ダクファン帰りのエルフさんは配信がしたい (ぽいんと)
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配信者開始編
【配信前1】転生エルフさん、日本に帰ってくる


TSエルフは日本でまともに暮らせない「https://syosetu.org/novel/226588/」
という素晴らしい作品に影響受けて書き始めました。
ネタパクリで申し訳ありません。

見切り発車です.
配信始めるまで少し時間がかかると思いますが,よかったらお付き合いください.



 あれは多分近くの中華屋のバイト帰りだったろうか?

 ごく普通に街中を歩いてたらいきなり女の子エルフの赤ん坊に転生してた。

 正直、あんまりだと思う。

 ガッチガチのダークファンタジー世界だったので最初はちょっと辛かった。

 人間牧場とか見た時は心底ゾッとしたものだ。

 エルフじゃなかったら100回は死んでた気がする。

 

 まぁなんやかんやで日本に戻るのはやめて、それなりに楽しく生きていた。

 と思ったら、魔王の最後っ屁で10年後の日本に戻ってきてしまった。

 

 わけがわからないよね。

 私も訳が分からない。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 前世は普通の男で………いや、ちょっと引きこもり気味だったか。

 まぁ引きこもり差し引けばちょっと料理が上手な普通の高校生だった。

 

 顔を洗って髪を持ち上げながら水を払う。

 ふと鏡を見ると、銀髪碧眼のエルフが映っている。

 どこか物憂げな表情を浮かべているが、その実何も考えていない。

 

 だって自分だもの。

 ごくたまーにだが、前世を思い出して自分じゃない誰かを見ている気分になることがあるのだ。

 

 にっと笑顔を浮かべると、鏡の自分もにっこりする。

 我ながらかわいい。

 笑顔の練習成果だ。

 

 あっちの世界では

 あっちの世界では、戦い戦い戦い食べる戦い戦い戦い食べる戦い社交戦い、ぐらいの割合で生きてきた。

 そんな日が嘘だったみたいに日本は平和だ。

 

 

 今日も配信予定がある。

 ダークな世界で生きてきた私は、いっぱいの幸せを守った自信もあるけれど、きっとそれと同じくらいの幸せを踏みにじってきた。

 それがどうだろう。

 配信はなんてすばらしいのか。

 だって、誰も傷つけず、自分も、周りも笑顔になってくれるのだから。

 

 そういえばと、思い出す。

 配信を始めたのはふとしたきっかけで、自分が配信を始めることになるなんて微塵も思っていなかったのだから。

 

 だって見るのは好きだけれど、別に配信を自分がやりたいなんて思わなかったからだ。

 見る専門というやつだ。

 なのに今は配信をするのも好きで、ちょとダメになりそうなぐらいだ。

 

 どうして配信を始めることになったのか。

 始めざるを得なかったのか。

 少し長いようで、あっという間だった日本に来てからの最初の日々。

 

 配信まで時間もあるし、少し日記を見返してみようか。

 えっと、こっちに来てからの日記は――

 

 ――そう、この日からか。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

【 7月23日:多分日本だと思う 】

 『魔王に致命傷は与えたのに、最後の悪あがきを阻止し損ねちゃった。

 ………なんだよ無作為転移魔法(ランダムテレポート)って、ずるだよそれ。

 不幸中の幸いか、隣接世界である日本に飛ばされてしまったらしい

 懐かしくて少しほっこりする

 だけど今はそれどころじゃない。

 とりあえず、体を休めたい………

 それにしても暑いしセミがちょっとうるさいかな』

 

 

【 7月24日:多分日本のはず 】

 せっかく日本なのでこれからの日記は日本語で書くことにしましたよ。

 エルフの村に転生して以来の日本語だね。

 10年もあっちの世界で暮らしていれば、思考回路も自然とあっちの言語になってしまった。

 とりあえず、生命線の確保を現状の目標にしようか。

 漢字、あってるかな………

 

 

【 2021年7月25日:多分日本:残り魔力:14% 】

 数日森の中と街を行き来して、わかったことをまとめる。

 1:少なくとも日本は魔力が希薄でつらい、とてもつらい。

 2:暦や時間はあっちの世界とほぼ一致してる。

 3:現在は2021年、転生直前が2011年だったので10年経過したことになる。

 4:唯一の家族の父親は死んでいた。ちょっとかなしい。

 

 魔王が死んでるか生きてるか分からないので対策はしておいたよ。

 死んでいるなら死体を確認する必要があるが、付近に死体は見つからないし。

 運悪く誰かに拾われていれば生き残っているかもしれないけど……

 どちらにせよまずは手がかりを発見しなければならないと思う。

 

 

【 2021年7月26日:多分日本:残り魔力:10% 】

 とってもつらい。

 全然魔力が回復しない。

 日本の魔力濃度が薄すぎるのが原因だと思う。

 どうりで日本に魔物やモンスターがいないわけだ。

 特に魔王討伐に連れ立った仲間の衰弱がひどい。

 そう伝えたら、自分の方がひどい顔をしていると言われた。

 ………なんとかしないと

 

 

【 2021年7月27日:日本(おうち):残り魔力:2% 】

 催眠魔法を駆使して当面の身分証と家と確保した。

 お金は効率が悪いが、あと空き缶拾いとか廃品回収とかで稼いだ。

 とにかく屋根のありがたみを感じる。

 ポーションを飲んでも尚、魔力流出速度の方が早いと思わなかったね。

 だが、時間をかけて自分たちの魔力を部屋に充填させるとあら不思議、マシな空間が出来上がりました。

 早起きできるかな。

 

 

 

【 2021年7月31日:日本(おうち):残り魔力:23% 】

 

 

 ね す ぎ た

 

 いや寝過ぎである。

 2人そろって4日昏睡してるって冗談じゃない。

 

 よっぽど疲れていたのだろうか。

 それとも一週間以上屋根のついたとこで寝てなかったのが悪かったのだろうか。

 

 でも、最近はずっと頭の中に靄がかかっていたようだったのだが、ずいぶんすっきりした。

 それだけじゃなくて息苦しさもいくらか改善しているように思われる。

 

 にしても暑い。

 汗でシャツがびったり張り付いて体のラインが浮き上がる。

 だが、ここで安易に冷房に魔法を使うのは愚か者のすることだ。

 これでも私は4つ星ハンター。

 いつだって冷静沈着に判断を行い、ありとあらゆる苦難を踏み越えたきたんだ。

 冷房魔法なんて使うわけないよね。

 

 

 

 

 

 

【 2021年8月2日:日本(おうち):温度23℃:残り魔力:22% 】

 

 す ず し い 

 

 涼しさには勝てなかったよ……。

 いや、欲望に負けたんじゃあない。

 正しく欲望を認められない自分に打ち勝ったのだ。

 これは誇りある勝利である。

 

 ……魔力減ってるけど

 

 ここ数日はひたすらのんびりしていた。

 食べ物買うお金がないので山に食料調達に行くぐらいか。

 寝てる時は冷房魔法を維持していたので魔力量は減ったままだが、体力は大きく回復したし、何より笑顔が戻ってきた。

 

 笑顔はとってもだいじである。

 

 あと最近娯楽として、ZowTubeを見始めた。

 スマホだけは確保したので二人で寝転んでスマホを眺めている。

 猫動画とか、BIKAKINを見るのが結構楽しい。

 

 

【 2021年8月7日:残り魔力:37% 】

 

 食生活と寝床には問題がなくなってきたと思う。

 野菜は種さえあれば、自分が植物の魔法で増やせるし。

 肉類は山に潜れば、私たちならいくらでも狩れるのだ。

 狩り過ぎると問題だし、ばれるとまずいけど。

 

 さて

 生活がとりあえず落ち着いたので、次はお金か。

 借りているお金も返さないといけないしな…………

 

 

【 2021年8月7日:残り魔力:37% 】

 

 まともな仕事がない。

 履歴書の空白が多すぎて辛い。

 仕事がない原因を整理しよう

 

 ………いや、整理するまでもなく明確かな。

 

 耳が長い銀髪外国人と、耳どころか尻尾まで生えてる狐獣人じゃ仕事なんてあるわけない。

 あるとしたら人体実験のサンプルの仕事か。

 嫌すぎる。

 

 一応仲間であるマシロは変幻の術が使えるので人間に扮して仕事できるはずなのだが、肝心の日本語が喋れない。

 世知辛いのじゃ。

 

 

【 2021年8月23日:残り魔力:72% 】

 

 マシロはだいぶ日本語を覚えてきた。

 向こうにいた時から教えていたのもあるが、とても頭のいい子なので聞くのと話すのはかなり流暢になってきた。

 

 しかし、読み書きは苦戦している。

 例えば「8月23日は日曜日で祝日、日本では曇りの日でした」

 何気ない文章だが、これが読めないらしい。

 

 ニチ…、ニチ…、ニチ…?と首をかしげているのはなかなかに可愛らしい。

 確かに言われてみれば、ニチ、ビ、ジツ、ニ、ヒと全部読み方が違う。

 改めて考えると良く読めたものである。

 日本語ってすごい。

 

 

 

【 2021年8月24日:残り魔力:74% 】

 だめもとでメイドカフェ?の店長に声をかけてみたらまさかのOKが出た。

 基本見た目が差し引き損しかしてこなかったので、まさかの見た目が役に立って万々歳である。

 エルフ耳もそのまま出してくれて構わないらしい。

 近いうちに"借りているだけ"のお金も色を付けて返せるようになるかもしれない。

 

 

【 2021年8月25日:残り魔力:82% 】

 なんでもそろそろ高校生スタッフが夏休みを終えて働ける時間が短くなるので、フルタイムで働けるスタッフが欲しかったのだとか。

 こちらとしてはできるだけ長く働いて、そろそろ見せかけの家具ぐらいは揃えたいところなので万々歳である。

 

 ちなみに店名は『アトリエール』

 いわゆるメイドカフェに近い喫茶店である。

 といってもテーマは、『癒しの錬金術師』であり、店内もそれに合わせて練り上げらている。

 錬金術の釜に、色とりどりの薬液の入った瓶、獣の皮に、光を湛える宝石の数々。

 美人、美少女ぞろいの店員は、各々様々な民族風の衣装をまとう。

 しかも料理も一流シェフ並のものが出てくる。

 

 控えめに言って完璧な店だった。

 客として通いたいぐらいである。

 

 ばりばりはたらくぜ。

 

 

 

【 2021年8月28日:残り魔力:88% 】

 この職場、最高である。

 

 いや、なんといってもまず客がいい。

 私がミニライブをするとみんなすごくノリノリで盛り上がってくれる。

 

 向こうの酒場だと、ちょっとミスするとヤジだけでなくナイフや酒瓶、壺や岩まで飛んでくることを思うとすごく親切な客だ。

 親切といえば、同僚もすごく優しかった。

 パッと見だと外国人にしか見えない自分に対して、手取り足取り仕事を教えてくれるのだ。

 見て倣え、倣えないなら死ねがデフォルトのギルド界隈に所属していた人間からすると、奇跡である。聖人かな?

 

 特に、小波茜ちゃんという子とはすごく話が合って仲良くなれた。

 コミュ力が高い大学生。

 最近の言葉だと、オタクに優しいギャル―いやギャルじゃないな。

 単にやさしい陽キャだ。

 

 いろんな話題を経由したが最終的に転生前から好きだった漫画『狩人×狩人』の話で落ち着いた。

 

 10年以上たった今でも、ちっとも進んでいないらしい。

 仕事しろ。

 

 

【 2021年9月12日 】

 魔力がついに余剰分が出来るまでに回復した。

 

 さて、新たに話のあう友人が出来た。

 

 小波葵ちゃん。

 彼女も女子大学生であり、小波茜の双子の妹だ。

 ただ見た目はびっくりするほど似ていない。

 顔は一緒だが、纏う雰囲気が陽と陰といった形で真逆なのだ。

 ぱっとみ不愛想な黒髪ロングの女の子、といった感じだったのだが。

 たまたま話が合ったら、物凄い勢いで話し出した。

 

 話の内容は主に『小説を読もう』に掲載されている『よもう小説』である。

 金がないのもあるが、単純にファンタジー側の住人視点で見てみると、これが面白いのだ。

 ゲーム的異世界には少し憧れてしまう。

 

 あ、あと、お金がないなら漫画喫茶もありという天啓をくれたのも葵だ。

 ほんとうにありがたい。

 

 なので最近、休みにはマシロと二人で漫画喫茶にこもって漫画と動画を見まくる生活を送っている。

 夜だと割と安く済むので。葵様万々歳である。

 

 

【 2021年9月16日 】 

 自分を採用してくれたオーナー店長だが、オーナーをやめた。

 まぁ相当忙しいらしくて、店に顔を出せる時間も短くなっていたので仕方ないとは思う。

 優秀でお淑やかな美人さんって感じのオーナーだったので少し悲しい。

 

 代わりに。ガラの悪そうなおっさんがオーナーになった。

 

 正直、マナが腐ってるので関わりたくない……

 だけどオーナーの店長に文句を言うわけにもいかないだろう。

 誰も違和感を覚えていない中で、新たなオーナーの体制が始まった。

 何も起こらないといいけど…………

 

 

【 2021年9月18日 】

 意外なことに、陽キャ茜ちゃんはガチめのFPSゲーマーだった。

 自分も転生前は家に籠ってFPSやってた時もあるので、話がすごくあった。

 だからか10年前だけどランキングに乗ったこともあるよと伝えるとすごい勢いで誘われた。

 

 嬉しいけどPCないんだ。

 すまんね。

 

【 2021年9月18日】

 茜ちゃんがノートPCとマウスを貸してくれることになった。

 一緒に「EPEXやろうで!!」と言われた。

 実力差とブランクありすぎて申し訳ない気もするが…………

 パソコンは何かにつけて役に立つので本当にありがたい。

 一番驚いたこととして、キーボードが虹色に光ることだろうか。

 

 なんで虹色に光るんだろ……?

 綺麗だけど意味あるんだろうかこれ?

 いや、これが最近の文化なのかもしれない。

 馴染まなければ。

 

 あと値段を調べたところ20万近くした………!

 間違って水でも掛けて壊したらハラキリものである。

 

 

 

【 2021年9月21日】

 18日から夜はほぼずっとプレイしてダイヤ4まで上がった。

 マシロは図書館で借りてきた本をずっと読んで勉強しているので背徳感がすごい。

 久しぶりのゲームが面白過ぎるのが悪い。

 あと、EPEXの仕様が悪い。

 茜ちゃんの本アカウントとプレイするにはランク差が2つ以上あるとだめなので頑張ったのだ。

 ランクは、グラマス>マスター>ダイヤ>プラチナ>ゴールド>シルバー>ブロンズとある。

 そして、グラマスとマスター以外は、4,3,2,1と区分分けされ1で昇格すると上のランクに上がるのだ。

 茜ちゃんはマスターというプロ一歩手間ぐらいの腕前なので、一緒にやるにはそれ相応のランクが必要だった。

 なので頑張ってあげたのだ。

 

 なぜか引かれた。

 

 

【 2021年9月24日】

 バイトに行きたくない。

 一生EPEXやって暮らしたい。

 ただ、マスター手前で最近割と勝てなくなってきた。

 茜曰く「撃ち合いは神、立ち回りはゴミ」らしい。

 そういえば、ハンター時代も「戦闘技能は高いが、戦略眼が終わってる、人の話を聞いて動くように」と言われた。

 いやこれゲームだし楽しく突っ込めば良くない?

 

 怒られた。

 

 

 

【 2021年9月30日】

 マスター直前でシーズン?というのが終わって、ランクが2ランク下げられてやる気が一気になくなった。

 ハンターランクが四季ごとに2ランク下げられたら誰もハンターやらないと思う。

 

 最近、マシロの日本語学習意欲が低下している。

 バイト終えて家に帰ってくると、パソコンでアニメを見ながら伸びているのだ。

 いや、まぁ普段横で私が一生ゲームやってるせいでもあると思うが。

 さすがに悪いので、自分もちょっとは勉強するか。

 勉強したくないなぁ………

 

 

【 2021年10月12日】

 マシロが目覚ましい勢いで日本語を覚えていっている。

 私が勉強するようになったのが影響したのかと思ったがどうやら違うらしい。

 

 最近、Vtuberなるものの配信にはまっているのだとか。

 Vtuberとは二次元のアバターをまとった配信者で割と最近の文化らしい。

 少なくとも10年前にはなかったが、なかなかの勢力を築きあげている。

 

 配信の中でチャットを打ったり、読んだりするのがよかったのだろうか。

 やる気がグイグイあがっている。

 良いものには対価をといってスパチャ?とかいう投げ銭をしたいと言っていたので5000円あげた。

 ちびちび100円ずつ投げる予定らしい。

 

 ちなみに私はあまり好きじゃない。

 正直普通のゲーム実況の方が好きだね。

 

 

【 2021年10月20日】

 グレマリてぇてぇ…………

 同居してるが故の、親友らしい距離感がマジ尊い

 

 てぇてぇというのは尊いという意味らしい。

 マシロから聞いた。

 あの子もう私より日本語詳しいんじゃないかな。

 

 私もVtuberにあっさりはまってしまった。

 

 

 

 

【 2021年10月22日】

 ハロスターズの4期生が決まったらしい。

 ハロスターズはVtuber業界ランキング1位のグループだ。

 アイドル売りが強く女性のみが在籍しているが、横のつながりが強く初心者向けでとっつきやすい。

 大半が登録者100万人を超えているモンスター集団である。

 

 マシロはコミュ障だがゲームはガチでうまいし声もかわいいので、応募してみたらと言っていたのだが落とされたらしい。

 まぁ配信経験があってないようなものなので仕方ないか、倍率1000倍越えだしね。

 でも人見知り改善の意思があるのはいいことだ。

 

 

 

 

【 2021年10月25日】

 最近、バイト先でのトラブルが多い。

 客引きするまでもなくウチの店は客でいっぱいなのだが、面倒な客が増えたのだ。

 特に、トイレでゲロ吐いて謝らないやつとか、強引に連絡先聞き出そうとするやつとか。

 毎回注意しているが、ウチのイメージ的に怒りにくいので難しい。

 

 かわいい子ばっかり集めているとこういう苦労もあるんだなと思う。

 まともなケツモチいないかな、あっちにはいっぱいいたんだけど。

 

 

 

【 2021年10月28日】

 葵、茜の双子コンビから耳を触らせてほしいとせがまれた。

 いや、他の子も興味深々ではあったが、魂の耳だから触らないでほしいと言ったらおとなしく引き下がったのだ。

 だが、最近の葵と茜は引き下がらない。

 

 客の格闘経験の有無を足音で当てるゲームをやったせいだろうか?

 なんか最悪本物のエルフと疑われているような気がする。

 

 ちなみに足音当てゲームは全問正解だった。

 特に柔道国体優勝者がいたのは大盛り上がりした。

 

 これのせいか、いやそんなはずは……

 

 

 

【 2021年10月30日】

 エルフバレした。

 二人の記憶は消さないでおくことにする

 ロバ娘で遊んで気分転換だ。

 

 

 

【 2021年10月31日】

 昨日の経緯だが、店前で店員に不良たちがセクハラしていたので手を捻り上げたのが始まりか。

 やったやってないの激しい口論になり、警察を呼ぶ騒ぎになった。

 最終的に店長に私が大声で怒鳴られ、不良達に謝罪して事件は終わった。

 まぁ自分にも非はあったと思う。

 

 問題はその後、イライラしていたので3人で焼肉屋にいった時だ。

 飲み放題で酒を飲んで酔っ払ってたのがよくなかったのか、不意に耳を触られてしまったのだ。

 エルフ耳は神経が集まっているらしく、非常に敏感だ。

 つつくだけならともかく、思いっきりふにふにするのはずるいと思う。

 まぁつまり盛大に声をあげてしまった。

 付け耳だと勘違いするように説明していたので、前提が崩れた瞬間である。

 あとはなし崩し的にエルフバレしてしまった。

 

 元が日本人だってことは説明したが、男だということは説明していない。

 幸い、2人ともエルフかどうか知りたかっただけらしく、それ以上のことは聞くつもりはないらしい。

 ある意味気が楽になったかもと思えばいいか。

 

 

【 2021年11月2日】

 最近、耳のお詫びに茜からデスクトップPC、モニターを貸してもらった。

 なんでも最新版を購入した結果いらなくなったらしい。

 意外だったが、自作PCが得意なので、定期的にパーツを売ったり買ったりしているのだとか。

 

 元々はFPSで勝つための高性能なパソコンを安い金額で作るために始めたらしいが、今回貸してもらったのはEPEXには明らかにオーバースペックだったと思う。

 

 それにしても、茜はどこからあの資金が出てくるのだろう。

 PCだけならともかく、身なりもかなりいいのだ。

 実家がナチュラルに金持ちなのかと思ったが、双子の妹の葵はいつも漫画や小説を買って金がない金がないと言っている。

 まさかウリでもやっているのだろうか。

 まぁ本人から話題にしないなら触れないでおこう、それが友達の配慮だろう。

 

 

 

【 2021年11月4日】

 ロバ娘にディー〇インパクトが出たのだが、明日でガチャが消える。

 

 ロバ娘は明らかに競馬をモチーフにしたゲームなのだが、「これはロバで実在の馬とは無関係です」と言い張った結果、全ての競争馬の名前をモチーフに開発を進められた、美少女競(ロ)馬ゲームである。

 ちなみに120連して出なかった。

 200連すれば天井と言って確実に引けるのだが……

 石頑張って貯めてたのにあんまりだ…………

 

 課金するか、悩む。

 あ、あと1000円入れれば10連は引けるし、1000円だけなら…………

 

 

【 2021年11月5日】

 マシロにガチギレされた。

 やばいと思ったが課金欲を抑えきれなかった。

 結局ロバ娘に20000円使ってしまい、財布の紐を奪われてしまった。

 食材はいつもマシロにセールを狙って買いに行ってもらっている。

 それぐらいカツカツなので怒られて当然だ。

 

 いや、でも、待ってほしい。

 食材は今我慢できる。

 しかしディープちゃんは今しか出ないのだ。

 刹那の煌めきと、多少の我慢どちらが大事だろうか?

 そう説明した。

 

 さらに説教の時間が伸びた。

 

 

 

【2021年11月7日】

 私含めて数人が、厄介な勧誘を受けた。

 言い方は回りくどかったが、要は夜のお店だと思う。

 無視しても数人の柄の悪い男がコンビニの中までずっとついてきた。

 ラインはギリギリ超えていないので通報もしづらい。

 

 こいつらには見覚えがあった。

 かなり柄の悪い集団で、前科持ちをこれ見よがしにアピールするような奴らだ。

 私以外の子たちは皆がおびえているので駅まで送ってあげた。

 一人でも話聞いてくれたら引き下がるようなことも言っているが、迷惑でしかない。

 ここが向こうなら適当な因縁付けてブタ箱にぶち込むのだが………。

 

 明日はかなり天気が悪くなるらしい。

 何も起こらなければいいが…………

 




進みが遅くてすみません.
面白かったら教えてくれると嬉しいです.
あと改善点も教えてくれると助かります.

2021/12/02:プロローグ部分を追加し,情報過多な日記を少し減らしました.
2021/12/06:ご指摘に基づき、『精霊』の間違った情報を削除しました。
2021/12/07:プロローグの間違った記述を削除しました。


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【配信前2】誰か大人の人呼んでくれる人呼んでくれ

第1話の構成を変えました.



 はっきりいってかなりまずいことになった。

 

 ふと後ろを振り返ると、先ほどまで話していた警察と連行されていく不良達がいる。

 綺麗な中世風ともいうべき、錬金術師のアトリエを模した店内は荒れ果て、玄関に新店長がこれ見よがしにおいていた壺が割れてしまっている。

 テーブルは吹き飛び、いくつかの椅子の足は折れてしまっていた。

 現場保存とかなんとかで、飛び散った食器の破片もそのままだ。

 

 昨日まではあれだけ綺麗だった店内がこうも無残になってしまうとは…………

 魔法があれば正直割とすぐに直せるのだが…………

 

 そう、ここは日本である。

 たやすく喧嘩を買ってはいけない。

 それが、正直、頭から吹っ飛んでいた。

 

 壊れてしまったドアを眺めていると、赤い衣装を着こんだ茜が駆けつけてきた。

 彼女は小波茜。

 関西弁の似合うモデル体型の美人女子大学生だ。

 

 「ちょ、ミシロ大丈夫なんか?えらい警察と話し込んでたけど」

 

 「平気平気。とりあえず状況が状況だから即連行はされないと思うよ」

 

 ちなみに「ミシロ」は私の名前だ。

 銀髪だがまぁ白っぽいし,妹分の「マシロ」に合わせて適当に付けた。

 フルネームだと「雪村ミシロ」である。

 ………顔立ちからいつもロシア人と間違えられるが。

 

 警察は詳しい事情聴取はまた後日でいいと言っていた。

 まぁ傍から見ればバットを持った多人数の不良モドキと、一見かよわい私一人だ。

 こっちからは特に攻撃してないので、周りの証言もあり正当防衛が認められたのだろう。

 ちなみにあっちだと街中で先に武器を抜いた時点で、殺してもいいことになっている。

 まともな衛兵がいれば止められるが。

 まぁさすがに殺しはしないが手首の一つや二つぐらいなら折ってたと思う。

 

 ちなみにご存じの通りここは日本だ。

 世紀末並みの倫理観のあっちじゃない。

 

 

 

 

 ――顛末はこうだ。

 

 まず、昼交代の直前にしつこい勧誘していた奴含む、柄の悪い連中が10人ぐらい入店してきた。

 

 正直その時点で嫌な予感がしたが、一応普通の客だった。

 ……全然、食べ物注文しない点で言えばクソだが。

 問題になったのは客が増えてきたころか。

 

 一緒に働いていた店員曰く、

 

 「あれはどう見たってあいつらが悪いよ。トイレにゲボ吐いて謝らない。客に陰キャだのチー牛だの不細工だの。挙句の果てにテーブルの上に足上げて、禁煙なのにタバコ吸って。注意したらいちゃもんつけられて私たちまで土下座させられて、ほんと最悪だった」

 

 である。まったくその通りだと思う。

 稀に見るクソ客だった。

 

 私が注意する間に警察呼んでもらう予定だったのだが、なんと店長、それぐらい我慢しろと。

 新店長も元ヤンか何からしく、警察の介入をめちゃくちゃ嫌っているのだ。

 店員が勝手に通報すると連絡した本人がめちゃくちゃ怒られるので、誰も連絡したがらない。

 

 店員を土下座させられた時点で相当イライラしていたので、売り言葉に買い言葉で口喧嘩がはじまり、胸倉をつかまれそうになったので反射的にそのまま投げ飛ばしてしまった。

 弁明させてほしいが、ここに私の意思は一切挟まっていない。

 体に染み込ませた反射反応が出てしまったのだ。

 

 後は、ずっと冷や汗をかきながら怒り狂う相手の攻撃を、いなして時に投げ飛ばすだけ。

 冷や汗をかいた理由は、エゴで申し訳ないが相手や周りへの心配じゃない。

 自分への心配だ。

 

 というのも万が一さっきのような反射反応が出れば、人外バレしかねないからだ。

 ただでさえ油断で茜と葵の二人にはばれているのだ。

 さすがにこれ以上人外バレしたくない。

 もし、魔法をバラすにしても、もう少し信用できる人間を増やしてからだろう。

 

 そういうわけで、近年まれに見る心を削る戦いだった。

 ある意味では、非常に熱い戦いだったかもしれない。

 縛りプレイ的な意味で。

 

 ………二度とやりたくないけど。

 

 

 店の奥から、のっそりと。

 何考えてるのかわかりづらい垂れ目をした、蒼い装衣をまとった葵が歩いてくる。

 彼女は小波葵。

 茜の双子の妹で、けだるけな黒髪巨乳大学生だ。

 いつもあまり会話には混ざらず一人でラノベか漫画、読もう小説をスマホで読んでいるのだが、今日は珍しくあたふたしていた。

 

 「……大変だったね。でもすごい、あれだけ激しく動いてたのに服には傷一つついてない」

 

 「この衣装も高いって聞いてたからね。前オーナーからだけど」

 

 「高いとか安いの問題やないと思うで」

 

 関西弁でツッコミを入れられつつ思う。

 こっちの装備はもろい。

 いやまぁ当たり前か、戦闘用じゃないしね。

 ともかくお気に入りのコスプレ衣装に傷一つつけないのも勝利条件の一つだった。

 

 「でも、これから大変やな」

 

 「うん、大変だと思う」

 

 そしてもう一番の心配だが………

 

 「仕事、どうすんだよこれ………」

 

 そう、仕事である。

 

 

 

 いやほんとどうしようか。

 エルフ耳と、身元が怪しすぎるせいで働ける場所がほんとに少ない。

 

 今月も家電揃えでお金がカツカツなのだ。

 大家さんには身元の怪しい人間を無理に住まわしてもらっているので、滞納もしたくない。

 

 路上ライブでもやるか……?

 と思ったが違法らしいのだ。

 日本は変なところで窮屈だ…………

 

 露店で料理店でもやるか……?

 と思ったが、これも法律でダメ。

 

 つみです。

 

 

 「弁償がなぁ………、上手くいけばいいけど………」

 

 「いや、どうみても被害者やろ、弁償せんでええんちゃうの……?」

 

 「店長は私に弁償させたがってるんだよ、本当に鬱陶しい………」

 

 

 さらに追い打ちというべきか、クソ店長はクソ高い壺の弁償を自分にさせる予定らしい。

 バックがやばそうな不良達より身寄りのない自分か。

 金ないなら風俗紹介するみたいなことも言っていた。

 もっとも壺の弁償は、上手くいけばなくなるかもしれないが。

 

 あっちの世界での私のジョブは、ゲーム風に言うならプリーストだ。

 そしてその僧侶―聖神官としての技能に、相手の嘘を見抜いたり、記憶を読んだりするというものがある。

 もっともこれ、無許可で記憶を勝手に読むのは犯罪だし、倫理的にまずいのはわかるので、普通はやらない。

 ただ、プリースト相手に嘘をついた場合は、神に背く天敵としてこの倫理が適応されないことになっている。

 

 ………いちいちこんな条件満たさなくてもバレないと思うが、一応である。

 こんなんでもあっちじゃ名の通ったプリーストなのだ。

 

 

 まぁともかくとして、店長は聖神官の前で嘘をついた。

 そしてその結果、店長は壺の鑑定書を偽造したということが分かった。 

 

 わざわざ玄関の体の当たりそうな位置のぐらついた机の上に壺を置いていたこと。

 事故後最速で弁護士が出てきたこと。

 反省の意を込めて今すぐ契約書にサインすれば、情状酌量して安くしてやると言われたこと。

 

 このあたりのことから踏まえて壺が本物か聞いてみたのだ。

 案の定嘘だった。

 大方、金に換えられない贋作の壺を適当に金に換える予定だったのだろう。

 クズ人間が考えそうなことだ。

 

 あっちの世界では探索者や傭兵、ハンターはしょっちゅういろんなものを壊す。

 その際には毎回、法務官ギルドから公証人という弁護士モドキを呼んで公平に判断してもらうのだ。

 この経験が無かったら騙されていたかもしれない。

 

 なので、警察に「美術品には一家言あるんですが、残っている壺は間違いなく偽物です」

 と、できるだけあざとく伝えておいた。

 

 『わたし、海外で育って、母親は幼いころに死んで、日本で身寄りがなくて………、幼い妹と二人暮らしで、もう、頼れる人がいなくて……』

 辛いことを思い出して出来るだけ目を麗わせ、服の裾をつかむ。

 相手が声をかけてくるまで目を伏せ、声が掛かったタイミングで顔をあげて遠慮がちに相手の目を見るのがポイントである。

 

 あっちのあざとい部下から演技指導してもらったので、それなりに演技はできるのだ。

 こういう時だけは、見た目がいいと得である。

 感動して泣いて連絡先をくれた警官さんはちょっと申し訳ないレベルでいい人だった。

 

 

 海外(異世界なので確かに海の外)で育ったのも本当だし、前世の母親は顔も覚えてない頃に死んだのも本当だし、あっちの世界から連れてきた妹分(15)は中学生相当なので幼いといえるし、日本に頼れる人はいないのでこれも本当である。

 

 何一つ嘘は言ってない。

 聖神官は嘘つかないからね。

 

 私はもう何一つ気にしてないという一点を除けばだが。

 

  

 

 とにかく、今日は疲れた。

 早くゆっくりしたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【ジョブ辞典抜粋:聖神官】

 聖神官は宗派を問わず教会に仕える神官である。それぞれが神聖魔法と呼ばれる、治癒と魂を扱う奇跡の御業を成す魔法を得意とする。清らかで美しい乙女しかなることができない。その中でも全ての神聖魔法を習得した聖級聖神官は、その奥義の1つとして他人の記憶を読む能力すら持っている。神に最も近い近い存在として彼女らは特別に、『聖女』と呼ばれる。

 

 本当に彼女らが清らかか、それは神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本の夜景はなかなかに美しい。

 ネオンの光と街灯がいつも夜をやさしく照らしてくれる。

 

 ギルド本部がある街もなかなか綺麗だが、あちらは魔力場の影響で魔力灯が赤青緑黄、様々な色で光っている。

 荷物便の翼竜たちは一日中飛び交っているが、特に夜にはこっちでいうイルミネーションのような航空灯を纏っているので、空はいつもせわしない。

 ついでに結構な頻度で隕石と魔物が降ってきてジェノサイドパーティが始まる。

 ジェノサイドされるのが人か魔物かはその場所とタイミングによるが。

 それと比べると、静かな星空と暖色の明かりが織り成す日本の夜景はとてもやさしい。

 きっと日本人にきけば100人のうち95人があちらが美しいと答えるはずだが、私にとってはこちらが美しい。

 

 びゅうと吹き抜ける夜風が、否応なしに冷たい冬の訪れを告げる。

 

 「うぅ……、最近一気に寒くなってきたなぁ……」

 

 「フードつけっぱなしでも耳が蒸れにくくてちょうどいいんだけどな」

 

 「ミシロは目立つ……、主に耳が」

 

 私は仕事あがりの茜と葵と夜の街を歩いていた。

 この二人は純日本人だが、唯一エルフバレしているのでとても話しやすい。

 

 普段私は自前のエルフ耳をフードの奥に折って隠している。

 あんまり長時間やっていると耳が痛くなってくるし、出している状態の方が良く聴こえるので出来れば出したままにしたい。

 だが、自分の見た目も相まって結構目立ってしまうので普段は隠しているのだ。

 

 あっちの世界だと私はそれなりに有名人だと思う。

 仲間も多いし、指示すればすぐに動いてくれる部下のような人たちもいる。

 だが、仲間が増えるほどに敵も増えるわけで、街中で襲われるのもしょっちゅうだった。

 その点で言うと、私の顔を知らない人が多いこの町は非常に安心できる場所だ。

 

 「まぁ無駄に目立ってもロクなことないからなー」

 

 「あれだけミニライブとかやっといてよく言うわ」

 

 「あれはネット公開禁止してるからいいんだよ、ていうか自分からネットに顔さらすとか感覚が今も信じられんわ」

 

 「あ、あははははは、そ、そうかぁ………」

 

 妙にたじろく茜を見ながら考える。

 茜は積極的にお店用のYwitterを更新している。

 現代っ子的な考え方もあるだろうが、一番はやっぱり仕事だ。

 

 ウチの売りは女の子のレベルの高さでもあるので、客引きにはYwitterの更新も重要なのだ。

 まぁ最近は何もしなくても予約でいっぱいだったわけだが。

 ちなみに自分は他の子と一緒に映る写真にしか写っていない。

 なぜか呪われているのか、毎回撮る瞬間目をつむってしまうので自分の写真もあげてない。

 いつも文オンリーかスマホのスクショ(ロバ娘)だけである。

 

 

 10年ぶりの日本で驚いたことはいくつもあるが、その一つにゲーム実況がお仕事になっていることが挙げられる。

 10年前に見ていた実況者が、いつの間にか顔出して、いつの間にか100万近くの登録者を獲得して、専業で()()()()()()ゲーム実況しているのだ。

 そして彼らは皆総じて、平気でインターネットに顔を出している。

 

 このあたりの感覚がまだどうにも慣れない。

 未だ私はニマニマ動画の黎明期にとらわれているのだ。

 そんなこんなで自分は仕事でもネットに顔を上げたくないと考えているので、そのことをやんわりと周りに伝えている。

 

 「もったいない、こんなにかわいいのに」

 

 「かわいいよりかっこいい目指してるからなー」

 

 女になって10年たった今でも、女の子が好きなことは変わらなかった。

 あと女の子っぽい格好もちょっと苦手だ。

 なので、基本はパーカーにロングパンツスタイルだ。

 スカートはいやじゃ、足がスースーするし。

 

 そんなことを考えていると、ふとすれ違った女子高生たちの一人と目が合う。

 すると何かに気が付いたように声をあげた。

 

 「あっ、ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!」

 

 ――陽動か……?

 

 足を止め、相手を見ながら周囲を警戒する。

 とりあえず目の前の相手は弱そうだし、狙撃手もいなさそうだ。

 目の前の相手は格闘経験もなさそうで、特に刺客でもないと思う。

 

 ………いや何考えてるんだ、日本にそんなポンポン敵がいてたまるか。

 

 「なんか用か?」

 

 内心は隠して、努めてポーカーフェイスで答える。

 

 「あっ、ええっと、あの、そのぉーーー」

 

 言いよどむ先頭の子に、残りの二人があつまってくる。

 

 「えっなになにっ?あっ!!」

 「あっ、あっ、この子、この子って!」

 

 色めき立った子たちを見ていると気分はまるで有名人だ。

 おかしいな、有名になる要素なんてなかったと思うんだが………?

 

 「び、び、」

 「………?」

 

 よほど緊張しているのか興奮しているのか、目をあちこちに漂わせている。

 

 「美少女ロシア系忍者のアナスタシアちゃんですか!?」

 『なんて?』

 

 思わずあっちの言語で聞き返してしまった。

 誰だよそれ。

 いや、アナスタシアは店で使っている名前なので分かる。

 美少女も、まぁわかる。

 ロシア系も、まぁまだわかる。

 忍者って何?

 てかなんで知ってるの?LIMEやってる?口止めしていい?

 

 いや、ここは冷静になろう。

 聞き間違いかもしれないのだ。

 

 「もう一回言ってもらっていい?」

 「ロシア系忍者のアナスタシアちゃんですか!?」

 

 なんということだ、聞き間違えじゃなかったらしい。

 

 

 私たち3人と女子高生3人で話し込むこと数分。

 原因が分かった。

 

 これだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶ ▶❘ ♪
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【喧嘩】コスプレ美少女ロシア忍者が強すぎるwww【不良10対1で無双】

 346,096 回視聴 8時間前
 
 ⤴2525 ⤵19 ➦共有 ≡₊保存 … 

 
 めぎど 
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 893人 

 

 

 「ミシロバズってんなぁ、いや、勝手に動画上げられてんのか」

 

 「ZowTubeとまとめサイトにも転載されてる。掲示板にスレも立ってる、絶賛お祭りだね」

 

 「…………」

 

 女子高生たちは、Ywitterのある投稿を見て私を知ったらしい。

 その投稿は、不良達のあまりの不快さに撮影して晒し上げることを決めた客の一人が偶然撮った映像だった。

 

 持ってきた酒で騒ぐ不良達に、注意しにきた店員を言いくるめて土下座させる姿、注意する私。

 始まる喧嘩、無様に吹っ飛ぶ不良、そして最後に静まり返った店内で、ヤケクソ気味に完全勝利ポーズを決める私。

 

 いくつかのパートに分かれていたが、その全てがネットに投稿されていた。

 あまりの不良の不快さに特定も進んでいるらしい。

 ついでに私も。

 

 「忍者ですか!!?もしかして日本の忍者に憧れて本当の忍者になったんですか!!??」

 「いや、機関のエージェントさんだよきっと、本当は目立っちゃいけないのに友達のために立ち上がったんですよね!?」

 「か、かっこいい…………!」

 

 せっかくなので、近くのベンチで6人でタブレットを囲んで見てみた。

 ちなみにZowTube版であり、しかも何故か4Kまで画質がある。

 もっともタブレットだと4kは意味ないのでHDで見たが。

 

 半日も経ってないのに既に1000件以上のコメントが寄せられており、30万回以上再生されていた。

 

 

 この外人店員すごすぎる。けど周りはなにやってるんだ,どうして警察呼ばない。

 リアルがフィクションを超えた日

 おいカメラ,戦闘シーンは角度変えて撮るもんだぞ

 映画化決定

 コンビニで働いてる俺からするとクソ客が痛い目見て清々するわ

 2:01:みえ、3:22:神業コップキャッチ、3:27:みえ

 

 

 特に目立っているのが私の戦闘スタイルか。

 コンクリ壁ぶっ壊せる私がいつも通り殴ると多分破裂する。

 なので、こっちの世界でいう合気道に近い技術を使って戦っていた。

 本来は、あっちの世界の合気道は力の強いモンスターや魔物の攻撃を受け流す技なので、立場が逆転しているのはちょっと不思議な感覚だが。

 

 忍者と言われているのは、近くに落ちていた飾りの鎖を使ってバットやら木刀を弾き飛ばしていたのが原因だろう。

 刃物が戦闘に使えない縛りがある私は、鎖をよく戦闘で使っていたので受け流しにちょうどよかったのだ。

 自前のもいつでも持ち出せるようにはしてあるが、何もないところから取り出すとバレるしね。

 

 あとは、両方向から殴ってきたやつをごっつんこさせたり、つかみかかってきたやつを頭からこかせたり、相手の肩を使って前宙したり、壁キックしたり、割とやりたい放題やっていたのが忍者と思われた原因か。

 

 ん~~~~~

 

 い、いや、私これバカすぎる!!

 なんでこれで普通の人間ですって誤魔化せると思ったんだ。

 いや確かに無理な動きはしてないけど、それは不可能じゃないってだけの話だ。

 コインが10回連続表出たのをみて、まぁ普通にあるよねとか言ってるのと同じだ。

 

 「ミシロちゃん、顔赤いで」

 「あ、う、はずかしすぎるな、これ、私、バカだなこれ……」

 「赤くてかわいいから写真撮っていい?」

 「ダメに決まってるだろはっ倒すぞ」

 

 女子高生たちには教えてくれたお礼に、目の前で二連バック宙を見せてあげた。

 めちゃくちゃキャーキャー言われたのでちょっと照れてしまった。

 笑顔の子供はやっぱりかわいい。

 

 ちなみにYwitterの最初の投稿主のツイートは既に4万リツイートを超えているらしい。

 ふと見ると何故か放置に近いYwitterアカウントのフォロワー数が4000人近く増えていた。

 

 ………なんだこれ

 

 

アナスタシア@アトリエール/@ana_atelier

ディープちゃん出なくて天井まで二万課金したら妹にガチギレされて夕飯抜きになりました。ぐすん。

#ガチャ爆死 #無料100連求む

@14  ↺1420  ♡3120  …

Reply to @ana_atelier

懲役100年小僧/@xxxxxx
3m

Replying to @ana_atelier

ガチャは爆死したかもしれんが、よくぞクソガキを憤死させたな!誉めたるで!!

@  ↺11  ♡23  …

にんてんちゃん@裏サブ/@xxxxxx
3m

Replying to @ana_atelier

あいつに店売ったのが失敗でした。ごめんねアナちゃん。

@  ↺  ♡  …

 

 ………これ以降何もツイートしてなかったからか最新のツイートがめちゃくちゃリツイートされてネタにされている。

 にんてんちゃんは前オーナーのサブアカだったはず。

 何かと目をかけてくれたいい人だった。

 ――何かつぶやこうと思ったが、墓穴を掘る未来しか見えない。

 

 

 いつだって世界は私に優しくないなぁ。

 

 

 

 

 

 

【食べりゅログ:喫茶アトリエール:★4.0】

 評価:★4.2

 独身アラサー女二人で夕食に

 予約していなければまず入れないと思います。

 路地裏にあるとは聞いていましたが、思ったより奥の寂れた外観でした。

 しかし、外観とは裏腹に、玄関を2つ開けばそこには異世界が広がっていました。

 

 コンセプトである優しい錬金術士というだけあって、店員さんの笑顔も衣装もすごくきれいで可愛らしいです。そして何より棚に乗った色とりどりに光る薬液が夜の薄暗さと相まって幻想感を掻き立てます。ただ、玄関の悪趣味な壺はどうかと思いました。それにぐらつく台に乗っていて落としそうになったので、正直どけてほしいと思います。減点-★0.2

 

 料理は特に語ることないです。

 なんたって私たちの働く店の2つ星シェフが引き抜かれた店ですからね。

 ぜひ一度行ってみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 




2021/12/02:特殊タグなるものを試してみました。


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【配信前3】肉は焼け、炭は弾け,エルフは炎上する

エルフの森っていつも燃えてますよね。
エルフは炎上に好かれているのかもしれません。


 頭の上から炭火の熱気を感じつつも、額からはテーブルのひんやりとした冷気が伝わってくる。

 店内はにぎわっており、仕切りがきちんとしているのでフードを外していても問題ない。

 だから耳を外に出している。

 耳が外気に触れていると、本当に良く聴こえるし、良く見える。

 

 ジュウジュウと肉が焼ける音に、油が炭の上に落ちてボウッっと燃え上がる音。

 ビールの心地よいシュワシュワに、無邪気に食事を楽しむ声。

 炭火と肉は外気と世知辛さで冷え切った人の心に、確かな熱を灯してくれるらしい。

 

 エルフの耳は魂とマナの流れを見ることが出来る。

 ここは幸せな魂によって幸福なマナが充填している、暖色に満ちた空間だ。

 

 

 そんな空間で

 私のいる空間だけが冷え切っていた。

 

 

 

「死ぬんだぁ、社会的に、私は死ぬんだぁ…………」

 

「いや、そんな落ち込まんでええやん…………、何も悪いことしたんやないんやし」

 

 そう、机につっぷして冷気と怨嗟を垂れ流しているのは私だ。

 ひえっひえなのは私だけで、同伴している二人はいつも通りだ。

 いや、茜は優しく私を慰めてくれているので、いつも通りなのは一人か。

 葵はいつも通り眠そうにスマホをいじっている。

 最近いいネット小説をスコップしたと言っていたので読んでいるのだろう。

 

「もう終わりだぁ……、音MADが作られて、グルメレースさせられて、クソコラ量産されて、一生ネットのおもちゃになるんだぁ…………」

 

「何言ってんのかようわからんわ」

 

「ん、多分大丈夫だと思みょう──」

 

「喋りながらキャベツ食うなや」

 

 今、私たち3人は焼肉屋に来ていた。

 さっきはノリノリでバック宙を披露して見せたりしたが、落ち着いて顔を隠しながら入店を待っていると、外の寒さに熱を冷まされ、冷静になってしまったのだ。

 今、私はある意味炎上している。

 対象は主にあの不良達だが、飛び火しそうな気分だ。

 横の家が燃えている家主の気分である。

 

 だが、私からはどうしようもない話でもあるのだ。

 既に匙は投げられた、諦め時だ。

 嫌なことがあった時は、よく食べて、よく遊んで、よく寝る。

 これに限ると思っている。

 

「マシロちゃんは何て?」

 

「『いま見てる配信がいいところだからやめておきます、楽しんできてください』だって。あの子は……」

 

「ふーん、そっか、残念やな」

 

 実の妹ではないが、マシロはあちらの世界で出会った妹分兼、私の護衛だ。

 あっちの世界生まれなので、当然の帰結として母国語は異世界語である。

 その点考えると、3か月でよくもこれだけ日本語を使えるようになったなとは思う。

 

「だいぶ流暢になってきとるよな、マシロちゃん」

 

 日本にいたころには気が付かなかったが、日本語は世界で最も早い言語で、最も難しい言語なのだ。

 その点踏まえると、読み書きも出来てきているあたりむしろかなり優秀といえるだろう。

 

 そんなマシロとの食事事情だが、日本に来てからはいつも自炊である。

 あっちでは街にいるときは基本的に外食で済ませていた。

 こっちも出来ればそうしたいが、切実な問題として金がないのだ。

 討伐クエストでもあれば一稼ぎできるのだが…………。

 

 まぁともかく、私たちが金がないことを知っている茜はちょくちょく奢りに誘ってくれるのだ。

 茜が二人分奢ってくれるというのでマシロも誘ってみたのだが、あえなく断られてしまった。

 

「配信は言い訳で、本音は直接話すのが怖いんだと思う」

 

「EPEXもチャットだけやもんなぁ…………、代わりに指示はよく聞いてくれるけど、誰かさんと違って」

 

「茜も大変だなぁ」

「あんたのせいやで」

 

 マシロは端的に言えば人見知りだ。

 そうなるだけの理由があったので、あまり強くは責められないが、本人も改善を希望しているので改善プログラムを実施中だったりもする。

 その試みの一つとして、私とマシロと茜の3人でEPEXをしょっちゅうやっていたりする。

 ただ、チャットでなら割と流暢にやり取りできるのだが、ボイチャになると全然ダメなのだ。 

 対面になると、なおさらダメなのだろう。

 

 友達を持てることは本当に幸せだ。

 マシロも私以外にも関係性を広げて幸せになってほしい。

 そんなことを考えながら、愚痴や冗談を続けていると店員が注文を持ってきた。

 

「お、肉きたで…………、て、最初から頼み過ぎちゃう? あふれてんで」

 

「このミシロさんがいくら食うか忘れたとはいわせんぞ」

 

「まぁそれもそやな」

 

 私は結構大食い…………、というか魔力回復のためにいっぱい食べる必要があるので大食いになったというべきか。

 普段からタイムセールや食べ放題を利用しているのはそういう理由である。

 やりすぎると出禁になるので加減が必要だが。

 エルフだけど肉食だ。

 いや、狩猟民族なんだからある意味当然なんだけども。

 

 葵もスマホをいじるのをやめて、肉を焼きだす。

 しばらくは雑談しながら肉や野菜を味わっていた。

 そしてしばらくしてまた話題がループしてくる。

 

「うわ、もう50万再生になってる。すごい人気だね」

 

「全く嬉しくないんだよなぁ…………、はぁ…………」

 

 一銭にもならないのに目立ってもなにも良くない。

 向こうの文官の一人でもいれば何かしら儲ける手段も考えてくれるのだろうけれど…………

 心底けだるげに葵がつぶやく。

 

「削除申請でもすれば?」

 

「それは無理。いいか葵ちゃん、ネットには昔から格言がある。『消したら増える』」

 

「…………そうだね」

 

 人々の関心が集まっている動画や画像が削除されると、逆に関心を集めて、その動画や画像を持っている人が再アップロードするので増えるというやつだ。

 ニマニマ動画で腐るほど見てきた話だ。

 

「警備会社とかで雇ってくれないかな…………」

 

 とにかくお金がないのだ。

 今日明日ではなくならないが、貯蓄は本当に心もとない。

 

 それに弁償もだ。

 現オーナーの壺はともかくとして、前オーナー特注の装飾品はある程度自分も弁償しなければならないだろう。

 相当高いのは分かるが、これはしっかり払うつもりだ。

 

 いくらになるか分からないが、数百万は下らなさそうで先が思いやられる話だ。

 

 そんな風に思案しながら焼肉をつついていたところ、今度は着メロが鳴り響いた。

 自分のではない、葵の方からだ。

 

「…………大事な電話、ちょっと席外すね」

 

 眠そうな目とは違う、すこしキリっとした目で席を立ちスタスタと歩いて行った。

 店員に話して一時的に外に出るのだろうか。

 すると、出ていくのを見ていた茜がそのままつぶやくように言った。

 

「…………最近あの子よく電話してるんよ、誰とかは知らんけど」

 

「―――恋人……とかじゃなさそうだけど。別のアルバイトとかじゃないのか?」

 

「いや、そうやったらええなって。葵は前は絵の依頼受けてたんやけど、最近はめっきり描かんくなってたから」

 

 興味があったので詳しく話を聞いてみると、どうやら葵はイラストや漫画の仕事を大学に通いながらいくつか受けていたらしい。

 まだ卒業もしていないのにプロとはすごいと思う。

 しかし最近…………ここ半年近くは一切仕事を受けていないっぽいのだとか。

 あれだけなりたがっていたイラストの仕事をしなくなった葵を、陰ながら心配に思っていたのだとか。

 

 もっともアカウントまでは教えてくれなかった。

 というか知らないらしい。

 

 まぁ思えば確かにラテアートも上手だった。

 それに、しょっちゅういろんな場所で写真を撮るのだ。作画資料だったと思えば納得である。

 

 …………もし本当にイラストが上手なら、一儲けできる案はあるかもしれない。

 向こうの著作権フリーの小説に絵を付けて売るとか…………

 あるいは、自分の冒険譚を小説にするとか…………

 自慢だが、吟遊詩人や劇の人気演目に詠われる程度には活躍したことがあるのだ。

 …………ちょっと安直すぎるだろうか? 

 

 

 そんなことをふわふわと考えていると、

 思わぬところから、思わぬ話が飛び出してきた。

 

「なぁ、ミシロちゃん。これ、葵にも内緒の話なんやけど…………」

「ん…………?」

 

 なんだろうか。

 するとモジモジと顔を赤らめながら、恥ずかし気に唇を開く。

 

「ウチと一緒に、高収入のバイト、やってみんか……?」

「…………!?」

 

 自分の白色のマナが、激しく揺れているのがわかってしまう。

 弾けた炭の音が、やけに大きく響くような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】エルフの耳の真の凄さは聴力にない。確かに聴力は高いが耳の良い獣人族に負けず劣らずといった程度だ。真の価値は、『魔力を見る第六の目』とでもいうべき性質だろうか。エルフ族はその長い耳をアンテナとして類を見ないほどの正確な魔力検知を行うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──高収入のバイト。

 

 そんな言葉を聞いて、私は固まっていた。

 茜からは、次の言葉はまだ出てこない。

 

 汗をかいた水入れから、トポトポと水を足し入れる。

 コップもだらだらと汗をかき、机の上のひたりと濡らす。

 肉気と熱気にあふれた店内で。

 背中にかいた汗は、果たしてただの汗か、それとも冷や汗か。

 

 カミングアウト、そんな言葉が脳裏をよぎる。

 

 

 ちらりと見えたバックも、毎日変わるカーディガンも、大学生が持つには少々高級品だ。

 買えないことはない。

 ないのだが、お嬢様大学でもない普通の大学生は買わないだろう。 

 

 私も向こうだと、高位の聖神官として高級な衣服を身に着ける機会があった。

 ある程度以上高級なものは、一目ではわかりづらいところに差がある。

 仕立てとか、生地とか、誰が作ったかも大事だが、それ以外にも確かな差がある。

 社交の時に間違えて褒めたりすると、とんでもない恥をかかされることになる。

 だから嗜む程度には勉強している。

 

 だからわかるのだ。

 決して見せびらかしはしないその衣服が高級品であると。

 

 簡単にお金は稼げない。

 それはどこでも同じだ。

 だが、見た目がいい人間なら、特に女性なら、比較的簡単に稼げる方法はある。

 

 茜はかなり見た目がいい。

 きちっと化粧しているが、元もいい。

 双子なのに胸が小さいが、その分スタイルが良くてモデル体型だ。

 話も上手な、()()()()()()()女の子だ。

 

 つまり、そういうことだろう。

 店員の中にも、働きやすさを求めて夜のお店から流れてきた人がいた。

 連絡先を渡さなくていいので働きやすいとその子は言っていた。

 夜の世界のディープなところから、浅いところに。

 

 ()()、あり得るだろう。

 

「…………高収入の、バイト」

 

「うん…………、いや、報酬出すんはウチやけど」

 

 …………もしかして売り手ではなく、ブローカーでもやっているのだろうか。

 そうなれば身なりの良さにも納得がいく。

 

 自分が売り子をするなら当然断るつもりだ。

 しかし、そうでないなら働いてもいい。

 慎重に話を聞く必要があるだろう。

 

「それで、私はなにをすればいいんだ?」

 

「えっと、カメラに向かって、喋るだけでええよ」

 

 カメラに向かって喋る。

 女の子限定の、高収入のお仕事。

 つまり、あれか、この仕事は──

 

 あっちの世界でも国──もとい独立都市によっては、そういう仕事はあった。

 あるいは下品なサキュバス街のヌードなバーであり、あるいは古代ギリシャのような上品な芸術方向でのヌードなファンションショー。

 とりわけ上品な方の彼女らのことは、男たちによっては"女神"、なんて呼ばれることもあった。

 魔力持ちである有色神官はやることはないが、魔力を持たない灰色神官はそういった仕事をまわされることもある。

 

 性的嗜好が金貨を齎すのはどこの時代、国でも同じだ。

 つまり、茜はアダルト配信を行っている。

 証明完了である。

 

「茜って、配信者だったんだ」

 

「え、あ、うん、せやで。これでも結構人気な方でな──」

 

 さて、証明完了したところで、一つ大きな問題がある。

 

 それは、どう断るかだ。

 

 職業に貴賎なし。

 これは良い言葉だ。

 

 だが、職業に貴賎は無いが生き方には貴賎がある。

 そのせいか世間に偏見は存在しており、これを否定してもどうにもならない。

 そして得てして、差別される側の人間は些末なことで傷つきやすいのだ。

 

 茜は数少ない私の友達だ。

 あっちの世界にも知り合いはいたし、友好関係にあるといえる人間は多かった。

 ただ、それは仕事での友好関係だ。

 正しい意味での『友達』が例えば片手の数ほどもいたか、それは分からない。

 

 言い出しにくかったことを見るに、茜は100%善意で誘ってくれている。

 その好意を適当に踏みにじると大事な友達を失いかねない。 

 

 つまり、できるだけ相手を下げないように断る必要がある。

 そのためにはもう少し話をきちんと聞く必要があるだろう。

 すげなく断っては侮りがあると思われかねない。 

 

「話変わるけどさ、どういうきっかけで配信始めたんだ……?」

「ん、きっかけかぁ、17の時になんとなく、かなぁ。あ、でも顔出し始めたんは割と最近やで」

 

 なんとなくはじめて、大儲けしているのは相当才能があったのだろう。

 顔出しだしたのはどういう心境の変化があったのかは気になるが。

 女神が顔出しなんてすると街中で襲われかねないような気もする。

 

「配信やっててさ、嫌なことってない?」

「そりゃあいっぱいあるよ。ち〇こDMで送りつけてくるやつなんてしょっちゅうやで。何が楽しいんやろか」

 

 ──思わず顔が歪んでしまう。

 Vtuberでもそういう話は聞いていたが、目の前の被害者から聞くと嫌悪感もひとしおだ。

 適当に相槌を打ちながら、話の続きを促す。

 

「でもやっぱさ、楽しいんよ。みんなに楽しんでもらうんが」

 

「…………そうなんだ」

 

 裸をみんなに見てもらうのが楽しいという露出狂的楽しさなのか、それとも虚しい承認欲求の表れなのか、それは分からない。

 だが、語る口調に嘘はなく、マナも楽し気に揺れている。

 

「それに、恥ずかしいけど顔見られながらするのも楽しいしな」

 

 一体もってナニをするのかは、聞かない。

 

「こう、なんていうか、ありのままの自分、っていうんかな、それを曝け出せるんや」

 

 ありのままの自分、つまり全裸だろう。

 私には、到底できない。

 

「やっぱプロは違うね」

 

「プロなんてもんやないって、程遠いわ」

 

 この素晴らしい女神に祝福を。

 きっと彼女は多くの報われない男を幸せにしているのだろう。

 だがこの道はきっと厄も多い道だ。

 帰ったら久しぶりに短縮式じゃない祈祷でもあげよう。

 願わくば汝の進む道に幸多からんことを、というやつだ。

 

 その後も会話を続けると、ところどころから意識の高さが伺える。

 よっぽど視聴者のことを大事に思っているのだろう。

 なら、私のすべきことは一つだ。

 

 断り文句は決めた。

 変なごまかしはやめて、正直なことを告げよう。

 

「ごめんっ、私百合しか無理なんだ! 

 だから男に対して裸を見せたり、そういうことはできない!」

 

「へ?」

 

 え、の形で固まった茜の口は、しばらくそのまま動かなかった。

 

 

 

 

 

 

【Tips】転生しようとも、生まれ持ったアホは治らない。出身の違いにより常識やその経験に差があればなおさらのことだ。

 

 

 




茜「それに、恥ずかしいけど顔見られながらゲームするのも楽しいしな」

ミシロ「行為を遊び気分で!?とんでもねぇ淫乱だぁ!」




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【配信前4】ゲーム実況者とエルフさん

 広い焼肉屋の片隅で、個室にも似た仕切りに区切られたテーブル。

 その中では2つの物体が動いていた。

 

 一つは嬉々として思い出し笑いをしながら、手慰みに連れの銀髪をもてあそぶ茶髪の女性。

 もう一つはガヤガヤとした焼肉屋の中で、湯気を立てながらテーブルに顔を伏せる銀のお団子。

 ついでにお団子からは二つの赤いアンテナが生えている。

 

 茶髪が茜で、団子が私だ。

 

「うぅぅ~、ああぁぁ~、ああぁあああああ」

「ひひひっ、ふっ、は、腹痛いわぁ──、ああぁ」

 

 とんでもない勘違いをしてしまった私は、恥ずかしさの余り動けなくなっていた。

 

「お団子さんできたで、いや、髪型触ってみたかったんよ」

「…………かわいい髪形はいやなんだよなぁ」

 

 普段はポニテ以外にしない。

 これはポニテが可愛くないとかいう意味でなく、めんどくさいから以外の何物でもない。

 じゃあ短く切れよと思うかもしれないが、短くすると聖神官のイメージに反する。

 聖神官の仕事をするときは、オシャレな長髪にしないといけないのだ。

 それだけの理由で面倒な髪を長く保っている。

 

「にしてもサラサラやし、いい匂いやわ。何使ってんのか気になるわ」

「…………一応、手入れはちゃんとしてるから」

 

 そして意外に思うかもしれないが、手入れはきちんとしている。

 まぁブラッシングして、シャンプーして、リンスして、オイルを塗っているだけだが。

 

「いや──笑わせてもらったわ、あ、アダルト配信者て、そんなことあるわけないやろ~」

「いや! 勘違いされる言い方した! 茜が悪いと思うんだが!」

 

 ありのままの自分とか絶対勘違いするだろう。

 というか、こんなレアな人間が身近にいるとは思わなかったのだ。

 

 

 彼女の、ネットでの名前は『ちぬれゆい』

 かわいらしいハンドルネームとは裏腹に、配信内容は結構攻めるらしい。

 理系視点での関西弁ツッコミと、非常に高いプレイスキルが特徴の有名女性実況者だ。

 

 その登録者数は20万人を優に超えており、ググってみれば顔もすぐヒットした。

 尤もいつもいつも顔出しするのは好きでないらしく、化粧も相まって、メイド喫茶でのお仕事中に気づかれることは殆どなかったらしいが。

 

 ちなみに私は一度も動画を見たことがない。

 もし見たことがあったら絶対に気が付いている。

 エルフの聴力なめんなである。

 

 

 ──いや、正直どっかで気が付かれるかと思ってたわ。

 ──てゆーかむしろ気付かれたかったまである。

 

 これらは彼女の言葉である。

 自分から言い出して知りませんだと恥ずかしいので、気が付いてほしかったのだとか。

 おいじらしいこと。

 

 登録者20万と聞いたとき、BIKAKINの50分の1だねと言ったら怒られた。

 

 まぁそりゃそうだ。

 

 登録者20万というのは正直かなりぶっ飛んだ数字だ。

 1万すら超えるのが大変といわれている配信業界で、20万。

 トップと比べると大したことない数だが、それがいかに大変かは素人でも想像がつく。

 

 登録者20万の人間がどれほど稼ぐかは知らないが、おそらく貯蓄とか考えなければとても贅沢な暮らしができるレベルだろう。

 茜財団の謎の財源はここから輸出されてきていたわけだ。

 

「……金持ちめ」

「へへへ、うらやましいやろ」

 

 というかじゃあなんでバイトなんてしてたんだろう。

 ふと疑問に思ってしまう。

 

 するとあっさりと2つの回答が帰ってきた。

 まず1つ目。

 バイトでもしてないと、面白いネタが浮かばないらしい。

『やばすぎるチーター動画に理系的にツッコミを入れる』、『「アホ」を感染させて薬を売ろう』などが人気の動画らしいが、どちらもバイト中にネタを考えたのだと。

 机に座ったままだとちっともネタがでてこないのだとか。

 

 そして2つ目。

 葵の監視らしい。

 監視、という言葉の割には普段の態度は優しく、見守りに近かったと思う。

 こっちは詳しくは話してくれなかったが、まぁ一見冷酷な葵は勘違いを招きやすく、時にはひどい人間トラブルに見舞われることもあるのだろう。

 その折衝ついでにバイトしようというのは十分に理解できた。

 

 そして、私のバイトの話だ。

 

「まぁせっかくやし、ウチのチャンネルに顔出してみんか? って話やな」

 

 ZowTubeで伸びるコツとして、話題に便乗する、というのがある。

 その点で言えば、今、私は超不本意ながらも話題沸騰中なわけで、しかもリアル友達なので利用するにはぴったりというわけだ。

 茜まで燃え移る気もするが、そこは私がリアル友達だということで相殺できそうなのだとか。

 この辺の感覚はよくわからない。

 

 ともかく、私が既に人気の茜のチャンネルに出演することで、互いに利益を得ようという話だ。

 茜は更なる登録者を、私は金銭をである。

 そして、そのために話題になっているうちに便乗して自前のチャンネルを作って収益化を狙うことを提案された。

 ただし、収益化まではいくらバズっても利益にはならない。

 それまで私に関する動画のある程度の収益を渡してくれる予定なのだとか。

 

 ここでスマホで茜のチャンネルを開いて見てみた。

 そして、茜の配信スタイルの説明を受ける。

 

 茜は基本は短い動画を数日に1本という、シンプルでお手軽なスタイルらしい。

 面白い企画が思いつけば配信もするが、基本は動画主体なのだとか。

 動画、配信の数は少なく少数精鋭といった様相だ。

 その上、評判の悪い動画、シリーズは即削除することを徹底しているらしい。

 

 それだからか、最低でも再生数は10万を優に超えていた。

 一再生0.1円、なんて言葉があるが、それに乗っ取れば最低でも1万のバイトという計算になる。

 口約束だが、神聖官には嘘はつけないので、渡してくれるのが本当だということは間違いない。

 

「…………ずいぶん私が有利な話な気がするけど」

「ウチにとってはそうでもないんよ」

 

 正直、ちょっと怖い。

 お金のトラブルで大事な友達を失うというのは、()()()()()()()()()ことがある話だ。

 大事な友達だからこそ、こういう貸し借りはちょっとしたくないと思ってしまう。

 

 茜にとってはそうでないのかもしれない。

 けれど私は、これは大きな借りだと、そう思った。

 

「…………この恩は、必ず返すね」

「恩って、はぁ…………」

 

 呆れたようにため息をつく。

 そしてカランコロンと空になったコップを傾ける

 そして、ニヤリと笑いながら言った。

 

「友達なんやから、助け合うんは当たり前やろ?」

 

 ──友達だから、助け合うのは当たり前だよ! 

 

 重なって聞こえたのは、きっと幻聴だろう。

 そんなことは、わかっている。

 わかっているのだが。

 思わず、昔の、あっちの、唯一の親友を思い出してしまう。

 自分が情けなかったから死んでしまったあの子を。

 

「う、うわぁ、ど、どしたん?」

「…………っ」

 

 気が付くと、茜にすっと抱き着いてしまっていた。

 ドキドキ、というのはない。

 ただ、あてもなくゆらゆらと動揺しているだけだ。

 

 出来るだけ、名前も声も姿形も思い出さないようにしているのだ。

 あまりにもその最期が嫌で、どうしても。

 

 すっと、抑え込む。

 いつものように。

 そうすれば約束通り、幸せでいられるから。

 

 今私は、平和な日本にいるのだ。

 余計な事を、思い出す必要は、なにもない。

 どうせあの時と同じで何もできないのだから。

 

「……ごめん、昔の友達と似てて、ちょっと思い出してた」

「…………そか」

 

 茜は私の様子を不審におもったろうに、特に何もふれることなくこの件は終わりとしてくれた。

 

「ありがと、何も聞かないでくれて」

「……友達やからな」

 

 スペック高めなのに性格もイケメンな友人に感謝だ。

 この子と付き合う男は幸せ者であろう。

 

 話が流れたところで、自然と前の話に戻った。

 確認したい事、されることはいっぱいある話だったしね。

 

「………そういや、ミシロさ、やっぱりアッチ系の子やったんやね」

「ん………、まぁ、そうだね」

 

 アッチ系というのは、性的嗜好のことだ。

「え?元が男なら女好きで当然じゃん」

 なんて声が聞こえてきそうだが、転生が稀によくあるあっちの世界での経験上いえば、逆である。

 大抵は魂も、体の性別に染まっていく。

 

 しかし、自分は幸か不幸か、全く染まらなかった。

 

「引いた……?」

「……ん、いや?まぁびっくりする子もおるやろうけど、ウチは全然やね、というかそうかなーって予感はあったから。それに()()()()()()()やしね」

 

 外国人、というのはまぁ異世界人の隠喩だろう。

 茜のいうその『外国』で、自分は20年近くの時を過ごしている。

 あっちの世界は必ずしも時間の流れが一定ではないので、こっちの10年が正しく20年ではないのだ。

 

 そして、それだけの期間を生きると正直、日本人の前世も記憶の片隅に追いやられる。

 来てすぐは日本語を上手く喋れなかったのも、ある意味では当然だ。

 今の自分は言うなれば「日本人男性の記憶を持った異界の少女」なのだ。

 

 自分の生まれ変わった世界は、モンスターや魔物が特に強い世界だった。

 それらに対抗するためには、魔力がいる。

 魔力もちを増やすには、子を産んでもらうのが一番手っ取り早い。

 だから魔力が多い人ほど、性にルーズな人が有難がられる世界だった。

 

 男ならハーレムどころか、ヤリ捨てるだけでありがたがられる世界である。

 

 そんな世界の中で、自分はちょっと特殊なエルフの里で族長の娘として生まれた。

 もっとも生まれた時の記憶はなく、自我と前世の記憶が目覚めたのは歩けるようになってからだが。

 

 族長というのは一応は特権階級であり、子供を成すこともその役目の一つである。

 だから自分もどうにか男を相手できないかと思ったが、何度試してもダメだった。

 デートで手を握られるだけでも吐き気がする。

 

「別に男が嫌いなわけじゃないんだけどさ、話してる分には楽しいし」

「……うちも、正直ちょっとだけ分かる、性欲にぎらついた男って、ちょっとキモいもんな……」

 

 やけに真に迫った言葉で、吐き捨てるように茜は言う。

 元が男なの黙っているのはちょっと申し訳ないが、逆に男だからこそ分かることもある。

 

 『男の人は性欲と恋愛感情は別っていうのが信じられない』

 これは知恵袋なんかでよく見る話だ。

 この話について少し補足したいことがある。

 男と女両方経験したからわかるのだが、これは半分は正解で半分は間違いだ。

 

 正解の半分は、「男も好きになった相手と結ばれたいとは思う」ということで、

 不正解の半分は、「別に好きじゃない相手にも性欲を吐き出せる」という点だ。

 

 実際自分も女の子になってからは何度も公衆浴場を利用したりもしたが、別に好きでもない相手なんて全く興奮しない。

 このへんは両方の経験者である自分だけが理解していることだろう。

 

 もしTSしてるってばれたら本の一つでも書いてやろうか。

 『男女両方経験した私だからわかる77のこと』

 みたいなタイトルで書いたら売れないだろうか?

 

 ちなみにあっちでは普通に売っていた。

 女の子になりたくて一生を研究にささげた錬金術師なんてのもいた。

 奇跡的に成功して美少女錬金術師やってるらしいが。

 

 嫌な話題を経由して、楽しい話題に移る。

 

 仲のいい友人なので話題は結構すらすらでてくるのだ。

 そして、適当に話したりスマホをいじったりとしていると、少し面白いものを見つけた。

 

「……あ~、それでか、それで茜は今、彼氏いないんだ」

 

「えっ、あっ、はっ?なんで、なんでわかるん?」

 

 適当に鎌かけただけだったのだが、どうやら本当にいないらしい。

 正直ちょっとだけ嬉しい。

 

 ページをお目当ての位置までスライドし、スマホの画面を茜に見せる。

 

「ほら、書いてあるでしょ、『現在は…「彼氏はいない」とのことです。』って」

「……あぁ、これな」

 

 一瞬で茜の顔が苦々しいものに変わる。

 

 自分が見せたのは『ちぬれゆいの素顔がヤバい!年齢や所属事務所…』とかいうよくわからないサイトだ。

 そこには、プロフィールと経歴、趣味やコラボ相手などがまとめられていた。

 まとめ自体はきちんとされていて、自分にとってもわかりやすいのだが――

 

「いや、ホントのこと書く分にはええんよ、別に」

 

 そうしてページをめくっていくと、問題のページが出てきた。

 

『ちぬれゆいの過去の闇と黒歴史!?枕疑惑の真相!?』

 

 そこには、ゲーム実況繋がりのオフ会でお持ち帰りされた~~なんて噂が書かれていた。

 直接そうとは書いてないが、枕営業で登録者を増やしたのではないかというのが、多分管理人の予想なのだろう。

 ありもしなさそうな予想がつづられていた。

 

 登録者20万といえば、下手な芸能人より知名度が高いと言ってもいい。

 そうなると、こんな面倒も付きまとうのだなとつくづく感じた。

 まぁでも、おそらくこのサイトはマシな方なのだろう。

 管理人はそれなりに調べて書いているようだった。

 

「……く、くくっ、いや『†血濡結衣†』って!ははっ!『†血濡結衣†』っ!」

 

「お、おいっ、人の黒歴史いじんのやめーや!っていうか今はひらがな表記やろ!ええ加減にしろ!」

 

 色々と纏められている中でも面白かったのが、名義の『ちぬれゆい』の由来だ。

 なんでも中学校の時から使っていたハンドルネームらしい。

 その時はFPSゲームを『†血濡結衣†』の名称でやっていたのだとか。

 

「いや、当時みてたドラマの結衣ちゃんがかっこよくてな――」

 

 推理ドラマからとった「結衣」が、返り血でぬれた姿から設定したのだとか。

 

 そんなこんなで適当に茜の補足を聞きながら、時に補足してもらい、特に馬鹿にしながら読み進めていく。

 そして、最後のページを前に茜はこちらを見て、言った。

 

「それで、最後の言葉予想したるわ、『いかがでしたか?』や!」

 

「惜しい!『いかがだったでしょうか?』だった!」

 

 合っていたらピタリ賞で聖銀貨あげたのに。

 これじゃあ大金貨どまりである。

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】いかがでしたかブログは、芸能人やネットの有名人のプロフィールを集めたサイトのことだ。最後に「いかがでしたか?」のような一文で占められることが多いことからそう名付けられた。愛にあふれたものもあるが、大抵は『引用』を盾に揶揄し、派手な言葉で無責任に読者を巻き込む悪質ブログが多い傾向にある。

 

 

 

 

 

 

ちぬれゆい/@chimamire_yui

話題の友人と焼肉なう

 

あ、二人で明日の夜6時から雑談&EPEX配信するで!             

 

#EPEX

@4  ↺120  ♡127  …

Reply to @chimamire_yui

らんどせ/@xxxxxx
3m

Replying to @chimamire_yui

この子どうみてもあの忍者だよね

ていうか動画のくせに写真のフリするゆいちゃん鬼畜で草

@  ↺3  ♡13  …

勇者あああう/@xxxxxx
3m

Replying to @chimamire_yui

全裸で楽しみにしてます

@  ↺  ♡3  …

mikanmochi/@xxxxxx
3m

Replying to @chimamire_yui

楽しみだけどEPEXで大丈夫?

ゆいちゃんはマスターだけど相手に合わせて動いてあげなよ?

不穏なことにならないことを願ってます

@  ↺  ♡3  …

 

 

 

 

 

 

 ブログをネタにしながら焼肉をつまみ、一通り盛り上がった後、

 自分から改めて明日の配信に参加させてもらうことをお願いした。

 

 そして、茜と二人で写真を撮り、明日の夜に配信に参加させてもらう旨をツイートしてもらった。

 ………写真を撮るのかと思ったら動画だったドッキリはひどいと思う。

 でも、私は写真写りが悪いというか、何故か必ず目を閉じた状態で写ってしまうので、ある意味仕方ないのかもしれない。

 ものすごい勢いでリツイートが増えていくのを見て、茜も嬉々としている。

 

 ひやりと汗が流れ、そわそわが胸から全身を満たしていく。

 広がったそわそわは、私に落ち着くことを許さない。

 想像以上のスピードに目を丸くし始めた茜を片目に、キャベツを芯ごと噛みちぎり、なくなりかけた水を飲み干す。

 水が喉を伝うのがやけに鮮明に感じられる中、ある言葉が脳裏をよぎる。

 

 毒を食らわば皿まで。

 私が好きな言葉の一つだ。

 

 害悪にしかならない知名度だが、せっかく金に換えられるのなら変えようと思ったのだ。

 一度自ら顔を表に出してしまってはもう引き下がれない。

 ネットに一度漂ったものは、二度と消すことが出来ないと思った方がいい。

 私が望む望まないにかかわらず、私の周りは激変していく。

 

 ――面倒くさいなぁ

 

 日本でまともに生きていくには、この身はどうやら過剰スペックらしい。

 

 ――いいや、あっちでも、そうだったか

 

 成り行きで里を飛び出し、成り行きでハンターになり、成り行きで聖女を演じ、成り行きで魔王討伐に向かうことになった私にとっては慣れ親しんだ面倒くささだ。

 街で声を掛けられたり、あらぬ疑いを掛けられたり、面倒な人間に絡まれたり。

 いたって、心底、面倒だ。

 

 ――でも

 

「……おっ、なんやえらい悪い笑顔してんなぁ」

 

「…………へへっ」

 

 なんだか、わくわくもしているのだ。

 新しい世界が開ける、そんな感じがするのだ。

 

「……ラストダイブの時より、ワクワクしてるかも」

 

 

 ぼそりつぶやいて、窓を見る。

 夜の窓に反射した私の顔は――獰猛に笑っていた。 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】ラストダイブ:冒険者の中でも最上位に位置するハンターたちは、雲海深層最前線への立ち入りが許可されている。不要な二次被害を避けるため『自力で帰ってくるので探さないでください』という手続きを行う必要があり、数多のハンターがその命を天秤に乗せ、栄光を勝ち取ってきた。

 

――いつだって、人生は冒険だ。

――そしてそれは、日本も異世界も変わりはしない。

 

 

 




元ネタ
【ラストダイブ(絶界行)】:メイドインアビス
上昇負荷により確実な死が約束される、深界7層以降への旅路。
憧れは止められねぇんだ。




話が進まなくてすみません。
筆が乗るんじゃあ


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【配信前5】エルフの聖女とキツネな剣聖

日刊2位でびっくりしました………ありがとうございます!
泡沫の夢みたいです。
泡が弾けて終わらないように頑張ります。


 月夜が照らす秋の終わりの夜。

 雨明けの寒波に吹かれながら、私は薄暗い帰路を進んでいた。

 

 配信者になることを決意した。

 もう後戻りはできないが、やれるだけのことはやってみようと思う。

 もちろんまだ異世界人バレする気はないので、バレない程度の加減はするつもりだが。

 

 焼肉屋ではあの後、明日の配信の内容についての相談をしようと思っていた。

 配信は見るのは好きだが、する方は全くの初心者だからだ。

 しかしできなかった。

 

 外で話し込んでいた葵が帰ってきたからだ。

 

 茜は自身がゲーム実況者であることをカミングアウトしていない。

 正直、双子の妹である葵には茜がゲーム実況者であることがバレているような気もするが、一応は秘密であるのだと。

 ならばその意思は尊重するべきだろう。

 

 そう考えた後は、もうラストオーダーまでひたすら食べまくった。

 ずっと網の上をいっぱいにしながら食べまくっていた。

 そして私は、量は食えるが速度は早くない。

 なので退店時間ギリギリに全てを食べきったのだ。

 

 オーダーを受けた店の人と、遠慮のない食べっぷりを見た二人はちょっと引いてたような気もするが問題ない。

 食べ放題と銘うってる方が悪いのだ。

 

 そして途中で分かれて、裏路地にある寂れたアパートまで帰ってきていた。

 正直、先ほどまでの浮ついていた気分はすっかり霧散してしまっていた。

 しかしそれは秋の夜風に吹かれて熱が冷めたからではない。

 

 面倒なことを思い出したからだ。

 

 

 ――やっぱり、か。

 

 

 正直、昼間の件は気づかれていないと、期待していた。

 だが、そうじゃないらしい。

 

 ――圧がすごいな

 

 住んでいるアパートに近づくと、圧の質が変化した。

 どうやらこの圧の持ち主が私が帰ってきたことに気が付いたのだろう。

 やっぱり私より聴覚は鋭いらしい。

 

 若干どころではない面倒くささを感じながら、家のドアの前に立つ。

 そして、ふっと息を吐き、ゆっくりとドアノブを握った。

 

「………ただいま」

 

 ドアを開いて家に入ると、玄関だけ明かりがついていた。

 奥の部屋はほとんど真っ暗で、入り口だけが玄関の薄暗い仄かな光に照らされている。

 

 いや、何より注目すべきはそこじゃない。

 目の前の彼女だろう。

 

「………おかえりなさいませ」

 

 目を妖しく赤色に光らせる彼女の髪と尻尾は、本来白いはずなのに光に照らされて仄かな橙色を帯びている。

 そして、その美麗な顔には表情がなく、その赤く光る目はただただ私の下を見つめている。

 鮮やかな色彩を持つトミクニの――異世界における和服のような民族装束を纏っている彼女は、片膝をつき、私の命令を待っているのだ。

 

 ――その腰に携えた、妖刀を振り下ろすための。

 

「………昼間の件、人伝ではありますが、既に承知しております」

 

「……ずいぶん日本語うまくなったな」

 

 話したくない話題をスルーし、既にネイティブレベルに近づきつつある日本語の上達に触れる。

 しかし、彼女は一切表情を変えずに、肯定の意思だけを告げた。

 

「……この地に長く滞在するが故、染まってしまったのかもしれません」

 

 この言葉が、決して言葉の上達のみに触れた言葉でないのは自分にも分かった。

 内容は真っ当だが、その言葉に込められたのは皮肉か揶揄か。

 平和すぎる日本に滞在して、すっかり丸くなってしまった私、いや、私たちを意味しているのか。

 

「……平和なのは、いいことだよ。マシロ?」

 

 なだめる様に、彼女に言う。

 彼女の名前はマシロ。

 異世界で出会った、私の唯一の妹分だ。

 

 マシロは九尾を持つ白髪の獣人だが、普段は尻尾と耳を隠して普通の人のようにふるまっていることも多い。

 そして本来の姿になることは日本のみならず、異世界においても滅多になかった。

 その理由は単純な話で、良くも悪くも有名すぎるのだ。

 九尾の獣人として装束をまとい街中を歩くと、反応は2つに分かれる。

 

 一つは尊敬の目

 武を嗜むものなら憧れる、武の極みにたどり着いたものへの崇拝の念。

 

 一つは恐怖の目

 少しでも悪に覚えがある人間なら全力で逃走を図る。

 しかしそれをマシロは許さない。

 音もなく、そこに一切の慈悲もなく、全ての悪を殺す聖女の剣だ。

 

 

 あっちの世界で生きた私は、少なからず倫理観が曲がってしまっている自覚はある。

 日本人の記憶を引き継いだ私ですらそうなのだ。

 純粋な異世界人ならどうだろう。

 平和で高い倫理観を持つ国である日本に比べると、あっちの世界(ダークファンタジー)の倫理観は最低とも言っていい。

 

 彼女は、自らの手で裁きを下すために、ここにいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】戦装束:名のある傭兵や、冒険者、ハンターなどは特注で自分専用の装備を作り上げる。そしてその装束は記録され、ギルドの人物名鑑にて紹介されるのだ。それは時に顔や魔力紋よりも正しい身分の証明となるが、意味もなく着歩くほど『安く』はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――剣聖マシロ

 

 各流派にたった一人しかいない、武の頂点を示す剣聖の位を弱冠12歳で獲得した若き天才剣士だ。

 剣聖といっても、ギルド公認の流派にはそれぞれ1人ずついるので、その実力にはかなりのバラツキがある。

 だが彼女の流派である桜花一刀流は、武を競う各流派の中でもかなり高い位置にある。

 

 その理念を四字熟語で例えるなら、完璧主義、迅速果断、そして一刀両断といったところか。

 しばしの沈黙の後、マシロは無表情のまま誰に言うでもなく吐き捨てる。

 

「……楽園の地は、法に溺れ、膿んでしまっているのでしょうか……?」

 

 楽園とは、地球のことだろう。

 あっちの世界の冒険者の目指す伝説的存在は複数があるが、その一つに「楽園」がある。

 楽園とは、モンスターや魔物が存在せず、無限の塩の湖が広がる広大な大地のことだ。

 ある意味確かに日本っぽい

 多分違うけども。

 

 

 そして、前の言葉は暗にこう言っているのだ。

 『日本の法律ガバくない?あんなやべー奴ら野放しにしてたら世界の終わりだよ』と。

 実際問題、昼間の不良達だが、余罪がなければ短期間で釈放される可能性が高いだろう。

 そしてこれはほぼ確定なのだが、彼らには相当の余罪がある。

 そういう目をしているし、そういう目の人間は腐るほど見てきたからだ。

 

 日本の警察は優秀だが、そもそも事が起こった後にしか動けない。

 だがギルド流では、事が起こる前に対処するのがメジャーである。

 なので大人しく待っていることに反発があるのだろう。

 

「……日の満ちるこの地は、どうやら相当に高尚な趣味を持たれる方が多いようです。対話の機会を設ける必要があるのではないでしょうか」

 

  意訳。

『日本の男ってあんなクソが多いの?とりあえず私らで尋問して、余罪があれば殺した方が世のためじゃない?』

 

 まぁめんどくさい語彙身に付けちゃって。

 なんなら私よりよっぽど語彙が多い気がする。

 ネイティブが負けたら恥ずかしすぎるわ。

 

 あっちの世界の上流階級の人間はめんどくさい婉曲表現を、教養の誇示のために好き好んで使う。

 マシロも一応は上流階級の出なので、キレてるときはかなり面倒くさいことを言ったりする。

 なお私は、教養がない方とする。

 

「……ここはギルドの管轄地じゃない、だからギルド憲章は適用されない」

 

 ギルド憲章は端的に言えばギルドの掟だ。

 法律といっても、多民族どころか多種族が入り混じるギルド連合管轄地において厳密な法は機能しない。

 せいぜい、『他人の権利を侵害するな』、『義理と人情を大事にしろ』みたいな、解釈だけで戦争できそうな内容しかない。

 とはいえ、婦女暴行や名誉棄損などは当然、重く罰せられる。

 

 侍みたいなこの子には到底許せない侮辱行為に見られたのだろう。

 

 あーだこーだ言いながら、着地点を探す。

 私は催眠、マシロは洗脳魔法が使えるし、姿を消して隠密するだけなら私も出来る。

 なので絶対にばれずに遂行できるのは分かっているのだ。

 そして、衝撃の案を提案された。 

 

 なんとマシロ初案だと、牢中に生首を飾るつもりだったらしい。

 翌朝の刑務官は、生首とハローワールドである。

 ヘルワールドの間違いじゃないだろうか。

 明日のニュースがとんでもないことになるし、警察の皆さんに非常に迷惑がかかるので本気でやめてほしいと伝えたところ、第二案を提案された。

 

 全員を死体ごとこの世から消す案である。

 妙案である、倫理観とか抜きにすればなァ!

 そして結局警察の手間は変わってない。

  

 当然却下である。

 

 すると意外にまともな第三案を提案された。

 まずマシロが潜入し、彼らに一人ずつ自白剤を飲ませておく。

 するとあら不思議、お口ガバガバマンの出来上がりである。

 

 ……頭がおかしくなることがあるお薬なので、あんまり投薬したくない。

 

 この第三案を拒否するのは容易ではなかった。ギルドの理屈でも正しくて、日本の司法にも一応一定の配慮がある。

 この案を提案してきたマシロのストーリーはある意味理には適っていた。

 ここで私もまとも法を守る気がない当たり、悪い意味で染まってしまってるな、と感じる。

 純白ともいえる日本の倫理観。

 それゆえに、一度黒が垂らされてしまうと決して純白には戻らないのだ。

 

 そんな彼女の説得に押されそうになる。

 

 コミュ障のくせに生意気だ。

 ちなみに私と口論になった場合、大抵私が負ける。

 「合理」をとことん追求した、桜花一刀流の剣士らしい口調で論破されてしまう。

 しかし私以外と口論になった場合は、100%マシロが負ける。

 何も喋れないので勝てるわけない。

 

 さて、この一見完璧にも見える案だが、私は賛成できなかった。 

 ここがもし日本に似た異世界だったら、二つ返事でOKしていたと思う。

 

 本物の、私が生まれ育った日本だからいけないのだ。

 裏工作をこっちでもやり始めると、()()()()()()()()()()()()な気がする。

 キリがないとまでは言わないが、ヤクザとか悪徳政治家とか、その辺まで手を出すとこまで行ってしまいそうな気もするのだ。

 悪のフィクサールートである。

 

 フィクサーといっても魔法技術を裏で広げてみんなが笑える平和な世界を作ろう、というギルド的考えにはなる、

 魔法と科学が交わることで文明は大きく前進するだろうが、不用意にことを進めると余計な犠牲が出てしまうのは容易に想像がつく。

 ぶっちゃけ私は所々アホなので、そういうのは賢い人に任せたい。

 

 すでに配信とかいうクッソ面倒な毒を食って皿を食べる覚悟をした自分だが、正直これ以上の毒も皿も食いたくないのだ。

 

 と、ここで説得に妙案を思いついた。

 まともな理屈で説得しなければよいのだ。

 

「……魔王に、バレる可能性がある」

 

 そう、私たちの本来の目的である魔王を引き合いに出せばよいのだ。

 魔王討伐に失敗してこっちの世界に飛ばされて以来、まともに修行せず、漫喫に籠っては遊び、昼間から一日中Vtuberの配信を見て過ごし、日銭を稼いでいる私たちだが、実は『お仕事中』だったりする。

 それは魔王の探索である。 

 というのも先日に魔王の魔力残滓を確認したので、やはり生きていることが分かったのだ。

 

 そして奴は逃げられない。

 こっちの世界と、あっちの世界の壁が最も薄い場所に、結界を張ってやったからだ。

 壊せるとは思うが、壊れる前に私たちが気が付いて向かう手筈となっている。

 私たちがこの町から離れないのもこのためである。

 基本的にどちらか一人は家で待機している。

 

 ある意味では缶蹴りの様相である。

 缶が結界、鬼が私たち、魔王が蹴る人か。

 

「隠密魔法を使って移動するには問題がある」

 

「………魔力検知ですか。それは確かに問題ですね……隠密魔法で派手に立ち回るとなると、魔力検知に引っかかってしまうかもしれません」

 

 魔力検知は、ある程度の腕前なら逆探知されずに使用することが出来る。

 なので定期的に使っているのだが、それはおそらく相手も同じだ。

 

 え、魔王生きているの!?日本やばくね!?と思うかもしれない。

 しかし彼女は、()()()()()()()()魔王だが、同時に数ある魔王の中でも最も善良な魔王でもある。

 

 彼女は同格の敵対者以外は決して殺さない。

 異世界で私たちに追われている最中も、のんきに盗賊に襲われている人を助けたり、村を豊かにしていたほどの気の抜けたやつだ。

 しかし独立都市の王達からはある理由から忌み嫌われ、魔王認定されている。

 

 だからぶっちゃけギルドもあんまりやる気がない。

 私も最初から説得のつもりで捕まえに行ったのだが、これが案外しぶとく、どれだけ追い詰めても大人しく捕獲されてくれなかった。

 そこで仕方なく倒してから捕まえて、その後蘇生しようと考えていたら、最後っ屁を食らったわけだ。

 

 ランダムテレポートとかいう最悪の最後っ屁である。

 まぁ妨害した結果日本に飛ばされてよかった。

 いしのなかにいる。

 なんて状態になったら辛すぎるしね。

 

 あとあの魔王はかなりの目立ちたがり屋だ。

 なので、おそらくそう遠くないうちに表に出てくる。

 その時まで、待機するのも一つの仕事だったわけだ。

 

 ………私の大ポカ(大乱闘スマッシュブラザーズ)のせいで、私が先に表に出たが。

 

 意見を交換し、どの案もリスクが大きすぎることを確認した。

 

「私たちの、本来の仕事は何?」

「……魔王の、討伐もしくは捕獲です」

 

 苦し気にマシロの口から言葉が出てきたのを見て、説得が上手くいっている感触を得られた。

 あとは、最後の一押しだろう。

 

 すっと息を吸い込み、一呼吸置く。

 すると、マシロもはっとした顔で、私を見た。

 努めて雰囲気を変えるときには、この手法が有効だからだ。

 

 橙色の夜灯が私たちを仄かに照らす中、玄関から漏れ出る寒さをじりりと感じる。

 ここが正念場だ。

 日本の法と、私の心の安寧は、この一瞬に全てかかっている。 

 

 薄暗い玄関の中、目の色が落ち着いてきたマシロを見ながら。

 自らの眼力を強めて、言葉を練る。

 

 そして、解き放った。

 

「そんなことより、アイリスのアーカイブ見ない?」

「あっそうですね!! そんなことよりアイリスさんの配信です! 急いでみましょうお姉さま!!早くお風呂あがってきてくださいね!」

 

 鋭き剣聖は一瞬にして、ふにゃふにゃきーつねに変わってしまった。

 尻尾をふりふりしながら部屋に戻っていくマシロを見ながら思う。

 きっと、今の私は死神ノートの主人公のような顔をしているだろう。

 

 

 ――計画通り。

 

 

 

 この瞬間、法治国家日本は、配信によって救われた。

 ビバ配信である。 

 

 めんどくさいことはやらないに限るね!

 怠惰な生活バンザイである!

 うん!

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】聖女アナスタシア:エルフ族には聖神官が非常に少ないため、その天使が如く容姿も相まって奇跡の子とも呼ばれる。ギルド連合の影響の根強い地域において根強い信仰のある『深淵教会』の聖級聖神官で、その勤勉さから若くして大司教にまで上り詰めた彼女は、非常に清らかな性格の持ち主で怠惰を嫌っている。

 

 

 

 

 

 




2021/12/06:剣聖に関するくどい説明をカットしました。
2021/12/06:楽園に関するくどい説明をカットしました。
2021/12/06:ギルド憲章に関するくどい説明をカットしました。
2021/12/06:ランダムテレポートに関するくどい説明をカットしました。
2021/12/06:主人公とマシロの倫理観が曲がっていることへの説明を追加しました。


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【配信前6】世話焼きエルフのミシロさん

日刊1位ありがとうございます!!

拙い文章で申し訳ありませんが、良かったらお付き合いください。
今回はエルフ要素の回収です。

次回やっと、配信回の予定です。



 瘴気、という言葉がある。

 

 古代から19世紀までに信じられていた概念で、ある種の病気を引き起こすと考えられた「悪い空気」のことだ。

 腐ったキノコだの、ゾンビだのが吐き出す空気で、プシュプシュと吐き出される黄色だったり黒色だったりするアレだ。

 現代においてはファンタジーに属する産物だ。

 

 そう、思っていた。

 

 なぜか玄関に積み上げられたゴミ袋にはうっすらと埃がまぶさっている。

 抜けた髪の毛がところどころに散乱し、床のあちこちには直でものが置かれていた。

 排水溝からは逆流したのか何なのか、うっすらと生ごみの素晴らしい匂いが漂う。

 ジュースの缶、コンビニ弁当、カップ麺の空が積み上げられ、中でも目を引くのはエナドリだけが詰め込まれたビニール袋か。

 

 ここはまさに、地獄だ。

 

 あまりの酷さに玄関入って一歩で固まってしまった自分を見て、茜は申し訳なさそうに弁明する。

 

 「い、いやぁ、まぁね、葵がね、うん、当番守らんのよ」

 「だ、大丈夫やって、ウチの部屋はめっちゃ綺麗にしてるから」

 「お、おーい、聞いとるかー、おーい」

 

 何か言われているらしいが、全く頭に入ってこない。

 こんな不浄な空間に一瞬たりともいたくない。

 こっちの父親を思い出す。

 酒を飲むだけ飲んで、仕事もせず、家事も全部自分に放り投げた唯一の家族。

 たまに遊びに連れてってくれるのと、最低限の親の仕事以外は何もしなかった。

 あの父は自分が行方不明になった後、酒を飲むだけ飲んで死んだらしい。

 

 あの父なら、私がいなきゃこうなるだろう。

 この部屋からは同じ雰囲気すら感じる。

 

 というか大丈夫なのだろうか。

 少し病気にかかっただけで死んでしまう脆弱な人間がこんな空間にいて。

 

 胸からある衝動が沸き上がってくる。

 それは鮮烈で、猛烈で、苛烈で、何より純粋な感情だった。

 

「き―――」

 

「………?」

 

「汚すぎるだろッ!! ちょっとは掃除しろッ!!」

 

 

 双子のマンションは、控えめに言って汚物だった。

 

 

 

 

 

 

【Tips】鍛え上げた魔力持ちは濃い瘴気の中でも病気になりにくい。そのため、不清潔な生活を送っているものも多い。魔力持ちが清潔好きであることは、その育ちの良さを教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日は寝れなかった。

 明日の配信のことを考えるとどうしてもソワソワしてしまうからだ。

 私に抱き着いて眠るのが好きなマシロを寝かしつけ、か弱い私をへし折りそうなその圧倒的腕力でしがみつくマシロの腕を、あたかも知恵の輪を解く様にふりほどいた後、茜の――『ちぬれゆい』の動画をいくつか見てみた。

 

 まぁ面白かった。

 

 さっぱりとした挨拶から始まり、すぐに企画の説明。

 ダイナミックなカットと、小気味のいい字幕編集に効果音。

 単純なパクリでなく、独自色にアレンジされたそれらは、私に新時代のゲーム実況を教えてくれた。

 

 というのも私の知っているゲーム実況は、ほとんどがカット編集のみの垂れ流しだったからだ。

 ニマニマ動画は視聴者がツッコミを入れるのでそれでもよかったのだろうが、ZowTubeで見てみるとどうしても味気無さを感じてしまう。

 その味気無さを補う形で進化したのが、この新しいゲーム実況なのだろう。

 もっとも、私は懐古厨なので素朴なスタイルの方が好きだが。

 

 同時接続3000人。

 

 それが、茜が最低でも集めることが出来る視聴者数だ。 

 3000人の前でライブである。

 高校の体育館でも1000人程度しか入らないのに、3000人。

 画面を介しているとはいえ、とてつもないプレッシャーだ。

 

 

 

 雨上がりの清浄な秋風が、私の髪をなびかせる。

 一着しかない一張羅は、洗濯し忘れて焼肉の匂いが取れなかった。

 なので普段のパーカーではなく、紺色のカーディガンとズボンスタイル。

 フードの代わりに、深めのニット帽で耳を抑えているので、ちょっと耳が暖かい。

 晴天の青空を片目に、ベランダから遠くを眺めると、小さな私のアパートが見えた。

 

 

 聞いてはいたのだが、結構でかいマンションである。

 まぁそりゃ3LDKですからね。

 元々、関西から出てくるときに、友人と3人でシェアハウスとして借りたらしい。

 もっともその友人は、少し前に出ていったらしく、住居をうつすのも面倒なので二人で暮らしているのだとか。

 

 背後の重度汚染地域を思うと、きっとその友人さんも苦労したのだろうなと思ってしまう。

 魔力の薄い日本の空気がこれほど美味しいと感じられたのは久しぶりだ。

 やはり、空腹は最高のスパイスなのかもしれない。

 

 ガタガタと揺れる洗濯機の音を聞きながら、感傷に浸っているとガチャリという音が玄関の方からした。

 

「ミシロー、ゴミ出し行ってきたでー」

 

「あー、おかえり、とりあえず第一弾終わりだな」

 

 あまりの汚さに耐えかねた私は、配信準備の前に掃除をすることにした。

 人の生活につべこべいうべきじゃないのは分かっているのだが、瘴気に片足つっこんでるような生活環境を見過ごすのはさすがにできない。

 大事な友達をこんなことで無くしたら、死ぬに死にきれない。

 

 トトトと駆け付けた茜は、驚いたように声をあげる。

 

「……えっ、うわっ、めっちゃ綺麗になっとる! え、まだ5分ぐらいしか経っとらんで!?」

 

「掃除は得意だからね」

 

 いくつかの魔法を駆使して、ゴミをまとめて、埃や汚れを落としただけだ。

 放っておくと酒瓶と缶、そしてツマミの残骸を好きなだけ散らかす父親の世話を小学生低学年の頃からやっていたので、家事全般には慣れているのだ。

 

「いや、得意とかいうレベルちゃうやろこれ………」

「ていうかさ、なんで玄関に置いてるのに出さないの?」

「あはは……、ゴミ出しの日を良く忘れるねん……、特に大学朝からある日は急いどるし……」

 

 ゴミ出し日の確認、天気予報の確認、ニュースのチェックは主婦の基本中の基本だ。

 

「あと、脱いだ服は散らかさない。壊れた洗濯物ハンガーはさっさと直すか捨てて買い替えて」

「掃除は上からッ! 下からやったら二度手間だろッ! 水回りは清潔に!」

 

「お、おかんみたいやな………」

「この汚さにおカンカンだわッ!」

 

 我ながらウザいとは思うが、これはもう性分なので仕方ない。

 だらしない生活をしている人間を見ると、どうしようもなくムズムズしてしまうのだ。

 ……ここでいうだらしないは、のんびりするということではない。

 綺麗なところでのんびりするのは好きだしね。

 

 一通り掃除を行い、第二段のゴミをまとめ終え、換気すること20分にして、ようやく瘴気は打ち払われた。

 

「おおーっ!久しぶりにこんな綺麗になったん見たわぁ! ありがとなぁ!」

「いや、これが普通だからな?」

「普通のレベル高いわ」

 

 清浄で正常な空気がリビングとダイニングキッチンに戻ってきた。

 というか、こうでもしないと夕飯が食べられない。

 今日は休日ではあるが、6時という微妙な時間に配信がスタートするので、夕飯を早めに食べなきゃいけないのだ。

 そして夕飯はおそらく、このリビングで食べることになる。

 冒険中なら汚い場所で汚いものを食っても平気だが、オフの時にするのは絶対嫌だ。

 

「これで掃除終わりか、もう汚いところないよね? 」

 

「え……、あぁ、な、ないで…?」

 

 茜は視線を横にずらし目を泳がせながら、否定をした。

 

「……へぇ、私に嘘つくんだ」

 

 聖神官の前で嘘は付けない。

 嘘をついても一発で分かるからだ。

 うっ、と呻きをもらし、茜はあきらめたように口を開く。

 

「……実は、まだ、あるんよ、やばいのが」

 

 ……そう言って、茜は視線を3つ目の部屋にずらす。

 その部屋は、かつての友人が去っていったらしい部屋だった。

 

 じとりと、嫌な汗が額を流れるのを感じながら、恐る恐る部屋に意識を向ける。

 すぐに後悔した。

 マナの流れを感じ取る耳から、嫌な気配を感じたからだ。

 

 

 扉の前に立ち、恐る恐るドアノブを開く。

 そして、やはりという確信を得た。

 

 ――モンスターハウス

 

 地球にはありもしないはずの、そんな言葉が脳裏を過る。

 広がるのはゴミの山。

 無造作に積み上げられた段ボールに、ゴミ、ゴミ、ゴミ。

 汚れた毛布に壊れたカゴ、汚泥が入ったようなペットボトル、白い何かがこべりついた鍋、一歩も足場がないほど積み上げられたそれらは、ゴミ屋敷と評するのも烏滸がましい。

 

 先ほどのダイニングキッチンが、瘴気の部屋だとすれば、この部屋は瘴気の谷だ。

 

 バッと開けてしまった扉から飛び出した何かを見て、茜はヒッという声をもらす。

 カサカサッ、そんな音がする。

 

 這い出てきたのは、G(黒い悪魔)、女の天敵だ。

 そして、この部屋には、無数の小さいマナの反応がある。

 虫にも五分の魂というが、心底うんざりしてしまう。

 

「あ、あのな、前の子が、やばかったんよ、それでな、うちらも、慣れてしまってな……、それで、この部屋、怖くてな。ずっと放置しててん………」

 

 その御仁は、汚泥の王か何かだったのだろうか。

 すまない二人とも。

 どうやら私の見解は間違っていたらしい。

 

 清掃の仕事は、何度か受けたことがある。

 どれもとんでもないゴミ屋敷で、瘴気に満ち、近隣に大きな被害をもたらしていた。

 それと比べればなんたる容易いことか。

 

 謝罪の意を告げるともに、気持ちを切り替える。

 ここからが、本番だ。

 

 

 ――第二ラウンド、開始である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】ゴミ屋敷:足場もないほどに生活のゴミがたまった、最も不清潔な住居。とりわけ忙しすぎる人間などに多い。汚れに対して無頓着な人が至る最終進化形態。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 まず普通の手段は諦めた。

 さすがにこれを自分の手だけで処理するのは面倒だ。

 

 そこで手を借りることにした。

 エルフの力の一つである精霊の召喚だ。

 

 体内の魔力を口に集め、祝福を込めて呪文を読み上げる。

 日本語ではなく魔術言語。

 精霊たちの共通語であり、あっちの世界の英語にあたる共用語だ。

 

『……此方より呼びかける、……彼方より出ずるもの……、我の呼び声に答えよ……』

 

 魔力は確かに言葉に乗り、空気を漂い、部屋を満たしていく。

 しかしなにもおこらなかった。

 手ごたえはあるのだが、何故か失敗していた。

 

 すると、悲し気な目をした茜が話しかけてくる。

 

「……どしたん、急に手広げてわけわからん事言って? もしかしておかしくなった? 汚すぎて頭おかしくなったん?」

 

「……ち、ち、ちがっ、あれれ? お、おかしいな………?」

 

 正直失敗したことがないので、びっくりした。

 日本に精霊がいるのは分かっていたし、家にはいっぱいいる。

 特に契約も交わしてないので実体化もしていないが、寄り合い所帯のような形で同居していたのだ。

 

 精霊との対話に失敗するなんてエルフ失格である。

 私はただでさえ欠けた部分の多いエルフなので、精霊との対話もできないとなると非常に悲しいことになる。 

 

『い、いるんだよね精霊さん! ね! いるんだよね!?』

 

 ――スン、と

 

 まるで校長先生の長話を聞き流す学生らのような静寂しか返ってこない。

 心底申し訳なさそうな茜は、涙を目に溜め、私の肩を叩きながら謝罪を告げる。

 

「……ご、ごめんな、ウチが、不甲斐ないばっかりに」

「い、いや待って!? 頭おかしい子みたいな扱いしないでくれ!?」

 

 頭のおかしい子と言う、大変不名誉な扱いを受けてしまった。

 あまりの恥ずかしさに、耳が熱を持ってくる。

 何度言葉を放っても、すり抜けるような感覚しかないので、次第にイラつきが募ってきた。

 

『おい、出てこい!! 我エルフぞ!! 神の末裔ぞ!!』

「病院いこうな? 大丈夫、きっとよくなる………」

 

 ついに慈愛に満ちた目で病院を探し始めた茜を見て、呼び出しの失敗を悟る。

 茜は魔術言語を知らないので、私がアホの子みたいに見えるのだろう。

 そう、言語を知らない――

 

 

 ――そうか、もしかして。

 

 

 気が付いたことがあったので、再度、今度はきっちりと魔力を込めて、言葉を綴る。

 やさしく、わかりやすい、()()()で。

 

「――精霊さん、いるんでしょ? 出ておいで?」

 

 するとどうだろう、部屋に満ちた私の魔力を糧に、実体をもった精霊が3体ほど顕現した。

 それぞれがサンタのような帽子をかぶった、20cmぐらいの小さな可愛らしい小人。

 それぞれがどこかメルヘンな雰囲気を纏いながらも、気の抜けたような声をあげる。

 

「人間さんだぁ!」「人間さん? こっちは人間? 」「広い意味じゃ人間?」

「う、うわっ何、何この子ら、え、え?」

 

 戸惑う茜を片目に、精霊に確認する。

 

「さっきまで私が言ってたこと、通じてた?」

「意味わからんぬ」「ぶつぶつぶっぶだー」「我ら、この地しか知らぬです?」

 

 やっぱりそうだったらしい。

 日本の精霊である彼らに語り掛けるには、日本語が必要だったのだ。

 日本はおそらく、古くから精霊信仰がつよい国だ。

 八百万の神が神社に祀られ、万物に神が宿るとされている。

 

 そしてそんな地域だからこそ、魔力が薄い割には精霊が多く、四季折々の大地の恵みに満ち溢れているのだ。

 

「この子達は、家に宿る精霊。家精霊だよ。………そうだよね?」

 

「知らぬ?」「わからないけどここ汚いです?」「掃除だ掃除だ!!」

 

 自分たちの名前なんてまぁそりゃあ知らないか。

 実体を与えるまでは、自我すらままならぬ状態で漂っていたのだから。

 

 ハッとした顔で後ろのゴミ山を見た3体の家精霊は、目を輝かせ、掃除を始めた。

 一体は沸いた虫を殺し、一体はいらないゴミを圧縮して小さくし、一体は袋の中にまとめている。

 

「す、すご………え、これが、魔法なんか………」

 

 感嘆したように声を漏らす茜からは、先ほどの痛い子を見るような視線は消え、わずかな恐怖と多大な憧れを抱いているような印象を受けた。

 汚名返上できたようで何よりである。

 

「……それじゃあ、精霊さん、お願いしていいかな?」

 

「任せるです!」「おそうじたのしー!」「虫はぷちぷちするです」

 テキパキ動き始めたこの子達なら、数十分もしないうちに全て片付けてしまうだろう。

 そして、一度実体を与えてしまったものを還すのは忍びない。

 ならばやるべきことがある。

 

「……ほんまに、エルフやったんやな」

 

 ぼそっと呟くように言った茜は、どういう意味でそれを言ったのか。

 疑いというよりは、自分に言い聞かせるような言葉だった。

 目を丸くして精霊の仕事を見つめる茜を片目に、キッチンに戻る。

 あの子達と付き合う上で、やらなきゃいけないことがあるからだ。

 

「………それじゃ、時間が出来たしお菓子でも作ろうか」 

 

 ――お供え物を作るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】精霊:無機物、有機物問わず万物には精霊が宿る。呼びかけに応じて実体化した彼らは自身も魔力を持ち魔法を扱うが、彼らを慕う人と関わることにより指向性を持ち真価を発揮する。

 

 

 

 

 

 

 

 オーブンの天板の上に敷かれたクッキングシートの上に、最後のアップルパイを置く。

 そしてあらかじめ溶いておいた卵の黄身を塗り、最後の仕上げだ。

 味はたいして変わらないが、見た目がよくなるので重宝している。

 

 そして、そのまま余熱しておいたオーブンに天板を入れ、そのまま20分ほど焼く。

 横に置いてある鍋の中には、夕食のマーボーなすが入っており、もう完成済みだ。

 これで一通りの作業終了である。

 

 後は焼き上がりを待つだけだ。

 

「すごい!すごいすごい!すごいすごい!」

 

 

 ちなみにこのお菓子、半分は精霊さんの分である。

 家精霊は掃除したり、家人のお世話をするのが好きな精霊である。

 しかし、勘違いしないでほしいのだが、精霊は決して道具ではない。

 

『え? 精霊を使役して自由自在に魔法操れるんやろ?』

 とは茜の言葉であり、よく精霊を知らない世間一般の認識であったりもする。

 しかし、それは違う。

 

 あくまで私たちは対等な関係であり、『お願い』を聞いてもらうなら『お願い』を聞いてあげる必要があるのだ。

 この関係を無視すると、そっぽを向かれたり、最悪敵対関係になってとんでもないことになる。

 家精霊なら、大事なものを隠されたりする。

 例えば、預金通帳とか免許証とかが気が付いたらタンスの裏に落ちてたりすることになるだろう。

 微妙に陰湿だ。

 

 対価としてのお供え物だが、家精霊の場合は家の片隅にお菓子などを隠してお供えすればいい。

 直接聞いてみたが、別に手作りじゃなくても買ってきたポテチとか、えびせんとかでもいいらしい。

 案外安いなとは思う。

 

 そして、夕飯はコンビニ弁当になる予定だったらしいので自分で作った。

 前世ではずっと近所の小さな中華屋でバイトさせてもらってたので、だいたいの料理は作れる。

 そして魔法をテキパキ使ってやると、本当に短い時間で出来上がる。

 

 茜はいくつか魔法を見せたあたりから、すごいbotに成り下がった。

 最初は恐怖みたいなものも感じていたようだが、魔法への興味がその全てを上回ったらしい。

 東京ネズミーランドで遊ぶ小学生さながらだった。

 夢の国にご案内である。

 

 ……遊園地すら行ったことないので想像だが。

 

「終わったから一息しよっか」

「あ、あ、うん」

 

 はっきり言おう。

 めちゃくちゃ気持ちいい。

 ここまで素直にアゲてくれると、そりゃあもう嬉しい。

 さっきからニヤけそうになる顔を引き締めるので精いっぱいなのだが、それでも顔がにやついてしまう。

 

 これぐらいできても、あっちだと「ふーん」ぐらいの反応しか返ってこないので、立ててくれるとすごく嬉しい。

 

 お茶を入れてくれるそうなので、一休憩だ。

 ベランダに置いてある、さっき生やした小さな若木を見る。

 エルフ族に伝わる魔法に植物を成長させる魔法があるのだが、それを使って手持ちの種から育てたリンゴの木だ。

 攻撃魔法がロクに使えない私の数少ない特技の一つである。

 

 ちなみに、赤いリンゴ、青いリンゴと、そして金色のリンゴが生る。

 中でも金色の林檎を私は勝手に「ガップル」と呼んでいる。

 味はだいたい赤リンゴと一緒なのだが効果が全く違う。

 

 なんと生で食べるだけで、火に強くなり、傷はたちまち塞がり、全身が薄い障壁に覆われダメージをある程度無効化してくれるのだ。

 まぁ過熱してしまうと効果が薄れるので、単にちょっと健康にいいパイに成り下がっているが。

 

 中から小さな赤いリンゴを毟って、テーブルに戻る。

 小さな子供のように目をキラキラさせる茜の前で、できるだけキザに告げる。

 

「見てて」

 

 ポンと、林檎をテーブルの上に投げる。

 そして、腰に携えた限りなく重くて限りなく薄い包丁を取り出す。

 

 私は、刃物でまともに戦闘はできない。

 だが下手なわけじゃないのだ。

 けどマシロの打ち合いにも付き合ってきたので、それなりには上手く扱える。

 

 頂点に達した瞬間、神速で林檎を切り刻む。 

 ぽとりと白い皿の真ん中に落ちたリンゴは、ぱっかりと8つにわれ、しゅるりとその赤い皮のベールを脱いだ。

 

「か、か、かっこええ!! すごいすごいすごい!!」

 

 キャッキャッと騒ぐ茜を見て、気持ちよさが頂点に達する。

 まさにヘブン状態である。

 

「ふ、ふふーん、これからミシロさまと呼んでくれてもいいんだぞ」

「さすが! ミシロさん! いやー! これはホントすごい! ええもん見れた!!」

 

 気持ちよく持ち上げてくれる女の子というのは、どんな男にとっても気持ちがいいものだ。

 いやまあ今の自分は生物学的には女なわけだが、それは変わらない。

 2人で盛り上がっている中、ふと茜がベランダを指さす 

 

「あっ、鳥が林檎の木にとまってるで」

 

 反射的に手を振り、ベランダの方を見た。

 そして、それは大失敗だったとすぐに気が付く。

 右手には、アダマンタイトの包丁が握られていたからだ。

 

 包丁は何の抵抗もなくテーブルを貫通し、私の手に握られたまま何事もなかったかのように手元にあった。

 

 ゴトンと、テーブルの端が落ちる。

 

「…………」

「…………」

 

 エルフの里で、剣を持った時、剣術の指南役から言われた言葉を思い出す。

『……頼むから、ほんとお願いだから刀剣類だけはやめとけ。才能がないわけじゃないが、だからこそ危ない。いやマジで。……見てて危なっかしいから』

 ヒヤリと汗をかきながら、茜の方を見る。

 

 さきほどまでの浮ついた雰囲気はすっかり冷めて、気まずい沈黙だけが流れていた。

 ………こういう時はジョークを言って、場を紛らわせるのが良いだろうか。

 

 ちらりと落ちたテーブルの切れ端を眺めながら、鞘に包丁を仕舞い、笑顔で告げる。

 

 

「………これがホントの、落ちが付いた、だな?」

「さっさと直さんかいッ!!」

 

 

 怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】黄金の林檎:そのまま食べると高い再生効果などのいわゆる『バフ』に近い効果を得られるこの林檎だが、ポーションの材料としても非常に有効な材料だ。薬効を適切に取り出すにはかなりの腕が必要になるが、神聖魔法の力を借りずとも四肢すら生やせるポーションを作ることも可能であると言われる。

 

 

 

 

 

 




元ネタ
【金の林檎(エンチャント)】:Minecraft
空腹ゲージを回復し、再生能力Ⅱ、衝撃吸収Ⅳ、耐性、火炎耐性のバフを得ることができる。通常プレイにおいては最強の回復&バフアイテムの一角。

【妖精さん】:人類は衰退しました
たのしいたのしい現人類

【瘴気の谷】:モンスターハンターワールド
くっさい谷。体力がジリジリ減る。ハンターなのに。



2021/12/07:父親の情報を若干修正しました。クズ親分類は変わりません。






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【緊急配信】ゆいラジ第6回!ゲスト:友人A その1

感想があるとムクムクやる気がわいてくるので、よければ一言でも感想いただけると、ホントに嬉しいです。


 ――開始まで30分。

 

 手持ちの銀の懐中時計の針の音を聞いていると、刻一刻と時間が迫るのを嫌でも感じる。

 初めての配信を相手にふわふわと浮足立った心は、空にはよっぽど近いはずの高層マンションのこの一室にすら着地を許してくれない。

 魔王軍の軍勢と戦う前には、大衆の面前に立っての演説をすることも、一応はあった。

 でもそれは私が主役じゃない。

 基本的に一言喋って、横で曖昧な笑みを浮かべる置物になっているだけでよかったのだ。 

 

 でも今は私が主人公で、皆は私に注目する。

 それを考えるだけで居ても立っても居られないほどの緊張感に襲われていた。 

 

「…………大丈夫か? どうしてもダメなら顔は隠してもええんやで 」

「……多分、大丈夫。……それに顔は出さないと私だって分からないかもしれない」

 

『話題のエルフの妹です。この度は姉が申し訳ございませんでした』

 みたいな悪質な便乗ととらえられたら最悪だろう。

 いや、まぁ、本当にリアル友人なので弁明はいくらでも出来るだろうが、初動は大事だ。

 

 これほどまでに緊張している原因はいくつかあるのだが、その一つにYwitterの異常なまでの反応にある。

 まず、事のきっかけだが、さっき謝罪動画をYwitterにアップロードしたのだ。

 何を謝罪するの?と思った人もいるかもしれないが、あの一件について謝罪すべきことは結構多い。

 

 まず、即警察に連絡しなかったこと。

 次に、店の備品を仕方ないとは言えぶっ壊したこと。

 さらに、イラ立っていたとはいえ必要以上に喧嘩を煽ったこと。

 最後に、もしかしたら周りを怪我させてしまっていたかもしれないこと。

 

 この辺りである。

 私も申し訳ないとは思っていたのだが、特別なアクションは起こしていなかった。

 しかし、茜はそれを是とはしなかった。

 ライブ前に先んじて謝罪動画を投稿しておくことで、必要以上の批判が行われることへの牽制になるらしい。

 20万の登録者を抱えるZowTuberともなれば、炎上にもそれなり以上に気を付けているのだろう。

 

 そして、意外なことにこの動画が私の首を絞めた。

 

 なんと、ありえないほどの勢いでリツイートされ始めたのだ。

 ……謝罪内容には触れない形で。

 

 

 

アーシャ@ごめんなさい/@eruhu_asha

お騒がせして申し訳ありませんでした。          

(動画)

@87  ↺3020  ♡9210  …

Reply to @eruhu_asha

懲役100年小僧/@xxxxxx
3m

Replying to @ana_atelier

このボディからどうやってあの力がでるのか

@  ↺  ♡3  …

あるしえる/@xxxxxx
3m

Replying to @eruhu_asha

かわいすぎんか

@  ↺  ♡  …

しらたき/@xxxxxx
3m

Replying to @eruhu_asha

内容は知らんがこのエルフ可愛すぎる。

芸能人か?

@  ↺  ♡  …

 

 

 顔だ。

 顔だけで、既に3000リツイートを超えた。

 『かわいすぎわろた』みたいなコメントでリプライ欄が埋まっている。

 ………中には、緊張の余りどもってしまっている部分を揶揄する言葉もあったが。

 

「………ごめん。何の取り柄もないクソ陰キャが世間を騒がせて」

「落ち込みすぎやろ、いやこのマーボーなすと綺麗な空気が教えてくれてるで。少なくとも家事も出来る素晴らしい主婦ですってな?」

「……主婦じゃない」

 

 6時前に食べるのは少し早い、

 しかし、何故か配信は6時からスタートなので、先にご飯を食べているのだ。

 冷蔵庫に眠っていた、しなびたナスで適当に作った割には味もよかった。

 茜は食べる前に写真を撮るのに一生懸命だったのでまだ食べ終わってはいない。

 

 ひたすらハフハフと食べる茜を見ながら、この部屋を見渡す。

 

 正直言って、配信者をなめていたと、思わざるを得ない。

 まず、ゲーミングチェアに長いテーブル。

 テーブルの上には、七色に光るキーボードに、3つのモニター。

 デュアルディスプレイどころか、トリプルディスプレイである。

 配信の時は、これでも全部使いきれるらしい。

 ゲーム画面、配信用画面、視聴用画面である。

 

 いつもは同業者(ゲーム実況者)を招いてのラジオ形式のコラボらしいが、今回は特別に実写配信だ。

 そのためマイクやスピーカーだけでなく、カメラや緑の布などのいくつかの器具の説明も受けたのだが、これが全く分からない。

 ステミキって何?クロマキーとは何ぞである。

 

 片面がスケルトンになっているパソコン君から七色の光が漏れて、部屋の端にあるドラムセットとエレキギターを照らしている。

 高校時代は軽音楽部に入っていたらしく、喫茶店でのミニライブでもドラムをやってくれることがあった。

 私はエレキギター&ボーカル。

 茜や他の店員は、ドラムやベースである。

 今日も場合によっては、ミニライブを予定しているらしい。

 

 ………この緊張度合いじゃ絶対無理だけど。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。こんなゴミ虫が世間をお騒がせしてごめんなさい」

「大丈夫やって………。いつも通り、やるだけでええんよ。」

 

 そう言って、茜は私の肩をたたき慰めてくれる。

 でも、一度体に満たされてしまったそわそわは、決して止まってくれない。

 今も体中を暴れまわり、否応なしに私を強張らせる。

 緊張ループは、一度始まってしまうと、ちょっとやそっとの意識じゃ抑えられないのだ。

 

「………でも……」

「いつも通り、笑ってるだけでもええんや、ありのままでな?」

 

 やけに優しい声だが、その言葉には反論があった。

 

「私の笑顔見られたらガチ恋されない?」

「自意識の差激しすぎやろ。ジェットコースターかなんかか?」

 

 笑いかけただけでとっても偉いらしい貴族様に求婚され、断ったら部下に無礼と言われて全身拘束した上での孕み袋にされかけたこともある笑みやぞ。

 世間の美人に同情的になったきっかけでもある。

 男にモテたくないと考えている私のような人間は、顔がよくても損の方が多いのだ。

 

 ツッコミを入れられたことで私も笑ってしまい、少しだけ緊張が和らいだ。

 おかげでさっきまでの流れを思い出せる。

 

 時間まで待機中の私は、手元にあるスマホをいじってZowTubeのチャンネルを開く。

 登録者255人の私のチャンネルはさっき作ったものだ。

 まぁまだ謝罪動画しかないのだが。 

 先に私のチャンネルも用意しておいた方がいいということで、茜の指導の下作ったのだ。

 

 はっきり言おう。

 格の違いを思い知らされた。

 

 ブランドアカウントなるものに、目立つヘッダー、アイコン。

 それらは私の写真を元に、茜がぱぱっと作ってくれたものだ。

 あとはチャンネルタグの設定に、各種リンクの設定。

 何をすればいいかの悉くを教えてくれたが、そのたびに私は恐れおののいた。

 これほどまでに、配信者というのは面倒を抱えているとは思ってもいなかったからだ。

 

 マシロがハロスターズに応募するためにやってた、低品質な旧時代の配信とはわけが違う。

 ゲーミングを冠したヘッドホンやマイクはどれも高級品であり、そのスペックを最大限まで引き出して活用している。

 500円のスタンドマイクでぼそぼそとしか喋らない配信と比べるのもおこがましい。

 財力と実力の違いをまざまざと見せつけられた気分だ。

 

 そして、少しでも良いものを、少しでも見やすいものをと洗練された、配信ソフトOBLの画面は、説明されれば一種の芸術のようにすら感じられた。

 

 普段見ているVtuberともなれば、ほぼ間違いなくこれ以上の苦労を抱えているのだと茜は言う。

 Vtuberの場合、これに加えて自身のアバターの投影、モーションキャプチャなどの仕事まで加わるからだ。

 PCにも、それを扱う人間にもそれなり以上のスペックが要求される。

 3Dの場合の作業量は、茜にも想像がつかないレベルらしい。

 どうりで3D配信を行うVtuberが少ないわけである。

 

「はぁ……ミニライブん時はそんな緊張してへんやろ。うちを見てみ? めっちゃリラックスしてるやろ?」

「ミニライブは撮影禁止だったからさ」

 

 そんなことを話しながら、時間まで待機する。

 いっそのことギリギリで始めればこんなに緊張しなかったのかもしれないなと思いながら、時を過ごす。

 

 Ywitterを開いては閉じ。

 リアルタイムで増えていく、ライブのサムネを見たり見なかったり。

 手持無沙汰によもうを開いて二周目しても、ちっとも頭に入ってこない。

 そんなことを繰り返していると、少しずつ時間が過ぎてくれた。

 

 

 ――開始まで10分。

 

 

 ある程度は落ち着いてきた心臓のバクバクを感じながら、そろそろ本番の準備だ。

 おしゃれな仕切りを背景に、その前には大きめの椅子とテーブル。

 部屋の散らかり具合とは対照的に、配信画面に映る取り繕われた一画面はとても綺麗だった。

 

 茜はゲーミングノートを机の上に持ってくる。

 私が借りているのは案件の貰い物で、使っているのはほぼ同時期に買ったやつなのだとか。

 案件を貰う直前に大枚はたいて購入したらしい。

 なんともタイミングの悪いことだ。

 

 だから借りているノートPCはマジメにいらないものだったらしい。

 欲しいならもらってくれてもいいのだとか。

 さすがに高すぎるので何かしらの形でお返しするつもりだが。

 そして配信自体はデスクトップPCから行うのだが、コメント欄の確認はノートで行う予定だ。

 まもなくスタートなので、配信管理画面をいじっている。

 

 すると、茜がふと声をあげた。

 

「ちょ、こ、これ見てみ?」

 

 先ほどまでの落ち着き具合が嘘のような声をあげた茜を片目に、ノートをのぞき込む。

 

 ………そこには、10208人が待機中との内容があった。

 

「あばばっばば、ま、まって、やばいてこれ! どどどないしよ! どないしたらええ!?」

「さっきまで私を見習えとかいってたよな!? ね!引っ張ってくれよ!? 私をリードしてくれよ!」

「アホッ! 10000とか頭おかしいって!」

 

 聞けば最大でも8000人、それも有名実況者とコラボでの大企画の時に集めたのが最大なのだとか。

 10000再生が約束されたな、なんて見当違いのことを考えながら、思わず目が遠くなる。

 すると、いきなり茜が私の小さな胸に飛び込んできた。 

 

「た、助けてミシロー!」

「こっちが助けてほしいんだが――むぎゅっ」

 

 お互いに心臓をバックバク言わせながら自然と抱き合う。

 いつもならドキドキするはずの抱擁も、今は別の意味でのドキドキを抑えるものでしかない。

 深く息を吸って、吐く。

 吸って、吐く。

 それでも和らがないあまりの緊張に、少し気持ち悪くさえなってきた。 

 

 ………もしかして配信中吐かないかな

 

 ゲロインは嫌である。

 そんなことを考えながら、しばらくの間、抱き合っていた。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

【Tips】背景布:たいていは緑か青の色をしている単色の布。クロマキーという切り抜き作業に必要なものだ。単色のみを指定して透明化することによって、綺麗に対象物を切りぬくことができる。BB先輩とかも一応コレ。殆ど一発ネタと化しているが。

 

 

 

 

 

そろそろか?

新鮮なゆいラジだぁ!!

リアルタイムで見れるとは………

now loading...

 

ロシア忍者が見られるって聞いてきました

待機人数やべぇ!

 

ワクワクしかしねえー!

 

▶ ▶❘ ♪ ・ライブ
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【緊急配信】ゆいラジ第6回!ゲスト:友人A

 15,621 人が待機中
 
 ⤴4028 ⤵15 ➦共有 ≡₊保存 … 

 
 ちぬれゆい 
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 24万人 

 

 

 

 血塗れで銃を持った可愛らしい女の子がこっちに銃を向けている。

 もちろんこれは画面の向こうの話だ。

 茜――ちぬれゆいを模したイメージイラストである。

 

 軽快なBGMの流れる待機画面。

 単なる一人の人気実況者の雑談配信。

 けれどそこには様々な背景を持つ人が集まっていた。

 

 ――ちぬれゆいのいつものファン。

 ――撮影禁止が故に苦い思いをしていた喫茶店のファン(アナスタシアのファン)

 ――喧嘩や炎上動画を愛するちょっとクズな一般人

 ――二人のあまりの美貌に思わずサムネをクリックしてしまった大きな男の子。

 ――話題の人物を見に来ただけのミーハー。

 

 多種多様な人物が集まり高速で流れるチャット欄ではあるが、案外荒れてはいない。

 いくらかの権限を持つ視聴者(モデレーター)が荒らしを抑えているからだ。

 そのためか、4割程度しかいないちぬれゆいのファンがコメント欄を制圧していた。

 残りの人物は殆ど黙って、配信開始を待っているのだ。

 

 

 開始時刻から1分程度が経過し、画面はそのままミュートが解除された。

 配信が始まったのだ。

 

 

 きちゃああああああああ

 こんばんわ

 久しぶりだな、ゆいラジ。

 ゆいラジすこ

 

 

「はい、はいはいはいはい、始まったな? リスナー、聞こえとるかーー?」

 

 聞こえてないよ

 聞こえてない

 音出てないよ

 いや聞こえていますよ?なんで皆さん嘘つくんですか?

 

 

「あ、聞こえてんな。じゃあ始めるでー」

 

 聞こえているのに聞こえていないと答える天邪鬼なリスナーたちだが、茜はそんな愉快で面倒なリスナー達の扱いにも慣れていた。

 画面遷移が行われ、美麗な部屋が映し出される。

 テーブルの前には2つの椅子があり、その片側に茜が座っていた。

 

「はい! 今日も始まりましたゆいラジ、第6回目になる今回ですが、今回はスペシャル回として、実写でお送りいたしますーー」

 

ラジオとは?

実写久しぶりだな

クッソ可愛くて草

めちゃ美人やん

知らんかったんか、性格以外は美人だぞ。

 

 

 

「性格以外はとかいってるやつは覚えとけよ。………さて、愚かなゆいリスはほっといて、本日のゆいラジを始めていきますーー」

 

 ゆいラジ。

 ゲーム実況者であるちぬれゆいが始めた雑談企画だ。

 基本的には特定のゲームにおいてトップ層に位置する人を招いて、その魅力を語ってもらったりするラジオ企画である。

 RTA走者を招いたりすることもある。

 面白さを引き出す茜の話術により、知らない世界を紹介してくれるゲストの魅力が最大限に引き出されるラジオ配信だ。

 

 

「さて、今日は10000以上の人が集まってくれたようで、ええ、まぁ私を見に来たわけじゃないのは分かってますよ。 さてさっそくゲストを紹介しましょう。」

 

 茜に緊張の様子は見られない。

 しかし当然のことだが、実はかなり緊張している。

 だが配信に慣れている茜は実力でそれを黙らせていた。

 そして、ラジオ配信の時は司会を務めることもあり、基本的には丁寧語で喋ることにしている。

 

丁寧

丁寧

丁寧

 

 

 

「………うちの友人で、喧嘩がめちゃ強い、アーシャちゃんでーーーす!」

 

 画面の外で待機していた私がやってきて片側の椅子に座る。

 インターネット上ではアーシャと名乗ることにしたのだ。

 由来は言うまでもなく、アナスタシアである。

 

「……はい。この子はね、ゲーム実況とは関係ないんですが、例の件でえらい話題になっているということで、せっかくなんでゆいラジに招待してみましたー」

 

 ちなみに喫茶店での繋がりは話さないことにしている。

 極々一部の視聴者にはバレているが、好き好んで個人情報をばら撒きたいわけではないからだ。

 

銀髪エルフ!銀髪エルフ!銀髪エルフ!

こんな綺麗な青い目初めて見たわ。

カチンコチンやんけ。

美人さんが二人並ぶと絵になるな。

美少女だろ。若干ロリっぽいぞ。

これがロシア人か………

 

 

 

 ゆいラジの企画説明が行われ、今回の実写配信は特別なものであるということが説明される。

 その間、私は努めて凛とした笑みを浮かべて佇んでいた。

 ………そして、自己紹介(処刑タイム)がやってくる。

 

「…はい、では自己紹介を、お願いします」

 

 しかし、なにもおこらなかった。

 

「あの、えっと、大丈夫か……?」

「…………」

 

 自分で言うのもなんだが私はかなりの美少女だ。

 美しい銀髪と蒼い目を湛えた私は、奇跡の子なんて呼ばれることもあった。

 だからかもしれないが、あまりに緊張するとおかしな勘違いをされることがある。

 

「ええっと…………」

「…………」

 

言葉通じてないんじゃね?

日本語わかんなくても仕方ないだろ

いや、店じゃ普通に日本語だったぞ

ネイティブレベルでペラペラやで。

 

 

 その容姿から外国人と勘違いされているが、魂はもともと日本人のものである。

 異世界生活が長かったため若干の訛りはあるが、当然ペラペラだ。

 

「…………」

 

 ………緊張で頭がおかしくなりそうだ。

 ………息が上手くできない。

 何もしゃべれない。

 

「……アーシャちゃん、自己紹介」

「………っ!」

 

 そこで初めて私は再起動した。

 そう、さっきから綺麗な顔だの凛としているだの言われているが、ただ顔が強張っているだけなのだ。

 

 ――い、いやっ、無理無理無理。

 

 私はなんだかんだ人前に出るのには意外と慣れている。

 大半の時を過ごしたお忍びモードの時は、酒場で演奏したりすることもあった。

 顔を合わせて喋ったり、数百人に向かって話すのは大丈夫なのだ。

 

 今考えれば分かるのだが、この時の私は完全に余計な妄想をしていた。

 

 ――が、画面の向こうに、15000人が、いるんだよな!?

 

 さながら、自分がアイドルになって15000人の聴衆の前でライブをしている想像をしていた。

 実際は大半が作業片目に見たり、鼻くそほじりながら寝っ転がって見ているので全くもって見当違いであるが。

 この時の私に分かるわけがない。

 

 あわわわわわわ。

 

 最近は度胸もついてきて、もう前のように緊張することはなかった私だが、いきなり15000人を相手することになり、余計な妄想の結果カチンコチンになっていた。

 コオリトカースが欲しい。

 

 ………な、なつかしいなぁ、この感じ。

 

 カチンコチン状態だと、何故かポーカーフェイスに見られる。

 私の美貌と曖昧な表情もあって、相手にそれなりの恐怖と崇拝にも似た念を抱かせるらしい。

 しかし、口を開くとそれは一瞬で霧散してしまい、あとはふにゃふにゃおとうふ一丁の出来上がりだ。

 きっと切り分けられて美味しく頂かれてしまう。

 

 社交になれる前は、喋るととにかく毎回ボロが出ていた。

 だからかお付の文官から『んーー、とりあえず、黙ってればそれだけで圧になるんで、頼むから黙っててくれないすか? 喋らないでさえくれたらあとはこっちでやるっす!』みたいなことを言われる程度にはボロクソだった。

 

 そんなわけで、今の私は実際は、なにも考えてない。

 勘違いもいいところである。

 

 再起動を果たしたことでポーカーフェイスが崩れ、ぷるぷる聖女ちゃんが露になった。

 

「…………あ、あ、あアナスタシア改め、アーシャです。」

 

 ぷるぷるシェイカーでもここまでぷるぷるしてないぐらいの震えて掠れた声で、私は自己紹介を行った。

 思わず、満腹になった腹から、気持ち悪いものが伝わってくる。

 

ガチガチやん。

大丈夫か?

そりゃ一般人いきなり引っ張ってきたらこうなるわな

日本語うめぇ

 

「……はーい、自己紹介ありがとございます。って名前だけかい! ほらっ、進行表、進行表みてっ!」

 

 怒り笑いをまとった小声で進行表を見るように指示を出す。

 

 茜は実は配信前に進行表を作っていた。

 グダグダ適当に配信しても、視聴者の満足する面白いものにはならないと考えている茜は、きちんと予定を詰めているのだ。

 そしてそのことは既に私にも説明済みである。

 本来はここで好きなものとか趣味とか、かるーく説明してもらう予定だったのだ。

 

 私は緊張のあまり震えてしまった手で、茜の進行表を見る。

 

 

 

 

 

 そして、その動作が、危うい状態で保たれていた私の均衡を崩してしまった。

 

 

 

 

 

 突如としてこみあげてきた気持ち悪さに、両手で口を押える。

 

 

 ――んんん………!!!

 

 

 視聴者に聞こえはしないがきっと、オエエエエェェという音が容易に想像できる。

 アニメなら七色に光っていたであろう物体X。 

 それを口の中に抑え悶絶しながら、洗面所へ駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】タグ:ニマニマ動画のタグと違い、通常意識することはない検索タグだが、投稿者目線では動画を伸ばすために必須のものとなる。名だたるZowTuberはそのこと如くが検索に引っかかるためのタグを詰め込んでいるのだ。そして時には、ほとんど無関係なタグを詰め込む悪質な輩もいるが、その不透明さゆえに気づかれることは少ない。

 

 

 

 




虹色に光る物体Xですが、吐いてません。
口で押えています。
ゲロ属性は追加されません。

いつか笑い話になるといいね。

2021/12/08:三人称がしっくりこなかったので、一人称にしました。


活動報告なるものを書いてみました。
良かったら読んでやってください。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=272190&uid=240252


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【緊急配信】ゆいラジ第6回!ゲスト:友人A その2

「おかえりー!大丈夫か!?」

「あ、はい、ただいまです。もう大丈夫です」

 

 おかえり

 ほんとに大丈夫?

 いきなり大人数やもんな、仕方ないやろ

 

 

「いや、ほんとごめんなさい、いきなりお見苦しいところを………」

 

 虹色に輝く物体Xを洗面所でどうにか処理してきた。

 若干腹が痛かったので、もしかしたら冷蔵庫に眠っていたナスが悪かったのかもしれない。

 一度魔力を纏えば毒なんて効かないのだが、あいにく今は省エネモードなので気が付かなかったのだ。

 今は一度だけ軽く魔力を纏ったので、体調も元通りになっている。

 

 そして、1つだけよかったことがある。

 それは物体Xと同時に緊張もいくらか吐き出してしまったということだ。

 なので今はさっきと比べると全然ドキドキしてはいなかった。

 まぁ緊張というのは良く見せようと思うからするものだ。

 一度落ちるとこまで落ちてしまえばなんてことはない。

 グスン………。

 

 

 ¥500

 かわいい!頑張って!

 ¥250

 初スパチャです。チャンネル登録しました

 ¥30,000

 ゲロ飲ませて

 

 

「い、いや、あの、えぇ…………?」

「…………やっば」

 

 なんかやべーのいる。

 特殊趣味すぎるだろ。

 

 飲ゲロニキは前世でどんな悪行をつんだのか………

 やばすぎて草

 引いてて草

 

 

「あ、うん、まぁありがとうございます。この子マジでお金ないんで、」

「はい………これもディープちゃんが悪いと思うんですよね。」

 

 ちなみにあの20000円のせいで、全ての予定が崩れた。

 どうしても急いで買いたいものがあったのだが、それも買えなくなったし、食費まで削れた。

 挙句の果てにバイトそのものが消滅してしまったので、日銭すらもらえないのだ。

 空き缶と廃品回収で稼ぐのはもういやなんじゃ………。

 

 まだ少し緊張しているが、一度話し始めてしまえば割と大丈夫になってきた。

 そして、まず最初に、謝罪動画について触れておく。

 楽しい楽しい配信にするためには、まず最初に誠意を見せておくのが大事だろう。

 だから、先に謝罪の意を伝える。

 

「この度は世間をお騒がせして、申し訳ありませんでした。この場を借りてお詫びします」

 

 かわいいは世界を救う

 アレどう見たってあいつらが悪いやろ

 むしろようやったとおもうで

 スカッとした!

 

 

「あ、ありがとうございます。」

 

 正直ちょっと、うるっとくる。

 私のせいで、他のバイトの子もいきなり収入源がなくなったのだ。

 恨みごとの一つぐらい貰っても文句は言えない。

 それなのに誰も怒っておらず、むしろ慰めと褒めの言葉ばかりを貰った。

 だが内心どうかは分からないのだ。

 実は陰で中指を突き立てているかもしれない。

 

 だからか。 

 匿名だろうと少しでも誰かに認めてもらうことは、すごく嬉しい。

 

「………っ、ありがとうっ、ございます………」

 

 ちょっと涙ぐんでしまう。

 だからなのかコメント欄は慰めと可愛いで埋まってきた。 

 

 だが、ここで一言言っておきたいことがあるのだ。

 

「私できれば可愛いって言われるより、カッコいいって言われたいです。なのでカッコいいって言ってください」

 

 その顔でカッコいいは無理やろ

 むしろかわいい

 いや、喧嘩はマジでかっこよかったよ

 啖呵もよかった

  

 

 かっこいいって言われた……えへへ。

 

 ちなみに今日の私は基本は敬語モードだ。

 茜曰く、まだ視聴者との距離感が掴めていないうちは、できるだけ丁寧に喋った方がいいのだとか。

 まぁ人間関係と同じだろう。

 いきなりハイテンションで来られても困る。

 まずは最初にまともな人間であることを見せるのは大事だ。

 

 そんなこんなで自己紹介が終わり、進行表の遅れを取り戻していく。

 しかし、ここで茜からトンデモナイ爆弾が投下された。

 

「いや………この照れ具合、昨日を思い出すなぁ~」

「……昨日、昨日…………?」

 

 はて、昨日になにかあっただろうか。

 昨日といえば、焼肉屋に行って、二人で話して、それで…………

 

 あっ。

 

「……みんな聞いて聞いてや、この子な、私が配信に誘おうとしたらな、や、やめろ邪魔すんな!」

 

 こいつっ!

 アダルト配信と勘違いしたことバラす気だな!

 とんでもねぇ野郎だ!

 これ以上私に恥の上塗りをさせる気か。

 

 

 何?

 ききたい?

 きかせて!

 はよはよはよ

  

 

 掴みかかって口をふさいで、喋らせないようにする。

 すると茜は諦めたように、秘密を漏らすのをやめた。

 

 

 

「……はぁ、そこまで嫌がるんならしゃーないなぁ…………」

 

 

 

 そう言い切った後、一瞬こっちをみて、ニッと笑った。

 

 と、ここで気が付いた。

 どうやら茜は緊張を紛らわせるために冗談を言ってくれたらしい。 

 完全にいつものノリに戻った私は、もう全く緊張してはいなかった。

 

「………ありがと」

 

 自然と笑みが浮かび、軽く感謝の意を告げる。

 

 めっちゃなかよしやん

 これが尊いか……

 仲良しの美人さんいいよね…………

  

 

 ありのままの自分でいい――茜の言葉だ。

 そう、自分を良く見せようと思っているから余計に緊張する。

 いつも通り、自分は自分の好きなようにやればいいのだ。

 だってプロじゃない、素人なんだから。

 素人が頑張っているから、配信は距離が近くて面白いのだ。

 

 そう思うと、ずいぶん楽になった。

 

 雑談は進み、一度画面が消えて、10秒程度のアイキャッチが挟まる。

 オープニングが終了し、雑談企画が本格的にスタートした。

 

 進行表によれば、次は普通のおたより、略して「ふつおた」のコーナーだ。

 

「さーて、今までのゆいラジでは、マシュマロはあらかじめ募集していましたがーまぁ、誰もこの子を知りませんので、ええ、今送ってくれてもいいですよ」

 

 そういいながら、カチカチとノートパソコンからPCを遠隔操作している。

 器用なことである。

 

「えー、まずは、これやな。既に来てた中でほんまに多かったやつです」

 

 

                                  

アナスタシアちゃんは本物のエルフなんでしょうか?

耳があまりにも自然に見えます。

本物ならとっても嬉しいです。

 

マシュマロ

❏〟

 

 

 

 やはり来たか。

 事前の茜との大事な大事な打ち合わせ。

 そこで話した自分が緊張していたもう一つの理由を、ここで思い出す。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 配信1時間前、私の言葉に首をかしげて、茜は言った。

 

「……嘘がつけん?」

 

 ――嘘が、つけない。

 

『私ねー嘘つけないんだよー?』という言葉をイメージすると、なんだが噂大好きでお口ゆるゆるな女子高生ちゃんが脳裏に浮かんでくる。

 しかし、私の場合、本当の意味で嘘がつけない。

 というより嘘をついてはいけない、というのが正しいか。

 

 聖神官の縛りの一つに、嘘がつけないというものがある。

 これは、真偽判定を行い、裁判において判定を下す聖神官の言葉が疑いの余地もなく正しいことを証明するためのものだ。

 記憶を読めるのは本当に限られた人間だけだが、真偽判定ぐらいならそこら辺の聖神官でもできる。

 そして彼女らは全員同じ誓いを立てている。

 詳細は省くが、これを破ると物理的にも社会的にもかなりのペナルティを食らうことになる。

 だから嘘はつかない。

 

「……でも、それやと、色々まずくないか? ほら、秘密の塊やろ? きっと騒ぎになるで」

 

 ちらりとみた茜の視線の先には、小さなツッパリ棒でチャンバラごっこをしている家精霊たちの姿があった。

 この子達はかしこいのでカメラ前には出てこないので問題ない。

 でも例えばだが、私がふとしたきっかけで反射的に魔法を使ってしまうと、CGと言い張れるかは怪しいところだ。

 なんかこう、異世界だとブサイクに例えられそうな日本人のおじさん(イケメンのおじさん)ならそれでも誤魔化せそうな気がするが、私はちょっと怪しい。

 

 茜はこう言いたいのだ。

 素直に質問に答えたら、全部バレちゃうで、と。

 

 しかし実際はなんてことなく対処できる。

 そのちょっとしたテクニックを、茜に伝えた。 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 えいえいむん、と少しだけある胸を張り、えっへんのポーズをとる。

 そして、自信満々に答えた。

 

「本物のエルフです! 信じてください! 」

「んなわけあるか、アホ!」

 

 作戦の内容は単純。

 あえて本物を主張する、ちょっと痛い子作戦だ。

 自分が嘘をつく必要はない、ただ周りに上手く勘違いさせればよいのだ。

 

 高位の聖神官はみーんなこうして修羅場を抜けてきている。

 清らかで美しいなんて言われる聖女たちが、実は私みたいな腹黒しかいない理由の一つがこれだ。

 

 茜はあえて浮かべた悪そうな笑みで、私のエルフ耳を触ろうとする。

 

「ほら、みとけよー」

「やめてくださいよー本物の耳なんですから。取れちゃったらどうするんですか」

 

 いやいやと体をよじり、伸びてきた手を軽く払う。

 ぷくりと頬を膨らせ、怒ったふりをした。

 

 本物なので取れるわけなんてないのだが、これは実は嘘にはならない。

 こうして説明することで、視聴者は勝手に付け耳&整形あたりだろうと勝手に勘違いするのだ。

 

 嘘は、言ってない。

 

 

 

                                  

どうみても外国の方だと思うのですが

どうしてそんなに日本語がうまいのでしょうか?

 

マシュマロ

❏〟

 

「あ、実は私、日本人とのハーフなんです。それで10年前までは日本に住んでました。アニメとかゲームとか今でも大好きです」

 

 ちなみにエルフはとある事情で父親が分からないのが大半だが、母親は間違いなくエルフだ。

 だから日本人なわけないので、ハーフじゃないと思うかもしれない。

 

 しかしこれも決して嘘ではない。

 魂は日本人で、体は異世界人。

 ある意味ハーフである。

 

 ………嘘つけない縛りは案外ガバガバだ。

 

 なるほどな

 納得したわ

 アニメ好きで日本語覚える外国人おるけどほんま尊敬するわ

 

 

 そしてコメントで知ったのだが、海外の人は案外エルフ耳整形をする人もいるのだとか。

 妖精と見まがうほどの美への憧れは、どこでも強いものらしい。

 私も海外人フィルターが挟まっているからか、痛い子扱いのコメントは全くと言っていいほどなかった。

 

 その後もいくつかの質問を適当に受けながしていく。

 そして、ちょうど配信に興味を持ったきっかけの話を経由したところで、自分から話したいことが出来た。

 

「そう、久しぶりに日本に戻ってきて、驚いたことはいっぱいあるんですけど、一番は配信が無料でできることですね」

 

 ???????

 なんで配信が有料なんだ?有料配信のこと言ってるのか?

 配信に金が要るの? なんで?

 

 

「いや、今の子ってそうなんですね。……少なくとも私の時はニマニマ動画で配信するには枠を取らなきゃいけないし、枠は30分限定だし、延長も有料だったんですよ」

「え、そうなん?」

 

 なっつ

 いつの話だよ

 ニマニマ視聴者やったんか

 ガチオタクやん!チャンネル登録します!

 

 

 茜も知らなかったらしい。

 少なくとも、自分の知っている10年前は、ゲーム実況は身内で楽しむ内輪のもので、生放送はニマニマにプレミアム会費を払ってやらせてもらってるものだった。

 収益化のようなことを突然やりだした実況者はそれはもう全力でぶっ叩かれていた。

 画面全面が赤い大文字と暴言で埋まるのだ。

 酷いと思うかもしれないが当時の感覚だと、それほどありえないものだった。

 

 現在のZowTubeフィーバーを見るに彼らは先見の明があったのだろう。

 実際10年前に見ていたゲーム実況者のいくらかは、今では古巣を捨て、100万近くの登録者を抱えて贅沢な暮らしをしている。

 

「ゆいは知ってる? アリーナって」

「え、何それ知らん」

 

 アリーナとは、500人しか入れない視聴席である。

 そしてそこからあぶれた人間は、順次立ち見A、立ち見Bと押し出されていくのだ。

 

「え、何の意味あんのそれ…………?」

「さぁ?」

 

 あとBSPとかな

 追い出しも忘れたらいかんぞ、プレミア以外人権なかった。

 コミュレベルある程度で延長無料とかあったな、悪意ある設定やったが。

 インターネット老人会はここですか?

 

 

「あーあったあった追い出しあった!」

「……ええ、配信見てるだけで追い出されんの………? なんで……? 意味わからん」

「大丈夫、みんな意味わかってなかった」

 

 なんか懐かしいなと嬉しさがこみあげてくる。

 10年たった日本は、見た目は全然変わっていなかったけれど、中身は大きく変わっていた。

 若者たちの間で圧倒的な位置を占めていたテレビ番組は既に過去の産物になった。

 私がやりこんでたMMOは、みーんなサービス終了していた。

 スマートフォン(よくわからない電話板)が普及してみんながインターネットを使っていた。

 

 久しぶりに帰ってきた日本は、既に私の故郷じゃなかった。

 しかし、実はここにもあったのだ、故郷が。

 ほんのわずかだけれど、残っていたのだ。

 

 

 置いてけぼりやろなぁこれ

 いいじゃん楽しいし

 ネット老害じゃったか

 っていうか何歳なんだよ

 

 

「知らないですよ、どこで生まれたかもわからないんですから」

 

 ちなみにこれも嘘じゃない。

 生まれた正確な場所なんて分かる人間の方が少ない。

 ○○病院です。

 とは答えられても、○○病院の○○室ですまでは答えられないはずだ。

 聖神官にちゃんと質問しない方が悪い。

 

 そして、嘘なんて決して混じってない来歴を説明する。

 

 まず私は日本に生まれた。

 母親は顔も見たことがないうちに死んでしまい(事実)、母一直線だった父親はやる気をなくしダメ人間になってしまった(事実)。

 そしてある時海外(異世界)に行き、そこで紛争(ガチ)に巻き込まれ、しばらくの間帰ってこられなかったという設定だ。

 

 ……なんか割と悲惨だな、これだけ羅列すると。

 

 もしかして私って可哀そうな子なのか……?

 でもなんでも慣れだ。

 どれだけ辛くても、折れさえしなければ、いつかは楽しくなってくる。

 

 そんなことを説明すると、コメント欄はより一層同情的になった。

 なんでや!

 

 いやほんとよう生きてくれた

 悲惨すぎてさすがに草はやせんわ…………

 辛すぎやろ

 ゆいちゃん養ったれや、金あるやろ

 

 

「そんな金ないって………、いやでも家政婦やってくれるなら嬉しいわ」

「養ってくれるんですか!?」

 

 思わず目を見張ってしまう。

 ぶっちゃけエアコンもないぼろアパートなので冬は寒い。

 魔力さえ使えばどうにでもなるが、一応節約中なのだ。

 

「だって料理上手いしな、ウチ料理全くできんから……」

「掃除も出来ないよな。この仕切りの裏ぐっちゃぐっちゃだしね」

「うっ……」

 

 配信画面に切り取られた部屋は美しく整頓されている。

 しかしそれ以外はぶっちゃけひどいものだ。

 確かに一応掃除はしているのだろうが、ちょっと埃っぽいのだ。

 そして仕切りの裏にはコード類やら器具やらがぐちゃぐちゃに置かれている。

 

 汚さを思い出して若干キレてる私に曖昧な笑みを返し、茜は先ほど取っていた2枚の写真を配信画面に映した。

 

「ほら、これ、アーシャが作ってくれたパイとご飯な」

 

 めっちゃうまそう!

 ええなぁ、手料理

 エルフ飯か………

 

 

「あ、そういやあのナスいつの? 聞いてなかったけど………」

「二週間前やな」

 

 ………正直微妙なラインだ。

 まぁだから辛めに味付けして誤魔化したのだが。

 新鮮なのと比べると勿論美味しくはないけど、痛んでいるかといえば微妙だと思う。

 ………もしかしたら茜もアタってるかもしれないので、注意しておこう。

 

 そして今は何より住居だ。

 

「さっきみたいに家事洗濯炊事なんでもやるよ?」 

「それはええけど………妹ちゃんに聞いてからな」

 

 妹いるのか!?

 妹もエルフちゃんなの?

 妹みせてー

 

 

「見せません。妹はそうだな………私より強いですかね」

 

 マジか

 やっば

 姉妹対決が見てみたいです

 

 

「まぁ重度のコミュ障なんで外でないんですけどね」

 

 草

 なんやねんそれ

 

 

 妹の説明をした結果、なんか勝手なイメージが出来てしまった。

 まず強さは、紛争地帯で養われたものだと勝手に解釈された。

 これはあながち間違いでもない。

 

 そして妹の存在が追加されたことで、さらにコメント欄が同情的になった。

 戦地で心を病み働けない義理の妹を必死に養っていたのに、勤めていた喫茶店がなくなって食うにも困るようになった美人姉妹。

 そんなイメージが共有されてしまったらしい。

 もはや悲劇のヒロインレベルである。

 全米も泣いてるかもしれない。

 

 こっちののんきな思考と全く釣り合ってない。

 ぶっちゃけ戦いもないし娯楽も楽しいので、貧しいの差し引いてもバカンス気分である。

 最悪山の中でも生きていけるので、どこか適当に生きているフシがある。

 

「いやー、めっちゃ掃除も早いし」

「中華包丁っていうんか? ぶっちゃけプロ並みやと思うでアレ」

「まずウチに来てやってくれたことが掃除やからな、めちゃ優良物件やで」

 

 ここでさらに何故か茜がもう私をプッシュ。

 料理洗濯掃除の手際がいいことを、もうそれはめちゃくちゃほめてくれた。

 

 褒められたり甘やかされたりは好きだか、ここまで褒められるとタジタジになってしまう。

 

「………えへへ」

 

 中華屋のうちにおいで、割とマジで自給2000円ぐらいで雇うで

 おさわり禁止やぞ

 あの身体能力にセクハラするとか自殺行為やろ

 いるだけで売り上げ上がると思う

 

 

 時給2000円の文字が見えて、思わず茜を見てしまう。

 

 ――ふるふる、と。

 

 茜は緩やかな否定を示す。

 口約束なんやから信用すんな、ということなのだろう。

 ぶっちゃけ魅力的過ぎて、対面なら即OKしてたかもしれない。

 

 するとどこか演技めいた動きで、ふんわりと茜が私を抱擁する。

 そしてカメラに向かって、偉そうにアピールをした。

 

「だめやで、この子はウチのもんやからな!」

「……ごめんなさい、ゆいのものになってしまいました……」

 

 エッッ!!!

 ゆるゆりゆるゆりゆりりりり

 なにその小芝居(笑)

 

 ぶっちゃけ適当なノリに乗っただけである。

 たいして面白くもないが、くだらないノリは結構好きだ。

 

 

 

 緩やかで、楽しい時間が過ぎていく。

 ふと見えた視聴者数は15000人を超えていた。

 

 ながーい配信の予定は、まだまだこれからだ。

 

 ――でもきっと、楽しいものになる。

 

 次のコーナーへフェードアウトしていく画面を見ながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】BSP:ニマニマ動画における、放送主がメンバーに与えられる特別な権利。大きく表示されたりと様々な優先権が与えられる権利だったが、それゆえに視聴者間での些末な奪い合いに発展することもあった。

 

 

 

 

 

 

 




元ネタ

【イケメンおじさん】:異世界おじさん
転移して以来17年異世界で生きてきた割と悲惨なおじさん。
甥のたかふみの企画で魔法を使ってYouTubeでお金を稼いでいる。
こっちは逆に合成CGだと思われてる。




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【緊急配信】ゆいラジ第6回!ゲスト:友人A その3

 暗転が解除され、明るい音楽とともに次のコーナーの始まりが告げられた。

 楽しい雑談配信のメイン企画が始まるのだ。

 

「さて! お次のコーナーに移りましょう!」

 

 実写映像はひとまず端にワイプとして寄せられた。

 そして、あらかじめ用意された説明画面をもとに企画説明が始まる。

 

「お次は、あなたの好きなものを語って、略して「スキカタ」の、お時間で~~~す!」

 

 きちゃあああ

 ここすき

 でも何が好きなんだ?

 

 

 ゆいラジの『スキカタ』のお時間は、普段は招いたゲストに得意なゲームの魅力を熱く語ってもらう企画だ。

 

「ええ、まぁ、今回は残念ながらゲストさんは実況者ではありません。まぁアーシャちゃんは一般人さんやからね」

 

 しかし、今回の場合はそれはできない。

 そもそも招かれた(アーシャ)はまだ配信者ではないからだ。

 ということで、今回は単純に好きなものを語ってもらうだけでいいことになってる。

 

「いいんですか? 面白いととか関係なくマジで好きなものだけ話しますよ?」

「それがええんやろ。本気で好きなもんを本気で語ってくれるから面白いんやで」

 

 適当にやってるだけのヤツの話聞いても面白くないもんな

 案件が面白くないのもそれ

 楽しそうな人を見るのは楽しい

 

 

 ならいいか。

 緊張の糸が一切ほどけてしまった私は、本気で好きなものを語るつもりである。

 バリバリ語ってやろうじゃないか。

 

「はい、それじゃあ好きなもの、語ってもらいましょー! お願いします!」

 

 軽快な茜の声で話の主導権が私に渡される。

 視界の端で垂れた銀髪をゆらゆらと揺れるのを片目に、前のめりになって話し始めた。

 

「まず私、とってもVtuberが好きなんですよ」

 

 ほう

 Vtuberオタか嬉しい

 ガンガン伸びてるからな

 

 

「で、まぁ基本的に、ハロスターズは割と箱推しなとこあるんですけど」

 

 リ美肉してるのにバ美肉が好きなのか………

 ハロか、まぁ外人さんは大好きやもんな

 わかる、ハロはいいよね。

 箱推しとは?

 

 

 この配信には茜のリスナー以外にも、多くの一般人が紛れ込んでいる。

 だから茜は補足を行った。

 

「箱ってのはアイドルグループのことやな。で、ハロスタは最大手のVtuberグループやでー」

 

 ハロスターズは、現在最も登録者の多いVtuberグループといっていい。

 アイドル路線のこのグループは現在は3期生までがデビューしており、ほとんどのメンバーが100万登録者目前で、トップライバーは100万を優に超えている。

 

 とにかく横のつながりが強く、切り抜きが多いことから初心者にもとっつきやすく、私もマシロも積極的に見ていた。

 だが、今もっとも推しているのは別のVtuberだ。

 

「いま、一番大好きなのは、アイプロのアイリス様です!」

 

 アイプロ、正式名称アイリスプロジェクト。

 元少年漫画家のてんどー先生が主導する、少人数ゲーマー(芸人)集団だ。

 ちなみにてんどー先生本人が自分で受肉している。

 

 あーーあれか

 姫様やん

 あれは別格やな

 天が二物も三物も与えてる

  

 

「……あの人は、ホンマすごいよな。呪滅の剣の作者やもん」

「声も綺麗でかわいいし、何より雑談がマジで面白いんですよ!」

 

 社会現象になったレベルの漫画家がVやってんのずるいやろ

 司会もうまいしな

 ハロ経由で見始めた感じか

 なおゲーム

   

 

 天堂アイリスをリーダとしたそのグループに所属するのは、本人を除きたった3名。

 全員がアイリスの知り合いで構成されているのだが、ゲーマー集団に相応しい実力を備えている。

 ちなみに、ファンタジーな世界観の学園の一室で、部活としてゲーム部をやっているという設定があるため、単にゲーム部と呼ばれることもある。

 

 登録者100万に至っているのはリーダーのアイリスだけだが、他のメンバーも負けず劣らずの個性派であった。

 

「いや、魅力を本気で語るなら、3分じゃ足りん。1時間くれ」

「んな時間あるわけないやろ。この配信1時間予定やぞ」

 

 草

 どんなけ語りたいねん

 だいぶこなれて来たね、地が出てる?

   

 

 いよいよエンジンが全開になってきた私は、緊張もほぐれて地の部分が出始めていた。

 そして、視聴者もなんとなくそれが自然体なのだなと感じ取ってくれているのだと思う。

 これがおそらく、茜が言っていた視聴者との距離感というやつなのだろう。

 

「最近見た、パケモンを想像で描きながら旅する奴ほんっとに好きなんだよなー!」

 

 あれかwww

 微妙にあってるような合ってないようなやつな

 恵まれた画力からの忌み子すこ

 子供向けのパケモンの世界に呪術もちこんだらあかんわな

  

 

 た、楽しい! めっちゃ話が合う………!

 

 リスナーと趣味が合いすぎて盛り上がってきた私は、ハイテンションでトークを続ける。

 すると、茜は横からちょっとしたツッコミを入れてきた。

 

「でもゲーム部なのにゲーム下手なんよな」

「そこがいいんだぞ?」

 

 チュートリアルで3時間詰まって絵を描き始める女

 姫やからな、しょうがない

 モンファンで50分かけて別の敵倒してたの好き。

 

 そう彼女ゲーム部部長なのに、ド下手くそなのだ。

 もうおばあちゃんと見まがうレベル。

 ゲームになーんにも知識がないので、とにかくひどい。

 なのに諦めだけは人一倍悪い。

 

 結局ゲームが得意な残りの3人が介護する羽目になることから、付いたあだ名が姫。

 しかし本人の人柄と可愛らしい声、そして諦めの悪さでなんだかんだ神配信になるのだ。

 そんな話をしていると時間が差し迫ってきたのか、時間が迫ってきた茜が声を掛ける。

 

「……この話、長くなるか?」

「あと1分で………」

 

 推し語りに熱が入り、更なる駄文が口から吐き出される。

 

「――いやほんとにねこれだけアイドル素質に恵まれてて絵もうまいのに本人は芸人めざしてそうな感じが大好きでね。雑談配信もコラボ配信もそれ以外も姫様のだけは全部全部みれちゃうしナチュラルロリボイスなところを気にしているところも可愛いし――」

 

 

 ――すぅーっと画面が移り変わり、無音になった。

  

 

 無慈悲に茜がフェードアウトを行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】アイリスプロジェクト:天堂アイリスをリーダとする4人のVtuberグループ。暁月グレン、優月マリン、風峰ライカの3人は漫画家時代のアシスタントで、仲良しの4人組グループである。それぞれがトップレベルで得意なゲームがある。……アイリスを除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――足フェチなところもね、かわいいんだよ。いやね、わかってない。声がいい? かわいい? それはもう全然わかってない。 真の魅力は厄介な視聴者をうまくプロレス――」

「もううっさいわ!! もう終わったんやて!! その話は!!」

 

 まだ話してて草

 イメクラ?いや、逆に推せるわ。

 好きすぎやろ、気持ちはわからんでもないけど

 

「ねぇねぇみんな、話したりなくないか? もうちょっと話したいよな!? ねぇみんなどう!?」

 

 話したい

 語りたい

 やろうぜ!

 果てまでゴーイングマイウェイ

 

「ほら、みんなもこう言ってるじゃん」

「……私のリスナーちゃん奪うのやめてくれん? ほら!次行くで!」

 

 強引に先に進行しようとする茜だが、進めたくない理由がある。

 というのもこの後に動画視聴コーナーがあるからだ。

 

 普段は、ゲストの名場面を視聴者に選んでもらって視聴するという企画だ。

 しかし自分に名場面なんて、残念ながら一つだけしかない。

 アレをわざわざこんな公衆の面前で見たくない。

 

「えーー、だってあと動画見るだけでしょ。絶対アレみるじゃんか。やだよ」

「他の企画もあるやろうが、進行表ちゃんと見んかい!!」

 

 まぁ……さすがにゴネても仕方ないか。

 なら別プランも用意してあるので、そっちで行くか……。

 

「さて、お次は50対50のコーナーです! 長い間配信者として活動してきた方なら、リスナーの心を見通しているなんて当たり前! そこでリスナーが50%50%になりそうなアンケートを一つ選んでもらいます!」

「長い間配信なんてしてないんだが?」

「それはそれ、これはこれ」

 

 長い間配信(30分)

 これ当たってるの見たことないんだけど

 難しいよな

 

 50%50%(フィフティーフィフティー)は配信のアンケート機能を使って、視聴者の50%が当てはまる質問をゲストに決めてもらう企画だ。

 これが案外難しく、とんでもないズレ方をすることもあった。

 

「もし誤差1%以内であれば、ちぬれゆいのオリジナルぬいぐるみをプレゼント!」

「いらねぇ………」

「えぇっ!?」

 

 ひっど

 草

 草

 まじでいらなそうで草

 

「私には一緒に遊んでくれる本人(ゆいちゃん)がいるからいらない」

「おおぅ………」

 

 どういう反応やねん

 微妙に嬉しいような悲しいような顔してて草

 キマシ

 アナゆいキテル……?

 

「ぬいぐるみは視聴者さんに上げるとして、代わりに別の要求していい?」

「ええけど何?」

 

 そう、この企画でアドリブで交渉を持ちかけるのだ。

 

「これ当てたら、次の企画なしにしてほしい」

「え、『キミレコ』なし………? うーん」

 

『キミレコ』は、君のレコード教えてちょの略で、さっき言った動画視聴コーナーのことだ。

 茜は少しの間悩んでいたが、持ち前のノリの良さで肯定する。

 

「よし、まぁええわ。 当てたら、な?」

「OK、当てて見せるわ」

 

 実は進行表を見た時点から、お題は考えてあるのだ。

 そしてお題を言う前には、ある程度の前振りが恒例となっている。

 

「私ね、バリバリの文系なんですよ。学校はバイトとゲームで忙しくて途中で通えなくなったんですけど、社会と国語はなかなか得意でした」

 

 中退とかおっも

 まてバイトはいいがゲームってなんだw

 文系なんですね

 

「数学とかホント苦手で、二次関数とか、証明とか、もうほんとチンプンカンプンで」

「ウチからしたら何が難しいんか分らんけどな」

 

 そう、ぶっちゃけ私は理系が全く得意じゃない。

 社会の資料集とか、理科の資料集を意味なく眺めたりするのは好きだった。

 写真が多くて見てるだけでも楽しいからだ。

 攻略本などのアイテムやモンスターの説明を意味もなく眺める感覚に近い。

 だから楽しい。

 

 一方、数式は見ていても何もわからない。

 どんどん文字が増えて、どんどん分かりにくくなっていく。

 解説を見ても全く頭に入らず、嫌悪感でいっぱいになるのだ。

 

 頭がいいエルフでも中身がダメだと活用しきれないいい例である………。

 

「一方で、ゆいちゃんはガッチガチの理系女子。ということで、私のお題は『あなたは理系?文系?どっち?』です!」

 

 おお

 ええとこついてくるな

 これ普通なら半分になるのでは?

 どっちでもないんだが?

 

「どっちでもない人は、得意な方答えてください」

 

 茜が素早くアンケート機能を操作し、アンケートを行う。

 そして、その結果は………。

 

 

 ――理系:54.1%、文系:45.9%

 

 

 

 惜しいっ!

 おーーー!

 惜しくて草

 

「……えっ、マジか………、外れたか」

「………まぁそうやろうなぁ」

 

 茜はどうやら確信があったようなので、そのあたりのことを尋ねてみると、思わぬ回答が返ってきた。

 

「いや、ウチのファンが多分理系の方が多いんよ、今日は薄まっとるとは思うけど」

「あー、なるほど………」

 

 理系をある程度属性として前に売り出しているので、逆に理系の視聴者が集まりやすいのだとか。

 ちょっとでも数式を間違っていたりすると、鬼の首を取ったように叩かれるらしい。

 難儀な話である。

 

 そして、そんなある意味面倒な理系リスナーを抱えているのにもかかわらず50%近くになったのは、外部からの視聴者が大量に流入しているかららしい。

 納得できる話で、少し考えれば確かに分かる話でもあった。 

 

 そして、このミスによって残念ながらキミレコの実施が確定してしまった………。

 

「うううううーー、嫌だああああ」

「もう観念せいやー」

 

 いまだにごねる私に茜は軽快にトークを返しながら、次の場面に進む。

 

「さて、君のレコード教えてちょ、略して『キミレコ』のコーナーです!」

 

 きたあああああああああ

 お ま た せ

 めっちゃ嫌がってて草

 

「キミレコは、予め視聴者から募集しておいた、ゲストさんの名場面を改めて見てみるというコーナーとなっております。まぁアーシャちゃんは一般人なんで、配信歴なんてないんですけどね」

 

 これからも多くの恥を積み重ねていくのだろうと思うと、少しだけ気が重くなる。

 

「さて、というわけでこの配信のきっかけになったアーシャちゃんの乱闘動画を、みなさんで見ていきましょうー!」

 

 そうこう言いながら、事件を知らない人向けの説明を茜が付け加えていく。

 カチカチとパソコンを操作し、実写画面を消して動画を映し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶ ▶❘ ♪
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【喧嘩】コスプレ美少女ロシア忍者が強すぎるwww【不良10対1で無双】

 2,168,096 回視聴 1日前
 
 ⤴45,201 ⤵193 ➦共有 ≡₊保存 … 

 
 めぎど 
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 1,024人 

 

 

 ちなみに例の乱闘動画だが、とんでもない再生数の増え方をしておりミリオンどころかダブルミリオンまでぶち抜けていた。

 その代わり、コメント欄が外国人で占領されてしまっているが。

 どうやら海外のインフルエンサーがリツイートして爆発的に広がっているのだとか。

 このままだと明後日辺りには1,000万いってるんじゃないかというレベルである。

 

 天才はいる、悔しいが

 映画化決定

 何で画質4Kなんだよwww

 野球の大平、将棋の藤田、暴力のアナスタシア

 

「人を暴力マシーンみたいな言い方するのやめてくれません?」

「令和の暴力装置、アナスタシアやな」

「クソダサイあだ名やめて」

 

 動画は、口論の部分から始まる。

 近くには割れているコップと、水を掛けられた友人の店員ちゃん。

 さっきまで土下座していて、怖くて泣いている女の子。

 ものすごく嫌な顔をしながら目を逸らしている男性客。

 

 優しい錬金術に彩られていたはずの癒しの空間は、さながら一触即発の火薬庫と化しているのが動画越しでも容易に理解できる。

 そしてガラの悪そうな男たちにつかかっている私が、インフェルノし始めた場面までたどり着いた。

 ちなみに誰がつけたのか、日本語字幕までついている。

 

『えーww何www、もっかい言ってみてwww』

『っwww、ブサイクにーww、ブサイクって言ってなーにんが悪いんですかぁwww』

 

『さっきからブサイクブサイクってへらへら笑ってるけどさァ! お前らの心が一番ブサイクなんだよ! ついでに顔もな! 鏡見ろ!』

 

『なっ………』

 

 す か っ と ジ ャ パ ン

 絶対みんな迷惑してたし言ってくれてよかった

 よく勇気を出してくれたなって思います。

 コンビニ店員だから本当にこういうの見るとスカッとします

 

 コメント欄に今まで潜伏していた一般人たちも参戦してきた。

 話題が知っているものになったのでコメントをくれたのだろう。

 彼ら彼女らはオタクとは全く無関係の人間なので、雰囲気が全く違うしすぐ分かる。

 

 あと、私を見ていて一つ思うことがあった。

 

「あはは、キレすぎでしょこいつ」

「いやむしろキレなきゃ人間じゃないと思うでコレ」

 

 ちょっと不謹慎だが冷静になって見ると、笑ってしまう。

 多分、店員(仲間)が嫌な目に合っているのが許せなかったのだろう。

 そしてプンスカどころが、ブン"ズガと音がしそうな私は、いよいよブチ切れる。

 

『群れて威張るしかできないカスが! さっさと謝れよ!』

 

『くくwwwwww』

『まじこいつ、うけるんだけどぉww』

『手出されないと思って調子乗ってんじゃねww?』

 

 ちなみに可愛いフリフリの衣装で表出ろと言ってるのが私で、煽ってるのが不良達だ。

 そして、ここで手が伸びてきたので反射的に背負い投げのようになってしまった。

 

『………おもろいなぁ! 俺でもあそこまでは飛ばせんわ!』

 

 誰なんだよコイツはwww

 しみじみ語る撮影者兄貴すき

 絶対撮影者柔道経験者だろ

 

 ちなみに撮影者はめぎどさんという柔道元全一である。

 声でわかった。

 っていうか改めて思うが撮ってないで助けに来いよ。

 190cm近くあるマッチョマンで、魔力なしの人間にしてはかなり強い。

 そんな彼が止めてくれたら、ここまで私が目立つこともなかった。

 

『……いまの決まったなー、多分気ぃ失ったでぇあれは』

 

 いや解説じゃなくて。

 周りの連れも感心した声をあげる前に助けてほしかった。

 

『……みときや、間違いなくあの子が勝つで、あれは今も手ェ抜いてる』

 

 無駄に的確な予想いらないんだって。

 撮影主を叩くコメント欄に共感して、若干イラっとする。

 今度会ったら愚痴の一つでも言ってやろうか。

 

 そんなことを考えていると、茜が感嘆の声を漏らした。

 

「改めてみるとようこんなけ動けるな、ホンマに」

「ぶっちゃけ相手、初心者もいいとこだったから」

 

 実際、武道のぶの字も知らない雑魚だった。

 大方、体格と数で弱いものいじめだけしかしてこなかったクズだ。

 

 これだけはハッキリと断言する。

 人間は、必ず一度は痛い目を見ないと強くはなれない。

 弱いものをイジメてきただけの人間は、実はとても弱い。

 腕力は強くても、心は弱いのだ。

 こういう人間はいくら強くても肝心な場面では使い物にならない。

 命を張れないからだ。

 これは上位冒険者たちの共通認識だ。

 

 ………まぁそんなことより、今は語りたいことがある。

 

「……ここ止めて! ほらみんな見て、ここ重心。見ての通り正中線がぶれてるんですよ! だから簡単に逸らされるし、仲間とぶつかってよろけちゃうんです! みんなもやるなら私の動きを真似して――」 

 

 み て の と お り

 できねぇよww

 ※見えません

 

 なんていうか、体格はいいので強くはなれそうな気がするのだ。

 才能をどぶに捨てているのをみるとイライラして口を出してしまう。

 

 私は生まれたエルフの里では落ちこぼれで、ちっとも才能がなかった。

 使えるものを必死でかき集めてなんとかここまで生きてきた。

 だから正直周りの自分より才能がある人間は、とっても羨ましい。

 

 私が今まともに訓練していないのは、能力が頭打ちになっているからだ。

 ゲーム風に言うなら、私もマシロもステスキル共にカンストしている。

 伸びる余地が装備の付け替えぐらいしかないのだ。

 

 だから、伸びる余地を見ると余計に口出しをしてしまう。 

 

「――武道の戦いは正中線の奪い合いだよ、まずね、初心者向けのトレーニングのやり方は――」

「いらんわそんな話」

 

 残念ながら茜にぶった切られてしまったが。

 

 興味あるけど時間がね

 また今度聞かせて

 おしゃべりエルフさん

 

「喋るのは結構好きですよ」

「結構ってレベルじゃないけどな、もう結構やわ」

「あらお上手」

 

 いちいち動画を止めていたら先に進まないので、茜が強引に進めるらしい。

 乱闘も中盤に差し掛かり、私がバック宙したところで問題のコメントが流れた。

 

 みえ

 みえ

 みえ

 

「みえって思ってたけど何なの?」

「パンツ見えてるってことやで」

「え?」

 

 前オーナーの意向で、錬金術師の衣装はスカートの中にスパッツなどは禁止なのだ。

 可愛い女の子の生足が大好きだというのが一点。

 そして、見せないにしても、見える可能性があるというのが重要らしい。

 よくわからないが、つまりバック宙なんてした日には………。

 

「うーん、このへんかな、あ見えた――おいやめろ! 勝手に進めるな」

「ここからは私が司会しまーす。見たやつはぶっ飛ばしまーす」

 

 白い気がする、見てないけど

 影になってるけど白、何がとは言わないけど

 割とかわいらしい系か? どれとは言わないけど

 

「やめてね?」

 

 執拗にパンツを見ようと全力でセクハラしてくる連中をなだめつつ、見進めていくと動画も終盤にさしかかってきた。

 さっさと逃げればいいのに、最後まで戦うのはある意味律儀な連中なのかもしれない。

 

 鎖で木刀弾くのかっこよすぎ

 壁キックなんてアクション映画のバトルでしか見んわ

 背中から飛んできたコップキャッチしているの凄い

 

「普通に投げてくる気配がしたから。ゆいはしない?」

「するわけないやろ」

 

 そんなこんなで警察が来る前にバトルは終わった。

 残ったのは気絶した不良達と、悲し気に佇む私と、荒れ果てた店内である。

 南無。

 

「えー、というわけで『キミレコ』のコーナーでした! みなさん、いかがでしたでしょうか?」

 

 過去最高の回だった

 普通に武道解説聞きたい。

 元エージェント説が現実味を帯びて来たわ

 

 妙に鋭い指摘をしてくるやつのせいで、微妙にヒヤッとした。

 正直なところだが、今の私は日本人というよりも、日本に遊び半分仕事半分で来ている異世界人であるという認識が強い。

 表の顔は聖女アナスタシア、裏の顔はハンターのアーシャ。

 今は裏の顔で、その時はギルドの諜報のお仕事も手伝っていた。

 ある意味本当にエージェントである。

 

「………ええ! 私実はエージェントなんです!」

「この子になれると思う? アホやで?」

「誰がアホか」

 

 ちなみに口調も聖女モードとハンターモードで変えている。

 男っぽい雑な口調にしているのも、同一人物とばれないようにするためだ。

 まぁ何故か化粧するだけでもバレないんだけど………。

 

 

 頭の悪いエージェントもいるかもしれないだろ!

 ひっどww

 そういえばさ、最初の秘密ってなんなん?

 

 きちんと合わせてくれたのか、本気でアホだと思ってるのかは分からない。

 ………天然養殖のアホだと思われてないよな………?

 

 そんなことを考えていると、さっきの余計なコメントのせいで『秘密』に関するコメントが増えてしまった。

 秘密とはあれだ、昨日の愚かな勘違い(アダルト配信)のことである。

 

「……んー、ああーあれか、言ってええ?」

「いいわけないだろ」

 

 聞きたい

 聞かせて

 話し出しといて言わないのはなしちゃう?

 

 こういうやりとりは見る側は結構楽しいのだが、やる側は結構ひやひやするのだ。

 しばらくの間が、コメント欄と私と茜の格闘が繰り広げられる。

 茜はネタになるのでどうやら言いたいらしいが、私は当然言わせたくない。

 ただ、このままだと視聴者もモヤモヤしたままだろう。

 そこで、一つ、提案をしてみることにした。

 

「………それじゃあ、さ、賭けをしない?」

「賭け?」

 

 メイド喫茶で働いていた時は何度かミニライブがあった。

 歌うのは結構好きだし、実際上手い方だと思っているので私はよく歌っていた。

 そして、私以外の子も結構うまい子が多かったのだ。

 しかし、茜は一度も歌っているのを聞いたことがない。

 本人曰く、かなり音痴らしい。

 

「賭けで私が勝ったら、配信のあとゆいがライブをする。私が負けたら、秘密がバレる」

「いや釣り合ってないやろ! そんな大したことやないのに!」

 

 いいね

 何で賭けるの?

 ゆいちゃんの生歌か、聞いてみたいな

 

「いや、ほんとウチ音痴やからやめてほしいんやけど………」

「でも声綺麗だし何とかなると思うよ」

 

 ぶっちゃけVtuberも下手な子は多いが、かわいいので何とかなっている。

 茜の声はかなり綺麗で柔らかい声をしているので、多少音痴でもなんとかなると思うのだ。

 

 うーんと茜はしばらくの間唸って考えていたが、両手をギュっと握りしめ決意したような顔つきに変わってから言った。

 

「よ、よし、それなら、ウチが勝ったらアーシャが秘密をばらした上でライブ。ウチが負けたらウチがライブや」

「え? 条件釣り合って無くない?」

「音痴と歌うまの歌枠へのハードルの高さの違い舐めんなや」

 

 おお

 まとまったか

 楽しみいいいい

 

 歌枠はちょっと緊張するが、まぁ調子が良さそうならやると、事前に話してある。

 私もだいぶ配信に慣れてきたので、たぶん問題なくできると思う。

 歌枠というか、ミニライブ枠になるかもだが。

 

 そして、後決めなければならないのは勝負の内容である。

 

「それで賭けの内容は何にする? そっちが決めていいよ」

「それじゃあ――」

 

 ニッと笑って、喉を震わせる。

 

「――この後やるEPEXで決めるで!」

 

 私たちが二人とも得意で、時々一緒に遊んでいるゲームEPEX。

 互いに得意なFPSで、現在日本で大人気のゲームだ。

 

 まぁ正直これは予想済みだった。

 なんてったってもう配信終了予定時刻まで残り2分で、次枠はEPEX枠だからだ。

  

 ふとコメント欄を見ると、濁流がごとき勢いで流れていた。

 内容は主に茜を詰る内容である。

 

 それはひどくね

 ゆいちゃんマスターやぞ

 ハンデマッチか?

 

 正直何を言っているかが良くわからない。

 ゆいがマスターであることと、ハンデに何の関係があるのだろうか。

 

「え? むしろウチがハンデもらいたいぐらいなんやけど………」

「さすがにあげん。そこまで実力差ないでしょ」

「よー言うわ」

 

 と、ここまで言っていて、気が付いた。

 ぶっちゃけた話、今の今までなんで茜が詰られているのかわからなかったのだ。

 そっか、視聴者は私の実力知らないのか。

 

 ?????????

 もしかしてアーシャちゃんクソ強い?

 マスター女子なら既に有名になってるだろ

 

 マスターに行ったことはない。

 

「いや、私はマスターいったことないね」

「まともにやってないだけやろ………始めて3日でダイヤ行った子やぞ」

「上がる前にシーズン終っちゃったけどね」

 

 は?

 やっば

 センスありすぎじゃね

 別ゲーやってたんだろ

 

「10年以上やってなかったけど、それでもゆいちゃんぐらいなら十分倒せるぞ」

「ぶっちゃけタイマンなら10回やって10回負けるで」

 

 純然たる事実だ。

 攻撃魔法が使えない分、銃の扱いは極めてきた私だ。

 勿論ゲームの銃とリアルの銃は全く違うが、飛んでいる鳥に当てられるほど精密さや、反射神経、目の良さはゲームにおいても有利なものだ。

 申し訳ないのだが、人間とはスペックが違う。

 そして、私自身前世からFPS経験者なのも生きている。

 ………もっともやってたゲームはヘッショ一撃だったが。

 

 あとエルフなのに弓じゃないのというツッコミは泣きそうになるから無しで。

 

 タイマン負けなしとだけ聞くと勝負にならないような気がするだろう。

 しかし茜は、いや血濡結衣はこの勝負を私に仕掛けてきた。

 血濡結衣は獰猛な笑みを私に向かって浮かべる。

 

()()()()()()、な?」

 

 

 これはきっといい勝負になる。

 いい勝負になってもらっては困るのだが、少しだけワクワクしている自分もいた。

 

 ――戦いの火蓋が、切られる。

 

 

 

 





やっと1話の要素をある程度回収できました!


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【文理対決】アーシャ VS ちぬれゆい【EPEX】その1

劇中で真剣にゲームするアニメとかすごく好きなんですよね。
………あんまりないけど。


きたああああああ

待ってた

かわいいいいいいいいい

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初見です、かわいいですね

ゲーム知らんけど見に来てしまった

 

ゆいちゃんに裁きの鉄槌を!

▶ ▶❘ ♪
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【文理対決】アーシャ VS ちぬれゆい:アーシャ視点【EPEX】

 10,365 人が視聴中・1分前にライブ配信開始 
 
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 エルフのアーシャ 
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 チャンネル登録者数 4,524人 

 

 

 ――EPEX Legend

 

 今、日本で最も熱いFPSゲームだ。

 バトルロイヤル型のFPSゲームで最初に大ブレイクしたのはPUBFというゲームだったらしい。

 それ以降、いくつかのバトロワの盛衰を経てきた。

 最も私は10年ぶりに日本に帰ってきたので、当時がどうだったとかは知らないが。

 

 きたあああああああ

 チャンネル登録しました

 どっちも別枠でやるのね

 

 

「配信ほとんど初めてなんで、もしミスがあったら教えてくださいねー」

 

 1時間ほどの休憩をはさみ、現在の時刻は午後8時。

 テレビで言えばゴールデンタイムだが、若者の間では既にテレビより影響力を持ちつつあるネット配信にとっても勿論それは変わらない。

 茜はゲーム実況をメインで押し出したかったので、わざわざ6時という早い時間から雑談配信を行ったのだ。

 

 今私は、茜の部屋ではなくその隣の部屋から配信をしている。

 昼まで汚れていた部屋だが、今はピカピカの何もない部屋になっており、配信に必要な最低限の家具とパソコンだけが設置されていた。

 

 茜は自作PCの趣味も持っている。

 だからか、茜の部屋には余ったパーツで組まれたサブPCがあった。

 旧世代のマウスとかキーボードも借りたが、ぶっちゃけめちゃくちゃ使いやすい。

 やっぱり500円のキーボードじゃダメだったらしい。

 

 ノートパソコンをチラリと見ると、配信画面の中で茜が演説を行っていた。

 

『………アーシャの歌まじで上手いからな! 聞きたいか―!?』

 

 聞きたい聞きたいと向こうのコメント欄も反応し、理系軍はお盛り上がりのご様子。

 しばらくして、茜の演説が終わり、次は私の番となった。

 

 細い身体を揺らして椅子に座り直し、ううんと軽く咳払いし、襟を正す。

 すぅーっと息を吸い込み、カメラに目線を向けた。

 茜のメイン配信に自分の顔が映ったのを確認したのち、所信表明をする。

 

「………皆さん! ゆいちゃんのお歌! 聞きたくないですか!? 私は聞きたいです!」

「――時代は文系! 政治家も法律家も偉い人もみーんな文系です! 理系よりも文系! その気持ちを持った皆さん! 私と一緒に戦いましょう! そしてあのいけ好かないリケジョを倒すのです!」

 

 応援するで

 ダイヤでも入れますか

 はよ!参加コードはよ!

 

 

 きちんと盛り上げられたようで安心だ。

 茜のリスナーが多いので茜に味方する視聴者が多いと思ったのだが、この感じだと案外面白がって私に味方してくれる視聴者も多そうだ。

 好きな配信者とプロレスしたがる視聴者は多いのだ。

 

 今回の企画はタイトルにもある通り、文理対決。

 雑談配信終わりの『賭け』を元に、茜が急遽枠を取り直して作った企画だ。

 

 EPEXはバトロワゲーだが、今回はチーム対抗戦を行う。

 有名実況者である茜はカスタムマッチ権限という、自由に試合を作成して視聴者を招くことが出来る特別な権利を持っているのだ。

 

 3本勝負で、先に2本とった方が勝ち。

 負けた方が罰ゲームである。

 

 カスタムマッチの招待ロックが解放され、視聴者たちが入場してくる。

 

 のりこめー^^

 一瞬で埋まったんだが

 イースポートの子らいるじゃんwww

 

 

 EPEXは3人1組で20部隊、合計60人によるバトロワゲーなのだが、アクセスキーを開放した瞬間、一瞬でメンバーが埋まってしまった。

 そして、自分はよく知らないのだが名前がいくつか騒がれている。

 どうやら野良マスターだけでなくグラマスの人まで混じっているらしい。

 

 これ相当レベル高い試合になりそうだな

 特殊マッチだけどな

 たのしみいいいいいい

 アーシャちゃんマジでエイムいいしな

 

 

 配信内で既に試し撃ちだけはやっている。

 ゲームといえどアップは大事だからだ。

 そして、ある程度慣れたプレイヤーなら練習を見れば少しは腕前が分かる。

 なので腕前に関する疑問は既に殆ど消えていた。

 

 茜の配信を見ると相手のゴースティング*1になるため、ここで配信を閉じる。

 

 あとは自分のチャンネルでの配信のコメントしか見ない。

 小さくした顔画面は端に寄せ、ゲームの重要な情報と被らないようにした。

 

 マウスをパッドの上で滑らせながら使い心地を確認し、開始までの暇をつぶす。

 

 ――1試合目:チームバトル。

 

 文系チーム、理系チームともに10部隊で対決を行い、最後に残った一人がどっちのチームかで判定を行う大規模戦闘企画だ。

 EPEXには使用キャラにアメコミみたいな特殊能力があるのだが、理系チームは男キャラ、文系チームは女キャラのみ使用を許可される。

 バトロワゲーで紅白戦を行うという結構珍しい企画だ。

 奇抜な企画が好きな茜らしい発想だろう。

 

 だがこの企画、ぶっちゃけだれもやったことないのでセオリーすら分からない。 

 未知数もいいところだ。

 

 そんなことを考えているとキャラ選択が終わった。

 

 そして、仲間のプロフィールが映し出される。

 EPEXにはバッチ機能があり、到達ランクや最高キル数、ダメージなどで貰えるのだが、これの信ぴょう性は割と高い。

 

「おおっ! 全員ダイヤか! しかも全員爪痕ダブハンじゃん! いいねぇ」

 

 爪痕は1ゲーム20キル、ダブハンは1ゲーム4000ダメージで獲得できるものだ。

 特に爪痕は60人中20人を倒さねばならず、まともに狙うのはとても難しい。

 まぁ私のは始めたての初心者サーバーで取ったので余裕だったが。

 なんか変なバッチ貰ったと茜に話した時は、大層驚かれたものだ。

 

 アーシャちゃんも爪痕ダブハンか!

 勝ったな、風呂入ってくる

 レベルたっか

 

 

「……これは文系軍の勝ちですかねぇー?」

 

 他の9部隊は知らないが、おそらく相当強いメンバーが集まっているだろう。

 勝ったなガハハ!

 

 と、ここで衝撃のコメントが流れた。

 

 向こうグラマス二人だぞ

 グラマス2マスター1とか最早競技シーンじゃん

 mikanmochiいるぞ

 1位取ったことある人じゃん

 

 

「は?」

 

 もはや作為を疑いたくなるレベルだが、企画は突発だし入場は視聴者にお任せしていたので、間違いなく偶然だ。

 やっぱり茜は持ってるなぁと思う。

 私とは正反対だ。

 

 まぁグラマス連中の恐ろしさは本当の腕前も勿論あるが、それ以上に綿密な連携にある。

 今回はボイチャ禁止なので、連携は実質封じられているようなものだ。

 

 ゲージが開き、ゲームが始まった。

 空高くから、機械と自然が調和したバトルフィールドが見える。

 

 バトロワゲーは、最初アイテムを一切もっていない状態で始まる。

 そして、好きな場所に向かって飛空艇から飛び降りて、アイテムを集めながら戦うゲームだ。

 最終的に、『範囲』と呼ばれるダメージ壁が迫ってきて、強制的に戦いが発生する。

 そして最後に残った一人の所属するチームが、チャンピオン部隊と呼ばれるのだ。

 

 さっきも言ったが飛び降り時はアイテムがないので、飛び降り先を間違えると当然悲惨なことになる。

 裸で戦場をうろうろするバカになるわけだ。

 

 セオリーは、過疎地に飛び込んでアイテム回収だろうか。

 しかし、私は迷うことなく選択した。

 

 カウントダウンが終わると同時に、キーを押す。

 

「即降りだあああああああ!」

 

 即降り草

 もろ激戦区に向かってくじゃん

 wwwww

 勝つ気あんの?ww

 

 

「ゲームはやっぱり楽しくやらんとねー、そこは譲れんよ」

 

 ぶっちゃけランクマッチはあんまり楽しくない。

 勝つための漁夫、ひたすら逃げるだけの時間稼ぎ等々、待つ時間が非常に長いからだ。

 

 勝つ気がない?

 違う違う。

 好きなだけ楽しんだ(ぶっ殺した)上で勝つ、それだけだ。

 

 同じ考えなのか、複数のチームが同時に飛び降りた。

 そして、その中にはグラマスの赤い降下軌道と、マスターの紫の軌道が見えた。

 

 初手被り草

 お互い脳筋かよww

 いや、あっちは『あの子絶対即降りするからこっちも即降りして潰すで』って言ってたぞ

 読まれてるじゃん

 

 

「……来るならこいよ、返り討ちにしてやる」

 

 即座にいくつかのアイテムを回収していると、お気に入りのハンドガンを見つけた。

 理論値武器とさえ呼ばれるロマン武器のリボルバーで、いつもこれを使っている。

 モザンピークとかいうゴミしか出ないことも多いので、これは有難い。

 

 すると仲間が戦闘を始めたので、増援に行く。

 どうやら仲間の1人が2人に追い回されているらしい。

 

 キャラの能力で透明化して近づき、壁を使って攻撃を始める。

 

 ―97、―194!

 帰還者トーマスをノックダウン

 

 ―45、―90、―184!

 yamigalightをノックダウン

 

「………一発外したかー」

 

 全弾ヘッショ行けたと思うのだが、ちょっとずれてしまった。

 まぁ1マガジン6発なので上出来だとは思うが。

 

 つっよ

 1マガで2人とかマジ?

 は?

 一人目もうこれ事故だろ

 

 ちなみにこのゲーム、体力とシールドがある。

 体力は100で、シールドは50~125までだ。

 だからヘッショ97ダメージのこの銃なら、シールドマックスだろうと頭に3発当てるだけで倒せる。

 

「私からするとなんで頭狙わないんだろって思ってるんだけど………」

 

 当たらないんだよ

 このゲームそういうゲームじゃないから

 すげええええええええ

 

 似たようなことは転生前もやっていた。

 だが昔やってたゲームは頭一発のゲームだったので、頭を狙うのが常識だった。

 どうやらこのゲームは違うと知ったのは茜に教えられてからか。

 まぁ言いたいことは分かるんだけど………

 

「当てればよくないですか?」

 

 草

 王者の風格

 あ て れ ば よ く な い で す か ?

 それで実際当ててるからな

 

 ダウンした相手に止めを刺してから仲間とアイテムを回収する。

 あちこちで銃声が聞こえており、文系チームと理系チームがごっちゃになって戦っていた。

 このゲーム、相手がまともなら正面で2対1するとまず勝てない。

 先手さえ取れれば勝てるけどね。

 

 なので別の場所でアイテム回収をしていた仲間と合流し、態勢を立て直す。

 いくらか戦闘しながらもう一つの得意武器であるスナイパーライフルを回収し、南側のビルに立てこもった。

 

 今回の企画は紅白戦。

 次第にノウハウを理解し、文系軍が同じビルに集まってくる。

 当たり前だが、遮蔽がある場所に集まっている方が強いからだ。

 

 どうやら茜たちは北側のビルに立てこもって、孤立した文系軍をボコってるらしい。

 さっきからmikanなる人物と茜のキルログがドンドン流れてくる。

 

 私も適当に頭出したやつをスナイパーで狙ってダウンさせていた。

 まぁダウンさせてもすぐ蘇生されるので、回復削り以上の意味はない。

 

 2000ダメージ超えてて草

 スナ持ってから全部ヘッショやんけ

 スナイパーエルフさん

 スコなしで当てんのどうなってんだよ

 

「気合」

 

 もうこれは気合としか言いようがない。

 それはそうとして、同じ場所に十人近くが集まって、向こうのビルと戦うというバトロワゲーには珍しい光景が面白くて、ちょっと笑ってしまう。

 

「あははは、いいなぁこの企画。めちゃくちゃ面白いじゃん」

 

 せやね

 さっきからアイテムショップ置きまくってるやついて笑う

 バリケード強いね

 

 バトロワゲーなのに二つの軍が睨めっこする珍しい状況だが、当然しばらくすると、状況が膠着してくる。

 だが焦る必要はない。

 

 範囲縮小の時、外側になるのは茜たちの方だからだ。

 しばらくの間、必殺技でちょっかいを出したり出されたりの互角の状況が続いた。

 視聴者は所属しているチームの配信の画面を見ているため、続々と各地から生き残った精鋭たちが集まってきた。

 

 そして、3度目の範囲縮小が始まる。

 この辺りからは、範囲外に出ると相当のダメージを負うので、よっぽどのことがない限り外には出ない。

 

 あと私たちがやることといえば、範囲に炙られて逃げ出してきた理系チームを遮蔽を盾になぶり殺しにするだけである。

 ………が、はっきり言って、それは全く面白くない。

 そんなことを話していると、文字チャットで仲間からのコメントがあった。

 

 >縮小に合わせて裏取りしますか?

 

 裏取り。

 相手の裏に回って仲間と挟み込むFPSの戦略の一つだ。

 だが、割と嫌っている人間も多い。

 

 裏取りでキル稼いどいて死んだら仲間が弱いからっていうやつなwww

 いるいるww

 このゲーム基本裏どり弱いからなぁ

 

 人数で有利不利がモロ出るゲームなので、裏取りの重要性が低いのだ。

 だが、コメント欄の反応を見るに、今回の提案はそれほどとち狂ったものでもないのだろう。

 だって目的は、チームの勝利である。

 今回はバトロワじゃないのだ。

 

 あっちの世界でも、私の治癒力を当てにして無茶苦茶な裏どりをすることがあった。

 戦闘中ずっと、目の前で肉塊になる仲間を蘇生しては肉塊になるのを眺めさせられる身にもなってほしいと日々愚痴っていたが、まぁ確かに有効な戦術ではあった。

 

 肯定を伝え、チームでビルの上に立つ。

 ハーピーの必殺技に、仲間を連れて飛ぶ能力があるのだ。

 そして、範囲縮小と合わせて相手のビルの上に飛び込んだ。

 

 ―97、―142、―239!

 先輩エデンをノックダウン

 

 ―45、―90、―184!

 しずくちゃんをノックダウン

 

 割と強い方だった仲間と連携して、敵部隊を荒らしていく。

 私に合わせて前に詰めてきた文系軍と私で理系軍を挟み込む形になった。

 挟み込みは成立するなら最も有利な戦略だ。

 

 しかし、ここでヤツらがやってきた。

 

 茜率いるグラマスチームである。

 

 グラマスチームは文系軍の援護がギリギリ届かない位置を維持しつつ、まず仲間の一人と撃ち合いダウンさせた。

 そして、もう一人の仲間がグラマスの一人をダウンさせるが、間もなくその仲間もダウンしてしまう。

 

 背後に範囲が迫る。

 2対1、奇しくも避けようとしていた状況が成立していた。

 

 この勝負は、ぶっちゃけ勝っても負けても状況は変わらない。

 相当の人数差が出来たので、多分このまま文系軍が押し切るからだ。

 しかしだからといってタダで負けてやるほど、私は安くない。

 

 私のスナの上手さを警戒してか、茜ともう一人はバリアを張って詰めてきた。

 ドームバリアとも呼ばれる球体のそれは、一切の攻撃を内外から受け付けないという、正直どうなのと思うレベルの強アビリティだ。

 そしてその無敵の透過壁を隔てた戦闘は、ドームファイトと呼ばれる。

 特に難しいと言われる技術の一つだ。

 

 そして、ドームを張った瞬間。

 私は全力で突っ込んでいた。

 

 ――これしか勝ち筋はない。

 

 

 同時に突っ込んできた二人と交差する形でドームをくぐる。

 

 瞬間、得意のリボルバーではなく、スナイパーライフルを持つ。

 

 これは賭けだ。

 このゲームのスナは、はっきり言って弱い。

 ボルトアクションなのに頭に当てても1撃じゃ倒せない。

 もしさっきの人が与えたダメージが足りないなら、2発必要になる。

 しかし、スナイパーライフルを連続で二発撃つことはできない。

 必ず隙が出来てしまう。

 そしてこのスキをこの二人は絶対に見逃さない。

 

 しかし、得意のリボルバーで戦っても勝てないだろう。

 鍛え上げられたこのクラスのプレイヤーは、チーターだろうと殺してしまう。

 それだけ技術が詰められているという事でもあり、人数差の影響を腕前で覆せないともいえる。

 

「………!」

 

 ひたすらに集中する。

 すると、時間が遅く感じた。

 戦闘中にいつも感じていた懐かしい感覚に浸りながらも、勝手に手は動く。

 液晶画面がコマ送りに見えるほどのゆったりとした時間の中、マウスをめいっぱい大きく振り、散々染みつかせてきた頭の位置に焦点を合わせていた。

 

 そして、撃つ。

 

 ―140!

 ちぬれゆいをノックダウン

 

「(前提は……クリア)」 

 

 茜はショットガンを持っていた。

 直撃こそ避けたが、同時にいくらか私の体力も削れた。

 一人倒したところで、圧倒的不利は未だ変わらない。

 すぐにアークボムと呼ばれる手榴弾をバリアに張り付けた。

 

 無限に分岐した未来の中、微かに浮かんだ勝利の糸筋を辿る。

 

 ―45、―90

 

 あっちにダメージを与えるたびに、確実にこっちの体力も削ってくる。

 後一発貰えばこっちがダウンするところまで来てしまった。

 

 しかしその刹那、手榴弾が光り爆発の予兆を知らせる。

 爆風回避のため、敵は僅かにズレたタイミングで体を外に出した。

 

 そして、それこそ唯一の糸だった。

 

 ―97!

 mikanmochiをノックダウン

 

「いぃぃいいよっしゃあああああ! これが私だああああああああ!」

  

 

 おおおおおおおおおおおおおおおおおお

 やっばあああああああああ

 鳥肌立った

 グラマスとマスターに勝つダイヤとは?

 こんなん震えるわ

 

 

 

「あっ」

 

 瀕死だったのに余りの嬉しさと興奮のあまり殺した瞬間コロンビアを決めてしまった。

 ちなみに後ろには殺人バリアが迫っている。

 

 ――部隊全滅

 

「…………」

 

 草

 まぁようやった

 笑うわこんなん

 戦の神は笑いの神に愛されてるな

 

 

 私の戦績は11キル4,820ダメージ。

 第1回戦は圧勝で文系軍が勝利だった。

 

 次勝てば、賭けは私の勝ちである。

 

 

 

 

 

 

【Tips】イースポート:プロゲーマー並みの腕前を持つゲーマーを集めたVtuberグループ。男女混合の大規模グループであり比較的男の割合が高い。プロ一歩手前の腕前を持つちぬれゆいも勧誘を受けていたが、今まで断ってきていた。

 

*1
オンゲにおいて、ライブを視聴しながら試合に参加し、ゲームを自分に有利な方向に進める不正行為のこと。視聴者、配信者ともに大変面白さを損ねる行為であるため非常に嫌われている




ここまで読んでくれた、APEX Legendを知らない人にも伝わってたらいいな。


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【文理対決】アーシャ VS ちぬれゆい【EPEX】その2

 ――2回戦:大将戦

 

 1回戦目は紅白戦で、最後まで生き残ったチームが所属してる方が勝利だった。

 つまり別に私が死のうが茜が死のうが、チームさえ勝てば関係なかったわけである。

 

 2回戦目は違う。

 今回のルールでは、私と茜のチームが大将となり、その大将が死ぬと負けになる。

 周りの護衛につく部隊がどうかは全く関係ない。

 

 分かりにくい人のために少し解説を加えておく。

 このEPEXというゲームは、仲間が死んでも蘇生手段が結構ある。

 体力が0になって倒れた仲間は『ダウン』と呼ばれる芋虫状態になり、仲間の蘇生を待つことになるのだが、撃たれるか時間経過で死ぬ。

 そして終了…………ではない。

 仲間のうち1人でも生き残っていれば『バナー』と呼ばれる蘇生チケットに変わるため、面倒な手順さえ踏めば蘇生することもできるのだ。

 だから、1人でも生き残っていれば、意外と部隊を立て直せたりもする。

 

 このゲームのキャラ人間じゃないからね、仕方ないね。

 死んでも働かされるとはブラックなことだ…………と思ったが、プリーストである自分も蘇生魔術を使って死体に鞭打って働かせてるようなものなので人のこと言えない。

 リアルでやってる分、幾分自分の方がタチが悪いだろう。 

 

 さて、申し訳ないが『バナー』の話は今回あまり関係ない。

 今回は大将である私たちは『ダウン』して、『バナー』になった時点で負けだからだ。

 

「むぅ………結構頑張ったんだけどなー、やっぱやるなーゆい」

 

 くっそマジか

 範囲が悪いよー範囲が

 がんばった!

 惜しい

 

 

 ………そして、私は普通に負けた。

 

 展開は、私が地図の南側、茜が北側に降りる形となった。

 しばらくの間は、これがバトロワゲーであるとは思えないほどの平和が続いた。まぁ範囲縮小までドンパチやる必要もないので当然と言えば当然だ。

 

 そして展開が動いたのは4度目の縮小。

 非常に残念なことに茜側が範囲の中となり、奇しくもこちらが範囲の外になることになった。

 相手は既に有利ポジに展開しており、まともに撃ち合えるポジションをとることは難しかった。

 

 2回戦目が終わったので、次の試合まで茜のメイン配信に顔を出す。

 

「いや~~~! あれはズルいって! どうしようもないぞーアレ!」

「はははは、凸ゴリラに思い知らせたったわ!」

 

 ナイス戦略だった

 いい指示

 完封してたな

 最後まで(アーシャ)はしぶとかったけどなww

 

 

 自分が思っていたより茜を称える声が多かったので、茜に聞いてみた。

 

「いやな、最初からウチが周りのチームに指示出してたんよ。細かいのはさすがに無理やけどな。一応どこが範囲になっても勝てるつもりやったで。このゲームは一人でやるもんちゃうからな!」

 

 どうやら茜は姫モードが始まった時点で、周りに指示を出して動くことを考えていたらしい。

 その口ぶりには、何回やっても負ける気がしないというような自信を感じた。

 3対3でどう勝つかという戦術なら私は得意だが、30対30になるともはや戦略だ。

 戦略を考えるのは古来から頭のいい人と決まっている。

 私には無理だ。

 

 茜はもともと頭がいいのもあるが、前からこの企画を温めてきていたらしい。

 この辺りを踏まえて、二回戦の勝利の女神は茜に微笑んだのだろう。

 

「いやもうこれ私が凸った方がよかったのかな?」

「それやと無理にでも集中砲火してたと思うで」

「……まぁそっかー」

 

 言い始めた時点で、もうこれは否定されるなと思っていた。

 私は突撃大好きマンで、待つの大嫌いマンだ。

 そしてその無理を通せるだけの実力はあると思っている。

 

 しかし、さすがにこのルールで大将が突っ込むと、ありえないレベルの集中砲火を受けて哀れなハリセンボンと化すのは間違いないだろう。

 なので、人数が減ってくる終盤までスナでチクチクヘッショするしか仕事がなかった。

 

 そのせいで、今回の戦績は2キル、3,721ダメージである。

 ダウンは取れても蘇生されるので全くキルが取れなかった。

 

 次の企画の準備が出来たらしい。

 次は、必ず勝つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】バナー:死んだ味方のアイテムボックスから回収できる蘇生チケットのこと。リスポーンさせる為にはこのバナーが必要になる。マップに複数ある蘇生ポイントで蘇生する必要があるが、蘇生には時間がかかる上に周りに位置がバレるので、終盤に蘇生するのは難しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3回戦!!

熱くなってまいりました

伝説の始まりとはこれのことか

now loading...

 

かわよ

チャンピオンが見たいぜ

 

ちまみれエルフさん好き

▶ ▶❘ ♪
 
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【文理対決】アーシャ VS ちぬれゆい:アーシャ視点【EPEX】

 20,185 人が視聴中・1分前にライブ配信開始 
 
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 ――3回戦。

 

 視聴者の人数は減るどころかむしろ増えている。

 私のサムネに吸引能力でもあるのか、インフルエンサーがツイートしたためかは知らない。

 

 3回戦目は、ガチバトルロイヤルだ。

 通常のEPEXルールでカスタムマッチをプレイを行い、順位が高い方を勝ちとする。

 当然チャンピオン(1位)を取れば勝利だ。

 しかし、例えば私たち(19位)、茜たち(20位)でも私たちの勝利となる。

 まぁこんなの放送事故でしかないが。

 

「よしっ! 入れた人は配信画面見ないでくださいね」

 

 ゴースティングされる可能性も無いわけじゃないが、20,000人が見る中でバレると炎上する可能性もあるので、流石に露骨にはやらないと思う。

 そんなことを考えているとき、事件は起きた。

 

「味方つっよ……ってかあれ?」

 

 mikanmochiいて草

 裏切ってて草

 文 理 両 道

 

 

 mikanmochi:間違えました

 

 ………どうやら理系チームのエースがこっちに紛れ込んできたらしい。

 しかもよりによって、このガチバトルロイヤルでだ。

 裏切り者の存在にあわや企画倒れかと思ったが、向こうの配信を見てるスパイ曰く、続行でいいらしい。

 

 ちなみにこっちのメンバーは、プラチナ(仲間1)、ダイヤ(私)、グラマス(mikan)である。

 私はキャラ操作と撃ち合いは強いが、大まかな立ち回りはぶっちゃけ分からない。

 茜とやるときは茜の指示に従って動いたり、動かなかったりするからだ。

 なので、1度は1位にタッチしたことがあるグラマスの人にリーダをお願いしてみる。

 

「mikanさんmikanさん! リーダーお願いできませんか! 付いていきます!」

 

 そう言って、飛び降りの権利をmikanに押し付ける。

 しかし一瞬で一周して、メッセージと共に自分に戻ってきた。

 

 mikanmochi:付いていきます師匠!

 

「誰が師匠か! ……わかりました、立ち回り下手でも『lol』とか言わないでね」

 

 飛んであげないミカン

 これは腐ったミカン

 日本1位の師匠とは

 

 

 いつも通り即降りし、激戦区に突っ込む。

 コメント欄がツッコミの嵐で埋まっているが、この戦力なら事故らなければ問題ない。

 

 ………そう、事故らなければ。

 

「モザンピークばっかいらねぇんだよ!! 何個目だよ! 先にリュックを出せ! 弾を出せ! ライフルもいらないんだって!またモザンピークゥ!! 」

 

 ライフルいらんの珍しいな

 中距離最強やぞ

 そういや1回も使ってないね

 

 

「まっすぐ飛ばない武器はいらない」

 

 どのFPSもそうだが、フルオートの武器は思いっきりブレる。

 そしてそれを抑制しながら、相手をトラッキングするのも技術の一つだ。

 しかしそれより最初から1発で頭抜いたほうが楽しいので、ライフル系は基本使わない。

 まぁ最初は武器がないのでイヤイヤ使うが。  

 

 ―17、28、45、56、73、90、107、123、140、157!

 ジャージにワイシャツ絶対変だをノックダウン

 

「………狙い辛いなぁ」

 

 めっちゃいい音してましたけど。

 殆ど外してなくて草

 SMGでこの距離で頭狙うのか……

 

 

 強いっていうのは分かるのだ。

 強いんだけど………。

 

「ロマンがない! 頭一発でぶち抜きたい!」

 

 wwwwww

 草

 いやわかるけども

 VALORANTSやれや

 

 そんなこんなでコメントにドン引きされたり、私を放り出して2人で暴れてるmikanmochiにドン引きしたりしていると、お目当ての武器を見つけた。

 

「おっ、ウイングガンとロングスナイパーじゃん、もらおっと」

 

 ウイングガンは得意のリボルバーで、ロングスナイパーは得意のスナイパーライフルだ。

 弾はマガジンにしか入ってなかったが、あとで拾えばばいい。

 そんなことを考えていると、味方がこっちまでやってきた。

 

 いや、敵を引き連れて来た。

 どうやら調子に乗り過ぎた結果、別2チームが漁夫りに来たらしい。

 3チームが入り混じってバチバチにやりあっている。

 

 ―97、―142、―239!

 ベースラインやってる?笑をノックダウン

 

「いええいやいやちょっとまってまって、ヤメロォ、今はヤメロォ!」

 

 ―45、―90、―135!

 明智光秀(下剋上前)をノックダウン

 

 なんとか壁と扉を使って一方的に二人倒した。

 そしてもう別の1人がやってきた。

 体力を回復しつつ、いつも通り応戦しようとする。

 

 ――カチッ、カチッ

 

「あっ」

 

 弾無いの忘れてた。

 当然の権利が如く、クソザコナメクジはダウンさせられた。

 

 あるあるww

 wwwwww

 なんか逆に安心したわ

 

「………スゥゥゥゥゥーーー………」

 

 ほどなくして仲間のダイヤの一人もダウンする。

 敵はあと二人いるらしい。

 

「お願いッ! お願いします! mikanmochiさん! お願い、頼みます!」

 

 彼に私の尊厳が託されているのだ。

 絶対に勝ってもらわなければ困る。

 そうこう考えていると、体力ミリの状態で2人とも倒しきってくれた。

 さすがグラマスである。

 

 さすがグラマス

 アーシャちゃんも凄かったけどね

 このチーム強くね?

 ガチバトルの立ち回りじゃないんだよなぁ

 

 ガチバトルの立ち回りではないとはいうが、実は1位を狙うならあながち間違いとも言えない。

 このゲーム、敵にダメージを多く与えるとアーマーが堅くなるという仕様がある。

 たかだか25ぐらいしか変わらないが、その差は実はすごく大きい。

 

 激戦区を生き残り、散らかっているアイテムボックスをあさった結果、十分な資材が集まった。

 これだけあれば、最後まで戦い抜くことは難しくないだろう。

 何故か自分はリュックが出ない呪いがあるので、誰かを殺すか貰うかしないといけないのだが、今回は首尾よく敵から奪うことが出来た。

 

 その後もいくつかの部隊と戦闘しながら、範囲の中を進んでいく。

 そして、能力(アビリティ)で空中に掛けられたジップラインを飛んで向こう岸に渡る。

 万が一このジップラインから落ちると問答無用で即死なので、ちょっとだけ怖い。

 

「よし……ここならいい位置かな」

 

 範囲が狭まってきて、残り4部隊。

 もう殆ど隠れられる場所もない。

 姿こそ見えないが、どこにいるかは互いに分かっていた。

 

 そして次の範囲が決まった瞬間、有利ポジをとるため、ジップラインを戻った。

 

 移動中に視点を動かし、周りを警戒する。

 瞬間、何故か自分が落ちていくのが見えた。

 

「は?」

 

 ふと横を見ると、呆然と自由落下するmikanmochiさん。

 どうやら、ジップライン上で空中衝突したらしい。

 

「え、えぇ………?」

 mikanmochi:ごめんなさい

 

 ちなみにこのゲーム、場外落下は即死である。

 

 ファーーwwwww

 グラマス2人が事故死

 なにやってんだよ団長!

 

 

 mikanmochi:いや本当にごめんなさい

「いや、私の方こそごめんなさい。そんな謝らなくていいですよ」

 

 位置的に私側から移動するのが当然の状況だった。

 だから、実際なんでこっちに移動したかは知らない。

 その理解不能な行動にちょっとだけイラっとした。

 

 しかし、私の尊厳がかかっていたとはいえ遊びでやってるゲームだし、ちょっとしたミスぐらいでそこまで謝らないでほしい。

 そもそも配信的には美味しい部類なのだ。

 だから、少し考えた後、わざとらしい怒り顔を作り、要求を述べた。

 

「えー、それじゃあ明日までに小指持ってきてください」

 mikanmochi:それは嫌

 

 草

 wwww

 ヤクザかよ

 組長のお通りだああああああ!

 

 

 許しを与えるというのは、厄介な話である意味ちょっとした上下関係の意味も孕んでいる。

 ここで私が『いいよ気にしないで、私も悪いから』と言って流すのは簡単だが、それだと私が許してあげてるみたいな雰囲気になるし、きっと好きなVtuberならそんなことは言わないだろう。

 むしろ盛大にブチ切れる気がする。

 だから、あえて少し偉ぶって、逆にツッコミを入れてもらうことを狙ってみたのだ。

 

 コメント欄の反応を見る限りだと、あながち間違いといったわけでもなかったのだろう。

 お通夜ムードにならなかったことに一抹の安心を覚えたのち、さらに言葉を加える。

 

「ウソウソ、冗談ですって」

 

 もしかしたら言葉をそのまま受け取って、私がガチ切れしてると思ってる人がいるかもしれないので、冗談であることを明示しておいた。

 そして気持ちを切り替え、残りの一人を応援する。

 私たちの蘇生も望めず、状況は割と絶望的だが試合はまだ終わってはいない。

 

「お願い! 頑張って!」

 

 残り一人は3部隊が争う中をうまく立ち回り、2位までは粘って見せた。MVPをあげたいぐらいの頑張りっぷりだった。どこからあんな執念が出てきたのだろう。

 しかし、残念ながらチャンピオン部隊は茜のチームだった。

 本当に惜しい話だ。

 

 そして、この勝負は茜の勝ちで幕を終えた。

 嬉々として茜は私の秘密を話し、私は発狂した。

 今度は私が逆に最後の試合の顛末を教え、茜とコメント欄は大爆笑した。

 

 ――ゲーム実況をアダルト配信と勘違いしたエロフ

 ――詫びに指を要求してくる組長

 

 私のよくわからないあだ名が、また増えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジップラインは味方同士は衝突しない?と聞いたのですが、このゲームでは衝突することになっていると思って下さい。


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【エピローグ】あーしゃ・おん・すてーじ!!

長めです。


おうたの時間だ!

きちゃあ

かわいいいいいいいいい

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顔良すぎん

かわよ

 

風呂入ってきた!

▶ ▶❘ ♪
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

あーしゃ・おん・すてーじ!

 20,315 人が視聴中・1分前にライブ配信開始 
 
 ⤴7,251 ⤵75 ➦共有 ≡₊保存 … 

 
 エルフのアーシャ 
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 11,102人 

 

 

 

 30分の休憩を経たのち、時間は夜の10時過ぎを少し過ぎたところか。

 音響設備の整っている茜の部屋に再び舞台を移していた。

 

 さすがに吐くほどの緊張はもうしないが、ただ適当にその場のノリで喋るのと、音楽ライブはまた違うので少しは緊張している。

 まぁこれでも多才なエルフだ、まだ若い方とは言え楽器の演奏の一つや二つぐらい心得ている。

 

 配信画面越しには何故か20,000人が集まっている。

 ………いったいどこから集まってきたのだろうか。

 

「はい……出来たら―今すぐ回れ右していただけると嬉しいです。というか多すぎますよ……。これただ私が弾き語りするだけの枠ですよ……? 脱いだりとかしませんよ……?」

 

 きたあああああああ

 はよはよペシペシ

 エロフちゃん!?

 全裸待機していいですか

 

 

「……いや、こんな集まらなくていいんだわ! ただの歌好きの枠やぞ? いやなんか面白い企画やってるとかならいいんだけどさぁ………」

「面白いことやっとるでー、あぁーかわいいわー」

 

 ちなみに茜は手伝ってくれないことになった。

 ドラムぐらい演奏して欲しいが、さすがに夜だとうるさすぎるからだ。

 このマンションは壁はかなり厚いようなので、音は殆ど漏れにくいがさすがに全力でやると問題になってしまうだろう。

 

「……えぇー、歌いたい曲が思いつかないので、適当にコメントで書いておいてくれたらソレやります。あーうん、アドリブで行けるよ」

 

 アドリブでいけんのマジ?

 どんなけ多才やねん 

 この子ガチで上手いぞ

 生で聞いてたので配信も楽しみ

 

 

「………はぁ、ハイ、それじゃあ行きます! 1曲目! 『紅蓮の剣』!」

 

 すっと息を吸い込み、足を少しひらげ、弦に手を当てる。

 体中にドキドキが満たされていくのを感じながら、前奏を始めた。

 

『紅蓮の剣』は呪滅の剣の主題歌であり、年末の紅白歌戦争にも出演した楽曲だ。

 そして、当然アイリス姫ことてんどー先生が大好きな私にとっても馴染みの深い曲でもある。

 

 弾き語り中はコメントを見ることはできない。

 というより私自身歌っているときは自然と目を瞑ってリズムに酔ってしまうので見れないといった方が正しいかもしれないけれど。

 

「~~血濡れた♪ 未来を♪ 超えるんだ―♪」

 

 本調子には程遠いが、それなりには弾き語れたとは思う。

 ふと部屋の端を見ると、椅子に座った茜が満面の笑みでパチパチと手を叩いていた。

 

「………一曲目『紅蓮の剣』でした!」

 

 くそかっけぇ

 演奏も歌も出来るのになぜデビューしなかったのか

 これがデビューやぞ

 天才はいる、悔しいが

 

「2曲目いきます! 『Deepest Highest another world』」

 

 ちなみにあっちの世界での私の演奏力と歌唱力は、まぁ一応食ってけるかな程度である。

 向こうの世界の吟遊詩人は、めちゃくちゃレベルが高い。

 演奏しながら派手に踊って歌い、さら同時に魔法でステージを演出して見せたりする。

 その上、ただでさえ綺麗な歌声に魅了の魔法すら載せてくる。

 

 それと比べると、下手じゃないはずの私の演奏なんて成すすべなくボコボコにされるのだ。

 魔法も使えないしね。

 挙句の果てに作曲能力もないに等しく、替え歌ぐらいしかできないのでライター的な勝負については土俵にすら上がれない。

 

 そんなことを考えつつも、続いて二曲目、三曲目と歌っていく。

 コメントも、どんどん盛り上がっているし、喉や手もアップを終えてそれなりには動くようになっていた。

 

 しかし、まるで喉に小骨でも突っかかっているのか、本調子には程遠かった。

 喫茶店でやってたミニライブの時もそうだった。

 周りは上手い上手い言ってくれるのだが、私は本来もうちょっとやれるはずなのだ。

 魔力が薄いのが原因かとも思っていたのだけれど………

 

 うめえええ

 すっご

 ♪♪♪♪

 あんまり楽しくなさそう?

 

 

 歌い終わりにふとコメントが目に入る。

 殆どのコメントは私を褒めてくれるようなポジティブな内容だったので、一つだけ流れて来たそのコメントがどうにも目立って感じたからだ。

 そして、言われて初めて気が付いた。

 

 ――そっか、私、楽しんでないのか。

 

 ごくっと唾を飲み込み、一緒に緊張も飲み込んでしまう。

 ふと目線をあてもなく漂わせると、右腕に付けた銀のブレスレットが目に入った。

 ゆるりと優しく手を動かし、ブレスレットを撫でる。

 すると、ふわりとした銀のマナが立ち昇った。

 どこか懐かしい、優しい気配。

 もういなくなってしまった大親友の形見だ。

 

 手を細くすぼめてブレスレットを外し、胸の前に持ってきて祈る。

 

「(……どうか、私に力を貸してください………)」

 

 込める自分のマナが自然と増える。

 すると、爽やかで懐かしい声がしたような気がした。

 今でも時々夢に見る、苦い思い出。

 

 ――人生、楽しまなきゃ損だよ……

 ――だから、私のことなんて忘れて……… 幸せに、なってね……!

  

 なんて都合のいい幻聴なんだと自嘲する。

 けれど、あの子なら確かにそう言ってくれるかもしれない。

 

「(そっか、そうだよな………)」

 

 どこか、穢れた自分がこんなに幸せでいいのか、という遠慮があったのかもしれない。

 だから今まで、少し心にセーブを掛けていたのだろう。

 せっかく日本に帰ってきたのだから、大人しくしておこうと。

 けど、もういいじゃないか。

 どうせ偶然に与えられた、奇跡の産物(2度目の人生)だ。

 楽しめるだけ楽しみ切ってやろうと、自然とそう思った。

 

 そして、日本に最高の残像を1つ刻んでやるのだ。

 

「………よしっ!」

 

 両手でベチンと頬を叩く、と少しだけ痺れるような痛みが残った。

 ちょっと気合を入れすぎたかもしれない。

 魔力を纏っていなければ潰れていたかもしれないほどの威力だった。

 

 痛そう

 なんか雰囲気変わった

 今度は楽しそう?

 

 

 目に映る世界は今までも綺麗だったけれど、今はもっと色鮮やかに見える。

 それはまるでさっきまでの世界はセピア色だったのかとでも言いたいほどに、圧倒的だった。

 髪や体から純白のマナが立ち昇る。

 思わず、楽しくなって、口角が上がってしまうのを感じた。

 

「わかりますか? じゃあ、ご期待に沿えるように………!」

 

 ここからが、本番だ!

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

「(……あれでも、本気やなかったんやな)」

 

 世界で唯一の特等席で、アーシャの生の弾き語りを聞いている茜はボソリと呟く。

 祈りをしてから、明らかにアーシャの雰囲気が変わった。

 さっきまでがアマの上手い人とするなら、今はトッププロのようにすら思える。

 

 さっきまで一緒の土俵にいたはずなのに、いつの間に置き去りにされてしまったような感覚。

 それを感じながら、茜はもう一つ、今度は心の中でつぶやいた。

 

 (天才は、ええなぁ)

 

 茜は勉強も出来る方で、コミュ力もある程度高い。

 見た目も良くて、しかもゲーム実況で大成するほどの行動力と実力もある。

 同年代で言えば、かなり優れている方なのも間違いない。

 

 そんな茜は、目の前の天才を見て、2つのものを感じていた。 

 

 1つは才能に対する劣等感だ。

 自分の周りにはいつだって凄い人(天才)ばかりがいた。

 幼いころから絵が特別に上手くて、高校生の時からプロ並みの実力を持っていた双子の妹()

 最も著名な論文誌に名前が載るほどで、今も海外で働いている研究者の両親。

 そして、彗星のごとく現れた、元日本人エルフのアーシャ。

 

 ちらりと、アーシャのチャンネル登録者数を見ると、既に15,000人を超えていた。

 自分が10,000人を超えるために掛けた時間はいくらほどだったか。

 少なくとも半年はかかっていた。

 それを自分がブーストしてあげたとはいえ、一瞬で。

 

 ただのつまらない人ならここまでは上がらない。

 戦の神は、笑いの神にも愛されているとはコメントの談だが、的を射ているとも思う。

 あくまで素人コンテンツであるZowTubeには2パターンの人がいる。

 狙って面白い人と、狙って無くて面白い人だ。

 

 前者が私で、後者がアーシャだ。

 アーシャもきっと努力はしてきたのだろうけれど、それだけでは決して埋まらない才能の溝を少しだけ恨めしく思ってしまう。

 

「(……ま、ないもんねだりしてもしゃあないわな。ウチはあるもんで戦っていくだけや)」

 

 今まで散々繰り返してきた結論を、再度繰り返して醜い心を奥底に押し込む。

 すると、今度は代わりにもう一つの感情が表に出てきた。

 

 もう一つは、ワクワクだ。

 あの子は、いったいどこまでいけるのだろうと思ってしまう。

 

 まずとんでもない美少女で、ゲームもうまい。

 トークについても、お喋り好きで、距離感の掴み方も上手い。

 さらに盛り上げ上手で、気配りも出来て、演奏もプロクラス。

 これほど多彩な人間は、さすがに見たことがなかった。

 

 しかし、どこか機材類の扱いは苦手なようで、マイクやスピーカーなどの説明をしてもいまいち要領を得ていないようだった。

 きっと、私が配信器具を貸し出さなければ、500円のマイクで演奏配信をしていたに違いない。

 

 最高級の食材と、至高のレシピをそろえたのに、料理人がド素人では勿体ないだろう。

 というか見てる側からすると、ぶっちゃけ怒りすら感じると思う。

 

 ダイヤモンドの原石なんて生ぬるい、オリハルコンの原石とでも言うべき彼女の才能だが、誰かがサポートしてあげないと腐ってしまうような、そんな気がした。

 そして茜は考える。

 

「(受けて……くれるかな?)」

 

 2人のコラボは今日で終わりだ。

 しかし、茜はこれで終わりにはしたくなかった。

 

 『これから、二人で駆け上がろう!』

 

 そう言って、配信の終わりに、声をかけるつもりだった。

 しかし、断られてしまうのではないかという漠然とした不安も、心の中で燻っていた。

 才能の差は、いつだって残酷だった。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 風が隙間を吹き抜けるようなボロアパートの一室。

 楽な格好で真っ白な尻尾と耳を出したままのマシロは、食い入るようにノートパソコンの画面を見つめていた。

 

『黄昏の光が~♪ 僕らを照らして♪』

 

 見つめる先には、たった一人の主にして、義理とはいえ自分の唯一の家族であるアーシャの姿があった。

 普段見ているVtuberとも引けを取らないほどに高速で流れるコメントたちが、どれだけの人が彼女に関心を持ってしまったのかを否応なしに教えてくる。

 そんなアーシャの圧倒的歌声と演奏力に、頭の中を慣れ親しんだ感動で浸しながらも、マシロは一抹の寂しさを感じていた。

 

(また、遠くへ、行ってしまうのですね…………)

 

 マシロには、一つ大きな夢があった。

 それは、ありとあらゆるしがらみから逃れ、大好きな姉と二人きりで過ごすという夢だ。

 出来れば深い森の中が良かった、人が寄り付かないからだ。

 

 元々、マシロとアーシャは敵同士だった。

 対立勢力だったマシロはアーシャの護衛を殺害し、その喉元まで刃を迫らせた。

 その結果、アーシャを慕う仲間たちは全てが敵になった。

 それだけでなく、自分を見捨てた生まれの家も、敵になった。

 さらに領主一族に恨みを持つ、浪人たちも敵になった。

 

 ただでさえ人から睨まれやすい、白髪紅眼という忌み子の特徴を持つマシロだ。

 その瞬間、間違いなく世界の全ては敵だった。

 そして、めでたく世界の敵となったマシロは、士気を上げる見せしめに出来るだけ惨たらく殺されるというのが最後に与えられた役割だった。

 

 しかし、その瞬間は来なかった。

 アーシャのおかげだ。

 アーシャはたった一人で反対を押し切り、終わりがもたらされる筈だったマシロ、そしてそれ以外の全ても纏めて救ってしまったのだ。

 『あの時の私はおかしかった』なんて笑ってたけれど、それは間違いなく英雄の所業だった。

 

 そんな英雄は、マシロを監査処分として、あえて直近のお付にした。

 そうでもないと、私は死刑か研究対象(みんなのおもちゃ)なっていただろうから。

 そこで気が付いたのだが、案外彼女は怠惰で怖がりな性格だった。

 

 そして、手の届く範囲の人を無理しても助けてしまう、そんな優しさも持っていた。

 誰よりも面倒くさがりで、いつも後方でヌクヌク暮らしたいなんて言っている。

 それなのに、誰かを守るために戦い続けているのだ。

 きっと、ヌクヌク後方生活を送るには、彼女の手は広すぎたのだろう。

 

 だから、いつの日かしがらみを一切捨てて、2人きりの怠惰な生活を送りたかった。

 そして、その夢は概ね叶ってしまったのだ。

 そう、ここ数か月の日本での生活である。

 寝るときにはいつも頭を撫でてくれて、抱きしめてくれる。

 朝起きればいつも優しく尻尾と耳をブラッシングしてくれる。

 ゆっくりとした時間の中、無限に供給される日本の娯楽を享受する。

 楽し気な彼女から漏れるマナはいつも甘くてふわふわだった。

 誰からも人気者だった、そんな彼女を独り占め。

 

 今日という日までの日本での生活は、まるで夢のような時間だった。

 けれど、その夢は終わってしまう。

 この配信を見ていると、そう確信してしまった。

 

 きっと、配信を始めた彼女は再び多くの人と関わることになるだろう。

 そしてそこに私の居場所は、コイン1枚分ぐらいしかないはずだ。

 

(………だったら、せめて、私もあの隣に)

 

 そう考えてすぐ、それは無理だと結論付ける。

 マシロははっきり言ってコミュ障だ。

 そして唯一まともに喋れるのはアーシャだけ。

 彼女はマシロの記憶全てを読んで、その全てを受け入れてくれた。

 そして、ショックでまともに喋れなくなっていたマシロを、まるで実の姉のように際限なく甘やかして、凍っていた心を溶かしつくしてくれたのだ。

 だから彼女とだけは素で話すことが出来る。

 

 ここで付け加えるなら一部の剣士特有の『完璧主義』な性格もコミュ障に拍車をかけていた。

 会話には答えが無いので、完璧主義の人間には向いていないのだ。

 

 ふと、さっきまで見ていた動画のページを開く。

『はちべえくえすとRTA_4時間23分_part3』とタイトルにある動画には、小さくされたゲーム画面と同時にいくつかの解説が記載されていた。

 

『中ボスくんオッスオッスお願いしまーす! ガチンコ勝負じゃい!』

 

 完璧主義のマシロは思う。

 

「………どうして、こんなに適当なんでしょう?」

 

 ゆったりと呼ばれるフリーの機械音声で行われる、とあるテンプレを用いたRTAのゆったり実況動画は『Wiimシステム』と呼ばれニマニマ動画で人気を博していた。

 最大の特徴は、別に有名なゲームで1位だったりしなくても、ある程度の腕前と知識さえあれば、多くの視聴者に見てもらえるという点だろうか。

 しかし、完璧主義のマシロは適当なプレイが嫌いだ。

 だから、勝手にイラついてさえいた。

 

「……あぁ、もう、10分もロスするなら最初からやり直せばよいではありませんか………」

 

 ジャンク品の安いレトロゲーを買ってきて攻略動画を漁っていたところ見つけたこの動画に、マシロは見当違いの苛立ちを感じていた。しかし、大量についたコメント、マイリストがその動画が魅力的であるということを教えてくれる。

 そして、当のマシロも苛立ちだけでなく、どこか似たような感情も抱いていた。

 

「……不快です。…………でも、どこか、心惹かれる………」

 

 自分の中に僅かに芽生えた感情を、うまく表現できない。

 

「……というか語録ってなんなんでしょうか。最近の流行りなんですかね? 私もこれを覚えれば、会話が……?」

 

 その先は地獄だ。たぶんアーシャが知れば泣いて悲しむ。

 しかし注意してくれるアーシャはこの場にいない。

 むしろアーシャは『仲良くなるコツはね、内輪ネタを作ることだぞ!』なんて言っていた。

 あながち間違いではないが、この場においては最悪だった。

 

 ふと、上側を見ると、どうやら投稿者が配信中であるという表記が見えた。

 ちらりと覗いてみると、投稿者が黙々とゲームをプレイしていた。

 しかしその割には視聴者の数も多い。

 ここでマシロは、自分に残された唯一の可能性に気が付いてしまった。

 

「(……日本にはRTA of Japanというものがあると聞きました。もしかして、これは配信の種になる……?)」

 

 

 かくして合理性の化け物が、RTAを始める。

 アーシャとは別に、もう一つの伝説が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「すごい………」

「圧倒的、ですね………」

 

 アーシャの弾き語り配信を見ながら、二人は感嘆の声を漏らす。

 オシャレな喫茶店の片隅には二人の女が座っていた。

 そしてそのうちの一人の黒髪巨乳ちゃんは、もう一人に呟くように問いを投げかけた。

 

「……どうしてミシロはメジャーデビューしなかったんですかね」

「茜さんと違って目立つのがあんまり好きじゃないからじゃないですか? 葵さんとも似たのんびりやの気質を感じますし」

 

 先に質問したのは、茜の双子の妹の葵だ。

 そして、もう一人の女はさらに言葉を付け加える。

 

「……あの子はネットに顔を晒されるのを極端に嫌がってましたからね。最初は海外で指名手配でもされてるのかなんて思いましたが違いましたし」

 

 この女の本名は、任天堂花(にんてんどうか)

 茜やアーシャたちが勤めていた喫茶アトリエールの元オーナーだ。

 

「………オーナーが残ってくれてたら、昨日みたいな事件、起きなかったと思うんですけど」

 

 少し嫌みの混じった声を漏らす葵の言葉に、元オーナーは謝罪の意を告げた。

 元オーナーがいた時代はトラブルにも的確に対応していたので、大きな騒ぎは起きていなかったのだ。話題は流れ、視点は再びタブレットに戻る。ただでさえ上がっているボルテージを更に上げていくアーシャを見て盛り上がりながら、元オーナーは言った。

 

「見てください葵さん。あなたがこの子のママになるんですよ」

「………いや、言い方っ! ………別に間違いでもないですけど、ちゃんとVtuberのって言葉付け加えてください。()()()()()()

 

 元オーナーは、アイリスとそう呼ばれた。

 そう呼ばれるには、元オーナーは美少女とはいえ日本人すぎる。

 これは、インターネット上でのハンドルネームだ。

 

 そう、彼女こそが人気漫画家てんどー先生その人であり、同時に今人気大絶頂のVtuber、アイリスプロジェクトの天堂アイリスその人なのだ。有名絵師である葵は、喫茶店の繋がりで秘密を打ち明けられており、同時にある依頼を受けていた。

 それは、喫茶店で勤めていたアーシャを魂とするVtuberのガワを用意することだった。

 

「白紅ハルさんも、この機にデビューしませんか? 歓迎しますよ?」

 

 白紅ハルというのは葵の絵師としての名前だ。

 かなりセンシティブな絵を描くこともあるので、可能な限り他の人には隠している。

 しかし、名前を呼ばれたことでも、Vtuberに誘われたことでもなく、別のことに対してため息をついた。

 

「………さんも、って、まだ何も決まってないですよね?」

「そうですね」

 

 あっさり肯定されて、葵はもう一度大きなため息をつく。

 事の始まりは昨日だ。

 昨日の事件が起きた後の夜、アイリスからアーシャをVtuberにしないかとのお誘いがあったのだ。

 なんと先にガワを作ってから誘うという、トンデモプランである。

 

 しかし1日でも早く、アーシャが魂となったVtuberを見たいというアイリスの意思は固かった。そして葵は提示されたいくつかの有利な条件、そして超有名漫画家との個人的つながりの確保などの複数の要素を考慮した結果、魂を勝手に決めてガワを作るという暴挙に出たのだ。

 このために昨日の夜からずっと徹夜し、昼までエナドリ5本を消費することでなんとか形になるところまでの作業を終えたのだ。

 そしてその後はこの打ち合わせまで爆睡していた。

 

 そのせいで、今の状況を知らなかったのだ。

 

 ――なんか勝手にデビューしてるんですけど。

 

 ぶっちゃけ、アーシャなら顔出しリアル路線でやった方が人気が出る。分母が違うからだ。

 というか見てる感じもう人気出てる。

 なんだよ登録者15,000て。

 アーカイブが残ることも考えれば、もっと人気が出そうだ。

 なんて余計なことをしてくれたんだこの姉は、と葵は思っていた。

 

「というか、葵さんは茜さんが実況者だって知ってたんですね」

「広告費で金稼いでるって言ってて、やってるゲームの話もしてて、顔出しもしてる。これで本気でバレてないと思うなら頭がどうかしてると思う」

 

 あまりに辛辣な葵の言葉だが、残念、頭がどうかしている茜は隠せていると思っていた。

 頭がどうかしている茜は葵の本業を知らないので、悲しい話である。

 しかし、頭がどうかしていない葵は、頭がどうかしている茜に気づいたことを黙っておいてやる配慮ぐらいはあった。

 

「はぁ………、これでVtuberのママになる夢が遠のいた」

「そうですか? 受けてくれる可能性はまだ十分あると思いますよ?」

 

 その無責任な言葉にイラっとする。

 こいつがさっさと電話を掛けてくれたらこんなことにはならなかったのだ。

 

「いや、だって……私のファンだって聞いてましたから………恥ずかしくて」

「…………」

 

 葵は思わずジト目になってしまう。

 まぁ確かにアーシャはアイリスの大ファンだが、そこは頑張ってほしかった。

 

 Vtuberのママになれなかったとしても、依頼料は貰える。

 しかし、やっぱり書いた作品はきっちり世に出したいと思うのは創作者の性だ。それに友達としても、1ファンとしてもアーシャが中に入ったVtuberは見てみたかった。

 そんなことを話していると、アイリスはニコっと笑った。

 

「……きっと受けてくれますよ。私にも考えがありますから」

「その考えとは……?」

「内緒です」

 

 内緒、と告げた元オーナーを見ながら葵は考えた。

 アイリスはお金持ちだ。

 それは元漫画家だからではない、元が名家のご令嬢であるアイリスは資産の扱い方が非常に上手いからだ。前にオーナーをやっていた喫茶店などを始め、様々な事業や不動産などがその手元にある。だったら、人の借金を肩代わりするぐらいの金は、あるだろう。

 

「賠償関係………お金の話ですか?」

「おっ、鋭いですね。半分正解です」

「半分…………?」

 

 かなり重要な話なのに、どこか冗談のように軽く扱っているようなアイリスに僅かな恐怖を覚える。『楽しいことしかやらない』そう言ってはばからない彼女は、時折、人とかなりズレたことを言うのだ。配信で見る分には面白いのだが、改めて目の前にすると恐怖を覚える。

 

「………彼女はなんだかんだ、とっても律儀な性格をしています。そんな彼女に、高すぎる評価は、きっと毒ですよ」

「…………?」

 

 いまいち要領を得ない回答に続きを促すが、曖昧な返事しか返さない。

 ここで会話は終わりということなのだろう。

 

「葵さん、茜さん、そしてミシロさん。合わせて3人ですか、できれば後もう一人ほど――」

「………ちょっと待ってください、なんで姉まで入ってるんですかっ?」

 

 自分は置いといて、姉だ。

 姉なんて登録者30万を目前にしているのだ。

 きっと今までもお誘いはあっただろうが、断っているはずなのだ。

 そう説明するが、アイリスの反応は変わらない。

 

「……今まではそうだったと思いますけど、きっとこれからは違いますよ? 今からがチャンスです」

「…………???」

 

 さっきより尚のことわけが分からなかった。

 しかし、彼女は事実として関わってきた事業の殆どを大成功させている。

 漫画にしろ、Vtuberにしろ、経営にしろだ。

 そんな彼女の言う言葉には、ある程度の確信が含まれていることは間違いない

 

 ――気に食わない。

 

 ムカムカする感情をそのままにして葵は吐き出した。

 

「………そういうなんでもお見通しなところ、嫌いです」

「私は好きですよ、葵さんのこと。私たちちょっと似ていると思いますし」

 

 楽し気なアイリスはさらに言葉を加えた。

 

「それに私も絶対予想が当たるなんてことは、思ってませんよ?」

「それなら………なんでですか?」

 

 なんで先にガワを作るなんて無茶苦茶なことをするのか。

 不安げな葵の問いに対して、アイリスは迷うことなく答えを返した。

 

「先がどうなるか分かっている人生ほど、つまらないものなんてないじゃないですか!」

 

 キラキラと目を輝かせるアイリスの回答は、要約すれば不安を楽しめということなのだろう。

 若くして隠居生活を送りたいと考えている葵にとっては真逆の回答もいいところだった。

 やっぱり全く似ていない。

 

 配信も終わりに近づき、私たちの打ち合わせも終わった。

 あとは楽しくお話しするだけの時間となったところで、元オーナーは手を挙げた。 

 

「すみません、カシオレお願いします!」

「……あの、申し訳ありません。小学生にお酒をお出しすることは………」

「小学生じゃないんですけど!!」

 

 元オーナーアイリスは、控えめにいって合法ロリだった。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「素晴らしい歌声じゃのぅ…!」

 

 アーシャの配信を目を閉じて聞きながら、一人呟く。

 摩天楼とも呼ばれるほどの、ある高級マンションの一室。

 全面ガラス張りの壁の一面からは、眠らない街東京の美しい夜景が見える。

 しかし、バスローブ1枚だけを纏った、生足の艶めかしい女は気にもしない。

 

 慣れているからだ。

 

「……んあっ、ううぅ、もぅ、もうぅ…………ああっ」

 

 苦し気に喘ぎ声を漏らすのは別の女。

 部屋の奥にあるホテルのようなベッドの上に、必死に枕にしがみついて快楽の余韻に翻弄されている全裸の女がいた。

 彼女はこの部屋の持ち主で、つい先日まで婚約者のいた敏腕経営者だ。

 もっともその婚約者はクズで、浮気男だったので最近別れたのだが。

 

 そして、何の因果か古めかしい喋り方をするおかしな女と知り合い、仲良くなった。

 それで何故か気が付けば体の関係を持ってしまっていた。

 

「(私……女同士なのに…………こんなに………きもちいい……)」

 

 倒れた女はつい先日まで異性愛者だった。

 なのに、この一週間でものの見事に攻略されてしまっていた。

 身じろぐ女は、その動きだけ勝手に感じて、また勝手に上り詰める。

 

「……もうぅ……、いけないぃぃぃ!……ああっ!」

 

 布団が擦れるだけで体に電流が走り、まるで自分の体が自分のものでなくなってしまったと感じるほどの快楽の渦。

 今日なんて、お風呂から上がった後、足音が聞こえるだけで濡れて感じてしまったぐらいだ。

 婚約者とは決して感じることのできなかった悦楽の海に、彼女は溺れてしまっていた。

 今も時折体を震わせて、彼女は気をやらないように必死に耐えている。

 

 しかし、バスローブの女は気にもしない。

 

 慣れているからだ。

 

 遠くからの配信なのに鮮明に映し出される映像と、美麗な音声。

 これらをもたらすタブレットに、バスローブの女は称賛の言葉を送った。

 そして呟く。

 

「久方ぶりの日の国は、素晴らしく発展しておるのぉ。人の子の成長にはいつも驚かされるわ」

 

 彼女は魔王。

 数か月前、聖女と剣聖と激闘を繰り広げ、()()()()日本に引きずり込んだ張本人だ。

 

 彼女の異名は数あるが、その最たるものを、日本語に訳すとこうなる。 

 

 ――絶対百合(レズビアン)にする魔王と。

 

 彼女は煙を自由自在に操る能力を持っており、姿形を好きに変えることが出来る。

 それ故にまともな手段で本人確認が出来ない。

 そして、気が付けば王城に入り込んでいるのだ。

 

 彼女が狙うのは、政略結婚の道具としてなんの権限も持たずに一生を終える不運な姫君。

 彼女らを特に勇気づけ、時に叱咤し、時に鍛え上げる。

 そして心と同時に体も攻略し、最後には必ず大輪の百合の花を咲かせてしまうのだ。

 

 気弱だった姫がある日突然『百合の花万歳!』と声をあげる。

 この不可思議な現象についてしばらく原因が分かっていなかったが、最近バレたらしい。

 

 ぶっちゃけギルド側には全く実害がないのでスルーしていたのだが、政略結婚の道具を潰された諸国の王は大激怒。何度も討伐隊が派遣されたが、姿を変える魔王を発見すらできず。そして最終的に重い腰を上げたギルドが、魂を見る力を持つエルフ族の聖女である秘蔵っ子(アナスタシア)に依頼して、やっとまともに捕捉できたという相手だ。

 それ故、性格は非常に穏健にも拘わらず、多数の王国から高い懸賞金が募られている。

 

 そんな魔王は、歌配信を見て、何かに気が付いた。

 

「………ん、待てよ、この声。どこか聞き覚えがあるような気がするのじゃが」

 

 当然聞き覚えはあるはずなのだが、魔王と聖女達が戦った時、聖女達は深いローブを纏って仮面をつけていた。取り逃がしてしまう可能性も考えていたからだ。

 

「尻尾のほうはおらんしの…………。耳長じゃがこれは最近流行りの整形かの?それとも自前か? いや、そもそもあのローブ女はエルフじゃったのか……?」

 

 いくつか思案するが、まぁどちらでもよいと結論付けた。

 もう一度来るならもう一度相手するまでだ。

 そして死ぬならそれもまた運命、生きるならそれもまた運命。

 永久の時を生きる長命種らしい考え方をしていた。

 

 ピロリンと、部下からのメールが来たのを確認する。

 

『結界の解除、恙なく完了致しました』

「………これなんて読むんじゃろ? バカのくせにかしこぶりおって…………全く」

 

 つつがなくが読めなかった魔王様は『バカめ』とだけ一言返事し、月を見上げる。

 

「……人の子には、しばしの時間が必要じゃ。じゃが……人は、人の手のみでこの試練を超えられるのじゃろうか………?」

 

 いずれ来るであろう試練に思いを馳せ、独り言ちる。

 どこか心許なげに語るその姿は、親離れした子を心配する母のようにも見えた。

 

「天理は諸行無常なれば……万事流るるがままに。願わくば人の世が続かんことを………」

 

 暗い部屋を照らす月に向かって、魔王は祈りを捧げた。

 神妙とした表情で、目を瞑り、数秒の間佇む。

 その姿は美しく、さながら女神であると例えられるほどの一場面だった。魔王なのに。

 そして祈りを切り上げ、今度はめいいっぱい明るい表情を作る。

 

「さて、では妾も、始めようかの。夢のはいしんらいふという奴を!」

 

 手に握るタブレットには『ハロスターズ4期生:一宮かぐや』の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 全ての演奏が終わった。

 数度のアンコールに答え、コメント越しではあるが、万雷の拍手の下で配信を終えた。

 

 今も心の中はざわついている。

 朱く紅潮して熱をもったこの頬が、さっきまでの熱狂っぷりを教えてくれる。

 

 ――楽しかった。

 

 どこかふわふわとした現実味のないような感覚の元、手を何度かにぎにぎしてみる。

 それでも落ち着かなかったから、両手を胸に当てて、ふにゃりとした胸の感触と共に心拍を聞く。

 

 そうこうしていると、部屋の片づけをしていた茜が声をかけて来た。

 

「最高っのライブやったで! ウチもうこのこと一生忘れへんわ!」

「いや、茜が色々設備貸してくれたおかげだよ。…………ありがと」

 

 褒められた後だからかちょっと気恥ずかしくて、ちょっと目を逸らしてしまう。

 配信を終えた今、自分は新たに一つの考えを持っていた。

 

 ――これからも、茜と配信したい。

 

 まず相性がいい。

 趣味も合うし、気性もあっていると思う。

 一緒にいても楽しいし、なにより沈黙の時間でさえ苦痛じゃない。

 

 そして、私には足りないものがいっぱいある。

 配信の知識に、機材の知識。

 数字を見て分析というのはきっと私には無理だ。

 企画だってきっと考え慣れている茜の方が上手く考えられるだろう。

 

 だから茜に手伝ってほしい。

 そう伝えようと思ったが、ちょっと偉そうかなって思う。

 

 そもそも今日の初めは雑談配信のゲストだったのだ。

 元々高い実力を持って、登録者を積み上げてきた茜におんぶにだっこで配信を始めておいて、さらにこれからも頼ろうとしているなんて、ちょっと傲慢かもしれない。

 でも、茜にもきっと得がある話だ。

 だから、言いたいのだが、うまく言い出せない。

 

 結局、どこか浮ついたような雰囲気のまま、片付けが終わってしまった。

 玄関を通り抜け、外に出てしまう。

 送ってもらう必要なんてないのだけれど、外まではついてきてくれるらしい。

 その言葉に甘えて、適当な話ばかりを続けてしまった。

 

 もうこれ以上は、お見送りじゃなくなってしまう位置に来ても、まだ話せない。

 茜も、きっと私が何か言いたいことがあるのは分かっているのだろう。

 それを感じ取っているにもかかわらず、言葉が口から出てこない。

 

 外に立って話し込むこと20分ほど。

 話は尽きないけれど、時間は無為に過ぎていく。

 

 瞬間、爽やかな夜風が会話を断ち切って吹き抜けていった。

 ふと夜空を見上げると、満月は私たちを照らしている。

 風にたなびく私の銀の髪は、茜の眼にはどう映っているのだろうか。

 茜に、必要とされる、そんな子に見えているのだろうか。

 

「……それじゃ、えっとここまでで」

「せ、せやね………」

 

 このままだと、言えずに終わってしまう。

 明日でも、いいのかもしれない。

 でも、さっきの感動を味わった今日がベストのはず。

 だから、勇気をかき集めて、無理にでも声を絞り出した。

 

「……えっと、あの茜?」

「……あ、あのな、ミシロ?」

 

 言葉は同時で、ぴったり重なっていた。

 

「…………」

「…………」

 

 思わず硬直し、しばらくの間見つめあう。

 すると、何故か心の中が伝わってくるような気がした。

 もしかしたら、思わず魔法を使っていたのかもしれない。

 

『これから、二人で駆け上がろうな! 行けるとこまで!』 

 そんな声がしたような気がした。

 だから、私は頷いた。

 同時に、茜も頷いた。

 

 思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「…………えへ」

「…………あはは」 

 

 漏れてしまった笑い声をきっかけに、二人でしばらくの間笑っていた。 

 そして笑いが収まるころ、改めて声を掛ける。

 

「なんだよもうー、お見通しってことー?」

「いや、初めてやわー。これが以心伝心ってやつなんかなー」

 

 口に当てていた手を払って、右手を差し出す。

 もう言葉はいらないだろう。

 言葉に出して、どっちが先かなんて決めるほど無粋なことなんてない。

 だから、正直な気持ちだけを伝えた。

 

「………これから、改めてよろしく!」

「こっちこそ、金の盾、二人で絶対取ろうな!」

 

 

 

 この日、私たちは金の盾を誓いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】金の盾:ZowTubeにてチャンネル登録者100万人を超えた、トップクラスの配信者のみに与えられる栄光の証。上を目指す者たちの一つの到達点であり、憧れの象徴でもある。

 

 

 

 




【第一章】配信者開始編完結です!
ご愛読ありがとうございました。


腕の無い初心者ですが、今見てくれている人のために精一杯書こうと思います。
第二章は細かなプロットが完成し次第書き始める予定です。







ーー以下、旧後書き跡地です(消すと感想欄が意味不明になるので残します)ーー

極上の題材を真似させていただいたのに、料理人がクソでごめんなさい。
似たネタを使いたい人の邪魔にしかなってない気がします。

プロットは最後まであるのですが、初めての作者にちょっと長編は重かったのかもしれません。別の短編作品を書いて鍛え直すか、1話から大幅改稿するか、それともこのまま投稿を続けるかは少し考えたいと思います。



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日常からのVtuber開始編
【日常編1】変わった日々と変わらない日々


このまま続けることにしました!

しおりを差し込んでくれた方、評価をくれた方、感想をくれた方、ありがとうございました。
第一章の改稿は、ちょっと今の技術じゃ難しそうなので、また頃合いを見計らってやっていきます。

それでは第二章です。
お楽しみください。



 うんと伸びをして、肩の凝りをほぐす。

 そして少し蒸れてしまった、耳の穴から細身のヘッドセットを抜いて、一息つく。

 

「んーー、んっ、あっ…………」

 

 いつもの日常であるぼろっちいアパートの一室。

 けれどさっきまでの時間はちょっとだけ非日常。

 

「……はぁ、配信は楽しいけど疲れるねぇ」

 

 そう、私はさっきまで配信をしていた。金の盾を茜と誓い合って数日が立つが、あれから特別なことは何もやっていない。日々バズってる様々な切り抜きと初日配信アーカイブから流れてくる人の流れに翻弄されながらも、初日に築いた私たちのスタンスは崩さなかった。

 というか、編集スキルが無い自分はまだ、ただの垂れ流し配信しかできないのだ。茜に余りの機材を借りているだけいくらかマシといえるだろう。流石にガビガビ音声じゃ人が離れる。

 

 ある程度慣れてきて気が付いたことなのだが、配信は結構気疲れする。

 コメントを追うのもそうだし、喋ることと、ゲームを上手くやることを考えているとなかなか疲れる。普通に遊ぶ時の3倍ぐらいだろうか。

 

「mikanmochiさん、強かったなー」

 

 そして今日の配信は、例の配信における元プレデター1位の大戦犯mikanmochiさんと、同じく大戦犯の私、そして大正義の茜による、EPEX配信だった。配信するのは茜と私。もっとも茜は企画に必要なければ顔出ししない人なので、顔出しは私だけだったが。mikanmochiさんは言うまでもなく顔出ししてない。

 私の部屋が殺風景と煽られたり、mikanmochiさんがハーレムと煽られたりでちょっと笑ったが、中々盛り上がった企画だった。

 だって、3連続チャンピオンだもの。

 

 ただ、会話の流れには上手くついていけなかった。

 そもそも、EPEXの他の配信者がどうとか興味がなかったので、名前を出されてもよく分からなかったからだ。

 余りにも知らなかったので、どうやって上手くなったのと疑問視された程だ。

 そして配信内で懇切丁寧に説明を受け、他の配信者にもちょっと興味がわいてきたのが今だ 

 

 ぼろっちい畳床の上にごろんと寝転がる。

 ずりずりと体を這って枕をつかみ、肌触りの良い布団でくるむ。

 そして胸と床の間に挟み込み、少し体を浮かせた。

 

 これがスマホ視聴モードだ!!

 

 椅子に座ってみればいいじゃんと思うかもしれないが、寝っ転がることにはまた違った良さがある。

 人は横向きで生きるべきなのかもしれない。

 重力の向きと床との圧力がなんとやらである。

 そんなアホなことを考えながら、掲示板アプリを起動した。

 

 えっ、そこはZowTubeじゃないのかって?

 それじゃあ忌憚のない意見が聞けないじゃないですかー。

 ここはインターネット老人会らしく、掲示板を活用してみよう。

 

 

 

【ZowTube】Epex Legend総合スレ part201

 

221:名無しさん:2021/11/12(金)ID:eruhusan

割と最近始めたんだが、おススメの実況者教えてくれ

 

228:名無しさん:2021/11/12(金)ID:3RoFHqQH6

>>221 一生ROMってろ

 

228:名無しさん:2021/11/12(金)ID:Cgvpp+B1d

>>221 ggrks(ググレカス)

 

 

「やべぇなコイツら、話が通じねぇ」

 

 余りの傍若無人っぷりに思わず笑ってしまう。ふと黎明期のニマ生を思い出す。何を言っても『働け』『うるさい』『キモ』で返される恐怖の海賊船(ニマナマクルーズ)と似たような雰囲気に、どこか懐かしさを感じていた。そんな無慈悲な言葉を投げかけられていた一部が、今は大成して世に羽ばたいているというのだから、人生何があるか分からない。

 特に気にせずしばらく待っていると、コメントが帰ってくる。

 

 

236:名無しさん:2021/11/12(金)ID:

>>221 マジレスするならRage、世界最強の覇王様やぞ

 

238:名無しさん:2021/11/12(金)ID:3RoFHqQH6

>>221 ある程度上手くて面白いなら、Vだけど暁月グレンもおススメ

 

239:名無しさん:2021/11/12(金)ID:Cgvpp+B1d

>>221 初心者にはイースポートの子たちがおすすめアフィ

解説上手くて当サイトでは大麻を〇売していますで面白いぞ

 

 

「このバグ挿入みたいな文章は何なんだよ」

 

 変わっていないと思っていた掲示板も、どうやら変わっていたらしい。

 知らないスラングが増えているようだ。

 ちょっと寂しい。

 

 

244:名無しさん:2021/11/12(金)ID:eruhusan

>>236 >>238 >>239 ありがと

暁月グレン以外は知らなかったから見てみる

 

245:名無しさん:2021/11/12(金)ID:QVWZlxFTh

今ならアーシャちゃんもおススメやぞ

新進気鋭の怪物や

 

248:名無しさん:2021/11/12(金)ID:eruhusan

そいつはどうでもいいわ

 

249:名無しさん:2021/11/12(金)ID:b9zJEfcrg

>>248 は?

 

250:名無しさん:2021/11/12(金)ID:bwlZdFO7n

>>248 氏ねじゃなくて死ね

 

251:名無しさん:2021/11/12(金)ID:aK/exUC6W

>>248 満場一致の女神さまやぞ

 

252:名無しさん:2021/11/12(金)ID:nqZaUzp1f

>>248 Rage並に対面強いのに、立ち回りゴリラなんやぞ

あれほどロマンと可能性感じる存在はおらんわ

 

253:名無しさん:2021/11/12(金)ID:hpweX85og

>>248 一回見てみろって、飛ぶぞ?

 

254:名無しさん:2021/11/12(金)ID:RMW++sFRr

>>248 さっきまで実況スレしてたからな

 

255:名無しさん:2021/11/12(金)ID:45DlYHd6P

レス番速すぎて見えんかったよな

とりあえず>>248 は死刑な

 

 

 死ぬんだぁ………。

 スレ番が真っ赤に燃え上がった私は満場一致で死刑になるらしい。自分だから興味ないって言っただけなのにひどい話である。とりあえず最後に一言『草』とだけ残して去っていった。チラシの裏側なんてこれぐらいでいいと思っている。

 

 掲示板で非常に有意義な時間を過ごした後、ZowTubeでいくつか適当な動画を漁っていると、そろそろ夜も深くなってきた。

 このぐらいの時間になると、いつもふと思う。

 

 ――風呂に入りたいな。

 

 あっちにいた頃は毎日風呂に入っていたわけではない。

 けれどお風呂は大好きだ。

 これは単純な理由で、風呂に入るのが気持ちがいいからだ。

 あの風呂に入った瞬間の、ふわぁっとなる感覚が好きなのだ。

 

 まぁ、このボロアパートの風呂はめちゃくちゃ狭いし、元からあんまり綺麗じゃないのだが。

 うつ伏せの状態から起き上がった後、布団で作ったお手製抱き枕を抱えたまま、小さな部屋を更に小さく仕切るパーテーションの向こうに行く。

 

 すると、マシロがノートパソコンに向かってカチカチと何か作業をしていた。

 耳をピンと張っているマシロは、尻尾の先に軽く触っても気が付かない。

 相当集中しているのか、それとも無視しているのか。

 画面をちゃぶ台と胸の間に抱き枕を挟み込み、その余った布団を机の上に垂らし顎の下に敷く。

 

 今度はゆるゆるノーパソ視聴スタイルだ。

 きっと机の向こうから見ると、生首がやっはろーしているだろう。

 

 さすがに気が付いたのか、マシロは作業の手を止めて私の方を見る。

 

「あっ、お姉さま!! 配信が終わったのですね」

「ちょっと前に終わってたけどね………。それより集中してたけど、なにしてんの?」

 

 そう問いかけると、マシロはイヤホンを引き抜いてスピーカーに音声を切り替えた。

 そしてカチカチとパソコンを操作し、こういうものを作っていましたと説明する。 

 

『ここでは王者の剣を一定のタイミングで売り払うことにより、金を無限増殖できるという小技があります。王家の品を闇市で売り払う勇者の鑑ですね』

 

 映し出された画面にはRPGゲームの画面と、タイマー、そしていくつかの解説が記載されていた。左下には、愛嬌のある可愛らしい手書きの絵が張り付けられている。

 多分マシロの手作りだろう。

 所々表情が変わっていることからも分かるが、かなり手が凝っている作りだ。

 

「……もしかしてRTA動画?」

「あっそうですそれですそれです!!」

 

 目尻を下げて笑みを浮かべ、ご機嫌に狐耳をピクピクさせる。

 何を思ったのか、マシロはゆったり実況動画という機械音声による動画を作り始めたらしい。まぁずっと家にいるのも暇だろうし、修行するには場所がないので、何かしらの趣味を持つのはいいことだ。

 

「セリフ作りは初めてやってみたのですが……これが中々難しく。けれど同時に楽しくもあるのです」

 

 ゆったりの解説動画は凝っていて面白いものが多いのでいくつか見たことがあったのだが、実際に作っているところはあまり見たことがない。なので正直いってかなり興味がある。だから見せてもらうことにした。既にソフトの中には動画データが入っているらしく、あとはセリフと解説を打ちこむだけなのだとか。

 

「えっと、まず下にセリフを打ちこみます。それで、あとはエンターキーを押せば……」

 

 かなりタイピングが早くなってきたマシロは、素早くセリフを打ちこむ。

 すると、ニョキっと動画上に字幕が追加された。

 こう見ていると案外楽そうに見える。

 そしてシークバーを戻すと、ちょっと変な機械音声が再生された。

 

『このムービーを見ている時間は暇なので、寝ていても大丈夫です(ホジホジ)』

「ホジホジの発音おかしくない?」

「おかしいですね」

 

 間髪入れずに答えたマシロはちょっと疲れている様子だった。

 すかさずセリフをクリックして、何かしらの作業をする。

 すると、音声は正常になった。

 しかしたった5秒もないセリフに1分近くの時間を要していた。

 

「いやめちゃくちゃメンドくさいなコレ!!」

「そうですよ!!」

 

 単純計算で、1時間かけても5分しか作業が進まない。

 しかもこれカット編集とか、周りの解説とか全部抜きでである。

 さらにそれは最低限で、その上で効果音やネタを過不足無く盛り込まなければならない。

 

 ……茜からも動画編集はめんどくさいと聞いていたが、改めて確信した。

 しかも労力が報われると限らないのがえげつない。

 

「………それでも、もうpart2までは完成しているので頑張ってみます」

「あっもう完成してるんだ」

 

 どうやら茜の所に行っている間に、RTAを既に走ってしまったらしく、その上既に二つの動画を完成させているのだとか。

 そう聞いて見せて欲しいと頼んでみたが、ふるふると首をふって断られてしまった。

 

「ま、まだ待ってください………。 最終パートまでちゃんと完成してから投稿したいのです」

 

 完成してすぐサイトに投げるのが普通だと考えていたので、その意図を聞いてみた。すると、マシロらしい答えが帰ってきた。なんでも最近とても面白いRTA動画を見つけたのだとか。しかしそれはpart4で投稿が止まっておりとても悲しい思いをしたらしい。なので、全ての動画が完成してからまとめて投げるつもりなのだとか。

 正直自分には絶対無理だ。

 頑張って作ったのなら、その瞬間人に見て欲しいと思ってしまうだろう。

 

『この先には難所があります。具体的には12回ほどのリセを挟んだ場所です――』

 

 健気に頑張るマシロを応援しつつ、考える。

 これはきっといい兆候なのではないだろうか。

 もちろんゆったり動画を編集できるようになったからって、コミュ障が治るわけではない。

 でもきっと交流のきっかけぐらいにはなるだろう。

 

『ん、今なんでもするって言ったよね』

 

 ………純白だったマシロが汚れていってしまっているような気がするのは気のせいだと思う。

 なんとなく、何故かは分からない、分からないのだが現実逃避したくなったので、お風呂に入ることにした。何の関係もないが若い芽を摘むのは良くないと思う。

 

 抱き枕を投げ捨てて、服をはらりと脱ぎ捨てる。

 慣れ親しんだ自分の裸なので、元男だったと言っても何も思わない。

 少しばかり胸があるので、脱いでみるとあらためて女の子だなって思うぐらいか。

 

 ウチの風呂は狭い。

 そしてお湯のスイッチなんて高等なものはないので、熱湯の蛇口と冷水の蛇口をいい感じで捻るしかお湯を出す方法はないのだ。

 お湯を3捻り、水を1捻りがこの頃の黄金比である。

 

 しばしの間クッソせまい浴槽に水を垂れ流し、湯気が上がってくるのを待つ。

 最近寒いので、この時間が一番辛い。

 魔力節約モードでなければこの程度の寒さなんともないのだけれども。

 

「………うぅ」

 

 そうして数分ほどたった。

 寒さでさぶいぼが立ち、体が縮こまってくる。

 しかし、一向にお湯は出てきていなかった。

 

 ここでやっと気が付いた。

 ついに給湯器が壊れたらしい。

 クソボロアパートめ。

 

 

 

 

 

 

 

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「ただいまー」

「おかえりー……ってちゃうやろ!! ここはあんたの家やないで!!」

 

 小気味いいノリツッコミに軽く笑いながら改めて挨拶する。

 水にぬれた銀髪を軽く乾かして、厚着を着込んで来たのは茜の家。

 私の背中に隠れて、同じく着込んだ人間形態のマシロも付いて来ている。

 

「………ほら、マシロも挨拶」

「…………っ、っぁ………!」

 

 服を握ってしがみついたままマシロは動かない。

 戦闘ではあれだけキリっとしているのに、こういう時はダメだ。

 

「………まぁ、無理せんでええよ」

 

 優しげな声で部屋着の茜は家の中に招き入れてくれた。

 靴を脱いで、靴下のまま玄関を上がる。

 そして今日泊まる予定の部屋に、大きめのリュックサックを置いた。

 

「いや、給湯器壊れたんやってね」

「そうなんだよー、水しか出なかった。風邪ひくわ!!」

 

 実のところお湯ぐらいなら魔法で沸かせたりもする。

 しかし、風呂を作るとなると、ちょっと難しい。

 綺麗で大きなお風呂に入りたい私にとって、それはちょっとだけ悲しい。

 

 魔法で給湯器を直すこともできる。

 しかし故障の原因はどうせ経年劣化だ。

 時間を巻き戻してもどうせすぐ壊れるので、面倒なことこの上ない。

 

 ところで茜の家の風呂は、私と家精霊が掃除したのでピカピカである。

 だったら私にもたまに泊まる権利があるはずじゃあないだろうか!

 

 そんなこんなで給湯器の話をした後、二つ返事でOKを貰ってお風呂兼お泊りに来たのだ。

 幸い部屋は空いているし、客用の布団ぐらいはあるのも確認している。

 お泊り会、いい響きである。

 前世じゃやったことないしね。

 修学旅行も1度も行けなかったので、ちょっと憧れだ。

 

 少し心をウキウキさせながら、茜に動画制作の相談に乗ってもらう。すると意外なことにマシロが自分から寄ってきて、椅子に座った。

 そして、何故かおもむろにノートパソコンを開く。

 意図が分からないので、茜と二人で顔を見合わせた後、改めてマシロを見るが、当の本人はノートパソコンをじっと見つめたまま動かない。

 

「…………」

 

 作業の続きがしたいのなら、部屋に戻ってすればいい。

 そして、用もないのに邪魔しに来るほど遠慮無しな子ではない。

 つまり、会話を試みようとしている、これは間違いない。

 

 と、ここで画面をのぞき込んで気が付いた。

 

「………マシロ、自己紹介できる?」

「…………!」

 

 カタカタっとキーボードを数秒ほど打ちこみ、そして答えた。

 

『私は雪村真白です。趣味は様々な動画を見ること、あと最近ゆったり実況動画を作ってます』

「おっ、おおおっ」

「マ、マシロぉ…………!!」

 

 その壊滅的コミュ障っぷりを聴いていた茜はあんぐりと口を開けて驚き、私は初めて明確に前進した瞬間に感涙する。なんと、私以外の人間と初めてまともなコミュニケーションが取れたのだ。

 もちろん機械音声を通してだが、ネットでのチャットとは違って対面だ。

 

 どうやら、ゆったりのセリフを通して喋る分には問題ないらしく、少しのラグはあるけれど、楽しく話すことが出来た。少し驚いたのは、茜からチマチマ解説を受けていた私よりも、既にマシロの方が動画関連の知識が多かったことだろうか。

 突然RTAをやりだして、突然ゆったり実況を始めたマシロ。

 そんな前触れまったくなかったのに、一体何があったのだろうか。

 

 一度話してしまえば、話題は尽きない。

 だって元々一緒にEPEXで遊んでいた仲だったのだから。

 そして、しばらく話していると、お風呂の方から扉が開く音がした。

 

 どうやら、先にお風呂に入っていた葵が風呂から上がったらしい。

 少し待っていると、豊満な胸をバスタオルで隠して、艶やかな黒髪を垂らした眠れる森の美女がやってきた。

 

「………きてたんだ、やっほー」

 

 どこか気だるげな葵は、ろくに体も乾かしてないのでぽたぽたとお湯をまき散らしシルクロードを作っていく。

 葵のそんな姿を茜は軽く叱り飛ばす。

 

「おい葵っ!! ちゃんと髪は拭いてから出ろって言ったやろっ!!」

「どうせ乾くのに?」

「今はお客さんもおるんやで!!」

 

 葵は茜の注意なんてなんのその、そのまま自分の部屋に入ってしまった。

 と、思いきや、寝巻に着替えてすぐに戻ってきた。

 今度はスマホを持って。

 

「………マシロちゃん、だっけ? 写真は見たことあったけど。……これは凄い」

 

 葵は遠慮なしにジロジロとマシロを見る。

 ここに来るまでは人の姿に変身していたのだが、こっちの部屋に入ってからはすぐに変身を解除して九尾の獣人の姿になっていた。茜も驚かなかったわけではないだろうが、余り興味深々だと嫌がられると思って特に触れなかったのだ。

 しかしその辺、葵は遠慮しない。

 思わぬ勢いに身じろいだマシロは、またキーを打ちこむ。

 

『あまりジロジロ見られると恥ずかしいです』

「ん……、そうだね。ごめん」

 

 はっきりと指摘された葵はすんなりと謝った。

 いつも興味なさげでそっけない態度のくせに、自分の興味があることには遠慮のない葵だが、本人には決して悪気はないのだ。

 

「じゃあ、二人のツーショット、撮らせて。作画の練習に使いたい」

「私は別にいいけど………マシロもいい?」

『私も構いませんよ』

 

 特に反対する理由もないので、二人で適当なポーズを取り、写真を撮ってもらう。

 さっきまで奥に隠していた興味を表に出した茜と、ほんのりと、しかし普段と比べるとかなり興奮した様子の葵。そんな二人を背に、いくらかのフラッシュを浴びた。

 

 ………何故かマシロの尻尾の付け根と耳、私の髪と耳ばかりを念入りに撮られた気がする。

 

「……ありがと、今度お礼はするね」

「和田銀のすき焼き楽しみにしてる」

「それは無理」

 

 謝意を伝えてくる葵に冗談を返し、そろそろお風呂に入ることにした。

 流石にまだ温くはなっていないだろうが、やっぱり早いうちに入りたい。

 どっちが先に入るかでマシロと目線を合わせる。

 

 今度のマシロは、キーを打たなかった。

 真っ赤で美しいルビーの瞳を少し煌めかせ、しばしの間、私を見つめてくる。

 そして、今度は椅子を降りてトタトタと私の横にやってきた。

 どうやら、なにか内緒話がしたいらしい。

 

 今度は私から、耳をぷるんとした唇に近づけ、続きを催促する。

 すると、コソコソ声で、少し恥ずかし気にマシロは言った。

 

 

「お姉さま、……久しぶりに、一緒にお風呂、入りませんか?」

 

 

 

 それは数か月ぶりの、癒しのお誘いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】ゆったり実況:音声合成ソフトを使用したゲーム実況等の動画。歴史は比較的浅く、2008年頃が初出。現在は数多のツールにより作業が比較的楽になっているが、旧来は出力した音声を一つずつタイムラインに張り付けるという地獄の作業を要求されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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【日常編2】モフモフバスタイムと個人勢の頂点

 

 大理石のような色をした浴室はとても広い。

 大きな鏡が一面に貼られており、浴槽もゆったりと足をのばせる広さだった。

 体操座りで無ければ座れないウチのお風呂とはなんだったのか。

 私とマシロは、浴室を見ながら服を全て脱ぎ捨てて、一糸まとわぬ姿になった。

 

「このような広いお風呂は久しぶりですねお姉さま!!」

「………そうだね、はぁ……」

 

 私とマシロの反応は少し違う。

 マシロは久しぶりの大きなお風呂を純粋に喜んでいるのに対して、自分はあの小さな風呂に慣れ切っていたという悲しさをひしひしと感じていた。というのも、向こうにいた時は結構な高所得者だったので、いつも大きなお風呂に入っていたのだ。

 

 例えば私の本拠地の教会にある低級聖神官とその従者用の大浴場だろうか。

 ジャグジーもどきや、波のある風呂など無駄に多種多様な機能がそろった大浴場は室内プール並みに広かった。活気があって一番好きな風呂だったのだが、お忍びでなければちょっと入りずらかった。

 そこでマシロと一緒に従者枠で入浴していたのを思い出す。

 

 キャッキャとはしゃぐマシロに、先にシャワーするように言う。

 ただでさえ長髪なのに、ふさふさの尻尾まであるのでちゃんと洗い流すのには時間がかかるからだ。すると、マシロは少し頬を赤らめ照れくさそうに言った。

 

「………昔のように洗っては、くれないのですか?」

 

 上目遣いでコテンと首を傾けておねだりするマシロは、やっぱりかわいい。

 今だ小柄なマシロではあるが、出会った時と比べると肉付きも身長も胸もずいぶん大きくなった。

 

 いつ頃だろうか?

 私に洗って欲しいと言わなくなったのは。

 なんだか昔に戻ったような気がして懐かしい。

 随分と成長したが、まだまだ子供だなぁと思う。

 けど、そんなマシロが好きな自分も、妹離れが出来ていないのかもしれない。

 

「……しょうがないなぁ、いいよ。……それじゃ座って」

 

 一応言っておくが、ここに性的な感情は一切ない。

 たった5年の付き合いだが、逆に言えば5年も寝食と戦場を共にしてきたのだ。もう正直なところ完全に妹だと思っている。

 

「洗うね」

 

 お湯の方を捻ればお湯が出てくることの有難さを感じながら、シャワーを浴びせていく。

 

「………♪」

 

 腰まで掛かる美しい白髪を手で透かしながら、ふわふわとした髪に水ををぺたりと寝かしつけていく。ついでに頭を撫でた後、目にかかった髪を払う。そして今度は耳を親指と手の平でで挟み込み、もみもみする。

 

「あぁ…………、ふわぁ…………♪」

 

 マシロはとろんとした声を漏した。

 そのまま根本からすぅーっと端まで撫でつけていく。

 撫でる指につられて、気持ちよさそうに体を揺らした。

 

「気持ちいい?」

「ん………♪ 気持ちいい、です………♪」

 

 ちゃんと耳の内側までぐっしょりとなったのを確認したら、次は尻尾だ。

 まぁなんたって九本あるので、洗うのは結構大変だ。

 

 お湯の勢いをさらに強くして、尻尾の根元から一本一本少しずつお湯を含ませていく。ふさふさの毛がへにゃりと引っ付き重くなっていく。

 気が付けばマシロは心地よさげに尻尾をタイルに垂らしていた。

 

「ふぅ…………」

「シャンプーもするよ」

 

 そう言って、お風呂セットから故郷の村謹製のシャンプーと石鹸を取り出した。

 シャンプーと石鹸は、世界樹の樹液やいくつかの果樹から油分を抽出して錬金術で仕上げた特別品である。毎日使うには勿体ないが、たまに使うと毛ツヤがよくなるのだ。

 

「……いい香りですね」

「これ使うの久しぶりだからなー」

 

 作るのはちょっと面倒だがたまの贅沢ぐらいならいいだろう。

 直接ドロリとした液体を手ですくって、濡れたマシロの髪や耳、尻尾全体にたっぷりと塗り込む。そして、わしゃわしゃと泡を立てて全身を泡だらけにしていった。そして森林の中のような清涼な空気が、風呂の熱気とまじりあい不思議な気持ちよさをもたらす。

 

「ん………」

 

 完全に蕩けてしまったマシロは、癒しの湖の中で船をこぐ。

 うつらうつらと体を揺らすマシロをの髪を手で弄びつつ、今度は全身を流していく。

 

「…………♪」

 

 数分かけて、きっちりと泡を落としていった。

 マシロは私に寄りかかって、くぐもった声を漏らしている。

 

「終わったよ」

「…………」

 

 しかし、まどろみの中にいるのか反応が無い。

 反応が無いとなると、悪戯がしたくなる。

 

「…………失礼しまーす」

 

 脇腹に手を伸ばして。肋骨の下あたりをこちょこちょした。

 すると、ビクッと体が跳ねる。

 

「……っあっ!! 、ちょちょちょっとお姉さま!?」

「お風呂場で寝ちゃだめだよー?」

 

 唇をきゅっと結びながらも、さっきの余韻で少し蕩けたマシロの可愛らしい抗議を適当に受け流しつつ、今度はマシロに体を洗ってもらった。耳が長い系の種族の特徴だが、耳の中まで清潔にしておくというのが、身だしなみでは結構重要ポイントだったりする。

 これはエルフになってから知ったことだが、耳が大きいとなにかと汚れやすい。こまめに掃除しないとすぐ汚れる。なので、耳を見るだけで清潔好きかが分かったりするのだ。

 

「…………んはぁ~~」

 

 マシロよりはずっと洗うところが少ない私だが、長耳の扱い方を分かっているマシロは、念入りに揉み洗いをしてくれて、少し頭の中が蕩けてしまった。

 やっぱり洗いっこは最高なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】聖神官用大浴場:聖神官達やそのお付が入浴するための浴場。聖神官は戒律で男との交わりが禁じられているが故に、どこか微笑ましい百合の花園となっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふあぁぁぁぁーーー」

「あぁ…………」

 

 熱めに調整したお湯が、じんわりと肌を温めていく。

 人は母親の胎内にいるとき、温い羊水の中につかっていると聞く。

 だからこそお風呂に入ると、まるで細胞が蘇るような安心感を感じるのかもしれない。

 

 しばらくの間、向かい合わせでゆったりとした時間を過ごした。

 その後、今度はお風呂の外に手だけを出して、横向きになる。

 

「スマホスマホスマホーっと、あった」

「防水なんでしたっけ」

「防水だねー。まぁ袋に入れてるから大丈夫だよ」

 

 適当な高さの台を作って、そこにスマホを立てかける。

 これぞ至高の贅沢、お風呂スマホである。

 奸計を思いついたマシロに、称賛の言葉を贈る。 

 

「……お主もワルよのぉ」

「……いえいえ、悪代官様ほどでは御座いません」

「お代官ね?」

 

 軽くツッコミを入れると、あ、そうでしたとマシロは軽く笑う。

 日本のステレオタイプな表現を即座に理解して冗談を言えるマシロは、やっぱり賢いと思う。

 多分、来歴が悪すぎるだけで、本来のコミュ力は決して低くないのだ。

 むしろ一度慣れれば人懐っこい性格をしているので、愛される子ではあると思う。

 

 ………でも、どこかにお嫁に行くのはなんだか嫌だ。

 

「マシロ。………好きな人が出来たら言ってね。見極めてやるから」

「私が好きなのはお姉さまですよ?」

 

 即座に帰ってくる言葉に、少し安心する。

 どうやらまだ恋愛に対する憧れとかはないらしい。

 

「そういう好きじゃないんだけど………まぁいっか」

「………」

 

 呟くような私の言葉に、マシロは何故かちょっとムッとしたご様子。

 体をグイグイと寄せて、コテンと肩に頭をのせて来た。

 なんだか今日は随分甘えん坊だなと思う。

 まぁ可愛いから良いんだけども。

 

「…………」

「あったあった」

 

 肩にのったプチオコ白饅頭を揺らさないように、左手でスマホを操作し、配信を流す。

 ちょうど推しの天堂アイリスが配信をしていた。

 自分は正直アーカイブでも良い派なので、ライブ中に見るのは久しぶりだ。

 しかもこの企画は、最近見て一番面白かったやつの続きなので嬉しい。

 

 

 

 

12時

ブラッドムーンの照らす頃

ひぐらしのなく頃に

 

 

百鬼夜行が始まるころ

夜更けの12時

 

バイクで走り回る15の夜

▶ ▶❘ ♪
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

『コメント安価で最強の漫画作ろうぜ:part8』

 193,315 人が視聴中・1分前にライブ配信開始 
 
 ⤴45,251 ⤵501 ➦共有 ≡₊保存 … 

 
 天堂アイリス / Iris Tendo 
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 1,385,621人 

 

『ねぇ、『いつ』の指定で『黄昏時の真昼』って何時ですか!?

 私にどうしろって言うんですかキミたちは!!』

 

 草

 何時だよwww

 夕方の昼やぞ

 おわりだぁ………

 

 

「まーた、凄いことになってるね………」

「毎回これで良く纏まりますよね」

 

 画面の向こうではアイリス姫が、余りのコメントの暴れっぷりに困惑していた。

 ただこれ、この企画の場合はぶっちゃけいつものことだ。

 

『コメント安価で最強の漫画作ろうぜ』はアイリス姫の中でも特に人気が高い企画である。

 なんてったって、最強の漫画家が自分たちの悪ノリに全力で付き合ってくれるのだから。

 

 企画内容は単純明快。

 今、アイリスプロジェクトの公式ウェブサイトで刊行している『天才暗殺者さんと賢者の声』のストーリーやキャラデザをみんなで決めるという企画だ。

 

『……まぁ、マシな方かぁ………。次は頼みますよキミたち!! ハジメちゃんの運命はキミたちにかかってるんですからね!!』

 

 まかせとけ

 我等賢者ぞ?

 ハジメじゃなくてイッチな?

 ハジメちゃんいじめないで先生

 

 

『イジメてるのはキミたちなんですよ!!』

 

 視聴者に擦り付けられた責任を、姫は素早く撃ち返す。

 そもそも安価こと賢者の声のせいで、この主人公は毎回ひどい目に合わされているのだ。

 バケツ被ったままドラゴンと戦わされたり、意味もなく城の頂点の旗の上で逆立ちして衛兵に追い回されたりするのを見ていると中々悲しい。

 

 物語の設定としてはこうだ。

 まず、密かに恐れられる伝説の暗殺者がいた。

 数々の人間を闇に葬ってきた彼は、最後の命令を受け王女の暗殺に向かう。

 しかし王女と護衛は強く、暗殺者を返り討ちにしてしまう。

 仕事に失敗したその男の人生はここで終わるはずだった。

 

「あなたの身はこの私が保証します。そして、あなたは贖罪の旅に出るのです」

 

 生まれて初めて人に優しくされた男は王女に深く感謝し、新たな主である王女から『ハジメ』の名を授かり諸国を巡る旅に出る。異界の叡智を齎すという賢者の石と共に………。

 

 というストーリーだ。

 暗殺者は人の命令のみで生きてきたため、自分で何をすればよいかや善悪の判断が付かない。

 それを賢者の石という名の視聴者が成長させていく参加型企画だ。

 ………そういう予定だったらしい。

 

「まぁ、安価企画にした時点でこうなるのは分かってたけどなぁ」

「でもこのハチャメチャな感じ、見てて楽しいです」

「それはそうなんだけどね」

 

 企画の後、数週間後に漫画がサイト上に無料公開され始める。そして、こんな製作手順だからめちゃくちゃな話になるのかと思いきや、何だかんだ毎回笑いあり涙ありの少年漫画風ストーリーになるのだ。無料公開なのに有料版が飛ぶように売れているという事実も、この面白さを証明していると言えるだろう。

 

『あっ、そうだっ。この国は、悪い魔女に昼を奪われた設定にしましょう! これならいけますよ! どんなもんですか!』

 

 おっいいじゃん

 さすがだね

 王道ストーリーっぽいね

 

 

 今回も厄介なお題を処理し、うまく話を運んでいくようだ。

 視聴者とのプロレスをこなしつつ、即座に簡易なネームを書いて目でも楽しませる。

 そして、美麗な画面構成は手際の悪さや拙さを一切感じさせない。

 しばらくの間、視聴者(私とマシロ)は夢中になっていた。

 

 ふとお湯がぬるくなってきたのに気が付いて、我に返った。

 

「……あぁ、やっぱり面白いですね」

「…………うん、そうだね」

 

 配信は凄く面白い。

 しかし、私は少しばかりの戦慄を覚えていた。 

 

 少し前までなら、ここでキャッキャと騒いで一緒に笑っていただろう。

 しかし、少しばかりの配信経験を積んだ今だからこそ分かる。

 この配信がどれだけの努力の元で洗練されたものなのかということが、分かってしまう。

 

 絵のスキルにしてもそうだし、一切ノイズを感じさせない音声もそう。

 良い意味で上品に仕上げられた配信画面に使われている素材がどれだけ多いのか、マシロや茜の編集画面と比較してみるとよくわかる。

 嫌な視聴者を上手にあしらいつつ笑いに変え、しかしラインを超えた視聴者はモデレーターが気が付かないうちに消している。

 

 配信を始めると毎回『Hey Guys』だの『Watch my channel!』などと言いながら謎のアダルト外国人がコメント欄に沸いてくる私の配信とはえらい違いだ。

 

『……大丈夫かなーこれ。あーでも結構形になってきてない?』

 

 きてるきてる

 流石やね

 その形はワイらが崩すで

  

 

「………凄いね、ホントに」

「…………ええ」

 

 もう一度呟いた私の言葉に、マシロも同調する。

 マシロも僅かだが動画制作に関わった身だ。

 一度、裏側を覗いたからには、もう単純な目では見られなくなったのだろう。

 

 ――個人勢の頂点。

 

 アイリスプロジェクトは一応は企業勢だ。

 しかしごく最近まではアイリスが一人でやっていた。

 それ故、突き抜けた登録者を持つ彼女は、実質個人勢と言われることもある。

 彼女を個人勢と定義するなら、間違いなく頂点と言っていい。

 

 今更ながらに、再認識した。  

 これが今の女性配信者の頂点で、目指すべきところなのだ。

 

 圧倒的個性、突き抜けた企画、卓越したトーク力に、高い配信技術。

 

 一つ欠けても決してたどり着けない高みに、彼女はいるのだ。

 

「…………」

 

 僅かに感じた恐怖に、ごくりと唾を飲み込む。

 

 金の盾(登録者100万人)をとるということは、そういうことなのだ。

 

 今のままの配信ではダメだ。

 そう強く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】個人勢:企業による運営でなく、個人運営によるVtuber(運営が個人なら事務所に所属していても個人勢)。よっぽどの突き抜けた個性を持たない限り、既に2万以上いると言われるVtuberの中からまともに立ち上がることすら困難。

 




マシロとのお風呂回書きたかったんだ!!!
許して!


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【壺ばば】謎の壺! 登りきるまで寝ない【耐久配信】

つぼかぁ…………

やんjから来ました

アーシャ最強アーシャ最強アーシャ最強

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組長!指です!

姉貴の大好きなケジメです

 

インモーちゃんでたぞ!

▶ ▶❘ ♪
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【壺ばば】謎の壺! 登りきるまで寝ないぞ!【耐久配信】

 21,522 人が視聴中・1分前にライブ配信開始 
 
 ⤴8,211 ⤵82 ➦共有 ≡₊保存 … 

 
 エルフのアーシャ 
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 163,111人 

 

 今日は初めてのソロ配信だ。

 茜のプロデュースの元、私が金の盾を目指す方針は変わらない。

 しかし茜は大学生でもありそれなりに学業も忙しいし、自分の動画の更新もある。

 

 自分もそろそろ配信にも慣れてきた。

 だから、コメントが多くてもある程度は対応出来ると思う。

 ウチは経緯が経緯だから、ちょっとコメントの質は悪いのだけれども。

 そんなこんなで、ちょっとだけ緊張しながら配信を始めた。

 

「今日はね、この壺おばさんのゲームやっていきたいと思います!」

 

 これやんのかww

 最近壺配信多いな、こればっか

 hey guys i have a gift for you!!

 果たして1日で終わるのか………?

 

 

「ちなみにゆいからおススメされたゲームですね。なんでも配信者としては一回はやっておくべき名作だって言われました。………あと、何故か耐久配信するように言われましたね。まぁ私ゲーム大得意ですから、超余裕でクリアして見せますよ」

 

 ざわつくコメント欄を片目に、ゲームを知らない視聴者のために軽い解説をしていく。『Taking over it with Benis Tady』というタイトルだけでは内容が良く分からないこのゲームは、一言で言うなら『山登りゲーム』だ。何故か壺の中にボンドで固定されてる下着姿のおばさんが、これまた何故かハンマーを振り回して山の頂点を目指すゲームらしい。

 

 らしい、である。

 

 自分の場合、初見の楽しみを損なうのが嫌なので、やる可能性があるゲームの配信は見ないようにしている。このゲームも『いつかやるかも』リストに入っていたゲームなので、実はよく知らないのだ。

 

 まぁアーシャちゃんなら割とすぐ終わると思う

 そうか? プロゲーマーでも沼るゲームだぞ?

 ウサギのママでも1時間切れたんだから大丈夫だろ

 いや、これは沼るとみた。

 

 

「えぇ………このゲームヤバいゲームなんですか………。まぁ、あれこれ言ってても何なんで、早速やっていきましょうか」

 

 コメント欄に不穏なものを感じながら

 そう言って、ゲームスタートボタンを押してゲームを始める。マウスで操作が完結しているので、分かりやすい。分かりやすいのだが…………。

 

「いや難しくないかこれ!? めちゃくちゃ操作性悪いんだけど。 ほいっ!! ああ!!」

 

 草

 楽しそう

 難しいよねww

 

「………この木、超えられるようになってます? ゲーム壊れてません?」

 

 超えられるよww

 ここで詰まってる人初めて見たぞww

 壊れてねぇよw

 

 

 ハンマーを勢いよく地面に突き出すことでジャンプし、素早く枝にハンマーを引っ掛けて進んでいく。序盤の停滞なんて無かったかのように、しばらくは調子よく進めることができた。

 調子がいいと、話すこともあんまりなくなる。

 しかしあまり無言の時間を作るのは、配信上よくない。

 なので、適当にツッコミを入れたりコメントと会話したりしていると、一つのコメントが目についた。

 

 そういやYwitterで言ってたけど収益化落ちたんだね

 

「あっそうそう、収益化落ちちゃったんですよ。おかげで今日もモヤシと鶏むねでした。いや美味しいからいいんですけどね」

 

 初日の歌配信動画が早速ミリオンを達成し、ついでに大量の登録者を手に入れた私は、早々に収益化条件を満たした。だからウキウキで収益化を申請したのだが、なんと落とされてしまったのだ。そしてその理由がこれまた酷かった。

 

「『あなたのコンテンツは暴力的で、収益化の要件を満たしていません』って言われたんですよ!! ひどくない?」

 

 草

 笑うわ

 確かにきっかけは暴力的だけどさぁ

 ZowTubeくんさぁ………

 

 

 一般に収益化に失敗する条件はいくつかあると言われている。そして私は遺憾なことに『暴力的もしくは危険なコンテンツ』というものに引っかかったらしい。

 ………いや、確かに荒っぽい口調でFPSやってるけどさぁ。

 

 これはロシアの暴力装置

 まだスパチャ投げさせてくれないのか

 はやく収益化できるといいね

 応援してる

  

 

「………みんな、ありが――おいババァ!! そっちに飛ぶなァ!!」

 

 優しいコメントに思わず心が温かくなっていたのだが、壺ばばに一気に現実に引き戻された。なんとこのゲーム、少しのミスで大きく後退することがあるのだ。その上セーブも意味を為さないらしいので、とんだ鬼畜ゲーなのだとか。

 思わず荒くなってしまった口調に半笑いで『そういうとこやぞww』とのコメントが寄せられる。

 

 粗野な言動は自分の素なので、万人受けを狙うにはあんまり良くないなとは思いつつも続けてしまっている。ちょっと意外なのが、荒っぽい口調の方が好意的な人が多いことか。ぶりっ子してないのが良いという声と、そもそも外国人だからという声が多い印象だ。ありがたい話である。

 

「………よし、突破だ!」

 

 ゲームの余りの難しさと、上手くプレイできない自分への苛立ちを募らせながら、なんと難所を突破した。しかし、難所はこの先も続いていくらしい。

 

「………配信者を殺すためのゲーム、ですか」

 

 そもそも、このゲーム、人を苦しめることを目的に作られたらしい。

 定期的に入る謎のナレーションが、教えてくれた。

 

 ここで、危うく大きく落下しかける。

 

「………あっ!!、あっあっあっあっ、ちょっと、あー困ります。あー困ります困ります!」

 

 喘ぐなwww

 えっっっっっっっっっど

 ここ切り抜き

  

 

 思わず漏らしてしまった声に、また切り抜き動画が増えてしまうなと思う。

 自分はある程度話題になってきた時点で、Ywitterで切り抜きOKですよと公言していた。切り抜きが拡散されることは基本的にはメリットの方が多いと感じていたからだ。しかし、醜態を晒してしまった時ほど無駄にバズって恥ずかしい思いをするのだ。

 

 しかし今回はそんなこと気にしている場合じゃない。

 ここでもしミスると大落下してやり直しになるのだ。

 

「あーっ!! 困ります!! お客様!! あー困りますお客様あああああああ!!」

 

 苦労むなしく、渾身のハンマーは鉄板を滑り壺ばばは落下していく。

 数秒の落下を経て、最初の木の少し先にストンと着地した。

 すると、妙にポエミーなゲームのナレーションが流れる。

 

『生きるのは苦しむこと、生き延びるのは、苦しみの中に意味を見出すこと』

「お前が苦しめてんだろうがぁ!!!」

 

 草

 たしかに

 これマジで腹立つよなww

 気持ちはわかる

  

 

「もうその壺叩き割れ!! なんのためのハンマーなんだよ!!」

 

 1時間近い死闘が無駄になったことに怒り笑いをしながら、再度同じ場所まで進んでいく。自分もそろそろこのゲームのヤバさを理解しつつあった。これは賽の河原だ。小さな努力を経て進んでも、川の神の気まぐれによって積み上げた石は果てまで流されてしまうのだ。

 じんわりと汗をかきつつ、今更ながら耐久配信にしたことを後悔する。

 

「………この企画をソロの最初にやったの、もしかして失敗?」

 

 うん

 せやね

 熟練配信者でも発狂するからな

  

 

「………いや、私はすぐにクリアして見せるよ。これで2,3時間であっさりクリアしたらカッコよくない?」

 

 口角をあげカメラを見ながら、ニヤリとした不敵な表情を作った。

 早々にクリアできるという儚い夢を抱きながら。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 大空から自由落下するクソ壺。

 無情にも凍り付いた私の顔。

 果てしない虚無感は、宇宙の真理を教えてくれた。

 

「…………」

 

 aaaaaaaaaaaa!!!!

 ああああああああああ

 ;;

 ぴえん

 

 

 宇宙の真理は冷たかった。

 無情な世界の支配者の声が響く。

 

『あぁ、大きく後退することになってしまいましたね』

「…………ッ…………!!」

 

 リスタートしたかのように戻る最初の場面。

 もう10時間が経過したのに、何も進んでいない。

 あれだけ慎重に積み上げてきた石は、また崩れた。

 

「………ああっああああ、ああああああああああああ!!!!」

 

 落下してすぐは、ホントに何も考えられなかった。

 次に来るのは驚愕と、そして怒り。

 さらに時間がたって、実感がわいてくると思わず涙が溜まってくる。

 感じるのは失った哀しさと、これからまた積み上げ直すことへの恐怖。

 

「グスッ………、みんなごめんね………、寝たいよね…………」

 

 あとはずっと付き合ってくれてるリスナーのみんなへの責任感か。

 平日の夜に始めて、そのまま夜通し朝までプレイしてこのざまである。

 追い打ちをかけるように、ナレーションが流れた。

 

『く~お悔み申し上げます』

「…………バカ、アホ」

 

 かわいい

 泣き顔もきれい

 これからだよ、大丈夫。前には進んでる。

 泣かないで;;

 

 

「………ありがと。もうちょっと頑張ってみるね」

 

 肝心の場面でマウスが不調になって落下した。

 しばらく電池入れ替えていなかったのが良くなかったのだろう。

 幸い電池の予備はあったので、入れ替えたところ不調は解消された。

 

 このゲームは、確かに賽の河原だった。

 積み上げても積み上げても一瞬で押し流されてしまう。

 

 しかし、同時に確実に積みあがってるものもあった。

 それはテクニックだ。

 

 これはコメントから聞いた話なのだが、プロゲーマーでも苦戦して数十時間を要したりするこのゲームだが、逆にあんまりゲームの上手くないVtuberでも何度かやれば数十分でクリアできるようになるらしい。つまり、挑めば挑み続けるほどに技術は蓄積し、結果はどうあれ前には進めるのだ。

 

 応援コメントの通りに、今度はサクサク進んだ。

 さっきの難所を軽々と超えるころには、もう普段のテンションに戻っていた。 

 いつも通りの雑談もこなしていると、同居人の話になる。

 どうやら朝になっても帰ってこない妹の話が気になるらしい。

 

「今はいないねー。山籠もり修行してるから」

 

 え?

 お坊さんかなんかなの?

 武術の練習ってこと?

 

 

「いや、RTAの練習って言ってたよ」

 

 ??????????

 どゆこと?

 喧嘩RTAでもやってんのか?

 

 

 コメント欄は困惑しているが自分はもちろん一切嘘は言っていない。

 マシロはやっとの思いで完成させた動画を昨日アップロードした後、修行のために山籠もりしたいと言ってきたのだ。まぁ剣の修行はやっておいた方がいいのは間違いないので、一応何をやるかと聞くと、RTAの修行という謎の回答が返ってきた。

 

「……『偉大なる先駆者の動作を完璧に模倣するために、最近鈍らになってしまった精神を研ぎ澄ましてきます』って言ってた」

 

 草

 ギャグみたいな話だけど、組長の妹だしなぁ

 ていうかRTA動画アップしてるの?

 

 

「うん、せっかくなので誰か見てあげてください。『MASHIRO』で検索すると出ますよ」

 

 ちなみにマシロのハンドルネームは、単にローマ字にしただけのものだ。本名バレていいのと思うかもしれないが、ぶっちゃけどうでもいい。

 そもそも異世界語で『純白の雪』を意味するマシロの名前を自分が適当に翻訳しただけだからだ。自分の名前に至っては、考えるのがめんどくさすぎてマシロと御揃いにしただけなので、発音も意味もかすってすらいない。

 

 この動画昨日見たぞww

 あぁあれか

 ランキング1位だぞ今あれ

 

 

「えっ、ほんと?」

 

 既に終盤らしい場所に差し掛かっているが、いったん手を止めてニマ生のRTAランキングを確認する。すると確かにマシロの動画が一位だった。人気の人の更新合戦に割り込んで大きく突き放して1位になったのだとか。人の技を模倣して完璧にこなすとはマシロらしいえげつなさである。

 

 あの子はいったいどこへ行こうとしているというのか。そして、既に1位になったのに、さらに山籠り修行をする必要があるのか。疑念は更に深まった。

 

 まぁそんなこんなでコメント欄も盛り上がりながら、壺ババアも最終局面に移る。

 しかし、最後は特別に難しいとかはなく、あっけなくクリア出来てしまった。

 朝日の光がカーテンから差し込み、カメラに映る私を祝福してくれている。

 

「ああ~~~!! 終わった~~~~~!! やったぁ!! みんなありがとう!!」

 

 やったああああああああああああ

 アーシャ最強!! アーシャ最強!!

 お疲れ様です組長!!

 きたあああああああああ

 

 

 あれほど苦痛だったはずのゲームだが、心の中は達成感で満たされていた。なんだかんだ、とても良くできたゲームなのかもしれない。

 体を芯から揺さぶるようなソワソワ感が体を満たし、爽やかな痺れがゲームクリアを改めて実感させる。思わず口角が緩んでしまい、心からの笑顔が漏れた。

 

「えへへ…………」

 

 神々しい………!

 おめでとおおおおおお

 かわいいいいいいいいいい

 かっこよかったよ 

 

 

 結局のところ、所要時間は15時間と少しだった。

 早いか遅いかは分からないが、マシな方ではあるらしい。

 奔流する祝福の波に揺られながら、終わりの挨拶をする。

 しかし、最後まで言い切ることはできなかった。

 

「あー、辛かったけど、終わってみれば楽しかった。みんなありが―――」

「お姉さま――、只今戻りました!」

 

 突如、マシロが帰ってきたからだ。

 瞬間大声をあげてマシロを制止する。

 

「ストップ!! まだ配信中だから!!」

「………!」

 

 玄関ですぐ止めたので、放送事故は避けることが出来た。

 カメラを切ってから、要件を伝えるために手招きする。

 ちらりと見ると、コメント欄は大賑わいしていた。

 

 妹ちゃん声可愛いな、っていうか似てる

 RTAのために山籠り修行するような声じゃない

 お姉さま呼び可愛いな 

 

 

 恐る恐る寄ってきたマシロに耳打ちする。

 

「(今ちょうど壺おばが終わったところなんだよ、15時間もかかっちゃった)」

「(……え? このゲーム2分もかかりませんよね?)」

「は?」

 

 余りの言葉に思わず、無遠慮な声が漏れる。

 私がここまで苦労したゲームが2分切り?

 そんなバカなことあるわけはない。

 

「………それじゃあやってみてよ」

「(む、今は無理ですよ。いっぱいの人が配信見てるじゃないですか……)」

「(そこは私しかいないと思って普段通りで。……実名さえ出さなきゃいいよ)」

 

 必要な注意だけして、マシロにバトンを渡す。

 普段通りでいいと言われたマシロは、割と自然体のように見えた。

 初配信しょっぱな事故った私と違って、マシロは案外大舞台への適性もあるのかもしれない。

 ついでにRTAの宣伝も出来ると告げると、かなりのやる気を見せてくれた。

 

「えぇっと、最初からやればいいんですよね?」

「うん」

 

 そう言ってマシロは、手際よく画面にタイマーを映し出す。

 スタートと同時にタイマーが開始し、プレイを始めた。

 そして内容は圧巻の一言だった。

 とんでもない手捌きでサクサク難所を超えていく。

 

 しかし、あるところでほんの僅かに詰まった。

 それは1秒にも満たない僅かなミス。

 しかしその瞬間、なんのためらいもなくメニューからリセットを選択する。

 

「ミスったのでリセします」

 

 この時、マシロは眉一つ動かしていなかった。 

 澱みない動作で、ひたすら淡々と同じ動作を再び繰り返す。

 

 サイボーグかな?

 めちゃくちゃ速かったぞさっきの

 これは山籠もりの成果出てる

 この姉妹どうなってねん 

 

 同じように数回リセットした後、マシロはさくっとクリアしてしまった。

 

 クリアタイムは、1分2秒989。

 コメント曰く、世界3位のタイムらしい。

 

「終わりです、更新は無理でした」

「15時間かけたのに………たった1分で…………!」

 

 やべええええええええええええええ

 すっごおおおおおおおおおおお

 姉より優れた妹がいた

 MASHIRO IS GOD...

 

「編集の息抜きがてら遊んでいたのですが、流石に1位は厳しいですね。………というかお姉さまは出来ないのですか?」

「………1分どころか15時間かかりました」

「どうして15時間もかかったのか分からないのですが…………」

 

 まるで目の前の私が偽物であるか疑う怪訝な目。

 そんな目で見ないで欲しい。

 違うんだって。

 

「………参考動画とか見てないから」

「あっそうでしたか。それなら仕方ないですね」

 

 見たら姉もできるみたいな口ぶり草

 絶対言い訳だゾ

 実際できるんじゃね、知らんけど 

 

 マシロは怪訝な目を辞めて、自分をちゃんと姉として認識してくれた。

 実際練習すればできるのかは、やってみないと分からない。多分長い時間を掛ければできるとは思うが、正直絶対やりたくない。

 ちなみにマシロはゲームするときに先に攻略情報を調べる派で、自分は一切の情報を断つ派である。この辺は好みが分かれると思う。だから今回のような悲しい出来事が起きたのだろう。実力の差じゃないと思いたい。

 

 騒乱のうちに配信は終わった。

 そして、大落下で取り乱す私より、最後のマシロの乱入からの世界3位のスピードランが盛大にバズった。声の可愛らしさとその容赦なさも相まって、サイボーグなのではないかと海外でネタでささやかれているらしい。マシロは困惑していたが、どうやら配信で人気になるのは嬉しいのだとか。

 

 まだ対面では上手く話せないマシロだが、今回のような生声での配信は、きっとコミュ障解消のいいきっかけになるのではないかと思う。

 そして、今回のゲリラコラボは非常に好評でマシロの再登場を望む声も非常に多かった。動画内で私がむしろ自分より人気じゃんとネタにする程度には。

 

 ――姉妹コラボもありかもしれないな。

 

 これからの企画を考えながら、数日を過ごす。

 

 そんな中、一通のメールが届く。

 それは、元オーナー(任天堂花) からの呼び出しのメールだった。

 

 

 

 

 

【Tips】RTAとタイム:放送中画面に映したタイムは、厳密には正確なものではない。正しいタイムが知りたいのであれば、動画ソフト等を用いてコマ数を測定して行う『精査』と呼ばれる正しい時間の測定が必要になる。

 

 

 




ちなみに自分がやってたおまけみたいなRTAですら精査はやってます。
https://youtu.be/VqRvpH0kjVE
………が、正直小数点まで詰めるようなゲームじゃないと意味ないんですよね。

例えばマリオ64RTAだと、16枚スターは小数点を記録しますが、120枚スターは小数点を記録しません。



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【日常編3】ゆれゆれエルフさんと七色のVtuber

難産でした………


 喫茶アトリエール。

 数年前、元オーナーの任天さんによって()()()()()で始められた喫茶店だ。

 テーマは『癒しの錬金術師』であり、おおよそ自分の少ない語彙では表現しきれないほど風光明媚な空間が形成されていた。凝り性の彼女は単純な3Dプリンターによる造形では納得できなかったらしく、彫金師など各種様々な職人に依頼して、その装飾を揃えたのだとか。

 

 もっとも、過去形だ。

 現在は閉店しており、見るも無残な姿となっている。

 

「………いい店、だったんですけどね」

「………アレに権利書売らなきゃ良かったです」

 

 働いていたころを懐かしむ私は特に宛もなく呟き、隣の小柄な元オーナーは自嘲するように取引の失敗を吐き捨てた。元オーナーは基本的には優秀な人間なのだが、最近は余りにも忙しすぎた。だから信頼できる友人に権利書の取引を任せたつもりだったらしい。その結果、偶然にも悪い取引相手にお店が渡ってしまったのだとか。

 

 しばらく放置されたこの空間に、かつての活気はない。

 窓の周りには埃が少しずつ積もりつつあった。

 暖房は効いておらず、もう冬間近の寒風が足元を吹き抜けていく。

 

「………8,000万、ってマジですか」

「マジですね」

 

 ――被害総額8,000万円

 

 それが今回の被害で出た合計金額らしい。

 勿論装飾全てが壊れたわけではない。しかし乱闘の結果、結構な数の物品に傷がついてしまった。高い依頼費を払って揃えた特注の品々だが、材質の関係で少しでも傷がつけば修復も難しくなる。

 そしてクズオーナーは、確かに店の一部の権利は持っていたのだが、実際ほとんどの装飾は彼女の貸し出し品ということになっていたらしい。

 つまり、主たる賠償先は彼女というわけである。

 

 ちなみにクズい方のオーナーは、詐欺罪で逮捕された。贋作の骨董品にあえて傷を付けさせていちゃもんを付け、従業員を風俗に沈めたり金を毟り取ったりと昔から割とやりたい放題やっていたらしい。正直逮捕されていい気味である。地獄に落ちろ。

 この高速逮捕については、前に粉かけといた警官さんが滅茶苦茶熱心に働いてくれた結果らしい。今度会ったら何かしらちゃんとお礼はしたいと思う。

 

「………大事なものは、手元に置いておくべきでした」

 

 資産家である元オーナーは非常に優秀だが、刹那的な生き方をする人間だ。

 投機に必要な現金を得るために、自身の保持していた店の一部を高値で買ってくれる人間に売ったため一時的にオーナーが変わったのだとか。勿論悪いのは警察への通報を嫌がったり、従業員への嫌がらせ(セクハラ)を繰り返すクズオーナーだが、そのきっかけになったことに多少は思うところがあるのだろう。

 

 そんな彼女を片目に、私は周りに人気が一切ないこと念入りに確認する。

 これからやることは、今までに無い派手な行動になるからだ。

 

「………今からのことは、絶対に他言無用でお願いします」

 

 私の言葉に、元オーナーは大きく頷く。

 神妙な顔つきだが、しかしどこか僅かな喜色が浮かんでいるようにも思える。

 きっと期待しているのだろう。

 もし自分が逆の立場なら、自分もそうすると思う。

 

 ――まともに魔法使うの、久しぶりだな。

 

 そんなことを考えながら、少しだけ魔力を解放し銀色の燐光を漂わせる。

 小さな雪の結晶のようなそれらは、微かな光と共に店内に広がっていった。

 

 その後、細やかに魔力を操作し一気に時間を引き戻す。

 慣れ親しんだ神聖魔法により、物体をあるべき姿に戻すのだ。 

 

 時間にして僅か10秒ほど。

 それだけの時間で、すっかりと店内は昔の様子を取り戻していた。

 

「これが………神秘の力………」

 

 どこか呆然と佇む彼女に、仕事を終えた私は近づいていく。

 そして、今最も重要なことを哀願した。

 

「これで賠償金チャラにしてください!!」

 

 当たり前だよなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】神聖魔法:いくつかの性質を持つ神聖魔法だが、その最たる性質に『変化の打ち消し』がある。呪いや不浄、破損や欠損などの変化を打消し正常な状態に戻すのだ。ちなみにハゲは正常な状態なので元には戻らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なるほどなるほど、もしかして、死んだ人も蘇生できたり?」

「死にたてホヤホヤだったら、ですけどね。流石に墓の骨とかじゃ無理です」

「死にたてホヤホヤってヤな響きですね………」

 

 今は場所を移してパン屋のテラスでお茶を楽しんでいた。

 勿論元オーナーの奢りである。最近ガッツリお金を使ったので手持ちが素寒貧なのだ。

 周りの人が聞けば何痛い話してんだと思われるような話題だが、かなりガヤガヤしている店なので特に聞こえてはいない。

 

 ふと小さな鳥が飛んできたので、パンを小さくちぎって餌をやる。

 パンの破片をつまみに来る小鳥が多いのがこの店の名物らしい。

 ちょこちょこと動き回る姿は、正直かなり可愛らしい。

 ツンツンと突いてご飯を平らげた小鳥ちゃんは、今度は小さく羽ばたいて自分の頭の上に乗った。

 

「………頭動かせなくなっちゃいました」

()()()って、動物に愛される性質とかあるんですか?」

 

 彼女の質問を肯定して、さらにいくつかの小話を付け加えると、大喜びして更に話を催促してくる。最早当然のように、私の秘密がばれていて私もそれを受け入れて平然と話している。元オーナーは出会った当時から自分に興味津々だったが、魔法を見せてからは猶更その興味を強くしていた。

 

 そう、彼女は知っている。

 自分が元日本人で、今は異世界人のエルフだということを。

 

 賠償云々の話をする少し前に、なんと異世界の人間だと言い当てられたのだ。

 多くの人を見て来た彼女は、自分の倫理観のズレ、10年のギャップ、妙な自信とスペックの高さ、その他諸々込みで、やっぱりコイツ人間じゃねぇなと思ったらしい。

 実際に言われた内容は『ズバリ、日本人の記憶を持った宇宙人なんでしょう?』だったが。

 当たってるっちゃ当たってるのだが、なんだか微妙に違う気がするのがご愛敬か。

 

 しかし推定宇宙人に、無闇に宇宙人ですかと聞くなんて不用心な話だ。

 もし自分が悪い宇宙人だったらどうするつもりだったのだろうと思って聞いてみると、『自分は人を見る目だけはあると思っているので』との回答が返ってきた。言葉の続きはなかったが、要は自分がそう悪い人じゃないだろうという意味に違いない。何故か自信満々で、それがちょっと可笑しくて、もはや自分も秘密を隠す気がなくなってしまった。

 

 曰く、出会った時からちょっと怪しいとは思っていたらしい。

 

「あの時オーナーに話しかけてよかったですよ、ホントに」

「服もボロボロでしたもんね………、ちょっと臭かったですよ」

 

 当時は缶拾いをしていた夏の日だった。

 ふと見かけた子の見た目の幼さと、魂の不釣り合いさが気になって目で追ったところ、なんと獣耳錬金術師からオーナーと呼ばれていたのだ。獣耳はもちろん付け耳だが、獣耳が働けるならエルフ耳が働けない道理はない。そう言ってお願いして働かせてもらったのだった。

 

「………でも、オーナーがアイリスさんだったなんて、最近の一番の驚きでしたよ」

「まぁあんまり話す機会もありませんでしたしね」

 

 そう、自分はもう気が付いている。

 目の前の女性が、自分の最推しである『天堂アイリス』であることに。

 元オーナーがオーナーだった時代は、別に特別仲良かったわけではないし、Vtuberにハマったのもその後なので気が付かなかったのだ。

 ちなみに開幕一言、『あっアイリス姫だ!!』と思わず声をあげてしまったので、気付いたことに誤魔化しようもなかった。

 少し恥ずかしそうにはしていたが、握手券なしで握手してくれた。

 

 しばらくの間、談笑を楽しんでいると、話題が一周してくる。

 自分にとって今一番重要な、お金の話だ。

 

「――それで、賠償金は払わなくていいんですよね?」

「それはそうですけど、そもそも払わせる気なかったんですよ?」

 

 あれ、そうだったのか。

 

「………故意でなく、必要だった喧嘩の成り行き、しかも殆ど相手に非がある。この状況だと実際払う金額は相当少なかったはずです。それに世論的なものもありますし、相当量酌量されたはずですよ。まぁどれも私が請求すればの話です」

「あぁ、なるほど…………」

 

 正直何も分かってない。

 自称文系だが、残念ながら法律には全く詳しくないので、この辺りは全く分からない。分からないが、彼女が言うならそうなのだろう。

 まぁどっちにしても店の再開は早い方が、店員も困らないだろう。

 その辺込みでの判断なので賠償金抜きにしても後悔はない。

 

 そうこう話していると、頭の上の小鳥が飛んで行った。

 ようやく首を動かしてお話できるなと苦笑する。

 

 するとここで、少しアイリスの雰囲気が変わる。

 談笑モードの気配は立ち消え、凛とした表情になった。

 

「……アーシャさん、これ、見ていただけませんか」

 

 そう言って彼女がカバンから出してきたのは数枚の紙。

 中には銀髪の女の子が正面向きで立っており、いくつか服飾等の説明がついていた。

 

「おっ、可愛いですね………。どれもエルフの女の子ですけど、タイプがちょっと違う?」

「葵さんが書いてくれた設定画です。Vtuberの」

「えっこれ葵が書いたんですか!? めちゃくちゃいいじゃないですか! ……でもなぜこれを私に?」

 

 目の前のイラストと、自分にどういう繋がりがあるのか、いまいち分からない。

 そう考えていると、姿勢を正したアイリスが、改めて口にした。

 

「アーシャさん。アイリスプロジェクトの一員として、Vtuber始めてみませんか?」

 

 それは、普通の配信もままなっていない私にとっては、あまりに早すぎるお誘いだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 ――百合の中に挟まる男という言葉がある。

 

 百合であるという前提を持った作品の中に、突如として挟まりカップリングを崩す彼らは、一種のタブーとして扱われている。ちょくちょくYwitterでもムキムキの男たちがキレているコラ画像が流れてくるほどだ。

 

 ところでアイリスプロジェクト――アイプロは、現在4人グループである。

 そしてその全員が仲良く、昔からの繋がりがある彼女らは関係性が完成されている。

 そこが面白いところでもあるし、人気仲良しグループというのが良い点でもあるのだ。

 

 ここに部外者の私が我が物顔で入ったらどう思うだろう。どう思われるだろう。

 そう考えた時、少なくとも自分はこのお誘いを受ける気にはなれなかった。

 

「他の皆さんはこのこと知ってるんですか?」

「前々からメンバーを増やしたいとは伝えてましたし、みんなもアーシャさんの配信見て喜んでましたよ。面白いって。一緒にいたら楽しそうだって」

「……それはありがとうございます」

 

 嘘じゃないっていうのは分かった。

 分かったけれど、どこか遠慮したい気持ちがやっぱり強い。

 しかしそんな私の内心を知ってか知らずか、愉快そうに言葉を続ける。

 

「見てみたいんです! アーシャさんがどんなVtuberになって、どんな伝説を残してくれるか」

「いや……私みたいなの取り柄無しがアイリスプロジェクトに入るなんて恐れ多いですよ………」

「そんなことないです! 良いとこいっぱいあるって知ってますよ?」

 

 慰めてくれるところ悪いのだが、自分の取り柄は殆どない。

 

「料理が上手くて顔が良くてゲームが上手くて弾き語りが上手なことぐらいしか取り柄が………」

「……もしかしてワザと言ってません? ねぇわざと言ってません?」

 

 そんなことはない。

 永い時を生きるエルフは『全ての楽器演奏できます。しかも魔法で同時に操れるので一人オーケストラも出来ます』というガチの『全部俺』を出来るようなハイスペックマンも珍しくない。自分は断じてハイスペックな方ではないのだ。

 

 アイリスは、自分の断る理由を淡々と否定し続ける。

 

 ここで、何故自分が憧れのお誘いを断っているのかを改めて考える。

 

 するとすぐに答えは出て来た。

 勿論、大好きなグループの邪魔をしたくないというのもある。

 しかし一番は、今の自分の目標が茜と一緒に金の盾を取ることだからだ。

 寄り道なんてしている暇はないはずだ。

 

「すみません。もう茜と約束したんですよ。二人で一緒に頑張っていくって」

 

 あの満月の夜の誓いは何だったのかという話だ。

 互いに欠けているからこそ、助け合って駆け上がっていく。

 あの瞬間に感じた確かな興奮と絆は、今の私にとって一番大事なものだと言っていい。

 

 しかし、アイリスはにっこりと言った。

 

「一緒にVtuberになればその問題も解決ですね! 私、茜さんも勧誘するつもりですよ!」

「なっ………!」

 

 既に動画主体の実況者として人気ある茜は、Vtuberになっても人気が出るのは確かに間違いない。しかし今までにもいくつかの誘いを断ってきていたと聞いていた。それに、既に大量の視聴者を抱えているのだ。

 

「………茜のチャンネルは最近ついに30万人を超えました。それをリセットしろと?」

「いえ? 別に今のチャンネルのままで構いません――いえ、ちょっと違いますか」

 

 アイリスは自分の言葉を即座に否定し、補足した。

 

「――むしろ、二人とも今のチャンネルでそのままVtuberも兼任してくれた方が、望ましいですね!」

 

 あまりに唐突で意図が理解できなかったが、補足を受けてやっと理解できた。

 つまり単純な話、配信内容に顔出しが必要なら顔出しを、Vtuberで出来ることならVtuberとして配信や動画作成を行って欲しいという意味なのだとか。

 例えば、『Ana Ch アナスタシア/雪村ミシロ』といった形か。

 Vtuber名がアナスタシアで、そのVtuberと同居している謎の一般人が雪村ミシロになる。

 一応は別人を名乗るのだ。

 

 アイリスとしては、Vtuberに今は興味がない人――つまり新規視聴者候補を積極的に沼に引き摺り込みたいのだとか。

 

 しかしこれはどうなのだろうか。

 Vtuberが流行りだした経緯は少ししか知らないのだが、その中で中身バレのトラブルが絶えなかったことは知っている。そして、その経緯によって中身への詮索がタブー視されている風潮があることぐらいは、浦島太郎の私でも分かるのだ。流石に批判だらけになって火達磨になるのは辛い。下手すりゃグルメレースが現実味を帯びてくる。

 

「それってありなんですか? Vtuberの中身が出てくるのって、正直なところタブーだと思ってたんですが」

「間違ってはいませんね。でもそれはVtuberが突然顔出しした場合の話が殆どです。逆ならそこまで反対は多くないと思いますよ。それにリアルの活動自体が無くなるわけじゃないんですから」

 

 そう言ってからさらに理由を説明してくれた。これは人から見た自分の印象だが、自分はファンタジーが好きすぎてエルフ耳に整形した人間だと思われている。そしてVtuber好きを公言している以上、今更Vtuberを始めたところで嫌がる人は殆どいないだろうというのが予測なのだとか。やりたいことを正直にやってる投稿者に寛容な視聴者は多いのだ。

 

 あともう一点単純な話がある。

 身もふたもない話だが、私も茜もそれなりに美人だからだ。

 美人の魂なら、嫌悪感も少ないだろうというなんとも悲しい話である。

 

 さらに、アイリスは説得を進めてくる。

 

「サポート面はかなり充実していることを約束します。………正直、今のアーシャさんのコメント欄にはちゃんとしたモデレータさんが必要だと思いますし」

 

 この言葉には、正直一切反論できなかった。

 

 今の自分のコメント欄は荒らしが多すぎることも分かっている。

 全面埋まるようなアラビア語に、わけの分からない暴言。

 

 茜曰く、炎上や新しいものが好きな気性の荒い層がまだ残っていることが原因らしいのだが、一向に収まる気配を見せない。配信歴が長い人なら適当な人をモデレータに設定して、選別することもできるのだろうが、自分の場合は無理だ。

 多分9割以上の人はまともなのに、たった1割のせいで荒れるコメント欄に歯がゆい思いをしてきた。

 

「契約内容も、そう悪いものじゃないと思いますよ」

 

 そういって、契約内容についても説明してくれた。

 詳しくはちゃんと文面で確認する必要があるが、あきらかに自分に有利な内容だった。

 あとは大事なお金の話だが、費用面でも運営に必要な最小限の費用しか抜かないらしい。

 そもそも資産運用が上手いアイリスは金で困っていないのだとか。もちろんわざわざ赤字を垂れ流すつもりもないだろうが。

 

 正直、ここまで言われると、デメリットが全くないといっていい。

 そして、一番抵抗がある魂バレについてだが、

 

「というか、優月マリンさんマジで巨乳だったんですね…………知らなかったです」

「マリンちゃんはVでもリアルでもASMR配信やってますからね!」

 

 例えば、アイプロの優月マリンという巨乳錬金術師がいる。彼女はエッチなASMR配信をたまにするのだが、似たような内容を今度はコスプレ配信かつ別名義でやっているのだとか。自分は全く知らなかったのだが、ファンの中じゃ割と暗黙の了解だったらしい。

 

 そんな説明を受けていると、少し心情的に揺らぎかけてくる。

 すると、アイリスは大きな夢を語ってくれた。

 

「私、Vtuberが本当に大好きなんです。だからこそ、この面白いコンテンツに、もっと世界に羽ばたいてもらいたい」

 

 それはきっと心からの願いなのだろう。

 魂が大きく揺れ動きながら、強く煌めいている。

 夢に向かってまっすぐ進む、確かな意志を持つ人間特有の輝きだ。

 

「Vtuberのライバルは、他のVtuberじゃありません。全てのZowTuberだって、私は思ってます」

 

 彼女が語るのはいつか叶えたい理想。

 もっとVtuberがみんなの身近なものになり、バーチャルな世界がもっと広がっていく。

 

「現状維持は衰退に他なりません。だから私たちは進み続け、変わり続けることが必要だって、そう思っているんです。」

 

 そう言って語ってくれたのは、アイリスプロジェクトの由来。

 アイリスは、古代ギリシャ語で虹の女神イーリスを意味する。

 

「私が目指したいのは小さなパイをみんなで分ける、閉じたコンテンツじゃないんです。輝くような七色がVtuberというパイを大きく広げていく。そんな夢を見たいのです!」

 

 漫画家のアイリスさん、落ちゲーのライカさん、格ゲーのグレンさん、パケモンのマリンさん。

 動画主体の茜、イラストレーターの葵、あとオマケの私。

 合計で7人、全員が属性違いで、ちょうど虹色を示す七色だ。

 

「そして、今の枠組みを飛び越えて、虹の架け橋を作り、Vtuberという箱全体を大きくしていきたい。それが今の私の夢なんです」

 

 そう語るアイリスの口調には確かな熱が籠っている。 

 その熱は伝播し、私の心をも揺らしていた。

 

「全く違う7人が集まったコンテンツが、いったいどこまでいけるのか。どこまでやれるのか?」

 

 ――考えるだけでワクワクしませんか?

 

 その言葉が、どうにも耳から離れなかった。

 

 ――急いで回答しなくても構いません。

 

 そう言って、アイリスは猶予をくれた。

 即断しなかった理由はいくつかあるが、ともかく今は一度情報を整理したかった。

 混乱した今の状況で判断を行えば、大きな何かを取りこぼす可能性があるからだ。

 

 ともかくすぐに返答するのは早すぎる、葵や茜と相談する必要があるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】ASMR:聴覚などの刺激によって感じる脳がゾワゾワするような感覚、もしくはそれを引き起こす音声媒体。耳かきや囁きなどが主流であるが、波の音、焚火の音やチャーハンの料理音など多種多様なものも存在している。

 

 




アイリスの行動が早すぎるせいで、実況者として研鑽する間がねぇ!


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【ペーさんのホームランダービー】地獄の始まり

このゲームもうないけどな!
作中ではまだあるってことで
懐古厨だから!


ハランデイイ

ハランデイイ

きちゃったかぁ…………

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耐久配信すき

アーシャも物好きねぇ

 

初見です

▶ ▶❘ ♪
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【ペーさんのホームランダービー】地獄の始まり【耐久配信】

 12,522 人が視聴中・0分前にライブ配信開始 
 
 ⤴7,211 ⤵42 ➦共有 ≡₊保存 … 

 
 エルフのアーシャ 
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 198,111人 

 

「えー今日はね、この『ペーさんのホームランダービー』をプレイしていきたいと思います! なんでも最近野球が流行っているらしいですからね」

 

 謎チョイスで草

 学習しない耐久配信

 このゲームもヤバいんだよなぁ

 収益化おめ!

 

 

「あ、収益化おめでとコメありがとう! 暴力的なコンテンツって言われた私ことアーシャですが、なんと今日! 収益化が許可されましたー!!」

 

 嬉しいニュースに自分でパチパチと拍手をすると、コメントも『88888』と反応してくれる。

 

 そう、嬉しいことについに収益化が許可されたのだ。

 収益化が通って初めて、職業配信者を名乗ることが出来る。

 

 自分のチャンネルに今あるのは、短いトーク動画と長いいくつかの配信アーカイブか。

 トーク動画についてだが、簡単なカット編集ぐらいはできるようになった自分がお試しがてら作ってみたものである。これらの反響は思った以上に良かった。

 また、配信アーカイブもかなりの回数、再生されている。

 しかしこれまでは、実は一銭も手元には入っていなかったのだ。

 

「これでやっと生きて行けそうです…………」

 

 今の生活は、言うなれば茜たちに寄生している状態だ。

 いや寄生というとなんだか悲しいから言い換えよう。

 家事を手伝ってあげる代わりに、ご飯代を浮かさせてもらっているのだ。

 

 ¥10,000

 おめでとう! これからもずっと応援するね

 ¥15,000

 前のライブ代です

 ¥30,000

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

「うわわわ、ありがとうございます! ………っていうかホント無理しなくていいですからね? あと最後の人はキーボードでも壊れたんですかね…………」

 

 初めてのスパチャである。しかも赤て。嬉しいけど怖い。

 ちなみに今あるアーカイブは既に広告を付けてあるので、収益自体が初めてというわけではない。既にいくらかの収益は発生しているのだが、実は収益というのは貰った瞬間に現金化出来るものでもない。

 確定までは時間があるし、そのあと月に一回銀行口座に支払われる形になるからだ。

 なので貰った収益を実際に手にするのは来月からになる。

 

 まだしばらくは茜たちのお世話になることになりそうだ。

 

「………ちなみにこのゲームもゆいちゃんから勧められたゲームです。なんたってもう少しで遊べなくなるらしいですから」

 

 ちなみにこのゲーム、古き良きフレッシュプレイヤーで出来ていたのだが、ついに2021年でサポートを終了するので遊べなくなるのだとか。

 

「『人生オタワの大冒険』とかやってたんですよね………。あれももう遊べなくなるのかー」

 

 懐かしいなぁ

 なにそれ?

 時々来る懐古すき

 エロフラも遊べなくなるよね…………

 

 

 コメントは全く知らない若年層と、インターネット老人会で分かれているらしい。

 ちなみにこのゲーム、自分は良く知らない。

 好きなVtuberもやっていて気になっていたゲームではあるのだが、意図的に情報を絶っていたからだ。

 しかしもう間もなく消えてなくなってしまうらしい。

 ならやるしかないよなぁ?

 

 あーYwitterで話題になってたな

 ゆいちゃんまともなゲーム勧めたれやww

 操作は簡単だぞ、操作はな

 

 

「不穏なコメントがありますがまぁそれは置いといて、まぁあのクソ壺と違って操作は簡単らしいので、早速やってきますよー」

 

 そう言ってプレイを始める。

『ヒグマのペーさん』を元にしたこの野球ゲームは、ただひたすらタイミングよくバットを振ってホームランを繰り出すだけのゲームだ。

 得点とか、塁とか、防御とか面倒なものは一切ない、野球盤よりシンプルな仕様である。例えば、原作の登場人物の一人であるカンガルーが投げてくる35球のうち、12球を()()()()()すればクリアというわけだ。そしてクリアする度に次のステージに進めるのだとか。

 

「……え? このゲーム簡単じゃない? 超余裕でしょこんなの」

 

 言ったな?

 言いましたねぇ…………

 これはイキリエルフ

 ラスボスまではチュートリアルだぞ

 

 

 コメントの不穏さにちょっとだけびびっていたのだが、壺のような操作性の悪さは全くない。ぶっちゃけ余裕である。

 

「あー、もう完全に理解した。ごめんねぇ、強くってさ?」

「いやー、ヌルゲーでしょこれ」

「流石キッズゲームだねぇ…………」

 

 全弾をホームランし、次々とステージを進んでいく。

 加速する弾だったり、波打つ魔球だったりするが、全然普通に打てる。

 そもそも全開スペックなら銃弾見切って避けられるのが私たち異世界人だ。

 大幅に能力ダウンしているとはいえ、ゲームの球ごとき見切れないはずもない。

 

「え? こんなゲームに苦戦してたの? あの天下のちぬれゆいさんが?」

 

 まだ始まってもないんだよなぁ

 苦戦してたね、ラストで。

 いけるいける

 

 

 全てを芯にとらえてホームランにしていくと、十数分で6ステージまで進んだ。

 そして、6ステージの敵はフクロウのようだ。

 

「まぁ超余裕で――うおっ、なにこれ!」

 

 今までとは全く違う法則で飛ぶ球に思わず面食らってしまう。

 何とこのフクロウが投げる球、横にジグザグするのだ。

 最早シュートとかカーブとかそういう次元じゃない。魔球どころか完全な魔法の球である。

 

 そして何より問題なのだが、はっきり言って滅茶苦茶打ちにくい。

 当てるだけなら何とかなるのだが………、 

 

「えっ、ヒットってカウントされないの?」

 

 されないぞ

 ただの演出でしかない

 RTAだと遅延以外の何物でもない。

 

「えぇ………ホームランしか認めないとか漢かよ。イケメンじゃんか…………」

 

 どうやらこのゲーム、ホームラン以外は一切カウントしないらしい。一応ストライクとファールとヒットがあるのだが、全部カウントされないので違いは全くないのだとか。むしろ毎回演出が入って鬱陶しいのでストライクの方がマシらしい。

 そしてヒットも本来の野球においては重要なのに、ホームランしか認めないその余りに男らしい姿勢から、このゲームの主人公である『ペーさん』は『ペニキ』と呼ばれ恐れられていた。

 

 そんなペニキだが、ここからが本番というのはどうやら本当らしい。

 ジグザグの余りの厄介さに、ここまできて初めて数本を打ち損ねた。

 

「いやおかしいだろその弾! どうやって投げてんだよそれ、もうメジャー行けよ!」

 

 バットの芯に捉えないとホームランが出ないのだが、不規則にジグザグするせいでどこに球が来るのかが分からない。苦肉の策でジグザグの中央にカーソルを当てて撃っているのだが、そうすると今度はカス当たりでヒットかファールしか出ないのだ。このゲームではそれらはゴミに等しい価値しかない。

 

 だから難しかった。

 だがクリアには一切支障はなかった。

 なぜなら35球中19球打てば良いだけだったからだ。

 半分とちょっとホームラン打つだけならなんとかなる。

 

 いやうめぇな

 こっからやぞ?

 トラー来たあああああああああ

 

 

 そしてコメント曰く、お次が本番らしいのだが………。

 

「………ホントに簡単だね。いや、正直壺みたいになんだかんだボロクソになるのかなーって思ってたんだけどさ」

 

 意外なことに、あっさりとクリアしてしまった。

 茜の薦めるゲームなので相当ヤバイと思っていたのだが、今回はそうでもなかったらしい。

 

 うっま

 トラー一発かよ

 消える魔球きつくないの?

 

 

 虎男の投げる球は消える魔球だった。

 しかし、たかが消えるだけだ。

 遅い球と速い球が混じっているので決して簡単ではないが、クリアできないほどではなかった。

 

「よし……これがラストかー」

 

 半刻も経たずにラスボスまでたどり着いてしまった。

 そして、コイツが問題だった。

 

「えぇ………50球中40球ホームランってマジですか。…………しかも消える球とジグザグ両方やってくるとかやりたい放題やってんじゃん」

 

 全種類使ってくるぞ

 39球撃たれても絶対に負けを認めないルビカス

 大正義ルビカスやぞ

 

 

 どうやらヤバイヤバイと言われていたのは、コイツのことらしい。

 何とか撃てる消える魔球はともかく、ジグザグが結構な割合で飛んでくるのがかなり辛い。これが来た時点でヒットやファールになる確率が上がる。そしてそれが11本溜まればゲームセット(屈辱の負け)になってしまうのだ。

 

「………うぐ、やるじゃんかルビン。認めてやるよ。お前は強い」

 

 ああああああああっ

 惜しかった。

 後2球か…………。

 うめぇな。

  

 

 そして初めて自分は土を付けられた。

 全50球のうち、なんとかホームランに出来たのは合計38球。

 ノーミス全撃破には後一歩だけ届かなかった。

 

「ラスボスさん容赦なく強いなぁ…………。てかこの子って確か普通の人間だよね」

 

 普通の子がこんな魔球を投げられるわけないという、自分の素直な疑問にコメント欄から回答が返ってくる。

 

 そもそも元の童話自体がルビン少年の妄想だからな

 妄想だから自分が最強だし、全ての技使えるんだぞ

 RTA of Japanで大罵倒されてて笑ったわ

 ラスボスがルビンなのは、人間こそが一番の畜生であるという鼠の国からのメッセージ

  

 

「想像するのは最強の自分ってとこかー、いややり過ぎっしょ! 強すぎるだろ、もうちょっとなんというか、手心というかさ、あるんじゃないのって話ですよ全くもう」

 

 最初のはビギナーズラックだったらしく、その後は中々上手くいかなかった。

 やっぱりジグザグボールがどれだけ来るかにかかっている。

 

 しかし、前ほど(壺の時)お通夜ムードではない。

 おそらく最初に惜しいところまで行っているからだろう。

 こういう素のスペックで勝負できるゲームは自分有利だ。

 

 そして数時間が経過すること、ついにたどり着いた。

 

「あと、5球! あと5球! 2本打てばいいんだ私!」

 

 ルビカスをあと一歩というところまで追い詰めたのだ。

 

 現在、ホームランは38本で目標まで必要なのは残りたったの2本。

 それに対して、残り球数は5球もある。

 つまり5本中2本撃つだけでいいのだ。

 

 きたああああああああああ

 いけええええええ

 冷静にな

  

 

 ………しかし、容易に進めることは許してくれない。

 

「………くそっ、残り3球か」

 

 2本連続でジグザグボールが来て、ファールになってしまう。

 今度は自分が追い込まれた形となった。

 

 思わず息が荒くなり、ドキドキといった音が体に響く。

 濁流のように流れるコメントを見ていると、ここが正念場であると嫌でも実感する。

 ゴクリと唾を飲み込み、大きく息を吸う。

 そしてゆっくり吐き出した。

 

 そして、撃つ。

 

「――よしっ、後1つ」

 

 狙い通りにホームランになり、クリアに王手を掛けた。

 

 あと2球で、1つだけホームランを打てばいい。

 それだけの話である。

 ………しかし、またジグザグが来てしまった。

 

「…………っ!」

 

 あと1球。

 それなのにここで初めてのストライク。

 もう後がない。

 

「はぁ………はぁ………」

 

 今まで8割打ってきてるはずなのに、どういうわけか打てる気がしなくなってくる。

 ここに来るまで、次はどれくらい時間が掛かるか分からない。

 今自分は気圧されているのだ、ルビカスに。

 

 ここでふと懐かしい感じがした。

 正直自分はあっちの世界では、かなり気の小さい方の人間だった。というか平和な日本で育ったのだから、死と病魔で満ちた異世界で育った人と比べると繊細なのは当たり前だと思う。そこら辺の平民が平然と襲ってきた盗賊ぶっ殺すとか思わんて。

 

 まぁともかくとしてだ。

 だからこそ、頭がハッピーセットな連中に気圧される経験は多い。

 そして、こういう時はどうすべきかも分かっていた。

 

 ――辛い時は、笑うのだ。

 

 無理やりに口角をあげ、獰猛に笑みを浮かべる。

 笑うという行為は本来攻撃的なものとは誰の言葉だったか。

 本心でなくとも相手を見下し、屈服させるぐらいの心構えを持つためには、思いっきり笑うのが一番なのだ。笑うと自然と余裕が出てきたような感じすらしてくる。 

 

 これでも私は過酷な異世界を、偶然とはいえ生き残ってきたエルフだ。

 ゲームの中、増してやこんな場末の雑魚に気圧されるわけにはいかない。

 

 目の前のルビカスが振りかぶり、ボールが手の中から飛び出す。

 

 最後のチャンスに来たのはジグザグボール。

 しかしさっきまでのボールの中に、全く同じ軌道のものがあったとふと気が付く。

 ならばわざわざ中心でとらえる必要もない。記憶の通りになぞればよいだけだ。

 

 さっきまでとは違う位置で振ると、バットの中心に当たった。

 グングンと飛距離が伸びていき、ストンと場外の草むらに落ちた。

 

「よっしゃあああああああ!! ざまみろルビカスうううううううう!!」

 

 やりますねぇ!

 成し遂げたぜ。

 おめでとおおおおおおおおおおお

 ないすううううううううううう

 

 

 高らかに手をあげ、勝利の咆哮を挙げた。

 ソワソワとした達成感が胸の中に満ちていく。

 嬉しさの奔流の中に押し流されながら、今一度大きな勝どきを挙げた。

 

「やったああああああああああ――」

 

 ――ドンッ

 

 しかし勝どきは、仕切りから聞こえた鋭い打撃音で途切れた。

 ひやりと汗が流れる。

 カメラの端より外、仕切りのちょうど外側から、怒気すら纏ったマシロがじとっとした目でこっちを睨んでいた。最近はいつもふわふわしてる可愛いマシロだが、今は珍しく相当不機嫌な様子だ。いったい誰のせいだろう…………。

 

「………ご、ごめんね?」

「…………」

 

 草

 激オコ妹ちゃん

 MASHIROがお怒りになられてる………!

 もっと謝って! ちゃんと謝って!

 

 

 

 後日談だが、ちょうどRTAの記録を更新できそうだった時に私が大声をあげたせいで、ミスして記録ペースをロストしたのだとか。

 それを聞いてしまうと、正直かなり申し訳なく感じてしまう。

 

 マシロは感情的になってつい反射的に壁ドンしてしまったことを謝ってきたが、むしろ自分が完全に悪かったので平謝りしておいた。

 

 だがこれからも配信を続けるなら、音の問題はちゃんと考えておく必要があるだろう。

 少なくともボロアパートの一室で続けるのは、カメラに映る背景的にもどうかと思う。

 

 ガサガサの畳に正座して、薄っすらと冷気の漏れる窓を見ているとどうにも悲しい気分になってくる。思い出すのは茜たちの大きなマンションルームだろうか。

 そろそろ真面目に引っ越しを考えた方がいいかもしれないなと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】収益化:メンバーシップ、スパチャ、広告費等から収益を受け取るために必要な許可。著作物等の切り抜きによる売り逃げ等を避けるため、登録者数1,000人以上かつ総再生時間4,000 時間以上というある程度厳しい条件が課せられている。

 

 

 

 




ちなみに私は血反吐吐きながら勝ち逃げしました。
グッバイロビカス。
願わくば二度と会わないことを。

2021/12/18:チャンネル登録者数を倍程度に増やしました


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【日常編4】やりたい事、見たい事、やるべき事

溜め回が続きます。すまん


「やっと時間とれたなー」

「せやね」

「ふぁ…………んぅ」

 

 最近自分のホームポジションになりつつある茜たちの棲家で、しみじみと呟く。

 早々に集まってアイリスの件で話をしたかったのだが、都合がつかなかった。

 自分も時間があまりなかったのもあるが、一番時間がなかったのは茜だ。

 

 なんでも大学でレポートなるものを提出させられるらしい。ちょうど昨日が提出期限だったらしく、40ページを優に超えるという恐怖のレポートを夜を徹して期限ギリギリに完成させた茜はそのまま力尽きたようにちょっと前まで寝ていたのだとか。

 茜は起きてすぐに自分に連絡した、そして駆け付けたのがちょうど今である。

 

 大事な話は対面の方が良いのだ。

 

「それ提出期限伸ばしてもらえなかったのか?」

「1秒でも遅れたら落単やね。必須やから留年確定やし……」

「なにその地獄」

 

 1秒の遅れすら許さない厳しさに少しばかり恐怖を覚える。

 ギルドの依頼ですら交渉すれば多少は延期してくれるというのに。

 

「どうせ突き返されるからなぁ…………はぁ、どうせ血塗れレポートやわ」

 

 そしてその苦労の結晶のレポートは、間違いなく教授に突き返される。

 ウルトラハイグレード赤ペン先生の手によって、隅々まで添削し尽されるからだ。

 教授の筆跡から伝わってくる刃のような鋭い怒りに、学生は毎回慄くらしい。

 

 少しばかりの同情を覚えて、肩を揉んであげることにした。

 

「………あぁ~~♪ ええわぁ~~~、ああっ」

「手揉みには中々自信があるぞー?」

「あかねだけずりゅい。わひゃひもかちゃこってるのに」

「飲み込んでから喋れ」

 

 葵は豆をひたすらボリボリしていた。

 魔法で育てた異世界産の豆なので旨いのは分かるが食うペースが速すぎる。

 今日の会議は結構長くなりそうなのでもうちょっと抑えて欲しい。

 

 今日の会議に当たって、既にいくつかの前提は照らし合わせてある。

 例えば、葵が既にアイリスからの依頼を受けて原案を作成していたこと、私と茜がその打診を受けていたことなどだ。

 それにあたって、実況者であることを隠していたつもりだった茜が、葵に『………本気で隠せてると思ってたの?』と火の玉ストレートをぶちかまされたことで、茜の顔がプチ炎上した一幕があったが、今は落ち着いている。吹っ切れたともいうが。

 

 手持ち無沙汰に肩を揉む私、その気持ちよさに喘ぐ茜、そして豆食い婆と共に会議を始める。

 肩を揉まれる茜は蕩けたチーズにみたいになってきているので、進行は私だ。

 

「………まず1件目、事務所に入るかどうかだけど、これは受けるってことでいいんだよね?」

「せやな~~♡」

 

 詳しい契約は省くが、要はVtuber関係なくまずは事務所のサポートを受けてみないかという話だった。Vtuberグループであるアイプロに所属という形でなく、アイリスが持っている別のZowTuber事務所の話だ。これに所属すれば契約費は取られる代わりに、現在の活動についてもサポートを受けられる。

 

 一先ずこの話については、受けることにした。

 単純な話、提示された条件が圧倒的に良いからだ。

 

「企画運営のサポートと、必要な機材の貸し出し、トラブル時の協力、これだけしてもらってあの契約費は破格だよね………多分」

「ふつうはありえへん内容やわ~~♪」

 

 茜は契約の内容に太鼓判を押していた。

 茜も色々な事務所から声をかけてもらっていたが、普通じゃ有り得ないほどこちらに有利な契約らしい。自分も見た限りではそう認識している。茜とは協力関係にあるが、決して依存してはいけないと考えている。そんな茜に毎回配信機材や動画編集のことを聞いて負担を掛けるのもどうかと思っていたので、サポートが付くのは正直嬉しい。

 

 また、茜は今日もそうだったが学業があってかなり忙しい。

 兼業である以上、時間にはどうしても大きな制約が付く。

 そこを多少なりともカバー出来るのは大きいだろう。

 

 

 そして兼業じゃない自分にとってもメリットはあるのだ。

 

「……正直最近のコメント欄は目に余るし、サポートの人がいれば活動の幅も広がる」

 

 まずコメント。

 ただでさえ荒らしが多いのにモデレーターがいなくて荒れ放題な私のコメント欄を、ある程度整備してくれるのが一点

 

 もう一点は、主にリアルの活動のサポートだ。

 

 例えば、最近投稿した簡単な格闘技動画か。

 これらは勿論、自分一人で撮影を行って、自分で編集したものだ。

 勿論全てを一人で完結することは出来なくはない。

 現に茜はそうやってきてたし、自分もそれに倣ってきた。

 しかしここにお手伝いさんがいれば、もっと効率よく活動できるだろう。

 

 冒険者パーティは、前衛、中衛、後衛、サポート要員で構成されることが多いが分業というのは効率を大きく高めてくれる。

 

 まぁもう提案された事務所に入るのは決まりでいいだろう。

 

「じゃあ次に、私、茜、葵がアイプロに入ってVtuberを始めるかどうかだけど」

 

 こちらが本題だ。

 

「自分は正直Vtuberになってはみたいんだよなぁ。特にアイリスプロジェクトはファンとして憧れだったし。他の人も歓迎してくれるって言ってたから。けど他の要求がちょっと………」

「ん……私本人がVになるかはともかく、Vのママにはなってみたいから、アーシャには正直期待してる」

「ウチはぁ、うーん、どうかなぁ~」

 

 私が条件付き賛成、葵は否定より、茜は悩み中。といった形か。

 

 葵は特に配信の経験がないが、その淡々とした語り口は喫茶店で見ている。

 あのノリが出せるのであれば配信者としての素質は十分だろうというのが。アイリスの判断か。

 ただし、非常に残念ながら本人はあんまりやる気がない。

 興味はあるようなのだが、それに伴う面倒臭さが想像できて悩んでいる様子だった。

 

 茜はそりゃ迷うだろう。

 せっかく最近登録者を大きく伸ばしてきた茜は既に40万を近い登録者を抱えている。それがいきなりVtuberを始めて箱に転属するともなれば、視聴者はかなり驚くのは間違いない。

 ただ、決して否定はしていない。

 

 そして自分だが、自分はアイリスの提案に悩んでいた。

 アイリスは、自分がリアルの活動とVtuberの活動を並行して行って良いと言っている。

 いやむしろ積極的にリアルの活動をして欲しいとも言っていた。

 

 例えば、釣り配信をしたり、観光配信をしたり、グルメ配信をしたりしながら、同時にVtuberの活動もして欲しいということだ。

 

「……でも自分はどっちかっていうと、インドア派なんだよねー」

「ん………外嫌いなの分かる」

「いや別に外が嫌いなわけじゃないけどさ」

 

 別にお出掛けが嫌いなわけじゃない。時間が出来れば日本中の観光名所を巡ったりしたい気持ちはもちろんある。単にそれ以上に、家でゴロゴロしながら配信見たりゲームしたりしたい気持ちが強いだけだ。そして、これが何が問題かというと、

 

「………アイリスさんは、むしろ()()()()望んでるみたいなんだよねー」

「ん………ポスト芸能人になって欲しいって言ってたね」

 

 アイリスの認識と自分の認識は、はっきり言ってかなりズレていた。

 私の認識では、今の活動のゲーム配信がVtuberに置き換わるだけのイメージだった。

 

 しかし彼女の本来の意図は全く違った。 

 私にはできるだけリアルの活動で――例えばBIKAKINのような大衆向けの活動で視聴者を集めて欲しいのだとか。そして今度はその視聴者をVtuberという箱に引きずり込みたいというのが、彼女の希望だった。

 そしてそのリアルとバーチャルの架け橋となるのは、最近ZowTubeに進出してきたテレビ出身の芸人や、古巣の漫画家とも積極的にコラボ配信を行っている天堂アイリス本人だ。

 

 ただ、勿論だが、私のやりたい事とはズレている。

 

「でも正直私がやりたいのは、大衆向けよりもっとなんて言うかさ――あの…………」

「………言いたいことは分かる」

 

 無理やり言葉にすれば、ニッチとでも言うのだろうか。

 しかし無理に言葉にすると、大事な何かを取りこぼしているような気さえする。

 

「………今、とっても楽しいんだ。こんな毎日が、ずっと続いてほしいって、そう思ってる」

 

 自分は最近の配信、そして日本での生活をなんだかんだ満喫している。

 暴力的なコンテンツで、組長で、忍者で、エロフで、インターネット老人会で。

 まともな要素が何一つなくてイジられたり、プロレスしたりすることもあるけれど、なんだかんだ楽しめているのだ。これを一切切り捨てて、キレイな路線で進むというのは…………、

 

「……つまらない?」

「…………」

 

 心の先を読んだかのように継ぎ足された葵の言葉を、無言で肯定する。

 ただ、同時にこうも思うのだ。

 

「………でも、これはエゴだ」

 

 自分の素質は、はっきり言って高い。

 まず顔、そして楽器と歌、ゲームの腕、あと減点にならない程度のトーク力。

 

 アイリスは言っていた。

 自分がもし指示通りに動いて、きちんと綺麗なキャラを演じて、言われた()()()をちゃんとこなしていくのなら、数年で登録者500万人は固いと。

 

「ん、確かにエゴだね」

 

 無表情な葵からは、その肯定の裏にある意図が読み取れない。

 それは非難なのか、それとも共感なのか、はたまた無関心なのか。

 するとここで、再起動した茜から言葉が飛んでくる。

 

 それは自身の経験から来る濃密な含蓄を含んだ言葉。

 

「自分がやりたいことと、視聴者が見たいこと、このギャップにクリエイターはみんな苦しんどるよ。ウチも勿論。………きっと葵も」

「ん………当たり前」

 

 その言葉には自分も大いに心当たりがあった。

 

 茜の言葉に葵も共感を示している。

 イラストレーターとして既に幾つかの仕事を経験している葵。

 そしてビギナーの自分にとってもそれはなんとなく理解できるものだった。

 

 あの日から開けた私のワクワクに満ちた世界。

 確かにワクワクには満ちていたけれど、同時に果てしない創作者の苦しみにも満ちていた。

 

 例えば最近の動画の話か。

 自分の今の再生数ランキングで、一位なのは初日の『あーしゃ・おん・すてーじ』だ。当然のようにダブルミリオンを達成し、まだまだその勢いは衰えない。

 自分も弾き語りはプロ並みと自覚しているので、これは嬉しかった。

 賞賛の言葉と、大量の高評価を見ると、思わずにやけてしまう。

 

 しかし問題は2位。

 2位の動画名は『マジック・オブ・エルフ!』である。

 

 この動画、単純に自分が手品を見せるだけのしょぼい動画だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶ ▶❘ ♪
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

マジック・オブ・エルフ!

 1,052,096 回視聴 3日前
 
 ⤴34,624 ⤵871 ➦共有 ≡₊保存 … 

 
 エルフのアーシャ 
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 198,992人 

 

 昔から手品(一人遊び)は得意だったので、思い出しがてらやってみただけだ。

 しかしこれがもう盛大にバズった。

 Ywitterで拡散され数日で100万回再生されてしまったのだ。

 

 念入りに準備して、頑張って編集して、渾身の思いで投稿した動画はまぁまぁの伸びだったのに、30分で撮影した動画を殆どそのままぶん投げただけの動画が100万回再生。

 正直ちょっとがっくりきた。

 

 そしてバズった理由は単純で、顔がいいからだ。

 おっぱい大きい人のピアノ動画が、ある程度の技術さえあれば滅茶苦茶再生されるのと同じ理屈なわけだ。自分は面倒臭い人間なので、これを正直には喜べない。

 

「……ぶっちゃけさ、あの動画は面白くなかったでしょ?」

「いや? そんなことないと思うで? ちゃんと面白かったしええ動画やったよ」

「ん……内容がしょぼくて、話も下手ならあんなには伸びない。自信持っていいと思う」

「…………そうかなぁ?」

 

 二人は確かに褒めてくれる。

 コメント欄も、ほとんどが絶賛の嵐だった。

 でも全く嬉しくなかった。

 本業の人と比べると過剰評価にもほどがあるからだ。

 

『あーしゃ・おん・すてーじ』は、正真正銘私の本気だったので、称賛されるのは凄く嬉しかった。

 しかしあの手品ははっきり言って手抜きだ。

 笑えるネタも入れてないし、面白くしようともしてない。

 ネタが思いつかずに適当に撮影してお茶を濁しただけのつもりだったのだ。

 だから、数千件の絶賛コメントの中に紛れていた『美人はいいよな、この程度で評価されて』というコメントをみてちょっと嬉しかったぐらいだ。 

 

 そしてここで話は元に戻るわけだ。

 

 自分のやりたい事、自分が自信をもってやれること、そして視聴者が本当に見たかったもの。

 アイリスのやって欲しいことと、自分のやりたい事。

 

 それぞれ違っていて、どうしようもなくズレている。

 

 これらを踏まえて、自分はどうすべきか。

 どれも取りこぼしたくないワガママな私には、まだ見当もつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】おっぱい系ZowTuber:基本的には顔を出さず、胸を強調した服を着て配信を行うZowTuber。主な配信内容は料理、楽器、ASMR、筋トレ、コスプレなど。批判もあるが、『視聴者の需要を満たす』というクリエイターに最も重要なものを、ある意味きちんと満たしている配信とも言える。

 

 




創作者誰しも抱える悩みですよねぇ…………


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【日常編5】3つのガワ候補とゲーム実況者さん

 あの話題をこれ以上掘り下げても仕方ないだろう。

 ということで、いったんお茶を入れながら、緩い話題に切り替えることにした。

 

「……アイリスさんも無茶するよね。先にキャラデザ決めようだなんて」

「ん………まだ決定じゃない。決めるのは私とアーシャだけどね」

 

 ちなみに葵も私のことはアーシャと呼ぶようになった。

 最早、自分の本名ということになっている雪村ミシロは一切機能してない。

 まぁ本名はそもそも『再生の樹』を意味する全く別の異世界語なのでぶっちゃけ呼び方なんてなんでもいいのだが。

 

 テーブルの上に広げられたのは、アイリスに見せられた時より更にブラッシュアップされた3つのキャラクター。

 どれも銀髪エルフであるというのは私に影響を受けているからなのか。せっかくデザインされてるし、原案者がここにいるのでいろいろ補足してもらうことにした。

 

「まず一人目『エルフの里を飛び出した世間知らずの女の子』、なんかピュアな感じだね」

「ん………、はわわとか言っちゃうタイプのイメージ」

「王道な感じやな、ちょっとロリっぽいけど」

 

 センシティブな画像を見て顔を真っ赤にして『は、破廉恥ですよぉ~!』とか言って顔を両手で隠しながら、実は指の隙間からジロジロ見てそうな女の子だ。

 王道な女の子で人気は高そうだ。

 しかし自分でやるにはちょっと………。

 

「私のイメージには合わないよなこれ」

「………確かに」

「暴力! 暴力! 暴力! エロ! 老人会!ってなイメージやもんな――痛い痛い痛い!」

「認めはするけど直接言われると腹立つんだよな」

 

 茜の悪いお口をチャックしつつ、2枚目を見る。

 

「二人目は『高潔で高慢な性格をしているが、実はオタク趣味』、美人系のエルフか」

「ん………高潔なエルフと漏れ出すオタク趣味のギャップをイメージした」

 

 口調は少し偉そうな女騎士風だろうか。『くっ、殺せ………』とか言いそうな感じだ。

 正直、素が男口調に近い私なら、こっちの方が良さそうに感じる。

 少しこの子になりきって、演じてみようか。

 

「………お、おい貴様ら!! くっ、このような屈辱……犯人をネタバレするという屈辱、絶対許しはせんぞ!」

「おー、それっぽい」

「やるやんけ」

 

 自分でも好感触だったが、実際二人にも好評だった。

 自分がもしVtuberの魂として、実際に演じるならこっちの方が向いてるだろう。

 ただ、この2つのガワを見ていて気になることがあった。

 

「リアルとVを同じチャンネルでやるなら、この設定使えないよね」

「「あー……確かに」」

 

 せっかく色々な設定が付いているのだけれど、同じチャンネルでやる場合は、リアルの口調からあまりに変えるとウケが悪くなるのは間違いない。その指摘に葵は悲しそうな顔をする。その場合は、完全に関係性を切り離した方が良さそうだ。

 

「………没?」

「いや、別にこのガワだけ使って設定だけ替えればいいんじゃ――」

「それは私が嫌」

 

 珍しく強い口調で否定する葵に、ちょっとたじろぐ。

 やはりプロである以上、完璧なものにしたいという気持ちがあるのだろうか?

 

「仕事はクソメンドいけど、やるならちゃんとやる。ガワと魂はちゃんと一致してこそ意味があるし、面白い配信になる」

「…………そっか」

 

 性格を挿げ替えればいいという言葉を撤回して軽く謝罪し、3枚目を見ることにした。

 

「ええっと、身長140cm、年齢は11歳。『無限にみんなを甘やかしてくれるママ』…………は? 年齢間違ってないこれ?」

「ん………合ってるよ。私のイチオシのママ。アイリスさんからは猛反対されたけど」

「…………ママ?」

 

 見た目は垂れ目で、大人しそうな、小学校5年生ぐらいの女の子だ。

 しかし、葵はこの子の属性をママと呼んだ。

 葵は相当この案に力を入れているらしく、一つだけやったら書き込みがガチだし、大量のセリフが書き込まれていた。

 

「できるだけゆっくり、優しい声で読んで。甘やかすように。できれば耳元で」

「………嫌なんだけどこれ」

 

 耳元でという言葉は無視して、改めて台詞を見る。

 小学生相当の女の子に言わせるにはかなりアレな文章だったので、少し顔が引きつった。

 

 ここでふと、異世界の悪魔たちを思い出す。

 悪魔というのは人間の悪感情を貪って生きているのだが、その中に『怠惰』を貪る悪魔がいる。

 そいつらは日本語訳で『バブみ幼稚園』なるものを開園して、人間を一生甘やかすだけ甘やかしていた。

 そんなある意味甘々な彼女らの口調を思い出して、再現する。

 

「――主様、今日も一日学校、お仕事、お疲れさまでした」

「――それで、今日は何をなされたのでしょうか?」

「――呼吸ですか!? この息苦しいの世の中で、呼吸をするなんてなんて素晴らしい」

「――こんなに寒いのに、お布団にも負けず起き上がって、重力にも抗っておられる」

「――流石、ご主人様で御座います」

 

 怒涛の勢いで繰り出される怪文章だが………。

 

「これ遠回しにバカにしてない?」

「この子はしてない………生きてるだけで褒めてくれる幼妻に無限に甘やかされたくない?」

「いやいやいやガチトーンやめろや、怖いって」

 

 葵が熱く語るには、視聴者を全肯定して無限に甘やかしてくれるエルフの見習い神官ちゃんという設定らしい。ぶっちゃけ自分には全く刺さらないのだが、確かに刺さる人はいそうだ。

 

「私この子に一生甘やかされて暮らすのが夢なんだ………。ねぇアーシャ?」

 

 非常に残念ながらその夢は叶えられない。

 

「………この子だけは絶対嫌」

「むぅ…………」

 

 そして自分には絶対無理である。

 懺悔ぐらいなら聞くのもなれているし、それはいい。

 ママ属性も理解はできる。年上のお姉さんならね。

 

 葵の下書き閲覧回は、最後に特大の爆弾を残して終わった。 

 人間の業の深さを、改めて考えさせられる出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】怠惰の悪魔スロウシア:悪魔の一種であるスロウシアは、人間と友好関係を築くことの出来る数少ない悪魔だ。彼ら彼女らは堕落した人間を好み、一人では何も出来ない状態まで甘やかし、その最期を看取るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議も終わったその日の夜更け、茜は自分の動画を編集していた。

 

 動画編集の作業というのは、とても地味なものだ。

 効果音、BGM、ゲーム音、そして自分の声の音量バランスを過不足なく調整していく。

 これは、出来なければ大幅減点されるのに、出来ていても加点にはならない。

 

 (楽しないよなぁ、この作業。概要欄のリンク張り並に詰まらんわ)

 

 動画作成で一番楽しいのは、あれやこれやとネタを頭の中で考えているときだ。

 次に楽しいのは、ピタッとネタがハマった時か。

 

 (………ここセリフ入れ直すか)

 

 茜は実況動画と銘打っているが、実際の所、声を後入れすることも多い。

 最初から音声データと動画データは別録しておき、問題が見つかれば撮り直すのだ。

 マイクのスイッチを入れ、録音モードにする。

 

「………いやどこ行くねーーーーーん!!!」

 

 静かな部屋に、突如として明るいツッコミが響き反響する。

 一呼吸おいて、録音を切り音声データを作成した。

 そして詰まらないツッコミの部分に、今録音した音声を張り付ける。

 後はシークバーを直前まで戻して、

 

『――なるほどな。それで、っていやどこ行くねーーーーーん!!!』

「うっさいなこいつ、静かにせぇ」

 

 少し音量バランスが悪くて不快に感じたので、音量を65%に下げた。

 そしてもう一度、全体を確認する。

 

『――なるほどな。それで、っていやどこ行くねーーーーーん!!!』

「………まぁえっか」

 

 完璧とは言えないが、まぁ及第点だろう。

 そう思った茜はいくつか作ってあるテンプレートから、素材を持ってきて、編集の続きを再開した。

 おおよそ無表情で、淡々と、機械的に。

 

 パッチワークのように音声を継ぎ足し、明るい効果音を淡々と付け足していく。

 そして最後に1回、全体を確認して出力(エンコード)を開始した。

 30分もすれば動画が完成するので、それを投稿すれば今日の作業はお終いだ。

 

 (どうせ今回もミス見つかるんやろなぁ………)

 

 毎度のことだが、字幕が間違ってたり、効果音が1つ外れてたりする。

 念入りに何度もチェックすれば無くせるのだが、チェックの費用対効果を考えて、チェックは1度しかしないことにしていた。キリが無いからだ。

 

 すっとタイマーを止め、何時間かかったかを見る。

 

 (12分の動画で、6時間か………凝った動画にしてはまぁまぁやな)

 

 たった12分の動画を作るのに茜は6時間を要していた。

 これを長いと見るか、短いと見るかは人によるだろうが。

 

 動画制作が全く楽しくないというわけではない。

 けれど、大量の楽しくない部分を超えなければ、ちゃんとした動画は完成はしない。

 そして、その楽しくない作業を延々と続けられた人間だけが挑む権利を与えられる。

 そしてその中のごく一握りだけがZowTubeで成功できるのだ。

 

 動画投稿に興味がある100人のうち、投稿を始めるのはたった1人。

 動画投稿を始めた100人のうち、それを続けられるのはたった1人。

 言い過ぎかもしれないが、それぐらい継続できる人は少ない。

 

 辛くても淡々と作業をこなす茜は、間違いなく挑戦者で勝者だった。

 

 ふぅと大きく息を吐き、アーシャが残していった蜂蜜レモンティーを飲む。

 ふわっとエルフのやさしさが広がり、目と頭の疲れを和らげてくれた。

 

 茜はふとアーシャのことを考える。

 彼女がこの家にしょっちゅう出入りするようになってから、随分と体調が良くなった。

 家精霊たちは普段は出てこないが、お菓子をお供えしているだけで、家を綺麗に保ってくれている。

 

 調子が良くなった今なら、自分の普段の生活がどれだけデバフを与えていたかよく分かる。

 そして、調子が良くなったのは何も体だけじゃなかった。

 

 アーシャが注目を浴びると同時に、自分も狙い通りに注目を浴びた。

 その結果、登録者数30万人を一気に飛び越えて登録者数40万人をも目の前にしている。

 

 (このままいけば、ハーフミリオンやな)

 

 流石に年内は無理だろうが、来年なら50万登録者は狙えるかもしれないと茜は思っている。

 

 (まぁアーシャは、ウチなんて容易く飛び越えていくんやろうけど)

 

 そして、きっともうすぐ自分を超えていくだろうなとも思っていた。

 今のアーシャの登録者数は20万を目前としている。

 自分が数年かけて集めた視聴者を、たった数週間で越えようとしているのだ。

 

 (編集はだいぶマシになったけど………まぁカットと音声調整だけでも今は十分か)

 

 茜と比べると、アーシャの編集は稚拙だ。字幕も少ないし、カットの基準も甘い。もう少し削っていいと思うし、逆に大事な場面はもっと間を取っていいと思う。そのあたりのことをメッセージに纏めておいて後日教えるのが最近の日課だ。次からは多少はマシになることを期待する。

 

「(でも、そんな編集でも、ウチよりずっと再生されとんのよな)」

 

 ZowTubeの世界は残酷だ。

 茜のように手間暇かけた編集で作り上げた動画が必ずしも受けるとは限らない。

 逆に編集が稚拙でもネタさえ面白ければ、広く受け入れられて人気になる。

 

 最もそれが分かっていたから、アーシャをサポートして金の盾まで連れて行ってあげることにしたのだが。しかし、それでもアーシャの伸びを見ていると、そして連動した自分の伸びを見ていると、どうしても期待してしまう。

 

 ――ウチも金の盾、狙いたいな。

 

 しかし、実のところVtuberを除けば、日本の女性のゲーム実況者で登録者100万人を超えた人間は誰一人としていないのだ。そして、自分はそんな特別な人間ではないと分かっている茜は、まともな手段で自分が上り詰めるのは難しいだろうとも思っていた。

 

 (同期やのに、もう100万人超えとるんかこの子は……)

 

 ちらりと見るのは同じころに実況を始めたネットの知り合い。

 仲良かったのにある時突然、活動を休止した。

 かと思ったら、数か月後にハロスターズで活動を開始したとの連絡がきた。

 

 その子は今、優に100万人を超える登録者を抱えて伸び伸びと配信している。

 

「………ウチやって、これぐらいできるのに」

 

 浅ましい嫉妬が脳裏を過り、ブンブンと首を振って黒い感情を振り払う。

 だが、客観的に見ても、この子に能力が劣っているとは思わない。

 もし劣っているとすれば、こういうことをすぐに考えてしまう自分の性格ぐらいと、茜は自嘲した。

 

 差があるとすれば、やはり箱の力か。

 コラボを繰り返し、視聴者を共有しあう彼女らの登録者数が多いのは当たり前だ。

 

「ウチもVtuberになれば、狙えるんかな」

 

 考えるのは、アイリスのお誘い。

 お誘いに乗れば、逆にVtuberという箱から、自分という女性実況者に視聴者をある程度誘導できることは間違いないだろう。

 

「………けど」

 

 今見てくれている視聴者は、今のスタイルが好きなんじゃないだろうか。

 このご時世わざわざ自分を見るのなら、Vtuberが嫌いな層もいるんじゃないだろうか。

 配信スタイルも、Vtuberの主流の生放送スタイルじゃなくて、短めの凝った動画だけを見たい人が自分のファンなんじゃないだろうか。

 

「でも、やったらどうすれば………」

 

 今のファンを裏切りたくない、今のスタンスは崩したくない。

 けれど新たなファンも獲得したい。金盾も欲しい。

 Vtuberにも興味があって、やってみたい。

 両立の難しいこの難題を、どう捉えればよいのか。

 

 ドン詰まりに立った今の茜に、答えを出すことは出来そうにもなかった。

 

 寝る前に飲み物を飲みに、席を立つ。

 既に日が変わり、電気もついていないリビングは薄暗い。

 そんな中、ふとベランダの方を見ると、アーシャと葵がいた。

 

「(……ん? なにやっとんのやろ)」

 

 わざわざこんな冬間近の夜更けに、どうしてベランダにいるのだろうか。

 どうやら相当話が盛り上がっているらしく、薄着で話し込んでいる。

 アーシャは風邪をひかないだろうが、葵は風邪をひくかもしれない。

 

 一言注意するために、出入口の掃き出し窓をガラリと引く。

 

「――おーい、上着着んと風邪ひくで…………っ!?」

 

 茜は耳を疑った。

 

「………ご、ごめんねアーシャ、勝手に快楽調教しちゃって」

「いやー、うん、むしろ………めちゃくちゃ良かったよ」

 

 心底恥ずかしそうに顔を赤らめ目を逸らす葵と、同じく顔は赤いがどこか喜色の滲んだアーシャ。

 茜の知らない世界がそこにはあった。

 

「「「…………」」」

 

 突如として現れた茜と、二人の視線が交錯する。

 余りの気まずさに、冷え込んだ空気は氷点下を軽く下回る。

 

 この状況を説明するには、少し前に遡る必要があった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】エンコード:圧縮しなければ膨大な容量になる動画を圧縮するために行う作業。基本的に自動で行ってくれるのだが、パソコンの性能や動画の長さによっては数時間~1日程度の時間を要することもある。

 

 

 




スロウシアちゃんに飼われてヌクヌク暮らしたいなぁ………



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【日常編6】欠けた月もいつかは満月に

鬱っぽいのはこれで終わりだ!


 遠くに見える自分の家を見ながら、白い息を吐く。

 給湯器は取り換えてもらったが、一度思い出した贅沢はやめられない。

 そんなこんなで今日もお風呂を借りに来ていた。

 

 マシロはこっちには来ていない。

 割とバズったゆったりRTA動画が相当嬉しかったらしく、勢いに任せて様々なRTA動画を投稿し始めているらしい。RTAはマシロでもかなり神経を削るらしく、自分が騒がしくすると邪魔になってしまうので、こっちに逃げてきているというのも理由の一つか。

 

 目線をずらして今度は、近くの公園に目を向ける。

 耳の感覚を研ぎ澄まして、魔力の流れを確認するがいつも通り結界に異常はない。

 

 あの公園は、実は異世界に最も近い場所である。

 そして、世界間転移魔法はあの公園周辺で使わないと成功しない。

 

 イメージするなら、横に並んだ2つのボールが地球と異世界だろうか。

 世界間転移魔法は、2つのボールがぴったりと引っ付いた、ごく限られた場所でしか成功しない。

 それでも大量の魔力を消費するし、発動までは大きな時間が掛かる。

 

 今ふと思い出したのだが、あの公園は多分自分が転移した場所だ。

 中華料理屋のバイト帰りに、気まぐれに寄った気がする。

 恐らくその時に、運悪く向こうの世界に転移したのだろう。

 そしてあっちの対応する場所は、結構ヤバイ場所だ。

 ゲーム風に言うなら裏ダンジョンぐらいの難易度はある。 

 

 ちなみに普通の人間が魔力の濃い場所に行くと、体がグズグズになって即死する。

 多分自分も、転移後即死して、その後転生したのだろう。

 まぁ順序なんて、正直どうでもいいか。

 

 今重要なのは、この町のあの場所からしか世界間転移魔法を使うことは出来ないということだ。

 

 ――はぁ……これだけ動きがないと、飽きてくるなぁ。

 

 最近は配信が楽しくておざなりにはなっているが、一応は魔王の討伐、捕獲、交渉は今も自分たちの仕事だ。失敗にしろ成功にしろ、遅くとも2年以内には報告しなければならない。しかし、どこに行ったか探すには地球は余りにも広すぎる。

 

 広い場所で少ない人数で誰かを捕まえなければならないなら、普通どうするだろうか。

 

 ――待ち伏せ、しかないよなぁ。

 

 異世界に逃げ帰られると追うのが猶更しんどくなる。

 なので待ち伏せに意味がないわけではない。

 

 だが正直自分は待つのが苦手だ。正直辛い。

 自分とマシロは最低でもどっちかはこの町にいないといけないし、夜に完全に寝るわけにもいかない。

 不幸中の幸いは、高位種族の自分たちは寝なくてもしばらくは活動できることか。

 

「………はぁ、くだらな」

 

 異世界に帰る気があるのなら、とっくにアクションを起こしていると思うので、多分この待ち伏せ自体意味を成していないのだろう。

 多分こうしている間もあの魔王はどこかで女を食っているのだろうなと思う。

 正直ちょっと羨ましい……。

 少しでも女の子へのモテを分けて欲しい。

 

 あの魔王と戦闘した時は、仮面とローブを付けていたので多分顔バレはしていない。

 だが、ガチエルフの自分が目立つと余計な警戒を招きかねない。

 だから乱闘事件までは顔出しや、魔力の余計な使用も避けていた。

 

 まぁ配信が楽しすぎてどうでもよくなったんだけどね。

 だがその後押しに何の収穫もない待ち伏せの存在があったのは言うまでもない。

 

 今日は月が綺麗だ。

 月といえば、茜と約束したあの日は満月だった。

 今はちょうど三日月ぐらいだろうか?

 真ん丸に輝いていた月は、大きく黒の塊で塗りつぶされている。

 

 少しだけ、今の自分と似ているなと思った。

 キラキラ輝いていた夢と、真っ暗な現実。

 

 今の夢は、2つある。

 一つは異世界の夢で、今はどうやっても叶えられない夢だから置いておこう。

 

 もう一つは、茜と一緒に金の盾を取ること……なのだろうか?

 本当にそうハッキリ言いきれるだろうか。

 

「……本当に欲しかったのは、そんなものだったかな」

 

 もう一度空を見あげて、届かない三日月に手を伸ばす。

 空に輝く黄金の夢には、ぽっかりと大きな黒が差していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼぉーっと空を見つめながら、

 今も考えるのは昼のことか。

 

 一つ思うことは、正直な話ここまで悩むのならアイリスの提案なんて蹴ってしまっていいんじゃないかということか。今のまま続けていっても、ある程度の視聴者は残ってくれると思う。そして、茜の収入を見た感じ、老後の生活とか家族を養うこととか考えなければきっとしばらく生活には困らない程度の収益は出る気がする。

 

 だから今考えているのは、言ってしまえば心の贅肉か。

 生きるのに困っていない自分が、さらに贅沢なことを考えているわけだ。もっと多くの人に見て欲しい、もっと多くの人に楽しんで欲しい、もっと多くの人を笑顔にしたい。

 

 ――そして、もっと自分が幸せになりたい。

 

「……アーシャはやっぱり絵になるね」

「葵?」

 

 ベランダにやって来たのは、寝間着姿の葵だった。

 最近、家に良く寄るようになってからは前よりもよく話すようになった。

 やってきた葵は、自分の横に立って、珍しい敬語で言った。

 

「月も綺麗だし、少しお話しませんか?」

「いいよ」

 

 即答して、再び月を見上げる。

 取り留めもない会話を続けていると、自然とここにいた理由の話になる。

 魔王の話はちょっと突拍子もないので避け、悩みの話をすることにした。

 

「Vtuberの件は勿論だけど、最近、普通の配信の方でもちょっと悩んでるんだ」

 

 頷く葵に、近況を説明する。

 最近の自分の配信や動画は、基本的に単発のお手軽なゲーム動画がメインだ。

 端的に言えば、茜の真似だろうか。

 

「……私の動画、面白いのかな?」

「………」

 

 私の悩むような声色のせいか、それとも動画が面白くないせいか、返答はない。

 自分というコンテンツが本当に面白いのか。

 それが今の自分の一番の悩みだ。

 

 近頃、チャンネル分析ツールというのを知った自分は、面白さを客観的に見れるようになっていた。だからこそ悩んでいるのだが。

 

「視聴者維持率って知ってる?」

「……聞いたことない」

 

 知らないと告げる葵に、短く説明する。視聴者維持率とは、動画全体が、何割見られているかという割合を表す指標だ。

 

 例えば、10人の視聴者が全員最後まで動画を見ると100%に、

 例えば、3人がすぐに視聴を辞め、7人が最後まで見ると70%に、

 例えば、10人全員が半分で視聴を辞めれば50%になる。

 

 まぁ厳密には間違っている。

 大勢の人が何度も巻き戻したりすると稀に100%超えたりすることもあるからだ。

 

 まぁともかく、視聴者維持率が高いほど人の心をつかめる動画なのは間違いない。

 これは茜が動画作りにおいて最も重要視している指標だ。

 この数値を上げるために、茜は心血を注いでいる。

 

 その茜曰く、面白い動画と呼ばれる動画は最低でもそれが50%以上はあるのだとか。

 駆け出しなら40%もあれば、十分に上を狙えるとも言っていた。

 

「………低くない?」

「それがそうでもないんだよ。例えば、葵は動画開いてなんとなく用事を思い出して閉じたりすることない?」

「………あるね」

「そもそも動画がどれだけ面白くても、最後まで見てくれるとも限らない。それを踏まえての数値だから」

 

 ここで驚異というべきか。

 茜の動画の初動は優に70%を超えるらしい。

 完璧にハマった時は80%すら見えるのだとか。

 

 この数値を得るために、茜は様々な工夫をしていると言っていた。

 まず最初の数十秒で必ず気を引く。絶対に長くてつまらないOPは入れない。ブラウザバックされるから。

 長々と最後に宣伝せずに動画を即ブチ切るのも同様の理由だ。

 

 この値が高いと、おすすめ動画に選ばれやすくなり、動画の伸びが全く違うものになるらしい。

 ただ、おすすめに選ばれると普段と違う視聴者層が集まってくるので、最終的には50%近くまで落ち込むらしいが。

 

 自分の動画はどうだろうか。

 たしかにバズっている。

 けれど視聴者維持率は40%程度しかない。

 理由は分かっている。

 自分のファンは最近出来たファンであるから。

 そもそも今もチャンネル全体がバズっているようなものなので、新しい視聴者が多いから。

 それでいてこの数値は、私の実力だと茜は言っていた。

 

 けれど、現実として茜とは30%の差があるわけだ。

 仕方ないと理屈では分かっている。

 分かっているのだが、どうしようもなく怖くなってしまう。

 面白くないと思われているのではないかと錯覚してしてしまうのだ。

 

 そんな私の言葉に、葵は優しい音色を返してくれた。

 

「……私はファンだよ。一ファンとして応援している。だって面白いから」

「…………ありがと」

 

 嘘が分かるから、これはお世辞じゃないってすぐ分かった。

 葵は励ましではなく、心の底からそう思ってくれているのだ。

 こういう、お世辞じゃない言葉に、自分は物凄く弱い。

 

 じんわりと言の葉が響き、寒さに震える心に暖をくれる。

 時に大多数のファンより、たった一人の応援の方が嬉しいと聞いていたが、あながち間違いじゃないのかもしれない。

 現に今、これだけ暖かさを感じているのだから。

 

 なら、葵のために動画を作るのも、そう悪くないかもしれない、

 

「それじゃあさ、葵がさ、見てみたい動画とか企画とかない? 」

 

 参考にしたくて、みんなの代表として葵に聞いてみる。

 しかし、返って来たのは答えではなく、意味の分からない質問だった。

 

「………アーシャはさ、金の盾が欲しい? それとも好きなことがしたい?」

 

 質問をしたのに、代わりに質問が帰って来た。

 少し悩んでから、答えを返す。

 

「……好きなこともしたいけど、今は金の盾が欲しい。茜と約束したから」

 

 自分の前世の実の父親の数少ない薫陶に「約束は守れよ」というのがある。

 馬鹿らしいと思うこともあったが、これだけはずっと忠実に守ってきた。

 

 だから、茜との約束も必ず果たすつもりだ。

 何故か心に寒いものを感じていると、葵から鋭い言葉が打ち返される。

 

「それじゃあ、今すぐタイトルと説明文を英語にすればいい。そして全てに英語の字幕を付ける。これからの配信は全て英語で行って、より大衆向けなバンド配信に注力すればいい」

「あ、葵……? いきなり何を?」

 

 自分の言葉を無視して葵は言葉を続ける。

 

「そしてその話題性を使って、大物とコラボする。見た目がいいから、きっとすぐに誰かがコラボしてくれるはず。それを何度か繰り返せば、きっとすぐに金の盾が手に入る。アイリスさんの手なんて借りるまでもない」

「……そんな簡単な話じゃないと思うけど」

「いや……これだけは間違いない。アーシャにはそれだけの素質がある」

 

 珍しく強い語尾で断言した葵は、更に解説を付け加えてくれた。

 そもそも、日本語で配信を行うのと、英語で配信を行うのでは分母が全く違うのだ。

 例えば日本には1億やそこらの人しかいない。

 

「見て、このいろんな物から道具作る人の動画。平均数百万回再生されてる日本人の動画だけど、視聴者は海外の人が多いはず」

「………ほんとだ。コメント欄も、海外の人ばっかり」

 

 これは、海外の人にみてもらうためというのが葵の予想だ。

 そのおかげか、このチャンネルは殆ど全ての動画がミリオンを優に超えている。

 

「なんならもうアーシャは一言も喋らなくてもいい。無言で飯食って弾き語ればいい」

 

 英語を扱える人は15億人を超える。日本人を1億人とした単純計算なら、15倍の視聴者が得られると言っていいわけだ。言語すら使わないなら、世界中の全ての人が視聴者候補になるかもしれない。

 

「……もし今のアーシャに15倍の視聴者がいれば、金の盾どころか300万人登録者だね」

 

 どこか馬鹿にしたように、葵は言葉を続ける。

 

「それでもう1回聞く。アーシャはどっちがしたいの?」

 

 今度は、迷うことなく答えられた。

 

「……それは勿論、好きなことがしたい」

 

 言われてみれば当たり前の話だった。

 本当に単純な話だったのだ。

 

「……配信者はみんな最初は素人。それでも何故か面白い人がいる。それは自分の大好きなことに馬鹿みたいに執着して、バカみたいな熱量を使って、バカみたいに楽しんでいる人だからだって、私はそう思ってる」

「………そういえばそうだった、自分の大好きなニマニマ動画は、みんなが好き放題やって、好き放題暴れて、やりたいことやって、だからおもしろかったんだ」

 

 そして、今、世間に羽ばたいているのはそんな彼らだ。

 お金を貰うどころか払って配信をして、グレーゾーンだった新作ゲームを配信して、好きなことだけをひたすら貪欲に追い求め続けた。彼らが今も素人の延長線上にいるかどうかはわからないし、もしかしたら金儲けのためだけに続けているのかもしれない。

 けど、きっと自分が全く楽しくないことだけを動画に、配信にしている人は、いないはずだ。

 

 好きな実況者の言葉を思い出す。

 

「『自分が純粋に楽しいと思ってる様子』ってのは視聴者には絶対に伝わる。自分がゲームを本気で楽しんでいないと、絶対に面白い動画にはならない……か」

 

 呟くように言った自分の言葉に葵は同調する。

 

「自分はそういう人が好きだし、アーシャだってそうだったんじゃないの?」 

「………そうだね」

 

 あまりの説得力に、返す言葉もない。

 すると、葵は言葉を付け加えた。

 

「それに、好きじゃないことを続けるのは本当に大変」

 

 それは、イラストレーターになった女の子のお話。

 

 イラストを描くのが大好きで、夢が叶った女の子。

 しかし、実際のお仕事は自分の好きな絵を追求すればいいわけじゃない。限られた時間で、ある程度は手を抜いて、必要なものを必要な時間に必要な分だけ納品しなければならない。

 納得できない要求に、満足できないクオリティ。好きなものと好かれるもののズレ。

 すると、女の子はいつの間にか、大好きだったことが段々嫌いになっていったのだとか。

 

「……それはお仕事だから仕方ない。でもそれだけじゃ辛いから、自分は時々趣味絵をかいて気を紛らわしてる」

 

 これ以上は何も言わないとばかりに、ここで葵は言葉を打ち切った。

 きっと、これ以上は自分で考えなければならないのだろう。

 けれど、とてつもなく大きなヒントを貰った気がする。

 

「ありがとね葵、おかげで方向性が定まった気がする」

 

 考えをまとめて、近日中にアイリスさんとも一度じっくり話し合ってみるべきだろう。

 一先ず、贅肉だらけの自分の方針は決まった。

 

「………私は、好きなことで、生きていきたい」

 

 呟くように言ってから、カチリとピースがハマったような気がした。

 

「私は、好きなことで生きてきたい!」

 

 気が付けば、もう寒くは無かった。

 

「私は! 好きなことで! 生き抜いてやるんだ!」

 

 夜空に輝く三日月に向かって、遠慮のない大声で宣言した。

 欠けた月はいずれ、新月を経て満月になる。

 月を隠す暗雲だって、いつかは必ず払われるのだ。

 

 自分の言葉をかみしめる。

 

 ――自分の好きなことをやる!

 ――そして好きなことで、茜と一緒に金の盾を取ってやる!

 

 これが今の私の夢なのだ。

 そう、はっきりと自覚できた。

 

 

 ふと葵を見ると、珍しくにっこりと笑っていた。

 

 

 

 




元ネタ:いろんな物から道具作る人の動画:圧倒的不審者の極みさん


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【日常編7】えちえち絵師の夢とえっちなエルフさん

 自分の夢は形になった。

 勿論好きなことだけ追求して、誰の話も聞かないというわけじゃない。

 でも、軸足は好きなことに置いておくべきだと、やっと分かったのだ。

 

「………改めてありがと、葵」

「大袈裟」

 

 気にしないでと手振りで伝えてくる葵。

 こういうさっぱりしたところは、すごく格好いいと思う。

 でも、大事なことを教えてくれた葵にお礼がしたいとも思った。 

 

「……自分の夢――目標の話はしたけどさ。葵は夢ってある?」

「………あるよ」

「良かったら、聞かせてくれないかな? ――もし手伝えることなら、手伝いたい」

 

 夢の実現は誰にとっても大抵簡単なことじゃない。

 しかし手伝ってくれる人がいれば、多少は障害が減る。

 何かしらの恩返しをしたかったから、夢を聞きたかったのだ。

 だがしかし、葵はどこか躊躇いがちに、

 

「どんな夢でも、笑わない……?」

「笑わないよ、どんな夢でも」

 

 人の夢を笑うなんて最低だ。そういう意味を込めて強く断言する。

 

 しばしの間、静寂の時を経る。

 と、葵はボソリと語ってくれた。

 

「……私は、不労所得で暮らしたい」

「へ………?」

 

 意味を理解するのに、一瞬戸惑った。

 しかし、すぐに理解が追いついてくる。

 

「わかる!」

「わ………わかるの?」

「いや、分かるよ。というか自分も面倒なしがらみがないならそうしてる。………というか大抵の人の本音はそんなもんだと思うよ?」

 

 働くことは生きがい……というが、それは誰かに必要とされたいだけだったり、周りの圧力に無意識のうちに洗脳されていたりだとか、そんなところだと自分は思っている。誰もが働かなくても一生生きていける社会になれば、大半の人は一生怠けるだろうというのが自分の所感だ。

 自分や知人の経験談も交えて裏付けると、葵は少し微笑んだ。

 

「……よかった、正直引かれるかと思ったから」

「意味もなく人殺したいとか言わなきゃ引かないよ」

 

 自分の許容領域は正直かなり広い。

 異世界には、それこそドラゴンカーセックスのような意味不明な性癖の持ち主が大量にいたからだ。それを思えばただちょっと怠けたいだけの人間なんて、それこそ掃いて捨てる程いるだろう。

 

「……でもその割に葵は今もイラストの仕事してるよね? 3つもモデル作ってたし」

「好きな仕事は、受けることにしてるから。それでもダルいけど」

 

 言ってる割には勤勉に感じる葵に、続きを促してみる。

 なぜそう思うようになったのか、知りたかったのだ。

 

 すると、割と分かりやすい答えが返って来た。

 

 元々、ネット上にファンアートを上げるのが趣味だった葵。

 当時から絵が上手かった葵はネットの知り合いから小遣い稼ぎがてら依頼を受けるようになったのだとか。そしてそれがきっかけとなり、絵のお仕事をするようになってしばらくして、大きなお仕事の話が飛んできた。

 

 それは、とあるラノベのお仕事だった。

 

 よもう小説を経て書籍化されたその小説に、葵は絵を付けることになった。

 少ない情報から、作者の理想通りのキャラをデザインして、提出。

 そしてその小説は、よもう小説にしては飛ぶように売れたらしい。

 

 だが、ここで葵は一つの悲しみを背負った。

 

「あれだけ売れたのに………私めちゃくちゃ頑張ったのに………私には殆どお金が入らなかった!」

 

 そう、どれだけ売れても葵には収入が全然発生しなかったのだ。

 ラノベはイラストが全て、なんて言葉もある。

 もちろんそんなことが無いことは分かっているが、絵がそれくらい重要なのも確かだ。

 

 しかし社会の経験の少ない葵は、よく契約を見ていなかった。

 イラストは買い切り型だったのだ。

 

 そしてそこで葵は大半のイラストレーターは、買い切り型で仕事を受けていることを知ったらしい。良く調べず勝手に華々しい生活をイメージしていた葵は、そこでとんでもないショックを受けたのだとか。

 

「あの書籍化作家はしょっちゅう焼肉食べてツイートしてるのに! 私は赤スパもできない!」

「赤スパはしなくていいと思うよ? いや貰ってる身でいうのもあれだけど」

 

 ああいう物は石油王がするものだ。

 まぁでも、葵の気持ちは分からないでもない。

 

 レビューに『話はクソだが絵がいいので買いました』というコメントが大量につくほどには内容はひどく、しかし絵は良かった。

 そりゃ不満の1つや2つぐらい出るだろう。

 

「てかラノベのお仕事って、イラストレーターの中でもかなり花形の仕事じゃないの?」

「そんなのどうでもいいから金が欲しい。とにかく印税を分けろ」

「言うねぇ……」

 

 身も蓋もない言い方に少し笑ってしまう。

 いや、本人からしたら何も笑えないのだろうけれど。

 

 しかし、そうなってくるとあれだ。

 気になるわけだ。

 ずっと隠してる、葵のイラストレーター名が。

 

「なぁ葵。そのラノベのタイトル教えてくれない?」

「………うーん」

 

 しかし葵の反応は芳しくない。

 多分作品を見せたくないわけじゃなく、名前を明かしたくないのだろう。

 

 自分がVtuberになる場合、葵がママになることは分かっている。

 しかし何故か未だにハンドルネームを教えてくれないのだ。

 本名は知っているのに変な話である。

 認知してください!あなたの子ですよ!

 

「いや、私がVtuber始めるなら当然知ることになるんだから教えてよ。後か先かの違いだよな?」

「………う、分かった」

 

 しばらく悩んでいたが、葵は了承してくれた。

 そして部屋に戻ってから1冊のラノベを持ってくる。

 そして、その絵には見覚えがあった。

 

「あっ、この絵知ってる!」

 

 見た瞬間一目で分かった。

 

「白紅ハルさんの絵だこれ!」

「……っ!」

 

 絵を見るだけで名前を見るまでもなく分かった。

 

 絵の上手い、下手というのは確かにある。

 しかし、絵に絶対の正解という物はない。

 だからか一流のイラストレーターには、それぞれ特有の癖がある。

 この癖は自分が特に好きな癖だ。

 

「今日の昼のイラストも確かに線は似てた! なんで気が付かなかったんだろ………」

 

 多分、仕上げまで行っていなかったので気が付かなかったのだろう。

 答え合わせをするために、葵の瞳をじっと見つめる、

 

「………白紅ハルです」

「うおおおおおおお! 本人だったああああ!」

 

 大物絵師、白紅ハル。

 それが、目の前の彼女――小波葵のペンネームだった。

 

 白紅ハルは、可愛いくてえっちな女の子を特に得意とする人だ。

 更新頻度こそ低いが、クオリティが非常に高く、フォロワー数は10万人を超える。

 はっきり言って超大物の絵師だった。

 

 流行りのアニメの可愛いファンイラストを供給してくれるので、非常に人気が高い。

 タイムラインに現れるたび毎回いいねを付けていた。

 ちなみにエロ絵の時はいいねは付けず、無言で画像を保存する。

 噂されると恥ずかしいし………。

 

 定期的に来る乱れた生活のツイートから、てっきりおっさんだと思っていたので、正直驚いた。

 

「ま、まさか葵が白紅ハルだったなんて……。でも最近活動休止気味ですよね?」 

「金にならないから。………趣味絵は楽しいから書いてるけど。あと敬語やめて」

 

 尊敬から思わず敬語になってしまった。

 そして、葵は活動休止の意図を教えてくれる。

 見せてくれたのは、白紅ハルのサブアカウントだった。

 

「私は、今は印税生活を夢見てる」

 

 そう言って推したリンクの先は、見慣れた小説サイトだった。

 いくつかの小説を指さしながら、説明してくれる。

 

「ここ1年ぐらい書いてて、ずっと書籍化狙ってる」

「『エロゲの友人枠に転生したのに友人枠から外れそうなんだが!?』、『SSSSSランク冒険者の俺がスローライフを志すのはそんなに悪いことだろうか』、『3分で世界を救えとか無理じゃねぇか!?~時間限定勇者はリアルと異世界で成り上がる~』………見たことあるなぁこれ、なんだかんだ面白かった奴だ」

「………そう?」

 

 いかにもよもうの小説といった感じだが、正直このチープさは嫌いじゃない。

 心に残る物語ではないが、読んでいて楽しくはあるからだ。

 

 たまに読もう小説を読む人間はゴミのような言い方をされることがあるが、自分は違うと思っている。言ってしまえば、所謂よもう小説はファストフードだ。そしてファストフードを食べる人間だからって、レストランの料理の味が分からないとは限らないだろう。

 毎日ちゃんとしたものを食べているのに、たまにカップラーメンのようなジャンクフードが食べたくなるような感じか。

 

 小説に関しても同様だと思っているわけだ。

 

 そんなわけで、自分は書いている事自体には言うことはなかった。

 むしろ面白い作品を供給してくれてありがとうと言いたい。

 だがしかし、喜ぶ葵に、一つだけ言いたいことがある。

 

「あのさ、これ全部エタってるよな?」

「うっ………!」

 

 これらの作品は、どれも実は日間ランキングに上位に来ていたことがある作品だ。

 絵も描けて、小説も書けるとはどれだけ多才なのだろう。

 実際読んでいておもしろかったのだが、どれも20万字程度で更新が止まってしまっている。

 

「だ、だって、ちょっと溜めの鬱展開いれたらキレられるし、

 主人公が成長するために負けたらキレられるし、

 ヒロインが他の男と仲良く話すだけでキレられるし、

 ちょっと設定に粗があっただけで鬼の首とったように叩かれるし、

 更新する度にブクマが減るし、

 掲示板ではボロクソに叩かれてるし………」

 

 普段の無口はどこへやら。 

 相当ため込んでいたらしい葵は怒涛の勢いで愚痴を吐き出す。

 

 さっき葵が言っていた『自分の好きなことをやるのが大事』という言葉はどこへ行ったのかと思ったが、あれはどうやら葵がこの経験とイラストレーターの経験、両方を経て、最近になってやっとたどり着いた結論らしい。

 自分なりの明確な答えを得たのは最近なのだとか。

 

 元々書籍化狙いで、よもう読者向けにターゲットを絞って書いていた葵だが、ついつい無意識のうちに読者の逆鱗に触れる行動をしてしまうらしい。

 そして感想欄が大炎上すると書籍化の目が無くなったと感じて、今の作品を見捨ててしまうのだとか。

 

「……ごめんなさい。どうしても、続きが書けないんです。自分にとって面白くなくて、人が面白いだろうと思うものを書いて、それが外れて叩かれるのが怖いから」

 

 それは私への言葉というより、続きを待っている読者全体への言い訳だろうか。

 自分にはそんな風に聞こえた。

 特別に返事はせず、相槌と軽い同意だけを示す。 

 

「なるほどなるほど……」

「……書いてる途中の熱が、スンと冷めていく。それが怖い」

 

 勿論、先を見てみたい気持ちはある。

 しかし、更新してくれないことを強く責める気持ちにはなれない。

 自分も、何をやっても上手くいかない時の、どうしようもない感覚はよくわかっているからだ。

 

「うんうん…………」

「――だから、今私はまた筆を折ってるんだ」

「そっかぁ………」

 

 ただ葵の話を聞くだけ。

 そうこうしていると、葵は言葉を止めた。

 

「………何も言わないんだね? ああしろとか、こうしろとか」

「分かってるつもりの人に、成りたくないから」

 

 悩みは大抵の場合、その人の中に答えがあったりする。

 代わりに答えてあげるのではなくて、寄り添ってあげることの方が大事と、経験則で知っていた。

 

「言うだけでも楽になるから、好きなだけ言ってくれたら聞くよ?」

 

 ――友達だしね。

 

 茜からもらった言葉を、今度は葵に返す。

 葵は少しだけ微笑み、続きを話してくれた。

 それは愚痴、とりとめもない悩み。

 でも本人にとっては大事な悩みだ。

 

「……くちゅん」

 

 忘れていたが、寒い夜なのに葵は薄着だ。

 空気を温める魔法を使って、温度を調整する。

 そしてまた、愚痴を聞いていた。

 

 言い終わった後、葵はいくらかすっきりした様子だった。

 

「………今日はありがと」

「いやいやこっちこそ、ありがとね葵」

 

 お互いの悩み、どこか深いところに触れあったような感覚。

 自然と心が繋がっているような、そんな気がした。

 

 今日はもう十分話したと思う。

 自分は一応結界の監視で起きているつもりだが、葵はそろそろ寝るべきだろう。

 そういって、解散する方向に話を持っていく。

 

 しかし、葵は最後に核爆弾を持ってきた。

 

「………正直、言うかすごく悩んだ。けど、もうどうせバレるから、後からバレたら印象悪いから、先に謝る」

「……何の話?」

 

 そう言って、葵はスマホを見せてくれた。

 

「………エロ同人?」

「…………………うん」

 

 恥ずかし気に目を逸らす葵が、見せてくれたのは同人誌。

 『錬金少女エルフちゃんの快楽遊戯!』だった。

 

 つまり、小説だけでなく、同人作品まで書いていたらしい。

 どれだけ多才なんだろうかこの子は。

 まぁそれはいい。

 何より問題は、そのエルフの容姿か。

 

「………」

「………あ、あーしゃ?」

 

 ちなみに、そのエルフの髪色は銀髪で、ポニテで、碧眼だ。

 衣装は、メイド喫茶で使っていたものとほぼ同様の意匠である。

 

「…………」

「………え、えっと、あの」

 

 マジマジと見つめて、思う。

 

「これモデル私だよね」

「…………うん」

 

 嘘判定するまでもなく本当だった。

 

 葵から聞くと、電子書籍として販売しているこの同人誌は、ちょうど夏頃に出版したらしい。誰かさんが喫茶店で勤め始めた頃だろうか。ちょっと強気な女の子が、師匠の女錬金術師の発明品でトロトロになってしまうという内容なのだとか。

 

 ちなみにこれは葵の口から言わせた。

 真っ赤になってしどろもどろになりながら説明する葵の姿ははっきり言って犯罪的だった。

 むしろ『自分の書いた同人誌の内容を読み上げさせられるエロ同人作家』で1本書けるんじゃないだろうか。

 言ったら嫌われそうなので絶対言わないが。

 

 ちなみに私がキレてるっぽい雰囲気になっているのは単にびっくりしているだけだ。

 そして別に悪感情はない。

 盗賊や傭兵というレイパー標準装備の男たちが溢れている世界を見慣れているので、被害者がいるならともかく自分に向けられる分の妄想ぐらいなら慣れているからだ。

 そもそも記憶を読むと、脳内で自分が好き勝手されてることも結構多いのだ。ひどい場合は自分が絶対言わない、やらないことをやらされていることもある。

 

「売れた?」

「…………めちゃくちゃ売れた」

 

 ちなみに自分はエロも含めて同人作品は殆ど買ってないし、サイトも見てない。

 理由は単純で、金がないのに覗いて欲しくなったら悲しいからだ。

 そんな理由で白紅ハルの同人活動も知らなかった。

 

「葵さ、金無いって言ってなかったっけ………?」

「ハロスターズ全員分のメンバーシップと、ネット配信の契約で消えてる」

「おいやべーよそれは、流石に解約しよ?」

 

 その金の使い方は一度真剣に考え直した方がいいと思う。

 そんなことを考えていると、葵は恐る恐る話しかけてきた。

 

「………というか、もしかして怒ってない?」

「怒ってないよ」

 

 そう言って、異世界の経験から来る理由を説明した。

 

「正直性的な目で見られるのは割と慣れてるからね。まぁ勿論嫌なものは嫌だけどさ、正直そこまでは気にしてない。……露骨に自分を見てくるやつも多いから」

「………ありがと、part2出していい?」 

「この状況でそれ言う!? ……まぁいいよ。実際自分は関係ないしね。何故か似てるってだけで」

 

 まぁ、葵の目標にとっては大事な一歩なのかもしれない。

 実際同人で生活というのは、全く無理な話というわけでもないだろう。

 エロに抵抗がないのであれば、少なくとも買い切りのラノベよりはよっぽど見込みがあるはずだ。

 

「理想の印税生活、応援してる」

「…………」

 

 告げた後援の言葉だが、葵からの返事はない。

 暫しの沈黙を経て、トマトみたいに赤くなった葵は口を開く。

 

「………あ、あの」

「?」

 

 今以上に言いにくい言葉があるのだろうか?

 

「………アーシャからの、感想が欲しい」

「か、感想!? 読めばいいってことか!? 私が私がモデルのこれを!?」

 

 葵はコクリと頷き、補足をしてくれた。

 

「……せっかくエルフが主人公なんだから、文化とかその、リアリティを出してみたい。それに身近な人から正直な感想も欲しい」

 

 要は、単に耳の長いだけの可愛い女の子じゃなくて、ちゃんとエルフの女の子として作品を作りたいのだとか。

 また読もう小説のように凝り性が裏目らないか心配だが、気持ちは分かる。

 

 あと、作品の改善のために忌憚のない意見が欲しいというのは分かる。

 ミスをはっきり指摘してくれる人は少ないので、貴重なのだ。

 了承を告げて、葵からスマホを受け取る。

 

 

 話の流れはこうだ。

 幼いころに世界が知りたくて、閉鎖的なエルフの村を飛び出した女の子。

 彼女は旅の錬金術師と知り合い、弟子入りをしている。

 しかし、ドジな主人公はミスをしてしまう。

 

 師匠に頼まれたスライムの作成をしていた主人公のナーシャちゃんは、うっかり師匠謹製の媚薬を割ってしまう。

 そして不幸にもそれを吸い込んでしまった彼女。

 そんな彼女は思わず発情して――

 

 そして気が付いた時には出て来たスライムも媚薬を飲み込んで――

 

 なんとそのスライムは、師匠謹製の快楽調教用スライムだったのだ。

 変態貴族用の機能を図らずも体感させられ、段々堕ちていく主人公――

 そんな感じの淫靡な日々が、贅沢にも40ページほど綴られていた。

 

 はっきり言おう。

 めちゃくちゃエロい。

 なにより、ハッピーエンドなのがいい。

 スライムは犯せてハッピー、ナーシャちゃんは気持ちよくてハッピー、師匠は試作物のテストが出来てハッピー。

 

 強気な女の子なのに段々蕩けていくのが可愛い。

 最後に見せてくれた表情には思わず鼻血が漏れてしまった。

 

 艶やかな肢体に、恍惚とした表情。

 あどけなさの残る少女が、淫靡に涎を垂らして感じ入る姿。

 普段通りの生活に戻ったのに、どこか糸引く終わり方。

 葵は絶対この路線で進んだ方がいいと思うほどの技量だった。

 

 ナーシャちゃんの結末を見届けた私は、ほぅと白い息――いやピンクの息を吐き出す。

 自分とやたら似ていたからか、それとも敏感な耳を執拗に攻められていたのを想像してしまったからか、どうにもさっきから頬が紅潮して仕方ない。

 関係ないはずなのに、正直かなり興奮していた。

 

 あまりに没頭していたが、終わりとともに意識を引き戻され、葵に目線を向ける。

 

 素晴らしい作品だったよと目線で伝えるが、残念ながら伝わらなかったらしい。

 葵は何を勘違いしたのか、謝罪の意を伝えて来た。

 

「………ご、ごめんねアーシャ、勝手に快楽調教しちゃって」

「いやー、うん、むしろ………めちゃくちゃ良かったよ」

 

 ここで突然窓が開いて、

 

「――おーい、上着着んと風邪ひくで…………っ!?」

 

 それは何故か起きていた茜だった。

 突如として現れた茜と、私たちの視線が交差する。

 

「「「…………」」」

 

 極度の興奮に紅潮している自分、羞恥の余り茹で上がった葵。

 おそらくすべて聞かれたさっきの会話。

 

 ここから導き出される茜の結論は――

 

「お邪魔しましたー」

「「待ってッ!!」」

 

 とんでもない勘違いをしてドン引きしている茜を何とか引き止め、葵が隠したかった全てを茜にぶちまけて、尊厳を犠牲になんとか誤解を打ち消した。

 ついては全てを説明することになったので、自分も葵も余計に恥ずかしかった。

 

 なんとも間が悪い話である。

 

 

 




次回は配信予定!
やっとキャラ出し終わった!


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【バーガーランド】最高のバーガーを作って食うぞ!

ちぬれとエルフだ!

コラボコラボ!

実写回待ってた!

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大好き!

いいっすねぇ

 

やったぜ!

▶ ▶❘ ♪
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【バーガーランド】最高のバーガーを作って食うぞ!

 19,522 人が視聴中・2分前にライブ配信開始 
 
 ⤴4,211 ⤵34 ➦共有 ≡₊保存 … 

 
 エルフのアーシャ/ elf Asha
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 203,121人 

 

 

「どもー! それじゃあ今日はバーガーランドやってくぞー!」

 

 いいねぇ

 名作だよねこれ

 だけど何故かやってる人少ないんだよな

 まってアーシャいつもの服じゃないじゃん

 

「いやお前らが臭い臭い言うから着替えたんだろうが!」

 

 これはリスナー達とのネタなのだが、毎日同じフードを被っていた結果、そのフード臭くね?というネタが生まれた。心配になって確認してもらったが実際は臭くはなかった。しかし、リスナー達は気になって仕方ないようだ。

 

「実際臭くはないんやけど、同じ服毎日着続けんのは正直どうかと思うで?」

「いや持ってないんだから仕方ないだろ。………もちろんめんどくさいのもあるけどさ」

 

 単純な話、金がないので服を買ってなかっただけだ。

 もちろん異世界の服は大量に持っているのだが、そもそも材質が蜘蛛の糸とか、竜の髭とか明らかに普通じゃない素材で出来ているうえに明らかに目立つ意匠をしているので、こっちでは着ないようにしているのだ。

 まぁ最近の扱いを見るにコスプレと言い張れば誤魔化せる気もしているが。

 

「みんな思わんか! 今日のアーシャいつもの3倍ぐらい可愛いって。いやー、やっぱ素材だけはええよなこの子」

「だけってなんだよだけって!」

 

 そう言って、私は三つ編みにして編み込まれた髪をくるくると弄る。

 ちらっと配信画面を見ると、銀髪エルフの可愛らしい女の子が恥ずかしさからか少し顔を赤くしていた。

 

 そう、今の格好は普段の男っぽい格好とは全く違う。

 

「………この服、20万人登録者記念に、ゆいにもらったものの一つなんだよ」

「いつものラフな感じもええけど、やっぱこういうのもええわー」

 

 ワンピいいねぇ

 写真集出してくれよ

 かわいいいいいいいいい

 

 

「………っ」

 

 今の自分のスタイルはお洒落さんな茜がスタイリングしてくれたものだ。

 下から順に、スカート、青白のワンピース、あとネックレスに、花柄のバレッタだ。

 青と白というのは落ち着いていて結構好きな色なのだが、今日はどうにも胸がざわつく。

 あまりに女の子っぽい格好に少しドキドキしてしまう。

 

 初めて女装する男の子がこんな気持ちになるのだろうか。

 いや、別に初めてでもないし、今は女の子なんだけどさ!

 久しぶりすぎてちょっと動揺してしまう。

 

「………苦手なんだよなぁ、可愛いっていわれるの」

「あ"あ"あ"ー、その反応がまたええんよ」

「うぅ…………」

 

 どうにも恥ずかしくて目線が泳いでしまう。

 けど、流れる怒涛の称賛を見ていると、多くの人が喜んでくれているのが分かってしまう。それを思うと、更に顔が熱くなり不思議なむず痒いさも強くなっていった。初めての感情に戸惑ってしまう。

 なんなのだろうかこれは。

 

 これが何かは分からない。

 けど、なんだか一度嵌ると戻ってこられなくなりそうな感覚もあった。

 少し怖いね。

 

 そんなことを考えながら、本題に移った――

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 さて、服には一応触れたところで、企画説明だ。

 これは慣れている茜がやってくれる。

 

「今回の企画やけど、ウチとアーシャでバーガー対決するで!」

 

 バーガーランドは、ある街に進出したバーガーチェーン店として、町一番を目指す経営ゲームだ。単純にバーガーを作るだけでなく、それなりに頭を使って経営することも重要らしい。評価が非常に高く、販売数が少なくてプレミアがついているらしい。この企画を考えてから茜は一生懸命に安いものをAmazonessで探していたのだが、ようやく見つけて今日届いたのだ。

 

 ちなみにキャプチャーボードなるものがこのゲームの配信には必要なので、今日は茜の部屋からお送りしている。

 

 リアルでもバーガー作るのか

 二人は料理できるのか?

 ↑アーシャはかなり料理できるぞ、ツイート見ろ

 

 

 このゲームではいくつか自作のバーガーを出品できるのだが、そのうち半分を私が、残り半分を茜が開発して売り上げが多い方が勝利とするのが今回の企画だ。

 そして、リアルで再現バーガーを作るときに、負けた方は費用を負担するというのが今回の企画内容である。

 自分たちはしょっちゅう対決を行っている。

 まぁプロレスの一環でもあるわけだ。

 

「材料費をどっちが出すとしても、作るのは私なんだけどね」

「………アーシャの料理は絶品やからな―期待してるでーー?」

「まぁ私が作って旨いのは当然だけどさ――ってこら手握るな!」

 

 照れてて可愛い

 キマシ?

 リアルで萌えるとは……不覚

 

 

 茜に突然手を握られて思わず照れてしまう。

 葵の快楽調教の一件があってから、妙に茜のスキンシップが増えたのだ。

 勝手に考えを読む気はないので何を考えているかは分からない。

 

「――えぇ、コホン。まぁゆいは料理できないので私が頑張ります」

 

 昔はずっと中華料理屋でバイトしてたので料理の腕には結構自信がある。

 

 この企画、実はこれからの方針における重要な布石だったりする。

 アイリスにも少し相談して、リアルの方向性を調整することにしたのだ。

 

 葵の話でやっと自分のやるべきことを整理した私。

 そして、やっぱり自分のチャンネルの今のスタイルは崩したくないと考えた茜。

 アイリスはあまり良い顔はしていなかったが、方針を決めたことは自体は喜んでくれた。

 

 とりあえず決めたのはジャンルを統一すること。

 

 まず茜と私の共通点として、動画のジャンルがばらけているチャンネルがあまり好きではない。

 だから、少なくとも同じチャンネルでVtuberの配信をすることはないだろう。

 サブチャンネルか、完全に切り離して別チャンネルかはまだ未定だが。

 

 それは私たちに任せるとアイリスは約束してくれた。

 なんとも太っ腹な話である。

 本人はガチ合法ロリだけど。

 

 そしてメインチャンネルについてだ。

 はっきり言って、ゲームだけでは限界があるのはアイリスの指摘通り。

 しかし自分はゲームがやりたいし、もっと面白さを伝えたい。

 そこで、自分は自分の得意で大好きな『料理』と『ゲーム』を組み合わせることにしたのだ。

 

 料理は、3大欲求の一つであり、最も需要があるジャンルだからだ。

 もちろん敵も多いので、普通に勝負するつもりはない。

 

 例えば今回のバーガーランド。

 ゲーム配信や動画で出て来たバーガーをリアル配信で作る。

 そして作るものを決めるのに、動画や配信を活用するのだ。

 

 例えば次回予定のモンファン。

 漫画肉だったり、煮込み料理だったり、美味しそうな料理は枚挙に暇がない。

 

 まだ予想段階だが、正直この企画はかなりハマるんじゃないだろうか。

 勿論全てが上手くいくとは思っていないが、それぞれ単独で勝負するよりはよっぽど勝算があるはずだ。

 

 エルフの女の子が、ファンタジーの料理を再現する。

 作って食べる方の動画ではあまり多くを語らず、世界的に見てもらうことを狙うつもりである。

 そして、その中から興味を持ってくれた人を配信に誘導するのだ。

 

 そして、その先駆けになるのがこの配信というわけだ。

 新たなる一歩、自然と気合が入る――。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「――もうちょっとマシなネーミングないのか?」

 

 血塗れバーガーはねぇだろwww

 絶対食いたくない

 ネーミングどうにかしろ

 

 

「それじゃあエルフバーガーとか?」

「いやそれやとウチの名前が入らんやん」

 

 まず開始前に店のネーミングで揉めている。

 

「血濡れとかいう物騒なワードどうしろっていうんだよ」

「…………せやねぇ」

 

 輸血バーガー

 赤いエルフと緑のたぬき

 レッドエルフバーガーとかどう

 

 

「あ、レッドエルフ良くないですか!」

「リスナーのくせにやるやん」

 

 茜は慣れた手つきでリスナーをあしらう――

 

 

 

 

「――難易度は当然ハードやな」

「だな。私らに最高難易度以外は考えられない」

 

 いやちょっと待てこのゲームのhardはヤバい

 詰むぞ?

 既プレイでもきついのに

 

 どうやら、このゲーム相当難しいらしいが。

 

「いや、ウチは数多のシミュレーションゲームをなぎ倒してきた女やで?」

「ゆいがなぎ倒したのは遊園地の観客だったと思うんだが」

 

 あったなww

 ジェットコースターを観客の列に突っ込ませる奴なww

 あれはまごうことなき†血濡結衣†

 

 難易度と名前を決めると、次に秘書を決めることになった。

 ウサギに、宇宙人、オカマに、成金、アイドル。

 様々な人がいるが、その中で一人だけ目に留まる子がいた。

 

「このこMASHIROのアイコンに似てない?」

「うおおっ似てる似てる!」

 

 言ってしまえば白狐の女の子だった。

 マシロのRTA動画のアイコンは手書きなのだが、何故か自分に似せているのだ。

 そして自分のリアル妹として既にリスナーには周知されているので、ここで話題に出しても問題はなかった――

 

 

 

「――いや、一号店は派手にいくべきだろ!」

「絶対小型店の方がええと思うんやけど、維持費とか」

 

 初店舗の大きさで二人のオーナーが揉める。

 

「……それじゃあじゃんけんで決めるか」

「いいよ? いつまでも負けてる私と思うな?」

 

 自然とじゃんけんで決着をつけることになった。

 ちなみに、喫茶店時代から私は一度もじゃんけんで勝ったことがない。

 リアルラックが最低値なのだ。

 

 しかし、本気でやれば負けない。

 魔力を開放して自身の速度を引き上げると――

 

「よし勝った!」

「う、嘘やろ……アーシャに負けた…………?」 

 

 運とか全く関係なく、動体視力のゴリ押しだ。

 

 ちなみにこれで音ゲーをやると絶対にフルコンボできる。

 しかし全く面白くないしまともにやってる人に失礼なので、私もマシロも絶対にやらないようにしている。

 言ってしまえばサッカーで手を使わないのと同じだ。

 ルールを破ると遊びは途端につまらなくなる。

 

 じゃあなんでじゃんけんは使ったのかって?

 負ける気がしないと調子に乗ってる茜がむかついたからだ。

 所謂わからせである。

 どーんなもんだい!

 

「ゆいにはロマンがないんだよ! いつからそんなつまらない人間になっちゃったんだ!」

「めんどくさいなほんま!」

 

 アーシャが勝ってるの初めて見た

 明日は雷雨か……?

 これは台風待ったなしですわ

 

 ちなみに運の悪さはリスナーにも知れ渡っている。

 ガチャゲー配信で毎回最低保証しか出ないのはある意味伝説だ。

 案件動画とか絶対受けられないと思う。誰もガチャ引かなくなるから。

 

 そして、ゲームをその場のノリと勢いで進める文系肌(ロマン派)の私と、都度都度検証しながら確実に進めていく理系肌(堅実派)の茜の対立も、リスナーの中では結構人気の構図だと思っている。

 こうして配信していると確信するのだが、私と茜とはすごく相性がいい。

 一緒にいて素で楽しいし、自然と笑顔が漏れてしまう。

 

「………ふふっ」

「はぁ大型店舗かぁ……、ん? 突然笑ってどしたん?」

「いや、楽しいなって」

 

 首をかしげる茜に、そして変わるきっかけをくれた葵に心の中であらためて感謝した。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 バーガーの開発も進んできた。

 

 私のバーガーを紹介しよう。

 

 清々しいポークパティ三段重ねの『三段腹バーガー』!

 チーズ、ケチャップ、ベーコン、レタスの、『ヘルシー(ピザ)バーガー』!

 ソーセージ×4、『皿バーガー』!

 

 以上の3点だ。

 

 ちなみに由来だが、チーズは牛から取れるから野菜、ベーコンは草食動物だから野菜、ケチャップはトマトだから野菜というアメリカのピザ理論である。アメリカではピザは野菜だと法律で認められているらしいのでヘルシーで間違ってないだろう。

 そして皿バーガーは、単純にバンズに挟まる4本のソーセージを皿の漢字に見立てただけだ。

 

 そして、そんな私のふざけたバーガーは茜のバーガー群を圧倒していた。

 

「……な、なんでや! ヘルシーやって評価受けてんのに、売り上げではアーシャに負けとる」

「お上品なバーガーなんて誰も食いたくねぇんだよ! リスナーのみんなもそうだよね!?」

 

 まぁそうなんだよなw

 ヘルシーが欲しいならバーガー食わないって

 皿バーガーは流石にどうかと思うが、ある意味ホットドッグみたいなもんか

 

 このゲーム、バーガー製作後に8段階評価で評価が出る。

 しかし色々施設を強化するまでは5~8は取れない。

 そんな中自分のバーガーはどれも3~4の評価を受けていた。

 

 それに対して、ヘルシー志向を意識した茜は2~3を連続している。

 

「……試金石のトリプルダイコーンはどうや!」

 

 挙句の果てにとち狂ったのか、茜はダイコンを3つ重ねて売りつけるという暴挙に出た。

 

「アーシャの大根と鶏肉の煮物旨かったからな。大根は旨いんや……!」

「いや流石にこれは無理があるって、絶対べちょべちょだよこれ」

 

 えっ手料理食べてんの?

 もはや通い妻じゃん

 アーシャちゃんの手料理たべたいなぁ

 

「いや普通のことやけど」

「私も安く済むしちょうどいいんだけどね」

 

 当たり前のことなのだけれど、コメント欄はどうにもざわついていた。

 何か大きな勘違いをされているような気もするが、まぁいいか。

 

 そしてゲームから無慈悲な宣告を受ける。

 

 ――★1

 

「なんでやああああああああああ」

「いやそりゃそうでしょうよ」

 

 ゲームメッセージを読むと、なんと名前を出しただけでも客に嫌がられるとのコメント。

 

「……はぁっ!? 待って売り上げ0やんけ!」

「ハハハハハハハハ! 売り上げ0とか初めて見た!!」

「いや待て! 売れてないのにマズイってどういうことやおかしいやろ! 買ってもないくせに文句言うなやボケ!」

 

 収 益 0 円

 0wwwwwwwwwwww

 消費者はね、誰一人買いませんでした(スゥー)

 

「これはもう格付け完了したかな? 私の勝ちでいいだろこれ」

「いやまって? 原価的にはウチのバーガー結構売れとるからな?」

「未だ赤字だけどね?」

 

 茜が開発費100万をドブに投げ捨てたところで、イベントが発生した。

 このゲーム、デフォルト以外の食材はイベントか開発で調達するしかないのだ。

 

 そして、手に入ったものは――

 

「あっ、滅茶苦茶うまそう!」

 

 ――油淋鶏(ゆーりんちー)だった。

 

 旨そうだけど食材じゃねぇだろwww

 料理する前の鶏肉をもってこいよww

 無能

 

「いや待ってみんな、これ多分結構うまいの作れると思うよ? 中華は特に得意だし」

 

 中華料理には自分は慣れ親しんでいるということを話す。

 すると、茜から質問が飛んできた。

 

「……そういや、どういうきっかけでバイトしてたん?」

「んーー? 親がろくに面倒見てくれなかったから、小さかったころ近所のおっちゃんのとこで良く遊んでたんだよ。でそこから成り行きって感じ」

 

 正直な話、幼かったのでちゃんとしたきっかけは覚えていない。

 面倒見のいいおっちゃんだったが結構強面で恐れられていたらしい。

 自分は一切気にしていなかったのだが、周りの大人が教えてくれた。

 

「……ある意味じゃ親代わりみたいなもんだったかな。厳しいとこもあったけど、おかげでちゃんとしたご飯を食べられるようになったし」

 

 父親が買ってくるのは酒のアテみたいなものばっかりだったので、おっちゃんの賄いは自分にとっては重要だったのだ。

 

「……子供がいたらしいんだけど、昔に出ていったって言ってたなぁ。だからか実の子供でもないのにお店を継がないかーなんて言われてたよ。まぁ諸事情で日本を離れることになっちゃったから無効になっちゃったんだけどね」

 

 自分が学校を辞めたのもこの辺がきっかけだったりする。

 辞めてもなんとかなると思うと、嫌な奴しかいなかった学校に行く意味が見いだせなくなってしまったのだ。

 ちょっと余計に語ってしまったので、明るく締めくくることにする。

 

「まぁそういうわけで! 店任されるぐらいには大得意なわけですよ!」

 

 なるほどなぁ

 めっちゃええおっちゃんやん

 こんなかわいい近所の子おったら嬉しいやろなぁ

 

 こっちに帰ってきたときも、父親より先におっちゃんを探したぐらいだ。

 一言ぐらいおっちゃんにお礼と詫びを言いたかったのだが、見つからなかった。

 

 ………ちなみに、分かっていると思うが自分の前世は男である。

 だから視聴者の思っているような感じとはちょっと違うはずだ。

 そんなことを考えながら、新たなバーガーを作る。

 

「――というわけでこれに社運をかけます」

 

 作ったのは、油淋鶏、レタス、きゅうり、油淋鶏の構成の――

 

「――アーシャバーガーだ!」

 

 絶対美味しいし、自分のアイデンティティにも関わるので、自分の名前を付けることにした。

 

 おお社運かけてるな!

 ここで賭けちゃうかーー

 出来合い品はちょっと…………

 

「いやもう魂込めて作りましたからね。絶対旨いですよこれ、流行るの間違いなしです」

「いや……多分このゲームの仕様的にあかん気が………」

 

 しばしの間待って、バーガーの評価が出る。

 

 ――★2

 

「なんで!? 絶対美味しいってこれ!」

 

 社運を賭けた渾身のバーガーは自己最低評価を更新した。

 

 草

 やっぱりそうなるかw

 うーん、これはゴミ!w

 このゲーム出来合い品入れると評価絶対下がるんよ

 

「ええ………」

 

 そして、経営状況が更に悪化する。

 

 後で知ったのだがこのゲーム、大型店舗は基本地雷らしい。

 相手の店舗を潰すために使う程度で、普通は小型で十分なのだとか。

 つまり、経費ばかりがかさんで、お金が一切溜まらない。

 

 たまらないどころか茜と自分のバーガーで赤字が加速していく。

 そして、ついに資金が尽きてしまった。

 

「……も、もう店売るしかないやろこれ」

「どどどどうしようこれ! 潰れるって!」

 

 そして店舗を小さくする。

 

 しかしこのゲームの悪意がここでも牙をむく。

 人が多くて敵の少ない場所を的確に選ばなければ、大赤字になるらしい。

 そして大型店舗の売却で得た僅かな資金は瞬く間に底をついた。

 

 最期に残った店を売却する。

 もう、1店舗も立てる余力はない。

 

「ははははは、終わったわこれ………」

「へへへへへ、どうしようもないねこれ………」

 

 遠い目を浮かべて視聴者と最期の時を待っていると、ふとイベントが始まった。

 

 出てきたのは社長秘書の狐耳少女。

 勝手にMASHIROと名付けていた彼女は、自身の昇給を要求する。

 

『さて、年に1回の社員昇給です。昇給期待しています!』

 

 二人で顔を見合わせる。

 

「なしに決まってんだろMASHIROォ!!」

「状況わかっとんのかコラァ!!」

 

 当然昇給なんてしてやるわけない。

 当たり前だよなぁ?

 

『ひどいです! これだけ粉骨砕身して働いているというのに………!』

 

「こちとら売り上げ0やぞ! この状況で給料泥棒してんじゃねぇ!」

「そうや! もうあと二か月でウチの会社潰れるんやで!?」

 

 お前らをクビにしろよww

 無能CEOを持ったMASHIROちゃんかわいそう

 あのさぁ………

 ひどいです………(MASHIRO)

 

 やべぇ本人いた。

 

「あっ、ちちがうんだよMASHIRO?」

「せせせやでー、言ってるのはゲームの中の無能な秘書のことやでー」

 

 そして必死にMASHIROを慰めている間に、

 

 ――GAMEOVER

 

「「………」」

 

 無能な二人によりバーガー店はつぶれた。

 

 ちなみに一応、最後まで合わせて一番の売り上げがあがったのはアーシャバーガーと、茜のトマトをメインにした血塗バーガーだった。潰れた店のバーガーを料理動画にするのも縁起が悪いような気がするが、一応企画なのでちゃんとやるつもりだ。

 

 勝負は私の勝利なので、代金は茜持ちである。

 しかし勝負に勝ったが、ゲームに負けてしまったのでかなり悔しい。

 茜とバーガーランドへのリベンジを誓い、動画を締めくくった。

 

 

 ちなみに、マシロはネタとはいえボロクソ言われてたことに結構傷ついたらしい。家に戻った時には結構いじけていた。なので、ちゃんと謝っておいた。

 その時に、明日丸一日はお休みにして二人きりで過ごすことを約束させられた。

 させられたとは言うが、全く嫌じゃないんだけどね。

 むしろ合法的に二人でのんびりできるのは嬉しい。

 

 なんたって明日はハロスターズ4期生、一宮かぐやのデビュー日なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】キャプチャーボード:コンシューマーゲームの映像をPC画面上に出力するために必要な機器。機能はしょぼいが、ちゃんとしたものだと3万近くの値がすることもある。

 

 

 




元ネタ:バーガーランド:バーガーバーガー


文章を短く区切る書き方に変えてみました。
好評そうなら続けます。






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【初配信】わらわの願いを聞け!【一宮かぐや】

 バーガーランド配信の翌日。

 今日はマシロとの約束通り、一日家に籠って生活する日なのだが──

 

「──ふわぁぁぁ……」

 

 やることが無くて暇だった。

 いや、正確に言うと、やる気が出なくなって暇になった、か。

 

 さっきまでは自分も、動画の編集をしていた。編集するようになって気が付いたのだが、動画ファイルというのは基本的に滅茶苦茶容量を食う。編集していた4時間のゲームの録画ファイルなんて50GBもあった。その辺よく知らずに録画しまくった結果、ドライブの容量がいっぱいになってしまったので、動画ファイルを整理することにした。

 

 つまり編集中に動画ファイルを別の場所に移したわけだ。

 すると、とんでもないことが起こった。

 

 動画編集をしたことがある人ならどうなるか分かるだろう。

 これをやると、編集ファイルが破損する。

 

 つまりさっき頑張ってやっていた2時間分の作業が、一発でパーになったわけだ。

 この時点で茜に聞けば直し方を教えてもらえたのかもしれない。

 しかし焦っていろいろ試した結果、大変おめでたく編集ファイルはお亡くなりになられてしまった。

 

 ──よくやるよ、こんなの

 

 フリーソフトに文句を言うのもあれだが、辛い。とても辛い。

 少なくとも今日1日は編集ソフトに触れたくなかった。

 

 しかし、そうなると暇である。

 肝心のマシロはひたすらカチカチRTA動画の編集をしている。

 

 これは前からそうなのだが、私たちは一緒にいても別の行動をしていることが多い。自分が手慰みに魔道具をチマチマ手入れする傍ら、マシロは小説を読んでいたりするわけだ。これは別に私たちの仲が悪いとか、話す話題がないからではない。むしろ、仲がいいからだと考えている。一緒にいるときの沈黙は辛くないのは親しい証拠だと思う。

 しかしそれでも暇なものは暇なのだ。

 

 だからといって外に出て遊びに行こうとすると、マシロは頬をぷっくら膨らませて抗議の視線を送ってくる。一緒の部屋には居て欲しいらしい。しかし今日はどうにもアニメや漫画を見る気分でもなかった。横で頑張っている子がいるからかも知れない。

 

『──仕事するか』

 

 異世界の言語でつぶやき、あっちの世界の仕事をすることにした。

 と言っても、暇つぶし程度のものだが。

 

 ベッド1個分ぐらいしか物が入らないくせに豪邸並みの値段がするマジックポーチから、イヤリングのような魔道具を取り出す。そしていくらかの操作を行って、目当ての音声を聞くことにした。

 再生されたのは一人の姫と、お目当ての人物の高らかな笑い声だ。

 

『──あぁスモーキー様!! いい飲みっぷりですぅ!』

『ハッハッハッハァ! 酒は命の水じゃ!! あぁ~~生き返るんじゃー!!』

 

 酒をゴクゴク飲んで豪快に笑い声を上げているのは、私たちのお目当ての人物、つまり魔王である。

 彼女は『煙の魔王スモーキー』と呼ばれていた。

 八番目に魔王に指定されたので第八魔王と呼ぶこともあるが。

 

 その声は好きに変えられるので覚えても仕方ないのだが、喋り方とか、間とか、話題の運び方とか、そういったものには確実に癖が出る。まぁ実際に会えば魂の方で分かるので、正直魔王と偶然ネットで知り合うぐらいの奇跡が起きなければ意味のない仕事だが。それでも何もしなくて暇すぎるよりはマシだ。どうせ夜になれば二人一緒に配信を見るのだから。

 

 今日は21時からハロスターズ4期生の初配信がある。

 悪の組織ハロテイルズと名乗る彼女らの期待値は高い。

 それまでの間、魔王の情報を整理し直し、お仕事をしたつもりになっていた。

 

 

 

 

 

 

【Tips】マジックポーチ:一級遺物(ギルド名鑑参照)、現代の技術で作ることが出来ないため、現状流通しているすべての品は遺跡からの発掘品である。大した容量こそ入らないが、それでも高い便利性から上位冒険者たちの中でも人気の逸品。

 

 

 

きたああああああ! 

I'm loving it! 

Yes Lets Gooooooooooo! 

now loading.

 

かっけぇ! 

和風でいいっすねぇ! 

 

わくわくわく

▶ ▶❘ ♪ 
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【初配信】わらわの願いを聞け! 【一宮かぐや】

 156,422 人が視聴中・2分前にライブ配信開始 
 
 ⤴27,211 ⤵341 ➦共有 ≡₊保存 …… 

 
一宮かぐや/Ichimiya Kaguya
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 212,454人 

 

 

「………すごいね」

「…………そうですね」

 

 流れるのは、一宮かぐやのモデルとなった竹取物語を模したプロモーションビデオ。今回トップバッターとなる彼女は、日本の童話をモデルにした悪の組織『ハロテイルズ』の首領格なのだが、どんな配信をしてくれるのだろうかという期待も否応なく高まる。

 

 そして、ハロスターズは現在、()()()()の配信者軍団だ。

 その期待値を表すかのように、自分の初配信の時の10倍以上の視聴者がこの場には集まっていた。

 

 文字通り、桁が違う。

 配信する前から既に今の私のチャンネル登録者数を上回っていた。

 

 そして、画面が移り変わり、配信が始まる。

 花々をあしらった着物姿で、その黒髪を美しく腰まで伸ばした二次元の女の子が、ちらちらと首を振る。そしてニコっと笑って声をあげた。

 

「この配信を見ている諸君…………、妾の名は一宮かぐやじゃ!」

 

 かわいいいいいいいいいい

 WOOOOOOOOOOOOOOO

 はいかわいい! 

 きちゃー! 

 

 声は少しロリ声だろうか。可愛らしいが作っていない透き通った声だった。

 

「一度は月に連れ戻されてしまったが、妾は諦めんかった。1000年の時を経て月より舞い戻った妾は、超優秀な組織の仲間たちとこの星を征服するつもりじゃ!」

 

 コテコテだけど可愛い! 

 

「妾の魅力の前には時の帝も逆らえんかった。つまり超偉い妾にはハロスターズの奴らも当然逆らえんわけじゃ。………しかしそのままの姿で妾がこの世に降りてしまってはオタクどもがびっくりしてしまうからの。これは世を忍ぶ仮の姿というわけじゃ」

 

 …………ん、でもどこかでこの喋り方聞き覚えがあるような。

 そんなことを考えている間に、Vtuberモデルの作者である絵師とモデラーが紹介される。

 

 ママもパパも滅茶苦茶有名人じゃねぇか

 声好きいいいいいいいいいい

 推します。メンバーシップはよ

 喋り方すこすこ

 

「……こやつらは人間界では有名人なんじゃろ? ──さて、それじゃあ妾の組織の仲間を紹介するとしようかの」

 

 そして、愉快な仲間達の紹介に移った。

 浦島ワタリ、桃姫タロウ、一寸コマリと、それぞれ翌日以降に配信する彼女らの紹介を手短に行っていく。

 

「ワタリは我らの頭脳じゃな。実際はババアじゃからババアなりの知恵袋を持っておるぞ」

「タロウは我らの経理担当じゃな。鬼ヶ島で手に入れた財産分布でもめた経験を生かしておる」

「コマリは我らの癒し担当じゃな。小さすぎて見えんからよく踏みつぶしそうになるがの」

 

 草

 lmao

 みんなかわいい

 

「あっそうじゃ、先に言っとかねばならんことがあったんじゃ。妾、ガチで女の子が好きじゃからお主らも覚えておくように──」

 

 そう言って、一宮かぐやはガチなエピソードを展開していく──

 

「じゃから妾にガチ恋するなら女の子になってから来ることじゃな…………あっ、一緒に応援する分には男も大歓迎じゃぞ?」

「妾は攻められるよりは攻める方が好きじゃなー。……普段とのギャップがあればあるほど"もえる"という奴じゃな」

「いやほんと女はよいぞー? というか女体もよいし、女心もよい。」

 

 えええええええ

 これまたぶっ飛んだの来たなwww

 ハロメン逃げて! 

 ガチレズビアンやん! やったぜ! 

 

「……まぁ事務所の偉い人には、『絶対にメンバーには手を出さないで下さい』とガチトーンで約束させられたからの。……メンバーには何もせんよ」

 

 草

 そりゃそうよww

 修羅場ったらねぇ…………w

 

「…………」

 

 女好きカミングアウトから食い入るように画面を見つめるマシロ。たまーに私を見てくるのはいったい何を伝えたいのだろうか。

 しかしそんな些末な疑問よりも、更に気になることがあった。

 

 ──この喋り方って…………

 

 ちょうどよい毒があって、そして同時にどこか愛も感じるこの喋り方。

 聞く人を惹き付ける、どこか魅力的な話の運び方。

 ここまで聞いて、やっと気が付いた。

 前にあった時と声が違うからわかりにくかったが、ほぼ間違いない。

 

 ──こいつが魔王スモーキーだ。

 

 一体なぜ配信を始めることにしたのか甚だ疑問だが、これはかなりの朗報だ。

 まず、所在がある程度確認できたというのが1点。

 そしてもう1点は、最低1年は日本にいるつもりだということがほぼ確定したということか。

 

 ハロスターズは、最低でも1年の間、週に3回は配信をする契約になっているらしい。

 そして、魔王スモーキーは滅多に契約を交わさないが、交わした契約は破らないと聞いた。あくまで伝聞なので確証はないが、ある程度の信ぴょう性はある。

 つまりしばらく魔王は日本での配信業に釘付けになるわけだ。

 

 それなら所在を探すのも楽になるし、いちいちこの町で見張りに神経をすり減らす必要もなくなる。

 そんなことを考えて、結論をマシロに伝えようとすると深紅の双眸がこちらを覗いて──

 

「こいつがま──」

「──お姉さまお姉さま! この方のメンバーシップに入りましょう!」

 

 …………。

 

「………メンバーシップが解放されたら、考えてみよっか」

「はいっ! 楽しみが増えましたっ!」

 

 何かがマシロにブッ刺さったのか、文字通り目の色を変えて喜んでいるマシロ。

 私たちのような魔力持ちは、感情が高ぶると髪色や瞳色が変わったりする。

 ちょうどマシロの瞳は赤く煌めいて感情の高ぶりを教えてくれた。

 

 そのせいで、こいつが魔王である可能性を伝えられなかった。しかしまだ奴が魔王でない可能性も残っている──

 

「──む、妾に苦手なことなんてないぞ? 歌だろうと"げえむ"だろうと"いらすと"だろうと、全ては月人である妾にとっては容易いことじゃ。………そうじゃの"かいがいあにき"向けに翻訳してやるとしようかの」

 

 そう言って彼女は、英語どころか、中国語やその他の言語まで全ての質問に答えた。

 

 Her English pronunciation is fluent.

 发音太完美

 Es ist das erste Mal, dass ich in meiner eigenen Sprache angesprochen werde.

 

「えっと、『発音がうますぎる』と『自分の国の言葉で話しかけられたのは初めてです』で、あってるのかな…………」

「多言語マスターとは、人間にもすごい方がいらっしゃるのですね!!」

「いや…………多分違う…………」

 

 言語の精霊は割とどこにでもいるので力を借りて翻訳してみたが、多言語を流暢に話せるのは流石におかしいと思う。

 魔王ポイント+20点だ。

 

 この子期待の新星すぎん? 

 ハロENとのコラボが捗るやん! 

 これは伝説の始まりになりそうだ

 

「ふふふ、物真似もやってやろう……『どうも~~、ハロスターズ3期生、ねむねむねこちゃんの~~、猫又ねこみで~す。かぐやちゃんよろしくね~~?』…………どうじゃ?」

 

 !? 

 本人だろこれ

 うめええええええええええ

 

「ねぇ凄いです! 凄いです凄いです! 凄いですよ人間凄いです!」

「……いや…………って揺らすな! おいこら揺らすなっ!」

 

 最早似ているとかいうレベルじゃなくて、本人の声にしか聞こえない。

 そして、あの魔王は自由に煙で体を作り替えることが出来るので、声帯の操作ぐらいなんてことないだろう。

 つまり魔王ポイント+100である。

 

 俺らのセリフ読み上げてくれるってことは、マジで真似なのか

 本人がいる可能性は初配信だからないか

 かぐやちゃんすごい <猫又ねこみ

 

「おお、猫又ねこみではないか、妾と来週月曜の夜にコラボしようぞ」

 

 先輩に対して押しが強すぎる

 なれなれしくて草

 自由過ぎるだろww

 しばらくハロメンとはコラボ禁止じゃねぇのかよww

 

「妾はかぐや姫ぞ? 無理難題を突き付ける側であって、突き付けられる側ではないのじゃ」

 

 傍若無人なかぐや姫の振る舞いだが、多分ラインは弁えているからか、別に不快な感じはしない。そうこうしている間に、いつの間にか先輩からコラボの約束をもぎ取ってしまった。わがままなハロテイルズの首領に、視聴者もマシロも、そして私もいつの間にか惹き込まれていく。

 

「さぁ…………生歌も披露してやろうぞ」

 

 そう言って、彼女は歌い始める──

 

 

 

「──ふふん、どうじゃったか? 口を開きすぎて喉が渇いてしもうたなら水でも飲んでくると良い。それぐらいは咎めはせん」

 

 ──圧倒的だった。

 

 うめえええええ

 めっちゃ可愛かった! 

 脳が蕩けるわ

 この女最高過ぎる

 

 

 単純に上手く歌っているだけでなく、キャラにあった声のまま歌うのは最早プロのレベルを超えていた。

 魔王ポイント+50である。てかもう確定だろう。

 

 偉そうなのに、全く不快に感じず笑ってしまう。むしろ自然と好感度が高まっていく。人たらしとはきっとこういう奴のことを言うのだろう。

 そして配信開始から20分で終わろうとして──

 

「──あーこのままじゃ終わろうかと思ったが偉い人が怒っておったからの、もう少し続けるわ」

 

 草

 そりゃそうだろww

 勝手に終わるな

 

 

「よし、お主らに難題を与えてやろう。…………片手で逆立ちしながら視聴するがよい」

 

「いや無理でしょ…………マシロォ!?」

「お姉さまもやりましょう!」

 

 きっと実際にやってるのはこの子ぐらいなものだろう──

 

「──さぁお主ら! 妾のハッシュダグ、kaguya_is_dominatorをトレンド入りさせるんじゃ! さぁ唱えるがよい! …………唱えんか貴様ら! 地獄の煙で燻してやろうか! …………誰がロリじゃ! これでも億年の時を生きとるのじゃぞ!」

 

 もう一回言ってくれませんか? 

 なんて? 

 KID

 KID

 

 

 幼く甲高い声で視聴者と殴り合うワガママ首領。

 そうこうしているうちに、トレンド1位をかっさらっていった。

 

「トレンド1位か、まぁ当然じゃの、妾は世界一位の美少女じゃからの…………ってタグがKIDではないか!! 誰が子供じゃ! 妾は大人だと言っておろうが!」

 

 早々にネタが出来上がり、コメントと一体となって盛り上がる。

 そうして、質問タイムが始まった。

 

 かぐや姫はどうして5人の求婚者や帝を振ったのですか? 

 

 

「妾が女好きじゃからじゃの。当たり前じゃ。じゃから無理難題をふっかけてやったのじゃ」

 

 かぐや姫の設定が上手く解釈されていく。

 質問と返答とそのツッコミで盛り上がっていると、自分にとっても一番気になる質問がやって来た。

 

 Vtuberになったきっかけは何ですか? 

 

 

「世界征服をするための仲間を集めるため──というのもあるが、もう一つあるの。…………これマジ話なんじゃが、妾が月におったころ2人組の女に殺されかけたんじゃよ。普通にあるいとったらいきなりぶっ殺されそうになっての」

 

 は? 

 えぇ…………

 まぁ外国人っぽいし治安悪いとこ住んでたんやろ

 

 

「とんでもないやつですね! 許せないです!」

「…………そっか」

 

 多分、その二人、私とマシロだと思います。

 

「追剥というよりは強盗みたいなもんじゃったの? とくに白髪のちっこいやつがやばくての、全身刺されて大怪我を負ってしまったのじゃ」

 

 よく生き残ったな…………

 ガチトーンなのが怖いわ

 最近変な外国人多くね? 

 

 

「お姉さま! 今すぐそいつを倒しに行きましょう! 生かしておけません!」

「…………とりあえず自分でも殴っとけば?」

 

 盛大にブーメランを投げるマシロに、ますます言い出しにくくなってしまう。

 確かに大義名分はあっても、やってることは強盗殺人に近いし…………。

 

「……まぁ妾は気にしとらんよ。妾は今が楽しければそれでよいからの。……今日のためにいろいろ準備してきたが、おかげで楽しかったぞ、お主ら」

 

 俺らも楽しかったよ

 その考え方好き、ずっと応援する

 こんなハイスぺ殺そうとするなんて…………

 

 

「……いや、ここだけの話じゃがな、多分その二人組かなりの美少女じゃったと予想しておる。小さい顔、フードから見える煌めく髪、白磁の肌、あれはきっとかなりの美少女じゃ。…………妾は格闘技もそれなりに嗜んでおるのじゃが、美少女に使うのは憚られての。ちょっとしか抵抗できんかった」

 

 ちょっと、なんてレベルじゃなかったんですけどね。

 

「じゃが同時にこうも思うのじゃ。あのような気の強そうな、最初は敵だった女が、いずれ仲良くなってから魅せてくれる羞恥の顔、それが魅力的じゃと思わんか? ………それになんとなくじゃが、配信を始めれば奴らにもう一度会えるような気がしての。まぁ超凄い妾の気まぐれというやつじゃ」

 

 やべーやつだ! 

 二次元なら思うけどリアルだとやべー奴感しかしねぇ! 

 いや、気持ちは分かるぞ

 

 

「あーまた奴らに会って、今度はまともに話がしてみたいのぉ。…………まぁ妾からは探さんがな。来るもの拒まず、去る者追わずが悪の組織ハロテイルズのスタンスじゃからな」

 

 そう言ってから、質問タイムを打ち切り、一宮かぐやは放送を終了した。

 悪辣なる二人組への義憤を募らせて、私に協力を求めてくるアホ(マシロ)にこの事実をどう伝えるべきだろうか。今伝えても取り乱しそうなので、とりあえず落ち着いてきてから伝えることにしよう。そして、今後の方針を思案する。

 

 最後のは私たちへのメッセージか、それともただの独り言かは分からない。

 しかし、来るもの拒まず、去る者追わずというのは間違いないだろう。

 これはつまり、自分たちが探すのであれば逃げないし、こちらからは探すつもりはないという意味だ。

 

 ところで、実況者には格がある。

 格が違いすぎるとコラボが難しくなる。

 彼女の登録者は、きっと明日には30万を超えるだろう。

 しかし自分の登録者は、まだ20万人のままのはずだ。

 その差は何もしなければもっと開いていくに違いない。

 

 ところで、Vtuberとリアルの間には壁がある。

 リアル実況者とVtuberはコラボすることはかなり難しい。

 Vtuberにはオフコラボなるものがあるが、それは基本的にVtuber同士でしか行われない。

 

 つまり、あれだ。

 

 ――この日私は、出会い厨になることを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】ハロテイルズ(Halo tales):一宮かぐや、浦島ワタリ、桃姫タロウ、一寸コマリから構成される悪の組織系Vtuber。事実上のハロスターズ4期生であり、それぞれ日本むかしばなしの『竹取物語』、『浦島太郎』、『桃太郎』、『一寸法師』をモチーフとしている。

 




やっとここまで来た!


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【日常編8】娯楽と異世界とVtuberさん

 一宮かぐやは魔王である。

 

 あれだけハイスペックだし、喋り方も似ているので間違い無いだろう。

 所在がある程度掴めたこと自体は幸いだった。

 

 しかし、だからといって容易に接触できるかといえば別の話だ。

 配信者というのはビジネス用の連作先を公開している場合が多いので、公開メールやダイレクトメールなどで直接連絡を取れないかと考えてみた。しかし直ぐに諦めた。どうやらハロスターズは、配信者が荒らしや厄介リスナーと直接やり取りしてしまいダメージを受けるのを防ぐためか、連絡先を一般開放していなかったのだ。

 

 だからといって、『どうも異世界であなたを襲撃した人です。会いませんか?』みたいな怪文章を事務所宛に送っても意味がないし多分届かない。……最悪犯罪者と間違われて通報されそうである。だから自分にとって思いつく彼女と接触する手段といえば、たった一つしかなかった。

 

 自分がVtuberとしてデビューして一宮かぐやとオフコラボする。

 これしかないと思う。

 

 ちなみにマシロにも落ち着いてから『一宮かぐやは間違いなく魔王だよ』とちゃんと説明したが、大変ショックを受けていた。顔だけは普通を装っていたが、悲しい時は尻尾と耳が思いっきり下がるので分かりやすい。

 普通にファンに成りたいという気持ちと、仕事に対する価値観で少しだけ悩んでいたが、最終的には協力を誓ってくれた。……最もこれは仕事だよと『命令』すれば、マシロはどんな命令だろうと私には逆らわないだろうが。

 

 そのように方針を定めてから、今日は待ち合わせ先に向かっていた。

 すると、街の中で声を掛けられる。 

 

「……あっ、アーシャさんだ! いつも配信見てます!」

「おっ、ありがとう! これからもよろしくぅ!」

 

 最近はもう顔隠さなくていいやとなってきたので、時間に余裕のある時はフードを外して歩いていたりする。………むしろこういう時はドンドン凸ってきてほしい。

 そんなことを考えていると今度は子供が。

 

「………お姉ちゃん耳触らせてー?」

「だめだよー……代わりに手品見せてあげよっか」

「うわっ、お花だ!」 

 

 咲かせた花をプレゼントして、はしゃぐ可愛い女の子を見送る。

 ちなみに今のはガチの魔法である。まぁ手品に見えるようにはやっているが。

 

「すっげぇ! バック宙だ!」

「実物マジやべぇ! い、一緒に写真撮ってください!」

「メジャーデビュー待ってます!」

 

 随分な人気だなぁとちょっと笑ってしまうが、皆々好意的で嬉しい。

 それに外だというのに今日は調子がいい。

 だから、思う。

 

 ――明らかに、増えてるよね、魔力量。

 

 最近マシロも私もそうなのだが、妙に体調が良い。

 そしてそれは空気中の魔力濃度が上がっていることに起因していると考えていた。

 

 例えるなら、これまでの日本が空気すらない宇宙空間だとしたら、今は限りなく空気が薄い成層圏といったところか。大差ない息苦しさであることは変わらないのだが、幾分かマシにはなっていた。

 

 ――ただの揺らぎか、それとも……

 

 1年間日本にいて魔力量を調べていたわけじゃないので、冬になればなるほど魔力が増えるのが1年のサイクルのうちの一つなのだとしても不思議ではない。だが、直感的には、決定的な何かが変わりつつあるような、そんな気がしていた。

 

 ――まぁ今は用事が先だな

 

 そうこうしているうちにたどり着いたのは、先日も訪れた喫茶アトリエール。

 今は人こそいないが、リニューアルオープンの準備を始めているからか、それなりに綺麗になっている。悪趣味な壺は取り除かれ、埃は払われ、もうまもなく店も再開できそうな感じだった。

 

「お久しぶりです、アーシャさん」

「お久しぶりって言っても、通話では何度も話してますけどね」

 

 待っていたのは小さいけれど大人っぽく上品に着込んだアイリス。

 

「――料理配信、すっごくいい考えだと思います! ……あれなら、きっと望みも叶いますよ」

 

 さっそくとばかりに配信プランの構想を褒められる。

 料理を起点とする今後のプランは、そうトチ狂ったものでもないらしい。

 バーガーランド以外のゲームに絡めた料理動画、配信は既に行っており、大変好評だった。

 ちなみにとバーガーランドの話を聞かれるが――

 

「――バーガーランドはベーコンがまだ出来てないんですよねぇ」

「もしかして1週間かけてベーコン作ってます? ………ふふ、その拘り、むしろ大好きです」

 

 バーガーランドの材料だが、バンズはもちろんなのだが、ベーコンなども手作りすることにした。ベーコンのような保存食の作り方は、冒険者なら知っている人が殆どである。まぁ現代の材料を使っているので多分あれよりは美味しくできるとは思うが。しかし美味しく作るにはそれなりの時間が掛かるので、まだバーガーランド動画だけ撮影できていないのだ。

 

 そして今の時点で、料理を主軸とした動画は大変好評である。

 海外の視聴者も、今までとちょっと違う層の日本の視聴者も見てくれた。

 伸び悩んでいた視聴者維持率も70%を超えており、みんな平等に楽しんでくれている。

 おすすめ動画への表示率も上がっており、登録者の増え方は再び加速しつつあった。

 視聴者維持率40%で悩んでいたのが、まるで嘘みたいだった。

 

 今後もこの方向性で進めていければなと思う。

 さて、今日の本題に移る。

 大事な話で無ければわざわざ対面で時間を作ってもらった意味がない。

 

「――魔王ですか」

 

 ちなみに異世界人バレしているので、こっちの話も隠さないことにした。そして、お金持ちで、いくつかの事業の経営者でもあり権力もあるアイリスは外部の協力者としては最適な人材だ。まぁ一番の理由は単純な話、ハロスターズとまともにコラボが成立するぐらい登録者がいるのがアイリスぐらいしかいないからだが。

 

 最近ハロスターズはどこか閉鎖気味で、箱内部でのコラボこそ多いが、外部とのコラボは減らしていた。

 そんな状況で期待の超新星『一宮かぐや』を初めとする『ハロテイルズ』とコラボして接触を狙うというのは困難極まりない。そこで手を借りようというわけである。

 

「……ごめんなさい。オフコラボまでは協力できそうにないです」

 

 しかし、アイリスも無理だった。こっちも単純な話で、アイリスはコラボ魔人と例えられる程度にはコラボ企画は多いし司会もよくやるが、実のところそれら全ての配信はオンラインコラボだからだ。人が自分の領域に入ってくるのが嫌いらしい。

 

「………それにアーシャさんがあっちに帰ってしまうのなら猶更協力したくないです」

「あっちの世界に帰った後、しかるべき報酬は出しますよ?」

「私が金銭面的な報酬を欲しがっていると思いますか? ……それよりもアーシャさんのお話を報酬にして欲しいです」

 

 そしてアイリスは私から話を聞くのが大好きだ。異世界の道具を見せてあげると、それこそ小学生のように喜ぶ。そこには損得勘定なんてものはなく、ただ感情のままに振る舞う我儘姫の姿があった。正直Vtuberの壁をぶち破りたいなんて話より、自分への興味の方が大きいんじゃないかとさえ思ってしまう。

 

 自分としては結構お話が好きだし、はっきり言えばちやほやされるのも結構好きだ。それに推しの願いを聞き届けるのはファンの誉れである。今度は魔法も使って異世界の話を聞かせてあげること、そして魔王関連の用事が終わったら日本にまた帰ってくることなどを約束すると、なんとか協力を取り付けることが出来た。

 

「――アイリスさんって、もしかして異世界行ってみたいなとか思ってます?」

「それはもちろん! ……もし連れて行ってくれるというのであれば、全ての私財を投げ打っても付き従いますよ?」

「待って待って、その提案は洒落にならない」

 

 何が洒落にならないって、日本の実力者を完全に味方に付ければ今後がやりやすくなるなんて損得勘定で考えている自分の倫理観の緩さが洒落にならない。あっちの世界で私の傍にいること即ち、強姦、処刑、肉塊、薬物、乱闘、ありとあらゆるものを見ることになり、真っ当な人間は真っ当な精神性を失うということと同意だ。

 

 そういうものは一般人は知るべきじゃないし、そういうものを知らないようにするために私やマシロは手を汚しているのに、出来れば巻き込みたくない。

 そう説明するが――

 

「――それ位、覚悟しています。 ………私は本気ですよ?」

 

 どうやら、本気らしい。

 

「……どうしてそこまで異世界にこだわるんですか?」

「別の世界………それに憧れがあるからです」

 

 そう言って、オレンジジュースを飲む。

 そして、核心に触れる言葉を放つ――

 

「――現状維持、安定って、つまらないと思いませんか?」

 

 今の世界を最もエンジョイしてそうなアイリスはそう言った。

 その意図を知りたくて、彼女の昔話を聞いてみることにした。

 

 アイリスこと任天堂花は、とある名家のお嬢様として生まれた。

 幼いころからその冷徹ながらも先を見据える――所謂経営者としての器を持っていた彼女は、男兄弟を差し置いて多くの期待を受けて育っていった。

 

 そんな彼女の転機は大学時代。親元離れて生活することになり、今までになかった自由を手に入れる。そしてその時の友人をきっかけに、今までは触れることすらなかった漫画や娯楽の世界を知った。

 

 そこに広がっていたのは別の世界。

 もしかしたら、世界や宇宙のどこかにあるかもしれない世界。

 彼女はたちまち漫画にのめり込んでいったのだという。

 そして、自ら筆を執るまでさほどの時間は掛からなかった。

 

 そうして完成したのが、呪滅の剣の元となる作品だった。

 

 しかしこれは投稿されなかった。

 大事な時期に娯楽に傾倒したことに激怒した親によって、その心血を注いで作った原稿は目の前で燃やされたからだ。

 執筆用の道具は全て粉々に壊され、隠し持っていたありとあらゆる漫画本は奪われ、そして代わりにお目付け役がやって来た。

 しばらくの間は放心状態になって、まともに口も聞けなくなっていたという。

 

「………勉強自体はちゃんと、やってたんですけどね」

 

 この時、アイリスは家族のことを深く深く恨んだという。

 この一件がきっかけとなり、大学卒業後弁護士を介してなんとか離縁。今までの全ての関係を断ち切り失踪し、しばしの潜伏期間を経たのち、今度こそと完成させた原稿を元に出版社を訪れた。そして今に至るのだとか。

 

 最近――喫茶店を売却した時に忙しかったのは、元家族とのマネーゲームの最中だったからなのだとか。適当な部下に売却を任せた結果ああなったのだとか。今の彼女は元家族の持つ財産を、漫画や他の娯楽の事業で得た金を転がすことで、根こそぎ奪っていっている。

 

 こちとら毎日の食事にも困っていたというのに、あっちは億単位の財産の奪い合いだ。……怪獣大決戦に巻き込むのは正直やめて欲しい。

 

「……あいつらがバカにした娯楽で、あいつらが路頭に迷うまで、私はその足を止めるつもりはありません。あいつらが作ったつまらない世界を、私色に塗り替えてやりたい………そういう復讐心も異世界への憧れや、今の活動にはあるのかもしれません」

 

 分家や対立筋の力まで借りつつ、その全てを纏め上げて敵をねじ伏せていく彼女は、皮肉なことに確かに帝王の器だったのだろう。

 軽蔑しましたかと、皮肉気に笑うアイリスに対して、否定の意を告げる。

 

「……むしろカッコいいなって、思いましたよ。」

「そうですか…………嬉しいです」

 

 そして、自分は復讐のために動く全てを投げ打って戦う人間が嫌いでは無かった。

 

 アイリスはの本心を聴いたところで、話は今後のVtuberとしての計画に移る。

 

 簡単に言えば、結論はこうだ。

 まず、自分も茜もメインのチャンネルと、Vtuberのチャンネルは分ける。

 サブチャンネルというよりは、姉妹チャンネルという扱いにするつもりだ。

 そして、それぞれが同居しているだけの別人という設定にすることにした。

 

 例えば『エルフのアーシャch / 柊木ミシロ』 という風に分けたとしよう。

 この時、アーシャとミシロは、同居している別の人間という事にするわけである。

 アホみたいな話だが、一応Vtuber界隈だとこれで通るはずである。

 

 こんな面倒な方策を取る理由は3つ。

 まず一つ目、完全にメインチャンネルと切り離せば相互の恩恵を得られないからだ。

 そして二つ目、しかしバーチャルな世界観を邪魔したくないからだ。

 最後に三つ目、何よりチャンネルの動画の統一性を高めたいからだ。

 

 この辺りを踏まえた結果が、上記の結論だった。

 

 Vtuberに関しては、私と茜が本決定、葵がまだ保留中という形である。

 私たちの本決定に、アイリスはすごく喜んでくれた。

 

 そして、私と茜のデザインや設定案もこちらから提出する。ここは流石の現役漫画家というべきか、たちまちいくつかの問題点を指摘し、同時にキャラの良さ伸ばす変更を提案してくれた。ここから先は多分任せておけば問題ないだろう。

 

 今回は最初から相当ハイクオリティに仕上げて貰う予定らしく、実際にモデルが出来上がって配信準備が整うまではもう少し時間が掛かるのだとか。

 そして自分のモデルは葵が、茜のモデルはアイリスが見繕った適切な絵師が担当する。

 

 最後に残ったのは、葵本人のモデルか。

 葵はイラストから2Dモデリングまで全て一人で出来る謎のハイスペック女なので、その気になれば一人でもやるとは思うが………。

 

 アイリスは、可能であれば2期生は3人揃った段階で始めたいと言っている。これは単純に虹は七色だからだ。

 

 魔王との接触に必要というのもあるが、ある意味念願のVtuberである。

 否応なしにワクワクしてしまうのは仕方ないだろう。

 

 これからの期待を胸に、ひと先ずはリアルでの料理配信に邁進することとした。

 

 

 

 

【Tips】Vtuberのパパ/ママ:Vtuberとして活動するためのイラストを担当した人を『ママ』、モデリングを担当した人を『パパ』と呼ぶ。2Dなら数十万円、3Dなら百万以上の依頼料が掛かることも珍しくない。

 

 



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【実写飯】潰れた店の美味そうなバーガー作るぞ!

プレミア配信だぁ! 

I'm loving it! 

待機時間長いよねこれww 

 

謎のカウントダウン<アーシャ 

クッキングの時間だ! 

 

アーシャバーガーすこだった

▶ ▶❘ ♪ 
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【実写飯】潰れた店の美味そうなバーガー作るぞ!

 10,562 人が待期中・ 11/XX 20:00 に公開予定 
 
 ⤴4,211 ⤵241 ➦共有 ≡₊保存 …… 

 
エルフのアーシャ/Elf Asha
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 223,454人 

 

 プレミア配信、それは投稿した動画の公開日時を設定し、動画の投稿者と視聴者がその動画を一緒に楽しむための機能のことである。今回のバーガーランドの再現料理の動画は茜が編集の大部分を担当してくれたが、そちらはこのプレミア公開として投稿することにしたのだ。

 

 プレミア公開のメリットは、視聴者がライブのように動画にコメントを残すことができる点だろうか。視聴者がニマニマ生放送のように動画の部分部分にコメントを残すことができるので、配信する側も見ていて楽しいしうれしい。……まぁ視聴者が多くないと不毛の大地だけが残るため少し悲しい結果になってしまうが。

 

『……いつもは動画投稿しても気にせんけど、プレミア公開ってなるとちょっと緊張するわ』

「どんな動画になってるか楽しみー」

 

 ちなみに自分は茜と会話を繋いで視聴し、好きなようにコメントする予定である。茜は投稿者としての視点で、自分は動画の登場人物としての視点で語ることになるとは思うが。

 

..如月

..ちぬれとえるふすこ.

..ワイワイちんちら

..はいかわいい.

..yamiga_night

..ここからスタートするのか.

..エルフのアーシャ/Elf Asha

..謎の待機時間草.

 

 開始時刻にぴったり始まるのかと思ったら始まらなくて思わずツッコんでしまった。なんなんだろうかこの無駄に大音量のカウントダウンは。

 

 今回の動画、声でも説明はしているが、音声が無くても分かるような作りにはなっている。

 少なからずいる海外視聴者兄貴たちにも楽しんで貰おうという考えである。

 

 ¥15,000

 料理代です

 \5,000

 手作りバーガー食わせて!

 ¥250

 きゅうり代です

 

「うおっ………スパチャだ」

『なんやねんきゅうり代って』

 

 ちなみにプレミア公開は配信と同じ扱いなのでスーパーチャットを受け取ることができる。動画始まる前でまだ何も面白いことやってないのでちょっと申し訳ない気もするけれど。でもそれを誇れるような配信者であろうとは思う。

 

 動画の中の私と茜が、ゲーム内の自作バーガーの画像をドアップにしたフリップを持ってきて指さす。そしてバーガーランド配信の顛末を20秒ぐらいに纏めた後、調理を始めた。

 作るのは、油淋鶏をベースとしたアーシャバーガーと、トマトやベーコンなど赤いものばかりを詰め込んだ血塗れバーガーである。

 

..エルフのアーシャ/Elf Asha

..ちなみにこれtake3です.

..天使は悪魔

...

..ちぬれゆい

..誰かさんがフリップ落として壊したからやけどな.

..あいうえおかけくけこ

..アーシャちゃん何やってんの!.

 

 作業中につい肘が当たって床に落としたら、ものの見事に粉々になったのだ。まぁ魔法で直せるので問題は全くないのだが、何度も何度も同じ動作をするのはちょっと虚しかった。

 

 そして、調理が始める――

 

 調理シーンは基本的にはダイジェスト。必要な部分だけ数秒映して、すぐに次の場面に飛んでいく。

 最初はバンズを作るシーンからだった。まずは小麦粉などの材料を入れて混ぜていく。あまりにぐちゃぐちゃな生地を見て、いやこれマジで疲れるしほんま固まるんかとでも言いたげな困惑顔を浮かべる茜に、固まるから信じて一生こねてろと指示して、ひたすらこねさせる。するとしばらくして、グルテンが構成されてひとまとまりになってきた。

 

 ちなみに茜に作業させてるのは、将来的にお嫁に行くときに何もできないのは流石にどうかと思うからだ。最低限の家事力ぐらいは身に着けてほしいものである。そう伝えると苦笑いしていたが。

 

..ていおーすてっぷ

..ゆいちゃんの困惑顔草.

..エルフのアーシャ/Elf Asha

..固まるよって言ったのに何回も聞いてきたからな.

..v13まだですか

..気持ちはわからないでもないがww.

..ちぬれゆい

..いやほんま不思議やったよこれ、いっぺんみんなもやってみ?.

 

 そして寒いところだとなかなか生地が発酵しないのでオーブンの機能を使って発酵させる。そして指で突いて穴が残るぐらいの硬さになったら、丸く生地をちぎって切る前のバンズを形づくる。そして仕上げに溶き卵塗って、白ごまを振りかけた。

 そして最後に180℃のオーブンで焼いて、半分に切れば完成である!

 

..まーちゃん

..もうこれバター塗って食えばよくね?.

..エルフのアーシャ/Elf Asha

..↑バンズバーガーは★1だぞ.

..エストレーヤ

..絶対うまい(確信).

..ちぬれゆい

..実際余りは普通にパンとして食べたんやけど美味かったで.

 

 ぶっちゃけ普通のパンと大差ない作り方をしているので、普通においしいパンである。もちろんちょっと砂糖や塩を減らしてソースや具材の味を邪魔しないようにはしているが。

  

 ちなみにだが、調理手順は時系列順ではない。

 時系列順にやると、同時進行の時にとんでもないことになるのは明確だからだ。

 

 次に、アーシャバーガーの作成に取り掛かる。

 というわけでまず油淋鶏からだ。庶民の味方の鶏モモ肉に塩コショウを馴染ませてから、小麦粉と片栗粉をまぶして、きつね色でカリカリになるまでじっくり揚げていく。ちなみに作業はフライパンでやっている。揚げ物は基本的には大量の油でやった方がおいしいのだが、金欠時代の貧乏性が出てしまったので底の浅いフライパンを使うことで油の量を調節している。

 

 そして今度はタレ――ハンバーガーに使うのでソースを作成する。長ネギ、ニンニク、しょうが、白ごまを入れて、ぷるぷるのジェル状のソースを作る。ジェル状にしたのは周りに染み込ませたくなかったからだ。プチ工夫というやつである。

 そしてカリカリに揚がった鳥を一口サイズに切り分けて、ジュレをまぶしていく。

 最後にそれらを、水に浸しておいたレタスときゅうりで挟んで――

 

『――アーシャバーガーの完成だぁ!』

 

..てんたくるでいず

..うまそおおおおおおおお.

..妹せいかつ

..めちゃくちゃ手際いいなww.

..v13まだですか

..おててきれい、おかおもきれい.

..エルフのアーシャ/Elf Asha

..これが★2なの正直納得いかないよなぁ!?.

 

 さて実食――と行きたいが、先に茜の血塗れバーガーを作らないといけない。

 

 茜が恐ろしく危ない手つきで赤パプリカを切るのを眺めながら、私は横でトマトを煮てケチャップを作っている。一応手作りできるものは全て手作りしようというのが自分の方針なのでケチャップも当然手作りだ。まぁコレはまだ楽な方だ。

 

 トマトの輪切り、ケチャップ、赤パプリカの準備ができたところで、最後の材料であるベーコンを取り出す。

 このベーコン、なんと作るのに一週間以上の時間を要している。これは当然の話ではあるのだが、動画で最後に出てきても、実際に作ったのは最初だったりする。この辺りでクスっと笑えるのは裏側を知っている人間だからか。これから料理動画を見るときはどうも素直には見られなさそうだ。

 

 まず豚バラ肉を取り出し、しばらく塩漬けにしておく。そして脱水を行った後、ニンニク、黒胡椒、砂糖、塩などを合わせて作った調味液に漬け込み、一週間の間冷蔵庫で寝かせる。その後、数時間かけて調味液を落としてから、これまた数時間乾燥させる。そして最後にまた数時間かけて燻製にする。

 

..るなてぃっく

..こんなに面倒なのか.

..しゃーべっと

..市販のベーコンブロックってすげぇのな.

..ないとめあ

..母さん、手作りベーコンはやめろって言ってすまねぇ…….

..エルフのアーシャ/Elf Asha

..まぁ元々は保存食だしねぇ、美味くなくても価値はあるよ.

 

 ぶっちゃけこの辺の工程、いつもは魔法でぱっぱと済ませてしまう場合が多かったので、じっくり時間をかけてやるのは新鮮で面白かった。まぁ茜は余りの面倒くささに市販品に尊敬の念を向け始めていたが。

 

 そんなこんなで完成させていたベーコンを薄切りにして、焼く。

 最後に、ベーコン、トマト、パプリカ、ケチャップなどを合わせて、色味という概念をどこかに忘れてきた血塗れバーガーが完成した。

 

..うられる女

..生でもうまそうじゃないか.

..雷上動

..バーガー嫌いだからベーコンだけくれ.

..ちぬれゆい

..だれかさんのと違ってこっちは★3やからな.

..エルフのアーシャ/Elf Asha

..それを作ったの私なんだが?.

 

『サクサクでめっちゃうまいやん!』

『……!』

 

 満面の笑みでアーシャバーガーを食す茜と、ガッツポーズを決める自分。

 

..かわとげ

..アーシャバーガー3つください.

..さんかくさん

..血塗れバーガー見た目悪いけど絶対旨いよな!.

..デイドラァ

..むしろアーシャちゃん本人ください.

..エルフのアーシャ/Elf Asha

..1時間/1万円な?.

 

 そして最後は二人で手を振りながら動画は終わった。

 流れる大量の称賛コメントを受けながら、茜と恒例の振り返りをする。

 

『――いや、この動画めっっちゃおもろいやん! ウチら天才やな!』

「私の腕が輝いてたな……。これは絶対伸びる」

 

 感じるのは確かな手ごたえ。

 コメントの反応を見ても、自分たちの感触を見ても、エゴサをしてみても。

 全てのピースが完璧にはまったような感覚。

 

 万人ウケのするテンポのよい編集のプロである茜。

 そして自分で言うのもなんだが素質と可能性の塊である私。

 

 やりたい事、見たい事、やるべき事。

 しばらくの間悩んではいたけれど、やっと答えが出た。

 それらが全て合致して齎されたのは、自分たちにとっての理想の形だった。

 

 

 

 

 

【Tips】プレミア公開:動画をライブ配信のように投稿する機能で、配信時のコメントが残る。それなりの人気があるならアーカイブに祭り感を出せるという利点がある。しかし謎のクソデカカウントダウンが付いてくるというデメリット?もある。




2章終わり!たぶん!


クリスマスなので短編も書いてみました(ちょっと長めです)
https://syosetu.org/novel/276529/

小説の腕を上げたいので改良点、等大募集してます。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=273065&uid=240252



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【ZowTube板】アーシャちゃんはエルフかわいい

二章終わりに掲示板回挟んでみました
一回やってみたかったんだよね……!


ロシア系忍者アナスタシアちゃんについて語るスレ

 

102:名無しさんでお送りします ID:0UhPwDNeM

 今日のリアル友人実況者との配信最高だったな

 ちぬれゆいちゃんもしっかり面白かったわ

 ええもん見れた

 

103:名無しさんでお送りします ID:19AhnYhAK

 伝説の始まりを見た気分

 

104:名無しさんでお送りします ID:2nyxl2J4L

 もともと喫茶店の時からアナスタシアちゃんファンだったから嬉しいやら悲しいやら

 

106:名無しさんでお送りします ID:5XvpXcZ3W

 >>104 あそこ元々は隠れ家的名店だったからな。宣伝あんまりしないくせに口コミだけで人増えすぎて最終的にはあんまり隠れてはなかったが

 

107:名無しさんでお送りします ID:U+V1IwxEa

 喫茶店での話だが、アナスタシアちゃんのロバ娘のガチャ引いて俺が★3出したら、めちゃくちゃ喜んでくれた

 本人曰く、自分が引いても最低保証しか出ないらしい

 

108:名無しさんでお送りします ID:6BR0aBsQn

 >>107 どんだけ不運なんだよww

 

110:名無しさんでお送りします ID:nZJZb82Du

 不運といえば、配信することになったのも不運なんじゃないのか?

 そもそも有名になりたいなら、さっさとメジャーデビューなんなりしてるだろ

 あのスペックなら絶対有名になってたはず

 そうしてなかったってことは、今の状態は望んでない結果ってことだろ?

 

112:名無しさんでお送りします ID:2nyxl2J4L

 >>110 それで合ってるぞ。喫茶店のミニライブ録画したらお願いだから公開しないでくれ~って頼まれたんだが、その時に「ネット上に顔さらすのが嫌なんですよ~、だから個人で楽しむ分だけならOKです」って言ってたからな。そもそも野心みたいなのは無いんだと思う。

 

114:名無しさんでお送りします ID:8uUmtcas5

 >>112 なるほど納得

 

116:名無しさんでお送りします ID:572eG7ehv

 じゃあなんでこんな配信したんだ?

 ちぬれゆいとコラボしたらもう戻れないだろうに

 

117:名無しさんでお送りします ID:LSUuBgw31

 >>116 お前話聞いてたか?

 顔出したくなかったけど、変な誤解を招きたくないから場所借りたって言ってただろハゲ

 あとそもそも働けない妹養ってるから金ないんだろうよ

 バイトクビになったんだからお金が必要

 それなら知名度使って友人のちぬれから出演料貰ってても可笑しくないだろ

 

119:名無しさんでお送りします ID:KzGFUJwCH

 うーん、なんかいまいちこの辺しっくりこない

 

121:名無しさんでお送りします ID:hPtIZasaC

 すべてを納得させる、アナスタシアちゃん異世界エルフ論すき

 

123:名無しさんでお送りします ID:GSs4+rhjv

 >>121 読もう脳は巣に帰ってくださいね^^

 

124:名無しさんでお送りします ID:IlisTendo

 >>124 顔出したくないならVtuber始めればいいんですよ!

 もう遅いですけど!

 

126:名無しさんでお送りします ID:Shirakurenaiharu

 >>124 アホ

 

128:名無しさんでお送りします ID:FCA6xGgNd

 アナスタシアちゃんエルフ論を裏付ける証拠

・銀髪、碧眼なのに違和感がなくて、しかも顔が良すぎる

・本人はむしろ目立ちたがらず、隠れて生活をしていた

・多才なエルフなので歌もゲームもうまいし、話も結構面白い。

・狩猟民族として紛争地帯を抜けてきたのでガチ戦闘もできる

・10年前の日本の資料を元に日本を知ったため、知識にズレがある

 

130:名無しさんでお送りします ID:RcyqmJhnn

 >>128 これもうエルフ確定でいいんじゃね?

 

131:名無しさんでお送りします ID:9oyGNtUpG

 >>128 ロシアのエージェント説も忘れてもらっては困るな。

・隠密活動をしていたので目立たないように行動していた。

・メイド喫茶で働いていたのは目的の人物と自然に接触するため

・元ヤクザとかマフィアの幹部とかが実際に店に複数回訪れている

・圧倒的な戦闘力

 

132:名無しさんでお送りします ID:jNnsXwtR5

 ちぬれちゃんの親かなりエリートらしいし、もしかしてそれ狙いとかあるのかな

 スパイってまず身近な人と接触しようとするって言うし

 

133:名無しさんでお送りします ID:7AQ+/EiOD

 >>132 それだったらゾッとするわ

 

135:名無しさんでお送りします ID:cUpCQdINb

 >>133 ちぬれゆいと仲良くて本気で楽しそうなアナスタシアちゃんが演技だったら、もう俺、人信じられんわ

 

137:名無しさんでお送りします ID:+ci2Hmfp3

 >>132 これマジ? そうなら公安警察とか動いたりするんかもな

 

138:名無しさんでお送りします ID:TCqt39SC1

 あれはガチで仲いい友達だと思う。だから自分は異世界からやってきて市井に溶け込んでたエルフちゃん説推すわ

 

139:名無しさんでお送りします ID:L80d2Tk7E

 そもそも外国の隠密だったとして、それでもクソ野郎共に苦しめられてる客とか従業員を守るために声を上げてくれる子だぞ。根はいい子にきまってるだろうが。

 

140:名無しさんでお送りします ID:ix/4miax2

 かわいいは正義だしどっちでもいいわ

 

141:名無しさんでお送りします ID:aY8bHhKHh

 はやくまたEPEX配信が見たいぜ

 

142:名無しさんでお送りします ID:tUERL8ROg

 さっさとチャンネル登録しとけよ。今なら古参名乗れる

 

143:名無しさんでお送りします ID:Xb0YQeTNx

 のりこめー^^

 

145:名無しさんでお送りします ID:bbCRJU3f5

 わぁい^^

 

 

 

【ZowTube】アーシャちゃんはエルフかわいい part22

220:名無しの実況者さん ID:bd2rgIF8P

 ゲーム配信もリアル配信も面白いな

 

221:名無しの実況者さん ID:j8ZsKpjCz

 俺はリアル配信の方が好きだけど

 

224:名無しの実況者さん ID:KVBnQJvDn

 >>221 ワイもや。せっかく顔が抜群にいいのにリアル配信せんのは勿体ないと思うわ。顔を差し引いちゃったら、ただの歌が上手くて、ゲームが上手なだけの女の子しか残らん。

 

227:名無しの実況者さん ID:VjYd6rbFl

 >>224 そんだけ残ったら十分じゃね?

 

230:名無しの実況者さん ID:fbARTUAIZ

 >>224 ついでにめっちゃ優しいも追加で 

 外で見かけたかから、ついワイの連れと話しかけたんやが、滅茶苦茶ノリノリで話聞いてくれたし、モノマネとかのファンサービスまでしてくれたぞ。ちょうどその後用事があったらしくて、話終わった後小走りで走ってたの覚えてるわ

 

233:名無しの実況者さん ID:fK9/pl1nR

 >>230 は?

 

234:名無しの実況者さん ID:Jkwmx1nWC

 >>230 裏山すぎるんだが

 

236:名無しの実況者さん ID:7fkPtnA/0

 ぶっちゃけるけど、でも特別面白いってわけじゃないよな

 むしろペアでやってる†血濡由衣†の方が笑いとかその辺わかってる気がする

 

239:名無しの実況者さん ID:3aaroOwo7

 >>236 アーシャちゃん経由でちぬれゆい知った子多いからな

 幸いなのはアーシャちゃん本人も、友人のちぬれゆいが人気になるの喜んでることか

 

240:名無しの実況者さん ID:BkIGXlPci

 別にアーシャの人気が無いわけじゃないけどな

 一瞬で登録者10万人超えて、1回の配信で1万以上の人集めるのは大人気だし面白い証拠だろ

 本人もちょっと悩んでる風だったけどさ

 

242:名無しの実況者さん ID:RRl2SlNAw

 正直流行りのゲームに便乗して知名度売るだけのやつは嫌い

 ゲームはお前らの売名ツールじゃないんだぞ

 せっかくオタクなんだからもっと自分の好きなゲームに振り切ってちゃんとやってほしいわ

 適当に遊ぶだけの植物タワーバトルとか、スリザリンとかもうええわ

 

245:名無しの実況者さん ID:gOR0DQ39n

 >>242 ちぬれみたいに一工夫欲しいってのは分かるわ

 

246:名無しの実況者さん ID:JiBuCyH+k

 つまらないわけじゃないから見るんだけどな

 

247:名無しの実況者さん ID:O//jVpRZ4

 むしろその妹のMASHIROちゃんを俺は推してる

・声がかわいい、稀に笑うと天使かわいい

・ひたすら淡々とリセットを繰り返す

・人間がギリギリできる技を何度か練習すると、ごく普通に安定させる

・あんなに可愛いのにホモネタ大好き

 

248:名無しの実況者さん ID:Edl91pbRF

 >>247 妹サイボーグ説すこ

 

249:名無しの実況者さん ID:mm8vNO6i3

 出来の良い妹に乱入されて壺一瞬でクリアされるの好き。

 

252:名無しの実況者さん ID:E4tlslZB9

 ぺーさんもわざわざやって20分ちょいでクリアしてたからな

 むしろ姉に歪んだ対抗意識をもってそうまである

 

255:名無しの実況者さん ID:hF/0InLp9

 妹にサイボーグ説がでたせいで、姉の方が街中で金属探知機当てられた話好き

 

256:名無しの実況者さん ID:gwqxjZ0Zb

 >>255

 

258:名無しの実況者さん ID:hQwc7mx9f

 アーシャちゃんはまだガンには効かないがそのうち効くようになる

 実際俺は偶然街中で話してから、不調だった100m走のタイムが0.5秒以上上がった

 おかげで9秒台が見えてきてる

 

259:名無しの実況者さん ID:eH1lFKzAX

 >>258 マジなら特定しました

 

260:名無しの実況者さん ID:WqIalxklQ

 >>258 俊足ニキすこ

 

261:名無しの実況者さん ID:VJcdkkOV4

 まぁワイらは見るのぐらいしかできんからな

 

262:名無しの実況者さん ID:URrMWhlQi

 >>261 いやスパチャ投げられるだろ?

 ワイは親の財布から盗んで10万以上スパチャしたぞ?

 

263:名無しの実況者さん ID:go79Qzax7

 >>262 おいクズやめろや

 

266:名無しの実況者さん ID:ElfnoAsha

 >>262 頼むからやめてくれ 親を泣かせるな

 

268:名無しの実況者さん ID:sdic5I6ae

 うちの会社来月ボーナスだから実質無料だわ

 

269:名無しの実況者さん ID:QGaovQCm0

 料理メモに赤スパ使ったわ

 

271:名無しの実況者さん ID:ElfnoAsha

 >>268 >>269 お願いだから大事にお金使って?

 石油王以外はやらなくていいからな?

 

272:名無しの実況者さん ID:ChimamireYiyui

 >>271 草 

 

 

 

 

【ZowTube】アーシャちゃんはエルフかわいい part88【飯テロ】

60:名無しの実況者さん ID:Dp+4hfkoD

 最近の動画マジで面白いな

 

61:名無しの実況者さん ID:DpahufkoD

 ほとんど生のエビをサラダにしようとして,珍しく全力の焦り顔で止めてるアーシャちゃん草

 

62:名無しの実況者さん ID:F1ySKPQjn

 編集がちぬれちゃんに似てきてるのかわいい

 

66:名無しの実況者さん ID:E/7ppuB8C

 アシャゆいはガチ

 

70:名無しの実況者さん ID:/pfqpX6wX

 >>66 ゆいアシャな?

 

75:名無しの実況者さん ID:OPIxs+Adr

 これだけは断言してもいい。

 MASHIROは義理の姉に家族以上の感情を抱いてるぞ

 

80:名無しの実況者さん ID:MTt1wrjtP

 >>75 その心は?

 

83:名無しの実況者さん ID:ETJf8at+q

 >>80 Ywitterで毎回アーシャの配信に対して大量にコメント残してるだろ

 普通の家族に対しての感情しかないならあんなこと絶対しない

 

85:名無しの実況者さん ID:41sN2YxHx

 >>85 MASHIROちゃん愛が重そうだよね

 

86:名無しの実況者さん ID:Wdq6+hKOq

 MASHIROは声綺麗だしサイボーグだしでVtuberに向いてると思う

 あと最近思うことなんだが、リアルの顔がいいならVtuberじゃなくてリアル配信するのが当然みたいな風潮きらい

 

91:名無しの実況者さん ID:Yo5cMmFXy

 >>86 最近はそうでもないだろ。ハロスターズ引退したドラゴンとか、ニジライブ引退したサイコパスとか普通に転生してVtuberやってるが、どっちも美人だぞ?

 

95:名無しの実況者さん ID:3dqXkBvXh

 >>91 だからそれは少数派だっつってんだろ、文字読めねぇ文盲は義務教育からやり直して来いよ

 

100:名無しの実況者さん ID:1rAAiDEyL

 >>95 勝手にブチ切れるお前の性格の悪さは天然記念物もんだぞ。お前こそ子宮の中からやり直してこい

 

105:名無しの実況者さん ID:ElfnoAsha

 >>95 >>100 この殺伐とした感じ懐かしの掲示板って感じがするわ

 

109:名無しの実況者さん ID:H+TJzMSla

 ゲームで出てきた料理を再現するの上手いし、どれもめちゃくちゃ旨そうなのがいいわ

 

112:名無しの実況者さん ID:PfKZapVP1

 料理が下手すぎるちぬれと、料理が上手すぎるアーシャでかなりいい対比になってるよな

 

114:名無しの実況者さん ID:rul/2cgiA

 >>112 ちぬれは理系なのになんで料理へたくそなんだろうな。料理なんて薬品の調合とかと似たようなもんなのに

 

117:名無しの実況者さん ID:+NmtWATAu

 >>114 理系は全て薬品とか扱ってるみたいなあっさい知識で無学さらさなくていいよ?()

 

119:名無しの実況者さん ID:4yLHkgkMX

 モンファンの漫画肉再現がマジで美味そうだった

 特に生焼け肉を完璧なレアで焼き上げてたけど

 あれは間違いなく美味い

 

122:名無しの実況者さん ID:hVu05JUkI

 夜中にみるもんじゃないよなー最近の動画

 みたら夜食とってまうわ

 

125:名無しの実況者さん ID:gij5WXysa

 コメント欄が海外兄貴に占領されつつあるからお前らもうちょっと頑張ってくれ

 

128:名無しの実況者さん ID:dzc9+t4m4

 魚捌くのとかもめちゃくちゃ手際よかった

 燻製とか塩漬けとかの知識量もすごいよね

 解説動画で語ってたけどさ

 

132:名無しの実況者さん ID:ElfnoAsha

 >>128 最近の子は知らんかもしれけど、冷蔵庫とかまともに普及してきたのって数十年の話だからな。昔の人はみんな魚を塩漬けにしたりして生活してたんだぞ。豚や牛なんてまともに食えるようになったのはつい最近だ。……って近所のお爺さんが言ってた。 

 

137:名無しの実況者さん ID:eC7K8QI07

 >>132 まぁそうだよな。ウチは大百姓だったから、浜の漁師と物々交換してたって聞いたわ

 

138:名無しの実況者さん ID:fLFs4g6Um

 >>137 昔の人は電気なしで生活できるし、家だって自分達で建ててた。

 

143:名無しの実況者さん ID:OE8/Xlzxk

 なんかここ加齢臭がするんだけど………

 

147:名無しの実況者さん ID:IwdpPffEI

 ラーメン屋のゲームもやってたけどアーシャちゃんラーメンの作り方わかるんだろうか

 

148:名無しの実況者さん ID:qREmAwDXB

 ラーメン系のチャンネルは多いけど、ちょっと見ただけで作るのヤバイほど大変ってすぐわかるからな。

 

151:名無しの実況者さん ID:NbHxMt7FX

 そういやアーシャちゃんが絶賛してた『濁流房』ってラーメン屋行ってみたやつおる?

 

153:名無しの実況者さん ID:aRyLWwhlM

 >>151 アーシャちゃん目当てで行ってみたけど普通にめちゃ美味くてリピーターになったわ

 

154:名無しの実況者さん ID:Lpn7+nZhX

 >>151 ラーメンも美味いがそれ以上にチャーハンとか餃子が美味いぞ

 

156: ID:kOGljGYnY

 >>151 行ってみて確かに美味かったけど、それほどでもって感じ。ニートのワイでもあれ以上の味を出せる自信あるで?

 

158: ID:cwzOtyxb0

 >>156 ならあの店でバイトしたれやクソニート 

 あの店の店長って元中華屋だったらしいんやが、子供は出ていくわ、目を付けてた近所のバイトの子は失踪するわで後継ぎがおらんらしい。クソニートの腕がマジなら20年ぐらい勤めたら店任せてくれるかもしれんぞ?

 

159: ID:kOGljGYnY

 >>158 すまん、俺の料理はマッマとパッパのためだけにあるんや……

 

161: ID:EXqpBQ2Mn

 >>159 無駄にかっこよさげで草

 

163: ID:YByr8VQP5

 >>159 ならついでに家事も全部やったれ

 

165: ID:lLjg1zZaF

 それより近日中に重大発表があるらしいぞ?

 

167: ID:DenMUlqoE

 なんやろ? 

 

169: ID:VeemtLSt0

 ガチな話をすればアーシャちゃんのフォローしてる相手見ればわかるぞ

 数十人しかフォローしてないからなあの子

 

171: ID:J+22238cE

 これからも元気で推しが活動してくれるんならそれだけで十分や

 

 

 

 

 

 




明日は1日お休みするかもしれません。
その場合は明後日更新です


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魔王がためのVtuber編
【初配信】 今日から私がVtuber界の番長だヨロシクゥ!!【雪村マフユ】


乱闘設定とかやっと回収
特殊タグを、先駆者様を参考に少しだけ追加してみました。


!?!?!?!?!?!?!?!?!? 

やっぱりVtuberになるのか! 楽しみにしてた!

やったあああああああああああ 

 

待ちわびたぜ……この時をよぉ! 

全裸待機しすぎて風邪ひいたわ 

 

↑服着ろバカ

▶ ▶❘ ♪ 
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【初配信】 今日から私がVtuber界の番長だヨロシクゥ!!【雪村マフユ】

 12,422 人が視聴中・ 5分前に配信開始 
 
 ⤴4,211 ⤵低評価 ➦共有 ≡₊保存 …… 

 
 雪村マフユ/Yukimura Mahuyu
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 32,454人 

 

『そう、私は……いつでもあの子の影だった。そして私も……それでいいと、そう思っていた』

 

 なんか始まった

 草草草

 アーシャちゃん!?

 

 意味深で、どこか悲し気な私の語りが流れる。

 目の前の画面を埋め尽くす期待と興奮の文字群。

 

『しかし変わったのはあの日……あの子が乱闘事件を起こした日』

 

 乱闘事件の動画と称して、リアルのとある動画が映し出される。

 それは銀髪のエルフと、ガラの悪い男十数人が乱闘している動画。

 リアルの私がインターネットの大海に乗り出すことになった、きっかけの動画だった。 

 

『あの日から、あの子は豹変した』

 

 ――いやー、もうこれから私、ZowTubeで生きてくわ!

 ――もう君に影武者やってもらう必要ないから、それじゃ達者で!

 

『えっ!? 私これだけ頑張って尽くしてきたのに! いらなくなったらポイ捨てかよ!』

 

 

 ひどくて草

 YOOOOOOOOOOOOOOOO

 

『だったらもういい! グレてやる! ――そしてVtuberで天辺(てっぺん)とって、見返してやる!』

 

 私の顔写真を、黒く塗りつぶしていき、そして――

 

『どうもぁおめぇらヨロシクゥ!! 私が、アイリス学園の新番長! 雪村マフユ様だぁ!』

 

 ――真っ黒に塗りつぶした紙を突き破って、新たなる私(Vtuberとしての私)が登場した。

 

 かわいい!

 かっこいい

 草草草

 

 アイリス学園の新番長、雪村マフユ。

 端的に言えば、それが私のVtuberとしての設定だった。

 

 前に葵に提案された3つのアバター、それらは決して悪いものではなかった。

 しかしどこかしっくり来ていない部分もあった。そこで改めて、自分の個性や得意分野、そして『中の人は明らかだけど、一応別人設定』という微妙な立ち位置について葵と念入りに考察し、そしてようやく考え付いたのが今回の設定だ。

 

 銀髪エルフ番長だ!

 アイリス学園の制服カッコいいしカワイイよなー

 ロングスカートすこ

 

 自分で言うのもなんだが、リアルの私も大概なアニメ顔をしている。そして葵は常々、魂とガワは親和性が高いほど良いと強く主張していた。その結果、選んだ容姿はやはり銀髪エルフ。

 

 そしてリアルの私とアバターの私が似ている理由として『私』の影武者であったという設定を作ったのだ。そこから『私』に見捨てられたことでグレて、番長になったというストーリーを連想することになった。ついでに私の喧嘩が強いイメージも回収できて万々歳である。

 

 そんな彼女の服装は、もう今の時代いないだろと思うような、学ランロングスカートという番長スタイル。最も学生服が異世界風の仕様になっているため特にダサくは感じないが。

 あとあえて言うなら胸が盛大に盛られているのが気になるが、それ以外は完璧な仕上がりだった。

 

 まぁ最初に長話をしても、見てる側も楽しくないだろう。

 まずは、一番みんながワクワクする事からやっていこう!

 

『それじゃ始めるぜ……! 私による、私だけのスペシャルステージ! マフユスーパーリサイタルの――始まりだァ!!』

 

 !?

 うめええええええええ!!

 かっけぇ!

 

 そう言って再生されたのは、自分史上最高のMVだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 YOOOOOOOOOOOOOO

 スパチャ投げさせてくれよぉ………

 Hooooooooooo! AWESOME!!!

 

 残念ながらサブチャンはまだ収益化してないのでスパチャは貰えんのだ。

 

 アイリスの伝手で依頼したMVは、急な依頼にも拘わらず完璧な仕上がりだった。

 オリジナルソングもアイリスが金に糸目を付けず依頼してくれた。

 番長という設定を決めた時点で、任侠ゲーで定評のある『蛇が如く』シリーズの作曲者にわざわざ作詞を依頼するという豪華っぷりである。そもそも受けてくれた事自体意外だったのだが、なんでも自分のファンでもあったらしく、想定以上の急ピッチで作業を進めてくれたらしい。

 

 最高の楽曲に、最高のMIX師、そして最高のMV。

 それだけのお膳立てがあって、歌うのは私。

 さすがにちょっと緊張して何度か歌いなおすことにはなったが、最終的にはかなりいい仕事ができたと自負している。

 

 ――これは、大成功だな

 

 掴みは完璧だったと、すぐに判断した。

 いつもの配信ほど視聴者が多いわけでもないが、コメント欄はいつもよりもずっと熱狂し、まるで暴風日の濁流のようにコメントが流れている。

 

 これでいい。

 一宮かぐやに負けない、Vtuber界の台風の目を目指しているのだから。

 

「真冬組の集会に集まってくれたみんな、改めて宜しくぅ!」

 

 よろしく!

 俺たちが初期メンバーだ!!

 ヤクザみてぇだなwww

 

「ヤクザじゃねぇ……、任侠道を重んじる古き良き番長だ……!」

 

 この辺の設定の塩梅は自分でもよく分からないので、たぶん視聴者はもっと分からないとは思う。

 まぁ大半のVtuberの設定というのは言ってしまえばフレーバーテキストだ。ガワの設定を忠実に守る人を批判するわけではないが、自分は魂が思いっきり叫びながらガワからビチビチと漏れ出てくるようなVtuberの方が好きだ。なので設定はパパっと見せて消化していく。

 

 雪村マフユは、エルフの族長の娘だったアーシャの影武者兼お世話役としてこれまで過ごしてきた。しかしアーシャがZowTuberを始めたことでマフユは邪魔な存在となり、なんやかんやあって学園に追放されてしまう。

 

 そのことがきっかけでグレて、番長になったのだ。

 ちなみに学園の番長にこそなっているが番長が具体的に何をするのか実の私も全く知らない。なので今の目標は舎弟か友達を増やすことになっていたりする。

 

 草草草

 友達100人欲しいとか小学生かな?

 拗らせてるやんww

 

「拗らせてるだとぉ? なんだぁテメェ……? やんのかこらぁ!」

 

 嘘っぽい怒り方でツッコミを入れた後、絵師とモデラーの紹介に移る――

 

「――私の体を作ってくれた恩人は、白紅ハル先生だぁ! ……皆さん拍手!」

 

 88888888888888888

 ありがとおおおおおおおおおお

 両方一人でやってるとかやばくね?

 

 ちなみに白紅ハルこと葵はやたら多才なので、イラスト作成から動かす部分まで一人でやっている。それにも関わらずトップクラスの企業Vと比べても遜色ないレベルで正直驚いた。

 

「そしてなんと、今日ギリギリにおまけのファンイラストまでくれたぜ!」

 

 ファンイラストまで描いてくれるなんて先生すげぇな

 かわいいいいいいい

 最ッ高じゃん

 

「ハル先生とは何度もサシで話してるからな、バッチリ友達だぜ……まぁ、それ以外の友達は、まだ、いねぇんだけどな……」

 

 ;;

 なぁ、俺たち、友達だろ?

 これから作っていくんやで

 

 ちなみに葵はまた読もう小説の原案を練っているらしく、Vママパパの仕事が終わった後はさっさと執筆活動に戻っていった。……もっとも感想欄炎上のダメージが大きくて、次のネタを考えるのに苦戦しているらしいが。

 

 コメント欄はパパママが同じ人物であることにびっくりしている人が結構多い様子である。葵曰く、2Dモデリングをする人は基本的にはある程度絵が描ける人なので、そこまで驚くことじゃないと言っていた。だが、作業を見せてもらっても正直何をやっているのかさっぱりわけわかめだった。

 

 特殊な技術を身に着けている人の言葉は、やっぱりあてにならないと思う。

 まぁ自分が魔法の説明や武道の説明をしても、一切理解されないのと同じか。

 

 

「てなわけで私にはお袋(ママ)はいても、親父(パパ)はいねぇ、複雑な家庭環境ってわけだ……」

 

 別に明らかな冗談なら嘘ついても大丈夫なのだが、ちょうど都合よくリアルの設定と一致していて笑ってしまう。まぁ日本人の時は父親だけいて、エルフの里時代は母親だけいたのでどっちでも一致するんだけどね。

 

「ちなみにだが、私の好きなものはかわいい女の子の幸せそうな顔だ! 可哀そうなのは嫌いだ! そういうわけだから、野郎も嫌いじゃないがガチ恋はマジ勘弁だぜ」

 

 おおっ

 キマシ?

 最近百合Vtuber多いな

 

「やっぱ漢ってのは、守るものがあってこそだからな! 番長の私もか弱い女の子の味方だ」

 

..アーシャ親衛隊の田中

..この子がいうと重みが違うわ.

..天使は悪魔

..↑別人やぞ.

..アクトプラズマ

..漢(かわいいエルフ).

..一宮かぐや✓

..ふむ、妾と同じじゃの.

 

「あ゛っ゛! ハロスターズのかぐや姫じゃねぇか!」

 

 とんでもねぇ奴いるじゃん。

 っていうか同じってなんだ同じって!

 

「お前ら! かぐや姫と私を一緒にするなよ! 私は百合に挟まる奴が大っ嫌いだからな! てぇてぇの邪魔するこいつは敵だぞ!」

 

..アーシャ親衛隊の佐藤

..そう言ってるけど番長も女じゃんww.

..ルクスリア

..むしろ番長が挟まって提供してくれてもええんやで.

..可愛いものは奈落行き

..ほんまKIDは何処にでも現れるな.

..四角様

.. 草草草 .

 

 私と同じで寝なくても十分活動できるからか、魔王は異常にフットワークが軽い。

 そんな彼女は爆弾発言をもたらす。

 

..一宮かぐや

..まぁまぁそう言うな。同好の士として仲良くせぬか? ハロメンには手を出せんから暇なんじゃ.

 

「なっ、ななな、ちょちょいきなり何言いだすんだお前ぇ!」

 

 ガチレズこっわ

 かぐや姫かわいい声質してんのに、なんかインモラルな雰囲気あるんよな

 しれっと他箱の初配信に乗り込んでんじゃねぇ!ww

 番長って何気に押されるのにめちゃくちゃ弱いよな

 かわいい

 

 自分の初配信だというのにいきなり乗り込んでて暴れるアイツは間違いなくヤな奴だ。あまりに急な話にちょっとドギマギしてしまった。

 ……だが、これはよく考えると大チャンスではないだろうか。

 

 そもそも自分がVtuberを始める目的の一つは奴と直接接触することだ。

 ……なら、ここで仲良くしておくのは目的達成への特急列車と言えるだろう。

 

「……ふぅ、わ、わかった。主義の違いで思うところはあるんだが、ここは取り敢えず仲良くしようじゃないか……! それじゃあ、今度私と遊んでくれるかー!?」

 

 久しぶりの緊張を胸に抱いて、震える声を押さえつけながら呼びかける。

 時計の針のチクタク音がやけに大きく聞こえる中、視聴者に小声で待つように呼び掛ける。

 唾を飲み込むと、のどを伝って渇きを癒していくのを感じた。

 

 体感ではもっとあっただろう長い長い30秒。

 

 ――しかしお目当ての人物からの返事のコメントは一切なかった。

 

「いやいねぇのかよ!! なんなんだよ! 人の初配信にずけずけと乗り込んで来やがって! メンバーですらないのに自由過ぎるでしょうがぁ!」

 

 それはさすがに

 あの子毎回どこからともなく現れては去っていくから

 人たらしというか、自由人というか、我儘というか

 ラインはわきまえてるんだろうけどねぇ……w

 アーシャちゃんがYwitterで呟いたからきたのかね

 ふられちゃったねぇ……

 

「いや確かにYwitterでオリジナルの私がかぐや姫を褒めてたけどさぁ、振られたってなんだよ! 風評被害がひどいんだが!? 今回は誘ってきたのはあっちでしょうがぁ!」

 

 あんまりな扱いを受けてちょっとキレてる私と、それを笑うコメント欄。

 今こっちの配信まで見てくれているファンは、いつも見て情報を欠かさずにチェックしてくれている根強いファンだ。彼らは悔しいけど私の扱いを心得ている。 

 

 でも一宮かぐやがいくら悪の組織の首領だからとは言え、さすがにこの振舞いはちょっと酷いと思う。それでも何故か大炎上はしない絶妙な立ち回りの上手さも彼女の魅力なのだろうか。実際、本気でマズそうな相手には声かけないらしいしね……。

 

 半分キレ気味になりながら、今後の配信予定を告げる。

 とりあえず、Vtuberとしての活動をするときはゲームや雑談企画を中心に行っていくつもりだ。

 

 最後に今後の配信予定を告げて終わりにする。

 

「今後はまず『蛇が如く』の最新作の配信をやっていく予定だ! あれの主人公も結構強いらしいが、番長の私とどっちが強いかは見ものだな!」

 

 あれはそういう視点で見るもんじゃねぇだろww

 いやマフユ番長なら銀島の蛇にも勝てるかもしれん

 普通にワンチャンありそうなのが草

 

 ちなみにこのゲーム選びも、自分のある種暴力的なイメージから選んだゲームである。

 親和性は結構高いと思う。

 残念なのは特徴的なご飯(料理配信のネタ)にはあまり期待出来ないことだろうけれど。

 

「それじゃあこの後続く、2人の二期生たちの配信も楽しんでいってくれよな! See you!」

 

 そう言って波乱のVtuber転生、初配信を終えた。

 私以外のアイプロ二期生だが、一人は不安だが一人は安心していいと思う。

 

 そんなことを考えながら久しぶりのブラックコーヒーを飲んだ。

 が、あまりに苦くてむせた………。

 番長といえど苦手なものは、ある。

 

 

 

 

【Tips】蛇が如く:東京の架空の街「根室町」を舞台に、裏社会を生きる人々の抗争や生き方、人間模様を描くイリーガルサスペンス。熱くて感動するストーリーと、たまの頭のネジのぶっ飛んだ茶番に定評がある。




ボイロ&ゆっくり動画のモチベが上がってきたので、しばらくは隔日更新で行きます。

もし動画に興味があったら、マイページから見てくれると嬉しいです。


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【初配信】初めまして、お兄さまお姉さま【紅葉チアキ】

21:00間に合わなかった………!


『……っはぁー、やっぱ緊張したわー』

 

 電話越しに聞こえる茜の声に確かに籠っていたのは、安堵と震えの感情。

 茜はついさっきまで、Vtuberとしての初配信を行っていた。

 

「いや、さすが『ちぬれゆい』だなって感じだった。――まぁ、自己紹介でしょっぱな噛んだのは笑ったけどな……!」

「一々言わんとってや! 意地悪!」

 

 とは言え、噛んだことさえ笑いに昇華してしまえるのは茜の強さだろう。あと関西弁が笑いに強い。ズルイよね関西弁って。ツッコムだけでなんか面白い感じするし。

 

 茜はちぬれゆいの同居人『海原ナツミ』としてデビューした。

 海原ナツミの設定は、端的に言えばこんな感じだ。

 

『――ナツミ商船団を抱えて世界を股に掛ける、猫耳の大商人。その黒く焼けた肌から見えるスポーティさとは対照的に、お金にがめつく抜け目がない性格をしている。……まぁウチ向きの設定よな』

「――ゲームや漫画などの娯楽に目を付けて、それらを学ぶために、アイリス学園に入学してゲーム部に入った………って設定は結構むちゃくちゃだけどな」

 

 属性をまとめるなら、猫の獣人、お金にがめつい、関西弁、比較的常識人といったところだろうか。

 ちなみにアイプロ二期生は季節で名前を揃えることになっている。まぁ今のところ3人しかいないんだけどさ。そんなこんなで海原ナツミの設定を少しばかり揶揄していると。

 

『まぁぶっ飛んでる設定やとは思うけどさ、Vtuberやってる番長よりはマシやろ。意味わからんで』

「それは違いない」

 

 まぁ何故か番長やることになった私よりはずっと落ち着いた設定だ。

 

「……にしても、私らは人数多かったねぇ」

『まぁウチらは元々メインチャンネルのファンが大半って感じやったからな。もちろんアイプロの固定ファンもいるにはいるけど』

 

 まず一つ補足だが、アイプロの固定ファンはそう多くない。

 箱の中の個人個人はもちろん人気があるのだが、それぞれの得意分野が違っておりコラボの頻度はハロスターズと比べるとずいぶん少ない。まぁそれでも先輩方はちゃんと宣伝してくれたので、影響はあったとは思う。――まぁ平然と同時間に配信してる先輩もいるわけだけども。

 

 ともかくとして、私や茜の視聴者数は最初から多かった。

 そしてこれは私達自身に元々ついている人たちである。

 

 一応別人という建前だが、チャンネルに相互リンクが張ってある時点で丸わかりである。そもそも分かるようにしているのだが。

 あと若干異世界訛りのある私と、東京の影響を受けて微妙にねじ曲がった独特の関西弁を扱う茜の喋りは、聞く人が聞けばすぐに同一人物のものだと分かってしまうものだ。なので、どうやっても隠すのは無理だとは思う。

 

「……ていうか、最初から収益化開放されてんのずるくない? さすがに笑ったわアレ」

『フフンええやろ。なんか知らんけどデビューした瞬間に収益化解除されてたんよなー。なんでやろなー?』

 

 わざとらしい茜の口調に思わず笑ってしまう。

 茜は今回のVtuberチャンネルを用意するにあたって、あまり使っていなかったサブチャンネルを転用した。そのせいで、最初から収益化が解放されていたので初回配信から何故か収益化が解除されているという珍現象が発生したのだ。それを茜は金にがめついキャラらしく無駄に凝った編集で派手にお祝いしたため、視聴者も大爆笑していた。

 

 しばし雑談する。そして、話題はこの後デビューする正真正銘の新人の話に移った。

 

「……大丈夫なんかな、あの子の配信」

「……アイリスさんは太鼓判押してたし、なんとかはなるはずなんだけど……」

 

 ――正直、不安しかない

 

 それが私達二人の共通意見だった。

 

 

 

 

 

 

【Tips】海原ナツミ:アイリス学園二期生にして、生徒会の会計担当で褐色肌の獣人商人。お金にがめつい設定だが、初配信時点でにじみ出る本人の常識人っぽい雰囲気から既に形骸化しつつある。同居しているという設定のちぬれゆいと同一人物(超美麗3Dモデリング)なのではないかともっぱら噂。

 

 

 

 

わくわく 

前二人に比べてどうか

たのしみいいいいいいいい 

 

デザインが好きすぎる

888888888888888 

 

マリンちゃんがママになるってマ?

▶ ▶❘ ♪ 
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【初配信】 初めまして、お兄さまお姉さま【紅葉チアキ】

 6,521 人が視聴中・ 4分前に配信開始 
 
 ⤴1,511 ⤵低評価 ➦共有 ≡₊保存 …… 

 
 紅葉チアキ/Kouyou chiaki
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 10,254人 

 

「………」

 

 はじまらん

 2分経過。

 大丈夫か……?

 前二人が慣れ過ぎてたのもあるやろ

 ゆっくりでええんやで

 

 既に開始時刻は過ぎている。

 それだけならまだ準備中だとも言えるのだが、さっき盛大にPVが流れたので準備はもう終わっているはずなのだ。それにも関わらず未だ配信は始まらない。

 その二つあるうちの一つの理由は、彼女がとてつもなく緊張しているからだった。

 

「……ふぅ~~~。はぁ……」

 

 まぁ無理もない。

 ほとんどまともな配信経験なんてない状態から6,000人を超える視聴者を迎えるなんて。

 そして一度の失敗が周りを巻き込んでの致命傷にもなりかねない、そんな企業Vtuberとして名乗りを上げるなんて。

 どちらも初心者には到底無理がある話だ。

 

 誰かさんみたいに、煌めくオーロラを口から逆流させないだけ度胸が据わっていると思う。

 そんな彼女はミュート状態なので、応援の言葉を贈る。

 

「大丈夫。――上手く喋れなくても、いつも通りにやればいいから」

「………」

 

 私の声掛けにも曖昧に頷くだけ。

 手を握っては開き、握っては開き。

 深く深呼吸をしては、大きく息を吐く。

 

 練習はかなりやってきたはずなのだけれど、完全なコミュ障の彼女にはいきなり大舞台はきつかったんじゃないだろうかという気もしてきた。

 

「……もしダメでも、私がどうにかするから安心していいぞ」

 

 ――な、()()()

 

 何か余計なことを口走ったとしても、そして何かダメなことをやらかしたとしても、その責任は姉である私が持つ。そう告げた。

 そう、今回デビューするアイプロ二期生3人目は葵ではない。マシロだ。

 

 この異常事態の発端は葵の頭のおかしいドタキャンがきっかけだった。

 

 葵は元々Vtuberには乗り気ではなかったのだが、それでも自分と茜のキャラが決まってからは結構なやる気を見せてくれていた。そのやる気の程といえば、自分の――雪村マフユのガワを完成させてからたった数日で、元々自分のアイコンだった白紅ハルを動かせる部分まで持っていったぐらいだ。

 

 自分も茜もアイリスも、正直全員が、葵が3人目になるのは確定。

 そう考えていたのだ。

 

 しかしいよいよ告知する直前というタイミングで、トリックスター葵が登場した――

 

『――ごめん、音楽が作りたくなった』

『『『は?』』』

 

 よもうなら、イラストなら、漫画なら、まだ分かる。

 配信者を始めるのが怖くなったとか、面倒に思ったとかならまだ分かる。

 しかし理由はどちらでもなく、何故か突如として現れた音楽という単語。

 

 意味が分からないと私とアイリスは盛大に頭を抱えた。

 ついでに担当予定の事務員さんたちも崩れ落ちた。

 茜だけは、どこか達観したように葵の奇行に引き笑いをしていたが。

 

 元々葵は、例えばテスト前だとかの重要なことの直前に、何故か全く別のことを始める悪癖があったらしい。厄介なのはその時に限ってやたらいい結果を残すことだろうか。そのせいで注意もしづらいのだ。

 

 別に逃げたくて投げ出してるわけじゃなく、本当に興味が湧いたから突っ込んでいってるのだろう。タイミング最悪だけどな。

 これが、パパとママが付いているVtuberなら大問題だったのだろうが、あいにく葵はオール自作なので重要なのは当人のやる気のみである。

 

 そんなこんなで葵のVtuber話はひとまず消滅したのだが、しかし二期生を2人にするわけにはいかない。6人というのがどうにもキリが悪いというのももちろんあるが、一番は虹の色――つまり7色に合わないからということらしい。

 そのせいでもう一人の候補が見つかるまで危うく待機になりかけた。

 

 そんな危機的状況の中気が付いたのが、最近人気の動画配信者――MASHIROの存在である。

 

 声がいい、そして圧倒的にゲームが上手い。

 RTAという分野でいったいどれだけの集客力があるのかは分からないけれど、アイリス曰く、とてつもないポテンシャルを秘めているらしい。

 ……ゲームど下手くそのくせにRTA分かるんですねとツッコんだら怒られたが。

 

 そしてコミュ障MASHIROは断るかと思ったが、何故か大喜びしてこれを承諾。アイリスともう一人の手によって直ぐにキャラ設定が決まり一瞬でモデリングが完成した。

 

 ホントに大丈夫か?

 4分経過。

 ゲロ吐いてる?

 ↑番長じゃないんだから

 番長は影武者だから別人だろ、いい加減にしろ!

 

 そろそろコメントも本格的に事故を察知してきている。

 

 さて、話を戻そう。

 マシロが未だ一言も喋れていない理由、それは緊張しているからじゃない。単純に死ぬほどコミュ障だからだ。

 

 いや元々無理があるだろこれ。

 宅配受け取れないレベルのコミュ障に雑談配信は荷が重すぎる。

 

 いつもMASHIROはRTAを配信で公開録画しているのだが、それは独り言をボソボソ呟くだけの――言ってしまえば一方通行な配信だ。

 しかしそれなりに人の集まる企業Vの初配信は雑談配信――つまり双方向の配信である。

 

 もちろんマシロも話せるようにある程度準備はしてきたし、キャラ設定も無口な設定にはなっている。しかしそれにも限度はあると思う。

 

 ――もうしょうがないか

 

 このまま放置していると、いい加減視聴者も怒って帰ってしまうだろう。

 初配信は一人でやるものだとは思うが、致し方ない。

 

 一つ小さな咳ばらいをしてから、意味もなく悪い顔を浮かべて気持ちを切り替えた。

 

「おぅおぅなんだぁお前ぇ! 生まれたての小鹿みたいに震えてんなぁ!」

「………え?」

 

 マフユ番長!?

 そりゃいるよな

 !?!?!?!?

 草草草

 

 マシロは壺配信の時もそうだったが、私がいれば配信でもそこそこ喋れる。だからもう番長として話しかけることにしたのだ。まぁどうせ数日後にはコラボはすることに決まっているので、遅いか早いかの違いでしかない。多分それほど怒られないはずだ。

 

「お前ぇ、見慣れない顔だがどこ中だぁ? てか名前なんて言うんだ?」

「…………、……っ!」

 

 マシロは突然声をかけてきた私にビックリしていた。けれどその意図についても直ぐに思い至ってくれたようだ。不安げに揺れていた瞳に意志の炎が宿った。

 そして練習通りに、産声を上げる。

 

「私の名前は、紅葉(こうよう)チアキです。優月マリンマスターによって作られたホムンクルスです」

 

 感情の籠っていなさそうな、しかし美しい白鈴の声で彼女は告げる。

 

「ふぅん……つまんなそうな奴だな! なんか好きなこととかねぇのか?」

「マスターの手によって作られた私ですが、特に目的が与えられなかったのです。なので今はもっぱらゲームをやっています。――ゲームは目標を与えてくれるので。最近は特にRTA(リアル・タイム・アタック)なるものを嗜んでおります」

 

 声可愛い

 番長スコ

 白髪のホムンクルスちゃんかぁ推せる!

 ゲームをやってる(RTA)

 

 マフユ番長とのトーク形式で自己紹介を進めていくと、マシロことホムンクルスのチアキの緊張も取れてきたらしく、スムーズに会話が進んでいく。秋原チアキの設定は端的に言えばこうだ。

 

 ――癒しの錬金術師である優月マリン先輩によって作られた、ホムンクルスのゲーマー。知らないことが多く、感情に乏しいためVtuberを始めて視聴者と交流することによって感情や知識を学んでいこうと考えている。

 

「お兄さま方、お姉さま方、無知なチアキに色々なことを教えてくださいね?」

「……んぅ、こ、こいつ可愛いなぁ………」

 

 えっっっっっっっっ

 お姉さまって呼ばれた! お姉さまって呼ばれた!

 微妙に訛ってるのに、言葉遣いがキレイ!

 KAWAII

 番長が照れてて草

 

 マシロが練習した演技の内の一つである、感情薄目だけどどこか少しあざとい感じの挨拶は見事に視聴者諸兄にブッささったらしい。ついでに私も刺さったが。

 

「おっ、そういやお前ぇ、生まれたてのホムンクルスってことは、私より年下だよなぁ? それじゃあ焼きそばパン、買って来いよ」

「構いませんよ。……その代わり人間さんのことを教えてください。私は人間の感情と文化を学ぶためなら何でもやっていく所存です」

 

 番長やることちっせぇなぁww

 ん?今何でもするって言ったよね

 ん?ん?ん?

 ん?今何でもするって言ったよね

 

「……すみません、前から疑問に思っていたのですが『何でもする』というと、『ん?』と問い返されるのでしょうか……? 私、気になります」

「えぇ……いやめんどくせぇなコイツ」

 

 草草草

 これは策士

 番長嫌がってて草

 元ネタが元ネタやからな

 

「……いやもう裏会話ぶっちゃけるんだが、この子めちゃくちゃ語録大好きだからな? 騙されんなよお前ら」

「あっやめてくださいよっ! ……キャラが崩れるじゃないですかっ!」

 

 そうなのかww

 あっかわいい!

 仲良しやね、まぁ当然なんだろうけど

 てぇてぇ………

 草草草

 

 正直私なんかよりマシロの方がずっと語録には詳しい。

 しかしマシロの語録好きは何から来ているのだろうか?

 ……もしかしてBLが大好きとかそういうことなのだろうか。

 

 

 そんなことを疑問に思いながら、配信を続ける――

 

 

 




短いですが日が変わりそうなので区切って投稿します。

今日もなんですが、1/3までちょっと忙しいので次の更新は1/4予定です。
よいお年を!


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【初配信2】初めまして、お兄さまお姉さま【紅葉チアキ】

1日遅れすみません!
成り行きで酒飲んだら全く書けなくて更新できませんでした!


 

 私の登場によって、一応だが放送事故を回避できたので配信を続ける。

 既に軽く紹介はしていたのだが、改めてきちんとママとパパを紹介することになった。

 

 パパもモデラー界隈では有名人ではあるらしいのだが、まぁモデラーを気にする人は少数だ。だからリスナーの注目も必然的に絵師(ママ)の方に集まる。

 

 絵師はアイプロ1期生の、癒しの錬金術師、優月マリン先輩だ。

 

 しかし改めてみて思うのだが、Vtuberやりつつ、パケモンも一線級にやりつつ、個性を出しつつも可愛さを決して損なわない完璧なガワを仕上げられるのは凄まじいと思う。

 

「マリンパイセンやっぱすげぇなぁ……」

「……はい、マスターには本当に可愛らしく仕上げて頂きました。感謝の限りです」

 

 ちなみに、通常のVtuberの場合は絵師さんのことを○○ママと呼ぶことが多いのだが、今回は錬金術師マリンが作成したホムンクルスという設定なので、ママではなくマスターと呼ぶことになっている。

 せっかく同箱内に在籍しているのだから、特殊な関係性に設定した方がおいしいのではという意図らしい。

 

..デイドラァ

..癒しの錬金術師(戦術は害悪睡眠&毒).

..HOT GOOOOOO

..マジで絵うまいからなマリンちゃん.

..嫌韓は自由、逆も自由

..↑てんどーのアシだったんだから当然だけどな.

..かわとげ

..馬糞からこんな可愛い子ができたってマジ?.

 

「ば、ばふんか……チアキは馬糞か……っ! はははっ!」

「何笑ってるんですかっ。……私別に馬糞からできているわけではないですよ?」

 

 唐突な紅葉チアキ馬糞説で笑ってしまった。

 

 ホムンクルスの作り方として、地球で広く知られているのは『人間の精液を馬糞と共にフラスコに密閉し、40日間寝かせておくこと』らしい。このコメントはその伝説に由来するものだろう。

 

..がなーりん

..ついに日本人は馬糞も擬人化してしまったのか……!.

..clamitis

..lol.

..てててテティス

..世界一可愛い馬糞.

 

 マシロも不思議がっていたが、日本はあらゆるものを美少女に変えてしまう。競馬に、艦隊に、戦国武将。だったら喋る馬糞くらいいてもおかしくないだろうと笑って同調すると、マシロは少し頬を膨らせた。

 

「やめてください! 誰が馬糞ですか!」

「おお、このホムンクルスやたら感情的だなぁ……」

 

 感情が薄いという設定を彼方にぶん投げた、マシロに突っ込みを入れると。

 

「…………もし私がソレだとすると、マフユ番長や視聴者のお兄さまは、フンと会話している精神異常者ということになりますが?」

「それはヤだなぁ…………」

 

..うぃるく

..話題が汚いんだよなぁ.

..ミルク

..会話がうんちで喜ぶ小学生レベルなんよ.

..ソーメン

..そういやマスターとはお話したん?.

 

 

 当然だが紅葉チアキ(創作物)優月マリン(錬金術師)とのコラボは、予定されている。

 ……されてはいるのだが。

 

「……マリンマスターとは配信前に何度か連絡しました。……全てチャットですが」

 

..アンバー

..草草草.

..リサ

..まぁマリンもかなり人見知りだからなぁ.

..踏氷海渡真君

..仲良くなれば喋れるんだがな。チアキちゃんも似た雰囲気感じるわ.

 

 先輩である優月マリンは一人だと(ソロ配信)結構喋れるのだが、複数人になると途端に喋れなくなるらしい。だからかマシロとの事前の連絡もチャットで済ませてしまったのだろう。自分も今のところチャットで挨拶しただけだ。

 

 まぁ先輩のせいにするのも何なので、番長らしく目の前のやつにとりあえずキレておく。

 

「チャットで先輩への挨拶を済ませるだぁ!? この現代っ子が! ……なんで話せねぇのか言ってみな?」

「…………だ、だって。なにを初対面で何をお話すればいいか分かりませんし……」

「なるほどなぁ……」

 

..クレー

..あー分かる.

..無能なナナ

..趣味とは噛み合わないと実際どうにもならんよ.

..見つけたぞクレー

..一通り挨拶した後気まずい感じになるんだよなww.

..アリス

..コミュ症チアキちゃん推します.

 

「みんな同じようなこと思ってんだなぁ……。まぁ会話なんて適当でいいんだよ、多分な」

「間違って失礼な事言ったら、どうするんですか!」

 

 その時は普通に謝ればいいだろと思う。

 思うのだが、しかしマシロの意見に同意する連中も多いようだ。

 つまりマシロの意見はある種、的を射ているのだろう。

 しかし、そういう割には私とは普通に話せていることにコメントからツッコミが入る。

 

「番長は何故か安心できるので…………」

「お、おうそうか。うん、まぁ、そうだな。私は漢の中の漢だからな! ドンと頼ってくれていいぞ」

 

 不意打ちの本音に思わず射貫かれてしまった。 

 そしてマシロはおねだりするように――

 

「――あっ、そ、それじゃあ明日以降の雑談配信も……その、お手伝いしてくれませんか?」

「う゛っ゛…………い、いいぞ……!」

 

..ガチキャン△

..クソちょろ番長すき.

..ユニちゃん18歳

..上目遣いで首を傾げておねだりする様子が目に浮かぶようだ。端的に言って毒婦だな.

..クロエル

..なにいってんすかパイセン、ガチチョロじゃないすか.

..優月マリン  

..…………チアキちゃん……も、もうちょっと頑張ろ?.

..天堂アイリス  

..ダメです.

 

 反射的に承諾してしまったが、配信にやってきた二つの色違いコメントが目に付く。

 当然というべきか、偉大なる先輩二人もこの配信を見に来ていた。

 つまり……。

 

 …………。

 

「やっぱだめだ! 自分の力だけでリスナーと会話してみせろ。それが人間を知る第一歩だ!」

「ひ、ひどいです! だったら最初から断ってくださいよ! 変に期待させないでください!」

 

 あまりにも情けない、マシロのコミュ障ぶっちゃけトークに笑いながら進行していく。

 そんなこんなで好きなものとか、嫌いなものとか、苦手なものとかをトークの軸にしながら進んでいったのだが、マシロは自分が質問した時ぐらいしかまともに喋らないので、企画はトントン拍子で進行していってしまい――――

 

「あの……もう最後の企画に移っていいでしょうか」

「いいわけねぇだろうが! アイリス会長も最低30分持たせろって言ってただろうが…………! ……まぁ番長の私は従わねぇけどな!」

 

..ペェモン

..番長の方が律儀.

..空(香川の姿)

..いつも思うが1時間トークで持たせるって何気すげぇよな.

..蛍(群馬の姿)

..番長ってそういやなんだかんだ1時間きっちりで終わってたな.

 

 ここで一つ、恐ろしいことが判明する。

 

 配信開始から、まだたった20分しか経っていなかったのだ。

 1時間かかった自分の初配信よりも、遥かに長い時間に感じる紅葉チアキの配信の20分間。

 どうしてこうなった。

 

 そしてマシロは画面の前を見つめたまま、カメラの外にいる私に語り掛ける。

 

 

「もう……話すことが無いのですが。もう雑談終わりましょう?」

「終わらせんな終わらせんな……ほらほら、なんか話したいことぐらいあるだろ?」

 

 さっきからやたら終わらせたがるマシロを窘めて会話の続きを促すが――

 

「――会話ってなんのためにあるのでしょう…………」

「哲学やめろや。そんな高尚な悩みじゃねぇだろ」

 

..ちむちゃん

..これは悩めるホムンクルス.

..ちむむちゃん

..実際情報伝えるだけなら文字でいいよな.

..ちむどらごん

..コミュ障には辛いぜ………….

 

 ついには会話の存在意義を考えるという暴挙に出だしたマシロ。

 初配信でやることでは絶対ない。

 

 ただ、せめて後10分は持たせたい、そこで即興で質問コーナーを企画することにした。

 

「とりあえず、チアキは一人だけで会話してみろ……。そうだな、よし! この中にいる真冬組のメンバーたち、お前ら今すぐ私のとこにマロ送ってくれ。それで会話練習すっぞ」

「い、いきなりですか!? いきなり戦争をするには……こ、心の準備が」

「雑談は戦いじゃないぞ? ……あと会話なんていつ始まるかわからないんだから準備できてなくて当然だろが」

 

 たかが会話なのにやたら身がまえるマシロは、やけにハッとした声で。

 

「…………はっ! な、なるほど常在戦場、ということですね。さすが番長です」

「なぁ? 会話の話だよな? なんでこんなにスケールがデカイの?」

 

..フラム

..草草草.

..うに

..会話はマウンティングだからある意味戦いかもしれん.

..レヘルン

..雑談で戦闘する馬糞.

..ドナーストーン

..会話戦争.

..クラフト

..チアキちゃん結構アレだなぁ……ww.

 

 なんだかんだで雑談に花を咲かせていると、すぐに自分の所にマロが届いた。

 

 

                                  

はじめまして紅葉チアキさん。

声とか雰囲気とか、アレなとことか親近感が湧いてすごく可愛いです。

早速質問ですが、バーチャルユーチューバーを目指そうと思ったきっかけはなんでしょうか。

 

マシュマロ

❏〟

 

「アレなチアキ、解答頼む」

「アレって何ですか!? ちゃんと書いてくださいよ!」

 

 アレなマシロは思わず声を荒げた後、軽く咳払いして言葉を続ける。

 

「この日本をもっと知るためですね……。初めて日本に来たのは数か月前なのですが、日本の娯楽は大変面白いです。……なので今見て頂いているお兄さまやお姉さまと一緒に、クールなジャパンを極めていきたいです。…………あとは、自分の性分を改善するためですね」

 

 ガワとしての設定だけを答えても仕方ないので、ある程度は真実を交えて答えてくれた。自分の言葉で喋れてよかったと安心しつつ、マシロの凄さもついでに宣伝しておく。

 

「……チアキとは昔からの知り合いなんだが、こいつは3か月で日本語ほぼマスターしたからな。やべぇ頭の良さだぞ」

 

..ぷに

..やっば.

..ぱや

..数か月でこんなに流暢に喋れるもんなのか.

..ぽよ

..元々日系の子かと思ってたわ.

..ガチムチ

..日本が好きそうで俺うれしいよ.

 

「よし、それじゃあ次読むぞ」

 

 

                                  

Ywitterに上げていた壺RTAの更新動画見ました。

どうしてそこまでうまいのでしょうか。

 

マシュマロ

❏〟

 

 マシロは初配信前に、前にやった壺おばRTAの更新をしていた。

 まぁゆったり動画のMASHIROを知らない人間からしたら、初配信どころか初ツイートが壺RTAという謎の様相を呈していたわけだが。ちなみに声は一切入っていない、Vtuberなのに。まぁRTA動画としては正しいのだろうけれど。

 

 そしてそんなマシロから飛び出したのは、案の定頓珍漢な答えだった。

 

「まず大事なのは体の調子を100%に保つことです。あの動画を撮るために私は山籠もり修行をしてきました。アクションのRTAにまず必要なこととして想定した指先の動きと実際の動きとの誤差を極限まで小さくする必要が――」

「は? ゲームの話かこれ?」

 

 冗談にしか聞こえない内容をあまりにもマジトーンで話すので、視聴者もちょっと困惑気味だ。なので私が代わりにツッコミを入れておいた。

 視聴者の大半は山籠もりを、単純にゲームの修行を集中的に行うことだと考えているようだが、実情は全く違う。

 マシロは一切嘘は言っておらず、マジで山に行ってるし、マジで数日籠ったりする。

 

..ジーニアス

..山籠もり!?.

..ロイド

..草草草.

..コレット

..リングフィットネスRTAじゃないんだから.

..遺跡マニア

..まぁ予想が正しいならあの子だしなぁ…….

 

「全部言っても誰も分からねぇから、一つだけ上達のためのおススメ練習法を頼むぜ」

「それでは山籠もり修行をオススメします」

「……めちゃくちゃ山籠りおしてくんねぇ! 普通のやつには無理だから!」

 

 確かに効果はあるだろうけどさ。

 でも普通の人間がやると危ないから、いたずらに勧めるのは辞めてほしい。

 

「ゲームってもうちょっと楽しくやるもんだと思うぞ?」

「でも一日鍛錬を怠ると、みるみるうちに腕が劣化しますよ?」

 

 そうかもしれないけど、仕事でもないのにそこまでストイックにやりたくない。

 

「楽しいはずのゲームが楽しくなさそうに見えてきたぜ…………」

「極めるのは楽しいですよ?」

 

 楽しいですよ。なんてキョトンとしながら言われても全く信用できない。いつも部屋でプレイしているマシロは殺気立っているし、ピクリとも笑わないので、全く楽しそうには見えないのだ。ぶっちゃけなんでワザワザ苦しんでまでRTAやってるのか、全く理解してない。

 

 自分も見るのは楽しいし、難しい技を習得するのも楽しそうだとは思うが、それ以外の一切を切り落としてまでやりたいとは思わない。ただ、コメント欄にもRTAランナーが一定数いるらしく、せっかくなのでコメント欄にも聞いてみることにした

 

「聞きたいんだが、RTAってやるのは楽しいのか」

 

..

..楽しくないぞ.

..ドニ

..楽しいけど、それ以上に辛い.

..冷凍銃

..たまになんでやってんのか、我に返るときがある.

..死んだライオン

..練習は全く楽しくない。ルート考えるのは楽しい.

 

「えぇ……なんでやってんだよ」

 

 基本的に楽しくないという意見が多いようだった。RTAプレイヤーはマゾヒストか何かなのだろうかと疑問に思ってしまう。

 そんな失礼なことを考えていると、マシロが補足してくれた。

 

「……運が混じると辛くなりますね。運だけで延々リセットするのは精神を病みます。……それでも私、何かを極めるのが好きなので、楽しいです」

 

 ――苦労したからこそ、達成した瞬間の喜びはひとしおです。

 

 結局のところ、マシロの最後の一言には走者の皆さんも同調していたので、それが全てなのかもしれない。

 

 そんな話をしていると、いつの間にか30分を過ぎていた。

 最低限度の配信時間を確保できたので、この日のために録画してきたアクションゲーの録画を流して、配信に幕を下ろす。

 流れたのは、世界で最も売れたゲーム『マイクラフト』のRTA動画だった。

 

 プレイヤー数も多いため決して1桁に入るようなタイムではないが、それでもVtuberの中では圧倒的なプレイの上手さと、可愛らしい声で視聴者を魅了していった。

 

 アイリスはこう言っていた。

 『一つの圧倒的な武器は、ほかの欠点すら覆い隠す』と。

 例えば、リアルにおける私の美貌のようなものだろうか。

 

 結果的にはアイプロの3人目に葵でなくマシロが選ばれたのは良かったのかも知れない。RTA動画を流してから一気に湧き出てきた海外兄貴の反応を見たところ、とりあえず出だしは上々に思われた。  

 

 今後は他の企画も並行しながら、しばらくマイクラフトの記録を狙っていく予定らしい。

 ……ろくにプレイしてないはずなのにまずRTAからやるのはちょっとどうかと思うが。

 

 ただ、いくらゲームが圧倒的に上手くとも、コミュ力を向上させなくてよい理由にはならないだろう。

 今のままだと下手すりゃ配信が無言配信になりかねない。

 なので、茜と一緒に対策を考えなければならないなと、そうも思った。

 

 

 

 

【Tips】マイクラフト:世界で最も売れたコンピューターゲーム。ありとあらゆるコミュニティが存在し、MODの導入なども含めて世界中で広く親しまれている。ちなみに媒体を問わなければ世界で最も売れたのは別の落ち物ゲーム。




3月ぐらいまでくっそ忙しいので、更新できぬかもです。
すまぬ。。。


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