天を舞う大嵐、英雄とならん (桐谷 アキト)
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1話 プロローグ


はい。というわけで新シリーズ『天を舞う大嵐、英雄とならん』始まりました!!

元々、大好きなモンスターハンターをクロスさせたかったのですがなかなか決まらなくて、今までずっと温めていたものだったんですがこうして形にできて投稿することができました!!

個性はタイトルやタグからも分かる通り、嵐龍アマツマガツチ様です‼︎‼︎モンハン作品で一番のお気に入りモンスターです!!

3作品連載という中々にキツ面白な状況ですが、頑張って執筆していきますのでこれからもよろしくお願いします‼︎‼︎

というわけで、記念すべき1話どうぞ‼︎‼︎




 

空が………啼いていた。

 

 

黒く濁った空に渦巻く赤紫の妖雲。

 

 

暴風が吹き荒れ、豪雨が降り注ぎ、遠雷が鳴り響く。

 

 

太陽の光は閉ざされ、空は暗く翳り今にも泣き出しそうだ。

 

 

大地は暗く淀み、降り注ぐ豪雨が大地を濡らし、川を氾濫させて大地を呑み込まんと荒れ狂っている。

 

 

天地を駆け抜ける暴風が木々を揺らし、根こそぎ吹き飛ばさんと轟音を鳴らしながら吹き荒れる。

 

 

遠くでは雷鳴が鳴り響き、天と地を幾度となく稲妻で結んでいた。

 

 

天が啼き、地が苦しむ光景はまさしく惨禍。

 

 

そんな光景を僕はぼんやりとした意識で見ていた。それと同時に何か浮いているような感覚があって、全身には風が当たる感触があって包まれているようでとても心地よかった。

僕の視線は何故か高い位置にあって、周囲の光景を上から眺めることができた。

どこかの山脈だろうか?周囲には木々や山が広がるだけで、大きな街が遠くに見えるだけだった。

 

あそこには何があるのだろうと思った時、どこからか小さな声が聞こえてきた。それは悲鳴のようで、同時に何かに怯えるような声でもあった。

声の方向に振り向けば、何故か自分にはとても小さく映る女性が一人僕から少し離れた場所にいた。

 

「……ぁ………あぁ………」

 

金の狐耳と八本の尻尾を持つ金髪の少女は恐怖に満ちた表情で自分を()()()()()()

何故この人が自分を見てあんなにも怯えているのか分からない。

そんなまるで()()()()()()()()()で僕を見る理由が分からなかった。

その時見た彼女の揺れる翡翠色の瞳には、とある姿が映っていた。

 

 

———それは、人の形をしていなかった。

 

 

金の角に黒い鱗に白い飛膜を持つ巨大な———龍。それが、橙色に輝く瞳で彼女と目をあわせていたのだ。

どうして?なんで、自分と目があってるはずなのに、彼女の瞳にはあの怪物のような龍が映っているんだろうか?

そこまで考えて漸く気づいた。この龍は、僕なんだと。

 

 

 

だから、この日僕は———()は自覚した。

 

 

 

———俺は人間ではなくて、怪物だという事実を。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

この世界には“個性”という名の異能が存在している。

 

事の始まりは中国 軽慶市。

 

“発光する赤子”が生まれたというニュースが始まりだった。

 

それ以降、世界各地で『超常』の力を振るう人物達が次々と発見されるようになった。

 

どうしてそんなことが起きたのか、原因も判然としないまま時は流れ、いつしか『超常』は『日常』へと変わり、今や世界総人口の約八割が“個性”という名の超常能力を持つ超人社会へとなった。

 

そんな世の中で、超常的な力を持っていれば当然悪用する無法者も現れる。

彼らは『(ヴィラン)』と呼ばれている。そんなならず者達を“個性”を発揮して取り締まる者達は『ヒーロー』と呼ばれ、人々に讃えられている。

そして、今や『ヒーロー』は職業の一つとなり、現代において最も人気があり、名誉のある華々しい職業になっている。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

とある秋の早朝。

上を電車が走る音が断続的に聞こえる薄暗いトンネル。外に見える空は、トンネルの様相に反して雲一つない澄み渡った蒼穹だ。

そんなトンネルでは異様な光景が広がっていた。

 

「ぐっ、がぁっ」

「ぐそっ、つよすぎんだろっ」

 

広がっているのは30人以上の不良が地面に転がる光景。意識が残っているものがいるのか、小さな呻き声をあげるもの達が数人おり、他は完全に気絶していた。

死屍累々と転がる不良達の中で、ただ1人大柄な体躯の青年が佇んでいた。

 

身長は180は超えており、肩まで伸びた純白の髪を結び、黄金色の瞳に縦に割れた瞳孔。尖った耳が特徴の青年だ。

 

「はぁ……めんどくせぇなぁ」

 

青年は心底めんどくさそうにため息を吐くと、不良達を見下ろしながらそう呟く。

不良達は青年と着ている制服が違うし、ましてや彼らは全員高校生で、青年は中学生だ。つまり、ここにいる高校生の不良連中は中学生にのされたというわけだ。

青年はもう一度ため息をつくと、とある場所に視線を向ける。そこにいたのは、二名の女子中学生だ。二人とも、彼が通う中学の一年生だ。

青年は彼女らに振り向くと、声をかける。

 

「君達は……一年だよな?大丈夫か?怪我はない?」

「えっ…は、はいっ、だ、大丈夫、です」

「た、助けてくれて、ありがとう、ございますっ、八雲先輩っ」

 

怯えながらも少女達は彼に礼を言う。

青年ー八雲(やくも) (らん)は手をひらひらと振りながらニッと笑う。

 

「いいっていいって、それよりも早く行きな。まだ時間あるけど万が一遅れるとキリ先怖ぇから」

「「は、はいっ‼︎‼︎」」

 

同じ中学であるが故に、学園事情も把握している彼女達は嵐の言葉の意味を正確に理解して、一度お辞儀をすると慌てて通学路に戻っていった。

それを見送った嵐は「さてと」と呟きながら、不良達に視線を戻す。不良達は動けない体でも視線だけを動かして嵐を恨めしそうに見上げていた。嵐はそれを見下ろすと、呆れが十二分に混じる視線を向けると呟く。

 

「毎度毎度懲りないよな、お前らは。いい加減学習してくれないか?うちの生徒に絡むのやめてくれよ、マジで」

「うる、せぇな……テメェは目障りなんだよっ」

「テメェを、潰さなきゃ……俺らの、メンツがたたねぇっ‼︎」

「……やっぱりこうなるかよ。もうほんと面倒くせぇなぁこいつら」

 

半ば予想していた返事に、やっぱりかーと嵐は盛大にため息をついた。

彼の発言にもあった通り、こう言ったことは今回が初めてではない。

彼らは、嵐が通う中学の近所にある、蒼賀(あおが)高校の生徒達だ。ご覧の通り、不良が多くいる不良高校であり、嵐が通う中学の生徒達によく絡んでくる傍迷惑な者達である。

今日も、一年生女子二人が人気のない場所に連れ込まれようとしていたぐらいだ。

 

嵐との因縁もあり、嵐がまだ一年生だった頃に、生意気というくだらない理由で集団で襲いかかってきたのだが、ソレをことごとく返り討ちにしてしまったので、以降目をつけられている。

だが、襲い掛かってくるたびに返り討ちにしているので、余計に目の敵にされているのだ。

今日は通学路を歩いている時に、女子生徒達が囲まれているのを見て止めに入って乱闘騒ぎになった結果、仲間を呼ばれて30以上対1人という状況になったのだが、嵐はたった一人で全員をボコった。

 

そして、嵐の眼前で数名の不良がゆっくりと立ち上がり、身構える。

ある者は右手の手首から先を刃に変えたり、ある者は岩のようなゴツゴツした体を二回りほど大きくしたり、ある者は脚を棘の生えた棍棒のように太くしたりと、各々が己の肉体を変化させていた。

これこそが、いわゆる『個性』と呼ばれている特殊能力だ。そして、彼らはその中でも自分の肉体を変形させることができる変形型と人間離れした姿の異形型に分類される個性をそれぞれ有していた。

個性を発動した彼らは叫び声を上げながら、嵐へと襲い掛かる。だが、

 

「チッ、馬鹿が」

 

嵐は小さく舌打ちすると、ゆらりと体を揺らして動き、まず刃の男との距離を詰めると肘を掴んで右手を横へと強引に広げさせて腹部に強烈な蹴りを叩き込む。

 

「ぶべっ⁉︎」

 

そうすれば、刃の男は奇妙な声をあげて吹き飛び壁に叩きつけられてズルズルと落ちて気絶。

ついで、棍棒脚の男に肉薄すると、まず顔面を狙って振り上げられた一撃を身を屈めることで容易く回避して、軸足を払って体を浮かせると頭部を掴み地面に叩きつけた。

 

「ぁがっ⁉︎」

 

ガァンと音を立てて小さなクレーターを作る程の威力で頭を叩きつけられて、男はすぐに意識を失った。

この間、僅か4秒だ。

 

「……は……?」

 

岩男は一連の攻防に目が追いついていなかったのか、一瞬で沈んだ仲間2人を見て動揺の声を隠せなかった。

そして、唖然とする岩男に、嵐は一気に肉薄すると鳩尾に掌底を叩き込んだ。

生身の柔らかい皮膚がゴツゴツとした岩の皮膚とぶつかれば、生身の皮膚の方が負けるはず。

だが、そんな予想とは反して、嵐の掌底は岩肌に突き刺さり岩を砕きながらめり込んだ。

 

「ゴッ、ハァッっ⁉︎」

 

岩男は体に伝わる衝撃に肺の中の空気を全て吐き出し、堪らず両膝をつく。そこをすかさず、嵐が右脚を振りかぶり踵落としを決めた。

ドガッと嫌な音が響いて、岩男は顔面を地面に盛大に打ち付けて気絶した。

今度こそ、完全に不良達を叩き潰した嵐はつまらなそうに鼻を鳴らすと、脇に置いてあった鞄を手に取る。

そして、腕時計の時刻を見て、少し焦った表情を浮かべる。

 

「やべ、急がねぇと」

 

嵐はその場に倒れ伏す不良達を残したまま学校へと駆けていった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

区立・紅城(あかぎ)中学校。

この中学のレベルは全国で見ても下の上。毎年進学校に数名の生徒を輩出している程度の、最底辺ではないものの、何の取り柄もない普通の中学校だ。この中学に彼は通っている。

 

「……ふぅ、間に合った間に合った」

 

次々と生徒達が登校して校門脇で立つ先生に挨拶をしながら校門を通る中、持てる身体能力を駆使して、猛スピードで駆けて嵐はなんとか登校時間に間に合った。

そうして安堵の息をつく彼に、声をかける者がいた。

 

「今日は遅かったですね。嵐君」

 

校門の脇でこちらを見ながら佇むのは、鞄を両手で持つ長い黒髪を三つ編みにして、眼鏡をかけた清楚な印象のある一人の女生徒だ。

 

「おー、おはよ、見利」

「ええ、おはようございます」

 

彼女に気付き手を振る嵐に篠原(しのはら) 見利(みり)はにっこりと微笑んで丁寧に返すと彼に近づき見上げる。

眼鏡の奥に見える瞳は、無言の圧があった。その圧に、嵐は気づいてしまったのか乾いた笑みを浮かべる。

 

「………あ〜、もしかしなくても、バレてる?」

「えぇ、洗いざらい全て。一年生の子達が話してくれました」

「……oh」

 

嵐は思わず目元を手で抑えながら空を仰ぎ見てしまう。今の時期的に喧嘩してることが学校にバレて仕舞えば、不味いはずだからだ。

きっと一年生達も悪気はなかったんだろう。だが、正直に言えばバレてほしくはなかった。

そして、天を仰ぎ見る嵐に見利はそれはもう深いため息をつくと、呆れ混じりの視線を向ける。

 

「全く、受験までもう3ヶ月を切っているんですよ?こんなくだらないことで受験取り消しになったらどうするつもりですか?()()()()

 

驚くことに、今朝方不良数十人を叩き潰した嵐こそ、この紅城中学校の生徒会長なのだ。

嵐はいわばこの学校では文武両道の優等生である。成績は常に学年トップをキープしており、運動神経もいい。更に言えば、蒼賀高校などの不良に絡まれている生徒達を度々助けていたことから、慕われるようになって二年生の時には生徒会入りして冬にはすでに会長になっていたのだ。

そして、今は11月。高校受験がある2月までもう3ヶ月を切っている。

だからこそ、不良との喧嘩というくだらないことで受験が取り消しになるかもしれないと見利は指摘しているのだ。

 

「あ、いや、ソレはわかってんだけどさ……一年二人危ない目に合ってんなら、見て見ぬ振りなんて出来ないし……えと、そのだな……」

「……………」

「だから……危なかったわけで……」

「……………」

「………すんませんした」

 

あれやこれやと言葉を並べていた嵐だったが、見利が何も言わず無言のままジト目を向け続けていたことから、やがて観念して素直にそう謝罪する。

その謝罪がおかしかったのか、見利はジト目をやめてくすくすと笑った。

 

「ふふ、反省したのならいいです。

それに、一年生の子達が必死に説明してくれましたので、事情は理解してますよ。先生方も流石に内申点を引くなんてことはしないと思いますよ。そうですよね?木里(きり)先生」

 

彼女がそう言って視線を向けた先には、3mは超えているであろうスーツ姿の長い首とキリン顔の教員がいた。

毎朝、校門に立っている生徒指導の教員の木里である。個性は見ての通り『キリン』だ。

 

「あ、キリ先生おはようございます」

「ああ、おはよう八雲君。話は途中から聞いていたよ」

 

木里は途中から話は聞いていたのか、上から二人を見下ろしながら見利の問いかけに頷いた。

 

「篠原君の言う通りだよ。

事情はこっちも聞いている。また、生徒を助けてくれたんだろう?なら、注意はすれど咎めることはしない」

「………」

 

見利と木里の言葉に嵐はあからさまに安堵の息を吐いた。副会長である見利や生徒指導の教員でもある木里の言葉があれば、内申に響くことはないはずだ。

だが、「でも」と見利が続けたことで嵐はあからさまにビクゥっと体を震わせた。

 

「貴方が受けるのはあの()()のヒーロー科なんですから。これからは不要な喧嘩は控えてくださいね?」

 

『雄英高校』

ヒーローを養成する為の学科ヒーロー科を有する国立の高校であり、No. 1ヒーロー『オールマイト』を筆頭多数のスーパーヒーローを輩出した実績を持ち、ヒーローを目指す日本全国の中学生の憧れの的になっている名門中の名門。

その評判に違わず入試は普通科ですら高校最難関と呼ばれているほどだ。特にヒーロー科の入試においては、万単位の受験生達が僅か40しかない席を獲得する為に、鎬を削るという超狭い修羅の門でもある。

嵐はその雄英高校のヒーロー科を志望している受験生なのだ。

紅城中学からは雄英の合格者はヒーロー科どころか普通科でも一人も出ていない。

今年の倍率は300倍、偏差値は79だそうだ。

 

そして、そんな雄英高校のヒーロー科の入試はまさしくブラックボックス。

筆記試験は難易度が跳ね上がってるだけで他の高校と変わらないが、実技試験が毎年異なる内容なのだ。採点方式も不明であり、分かるのは点数に上限がないと言う青天井ということだけ。だからこそ、雄英高校ヒーロー科の入試は、筆記成績が良くても落ちてしまう生徒も多々いる。

そう言った中、生徒達の間ではもしかしたら内申点による足切りもあるのではないかと訝しむようになったのだ。

いくら入試試験の成績が良くても素行が悪い為に不合格になる、という憶測が飛び交うようになった。

その点で言えば、嵐は間違いなく引っかかるだろう。自分からふっかけたことはないが、他校の生徒との十数回の暴力沙汰はとてもじゃないが、素行がいいとは決して言えない。

とはいえ、ソレらの多くが自校の生徒達を助ける為であったので、紅城中の教員達での評判は決して悪くない。むしろ、生徒会長に抜擢されても不満の声はあがらないのだから、良い方には違いない。

しかし、見利は暴力は暴力なのでもしかしたらその可能性もあり得てしまうのではないかと憂慮しているのだ。

 

片手を腰に当てて、片頬を膨らませてこちらを見上げながらそう告げる見利に嵐は笑いながら頷いてみせる。

 

「わかってる。以後気をつけるよ」

「わかったのならいいんですけどね……」

 

信用できないのか、そう不満を呟く見利。まぁ、このやりとりは何度もあったので信憑性が低くなるのも仕方のないことだ。

そんな二人の様子を見て面白そうに笑った木里は二人に早く行くように促した。

 

「ほら、二人とも、話はそれくらいにしてそろそろ行きなさい。3年生はあまり授業はないが、HRはあるから急ぐといい」

「はい」

「うす」

 

二人は木里にそう頷いて一礼すると玄関口へと向かっていく。二人横に並んで歩く中、見利が彼を横から見上げて尋ねる。

 

「そういえば、調子はどうなんですか?」

「上々だな。模試ではA判定で上位40には入ってたから筆記はなんとかなる」

 

嵐の模試の成績はA判定であり、冊子にのる上位数十名にも名を連ねているほどの高水準。

知力補強系の個性ではない嵐が、この成績を維持しているのは本当に凄いことで、実質トップクラス。

だから、見利は嵐の言葉に流石だと微笑んだ。

 

「ふふっ、さすがは我らが生徒会長。筆記は自信満々というわけですか。では実技は?」

「さぁな。方法がわからんから、何とも。ただ、戦うだけならいけるかも」

「そうですか。まぁ貴方ならいけそうですよね」

 

見利は嵐の言葉に納得を示す。

戦闘力という一点においても嵐は十分に条件を満たしている。

彼の個性の詳細は知るものこそ少ないが、その個性の特性から外見は100%人間体でありながらも異形系を上回るほどの膂力と頑丈さを誇り、野生の勘と呼べるほどの異常なまでの直感力を有しており、その上数多の不良との大乱闘を制したほかに、卓越した武術。更に加えると()()()()()()()()()に鍛えられていることから嵐は学力暴力共にこの学校のトップにいるのだ。

だから、実技試験も内容にはよるが戦闘力を問うのならば恐らく嵐は間違いなくクリアできる。少なくとも、見利はそう思っていた。

 

「応援してますよ。貴方は、私達紅城中の期待の星なんですから」

「おう、ありがとな」

 

大きな期待を寄せている見利は嵐にささやかなエールを送り、嵐はソレに笑みを浮かべて応えて、二人はその後も色々と話をしながら校舎の中に入っていった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

3年生は受験前である為、授業が午前中で終わった嵐は途中まで見利と帰った後真っ直ぐに自宅に帰る。

住宅街の一角にある少し大きめ二階建ての和風の家。そこが、嵐の家だ。

門扉を開けて敷地内に入って、玄関のドアを開いた彼は中へと入る。

 

「ただいま——」

 

そして、靴を脱ぎかけながら中へ入ると、そこにはは一人の『鬼』が立っていた。

額から生える二本の赤黒い角、腰まである純白の長髪をポニーテールにし、赤い瞳に金の瞳孔のエプロン姿の妙齢の美女———文字通りの『鬼』が腕を組んで玄関先で仁王立ちしていたのだ。

 

「げっ」

 

その姿を視界に収めた瞬間、嵐はそんな声を思わず漏らしてしまう。そして、『鬼』ー否、嵐の()()()()()()()のー(あさひ) (ともえ)はにっこりと背後に般若を幻視してしまいそうな笑みを浮かべる。

 

「お帰りなさい、嵐さん。帰って早速ですがお話があります」

「あ、はい」

「学校から電話がありましたよ。また他校の不良と乱闘したそうですね?あぁ、隠しても無駄ですよ?ちゃぁんと電話で全て聞きましたから」

「…………………ごめんなさい」

 

嵐は抗うこともせずに素直に謝った。

幼い頃から付き人として世話になっており、今では保護者としても嵐の面倒を見てくれていることから、嵐にとっては姉同然の人であり、頭が上がらない人物でもあるのだ。

だから、言い訳をしたところで怒られるのがオチだ。

そして、嵐の謝罪に巴はふぅと息をつく。

 

「……まぁ反省はしてるようなので、あまり怒りはしませんが“武”の力は無闇矢鱈と使ってはいけませんと何度も言っているではありませんか」

 

“武”の力を無闇矢鱈と使ってはならない。

“武”の力を使うと言うことは、個性を使用することと同様で相応の責任が付き纏うことを彼女は『力を扱う者の心得』として幼い頃から嵐に教えてきた。

 

「……それは、分かってるけど……」

 

嵐もそれは重々承知している。

幼い頃から叩き込まれてきたソレは一言一句ちゃんと覚えている。だが、言い訳にはなるが状況が状況だったから仕方ないとも言えてしまうのだ。

そして、目の前で困っている人がいて、自分がソレを止めれる力があるのに見捨ててしまってはヒーローどころか、人として最低な外道に堕ちてしまう。

顔を俯かせて言い淀む嵐に巴は困った子供を見るように笑う。

 

「ふぅ、今日はこれくらいにしておきましょうか。ですが、嵐さん」

 

そして、巴は玄関に立っていても自分より高い位置にある彼の頭にそっと手を伸ばすとくしゃりと純白の髪を撫でる。

 

「喧嘩をしたことはいけませんが、それでも女の子達を助けるために動いたその志はヒーローを目指す者としては立派ですよ」

「…………」

 

頭を撫でられ照れ臭そうにする嵐に巴は微笑むと、くるりと背を向けると顔だけをこちらに向けながら言う。

 

「では、部屋に戻って着替えたら早速今日のトレーニングを始めましょうか」

「……はーい」

 

嵐は巴の言葉にそう返事すると、自分も靴を脱いで上がった。そして、嵐が2階にある自室に行こうとした際、巴がふと思いついたかのように呟く。

 

「あ、そうそう、今日のメニューですが、普段の4倍にします」

「はぁっ⁉︎待った‼︎ソレは勘弁してくれ‼︎」

「問答無用です。さぁ、ヒーローを目指すなら限界を超えましょう‼︎」

「いや死ぬってマジで‼︎」

「死にはしませんよ。人がそう簡単に死ぬわけないでしょう?それに喧嘩するほど元気が有り余ってるんですから、多少キツくなっても大丈夫ですよね?」

「多少のレベルじゃねぇだろ‼︎てか、やっぱ怒ってるじゃねぇか‼︎」

 

ただでさえ彼女のトレーニングメニューはきついと言うのに、そのメニューが4倍になるなど地獄でしかない。

流石に体がもたないと抗議するものの、やはり反省しても怒ってはいたのだろうか巴は最後まで聞き入れてはくれなかった。

 

 

 

その日の夕方、とある住宅街の一角からは鈍い轟音と男の悲鳴が響いたそうな。

 

 

 

そして、残り3ヶ月の受験準備期間はあっという間に過ぎていき、ついに入試の日が来た。

 

 

 

 

———これは、厄災の力を持つ怪物(モンスター)英雄(ヒーロー)になるまでの物語だ。

 

 




未定ですが、一話ごとの字数は他の作品同様八千〜二万文字の間で済ませようかと考えています。話ごとに文字数はちまちまと変化しているのでそこはお気になさらず。

主人公の尖った耳ですが、モンハンでお馴染みの竜人族の外見を採用しています。しかし、手と足は普通の人間と同じ指が五本です。

主人公は物語スタートの時点で割と強いです。だってベースがアマツ様だし。古龍の中でも格上のやつだし。強いのは当然よ。

そして、後半に出てきた主人公の付き人兼保護者の旭 巴というオリキャラですが、モデルはズバリFGOの巴御前です。ゲーム通り優しいお方です。ゲーマーだったり、料理下手かどうかはおいおい明かしていきます。

この作品は数話ストックしてから順次投稿していくというスタンスでやっていきますので宜しくお願いします‼︎

誤字報告、感想などありましたらお待ちしております。



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2話 雄英高校入試:実技試験


僅か1日でお気に入り登録が37で、評価が一つついたのは、自分的には一番いい出だしになったかも。

それはそうと、アマツマガツチ、サンブレイクで復活してほしいなぁー。


 

 

 

遂に来た国立雄英高等学校入学試験当日。

 

その日の早朝、嵐は普段より少し早く目が覚めた。

 

「…………!」

 

まだ日が昇ったばかりで空を淡い橙と青色に照らし始めて、鳥が囀り始めた頃だ。2階にある畳敷の和室である自室、そこに敷かれた布団で目を覚ました嵐はすぐにその身を起こした。

朝に弱い嵐は、普段ならば目を覚ましてから20分ほどは起き上がるのに時間がかかるというのに、今日に限ってはすぐに起き上がったのだ。理由は一つしかない。

 

「………いよいよ今日か」

 

今日は雄英高校の一般入試の日だ。

筆記に関してはずっと模試でA判定をキープしていたので、よほどのことがない限りは問題ないはず。実技試験に関してもこれまでずっと巴に鍛えられたおかげであまり心配はしていない。だが、試験が試験なだけに、だいぶ緊張していたようだ。

 

「……軽くトレーニングでもするか」

 

完全に目が覚めてしまったので、緊張を解す為に日課の朝トレを軽くやろうかなと嵐は布団から完全に立ち上がると、寝巻きの浴衣を脱ぐと黒袴と白の道着に着替えて、襖を開けると部屋を出る。そして、階段を降りて居間に入るとそこには既に巴がいた。

嵐と同じように道着姿の彼女は座椅子に正座して新聞を読んでいて、嵐が来たことに気づくと顔を上げて微笑む。

 

「あら、嵐さん。おはようございます。今日はお早いのですね」

「……ああ、今日は少し早く起きた」

 

早く起きたとはいえ、少し眠いのか若干眠そうな声でそう答える嵐。その様子に、巴はくすくすと笑う。

 

「ふふ、今日は雄英高校の試験ですからね。

緊張して早く起きてしまうのも仕方ありません」

 

そう言うと、巴は新聞を畳んで立ち上がる。

 

「それで道着を着ていると言うことは、軽くトレーニングをするつもりなんですよね?」

「ああ。実技もあるからな。体は解しておきたい。巴さん、組手頼むよ」

「ええ、勿論です。では、早速道場に参られましょう」

 

そして、家に併設している道場で軽く組手稽古を行い体を解してシャワーを浴びて、巴が作ってくれた朝食を食べ、制服に着替えて荷物を纏めると玄関に向かう。

玄関で靴を履いて、鞄を持った彼は巴に振り返る。

 

「じゃあ、行ってくる」

「はい。行ってらっしゃい。あまり気負いすぎずに、貴方なら大丈夫ですから、普段通りに頑張ってください」

「ああ、ありがとう」

 

そうして巴に見送られながら、嵐は家入学試験を受けるべく雄英高校へと向かった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

雄英高校ヒーロー科。

 

そこはプロヒーローの資格取得を目的とする養成校の一つであり、全国同科中、最も人気で最も難しく例年倍率300倍を超える超エリート校。

 

国民栄誉賞に打診されるもこれを固辞した誰もが知るNo. 1ヒーロー『オールマイト』。

 

事件解決史上最多燃焼系No.2ヒーロー『エンデヴァー』。

 

ベストジーニスト8年間連続受賞。No.4ヒーロー『ベストジーニスト』。

 

現在トップランカーに名を連ねるヒーローの多くが雄英の出身であるのだ。

偉大なヒーローになるには雄英卒業が絶対条件。そういわれるほどに、雄英高校は凄まじい人気を誇っている。

 

 

駅まで徒歩で10分。そして、電車を乗り継いで30分。さらに徒歩で20分、計一時間の移動時間を経て嵐は目的の場所ー雄英高校に辿り着いた。

 

「でっけぇ……」

 

嵐は校門前で一度立ち止まり、校舎を見上げると思わずそう呟く。

雄英高校の校門は、もはや普通の高校の校門のソレとは全くの別物であり、近代的な巨大ゲートのようになっていたのだ。

しかも、その奥には巨大な校舎。ソレすらも既存の高校を凌駕しており、大学のキャンパスと思ってもおかしくはなかった。

 

「さすが雄英、校舎からもう違うなー」

 

一体いくらかけて作ってるんだろうかと、嵐は試験直前なのに呑気なことを考えていた。

そして、校門前で立ち止まる嵐は周囲に視線を向ける。嵐同様、この雄英高校ヒーロー科を受験する為に来たのであろう中学生達は、その多くが既に雰囲気が違っていた。

 

一層気を引き締めていると言うべきだろう。

彼らから感じる気迫は一般受験生とは違う。受かろうと落ちようとも、受けるだけでも称賛されると言われているほどなのだ。まるで、これから戦に臨む兵士の如く、彼らの顔は引き締まっていた。

嵐はソレを見渡して小さく笑みを浮かべると、右手首につけてるブレスレットに目を向ける。

 

紅白の紐で結ばれたソレには燃えるような真っ赤な紅葉と、穏やかな翡翠の青葉の形をした結晶が結ばれていた。

このブレスレットは大切な人達から貰ったものであり自分がヒーローを志したきっかけになったものだ。

嵐は小さく微笑むと穏やかに呟く。

 

「……紅葉(もみじ)姉、青葉(あおば)姉。二人の想いは俺が受け継ぐから。二人の為にも絶対受かるよ」

 

ここに来るまでに緊張はほぼ消え、いい塩梅に落ち着けた。気力も十分。コンディションとしてはほぼ完璧な状態に整えることができたのだ。

 

そして嵐は顔を上げると白髪を靡かせながら試験会場へと入って行った。

 

午前に行われた筆記試験を終えて、各々が昼食をとった後、ヒーロー科受験者達は皆一つの巨大なホールへと集められて待機していた。

そして、各々がコンディションを整えたり、事前に配られた入試要項を読んで実技試験の概要を見直したりと自由に時間を潰している中、やがて一人の男性ー否、プロヒーローが登壇した。

トサカのように後ろに逆立った金髪に、サングラス、そして首にはスピーカーらしき装置のあるコスチュームを纏った一人のプロヒーロー『プレゼント・マイク』だ。

 

彼は一人のプロヒーローであると同時に、雄英高校の教師でもある。雄英高校の教師達は皆プロのヒーローなのだ。

彼は壇上に立つと、受験生を見渡して大きく息を吸う両手を大きく広げる。

 

『今日は俺のライブにようこそ—‼︎Everybody say hey‼︎‼︎‼︎』

 

そう凄まじい声量を室内に響かせるとプレゼント・マイクは耳を傾けて応答を待つ。

本来ならば合いの手として『Yokoso』と返ってくるのがセオリーであり、毎週やっているラジオ番組でもそうだ。だが、こと今回に関しては、見事に空ぶってしまった。

 

『……………』

 

シーンと沈黙がホールに満ちる。

合いの手が来てくれなかったことに、プレゼント・マイクはラジオ番組をやっているだけあって慣れているのか、平然とした様子で首を横に振る。

 

『こいつぁシヴィ———‼︎‼︎OK‼︎緊張してるんだろうな‼︎んじゃあ、受験生のリスナー‼︎実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ‼︎Are you ready⁉︎Yeach‼︎‼︎』

『…………』

 

しまいには一人でセルフ合いの手までしてしまった。しかも、またしても沈黙が返ってきた。

一人でめげずに合いの手を打っても、誰も応えてくれないのは流石に堪えるはずだ。

 

『入試要項通り!リスナーにはこの後!10分間の「模擬市街地演習」を行ってもらうぜ‼︎』

 

なのに、彼は動じないどころか次の説明を始めてしまっていた。

 

(……メンタルスゲェな、おい)

 

嵐はその様子に少しだけ感心する。

嵐も生徒会長として壇上に立って話すことはあったが、多くの生徒がこちらに意識を向けてくれていたし、応えてもくれていた。

だから、ここまで無視されると自分ならちょっと傷つきそうだと、そんなことを思いながら説明を聞いていく。

 

プレゼント・マイクの説明と共に背後の巨大モニターに映ったのはA、B、CとGまでのアルファベットが振られた試験会場だ。

 

『持ち込みは自由!プレゼン後は各自指定の演習会場へと向かってくれよな‼︎』

 

そして、さらに映ったのは街を模した図といくつかのシルエットだ。

 

『演習場には“仮想(ヴィラン)”を()()配置してあり、それぞれの「攻略難易度」に応じてポイントを設けてある‼︎』

(三種?)

 

嵐は説明に疑問符を浮かべながら、手元の入試要項に視線を落とす。

確かに今からは仮想敵は三種だと言った。だが、入試要項には()()()の仮想敵のシルエットが記されている。

作成ミスでそもそも気づいていない?

それともあえて触れていない?

そんなことを考えている間にも話は進んでいく。

次に映ったのは、某ゲームにでてくる赤い帽子をかぶるちょび髭おじさんを模したであろうシルエットがコインを集めている様子だ。

 

『各々なりの“個性”で“仮想敵”を行動不能にし、ポイントを稼ぐのが君達の役目だ‼︎

もちろん、他人への攻撃などアンチヒーローな行為は御法度だぜ⁉︎』

 

今回のこの試験は、市街地戦を想定した実践試験のようなものだろう。

受かりたければ、実力と結果を見せろ。雄英がそう言っているようにも嵐には聞こえた。

 

(上等。やってやるよ)

 

嵐は迫る実技試験に一人闘志を滾らせつつどう戦うか思考を巡らせていたとき、一人の受験生が声を上げた。

 

「質問よろしいでしょうか⁉︎」

『!』

 

声を上げたのは、眼鏡のいかにも真面目そうな男子生徒だ。彼は立ち上がると、片手に持つプリントを指差しながら質問をする。

 

「プリントには()()の敵が記載されてあります!誤載であれば日本最高峰たる雄英において恥ずべき痴態‼︎我々受験者は模範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです‼︎」

(おー、真面目メガネだ)

 

その質問は、先ほど嵐が疑問に思ったところだ。だが、思ったところで、受験先の教師に、恥ずべき痴態というのは大それたことをしたと思う。

あそこまで真面目な人はそうそういない。もしかしたら、見利よりも真面目かもしれない。

そう思いながら、面白そうに彼を見ていたが、彼は徐に斜め後方へと振り向く。

 

「ついでにそこの縮毛の君‼︎」

「⁉︎」

 

その視線の先にいたのは、緑髪の縮毛の生徒だ。真面目メガネは彼をギロリと睨む。

 

「先程からボソボソと……気が散る‼︎物見遊山のつもりなら、即刻ここから去り給え!」

「すみません……」

 

注意された緑髪の生徒は彼の睨みに萎縮してボソボソと謝りながら、自分の口を手で抑える。その様子に、周囲の受験生達は嘲笑を浮かべる。

 

(おいおい……そこまで言うか……)

 

これではもはや軽い公開処刑だ。

確かに時折、ボソボソと何かを話していたのは聞こえてはいたが、まぁ緊張を抑える為なのだろうかなと勝手に思って無視していたのが、どうやら彼に限ってはそうは思えなかったらしい。

そして、周囲の人間が彼を嘲笑う光景に嵐はふつふつと不快感が湧き上がっていた。

 

 

 

 

「おい。今のは言い過ぎだ」

 

 

 

 

だから、気づけばそんな言葉を口にしていた。

 

突然発言した嵐にホール中の視線が集中する。そんな中、嵐はゆっくりと立ち上がると自分よりも高い位置に立っていた眼鏡を見上げ、視線を鋭くすると口を開く。

 

「確かにそいつがボソボソと話していたのは俺も知っていたし、お前みたいに気になる奴がいるのも仕方ねぇと思う。けど、それをこんな大衆の場で注意するのは違うだろ。

こんな大事な時に不必要なプレッシャーをかけて、萎縮させるな。他人に注意するのは結構だが、こんな所で他人に恥をかかせるのは間違ってるぞ」

 

嵐の指摘に眼鏡はハッと気づく。そして、すぐに動くと緑髪の少年に向けて見事と言えるような90度のお辞儀をしてみせた。

 

「済まなかった‼︎俺の不注意で君に恥をかかせてしまった‼︎大変申し訳ない‼︎」

「あ、いや、こ、こちらこそすみません」

 

眼鏡の素直な謝罪に緑髪も慌てて迷惑をかけたことを謝罪する。嵐はソレを見て安堵するように小さく笑うも、次いで表情を冷たいものへと変えて周囲を見渡しながらはっきりと告げた。

 

「でだ、そこの緑髪を笑った奴ら。

テメェら、何のためにここにきているのか忘れてんのか?ここはヒーローを目指す奴が集まる場だぞ。なのに、他人の失敗をヘラヘラと嘲笑うのはどう言うつもりだ?それがヒーローのすることかよ。テメェらこそ目障りだ。人を嗤いてぇならこっから失せろ」

 

眼光を鋭くし、明らかな怒気を伴って放たれたソレに、会場中の受験生たちが時が止まったかのように絶句する。多くの者が凍りつく中、一部の者からは不満に満ちた気配が発せられたのを嵐は感じた。

どうやら、説教された彼らの中に恨みを抱いたものがいるらしく、どこからか嵐に恨みがこもった視線を向けているようだ。

しかし、嵐はどこ吹く風というふうにそれらを無視すると、プレゼント・マイクに軽く頭を下げる。

 

「プレゼンの邪魔をしてしまい申し訳ありません。どうぞプレゼンを続けてください」

 

プレゼント・マイクは一つ頷くと嵐に手をひらひらと振りながら真面目メガネの質問に答える。

 

『オーケーオーケー、勿論だぜ。それと受験番号7111くん、ナイスなお便りサンキューな!

四番目の敵は0P!そいつはいわば———』

 

———お邪魔虫さ!

 

彼の声がホール全体に響く。

 

『スーパーマ◯オブラザーズはやったことあるか⁉︎0Pはアレのドッスンみたいなもんさ!各会場に一体!所狭しと大暴れしている「ギミック」よ‼︎』

 

プレゼント・マイク曰く倒すのはほぼ不可能であり、文字通り邪魔なだけだそうだ。レトロゲームに例えてその説明に受験生達はそれぞれ納得する。

 

『なるほど……避けて通るステージギミックってことか』

『まんまゲームみてぇな話だぜこりゃ』

「有難う御座います。失礼致しました‼︎」

 

真面目メガネも納得したのか、そう言って着席する。大部分の生徒達が0Pは避けて通るべきものだと認識した中、一人嵐だけは違った。

 

(……別に、ぶっ飛ばしてもいいんだよな?)

 

彼だけは0Pを倒すことも視野に入れていた。

勿論、0Pであるため倒したところでポイントが入らないのは明確。もしかしたら、厄介な仮想敵で時間も取られるかもしれない。

なら、その時間をポイント稼ぎに使うのが効率的、と思うのが道理だ。

だが、実力を見せろということならば、嵐の“個性”ならば丁度いい相手なのかもしれない。

 

(……まぁ、敵と呼ばれてるならポイント関係なく潰すか)

 

実力を見せる以前に、仮想とはいえ敵と呼称されている以上、ヒーローを目指す者ならば倒すのが道理であるはずだ。

ポイントなど二の次だ。と嵐は結論付けた。

 

『俺からは以上だ‼︎

最後にリスナーは我が校“教訓”をプレゼントしよう‼︎』

 

プレゼント・マイクはそう言って生徒達の注意を己に向けさせる。

 

『かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った‼︎

「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と‼︎』

 

誰もがプレゼント・マイクの言葉に耳を傾ける中、彼は手を広げて言った。

 

『“Plus Ultra(更に向こうへ)“‼︎』

(人生の不幸を乗り越える、か……)

 

嵐の脳裏を、ある光景が過ぎる。

幼い頃の、過去の記憶が。

 

確かにアレは乗り越えなければいけないものだ。いつか、越えると誓ったものだ。

 

だが、今はそれを考えるべきではない。

 

(とりあえずやるべきことをやるだけだ)

 

嵐は脳裏によぎる記憶を振り払い、実技試験に向けてコンディションを整える。

まさに苦難が早速迫っているのだ。今はそちらに専念する。

 

 

『それでは皆、よい受難を‼︎』

 

 

そして、終始ハイテンションなプレゼント・マイクの実技試験説明会は終了した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

説明会の後、嵐達受験者は更衣室で各々ジャージなどの動きやすい服に着替えてそれぞれ割り振られた演習会場へと向かった。

ちなみに、嵐が受ける会場はAだ。

小さなビル群の町を模したであろう演習場の入り口前で、嵐達受験生は待機していた。

 

雑談や準備運動など、各々が自由に準備を整える中、嵐は腕を組み目を閉じたままその場で仁王立ちしていた。

彼の格好は黒袴とその腰部に縫い付けられたポーチがいくつかのみだ。道着は“個性”を使う以上破ける可能性もあるため、初めから無しにして上半身をあらわにしている。靴などの類も履いておらず、彼は素足だ。

しかし、あらわになっている腕や袴から覗く足は肌色の皮膚ではなく黒い鱗に覆われていた。

 

爬虫類を思わせる漆黒色の鱗が太腿と肩から先を覆っており、爪は全て翡翠色の鋭利な鉤爪へと変わっていた。

更に、四肢には脚は袴があるため分からないが、山吹色の模様が入ったビロード状の羽衣を思わせる純白の飛膜が生えている。

そして、下顎部からは左右に一本ずつ細長い髭のようなものも生えており、それはゆらゆらと動いていた。

 

無言で佇む彼と少し距離をとっている受験生達は各々準備をしながらも、嵐を遠巻きにチラチラとみている。

恐れているような、恨んでいるような、そんなさまざまな視線だ。

それは先ほどのプレゼンでの説教が原因だった。

多くの者が嵐の指摘に恥じるようにしていたものの、一部の心無い者。つまり、性根が腐った者たちは嵐に逆恨みに近い感情を抱いており、プレゼン終了後控え室で各々着替えて、バスで各試験場に移動する際、バス乗り場で突っかかってきたのだ。

 

曰く、『偉そうに言ってんじゃねぇよ。お前こそ失せろよ』や『別になんてことないことだろ?一々説教する意味がねぇ。アピールのつもりか?』、『てか、お前みたいなのが偉そうに人に何か言える立場なのかよ』など、なんとも聞くに耐えない戯言を言ってきたのだ。

 

別に嵐個人としてはソレを言われたところで、言わせておけばいいと思っているのだが、ここはヒーローを目指す者達が集まる場だ。

そんな場所にいるのに、平気でそんな発言をするのが気に入らなかった。

だから、嵐は突っかかってきた者達に殺気をぶつけて無理矢理黙らせたのだ。突っかかってきた者達は揃いも揃って無様な声をあげて腰を抜かすという醜態を晒し笑い者になった。

 

それ以降、嵐の周辺には誰も寄り付かず、遠巻きに様子を見られているというわけだ。とはいえ、嵐個人としても一人瞑想して集中力を上げれるので丁度よかったのだが。

 

そして、準備運動をしていたとある二人の少年少女の視線もふとした時に彼に向けられる。しかし、それは他の者達とは違う理由でだ。

 

(あの髭……もしかして、うちのと似ている感知系の“個性”かな?)

(鱗に飛膜か。一体、どんな“個性”なんだ?)

 

彼に別の意味で視線を向けたのは、短い黒髪に耳朶からプラグが生えた小柄な少女と、銀髪で目元以外をマスクで隠した六本腕の大柄な少年だ。

二人は、準備運動で体をほぐしていたときに、気迫に満ちている受験生達の中でも一際、鋭く研ぎ澄まされた気配を放つ嵐の姿に目が止まったのだ。

そして、二人が人知れず嵐に視線を向けていた時、嵐は動かしていた髭で空気の揺らぎを感知した。

 

(空気が震えてる。来るな)

 

風の流れを感知する器官でもあるソレは、空気の振動ーすなわち、音も感知できるのだ。

彼はスピーカーが音を発する直前の僅かな音を嵐は捉える。それは、ただの身体能力にあらず、嵐の“個性”があったからこそ成せる力。

 

嵐は静かに腰を落として屈むと、左手の鉤爪を地面に突き立ててぐっと身構えるとクラウチングスタートに似た姿勢をとる。

殆どの者がその行動を、奇行だと解釈し何やってんだと思う中、彼の“個性”を観察していた二人はまさかと思う。そして、

 

『ハイ‼︎スタァァァトォォォォッッ‼︎‼︎』

「ッッ‼︎」

 

その声が聞こえた瞬間、嵐だけが反応して飛び出した。

コンクリの地面に足跡を刻むほどの力強い踏み込みで地面を粉砕すると、凄まじい速度で入り口を駆け抜けていった。

 

しかし、ここで飛び出したのは彼だけではなかった。

 

「「ッッ‼︎」」

 

二人。嵐に意識を向けていた二人の黒髪の少女と銀髪の少年が僅かに遅れて唖然とする受験生達の間をすり抜けて、一番に飛び出した嵐の後を追うように入り口を駆け抜けたのだ。

 

誰よりも早く飛び出した嵐は三歩目を踏み込んだ直後己の肉体をさらに変化させる。

 

ビキビキと異音を立てて四肢だけでなく、全身、顔の皮膚までもが全て堅牢な漆黒の鱗へと変化して、後頭部から背骨に沿うように腕に生えている飛膜と同様の純白の背鰭が生える。そして、その両側にも沿うように大小四枚の背鰭が生えて、側頭部の髪がビロード状の白い鰭に変化する。腰からは袴にあらかじめ開いていた尻尾用の穴を通って黒い鱗に飛膜が生える長大な尾が生えて伸びる。

最後に、額から生えたのは一対の長大な黄金の角だ。

そして、変化を終えた嵐の眼前に複数の影が現れる。

 

『テキ、ハッケン‼︎』

『ブッコロス‼︎』

 

人工音声で叫びながら現れたのは、1や2と番号が記された数体のロボット。

これらこそが、今回の入試における仮想敵だ。

ロボット達は突っ込んでくる嵐をレンズに収めると一斉に襲い掛かった。

ソレらに対して、嵐は———一声。

 

「風よ」

 

風が生まれ、嵐の体を包み込む。

陽光に照らされ煌めく純白の飛膜が風を孕み、波打つ。風を纏った嵐は一度深く呼吸をすると口の端を吊り上げて笑みを浮かべる。

そして、風が揺らめいた。

 

「行くぞ」

 

地を蹴り砕き、爆風めいた音と砂塵を巻き起こしながら、嵐の姿がかき消える。全身に纏った風の力を飛膜で余すことなく受け止めて猛烈な加速を行い高速の突貫を行ったのだ。

 

『タタキツブ——』

『ブッツブ——』

『テキ、ホソ—』

 

刹那、直線上にいた六体の仮想敵が全て轟音を立てて唸る横向きの竜巻によって薙ぎ払われた。

仮想敵は吹き荒れる暴風によって悉く破壊され、機械油を撒き散らしながら瓦礫となって左右のビルへと激突し爆散する。

 

「次‼︎」

 

遠くで聞こえるプレゼント・マイクの声や仮想敵の爆発音を聞きながしながら、嵐は次の獲物へと狙いを定めてその場から離脱した。

 

 





実技試験は長かったので2話に分けさせて頂きました。

そして、ヒロアカの入試ですが、当作品では午前で筆記をやって、午後に実技をやると言うふうにさせて頂きました。

アマツマガツチの髭ですが、魚の髭のような感覚器の役割を持っていると自分なりには解釈しています。自分の縄張りに侵入してきたものの匂いや、僅かな音、空気の揺らぎなど、人の五感では捉えきれない微細な感覚を捉える特殊器官という感じですね。


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3話 大嵐、薙ぎ払う

単行本勢もいると思うので、一言、ヒロアカ展開が怒涛すぎてヤバスギィ‼︎

最近、ランサー龍馬さんが我がカルデアに来てくれて嬉しい。


 

「これで———140‼︎‼︎」

 

 

試験開始から6分。

嵐は風を纏って演習会場を四方八方飛び回りながら、仮想敵をひたすら叩き潰していた。

そして、目の前にある3Pの大型の仮想敵を風の刃で真っ二つに切った嵐は、空へと飛び上がりビルの屋上に降り立つと腰のポーチに入れていた竹筒の水筒を取り水を流し込みながら、眼下の光景に視線を巡らせる。

 

「そういえば……0Pはどこにいるんだ?」

 

プレゼント・マイク曰く各演習会場に一体ずつ所狭しと暴れ回っているらしいが、ソレらしき姿は一向に見当たらない。

髭による感知と、本能による気配察知も、上空から見下ろしても、その姿は一向に現れないのだ。

お邪魔虫と揶揄されていたはずなのに、一向に邪魔してこないのは疑問しか出てこない。

 

「どっかに隠れてるのか?」

 

考えられるとしたら、ソレしかないだろう。

だとしたら、終了時間が近くなったら出てくるのかも知れない。

それならそれで、出てくるまで暴れてポイントを更に稼げばいい話なのだが、

 

「…‥一応敵だしな、ぶっ飛ばしてときてぇよな」

 

ポイントもなく、ただ邪魔なだけの存在でしかない0P。だが、仮想敵と呼称されている以上、それは敵だ。

敵であるのならば、殲滅する。それだけだ。

 

「ん?」

 

周囲に視線を回らしながら、そんなことを呟いていた彼は、ふとある光景に視線が止まる。

ビルとビルの間に挟まれた狭い路地、その行き止まりに、二人の少年少女が複数の仮想敵に追い詰められていたのだ。

 

足を怪我しているのか、ズボンの右足部分には血が滲んでいて足を引きずっている少女。それを守るように立ち、仮想敵に立ち向かっているのは六本腕の大柄の少年だ。彼もまた、体のところどころに打撲痕などを作っていたがそれでも、後ろの少女を守らんがためにその拳を振るっていた。そして、少女もただ守られているのではなく、その場から動けずとも耳のプラグを伸ばして迎撃している。

だが、彼等の必死な抵抗も虚しくジリジリと距離を詰められている、そんな光景があった。

 

「——————」

 

ソレを見た嵐の行動は疾かった。

竹筒をポーチに仕舞い、身を屈めてぐぐっと足に力を込め風を纏うと、ビルの屋上をぶち壊し疾風の如き速度でその視線の先へと向かった。

 

あれこれと考えてはいない。

あの状況を見て、救けなければと思った。

そう思った瞬間、嵐は動いていた。まさしく、体が勝手に動いたと言うことだ。

そして、常人では視認できないであろう速度で彼等の上空まで飛翔した嵐は叫んだ。

 

「二人とも伏せろ‼︎‼︎‼︎」

「ッッ⁉︎あ、あぁ‼︎」

「えっ、なにっ⁉︎」

 

上空から突如聞こえてきた声に、少年は一瞬体をこわばらせるもののすぐに動いて背後の少女を六本の腕で守るように抱きしめると身を屈めた。少女は突然のことで困惑の声をあげるが、ソレに構わず彼女の安全も確認した嵐は下方の仮想敵の群れにむけて腕を振り下ろす。

 

「オラァァッッ‼︎‼︎」

 

荒々しい気迫に満ちた激声と共に放たれたのは、二人を守るように展開された白い竜巻。吹き荒ぶ暴風が、仮想敵を悉く飲み込み撃砕した。

一瞬の出来事に二人が唖然する中、嵐は彼らの前にふわりと着地すると声をかける。

 

「二人とも、怪我はないか?」

「あ、あぁ俺は大丈夫だ。だが、彼女が脚を怪我してる。俺の不注意で怪我をさせてしまったんだ」

 

そう言って少年は、腕を解くと中にいる少女の姿を見えるようにした。

座り込んでポカンと嵐を見上げる少女の右足はロボの破片でも当たったのか、脹脛に少し大きな切り傷ができて血が流れていたのだ。

見た限り相当痛むだろう。歩くことはおろか、何もしていなくても痛むはずだ。

嵐は傷の場所を確認すると、ポーチをゴソゴソと漁りながら彼女の前に片膝をついた。

 

「分かった。傷を見せてくれ、簡単になるが、手当てする」

「へ?え、で、でも、今は試験中でしょっ、そんなことしてる時間なんて……」

「関係ない。怪我人がいるなら手当てする。そんだけの話だ。足触るぞ」

 

一言そう言うと嵐は腕だけ変化を解くと彼女の脚を掴んで傷の具合をしっかりと確認し、ポーチから取り出した包帯、ガーゼ、消毒液を取り出して消毒液をかける。

少女は足から伝わる突き刺すような痛みに呻き、体をビクッと強ばらせた。

 

「いっ」

「我慢しろ。すぐ終わらせる」

「う、うん」

 

嵐は少しきついが、ソレでも優しい口調で言って迅速に手当をしていく。少女は、時折痛みに呻きながらも嵐の手当てをじっと見ている。その最中、何も出来ずに見ていた少年に嵐は尋ねた。

 

「それでさっき俺の不注意って言ってたが、何があったんだ?」

「ああ、ソレが……」

 

彼曰く、撃破されたロボが彼に向かって飛んできた時、近くで戦っていた彼女がいち早く気づいて、彼を咄嗟に突き飛ばした結果、ロボットの尖った破片が右足を掠り裂傷が出来たそうだ。

 

説明をしていく彼は、マスクのせいで表情こそわからないが震えるほどに強く握り締められた拳から深い罪悪感を抱いているのがわかる。

今は雄英高校ヒーロー科の入試実技試験の真っ最中。将来の夢を叶えるための第一歩でもあるこの試験の場で、自分の不注意で、誰かの夢の邪魔をしたことに罪悪感を抱いていたのだ。

だが、それを少女が否定した。

 

「いや……あんたの、せいじゃないよ」

「だが、俺が気づいていればっ……」

「確かにそうかもしんないけどさ、ウチは救けたいから救けただけで、この怪我はウチの自業自得だよ。だから、アンタが後ろめたく感じることじゃない」

「………」

 

少女の言葉に少年は何も言えなくなる。それを横目に、嵐はちょうど手当てを終えた。

 

「よし終わった。これで動けるようにはなるだろ。どうだ?」

「ん、だいぶ良くなった。ありがと、あんたのお陰でまだ戦えるよ」

「おう。どういたしまして」

 

足を実際に動かして痛みがだいぶ和らいだ少女は嵐に微笑んで素直にお礼を言う。それに、嵐も微笑みを返して答えた。少年も深々と頭を下げて嵐にお礼を言った。

 

「すまない。お前に全部任せてしまった」

「気にしなくていいよ。こういう時は適材適所だ。それで、二人ともまだ戦えるんだろ?」

 

嵐は二人に背を向けて歩きながら、顔だけ振り向くとそう尋ねる。ソレに対し、二人は当然と言わんばかりに頷いた。

 

「ああ、無論だ」

「まだ終わってないからね」

 

やる気十分といった様子に、嵐もまた笑みを浮かべる。

 

「なら手を貸すぞ。俺はもう十分ポイントを稼いだからな。お前らのサポートに回ろう」

「……それは、ありがたいけど……いいの?」

「ただでさえ俺達は助けてもらったと言うのに……」

 

ただでさえ救けてもらっただけでなく、少女に至っては怪我の治療もしてもらったと言うのに、これ以上貴重な時間を割いて手伝ってもらうのは申し訳なかった。

だが、それに嵐は笑みを浮かべる。

 

「構わねぇよ。言ったろ?もう十分ポイントを稼いだって。それに、人救けはヒーローの本分だ。この後の時間はそのために使ってもいいだろ」

 

あっけらかんとそう言いのけた嵐に、二人は一瞬目を合わせると、やがて表情を綻ばせた。

 

「あんた、いい奴だね」

「助かる。お前がいると心強い」

「決まりだな。俺は八雲 嵐だ。お前らは?」

 

嵐が笑みを浮かべてそう尋ねると、二人はそれぞれ名乗る。

 

「ウチは耳郎 響香。よろしく」

「俺は障子 目蔵だ。よろしく頼む」

「おう、よろしくな。じゃあ、耳郎、障子。早速敵がお出ましだ。さっさと片付けるぞ‼︎」

 

嵐が二人に背を向け視線を向けた先には、先程の派手な竜巻に気づいたからなのだろう。無数の仮想敵が群れを成して嵐達の方に迫る光景があった。

そして、嵐の意気込みに二人は呼応するかのように声を上げ飛び出した。

 

「うん‼︎」

「ああ‼︎」

 

そして、受験生3人で組まれた即席チームアップは思いの外上手くいき、嵐が最前線に立ち風で動きの妨害だけでなく、攻撃手段を徹底的に潰し、怪我で満足には動けない二人の動きを風で補助し、耳郎が仮想敵に耳のイヤホンを伸ばして突き刺して己の心音を増幅させた振動で破壊し、障子が六本の腕を振るい仮想敵を拳で粉砕していき、撃破あるいは行動不能にしていき、3人は見事に襲いくる仮想敵を全て撃退することができた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

時間にして約2分。仮想敵の残骸の山々の中心で3人は漸く息をついた。

 

「大分倒したな」

「そう、だな。ポイントも、十分稼げた」

「てか、あんた、なんでそんなに、余裕なの?」

 

障子と耳郎が膝に両手をついて荒い息をつく中、一番動いたはずの嵐は平然としており、その様子に耳郎が疑問の声を上げたのだ。

嵐は竹筒の水を飲むと、微妙な表情を浮かべる。

 

「……いや、師匠の特訓に比べれば、この程度は別になんともないからな。ぶっちゃけ物足りねぇ」

 

戦いの師である巴に毎日地獄のようなどぎつい特訓メニューを課せられているからか、この程度では呼吸を荒げるほどではなかったのだ。

誰よりも仮想敵を倒して疲労しているはずだというのに、何ともないように呟く嵐に二人は驚くと同時に感心する。

 

「……あんた、強いんだね……」

「あれだけ動いて、まだ物足りないのか。…凄まじいな……」

「まぁソレはいいとして、これから———」

 

どうする?そう言おうとして、嵐は言葉を止める。

彼らの足元から振動が伝わり、地面が震え上がったからだ。

 

「今度は何⁉︎」

「地震か?」

「いや、違う。これは———」

 

二人が地震かと慌てる中、嵐だけはその事実を否定し、ある一点に視線を向ける。

その視線の先には、丁度一体の、他の仮想敵とは比較にならないほどの巨大な仮想敵が地面を割って下から出てきたところだった。

 

「成る程な。確かにお邪魔虫のギミックだあれは」

 

嵐は出てきた巨大な仮想敵ー0Pを見て一人納得する。

20…いや、30mはあるだろう鈍い緑色の装甲と巨大なキャタピラを駆動させ鉄塊と見紛う日本の巨大アームで建物を薙ぎ倒しながら突き進み、砂埃と地割れ、振動を齎すそれは歩く災害と例えてもいいかもしれないだろう。まさにドッスン的な存在だ。

しかも、それだけじゃない。

0Pの両側の建物の脇から、無数の仮想敵が出現したのだ。残り全てが出てきたのではないかと思うほどの数のそれらはまさしく軍隊のように徒党を組んで、0Pの周囲を囲みながらこちらへと迫ってきていた。

迫る巨大仮想敵と軍隊のような無数の仮想敵。それらはまさしく圧倒的な脅威となり雄英の狭き門に果敢に挑んだ受験生達の心を容易くへし折った。

 

『う、うわぁぁぁぁ‼︎‼︎』

『な、なんなんだよあれぇ⁉︎』

『あんなヤベェのがでんのかよ⁉︎』

『は、早く逃げろォォォォォ‼︎‼︎』

『あんなの無理だ!勝てるわけがねぇ‼︎』

 

受験生達が脱兎の如く、我先へと仮想敵から逃げる。しかも、腰を抜かした者や、転んでしまった者達に見向きもせずに、自分の身を最優先して……

 

「…………チッ、腰抜け共が」

 

嵐はそれらを見て、小さく舌打ちした。

ヒーローを目指す者達があろうことか、我が身を優先して怯えている者達を捨てて逃げる光景に冷たい表情を浮かべた。

 

これが援軍を求めるための戦略的撤退ならばまだ良い。だが、これはただの遁走。我欲の為の、我が身を守るためだけの逃走だ。

いくら、鎬を削り合う受験生同士とはいえ、腰を抜かして動けない者に、転んで怪我した者に声をかけることすらしないのは果たしてヒーローと呼べるのだろうか?

 

(そうじゃねぇだろ。ヒーローなら後ろにいる奴らを安心させるべきだろうが)

 

そう思った時、逃げようとしない嵐の様子に気づき、身の危険を感じて逃げようとしていた耳郎と障子が足を止めて声をかける。

 

「八雲‼︎あんたは逃げないの⁉︎」

「早く逃げないと危険だぞ?」

「むしろ、どうして逃げるんだ?ヒーローを目指すならば、今こそ戦うべきじゃねぇのか?」

「「ッッ」」

 

二人がそう問いかけるも、嵐はそれには応えずに0Pを見上げながら逆に尋ねる。

その問いかけに二人は思わず言葉を詰まらせた。ヒーローを目指しているだけに、危ないとは思っていても、やはり何とかしなくてはとも思っていたからだろう。

そして、嵐はそのまま言葉を続ける。

 

「後ろに逃げ惑う人達がいて、前からは巨大な敵が迫る。こういう状況だからこそヒーローは人々を安心させるべきじゃないのか?

敵に立ち向かうこと。敵に立ち向かえずとも怯える人達を安心させること。怪我をした人達に手を差し伸べること。何でも良い、誰かを安心させることができる奴こそヒーローと呼ばれるんじゃねぇのか?」

「‼︎……それは……」

「確かに、お前の言う通りだ……」

 

嵐の言葉に二人は納得を示す。

ヒーローとは何も戦うだけじゃない。人々の笑顔を守ること。人々の怪我を手当すること。誰かに手を差し伸べて、安心させることができれば、誰もがヒーローになれるのだから。

 

「それに、俺達はヒーローになりたくてここに来たんだろ。だったら、この試験の場でもヒーローとしての行動ができないで、どうしてヒーローになりたいと言える?もう始まってんだよ。俺達がヒーローになる為の挑戦は。

“Plus Ultra”。受難を超えて更に向こうへ行かねぇと、ヒーローにはなれねぇだろ」

「「………」」

 

嵐の言葉は驚くほどに二人の心に深く突き刺さった。迫る脅威や理不尽に立ち向かい、誰かを安心させようとするヒーローとしての覚悟。

それを言葉として突きつけられ、更には圧倒的脅威に背を向けない彼の背中に、二人は目を奪われた。

 

「‥‥そこまで言われて、何もしなかったらロックじゃないでしょ」

「ヒーローを目指すならば立ち向かうべき。ああ道理だな」

 

彼の覚悟に動かされ、耳郎と障子は笑みを浮かべながら嵐の左右に立つとそれぞれ構える。

 

「ウチだってヒーローになりたくてここに来たんだしね」

「ああ、俺達はその為にここにいる。なら、最後まで抗って見せよう」

 

二人ともやる気は十分。嵐の言葉に心動かされ、今確かにヒーローとしての第一歩を踏み出したのだ。

そして、彼の覚悟は、耳郎と障子以外の者達の心をも動かした。

 

「へぇ、お前良いこと言うじゃん」

 

突然、嵐に勝ち気な声がかけられる。3人揃って振り向けば、そこにはオレンジ色の髪をサイドテールにしているジャージ姿の女子がいた。いかにも男勝りであろう彼女は嵐に視線を向けると、一つ頼み事をしてくる。

 

「私も協力させてくれないか?お前の言葉響いたからさ」

 

彼女もまた嵐の会話を少し離れた場所から聞いていて、彼のヒーローとしての覚悟に心を動かされた者なのだ。

そして、彼女の申し出に嵐は快く了承する。

 

「ああ勿論だ。人手は一人でも多い方がいいからな」

「そ、ありがと。私は拳藤 一佳だ。よろしくな‼︎」

「八雲 嵐だ。よろしく」

「俺は障子 目蔵だ」

「ウチは耳郎 響香。よろしくね」

「よろしく。それで、八雲。お前はなんか策があるんだよな?」

 

既に作戦はあるだろうと予想した拳藤は嵐に尋ねる。嵐は頷くと再び0Pへと視線を向ける。

 

「0Pは俺がやる。お前らは周りの奴ら相手にして後ろに行かないようにしてくれ。手前にいるやつだけで良い。それと、俺が合図したら離れろ」

「それは良いけど、あんたもしかして0Pだけじゃなくて、周囲のロボも纏めて相手しようとしてる?」

「俺達もまだ余力はある。お前は0Pに専念してもいいんだぞ?」

「そうだよ。私らだってまだまだ戦えるよ?」

 

3人が嵐の作戦に口々にそう言うものの、嵐は首を横に振る。

 

「いや、そう言う話じゃない。俺の“個性”の話だ。周りに影響が出ちまうからな。巻き込みたくないだけだ」

 

嵐の“個性”は強力だ。しかし、強力であるが故に本気を出せば周囲に被害が出てしまう。だからこそ、今まで加減して使っていたのだが、あれほどの巨体ならば多少は力を引き出さなくてはいけないと言うわけだ。

理由を聞いて、耳郎達は納得する。

 

「……そう言うことなら」

「確かにお前の風ならそうなるな」

 

既に嵐の戦いっぷりを見てる二人は、嵐の個性を知らずとも強力であることを理解している。拳藤も二人の様子を見て渋々納得する。

嵐は0Pから視線を外し背後で未だ逃げ惑う人達を視界に入れると、怒りの表情を浮かべながら大きく息を吸って叫んだ。

 

「おい腰抜け共何をビビってんだぁ‼︎‼︎お前らは何のためにここに来たっ⁉︎⁉︎ヒーローになるためだろうがっ‼︎‼︎だったら、何で今腰抜かして怯えてまともに動けねぇ奴を見捨てて逃げようとしてるっ‼︎‼︎ふざけてんじゃねぇぞっ‼︎‼︎」

 

突然の怒号に耳郎達だけでなく逃げ惑う受験生達がビクッと肩を震わせて動きを止める。

嵐の怒声に危機的状況も相まって泣き出す者、彼の剣幕に腰を抜かすなど大体が驚き、怯える中、嵐の怒声は続く。

 

「敵と戦う勇気がなくても、できることはあるだろうがっ‼︎‼︎腰を抜かした奴がいるなら声をかけて立たせろ‼︎怪我をして動けねぇ奴がいるなら手を差し伸ばせ‼︎怖がる誰かを安心させるためにできることをやれ‼︎‼︎それがヒーローなんじゃねぇのかっ‼︎‼︎」

 

怒号が響き渡り、受験生達が沈黙する中、嵐は表情を一転させて笑みを浮かべる。

 

「後ろのデカブツ共は俺達がやる‼︎だからお前らは出来ることをやれ‼︎ヒーローになりてぇなら、今動けっ‼︎‼︎なんのためにここに来たのかを思い出せっ‼︎‼︎」

 

最後にそう締めくくり、嵐は彼らに背を向けると改めて耳郎達へと視線を戻した。

 

「悪いな、待たせた」

 

嵐は今もなお仮想敵が迫っていると言うのに、時間を使わせたことに軽く詫びる。だが、全員がそれに笑みを浮かべて大丈夫だと快く言ってくれる。

 

「いいって。お前の言いたいことはわかったから」

「ああ、お前の言葉にも一理あるからな」

「言い方はきついけどね」

 

三者三様の言葉に嵐は笑って頷くと、彼らと横並びに立ち身構えながら声を上げた。

 

「さて、敵退治と行こうか‼︎」

「ああ‼︎」

「「うん‼︎」」

 

そうして四人は勢いよく駆け出す。

風を纏って誰よりも早く嵐を捕捉して仮想敵達が揃って嵐へと襲い掛かる。だが、暴風纏う嵐にとってそれらは悉く意味がない。

 

「邪魔だぁっ‼︎‼︎」

 

力強い踏み込みと激声を以て嵐は一層風を纏って爆進する。暴風纏う彼の進路上にいた仮想敵は抵抗するまもなく悉く砕かれた。

仮想敵の群れをぶち抜くように、風によって地面を抉り削って一直線の道を刻む。

その凄まじさに両手を巨大化させて仮想敵を潰していた拳藤は目を丸くする。

 

「あいつ強すぎないか⁉︎⁉︎」

「うん、ウチも驚いたよ」

「ああ。凄まじい強さだ」

 

既に彼の強さを目の当たりにしている耳郎と障子はそんなことを呟きながら、嵐の作戦通りに手前にいる仮想敵を次々と潰していき、自分達の後ろには行かせないようにしていた。

 

そして、彼らの更に後方。

逃げ惑う受験生達にはある変化が起きていた。

 

「なぁおい‼︎あいつに好き放題言われてて良いのかよっ⁉︎」

「いいわけがねぇ‼︎俺だってヒーローになりにここに来たんだっ‼︎」

「俺たちに出来ることをやるぞ‼︎俺は怪我人の手当てをやる‼︎」

「なら、私は動けない人の避難を‼︎‼︎」

「手当の方法を知ってるよ‼︎誰か手伝って‼︎」

 

嵐の叱咤に心動かされた者達が自分の失態を挽回するかのように声を上げて動き始めたのだ。

ある者は好き放題言われて良いのかと呼びかけ、ある者は怪我人の手当てを行い、ある者は腰を抜かした者達に優しく声をかけている。

彼の一喝に多くの受験生達が奮起したのだ。

 

その様子を迫り来る仮想敵を次々と捩じ伏せながら見ていた嵐は一人笑みを浮かべる。

 

「なんだよ、やりゃ出来るじゃねぇか」

 

嵐としては発破をかけて数人動けば良いと思っていた。だが、実際はどうだ?嵐の予想よりも多くの人間がここに来た目的を思い出し、ヒーローになるべく失態を挽回しようと奮起したではないか。これでこそ、激励をした甲斐があると言うものだ。

 

「あいつらが動いたんだ。なら、俺もこのデカブツをちゃんと潰さねぇとな」

 

そして、彼らが奮起した以上、自分もこの目の前の脅威を取り除くことで彼らの想いに応えよう。仮想敵を潰しながら嵐はそう思った。

 

そんな中、嵐に狙いを定めていたのか、0Pが間合いに入った瞬間に嵐を潰さんと右の腕を振り下ろそうとしていた。

 

「八雲っあぶなー」

 

いち早く気づいた耳郎が嵐にそう叫ぼうとした直後、彼がいた場所から凄まじい烈風が巻き起こった。

 

「うわっ⁉︎」

「むっ⁉︎」

「なにっ⁉︎」

 

一瞬吹き荒れた烈風に耳郎達が思わず動きを止める。そして、顔を上げた彼らが見たのは、0Pの右腕がバラバラに斬られ崩れ落ちる光景だった。

 

「えっ…?」

「嘘でしょ?」

「腕を、斬り落としたっ⁉︎」

 

0Pの足下では右腕を上に振り上げる嵐の姿があったことから、嵐が右腕を振るって鋭い鎌鼬を放って0Pの右腕を斬ったのだと理解した。

目の前で起きた事象を信じられず唖然とする中、嵐は叫ぶ。

 

「吹き飛ばされたくなかったら全員離れろぉぉぉ‼︎‼︎」

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

突如響いた嵐の合図に、ハッとした耳郎達は慌てて後退する。そして、一定範囲から離脱した彼らを確認した嵐は残った左腕を振り上げる0Pを見上げながら腰を落として呟く。

 

「久々にやるか」

 

嵐は両腕を大きく広げ全身に纏う風を強くさせていく。彼を中心に吹き荒れる風は周囲の大気を収束させ取り込むことで次第に勢いを増していき、圧縮されることで小さな竜巻が生まれる。嵐の飛膜や髪もまた風に靡き揺らめく。

そして、いよいよ0Pが左腕を振り下ろそうとした時、嵐は動いた。

 

「ぶっ飛べぇ‼︎‼︎」

 

猛々しく吼え、嵐は両腕を振るい遂に風を解き放つ。

 

 

 

 

「《神嵐(しんらん)天津風(あまつかぜ)》ッッ‼︎‼︎」

 

 

 

 

———刹那、巨大な嵐が生まれた。

 

激しく渦を巻いて、吹き荒れる颶風。

人々を、建物を、環境を、生態系を、ありとあらゆる全てを呑み込み、一切合切を破壊する天災の一つ。ハリケーン、サイクロン、台風などの呼び名も持つ嵐が突如出現し0Pだけでなく周囲にいた1、2、3Pの仮想敵をも全て飲み込むだけに留まらず、周囲の崩壊しかけているビルすらも瓦礫に変えて軽々と空へと巻き上げる。

巻き上げられ、嵐に囚われた仮想敵達を吹き荒れる暴風の斬撃ー鎌鼬が襲った。

轟々と唸りながら天空へと伸び、空に浮かぶ雲を喰らう特大の竜巻はさながら、咆哮を上げながら天上へと昇る龍のようだ。

 

「十分離れたはずなのにっ、なんて威力だっ⁉︎」

「無茶苦茶にも程があるだろっ⁉︎」

 

他の受験生達がいる数百m程先の場所まで後退したと言うのに、それでも低い姿勢を保たなければ吹き飛ばされかねないほどの強風が伝わってきて、障子と拳藤は驚愕するしかなかった。

そして、その嵐の余波に耐え抜く中、耳郎は竜巻を見上げて目を見開く。

 

「……っ⁉︎嘘っ、斬り刻んでるっ?」

 

彼女の言葉通り、特大竜巻の内部では仮想敵が悉く斬り刻まれていたのだ。

ギャギャギャと耳障りな異音を立てながら、仮想敵のロボはなす術もなく吹き荒れる風の斬撃に悉く斬り刻まれ、その躯体を削られている。

それは0Pも例外ではなく、他のロボと一線を画す躯体を有していようと天災の暴威には抗えるわけもなく、頭部、左腕、胴体、脚部と次々に別れていった。

やがて、特大竜巻が収まり中に囚われていた仮想敵—だった見るも無残な残骸や瓦礫が次々と地面へと落ちていく。

そして、一際バラバラに斬り裂かれた巨大な0Pの残骸が体に響くような地鳴りと鳴らし、砂埃を巻き上げながら地面に落ちる。

 

 

『終了ぉぉぉ——————ッッ‼︎‼︎』

 

 

それと同時に、スピーカーからプレゼント・マイクの試験終了の声が辺りに響き渡った。

 

 

雄英高校実技試験ーA会場。

 

 

そこでは試験の最初から最後まで常に風が吹き荒れていた。

 

 

竜巻が巻き起これば、仮想敵は舞ってしまう塵芥の如く吹き飛ばされる。

 

 

旋風が吹けば、仮想敵は悉く踏み潰されたかの如く叩き潰される。

 

 

鎌鼬が放たれれば、仮想敵は龍の爪に斬られたかの如く斬り裂かれる。

 

 

極め付けは、最後。

天災たる嵐の如き特大竜巻が巨大な0P仮想敵と残りの仮想敵全てを呑み込み空へと巻き上げて斬り刻んだことだ。 

 

 

圧倒的なまでの暴威を目の当たりにした受験生達はソレを成した者———風を纏い、晴れ渡った空に浮かぶ白い羽衣と黒い鱗、黄金の角、長い尾を携える一人の少年ー八雲 嵐。

 

 

 

殆どの受験生達は彼のその背中に暫しの間、目を奪われていた。

 

 





アマツマガツチは見た目、強さ、BGM、全てが素晴らしいと私は思います。

アマツの嵐はいつ解禁できるのやら……先は遠いなぁ。

あ、ちなみに、次回で入学前編は終了する予定です。



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4話 英雄への道を


今回で入学前編は終了‼︎そして、次回からは入学編に入ります‼︎

では、どうぞ‼︎


 

 

 

 

プレゼント・マイクの試験終了の声が響いた後、中空に留まっていた嵐は小さく息をついて肩の力を抜く。

 

「ふぅ……終わったか」

 

僅か十分という短い時間だったものの、それでも濃密な時間を過ごした嵐はそう呟いた。そして、耳郎達の元へと戻るべく風を操作して飛びながら周囲を見渡す。

あたりには仮想敵の残骸が転がっており、周囲のビルにも落ちており、半ば崩れかけていた。道路も落ちた衝撃で大きく捲れ上がって茶色の地肌が剥き出しになっている。

 

「……う〜〜ん、やっぱアレだと街への被害が大きいな」

 

嵐は一人反省する。

《神嵐・天津風》。嵐が有する技の中でも大技の一つだが、見ての通り周囲への被害が大きすぎる。

ヒーローを目指す以上、街に被害を出すということは避けたいため、改良が必要だなと考えたのだ。

 

「ポイントは稼いだからいいが、周囲への被害はこれからの課題だな」

 

ポイントも最後の最後で荒稼ぎできており、詳しい数字は分からないが相当なポイントは獲得できたことだろう。

ポイント的には実技試験は合格できたと嵐は思っている。…………問題は、内申点だが。

 

「………なるようになれだ」

 

内申点のことを思い出して微妙な顔を浮かべた嵐はすぐに顔を振ってその思考を止める。

グダグダと考えるより、素直に試験の結果を待とう、と結論づけた。

そして、受験生達の視線が自分達に釘付けになる中、その一番前にいた耳郎、障子、拳藤の3人の元へと降り立った。

 

「よ、怪我はないか?」

 

降り立つと、変身を解きながら笑みを浮かべた彼女達に尋ねる。3人は、一様に頷きながらも驚いたり、戸惑ったりとさまざまな表情を浮かべ口を開く。

 

「い、いや、ウチらは大丈夫だけど……」

「お前の個性、ぶっ飛んでるな……」

「ああ、あそこまで強力だとは思わなかったぞ」

「だから言ったろ。俺の個性は周りに影響が出るって」

「確かに言ってたけど、ここまでだなんて……」

 

さらりと告げた嵐にやはりまだ驚愕が消えていない耳郎がそう呟いた。

彼女の気持ちもわからなくはないので、今だに驚愕が抜け切らないのも仕方ないことだ。

だが、彼女達は知らない。

 

先程の厄災が如き特大竜巻。アレでも抑えた方だということは。

 

実を言うと、先ほどの特大竜巻でも嵐の全力には程遠い。そもそも、()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

しかし、全力を出すことは本当に余程のことがない限りはこの先もあり得ないだろう。

なぜなら、嵐の個性は……文字通りの厄災なのだから。

そして、個性の詳細は話さずとも全力ではなかったことを話せば更に驚くことだろう。だが、そうなると面倒になるはずなので、嵐はあえてそれを口にすることは決してしなかった。

 

「ま、今回は誰も巻き込まれた奴はいなかったから結果オーライだろ」

 

耳郎が驚愕まじりに呟くのをよそに、拳藤が空気を変えるかのように他の受験生達を見渡しながらそう言うと、嵐に視線を戻して背中をバシバシと叩きながら言う。

 

「それに、他の会場がどうなってるかは知らないけど、八雲、お前が実技試験の成績1位になるのだけは間違いないな」

 

アレだけの凄まじい戦いぶりを見せたのだ、他の試験会場ではどうかは知らないが、拳藤個人の見立てでは主席合格は間違いなく嵐だと断言できる。そして、その言葉には耳郎や障子も頷く。

 

「うん、それはウチも思う。ポイントも相当稼いでるはずだしね」

「ああ。そうだな。八雲が主席合格なのは間違い無いだろう」

「……そうだといいがな」

 

二人もそれは疑ってないらしくそう答える。

3人からの称賛に嵐は少し嬉しそうにしながら顔を逸らしながらそう呟く。

そして、未だに唖然としている受験生達の姿を視界に収めると、表情を変えて彼らの元へと徐に歩いていき、一番近くにいた座り込んでいる受験生に近づくと手を差し伸べる。

 

「立てるか?」

「あ、あぁ、立てるよ。あんた、凄いな。…‥俺は、何も出来なかったよ」

 

嵐に手を引っ張られて立ち上がった受験生は、そう小さい声で恥じるように呟く。

彼は、嵐の激励を受けてもなお動けなかった類らしく、他の受験生達に引っ張られて後退したようだ。

そして、自分の情けなさを心底悔やんでいるように顔を俯かせた。嵐は項垂れる彼を無言で見下ろすと、静かに口を開く。

 

「……これは、俺の独り言で個人的な考えだ。だから、嫌なら聞かなくていい」

「?」

 

受験生が困惑する中、嵐はしばしの沈黙の後にそれを言葉にした。

 

「ロボ相手に腰を抜かして何も出来なかった奴ら。………君達には、ヒーローは向いていない。諦めたほうがいい」

「ぇ……」

 

紡がれたのは、冷たく苛烈な諦めを促す言葉。

その言葉に、話を聞いていた多くの受験生達が絶望の表情を浮かべる。

 

「ちょっ、八雲っあんたそこまで言わなくてもっ………っ」

 

耳郎は驚愕して、そう嵐に詰め寄るも彼の表情を見て言葉が止まる。

なぜなら、彼の表情は決して彼らを嘲笑っているわけではなく、ひどく優しげなものだったからだ。その表情で否が応でもわかってしまう。嵐が悪意で言ったことでは無いことに。

 

「今回の敵はロボだ。殺さないようにプログラムされているし、感情もない。だから、少なくとも死ぬようなことはなかっただろう。だが、本物の敵は違う。敵は俺達を殺すつもりで来る。本物の、殺意や敵意、悪意が自分達に向けられるんだ。

感情がないロボ相手に腰を抜かしているのなら尚更本物の敵とは戦えない。殺意を向けられて情けなく腰を抜かしていたら、それこそ死ぬだけだ。怯えることしかできない奴は、本当にあっさりと死んでしまう」

 

嵐は敵の恐ろしさを知っている。

人が死ぬことも、恐怖に怯えてしまうことも、敵との命のやり取りの全てを嵐は巴から何度も聞かされ、過去の経験からそれを知っていた。

 

「我が身可愛さで逃げ出して守るべき人達を見捨てたら、ヒーローどころか、人としても、失格だ。かと言って心を殺して恐怖を感じないようにしろ、なんて言わない。怖いのは怖いでいいんだ。人なんだから、恐怖を感じるのは仕方ない。だが、怖いと思っても敵と戦う覚悟を持って立ち向かわなくちゃいけないのがヒーローなんだよ」

 

殆どの受験生達は敵の脅威を知らない。

ヒーローがどんな思いで敵と戦っているのか、敵と戦うというのがどんなことなのか。

現実は絵本の世界とは違う。ヒーローが敵と戦うにしても、そこには覚悟がある。

敵と戦う覚悟、敵と命を賭けて戦い後ろの人達を護るという覚悟が。

それが出来る者達こそヒーローと、英雄と呼ばれる者達なのだから。

嵐は目を伏せて拳を強く震えるほどに握りしめながら、脳裏に過去の光景を思い浮かべながら続ける。

 

「敵と戦う覚悟がろくにないのなら、戦場に立つな。普通に家庭を築いて、家族と共に笑って幸せに過ごせ。

その分俺が戦って、敵を倒すから。君達は安心して暮らしていればいい」

 

嵐の発破に動いた者達も多くいた。

だが、言われてから動くのでは遅いのだ。そもそも、プロになって社会に出てのなら鼓舞してくれるものはいないのだ。むしろ、自分達こそが人々を安心させなくてはいけない。

今回は、偶然自分がいたからこそ奮起することができたものの、こんな偶然早々起こるわけではない。

やる気があるのは認める。だが、それとこれとは話が別。ヒーローを目指すのなら今の時点でも何かあった時に動けるようにしておかなければいけないのだ。

嵐はそう言い切ると、目を開けて受験生全員に視線を向けると、ひどく優しげで慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 

「………悪いな。勝手に君達の夢を否定しちまった。好きに恨んでくれて構わねぇ」

『…………』

 

最後にそう嵐は優しく言う。

彼の言葉に、そしてあまりにも優しげな表情に受験生達は何も言うことができず、目の端に涙を浮かべたり、唇を噛み締めたりと無言で嵐の言葉を各々噛み締めていた。

嵐の目の前にいる受験生も顔を俯かせながら、拳を震えるほど強く握りしめていた。

嵐はそんな受験生の肩をポンと叩きながら、横を通り過ぎると、再び風を纏って空を飛んで一人先に会場から去っていった。

 

 

最後にひゅるりと優しく吹いた風が、受験生達の頬を撫でていった。

 

 

その風は、冬であるはずなのに、とても暖かく感じた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

嵐が会場から去った後、飛び去る背中を見送っていた耳郎は呟く。

 

「………あんな奴もいるんだ…」

 

耳郎にとって八雲は初めてみるタイプの人間だった。

最初、耳郎は嵐の発言に怒った。

彼らだって頑張ったのに、そんなことを言わなくていいでしょ、と。憤りのままに言おうとしてた。だが、詰め寄った時に見た彼の表情はそう発言したとは思えないほどにひどく優しげなものだったのだ。

だからこそ、耳郎は気づいた。

 

彼は、彼らに死んでほしくないだけなのだ。

 

ただ死んでほしくないから、嵐はああいう風に厳しく言ったのだ。

ヒーローという職業は明日も満足に生きていられる保証などないのだから。

そして、アレが彼なりの優しさだと耳郎は気づいた。

 

「厳しくて優しくて、不器用な奴なんだね。あんたは……」

 

同年代とは思えないほど確固たる覚悟を持っている青年に彼女はただそう素直に感心した。

 

 

そして、彼の存在が心に大きく残ったのは彼女だけじゃない。共に戦った障子と拳藤も同じだった。

 

「八雲、お前は……凄いな」

「そうだね。凄い奴だよ、本当に」

 

2人にも嵐の本心は分かった。

ヒーロー業界は厳しい世界だ。敵と戦うということは命のやり取りをするということ。ともすれば、敗北して死んでしまうこともある残酷な世界だ。

どう言った経緯を辿ったかは分からないが、嵐はその現実をこの場にいる誰よりも知っているのだろう。だからこそ、篩にかけて彼の言葉に何もいえなくなった者達を遠ざけようとしている。

 

そして、彼は夢を諦めてしまった者達の分まで、自分が戦って皆の平和を守ろうとしているのだ。

 

そんな優しい意志が確かに感じられた彼の背中。それは、まさしく自分達が憧れたヒーロー達の背中と同じモノだった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

場所は変わり、巨大なモニタールーム。

ここには雄英高校の教員達が集まり、各会場の実技試験の様子を見ながら採点していた。

 

「実技試験、成績出ました‼︎‼︎」

「しかし、まさか救助P0で2位とはなあ!」

「ああ、その反面敵P0で、救助Pのみで合格の者もいるな。どちらも極端な点の取り方だ」

「1、2Pは主に音に引き寄せられる性質がある。後半が鈍っていく中で、派手な個性で迎撃し続けた。タフネスの賜物だな」

「救助Pだけのあの子も、 0P倒すまでは典型的な不合格者の動きだったのに、最後のは痺れたわねぇ」

「俺ァあいつ気に入ったぜぇ‼︎」

 

無数のモニターを見ながら採点をしていた教師達は特に印象の強かった合格者達を見て口々にそう呟く。

教師達の発言にもあった通り、試験の採点方式は仮想敵であるロボットを倒して獲得できる敵Pだけではない。

もう一つのポイントはー救助活動P(レスキューポイント)

 

その名の通り、誰かを救ける、あるいは護るなどの救助活動を行なった受験生に対して与えられる教師達による審査制の得点なのだ。

どうやら、今年はどちらかのみのポイントで合格した生徒が2人いたようだ。

やがて、殆どの生徒達の採点が終わり、A会場の様子が写っているモニターに一人の青年が投影された。

 

白い飛膜と黒い鱗、巨大な角と長い尾、翡翠の鉤爪を携える白髪金眼の青年ー八雲 嵐だ。

 

教師達は風を纏い試験会場を縦横無尽に飛び回りながら、仮想敵を蹂躙している嵐の戦いぶりに、揃って驚愕している。

 

「これは………凄まじいな……」

「ああ、まだ中学生でここまで戦えるとは。……もはや、そこらのプロを凌駕しているぞ」

「他の受験生達とは既に一つも二つもレベルが違う。……他の子達が霞んでしまうな」

 

教師達は冷や汗を流しながら、彼の戦闘に圧倒されていた。

プロである教師達の目から見ても嵐の実力は既に受験生達の中でも頭二つ飛び抜けていたのだ。しかも、戦闘力だけではない。

 

「応急処置も適切だ。だいぶ勉強しているね」

「えぇ、しかも周囲をよく見ています。危なくなった受験生を何度も助けていますね」

「しかも、即席チームアップできるコミュニケーション力もあるな」

「俺の合図に真っ先に反応したのもコイツだけだったしなー‼︎」

 

この試験で求められているのは戦闘力だけではない。状況をいち早く把握する為の『情報力』。早く駆けつける為の『機動力』。どんな状況でも冷静でいられる『判断力』。市井の平和を守る為の基礎能力があるか否かを炙り出しているのだ。

そして、それに加えて嵐が耳郎や障子、拳藤と即席チームアップをしてみせたコミュニケーション能力も必要だ。

それらにおいて、嵐は全てが軒並み高かった。

極め付けが、 0Pを倒した時だ。

 

「アレに立ち向かったのは過去にもいたが、まさかアレを倒してしまうとはな」

「しかも、今年は彼だけでなくもう1人も撃破したわ。2体も壊されるのは初めてじゃない?」

「ああ、今年は豊作だな」

 

過去にも嵐同様 0Pに立ち向かったものはいたらしいが、倒したものは久しく見ていないそうだ。

しかも、それが今年は嵐含めて2人もいる。今年はなかなかに豊作だった。

そして、教師達は嵐が 0Pを残りの仮想敵ごと纏めて特大竜巻で飲み込んだ光景を見て驚く。

 

「あそこまで強力な風を操れるとはな……」

「ええ、あの破壊力はもはや災害だわ」

「……ただの特大竜巻じゃなく、内部では風の刃が無数に飛び交っているようだ。あの歳であの破壊力……末恐ろしいな」

「風の他にも鱗に飛膜などの全身の変化、複数の個性が混ざった複合型の個性かしらね」

「YEAH‼︎‼︎何度見てもすごいぜ‼︎あれだけの破壊力。プロでも出せる奴はそういねーぜ⁉︎」

 

教師達の言葉に続いて、プレゼント・マイクもやや興奮気味にそう言う。そして、手元にある嵐の成績表を見る。

 

「なになに、名前は八雲 嵐。敵P(ヴィランポイント)は……はっ⁉︎218ぃ⁉︎んで、救助活動P(レスキューポイント)が120ぅ⁉︎なんだこのぶっ飛んだ数字はよぉ‼︎‼︎」

 

嵐が獲得したポイント数に驚愕の声をあげるプレゼント・マイク。それに他の教師達も呟く。

 

「トータル338Pか。敵Pは2位のほぼ3倍。救助Pに至っては9位の2倍か。これは、雄英始まって以来の記録じゃないか?」

「だが、あの戦いっぷりを見ればそのポイントも納得だ」

「ああ、最後のあの竜巻で一気に加算されたな。おそらくは残りの仮想敵全てのポイントを獲得したはずだ」

「本当に見事なもんだぜ、クケケケッ。……ただよぉ、問題は……」

 

嵐の大量ポイント獲得を賞賛する一方で、恐竜を模したマスクを被った教師が特徴的な笑い声の後に神妙な声を出す。

なぜなら、中学での彼の問題行動があったからだ。

 

「……他校の不良との乱闘が25回。しかも、そのうちのいくつかは病院送りもある」

「典型的な不良少年、か」

「だが、彼は中学では多くの生徒に慕われ生徒会長をしていたそうだ。教師からの評価も軒並み高い」

「なぜだ?喧嘩ばかりしているなら、教師からの評価は低いはずだろ?」

 

他校の不良達と幾度となく乱闘し、中には病院送りまですると言う絵に描いたような不良少年だが、その一方で中学では生徒会長として慕われていると言う正反対っぷりに教師達はそんな疑問をこぼす。

その疑問には、ある者が答えた。

 

「実はね調べてみると彼、自校の生徒達が不良に絡まれていることが多くて、それを救けるために喧嘩していたそうなんだよ」

「校長……」

 

校長と呼ばれたのは、犬かネズミかわからない小型犬サイズのスーツ姿の白い珍生物。

彼こそが、この雄英高校の校長根津なのだ。

 

「では、彼が行なった喧嘩は全て不良から生徒を護るということですか?」

「そうなるね。紅城中の生徒達は周りの中高の不良達から結構な頻度で絡まれることが多いらしく、彼が護っていたということなんだ。学校周辺の治安維持にも役立っていたらしく、教師達からの評価も高いそうだよ」

 

根津の説明に喧嘩ばかりする不良青年というイメージを抱いていた教師達はそのイメージを変えていく。

だが、プロフィール欄を見ていた教師達の目がある一行を認識して、難色を示す。そこに書かれていたのは、

 

 

『———幼少期、個性の暴走にて敵を数十名殺害』

 

 

と、書いてあったからだ。

殺人という最も重い罪の一つを犯した過去。それは議論を紛叫させた。

 

「いくら成績が優秀とはいえ、殺人歴のある生徒を入れるのは………」

「プロでも殺人は余程のことがない限りはしない。それを1人どころか複数人……」

「しかも、個性の暴走と書いてある。万が一、アレだけの個性が暴走したら一たまりもないぞ」

「大量殺人歴に加えて、暴行歴も多数。これだけでも十分不合格にしていい理由になる」

「殺人歴のある子供を合格にして、他の有望な子供を不合格にするべきではない」

 

殺人歴を知り、嵐を不合格にすべきだという反対意見が上がり始めた。

しかし、その反面、彼にヒーローとしての素養を見出し、擁護する者達も出てきた。

 

「だが、彼にはヒーローとしての素養がある。我々がしっかりと教え導くべきじゃないのか?」

「ああ、俺もそう思う。いくら危険とはいえ、彼はある程度制御できているように見える。だから、今はそれほど危険ではないだろう」

「だが、万が一暴走したらどうする気だ?」

「それこそ分からない話だ。これからがどうなるかなんて誰にも分からない。そうさせないように我々が導くのだ」

 

しばらく議論が続く中、それを黙って聞いていた根津は静かに発言をする。

 

「うん、皆がそれぞれの意見を持つのは当然だと思う。でも、ボク個人の意見としては、彼は合格にすべきだと思っている」

 

根津は彼を擁護すると続ける。

 

「それにこれはあくまで考察に過ぎないけど、幼少期の個性の暴走は彼自身が悪いわけではない。必ず、外的要因があったはず。

そして、こうして雄英の門を叩いた以上、彼にはヒーローになりたいという思いがあるはずなんだ。だから、ボクは彼を合格にすべきだと思うよ」

『……………』

 

根津の言葉に教員達は全員沈黙する。そして、沈黙した彼らを見渡しながら彼はある提案をした。

 

「そこで一つ提案なんだけど、彼の主席合格は変わらずに、一般入試の合格者をもう一枠設けようと思うんだ」

「ヒーロー科を41名にするんですか?

今年はオールマイトの件もあります。マスコミが騒ぐと思いますが」

「それについても心配はないさ。幸いにも、実技試験で同点の生徒がちょうど2人いたからね。公式には同点の生徒がいたためと公表するよ」

 

根津はそう言って一度口を閉じると、腕を後ろで組んで改めて教師達を見渡しながら言った。

 

「各々思うことがあるのは仕方ないと思う。

だから、彼が入学した後、しっかりと我々で教え導いてあげようじゃないか」

 

まだまだ未熟な子供を導くのは大人である教師達の役目だ。そして、ヒーローであるならば未来ある子供達が踏み外さないように正しい道へと教え導いてあげるべき。

それを理解しているからこそ、教師達は根津の言葉に力強く頷いた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

雄英高校入学試験から1週間後。

 

嵐は試験の結果を気長に待ちながら、自室で本を読んでいた。

その時、呑気に本を読んでいる嵐の部屋の襖を叩く音が聞こえた。

 

『嵐さん、巴です。入ってもよろしいですか?』

「ああ、どうぞ」

 

嵐から許可をもらい、入ってきた巴の手には一つの封筒があった。

巴は嵐に近づくと正座をして手紙を差し出す。

 

「雄英からです。合否の通知でしょう」

「ありがとう、巴さん」

 

嵐は手紙を受け取ると、ペーパーナイフを机の引き出しから取り出しながら呟く。

 

「せっかくだし、巴さんも見ようよ」

「よろしいのですか?」

「勿論」

「ふふ、ではお言葉に甘えて」

 

そして、巴も正座して結果を心待ちにする中、嵐はペーパーナイフで思ったよりも分厚い封筒の封を開けて中を見る。

中には三つ折りの書類がいくつかと小さな円盤型の機械のようなものが入っていた。

 

「何だこれ?」

 

嵐は円盤を手に取り、まじまじと見ながら呟く。巴はその機械に心当たりがあるのか、気づいた。

 

「投影機ではないでしょうか?」

「投影機?なんでだ?」

「さぁ、そこまでは……置いてみたらきっと作動すると思いますよ」

「ん、分かった」

 

嵐はそう答えて、投影機を机の上に置く。

すると、投影機が光りホログラムが空中に投影され、そこには———

 

『私が投影された‼︎‼︎』

 

ドアップで映る彫りが深い、一人だけ画風が違うウサギのようなピンとした二本の前髪が特徴の金髪の大男がいた。

彼こそが、日本だけでなく世界中の人間が知る、誰もが知るトップヒーロー。

 

「オールマイト⁉︎」

「……OBの特別出演でしょうか?」

 

嵐が目を見開き驚愕する中、巴はそんなことを呟く。オールマイトは周知の通り、雄英のOBだ。だから、雄英がOBにゲスト出演してもらったと考えることもできると言うわけだ。

そして、出演理由は彼本人が話してくれた。

 

『ハハハハ、きっと驚いているだろうね。

実はね、私は今年から他でもない雄英高校の教師を務めることになったんだよ‼︎

このビデオもOBの特別出演じゃなくて、教師としてのこのビデオに出ているわけなんだ‼︎』

「マジかよ。オールマイトが教師って」

「凄いですね」

 

No. 1ヒーローがあの雄英の教師になるのは本当に凄い事だ。そして、このことが公表されていなかったのは、混乱を避ける為ではないだろうか。

しかし、嵐としては倍率が跳ね上がっていたかも知れなかったので事前に公表されなくてよかったと安堵した。

そして、オールマイトは早速説明を始めていく。

 

『まずは筆記試験からだ‼︎

筆記試験は文句なしの成績だ‼︎それどころか上位5名に入っている好成績だ‼︎凄いじゃないか‼︎試しに解いた私でも少し難しいと思う問題もあったというのに‼︎

そして次は実技試験だ‼︎‼︎』

 

筆記試験の結果報告は手短にして、いよいよ嵐が気にしていた実技試験の話に入った。

 

『実技試験の成績だが、敵P(ヴィランポイント)が218P‼︎こちらも素晴らしい成績だ‼︎文句なしの主席合格さ‼︎』

「俺が、合格……」

「おめでとうございます‼︎嵐さん‼︎今日はお祝いですね‼︎」

 

自分が合格、しかも主席合格したことに信じられないと言う風に呟く嵐に、巴は瞳を潤ませながら心底嬉しそうな声音で言う。

 

『これだけでも……って、ええ?巻きで?彼が最後だろう⁉︎時間はまだまだ余裕あるはずだぜ?』

 

話を続けようとしたオールマイトは撮影者だろう人物にそう言う。

どうやら一人につき制限時間が設けられていたようだ。だが、オールマイトの話を聞くに自分で順番は最後見たいらしく、それを理由でオールマイトは撮影者を論破する。

そして、咳払いを一つ挟んで、オールマイトは話を続けた。

 

『コホン、さてこれだけでも君は合格、しかもぶっちぎりの主席合格だが、我々が見ていたのは敵Pのみにあらず‼︎

どんな状況であろうと救けることがヒーローには必要な心構えだ‼︎

偽善?綺麗事?大いに結構‼︎‼︎命を賭して綺麗事実践するのがヒーローのお仕事なんだからさ‼︎‼︎』

 

オールマイトは大層勿体ぶってそう言うと、大きく腕を広げながら遂にそれを言った。

 

『審査制の救助活動P‼︎それこそが、我々がみていたもう一つの基礎能力の採点項目さ‼︎‼︎

君の救助活動Pは———120P‼︎‼︎

見てたぜ‼︎君は危ない人を救け、怪我人の応急処置を行い、即席のチームアップでの協力撃破、最後には圧倒的脅威である0Pや残りの仮想敵を全て倒し多くの受験生を護ってみせた‼︎‼︎

カッコよかったぞ‼︎‼︎見ていた私も感動しちゃったよ‼︎』

「………」

 

親指を立てて称賛するオールマイトに、嵐は照れ臭そうに笑う。

あのNo. 1ヒーローに賞賛されるのだ。嬉しくないわけがない。

 

『そして、敵Pと合わせてトータル338P‼︎‼︎

最初から最後まで他の追随を許さない怒涛の快進撃‼︎素晴らしかったぜ‼︎‼︎戦闘力だけじゃない、その他の基礎能力でも君は目まぐるしい活躍をしてみせた‼︎‼︎

もう一度言おう‼︎君は合格さ‼︎しかも、ぶっちぎりの主席合格だ‼︎‼︎』

「〜〜〜〜ッッ」

 

もう一度はっきりと言ったオールマイトに、嵐は興奮や歓喜が抑えきれずに体を震わせながら、口の端を上げて笑みを浮かべる。

オールマイトは腕をこちらに向けて伸ばすと、最後に言った。

 

『来いよ八雲少年‼︎雄英(ここ)が君のヒーローアカデミアだ‼︎‼︎』

 

その言葉を最後に、ホログラムは消えてオールマイトの映像は終わった。映像が終わり、静寂が訪れた嵐の自室。黙って見ていた嵐は、映像が終わると震える左腕で握り拳を作りガッツポーズをし、歓喜の叫び声を上げる。

 

「……っっしゃあぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎」

 

自室どころか家じゅうに響き渡ったであろう歓喜の声。それほどまでに、嵐は雄英を主席合格したことが嬉しいのだ。

それは巴もだ。巴は遂に瞳から涙をこぼしながら嬉しそうに笑う。

 

「本当におめでとうございます嵐さん‼︎

いつも努力されていましたからね。……嵐さんなら必ず合格できると思っていました……‼︎」

 

保護者として、また師匠として嵐の成長をずっと見守ってきた彼女は、あの誉れ高き雄英に嵐が主席合格したことに心の底から喜ぶ。

 

「ああ、巴さんが鍛えてくれたお陰だ。ありがとう」

「私なんて、この合格は嵐さん自身が勝ち取ったモノですよ。私はほんの少し手助けしただけです」

 

嵐の感謝にそう謙遜した巴は、不意に何かを思い出すと表情をわずかに暗くさせながら嵐に問うた。

 

「あの……嵐さん、その、この事は……()()には?」

「必要ない」

 

戸惑いながらも尋ねる巴に、嵐はキッパリと答えると、表情に影を落としながら答える。

 

 

 

「俺はもうあの家の人間じゃないからな」

 

 

 

そう。もう彼らとは関わりがないのだから、雄英に受かった報告など必要ない。

それに対して巴は肩を落とし悲しそうな表情を浮かべるも、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。

 

「はい……では、買い出しに行ってきますね。今日は奮発しますよ‼︎」

「……ああ」

 

何かを振り払うように微笑みを浮かべながら、そう言った巴に嵐もまた穏やかな微笑みを浮かべそう答えると、同封されていた合格通知書類を読み始めた。

巴はそれを見ると、嵐に一礼し部屋から出て夕飯の買い出しに行った。

 

 

「…………」

 

 

一人になった部屋でしばらく無言で合格通知書類を読んでいた嵐は、徐に書類を開くと机に立てかけている写真立てに視線を向けると、悲しげな笑みを浮かべる。

 

「………紅葉姉、青葉姉、俺雄英に受かったよ。しかも、主席合格だ。

これでようやく紅葉姉と同じスタートラインに立つことができた」

 

写真には幼い頃の自分と、その左右に立って嵐を左右から抱きしめる真紅の瞳とポニーテール、翡翠の瞳とストレート、と尻尾の本数しか容姿に違いがない瓜二つの、金の狐耳を持つ二人の少女が写っていた。

一方は既にこの世におらず、もう一方は久しく会っていない大切で、大好きな姉達だ。

嵐はその二人を見て笑みを浮かべると、告げる。

 

「見ててくれ、俺は絶対にヒーローになるから」

 

幼い頃に大切な姉達と誓った約束を果たすために、今一度嵐は決意を新たにした。

 

 





余談ですが、A会場での合格者は嵐の他に耳郎、障子、拳藤の計四名のみです。
7つの会場で原作で40人しか合格者がいないのなら、一会場あたり5〜6人が平均だと思いましたので、ポイントを荒稼ぎした嵐のあるA会場は少し減らして4人ということにさせていただきました。

あと、感想でもあったのですが、人以外の被害は気にしていないという点ですが、気にしていないというわけではなく、加減が出来ていなくてやってしまったという感じです。
これからは建物に被害を出さないようにすることが嵐の課題となっていくでしょう。というわけですので、決して嵐が建物の被害を気にしていないというわけではありません。

そして、今回でストックが切れたのでしばらく書き溜めます。



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5話 普通じゃない始まり


エペランクプラチナ行った。ちょー嬉しい。

今回からいよいよ雄英高校生活スタート、そして、みんな大好き相澤先生のご登場です


 

 

 

4月。すっかり春の陽気で暖かくなり、花壇には花々が咲き、道路には薄紅色の花を咲かせる桜の木が並んでいる。

空は雲が少しある程度で鮮やかな青が広がる晴天。

そんな晴れやかな小春日和の日。今日、嵐はついに雄英高校の入学式の日を迎えた。

 

学校から送られてきた制服。

緑のラインがあるグレーのジャケットに、白無地のワイシャツに赤のネクタイ。そして緑無地のズボン。しかも、嵐の場合は万が一のための尻尾用の穴まであるまさに彼専用の制服を、彼は部屋にある姿見の前で着る。

鏡に映るのは真新しい制服に身を包んだ自分の姿。あの雄英高校の制服を着ていることに嵐は喜びを覚える。

 

「……よし」

 

やがて、満足そうに頷いた嵐は黒地に白いラインのあるリュックを手に取ると忘れ物がないかを確認してから階段を降りて玄関に向かう。

そして、玄関で赤いラインのある白いスニーカーを履いて靴紐を結んで立った時、見送りで玄関先で立っていた巴がふと声をかける。

 

「嵐さん」

「なに?」

 

嵐は巴に振り向く。すると、巴は目の端に涙を浮かべながら嬉しそうに微笑んだ。

 

「とっても良く似合っていますよ。格好いいです」

 

巴は嵐の雄英の制服姿を下から上まで見渡してそう言ったのだ。嵐もそれに対して快活な笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、行ってくる‼︎」

「はい、行ってらっしゃい」

 

巴が手をひらひらと振って嵐を見送る。

そうして嵐は扉を開けて外に出て、桜の花が舞う道路を駆け抜けていった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

入試の時と同じ道を辿った嵐は、雄英高校の正門前で一度立ち止まると巨大な校舎を見上げる。

 

「……今日から雄英生か」

 

感慨深そうに呟いた嵐は、改めて自分が姉と同じ雄英生になれた事を強く実感して、右拳を握りしめて小さくガッツポーズをする。

 

「……っし」

 

誰にも聞こえない程度の声量で声を出すと、顔を上げて正門をくぐる。そして、校舎内に入ろうとした時不意に後ろから肩をポンと叩かれた。振り向いた先にいたのはー

 

「よっ」

「入試以来だね」

「久しぶりだな」

 

実技試験で共に戦った3人、耳郎、障子、拳藤だった。耳郎が肩を叩いて、拳藤がそう声をかけてくる。障子もその後ろから着いてきていた。

 

「よぉ、お前らもやっぱ受かっていたか」

 

嵐は笑みを浮かべて彼らに振り向くと、合格したことを祝う。3人はそれにそれぞれ笑みを浮かべた。

 

「ま、ほぼあんたのお陰だけどね」

「そうだな。お前の手助けがなかったら、俺達はあの時に終わっていたかもしれない」

「私もだなぁ。最後の最後で荒稼ぎできたし。あれがなかったら危なかったかも」

「そうか。それで、3人は近くで会って一緒にきたのか?」

 

どうして3人が一緒にいるのか気になった嵐は3人にそう尋ねた。3人はそれに頷く。

 

「そんなところ。ウチと障子が駅であってさ、拳藤とは正門前で会ったの」

「それで話してたら、前に八雲がいるのが見えてさ。こうして声かけたってわけ」

「なるほど。そういうわけか」

 

嵐は耳郎と拳藤の説明に納得する。

入学式の時間とかを考えたら、今ぐらいの時間がちょうどいいのだろう。だから、こうして鉢合わせすることができたのだ。

そうして、4人はそのまま仲良く校舎内に入って教室を目指す。

雄英高校は校舎だけでなくその中、廊下もバカ広く、一階一階の天井が5m以上は有る。教室の扉も建物に合わせたかの様に高く、異形型の個性で大柄な体型を持つ者達へのバリアフリーに配慮した仕様なのだろう。

そして、無駄に広い廊下を歩きながら嵐はふと尋ねる。

 

「そういえばお前らはクラスどっちなんだ?ちなみに、俺はA組だ」

 

雄英高校にはクラスがA〜Kである。

ヒーロー科がA、Bでその他の3クラスずつある。普通科がC、D、E。サポート科がF、G、H。経営科がI、J、Kといった具合だ。

試験で知り合った面子だからこそA、Bのどちらかに割り振られたのか嵐は気になったのだ。

 

「俺もA組だ」

「ウチも」

「私だけB組かー。なんか、寂しいな」

 

拳藤以外の3人がA組だったことに、共に戦った仲間として1人だけ疎外感を感じた彼女はそう残念なふうに呟く。

だが、それに嵐達3人がすかさずフォローを入れる。

 

「別に対して問題はないだろ。お互いヒーローを目指して切磋琢磨することには変わらないんだ。休みの時間にでも情報交換とかしようぜ」

「うん、そうだね。別にお別れってわけじゃないんだし、また放課後にでも話そうよ」

「ああ。情報交換は良い刺激になる」

「……うん、そうだな。ありがと‼︎」

 

3人のフォローに嬉しそうに笑みを浮かべた拳藤はそう返した。

そして、しばらく歩いた頃、拳藤が所属するクラス、B組の札が先に見えた。

 

「私はここだな」

 

拳藤がそう言って扉に手をかけようとした時、嵐はふと思い出した様に彼女に待ったをかける。

 

「あ、そうだ。3人とも連絡先交換しないか?」

 

スマホを取り出しながらそう提案した嵐に3人は笑みを浮かべて「勿論」と答えてくれて、嵐は無事に高校初の友達を確保することができた。そして、お互い連絡先を交換した後、拳藤は扉に手をかけながら3人へと振り返る。

 

「またなー‼︎」

 

そう手を振りながら、拳藤はB組の扉を開けて中へと入っていた。扉の大きさに反して、彼女はガララッと容易く開けたので、軽い素材でも使っているのだろうか。

密かに嵐はそんなことを思っていたが、すぐ隣のA組。その前の扉に立つある人物を見て思考が途切れる。

 

「ハァ……あった……ドアでっか……」

 

扉の前で立っているのは、黄色い大きめのリュックを背負った緑髪の生徒。それは嵐が試験前のガイダンス時にフォローした緑髪の少年だった。

何をしているのか知らないが、どういうわけか彼はドアの前で立ち尽くしていた。

 

(あいつも受かってたのか)

 

あの時庇った彼が合格していたことに安堵しつつ、嵐は彼との距離を一気に詰めていき自ら声を掛ける。

 

「よ、おはよう」

「えっ、あっ、君はあの時の…‼︎」

 

緑髪の少年はビクッと肩を跳ねさせながら振り向くと、声の主があの時庇ってくれた人だと気づく、声を震わせながら頭を下げる。

 

「そ、その、あの時は庇ってくれて、ありがとう」

 

あの時のことのお礼をずっと言いたかったのだろう。やっと言えたと安堵する少年に嵐も表情を綻ばせた。

 

「気にすんな。俺がしたくてしたことだしな。

それにしても、お前も受かったんだな。お互いおめでとう」

「あ、う、うん、お陰様で………あっ、そ、そうだ!僕は緑谷出久。君の名前は……?」

 

名前を教えてほしいのだろう。若干、うずうずした様子の緑谷に嵐は笑いながら手を差し伸ばした。

 

「八雲嵐だ。これからよろしくな。そんでこっちの二人が……」

「うちは耳郎響香。よろしく」

「障子目蔵だ。これからよろしく」

「うん、よろしく八雲君!耳郎さん!障子君!」

 

3人の自己紹介を受けて緑谷はそう答えながら嵐の手に自分も手を伸ばして握手をした。

 

「んで、なんでお前は教室の前で立ってたんだ?」

 

やや挙動不審だった緑谷の様子に疑問を感じた嵐は思い切って尋ねた。緑谷は恥ずかしそうに笑いながらそれに答える。

 

「あ、それは、ちょっと入るのに緊張しちゃって……」

「もしかして、緊張しいタイプか?」

「そういえば、あの時も注意されてガチガチになってたね」

「確かにな。本番だと上がってしまうのか?」

「お、お恥ずかしい限りです……」

 

黒歴史になりつつあった入試の時の自分の姿を指摘されて、恥ずかしそうに恐縮する緑谷に嵐は笑った。

 

「はは、そう緊張すんなって、じきに慣れるだろ」

 

そう言いながら緑谷の代わりに嵐が扉に手をかけて開くと、中では———

 

 

「君‼︎机に足をかけるな‼︎雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか⁉︎」

「思わねーよ‼︎てめーどこ中だよ。端役が‼︎」

 

 

嵐が入試ガイダンスの時に注意した眼鏡男子と、服をだらしなく着崩したザ・不良な見た目の金髪の少年が言い争いをしていた。

何がどうしてこんなことになったのかは知らないが、嵐は彼らの言動からなんとなく察した。

 

「ボ……俺は私立聡明中学出身。飯田天哉だ」

 

眼鏡男子ーもとい、飯田は妙にカクカクした動きでそう自己紹介をした。それに金髪少年がガンを飛ばしながら反応する。

 

「聡明だぁ〜〜〜〜〜⁉︎くそエリートじゃねえかブッ殺し甲斐がありそうだなぁ」

「ブッコロシガイ⁉︎君ひどいな‼︎本当にヒーロー志望か⁉︎」

 

片や真面目が服を着たかのような少年。片や見た目、中身共にザ・不良な少年。

見るからに対照的な二人は、その外見に反さずに派手な言い争いを始めていた。その様子を見て、嵐達はドン引きする。

 

「うわぁ、何あれ……」

「教室にいるのだから、ヒーロー科のクラスメイトなのはわかるが……」

 

耳郎と障子は思わずそう呟いてしまう。

確かに初見でこんな光景を見れば、そんな微妙な反応を浮かべるのも仕方ない。

そして、緑谷も緑谷で何か嫌な予感があたってしまったと言うか、最悪だと言いたげな表情を浮かべている。

 

「ったく、どこにでもいんのな。ああいう奴は」

 

嵐としてはあの金髪少年は、中学の3年間で何度もボコっていた不良達とよく似ており、この雄英にもいるのかよと思わずため息をついてしまう。

それから、しばし思考すると一人頷き二人の方にずかずかと近づいていく。近づいてくる嵐に言い争いをしていた二人は当然気づく。

 

「む、君はあの時の……」

「あぁ?なんだテメェ」

 

飯田の反応はいいとして、金髪少年の反応は明らかに喧嘩腰な不良のそれだ。

嵐は懐かしいなぁと思いつつ口を開き答える。

 

「飯田の言ってることはともかく、とりあえず足を下ろせ。行儀悪ぃぞ」

 

やんわりとした口調で注意した嵐に、金髪の少年———爆豪勝己は鼻を鳴らして嗤う。

 

「ハッ、何言うかと思えば、そこのモブと同じようにくだらねぇことかよ。なんでわざわざテメェの言うこと聞かなきゃいけねぇんだ。アホくせぇ」

 

爆豪は威圧を込めてそう吐き捨てる。まるで自分が一番で、恐れるものは何もない。と言うのが、言葉や態度から感じられた。

普通の少年少女なら不良の威圧に多少威圧して、言いにくくなるのだが生憎、嵐は違った。

 

「はぁ………おい」

「ッッ⁉︎」

 

露骨に大きくため息をついた後、怒りに満ちた冷徹な声が響き、爆豪に自身の威圧を塗り替えるほどの壮絶な威圧が叩きつけられる。

爆豪は今まで感じたことがないような悪寒を感じ、思わず表情をこわばらせた。

嵐は爆豪を見下ろすと低い声音のまま口を開いた。

 

「何がくだらねぇだ。ふざけてんのか?このクソガキが。どうやら、テメェは常識がなってねぇようだな。物は大事に扱えって親に言われなかったのか?テメェのもんなら好きにすればいいが、この机は雄英のもんだ。テメェの私物じゃねぇ」

 

そう言うと、嵐は爆豪の首根っこを素早く掴んでそのまま軽々と持ち上げる。

189cmという高身長である嵐が爆轟を自分の目線と同じ高さまで持ち上げたら、170cm程度の爆豪では足が届くわけもなく宙にぶら下がる格好になってしまった。

突然子供のように、あるいは猫のように持ち上げられた爆豪はすぐにカッとなる。

 

「テメッ、離しやがれっ‼︎」

「ああ」

 

カッとなりながら、ポケットから右手を出して何かをしようとした爆轟だったが、何かをする前に嵐がパッとすぐに手を離す。すると、一瞬の浮遊感の後に爆轟は椅子に落ちた。

 

「ガッ⁉︎このっ、テメェっ…!」

 

割と高いところから落ちて腰か尻を打ったのか、伝わる痛みに爆豪は少し悶える。

苦悶する彼に嵐は言い放つ。

 

「まず小学校からやり直せ。

ヒーロー志望どうこう以前に、人としての社会常識がなってねぇテメェはろくなヒーローになんねぇよ。常識や礼儀ができねぇなら、とっとと帰って転校先でも探してろ」

「あぁ⁉︎……んだと…っ‼︎」

 

不機嫌や侮蔑を隠さずにそうはっきりと断言する嵐。その言葉に爆豪は顔にいくつもの青筋を立てながら、席から立ち上がり嵐を下から睨む。

見ての通り、爆豪はとてつもなく沸点が低い。そのうえ、かなりプライドが高い。

初日からモブ眼鏡にクソどうでもいい注意をされて気が立っていだと言うのに、それに加えて嵐にガキのようにおちょくられたことが彼のプライドを盛大に傷つけていたのだ。

現に、既に構えられている両掌からはバチバチと小さな火花が幾つも発せられている。

 

まさしく一触即発の空気に、先程まで爆豪を注意していた飯田も危険を感じて二人を止めなければと思うものの、殺気に等しい威圧と怒気の余波がこの教室全体に溢れており、それに晒され動くことすらできていなかった。

他のクラスメイト達も同様であり、耳郎に障子、そして後から来たであろう茶髪の女子は冷や汗を流しており、緑谷に至っては顔が青くすらなっている。ただ、早く終わってくれと願うことしかできていなかった。

というか、初日からやめてとでも言いたそうだ。

 

「さっきからべちゃくちゃと好き放題言いやがって……っ‼︎よっぽど死にてぇらしいなぁ…っっ‼︎クソ白髪野郎っ‼︎」

 

爆豪はよほど腹が立っているのか、親の仇を見るような尋常じゃない目つきで怒りに声を震わせながら、両掌の火花を一層強くする。

だが、嵐には大した威嚇にはならなかった。

 

「ハッ!そうやって、何でもかんでも暴力で解決しようとする。そこらのチンピラと同類じゃねぇか。クソみてぇな性格が滲み出てるぞ?そんなんでよくヒーローになりてぇとか言えたな。敵の方がお似合いだ」

「テメェ…っ‼︎いいぜぇ、お望み通りブッ殺してやるよっ‼︎‼︎」

 

嵐のあからさまな挑発に、プライドの高い爆豪が耐えれるわけもなく、もはや激突は避けられない。そう思った時だ。

 

「はいそこまで」

『ッッ⁉︎』

 

突然教室に一人の男の毅然とした声が響く。

動こうとしていた二人はピタッと動きを止めて、その声が聞こえたは方向ー教室の扉の方を見る。

そこにいたのは、真っ黒い服に身を包み、首元には白い包帯のようなものをマフラーのように巻いている長い黒髪に無情髭の、寝袋を脇に抱えている小汚い格好の一人の男性だ。

 

「あぁ?」

(あの人は…っ)

 

爆轟は思わず怪訝な声をあげるも、嵐はその男の姿を一瞥した瞬間に、僅かに驚いた。

なぜなら、嵐は一方的にだが彼のことを知っていたからだ。

嵐が僅かに驚くのをよそに、男は二人を視界に収めると歩み寄って二人を咎める。

 

「お前ら落ち着け。入学初日から問題を起こす気か?」

「……いえ、すみませんでした」

「………チッ」

 

男の指摘に嵐は素直に謝罪して、爆豪は小さく舌打ちすると構えを解いて、ポケットに手を突っ込んで不貞腐れる。

そして、男は二人の前に立つと咎める。

 

「一応経緯は耳郎達から聞いた。

爆豪、こればかりは八雲が全面的に正しい。

人として最低限の社会常識と礼儀ぐらいは身につけろ。もうお前は高校生なんだからな。それに、お前が所属しているのは雄英のヒーロー科だ。ヒーローを目指す以上、人から注目されるようになる。自分の振る舞いが人々に見られるようになる。その時、お前のような振る舞いをする奴がヒーローとして支持を受けれると思うか?」

「…………スンマセンした」

 

さすがの爆豪も教師に注意されては何も反論できない。彼は不貞腐れながらも渋々そう謝罪した。

爆豪の謝罪を受け取った男は軽く息をつくと、生徒達を見渡して口を開く。

 

「………さてと、俺が君達1年A組の担任の相澤消太だ。よろしくね」

((((担任なのっ⁉︎))))

 

先程の毅然とした態度から一転、気怠げにそういう相澤。あまりのギャップの違いにクラスメイト達はほぼほぼ困惑する。

入学初日にして、初めて生徒達の心がシンクロした瞬間だった。相澤はゴソゴソと寝袋を漁ると中から紺を基調としたジャージを取り出す。

 

「早速だが、体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ。時間は有限だ。更衣室で着替えて十五分後に集合。更衣室は近くにある。くれぐれも遅れるなよ?」

 

そう矢継ぎ早に告げると、相澤は質問させる暇もなくさっさと教室を出てしまった。

 

『…………』

 

相澤が出て行った後、教室はしんと静まり返る。当然だ。嵐と爆豪が激突寸前まで行ったのだから。

 

「チッ……!」

 

静まり返る空気に居たたまれなさでも感じたのか、爆豪が舌打ちをしながら立ち上がると、鞄を持ちながらずかずかと嵐の脇を通って最後に扉の辺りで緑谷を一睨みするとさっさと出て行った。

嵐も気まずそうに頬をかきながら、改めてクラスメイト全体を見渡す。

 

「………あー、とりあえず、皆、迷惑かけてすまなかった」

 

彼らに殺気の余波を当ててしまったことに嵐はそう謝罪した。しかし、誰も返事をしないことに多少の気まずさを感じながらも、続ける。

 

「俺が言うのもなんだけど、とにかく急いで出た方がいいと思うぜ。あの人、多分厳しそうだからさ」

 

そう言って嵐はさっさと教室を出て更衣室へと向かった。

 

「あっ、八雲!」

「おいっ」

 

さっさと教室を出た嵐の後を耳郎と障子が慌てて追いかけていき、やがて他のクラスメイト達も慌てて更衣室へと向かった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『個性把握…テストォ⁉︎』

 

相澤に言われるがままに更衣室で雄英の体操服に着替えてグラウンドに集合した嵐達は担任から告げられた言葉にそろって驚愕する。

 

「入学式は⁉︎ガイダンスは⁉︎」

 

その事に麗かな茶髪の少女がそんな抗議の声をあげるが、相澤はそれを一蹴する。

 

「ヒーローになるならそんな悠長な行事。出る時間ないよ。雄英は“自由”な校風が売り文句。そしてそれは“先生側”もまた然り」

『………?』

(………どう授業をするのかも、教師の自由ってわけか)

 

相澤の言葉に生徒達が揃って首を傾げる中、嵐だけは1人そう納得する。

姉の一人である紅葉がかつて雄英生であったことから、嵐は雄英の校風をある程度知っていたからだ。

 

「“ソフトボール投げ”、“立ち幅跳び”、“50m走”、“持久走”、“握力”、“反復横跳び”、“上体起こし”、“長座体前屈”。中学の頃からやってるだろ?個性禁止の体力テスト」

 

どうやら彼が行おうとしている個性把握テストは、中学でもやったことある体力テストと同じものであるらしい。

 

「国は未だ画一的な記録を取って、平均を作り続けてる。全く合理的じゃあない。まぁ、文部科学省の怠慢だな」

(……確かに)

 

失礼ではあるが、嵐も相澤の意見に同意だった。“個性”の発現以降、元々の人間の体の作りとは離れた構造をしている異形型の“個性”を有している者は身体能力が通常よりも高い場合が多い。

だからこそ、同じ体力テストをやっていても常時発動型であるために個性の恩恵を受けて記録を次々と塗り替えてしまうのだ。

だからこそ、各個性に合わせた方法を取り組むべきだと嵐は常々思っていた。

相澤はそういうと、懐から金属のボールを取り出しながら呟く。

 

「まぁ、話すより、見てもらったほうが合理的だな。……確か、実技試験一位は八雲だったな。ちょっと来い」

『ッッ』

「はい」

 

入試一位。その単語が出た瞬間に、殆どの視線が嵐へと向けられる。多くのものが興味や好奇心などといった類だが、一部は敵意の様なものを向けているものもいた。確実に爆豪だろう。見なくてもわかる。

そして、嵐が主席合格したことに耳郎と障子はやっぱりなと納得していた。

 

嵐はさまざまな視線を無視して、平然と返事をしながら相澤へと近づき、相澤からなんらかの装置であろうボールを受け取った。

 

「……ソフトボール投げですか?」

「そうだ。ただし、個性を使用して、のな」

『個性を…⁉︎』

 

相澤の発言に今度こそクラスメイト達がざわつく。当然だ、これまでの体力テストは平均を取るために個性は使わない様にしていた。だからこそ、個性を使えるという事実に、クラスメイト達は驚いたのだ。

 

「一々騒ぐな。とっととやるぞ。因みに、八雲。中学の時、ソフトボール投げ何mだった?」

 

本当に無駄を嫌う合理的な人なのだろう。

ざわつくクラスメイト達にそう一言告げると、すぐに嵐へと首だけを動かしながらそう尋ねたのだ。それに嵐は勿体ぶらずに答えた。

 

「350mです」

『ッッ⁉︎』

 

嵐は半異形型であるがゆえに、それだけの記録を叩き出せたのだが、当然それを知らないクラスメイト達は再びざわつこうとして相澤に注意されると思い驚くだけにとどめた。

 

「じゃあ、個性を使って思いっきりやってみろ。円から出なきゃ何をしても良い。はよ」

「うす」

 

嵐はそう頷くと徐に靴と靴下を脱ぎ、更には上着まで脱ぐ。突然服を脱ぎ出した嵐に、クラスメイト達は当然驚愕した。

 

「はっ⁉︎ちょっ、なんでいきなり脱いでんだっ⁉︎」

「ボール投げすんじゃねぇのかよっ⁉︎」

「……うっわ、すっごいバッキバキ……」

「細マッチョくんだぁ」

「……凄ぇ鍛えてんな。アイツ」

「…………まさか、あいつそんな趣味が……?」

 

2名を除いて三者三様の意見を言ってみせたクラスメイト達(約1名的外れな発言をしていたが)に嵐は快活に笑ってみせる。

 

「あー驚かせて悪ぃ。個性使うと服が破けちまうからさ、靴と上着だけ脱いでんの」

 

そう答えながら上裸になった嵐はズボンの裾をまくり早速両腕両足を変化させて実際にそれを見せる。

 

「ムッ、変化している……?」

「……あれって、鱗と飛膜?あれがあの人の個性なのかな?」

「なんだ、あの個性は……」

 

飯田と麗かな茶髪の女子ー麗日お茶子と腰から尻尾を生やした明るい金髪の少年ー尾白猿夫が思わずそう呟き、クラスメイト達の視線が嵐に集中する。

そんな中、同じ会場で受けた耳郎と障子だけは二回目ということもあって嵐の説明に納得していた。

 

「成程ね。だからあんな格好だったんだ」

「ああ。確かにあれだと服はダメになるな」

 

二人もそう呟く中、嵐は四肢を解すとボールを右腕で掴んで後ろに伸ばして、両足の鉤爪でしっかりと地面を掴む。

深く息をついた嵐は全身に力を巡らせると同時に右腕に風を纏わせる。ヒュオオオと音を立てながら嵐の右腕を中心に風が渦巻き小さな竜巻を形成していく。

 

「……風………?」

「えっ、あいつ変身系じゃないのかよ……」

 

風が吹き始めたことにクラスメイト達が動揺する中、嵐は地面に罅が生まれるほどに強く踏みしめると力のままに腕を振るい、

 

「ぶっ飛べぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎」

 

裂帛の声で吼えながら、竜巻を解き放ち全力で投げた。瞬間、凄まじい暴風が吹き荒れボールを空へと押し上げていき、その風の余波で嵐の周囲の砂を巻き上げる。

そしてボールは天高く、高く登っていき、雲を突き破って消えた。

やがて一分もしないうちに相澤の手にある端末がピピッと音を鳴らした。相澤は画面に表示された数字を見ながら口を開く。

 

「まずは自分の最大限を知る事。それがヒーローの素地を形成する合理的手段。ここで君達には、個性を使った各記録の伸び代で、出来ることと出来ないことかを浮き彫りにしろ。それこそが己を生かす創意工夫に繋がる」

 

そう告げて相澤が見せた端末の画面には『7408.9m』という普通のボール投げでは決して出ない様な馬鹿げた数字が表示されていた。

その記録に、また、個性が使えるという事実にクラスメイト達は興奮する。

 

「なんだこれ‼︎すげー面白そう‼︎」

「7km越えってマジかよ‼︎」

「個性思いっきり使えるんだ‼︎さすがヒーロー科‼︎」

 

一気に騒ぎ始めるクラスメイト。だが、彼らの表情が喜色に満ちる中、嵐だけは冷めた目をして、表情を困ったものへと変えた。

 

(面白そう………は言わねぇほうが良かったかもなぁ)

 

嵐はこれまでの相澤の発言を思い出す。

まともに自己紹介すらしていない時点で、合理性云々いって、その後も合理性を重視した会話をしていた。

恐らく、今のクラスメイトの発言は相澤の前ではしてはいけない類のはずだ。

現に、

 

「…………面白そう、か。君達はヒーローになる為の3年間をそんな腹積もりで過ごす気なのかい?」

(ほらみろ)

 

嵐が予期した通り、相澤は不穏な気配を放ちながらそんな事を言う。その今までと違う迫力にクラスメイト達は多くが動きを止めた。

 

「よし。トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としようか」

 

そして、相澤はニヒルな笑みを浮かべるとついにそんな事を言い放ったのだ。

 

『はああああ⁉︎⁉︎』

 

そのあまりにも理不尽すぎる宣告にクラスメイト達は揃って驚愕する。

死に物狂いで勉強し、あの実技試験をくぐり抜けたというのにまさか入学初日に最下位は除籍などたまったものじゃない。いくらなんでも無謀だ。

 

「最下位除籍って……!入学初日ですよ⁉︎いや初日じゃなくても……理不尽すぎます‼︎」

 

あまりの理不尽な宣告に、麗日がそう抗議の声をあげる。他のクラスメイトも同様で彼女の抗議に頷くも、相澤はそれを全て一蹴する。

 

「生徒の如何は先生(俺達)の自由。これが、雄英高校ヒーロー科だ。

自然災害、大事故、身勝手な敵達……いつどこから来るかわからない厄災。日本は理不尽にまみれている。

そういう理不尽を覆していくのがヒーローだ。

放課後マ◯クで談笑したかったのならお生憎。これから3年間、雄英は全力で君達に苦難を与え続けるぞ」

 

ヒーローを目指すからこそ、その道は生半可なものではなく先生達はあらゆる試練を与えて生徒達を磨き上げていくつもりなのだ。

だからこそ、普通の高校生活を過ごせるとは思わないほうがいいのだ。

相澤は人差し指をクイッと曲げながら挑発するように言い放つ。

 

「“Plus Ultra(更に向こうへ)”さ。全力で乗り越えてこい。こっからが本番だぞ」

 

ニヒルに言い放った相澤に、これが最高峰の学校なのかと思う者、除籍のことを未だ引きずり青ざめている者、何を言ったところで通用しないと歯噛みする者。

十人十色の反応を見せた後、一人を除き多くのクラスメイトが腹を括り覚悟を決めた。嵐も同様だ。

 

「ハッ……上等だ。やってやる」

 

嵐は口の端を吊り上げながら、やる気十分というふうに呟く。

元より、覚悟などできている。この程度のことで萎縮していては、誓いを果たすことなど不可能だからだ。

 

「………」

 

そして、一人そう意気込む嵐の呟きが聞こえていたのか、相澤は無言で彼に視線を向けていた。

 

 






感想、誤字報告あればお待ちしてまーす。


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6話 最初の苦難

個性把握テスト続きです。


『第1種目:50m走』

 

こうして始まった個性把握テスト。名前順で行っていた為、『や』で最後になった嵐は2レーンあるものの一人で走る事になった。

先程のボール投げや最後ということもあって、クラスメイトの視線が嵐に再び集中する。

嵐は全員の視線が集まる中、入試の時と同じように左爪を地面に突き立てながらクラウチングスタートの姿勢をとる。しかし、今回はそれだけでなく、全身を変化させる。

黒い鱗、白い飛膜、黄金の角、長い尻尾が生えていき嵐の姿を人型の龍へと変えていく。

 

「えっ、まだ変化するのかよ……」

「風も使えてたし、本当になんの個性なんだろう」

 

クラスメイト達が彼の個性は一体なんなのかと思う中、嵐は全身に風を纏うと合図を待つ。

 

『位置ニツイテ、ヨーイ、ドン‼︎』

「ッッ‼︎‼︎」

 

機械音声の掛け声を合図に嵐は地面を踏み砕き飛び出した。じっと見ていたクラスメイト達の視線を振り切り、嵐の姿は消えた。

直後、ゴォォと轟音が響いて、周囲に風が吹き荒れた。

 

「うおっ⁉︎」

「きゃあっ⁉︎」

 

吹き荒れる暴風と舞い上がった砂塵に思わず腕で顔を覆うようにしていた彼らは、恐る恐ると目を開けた時にスタート地点に彼がいないことに驚愕する。

 

「お、おい八雲いねぇぞ⁉︎」

「どこ行ったんだ?」

 

金髪に黒い稲妻模様のメッシュがあるチャラい少年ー上鳴電気に続いて、髪を逆立たせて尖らせた赤髪の少年ー切島鋭次郎までそう言ったことで多くの生徒達が困惑して彼の姿を探す中、一人が気づいた。

 

「う、嘘……」

 

黒髪にポニーテール、釣り目気味の凜とした雰囲気の大和撫子風の、同年代の女子の中では抜群の美貌と豊満な体つきの少女ー八百万百。彼女がたった一人、困惑と驚愕混じりの声をあげたのだ。

 

「や、八百万さん、どうしたの?」

 

彼女の様子に隣にいたピンクの髪と肌、黄色い小さな角に、白目が黒目に反転している金眼が特徴の少女ー芦戸三奈が尋ねる。彼女は信じられないものを見ていると言わんばかりの表情を浮かべながら、ゴールの方を指差しながら答えた。

 

「や、八雲さんは……もうゴールされてますわ……」

『は?』

 

彼女の言葉に二人を除きほぼ全員が驚き、一斉にゴールの方へと視線を向ける。そこには、確かに八百万が言った通り、軽く息をついた嵐がいた。

 

「えっ、いつの間にっ…?」

「ほぼ一瞬じゃねぇかっ⁉︎」

「速すぎるにも程があんだろっ‼︎」

 

嵐が既にゴールにいたことに驚愕する中、嵐のそばにある計測器の数値を見て更に愕然とする。なぜなら、機械に表示されていた記録は———

 

「0.2秒って、速すぎだろっ⁉︎」

 

0.2秒と記されていたからだ。

クラスで二番目に早かった飯田の記録が3.4秒であったことから、単純計算で言えば嵐は飯田の15倍以上速いことになる。

そしてこの数値は、秒速に換算すれば約250m/s。時速に直せばそれこそ、900km/hと音速にもう少しで届く程の速度なのだ。

桁外れな速度を叩き出した彼にクラスメイト達が、とんでもない奴と同じクラスになったと思う中、当の本人はというと、

 

「だぁ—っ‼︎くそっ、タイミングミスったっ‼︎」

 

思いっきり悔しそうにしていた。

どうやら、彼としては飛び出しのタイミングと風の放出タイミングが合わなかったらしく、僅かなタイムラグがあったらしい。

そのせいで()()()()()()()()()()()()出せなかったと悔やんでいるようだ。

悔しがる嵐に耳郎と障子が近づく。

 

「いやいや、十分速いって‼︎」

「でも、タイミング合ってたらもっと速くなったんだよ」

「えぇ…」

「あれでも十分だと思うがな」

「ウチも同意」

 

嵐は今の記録には不満があるようだが、二人的には十分だと褒めた。

今の圧倒的な速度ですら、嵐にとっては遅いことに驚愕し、嵐の純粋な実力にこれからコレほど凄い奴と切磋琢磨するのかと萎縮してしまう者や、素直に感心した者、畏敬を抱いた者、多種多様の反応を見せる中、刺激を受ける者もいた。八百万もその一人だ。

 

(同年代のはずなのに、ここまで圧倒的な方がいらっしゃるとは。……世界はまだまだ広いですわね。私もまだまだ精進しなければ)

 

四人しかいない推薦入学者の一人である八百万は嵐を、推薦で入学してきたはずの自分よりも上であると認識して、尊敬の念を抱くようになっていた。

 

「…………」

「……チッ」

 

そしてA組もう一人の推薦入学者である右側白髪、左側が赤髪の左右で綺麗に色が違う髪とオッドアイ、そして左目に火傷の痕がある端正な顔立ちの少年ー轟焦凍が嵐をなぜか執念や憎悪のようなものが感じられる視線で観察するように見ていた。

爆豪も嵐が次々と叩き出した圧倒的な成績に、苛立ちを隠さずに小さく舌打ちをした。

 

「………」

 

嵐はそれらに気づきながらも、あえてスルーして次の種目の為に耳郎達と共に移動した。

 

『第2種目:握力』

 

増強系ではない者達は高校生平均よりも少し高い数値を出すだけにとどまっていたものの、障子は自信でもあったのか、自分の左腕の他に“個性”で片側二本の触手に腕を複製して三本の腕で540kgwの記録を叩き出した。

そして、もう一人八百万が万力を創造して障子に匹敵する記録を叩き出したのだ。

上位に位置する記録を叩き出した二人にクラスメイト達が驚き感心する中、嵐の番が来る。

ボール投げや50メートル走で注目を集めていた嵐は、今度は何をするのかと更に注目される中、握力計を掴み、

 

「ふんっ‼︎」

 

あらんかぎりの力を込めた。

すると、バギィッッ‼︎‼︎と音を立てて握力計が握りつぶされたのだ。

 

「あ、やべ……」

 

掌からパラパラと破片が零れ落ちる握力計を見ながら、嵐は少し青ざめる。しかし、クラスメイト達の反応は違った。

 

「うおお⁉︎ぶっ壊しやがったぁ⁉︎」

「すげぇ‼︎何キロあんだよ‼︎」

「ゴリラってレベルじゃねぇよ‼︎」

 

切島や上鳴、そして肘がセロハンテープのロールのようになっている少年ー瀬呂範太が興奮気味に叫ぶ。

 

「あ、いや、そうなんだけど……これ、壊し……」

 

興奮する彼らをよそに、昔同じことをやって弁償したトラウマがある嵐は呟きながら、青ざめた表情で恐る恐ると相澤に視線を向ける。怒られると思っていたが、彼は「気にしなくていいから、破片集めておけ」と言ってくれた。

 

結局、記録は計測不能になった。

 

「あんた、怪力にも程があるでしょ」

「全くだ。俺もコレには自信があったのにな」

「………またぶっ壊しちまったよ」

「え、アンタ、前にも壊したことあんの?」

「中学の時に……割と高かったんだよ、アレ……」

「弁償もしたのか……」

 

『第3種目:立ち幅跳び』

 

爆豪が両掌を連続で爆破させながら飛び続けていたり、腰にベルトのようなものを巻いている見た目は良いとこのお坊ちゃんな金髪少年ー青山優雅が腰のベルトからレーザーを出して飛んだりと、飛ぶ事が可能な個性を持つ者達が上位を占めた。それは、風を操れる嵐も同じであり、風でずっと飛んでいる為、記録は測れず嵐の記録は初の『♾』が出た。

 

「あんた飛ぶのはずるいでしょ」

「立ち幅飛びってことじゃね?」

「字が違ぇな」

 

耳郎に続いてそう言った上鳴に瀬呂がそう言う。そして、透明人間であるが故にジャージがひとりでに浮いているように見える透明少女ー葉隠透は快活な声で言う。

 

「個性使えるともう皆、枠に収まらないよねー。私透明なだけだから苦労するよ!」

「透明も透明でできることはちゃんとあると思うけどな」

「八雲くんフォローありがと!」

 

嵐の何気ない言葉に、葉隠は明らかに嬉しそうな声で言って腕を突き出す。手は見えないが、おそらくサムズアップしているのではないだろうか。

 

『第4種目:反復横跳び』

 

これは特に個性を応用した動きをできるものは少なく、嵐も風で緩急をつけることを考えたものの反復横跳び程度の横幅では不可能であるため、単純な身体能力のみで行い見事3桁代を記録。

しかし、頭部がまるでブドウのような小柄な少年ー峰田実が自身の頭部から粘着力が極めて高いが自身には跳ねる性質があるボール状の物質を山のように左右に積み重ねる事でその反発力を利用して残像が見えるほどの速度で動き一位の記録を叩き出した。

 

「峰田って奴、早すぎないか?」

「あれはしょうがないけど、単純に身体能力だけで僅差になったアンタが言う?」

「お前も大概だな」

「そうか?」

「「絶対そう」」

 

『第5種目:ソフトボール投げ』

 

これは嵐は既に二回投げたのでお休み。

ちなみに、あの後投げた二回目の記録は『7420.5m』とちょっとだけ伸びてた。

 

糖分を摂取する事で一定時間身体能力を底上げする、筋骨隆々の体躯とたらこ唇が特徴の厳しい顔つきの少年ー砂藤力道や、掌を爆破できる爆豪、腕の触手を複製させて遠心力と膂力を利用したフルスイングの投擲をした障子、大砲を創造してボールを打った八百万などが数百mの記録を出す中、一人嵐の記録を上回る記録を出した者がいた。

それは、麗日お茶子だ。

彼女は指先で触れたものを無重力にすると言う個性を持っており、それでボールを無重力状態にして投げた結果、『♾』の記録を叩き出したのだ。

 

そうして各々が個性を応用して様々な記録を出す中、ただ一人成績が芳しくないものがいた。

 

「………」

 

緑谷出久だ。

彼だけがどう言うわけか、どの種目でも平凡的な記録しか出せておらず、常に青ざめて焦っているような顔をしていたのだ。

 

(緑谷。お前、大丈夫なのか……?)

 

途中から緑谷の成績が芳しくなく、青ざめた表情にも気づいた八雲は密かに彼の心配をする。

初めは、除籍宣告されたことに驚いてその不安を未だ引きずっているのかと思っていたが、何か違う。何かは分からないものの緑谷の表情から察するに、何かただならないことがあるのは確かだ。

 

「なんか緑谷、めちゃくちゃ緊張してない…?」

「ああ。どう言うわけか個性を使う素振りもないな」

 

耳郎も障子も緑谷の様子に気づいたのか嵐の両側でそんなことを呟く。二人の言う通り、緑谷は種目が進むたびに青褪めていっているのだ。

そして、障子の言う通り、彼は今まで一度も個性を使用していない。

 

「………ああ、このままだとヤベェな」

 

嵐も緑谷をじっと見ながら二人に同意する。

彼が今まで一度も個性を使用していないことから、彼の個性が何らかの事情を抱えているものだと嵐は推測する。

例えば、反動が強すぎるあまり全力で使えなかったり、発動条件を満たしていなかったりと、考えられる可能性はいくつか考えられる。

しかし、例えそうだとしても、15歳になる頃にはその辺りのことも把握できていて、自分なりに模索できているはずなのだ。だが、緑谷はそれすらもできていないように見えている。

 

(個性の練度があまりにも低い。まさか、サボっていた?いや、そんなわけないか……)

 

そこまで考えて、嵐は緑谷が個性を使いこなせていないと推測する。

何らかの要因で個性の練度が低いのだろう。だが、それにも当然疑問は残る。

 

(緑谷の性格上、怠ることはしないだろう。だったら、どうして個性の練度が低い?)

 

ソフトボールを受け取り、焦っている表情を浮かべる緑谷を見ながら嵐は依然考え込む。そして、嵐達が抱いた不安は、他のものも感じたようで麗日や飯田も心配そうにしている。

 

「あの地味目の人、まだ良い記録出せてないよ。大丈夫かな?」

「ああ、このままだと緑谷君はマズいぞ……」

 

二人の心配する声に、嵐達が揃って視線を向けた時、爆豪が嘲笑する。

 

「ハッ、出来なくてたりめーだ。デクは無個性のザコなんだぞ‼︎」

 

爆豪の嘲笑に対して、飯田が強く反論する。

 

「無個性⁉︎彼が入試時に何をなしたのか知らんのか⁉︎」

「はぁ?」

 

飯田の発言に爆豪が何を言っているんだと眉を顰める中、緑谷がついに腕を振りボールを投げようとする。

その時、嵐は辺りの空気が張り詰めたようなものになった事ともう一つのことに気づく。

 

「っっ‼︎」

 

もう一つのこと。それは、ボールを投げようとした緑谷を相澤が髪を逆立てて瞳を赤く輝かせて視たのを。

そうして緑谷が投げたボールは、大して飛ばずに、『46m』と無慈悲に相澤が結果を告げた。

 

「え……な、なんで……今確かに、使おうって……」

 

緑谷は訳もわからず愕然として自分の手を見ながらそう呟く。やはり、個性を使おうとしたのだろう。しかし、個性は使うことができなかった。その事に、緑谷は動揺していたのだ。

動揺する彼に相澤は近づきながら忌々しげに呟く。

 

「“個性”を消した。ったく、つくづくあの入試は、合理性に欠くよ。お前のような奴も入学できてしまう」

 

そう呟く相澤は首に巻いていた包帯を解いて首元のゴーグルを顕にする。それを見てようやく緑谷は彼の正体に気づいた。

 

「消した…‼︎あのゴーグル……そうか……‼︎抹消ヒーローイレイザーヘッド‼︎」

 

『イレイザーヘッド』それこそが、相澤消太の正体だ。しかし、クラスメイト達はそのヒーロー名を知らないらしく殆どの生徒が首を傾げる。

 

「イレイザー?俺…知らない」

「聞いたことねぇヒーロー名だな」

 

首を傾げるクラスメイト達にその正体を知っていた嵐が説明する。

 

「抹消ヒーローイレイザーヘッド。視ることで個性を消す個性を持つアングラ系ヒーローだ。メディアへの露出も少ないからな、知らねぇ奴も多い」

「アンタはよく知ってたね」

「まぁな。つっても俺が知ってるのもそういった情報ぐらいだがな」

 

嵐は耳郎にそう誤魔化して答える。

実は初めて名前を聞いた時点で相澤の正体に気づいていた。なぜなら、相澤は幼い頃に姉紅葉から聞いた雄英での生活で名前が上がっていたからだ。それも……()()()()()()()()()()として。

彼女から話をよく聞いていたので、知らないはずがなかったのだ。

嵐達が話す傍らで、相澤も話を続ける。

 

「見たとこ、個性を制御できてないんだろ?また()()()()になって、誰かに救けてもらうつもりだったか?」

「そっ、そんなつもりじゃ…うわっ」

 

相澤の言葉に反論しようとした緑谷は相澤が伸ばした包帯で緑谷を自身に引き寄せながら言う。

 

「どういうつもりでも、周りはそうせざるを得なくなるって話だ。昔、()()()()()()()()が大災害から一人で千人以上を救い出すと言う伝説を創った」

 

それは誰もが知るオールマイトデビュー時の話だ。相澤の言う通り、彼は千人以上をたった一人で救うという大偉業を成し遂げた。

それこそが、オールマイト伝説の始まりでもあったのだ。

 

「同じ蛮勇でも……お前のは一人を救けて木偶の坊になるだけ。緑谷出久。お前の力じゃ、ヒーローにはなれないよ」

 

容赦なく厳しい言葉を投げかける相澤に緑谷は冷や汗を滲ませる。それを耳郎達と話しつつも聞き耳を立てていた嵐は同じことを考えていた。

 

自己を犠牲にして誰かを救ける。

それは確かに蛮勇だが、結果多くの人を救い出したのならば偉業へと変わるのだ。

オールマイトがまさしくそうであり、彼は戦い続けて多くの人を今もなお救け続け、尚且つ自分も無事である。

対する緑谷は自己を犠牲にするところまでは同じだが、一人を救って行動不能になってそこでお終いだ。それでは駄目なのだ。ヒーローとは誰かを安心させるべき存在、だと言うのに誰かを救けて動けなくなり人々を不安にさせるなどもってのほかなのだ。

嵐はそうやって死んでしまった人を知っている。

だからこそ、緑谷のやろうとしていることに好感を抱くことができなかった。

 

(ヒーローは誰よりも前に立って戦わなくちゃいけない。………だが、それで死んでしまったら………残された人が悲しむだけなんだ……)

 

かつての自分がそうであったように。

嵐は過去を思い出してから僅かに表情を曇らせて人知れず、小さく拳を握りしめた。

 

(……八雲……?)

 

嵐の小さな変化に耳郎が気付くが、声をかけるよりも先に相澤の声が聞こえる。

 

「個性は戻した。ボール投げは二回だ。とっとと済ませな」

 

そう言うと、相澤は緑谷にボールを渡して二球目を促すと離れる。

 

「どうやら、指導を受けていたようだが……」「ハッ!除籍宣告だろうが」

「うぅ……大丈夫かなぁ」

「彼のことが心配?僕はね……全っ然」

 

未だにボールを投げずにブツブツと何かを呟いている緑谷を見てそれぞれの反応を見せる中、嵐は何かを思い出して飯田に尋ねる。

 

「そういや、飯田。さっき言いかけてたが緑谷は何を成したんだ?」

 

それは緑谷が入試の時に何を成したかのことだ。直後の爆豪の無個性発言も気になった彼はふと尋ねた。

 

「あ、ああ、緑谷君は入試の時に、あの0Pの仮想敵を———殴り飛ばして破壊したんだ‼︎‼︎」

「うん‼︎私も見たもん‼︎あの地味目の人、私達のこと救けてくれたの‼︎」

「飯田詳しく話せ」

「ああ、勿論」

 

そうして飯田は話し始める。

入試の時にオドオドして全くポイントを稼げていなかった緑谷はビルを薙ぎ倒しながら現れた0Pに腰を抜かしながら地面を這うように逃げていた。それを見た飯田は入試ガイダンスのこともあって、()()()()()()()()()()()()()()()そうだ。

そして、共に逃走を試みようとした彼らだったが、二人の後方で麗日が瓦礫に足を挟まれて動けない姿があったらしい。

 

飯田はそこで一瞬どうするべきかと迷ったものの、緑谷が迷いなく飛び出して0Pの頭部の位置まで高く跳躍すると、右腕を振りかぶって顔面を粉砕したと言うことだった。

 

それを聞いた爆豪は信じられないと言うふうに愕然と呟く。

 

「ちょっと待てやっ。デクは無個性なんだぞっ‼︎……んなっ芸当が出来るわけがねぇだろっ‼︎」

「だが、0Pを倒した後右腕がひどく腫れ上がって折れていたんだぞ‼︎あれは明らかに個性の反動だ」

「着地もできそうになかったし、両足もありえへん方向に曲がってたから、多分跳躍する時の反動もあったんよ」

 

あり得ないと取り乱しながら否定する爆豪にその一部始終を見ていた飯田と麗日はありのままのことを伝えた。それを聞いて、嵐の中では結論が決まる。

 

「決まりだな。緑谷の奴、強すぎる増強型の個性を使いこなせてねぇ。一回使えば体が壊れる程の代物ってわけか。ピーキーすぎるな」

「というか、他の会場でも0P倒した人いたんだね」

「む?それはどう言うことだい?まさか他にもいたのかい?」

「八雲がそうだな」

「そうなのかい⁉︎よかったら、詳しく聞かせてくれないか?」

 

あの0Pを倒したことに俄然興味が湧いたのだろう。飯田だけでなく、多くのクラスメイト達が聞き耳を立てており、嵐の話を聞きたがっていたのだ。

 

「ああ、いいぞ、だが、これが終わってから……っ」

 

後で話をしようとそう言いかけた嵐は、再び空気が変わったのを感じて勢いよくそちらへと振り向く。

その視線の先ー緑谷はボールを投げようとしていた瞬間だった。

嵐はボールが手から離れつつあり、最後に人差し指が掛かっているのを見て、彼の様子にただならぬ迫力を感じたのだ。

他の者は何も感じていない。だが、嵐だけは、嵐が持つ『龍』の個性だけが緑谷の雰囲気に反応したのだ。

 

「あいつ…っ!」

 

思わず口の端を吊り上げて笑みを浮かべてしまう。『龍』の本能が彼の存在を認識した瞬間だった。

 

「SMAAAAASHッッ‼︎‼︎‼︎」

 

緑谷はそう猛々しい叫びと共にボールを空高くへと打ち上げたのだ。ボールは大気を突き破りながら、勢いよく空へと飛んでいく。

そうして、打ち出された彼の記録は———なんと『705.3m』。先の爆豪の『705.2m』の記録を僅差で超えたのだ。

緑谷は個性の反動でひどく腫れ上がった人差し指の痛みに、涙を浮かべながらも拳を握り締めると相澤に笑った。

 

「あの痛み……程じゃない‼︎先生…‼︎僕は、まだ……動けます‼︎」

「コイツ……!」

 

相澤も土壇場でやってのけた緑谷に思わず笑みを浮かべてしまっていた。

嵐は腫れ上がる指を見る。飯田の話を照らし合わせて、緑谷が人差し指に力を集中させたのだと気づいた。

 

(右腕全体ではなく……指一本に力を集中させて、怪我を最小限に抑えたのか‼︎)

 

嵐も思わず笑みを浮かべてしまう。

人差し指一本でこの威力なのだ。だったら、もしも全力を完璧に使いこなせていたら、どれほどの威力が出せるのだろうか?嵐は密かにそれを想像して胸の内から密かに高揚感が湧き上がった。

 

「やるじゃねぇか、緑谷っ」

 

思わずそんな言葉を溢してしまう。他の者達も口々に声を上げる。

 

「やっとヒーローらしい記録出たよ———‼︎」

「指が腫れあがっているな。入試の件といい、おかしな個性だな……」

「スマートじゃないよね」

「うっわ、痛そう……」

「指一本であの威力か、凄まじいな」

 

各々が緑谷の記録に反応を見せる中、ただ一人周囲とは全く異なる反応を見せるものがいた。

 

「………‼︎‼︎」

 

爆豪だ。

彼だけは信じられないものを目の当たりにしたかのようにこれでもかと目を見開き、大口を開けて愕然としている。

 

(何だ今のパワーっ⁉︎あいつは無個性なはずだろっ⁉︎“個性”の発現はもれなく4歳までのはずだ‼︎なのに、ありゃぁ…ッッ)

 

爆豪は緑谷の幼稚園からの幼馴染である。

故に、彼が個性を持っていない無個性であることを知っており、また、強力な個性と天性のセンスで周囲からチヤホヤされ育った結果、プライドが肥大化しすぎて緑谷のことをデクという蔑称で呼び馬鹿にしていたほどだ。

だからこそ、目の前で起きた間違いなく“個性”によって齎された事象に驚愕を隠せなかったのだ。

そして、その驚愕はすぐさま激怒へと変わった。

 

「どういうことだこら‼︎ワケを言えぇ‼︎デクぅ‼︎」

「うわああ‼︎‼︎」

 

爆豪が飛び出し怒号を上げ、掌から断続的な爆発を引き起こしながら緑谷へと迫ったのだ。だが、その動きは突如後方から伸びた布によって止められる。

 

「んぐぇ‼︎」

 

爆豪は布に絡め取られると全く動けなくなり、掌からも爆発が消えてその場に縛り付けられた。

 

「ぐっ……んだ、この布…固ぇっ……‼︎」

「炭素繊維に特殊合金の鉱線を編み込んだ『捕縛武器』だ」

 

もがく爆豪に相澤は捕縛布を操り爆豪を拘束したまま呆れるようにため息をつく。

 

「ったく、何度も個性使わすなよ。俺は、ドライアイなんだ」

(((((“個性”すごいのに勿体無い‼︎)))))

 

個性を消す相澤の思わぬ弱点に、生徒達は揃って残念に思う。眼が武器なのに、その眼に弱点を抱えているのだから。

 

「時間がもったいない。次準備しろ」

 

爆豪の拘束を解き個性を解除すると、そう短く告げた。そして、何も言えなくなった爆豪をよそに緑谷は心配して駆け寄ってきた麗日と話しながら輪の中に戻っていく。

 

一人残った爆豪は立ち去る緑谷の背中を睨みながら、何とも言えない焦燥と怒りを表情に滲ませていた。

 

(クソッ、何なんだよ…っ‼︎後ろをついてくることしか出来ねぇテメェが……‼︎同じ土俵に立てるわけがねぇのに……っ‼︎何なんだよテメェはっ‼︎……ついこないだまで、道端の石っコロだったろーが‼︎‼︎)

 

常日頃から格下の雑魚だと見下し嘲笑ってきた存在が自分の記録を超えたことに、爆豪は肥大化しすぎたプライドが少しずつ砕かれていった。

 

 



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7話 交流

皆さん、新年あけましておめでとうございます!

去年は大変なことばかりでしたね。コロナしかり、大学のレポート然り、そして3つの拙作の同時連載など、色々と大変でした。ですが、私としてはとても充実した一年でもありました。

だからこそ、願わくば今年もそんな充実した一年になりますよう願っております。

こちらの作品をお読みになってくださる皆様、まだまだ未熟な点がありますが、今年も頑張っていきますので、私の拙作達をどうか応援よろしくお願いします‼︎‼︎


では、早速新年一つ目の最新話をどうぞ‼︎‼︎





 

 

途中、緑谷が怪我したりと爆豪が暴れ出したりと小さなハプニングがあったものの、その後も個性把握テストはつつがなく行われた。

 

『第6種目:上体起こし』

 

これは特に変哲もないもので、嵐は普通に純粋な身体能力で上体起こしを猛スピードでやって一位突破。

 

『第7種目:長座体前屈』

 

日頃から柔軟をして身体が柔らかい嵐は胸をペタと地面に張り付けれる程に前屈すると、更に距離を伸ばすために、頭部の角を生やして額を床につけて腕を伸ばした時よりも記録を伸ばした。

 

しかし、この種目でも嵐は1位を取り逃がしてしまった。

 

なぜなら、伸縮できる個性が数人いたからである。耳のプラグを伸ばしたり、腕の触手を複製して伸ばせる耳郎や障子は言わずもがなで、蛙吹という蛙少女がベロを伸ばして20mという記録を叩き出し、その後も黒の鳥頭の少年ー常闇踏影が臍から黒い影のようなモンスター黒影(ダークシャドウ)を出して蛙吹を超える記録を出したり、八百万が自身の腕からとてつもなく長い棒を創造して距離を伸ばしたりと上位を占めていた。

 

 

もはや長座体前屈じゃない。

 

 

「長座体前屈じゃ中堅かぁ」

「まぁ伸縮できる個性だからな。俺達のは」

「てか、あんたは他で圧勝してるからいいじゃん」

「まあな」

 

 

『第8種目:持久走』

 

 

持久走は嵐が風を纏って50m走の時よりかは少し遅い速度で飛翔して圧倒的一位。

バイクを創造して乗った八百万や、脚部のエンジンのギアを最大まで引き上げて猛スピードで駆けた飯田二人とも圧倒的大差をつけた。

 

「速度には自信があるんだがな。八雲君、君は本当にすごいなっ‼︎」

「お前もなかなか速かったぞ、飯田。それに、八百万はバイクまで創れるんだな。なんでも創れるのか?」

「いえ、私は無機物に限り創造できるんですの。八雲さんこそ、凄いですわ」

 

 

こうして、色々あったものの個性把握テストは全種目終了し無事終わった。

 

「んじゃ、ぱぱっと結果発表するか」

 

生徒達を集めた相澤はそう切り出して、続ける。

 

「トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する」

 

そうして彼が持つ端末から展開されたホログラムには一斉に順位が公開されていき、一番上、1位の欄には嵐が………そして、最下位21位には緑谷の名前があった。

 

「………………」

 

各々が結果に反応を示す中、緑谷はしばらく見上げていた視線を力無く落とした。

記録らしい記録はボール投げだけであり、他はパッとせず持久走に至っては指の激痛で散々な結果だった。結果だけ見れば、仕方ないことであったものの、自分が除籍処分という事実に申し訳なさがいっぱいだった。

応援してくれて母に……そして、()()()()()()()にも申し訳なかった。

だが、その直後、

 

「ちなみに除籍はウソな」

 

ホログラムを消しながらそう言ったのだ。

 

『⁉︎』

 

突然の発言に、クラスメイト達はほぼ全員の目が点になる。相澤はそれを見ながら、ハッとしてやったりな顔で更に衝撃的なことを言い出す。

 

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

 

つまり先ほどの最下位除籍という言葉は、ただ生徒達を追い込んでやる気を出させるための言葉であったのだ。

 

『は—————————⁉︎⁉︎⁉︎』

 

その心臓に悪い言葉に緑谷、麗日、飯田が揃って大口を開けて絶叫する。飯田はなぜか眼鏡のグラスが割れているし、緑谷に至ってはムンクの叫びのようなことになっていた。

 

「あんなのウソに決まってるじゃない…ちょっと考えればわかりますわ………」

(((き、気づかなかった………)))

 

ただ一人、八百万だけがウソだと気づいており緑谷達を呆れた様子で見ており、彼女の指摘に多くの生徒がそうだったのかと密かに驚いていた。

だが、嵐は嘘ではないことに気づいた。

 

(………除籍宣告が合理的虚偽……それ自体が虚偽………見込みありと判断してやめたんだろうな……)

 

嵐だけは相澤が除籍宣告した時の目が本気だったのに気づいてた。だから、何もなければ容赦なく除籍するつもりだったのだろう。

しかし、結果的に除籍はしなかった。

恐らくは緑谷の二回目のボール投げを見て考えを変えたのだろう。二回目、彼の犠牲を最小限にした行動が相澤に見込みありと判断させたから、今回のような結果になったのだ。

 

(……聞いてた以上に癖のある先生だなぁ、相澤先生。紅葉姉、優しい先生って言ってたけどマジか?)

 

紅葉姉から聞かされていた相澤の印象。

厳しいけど、実は優しい生徒想いな先生。そう聞かされていたのだが、今回の件だけみると嵐には、とてもではないがそうは思えなかった。

まぁ、そういうのはこれから追々分かっていくことだろう。

 

「ま、そういうわけだ。

これにて終わりだ。教室にカリキュラムなどの書類あるから目ぇ通しとけ。その後は自己紹介するなり好きにしていいぞ。それと、緑谷」

 

そう言って生徒達に背を向けて立ち去ろうとしていた相澤だったが、おもむろに緑谷の方に近寄り一枚の紙を見せる。

それは相澤のサインがある保健室利用書だった。

 

リカバリーガール(ばあさん)のとこ行って、治してもらえ。明日からもっと過酷な試練の目白押しだぞ」

 

そう言って緑谷に利用書を渡すと今度こそ立ち去った。

 

個性把握テスト『1位:八雲嵐』

 

それが、嵐の雄英高校に入学してからの最初の苦難の結果だった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

立ち去る相澤は生徒達に見えない建物の影に移動すると、そこにいた一人の人物に声をかける。

 

「……で、何で貴方がここにいるんです?オールマイトさん。暇なんですか?」

 

そこにいたのは、黄色のストライプのスーツに身を包む筋骨隆々の画風が違う大男。今年から雄英高校の教師に赴任したーNo. 1ヒーローオールマイトだった。

彼は、相澤の質問に少し慌てつつ答える。

 

「い、いや、私新米だからさ、他の先生がどんなことやってるのか気になってね……」

「……まぁ、新人教師としては正しいことなのかもしれませんけど……本音は?」

「いや、あの、相澤くん名簿で見たんだけど、去年の一年生…一クラス全員除籍処分にしてるでしょ?今年の子達は大丈夫かなって、心配で」

 

そう、相澤は多くの生徒を除籍処分にしている。その数は、なんと154回。しかも、オールマイトの言う通り、去年に至っては一クラス20名をまとめて除籍にしているのだ。

オールマイトはその事実を知り、A組に肩入れしている生徒がいるのもあって心配で様子を見にきたのだ。

 

「見込みゼロと判断すれば、迷わず切り捨てる。そんな君が前言撤回ってさ、君も緑谷君(あの子)に可能性を感じたからだろう?」

 

相澤は生徒に見込みがなければ除籍にすることも厭わない。だというのに、前言撤回をして緑谷の除籍処分を取り下げた。そのことに、オールマイトはそう指摘した。

その言葉に相澤は目ざとく反応する。

 

「…………………君も?随分と彼に肩入れしているんですね?教師として一生徒に入れ込むのはどうなんですか?」

「……ッッ」

 

相澤の最もな指摘に、オールマイトは分かりやすくギクッと反応する。

実を言うと、オールマイトは確かに緑谷に肩入れしている。しかも、ただの教師と生徒としての関係ではなく、()()()()であるが故にだ。

しかし、その関係性を知っているのは本当にごく少数の者達だけ。相澤もそれは知らない。

 

「“ゼロ”ではなかった。それだけの話です」

 

相澤はオールマイトの返事を待たずにそう続けて言うと、彼に背を向ける。

 

「見込みがない者はいつでも切り捨てます。半端に夢を追わせる事ほど残酷なものはないんで」

 

除籍処分もただ見込みがないからと言うだけではない。これは彼なりの優しさであって、ただ無関心だからと言うわけではないのだ。

そして、相澤はオールマイトとの話を終えて一人教員室に向けて歩く中、一人の生徒の事を考える。

 

(現状最も見込みがあるのは……八雲だな)

 

個性把握テストでの各種目での結果、いくつかは個性の特性上一位の記録は出せなかったものの、一位を出している種目においてはほぼ圧倒的で、他の生徒達とは隔絶しているほどだ。

見込みがあるかないかで言えば、嵐はあのクラスの中で一番ある。

 

()()()の弟か………本当に来たんだな。雄英に)

 

相澤はふと脳裏に一人の生徒の姿を思い出す。

自分が雄英高校に赴任してしばらくした頃に、対人戦闘で色々とアドバイスをした初めての弟子とも言える生徒。

今はもう不慮の事故でこの世にはいない思い入れのある生徒だ。

 

弟を溺愛しており、何度も休憩の合間に弟の話を聞かされていたからこそ相澤は嵐のことを入学前から知っていた。

 

(しっかし、似てるな。ああいうところは……流石姉弟だな)

 

先ほど除籍宣告した時、クラスメイト達の多くが戸惑う中、嵐だけが笑って見せた。その姿は、彼女とよく似ていたのだ。彼女も窮地に直面した時、笑うタイプの人間だった。

 

(さて、これからどうなるのか、見せてもらうぞ。八雲)

 

現状最も期待していると同時に、最も問題を抱えている生徒である嵐に相澤は密かにそう思った。

 

▼△▼△▼△

 

 

個性把握テストを終えて更衣室で着替えた後、嵐はクラスメイト達に囲まれていた。

相澤が終わりだと言ったものの、当然終わるわけもなく着替え終わってそれぞれカリキュラムに軽く目を通した後、爆豪と轟以外ほぼ全員のクラスメイト達が窓側の一つだけはみ出した一番後ろの席に座る嵐の元に集まって質問責めをしていたのだ。

 

「八雲君体力テスト凄かったねぇ‼︎」

「どんな個性なのか教えてくれよ‼︎」

「普段どんなトレーニングやってんだ?」

「実技試験の時のことを教えてくれないか⁉︎」

「イケメンで強いとかずりぃよ‼︎」

「八雲君ワイルドすぎるよ‼︎」

 

体力テストの成績のことを誉めたり、どんな個性なのかや身体つきからどんなトレーニングをしているかと気になったり、全く関係のないことを言ったりと様々な質問をされた嵐は、苦笑いを浮かべながら両手で彼らを宥めて言う。

 

「あー、わぁったから少し落ち着け。一つずつ答えていくからそんな詰め寄んな‼︎」

 

そうして殺到する彼らを落ち着かせた嵐は一つ咳払いをする。

 

「えー、ゴホン。んで、とにかく色々と聞きたいことがあんのはわかったが、まずはテストの時に話すって言っていた飯田からだ。お前のは確か0Pをどう倒したかだったよな?」

「ああ、その通りだ。八雲君はあれをどうやって倒したんだ?まさか、緑谷君と同じように殴り飛ばしたのかい?」

 

一番手は先程事前に話す約束を取り付けていた飯田だ。彼は嵐の問いかけに大きく頷くと少し前のめりになりながらそう尋ねた。

他の者達も気になっていたのか、興味津々に聞いており、緑谷や麗日も若干前のめりになっている。

嵐はその様子に笑みを浮かべながら、簡潔に答えた。

 

「いや、巨大竜巻で吹っ飛ばして鎌鼬で斬り刻んだ」

『は?』

 

突拍子もない返答に殆どの者が目が点になる。

推薦入学で仮想敵と戦っていない八百万ですら、目を丸くして首を傾げている。

どうやら、信じられないらしい。だが、まだ疑う彼らにそれを間近で目の当たりにした耳郎と障子がフォローを入れる。

 

「本当だよ。同じ試験会場だったウチらが保証する」

「そうだな。俺も見た。八雲は0Pとその周囲に群がった仮想敵を纏めて巨大竜巻で吹き飛ばしながら、更に風で切り刻んだんだ」

 

耳郎と障子の補足に、何かを思い出したのか上鳴が慌てた様子で尋ねる。

 

「えっじゃあ、ちょっと待て‼︎あの時試験終わる直前に見た竜巻ってまさかっ」

「ああ、それ俺がやった。やっぱ他の会場から見えてたのか」

『えぇ———⁉︎⁉︎⁉︎』

 

八百万と耳郎、障子を除くほぼ全員が揃って驚愕の声をあげる。

上鳴の話を聞くに、どうやら嵐が最後の最後に使った《神嵐・天津風》の特大竜巻は自分達がいたA会場だけでなく他の試験会場から見えたらしい。

そういえば、試験が終わった後更衣室で着替え終わった後、他の会場の受験生と思しき者達がそんなことを話していた気がすると嵐はふと思い出した。

 

「あれ八雲がやったのかよ⁉︎」

「すげぇなお前‼︎」

「才能マンかよって、レベルじゃねぇな」

「破壊力凄すぎひん⁉︎」

 

八百万以外の一般入試で受けた者は、誰もがそれを見ていた。そして、同年代にあれだけの力を持つものがあるのか、はたまた敵の襲撃でもあったのか、様々な憶測が受験生達の間で飛び交っており、ずっとその正体がわからなかったのだ。

だが、こうして張本人が見つかり、純粋な実力であれを成したことにクラスメイト達は驚くと同時に感心したのだ。

そして、飯田が更に続けて質問する。

 

「じゃあ、八雲君は入試成績何Pだったんだい?同じ会場だった障子君達の口ぶりだと相当稼いだように聞こえるが」

「敵Pが218で、救助Pが120のトータル338だったな」

『はぁぁ⁉︎⁉︎』

 

さらりと答えられた圧倒的な記録にクラスメイト達は揃って目を丸くする。

それもそうだろう。入試成績二位の爆豪ですら、77Pなのだ。それよりも低い彼らからすれば5倍以上は確かなのだから。

 

「300越えって何体ロボット倒したんだよっ⁉︎」

「無茶苦茶にも程があるよぉ‼︎」

「てか、そんなに稼げるのかよ⁉︎あの試験っ‼︎」

「そりゃ実技主席にもなるわ」

 

クラスメイト達が口々に声を上げて嵐が成したことに驚く。嵐もそんな騒ぐ彼らの様子に笑みを浮かべていたが、

 

「どんだけ強個性なんだよっ‼︎⁉︎」

 

切島が何気なくつぶやいた言葉にピクリと反応する。

 

(強個性、か………)

 

嵐は表情に影を落としながら、視線を机に落とす。

 

強個性。確かに自分の個性は話を聞いただけならばそう言いたくなるのもわかる。

空を穿つ巨大竜巻を生み出せるほどの風の力、並外れた強度と膂力を持つ変身型の力。どれか一つとっても、嵐の個性は並の個性を凌駕している。

 

だが、この力は…‥断じて強個性なんて耳触りのいい言葉で片付けられるものではない。

 

この力は……嵐の個性は……忌むべき『厄災』そのものだ。

 

(………俺のは、破壊することしかできない個性だ。………ただ副次的な物しか出してないから………)

 

強個性と思われてるだけ。

もしも、この個性の本当の力を見せて仕舞えば、きっと彼らもあの人達と同じように………。

 

そこまで考えて、嵐はその思考を止めて顔を上げるとわざとらしく笑みを浮かべる。

 

「よし、次からは挙手制だ。ただし、何でもかんでもは答えられねぇからそこら辺は分かってくれよ?」

「オッケー‼︎なら、私から‼︎」

「はい、葉隠‼︎」

 

ノリよく挙手した葉隠に嵐がビシッと指差して当てる。当てられた葉隠は溌剌とした声で話し始める。

 

「じゃあ、八雲君の自己紹介かな‼︎

名前に出身中学校、あとは個性と無難に誕生日とか好きなもの、趣味とか教えて‼︎」

「あー、OK分かった。ただ個性の話は無しにしてくれ」

「えー⁉︎なんで⁉︎」

 

一番聞きたかった個性の事を断られて葉隠はそんな声を上げてしまう。

他の者達も同様でどうしてと嵐に疑惑の視線を向けている。

 

「そんなに凄いのにか?」

「そう言われると、余計に気になるけどな」

「でも、強個性は確かなんだろ?」

 

口々にそんな事を言う彼らに嵐は少し悲しさを感じさせる笑顔を浮かべながら詫びる。

 

「悪いな。いつか話せるといいんだがな……今はあまり話したくねぇんだ。聞いてて気分のいいものじゃないから」

 

そう言った嵐に多くの者が聞きたいと思う反面、聞いてはいけないんだなと相反する思いを抱き困惑する反応を見せる中、耳郎と障子が止めに入る。

 

「無理矢理聞くのはやめようよ。誰だって話したくないことはあるんだしさ」

「ああ、八雲が話したい時に話せばそれでいいだろ」

 

二人が庇うようにそう言ってくれた。

二人とも入試の時に共に戦って他のクラスメイト達よりも少し早く交流を始めたぐらいでそれほど深い関わりがあるわけではない。

だが、それでもあの入試の時の彼のインパクトがあまりにも強く、暫く彼の存在が頭から離れなかったほどだ。

それほど強烈に残ったからこそ彼が厳しいが実は優しくて、不器用なのだと言うことにも気づいた。

 

そして………思いやりに溢れている男だとも。

 

だから、分かってしまった。

彼がなんらかの事情を抱えている事を。きっと、それは彼の個性に関係している話なのだろう。あれほどの覚悟を持つに至るほどの事が過去にあったのだ。

だからこそ、嵐が先程悲しげな表情を浮かべていたことにも気づけた。

二人の言葉に、聞きたそうにしていたクラスメイト達も折れる。質問した本人である葉隠も少し罪悪感を感じる。

 

「そ、その、ごめんね?気を悪くさせちゃったみたいで……」

 

慌てて謝罪する葉隠に手を振りながら嵐は大丈夫だと返す。

 

「気にしなくていいさ。これは俺の問題だからな。さて、確か自己紹介だったな。まず名前からだな。俺は八雲嵐だ。初日から色々と騒がせたが、これからよろしくな」

 

自身の名前を言って笑みを浮かべると軽く頭を下げてから、続きを話し始める。

 

「んで、出身中学は紅城中学ってところで、そこでは色々あって生徒会長をやってた。誕生日は9月13日。好きなものは八つ橋で、趣味は温泉巡りと音楽に読書だな」

「八つ橋に温泉巡りかぁ、渋いなっ‼︎」

「八つ橋美味しいよね!」

「生徒会長やってたんだぁ。なんか納得」

 

既にクラスメイトの嵐に対する認識は、爆豪と喧嘩していた不良っぽい怖い人ではなく、見た目は少し怖いが実は優しい人という風に変わっており、嵐の自己紹介に口々にそんなことを呟く。

そして、葉隠に続き切島が挙手しながら尋ねる。

 

「じゃあさ憧れてるヒーローいたら教えてくれよ‼︎」

「おういいぜ」

 

切島の質問に快く頷いた嵐は答えると小さく苦笑する。

 

「ただ、俺が憧れているヒーローは全然有名じゃないからお前らは知らないかもな」

「てことは、オールマイトじゃねぇのか」

「まぁそうなるな」

 

オールマイトは嵐の憧れのヒーローではない。

勿論、オールマイトが素晴らしいヒーローだってのは分かってるし、尊敬に値すべきヒーローだと言うのも分かっている。

だが、嵐がヒーローになることを志したきっかけとなったヒーローは他にいるのだ。

それは———

 

「狐火ヒーロー“クレハ”。その人が、俺が憧れたヒーローの名だ」

 

そのヒーローの名に全員が揃って首を傾げる。

 

「クレハ?初めて聞く名前だな」

「名前からして狐の個性使うのかな?」

「狐火つったから、炎かもしんねぇぞ?」

 

思い思いに呟くクラスメイト達。誰もがそのヒーローのことを知らないし、名前も初めて聞いたはずに違いない。

 

それも当然だ。

 

だって、その人は———もう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

数年前に自分達を守る為に命を賭けて、その末に亡くなってしまった大切な人だった。

過去のことを思い出して少し悲しげな表情を浮かべる嵐に、耳郎が尋ねる。

 

「そのクレハって人は、どんなヒーローなの?」

 

耳郎の問いに嵐は表情を一転させて昔を懐かしむように答える。

 

「そうだな。彼女は子供達の未来を守る為に戦える人だった。

『どんな個性を持っていてもその子供達が個性のせいで苦しまずに笑える未来を作りたい』常日頃から彼女はそう言ってたよ。俺はその背中に憧れた。

だから、俺も子供達が笑って過ごせる未来を護れるようなかっけぇヒーローになりてぇんだ」

「「「「おぉ〜〜〜!」」」

 

最後に笑みを浮かべてそう締めくくった嵐に感嘆の声と共にパチパチと拍手が巻き起こる。

 

「くぅ〜かっけぇな‼︎漢らしいぜ‼︎」

「子供達のためとかもう考え方がヒーローだよね‼︎」

 

切島や葉隠がそう声をあげる。

他の者達も嵐がなぜそういう考えを持つに至ったのかはわからなかってが、それでも彼の志はまさしくヒーローたるにふさわしい、素晴らしい志そのものだということがわかった。

 

「他にはあるか?個性以外ならある程度は答えるぞ」

 

嵐が周りを見渡しながらそう言う。次に挙手したのは障子だ。

 

「次は俺だな。入試の時から気になっていたが、八雲は相当戦い慣れているように見える。俺から見てだが、既に八雲の実力は上位のプロ並みの実力だと思う。だから、今まで一体どういう鍛錬を積んできたのか個人的に気になった」

「あっ、それウチも気になってた。試験の時、指示も援護も的確だったからさ」

 

あの時、共に戦った二人から見て嵐の動きは既にランキング上位名を連ねるトップヒーロー達に匹敵しているように見えたのだ。

自分達と同じ15歳の少年とは思えないほどの練度の高さに二人はその秘密が知りたかったのだ。

対する嵐は、数秒考えると笑みを浮かべるとなんてことのないように答える。

 

「ん〜、死ぬほど鍛えたってこと以外は特にこれといった特別なことはしてないんだが…まぁ、知り合いにプロヒーローがいてな、その人に色々と師事しているんだ」

 

知り合いのプロヒーローとは巴のことだ。

彼女は数年前までとあるプロヒーローの元で筆頭サイドキックを務めており、その実力はトップでも通ずるとそのヒーローからも評価されていたぐらいだ。

嵐はそれほどの実力を持つ彼女に師事しており、ヒーローに必要な様々なことを彼女に叩き込んでもらっていたのだ。

 

「成る程な。道理で」

「てことは、その師匠がクレハって人なの?」

 

当然とも言える耳郎の質問に嵐は首を横に振る。

 

「いや、その人じゃない。ただ、彼女も俺が尊敬するヒーローであることには変わらねぇな」

 

巴もまた嵐の尊敬するヒーローの一人だ。

だが、憧れているわけではない。それでも、今まで付き人兼保護者として今までずっとそばにいてくれた。

彼女には返しきれないほどの大きすぎる恩がある。だから、彼女に恩返しする為にもヒーローを目指していると言うのもある。

 

「他に質問あるやつはいるか?まだ答えれるぞ?」

 

耳郎にそう答えた嵐は全員に振り返りながら尋ねる。そして、その後もしばらく各々の自己紹介も交えた嵐の質問コーナーは続いた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

様子を見にきた相澤に「程々にしろ」と言われ嵐達は連絡先を交換した後各自解散。

そして、嵐、耳郎、障子は初日から誰も除籍されなくてよかったや、無事に一日目が終わって安心した等、微笑ましく話しながら共に廊下を歩き、玄関口に向かっていた。

 

当初は、B組に所属する拳藤の様子を見に行こうかとも話していたが、入学式に出ずに個性把握テストを行ったA組とはタイムスケジュールが違う、というかA組が強制的に変更されており、時間が合わないと考え後日また観に行こうと言うことになったのだ。

 

そうして、階段を降りて玄関口に向かっていると、

 

「お、拳藤」

「あ、八雲。それに耳郎も障子も、もう帰るのか?」

 

階段を降りた先で、会えないだろうと思っていた拳藤と他数名の女生徒達に出くわしたのだ。

拳藤は嵐達を視界に収めると、他の女子達に一言言うと三人に近づきながらそう呟いた。

 

「ああ、こっちは急遽変更になってな。そっちは見るからに、今から個性把握テストか?」

 

嵐は拳藤達の格好を見ながら尋ねた。

彼女らの格好は制服ではなく、体操服姿だ。だとしたら、スケジュール通りなら入学式やガイダンス諸々の後に個性把握テストを受けることになるはずだからだ。

これに拳藤も「うん」と頷いた。

 

「担任のブラド先生に言われてね。入学式もガイダンスも終わったから、グラウンドに集まれって………でも、八雲達の様子見ると、もしかして入学式出ないでそっちやった感じ?」

「そ、初日から最下位は除籍とか言われてさ、皆必死にやってたよ。な?」

「うん、最初は本当に焦ったよ」

「もっとも、その後は焚き付ける為の嘘だと言われて安心したがな」

「……えぇ、ぶっ飛んでんね、あんたらの担任。いきなり厳しすぎない?」

 

A組の個性把握テストが理不尽だったことを知った拳藤は顔を引き攣らせると苦笑する。

 

「まぁ、あの人なりの優しさなんだろうな」

「ふぅん、そうなんだね」

 

拳藤の言葉に答えた嵐に、拳藤は嵐が言うならそうなんだろうと素直に信じた。

 

「ま、八雲だけは余裕でやってて、一位取ってたけどね」

「八雲の記録はほぼほぼ圧倒的だったな」

「ああ、なんとなく想像出来るよ。八雲は大概ぶっ飛んだ奴だしな」

「どう言う意味だコラ」

 

二人の言葉に笑いながら賛同した拳藤に嵐は眉をひくつかせる。拳藤はそれに笑みを浮かべると、体育館で行われた入学式の途中で見た事を言った。

 

「だって、入学式の合間に、外で突風みたいなのが吹いて何かが空を突き抜けていったのを見たんだけどアレ八雲がやったんじゃないのか?」

「……確かに、それ俺のボール投げの時のだが、よく分かったな」

「やっぱりな。あの時のお前の大技見てたから、お前がなんかやったんじゃないかって思ったんだよ」

 

嵐の7キロ超えのボール投げの様子は、体育館で入学式を行なっていた生徒達の目にも入っていたらしく、B組ではちょっとした話題になっていたらしい。

拳藤は入試の時の嵐の大技を見ていて、それと似た現象だった為すぐに嵐がなんかやったなと思い至ったそうだ。

と、その時、少し離れたところにあるB組女子達から彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 

「おーい、拳藤、もう行こーよ‼︎」

「ああうん‼︎すぐに行く‼︎……じゃ、私は行くよ。また明日な」

「ああ、また明日な」

「うん、明日ね」

「ああ」

 

口早に告げた拳藤に嵐達は3人揃って拳藤を見送った。そして、彼女達がその場から立ち去った後、嵐は二人に振り返る。

 

「そんじゃ帰るか。帰り昼飯食いにどっか寄らね?」

「いいね、どこ寄る?」

「俺はどこでもいいぞ」

「じゃあ、サ◯ゼとかどうだ?」

「そこでいいよ」

「俺もだ」

 

まだ昼までは時間的に余裕があったものの、彼らと交流を深めたかった嵐の提案に二人は快く頷いた。

 

 

初日から除籍宣告など慌ただしいスタートだったが、それでも嵐のヒーローアカデミアがついに幕を開けたのだ。

 

 




感想や誤字・脱字報告、それと何かご指摘があれば、これからの参考にしていきますので遠慮なくどうぞ‼︎


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8話 戦闘訓練

最近、百竜災禍秘録をようやく買うことができました。
思ったよりも分厚くて驚きましたね。そして、やはりその分厚さだけ内容も充実していて素晴らしかったです‼︎‼︎
各モンスターやエリアの設定やキャラデザなど事細かくモンハン好きにはたまらない本ですね‼︎‼︎

そして、本当に本当に、次のサンブレイクでアマツマガツチが出てきてほしい‼︎‼︎
ユクモ村とカムラの里が近隣ならあり得なくはない話でしょうし‼︎‼︎

あと、最後にちょぼにーさんのモンハン考察動画がマジでなるほどと思う部分が多くて、見応えがありすぎる。




 

翌日から雄英高校の授業は始まった。

 

雄英高校ヒーロー科。日本一のヒーロー科だが、何もヒーローになる為の特別授業だけをしているわけではない。午前中は他の一般高校同様に英語や国語、数学などの必修科目の授業を行う。

いくら『力』があれど、『学』を疎かにしていては話にならない。『文武両道』こそヒーローに求められているものだ。

そして、雄英はそもそもの偏差値が全国の名門私立高校と比べても高く、屈指の最難関高と呼ばれているため、授業内容自体普通ではあるが、難易度が高く進行スピードが違く、余裕な者、やる気に満ちた者、何とかついていける者、既にヤバイ者など多種多様な反応を見せた。ちなみに、嵐は真面目に授業を受けていた。

強いて何か違うことがあるとすれば、それは各授業をプロヒーローがおこなっていることぐらいだろう。

例えば、英語の担当教員はプレゼント・マイクだ。

 

「えーんじゃ、次の英文のうち間違っているのは?」

 

教壇に立つプレゼント・マイクが教科書を片手に黒板に数個の英文を書いて生徒達にそう尋ねた。しかし、やはり2日目ということもあって全く授業は盛り上がっていない。

 

「おらエヴィバディヘンズアップ‼︎‼︎盛り上がれ———‼︎‼︎」

 

その空気に授業を盛り上げようとプレゼント・マイクは持ちネタを披露するも、あまり変化はなかった。というより、生徒達は授業の普通さに若干拍子抜けなところがあったのだ。

 

((((((普通だ))))))

(関係詞の位置が違うから、4番!)

(……くそ、つまんねぇ)

(4だな。てか、思ったよりも普通だった……)

 

生徒達が一般科目の授業に拍子抜けになりながらも午前は問題なく終えた。

ただし、初日から上鳴や芦戸が苦戦しており、先日に多少打ち解けつつあった嵐と八百万がその頭の良さ故に縋りつかれたことは余談だ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

午前の一般科目の授業を終えて昼休みを迎えた。

雄英には大食堂があり、プロヒーローであるクックヒーロー・ランチラッシュの一流の絶品料理を安価でいただけるのだ。教師だけでなく厨房に立つ者もプロヒーローなのである。

そして、嵐は耳郎、障子と3人で大食堂を訪れ昼食を共にしていた。

出汁の効いたきつねうどんをすすり、嵐は舌鼓を打つ。

 

「んー、うまっ。流石はランチラッシュの料理」

「しかも、安いからほんとありがたいよね」

「全くだな」

 

耳郎がハンバーグ定食を、障子が焼き鯖定食を食べながら応える。

耳郎は普通に食べているが、障子は口元のマスクをずらさずに左腕の複製腕を口に変えてそこに食事を運んで食べているが、何か事情があってのことだろうと嵐と耳郎は気にしつつも尋ねはしなかった。

ちなみに、席は嵐の隣に耳郎が座り嵐と向かい合わせで障子が座っている配置だ。

そして、耳郎が再び口を開く。

 

「そういえば、午前の授業は思ったよりも普通だったね」

「そーだな。まぁ一般科目だしあれぐらいなんじゃねぇの?」

「というより、一般科目で何か捻りがある方がおかしくないか?」

「「確かに」」

 

障子の言葉に二人は揃って同意する。全くもってその通りだ。嵐はうどんに七味を足しながら更に呟く。

 

「午前が普通だった分、午後のヒーロー基礎学がどんなものになるのか気になるな」

「ね。今から楽しみだよ」

「ヒーロー科ならではの授業だからな」

 

ヒーロー科ならではの授業『ヒーロー基礎学』。

その名の通り、ヒーローの素地を作り立派なヒーローになるための様々な訓練を行う科目のことだ。

当然、ヒーローの卵である嵐達は興奮と期待に胸を躍らせていたのだ。

そして、彼らが次の授業に期待を寄せていた時、彼らに声がかけられる。

 

「お、いたいた」

 

聞き覚えのある声に3人揃ってそちらに振り向けば、

 

「よっ、3人とも」

 

拳藤がいた。親子丼が乗ったトレイを持っており、彼女の後ろにはクラスメイトであろう女子もいた。

 

「おお拳藤か」

「そこ座っていいか?他空いてなくてさ」

「いいぜ」

 

快く了承した嵐達は二人に促すと、二人は軽く会釈しながら障子の隣に座り拳藤が耳郎と向かい合わせの位置になった。

 

「ありがとうな、この時間どこも席埋まってるらしくてさ、知ってる奴がいてくれて助かったよ」

「まあランチラッシュの飯だしな。人気があんだろ。それで、隣の子は?確か昨日一緒にいたよな?」

 

嵐はそう尋ねながら、拳藤と共にきた女子に視線を向ける。

肩より長いウェーブのかかった黒髪に尖った目つきが特徴の彼女は、にっと笑ってギザギザに尖った歯を見せながら自己紹介する。

 

「アタシは取陰切奈だよ。よろしくねぇ、八雲嵐くんに、耳郎響香さんと障子目蔵くん」

「俺らのこと知ってるのか?」

 

所謂、ギャル系口調で自己紹介して自分達の名前を言い当てた彼女に疑問を浮かべる3人に、彼女は答える。

 

「一佳から聞いてたのよ。入試の時に一緒に戦ったって。特に八雲のことはベタ褒めしてたよ。『同年代にあんなに戦える凄い奴がいるなんて知らなかった』って、それはもうめちゃくちゃ褒めちぎってたな」

「ちょっ、切奈っ‼︎それは言わないって」

 

面白そうに話す取陰に拳藤が慌てながら止める。どうやら、取陰が言うには昨日廊下であった後、嵐達の話を拳藤がしており、その際に嵐のことを褒めちぎっていたそうだ。

言わないって約束していたはずなのに、あっさりと暴露されたのだ。慌てるのも無理はない。

ただし、既に暴露されそれを聞いてしまった嵐は、若干照れくさそうにする。

 

「あー、なんか、その、ありがとな」

「い、いや、私がそう思ったのは事実だし……」

 

拳藤も嵐に釣られてか照れ臭そうにしながらそう返した。それを取陰がニヤニヤと見ているのに気づくと、慌てた様子で話題を変える。

 

「そっ、そうだっ!そんなことよりっ、昨日の個性把握テストのこと聞かせてよっ」

「お、おう」

 

強引に切り替えた拳藤の勢いに若干驚いた嵐は、驚きつつも彼女の頼み通りにA組の個性把握テストの話をしていく。

やがて、話を聞き終えた拳藤と取陰は揃って目を丸くした。

 

「ボール投げ7キロ超えって、マジ?」

「それに握力計握り潰して、50mはスタートミスって0.2秒………お前のことだからどれだけ凄い記録を出したかと思えば、滅茶苦茶すぎるな」

 

取陰は目元をひくつかせて引き攣った笑みを浮かべ、拳藤は分かっていたが予想以上の記録だったと素直に驚く。

 

「別にそんなに滅茶苦茶な記録ではないだろ?」

「……それを素で言えるお前がすごいよ」

 

平然とそんな事を言った嵐に拳藤は多少の呆れと共にそう返す他なかった。それを見ていた取陰はケタケタと笑う。

 

「いやぁ八雲あんたぶっ飛んでるとは聞いてたけど、ホントにぶっ飛んでるねぇ、そんな記録、プロでも出せる人はオールマイトぐらいじゃない?」

「もうちょいいるだろ」

「それでももうちょい程度なんだ……八雲、あんた、面白いねぇ」

 

興味深そうに言う取陰は観察するように嵐をじっと見つめる。嵐も視線を逸らさずに見つめ返す。しばらく、二人の視線が交差していたが、取陰が小さく笑みを浮かべて視線を外すとスマホを取り出した。

 

「ねぇ、あたしとも連絡先交換しようよ。あんたと仲良くしてると、いいことありそうだし」

「何がいいことあんのか知らねぇが、まぁいいぞ」

「ありがと、そっちの二人もいいかな?」

「いいよ」

「ああ」

 

耳郎と障子の承諾を得て二人とも連絡先を交換した取陰は満足そうにスマホをしまった。

 

「ところで、耳郎さ」

「なに?拳藤」

「耳郎のこと名前で呼んでいいかな?友達だしもっと仲良くなりたいからさ。勿論、私らも名前で呼んでいいよ」

「お、いいね。じゃああたしもー」

 

拳藤の申し出とそれに乗っかる取陰に耳郎は笑みを浮かべると快く頷いた。

 

「全然いいよ。よろしくね、一佳、切奈」

「うん、よろしく、響香」

「よろしくねー響香」

 

その後は、女子3人の友情が深まった様子をそばで黙って見ていた男子二人も会話に参加して、和気藹々と他愛のない会話をしながら昼休みを過ごした。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

そうして昼休みを挟んで午後、待ちに待ったヒーロー基礎学の授業が始まる。

今日の担当は———

 

 

「わーたーしーがぁ‼︎普通にドアから来たぁ‼︎‼︎」

 

 

赤い生地に白いラインのあるスーツと赤い裏地の青いマントが特徴的なコスチュームを纏った、画風が違う筋骨隆々の大男ーNo. 1ヒーローオールマイトが笑い声を上げながらそう言って教室に入って来た。

そう、今日のヒーロー基礎学の担当はオールマイトなのだ。平和の象徴と謳われ、多くの人から慕われ称えられるまさに生きる伝説。そんな彼の登場にクラスの雰囲気は一気に上がる。

 

「オールマイトだ…‼︎すげぇや、本当に先生やってるんだな…‼︎」

「銀時代のコスチュームだ……‼︎」

「画風違いすぎて鳥肌が……」

 

クラスメイト達が興奮する中、嵐も興味津々とオールマイトを見ている。

何しろ、あの誰もが憧れるNo. 1ヒーローが教壇に立って教鞭を振るうのだ。ヒーローを目指す者ならば誰だって嬉しいに違いない。

だが、そこで嵐だけ違和感を覚えた。

 

(………気のせいか?何か、オールマイトが………()()()()()………)

 

オールマイトの姿に、嵐はどうしてかそれほど強くないと思ってしまったのだ。昔、一度だけ彼の活躍を見たことがあったが、その時に感じた絶対強者の威圧がどうも感じられないのだ。

 

「さぁ皆‼︎この授業で行うのはヒーロー基礎学‼︎ヒーローの素地を作るため、さまざまな訓練を行う科目だ‼︎…あっ、単位数は最も多いから気をつけてね‼︎」

 

早口で授業の説明をし、最後に重要な単位のことも話した彼は、ボディービルダーのようなポージングを取りながら『BATTLE』と書かれた白いカードを掲げた。

 

「早速だが今日はコレだ‼︎戦闘訓練‼︎」

『ッッ‼︎』

 

『戦闘訓練』、その響きに誰もが反応しある者はもはや敵のような獰猛な笑みを浮かべ、ある者は緊張し表情をこわばらせる。

 

「そして、そいつに伴って………こちら‼︎入学前に送ってもらった「個性届」と「要望」に沿ってあつらえた……戦闘服(コスチューム)だ‼︎」

『おおお‼︎‼︎』

 

オールマイトがいつのまにか持っていたリモコンのスイッチを押すと、嵐側の壁がスライドして、中にはコスチュームがある番号が書かれたケースが置かれている棚が複数現れた。

 

ヒーローがまず必要とするもの、それこそが戦闘服だ。

己の“個性”を最大限に活かす為の格好であり、ヒーローをヒーローたらしめる為のもの。

単純に戦闘服を着たヒーローが敵を倒す姿に惹かれ憧れたと言うものも少なくはない。

そして、自分達もいよいよ、戦闘服を纏って活躍できるヒーローへの第一歩を歩めることにクラスメイト達は誰もが興奮していた。

 

そんな中、嵐だけはただ一人表情を引き締める。確かに戦闘服を着れると言うことは心躍るだろう。だが、嵐はこの場にいるクラスメイト達よりも敵の恐ろしさや非道さを知っている。

 

戦闘訓練が始まると言うことは、すなわち敵に対する対処法を学んでいかなければいけないと言うこと。

訓練を訓練と思っていては出来ないことで、訓練であっても実戦と変わりはないことを意識した上で、凡ゆる全てを糧にして強くなるのだと気を引き締め直したのだ。

 

「さあ、着替えたらグラウンド・βに集まるんだ‼︎」

『はーい‼︎』

 

オールマイトの指示に従って戦闘服を収めたケースをそれぞれ手にしたクラスメイト達は各々の思いを抱きながら、更衣室に向かった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「要望通り。しっくりくるな」

 

 

更衣室で戦闘服に着替えた嵐は満足げにつぶやく。

嵐の戦闘服ーそれは一言で言えば神官が着るような和装に近かった。全身を純白を基調とし、山吹色の模様が浮かんでおり、端は淡い橙色に染まっている。そして、各部には縫うのに使われたと思われる赤い紐が際立っている。

靴の類は履いておらず、入試の時同様既に黒い鱗に覆われている。

両腕は袖口がない代わりに袂の部分がヒラヒラとした鰭をイメージしたものがあしらわれている。それは、帯も同様であり、後部にも鰭のようなものが伸びていた。

背中には肩甲骨から頭上を回るように天女の羽衣か、神の後光を模したであろう、白い布で作られた円形の装飾があしらわれている。

袴は足首あたりで裾が赤い紐で縛られていた。

 

これらの生地は全て嵐が提供した自身の毛髪と飛膜を織り込んで作られているため、戦闘の際に個性を使い変化しても肉体と同化するので破ける心配もないのだ。そして、嵐の飛膜はそこらの布とは強度が比較にならず、高い防弾、防刃、更には耐衝撃性能も備えている。

両耳には、右に赤の、左に緑の勾玉の形のイヤリングが下げられている。

 

和の要素が全面的に押し出され、利便性も考慮された戦闘服だが、サポートアイテムも嵐にはある。

まず腰の背部に差されているのは畳まれた一対の扇だ。自身の角や鉤爪を削って骨組みを作り、扇面に白い飛膜があしらわれた金緑の骨組みに、橙色の紅葉の模様がある扇子だ。

並はずれた強度を持つだけの扇子だが、紙で作られてはいない為、刃物にもなり得る切れ味を有しており、打撃だけでなく斬撃にも使用することができる代物だ。名を『龍扇・黒風白雨』だ。

 

更にもう一つサポートアイテムがあり、それが左腰に提げられている、翡翠の風車模様がある白金の鞘に収められた日本刀だ。こちらは完全な斬撃武器である為、鞘から刀が抜けないように赤紐できつく縛り打撃専用の武器になっている。名を『龍刀・催花雨』だ。

どちらも大部分を嵐の肉体を素材としている為、基本的に()()()()()()()()()()()()()()()ようになっている。これで、万が一の時に紛失しなくて済むようになった。

最後に帯にはいくつかのポーチが縫い付けられており、そこには入試の時同様竹筒の水筒が数本と、医療器具などが入っている。

ちなみに、これらは全てプロヒーローである巴からの助言も受けて決まったものである。

流石は本職の人間だと、嵐は助言をくれた彼女に感謝する。

そして、要望通りの出来に満足げにしている嵐に紺や水色を基調としたシンプルで性能を重視したデザインの戦闘服に着替えた障子が話しかけた。

 

「……凄いな。八雲の戦闘服は。まるで神官を思わせる格好だ。入試の時も思ったんだが、八雲には和装がしっくり似合うな」

 

障子に戦闘服だけでなく格好が似合っていることも言われ嵐は嬉しそうに微笑んだ。

 

「ありがとな。障子も似合ってるぞ。マスクも相まって忍者みてぇだな」

「……忍者か………初めて言われたな」

「まぁ戦闘服の見た目だし、ガタイも大きいからな」

「ガタイなら、お前もだがな」

 

体格が大きいもの同士、他愛もない会話をしながら、通路を歩き出口を出てグラウンド・βの入り口に向かう。そして待っていると続々とクラスメイト達が集まってきた。

皆が己の個性を活かせる最適な格好をしており嵐のようにサポートアイテムを身につけているもの達もいる。

その中には耳郎もいて、二人の姿を見つけると早速近づいて来た。

 

「二人とも早いね。……てか、八雲の戦闘服、超ロックじゃん」

「耳郎も似合ってるな。それに、そのブーツは……もしかして、スピーカーか?」

 

嵐は彼女のブーツを見ながらそう尋ねる。ブーツ以外は動きやすい格好をしているが、ブーツだけが普通のものよりも分厚くスピーカーのようなものがついていたからこそ、それが気になった。その気づきに耳郎はそうと頷く。

 

「そ、これで爆音を飛ばして遠距離にも対応できるようにしたの」

「……なるほど。よく考えられてるな」

 

障子も耳郎の戦闘服の性能に感心の声を上げる。確かに耳郎の戦闘服は己の個性の特性をよく考えられて作られていたのだ。

そして、クラスメイトも着々と集まり各々の戦闘服のここがいいだの、もっとこうして欲しかったなどの話をしていく中、嵐に声をかける者が二人。

 

「八雲の格好ザ・和だねー」

「ねー、神主さんみたいで似合ってるねー」

「おー、ありがとな。芦戸、葉がく…っっ⁉︎」

 

二人の賞賛の声に振り向きながら答えた嵐は葉隠の格好を見た瞬間、絶句して固まる。

 

「ん?どしたの、八雲くん。おーい」

 

目の前で硬直した状態の嵐の目の前で、空中に浮かぶ手袋が嵐の眼前で振られる。

声からして目の前の浮かぶ手袋と一人でに動くブーツの持ち主が葉隠であることがわかった嵐は嫌な予感がしながらも恐る恐ると尋ねる。

 

「………なぁ、葉隠。一応聞くが、それ、光学迷彩を施した戦闘服、なんだよな?」

「へ?」

 

彼女は手袋やブーツ以外の部分が全て透明なのだ。透明人間だからこそのものなんだろうが、嵐は自身と同じく繊維に頭髪を混ぜて光学迷彩を施しているだろうと考え尋ねたのだ。

しかし、葉隠は呆けた声をあげると次の瞬間には、とんでもない爆弾発言をかます。

 

「ううん、違うよ!私の戦闘服はこのブーツと手袋だけなの‼︎他は何も着てないよ‼︎‼︎」

(((((な、なん…だと…っ⁉︎⁉︎)))))

 

天真爛漫な声に反してとんでもない爆弾発言をかました葉隠に男子の殆どが漏れなく反応した。

思春期男子達には今の魅力的なワードに抗えるはずもなく、首をへし折る勢いで振り向いた彼等は葉隠に釘付けになっていた。とある葡萄に至っては目が血走っており、今にも飛び掛かろうとしているヤバい状態になっている。

 

「………はぁ〜〜〜〜〜〜」

 

嵐は嫌な予感が当たったことと、花の女子高生が個性の特性とはいえ全裸で外にいることに、目を手で押さえながら、盛大な深いため息をついてしまう。

 

「………うわ、八雲君のため息ながっ」

「…‥まあ、気持ちはわかるよ。ウチも同じこと思ったし」

「ケロ。仕方ないわね」

 

八雲の様子に意外そうにする麗日と、納得する耳郎と蛙吹。彼女らが呟く傍らで嵐は徐に上着を脱ぐと葉隠の頭の上からスポッと被せながら、困惑気味に呟く。

 

「とにかく、女の子が肌を易々と晒すな。倫理的にアウトだから。とりあえず、これでも羽織ってろ」

「へ?でも、これ八雲君の戦闘服でしょ?着なくていいの?」

「必要になったら返してもらうから、その時までは着てな。それと、サポート会社に戦闘服作り直してもらえ。

俺の戦闘服もそうだが、毛髪とかを繊維に混ぜておけば個性発動の際に戦闘服は同化するように出来ている。そのおかげで、変身してもいちいち服が破けない仕様にしてもらってるんだ。

葉隠は髪の毛も透明みたいだから、それを繊維に混ぜれば、服にも透明化を適用できるはずだ」

 

こんなふうにな、と嵐は右腕を変化させて戻して元通りになった姿を実演してみせて、戦闘服の改良を彼女に提案する。

すると、葉隠は名案と言わんばかりに嵐の手を握った。

 

「そんなこと思いもつかなかったよ‼︎さすが八雲君頼りになるね‼︎ありがとう‼︎うん、帰ったら早速考えてみるよ‼︎」

「おう、どういたしまして。それと、八百万も気をつけとけよ」

「え?どういうことですか?どこか、私の戦闘服におかしな点でも…?」

 

突然話題を振られた八百万は自分の戦闘服を見ながら、そう首を傾げ不思議そうに尋ね返した。

彼女の戦闘服とぶっちゃけアウトだったのだ。

赤のレオタード生地に、腰回りに厚いベルトを巻いているのだが、胸元から臍にかけて大きく開けており、彼女の同年代女子よりも豊かに発達したプロポーションも合わさると男子高校生にとっては毒でしかないのだ。

それでも、彼女は露出が高い格好に羞恥心がなく不思議そうに首を傾げる彼女に、嵐はなんとも言えないような表情を浮かべる。

 

「………まぁ、葉隠同様個性の特性上、そういう仕様になっているってのは、納得いくんだが……それでも、八百万の格好も、少しな」

「それは、どういう意味で?」

「………すまんが、それ以上は俺の口からは言えねぇ。強いて言えることと言えば、思春期男子を甘くみるなってことだ。葉隠も含めてな」

「え“っ」

「?」

 

葉隠は嵐の言葉の意味を正確に理解して、ビクッと体を硬直させていたが、八百万はそれでもわからないのか首を傾げてしまっている。

嵐はその様子に苦笑を浮かべながら言う。

 

「……とにかく、変なことされたら言えよ。それに、女の子なんだから肌は当然として、身体は大事にしとけ」

「うん、ありがとうね‼︎」

「え、ええ、ありがとうございます?」

 

嵐の助言は葉隠は素直にそう感謝するが、未だに疑問が残る八百万は疑問符をつけたお礼をする。しかし、八百万を除く他の女子四人は嵐の言葉に大いに頷いており、彼の評価を密かに数段階引き上げていた。

男子の輪に戻った嵐は、無駄に爽やかだが一切笑っていない笑みを浮かべながら、拳を鳴らして、若干冷や汗をかいている男子達を見下ろすと釘を刺す。

 

「さぁて、さっきの葉隠の言葉に反応した奴ら……俺が言いてぇことは分かってるな?特にそこの下種葡萄」

『う、ウスッ‼︎‼︎分かってます‼︎』

「下種葡萄って俺のことぉ⁉︎」

 

男子達は嵐の凄みに背後に般若‥‥ではなく、どう言うわけか、龍のような幻影を見てしまい、不良の舎弟のように思わず姿勢を正して返事をした程だ。

ちなみに、この後男子達の間では嵐の前では不埒な想像はしないでおこうと言う誓いがなされていたりする。

そして、罵倒混じりの名指しをされた峰田は悲鳴じみた声を上げた。

 

「たりめぇだ。テメェ、さっき麗日の格好見てクソみてぇな発言してただろうが。バッチリ聞こえてたからな」

「嘘だろぉ⁉︎地獄耳にも程があるだろっ⁉︎」

「とにかくそこに正座」

「あ、はい」

 

嵐の凄みに峰田が抗えるはずもなく、あっさりと峰田は屈した。

 

全員が揃った頃を見計らってグラウンドβに訪れたオールマイトは仁王立ちする嵐と彼に説教をされている正座している峰田という、謎の光景が広がっていた。左右からは、明らかにオールマイトを模したであろう緑のコスチュームを身を纏った緑谷と、白いフルアーマーを着込んだ飯田が必死に宥めようとオドオドしている光景だった。

 

「えーと、これはどう言う状況だい?」

 

新米ゆえにどうすればいいか分からないオールマイトは、このちょっとカオスな状況にそんな困惑の声を上げるしかなかった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「さて、ちょっと何かあったみたいだけど……始めようか有精卵共‼︎戦闘訓練のお時間だ‼︎‼︎」

 

開始前から一悶着あったが、どうにか説明できるところまで持って行ったオールマイトはようやく授業を始める。

 

「うーん、いいじゃないか皆。カッコいいぜ‼︎」

 

そして、白い歯を見せて生徒達の戦闘服姿に素直な感想を言ったオールマイトに、飯田がさっそくビシッと挙手をして尋ねる。

 

「先生‼︎ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか?」

「いいや‼︎もう二歩先に踏み込む‼︎…‥今日やるのは、屋内での対人戦闘訓練さ‼︎」

 

飯田に指をピースして二歩ということを示しながら答えると、そのまま説明を続ける。

 

曰く、敵退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば実は屋内の方が凶悪敵出現率は高い。

監禁・軟禁・裏商売・エトセトラ……このヒーロー飽和社会において、真に賢しい敵は屋内に潜むらしい。

 

「そこで!君らにはこれから『敵組』と『ヒーロー組』に分かれての、2対2の屋内戦を行なってもらう‼︎」

「基礎訓練もなしに?」

「その基礎を知る為の実践さ‼︎ただし、今度はぶっ壊せばOKなロボじゃないのがミソだぜ‼︎」

 

蛙吹の質問にそう答えたオールマイトに今度は、クラスメイト達が一斉に質問する。

 

「勝敗のシステムはどうなりますか?」

「ぶっ飛ばしてもいいんすか」

「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」

「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか?」

「このマントやばくない?」

 

3名がまともで、2名がまともじゃない質問をしていたが、オールマイトは全てをいっぺんに聞いて全てに返事するような聖徳太子じみた行動はできず、懐からカンペを取り出してガッツリ見ながら説明を始めた。

その一連の動きを見ていた嵐は、この人凄いけど教師には向いてねぇな、と密かに思っていたりする。

そう思いつつも、嵐はオールマイトの説明に耳を傾けた。

 

「いいかい⁉︎状況設定は敵がアジトに「核兵器」を隠していて、ヒーローはそれを処理しようとしている‼︎

ヒーローは制限時間内に敵を捕まえるか『核兵器』を回収すること。

敵は制限時間まで『核兵器』を守るかヒーローを捕まえることだ‼︎‼︎」

 

設定がアメリカンだが、つまりはヒーローは敵を捕縛か核に接触すること、敵はヒーローの捕縛か核を守り切ること、と言うシンプルな内容だった。

 

「コンビ及び対戦相手はくじだ‼︎ちなみに、1チームだけ3人になるけど、そのチームは他よりも採点厳しめでいくからよろしく‼︎」

「まさか適当なのですか⁉︎」

 

訓練相手をくじで決めることに、真面目すぎる飯田がそう反論するも、緑谷がすかさずフォローに入った。

 

「プロは他事務所のヒーローと急造のチームアップすることが多いし、そう言うことを予想してのことなんじゃないかな……?」

「そうか…!先を見据えた計らい…失礼致しました‼︎」

「いいよ‼︎早くやろう‼︎」

(飯田は真面目すぎんだなぁ。もう少し柔軟になってもいいと思うんだがな……)

 

飯田の様子に彼は真面目すぎるがゆえに、入試の時は柔軟な対応ができていなかったのだろうと嵐は判断した。

そうしてオールマイト自らが引いたくじの結果は、

 

Aチーム:緑谷・麗日

Bチーム:轟・障子・尾白

Cチーム:八百万・峰田

Dチーム:爆豪・飯田

Eチーム:芦戸・青山

Fチーム:砂藤・口田

Gチーム:耳郎・上鳴

Hチーム:蛙吹・常闇

Iチーム:八雲・葉隠

Jチーム:切島・瀬呂

 

以上のチーム分けになった。

 

「葉隠か、よろしくな」

「うん‼︎八雲くんよろしくね‼︎」

 

嵐のペアは葉隠になった。

対人戦闘は巴との訓練で散々こなしてきたが、こういう誰かと組んで共闘した経験はない嵐は、チーム戦に新鮮な感覚を覚えていた。

そして、全員がチームごとに分かれた事を確認したオールマイトは、『VILLAN』と『HERO』と書かれた二つの黒白の箱に両手を突っ込んで、アルファベットが書かれたボールを一つずつ取り出した。

 

「続いて最初の対戦相手はコイツらだ‼︎Aチームがヒーロー‼︎Dチームが敵だ‼︎」

 

緑谷と爆豪のチームが初戦から戦うことに嵐は険しい面持ちになる。

個性把握テストの時点で気づいていたが、緑谷と爆豪は昔からの仲であり、二人の関係はかなり悪いのだろう。と言うよりは、爆豪が一方的に嫌っているように見える。

 

(爆豪の個性は見る限り、掌からの爆破。まぁ、周りからチヤホヤされて生きてきたタイプなんだろうな。プライドが肥大化しすぎて暴力で解決しようとする精神年齢が幼ぇクソガキ。特に緑谷が相手だと何しでかすか分からねぇな)

 

個性把握テストのソフトボール投げでは個性を使った自分の記録を僅差で超えた時は緑谷に襲い掛かろうとしていたぐらいだ。この戦闘訓練なら、目的すら無視して緑谷を潰すためだけに暴れかねない。

感情のままに暴れており、心の制御がまるでできていないのだ。

しかし、対する緑谷にも嵐は懸念事項があった。

 

(緑谷は個性の扱いが不十分。そんなハンデを抱えた状態で爆豪達と戦うわけなんだが………あいつもあいつで爆豪には何かしらの思いがあるから、自己犠牲覚悟で個性を使いかねない。自分の体ぶっ壊してでも勝ちに行くんだろうな)

 

緑谷は自己犠牲の精神が強いと、嵐は入学2日目にして彼の本質を見抜いており、このままなら間違いなく自分の体をぶっ壊すと予想できてしまったのだ。

 

(初っ端から、一波乱ありそうだな)

 

この組み合わせに危機感を感じる嵐は試合の一部始終を見逃さないように時を引き締めながら、自分を呼ぶ葉隠についていき、他のクラスメイト達と共にモニタールームに向かった。

 

 




嵐の戦闘服はダブルクロスのアマツ防具の荒天亜流をベースにしています。
頭装備はなしで、脚は草履などを履いておらず素足です。ゲームでの二の腕部分にある鎖帷子を思わせる灰色の部分は皮膚が見えてる感じでイメージしてます。

サポートアイテムですが、名前でお察しの通りアマツの双剣と太刀をモデルにしています。
双剣の形は元のゲームと同じで、扇面に紅葉の模様があり、骨が緑がところどころ混じっている感じです。
太刀は少しイメージを変えており、見た目はタマミツネの太刀に近いシンプルな日本刀の形状です。鞘は白と金色でそこに翡翠の風車の模様があります。鍔は金色で、柄糸は白く、金の菱形模様が並んでいます。
ほぼほぼ嵐の肉体素材を使っています。

こちらでの設定ですが、嵐の角や飛膜、鉤爪は再生可能だということにしているため、幾ら千切っても折っても、再生はします。なので、いくらでも嵐は自分の素材を提供できるというわけです。
古龍としての並外れた生命力ならば、肉体は当然として角も再生できるんじゃないかと個人的に思っています。

そして、今回はもう1話も書き上がりましたので、今日か明日にでも続きを投稿しますので、お楽しみにしててください。











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9話 命の重さ

 

 

「チッ………話になんねぇな」

 

モニターを見上げていた嵐の第一声は、舌打ちと共に出たそんな言葉だった。

 

緑谷・麗日のAチームと爆豪・飯田のDチーム。

両者の戦いはー嵐から見て酷い結果だったと言わざるを得なかった。

結果から言えば対戦は緑谷・麗日のチームが勝った。だが、モニターには緑谷が白目を剥いて倒れていて、麗日が顔を青ざめてうずくまっておりそれを飯田が介抱しており、爆豪が呆然と立ち尽くしている姿があったのだ。

勝者であるはずの緑谷達がボロボロで、敗者がほぼ無傷という逆の構図が成り立っていた。

 

最初から展開は酷いものだった。

侵入した緑谷、麗日を、爆豪が飯田との連携を一切取らずに私怨丸出しの独断専行で二人を奇襲したものの爆豪の動きを読んでいた緑谷の機転で初撃は見事回避した。

その後、核の捜索を麗日に任せた緑谷は爆豪とのタイマンを決行。最初こそ爆豪の動きを予測できていた緑谷が善戦していたものの………爆豪のサポートアイテムで建物を破壊しかねない大規模攻撃を放って緑谷を精神的に追い詰めていき、タイマンでの殴り合いも爆豪の磨かれたセンスが光り、爆豪のリンチとなり緑谷は何度も爆破や打撃をその身体に叩きつけられていた。

 

しかしだ、最後に緑谷が己の個性で一階から屋上をぶち抜くほどの凄まじい風圧を伴ったアッパーカットを放つという奇策を用い、緑谷の指示で端に避難していた麗日の機転で核に触れることで緑谷達の勝利で終わった。

だが、その奇策の代償に緑谷は右腕が超パワーの反動でぶっ壊れ、左腕が爆豪の爆破を受け止めたことで火傷でボロボロ、それ以外にも蓄積したダメージのせいで白目を剥いて気絶していたり麗日も個性の反動で酔って吐きかけていた。

 

嵐は緑谷のボロボロになって倒れる姿に、過去の後悔を重ねてしまい、悲しげな表情を浮かべていた。

 

対する爆豪も大した怪我はないものの今まで馬鹿にし続けていた緑谷に完全に作戦負けしたことから茫然自失となって、倒れる緑谷の前で立ち尽くしていた。

 

(……飯田以外はまともに評価できねぇな。これは……)

 

嵐から見て、この試合は飯田以外誰も状況設定を活かせていなかった。

ビルを破壊しかねない大規模攻撃を放った緑谷、爆豪は当然のこと。核があるにも拘らずに、瓦礫を弾丸のように飛ばした麗日も、彼らの攻撃の、衝撃でもしも核が爆発してしまったら、ということを全く考えていない。

 

本当に爆破して大規模な被害を齎してしまったのなら、万が一生き延びれたとしても人々からの信頼は無くなるし、愚かだと罵られ続けるだろう。

 

(………ったく……クソ餓鬼が…)

 

爆豪達を迎えに行ったオールマイトを見送りつつ、嵐は腕を組んで壁にもたれながら、モニターの中で冷や汗を流しながら荒い呼吸を繰り返す爆豪を静かに睨んだ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

爆豪達を迎えに行ったオールマイトが戻った後、大怪我を負って保健室に運ばれた緑谷を除き全員が集まるとさっそく講評が始まった。

 

「じゃあ第一試合の講評をしていこうか‼︎結果は、緑谷少年と麗日少女のAチームだけど、今戦のベストは飯田少年だ‼︎」

「なな⁉︎俺ですか⁉︎」

 

オールマイトの言葉に飯田は驚愕し、麗日がまだ気持ち悪いながらもそこに悔しさも滲ませる。彼女自身はわかっているのだろう。だが、蛙吹はわからずに尋ねた。

 

「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」

 

まだ歩き始めてヒーローとしてまだまだ未熟である為に、何故勝った二人のどちらかではないのかと疑問に思ったのだ。

だが、実戦想定した上でのこの結果ならば、オールマイトの言った通り飯田がMVPなのは分かる人には分かるのだ。

 

「何故だろうなぁ〜〜〜〜?分かる人‼︎」

「はい、オールマイト先生」

 

勿体ぶるオールマイトに八百万が静かに挙手をして発言をする。

 

「はい、八百万少女‼︎」

「飯田さんがベストだったのは、飯田さんが一番状況設定に順応していたからです」

 

飯田がベストだった理由を説明した後、他の面々の悪い点を指摘していく。

 

「爆豪さんの行動は、戦闘を見た限り私怨丸出しの独断専行。そして先ほど先生もおっしゃっていた通り、屋内での大規模攻撃は愚策。緑谷さんも同様の理由ですね」

 

特にビル内で大規模破壊をした二人には辛辣な評価が付けられる。

爆豪はこのメンバーの中でも比較にもならないほどの愚かな行為を何度も繰り返しており、サポートアイテムを使用した大規模爆撃は、護るべき牙城の損壊を招く行為として愚策と評価。

 

対する緑谷も建物の真ん中を貫くほどの風圧を伴ったアッパーカットが爆轟と同じく愚策だった。ヒーローとして出さなくても良い被害を出したからだ。それに加えて、彼は入試の時同様、また戦闘不能で倒れた。

試合に勝つ為に自爆覚悟での大技を使用して、勝って自分も戦闘不能になること自体が話にならないのだ。

 

「麗日さんは中盤の気の緩み。そして最後の攻撃が乱暴すぎたことが悪い点ですね。

ハリボテを「核」として扱っていたら、あんな危険な行為できませんわ」

 

麗日は途中敵役になりきろうとしていた飯田を見て吹き出してしまい、飯田に気づかれたこと。加えて、緑谷が打ち上げたアッパーの余波で巻き上がった瓦礫を無重力にした柱でホームランのようにスイングして撃ち放った攻撃は、ハリボテを「核」として扱っていれば、やってはいけない行為であり、訓練だからこその甘えだったのだ。

そして、最後に飯田だ。彼にはおおよそ悪い点はない。

 

「相手への対策をこなし且つ、“「核」の争奪”をきちんと想定していたからこそ、飯田さんは最後対応に遅れた。ヒーローチームの勝ちは「訓練」だという甘えから生じた反則のようなものですわ」

 

飯田が最も役に準じており、麗日への対応策もちゃんとこなしていたあたり、彼がベストなのは明白なことなのだ。

そうして八百万は話を締めくくった。

 

「………‼︎」

 

飯田は予想外の講評に感極まってしまっていた。だが、他のクラスメイト達は完全に沈黙していた。

 

「「「「………………」」」」

(お、思ってたより言われた‼︎)

 

オールマイトも自分が想定していた以上にダメ出しされたことに顔を引き攣らせながらも何とか左手を上げてサムズアップする。

 

「ま……まあ、飯田少年もまだ固すぎる節はあったりするわけだが……まあ…‥正解だよ、くう……‼︎」

 

思ったより、悔しそうだった。

教師としての初仕事なのに、よもや10代の少女がここまで見事な分析をして教師の自分が出る幕がなくなってしまったのだ。

 

「常に下学上達‼︎一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので!」

 

腰に両手を当てて自信満々に彼女はそう言った。推薦入学者でもある彼女は真面目な気質なのだろう。

「で、では、他には、いるかな?」

 

オールマイトは若干震える声で尋ねる。

かなりズタボロに言われたが、それでも教師として授業をしていくのなら、他の生徒達もあれば聞かなければいけない。だからこそ、そう尋ねた。

そして、嵐が冷たい表情を浮かべたまま静かに挙手をして発言をする。

 

「オールマイト、俺からもいいですか?」

「む?八雲少年、君も意見があるのかい?」

「ええ、いくつか言いたいことはあります」

 

嵐はそう言うと冷徹な表情のまま話し始める。

 

「まず、八百万の講評には俺も同意です。飯田と麗日の評価には異論はありませんが、緑谷、爆豪の二名に関してはいくつか付け加えさせて講評させてもらいます」

 

八百万の意見に概ね同意を示し、飯田、麗日の評価には異論なしを示す。しかし、緑谷、爆豪に関してはいくつかの補足をしていくと言う。

現状、クラスで最も注目されている嵐の講評にクラスメイトたちの視線が集まる中、彼は話し始める。

 

「まず、緑谷はあの自己犠牲が過ぎる精神を直した方がいいかと。あんな自爆覚悟の戦い方は、はっきり言って死に急いでいるといっていいし、見ていて気分のいいものじゃない。

何より、彼が現状解決すべき問題は個性の制御を早急にできるようにすることです。個性を使うたびに体を壊して倒れていては、本当に体が保たなくなる。個性の制御ができれば、彼の戦い方の幅は広がり、精神身体共に余裕が持てるのは確かなはずです。

だから、今緑谷に求められているのは個性の制御と自己犠牲の考え方の矯正でしょう」

 

そう言って緑谷の講評を締めくくると、爆豪へと冷徹な表情を向けると、言葉に明らかな怒気をのせてはっきりと告げた。

 

「でだ、爆豪。テメェ何のつもりだ。自分がヒーローを目指してるって自覚はあんのか?」

「……っ」

 

嵐の怒気が篭った言葉に、緑谷にプライドをズタボロにされ意気消沈していた爆豪は顔を上げるが、その表情はいつもの勝ち誇ったものではなく嵐に対する怯えがうかがえた。

そんなことはどうでもいい嵐は、そのままずかずかと彼に近寄ると彼を高いところから見下ろし睥睨する。

 

「ペアの話を聞かずに私情での暴走。ヒーローであるはずなのに、ビルを破壊しかねない大規模攻撃を私怨を晴らすためだけに使った。

あれがヒーロー?いいや、違う。あんなのはクソ餓鬼だ。自分の思い通りに行かなかったら駄々をこねて癇癪散らすだけの傍迷惑なクソ餓鬼だっ」

 

そうして嵐は彼の胸ぐらを掴み上げて持ち上げる。

 

「……ぐっ⁉︎」

 

苦悶の声をあげて爪先立ちになる爆豪の顔に自分の顔を近づけた嵐は激情を滲ませて怒鳴る。

 

「いいか‼︎ヒーローってのは勝つだけじゃねぇ‼︎その後ろにいる人達を護って救ってやっと、そいつらはヒーローって呼ばれんだよ‼︎‼︎

ヒーローの本質は誰かを護って救うことだ‼︎‼︎

ヒーローは自分の行動一つ間違えれば、それだけで多くの人を死なせてしまうことだってあんだよ‼︎‼︎

俺達はこれから先多くの命を背負わなくちゃならねぇ‼︎そんな時にテメェが勝つためだけに他人の命を軽んじる真似をしてみろ‼︎テメェだけじゃねぇ、ヒーロー全体の信頼が揺らいじまうんだよ‼︎

お前がやってるのはそう言うことだ‼︎人の命だけじゃねぇ、多くの人の信頼までお前は潰そうとしてんだよ‼︎‼︎」

 

嵐の瞳に宿るのは明確な怒り。

爆豪の姿は嵐が理想とするヒーローの姿とは正反対もいいところだった。

嵐が理想とするヒーローは、彼女は、未来を生きる子供達や、今を生きる人達を守る為にヒーローになろうとしていた。

彼はそんな彼女の、狐火ヒーロークレハという優しい姉の背中に憧れたのだ。

だからこそ、私情を優先して好き勝手して、他人の命を軽んじている爆豪の姿が許せなくて、怒りを抱いていたのだ。

 

「テメェみてぇな奴は今まで何度も見てきた。

癇癪撒き散らして他人の命をおろそかにするような馬鹿なことをする。昔からずっとそうだったんだろ?その個性で人を黙らせて、我を押し通して好き勝手にやってきたんだろ‼︎違うかっ‼︎」

 

爆豪は何も答えれない。

嵐の言葉が全て事実だからと言うのもあるが、それ以上に彼の折れた心では嵐の怒気に満ちた圧迫感に反論すらできなかったのだ。

 

「御山の大将で好き勝手したいんなら、ヒーローを目指すのなんかやめちまえ‼︎‼︎どこかでヴィジランテでもチンピラでも好き勝手にやってろ‼︎‼︎」

 

嵐は最後に怒鳴ると、爆豪を荒っぽく突き放す。爆豪はよろよろと後ろに蹌踉めいて尻餅をつくと視線を床に落としたまま魂が抜け切ったかのような様子で座り込む。

それを見下ろしながら、嵐は更に告げた。

 

「テメェの課題はとにかくその腐った性根を直せ。何か自分の思い通りに行かない度に癇癪を起こすのをやめろ。それができりゃあ、少しはマシになんだろ。

そして、忘れんな。俺らの背中にはこれから常に多くの人命が背負われ、多くの信頼が向けられることになることを。それらを決して蔑ろにするな」

 

そう淡々と告げると小さく息をついて話を締めくくると、爆豪から身体ごと視線を背ける。

そして、嵐の言葉に生徒達が各々の考えを抱いている中、嵐は瞳に怒りを宿らせたままオールマイトに視線を向けると怒気がこもった低い声音で告げる。

 

「最後にオールマイト。貴方にも俺は言いたいことがある」

「……っ」

 

15歳の少年が放ったとは思えないほどの壮絶な威圧に、オールマイトは思わず体を強張らせて、額からは冷や汗が流れた。

そして、オールマイトへと足を進める嵐を耳郎が慌てて前に出ながら止めた。

 

「ま、待ちなよ八雲っ‼︎流石に先生に口出しするのはダメだって‼︎少し落ち着こ…?」

 

爆豪への言葉は別に構わないが、教師に口出しするのは流石にダメだと思っている耳郎は二人の間に立ちながら、嵐を必死に宥めようとする。しかし、嵐は耳郎の顔を見ないまま首を横に振った。

 

「いいや、この人には今はっきりといっておく必要がある。No. 1でも関係ねぇ」

 

そう言って嵐は耳郎を優しく横へ退けると、オールマイトの前へと遂に歩いて行き、その顔を見上げながら、はっきりと尋ねた。

 

「オールマイト、何で貴方は爆豪が大規模攻撃をした時点で止めなかったんですか?」

「ッッ‼︎」

 

オールマイトが息を呑んだのが嵐には分かった。まるで、分かっていたことを言われたようだ。

動揺に肩を揺らしたオールマイトを見やると、嵐はそのまま続ける。

 

「貴方はプロヒーローであるが、今は同時に教師だ。教師であるならば訓練中の生徒の命は必ず守らなくちゃいけない。

だが、貴方は爆豪の大規模攻撃が放たれた直後、最も止めるべきタイミングで訓練を中止にしなかった」

 

嵐は視線一層鋭くして淡々と告げていく。

 

「授業で生徒が死んだら、その責任は貴方が背負うことになる。だが、人の死は貴方だけでなく多くの人に影響を与える。意図せずに殺してしまった者。同じ訓練に参加していた者。それを見てしまった者。そして、親しかった者や家族にも。人一人死ぬだけで、多くの人の心に傷が残るんです。

オールマイト、貴方はそれを十分知っているはずです。だから、訓練でも細心の注意を払わなくてはいけない」

 

平和の象徴と謳われるNo. 1ヒーローオールマイトは初めから強いわけではなかったはずだ。

もしかしたら、彼にだって助けられなかった人がいるかもしれないし、失敗や挫折も多かったはずだ。

だというのに、オールマイトは……肝心な所で止めなかったのだ。

嵐は無意識のうちにか、握りしめた両拳を震わせるほど強く握りながら、僅かに怒りに震える声で言った。

 

「…………なのに、どうしてその可能性を考慮しなかったんですか?現に、緑谷は大怪我して保健室に運ばれました。貴方があの時、止めていればそうはならなかった。それが、例え煮え切らない結果になったとしてもです。

最後も、あの部屋の真ん中に飯田がいなかったから大惨事にはなりませんでしたが、万が一にも飯田が麗日を捕らえるべく前に飛び出したのなら、彼は良くて重傷、最悪死んでました。緑谷の行動はそれだけ危険なものでした」

「………っ」

 

嵐の指摘に背後で飯田が表情を強ばらせていた。自分がそうなる可能性を考えていなかったんだろう。

あの超パワーの風圧で自分が吹き飛ばされ、木っ端微塵になる姿を想像してしまったのだ。

嵐はそれを尻目に見ながら、続ける。

 

「人の命はそれだけ重いものです。

それに対して責任なんて取りたくても取りきれないし、死ねば周りの人の心に傷を与えることになる。だから、もしもが起こる前に何かをしなければいけない。何か起きてからではもう手遅れなんです。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………っっ‼︎八雲、少年……」

 

オールマイトは教師として、相澤などの他の教師陣と共に嵐の特殊な家庭事情を把握している。だからこそ、彼がそう思うようになった理由も察することができたのだ。

そして、嵐の指摘にオールマイトは自分が愚かなことをしたと強く自覚せざるを得なかった。

 

緑谷はオールマイトにとって愛弟子だ。

去年知り合った仲であり、彼が雄英に合格できるように鍛え上げた。

だからこそ、彼には特別な思い入れがあり、ヒーローになる以外で初めて見せた激情を前に、長年追い続けてきた爆豪に勝たせてあげたくて、彼の気持ちを汲んでやりたいと師としての想いを優先してしまったのだ。

 

彼の見据える未来には必要不可欠なものだとして。

 

だが、その結果緑谷は大怪我して意識喪失し保健室に運ばれた。

それは、果たして彼を思い遣ってのものなのか、否、例え思いやれていたとしても彼の、教師としての行動は愚かだと言わざるを得なかったのだ。

 

(私は……何をやっている⁉︎最初に贔屓目なしで見ていくと言ったじゃないか‼︎……彼の指摘した可能性だって、すぐに気づけたじゃないかっ‼︎)

 

オールマイトはただただ自分の行動を恥じた。

一人の教師としてでなく、プロヒーローとしても、また師匠としても自分の行動は間違っていた。

それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にあのような言葉を言わせたこと自体、彼の秘密を知っている者として最低な行為だった。だから、今すべきことは、その愚行に対する謝罪と指摘してくれたことに対する感謝だ。

 

「全く以って君のいう通りだっ。私には何の反論もしようがない程に君の言葉は正しいっ。君は彼らの未来を思ってそう言ってくれたんだっ‼︎

八雲少年、指摘してくれてありがとう。そして、本当にすまなかったっ‼︎‼︎」

 

オールマイトが感謝と謝罪を言いながら嵐に深々と頭を下げた。あのNo. 1ヒーローが頭を下げる姿にクラスメイト達が揃って動揺する中、嵐は表情を綻ばせながらやんわりという。

 

「どうか頭を上げてください。

貴方に頭を下げれられるなんて恐れ多いことです。それに、俺の方こそすみません、一生徒としてすぎた真似をしました」

「いいや、君の言葉は正しいよ。だから、これからも、こういうことがあったら遠慮なく言ってほしい。私は教師としてはまだまだ未熟だから、君のような子の指摘は本当にありがたいんだ」

「では、そういう機会があれば……」

 

オールマイトと嵐の話し合いに決着がついて落ち着いたのを見て、クラスメイト達は安堵するも誰もが真剣な表情を浮かべていた。

誰もが彼の言葉を重く受け止めていたのだ。

訓練とは言えど訓練中の事故で死んでしまうことはある。だからこそ、常に訓練を訓練として甘えて受けるのではなく、実戦を想定する場として使い気を引き締めて臨むべきだと理解したのだ。

 

個性把握テストの時同様、自分達は個性を使えることに、浮かれている部分があったのだろう。だが、昨日の相澤の言葉にもあった通り理不尽を乗り越えていくには、そのような浮かれた気持ちがあってはダメなのだろう。

 

クラスメイトの多くが嵐の言葉を真摯に受け止めて、気を引き締めたのだった。

 

 

▼△▼△▼△▼

 

 

 

「では、場所を変えて第二戦を始めよう‼︎次の対戦はBチームがヒーロー‼︎Iチームが敵だ‼︎呼ばれた2チームは移動を始めてくれ‼︎」

 

第二戦は八雲&葉隠チームと、轟&障子&尾白チームだ。早くも2対3という数的不利な状況下の組み合わせが決まり、自分達がそうであることに葉隠は一層気を引き締める。

 

「八雲君‼︎勝とうね‼︎」

「ああ」

 

嵐も笑みを浮かべながらも、勝つと言う強い意思が窺える引き締まった表情をしている。

そんな二人に、対戦相手である障子が近づく。彼は耳郎と同様、試験の時の彼の圧倒的実力と戦いぶりを見ていた為、闘志に満ち満ちていた。

 

「八雲、俺は全力でお前に挑むぞ」

「おう、どっからでもかかってこい。こっちも負けるつもりはねぇからな」

「無論だ」

 

入試の時に共に戦った者達が互いに宣戦布告する光景に、周囲が盛り上がる。

 

「男同士の友情か。漢だぜっ‼︎」

「こういうライバルみたいなのっていいよねー」

 

切島が何故か感動し、男同士の友情に葉隠が羨ましそうに呟く中、尾白も近づいてきて宣戦布告する。

 

「八雲の強さは気になってたから、こんなに早く戦えるのはありがたいよ。俺も全力でいかせてもらうからよく」

「ああ、よろしくな尾白。……じゃあ、俺らは敵だから、そろそろ行くか。葉隠、行くぞ」

「うん」

 

尾白にそう返した嵐は葉隠に言葉を投げかけると彼女と共にビルの中に入っていく。そんな中、嵐は一瞬障子達の方に視線を向ける。

 

「………」

 

その視線の先には障子や尾白と同じBチームの最後の一人、轟焦凍。彼が自分に向ける視線には、強い憎しみがあり、それはここにはいない誰かへと向けたかのような憎悪が篭った瞳。

 

「…………」

 

自分を見ているようで見ていない、何かをずっと憎んでいるようなその眼差しに、嵐は彼に何かしらの執念を感じていた。

 

 

そうして五階建のビルに入った嵐達は核を設置し終えて、早速作戦会議をする。ちなみに、嵐はすでに全身変化を終えており、髭を動かしながら周囲の状況を探っている。

 

「八雲君、まず相手の個性を整理しようよ‼︎」

「そうだな。尾白は見ての通り尻尾を使うんだろう。わかりやすい肉弾戦タイプだな」

「うん、それで障子君は体の部位を複製するってことでいいのかな?」

「ああ、試験の時も目や耳を複製してたからな、それに見たところ複製部位は強化されてるみたいだから、近接だけじゃなく索敵もこなせると見ていいだろうな」

 

二人は自分達が持ち得る情報を共有していく。

障子と尾白の個性から彼らの戦闘スタイルを推測していきそれらに対する対策も立てていく。

そして、二人の対策が固まったところで、最後の一人の話題になる。

 

「あとは、轟君だよね……」

「あいつが一番警戒すべきだな」

 

轟焦凍。

目下の最大の標的は間違いなく彼だ。八百万と同じく推薦入学者の一人であるため、基礎能力は高いはず。それに加えて、彼の実力は未知数であることも大きい。

なにより、彼の個性は———

 

「氷、だったよね?テストの時も使ってたし」

「それに、氷も溶かしてたから熱も扱えるだろう。と言うことは、温度変化なんだろうが……とにかく、一番情報がねぇな」

「なんにせよ、一番注意しないとね。……うん、私も本気出すわ‼︎手袋もブーツも脱ぐよ‼︎」

「いや、それは待った」

「へ?」

 

手袋を片方脱いだ葉隠は、嵐の制止に素っ頓狂な声をあげる。対する嵐は険しい表情を浮かべる。

 

「ブーツは脱ぐな。脱いだら、お前はまともに動けなくなる」

「どう言うこと?」

「俺が轟の個性を持っていたら、間違いなく開幕は建物を凍らせて敵や核をまとめて氷漬けにする。その時に、お前が裸足だったらまともに動けなくなるぞ」

「えっ、あっ、確かにそれは、大変だねっ」

 

凍りついた自分の姿を想像でもしたのか、葉隠がビビったかのような声音で手袋を脱ぐだけで動きを止める。

そして、嵐はたった今感知した情報を彼女にも伝えた。

 

「それと、今髭で感知した。入ってきたが……足音は一つ?すぐに止まったな、てことは…っ‼︎葉隠っ‼︎」

「えっ、わきゃぁ⁉︎」

 

嵐は表情を強ばらせると葉隠に謝罪をしながら彼女をすぐに抱き抱える。

 

 

 

直後———建物が凍りついた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

少し時は遡る。

嵐と葉隠が潜むビル。その前で、轟、障子、尾白は立っていた。

 

「まず、葉隠の個性は常時発動の透明化で、俺が索敵に集中していれば、そこまで危険視しなくてはいいはずだ」

「問題は八雲だよなぁ。障子から見て、あいつはどれだけ強いんだ?」

「相当強い。とにかく、戦闘慣れしているとしか言いようがない。間違いなく、トップでも通用するレベルだ」

「そうか。じゃあ、障子が葉隠のことを索敵して抑えててくれるなら、俺と轟の二人で戦ったほうがいいか」

 

姿が見えない以上は、索敵要員である障子が彼女のことを捕捉し続けなければいけない、その点では尾白も同意でありとりあえず、彼女は障子が担当することになった。

そして、残るは最大の障壁である嵐の対応についてだ。

障子の目から見ても明らかに戦い慣れしているし、個性把握テストでも圧倒的な結果を見せつけた。警戒するのは当然であるため、残る二人が対応するのは当然のこと。だが、これに轟が異を唱えた。

 

「お前らには悪ぃが、俺がすぐに終わらせるぞ」

「何か策でもあるのか?」

「単純な話だ。俺の個性でビルを氷漬けにする」

「そんなことが可能なのかい?」

 

さらりと言ってのけた轟に尾白が驚きつつ尋ねる。それに轟は無表情のまま頷いた。

 

「ああ。流石の八雲もいきなり凍らされりゃあたまったもんじゃねぇだろ。透明な奴は初めから障害にもならねぇ」

「それは頼もしいね」

 

轟の言葉に尾白は感心したように呟いたものの、障子は腕を組んで思案すると、今度は彼の方から提案が出た。

 

「確かに、轟の案で行くのが妥当だが、万が一失敗した場合は先ほどの作戦で構わないか?」

「それで構わねぇ」

 

障子の提案に轟は頷いた。そして、5分が経っていよいよヒーロー側の作戦開始の時間になった。

 

「じゃあ、さっきの手筈で行くぞ」

「ああ」

「任せたよ」

 

外で待機する二人にそう言いながら轟が中に入り壁に手を触れて、個性を発動して一気にビル全体を凍らせた。

白い冷気が瞬く間に壁を伝って床を、そしてその中にある核ごと凍り付かせる。建物には隈なく白い霜が降りており、ビルを白銀に染め上げた。

 

「……マジで出来るのか…」

「……凄まじいな」

 

流石に光景に尾白と障子が驚く中、モニタールームにあるクラスメイト達も同じだった。

 

「見事だ。仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えず、なおかつ敵も弱体化できる‼︎」

 

地下のモニタールームであるため冷気の影響をモロに受けているオールマイトは寒さに震えながら轟の開幕即効を評価する。

他のクラスメイト達も寒さに震えながら驚愕している。

 

「最強じゃねぇか‼︎」

「入試主席と推薦組の戦いだから、どうなると思ってたけど……瞬殺じゃねぇか‼︎」

「強個性かよっ、無敵じゃんっ‼︎」

 

見ている者達は轟達の圧勝だと疑わなかったが、オールマイトと耳郎の考えは違う。

 

「———む‼︎これはっ‼︎」

「………」

 

オールマイトが気付き、耳郎が無言でモニターの一つを見上げている。他の生徒達もやがて気づく。

 

「えっ、八雲の奴‥‥普通に、氷砕いてんだけど……」

「マジ?あんなに氷漬けにされてんのに……」

「葉隠も抱えられて無事だし、実質今のを回避したって…こと?」

 

彼らの視線の先では下半身を氷に覆われている嵐が平然とした様子で氷を砕きながら拘束から抜け出している光景があった。彼の腕の形と浮かぶブーツから、嵐が葉隠を抱き抱えていることもわかる。

 

 

つまりは、まだ戦いは終わっていないと言うことだ。

 

 




一応USJか体育祭編までは続けて投稿するつもりですが、それが終わったら他の二作も連載を再開させていこうかなと思っています。


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10話 大嵐無双


今回は二対三の戦闘訓練の続きです。タイトルの通り、嵐が暴れまくって無双します‼︎




 

 

ビルを丸ごと氷漬けにした広域凍結攻撃。

それは、嵐を襲い彼の腹部から下を完全に氷漬けにした。胴体にも霜が張り付いており、彼をその場に縫い付けている。

葉隠は嵐が抱きかかえており、凍結には巻き込まれてはいなかった。そして、凍らされた嵐はと言うと———割と余裕であり、少し驚いた表情を浮かべており、軽く息をついた。

 

「ふーっ、葉隠大丈夫か?」

「あ、うん、私は大丈夫だけどっ、や、八雲君、氷がお腹までっ!」

 

抱き上げられてる為、嵐を見下ろす葉隠は彼の様子に気付き慌てた声をあげる。自分を庇ったせいで彼が凍結の影響を受けたのだから、仕方ないことだ。だが、そんな彼女に嵐は優しく言う。

 

「大丈夫だ。熱は苦手だが、冷気には耐性があるからな。なんてことはない」

 

嵐に氷系統の攻撃はあまり効かない。個性のおかげか、彼は冷気などの寒さには滅法強く、氷漬けにされても大した影響は出ないのだ。

吹雪吹き荒れる真冬の高山の山頂に半袖でいても風邪すらひかないほどだ。ちなみに、それを見利に話したらドン引かれたりする。

 

「だから、そんな慌てんな。むしろ、これはお前が喰らってた方がやばかった。ほぼ裸なんだ、皮膚が張り付いて、無理に動くと剥がれてたろうな」

 

嵐はそう優しく言いながら、氷漬けになった下半身を強引に動かして氷の拘束を脱する。

バキバキと音を立てながら、嵐の下半身を覆う氷が容易く砕かれ、張り付いた氷も体を解したり、拳で殴ったり、足を曲げ伸びすることで無理やり砕いていき、完全に氷を砕いた後、鱗一枚剥がれるどころか、傷ひとつついていない平然とした姿を、優しく下ろした彼女に見せる。

 

「ほら、何ともねぇだろ?」

「う、うん。頑丈なんだね……」

「そういうこった。しっかし、やっぱりやりやがったなぁ、轟のやつ」

 

嵐は体を解すと凍りついた壁面を見て、予想通りだと笑みを浮かべながら、葉隠に拳を突き出す。

 

「予想通りだな。俺らも動くぞ、葉隠」

「うん!絶対勝とうね‼︎」

 

嵐と葉隠はお互いの拳を相手に向けてコツンと鳴らして勝利の為に動いた。

 

 

同時刻、轟達も動いていた。

建物の中に入った障子が触腕に耳を複製して索敵する。

 

「障子、索敵はどうだ?」

「………ダメだな。氷を砕く音が聞こえるから、恐らくは風で防いだのだろう。それに、もう一つ軽い足音も聞こえるから、葉隠はそもそも氷漬けになっていなかったんだろう」

「あの速度に反応するのか……」

 

八雲があの一瞬で迫った氷に対応したことを障子から聞かされ、尾白が驚愕する中、轟はわずかに驚きながらも進み出した。

 

「……そうか、分かった。なら行くぞ」

「「ああ」」

 

そうして3人は核の争奪を目指すべく、上階へと足を進める。

先頭から轟、障子、尾白の順で歩いていく。

 

そして、一階、二階と探索をして嵐や葉隠がいない事を確認しながら注意深く移動していたが、三階にたどり着き四つのうち三つの部屋の探索を終えた時、複製した二つの耳で索敵を行っていた障子が違和感を感じ足を止める。

 

「ーむ」

「どうした?障子」

「上階からずっと足音が聞こえていたが、突然足音が止んだ。しかも二つともだ」

「俺達を待ち構えているんじゃないのか?」

「それもあるが、八雲は空を飛べる。ということは、葉隠を残して自分一人でこっちに奇襲を仕掛ける可能性だってー」

 

ある、障子がそう言いかけた時だ。

 

 

 

キィィイァァァァァ—————————ァァッッ‼︎‼︎

 

 

「「ッッ⁉︎⁉︎」」

 

 

 

突然建物全体を揺るがすほどの獣の如き鋭く甲高い咆哮が轟いたのだ。それは、ビリビリと空気を震わせるほどの強大なものであり、轟達は反射的に耳を塞がなければいけないほどだった。

ただし、それだけじゃない。索敵しながら進んでいた障子の耳にはそれと共に大きな痛手を与えた。

 

「ぐぅぁぁっっ⁉︎」

 

障子が苦悶の声を上げながら、膝をつく。その額には冷や汗が伝っており、彼が轟や尾白達よりも大きな痛手を負った事を意味している。

膝をつく障子に尾白がすぐさま駆け寄った。

 

「障子っ‼︎大丈夫かっ⁉︎」

「す、すまん…耳がやられたっ!」

「なっ」

 

マスクでも分かるほどに目元を苦痛に歪ませている彼は、2対の触腕に複製した四つの耳全てから血を流していた。

全て鼓膜が破られていたのだ。耳を劈くどころか、破壊しかねないほどの大咆哮は確かに索敵要員である障子の耳を潰した。

彼の触腕から複製されたものは通常よりも強化されている。腕なら腕力を、耳なら聴力をと、感覚が強化されるのだが、それが仇となった。

ただでさえ、耳を塞がなければいけないほどの爆音を、複製された耳でモロに聞いてしまい、鼓膜を全て破られてしまった。

 

「大声を上げただけで、この威力か……」

「反則すぎだろ」

 

聞いた限り、今のは高周波とかのサポートアイテムの攻撃じゃない。ただただ大声を上げただけのはず。だが、それだけで人の鼓膜を破ったのだから、その破壊力に尾白や轟は絶句した。

だが、この場にいる誰よりも嵐の強さを知っている障子が痛みに呻きながらも声を張り上げる。

 

「ぼさっとするな‼︎来るぞっ‼︎‼︎八雲がこのタイミングを逃すはずがない‼︎‼︎」

「流石、分かってるじゃねぇか」

「「ッッ⁉︎⁉︎」」

 

障子の警告の直後に上から聞こえた、敵の声に轟と尾白が思わず勢いよく声の方向に振り向いた。見れば、嵐がいつのまにか自分達の頭上で風を纏って滞空していたのだ。

嵐は彼らを見下ろしながら、静かに告げる。

 

「戦闘において、索敵要員は真っ先に狙うべきだからな」

「尾白‼︎障子を抱えて奥に「遅ぇ‼︎」っ‼︎」

 

轟が尾白に障子を抱えさせて奥へと逃そうと壁伝いに氷を放ち、横から氷柱で嵐を襲おうとする。だが、嵐はその氷柱を容易く回避してほぼ一瞬で自分達との距離を詰めてきた。

嵐は滞空したまま腰から双扇を抜き素早く開くと、風を腕ごと纏わせて薙ぎ払うように勢いよく振るう。

 

「《狂飆(きょうひょう)雲薙ぎ(くもなぎ)》ッッ‼︎‼︎」

「ぐっ⁉︎」

「うぁっ‼︎」

 

放たれた凄まじい烈風が二人を容易く吹き飛ばし、それぞれ背後の壁へと叩きつける。

数メートルを軽く飛ばされた彼らは、壁が窪むほどの威力で叩きつけられてしまい、肺の中の空気を全て吐き出しながら、ズルズルと床に崩れ落ちた。

 

「ぐっ、がはっ…」

「ゴホッ、ゴホッ……」

 

衝撃が強かったのか、彼らはしばらく咳き込んだままその場から動けない。

二人を叩きつけた嵐は、追撃はかけずにもう一人、風で吹き飛ばさなかった障子へと視線を向けて、眉を顰めた。

 

「……あ?」

 

しかし、確かに少し前まで嵐の足元で膝をついていたはずの障子の姿はそこになかった。その代わりに、嵐の視界に影がかかる。

振り向けば、障子がそこにはおり全ての触腕に拳を複製させて右の三つの拳を振りかぶる姿があった。

 

「おおおぉぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎」

「……………」

 

迫る巨体と三つの拳を前に、嵐はゆらりとした動作で扇を振るって右の扇面で一番低い位置にある拳に当てて他の腕ごとかち上げる。

 

「なっ…⁉︎」

 

右腕を大きく上げられ目を見開く障子に、嵐は畳んだ左の扇に風を圧縮させて、大槌の形を作ると、彼のガラ空きの脇腹に叩きつけた。

 

「《凶槌(きょうつい)風爆衝(ふうばくしょう)》」

「ゴッ、ホッ⁉︎」

 

圧縮された風の大槌が障子の脇腹に触れた瞬間、圧縮された風が勢いよく拡散され、障子を吹き飛ばした。

障子の巨体は真横に砲弾のように飛んで、壁を突き破りながら奥の部屋へと姿を消す。

障子を捕らえるべく他の二人を無視して、嵐は奥の部屋へ行こうとするが、その時にはすでに二人は回復しており、嵐へと襲い掛かっていた。

 

「まだだっ‼︎」

「舐めんなっ」

 

強靭な尻尾で床を叩きつけて跳躍した尾白が上から嵐の頭めがけて尻尾を振るい、それに合わせるように轟がその場から氷結を放ち、地面を素早く伝って嵐の下半身を凍らせようと試みる。

だが………

 

「《天嵐羽衣(てんらんはごろも)》」

 

嵐の周囲を羽衣の如く包むかのように暴風が吹き荒れ、二つの攻撃を容易く掻き消した。

 

「ぐっ」

「……っ⁉︎」

 

尾白の尻尾は軽く弾かれ、轟の氷は簡単に砕け散る。

尾白は再び距離を取らざるを得なくなり、轟も氷の遠距離攻撃ができなくなった。全て、嵐が纏う暴風の羽衣に阻まれてしまったのだ。

嵐は渦巻く風の中心で、二人に一瞬視線を送ると、すぐに視線を外しながら呟く。

 

「先に障子を潰させてもらう。お前らは後だ」

 

そう言って、嵐は瞬時に姿を消した。

 

「ま、待てっ‼︎」

 

尾白が慌てて追いかけ、奥の部屋へと踏み込んだものの、奥の部屋には嵐や障子がいるはずなのに誰もいなかった。

 

「な、そんなっ、確かにこっちに……」

 

尾白は愕然としながら、部屋の周囲を見渡す。だが、部屋には数本の柱と砕けた壁と散らばる破片があるのみで、嵐はおろか、障子すらもいなかった。

だが、そこで気づく。柱の影になっている床部分。その一部が切り抜かれており、下への穴が空いていたことに。

 

「あれって…」

 

穴に気づき尾白が近づこうとした時、轟も部屋に入ってきた。

 

「尾白、障子は?」

「多分、下に連れて行かれたと思う。ごめん、全然足止めできなかったよ」

「いや、俺の方こそ悪い。八雲の動きに対応できなかった」

 

轟も尾白も先の失態をお互いに謝った。

先程の一連の戦闘、始まりが嵐の大咆哮という予想外の奇襲から始まり、その後はほぼ一方的にやられてしまっていた。頼みの攻撃も嵐が纏う風のせいで届きもしなかった。

 

(くそっ‥‥認識が甘かったな。……あいつが初めから強いことぐらいはわかりきっていたはずだろ……)

 

轟は己の考えの甘さを恥じた。

彼が強いということは、入試の話や個性把握テストを見た時には既に分かっていたことだ。

だというのに、3人がかりでも何も出来なかった。氷も彼に届きすらしなかったのだ。

 

(正直、侮っていた所もあったが………こっからは気を引き締めていかねぇと、何も出来ねぇまま負けちまう)

 

轟は改めて気を引き締め、尾白に提案する。

 

「とにかく、障子を助けに行くぞ。人質に取られると厄介だ」

「うん。じゃあ、ここから急いで降りよう」

 

尾白も同意して、床穴を通って下へ行こうとしたその時、オールマイトのアナウンスが無慈悲に響いた。

 

『敵チーム障子少年を確保だ‼︎ヒーローチームは後二人になったぞ‼︎‼︎』

 

助けに行こうとした障子が既に敵の手に落ちてしまったことを知らせるアナウンスに、尾白が苦い表情を浮かべた。

 

「……くそっ、間に合わなかったっ…」

 

苦々しくうめき拳を握りしめる尾白をよそに、轟は少し思案する。

 

(尾白の言う通りなら、下に八雲がいるはず。つぅことは……)

 

今嵐は下の階におり障子を拘束しているはず。そして、この階より下には核がないのは確認済みだ。だったら、核が4、5階のどちらかにあるのは確実だし、姿を見せなかった葉隠はその部屋で潜んでいるのだろう。

 

「尾白、作戦変更だ。こっから最短で核を獲りにいくぞ」

「理由は?」

「八雲が下にいるからだ。あいつが下にいるうちに上に行く。透明な奴が潜んでいようが核ごと氷漬けにすれば関係ねぇからな」

「なるほど。でも、確かに八雲がいないのなら最短で行くのがベストか」

 

最短で核を獲りに行く。一見すれば無謀な特攻だが、索敵要員の障子がいない今、それが最も勝率の高い作戦であることは、尾白にも分かっており、彼も同意する。

 

「急ぐぞ‼︎」

「ああ‼︎」

 

二人は部屋を出て階段へと駆け出していった。

だが、彼らは気づいていなかった。部屋の天井の隅の部分も床と同様に切り抜かれている部分があったことに。

 

 

———そして、自分達が向かう先に嵐が既に待ち構えているとは知らずに。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

轟達が上の階へ向かった直後、その二つ上の階5()()()嵐達はいた。

彼らの前には確保証明のテープを巻かれ、拘束されている障子の姿がある。

意識が朦朧としているのか、目が虚なまま体をぴくりとも動かしていなかった。そんな彼を、嵐は柱を背にゆっくりと座らせた。

 

「まず、障子は確保完了っと」

「すごいね八雲君‼︎本当に障子君捕まえてきちゃったよ‼︎」

 

奇襲を仕掛け、見事な索敵要員である障子を確保して帰還した嵐に、葉隠は嬉しそうに感心の声を上げた。

嵐が髭での感知で障子達の動きを常に補足しており、3階に来た時点で障子の索敵を逆手に取って大咆哮をあげて、爆音で耳を潰し索敵機能を麻痺させる。

その間に、移動した嵐が轟達3人に奇襲を仕掛け、索敵要員である障子を確保して、床穴ではなく、部屋の天井を切り抜いた穴を通って上階にいる葉隠と合流したのだ。

 

そもそも、嵐は下の階に降りてなどいない。初めから、天井の穴を通っており、床穴はそれを誤魔化すためのフェイク。

床穴に視線を向けさせることで、天井の穴の存在を悟らせないようにしていたのだ。

そして、未だ意識が朦朧としている障子を拘束して今に至る。

 

「最初の奇襲作戦は成功。次の作戦は葉隠にも動いてもらおうぞ」

「うん任せて‼︎核守ってるだけだと、私の出番なさそうだしね‼︎‼︎ただでさえ透明なのに‼︎」

「見せ場を作りたいのはわかるが、そっちに気を取られすぎんなよ?実戦想定してやってんだから」

「もちろんそこは気をつけてるよ‼︎」

 

嵐の忠告に葉隠は手袋でサムズアップする。

確かにこのままだと嵐一人で終わってしまう可能性も十二分にあるので、ただでさえ透明な彼女はとにかく見せ場を作ろうと奮起していたが、実戦を想定してやっている以上は、そちらに気をとられるのもいけないことだ。

当然、葉隠はそれを分かっている為、嵐の忠告に素直に従った。

そうして、拳を握り締め息巻く彼女の様子を、嵐が微笑ましく見守る中、髭が彼らの動きを感知してほくそ笑んだ。

 

「予想通りあいつらこっちに来てるな。やっぱ最短で核を獲りに来る気か」

「八雲君の予想通りだね。じゃあ、このまま予定通りに5階で纏めて迎え撃つ?」

「ああ。お前の特性を活かすことを考えたら各個撃破よりかは、二人同時に相手したほうがいいからな」

 

葉隠の隠密性能は単独戦闘より複数戦闘の方が活きる。相手側に見えない敵を捕捉する術がなければ、どこにいるのか、いつ攻撃してくるかのタイミングがわからずに否が応にも神経をすり減らさなくてはいけないからだ。

 

「葉隠、こっからは頼んだぞ。俺一人でも終わらせれるが、お前がいた方がより確実に終わらせれるからな」

「アイアイサー‼︎‼︎」

 

嵐にそう敬礼すると手袋とブーツを脱ぐ。今から彼女は嵐の指示があるまで、隠密行動に徹するのだ。嵐も人質の場所を移動させる為、障子の巨体を持ち上げて肩に乗せて抱える。

 

「OK‼︎準備完了だよ‼︎」

「よし、行くか」

 

二人は轟と尾白を迎え撃つべく部屋を後にした。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

嵐、葉隠がいないことを確認しながら、4階の探索を素早く終え、5階へ到達する轟達。

4階にも嵐と葉隠がおらず、核もなかった為、警戒しつつ進みながら、部屋を調べていった。

 

「……こっちの部屋もねぇ、か」

 

三つ目の部屋のドアを開けて顔だけを覗かせながら核がないことを確認した轟は、顔を引っ込めると後ろで警戒をしている尾白に小声で伝えた。

 

「ここもなかった」

「これで、後二つ。どっちかに置いてあるのか」

「ああ、固まっていくぞ」

 

5階に核があり、葉隠がいるのはほぼ確実。

さらには、彼女は透明である以上どこに潜んでいてもおかしくないからだ。

だからせめて、音量を抑え周りの異音を拾いやすいようにしたのだ。

そして、警戒しつつも素早く隣の北側の部屋を目指し、隣の部屋のドアを開いて中を覗き目を見開いた。

 

 

「よぉ、大分遅かったじゃねぇか」

 

 

部屋の最奥に鎮座するのは、最優先目標である核だ。だが、その前に番人が如く、いないはずの嵐が部屋の中心あたりにある柱に背を預けていたのだ。

 

「なっ、どうしてもう八雲がここにっ⁉︎」

「外から回り込んでたか……」

 

下にいると思っていた嵐が5階にいることに尾白は驚くが、轟は外から入ってきたのかと推測して恨めしそうに呟くが、嵐がそれを否定した。

 

「いや?俺は元から上にいたさ。ま、その辺の話はあとの講評にでもするか。さて、かかってこいよヒーロー共。背後にお探しの核があるんだぜ?当然、来るよなぁ?」

 

双扇『黒風白雨』を構え、あからさまな挑発をする嵐を前に、轟は徐に口を開く。

 

「透明な奴はいねぇのか?」

「さぁな。ここにいて隠密に徹してるかもしれねぇし、もしかしたら別の場所で待ち構えていたが、こちらに戻ってきてる途中かもしれねぇ。いや、もしかしたら、もう既にいてお前らの近くにいるかも知れねぇな。ま、何にせよ、捕捉する術がねぇ二人にわかるはずねぇよ」

 

それは反論のしようがない事実だ。

二人に索敵能力はなく、どこかに隠れ潜んでいる葉隠を探すことは不可能。核の設置場所ぐらいは嵐に遭遇する前に見つけておきたかったが、肝心の核が嵐の背後にあるのだから仕方ない。

どのみちやるしかない。尾白と轟がほぼ同時に思った瞬間、尾白が前に飛び出し、轟が右半身から冷気を放ち右腕を振るって、氷結を放つ。

どうやら、尾白が前に出てそれを轟が援護すると言う形なのだろう。

 

「はぁぁっ‼︎」

 

尾白が飛び上がり、嵐めがけて尻尾を振り下ろす。対する嵐も長い尻尾をしならせて尻尾の攻撃を迎え撃った。

ガンと鈍い音を響かせて尻尾同士が激突し、鍔迫り合いならぬ尻尾迫り合いになる。しかしだ、この迫り合いは嵐が有利であることを他ならぬ尾白が理解してしまっていた。

 

(びくともしないだって⁉︎)

 

尾白は尻尾から伝わる感覚に驚愕する。

尾白の尻尾は入試の仮想敵を壊せるぐらい強靭だ。鉄の塊を叩き割れる筋肉の塊なのだが、嵐の尻尾はそれ以上の強度と膂力を兼ね備えており、全力の一撃だというのにまるで、巨大な鉄壁を殴ったのではと錯覚するほどに微塵も揺らがなかったのだ。

 

「鍛えてるんだろうが、まだまだ弱ぇなっ‼︎‼︎」

「うわっ‼︎」

 

嵐が尻尾を力ませて振るえば尾白の尻尾は容易く押し負けて、空中へと弾き飛ばされる。空中で無防備になった尾白に嵐は追撃をかけようとしていたが、迫る氷が壁のように展開され尾白を守る盾となった。

だが、嵐は止まらずに不敵な笑みを浮かべる。

 

「ハッ、この程度で止められると思ってんのか?」

 

嵐は右扇を振るって暴風を放ち、2mほどの氷壁を嘲笑うかのように容易く根こそぎ吹き飛ばす。氷を砕いた暴風が冷気と氷片を孕み、轟達へと吹き付ける。

あまりの風の強さに轟達は腕を上げて耐えらざるをえなかった。

 

「…滅茶苦茶にも程があんだろっ‼︎」

「ぐぅっ、立てないっ‼︎」

 

轟は吹き付ける風の強さに思わず悪態をつき、体勢を立て直しかけていた尾白もその場で膝をついて耐えるほかなく、恨めしそうに呟いた。

 

「今度こ、がッッ⁉︎」

「尾白っ⁉︎」

 

そして、風が収まり動けるようになった尾白は次こそ必ず当てると息巻いて嵐に接近しようとしたが、突然、何かに殴られたかのように顔がガクンっと揺れ横によろめいた。

一瞬何が何だか分からなかったが、すぐにその衝撃の正体に尾白は気づいた。

 

「……くそっ、葉隠さんかっ‼︎」

「正解っ‼︎まずは一発目ヒットだよっ‼︎」

 

今の打撃の主は勿論葉隠だ。透明人間の特性を活かして、不可視の打撃を彼女は見舞ったのだ。一撃で離れたのか、尾白が周囲を尻尾で薙ぎ払っても掠りもしなかった。

手袋もブーツも脱いでいる為、今彼女がどこにいるかは感知できる嵐以外には補足できていない。一体どこにいるのかと尾白が周囲を見渡そうとした時、轟が叫んだ。

 

「尾白跳べっ‼︎」

「っ、ああっ‼︎」

 

尾白は轟の言葉に迷わず従い、尻尾を床に強く打ち付けて跳び上がる。そのタイミングに合わせて轟が尾白がいた場所を薙ぎ払うように扇状に氷結を放った。どこにいるか分からない葉隠を氷漬けにするつもりなのだ。

 

「えっ⁉︎やばっ」

 

葉隠もその意図は察したのか、切羽詰まった声を上げる。轟の射程範囲内にいた彼女は慌てて逃げようとするも、それよりも氷結が彼女を飲み込む方が早い。そして、葉隠を氷漬けにしようとした直後、間に嵐が割り込んだ。

 

「やらせねぇぞ」

 

嵐は葉隠の腰に尻尾を巻き付けて持ち上げると、《天嵐羽衣》を葉隠も守るように展開して、轟の広域凍結を防ぐ。

嵐には葉隠の場所は髭や並外れた五感のお陰で常に把握できている為、彼女の危機にもこうして素早く反応できるのだ。

それに、葉隠は嵐が考えたこの作戦において最も重要な役割を担っている。だからこそ、ここでみすみす行動不能にさせるわけにはいかないのだ。

 

「八雲君ありがとうっ‼︎」

「気をつけろよ。一瞬でも気を抜くと凍らされるぞ」

「うんっ‼︎」

 

葉隠に素早く忠告した嵐はすぐに動く。

右扇を畳み口に咥えると帯に差してあった『龍刀・催花雨』を鞘ごと抜き放つと尾白へと肉薄し、刀に風を纏わせて大上段から振り下ろす。

凄まじい速度で振り下ろされた風纏う一刀を、尾白が尻尾を掲げその下で腕をクロスさせた二重の防御でなんとか受け止めた。

 

「ぐぅっ‼︎」

「……へぇ」

 

自分の一撃を受け止めたことに嵐が面白そうな声を上げる一方で、尾白は尻尾全体に伝わる猛烈な痛みと痺れに苦悶の声を上げる。

だが、あの嵐の一撃を何とか受け止めれたことに、内心安堵もしていた。だが、その安堵は直後に驚愕へと変わる。

 

「えいっ‼︎」

「はっ…⁉︎」

 

嵐の攻撃に耐え踏ん張っていた右足を横から密かに迫った葉隠が掬い上げるように蹴ったことで体勢が崩されてしまったのだ。

右足が掬われ蹌踉めいた一瞬を嵐が見逃すはずもなく、尻尾で素早く巻き付けると、後方から嵐を呑み込まんと氷結を放とうとした轟めがけ投げ飛ばした。

 

「チッ!」

 

轟は氷を砕きながらこちらへと飛ばされる尾白を巻き込まないように、氷結を中断せざるを得ず、尾白を受け止めようとするが、受け止めきれずに壁に身体を打ちつけた。

 

「ぐっ!」

「ぐぁっ‼︎」

 

強かに打ちつけた衝撃が肺の中の空気を無理やり出して、二人の口からは苦悶の声が漏れる。

 

「ご、ごめんっ、轟」

「…いや、大丈夫だ」

 

詫びる尾白に轟がそう返しながら立ち上がり、嵐を見据える。尾白もまた立ち上がると、拳を構えた。

二人ともまだ戦闘続行の意志があり、一矢報いるという気迫が伝わってくる。だが、彼らの内心は動揺や焦りに満ちていた。

 

(くそっ、八雲の風のせいで透明な奴の足音が聞き取れねぇっ。靴も手袋もねぇからいつどこから来るか全く予測がつかねぇし、八雲がそれを捕捉してフォローできる分、尚タチが悪い)

(強引に氷漬けにしようにも八雲が割り込んで氷を砕くせいで、葉隠さんが自由に動き回れているっ。葉隠さんが自由なせいで、常に周囲に気を配んなくちゃいけないから、気が散るっ‼︎ただでさえ、八雲が化物染みた強さなのにっ‼︎)

 

轟と尾白は内心でそう恨み言を吐く。

 

八雲嵐という存在が、厄介すぎた。

 

圧倒的な膂力と馬鹿げた強度、異常な速度に並外れた風の力。その個性だけでも恐ろしいというのに、機転の良さと、卓越した武術。それらが上手く噛み合わさり脅威的な強さになり、明らかに相当な場数を踏んだと思われる戦闘。

それが、3対2という数的不利な状況を容易く覆したのだ。

 

そして、葉隠も厄介だった。

 

大した障害にならない?

 

否、否、否。そんな訳がなかった。確かに彼女単体では二人にとっては脅威にはならない。だが、嵐と組んで戦う彼女は、立派な脅威になっている。

嵐が纏う暴風のせいで足音を探ることは叶わず、嵐が縦横無尽に動き回っていることで、彼女の動きに注視できず、いつどこから来るか分からない攻撃に常に備え続けなければいけない。

嵐が葉隠の特性を十全に活かしていることで、透明人間である葉隠の存在が、二人を精神的に追い詰めていたのだ。

 

冷や汗を流しながら、身構える二人に嵐は不敵な笑みを浮かべると告げる。

 

「何だ、来ねぇのか?なら、こっちから行くぞ‼︎」

「行っくよ——‼︎」

 

嵐に続き葉隠も元気よく声を上げながら、二人に襲い掛かった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

嵐が二人を正面から相手取り蹂躙し、その隙をついて葉隠が己の特性を活かした隠密からの一撃離脱で二人を翻弄していくという見事なチームワークに、モニターを見ていたクラスメイト達は驚愕を通り越して絶句していた。

 

「いやいや、あれまじで?」

「八雲君、反則的すぎひん?」

「ああ、強いってのはわかってたが、ここまでとはな……」

 

瀬呂、麗日、飯田が唖然としながらそう呟く。

その言葉は、他のクラスメイト達の気持ちを代弁したものだ。

初めは轟がビルを丸ごと凍らせたことに轟の圧勝だと疑わなかったが、大咆哮からの奇襲に始まり、それからのほぼ一方的な戦いは、轟への驚愕を容易く塗り替え、本当に八雲は同年代なのかと思ってしまうほどだった。

 

勝てる気がしないというのはまさにこういうことだろう。

 

「やべぇ‼︎八雲のやつやばすぎんだろ⁉︎」

「八雲が超才能マンな件について」

 

切島は目まぐるしく切り替わる戦闘に興奮を隠さずにそう叫び、上鳴はとんでもないものを見たと言わんばかりに呟く。

 

「………圧倒的、すぎますわ」

 

轟と同じ推薦入学者である八百万は、嵐の戦いぶりに目を奪われ、呆気に取られている。

そして、先程激怒された爆豪はというと、

 

「………っ」

 

目を見開いて明らかに動揺していたのだ。

瞳には怯えの他にも恐れなどが混ざっており、嵐の圧倒的なまでの強さに完全に飲まれていたのだ。

八百万も爆豪も他のクラスメイトよりも既に頭一つ抜きんでた実力があるのは確かだ。だが、嵐は更にその遥か上に君臨しており、彼があまりにも遠い存在に思えてしまっていた。

生徒達が嵐の戦いに各々様々な思いを抱く中、オールマイトはいつもの笑顔を浮かべながらも、その内では大きな衝撃を受けていた。

 

(あれが、八雲少年の実力か………ヒーローに鍛えられているのは知っていたし、入試のビデオも見ていたから、彼が強いのはわかっていた。……だが、ここまでのものだったとはっ)

 

嵐の実力はオールマイトの予想以上だった。

2年、3年、いや、そこらのプロなど軽く凌駕するほどの実力であり、No. 1ヒーローにすらトップ10に並んでもおかしくないと思わせるほどの圧倒的な実力。

 

(どの系統にも属さない突然変異型の個性。個性届けには目を通していたが、やはり実際に目にすると違うものだね)

 

オールマイトは他の教師同様に入学時に提出された嵐の個性届けに目を通してあり、彼の個性は把握している。

彼の個性は特殊中の特殊、父方、母方のどちらの個性の系統にも属さない、いわば突然変異型(ミューテーション)の個性だ。

 

(個性『嵐龍』。どの生物体系にも分類できない、この世に存在しない未知の生物。あれが、その力の一端かっ)

 

『嵐龍』。

 

それこそが、嵐の個性の名前である。 

 

そして、他ならぬ嵐の人生を狂わせた力。

嵐自身が忌み嫌いながらも、使いこなそうとしている『厄災』の力だ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

嵐・葉隠VS轟・尾白の戦いは三分経った今まも続いていた。もっとも、終始嵐達のペースであり轟達はほぼ一方的な蹂躙を受けていたが。

しかも、嵐が密かに誘導でもしたのか場所がいつのまにか変わっており、核がある部屋の向かいの部屋に移動させられていたのだ。

 

「おらおらどうしたぁ‼︎動きが鈍くなってるぞっ‼︎‼︎」

「くっそっ!」

 

どういうわけかいつのまにか瞳や胸部が橙色に輝いている嵐は昂りを隠さずに笑いながら追い詰めており、轟は迫る嵐に歯噛みする。

苦し紛れに氷結を放って氷柱で嵐を止めんとするものの、それらは彼が纏う暴風によって悉く砕かれていく。

先程からずっとこれだ。

嵐は轟の氷を全く意に解さずになんてこともないかのように容易く砕いていくのだ。

そして、轟へと迫り右扇を振り上げる嵐の背後には尾白が回り込んでおり、後頭部に尻尾の一撃を叩き込もうとする。

だが、それも嵐が後ろを見ないまま尻尾を動かして、尻尾で掴んでいた刀で呆気なく受け止めてしまう。そして、次の瞬間には暴風で吹き飛ばされているのだ。

顔を見ても明らかに余裕であり、彼が明らかな加減をしていることが見てとれた。

 

(どうやったら止まんだよっ⁉︎このバケモンはっ‼︎)

(後ろに目でもついてるのかっ⁉︎)

 

二人掛かりで傷ひとつつけるどころか、こちらが追い詰められているという事実に、二人は内心で焦り動揺していた。

制限時間も迫ってきてる以上、なんとかしてどちらかが核へと向かいたいところだったが、嵐が決して二人を逃さない。片方がそんな素振りを見せれば、一瞬で動き退路を潰しにくるし、葉隠がどこにいるかわからなく、いつ不意打ちでやらるかも分からない。

よって、二人は嵐をなんとかして撃破、あるいは一瞬でも拘束することに全力を注いでいるのだが、逆にこちらが追い詰められていた。

やがて、二人を蹂躙する嵐がついに、勝負を決めに動く。

 

「さて、時間も時間だ。そろそろ終わらせるぞっ‼︎」

「ッッ‼︎」

 

嵐が暴風を纏ってまず尾白へと一瞬で肉薄する。3mはあったはずの距離を一瞬で詰めてきたことに尾白は、驚愕して一瞬身を強ばらせた。

 

「速っ——」

 

瞬きの間に自分の目の前に迫った嵐に、尾白の反応は間に合わずガラ空きの腹部に鞭のようにしなる尻尾が叩きつけられた。

 

「ぐっ、ゴホッ……⁉︎」

 

体が完全に浮かんでしまうほどの衝撃が身体を突き抜け、肺の中の空気が全て吐き出され、呼吸ができなくなり、天井に激突する程かち上げられた後床に崩れ落ちた。

嵐は床に倒れ痛みに悶える尾白を一瞥すると、葉隠に向けて声を張り上げる。

 

「葉隠っ‼︎尾白拘束っ‼︎」

「任せてっ‼︎‼︎」

 

素早く腰のポーチから取り出したテープを葉隠の方に投げながら、嵐は轟へと視線を向ける。

轟は千載一遇の好機と捉えたのか、氷に乗り氷を後ろへと生成し続けることで自分の体を押し出す滑走を行なって核に真っ直ぐ向かっていたところだった。

 

(尾白には悪ぃが、今のうちに核をっ‼︎)

 

尾白を倒し捕縛しようと一瞬の間ができた今だからこそ生まれた絶好のチャンス。これを逃せばもうチャンスは訪れない。

そう分かっているからこそ、轟は尾白の救出を諦めて即座に核の奪取を目指したのだ。

 

「はっ」

 

圧倒的不利な状況でも最後まで諦めない彼の執念に、嵐は小さく笑い瞬時に暴風を纏わせると、一言呟き解き放つ。

 

「風よ」

 

刹那、暴風が解き放たれ嵐の身体を加速させる。空間を駆け抜ける白い矢と化して、核まで後5mのところまで迫った轟を追い越して目の前に立ちはだかった。

 

「今のは良かったぜ。もう少し速けりゃ届いたかもな」

(なんで、もう、そこにいるんだよっ⁉︎)

 

あまりの速さに轟は目を剥きながらも慌ててブレーキをかけて後ろに飛びのこうとする。だが、それよりも早く嵐が胸ぐらを掴む。

そして、胸ぐらを掴み後方へと投げようとした瞬間、轟はそこに偶然にも勝機を見出した。

 

「ぐっ!」

 

轟は苦し紛れに右手を胸ぐらを掴む手へと伸ばす。

彼の個性は『半冷半燃』。右半身から冷気を放ち凍らせ、左半身から炎熱を放つ、左右で氷炎を操ると言う二つの個性が合わさった個性の持ち主だ。

彼は今この瞬間、嵐の腕に右手で触れることで彼を氷漬けにしようと試みているのだ。

 

ビルを丸ごと氷漬けにしたり、広範囲への氷結など単純な大規模攻撃ばかりしかしていないが、彼は触れた対象を一瞬で凍らせることも可能だ。今まで見せてはいない小細工だ。

知らない嵐は無防備に受け止めるだろう。そこに付け入る隙はある。

そしてその不意打ちの小細工は———成功した。

 

「ッッ‼︎⁉︎」

「八雲君っ⁉︎」

 

轟の右手が確かに嵐の右腕を掴み、そこを起点に瞬く間に氷結が広がり始めたのだ。

一気に広がる氷に嵐は驚いたように目を見開き、遠くで見ていた葉隠も悲鳴じみた声を上げる。そして、モニタールームで試合を見ている者達も起死回生の一撃にどよめく。

 

(このまま一気に全身を凍らせるッッ‼︎‼︎)

 

轟は更に冷気を放ち、嵐を氷像へと変えようとする。既に、氷は肉体の半分を覆い隠しており嵐の動きを止めている。

このまま嵐を凍らして動きを完全に止めて、自分はその隙に核へと触れる。それで、自分達の勝利は決まる。

 

(これで終わりだッッ‼︎)

 

嵐の肉体の8割近くが氷に覆われ、轟が勝利を確信し嵐の拘束から逃れようと後ろに下がろうとした瞬間だった。

 

「———と、思ったか?」

「は……?」

 

そんな呟きが聞こえた直後、パキンと割れる音が響き下がろうとした体が前にグンと戻された。

轟は目の前で起きた事象に思わず呆けた声を上げる。

黒い鱗に覆われた右手が胸ぐらを掴んでいた。青白い氷に覆われているはずなのに、どう言うわけか、氷はその手には覆われていなくて、確かに動いて自分を捕らえていたのだ。

 

一体何が?どうしてこいつの手は動いている?

訳が分からず、一瞬混乱する轟の目の前で答えが姿を現す。

バキン、バキバキ、バキンと瞬く間に全身の氷に亀裂が入り粉々に砕け散り、中から無傷の嵐の肉体が姿を現したのだ。

 

答えは至極単純。ただ強引に動いて内側から氷を砕いた。それだけの話だったのだ。

 

「マジ、かよっ」

 

それを理解した瞬間、轟は自然とそう呟いていた。完全に自由を取り戻した嵐は轟の胸ぐらを掴んだまま呟く。

 

「テメェがこういう小細工をできることぐらい初めから予想してたさ。何せ、テメェは推薦入学者だ。そこらの奴よりも個性をうまく使えて当然で、その力を警戒しないはずがねぇだろ。大規模攻撃しかできねぇ奴が、推薦で雄英(ここ)に入れるわけがねぇもんな」

 

少し考えりゃわかることだ。そう付け加えると、嵐は左腕を構えて扇に風を纏わせながら、はっきりと告げる。

 

 

「熱を使わなかった。その時点でテメェの負けだ」

「ガッハァッッ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 

轟の腹部に暴風の刺突が突き刺さり爆ぜる。

未曾有の衝撃が体を突き抜けて、自分の体を後方へと勢い良く飛ばした。

吹き飛び地面を何度も転がった轟は、全身が痛み視界がだんだんと歪んできて、もう意識を失うと察した。

 

(くそっ……強すぎんだろ……けど……次は負けねぇぐらい………強く……)

 

轟は嵐へのリベンジを密かに誓って、そのまま意識を手放した。

 

「っし……これで拘束して勝利、と」

 

嵐は力なく横たわる轟へ近づくと左腕にテープを巻き付けて、確保の証明を行う。

その瞬間、オールマイトのアナウンスが響き渡った。

 

 

『尾白少年、轟少年、共に拘束だ‼︎よって、敵チームWIIIIIIIIIIIN‼︎‼︎』

 

 

自分達の勝利を知らせるアナウンスが響く。

それを聞いた嵐は小さく息をつきながら、身体を人間へと戻し、鱗を肌へと戻して、角や尻尾も引っ込めた。瞳や胸部の輝きも収まる。

 

 

———戦闘訓練第二試合。IチームVS Bチーム。結果は嵐・葉隠ペアのIチームが勝利を納めた。

 

 





戦闘シーンってどうしても細かく書いちゃうから、長くなってしまうんですよね。
今回も時間的には15分程度だったんですけど、事細かく書いてたから10,000文字超えました。

嵐の咆哮はモンハンでお馴染みのバインドボイスであり、普通の人間でも耳を塞がなくちゃいけないのに、感覚が強化されてる障子なら鼓膜破れてもおかしくはないと思いました。




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11話 講評

気づけばお気に入りが800を、総合評価が1,000を超えていました。
お気に入り登録、評価をつけてくれた皆様本当にありがとうございます!


 

自分達の勝利を告げるアナウンスが響き、一息つく嵐に葉隠が歓喜の声を上げながら駆け寄る。

 

「やったー‼︎勝ったよー‼︎」

 

元気よく声を上げながら、葉隠は嵐に正面から抱きついた。完全透明かつ、気を緩めたせいで反応が遅れた嵐は鍛えていた体幹のおかげで後ろに倒れはしなかったものの、その分首に腕が絡まる感覚と、胸にあたる柔らかい『ポヨン』の存在を確かに感じ取ってしまい———一瞬思考が停止した。

 

(やわらか…って、いやいやそんな事じゃなくっ)

 

一瞬その感触に浸ったものの、すぐに思考を取り戻した嵐は彼女に触れないように両手を上に上げながら、懇願するように言う。

 

「葉隠ちょっとタンマ。マジでストップ。頼むから、一旦離れてくれ」

「へ?…あ、ごめんねっ八雲君!つい嬉しくて!」

 

嵐の指摘に葉隠はすぐに気づき、慌てて離れる。嵐は葉隠が素直に離れてくれた事に安堵しながら、上着を脱ぐと訓練前の時と同じように彼女に手渡した。

 

「またこれ貸すから着てろ。あと、女の子なんだから、嬉しいからってそう易々と男に抱きつくのはやめておけ」

「んーじゃあこれから気をつけるけど、八雲君は別に変なことしないでしょ?」

「信頼してくれるのはありがたいけど、とにかくやめなさい」

「はーい。って、なんか八雲君、お兄ちゃんみたいだね‼︎」

 

嵐から上着を受け取った葉隠は上着をスポッと被りながら楽しそうに笑った。その様子に、苦笑を浮かべると彼女の肩あたりに手を置いてポンと叩く。

 

「ま、それはそうと、いい動きだったぞ葉隠。よく俺の指示通りに動いてくれた」

「でも、八雲くんの作戦と援護がなかったら、私なんて全然活躍できなかったよ‼︎八雲君のおかげだよ‼︎ありがとね‼︎」

 

手袋がないため何をしてるのかわからないが、前に突き出した腕から察するにサムズアップかピースサインでもしているのだろう。だから、嵐も笑みを浮かべた。

 

「おう」

 

そして、嵐はこの場にはいない敵チームの一人の状態を彼女に尋ねた。

 

「それはそうと、尾白はどうしてる?」

「あっちで横になってるよ。意識はあるけど、しばらく動けなさそうだね」

「結構強めに殴っちまったからなー」

 

嵐はやっちまったと言わんばかりに呟く。

確かにあの筋肉の塊でかなりの硬度がある尻尾で尾白の腹を殴打したのだ。鍛えてはいても、痛みに未だ悶絶するのは仕方ない事だった。

 

「OK、じゃあ、葉隠はブーツと手袋を回収するついでに障子の拘束解きに行ってくれ。もうあいつも歩けるぐらいには回復してるだろうからな。轟と尾白は俺が運ぶよ」

「うん分かった‼︎じゃあ、また後でね‼︎」

 

葉隠はそう答えると、元気に手を振りながらブーツと手袋を置いてある、核を設置した部屋へと向かっていった。そして、彼女が完全に見えなくなる位置に行ったところで、嵐は深く、それはもう深く息をついた。

 

「はぁ〜〜〜〜〜〜」

 

息を吐きながら、ガシガシと頭を掻き乱すと、照れたように顔を赤くさせる。

 

(ヤバかった…っ‼︎女の子の体って、あんなに柔らかいのか⁉︎てか、いい匂いもしてたし……)

 

思い出すのは先程の葉隠が抱きついてきた時のこと。戦闘服一枚隔ててはいたものの、それだけでは彼女の抱きつきの感触を完全に打ち消すことはできずに、彼女の滅茶苦茶柔らかい『ポヨン』の感触が嵐の胸に伝わってきてしまっていたのだ。それに加え、どういうわけかほのかに甘い香りも漂ってきていた。

いくら他よりもしっかりとしていても、嵐もまた年頃の男子なのだ。あんなことがあれば、流石の彼でも意識してしまう。そして、それに伴って色々と思い出してしまった。

 

(………そういえば、試合中もあちこち触ってたな………)

 

そう、試合中も轟の開幕速攻の氷結から始まり、葉隠を守ったりした時には度々手や尻尾で彼女の身体に直に触れていたのだ。

足や腕、そして腰や腹部とそりゃあもう色々と。

その時の感触を今更ながらに思い出してしまっていた。

 

「……ッッ」

 

嵐はボンっと顔の赤みを一層増してしまう。鼓動も心なしか大きく聞こえてしまっている。

試合中は真剣で全く気にならなかったが、今は一息ついて大分落ち着いたせいか、余計に意識してしまう。

 

(……………あとで、謝ろう)

 

下心あって触ったわけではないので、彼女も許してくれるだろうが、嵐の心情的に謝らないと気が済まないので後でこっそり謝ろうと密かに誓った。

そして、何度か深呼吸をして自身の興奮を落ち着かせると、そばで倒れている轟へと視線を向けて呟く。

 

「……取り敢えず、運ぶか」

 

そう言って、嵐は腰から尻尾を生やすと轟の腰に巻き付けてヒョイと軽々と持ち上げる。そして、轟を持ち上げるとスタスタと歩いて行き尾白がいる隣の部屋へ行く。

隣の部屋では、左腕にロープを巻かれている尾白が、葉隠の言った通りぐったりと横になっていた。嵐はそんな彼に近づき声をかける。

 

「尾白ー体は大丈夫か?ヤバいようなら保健室連れて行くぞ」

「……あぁ、八雲か。……うん、体は、まあ少し休めば、大丈夫。……でも、まだ動けそうに、ないよ……」

「‥‥悪りぃ、やりすぎたわ」

「……いや、八雲は、悪くないよ」

 

嵐の謝罪に尾白は力無く返した。

まだまだ動けないのか、未だぐったりとしたままの尾白に嵐はさらに尋ねる。

 

「試合見れる余裕はあるか?」

「……うん、それはまぁ」

「じゃあ、このまま、モニタールームにまで運ぶぞ」

「……うん、ありがとう」

「任せろ」

 

そして、嵐が尾白の腰を掴むとまるで俵を抱えるかのように肩に乗せてそのまま運び始めた。尾白は肩にかけられたタオルのようにぐでーとなった姿勢に弱々しく抗議する。

 

「もう少し、優しい運び方ない?」

「我慢しろ」

「……うぅ」

 

その講義は嵐本人にあっけなく一蹴されてしまい、そのまま嵐は歩き始める。通路に出れば奥の方から葉隠と障子が現れた。

 

「おーい、障子君連れてきたよ——‼︎」

「サンキュー、葉隠」

 

嵐は手を振る葉隠にそう礼をいった。

葉隠の後ろを歩く障子の足取りは少し悪い程度で、試合でのダメージはほとんど回復できたようだ。そして、障子は嵐に運ばれている二人を見て色々と察した。

 

「……どうやら、俺が拘束されてる間に、手ひどくやられたみたいだな」

「あぁまぁ、ちょっとやりすぎたがな。障子は見たところ大丈夫そうだが、体の方は怪我ないか?特に耳と脇腹とか」

 

嵐は気遣うように障子にそう尋ねる。

いくら訓練で試合に勝つためとはいえ、あの大咆哮や脇腹への打撃の威力はまだダメージが残っていてもおかしくないほどだったのだから。

それに対し、障子は静かに頷いた。

 

「………ああ、少し痛むが、打撲程度だろう。授業が終わってから保健室に行くつもりだ。耳も鼓膜が破けたが、全て複製部位だ。リカバリーガールに治して貰えば問題ないだろう」

 

それ以外は特に問題ない、と嵐を安心させるように言った障子。彼も嵐が自分を心配してくれると察したのだろう。

嵐はそれに安堵の息をついた。そして、抱えられている尾白が障子に謝罪する。

 

「……障子、ごめん……ちゃんと、守ることができなかったよ……」

「気にするな。それに、謝るべきは俺だ。俺は今回何もできていなかった。すぐに八雲に捕まって拘束されてしまったからな。本当にすまない」

「……それでも、障子をしっかりと守れていれば、もう少し戦いようはあったと思うんだ……」

「かもしれんな。だから、今回のことを次に活かそう」

「……そうだね」

 

今回の試合を教訓にしようという障子の言葉に尾白は静かに頷いた。暗い雰囲気を漂わせながらも、それでも前向きに捉えている二人を嵐と葉隠が揃って見守る中、障子が嵐へと向き直る。

 

「八雲、今回俺はお前達に完敗してしまった。だから、次だ。次は絶対に負けないぞ」

「上等だ。次も負けねぇからもっと強くなれよ」

「無論だ」

 

再戦を誓う障子に嵐は嬉しそうに笑いながら拳を伸ばしてお互いに拳をコツンとぶつける。

二人の確かな熱い友情が窺える光景に、疎外感を感じてしまったのか葉隠が声を張り上げながら割り込んできた。

 

「私もいるんだから忘れないでよ障子君‼︎次も私達が勝つからね‼︎」

「当然忘れてない。今回は葉隠とは直接闘うことはなかったが、次はきっちりと戦いたいものだ」

「ふっふーん、私と八雲君の無敵のステルストルネードコンビネーションでやっつけてあげるよ‼︎」

 

葉隠は障子に認識されたのが嬉しいのか、胸を張りながらよく分からない技名らしきものを言って、障子の宣戦布告を真っ向から受けて立った。

 

 

「なんだそのネーミングは?」

「私がステルスで八雲君がトルネードだからね‼︎そのままくっつけたんだ‼︎」

「くっつけただけかよ」

「単純だな」

「いいじゃん‼︎強いのには変わりないんだからー‼︎」

 

 

そうして3人は尾白と轟を抱えながら階段を下ってオールマイト達が待つモニタールームへと戻っていったら

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

保健室に運ばれた轟と既に運ばれた緑谷を除いた全員が集まったモニタールームで、オールマイトが未だに驚きが抜け切らないまま、話をしていく。

 

「えーじゃあ、第二回戦の講評を始めていくんだけど、今戦のベストは八雲少年っていうのはいいとして……正直ここまでとは私も予想外でね、実はまだちょっと驚いてるんだよね。……HAHAHA、まあそれはともかく、彼がベストの理由は分かる人いるかな?」

「はい。先生」

 

オールマイトの問いかけに手を挙げたのはまたしても八百万だ。今の数秒で調子を戻したのか、オールマイトがいつもの様子で八百万を当てて説明を促した。

 

「はい、またしても八百万少女だね‼︎では、説明を頼むよ‼︎」

「ええ、ベストはもちろん八雲さんです。そして、今回の試合は敵側、つまり八雲さんと葉隠さんの完全な作戦勝ちと言えるでしょう。お二人はヒーローチームの方々の個性からある程度の予測をして戦法を組み立てていたように見えます。八雲さんが初めに大声を上げたのは索敵要員であった障子さん対策であるのは確かですし、その後の奇襲でも真っ先に障子さんを狙っており索敵要員を叩くと言う戦闘において理に適った行動をとっていました」

 

彼女は嵐の奇襲作戦をそう評価すると共に準備時間中に行われたことも称賛する。

 

「準備前に行っていた各階の部屋の床や天井を切り抜くことでの階段以外の移動ルートの確保は、階段か外からしか移動方法がないという思考を逆手に取ったものであり、ああいった奇襲作戦などを素早く行う為の最短の移動ルートの確保は見事だったと思います」

 

移動ルートは何も階段や外を回り込む方法だけではない。無いのなら作ればいい。嵐はそう考えて、各階のいくつかの部屋の床や天井を切り抜くことで即席の自分専用の移動経路を嵐は構築したのだ。

それを使うことで、階段や外を介さずに各階を移動することができ、予想外の場所からの奇襲攻撃や、障子を確保後の一時退却にも活かしたのである。

 

「最後に、パワー型であろう障子さんをほぼ一撃で行動不能にし、尾白さんや轟さんの二人を同時に相手取りながら圧倒できるほどの高い戦闘力ととても繊細な風の操作です。

八雲さんの風は轟さんの氷結を砕いたり、二人を吹き飛ばすなどの豪快な部分が多く見受けられましたが、そう見えるだけであって実はとても繊細な操作を行なっており、数カ所の壁の破壊や、床や天井を切り抜くこと以外ではさほど建物に影響は出ていませでした。

戦闘能力、状況判断、作戦立案、全ての能力が非常に高い水準にありました。

以上が八雲さんがベストに選ばれた理由です」

 

そうして嵐がベストに選ばれた理由を説明して締め括った彼女は、次いで葉隠の評価へと移る。

 

「次にペアである葉隠さんが行った隠密状態からの一撃離脱も己の特性を最も活かした方法であり、八雲さんという圧倒的脅威と戦うヒーローチームの神経を常にすり減らしており、いつどこからくるか分からなくて、ヒーローの集中を削ぐことで敵を混乱させるという点で賞賛に値しますわ」

「えへへへ」

 

八百万の掛け値ない賞賛に葉隠は思わず緩んだ声を出して、後頭部に手を当てて照れる仕草を見せた。

まぁ透明人間である自分が嵐のおかげで活躍でき、高く評価されたのだから嬉しいに決まっている。

彼女は敵チームの講評ののちに、ヒーローチームの講評に移った。彼女は肩を落とし沈んだ様子になっている障子と尾白に若干憐れむような視線を向けながら話し始める。

 

「そして、ヒーローチームですが、正直これは分が悪かったと言わざるを得ません。

開始直後の轟さんのビルを丸ごと凍結させるという方法は一番被害を出さない方法としてあの場では最適解だったと思います。その後も、敵チームの二人が氷結を回避した事が分かれば、広範囲攻撃ができる轟さんを先頭に、真ん中に索敵要員の障子さん、最後に後方警戒に尾白さんと隊列を組んだのも敵側を警戒していたからこそのものでした」

 

事実、3人の動きは悪くはなかったのだ。

開幕速攻の氷結攻撃も嵐が反応できていなければ、氷攻撃に耐性がなかったら、その時点で勝ててた。その後も、索敵要員を守りながら動くために障子を真ん中に置いて、その前後を轟と尾白で守りながら進むなど戦法としては理に適っていた。

 

「ですが、八雲さんの実力が圧倒的過ぎましたわ。

ただ大声を上げただけであれだけの爆音がだせるなど、今の段階では想定できるわけがありませんし、尾白さんや轟さんを二人同時に相手にできるほどの戦闘力、地の利や仲間の特性を活用した戦法など、あらゆる面において八雲さんの実力が彼らの想定を凌駕していたこと。単純に彼らとの実力差があり過ぎていたこと。

それこそが、今回の敗因と言えるでしょう」

「「………」」

 

ちょっと持ち上げて、一気に叩き落とした八百万の分析力優れた評価に明るくした二人の表情は一瞬明るくなったものの、また暗くなってしまう。

オールマイトもまた、第一試合の時と同じように「また思ってたより言われちゃったよ……」と微妙な表情を浮かべながら顔を引き攣らせそう小さく呟いたのだ。

 

「う、うん、まあ八百万少女の言う通りだよ。引き続き素晴らしい講評ありがとう‼︎そして、一応彼女の講評があったわけだが、君達は具体的にどういう作戦を考えたのか皆にも分かるように話してもらってもいいかな?」

「はい、勿論です」

 

オールマイトの問いかけに頷いた嵐は自分が組み立てた作戦の説明を始める。

 

「まず、俺は八百万が言った通り障子を真っ先に潰すべきだと考えました。だから、障子をいかに早く倒すかを考え、同時に他の二人もどうするべきかということも考えながら作戦を組み立てて行きました。そして、その上でまず厄介になるのが轟の個性です」

 

『半冷半燃』の轟の個性が嵐達にとって最大の脅威であり、索敵要員である障子は勿論の事、火力が一番高い轟が戦闘の際に最も警戒すべきだと判断したのだ。

 

「彼の個性が戦闘においては最も警戒するべきであり、広範囲も攻撃できることも考慮して作戦を組み立てました。規模や実力は未知数でしたが、推薦組である以上高い能力を持っているのは確実。ならば、氷を使った攻撃ならビルごと凍結させることもできるんじゃないかとも予想し、実際にあいつは開幕速攻ビルを丸ごと凍結して見せました」

 

そう言うと嵐は自身の顔面の一部だけを変化させ、長い髭を生やしてそれを指差しながら続ける。

 

「俺の髭は空気の振動や温度変化を感知することができます。空気の振動とは、すなわち音。耳も同様です。俺の個性は五感がかなり研ぎ澄まされていますので、どれだけ微細な音でもあのビル内であれば、どこにいても足音だけでなく呼吸音、果てには心音なども感知することができます。温度変化も同様です。

俺は髭による感知のおかげでビル内の温度の急激な低下にも反応でき、轟の氷結攻撃にも気づくことができました。とはいえ、轟が最初にビルを丸ごと凍らせたことに関しては、俺が同じ個性を持っていたなら必ず同じことをすると断言できていたからです」

 

それが最速かつ安全に終わらせれる方法でしたから。そう付け加えると嵐は髭をしまって、葉隠を庇った理由も話す。

 

「だというのに、なぜ氷漬けにされたかというと単純に言えば葉隠を守る為ですね。彼女の透明化の個性は乱戦にこそ活きます。俺が考えた作戦に葉隠の存在は必要不可欠である為、開始早々に戦闘不能にされると不都合だったから守ったということです」

「でしたら、八雲さんはどうして氷漬けから脱出できたんですか?見たところ風の防御も間に合っていませんでしたが……」

 

そう続けた嵐にすかさず八百万がそう尋ねた。

すると、嵐はなんて事のないような表情を浮かべながら、答えた。

 

「俺には冷気はあまり効かない。俺の鱗ならば氷漬けにされていようと、強引に抜け出すことが可能だ。だから、あの時は葉隠を優先して庇ったんだ。葉隠は俺と違って氷漬けになると動けないからな」

 

轟がビルを丸ごと氷漬けにしようと反応できた嵐は、瞬時に葉隠を庇う為に動き、自分ならば大丈夫と分かっているからこそ彼女を助けたのだ。

そして、話は戻り開始直後の氷漬けを凌いだ後は、手袋だけ外しただけの葉隠を5階の角部屋に設置した核の守備に残して、嵐が障子の拿捕の為に下の階へと動いた。そこで考えたのが大咆哮による障子の索敵潰しだ。

 

「準備時間中に各階の部屋に床と天井に穴を開けることで、専用の移動ルートを作った俺は髭で轟達の動きを捕捉しながら、彼らが3階に上がったと同時に2階へと降りました。そして、彼らが俺の真上に移動したのを見計らって、大声を上げて障子の索敵機能を潰したんです」

 

実はあの時、轟達が2階から3階への階段を上がっている際に、嵐は床穴を使って逆に3階から2階へと移動していたのだ。風で飛翔して移動していた為に障子も気づかなかったのだ。

ちなみに、下の階から吼えたのは、万が一に音による衝撃で核に影響が及ぶかも知れないことを考慮したからである。彼らという遮蔽物を利用することで、少しでも衝撃を減らしたのだ。

 

「俺の師匠曰く、俺の咆哮は単純に耳を塞がなければいけないほどの爆音としてだけでなく、本能的な恐怖を与える威圧のような特性もあると言っていました。

だからこそ、その特性を利用し索敵する為に感覚を強化している障子の耳をつぶすだけでなく、他の二人もその場から動けなくする為に吼えた。そして、硬直した彼らの頭上へと移動した俺はそのまま3人を奇襲しました」

 

巴曰く、嵐の咆哮には馬鹿げた爆音の破壊力だけでなく、相手の本能に直接恐怖を刻み硬直させることが可能らしい。だから、より確実に奇襲を成功させるために使ったのだ。

障子の拿捕を優先した嵐は、まず前後の二人を引き離すべく風で薙ぎ払って強引に距離を取らせた。二人を引き離した嵐は障子が一人立ち向かうことも予想しており、まだ咆哮の衝撃で痛む体を引きずって戦おうとした障子にも難なく対応してみせる。

障子を動けなくさせて拉致した後、上か下のどちらの階に逃げ込むか分からなくさせる為に、嵐は障子を二人が直接見れない場所ーつまり、隣の部屋へと吹き飛ばすことで二人の視界から離脱させて、そのまま動けない彼を尻尾で拘束しながら上階へと素早く撤退。

すかさず、追いかけた尾白は柱を利用した視線誘導で天井ではなく床穴へと視線を向けてしまい、下へ逃げたと推測してしまったのだ。

 

「実際に尾白は俺が下の階に逃げ込んだと思い込んだはずです。そして、障子が確保されたことを知れば、救援ではなく俺が戻ってこないうちに核の奪取に動くのは想定済み。だから、俺はそれを利用させてもらい、核のある部屋で二人を迎え撃つことにしました」

 

嵐の想定通りに、核の奪取に動いた彼らは核を捕捉する術を持っていないので、4階5階の各部屋を慎重かつ素早く確認しながら移動。そして、核のある部屋で悠々と待ち構えていた嵐と対峙することになったのだ。

 

「その時に葉隠の存在が活きます。姿の見えない敵とは厄介であり、捕捉する術を持たない二人は常に神経を尖らせなくてはいけません」

 

ブーツも脱いで完全に隠密に徹した葉隠を捕捉できるのは、障子を除けば嵐のみだ。

捕捉する術を持たない二人は、いつどこから現れるかわからない葉隠に神経をすり減らさなければならなくなる。

それに加え、嵐という最悪の脅威が目の前におり、葉隠の不意打ちと併せて対処せざるを得ない状況を作らせたのだ。

 

「俺が二人を同時に相手取りながら、葉隠が時折不意打ちで二人に攻撃を仕掛ける。それで怯ませその隙を俺が突くのを繰り返しました。

彼女の移動には捕捉できる俺が風で後押しさせたり、危なければ俺が間に入って防ぐことで、彼女を行動不能にはさせなかった。

そうして二人の神経をすり減らしていくことで精神的にも追い詰めていき、とどめを刺した———以上が、俺らの作戦です」

 

そう言って、自分達の作戦の概要説明を締めくくった嵐だが、クラスメイト達を見渡して気づく。多くの生徒が驚いたような表情を浮かべていたのだ。

まさか、あれだけの短時間でここまでの作戦を思いついたのもそうだが、相手チームの個性や心理をよく理解しており、殆ど全てが彼の掌の上だったからだ。

障子と尾白はそれをよく理解しており、完全に踊らされていたのだと悔しさ半分驚愕半分で絶句していた。

オールマイトは皆が驚く様子を見ながら、満足げに頷きながら、嵐にサムズアップする。

 

「うんうん、詳しい説明をサンキューな‼︎八雲少年‼︎……あ、ちなみに、他にも作戦は考えていたりするのかい?」

「えぇ、まぁ。いくつかは考えていましたよ。

途中までの段取りはほぼ同じですが、もしかしたら核よりも先に別室で拘束されていた障子を見つけた場合、轟達はまず拘束を解くために動くでしょうから、3人をまとめて行動不能にしたり、もしもあの時に尾白達が下に向かって居れば、そのまま俺一人で向かって二人を行動不能にするなど、主に3つのパターンは考えていました」

 

指を三本立てながら、そう答えた嵐はさらに自分が後付けで考えた設定のことも話していった。

 

「最後にこれは全ての作戦に共通することですが、今回の試合を実戦と仮定した場合は、敵側はヒーローを戦闘不能にして拘束した後離脱も考慮しなくてはいけません。

最上階に設置したのも、核のタイマーをセットした後に素早く空へと逃げるためです。他の階で窓を破って逃げるのもいいですが、出た瞬間に狙われることも考えれば、天井に穴を作ってそこから素早く離脱した方がまだ安全です。俺の速度ならば葉隠を抱えていたとしても数分で、核の被害範囲からの離脱が可能です。

それで核は爆発。ビル内に囚われたヒーローも、周囲を固めていた警察や他のヒーロー達も皆仲良く爆散して敵側の完全勝利、と言ったところですかね」

「とんでもないことを考えたね。それ世界史に載るほどの完璧な大犯罪になっちゃうよ」

 

ヒーローと戦って勝利した後の展開という嵐が後付けした設定に、オールマイトは多少引き攣った顔を浮かべていたが、クラスメイト達はほぼほぼ唖然としていた。

たかが訓練。しかも、入学して初めての戦闘訓練でそれは考えすぎではないのかと思っていたのだ。実際に、砂藤や瀬呂は呟いていた。

 

「いやいや、そこまで考えなくてもいいんじゃねぇの?」

「……流石にそれは考えすぎだろぉ……」

 

二人の呟きにほぼほぼ全員がそうだと言わんばかりに何度も頷いた。だが、その一方で嵐はというと少し真剣な表情を浮かべ反論する。

 

「かもな。確かに考えすぎと言われちゃそこまでだが、敵との戦いに関しては考えすぎて損はねぇと思っている。

予想よりも弱くて拍子抜けってのはあるが、本当に危険な敵は何をしでかすか分からないからな。さまざまな可能性を考慮して予測を立てるべきだ」

「うん、彼のいう通りだよ」

 

自論を述べた嵐にオールマイトがそう同意すると、彼の肩にポンと手をおきながら真剣な顔つきになると生徒達を見渡しながら続けた。

 

「八雲少年の考えは一理ある。敵の対処法なんていくら考えても尽きることはないんだ。

確かに授業の一環で八雲少年のようにここまで深く考える子はそういないし、考えすぎと言うのも頷ける。でもね、覚えていてほしい。

真に賢しい敵はヒーローの裏をかくことだってある。私達の予想の斜め上をいく事だって少なくはない。単純に手強かったり、姑息だったりで、残酷なようだが、そう言った手合いには綺麗事が通用しないことがほとんどなんだ。

今回の彼の作戦はそう言った実戦を想定した非常に素晴らしいものだった。君達にとって、彼の作戦や戦いは非常に参考になる部分が多かったはずだ」

 

だから、とオールマイトは言うと、最後に言った。

 

「君達はこれからの訓練で、多くの事を学び身につけていってくれ‼︎私達もしっかりと教え導くから安心するといい‼︎‼︎これからの成長を期待しているぞ‼︎少年少女達‼︎‼︎」

 

そう言い切ってオールマイトはサムズアップして高笑いする。

No. 1ヒーローに教えられ、将来を期待されていると言う事実に彼らは誇らしい気持ちになると同時に、訓練だからと甘えるのではなく実戦を想定して動くべきだと、第一試合後の嵐の言葉と交わせるように心を引き締めていった。

 

その後の残り三組の試合は、オールマイト、嵐の両名の言葉の他に前の二つの試合に触発されたのか、誰もが真剣に取り組んでおり、さまざまな戦いを見せた。

各々反省点や、良かった点なども講評しあうことで、最初の訓練は有意義な時間として終わったのだ。そして、授業終わりにグラウンドβの入り口に全員が再び集まる。

 

「皆お疲れさん‼︎緑谷少年と轟少年以外は大きな怪我もなし‼︎しかし真摯に取り組んだ‼︎初めての訓練にしちゃ、皆上出来だったぜ‼︎」

 

オールマイトが訓練の感想を言ったところで、蛙吹がすっと手を上げながら微妙な表情を浮かべ呟く。

 

「相澤先生の後でこんな真っ当な授業…何か、拍子抜けというか……」

(まぁ、最初がインパクト強すぎたもんなぁ)

 

拍子抜けを食らったと言いたげな彼女だが、多くのクラスメイト達が同じ気持ちであり、彼女の言葉に頷いた。

オールマイトはそんな彼女達に笑いながら答える。

 

「真っ当な授業もまた私達の自由さ‼︎それじゃあ私は緑谷少年と轟少年に講評を聞かせねば‼︎」

 

オールマイトはそういうと生徒達に背を向けながら、バッと構えを取り、

 

「じゃ、皆着替えて、教室にお戻りぃぃぃぃぃぃ‼︎‼︎‼︎」

 

颯爽と走り去っていった。

 

「オールマイトスッゲェ!」

「何であんなに急いで……」

「かっけぇなぁ」

 

オールマイトの余りの速度に単純に驚いたり、なぜあんなに急いだのか疑問に思ったら、その後ろ姿にかっこいいと思ったりとオールマイトに対してさまざまな事を思いながら、彼らはゲートを抜けて更衣室へと戻っていく。

 

その道中でも、各々の試合での講評したりなかったことや、もっとこう出来たかもとか反省点や改善点をお互いに話し合いながら和気藹々としていた。嵐も障子や耳郎と共に仲良く話しながら歩いていく。

誰もが初の戦闘訓練に興奮が冷め止まなかったのだ。

 

 

 

———ただ一人、明らかに意気消沈しあれから一言も喋ってすらいない爆豪を除いて。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「しっかし、八雲おめぇ本当強ぇなぁ‼︎あんなに圧倒的なの初めて見たぜ‼︎」

「それな。しかも、氷漬けにされてんのに強引に砕いて脱出って、頑丈すぎとかのレベルじゃねぇよ」

 

更衣室で着替える最中、切島、上鳴が感心混じりにそう呟いた。

今回の訓練での見どころは、やはりというか嵐達の試合だ。あそこまで凄まじい戦闘はあまり見たことがない上、同世代であそこまで戦えるものがいた事に驚きを隠せなかったのだ。

それに加え、推薦組という一般通過組とはレベルが違う轟を圧倒したという事実が、尚のこと彼らを湧き上がらせたのだ。

 

「確かになぁ。あんだけ強ぇと本当どんなトレーニングしてんのか気になっちまうぜ」

「……歴戦の猛者の強さの秘密か。確かに興味があるな」

 

砂藤に続も常闇もそう呟いた。そんな中、上着を脱いだ嵐はそれを丁寧に畳みながら答える。

 

「ま、師匠にひたすら実戦訓練でボコられまくって、死ぬほど鍛えられたからなぁ。敵との戦闘経験は()()ゼロだが、経験値はそれなりにあるつもりだ」

 

主に不良達との乱闘で。とは流石に言えないので、心の内のみで呟く。『ほぼ』というワードに反応したものはおらず、その前の所に多くの者が反応した。

 

「ぼ、ボコられたって、あんなに無双してたお前をか?なにもんなんだよお前の師匠」

「それほど強いのか?だとしたら、相当だぞ」

 

瀬呂が衝撃的な事実に眉をひくつかせながら呟き、障子が驚く。だが、嵐は首を横に振った。

 

「ボコられたのは昔の話だ。今はもう一方的にはやられねぇよ。ただ、日頃の鍛錬だと……まだ、勝ち越せてはいねぇんだよなぁ。

ていうか、実戦訓練だとマジでヤバい。相性も悪いし、あっちはあっちで手加減どんどん無くなってきてるしで……何度か、死を覚悟したことあったわ……」

(((……………八雲の師匠やべぇ‼︎)))

 

何かを思い出しながら、少し青ざめた様子で呟く嵐に、それを見ていた男子達の思考が再びシンクロした。

 

この時、顔も知らない男子高校生達に勝手に超スパルタ師匠認定された巴はというと、部屋で格ゲーをやっており、不意にくしゃみをして誰かが噂してるのかなと思っていたりする。

 

そして、全員が驚愕する中、どうにかして話題を転換させようと尾白が強引に切り出す。

 

「な、なぁ、八雲は一体どれだけの武術を身につけているんだ?俺が見た限りだと、鉄扇術に体術、剣術は会得してると思うんだけど……」

「…まぁ、大方その通りだな。つっても、俺の場合は風を併用した技ばかりだ。あぁ、ちなみに薙刀術と弓術とか他にも色々齧ってるぞ」

「十分すぎるじゃないか。しかも、風も使ってるってことは、完全に八雲のオリジナルなんだろ?もう既に自分の形に昇華してるなんて、同じ武道家からしたら、羨ましいしすごいことだよ!」

 

尾白が目を輝かせながら、若干興奮気味に言った。彼は個性の特性上、近接格闘を主としており尻尾を織り交ぜた格闘を得意としている生粋の武道家なのだ。

そんな彼からすれば、体術や剣術だけでなく、扱いが難しい鉄扇術をも使いこなし、さらに風を併用することで自分独自のスタイルとして昇華している嵐の戦いは感嘆の一言に尽きるものだったのだ。

嵐は興奮気味の尾白に、小さく笑みを浮かべると提案する。

 

「……今度、組み手でもするか?同じ武道家同士、いい刺激になるだろうしな」

「それはこっちからも是非頼むよ‼︎‼︎八雲ほどの武道家と組み手できるなんて、またとない機会だからね‼︎それに、尻尾の使い方も参考にしたかったんだ‼︎」

「おう」

 

鍛錬の提案に尾白は更に目を輝かせており、嵐もまた巴以外の武道家との組み手に多少嬉しそうにしていた。その時、思わぬ伏兵が現れる。

 

「それよりも八雲‼︎洗いざらい教えてくれよ‼︎」

 

峰田だ。しかし、彼はどういうわけか、鼻息が荒く、目も血走っていたのどだ。

明らかに興奮している様子に、嵐は面倒臭さを感じながらも峰田に聞き返す。

 

「…………一応聞くが、何をだ?」

「葉隠の感触に決まってんだろうがよぉぉぉ‼︎‼︎全裸JKの腰に尻尾巻きつけたり、抱き抱えたり、訓練にかこつけて、あちこち触ってただろうがぁぁ‼︎‼︎羨ましいにも程があんだろぉぉ‼︎‼︎全裸の感触を洗いざらい吐いてもらわなきゃ割に合わねぇだろうがァァァ‼︎‼︎」

 

嫉妬に狂って血涙を流す奴をまさかリアルで見ようものになるとは、思いもよらなかっただろう。

そして、ほぼ全員が峰田の発言にギョッとする。先程不埒な想像をしたせいで嵐の凄みにビビったというのに、この下種葡萄はなんてことを彼の前で言ってんだと驚愕したのだ。

嵐は峰田の剣幕に、自分の顔を彼から隠すようにふいっと視線を逸らした。

 

「……葉隠の名誉を守る為にも、断固黙秘させてもらう」

 

先程の生々しい感触を思い出してか、若干顔を赤くした嵐は彼女の名誉を守るためにも黙秘を貫が、峰田はその様子に嫉妬でブチギレた。

 

「ハッ‼︎何いい子ぶってんだっ‼︎男はな全員ムッツリかスケベなんだよっ‼︎‼︎一人だけ全裸JKの感触を堪能して記憶に永久保存するつもりかっ⁉︎⁉︎ずりぃだろうがっ‼︎‼︎ただでさえイケメンで最強のくせによぉ‼︎‼︎せめて、オイラ達にも共有させろよォォォ‼︎‼︎」

 

男の嫉妬はここまで醜いものなのかと、殆どの男子が思った。イケメンで最強なのは大いに分かるが、別に葉隠の事に関してはそれは関係しないから、まぁアホな言いがかりだ。

 

『……ッッ‼︎⁉︎』

 

そして、チラリと嵐の顔を見た者達がビクゥッと体を震わせる。

 

「…………」

 

だって、嵐の表情がもう凄かったのだ。

にっこりと笑っているくせに、瞳は一切笑っておらず、ゴゴゴと効果音が聞こえてきそうなほどに嵐の顔の凄みが増しつつあったのだから。

それに気づかず、ギャンギャン騒いでた峰田も漸く気づいたのか、声のトーンがだんだんと落ちていき、やがて完全に消えてサーッと表情を青ざめつつあった。

嵐は笑ってない笑顔を向けると、峰田の顔面をアイアンクローしながら持ち上げる。小柄な峰田はプラーンと宙にぶら下がった。

 

「ハハハ、おい、峰田。テメェマジでいい加減にしろよ」

「……あ……はい………」

「つか、もし女子達にセクハラなんてしてみろ。したら……」

「し、したら?」

 

震えながら問いかけた峰田に、嵐はにっこりと笑うと、片手で鋏の形を取り、チョキンと切る仕草をしながら告げる。

 

「豚箱ぶち込む前にテメェの切り落とす」

「ひぃっ⁉︎⁉︎」

『『『ッッ⁉︎⁉︎』』』

 

男にとって死刑宣告と同義であることを言った嵐に峰田は反射的に股間を押さえて悲鳴をあげる。他の男子達も、ビクゥッと体を震わせた。

 

「分かったなら、もう懲りろよ」

「は、はい」

 

峰田を下ろした嵐は低い声音でそう言う。男としての死刑宣告を下された峰田はというと、ガチガチに震えながら着替えに戻った。

そうして、全員が着替え終わり、とっとと出て行った爆豪を除き全員が更衣室を出た時、ちょうど保健室から戻ってきたものが一人。轟だ。

ちょうど、目が覚めてこちらに戻ってきたらしい。

嵐は轟が口を開くよりも先に彼に話しかけた。

 

「轟、悪ぃな。少しやりすぎちまった。体の方は大丈夫か?」

「ああ、リカバリガールのおかげで問題ねぇ。試合の方も俺が弱かったからああなっただけだ。それよりも八雲」

「なんだ?」

 

轟は試合前と同じ、氷のような冷たい表情とずっと誰かを憎む眼差しを浮かべながら静かに言う。

 

「今回は完敗だった。だが、次は負けねぇ。必ず俺が勝つ」

 

それはリベンジ宣言だ。だが、嵐には果たさなくちゃいけない目的のために何がなんでもお前には勝たなくちゃいけないという、焦燥や怒りのような物が感じられた。

正直、聞いていて気分は良くなかったが、嵐はそんな様子を見せず僅かに目を細め口の端を釣り上げた。

 

「……いいや、次も俺が勝つ」

「………そうか」

 

轟は嵐に一言だけ返すと、そそくさと更衣室の中へと消えていった。その彼らの一連の様子に切島は若干興奮しながら言う。

 

「リベンジ宣言か‼︎漢らしいじゃねぇか‼︎」

「どうやら、ライバル認定されたみたいだな」

「………いや、そんな大したもんじゃねぇよ」

 

心配した障子の言葉に嵐はそう返すと、そのまま教室へと歩き出す。教室へと向かう最中、嵐は先程の轟の視線の理由について少し考えていた。

 

(あの瞳を俺は知っている。まさか、雄英で見る事になるとは思わなかったがな。……あれは誰かを憎んでいる瞳だ)

 

彼が抱く何かを恨む憎悪と憤怒が入り混じる、瞋恚の炎を宿すあの瞳を、嵐はよく知っていた。

 

 

知らないはずがなかった。

 

 

だって、あの瞳は———かつての自分が抱いていたものでもあったから。

 

 

(なぁ轟、何がお前をそうまでして固執させているんだ?たとえ果たせたとしても、その先には、虚しさしかねぇぞ)

 

 

今日初めて戦い、今日初めて会話したクラスメイト。だが、嵐は既に彼を気にかけつつあった。

 

 




…………嵐君も健全な男子高校生なんです。全裸のJKに抱きつかれたら、そりゃ意識しちまうよ。

ちなみに、嵐の武術ですが、鉄扇術以外は全て巴から学んでいます。元々、彼女はゲームでもある通り、武芸百般を得意としているため、嵐にさまざまな武術を叩き込んでいます。

そして、勿論彼女はゲーマーです。噂されていた時に遊んでいたのはスマ◯ラですよ。



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12話 挫折からの再起

ポケモンレジェンドアルセウスを始めました。
思っていたよりも面白くてはまってまーす。キャラは白髪の総髪に赤目キャラです‼︎総髪キャラってカッコ良いですよね。


場所は変わり女子更衣室。

訓練後、更衣室で着替えている女子達は男子達と同様に和気藹々と訓練について話していた。

 

「葉隠の試合が一番凄かったよね」

「だよねぇ‼︎八雲が圧倒的だったし、葉隠も動き良かったよね‼︎」

 

耳郎の呟きに芦戸が同意する。

女子達の間でも嵐・葉隠ペアの試合は一番だったという認識があった。

他の女子達も口々に声を上げる。

 

「ケロ。確かに同い年であんなにも戦える人がいるとは思わなかったわ」

「うん、私らの試合の後だったから余計に凄かったわ」

 

蛙吹、麗日も同じような感想を呟く。特に麗日に至っては自分達の試合が八百万や嵐に酷評されたこともあって、その差を酷く痛感していた。そんな中、八百万が耳郎に尋ねる。

 

「そういえば、耳郎さんは入試の時、八雲さんと一緒に戦ったと聞きましたわ」

「そうだよ。まぁ一緒に戦ったのは障子とB組の拳藤って人もだけどね」

「そうだったのですね。でしたら、八雲さんはやはり今日の訓練の時と同じレベルの動きをされていたのですか?」

 

八百万の質問に耳郎は頷く。

 

「うん、八雲が中心になって動いてたよ。もう圧倒的過ぎてさ、間近で見てたウチらはずっと驚いてたよ」

「八雲君本当強いもんね‼︎私もその気持ちはよくわかるよ‼︎間近で見たたけど、八雲君もうプロのヒーローみたいに強かったもん」

 

嵐の指揮に従い共に戦った耳郎や、先程彼とペアを組んで戦った葉隠はその強さを目の前で見ており、強く実感していた。

その時、葉隠が何かを思い出したかのようにハッとすると、腕をブンブンと振り回しながら全員に話す。

 

「あっそーそー聞いてよ‼︎八雲君に助けられた時とか、何度か飛膜触ったんだけどね。すっごい触り心地がよかったのっ‼︎」

「飛膜ってあのヒラヒラした白いのだよね?そんなに良かったの?」

「うんっ‼︎さらっさらの布触ってるみたいだったよ‼︎最高級の布の生地ってああいうのをいうのかな?」

『へ〜〜〜』

 

感触を思い出しながら絶賛する葉隠に、好奇心が刺激されたのか全員がそんな声を上げた。

 

「それめっちゃ気になるね‼︎後で頼んだら触らせてくれるかな?」

「多分大丈夫だと思うよ。八雲君優しいし‼︎」

 

後で嵐に頼んで触らせてもらおう。女子連中の間でそんな話が決まった中、芦戸がニマニマと笑みを浮かべながら、葉隠に尋ねた。

 

「そういえば葉隠、八雲に抱き抱えられてたし、まるでヒロインみたいだったね!」

「ふぇ⁉︎」

 

葉隠は思わずそんなうわずった声を上げて、手にして着ようとしていた上着を落としてしまう。

 

「あーあれね。お姫様を守る騎士ってあんな感じなんかなぁ?」

「ケロ。葉隠ちゃんはヒロインじゃなくてヒーローの卵よ?」

「それはその通りですが、あの構図的に私もそう思いましたわ」

「も——照れるからやめてよー‼︎」

 

続く麗日、蛙吹、八百万の言葉に葉隠は少し下がりながら手をワタワタとさせる。透明であるため顔は見えないが、きっと見えれば真っ赤な林檎のような表情が見れたことだろうと思うほどに、照れていたのは明らかだった。

 

「でもさ、実際どんな感じだった?細マッチョイケメンの八雲に抱きかかえられて悪い気はしなかったでしょ?」

「……………う、うん、それはまぁ、体がっしりしてたし……危ない時も守ってくれて、カッコよかったし……ドキドキはしたけど……って、何言わせるの芦戸ちゃん‼︎」

「わ——葉隠が怒ったー!」

 

思わぬところまで言わされた葉隠は芦戸をポカポカと叩いた。芦戸はわーきゃー言いながら戯れる。麗日や蛙吹は面白そうにその光景を見ていたものの、耳郎だけは何故か拗ねたような顔を浮かべていたのだ。

 

「…………」

 

どうしてか分からないが、葉隠が嵐の強さに惹かれドキドキとしている様子に…………何故か、ムカッとしたのだ。

 

(………ん?なんだろう、コレ)

 

耳郎は自身のうちから湧き上がった謎のモヤモヤに一人首を傾げる。葉隠が照れる様子を見て湧き上がったものだが、いかんせん、その気持ちの正体が彼女には分からなかったのだ。

そして、分からず首を傾げる彼女の目に、何か考え込む八百万に気づく。耳郎はこのモヤモヤを振り払うためにも彼女に声をかける。

 

「八百万、どうしたの?」

「いえ、八雲さんは複数の敵との戦闘にも慣れていたように見えたのですが、一体どこでそういう経験をしたのか気になりまして」

「……あー、確かに戦い慣れてたもんね。でも、それなら八雲の師匠のヒーローが教えたんじゃないの?」

「ですが、師匠さんが教えたとしてもあくまで対処法だけのはずです。実践ではないと思います。ああいった動きは実際に複数を同時に相手取らないとああ言った動きはできないはずですわ」

「………そう言われれば、確かに」

 

八百万の指摘に耳郎は納得する。確かに彼女のいう通り、嵐は複数との戦闘に慣れていた。まるで、何度も経験していたかのような感じだったのだ。

師匠に指導されたといえばそこまでだが、その指導以外にも嵐はなんらかの経験を積んでいると、耳郎は八百万に指摘されて気づく。

 

「とにかく、八雲さんがクラスで1番の実力者なのは間違い無いでしょうし、その強さの秘密ももしかしたら今後知れるかも知れませんわね」

「……うん、確かにそうだね」

 

そう言う八百万の言葉に耳郎はそう短く返すものの、表情は少し暗いものになっていた。

 

(………多分、八雲は実際に敵との戦闘を経験しているんだ……)

 

これは耳郎個人の予想だが、嵐は過去に敵に襲われたか、あるいは、実際に戦ったことがあるんじゃないかと思っている。

クラスの誰よりもヒーローの現実を、そして敵の恐怖を知っているのは、そういった過去の経験ー彼自身の個性にまつわる何かがあったからなんじゃないかと。

 

そして、彼の過去は、きっと自分が思う以上に辛く厳しいものだと言うことも、自分なりに理解していた。

 

 

だから、彼女は密かに思った。 

 

 

いつか、一人で抱え込む彼の力になってあげたいと。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

着替え終わり女子達が教室へと戻ると、先に戻っていたのか男子達がおり、それぞれ何かを話していた。

 

「お、女子も戻ってきたな」

 

切島が女子達が戻ってきた事を確認し、そう呟く。芦戸は切島に話しかけると早速尋ねる。

 

「ねーねー八雲いる?」

「八雲なら自分の席んとこいるぜ」

「ありがと‼︎」

 

切島が指を指すと、一番奥の席には確かに嵐があり、障子や尾白、瀬呂と何かを話している。そして、芦戸は彼の姿を確認すると、彼に近寄っていく。他の女子達も付いてきて、嵐に近づくと彼に話しかけた。

 

「ねーねー八雲ちょっといい?」

「いいけど、なんだ?」

「突然なんだけどさ、八雲の飛膜触らせてよ‼︎」

「……はぁ?」

 

芦戸の突然の頼みに嵐は片方の眉を吊り上げながら、そんな声を上げる。突然過ぎて訳がわからなかったからだ。他の男子達も訳がわからず首を傾げている。

嵐は額に手を当てながら困ったような表情を浮かべると、恐る恐ると尋ねる。

 

「悪りぃ。ほんと突然過ぎるんだが、とりあえず、どういうことか説明してくんねぇか?」

「実はねぇ……」

 

そうして芦戸は更衣室で話した事をそのまま彼に伝えた。

 

「———というわけで、八雲の飛膜の感触が気になったので触らせてください!」

「……別に減るもんじゃねぇし腕だけなら構わねぇぞ。ただ、背中とかはまた今度にしてくれ」

 

嵐は芦戸達の頼みに断る理由もないので、上着を脱いで袖をまくりながらそう了承した。

 

「わ〜い、ありがと‼︎話が早くて助かるよ!」

 

芦戸は両手を万歳させて嵐に礼を言うと、嵐の変身を待つ。そして、数秒の後に肘から先だけを変化させた嵐は飛膜の生える両腕を女子達に「ほら」と言いながら突き出す。

女子達は早速嵐の飛膜に手を伸ばし、指先で触れたりニギニギと掴んだりして、その感触を堪能する。

彼の飛膜の感触は、葉隠が言った通り最高品質の布を思わせる質感であり、いつまでも触っていたいと思わせるような心地よい感触だった。

 

「お〜〜、何この触り心地!凄い気持ちいいー」

「さらっさらやんっ‼︎こんな布団に包まれて寝たいわぁ〜」

「お、おぉ、これはすごいね」

「ケロッ、とっても触り心地がいいわ。こんなにいいのは初めてよ」

「こんなに触り心地のいいものは私も初めてですわ。我が家で使ってる布団なんて目じゃありませんわね」

「でしょー!」

「…………なんというか、気に入ってもらえて、何よりだ」

 

女子達は総じて嵐の飛膜が大好評であり、その持ち主である嵐は自身の飛膜をずっと触り続けている事に照れや困惑が混じった複雑な表情を浮かべる。

女子に群がられ自分の飛膜、つまりは自分の体の一部を触られている嵐の様子を少し離れた席で見ていた峰田は再び血涙を上げながら殺気に満ちた慟哭を上げながら発狂した。

 

「やっぱイケメンなんか死んじまえぇぇぇぇっ‼︎」

「峰田落ち着けぇっ‼︎気持ちはわかるがステイステイっ‼︎‼︎」

「逆にお前が殺されちまうぞっ‼︎」

 

今にも飛びかからんとする峰田を瀬呂と砂藤が左右から押さえながら必死に宥める。

男子高校生の心情としては、峰田に大いに同意なのだが、あの嵐相手に襲い掛かったら返り討ちにされる未来しか見えなかったからだ。

その様子には女子達も手を止めて振り返ってしまい、怪訝な表情を浮かべる。

 

「…………峰田の奴なんであんな荒れてんの?」

「………触れないでやってくれ。男のデリケートな話だから」

 

耳郎の問いかけに嵐はなんとも言えない表情でそう言う。嵐も一人の男子高校生であるので、悲しいことに彼の気持ちは少しわかってしまうのだ。

それからしばらく女子達の飛膜触りの時間は続き、堪能し尽くしたのか満足そうにやっと彼から離れた。

 

「ふーっ、いい触り心地だった。じゃあ、八雲、今度は背中の飛膜とか触らせてねー」

「お、おう」

 

芦戸の言葉に彼女の背後で峰田が瀬呂のテープで簀巻きにされながらも血走った目でこちらを睨み続けているのを見た嵐は、顔を引き攣らせながら目を逸らすと、芦戸に短く返した。

そして、ちょうどひと段落ついたのを見計らってか、切島が先に男子達の間で話していた事を女子達にも提案する。

 

「なぁなぁ、さっき皆で話したたんだけどよ、この後訓練の反省会しねぇか?」

「いいねー‼︎私もやるやるー‼︎」

 

切島の提案に芦戸がまず食いつき、他の者達もこぞって賛成する中、嵐は葉隠の元に近づいた。

 

「葉隠」

「ん?どうしたの?八雲君」

 

自分を見上げる葉隠に嵐は若干気まずそうにしながらも、話を切り出す。

 

「……そのだな、さっきはその、色々と悪かった」

「へ?なんのこと?」

 

本当に分からない葉隠は、そうコテンと首だけでなく体ごと傾ける動作をした。その様子に気にしてないんだなと思いつつも、ちゃんと謝っておこうと思っていた嵐は、彼女に合わせて屈むと彼女の肩上に顔を近づけながら小声で素直に白状した。

 

「………試合の時さ、庇う為とはいえ体のあちこち触っちゃってただろ?下心はなかったんだが、それでも気分を悪くさせたかもしれねぇから、謝っておきたかったんだ」

「ふぇ⁉︎あ、そ、そのこと⁉︎う、ううん!私全然気にしてないよ‼︎」

 

葉隠は手をワタワタとさせながら、上ずった声で口早にそう言う。彼女は彼女で、嵐が自分の体のあちこちを触れていたのには気づいていた。だが、戦闘の最中であったし、嵐自身も気にしてないと言うより訓練に集中していたからこそ気づいていないと思い、気にしないようにしていたのだ。

なのに、嵐がそれをはっきりと覚えており、謝罪してきたのだ。思わぬ不意打ちに葉隠は顔に熱がこもっていくのを感じた。

 

「て、ていうか、八雲君気付いてないと思ってたよ」

「終わった後に、思い出しちまってな。……本当、すまん」

「う、ううん!全然大丈夫だよ‼︎八雲君が下心あってやったわけじゃないのはわかってるし‼︎」

 

軽く頭を下げて謝罪する嵐に葉隠が多少慌てながら答える。彼女としては嵐が下心で触ったわけではないことはわかっているし、彼のことは信頼している為怒る気は皆無だったのだ。

だが、それでも嵐は何か詫びしないと気が済まなかった。

 

「そうなんだが、触ったのは事実だし、なんかお詫びさせてくれないか?でないと、俺の気が済まない」

「んー、お詫びと言っても、私は本当気にしてないんだけどなー」

 

顎に手を当てて考える仕草をしてしばらく悩むと葉隠は一つ思いついた。

 

「あっ、じゃあこの後ご飯奢ってよ!それでチャラにしてあげる!」

「お前がいいんならそれでいいが………サ◯ゼでいいか?」

「意外なチョイスだね⁉︎八雲君の口からファミレスの名前出るとは思わなかったよ‼︎」

 

予想外のチョイスに葉隠が声を上げるが、偶然その会話を聞いていた芦戸と切島が目敏く介入してくる。

 

「えー?なになに、二人でご飯行こうとしてんの?」

「つか、サ◯ゼって、俺も行きてぇ‼︎」

「私も私もーそこで反省会も兼ねちゃおうよ‼︎」

「いいなそれ‼︎」

 

葉隠個人に奢る為にだったのだが、どうしてか芦戸や切島も行きたいと騒いだせいで他の者達も盛り上がっていたのだ。

だが、そこに飯田が手をビシッと揃えながら、待ったをかけた。

 

「君達待ちたまえ‼︎帰りに寄り道するなんて駄目だろう‼︎ご家族も心配するぞ‼︎」

「固ぇこと言うなって。反省会兼ねたダチとの親睦会だぜ?親も許してくれるって!」

「ム、親睦会か。確かに、それなら納得だが……」

 

真面目がそのまま服を着たような飯田の指摘に切島がそう返すと、飯田はブツブツと言いながらも納得した。

真面目の権化飯田。割とチョロい。

しかし、飯田が丸め込まれた一方で麗日は難色を示す。

 

「さ、サ◯ゼ⁉︎…‥行きたいんやけど、あんまり、お財布が……」

 

麗日は自分の財布の中身を見ながら、そう悲しそうに呟く。

彼女は関西から上京して一人暮らしなのだ。一人暮らしゆえに生活費を気にしなければいけないため、行きづらそうだったのだ。

それを聞いて、嵐は小さく微笑むと笑いながら言った。

 

「ああ、金のことは気にしなくていいぞ?提案したのは俺だし、反省会もやるんなら、俺が全部持つよ」

「マジ⁉︎それなら、嬉しいんやけど……でも……」

「そこまでしなくてはいいだろう。葉隠はともかく、俺達は自分の分をちゃんと出すぞ」

「そうだよ。ウチら全員分ってなると相当お金かかるし、流石に全員奢られると申し訳ないよ」

「ああ……流石に、八雲君一人に全て払わせるのは……」

 

麗日に続き、障子、耳郎、飯田が申し訳なさそうに言う。確かに十数人分の食事代は高校生の懐的には相当な負担になるのは確かだ。

だが、嵐は平然と答える。

 

「別に全員分払えるんだが……まぁお前らが気にすんならドリンクバー代だけ払え。それでいいだろ?」

「………あぁ、まぁお前がいいならいいけどよ。なら、借りってことでいいか?奢られっぱなしは漢らしくねぇからな」

「お前らが納得すんならそれで構わねぇよ。じゃあ、全員参加ってことでいいか?」

「それでいいけど。…なぁ爆豪、お前はどうする?」

「…………」

 

切島が爆豪に声をかけるも、彼は暗い表情のまま無言で鞄を持って他の者達の制止も聞かずに教室を出てしまった。

 

「おいっ!……って、あぁ、帰っちまったよ。……試合のこともあったし、まぁいいか。じゃあ、轟はどうすんだ?」

「悪いな、用事がある」

「おうそうか‼︎じゃあ、また明日な‼︎」

「……ああ」

 

そう短く答えて轟も帰ってしまった。しかし、他のクラスメイト達は教室に残っているので、この場にいる全員は参加することが決まった。

 

「んで、爆豪と轟は不参加と。じゃあ、あとは緑谷が戻ってくるのを待つか」

「そうだな」

 

残るは保健室に運ばれた緑谷だけだ。

彼を待っている間、各々が談笑して時間を潰す中、葉隠が笑いながら嵐に話しかける。

 

「でも、八雲君も律儀だよねー。わざわざ謝りにこなくていいのに」

「あのなぁ、不可抗力とはいえ触っちまったんだから、謝んねぇといけねぇだろ」

「うんうん、それを素で言える八雲君は紳士だよ。中学でも女子にモテたでしょ?結構告白されたんじゃない?」

「………お前が思うほど大したもんじゃねぇよ」

「またまたぁ。八雲君が大したことなかったら、殆どの男子が大したことなくなっちゃうよ?」

「いやいや、それは流石に言いすぎだろ?」

「そんなことないって‼︎」

 

ペアで戦ったのもあって距離が縮んだ二人は楽しそうに会話を弾ませていた。

 

「…………」

 

その様子を見ていた障子は隣から不機嫌なオーラを感じてか、ちらりと隣に立つ耳郎へと視線を向ける。

耳郎は明らかにムスッとしていて黒いオーラを漂わせながら、耳のプラグを耳でくるくる回していた。

 

「………耳郎、顔が怖いぞ」

「………別に」

 

障子の指摘に耳郎は耳のプラグを指でくるくると回しながらプイッと顔を背ける。

しかし、明らかに不機嫌なのは確かだ。その理由はいくつか思いつくが、藪蛇だと思い障子は触れずに僅かに冷や汗を流しつつもそっと目を背ける。しかし、そんな事を知らない二人は会話を更に弾ませていき、やがて葉隠が彼に礼を言った。

 

「あ、そうそう八雲君訓練ではありがとうね!」

「ん?サポートした事か?それなら別に礼を言わなくても「ううん!そうだけど、そうじゃないの!」…?じゃあ、何のことだ?」

 

訓練でサポートしたことに関してのお礼ならばさっきも言われたので、気にすることはないと言おうとしたものの、続く否定の言葉に嵐は本当に何のことか分からずに首を傾げる。

そんな彼に、葉隠はニッコリと笑いながら言う。

 

「八雲君は透明人間の私が活躍できるようにあの作戦を組み立ててくれたんでしょ?八雲君なら、障子君の奇襲の時点で3人纏めて倒すこともできたはずなのに、態々私が活躍できるように作戦を考えてくれたから、ありがとうって言いたかったんだ‼︎」

「…………なんだ、気付いてたのか」 

 

葉隠の言葉に嵐は少し面食らったかのように驚くと、次いで小さく笑った。

実は今回の訓練での作戦は、葉隠が活躍の場を作れるように組み立てた作戦でもあるのだ。彼女の言う通り、嵐一人で3人を纏めて相手だったことも可能であり、態々葉隠を使わずとも勝てる試合だった。だが、嵐はそうはせずに葉隠を活躍させる為にあんなまどろっこしい作戦を使ったのだ。

その事実に気づいた葉隠は、本当に嬉しくて嵐に感謝しているのだ。

 

「私の個性は地味だからさ、隠密に向いてるっていえば聞こえはいいんだけど、自分からアピールしないと認識してもらえないんだよね。だから、八雲君のおかげで私の力がアピールできたのが嬉しかったの‼︎」

 

心底嬉しそうに言う彼女に嵐は相好を崩すと彼女の頭上に手を伸ばして彼女の頭に手を置くと優しく撫でるとニッと笑みを浮かべる。

 

「個性は使い方次第で化ける。それはお前の個性もそうだ。地味な訳があるかよ。お前の個性は十分凄ぇ。それに、訓練では確かにお前が活躍できるように作戦を組んだが、所詮は組み立てたにすぎねぇ。実際に作戦が成功したのは、お前の努力あってこそだ。

今回の勝利は俺だけじゃねぇ、お前の活躍もあって初めて勝ち取れたもんなんだ。

だから、俺に感謝しなくていいし、胸を張って誇ればいい。お前は今回の訓練でヒーローになれる素質を見せたんだから」

「………………」

 

笑ってそう言った嵐に葉隠は唖然として何も答えることができず———

 

 

———ポタッと彼女の胸元に何かが落ちた。

 

 

そして、制服に広がる染みから嵐は瞬時にそれが涙だと理解した。いきなり女子を泣かせた事に嵐は思わず狼狽える。

 

「わ、悪りぃ‼︎傷つけるつもりは、なかったっ‼︎その、これは……」

 

嵐が狼狽える一方で葉隠自身も泣き出したことに理解が追いついておらず、慌てながら言葉を紡ぐ。

 

「えっ?あ、こ、これは違うのっ‼︎ご、こめんね八雲君‼︎急に泣いちゃったりして……で、でも、なんかそのすごく嬉しくて‼︎……そ、その、あ、ありがとうね‼︎」

「ちょっ、葉隠、大丈夫?」

「大丈夫か?」

 

これには流石に不機嫌そうにしていた耳郎も驚いて慌てて彼女に近づく。障子も心配そうに駆け寄ってくる。その二人に、葉隠は涙を袖で拭いながら大丈夫だと答えた。

 

「だ、大丈夫だよ二人とも‼︎これは、ただ嬉しくて出ただけだから‼︎」

「それならいいけど……本当に大丈夫?」

「うん、心配してくれてありがとう、耳郎ちゃん。八雲君も今の言葉ありがとうね‼︎今まであんなこと言われなかったから、ちょっと驚いちゃった‼︎」

「……そうか」

 

ニコッと擬音が浮かびそうな嬉しいような、安心させるようなそんな声音で葉隠は嵐に答える。その様子に嵐は本当に大丈夫なんだと理解して自然と笑顔が浮かんだ。

そんな時だ。教室の扉が開かれ外からボロボロのコスチュームのままで更には右腕をギプスで固定している緑谷が入ってきた。

 

「おお‼︎緑谷来た‼︎おつかれ‼︎」

 

最初に気づいた切島を筆頭に何人かが彼の元へと集まっていった。そうして急に囲まれて慌てる中、ペアだった麗日も彼に気付き近づいていった。

そして一言二言話した緑谷はすぐに教室を飛び出していった。聞こえた会話から察するに爆豪の後を追ったのだろう。それを見ていた嵐は目の色を変えると動いた。

 

「ちょっとトイレ行ってくるわ」

「うん、分かった」

 

耳郎にそう言って教室を出ると、廊下を走る緑谷の背中を捉え、彼には気づかれないようにしながら小走りで彼の後を追った。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

緑谷を追って、階段を降りて玄関に出た嵐は、正門に続く通路で緑谷と爆豪の姿を見つけると、下駄箱の影に隠れて二人の会話に密かに耳を傾ける。

 

 

「———僕の個性は、人から授かった“個性”なんだ」

「……?」

「……っ⁉︎」

 

 

そんな言葉が嵐の耳には確かに聞こえた。

爆豪は緑谷の言葉に彼を睨んだまま、何を言ってんだこいつはと言わんばかりの表情を浮かべる。

だが、その一方で、嵐は彼の言葉に密かに大きく目を見開いていた。そんな彼の変化など分かるわけもなく、緑谷はとにかく必死に言葉を紡ぐ。

 

「誰かからは絶対言えない!言わない……でも、コミックみたいな話だけど、本当で……!」

「…………⁉︎」

「おまけにまだ楽に扱えもしなくて………全然モノに出来てない状態の“借り物”で……!だから……使わず君に勝とうとした!けど結局勝てなくて、それに頼った!僕はまだまだで……‼︎だから———」

 

爆豪と目を合わせず視線を下へ俯かせたまま、必死に言葉を紡いでいく緑谷に爆豪は青筋を浮かべ、歯を食いしばりながら怒りに震え始める。

そして、怒りのままに叫ぼうとした瞬間、緑谷がバッと顔を上げて試合の時にも見た強い意志の光が秘められた瞳を爆豪へと向けて、はっきりと言った。

 

「いつかちゃんと自分のモノにして、“僕の力”で君を超えるよ」

「……?……⁉︎」

 

爆豪は緑谷が言ったことを心底理解できないというふうに唖然と口を開けながら目が点になり、体の震えがピタリと止まった。

緑谷は緑谷で、彼には個性のことで騙してたんじゃないと伝えにきたはずなのに、どうしてこんなことを言ったのだろうかと今更ながらにハッとしていた。

 

「………」

「……ッ⁉︎」

 

少しの沈黙のうち、ふらりと身体を動かして緑谷へと振り向いた爆豪に、緑谷はまた暴言を吐かれるんじゃないかと身体をビクッとさせるも、彼の口から出たのは暴言ではなかった。

 

「何だそりゃ…?借りモノ…?訳わかんねぇ事言って……これ以上コケにしてどうするつもりだ……なあ⁉︎」

 

暴言の代わりに出てきたのは、荒っぽい怒りの言葉だ。

 

「だからなんだ⁉︎今日…‥俺は、てめぇに負けた‼︎そんだけだろが‼︎そんだけぇ……っ‼︎」

 

爆豪は怒りや屈辱、さまざまな感情で肩と声を震わせながら荒い口調で話を続ける。

 

「氷の奴見てっ‼︎敵わねぇんじゃって思っちまった……‼︎クッソォ‼︎ポニーテールの奴の言うことにも納得しちまった……‼︎」

 

思い出すのは自分が無様な試合をした後に試合をした者の姿。推薦入学を果たした二人の生徒の姿だ。

負けはしたものの轟のビルを丸ごと凍結させれるほどの圧倒的な氷結の力や、八百万の容赦ないが的を射ている厳しい講評の言葉に、爆豪のプライドが打ちのめされたのだ。

そして、極め付けが………

 

「白髪野郎の……八雲の野郎には……どんだけ足掻いても、何も出来ねぇんじゃねぇかって思っちまったし、あいつの言葉にも納得してビビっちまってた‼︎雄英に入ってから散々思い知らされちまったっ‼︎」

 

嵐の圧倒的なまでの戦いに、静かな怒りが込められた言葉に、爆豪の肥大化しすぎたプライドが根本からへし折られたのだ。

入学初日から今日のたった二日間で、爆豪は自分よりも格上と認めざるを得ない存在を3人も目の当たりにし、自分の弱さを散々思い知らされた。

 

「クソが‼︎クッソ‼︎クソクソクソクソォッ‼︎‼︎なぁ‼︎テメェもだ……‼︎デク‼︎」

 

爆豪は行き場のない怒りをぶつけるかのように左手を何度も振り下ろすような仕草をしながら、顔を上げた。

………彼の瞳には涙が浮かんでいた。

完膚なきまでに打ちのめされた爆豪は泣いて声を振るわせながらも、何とか言葉を紡ぎながら宣言する。

 

「こっからだ‼︎俺は…‼︎こっから…‼︎いいか⁉︎俺はここで、1()()()()()()()()‼︎‼︎誰よりも、強くなってやる‼︎‼︎」

 

泣きながらも力強く宣言した爆豪は緑谷から完全に背を向けると、涙を乱暴に拭いながら言う。

 

「俺に勝つなんて、二度とねぇからな‼︎クソが‼︎‼︎」

 

そうして再び帰路を進める爆豪とそれを見ながら、緊張が解けて脱力しかけている緑谷だったが、彼のそばを一人の男が声を張り上げながら走り抜ける。

 

「いた———‼︎爆・豪・少年‼︎」

 

走り抜けたのはコスチューム姿のオールマイトだ。彼は緑谷との試合以降、明らかに意気消沈していた爆豪に、教師としてしっかりカウンセリングせねばと思い探し回っていて今ようやく彼を見つけたのだ。

オールマイトは彼の両肩を掴むと荒くなった息を整えると、爆豪に慰めの言葉をかける。

 

「言っとくけど…!自尊心ってのは大事なもんだ‼︎君は間違いなく、プロになれる能力を持っている‼︎君はまだまだこれから……「放してくれよ、オールマイト、歩けねぇ」……ん?」

 

慰めの言葉をかけて彼を立ち直らせようと教師の責務を果たさんとしていたオールマイトだったが、予想外の爆豪の反応に首を傾げる。

爆豪は涙を拭いながらも、オールマイトへと振り向いて、強い意志が宿った瞳でオールマイトを見返すとはっきりと言った。

 

「言われなくても‼︎俺はあんたをも超えるヒーローになる!」

(あれ———⁉︎立ち直ってるぅ———⁉︎)

 

オールマイトのイメージ的には自分が慰めて立ち直らせるつもりだったのに、どう言うわけか、彼は既に立ち直っており、自分の事を呆気なく振り払ったのだ。

 

(…………教師って、難しい……)

 

そのまま立ち去る爆豪の背中を見送りながら、オールマイトは何とも言えない様子でそう思っていた。

そして、緑谷へと振り向くと、二人が何を話していたのかを聞くために彼へと近づいていく。ことの一部始終を陰から見聞きしていた嵐は完全に彼らから背を向けて、教室へと戻るために歩き出した。

嵐は歩きながら、口の端を小さく吊り上げておもしろそうに笑った。

 

「爆豪の奴……ああ言った手前、少し心配だったが、何だよ、自分一人でも立ち直れてんじゃねぇか。折れりゃあ脆いと思ってたのにな、よく持ち直したもんだ」

 

嵐は爆豪は肥大化しすぎた自尊心のせいで一度折れれば、立ち直るのに時間がかかると思っていたが、よもやその日のうちにあそこまで持ち直せているとは、いい意味での予想外だったのだ。

 

「……これから、あいつは、確実に強くなるな」

 

挫折を経験し、立ち上がったものは強くなる事を嵐は知っている。言動はともかく、挫折を経験するというのは、大きな意味があり、それを糧にすれば大きな成長へと繋がるからだ。

爆豪もそうであり、これから彼は大きく成長することだろう。

 

「……ハハッ、あいつのこれからが楽しみだな」

 

嵐は彼が再起したことに感心し、これからに期待しながらも、その次には困ったような表情を浮かべた。

 

「………しっかし、とんでもねぇこと聞いちまったな」

 

嵐は心底困ったように呟く。

緑谷の個性に関する疑問。その全てが、思わぬ形で大方解決してしまったからだ。

 

(……つまり………緑谷の個性の練度が低すぎるのは、授けられたばかりで、まだ()()()()()()()()()()()()ってことなのか)

 

まさしく個性が発現したての子供と同じと言うわけだ。ならば、緑谷の現状も納得いくし、爆豪の話も頷ける。

体がボロボロになるのは個性がまだ使い慣れていないからであり、同時に彼が無個性だったのもおそらく事実であり、最近にあの超パワーの個性を授かったのだろう。

だから、あそこまで練度が低いのだ。

 

(………だが………誰から授かったんだ?)

 

個性の練度が低い理由は解決したが、当然次はそんな疑問が浮かび上がった。

『授かった』というのなら、確実に『授けた』人物がいるはず。その人物が誰か考えようとした時、一人の人物が浮かび上がる。

 

「………まさか………オールマイト、なのか?」

 

緑谷とオールマイトの個性は似ている。

昨日見た時点でそうは思っていた。超パワーというシンプルだが強力な個性。オールマイトはその個性で多くの敵を倒してきた。

そして、緑谷もまた超パワーという個性で、使い慣れておらず使う度に体を壊していた。

改めて思い返せば二人の個性は似てると言うよりかは、練度の差があるだけで全く同じだったのだ。

 

そして、今日の訓練でもオールマイトが緑谷に何かしらの特別な想いを抱いているのは確定している。それが、師匠と弟子という関係からきたのだとしたら、オールマイトがあの時試合を止めなかった理由にも辿り着ける。

つまり、オールマイトはあの時、緑谷の成長に繋がる必要なことだからと、試合を止めなかったのだ。

 

「……はぁ、そういうことか」

 

彼に対して抱いていた全ての疑問が全て連鎖するように解けてしまった嵐は頭に手を当ててため息をついた。

 

(こりゃ、黙っとくべき奴だよなぁ)

 

こんな話、おいそれと話していい物ではない。

もしも世間に知られて仕舞えば、力を奪おうとする輩が溢れかえることは明らかだからだ。

社会の混乱を防ぐためにも、ひいては緑谷自身の身を守るためにもこれは秘密にしておかなければいけない物だった。

その危険性を十二分に分かっている嵐は、秘匿しておく事を密かに誓うとともに、暗い表情を浮かべた。

 

(………しかし、『授ける』個性か。俺のといい、本当に個性は多種多様だな)

 

個性の種類はまさしく千差万別であり、自分のような厄災の具現もあれば、緑谷やオールマイトのような物まであることに嵐は改めて世界は広いなと思った。

 

———その時、脳裏にある記憶が不意によぎった。

 

 

 

『出て行け。お前のような怪物が、◼️◼️を名乗るな』

『お願いだから、私達の前に二度と姿を見せないで。貴方のせいであの子は死んだのよ』

『可哀想よのう。お主のせいで、あの子の未来が奪われたのじゃからな』

 

 

 

脳裏に響く、暗く冷たい拒絶の声。

自身が人間ではなく、怪物だと認識した過去の事件の後のこと。大切で、大好きで、憧れだった人達に——自分の存在を否定された哀しき記憶。

 

その時の彼らの声が、どういうわけか今脳裏に響いたのだ。

 

「………ヅゥっ」

 

嵐はズキリと頭に走った一瞬の痛みに顔を顰め頭を押さえると、体を蹌踉めかせて壁に肩からもたれかかった。

 

「クソが……何だって今更……こんな事を思い出すんだよ……」

 

頭を押さえながら彼は忌々しくそう吐き捨てる。

しかし、彼の表情はその言葉に反して苦々しいものであり、悲しみを押し殺すかのような、そんな悲痛なものであった。

嵐にとって思い出すたびに、胸が締め付けられ罪悪感と悲しみで埋め尽くされるような過去の記憶だ。どうして今思い出したかはわからない。だが、思い出したせいで、嵐の表情は自然と暗くなり、呼吸が早くなる。

しばらく嵐は深呼吸を繰り返し、落ち着かせると、スッと背筋を伸ばし前に踏み出しながら決然とした表情を浮かべ静かに呟く。

 

 

「………あぁ、分かってるさ。分かってるよ、俺が怪物ってことくらい。だが、紅葉姉の想いを無駄にしない為に、俺はヒーローにならなくちゃいけねぇんだ。———それが、俺にできる唯一の償いなんだから」

 

 

まるで、自分に言い聞かせるかのように、あるいは強く刻み込むかのように一人静かに呟きながら、嵐は夕日が射す廊下をゆっくりと歩いていった。

 

 




アマツの飛膜ってマジで触り心地が素晴らしいと思うんですよね。個人的に。神の衣とも称されるくらいだし。

嵐に褒められて照れた上に嬉し泣きする葉隠に、ソレを見てやきもきする耳郎。
さぁヒロイン争奪戦はどうなる!?誰が嵐のヒロインになるんだぁ⁉︎

そして最後嵐の過去が少しだけ明らかになりましたね。彼の過去は追々明かしていくつもりです。



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13話 委員長決め

 

 

初めての戦闘訓練の翌日。

高校生活が始まり3日目。嵐は雄英高校の正門前で大勢に囲まれていた。

囲んでいるのはスーツ姿や私服姿など格好こそ様々なだが、みんなマイクやカメラを、ボイスレコーダーを構えているのは共通していた。

彼らは、いわゆるマスコミという人種だ。金になるネタに貪欲な彼らが登校中だった嵐を取り囲んでいたのだ。

 

「オールマイトの授業はどんな感じですか?」

「教師オールマイトについてどう思っていますか?」

「あの『平和の象徴』が教壇に立っている様子を聞かせて‼︎」 

 

全員が一貫してオールマイトについてのインタビューをしており、それについての返答を求めているようだった。

一斉にマイクやボイスレコーダーを突き出し、カメラを向けてくる彼らに、嵐は心底うんざりしていた。

 

(ウゼェなぁ。これだから、マスゴミは嫌いなんだよ)

 

嵐はマスコミが嫌いだ。今のように校門前を堂々と塞ぎ、生徒や教師達の通行を邪魔しておきながら平然としており、欲しいネタの為に他者への迷惑も厭わないような常識の無さに彼は常日頃から呆れているのだ。

 

「一言もらったら帰るからさ‼︎お願い‼︎」

 

嵐の一番近くにいた女性リポーターが鬼気迫る様子でマイクを突き出して詰め寄ってくる。

他よりも大柄な体型である為、人の流れにもみくちゃにされる訳ではないものの、四方八方からマスコミが押し寄せるせいで満足に動けない。

 

(………強引に突破するか)

 

いい加減に苛立ってきたので、強引に彼女らを押し退けて校門をくぐろうとした時、嵐の耳がクラスメイトの声を拾った。

 

「ちょっ、通れないって!」

「ケロ……どうしようかしら……」

 

耳郎と蛙吹の声だ。そちらに首だけ向ければ、周りを囲むマスゴミ共との身長差のせいか二人の頭頂部しか見えなかったものの、間違いなく彼女らが囲まれて戸惑っていることが分かった。

 

「チッ………ゴミ共が……」

 

明らかに困っているのに一向に引こうとしないマスゴミの態度に嵐は不快感を隠さずに舌打ちをして小さくつぶやく。

 

「えっ?何言って……聞こえないから、もういっ「答える気ないんで、そこどいて下さい」…ひっ」

 

発言をせがむ女性リポーターに嵐は怒りや呆れを隠さない冷たい視線を向けて、微かな怒気を含んだ言葉と共に強制的に黙らせると、そのままズンズンとマスコミの人海を押し退けていく。そして、次々と押し退けていきながら、二人の元へ近寄ると、上から声をかける。

 

「二人とも大丈夫か?」

「ご、ごめん、助かったよ」

「助かったわ。八雲ちゃん」

 

二人は乱れた髪を直しながら、礼を言う。一先ずは無事であることに嵐は一瞬微笑むと、すぐに一転して貼り付けたような作り笑いを浮かべると自分と少し距離をとっているマスコミ達へと振り向き、淡々と言った。

 

「校門前を塞いで、更には平然と人に迷惑かけて、常識ないんですか?アンタらは。

あぁ、すみませんね、アンタらみたいな人種は金になるネタ見つけりゃ、ハイエナのように群がって他人の迷惑なんて知ったこっちゃねぇ奴らでした。今も生徒の通学の邪魔してても無視してたぐらいですし、常識なんてあるわけがないか」

「「「「…………」」」」

 

容赦なく紡がれていく言葉に、マスコミ達は思わず絶句とする。一学生がここまで言うことはなかったからだ。

唖然とする中、嵐は尚も続けた。

 

「どうせアポも取ってないんでしょ?アポ取ってない上に校門前に陣取ってるなんて、迷惑でしかない。

いくら張り込んだところで、アポ取ってなきゃ時間の無駄なんで、とっとと引き上げて他所で仕事に励んでください。………ほら、さっさと行くぞ。こんなんに邪魔されてHRに遅れると、先生に怒られるからな」

 

つまらなそうに鼻を鳴らして彼らから完全に視線を外すと、ポカンとしている二人へとそう告げて、ずかずかと人混みをかき分けて進んでいく。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

「ケロケロ…」

 

二人は嵐が通った後に空いた道を通って慌てて彼について行き、マスコミの人海から抜け出した。マスコミ達は嵐の容赦ない言葉の重みに打ちのめされてしまい、沈黙していた。

そして、肩を落として沈むマスコミを尻目に耳郎が少し心配そうに隣を歩く彼を見上げながら尋ねる。

 

「いいの?あんなこと言って、もしかしたら有る事無い事書かれるかもよ?」

「別にそんなのどうでもいい。俺は事実しか言ってないしな」

「でも、喧嘩腰で行くのは感心しないわ。プロになればああいったインタビューもあるかもしれないから、柔らかい対応も覚えておくべきよ」

 

耳郎にはそう答えたが、続く蛙吹の鋭い指摘に、嵐は少し考えこむそぶりを見せながら返す。

 

「……まぁそれもそうだが、その時はその時だろ。相手がしっかり礼儀守ってくれんなら、インタビューにもしっかり答えるさ。だが、誰かが危なくて助けに行こうとした時、あんなのがいたら迷惑だろ?」

「確かに八雲ちゃんの言い分も納得よ。救助を妨害されたら流石の私も怒るわね。けど、そう言う時以外はやんわり断る方が印象はいいわ。それに、八雲ちゃんは確か子供達が安心して笑える未来を作れるヒーローになりたかったのよね?」

「ああ、そうだが、それが?」

 

自分が目指すヒーローの形のことを言われるも、それをどうして今言うのかわからない嵐は首を傾げる。そんな彼に、蛙吹はズバリと言った。

 

「なら、余計に柔らかい対応を心掛けておいた方がいいわ。子供達も笑ってるヒーローの方が嬉しいと思うから」

「ぐっ……それを言われると、何も言い返せねぇ」

 

彼女の鋭い言葉に嵐はぐぅの音もでない。確かに子供達の未来を思うならば、怖い顔よりも笑顔の方が安心させることができれるだろう。

 

「あー、確かに。八雲怒ってる時って顔怖いとこあるからね。そこは子供達の前では気をつけた方がいいよね」

「……………OK、善処する。これからは気をつける」

 

続く耳郎の言葉に嵐は遂に参ったかのように手をひらひらさせながら、そう答えた。その様子を見て蛙吹は微笑む。

 

「ケロケロ、私思ったことは何でも言っちゃうの。だから、気を悪くさせたらごめんなさいね」

「いや、そう言うのは大切だ。サンキューな、蛙吹」

「どう致しましてよ。ところで、八雲ちゃん、私のことは梅雨ちゃんと呼んで。お友達にはそう呼んで欲しいの」

「まぁ、別に構わねぇぞ。梅雨ちゃん」

「ありがと。なら、急ぎましょう。このままじゃ本当にHRに遅れちゃうわ」

「うわ、やばもうこんな時間!」

 

そう言って3人は少し急いで校舎内へと入っていった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

そうして朝のHRが始まり相澤が入ってくる。彼は書類の束を教壇に置くと開口一番に昨日の戦闘訓練のことについて言及し始めた。

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらったよ」

 

彼はそう言うと、爆豪へと視線を向けると昨日の戦闘訓練での彼の行動を咎める。

 

「爆豪、お前もうガキみてえな真似するな。せっかく能力はあるんだから。それに初日にも言ったろ。これから人に注目されるようになると。今回ばかりはお前の行動は目に余った。以後は気をつけるように」

「………分かってる」

 

爆豪は彼の言葉に伏し目がちになりながらも、確かに反省していることを見せつつそう返した。相澤は爆豪に説教すると、次にその後ろの席の緑谷へと視線を向けて、今度は彼を咎める。

 

「で、緑谷はまた腕ぶっ壊して一件落着か。“個性”の制御…いつまでも『出来ないから仕方ない』じゃ通さねぇぞ。それに、お前も爆豪同様危険行為をしていたな。だからお前も気をつけろよ。

言っとくが、俺は同じことを言うのが嫌いだ。個性の制御さえクリアすれば、後はやれることが多い。焦れよ?緑谷」

「っはい‼︎」

 

ある意味激励とも言える言葉に、顔を俯かせて沈んだ表情を見せていた緑谷は、やる気に満ちた声で元気よく返事する。

そうして、戦闘訓練の言及が終わり、次の話へと移る。

 

「さて、HRの本題だ。………急で悪いが今日は君らに……」

((((何だ…⁉︎また臨時テスト…⁉︎))))

 

相澤の凄みが増したことで生徒達の間に緊張が走る。もしかして、また臨時テストをやらされるのではないかと身構えたのだ。

そうして相澤は遂に言った。

 

 

「学級委員長を決めてもらう」

『学校っぽいの来た———‼︎‼︎』

 

 

予想がいい意味で裏切られた事、かつ学校らしいイベントが来たことで歓喜の声を上げる生徒達。初日の入学式をお預けされた上、除籍宣告がかかった個性把握テストをやらされていたのだ。やっと、学校らしいことができるとクラスメイト達は嬉しかったのだろう。

そして、その歓喜のままクラスメイト達はこぞって手を上げた。

 

「委員長‼︎やりたいですソレ俺‼︎」

「ウチもやりたいス」

「オイラのマニフェストは女子全員ひざうえ30cm‼︎」

「ボクの為にあるヤツ⭐︎」

「リーダー‼︎やるやるー‼︎」

「俺にやらせろー‼︎」

 

誰もが我こそはと言わんばかりに手を上げている。

学級委員長。普通の高校ならば成績優秀者がやるか、雑務をこなさないといけない理由で押し付けることが多い面倒な役割だ。

だが、ことヒーロー科では違う。

多を纏め集団を導くというトップヒーローに必須なスキルを鍛えられる役割である為にこぞってやりたがっているのだ。

 

しかし、席の列から一人離れた最後席に座る嵐は、こぞって主張し合うクラスメイト達の様子を、手は上げずに頬杖をつきながら呑気に眺めていた。

 

(皆率先して手を挙げてるなー)

 

嵐は中学では生徒会長をしており、クラスだけでなく学校のまとめ役として奔走していた。

当時はその役割を見事に全うしており、学級委員長も適正があるかないかで言えばあるのだが、嵐自身は学級委員長をやろうという気は湧かなかった。

それは、中学での生徒会長はなし崩しにやっていた部分が大きくて、周りが後押ししてあれよこれよと気づけば生徒会長になっていたものであり、彼自身は人の上に立って多くを導くような人間にはなれないと思っているからだ。

過去に取り返しのつかないことをして、一人の家族の未来を奪った自分に、どうしてこのヒーロー科A組を導く資格があるのだろうか、と。

嵐がそう考える傍ら、誰も譲ろうとはせずに我こそはと手を上げて主張し合っており、いくら経っても埒があかない、そう思った時一人が声を上げた。

 

「静粛にしたまえ‼︎‼︎」

 

声を上げたのは飯田だ。

 

「多を牽引する責任重大な仕事だぞ…‼︎『やりたい者』がやれるモノではないだろう‼︎周囲からの信頼あってこそ務まる聖務‼︎民主主義に則り真のリーダーを皆で決めると言うのなら……これは投票で決めるべき議案‼︎‼︎」

 

真剣な表情を浮かべていった彼の言葉は確かに正しい。やりたいからやるような人間には信頼なんてあるわけがないし、ついて行こうとも思わないだろう。誰もがなりたかったのにならなかったことに密かに不満を抱いて爆発するかもしれない。

そういった危険もあるので投票にて信頼が厚いものが担う。確かにソレは道理だ。道理、なのだが………

 

「聳え立ってんじゃねーか‼︎何故発案した‼︎‼︎」

 

上鳴の指摘通り、間もまた他のクラスメイト達同様、手を上げていたのだ。しかも、指先を揃えた綺麗な挙手を。

 

(挙がってなきゃいい事言ったのになぁー)

 

建前と本音が一致してない彼の不器用さに、嵐は苦笑を浮かべる。

 

「日も浅いのに、信頼もクソもないわ。飯田ちゃん」

「そんなん皆自分に入れらぁ‼︎」

 

そんな彼に蛙吹が当然の指摘をして切島も続いた。だが、これに飯田も反論する。

 

「だからこそここで複数票を獲った者こそ、真に相応しい人間ということにならないか⁉︎どうでしょうか先生‼︎」

「時間内に決めりゃ何でもいいよ」

 

本当にめんどくさそうに相澤は適当に許可するとそのまま寝袋に入って寝てしまった。

これ以上時間を無駄にするわけにもいかないので、そのまま投票開始になった。

 

(………飯田だな)

 

皆が少し悩む中、嵐は速攻で飯田の名前を投票用紙に記入した。

ソレから数分後、全員がかき終わり投票結果が公開されたのだが………

 

「えぇ〜………マジかよ………」

 

最後列でそんな唖然とする嵐の声が小さく響く。何故なら、投票結果は嵐の予想から大きく外れていたからだ。

肝心の結果はというと、

 

 

八雲嵐  14 峰田実  1

八百万百 2 青山優雅 1

緑谷出久 1 飯田天哉 1

爆豪勝己 1

 

 

こうなった。

まさかの嵐が過半数票を獲得していたのだ。

次点で八百万が二票でその他は一票ずつという圧倒的大差をつけての結果に終わっていた。

 

「し、白髪野郎が14票⁉︎なんでだぁ‼︎‼︎」

 

爆豪はこの投票結果に納得がいかないのか、思わず椅子から立ち上がって愕然としながら荒れていた。ちなみに、彼の1票は自薦なので、信頼は欠片もないことになる。

 

「まー、オメェに入れるよか数億倍マシだろうよ」

「爆豪と峰田のストッパーになってくれるし、八雲一択でしょ」

「ああ、八雲はリーダーシップがあるからな。あいつこそ委員長に相応しい」

「八雲君女子の味方だし、爆豪君とは段違いに信頼できるからね‼︎」

「んだとゴラァァァ‼︎‼︎」

 

爆豪にそう言う瀬呂、呆れ目で見る耳郎、当然と言うふうに頷く障子、はっきりと言う葉隠に爆豪は一気に沸点を迎えてブチ切れて叫んでいた。

嵐は、嵐が思う以上にこのクラスで彼自身気づかないうちに信頼を得ていたのだ。

 

「1票…⁉︎誰が俺に入れてくれたんだ⁉︎すまないっ‼︎誰かは知らないが、期待に応えられなかった‼︎」

「他に入れてたのね……」

「お前もやりたがってたのに……何がしたかったんだ?飯田……」

 

自分は別の人に投票しているのに、誰かが1票を入れてくれたことに愕然としながら、謝罪をする飯田に、八百万と砂藤は何がしたかったのかと呆れる。

 

「じゃあ委員長は八雲。副委員長は八百万だ」

「うーん、八雲さんがいる以上不利なのは分かっていましたが、やはり悔しいですわね」

「………俺はやるつもりなかったんだがなぁ。どうしてこうなったんだか……」

 

教壇に当選した嵐と八百万を並ばせてそういう相澤の傍で、八百万は悔しそうにしており、一方の嵐はどうしてこうなったのかと困ったようにぼやく。

八百万はそんな彼に尊敬の眼差しを向けながら言った。

 

「そんなこと……八雲さんは生徒会長経験もありますし、皆様からも信頼されているんですよ。ですから、これは納得のいく結果ですわ」

「…………けどなぁ」

 

彼女の言葉に何とも言えない表情を浮かべながらクラスメイトを見渡す。爆豪と峰田が恨みがましそうにこちらを睨むのを除き、殆どが信頼と期待を嵐に向けていた。

それらに観念したのか、嵐は小さくため息をつくと、肩を竦めて小さく苦笑を浮かべる。

 

「ま、しゃあねぇか、こうも任された以上はやるしかねぇな。じゃあ、俺が学級委員長ってことでよろしく頼む」

 

こうして嵐が委員長に、八百万が副委員長に就任した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

そして時は過ぎ、昼休み。

嵐は耳郎、障子と共に食堂で昼食をとっていた。ちなみに、途中で合流した拳藤と取陰も一緒だ。

 

「へー、じゃあそっちは八雲が委員長になったんだ。でも、そりゃそうか。むしろ、八雲がならなきゃおかしいよな」

 

拳藤はカレーをスプーンで掬って食べながら、A組の人選に納得して呟いた。だが、それに嵐が眉を吊り上げて反論する。

 

「はぁ?俺以外にも適任はいるはずだろう」

「いや、それはどうだろうね。全く関わりのないB組の私らから見ても八雲って人当たりいいし頼りになる印象あるから」

「ブチギレる爆豪とかセクハラする峰田も八雲なら止めれるからね。それに、判断も的確だし頼りになるんだよね」

「そうだな。俺は既に八雲のことを信頼している。お前なら誰よりもクラスを引っ張っていけると思った。だから、お前に投票したんだ」

「……そういうもんかぁ?」

 

反論に対して次々と返される言葉に、嵐は親子丼を食べながら困惑したように首を傾げ呟いた。

 

「そういうもん。あんたは単純な強さでもA組最強だし、何より人を動かす力もある。実際に入試の時は私達はあんたに心動かされて戦ったわけなんだし」

「そうそう、お前には人を惹きつける魅力があるよ。でなきゃ、私なんてあの時ただ逃げるだけの腰抜けになってた。八雲のおかげで戦おうと思ったし、そのおかげで合格もできたからね」

「…………」

 

更に続く耳郎と拳藤の言葉に、嵐はついに完全に何も言えなくなり照れくさそうにだんまりとする。それを耳郎達は生暖かい視線で優しく見守っていたが、その視線に耐えきれなかった嵐は強引に話題を変える。

 

「そ、そういえば、B組は誰が委員長になったんだ?」

「ん?ああ、こっちは一佳だよ」

「拳藤か。なんか納得だな」

「うん、姉御みたいな感じするもんね」

「確かにな」

 

A組の3人が拳藤が委員長に納得してそう言うが、今度は拳藤が照れた。

 

「や、やめてよ。私だって切奈達の推薦があってやることになっただけなんだから。そう言われると恥ずかしい」

「えー、でも、一佳がならなかったらアイツがなってたかもよー?ソレは流石に嫌でしょ」

「あぁ、うん、まぁアイツがなってたら、女子はともかく男子は多分食われるからね。ソレは流石に勘弁」

「アイツ?」

 

拳藤と取陰の会話に出てきた存在に嵐は思わずそう尋ねた。察するに嫌な奴なのだろう、現に二人は苦い表情を浮かべながら応えた。

 

「実は、B組(ウチ)には問題児というか、ひねくれた奴がいてさ。物間って言うんだけど、凄い腹黒かつ嫌味ったらしい奴なんだよ」

「そのくせ妙なカリスマあってさ、一佳を推薦してなかったらアイツが委員長になってたかもしれなかったんだよね。そうなると、男子は全員そいつに呑まれかねない」

「えぇ、面倒くさ。何そいつ……」

「聞くからに厄介そうだな……」

「そう、本当に面倒なんだよ」

 

聞くだけでも厄介そうな生徒の存在に耳郎と障子は思わずそう呻き、拳藤も思わずため息をつくほどだ。

 

「つまり、爆豪の陰湿版みたいなもんか」

「………あぁ、なんか簡単に想像できたわ」

「………それは本当に面倒だ」

 

嵐が個人的に抱いた印象でA組の二人は心底面倒臭そうだと思った。確かにあの爆豪が陰湿な男になれば、ソレはソレで面倒臭いからだ。

そして、A組にも面倒臭いのがいることに気づき、興味深そうに拳藤は尋ねる。

 

「なに?そっちにもそういうのいるの?」

「………まぁ、二人ぐらいな。片方は暴言ばっかり言う不良で、もう一人はセクハラ下種葡萄」

「うわぁ、そっちの方が大変じゃん。しかもソレまとめんのが八雲なんだろ?」

「………やめろ。言うな」

 

額に手を当ててげんなりとする嵐。あの二人の対応をこれからしないと考えれば、確かにうんざりするだろう。

そんな彼の様子に拳藤は笑いながら謝罪した。

 

「ごめんごめんって、でも……物間には気をつけなよ。間違いなくお前が嫌いなタイプの人間だろうしな」

「話聞くだけでも、もう関わりたくないからな」

「だろうね」

 

嵐の心底面倒そうな顔に、拳藤はそう頷く。まだ数日の付き合いだが、彼の性格を考えれば物間とは確実に相性が悪いと分かりきっていたからだ。

その時、耳郎がふと気になっていたことを嵐に尋ねた。

 

「そういえば、八雲は誰に投票したの?元々やるつもりなかったって言ってたよね?」

「そういえばそうだったな」

 

耳郎の質問に障子も便乗する。嵐は緑茶を一口啜るとその質問に答えた。

 

「俺は飯田に入れたぞ」

「ソレはどうしてだ?」

「単純にアイツが向いてると思ったからな。全員が我こそはと名乗り上げる中、アイツはいち早く全員を纏めて投票という形に持っていった。皆を纏めて状況を変えたからこそ、アイツがふさわしいと思ったんだよ」

 

嵐の説明に全員が納得したり、感心したりと様々な反応を見せた。

 

「やっぱ八雲って色々考えてるんだなぁ」

「というか、あの短時間でそこまで考えていたか……」

「そこまで頭が回るなら、八雲が委員長やって正解じゃない?」

「………何でそうなる」

 

そうして平穏な時間を過ごす嵐達だったが、ソレは不意に校舎内に響いたけたたましい警報音によって破られる。

頭に響くような嫌な音に食堂にいた全員が動きを止める。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』

「セキュリティ3だとっ⁉︎正気かっ⁉︎」

 

警報音が鳴り響くと同時に聞こえてきたアナウンスに嵐はあからさまに目を見開きながら、思わずそう叫ぶ。その直後、食堂はパニックに襲われる。

生徒達が動揺して狼狽える中、拳藤が何か知っているらしい嵐に咄嗟に尋ねる。

 

「八雲‼︎セキュリティ3が何かわかんのか⁉︎」

「校舎内に誰か侵入してきたってことだ‼︎だが、こんな白昼堂々と侵入するなんて正気じゃねぇっ‼︎」

「侵入者⁉︎嘘でしょ⁉︎」

 

姉から話を聞いていて存在は知っていた嵐が手短にそう答える。それを聞いた耳郎達は明らかに動揺して他の生徒達と同じように出入り口に駆け込もうとするが、ソレを嵐が止める。

 

「お前らこっちに寄れ‼︎巻き込まれるぞ‼︎」

「えっ、うっ、うんっ‼︎」

「分かった‼︎」

 

出入り口になだれ込む生徒達の流れに巻き込まれぬよう嵐が耳郎、拳藤の手を引きながら柱の影に素早く移動して二人を庇う。障子も取陰の手を引きながら、嵐達についてきた。

視線の奥で出入り口に殺到してパニックになっている生徒達を見ながら嵐は周囲を警戒しつつ思考を巡らせる。

 

(侵入者なのは確か。だが、プロヒーローが集まるこの雄英にこんなあからさまに侵入するか?だとしたら、敵ではない。……じゃあ、一体、誰が………っ)

 

そこまで考えた時、嵐は窓の外にいる存在に気づき、嵐は瞳に怒りの色を乗せる。

 

「朝の時といい……本当に目障りだなっ。マスゴミ共が」

 

毒づく嵐の視線の先にはマスコミの大群がおり、校舎入口の方に殺到していた様子があったのだ。

 

「や、八雲何かわかったの?」

 

どこかを見ながら視線を鋭くする嵐に、拳藤が慌てながら尋ねる。嵐は拳藤達に視線を向けると、向こうを見るように促しながら口を開く。

 

「外を見てみろ。原因はマスコミ達だ。あいつらが侵入してきやがった」

「マスコミって、嘘っ、朝の⁉︎どうやって…⁉︎」

「知らねぇ。ただ傍迷惑なことには違いねぇな」

「どうするつもりだ?八雲」

 

周囲を見渡しながら障子がそう尋ねる。出入り口の方を見れば津波のように生徒達が殺到しているせいで渋滞しており、前に進もうにも進めないが、後ろからずっと押され続けており、下手をすれば怪我人が出てもおかしくない事態になっていたのだ。

そして、この現状をどうすべきかと必死に考えている拳藤達に嵐は上を見ながら、応えた。

 

「俺に考えがある。だから障子、3人を巻き込まれないように庇っておけ」

「?ああ、分かった」

 

嵐は障子にそう応えると、四人から少し距離をとると、軽く屈むと風を纏って一気に飛び上がる。

そして、天井スレスレまで飛び上がり生徒達が見渡せる位置で浮遊すると、大きく息を吸い大声を発した。

 

 

 

「全員落ち着けぇっ‼︎‼︎‼︎」

 

 

 

嵐の声が食堂全体に響き渡り、空間をビリビリと震わせる。窓ガラスが震えるほどの大声が、パニック状態に陥っていた生徒達の動きを無理やり止めさせて、嵐の方へと視線を向けさせた。

殆どの視線が自分の方へ向いたことを確認した嵐は、窓の方を指差しながら言う。

 

「全員安心しろ。外にいんのは金とネタに目がねぇマスコミどもだ。パニックになる必要はねぇ。それに、俺らは高校生だ。なら、ちっとは年相応の行動をしろって話だ。

警報が鳴ったからって慌てて出口に駆け込もうとすんな。まず、落ち着いて周囲の状況を確認しろ」

 

嵐の言葉に生徒達が揃って窓の外へと視線を向けて、彼の言った通りに侵入者がマスコミだとわかると、生徒達の顔から一気に恐怖が消えて、安堵の表情へと変わっていき、次第に解散していった。

生徒達が落ち着いて各々自分達が座っていた席へと戻る中、嵐は耳郎達がいる柱の場所へと戻ると、ふわりと着地する。

 

「お疲れ、ナイス演説だったよ」

「別に大したことしてねぇ。慌てる奴らに正確な情報を教えただけだ」

「それでも、大勢を落ち着かせる統率力を見せたんだからいいじゃん。やっぱ八雲が委員長で正解だよ」

「…………」

 

改めて嵐を称賛する耳郎に照れ臭いような表情を浮かべながら、ふいっと視線を背け口早に言う。

 

「とっとと席戻るぞ。せっかくの昼飯が冷めちまう」

「はいはい、早く戻ろっか」

 

そうして、他の3人と一緒に席へと戻り昼食を再開させた。

その後、人の波に巻き込まれた飯田、緑谷、麗日などの食堂で昼食を取っていたA組面子に囲まれ彼らからも多大な賞賛と感謝をされた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「……これは………」

 

 

昼休みが終わり、五限後の休み時間に入った時、嵐は険しい表情を浮かべて一人校門前に立っていた。

嵐の視線の先には、雄英の正門や壁を含めた全てが要塞の門扉を思わせるような巨大なセキュリティゲートが迫り上がっているせいで見えない。

これは通称『雄英バリアー』と呼ばれ、学生証や通行許可IDを身に付けていないものが門を潜れば、校内の至る所にあるセンサーが感知して、普段は地下に格納されているこのセキュリティゲートが迫り上がるシステムになっている。

 

ゲート自体が相当強固に作られており、『あのオールマイトが殴っても大丈夫なほど頑丈』という触れ込みまであるそうだ。

それほど頑丈であれば並大抵の侵入は許さないだろう。

そのはずだったのだが………

 

「………明らかにマスゴミの仕業じゃねぇよなぁ」

 

嵐は変わり果てたゲートを見上げながらそう呟いた。

今嵐の目の前には、完全に外との視界を遮断している頑丈なゲートではなく、正門部分に巨大な風穴が開いたゲートの姿があった。

 

マスコミにこれだけの強固な門を破れる力があるとは到底考えられない。

ネタを探して記事にする仕事をしている彼らであっても、事と次第によっては社会的批判は免れない。それは彼らとて分かっているはずであり、どうあってもマスコミがオールマイトへのインタビューしたさにこんな凶行をしでかすとは思えないのだ。

だから、そこから得られる可能性は一つ。

 

「………敵、の仕業か。マスゴミは利用されたと見ていいな」

 

足元に散らばる門の残骸。細かく砕かれたであろう破片を見下ろしながら、嵐は険しい表情のまま小さく呟いた。

これほどの強固なゲートを粉々にできるほどの個性。間違いなく危険な個性だろう。

 

「……考えなしの馬鹿げた挑発か……あるいは、雄英、ひいてはヒーローへの宣戦布告か。なんにせよ……胸騒ぎがするな」

 

自身に宿る『嵐龍』の本能のせいか、嵐は昼休みの一件からずっと胸騒ぎが止まらなかった。同時に今回の一件に対してある確信もあった。それは———

 

 

「近いうちに必ず次が来るな」

 

 

そう。次がある。しかも近いうち、おそらくは一週間以内に敵が本格的に侵入してきて大事を起こすつもりなのだと、確信できたのだ。

今回はマスコミを利用して、侵入できるかのテストを行ったのだろう。テスト段階の結果を鑑みて、侵入するかどうかを試したのかも知らない。

 

「………只者じゃねぇなこいつは。警戒しておいた方がいいか」

 

不気味な悪意が密かに、されど確実に迫りつつある予感に、嵐は顔も姿もわからない敵の襲撃に一人危機感を高めて、次の本格的な襲撃に備えた。

 

 





原作で緑谷が飯田に委員長を譲るシーンは正直に言うとおかしいんですよね。なぜ、副委員長である八百万の意見を聞かないのかが不思議でした。

そして、次回いよいよUSJ事件突入です。


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14話 USJ・悪意の襲撃


今回からUSJ突入ですっ‼︎


 

 

 

マスコミ侵入事件から数日後の午後のヒーロー基礎学の授業。その授業で相澤は開口一番にまず変更事項を伝えた。

 

「今日のヒーロー基礎学だが………俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」

 

多くの者が突然の変更が気になり多少なりとも困惑する中、嵐はその理由を察することができた。

 

(……敵の襲撃に備えて、ってことなんだろうな)

 

先日のマスコミ騒動。あれが敵の手による煽動だということは、嵐だけでなく教師陣も気づいており、一つの授業にプロヒーローを3人も寄越すということは、それだけ今回の一件を重く見て警戒していると言うことだ。

 

(………いつ来てもおかしくないからこその厳戒態勢ってわけか)

 

嵐は一人、いつ敵が襲撃してきても動けるように気を引き締めた。

そんな嵐をよそに、瀬呂が挙手をして相澤に尋ねた。

 

「ハーイ!何するんですか⁉︎」

 

瀬呂の質問に相澤は『RESCUE』と書かれたカードを見せながら応えた。

 

「災害水難なんでもござれ。人命救助(レスキュー)訓練だ」

 

相澤の言葉に、クラスメイトたちが沸き立つ。

 

「レスキュー……今回も大変そうだな」

「ねー!」

「馬鹿オメー!これこそヒーローの本分だぜ‼︎鳴るぜ‼︎腕が‼︎」

「水難なら私の独壇場。ケロケロ」

 

救助こそヒーローの本分であり、必要不可欠な資質である為、殆どのものが例外なく気合を入れていた。

しかし、そうして沸き立っているが、まだ相澤の話は終わったわけではない。

 

「おい、まだ途中」 

 

低い声とギロッと睨まれたことで、興奮していた生徒達は萎縮して縮こまってしまう。

入学して一週間足らずで、ここまで躾けられているのは相澤の教育的手腕が成せる技なのか。なんにせよ、よく調教されていると一番後ろに座る嵐は思った。

相澤は静まったのを確認するとリモコンを操作しながら話を再開させる。

 

「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗って行く。以上、準備開始」

『はい‼︎』

 

生徒達は元気よく頷き、やる気に満ちた表情で席を立つと各々コスチュームケースを手に取って行動を開始した。

 

そんな中、嵐と立ち上がりコスチュームケースを手に取り、更衣室に向かうが、その表情は他の者達のやる気に満ちたものとは違い、複雑なものだった。

 

(………救助訓練、か………)

 

彼はこの救助訓練に対して思うところがあった。言わずもがな、己の個性についてだ。

個性を活かして救助訓練に臨む、個性が救助向きだったり、救助に応用を効かせれるものもあるだろう。

現にプロヒーローの中でも災害救助を専門としたヒーローは存在する。このクラスでも救助に応用できる個性を持つものは多いだろう。

だが、嵐の個性に関しては救助に全くの不向きであるどころか、むしろ災害救助の場では嵐の個性は危険でしかないだろう。

 

(…………俺の個性は………災害そのものだからな………)

 

嵐の個性は『厄災』を体現する。

人を、建物を、ひいては世界を破壊することに特化している個性であり、戦闘力という一点で見れば彼の力はもうトップランカーをも凌駕しており、もしかしたらオールマイトにも匹敵するかも知らない。

だが、救助の場では助けるどころかパニックをもたらすことしかできないはずだ。

そんな危険極まりない個性が人命救助に役立つとは思えなかったのだ。

 

 

(…………何か可能性が見つかればいいんだが……)

 

 

嵐は僅かな期待と大きな不安を抱えながら更衣室へと向かった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

各々コスチュームに着替えた後、生徒達はバス乗り場に移動する。

雄英高校は敷地面積が広大で、各所に訓練施設が散らばっているものの徒歩での移動は時間がかかるため、こうして施設間の移動は大型バスで行っているのだ。

バス乗り場に集合した生徒達は殆どがコスチュームを着用しており、例外なのは体操服姿の緑谷と葉隠くらいだ。

 

「ん?デクくん体操服だ。コスチュームはどうしたの?」

「ああ、戦闘訓練でボロボロになっちゃったから……サポート会社に修復に出してるんだ」

「確かに君のコスチュームは損傷が酷かったからな」

 

麗日からの問いかけに緑谷がそう応え、飯田が納得する。

先日の先頭訓練で、緑谷のコスチュームは使い物にならないほどにボロボロに損傷しており、精々が手袋とマスクぐらいしかまともに使えなくなってしまっていた為、やむなくサポート会社に修復に出してるのだそうだ。

緑谷、麗日、飯田が和やかに話す中、嵐は体操服を着ている葉隠に声をかけた。

 

「葉隠も体操服なんだな。コスチュームは改良に出したのか?」

「うん!八雲君がアドバイスくれたからね。切った髪の毛送って作り直してもらってるんだ‼︎」

 

嵐に指摘された後、考え直した葉隠は他の女子達に相談しながらデザインを考えて、纏まったデザイン案を自分の毛髪と一緒にサポート会社に送って、今は完成待ちなんだそうだ。

これで、彼女が全裸でヒーロー活動をするという、防御面と倫理面共に危険な事態に陥ることは無くなった。

嵐、障子、耳郎は心待ちにしている葉隠を見ながら、密かに安堵する。

その後、嵐は一足先にバスに乗って座席を確認する。

 

「………これなら、自由でいいか」

 

内装は見たところ、市営バスと同じように向かい合って座るタイプと隣に座るタイプの二つのタイプが混合した形だった。

これならば、わざわざ席順を考える必要はないし、もともと嵐の方針としてバスの席ぐらいは自由に座らせようと思っていたのだ。

 

「よし、全員適当に座ってくれ」

 

そうして嵐が談笑するクラスメイト達に声をかけて、適当な席に座らせて全員が座ったのを確認すると嵐も座席に座り、バスは発車した。

バスが発車し、訓練施設に向かう中、ふと蛙吹が緑谷の方へと振り向きながら口を開く。

 

「私思ったことをなんでも言っちゃうの。緑谷ちゃん」

「あ⁉︎ハイ⁉︎蛙吹さん‼︎」

「梅雨ちゃんと呼んで。それでね緑谷ちゃん、あなたの“個性”オールマイトに似てると思うの」

「‼︎⁉︎」

 

蛙吹の鋭い質問に緑谷は思わずギョッとすると、慌てながら答える。

 

「そそそそうかな⁉︎いや、でも僕はその、えー」

(……どもりすぎだろ……)

 

全く隠せておらずおどおどしている緑谷に後方に座る嵐は苦笑する。どうやら、隠し事を誤魔化したりするのが彼は苦手なようだ。

ちらりと、通路を挟んで隣の席に座る爆豪に視線を向けてみる。

すると、爆豪は窓の外を見るふりをしながらも、動揺する彼を訝しむようにチラリと見ていたのだ。

 

(………もしかしたら、ちょっとしたことでボロを出しそうだな)

 

彼の対応を見るにもしかしたら、思わぬところでボロを出すかもしれないと嵐は軽く危惧する。しかし、動揺する緑谷に対して、切島が話に参加してフォローを入れた。

 

「待てよ梅雨ちゃん。オールマイトは怪我しねぇぞ。似て非なるアレだぜ」

 

彼が蛙吹の質問をやんわりと否定する。緑谷は思わぬフォローに密かに安堵しており、嵐はその様子に隠せてないな、と密かに笑った。

 

「しっかし増強型のシンプルな個性はいいな‼︎派手でできることが多い‼︎俺の“硬化”は対人じゃ強ぇけどいかんせん地味なんだよなー」

 

切島は自身の左腕をガッチガチに硬めながら、羨ましそうにそういった。彼の個性は見ての通り、“硬化”であり、身体を硬くさせることができるようだ。

そんな彼に、今度は緑谷がフォローを入れた。

 

「僕はすごくかっこいいと思うよ。プロにも十分通用する個性だよ」

 

緑谷が目を輝かせながら言ったフォローに切島は笑いながら答える。

 

「プロなー‼︎しかしやっぱヒーローも人気商売みてぇなとこあるぜ⁉︎」

「僕のネビルレーザーは派手さも強さもプロ並み」

「でもお腹壊しちゃうのはヨクナイね‼︎」

 

切島の言葉を皮切りに自分の個性を自慢したり、アピールしたりと会話が広がる中、青山が自慢げにそういうも直後の芦戸の言葉にあっけなく撃沈した。

 

(………む、惨い……)

 

自慢しようとしたのに瞬殺されて表情に影が落ちる青山を嵐は密かに憐れ同情していた。それからの個性の話題は派手さや強さへと変わっていった。

 

「でもよ、派手で強ぇっつったら、やっぱ轟と爆豪、それに八雲だな‼︎」

「ケッ」

「そうでもねぇよ」

 

ニッと笑いながら後方に座る3人に振り向きながら言った切島に爆豪はつまらなそうに吐き捨て、嵐が苦笑しながら謙遜する。轟は話に興味がないのか、爆豪の後ろで既に寝ていた。

そして、窓の外へと視線を背けた爆豪に対して、蛙吹はまたしてもはっきりと言った。

 

「八雲ちゃんはともかく、爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなさそ」

「んだとコラぁ‼︎出すわぁ‼︎」

「ほら」

 

案の定ブチギレて立ち上がった爆豪に、蛙吹は予想通りと言わんばかりに指を差す。そして、蛙吹に続いて上鳴が呆れ混じりに笑いながら便乗した。

 

「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」

「テメェのボキャブラリーはなんだコラ‼︎殺すゾォっ‼︎‼︎」

 

上鳴の言葉に目を吊り上げ般若のような形相を浮かべながら、今にも飛びかからんとする爆豪だったが、続く嵐の鋭い一言でそちらに矛先が向く。

 

「爆豪いい加減煩ぇ。一々キレてんじゃねぇよ。早々に禿げるぞー」

「ハゲねぇわっ‼︎テメェこそその白髪全部ハゲ散らかしてやろうかっ‼︎⁉︎」

「テメェには出来ねぇから一々吠えんな。誰彼構わず噛み付く狂犬かよ。おーい、誰か首輪持ってねぇか?」

「だぁれが狂犬だコラァァ‼︎‼︎」

「首輪は鋼鉄製の方がいいか?いや、あえて紐でも…」

「聞けやァァァ‼︎‼︎」

 

ギャンギャンとまさに犬の如く叫ぶ爆豪だったが、適当にあしらう嵐の様子に怒りでプルプルと震えていた。流石に爆破をしないあたり、しっかり理性は働いているようだ。

 

「プッ、爆豪のやつが完全にあしらわれてやがる‼︎野良犬扱いされてんじゃん‼︎」

「ハハハハっ‼︎不良爆豪も八雲にかかりゃあっけないな!」

「アホ面ァァ、しょうゆ顔ぉぉ…‼︎テメェら調子乗ってんじゃねぇぞぉ‼︎‼︎」

 

堪えきれなかったのか上鳴や瀬呂が吹き出して大笑いしており、他のクラスメイトもそれに釣られて笑ってしまう。

しかし、ただ一人、緑谷だけは戦慄の表情を浮かべて頭を抱えていたが。

 

(あ、あのかっちゃんがイジられてる……⁉︎信じられない光景だ‼︎さすが雄英……‼︎)

 

幼い頃からガキ大将や不良といった姿ばかり見てきた緑谷は、今のように爆豪が誰かにからかわれてイジられている光景が信じられなかったようだ。

 

「おい、もう着くぞ。いい加減にしとけよ……」

『ハイ‼︎』

 

生徒達が笑い声が響く中、低い声が響いた。相澤だ。相澤の鶴の一声で全員がぴたりと会話を止めて、元気よく返事をした。

そして、A組一行はいよいよ目的の施設へと着いた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

ドーム型の大型施設が今回の人命救助の訓練の場であり、門をくぐってその中へと足を踏み入れた生徒達は揃って目を丸くした。

 

『すっげ———‼︎USJかよ‼︎⁉︎』

 

中はさながら遊園地を模倣したかのような作りの施設が広がっていたのだ。ある場所では湖だったり、ある場所では岩場とあらゆる災害を模したであろう施設は、某日本の大型テーマパークにも似ていたのだ。

目を丸くしながら感嘆の声を上げる生徒達を一人のプロヒーローが出迎える。

彼女は宇宙服をイメージしたコスチュームを着た女性にしては高身長のプロヒーロー『スペースヒーロー13号』だ。

 

「ようこそ1年A組の皆さん‼︎ここは、水難事故、土砂災害、火事……etc.あらゆる事故や災害を想定した僕が作った演習場です。その名も……ウソの災害や事故(USJ)ルームです‼︎‼︎」

「「「「「それ大丈夫なんですか⁉︎⁉︎著作権的に‼︎‼︎‼︎」」」」」

 

一人のヒーローの説明に思わず生徒達は見事なシンクロを見せた。気持ちは大いに分かる。そんな生徒達の反応は想定済みなのか、13号は少し面白そうに笑いながら答える。

 

「ふふ、大丈夫ですよ。所詮はイニシャルが()()()()()()()()()()()の施設ですし、著作権的には全く問題ありません」

『…………』

 

自信満々に答える彼女に、A組生徒の殆どが何とも言えないような表情を浮かべる。

だが、まぁいいか!という感じで気を取り直した彼らは、改めて13号の登場に舞い上がる。

 

「スペースヒーロー『13号』‼︎災害救助で目覚ましい活躍をしている紳士的なヒーロー‼︎」

「わ——私好きなの‼︎13号‼︎」

 

ヒーローオタクの緑谷や彼女のファンである麗日腹興奮を隠しきれていなかった。

生徒達が舞い上がる中、相澤が彼女に近づき小声で話しかける。

 

(13号、オールマイトは?ここで待ち合わせるはずだが……)

(先輩。それが……通勤時に()()ギリギリまで活動してしまったみたいで……今は仮眠室で休んでいます)

(不合理の極みだなオイ)

 

三本指を立てながら答えた13号に、相澤は不機嫌をあらわにしながらそう言う。

その会話は殆どの生徒達に聞こえることはなかったが、元来高い聴力を有している嵐は意識して聴いていたこともあり、ばっちり耳に入っていた。

 

(制限?オールマイトは、活動制限があるのか?それで、今は休んでるだと?)

 

嵐は驚愕の事実に表情を険しくさせる。

()()No. 1ヒーローのオールマイトが、ヒーロー活動に制限時間があり、ギリギリまで活動したら休まざるを得ないという事実が、密かに衝撃を与えていた。

 

(まさか、本当にオールマイトは弱くなってるのか⁉︎)

 

嵐は彼に感じた違和感が間違っていなかったと理解してしまった。

詳しい理由はわからないが、何らかの理由で……いや、確実に何らかの後遺症でヒーロー活動に限界が生じてしまった事は、ヒーロー界だけでなく世界全体において衝撃的な事実だ。

 

(……緑谷の個性を授けた、と言う話に繋がるのか?)

 

不意に思い出すのは先日の緑谷の会話。

緑谷の個性がオールマイトから授けられたものと仮定した場合、オールマイトが弱体化したから緑谷を後継にして個性を授けたのではないかとも結論づけることができる。

だが、それが事実であろうとそうでなかろうとも。

 

(オールマイトが弱った、と言う事実は看過できねぇ……)

 

今まで平和の象徴として不動のNo. 1を維持し続け、今もなお多くの事件を解決する偉大なヒーローが、弱っている。

それは、ヒーローの卵として見過ごせない驚愕の真実であることに変わりはなかった。

 

(………早く、俺がもっと強くならねぇと……)

 

きっと今動揺を露わにしたところで、混乱を招いてしまう。だからこそ、嵐はすんでのところでそれを抑えて、深く深く呼吸をして拳を強く握りしめる。それは内に広がる動揺を現しているかのように小さく震えていた。

 

「八雲?どうしたの?」

「体調でも悪いのか?」

 

嵐の様子に、左右に立つ耳郎と障子が目ざとく気づき心配そうに小さい声で尋ねる。

 

「………いや、何でもねぇ」

「「?」」

 

ハッとなった嵐は二人に視線を向けると、首を振りながら小さく首を横に振った。嵐の様子に首を傾げる二人をよそに相澤達がオールマイトを待っていても来ないことを理解して早速話し始める。

 

「仕方ない、お前ら、オールマイトはヒーロー活動で多忙な為、遅れてくるそうだ。先に始めるぞ」

「では、えー、始める前にお小言を一つ二つ……三つ……四つ……」

 

指を次々と伸ばしながら増えていく回数に生徒達が困惑するが、それに構わず彼女は話し続ける。

 

「皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

 

その名の通り、彼女の個性は凡ゆる者を吸い込み無に帰してしまう強力な個性だ。それを災害現場で活かして、凡ゆる災害から人々を救ける救助活動を行なっている。だが、この個性は………

 

「ですが……これは簡単に人を殺せる力です」

『ッッ‼︎』

「ッッ‼︎⁉︎」

 

続いた憂いを帯びた彼女の言葉に、舞い上がったままだったクラスメイト達の顔が一様に強張る。嵐もビクッと体を揺らし暗い表情を浮かべた。

 

「超人社会は個性の使用を資格制にし、厳しく規制する事で、一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せるいきすぎた個性を個々が持っていることを忘れないでください」

 

彼女の個性は、指先を人に向ける。たったそれだけの行為で多くの人の命を跡形もなく消滅させることができる。射程範囲は最低でも数十m。この場で抗えるとしたら、個性を消せる相澤と超速飛翔が可能な嵐だけだ。

そう言った個性を無秩序に使用させない為に、今のヒーローの資格制度がある。もしも、それがなければ誰もが欲望のままに個性を振るい、多くの人の命が失われているだろうから。

彼女はそれを忘れないように念を押した。

 

「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います」

 

相澤の個性把握テストで何ができるか、何ができないかなどの己の可能性を知った。

オールマイトの戦闘訓練で人に向けた時の危険性を体験し、自分達が目指している者の輪郭を知った。そして、この授業では、前者二つのことを踏まえて、救助に活かすのだ。

 

「この授業では……心機一転‼︎人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう」

 

そう言って13号は両腕を大きく広げながら、明るい声音ではっきりと語る。

 

「これからの3年間、君達は多くのことを学び心身と個性を鍛えて強く立派になっていくでしょう。だからこそ、自分達が持つ『力の恐怖』も忘れないでください」

 

恐怖を知るものこそ、強く立派に成長できるのだと彼女は言外に言って、更に己が過去に味わった挫折や苦難、そして、抱いた誇りを踏まえてまだまだ未熟な小さな小さな卵である彼らへと自分の想いを伝える。

 

「その切欠を今回の授業で学んでいってください。戦う術だけじゃない。誰かを守り、助け、救う術も。ヒーローとして必ず財産になるであろう、それらの種を持って帰ってください。その種はいつしか綺麗な花を芽吹かせて未来を輝かせるものへと変わるんです。

君達の力は人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあり、どんな個性でも誰かを守れるヒーローになれると言うことを心得て帰ってくださいな。

以上‼︎口うるさい先輩からのお節介小言、ご静聴ありがとうございました」

 

ぺこりと紳士的にお辞儀して話を締めくくった彼女。同時に、彼女の話に生徒達が感動し拍手喝采を送る。

 

「ステキー‼︎」

「ブラボー‼︎ブラーボー‼︎」

 

生徒達の歓声や拍手が響く中、嵐だけはその表情が暗いままだった。

 

「…………」

 

13号の話は確かに嵐の心にも響いたし、感動に値する有意義な話だったのは間違いない。彼女はまさしく尊敬に値するプロヒーローだ。

しかし、

 

(13号先生……貴女の話は確かに有意義でした。それだけの凶悪な個性を使いこなすのに、相当努力を積んだのも分かります。ですが———この個性で実際に大勢の人間を殺してしまった者は、どうすればいいんですか?)

 

悲痛な問いかけが、彼の心の内で浮かび上がる。

 

嵐は幼い頃に己の個性で人を殺したことがある。

暴走状態にあり理性はなかったが、自分は広範囲に大きすぎる災いを齎してしまった。

あの時、敵は数十名殺したが、それだけで被害は終わらずに間接的に多くの一般人も傷つけてしまった。……更には、結果的に自分が大好きだった姉もこの手にかけてしまった。

 

(………分からない。どうすればいいのか。存在を否定されて、拒絶された俺が、この厄災しか齎さない個性で、どうすれば誰かを救けることができるのかが)

 

今でも自分がヒーローを目指すことが正しいことなのか分からない。

姉を殺したくせに、姉の想いを継いでヒーローになろうとするなんて、彼女がそんなことを許すだろうか、そんな葛藤をずっと抱き続けていた。

そんな事を考える中、嵐は不意に全身に悪寒が駆け巡ったのを感じる。

 

「ッッ⁉︎」

 

縄張りに侵入する不穏な輩を嵐龍の個性が嵐自身に知らせる。

己の危機を。そして、侵入者の悪意を。

それを明確に感じ取った瞬間、嵐は反射的に動いていた。

 

「ッ八雲っ⁉︎」

「おいっ⁉︎」

 

耳郎、障子の困惑の声を無視して嵐は飛び上がり生徒達の上を飛び越えると、相澤よりも前に出ながら鋭い視線を中央広場の噴水へと向ける。

 

「グゥルルルルルッッ‼︎‼︎」

「……っ‼︎」

 

素早く変身し龍人へと姿を変えながら、まさしく龍の如き威嚇の唸り声を上げながら、噴水から視線を決して背けずに睨む。そして、生徒達が突然のことに困惑する中、ただならない嵐の様子に相澤も少し遅れて気づき視線を噴水の方向へと向けた。

その直後、ソレは現れた。

 

噴水前の空中にズズと現れた黒い靄。それが次第に大きくなり、縁を描くとその中心から手が伸びてきて、やがて顔に人の手をつけた気味悪い風貌の灰色の髪の男が姿を表した。

 

 

「全員一塊になって動くな‼︎‼︎13号‼︎生徒を守れ‼︎‼︎」

 

 

顔だけでなく全身に手を掴ませている男の、顔面に掴ませた指の隙間から覗く、血のように赤い瞳には底知れぬ悪意しか宿っておらず、それに気づいた相澤が素早く生徒達の前に出ながら声を張り上げて13号に指示を出す。

空気が変わった事を明確に感じ取っていた彼女は、相澤の言葉に迷いなく頷き生徒を守るように立つ。

 

そして、最初に出てきた手だらけ男に続き広がった靄からは続々と人が姿を表してきた。

異形の人間や、普通の人間の姿、多くの人間が姿を表し、多くの者の手には人を殺せる武器が握られている。

 

突然の3人の急変に呆けた声を上げる生徒達だったが、切島がやっとソレに気づいた。

 

「何だアリャ⁉︎また入試ン時見たいなもう始まってんぞパターン?」

「動くな‼︎‼︎」

 

噴水方向に視線を凝らしながら、前に歩き出そうとした生徒達を相澤の一喝が止める。

相澤はゴーグルをつけながら、不埒な闖入者の正体を彼らに鬼気迫る声ではっきりと告げた。

 

「あれは———敵だ‼︎‼︎」

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

生徒達に激震が走る。

奇しくも、命を助ける訓練の時間に、命を奪う敵が現れたのだから、動揺するのは当然だろう。

 

「………ッ」

 

動揺する生徒達の声を聞きながら、嵐は耳を凝らして彼らの声に意識を集中させる。

 

「13号に…イレイザーヘッドですか……隣の彼は見覚えがありませんね。先日頂いた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが………」

「ったく……どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ………オールマイト……平和の象徴…いないなんて……あぁでも……」

 

靄が人の形を取り、顔部分に黄金の筋ー瞳を出現させながら紳士的な口調で言葉が紡がれ、隣の手だらけ男が周りを見渡して首を傾げながらそう呟くと、こちらへと赤い瞳を向けて嗤う。

 

 

 

「………子供を殺せば来るのかな?」

 

 

 

———そこには、吐き気を催すほどの気味悪い途方もない悪意のみが宿っていた。

 

 

 





嵐は通常でも耳がずば抜けていいですから、相澤達の小声での会話も意識して聞いていた分、ばっちり聞こえてしまい、オールマイトの衝撃的な事実を知ってしまいましたね。

そして、次回から本格的にバトル開始です‼︎


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15話 大嵐激昂

今回は書いてたら、二万文字を超えてしまったので二つに分けて投稿します。

あと、お気に入り登録が1,000を超えていました。みなさんお気に入り登録ありがとうございますっ‼︎


「…………子供を殺せば来るのかな?」

 

 

 

 

途方もない悪意しか宿っていない男の嗤いは相澤には聞こえた訳ではないが、それでも感じる悪意に彼は舌打ちする。

 

「やはり、先日のはクソ共の仕業だったか」

「ッッじゃあ、やはり先日のは…っ」

「ああ、おそらくあいつらの煽動だろう」

 

嵐と相澤がそんな会話を交わす中、彼らの背後で動揺する生徒達を代表して峰田と上鳴が叫ぶ。

 

「敵ンン⁉︎バカだろ⁉︎」

「ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ‼︎」

 

確かにそれはそうだろう。

特にここは雄英高校だ。オールマイトをはじめとした教師を任せるに相応しい実力を有するプロヒーローが多くいるこの学校に敵が踏み込むこと自体が愚の骨頂だ。

そんなことをやるのは、現実を理解できていない余程の馬鹿か、それ相応の実力を兼ね備えた強者のみだろう。

 

「先生、侵入者用センサーは⁉︎」

「もちろんありますが……‼︎反応してないということは、恐らくジャミングされてますね」

 

センサーが起動していない事実を認識し、嵐と轟が口を開く。

 

「電波干渉系の個性持ちがいて妨害してるな。でなきゃ、天下の雄英のセンサーが反応しないわけがねぇ。偶然にしちゃできすぎてる」

「校舎と離れた隔離空間に俺ら(一クラス)が入る時間割……馬鹿だが、アホじゃねぇ。これは何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」

 

嵐と轟の冷静な分析に、いよいよ現実を理解した生徒達が息を呑み、理解する。彼らは確かな目的があり、自分達を殺すつもりできたのだと。

命を狙われているという事実に、クラスメイト達が身をこわばらせる中、嵐が先ほど傍受した内容を相澤に小声で伝えた。

 

「先生、奴らの会話を聴いた限り目的は恐らく、オールマイトです。しかし、ここに彼がいない以上、ここにいる俺達を皆殺しにして彼を呼ぶつもりのようです」

「ッッ分かった。情報提供感謝する。13号避難開始‼︎学校に連絡試せ‼︎上鳴お前も個性で連絡試せ‼︎」

 

嵐の情報提供に礼を言った相澤は13号に的確に指示を出し、ついでに無線をサポートアイテムとして持っている上鳴にも連絡を試すよう指示を出し、前に進もうとする。

そんな相澤は、最後に隣に立つ嵐に指示を出す。

 

「………八雲。すまんが、お前は13号と一緒に生徒達を守ってくれ。お前の実力なら任せられる」

「………先生…‥はい、分かりました。あの中央にいる脳味噌剥き出しの敵が一番危険です。恐らくはオールマイト並みかと、気をつけてください」

 

嵐は敵の気配から戦力を分析し、手だらけ男のそばに立つ脳味噌剥き出しの大男が一番危険な存在だと看破していたのだ。

それを聞いた相澤は無言で頷くと、首の捕縛布を構えていつでも戦闘を開始できるようにしていた。その様子に、緑谷が慌てながら言う。

 

「先生は⁉︎一人で戦うんですか⁉︎無茶です‼︎あの数じゃあいくら個性を消すって言っても‼︎イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は………」

 

ヒーローに関しては人一倍詳しく、相澤の戦闘スタイルも知っていた彼は、彼がこの状況では不向きだということを理解して引き留めようとするが、

 

「緑谷。減点だ。敵の前で味方のスタイルをペラペラと漏らすな。大丈夫だ、一芸だけじゃヒーローは務まらん」

 

そう答えて、13号と嵐に視線を向けると託すように呟いて飛び出していった。

 

「13号‼︎八雲‼︎任せたぞ‼︎」

「…………」

「………どうか、お気をつけて」

 

走り去る相澤の姿を見送った嵐は小さくつぶやくと、悔しさを堪えるかのように歯を噛み締めながらも、すぐに振り向いて指示を出す。

 

「飯田、委員長命令だ。今すぐ校舎まで走って襲撃を知らせてこい」

「なっ、いくら八雲君の頼みとはいえ、クラスのみんなを置いていくなど、そんなことはっ」

 

半ば予想はしていたが、飯田がクラスメイトを置いて一人逃げおおせようとするのはヒーローとして反する行為だと思っているようだ。

だが、それは違う。嵐はそれを伝える為に、彼の方に手を置いて少し厳しい口調で言う。

 

「そうじゃねぇ。俺達を救う為にはお前の脚が必要なんだ。今ここで先生達の救援を呼ぶのが最も効果的な方法で、俺達が生き残れる確率が一番高いんだ。俺はここで殿を務めるように先生に任された。だから、俺の次に速いお前が救援を呼びに行け」

「だ、だがっ、だとしてもっ……」

 

嵐の説得に頷きつつもまだ納得できずに、迷う飯田に嵐は彼の右肩を強く掴みながら叱るように大声で言った。

 

「迷うな‼︎飯田天哉っ‼︎‼︎今お前にできる最善がコレだっ‼︎俺はお前に逃げろと言ってんじゃねぇ‼︎俺達を救ける為に走れって言ってんだっ‼︎お前の脚が今必要なんだよっ‼︎」

「八雲君の言う通りです。飯田君、僕達を救ける為に個性を使ってください‼︎」

「そうだぜ‼︎行けよ‼︎飯田‼︎」

「俺らだって覚悟は決まってんだ‼︎そう簡単にやられねぇよ‼︎‼︎」

「飯田の脚で靄なんか振り切っちゃえ‼︎」

「私達のことお願い、飯田君‼︎」

「13号先生……皆………」

 

嵐に続き信頼を託す13号やクラスメイト達の言葉に飯田は遂に決心すると、彼らに背を向けた。

 

「………はいっ‼︎皆どうか無事でいてくれ‼︎必ず先生方を連れてくる‼︎」

「ああっ、任せたっ‼︎‼︎」

 

決心した飯田に嵐が笑みを浮かべながら背中を叩いて前へと押し出す。他にもクラスメイト達の信頼の言葉を背中で受けながら、彼は地面を踏み出して、個性のエンジンをブーストさせ勢いよく飛び出していき、ゲートを開くとそのままUSJの外へと無事脱出した。

一同が彼を見送った後、13号が嵐に小声で礼を言う。

 

「………八雲君、ありがとう。君がいてくれて助かるよ」

「いえ、ここからです。こっからどうにかしないと」

「…‥うん、そうだね。皆‼︎とにかく、避難を急ぎましょう‼︎」

『はいっ‼︎』

 

13号の指示に従い避難を開始する生徒達だったが、まだ一人緑谷だけは相澤の戦う姿を見て呑気に分析をしていた。

 

「すごい……‼︎多対一こそ先生の得意分野だったんだ‼︎」

「分析してる場合じゃないよ‼︎早く避難せな‼︎」

 

分析する緑谷を麗日が慌てた声音で注意しながら彼の手を引いて避難を始める。嵐も殿として彼らの最後尾を走っていたが、前方に突如感じた気配に声を張り上げた。

 

「13号先生ストップ‼︎来ますっ‼︎」

「ッッ‼︎⁉︎」

 

嵐の言葉に足を止めた13号達の目の前に、黒い靄が道を阻むように生じる。それは、先ほど大勢を転移させた黒靄の男だった。

 

「させませんよ」

 

黒靄の男は生徒達の前に立ちはだかると、一対の筋のような黄金の瞳を開き生徒達へと視線を向け、何を話そうとする。

その瞬間嵐は動きだし、最後尾から勢いよく飛翔すると、扇を振るい先手を打った。

 

「初めまして、我々は「《飛翼(ひよく)風斬羽(かざきりばね)》ッッ‼︎‼︎」ぬぅっ⁉︎」

 

飛翔して黒靄に一呼吸の間に接近すると、翼で大気を切り裂くように扇を振るって黒靄を躊躇無く斬り裂く。

暴風が吹き荒れ、黒靄の背後の地面やゲートに大きな斬痕を残すほどの暴風の一撃であり、クラスメイト達がやったかと驚く中、嵐は舌打ちした。

 

「チッ‼︎外したっ‼︎この野郎、ほぼ物理無効かっ‼︎うまいこと靄にずらしやがったなっ‼︎‼︎」

 

嵐が黒靄に忌々しく吐き捨てる。

目の前の脅威が去っていないことに、クラスメイト達が身構える中、黒靄は紳士的な口調で呟く。

 

「ふぅ、危ない危ない。躊躇無く攻撃を仕掛けるとは、どうやら貴方はよほど場慣れしているようだ」

 

殺意に満ちた鋭い眼光を宿した目を細めながら、嵐をそう評価した黒靄の男ー黒霧は改めて紳士的な口調だが、同時に冷徹な声音で話し始める。

 

「では改めまして、我々は敵連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせていただいたのは……」

 

そうして黒霧は衝撃的なことを告げた。

 

「かの平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

『は?』

 

生徒達の呼吸が一瞬止まり、理解が追いつかなくなり戦慄する。

彼らはかの敵への絶対的な抑止力であり、誰もが尊敬する偉大なNo. 1ヒーローを殺害しようと言うのだ。

そんな思いついても実行しないような馬鹿げたことを彼らはやろうとしており、生徒達が動揺するのも無理はなかった。

黒霧は自分達の目的を言うと、顔を動かして周囲を見渡しながら呟く。

 

「しかし、肝心のオールマイトはいらっしゃらない様子。……何か変更あったのでしょうか?」

「さぁな。しかし、オールマイトを殺すとは、大きく出たな。できる根拠があるからか?」

 

ただ一人、本物の敵の悪意を前に全く物怖じしていない嵐が不敵に笑いながら逆にそう尋ね返す。

 

「……っ!」

 

生徒達が何をしてんだ、と目を見開く中、13号だけは嵐が背中に回した右手で作ったハンドサインにより彼の意図に気づく。

 

会話で時間を稼ぎつつ、自分の風と13号のブラックホールを合わせて彼を捕らえる、と言う意図が伝わったのだ。そして、嵐の合図を受け密かに準備をする中、黒霧は目を細めながら感心の声を上げる。

 

「……ほぉ、敵を前にして平然と話しかける胆力。見事な度胸です。称賛に値しますよ」

「そりゃどうも、荒事には慣れているんでね。で?テメェらがやろうとしてるオールマイト殺し。それってよぉ、あの脳味噌野郎が鍵なんじゃねぇのか?」

「………ふふ、それはどうでしょうね。確かにアレに目をつけるのは慧眼と言わざるを得ませんが、そう易々と切り札を見せるとお思いで?」

「思ってねぇよ。ただ、あいつだけ明らかに気配が違ったからなぁ。違うんなら、違うで警戒するだけだ」

「おやおや、やはり優秀だ。どうやら、貴方はすでに金の卵では無く、孵化した若鳥のようですね」

 

至極冷静に会話を交わす二人。互いが互いに腹の中を探り合い、次の対応に注意を向ける。しかし、次の瞬間黒霧は自身の体の靄を広げ始めたのだ。

 

「………ただまぁ、オールマイトがいようといなかろうと私には関係ありません。私の役目はそこにはありませんのでね」

「八雲君っ‼︎」

「ッッ‼︎」

 

転移が来る。そう直感した嵐は、ほぼ同時に聞こえた13号の合図に勢いよく飛び上がりながら、黒霧を風で囲おうとする。

だが、その瞬間、予想外のことが起きた。

嵐の左右から二人の人影が飛び出し、攻撃を仕掛けたのだ。

一人は爆発を放った爆豪で、もう一人は硬化した腕で斬りつけた切島だったのだ。

 

「その前に俺にやられることを考えてなかったか⁉︎」

「それにもう飯田が救援呼びに行ってんだ‼︎大人しく降参しやがれっ‼︎」

 

爆豪と切島が一矢報いたと言わんばかりにそう勝ち誇ったような声音で言う。しかし、爆豪はともかく、敵の前で浅はかな言動をした切島に他の生徒達は揃って戦慄し、嵐は激怒した。

 

「何話してんだッ‼︎‼︎敵に作戦を漏らす馬鹿がどこにいる‼︎⁉︎」

 

突然上から聞こえた嵐の激昂に全員が驚く中、切島は自分が犯した失態に青ざめ、更に13号の声でもう一つの失態にも爆豪と共に気づいた。

 

「ダメだ‼︎どきなさい、二人とも‼︎」

 

それは、自分達が彼女の攻撃の射線上に入り、二人の作戦を完全に無駄にしてしまったことだ。

そして、一度限りの奇襲は失敗し、更には飯田を事前に流したことも知られてしまった。度重なる作戦の露呈、失敗を知り、黒霧は怒気が滲みながらも嘲りが混ざる声で嗤った。

 

「成程成程。先程の会話は奇襲を成功させるための時間稼ぎと言うわけでしたか。しかも、生徒をすでに脱出させていたと。貴方の手腕は確かに見事でした。ですが、残念。愚かなクラスメイトによって全てが無駄になったようだ」

 

そう告げるや、彼の怒りに呼応するかのように黒い靄が一気に広がったのだ。

 

「チィッ‼︎全員下がれぇっ‼︎‼︎」

「皆‼︎下がってくださいっ‼︎‼︎」

 

嵐と13号が危機に素早く反応し生徒達にそう叫ぶも、その時にはすでに漆黒の闇が生徒達を覆い尽くしており、ドーム状に黒い靄の空間を生み出していた。

 

「教師を呼ばれる以上、我々の敗北は確定。ですが、ただでは済まさないっ‼︎せめて、私自身の役目ー教師達が来る前に貴方達を散らし嬲り殺すのを果たし、雄英への宣戦布告とさせていただきましょうっ‼︎‼︎‼︎」

「くっそぉっ‼︎‼︎」

 

黒霧の怒りと殺意に満ちた声が響く中、ドームの外側にいた嵐は悪態をつきながら靄の中に飛び込み、近くにいた13号と麗日、そして砂藤を掴んで外へと投げ飛ばしていく。

3人はとにかく外に出せたが、それでも靄が転移させる速度が嵐の想定よりも早く、クラスメイトの半数はすでに転移させられていた。

 

(駄目だっ‼︎間に合わねぇっ‼︎)

 

自分一人なら回避は可能だが、他の者達は違う。範囲内にいるものは例外なく、その場から動けず、全員を外に出すことは間に合わない。

ソレを瞬時に把握した嵐は、咄嗟にそばにいた耳郎、八百万、上鳴の3人に腕を伸ばして守るように自分の腕で抱き寄せながら、必死に声を張り上げた。

 

「全員死ぬんじゃねぇぞっ‼︎‼︎勝って生き残れぇっ‼︎‼︎」

 

そうして、彼らは靄へと呑み込まれていった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

靄に呑まれ黒一色だった視界に光が入り景色が映る。嵐の目に映った光景は山にある岩場のような場所ーUSJ内の山岳ゾーンに当たる場所だった。

 

「お前ら大丈夫か?」

「な、なに?…ウチらどうなったの?」

 

嵐が腕を離しながら3人に尋ねると、耳郎が困惑した声で周囲を見渡しながら呟く。

それに嵐が応えるよりも先に、声を上げるものがいた。

 

「ハッハー‼︎来たぜガキどもがぁ‼︎」

「男が二人、女が二人か。いいねぇ、男はとっとと殺しちまおうか」

「だな‼︎んで、女はマワそうぜ‼︎片方は胸もデケェしな‼︎」

「そりゃいい。とっとと殺して楽しもうぜ‼︎」

 

下卑た笑い声が響く。周りを見れば、30は超えるであろう敵達がその顔に嫌らしい笑みを浮かばせながら、嵐達を取り囲んでいたのだ。

 

「…………チッ、典型的なゴミクズ共だな」

 

男達の下卑た言葉に嵐は怒りの表情を浮かべながら吐き捨てる。他の3人もようやく状況を把握した中、戸惑いながら立ち上がる。

 

「ちょっ、何なんだよこれぇ‼︎」

「これ、ヤバくない?」

「ええ、あの黒靄の方はワープの個性だったのでしょう。私達はまんまと飛ばされたみたいですわ」

「あの男の言葉から察するに、俺らは分断されたな。それぞれ飛ばされた先に敵が待ち構えているって訳か」

「いやいや、何で冷静に分析してんだ二人とも⁉︎」

 

背中合わせで立ちながら、冷静に状況を判断して分析する八百万と嵐に上鳴が慌てて突っ込む。突然敵が現れて、訳もわからないうちにどこかに飛ばされて、飛ばされた先では殺意剥き出しの敵がいるというのに、二人は慌てる事なく、冷静だったからだ。

嵐は既に双扇を開いて構えており、八百万も長棒を創造して構えている。更に彼女は太腿から刃引きしてある剣を創造して左後ろにいる耳郎に渡していた。それを見ていた上鳴が戸惑いと抗議の声を上げる。

 

「ちょっ、八百万俺にも武器くれよ‼︎」

「そうしたいのは山々なんですが……場所的に厳しいですわ」

「素手で戦いなよ。電気男でしょ」

「嘘だろぉ⁉︎」

 

八百万の真後ろにいる彼には武器を渡そうにも必ず隙が生じてしまうため、渡せなかったのだ。自分だけ武器がない上鳴が女子二人の無慈悲な言葉に慟哭の声を上げる。

そんな彼に、嵐は小さく嘆息すると、帯から刀を引き抜いて彼に渡した。

 

「上鳴、これ使え。ただし、紐は解くなよ」

「えっ、い、いいのかよ?」

「俺には扇もある。お前に剣の心得がなくても、防御ぐらいはできるはずだ。通電性は保証できねぇが」

「いやマジで助かるわ‼︎」

 

上鳴が嵐に感謝して鞘ありの刀を構える中、八百万はそっと小声で彼に話しかける。

 

「それはそうと八雲さん、どうされますか?」

「とにかくここを突破する。俺が敵を薙ぎ倒すから、お前らは防御に専念していろ、前に出なくていい」

「えっ、ですが、これだけの数をまさかお一人で?」

「いくらお前が強くてもこれだけの数は流石にヤベェだろっ」

 

自分一人でこれだけの数を引き受けようとしている嵐に八百万は戸惑いの声を上げる。上鳴も今の嵐の策に困惑を示していた。

ただし、耳郎だけは無言で彼の言葉に耳を傾けている。怒りによる感情の昂りで瞳や胸部を爛々と橙色に輝かせた嵐は怒りが混じる口調でその困惑に応えた。

 

「問題ねぇ。理由は省くが、こういうチンピラの荒事には慣れている。それに、正直頭にきてんだ。こんなことしでかしやがったクズ共は、俺が全員ぶった斬る」

 

そう告げるや嵐は暴風を纏うと地面を踏み砕いて飛び出し敵の群れに突っ込む。

 

「ギャハハ‼︎バカが!一人で突っ込んできやがった‼︎」

「なら、まずはあのガキから殺し……へっ?」

 

敵達は単身特攻する嵐を嘲笑い、まず一人目の犠牲者として殺そうと武器を構えたり、個性を発動させようとしたが、直後間抜けた声を上げた。

なぜなら、5mは離れた場所にいたはずの嵐が、既に自分の目の前にいて双扇を構えていたのだから。

そして、男達が反応するよりも圧倒的に早く、橙色の眼光が宙を駆け抜けると同時に、扇が激しく振るわれ暴風が吹き荒れた。

 

 

「《惨華(さんか)狂咲き(くるいざき)》ッッ‼︎‼︎」

「「「ぎゃあぁぁっ‼︎‼︎」」」

 

 

風の刃が四方八方に放たれて嵐の周囲にいた敵数名を纏めて斬り裂いた。敵達は悲鳴を上げながら身体中から血飛沫を上げ、血の華を咲かせて崩れ落ちる。

 

敵達は一瞬のうちに仲間が数人やられたことに呆然とする。何が怒ったのかを理解できないまま、いつのまにか仲間が血飛沫を上げて崩れ落ちたことに動揺していた。

それに加えて、まだ子供だと思っていた青年が、躊躇なく仲間を斬り裂いた事による衝撃も大きかったのだ。

嵐は動揺する敵達に、橙色に輝く鋭い眼光を向けながら、扇を突き出し牙を剥き出しにして唸るように冷徹な声音で告げた。

 

 

「殺しはしねぇ。だが、躊躇もしねぇ。

もう二度と悪事を起こせねぇぐらいにテメェらの心を徹底的にへし折ってやる」

 

 

轟々と唸る暴風を纏いながら、『黒風白雨』を構え、龍の眼光を以て排除すべき敵達を見据える。

嵐が発する迫力に、敵達は体の芯から震え上がり、二の足を踏んでいた。

彼らは嵐の背後に巨大な龍の姿を幻視していたのだ。

 

「腹を括れよ、ゴミ屑共。テメェらは喧嘩を売る相手を間違えた」

 

唸り声を上げながら、そう宣告する嵐に敵達もまた激情にその顔を歪ませながら数の有利を生かして嵐を取り囲む。

 

「囲め囲め‼︎こいつ普通のガキじゃねぇ‼︎‼︎」

「こいつさえ殺せば、後はただのガキどもだ‼︎‼︎」

「全員で一斉にかかれぇ‼︎‼︎」

 

嵐を取り囲む敵達が一斉に嵐に襲い掛かる。物量を活かした攻勢で嵐へと襲い掛かる。八百万と上鳴が焦り助けに行こうとする。

だが、次の瞬間———

 

 

「———《蜷局竜巻(とぐろたつまき)》」

「「「うわぁぁぁぁ⁉︎⁉︎」」」

 

嵐を中心に巨大な竜巻が生まれ、暴風が彼らを悉く飲み込んだ。敵達は吹き荒れる暴風の衝撃に肉体を打たれ、巻き上げられていき、あちこちに飛ばされ地面に落ちていった。

 

「へ?」

「嘘っ、一瞬であの数をっ」

 

上鳴が間抜けた声を上げて、八百万が驚愕に声を振るわせる。二人が驚く中、嵐の不敵かつ獰猛な声音が響く。

 

 

「さぁて、情けなくも逃げる腰抜けはいねぇよなぁ。テメェらが売った喧嘩だ。売ったテメェらが逃げるなんざ、あっていいわけねぇだろ?俺が安く買い叩いて、叩き潰してやるよっ‼︎‼︎」

 

 

そうして、嵐は萎縮しかけている敵達に突撃して蹂躙を開始した。襲い掛かる敵達を風を纏わせた扇で斬り裂き、殴り砕き、吹き飛ばしていく。

暴風を纏い敵を蹂躙する嵐の傍で耳郎達も交戦を開始する。

 

「す、スゲェ。八雲のやつ強すぎんだろ……」

「見惚れてる場合じゃありませんわっ‼︎」

「そうだよっ‼︎こっちも来てるっ‼︎」

 

上鳴が嵐の凄まじい戦いぶりに呆気に取られているが、そんな彼を女子二人が現実へとひっぱり戻す。彼女らの元にも敵が向かってきており、囲んでいたのだ。

嵐が大勢を引きつけているが、それでも自分達が数的不利であることには変わりはない。

 

「こいつらを人質に取れっ‼︎‼︎」

「あのガキだってヒーロー志望だ。人質は軽視できねぇはずだっ‼︎」

 

どうやら、一方的に蹂躙する嵐には敵わないと思った者達が、まだ未熟であろう耳郎達を人質にとって嵐を嬲り殺しにしようとする腹積りなのだろう。

耳郎はその思惑を理解すると、不機嫌さを隠さない口調で反論する。

 

「八雲ほどじゃないけど、ウチらだってそう易々とやられるほど弱くはないよ?」

「おもしれぇ‼︎なら見せてみろよ‼︎ヒーロー志望のお嬢ちゃんよぉ‼︎‼︎」

 

そう嗤いながら、一人の敵が耳郎へと襲い掛かる。大型のサバイバルナイフを振り上げて襲い掛かる敵に耳郎もまた剣を構えて応戦し、受け止める。

 

「ハッハー‼︎どうしたっ‼︎押されてんじゃねぇかっ‼︎」

「ぐっ、舐めんなっ‼︎」

 

膂力の差で耳郎が押し込まれるも、耳郎は耳のプラグをブーツに突き刺して、ブーツに取り付けてあるスピーカーから大音量の爆音が指向性を以て放たれる。

 

「ぐあぁぁぁ‼︎耳がァァ‼︎」

 

敵はあまりの大音量に悲鳴を上げながら、耳を押さえて苦悶の声を上げる。その隙を、耳郎は見逃さずに剣を敵の肩に振り下ろす。それと同時に、反対側から八百万が棒での突きを放ったおかげでまず一人呆気なく倒すことができた。

 

「ヤオモモフォローありがとう‼︎」

「ええっ‼︎ですが、次がすぐに来ますわっ‼︎」

 

女子二人の息があった連携が続く中、上鳴は大柄の敵の剛腕の振り下ろしをなんとか嵐の『催花雨』で捌きながらもびびっていた。

 

「うぉおぉ⁉︎ヤベェ!マジで見えた‼︎三途見えたってマジ‼︎マジどうなってんだよこいつらはぁっ‼︎⁉︎」

 

剛腕を捌くことはできたものの、その瞬間にかかった重量と遠慮なしの攻撃に完全に彼は及び腰になっていたのだ。それを見た耳郎が呆れた声で呟く。

 

「そういうの後にしなよ。……っていうか、あんた電気男なんだから、八雲を見習ってバリバリとやっちゃってよ」

「あのな、俺のは電気を()()だけなの‼︎八雲みたいに器用に操れるわけじゃねーから二人も巻き込んじまうの‼︎」

 

上鳴は己の個性のデメリットを話しながら、なんとか敵の攻撃を凌いでいた。彼の個性は放電だ。それをこんな密集地帯で使えば、周りが敵だけならばともかく味方がいれば巻き込むというのは確かに納得できる理由だ。

 

「助けを呼ぼうにも特製電子変換無線(こいつ)ジャミングヤベェしさ。いいか⁉︎二人共、今俺は頼りになんねーから、頼りにしてるぜ‼︎」

 

サポートアイテムで外部に救援を呼ぶことも叶わず、肝心の個性も味方を巻き込むため使えないという、全く頼れない状況で、彼はさらに頼。ない発言をする。

男としてそれはどうかという物言いに、耳郎はじれったそうに呟くと、

 

「男のくせにウダウダと言って……じゃあさ、人間スタンガンやってこい‼︎‼︎」

「マジかバカっ‼︎⁉︎」

 

上鳴を敵の方向へと蹴っ飛ばしたのだ。突然のことに驚愕する上鳴だったが、敵と接触した瞬間に個性を使えば、

 

「ぐわぁぁぁぁ‼︎⁉︎」

 

何とまさしく人間スタンガンとなって敵を気絶させることができたのだ。

 

「あ、通用するわコレ‼︎俺強ぇ‼︎二人共、俺を頼れ‼︎」

「軽いなオイ……」

 

自分に自信を持った上鳴の手のひら返しの様子に耳郎が呆れる。

 

「だったらこいつでどうだぁっ‼︎‼︎」

 

それを聞いていた敵が巨大な岩塊を抱えて、上鳴を叩き潰そうと投げ飛ばしてきたのだ。

 

「それは無理ぃっ‼︎⁉︎」

 

自分の身長以上の大きさの岩塊が迫る光景に、上鳴は青ざめながら何とか回避しようとする。

しかし、明らかに間に合わず上鳴の体が圧壊されようとした時だ。

 

「上鳴伏せろっ‼︎‼︎」

「えっ?おわっ‼︎⁉︎」

 

上鳴が慌てて伏せたと同時に、彼の頭上を何かが飛んで岩塊を粉々に粉砕したのだ。

 

「な、何だ今の?って、これ水?」

 

頭を抱えて伏せた上鳴が突然のことに周りを見渡しながら驚いていたが、自分の周囲や自分自身が水浸しになっていたことに気づく。

何でこんなところに水が?と呆ける上鳴だったが、直前の嵐の声を思い出してこの水が嵐の仕業だと気づき、彼の方向へと勢いよく振り向く。見れば、ちょうど嵐が敵を風で薙ぎ払いながら口から人間大の水の砲弾を連射し敵を吹き飛ばす姿があった。

 

「す、スゲェ!あいつ水も使えるのかよっ‼︎」

「……本当、あいつの個性って滅茶苦茶だね」

「二人共‼︎驚くのは分かりますが、後にしてくださいっ‼︎」

 

嵐が風だけでなく水も使ったことに驚く中、戦闘に集中しろという八百万の叱咤が響き、二人は慌てて敵の応戦へと意識を戻した。

 

 



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16話 吹き荒れし凶嵐

続き投稿しまーす。


 

 

敵と交戦を始めてから、嵐はひたすらに敵達を血祭りにあげていった。

扇を振るえば風の刃で斬り裂いたり、風を圧縮した大槌で敵を粉砕していく。尻尾を振るえば敵を纏めて薙ぎ払い、拳を振るえば敵の防御もろとも撃砕していき、水の砲弾で敵を吹き飛ばしていった。

まさしく、蹂躙の一言に尽きる。

 

「《凶槍(きょうそう)空穿ち(そらうがち)》ッッ‼︎‼︎」

 

畳んだ扇に風を纏わせてそれを勢いよく突き出し、空を穿つような風の槍で直線上の敵を例外なく吹き飛ばしていく。

地面を抉るほどの渦巻く風が敵を吹き飛ばし、副次的な鎌鼬でまた数名血飛沫を上げながら崩れ落ちた。

 

「クソがっ‼︎何なんだよっ‼︎世間知らずのエリートを甚振るだけの、簡単な仕事じゃねぇのかよっ‼︎⁉︎」

 

その光景に敵の一人が冷や汗を大量に流しながら、恐怖に引き攣った声で恨み言を吐いた。

主犯格の手だらけ男や黒靄の男曰く、ただ各地に散らばした大して戦闘経験のない子供達を嬲って殺せばいい、という簡単な仕事だったはず。

だというのに、今自分達の目の前で起きているのは全くの逆。戦闘経験がないはずの子供達にある程度戦闘経験がある自分達が圧倒されているという事実のみ。

 

耳郎、八百万、上鳴はお互いを援護することで何とか戦えているだけで、物量で押せば勝てる見込みはある。たが、あの白髪の青年ー八雲嵐は異常だった。

彼だけが常軌を逸する強さだった。明らかに喧嘩慣れした動きに圧倒的なまでの風と水の力、その上並外れた膂力に、異常な強度を持った鱗。

彼が持ちうる戦闘技術、肉体特性、その全てが敵の予想を軽く凌駕していたのだ。

 

 

何なんだアレは。

 

 

何なんだアレはっ‼︎

 

 

「……何なんだよっ‼︎あのバケモンはぁぁぁっ‼︎⁉︎」

キイィィィ—————————ァァアッッ‼︎‼︎

 

 

敵の動揺に満ちた悲鳴と龍の敵意に満ちた咆哮が重なり、敵の悲鳴が龍の咆哮に掻き消される。

その鋭い咆哮は聞いてしまった敵の動きを本能的恐怖により容易く止めて、その場に縫い付ける。そして、その隙を嵐が当然見逃すはずがない。

 

「《天旋(てんせん)荒鞭尾(こうじんび)》ッッ‼︎‼︎」

「ぐはぁっ⁉︎」

「ぶげぇっ⁉︎」

 

白い飛膜と黒い鱗を纏う青年が敵の群れに飛び込み、その中心で自身の体を勢いよく回転させ、風を纏った尻尾の薙ぎ払いを放つ。そうすれば、敵が数人纏めて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて意識を失い崩れ落ちた。

他に残った僅かな敵たちはもはや嵐に抗おうと言う気概は湧かず、恐怖の悲鳴をあげながら逃げ出す者たちもいたが、逃げるものから徹底的に嵐が斬り伏せていき、最後に地面の中に潜んでいた明らかに他のチンピラよりも強いであろう敵がいたものの、嵐の感知の前に容易く見つかってしまい、呆気なく気絶させられ、程なくして、敵は鎮圧された。

 

 

「…………とりあえず、片付いたか」

 

 

血を流して地面に転がり激痛に呻く敵達を睥睨しながら、嵐は扇を振るい付着した血を払って腰に差すと小さく呟いた。

30以上はいた敵達はその8割が嵐によって斬り伏せられて、傷口から血を流し多くが出血性ショックで気絶している。

 

「や、八雲さん、その……」

「八雲、お前……」

「八雲……」

 

血の海に沈んだ敵達の中心に立つ嵐に、3人が恐る恐ると声をかけた。

顔を見ずともその声音には恐怖や動揺が宿っており、彼らの声に振り向いた嵐は彼らが戦慄の表情を浮かべ、体を僅かに震わせているのを目にした。

同時に、嵐は自分の格好に気づく。

自分の白の戦闘服はその大半が返り血によって赤く染まっていたのだ。純白の髪も同様であり、半分ほどが血が滲んでいる。

純白の服と髪に赤黒を滲ませ、血を滴らせながら血の海に立つ彼の姿は、敵の襲撃を経験し、不良との喧嘩に明け暮れていた嵐とは違い、まだ荒事には慣れていない15歳の少年少女には不気味に映ったことだろう。

 

「………っ、あぁ、悪ぃ。気持ち悪りぃものを見せたな」

 

嵐はそれを理解すると苦笑を浮かべながら、彼らから距離を取るように数歩下がった。

その対応に自分達の態度が彼を傷つけたのだと思った八百万と上鳴が慌てて謝罪する。

 

「す、すみません、そんなつもりではっ‼︎」

「わ、悪りぃっ‼︎八雲っ俺達はただっ」

「ああ、いや、大丈夫だ。俺の方こそ悪かった。敵を早く鎮圧するためとはいえ、もっとお前らのことも考えるべきだったよ」

「いえ、八雲さんは何も悪くありませんっ‼︎私達の方こそすみません。守ってもらったのに、こんな失礼な態度をっ」

「だから、わかってるって。お前らは俺とは違って、荒事には慣れてねぇんだろ?だからこういうのを見て驚いて、怖がるのは当然なんだよ。お前らが謝る理由なんてひとつもねぇんだ」

 

慌てて謝罪する二人にやんわりとそういった嵐は、ついで彼らを安心させるように笑みを浮かべると、周囲で倒れている敵達を見渡しながら呟く。

 

「それに全員致命傷は避けてるし、出血が派手なだけで、死に至るような傷じゃない。まぁ目に悪いのは仕方ねぇな。もうこの辺りの敵は片付いたから、今すぐ離れよう」

「……八雲さんは、この後どうするんですか?」

「最初は散らばった皆を助ける為に飛び回ろうかと考えていたが、敵のレベルがこの程度なら余程のことがない限り大丈夫だろう。だから、俺は相澤先生を救けに行く」

「先生を?でも、先生だってプロだし、八雲が言うレベルの敵なら、大丈夫なんじゃねぇのかよ?」

 

上鳴が困惑混じりにそういう。

嵐の言う通り、敵のレベルがこの程度のチンピラならば、自分達ならともかくプロの相澤が苦戦するはずはないと思っている。だからこそ、嵐が救けに行く理由がわからなかったのだ。

 

「…………あんたが焦るぐらいヤバイ敵がいるの?」

 

今までずっと黙ったままだった耳郎が緊迫した表情を浮かべながら彼にそう尋ねた。

嵐はそれに静かに頷く。

 

「………ああ、一人だけとんでもなく強い奴がいる。手だらけの男ー恐らくはリーダーだろう。そいつの隣に控えていた脳味噌剥き出しの大男。あいつが黒靄の男以上に危険だ。俺の見立てだと、オールマイト並みの強さはあるだろうな」

「はぁっ⁉︎オールマイト並みっ⁉︎そんな敵がいるのかよっ⁉︎」

「お待ちくださいっ‼︎まさか、八雲さんはそのオールマイト並みの強さの敵と戦うつもりなんですかっ⁉︎」

「そうだ」

 

迷いなく強敵と戦うことを選んだ嵐を八百万は引き止めようと必死に声を張り上げる。

学級委員長、副委員長として同じクラスをまとめる立場にあるからだけではない、一人の仲間として、みすみす友人を見殺しにするような真似を彼女はしたくなかったのだ。

 

「そんなの無茶ですわっ‼︎いくら貴方が強くても無謀ですっ‼︎ここは先生方が救援に来てくれるまで待っ「待ってたら先生は確実に死ぬっ‼︎‼︎」ッッ⁉︎」

 

必死に言葉を紡いでいた八百万の言葉を遮った嵐の怒号に彼女は思わず息を呑んだ。

嵐の怒号に驚いたのもあるが、それ以上に彼の表情が確固たる力強い決意と、深い悲しみが宿る後悔が混ざり合っていたのだ。

嵐は静かな口調で続きを話す。

 

「……救援を待っていたら、相澤先生は確実に殺される。それを分かっていながら、待つことなんて俺にはできねぇ。あの人は、俺にとって大きな恩がある人なんだ。返せない大きな借りがある。だから、死なせたくねぇんだ。確かにお前の言う通り、オールマイト並みの敵と戦えばタダで済まないのは確かだ。だが、一方的に負けるほど俺も弱くもねぇ。それにな」

 

そこで、一度口を閉じ、憂いを漂わせる悲痛な表情を浮かべながらも、口だけは笑みを浮かべて絞り出すように言った。

 

「———もう、目の前で誰かが死ぬのを見るのは御免なんだ。今度こそ、俺はこの力で傷付けるんじゃなくて、護りたい。だから、行かせてくれ」

『ッッ‼︎』

 

自分の顔の前まで右腕を上げて、血が付着した拳を握りしめそう告げた嵐の顔は悲痛に満ちており、今の言葉から彼が過去に目の前で誰かを失ったのだという事実をはっきりと彼女らに認識させたのだ。

彼が過去に何があったのかはわからない。だが、そう言う覚悟を持つに至った壮絶な経験をしており、彼がそれを繰り返したくないと思っていることが分かってしまった。

八百万と上鳴は彼の黄金色の瞳に宿る決意の固さが窺えてしまい、彼を引き留めるための言葉が思いつかずに何も言えなくなってしまう中、耳郎が静かに言った。

 

「行って、八雲」

「耳郎?おい…」

「耳郎さん、何を?」

 

二人が戸惑いながら彼女に振り向く中、耳郎は二人の間を抜けて、血の海にブーツが汚れるのも構わずに彼に近づくと彼を見上げながら、真剣な表情で言葉を紡ぐ。

 

「ウチらはあんたのおかげで大丈夫だから、早く先生を救けに行ってあげて。あんたの力ならそれができるんでしょ?」

「……ああ、恐らくな」

「うん、だったらいいよ。あんたの本気ならもしかしたら、オールマイト並みの敵相手でも勝てちゃうかもしれないしね。だから、ウチらのことは気にしないで行って」

 

そう彼の背中を押す言葉を言うと、少し申し訳なさそうな表情を浮かべ謝罪した。

 

「それと…さっきはビビっちゃってごめん。八雲が躊躇なく敵を斬っていたから、正直アンタが怖かったんだ。でも、ウチらを守る為に戦ってくれたんだよね」

「………そんなこと、気にしなくていい」

「アンタがそう言うのは分かってたよ。それでも、ありがとうね。あんたが守ってくれたから、今ウチらは生きてられる。だから、その力で次は相澤先生達を護ってあげてよ」

 

そうして今度は一転してニッと笑みを浮かべながら、彼の胸にドンと自分の拳をぶつけ彼女は言った。

 

「アンタの本気はこんなもんじゃないでしょ?試験の時みたいに、敵を蹂躙して勝ってよっ。それで、絶対に無事に戻ってきてって約束してよ。戻ってきたら、八つ橋たらふく奢るからさ」

「……耳郎。ああ、約束する」

 

耳郎の言葉に嵐は驚いたように目を見開いて彼女の名を呼ぶも、真っ直ぐにこちらを見つめる信頼に満ちた彼女の黒い瞳を見て、小さく笑みを浮かべて約束すると上鳴へと振り向いた。

 

「上鳴、刀を」

「お、おう」

 

そう言って上鳴は嵐に『催花雨』を返した。受け取った嵐は、徐に鞘に結ばれた赤紐を掴むとするすると解いていく。そして、鞘と柄を結んでいた紐は完全に解け、嵐は鞘から少しだけ刀を引き抜く。

 

「よし」

 

鞘から現れた黄金の波紋が浮かぶ黒い刀身の煌めきを見た嵐は満足そうに頷くと、キンと鳴らして納刀すると腰の帯に差す。

そして、耳郎達に背を向けると呟いた。

 

「耳郎ありがとうな。ちょっと行ってくるわ」

「うん、行ってらっしゃい」

「ああ」

 

嵐は力強く頷くと両腕を大きく広げながら、両腕だけ更に変化させていく。

両腕の長さを伸ばしながら、親指、人差し指もまた伸ばしていき、他の三本の指はその隙間を大きく広げその間を水掻きのように飛膜が生え翼へと変わっていく。

そして、自分の体を覆い隠せるほどの巨大な飛膜に包まれた鰭のような形状の翼を広げると、全身に膨大な風を纏わせて、一度大きく羽ばたいて一気に空へと飛び上がり噴水前の広場に向かって飛んでいった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

飛び去る嵐を見送った八百万は彼の背中を押した耳郎へと視線を向けて尋ねる。

 

「耳郎さん、よろしかったんですか?」

「なにが?」

「八雲さんの事です。彼を行かせてしまって、もしも本当に命の危機に晒されてしまったら……」

「大丈夫だよ」

 

不安そうにする八百万に耳郎は迷うことなくそう断言したのだ。そして、耳郎は信頼に満ちた表情を浮かべて話し始めた。

 

「ヒーローを目指す人としては言っちゃいけないんだろうけど、ウチさ……八雲なら、こんなにヤバい状況でも何とかしてくれるんじゃないかって思ってるんだよね」

 

耳郎は嵐のことを信頼しているし、尊敬している。

彼の圧倒的な強さと、揺るぎない覚悟と決意を宿す背中を目の当たりにし、彼女は彼に憧れのヒーローの背中を重ねて心を奪われた。

だから、思ってしまうのだ。どれだけ危険な敵が相手でも、彼ならば乗り越えてしまうのではないかと。

それにだ、

 

「今あいつを引き留めて先生にもしものことがあったら、多分、八雲は自分を責めて酷く後悔する。でも、ウチはアイツには後悔して欲しくないんだ」

 

さっきの彼の言葉にもあった通り、彼は過去に誰かを目の前で失ってしまい、ひどく後悔したことがあったのだろう。だからこそ、もう二度と同じ過去を繰り返さないように強くなったのだと、分かってしまった。

そして、彼は優しい人間だ。自分にどうにかできる力がありながら、護れたはずの誰かをみすみす見殺しにしてしまっては彼は自分を責めてひどく後悔してしまう。そして、一人で抱え込んでしまうのだ。

 

そうさせない為に、彼女は彼を行かせた。

彼にはもう後悔してほしくないから。

 

最後にそう言った耳郎が浮かべた思いやりに満ちた笑顔に、八百万は驚きつつも小さく笑みを浮かべ呟く。

 

「………とても、信頼されているんですね。八雲さんを」

「………うん、まぁね」

 

照れて頬をかきながらも迷いなく頷いた耳郎に、上鳴は肩をすくめて笑うと、八百万の方に振り向きながら言った。

 

「じゃあ、あいつの事、俺らも信じようぜ」

「………ええ、そうですわね。同じA組の仲間であり、共にクラスをまとめる者ですもの」

 

二人の不安が完全に拭われたわけではない。

だが、入学してまだ日も浅いのに、多くの信頼を彼が得ている事、そして友人である耳郎にここまでの事を言わせた嵐を信じてみようと思えたのだ。

 

(………八雲、絶対に勝って無事に戻ってきなよ。それに、いつまででも待つからさ、話してよ。あんたが過去に何があったのかを。ウチらは友達として、あんたの支えになりたいんだから)

 

ただ友達として彼の力になりたい。

耳郎は嵐の無事を祈りつつ、そんなことを考えながら、八百万や上鳴と共に自分にやれることをやる為に山岳ゾーンを後にした。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「ぐぅああぁぁぁぁぁっ‼︎⁉︎」

 

 

噴水前の広場ーそこでは相澤の苦痛に満ちた叫びが虚しく響いていた。

相澤は大勢の敵相手に大立ち回りを見せていたものの、嵐が危惧していた脳味噌剥き出しの大男の一撃により窮地に追い詰められていたのだ。

“抹消”でその大男を視るもその速度、膂力は一切衰える事なく相澤をたやすく捉えて地面に叩きつけて丸太のような剛腕で彼の右腕を握りつぶす。

 

「〜〜〜〜ッッ‼︎‼︎」

 

嫌な音が響き、相澤の右腕が更に握りつぶされあらぬ方向へとへし折られる。しかも、彼の右肘は敵の個性によるものなのか、ボロボロと崩れており、赤い肉が剥き出しになっていたのだ。

 

「個性を消せる。確かに素敵な個性だけど、なんてことはないね。だって、圧倒的な力の前ではつまり、ただの、無個性だもの」

「ぐぅっ」

 

主犯格の手だらけ男ー死柄木弔は顔面に掴ませた他の人で愉悦に歪む笑みを浮かべながら、嗤う。更に大男は、激痛に苦しむ相澤のまだ無事な左腕を掴むと、小枝でも折るかのように容易く握りつぶした。

 

「ぐぁ……‼︎」

 

グシャと生々しい音が響き、相澤の苦悶の声が再び上がる。

 

(くそっ、小枝でも折るかのようにっ‼︎確かに個性は消したはずだっ‼︎てことは、素の力でオールマイト並みかよっ‼︎)

 

嵐の言葉がを思い出し悔しそうに呻く相澤の頭部を、大男は掴むと地面に叩きつけた。

地面が陥没するほどの威力で叩きつけられた相澤は声すら出せ

ないでいた。

 

「ハハハハ、どうだイレイザーヘッド。すごいだろう、脳無は。こいつが対平和の象徴なんだぜ?」

 

愉快そうに嗤う死柄木はまるで新品の玩具を自慢するかのように組み伏せられる相澤にそう言った。

この大男こそが、オールマイトを殺せる存在であり、嵐の読みは間違ってはいなかったのだ。

 

「死柄木弔。イレイザーヘッドを殺して、早く撤退しましょう。直に援軍が来てしまいますよ」

 

死柄木の側に現れた黒靄ー黒霧が死柄木に撤退を促す。彼は首をガリガリと掻きむしりながら、心底めんどくさそうに呟く。

 

「はぁ、もう少し遊びたかったけど、既に応援を呼ばれてんならしょうがないか。ったく、嫌になっちゃうよ、まさかチュートリアルが負け確定のクソゲーをやらされていたなんてさぁ。普通チュートリアルはプレイヤー側が勝つもんだぜ?」

 

まるでゲームをしているような感覚で紡がれる言葉は、この状況では異常だった。しかも、オールマイトを殺すと言っておきながら、オールマイトを殺さずに撤退しようとする始末。

彼がやろうとしていることは滅茶苦茶だったのだ。

そして、そんな彼らの様子を、少し離れたところから見ていたもの達がいた。

 

「む、無理だって……考え改めろよ、緑谷ぁ…!」

「ケロォ……」

「………‼︎」

 

峰田、蛙吹、緑谷の3人だ。彼らは湖の水辺に半身水に浸かったまま相澤が一蹴される光景を目の当たりにしてしまっており、驚愕に目を見開いていた。

彼らは湖のエリアー水難ゾーンと呼ばれる場所に飛ばされていたが、何とかそこにいた敵を一網打尽にし切り抜けてきて、水辺に到達したところでちょうどその光景を見てしまっていた。

彼らの表情は絶望一色に染まっており、自分達の認識が甘かったことを思い知り、恐怖に身を震わせていた。

 

(僕達がフォローしたところで………何も変わらないっ……むしろ、邪魔になるっ)

 

初め、緑谷は敵との初戦闘にして初勝利できたことで、相澤の負担を減らすために何かできないかと考えていた。

だが、それ自体が間違いだった。緑谷達は何一つ分かっていなかったのだ。

敵の恐ろしさを、敵の悪意を、敵の強さを。何一つ見えていなかったのだ。

だからこそ、今の自分達が出て行っても足手纏いになって、相澤を更に追い込む結果を招くだけと言うことを、緑谷は漸く理解した。

 

(何でっ…僕はまだ制御ができてないんだっ‼︎)

 

目の前でプロヒーローが敗北してしまったことで彼らの心には果てしない絶望が生まれる中、緑谷は悔しそうに歯を噛み締めた。

 

緑谷の個性ー“ワン・フォー・オール”はオールマイトから授けられた個性だ。彼と同じく超パワーの個性だが、今の緑谷はそれを十分に扱えていない。だからこそ、その制御ができていない自分が一発自爆覚悟で最大火力をうったとしても、一発で済むような相手じゃないのは明白。何も出来ないただの木偶の坊に成り下がってしまう。

 

(頼むっ……誰かっ、相澤先生を救けてくれっ……‼︎)

 

自分の無力さを恨む中、緑谷はそう懇願する。

ヒーローとして他力本願は本来ならばあってはいけないことだ。だが、今の自分達では相澤を助けにいくこともできずただ見ていることしかできない。

だからこそ、せめて他の誰かが相澤を救けてくれと願うほかなかった。

 

「でもさぁ、せめて‥‥最後に、平和の象徴の矜持をへし折ってから帰ろうぜ」

 

死柄木がそう呟き不気味な笑みを浮かべた直後、彼の赤い瞳がこちらへと向いたのだ。

 

「ッッ‼︎」

 

目があったことに緑谷が恐怖を覚え身をこわばらせた一瞬で、死柄木は彼らの元へと肉迫し、骨張った手が蛙吹の顔面に伸びていた。

 

「ぁ………」

 

完全に不意をつかれて、敵の接近を許してしまった緑谷は走馬灯のように相澤の戦いの一瞬が脳裏によぎり、相澤の右肘の崩壊、それを成した彼が触れれば人体が粉々に砕ける個性を持っていることを思い出したのだ。

あまりに一瞬のことに緑谷達は動けず見ているだけしかできない中、彼女を崩壊させようと死柄木が手を伸ばし、いざ触れようとした瞬間、

 

 

 

———一陣の暴風が吹き荒れた。

 

 

 

「ごほっ⁉︎」

「………っ?」

「ぬぅっ⁉︎何がっ‼︎」

 

突然噴水広場に暴風が吹き荒れ、まだ立っていた敵達が全員血飛沫をあげ崩れ落ち、緑谷達に襲い掛かろうとした死柄木がボールのように軽々と吹き飛ばされ、黒霧も同様に吹き飛ばされた。

更には、相澤を抑えつけていた脳無の両腕が二の腕から斬り落とされ、更に下から何者かに顎を蹴り上げられ上空へと舞い上がり、地面へと落ちたのだ。

 

「え………?」

「は……?」

「ケロォ………?」

 

一瞬で主力である3人の敵が吹き飛ばされたことに三人が呆気にとられる中、緑谷がまず気づいた。

 

「ぁ、あれは………」

 

いつの間にか相澤を抱き抱えながら立つ一人の青年。白い飛膜に長い尻尾、黒い鱗に黄金の角を携える白い羽衣に身を包んだ八雲嵐がそこには立っていたのだ。

 

「や、八雲君っ‼︎」

「八雲ちゃんっ‼︎」

「八雲ぉぉ———ッッ‼︎‼︎」

 

緑谷、蛙吹が涙を滲ませながら安堵の声をあげ、峰田が滂沱の涙を流しながら彼の名を叫んだ。

 

「………先生……」

 

嵐はその声を聞きながらも、自身の腕の中にいる相澤の状態を確認し、悲しみに顔を歪める。

まだ何とか脈はあるが、両腕の粉砕骨折に加えて、顔面からは大量の血が流れている。内部はレントゲンをとらないと分からないが、確実に骨は折れているだろう。

一刻も早く手当てをしないと危ない状態だ。

それに、危険な状態にあるのは13号も同じだった。彼女もまた、敵に敗れ背中を大きく負傷する怪我をしており動けないでいたのだ。

プロヒーローが敗北するという事態に、嵐の中で怒りの炎が沸々と湧き上がり、口唇を怒りに振るわせながら相澤に謝罪する。

 

「………すみません。遅れてしまいました…」

「……や……くも……」

「あとは俺に任せて休んでてください」

「………すま……ん…」

 

相澤は途切れ途切れにそう言うと、完全に意識を手放す。

嵐の胸中にはさまざまな想いが溢れていた。

相澤と一緒に戦っていれば、もっと早くに黒霧を捕らえることができていれば、相手が動く前に先手を打っていれば、などこうすればよかったとさまざまな後悔が溢れてきたのだ。

 

「…………っっ」

 

嵐は己の不甲斐なさにギリッと歯を噛み締め、怒りに打ち震える。だが、すぐに深く息をついて無理やり落ち着かせると相澤を気遣うように抱えながら、一瞬で緑谷達の元へと移動した。

 

『ッッ⁉︎』

 

一瞬で移動し自分達の目の前に現れた嵐に三人が驚く中、今度は自分達の体が浮く感覚を覚え、次の瞬間には地面に下ろされていた。

 

「え?えっ、速っ⁉︎」

「ケロ、私達を抱えて一瞬で……」

「………っ」

 

尻尾が自分達3人の腰に巻き付いていたことから、彼が尻尾で3人を抱えて移動したのだとわかる。しかし、人を四人抱えているとは思えない速度での移動に3人は驚愕を隠せなかったのだ。

嵐は驚く3人に相澤を託しながら、優しい声音で素早く指示を出す。

 

「お前ら、先生を頼む。かなり危険な状態だ。早く手当しないと命に関わる」

「う、うん」

「お前らはよく頑張った。だから、あとは俺に任せておけ。敵は全員俺がぶった斬ってやる」

 

嵐は三人を安心させるようにそう言う。クラス最強の男の登場に緑谷達は不安が取り除かれていくのを感じるが、彼の表情を見て気づいた。

 

(八雲君……激怒してるっ)

 

いつも浮かべてる兄貴を思わせる頼もしい笑みは今彼の顔にはなく、代わりに静かな怒りが滲んだ険しい表情になり、殺すのではないかと錯覚するほどの凄まじい殺気がこめられた眼差しに、彼が本気で怒っていることに気づいたのだ。

ここから彼は本気で戦い、何が何でも敵を倒すつもりなのだろう。その意図を理解した緑谷達は相澤を支えつつ彼に背を向けながら激励の言葉を送った。

 

「八雲君っ‼︎そのっ、気をつけてねっ‼︎」

「八雲ォッ‼︎あいつら全員倒してくれっ‼︎」

「ケロ、八雲ちゃん、絶対に無事に戻ってきてね」

「ああ」

 

そして緑谷が腕を抱えて、峰田が彼の足を持って相澤を運んでいく。嵐はそれを尻目に見るとすぐに排除すべき敵達へと視線を戻した。

視線の先ではちょうど倒れていた死柄木が立ち上がり、嵐を睨んでいたところだった。

 

「クソがっ、いきなり何しやがるっ‼︎あのクソガキがっ‼︎‼︎俺の邪魔をしやがって‼︎」

「落ち着いてください、死柄木弔。しかし、やはり来ましたか。貴方なら、我々がいるここに来るのではないかと思っていましたよ」

 

悪態をつく彼を黒霧が宥めると、恨む口調で呟く。嵐は彼の言葉には答えずに冷淡だが、明らかな怒りが滲む声音で独り言のように静かに言葉を紡いだ。

 

「………テメェらがどんな思惑でこんな馬鹿げたことをしでかしたかはこの際どうでもいい。だがなぁ」

「あ?何言ってやがる………っ⁉︎」

「これは…風が、彼の方へと流れて……」

 

何を呟いてるのか分からなかった死柄木が眉を顰めるが、その直後異変に気づき、黒霧も遅れて気づいた。

どこからともなく風が吹き、彼の方へと吹きながら、次第に勢いを増しているのだ。

はじめこそは、そよ風程度だったのに、今では体を横殴りにする暴風へと変わっていた。

そして、変化はそれだけではない。

 

「先生達をよくもあんなボロボロになるまで傷めつけてくれたなっ‼︎‼︎俺の大事なクラスメイト達をよくも不安にさせやがったなっ‼︎‼︎ふざけんじゃねぇぞっ‼︎‼︎クソ敵共がぁっ‼︎‼︎」

 

激昂し怒鳴る嵐の肉体にも変化は生じる。

橙色に輝いていた眼光は、殺意に満ちた血の如き真紅へと色を変え、胸部の橙色の輝きには嵐を内包しているかのように紫電の迸りが混ざる。

更には飛膜に浮かぶ山吹色の波紋もまた瞳と同じ不吉な真紅へと変色する。飛膜自体も墨が滲むような紫がかった黒へと変貌を遂げたのだ。

そして、嵐の周囲を吹き荒れる風は、もはや台風並みの強風へと変わっており轟々と唸る。

 

禍々しい変貌を遂げた嵐が放つ凄まじい気迫と、吹き荒れる暴風に死柄木と黒霧が息を呑み身構える中、嵐は腰の鞘から金の波紋が浮かぶ黒刀を抜くと右手に構え、左手に扇を持って剣扇一体の構えを取り腰を落として殺意と激怒を込めた雄叫びを上げた。

 

 

 

 

「この俺に喧嘩を売って怒らせたんだっ。テメェら全員生きて帰れると思うなっ‼︎俺が全員斬り捨ててやるっ‼︎‼︎」

 

 

 

 

己の縄張りに侵入し好き勝手した不埒者達を排除する為に。

 

 

己の大切な仲間達を傷つけ怯えさせた外敵を滅ぼす為に。

 

 

今、天空を舞う嵐の龍は怒り狂い己の力を解き放った。

 

 




耳郎がもはや健気なヒロインにしか見えない件。

そして、嵐君、嵐龍への完全変化を見せる前に人間態ではありますが、ゲームでもお馴染み第二段階へのブチ切れ移行を解禁しました。

さぁ、次回、嵐が暴れまくりますっ‼︎‼︎


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17話 嵐の中に燃える命

今回このサブタイトルにしたのは、嵐が激昂し第二形態を解禁したからです。別に体力的に追い込まれていると言うわけでもないのですが、このUSJの戦いってオールマイトがいてくれたから助かっただけで、彼が来なかったら全員鏖殺コースもあり得たと思うんです。
ですから、オールマイトがいない今、嵐が最後の砦であるため、命をかけて生徒達を守るために戦うからこそ、このタイトルがふさわしいと思いました。




 

その日、多くの人間がソレを目にした。

 

 

雄英高校———その敷地内で校舎から離れたUSJというドーム施設、その上空に突如黒雲が発生した。

 

白い雲が僅かにあるだけの、青い空が広がる快晴の天気だったが、暗雲が立ち込め始めUSJ上空を中心に激しく渦を巻きながら広範囲に広がり、青空を瞬く間に呑み込んだのだ。

 

昼間だと言うのに、空は墨を落としたかのようにすっかり暗い闇に呑まれ、その漆黒が空を見上げる人々の不安を増幅させる。

 

そして、湿気を含んだ重たい風が吹き始め、ポツポツと雨も降り始めたのだ。

それらは次第に勢いを増していき、暴風となり木々を揺らし、豪雨となって地面をたちまち黒く染め上げていった。

 

突然の天候の急変——嵐の襲来に、校舎やその他の訓練場にいた生徒達、雄英高校近辺に住んでいる住民達は誰もが困惑と不安、恐怖をその表情に浮かべていた。

 

渦を巻く不吉な妖雲に空は呑み込まれ、暴風が吹き荒れ、豪雨が降り注ぎ、雷鳴が鳴り響き、稲妻が駆け抜ける。

 

突如出現した嵐は、まるで誰かの怒りに呼応するかのように激しく荒れ狂っていた。

 

 

そして、激しい風雨と雷鳴の音に人々が不安と恐怖に震える中、

 

 

 

 

ガアアァァァ—————————ァアッッ‼︎‼︎

 

 

 

 

どこかで、龍の咆哮が轟いた気がした。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

噴水広場を中心に暴風が吹き荒れる中、一人の嘲笑が響く。その声の主は、死柄木弔。

彼は吹き荒れる暴風に多少揺らぎながらも、嵐の発言を嘲笑う。

 

「ハ、ハハ、ハハハハ‼︎俺らを斬り捨てるって、ずいぶんと大きく出たなぁクソガキっ‼︎お前なんかに俺らが、脳無が倒せるかよっ‼︎」

 

それは虚勢か。はたまた、本心からの嘲笑か。

死柄木は嵐が自分達を斬り捨てるという発言が、子供の正義感からきたものだと思っているようだ。

嵐の気迫に、吹き荒れる暴風に一瞬驚きはすれど、所詮は学生。戦闘経験は少ないはずだと、

その根拠を彼は笑いながら指摘した。

 

「大体、そんな傷だらけのお前に何が出来るんだよ。チンピラ程度にそうなってちゃあ、脳無に勝とうなんて夢のまた夢だぜ」

 

嵐の純白の戦闘服に広がる鮮血の痕。それが死柄木には飛ばされた先でチンピラに大量の傷を負わされながらもなんとか倒したように見えており、チンピラ程度にギリギリなら、オールマイト並みの強さを誇る脳無に敵うはずがないと彼の蛮勇を嘲笑ったのだ。

だが、これは傷ではない。全て敵達の返り血によるもの。容赦なく敵を血祭りに上げた彼の容赦の無さが窺えるものだ。

それに死柄木は気づかなかったが、黒霧は気づく。

 

「………いえ、アレは傷ではありません。死柄木弔、彼のあの血痕は全て返り血です。どうやら、あの少年はチンピラ達を容赦なく血祭りにあげたようです」

「は?おいおい、マジかよ。まだ子供だろ?よくそんな残酷なことができるなぁ」

「恐らくは事実でしょう。それに彼は他の生徒達よりも優秀であり、既に金の卵ではなく若鳥と評すべき存在。他の生徒と同じようにみてはいけません」

「へぇ、成程強いんだなぁ。最近の子供は凄いよ。まぁ、それでも脳無には敵わないだろう」

 

そう言うと死柄木は未だに地面に転がって微動だにしない脳無へと振り向きながら、声を荒げる。

 

「おい、脳無いつまで寝てやがるっ‼︎とっとと起きてあの白髪のガキを殺せ‼︎」

「………!」

 

死柄木の命令に今まで地面に倒れ沈黙していた脳無がピクリと反応して勢い良く身を起こす。

そして、切り落とされた自分の両腕に視線を向けながら力を込めると、あろうことか両腕の切断面の肉が盛り上がったのだ。

盛り上がった肉からは筋繊維が、骨が生え伸びていき、嵐が斬り落とす前となんら変わらない剛腕へと再生した。

その様子を見て、嵐は忌々しそうに吐き捨てる。

 

「腕を切り落とした時、何の反応も見せねぇからまさかとは思ったが……テメェ、やっぱ再生持ちか」

 

違和感はあった。

嵐が両腕を斬り落とした時、脳無は眉一つ動かさずに無表情のままだったのだ。それはまるでロボットのように無機質なものであり、痛覚がないのではないかと思ったほど。

痛覚が鈍いのは再生の能力を有する者に共通しており、彼らも多かれ少なかれ痛覚が常人より鈍い事が多い。巴や嵐もその例だ。といっても、痛覚が他より鈍いだけであって、この脳無のように全く感じないというわけではないが。

 

その後も顎を蹴り上げて地面に転がしたのだが、立ち上がることすらせずにそのまま寝転がっていた。

そして、今、死柄木の命令で初めて動き、無表情のまま肉体を再生させた。それを見て、嵐はいよいよ確信したのだ。

あの脳無という大男に個人の意志や感情はなく、人間をやめた怪物に成り下がっていると。その確信を肯定するかのように、死柄木が自慢げに話す。

 

「超再生だよ。脳無はオールマイトの100%にも耐えられるように改造された超高性能サンドバッグなのさ‼︎さぁ、脳無‼︎そこのガキを殺せっ‼︎‼︎」

「………っ!」

 

脳無は死柄木の命令に、四つん這いの状態になるとその直後四肢で地面を砕くほどの剛力を以て凄まじい速度で嵐へと肉迫する。その剛腕で握り拳を作り、目の前の嵐を殴り潰さんと拳を振り上げた。

だが、

 

「《天嵐羽衣》」

 

嵐が小さく一言呟けば、嵐を守るように暴風が結界の如く吹き荒れたのだ。直後、展開された暴風の防御壁と剛腕の一撃が轟音を伴ってぶつかる。

 

「ハハッ、そんなチンケな風で防げるかよっ‼︎脳無っ、そのまま叩き潰し…………はっ?」

 

死柄木はその暴風の防御ごと脳無が嵐を殴り潰す未来でも期待していたのか、ニタニタと手の下で不気味に笑っていたものの、次の瞬間には驚愕へと変わっていた。

それは、目の前の光景が彼の予想とは真逆のものだったから。

 

「おい、何やってんだよ脳無っ‼︎何でお前のパンチが力負けして()()()()()()()ッッ‼︎⁉︎」

 

彼の言葉通り、暴風の防御壁に打ち付けられた脳無の拳は吹き荒れる暴風によって拳の先端から徐々に削岩機に触れてしまったが如く削られ、ググッと押されつつあったのだ。

脳無は右手が手首まで削られたところで、左腕も振り上げて防御壁を殴りつける。確かな剛力を以て振るわれたそれは、しかし、砕くことはなく、逆に右手の末路を辿るかのように同じく削られつつあった。

嵐はそれを紅い眼光で静かに睨むと、ゆらりと動き《天嵐羽衣》を解除した瞬間、左の扇を振るった。

 

「《狂飆・雲薙ぎ》」

 

直後、防御壁が消えたことでつんのめる脳無の全身を圧倒的なまでの暴風が殴りつけて脳無の巨体を大きく吹き飛ばした。

 

「「は?」」

 

自分達の真上を通り過ぎ、彼らから離れた地面を何度もバウンドして転がる脳無が信じられなかったのか、死柄木と黒霧がそんな間抜けた声をハモらせる中、嵐は脳無に向けて静かに歩き出す。

 

「人間態で出せるほぼ最大出力の《天嵐羽衣》に対し、テメェは吹き飛ばずにあろうことか殴りつけた。

…‥…あぁ、確かにテメェのパワーはオールマイト並みで対オールマイト用に調整された改造人間ってのはよく分かった。テメェはそれだけのパワーで先生を殴ったんだなっ」

 

確かにこれだけのパワーで殴られれば、パワーに秀でていない相澤では一たまりもないだろう。

だからこそ、本当に危なかった。もしも嵐が救けに来るのが僅かにでも遅れれば、確実に相澤の頭は握り潰されていただろうし、直前に襲い掛かろうとしていた蛙吹も死んでいたはずだ。

その事実を再認識し、彼の怒りが更に膨れ上がる。怒りの炎が燃え上がり、鼓動が早く打ち自身の身体能力が更に上昇していく。

 

「ここにいる奴らは誰も死なせねぇ‼︎‼︎全員俺が護りきるっ‼︎‼︎」

 

過去の悲劇を繰り返さないために、嵐はここにいる全員を最後まで護り抜く意志を確かにし高まる気炎のままに吼える。

そして、嵐が更に怒り睨む視線の先にいる死柄木は、嵐の殺気に満ちた眼光に明らかに怯えながらも、首をガリガリと掻きむしりながら苛立ちの声を上げていた。

 

「な、なんだよっ‼︎いくら若鳥といえ、学生相手に脳無が吹っ飛ばされただとっ…‼︎⁉︎そんなこと、あるわけがねぇっ‼︎」

 

血が滲んでも尚、掻きむしり現実を否定しようとする死柄木の隣で、彼が苛立っていたおかげで幾分か冷静さを取り戻せた黒霧は小声で彼を落ち着かせる。

 

「死柄木弔、まだ終わりではありません。確かに脳無が吹き飛ばされたのは驚きですが、あの脳無は超再生だけでなく、ショック吸収の個性も持つ対オールマイト用に調整された者、そう簡単にやられることはないでしょう」

 

黒霧の言葉に死柄木は掻きむしる手をぴたりと止めると、深呼吸を繰り返して落ち着かせると歪んだ笑みを浮かべる。

 

「あ、ああ、そうだよな。あの脳無は()()がくれたんだ。そこらの学生に負けるほどやわにできてない。おい、脳無とっとと立てよっ、まだ終わりじゃねぇだろっ‼︎とっとと起きて、あのガキを今度こそ殺せっ‼︎‼︎

調子乗ったガキに敵の恐ろしさを教えてやれっ‼︎‼︎」

 

脳無は死柄木の言葉に応え、何事もなかったかのように立ち上がると、万全だという風に腕を回しながら、嵐に向けて再び接近する。

嵐はそれに対し、剣と扇を持った両腕を大きく広げると、脳無に向けて歩きながら呟いた。

 

「《天嵐ノ舞(てんらんのまい)》———行くぞ」

 

直後、嵐は鋭い牙を剥き出しにし怒り狂う本能が突き動かすままに天に向かって大きく吼えた。

 

 

 

ガアアァァァ—————————ァアッッ‼︎‼︎

 

 

 

地鳴りを伴い、大気をビリビリと震動させ、USJの巨大なドームすら揺るがせるほどの威力を秘めた咆哮をあげると、嵐もまた脳無を滅ぼさんと地面を踏み砕きながら暴風を纏って飛翔する。

 

 

 

そして、遂に感情のない殺戮兵器である化け物と、厄災の力を振るう怪物が激突する。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

USJの出入り口前の広場、嵐と脳無が激闘を繰り広げ始めた一方で、激戦区を大きく迂回して移動していた耳郎、八百万、上鳴が元々広場にいた者達の元へと合流した。

 

「皆大丈夫っ⁉︎」

「響香ちゃんっ‼︎それに百ちゃんも上鳴ちゃんも‼︎三人とも無事でよかったわ」

「私達は大丈夫だけど、先生達が……」

 

広場に集まるクラスメイト達に誰一人怪我人がいないことに耳郎達は安堵するも、うつ伏せに寝かされている13号と寝かされたままピクリとも動かない相澤のボロボロな姿に彼女達の表情がこわばる。

 

「な、何だよ相澤先生のこの傷、ボロボロじゃねぇかっ⁉︎」

「多分、あの脳味噌の敵の仕業、だよね?」

「う、うん、相澤先生はほぼ一撃でやられたんだ」

「「っっ」」

 

実際にその場を見ていた緑谷の言葉に二人が驚く傍らで、八百万はすぐに真剣な表情を浮かべると、二人に駆け寄りながら委員長より託された役目を果たす為に嵐と脳無の激闘を見て驚き慌てるクラスメイト達に素早く指示を出していく。

 

「皆さん、落ち着いてください‼︎あの敵は八雲さんが相手をしてくれています。ですから、私達は私達でできることをやりましょうっ‼︎

瀬呂さん、砂藤さん、緑谷さん、峰田さんは周囲の警戒を行なってください‼︎耳郎さん、障子さんは個性で散らばっている皆さんの補足をっ‼︎‼︎麗日さん、芦戸さん、蛙吹さんは私が今から応急処置の道具を創造しますので、指示通りに手当をお願いします‼︎では、皆さん行動を開始してくださいっ‼︎‼︎」

『……了解っ‼︎‼︎』

 

素早く的確な指示を出していく八百万の姿に、耳郎と上鳴以外はすぐに驚いたものの、すぐに表情を引き締めると、八百万の指示にすんなりと従い各々が役割を果たす為に行動を開始する。

八百万は相澤と13号の間に片膝をつくと、躊躇なく戦闘服の胸元を大胆に開き、応急処置に必要な道具の創造を始め、救命に全力を尽くす。

 

そして、ドーム内の索敵を任された耳郎と障子は階段手前まで移動して耳郎はプラグを地面に突き刺して、障子は目や耳を複製して索敵を開始する。各々が動く中、障子は索敵をしつつも耳郎に尋ねる。

 

「………耳郎、八雲は勝てると思うか?あの敵に」

 

障子の視線の先には、熾烈な激闘を繰り広げる嵐の姿がある。遠くから見ただけでもあの脳無とやらが圧倒的な力を秘めていることは理解できる故に、嵐の身を案じていたのだ。しかし、そんな障子の心配そうな問いかけに耳郎は迷うことなくはっきりと断言する。

 

「大丈夫。あいつなら勝てるよ。だから、あいつの事、障子も信じてあげてよ」

 

耳郎の信頼に満ちた言葉に障子は目を見張ると、次の瞬間には小さく笑みを浮かべた。

 

「……ああ、そうだな。ならば、俺も信じよう。俺が、俺達が皆信頼を託すリーダーの勝利を」

「うんっ‼︎」

 

耳郎が満足げに頷く中、救命にあたる八百万が声を張り上げる。

 

「皆さんどうか八雲さんを信じてくださいっ‼︎八雲さんならあの敵にも勝てますっ‼︎‼︎ですから、彼が戻ってきた時に、安心できるように誰一人死なせないようにすること、それが私達が今できることですっ‼︎‼︎」

 

最初こそ嵐が行くことに反対していた彼女だったが、嵐の実力や誰よりも大きい信頼を寄せる耳郎の言葉に、彼の勝利を信じようと思えたからこそ出た言葉。

彼女の声は、広場に響き未だ不安に囚われていたクラスメイト達の心を鼓舞させた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

互いが互いを殺す為に飛び出し二つの影が交差した瞬間に、お互いが素早く得物を振るう。

脳無は黒い剛腕を。嵐は暴風纏う黒刀を。

 

お互い地面を砕くほどの力強い踏み込みで全身に力を巡らせ、脳無は巨体と怪力にものを言わせた渾身の剛拳を、嵐は暴風を纏わせ加速させた黒刀を振り抜き激突させる。

轟音を鳴らして両者の得物が激突した瞬間、壮絶な衝撃波が巻き起こり周囲へと放たれた。

凄まじい衝撃波がドーム内を駆け抜け、湖の水面を波立たせ、木々を引き抜かんとする。

二人の激突地点から、少し離れた場所にいた死柄木達にもその暴風は吹き付けており、彼らを容易く吹き飛ばし強制的に距離を取らせる。

そうして、始まるのは打撃と斬撃の凄まじい応酬だ。

 

「ゼェアアァァァァァァァァァァァァッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」

「ッッ‼︎」

 

嵐が雄叫びを上げながら剣扇をさながら舞を踊るかのように振るい、脳無が無言のまま剛拳のラッシュを放つ。毎秒数回檄音を奏でるその応酬はぶつかる度に周囲に衝撃波を放った。

そして、嵐由来の素材で作られた為か黒刀と白扇は彼の怒りに呼応して、黒刀は黄金の波紋を輝かせ、白扇は山吹色の模様を真紅へと変えて妖しく輝かせており、彼は黄金と真紅、二つの残光を従えながら剣扇を振るいオールマイト用に調整された脳無と真正面から渡り合った。

 

《天嵐ノ舞》

 

それは風、水、剣術に鉄扇術、体術、そして、能楽の舞踊を織り交ぜた剣扇一体の戦闘用にアレンジされた舞踊であり、嵐と師匠巴が完成させた、彼オリジナルの彼だけの複合武術だ。

彼が有する全ての技の根幹にある基本戦術であり、この舞があって初めて嵐の戦いは成立する。

嵐はこの舞を以て、己の闘争心を表現する。

時に優雅に、時に苛烈に。

武術に存在しない型、存在する型、彼が今まで培った経験の全てを結集して昇華させた戦闘舞踊を以て、天衣無縫の剣扇を振るうのだ。

そして、その舞を以て嵐はオールマイト並みの強さに調整された脳無と凄まじい死闘を繰り広げている。

 

「な、なんだよっ‼︎おいっ、脳無なに遊んでやがるっ‼︎‼︎なんでそんな棒切れ二本へし折れねぇんだっ‼︎‼︎何でテメェが脳無と互角に渡り合えてるんだよっ‼︎⁉︎」

 

あの脳無と互角の激闘を繰り広げる嵐の存在に死柄木が苛立ちつつ驚愕の声を上げる。

一発一発が致命傷級の拳の連打を嵐が真っ向から打ち返している事実が信じられなかったのだ。しかも、時折腹や顔面に拳が当たってはいるものの嵐は全く怯まずに雄叫びを上げながら反撃してくるのだ。

そして、叫ぶ死柄木の傍で黒霧は一見冷静そうであったものの、その内心では動揺していた。

 

(なんだあの青年はっ⁉︎学生の身だというのにどうしてあれだけ戦える⁉︎いや、そもそもあの脳無と互角に渡り合うなどオールマイトでない限りは、不可能なはずっ‼︎‼︎それを可能にしている彼のあの個性はなんだっ⁉︎)

 

黒霧もまた嵐のあの桁外れな強さに驚愕を禁じ得なかった。あの脳無がオールマイト用に調整された個体であることは確認済みで、そのパワーも申し分ないものだった。

だが、目の前ではオールマイトではなくまだ学生の身であるはずの嵐が互角に渡り合っており、それを可能にする個性の正体が全く分からなかった。

しかし、外野が何かを叫び、考えたところで状況は何も変わるはずもなく、二人の壮絶な激闘はそのまま続いた。

 

「《凶槍・空穿ち》ッッ‼︎‼︎」

 

数十合打ち合ったところで、嵐は腕を引き暴風を纏わせた黒刀を弓のように引き絞ると鋭い刺突を見舞う。

渦巻く風の槍は脳無の右腕を肩ごと根本から吹き飛ばす。しかし、それは数秒とたたずに直ぐに再生してしまう。

だが、それでも嵐は攻撃の手を緩めない。

 

「《凶槌・風爆衝》ッッ‼︎‼︎」

 

今度は扇に纏わせた風を圧縮し、形成した暴風の大槌を鳩尾に突き出す。先程の応酬よりも凄まじい打撃音が脳無の肉体から響き、超至近距離で戦う嵐の耳に乾いた音が連続で聞こえ、脳無の巨体が僅かに揺らぐ。

 

先程の二人の会話で脳無にはショック吸収という打撃の影響を軽減する個性もある事は認識済み。だが、そんなこと知ったことじゃない。

 

(衝撃を吸収しちまうのなら、吸収できねぇ程の威力を叩き込めばいい話だろうがっ‼︎‼︎)

 

ショック吸収などというござかしい小細工。そんなもの上からねじ伏せればいいだけの話。

そして、それを可能にするだけの破壊力が嵐にはある。

 

《狂飆・雲薙ぎ》でその吸収できる上限はある程度把握できた。ならば、その風力を維持して圧倒すればいいだけの話だ。

元々、加減などするつもりはない。彼らを殺すつもりで嵐は戦っている。彼らは嵐を激怒させた。大切な者達を傷つけた。それだけで、嵐には彼らを蹂躙する理由になり得る。

 

肋骨が全て砕かれ、内臓にも少なからず影響があったであろう脳無は僅かに揺らいだのだ。その僅かな一瞬を、嵐は見逃さない。

 

「《惨華・狂咲き》ィィッッ‼︎‼︎」

 

続いて、嵐は剣扇を振るい百を超える風の斬撃を一呼吸の間に放つ。

風を纏わせるだけでなく、彼の怪力も加わったことで脳無の知覚をも超えた神速で振るわれた斬撃は脳無に防御の隙も与えずにザザザザザザザンッと連続した斬撃音を伴って彼の全身を斬り刻む。

全身から鮮血を噴き出した脳無は身体内部の再生を行うのと同時に、全身の裂傷に視線を向けて再生を並行しつつ顔を上げて気づく。

 

———どういうわけか、目の前から嵐の姿が消えていた。

 

「……っ?」

 

直後、感じたのは両肩から先の喪失感。

そして、視界の端を舞う自分の両腕を見て脳無は何事かと首を傾げていたのだ。

答えは至極単純。嵐が暴風で自分の体を浮かせながら、尻尾を地面に打ち付けて、脳無の視界から強引に外れ背後に回り込んで両腕を斬り落としただけの話だ。

更にその直後、両足の感覚が突如なくなり、脳無は視線が急激に落ちる。

いつのまにか両腕だけでなく両足も太腿から先が斬り落とされており、支えを失った巨体が地面へと落ちようとしていたのだ。

しかし、地面に身体が接する直前、脳無の首に嵐の尻尾が巻きつきその巨体を持ち上げた。

 

「タダで寝かせるわけがねぇだろっ‼︎‼︎このままぶっ潰してやるっ‼︎‼︎」

 

そう叫ぶや、嵐は風を纏って飛び上がると、勢い良く身を回転させながら、脳無の巨体をモグラ叩きをするかのように地面に何度も叩きつけていく。

地面が砕けるほどの叩きつけを連続で受けた脳無は、相変わらず無表情だったが心なしか苛立っているように見えた。

 

「……っ!」

「ッッ、チィッ‼︎」

 

脳無は四肢の再生を済ませると首に巻きつく尻尾をすかさず掴む。反応が遅れた嵐はすかさずつかむ両腕を切り落とそうとするも、それよりも先に脳無が地面を踏みしめながら、お返しと言わんばかりに勢いよく嵐を地面へと叩きつけた。

 

「グッ、ハッ」

 

地面が捲れ上がるほどの強烈な叩きつけは、受け身を取ってもなお全身に響き、流石の嵐でも思わず苦悶の声をあげる。

そして、鈍痛に呻く嵐の腹部を脳無が勢いよく踏みつけながら、両拳を振り上げるのを嵐は見た。

 

「ッッ⁉︎」

 

まずいと思った時には既に遅く、嵐の顔面に剛拳のラッシュが降り注ぐ。凄まじい轟音を伴う打撃の乱打は余波で地面に何度も亀裂を入れるほどだ。

それを見た死柄木は腕を大きく広げながら、哄笑をする。

 

「そうだよなぁ、お前が負けるわけねぇよなっ‼︎‼︎いいぞ脳無っ‼︎そのままミンチになるまで殴り続けろっ‼︎‼︎」

 

死柄木の哄笑が響く中、嵐が拳のラッシュに呑まれている姿に、二人の戦いを固唾を飲んで見守っていたクラスメイト達が思わず息を呑む。

 

「お、おい大丈夫なのかよあれぇっ⁉︎」

「や、八雲君っ……!」

「あ、あんなのくらい続けたらいくらあいつでもっ……」

 

峰田、麗日、砂藤が恐怖に引き攣った声を上げる。相澤がたった一撃であれほどの重傷を負ったのだ。いくら頑丈な嵐といえどその連打など、想像するだけで恐ろしいだろう。

 

「八雲っ……」

「………っ」

 

障子と耳郎も拳を握りしめながらも、他の者達とは違い信じるように見守る中、不意に脳無の両腕が止まる。

 

『ッッ⁉︎』

 

何事かと見れば、脳無の両手首を嵐が掴んでいたのだ。彼はずっと耐え続けていたのだ。ラッシュを受ける直前、間一髪で嵐は両腕を交差させての防御に成功しており、今の今までずっと受け止め続けていたのだ。

絶え間なく続く豪雨が如き剛拳の乱打に、彼は全身に鈍痛が広がっていたものの、それでも持ち前の頑丈さで耐え抜き、見事腕を止めることに成功した。

動きが止まった一瞬、嵐はすかさずに顎門を開き、咆哮と共に白い閃光を放つ。

 

キイィアァァァァ—————————ァアッッ‼︎‼︎

 

鋭い咆哮と共に放たれた白い閃光のように見えたそれは、超高圧縮された高圧水流だ。

嵐の体内にある特殊な内臓器官『嵐気胞』に貯められ超高密度に圧縮された水をブレスとして解き放ったのだ。

放たれた水流は脳無の腹部に直撃し、彼の巨体を削りながら呑み込み天井スレスレまで打ち上げる。

やがて、ブレスが切れ露わになった脳無は上半身の前面が大きく抉られており、抉られた筋肉や内臓が露出していた。顔も尖った口が半分ほど削られている。

 

破壊的な威力を秘める嵐の水流ブレスは大地を大きく削れるほどなのだが、流石はオールマイト並みに調整された怪物。その頑強すぎる筋肉の鎧が上半身を大きく抉る程度にとどめたようだ。

そして、再生を行いながら、落ちてくる脳無だったが、そこに二度目の水流が襲いかかった。

立ち上がった嵐が再び顎門を開いて、脳無に向けて連射したのだ。

今度は両腕をクロスして耐えようとした脳無だったが、その防御を嘲笑うかのように脳無の両腕が粉々に粉砕し千切られるも、次こそ脳無の身体を完全に穿った。

 

脳無の身体を水流が突き抜けて、その背後ドームの天井の壁すらも貫いてドームの一部を完全に破壊した。空いた穴からは黒く染まった荒天が覗いている。

胴体に大きな風穴を開けた脳無はぼろ切れのように宙を舞うと死柄木の手前の地面をバウンドして彼の目の前に転がる。

 

「な、なんだよあいつっ!風だけじゃねぇのかよっ⁉︎なんで水も使えんだよっ⁉︎パワーも速度もオールマイト並みだし、あんなんチートじゃねぇかっ‼︎‼︎くそっくそくそくそ、ふざけんなぁぁっ‼︎‼︎」

 

彼を圧倒していたと思っていた脳無が、彼の思わぬ反撃によりボロ雑巾のように転がる姿を目にし、首を血が出てもなおガリガリと掻きむしりながら、苛立ちと憎悪のままに叫ぶ。

そうして苛立ち八つ当たりするように叫び散らす死柄木を見る嵐は、冷めた口調で呟いた。

 

「…………最初から思っていたが、テメェガキだな」

「………あぁ?」

 

冷ややかな声でそう侮辱された死柄木は掻きむしる手をピタリと止めて、低い声を上げる。

ともすれば、怖気すら感じるであろうその声を前に嵐は呆れた表情を浮かべる。

 

「精神年齢がガキつってんだよ、この大馬鹿が。そこに転がってる木偶の坊をまるで買ってもらったばかりの玩具を見せつけるかのように自慢し、しかも、自分の思い通りに行かなきゃ癇癪起こして八つ当たりの逆ギレ。それが精神年齢がガキの子供大人と言わねぇでなんて言えばいいんだ?」

「このっ、ガキがっ、言わせておけばぁっ‼︎‼︎」

 

嵐の明らかな侮辱に死柄木は怒りにわなわなと身を震わせながら、殺気に満ちた視線を向ける。だが、嵐にとってはそんなもの、そこらのチンピラと同じ程度であり、大したものでは無い。

そして、死柄木は目の前に転がる脳無に視線を向けると苛立ちのままに叫ぶ。

 

「おい脳無っ、さっさと立てっ‼︎‼︎まだ戦えるだろっ‼︎早く立ってあのガキをとっとと殺せッッ‼︎‼︎」

「………っ」

 

死柄木の言葉に脳無の身体がピクリと反応する。そして、脳無の傷口からボコと肉が盛り上がると数秒もしないうちに元通りに再生してしまったのだ。

嵐のこれまでの蹂躙を意に介さずにむくりと立ち上がる脳無に、死柄木は苛立ちを一転させ子供のように無邪気に笑った。

 

「は、ははっ、そう、そうだよ。そうだよなっ‼︎‼︎先生がくれた脳無が、お前なんかに壊されるわけがないんだっ‼︎‼︎脳無は俺達の切り札なんだっ‼︎それが、たかだか学生一人に潰されるわけがないっ‼︎‼︎いくらお前が強くても、限界があるお前と比べて脳無は無限に戦えるっ‼︎‼︎お前は自分が勝ったように言ってるけどな、限界のあるお前じゃ勝てないんだよっ‼︎‼︎」

 

脳無の強さを信じきっているからだろうか、脳無が再び立ち上がったことに歓喜に身を震わせている死柄木は脳無へと再び命令する。

 

「さぁ行けっ脳無っ‼︎‼︎どれだけ再生してもいいっ‼︎‼︎あのガキを殺すまで絶対に動きを止めるなっ‼︎‼︎そうすれば、このゲーム俺達の勝ちだっ‼︎‼︎」

 

死柄木の歓喜の命令に従い、脳無は両足に力を込めて再び飛び出した。

嵐は迫る脳無を静かに睨みながら、独り言のように呟く。

 

「膂力、速度、強度は確かに申し分ねぇ。だが、それを使いこなす為の技術が全くねぇな。ただただ力任せに暴れてるだけだ。『武』を全く使いこなせてねぇ。だから」

 

既に目の前まで迫っている脳無が彼の頭めがけて拳を振り下ろす。だが、それを嵐は決して早くはない緩やかな動きで躱すと、

 

「もう見切れる」

 

すれ違いざまに嵐は黒刀を振り上げて右腕を容易く斬り飛ばした。続けて、振り返りながら振るわれた残った片腕も白扇で呆気なく斬り落とすと、更に風を纏った尻尾の薙ぎ払いが脳無の脇腹を打ち据えて大きく吹き飛ばしたのだ。

 

「で、誰が勝てないって?」

「……は………?」

 

最小限の動作で脳無の両腕が斬り飛ばされ吹き飛ばされた事に、彼の理解が追いついていないのか間抜けた声をあげて固まってしまう。

そんな彼に対して、そう言い放った嵐は答えることすらできない死柄木に振り向くと、次は彼を潰そうと足に力を込めるも、視界に影が落ちるのを見てそちらへと振り向く。

見れば、既に再生を済ませた脳無がそこにはいて、先程と同じように嵐に拳を振りかぶっていた。死柄木の命令通り、嵐を殺すまで動きを止めないつもりなのだろう。

だが、

 

「………もう見切ったって言ったはずだ」

 

嵐は脳無を一瞥し呆れるように言い放つと、無造作に扇を振り上げる。

扇からは《狂飆・雲薙ぎ》による暴風が放たれ、脳無を容易く吹き飛ばしたのだ。再び宙を舞う脳無に嵐は剣扇を構えながら飛翔し脳無に接近する。

 

「《飛翼・風斬羽———六連》」

 

疾風の如き速度で飛翔しながら敵と交差した瞬間に斬りつける技を嵐は空中で停止し再び飛び出す事で六連続繰り出す。

風が爆ぜる音が6度響き、脳無の身体が右腕、左腕、両脚と斬り飛ばされ、胴体、背中に二筋ずつの裂創が刻まれ、最後に胴体を斬り裂かれ上半身と下半身が別れた。

身体を六つに切り分けられた脳無は地面へとバラバラに落ちていく。再生するにしても胴体を泣き別れされては、しばらく時間はかかるだろう。出来なければそのまま死ねばいい。

そして、脳無がバラバラに斬り裂かれた光景に今度こそ死柄木の顔が恐怖に染まった。

 

「な、なんだよテメェっ‼︎なんなんだよっそのふざけた強さはぁっ‼︎オールマイトでもねぇテメェみてぇなガキがどうして脳無を圧倒できるんだよっ‼︎‼︎ふざけんなよっ、このチートのバケモノがぁっ‼︎‼︎」

「………………」

 

恐怖に怯えながらも恨みがましそうな目を向けてそう叫ぶ死柄木に、嵐は無言で視線を向けると、次の瞬間には死柄木の目の前に移動し、そのまま両脚を斬っていた。

 

「ぎ、あぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎」

「死柄木弔っ⁉︎グハァッ⁉︎」

 

斬り落とされはしなかったものの、太腿を深く斬られており鮮血が噴き出す。両脚を切られた激痛に地面を転がりながら悲鳴を上げる死柄木に、黒霧が慌てて近寄ろうとするも、嵐の回し蹴りがちょうど彼の首周りの金属のガードに当たり彼を蹴り飛ばす。

嵐が最初に一撃見舞った時は靄にあたりすり抜けてしまったが、彼の『危ない』という発言や服を着ていることから実体がある事に彼は気づいており、そこを狙ったのだ。

そして、地面を転がる黒霧に嵐が白扇を向けて構えた。すると、黒霧を風が包み込み拘束したのだ。

 

「《空絶(くうぜつ)風縛牢(ふうばくろう)》。テメェはそこで大人しくしてろ」

「ぐっ、動けんっ」

 

黒霧を風が包みこんで牢屋のようにして彼の肉体を圧迫する。圧し潰され肉体が軋む痛みに黒霧は靄を広げられずワープが出来なくなっていた。

黒霧を完全拘束した嵐は自身の眼前でいまだに苦痛に喘ぐ死柄木を見下ろす。

 

「ぐっ、あぁぁぁぁっっ‼︎‼︎このっ、バケモンがぁぁ‼︎」

 

血が溢れる両脚を抑えながら悶絶する死柄木は、殺気に血走った瞳を嵐に向けていた。

嵐は睨む死柄木を睥睨すると、足を振り上げ右肘を踏み砕いた。

バギィッと嫌な音がして、死柄木の右肘が砕かれる。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっ⁉︎」

 

ドーム内に死柄木の絶叫が木霊する。しかし、それだけでは終わらない。今度は左肘に尻尾が巻き付き、ぐしゃりと握り潰した。その次は、頭部を数度地面に亀裂ができるほどの威力で踏みつけていく。

 

「ぎぃ、あぁぁぁぁぁっ⁉︎や、やめっっ、ぐがっ、がはっ⁉︎げばっ⁉︎ごはっ⁉︎」

 

再び襲いかかった激痛に死柄木は悲鳴を上げながら、やめろと言おうとしていたものの続いた激痛に悲鳴しか上げられなくなる。

その光景にクラスメイト達はかつて耳郎達が抱いていたように、嵐に対して恐怖の感情を抱いてしまっていた。

彼らの反応など知らない嵐は最後に胸を踏みつけて抑えると、荒い呼吸を繰り返す死柄木を見下ろしながら殺意に満ちた眼光を向け口を開いた。

 

「因果応報だ。テメェは脳無に命じて、相澤先生をあんなにボロボロにした。テメェがやった事だ。だったら、テメェ自身に跳ね返っても文句は言えねぇだろ?」

「……ひっ…ぁあ……」

 

死柄木の喉から引き攣った悲鳴が零れた。

嵐の殺意に満ちた紅い眼光や彼自身が放つ気迫に、死柄木の本能が呑まれ彼に本能的恐怖を抱く。恐怖により震え始めた死柄木に嵐は怒りが滲む口調で静かに告げる。

 

「本来なら、テメェはこの後警察に引き渡して尋問し背後関係を吐かせるのが道理だ。だが、そんなことは俺にはどうでもいい。今ここでテメェらは全員俺が殺す。テメェらは俺の縄張りに入って好き勝手し、俺の大切な仲間達を傷つけた。…………テメェらは俺の逆鱗に触れた。それが、テメェらが今ここで滅ぶ理由だ」

「………っっ‼︎⁉︎」

 

縄張りに入り、大切な者達を傷つけた。

たったそれだけ、されど嵐にとっては彼らを滅ぼす為の十分な理由になり得るのだ。

それは、『人間』の理屈ではなく、生態系、弱肉強食の世界の枠組みすら超越した別次元にいる絶対的存在である『龍』の本能によるもの。

嵐はヒーローを目指す人間の理性ではなく、怒り狂う嵐龍の本能のままに彼らを殺そうとしているのだ。

 

死柄木はその理由を知らずとも、自分を見下ろす紅い瞳から、彼が本気で自分たちを殺そうとしている事を理解してしまった。

それは黒霧も同様であり、彼は焦った声をあげて身を捩らせる。

 

「死柄木、弔っ……ぐぁぁっ‼︎」

「黒霧っ!」

「大人しくしてろって言ったよなぁ?テメェから先に死にてぇか?」

「ぐっ、おぉぉっ⁉︎」

 

声をあげて身を捩らせた黒霧は直後、苦悶の声を上げる。嵐が風の圧力を強めたからだ。死柄木が思わず彼の名を呼ぶ中、嵐の冷酷な声音が淡々と響き、黒霧の悲鳴も響く。

しかし、黒霧は苦痛に悶えながらも絞り出すように声をあげた。

 

「ぐっ、わ、私は、死柄木弔を守る者っ‼︎彼を殺すのならば、私から先に殺せっ‼︎‼︎」

「……………」

 

死柄木を守ろうとするために我が身を差し出す黒霧に嵐はしばらく彼を無言で見ていたが、やがて、

 

「くだらねぇ」

 

心底つまらなそうに、吐き捨てた。

 

「あんな人の尊厳を踏み躙るような愚物を嬉々として使うテメェらに人の心が残っているとはな。なぁ、テメェらはどうしてあんなのを平気で使えるんだ?テメェらは人の命をなんだと思ってるんだ?何が楽しいんだ?何が面白いんだ?あぁ別に答えなくていいぞ。聞いたところで、俺の期待する答えが返ってくるわけねぇからな」

 

そう一人で自己完結した嵐は、死柄木へと視線を戻しながら、はっきりと告げた。

 

「もう時間も惜しい。とっとと終わらせるか」

 

そういうと、徐に嵐は深く息を吸い込み始めると顎門を開く。そこには水が圧縮されており、真下にいる死柄木には渦を巻く白い波濤がはっきりと見えた。 

バカでも理解できる。嵐はあの脳無を穿ったブレスをこの超至近距離で放ち死柄木の頭を消し飛ばそうとしているのだ。

 

「………くそっ‼︎このっ、離せっ‼︎‼︎クソっ‼︎クソぉぉっ‼︎‼︎」

 

確実に殺される。

迫る死の恐怖に、自分を見下ろす塵芥でも見るような紅い瞳に、死柄木はぞわりと背筋に寒気が走り恐怖に慄きながら、必死に身を捩らせ逃げようとするものの嵐の踏み付けは全く緩まない。

 

「くそっくそくそくそっ‼︎ふざけんなよっこのバケモンがっ‼︎‼︎初手からデスゲーやらせやがって‼︎‼︎こんな理不尽あってたまるかっ‼︎‼︎くそっ、お前らが嫌いだっ‼︎ヒーローも、この社会も何もかもが嫌いだっ‼︎‼︎失せろっ‼︎消えろっ‼︎死ねっ‼︎死ねっ‼︎‼︎全部全部死にやがれぇぇぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎」

 

苦し紛れの抵抗とでもいうべきか、死柄木は必死に身を捩らせながら、憎しみに満ちた叫び声を上げ、嵐を殺気が宿る眼光で睨む。だが、そんなもの無駄な抵抗にすぎず、嵐を止めることはできない。

 

その様子を遠くから見ていたクラスメイト達は嵐が敵とは言え人殺しをやろうとしていることに青ざめながら、慌てて声をあげて彼を止めようとする。耳郎と障子、緑谷に至っては叫びながら既に飛び出していた。

しかし、それでも彼らが嵐に辿り着くよりも先にブレスは放たれるだろう。

 

「———消えろ」

「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎」

 

そして、死柄木の慟哭が響く中、彼を完全に消し飛ばすべくブレスを解き放とうとした瞬間、バシャと水音が聞こえ腐ったような異臭が漂う。

 

「……?なんだ?」

 

嵐は突如感じたソレにブレスを中断させて訝しむようにそちらを睨む。見れば、中空に黒い汚泥のような水が浮いており、バシャバシャと噴き出ていたのだ。

死柄木達にも意識を向けながら、一切の警戒心を緩めず瞬きすらせずに水の動きに注視していると、突如そこから漆黒の炎が噴き出したのだ。しかも、その炎の矛先は死柄木を踏みつける嵐に向いていた。

 

「っっ‼︎‼︎」

 

嵐はすぐに死柄木から飛び退いて大きく距離をとる。

 

「チッ、新手かっ」

 

剣扇を構えて憎らしげにつぶやくと、黒い汚泥を睨みつけ警戒する。黒炎が外れたことを察したか知らないが、嵐が警戒する先で水の中から何者かが姿を現した。

 

現れたのは、一人の女だ。

 

まず見えたのは、黒に赤い炎を模した紋様が刻まれている黒赤の耳のない狐面と、嵐の髪とは違い、色素が抜け落ちたかのような白い長髪と本物の狐耳。

面から覗く瞳は、血のような真紅で禍々しく輝いている。

続いて水の中から伸びるのは瞳同様紅い鉤爪の生えた両腕だ。両腕は二の腕から先が白く、二の腕から肩にかけては黒い皮膚に覆われている。

更に現れたのは、豊満な肉体を包む白を基調とした巫女服のような格好。

靴などの類は履いておらず、袴に似た腰巻きから覗く脚は腕と同様膝から下が白く、太腿は黒い。爪先には紅い鉤爪が備わっている。

面の下は分からないが、服の間から覗く皮膚は二の腕と膝から先以外は例外なく漆黒色であり、全身に真紅の紋様が浮かんでいた。

 

そして、最後に最も特徴的なのが姿を見せる。それは髪と同じ白色で、先端部分が鉤爪と同じ真紅色の毛皮の()()()()()()()だった。

 

「尾が……九本……だと………?」

 

嵐は全貌を見せた新たな敵に、目を見開き僅かに動揺する。

狐の尻尾を持つ個性は別におかしくはない。だが、肝心なのは本数だ。なぜ、彼女に九本の尻尾がある?偶然か、あるいは………

 

彼女の姿に動揺する嵐をよそに、その女は死柄木達を守る様に立つと、彼らへと視線を向けた。

 

『死柄木、黒霧、どうやら手酷くやられたようだな』

 

変声機でも使っているのか彼女の声は機械音声の無機質なものであった。死柄木はその場から起き上がることすらできず、倒れたまま途切れ途切れに声を出す。

 

「ぐっ……は、白妖(はくよう)……なんで、お前が、ここに?」

()()()から万が一に備えて様子を見てきてほしいと言われたのだ。初めは静観するつもりだったが、状況を見るからに君が危なそうだったからな、こうして介入した次第だ』

「………正直、助かったぜ。あと一瞬遅けりゃ、俺は殺されてたよ」

『そうか。間に合って何よりだな。それで黒霧、君はその牢から抜け出せないのか?』

 

白妖。そう呼ばれた彼女は、淡々と無機質な口調で僅かに安堵すると、風で拘束されたままの黒霧へと声をかけた。

黒霧は苦しそうにしながら詫びる。

 

「すみません。私では、ここから抜け出すのは難しい」

『君が抜け出せないほどの風の牢か。なるほど、それはさぞかし強固なんだろう。確かに君では脱出は不可能だな。いいだろう、私が手助けしよう』

 

そう言って彼女は右腕を翳して風牢に手を差し込む。吹き荒れる暴風が彼女の手を弾こうとするも、構わずに強引に中に手を差し込んだ彼女は、内側から黒炎と()()()()()()を放って《空絶・風縛牢》を喰い破ったのだ。

風の牢獄が破られ霧散したことに、嵐は目を見開いて驚愕をあらわにする。

 

(俺の《風縛牢》を破りやがったっ‼︎⁉︎)

 

嵐の《空絶・風縛牢》はいわば、吹き荒れる風で対象を包み込んで拘束する技。使い方次第では、捕らえた敵を風圧で圧壊することも可能であり、吹き荒れる風で内外両面からの攻撃を弾くことで、脱出不可の牢獄にする技。

かなりの強度で構築した風牢を、彼女は破いた。ソレができる事自体並大抵の存在じゃない。嵐は一気に警戒レベルを引き上げると、緊張が混じる声音で静かに尋ねる。

 

「テメェは……何者だ…?」

 

問いかけられた女は、嵐へと向き直るとあっさりと名乗った。

 

『私の名は白妖。敵連合に属し、黒霧とは対となる、死柄木弔の敵を排除する爪牙だ。見たところ、君が脳無をも圧倒し死柄木達を追い詰めたようだな』

「だとしたら、どうする?」

 

一切警戒を緩めない嵐は緊張が滲む声音のままそう尋ね返した。

 

『なに、簡単だ。死柄木の脅威である君を殺すだけの話だ。ちょうど、脳無も再生し終わった様だしな。二人がかりで君を殺そう』

 

その言葉の直後、白妖の隣に黒い影が着地する。その影は——脳無だ。先程胴体をぶった斬ったはずなのに、肉体は繋がっており、四肢も元に戻っている。

 

「チッ……あれでも再生するのかよっ」

『あの脳無をここまで追い詰めたのだ。君は自分の強さに自信を持っていいだろう。あんなこと出来るものなどプロ含めて五人といないだろうな』

 

彼女の掛け値なしの賞賛に嵐はおどけて喜ぶそぶりすら見せずに、険しい表情で冷や汗を流しながら、冷静に状況を分析する。

 

(あの女……総合的な強さは、脳無より上だな)

 

白妖。その実力は不明だが、外見や発せられる気配からオールマイト並みと言われていた脳無よりも総合的に強いと嵐は判断する。

明らかにあの脳無よりも格上なのは間違いないだろう。

嵐が警戒心をあらわにし、一切の隙を見せない構えを取る中、白妖は後ろにいる二人に告げる。

 

『死柄木、黒霧。君達は休んでいるといい、あの青年は、私と脳無が始末しよう』

「……あぁ……そうさせてもらうぜ。しっかり殺せよ」

「白妖、お気をつけを。あの青年、強さは間違いなくオールマイトに近しいレベルです」

『分かっているさ。私がしっかりと殺そう』

 

そう言って彼女は両手を広げると鉤爪から赤黒い血を放出しながら、凝縮させて二振りの赤黒い小太刀を作り出し構えをとったのだ。

 

(明らかに小太刀の扱いになれている構えだ。しかも、黒炎だけでなく血も操作できるのか。くそっ、マジで脳無より厄介じゃねぇか)

 

嵐は内心で思わず毒づく。

あの血を凝固させた小太刀が彼女のスタイルだとするならば、彼女は武術に精通していることが窺える。

脳無よりも格上の彼女が確かな武術も備えているのならば、間違いなく強敵だ。

ソレに加えて、完全復活を遂げた脳無まで加わっている。まさしく最悪の展開だ。

 

(……単純計算でオールマイト二人と戦わなくちゃいけねぇ。くそっ、やるしかねぇのか?)

 

オールマイトや他の教師達がいない今、この二人を同時に相手できるのは自分しかいない。

そして、自分が敗北してしまえばここにいる仲間達にも彼らの暴力が向くだろう。抗えるほどの実力がない彼らではただ鏖殺されるだけだ。

それは、それだけは、なんとしてでも避けなくちゃいけない。

 

(………俺は、今度こそ護れるようにこの力を使いこなす訓練をしてきた……)

 

嵐の中で葛藤が生まれる。

それは、己の全力をここで使うか否かということ。

己の全力を解き放てば、この二人を凌駕できる可能性が生まれる。しかし、クラスメイト達の目がある中で、この個性を解放した時、彼らは一体どんな反応をするのだろうか。

きっとあの時と同じで怪物を見るように怯えるだろう。その反応を想像してしまい嵐は僅かに躊躇してしまった。

だが、その躊躇いを2度3度頭を振って追い払う。

 

(いやっ、やるしかねぇ。オールマイトもいない今、俺が倒れたら誰がアイツらを護るんだっ‼︎⁉︎そもそも何のために俺は力を使いこなそうとしているっ⁉︎)

 

自分は何が為にこの厄災の力を振るうのか。

決まっている。殺してしまった姉に報いる為であり、今度こそ大切な者達を護る為だ。護る為に、嵐はこの力を使いこなすと決めたのだ。

 

(恐れられてもいいっ‼︎この場にいるあいつらが一人でも傷つけられることの方が俺には耐えられねぇっ‼︎‼︎)

 

自分の背後には護るべきクラスメイト達や負傷している先生達がいる。誰一人死なせないと嵐は誓ったはずだ。

護る為ならば自分はいくらでも恐れられてもいい。元々、恐れられるのには慣れている身だ。恐れられるよりも、彼らが全員無事に生き延びる方が大事なことだ。

 

だったら、もう躊躇する理由はない。

 

「ふ——っ、は——っ」

 

一度目を閉じて深呼吸を繰り返した嵐は、静かに瞳を開く。爛々と輝く紅い眼光が自分が排除すべき敵をはっきりと睨みつけていた。

 

『ッッほう、来るか』

 

何かを感じたのだろう、白妖が興味深そうに頷いた。その視線に対し、嵐は剣扇を仕舞うと両腕を大きく広げながら腰を低く落として呟く。

 

「外への影響も鑑みるとやるにしても5分ってところか、早々にケリをつけるぞ」

 

彼の言葉に呼応し彼の周囲を暴風が吹き荒れる。空間そのものを揺るがすほどに荒れ狂う暴風の中心で嵐の肉体が次第に肥大化を始めており、彼は牙を剥き出しにし叫ぶ。

 

「《嵐龍変(らんりゅうへん)——っ‼︎」

『ッッ‼︎』

 

完全に力を解放しようとした瞬間、後方から巨大な破壊音が響いたのだ。

変化を中断し風も多少弱めると嵐はそちらへと振り返る。白妖や脳無も何事かとそちらへと視線を向けた。

視線の先、噴水広場に続く階段の上の広場、この施設の出入り口がある辺りから濛々と土煙が上がっていたのだ。そして、その、土煙の中から一人の男が姿を現した。

 

 

 

『皆本当によく頑張った‼︎‼︎』

 

 

 

それは、生徒達の多くが待ち望んでいた希望。

 

 

 

『もう大丈夫だ‼︎‼︎』

 

 

 

最強にして最高のヒーロー。

 

 

 

『何故って?』

 

 

 

日本が世界に誇る『平和の象徴』を冠する偉大なるトップヒーロー。

 

 

 

『私が来たッッ‼︎‼︎』

 

 

 

オールマイトが、そこにいた。

 

 

 




死柄木間一髪で助かりましたね。
いやー嵐君容赦なくて怖っ。まぁ古龍をブチギレさせたのでこうなっても仕方なかったんですかね。
そして、最後にオールマイト並みの敵の増援が来たのと、同時に遂にオールマイトが来てくれたという敵味方共に強力すぎる増援が来て、とんでも無い展開になったところで次回に持ち越しです。
一応、USJは後2話ほどで終わらせる予定です。

あと、個人的に思ったんですが脳無は頭を潰さない限りは、何しても死なないんですかね?今作では胴体ぶった切っても時間さえあれば再生できるようにはしていたんですけど、『黒』色の脳無の再生力がどこまで作用するかが詳しい線引きがわからなくて、私個人の見解で書かせていただきました。







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18話 亡霊

最初に言っておきます。
すでに何人かは気づいていたり、予想がついていたりするかもしれませんが、改めて今回は胸糞注意ですので、そちらを踏まえてどうぞ。


 

『オールマイトォォォ‼︎‼︎』

 

 

オールマイトの登場に生徒達の表情は一様に明るくなって安堵や歓喜の声が溢れる。

オールマイトは生徒達の表情から恐怖が消えたのを見てひとまず安心するものの、直後に応急処置を受けている後輩二人の姿に、険しい面持ちになる。そして、彼は入口前の広場や噴水前の広場を見渡しながら呟いた。

 

「嫌な予感もあったし、空模様がおかしかったらから……校長のお話を振り切りやって来たよ。そして、来る途中で飯田少年とすれ違って、何が起きているかあらまし聞いたよ」

 

元々オールマイトが遅れてきたのは、何も制限時間が近かったからだけではない。仮眠室で休んでいていざ向かおうとした時に、雄英の校長である白い珍獣ー根津に捕まり、それはもう長いお説教タイム+彼の教師論を聞かされていたのが1番の原因だ。

電話が繋がらないという気掛かりがあったものの、話を聞いていたのだが、突如USJの方向から凄まじい速度で暗雲が広がり嵐が発生したことで事態は急変。そして、龍の咆哮が聞こえてきた瞬間に、オールマイトは根津の話を中断させて、教師達を動員する様に伝えながら飛び出したのだ。

吹き荒れる暴風に多少速度を落とされながらも、走っていた彼は途中嵐の命令で本校舎に救援を呼ぶために走っていた飯田と遭遇。そして、話を聞いてここに来たというわけだ。

 

絶望を浮かべていた生徒達の表情や、倒れる相澤と13号、そして、半ば崩壊しかけている噴水広場で敵と思しき数名と向かい合う様に立っている暴風纏う嵐の姿を見て大凡のことは把握できた。

 

(あぁ……君は凄いな。君は見事に凌いだんだね。私が来るまで、君は諦めることなくたった一人で、子供達や後輩達を護りきったんだ…!)

 

入試で彼を目にしてから常々凄い子だとは思っていた。戦闘力もそうだが、卓越した判断力も、ヒーローとして必要な素養が既に軒並み高く、自分の半分にも満たない歳なのに、もうトップ10に名を連ねていてもおかしくはないだろうと確信できていたほどに。

プロヒーローが二人も倒れ、生徒達が恐怖に怯える中……彼らの代わりに同い年のクラスメイト達を護る為に彼はたった一人で強敵と戦っていたのだ。

 

(全く、己に腹が立つ…っ‼︎子供らがどれだけ怖かったか、後輩らがどれだけ頑張ったか………そして、他ならぬ彼に全てを背負わせてしまっていたことがっ‼︎)

 

彼は嵐を誇らしいと思うと同時に己を情けなく思う。

自分がもたもたしている間にこんな状況を招いてしまったこと、本来ならば守らなくてはいけない子供である嵐に命をかけさせていたことを。

だからこそ、自分が戦わなくてはならない。

 

(君がここまで頑張ったんだ。……ならば、私もヒーローとしてこの騒動を終わらせなければっ)

 

子供達を安心させる為だけではなく、彼のこれまでの奮闘に報いる為にこの騒動を終わらせよう。

 

「………オールマイト先生」

 

その為に進もうとした時、自分を呼ぶ声が聞こえる。その声に足を止めて振り向けば、そこには二人の手当てを続ける八百万の姿があった。彼女は手当の手を止めず、視線も逸らさないまま真剣な声音で状況を説明していく。

 

「最も強い敵は八雲さんが圧倒しており、残りの主犯の敵二名もあともう少しの所まで追い詰めていましたが、つい先ほど増援が到着してしまいました。増援は一人ですが、八雲さんの様子から彼女もまた並外れた力を持つ敵のようです。いくら、八雲さんといえど2対1では苦戦は免れないでしょう。ですから」

 

そう言って八百万は初めて顔を上げると、オールマイトを見上げて懇願する。

 

「お願いします。八雲さんを護ってください。私は、私達は八雲さんに死んでほしくはありません。ですが、私達ではまだ彼を支えられるほどの力はありません。ですから、貴方のお力で八雲さんを救けてください」

 

八百万の真剣な懇願や他の生徒達からも縋るような視線を向けられたオールマイトは彼女の頭に手を伸ばして優しく撫でると、自分がいつもやっているように人々を安心させる笑顔を浮かべながら頷いた。

 

「ああ、彼の事は任せなさい八百万少女。だから、二人のことは頼んだよ」

「〜〜っ、はいっ‼︎」

 

オールマイトの言葉に八百万は一層気を引き締めると彼らの治療へと意識を戻した。それを見たオールマイトは軽く跳ねて地面を駆け抜けると一瞬で嵐の隣へ移動し、自分を無言で見上げる嵐の肩に手を置く。

 

「八雲少年、ここまでよく頑張ってくれたね。本当にありがとう」

「…………いえ、俺がもっと上手く立ち回っていたら、先生達はあそこまで重傷になることはなかった。俺は、完全には護りきれませんでした」

 

オールマイトの礼に嵐は険しい表情のまま自分の行動をそう酷評する。オールマイトはそんな彼の言葉を、優しく否定した。

 

「そんなことはないよ。君がここまで持ち堪えてくれたおかげで、私がここに間に合ったんだ。状況は八百万少女から簡単に聞いて把握している。もうすぐ、教師達も此処に到着するよ。だから、安心して休んでてくれ。君はここにいた皆の命を護りきったんだから、もう十分に頑張ってくれた」

 

そう彼の勇気ある行動を賞賛すると、嵐に小声で別の事について話した。

 

「それと八雲少年、外では嵐が酷くなりつつある。君が力を抑えきれないほどに怒っているのは重々承知だが、これ以上続くと市民達が危険だ。纏う風は抑えなくていいから、せめて外の嵐は抑えてもらえないかな?」

「ッッ⁉︎」

 

嵐はオールマイトの言葉に目を見開くと、僅かに動揺し申し訳なさそうな表情を浮かべながら謝罪する。

 

「……っっ、すみません、失念していました。今の状態で完全に抑えることは不可能ですが、範囲を絞らせてみます」

「うん、頼むよ」

 

嵐は無言で頷くと、深く息を吸って天に向かって咆哮を上げた。

 

オオォォォォ—————————ン

 

それは、今までの威圧感が込められたような鋭い雄叫びではなく、長く尾を引く遠吠えにも似た鳴き声だ。

それに呼応するかのように外で広がる大嵐が範囲を縮小していき、ドームから覗く空模様からはわからなかったが、十秒もしないうちに大嵐の範囲を雄英高校の敷地とほぼ同サイズの大きさにまで縮める事に成功したのだ。それを成した嵐は、小さく息をつくとオールマイトに結果を報告する。

 

「……一応、4割程度の大きさに抑えることはできました。感覚的には雄英高校を丸ごと飲み込めるぐらいの大きさです。ですが、これ以上は無理です。奴らを滅ぼすまで、この怒りを抑えることはできない」

「……八雲少年………」

 

オールマイトは嵐の殺気に満ちた紅い眼光と放たれている怒気や躊躇のない発言に思わず目を見張る。

 

彼の容姿の変貌は限界を超えた怒りによるものだ。感情が高ぶれば瞳や胸が橙色に輝くが、限界を超えた怒りや生命の危機に直面した時、彼の瞳は紅く輝き、胸には紫電の迸りが混ざり、体は黒く染まる。

 

しかも、それだけではない。彼の感情の発露の影響は、彼自身の肉体だけでなく()()()()()()()()()()

現に、今外では未曾有の大嵐が突然発生しており、テレビではどの番組でも緊急ニュースとして取り上げられ、警察や消防隊、近隣のヒーローも雄英周辺区域の避難活動を行なっていた。

ちなみに、嵐が猛威を振るっていたのは僅か数分だけであり、既に嵐の範囲は大幅に狭まっている為、外部では怪我人は数名出たものの、死者は出ずにすんだ。

 

そして、誰もが突然の気象変動に混乱する中、オールマイトを含めた雄英の教師陣や一部の者達は理解していた。

 

これは、八雲嵐の個性によるものだと。

 

個性『嵐龍』。その本質は———『厄災』。

彼の個性の最大の特徴は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。

 

その力は本当に強大であり、何もしていなくても()()()()()()()()()()()()()()嵐を呼んで周囲を破壊するほどの天災を齎してしまうほどだ。

その危険性を理解しているからこそ、彼は普段はその鍛え抜かれた強靭な精神力で無意識下でも嵐を出現させないように抑え続けているのだ。

しかし、今回は大嵐が出現してしまっている。抑え続けてきた理性の枷が砕けてしまうほどに、今回の一件は嵐を怒り狂わせたのだろう。

そして、人間の理性ではなく嵐龍の本能が彼の心を突き動かしている為、敵を鏖殺することも厭わないはずだ。

だからこそ、オールマイトは自然と理解する。

自分が来たからと言って、自分に任せて下がるほど彼はおとなしい精神状態にはない事に、そして今彼はヒーローとしてではなく嵐龍として敵を排除しようとしている事に。

一体どう言って彼を落ち着かせようかと彼が苦悩する中、既に剣扇を構えて敵を見据えていた嵐が彼らから目を離さないままオールマイトの名を呼んだ。

 

「オールマイト」

「……っ、なんだい、八雲少年」

「単刀直入に聞きます。貴方は()()()()()()()()()?」

「ッッ⁉︎どうして、それをっ⁉︎」

 

オールマイトは本来嵐が知らないはずの情報を知っている事に目を見開き明らかに動揺する。そんな彼に嵐は小さく謝罪した。

 

「先生達の会話を聞いてしまいました。貴方が制限時間ギリギリまでヒーロー活動をしていたせいで授業に遅れると」

「………そう、だったのか」

「詳しい話は後で聞きます。貴方が一応後数分戦えるという前提で話しますが、後ろの二人ははっきり言って脅威ではありません。しばらくはまともに動けないほどに痛めつけましたから。そして、前の二人。差異はあれどどちらも貴方クラスの強さです」

「なっ」

 

オールマイトが自分並みの強さを敵が誇っていると言う事実に純粋に驚く中、嵐は敵の詳細な情報を伝えていく。

 

「右の大男ー脳無と呼ばれていますが、彼の個性は超再生とショック吸収の二つ。素の身体能力は貴方並みです。痛覚はゼロで、再生の方も胴体が分かれても繋がるほどの再生力を有しています。しかし、脳無はただ出鱈目に暴れるだけで技術がない。あと、奴は命令を聞いて動いています。逆に言えば命令がなければ何もしませんのでやりようはあります。それよりも、あの女です」

 

そう言って嵐は次に白妖の事も伝えていく。

 

「白妖の方は情報が少なすぎる。黒炎と血の刃を扱うという複数の個性を持っているとしか情報がありません。そして、総合的に見て脳無よりも強いと俺は判断します。———ですから、彼女は俺が相手します。先生は脳無の方を」

「なっ⁉︎駄目だ、君は下がっていなさいっ‼︎‼︎いくら君でもこれ以上の戦いは危険だっ‼︎‼︎君自身の心が危ないっ‼︎‼︎」

 

オールマイトは戦闘を続行し、より危険な敵を引き受けようとする嵐を思わず引き留める。

嵐龍の個性は使い続ければ使い続けるほどに威力が増すと言うメリットがあるが、同時に本能に理性が蝕まれると言うデメリットが存在している。

ただでさえ、大嵐を発現させてしまうほどに怒り狂っている彼が、これ以上この精神状態のまま戦えば彼自身の心が個性に呑まれる可能性があったからだ。

だが、そんな彼の制止に嵐は静かな声音で答えた。

 

「完全変化しない分、消耗は大幅に抑えることができます。だから、俺はまだまだ戦えます。後何分戦えるかわからない貴方が弱い方を引き受けて、まだ余力のある俺が強い方を引き受けるのは当然だ」

 

嵐の言い分は否定のしようがない事実であると同時に正論であり、オールマイトは反論できずに程なくして折れた。

 

「〜〜〜〜〜ッッ、分かった。正直今の私にとって君の協力はありがたい。私と共に戦おう。でも、殺しは駄目だよ。それにヤバくなったらすぐに下がりなさい。いいね?」

「………分かりました」

 

彼の言葉に渋々頷いた嵐は、オールマイトと共に身構える。

二人の話し合いが終わるのを律儀に待っていた白妖は、終わったと判断すると嵐に声をかける。

 

『作戦会議は済んだか?』

「ああ、済んださ。悪ぃな、待たせちまって。テメェらも早く決着をつけてぇだろ?だから、とっとと始めようぜ」

「さあ、敵よ。覚悟しろよ。ここから逃げられると思うな‼︎」

『いいだろう。脳無、君はオールマイトをやれ。私が彼の相手をしよう』

「……っ‼︎」

 

脳無はその言葉に答えるとすぐさまオールマイトへと駆け出していき、オールマイトもまた迎え撃つべく駆け出す。

互いの距離がゼロになった瞬間、お互い剛腕を大きく振りかぶりながらその拳を激突させた。そうすれば、嵐との激闘の時と同じように凄まじい衝撃波が放たれて、二人はそのまま壮絶な殴り合いを始める。

真横から聞こえる壮絶な殴り合いによって生じた打撃音を聞きながら、嵐と白妖は横へと歩きオールマイト達から距離をとった。

 

「『…………』」

 

ゆったりと歩いているように見えて、両者お互いに全く隙すら見せずに、お互いの出方を探っている。そして、数秒の睨み合いの末、嵐が動いた。

 

「《疾風瞬天(しっぷうしゅんてん)》ッッ‼︎」

『《烈火爆進(れっかばくしん)》』

 

嵐が暴風を圧縮して疾風の如く飛翔したのに対し、コンマ数秒遅れた彼女もまた脚や尻尾に収束させた黒炎を爆発させて勢いよく前進する。

白風を纏う嵐と黒炎を纏う白妖はお互いに真っ直ぐ突き進み、風の黒刀と血の紅刃をぶつけオールマイト達同様、凄まじい速度の斬り合いへと転じる。

火花を散らし、風と炎を周囲に撒き散らしながら、その爆心地に立つ二人はお互いに何度も体を浅く斬られているものの互いに一歩も引かず、剣をぶつけ合う。そして、四十合目の斬り合いをした後、彼女が更なる一手を繰り出す。

 

『……《九怨焔尾(くおんえんび)》』

「……っ‼︎」

 

嵐と斬り合いながら九本の尻尾その全てに黒炎を纏わせると、槍のようにして上と左右から伸ばしほぼ同時に嵐を貫こうとけしかけたのだ。

 

「《天嵐羽衣》ッッ‼︎‼︎」

 

間一髪で暴風の防御壁が間に合い、槍尾と激突する。ガギィィンと明らかに異様な音を立てて槍尾を阻み弾く。しかし、一度では弾かれるとわかると彼女はそのまま尻尾を動かし、九本の尻尾で絶え間ない突きを試みたのだ。

ガガガガガガと降り注ぐ雨が如く尻尾を突き立てる音が響くが、それでも防御壁は破れない。

 

『………硬いな。これでも破れないか。驚くべき強度だ』

 

何十度突き刺しても破れない風の防御壁に白妖はじれったそうに呟くと一度後ろへと後退し距離をとって仕切り直そうとする。だが、それを嵐が見逃さずに距離を離されないように距離を詰めてきた。

 

「逃がさねぇよっ‼︎」

『なら、こうしよう』

 

距離を詰めてくる嵐に彼女は小太刀から血を噴き出させると素早く振るう。

 

『《斬血緋断(ざんけつひだん)》』

 

小太刀からは無数の薄い刃のような血の斬撃が放たれ、迫る嵐を迎え撃つ。しかし、嵐は迫る血の斬撃に一瞬も怯まずに飛び出して風を纏わせた剣扇を振るった。

 

「《惨華・狂咲き》っ‼︎」

 

風の加速を受けた剣扇は金と赤の軌跡を生みながら、血の斬撃を弾いていく。しかし、全ては捌くことは出来ずに、脚や腕に数撃被弾し血が噴き出す。血の刃は嵐の堅牢な鱗を斬り裂くほどの切れ味を秘めていた。

 

「ぐっ、ハァァァァッッ‼︎」

 

体を数箇所深く斬り裂かれたことに呻き声をあげた嵐だったが、彼はそれを堪えて白妖へと一気に接近して、黒刀を叩きつけた。

彼女はそれを小太刀で平然と受け止めて鍔迫り合うと嘲笑うように呟く。

 

『まだだぞ。追え、斬血』

「ッッ⁉︎」

 

彼女がそう呟いた直後、弾かれて嵐の背後に飛んでいった数十の血の刃が向きを変えて嵐へと再び襲い掛かったのだ。それに加え、嵐を包むように上、左右からは再び炎の尾が迫ってきている。

 

(回避を、ーッ⁉︎右腕が、動かねぇっ⁉︎)

 

嵐がすかさず後ろへと下がろうとした時、右腕が何かに引っかかったような感覚を覚える。何事かと見れば、黒刀と鍔迫り合う小太刀から血が噴き出しており、黒刀の刀身と右手首を縛って固めていたのだ。

 

(血の拘束っ⁉︎こんなこともできるのかっ⁉︎)

 

固まった血の拘束は思いの外に強く、嵐でも解くのに数秒は要する。平時なら何でも無いが、四方から攻撃が迫っている今に限っては相当不味い状態だ。そして、拘束から抜け出そうともがく嵐に攻撃が迫る瞬間、

 

 

 

「《蜷局竜巻》———ッッ‼︎」

 

 

 

嵐が雄叫びをあげて最大出力での竜巻を放った。

轟々と唸るソレは嵐の姿が見えないほどの密度で吹き荒れており、白妖の攻撃を弾き、彼女自体も大きく吹き飛ばした。

 

『……っチッ、今のを防御できるのか。………だが、多少は傷を負ってくれたみたいだな』

 

難なく着地しながら舌打ちする彼女だったが、竜巻が消え露わになった嵐の姿にほくそ笑んだ。

露わになった嵐の身体にはところどころ傷ができており、太腿や肩、側頭部には炎の尾が掠ったのか、裂傷と共に火傷もできており、背中も飛膜が一部斬り裂かれ血が僅かに滲んでいた。

彼は彼女の攻撃を完全には防ぎきれていなかった。コンマ数秒防御が遅れてしまい、その分の攻撃を彼は受けてしまっていたのだ。

全身から血を流しながら、僅かに呼吸を荒げる嵐を見て、彼女は妖しく嗤う。

 

『ふふっ、流石の君でもあの攻撃は全て捌くことはできなかったようだな。しかしまぁ、本当に君は強いな。脳無だけでなくこの私ともここまで戦えるとは。賞賛に値するよ』

「………そりゃ、どうも。……頑丈さには自信があるんでな。それに、この程度はすぐに治る」

 

そう言って嵐は自分の腕を見せる。裂傷ができ血が滴っていたのだが、今はその傷が少しずつ塞がりつつあったのだ。

脳無程ではないが、嵐も再生能力を有しているため、このぐらいならば少し時間が経てば塞がる。彼女はソレを見ると面白そうに頷きながら答える。

 

『何だ君も同じか。実は私も再生能力を有していてな。先程君から受けた傷もちょうど治ったところだ』

 

そう言って彼女は右手を上げる。見れば、先ほど竜巻に巻き込まれ酷く損傷していたはずなのに、既に治っていたのだ。

どうやら彼女も嵐と同じように再生能力を有しているらしい。

そして、彼女は激闘を続けるオールマイト達の方に一度視線を向けて再び嵐に視線を戻すと告げる。

 

『さて、あちらはまだ決着がついていないようだが、私もあまり時間をかけたくは無いのでな。とっとと終わらせよう』

「はっ、奇遇だな。俺もだよっ‼︎」

 

嵐もまた笑みを浮かべると、彼女の意志に応えるかのように剣扇を構えて再び斬り合いを始めた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

オールマイトと脳無、嵐と白妖。

二つの激闘を少し離れたところで見ていたもの達がいた。

 

「うおおぉぉぉ‼︎すげぇ、マジでどうなってんだぁ⁉︎オールマイトもすげぇけど、八雲も何だよあれっ‼︎」

「うるせぇっ‼︎黙ってろクソ髪っ‼︎」

「…………」

 

切島、爆豪、轟の三人だ。

切島、爆豪は倒壊ゾーン、轟は土砂ゾーンのチンピラ達を撃破してからこの噴水広場に移動しており、ちょうど二人が戦い始めた瞬間に着いて、ちょうど二人のそれぞれの激闘を見ていたところなのだ。

切島が興奮気味に叫び、それを集中して見ていた爆豪が怒鳴り、轟がじっと見つめていた。

 

(クソがっ……オールマイトはともかく、白髪野郎もなんつう動きだよ。全く目で追えねぇっ!)

(あれが、八雲の本気…っ、親父よりも明らかに強ぇ!)

 

爆豪は目まぐるしく変化する戦いの動きに視線が全くついていかずに心の中で悪態を突き、轟は嵐の真の実力に驚きつつも、超えるべき壁の高さを再認識していたところだ。

そして、爆豪は見えないなりに戦いを分析していく。

 

(話に聞いた限りじゃ今オールマイトと殴り合ってんのが、オールマイトを殺せる奴らしいが、あの女もあの脳味噌敵と同じぐらいにヤベェのは確か。それに、オールマイトが共闘を許してる時点で、あの女も相当ヤベェ奴ってことだ。そいつと互角に戦えているアイツの実力はオールマイトに近ぇっつぅことかよ)

 

どうしても認めざるを得ない。

嵐の本気はあのオールマイトに近いレベルであるということを。そして、それだけの強大な強さを持っているということは、裏を返せばそれだけの実力を普段は出さずに手加減していることになる。

爆豪はその事実を理解し、舌打ちする。

 

「チッ、普段は手加減してやがるなっ。クソがっ、舐めプすんのも大概にしろや」

 

そして爆豪が嵐に悪態をつく一方で轟もまた冷静に思考していた。

 

(あれだけ強ければ、訓練の時に圧倒されたのも納得がいく。しかも、オールマイトが共闘を認めるほどだ。間違いなく親父よりも八雲は強い。アイツに勝てるほど強くなれれば、俺は完全に奴を否定できるっ)

 

轟はどうしても越えなければいけない存在がいる。しかし、今の段階ではまだ超えることはできていない。だからこそ、オールマイトが認める強さを有する嵐よりも強くなることでその目標を達成できるようにしようと考えていたのだ。

そして、彼らから少し離れたゲート前の階段側にいた耳郎、障子、緑谷は誰もが不安そうな表情を浮かべていた。

 

「八雲……大丈夫なのか……?」

「うん…‥不安、だよね……」

「そうだね………」

 

それは嵐が先程躊躇なく人殺しをしようとしたからだ。嵐が激怒していることは知っていたが、いくら敵とは言え人殺しは御法度だ。

クラスメイトから多くの信頼を寄せられる、頼もしい兄貴的な存在である嵐を人殺しにはさせたくなかった。そんなことをしたら、皆が悲しむと分かっているから。先程三人は思わず駆け出したのは、そういう理由からだ。結局、オールマイトがきたことで最悪の事態は防げたものの、やはり不安は残る。

それに、先ほどから彼らの心には妙な胸騒ぎがあったのだ。

 

そして、戦いが繰り広げられていくうちに、戦闘を見守っていた彼女達は気づいてしまった。

 

 

白妖と戦う嵐の動きが、悪くなってきていることに。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

嵐と白妖が再び斬り結ぶ事2分。

白妖と互角の激闘を繰り広げる嵐は表向きでは平静を保っているが、心の内では酷く動揺していた。

 

(なんだよっ………これはっ……)

 

彼女が現れてからずっと感じていた嫌な予感。それが際限なく大きくなり続けており、今は嵐の本能が警鐘を何度も鳴らすほどに膨れ上がっていた。

 

彼女と戦うなと。彼女を傷つけてはだめだと。

 

そう己の心が悲鳴をあげているようだった。

 

何故そうまでして自分が動揺しているのかははっきりとは断定できない。

ただし、そうなった理由は何となくわかる。

 

目の前の女ー白妖だ。

彼女が『九本の狐の尻尾』と『炎』の個性を有していることが嵐に少なからず動揺を与えていたのだ。

 

彼女の動きには見覚えがあったのだ。

小太刀を構えて舞うように戦う動きが、尻尾の使い方が、炎の操り方が、嵐の記憶の中にある憧れた彼女のソレに酷く似ていた。

最初こそは気のせいだと、他人のそら似だと思い無視して戦い続けた。だが、戦う程に嫌な予感は膨れ上がり無視できないほどになっている。

 

(なんで、なんで今あの人のことが浮かぶっ⁉︎)

 

彼女と似ているからだろうか。どういうわけかずっと嵐の脳裏には笑う姉の姿がずっと浮かんでいた。

分からない。なんで今彼女との思い出が浮かぶのか。しかし、彼女との思い出が浮かぶたびに、嵐の脳裏にはノイズのような雑音と鋭い痛みが響いていた。

 

その時、不意に脳無のことが頭によぎる。

脳無はオールマイト用に複数の個性を持てるように作り替えられた改造人間だと死柄木は言っていた。彼女は脳無とは違い確かな意志や感情があるが、複数の個性を持っているのは共通している。だから、もしかしたらー

 

(まさか、まさか、まさかっ⁉︎)

 

嵐の中で一つの可能性が浮上し、戦いながら目を見開いて狼狽える。

脳無は人間の死体を使って作られている。だから、複数の個性を扱う彼女もそうであり、そのベースとなっているのが………

 

(あり得ねぇっ‼︎そんなこと、あっていいはずがねぇっ‼︎‼︎だがっ……)

 

頭に浮かんだ最悪の可能性を嵐はすぐさま否定する。だが、完全に否定することはできなかった。

否定するだけの材料が今の嵐にはなかったのだ。そして、最悪の可能性を想像して動揺する彼を、白妖は容赦なく追い詰めていく

 

『攻撃の手が緩くなったな‼︎まさか、君はこの状況で加減でもしてるのか?だとしたら、愚かだっ‼︎』

「〜〜〜〜ッッ黙れぇぇッッ‼︎」

 

白妖は嵐の攻撃の手が緩んだ隙を容赦なくついて、嵐の肉体に血と炎の斬撃を刻んだ。鮮血が身体中から噴き出して、傷口を焼く。二種類の激痛が彼の体を駆け抜けるが、ソレに構わずに嵐はぐちゃぐちゃになった感情のままに叫んだ。

 

「答えろっ‼︎テメェはその個性をどこで手に入れたっ⁉︎誰から奪った⁉︎」

『……?何を言っているかわからないな。この個性は元々私が持っているものだ』

「ふざけるなっ‼︎その狐の個性は……その『()()』の個性を持っているのは()()()()の者だけだっ‼︎‼︎答えろっ‼︎‼︎テメェは誰からその個性を奪ったぁぁっ‼︎⁉︎」

 

そう叫びながら嵐は暴風纏う黒刀を叩きつけるが、交差した焔血の小太刀に防がれる。強靭な一撃は受け止めてもなお、足元の地面を陥没させるほどのものだ。

そして、彼女の小太刀を叩っ斬ろうとしている嵐の顔は………果てしない憤怒と今にも泣き出しそうな悲痛な表情が混ざった酷い表情になっていた。白妖はソレを見ると、つまらなそうに呟く。

 

『酷い顔だな……個性を奪ったとほざいていたが、一体、君は私に誰を重ねているんだ?』

「ッッ‼︎‼︎黙れ、黙れ黙れ黙れぇっ‼︎‼︎」

 

白妖の言葉に嵐は錯乱しているかのように叫びながら剣扇を振るう。そこに先ほどまでの冴えはなくて、明らかに動揺していることが窺える。

 

「八雲……?」

「何があったの……?」

 

障子と耳郎が彼のただならない様子を見て困惑の声を上げる。いついかなる時も、揺るぎない背中を見せていた彼が、普段からは想像できないほどに取り乱していたのだから。

他の者達も嵐の様子に困惑する中、状況は変化する。

 

「アァァァァァァッッ‼︎‼︎」

 

刀を弾かれた嵐が悲痛な叫び声を上げながら白妖へと迫る。錯乱状態での突貫はあまりにも隙だらけであり、白妖は小太刀を突き出して腹と右胸を深々と貫いた。

 

「ガフッ……アァァァァァァァッッ‼︎」

『なっ』

 

燃え盛る黒炎纏う血の刃に貫かれ口から血が溢れても、彼は止まることはなかった。

刺され、焼かれてもなお前進すると嵐は剣扇を手放して、驚愕する彼女の肩を掴みながら、その面に手を伸ばして確かに掴む。

 

「テメェは誰なんだっ‼︎⁉︎」

 

そして、あらんかぎりの力で狐面を剥いだのだ。そうすれば狐面が宙を舞って、隠されていた彼女の素顔が露わになり———嵐は絶望に表情を歪めた。

 

「………っ、あ、あぁ……嘘、だろっ……どう、してっ……」

 

悪い予感が的中してしまった。

悲しいことに白妖の狐面の下の素顔は、嵐の予想通りの顔だったのだ。

嵐は愕然とすると、思わず後退りし首をふるふると横に振り震えた声をあげる。その様子を見て、数歩下がった彼女は心底わからないというふうに首を傾げる。

 

「なんだ?その顔は。まるで、亡霊でも見たかのようだな。そんなに私の顔は悍ましいか?」

 

彼女は嵐がここまで動揺している理由を知らない。()()()()彼女には知るはずもないこと。だが、その声で放たれた言葉は嵐をさらに追い込んでいった。

嵐の中で、何かが砕けていく音が響いてる。

 

「なんで、だよっ……どうして、貴女が………ソッチ側に、いるんだよ………」

 

動揺のあまり嵐の瞳からは紅い眼光が消え、飛膜も元の白へと変わり、胸の紫電も消える。

そして、ついには嵐の両目からは涙が溢れ始め、顔から流れる血と混ざった赤い涙は地面へとポタポタと落ちていく。

最悪の可能性が現実となり、嵐は膝から崩れ落ちると、震えた声で嗚咽を漏らす。

 

隣から何かの轟音が響く。まるで何かを吹き飛ばしたかのような凄まじい轟音。だが、今の嵐にはそれが酷く遠く聞こえていた。

呼吸が荒くなり、頭痛が激しくなり、表情は絶望に染まっていき、口唇は悲しみに震える。

 

どうして彼女がここにいる。

死んだはずだ。他ならぬ嵐の手で殺したはずだ。こんなことはあり得ないはずだ。

これが夢であって欲しかった。悪夢ならまだよかった。この現実を何が何でも否定したかった。だが、彼女の声が現実であることを突きつけていた。

 

目を背けるなと。これはお前が犯した罪なのだと。どこかで嵐を責める声が聞こえてくる。

 

髪の色は小麦のような鮮やかな金ではなく、色素が抜け落ちたような寒気がする白。

瞳は太陽や紅葉のような美しい紅ではなく、血のような悍ましい真紅。

白い肌には体に浮かぶモノと同じ、紅い紋様がある。

容姿に多少の差異はあれど、顔は嵐の記憶の中のソレと全く同じだ。彼女は、嵐を殺そうとしている白妖という名の敵は、

 

 

「答えてくれよっ‼︎なぁっ‼︎‼︎……紅葉姉ぇっ‼︎‼︎」

 

 

あの時死んだはずの、嵐の実の姉の紅葉、その人だったのだ。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

俺には姉が二人いる。

その一人、◾️◾️紅葉が俺の憧れの人だった。

一族に代々受け継がれてる『妖狐』という特殊な個性を持っていた彼女は、九本の尻尾を持つ『九尾の妖狐』と呼ばれる『妖狐』の中でも特に優れた力を持っていた。

彼女はその力で人々の未来を守る為にヒーローを目指していた。

小麦色の髪と九本の狐の尻尾に、太陽や紅葉を連想させる鮮やかな紅の瞳、そして底抜けに明るい活発な性格が特徴の優しい人だった。

 

『大丈夫。あなたなら絶対にヒーローになれるわ!この私が保証する!だってあなたはこの私の弟なんだから』

 

一族の個性を持たず、代わりに怪物の個性を持って生まれた俺に紅葉姉はいつもそう言って励まして応援してくれた。

時には特訓相手にもなってくれたし、何かできれば頭を尻尾や手で撫でて喜んでくれた。

昔は台風や雷が怖くて、夜に彼女に泣きついては、もう一人の姉、彼女の双子の妹の青葉姉と共に二人の尻尾で包まれながら三人で一緒に寝たこともあった。

彼女は俺に取って誇りであり、憧れであり、目標であった。いつか彼女は凄いヒーローになると思っていた俺は、俺もヒーローになって紅葉姉の隣で戦えれるように強くなりたいと願っていた。

 

だけど、紅葉姉は………もういない。

 

俺が………殺してしまったから。

 

俺が紅葉姉を、狐火ヒーロー“クレハ”の未来を奪ったんだ。

敵に襲われて暴走した俺を助ける為に、自分達を守りながら敵と戦って瀕死となった身体を引きずって暴走している俺と戦い………俺が、殺した。

 

殺したはずだった。死んだはずだった。

 

俺自身の手で、彼女が得るはずだった未来を奪ってしまったんだ。

 

そう思っていたのに、彼女は生きていて俺の前に立っていた。

 

 

 

———人外の化け物になって。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

「答えてくれよっ‼︎なぁっ‼︎‼︎…紅葉姉ぇっ‼︎‼︎」

 

 

彼の悲痛な叫びが響いたのはオールマイトが脳無をドームの外へと殴り飛ばした直後のことであり、オールマイトが脳無に勝利し安堵していた瞬間に響いたその叫びは、周囲にいた者達だけでなく、ゲート前の広場にいた者達にまで届き大きな衝撃を与えた。

 

「あの敵が…‥八雲君のお姉さんっ⁉︎」

「まさかっ、そんなことがあるのかっ」

「嘘だろっ……おいっ……」

「そんなっ……嘘っ……」

 

緑谷、障子、切島が衝撃的な事実に愕然とし、耳郎は口に手を当てて絶句する。全身から蒸気のようなものを出している、少しボロボロになったオールマイトもまた衝撃を受けていた。

 

(そんな、彼女は7年前に死んだはずだっ。なのに、どうしてここにいるっ?)

 

入学時に渡された彼の家族構成などの資料から、姉紅葉は7年前に嵐の暴走を命懸けで止めて死んだという事を知っている。

そして、周囲の者が絶句する中、嵐の悲痛な叫び声が響く。

 

「なんでだよっ……なんで、貴女がそっちにいるんだよっ⁉︎貴女は7年前に死んだはずだろっ‼︎俺のせいで、俺が、あんなことになったからっ…それで死んだっ……なのに、どうしてっ‼︎⁉︎」

 

嵐の叫びが響くが白妖はソレには応えずに、冷徹な瞳で彼を見下ろしている。そして、応えない彼女の代わりに死柄木が嘲笑の声を上げた。

 

「ヒヒ、ハハハハハハっ‼︎こいつは傑作だぁっ‼︎‼︎まさか、白妖がお前の姉だったとはなぁっ‼︎ハハハッ、面白ぇ、面白い展開だなぁ。ゲームでもこんなシナリオはそうないぜ?なぁ、どんな気分だ?自分のせいで死んだ姉が、人外の化け物として改造されて甦り、今お前を殺そうとしている気分はぁっ‼︎‼︎」

「……ッッ‼︎あ、あぁ……あぁぁぁぁ……」

「そんなっ、なんてことをっ‼︎」

 

死柄木の狂気に歪んだ嘲笑が響くが、嵐は応えることすらできない。反論できないほどに動揺しており、涙を流しながら慟哭の声をあげた。オールマイトも衝撃的な事実に怒りの声を上げた。

嵐の姿がますます面白かったのか、死柄木は先ほど徹底的にしてやられたのもあって、楽しそうに彼の無様を嘲笑う。

 

「ハハッ、いい様だな。俺達をボッコボコにして殺そうとしていたのに、今じゃただの小さいガキみてぇだ。あぁ、さっきまではお前を殺したいほどに憎かったのに、今はスカッとしてるぜ」

「………ッッ、ふざ、けるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ‼︎‼︎」

「ダメだっ‼︎八雲少年っ‼︎‼︎」

 

嘲笑う死柄木に嵐は激情に歪ませ顔を上げると、涙を流しながら殺気に目を血走らせると、怒号の声を上げながらオールマイトの制止も聞かずに飛び出す。

地面が捲れ上がるほどの踏み込みで飛び出し、暴風を纏うと右手刀を構え、肩を揺らして笑う死柄木の喉を貫こうと襲い掛かる。

オールマイトが駆け寄って嵐を止めるよりも圧倒的に早く、死柄木の元へと迫った嵐はそのまま腕を伸ばそうとする。だが、それは他ならぬ白妖の手によって止められた。

彼女だけが嵐の超速の突貫に反応し、彼に追いついて右腕を掴んで止めたのだ。受け止められた嵐は白妖へと視線向けると、懇願するように叫ぶ。

 

「退いてくれっ、紅葉姉っ‼︎頼むっ‼︎」

「言ったはずだぞ。私の名は白妖で、死柄木の敵を排除する爪牙だと。退く訳がないだろう」

「違うっ‼︎貴女の名前は紅葉で、貴女はヒーローだっ‼︎‼︎狐火ヒーロー“クレハ”っ‼︎‼︎それが貴女なんだっ‼︎敵に利用されるような人じゃねぇっ‼︎‼︎」

 

必死に叫ぶ嵐に白妖は煩わしそうに顔を歪めると、彼の言葉を真っ向から否定する。

 

「くどいな。たとえ今の君の話が本当であったとしても、それはこの体の前の持ち主の話だ。今の私は敵連合の白妖。君達ヒーローと敵対する者だっ‼︎‼︎」

「……っっ⁉︎」

「八雲少年逃げなさいっ‼︎‼︎」

「八雲逃げてっ‼︎」

 

煩わしそうに叫んだ彼女は右の小太刀を振るった。気づいたオールマイトと耳郎が逃げるように叫ぶも動揺している嵐はソレに対応することができずに、右腕を躊躇なく肘から切り落とされ、後ろに蹌踉めいた直後、嵐の顔が右目ごと切り裂かれ、最後に血で覆い固めた右の貫手で鳩尾を貫かれた。

 

「ゴッ、ガハッ……」

「八雲ぉぉぉぉ‼︎‼︎」

 

耳郎の悲鳴が響き、生徒達が揃って息を呑む。

一瞬にして致命傷の傷を刻まれ、嵐は大量の血を口から吐き出す。そして、左腕を引き抜かれ、鳩尾からも大量の血を噴き出しながら膝をついた嵐は涙を止めどなく流し悲しみに表情を歪めると、彼女の名を呼び左手を伸ばす。

 

「……紅葉……姉ぇ……」

「これで終わりだ」

 

しかし、伸ばされた左手は彼女に届くことはなく無慈悲な宣告と共に翳された左手から巨大な黒炎が放たれて、嵐を容易く呑み込んだ。

 

「八雲っ‼︎」

「八雲君っ‼︎」

 

周囲で動けないでいたクラスメイト達が悲鳴じみた声をあげて彼の名を呼ぶなか、黒炎の中から嵐が飛ばされ、ボロ切れのように宙を舞うとオールマイトの方へと落ちていく。

 

「八雲少年っ‼︎ッッ‼︎これは、酷いっ」

 

落ちてくる嵐を受け止めたオールマイトは、彼の状態に目を見開く。飛膜は真っ黒に焼け焦げ、黒い鱗も一部が焼け焦げて白煙を上げていたのだ。更には右腕がなくなり、右顔面が目ごと斬られ、鳩尾には風穴があき、その他にも全身に火傷や裂傷があったのだ。傷口からは今もなお血が流れ続けている。そして、時折血を吐きながらヒュー、ヒューと掠れた呼吸をしていた。

一刻も早く医者に見せなければいけない程の危険な状態だ。しかし、あの敵達も残された力で制圧しなければいけない。だから、彼を運ぶのを障子達に任せて倒す為に動こうとした時、見計らったかのように白妖が言った。

 

「ああそうだ、私達を捕まえる前にその少年を救けるのをおすすめるぞ。今、その少年の身体には多量の猛毒が入り込んでいるからな」

「猛毒だとっ⁉︎」

「私が操る血には猛毒がある。掠っただけでも常人なら死ぬ毒を彼には多量に注いだ。どうやら毒に耐性があるようだが、それでも急がないとすぐに死ぬだろうな。生徒の命と敵の捕縛。平和の象徴様はどちらが大事か考えるまでもないだろう?」

「っっ、おのれっ‼︎」

 

彼女に齎された事実と生徒の命を人質に取るような彼女の言葉にオールマイトは歯噛みする。彼女はオールマイトのことを、ヒーローというものの性質をよく理解しているようだ。

確かに嵐に毒が盛られたと分かってしまった以上、急いで対処しなければならない。

そして、歯噛みするオールマイト達に彼女は余裕な動作で背を向けた。

 

「黒霧ゲートを出せ。撤退するぞ」

「分かりました」

 

足を切られ歩けない死柄木を尻尾で包みながら黒霧に指示を出して撤退しようとする白妖に運ばれている死柄木が抗議の声を上げる。

 

「おい待てっ、まだオールマイトが殺せてねぇだろっ‼︎それに脳無もっ‼︎」

「諦めろ。ソレよりも先に教師共がここに来る。それに、あの少年はもうすぐ死ぬ。脳無は失ったが、爪痕は残せるだろう。だから、今回はここまでだ」

「ええ、仕方ありませんね。死柄木弔、ここは大人しく引きましょう。あの生徒を殺せただけでも十分な成果です」

 

白妖と黒霧の言葉に渋々納得を見せた死柄木は舌打ちすると、大人しく食い下がった。

 

「チッ、分かったよ。だが、クソゲーはこれで最後だ。今回はそこのガキで手打ちにしてやるが次だ。次は必ずお前を殺すぞ、平和の象徴オールマイト」

「では、皆さんさようなら。次こそは、必ず貴方を殺して差し上げましょう」

 

死柄木が憎悪と怒りに満ちた言葉で吐き捨てて、黒霧が紳士的な口調で更なる殺害予告をして、そのまま立ち去ろうとする時、か細い声が聞こえる。

 

「待、て……返せっ……」

 

嵐だ。オールマイトの腕の中にある瀕死の嵐が絶えず涙を流しながら掠れた声をあげて、白妖の背中に震える左腕を伸ばしていたのだ。

 

「返し、て……紅葉、姉を……返して、くれ……頼、む………」

「…………」

 

一度足を止め、顔だけ後ろに向けた彼女は嵐をじっと見ると、視線を戻して冷酷な声音で告げる。

 

「さらばだ、少年。もう二度と会うことはないだろう。黄泉の国で先に待っているといい。前の私(紅葉)の弟よ」

「まっ……」

 

そう言い残すと、そのまま彼女は黒い靄の中に消えて、黒い靄もまた完全に姿を消した。

脅威が過ぎ去ったことに安堵するべきなのだろうが、緊張の糸が切れて座り込むクラスメイト達は誰もが喜べなかった。

危機を乗り越えれたのは確かだ。だが、嵐が瀕死の重傷を負い、更に彼に関する残酷な事実を知ってしまった為に、誰もが暗い表情のままだった。

 

「八雲少年っ‼︎意識をしっかり保つんだっ‼︎」

「八雲っ‼︎しっかりしろっ‼︎」

「しっかりして‼︎八雲っ‼︎」

 

そんな中、オールマイトが嵐に必死に呼びかけ、障子と耳郎が血相を変えてオールマイトの腕の中にいる嵐に駆け寄る。

 

「……ぁ………あぁっ……ぁ……ああ”っ‼︎」

 

嵐は震える瞳で白妖がいたとこを見つめながら、次第に口唇を歪めると、

 

 

「あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“ッッ‼︎‼︎」

 

 

口を大きく開けて、慟哭の声を上げた。

聞く者の心をも引き裂くほどの悲しみに満ちた絶叫は、USJ内に響く。

 

血まみれで、涙を流しながら慟哭の声を上げる嵐の姿はあまりにも痛々しくて、切島や緑谷は彼に声をかけることすらできずにその場で座り込んだままだった。轟や爆豪すらも何も言えずに、その場に立ち尽くし地面を見下ろしていた。

 

こうして雄英高校史上最悪の襲撃事件は、最悪の結末で幕を閉じた。

 

 

 




まぁ、はい、今回は嵐にとってかなり絶望的な展開となりました。
まさか、個性の暴走で殺してしまった姉が、死体を改造されて敵として蘇ってしまうなど、嵐にとっては酷な話でしょうね。

白妖の名前の由来ですが、黒霧が元が白雲という苗字で色が対比になっているということで、彼女も名前が紅葉であるため紅白に準えて白にしました。白は黒霧とも対になるので紅と白の対比を採用しました。
そして、妖の部分ですが、紅葉⇔白葉という風にして、敵なら白葉だとあまり怖くない名前だなと思って、妖狐の個性を持っていることも踏まえて、葉のようを妖のように変えて白い妖狐、つまり白妖と言うふうにさせて頂きました。







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19話 全てが終わった後に

今回はUSJ襲撃後の話。エピローグ的な話です。


 

白妖達が撤退した直後、教師達を連れた飯田がUSJに到着し、残った敵達を瞬く間に一掃していき事態は解決した。

無事な生徒達は教師達によって、USJの外の出入り口へと集められた。そして程なくして警察が到着して敵達が纏めて連行されていく。

100名以上の敵が手錠をかけられ、連行される中、ベージュの帽子とコートといういかにも刑事らしい格好をした、刑事ー塚内直正は集められた生徒達の数を数えていた。

 

「……16…17…18……19……二人を除いて、ほぼ全員無事か」

 

塚内が人数の確認を終えてそう呟きながら、生徒達を心配そうに見る。脅威が過ぎ去り、安全が確保されたというのに生徒達の表情は誰も喜びの色はなく、誰もが一様に暗い表情のままだったのだ。

 

(……無理もないか。あんなものを、見てしまっては…)

 

塚内はそれを見て仕方ないと思った。

既に緊急搬送されたクラスメイトの一人八雲嵐。彼が瀕死の重傷を負った姿を目の当たりにしてしまったのだから。

 

右腕欠損。胸部に風穴。顔面、頭部負傷、右眼球欠損。全身火傷と裂傷。それに加え、大量出血により全身から血を流し、赤く染める姿は、髪や肌が白い分余計に痛々しい姿であり、瀕死の重傷と言わざるを得なかった。更に聞いた話では、致死性の高い猛毒が彼の肉体を蝕んでいると言う情報もある。

塚内は長年刑事をし、そう言った場面にも立ち会うことがあったため、怪我人の怪我の具合からある程度のことを予想できてしまっていた。その経験則に照らし合わせれば、嵐のあの負傷は生きているのが不思議なほどのレベルであり………正直言って助かる見込みはかなり低いと彼は判断している。たとえ、運良く助かったもしても、怪我の後遺症でヒーローを目指すのは絶望的だろう。

15、16歳のまだまだ子供である彼らにはまだああいった姿は学校内で敵に襲われて命を狙われたと言うイレギュラーな事態も相まって酷なものだ。

 

しかし、塚内は知らないが、彼らが重苦しい雰囲気になっているのは、全員が嵐に関する残酷な事実を知ってしまったのも理由の一つであり、救援を呼びにいった飯田や、散らされた先で助けが来るまでそれぞれのゾーンにいた尾白、常闇、口田、青山は知らないものの、雰囲気の重さから尋ねるのも躊躇うほどだったのだ。

 

「とりあえず、無事な生徒達は教室へ戻ってもらおうか。事情聴取は少し時間とった後に行おう」

 

生徒達の精神状態も考慮して、落ち着かせる時間をとってから事情聴取を行おうと判断した塚内達は教師達にいって教室に帰そうとした時、蛙吹が塚内に近寄って尋ねた。

 

「刑事さん、その、先生達と緑谷ちゃんは…?それに、八雲ちゃんは……?」

「ちょっと待ってくれ。今確認するよ」

 

塚内は一度待ったをかけると、スマホを操作して彼らが搬送された病院先へと電話をかける。程なくして、関係者が対応を始め塚内が事情を話していき、彼らの状態を説明してもらえることになった。

そして、塚内はスピーカーモードにして生徒全員に聞こえるようにさせて聞かせた。

 

『相澤さんは両腕粉砕骨折に顔面骨折です。ですが、顔面の方の骨折は浅いものなので、脳系の損傷は幸いにも見受けられなく、後遺症も残らないでしょう。そして、13号さんは背中から上腕にかけての裂傷が酷いですが命に別状はありません』

「だそうだ。それに、オールマイトも同じく命に別状なし。緑髪の少年も指一本骨折しただけで、二人共リカバリーガールの治癒で十分処置可能なので、保健室に運ばれたよ」

 

関係者と塚内がそう言う。とりあえず、教師陣と緑谷は命に別状はないと言うことが分かって、一瞬彼らは安堵するも残る一人の安否がまだ明らかになっていない。

そして、そんな彼らの疑問を、嵐の怪我の全ての一部始終を間近で見ており、救急車に運ばれる最後まで付き添っていた耳郎が代表で声を震わせながら恐る恐る尋ねた。

彼女は嵐が救急車に乗せられる最後までずっと彼のそばに付き添っており、それまで泣いていたからか、彼女の目元は赤く腫れていた。

 

「八雲は、大丈夫、なんですか?」

『…………』

 

電話口の向こうの関係者は、耳郎の問いかけに長い沈黙の後、絞り出すような声で答えた。

 

『……………………八雲さんは……予断を許さない状況にあります』

『ッッ⁉︎』

 

それを聞いた生徒達の表情が一様に青ざめ強張る。クラスメイトの、頼れる兄貴分である嵐の命が危うい事に衝撃を受け、動揺が走る。

クラスメイト達が絶句する中、担当の者が静かにつづけた。

 

『……現在手術中であり、我々も全力を尽くしていますが……正直、明日を迎えれるかどうかも分かりません……』

「そんなっ……」

「耳郎さんっ‼︎」

「耳郎っ!」

 

耳郎が膝から崩れ落ちて、何度も涙を拭いながら啜り泣く。そばにいた障子と八百万が咄嗟に声を上げて彼女を支えるも、八百万も涙が滲んでおり、障子は悔しそうな表情を浮かべていた。

他の者達も同様であり、事実を聞いてしまった者達は誰もが沈痛な表情を浮かべており、女子達は目元に涙を滲ませていた。

塚内は、彼らの様子を険しい表情で見ると、やがて視線を外して関係者に礼を言って通話を切った。

彼らの関係性を深くは知らない塚内が大丈夫だ、きっと助かると無責任な言葉をかけれるわけもない。

だから、塚内は彼らのメンタルケアは雄英の教師陣に任せて、自分は自分がなすべき仕事をこなす為に動いた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

場所は変わり、整然に整えられてはいるがどこか怪しげな雰囲気のあるバー。そこに突如黒い靄が発生して、中から死柄木を尻尾で抱えた白妖が姿を表した。

ここは、敵連合のアジトでもあるバーなのだ。

そして、床に下ろされた死柄木は砕かれた両腕を力なく下ろし、太腿からは血を流しながら座り込み憎悪に満ちた声を上げる。

 

「つってぇ、あのクソガキがぁ」

 

両腕の粉砕骨折や、両太腿の裂傷は簡単には治らず数ヶ月は車椅子の生活が続くだろう。

それをした嵐は白妖によって死ぬことは確定していて気分がいいが、それを差し引いてもこの傷の痛みは恨み言を吐かずにはいられなかった。

そして、そんな彼の恨み言に答えたのは白妖でも黒霧でもなく、

 

『どうだったんだい?雄英襲撃の結果は。教えてくれないか?弔』

 

バーのカウンターテーブルの端に設置されたテレビ、そこから聞こえてきた謎の音声だった。

その声は、吐き気を催すほどの凄絶な悪意を宿しており、聞くものによっては己の死すら錯覚させてしまうのではないかと思うほどの、恐怖と不快感を放っていた。

だが、死柄木達にとっては慣れ親しんだものであり、彼は痛そうに呻きながらも答える。

 

「………失敗だ。脳無は吹っ飛ばされて、オールマイトも殺せなかったっ。話が違うぞ。オールマイトは弱ってなんかなかったじゃねぇか、先生」

 

嵐との戦闘中にも出ていた『先生』と呼ばれる存在。それがあの声の主らしく、その『先生』とやらは死柄木の言葉に少し残念そうに答える。

 

『……違わないよ。ただ見通しが甘かっただけだね。……しかし、ふぅむ、脳無が吹き飛ばされたか……まぁ、仕方ないか…‥残念だったね、ドクター』

『せっかくオールマイト並みのパワーにしたというのに、ワシと先生の共作が……』

 

『先生』とは別に聞こえて来たのはしわがれた老人の声だ。『ドクター』と呼ばれた存在もいるらしく、脳無を回収できなかったことに残念そうにしていた。

そして、『先生』は不意に死柄木に尋ねた。

 

『………でも、失敗したという割には、少し声が弾んでいるようだね弔。何か面白いことでもあったかい?』

 

声の弾みから何かを察したのか、そう尋ねる『先生』に死柄木は手の下で狂気に歪んだ笑みを浮かべ、楽しそうに報告する。

 

「………ああ、そうだ、聞いてくれよ。実はな、オールマイト並みに強い子供が一人いたんだよ。脳無もそいつにボコボコにされて、俺らも散々にやられてた」

『…………へぇ、それは興味深いな』

「だろ?正直、先生があの時白妖を送ってくれなきゃ脳無も俺らもあのガキに殺されてだろうな。間違いなく断言できるよ」

「私も同意です。白妖の助けがなければ、我々はあの若鳥に完敗するところでした。いえ、事実、完敗でした。オールマイトが到着する前に、我々はあの少年の圧倒的なまでの力に敗北しました。脳無も圧倒され、あのまま戦い続けていれば敗北は間違いなかったと思います。白妖が来なければ、今頃私達は死体になっていたことでしょう」

 

直接その強さに圧倒され蹂躙された死柄木と黒霧がそう言う。彼らをしてそうまで言わせた生徒がいることに俄然興味が湧いたのか、『先生』は笑いながら尋ねる。

 

『まさか、あの脳無も倒せるほどの子供がいるとはねぇ。二人がそこまで言うってことは、間違いなくその生徒は強いのだろう。……でも、おかしいなぁ。そこまで圧倒されて怪我も負わされたと言うのに、どうしてそこまで笑えてるんだい?』

 

脳無をも圧倒する生徒の存在に興味が湧いたのは確かだが、今の話ではなぜ死柄木の声が弾んでいるのはわからなかった。

当然の疑問に、死柄木は待ってましたと言わんばかりに答える。

 

「ああっ、傑作だったのは白妖がきてからさっ‼︎俺らを殺そうとしていたオールマイト並みの強さのバケモンのクソガキは、なんと白妖の弟だったんだよっ‼︎‼︎」

『…………へぇっ』

 

死柄木の無邪気な報告に『先生』は少しの間をおくと、そう短く答えた。しかし、その声音は明らかに弾んでおり、声の主が不気味な笑みを浮かべてるのは間違いないと判断できるものだった。

それからも、死柄木は笑いながら話す。

 

「まさしく運命の再会ってやつだ。今でも思い出すと笑えるぜ。オールマイトが脳無を引き受けて、あのガキが白妖と戦ってたんだが、途中までは互角に戦えていたのに、仮面を剥ぎ取って顔を見た瞬間、明らかに動揺してさぁっ‼︎そっからはまともに戦えなくて白妖にボッコボコにされたんだからなぁっ‼︎‼︎」

 

座り込みながら肩を揺らして不気味に笑う死柄木の姿は、あまりにも不気味であった。

『先生』は死柄木の笑い声を聞きながら、カウンターの椅子に座り仮面を被り直した白妖に尋ねる。

 

『………白妖、その生徒はどうしたんだい?』

「とどめはさせなかったが、すぐに死ぬだろう。右腕と右目を切って、胸には風穴を空けたんだ。それだけでも致命傷なのに、その上私の毒を大量に流し込んだ。再生能力があって、毒の耐性が高かろうと関係ない」

『そうかそうか、確かに君の毒ならあり得るね。何せ、解毒剤も僕の手元にしか存在しないんだ。どうあろうと生き延びるのは不可能だ』

『そうじゃな。間違いなくその生徒は死ぬじゃろう。オールマイトは殺せなかったが、オールマイト並みの力を持つ子供を殺せたのなら、今回の襲撃の成果としては重畳じゃないかね?』

 

白妖が持つ個性の一つ『狂血(きょうけつ)』。

致死性の猛毒を含んだ血を操る個性の殺傷力を誰よりも知っている二人でも、その生徒は間違いなく死ぬということになり、オールマイトを殺さずとも彼並みの力を持つ生徒を殺せたと言う功績は大きいと彼らは判断した。

 

『ああそうだね。今回のは決して無駄ではない。オールマイトを殺せずとも、オールマイトが生徒を一人守れなかった、というダメージを与えることができた‼︎これだけでも敵連合の存在はアピールできた。だが、まだ足りない。

もっとだ、もっと凄惨な事件を起こしてこそ、君の名は知れ渡る‼︎』

 

『先生』はそう大仰に言うと、更なる悪行を促す。

 

『我々は自由に動けないからね。君と言う“シンボル”が必要なんだ。死柄木弔‼︎君と言う恐怖を世に知らしめるんだ‼︎‼︎』

 

悪行を促された死柄木が次なる悪行に備えて、怪我の手当てをする為に別室に移動した後、テレビの向こう側で『先生』とやらは一人物思いに耽る。

 

(白妖に弟、ねぇ。……そんな子供なんて一人しか、あの一族の長男しかいないわけなんだけど……あぁ、確かに()()()()()()今はちょうど高校一年生か)

 

白妖……否、紅葉の弟を、八雲嵐の存在を奇しくも彼は知っていた。

知らないはずがない。なぜなら、彼は自分が思い通りにならなかった存在の一人なのだから。

しかし、自分の記憶が正しければ、彼は7年前のあの時に紅葉と同じように()()()はずなのだ。だが、どう言うわけか、彼は生きていた。それが疑問で仕方がなかった。

 

『まさか、生きていたとはねぇ。でも、おかしいなぁ。僕は死んだって聞いたんだけど、どうして君は生きてたんだい?ねぇ』

 

そして、『先生』と呼ばれた男は、浮かんだ疑問のままその名を呟いた。

 

 

 

『———出雲(いずも)翠風(みかぜ)君』

 

 

 

それは彼自身がかつて名乗っていた苗字だ。

この日本に存在する特殊な一族であり、自分とも因縁のある一族だ。嵐はその一族の生まれだった。

しかし、今はその姓を名乗ることは許されず、出雲本家から追放され『八雲』を名乗っている。

それを知る者は、ごく一部の人間のみ。だと言うのに、この者はあろうことかその事実は知らずとも、彼の本名だけは知っていた。そして、嵐の正体に気づくと同時に、今回の襲撃は死柄木が思うようにはならないことも予想できてしまった。

 

(………弔や白妖には悪いが、彼はおそらく死なないだろうね。何せ、()()()()を持っているんだ。驚異的な生命力で解毒してしまうだろう)

 

彼は自分の考えを改める。

『先生』は嵐の存在を、彼が隠している個性の詳細を知っている。それ故に、おそらく嵐は一命を取り留めると密かに考えていたのだ。

『先生』はテレビの前で不気味に口を歪めると、内心で期待にほくそ笑んだ。

 

(ああ、早くもう一度君に会いたいな。なにせ君はこの世で最も異質で、特異で、素晴らしい可能性を秘めた個性を有する———《未知の存在(エクストラ・ピース)》なんだから)

 

 

巨悪は嗤い、闇から悪意の凶手を伸ばす。

 

 

今は闇に潜み力を蓄えているが、いつかその悪意で平和を壊す為に。

 

 

そして、今度こそ己の野望を果たす為に。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

生徒達の事情聴取が終わった頃には、すっかり空も夕焼けの橙に染まっていた。

警察の人達や教師達、飯田の話を聞いた限りでは、自分達がUSJの中にいた際、外では大嵐が突然発生して、突然消えると言う不可解な気象変動が発生したらしいが、空を見ればそんなことがあったとは思えないほどに雲が少ない清々しい夕焼け空が広がっている。

そんな夕焼けに照らされた雄英高校の校舎の廊下を、耳郎、八百万、障子の三人がゆっくりとした足取りで歩く。彼らは事情聴取の順番が最後であり、障子が先に、耳郎に付き添った八百万が二人で聴取を受けていて今しがた終わったばかりなのだ。

そして、沈痛な面持ちで力なく廊下を歩く耳郎に八百万が気遣うように声をかける。

 

「………耳郎さん、大丈夫ですか?」

「………うん、少し落ち着いた……ありがとう、ヤオモモ……」

「いえ、大丈夫ですわ」

 

そう答える八百万や隣を歩く障子の表情も耳郎ほどではないが暗かった。彼らは全員が嵐に関する衝撃的な事実を知ってしまったからだ。

 

今日USJを襲撃した敵連合の一人白妖が7年前に嵐のせいで死んだとされる姉であり、嵐が憧れ目標としている狐火ヒーロー“クレハ”その人でもあり、そんな彼女が敵の悪意によって遺体を化け物に改造され、今日嵐を殺そうとしたこと。

 

それは、それはあまりにも、

 

(惨すぎる……っ‼︎)

 

障子は込み上げる怒りのままに拳を強く握りしめる。彼の脳裏に嵐の姿が思い起こされていた。

敵の正体が自分を守って死んだ姉だと分かってからの、あまりにも弱々しく悲痛な表情。

姉を傷つけることなどできずにまともに戦うことができずに彼女に殺されかけたこと。

最後に、去ろうとする彼女の背中に手を伸ばして、それでも届かずに心が引き裂かれるような慟哭を上げ、気絶する姿。

 

流れる血が止まらず、毒に体を蝕まれ、か細くなっていく呼吸。顔色がだんだん悪くなり、体が次第に冷たくなっていき、雪の中にいるのではないかと錯覚してしまうほどに冷たくなっていた体温。

 

憧れた友が絶望に心を折られ、刻一刻と確実に死へと追い込まれているその姿を前に、障子はただ見ていることしかできなかった。

 

(悔しいな。…何もできず、見ていることしかできなかった自分を……初めて憎らしいと思った……)

 

今日ほど自分の無力を呪った日はなかった。

自分達ではまだ彼を支えれるほど強くはないが、いつか憧れた彼の背中に追いつき、友として支えられればいいと思っていた。

だが、今日自分達と嵐との距離の遠さを実感し、友の危機に見ていることしかできないことに、自分達の無力さを酷く痛感させられた。

 

初めてだった。何もできなかったことをここまで恨んだのは。

 

「………ッッ」

 

自分の無力さに打ちひしがれ、悔しさにマスクの下でギリッと歯を噛み締めていた時、ふと耳郎が口を開いた。

 

「ねぇ……ヤオモモ、障子」

「なんでしょう?」

「………」

 

八百万と障子が反応し、続きの言葉を待つ中、耳郎はか細い声で呟く。

 

「ウチ……強くなりたい」

 

何の為にとは聞かなくても二人には手にとるようにわかった。

彼女は、今回の事件で誰よりも苦しんだ嵐の力になりたいと言っているのだ。

そして、耳郎はスカートの裾を強く掴み涙をポタポタと流すと、震える声で言葉を紡ぎ始める。

 

「……もう、八雲が一人で抱え込まなくてもいいように……もうこれ以上苦しまなくていいように。早くあいつを支えれるぐらい、強くなりたいっ」

 

嗚咽混じりに紡がれた言葉には彼の力になりたいという強い想いが込められていた。

彼との間に天と地ほどに大きな力の差があるのかも。どれだけその目標が遠く険しい道のりなのかも、彼女はこの数日で酷く痛感した。

それでも、自分は彼の隣で戦えれるくらいに強くなりたいと。

そんな想いが込められていたのだ。

 

耳郎の涙ながらの言葉に八百万が穏やかな微笑を浮かべ、障子が決意に満ちた表情を浮かべ頷く。

 

「………ええ、そうですわね。大切なお友達が一人苦しんでいるのに、何もできないままでどうしてお友達と呼べるでしょうか」

「……ああ、全く以ってその通りだな。苦しむ友を捨て置く人間にはなりたくない。それに、次を望むわけではないが、それでも何もできずに終わるのは、もうごめんだ。だから、共に強くなろう」

 

二人も想いは同じだった。

大切な友であり、頼れる兄貴分でもある彼を支えれるように、彼が一人で背負わずに弱音を吐けるほど信頼してもらえるように強くなろうと。

 

「……二人共、ありがとう…」

 

そう誓った二人に耳郎は涙を滲ませながらも笑みを浮かべて感謝の言葉を送る。それに対して、二人は首を横に振った。

 

「いや、友ならば抱く気持ちは皆同じだ」

「ええ、皆八雲さんが大切なんですよ」

「………うん」

 

そう耳郎が小さく頷いた時だ。

 

「響香‼︎障子っ‼︎‼︎」

 

自分達を呼ぶ切羽詰まった声が聞こえてきた。

そちらに視線を向ければ、自分達の進行方向の先の廊下から、拳藤と取陰が血相を変えてこちらへと駆け寄ってきていた。

 

「先生から話聞いたんだけど、怪我はない⁉︎」

「皆大丈夫だった⁉︎」

「一佳……切奈……」

 

USJが襲撃されたことを知った彼女らは、耳郎達に近づくと心底心配そうな声で尋ねながら、怪我がないか全身を見渡す。

耳郎が彼女らの名を呼ぶ中、障子と八百万が目を伏せながら静かに答えた。

 

「俺達は無事だ。怪我もない。だが……」

「八雲さんが、病院に運ばれましたわ……」

「「ッッ‼︎」」

 

二人よりもたらされた事実に二人は息が詰まる。病院に運ばれたということは、この襲撃事件で大怪我をしたということだ。

拳藤が震える声で尋ねる。

 

「……八雲は……大丈夫、なの?」

 

心のどこかで彼なら大丈夫だと思いそう尋ねたものの、帰ってきた返事は彼女の予想を裏切るものだった。

障子は少し沈黙すると、悔しさを堪えた声音でその事実を告げた。

 

「………危篤状態だ。……医者が言うには、明日を迎えれるかもわからない、と」

「……嘘……」

「そんなっ……」

 

二人は驚愕する。特に拳藤に至っては、入試で彼の実力を見ていたこともあって、彼を危篤状態にまで追い詰めるほどの敵がいたこと。そして、大切な友人が命の危機にあることに大きな衝撃を受けた。

 

「………敵は、そんなに強かったのか?」

 

拳藤が拳を強く握りしめながら怒りに震える声で尋ねる。嵐の命が危ないことにショックを受けたのは確かだが、その後に彼をそこまで傷つけた敵に怒りの感情が湧きあがったのだ。

障子が暗い顔を浮かべながら、静かに答える。

 

「………ああ、強かった。詳しいことは緘口令を敷かれているから話せないが、八雲が戦った敵達はオールマイトですら苦戦するほどの強敵だった。八雲は俺達を守る為にそれほどの強敵と戦い、そして重傷を負った。ただ……」

「ただ?」

 

続きを言いかけて口をつぐんだ障子の様子に取陰が首を傾げる。

障子は「八雲は身体だけでなく心にも大きな傷を負った」と言いかけて止めたのだ。こればかりは、彼自身の口から話すべきものだ。深く知らない自分が話していいことではない。

そう思い、障子は訝しむ二人に首を横に振りながら言葉をつなげた。

 

「すまない。これ以上は話せない。あの時、あいつを守ることも、共に戦うこともできなかった俺達は……ただあいつの無事を祈ることしか、できないんだ……」

「……そっ、か………」

 

拳を強く握りしめながら言った障子の言葉に拳藤は力無く腕を下ろし顔を俯かせると悔しさや悲しみが混ざったような表情を浮かべて小さく呟いた。

 

「何もできないのって……こんなに、きついんだね……」

「一佳……」

 

詳しい事情は知らない。だが、彼らの様子から深い後悔が伺えたからこそ、彼らの気持ちを推し量れてしまったのだ。

後から話を聞いただけでもこんなにも悔しい気持ちになるのだ。それを目の当たりにしていた彼らはもっと悔しいことだろう。

そして、悲しそうに呟く拳藤の様子に取陰が心配そうに彼女の名を呼ぶ中、耳郎が頷いた。

 

「……うん、だからウチらはもっと強くならないといけない…」

「響香……」

 

顔を上げた拳藤は決意に満ちた表情を浮かべる耳郎の姿を視界に収めて僅かに瞠目した。

 

「……ウチらは八雲に守られていて何もできなかった。だから、次はもう後悔したくない。次こそ八雲を支えれるようにウチらは強くなるよ」

「………」

 

目を赤く泣き腫らしながらも、確かな覚悟に満ちた表情で耳郎は先ほど言った誓いを改めて口にした。

友として嵐が寄り添っていいと思えるぐらいに強くなりたい。そんな彼女達の決意を前に………拳藤は静かに笑った。

 

「……そうだね。響香の言う通りだ」

 

耳郎の言う通りだ。

今ここでうじうじ悔しんだり、悲しんだところで状況が好転するわけではないのだ。嵐の無事は祈ることしかできないし、何もできなかった自分の無力さに打ちのめされたのなら、前に進むしか道はないのだ。

 

今日目の当たりにしてしまったプロの世界。

それを前にして彼らの心は一度は無力に打ちひしがれたものの、そこから彼らは友の為にと諦めずに立ち上がったのだ。

ならば、自分もそうあろう。彼の友達として、そして、彼に憧れた者として。

 

「なら、私も強くならないとな」

 

拳藤はニッと笑みを浮かべながらそう言うと次いで凛とした表情を浮かべて続ける。

 

「私も八雲が頼れるぐらいに強くなるよ。あいつが一人で背負い込まなくていいようにね。大事な友達だもん。なら、迷う理由なんてないでしょ」

 

さも当然であるかのように言い放たれた言葉に、耳郎達は揃って笑みを浮かべる。取陰も一瞬呆気に取られたものの、すぐに仕方ないなぁと呆れ混じりの笑みを浮かべると彼女の肩に手を置く。

 

「全く一佳はもぅ……ま、ここまで話聞いちゃアタシも黙ってるわけにはいかないよね。私にとっても八雲は友達だし、ね」

「切奈……私らに合わせなくてもいいんだよ?」

「そんなこと思ってないって、純粋な本心だよ」

「ならいいけど」

 

そんなことを言い合う二人に耳郎達も表情を綻ばせると、二言三言話した後、新たな決意を胸に秘め嵐の無事を祈りつつそれぞれ教室に戻っていった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

…………気づけば、嵐は深い暗闇の中にいた。

 

 

重力の束縛から解放され、ふわふわと漂うように浮かぶ嵐の視界には黒一色しかなく、他の色は一切ない。

 

温度は感じられず、音も聞こえない。

 

身体の感覚はなく、動いているのか止まっているのかもわからない。

 

そんな暗闇の中で、突如一つの紅蓮の炎が生まれる。

炎は次第に大きくなると、人の形を取り始める。人型を形作り、姿を表したのは、九つの尾に獣の耳を持つ一人の金髪紅眼の女性ー紅葉姉がいた。

 

『紅葉、姉……?』

 

現れた彼女の姿に、嵐は戸惑いの声をあげる。

無言で佇み、こちらを見る彼女の視線は、彼女を知っているものからすれば予想できないほどに酷く冷たいものだったのだ。

 

そう、まるで、嵐を殺そうとした敵ー白妖のように。

 

『………っ⁉︎』

 

彼女の冷酷な様子に嵐が戸惑う中、彼女に変化が起きる。

彼女の鮮やかな真紅の瞳からどろりと赤黒い血が流れ始め、口の端からも血を溢れ始めたのだ。それはまるで、あの日の再現のようで、嵐は悲鳴じみた声をあげる。

 

『紅葉姉っ⁉︎』

 

身体を動かすこともできない嵐は、その場で叫ぶことしかできなかった。

やがて、全身から血を流し始めた彼女の肉体から悍ましい漆黒の炎が放たれると瞬く間に彼女の体を覆い尽くす。

そして、黒炎が晴れたとき、露わになった姿は、もう嵐が知る金髪紅眼の紅葉の姿ではなく、USJを襲撃し嵐を殺そうとした敵ー白髪紅眼の白妖の姿だった。

 

姿を変貌させた彼女は嵐を殺気や憎悪に視線を鋭くさせ嵐を睨むと、静かに口を開き、

 

 

 

——————この、人殺しめ。

 

 

 

怨嗟に満ちた声でそう言った。

 

 

その声は、恨むような、責めるような、そんな負の感情に満ちた声だった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「……………………ぅ、ぁ…?」

 

 

ピッ、ピッ、と無機質な電子音が響く中、嵐は呻き声を上げながらゆっくりと瞼を開けた。

 

(……こ、こは……びょう……いん……か…?)

 

視界に広がる白い天井に、隣から聞こえる心電図らしき電子音。口と鼻を覆う呼吸器、そして、ベッドらしき柔らかいものに寝かされている感覚で、嵐が今いるのが病院だということが分かった。

 

(俺は………生きてる………のか………?)

 

息ができている。鼓動の音が聞こえる。

自分の体内から感じる生きてる証に、自分が生き延びたことを実感した。

 

「あ、嵐さんっ…私のことがわかりますかっ?」

 

切羽詰まった声が左側から聞こえてくる。

聞き慣れた声に嵐は視線だけ動かして、左を見ればそこには巴が心配そうに嵐の顔を覗き込んでいるのが見えた。嵐は掠れた声で力無く彼女を呼んだ。

 

「……とも、え、…さん……?」

「はいっ、巴です。本当に目を覚ましてくれてよかったっ。貴方が目覚めなかったら、私はっ」

 

そう言って、巴は嵐の左手を掴んだまま涙を流し嗚咽を漏らす。嵐は泣く彼女を落ち着かせようと頭を撫でる為に、右腕を伸ばそうとして、肘から先の感覚がないことに気づき自分の右腕が斬り落とされた事を思い出した。

 

(……あぁ……右手、斬られたんだった。……それに、右目も、か……)

 

それに視界が右半分暗いままであるのも、右目が切られたからというのも思い出す。そして、二つの欠損を含めて、全身の傷が全て……他ならぬ白妖ー姉紅葉の手によるものだということも思い出したのだ。

嵐は天井を見上げながら、悲痛な声でポツポツと呟き始める。

 

「巴、さん‥‥紅葉姉、がいた……」

「……はい。話は聞いています」

「化け物に、改造、されて……敵に、なって………俺が、戦ったんだ………」

「…………はい」

 

次第に嵐は左目からとめどなく涙を流し始める。右からも流しているのか、包帯に涙が滲んでいた。

 

「俺が、暴走したから…‥俺があの時、あんなことになったから………あの人は、死んで………化け物に……俺のせいでっ……」

「……………」

 

後悔が、苦悩が、悲哀が、胸の内から溢れ出て止まらない。罪悪感が心を埋め尽くして消えない。

大好きな姉の未来を奪ったのも。姉を人外の怪物に変えてしまったのも。全ては、自分があの時暴走してしまったせいなのだから。自分が招いてしまった事なのだ。

 

「……戦えなかったっ……俺は、あの敵が……白妖が、紅葉姉だって分かった時から…‥俺は、あの人と戦えなくなっていたっ……」

 

白妖が紅葉だと分かった瞬間、嵐は彼女に剣を向けることができなくなっていた。

自分のせいで化け物にされた彼女を、また自分が殺すのかという、強迫観念に駆られて動けなかったのだ。

まだ信じたくない気持ちはある。夢であってほしいと願う気持ちも。だが、こうして重傷を負い病院のベッドで寝かされていることが、あれが夢ではなく、認めざるを得ない現実だと言うことを明確にしていた。

嵐は天井を見上げ、涙を流しながら震える声で嗚咽を漏らす。

 

「巴さん……俺は、どうすればいいっ?……紅葉姉の想いを無駄にしない為にヒーローを、目指したのに………俺のせいで、あの人は化け物にされたっ……俺が悪いんだっ。俺のせいで、ああなったっ………くそっ、くそぉっ……どうすればいいんだよっ……」

「……嵐さん………」

 

涙を止める方法がわからず、泣きながらひたすら悔やむように自分を責め続ける嵐を見て巴は悲痛な表情を浮かべながら、彼の名を小さく呼ぶ。

 

(……誰よりも慕っていたお嬢様が、自分を守るために死んだだけでも辛いのに……まさか、お嬢様の遺体を改造して殺戮兵器に改造するなんて……しかも、そんな彼女自身の手で殺されかけたとは………)

 

考えただけでもゾッとするほどにあまりにも酷い仕打ちだ。おそらく、主犯の背後にいた者は今回のような事態は予想外だったはずだ。だが、偶然だったとしても死んだ姉が改造され化け物にされて、あろうことか弟の前に敵として現れ彼を殺そうとしたなど、聞くだけでも喜ぶような事態だろう。

 

(なぜ……この人が、ここまで苦しまなくてはいけないんですかっ)

 

巴の内から怒りが燃え上がる炎のように溢れてくる。彼女は嵐の従者として、それこそ彼が生まれた時から知っている。当然、姉の紅葉や青葉との関わりも知っており、幼少の頃の彼の姿も、本家から追放され家族から拒絶されてしまった時のことも、それからヒーローになるためにずっと努力してきた姿も知っている。誰よりも近くで見てきたのだ。

巴にとって嵐は仕えるべき主君であり、また守るべき弟同然の家族であり、まだ未熟な弟子でもある。

だからこそ、これほどまでに優しく、家族想いの彼には苦しんでほしくない。いつの日か心の底から笑えるように幸せになってほしいと願っていた。それ程までに嵐のことを大切に思う彼女がこんな仕打ちをした醜悪な敵に怒りの感情を抱かないわけがなかったのだ。

巴は、その怒りに一瞬表情を歪めたものの、悲痛な表情へと戻しながら、左手で彼の手を握りながら、右手を伸ばして彼の頭を昔からしているように優しく撫でると優しく言った。

 

「………今は、気が済むまで泣いてください。辛かったら抱え込まずに吐き出していいんです。外では抱え込んでしまうのだとしても、今ここにいるのは私だけですから」

「……巴、さん……うぁ、……あぁ……ああぁぁ………」

 

嵐は巴の言葉に箍が外れたのか、巴の手を握り返しながら、声を上げてまるで子供のように声を上げて泣いた。

昔からそうだった。彼は幼少の事件のせいで、同年代の子供よりも大人びてしまい、多くを抱え込めるようになってしまった。

しかし、それは裏を返せば心の傷の許容量が人よりも多い事になる。それを隠すのも上手くなってしまった彼は、人前で泣く事をしなくなった。子供にとっての当たり前のことができなくなっていた。だから、こうして昔から深い関わりのある巴の前でしか彼は弱さを見せなくなったのだ。

そうしてしばらく、嵐は巴が見守る中、泣き続けた。

 

しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した嵐はすんと鼻を鳴らすと、恥ずかしそうに顔を若干赤くしながら巴に詫びる。

 

「…‥その、ごめん……巴さん……」

「いいえ、大丈夫ですよ。気持ちは分かりますから。落ち着いたようですので、看護師の方呼びますね。あと、雄英の方にも連絡しておきます」

「………ありがとう……あ、巴さん……」

 

そして巴はベッド脇にあるナースコールボタンを押して看護師達を呼ぶとスマホを片手に持ちながら廊下へと出ようとする、だがすんでのところで嵐が彼女を呼び止めた。

 

「どうされました?」

「……皆はどうなったんだ?それに、あれからどれくらい経った?」

 

嵐の問いかけに巴はクスリと微笑むと嵐の奮闘の結果を伝えた。

 

「皆さんご無事ですよ。先生方は確かに大怪我を負いましたが、皆さん命に別状はありません。嵐さん、貴方は見事に護りきったんです。あの場にいたクラスメイト達と先生達を。叱るべきところもあります。それでも、貴方は確かに今度こそ護り抜いたんです。その行動、その成果はヒーローというべき誇らしいものですよ」

「………そうか……今度は、護れたのか……よかった……」

「ええ」

 

嵐はそう言ってあからさまに安堵する。

自分が瀕死の重傷を負ったり、衝撃的な事実を知り傷心になっていたのだとしても、相澤や13号含めた皆が無事である事実が、嵐の心を少し軽くさせてくれた。

 

「あと、今日は事件があった翌日の昼ですよ」

「………まだ、1日しか経ってないのか」

「ええ、今日は事件があったので学校の方は臨時休校になったそうです。一応、明日から授業を再開させると言ってましたよ」

「そうか、分かった。ありがとう」

「ええ、では少々席を外しますね」

 

そして、巴が部屋を出て完全に病室に一人になった嵐は、今度は窓の外へと視線を向ける。

空は憎らしいほどに清々しい青空で、新緑の若葉が揺れて青空に緑が映えていた。

嵐はそれを見ながら、小さくつぶやく。

 

「………心配かけてんだろうな」

 

脳裏に浮かぶのは耳郎や八百万、上鳴のあの時嵐の背中を押してくれたもの達をはじめとした、クラスメイト達の顔だ。

彼ら傷だらけの姿だけでなく、自分が泣き叫び、意識を失った醜態も見てたはず。きっと怖い思いをしたことだろう。

耳郎なんてあんなに信頼して送り出してくれたのに、結局瀕死の重傷を負ってしまったのだ。かなり心配していることだろう。

 

「……皆、護れたのは良かったが……こんなザマだと満足に護れたとは言えねぇよな……」

 

嵐は自嘲気味にそう呟く。

確かにクラスメイトや教師達の命は護ることはできた。だが、それと引き換えに自分が死にかけていては完璧に護ったとは言い切れない。

全員を護れたという安堵と心配をかけているという罪悪感が彼の胸中にじんわりと広がっていった。

 

「………あぁ、くっそ、まだまだだな。俺も」

 

自分の未熟さを呪い、嵐は恨みがましく呟いた。そのつぶやきは誰の耳にも届かずに、静かに消えていった。

 

 





嵐君の実家のお話はおいおい明かしていくつもりです。


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20話 前へ進む


今回でUSJ編は終了ですっ‼︎‼︎


 

 

 

嵐が目を覚ましてしばらくして、看護師や医師が病室に来て嵐の全身検査を行った。

隅から隅まで精密検査を終え検査結果を見た医師は、驚愕を隠し切れておらず信じられないものを見たかのように震える声で呟く。

 

「…………信じられない。まさか、一晩でここまで回復してしまうなんて……昨夜のこともそうですが、本当に奇跡ですね……」

 

驚愕する医者曰く本来ならば嵐はまず助かる見込みがなかったらしい。

右腕欠損、右眼球損傷、胸部に風穴、全身に火傷に裂傷。どれか一つとっても重傷確定の傷が複数ある上に、手術室に運ばれた時点で既に致死量を超えた血を流していたそうだ。

更に付け加えると、嵐の体内にはどの毒よりも強力な致死性の猛毒が大量に入っていたらしく、一滴でも体内に入れば細胞が壊死していくほどの強力な毒が嵐を蝕んでいたそうだ。

この時点で一般人、いやプロヒーローであっても既に手の施しようがないほどの状態だったのだが、幸いにも嵐の特殊な個性のおかげで、瀬戸際のところで何時間も踏ん張ってはいた。しかし、それでも大量に血を流し続け現在進行形で身体が弱っていたせいで嵐は医師達の奮闘虚しく、ちょうど日付が変わる頃に一度心臓が止まったらしい。

 

医師達が全力を尽くして蘇生処置を施したものの、何時間経っても心臓は動かないため、彼の死亡時刻を記録しようとした時、奇跡が起きた。

 

手術台に寝かされている嵐の身体がAEDを当てたように一度跳ねたのだ。

それから、嵐の肌が勝手に黒い鱗へと変化して胸部が黄金に輝いたのだ。

そこからはもう驚愕の連続だったそうだ。突然嵐の心臓が鼓動を再開させたかと思えば、胸部の輝きを起点に全身の鱗の隙間から黄金の輝きが溢れ、鳩尾に空いていたはずの風穴が徐々に小さくなり数分後には完全に塞がっていたのだから。他の傷も同様であり、流血がとまり傷が塞がって小さくなりつつあった。体内に残る毒素も少しずつだが確実に解毒を行い回復し始めていたのだ。

何時間にも及ぶ手術でも手の施しようがなかったというのに、嵐自身の肉体が勝手に蘇生を始めたのだ。

 

まさしく、奇跡だった。

 

それからは、右腕や右目は欠損した状態のままで、全身の傷も最低限塞がりまだ痛々しい跡が残る程であり、更には体内に蔓延る毒もまだ完全には抜けきっていないものの死には至らないレベルにまで解毒されている為、後は目を覚ますのを待つだけだと今朝方に病室に移された。

しかし、医師達は目覚めるかどうかもわからず、植物状態もありえると覚悟していた為、わずか数時間で目覚めるのは予想外だったらしい。

話を聞いて沈黙した嵐を他所に医師は看護師に包帯を付け替えさせながら続ける。

 

「旭さんからは八雲さんは腕や脚がなくなっても2、3日で生え変わるほどの高い再生能力を有していると聞いています」

「ええ、そうです。ですが、右腕は見ての通りで、右目もまだ見えていません。明らかに普段よりも再生速度が格段に遅いです。これってもしかして毒が関係してますか?」

 

包帯が取られ、露わになった嵐の右顔面は、痛々しい大きな傷跡が残っており右目が赤い血で濁っているように見えた。しかし、これでも傷はあの時よりも小さくなっているのだ。

そして、嵐の再生能力ならば、肉体の欠損ならば2、3日で治る。腕ならもう数割は生えているだろうし、目であってもぼんやりと見えてもいいはず。しかし、右腕はまだ再生を始めてすらいなくて、右目も視界が真っ暗だった。

そして、身体に痺れが残っており満足に動かせないことから、白妖の強力な毒のせいで再生にも影響が出ているのではないかと推測した嵐がそう尋ねたのだ。医師はその問いかけに首肯する。

 

「恐らくはそうでしょう。体内に残る毒が抜けきっておらず、そちらの解毒を身体が優先しているからかもしれません。これは私の予想ですが、解毒が完了したら、肉体の再生も始まるでしょう」

「………そうですか、では毒が完全に抜け切るのはいつぐらいか分かりますか?」

 

今度は医師達と反対側に座る巴がそう尋ねた。医師は難しい顔をしながら答える。

 

「……これまでの解毒スピードから判断すると、一週間はかかるでしょう。ですが、予想外の高い再生力に加えて、これからは食事を取れることを考えればもっと早く回復されるかもしれませんね。とはいえ、毒の後遺症で身体はまだ満足に動かせないはずですから、一週間は車椅子生活になるでしょう」

「………そうですか。はい、分かりました」

 

医師から一通りの説明を聞いた巴は深く息をついて安堵する。まだ後遺症が残っているものの、それでも嵐の体調がこれ以上悪くはならないことに安堵したのだ。

嵐も安堵したような表情を浮かべると、小さく呟いた。

 

「………今回ばかりは、嵐龍(お前)に救われたな」

 

今まで感謝するどころか嫌っていたが、こうして一命を取り留めれたのはこの個性のおかげなので、嵐は生まれて初めてこの怪物の個性に感謝した。

そう礼を言った嵐は医師に尋ねる。

 

「………それで、いつ俺は学校に通えますか?」

「………うーん、完全に歩けるようになってからだと来週になりますが、車椅子での登校なら、三日後くらいですかね」

「………明日に退院することは、できませんか?」

 

自分でも無理な頼みをしているというのは分かっている。だが、それでも嵐はクラスメイトに早く自分の口で無事を伝えたかったのだ。

そんな想いに気づいてか定かではないが、医師は優しく微笑んで答える。

 

「…………明日もう一度検査して決めましょう。八雲さんの回復力ですと、もしかしたら明日の退院も可能かもしれませんからね。今日はゆっくり休んでてください」

「………そう、ですか。はい、わかりました」

「救急隊員から聞きましたが、クラスメイトの皆さんはとても落ち込んでいたそうです。よっぽど心配されてたんでしょうね。そして、貴方自身もクラスメイトの皆様を大切にされているようですね」

「…………」

 

面白そうに言った医師の言葉に嵐は若干照れ臭そうに顔を背けた。しかし、その耳が赤くなっていたから、照れは全く隠せていなかったが。それを見た医師や看護師、巴が揃って笑みを浮かべた。

 

そして、しばらくして全身に巻いていた包帯の取り替えの処置が終わった後、医師も診察や必要事項を伝え終えた。

 

「では、八雲さん、今日はゆっくり休んでてください。明日、また検査しましょう」

「はい。ありがとうございます。本当に助かりました」

「本当にありがとうございます」

 

嵐は上体を起こすと医師達に深く頭を下げ、巴も椅子から立ち上がると嵐同様に深く頭を下げて感謝の意を示す。

しかし、医師達は当然のように首を横に振る。

 

「いえいえ、私共は何もできませんでした。貴方が自分自身の力で助かったんですよ」

 

自分達では嵐を救うことができなかった。嵐が一命を取り留めたのは、嵐自身の力だと言って、医師達はそのまま病室を後にした。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

医師達が病室を去った後、嵐は遅めの昼食をとっていたのだが、まだ体が痺れ満足に動かせない為、巴の補助で食べさせてもらって丁度食べ終わった頃、病室の扉がノックされた。

 

「やぁ!八雲君‼︎」

「失礼するよ、八雲少年」

「入るわね。八雲君」

「入るぞ」

 

許可を受けて入ってきたのは、四人。

声をかけてきたのは白い珍獣ー雄英高校校長の根津と黄色いスーツの筋骨隆々の大男ーオールマイト、そして、長い黒髪にスーツ越しにでも凹凸のはっきりとした肢体がわかる見事なプロポーションの眼鏡をかけた女性だ。

 

「校長先生にオールマイト、それにミッドナイト先生…」

 

スーツ姿の女性は雄英で近代ヒーロー美術史を担当しているプロヒーローであり、普段は超極薄タイツという過激なコスチュームを着ているのだが、流石にこう言った場ではスーツらしい。

ただ、スコスチューム姿ではSM嬢のような印象があったが、スーツ姿だとバリバリのキャリアウーマンのようだ。嵐はその感想を素直に口にした。

 

「スーツ姿もよくお似合いですね」

「ふふ、ありがとう」

 

惜しまない賞賛にミッドナイトは妖艶に微笑む。そして、最後に入ってきた人物に嵐は振り向くと、少し戸惑いながらも尋ねた。

 

「えーと、相澤先生であってますよね?」

「まぁこんな見た目だからな。ともかく、お前が無事でよかったよ」

 

最後に入ってきた男性。黒一色の格好に顔面と両腕を包帯でぐるぐる巻きにした半ミイラ状態の男は、あろうことか相澤だったのだ。

嵐は雰囲気と匂いで何となく気づいていた。まぁ、あれだけの怪我だったのだ。これだけの包帯を巻かれていても納得できる。

 

「八雲少年。これフルーツの缶詰とゼリーの詰め合わせね。後で食べてね」

「おぉ、ありがとうございます。オールマイト。巴さん冷蔵庫に入れといて」

「ええ」

 

オールマイトが胸の前で見舞い品が入った袋を抱えるてる姿が少しシュールで、それをみた嵐がすこし笑いながらも礼を言って巴に頼んで冷蔵庫に入れてもらう。

受け取った巴は冷蔵庫に見舞品を入れた後、オールマイト達に軽く頭を下げる。

 

「初めまして、雄英高校の皆様方。私は嵐様の付き人の旭巴です。嵐様がお世話になっています」

「ご丁寧にありがとうございます。僕は校長の根津です。こちらがオールマイトに、ミッドナイト、担任の相澤です。今回は八雲君のことで話をしに来ました」

「先生方すみません。椅子が足りないんで、今頼んで持ってきてもらいます。ですから、それまではお手数ですが「いや、その必要はないよ」…え?」

 

巴が会釈して自己紹介して根津達が自分達もお辞儀を返す中、嵐がナースコールを手に取りながら話していたら、根津がそれを遮る。

そして、他の三人に視線を向けて一度頷き合うと、

 

「ちょっ……⁉︎」

 

突然、四人が揃って嵐に深々と頭を下げたのだ。

 

「申し訳なかった。私達の失態のせいで、君に酷い怪我を負わせてしまった。守るべき君を戦わせて、大怪我を負わせたこと本当に申し訳ない」

 

代表して話す根津の言葉に嵐は明らかにあわてて動揺する。

 

「あ、頭を上げてくださいっ‼︎今回の件は仕方ない部分が大きかったんですっ。態々先生達が謝ることなんて一つもっ」

「いや、謝るべきなんだよ私達は。八雲少年、あの場には本来なら最初から私もいるはずだった。ただ、事件に何個も首を突っ込んで時間ギリギリまで活動してしまい、授業に出られなかった私の落ち度があの事件を引き起こしたんだ」

「それに、私達は敵の襲撃が起きることは予測していたんだ。前に昼休みに警報が鳴った件は覚えているかい?」

 

マスコミが校内に侵入したあの事件。忘れるわけがない。なぜなら、嵐はあの事件で今回の敵の襲撃を予感したのだから。

 

「はい、勿論です。アレはマスコミを扇動した敵の仕業だと俺は考えていました。ですから、近いうちに襲撃が来ると俺自身も備えていました」

「………そうか、君も僕達と同じく備えていたってわけだね。うん、その通りだ。僕達もあの事件が敵の宣戦布告だと考えていた。そして、彼らの目的がオールマイトであることも予想はしていたのさ」

「私の存在が敵の抑止力になり得ていて、同時に対抗策でもあった。だというのに、私は……」

「1番の被害者である八雲君を前に、これは言い訳にしかならないかもしれないけど、どうかオールマイトだけを責めないであげて。私達全員の認識が甘かったから、今回の事件が起きてしまったの。だから、本当にごめんなさい」

「……………」

 

根津、オールマイト、ミッドナイトの三人がそう言って再び四人揃って頭を下げる姿に嵐は静かな表情のまま押し黙る。

巴は何か言いたげそうで表情に怒りに歪んでいたものの、主人である嵐が何も言わないことから、彼の様子を窺うように静観する。

 

(………確かに話の筋は通っている)

 

嵐は彼らの説明に納得()していた。

確かに守るべき生徒を守れずに大怪我を負わせたことや、その根本的な原因が根津を始めた教師陣の認識の甘さ、それらが運悪く噛み合わさり嵐が死にかけるという事態を招いた。

だからこその謝罪というのも分かる。だが、それでもだ。

 

「………一応、謝罪は受け取ります。ですが、俺個人としては貴方達を責めるつもりはありません」

「八雲少年……」

「今回ばかりは相手が悪かったと思います。雄英のシステムを潜り抜けることができるワープを持つ黒霧、オールマイト並みの力を持つ脳無。主犯格の死柄木弔。その他にもチンピラとはいえ百数十名の敵。外との通信が絶たれ隔絶されたUSJ。相澤先生と13号先生が戦闘不能にされた。敵の戦力と、襲われた場所、俺達の状況その全てが悪すぎました」

 

今回は仕方なかった。嵐の下した結論はそれだった。プロ2名がやられてしまうほどに敵が強力すぎたのもあったし、完全に隔絶された場所で襲撃を受けたことで完全に後手に回らざるを得なかったのだ。

そんな最悪の状況だったからこそ、

 

「誰かが無茶をしなければいけなかった。そして、あの場でオールマイトが来るまでに脳無達主力とまともに渡り合えることができたのは俺だけです。だからこそ、俺が戦った。

事実、俺は脳無に善戦できていたし黒霧と死柄木を追い詰めれていました。あのまま行けば俺は三人を捕縛……いや、殺すこともできた。ですが……」

 

そう、それは叶わなかった。なぜなら、

 

「紅葉姉……いえ、今は白妖と呼ばれてる彼女が増援として来たから、俺はこんな無様を晒し、更には奴等を取り逃がしてしまった。彼女が来なければ、こんな事にはならなかった」

『…………』

 

嵐は顔を俯かせて深い後悔が滲む表情のまま呻くようにそう呟く。その後悔の証拠に、布団が強く握られ震えているほどだった。

白妖が現れてから全てが狂った。そう言わざるを得なかった。白妖が単純に強いのもあったし、それ以上に彼女が死んだはずの姉紅葉だったからこそ、嵐は戦うことが出来ずにあんな無様を晒してしまったのだ。

嵐を中心に重苦しい空気が広がる中、ミッドナイトが悲しみを堪えるように呟く。

 

「………じゃあ、本当に白妖という敵は、紅葉ちゃんだったのね」

「………はい。死体を改造したと言っていました。俺も顔をはっきりと見ましたし、見間違えるはずがありません」

「………そう、八雲君辛かったわね」

 

目の端に涙をうかばせながら彼女が嵐の頭を撫でながら優しく労う。嵐はその慰めに暗い表情のまま答えた。

 

「…‥ありがとうございます。そういえば、先生が紅葉姉の担任でしたね」

「ええ、個性的なA組の面子を纏めてくれた頼れる子だった。きっとあの子なら一層優しくて、立派なヒーローになると確信すらしてたわ」

「そう、でしたか……」

 

ミッドナイトはかつての紅葉の担任でもあり、他の教員よりも彼女個人への思い入れは一層強かった。だから、嵐ほどではないものの彼女の死体が改造され敵として人殺しに使われている事実は辛かったのだろう。

そして、一瞬会話が途切れた時、今度は今までずっと沈黙していた相澤が彼に尋ねる。

 

「八雲、助けられた身としては色々と言いたくはないが、あえて聞こう。お前はなぜあの時、敵を捕縛ではなく抹殺しようとした?」

「…………」

 

包帯と黒髪の奥から覗く鋭い眼光と放たれた言葉に嵐は真剣な表情のまま沈黙する。そして、返事を待たずに相澤は続け嵐が行った所業を突きつける。

 

「お前は再生するからと言って脳無を容赦なく切り刻み、主犯の死柄木を超至近距離のブレスで消し飛ばそうとしたな。ヒーローとはいえ敵を殺すのは御法度だ。それをお前は十分に分かっていたはずだ。だが、お前は躊躇いなく殺そうとした。他のチンピラ共もそうだ。お前がいた山岳ゾーンの敵達は他よりも特に怪我が酷かった。殆どが血を流しすぎていて中には命が危うかった奴等もいたそうだ」

 

キツイ相澤の言葉に隣に座るミッドナイトとオールマイトがちょっと慌てながら止めようとする。

 

「………ちょっと、相澤君今そのことは……」

「あ、相澤君、今の彼にそれはちょっと……」

「いえ、今話すべきです。あの時、13号と共に生徒達を守るよう頼んだ俺にも非はある。だが、それでもだ。八雲、お前の一連の行動は俺達を守る為とは言えやり過ぎだ。プロヒーローとしても、教師としても絶対に誉められたものじゃない。怒りのままに暴れれば何も残らないぞ」

「…………」

 

キツイ口調で咎めるように放たれた言葉に嵐は暫しの沈黙を浮かべると、やがて静かに口を開いた。

 

「…………確かに、あの時の俺の行動がヒーローらしからぬものだったのは認めます。そのせいで耳郎達を怖がらせたのは本当だし、死柄木を殺そうとしたのも否定はしません。ですが、俺は最初から奴等を生かして帰すつもりはありませんでした」

「………何故だ?」

「……奴等が俺の大切な人達を傷つけたからです。クラスメイト達に不安と恐怖を与え、殺そうとしたこと。先生達が殺されかけたこと。それらが俺にはどうしても許せませんでした」

 

それは嵐の嘘偽りのない本心だ。

友を恐怖に陥れたから、先生達を傷つけ殺そうとしたから。己の『大切』を傷つけたから。嵐は龍の本能に身を委ね彼らを殺そうとしたのだ。

 

「……だから、殺そうとしたのか?」

「勝手な言い分なのは分かっています。『人間』の理屈に照らし合わせれば外れた考えでしょう。ですが、それを差し引いたとしても俺はあの場で奴等を殺すべきだと判断しました。それだけ、奴等が危険な存在だと感じたからです」

「……八雲少年、そう思った理由を聞かせてもらってもいいかい?」

 

怒りが滲む口調で言い放った嵐の発言を聞き、オールマイトが険しい表情を浮かべてそう尋ねる。同じく敵の主力と戦ったものとして、嵐の見解を聞きたいのだろう。

だから、嵐は己の推測を話し始める。

 

「主犯の死柄木弔。彼ははっきり言って精神がガキのいわゆる子供大人です。チュートリアルやチート、クソゲー、まるでゲームを遊んでいるかのような発言が多々あり、そのほかにも脳無を買ってもらったばかりの玩具のように自慢していたり、自分が不利になれば露骨に癇癪を立てる。雄英襲撃という大それた事件を起こした割には、あまりにも子供染みていました」

「……そうか、やはり君もそう感じたわけか」

 

オールマイトも彼の意見には概ね同意だ。死柄木弔は一言で言えば子供大人だ。『もっともらしい稚拙な暴論』や『自分の所有物を自慢する』、思い通りになると思っている単純な思考から直接対峙したオールマイトも同じ結論を出していたのだ。

しかし、そこで嵐の推測は終わらなかった。

 

「はい。そして、俺が危険だと思った理由はまさしくそれです。子供大人ということは、裏を返せば成長する余地があると言うことです」

「……確かに、そうだね。生徒らと同じだ。もしも優秀な指導者がいればその主犯はこれから成長してしまうだろうね」

「その通りです。そして、残念なことに、死柄木には既に指導者がいるでしょう」

『ッッ⁉︎』

 

嵐の推測に教師四人だけでなく巴すらも驚愕する。嵐は彼らの驚愕を前にそのまま続ける。

 

「戦闘中奴は『先生』という単語を何度も口にしていました。しかも、脳無はその先生がくれた切り札とも。そして、白妖も『あの方』の命令で来たと言っていました。だから、彼には既に指導者がいて、今回の襲撃はその先生とやらが考えたのではないかと思います。

そして、それだけのことを思いつき実行させる程です。恐らく、その先生とやらは相当危険な敵です。その敵がこれから死柄木を育てるのならば、確実に危険な存在になりうる。だから、俺はそうなる前に殺すべきだと判断しました」

『……………』

 

嵐の推測を聞いた彼らは一様に沈黙する。

彼から聞かされた死柄木の背後にいる先生という存在。確かに嵐の話ならば、死柄木が稚拙なのも、それに反して用意周到に仕組まれたこの事件にも納得がいく。

詳しい理由や目的などははっきりとしていないものの、それでも嵐よりもたらされたこの情報は大きな価値があった。顎に手を当てて考え込んでいた根津は自分の中で考えをまとめると、嵐に礼を言う。

 

「八雲君情報ありがとう。その情報はこれからにかならず活かすよ」

「そうしてくれるとありがたいです」

 

嵐は根津にそう返した。そして、一通り話を聞いた相澤は静かに口を開く。

 

「とりあえず、お前の言い分はわかった。今回ばかりは事態が事態だから咎めはしないが、これからは気をつけろ。俺も、お前を除籍にはしたくない」

「はい、気をつけます」

「……少し言いすぎたが、これは公的な意見だ。こっからは俺の個人的な感想を話すよ」

「……え?」

 

意外な一言に驚く嵐に相澤は真剣な表情のままはっきりと言った。

 

「正直に言うとな、あの時お前が来てくれて助かった。あのままだと頭を握りつぶされていただろうからな。それに俺や13号の代わりに生徒達を守ってくれたこともだ。お前がいなかったら、被害はもっと酷いものになっていただろう。だから、俺個人としてはお前に感謝しているよ」

「………先生」

 

軽く頭を下げて礼を言う相澤に嵐が未だ驚く中、オールマイトも礼を言う。

 

「私からも礼を言わせてほしい。私がくるまでよく持ち堪えてくれた。君のおかげで私も間に合えたんだ」

「………オールマイトまで」

「八雲君、君は誇っていいよ。君はオールマイトが来るまで誰一人として死なせなかった。その後も………辛いことがあったのはわかる。ただ、それでも君が戦ってくれたからこそ誰も死ななかったんだ。不甲斐ない僕達に代わってクラスメイト達を守ってくれたこと、本当にありがとう」

「………………」

 

次々に贈られた感謝の言葉に嵐が何とも言えないような表情を浮かべていると、根津が話題を変えた。

 

「それと今回の治療費や入院費のことだけどそれは勿論、こちらで全額負担させてもらうのさ。当然、これからの治療費や通院費もだよ。あと再生するとはいえ暫くは体の不自由が続くだろうから、そちらのサポートもさせてもらうよ」

「何から何まですみません」

「いいんだよ。それに、お金で補うつもりではないけど慰謝料もきっちり払わせてもらうよ‼︎」

 

治療費などの負担をしてくれることに感謝した嵐だったが、続く根津の慰謝料の話題を聞くとギョッと少し青ざめた表情を浮かべ、少し慌てふためく。

 

「い、いや、慰謝料なんて、治療費負担してもらえるだけで十分ですよ」

「十分じゃないんだよ。これは僕達雄英高校が君の安全を確保すると言う義務を果たせなかったことの損害賠償と言うわけさ。でも、高校生である君がやりとりするのは難しいから保護者の旭さんに頼むつもりだよ」

「いやいや大丈夫ですって。確かに怪我はしましたが、そこまでする必要は「嵐様、ここは素直に受け取っておくべきですよ」巴さん……」

 

納得いく理由を聞いてもなお渋る嵐に、今まで静観していた巴が初めて割り込んできた。振り向けば、巴は穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「こう言った誠意はちゃんと受け取っておくべきです。でないと、相手側に恥をかかせてしまいますよ」

「だけど……」

「学校側にも面子というものがあります。ですから、ここは素直に受け取っておきましょう」

「彼女のいう通りさ。是非とも受け取ってほしい」

 

巴にも言われ、更に根津にも真剣な口調で言われた嵐は少しの思考ののち、渋々それを了承した。

 

「………わかりました。慰謝料は受け取ります。金額は巴さんと相談してください」

「うん、そうさせてもらうよ」

 

慰謝料に関しても話がついてひと段落がついた後、相澤が次の話題を切り出した。

 

「話は変わるが、八雲。お前、完全回復にはどれくらいかかる?」

 

担任として嵐の回復状況を把握しておきたいのだろう。嵐は隠すことなく怪我の状態を答えた。

 

「体内にまだ毒が残っているのでそちらの解毒に恐らくは一週間前後かかり、右手と目の再生はその後になるらしいので、早く見積もっても来週には完全復帰できるはずです。ですが、峠は越えたのでもっと早まるかもしれません。

あと、毒のせいで体が痺れていて満足に動かせないのでしばらくは車椅子生活とのことらしいです。それで、車椅子での復帰なら早くても三日かかるとか。退院の段取りは明日もう一度検査して判断するそうですよ」

「そうか……その程度で済むとは、つくづくお前の個性は常識はずれだな」

「まあ、個性が個性ですしね……」

 

若干戦慄する相澤に嵐は肩をすくめながら笑ってそう返した。自分でもぶっ飛んでいる個性だなと常日頃から思っている。

相澤は嵐の怪我の状況を聞くと、一人納得するように頷いた。

 

「それなら、お前も出れるか」

「?何にですか?」

「雄英体育祭によ。もう二週間だしね」

「あぁ、そういえばもうそんな時期でしたか」

 

ミッドナイトの補足に嵐も納得する。

『雄英体育祭』。

名前だけ聞けばそれはどこの高校でもありふれた体育祭に聴こえるだろう。だが、雄英高校のそれはレベルが格段に違う。

雄英高校の体育祭は日本の一大ビックイベントの一つなのだ。

かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂していたが、個性の発現とともにそれは衰退していき、規模も人口も縮小し形骸化してしまった。そんなかつてのオリンピックに代わるのが、雄英体育祭なのだ。

 

全国のトップヒーローも多くが観に来る。

それはなぜか?

スカウト目的の為だ。

この体育祭でヒーロー達から注目されて指名を受ければ、経験値や話題性を獲得することができ将来が拓けるわけだ。名のあるヒーロー事務所にスカウトされればそれだけ獲得できるものも大きい。姉の紅葉も大手のプロヒーローにスカウトされて、活躍していたぐらいだ。

だが、

 

「開催するのは大丈夫なんですか?マスコミとかに何か言われません?」

 

そういう疑問が浮かんでしまう。

敵の襲撃を受けたばかりなのに、そんな一大イベントを果たしてやっていいものかどうか。やるにしても日にちを延期したりするべきではないだろうか?そんな疑問に相澤は頷く。

 

「お前の言いたいこともわかる。だが、逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示すんだ。警備は例年の5倍に強化するつもりだそうだ。何より、雄英の体育祭はお前ら生徒にとって最大のチャンス。敵ごときで中止していい催しじゃねぇ」

「今回僕達はその件での君の意思確認を取りに来たのもあるんだ。いくら何でも君の意見を聞かずに不参加にするわけにはいかないからね」

「ああなるほど。そういう事でしたか。ええ、それなら出れるなら出たいですね」

「君ならそういうと思ったよ。ただ、どうしても懸念が残ってしまうんだ……」

「懸念?」

 

そう不安な言葉を言って言い淀む根津に嵐が疑問を浮かべる。一体、自分が体育祭に出る事でどんな懸念が発生するのかと。その疑問に相澤が答える。

 

「……俺個人の考えとしては今回ばかりはお前には出てほしくない。理由は、お前が敵連合の目的の一つにされていると判断したからだ」

「それは、どういう?」

「お前が生きのびた。それが理由だ」

「ッッ⁉︎」

 

相澤の言葉に嵐が目を見開く中、相澤は話を続ける。

 

「白妖……敵連合はオールマイトは殺せずとも、お前の事は確実に殺したと思っているはずだ。生徒であるお前が死ねば、俺達雄英高校にとっては責任問題諸々で大ダメージになるからな。しかし、彼女らの思惑に反してお前は生き延びた。

ニュースでは生徒が一人重傷ということで生死は明らかにしていない。だが、お前が生き延び雄英体育祭に出れば、テレビ中継されてるのもあって生存はどうしても知られる。そしたら、敵連合は何が何でもお前を殺しにかかるかもしれない。次の襲撃の場所、時間も分からないまま、命が狙われている状況がある以上、お前の生存をまだ公にはしたくないというのが俺の本音だ」

「とはいえ、その後の事も考えれば稼げる時間は1、2ヶ月程度だ。その間に私達は出来るだけ八雲少年の身を守れる方法を一つでも多く考えるつもりだったんだ」

「………そういう事ですか…」

 

相澤、オールマイトの説明に最初は戸惑っていた嵐も彼らの懸念に納得を示す。確かに彼らのいう通りだ。

殺したと思っていた生徒が、何事もないように生きていれば驚くだろうし、次こそ確実に殺しに来る可能性だって高い。

それを避けるためにも、体育祭には出ずに生死を不明にしたまま時間を稼ぎ、嵐を守る方法を一つでも多く考える。確かに理には適っている。

だが、そうだとしてもだ…………

 

「…………それでも、俺は体育祭に出たいです。俺がヒーローになる為に必要な事ですから」

 

嵐の意志は変わらない。

自分が最も早くヒーローになる為には雄英体育祭に出て、プロの目に留まることが必須。年に一回、計3回しかないチャンスの一回をみすみす見逃していいはずがない。

そして、その嵐の意志表明に相澤は予想通りと言わんばかりに頷く。

 

「分かった。なら、出場の方向で話を進めよう。でだ、こっからが俺が最も聞きたいことだ」

 

視線を鋭くした彼の様子に嵐は少し不安を感じながらも恐る恐ると尋ねる。

 

「……何でしょうか?」

 

そして、相澤は静かに残酷な問いを投げかけた。

 

「お前の生存が公になったとして、もしもだ、もし再び敵連合と戦うことになった時………お前は、白妖と、姉ともう一度戦えるか?」

「……え………?」

 

あまりにも残酷な問いかけに嵐は一瞬ヒュッと呼吸が詰まったような感覚を覚えて、その直後には瞳が恐怖に揺れ、体が震え始めた。

嵐は唇を震わせながら問い返す。

 

「それ、は…どう、…いう……」

「そのままの意味だ。お前は自分を殺しに来る姉と戦えるか戦えないか、どっちなのかを聞いているんだ」

「…………っっ」

 

容赦なく突きつけられる言葉に嵐が大きく目を見開き動揺する中、ミッドナイトとオールマイトが相澤に怒りを露わにする。

 

「ちょっと‼︎相澤君いい加減にしなさいっ‼︎今の彼にそんな事聞くのはあまりにも残酷だわっ‼︎家族なのよっ⁉︎貴方もそれは知っているでしょっ⁉︎」

「相澤君その件は私達で話し合ってから彼に聞くべきだと言ったはずじゃないか‼︎回復しきってない彼にその話は今はまだすべきじゃないっ‼︎」

「……………」

 

ミッドナイト、オールマイトが嵐の心を気遣いそういう中、根津だけは無言で静観を続けていた。そして、二人から叱られた相澤はそのまま続ける。

 

「残酷なのは重々承知です。ですが、敵がいつ来るか分からない以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「覚悟……って……」

「無論、姉と戦う覚悟だ。

八雲、白妖は確実にお前を殺しに来るだろう。姉と同じ力、姿でだ。その時、お前が躊躇すればまた斬り刻まれるだけになるぞ。そうして確実にお前を殺せば、次は誰にその矛先が向く?

お前の後ろにいる奴らだ。クラスメイトで彼女と渡り合える奴はいない。それにあの毒も厄介だ。解毒剤がない以上、お前のような特殊な個性でない限り、一度受ければ確実に死ぬ」

「ッッ……ぁっ、……先生……俺は……」

 

嵐が何とか言葉を吐き出そうとするも途切れ途切れで全く話せていない。それが彼の心の葛藤を示しているようだった。

相澤は彼を追い込むようになおも続ける。

 

「情けない話だが、彼女と戦える実力を持つものはお前含めて数えるほどしかいないだろう。

プロでもそうはいない。単純に強すぎるというのもあるが、あの毒が危険すぎる。分かるか?現状では、あの毒を受けて生き延びて耐性を獲得したお前が最も戦える可能性があるんだ。

お前は強い。既にトップ10にいてもおかしくないほどで、それも俺が知る限りじゃ()()()()()()()N()o().() ()1()()()()二人のうちの一人だと思っているぐらいだ。だから、もしも敵連合と戦う時が来れば、お前には俺達プロと共に戦ってもらう必要がある。その時に躊躇してしまったら、多くの命が失われることになるだろう」

 

容赦なく突きつけられる仮定された残酷な未来。それは確かにありうる可能性の一つであり、最も濃厚な敗北した後の未来の話だ。

それを今彼に話すのはあまりにも酷だ。

だが、相澤はそれをはっきりと嵐に突きつけたのだ。例え、彼が傷心し絶望していたとしてもだ。

 

「………分かって、ます。そんなことはっ!…あの、紅葉姉とまともに戦える人は、少ないのもっ………俺が、戦わなくちゃいけないのもっ……でもっ…でもっ」

 

顔を俯かせながら、手を、声を振るわせながら苦しげに呻いた嵐は、顔を上げて涙が滲む悲痛な眼差しを相澤に向ける。

 

「……また、俺に姉を殺せって言うんですかっ⁉︎……俺のせいで死んで、化け物にされたあの人をっ…‥また、俺が傷つけて、殺すんですかっ⁉︎」

「……………」

「そんなのっ…できないっ。…俺は、あの人とは戦えないっ」

 

ただでさえ一度殺してしまった大事な姉を、もう一度殺さなければならない。

その事実をはっきりと認識してしまった嵐が首を横に何度も振りながら、告げた悲哀に満ちた言葉に相澤が何も答えず、傍で聞いているミッドナイトやオールマイト達が悲しげな表情を浮かべる中、思わぬ人物が言葉を発した。

 

「嵐様」

 

巴だ。

彼女は徐に口を開くと、真剣な表情を浮かべながら話し始めた。

 

「私は、貴方様の従者として、また師匠として、無礼を承知の上で、少々厳しい言葉を言わせてもらいます」

「……巴、さん?」

 

何を言っているのか分からない嵐が戸惑う中、巴は瞳を鋭くしながらはっきりと告げる。

 

「立ちなさい。前を向いて、戦いなさい。

今、貴方様にできるのはそれだけです。立ち上がって、再び紅葉お嬢様と戦わなくてはいけません。あの方を殺す為にではありません。………あの方を救う為に戦いなさい」

「ッッ」

 

巴の発言に嵐が目を見開く中、巴は叱るような口調で続ける。

 

「貴方はお嬢様の想いを継ぎ、お嬢様の想いに報いるためにヒーローを目指しておられています。だからこそ、貴方様は尚更お嬢様と再び戦わなくてはいけないのです。

紅葉お嬢様はきっと苦しんでおられます。命をかけて貴方様を救って命を全うしたにもかかわらず、下劣な悪意によって化け物にされ望まぬ事を強いられている。お嬢様の心を代弁するわけではありませぬが、きっと苦しんでおられる事でしょう」

「それは、そうかもしれない。だけどっ、紅葉姉はっ……俺のせいでっ、死んだんだぞっ……だから、死体を利用されたっ。俺がああならなかったら、白妖は生まれなかったっ!」

 

怒りのままに叫ぶ嵐に巴は静かに頷き肯定する。その通りだ。嵐があの日、暴走して紅葉を殺さなければ、敵に死体を利用されることもなく白妖も生まれることはなかった。

全ては嵐が彼女を殺したからこそ始まってしまったことだ。

 

「……ええ、確かにそうかもしれません。あの事件があったから、お嬢様の遺体は利用され白妖が生まれてしまった。えぇ、確かに、それは否定のしようがない事実でしょう。

………ですが、だからこそです。だからこそ、お嬢様を救う為に戦わなくてはいけないのです。お嬢様の想いを、お嬢様の愛を、お嬢様の誇りを、これ以上穢さない為に」

「……〜〜ッッ‼︎」

 

彼女の言葉に嵐は何かを堪えるように唇をかみしめて、涙をとめどなく流す中、彼女は一転して慈愛を感じさせるような優しげな微笑みを浮かべると嵐の左手を両手で優しく取った。

 

「大丈夫です。貴方は一人ではありません。この巴がついております。私、旭巴は貴方様の従者です。主君の意志に従い、貴方様の剣となり盾となりましょう。

ですから、共にお嬢様を救けませんか?」

「〜〜っっ、っゔっ、……つっ……‼︎」

 

そう優しく告げられた言葉に嵐は涙を流し嗚咽に肩を震わせる。

しかし、その涙は後悔や罪悪感のソレではない。

 

前進の、再起の為の涙だ。

また、その涙は、言葉に表せないほどの感謝の証でもある。

 

きっと、彼一人ではこうはならなかった。

深い絶望に心を閉ざして、もう彼女と戦おうとも、彼女を救けようとも思えなかっただろう。いや、そもそも何かをしようとする気すら湧かなかったかもしれない。

だが、巴がいてくれた。彼女が他ならぬ嵐の心を奮い立たせてくれた。

 

幼い頃からずっと自分を支えてくれたから。

自分に道を示してくれていた彼女だからこそ、嵐の心に響いたのだ。

そして、嵐は自分の左手を握る巴の手を握り返すと、

 

「…………ああっ‼︎」

 

顔を上げて確かに頷いたのだ。

その表情にはまだ悲痛さが残ってはいたものの、それ以上に決意に満ちた力強さがあった。

目も同じだ。先程までは恐怖や悲しみで埋め尽くされていたはずなのに、今となっては強い意志の光が宿っていた。

 

 

 

———姉を救けるという強い意志が。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

巴に励まされ見事立ち直った嵐だったが、その一連の事を相澤達に見られていたことに今更ながらに気づき、顔を赤くして気恥ずかしそうにする。

 

「……………その、お見苦しい所をお見せしました」

「いや、気にするな」

 

謝罪する嵐に相澤が心なしか少し優しい声音でそう言う。

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

根津もやんわりと言ってくれて、オールマイトも嬉しそうにうんうんと頷いている。そして、ミッドナイトは、

 

「若い主人と従者の頼もしい主従関係っ!……いいっ、いいわっ‼︎とても良いっ‼︎」

 

なぜか恍惚とした表情を浮かべ、体をくねらせながら、そんなことを言っていた。訳が分からず嵐は困惑しながら

相澤に尋ねる。

 

「あの、ミッドナイト先生はどうしたんですか?」

「あぁ気にすんな。あの人は青春好きなだけだから」

「はぁ……」

 

何とも言えない表情を浮かべる嵐に、相澤は軽く頭を下げた。

 

「それはそうと、八雲きつい言い方をしてすまなかったな」

「え…?」

「辛いのは分かる。だが、お前はここで終わっていい人間じゃないからな、どうしても立ち直ってもらいたかったんだ。だから、キツイ言い方にはなったが荒療治をした。……よく、立ち直ってくれた」

「先生……」

 

包帯の奥から覗く相澤の瞳に優しさが込められていたことに嵐は少し驚いたように呟く。

相澤はただ厳しい言い方をしただけではなかったのだ。嵐を無理矢理にでも立ち直らせる為に、あんな無情な言い方をした。

彼がここで終わっていい人間ではないと心底思っているから。

彼自身が嵐がヒーローになることを期待しているから。

そんな想いが伝わったのだろう。嵐はくすりと笑みを浮かべた。

 

「………いえ、ありがとうございます。それに」

 

そして嵐は巴へと振り向きながら言う。

 

「巴さんもありがとう。俺には勿体ない従者だとつくづく思うよ」

「いいえ、そんなこと。私はすべきことを言ったまでですよ」

「それでもだ。巴さんが優秀な従者であることには変わらない。だから、力を貸してくれ。今度こそ紅葉姉を救ける為に」

 

嵐の頼みに巴もクスリと微笑むと右手を胸に添えながら軽く恭しく頭を下げる。

 

「ご下命のままに。この巴、どこまでも貴方様の力となりましょう」

「ああ」

 

巴に頷き、再び相澤に振り向くと嵐は力強く宣言する。

 

「先生、俺は戦います。紅葉姉を救ける為に。もうこれ以上紅葉姉の誇りを傷つけない為に」

 

そう宣言する彼の顔には、多少は暗さが残ってはいたものの、普段の凛々しいソレに戻っていた。

 

「………そうか、分かった。だが、決して無理はするなよ。俺達もお前を守る為に動くつもりだ。………ただ、実家には伝えるのか?」

「…………」

 

相澤の質問に嵐は思わず無言になる。

姉紅葉の死体が利用され人外の化け物にされた事実を彼女の生家でもある出雲本家に伝えるべきか否か。

雄英は嵐の判断を聞くべきだと思い、今はまだその情報は伏せているのだ。

そして、彼の問いかけに嵐は少し思考したのちに静かに首を横に振った。

 

「…………すみません。伏せておいてください」

「いいのか?出雲家、お前の両親の力を借りれるのは大きいぞ?」

「それでもです。自分達の娘が化け物に改造されているなんて、知らない方がいい。特に青葉姉には絶対に知られたくない」

「…………」

 

嵐はそれを良しとはしなかった。

態々伝える必要はないし、伝えて傷つけるぐらいならば自分が動いてどうにかするべきだと判断した。

特にもう一人の姉、紅葉の双子の妹である青葉には知られたくない。あの凄惨な事件を目の当たりにしてしまった彼女にこれ以上傷を与えたくないから。

 

「これは俺の我儘です。勝手なことを言ってるのもわかっています。ですが、お願いします。まだ明かさないでください」

 

我儘だと分かりながらもそれでなお秘匿することを求め頭を下げる嵐に、相澤は静かに頷く。

 

「…………分かった。お前の意思を尊重しよう」

「………ありがとうございます」

 

そして、相澤は根津とオールマイトへと視線を向けると一度頷くと嵐達に再び振り向いた。

 

「じゃあ、今日のところはこれで帰る。治療に専念してしっかり休めよ」

「八雲君また学校でね」

「八雲少年しっかり休んでね」

「八雲君しっかり養生するといいのさ!」

「はい、今日はわざわざ見舞いに来てくれてありがとうございます。ですが……」

 

見舞いに来てくれたことに礼を言った嵐だったが、オールマイトと根津に視線を向けて二人を引き止めた。

 

「オールマイト、根津校長。二人は残ってもらっていいですか?まだ貴方達二人には聞きたいことがあるので」

「嵐様?」

 

嵐の真剣な様子に巴が首を傾げる中、呼び止められた二人は彼が言わんとしてることを察して真剣な表情を浮かべ、根津が相澤とミッドナイトに言った。

 

「相澤君、香山君。君達は先に学校に戻ってくれ。僕達は彼と話すことがある」

「……分かりました」

「ええ」

 

相澤とミッドナイトは根津の言葉にすんなりと了承するとそのまま病室を出ていった。そして、病室に残った根津とオールマイトは嵐へと向き直る。

 

「八雲少年、君の聞きたいことはわかっているよ。私の身体についてのことだよね」

「ええ、その通りです。ちょうどいい機会ですので、ここで聞かせてもらいます。それと、巴さんには同席させてもらいます。いざという時の場合に備えて、俺の護衛である彼女には雄英教員同様に情報は共有しておきたいので」

「………分かった。君の言うことも正しい。まぁ元々、彼女にも明かすつもりだったから私は構わないよ」

「オールマイトがいいのなら、私は何も言わないさ」

 

オールマイト、根津両名から巴も同席させてもらうことの承認を得た嵐は未だに状況が飲み込めていない巴へと振り向く。

 

「巴さん、今から聞く話は決して誰にも口外するな」

「嵐様、それは……」

「この話はヒーロー界そのものに影響を与えかねないほどの話だ。最悪、士気にも関わる程のな。広まれば世間は混乱するだろう。だからこそ、決して他言するな。いいな?」

「………御意」

 

真剣な口調で紡がれた言葉に巴は素直に従い恭しく頭を下げる。そして、巴に口外禁止を言い渡した嵐はオールマイトへと向き直り頷いた。

 

「オールマイト、話してくださって構いませんよ」

「……では、まず話す前にこれを見てほしい」

 

そう言うや否やオールマイトの身体からどういうわけか蒸気が発生して彼の体を覆い尽くして数秒もしないうちに晴れて顕になった彼の姿は———大きくかけ離れていた。

あれほど筋骨隆々であった姿は大きく萎み、骨と皮しか残っていないと思わせるほどのやつれた姿だった。

 

「…………」

「……なっ…」

 

露わになったオールマイトの姿に嵐は少し険しい表情を浮かべ、巴は目を見開いて絶句している。

そして、変わり果てた姿を晒したオールマイトは、静かに語り出す。

 

「これが今の私の本当の姿なんだ。八雲少年、君が気付いた通り、私はもう以前のようには戦えないほどに弱ってしまったんだ」

「…………」

 

オールマイトはスーツの上から左脇腹に触れると自分の身体の状態を話していく。

 

「6年前……ある敵との戦いで重傷を負ってしまったね。呼吸器官半壊、胃袋全摘、度重なる手術と後遺症で憔悴してしまってね。

私のヒーローとしての活動限界は1日約3時間程度ほどだったんだ」

「だった?」

 

嵐はオールマイトの言葉に疑問を浮かべすぐさま問う。だった、と言うことは昔の話だ。今は違うと言うこと。つまり、今はもっと短く……

 

「その通りだ。私の活動限界は早まってしまったんだよ。昨日の脳無との戦いでね。‥‥今は、1時間半程度かな」

「「……っっ‼︎」」

 

あの誰よりも強く、誰よりも偉大なNo. 1ヒーローオールマイトが1日1時間半しかヒーロー活動ができない。その余りの短ささに嵐と巴は驚愕を隠せなかった。

 

「……治療に専念すれば変わるんですか?」

「‥‥分からない。もしかしたら良くなるかもしれないし、ならないかもしれない。でも、それはできないんだ。人々を笑顔で救い出す平和の象徴は、怪我で倒れてはいけないんだ」

「……オールマイト……」

 

自分の身を厭わずに誰かの為に戦い続けるオールマイトの姿勢に嵐は胸が締め付けられる想いになってしまった。

 

(‥‥貴方は、それほどボロボロであってもなお……平和の象徴であり続けるんですね……)

 

自分自身の身体がどれだけ限界であっても、助けを求める誰かの為に戦い続け、その人を安心させる為に無理を押し通して笑い続ける。

自分こそが、平和の象徴なのだから。そう言う理由でだ。

そんな彼の意志の強さに嵐は驚愕するとともに、悲痛さすら感じてしまった。

 

(‥‥多分、これがこの人の在り方なんだろう。俺じゃあ、この人を変えることはできない……)

 

誰かの為に無茶を平然とできる彼の考えを正すことは、自分にはできない、そう思ってしまった。

 

「…………」

 

そんな冷静な思考ができる一方で、巴は未だに動揺したままだった。とはいえ、無理もないだろう。あの絶対的な存在であるオールマイトが人知れず弱っていたなんて、彼の強さを知るもの達からすれば衝撃以外の何者でもない。

 

「………この事実を知っているのは、他には誰ですか?」

「知っているのは、雄英の教師陣と後はプロに二人、警察に一人って所かな。世間には公表しないように頼んでいるからね。知る人は少ないよ。生徒では君と緑谷少年が知っている」

「………緑谷もですか?」

「うん、彼とは去年に知り合って偶然見られてしまったんだ」

「なるほど。そう言うことですか」

 

嵐はそう納得を示すものの、内心では緑谷が知っていることはわかっていた。

彼の個性がオールマイトから授けられたものだという結論づけているが故にだ。だが、ここで流石に個性の話まではするつもりはない。

それ以上は、流石に二人きりの時に尋ねるべきだと理解していた。

 

「…………話は分かりました。オールマイト、話してくれてありがとうございます。この話は他言しないことを改めて誓います」

「………私も、嵐様に誓ってこの話は口外しないことを誓います」

 

嵐だけでなく、冷静さを取り戻した巴も二人揃って改めて秘密にすることを誓った。

 

「うん、二人ともありがとう」

 

二人にオールマイトが表情を綻ばせる中、嵐がオールマイトへと左手を伸ばして拳を突き出す。

 

「オールマイト、俺はもっと強くなります。もう誰にも悲しい思いはさせたくない。紅葉姉は俺が必ず救い出します。そして、貴方自身も守れるぐらいに俺は、強くなります」

「———八雲少年……」

 

嵐の力強い宣言にオールマイトは窪んだ眼窩の奥で目を見張った。

彼がこう言うことは薄々だが勘付いていた。誰よりも優しく、家族を目の前で失ってしまったからこそ失う痛みを知っている彼ならば、自分の身体の話をしたときに、このように返すことも。

 

でも、彼は先日に姉に関する残酷な事実を知ったばかりで心はズタボロなはずだ。

相澤にキツく言われ、巴に叱咤激励されたことで立ち直ることができたものの、それでも傷が完全に癒えたわけじゃない。

だというのに、今の彼の表情は頼もしかった。無理をしてる様子もなく、抱え込んでいる様子もない。

そんな彼の様子に心が強い立派な子だとオールマイトは密かに思うと、自分も右手を伸ばして拳をコツンとぶつけ笑みを浮かべた。

 

「うん、君ならもっと強くなれるだろう。でも、無茶はしないようにな?私も君の将来は楽しみにしているんだ」

「ブーメランですよオールマイト。お互い無茶しないようにしましょう」

「はは、手厳しいね」

 

お互いそう言って笑い合った。

 

一度は姉の事実を前に絶望し心が折れた。だが、姉をこれ以上苦しめない為に嵐は決心する。

 

(紅葉姉、たとえ貴女が俺を恨んでいたのだとしても、貴女は俺が救い出す。俺が、貴女の苦しみを終わらせるから……)

 

あの時自分は守られてるだけで、最後には暴走してしまい自分の手で彼女の未来を奪ってしまった。

 

 

その結果、あのような結果を招いてしまったのは、もうどうしようもできない。何もできないどころか、自分が奪ってしまったのだ。

だからこそ、自分は前を向いて進まなくてはいけない。後悔したところで、姉が戻ってくるわけではないのだから。

 

 

彼女の想いを継いだ自分だからこそ、望まぬ悪行を強いられている彼女の苦しみを終わらせなければいけない。

 

 

例え彼女が嵐を憎んでいたのだとしても、救うことを望んでいなくても、必ず救い出す。

 

 

それこそが、自分がヒーローになる為の第一歩だと思ったから。

 

 





嵐立ち直るのが早すぎじゃないかって?………彼、メンタルが強いし巴と相澤の言葉が響いたとしか言えませんね。

そして、巴の「ご下命のままに」、宝具カードボイスでもあるそれを合わせることができてよかったですっ‼︎

次回からは体育祭編に突入しますっ‼︎


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21話 体育祭へ向けて


久々の投稿ですね〜。いやー、本当にお待たせしました。
今回は、体育祭直前の話になります。

今週のジャンプ早速読んだのですが……耳郎がめちゃくちゃかっこよかったです‼︎‼︎
これ以上はネタバレになるので言いませんけどね。


 

 

USJ襲撃事件から2日。

臨時休校を1日挟んで、一応肉体と精神を休めたA組生徒達は気が気じゃない様子で登校した。

校門前には雄英が敵の襲撃を許したと言う大々的な事件があったため、前と同じようにマスコミ達が群がり話を聞き出そうとしており、A組の生徒達も何人かが声をかけられ尋ねられはしたものの、当然答えられるわけもなく、そのままなんとか突破して教室にたどり着いた。

 

A組の生徒達は誰もがその表情は暗く、教室の空気も重々しい悲壮なものになっている。

 

何とかその空気を紛らわそうと何人かが雑談をするも、それでも暗い空気は払拭されずさらに不安げな表情を浮かべてしまった。

しかも、刻一刻と朝のホームルームが近づくごとにクラスメイトの殆どが、教室で唯一最後列に位置する机にしきりに心配そうに視線を向けては、前に戻すと言うことを繰り返していた。

現在教室にいるのは、二十名の生徒。未だ一人ー嵐だけが登校していないのだ。

 

瀕死に陥った嵐の安否もまだ明らかになっておらず、医師達が手を尽くすと言ってはいたものの危篤状態だと言われてる以上、何が起こるかわからない。

最悪、自分達は入学2週間にして頼れるクラスメイトを一人失う可能性もある。

 

だから、クラスメイト達は嵐が無事に生きていてもしかしたら授業に遅刻してくるかもしれないと考える一方で、もしかしたら、もう手遅れではないかとも思ってしまっていたのだ。

そして、そんな空気だからこそあの場で嵐の悲しい過去を知らない飯田達も聞くに聞けなかったのだ。

それからしばらくして不意に、ガラリと教室の前の扉が音を立てて開く。

 

「おはよう」

 

朝の挨拶をして現れたのは、全身包帯まみれのミイラマンと化した相澤だった。

 

「「「「相澤先生復帰早ぇッ⁉︎」」」」

 

生徒達の記憶では相澤は重症者として病院に運ばれたはず。だというのに、僅か1日足らずで復活して包帯を巻きながらも職務を全うしようとは誰が予想できよう。

生徒達は揃って相澤の強靭な精神力とプロの姿に驚愕の声をあげる。

 

「先生無事だったのね。よかったわ」

「俺の安否はどうでもいい。婆さんの処置が大袈裟すぎるだけだ」

 

無事と復帰を喜ぶ蛙吹にぶっきらぼうに答えた相澤は、出席簿を教卓に置き生徒達を見渡す。

 

「さて、八雲以外全員無事に揃ってるな」

『ッッ‼︎』

 

安堵するようにそう言った相澤からでた友の名前にクラスメイトが全員ビクッと反応し、耳郎がすかさず挙手をして尋ねた。

 

「せ、先生。八雲は、無事なんですか?」

「………」

 

生徒達が全員興味深そうに相澤に無言の視線を送る中、相澤は耳郎の問いかけに少しの沈黙の後、静かに頷く。

 

「ああ、とにかく一命は取り留めた。今は病院で療養中だ」

『………っっ』

 

嵐の無事を知った瞬間、張り詰めていた空気が一気に弛緩し、多くの生徒達が安堵の息をこぼした。だが、まだ完全に安堵はできなかった。

 

「じゃ、じゃあ、復帰はできるんですか?」

 

安堵していた生徒達は耳郎の更なる質問にハッとする。

確かに彼が無事なのは喜ばしいことだが、それと復帰できるかどうかは違う。右腕と右目が欠損し、毒に体を蝕まれてもいた。運良く命を取り留めても、後遺症で復帰できるかも分からないのだ。もしかしたら、復帰できずに退学してしまうという可能性だってある。

しかし、そんな彼女らの心配そうな視線に対し、相澤は静かに頷く。

 

「復帰は可能だ。詳細は省くが、あいつの個性には再生能力があるからな。腕も目も生えてくるそうだ。毒の方も解毒可能と聞いている」

 

嵐が無事であり、復帰も可能であることを知れたクラスメイト達は今度こそ強張っていた身体を弛緩させて安堵の息をついた。

 

「………よかった……」

「………あぁ、無事でよかった」

 

友人である耳郎が目の端に涙を浮かべながらホッと胸を撫で下ろし、障子も同意するように呟き肩の力を抜く。

 

「……一先ず安心ってところか」

「てか、再生能力もあるのかよ。どんだけ強個性なんだ」

「……でも、本当に無事でよかったね」

「うん、お医者さんもどうなるか分からないって言ってたもん」

「復帰したら、復帰祝いしてやんねぇとな」

「ああ、あいつが一番頑張ったもんな」

「つぅか、見舞い行こうぜ」

「それいいね‼︎じゃあ、今日早速行こうよ‼︎」

「明日の方がいいんじゃないかしら?まだ寝てるかもしれないわ」

 

他のクラスメイト達も口々に嵐の無事を喜び、何人かは復帰祝いやら見舞いやらを計画し始める者までいた。

そんな盛り上がりを見せるクラスメイト達に普段ならば静かにしろと一喝するのだが、今回は事情が事情だけに黙認した相澤は話を続ける。

 

「完全に回復するのは来週になるらしい。その間は通学できたとしても後遺症で満足に動けないから車椅子での登校になる。しばらく不便が続くだろうから、お前らで色々とフォローしてやれ」

『はい‼︎』

「八百万、八雲が完全回復するまではお前が委員長代理だ。委員長の仕事はお前に頼むからそのつもりで」

「勿論ですわ‼︎」

 

嵐のフォローかつ委員長代理を任されたことに、クラスメイトや八百万が元気に返事して意気込む。

 

「さて、前置きが長くなったがそろそろ本題に入ろうか。何せ、戦いはまだ終わってないからな」

 

明るくなった空気に水を差すような相澤の発言に、A組の空気が張り詰める。

まさか、敵の残党がいたのか?次は何があるんだ⁉︎と若干戦々恐々になり(一部は逆に目をギラつかせた。爆豪である)生徒達がどよめく中、相澤はついに言った。

 

 

「雄英体育祭が迫っている……‼︎」

 

 

重々しい声音で告げられたいい意味で予想外だった言葉に生徒達は一瞬の沈黙。その後に、

 

 

 

「「「「「超一大イベントキタぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」」」

 

 

 

 

歓喜の咆哮を上げた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

時間は過ぎて、6限。

 

A組は近代ヒーロー美術史の時間であり、担当教員であるミッドナイトが教壇に立って授業を行なっていた。

嵐との面会の時とは違い、過激なSM嬢のようなヒーローコスチュームを身に纏っており、男子はまだ慣れずに頬を赤らめながら授業を受けている。とある下種葡萄は動きの全てを目に焼き付けようと血走った目で凝視していたが。

 

そんな中、耳郎は一人授業に全く集中できないでいた。

 

(お見舞い……何持って行こうかな)

 

考えているのは嵐について。

昼に色々話して結局明日、全員で行くのではなくて最初に数名が彼のところにお見舞いを行こうと言うことで耳郎、八百万、障子、上鳴、葉隠の五名がまず行くことになって、耳郎は早速見舞い品で何を持っていこうか考えていたのだ。

 

(やっぱり八つ橋かな?……いや、でも、消化にいい物持ってった方がいいよね?)

 

彼の好物は八つ橋だが、いかんせん療養中の彼に和菓子は大丈夫なのだろうか?フルーツの詰め合わせとかの方がいいのではないだろうか?消化しやすいものの方がいいのではないか?などなど、それはもう授業そっちのけで嵐の見舞いに関して色々と思考を巡らせていたのだ。

 

(う〜ん、お見舞い品って何がいいんだろう。八雲が好きなものがいいのかな?いや、それ以前に、見舞いに行ったらなんて声をかけたらいいんだろ……)

 

思考が嵐への見舞い品となんて声をかければいいかの二つで若干混線していたのだ。

その時だ。

 

「……お、おはようございまーす……」

 

ガラリと教室前方の扉が開き、外から控えめな声で挨拶しながら入ってきた人物がいた。

 

それは、嵐だった。

 

右目部分は包帯を巻かれて顔半分が隠れていて、右腕は存在しておらず中身のないシャツの袖がぶら下がっている。そして何より、彼は車椅子に乗っていたのだ。その後ろには車椅子を押す巴の姿もあった。

 

「あら、八雲君おはよう。今日は来ても大丈夫なの?」

「三時間だけ外出許可もらったんですよ」

「そう。なら今日はこのまま受けてくってことね」

「はい」

 

ミッドナイトとそんなことを話した嵐はどうしてか硬直しこちらをガン見しているクラスメイト達へと視線を向けると、苦笑いしながら声をかける。

 

「あぁ…えーと…おはよう?いや、時間的に、こんにちはかな?」

「それ以前に、畏まりすぎではないですか?」

「いや、まぁ一応な、心配かけたわけだし。……って、なぁお前ら何で固まってんだ?なんか反応してくれよ」

 

おーいと全員に手を振るう嵐だったが、それでもクラスメイト達は反応してくれない。

どうしよ?と巴に視線を向けた嵐だったが、ちょうどその時になって尾白が小さく呟いた。

 

「や、や……」

「や?」

「「「八雲君——————ッッ‼︎‼︎」」」

「「「「「八雲ぉぉぉ———ッッ‼︎‼︎」」」」」

「うおぉぉぉっ⁉︎⁉︎」

 

尾白の言葉を反芻して首を傾げた嵐にクラスメイトの半数が叫んで押し倒す勢いで突撃したのだ。

机と椅子を押し退けながら迫るクラスメイト達に流石の嵐も驚愕の声をあげてガタタっと車椅子を揺らしてしまう。そして、車椅子に座っている為、押し倒すのは自重したクラスメイト達は嵐の眼前でブレーキをかけて止まった。

 

「うわあぁぁぁぁんん!八雲君本当に無事でよかったよぉぉぉ‼︎」

「八雲お前なぁ!本当に心配したんだぞぉぉ!マジでなぁ!本当によぉぉ‼︎」

「お前になんかあったらと思うと、オイラはいても立ってもいられなかったよぉ‼︎」

「ふおぉぉぉお‼︎やぐもぐんん゛〜〜ッ!」

 

葉隠、上鳴、峰田、麗日が滂沱の涙を流しながら最前線で口々に声を上げる。葉隠に至っては半ば抱きつきかけているほどだ。嵐の膝が涙で濡れ始める。

 

「や、八雲君本当に大丈夫かいっ⁉︎先生からはまだ完全回復できていないと聞いたが……少しでも異常があったら直ぐに教えてくれたまえ‼︎保健室に全速力で運ぶぞ‼︎‼︎」

「なんかあったら直ぐに言ってくれよ‼︎俺らもできることは何でもやるから‼︎」

「そうだぜ‼︎何でも頼んでくれよ‼︎」

 

飯田と瀬呂、砂藤が彼女らに続き捲し立てるようにそう言う。他にもクラスメイト達が矢継ぎ早に言ってくるが、その全てが嵐の無事を喜び、今の彼の体を気遣ってくれているものだと理解した嵐は、最初こそ驚いていたがくすりと相好を崩すと葉隠の頭を優しく撫でながら、クラスメイト達を見渡す。

 

「……お前ら、本当に心配かけたな。見ての通り、とは言えないが俺は無事だ。ちゃんと生きてるぞ」

 

穏やかな微笑みを浮かべながら安心させるようにそう言った嵐に、集まったクラスメイト達は揃って笑みを浮かべる。

そんな時、彼の声を呼ぶ声がひとつ。

 

「………八雲」

 

人垣の向こうから聞こえてきた声。

恐らくは最も心配していたであろう彼女の声は透き通るように響き、嵐は自然とそちらへと顔を上げる。見れば、人垣から少し離れたところ、八百万と障子の二人がいて二人の前に耳郎がいた。

 

「……耳郎、障子、八百万」

 

嵐は少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら、三人の名を呼ぶ。周りのクラスメイトも空気を察してか、三人に道を開ける。

まず、八百万と障子が彼に歩み寄った。

 

「……八雲さん、本当にご無事で良かったですわ。お医者様が予断を許さない状況だと言った時、気が気でありませんでした」

「‥‥まぁ、そうだろうな。医者も奇跡だって言ってたからな」

「俺も、朝先生にお前の無事を伝えられるまではずっと不安だった。心優しい友を失うのでは無いのかと。……だから、お前がこうして無事に生きていてくれて、本当によかった」

「……あぁ、悪い。本当に心配をかけた」

 

心から嵐の無事を安堵し喜んだ八百万と障子に穏やかな声音でそう返すと、次いで耳郎に視線を向ける。

耳郎は既に目の端に涙を浮かべており、スカートの端をぎゅっと握っていた。それを見て、嵐はすぐさま謝罪をした。

 

「耳郎、約束を守れなくてすまなかった。あの時、俺の背中を押して送り出してくれたというのに、約束を守れずに怪我をして戻ってきてしまった。多分…その…一番心配させたと思う。…だから、本当に、ごめん」

 

申し訳なさそうにしながらも必死に言葉を紡いで軽く頭を下げた嵐に、耳郎は首を横に振る。

 

「……ううん、八雲は何も悪くないよ。あれだけのことがあったんだもん。八雲の事を責めるわけない。……約束を破ったことなんて、謝らなくて良いよ。そんなことより……」

 

そう言うと耳郎は嵐へと近寄り側で膝をつくと、左手に自分の手をそっと添えると、潤んだ瞳で嵐を見上げながら涙を流し始めた。

 

「アンタが、無事でよかった。約束なんてどうでも良い。とにかく、アンタが生きてて、本当によかった」

「………」

「あの時はウチらを守ってくれてありがとう。……それと、何もできなくて、ごめんね。ウチら、八雲に全部背負わせたっ。……だから、アンタに頼り切りになって、本当に、ごめんっ。どうしても、これだけは謝りたかったの」

 

そう感謝と謝罪を言うと、左手に額を当てながら肩を震わせ嗚咽を零し始めた。八百万がすぐさま彼女のそばに座り込み、優しく背中を摩っていた。嵐はその様子を見て静かに思う。

 

(…………ここまで心配をかけていたのか、俺は)

 

心配をかけているのはわかっていた。あの時、自分の背中を押してくれたからこそ、死にかけてしまったことに罪悪感を感じているのかもしれないとも思っていた。

そして、今回の自分の身に起きたことは、かつて入学したばかりの頃、個性把握テストで相澤が緑谷に言った自己を犠牲にして誰かを助ける行為に限りなく近かった。

 

(………俺がこいつらを大切に思うように、こいつらも俺のことを大切に思ってくれていたんだ。だからこそ、ここまで悲しませてしまった)

 

かつての自分が味わった悲しみ。嵐はそれを彼女達に味合わせてしまうことだ。いや、実際に失うかもしれないと言う恐怖を味合わせてしまった。結果的に死んでいなかったとはいえ、その恐怖を味合わせたことには変わりはない。

好感を抱かないその在り方を、よもや自分がしてしまったことに嵐の心には罪悪感が再び広がった。

 

(………ああくそ、駄目だな。泣かせるつもりじゃなかったのにな)

 

嵐は自分の情けなさに心のうちで歯噛みする。

しかし、今は自分を責めるとかではない。それはもう昨日のうちに済ませた。だからこそ、今は、彼女を安心させることが先だ。

 

「………耳郎、心配してくれてありがとうな。それと、本当にごめん。俺も、お前達にそんな顔をさせたくて戦った訳じゃないんだ」

 

彼は、左手を動かし彼女の手を握り返しながらそう言葉を紡ぐと、周りにも視線を向けながら言葉を続けた。

 

「……ただ、お前が、お前達が傷つけられるのが嫌だった。誰にも死んでほしくなかった。

俺が前に出て戦えば、お前達を護れると思っていた。…………だが、その結果がこれだ」

「…………」

「紅葉姉の事で俺はまともな判断ができなかった。けど、それは言い訳にすぎない。結局約束を反故にして瀕死になったのは事実だ。だから、改めて約束させてくれないか?」

「……え?」

 

顔を上げた耳郎の涙が流れる頬に嵐は手を添えて目尻の涙を優しく指で拭うと、穏やかな微笑みを浮かべながら彼女の黒い瞳を真っ直ぐに見て言う。

 

「……きっとこれからも戦い続けることは変わらない。だが、無茶はしないし、一人でできないようならお前達を頼る。そして、何があっても必ず無事に戻ってくる」

「………八雲……」

 

耳郎もまた嵐の黄金色の瞳を真っ直ぐに見返しながら、彼の名を小さく呟いた。そして、頬に添えられた嵐の手に自分の手を重ねると、小さく頷いた。

 

「………うん」

 

耳郎の頷いたのを確認した嵐は、顔を上げて周りを見渡して……周囲のクラスメイト達の様子がおかしいことに気づく。

女子達はニマニマとした笑みを浮かべており、八百万は「まあ」とお上品に口に手を当てているし、男子共は顔を赤くしたり、峰田と上鳴は「イケメン死ねや」と言わんばかりに血涙を流していたのだ。

そうなった理由がわからず首を傾げた嵐は、一番近くにいた障子に視線を向けた。

 

「………なぁ、障子。この空気はなんだ?」

「……その、なんと言うかな、今のお前達の様子がな、恋人同士のように見えたんだ」

「えっ……あっ……」

 

障子に指摘され漸くその理由に気づいた嵐は、若干顔を赤くした。

そう、彼の指摘通り今の嵐と耳郎のやり取りはさながら怪我した彼氏の無事を喜ぶ彼女のようなラブコメ的展開のようであったのだ。

そして、嵐が顔を赤くする一方で、耳郎はというと……

 

「………っっ⁉︎〜〜〜〜ッッ‼︎‼︎」

「あらっ、耳郎さん?」

 

障子に指摘され顔を赤くした嵐を見て、少ししてから自分がやったことを漸く理解したのか、ボボボッと顔を噴火の如く一気に赤面させると嵐の手を離して、八百万の背中に隠れてしまった。

背丈的にそれなりに差がある耳郎の体は、見事八百万に隠れてしまう。しかし、八百万の後ろからひょっこり見えたプラグが真っ赤に染まっていたことから、彼女の表情の色は想像に難くない。

 

「え、えーと、じ、耳郎?」

「ち、違う。こんなのウチじゃないっ。こんなのウチじゃないって…っ、あぅぅ……」

「お、おーい耳郎さん?」

「八雲さん、ストップですわ。耳郎さんが羞恥心で爆発してしまいそうなので、しばしそっとしてあげてくださいな」

「え?あ、お、おう」

 

パニックになってるのかブツブツと呟く彼女に嵐が恐る恐る声をかけるものの、母性を感じさせるような微笑みを浮かべながら後ろに手を回して耳郎の頭を優しく撫でる八百万にそう言われて、嵐は仕方なく頷いた。

そして、この空気をどうしようかとしたところで救いの手が差し伸べられる。

 

「はーいはい、青春してて微笑ましいけど、そろそろ授業に戻るわよ。皆席に戻りなさ〜い」

 

救いの手を差し伸べたのはミッドナイトだ。

彼女はご満悦な表情を浮かべながら、手をパンパンと叩いて全員を現実に引き戻した。

それで漸く動き出した空気でそれぞれが席に戻ろうとした時、緑谷がそういえばと恐る恐る嵐に尋ねた。

 

「そ、そういえば八雲君。ずっと気になってたんだけど、そちらの女性は?」

 

彼の視線の先には、一部始終を見守っていた巴の姿がある。彼女は穏やかな微笑を浮かべていた。

 

「あ、ああ、そうだった。彼女は旭巴さん。俺の保護者で師匠だ」

 

気を取り直した嵐は慌てて彼女の紹介をした。だが、嵐が師匠と言った瞬間、クラスメイト達が揃って目を剥き、驚愕の声を上げる。

 

「「「「この人が八雲(くん)の師匠ッッッ!?!?!?」」」」

「ふふ、初めまして。1年A組の皆さん。嵐さんの師匠の旭巴です。彼がお世話になっています」

 

バッと勢いよく視線を向けられた巴は、微笑みを崩さずに恭しく一礼をして自己紹介をした。

しかしだ、紹介されたクラスメイト達はと言うと、

 

((((思ってたのと違うっ。というか、めちゃ美人っ‼︎))))

 

揃ってそんなことを思っていた。

彼らが思い描いているイメージと全然違ったのだ。クラス最強であり、オールマイトが共闘を認めるほどの学生レベルを逸脱した強さの嵐が扱う武術を教えた人間であり、容赦なくボコボコにして嵐を今でも青ざめさせるほどの存在だ。

彼らの頭の中では、オールマイト並みの筋骨隆々の巨漢で、強面の男だと勝手に思っていた。きっと、めちゃくちゃいかつくて目を合わせたら死んでしまうのではないかと言う、それはもう鬼のような恐ろしい風貌をイメージしていた。

 

だが、蓋を開ければどうだ?

 

身長は一般女性のソレであり、美しい純白の髪に燃え盛る炎の如き赤い瞳。鬼のように額からは一対の角が伸びているが、その容姿は十人中十人が口をそろえて美人と評するほどの美貌。

腕も丸太のように太くなく、鍛えられ引き締まったしなやかなそれだ。体つきも筋骨隆々というわけではなく、むしろ引き締まって出るところは出ているモデル顔負けの抜群のスタイル。

一見すれば、戦いとは無縁じゃないかと思えるような女性。それが、嵐の師匠?嵐をボコボコにした張本人?嵐を容赦なく追い詰めた?いやいや、嘘でしょ?と言わんばかりの感じだった。

 

「?皆さんどうしたのでしょうか?」

「さぁ?なんか驚いてるみたいだけど」

 

驚愕の声を上げて硬直するクラスメイト達に巴は首を傾げ、嵐もそう呟いた。

いや、お前の師匠の姿が予想外だったからだよ⁉︎とはとてもではないが言えず、クラスメイト達が硬直する中、一人だけ動いた。

 

「うおおぉぉい八雲ぉぉ、テメェェェ‼︎‼︎」

 

峰田だった。

彼はこれでもかと血涙を流しながら、先ほどとは打って変わって嫉妬に満ちた視線を嵐に向けて叫ぶ。

 

「そんな美人さんの師匠がいんのかよっ⁉︎羨ましすぎるぞこの野郎ぉ‼︎‼︎あれか?あれなんだろっ⁉︎お前ヒーローのことだけじゃなくて、アッチのことも色々と教えへぶぅっ⁉︎」

「そういう態度失礼よ峰田ちゃん」

 

とんでもないことを口走ろうとした峰田だったが、蛙吹の舌による強烈な刺突が首に突き刺さり床に叩きつけられた。

奇怪な声を上げて叩きつけられた峰田を、女子達はゴミを見るような目で見下ろしている。男子達も助けるようなそぶりを見せず呆れた目を向けていた。

 

「………えーと、その子大丈夫ですか?」

「いや、巴さんは気にしなくていい。むしろ、すまん。変なもん見せた」

「え?あ、はい」

「…‥とりあえず、誰か席に戻しておいてくれないか?」

「……ああ」

 

困惑する巴に額に手を当てて呆れた様子を見せた嵐がそう答えると、素早く指示を出した。

障子がそれに応じて、服の裾を掴んで彼の席へと運んでいった。

それを見送った嵐は、ミッドナイトへと視線を向ける。

 

「先生、授業を中断させてしまいすみません。そろそろ再開させましょう」

「ええ、そうさせてもらうわ」

「巴さんもここまでありがとう。また放課後に」

「はい。外でお待ちしてますね。では、皆さんも失礼しますね」

 

嵐は素早くミッドナイトや巴と会話する。

そして、巴が嵐やクラスメイト達に一礼して廊下に出て扉を閉めた後、クラスメイト達へと視線を巡らせて苦笑いを浮かべながら言う。

 

 

「えーと、とにかく、皆席戻って、授業再開しようぜ?」

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

そして、時間は過ぎ放課後、六時限目の授業には無事参加した嵐を加えて、A組21名全員揃った状態での授業を終えていざ帰ろうとした時だ。

 

「うおおお、何事だあ‼︎⁉︎」

 

教室を出ようと扉を開けようとした麗日の悲鳴が教室中に響く。何事かと見れば、A組の扉の前に大勢の生徒達が集まっており教室を覗き込んでいたのだ。しかも、多すぎるせいで教室から出れなくなっている。

自分の席で耳郎や障子、八百万と談笑していた嵐は、大方目的を察することができている為に苦笑いして肩をすくめている。

 

「出れねーじゃん‼︎何しにきたんだよ‼︎」

「敵情視察だろ。ザコ」

 

出れなくて文句を言う峰田に、隣を通り抜けた爆豪がぶっきらぼうに吐き捨てるとそのままズカズカと群衆へと突っ込もうとする。

 

「敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭の前に見ときてぇんだろ」

 

一人推測する爆豪の背後で峰田が「あいつマジで何なの?」と言わんばかりに爆豪を指さして愕然としており、緑谷がため息をつきながら「あれがニュートラルだから」とフォローを入れておく。

 

「そんなことしたところで無駄だ。意味ねぇからとっととどけや。モブ共」

「知らない人のこととりあえずモブっていうのやめなよ‼︎」

 

敵を作る気しかしない発言に流石に飯田が見かねて注意する。だが、そんな注意をまともに受けるわけもなく、爆豪が群衆を押しのけようとした時、群衆の中から声が聞こえる。

 

「噂のA組がどんなもんかと見にきたがずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」

「ああ⁉︎」

 

群衆の中から聞こえる喧嘩を売るような声に爆豪がドスの聞いた声を上げて、A組が爆豪のような不良集団とは認定されたくない緑谷や飯田、麗日が後ろで必死に首を横に振って否定する中、その声の主が姿を現す。

出てきたのは、目の下に隈がある紫髪の少年だ。

 

「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ。普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴結構いるんだよ。知ってた?」

「ああ⁉︎んなモブ共のことなんざ、知ったことかよ」

「だろうね。まぁ、そんなモブ共でも体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ………」

 

雄英は自由な校風である為に良い意味でも悪い意味でも実力がものを言う。体育祭もその一例らしく、そこで結果を残せば他の科の生徒達がヒーロー科へと編入することもありえて、逆にヒーロー科から落とされるケースもあるそうだ。

少年は、その事実を口にすると、爆豪達をまっすぐと見据えながらはっきりと言う。

 

「敵情視察?違うね。少なくとも俺は、()()()()()()()()()()()()()()()とはいえ調子乗ってっと、足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しにきたつもり」

 

少年は発破をかける為にあえてそう言う言い方をしたのであって、別に悪意で言ったわけではない。

だが、その発言は。今のA組(彼ら)にとっては地雷を踏み抜くのに等しい発言だった。

 

『……‼︎』

 

少年の発言にA組生徒達の空気が急激に張り詰め、多くの生徒が少年に非難の視線を向ける。それは、今の少年の言葉を否定するものだった。

それを少年が感じ取るよりも先に、怒りの声を上げるものが二人。

 

「たかが事件一つって…あんたこそ、何言ってんの⁉︎あの事件をたかがで片付けようとしないでよっ‼︎ウチらだって必死に戦ったんだよ‼︎‼︎死にかけた人だっている‼︎あの事件で、ウチらは大切なクラスメイトを一人失いそうだったんだよ‼︎‼︎」

「耳郎の言う通りだ‼︎軽々しくそんな発言をするな‼︎‼︎俺達がどれだけ己の無力さに打ちのめされたかを、あの場で何があったのかを、何一つ知らないくせに知ったような口を聞くな‼︎‼︎」

 

耳郎と障子だ。

二人は激情に表情を歪ませて少年へと詰め寄る。今の少年の言葉が自分達の大切な友が味わった苦しみを全て否定するように聞こえて我慢ならなかった。

 

たかが事件一つ無事に乗り越えた?

調子に乗ってる?

 

違う。そんなわけがない。

無事なわけがなかった。嵐とオールマイトがいなければ全員殺されていただろうし、自分達を守り戦ってくれた嵐も生死の境を彷徨った。

それだけじゃない。嵐にとって残酷すぎる事実を。敵の途方もない悪意を知った。

誰もが己の無力さに悔やみ、何もできなかったことを恨んだ。後悔があるからこそ調子になんて乗れるわけがなかった。

 

自分達の後悔を。悔しさを。そして何より嵐が味わった大きすぎる苦しみを。何も知らない少年が、ソレら全てを当然のように否定する発言をしたことに怒りが抑えきれなかったのだ。

 

「………⁉︎」

 

大胆不敵に宣戦布告をしにきたはずの少年は、二人の凄まじい剣幕だけでなく、A組生徒達の大半から向けられる怒りの眼差しに思わず怯み後退ってしまう。

 

「大体アンタ「それ以上はよせ」ッッ」

 

更に何かを言おうとした耳郎と障子を後ろから八百万に車椅子を押してもらいながら来た嵐が止める。

 

『ッッ‼︎‼︎』

 

ここにきて現れた包帯を右顔面に巻き、右腕がなく車椅子に座る嵐の悲痛な姿に、少年を含めた外の野次馬生徒達が息を呑んだ。

少年に至っては自分がとんでもない失言をしたのだと理解し、少し表情を暗くさせていた。

耳郎は嵐へと振り向くと、涙が滲む視線をキッと向けると怒りのままに声を上げる。障子も目元だけだが怒りに揺れているのは明らかだった。

 

「八雲っ、でも、コイツがっ」

「分かってる。だが、コイツらにソレを話したところで何の意味もねぇよ。それに話す理由もない。お前らが怒ってもコイツらには何も響かねぇ。俺の為に怒ってくれたのは嬉しいが、とりあえず落ち着け」

「お二人とも少し落ち着いてください。この方達は何も知りません。何も知らない方々に怒ったところで、私達の気持ちは届きませんわ」

 

冷静に告げる嵐に続き宥めるように言う八百万の二人の言葉で、冷静さを取り戻した二人は気まずそうに顔を俯かせながら嵐に謝る。

 

「……ごめん。ついカッとなった」

「俺もだ。冷静になるべきだった」

 

二人の素直な謝罪に嵐は優しく頷くと、今度はクラスメイト達に視線を向けた。

 

「お前らも、俺が気にしていないんだから怒りを抑えてくれ」

『………』

 

他ならぬ嵐にそう言われ、他のクラスメイト達も渋々怒りを抑える。次に爆豪へと振り向いた。

先程まで敵意を振りまいていた爆豪は思うところでもあったのか思ったよりも落ち着いていて、無言で嵐を見下ろしていた。

 

「爆豪。お前のやり方を否定する気はないが、無駄に敵を作ろうとするな。かえって面倒なことになるだけだぞ」

「はっ、知るかよ。そんなもん黙らせりゃ良い話だ。上にあがりゃモブ共の戯言なんざ関係ねぇからな」

「……まぁ、お前のいうことにも一理あるがな。とにかく、ちったぁ言動には気をつけろ」

「チッ、うるせぇな」

 

嵐の注意にぶっきらぼうに返した爆豪は、今度こそ群衆を強引にかき分けて教室から出ていった。

その背中をやれやれという感じで見送った嵐は、目の前にいる少年を見上げる。少年は気まずそうに俯いており、嵐とは決して目を合わせようとしなかった。嵐は苦笑いを浮かべると優しく声をかける。

 

「爆豪の件は悪いな。あいつは元々そういうやつなんだ。俺からも言っておくから、一々めくじらを立てないでほしい」

「あ、いや、その……」

「さっきの君の発言も自分の存在を認識させる為に言ったのであって、別に悪意で言ったわけじゃないのも分かってる。…………だが、ソレでも言葉は選ぶべきだったな」

「ッッ‼︎」

 

スッと目を細めて告げられた言葉に少年は息を呑む。嵐から発せられた押し潰すような迫力に圧倒されたのだ。

言葉にできないような恐怖が全身を強ばらせて、その場から動くことすらできなかった。

彼の背後に巨大な何かがいて自分を見下ろしているようにも感じたのだ。

嵐は目を細め、真剣な表情を浮かべると話を続ける。

 

「俺がニュースで報じられた重傷の生徒だ。

敵と戦った俺は見ての通り、右目を切られ、右腕も切り落とされた。しかも、見えてはいないが、胸にも風穴を開けられたよ。一度は心臓が止まったらしいから、本当に死にかけた。

他の皆もそうだ。誰もが容赦無く殺しにかかってくる敵に恐怖を感じながらも必死に立ち向かって、ようやく乗り越えたんだ。

誰か一人欠けていたら、どれか一つ選択を間違えていてたら、この場に全員が無事に揃うことは無かっただろう。そう思えてしまうぐらい、あの事件は危険だった。断じて、君達が思ってるような軽いものじゃない」

「…………」

 

ここまで言われれば誰でも気づく。

嵐は静かに怒っていた。しかし、耳郎達に怒るなと注意しておきながら、自分が怒ってるのはどうしてだと責める者はここにはおらず、むしろ、もう少し声を荒げても良いんじゃないかと思ってるほどだ。少年は少年で嵐の怒りにあてられ冷や汗を流している。

 

「とはいえ、それは直接戦った俺達だから言えることだ。君達はニュースで報じられた程度の情報しかない。今この場に群がってる奴らも多くが興味本位できただけなんだろう。もしかしたら、たかが事件一つと思ってる奴も意外と多いかもしれないな。

だが、今日君は不用意な発言で耳郎達を怒らせて、大怪我を負った俺の姿を見た。それでも君は、まだ俺達がたかが事件一つ無事に乗り越えて調子に乗ってると言えるか?」

「…………」

 

少年は何も答えることができない。迫力に圧倒されたからというのもある。だが、今の嵐の話を聞き自分が失言をしてしまったと心から反省をしていたからだ。

嵐は表情を崩すと、微笑みを浮かべる。

 

「意地悪な言い方をしたな。今のは別に答えなくて良いぞ。その顔を見れば分かるからな。どうやら、君は他の奴らとは違うようだ。本気で俺達に挑もうとしている」

「ッッ!」

 

図星だったのか、自分が秘めている思いを見透かされた事に少年は明らかに目を見開き驚く。

 

「爆豪の言葉を借りるつもりはないが、実力を示すのが一番手っ取り早いだろう。勝ち上がれば否が応でも注目されることになる。

もしも君が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()死ぬ気で這い上がってこい。俺は、俺達A組は君が思っている以上に強いぞ」

「ッッ‼︎」

 

そして、更に告げられた言葉に少年は驚愕を通り越して唖然とする中、嵐は後ろにいる野次馬達に視線を向けて声を上げる。

 

「話は終わりだ。病院に行かなくちゃいけないから、とっとと退いてくれ。それ以上通行の邪魔をするようなら、相澤先生を呼ぶぞ?」

 

流石に教師を呼ばれるのは面倒なので野次馬生徒達は徐々に解散していった。少年も唖然としていたものの、すぐにハッとなり立ち去る。

 

「八百万、悪いが校門前まで車椅子押してくれないか?電動なんだが、いかんせんまだ手が動かしにくくてな」

 

毒の後遺症のせいで手元のレバーで簡単に操作できる電動車椅子の操作が覚束ない嵐は彼女にそう頼み込んだ。

 

「ええ、お任せください。では、鞄をとってきますわね」

「ああ、悪いな」 

「あ、じゃあウチがヤオモモの持つよ」

「なら俺は八雲のを持とう」

 

八百万は快く了承すると、自分の席へと小走りで向かう。直後、耳郎や障子も加わり荷物を取りに行き、すぐに戻ってきた。

 

「俺の鞄は膝の上にでも乗せればよかったんだがな」

「いいだろ。こういう時は俺達に手伝わせてくれ」

「ま、なんにせよありがとな。じゃあ、八百万頼むわ」

「はい。では、帰りましょうか」

 

そして、八百万が車椅子を押して、耳郎と障子が二人ずつの鞄を持って左右に立って教室から立ち去っていった。

彼らの背中を見送った切島は、拳を握りしめて感動する。

 

「爆豪も、八雲も、漢らしいじゃねぇかっ」

「二人の言い分にも一理あるもんな。言ってくれるぜ」

 

砂藤も感慨深そうに呟いていた。

 

「上に上がる。実力を示す。シンプルだが、確かに正論だ。俺達は示さなければなるまいな。……八雲はあの場で誰よりも苦しんだというのに、決して折れずに前を向いている。なら、俺達もあの時味わった悔しさを糧にしていることを、奴らに見せつけてやらなければ」

 

常闇の静かだが確かな闘志が秘められた言葉に、教室に残っていたクラスメイト達が揃ってやる気に満ちた顔で頷いた。

 

ちなみに、嵐の姉紅葉改め敵連合の白妖のことはA組全員知っている。と言うのも、あの後、嵐があの場にいなかったメンバーが知りたそうにしていたので、簡単な説明だけしたのだ。

それを聞いた面々は、あまりにも衝撃的な内容に驚愕するとともに、必死に嵐に謝った。特に飯田は大号泣しながら、何でも力になると宣言したぐらいだ。まぁ、他の面々も遠慮なく頼ってほしいと言っていたから、彼らが抱える想いは同じようなものだろう。

 

そして、その後A組の面々は早速訓練場を予約して訓練に行ったり、これからの計画を練ったりと、誰もが体育祭へと並々ならぬやる気を抱えつつ各々行動に移した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

廊下を歩く耳郎は八百万に車椅子を押されている嵐に心配そうな表情を浮かべながらふと尋ねる。

 

「八雲、本当に大丈夫?」

「何がだ?」

「いや、さっきのあいつの言葉…」

 

耳郎的に先ほどの少年の言葉は、一番嵐が傷つくと思っていたのだ。だから、表面上ではなんともなくても傷ついているのではないかと思っていたのだが、嵐は微笑みを浮かべて首を振った。

 

「そんなことか。ああ、大丈夫だ」

「本当に大丈夫なのか?辛いなら抱え込まずに言ってほしいんだが」

 

障子もあまり信じられないのか、嵐の言葉にそんなことを呟く。まぁ、彼らの気持ちもわからないでもない。だが、もうそれは嵐としては過ぎ去った問題だ。

だから、彼は笑いながら障子を見上げる。

 

「だから、大丈夫だって。紅葉姉の事はもう十分後悔して苦しんだ。いつまでもウジウジ悩んだところで問題が解決するわけがないだろ?

何もしないで紅葉姉が戻ってくるわけでもないし、過去のことを無かったことになんてできない。だったら、どうする?」

 

簡単な事だ。そう言って、嵐は力強い決意が宿る眼差しを浮かべて自分の左手を見下ろしてはっきりと言う。

 

「前を向くしかないだろう。戦うしかないだろう。あの人の未来を奪ってしまった俺が、あの人の想いを受け継いだ俺が、あの人を救け出す。

たとえ、あの人がそれを望んでなくても、俺を恨んでいたとしても、どう思っていようと俺はあの人を何としてでも救ける。

それが、俺がヒーローを目指す為の第一歩なんだ」

 

力強く断言した嵐に、耳郎達は揃って瞠目すると、ついでくすりとそれぞれ笑みを浮かべた。

 

「お強いですね。八雲さんは」

「………すごいね。アンタは」

「……ああ、本当にな」

 

三人とも嵐の心の強さに感心する。

おそらく自分達ではここまで早く立ち直る事はできなかっただろう。数ヶ月、もしかしたら何年も時間をかけないといけないかもしれない。

だが、彼は立ち直ってみせた。気負った様子もなく、本心からの言葉。折れようとも、立ち上がれた力強いに、彼らは純粋に感心の声をあげた。

 

「……いいや、俺一人じゃこうはならなかった。巴さんや相澤先生のおかげだな。二人が俺を立ち直させてくれたんだ」

「師匠さんだけじゃなくて先生もなの?」

「ああ。あの二人の言葉があったから、俺は立ち上がれた。あの二人がいなかったら、俺はしばらくは塞ぎ込んだままだったろうな。本当に俺は人の縁に恵まれているよ」

 

心底嬉しそうに笑う嵐。その時、彼を呼ぶ声が聞こえた。

 

「八雲!!」

 

聞き慣れた声に振り向けば、そこにいたのは走ってきたのか肩を上下する拳藤の姿があった。その後ろには取陰もいる。

 

「よ、拳藤、取陰、心配かけたな」

 

振り向いた嵐は、二人に軽く手を上げながらそう言う。だが、拳藤は漸く見えた彼の姿に息を呑むと、拳を握り締めながら彼に近づく。

 

「お前なっ本当に心配したんだぞっ。響香達から危篤状態って聞いて、もしものことがあったらって思ったら、私はっ」

 

泣きそうなほどに表情を歪めた拳藤は、震える声で言葉を紡いだ。取陰は何も言わないが、心配そうな表情を浮かべている。

耳郎を始めとしたクラスメイトだけでなく、友人である拳藤や取陰も彼のことが心配で気が気でなかったのだ。

 

「………悪かったな。本当に心配かけた。だが、来週には完全に回復するからそこは安心してくれ」

 

だから、嵐は申し訳なさそうな表情を浮かべながらそう言った。だが、当然拳藤達は怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「完全回復って……その怪我治るのかよ?義手とかをつけることになるの?」

 

確かに右腕がなくなり右目もない。復帰するにしても義手などのサポートアイテムをつけてヒーローを目指すのかと思ったのだ。

 

「いや、詳細は省くが俺の個性には再生能力もある。肉体の欠損も今の状態じゃ時間はかかるが再生できるんだよ。だから、完全に回復って言ったんだ」

 

それを聞いた拳藤達は揃って目を丸くして驚愕する。

 

「再生って、そんな能力もあるのかよ」

「……ほんと、滅茶苦茶だねぇ」

 

拳藤が純粋に驚き、取陰が規格外だなと乾いた笑い声を上げる。

 

「……とにかく、もう大丈夫なんだな?」

「ああ、大丈夫だ」

 

嵐がそう言ったことで漸く安心したのか、肩の力を抜き顔の強張りを解くと安堵の息をついた。

 

「……何にせよ、無事なのもだし、お前のヒーロー生命が絶たれなくてよかったよ」

「……ほんとそうだよね」

 

安堵し心から嵐の無事を喜ぶ二人。そんな二人の様子に、自分は本当に大勢に心配かけたんだなと、心底嵐は己の行動を反省した。

 

「………心配してくれてありがとな。これからは無茶しないように気をつけるよ」

「当然だ。このバカ」

 

謝罪する嵐に拳藤はそう返すと、じっと嵐を真っ直ぐ見ると言った。

 

「……なぁ、八雲。辛かったら遠慮なく言ってよ。私と切奈はクラスは別だけど、それでもお前のことは大切な友達だと思ってるんだ。だから、何かあったら私らにも遠慮なく頼ってよ」

「……拳藤」

「私らはお前に何があったのかは表面上のことしか知らない。でも、お前が辛い思いをしたのは分かる。別に無理に話そうとしなくていいよ。辛いことを無理やり話させて傷つけたくはないから、お前が話してくれるまでずっと待ってる。だから、頼むから無理はしないでほしい。何があっても私らはお前の味方だからさ」

 

はにかむように笑った拳藤の、友の為に少しでも力になって寄り添いたい。そんな想いが込められた言葉に嵐は少しだけ目を見開くとすぐに優しく微笑んだ。

 

「………ああ、ありがとうな。その時は、頼むよ」

 

彼が浮かべた儚い笑みに拳藤達は胸が締め付けられるような思いになりながらも、揃って笑みを浮かべて力強く頷いた。

 

 

その後、共に校門前まで行ったのだが迎えの為に待っていた巴が嵐の師匠だと言うことを知り、予想と違いすぎる姿に二人揃って驚愕したのは余談だ。

 

 

そして、2週間はあっという間に過ぎて、ついに体育祭当日を迎えた。

 

 





次回から体育祭編へと突入しますよぉ〜。


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22話 天高く舞い上がれ


つい先日、アイスボーンの設定資料集を買いました。

もう情報量がとてつもないし、色々と詳細な情報も知れてほくほくです。読んでて楽しい。マジ最高ですっ‼︎


 

 

 

嵐が復帰してから2週間が過ぎ、ついに体育祭当日を迎えた。

当日は雄英高校にはかなりの人が集まり、露店が多く展開されている。特ダネを取るべく集まった報道陣も多く、また敵襲撃があり警備を厳重にしたことで大勢のヒーローに警備依頼を出したことでトータルの人数は数万人を超えていた。

そして、生徒達は体操着に着替えてそれぞれクラスごとに割り当てられた控室で待機して入場の時を待っていた。

精神統一をする者もいたり、談笑するものもいたりなど各々の時間を過ごしている。

 

「あー、コスチューム着たかったなー」

「公平を期すために着用不可なんだよ」

 

愚痴る芦戸に尾白がそう言って宥める。

この雄英体育祭ではヒーロー科の生徒達はコスチュームの着用は禁止となっている。尾白の言う通り、各々の力を活かすために公平性をとってのことのようだ。

例外があるのがサポート科が自分で作ったサポートアイテムのみだ。もしくは個性の性質上、必要と判断され着用を認められた場合ぐらいだ。

 

「八雲はどうしたの?アンタ個性使うと服破れるじゃん。上着だけ脱いで戦う感じ?」

「一応コスチューム用に使ってる下着だけ申請出してるから、最悪の事態にはならなくて済む」

 

右腕と右目が完全に元通りに再生し、毒も抜けて完全回復を遂げた嵐は耳郎の問いかけにそう答える。

嵐の個性的にコスチュームなしで変身したら、服は破れたままだ。最悪下着まで破れて使い物にならなくなって仕舞えば、目も当てられない放送事故になるだろう。

 

「確かにな。入試の時のように袴も着れんからな。下着だけでもあった方が妥当だな」

「ん〜でも、八雲君裸になっても需要ありそうだけどね〜」

 

障子に続き葉隠がカラカラと笑いながらそんなことを言う。だが、それに嵐がげんなりとした表情を浮かべる。

 

「勘弁してくれ。俺はそう言う路線ではヒーローやりたくない」

「いやいや〜八雲君ほどの、細マッチョイケメンならモデルとかやれるでしょ。その肉体美を全国放送しちゃいなよ」

「やめろ。それに、確か去年の2年ステージで全裸になった生徒がいて、かなり苦情がきたらしいからその辺りのことはしっかりするつもりらしいぞ」

 

実は去年、2年生のステージで個性のせいか競技中に全裸になってしまった生徒がいたのだ。

その時の時間をリアルタイムで見ていた嵐は、顔を顰めながらそう言う。

申請を出す際にもミッドナイトに気をつけなさいと言われたのでなおのことだ。

 

「でも、どうせ戦う時は変身するし上着脱ぐでしょ?なら、今更じゃない?」

「………それを言うな、耳郎」

「あはは、ごめんごめん」

 

そうして嵐が耳郎や障子、葉隠と談笑している時、一人緊張に精神を落ち着かせようとしている緑谷に轟が近づいた。

 

「緑谷」

「轟くん……何?」

 

高鳴る心臓を落ち着かせながら恐る恐ると轟に振り向くと、轟はいきなり言った。

 

「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」

「へ⁉︎うっうん……」

「でも、お前オールマイトに目ぇかけられてるよな?別にそこ詮索するつもりはねぇが……お前には勝つぞ」

 

大胆に轟は宣戦布告をする。

今まで誰とも馴れ合わなかった彼が、いきなり格下である緑谷に対抗心をむき出しにして宣戦布告する様子に一同は驚愕する。

 

「おぉ⁉︎クラスナンバーツーが宣戦布告!!?」

「急に喧嘩腰でどうした⁉︎直前にやめろって……」

 

ピリつく空気に上鳴が驚きの声を上げて、切島が思わず止めに入るも、轟は肩に添えられた手を肘で跳ね除ける。

 

「別に仲良しごっこじゃねえんだ。何だっていいだろ」

 

切島を見ずに突き放すようにそう言った轟に、緑谷は下を見ながらもオドオドとした様子で答え始める。

 

「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのか……は、わかんないけど……そりゃ君の方が上だよ……実力なんて大半の人に敵わないと思う……客観的に見ても……」

「緑谷もそーゆーネガティブな事言わねえ方が……」

「でも…‼︎」

 

ネガティブなことを言った緑谷にそう切島がいうものの、続いて出た言葉に止めようとした言葉が止まった。 

 

「皆……他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。僕だって……遅れをとるわけにはいかないんだ。……だから、僕も本気で獲りに行く‼︎」

 

今までにないはっきりとした声で、強い意志が込められた宣言をした緑谷に、クラスメイト達が各々反応を見せる中、轟は「……おお」とだけ答えて緑谷から視線を外すと、今度は静観していた嵐に振り向く。

 

「八雲、お前にもだ」

「……訓練でのリベンジってか?」

「それもある。だが、1番の理由はお前がこの中で1番強いからだ。お前はオールマイトが共闘を認めるほどに強い。そんなのプロの中でもほんの一握りなはずだ。

それほどに強いお前に勝つのは俺にとって意味がある。だから、緑谷だけじゃねぇ。お前にも勝つぞ」

「いいぜ。好きにかかってこいよ。けど、一言言わせてもらうとな…」

 

轟の真っ向からの宣戦布告に嵐は不敵に笑みを浮かべて席から立つと轟を見下ろしながら、静かに告げる。

 

「初めから全力を出す気がねぇ奴に負けるつもりは毛頭ねぇぞ」

「何だと?」

 

その言葉にピクリと轟が反応して、自然と表情が険しくなり殺気が滲んだ視線へと変わった。

 

「お前に関係があんのかよ」

 

轟の声音が低くなり、苛立ちを含んだものへと変わる。ピリつくどころか殺気立った空気にクラスメイト達が冷や汗を流す中、嵐は尚も笑みを浮かべていた。

 

「いいや?関係ねぇよ。ただ、あのレベルの俺に完敗したお前が、氷だけで俺に勝てると本気で思ってるのか?」

「戦闘において熱は使わねぇ。右の氷だけでテメェに勝つっ。次はあんなヘマはしねぇよ」

 

轟は一層不機嫌になり、開会式前なのにもはや一触即発の空気に耳郎や障子が慌てて止めに入ろうとした瞬間、嵐はフゥと息をつくと肩をすくめる。

 

「お前にも何か事情があんのはわかったよ。

なら、お前のやり方で俺にかかってくるといいさ。ただな……」

 

嵐は轟を真っ直ぐに見返すと、黄金色の瞳に冷徹な眼光を宿してはっきりと告げる。

 

「……あまり、俺をナメるなよ」

「ッッ」

 

そう言った瞬間、ゾワリと轟は悪寒が駆け抜けたのを感じてピクッと反応した。

轟だけじゃない。突如として放たれた嵐の威圧。それは控室に一気に充満してクラスメイト達の体をも強ばらせたのだ。

しかし、それは一瞬のこと。すぐにその威圧は霧散した。嵐は、轟の横を通り過ぎると控室の扉に手をかけながらクラスメイト達に振り向いて言う。

 

「そろそろ入場の時間だ。行くぞお前ら」

 

そう言って嵐はさっさと外に出ていった。

他の者達もそれに追従するように出ていく中、轟だけが一人控室に取り残される。

 

「‥‥今…‥俺は、ビビってたのか……」

 

轟はいつの間にか握りしめられていた拳を開いて掌を見る。掌には汗がびっしりと浮かんであり濡れていた。

 

「……くそっ……やっぱり、テメェは越えなくちゃいけねぇんだよっ」

 

轟は自分に言い聞かせるように怨嗟のこもった言葉を吐くと自分も控室を出る。

 

「お母さんの力だけでテメェを超えて……クソ親父を否定しなくちゃいけねぇんだっ」

 

最後にそう呟いて控室から出て行ったのだが………その時の彼の背中は、とても悲しそうだった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

雄英高校体育祭一年生ステージ観客席では、多くの観客が開幕を心待ちにしている。

 

「お二人共、お飲み物とお食事買ってきましたよ」

 

短く切り揃えた黒髪に、背中に自分の体を覆い隠せるほどの艶やかな濡れ羽色の黒い翼を生やす女性がドリンクを三つトレーに乗せて観客席の一角ー最後列に座る女性達に声をかけた。

 

「うん、ありがとう黒羽ちゃん」

「ありがとう、黒羽」

 

黒羽。黒翼を生やした女性をそう呼んだのは、二人の女性。片方は、白髪に所々赤が混ざる髪が特徴の、眼鏡をかけた青い瞳の女性であり、もう一人は小麦色のような金髪に翡翠色の瞳、そして腰から生える()()()()()()()が特徴の女性だ。彼女は変装でもしているのか髪を結んで帽子を深く被り、サングラスをかけている。

二人とも若く、歳の頃は二十代前半だ。

二人に礼を言われた黒羽は、軽く頭を下げてドリンクをそれぞれ渡すと、金髪の女性の隣に座る。

 

「……出店は少し混んでましたが、開会式の前に戻れて良かったです」

「うん、テレビでは何度も見てたけど、実際に行くと人の数すごいね」

 

黒羽の言葉に金髪の女性が同意する。

雄英体育祭がオリンピックに代わる一大イベントとして有名である為、来場人数が凄まじいことは知っていたが、実際目にするとこれほどなのかと驚いていたのだ。

 

「まぁ、今年はいきなり大事件があったしね。皆注目してるんだよ。特に一年生に」

 

もう一人眼鏡の女性がそう呟く。例年ならばラストチャンスにかける熱と経験値から成る戦略などでメインは3年ステージなのだが、今年は彼女達がちょうどいる一年生が最も注目を浴びた。

それもそのはず、今年の一年生のヒーロー科A組が敵の襲撃を受けながらもそれを見事耐え抜き生還して見せたのだ。否が応でも注目度は高まる。

 

「二人共、今日はせっかくのオフだったのに急に誘っちゃってごめんね」

「ううん、私の方こそ。実は一度はちゃんと見に行きたかったの。だからありがとうね。冬美ちゃん」

「そう?それなら良かった」

 

どうやら眼鏡の女性がこの二人を誘って雄英体育祭を観に来たらしい。金髪の女性の言葉に、眼鏡の女性は朗らかに笑うと視線を観客席下の入場ゲートに向けると、暗い表情を浮かべてしまう。

 

「大丈夫?冬美ちゃん」

「……うん、大丈夫だよ。そろそろ私もちゃんと向き合わないといけないからね」

「……弟さんのことよね?この前の襲撃事件では大丈夫だった?」

「うん、焦凍は怪我はなかったみたいだよ。ただ、クラスメイトが一人瀕死の重傷を負ったって」

 

彼女らがこの一年ステージにいる理由。

それはひとえに冬美と呼ばれた女性の弟が一年A組ヒーロー科に所属しているからだ。

彼女の名前は轟冬美。轟焦凍の姉である。

そして、冬美から一人重傷者が出たと言う話を聞き、金髪の女性は心配そうな表情を浮かべながら尋ねる。

 

「瀕死って……その子は大丈夫なの?」

「うん、個性のおかげで完全回復したって。今回の雄英体育祭にも問題なく出れるって言ってたよ」

「……そう。良かった」

 

顔も名前も知らないが重傷だった生徒が無事に回復したことに心から安堵する女性。

そんな時だ。

 

『さぁさぁさぁ、始めていくぜェェ‼︎‼︎群がれマスメディア‼︎今年もお前らが大好きな高校生達の青春暴れ馬……雄英体育祭が始まディアビバディアァユウレディ!!??』

 

実況担当のプレゼントマイクの声が響き渡る。

いよいよ雄英体育祭が始まろうとしていた。観衆達は一気に沸き立つ、まさしく祭り騒ぎのように今か今かと待ち侘びる。

 

『雄英体育祭‼︎ヒーローの卵達が我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル‼︎‼︎どうせてめーらアレだろ、コイツらだろ!!?

敵の襲撃を受けたにも拘らず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星‼︎‼︎‼︎』

 

その言葉と共に、入場ゲートの奥から人影が大勢現れ、プレゼントマイクがその行進に合わせるように声を一層張り上げて最初の入場者達の存在を告げる。

 

 

『ヒーロー科‼︎‼︎1年‼︎‼︎A組だろぉお‼︎⁉︎』

 

 

プレゼントマイクの声に合わせて、クラスのリーダーである嵐を先頭にA組の面々が姿を現した。

すると、観衆が一気に大歓声を上げて報道陣がカメラを一斉に向けて凄まじいフラッシュを鳴らし続ける。そんな中、金髪の女性は勢いよく立ち上がった。

 

「………嘘……」

 

愕然と呟く彼女の表情は驚愕の一言につき、信じられないものを見ているかのようだった。

隣に座る黒羽も立ち上がりこそしなかったものの、同様の視線を浮かべておりその切れ長の瞳を大きく見開いていた。

そんな彼女らの様子に冬美は困惑し恐る恐る尋ねる。

 

「ど、どうしたの?()()ちゃん。それに黒羽ちゃんも」

「そんな……まさか……どうしてっ貴方がっ」

 

冬美の問いかけにも答えずに金髪の女性ー否、『青葉』。確かにそう呼ばれた女性は、現れた1年A組の集団。その先頭を歩く嵐を見ており、震える声で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を呟いた。

 

 

 

「………………翠風?」

 

 

 

嵐の本名を呼ぶ女性の名はー出雲青葉。

 

出雲本家の長女にして、出雲紅葉の双子の妹であり、八雲嵐ー出雲翠風の実の姉その人である。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「うわぁ、こうも大勢に見られると緊張するね」

「あぁ、流石にこれだけ注目されるのは初めてだ」

 

大勢の観衆達が歓声をあげる中、耳郎は緊張で少しハラハラし、障子も耳郎ほどではないが緊張している。

 

「お前ら今からそれだと、本選まで保たねぇんじゃねぇか?」

 

緊張する友人二人を揶揄うようにそう言う首だけを振り向かせる嵐。彼は普段通りの堂々とした姿であり大勢の観衆を前に微塵も気負いしていなかった。彼以外に普段通りなのは爆豪ぐらいだ。

 

「あんたが普通すぎんの」

「よく平常運転で行けるな。お前は」

「別に気負う理由もないしなぁ。むしろ、楽しいぜ。こう言うお祭り騒ぎは俺大好きだからな」

 

ニッと笑いながら嵐は答えると、自分の後ろを歩くクラスメイト達の様子を見る。

 

(緊張こそしているが…誰も萎縮していない。やっぱあの経験は大きかったな)

 

嵐は一人静かにほくそ笑む。

後ろを歩くクラスメイト達は緊張こそすれど誰一人として萎縮しているものがいないのだ。あの襲撃事件の経験が彼らの心を強くしたのだろう。

そして、プレゼントマイクの紹介に合わせて次々と他クラスの生徒達も入場してくる。自分達と同じヒーロー科であるB組にも気圧されているような者は一人もいない。拳藤なんかは嵐と視線があって手を振ってくるぐらいの余裕っぷりだ。サポート科や経営科も各々のやりたいことが定まっているためか、特に気負った様子はない。しかし、普通科は違った。

 

「俺らって完全に引き立て役だよな……」

「だるいよねー……」

 

普通科の生徒達から聞こえたそんな発言を、嵐の耳は拾った。

やはりというか、普通科の生徒達にやる気はあまりなかった。それどころか諦めており自分達がヒーロー科の生徒達が目立つための当て馬のような扱いだと言ってしまっているほどだ。

嵐はそんな生徒達を冷めた目でみる。最初からやる気がなく惰性で参加している彼らに嫌気がさしたのだ。

しかし、彼だけは別だった。

 

(あいつだけは別か)

 

嵐の視線の先にいる普通科の生徒。それは、前に嵐達に宣戦布告をした大胆な少年だ。

彼だけは、嵐含めたヒーロー科の生徒達をまっすぐと見据えており、瞳にはのしあがってやるという強い意地の炎が宿っているのを確かに見た。

 

(あいつは確実に上がってくるな。面白ぇ)

 

ああいう目をした奴は強い。その事を知っている嵐は口の端を吊り上げて好戦的に笑うと前を向いた。

そして、生徒達が全員出揃ったのにあわせて壇上に体のラインがはっきり出て見事なプロポーションが惜しげもなく主張されている過激なコスチュームを着用した18禁ヒーロー・ミッドナイトが登壇して、鞭を打ち鳴らしながら最初のプログラムを宣言した。

 

「選手宣誓‼︎‼︎」

 

ミッドナイトの美貌に会場中の男性が魅了されあっという間に頬を染めて、鼻の下を伸ばしてしまう。

それは生徒達も例外ではない。

 

「ミッドナイト先生、なんちゅう格好だよ…!」

「18禁なのに高校にいていいものか?」

「いい‼︎」

「峰田黙れー」

 

ミッドナイトの格好にA組生徒達も顔を赤らめたり、疑問を感じたり、むしろバッチコイとかぬかす葡萄だったりと生徒達が雑談する中、ミッドナイトは再び鞭を振るった。

 

「静かにしなさい‼︎選手代表!———1-A八雲嵐‼︎‼︎」

「はい」

 

ミッドナイトの言葉に嵐は頷き、周りからの様々な感情が込められた視線を一心に受けながら、最後尾から生徒達をかき分けて壇上に上がった。

 

「晴れ舞台ね。ガツンといいの言っちゃいなさい。八雲君」

「はい」

 

ミッドナイトにそう言われてマイクを受け取ると、嵐は一度ステージを見渡してから選手宣誓を始めた。

 

「宣誓。我ら選手一同。ヒーローマンシップに則り、正々堂々戦い抜くことをここに誓います。選手代表1-A八雲嵐」

 

選手宣誓はどこにでもあるようなありきたりなものだ。だが、問題発言をしないあたりは好感を持てたらしく拍手が起きた。

 

「素晴らしいぞ八雲君‼︎ブラボー‼︎」

「まぁ、普通すぎるけど……問題起こすよりはましかね?」

「だなぁ。八雲が問題発言するとは思わねぇけどよ」

「ケッ、つまんねぇ宣誓すんじゃねぇよっ。クソ白髪がっ」

「かっ、かっちゃん!やめなよ!」

 

飯田が感激し、切島が苦笑を浮かべ砂藤が同意する中、爆豪は心底つまらなそうに吐き捨てて緑谷が宥めようとする。

 

「八雲?」

 

だが、これで宣誓は終わりかと思っていたが、嵐はマイクを戻すことも壇上から降りることもせずその場で立ったままであり耳郎が怪訝そうに思った瞬間、嵐は再び口を開いた。

 

「前置きの堅苦しい挨拶はこれで終了だ。こっからは、俺自身の言葉で言わせてもらう」

『??』

 

これで終わりだと思っていた観客、生徒達が嵐が再び話し始めたことに首を傾げる。A組メンバーですらこれ以上何を言うんだ?と首を傾げてざわつき始めた。

何人かは止めないのかと口々に言うものの、雄英の校風は自由が売りだ。誰も止めない。

そして、誰の制止もないまま嵐は話を続ける。

 

「…‥二週間前、俺達A組は敵の襲撃を受けた」

『ッッ‼︎』

 

話し始めたのは今最も話題を集めている襲撃事件のことだ。この一年ステージにいる多くの者達があの事件を耐え抜いたA組を見にきたからこそ、今の彼の言葉にこぞって反応する。

 

「本物の悪意に、本物の殺意に晒され命を狙われた俺達は生き残る為に必死に戦って各々その場を切り抜けた。だが、中にはどうしようもなく強い敵もいた。オールマイトがいなかったら、全滅もあり得ただろう。それほどまでに危険な状況を俺達はなんとか生き抜いた」

『…………』

 

事件の話を他ならぬ当事者から聞かされたことに、上っ面の情報しか知らなかった観客や生徒達は黙って耳を傾ける。

 

「つい1ヶ月前までは中学生だった俺達が、敵の襲撃を受けて全員無事に生き残ったことが十分に注目を集めるのは当然だ。

だが、それをよく思わない人達もいる。そんな人達は、事件を乗り越えた俺達に注目が集まってることに対して、注目されていない自分達は所詮は引き立て役だと卑下し諦め惰性で参加している」

 

その言葉に普通科の生徒達が冷や汗を流しながら露骨に視線を逸らす。それを確かに見た嵐は表情を冷徹なものへと変えて、彼らを睥睨しながらはっきりと告げた。

 

 

「———アホか」

 

 

瞬間、場の空気が凍りつく。

選手宣誓からの言葉に続いた思い切った罵倒の言葉に、観衆、生徒含めた大部分が絶句し普通科の生徒達はあまりの物言いに怒ることすら忘れて唖然としている。

嵐は静かな怒りを滲ませた言葉で更に続けた。

 

「引き立て役?自分達は注目されていない?

当然だろ。お前らが何か人々の記憶に残るような事件に巻き込まれたか?何か大きなことを成し遂げたのか?いいや、何一つない。お前らは人々から注目されるようなことをしていない。だから、今注目されていない。それだけの話だ。……別に事件にあったからどうこうと言うわけじゃねぇ。注目されたいなら敵に襲われろと言うわけでもねぇ。敵に襲われるなんざいいことじゃねぇからな。なら、どうしても俺達A組よりも注目度が劣るお前らはどうすればこの体育祭で注目されると思う?」

 

簡単なことだろ。そう言って、嵐は怒りを一転させて不敵に笑うとはっきりと告げる。

 

「決して諦めずに自分の強さを示せ。

己の実力を示し死ぬ気で天辺を目指して這い上がれ。そうして予選を勝ち進めば否が応でも注目されることになる。

むしろ、ヒーロー科の生徒を押し退けて上に上がったんなら、そいつはヒーロー科(俺達)よりも注目されることになるぞ」

 

そんな言葉に唖然としていた普通科の生徒の何人かがピクリと反応し嵐を見上げる。以前宣戦布告してきた少年は、その瞳に戦意の炎を一層激しく燃え上がらせていた。

嵐は一瞬合った彼の視線に笑みを浮かべた。

 

「ヒーロー科も、普通科も、経営科も、サポート科も関係ねぇ。この体育祭では全員に平等にチャンスが与えられている。

それをいかにものにするかが重要なんだ。誰よりも早くチャンスを掴み取って上に行ったやつが天辺を取れる。誰よりも多くのチャンスを物にしたやつが優勝だ。な?簡単な話だろ?」

 

そう不敵に笑うと、その上で一つ宣言をする。

 

「その上で宣言する。この体育祭——俺が優勝する」

『ッッ‼︎‼︎』

 

嵐の大胆な優勝宣言に生徒達が揃って驚く中、嵐は腕を見下ろして拳を強く握りしめる。

 

「俺はヒーロー科の入試という狭き門へと挑み、障害を潜り抜けて主席で突破した。全員が各々憧れたヒーローに近づく為に、なりたいヒーローになる為に努力してきた。

俺もだ。俺もある人から受け継いだ想いを無駄にしない為に必死に努力して主席という結果を勝ち取り、今この場に選手代表として立っている」

 

嵐は顔を上げて、自分を見上げる生徒達を見渡す。

 

「積み重ねてきた努力に、抱く想いに優劣はない。皆やれるだけのことをやってこの場にいる。だが、それでも代表としてこの場に立っているのはこの俺だ」

 

だから。

 

「俺がこの場にいる誰よりも強い」

 

そう言い放つと同時に、興奮によって瞳が橙色に輝くと強烈な威圧感が放たれる。優勝宣言に続く全員への宣戦布告に向けられた生徒達全員が息を呑む。

通常ならば野次の一つや二つは飛ぶはずだ。だが、誰も何も言わない。言えないのだ。多くの者が嵐が放つ威圧感に完全に呑まれていた。

それは、この体育祭という戦いの篩から落とされた者達だ。頂点をかけた戦いは既に始まっている。嵐は、この選手宣誓の場を利用して生徒達を選別したのだ。

 

そして、彼の選別に残った者。つまり、今の言葉に闘志を燃やす者達に向けて拳を突き出して不敵な笑みを浮かべると、

 

「さぁ‼︎頂点をかけて戦おうぜっ‼︎‼︎」

 

高らかに宣言したのだ。

そうすれば、多くの生徒達が盛り上がり闘志をむき出しにした。

 

「ハッ、上等ダァっ‼︎テメェを捩じ伏せて上に行ってやらぁ‼︎」

「うおぉぉぉ‼︎八雲の奴、粋なことしてくれるじゃねぇかっ‼︎」

「ああっ、滾って来たぜっ‼︎」

 

爆豪は昂ぶる戦意のままに獰猛に笑い、切島や砂藤が粋な計らいに闘志を迸らせる。

 

(すごいっ八雲くんっ。こうも皆を燃えさせるなんてっ‼︎‼︎)

(テメェを倒してこそ意味がある。何がなんでも勝つからなっ)

 

緑谷や轟が嵐の真っ向からの宣戦布告に静かに闘争心に火をつける。

 

「………いいね、超ロックじゃん。ウチも燃えてきたよ」

「ああ。俺も本気でお前に挑むぞ。八雲」

 

耳郎や障子も笑みを浮かべて、覚悟とやる気に満ちた表情を浮かべて意気込む。

他の者達も上等だと言わんばかりに闘争心に満ちた笑みを浮かべる。

 

「はははっ、やってくれるなぁ!八雲の奴。でも、やっぱりお前はそうだよなっ。皆を焚きつけるのが上手いよほんとに」

「ねぇ。これは俄然やる気が出てくるってもんだよ」

 

拳藤も取陰も闘争心を燃え上がらせて笑った。

 

「真っ向からの宣戦布告か‼︎上等だっ‼︎やってやらぁ‼︎」

「……ふん、まぁ不快じゃない分まだマシか」

 

他のB組生徒達も各々やる気に満ちた表情を浮かべており、闘志に満ちていた。

普通科も同様だ。何人かの生徒が、嵐が放った熱に当てられたのかやる気に満ちた表情を浮かべている。恐らく、いや、確実にこれからの戦いは予選から熾烈なものになるだろう。そう思わせるほどに多くの生徒がやる気に満ちていたのだ。

 

そして、選手達を焚きつけた張本人である嵐は大きく両腕を広げて、高まった熱量のまま雄英体育祭開幕を告げた。

 

「雄英体育祭——開幕だッッ‼︎‼︎」

 

嵐の熱は観客達にも伝わったのか、観客達も凄まじい大歓声を上げて、会場中のボルテージをこれでもかと際限なく上げていった。

プレゼントマイクやミッドナイトも同様だった。

 

『YEAHHHHHHHHHH!!!!!!!やってくれるじゃねぇかっ八雲ぉ‼︎‼︎とんでもねぇエンターティナーだぜ‼︎‼︎こりゃ早速燃える展開になるんじゃねぇかぁっ!!?』

「もうっサイッコウよっ八雲君ッッ‼︎‼︎私、こういうのすっごい好みだわっ‼︎‼︎じゃあ、この熱がまだあるうちに早速第一種目行くわよっ‼︎‼︎」

 

歓声を上げるプレゼントマイクに続いて、恍惚とした笑みを浮かべ満足そうにするミッドナイトが嵐に勢いよくサムズアップをすると、早速と言わんばかりにモニターに視線を向ける。

 

「さぁ第一種目‼︎‼︎今年は………コレよ‼︎‼︎」

 

そしてモニターに表示されたのは『障害物競走』の文字。

 

運命の第1種目はー『障害物競走』に決まった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

モニターに障害物競走の文字が出ると、ミッドナイトは早速ルール説明をしていく。

 

「運命の第一種目は『障害物競走』よ‼︎計11クラスでの総当たりレースよ‼︎コースはスタジアムの外周約4km‼︎我が校は自由さが売り文句‼︎ウフフ……コースを守れば()()()()()()構わないわ‼︎さぁさぁ位置につきまくりなさい‼︎‼︎」

 

足早に説明された生徒達はミッドナイトにそう言われ、一早くいい場所に立とうと出発ゲート前に殺到する。あっという間に人が集まり、スタート地点のゲート前は早くも満員電車のようなすし詰めのような状態になっていた。

そして、位置につくとすぐにゲート上のスタートランプの一つの光が消えて。二つ目が消えて、三つ目が消えた瞬間、

 

『スタ—————————トッッ‼︎‼︎』

 

ミッドナイトの声が響いて、生徒達が一斉に飛び出した。

しかしだ。数百名の生徒に対してゲートはあまりにも狭い。スタートダッシュを決めようとした生徒達は揃いも揃って詰まり前に進めなくなった。何とかしてこの渋滞から脱しようと生徒達が押し合う。

 

『さーて実況してくぜ‼︎解説アーユーレディー⁉︎ミイラマン‼︎』

『無理やり呼んだんだろうが』

 

早速実況を始めていくプレゼントマイクに彼に無理やり呼ばれたであろうミイラマン状態の相澤が不機嫌な声を出す。しかし、プレゼントマイクはそれをあっさりと無視する。

 

『早速だが序盤の見どころはっ?』

『…………今だよ』

 

相澤がそう呟いた直後、地を這う氷結がゲートを駆け抜けた。立ち込める冷気がゲートから溢れてゲート周辺すらも凍らせる。

 

「ってぇー‼︎何だ⁉︎凍った⁉︎」

「動けねぇっ‼︎」

「さみー‼︎」

「んのヤロォォォォッ‼︎‼︎」

 

氷結に足を凍らされた生徒達が恨み言を吐く中、凍って動けない生徒達の間をかき分けて一人の生徒が遂に群衆を抜け出した。

紅白の髪の少年ー1年A組轟焦凍だ。氷結の妨害を成したのは何を隠そうこの男だ。彼はいきなり仕掛けた。

そして、多くの生徒達をその場に拘束して置き去りにした彼だったが、喰らいつく者達が早速轟に追従した。

 

「甘いわ!轟さん‼︎」

「そううまく行かせねぇよ‼︎半分野郎‼︎」

 

八百万と爆豪を筆頭にA組メンバーは轟の妨害に足止めを喰らうことなく突破して轟を追いかけ始めたのだ。他にもB組の生徒や普通科の生徒も何人かは氷結を何とか凌いでいた。

 

「クラス連中は当然として、思ったよりも抜けられたか……」

 

轟は走る速度を維持しながらも、後ろを振り返り次々と突破する面々を見る。

そんな彼に、峰田が頭部のもぎもぎを凍結した地面に次々と放ってその上をトランポリンのように器用に跳ね回りながら接近する。

 

「へへ、轟の裏の裏をかいてやったぜ‼︎ざまあねぇってんだ‼︎喰らえ‼︎オイラの必殺……GRAPE…へぶぅっ⁉︎」

 

峰田が轟に接近しつつ、もぎもぎを手に取り地面に拘束しようと腕を振り上げた瞬間、横から何かに突き飛ばされ吹っ飛んだ。

いくらなんでもありとはいえ、選手を殴り飛ばすのはアリなのかと誰が吹き飛ばしたのかとそちらを見れば、峰田を吹き飛ばしたのは選手ではなく、

 

『ターゲット、大量‼︎』

『ブッコロォス‼︎』

 

人工音声で叫ぶロボットだった。それは、ヒーロー科の入試で出てきた仮想敵だ。それが数十体もいる。しかも、その背後には数体の0P巨大仮想敵までいた。

 

「入試の仮想敵!!?」

「ッッ‼︎」

『さぁ早速障害物だ‼︎‼︎まずは手始め……』

 

これこそ、この障害物競走の第一の障害。

 

『第一関門 ロボ・インフェルノ‼︎‼︎』

 

プレゼントマイクの声が響き渡る。

突如現れた無数の仮想敵が道を埋め尽くしているせいで生徒達は揃いも揃って足を止めてしまう。

 

「入試ン時の0P敵じゃねぇかっ⁉︎」

「マジか‼︎ヒーロー科あんなのと戦ったの⁉︎」

「多すぎて通れねぇっ‼︎」

 

足止めを食らった生徒達は口々に声を上げる。先頭を走っていた轟も足を止めて群がる0Pを見上げる。

 

「一般入試用の仮想敵ってやつか」

「どこからお金出てくるのかしら……」

 

轟がそう呟き、少し後方で八百万がそんな発言をする。金額に関しては……雄英だからとしかいえないだろう。

そして、多くの生徒がこの仮想敵の群れにどうすればいいと立ち往生する中、轟は全く動じずに屈んで右手の指先で地面に軽く触れると冷気を這わせる。

 

「せっかくなら、もっとすげえの用意してもらいてえもんだな」

 

そして轟は右半身を起点に周囲を凍り付かせるほどの冷気を放ちながら低く冷たい声音で呟く。

 

「クソ親父が見てるんだから」

 

右手を振り上げる。

そうすれば、冷気がまさしく津波の如く前方へと解き放たれ目の前にいた0Pの仮想敵を一体完全に凍り付かせた。

 

「しめた‼︎あいつが止めたぞ‼︎あの隙間だ‼︎通れるぞ‼︎」

「私らも急ごう‼︎」

 

0Pの脚の間を抜ける轟を見て、抜け道を見つけた生徒達もそこに殺到しようとする。だが、それを他ならぬ轟が止めた。

 

「やめとけ。不安定な体勢ん時に凍らしたから……」

 

頭上の0Pがグラリと揺れて氷の破片を撒き散らしながら大きく傾き始めたのだ。そして、

 

「———倒れるぞ」

 

遂に0Pは轟音を鳴らしながら倒れてしまい、轟後方の道を塞いでしまった。

 

『1-A 轟‼︎攻略と妨害を一度に‼︎こいつぁシヴィー‼︎‼︎すげぇな‼︎一抜けだ‼︎アレだな。もうなんか……ズリィな‼︎』

『ズルくはねぇだろ。それに、そろそろもっと滅茶苦茶な奴が動くぞ』

 

轟の瞬殺劇にプレゼントマイクが誉めてんのか貶してんのかどっちかわからない発言をして、それに相澤がそう答えた。

轟よりも滅茶苦茶な奴がいる。

観衆達は誰のことがわからずに首を捻っているが、A組メンバーとB組2名はソレが誰なのかをはっきりと理解していた。

そして、件の男はというと、

 

「おーおー、早速やってんなぁ」

 

スタジアムでコース各所に設置されたカメラロボが映し出した激戦の様子が映し出されたモニターを見ながら呑気にそう呟いていた。

誰もがゲートへと殺到し外へと駆け出していく中、ただ一人、その男だけはー選手代表1-A八雲嵐だけは走り出してすらいなかったのだ。

 

『へ?おいおい、何やってんだ八雲っ‼︎お前まだスタートすらしてねぇじゃねぇかっ‼︎‼︎』

 

コース上の熾烈な争いを実況していたプレゼントマイクが漸くソレに気づき声を張り上げた。

そう、嵐がいるのは一年生スタジアムの中、しかもスタート地点であるゲートの向かい側のゲート脇で呑気に観客席前の壁に背中を預けてモニターを見ていたのだ。

 

『おいっ‼︎さっきの優勝宣言はどうしたんだっ‼︎』

『真面目にやれ‼︎』

 

先ほど大胆な優勝宣言して全員を盛り上げさせたというのに、走り出すことすらしないやる気ゼロな態度に観衆達からは野次が飛ぶ。

嵐はそれに反応せずに、涼しい顔を浮かべていた。そんな彼に、相澤が声をかける。

 

『八雲、そろそろいい感じに捌けた頃合いだろ。もう行ったらどうだ?』

「了解」

 

相澤の言葉に嵐は口の端を吊り上げながらそう答えると壁から背を離して徐にシャツを脱ぎ始めた。

 

『『『はぁっ⁉︎⁉︎』』』

 

突然服を脱ぎ出すという奇行に観衆達が目を丸くする中、嵐は脱いだシャツを地面に放り投げスニーカーと靴下すらも脱いで半裸裸足になる。

露わになった鍛え抜かれた肉体に観客の中の女性達が若干頬を赤らめる中、嵐は髪を束ねていた紐も解いてシャツのポケットに仕舞うと早速己の肉体を変化させていく。

硬質な音を響かせて皮膚を全て漆黒の鱗へと変えて、背中や腕から純白の飛膜や鰭を、腰からは長い尻尾を生やして指先も全て鉤爪へと変えた嵐は、最後に天高く伸びる黄金の角を生やし龍人へ変身する。

 

『八雲が服を脱いだのは個性を使うためだ。あいつの個性だと服着たままじゃ破けちまうからな』

『そりゃ放送事故になっちまうぜミイラマン‼︎さぁて八雲、準備は整ったみてぇだなっ‼︎‼︎』

 

相澤がそう説明した後、準備を終えた嵐の様子を見計らってかプレゼントマイクが興奮気味に声を張り上げた。

 

『さぁ目を反らさずにしっかり見とけよオーディエンスッッ‼︎‼︎ハリケーンがっ‼︎‼︎トルネードがっ‼︎‼︎いよいよ解き放たれるぜぇ‼︎‼︎

HEY!!八雲‼︎テイクオフのカウントは必要かぁ!!?』

 

プレゼントマイクの提案に嵐は牙を剥き出しにして獰猛に笑うと三本指を立てる。

 

「スリーカウントで」

『OK任せときな‼︎‼︎なら、早速オンユアマークだぜ‼︎‼︎』

 

プレゼントマイクのノリノリな合図に嵐は腕を更に変化させて巨大な翼へと変化させると先端の鉤爪を地面に添えて低く屈む。

 

『3ィィッ!!!』

(紅葉姉…青葉姉……たくさんの人が俺を、この体育祭を見ているのだろう……)

 

プレゼントマイクのカウントが始まると同時に、嵐は小さく息を吐くと瞳を静かに閉じる。

 

『2ゥッッ!!!!』

(その中にはあの人達もいるはずだ。きっと良くは思っていないだろうな。でも、だからこそだ……)

 

集中しているからか、嵐の耳にはプレゼントマイクの以外の声が聞こえなくなる。同時に、嵐の周囲を風が吹いて、陽光に照らされて煌めく飛膜を、髪を靡かせる。

 

『1ッッ!!!!!!』

(この場で示す。俺がヒーローを目指すのを諦めていないことを)

 

最後のカウントが聞こえ、嵐は瞳を開くとゲートの奥に見える光をまっすぐ見据える。

ゲートではまだ轟の氷結妨害により大勢が停滞したり、『ロボ・インフェルノ』を突破しようとする生徒達の姿がある。だが、そんなことはどうでもいい。

 

 

ただ、自分の可能性をあの人達に見せつけるだけだ。

 

 

そして、遂に二度目の始まりの合図が響いた。

 

 

『テイクオ——————フッッ!!!!!!ぶっ飛んでいきやがれェェッッ‼︎‼︎』

「———ッッ‼︎‼︎」

 

 

刹那、嵐は暴風の矢へと転じる。

全身に纏った豪風が激しく吹き荒れ、地面を掴む両足にあらんかぎりの力を込めて踏み込めば、地面は踏み砕かれ小さなクレーターを生み出し、嵐の体は勢いよく前方へと弾かれて大空へと飛び上がる。

 

 

 

 

暴風纏いし嵐の龍は今、澄み渡る蒼穹を天高く舞い上がった。

 

 

 





こう言う選手宣誓もあっていいと思うんだよね。
ちなみに、轟の姉の冬美さんと嵐の姉の青葉さんは同い年の友人です。とても仲のいい親友と呼べる間柄です。


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23話 暴嵐驀進



さぁいよいよ障害物競走が始まりましたァッ‼︎‼︎嵐がどんな活躍を見せるのか、どんな結果を残すのか‼︎それは、ご自身の目で確かめてくださいっ‼︎‼︎

そして、お気に入りが1500件を超えました‼︎登録してくれた皆様、本当にありがとうございますっ‼︎‼︎これからもよろしくお願いしますっ‼︎‼︎




 

 

『さぁ八雲が遂にスタートしたぜぇリスナー共ォォ‼︎竜巻に要注意だぁぁ‼︎‼︎』

 

 

プレゼントマイクによる嵐のテイクオフの合図はスタジアムの外にいる生徒達の耳にも届いており、A組メンバーとB組の拳藤、取陰は一斉に反応する。

 

「チッ、やっぱり来るかよ」

「来ましたわね‼︎八雲さん!」

「そろそろ来ると思ってたよ。八雲!」

 

それぞれが嵐の発進に身構える中、踏み込んだ地面を爆砕した嵐は、飛び出した勢いに豪風の加速を加え暴風の矢と化し一瞬にしてゲートを突破。未だスタート地点でもがいている生徒達を暴風の余波で動けなくしながら、第一関門に差し掛かった。

 

『敵、排除』

『握リ潰ス‼︎』

 

嵐を無数の0Pが迎え撃とうとしているが、嵐を出迎えたのは0Pだけではなかった。

 

「………ドローンか」

 

ゲートを突破して第一関門に突入した嵐の目の前には0Pの群れだけでなくその5m程上空を飛ぶ無数の直径3m近い大型のドローン型仮想敵が浮かんでおり、嵐を待ち構えていたのだ。

しかも、ドローン型仮想敵は目の前にいるものだけでなく、コース外から続々と飛び上がっていて上空を埋め尽くさんとしており、嵐の進路を塞ごうとしていた。

 

『いつ誰がロボが出んのが地上だけだって言ったぁ‼︎‼︎空中にもいるぜ‼︎‼︎全国初公開‼︎対飛行個性専用のドローン型敵だ‼︎‼︎飛んでる奴しか狙わねぇ特別仕様だぜ‼︎』

『ターゲット補足。迎撃スル』

『オチロ。空ハ我ラノ領域』

 

プレゼントマイクの言う通り、ドローン型敵は地上を走る生徒達には目もくれずに真っ直ぐ嵐目掛けて襲い掛かる。0Pも下から機械腕を伸ばして掴もうとしていた。

だが、それらを前に嵐は一切の減速すらせずに獰猛に笑う。

 

「ハッ、笑わせんな。空は俺の領域(世界)だ。テメェらが堕ちやがれ」

 

仮想敵の言葉に嵐は鼻で笑うと、決して止まらず両翼に膨大な風を纏わせて体を捻り回転させる。

 

「《蜷局竜巻》ッッ‼︎‼︎」

 

嵐の身体に更に暴風が纏われて肉体を風が覆い隠して先端を鋭い針のように尖らせた純白の竜巻へと変化させる。

そして、竜巻と化した嵐はそのまま突き進み、

 

『敵、ブッコ——』

 

ドンッと空気が弾けるような爆音を轟かせて、立ちはだかる仮想敵の悉くを一瞬で打ち砕いた。

ドローン型敵は竜巻に飲み込まれ暴風に千切られたり切り刻まれたりして宙を舞い、0Pは全てが例外なく頭部を根こそぎ抉られ、0Pの足元に群がっていた地上型の仮想敵は竜巻の余波で吹き飛びコース外に落ちていく。

 

ただ暴風を纏って正面から突進しただけで『ロボ・インフェルノ』に配置された仮想敵の九割以上が粉砕されたのだ。

 

落ち葉のように空中に巻き上げられた仮想敵の残骸は次々と地面へと落ちていき、0Pが轟音を立てて崩れ落ちて、嵐はそれに見向きもせずに生徒達がそろって見上げる中、前へと飛翔する。

ほぼ一瞬で、立ちはだかっていた仮想敵の悉くが撃砕されたことに暴風の余波に晒され身動きすら取れなかった生徒達は唖然とする。観衆達も轟の瞬殺劇をも上回る圧倒的な光景に開いた口が塞がらなかった。

 

『はあぁぁぁぁぁ!?!?あいつまじかぁぁ‼︎‼︎たった一瞬で第一関門のロボ殆どぶっ壊しやがった‼︎⁉︎滅茶苦茶にも程があるぞぉ‼︎‼︎』

『あいつは入試でも似たようなことやってたからな。この程度朝飯前なんだろ。……もう少し、仮想敵のレベルを上げとけばよかったか』

 

一瞬で第一関門そのものをぶっ壊した嵐にプレゼントマイクが文句を言って、相澤が呻くようにそう呟いた。

実を言うと、先ほどのドローン型敵は対飛行個性用と称してはいるが、嵐対策に作られた専用のロボなのである。入試の時仮想敵の群れを悉く薙ぎ払っていたことやUSJでの戦闘を鑑みて他の生徒達とは一線を画す実力を有する嵐への対策が立てられていたのだが、嵐は自分達の想定の範疇にはいない存在であり、立てた策の一つ目は全くの無意味に終わった。

 

『そんなことを話してるうちに八雲の奴はあっという間に第二関門に差し掛かろうとしているぅ‼︎‼︎先頭を走る轟の背中を捉えたぁぁ‼︎‼︎』

「……早すぎんだろうが。最終関門には行っておきたかったんだがな」

 

そして、飛翔する嵐は先頭を走る轟の背中を捉える。彼がいるのはちょうど第二関門だ。底が見えないほどの深い崖が見え数百mはあるような崖の中には無数の岩柱が乱立し浮島のような構造になっている。岩柱にはそれぞれロープがかけられいた。

先頭を走る轟はロープを氷で凍らせながら体を前に押し出し着実に進んでおり、凄まじい速度で自分との距離を詰める嵐に思わず悪態をついてしまう。

 

『オイオイ、第一関門チョロいってよ‼︎んじゃ、第二はどうさ⁉︎落ちればアウト‼︎それが嫌なら這いずりな‼︎ザ・フォ———ル‼︎‼︎』

「あいつには意味ないだろ」

 

第二関門の形式に轟は更に悪態をつく。

確かにこの第二関門は空を飛翔できる嵐にとっては意味がないものだ。嵐はそのまま上空20mを飛翔し第二関門を翔け抜けようとする。

しかし、流石は雄英。上空を飛ぶ者にも、正確には嵐対策のための妨害をここでも一つ用意していた。

 

「ッッ‼︎」

 

上空から第二関門を突破しようとした嵐を突如強風が襲ったのだ。しかも、それはただの強風ではない。

 

(滅茶苦茶に吹き荒れてるな。流れが一貫していない。だが………)

 

風が四方八方から吹き付けており、思うように進むことができなくなっていた。

風を操るからこそ、空気の流れを感じ取れるからこそ、すぐに嵐はその事に気づけたのだ。

そして、嵐がほくそ笑んだ時にプレゼントマイクの声が響く。

 

『飛べば楽勝と思ったか!?残念!!飛行個性対策に上空ではランダムに強風が吹くようにしてあるぜ‼︎飛ぶ高度が高ければ高いほど風の強さも向きも出鱈目になってくるから進むならロープを渡るのをお勧めするぞ‼︎‼︎まぁ奈落に落ちても途中で網が張ってある…か…ら……oh』

 

最初は威勢が良かったプレゼントマイクの声は段々とトーンが落ちていき、最後にはモニターから送られる光景に思いっきり顔を顰めた。

なぜなら、

 

『………なぁ、イレイザー気のせいか?あいつ更に加速してね?』

 

嵐は吹き付ける強風に翻弄されるどころか、強風吹き荒れる空中を泳ぐように巧みに舞いながら先程よりも疾い速度で飛翔していたのだから。

ウソンと言いたげなプレゼントマイクに相澤が現実を叩きつける。

 

『現実だ。どうやら八雲の奴、風の流れを見抜いて逆に吹き付ける風を取り込んで自分の推進力に変えたみたいだな。器用なことをするもんだ』

『そんなんありかっ‼︎いや、薄々そんな気はしてたけどよぉ‼︎‼︎』

 

プレゼントマイクの驚愕の絶叫が響く。

相澤の言う通り、嵐は即座に風の流れを読み取った後、自身が纏う竜巻を操作してあらゆる方面から吹き付ける強風を悉く取り込み竜巻を増幅したのだ。

 

四方八方から吹き付ける強風がなんだと言うのだ?

 

(風を取り込めばこっちのもんだ)

 

嵐の個性はー厄災の一つ天災である嵐を操る龍の力。それほどの力を操れる者が強風如きに翻弄されるなど笑止千万。

天空の全てを支配するが故に、この障害は障害どころかむしろ補助にしかならない。

 

嵐は吹き付ける強風を支配し、天空を泳ぐように舞う。

 

海流に乗って泳ぐ魚のように。風に乗って飛ぶ鳥のように。否。それ以上の自由さと優雅さで嵐は強風吹き荒れる天空を舞った。

 

その様に、多くの人間が思わず魅せられた。

 

『すげぇ……』

『綺麗……』

『まるで、踊ってるみたい……』

 

観客生徒問わず多くの人が嵐の舞が如き飛翔に見惚れてしまう。そんな中、飛翔する嵐を見て先頭で走る轟は妨害に動いた。

 

「………少しは止まってくれりゃありがてぇがな」

 

岩柱の上で反転すると轟は右手を添えてロープを伝って他の岩柱をも利用しながら横幅、高さ共に数十mの大氷壁を形成して嵐の進路を妨害しようとする。

 

『おぉーっと‼︎ここで先頭の轟が大氷壁を形成‼︎‼︎後方を、つーか八雲の進路を阻もうとしている‼︎‼︎さぁ、どうなるぅ⁉︎』

 

大氷壁と嵐の距離は残り20m程。回避か迎撃どちらかをしたところで一瞬の停滞は生むだろう。

一瞬の停滞のうちに自分はこの第二関門を抜け、もう一つ大氷壁を作って妨害する。

そう考えた轟だったが、嵐は大氷壁に真っ直ぐ突っ込んで行き、

 

「《狂飆・雲薙ぎ》」

 

左翼に竜巻が形成できるほどの膨大な風を纏わせると一気に振り上げて大氷壁を根こそぎ吹き飛ばしたのだ。

粉々に砕けた大氷壁は風に乗って左奥へと吹き飛び奈落の底へと消えていった。

 

『八雲、轟の妨害を瞬殺して第二関門を突破ァァ‼︎‼︎ほんと滅茶苦茶だぜ‼︎‼︎』

 

プレゼントマイクの実況が響き、轟は自身の頭上を飛び去ろうとした嵐と一瞬目が合う。

その目はまるで『この程度で俺が止められるわけないだろ』と挑発しているようにも感じた。

 

「………クソっ」

 

轟は嵐に眼差しに悔しそうに舌打ちしながら、自分を追い抜いた嵐をただ見上げていた。

そして、轟を抜いた嵐はそのまま第二関門を突破し轟をあっという間に置き去りにした。

 

『そんでそのまま最終関門に突入‼︎‼︎ネタバレになるから全部言わねぇけど、対飛行個性用に用意した固定砲台の集中砲火が次々と八雲に襲い掛かるぅぅ‼︎ちなみに、弾はセメント弾だから安心しろぉ‼︎‼︎』

 

対嵐用の最後の対策として最終関門の両脇の草むらに設置された無数の固定砲台。そこからは速乾性のセメント弾が放たれて当たったものの動きを鈍らせる。それが、嵐へと数百発放たれたのだが、

 

「邪魔だ」

『だがしかぁぁしっ‼︎八雲、放たれるセメント弾を風で全部弾いて、更には水の砲弾で固定砲台も全部ぶっ壊しやがって、最終関門即クリアァァ‼︎もうマジで止められねぇなこいつぅ‼︎‼︎どうすりゃ止められんだよっっ‼︎‼︎』

 

それすらも意味がなかった。

纏う暴風が襲い掛かるセメント球を全て弾いてコース外へと落としていってしまい、更には大きく息を吸って水の砲弾を連射して固定砲台を全て破壊したのだ。片手間で嵐対策の罠が完全に破壊されたことにプレゼントマイクが嘆く中、嵐はなんの障害にぶつかることもなく最終関門を圧倒的な速度で易々と突破。

 

(まぁあいつを基準にしてコースを設計したら、ほとんど辿り着きすらしねぇか。分かりきってたことだが、この障害物競走は出来レース以外のなんでもねぇな)

 

相澤はこの結果を仕方ないと思う同時に、当然だと思った。嵐は既にトップヒーロー達に並ぶほどの実力を持っている。そんな彼に合わせてコースを設計したら、ヒーロー科の生徒でも良くて半分しか、普通科やサポート科の生徒達では誰一人としてたどり着けないだろう。

全員にチャンスを与える平等な設計ではあるが、突出しすぎた実力を持つ個人()にとっては物足りなさすぎるものだったのだ。

 

そして、嵐は再びゲートを通過してスタジアムに戻ってくると飛んだ勢いのまま着地し、地面をガガガと削りながらスタジアム中心で止まった。

 

『豪快に地面を削りながら汗一つかかず、余裕の表情でスタジアムへぶっちぎりの一位で還ってきたのはこの男———八雲嵐だぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎』

「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎」

 

ワアァァァァッッと観客達が大歓声を上げる中、嵐は翼から腕へと形を戻して左拳を天へと突き出して己の勝利を知らしめるために吼えた。

 

第一種目:障害物競走は嵐がぶっちぎりの独走をして一位となった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『一位の奴すごいな。圧倒的じゃないか』

『“個性”の強さもあるが、それ以上にそれを使いこなせる判断能力と対応できる身体能力が並外れてるな……』

『あの子が噂のエンデヴァーさんの息子なのか?』

『いや、それは二位の氷を使ってた子だよ』

『トップ2の息子を抑えての圧勝か……』

『早くもサイドキック争奪戦だなー‼︎』

 

大歓声の中、余裕の表情で佇む嵐を見て、スカウト目的で来たプロヒーロー達が口々にそう話していた。雄英体育祭第一種目にも関わらず既に嵐は多くのプロヒーローに目をつけられていた。

そして、嵐に目をつけたのはプロヒーローだけではない。

 

『どう思う?』

『とりあえず八雲の株価は急上昇だね。風に加えて変身系の複合型の個性。しかも途中では、巧みな風の精密動作に加え、ロボや氷壁を打ち砕いた個としての圧倒的強さも見せつけた』

『それにルックスもいい。モデル系でも売れるだろうね。しかも、変身した姿も人気が出そうだ。だけど、正直に言うと彼は完璧すぎる。ここは二位以降の人たちの売り出しを考えたいんだがどう思う?』

『なら、まずは今二位でゴールした緑谷だね。見た目は無理だ。実力面や彼なりのアーティスティックなこだわりがあれば………』

 

そう出場選手達の売り出しを意見交換し合っているのは経営科の生徒だ。経営科は基本体育祭に参加するメリットはなく、売り子や経営戦略などのシミュレーションなどで勘を培う場としているのだ。

プロヒーローや経営科の生徒達、各々が出場選手達のことで話し合ってる中、しばらくすると嵐に続いて次々と選手達がスタジアムに戻ってきた。

嵐は早速二位を取った緑谷を労いに行く。

 

「よ、緑谷。二位おめでとさん」

「え、あ、ありがとう、八雲くん」

「最後のよかったじゃねぇか。爆破であの二人を吹き飛ばすとか、なかなか大胆なことするな」

 

嵐は緑谷の肩をポンポンと叩きながら素直に褒める。嵐は飛翔して突破したためわからなかったが、あの最終関門はなんと一面地雷原だったらしく、慎重に歩いて進まないといけなかったらしい。

轟と爆豪が先頭争いをしている中、緑谷は二人に追いつくために面白いことをしたのだ。なんと、地雷原を数個掘り起こして、あらかじめ持っていた仮想敵の装甲板を使ってその上に飛び乗り、数発分の爆風で勢いよく飛んで二人に迫ったのだ。

その後は、争いを中断した二人に抜かれないように、装甲板で二人の間の地面の地雷原を殴り爆風で妨害して抜け出して見事2位になったのだ。

その賞賛に緑谷は少し照れ臭そうにする。

 

「う、ううん、僕のは運が良かっただけだよ!それに、八雲くんの方がすごいよ。スタートは1番遅かったのに、あんな圧倒的な結果を残せたんだから」

「んー相性の問題もあったんだろうな。まぁ、こんなもんだろ。それにこっからだぞ。運とか関係ねぇ本当の実力を問われるのは」

「う、うん‼︎」

 

嵐の言葉に緑谷は大きく頷いた。その二人に視線を送る者達がいた。

 

「…………」

 

彼らにじっと無言で視線を向けるのは轟だ。彼は悔しそうな表情を浮かべている。

 

(…………あんな啖呵を切っておきながら、情けねぇな)

 

轟は自分の失態に悔しさを抱く。

開会式前自分は、嵐と緑谷の宣戦布告をした。まだ1種目とはいえ、その二人に轟は完全に負けた。

ただただ、父を否定するためだけに右側の力だけで一位を目指して、二人を超える。そう決めていたはずなのに、蓋を開ければこの様だ。

格上と見ていた嵐ならともかく、格下と侮っていた緑谷にすら負けたのだ。悔しくないわけがない。

 

「………っ」

 

湧き上がる悔しさに轟は、世界の広さを思い知りギリッと歯を噛み締めた。

そして、嵐と緑谷がワンツーフィニッシュしたことに、怒りを抱く者が一人。

 

「クッソォ‼︎白髪野郎だけじゃなくて、デクにまでっまたっ…!」

 

爆豪だ。彼は障害物競走でかいた汗に加えて冷や汗を流しながら、震える左腕を抑えながら悔しさと怒りに打ち震える。

先程、控室で轟が宣戦布告した際、轟は自分に見向きもしなかった。自分が眼中にないことにただでさえ腹が立っていたと言うのに、雄英に入ってから見下し続けていた緑谷がことある度に目立ち、目障りな存在になっているのに今回は自分を蹴落として2位になりやがった。轟も3位であり、自分は4位と言う情けない結果になってしまった。

目障りな存在達が全員自分を蹴落として眼中にない様子に心底腹が立つし、見向きもされていない、あるいは追い越されていると言う事実に焦りも覚えてしまっている。それらが彼を激しく苛立たせていた。それは、血走った目を見れば明らかだった。

 

「お〜い、デクくん!」

「麗日か。じゃ緑谷お疲れ。体休めとけよ」

「う、うん」

 

そんな二人の気持ちなどつゆ知らず、嵐は緑谷の後ろから麗日が走り寄ってくるのを見ると、緑谷に一言言って離れる。そして、ゲートの方を見て額に青筋を浮かべると大股でその方向へと歩いていく。その先には、体操服の上着の前を開いてインナーを晒して頬を赤くしている八百万の姿、彼女の尻と背中にもぎもぎを利用して張り付いている峰田の姿があった。

 

「くっ……こんなハズじゃあ……………!」

「一石二鳥よ。オイラ天才‼︎」

「サイッテーですわ‼︎‼︎」

 

顔面に複数の殴られた跡があって鼻血を流していることから察するに、八百万も必死に剥がそうとしたものの剥がせずに仕方なくゴールしたという感じだろう。

八百万は心底悔しそうに項垂れており、峰田はやりきった感じを出していた。

なんにせよ、嵐がそれを見た以上、峰田は問答無用で有罪であった。

 

「………おい、下種葡萄。そこになおれ」

「ヒィッ‼︎」

 

殺気を滲ませ額に青筋を浮かべる嵐が八百万達に近づき、そう告げると峰田は顔を青ざめてすかさず降りる。

 

「ま、待てっ!今全国放送中なんだぞっ⁉︎暴力沙汰を世に晒す気かっ⁉︎」

「テメェみたいな痴漢野郎を潰すだけだ。世間の皆々様も許してくれるさ」

「ヒィッ、ゆ、許してくれよぉ!オイラだってちょっとした出来心だったんだっ‼︎見逃してくれぇ‼︎」

「問答無用っ‼︎しばらくそこで寝てろ‼︎」

「いやぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎ぶべぇっ⁉︎」

 

釈明の余地なし。即座に有罪判決を下された峰田はすぐさま反転して逃げようとするも、嵐の風の前に逃走は叶わず、頭上に発生した風の大槌を叩きつけられ地面に沈んだ。

 

「八百万、とりあえずその上着は脱いで俺の着とけ」

「えっ、ですが……」

 

嵐は傍に抱えていた自分の上着を差し出すと彼女に今着てるものを脱いで自分のを羽織るように指示する。

八百万は少しばかり戸惑うような反応を見せる、だが嵐が無理やり上着を押し付けた。

 

「いいから。俺は上半裸の方が個性の都合上動きやすいからさ。それに、女子が肌を晒すのはあまり良くないだろ。予備の服もらうまではこれ着とけって。あんま着てないからそんなに汗臭くはないハズだから」

「そ、それでしたらお言葉に甘えて。本当にありがとうございます。八雲さん」

「いいっていいって、これは峰田が全面的に悪いから。……はぁ、ったく、全国放送されてんのに恥ずかしいことはすんなよなぁ」

 

頭を乱暴にかきながら嵐は峰田の醜態にため息をついて悪態をつく。そんな彼らに障子や耳郎、拳藤、取陰が近づいてきた。

耳郎が地面に沈む峰田を見て首を傾げる。

 

「峰田転がってるけど、また何かしたの?」

「……八百万にセクハラしたから沈めといた」

「成程。それなら仕方ないね」

「というか、全国放送されてるのにやったのか」

 

耳郎は肩をすくめ、障子は呆れる。そして、耳郎は完全に峰田を意識の外へと追いやると、嵐へと向き直り彼の遺体を称賛した。

 

「それよりも、ぶっちぎりの一位おめでと。やっぱ凄いねアンタは」

「どうも。まぁ今回は相性が良かったな。飛行個性にはアレ有利だと思うぞ?」

「いや、それでも飛行個性用の障害だってあったはずなのに、お前は易々突破したじゃんか」

「まぁな」

「うわ、ドヤった」

 

耳郎に続いて拳藤の言葉に嵐は得意げに笑う。そんな彼に障子が力強い眼差しを向けながら言う。

 

「障害物競走では完敗だったが、次の種目ではそうはいかんぞ、八雲」

「ああ、望むところだ」

 

障子と嵐はその瞳に確かな戦意を宿し向かい合うと、拳をぶつける。男同士の熱き友情に耳郎達は揃って笑みを浮かべると、自分達も忘れるなと言わんばかりに口を開く。

 

「男同士仲良いのはいいけど、二人とも私らも忘れんなよ?」

「ウチらだってこれで終わりじゃないしね」

「そーそー、油断してると足元掬われるかもよー?」

「無論、忘れてるわけがないだろ?お互い競い合うライバルだ」

「ハハ、いいぜ。どっからでもかかってこいよ」

 

それから、嵐達は順位の集計結果が出るまで談笑をしていた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「………………」

 

 

観客達が障害物競走に思い思いに感想を言い合う中、観客席最上階の通路の陰。そこから1人のプロヒーローがまっすぐにスタジアム中央を見下ろしていた。

闇夜のような艶やかな濡羽色の黒翼を背に、着物と武者鎧のような甲冑を合わせたかのようなコスチュームに身を包む、烏の嘴を思わせる特徴的な仮面を付けて口以外の顔面全てを覆い隠しているその男は、仮面の奥から覗く翡翠色の眼光を細めながら口を開く。

 

「………なぜ、お前がそこにいるんだ」

 

その咎めるような声音は、怒りと驚愕が入り混じっていた。

男の視線はスタジアム中央で友人らと談笑している1人の青年ー八雲嵐に向けられている。

 

「……いや、そうか。お前は、まだあの時の夢を諦めていなかったのか…」

 

最初こそ咎めていたものの、何かを思い出してかそう呟く男性。確かに嵐は選手宣誓でもそんなことを言っていた。それを踏まえれば、昔話してくれた夢をまだ諦めていないのだと自然と理解できた。だが、いくら彼がヒーローになることを諦めていなくとも関係ない。

 

「……駄目だ。そんなことは許さん。いくらお前が紅葉の想いを無駄にしたくないのだとしても、お前だけはヒーローになることは認めん」

 

彼は初めから嵐の想いを認めるつもりはなかった。何故なら、知っているからだ。

彼が冒した罪を。彼の個性の本質を。彼がとてつもなく危険な存在であることを。

だからこそ、認めない。だからこそ、許さない。

八雲嵐がヒーローを目指すことだけは断じて許すことなどできなかった。

 

 

 

「八雲嵐………お前は、お前だけは、何があっても、絶対にヒーローになってはいけない存在なんだ」

 

 

 

男は、ギリッと歯を噛み締めると忌々しく、刺すような口調でそう言って嵐を睨んだ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

また別の場所では、巴が観客席の通路から談笑する嵐達を見下ろしており嬉しそうに笑っている。

 

「ふふ、流石ですね。嵐さん」

 

巴は嵐の成績に満足げな様子を見せる。

従者であり、師匠であり、保護者でもある巴は嵐がヒーローを諦めずに目指し、こうして結果を出していることが嬉しかったのだ。

ちなみにだが、巴の格好は私服姿ではない。彼女はヒーローコスチュームを着用していた。

袖なしの白い和服と袴を、赤と青に装飾された籠手を、腰には肘まである白い脇楯と赤青の草摺を身につけている女武者ー彼女の場合は鬼武者と称えるべき格好をしていた。

これは、彼女のプロヒーローとしての姿であり、なぜこの姿なのかというと雄英高校に一年ステージの警備依頼をされたからだ。嵐の従者でもある彼女の為に近くで彼の活躍を見れるようにと雄英高校が配慮したものだった。

そして、嵐の活躍に表情を綻ばせている巴に一人の男が声をかける。

 

「む、貴様か。久しいな」

 

巴にとっては聞き慣れた低い声音に彼女は振り向く。その先にいたのは予想通りの人物だった。

 

「エンデヴァーさん。お久しぶりですね」

 

いたのは、全身に炎を纏っているのではないかと思わせるようなコスチュームを纏った大柄な男。目元や髭も燃えており、見るもののほとんどが威圧感に驚くだろう。だが、巴はすでに既知の間柄である為、特に変わった様子もなく()()()の名を呼んだ。

この男は『フレイムヒーロー・エンデヴァー』。

オールマイトに次ぐNo.2ヒーローである。

 

「巴……いや、今の姿では『インフェルノ』と呼んだほうがいいか?」

「どちらでも構いませんよ?」

「なら、インフェルノと呼ばせてもらおうか」

「ええ」

 

エンデヴァーは巴の隣に立つと、スタジアム中央の生徒達を見ながら尋ねる。

 

「お前がそれを着ているということは、ヒーロー活動を再開するということか?あるいは、事務所を持つのか?」

「いえ、そういうわけではありませんよ」

「む、そうなのか?お前が復帰するのなら、俺は大歓迎なのだがな……」

 

エンデヴァーは巴の返答に残念そうにする。

彼の言う通り、巴はヒーロー活動を休止している。休止する以前に所属していた事務所は、このエンデヴァーの事務所だ。

 

旭巴。彼女のプロヒーローの名は、『鬼火ヒーロー・インフェルノ』。元エンデヴァー事務所所属の()()()()()()()()と言う経歴を持つ優秀なヒーローだったのだ。

 

そして、数年前とある事情によって巴はエンデヴァーのサイドキックを辞め、現在までヒーロー活動を休止しているのだ。

 

エンデヴァーはコスチュームを着ていると言うことは巴が復帰するのではないのかと思い、また自身の右腕としてその力を振るって欲しかったのだが、彼女に否定され本当に残念そうだった。

また、彼女自身の実力は非常に高く、トップ10にも並ぶのではないかと思えるほどであった為、ついに個人事務所を持つのかと思ったのだが、それもどうやら違うらしい。

しかし、気落ちするのは一瞬、エンデヴァーはすぐに次の疑問を投げかける。

 

「なら、どうして貴様はコスチュームを着てここにいる?」

「雄英に警備を依頼されたからですよ。あとは、雄英が気を利かせてくれたんです。間近であの子の活躍を見れるようにと」

 

巴の言葉に、エンデヴァーは眉を顰める。

 

「あの子?生徒の中に知り合いでもいるのか?」

「ええ」

「それは誰なんだ?」

 

当然の問いかけに、巴は視線を嵐へと向けてくすりと微笑みながら答える。

 

「今、怒涛の活躍を見せている八雲嵐さん。彼がそうなんです」

「彼か。確かに一年生とは思えんほどの素晴らしい強さだ。既にそこらのプロを凌駕している実力者だな。しかし、彼とはどう言う関係だ?」

「彼とは、師弟であり、家族であり、主従の間柄の方です。私は彼にお仕えしているんです」

「なに?」

 

エンデヴァーは巴の発言に反応すると、怪訝な表情を浮かべた。

 

「主従だと?貴様は確か、出雲の従者だったはずだ。なのに、なぜ出雲の姓ではない子供に仕えているんだ?」

 

それは巴や、出雲家の事を少しでも知っていれば出てくる当然の疑問だ。

巴はサイドキックを辞める際に『仕えている主を支える為』と言うことを伝えていた。そして、巴が出雲家の従者でもあることを知っていたエンデヴァーは巴が仕えると言う人間は、出雲家の人間であることを分かっている。故に、出雲の姓を持たない嵐に仕えていることがわからなかったのだ。そんな彼の疑問に、巴は表情に少しだけ影を落としながら答える。

 

「………いいえ、彼は出雲家の子ですよ。ですが、少々複雑な事情がありまして、今は八雲の姓を名乗っているんです」

「……そうか。深くは聞かん」

「……ありがとうございます」

 

巴の表情にエンデヴァーはこれ以上は聞いてはいけないと察してそう言う。そんな彼なりの気遣いに巴は一言礼を言う。

 

「しかし、成程貴様が鍛えたのか。道理で強い訳だな」

「ありがとうございます。ですが、あれほど強くなられたのは彼自身の努力の賜物です。私はほんの少し背中を押しただけにすぎませんよ」

「ふっ、相変わらずだな」

 

昔と変わらず傲慢にならない彼女の謙虚な態度にエンデヴァーは口の端を吊り上げて笑った。そして、今度は巴が彼に問うた。

 

「そういうエンデヴァーさんは、やはり息子さんを観にですか?」

「ああそうだ。焦凍なら問題なく障害物競走だけでなくこれからの競技も圧倒できると思ったのだがな……どうやら、そう上手くはいかんらしいな」

「ふふ、当然です。嵐さんがいるんですから。優勝するのは彼ですよ」

 

巴はふふんと得意げに言う。エンデヴァーの言わんとしてることは容易にわかる。

確かに轟焦凍も十分に才能はあるだろう。エンデヴァーの息子であることからも戦闘技能は叩き込まれているのは明白。だが、それでも嵐の方が上だ。嵐が体育祭で優勝すると巴は疑わなかった。

そんな彼女の得意げな様子にエンデヴァーもまた不敵に笑いながら言い返した。

 

「いや、それならばウチの焦凍も負けんぞ。右だけでなく左の力も使えば、八雲嵐とも渡り合えることができる。もっとも、子供じみた反抗のせいで今の結果に甘んじているがな」

「反抗?反抗期なのですか?」

「そんなところだ。奴にはオールマイトを超える義務があるというのに全く。情けない姿は見せないでほしいのだがな……」

 

呆れたような、困ったような、反抗的な息子に手を焼くような様子でそう呟くエンデヴァーに、張り合っていた巴は少し表情を険しいものに変えながら尋ねる。

 

「オールマイトを超える、ですか?」

「そうだ。奴は炎と氷の二つを万全に扱える。兄らとは違う最高傑作だ。俺の上位互換となり、俺が果たせなかった野望を果たす。そうすべく作った仔だ」

「…………」

 

先ほどとは変わり明らかな狂気が宿る彼の危険な表情に巴は横目で見上げながら表情をより険しいものへと変える。

以前から時折見せていた執着や執念とも取れる狂気が、以前よりも増していると感じたのだ彼を危ういと危惧した。

だが、それを巴は指摘せずに静観する。

彼もいい歳をした大人だ。自分が正さずともいつか気づくだろうと。そして、巴がそんな事を考えているとは知るはずもなくエンデヴァーは何かを思い出したのか、狂気を一変させて落ち着いた表情へと変えた。

 

「…ああそういえば、さっき、ヤツを見かけたぞ」

「ヤツ?」

「“ヤシャガラス”のことだ。廊下を歩いていたのを見た」

「ッッ‼︎」

 

エンデヴァーより聞かされたとあるヒーローの名に巴は僅かに目を丸くすると、表情を悲痛なものへと変えて俯き呟く。

 

「……()()()が来ているのですか」

「ああ、こういう場にはサイドキックに任せて、あまり出てはこない奴が、今年はどうやら直接見に来たようだ。やはり、襲撃事件を耐え抜いた一年生が気になるのだろうな。いや、八雲嵐の事が気になったのか。親族なのだろう?」

「…………ええ、まぁ、そんなところですね」

「?」

 

エンデヴァーはそう推測するも、巴は曖昧な返答しか返さない。それにエンデヴァーが首を傾げる中、巴はとある可能性を考慮する。

 

 

(旦那様が来てるということはもしかしたら………はぁ、何もなければいいのですが)

 

 

巴は、この体育祭で密かに一悶着が起きそうだと嫌な予感にため息をついた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『ようやく終了ね。それじゃあ結果をご覧なさい!』

 

そうしてモニターに43名の名前が順位と共に公開されていく。その中の1番上には1の数字と共に嵐の名前があった。

そして、その一覧を見てみればA組B組は全員名前が書かれており、途中には普通科の生徒とサポート科の生徒が一人ずつリストインしていたのだ。普通科の生徒はあの宣戦布告した少年である。

 

(……名前は、心操人使。やっぱ突破したか)

 

あの普通科の生徒が突破したことに予想通りだと思いつつ、とんだ伏兵になる可能性があると警戒する。そんな中、ミッドナイトが口を開く。

 

『予選通過は上位43名‼︎‼︎残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい‼︎まだ見せ場は用意されてるわ‼︎』

 

予選で落ちてしまった人は、残念ながらこの後の競技に参加することはできない。だが、昼休み後に設けるレクリエーションで見せ場があるそうだ。

そしていよいよ、第二種目ー本選の発表が始まる。

 

『そして次からいよいよ本選よ‼︎ここからは取材陣も白熱してくるよ‼︎気張りなさい‼︎』

 

大層ない言い回しを言った直後、モニターではルーレットのような映像に切り替わる。

 

『さーて第二種目よ‼︎私はもう知ってるけど〜〜〜〜〜………何かしら⁉︎言ってるそばから、コレよ‼︎‼︎』

 

そうしてモニターに映し出された競技名の名は———『騎馬戦』だった。

それを見て生徒達が思い思いの反応を見せる中、嵐は納得する。

 

(……なるほどな。個人戦の次は、団体戦。つまりは、将来へのシミュレーションも兼ねてるわけか)

 

この体育祭はつまるところ、ヒーロー社会に出てからの生存競争をシミュレーションしてるとも言える。ヒーロー事務所が多くひしめく中で、生計を立てていくために時には他を蹴落としてでも活躍を見せなくてはいけないが、その一方で商売敵といえど協力して事件に対応しなくてはいけないこともある。

障害物競走(個人戦)騎馬戦(団体戦)。二つの形態を経験させることで、プロになってからの生きる術を教えているというわけなのだ。

 

『参加者は2〜4人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ‼︎基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど一つ違うのが、先ほどの結果に従い各自にポイントが振り当てられること‼︎」

「入試みてぇなポイント稼ぎ方式か。わかりやすいぜ」

「つまり組み合わせによって騎馬のポイントが違ってくると!」

「あー!なるほどね」

『あんたら私が喋ってんのにすぐいうね‼︎‼︎』

 

ミッドナイトが生徒達に自分のセリフを奪われたことにキレて鞭を打ち鳴らすもすぐに説明に戻る。

 

『ええそうよ‼︎そして与えられるポイントは下から五つずつ‼︎43が5ポイント、42位が10ポイント……と言った具合よ。そして……一位に与えられるポイントは、1000万‼︎‼︎‼︎‼︎』

「……んん?」

 

嵐はあり得ないはずのポイント数に思わず首を傾げる。そして、1000万と聞いた瞬間、予選を通過した全ての生徒が一斉に嵐に顔を向けたのだ。

聞き間違いでなければミッドナイトは、215ではなく、1000万と確かに言った。だから、一度聞いてみようとするも、すぐさまミッドナイトが反論を許さないかのように続けた。

 

『上を行く者には更なる受難を。雄英に在籍する以上何度でも聞かされるよ。これぞ、Plus(更に) Ultra(向こうへ)‼︎』

 

ミッドナイトが笑みを浮かべ、嵐を見ながらそう言う。

 

『予選通過一位の八雲嵐くん‼︎持ちポイント1000万‼︎‼︎』

「………………おいおい、はっちゃけすぎだろぉ。この学校」

 

最後に嵐の持ちポイントをミッドナイトがはっきりと告げると、生徒達が纏う空気が一気に重くなり、嵐に向ける視線に闘志と殺気が宿ったのを確かに感じとった。

嵐は思わず苦笑するしかなかった。

 

『制限時間は15分。振り当てられたポイントの合計が騎馬のポイントとなり、騎手はそのポイント数が表示された“ハチマキ”を装着!終了までにハチマキを奪い合い保持ポイントを競うのよ。

取ったハチマキは首から上に巻くこと。とりまくればとりまくる程管理が大変になるわよ‼︎そして重要なのは、ハチマキを取られても、また騎馬が崩れても、アウトにはならないってところ‼︎』

 

つまりは、43名からなる十数組の騎馬がずっとフィールドにあると言うことであり、ポイントの分かれ方次第では、一旦身軽になるのもアリなど様々な作戦が浮かんでくる。

 

『“個性”発動アリの残虐ファイト‼︎でも…あくまで騎馬戦‼︎悪質な崩し目的での攻撃などはレッドカード‼︎一発退場とします‼︎』

「チッ」

 

誰かが舌打ちした。爆豪である。やはりというか潰す気満々だったらしい。

そしてルール説明を終えたミッドナイトは、最後に再び嵐に視線を向けながら告げた。

 

『さぁ、この受難を見事乗り越えてみなさい‼︎Plus Ultraよ、八雲嵐君‼︎』

「クハハッ、上等っ‼︎やってやらぁ‼︎」

 

ミッドナイトの挑戦的な言葉に、嵐は口の端を吊り上げて獰猛な笑みを浮かべた。

 

確かにこの場にいる全員が1000万を取りに襲いかかってくるだろう。周囲から向けられる視線からもそれは確かに窺えた。

だが、それら全てを受けながらも嵐は全く動じないどころか、むしろ迎え撃つと言わんばかりの獰猛な笑みを浮かべたのだ。

 

そう、数十名から狙われるなんて嵐にとっては日常茶飯事のことだった。

中学での不良との喧嘩では、それ以上の数を相手にしていたこともあったのだから。

 

 

この程度は、嵐にとっては受難とは言い難いものだった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「さ〜て、どうしたもんかぁ」

 

 

チーム決めの交渉タイムに15分の時間を設けられた生徒達は、さっそく交渉タイムに移り各々組むメンバーを決めつつある中、嵐はポツンと一人で佇んでおり割とマジで困った様子で頭を悩ませていた。

というのも、交渉が始まった瞬間、嵐は障子と耳郎の二人に声をかけたのだ。障子の複製腕と耳郎のプラグによる手札の多さに加え嵐の拘束移動の強さを活かした高速騎馬ができると踏んで。

しかし、声をかけた二人は揃って嵐の提案を断った。

 

『ごめん。アンタがウチを選んでくれたのは嬉しいけど、ウチはアンタに挑戦したいんだ』

『俺もだ。確かにお前と組めば勝てる見込みは大いにあるのは理解している。だが、俺も耳郎と同じようにお前に挑みたい』

 

二人とも、嵐の友人だからこそ頼るのではなく対等にありたいということで嵐に挑むことを既に決めていたのだ。

それほどの決意に、さすがの嵐も文句は言えず、結局未だ騎馬のメンバーを一人も決めれていなかったのだ。その後も、クラスメイト達に声をかけていくも全員に断られ、お手上げの状態だった。

 

「………マジで一人ぐらいは組んでくれる奴決めねぇとヤベェぞ」

 

いよいよ焦ってきた嵐がどうしようかと頭を抱えつつあった時だ。

 

「八雲〜〜‼︎」

 

嵐を呼ぶ拳藤の声が聞こえてきた。

自分を呼ぶと言うことはつまり、騎馬になってくれると言うことだ。頭の中でその式を瞬時に構築した嵐は勢いよく振り向く。

そこにいたのは、拳藤と取陰だった。

 

「よ、ぼっち君。なんかお困りか?」

「誰がぼっちだ…って言いてぇけど、今の状況的にはそうだからなぁ。一応、理由聞いていいか?」

「騎馬戦、私らと組もうよ。八雲」

「……おぉ…」

 

拳藤の待ち望んだ言葉に嵐はじーんと感動してしまう。それほどまでに嵐は実は追い込まれていたのである。なにせ、クラスメイトの殆どから拒否られたのだから。

 

「アハハ、何感動してんのさ。そんなに嬉しかった?」

「あぁ、捨てる神あれば拾う神ありって言葉を噛み締めてるところだ」

「それは大げさでしょ!」

 

嵐のガチめな感動に取陰がカラカラと笑いながら、背中をバシバシと叩く。

拳藤はその様子に嘆息しながら、曖昧な笑みを浮かべ頬をかきながら言った。

 

「仲良いのもあるけど正直なところお前と組むのが1番勝率が高いと思うんだ。だから、勝馬に乗らせてもらおうってわけ」

「……まぁ、勝つ気ではいるが」

「ともかく、入試でのお前の戦いぶりを見てたからな。お前が強いのは分かってる。それに、お前なら私らの個性もうまいこと活かしてくれるだろ?」

「拳藤……」

 

嵐は拳藤がここまで信頼してくれていることに更に感動する。心なしか涙腺が緩み始めてきた。嬉しくて涙が出てしまいそうだ。

そして、拳藤は腰に手を当てて快活に笑うと嵐に返答を求める。

 

「で?八雲、返事は?」

「そりゃ当然。是非頼む」

「交渉成立だな」

 

断る理由などない。それに気心の知れた彼女達ならば連携も支障が出ることは少ないだろう。嵐は快く二人の参入を受け入れた。

こうして嵐は、拳藤と取陰を騎馬戦メンバーに加えることができた。

 

「マジで助かったぜ。救いの女神二人の加護だ。トップで勝ち抜くぞ」

「女神って大げさだよ。ま、勝ちに行くのは同意だな。頼むよ、リーダー」

「おうよ」

「私ら2人分の加護。高くつくよ?ちゃんと活かしなよ?」

「ハッ、任せとけ」

 

嵐と拳藤が仲良さげに拳をコツンと合わせ、取陰が顔を下から覗き込みながら特徴的なギザ歯を見せて笑って、嵐もそれに答えて鼻で笑う。

 

「なぁ、ちょっといいか?」

 

そんな時、彼らに声をかける者が現れる。

四人目の参入希望者かと全員が振り向けば、そこにいたのは唯一普通科で予選を突破した少年がいた。彼は真剣な眼差しで嵐達をみている。

 

「お前は普通科の心操人使か。……何の用だ?」

「俺をアンタ達のチームに入れてくれ。まだ1人は入れるんだろ?」

「……八雲どうすんの?」

「…………」

 

普通科の少年ー心操の言葉に、拳藤がリーダーである嵐にどうするかを尋ねるが、嵐はしばし無言になり彼をじっと見据える。

やがて十数秒ほど観察するように見ていたが、彼はついに口を開いて彼に問うた。

 

「……まず、お前の個性を教えてくれ」

「……分かった。じゃあ、実演するのでもいいか?」

「ああ、いい………んぁ?なんだ今のは?意識が一瞬フワッとしたな……」

「はっ?」

 

実演することを許可した嵐が突如感じた一瞬の意識の混濁に戸惑いを見せる。心操はその様子に心底驚愕し目を見開いた。そして、嵐の発言に拳藤達が慌てて詰め寄る。

 

「ちょっ、八雲何かされたの⁉︎」

「アンタっ何やって…」

「待て待て、今の所俺に異常はねぇから落ち着け」

 

慌てる2人に今は何の異常もなくなった嵐は落ち着かせながら、心操へと視線を向ける。彼も彼で今のは予想外だったのか、大きく目を見開いて嵐を凝視していた。そんな彼に、嵐は彼の個性について気づいたことを話した。

 

「なぁ心操、お前の個性だが……精神に干渉するタイプのものだな。発動条件は、恐らくは返事をすることってところか?」

「ッッ、今の一瞬でそこまで分かったのかよ。ああ、その通りだ。俺の個性は『洗脳』。返事をした相手を操ることができる個性だ。ただし、衝撃を受ければ洗脳は解かれる」

「「なっ」」

 

拳藤達が心操の個性の凶悪さに驚く中、実際に体感した嵐は顎に手を当てて思考する。

 

(確かにこの個性じゃ雄英のあの入試は突破できないな。あくまで対人特化の個性だ。他の学校ならばヒーロー科に入ることもできただろう。こいつもそれは理解してるはずだ。だが、それでも雄英を選んだ)

 

それはつまり、彼は何が何でも雄英のヒーロー科に行きたかったのだろう。自分の個性が雄英の入試形式に沿わないものだったとしても、普通科に編入しこの体育祭で己の可能性を示して、ヒーロー科への編入を果たしてヒーローになろうとしているのだ。

 

(………お前は、本当にヒーローになりてぇんだな)

 

その夢を諦めない想いの強さに一瞬だけ僅かに口の端を吊り上げると彼に更に尋ねた。

 

「個性の件は分かった。どうしてそれを出合い頭に使わなかった?そうすれば、俺らのことを全員操れたかも知れないだろ?」

「確かに、アンタの言う通り最初から操ればいい。とはいえ、今こうしてアンタには俺の洗脳が効かないと分かった以上、どのみち無駄だったけどな」

「なるほどな。なら最後にひとつ。何故俺らのチームに声をかけた?1000万がある以上全員から狙われるぞ?」

 

嵐は普通科であり接点がほぼゼロである為にあえて尋ねる。1000万を持っている以上、全員から狙われて、かなり厳しい苦戦を強いられることになるかも知れない。それでもいいのかと。

そんな彼の覚悟を問う質問に心操は真剣な眼差しのままはっきりと答えた。

 

「だとしても、アンタのチームに加わるのが1番勝率が高いだろ。それにアンタは前に俺に言っただろ?『自分の価値を諦めずに本気で夢を追いかけたいのなら死ぬ気で這い上がってこい』って」

 

2週間前に嵐が心操に言った言葉を一言一句違わずに言われ、嵐は覚えていたことに笑みを浮かべる。

 

「へぇ、覚えてたか」

「当然だ。あんなことを言われたのは初めてだからな。俺は、ヒーローになる為にこの体育祭で自分の強さを示さなくちゃいけない。だから、()()()()()()()()。使えるものは何でも使う気で行かないとアンタらがいるステージには辿り着けない。だから、最強のアンタを利用して、この騎馬戦を勝ち抜いて俺の価値を示す」

「「……っっ」」 

「……く、ククッ」

 

断固たる決意を宿した心操の決然とした言葉に、拳藤と取陰が思わず瞠目する中、嵐は堪えきれないかのように笑い始めると、やがて口を開けて大声で笑い始める。

 

「ククッ、ハッハハハハ‼︎ハハハハハハハハハハハハッッ‼︎‼︎」

 

交渉する生徒達の中でその声はよく響き、多くの生徒達が何事かと振り向く。拳藤や取陰、心操までも何事かと驚いている。

嵐は、しばらく笑い続けると少しずつ声のトーンを落としていき、やがて笑みを浮かべて心操の肩を叩いた。

 

「いいなその根性‼︎気に入った‼︎‼︎よし、俺のチームに入れ!!」

「あ、ああ」

 

楽しそうに笑いながら心操の加入を許可した嵐に心操は思わず戸惑ってしまう。笑い続ける嵐に拳藤達は顔を合わせると毒気が抜かれたかのように肩をすくめる。

 

「全く、まぁお前がいいなら私らは何も言わないよ。よろしくな、心操」

「ま、個性は使いようだもんね。よろしく、心操」

「あ、ああ、よろしく」

 

2人も嵐がいいならいいかと言うことで心操の参入を歓迎して軽く握手を交わした。それを笑いながら見ていた嵐は、穏やかな表情を浮かべながら言った。

 

「なぁ心操、お前の個性は敵向きだとか、悪いことし放題とか心にもないことをこれまでに沢山言われたんじゃないか?」

「ッッ……ああ、よく言われるよ。けど、それが何だ?」

「いや、周りの奴は見る目がねぇなと思ってな」

「は?」

 

突然の言葉に心操は間抜けな声をあげてぽかんとしてしまう。そんな彼に、嵐はビシッと指を差しながら不敵な笑みを浮かべる。

 

「お前の個性はヒーローに向いてる。『洗脳』、いい個性だ。パニックの時の避難誘導ではその個性で全員を安全に誘導できるし、敵を洗脳すれば怪我人ゼロでの捕縛もできる。

そして、何よりお前がその個性でヒーローになって人救けをしたいと思ってる。それだけで十分にヒーローの素質はあると思うぞ」 

「………っ」

 

嵐の言葉に心操は息を呑んだ。

『お前もヒーローになれる』

それは今まで自分が一度も言われたことがなかった、1番言って欲しかった言葉だった。

 

個性『洗脳』。

 

返事をしただけで操れると言うその個性は、これまであった人たちの多くから、『敵向きだね』とか『悪用し放題』などと否定的な言葉を向けられてきた。心操個人が悪人でなくても、そんな個性を持っているが故に、周りからは距離を取られたりすることもあった。

 

(初めてだ。俺の個性が他人から認められたのは)

 

だが、こいつは、嵐だけは自身の洗脳の力を受けながらそれでもいい個性だと、ヒーローに向いている個性だと言ってくれた。それはとても嬉しかった。

 

「〜〜〜っ、あぁ、ありがとう」

 

心操は、初めて自分の存在を認めてくれた事に思わず心が歓喜に打ち震えたのを感じた。

だからこそ、その感謝は自然と口に出ていた。

 

「おう」

 

そんな感謝に嵐はニカッと笑うと、遂に揃ったメンバーを見回しながら作戦会議を始める。

 

「よし、とにかく時間も少ねぇから作戦会議だ。全員できることをまとめていくぞ。まず、俺の個性だが、風を操れるのと口からは水を吐くことができる。後は、変身系もあって障害物競走でも見せた通り全身を変化することができる。膂力、強度、共に並外れていて並大抵の攻撃じゃ俺は揺るがない。次、拳藤」

 

実際に自身の右腕を変化させて風を纏わせながら個性の説明をすると次に拳藤に視線を向ける。

 

「私の個性は【大拳】。見ての通り手を巨大化することができるシンプルなものだよ。大きくなった分だけ重量もあるから打撃は得意」

「私の個性は【トカゲのしっぽ切り】。全身を細かく分割して操作することができるよ。宙に浮くことも可能だよ。だから、遠くにいる騎馬のハチマキも取ろうと思えば取れる」

「なるほどな。切り離した部位はどうなる?」

「元に戻すことも可能だし、一定時間経つと動かなくなる。動かなくなった部位は本体の方で再生されるから問題はないよ」

「OK、大体分かった。だとすると、騎手が拳藤で、前騎馬が俺。左右を取陰と心操で行こう」

 

嵐は全員の個性の詳細を聞き、いくつかの作戦を組み立てたのちに、最適なものを選択して提案した。その作戦に拳藤が異論を挟む。

 

「八雲は騎手やらなくていいのか?」

 

作戦的に拳藤が騎手をやるのが理に適っているが、嵐とて騎手をやりたいのではないかと思って尋ねたのだが、嵐はそれに対して悔しそうにすることもなく平然と答える。

 

「確かに騎手になってもいけるが、俺の個性的に騎馬で動き回った方がいい。機動力なら俺が1番あるからな。それに、心操と取陰を尻尾で運べば実質俺自身の速度で動き回れる」

「……あぁ、確かにお前の強みを活かすなら騎馬の方がいいか。でも、私を背負って更に2人も運べるのか?」

「そこは問題ない。この前4人ぐらい運んで移動したことあるから検証済みだ」

 

並はずれた膂力を秘めるのは尻尾も同様である為、数百キロの塊をも尻尾で運ぶことができる。だからこそ、三人分合わせて百キロ後半ぐらいの重量ならば速度を維持したまま運べる。

 

「頼もしいな。じゃあ、その作戦で行こう」

「うん、私も問題ないよ」

「俺もだ」

 

嵐が決めた作戦を承諾した三人に、嵐は一つ頷くとまだ時間は残っており話す時間があると判断して心操に話しかける。

 

「心操。お前は俺と似ている」

「は?俺が、お前と?」

「そうだ」

 

突然の発言に心操は意味がわからないと戸惑う。

片やヒーロー科を主席で合格しこの体育祭でも圧倒的な成績を見せ、片や個性が敵向きだと言われヒーロー科の入試に落ちて普通科にいるのに、どうして自分と嵐が似ていると言うのだろうか?

拳藤や取陰もどう言うことだと首を傾げている。彼らの反応を見た嵐は小さく笑いながら話を続けた。

 

「自分の個性が危険な可能性を秘めてることを理解しながら、それでも誰かを助けたい、救いたいと思いヒーローを目指している。その在り方は俺とよく似てると思うんだよ」

「………お前の個性も、そうなのか?」

 

恐る恐ると問いかける心操に嵐は憂いを帯びた表情を浮かべると、心操から目を逸らしながら答えた。

 

「………ああ、詳しくは話せないがな。俺の個性も方向性は違えど、危険で凶悪なものだ。一歩間違えれば、それこそ取り返しのつかない事になるほどのな……」

「………」

「……八雲」

 

嵐の言葉に心操は思わず驚き、拳藤も心配そうな表情を浮かべ、彼の名を呼ぶ。目を逸らした嵐は、心操に視線を戻すと静かな口調のまま続ける。

 

「……だが、俺もお前もヒーローになって誰かを救えるように、その危険な力を使いこなそうと努力している。そういうところが似てると思った」

「………」

 

嵐は心操にシンパシーを感じていたのだ。

心操の個性【洗脳】は人を操ることができ、人を操ることで自分の手を使わずに容易く犯罪を起こすことができる。やろうと思えば心操は自分の足がつくことなく、何度でも犯罪を引き起こせることができる。

嵐の個性【嵐龍】は厄災である嵐を操る力。使い方を誤れば人1人殺すどころか、町をも容易く破壊できてしまう。敵向きだとか、悪いことし放題というわけではないが、無制限無加減で振るえば簡単に大量虐殺が可能になる危険極まりない個性である。

 

どちらもベクトルは違えど、凶悪な個性であるという点では変わりなかった。

 

嵐は実際にこの個性で多くの人を傷つけて殺した。その結果、家族からは迫害され苗字を奪われ実家を追放された。

 

『姉殺しの怪物』

『厄災の子』

『忌まわしき化け物』

 

そんなことを言われ、自分の存在を否定され拒絶された。だけど、それでも嵐は自分が紅葉を殺してしまったからこそ、彼女の想いの火を消させない為に、その火を受け継ぎヒーローになることを諦めずにここまでもがき続けて今まで来た。

だからだろう。

個性のせいで周りから悪く言われ続けた彼の夢を、嵐は応援したくなったのだ。

 

「心操、お前にとって今回の体育祭は俺達以上に重要なものだ。ヒーロー科に編入を検討させてもらえるような成績を残す必要がある。

だから、遠慮なく俺達を利用して強さを示せ。俺達もより多くのプロの目に見てもらえるように、お前を利用して上に行く。お互いギブアンドテイクで行こうぜ」

「八雲……」

 

そして、嵐は拳を心操の胸に突き出してトンと拳をぶつけ、不敵に笑うと更に言う。

 

「『Plus Ultra(更に向こうへ)』だ。こっからは気張ってけよ。俺は、お前がヒーロー科に上がってくることを期待してるからな」

「ッッ」

 

真正面からそう言われたことに心操が心の底から込み上げてきた喜びに打ち震えた。そして、何かを言おうとした時、ミッドナイトの声が響く。

 

『そろそろ15分たったわね。それじゃあ、交渉タイムは終了‼︎早速騎馬を組み始めなさい‼︎‼︎』

 

15分の交渉タイムが終了した知らせだ。

嵐は心操から視線を外すと、拳藤や取陰に視線を向ける。

 

「じゃあ、早速騎馬を組もうか」

「りょーかい」

「ああ」

 

嵐の言葉に取陰や心操はすぐに応じるも、拳藤は暗い表情を浮かべて俯いていた。

 

「拳藤?」

「一佳?どしたん?」

「あ、う、ううん何でもないよ!」

「……?まぁいいか。なら、早く俺に乗って角を掴め。早く組まないとミッドナイト先生にどやされちまう」

「う、うん!」

 

慌てて取り繕った拳藤は急いで変身した嵐の背中に乗っかる。そして、拳藤を嵐が背負って他の2人を尻尾で持ち上げようと準備を始めていた時、拳藤はふと考える。

 

(………八雲はきっと個性を全て出し切ってない。いや、多分()()()()()()()()()()()()()

 

拳藤は一つの考えに思い当たる。

嵐の個性ーその全容はわからないが、きっと先ほど心操に向けて言った通り、危険な個性であることには間違いないのだろう。

何より、入試の時に見たあの特大竜巻。あれでも全力ではないのだとしたら、嵐の個性は相当に強力なものだ。いや、強力すぎる。そして、あれほどの力ならば人を殺そうと思えばいくらでも殺すことができるだろう。

だが、嵐はそんな個性を使いこなし、誰かを傷つけるのではなく救けるヒーローになろうと努力しているのだ。

 

(………本当に凄いよ。お前は)

 

その姿勢に、その在り方に拳藤は尊敬の念を抱いた。彼が抱いていた気持ちを推しはかることは彼のことを浅くしか知らない自分にはできない。だから、知らないのなら、せめて、

 

(……なら、私はそんなお前の友達として誇れるようにいないといけないよな)

 

胸を張って彼の友人だと誇れるように強くなるしかない。

 

「ふぅー」

 

そう覚悟を密かに決めて、拳藤は騎手用に渡された自分達の点数を合計した1000万190のポイント数が書かれたハチマキをしっかりと結び、気を引き締めるために息を深く吐いた。

他にも騎馬が着々と出来上がり、プレゼントマイクが実況を再開した。

 

『さぁ起きろイレイザー!15分のチーム決め兼作戦タイムを経て、フィールドに12組の騎馬が並び立ったぞ‼︎‼︎』

『……ほぉ、中々、面白ぇ組が揃ったな。特に八雲と緑谷の組が異色だな』

『だなぁ‼︎緑谷はサポート科を加えて、八雲はA組B組に普通科の生徒も加わった混合チームだ‼︎コイツァどうなるか楽しみだぜぇ‼︎』

 

嵐が異色な騎馬を結成したことに周囲は騒然とする。

 

「うっわぁ、八雲が騎馬かよ。あそこ機動力ダンチだぞ……!」

「他の人達の個性を知らないから、1番何してくるかわからないチームだな」

「……油断できませんわね」

 

轟が騎手の上鳴、飯田、八百万の三人の騎馬が緊張を滲ませる。特に、上鳴、八百万はUSJで彼の戦いを全て見ているが故に警戒心を顕にする。

 

「‥‥上等だ」

「ぶっ潰してやラァ‼︎」

「………僕も、覚悟を決めないと」

 

3組の騎馬の騎手を務める、轟、爆豪、緑谷もそれぞれの反応を見せながら、戦意全開で構える。

 

「……めちゃやばそう。でも、戦り甲斐があるよ」

「……俄然やる気がみなぎってくるというものだ」

 

耳郎や障子も各々のチームで闘志を宿し気力十分と言った具合だ。拳藤と取陰が嵐チームに入ったことで、他のB組メンバー達も異色の組み合わせに驚く。

 

「………おいおい、確か八雲ってA組の委員長だったよな?やべぇぞ、ABのクラス委員長同士が手を組みやがった」

「それだけじゃねぇ。推薦組の取陰も加わってるから、マジで1番ヤベェ騎馬だぞ」

「ふぅん、拳藤も取陰もどうしてA組なんかの味方をするんだろうね?まぁいいか、2人には悪いけど調子づいた彼らには知らしめてあげないとね」

 

純粋に驚くもの、警戒するもの、そして不安な策を企てるもの、各々がそれぞれの想いを抱き1000万を有する嵐チームに視線を向ける。

その時、プレゼントマイクの声が大きく響いた。

 

『さぁ上げてけ鬨の声‼︎血で血を争う雄英の合戦が今‼︎‼︎狼煙を上げる‼︎‼︎』

 

いよいよ戦いの火蓋が切って落とされようという時、嵐は静かな声で自身のチームメイトの三人に声をかける。

 

「全員、腹は括ったな?」

 

前騎馬——A組ヒーロー科・八雲嵐。

 

「勿論」

 

騎手——B組ヒーロー科・拳藤一佳。

 

「トーゼンっしょ」

 

右翼——B組ヒーロー科・取陰切奈。

 

「お前の期待に応えてやるよ」

 

左翼——C組普通科・心操人使。

 

各々のやる気に満ちた気合十分な返答に、嵐は口の端を吊り上げて獰猛に笑うと、自身も闘志に満ちた声で三人に嵐は告げる。

 

「よし、勝つぞ‼︎お前ら‼︎‼︎」

「ああ‼︎」

「うん‼︎」

「おう‼︎」

 

雄英体育祭第二種目・騎馬戦。改め、1000万防衛戦がいよいよ始まる。

 

 

 





巴のヒーローコスチュームは霊基再臨三段階目。最終再臨の姿です。
武器系は刀や薙刀、弓をサポートアイテムとして持っています。
そして、彼女は元々エンデヴァー事務所に所属していたサイドキックで、エンデヴァーに次ぐ実力者です。嵐を支える為にヒーロー業を休止し、今は従者一本で活動しています。

途中出てきた、翼のお方。……どうやら、嵐を恨んでいるようですが、その正体は………⁉︎

心操と嵐ですが個性の性質的に似通った部分があると思うんです。洗脳も嵐龍も悪用しようと思えばいくらでも悪用できますし、洗脳で人を操って犯罪を起こさせたり、大嵐で街を破壊したり、力の方向性や規模は違いますけどどちらも悪用した方が活かせると言う意味では嵐と心操は似ており、己の個性に向き合おうとしている心操に嵐はシンパシーや仲間意識のようなものを抱いたと言うわけです。

ちなみに、嵐のイメージCVは小野大輔さん、諏訪部順一さん、細谷佳正さんの三人が、候補に上がってるんですが皆さんは誰がいいと思います?
諏訪部さんと細谷さんは既にいるんですけど、ヒロアカって一人の声優がいくつかのキャラを兼任してることもあるのでそこは気にしないでください。ちょっとアンケートとります。お気軽に選んでください。






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24話 疾風怒濤


サンブレイクの新情報がやばすぎギィ!!
復活モンスターとか亜種モンスターも嬉しかったけど、なによりエスピナスってマジか。まさか、フロンティアのモンスターが家庭用に参戦するとは夢にも思いませんでした‼︎‼︎
フロンティアは出来なかった私としては、もう二度と戦うことができないと諦めていたモンスターだったのでマジで感激です。
それに、他の復活モンスターもグラフィックが綺麗だから、めちゃくちゃ綺麗かつカッコ良く映りましたね。特にゴアさんとナルガ希少種は一層カッコよかったし綺麗でしたね。ナルガ希少種が思ったよりも白くてビックリしましたね。いやほんと楽しみですわ。サンブレイク。




 

 

 

『よぉーし組み終わったな‼︎?準備はいいかなんて聞かねぇぞ‼︎いくぜ‼︎残虐バトルロイヤルカウントダウン‼︎』

 

早速プレゼントマイクのカウントが始まる。

 

『3‼︎‼︎』

「狙いは……」

 

轟が嵐を見ながら視線を鋭くする。

 

『2‼︎‼︎』

「ただ一つっ」

 

爆豪もまた嵐を睨み意気込みを表すかのように掌を何度も爆破させる。

 

『1‼︎‼︎』

「………」

 

全ての騎馬から殺気に近い視線を向けられる嵐は、静かに闘志を研ぎ澄ましていく。

 

 

『スタァァァトッッ‼︎』

 

 

試合開始の合図が響いた瞬間、全ての騎馬が揃って嵐達へと襲い掛かる。

 

「実質それ(1000万)の争奪戦だ‼︎‼︎」

「はっはっは‼︎八雲くんいっただくよ———‼︎‼︎」

「1000万寄越せやぁぁッッ‼︎‼︎」

 

開始の合図が出た瞬間、ほぼ全ての騎馬が嵐達へと襲いかかる。先頭をかけてくるのは歯が剥き出しの顔つきの少年骨抜を前騎馬に、左右に髪が薔薇の蔓の少女塩崎、逆立てた黒髪にヘアバンドをしている少年泡瀬を騎馬にしている強面が特徴な銀髪の少年鉄哲が騎手のB組チームの一つと前騎馬に耳郎、左右に体格のいい砂藤と口田で固めた葉隠チームだ。その少し後ろからは、前騎馬に切島、左右に芦戸と瀬呂の爆豪チームだ。

最前線を駆ける三騎だが、嵐は葉隠の上半身が完全に透明であることから、早々に上着を脱ぎ捨てたのだろう。やっちゃったかぁと嵐は苦笑する。

 

「ま、そりゃ全員来るわな。……てか、葉隠、お前脱いじゃったのかぁ」

「八雲どうすんのっ‼︎」

 

苦笑しながらも全く動じない嵐に、拳藤が片角を掴みながら初手をどうするか問う。嵐は不敵に笑い答えた。

 

「開幕は派手に行くぞっ‼︎全員耳を塞げっ!」

「「「っっ!」」」

 

チームメイトの三人に警告すると事前に作戦会議をしていた三人はすぐさま両手で耳を塞ぐ。そして、嵐は体を逸らすほどに大きく息を吸ったのだ。

 

「えっ、アレって…⁉︎」

「やばっ、止まって!」

「アレをモロ喰らうのはもうごめんだっ‼︎」

「やっべぇ‼︎」

 

その動作に、A組メンバーがギョッと青ざめ騎馬全員がブレーキをかけて嵐への突撃をやめたその瞬間、

 

 

 

キイイィィィィ———————————ァァアアッッ‼︎‼︎‼︎

 

 

 

大咆哮が轟く。

ビリビリと大気を揺るがすほどの凄絶なる咆哮がスタジアム中に響き渡った。

観客達はあまりの声量に目を見開いて反射的に耳を塞いでしまう。距離が離れている観客達はそれだけで十分なのだが、嵐により近かった騎馬達は違った。

 

 

「「「「「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!?!?!?!?」」」」」」」

 

 

B組の約半数の騎馬が大咆哮をモロに喰らって完全に身動きが取れなくなる。騎手は揃って耳を抑えて、騎馬は抑えれないために顔を顰めて苦悶の表情を浮かべ膝をついてしまった。

 

『うおぉぉっ、や、八雲、とんでもねぇ大咆哮で群がる騎馬の動きを止めたァ‼︎てか、なんだよその声量⁉︎俺の立場がねぇじゃねぇかっ‼︎‼︎』

『知るか。あいつの咆哮は特殊だからな。開幕としてはいい判断だ』

 

個性“ヴォイス”という声量を増幅させる個性を使うプレゼントマイクが自身の十八番でもある大声の攻撃を嵐が使ったことに自分の得意分野が奪われたと抗議の声を上げるが、隣に座る相澤には呆気なく一蹴されてしまう。

嵐は未だ轟音に悶える騎馬達を確認すると、拳藤に向けて声を張り上げる。

 

「拳藤っ‼︎振り落とされるなよ‼︎‼︎」

「うんっ‼︎」

「《疾風瞬天》ッ‼︎‼︎」

 

嵐は暴風を纏って未だ硬直している他の騎馬達へと突撃する。まず狙うのは、A組とは違い嵐の大咆哮を知らずに突撃したせいでより距離が近いB組の騎馬達だ。

三人を運んでいるとは思えない速度で手前の騎馬二つに肉薄した嵐は、彼らの間を縫うように駆け抜けていった。そして、嵐達がB組の騎馬二騎の間を駆け抜けた後、彼らの頭にハチマキはなかった。

 

「え?あれ?ハチマキがねぇっ」

「え、あ、俺もだっ」

 

それぞれの騎手であるB組の鉄哲、鱗がいつのまにか自分達の頭からハチマキが消えていたことに驚く。一体どういうことかと思った瞬間、彼らの後方から話し声が聞こえてくる。

 

「拳藤、よく対応したな。一個でも十分だったが、二つ獲れたのは上々だ」

「な、なんとかね。てか、疾いのはわかってたけど、体感するとここまで違うもんなんだな…」

「は、はやっ、ちょっ八雲疾すぎないっ⁉︎」

「……っっ」

 

聞こえてきたのは余裕な声と安堵する声、驚愕の声が一つずつ。何事かと振り返ればそこには嵐達がいて、取陰や心操が嵐の高速移動に驚愕が冷めやらない様子で目を丸くしており、彼らの上には冷や汗をかいて胸を撫で下ろしていた拳藤が立っており、彼女の手にはハチマキが二つ握られていたのだ。そう、嵐達は早速二つの騎馬のハチマキの奪取に成功したのだ。

 

『うおおぉぉぉ八雲チーム‼︎開始10秒でいきなりハチマキを二つ強奪っ‼︎‼︎速攻にも程があるだろうがぁっ‼︎‼︎』

『一応三人で騎馬を組んではいるが、尻尾で後ろの二人を巻き付けて運んでいる以上実質騎馬一人に騎手三人だな。だが、アレが一番八雲の並外れた身体能力を活かせる最適な形だ』

『さぁ超高機動戦闘機と化した八雲が暴れるぞ‼︎‼︎やっぱ1番の要注意人物はコイツだなぁ‼︎‼︎』

 

プレゼントマイクの声を聞き流しながら、嵐は一瞬でハチマキを奪われて唖然としているB組の面々に獰猛な笑みを向ける。

 

「1000万持ってるから逃げに徹すると思ったか?んなわけねぇだろ。テメェらのポイント全部奪って完全勝利だ」

 

嵐は挑発的な笑みを浮かべると、彼らに背を向けながらチームメイトに声をかける。

 

「お前らのポイントは貰ったからもう用はねぇ。次行くぞ」

「そうだね」

 

嵐は拳藤達にそう言うと完全に用済みと言わんばかりに鉄哲達に背を向けて風を纏って飛翔する。そんな彼らの背中に鉄哲は慌てて声を張り上げる。

 

「っさせっかよ‼︎骨抜奪い返すぞっ‼︎」

「よせ鉄哲っ。俺の個性的にあいつとは相性が悪すぎるっ‼︎ここは他の騎馬のポイントを狙った方がいいっ‼︎」

「けどよっ‼︎」

「鉄哲さん、ここは骨抜さんの言う通りです!取り返すよりも他の方々のを取りに行った方がいいです‼︎」

「〜〜〜〜っっ、くそっ、なら他の騎馬に行くぞっ‼︎」

 

最初こそ嵐達を追撃しようと指示を出した鉄哲だったが、クラス内でも冷静で視野が広い二人にそう悟られては反論できずに、二人に大人しく従い狙いを他の騎馬へと移す。もう一チーム、鱗と騎馬である獣化の個性で二回りほど大きくなった体躯を有する宍田も同じことを考えており、各々別のチームへと狙いを定める。

 

「……なんだ、追ってこないのか。張り合いがないな」

「まぁお前を追うよりかは他を狙った方が堅実だしね」

「てか、私ら空飛んでるから、あいつらは追ってこれないよ」

「……すげーな。空を飛ぶって、こんな感じなのか」

 

二騎とも追ってこなかったことに若干残念そうに呟く嵐に拳藤と取陰がそう答える。心操は初めて空を飛んでることに若干緊張している。

現在嵐達は上空15mの所を飛翔しており、戦場を俯瞰していたのだ。

 

「さぁて、しばらく様子見としてどこから狙っていこうか」

「なるべく手薄な所を狙いたいけど……どこも密集してるね」

「うん、それにまだ序盤だから無理に動かなくてもいいんじゃない?」

「俺も同意だ。こっちには1000万もあるわけだし、しばらくは防衛戦で良くないか?」

「そうだな。これからはしばらく防衛か回避だけにしよう。そんで早速……」

 

嵐がそう呟いた直後、爆発音が聞こえてくる。そして、嵐の視界に色の薄い金髪が映った。

爆発に続いて金髪など、嵐は一人しか知らない。嵐は笑みを浮かべながらそちらへと振り向いた。

 

「お前なら来るよな‼︎爆豪‼︎」

「1000万よこせやぁぁ‼︎‼︎クソ白髪ぁ‼︎‼︎」

 

爆発音の正体は爆豪。彼は掌からの爆発で空へと飛び上がり嵐達へと強襲したのだ。こめかみに青筋を浮かべ、血走った目を向ける様はまさに鬼の形相。

 

『おいおいおい‼︎あいつ騎馬から離れたぞ⁉︎良いのかあれ⁉︎』

「テクニカルなのでオッケー‼︎地面に足ついてたらダメだったけど‼︎」

 

爆豪が騎馬から離れて空を飛んで嵐達へと襲いかかることにプレゼントマイクが抗議の声を上げるが、審判であるミッドナイトの判断でセーフと判定された。

 

「だからって、こんなのアリなのかっ⁉︎」

「落ちなきゃなんでもありだからねっ。実際私らも空飛んでるわけだしっ‼︎」

 

心操にやるしかないと言う風にいいながら、取陰は自分の両腕をバラバラにして爆豪へとけしかけるが、

 

「そんなもん当たるわけねぇだろうがっ‼︎ギザ歯‼︎」

「くっ」

 

爆豪は空中で細かい爆破を繰り返して体勢を変えて器用に取陰の攻撃を全て巧みにかわしたのだ。しかし、それは簡単にできることではない。空中での移動にもブレない強い体幹と、どこに爆破を向ければ良いかなどの把握能力も求められている。

 

(言動はクソだけどっ……センスは本物ってわけねっ‼︎)

 

嵐からも聞かされていたが、爆豪はA組有数の実力者で、個性の使い方が上手い。それを言葉だけでなく、身をもって体感した取陰は歯噛みしたのだ。そして、器用にかわして拳藤からハチマキを奪おうと手を伸ばした時だ。

 

「させねぇよ」

「ぐぉっ⁉︎」

 

伸ばした手は拳藤から数十cm離れた空中で見えない壁に阻まれたかのように大きく弾かれたのだ。軽く吹っ飛ばされた爆豪はなんとか体勢を立て直して空中で再び爆破で浮かぶ。

 

「てんめぇぇっ」

 

上げた彼の顔は更に獰猛になっており、今自分を弾いた存在を睨む。睨まれた存在ー嵐はフンッと鼻を鳴らして不敵に笑う。

 

「この俺がいる限り、拳藤には指一本も、火花一つも触れさせやしねぇよ」

「こっんの、白髪野郎がぁぁっ!」

 

爆豪は嵐の挑発的な言葉に怒りと苛立ちに吼えながら、再び両手から爆破させて迫る。対する嵐は爆豪から距離をとる。

 

「っっ、テメェっ逃げんじゃねぇっ‼︎‼︎」

「なら追いかけてこいよっ‼︎」

「っっ、上等だぁっ‼︎‼︎」

 

当然爆豪はそれを追撃。スタジアムの空を嵐と爆豪が飛ぶ。騎馬戦のはずが空中戦のドッグファイトへと変わった。

 

『ちょっと待てぇ‼︎‼︎お前らなんでドッグファイト始めてんのっ⁉︎競技間違えてんぞっ‼︎』

『いくら飛べるとは言え、これだと確かに騎馬戦じゃねぇな。まぁ、審判が何も言ってない以上アリなんだろうな』

 

プレゼントマイクの抗議の声に、相澤は若干諦めたような口調でそう返す。確かにルールに抵触していない以上、セーフなのだろう。ミッドナイトも面白そうに眺めているだけだった。

 

「おいおい、爆豪の奴落ちたら失格ってわかってんのかよっ⁉︎」

「と、とにかく、爆豪の真下にいないと落ちた時がやばいよ‼︎」

「あぁもうっ、勝手すんなって言ったのによぉっ‼︎」

 

爆豪チームの騎馬である切島、芦戸、瀬呂にとっては無関係でいられるわけもなく、地面に落ちたら失格である以上、万が一に備えて爆豪を確実に拾えるように忙しなく駆け回っている。

そして、審判が止めないことをいいことに嵐と爆豪は空中で激しい攻防を繰り返す。と言っても、爆豪がひたすら爆破してくるのに対して、嵐は風の防御壁で防ぐと言う攻防が完全に分かれているが。

 

「おらおらどうしたぁっ‼︎防いでばっかじゃねぇかっ‼︎‼︎」

「…………」

 

爆豪の爆破を完全に凌いでいるがいつまでも防戦一方であることに爆豪はわざとらしく挑発する。だが、嵐はそんな挑発を受け流しながら冷静に風壁を維持し続けている。

 

(クソがっ、硬すぎんだろうがっ‼︎)

 

爆豪は自分の攻撃を涼しい顔で凌ぎ続ける嵐に苛立ちを感じると同時に、突破できない事実に内心悪態をつく。

自身の爆破の攻撃、その悉くが鉄壁と思うほどの堅固な風の防壁によって凌がれている。打てども打てどもその風が揺らぐことはなく、目の前にいるはずなのに、一向に手が届きそうになかったのだ。

 

(最大威力でぶっ壊すかっ?だが、それは……)

 

爆豪とてこの程度の爆破が最大威力ではない。しかし、最大威力はリスクがあるため乱発はできない。一度で敗れるならばそれでいい。だが、それで無理なら自分は無防備になる。

粗暴だが実は冷静な判断ができる爆豪は短い間で策を必死に練る。そんな中、不意に嵐が口を開いた。

 

「なぁ爆豪。一つ忘れてないか?」

「あぁ⁉︎」

 

眉を顰める爆豪に嵐は口の端を吊り上げて笑いながら言った。

 

「これは……チーム戦だぜ?」

「そーゆーこと」

「っっ⁉︎」

 

嵐の言葉に相槌を打つように、()()()()()()()()()()()()に爆豪は勢いよく後方に振り向く。

 

「あ?口だぁっ⁉︎」

 

振り返った先にいたのは、特徴的なギザ歯の口だ。ケタケタと笑うそれに一瞬困惑するも、爆豪はすぐに気づく。この歯の形、気のせいでなければ嵐のチームにいるギザ歯の女と同じ形だと。

 

「っっ⁉︎」

 

そこまで考えて、爆豪は自分が罠に嵌ったことに気づき急いでその場から離脱しようとしたが、時すでに遅し。その一瞬が仇となった。

 

「俺を相手に余所見とは随分と余裕じゃねぇか」

「ぐぉっ⁉︎身体がっ、動かねぇっ⁉︎」

 

爆豪の体がその場で固定される。

《空絶・風縛牢》。かつてUSJで黒霧を拘束した風の牢獄を、爆豪の意識が逸れた一瞬で展開して爆豪を内側に閉じ込めて空間に固定したのだ。

 

「くっ、そっがぁぁっ、離しやがれっ」

 

爆豪は結界を破る為に何度も爆破を放ちながら嵐に殺意がこもる視線を向けながら唸る。殺気が篭っており、気弱な人ならばビビってしまいそうなほどに凶悪だったが、当然嵐がビビって結界を解くわけもなく、不敵な笑みを浮かべながら動けない爆豪に忠告する。

 

「これはチーム戦だ。ワンマンプレーも結構だが、仲間との連携も大事だぜ?まぁなんだ、とりあえず一度堕ちろ。拳藤やれ」

「ああっ‼︎」

「っっ⁉︎」

 

嵐がそう言って爆豪との距離を詰めたのに合わせて、拳藤が右拳を構える。そして、無様にもがく爆豪に狙いを定めると距離が近づくに合わせて拳を振り下ろす。

 

「《風縛牢》部分解除」

 

拳藤の拳が風の結界に触れた瞬間、嵐は爆豪の固定を全体ではなく両腕のみへと変えて拳藤に風の影響を受けないようにし、爆豪の胴体を剥き出しにする。ガラ空きとなった爆豪の胴体に拳藤の拳は吸い込まれていき、インパクトの瞬間巨大化して人間大サイズの大きさになった大拳で爆豪を見事捉えた。

 

「はあぁぁぁっ‼︎‼︎」

「がぁっ⁉︎」

 

流石の爆豪も対応することができず、そのまま呆気なく殴り飛ばされて地面へと落ちていった。

 

『八雲チームの騎手拳藤‼︎‼︎容赦ねぇ巨大パンチで爆豪を撃墜‼︎‼︎ヒュ—!やるなぁぁ‼︎‼︎』

『今のは完全に爆豪の自業自得だな。いくら自分だけが空を飛べるとはいえ、独断専行で勝てるほど八雲チームは甘くない。対する八雲チームは、背後に意識を逸らさせた一瞬で拘束し、とどめのパンチ。即席とは思えんぐらいによくできた見事な連携だ』

 

プレゼントマイクが豪快な一撃で爆豪を殴り落とした拳藤に賞賛の声をあげて、相澤が爆豪に対し辛辣な評価を下し、嵐達の連携を褒める。

 

「ヤバッ、キャッチキャッチ‼︎」

「爆豪‼︎」

「お、おい、爆豪大丈夫か⁉︎」

「く……そ……がぁっ」

 

割と早い速度で落ちてくる爆豪を爆豪チームの騎馬の切島達が慌てて落下地点に駆け込んで瀬呂のテープも合わせて受け止めることで騎馬は崩れたものの爆豪の足が地に着くことはなく失格は免れた。

爆豪はチームメイトの言葉に応えずに無念の声を上げて上空から見下ろす嵐達を睨んだ。

しかし、嵐達はすでに爆豪からは完全に意識を逸らしており、ゆっくりと降下を始めていたのだ。

そして、降下を始める嵐チームだったが、周囲を警戒していた取陰が声を張り上げる。

 

「八雲っ‼︎他もくるよっ‼︎」

「取れ‼︎黒影‼︎」

『アイヨ‼︎』

 

取陰の警告とほぼ同時に聞こえてきた襲撃を命令する声。それは聞き慣れたクラスメイトのものであり、咄嗟に振り向いた先にいたのは黒い烏を模したようなモンスター黒影が襲い掛かる姿だった。

 

「《天嵐羽衣》っ」

 

嵐はすぐさま風の防壁を再展開。拳藤を守るように展開したソレは間に合い、黒影が伸ばした腕を弾いた。

腕を弾かれた黒影は腕を戻して後方に下がり常闇の眼前へと戻る。宙に飛び上がってきたのは常闇を前騎馬に左右を麗日とサポート科の発目を騎馬にしその上に乗る緑谷だった。

常闇は奇襲を弾かれたことに悔しそうに呻く。

 

「くっ、やはりそう簡単にはいかんか‼︎」

「常闇!それに、緑谷もかっ‼︎」

「僕も君に挑戦するよ!八雲くんっ‼︎」

 

緑谷がやる気十分と言うふうに嵐に挑戦することを堂々と宣言する。緑谷チームが襲いかかってくる中、嵐は緑谷がどうやってここまできたかを冷静に分析する。

 

(爆豪以外で、飛行できんのはA組にはいなかったはずだ。麗日も飛ぶと言うよりは浮かぶだけだが、どうやって?……っ、いや待て)

 

黒影の攻撃を風で防ぎつつ観察していた嵐は、緑谷が背中に装着しているバックパックに気づく。恐らくはサポート科のアイテムだろう。そして、あの形状はジェットのようなものだ。

 

(バックパック?…っそうか!麗日の個性に加えてバックパックのジェットで空に飛んだのかっ‼︎)

 

嵐はカラクリに気づく。彼の予測通り、サポート科の発目明が開発したアイテムの一つエアジェットのバックパックを緑谷が装着し、麗日が自分以外を浮かすことで浮かす重量を減らしつつ、バックパックで機動性を確保しているらしい。

これで麗日の無重力の個性による空中移動不可のデメリットが解決されたわけだ。

よく考えたなと嵐はほくそ笑みながらも、的確に仲間に指示を出していく。

 

「拳藤はハチマキを死守っ‼︎取陰は牽制だっ‼︎」

「了解っ‼︎」

「任せてっ‼︎」

 

拳藤が嵐の指示に従い自身の右手を大きくして自身のハチマキを取られないようにかつ、隙間から外を見えるようにしながら覆い隠し、更にはもう片方の手を盾のように構える。取陰は両腕だけでなく頭、胸部すらも二十個ほどに分離させて拳藤を守るように展開させた。

拳藤の大拳の盾、嵐の風壁、取陰の浮遊部位による防御。三重の障壁による完全な防御姿勢に緑谷達は呻く。

 

「くっ、ああも固められては黒影でも突破は難しいなっ」

「うんっ、分かってたことだけど八雲君達が一番手強いっ」

 

攻めあぐねていることに緑谷達がどうすればいいかと策を巡らせるが嵐がそんな悠長な隙を見逃すはずがない。嵐はガパッと口を開き、口内に白い渦を覗かせる。

ソレを見た瞬間、常闇はゾワリと湧き立つ悪寒に反射的に叫ぶ。

 

「っっ黒影‼︎受け止めろっ‼︎」

「ガァァっ‼︎」

『アブネっ‼︎』

 

間一髪。短い咆哮を伴って放たれた水の砲弾は真っ直ぐに緑谷へと襲い掛かるも、黒影がすんでのところで割り込んで防いだのだ。

だが、一発では終わらない。

 

「まだだ」

『グオッ⁉︎コノッ‼︎イデッ‼︎』

 

連続で砲弾は放たれる。しかも、嵐の水砲弾の威力は大砲以上だ。大砲以上の破壊力を秘めたブレスを嵐は連射したのだ。これには流石の黒影も防御で手一杯になってしまう。

 

「くっ、凄まじい破壊力だ」

「うっわぁ、あんなの喰らいたくないなぁ」

「大砲を連射してるようなもんだしね」

 

敵味方両方から驚愕の視線を向けられる中、無重力を維持し続けていた麗日が声を張り上げる。

 

「皆ごめんっ!一度着地してっ!」

「俺らも一度降りるぞ」

 

浮遊限界が近づいたのか、許容限界が来る前に降りることを提案した麗日に従い緑谷達は降下をしていく。対する嵐達も一度地上に降りることを選びほぼ同時に降下していく。だが、降下する速度は嵐の方が速い。

 

(着地した瞬間を狙うっ‼︎)

 

緑谷チームよりも一足先に着地した嵐は、そのまま暴風を纏って驀進。緑谷達が着地する瞬間という一番不安定な時を狙ってハチマキを奪おうと動こうとするも、嵐達の進路に黒影が立ちはだかった。

 

「黒影‼︎八雲を近づかせるな‼︎」

『アイヨ‼︎』

「チッ、やっぱ中距離ん時は面倒だな。ソレ」

「よく言う。全距離に対応できるお前がソレを言うか?」

 

黒影の妨害に止まらざるを得なかった嵐がわざとらしく悪態を突き、常闇が言い返す。

しかし、嵐の言う通り常闇の黒影は厄介な存在だ。まず物理攻撃が効かない。闇を媒介にしているためか、物理無効でダメージが一切入らない為、いくらでも攻撃や防御に使える。また影であるが故に伸ばせる距離に制限はほぼ無く、数十mでも数百mでも伸ばせるのだ。さらに言って仕舞えば、黒影には知性があり会話が成立する為、自律行動が可能。中・遠距離に対応できる攻防共に優れた個性なのだ。嵐の水球ブレスを防いだことからも防御力の高さは窺える。射程距離や威力もある為、なかなかに侮れない。

 

全距離に対応できる嵐に対抗する為に中・遠距離に特化している黒影をぶつけて様子を伺う。実に理に適った作戦だった。少し攻めあぐねている嵐は、小声で心操に話しかける。

 

「心操、悪いがお前まだだ。特に緑谷の前だと使うのはやめた方がいいな。アイツは観察力が並外れてる。下手したら一度で看破されるからな」

「いいさ、お前の指示に従う」

「悪いな」

「しばらくは警戒に徹する。その代わり、その時は俺をうまく利用してくれよ。リーダー」

「任せろ。最高のタイミングで使ってやるよ。お前は俺たちのジョーカーだからな」

「ああ。それで、この状況どうするんだ?」

 

言葉を交わした心操は嵐にそう尋ねる。今の状況は嵐チームと緑谷チームの間には一定の距離が開いており、間に黒影がいることで迂闊に近づけないような状況になっていた。

強引に突破しようと思えばできるが、その際の背後からの黒影の奇襲は油断できない。

どうする?という問いかけに嵐が答える。

 

「決まってる。速度で圧倒する」

 

そう短く答えて嵐は暴風を纏って驀進すると、緑谷達にまっすぐ迫る。対する緑谷チームも対抗すべく動き出した。

 

「発目さん早速使わせてもらうよっ‼︎」

「どうぞっ‼︎」

 

そう言って緑谷は懐から信号銃のようなものを二丁取り出す。しかし、通常のものよりも銃身は長く、銃口も太い。

何を撃つ気だ?と嵐達が身構える中、緑谷は嵐でもなければ騎手の拳藤でもなく、拳藤の左右に狙いを定めて引き金を引いたのだ。

 

「ッッ‼︎⁉︎」

 

ポンと甲高い音を響かせて放たれた弾は、瞬時に弾けて先端に重りのようなものがついた網へと変化したのだ。

 

(網?俺らを捕縛するためのものか?いや、ソレほど大きくもないし、狙いも逸れている。一体どこに狙って……っ‼︎⁉︎)

 

最初こそ狙いを外したのだと思った。だが、違う。緑谷の本当の狙いはーーー

 

「取陰避けろ‼︎」

「え?わっ!」

 

嵐が気づき声をあげるも間に合わず、宙に浮かぶ取陰の浮遊部位のほとんどがその網に囚われたのだ。

 

「やってくれんじゃねぇかっ」

 

嵐はしてやられたことに笑いながらも悔しそうに呟く。

緑谷の狙いは、嵐でもなければ拳藤でもなく最初から取陰の浮遊部位を一網打尽にすることだったのだ。そんな緑谷の狙いにすんでのところで気づいたものの、結局取陰の浮遊部位のほとんどが網に囚われてしまい防御が一枚剥がされる。

 

『おぉーーっと‼︎緑谷チーム、サポート科のサポートアイテムで八雲達に一矢報いたぁぁぁ‼︎‼︎つぅか、まるで魚の網取りだなぁっ‼︎』

『ものは使いようだ。時にアイテムは個性に勝るからな』

「ふふふ、そのベイビーは特性の捕縛網です。簡単には千切れたり解けたりできないようにしていますので、これで貴方方の硬い壁を一枚剥がせました!」

 

一網打尽にして落ちる二つの袋を拳藤と心操がすぐにキャッチしたものの、網が複雑に絡んだことで簡単には解けず、網目も細かいため隙間から抜け出すこともできなかったのだ。

開発者でもある発目明がしてやったりと自慢する中、その隙をすかさず常闇が狙う。

 

「常闇くん‼︎」

「今だ‼︎行け!黒影‼︎」

『アイヨォッ‼︎』

 

常闇の命令に従い黒影が防御が薄くなった拳藤を狙う。だが、嵐が右脚に風を纏わせながら裂帛の声を張り上げた。

 

「舐めんなぁぁっっ‼︎‼︎」

『イッデェッ⁉︎⁉︎』

「黒影っ⁉︎」

 

嵐は雄叫びをあげて風を纏わせた右脚を振り上げて黒影を勢いよく蹴り飛ばす。ドゴォンッと蹴りとは思えないような轟音を立てて大きく弾かれて常闇達の眼前の地面に勢いのあまり叩きつけられる。

 

「一度距離をとるぞ‼︎‼︎」

 

黒影を蹴り飛ばし攻撃を防いだ嵐は緑谷達から大きく距離をとった。

 

「まさかっあの状況から反撃するとは。…どうする緑谷、追うか?」

「ううん、せっかくのチャンスを物にできないのは惜しいけど、追わなくていいよ。他に行こう」

 

常闇は追撃の可否を問うたが、緑谷はああなっては嵐の防壁を突破するのは相当骨が折れると判断して追撃はせずに他の騎馬からポイント奪取をすることを判断して、駆け出した。

 

「とにかく、《天嵐羽衣》で固めておこう」

 

一度退避した嵐は全員を竜巻で覆って外からの干渉の一切を断って完全防御体勢に入ってから心操に振り返る。

 

「心操解けるか?」

「駄目だっ、網が頑丈で解くのに時間かかる!」

「八雲ごめん。うっかりしてた」

 

心操が必死に網を解こうと専念する中、唯一頭だけは躱した取陰がしゅんと気落ちした様子で嵐に謝罪する。自分の不注意でチームに迷惑をかけたことを申し訳なく思ったのだ。

だが、嵐は気にするなと首を横に振る。

 

「いや、いい。あればかりは不意打ちだ。俺の不注意もある。それより、心操、まだ解けないならこっちに寄越せ。俺がやる」

「……すまん、頼む」

「拳藤、手を使うからしがみついとけ」

「うん」

 

嵐は拳藤にそう言って抱えていた脚を離す。脚を離された拳藤は嵐の腰に脚を回してしがみつく。そして、手が自由となった嵐は心操から網を二つとも受け取ると一つを両手で掴み強引に千切り、もう一つを網に牙を突き立てて咬み千切ったのだ。二つとも千切った嵐は網の強度に舌打ちする。

 

「チッ、相当強度高いな。増強型じゃねぇと破れねぇぞこれ」

「そんなに強度が高かったのか」

「ああ。だが、もう問題はねぇ。取陰大丈夫か?」

「うん、ばっちり。ほんとありがとね」

 

網の拘束から解き放たれた取陰は自由になった浮遊部位を本体に戻して、一度分離をリセットする。そして、取陰の拘束を解いた嵐は拳藤の膝裏に腕を回してしっかりと背負うと、改めてチームメイトに声をかけた。

 

「よし。防壁を解くぞ。こっからは取りに行く。全員気を引き締めろ」

「ああ」

「うん」

「おう」

 

三人が頷いた後、嵐は心操に視線を向けると、不敵に笑いながら更に告げた。

 

「心操。そろそろ出番だ。俺が合図したら頼むぞ」

「……ああ、任された」

「行くぞ」

 

そうして嵐は竜巻を解いて外へと飛び出したが、自身の足元含め周辺の地面に見覚えのあるモノがあるのを確認した。

 

「!…峰田のもぎもぎか」

 

嵐は峰田の個性である超高粘着性のもぎもぎが周辺の地面にばら撒かれていることを把握して、着地するのではなくそのまま飛び上がり浮遊する。

その時だ。

 

「八雲後ろっ‼︎」

「っっ‼︎」

 

取陰の声が響くと同時に、嵐は背後から何かが迫るのを察知。咄嗟にその場から移動しながら飛んできた『何か』を風壁で弾いてそちらへと振り向くと、そこには嵐達に迫る障子の姿があった。

 

「障子?あれ?ちょっ、騎手は!?」

 

拳藤が困惑の声をあげる。確かに彼女のいう通り、障子の背中には誰か乗ってる様子もテントのようなものを背中に背負っているのだ。

その異常に拳藤が目を丸くするが、嵐はそれに気付き興味深そうに笑う。

 

「……へぇ、面白いこと考えたな。人間戦車ってわけか?」

「流石だな。お前はすぐに気づくか」

 

障子はあっさりと認める。障子の背中にあるテント。それは障子の複製腕であり、後ろに腕を伸ばして一番下の左右の複製腕を後ろでくっつけることで皮膜と合わさってテントのような形状にできるというわけだ。

そして、そのテントの中にいるのが……

 

「くっそぉ‼︎なんでわかるんだよぉっ‼︎」

「ケロ。流石ね、八雲ちゃん」

 

複製腕の隙間から覗く二つの顔。それは峰田と蛙吹だった。そう、障子は自身の巨体を活かして二人をすっぽりと覆って人間戦車を実行していたのだ。

 

「うっそ‼︎すごいな障子‼︎」

「私らも中々だけど、一番奇抜じゃない?」

「本当に個性は使いようだな……」

 

拳藤達も障子達の作戦には純粋に驚いていた。三人が驚く中、障子が嵐と正面から対峙しながら力強い意志が宿る言葉で宣戦布告する。

 

「八雲、俺はお前に挑むぞ。無論、負けるつもりではない。勝つ気でお前に挑戦する」

「ケロ。取らせてもらうわね」

「オイラがモテるための犠牲になりやがれぇっ‼︎‼︎」

「ハッ、いいぜ、来いよ」

 

嵐の言葉に合わせて障子は一気に嵐へと駆け出す。蛙吹と峰田も攻撃を開始して長い舌の刺突と峰田のもぎもぎの連射を放つ。

 

『峰田チーム、圧倒的体格差を利用しまるで戦車のような攻撃で八雲チームに仕掛ける‼︎だが……』

 

プレゼントマイクが最初こそ威勢よく実況するも、次第に声のトーンは落ちていく。それもそうだろう。

なぜなら、峰田チームの攻撃。ソレら全てが尽く嵐の風壁の前に無に帰していたのだから。

 

『八雲チーム‼︎もはや鉄壁というべき、風の防壁で全て弾いたぁっ‼︎‼︎八雲の風、この競技じゃあ反則なんじゃねぇのっ⁉︎』

『個性の強さに加えてアイツの基礎能力は軒並み高い。一生徒をあまり依怙贔屓はしたくないんだが、既にあいつの実力は並のプロを超えている。騎馬戦だけでなく、全ての競技においてアイツが1番の障害になるのは確実だ。……来年からは騎馬戦と障害物競走は除いた方がいいか会議だな。いや、むしろアイツにハンデをつけた方がいいか?』

 

プレゼントマイクに加えて相澤までもがそう言う。プレゼントマイクが反則だと騒ぐ傍で、会議がどうこうで、面倒だといったぼやきまでもが聞こえてきた。

 

「くっ、やはり八雲の風をどうにかしないと突破は難しいかっ」

「ケロ。私の舌も弾かれるし、どうしようかしらね」

「つーか反則すぎんだろうが八雲のやつ‼︎‼︎」

 

嵐が操る風壁のあまりの堅固さに障子が悔しそうに歯噛みし、蛙吹がお手上げと言わんばかりに呟き、峰田がやけくそ気味に罵倒を吐き捨てる。

そんな彼らに、嵐は仁王立ちしながら不敵に笑う。

 

「無駄だ。俺の風を突破できねぇ限り、ハチマキには手は届かねぇよ」

「くそっ」

 

嵐の言葉に悔しそうにする障子。頼もしいクラスメイトであり、親しい友人であり、憧れた彼に守られたばかりなのが嫌で、対等に並ぶ為に挑戦したのだがその結果が近づくことすら叶わないという無様だった。

そして、睨み合う2チームの戦いに介入するチームが一つ。

 

「耳郎ちゃん、今だよ‼︎」

「わってる‼︎」

 

聞き慣れたクラスメイトの声が聞こえた瞬間、嵐と障子の二人めがけてプラグが伸びる。介入してきたのは葉隠を騎手とした、耳郎、砂藤、口田のチームだった。

 

「ウチもアンタに挑戦するって言ったこと、忘れてないよね!?」

「忘れてるわけがねぇだろ。どっからでもかかってこい‼︎」

「そのつもりだよ‼︎」

「はっはっはぁ‼︎八雲くん、ハチマキを寄越せぇー‼︎」

 

耳郎達も介入し三つ巴の戦いになる。いや、三つ巴というよりかは耳郎と障子チームが一時共闘し嵐チームを追いかけていると言った方が正しいだろう。障子達の攻撃に加えて、耳郎のプラグ攻撃や口田の個性『生き物ボイス』によって集められた鳥達による撹乱攻撃も加わる。

 

耳郎のプラグは機動性、速度共に高い。左右それぞれ6mまで伸ばせるし、彼女のプラグは人体にも突き刺すことが可能であるため、肉体内部に衝撃波を届かせることもできる。

肉体内部に浸透すると言う、嵐に通用する数少ない攻撃手段を持つ耳郎は正確さと不意打ちに優れた個性で嵐達に襲いかかる。

さらには、3チームの間には口田があらんかぎりの大声で呼び寄せた鳥が二十数羽ほど飛んでおり、周囲の妨害を行う他、嵐達への撹乱もおこなっている。

 

障子チームの手数の多さと拘束力に優れた攻撃。耳郎チームと正確さと不意打ちを活かした攻撃に、鳥達による撹乱。これらが揃えば他の騎馬であればハチマキを奪うことも可能だったかもしれない。

 

だが、それでも。

 

 

 

「———《天嵐羽衣》」

 

 

 

嵐の風壁は破れない。

 

渦巻く白き堅牢なる暴風の障壁は、あらゆる攻撃すべてを弾き、ひとつたりとも通さなかったのだ。鳥達もまともに近づくことすらできない。

 

「……分かってたことだけど、やっぱり簡単に近づくことすらできないよね」

「口田くん‼︎もっと鳥は呼べないの⁉︎」

「…‥首を横に振ってるから、どうやら無理みたいだぜ」

 

口田の通訳をした砂藤が代わりに答えた。

嵐を前に攻めあぐねる現状でなんとか打開策はないかと必死に策を巡らせているものの、その打開策は一向に浮かばない。障子達も同様で嵐の暴風の障壁を前に足踏みをせざるを得なかった。

暴風の障壁を展開し、敵の攻撃の尽くを防いでいる嵐は、口田へとその黄金色の瞳を向けて静かに告げる。

 

「口田、悪いことは言わん。すぐにこの鳥達を退かせろ。お前ならわかってるはずだ。鳥達が俺の事を心底怯えてるってことを。このままだと恐怖でこいつら死ぬぞ?」

「っっ⁉︎」

 

嵐の指摘に口田があからさまに動揺する。

実のところ、嵐の指摘通りだった。口田が呼んできた鳥達は、口田が操ってるからこそ嵐の撹乱をおこなっているもののその内心は恐怖に満ちている。命令がなければ、即逃げ出すほどの大きすぎるほどの恐怖を鳥達は他ならぬ嵐から感じ取っていたのだ。

 

(でも、どうして八雲くんがそれを理解しているの?もしかして、初めからこうなることを分かっていたの!?)

 

口田は一つの可能性に至り青褪める。

普通の人間で野生動物に恐れられる存在はまずいない。個性という特異能力を持っていてもだ。

稀に異形型で肉食動物系の個性を持つ者であれば、その獣が持つオーラに鳥達が怯えるのも理解できる。だが、四六時中そうというわけではない。威嚇とか何らかの行動をとった時に発する威圧に小動物達が反応するのが常だ。

今の嵐はそれすらもない。威嚇などしておらずただその場に佇み風を纏っているだけ。それだけで鳥達が怯えるはずがないのだ。

 

だというのに、鳥達は逃げられない状況で圧倒的捕食者を前にしたかのように怯えきっている。

 

ここで、口田は一つの仮説に、可能性に行き着いた。

 

嵐の個性ー複合型個性と言われているが、その本質は異形型。しかも、彼がうちに秘める獣はただそこに存在するだけで、鳥達をはじめとした小動物達が逃げ出すほどの凶悪かつ強大な力を秘めているのではないのかと。生物としての格。その次元が違う事を嵐は自身が理解しており自分の周囲を舞う鳥達の身をも案じたのだ。口田と対峙した場合、こうなることが分かりきっていたからこそああ言ったのではないのだろうか。

 

そう、口田自身気づいていないうちに、嵐の個性の本質に誰よりも近くまで迫っていたのだ。嵐の個性がー嵐龍がどんな存在なのか。その一端を彼は確かに感じ取ってしまっていた。

 

「〜〜ッッ‼︎」

「………まぁ分からねぇよな。なら……」

 

それを知ってしまった口田が驚愕と恐怖に身を震わせる中、嵐はすぐには出来るわけないかと判断するとスッと目を細めながら牙を剥き出しにすると唸り声を上げる。

 

「……グルルルルル」

『『『ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎』』』

 

龍の如き唸り声が発せられた瞬間、鳥達だけでなく口田達ー周辺にいた者達が全員、ゾワリと背筋を撫でられたような悪寒を感じてしまう。

人間である口田達はその威圧に身を振わせるだけだったが、鳥達は違う。

 

『『『〜〜〜〜〜ッッ⁉︎⁉︎⁉︎』』』

 

鳥達は我先にと嵐から逃げ出した。口田が操作しているのにも関わらずだ。

 

「ちょっ、口田君!?鳥逃げちゃったよ!?」

「口田!鳥呼び戻して!」

「……いや、どうも無理らしいぜ。鳥達がビビっちまって近づきもしないらしい」

 

葉隠、耳郎の言葉に必死に首を横に振っていた口田の通訳した砂藤がそう言う。彼の言う通り、鳥達はすでに口田が操作しようにも、本能的恐怖の方が優ってしまっていることで操作できないのだ。これで葉隠チームは手札の一つを失ったことになる。

 

「むむむ。八雲くんめぇ」

 

恨みがましそうに唸る葉隠。障子チームに続き葉隠チームも攻めあぐねる中、嵐は次の作戦へと動く。

 

 

 

「心操…最初の出番だ。準備はいいな?」

「ああ」

 

 

 

嵐の言葉に心操は不敵に笑った。

 

 

 

騎馬戦は更なる混戦へと突入する。

 

 





騎馬戦、嵐が騎手やったら強すぎるからと思って騎馬にしたんですけど、騎馬にしても強さは健在でしたね。
まぁ三人運んで移動できるし、風の防御壁に水のブレス。両手が塞がっていても攻撃と防御手段が封じられていない時点でこうなる気はしてましたよ。
それに、嵐自身の実力がオールマイトクラスな訳だし、トップヒーロー達だけでの騎馬戦なら嵐もいい勝負できてたんでしょうかね。
さて、自分の意思で嵐チームに参加した心操君。原作とは違いチームメイトを洗脳したわけでもなく、真っ向から堂々と利用する宣言しての次回ついに見せ場があるか!?

そして最後に、イメージCV誰がいいか、アンケートとってるんですけど見た限り諏訪部さんが大人気でしたので、諏訪部さんで行こうかなって思っています。とはいえ、アンケートはまだ続けるのでどうなるかわかりませんがね。

声のイメージ的にはFGOのジークフリートか食戟の葉山アキラでしょうかね。



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25話 愚者蹂躙



……………モンハンやってた。


ランク100まで後もう少しっ‼︎

怨嗟マガド待ってろぉ‼︎‼︎


7/24追記 諸事情で主人公八雲嵐君の追放前の名前を、出雲嵐だったのを、出雲翠風(みかぜ)に変えます。というのも、追放されて苗字を変えたのなら、名前も変えた方がいいかなとあとあとになって思ったからです。






 

 

 

『さぁさぁ開始5分にしてあちこちで混戦に次ぐ混戦‼︎‼︎各所でハチマキの奪い合いが続く中、やはり1位の八雲チームは狙われまくるが、圧倒的防御力で1000万未だ防衛中だぁぁ‼︎‼︎』

「あの一位のチームが凄いなっ‼︎」

「A組の連中は皆すごいが、彼は別格だ」

「敵と戦っただけでこうも差が出るかねぇ!」

 

個性を使っていることでもはや普通の騎馬戦の体を成していない超常的な攻防がスタジアム各所で行われる中、観客達は繰り広げられる激闘に口々に感心の声を上げた。

 

その中でもとりわけ注目されているのが、やはり嵐のチームだった。

1000万を持っているが故に全ての騎馬から狙われているが、嵐はその高い防御力と機動性を駆使することで攻撃の殆どを凌いでいる。一度危ない場面もあったものの、それは彼自身の機転で見事持ち直している。

既に並のプロを超えている高い実力を有している嵐に、多くの観客達が注目しているのだ。

 

注目されている嵐チームはというと現在、耳郎チームと障子チームの2チームの1対2の攻防を繰り広げていた。

しかし、嵐の圧倒的な防御力の前に彼らの攻撃は何一つ通用せず、耳郎チームは撹乱として利用していた鳥達が『嵐龍』の存在に慄き使役できなくなっており、手札の一つを無効化されていた。

 

そして遂にー

 

「心操。…最初の出番だ。準備はいいな?」

「ああ」

 

心操人使。普通科からの刺客が、嵐達が有するジョーカーが、動こうとしていた。

 

「拳藤、伏せてろ」

「う、うん!」

 

嵐にそう言われ、拳藤は嵐の角を掴むと身を屈めて伏せる。嵐はスッとしなやかな右足を真上へとあげてそこに暴風を集わせ圧縮させる。

白い風が渦巻き出来上がったのは、風の大槌だ。嵐は風槌と化した右脚をそのまま、

 

「《凶槌・風爆衝》」

 

地面へと振り下ろした。

ゴオォォッと唸り声を上げながらソレは地面へと振り下ろされ、直後ドゴォンッと轟音を響かせる。変化はそれだけではない。

 

『は、はぁぁぁぁぁ!?うっそだろオイッ!?八雲の奴、脚の振り下ろしでフィールドを踏み砕きやがったぁぁぁぁ!?』

『風を纏わせて破壊力を上げたか。とはいえ、踏み込みだけでフィールドを砕くとは……あんな芸当オールマイトじゃなきゃ難しいだろうな』

 

プレゼントマイクが驚愕の絶叫をあげて、相澤ですら目を丸くし驚愕を隠せないでいる。

彼らの眼前では嵐の暴風纏う振り下ろしによって、嵐を中心に蜘蛛の巣状のひび割れが発生したのだ。かなり堅固に設計されたはずのコンクリートのフィールドを嵐は風を纏っているとはいえ右脚一本で見事踏み砕いた。

轟音に次ぐ振動によって、嵐を除く全ての騎馬が崩れなかったものの蹌踉めいて動きを強制的に止められる。

 

「よし、行くぞ。心操ミスるなよ?」

「ああ」

 

心操にそう言った嵐は、すかさず動き暴風を纏うと葉隠達へ瞬く間に接近する。

 

「っ、このっ!」

 

嵐の接近に気づいた耳郎が苦し紛れにプラグを伸ばすものの、それは容易く躱されそのまま接近を許してしまい———

 

「………え……?」

 

どういうわけかハチマキは取られなかった。

代わりに、嵐は耳郎達の周りをぐるっと一周した後、すぐに離れて障子チームの方にも向かうと障子達の周りも一周し障子達からも距離を取ったのだ。

不可解な行動に耳郎達が揃って訝しみ警戒する中、嵐は心操に尋ねる。

 

「心操……首尾は?」

「ああ、()()()()()()()()。いつでもいけるぞ」

「それは重畳。なら———仕掛けろ」

「了解。リーダー」

 

 

短く告げられた攻撃開始の合図。それに、心操は決然とした表情を浮かべながら短く答えた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『心操。洗脳だが、使う時は相手に触れてから使ってくれ』

 

騎馬戦開始直前に作戦会議をしていた嵐はそう心操に提案する。その提案に心操は首を傾げた。

 

『は?なんでだ?どうしてそんな手間をとる必要がある?』

 

洗脳の発動条件は相手に返事をさせればいいだけ。だというのに、なぜわざわざ相手に近づいて触れると言う面倒なワンアクションを挟まなくては行けないのだろうか。そんな疑問に嵐は答える。

 

『お前の個性は初見殺しだ。初見こそ成功するが、二度目からは警戒されるだろう』

『…‥まあ、確かに、それはそうだ』

『だから、競技を跨いでブラフを仕掛ける。この場にいる全員にお前の個性の発動条件を誤認させるんだよ』

『!なるほど、そう言うことか』

 

心操は嵐の言わんとしてることを理解する。

返事をするだけで発動ではなく、触れてから相手に返事をさせると言う二段階の工程を重ねなければ洗脳は発動しない。

嵐は洗脳の発動条件を相手に誤認させることでこの次のトーナメント戦で有利に戦えるように作戦を立案したわけなのだ。

この戦いを勝ち抜くことを前提とし、その先を見据えて作戦を立案した嵐に、心操は舌を巻く思いだった。

 

『こっからは情報戦でもある。使える情報は使うし、騙せるのなら騙す。そんでもってトップで勝ち抜く。それだけの話だ』

 

一歩どころの話じゃない。

十歩。いや、百歩以上嵐は自分の先を走っている。あの入試をくぐり抜け、1ヶ月違う授業を受け、しかもA組に関しては敵とも戦った。それらの経験を全て糧にした彼はこの場にいる誰よりも先を駆け抜けていた。

 

すごいと思った。こんなすごい奴が同い年にいて、こんなすごい奴が自分の個性を認めてくれた。

 

ヒーローになれると言ってくれた。

 

ヒーロー科に上がるのを期待してると言ってくれた。

 

だから、彼の期待に応えたい。

彼の期待に応えて、己の価値をこの体育祭で証明してヒーロー科に行って、そこで彼と、彼らと共に学びたい。

 

初めて、心操人使は誰かの背中を追いかけたいと思えたのだ。

 

 

 

(俺はヒーロー科に行って、絶対にヒーローになってやる)

 

 

 

今日、この戦いは夢を叶える為の第一歩だ。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「了解。リーダー」

 

 

嵐にそう返した心操は早速行動に移す。最初の狙いは、

 

「そこのプラグの人。あんたの耳凄いな」

「……何が狙いなの?」

 

耳郎だ。唐突な褒め言葉に耳郎は眉を顰め警戒しながらそう問い返す。

だが、その時点で手遅れだ。

 

「………!」

 

耳郎は虚な目を浮かべて完全に動きが止まる。

 

「えっ、ちょっ耳郎ちゃん!?どうしたの!?」

「お、おい!?どうした!?」

 

葉隠と砂藤が完全に止まった耳郎に慌てて呼びかけるも耳郎は一切返事をせず、虚ろな目を向けたまま立ち尽くしている。

そこに心操がすかさず命令を下した。

 

「耳のプラグで騎手のハチマキをとってこっちに差し出せ」

「…………」

「耳郎ちゃん!?ストップ!!」

「はぁっ!?どうなってんだっおいっ!!」

「…………っっ⁉︎」

 

耳郎が虚な目のままプラグだけを動かし葉隠の頭からハチマキを取ろうと伸ばす。しかし、それには流石の葉隠も慌てながらそのプラグを避けようと必死に上体を逸らす。砂藤や口田までもが驚愕する中、葉隠達の視界に影がかかり、

 

「貰ったぁ!!」

「あぁっ、取られたぁっ!?」

 

飛翔する嵐におぶられ拳藤が声を上げて葉隠の頭に手を伸ばしてハチマキをぶんどった。ハチマキを取られ慌てる葉隠に、横を通り過ぎた嵐の尻尾に巻かれている心操が一言言い放つ。

 

「ハチマキは貰うよ。おつかれ」

「くっそ………っ!」

 

あからさまな挑発の言葉に葉隠が悔しそうに呻きながら呟く。しかし、それも悪手だ。

心操の言葉に返事をした時点で洗脳は完了した為、葉隠もまたぴたりと動きを止め完全に動かなくなってしまった。

 

「葉隠⁉︎お前までどうしたんだっ⁉︎」

 

耳郎だけでなく葉隠までもが動かなくなってしまったことに砂藤が慌てる中、嵐達は彼らからは完全に視線を外して障子達に振り向く。

障子達は今何が起きたのか訳がわからずに訝しげな視線を向けていた。

 

「………今、何をした?」

「それを俺が話すとでも?」

「………っっ」

「障子ちゃん冷静になって。おそらくは普通科の人の仕業よ」

 

更に警戒を強くする障子に蛙吹が冷静に宥め先程の絡繰を探ろうとする。しかし、嵐達がそんなことを呑気に許すつもりはない。

 

「考える時間を与えるわけがねぇだろ?」

「くっ!」

「くっそぉぉ!やるしかねぇのかよぉ!」

「そうみたいね」

 

暴風を纏って障子達へと肉薄し、拳藤が片手を巨大化させて騎手を覆う複製腕のドームをどかそうとし、取影が体を分裂させて多方向からハチマキを取ろうと襲い掛かる。

障子は体の大きさを生かし、複製腕の皮膜を活用することで騎手の二人を必死に包みながら攻撃を凌ぐ、蛙吹や峰田も攻撃するもどう見ても分が悪い。

そして、完全に嵐の速度が障子達の認識を超えて見失った時、ここでも心操の個性が牙を剥いた。

 

「障子、だっけ。アンタ後ろがガラ空きだな。後ろからだと簡単に取れるぞ?」

「しまっ……っ!」

 

背後から不意打ち気味に聞こえた心操の声に障子は慌てて振り向く。だが、それはフェイクだった。後ろには誰もいない。これは障子の気をひくための発言だ。そしてそれに障子は答えてしまった。つまり、

 

「お、おい障子⁉︎お前までどうしたんだっ⁉︎」

「障子ちゃんっ⁉︎」

 

障子も洗脳にかかったという訳だ。

二人の声も届かず、障子もまた耳郎同様虚な目を浮かべその場に棒立ちとなる。障子達の前に再び姿を現した嵐の尻尾に巻きつかれている心操はすかさず命令を出す。

 

「背中に乗っている二人を拘束しろ」

「ケロォ!?」

「はぁっ⁉︎ちょっ、おいぃ!?」

 

障子は二人を覆い隠していた複製腕を操作してそのまま二人を拘束するように変える。二人をがっちりと拘束したことを確認した嵐は一気に肉薄して、拳藤があっさりと峰田の頭からハチマキを奪った。

 

「心操が触れた時点でチェックメイトだ」

 

ニヤリとしてやったりという笑みを浮かべながら嵐は二人に言い放つと背を向ける。

 

「じゃ、ハチマキは貰っとくね」

「そのまま二人を拘束し続けろ」

 

そしてハチマキを手に持っている拳藤がハチマキを頭に巻きつける中、心操がダメ出しで更に命令を下した。洗脳状態の障子はあっさりと従ってしまい、騎手の二人を拘束し続けている。

 

「もう何が何だかわかんねぇよちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎」

「……ケロォ……悔しいわ」

 

その場からさっさと離脱した嵐達の背中を見ながら峰田が悔しそうに叫び、蛙吹が肩を落とし残念そうに呟く。当然二人の胸中には何もできなかったことへの悔しさが大部分を占めているが、肝心の障子の洗脳が解けるそぶりもない為、何もできない。ゆえに、彼らは耳郎チームと同様ここで終わりとなってしまった。

 

『おぉぉ!ここで八雲チームが2チームからハチマキをあっさりと奪って更にポイント獲得‼︎‼︎まさに破竹の勢いだぜぇ‼︎‼︎』

『今のを含めると4チームからハチマキを奪ったのか。やはりあいつをどうにかしないとこの騎馬戦を制覇することは難しいな』

『やっぱそうだよなぁ‼︎ほんと、どこまでもぶっ飛んでやがるぜ‼︎‼︎もう反則だぞ反則‼︎‼︎』

「ひでぇ言い草だなぁ」

 

プレゼントマイクの褒めてるのか貶してるのか分からない酷い言い草に嵐は走りながら苦笑を浮かべてしまう。それには拳藤達も笑ってしまう。

 

「いやいや、八雲ほどぶっ飛んでる奴はいないでしょ?」

「確かに、アンタ滅茶苦茶だもん。ほんと味方でよかったわー」

「……まぁ、並外れた実力なのは確かだな。プレゼントマイクの言い分もわかる」

「おいおい、俺そんなに滅茶苦茶じゃないだろ?」

「「「それはない」」」

「解せぬ。……ッッ!」

 

チームメイトから共感を一人も得られなかったことに、嵐が不服そうに呟いた直後、嵐は不意にその場を飛び退いた。

飛び退いた直後、嵐が元いた場所には何か小さい鱗のようなものが無数に地面に突き刺さっていた。ソレが飛んできた先を見れば、三人の騎馬にまたがり、嫌な笑みを浮かべながら右腕をこちらに向ける金髪の少年がいた。

 

「………物間。このタイミングできたか」

「物間?あいつがそうか」

 

拳藤の心底面倒臭そうな言葉に嵐も彼こそが拳藤達を悩ませるB組きっての問題児だということを理解する。

それにより、警戒心が一気に上がり身構える嵐に物間はニヒルな笑みを浮かべるとわざとらしく拍手をしながら嵐に声をかける。

 

「いやぁすごいすごい。今の不意打ちを完全に躱すなんて。やっぱり主席のエリートさんはとても優秀だよ。格下の僕とは文字通り格が違う」

「八雲、気をつけて。こいつA組に頭おかしいレベルで対抗心抱いてるから何いってくるかわからないよ。後、アイツは触れたやつの個性をコピーできるから絶対に触れられないようにして」

「なるほど。了解した」

 

同じクラスでありなおかつ日頃から手を焼かされる者として彼の性格は把握しており、嵐と致命的に相性が悪いことを理解している拳藤は警告する。嵐も直感的にこいつは嫌いなタイプだと確信する。

 

「おやおや、酷いじゃないか拳藤。僕は本当のことを言ってるだけだぜ?ソレでなんでそこまで警戒するんだい?しかも、個性までバラしちゃうなんて」

「白々しいよ。お前がそういうやつだってのは私ら分かりきってんだから。ソレにこれは騎馬戦でしょ。お前は私らの敵だ。だから、味方の八雲に情報提供すんのは当然だ」

「やれやれ、酷いなぁ。まぁいいか。それはそうと、八雲君、よくもまぁ拳藤と取陰を誑かしてくれたね。まさか、その二人がA組に与するとは思わなかったよ。全く、酷い所業だ。僕達の大事なリーダー達を利用するなんて、クラスメイト全員に無視されたからって、男として情けなくないかい?」

 

ペラペラと薄っぺらい煽り文句が連続で放たれ、それに不快感を隠さずに眉を顰めた嵐が何かを言う前に拳藤達が抗議の声を上げる。

 

「お前、いい加減にしなよ。別に私らは利用されたわけじゃない。八雲の力になりたくてこいつと組んでるんだよ。八雲も私達を信頼してくれてる。くだらない挑発はやめなよ」

「そーそー、てか情けないってソレ言うなら、そうやって人を煽ることばかりしてるアンタの方がよっぽど情けないわ」

「………俺もこいつのことは信頼してる。だから、お前の言うような奴じゃないのはわかってる。微塵も情けないとは思わないよ」

 

同じB組である拳藤達はともかく普通科で全く関わりのない初対面の心操にまでそう返された物間は頬をピクピクさせるも、すぐに平静を取り戻して続ける。

 

「……ふ、ふふ、まぁいいや。僕は前々から君には興味があったんだよ。八雲君」

「…………」

「おや、だんまりかい。初対面なのに随分と嫌われたものだね」

「何が言いたい?言いたいことがあるなら早く言え」

「ああ悪いね。僕は話すのが好きなんだ。性分みたいなものさ。まぁ手短に話すよ」

 

不快感を隠さず剣呑な空気を放つ嵐の言葉に物間は臆することなくそう答えると、一層笑みを深くし、

 

「八雲君。君は、とっても素晴らしい個性を持ってるんだね」

 

そんなことを言い放った。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『A組が敵襲撃から帰還』

 

 

きっかけはそれだった。

B組物間寧人。個性はコピーであり、触れた相手の個性を5分間だけ使用できる。時間が経てば自動的に消えるが、複数コピーすることが可能であり、制限時間内であれば複数の個性を高い多彩な戦法を用いられるトリックスターのような個性だ。

彼はA組に並々ならぬ対抗心を持っており、常に張り合おうとしている。

A組とB組。入学時は特に大した差もなかったはずなのに、()()()()()敵に襲われて戦っただけでA組が注目されるようになった。

それでA組が調子付いているように見えて気に食わなかった。たかが一度会敵したぐらいでどうしてここまで注目度が変わるんだ?

 

気に食わない。だから、思い知らせようとおもった。調子付いているA組にB組の存在を。

 

その為に物間はB組のメンバーの多くを巻き込み作戦を立てた。

先ほどの障害物競走。そこで中下位に甘んじることで自分達の個性の詳細をあまり明かさないようにし、かつ上位を狙うA組連中の個性や性格を後ろから分析することで有利な作戦を立てて、次の種目ー騎馬戦で一気にA組を陥落させてB組がのし上がるという下克上作戦を。

 

初めこそは、全員から狙われる1000万を持っておらず、いつも攻撃的な不良生徒でもあり去年敵に襲われたこともある悪目立ちしている爆豪をターゲットにしようかと思っていた。だが、その考えを変えて八雲へとターゲットを変えた。

 

なぜか。

 

それは彼が気に入らなかったから。

 

物間は日頃から頭を回し、他人の粗探しをし続けて出し抜いてきた。『主役を喰らう脇役』。コピーの個性を持つが故に己をそう定めた彼は、今まで脇役のように生きながらも虎視眈々と主役を蹴落とそうと画策している。そんな彼にとって、嵐はまさしく、蹴落としたい主役だった。

 

自分をいつも手刀ノックアウトしてくる拳藤と同じく、クラスを束ねる委員長の立場にあり、雄英高校ヒーロー科入試主席合格者。

風と水と圧倒的な身体能力、手足の欠損すら再生してしまうほどの高い再生能力が合わさった複合型個性。あのオールマイトにも匹敵するような素晴らしい強個性を持ちソレを使いこなす姿。

 

しかも、自分達B組のリーダーと副リーダーかつ頼れる柱でもある拳藤や取陰をチームに引き込み、普通科の生徒すらも引き込んだ。分け隔てなく接して信頼関係を築ける人柄。

 

気に入らない。気に食わない。

 

何だソレは。反則じゃないか。自分は『コピー』という一人では何もできない個性に対し、彼はまさしく対照的。一人で何でもできる個性を持っていた。

一人で強敵に立ち向かうことができるのに、仲間を簡単に作る。それはまさしく物語の中の主人公ー定番の勇者みたいだ。

 

ズルい。憎い。羨ましい。妬ましい。

 

自分が持っていない全てを持っている嵐の存在が何もかもムカつく。彼を煽って怒らせることでボロを出させて蹴落としたい。

 

だから、皮肉や憎悪、嫉妬の意味も込めて煽ったのだ。

 

 

『素晴らしい個性を持っているんだね』と。

 

 

それがどんな結果を招くかも知らずに。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「………あぁ?」

「ッッ⁉︎」

 

物間の突然の言葉に、嵐は眉を顰めると自分でも分かるほどに声が低くなり空気が殺気立つ。誰よりも近くにいた拳藤が息を呑むも、ソレに気づかない物間は更に言葉を並べていく。

 

「そのままの意味さ。仮想敵の群れを薙ぎ払えるほどの暴風に、大砲以上の威力を秘める水の息吹。フィールドを砕けるほどの身体能力。しかも、手足の欠損すら治してしまえるほどの高い再生能力。あのオールマイトにも匹敵するほどの優秀すぎる力だ‼︎ソレほどの個性、素晴らしいと思わない方がおかしいじゃないか‼︎‼︎」

「……………な、に?」

 

手を大きく広げ大仰な身振りで話す物間は熱が入っているのか、どんどんと声のトーンを上げながら話し続ける。

 

「君は、さぞかし輝かしい人生を送ってきたんだろう。強大な力を手に夢へとまっすぐに突き進み多くの人に賞賛される‼︎まるで絵本の中の英雄みたいだ‼︎僕らみたいな格下の脇役なんて存在する価値がなく、君一人で物語を完結できてしまいそうなそんな素晴らしいスーパーヒーローになれるんだろうね‼︎‼︎」

「………ッッ」

「ああ、君が羨ましいよ。願うなら、僕も君みたいな個性を持って生まれたかったね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものだ。誰もが羨む英雄譚の主人公、ソレが君なんだ‼︎‼︎だから僕は——」

「いい加減にしろッッ‼︎‼︎物間‼︎‼︎‼︎」

 

聞くに堪えない戯言を続け、最後に何か言い放とうとした物間の言葉を、拳藤の激情に満ちた怒号が遮った。

いいところで邪魔された物間はあからさまに眉を顰め邪魔した拳藤を咎める。

 

「なんだい拳藤。これからがいいところだったのに」

「黙れっ。もうお前はそれ以上話すなっ‼︎」

 

物間の言葉に怒りに満ちた言葉でそう返した拳藤は物間を睨む。彼女の目尻には涙が滲んでいた。これには流石の物間も驚き口をつぐむ。

拳藤は凄絶な激情をその顔に浮かべながら、言葉をつづける。

 

「お前に八雲の何がわかるんだよっ‼︎くだらない意地張って、他人を貶めるような発言ばっかして人を傷つけて「拳藤、もういい」っっ」

 

続けようとした拳藤は途中遮られた嵐の言葉に反論しようとして彼を見下ろした瞬間、ゾクリと凄まじい悪寒が背筋を駆け抜け口を噤んだ。

 

「や、八雲……?」

 

恐る恐る彼を呼ぶ拳藤の体は小刻みに震えており、顔は青褪め、冷や汗が頬を伝っていた。

上にいる自分からは彼の顔は見えない。だが、先程彼の口から出た言葉。それがあまりにも冷たく悪寒を感じ、体の震えが止まらなくなっていたのだ。それは、心操や取陰だけでなく物間チームの騎馬の三人、円場、回原、黒色も同じだった。

 

「も、物間、早く八雲に謝れ。謝ってくれ‼︎頼むからっ‼︎」

「物間‼︎流石に言い過ぎだ‼︎‼︎早く謝れ‼︎」

 

円場、回原の焦燥と恐怖に満ちた嘆願が物間に届く。

 

「円場に回原まで、一体どうしたんだ…っっ⁉︎」

 

不思議そうにつぶやいた物間は最後まで言い切ることができなかった。それは、突如かつてないほどの濃密な恐怖に呑まれたからだ。

体は震え、カチカチと噛み合わない歯を鳴らしながら物間はゆっくりと前方へと振り向く。

 

 

そこには、恐怖が、絶望が———怪物がいた。

 

 

垂れる白髪の隙間から覗く眼光の色は黄金でも、橙でもなく、血のような真紅。

飛膜は根元からズズズと墨色の黒が滲み、黒く変色し山吹色の模様が真紅に染まる。

胸には橙色の輝きに紫電の迸りが混ざりバチバチと音を鳴らす。

嵐を中心に風が吹き荒れ、激しく渦巻く。

それは他ならぬ彼が激昂した証拠。しかし、空がまだ黒雲に呑まれていない分、ある程度理性は残っているのだろう。

 

「ッッッ‼︎‼︎」

 

ここにきてようやく物間は自分が嵐の特級の地雷を踏み抜いたことを理解した。

 

「くく、くはは、はははははははははははははははははっ‼︎」

 

嵐は肩を揺らすと顔を上げ鋭く尖った牙を剥き出しにして嘲笑の声を上げる。物間達が恐怖に硬直する中、一頻り笑った嵐は物間へと視線を向けて、

 

「ははは、はー………テメェ、ふざけんなよ」

 

怒りが滲む冷酷な声音でそう言い放つ。

瞬間、凄まじい殺気が嵐から放たれ物間達は当然のこと、それだけにとどまらずフィールド全体を凄まじい殺気で呑み込み全員の動きを止めたのだ。全員が何事かとその殺気の発生源に恐怖や動揺、驚愕の眼差しを向ける中、嵐は苛立ちや怒りが多分に含まれた声音で続ける。

 

「黙って話を聞いてりゃあなんだ。素晴らしい個性?輝かしい人生?俺の個性が羨ましい?しまいには、テメェ……生まれた瞬間から人生勝ち組が確定しているって言ったか?……あぁ、ふざけんなよ。ふざけんじゃねぇよっ‼︎クソッタレがッッ‼︎‼︎‼︎」

 

次第に語気を荒げる嵐は、物間をギンッと鋭く睨むと怒りや憎しみを顕にしながら怒鳴る。

 

「テメェに俺の何がわかるっ⁉︎俺のこれまでの何もかもを一つも知りもしないテメェがっ‼︎テメェみてぇなっクソ餓鬼がっ‼︎知ったような口をきくんじゃねぇっ‼︎‼︎」

 

嵐は胸の内で荒れ狂う激情のまま叫び散らす。

素晴らしい個性?違う。こんなもの素晴らしいわけがない。傷つけることしかできない個性なんていらない。もっとまともな個性が欲しかった。こんな厄災を操る力なんてヒーローになるには邪魔でしかない。

輝かしい人生?ふざけるな。こんな力のせいで大好きだった姉を殺し家族から捨てられたんだぞ。かつて、殺してしまった姉が人外の化け物に改造されて、そんな彼女に殺されかけた。悲劇ぶるつもりはないが、家族に愛されない人生のどこが輝かしいんだ。

個性が羨ましい?黙れ。知らないからそう言えるんだ。副次的な力しか使ってないからただの強個性にしか見えないだけだ。こんなもの…‥俺は、持って生まれたくなかった。

 

「……八雲………」

 

かつてないほどに怒りのままに叫ぶ嵐の様子に、誰もが圧倒し驚く中、彼の背に乗っている拳藤は、それが悲しみを怒りで覆い隠しているように感じた。

その怒りの慟哭は、拳藤からすればひどく悲しくて彼女の胸が強く締め付けられるような感覚を覚えた。

 

「主人公?脇役?知るかッッ‼︎‼︎

テメェの何の価値もねぇ物差しで俺を測るんじゃねぇよっ‼︎‼︎そんなもん他所で勝手にやってろ‼︎‼︎一生脇役のまま腐り落ちて死ねっ‼︎‼︎」

「なっ、なっ……」

 

激情のままに吐き捨てられた暴言に物間が唖然とし眉をひくつかせる中、嵐はさらに顔を歪ませて怒りの咆哮を上げる。

 

「あぁくそっ、クソガッ、ふざけんなっ‼︎ふざけんじゃねぇよっ‼︎‼︎なんもしらねぇバカが好きにほざきやがって‼︎‼︎虫唾が走る‼︎反吐が出る‼︎

潰すっ‼︎叩き潰してやるっ‼︎‼︎もう二度とそんなふざけたこと言えねぇようにぶっ潰してやるっ‼︎‼︎テメェは、邪魔だっ‼︎‼︎」

 

彼の怒りに呼応するかのように瞳の輝きは増していき、風も激しさを増していく。

嵐が激昂した様子は誰の目から見ても明らかで、プレゼントマイクも焦燥に満ちた声を張り上げる。

 

『お、おいおいおい‼︎八雲の奴ブチギレてんぞっ⁉︎物間何言ったんだ⁉︎おい、イレイザーっ、あの状況かなりやばくねぇかっ⁉︎』

『……………』

 

プレゼントマイクの言葉に何も答えない相澤は視線を鋭くし包帯の下で表情を険しくする。

 

(………物間が何かを言ったのは確実だろう。それも、あいつが激昂するほどの特級の爆弾を。今のところ、空は荒れてないから一応理性の枷は残っているのか。……だがまぁ、この後の展開次第では競技そのものを中断させた方がいいな)

 

今はまだ空が荒れてないからいいが、嵐が完全に理性を手放してブチギレるようものなら試合そのものを中止にせざるを得ないだろう。

相澤がそんなことを考えながら嵐たちを見下ろす中、回原は顔を青ざめ恐怖と焦燥に満ちた声を上げる。

 

「ヤベェ、ヤベェヤベェヤベェ‼︎おい物間どうすんだよこの状況‼︎」

「………どうしようもないだろう。もう手遅れだ」

 

回原に続き口を開いた黒色はもう全てを諦めたかのような気弱な声音で呟く。殺気とも取れる凄まじい気迫を放つ嵐を前に、どんな抵抗も無意味と思ってしまったのだろう。

 

「と、とにかく距離を取らねぇと‼︎」

「っ‼︎あ、ああっ‼︎」

 

円場にそう言われてハッとなった物間は頷くと、牽制としてクラスメイトの鱗飛竜の個性『鱗』を両手に生やし弾丸のように飛ばす。

しかし、そんなもの何の障害にもならない。

 

「目障りだ」

 

苛立ちの一言と共に暴風が吹き鱗の弾丸は悉く弾かれる。あっさりと防がれたことに物間は歯噛みしながら必死に頭を回転させた。

 

(やっぱりこの程度の牽制じゃダメかっ。どうにか彼の個性をコピーできれば互角に渡り合えるんだけどね)

 

物間は嵐と渡り合うには嵐の個性をコピーしなければ勝負にならないと理解する。複合型の超強個性だ。コピーすればどれほどの力を得られるのか。その為にはどうにか接近して触れなければいけない。どうすればいいか、そう思考を巡らせる物間を、嵐は殺気に満ちた眼光で睨みながら背にいる拳藤に声をかける。

 

「拳藤、今から両手を離す。振り落とされないように捕まっとけ」

「う、うん」

 

拳藤は素直に頷くと少し下に降りて嵐の尻尾の根元に座ると後ろから首に腕を、腰に足を回してしっかりと捕まると、申し訳なさそうな表情を浮かべてそっと呟く。

 

「…………八雲、うちの馬鹿が本当にごめん。今回のは委員長の私にも責任がある」

「違う。お前に責任はない」

「………うん、お前ならそう言うと思ったよ。でも、これは私のけじめだ。あとで埋め合わせさせてよ」

「…………勝手にしろ」

 

視線を後ろの彼女に向けていた嵐はぶっきらぼうに答えると、取陰と心操にも声をかける。

 

「取陰、心操、これから少し暴れる。体に負担がかかるかもしれんが耐えてくれ」

「好きに暴れていいよ。あんなの誰だって怒る。てか、本当にウチのアホがごめんね」

「……俺も大丈夫だ。好きに動いてくれ。どこまでも付き合う」

「………そうか」

 

短く頷いた嵐は、再び前を向くと少し距離をとった物間を視界に収めつつ身を屈め、

 

「…………《疾風瞬天》」

 

刹那、彼の姿が消えた。

 

 

「……は……?」

 

 

物間は一切目を逸らしても、瞬きもしていないはずなのに嵐達の姿を見失ったことに間抜けな声を上げたが、次の瞬間には自分の眼前に嵐の姿があって、自分の腹に拳がめり込んでいたのだ。

バキボキと骨に罅が入る音が断続的に響く。

 

「?〜〜〜ッッ!?!?!?」

「も、物間ぁっ‼︎⁉︎」

 

その直後、物間の体は軽々と宙へと打ち上げられる。物間は訳がわからないと言った表情を浮かべつつも、腹から伝わる激痛に空中を舞いながら血を吐いて悶絶している。

 

「………ッッ」

 

嵐は物間が落ちてくるのを待たずに地面を砕き凄まじい速度で飛び上がると、一気に物間へと肉薄し、

 

「ガッ、ハァッ!?」

 

落ちてくる物間の鳩尾に容赦ない膝蹴りを叩き込んだ。ドゴォォッと嫌な音が響き、物間は肺の中の空気全てと更なる血を吐き出しながら更に高く打ち上げられる。

 

『殴り飛ばされた物間を八雲が追撃して膝蹴りをかましたぁぁぁ‼︎‼︎すげぇ音したぞっ‼︎⁉︎』

 

プレゼントマイクが思わず立ち上がりそう叫ぶ。人体からなってはいけないような鈍い音が実況席まで届いたのだ。焦りもするだろう。

だが、そんなこと当人である嵐にはどうでもいいこと。既に物間を蹂躙することは決めているのだから。

 

「……………」

 

嵐は空中で無様にもがく物間に迫る。

 

「……グゥッ………このっ、くそっ!」

 

一年ステージどころか隣の2年ステージまで見下ろせるほどの高さまで蹴り飛ばされた物間は、痛みに顔を歪めながらも、悪態をつきこちらへとまっすぐ迫る嵐に右腕を構える。すると、右腕がドリルのように回転したのだ。

この個性の名は『旋回』。物間チームの騎馬の一人である回原から事前にコピーしていた個性だった。

まさしくコークスクリュー、いやそれ以上の回転速度で放たれる右腕に対して、嵐は左拳を構える。

 

(勝った…‼︎)

 

その選択に物間は勝ったと確信する。

 

(ドリルにパンチが敵うわけがないだろっ!そのまま君の腕を砕いてあげるよっ!)

 

回原の個性『旋回』は対人近接戦においてはかなり強力な物である。普通なら真っ向から向かおうとは思わないし、躊躇う。だが、嵐は何を血迷ったのか拳で迎え撃とうとしているのだ。いくら身体能力が高くても、体が鱗に覆われていようと所詮は生物の身体。ドリルならば貫ける道理がある。

だが………物間は知らないのだ。嵐の鱗の強度は、あのオールマイトの並のパワーを持つ脳無のパンチにも耐えうるほどだと言うことを。

そして、そのまま、二人の拳と腕は激突し、バギィッと音を立てて物間の右腕が砕かれた。

 

「ぎっ、あああぁぁっ⁉︎⁉︎」

 

右手の指がすべてへし折れてあらぬ方向に曲がり、一瞬にして脳に伝わる熱を持った痛覚に物間は驚愕するまもなく苦痛の悲鳴をあげる。

物間は砕かれた右腕を押さえながら、大地へと堕ち始めるものの、嵐がただもがくだけで堕ちることを許さなかった。

 

「…………《空絶・風縛牢》」

 

スッと開いた右手を物間へと向けながら小さく呟く嵐。直後、風が吹き荒れてフィールド20m上空まで落ちた物間を包み込むとその場に拘束される。

 

「こ、このっ、離せっ‼︎」

 

拘束から抜け出そうと痛みを堪えながら必死に身を捩らせる物間に嵐は急降下し迫り、右拳を構えて今度はそれを彼の顔面に振り下ろす。

しかし、返ってきた感触は金属のような硬い何かを殴った感触。音もガギィンと人体からは決してならない音だった。

 

「…………あ?」

 

見れば、物間の皮膚は肌色ではなく灰色の金属に覆われていた。

 

「これって、鉄哲のスティールっ⁉︎」

 

同じクラスメイトである拳藤がすぐさまその個性の存在に思い当たり思わず声を上げる。

彼女の言った通り、物間は回原だけでなく「スティール』という己の体を金属に変える個性を持つ鉄哲からもコピーしており、防御として今使ったのだ。嵐の拳を受け止めた物間は未だ拘束されてるはずなのに、ほくそ笑んだ。

 

「ふ、ふふ、ふふふ、いやぁ、本当死ぬかもしれないってヒヤヒヤしたけど、どうにかなったよ」

「………何がだ?」

 

拳を離して物間を見下ろす嵐が冷徹な声音でそう尋ねると、物間はニヤァと嫌な笑みを浮かべると嵐を見上げながら嘲笑う。

 

「………さっきね、君に触れてたんだよ」

「ッッ」

 

実を言うと物間は先程右手を砕かれた時、砕かれはしたものの嵐との接触を果たして個性をコピーすることができたのだ。もっとも直後の激痛のせいですぐに使う余裕はなかったが。

しかし、その一言に誰よりも驚愕したのは嵐よりも拳藤だった。拳藤は慌てながら嵐に叫ぶ。

 

「八雲早く下がって‼︎お前の個性のヤバさはお前自身がよくわかってるだろっ‼︎早く下がって‼︎」

 

嵐の方を掴み揺らしながらそう叫ぶ拳藤だったが、嵐は一切耳を傾けずに顔色を変えることもなく無言で物間を見下ろすとポツリと小さく呟く。

 

「………いいぜ。使ってみろよ」

「は?」

 

嵐の予想外の一言に物間には呆気に取られるも、すぐに嘲笑へと変わる。

 

「は、はははは!君の大事な個性がコピーされたってのに随分な余裕だねぇ‼︎‼︎でも、どうせ虚仮威しだろっ‼︎⁉︎内心では焦っているんじゃないのかいっ⁉︎大好きな個性がコピーされたんだからさぁ‼︎‼︎」

「…………」

「ふふ、だんまりかい。でもまぁ、君がそう言うなら是非とも使わせてもらうよっ‼︎これでさっきまで散々してやられたお返しをしてあげようかっ‼︎‼︎」

 

そう言った直後、物間の皮膚は全て灰色の鱗に変わり、服を突き破り尻尾や灰銀色の飛膜が、額からはくすんだ鬱金色の角が生えて、瞳は縦に割れて黄色の輝きを帯びた。

それは確かに嵐の個性『嵐龍』をコピーした証拠だ。それには拳藤達だけでなくそれを目にした者達が全員驚愕を隠せなかった。

 

『び、B組物間八雲の個性をコピーしやがったっ‼︎‼︎これは流石に八雲も気をつけた方がいいんじゃねぇかっ⁉︎』

 

プレゼントマイクの驚愕の声が響く中、コピーした証拠を裏付けるように早速砕かれた右手が再生を始めていった。

 

「は!はははっ!本当にすごい個性だねっ‼︎あんなに痛かった身体がもう痛みを感じないほどに再生されたよっ‼︎‼︎本当に素晴らしい個性だっ‼︎使ってみるとよくわかるものだねっ‼︎‼︎」

 

右手の再生が済んだことに歓喜の声を上げる物間を冷めた目で見続ける嵐は、小さく嘆息すると、スッと少しだけ距離をとった。

その様子に、ようやく事態を飲み込んで臆したと思ったのか物間は明らかに挑発する。

 

「ふふふ、どうやらようやく状況が飲み込めたようだね。ねぇ、どんな気分だい?君の絶対的強さを支える個性がコピーされて、動揺が大きいんだろう?わざわざ隠さなくてもいいよ。僕も君の立場ならそう思うさ。まぁいいや。そろそろこの風も鬱陶しいし、君の個性で早速壊させてもらうよ」

 

そう言って物間が風の牢獄を破ろうとコピーした風を発動しようとした瞬間、嵐が静かに口を開く。

 

「………随分とはしゃいでるようだが、一つ忠告しといてやる」

「ん?」

 

憤怒や殺気だけでなく憐憫の色も混ざった瞳を向けて、嵐は憐れむように続ける。

 

「お前程度の小物に()()()を抑えることはできない」

「負け惜しみかい?何を言って……ッッ‼︎⁉︎」

 

最初こそ訝しみ首を傾げた物間だったが、ビクンッと勢いよく体が跳ねた直後、

 

「ぎっ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

悲鳴を上げた。

体はガクガクと震え、冷や汗がどっと吹き出し、狂ったように周囲に吹き荒れる風。嵐は自身の風で相殺しつつ周りに影響が出ないように風の球体で包み込むと言う器用な真似をしつつ静観し、拳藤達は何が何だかわからずに警戒している。

嵐達が各々の反応を見せる中、物間の心を占める感情。それは、

 

(な、なんだこれっ⁉︎……なんなんだ……アレはっ⁉︎……なんだよっ……あの怪物はっ⁉︎)

 

恐怖。その一つのみだった。

嵐の個性をコピーしていざ本格的に使おうとした瞬間、自身の内側に何かが入り込みそれが暴れているのを確かに感じた。

そうして物間は遂にソレを見た。見てしまった。

 

 

キイイィィィィィィィ—————————ァァァアアアアッッ‼︎‼︎‼︎

 

 

自身の内側ー脳裏に突如映った赤紫に染まった黒天。その中に佇み優雅に舞う見るも恐ろしき巨大な怪物の姿を。

赤く染まった眼光をこちらに向けて凄まじい威圧感を感じさせる咆哮は耐え難い恐怖を感じてしまう。

 

逃げたい。早く逃げたい。今すぐあの怪物から逃げたい。そう必死に願っているのに、体は一向に動かず、目を閉じることも叶わない。絶対的な死の恐怖に、圧倒的な怪物の威圧に物間は完全に呑まれてしまったのだ。

 

「な、なに?何が起きてんの?」

「あの苦しみようは尋常じゃないね……」

「……どうなってんだ?」

 

訳がわからず悲鳴を上げながら苦しむ物間の様子に拳藤達は訳もわからず混乱してしまう。

 

「な、なぁ、八雲、お前はああなることわかっていたのか?」

「…………いや、あくまで予想でしかなかったがな。あの個性のリスクは俺が一番よくわかっている。そのリスクを踏まえたら、コピーしたところであの程度の小物が扱える訳ねぇんだよ。それに……」

 

そう言って嵐は空を見上げる。

見る限り、雲一つない晴天の空だ。変わる様子もなく小さく安堵する。

 

「……見た限り、全てをコピーはできないみたいだな。俺の個性が全てコピーされたら、大惨事になっちまうから、ひとまず安心だな」

 

青空が黒天に変わってない以上、物間はコピーできると言っても全てではなく何かしらの制限があるはずだ。嵐龍の本領である天候操作ができないのは、その辺りの制限による物なのだろう。

少しばかりの不安要素も払拭できた嵐は表情に影を落とし顔を伏せると自嘲気味に小さく呟く。

 

「過ぎた力は身を滅ぼす。まさしくその通りだな。…………本当、つくづく思い知らされる。俺は、俺の個性は、どう取り繕っても……怪物なんだな」

「………え………?」

 

並みの人間ならば恐怖に怯えるしかないような怪物が自分の中にいることに、ソレを使いこなす自分もまた怪物だと言うことを思い知らされているようだった。そんな彼の悲しい呟きを拳藤はかろうじて聞き取ってしまった。

だが、ソレに嵐は気づくことなく、未だ悲鳴を上げてのたうち回る物間へと視線を向け構えた。

 

「……そろそろあいつの声も鬱陶しくなってきたから、早々に潰すか。ソレにガワだけでもコピーしてるようだから遠慮なくやれる」

 

最後にそう獰猛に呟くと一気に物間との距離を詰めて、手加減遠慮なしの本気の拳を腹に叩き込む。普通なら物間の肉体は貫かれてしまうほどの破壊力だ。しかし、今は嵐の個性をコピーしている状態だ。嵐を呼び出すことこそできないが、肉体の強度はコピーできたのだろう。軽くめり込むだけに止まったのだ。

それでも、破壊的な威力には変わりはないが。

 

そこからはもはやただの蹂躙だった。

 

風の結界内で嵐は物間を何度も殴り、蹴り飛ばした。その度に轟音を鳴らし勢いよく吹っ飛ぶものの、結界のせいで地面に落ちることはなくむしろ、風に当たった瞬間に勢いよく弾かれ嵐のとこへと戻ってきてしまうのだ。まさしくサンドバッグのような扱いで、嵐は物間を蹂躙し続けた。

 

「ガッ、ゴフッ、く、くそっ……あぁっ⁉︎」

 

常人ならば既に20回は死んでいるであろう猛攻だったが、皮肉にも嵐の個性をコピーしてしまったことで死ぬどころか意識すら保ててしまっていた。

 

『………うっわぁ容赦ねぇな八雲。かれこれ一分は殴り続けてるぞ。音がここまで聞こえてきやがる』

『『『…………ッッ』』』

 

プレゼントマイクが引き攣った声を上げ、容赦ない蹂躙に観客達だけでなく他の騎馬も動きを止めて絶句する。個性ありの残虐ファイトといってはいるものの、実際にその光景を見ると絶句するのも仕方ない。そして、時間にして約1分。荒れ狂う激情のままに物間を蹂躙し続けた嵐は、連打の最後に勢いよく顎を殴られて仰け反った物間の角を掴み強引に引き戻すと顔面に容赦のない膝蹴りをかました。

 

「ゴブゥッ⁉︎」

 

顔面に膝がめり込むと鼻でも折れたのか、パキと軽い音が響き、鼻血が宙を舞い醜い苦悶の声が響く。しかもソレに終わらず、角を掴んでいた手に力を込めて物間の両角をボギィッ‼︎とへし折ったのだ。

折られた角は宙を舞いながら地面へと落ちていく。

 

「〜〜〜〜〜ッッ‼︎⁉︎‼︎⁉︎」

 

激痛に声にならない悲鳴をあげる物間の顔は恐怖に染まりきっておりもう抵抗すらできないようだった。もう十分に蹂躙した嵐は、風の結界を解除すると同時に今度は物間の顎めがけ足を振り上げ物間を再び天高く蹴りあげたのだ。

激痛に悶える物間は風を纏って姿勢を安定させることもできずに無様に空を舞う。そんな彼を嵐は瞬く間に追い越すと空高く飛び上がり見下ろしながら冷徹に告げた。

 

「これで終わりだ」

 

そう言うと嵐は大きく息を吸いながら体を逸らすと、勢いよく前へと押し出して顎門を大きく開き、咆哮と共にブレスを放った。

 

 

ガアアァァァ————————————ァアァッッ‼︎‼︎

 

 

超高圧縮された激流ブレスが放たれ、物間を容易く飲み込むとそのまま下のフィールドへ突き刺さり轟音を鳴り響かせ土煙を巻き起こす。

幸いにも着弾地点には誰もおらず巻き込まれはしなかったものの、クレーターを作るほどの衝撃と振動に、何度目かわからないがまた騎馬の全員が蹌踉めいて膝をついた。

 

『と、とんでもねぇブレスが炸裂したぁぁぁ‼︎‼︎おい、ミッドナイト‼︎物間はどうなった⁉︎無事か⁉︎』

「………ッッ」

 

嵐の激流ブレス。その威力をよく知ってるからこそプレゼントマイクは青褪めた表情で席から立ち上がり声を張り上げる。ミッドナイトも焦燥を顕にし土煙が立ち込めるクレーターに視線を向ける。そんな彼女に嵐が声をかける。

 

「俺の個性を一部とはいえコピーしたんです。多少弱くても、たかがブレスの一発。せいぜい気絶する程度のはずです」

 

そう言って嵐は土煙の中に突っ込むと中から何かを引き摺り出して土煙の中から出ると、掴んでいたそれをミッドナイトの前に投げる。投げられてきたのは、

 

「………ぁ………あぁ………」

 

白目を剥いて呻き声を上げる物間だった。気絶した際に個性が解除されたのか、肉体は元に戻っている。

だが、見た限り命に別状はないように見える。たとえやばいと思うほどに鼻血を流し続けていたとしても、ミッドナイトの経験則からリカバリーガールの治癒で十分に回復可能だと判断できた。

だから、ミッドナイトは声を張り上げる。

 

「物間君の命に別状がないことは確認できたので、競技はこのまま続行するわ‼︎そして、騎手の物間君が地面に落ちたので、物間君チームはリタイアとします‼︎‼︎あと、今すぐに彼をリカバリーガールの元へ運んでちょうだい‼︎‼︎」

 

物間が意識消失かつ地面に落ちてしまったので、物間チームは残念ながら失格となった。その判断に、騎馬である円場達が悔しそうにする中、担架を担ぐロボット二体が現れ物間を担架に乗せるとさっさと入場口の中へと消えてしまう。

 

『一応物間は無事みてぇだな。なら、競技は続行だ‼︎さぁさぁ固まってるリスナー共‼︎とっとと暴れろ‼︎まだ時間はあるぜ‼︎‼︎』

『物間チームの騎馬三人、後で俺のところに来い。詳しく話を聞かせてもらうぞ』

 

プレゼントマイクの競技続行に後、冷たい相澤の声が響き円場達は顔を伏せてしまう。そんな彼らの前に嵐は立つと睥睨し冷徹な声音で告げる。

 

「文句があっても受け付けん。恨むならあの馬鹿を恨め」

 

物間と組んだからこうなったのだと、怒りが滲む声音で告げられた言葉に、回原が罪悪感を表情に滲ませながら首を横に振って答える。

 

「……いや、元からお前を恨むつもりはねぇよ。それより、物間が本当に悪かった。もっと早くに止めるべきだった」

 

その辺りのことはちゃんと分かっているのだろう。円場や黒色も異論なく申し訳なさそうにしていることから、全員が同じことを思っているのだとわかる。

だから、嵐はフンと不機嫌そうに鼻を鳴らすと、彼らから視線を外す。

 

「…………分かってるならいい」

 

そういって嵐は前へと歩き出す。回原達も物間をの無事を確かめるため、フィールドを出て医務室へと向かっていった。

 

「………や、八雲……その……」

「お前ら怪我はないか?少し無理な動きをしたからな、どこか身体は痛めてないか?」

 

何か言いたげだった拳藤に嵐は彼らに怪我はないかと尋ねた。それに拳藤は心操と取陰に視線を向ける。向けられた視線に二人は大丈夫だと頷いた。

 

「……う、うん、私らは大丈夫だよ。それより、お前の方が……」

 

心の傷を抉られ一番辛いはずなのに、自分達の身を案じる嵐の優しさに拳藤は胸を締め付けられるような気持ちになってしまう。

心操や取陰も悲しげな表情を浮かべていた。そんな彼らの気持ちを感じ取ってしまったのか、嵐は申し訳なさそうに答える。

 

「……大丈夫だ。それよりも、お前らを必要以上に怖がらせてしまった。悪かった」

「……そんなこと……私らは気にしてないよ」

「……いや、俺が気にする。……俺がまだ未熟だったから、あんな安い挑発に乗っちまったんだよ」

 

嵐は片手で自分の顔を覆い隠すと、指の隙間から赤い眼光を覗かせながら忌々しげに呟く。

 

「………アァくそっ、こんな無様、あの人達に認めてもらえるわけがねぇのに、あんなクソの挑発に乗って八つ当たりじみたことしちまった。まだまだだな」

 

まだ胸の内で燻る苛立ちに露骨に不快感を表した嵐はそう吐き捨てる。それは物間への怒りというよりかは、己へと怒っているような感じだった。

 

「………八雲、私は「拳藤、取陰、心操」…?なに?」

「…どうしたの?」

「……?」

 

何かを言おうとした拳藤に被せるように嵐が三人の名前を呼ぶ。嵐は拳藤が問い返すと、静かな声音ではっきりと告げた。

 

「勝つぞ」

 

シンプルな一言。

だが、その一言の重みに拳藤達三人全員の表情が引き締まる。残り5分。1000万は決して取らせないし、むしろ他のポイントを根こそぎ奪おうという気力に満ち溢れた。

 

「「「おうっ‼︎‼︎」」」

 

思うことはそれぞれある。だが、それはひとまず置いておいてとにかくこの競技を一位で完全勝利する。そう意気込み三人は強く頷いた。

 

「ッッ‼︎‼︎」

 

その直後、真横から嵐達を氷結の波が襲いかかる。白い冷気を放ちながらまさしく濁流が如く迫るソレを、嵐は右腕を振るい暴風を解き放つと容易く砕いてしまう。

氷が砕かれダイヤモンドダストが舞い上がり空間を煌めかせる中、その奥から氷結を放った挑戦者が姿を現す。

 

「そろそろ獲らせてもらうぞ。八雲」

「…‥来たか、轟」

 

飯田、八百万、上鳴を率いる轟チームだった。彼は、左右で色が違う瞳を嵐に向ける。

その瞳は1000万を必ず獲るというやる気に満ちたギラついた瞳。轟以外も全員が闘志に満ちた眼差しを向けてきた。

 

 

 

「テメェに挑んで、今度こそ勝つ…ッ‼︎」

「勝手に吼えてろ。勝つのは俺たちだ」

 

 

 

残り時間5分。騎馬戦はいよいよ最終局面へと突入した。

 

 





というわけで、今話は騎馬戦中盤戦であり、同時に物間ぶっ潰し回でしたね。物間は自分の目的のためなら普通に他人の傷を抉るだろうし、地雷も踏み抜くだろうなぁと思っていて、今回は誰もが一度は思ったことを嫌味を十二分に混ぜた煽りで曲解させて、見事嵐君をブチギレさせました。
その結果、ボッコボコにされてリタイアというわけです。

ちなみに、物間が保有していたハチマキですが、嵐がポイントそっちのけでボコボコにしたので誰にも取られていません。ソレに加えて、物間がリタイアしたことで彼らのハチマキは誰にも取られることなく無効になりました。

そして、最後に物間は嵐の個性をコピーしましたが、物間がせいぜい使えるのはかなり弱体化した風と肉体強度の底上げと膂力の向上程度です。
ブレスはそもそも体内にある嵐気胞に水を溜めて初めて威力を発揮するものです。天候を操作する力は使おうと思えば使えますが、物間のような並の人間の体では古龍の生命エネルギーに耐えられない為、使えません。
もっとも、ソレ以前に嵐龍の本能は通常の人間の心を簡単に飲み込めてしまうので、普通の人間は恐怖に飲まれ発狂します。嵐の強靭な精神力があるからこそ使えるのであって、精神力や肉体強度、それらが全て高くなければ使いこなすことはできません。

つまり、物間には一生無理です。




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26話 騎馬四重奏


皆さん、マジでお久しぶりです。
そして、半年以上期間を空けてしまい本当に申し訳ございませんでしたっ!!!
言い訳にはなりますが、現在たりふれの二次に没頭していたり、ISの2次も始めて色んなことに手を突っ込んでたから、回らなくなった訳なんです。………本当、言い訳ですね、ハイ。

ですがまあ、なぜ投稿を再開したかと言うと、それはズバリ、

モンハンサンブレイクでアマツマガツチ様が復活なされたのでモチベーションも復活したからです!!

アマツ様のご降臨にテンションが爆上がりしたので、そのテンションの勢いで投稿を再開させたと言う訳です。
しっかしねぇ。アマツ様のグラフィックマジで美しすぎですよ。動画見た時は思わずアマツ様!!と叫んでしまったほどです。
その後も、アマツ様の戦闘は3rd時代の演出を使ったものであり、最後の討伐後の演出も当時の感動を思い出させてくれる素晴らしいものでした。戦闘の方も魔改造されていて、激流3連ブレスがないのは惜しいですが、それを補って余りあるほどの大技の連続!!もう素晴らしすぎて、涙が止まりませんでしたよっ!!

さて、アマツ様の感動語りはこれくらいにして、今回はいよいよ騎馬戦終盤の話です。
早速どうぞ!!




 

 

 

『さぁ騎馬戦もラスト5分‼︎いよいよ終盤に差しかかったところで八雲と轟チームがついに激突ぅ‼︎入試主席と推薦入学者っつぅ文字通りの実力者同士のぶつかり合いだぜぇ‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

遂に対峙を果たした嵐と轟。

真紅の龍眼と銀と青の双眸が一つの動きも見逃さないと言わんばかりにお互いを見据えている。

ピリピリと空気が殺気立つ中、両チームのリーダーである2人がほぼ同時に口を開く。

 

「残り時間5分。後には引かねぇ」

「全員気を抜くな。完勝するぞ」

 

お互いのリーダーの指示に各々が頷く中、轟チームが動く。

 

「飯田、前進だ」

「ああ!」

 

轟の合図に従い飯田がエンジンを駆動させながら嵐達へと駆ける。八百万が創造したのだろう。八百万と上鳴はローラーシューズを履いているため、飯田の加速に問題なく追いつけていた。

嵐も飯田が走り出すのに合わせて風を纏い彼と一定の距離を保ちながら後退する。

 

「八雲!全方位から残りの騎馬全部向かってきてるよ‼︎」

 

周りに視線を配っていた拳藤が声を張り上げる。一瞬で周囲に視線を張り巡らせば、確かに自分達と轟チームを囲うように残りの騎馬ほぼ全てが一斉に襲いかかってきていた。

 

(空へと飛び上がるか?いや、待て、轟のやつ何かを言って……っっ)

 

一瞬飛翔による上空退避を考えた嵐は、轟が小声で八百万と上鳴に何か指示を出していたのを聞き逃さなかった。

 

(まずいっ‼︎)

 

彼の声を拾った嵐は、刹那の内に轟の企みを看破して声を張り上げすぐさま行動に移す。

 

「お前ら全員構えろっ‼︎‼︎」

「えっ、どういう…うわっ⁉︎」

「へっ、ちょっ⁉︎」

「嘘だろっ⁉︎」

 

嵐が尻尾と手を緩め声を張り上げるも、状況が掴めない拳藤達は首を傾げる。しかし、そんな彼らはその直後何か答える前に空へと打ち上げられたのだ。

 

(私ら、八雲の風で飛ばされたのっ⁉︎)

 

高々と宙を舞う拳藤は、自分達がフィールドを見下ろせるほどの高さまで飛ばされたことにすぐに嵐の風で飛ばされたと理解する。

一体何故?そう思った直後、その答えはすぐに明かされた。

 

「無差別放電‼︎130万V‼︎‼︎‼︎」

 

フィールドに上鳴の大放電が炸裂し、拳藤達の視界を黄金に染め上げたからだ。視界が染め上げられた直前、嵐が咄嗟に後退していたものの間に合わず、周囲の騎馬同様電撃に巻き込まれた光景を見たのだ。

 

「八雲っ‼︎」

 

拳藤は焦燥を滲ませて彼の名を呼ぶ。

いくら並外れた耐久を持っていたとしても電撃は別のはずだ。彼であっても麻痺は避けられない。

 

『おーっと‼︎ここで電撃に続いて氷結も放って騎馬を一蹴したぁぁ‼︎‼︎八雲も拘束されちまったぞ‼︎‼︎』

 

それだけに終わらず、轟がすかさず八百万が創造した棒を手に取り、氷を伝わせ周囲を氷漬けにして周辺騎馬の足を一斉に凍らせたのだ。

その中には当然嵐も含まれている。

下半身が氷漬けにされてしまっていた。電撃で体が麻痺してる上に追い討ちの氷結による拘束。これには流石の嵐も動くのに時間を要してしまうだろう。

彼が動けない今、空中に浮かぶ自分達は風の補助があってもいい的だ。敵につけ入れられる致命的な隙となる。

どうやってこの場を切り抜けるべきか、必死に拳藤は思考を巡らせていたが、その予測は大咆哮によって裏切られる。

 

 

 

ガアアァァァァァァ————————————ッッッ‼︎‼︎‼︎

 

 

 

ドガァァァァァンンンッッ‼︎‼︎

 

 

本日三度目の大咆哮が炸裂し、何度目かわからぬ激震が響き暴風が吹き荒れる。その激震と暴風によって轟が生み出した氷の一部が粉々に砕ける。

 

「なっ」

 

ダイヤモンドダストが舞い上がる中、轟は突然のことに顔を腕で覆いながら驚愕に目を見開く。

 

「な、何が起こったんですのっ⁉︎」

「こんなことできるのは1人しかいないだろう」

 

八百万の驚愕に飯田が正面から視線を外さないまま苦々しく呟き元凶へと視線を向ける。轟も彼へと視線を向けると忌々しげに呟いた。

 

「この、バケモンがっ」

 

その先にいたのは、両腕を地面に振り下ろしている嵐だ。彼は電撃を見事耐え抜き、その直後自身を覆った氷を周辺の氷諸共拳の振り下ろしの衝撃波と暴風で粉砕してみせたのだ。

他の騎馬はまだいくつかは身動きは取れていないものの、嵐は完全に拘束を粉砕した。

自由の身となった嵐は、冷徹な瞳で轟を睨み返す。

 

「拳藤達ならともかく、この程度で俺を足止めとは舐められたものだな。俺は電気にも耐性があんだよ」

「うっそぉぉ⁉︎アイツ耐えやがったっ‼︎‼︎」

 

大放電が直撃したにもかかわらず平然としている嵐に上鳴が目を剥き驚愕の声を上げる。

彼としては確実に足止めできたと思っていたのだろう。だが、それがあっさりと裏切られたのだ。驚愕するのも無理はない。

嵐は驚愕する彼らを他所に後方へと飛び上がるとちょうど落ちてきた拳藤達を受け止める。

取陰と心操を尻尾で巻き取り、拳藤を両腕で抱えたのだ。

 

「お前ら怪我はないか?」

「う、うん、私らは大丈夫」

「アンタのおかげで私らは無事だよ」

「ああ、正直助かった」

「なら良かった」

「そ、そうなんだけどさ、八雲…」

「ん?」

 

三人の無事を確認でき安堵する嵐に拳藤が少し恥ずかしそうにか細い声で呟く。

 

「その、この体勢は、ちょっと恥ずかしいかな……」

「……あー、すまん、すぐに変える」

「う、うん、ありがと」

 

拳藤は嵐に両腕で抱き抱えられている。彼の両腕は彼女の膝裏と背中を支えているため、横抱きの姿勢になっていた。

つまりはそう、お姫様抱っこの体勢だったのだ。

この体勢には流石に拳藤も恥ずかしく、なんとか背中に行こうとしていた。嵐も少し気まずそうにしつつすぐさま彼女を背中に背負う体勢に変える。

 

「なんかごめんね、八雲」

「いや、いい、気にするな」

 

少し申し訳なさそうにする拳藤に嵐はそう答えるとふわりと轟達の眼前に着地する。嵐はこちらを睨む轟を挑発する。

 

「さて、氷も効かない。電撃も効かない。残るは炎熱だけだが、お前はまだ使わないのか?」

「うるせえっ。戦闘において熱は使わねぇっていったはずだっ‼︎」

「ああ言ってたな。けど、勝てない相手にいつまでも手札を封じんのもどうかと思うがなっ‼︎」

 

そう言いながら嵐は風を纏い轟達との距離を詰める。しかも、丁寧に左側へと回り込みつつだ。

 

「拳藤‼︎轟の左側を中心に狙え‼︎右側には触れるなよ⁉︎」

「うん‼︎」

 

的確に、素早く指示を出した嵐は早速轟達に肉薄する。距離を詰めると拳藤が右拳を巨大化しながら振りかぶった。

 

「八百万‼︎」

 

しかし、轟も無防備で受けるわけがない。八百万の右腕から創造されつつある盾を掴むと腕から引き抜き間一髪で構えて拳藤の拳を防いだのだ。

 

「…っ‼︎八百万さんの創造、厄介だね‼︎」

「今に始まったことじゃない。攻撃を続けろ」

「ああ‼︎」

 

拳を防がれたことに呻く拳藤に嵐はそう指示すると、素早く彼らの背後へと回り込む。だが、これには轟も素早く反応する。

 

「上鳴‼︎」

「おうよ‼︎」

 

後ろに振り向きつつ声を上げて上鳴に指示。それに合わせて上鳴が先程の大放電には到底及ばないものの電撃を一瞬だけ放出したのだ。

 

「あぐっ⁉︎」

「拳藤っ⁉︎」

 

それは、拳藤を完全に痺れさせるには及ばなかったものの腕を弾いて少し動きを止めるには十分だった。拳藤は電撃の痛みに顔を歪めて反射的に腕を引っ込めてしまう。

 

「もらったっ‼︎」

「まだだっ」

 

一瞬の硬直の隙をつき、轟はすぐさま反転して拳藤へと右腕を伸ばすも、嵐が素早く回避しバックステップしながら取陰に指示を出す。

 

「取陰‼︎牽制‼︎」

「任せて‼︎」

 

取陰がすぐさま上半身を十数個に分裂させて轟達の周囲を旋回するように動きながら牽制する。

 

「チッ、鬱陶しいなっ」

 

轟達はその牽制の前に足を止めざるを得なくなり、嵐達の離脱を許してしまう。

轟達から離れ、3メートルほどの高さで留まりながら周囲を見渡す。

 

「………大半が凍りついたままか。動けているのはほぼポイント持ちだけだな」

「だね。凍ったままなのは全員ハチマキがないね。そんで、動けるのは—」

 

嵐の呟きに拳藤が答え、動ける者達を探した時だ。

 

「“黒影”‼︎」

『アイヨ‼︎』

「白髪野郎ぉぉぉぉ!!」

 

三つの声が聞こえてきた。

その声はどれもが聞き覚えのあるものであり、次の瞬間には、黒影と爆豪が左右から挟み撃ちするように襲いかかってきた。

 

「《天嵐羽衣》」

 

両者の接近を把握していた嵐は冷静に対処し、素早く風の防壁を展開。黒影の腕はあっさりと弾かれ、爆豪の爆破も掻き消される。

 

『カッテェっ⁉︎』

「チィっ、またかよっ!」

 

腕を弾かれた黒影は悪態をつきながらも、眼下の地面で走っている常闇の元へと素早く戻っていった。

爆豪も再び弾かれたことに舌打ちしながら地面へと落ちていくが、直後に瀬呂のテープで回収された。

嵐は中空に佇み風を纏いながら、自分達を見上げている三組の騎馬を睥睨する。

 

「くっ、今のもダメかっ‼︎」

「大丈夫!落ち着いていこうっ‼︎」

「くっそガァ。あんの野郎っ叩き落としてやるっ‼︎」

「だから突っ走んなって言ってるだろっ‼︎」

「チッ、緑谷に爆豪か。面倒な奴らまで来やがったか」

「轟さん冷静に!まだ時間はありますわ!」

 

緑谷、爆豪、轟の三チームの騎馬。

現状彼らが嵐達に次ぐポイントを持っており、今満足に動ける騎馬達。他の騎馬達は必死に氷から抜け出そうともがいている途中で、各々の個性で脱出を試みていた最中だ。

 

『あーーーっと‼︎ここで、上位四チームが睨み合いを始めたぞぉぉ‼︎‼︎』

 

三竦みならぬ四竦みの状況にプレゼントマイクが声を張り上げ、観客達が沸き立つ中、嵐が三チームを見下ろしながら、淡々と呟く。

 

「…………やっぱお前らが来るか。実力的にお前らが残ると思ってたよ」

「ごっちゃごちゃウルセェんだよ白髪野郎っ‼︎テメェは俺がぶっ潰すっ‼︎‼︎」

「まだ時間はあるっ‼︎何度でも挑戦させてもらうよっ‼︎八雲君っ‼︎」

「テメェは俺が倒すっ‼︎空から引き摺り落としてやるよっ‼︎」

 

三者三様にやる気に満ちた言葉に嵐は眉一つ変えずに赤い眼光を炯々と輝かせながら静かに返す。

 

「…………そうか。なら、精々足掻いてみせろ。だが、その前に」

 

嵐はそう呟くと未だに凍らされている者達を見渡す。今凍らされている騎馬は全員ハチマキがない状態だ。殆ど嵐達が奪ってしまっている。

そして、今なんとか脱出しようともがいており、そう時間もかからずに氷を砕いて襲ってくることだろう。

だが、その展開を嵐は望まなかった。

 

 

 

「———お前らは、邪魔だな」

 

 

 

そう小さく呟くと、一言呪いを唱えて静かに呟いた。

 

「———全てを閉ざせ。《断界(だんかい)天嵐風陣(てんらんふうじん)》」

『『『『『ッッッ⁉︎』』』』』

 

刹那、暴風が吹き荒れ自分達四組の騎馬を囲むように渦巻く風の結界が展開された。

激しく吹き荒れる風は生半可な力では突破することが叶わない程であり、高さも3メートルほどだから、登って乗り込むこともできない。

それが意味するところはつまり。

 

『ま、マジかっ‼︎残り時間約三分‼︎八雲、フィールド内に風の結界を展開して決戦フィールドを作りやがったっ‼︎』

 

これからの騎馬戦は風の結界内部にいる四組の騎馬での戦いになるということ。嵐は一瞬にして外界と隔絶した決戦場を作り上げたのだ。

 

『そんで中にいるのはぁぁ‼︎八雲、轟、緑谷、爆豪の上位四チームだぁぁっっ‼︎‼︎これは面白ぇことになるぞォォォォ!!』

 

終盤にして熱い展開となったことにプレゼントマイクはマイクを掴んで立ち上がるほど興奮しており、それに伴って観客達のボルテージも際限なく上がっていっていた。

嵐は中空からゆっくりと降り立つと結界内に閉じ込められた三組の騎馬達に冷酷な笑みを浮かべ告げる。

 

 

「さぁ、始めようか」

 

 

残り時間約3分。

 

 

騎馬戦は最後の戦いへと突入した。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『八雲が作り上げた風の決戦フィールド‼︎全体のフィールドよりもはるかに狭い領域で四組の騎馬が激しくぶつかり合うっ‼︎混戦に次ぐ混戦‼︎三つ巴ならぬ四つ巴の戦いっ‼︎いや、ほんとマジですげぇなっ⁉︎お前のクラスマジでどうなってんだよっ‼︎あの連中ほぼお前んとこの生徒だぞっイレイザー‼︎』

『知るか。あいつらが勝手に火を付け合ってるだけだ』

 

四組の騎馬の戦いに興奮を隠さずに立ち上がったまま実況するプレゼントマイクに相澤が冷静に返した。

彼の言う通り、現在嵐が作り出した風の結界内部では現在ハチマキを保有している四組の騎馬が鎬を削りあっている。

八雲、轟、緑谷、爆豪。それぞれが率いる騎馬達が結界内を目まぐるしく動きながら、ポイントを奪おうと戦っているのだ。とはいえ、その実態は1000万を狙う三組が嵐達を狙うと言う構図であり、共闘こそしていないものの嵐チームVS轟、緑谷、爆豪チームという状況になっている。

そして、絶賛三組から狙われている嵐達はと言うと、

 

「取陰、分散撹乱っ‼︎拳藤は防御に専念しろっ‼︎」

「任せてっ‼︎」

「わかってるっ‼︎」

 

嵐の激声に応えて取陰は体を分裂させて自分たちの周囲を旋回させながら周囲から襲いかかる敵を近寄らせないようにし、拳藤が手を巨大化させて片方を盾のように構え、もう片方を迎撃のために振るう。

 

「こんの一々うざっテェなぁぁっっ‼︎」

「黒影‼︎攻撃を続けろ‼︎」

『アイヨっ‼︎』

 

爆豪がまたもや独断専行して爆破で空を飛びながら攻撃を仕掛けてきており、取陰の攻撃を巧みに交わしつつ拳藤へと攻撃を仕掛けている。常闇が従える黒影もまた取陰の攻撃を受けながらも引かずに攻撃を続けていた。

 

「上鳴‼︎八百万‼︎」

「おうよ!」

「はい!」

 

轟チームも上鳴の放電や八百万が創造した道具などを駆使して嵐達を麻痺させるか凍らせるかを何度も試みている。飯田のエンジンにより嵐に次ぐ機動力を駆使し様々な角度から攻撃を仕掛けてきていた。

それらの攻撃を嵐は風を纏うことで塞ぎつつ、三人を抱えながら目まぐるしく駆け回り、常に距離を保っていた。

これは彼だからこそ出来る芸当であり、彼なしで実力派の三組の猛攻を凌ぐのは不可能だろう。

そんな攻防が約2分間ずっと続いていたのだが、結果は……、

 

『残り時間一分‼︎八雲チーム、轟、緑谷、爆豪からの集中砲火を受けても尚、揺るがないっ‼︎‼︎ハチマキを一つも奪われることなく全部死守してやがるぜっ‼︎なんつー野郎だよぉっ‼︎‼︎』

 

プレゼントマイクの言うとおり、嵐はハチマキを一つも奪われることなく死守してのけたのだ。

自分自身で範囲を狭めてはいるものの、それでも実力者三組の騎馬の猛攻を全て退けてのけた技量は驚嘆に値するもの。無論、嵐だけの功績ではなく、拳藤や取陰、そして個性こそ使用していないものの心操達もここに判断して対応しており、全員の動きがうまく噛み合って連携ができたからこそ成せた功績だ。

その功績に多くのプロヒーロー達が嵐は当然として他三名も注目されつつあった。

そして、不本意ながらも他チームと連携をして嵐の1000万を奪取しようとしてできないでいる現状に、轟、爆豪、緑谷はそれぞれ歯噛みしたり、悔しそうに、あるいは感心したりしている。

 

(この野郎……どこまで見えてやがる。ここまでやって掠りもしねぇのかよ)

(クソガッ白髪野郎だけじゃねぇっ。他のモブ共も目障りなことしやがるっ)

(八雲君が三人を信頼して動いてるから、連携に無駄がないっ。すごいな、八雲君っ)

 

三者三様の反応を見せる中、轟チームの前騎馬飯田が何か覚悟を決めたのか決心に満ちた様子で口を開いた。

 

「皆、残り一分、俺は賭けに出る。この後使えなくなるが、頼んだぞ」

「飯田?」

 

何かしている飯田にチームメイトの轟が思わず呟いてしまう中、飯田は続ける。

 

「しっかり掴まっていろ。奪れよ‼︎轟君‼︎‼︎」

 

そう言って飯田は片脚を前に出して強く踏み込み構える。

 

「トルクオーバー……レシプロッッ」

 

ボッ、ボボッと彼の脹脛から生えるマフラーからは煙に続き赤い炎までもが断続的に吹き始めた。そして、

 

「バーストッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

マフラーからは青白い炎が勢いよく噴き出したのだ。そして、限界を超えたエンジンの加速により、騎馬を前へと押し出し超速の突貫が始まる。

 

「———やっ」

 

ただでさえエンジンという個性により速度には定評がある彼の限界を超えた桁外れの速度。常人ならば急激な加速に目では追えても体が動くことは難しいだろう。

事実、取陰や心操もその速度の前に対応できずに驚いたそぶりしか見せない。唯一、拳藤が動いているものの、速度的に間に合わないだろう。このままではハチマキがあっさりと取られてしまう。

 

 

 

 

しかし、ソレが叶うことはない。

 

 

 

 

なぜなら、このチームには———彼がいる。

 

 

「……………」

「……ガッ、ハッ、そ、そんなっ」

 

ドォォンンという鈍い音が響いた直後、聞こえてきたのは苦悶と驚愕の声。その声は突撃をしたはずの飯田から聞こえた。

見れば、飯田の胸部には誰かの足がめり込んでいた。その足は、黒い鱗に覆われ翡翠の鉤爪と純白の飛膜を有する龍の脚。嵐の脚だ。

 

彼は受け止めたのだ。あの飯田の超加速の突貫を。

 

片脚を上げてもう片脚で踏ん張ることによって嵐は飯田の突貫を真っ向から受け止めてみせた。

嵐の足元を見れば踏ん張る足は微塵も後退しておらず、真っ向から受け止めて平然と耐えきっていた。

これには当人である飯田だけでなく同チームの轟達や、嵐のチームメイトであるはずの拳藤達も目を丸くしていた。

 

「賭けはお前の負けだな」

「……う、嘘だろっ」

 

彼らの驚愕を他所に脚を下ろしながらいい放った嵐の冷徹な言葉に対し、飯田は自身の突進の衝撃がそのまま返ってきてしまい胸部から伝わる鈍痛に苦悶の声を上げながら後ろに蹌踉めいてついには膝をついてしまう。その光景にプレゼントマイクが声を張り上げる。

 

『うっそぉぉぉッ⁉︎⁉︎八雲、飯田チームの超速突撃を正面から受け止めやがった‼︎‼︎矛盾勝負は八雲が制したぞッッ‼︎‼︎』

『飯田のあの加速は確かに速い。普通なら反応させずにハチマキを奪うことも可能だっただろう。だが、相手が悪すぎた。八雲は素の身体能力がずば抜けて高い。動体視力も同様だ。50mを0.2秒で走破できるアイツにとっては飯田の超加速も普通に見えたんだろう。だから対応できた。それだけの話だ。……まぁ八雲よりも受け止められた飯田の肋が砕けてないか気掛かりだな』

 

プレゼントマイクの絶叫に近い声に冷静に解説をした相澤は、最後に飯田の安否を案じる。

ちなみに、飯田の肋に関しては砕けるどころか罅も入っていない。それは嵐が受け止める際に脚を接触の瞬間に合わせて曲げることで飯田との衝突の際の力を全て吸収し踏ん張る脚へと受け流したからだ。青痣はできているかもしれないが、この後の競技は続行可能なはずだ。

もっとも、そんな芸当は人外の動体視力を持つ嵐だからこそできるのだが。他はオールマイトぐらいだろう。

 

相澤の解説に観客達は揃いも揃って動揺する。並外れた身体能力で突進を真っ向から受け止めたこともそうだが、何より『50mを0.2秒で走破』したことは少なくない衝撃を与えた。

 

『50mを0.2秒だって⁉︎』

『そんな超速移動できんの、オールマイトぐらいなんじゃ……』

『いったいどんな個性なんだっ』

 

観客達が嵐の身体能力に驚き、どんな個性なのかと口々に疑問の声を上げる中、距離を取った嵐は片膝を突いて悔しそうにしている飯田に淡々と告げる。

 

「今の加速はお前の隠し技なんだろう。確かに凄まじい加速だ。普通なら反応することは難しい。だが、俺からすればソレはまだ遅いな」

「くっ、これでもまだ届かないのかっ!?」

 

今の超加速。レシプロバーストは飯田のとっておきと言ってもいい秘策中の秘策だった。

トルクと回転数を無理やり上げることで爆発的な加速を生み出す秘策。一度使用すれば反動でしばらくするとエンストしてしまうというデメリットを抱えてはいるものの、速度に関してはまさに必殺とも言える裏技なのだ。

だが、その秘策を以てしても嵐には届かない。何故ならば、彼の速度は飯田のソレを軽く凌駕しており、そのおかげで目も超速の動きを追えるようになっているのだから。

格の違いを見せつけられ悔しそうに呻く飯田に轟が声を張り上げる。

 

「飯田左に避けろっ‼︎‼︎」

「うおっと」

 

轟の言葉に飯田がすかさず左に動いたと同時に、轟が地面に突き立てた棒に冷気を伝わせて、地面を凍らせて氷結の波を嵐へと放つ。

しかし、それは容易く回避され上空への退避を許してしまった。そして、上空へと退避する嵐達に眦を釣り上げた爆豪が怒号の如き雄叫びを上げながら襲いかかる。

 

「俺を無視すんじゃねぇぇぇぇっっ‼︎」

「無視はしてねぇよ」

 

火花を散らしながら振り上げた右手を前に嵐は風の防壁で対抗。風の防壁に爆破が叩きつけられるものの、それはもう何度も繰り返されたやり取り。先の結果と変わらず爆豪の爆破は嵐の防壁を突破することは叶わなかった。

 

「いい加減学習しろ。お前の爆破じゃ俺の風は突破できねぇよ」

「うるっせぇっ‼︎テメェの風は俺がぜってぇぶっ壊してやるっ‼︎」

「はぁ、マジで狂犬だな」

 

力の差を知りながらもなおも攻撃を諦めずに風を突破しようと何度も爆破を叩きつける爆豪に、嵐は若干呆れてしまう。

そして、そろそろ爆豪が鬱陶しく感じた嵐は残り時間も考慮し次の行動へと移った。

 

「そうだな。まずはお前からにしようか」

「あぁ?……ぐぉっ⁉︎」

 

何をする気だと訝しんだ爆豪は直後、苦悶の声を上げて一瞬威力が強まった風に弾かれ飛ばされた。

吹っ飛び錐揉みしながらなんとか体勢を立て直そうとしている爆豪に嵐は一瞬で肉薄する。

一瞬で接近した嵐に爆豪が驚きに目を見張りながら何とか迎撃しようと体を動かしたが、それよりも早く嵐は拳藤に素早く指示を出す。

 

「拳藤、掴め」

「ああっ‼︎」

「ぐぁっ、てめっ…このっ」

 

拳藤が巨大化した両手で爆豪を掴んでスッポリと体を覆ったのだ。頭だけが外に出てる状態で首から下を完全に拘束された爆豪は抜け出そうともがくものの、手の締め付けが強く抜け出せない。

 

「取陰」

「はいよ」

 

その間に取陰が後ろから分裂させた手を操作して爆豪の首に巻かれていたハチマキをあっさりと奪ってしまったのだ。

 

『おーーーっと!ここで八雲チーム取陰と拳藤の連携によってハチマキ奪取‼︎これで爆豪チームも0ポイントだぁ!』

『勝負を決めにきたな。八雲の奴本気で全員からポイントを根こそぎ奪う気か』

 

ついに崩れた均衡にプレゼントマイクや観客達がワァァ!と歓声を上げる。そんな中、ポイントを取られ悔しそうにする爆豪に嵐は冷徹に言い放った。

 

「安心しろ。時間的にどうせ最終種目には上がれるだろう」

「このっ、てめぇ返しやがれぇっ‼︎‼︎」

「返す訳ねぇだろ。お前らはそこで黙ってみてろ」

「それじゃあ、お疲れさんっ!」

 

そう告げるや否や拳藤が両手を振るい爆豪を下へと投げ捨てる。

 

「白髪野郎ぉぉっっ‼︎…っがぁっ⁉︎」

 

拘束から解放された爆豪はなんとか体勢を立て直して再び嵐達に襲い掛かろうとするものの、嵐の風の追撃を受け切島達がいるところへと叩きつけるように落とされた。

 

「うぉっ⁉︎爆豪っ、無事かっ⁉︎」

「ってて……おい、爆豪っ‼︎」

「………ぐっ……あんのっ、野郎っ」

 

先程と同じように辛うじて受け止めた切島達は体制を崩しながらも爆豪の身を案じる。再び一蹴されてしまったことに爆豪は恨みがましそうに無念の声を上げて再び立ち上がり嵐達を追いかけようとした時、彼らは気づいた。

 

「う、嘘。これって……」

「さっき皆を分断した風の壁かっ」

「つぅことは、俺らも追い出されたのかっ⁉︎」

 

彼らの目の前には先ほどまでなかったはずの風の防壁があったのだ。それは先程ハチマキを持っている者だけを囲うように展開された暴風の結界だ。

それは嵐が用意した決戦場から弾かれたということになる。先ほどよりもより範囲を狭めて自分達も入れないようにしたことを理解した切島達は悔しそうに歯を噛み締めることしかできなかった。

そして、爆豪も組み直された騎馬の上で風の防壁を見上げながら悔しそうにしていた。行き場のない怒りと屈辱に体が震えている。

自分一人ならばこんな防壁など爆破で飛べば突破できる。だが、万が一その先で地面に落とされて仕舞えば失格になってしまう。そうしたら何もかもが無駄になる。それが分かってるからこそ、その場で動けずに悔しそうにするしかなかった。そして、怒りと屈辱に震える爆豪は、防壁の先にいるであろう嵐を睨むと、

 

「くっそがぁぁぁぉぁぁぁ!!」

 

そう怒号をあげることしかできなかった。

そして、爆豪が結界の外で叫ぶ中、爆豪からポイントを奪い一蹴した嵐達はすでに次の獲物に狙いを定めていた。

 

「次だ。行くぞ!」

 

嵐は眼下で戦っている緑谷と轟チームへと視線を向けると、二組に突撃する。

飯田がまともに動けなくなり速度によるアドバンテージがなくなった轟チームに緑谷チームが果敢に襲い掛かろうとしている中、嵐はその間に凄まじい勢いで着地した。

 

「割り込ませてもらうぞ」

「八雲君っ⁉︎」

「八雲っ⁉︎」

 

突如乱入してきた嵐達に緑谷達は驚きを隠せない。だが、そんな驚愕に構わずに嵐達はすかさず襲いかかる。

 

「まずは轟からだ。取陰、常闇の黒影を牽制し続けろ。近づけさせるな」

「了解っ‼︎」

 

まずは、機動力が格段に落ちてしまった轟達へと。それと同時に取陰が体を分裂させて緑谷達へと仕向けて、黒影を重点的に狙って近づかないようにする。

 

「くっ、上鳴っ‼︎」

「任せろっ‼︎」

 

飯田のエンジンでの回避が出来ないため、轟は上鳴に放電での迎撃を指示する。上鳴はすかさず応えて、放電するものの嵐はそれを喰らうよりも先にあっさりと退がったのだ。

放電を回避した嵐はニヤリと笑うとガパッと口を開き、水の塊を口から吐き出すとそれを地面に叩きつけた。

バシャァァァン!と地面に広がる水は轟チームだけでなく緑谷チーム達の足をも濡らしていく。

 

『ここで八雲、地面に水の塊をぶちまけたぁぁ!!地面が水浸しになったぞぉ‼︎何が狙いだぁっ⁉︎』

『………ほぉ』

 

プレゼントマイクが嵐の狙いがわからずに声を張り上げる傍らで、相澤が嵐の目的に気づき関心の声を上げる中、嵐は再び轟達へと肉薄する。

轟は再び放電で迎え撃とうと上鳴に指示を出そうとするが、

 

「っ、上なっ」

「いいのか?放電なんかして。確かに足止めはできるだろうが、仲間も巻き込むぞ?」

「轟すまねぇっ!完全に八雲にやられたっ‼︎」

「待ってください轟さん!今上鳴さんが放電してしまったら、私達までやられますわっ‼︎」

「っっ⁉︎チッ、くそっ」

 

嵐と上鳴、八百万にそう指摘され、轟も現状を理解したのか忌々しげに舌打ちすると、指示を中断する。これこそが嵐の狙いだった。

 

『八雲の奴考えたな。水は電気をよく通す。胴体を絶縁体シートで覆っても、地面が水浸しで足が濡れている以上、足元から感電してしまう。そうなればただでさえ機動力が落ちているのに、今度こそ動けなくなるだろう。上鳴はもう大規模な電気を放つことはできない。しかも、その上轟の氷結も八雲の風には通用しない。見事な手際だな』

『そこまで考えてたのかよっ八雲の奴っ‼︎ともかく、これで轟チームはだいぶ手札が制限されちまったんじゃねぇかぁっ⁉︎』

 

嵐は何も無策で水の塊を地面にぶちまけた訳じゃない。相澤が言った通り、上鳴封じの為に行ったのだ。絶縁体シートで上鳴の放電を防いできてはいたが、それはあくまで接触面の肩や胴体のみ。足元に関してはノーガードだった。

それに気づいた嵐は足元を地面で濡らすことで、たとえ仲間達を巻き込まずに放電したとしても、地面の水から足へと伝わり足元から感電させるようにしたのだ。

これで上鳴は大規模どころか小規模な放電であっても使うことが厳しい状況になってしまった。それに加えて、轟の氷結は初めから通用せず飯田の機動力もない。残っている手札として、八百万の創造と轟の炎熱だけだが、八百万の創造は嵐に対抗できるような武器を作るには時間が足りず、轟は炎を使うことを躊躇っている。

つまりだ、轟が炎を使わない限り、もう詰んでしまっていると言うことだ。

 

(……くそっ、やられたっ。本当にどこまで状況が見えてやがるんだよっテメェはっ‼︎)

 

轟は歯をギリッと噛み締める。これまでの策何もかもが嵐が描いた通りならば、自分達はまさに掌の上で踊らされているようなものだ。

このままでは勝てない。何も出来ずに負けてしまう。しかし、どう考えてもこの状況を打開する方法が見つからなかった。

 

(左を使うべきかっ?……いや、だがっ……)

 

攻撃には使わないと決めていた左の炎熱。それを使うべきかを迷っていた。炎熱ならばこの状況を打開できるかもしれない。だが、それは轟のプライドに反する行為だ。

プライドを優先するか、勝つ為にプライドを捨てるか。その二つで迷う轟に嵐は真紅の眼光を炯々と輝かせながら冷徹に告げる。

 

「速度で圧倒するってのはな、こういうことを言うんだよ」

「っっ⁉︎」

 

刹那、嵐達の姿が轟達の眼前から消えて、気づいた時には自分の目の前に彼はいた。

自分の視界に映る真紅の龍眼と目があった轟は、ゾクリと言いようのしれない悪寒を感じ気圧された。

その本能の警鐘に従い、反射的に轟は動こうとしたものの、もうその時には既に遅く、ハチマキを拳藤によって奪われてしまった。

 

「とった!とったよ!!」

『拳藤、轟からハチマキを奪取‼︎本当にお前の速度どうなってんだ八雲っ⁉︎さっきの飯田より速ぇっ‼︎速すぎんぞぉっ‼︎てか、拳藤もよく反応したなぁっ‼︎』

 

先程の飯田のレシプロ・バーストよりも疾い速度で接近した嵐とそんな速度下で必死に動きなんとかハチマキを強奪してのけた拳藤二人にプレゼントマイクが思わずと言った様子で声を張り上げる。

 

『そんで残り30秒‼︎爆豪チームに続き轟チームもポイント0っ‼︎これで現状ポイント持ってるのは八雲と緑谷チームだけだぁぁっ‼︎‼︎』

 

爆豪だけでなく轟からもポイントを奪った嵐達に観客達が一際大きな歓声を上がる中、嵐は素早く風を操作して轟達も結界の範囲外に追い出した。

 

『そんで八雲、風を操作して轟チームを追い出して決戦場をサシ仕様にしやがったっ‼︎トドメを刺す気だぁぁっ‼︎‼︎』

「くそ……」

 

一瞬でハチマキを奪われ、何も反撃できずに結界の外へと追いやられた轟は悔しそうに呟きながら顔を俯かせて項垂れることしかできなかった。

そして、轟達をも風の結界の外に追いやった嵐は内部に残った最後の獲物へと視線を向ける。

どうやら取陰が見事押さえ込んでくれていたらしく、こちらに来る余裕はなかったらしく、先ほど見た位置から余り移動していなかった。

 

「取陰、よくやった」

「そっちこそ。轟からもハチマキ奪えたんだね」

 

バラバラの体をくっつけながらこちらへと戻ってきた取陰を労った嵐は、険しい表情をしている緑谷達を視界に収めると牙を剥き出しに獰猛に嗤う。

 

「後はお前らだけだな。そのポイントも奪わせてもらうぞ」

「くっ、緑谷どうするっ⁉︎もう後がないぞっ‼︎」

 

絶対強者たる嵐と逃げ場のない状況で一対一の戦いを強いられているこの状況に常闇が騎手の緑谷に焦燥に満ちた声で叫んだ。

 

「もう逃げれないなら、攻めるしかないっ‼︎皆突っ込んで‼︎」

「よっしゃ!行こう‼︎」

「仕方ありませんね!」

「黒影!一つでもいいからハチマキを奪えっ‼︎」

『オウヨっ‼︎』

 

緑谷は腹を決めたのか決死の覚悟で常闇達に突撃を指示して、麗日が気合い十分な様子で応えて駆け出し、他の二人もそれに応じ嵐達へと突っ込んでくる。常闇が黒影に素早く指示を出して、黒影が素早い動きで嵐達からハチマキを一本でもいいから奪い取ろうと襲いかかる。

それを前に、拳藤は両手を巨大化させ構えながら嵐に冷静に問うた。

 

「八雲どう攻める?もう時間ないよ」

「真正面から最速で俺が獲る。掴まってろ」

「うんっ‼︎」

 

嵐の意図を理解した拳藤が手の大きさを元に戻して、慌てて首にギュッと抱きしめた瞬間、嵐は拳藤の両足から手を離すと地面を踏み砕いて突進する。

風を纏い驀進する嵐は右拳に風を纏わせながら、緑谷達よりも早く迫ってくる黒影に狙いを定め、拳を放つ。

 

「テメェは邪魔だっ‼︎」

『グゥオっ⁉︎』

 

風纏う右拳を振り抜き黒影の顔面を殴り飛ばす。あまりの破壊力に再び大きく弾かれた黒影は常闇の元まで飛ばされてしまう。

その隙に更に一歩踏み込んだ嵐は緑谷達との距離を一気に詰めた。眼前に迫った嵐に緑谷は予測していたのか、右手を引き絞って何かをしようとしていた。

しかし、緑谷が右手を突き出すよりも早く、嵐は彼らの目の前で顎門を大きく開くと、牙を剥き出しにして大咆哮を放つ。

 

 

 

ガアアァァァ——————ァァァァアアッッ‼︎‼︎‼︎

 

 

 

超至近距離で炸裂したノーモーションからの大咆哮に緑谷達は原始的恐怖を喚起させられ反射的に身を竦ませてしまう。

 

「「「「〜〜〜〜〜〜っっ⁉︎⁉︎」」」」

『〜〜〜ッ⁉︎』

 

緑谷は引き絞っていた右手の構えを解いて両手で耳を塞ぎ身を屈めてしまい、騎馬の三人は苦悶に顔を歪めて膝を突いてしまう。常闇が従える黒影すらもその身を硬直させてしまうほどだ。

 

それが明暗を分けた。

 

「これで終わりだな」

 

その言葉と共に嵐は手を伸ばすと膝をつき程よい高さにある緑谷の頭に巻かれているハチマキをあっさりと奪い取った。

 

『八雲、緑谷からもハチマキを強奪っ‼︎これで八雲チームが全チームのハチマキを掻っ攫ったぁっ‼︎マジでやりやがったぜぇっ‼︎‼︎』

 

緑谷からもハチマキを奪い取った嵐はすかさず上空へと飛び上がり結界を解除した。

パチンと指を鳴らす音が小さく響き、内部を映さないほどに激しく吹き荒れていた風が次第に勢いを失い、宙に溶けるように消える中、全ての選手が諦めるように嵐達を見上げていた。

それはまるで彼が自分達よりも圧倒的な格上の存在であることを暗に認めてしまったようにも感じられた。

対する嵐も生徒達を真紅の眼光で見下ろしており、その鋭い眼光に見据えられた彼らは一様に圧倒的な実力差に騎馬を組んで反撃しようという気概すらわかなかったのだ。

そして、刻一刻と時間は過ぎていき、

 

『TIME UP‼︎試合終了だぁぁぁ‼︎』

 

試合終了の合図がプレゼントマイクより告げられた。それを聞いた嵐はふわりと地面に着地して騎馬を解く。取陰と心操をまず下ろして、その後拳藤を下ろすと変身を解除した。飛膜や鱗、尾、角が引っ込み、瞳も黄金色に戻る。

そんな彼の名を拳藤が呼んだ。

 

「八雲」

「ああ」

 

振り返れば、三人とも一様に笑みを浮かべて嵐を見ており、拳藤が全チームのハチマキを握る拳を前に突き出していた。そして、一拍遅れてそれに合わせるように取陰と心操も拳を突き出してとり、最後にその意図を察した嵐も笑みを浮かべると拳を彼らに倣って前に突き出す。

それと同時にプレゼントマイクの声が響き、

 

『そんじゃあ早速結果発表をすっぞ‼︎まず1位は勿論、全部のハチマキを奪って完全勝利した八雲チームだぁぁ‼︎‼︎』

『八雲の単体としての強さもそうだが、他の三人との連携が上手い。各々できることを把握した上で最適なタイミングで活かし連携に繋げた。今回のは完全に八雲の作戦勝ちだったな』

「よっしゃぁぁぁ!!」

「アタシらの完全勝利だっ!」

「ああっ‼︎」

「お前らのおかげだ。よくやってくれた」

 

プレゼントマイクの完全勝利を告げる声と同時に拳藤達は拳をガツンと突き合わせて、天高く拳を掲げながら歓喜の声を上げてハイタッチで喜びを分かち合っていく。

 

『そんで2位からはポイント総取りされたから最後にキープしてた順に行くぞっ‼︎まず2位緑谷チーム‼︎3位轟チーム‼︎4位爆豪チーム‼︎以上四組が最終種目へ……進出だぁぁぁぁ‼︎‼︎』

 

2位以降はポイントがないため、最後にキープしてた順ということにより、緑谷、轟、爆豪の3チームが進出決定した。

しかし、最終種目に進めたとはいえ、嵐に完敗した事実は変わらないため、安堵はしていたものの悔しさは隠しきれていなかった。轟は顔を俯かせて自分の左手を見下ろし、爆豪は悔しさと屈辱にわなわなと震えていた。

そんな中、拳藤と取陰はこれでもかと喜びながら嵐に感謝を示す。

 

「本当お前と組んで良かったよ!八雲っ‼︎」

「本当だよ!八雲のおかげでアタシら圧勝できたしね!」

「お前が誘ってくれたからだろ?お前らのおかげだよ」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

 

感謝してくる女子二人に嵐が元は二人が選んだお陰だと返せば、拳藤は照れ笑いを浮かべる。

嵐はそんな彼女に笑みを浮かべると、もう一人の立役者へと視線を向ける。

 

「心操、お前もありがとうな。よくやってくれた」

「こちらこそ。あんたのチームに入ったから、ここまで来れた」

「はは、まだ終わってねぇぞ?こっからが本番だ」

「分かってる。だから、最終種目のトーナメントでもしぶつかったら、タダで負けるつもりはない」

 

不敵な笑みを浮かべてそう言い放った心操に嵐は一瞬目を丸くするも、すぐに挑戦的な笑みを浮かべながらその挑戦に応じる。

 

「いいぜ。ぶつかったら正々堂々戦おう」

「あんたが認めてくれたんだ。だから、あんたのところに辿り着けるまで諦める気はないからな」

「いい目だ。なら頑張れよ。お前には悪いが俺は待つ気はねぇ、先に行ってるからな」

「ああ」

 

男らしく拳をコツンとぶつけると心操は一足先に戻っていってしまう。普通科のクラスメイト達のところだろう。心操を見送った後、拳藤や取陰は嵐へと向き直ると申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「その、さっきはうちの馬鹿が本当にごめんな。あとでキツく叱っておく」

「アタシからも本当ごめんね」

 

そう言って頭を下げて先ほどの物間の醜態をクラスメイトとして謝罪する二人。その謝罪にうんざりした様子で嵐は呟く。

 

「……その話か。それについてはお前らは悪くないって言っただろ」

「うん分かってる。でも、このままじゃ私らが納得できないんだ。だから、何か償いをさせて欲しい」

 

嵐の言い分もわかるが、クラスメイトが友を傷つけた事実には彼女達は本気で胸を痛めており、断られると分かってても何か償いをしたかったのだ。

断固として償いをさせて欲しいという訴える彼女達に嵐は一つため息をつくと、

 

「あーもう分かった分かった。けじめつけてぇなら、今度飯でも奢ってくれ。それでチャラだ。これでいいだろ?」

「っっ、うんっ、食べたいもんなんでも言ってよ!」

「はいはい」

 

嵐の譲歩に露骨に嬉しそうな表情を浮かべる彼女に嵐は思わず苦笑いしてしまう。

 

「じゃ、私らもそろそろクラスのところ行くよ。お互い最終種目頑張ろうな!」

「ああ、当たったら容赦しねぇからな」

「こっちのセリフだっつの。本気でお前に挑むつもりなんだから、覚悟しときなよ」

「分かってるよ」

「それじゃあまた後でねぇ」

「ああ」

 

そうして二人もB組の方へと戻っていった。そして、それを見計らったかのようにA組メンバーが嵐の元へと集まってきた。

 

「八雲君おめでとう‼︎総取りってすごいねっ‼︎」

「ケロ、おめでとう、八雲ちゃん」

「八雲お前スッゲェなっ‼︎まさかあの状況で1000万守るどころか、全部ハチマキ奪うなんてよっ‼︎」

 

葉隠や蛙吹、砂藤が口々に嵐の勝利を賞賛していく。

 

「完敗ですわ、八雲さん」

「氷だけじゃなくて電気もきかねぇとかどういう体してんだよ⁉︎チートかよっ⁉︎」

「八雲君あそこで咆哮ってズルすぎひんっ⁉︎あんなん食らったら動けるわけないやんっ‼︎」

「まさか黒影まで硬直してしまうとは。恐るべき力だな、八雲」

「あの風の結界はズリィよっ‼︎中入れねぇよっ‼︎」

「てか、俺何も出来なかったぜ。せっかく爆豪の爆破に耐えられる前騎馬だっつぅのに……」

「それいうなら、私もだよ。轟対策に入れられてただけで、何も活躍できなかったし……」

 

最後の最後で嵐の結界内部で戦った三組の騎馬のメンバー達が先程の敗戦に各々文句を言ったり、悔しそうな表情を浮かべている。

 

「まぁ最終種目進んだ奴らはそこで活躍すればいいだろ」

 

そんな彼らに嵐は笑みを浮かべると慰めるように言うと、次いで飯田へと視線を向けた。

 

「飯田、胸は大丈夫か?衝撃は一応流したが、怪我してんならリカバリーガールに見てもらえよ」

「それについては問題ない。むしろ、まさかあんな止め方をされるとは思わなかったよ!流石だな八雲君!」

「怪我が無いんならいいよ」

 

一応受け止めた時にできる限り衝撃は逃して飯田の身体に負担がないようにしたが、あの速度での突進だ。どうしても懸念は残ってしまう。だが、彼の様子からして本当にこの後に支障はなさそうなため、安堵する嵐。

飯田の無事を確認し安堵する嵐に、今度は耳郎と障子が近づき尋ねた。

 

「ねぇ、ウチら途中の記憶がなかったんだけど、あんたのチームの、心操、だっけ?あの時ウチらに何したの?」

「ああ、あいつの声を聞いた直後に意識が飛んだ。俺達は何をされたんだ?」

 

心操の洗脳を喰らってしまった二人は、少しした後に意識を取り戻したらしく、その間に何が起きたのか訳が分からないようで、同じチームメイトであった嵐ならば何か知ってるはずだと尋ねてきたのだ。

当然、指示したのは嵐であるため、知ってはいる。だが、

 

「それに関しては最終種目でのあいつの一戦目の時に教えてやるよ。今話すと対策されてあいつに悪いからな。ただ、悪いようにはしてないからその点については安心してくれ」

 

心操の為を思いここで彼の個性をネタバラシするのはしない。それは彼の努力に対する裏切りだからだ。

その意図まではわからなかったものの、彼の言葉が心操を気遣ってのものだと気づいた二人はあっさりと納得する。

 

「………まあ、確かに何も身体に異常はないしね」

「……お前の言い分も一理あるな。分かった。それならば、後で改めて教えてくれ」

「ああ、もちろんだ。それより、そろそろ飯食いに行こうぜ」

「ああ」

「うん」

 

そうしていざ二人と共に昼食を食べに食堂へ向かおうとした時だ。

 

「八雲」

 

嵐を呼び止める者がいた。何者かと振り返ってみれば、そこには険しい表情をした轟がいて、彼の後ろには少し緊張している緑谷もいた。

 

「どうした?轟」

「お前と緑谷に話がある。これから少し時間取れるか?」

「…………」

 

轟の様子に嵐はしばし無言で観察するように見ていたがやがて頷く。

 

「…構わねぇよ。ただ、俺も腹減ってるから手短に終わらせてくれよ?」

「……あぁ。そんなに時間は掛けねぇ」

「OK。なら行こうか。お前ら、悪いが席だけ確保しといてくれ」

「うん」

「分かった」

 

耳郎と障子にそう言って了承を貰った嵐は一つ頷くと、轟達に向き直る。

 

「それじゃあ、案内してくれ」

「ああ」

 

そうして三人は他のクラスメイト達が昼休憩の為に食堂に向かう中、外につながる通路の一つ、人気のない薄暗い通路に移動した。

壁に背を預ける轟と向かい合うように横並びで立つ嵐と緑谷。嵐が腕を組み轟が口を開くのを待つ中、緑谷が恐る恐ると口を開き尋ねた。

 

「その、轟君…話って……何?」

 

緑谷の問いかけに冷たい威圧感を漂わせていた轟がついに口を開き、

 

 

「なぁ、緑谷。………お前、オールマイトの隠し子かなんかか?」

 

 

そんなことをいきなり尋ねたのだ。あまりにも予想外な問いかけに身構えていた二人は唖然とし、

 

「えっ?」

「は?」

 

それぞれそんなふうに小さい声をあげてしまった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

嵐、緑谷、轟。一年生の中でもトータルの成績でトップスリーの生徒達が薄暗い通路に移動した時、別の場所でもある者達が一堂に介そうとしていた。

 

場所は変わり、一年ステージの別の通路では警備に呼ばれたプロヒーロー達が通路を行き交っており、その中を一人の大柄な男が歩いていた。

 

「…………」

 

炎に身を包むその男の名はエンデヴァー。

No.2ヒーローにして轟焦凍の父でもある男。そんな彼はどこかへと向かっており、階段を降りようとした時、誰かに呼び止められた。

 

「よっ、久しぶり」

 

陽気な声で止められたエンデヴァーは、声だけで誰かわかったのか顔の炎を一層強く燃え上がらせながら、眼光を鋭くしながら後ろへ振り向く。

そこにいたのは、彼の予想通り、

 

「お茶しよ。エンデヴァー」

「オールマイト……」

 

黒いスーツに身を包んだ筋骨隆々の大男オールマイトだった。実に気さくな感じでエンデヴァーを呼び止めたオールマイトはお茶に誘ったのだ。

そして、オールマイトが久々の再会にさらに話しをしようとした時だ。

 

「……む、久しいな。オールマイト、エンデヴァー」

 

更にもう一人彼らの介入する者がいた。

濡羽色の黒翼を背に鳥の嘴型の仮面を被る着物と武者鎧が一体化したコスチュームに身を包んだ男。

オールマイトやエンデヴァーに比べると細身で引き締まってはいるが、背丈はエンデヴァーに引けを取らないほどの大柄な男。

エンデヴァーが炎を纏うならば、こちらは夜を纏ったかのような出立ちの男は、二人の姿を見るやそう言ったのだ。

新たに現れた男を二人は知っているらしく、それぞれ彼の名を呼ぶ。

 

「ヤシャガラスじゃないか。君も久しぶりだね」

「……ヤシャガラス、久しいな」

 

オールマイトはエンデヴァーの時のように気さくに応え、エンデヴァーは幾分か棘の取れた声で彼にそう返した。

 

彼は『天狗ヒーロー・ヤシャガラス』。

 

オールマイト、エンデヴァーに次ぐ日本のヒーローランキングNo.3のヒーロー。

異形型、変身型のサイドキックの保有数が日本最多という、多くの異形型、変身型の個性持ちが憧れるヒーローでもあるのだ。

 

No.1『ナチュラルボーンヒーロー・オールマイト』。

No.2『フレイムヒーロー・エンデヴァー』。

No.3『天狗ヒーロー・ヤシャガラス』。

 

今ここに一年生の現トップ3が揃うと同時に、日本のトップ3のヒーロー達もまた一堂に介していた。

 

 





どうでしたか?
結果は嵐がポイント総取りしたことで2位以下は最後にキープしてた順という事になりました。
今話では心操の活躍が出せませんでしたけど、仮に出すとなると個性の条件など観察されてしまうので、対策されないために使わないようにさせてたんですよ。
そして、ラスト!嵐、轟、緑谷が薄暗い通路で話をする中、一方プロヒーローの方でもエンデヴァーとオールマイトに加えて『ヤシャガラス」というオリヒーローが出てきましたねっ!一体話し合いはどうなることになるのやらです。あ、ちなみに、『ヤシャガラス』さんは以前嵐が体育祭に出ているのを見て恨むような発言をしていたあの黒翼のお方ですよ。一応、補足です。

では、また次回お会いいたしましょう!さよなら!!

私はまたアマツ様を拝みに行ってきます!!



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27話 血の呪い


みなさん、お久しぶりです。
随分とお待たせしてしまいましたね。
気付いたら1年経過していてびっくりです。
卒論やら就活やらで去年は忙しくて、今月からは就職したのでめっちゃバタバタしてて、まだ環境に慣れるのには時間がかかりますけど、これからも執筆は続けていくのでぜひ楽しみにしていてください。

話は変わりますけど、みなさんはモンハンのモンスター総選挙は見ましたか?私は推しのアマツ様が30位で少し残念な気持ちもあったんですけど、錚々たる面々がランクインしていて見ていて面白かったです。
一位のジンオウガは、私が3rdスタートだったのでその看板が一位になったのは個人的に嬉しかったです。






 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってどういうこと⁉︎」

 

 

轟の意味不明な質問に緑谷が露骨に戸惑ってしまう。嵐も言葉にしてはいないものの、質問が質問なだけに困惑を隠せていない。

そんな二人の様子に轟は順を追って話し始める。

 

「何となくだが、緑谷、俺はお前にオールマイトに近しい何かを感じた。それが何かはどう形容したらいいか分からねぇ。でも、俺はお前からUSJで感じた本気のオールマイトと同様の何かを感じたのは確かだ」

「で、でも、あくまで近い何かを感じたとしてもそれで親子っていうのは性急じゃないかなっ!?いや、隠し子だったら違うっていうに決まっているから納得しないと思うけどとにかく、そんなんじゃなくて………」

(動揺しすぎだろ……)

 

轟の言葉に露骨に狼狽えて冷や汗を流しながら言葉を並べる緑谷に嵐は隣でそんなことを思ってしまう。これでは隠し子という話が事実で、それを必死に誤魔化そうとしているふうに受け取られてしまうだろう。

現に轟の眼差しはひたすらに鋭いままだった。

 

「そもそも、その……逆に聞くけど……なんで僕なんかにそんな……」

「………その言い方は、少なくとも何かしら言えない繋がりがあるってことだな。俺の親父はエンデヴァー、知ってるだろ?」

「そ、それはもちろん……」

「No.2のヒーローを知らないはずがないな」

 

二人ともヒーローを目指す者として、エンデヴァーの名は当然知っていた。

 

「万年No.2のヒーローだ。緑谷、お前がNo.1ヒーローの何かを持ってるなら俺は、尚更勝たなきゃいけねぇんだ」

 

そうして彼は語り始める。

己の過去を。己が否定しなくてはならない存在のことを。

 

「親父は極めて上昇志向の強いやつだ」

 

フレイムヒーロー・エンデヴァーはヒーローとしてデビューを果たした後、破竹の勢いで名を馳せのし上がっていき名声をあげてきた。

しかし、その時にはもう既にオールマイトがデビューして生ける伝説となっておりトップに君臨していた。

殆どのヒーローはオールマイトを追い抜こうなどと微塵も思わず絶対的な存在として見ていたが、エンデヴァーは違い、ただひたすらに乗り越えるべき壁と認識していた。

だが、時が過ぎれば過ぎるほどオールマイトと自分の間に広がる距離が一向に縮まらないことにやがて精神が磨耗していき悟ってしまった。

 

———自分ではオールマイトを越えられないと。

 

「だからこそ、オールマイトとの力の差に絶望し諦めた奴は次の策に出た。それも、モラルが欠落した最低な策をな」

「それは、まさか……」

 

轟が言う倫理観が欠如した最低な策。

それを、巴からエンデヴァーの人となりを多少なりとも聞いていた嵐は、轟の個性も鑑みた上で一つの結論に行き着きそれを言葉にした。

 

「………個性婚か?」

「そうだ」

「……!えっ、それって…」

 

嵐の呟きに轟は頷き、緑谷は驚いた表情を浮かべる。

『個性婚』。

超常が発生してから第二〜第三世代間で問題になった強制的な婚姻のことだ。

自身の個性をより強化して次の世代に継がせる為に組み合わせたい個性を有する配偶者を選びたい結婚を強いる、倫理観が欠如した前時代的発想。

そんな今となっては禁忌ともいえる結婚をエンデヴァーは行ったらしい。

 

「実績と金だけは無駄にある男だ……親父は母の親族を丸め込み、母の“氷結”の個性を手に入れた」

 

その結果、生まれたのが“炎熱”と“氷結”が融合した個性“半冷半燃”。つまり、轟焦凍であり、エンデヴァーが望んだ理想の型だった。

 

「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで自身の欲求を満たそうってこった。うっとうしい…!そんな屑の道具にはならねぇ」

 

果てしない憎悪と嫌悪を込めながら冷たい声音でそう言い放つ轟。

父の野望の為に生まれた事、父が望む存在になることを彼は否定したのだ。

 

「記憶の中の母はいつも泣いている……『お前の左側が醜い』と、母は俺に煮湯を浴びせた。この顔の火傷はその時にできたものだ」

 

轟の悲惨な過去に緑谷は絶句し、嵐は悲痛に顔を歪め悲しそうな眼差しを彼に向けていた。

 

「ざっと話したが、俺がお前らにつっかかんのは見返す為だ。クソ親父の“個性”なんざなくたって……いや……使わず、“一番になる”ことで奴を完全否定する」

 

轟は確かな憎悪を込めてそう言い放った。

その表情は憎しみに満ちており、ともすれば殺意すら宿っているのではと思うほどだった。

 

「そして誰が相手であろうと俺は一番にならなくちゃいけねぇ。誰かに負けるなんざ認めねぇ。八雲、お前にしちゃ傍迷惑な話だろうが、それでもお前に勝てば、俺は親父を否定できるっ」

 

轟は嵐へと視線を向け睨みながらそう言う。

傍迷惑なのは分かっている。自分勝手の感情で喧嘩を売って一方的な宣戦布告をするなど嵐からすれば迷惑極まりない話だ。

だが、それを分かった上で轟は嵐に私情を以て挑むことをやめるつもりはなかった。

確かな罪悪感や申し訳なさ、それ以上に憎しみ、敵意が宿る色の違う相貌に、嵐は辛そうに目を細めると口を開く。

 

「………………話は分かった。お前が父親を憎む理由をどうこう言うつもりはない。お前の怒りを否定する気もない。でも、その上であえて言わせてもらう。その先は………虚しいぞ。憎み続けるのは疲れるだけだ」

「なに?」

「…………八雲、君?」

 

予想していなかった一言に、轟は眉を顰める。見れば嵐の表情は悲壮に満ちており、普段見ない彼の表情に緑谷は戸惑いを隠さなかった。

緑谷には彼があまりにも悲しそうに見えてしまったからだ。それは、まるでもう手にできないと諦めた何かを見てしまったような、そんな印象だった。

だが、轟は緑谷がそう思う一方で、嵐の一言に冷めた瞳を向けたまま顔を歪める。

 

「………テメェに何が分かる。知ったような口を聞いてんじゃねぇよ」

「………分かってる。今のお前に俺の言葉なんて届くわけがないことは。でも、最後に一つだけ聞かせてくれないか?」

「………なんだ?」

 

悲しげに首を横に振りそう答えた嵐の問いかけに轟は怪訝そうにしながらも聞く姿勢をとる。一蹴されなかった嵐は、小さく息をつくとせめてこれだけはと尋ねた。

 

「…………轟はさ、母親を恨んでいるのか?」

「…………」

 

嵐の問いかけに轟は僅かに目を見開くと、嵐から視線を逸らし少しの沈黙の後に答えた。

 

「……恨んでは、いねぇ。俺が、恨んでいるのは、クソ親父だけだ」

「……うん、そうか」

 

母を恨んではいないはず。そう答えを聞いた嵐は、小さな笑みを浮かべると一つ頷き轟から視線を外した。

 

「お前が左を使わない理由は理解した。だったら、これ以上は何も言わん。正々堂々やろう」

「っ!ああ、悪いな。俺の我儘に付き合わせちまって」

「別に構わねぇよ」

「緑谷もお前がオールマイトの何なのかは別に言わなくていい。俺は右だけでお前の上に行くだけだ。時間をとらせた」

 

そつして嵐と轟は緑谷に背を向けると昼食を取る為に各々食堂に移動しようとした時だ。緑谷が意を決したように二人を呼び止める。

 

「僕は……ずうっと助けられてきた。さっきだってそうだ……僕は誰かに救けられてここにいる」

 

嵐と轟が揃って振り返れば、緑谷は自分の右手を見つめており、己の思いの丈を言葉にしていた。

 

「オールマイト……彼のようになりたい……その為には一番になるくらい強くなきゃいけない。君に比べたら些細な動機かもしれない……でも、僕だって負けらんない。僕を救けてくれた人達に応える為にも……!」

 

拳を握りしめた彼は顔を上げて二人をまっすぐ見る。その強い眼差しに嵐は小さく笑みを浮かべており、轟は冷徹な眼差しを向ける。

 

「さっき受けた宣戦布告、改めて僕からも……僕も君に勝つ!」

 

真っ向から宣戦布告を受け入れた上で己も宣戦布告をした緑谷に轟は何も答えずにすぐさま背を向けて歩き去り、嵐は笑みを浮かべたまま満足気に頷きその場を立ち去った。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

(しかし、轟のやつ、何か訳ありだとは思ったが、成程、なかなかに重い話だったなぁ)

 

障子にメールでもう少ししたら向かうと連絡した嵐は食堂までの道を少し遠回りしながら先ほどの話を思い返した。

『オールマイトを超える』というエンデヴァーの野望の果てに個性婚という忌むべき行為から生まれた轟焦凍。

生まれた後も、オールマイトを超えるべく厳しい鍛錬を積まされ、それを間近で見ていた母は心を壊し、彼の顔面に煮湯を浴びせると言う凶行に走ってしまった。

家庭内環境がかなり悪い状況で育った彼は、ただひたすらに父エンデヴァーを否定する為にヒーローになろうとしている。

でも、それは、その生き方は………

 

(悲し過ぎるよな。そんな生き方は)

 

憎悪と憤怒を宿し父の否定をするだけの生き方など、嵐からすれば悲しいとしか言いようがなかった。

そして、彼の話を聞いてようやく彼を気にかけていたのか分かった。

 

(似ていたな。昔の俺に)

 

似ているのだ。今の彼は、昔の自分に。

個性の暴走の果てに姉を殺した自分と、そんな環境に追い込んだ敵を憎んでいたあの時と同じだ。

今も自分を嫌い、あの敵を憎むのは変わらない。でも、彼には。

 

(俺には、巴さんがいた)

 

巴の存在があった。

巴がいたからこそ嵐は負の方向に感情が傾くことはなく、ヒーローを目指すものとして前を向くことができたのだ。

彼女がおらずたった一人で本家を追放されていたら、間違いなく自分は敵に堕ちていただろう。自分が憎くて、敵が憎くて、何もかもが憎くどうでもよくなってこの力を解放して本能のままに暴れ回っていたことだろう。

自分が獣に堕ちなかったのは間違いなく彼女のお陰だ。支えてくれる人が、背中を押してくれる人がいたから、彼は堕ちなかった。だが、今の轟にはそんな存在はいない。いないからこそ、あそこまで憎悪に歪んでいるのだ。

 

(誰かが必要なんだ。孤独なあいつを認めてくれる誰かが、凍りついた心を溶かしてくれる友が必要だ)

 

彼に必要なのは、彼の心を受け止められる誰か。

凍りついた心を溶かせるような温もりを持つ誰かが、必要だ。

そして、偶然にも嵐はそれができる可能性を秘めた存在を一人知っている。

 

(あいつに任せればあるいは……)

 

似ていたとしても自分と彼では決定的に違う部分がある。その違いがあるからこそ、きっと自分の言葉は届くことはないだろう。

彼の性格ならば諸刃の剣ではあるが、彼のような存在は轟にとって頼りになるはずだ。

 

だから彼に託してみよう。

 

そうしてとりあえず一つの解決策を見出した彼は、話題を切り替え苦笑いを浮かべる。

 

(そういえば、何の因果かトップ3の三人と何かしらの繋がりがある面子が集まることになるとはな……)

 

嵐は先ほどの3人の組み合わせを思い出し、とんだ運命の悪戯に内心で驚く。

奇しくも、あの時あの場に集まっていた嵐、轟、緑谷の3人はそれぞれトップヒーロー達と特殊な繋がりがある。

 

 

轟がNo.2ヒーロー・エンデヴァーと血の繋がりがあるように。

 

 

緑谷がNo.1ヒーロー・オールマイトと個性の繋がりがあるように。

 

 

嵐にもあるのだ。

 

 

No.3ヒーロー・ヤシャガラスととある繋がりが。

 

 

それはーーー

 

 

▼△▼△▼△

 

 

時は少し戻り、嵐と緑谷が轟と話を始めた頃、一堂に介したトップヒーロー3人。

オールマイト、エンデヴァー、ヤシャガラス。

その3人が一堂に会するのは珍しく、オールマイトは久々の再会に喜んだ。

 

「二人とも超久しぶり!10年前の対談振りかな!?見かけたから、挨拶しとこうと思ってね」

「久しいな、オールマイト。元気そうで何よりだ」

「そうか、ならもう済んだろう。去れ」

 

オールマイトとの再会を喜び仮面の下で表情を少し和らげたヤシャガラスとは対照的にエンデヴァーは塩対応。

露骨に顔を顰めた彼は冷たくそう言い放つと背を向ける。

 

「茶など冗談じゃない……便所だ、うせろ!」

 

どうやら彼はトイレに用があったらしい。

しかし、すぐに立ち去ろうとした彼を、オールマイトは彼の上を飛び越え前に着地し立ちはだかった。

しかも、高笑い付きだ。正直うざい。

 

「つれないこと言うなよ———‼︎」

「ぐっ……」

「………待てばいいだろうに」

 

立ちはだかるオールマイトに苛立ちを隠さずに呻き声を上げるエンデヴァーと後方で若干呆れているヤシャガラス。ちょっとした間抜けなやり取りに3人の間の空気が微かに弛緩したが、

 

「君の息子さん、焦凍少年。力の半分も使わず素晴らしい成績だ。教育がいいのかな?」

「何が言いたい」

 

オールマイトの発言によって空気が張り詰める。

だが、空気が悪くなってもオールマイトは構わずに質問を続ける。

 

「いやマジで聞きたくてさ。次代を育てるハウツーってのを」

「……?貴様に俺が教えると思うか?」

 

憎きオールマイトにハウツーなど教えるわけがなくにべもなくそう返したエンデヴァーに、後方からヤシャガラスが割り込んできた。

 

「……俺も気になるな。彼の力は見事なものだ。どれだけの修練をあの子に積ませた?」

「…………」

 

ヤシャガラスの問いかけには一蹴せずに彼を背中越しに見たエンデヴァーはヤシャガラスへと振り向く。

 

「ふん、貴様には教えてやってもいい。だが、その代わり、俺からも一つ聞かせろ」

「?何だ?応える範囲なら構わんぞ」

「なに、簡単なことだ、貴様の親族、八雲嵐について聞かせろ」

「………!」

「…………」

 

嵐の名にオールマイトが驚いたように息を呑んだ。しかし、それとは反してヤシャガラスは眉をぴくりと顰めると少しの沈黙の後に口を開く。

 

「………親族、か。巴から聞いたのか?」

「ああ。さっき偶然居合わせてな。二人は主従だそうだな」

「………それがどうした?」

「彼の実力は素晴らしい。すでにあの歳でそこらのプロを軽く凌駕している。俺の方こそ、彼を鍛え上げた貴様達の手腕を聞きたいものだな」

 

オールマイトが緑谷の教育方法を模索する為にエンデヴァーから轟を育て上げたハウツーを聴きたいように、エンデヴァーも轟を上回る実力の嵐をどうやって育て上げたのか気になっていたようだ。

出雲家の親族ならば当然ヤシャガラスが関わっているだろうと踏んだエンデヴァーは彼に尋ねたのだが、彼の口からは予想に反する言葉が出てきた。

 

「知らんな。俺は、俺達はなにもしていない。アレが勝手に強くなっただけだ。聞きたいのならば巴に聞け。奴がアレの面倒を見ている。俺達は関わっていない」

 

出てきたのは無関係の言葉。

仮面の奥から見える翡翠の瞳は冷徹そのもの。冷たい抜き身の刃を連想させていた。

親族であるにもかかわらず、彼を『アレ』呼ばわりするヤシャガラスの冷たい対応にオールマイトは勿論のこと、エンデヴァーですら驚きを隠せなかった。

 

「…‥貴様、彼の親族ではないのか?」

「……親族?違うな。アレは忌むべき怪物だ。アレを我々は親族とは、ましてや人とも認めん」

「なに?」

 

親族の子供に対する言葉としてはあまりにも冷た過ぎる言葉にさしものエンデヴァーですら戸惑ってしまう。だが、ヤシャガラスはそれ以上は答えずにオールマイトへと視線を向けながらエンデヴァーに言った。

 

「エンデヴァー、話はここまでだ。昔のよしみだからここまで話したが、くれぐれも口外はするなよ」

「貴様……」

「俺はオールマイトと少し話がある。用を済ませたいのならとっとと行け」

「………ああ」

 

ヤシャガラスの態度に思うところはあったがこれ以上は聞いても無駄だと判断したエンデヴァーはオールマイトの脇を通るとそのまま立ち去っていった。

通路脇の階段。そこにはオールマイトとヤシャガラスしかおらず、遠くから昼休憩の観客の声が聞こえてくる中、オールマイトはヤシャガラスに早速尋ねる。

 

「それで、ヤシャガラス。私に話って何だい?」

「何をだと?白々しい。それは貴様らがよく分かっていることだろう」

 

ヤシャガラスは瞳を鋭くさせオールマイトを睨むと早速本題に入る。

 

「八雲嵐のことだ」

 

彼の口から出た嵐の名。

先ほどアレと呼び忌むべき存在と唾棄した彼の名を出したことで空気は再び張り詰めたものになる。

緊迫感に満ちた空気の中、オールマイトが口を開いた。

 

「………八雲少年が、どうかしたのかい?」

「単刀直入に聞く。なぜ貴様達雄英はアレを合格にし入学を認めた?」

「………それは、彼にヒーローの素質があったからだよ。彼ならば素晴らしいヒーローになれると私達は信じて「あり得ない」……」

 

オールマイトの言葉に被せるように強く否定したヤシャガラスは瞳に明確な憤怒の色を宿しながら、はっきりと告げる。

 

「アレが素晴らしいヒーローになれるだと?ふざけた冗談はやめろ。アレは、決してヒーローにはなれない。アレは人の世に害しかもたらさない怪物だ。この世に存在していいモノじゃない」

 

はっきりと嵐を否定したヤシャガラスにオールマイトは悲しげな表情を浮かべる。

 

「どうして君はそこまで彼を否定するんだい?実の息子だろう?」

「……………」

 

そう。驚くことにヤシャガラスは八雲嵐ー出雲翠風の実の父親なのだ。出雲家現当主出雲疾風。それこそが、『天狗ヒーロー・ヤシャガラス』の本名と立場。

そして、嵐はその当主の息子、かつては出雲家次期当主でもあったのだ。

そんな親族どころか血の繋がった親子であるにもかかわらず、彼は息子を否定し、怪物どころかこの世に存在すべきではないと断言した。それに訳がわからないと疑問を口にするオールマイトにヤシャガラスは何も答えない。

責めるような鋭い眼差しのままオールマイトを睨むままだった。そんな彼にオールマイトは続けた。

 

「雄英高校に入ってからまだ一月しか経ってはいないけど彼は立派なヒーローになれると確信している。強大な個性を使いこなし、誰かを護らんとする彼の姿勢はとても頼もしいものだ。クラスでも彼は既にクラスメイト達に頼られている存在になっている。いや、精神的支柱の一つになっているといってもいい。クラス委員長としてだけじゃない。共にヒーローを目指す仲間として彼は、クラスメイト達から尊敬されている。だから、私は確信している。彼は立派なヒーローになれると。昔の彼のことはわからないが、今の彼を見てきたからこそ私はそう思えるよ」

 

オールマイトはこの一ヶ月彼を見てきて抱いた素直な感想をヤシャガラスに伝える。

何がここまで嵐をむのかは分からない。だが、それでも彼が知らず、自分達が知っている今の彼の姿を少しでも知ってほしいと言葉にしたのだ。

 

「君がそこまで彼を憎む理由はわからない。でも、今の彼はもう大丈夫だ。だから、どうか君も彼の道を応援してやってはくれないかな?プロヒーローとしてだけでなく、一人の父親としても」

 

どうか彼のことを認めてほしいと切に願う彼の言葉に、ヤシャガラスは何も答えないが先程の鋭い睨みとは違いどこか見定めるような眼差しをむけていたが、10秒ほど経ったのちに再び瞳を鋭くし、静かに口を開いた。

 

「………無理だな。貴様達がいくら御託を並べたところで、俺は、俺達はアレを認めない」

「っっ!どうしてだいっ!?君は、どうしてそこまで頑なに拒むんだっ!?」

「………拒む理由があるからだ。それに、貴様達は知らないからこそそう言えるだけにすぎない」

「知らない、だって?」

 

首を傾げるオールマイトにヤシャガラスは、ギリッと歯を噛み締め内から込み上げる怒りに打ち震えながら答える。

 

「貴様達はアレの本質を知らない。アレが、『嵐龍』がどれだけの危険性を秘めているのかを見ていない」

「何を、言って……」

「………あれは、ただの厄災だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。貴様達は、ソレを目の当たりにしていないからこそそんな無責任なことを言えるだけだ。知れば嫌でも分かるはずだ。アレは、八雲嵐だけは決してヒーローになってはいけないのだとな」

「君が、そこまで言うほどのナニかが彼にはあると?」

 

殺意や敵意が宿った言葉にオールマイトは戸惑いを隠せない。今まで彼が何かを憎む姿を見たことがなかったからと言うのもあるが、それ以上に血を分けた実の息子になぜここまで言えるのかと寒気を感じたからだ。

オールマイトの問いかけにヤシャガラスは背中を向ける。

 

「……それは実際に貴様自身の目で確かめろ。アレがヒーローを目指す以上、避けては通れないモノのはずだ。いずれ見ることになるだろう。だが……」

 

 

———それを見てもなお、アレを生徒として見れるといいがな。

 

 

そう言い放った彼はそのまま前へと歩き出し、オールマイトの元から去っていった。残されたオールマイトは去り行くヤシャガラスの背中が消えるまで立ち尽くしていた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「八雲、こっちだ!」

 

 

場所は変わり、食堂。

轟達と別れ、食堂に到着した嵐が人混みをかき分けて歩いているのを見つけた障子が席から立ち声を上げ彼を呼んだ。

ざるうどんと親子丼を乗せたトレイを手に持っていた嵐は、障子の姿を確認すると彼の元へと向かった。

 

「悪いな、障子。思ったよりも時間かかっちまった」

「気にするな。何か話があったのだろう?なら、責める理由などない。それよりも、急げ。あと15分しかないぞ」

「ああ。って、耳郎はどうしたんだ?」

 

昼休憩が残り短い為、急いで親子丼をかきこみながら嵐はそう尋ねる。

先ほどから、周りを見渡しても耳郎の姿が見当たらない。常日頃から嵐、耳郎、障子の3人はよくつるんでおり、食事時も一緒なことが多いのだが何故か彼女の姿が見当たらないのだ。

その疑問に障子が答える。

 

「耳郎はというか、女子達は皆更衣室に行った」

「更衣室?なんでだ」

「何でも、女子生徒は午後にクラス対抗の応援合戦をしないといけないらしくてな。急いで着替えに行った。相澤先生からの言伝があったそうだ」

「相澤先生が?」

 

嵐は首を傾げてしまう。

あの合理主義者の相澤が昼休憩になってからそんなことを伝えるだろうか?伝えるにしても朝に事前に伝えておくか、数日前から準備させておくべきだが、そもそもの話だ。

 

「そもそもチアリーダーの集団がいただろう。わざわざ女子達が応援合戦をする意味がわからん」

 

まず大前提として、この会場にはチアリーダーの集団が既にいたはずだ。背格好から察するに海外のチームであることは明白。にもかかわらず、なぜ生徒達にやらせるのかが理解できない。

それに、雄英体育祭は生徒達がプロヒーローに自分を売り込む場でもある。そんな場所で応援合戦などと言う些事に生徒を使うだろうか。

そこまで考えて嵐は新たな疑問が浮上する。

 

「………障子、一応確認するが、その相澤先生からの言伝は()()女子に伝えた?」

 

予想が正しければ犯人は約二人。首謀者ほぼ確実にアイツに決まっている。

そんな嵐の内心を肯定するかのように障子はあっさりと答えた。

 

「?上鳴と峰田だが?」

「………あんっのバカどもがぁ」

 

予想通りな二人の名前に嵐は盛大に顔を顰める。

悪い予感が当たってしまった。いや、予想通りというべきか、女子の応援合戦というありもしないスケジュールを企てたのはあの二人だった。

障子もおかしいと思っていたのか、小さくため息をついた。

 

「………おかしいとは思ったが、やはり二人の策略だったのか」

「………そこは気づけよ。もしくは、俺に連絡を取れ。相澤先生からの言伝なら学級委員長の俺か副委員長の八百万にまず話が行くはずだからな」

「確かにそうだな。すまん、もっと早くに気づくべきだった」

「過ぎたもんはどうしようもねぇよ。とにかく、アイツらに連絡とらねぇと」

 

嵐は食事の手を止めないまま、スマホを操作してスピーカーモードにしながら耳郎と拳藤、取陰にグループ電話で電話をかける。

普段からつるむことが多い嵐と障子、耳郎、拳藤、取陰の5人だけでグループを作っていたのだが、通話に応じてくれたのは拳藤だけだった。

 

『もしもし八雲?どうした?』

 

ビデオに映るのは拳藤と取陰。

どうやら二人は一緒にいたようで二人ともなるよりは一人が出てビデオ通話で一緒に通話しようと考えたのだろう。

嵐は単刀直入に二人に尋ねる。

 

「拳藤、B組(そっち)で女子は午後から応援合戦に参加しないといけないなんて話はブラドキング先生から伝えられてるか?」

 

B組の担任はブラドキングというヒーローであり、熱血漢として有名な教師だ。

もしも今の話が本当であり、B組もやるのならば必ず担任からの連絡はいっているはず。委員長同士での情報共有を行い裏付けを取るために連絡したのだが、嵐の問いかけに拳藤は首を横に振った。

 

『は?いやいや、そんな話聞いてないって。ていうか、チアリーダーのチームいるのに私らがそんなことする理由ないよ』

『そっちの口ぶりだとA組はそういう話が伝わってるってこと?』

「ああ。それで女子達は更衣室に行ったそうだ。つっても、それはバカ二人が企んだことだって今確信したから、どうにか止めたいんだが電話が繋がらなくてな。ったく、あのバカどもが」

 

額に青筋を浮かべる嵐はピクピクとこめかみを痙攣させている。自分がいない間によくもやってくれたなと怒りを抱かずにはいられない。

 

『あー、はは、なんというか八雲も苦労してるね。A組の学級委員長は大変そうだ』

『ね、問題児が二人いるわけだし、しかもベクトルがどちらもやばいっていうね』

 

画面越しに嵐の怒り顔を見た二人は苦笑いを浮かべる。話には聞いていたが問題児2人の片割れが引き起こした実害に嵐は本当に苦労してるんだなと思ったのだ。

 

「とりあえずあのバカ二人は処すとして、急いで向かうか。二人とも急に電話して悪かったな」

『いいよ別に。それよりもまだ昼食ってるのか?いつもよりも遅過ぎない?』

「ちょっと轟に呼ばれて話をしてたら時間食ってな。爆速で食う」

『咽せるなよ。それじゃ、また後でな』

『あとでね〜』

「おう」

 

電話を切った嵐はうどんのおよそ四分の一を一気に呑み込み、頭痛を堪えるようにこめかみを抑えながら一息つく。

 

「はぁ、全くこんな大事な時に余計なことしやがって」

「………確かに、全国放送されてる時ぐらいは大人しくしておけばいいのにな」

「ほんとだよ」

 

障子の呆れに嵐は深く同意する。

普段の学内での日常でならまだしも、いやそれも問題ではあるのだが、今回のように全国放送されてる中で通常運転するのは峰田に関しては完全にアウトだ。さらに今回は上鳴も便乗する始末。

正直頭が痛い問題であるのだ。

 

「まぁ説教はあとでするのは確実として、今は急いで食った方がいいぞ。現一位が遅刻なんて示しがつかない」

「分かってるって。まぁ、やばそうだったら最悪お前掴んで飛ぶがな。最高速で」

「勘弁してくれ。音速で飛ばれたら俺の身が持たないから急いで食べる方向で頼む」

「わーってるよ」

 

亜音速並の飛翔速度を持つ嵐ならば三十秒とかからずに戻ることはできる。だが、障子としてはそんな速度で移動されたら気絶する可能性があるため、嵐の何気ない一言に割と真面目に反論した。

まぁ嵐も冗談ではあるため、そう軽く返しながら急いで残りのうどんと親子丼をかきこんでいった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

『どーしたA組ィィ!?』

『何やってんだ、アイツら……』

 

 

昼休憩が終了し生徒達が続々とステージへと戻ってくる中、プレゼントマイクの驚愕と相澤の呆れの声が響いた。

まぁそれも無理はない。彼らの視線の先、ステージの片隅ではA組の女子の面々がいたのだが、揃いも揃ってへそが見えるほど丈の短いノースリーブのチアコスチュームに、膝上の25センチはあろうミニスカート。更には両手には黄色のボンボンを持って立ち尽くしているのだから。ちなみに、皆表情はまさしく虚無だった。

彼女達は見事に峰田と上鳴の策略にハマり、ありもしない応援合戦のためにチアリーダーの格好に着替えていたのだ。

 

「峰田さん、上鳴さん!!騙しましたわね!?」

 

騙されたと悟った八百万は峰田と上鳴へボンボンを投げつけながら叫んだ。

 

『うひょーー!』

 

しかし、二人はそんな眼福な光景に怒りに怯むことなく、下卑た笑みを浮かべながらサムズアップを浮かべる始末。

本当に救いようがなかった。

 

「何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの私……」

「や、ヤオモモドンマイ……」

「アホだろ、アイツら……」

 

見事に騙されたちょろい、もとい純粋な八百万が肩を落とし、隣の麗日がそんな彼女を慰める。

耳郎は恥ずかしそうに頬を赤くさせながら、苛つきボンボンを地面に叩き捨てていた。そうして、とりあえずあの男子どもをどうするかと耳郎が二人を並んだ時、気付いた。

 

「あ」

「耳郎ちゃん、どうしたの?……あ」

 

耳郎がまず気付き、葉隠がどうしたのかと彼女が向ける視線の先を見て遅れて気づく。他の女子も気付き峰田と上鳴を凝視していた。

峰田と上鳴が彼女らの視線に気付き首を傾げた時だ。

 

 

「おい」

 

 

彼らの背後、正確には背後の上の方から低い声が降って聞こえてきた。

威圧感を伴った冷徹な声音に峰田と上鳴は硬直し、顔を青ざめさせると油の切れたロボットのようにギギギと振り返れば、そこには……。

 

「俺のいないところで随分と好き勝手やったじゃねぇか。なぁ?変態共」

 

青筋を浮かべ両腕を組んで仁王立ちする嵐がいた。彼の傍には呆れを多分に含んだ冷たい眼差しを向ける障子の姿もある。

 

「や、八雲……」

「………」

 

上鳴が震える声で彼の名を呼ぶ。峰田は声すら出せずにガクブルと震えていた。

彼らはすっかり失念していたのだ。女生徒達を騙してチアガールの格好をさせたとなれば、A組のリーダーである嵐に確実にバレて殴られることは明白。にもかかわらず、嵐がいないからと調子に乗って行動に移した結果がこれ。自業自得とはまさにこのことだ。

 

「反省しろ、ドアホ共」

「「ふぐぅっ!?」」

 

逃げる間もなく、上鳴と峰田は嵐の拳の前に沈んだ。頭頂部に拳が振り下ろされ、ドゴンと地面に倒た二人はピクピクと痙攣する。

嵐が呆れた眼差しを二人に向けると尻尾を腰から伸ばして二人の首に巻きつけ軽く持ち上げながら女子達の元へと向かった。

 

「悪いなお前ら。俺が気付いていれば止めれたんだが」

「いやいや、八雲は悪くないでしょ。悪いのはそこのアホ二人だし」

 

詫びた嵐に耳郎が首を横に振りながら答える。

この件に関しては嵐は何も落ち度はない。悪いのはこんなことを企んだ峰田と上鳴であり、嵐はそれを知らなかっただけだ。

知らないのだから止めようなどあるわけがない。

耳郎の言葉に他の女子達も同意だと激しく頷く。

 

「まぁ峰田君達の悪巧みは許せないとしても、本戦まで時間空くし、張り詰めててもしんどいから私は楽しむけどねー!!みんなーファイトーっ!!」

「透ちゃん、好きね」

 

葉隠は峰田達の企みとは別で普通に楽しむ気らしく、ポンポンを振り回しながら上機嫌に踊ってる。

 

「ははっ、まぁ本戦前のレクリエーンションもあるしな。それまで気楽に過ごせばいいんじゃないか?俺はこのアホ共を隅に転がしとくよ」

「うん、お勤めご苦労様です!」

「はいはい」

 

葉隠の労いにそう返した嵐はアホ二人を尻尾に巻きつけたまま壁際に向かおうとする。

 

「あ、そうだ」

 

だが、唐突に足を止めると再び彼女達の方へと振り向くと女子達に視線を巡らせる。

 

「別に、このアホ共を擁護するわけじゃないんだがな、お前らのその格好もそれはそれで似合ってると思うぜ?普段見れないから新鮮だ」

「なっ」

 

爽やかな笑みを浮かべながら素直に女子達の格好を称賛した嵐に、女子達は不意打ちを喰らい揃ってポッと軽く赤面する。特に耳郎はなまじ誰よりも恥ずかしかったがために赤面具合は誰よりも凄まじく、効果音で言うならばボボッと言うぐらいだった。

それはひとえに劣等感によるものだ。

耳郎以外のメンバーは八百万はもちろんのこと、一番小柄な蛙吹ですら確かな膨らみのある果実を二つつけている。なのに、自分だけが微妙な膨らみ。はっきり言って女として自信がなくなる。

そんな時に、嵐の賞賛だ。女子達のこと全員を指して褒めたのだ。それが気休めではなく本心からの言葉なのは、これまでの付き合いでわかる。分かったからこそ、彼女は顔が熱くなるのがはっきりと分かった。

 

「じゃ、冗談はいいからっ!とっととその二人捨ててきなよっ!!」

「おっと、そうだったわ。でも、マジで似合ってるぜ」

「いいから早くっ!!」

「はいはい」

 

キツイ言い方をする耳郎に嵐は笑顔で返すとさっさと二人を壁際に捨てるために行ってしまった。

残された耳郎はふぅと息をついたものの、すぐに自身の背中に刺さる妙な視線に気付き振り返ると……。

 

「ニヤァ……」

「お熱いですなー」

「わー、耳郎ちゃんヒロインやわー」

「ケロ、仲睦まじいわ」

「照れ隠しというものですわね」

 

めっちゃいい笑顔の女子達が顔を赤くしながらこちらを見ていたのだ。

 

「ねーねー二人って付き合ってるのー?」

「いつからー?もしかしてあの復帰の時からー?」

 

芦戸と葉隠が耳郎に詰め寄りそんなことを尋ねる。

以前嵐が初めて車椅子登校してきた時の二人のやり取りからもしかしてと疑っていたのだろう。恋のネタを前に飢えた猛獣の如く距離を詰めていた。

他の女子達もやはり気になるのか彼女を逃さないようにしている。

 

「ちょっ、違うっ、うちと八雲はそういう関係じゃないからっ!!」

「またまたぁ〜」

「素直に白状しなよぉ〜」

「青春やわ〜」

「友情から始まる恋なんですわねっ!」

「ケロ、仲良いのはいいことよね」

「だからっ、違うからっ!!」

 

それからしばらく耳郎は女子達に質問責めされることになり、見かねた障子が助け舟を出すまで弄られ続けることになった。

 

『さぁさぁ皆楽しく競えよレクリエーション!それが終われば、最終種目。進出四チーム総勢16名からなるトーナメント形式‼︎一対一のガチバトルだ‼︎‼︎』

 

昼休憩後は全員参加のレクリエーションを挟んでから、最終種目であるトーナメント形式のサシでのガチンコバトルだ。

形式は違えど毎年の体育祭の大目玉と言っていい種目に観客達が燃え上がる熱量のままに歓声を上げた。

 

 





読了ありがとうございます!
以前嵐を睨んでいた翼のお方ことNo.3ヒーローの天狗ヒーロー・ヤシャガラスはなんと嵐君の実の父親でした。何人かは正体を察していたと思いますけど、驚いてくれたら嬉しいですわ。

嵐君とヤシャガラスの仲は轟親子並みに拗れていて、かなり深い溝があります。そして、モンハンをプレイしている方はわかると思いますけど、古龍の力というのは本当に強大であり、ただの厄災だと思うのも仕方ない部分があると思います。

彼はまさしくその典型で嵐という存在そのものをカゲロウがアマツマガツチを憎んでいたようなレベルで嫌っています。
その辺りも今後もう少し詳しく書けるといいですね。




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