まで止めていた最後の一線も解禁します」
「……それって」
「少しくらい血が濃くなってもビクトリウスは気にしませんよ?」
「母さん何言ってんの!?」
なんか母さんがとんでもない事を言ってきた。これじゃあまるで、ラァと姉さんが俺を襲うみたいじゃないか。
はははまさか。
「……お母様、それは本当ですか」
「お母さん、良いの?」
ちょっとまって、なんか目が怖い、なんか変なオーラ出てない?
「ええもちろん。ビクトリウスは手段を選びません。お父さんは母が黙らせます」
「……お兄様」
「シンちゃん」
え?
「ここでラァと一緒にいつまでも甘やかな日々に溺れましょう」
「お姉ちゃんがいっぱい甘やかしてあげるからね」
「……なるほど」
俺はまだ、2人にとって庇護対象なんだな。2人の中ではまだまだ俺は弱いままで、守らなくちゃいけなくて、すぐに死んでしまいそうで、箱庭で飼わなきゃならない存在なのか。
そうか、母さんが何を言いたいのかなんとなく分かってきた。これは通過儀礼なんだ、重荷を背負える事を認めさせ、俺を自由にするための。
「シン、どうするのですか」
「分かったよ母さん。俺はこれをしないと何時までも変わらないって事が」
「……覚悟は決まりましたか」
俺は1度、この2人を乗り越えないといけないみたいだ。そうすることで初めて俺は、自分の道を歩けるようになる。いつまでも姉妹から逃げ回るわけにもいかないしな。
「ああ。やるよ母さん」
「分かりました。では、開始の合図は母がします。それまでの間は普通に生活をしなさい。常在戦場の心得はあるでしょう」
「合図っていうのは」
「母が鐘を3度鳴らします。その瞬間から始めなさい」
「……分かった」
3度の鐘、それが初めて本気で姉妹と戦う合図になる。終わった後はもう二度と今のように話す事はないだろう、それまでは、今まで通りに。
「では早速」
そう。こんな風に母さんが鐘を鳴らす、まで、は、
「もう鳴らしやがった!!」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
イニシエーション Ⅱ
「くそっ、まだ準備ができてないのに!?」
「常在戦場の心得と言ったでしょう? それは今ここで戦闘が始まっても問題なく戦えると言う意味ですよ」
「だからって、説明即開戦するかね!?」
「ふふ、楽しいでしょう? 変則的な戦場は1番の娯楽ですからね」
「このバトルジャンキーが!!」
言い合いしている場合じゃねえ、戦う覚悟は決めたが、俺の反応速度では、姉さんを捉えるのは難しい。だからまず俺がすべきなのは、鎧を纏うこと。
「番外指令!!」
「遅いよシンちゃん、待つと思う?」
「くっ……!?」
分かっていたが早い、雷鳴と共に、姉さんの攻撃が迫る、ん?
「見えてる……?」
「あれ? 優しく気絶させようとしたのに」
避け、られた? 姉さんの攻撃を、素の俺が? なんでだ? 俺が雷を見切った? そんなことができるわけないのに。なにがどうなっている?
「シンちゃん、あの鎧がなくてもお姉ちゃん見えてる?」
「さて、どうだろう」
「あー、そういう言い方はお姉ちゃん嫌いだな」
番外指令は既に発した、であれば、あとはコードを言うだけ。
「三機融合」
「もっと早く行くね」
次の攻撃は、後頭部への蹴り、しゃがんで避けても良いが予想されているだろうな。つまり、今すべきは予想の外にある回避をする。
「あ、すり抜けたな!?」
「人形式対災害用兵装(モード・エンデ)」
「うわっ!?」
初めて使うモードになる。カタハをメインにしたこれは、前に使ったベルヴェルグよりも高性能だ。肉体性能の向上だけじゃない。これはもう歩く要塞だ。自分自身を動く砲台にするに等しい。
思った3倍ゴツいな、これはもう鎧を着ているというよりも、でかい人形の中に俺が乗っていると言う方が正しいか。
「いくよ」
「あはっ、シンちゃんすごい!! でも良いのかな、そんなに大きく重くなったらお姉ちゃんに追いつけないんじゃない?」
「どうかな、試してみてよ」
「うんっ!!」
姉さんの高速移動が開始する。的を絞らせないための不規則な軌道、確かにこれを捉えるのは一仕事だ。闇雲に爆撃しても当たりゃあしないだろうな。
「ここっ!!」
脳天にあたる位置に電撃を纏った踵落とし、まともに食らえば大打撃になるだろう。
「悪いネェ、あてもいるんだなこれが」
「は?」
そう。このモードは他のモードとは違ってカタハが出現可能だ。しかも普段よりも強化された状態で。爆破能力はこちらにあるが、身体能力は人間の比じゃない。そして。
「捕まえたヨォ」
「でかしたカタハ」
「ちょっと離してよ!!」
「いくぞ姉さん。ファイア!!」
カタハが羽交い締めにした姉さんへ砲撃を撃ち込む、カタハ毎撃っているが問題は無い。一体だけならカタハは何度でも呼び出せる。
「……お姉ちゃんこういう戦い方嫌いだな」
電気の盾か、ダメージはほとんど無いように見える。だが、盾を出したという事はまともに当たればマズいという意味だ。
俺の攻撃は姉さんへの有効打になりうる。それが分かれば十分だ。
「ちょっと本気だすね?」
「全力で来いよ姉さん。俺はそれを正面から叩きつぶしてやる」
「……シンちゃん。少し調子乗りすぎじゃないかな?」
雷電を纏う姉さん。ああ、これだ、これがデーレ姉さんだ。生身の人間など近づくだけで死ぬ雷の化身。これが、本気。これを倒さなければ俺に先はない。
「シンちゃんからもらった技だよ、これで少し反省してね?」
姉さんがグングヤークとか言ってた、廉価版グングニール、回転数が前よりも遙かに上がっている。もう全く別の技に昇華しているとは恐れ入る。
「効かないよ姉さん。姉さんのそれは電撃だからね、流そうと思えばいくらでも流せる」
「ふーん、じゃあこれはどう?」
近くあった燭台を撃ち出すみたいだ、だがそれも効かない。エンデの装甲は撃ち抜けない。
「堅いね、とっても。どこまで耐えられるかな?」
「我慢比べに付き合う気はないよ」
何故かまだ手を出してこないが、ラァも居るんだ。姉さんとの戦闘で力を使い果たすわけにはいかない。
「じゃあ、お姉ちゃんも終わりにするね」
姉さんの手に雷が収束する。大技を撃つ気だ、きっとそれは必殺の一撃
「黄昏を否定する破壊の鎚、巡れ、廻れ、轟け」
「全砲門スタンバイ、対災害砲オールグリーン」
こちらも必滅の一撃で迎え撃つまでだ。
「雷斬(ライキリ)」
「爆砕撃滅砲(グングニール)・終焉(エンデ)」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
イニシエーション Ⅲ
中間地点で起こった爆発が目隠しとなり何も見えない、だが俺にダメージはない。ならば、姉さんのほうが競り負けたのだろう。
「姉さんに勝った……?」
なわけないだろう、あの姉さんだぞ。たとえ最大出力で負けたしても別の殴り方をしてくるに決まっている。例えば、あのライキリは一撃限りじゃないとか。
絶対に何かまだあるはずだ、気を抜くなんてとんでもない。
「雷斬・二ノ太刀」
「信じていたよ姉さん!!」
煙を切り裂いて突っ込んでくる。俺のグングニールには溜めが必要だ、だからこの2回目のライキリはグングニールでは防げない。
きっと、このライキリなら装甲を切り裂けるのだろう、当たれば。
「バースト!!」
エンデは遅くない、爆発による推進力は鉄の巨体を高速で動かす事を可能にしている。鈍重だと思っていたならばこの突撃を避けられない。
「甘いよシンちゃん。早く動くかもしれないなんてのはずっと想定しておくものだもの」
「姉さんなら当然対応するよな」
突撃を避け背中側から袈裟懸けに斬る軌道。ならこれはどうかな?
「バックファイア!!」
「っ!?」
背面への爆撃、推進に使うものを攻撃に転用した武装だ。これは流石に虚をつけたようだな。
「カタハ!!」
「あいヨォ」
射出したカタハによる妨害だ。どうする姉さん、足を止めればグングニールの準備を始めるぞ。それともカタハを斬るのにそのライキリを使うか?
どちらにせよ、流れは俺にある。
「小賢しいよ」
「あちゃぁ……シンの旦那。2本目とは恐れ入ったネェ」
「シンちゃん。どうする?」
斬られて崩れ落ちるカタハ。ライキリを展開している手とは逆の手にもライキリか、これで手数は2倍、形勢は逆転と。
いや、そうはならない。姉さんはカタハの事を知らなすぎる。カタハは人形だ、それを斬っただけで終わらせるなんて。
「こちとら人間じゃあないんでネェ」
「くっ……まだ動くか……!!」
「次弾装填」
ライキリを振れない状態でグングニールを食らえば姉さんだって戦闘不能になるはずだ。さあ、これで決着としよう。
「お・に・い・さ・ま」
「……来たか」
瞬く間にエンデの動きが悪くなる。間接部に詰められた砂糖が固まることで動きを阻害しているのだろう。
まったく、我が妹ながらその能力はずるいと思う。なんでもできるじゃねえか。
「お姉様をそんなに虐めてはいけません。もうその木偶は動きませんから、改めてくださいね」
「流石だなラァ、参加してこないと思ったらエンデの弱点を探していたというわけか」
「ええお兄様。諦めてくださいませんか、これから先はただの消化試合でしょうし」
「残念だが、そういうわけにもいかないんだ」
「そうですか。ならその木偶は壊してしまいましょう」
エンデが悲鳴を上げる。構造的に弱い部分に力を加えられれば仕方がない。ここまでか。
「ラァ、ごめんな」
「?」
「射出」
エンデの内部で換装を終え、自分自身を撃ち出した。鎧の形はベルヴェルグに近いがこれもまたエンデの形の1つだ。まさか内部から俺が飛んでくるなんで思っていなかっただろうな。だから。
「ッ……!?」
「不意打ちで終わりなんて不服だろうが、我慢してくれ」
俺の一撃をラァが躱す事はできなかった。顎の先にかすめた拳はラァの意識を速やかに刈り取った。力が抜けたラァの身体を抱き止める。
「っと、勢いよく倒れたら危ないよな」
ラァを寝かせて振り返る。
そこにはカタハの拘束を抜けた姉さんが居る。
「優秀な妹だよ本当に。カタハの動きも鈍らせていたのか」
「シンちゃん、この間合いでお姉ちゃんの雷斬を避けられる?」
「どうだろうね、やってみないと」
「そう。やってみましょうか。お母さんが止めてくれるみたいだしね」
姉さんがライキリを構える。
ここで考える、俺が姉さんならどう攻撃するか。馬鹿正直に斬りかかる? そんな事はしない、そうこの場面なら。
「あぶねっ!?」
「ちぇ、バレちゃったかー」
飛んできたのはグングヤークだった。そうだよな!! 俺だって今の会話を仕込んだら遠距離攻撃で殺しにかかるわ!!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
イニシエーション Ⅳ
「白兵戦な感じだったじゃん!! なんでガン逃げ引き撃ち戦法にシフトするかな!!」
「え? だってシンちゃんがやられたくない事考えたらこれかなって」
大正解だよこんちくしょう!! やっぱり姉さんのセンスは半端じゃないな。
エンデを小型化したこれじゃ、姉さんの障壁を破るほどの火力は出せない。少なくとも拳が当たる距離まで近づかないとどうにもならない。
だからといって雷速で動く姉さんに追いつくのは不可能だ。直線加速で捉えられる相手じゃない。
詰んだ?
「くっ」
「ふふーん。お姉ちゃんにはお見通しだよー? 戻らせてなんてあげないんだから」
大元のエンデに戻ろうとしても集中砲火を喰らうだけか、なんて嫌な戦い方をするんだ。
「あーそうですか、それなら俺にも考えが……ってまさか姉さんもしかして」
「えへへー、何かされる前に潰すのは基本だよ? 優しく意識を刈ったくらいだったらビリビリすれば起きるよね?」
「ラァを起こす気か!?」
今ラァに起きられたらまずいぞ。もう不意打ちなんて当たってくれないだろうし。
「せーのっ!!」
「あばばばばばば!?」
ラァの体に流れる電流。
うーん、ちょっと強すぎるなあれは。
「あれ? ラァちゃん?」
「……ぷしゅー」
口から昇る黒煙、どう見ても戦線復活は無理だ。
「ラァちゃんなんで!?」
「そりゃ普段なら砂糖でどうにかしたかもしれないが、流石にラァでも気絶中に電気流されたらそうなるよ姉さん」
「……そんなぁ」
「仕方ないよ。人間だもの失敗はあるさ」
「うう……シンちゃん優しい」
姉さんの肩に手を置く。
「あ」
「姉さん、終わりにしよう」
指先に力を集中。爆発を使って超加速を実現させようじゃないか。今なら当たるはずだ。
「あっ……!?」
破裂音を伴うデコピンは姉さんの額にクリティカルヒットした。いくら姉さんと言えど、流石に意識を。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
「うっそだろ……」
自分にわざと感電させて意識を保ったのか? いや、違う、意識は確実に刈り取った。ならこれは、姉さんが自分に仕掛けていたものだ。気絶した時に、一秒でも早く目覚めるために。
姉さんの思考を読め、姉さんなら、気付けだけで終わるわけがない。そう、反撃までセットにしているはず。
「うぉおおおおおおおおお!!!?」
「……」
くそ、自動反撃な分早い!? 最短距離で首を落としに来るか。
「ただでさえ、速いってのに!?」
「……」
だが、駆け引きする気もない太刀筋、愚直過ぎる連撃だ、目が慣れてしまえば。
「今度こそ終わりだ」
「……」
斜めの切り下ろし、これを避けて、姉さんの動きを封じる。
「……ふふ」
「っ!?」
笑み!? 姉さんの意識は、既に戻っている、途中から演技していたのか!? 軌道が修正される、このままだとバッサリいかれるぞ
「お姉ちゃん結構演技派でしょ?」
「参ったな……」
今から動きを変える事は難しい、
「こんな賭けはしたくなかったんだけど」
変えられないなら、前に進むしかないだろうよ。装甲を爆発させて加速だ。これで姉さんの攻撃よりも遅かったらそこまでだ。
「それが最後の手段だよね?」
加速にも対応して動いてきたか、良かった。信じていたよ、姉さんなら悪あがきを確実に刈りに来るって。
「本当に期待を裏切らないね姉さんは、ありがとう。対応してくれなかったら終わってた」
「え」
装甲を身体から引きはがし、姉さんへ。確実な一撃を選んだせいで一手遅れた。渾身の一振りをする瞬間にノーモーションで飛んでくる拘束具。そんなの誰も避けられない。
姉さんでも。
「なにこれぇ!?」
「動けないよね? 電気も通じないはず」
「……あー」
「姉さん、終わりだよ」
「う、うう」
「う?」
「ふぐっ……うう~……うえ~ん!!」
号泣されてしまった……どう言葉をかけたものか……
「シンちゃんが……シンちゃんが遠くに行っちゃうんだ……もう戻って来てくれないんだぁ……」
「え、待って待って、なんでそんな事」
「だってぇ……お姉ちゃん達よりも強いなら、お姉ちゃん達もういらないでしょう……?」
「ば、ばばば」
「ば?」
「馬鹿なこと言うなよ!! 要らない!? どう考えたらそんな風になるんだ!? 俺が強くなりたかったのは……何よりも姉さん達を、家族を守りたかったからなのに、ようやく、姉さん達に認めてもらえる男になれたと思ったのに」
ダメだ、止まらない、これ以上言うべきではないのに、これ以上溢れさせるわけにはいかないのに。
「そんな悲しいこと、言わないでくれよ。俺だって、ようやくビクトリウスを名乗れると思ったのに、胸を張らせてくれよ……!!」
「シンちゃん……」
「追いつきたかったのは、俺なんだ。俺なんだよ、姉さん」
「そんな……お姉ちゃんは……!!」
「良いんだ、良いんだよ、俺がそう思っていただけなんだ」
そんな顔をしないでくれよ、俺は、そんな顔をして欲しかったわけじゃないんだ。
「だから、ただ信じて欲しい。俺が前よりもできるって信じて欲しい。それだけで良いんだ」
「……本当に強くなったんだね」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
「でね、そろそろ触れてあげた方がいいよね?」
「たぶん」
よろよろと近づいてきてるのは見えていたんだけど、どのタイミングで触れたものか分かりかねてた。
「ふぐ……ふぐぅ……し、じぃん……り、りっぱに、なっでえ、母はぁ……母はぁ……!!」
誰よりも泣いてるのは母さんだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む