ロドス殺人事件~閉ざされた基地にて~ (ハセアキオ)
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B4 宿舎の殺人
ガタンと、暗闇の中で鈍い音がした。
「な、何ですか今の音!」
「停電してるから何が起こったかわからねえ……」
オペレーターたちの怯えた声がする。唐突な闇と音で皆が戸惑っているのだ。
今私たちがいるのは停電した宿舎だ。改装中ということもあり、段ボールや角材が積まれた倉庫みたいになっている場所。そこに私がふらっと入ったら、急に電気が消えたのだ。
それにしてもさっきの音は何だったのだろう。
何かが落ちた音だった。ブローチやボールペンなどではなく、もっと重い物だ。たとえば中身がある段ボール、あるいは荷物いっぱいに詰まった革製のバッグ。何か棚の物でも落ちたのか?
「ド、ドクター……」
「みんな落ち着くんだ。とりあえず、私の方へ来てくれ」
視界が一切確保できない中、こちらににじり寄ってくる足音が聞こえてくる。私の声だけを頼りに、怖々と近寄ってきているのだ。
「こ、怖いよ……」
「ち! ブレーカーでも落ちたのか?」
足音が収まった。全員集まっただろうと思い、このまま暗闇の中じっとする。
しかしどうしてこうなった。まるで私が入ってきたタイミングを見計らったかのように暗くなったじゃないか。中には何人かのオペレーターたちが休憩しているのが見えたが、誰か確認するまでもなく視界が遮られた。
そのすぐ後に、あの鈍い音だ。誰かが怪我してないといいんだが……。
「全員大丈夫か?」
「ドクターの声がする。安心します」
「暗くてわかんねえ。どうなってるんだ」
「怖いよー!」
オペレーターの声はやかましく聞こえるが、他に音はしない。このままじっとしれば、いつかは電源が復旧するだろうか。
「あ、点いた」
しばらくじっとしていると、明かりは何の予兆もなく元に戻った。急に黒のヴェールが剥がれたみたいに、室内と私の周りにいるオペレーターたちの姿が見えた。
「よ、よかった……本当に怖かったです」
ジェシカが涙目になっている。
「いやーほんとにビビったよ。ドクター、何があったの?」
ウタゲがけだるそうに言った。私も知らないと答えた。
「やっほードクター。災難だったね」
テンニンカが言った。
「ちっ、なんてタイミングで停電が起こりやがったんだ」
ズィマーが不機嫌そうに言う。
「こわかった……」
気弱そうに言ったのはミルラ。
「怖かったですドクター。あの、近くにいてもいいですか?」
相も変わらずあざとい口調のミント。
……計六人が、この改装中の宿舎にいたと。
宿舎というにはゴミゴミした場所。運び途中の棚や段ボール、だれうさのぬいぐるみと荷車。まるで適当に配置したみたいな家具の置き方だ。
「みんなはどうしてここに?」
「片づけをしてたんだよ。片づけを」
ズィマーが代表して言った。
「片づけ? ずいぶんバラバラなメンバーだが、誰かに頼まれたのか?」
「細けえことはいいんだよ。それよりも」
辺りを見回す。
「あと一人足りねえ」
「ん?」
「ハイビスカスがいないんだ。一体どこに行ったんだ?」
どこかに? 宿舎のドアが開いた音もなかった。そして明かりが点いたのに出てくる様子もない。
……嫌な予感がして辺りを見渡す。
ゴミゴミしていたとしても、多少なりとも秩序はある。大きな荷物はちゃんと棚や荷車に収まっている。しかしその中に一つだけ、棚の上の段ボールが斜めになっている箇所が見えた。
部屋の隅の方で、棚はちょうど角を隠しているような配置になっている。
その上にある段ボールが傾いているのだ。下の段ボールに引っかかるように斜めになって、まるで舌を出してるみたいに、中の書類がはみ出ている。
「まさか!」
すぐさまその棚の方へと向かう。ゴミに足を取られつつ、棚に手を掛けて裏を見た。
「ひ!」
「きゃ!」
驚きのあまり、他の子みたいに声を上げることはできなかった。
そこに倒れていたのは、一人のオペレーター。
うつぶせになり、両手はお手上げをしているように前に突き出ていた。頭部付近にある横倒しになった段ボールの角には血の跡が、そして妹と全く同じ紫の髪からは血が流れている。
すっかり元通りになった照明が、血だまりとハイビスカスの無惨な姿を、まざまざと照らしていた……。
◆
(カットだ。ハイビス、おつかれ)
妹の声がイヤホンから聞こえてきたと同時に、ハイビスカスはむくりと起き上がる。
「もう出番はいいの? 死体役で終わりなの? ひどいよラヴァちゃん」
(私に愚痴を言われても困る。文句なら脚本を書いたやつに言ってくれ)
機械越しに姉妹同士のけんかだ。
頭に赤い塗料が塗られたハイビスカスは、当然ながら死んではいない。私の独白も、事前に脚本に書いていたものを諳んじて役に入りきっていただけだ。他の六人も気の抜けたような顔をしている。
そう。これはゲーム。みんなが劇のように演じたのはそのためだ。
(ハイビスは放っておいて、みんなお疲れ。人が来るから、それまで休憩をしていてくれ)
ほっと、ため息が宿舎に満ちる。
先ほどの緊迫感はどこへやら、みんな段ボールやだれうさに座りだべっている。ハイビスカスも血のりを付けて談笑している。
「アタシたちはともかく、ドクターも参加するのは知らなかったよ」
近くにいたウタゲが話しかけてきた。
「クロージャに無理矢理参加させられたんだ」
「はは、想像簡単にできてウケる」
ケラケラと笑う。
「ウタゲたちは選ばれたのか?」
「選ばれたのは合ってるけど、無作為に選ばれたわけじゃないよ。志願者を募って、その中からって形」
志願者、か。ウタゲやテンニンカみたいな楽しいもの好きっぽい子はともかく、他の四人はどうだろう。ミントは本を読んでるから知的探究心を刺激されたか。ジェシカとミルラはシャイで、こういうところに参加するイメージはない。
特にズィマーが謎だな。催し物に積極的に参加するような子だろうか。
「あん? 何見てんだ」
「何でもない……」
すごまれて思わず目をそらす。いや、彼女に脅しの気概はないだろうが。
しかし見事にバラバラな人選だな。選ばれたとあるが、何か意図でもあるのだろうか。別に気にしてもしょうがないが。
「ま、変に考えないで楽しんだ方がいいよ」とウタゲ。
「そうだな。参加するにはやってやるか」
「頭は柔らかくしないと。今回の企画は一筋縄ではいかなそうだしさー」
「そうなのか?」
「ふふん。まあこれだけやって普通のゲームをするとは思えないしね」
意味深に笑うウタゲを不審に思い見ていると、
「みなさんおつかれさまでした」
宿舎のドアが開かれ、一人の少女がやってくる。
身長はミルラ程度の小さな体に、長い耳のコータスの少女。このロドスのCEOであるアーミヤだ。
「機械を通すのもあれなので、私が直接出向いて説明することになりました」
「シ、CEOが直々に……」とジェシカ。
「はい。今回はロドスを使った大々的な催しなので、当然私も関わらないといけません。それに、見ていて楽しいので……」
はにかむように言ったアーミヤ。
「私が死んだのに楽しいなんてひどいよ」
「ご、誤解しないでくださいハイビスカスさん。単純に推理モノを見る感じで楽しんでいると言いますか」
ごほんと咳をする。
「気を取り直して……ここにいるドクター、ならびに六人のオペレーターさんには、これから参加型推理ゲームをしていただきます。プレイヤーはドクター、ウタゲさん、ジェシカさん、ズィマーさん、ミントさん、ミルラさん、テンニンカさんの計七人」
指折りで一人一人丁寧に言った。
「今回使われる舞台は、基地の宿舎から右半分。加工所や人事部あたりも含む場所です。発案者はイースチナさんがこっそり書いていた小説。メイさんと話しているのをたまたま居合わせたクロージャさんが面白いと取り上げ、今回の企画に至りました」
「すごい大規模だな」
「そうですよね。私もこんな大々的な催しに関わるのは初めてですので、緊張しています」
私たちがこれから行うのは、言うなれば実際に舞台を探索する体感型ゲーム。架空の事件を目の当たりにするプレイヤーになりきって、ロドスの基地内で起こる事件を推理していくのだ。
「電源や制御装置がおかしくなり、地下四階に閉じ込められた七人。ハイビスカスさんの死を皮切りに、次々と起こる連続殺人事件。犯人は一体誰なのか、どうやって殺したのか。その謎を突き詰めていくゲームの名前は『ロドス殺人事件』。このゲームをより楽しんでいただくために、まずは説明からしていきましょう」
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ゲームの説明
「みなさんにまず演じてもらったのは導入部分、プロローグですね。話の入りを先に演じればわかりやすいと思い、みなさんには事前にその部分のみの脚本を渡しました」
ハイビスカスの遺体を発見するまでは、小説の始まり部分。最初に遺体を出すことで、主人公たちの置かれた状況に緊張感を持たせる効果を持つ。
脚本を書いている人間は推理小説が好きだろうな。書いているのはイースチナだっけ? 秘書の時、思わぬネタバレをくらった気がする。
「全体的に言えば、さっき渡された脚本の何倍くらいだろう?」
「だいぶ長いですね十倍は軽く行くのではないでしょうか」
「イースチナがそこまでやってんのか……」とズィマーがつぶやく。
「もちろん一人で脚本を書いたわけではなく、他にも協力者がいらっしゃいます。別室に待機しているラヴァさんとニェンさん、ロビンさんやフィアメッタさんにも、添削などをしてもらいました」
(せいぜい頑張ってくれよ諸君。私が見たクルビアのクソ映画みたいにはならないでくれ)
ニェンの声が耳元から聞こえてきた。どんな人選? と思ったが、映画を愛好している子たちじゃないか。
「あとはカシャさんですね。彼女には各地に隠しカメラを設置してもらいました」
「え? なんで」
「映像として残すからですよドクター。もったいないじゃないですか」
ほがらかな笑顔で言った。知らなかった……。
しかし他のオペレーターたちは無反応である。元々了承済みか。
「みなさんに付けていただいているインカムで、別室にいる他のスタッフにも声が届きます。何かある場合や、休憩の時間になったら都度伝達しますのでご安心を。それまでは役になりきって行動してください」
プロローグでもいっぱいいっぱいだったのに、そんな長い間役になりきれるだろうか。やばい。始まる前から不安になってきた。
「先ほどルールと言いましたが、そこまで多いわけではありません。まず当然ですが、ロドス内の備品や装置の破壊行為は禁止です。しかし、あくまで常識の範囲内で色々調べるのは構いません。むしろ推奨と言いますか、こちらが用意した証拠などがありますのでぜひ動いてください」
「証拠まで仕掛けてあるのか……やたら凝ったつくりだ」
「はい。ドクターもびっくりするくらいちゃんと作りましたよ。みなさんが必死に用意したものなので、ぜひ調べてみてください」
想像以上に規模が大きい。私も推理小説は嫌いではないから、ちょっとわくわくしてきたな。
「そして禁止事項と言うべきものを、合わせてお話します。今の段階では、何者かの犯行と思わないようにしてほしいのです」
「どういう意味だ?」
「今の現場は、ハイビスカスさんの事故死と見て間違いない状況です。とても殺人が起こっているようには見えませんので、最初は事故死と思って行動してください。つまり、メタ的な観点から犯人捜しをできるだけ行わないようにしてほしいのです」
なるほど。今ある情報以上の推理は控えろってことか。
「演技中に他の人とメタ的な情報を話し合うのも禁止とします。こちらには音声が筒抜けですので、隠れて話しても無駄です」
当然の話ではあるか。気が抜けたらしてしまいそうなので、肝に銘じておこう。
「自分の頭で推理するのはもちろん構いませんよ。ルールはこのくらいですが、一方的に話すのもあれなので、何か質問はありませんか?」
オペレーターたちが手を上げる。
「ク、クリア条件は?」とジェシカ。
「犯人を見つけて事件を解決すればクリアです」
「見つけなければどうなります?」
「全員殺されてエンドです」
ひいっと引きつく声が聞こえた。
「あ、あの……死体役に選ばれた場合はどうするんです? 今のままだとインカムで全員に指示が聞こえちゃうような」とミルラ。
「あちらで操作すれば、特定の個人にのみ指示が出せる設定にできます。死体役の人、動いてほしい人には追って指示がありますのでご安心を。もちろん犯人役の人にも」
「犯人って、やっぱりこの中にいるんですか?」とミント。
「そうです。この中に犯人はいて、きっちり立ち回りや練習をしてもらっています」
つまり、今もなお演技をしているオペレーターがいるのか。私を除いた六人の中に……。
果たして犯人は誰か、と今から探すのは野暮だろう。そう思いアーミヤに再び目を向ける。
「ところで気になってたのですが、ミントさん。どうしてドクターの後ろにくっついてるんですか?」
「ドクターの近くにいると落ち着くんです。いけませんか?」
「ダメです。離れてください」
圧に耐えかねてささっと離れるミント。
「アーツを使ったとか、死んだら鉱石病がどうのってのは?」とウタゲ。
「人選からもわかると思いますが、状況をひっくり返すようなアーツは基本出ないと思ってください。鉱石病や個々人の力関係については少々目をつむっていただいて……」
これは仕方がない。
「アタシたちは本人役として振る舞っていいのか?」とズィマー。
「はい。全員が本人役です」
「わかった。別のやつ演じるよりかはできそうだ」
「あたしは推理とかわかんないから質問はないよー」
テンニンカが質問の権利を放棄したところで、
「一つ聞きたい」
「何でしょうドクター」
「犯人が何人いるか聞いて構わない?」
アーミヤは考える素振りをし、あごに手をあてる。しかし何か思いついたのか、にっこりと笑った。
「それは秘密にしておきましょう。少なくともこの中で、一人以上は確定です」
ううむ。これではわからない。
「この言い分は二人くらいいるかな」とミント。
「いやわからねえぞ。イースチナなら一人でもあえて教えませんと言いそうだ」とズィマー。
「何人かは伏せておきます。ただ、自分以外の全員が犯人とかはありません。そこだけは否定しておきましょう」
ふむ。一人から五人の間か。現実として考えられるのは、一人か二人か。この人数で犯人が三人以上は、ミステリーとして面白く作るのは難しい。
……おっと、メタな推理はやめておこう。
「私からは最後の質問だが、証拠さえあれば解けるような謎なのか?」
「そうですね……絶対とは言い切れませんが、犯人の正体までなら頑張って解けるかと」
「難易度的には?」
「少々難しいと思います。証拠をそろえて、そこからちょっとひとひねり加えないと導けないかも」
むむ、ちょっと自信が無くなってきたぞ。
「思ったより難しそうだな。推理は頭のよさげなやつに任せるか」と、手を頭の後ろにやってズィマーが言った。
「はいはい。じゃあアタシが解いてあげるよー」
「いや、ウタゲが頭がいいようには思えねえな。腕が立つのは認めるが」
オペレーターたちが話をしだすが、CEOの咳払いでぴたりと止んだ。
「質問がないようでしたら、最後に一つだけ。今回の犯人の動機は結構めちゃくちゃですが、それは犯人役の方の性格や考えとは一切関係ありません。あくまでフィクションだということをお忘れなく」
それはもちろんだ。
「話は以上となります。長々と失礼しました。それでは」
ぺこりとお辞儀をし、アーミヤはそのまま宿舎から出て行った。
(あ、あ、聞こえるか。CEOの説明は済んだか)
ザザッとノイズが入った後にニェンの声が聞こえる。
(そろそろ始めるから、みんな心の準備はしてくれよ。指示はちゃんとやるから気楽にやってくれ)
(関係ない時にうっかり音声が入らないようミスるんじゃないぞ)
(ラヴァはいちいちうっせぇな。あ、そうだ。仲間の死を悲しむのは結構だが、あんまり長く尺を採るなよ。デスゲーム系でそこに時間が割かれると興が削がれるから、適当に流しといてくれ)
これはひどい。
(じゃあ死んだハイビスカスを見つけたところからだ。今の状況を把握するため、思い思いの行動を各自取ってくれ。はいよーい、スタート)
ニェンの合図の後、ブツッと音が途切れた。
いよいよ推理ゲームの始まりである。
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段ボールの痕跡
ジェ「うえーん」
テン「しくしく」
「ちくしょう。なんでこんなことに」
よし、悲しんだな。
死体役を演じてくれているハイビスカスに合掌。切り替えて演技に入る。
「すぐに医療部に行こう。まずは今の状況の説明をしないと」
ミン「ハイビスカスさんはどうするんです?」
(おっと、遺体は置いたままにしてくれ)
耳からニェンの指示が聞こえた。
(とりあえず周りの状況、ドアを確認してみてくれ。そうすれば遺体を運ぶ気はなくなるだろう)
どういう意味だろう。そう思い近くのドアに行ってみると……。
「開かないな」
電子キーに触れれば簡単に開くドアだが、今は一切起動しない。本当に開かないとは本格的だ。
ズィ「こっちも開かねえぞ」
向こう側のドアもダメらしい。他にも確認したところ、連絡用の電話も通じないようだ。そして各々が持ってる携帯端末も、電波がなぜか通じない。つまり、外に連絡する術が全くない状態だ。
ジェ「ひえー閉じ込められたんですか!」
「落ち着け。ずっとこのままなわけはないから、もう少し周りを調べてみよう」
しかしドアも開かず連絡もできないとは、ロドス自体に問題が起こっているのだろうか。
とにもかくにも、今は宿舎の中を調べるしかない。他のみんなは機材やらを探しているが、こちらは……。
ハイビスカスが死んだ現場へと向かう。ちょうど真上にある蛍光灯が照らす部屋の隅っこに、彼女は横たわっている。死んだ原因となった段ボールもそのままだ。どう見ても事故死にしか見えないが、調べるくらいならいいだろう。
段ボールを持ってみる……重いな。上を開けて中身を見てみると、書類や表紙のある本が詰まっている。そのせいか段ボールの強度がかなり増している。こんなのが頭に落ちたらひとたまりもない。
近くの棚の上を見てみる。土台となる書類からずり落ち、体を傾けている段ボールがある。おそらくあの上にあった物が落ちたのだろうか。艦内が揺れた感覚はなかったため、自然とバランスが崩れてこうなったと見るか。
そう思ってふと目を落とすと、段ボールに奇妙な痕跡を見つける。
「これは……」
血のりが付いていない方の段ボールの側面部分が、若干水に濡れてふやけているのだ。ほんの少し、誰かが濡れた指を押し当ててなぞった程度の跡がある。
はて、これは……。
ウタ「ドクター、どうしたの?」
「おっウタゲか。段ボールの側面がちょっと濡れているのが気になってね」
ウタ「濡れている?」
彼女も膝を折り、じっくりと見た。
ウタ「落ちてきた段ボールに変な跡か。これが何か気になる?」
「パイプからの水滴かもしれないが、違和感があってな。それより私のところに来てどうした?」
ウタ「あ、うん。もしかしたら脱出する糸口が見つかったかもしれないってさ」
何だって? ウタゲについていくと、中央あたりの棚にみんなが集合していた。なぜか天井を見上げている。
ズィ「通気口を使えば部屋から出られるな」
天井には通気口の入口がある。幅の狭い板を平行に連続して取り付けたもの……通称ガラリと呼ばれる形の蓋があるが、取り外しは容易だろう。あそこを行けば同じ階を自由に行き来できるはずだ。
「ただ、脱出できる人間は限られるな」
ウタ「ドクターはでかいから無理だね。ま、私もたぶん無理」
ズィ「なんかイラッとするが、まあ一人でも行ってもらって助けを呼んでもらえばいいんじゃないか?」
そう。どう考えても適任がある。
テン「あはは。やっぱりあたしだよねー」
困ったように笑うテンニンカ。狭い通路はドゥリン族が一番適任だろう。
テン「じゃあ行ってみるよ」
そう言うと軽い足取りで棚を上がり、すぐさまてっぺんにたどり着く。蓋をガタガタと揺らして取ると、そのまま吸い込まれるように入っていった。
テン「全然移動できるよ」
「すまないが、そのまま他の部屋を確認してきてくれないか。人がいたら助けを呼んでくれ」
あいよと言ってそのまま消えていった。
ミン「案外余裕そうじゃないですか? 試しに私たちも行ってみますか?」
ミル「あ、じゃあ先にわたしが行きますよ。テンニンカさんの次に背が低いですし」
ミルラも同じく棚を登る。だいぶ覚束ないが、ようやく頂上に到達し、穴の中に入る。
ミル「う……何とか入れるかな」
ウタ「どう? いけそう?」
ミル「いけると思いますが、わたしの体でギリギリですね」
ミン「てことは、私たちは無理じゃないですか?」
ズィ「全員が外に出るのは不可能か」
助けを待つしかないか。
テン「あたしだけで大丈夫だよ。なんか色々ふさがってて一方通行みたいだから」
奥から声が聞こえ、ミルラが通気口から体を出した。
ミル「テンニンカさんに探索を任せるとして……こちらはどうしましょう」
ズィ「遺体の前だが、状況を整理しないか」
ズィマーの意見に賛同し、各々が荷物や地べたに座って円になる。
ズィ「まずお前はどうしてここに来たんだ? 指揮官が来るような場所じゃないだろ」
「ええと……」
(単純に散歩して来たと言え。ドクターが宿舎に来たのは本当にたまたまだ)
耳元でニェンのアドバイス。
「散歩してたまたま入っただけだ。単純に近くの部屋に用事があって、それで」
ズィ「ふーん」
「みんなはどうしてここに? 何か片づけをしていたと聞いたが、どうしてハイビスカスを含めた七人なんだ?」
全員が一様に黙りこくった。返答に困ってるのか、指示を待ってるのか。
最初に口を開いたのはジェシカだった。
ジェ「ドクターの言うとおり片づけを命じられました。端末に指示が届きましたけど、送り主はわかりません」
話を聞くと、全員がジェシカと同じ状況で呼び出されたらしい。誰かわからない人間に呼び出され、部屋に閉じ込められた……完全にデスゲームの始まりじゃないか。
「まるで意図されて集められたみたいだ。じゃあこのメンバーに心当たりのある者はいないか?」
またみんな黙る。なぜか先ほどとは違い、みんなの表情が硬く、険しい。
ズィ「わからねえな。ほぼほぼつながりのないメンバーばかりだ」
ミン「そうですね。そもそも私の知り合いはスカイフレア先輩くらいしかいませんし」
みんな心当たりはないと言っている。どこかぎこちなく弁明してるように見えるのは演技か、ただの緊張か。バイアスがかかって怪しく見えているだけかもしれないが。
ミル「でも私……ちょっとこのメンバー見覚えあるかも」
「どういうことだ?」
ミル「いや、気のせいだと思います。でもどこかでこの並びを見たような気がするんですよね」
ジェ「どこでです?」
ミル「思い出せないんですよね……姿を見たわけじゃなく、名前が記載されてるのを見たような」
ウタ「名前が記載ってどういう意味?」
ミル「そうですよね意味がわかりませんよね。私も途中で何を言ってるんだかわからなくて」
ズィ「思い出してから話してもらわねえと意味がわかんねえぞ」
ミル「そうですよねすみません。ちゃんとまとまってから話します」
ミルラのしおれるような声を最後に、またみんな黙った。陰鬱な雰囲気が漂う中、急に大きな音が聞こえた。
ガシャンと、今度は甲高い音。通路の方から聞こえてきた。
慌ててドアに向かうと、向こう側からドンドンと叩く音。
「テンニンカか?」
テン「うん。とりあえず状況を説明すると、通気口は所々塞がってて自由に移動できる感じじゃなかったよ。だから近い廊下に出たんだけど、これからどうしよう」
うーんどうするか。ドアは相変わらず塞がってるから、試しに何か適当にタッチパネルに入力してみようか。適当に操作してみようと手を伸ばすと……。
「ありゃ?」
ウィンと、目の前のドアが開いた。まん丸な目をしたテンニンカとご対面だ。
ズィ「なんだよ。ロックを解除できる方法があるならさっさとやれよ」
「いや、電子キーに触れてすらいないんだが」
ズィ「え?」
みんな顔を見合わせる。何だろうか。狐につままれたような感覚だ。
テン「直ったってこと?」
ウタ「いくら何でもタイミングよすぎない?」
ミン「何だっていいです。とりあえず、外の状況を確認しましょうよ」
外は廊下となっている。左手と右手一直線に延びて、突き当たりに別の廊下に行くドアがある。照明は薄暗く、離れるごとに闇が増していく。まるで艦内が闇に侵食されているようにも見えた。
ミル「ダメです。こっちのドアは開きません」
ウタ「こっちも開かないね」
廊下のドアは全滅らしい。
宿舎の目の前にはエレベーターがある。左手少し行ったところにトイレがあり、その間には通気口の蓋が落ちている。おそらく近くのパイプを伝って下に下りてきたのだろう、なかなかに器用な子だ。
それはともかく、肝心要のエレベーターの確認だ。廊下のドアが全滅だから、ここが無理なら反対側に行くしかない。
おそるおそる上の矢印を押すと……。
開いた。普通に何事もなく、明かりが点いた小部屋が目の前に現れた。
ジェ「エレベーターが使えるんですね! よかった……このまま閉じ込められたらどうしようかと」
ズィ「廊下のドアは塞がっててエレベーターが使えるのは意味わからんな。これからどうする?」
そうだな。遺体は置いておけというニェンの命令を守るなら……。
「ハイビスカスを置いておくのは心苦しいが、今のロドスは何かがおかしい。ひとまず制御中枢に行き、状況を把握してから医療部に行く」
おそらくそれがいいはず。もし現実でも同様の行動を取るだろう。
ウタ「さすがにそこまで行けば人はいそうだね。この階に全く人がいないのも変だけど」
ミン「とにかく乗って上に行きましょう。また閉じ込められたら嫌です」
全員が沈みゆく船から脱出するみたいに、エレベーターに乗り込む。ボタンは当然一階を押し、上に上がるのを待つ。永遠にドアが動かないんじゃないかという緊迫感の中、ドアが閉まりほっとする。
ふう……さて、これからどうなるのか。このまま制御中枢に行って誰もいないなんてのは不自然だ。各ドアのロックなども解除できるだろうから、着いたらほぼゲームクリアじゃないか。さすがにそんなに時間がかかるゲームは用意できないよな。少々物足りない気もするが、しょうがない。充分楽しんだ。
そんな安直な考えは、突如止まった浮力によって振り払われる。エレベーターは急に止まりドアが開いた。
光るボタンは、無情にも『B3』を示している。
ズィ「なんで地下三階で止まってんだ」
「ちゃんと一階を押したぞ。こんな間違いをするものか」
ミル「じゃ、じゃあどうして止まったんです?」
「それは……」
上を押そうが下を押そうが、他の階を押そうが、ボタンは反応すらしない。まさか、戻れもしないのか?
耳からは何も指示はこない。エレベーターも動く気配はない。
目の前に広がる暗闇を見る。明るい場所にいたものだから、より暗い場所に見える。
深海にも似た暗闇だ。光が届かず、得体の知れない怪物たちが住む世界。
架空とわかっていても息を飲む雰囲気の中、私は一歩廊下へと踏み出した。
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B3 訓練室の殺人
構造と状況は下の階と変わらない。廊下両端のドアは開かず、トイレやパイプ、エレベーターや宿舎のドアの位置も全く一緒だ。しかし、新たにドアの開く部屋が一つだけあった。
訓練室である。
赤い床と壁がコントラストとなった部屋で、中にはランニングマシンやダンベル、休憩用の椅子が何脚か置いている。ここでオペレーターたちは訓練をし、自身のスキルを特化させるのだ。
ミル「ここは開くんですね」
ジェ「廊下は開かないのになんでここが?」
ミン「ねえドクター。ロドスのドアの構造ってどうなってるんですか?」
急に言われても困ると思っていたら、耳元に助け船。
(実際のロドスの設定と違うかもしれないが……)
ニェンから設定を聞き、頭で組み立てる。
「基本的に各ドアは制御中枢で操作ができるから、電気の供給を止めれば擬似的に閉鎖するのは可能だな。単なる故障の場合もあるが」
ウタ「エレベーターも?」
「制御中枢管理だな」
ズィ「だとするなら、誰かが遠隔操作して閉じ込めてるのか?」
「さあ……どうだろうか。遠隔操作を誰かがしていたとしても、一体何の目的が」
ここまで来ると明らかに人為的な匂いがするが、何のためかは現状全くわからない。
まずは訓練室に入って中を調べてみる。だが探索しようにも、トレーニング器具があるくらいで部屋は閑散としたものだ。全員で手がかりを探してみるが、何も見つけられない。
ふと、壁に設置されたデジタル時計を見た。
『AM 2:26』
ミン「どうしたんですドクター?」
ミントがやってきて、彼女も時計を覗き込む……顔が近いな。
ミン「あれ、おかしいですね。今はお昼のはずなのに、時間が深夜になってる」
今は昼の設定なのか。だとしたら、この時計が壊れているということだが。
ミン「ん? 深夜の二時……」
「どうした?」
なぜか反応はなく。じっと時計を見ている。
「おい、ミント」
ミン「ご、ごめんなさい。いえ何でもありません」
両手を前でバタバタとさせる。何やら慌てふためいたのが気になったが、まあいい。
訓練室の探索は済んだため、今度は宿舎に向かう。エレベーターの真正面にあるため、ドアがしっかりと見えている。
エレベーターは今でもぽっかりと口を開けていた。まるで一時停止でも押したみたいに動かず、廊下に明かりを落としている。試しにボタンを押しても反応はない。
ズィ「なんでドアが開けっぱなしなんだ?」
「壊れてるのかな。ドアが閉まらないとなると動きもしないだろう」
まるで今は使えませんよとお知らせしてるみたいだ。移動は諦め、明かりを尻目に宿舎に入る。
中はピザ屋だった。紛うことなきピザ屋。カウンターや席もあり、完全にファストフード店内に入ったように錯覚する場所。
ズィ「毎度思うが、設計したやつのセンスを疑うな」
ごめんなさい。初期に手に入れた家具だから思い入れがあるんだ。
ミン「私は好きなんですけどね。でも、今はさすがにご飯を食べる気にはなりません」
ミル「こちらでも探索はしてみましょう」
「その前に……」
開かれたドアに、近くにあった椅子をいくつか並べる。勝手にスライドして閉まるドアに対してのストッパーだ。これで閉じ込められないし、エレベーターを見張れるから一石二鳥だ。
退路も確保したため探索する。しかし収穫がなく、貿易所や発電所がある区画側のドアが開かないことがわかっただけだ。
あとは何もない。全くない。ため息を吐き、他のオペレーターのように近くの席に座る。
テン「ねえねえミントさん。話があるんだけど」
ミン「何でしょう?」
二人は席から立ち上がり、入口付近まで行く。
ズィ「トイレ行ってくる」
ミル「わ、わたしも……」
椅子を乗り越え廊下に出る。
ジェ「うう……携帯端末が全然つながらない」
ウタ「わけわかんないよね。ジャミングでもされてるのかな」
テーブル席に座って二人が話している。
携帯端末はそれぞれが所持している。といってもこれは事前に持たされたレプリカだ。ゲーム上では電波がつながらない端末として扱っている。
これを現実と想定すると、電波妨害があり、エレベーターを停め、各ドアがロックされた状態……かなり特殊な設定だ。誰かが意図的に仕掛けているとしか思えないが。
制御中枢でドアやエレベーターの管理ができるなら、そこに誰かがいるのか? 意図的に閉じ込められ、こんな状況になっている。果たして犯人の目的はなんだろうか。
いや待て。アーミヤは確か、この中に犯人がいると言ってなかったか。誰かが遠隔で操作してるのか?
犯人の定義は何だろう。普通に考えればもちろん、殺人犯のことだろう。だとするなら、今閉じ込めているのは外部の人間で、ハイビスカスを殺したのはこの中の人間か。これならアーミヤの説明に矛盾しない。
ええ……わけがわからんぞ。こんな状況でなんで殺人なんてするんだ。考えれば考えるほど意味不明だ。
テン「うーん。ここじゃあ通気口までいけないな」
テンニンカが天井を見上げて言った。
「行く気なのか?」
テン「下の階と同じ構造なら、せいぜい近くの部屋にしかいけないけどね。でも調べておきたいじゃん」
「廊下の方は?」
テン「パイプを下りるのはいいけど、上るのはきついかな。トイレからも行けるけど、離れた場所に一人で行くのは怖いね」
ピザ屋には高さのある家具がない。そこまで無理をしなくてもいいとは思うが。
ズィ「戻ったぞ」
ズィマーとジェシカが椅子を乗り越えて入ってきた。
ズィ「駄弁ってるのも性に合わねえ。何かしたいんだが」
「といっても、調べるところは調べたし」
ジェ「あ、あの……」
ウタ「待つしかないんじゃない? エレベーターもそのうち動くでしょ」
ズィ「いやそりゃそうだろうが、ここにエレベーターが停まったのは何か意図があるんじゃないか? もし外部から操作されてるんなら、そいつが何か意図して閉じ込めたというか」
ジェ「えっと……」
テン「考えすぎだよー。一体何の目的であたしたちを閉じ込めて――」
ジェ「あの!」
ジェシカの聞いたことない大声に、一同驚愕する。
「ど、どうしたんだジェシカ」
ジェ「ミントさんがいません」
「え?」
ジェ「部屋に入った時から、ミントさんを全く見てません」
すぐに辺りを見渡す。そうだ。先ほどからミントの姿が全くない。
「テンニンカ。さっきミントと話していたよな?」
テン「うん。することないから事件の話をしていたんだ。でもすぐに終わってそれから……わかんないや」
ウタ「さっき一人で外に出るのを見たよ。トイレに行ったんじゃないの?」
ズィ「いや、来てないぞ」
ジェ「わたしたちがトイレから出て宿舎に入るまで、ミントさんとはすれ違いませんでしたよ」
てことは……。
「まさか、訓練室に行った?」
思いつくや否や、すぐさま身を翻して入口へと向かう。椅子を乗り越え、廊下を走ってすぐに訓練室のドアの前に行く。
いや、こんな状況で離れた部屋に一人で行くわけないだろう。だが、可能性がそれくらいしかない。男子トイレを除くなら、行ける場所は訓練室しかない。
他のオペレーターたちが来るのを待ち、そのドアを開けた。
閑散とした部屋はそのままだ。だがその赤い床に突っ伏した一人の子がいた。
うつぶせ状態で壁に頭を向け、左手がちょうど壁に付くくらいに上げられている。何の外傷もないし、血もない。だが、寝ているとは到底思えないくらいに動かない。
ミル「ミ、ミントさん……」
ミルラがすぐに駆けつけ、脈をとる。しばらくして彼女は残念そうに首を振り、願いは虚しく散った。
「どうしてミントが死ぬんだ。死因はなんだ?」
ミル「これは……」
ミントの右手を見てはっとする。そして壁方向を向いて立ち上がり、先ほど確認したデジタル時計を見た。
ミル「毒です」
「ん?」
ミル「デジタル時計の上部分を見てください」
すぐさま近づいて見てみる。
ミル「時刻を操作するボタン部分に針があります。おそらくは毒が塗られたそれに触れて、息を引き取ったのでしょう」
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『AM 2;26』の謎
(さて、新たに死人が出たところで休憩だ。みんなお疲れ)
ニェンの声を合図に、ため息が訓練室に充満する。それに乗じてミントがむくりと起き上がる。
ミン「出番はこれで終了ですか。まあしょうがないか」
わかりやすく肩を落とす。どうして訓練室に? と聞こうとしたが、ルール違反なのでやめておこう。
(ここで一旦止めたのは、死因に関する説明が面倒だからだ。ミステリーにありがちな冗長的な探索パートを省くため、私が一気に話す)
それは助かる。
(ミントの死因は時計に仕掛けられた針。ミルラが言ったが、デジタル時計のボタン部分に針があって、そこに毒が塗られていた。これは一同調べたということにして情報を共有してくれ)
「毒の成分は?」
(ヒエンソウという架空の草から採れる毒の成分だ。即効性のある神経毒で、体内に入ればたちまち呼吸困難になり、死に至る。それくらい強い毒性のあるものが塗られていた)
そんな物騒なのがボタンに設置されていた? 誰かが触れるのを期待していたのか? そんなところを触れる動機も機会も思いつかないが。
(一同ミントや訓練室の中を調べるが、時計以外に特に変わったところはないようだ。通気口の蓋も開けられた様子はなく、何か散らかっているわけでもない。犯人が残した証拠なんてのもない。明らかな違和感は、停まった時計と針くらいだ。ミントは明らかに時計を操作しようとし、絶命したのが見て取れる)
ズィ「時計を操作ってどういう意味だよ」
(それを考えるのがお前たちの仕事だ。だが、今までの情報だけで推理するのはオススメしないぞ。無理ゲーにも程があるから、せいぜい情報の整理ぐらいにしておけ。話の根幹とも言えるべき情報はもう少し後かな)
得意げに言う。しかし今更だが、ニェンがGM(ゲームマスター)みたいな立ち位置なのか。
(現場の状況はこれくらいにして、ミルラってやつ)
ミル「は、はい!」
(一連の流れが終わったら話がある。演技プランってやつだ。毒に詳しそうだから、重要なセリフを覚えて欲しい)
ミル「わかりました……」
(んじゃあこの話はおしまい。何か質問はあるか? おっと、事件の中身についてはノーコメントをつらぬくぞ)
みなが黙っているため、今度は私が最初に聞く。
「本当にドアが閉まっていてびっくりしたが、全てゲーム上の仕様なのか? ドアが閉じているのも、残っている証拠も」
(割とそのあたりは凝ってるぞ。何もなしにその設定にしないし、どうでもいい物も置かない。基本的に荷物の置き方、機械の異変、全てに意味があると考えてもいい)
だとするなら……時計を見る。
デジタル時計は、相も変わらず『AM 2;26』から進んでいない。これにも意味があるのか?
(本当のロドスの設定やら設備が違うところもあるかもしれないが、それは創作ということで許してくれ。通気口の構造とか、ドアの開け方とか、制御中枢が全部遠隔ができるとかはわからない。特に通気口の構造だな。都合よく封鎖されてて、都合よく移動できるのはできすぎだ。だってそんな設定集ないし、脚色するしかないじゃないか)
「誰に向かって話しているのだ」
(気にすんな。そういやエレベーターのドアが開けっぱなしだが、あれはわかりやすく動かないという合図と思ってくれ。ドアが閉まったら元通りに起動したと思っていい。だから宿舎のドアに椅子をかませれば、退路を保ちエレベーターを見張れる形になるな。うん、あれはなかなか賢い)
唐突に褒められた。
「つまりエレベーターのドアが開けっぱなしの状態なら、上下移動もできない。私たちだけじゃなく、外部の人間がこの階に来れないというわけか」
(なかなかに鋭いな。まあそう思ってくれ)
他に質問は、とあったので他のオペレーターも手を上げる。特にかいつまむ要素もないのでここは割愛する。
(じゃあミルラに話をするから、それまで休憩。いつもどおり仲間の死はドライに対応してくれ)
◆
うえーん、しくしくを経てまたゲームがスタートする。
ジェ「見たところ、ミントさんはボタンを操作しようとしていたみたいです。一体どうしてなんだろう」
『AM 2;26』
未だに時が進まない時計。壊れていると思って直そうとしたのか……それくらいしか思いつかない。
ウタ「しかし毒を使うって、完全に誰かが殺したってことだよね……」
ズィ「まさかハイビスカスも殺された?」
テン「どうするの! まさかこの中に人殺しが!」
全員が騒ぎ立てる一方で、ミルラは死体役をしているミントの右手を見ている。真剣に検視をしているのだ。
「何かわかったか?」
ミル「たぶん症状から見るに、ヒエンソウという草の成分が使われている可能性があります。かなりの猛毒ですが……どうしてこんなものが使われてるんだろう」
「どういう意味だ? なにか引っかかる言い方だが」
ミル「わたしも薬草師として働いているからわかるんですが、これほどの猛毒となると保管も厳重になります。医療部の奥の奥、堅牢な保管庫に入っているんです。当然入口のセキュリティは厳重で、よっぽど権限のある人じゃないと入れないと思います」
テン「つまり、あたしたちみたいな一般オペレーターに入手は無理ってわけだ」
となると、ここにいる人間は犯人じゃない? 外部犯の犯行?
今回の事件は、犯人がこの期間中訓練室に入る必要はない。毒針が設置されているから、私たちが来る前に仕掛けを施せばいい。外部犯がわざわざ侵入しなくても対象を殺せる。
だがそうなると、なぜミントがそんな行動を取ったのかという話になる。
この緊迫した状況で、どうしてデジタル時計の時刻を直そうとしたのか。何が起こるかわからない暗闇に一人行き、誰もいない訓練室に入って時計を操作。
普通だったら取らない行動だ。そして犯人はその行動を予知、あるいは誘導し、事前に仕掛けを施した。
果たして、ミントの行動の真意は何だろうか。犯人はなぜそれを知っていたのか。
ズィ「おい、これからどうするんだ」
いらついた声に我に返る。
「ミントがデジタル時計を直そうとしたのは、この状況を見るに間違いないだろう。彼女はどうしてそんなことをしたのか、誰か心当たりはないか?」
しーんと静まりかえる。そりゃ、思いつくわけがないよな。
ジェ「午前の二時、つまり深夜ですか。今はお昼のはずなのに……」
意味深につぶやいたジェシカ。
「どうしたんだ?」
ジェ「あ、いや何でもないですごめんなさい……ミントさんの行動は全くわかりません」
過剰に謝られた。自尊心のなさが現れたかのような話し口調は、この状況でも変わらずだ。
この行動をどう説明すればいいのか。とりあえず間違ってるのが気になって直した、なんて話ではないだろう。得体の知れない状況下でそんな行動をするはずがない。ミントが病的に神経質なら話が別だが、一応は脚本に沿って作られた物語だ。何か理由があるには違いないが。
ウタ「あれ? 今なにか音がしなかった?」
「え?」
ウタ「廊下からだよ。あれは、エレベーターの音っぽい?」
その言葉を聞いてすかさず廊下に出る。するとエレベーターから漏れていた光が無くなっている。ドアが閉じているのだ。
慌ててドアの前に行き、ボタンをカチカチと押す。最悪の結果を想定したが、エレベーターはいつもの顔をして開いた。
テン「これからどうするの?」
「……制御中枢に急ごう。復旧してから、二人の遺体を運ぶ」
異論はなかった。暗闇に殺人鬼がいるかもしれない中、倫理的な行動は取りづらい。だからこそ、急ぐしかないのだ。
まぶしい照明の中、1Fのボタンを押してドアを閉じた。
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B2 事務室の殺人
案の定、と言うべきか地下二階でエレベーターは停まる。当然のようにドアを開き、俺はてこでも動きませんよと言わんばかりに動かない。
念のためボタンを押したが何も反応はなく、諦めて暗闇に足を踏み入れる。
もはや見慣れた内装だ。下の二つと何も変わらない廊下、目の前の宿舎のドア。
「まずは宿舎に入ろう。調査はそれからだ」
連れ立って宿舎のドアを開ける。
中に入ると、そこはジャングルだった。密林の木々を表した壁紙、部族のお面を模した壷や家具。ベッドはなぜか天蓋が木の枠になっていて、部屋中央には暖炉まである。
ガヴィルやトミミの生まれ故郷をモチーフにした、いるだけで暑くなりそうな内装である。
ズィ「雰囲気ぶち壊しだな。下はピザ屋で上はジャングルか。どんなセンスしてんだ」
重ねてごめんなさい。目立つ家具が好きなんです。
ドアに適当な置物をかませ、とりあえず宿舎を探索する。しかしこんなファンキーな場所に証拠は何もなかった。
収穫があるとすれば、ベッドの天蓋を登れば通気口に行けそうだということだけ。いや、これが割と大きい発見だ。
テン「行ってみる?」
「あんまり離れるのはよくないが」
テン「通気口を行くだけなら大丈夫だって」
「そうか。なら頼んだ。危なくなったら大声を出すかすぐに戻ってくるんだ」
あいあいさーなんてふざけて言って、えっちらおっちらと登る。通気口の蓋を開け、慣れた様子で中にするりと入っていく。
「テンニンカが戻るまで情報を整理するか」
座る場所もないため、全員で輪になる。
ズィ「つっても、何か出るとは思えないが」
「繰り返しになるが、ミントがデジタル時計を操作した理由を誰か知らないか?」
一同難しい顔をする。
ズィ「さっきも聞かれたが、何も思いつかないな」
ウタ「時計を操作する動機って何だろうね。犯人はそれを見越して毒針を仕込んだ。犯人の行動もわからないよ」
ジェ「うーん……」
三人が黙る中、ミルラだけは眉間にしわを寄せている。
「ミルラは何か思いついたか?」
ミル「あ、いえ。ミントさんの行動はわからないんですけど、あの時計が気になって」
「時計?」
「午前二時、つまり深夜。あの事件が起きた時刻と同じだなって」
「何と同じなんだ?」
「とある源石装置が盗難された事件です」
源石装置の盗難? 疑問に思ってると、
(今の段階では知ってるふりをしておけ。詳しい情報は後で出す)
耳元でニェンの声がする。他の子も順次耳に手を当てる。各自指示が出ているのだろう。
ズィ「急に何の話だよ。今とは何の関係もない事件じゃねえか」
ミル「ごめんなさい。ただ毒が厳重に保管されてるって話もあったので思い出したんです。あの源石装置だって、セキュリティを突破されている。なら毒だって手に入れられるんじゃないかって」
……全く話が読めない。私が知ってないとおかしいくらい重要な事件じゃないか。そんなことを思っていると、
テン「ただいま」
テンニンカが軽い足取りで天蓋から下りてきた。
テン「一応見てきたけど、やっぱり下と同じで他の区画には行けなかったよ。せいぜい開いてる方の廊下、トイレ、事務室くらいしかいけない」
ジェ「地下二階は事務室ですね。訓練室のように開いているかも」
ズィ「じゃあ行ってみるか。話していても埒があかねえし」
というわけで事務室へと向かう。エレベーターが開きっぱなしなのを確認し、左手へ。トイレを過ぎれば目的のドアはすぐだった。結論から言えば、ここも普通に開いた。
中は見慣れた場所だ。棚には目一杯の書類や本があり、傍らに作業用のPCとデスクがある。中央には四人がけのテーブルがあり、隅っこには冷蔵庫。
通気口は他の部屋と違って壁に設置されていた。棚の上にあるので、足場にすれば侵入は容易だろう。
何かないかと探るが、特に目立つものがあるわけじゃない。ただ、違和感があるのが一つだけ。
壁に掛けられたカレンダーである。それの日めくりの方で、11月29日が表に出ている。
しかし今日は11月29日ではない。デジタル時計と同じく、これもゲーム上の設定か。わざわざ設定するということは、何か意味があるのか。答えのない思考にとらわれる。
その時だった。突如として緞帳が閉まったみたいに、視界が急に真っ暗になった。目の前にあったカレンダーすら見えない漆黒に、急に閉じ込められたのだ!
テン「ひゃ! また停電」
ジェ「ぴえー!」
ズィ「またかこの野郎!」
「みんな! 私の元へ来い。絶対に離れるな」
宿舎の時と違い、今度は駆けるような足音がして四方からタックルをされる。
「ぐえ!」
ズィ「我慢しろ動くな。さて、これで誰か近づいたらわかる。出てくるなら出てきやがれ!」
ズィマーの張り上げる声は、すぐに闇に吸い取られる。墨汁の中にでもいるような闇の中、しばらく耳を澄ます。しかしドアが開く様子もなければ、足音もしない。
永遠に続くかと思われた緊張感の中、蛍光灯がすぐ点き、光が部屋中を照らした。
「はあ……」
ズィマーとテンニンカ、ミルラとジェシカが、私に背中をくっつけている状態だ。おしくらまんじゅうの要領で犯人への警戒をしていたようだ。
しかしその中で唯一、ウタゲは離れた場所にいた。PCがあるデスクのそばに突っ立っている。
彼女の目は完全に見開かれ、なぜかこちらをじっと見ていた。まるで、幽霊でも見えたかのようなリアクション。
「どうしたんだウタゲ?」
ウタ「ん? ああいや、何でもないよ」
すぐにいつものような飄々とした感じに戻る。今の表情は一体……。
ジェ「今後も停電があったら嫌ですね……みなさんできるだけ離れないようにしないと」
テン「せめて二人一組で行動しないとね」
安堵し、廊下へと出る。エレベーターの光を目指して進んでいくと、裾を誰かに引っ張られた。振り返るとウタゲだった。
ウタ「ねえドクター。地下四階の宿舎にあった段ボール。あれの跡って覚えてる?」
「ああ、水でふやけたみたいな跡だろ。それがどうかしたか?」
ウタ「あれ、もしかしたらただの水じゃないかも」
え?
ウタ「アタシもよくわかってないんだけどね。でもマニキュアにもそういう変わり種があるから、もしかしてと思って――」
テン「ねえ何話してんの?」
ウタ「ああ、後で教えたげる」
そう言うとウタゲは前の列に加わった。一体何だったのだろうかとウタゲを見ていると、こちらを振り返ってウインクをした。後でってことだろうか。
宿舎に戻っても、特にやることはない。また探索をしたり、誰かがトイレに連れ立ったりと平和だったので、よいしょとベッドに腰掛ける。しかしいつ何が起こるかわからないから、おちおちくつろいでもいられない。
ズィ「なあ? 犯人は誰だと思う?」
隣にズィマーが座る。片足をベッドに乗っけて行儀が悪い。
「何もわからんよ。毒針に関しては事前に仕込めるからな」
ズィ「だが段ボールを落とすなんて、人為的じゃないと絶対無理だろ? 時間が経てば段ボールを落としてくれる機械や装置はなかったよな?」
(そんなものはない。遠隔操作して落としたとか、何か時限式の装置があるとかはない)とニェン。
ここまで念押しをするなら、やはり直接誰かが落としたのか。
「何もなかったな。だからあの中にいた誰かの仕業なんだが、暗闇の中どうやって正確に落としたのだろう。暗視スコープなんて目立つもの持てるわけないし」
ズィ「んなもん持ってるやつはいなかったな。片目だけつむって暗闇に慣らすってのもあるが、停電間近にずっと片目を閉じてるとか不自然だな」
「そもそも停電したのがなぜかわからん。犯人がとっさに動けるなら、停電がくるのを知っていたことになるが」
ズィ「停電になった。よし人を殺すチャンスだ、とはならないからな。だから犯人自身が停電を引き起こし、事前に何らかの準備をしてハイビスカスを殺した」
「それでいいと思う」
ズィ「だとしたら、どうやって停電させたんだ? 部屋のブレーカーに近づいているやつは見かけなかった」
それには考えがある。
「やはり制御中枢にいる誰かがこの状況を作り出しているんじゃないか? あそこならドアの操作やエレベーターの操作もできる。各部屋の電源を遠隔でオフにすることもできるだろう」
「それはアタシも思ってた。だがそれだと、地下四階の宿舎まで来るのが難しいな」
難しいというか、できないはずだ。ドアが開いたら音でわかるし、通気口なんて蓋を外さないと侵入ができない。ハイビスカスを殺したのは、間違いなく宿舎にいた、私を除いた六人の中の誰か。だが今の状況を作り出せるのは外部犯しかいない。
前にも思ったように、殺人犯はこのオペレーターたちの中にいるのだろう。問題なのは、操作している外部の人間と殺人犯それぞれの動機だ。どんな目的があって閉じ込めているのか。殺しているのか。二人は繋がっているのか。いないのか。わからない点は山積みだ。
テン「あれ?」
ふと入口を見ると、テンニンカが辺りを見回している。
テン「ウタゲさんを知らない?」
はっとして周りを見る。あと宿舎にいるのは、暖炉のそばにいるミルラとジェシカだけだ。いつの間にいなくなった。
ミル「確かテンニンカさんが廊下に出た後に、ウタゲさんも出て行ったと思います。てっきりトイレに行ったのかと思いましたが」
テン「私は会ってないよ」
てことは……。
「事務室だ。事務室に急ごう」
すぐに椅子を乗り越えて廊下に行く。誰かがいなくなって、違う部屋へと向かう。先ほどと全く同じ流れじゃないか。
だが事務室のドアは、訓練室と違って一切反応しなかった。
「開かなくなってる?」
ジェ「そ、そんな……さっきは開いていたのに」
テン「通気口から中に入る?」
「危険だが……頼んだ」
ミル「あ、じゃあわたしも行きます。一人は危険ですから」
テン「じゃあトイレから行こう。あっちの方が楽だから」
二人がトイレへと向かう。その間は待つのみ……この時間がいやというほど長かった。本当にウタゲがこの中にいるのか。これから何が起こるか、なんて着地点のない思考の堂々巡りだった。
やがてドアが開く。そこには肩を落としたミルラがいた。
ミル「ウタゲさんが……」
すぐさま中に乗り込むと、中央壁際、テンニンカが突っ立っているそばに一人の少女が倒れていた。
こちらに背中を見せて、一見すると猫のように丸まって横になっているみたいだった。
しかし近づいてみると、表情はひきつっている。化け物でも見たかのように目が見開いている。
ミル「おそらく、ミントさんと同じ毒が使われています。頬の傷から毒が入ったんだと」
上に向かれた左頬に、一筋の赤い線があった。一体何の怪我だ?
ミル「凶器はあれです」
指さした方向には、ボウガンがあった。デスクの下あたりに無造作に置かれている。そして一本の矢が、それとは反対方向、冷蔵庫の前に転がっている。
「おそらく毒矢でやられたのでしょう。一体どこから……」
ウタゲを見下ろすと、傷の他にも気になるものがあった。
彼女の左手に、何か握りしめられている。紙のようだが……。
近くの壁を見てみる。そこには11月30日を示したカレンダーがある。先ほどの日付部分が無造作に破られて、四分の一ほど切れ端が残っている。つまり……。
ウタゲの手には、11月29日と書かれた紙がある。まるで絶対に渡すものかと言わんばかりに、しっかりと握られていた。
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源石装置盗難事件
ウタ「わたしの演技どうだった?」
「迫真でビビったぞ」
頬に傷のメイクを作ったウタゲはどや顔をしている。
ウタ「で、気づいていると思うけど、わたしが握ってるのは11月29日のカレンダーだよ」
ミル「なんでそんなものを?」
ウタ「さあね。それは自分で考えて」
ウタゲはのんきに腕を組む。
(さて、ここでまたまた事件説明の時間だ。といっても今回の事件の説明は少ないな)
つらつらと、現場の状況がニェンから話される。凶器はボウガンで間違いなく、毒はミント殺害に使われたのと同じヒエンソウと呼ばれるものだ。矢の先端に塗られていたそれが頬をかすめ、絶命したと。
(ロドスのドアの鍵は、各部屋で内側からロックが掛けられるようになっている。外から解除するにはマスターキー的なものか、制御中枢からの遠隔操作が必要となる。またこのあたりもよくわかっていない設定のため、ちょっと都合がいいのは目をつぶってもらって)
「何を言ってるんだ」
(とりあえず内側から鍵が掛かっていた。つまり密室だったってわけだ)
密室殺人か。また古典的な。
(ウタゲが握っていたカレンダーと密室の謎。うんうんミステリーじみてきたな)
「ミステリーじみてるにしては、こっちの情報がだいぶ制限されてるな。明らかに重要そうな盗難事件についてはいつわかるのか」
(それについては、この後だ。宿舎に戻ってる時にスムーズに出してやろう。現場はもう情報は出そろってるから見なくていいぞ)
ブツッと会話は途切れた。
◆
「……ええと」
あ、そうだ。
「ウタゲ……どうして死んでしまったんだ」
「うわーん」
「しくしく」
泣きを入れて現場を離れる。暗い廊下に戻り、ズィマーを先頭に、私を後ろにして歩く。
盗難事件の情報がこれから出されるだろうが、はたしてどんな内容なのか。
ミル「29……29ですか」
隣にいたミルラがつぶやく。
「どうしたんだミルラ?」
ミルラ「あの日付に覚えがあるんです」
前にいるオペレーターたちもこちらを見た。
ズィ「日付?」
ミル「あの日付って、例の事件が起きた時じゃないですか?」
ジェ「例のって、源石装置が盗まれたやつですか?」
ミル「はい」
(よし、ここで情報解禁だ。源石装置盗難事件の説明は各人で見てくれ。事前に渡された端末を使ってな)
端末? あのレプリカのことか。
(レプリカといっても、通信ができないだけで文字は入れられるんだ。そこには源石装置盗難事件の概要が書かれてある)
指示通り端末を持つと、そこにはみっちりと事件の概要が書かれていた。
――11月29日の深夜に、何者かがセキュリティルームの中に忍び込み、源石装置を盗んだ。完全にセキュリティの穴を突かれた犯行だった。週で替わるパスワードの書類をシュレッダーに掛けたが、どうもそのゴミが抜かれた形跡がある。それを復元されて今週のパスワードを知られたのだろう。
各場所で停電を引き起こした手際、人員の目に付かない犯行から、かなり練られた計画だったと思う。監視カメラの無力化の手際や見張りの人員を考えるなら、最低でも二人。それ以上の可能性も充分ある。確実に単独では無理な犯行である。
停電によって最初にカメラが無力化されたのは、『AM2:26』の時である。B1宿舎とその周りの施設、および1Fの応接室周りにまず停電が起こった。そこから順次セキュリティホームまでの道筋に停電が起こっている。
ロドスはここ数日どこにも停泊しておらず、外部へ持ち出すのは不可能だ。まだ中にある可能性が高いと見て捜査を進めている。
犯人を見つけるため秘密裏に開発した自白剤を使わなければならないが、あいにく一人分しかない。複数人を尋問するのは可能だが、源石装置を直接盗んだ人間を問いただすべきだろう。
あれを持ち出されたらまずい。あれには外部に秘匿するべき恐ろしい情報があるのだ。
容疑者から一人を絞りたいが……どうしたものか。
とんでもないことが起きてるじゃないか。しかも自白剤など物騒なことも書かれている。
いや、そんな突飛な説明よりも目を引く文面がある。
11月29日
AM2:26
今回の事件に関わっている時刻と日付だ。この盗難事件と関わりのある数字。
これは一体どういうことだ?
(当然知ってる情報として扱ってくれ。じゃあ頑張れ)
ブツッと途切れた。ようやくこの情報を使った演技ができるというわけだ。
「言われてみれば、今回の事件に出てくる数字はこの盗難事件に関わるものが出るな。日付と時刻がそれだ」
テン「うーんどうしてだろう」
とぼけるように言ったテンニンカに対し、ズィマーが鋭い目を向けた。
ジェ「たまたま……じゃないですよね。でも、だとしたら犯人の目的は何だろう」
ズィ「犯人の目的なんてどうでもいい。捕まえて聞けばいい」
ズィマーが宣言するように言った。
ミル「いや、でも犯人はわからないじゃないですか」
ズィ「わかったよ」
ミル「え?」
ズィ「犯人がわかった。現場の状況を見て全てな」
意気揚々とズィマーは言う。
ジェ「現場は密室でしたが……」
ズィ「密室ではないだろう。確かに内側からロックが掛かっていたし窓もない。だが、一つだけ外とつながる場所がある」
彼女の言うとおり、唯一の通り道がある。
「通気口か」
ズィ「そうだ。今まで誰かさんが通ってきた道だ」
そうして横にいた二人をにらむ。
ズィ「ならそこを通れる人間が犯人に決まってる。テンニンカとミルラは外から中に侵入できたのだから、当然二人が疑うべき対象だ」
ミル「え! そ、そんな……」
ズィ「だがミルラは、宿舎に来てからは廊下に一歩も出なかった。ジェシカと暖炉の前にずっといただろ?」
ジェ「は、はい。二人一組になった方がいいと思って、ずっと一緒にいました。廊下に出てもいません……じゃあ」
全員がテンニンカを見る。
ズィ「そうだな。テンニンカが犯人としか考えられねえ」
テン「ちょ、ちょっと待ってよ! 確かに通気口は入れるけどさ。それだけで犯人と決めつけられるのはおかしいよ」
ズィ「充分すぎるだろ。だがこの状況をお前が一人で作れるとは思えねえ。密室殺人はほぼ確定だが、ロドスの色んなドアが閉まっている謎がわからない。だから……」
踏みしめるように歩き、テンニンカの前に陣取る。
ズィ「お前を拘束させてもらう」
テン「そ、そんな!」
ズィ「これでもかなり譲歩してやってるつもりだ。当然トイレくらいは同伴で許してやるし、腹が減ったら飯を食わせてやる。しかもその状態で殺人が起きればお前の潔白が証明される。これほど恵まれた処遇は無いぞ。それともなにか? 拘束されたら計画が実行できなくなるから嫌なのか?」
テン「違うよ……」
顔を伏せたが、すぐに地団駄を踏む。
テン「ああもうわかったよ! 拘束されればいいんでしょ! そうすればあたしの潔白は証明できるはずだよ」
何か言いたかったが、せっかくの流れを止めたくないので黙る。いや、現実だったらちゃんと止めるぞ。
ズィ「よし、じゃあ……ああ」
気を張っていたような演技が抜け、耳に手を当てる。
ズィ「GMって言えばいいのか。話があるんだが」
(なんだ?)
私の耳にも聞こえた。
ズィ「テンニンカを縛る紐とかないか? 当然きつく拘束はしないから、見た目だけ何とかしたいが」
(容疑者を縛って無力化すると。わかった。一旦中断して手伝いのものに持ってこさせる)
しばらく待つと、閉まっていたはずの廊下のドアがウィンと開く。
あ、おかっぱの医療オペレーターの子。
一言も発さず近づき、何本もつながったベルトみたいな物をズィマーに渡してきた。そうしてぺこりとお辞儀し、さっさとドアに避難する。
ズィ「ハーネスかよ。クライミングや高所作業で落ちないようにする本格的な装備じゃねえか」
(ちょうどいいと思ったんだよ。見た目的にはどっかの博士の拘束具みたいじゃん。その前部分に紐を付ければ拘束できるだろう。痛くはないだろうし)
テンニンカも渋々それを着る。そしてズィマーが胸部分のベルトに細い紐をくくりつける。
……まるで犬を散歩させてるみたいな格好になった。
ズィ「痛くはないか?」
テン「大丈夫だよ」
ズィ「なるべく力は入れないようにはするが、痛かったらすぐに言えよ」
(じゃあ演技開始だ。はいスタート)
イヤホンのやかましい声が止み、辺りは静まりかえる。そして、
テン「痛いよー離してよー!」
急にスイッチが入ったわめき声。
ズィ「うるせえ。痛いだろうが我慢して歩け」
「おい、乱暴にするなよ」
ズィ「いいじゃねえか。十中八九こいつが犯人だからな。本来ならここで殴ってもいいところを止めたんだぞ。むしろ感謝してほしいくらいだ」
さっきまでの気遣いを吹き飛ばす演技だ。なかなか堂に入っている。
ズィ「さてここから……ん? エレベーターが」
エレベーターを見ると、ドアが閉まっている。気づいてすぐ目の前に行きボタンを操作すると、ドアは普通に開かれた。
ズィ「使えるようになってるか。こんなタイミングよく復旧するわけないし、やっぱりお前がやってるのか。それとも誰かと協力してんのか?」
テン「知らないよー! あたしは何もしてないって」
ズィ「まあいいや。とっとと乗り込もうぜ」
こうして地下二階とはおさらばだ。人数は続々と減り、さらには一人を拘束している。さて、ここからどう動くのか。
ズィ「どうせ次の階で止まるんだろ。どうせな」
そうならないでくれと思いながら、ボタンを押して扉を閉めた。
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B1 加工所の殺人
もう説明するまでもないだろう。地下一階で止まった。
ズィ「はいはい知ってたよ。だが今回は犯人を拘束している。これで殺人は起きないだろうよ」
ぐいっと紐を引っ張る。ぐえっとテンニンカがのけぞる。
「まずは宿舎から行くぞ」
四人となった列で、目の前の宿舎へと向かう。
中は今までの変わり種と違って、かなり開放的で清潔な空間だ。全体が薄い青に沈んだような落ち着いた雰囲気。天井からはシルクのような透明な幕がいくつか垂れ下がっている。机やベッド等の木材、屏風の枠は全て焦げ茶を使われており、それが部屋の色相全体を引き締めている。レイアウトの名前は『丹青閣』である。
ズィ「なんでここだけ急に正統派なんだよ。下の奇抜さがもはや懐かしい」
気に入ってるからね。仕方ないね。
ミル「ドアに噛ませるものがないですね」
ズィ「どうする? テンニンカを噛ませてみるか?」
テン「やめてよ……」
「待て待て。別に椅子じゃなくてもいい」
机脇にあるサイドデスク? に目を付ける。それを横にしてドアに挟んだことで、細い出口の出来上がりだ。
「何もないよりはマシだろう」
ズィ「まあ最低限道は作れたな。さあどうするか」
部屋を探索してみたが、何もなしだとすぐわかる。そりゃそうだ。今までで一番開放的な場所だから、すぐに見切りがつく。
ズィ「よし、適当に座ろう。もう犯人を捕まえたから、後はエレベーターが動くのを待つだけだ」
テン「だから違うのに……」
ズィ「うるせえ。状況から見てお前以外誰がいるんだ」
ミル「まあまあ……とりあえずベッドに座りましょうか」
ズィ「そうだな。椅子がない部屋だから、あそこくらいしかない」
と、率先して座る。それに続いてジェシカと、縛られて窮屈そうなテンニンカも座る。
私も後に続こうとすると、突然裾を引っ張られた。
ミル「ドクター……」
「なんだ?」
彼女の小声につられ、私も内緒話をするような声量になった。
ミル「後でトイレに行くふりなんかして、部屋から出てくれませんか?」
「なんで?」
ミル「理由は後で話します……三人には内緒にしてください」
わけもわからないまま、ミルラは裾を離してベッドに座った。
私も続けて座り情報交換を行う。しかし実りはなく、ただただ既知の情報を整理しているだけの時間だった。
さて……。
「ちょっとトイレに行ってくる」
そう言ってドアのストッパーと化した椅子をまたぎ、廊下へと出る。目の前の開かれたエレベーターがまぶしい。
何があるかわからないから、宿舎を離れないようにしよう。適度に離れ、ぎりぎり光が足元にかかるくらいの場所に立っていると、しばらくしてミルラがやってくる。
辺りをキョロキョロし、こちらに気づいてとことこと駆け寄る。
ミル「急にごめんなさい……」
彼女は殺人とは関係ないはずだ。と思いつつ、若干緊張しながら相対する。
「どうしたんだ急に?」
ミル「ここだと話せませんので、この階にある加工所に行きませんか?」
「加工所に?」
さっきからよくわからない提案ばかりされる。説明も無いまま、背中を押されつつ加工所へ。
ミル「やっぱり開いてましたか」
当然のように開いたドアをくぐると、何やらわからない機械に占拠された部屋だった。中央には斜めに設置された檻があり、その奥には炭素材や補強材、鉄パイプなどがある。
ミルラが中央に行き、部屋の中を見渡す。
「どうしてここに?」
ミル「ここなら話を聞かれませんからね」
くるっと振り返り、薄く笑みを浮かべた。いつもの自信なさげな態度から一変して、いやに落ち着きのある表情と声だった。
「話をするなら、どうしてわざわざここに?」
ミル「他の三人が怪しいからです」
きっぱりと言った。
ミル「テンニンカさんは当然として、他の二人も怪しいとにらんでいます」
「怪しいって……じゃあなぜ私を呼んだんだ」
ミル「ドクターは信用できるからです」
面と向かって恥ずかしいことを。
ミル「わたし、ずっとドクターを見ていました」
「え?」
ミル「最初の事件で停電した時もすぐドクターにひっつきましたし、ミントさんの時もずっとドクターを監視してました。ウタゲさんの時も見てましたが、どちらも殺害できるような隙はありませんでした。もちろんこれは疑ってるというより、犯人じゃない証明をしたかったがための行動です。この中で唯一、犯人じゃないと確信できるのがドクターだけなんです」
なるほど。だから二人っきりに。
「ズィマーやジェシカも犯行は難しいとは思うが……」
ミル「どうでしょう。明らかに犯人じゃない二人を除いた時、犯人から思わず本音がぽろっと出るかもしれません」
「本音?」
ミル「実はボイスレコーダーを仕掛けたんです」
「なんだって?」
ミル「普段は人の話を聞き逃さないようにとメモ代わりで使っていますが、今回は盗聴の道具としてベッド下に仕掛けています。さっき探索した時に、こっそり録音ボタンを押して入れたんです」
そういえばベッドにみんなを誘導したのはミルラだった。
「そこまでするか」
ミル「するに決まってます! 三人も死んだんですよ。だったら強引な手を使うしかありません」
「だがボイスレコーダーを使って犯人の本音など聞けるのか? 他に無関係な二人がいるんだぞ?」
ミル「わたしの考えでは出ると思います」
「どうして?」
ミル「それは……」
目をそらして、
ミル「あまり確信できるものではないため、今は言わないようにしておきましょう」
ああ、来たよ。推理小説でよく見るやつだ! どうしてミルラがそんな不毛なテンプレートをなぞる必要があるんだ。
……いや、明確に話すなと指示でもされたのだろう。事件の真相を匂わす時によく使われる手法だからだ。
つまりミルラは、何かを確信してボイスレコーダーを仕掛けたのだ。彼女自身がGMに進言して指示をされたのか。いずれにせよ、事件の核心に近づいているのは間違いない。
だが指示されてるということは、何を聞いても意味がないのだ。
「……仕方がない。なら、軽く情報を共有しよう」
ミル「共有ですか?」
「実はウタゲが何かに気づいたらしいんだ」
さっき宿舎で話し忘れていたことをミルラに話す。ハイビスカスに落ちた段ボールの水の跡と、マニキュアの話。
ミル「マニキュアが、水の跡と関係があると?」
「そんな風なことを言っていた。何かわかるか?」
ミル「ご、ごめんなさい……わたしはそういうファッションとか化粧品とかには疎いから……」
いつもの彼女が出てきた。話を変えて他の事件も触れてみるが、こちらは何の収穫もなかった。
「そろそろ戻らないとまずいかな?」
ミル「そうですね。では戻りましょうか」
そう言ってミルラがドアに近づくが……なぜか閉まったドアの前で立ち止まる。
ミル「開かない」
「え?」
ミル「開かないんです! 閉じ込められました!」
なんだって! まさかの急展開に驚くが、私が電子キーを押しても何もならない。間違えてロックを掛けたとかでもない。明らかに、誰かが遠隔で閉めたのだ。
しまった! 宿舎のドアは椅子をかませたのに、こちら側の部屋は全然対処してなかった!
◆
(よし、このあたりにしておこうか)
唐突に耳元からニェンの声。ここで慌てた演技をぴたっと止める。
(慌ててる様子は隠しカメラでばっちり撮れたから、もう演技はいいぞ)
「ちくしょう。宿舎みたく何か置いておけば」
(言っておくが、今回に至っては開けっぱなしにしても防げないぞ)
え? マジ?
(今までのは閉じ込める理由がなかったからな。当然こっちも脚本どおりにするための策なんていくらでもある。開けっぱなしくらいは対処できるさ)
「ちくしょう」
(さて、じゃあドアが開くまで黙って待ってろ)
何のことだかわからないまま二人待つと、閉まってたはずのドアがウィンと開く。
あ、さっきの医療オペレーターの子。カバンを持って、交互に私たちの顔を見る。
医療「今回のイベントの補佐を担当しています。今は時間を停めてますので、楽にしていいですよ」
補佐? 補佐が演技真っ最中で来るのか。まさか……。
医療「まずはドクター」
「は、はい!」
医療「まことに残念ですが、今からドクターには気絶してもらいます」
「……え」
気絶? てっきり死体役をやれと言われると思ったが。
医療「はいこっちを向いてください」
ひじをつかまれ、左を向かせられる。ちょうどミルラに背を向ける形だ。
そして医療オペレーターは、カバンから二つの物を取り出した。黒いバンダナと、ワイヤレスイヤホンだ。
医療「こちらのイヤホンはノイズキャンセリングのものです。今からこの二つを付けていただき、気絶状態を成り立たせます」
「ええ……」
医療「誰かに揺さぶられたらイヤホンを外してください。目隠しやイヤホンは適当にそのへんの資材の上にでも置いて演技を続けてください」
「きゅ、急だな」
こちらの意見はお構いなしに、後方からは優しく目の部分を隠された。そして病人を看病するよう、床にゆっくりと誘導され横になる形となった。そしてインカムを外される。
「ではドクター、しばらくじっとしてくださいね」
優しい声は、耳に入れられたイヤホンで遮られた。
◆
何も感じない。視覚も聴覚もふさがれ、ただ床の冷たさを感じるだけだ。
ミルラがどうなったのかが全くわからない。近くで作業しているだろうが、ノイズキャンセリングのせいで一切聞こえない。深い深い闇の中に一人横たわっている。
どうして私は気絶したんだ? 周りに人はいなかったから、殴られたわけでもない。ミルラも真横にいたから、何かできるわけがない。そもそもどうして気絶なのかがわからない。
途方もない時間が過ぎた。感覚的には、数十分も経った気分。そこでようやく床以外の感触を肩に感じた。
体を思い切り揺さぶられる。体が痛いくらい揺さぶられているのがわかる。女性とは思えない力……ウルサス人。
目を開けるような姿勢を取り、バンダナを取る。そこにはテンニンカ、ジェシカ、ズィマーの三人がこちらを見下ろしていた。イヤホンも取り、インカムをまた付け直す。
ズィマー「どうして寝てんだお前は」
「す、すまない。なぜか気絶したみたいだ」
ジェ「気絶? どうしてですか?」
「え、えっと……」
(首筋にビリッと刺激があった)
耳元の助け船をそのまま言った。想定しているのはスタンガンだろう。
ズィ「スタンガンで誰かに襲われたってことか」
「たぶんな。そういえばミルラは? ミルラはどうした」
そう言うと三人は険しい表情をして、私の後方を見た。加工所の奥の方だ。
振り返ってみると、中央の檻が見える。先ほどとは違って閉まった柵状のドア。その柵越しに、一人の少女が倒れているのが見える。
「ま、まさか!」
すぐさま駆け寄り、ドアを開けようとする。しかし開かない。向こうからロックがされているのだ。
檻越しに見下ろすと、そこに横たわっていたのはミルラだった。
うつぶせになり、特徴的なヘルメットは傍らに転がり、その露出した薄い赤色の髪から、髪を染めるほどの鮮やかな血が流れていた。彼女と平行するように、血の付いた鉄パイプが転がっている。
私が気絶している間に、密室でミルラが撲殺されたのだ。
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加工場の現場検証
「ミルラまでが……」
ズィ「ずっと気絶していたのか?」
「閉じ込められたのに気づいてすぐにやられた。あとは起こされるまでずっと――」
ここではっとする。
「いや、違う。ミルラを殺したのは私じゃない」
三人は顔を見合わせる。
テン「さすがにドクターが犯人とは……」
ジェ「こんな怪しまれる状況でわざわざ殺すとは思えません」
ズィ「まあそうだな。気絶した状態も演技とは思えなかったし」
「せめて何か証拠があればな。だが密室状態で二人しかいなかった」
ズィ「いや、密室じゃなかったぞ」
へ? あ、そうだ。密室だった加工所に三人が入ってきてるじゃないか。
ズィ「とりあえず何があったか説明するぞ。実は宿舎でも一時的に密室になっていたんだ」
「なんだって?」
ズィ「テンニンカがトイレに行きたいと言い、ずっこけてドアを止めていた椅子をずらしやがった。その瞬間を見計らうようにドアが閉まり、閉じ込められたんだ」
テン「わ、わざとじゃないから」
ズィ「いくらなんでもタイミングがよすぎるんだよ。やっぱりお前が外部犯とつながってるんじゃないのか?」
テン「ど、どうやってつながるのさ。だって拘束されてて、誰とも会話ができない状態だよ。そんな中椅子を外す意味なんてないじゃん」
どうだろう。今のテンニンカの証言は一見正しいが……。
ズィ「それは知らん。どっちにしろお前が椅子を外さなかったら、もっと早く助けに行けたんだよな。犯人を捕まえられたかもしれない」
テン「それはごめんなさい」
ズィ「ひとまず、アタシら以外に犯人がいるのは確定でいいかな」
テン「あたしの疑いは……」
ズィ「まだだ。犯人は二人以上いるのは確定なんだ」
テン「うえーんそんなー」
泣くテンニンカに戸惑うジェシカ。
「まあ待て。話をまとめると、宿舎も加工所も一時的に隔離されていたってことか」
ズィ「そういうことになる。時間にしてどのくらいだったか」
ジェ「たぶん二十分くらいは閉じ込められていたと思います」
「に、二十分?」
(そういう設定な。実際の時間は数分だ)
ややこしいが、私は二十分くらいは気絶していたと。二十分の間、ズィマーたちは当然何もできなかっただろう。
やはり外部犯がいて、そいつも殺人を?
「現場の状況は?」
ジェ「まず、檻のドアが内側から閉まってます。おそらく電子ロックか何かでしょう。目視でしか状況は確認できませんが、凶器の鉄パイプ以外は何もありませんでした」
檻の方を振り返る。ミルラの遺体のそばには資材が階段状に積まれており、通気口までは容易に到達できるようになっている。密室ではないが……他の三人はアリバイがあるだろう。もちろん私も。
ズィ「外部犯がいるのは確定だな。だが手がかりはなしだ。何が起こったのかさっぱりわからない。しかも遺体を調べられないときた」
そうか。ニェンから遺体の情報があまりなかったのはそのためか。情報がないのは困ったぞ。
ズィ「ここから見た感じだと、撲殺されたとしかわからねえな」
それ以外の情報はない。ただ、横にだらんと出された右手がグーの形をしているのが不自然だなと思うだけだ。
ジェ「どうしてミルラさんまで殺されたんでしょう。彼女は何もしてないのに……」
ん?
「何もしてないってどういう意味だ?」
ジェ「あ、いや」
なぜか目が泳いでいる。
ジェ「何の罪もないのに殺されたのはかわいそうって意味です」
ズィ「とにかく」
流れを断ち切るように強い口調で言った。
ズィ「これからどうする。犯人はこっちを無力化する武器まで持ってやがる。固まったとしても意味がねえから、こっちも武器を持って対抗するしかない」
テン「ならあたしの拘束具も解いてよ」
ズィ「お前は怪しすぎるから絶対にダメだ。じゃあ各々武器を取ったら移動するぞ」
加工所にあるパイプを拾い上げぶんぶんと振る。ウルサス人にかかったら鉄パイプも恐ろしい凶器だろう。
他の子も私も、仕方なく鉄パイプを取る。用意ができたらミルラを残し、加工所を後にした。ズィマーを先頭に廊下を歩くと、
ズィ「ん? エレベーターが閉まってる」
何だって?
見てみると、確かに廊下は暗く、エレベーターが閉まってる。つまり動くようになってるのだ。
この階を離れるの、異様に早くないか?
ジェ「これで一階に行ける?」
ズィ「ようやくこのふざけた状況も終わりか」
本当に? 何か嫌な予感がするが、ここは演技としてほっとしておくべきか。
ズィ「善は急げだ。さっさと行くぞ」
「あ!」
ここで思い出した。
「しゅ、宿舎に忘れ物をした。少し待ってくれ」
追い抜いてすぐさま宿舎に入る。ミルラのボイスレコーダーを回収しなくてはならない。確か、ベッドに仕掛けたと言っていたっけ。手前右手にあるベッドの前に屈み、下を見てみる。
床にはない。続いてベッドの継ぎ目あたりを手探りで探してみたが、何の感触があるわけでもない。
ミルラが仕掛けたボイスレコーダーが、どこにもない?
テン「何を探してるの?」
はっとしてみると、三人とも私を見ている。
ズィ「また閉じ込められてもしらねえぞ。何を探してんだ」
「さっきペンを落としてな。床にないなら、ベッドの下かと思ったが」
三人の反応は薄かった。ベッドの下と聞いて何も反応しなければ、盗んでないと見ていいのか。だがこの三人以外、誰が盗めるというのか。
「見つからないならいい。早く上に行こうか」
首をかしげる三人は、やはり何か隠している様子はない。ミルラが嘘を吐いているとは思えないが……。
謎は解けないままエレベーターへと入る。まぶしい光の中、一階のボタンを押す。するとドアは閉まり、上へと上がる浮力が内臓を浮き上がらせる。
おそらく最終地点だろう一階に、このまま無事に着くのだろうか。
エレベーターが停まり、ドアが開いて深淵がお目見えだ。だが、目の前には宿舎に続くドアはない。
体を廊下に出して、それはようやく見える。
一階の制御中枢だ。
エレベーターから右斜め前にあるドア。ちょうどエレベーターの明かりが届かず、闇と同化している部分に、電子キーがチカチカと光っている。
ジェ「あそこに行けば誰かいるかも!」
ジェシカが掛けていき、電子キーを操作。しかし案の定、ドアはびくとも動かなかった。
ズィ「ちっ! 予想どおりかよ」
テン「また別の部屋に入るしかないんじゃない? どうせ廊下のドアも開いてないんでしょ」
テンニンカの言うとおり両端のドアは開かない。そこで取る行動は一つ、トイレの先にある新たな部屋に入るのみだ。これまでずっとそうしてきた。
一階は応接室である。今までと違うのは、開放的な空間なこと。応接用のソファとテーブルのみの簡素な家具で、窓からの光は今までの部屋と一線を画す。
窓といっても、はめ殺しの強化ガラスだから脱出はできないが。
ジェ「今は停まってるんですね」
眼下にはロドスが、遠目には荒野にそびえる山脈がある。稼働している様子はなかった。
ズィ「ここなら暗くできねえから、奇襲の心配もない。なあ、事件の話をまとめないか」
「いいと思うぞ。やろうか」
ジェ「何かできるかな……」
私の対面に、ズィマー、テンニンカ、ジェシカと座る。それぞれ足を組んだり、膝をそろえたりと姿勢はバラバラだ。テンニンカはミノムシのようになるのが精一杯だが。
「では話を進めていこうか。まずは地下四階の事件からだ」
鉄パイプを置き、今までの事件を振り返る。
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今までの事件のまとめ
まずは地下四階宿舎の殺人から振り返ろう。
ここではハイビスカスが、何者かが落とした段ボールで頭を打ち死亡している。遺体の位置は部屋隅で、棚に隠れるようにしてあった。ドアの開ける音や通気口の蓋の音が聞こえなかった時点で、宿舎にいた誰かが犯人なのは間違いないだろう。
ここで見つけた不審な点は、段ボールの水の跡。
ズィ「水の跡? なんだそりゃ」
「大きな水滴が垂れたか、濡れた指で触ったのかくらいの跡だな。あまり気にしてなかったんだが、ウタゲが何か思いついたみたいなんだ」
ジェ「ウタゲさんがですか?」
「マニキュアと言っていた。特殊な何かとは言ってたが、何か思いつかない?」
対面の三人は、何の反応もなし。
ズィ「マニキュアなんてやらんからな」
ジェ「わ、わたしもしませんので……」
テン「あたしも」
ウタゲは何を思いついたのか。
ズィ「マニキュアがどうこう言ったのっていつぐらいなんだ?」
「事務室から宿舎に行くときだ。停電で真っ暗になった後だ」
ズィ「ふうん……」
「これ以上考えても出ないかな。じゃあ次だ」
地下三階の訓練室の殺人。時計の秒や分を調整できるボタンに仕掛けられた毒針によってミントが死亡した。こちらは事前に仕掛ければいいため、外部犯でも当時一緒にいた人でも犯行は可能だ。
ここで考えるべきは一つだけ。ミントはなぜ時計の時刻を直そうとしたのか。
ズィ「最後に話してたのはテンニンカだったな。何を話してた?」
テン「事件の話とかだよ。それ以外は特に何も」
ズィ「何か気づいたことは?」
テン「いや何も」
何もなければ、こんな状況の中一人で訓練室に行くことはないだろう。源石装置が盗まれた時刻と同じ『AM2:26』を、なぜ彼女は直そうとしたのか。
ズィ「ダメだ。訓練室の殺人は何の手がかりもねえな。次行こう」
地下二階の事務室。毒を塗られたボウガンの矢でウタゲが殺された。内側からロックされており、通気口からしか出入りできない状態だった。
テン「だからあたしじゃないって」
ズィ「お前以外誰がいるんだよ。外部犯だとしたらエレベーターは動いてねえし、廊下のドアを開けたとしても、アタシたちとすれ違う可能性があるなら使うのをためらうだろ」
ジェ「テンニンカさんが犯人だとして、そもそもウタゲさんをどうやって事務室に連れて行ったのかが疑問です」
そういえば、ウタゲもどうして事務室に一人で行ったんだろうか。ミントもウタゲも、単独行動をする動機があったのか。
ズィ「お前なら事務室にも誘えるし、内側からロックを掛けた後、中から通気口に入ることはできるだろう」
テン「うう……」
とうとう反論もしなくなった。密室の問題は一応クリアはしている。あえて除外するとしたら残る謎は二つだ。
ボウガンの用意と、カレンダーを握りしめていたこと。
ジェ「外部犯の線が薄いとしたら、ボウガンは事前に事務室に隠してあったんですかね?」
「念のために用意していたのかな。確かにズィマーやウタゲは、普通に戦って勝てる相手ではない」
ズィ「ウタゲってやつは全く戦闘経験がなかったんだってな。それであのセンスはおかしい。アタシならともかく、普通のやつが相手は無理だろう」
「強敵相手のための凶器か」
ズィ「だがボウガンがあるなら、今までのやつらもそれでさっさと殺せばよかったよな? なぜ一階ごとにちまちま殺す必要があるんだ」
そうだな。今までの殺人を通しての謎は、なぜ階ごとに殺人を犯しているのか。
まるでゲームのフラグ管理がされてるみたいで、殺人が起きたら導かれるように次へと向かう。一体犯人はなぜこんな面倒な仕組みを作ったのだろう。
ズィ「動機は全くわからねえ。だから物的なものを確認するしかない。あいつが握りしめたカレンダーは、絶対に意味があるんだろうな」
「ダイイングメッセージか?」
ズィ「そういうやつだ。カレンダーのそばで死んでたから、最後の力を振り絞ってだろうな。弾みでカレンダーを破って握ったなんてならないだろうし」
ウタゲの意思があると。
ズィ「握ってたのは29日の……日付」
なぜか声が小さくなっていく。
「29日に何かあるのかな。源石装置の盗難事件があった日だが」
ズィ「い、いや握ってる方が証拠とは限らないだろう。30日の方を示したかったのかもしれない。それか、29、30という数字そのものに意味があるかも」
数字そのもの? いや、何も思いつかないが。
そういえばさっきからズィマーとばかり話してる。ここでジェシカにも話を振ろうとしたが、彼女は眉を寄せてうつむいていた。
ジェ「地下四階宿舎でハイビスカスさん、訓練室でミントさん、事務室でウタゲさん……」
「どうしたジェシカ?」
ジェ「あ、いえ! 何でもありません」
何でもないとは思えない焦りの表情。首を振り、手を前で振っている。今の並び順は特に意味がないように思えるが、何か思いついたのだろうか。
ジェ「つ、次に行きましょう。地下一階加工所。ここではミルラさんが撲殺されていました。わたしたちを部屋に隔離できたのは、外部犯しかいないでしょう」
テン「その犯人はどうして加工所の檻にロックを掛ける必要があったんだろう」
ズィ「撲殺だから、逃がさないようにするためか。いや、そもそも加工所も閉じ込められてたな。なんでわざわざ閉じ込めたんだ?」
「遺体に触れられたくないから……」
何気ない一言だったが、ここでジェシカが反応する。
ジェ「そういえば、ミルラさんもウタゲさんみたいに何かを握ってたような」
右手が不自然にグーの形を作っていたのは、そのためだろうか?
「なるほど。犯人の手がかりでも握ったかもしれないな。死後硬直、あるいは単純に強い力で握っていたから犯人は取れなかった。せめてもの抵抗で、鍵の掛かる檻の中に入れて鍵を掛け、通気口から脱出した」
ズィ「説明はつくな」
「ああ、だが憶測でしかない。ただそれらしい説明なだけだ」
もうちょっと可能性はありそうだが、それは思いついたらでいいだろう。ミルラの事件の情報は、遺体検分もできないせいで情報が少ない。
しかし、ミルラの事件で私だけが持っている情報が一つだけある。
ミルラのボイスレコーダーはどこへ行ったのか。
持ち去ったのは、おそらく外部犯だろうか。三人が宿舎を出た後、こっそり忍び込んで盗んだ。だとするなら、終始こちらの行動は筒抜けなのだろうか。
この事件の考えるべき謎はこのくらいだろうか。いや、待て。そういえば……。
(どうしてミルラさんまで殺されたんでしょう。彼女は何もしてないのに……)
ジェシカのこの言葉がやけに頭に引っかかっている。さっきの発言といい、ジェシカの言動が気になる。
思い立ち、問い詰めようとした、その時だった。
(あ……あ……)
全員が弾かれるように上を見た。そこにあるのは、どの部屋にもあるアナウンス用のスピーカー。そこから機械的な声が聞こえたのだ。
??(どうやら事件の話をしているようだな。真相がわからず、犯人もわからず、戸惑っている様子なのが見て取れる。実に滑稽だ)
ズィ「誰だ貴様は!」
??(わざわざ教える義理もないが……これだけは言っておこう)
じっとスピーカーを見ると、やつは一拍おいて言った。
??(私は言うなれば真犯人。ロドスの各部屋を隔離し、お前たちを追い詰めている張本人である)
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1F 応接室の殺人
真犯人。この一連の事件を引き起こした、真の黒幕。
ズィ「誰だてめえは! 出てきやがれ」
立ち上がり、スピーカーに向かって声を張り上げた。
??(そう立ち上がって吠えるな。落ち着いて話を聞くために座っておけ)
ジェ「え? どこかで見てるの?」
??(お前たちの行動は全てこちらに筒抜けである)
カメラでもあるのだろうか。カシャが云々と最初に言われた気がするが、あれも伏線のように思ってしまう。
??(もちろんお前たちが素知らぬ顔をしてドクターと話しているのも知っている。偽り、取り繕い、あたかも繋がりがないかのように振る舞う。その姿はまさに道化師のようだ)
「待て。何の話だ」
??(他の三人に聞いた方が話が早いだろう)
その声に釣られ、真正面を見る。すると三人は目を背けた。これ以上ないくらいに、動揺した素振りを見せている。
「何かを隠してるのか? お前たちは」
ズィ「何も隠してねえよ」
「ジェシカは? さっきも殺された順番を確認したり、ミルラが何もしてないとか言ってたりと気になる発言をしているが」
ジェ「な、なんでもありませんよ! 何も思いつきません」
テン「あたしも何も知らないよ」
慌てる三人に、嘲笑するスピーカーの声。
??(あえて私の口から言わない。言わないが、ドクター以外は事件の共通点にとっくに気づいているだろう)
「なんだって?」
??(なぜならその三人は罪人だから。お前たちのせいで、他のみんなが死んだのだから)
ズィ「うるせえ! 殺したのはお前だろうが」
??(因果を作ったのはお前たちだ。まあ水掛け論はこのくらいにして、わざわざアナウンスまでしたのは理由があるんだ)
ズィ「なんだよ。何が聞きたいんだ」
??(5512……この数字に聞き覚えがあるやつはいるか?)
急に何の話だ、と思ったが、あれほど威勢がよかったズィマーが黙っている。苦虫をかみつぶしたみたいな顔をしている。
対して他の二人の表情は変わらない。不穏な空気に怯えているだけの顔。
??(ズィマー……いや、ここはあえてソニアと言うべきか。やはり、お前だったか)
ズィ「何の話だ」
??(ボイスレコーダーなんて副産物を拾ったが、今の反応で確信に変わった)
ズィ「おい! ボイスレコーダーってなんだ!」
やはり外部犯が盗んでいたのか。全員の行動が監視されているんだ。
??(もうこの茶番はやめにしようか。いつまでも閉鎖できるわけではないからな)
ここでブツッと放送は途切れる。
しばらくの静寂の後、今度はインカムの方から声が聞こえる。
◆
(演技お疲れさん)
応接室に安堵の息が満ちる。
(さて、一旦中断だ)
テン「ようやく休憩か」
(いや、休憩じゃねえぞ)
テン「へ?」
(クライマックスに向けての下準備だ)
ニェンが言い切ると同時に、応接室のドアが開かれる。入ってきたのはさっきの医療オペレーターと、似た服を着たその他三人。
あれ? これって……。
(じゃあ、気絶ってことで)
「マジか……」
(今回はタイミングを教えてくれるやつがいないから、そのままインカム付けておいてくれ。大音量で音楽を流すぞ)
また同じように壁側へ体を向けられ、目隠しをされる。そして耳からは大音量の音楽。ヴェンデッタがイキっている歌……。
目隠しをされ、加工所の時と同じく横に寝かされる。今度は闇を感じている暇はなかった。音楽がうるさい。聴覚を刺激して視覚が無力化された怖さが半減するのだ。こうもやかましいと考えるのも一苦労だ。
しかし何があったのだろう。背後から一撃なんてできない状況だ。対面した三人の目があるから、加工所と同じようにスタンガンで気絶なんてできないはずだ。
やがて音楽はフェードアウトしていく。
◆
終わったと思い、目隠しをとって辺りを見る。
どうやらソファで寝ていたらしい。対面にはズィマーとジェシカが、それぞれ違う肘掛けに頭をかけて眠っている。
……いや、ジェシカの様子がおかしい。
ジェシカは肘掛けに顎と腕を乗せて寝ている。つまり背中が上を向いている状態なのだが、そこに光る何かがある。
ナイフだ。まるで十字架の墓標のようにまっすぐ刺さったそれが、窓からの光を鈍く反射させている。
「な、なんでこんなことに!」
ズィ「ん、どうした……え!」
私の声に起きたズィマーも、一発で目が覚めただろう。目の前の光景に驚愕している。
ズィ「殺されてる……誰だ! どこにいやがる!」
ズィマーの声は辺りに虚しく響き渡る。誰もいない。死体と私たち二人以外は、誰も……?
「テンニンカはどうした」
ズィ「いねえな。まさかあいつが……」
ここにいないとしたら、外に出たのだろうか。応接室に隠れられる場所はない。
……今は現場検証をしている暇はない。そう思い立ち、すぐさま廊下へと向かう。
すぐに見つけた。制御中枢とここのちょうど間、そこに見慣れた服を着た子が倒れていた。拘束具は解かれた状態でうつぶせとなっており、ジェシカと同じく背中にナイフが刺さっていた。深々と刺さり、彼女の白い服にはじわりと鮮血が広がる。
「どうして二人が殺されたんだ」
ズィ「……アタシらだけが生かされたって見方もできるか」
確かにズィマーの言うとおりだ。殺された方と、生かされた方。この二つを分け隔てた境界線とは何か。
ズィ「ん? おい、テンニンカの右手、何か光ってねえか?」
「え?」
言われたとおり右手を見てみる。挙手をしてるみたいに突き出た右手に、ぼんやりと光っているものがある。エレベーターの明かりすら届かない場所に、かすかな黄緑色が浮かんでいる。
「これは……」
右手を取ると、指先がかすかに光っている。
ズィ「それはなんだ!」
「間違いない。蛍光塗料だ」
ズィ「暗闇で光るやつか。なんでそんなのがこいつの手についているんだ」
そのズィマーの問いかけに、瞬時に反応ができなかった。
わかったのだ。今まで疑問に思っていたとある事実が、瞬時に明確な答えが頭の中でできあがったのだ。
そうか。だからあの時、ウタゲは……。
だとしたらどうなる。他の事象はどうなる。今まではただの点だった箇所に、ようやく線を引くことができた。それを基準にこれまでの事件を振り返ってみると……ある。もう少し線をつなげられる。全てではないが、これで事件の全貌が見えた気がした。
◆
(お、なんか閃いた感じか)
唐突に耳元からニェンの声が聞こえた。
(事件の全容はわかったか?)
「いや、全部じゃない。だが、もう少しで解けそうだ」
(あいわかった。ならここから最後の打ち合わせに入ろう)
打ち合わせ?
テン「じゃ、じゃああたしも……」
(お前はまだ死体の役してろ。すぐに済むから)
テン「あ、はい」
一瞬起き上がったテンニンカは、すぐさまうつ伏せになる。
「具体的に何をするんだ?」
(推理をするための最後の準備さ。ここから犯人を導き出すため、ある程度の質問に答えてやろう。質疑応答ってやつだ)
「そうか。いよいよ大詰めか」
(もちろん全部の質問には答えられねえ。答えられない、もしくは微妙な時はノーコメントとする)
ズィ「質疑応答とかめんどいな。ここはお前に全部任せるぞ。推理なんてアタシには不向きだし」
(よし、ならドクターと一対一の質疑応答だ。答えるかどうかは別だが、何でもこい)
ここからいくつかの質問を行った。ニェンからのフィードバックを幾度となく続けて、とある答えにたどりついた。
「そうか……そうだったんだ」
(お、何かわかったか)
「たぶん、私の考えなら成立すると思う。こんな状況にした動機はまだおぼろげだが、一応形はできている」
(動機はそのくらいの認識で結構。さすがに今ある状況で、動機まで解明するのは至難の業だ。でも犯人はわかったと)
「わかった。それだけは」
(オーケー。なら制御中枢に進もうか。その人物はフードを被って中にいる。そこで推理を披露し、犯人を当てたらグッドエンド。間違ったらバッドエンドだ)
「き、緊張するな。いわば探偵役ってやつか」
(期待してるぜドクター。制御中枢にもカメラは仕掛けているから、ちゃんと見栄えがするよう振る舞ってくれよな)
ヤバい。うまくできるかわからない。
(んじゃあ制御中枢だ。いつまでも基地をこんな状態にもできないし、さっさと行くんだ)
ニェンに急かされるよう、制御中枢のドアの前に立つ。鉄パイプを持っているズィマーと並び、電子キーに触れる。
制御中枢に広がる闇にたじろぎながら、中へと進んだ。
……
…………
……さて。
ドクターの質疑応答をちゃんと乗せろ、不平等じゃないかという声が今にも聞こえそうだが、まあ待ってくれ。そこはちゃんと話す。
だが話し口調の中に情報を詰め込むのは面倒なんだ。どうせなら回りくどいことはせず一気に情報は出したいじゃないか。唐辛子や食材と鍋を分けて持ってくるより、もう出来上がった火鍋をドカンと持ってきた方が楽だろう。
つーわけで次の話で質疑応答、あとは推理の骨組みとなる情報を一通りやる。まああれだ。ミステリーでよくみる『読者への挑戦状』ってやつだ。それを一話まるまる使ってから解決編へと入るつもりだ。いや、知の先人たちが使ってるのを、にわかの私みたいなもんが使うのは恐れ多いんだが、面白そうだからやらせてくれよ。
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ニェンからの挑戦状
ここからは多少メタが入り、視聴者に語る感じでやる。
情報を与えるその前に、注意事項ってか知らせたいことがある。真犯人がここまでロドスの基地に手を掛けた理由に関しては、若干解くのは難しくなっている。いかんせん突飛なため、今までの情報だけで動機を完全に導き出すのは難しい。正直ここは無視しても構わねえ。
だが、既知の情報で犯人、および犯行の手口はちゃんと導き出せる。
今までの話の中に、犯人を絞れる情報が完全に出ているのは約束しよう。あとこれはドクターにも言ったが、ハイビスカスが死んだ序章から、前回ジェシカやテンニンカが死んだ話までの中に犯人はいる。全く姿を現してない第三者が犯人というアンフェアなことはしていない。
大事なことだからもう一回言っておく。今までの話の中に、犯人はちゃんと出演しているぞ。
さて、諸注意はこのくらいにして、ドクターからの質疑応答をかいつまんでまとめてみる。
まず通気口の確認だ。
通気口の構造はどの階も同じで、他の区画に入ることはできない。宿舎、片側の廊下、トイレ、その階にある特別な部屋くらいだな。通れるのはテンニンカとミルラのみで、ミルラはギリギリ通れる。ミルラの身長は143cm。個々人の体型はもちろんあるが、身長だけで言えばこの前後くらいが通れる限界だ。
エレベーターや廊下のドアは、事件の中で一度も外部犯に利用されていないか、と質問があった。
これはノーコメントと答えた。理由は考えてくれ。
次の質問は、犯人同士は連絡できる手段を持っていたかどうか。
これはイエスと答えた。それはあの電波が妨害されてる携帯端末かとも聞かれ、これはノーコメントと言った。いや、これ答え言ってるようなもんだな。
まあいいや次。今回の事件は、源石装置の盗難事件と関係があるかと聞かれた。これはイエスと答えた。が、それ以上は質問を受け付けなかった。あいつも確信がありつつ、あえて聞いたんだろうがな。
次に、今まで確認した遺体は完全に死んだ状態だったかどうかの質問。これはノーコメントにした。正確に検視をできる医者は、仲間に一人もいなかったとだけは教えた。
事件のことは細々と聞かれたが、まあ大体は省略してもいい内容だった。その中で抜粋するのは次の質問だ。
事務室の停電は意図的か、ただのゲーム上の演出か。
これは意図的と答えた。一応犯人はあるものを隠したくて、というより注意をそらしたくて電気を消したということにした。
いうことにした……ってのはつまり、ここで電気を消したかったんだよな。脚本上な。だからある程度理由付けをして消した。
そして最後の質問だ。各オペレーターが、それぞれの階のそれぞれの部屋で殺されたのは理由があるか。
イエスと答えた。ただこの理由を暴くのは難しいかもしれない。あれらの部屋で殺されたのは、偶然であって偶然ではない。因果関係が複雑なのは否めない。だからここで、この質問のヒントをもうちっとだけやろう。
テンニンカを除いた各オペレーターと現場の部屋の関係性に、何か気づかないか? それがわかったら、答えまではもうすぐかもしれない……そこからの道も険しいがな。
さっきも言ったとおり動機の解明は難しい。だが、犯人は絞れるようには作ったつもりだ。犯人の方は頑張って考えてほしい。
よし、情報はこのくらいにしよう。最後に源石装置盗難事件の文章を載せて挑戦状は終了となる。以下はただのコピペだから読み飛ばしてもいいが、直前の質問に絡むかもしれないのでもう一度読んでみよう。
それでは次回、いよいよ解決編。ぜってえ見てくれよな!
――11月29日の深夜に、何者かがセキュリティルームの中に忍び込み、源石装置を盗んだ。完全にセキュリティの穴を突かれた犯行だった。週で替わるパスワードの書類をシュレッダーに掛けたが、どうもそのゴミが抜かれた形跡がある。それを復元されて今週のパスワードを知られたのだろう。
各場所で停電を引き起こした手際、人員の目に付かない犯行から、かなり練られた計画だったと思う。監視カメラの無力化の手際や見張りの人員を考えるなら、最低でも二人。それ以上の可能性も充分ある。確実に単独では無理な犯行である。
停電によって最初にカメラが無力化されたのは、『AM2:26』の時である。B1宿舎とその周りの施設、および1Fの応接室周りにまず停電が起こった。そこから順次セキュリティホームまでの道筋に停電が起こっている。
ロドスはここ数日どこにも停泊しておらず、外部へ持ち出すのは不可能だ。まだ中にある可能性が高いと見て捜査を進めている。
犯人を見つけるため秘密裏に開発した自白剤を使わなければならないが、あいにく一人分しかない。複数人を尋問するのは可能だが、源石装置を直接盗んだ人間を問いただすべきだろう。
あれを持ち出されたらまずい。あれには外部に秘匿するべき恐ろしい情報があるのだ。
容疑者から一人を絞りたいが……どうしたものか。
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1F 制御中枢の真犯人
制御中枢。文字どおりロドスの中枢であり、心臓部分とも呼べる場所。モニターが壁に並べられ、デスクも並べられている。
しかしそこには人っ子一人いない。モニターのぼんやりとした明かりだけが、部屋を深い青に照らしている。
その画面には、各宿舎、訓練室、事務室……私たちが全て回った部屋たちが映っていた。そしてその前に立つ、一人の人間。フードを深く被り、こちらに背を向けている。
ズィ「あいつが……」
??「待て」
ズィマーが駆けだそうとすると、すかさず声が聞こえてきた。機械を通したみたいな声だった。
??「私に近づくな。それ以上近づいたら、先ほどのようにガスで眠らせてやろう」
ズィ「さっきのはガスか」
??「そうだ。通気口から流せば、誰も抵抗はできない」
その後二人を殺した、か。
「何が目的だ? どうして全員を殺した。どうしてロドスがこんな状態になっているんだ」
??「それを私の口から言うのは憚られます。ぜひドクターの口から、一連の事件の真相を聞いてみたい」
「なぜ探偵ごっこをする必要がある。私は一刻も早くこの状況を改善し、遺体を運びたいのだが」
??「だったらなおさら真相を明らかにしてほしい。あなたの頭脳がどれほどのものかを見せてほしい。たまたまこの計画に乗り込んでしまったあなたが、どれほど真相に迫っているのかを純粋に知りたいんです。あなたの、ひいてはそこの女の処遇を決めるのに重要なことですから」
有無を言わせない威圧感がある。フードの犯人は依然としてこちらに背を向けているにもかかわらず、じっと見つめられ威圧されてるような感覚になる。
これは、推理を披露する流れなのだろうか。意を決し、唇を舐めてから口を開いた。
「どこから話せばいいのかわからないが、結論は先んじて言うのがレポートや論文のセオリーだ。ならば単刀直入に言わせてもらおう。この一連の事件の犯人は、お前を含めて二人いる」
??「ほう……」
ズィ「二人? もう一人はどこにいるんだ?」
「死んだよ。さっき廊下でな」
ズィ「テンニンカか……」
犯人の一人目は、大方の予想どおりテンニンカだ。
「単純にウタゲを殺害するのは、テンニンカしか無理だ。あの状態では外部犯の侵入でも無理だからな」
ズィ「てことは、ミルラの時にドアのストッパーを外したのも……」
「おそらく故意なのだろう。テンニンカは目の前の人物と結託して殺人を行っていた」
そう。一連の事件はこの二人が協力して起こしたものなのだ。
ズィ「テンニンカは、ウタゲの他に誰を殺したんだ?」
「確定しているのはハイビスカスだ」
ズィ「やっぱりそうか。現場を見る限り、宿舎にいたやつにしか殺せねえ。なら必然的にあいつが犯人だ」
「消去法でもいいが、実は証拠もある。テンニンカが段ボールを落とした証拠だ」
ズィ「何だって? 物的証拠があるのか」
「いつだったか、落ちた段ボールに水の跡があると話しただろ」
ズィ「言ってたな。それが何だってんだ」
濡れた指でなぞったような、かすかな跡。
「あれは蛍光塗料だよ」
ズィ「蛍光塗料……あ」
おそらくさっきの光を思い出してる。
ズィ「あいつの手のやつって、その時についたのか」
「おそらくはそうだ。事前か直前かはわからないが、蛍光塗料を指につけて、落とす予定の段ボールの側面に塗る。時間になったらハイビスカスを指定の場所に呼び、ここで待てと指示する。そうして何らかの合図で宿舎を暗くさせ、かすかに光っている段ボールを落とせばいい」
突然暗くなって動く人間はいないだろう。大体はその場で縮こまるから、段ボールは予定どおりハイビスカスの頭に落ちた。
「ウタゲはおそらく、事務室が真っ暗になった時に気づいたんだ。テンニンカの手が光っていることにな」
だから事務室の停電の時、再び明かりが点いた時に驚いた表情をしたのだ。
段ボールに水の跡があるのは、ウタゲも直に見ているから知っている。マニキュアにはそういう暗闇に光る変わり種があるのだ。マニキュアやファッションに精通している彼女は、だからこそ蛍光塗料を使ったトリックに気づいた。
「おそらくウタゲは、こっそりとテンニンカを事務室に呼び出したのだ。犯人だと確定させるために問い詰めたのだろう。自分なら御せると思い、万が一説が違った場合の保険にと二人きりになったのだろう。しかし犯人側が用意していたボウガンで殺された」
??「素晴らしいです。そこまで見破るとは。あれは念のためと各部屋に隠しておいたものなんですが、役に立ってよかったです」
抑揚のない機械の声は言った。
「褒められても嬉しくはないね。で、これはウタゲが能動的に作った現場だ。お前たちにとっては予想外の展開だった。焦るテンニンカに指示を出し、内側からロックを掛けて通気口から脱出させた。当然疑われるだろうが、次の事件は自分が起こすから疑いを晴らせると言って納得させた」
??「大方はその通りです」
ズィ「細かい答え合わせはどうでもいい。テンニンカが犯人だってわかりゃいい。んで、あいつは一体誰なんだ」
??「急かすな。今は話を聞いているんだ」
また威圧感のある声が聞こえた。
「残念ながら、長々と茶番に付き合うわけにはいかないんでね。次で核心に迫らせてもらう」
??「核心?」
「事件の根幹となる事実だよ。言うなれば、今回集められたオペレーターたちの共通点だ。私以外の、合計六人を集めた理由だ」
ズィ「……」
「ズィマーはとっくに気づいているかもしれない。いや、気づいていると言うのはおかしいな。知っていると言うべきか」
ズィ「何が言いたいんだ」
「正直、こんな大仕掛けをして連続殺人事件を起こす動機に見当がつかなかった。あまりに突飛な動機、あるいは狂人が引き起こしていると思い、そちらの考えを放棄していた。とある共通点に気づくまではね」
??「はて、一体何でしょうか」
「ハイビスカスは宿舎で殺された。続けてミントは訓練室、ウタゲは事務室、ミルラは加工所、ジェシカは応接室で殺された。ここであることに気づく」
??「……」
「全員、その施設に適正のある場所で殺されているんだ。時間を進める、あるいは特定の物を運んだり作ったりできるようになる場所でな」
そうなのだ。全員が自分の仕事ができる、特性のある場所で殺されているのだ。これが、連続殺人事件の被害者の、唯一の共通点。
「これが何を意味するのか。見立て殺人的な意味なのか……いや違う。ただの偶然なのか……それもちょっと違う。そうして堂々巡りしてひらめいたのが一つだけ」
人差し指を立てて言った。
「もしかしたらテンニンカやズィマーも含めたこの七人は、29日のAM2:26に、各施設にいたんじゃないか? 源石装置の盗難事件があった当時、それぞれ適正のある場所で働いていたオペレーターなんじゃないか?」
??「……」
「そう思わせる証拠はいくつかあった。訓練室の固定された時刻、そしてウタゲのダイイングメッセージ。彼女は29日に関係があると示唆するため、最後に力を振り絞って破って握りしめたのだろう」
言い切ると、機械的な笑い声が聞こえてくる。
??「素晴らしい。ドクターの頭脳は素晴らしい」
「褒め言葉など嬉しくはない。ある程度の確信はこのあたりまでだ。なぜ六人を集めたかまでは確証には至ってない。ここからは君の話も交えて解決しよう」
首を振る。
「いや、もう一つだけ」
指をさす。
「君の正体もちゃんと暴いておこう」
??「そうですか」
「テンニンカが手を下していないだろう事件は、先ほど起きた事件と、ミルラの事件。ミントはどちらでも可だから除外しよう。ミルラの方は檻にロックが掛かっていて、通気口以外の出入り口はない。よって犯人は、通気口を通ることができる、ミルラと同じくらい、または低い身長だとわかる」
??「……」
「加えて源石装置が盗まれて困る上層部の人間。そして制御中枢に適性がある……つまり操作できる立場にある人間」
機を見たかのように、相手は振り返る。
それに向けて堂々と宣言した。
「君は、アーミヤだな」
闇をまとったフードを取る。モニターの光を背景に、二つの耳が出てきた。
不敵な笑みを浮かべたコータスの少女が、そこにはいた。
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真犯人の正体
アー「ドクターの推理、お見事でした。やはりドクターの頭脳は何物にも代えがたい」
「そんな褒め言葉はどうでもいい。何が目的でこんなことをしたんだ」
アー「それはですね……」
ズィ「な、何をしやがる!」
はっとして後ろを見ると、黒子の衣装を身にまとった人間がズィマーを捕まえている。首に腕を巻き、右手のナイフを喉元に突きつける。
アー「どうでしょう。この行動で何かわかりませんか?」
「……ふざけたマネを」
アー「助けようとしても無駄ですよ。彼女に再起不能の怪我を負わせたくはないでしょう」
いつもの彼女らしからぬ脅しだ。明らかに身動きが取れない状況だとわかる。
だからこそ、大まかな動機はわかった気がする。
アー「推理の続きを聞かせてください。どうして私は七人を集めたのでしょう?」
「……各オペレーターが事件の時に働いていた。それなら、彼女たちは源石装置盗難事件の容疑者だった?」
アー「正解です」
アーミヤは薄く笑う。
アー「いいですね。及第点です。ここまで聞けばもういいでしょうから、私の口から真実を教えます」
こちらに向き直り、言葉を続けた。
アー「まずなぜこの六人に絞ったのかといえば、推理通りあの日あの時刻に仕事をしていたオペレーターだったからです。盗難事件の時、意図的に停電があった区画でもあります」
「その他にも宿舎には人がいたはずだ。応接室も基本は二人組で、ジェシカ一人ではなかったはずだ」
アー「計算ですよ」
「計算?」
アー「みなさんがフルでいた場合の計算が合わないんです。応接室の手がかり入手や事務室のパーセンテージのたまり具合。宿舎のみなさんの疲労の回復度合い。それぞれ時間に対する成果が明らかにずれているんです。だから、仕事を受け持っていた人間が一時的に離れていた証拠になるんです」
そんなところから導き出すのか。
アー「同じ場所にいたレッドさんに話を聞くと、ジェシカは停電の際にどこかに行ったらしいんです。その証言をもって再度計算したら、彼女が容疑者だと確信をしました。源石装置に関わった人数はおおよそ判断はついたので、宿舎で休んでいたオペレーターは関係ないと結論づけました。ズィマーを抜いたとした場合の、疲れの回復度の計算も合っていましたしね。だから地下四階宿舎を担当していたハイビスカス、地下三階宿舎を担当していたテンニンカ、地下一階宿舎のズィマー、あとはそこに隣接する各部屋、停電した箇所を担当したオペレーターに絞られた」
「ミントとミルラは、疑わしい程度だった?」
アー「その二人は数値では判断できませんでしたからね。ミントは相手のいない訓練室ですし、加工所は時間経過で数値は変わりませんからね。この二人だけは、疑わしいから集めたのです」
そうか。今の説明でミントの事件がわかった。
「ミントが殺されたのはそのためだったか。君は、時刻を餌にミントを誘ったんだな?」
アー「そうです。彼女が盗難事件の協力者かどうか見分ける必要がありました。手順としては、まずデジタル時計をあの事件を示唆する時刻に設定し、毒針を仕掛ける。その後テンニンカに指示するんです。デジタル時計の時刻を直した方がいいかもしれない。ドクターに勘づかれるかもとミントに話せって」
「勝手に脅しのネタに使われて不愉快だな」
アー「脅しなんて聞こえが悪いですね。彼女が何もしてなかったら絶対に取らない行動ですから、自業自得ですよ」
抑揚も感情もない声だ。
アー「それで思い出しましたが、ウタゲも同じ要領で殺そうとしたんです。だからカレンダーを29日にしましたが、ドクターが注目するので思わず停電にしてしまいました」
あの停電はそういう意味があったのか。
「でも計算は色々狂いましたね。停電のせいで蛍光塗料もバレたし、挙げ句の果てに証拠として握りしめるとは」
「……これを最後の質問にしよう。最後までズィマーを残したのは何のためだ?」
アー「それこそがこの大がかりな計画を実行した真の目的です。他の容疑者たちはロドスの裏切り者として処置しましたが、彼女だけは生かさなければならなかった」
「他の容疑者は平気で殺すのに、ズィマーは生かす? 何のために?」
アー「先ほどのアナウンスを思い出してください」
アナウンス? 何か番号を言って……あ。
「つまり一連の事件は、源石装置を盗んだ張本人をあぶり出すためだったのか。協力した人間と、直接文書を盗み隠した人間は分けられている。だから、協力だけと確定している人間を徐々に殺していったと」
アー「はい。ロドスはあの事件以降、トランスポーターや外との接触を避け、犯人捜しを秘密裏に行っていました。ですから源石装置はまだロドス内にあるのは絶対なんです。ですから直接パスワードを入れ、直接盗んだオペレーターを特定できればよかった」
「テンニンカは利用していたとして、なぜ応接室に来るまでジェシカを生かしたんだ?」
アー「彼女も最有力容疑者だったからです。源石装置盗難の内容を思い出してください。地下一階宿舎と応接室から真っ先に停電になったんです」
……確かに書かれていた。
アー「この二部屋はセキュリティルームに近く、階段などを使えば難なく到達できます。ですから真っ先に停電になった部屋にいた、ジェシカ、ズィマーの二人に絞りました。そして応接室でのパスワードの一部、5512の数字を聞いた時の反応、ミルラさんのボイスレコーダーに残った会話で確定をしたんです」
「どうしてここまで回りくどい計画をする必要がある。六人を集めて尋問でもすればよかったのではないか」
アー「それではダメですよ。先ほど言ったとおり、ミントやミルラさんはまだ仲間かどうか不明だったんです。真犯人を追い詰めるのと他に、その二人もあぶり出すためにやったんです」
「ミルラは? ミルラはどうだったんだ? 私と話した内容を聞く限り、仲間とは思えなかったぞ」
アー「そうですね。彼女だけは無関係でした。ですが、ボイスレコーダーを使うほどあの事件と今回の事件が密接に関わっていることに気づいていました。端的に言えば、知りすぎたので殺したんです」
「無関係な人間を殺すのか」
アー「不本意でしたよ。ですが、仕方がないんです。あの源石装置は絶対に知られてはならないんです。それこそ、知った者を始末しなければならないくらいには」
モニターを背景に、小さい体はシルエットとなって目の前に映る。だが、彼女のうつろな目だけはなぜかはっきりと見えた。どこか遠くを見ているような、恐ろしい意思をまとった瞳がこちらに向いている。
「一体その源石装置には何があるんだ。殺してまで守られなければならないものなのか」
アー「ええ、守らなければなりません、なにせあれには、ロドスの倫理観を疑われるものですからね」
ズィ「へっ! 何が疑われるだ。思いっきり倫理観から逸脱しているくせにな」
「なんだって?」
ズィ「いいかドクター。その装置の源石にはな、死んだ患者のオペレーターのものが使われているんだ。でも普通に死んだだけじゃあ駄目なんだ。ある方法で患者を殺し――」
その瞬間、後ろにいた黒子が口を塞ぐ。
ズィ「ぐぅ……」
アー「ここまでの計画を立てるのは骨が折れました。ただ、そのおかげで源石装置を盗み、その在処を知っているだろう実行犯を見つけられました」
ズィ「……」
アー「ズィマー。お前が源石装置を盗んだ目的は正義感か? それとも金か?」
ズィ「……」
アー「おそらくは誰かと結託したか。体に聞くしかないな」
ズィ「な、何をするつもりだ!」
アー「とっておきの自白剤がある。これが秘匿されるべき成分で、一人分しかなかったんだ。これも、今回のまわりくどい計画を立てた要因でもある。最重要人物にのみ使うしか道はなかったからな」
「ちょっと待て――」
アーミヤを止めようと手を伸ばすと、急に伸ばした右手首をつかまれる。別の黒子だ。
「な、何をする!」
アー「ドクター。ドクターはやはり優秀ですね。本当に殺さずに済んでよかった」
そのまま黒子に腕をロックされ、床に倒される。
アー「それほど優秀な頭脳でしたら、再び記憶喪失にする手間をかけてもいいでしょう」
「ど、どういうことだ! 私も殺そうとしていたのか?」
アー「私は絶対に生かしたかったのですが、ドクターを生かす価値があるかどうかを選別すると言って聞きませんでしたからね」
「誰が?」
アー「ケルシー先生とクロージャさんです」
「な!」
アー「当然、私の力だけでロドスをこんな状態にはできません。二人が手を貸すほど、装置の盗難は深刻な事態だったんですよ」
なんておそろしい。二人も裏で手を引いていたのか。
「知られるのが怖いからか? 患者を不当な手で死なせ、それで手に入れた源石を使っていたからか」
アー「何を話してもドクターは忘れるので、返答はしませんよ。ドクターが迷い込んだのは本当に偶然でした。あの時、地下四階の監視を怠っていたせいでしょうね。ドクターもミルラさんと同じようになっていたかもしれません。ですがここは何とか二人を説得し、もしこの複雑な状況を推理できたら、素晴らしい頭脳なので生かしておきましょうと説得をしたんです。つまり私はドクターの恩人です」
「……」
アー「もし推理が中途半端だったり、解けなかった場合は説得は無理だったかもしれません。いや、踏み込みすぎたので確実に殺されたでしょうね」
「待て……ズィマーはどうなる」
アー「死ぬより辛い目に遭った後、本当に死んでもらいます。彼女の命と引き換えに、ロドスの秘密は守られるでしょう」
ズィマーが黒子に連れて行かれる。アーミヤの元に行くと、彼女もこちらに背を向け、奥のドアへと向かう。私は精一杯の抵抗をしたが、押さえられた腕が痛むだけで何もできなかった。
ただ彼女の背中を見送るしか無かった。声にならない声を出すしかなかった。
患者を殺して作った源石装置。容易く六つの命を捨て去るほどの秘密。ロドスの深淵は、想像以上に……。
Good End 唯一の生存者
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ケルシーとの答え合わせ
(はいカット。お疲れ様)
ニェンの声とともに、制御中枢の照明がパッと点いた。これにてゲームは全て終了である。
演技に入って最後はモノローグみたいな心境になってしまった。後で脚本の締めとして提案してやろう。
「お疲れドクター」
黒子の顔部分があらわになると、私の腕を取っていたのがウタゲだとわかった。
「君だったのか」
「そりゃ死体役がずっと倒れるわけないから、出番が終わった人は全員裏方に回っているよ」
周りを見るとハイビスカス、ミント、ミルラの姿もある。
ミントがズィマーを押さえていた黒子役だったのか。現実では絶対に押さえられないだろうな。
しばらく三人と話すアーミヤ。当然先ほどまでの圧などみじんもなく、楽しげに話している。立ったこちらに気づくと、いつもの少女らしい様子で、トコトコと近づいてくる。
「お疲れ様でしたドクター」
「こっちのセリフだよ。裏方や犯人役の方が辛かったんじゃないか」
「はは……なかなか大変でしたよ。みなさんが移動した後の階で再び仕事をしたり、来る予定の階は直前まで仕事をしてすぐにはけさせたり」
マジかよ。エレベーターを停めてたのはそのためでもあるのか。
「今回のお話いかがでしたか?」
「一言で言うなら……」
「はい」
「アーミヤが怖かった」
笑った表情のまま、彼女は止まった。
「私が、怖いですか?」
「迫力もさることながら、犯罪に手を染めたオペレーターだけ呼び捨てにしてたのが怖かった。そういう細部に恐怖は宿るものだな」
「……一応言わせていただくと、当然私はあんな馬鹿なことはしません。オペレーターさんを殺してしまおうなんて考えは絶対に持ちません。もちろん患者さんを殺して源石を得ていたなんてあり得ません。そもそもそれは不可能です」
「いやわかってる。ゲームが始まる前に君が言ったことだ。今回の犯人の動機は結構めちゃくちゃだが、それは犯人役の性格や考えとは一切関係ない。あくまでフィクションだということをお忘れなく、とね」
「なんだか保身みたいに聞こえちゃいますね。それは源石装置を盗んだ人たちにも適用されるので」
「わかってる。わかってるさ」
制御中枢には続々と人が入ってくる。イベント会場は解体され、本来の姿へと戻っていくのだ。
その中で、ミントやミルラたちは、カメラを回収している。あ、カシャもいるな。
「だいぶカメラを使ってるな」
「はい。最初の説明でも言いましたが、一応残して映像作品にできないかなと思っています」
アーミヤやロドスの評判は大丈夫なのか。いや、さすがに現実とフィクションを混同するやつはいないと思うが。
「結構な人が協力してますよ……ああ、そうだ。今回脚本を担当してくれたのがイースチナさんなんですけど、謎を一緒に考えたり、内容を添削する別の役割の人もいました。ラヴァさんやニェンさんですね。それでもう一人、謎を中心に考えてくれた人もいるんですが……そのことで実はドクターに折り入って頼みがありまして」
「頼み?」
「根幹の謎を考えた人が、ちゃんと推理が成立しているかどうかが気になるようです。実際に体験をしたドクターから話を聞きたいらしくて」
「別に構わんよ。で、その相手は誰なんだ?」
(私だ)
あれ? 急に耳元からニェンとは別の声が……。
(私がイースチナに協力した)
げぇ! ケルシー!
◆
「……」
「ドクター、何とか言ったらどうなんだ」
今は執務室にいる。デスクを隔てて、回転椅子に座るケルシーと相対している。
静かな空間には、少し涼やかな空調の音や、デスク脇にある潰れた炎に当てられたフラスコの泡の音が耳に心地いい。仕事は激務だが、それらの音は精神に安定をもたらす。
だが目の前のフェリーンは、相変わらず神経質そうな顔だ。薄緑の髪に、まるで仕事中とでも言わんばかりの冷たい目。とても今回のお遊びに協力した人物とは思えない。
「まさかケルシーがゲームに協力するとはな。てっきり乗り気ではないのかと」
「君にどう思われているのかは知らないが、ゲームの類いは嫌いではない。ゲームと聞くと児戯のように聞こえるかもしれないが、種類によっては大人でも楽しめる。ボードゲーム、ロジックパズルゲームなど、歴史は古く、今日に至るまで人々の間で親しまれているものであり魅了してきたものだ。つまり、その連綿とした歴史に生きる私がゲーム好きである可能性は充分考えられるだろう。なぜ否定を先に考えてしまうのか、理解しかねるな」
わかった。うん、ごめん。
「それで、頼みたいことって?」
「今回の事件で気づいたことを言ってほしい。なにせロドス基地内を広く使い、幾分か長い脚本だったから瑕疵(かし)があるかもしれない」
瑕疵ね……正直あれだけやれれば及第点だと思う。むしろ成立しすぎてびっくりしたくらいだ。
「単純な質問だが、私が殺されるルートもあったのか?」
「一応はあった。だが仮に現実でこの状況になっても、君を殺すのは絶対にあり得ない。それほどまで君はロドスにとって重要な存在なんだ。長いウルサスの歴史からチェルノボーグの戦争が無くならないように、ロドスにとって君は――」
「わかった。大いにわかった。じゃあ次の質問に行くぞ。アーミヤが犯人だとわかったのは、自分でもなかなかのひらめきだったと思う。だがそれはニェンのアドバイスがあったからだ」
「どういう意味だ?」
なぜか試すような口調だった。
「物語の最初からあの瞬間までの間に姿を現しているのが犯人だと言われた。そのやたらと強調した言い方に違和感を覚え、今までのことを振り返ってみた。そして最初の場面を思い浮かんだんだ」
「ほう」
「あの時、アーミヤは説明のために宿舎に入ってきた。だがおかしくないか? なぜわざわざ姿を見せて説明をしなければならないのだろう。ニェンやラヴァのように、別室からインカムを通して説明すればいいのにと思った。そこで、ニェンの言っていたのがアーミヤのことだとひらめいた」
「妥当な判断だな」
「だがこれはメタ要素だ。事件の中でアーミヤが犯人だと示す証拠はほぼない。せいぜい制御中枢に適性を持っているのと、通気口が通れる身長だったくらいだ。これはメタ要素がなければ、ほぼほぼ解けない謎だった」
ふう、とため息を吐く。
「メタ要素を含んだ上での推理ものだから仕方がない。ただ単に六人の中に犯人がいますという王道の設定では、インパクトに欠けると思った。だから、ある程度フェアにするようアーミヤに姿を現すよう頼んだ」
「いや、私自身は楽しんだが……」
「映像化する際に修正するが、今回はあくまで舞台を大きく使ってのゲームだからな。多少のひねりは必要だ」
まあ別にいいけど。てか、映像化する気満々なんだな。
フラスコを沸騰したまま放置するのはまずいと思い立ち上がる。あ、そうだ。ロートに入れる用のコーヒーを用意するのを忘れていた。
「すまない。このまま話してもいいか? 最近サイフォン式コーヒーにはまってて」
「別に構わない」
グラインダーでコーヒー豆を挽きながら事件の話をする。といっても、重箱の隅をつついたような質問くらいしか出てこない。
なぜなら、あまり瑕疵がなかったからだ。
正直アーミヤが犯人だという証拠がメタ要素しかない辺りしか気になってなかった。あとは成立しすぎているくらい成立していた。
だが、違和感がある。事件全体を通して、何か違和感が……。
できたコーヒーの粉を、フィルターを張ったロートに入れ、その長い筒部分をフラスコにセットする。沸騰したお湯はコポコポと音を立てて筒を上っていき、フィルターを通してロートの中に入っていく。
上に……上がる。
「そういえば」
木製マドラーを取り、お湯で満たされたコーヒーの粉を攪拌する。
「上に行くごとに一人ずつ死んでいったが、脚本ではもう死ぬ順番や場所は決まっていたのか?」
「……そうだな」
なぜか歯切れが悪かった。
そういえばそうだ。なんでこんな簡単なことに気づかなかったのか。あのアーミヤの動機で話が進むなら、事前に死ぬ順番と場所は決まっていたはずだ。
集められたのは、ハイビスカスを除いて七人。私以外は希望者を募ったゲームの参加者。私と同じく、無知の状態で始めたはずだ。
だとしたら脚本通り進みすぎじゃないか? インカムで各自指示はあっただろうが、いくら何でも都合よく動きすぎだ。
もし私以外の六人が無知なら、もっと無秩序になるはずだ。今攪拌したコーヒーの粉のように、あらゆる指示も行動も混濁するはずだろう。
攪拌されたコーヒーは、やがて三層を作る。泡、コーヒーの粉、液体ときれいに分かれる。
そうだ。秩序がありすぎる。何もかもが、規定に沿ったように作られている。最後の形は明らかに決まっていたのだ。
「ケルシー」
「何だ?」
「もしかしてとは思うが……私以外全員関係者だったりしないか?」
押し黙った。火を弱め、コーヒーを放置する。
「先ほど映像化に前向きな感じの発言があったが、映像化するにあたって何とか事件を成立させたかったんじゃないか? だから無知な七人を集めるのではなく、六人の協力者と無知な一人……つまり私を使って事件を完成させた。違うか?」
彼女がふっと笑った気がした。
「全ての人間が無秩序に動く中、脚本どおりに動かす術を、ラヴァやニェン、イースチナや私は持たなかった。せいぜい成立するよう脚本を作るしかなく、参加型のゲームなど作れるわけがないと諦めていた。そこで妙案を思いついた。たった一人だけを騙すだけなら、いくらでも奇抜な脚本を書けるのではないか。そう気づいたら、あれよあれよと規模がでかくなり、基地を巻き込んだ事件のアイディアを思いついた」
なんてことだ。本当に、私以外が全員仕掛け人だとは。
最初から、私だけに向けられた謎だったのだ。舞台で演じる役者が全員嘘つきなのは恐れ入る。アーミヤは全員が犯人はあり得ないと言っただけで、全員が協力者なのは全く否定してないのだ。嘘は言ってない。
インカムで都度指示を受け、人形のように動かされたズィマーたちの演技はあっぱれだ。あれほどきれいに成立したのは、彼女たちの努力もあってなのだろう。
「よく思いついたな。素晴らしい頭脳のため、殺しはせず、記憶を消すくらいに留めてやろう」
「ケルシーが言うと冗談に聞こえなくなるからやめてくれ。んじゃあ、最後の疑問だ」
二度目の攪拌をし、火を止めてコーヒーがフラスコに落ちるのを待つ。
「どうして映像化にこだわるんだ? ここまで手の込んだことをしてまで成立させる動機がわからない」
「なぜだろうな。それは私にもわからない。正直クロージャから面白い計画があると言われた時は、何とも思わなかった。しかし脚本を書き進めて、カメラを使って映像を残すと話に挙がったとき、私の中でふとした思いつきがあった」
「思いつき?」
「とある人物に見せるために、やるだけのことはやってみようと思い至ったんだ」
とある人物のため?
「そこから脚本を今のような大胆なものにした。アーミヤを悪役に仕立て上げたのは、その人物はアーミヤがそんなことをするはずないと笑ってくれるだろうから。ロドスの深淵を作ったのは、そんなものはないとその人物は知っているから。このブラックジョークは、ロドスを知らない者には通用しない。知っていなければ笑うことはできないんだ」
「……その人物のために頑張ったと?」
「あまり要約されるのは好きではないが、オッカムの剃刀という言葉がある。平たく言えばそうだ。彼女のためなどあまりにも馬鹿げた話だろうが……別に念のためにとストックするのは、悪いことではないはずだ」
表情は見えにくい彼女だが、なぜか悲しげに見えた。それがロートのガラス越しに映った。
「誰かのために映像を残したいのはわかった。それだけでいい」
コーヒーを注ぐ。
「私からの質問は以上だが、コーヒーを飲む?」
「……いただこうか」
自分用に作ったコーヒーだったが、それをケルシーに渡す。今まで敵愾心、警戒心をもって自分に接してきた彼女だが、その人物の話をする時は、なぜか優しさを感じた。だからコーヒーを、何のためらいもなく与えた。
一体その人物とは誰なのだろう。彼女と言っていたから女性だろうが、ケルシーとはどんな関係なのだろう。
コーヒーから出る湯気を通して、ふっと笑ったようなケルシーの顔を見ながら、そんなことを思った。
―End―
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