白鷺と鴉 (オクシモロン)
しおりを挟む

1話

百合っていいですよね。わかりますとも。


『本当に…行ってしまうのですか?』

 

立派な屋敷のとある一室で、青白い髪をした少女が問いかける。

 

『しょうがないよ、どの道もうすぐ見つかっちゃう』 

 

黒をさらに黒染めしたような、真っ黒な髪の少女が答える。

 

『これ以上こっちの事情で迷惑かけられないしさ。私のこと聞かれたら知らんぷりしてね』

 

『……』

 

黒髪の少女は努めて笑顔を作るが、青白い髪の少女は下唇を噛み複雑そうな表情をしている。

 

『ですが…この国から出るだなんて、無謀です!』

 

『もう私の居場所はない、生き残るにはそうするしかないんだよ』

 

『………わかっています』

 

『手紙とか出すようにするからさ。…だから、そんな顔しないで。ね?』

 

『約束、ですよ?』

 

『もちろん』

 

外から何人かの話し声が聞こえてくる。どうやら追手はそこまで迫っているらしい。

 

『…そろそろお別れかな。匿ってくれてありがとね、助かったよ。みんなにもそう伝えておいて』

 

『はい…どうかお元気で』

 

その会話を最後に黒髪の少女は屋敷を出る。

 

追手に捕まらないよう隠れながら、しかしできるだけ速く港の方へと向かう。途中で雨風が強くなってきたが、少女は構うことなく必死に走り続けた。

 

崩れた橋があればそれを飛び越え、自分の背よりはるかに高い崖があれば木を登って対処した。島のちょうど北端、巨大な人型の機械のようなものを後目(しりめ)に西にある港に向かおうとしたところで、ついに追手に見つかってしまう。来た道は既に塞がれている。気づけば背後に足場はなく、類を見ないほど強まった暴風雨によって海は大荒れであった。

 

少女は、代々受け継がれてきた刀に手をかける。少女の家には独自の剣術の流派があった。元は暴漢や刺客の急所を的確に狙い意識を刈り取るだけの不殺の剣。しかし父の犯した罪によって、今や人を効率よく破壊する殺人剣術にまで成り下がってしまった。少女には剣の才能があったが、自身のそれを今ほど恨んだことはなかった。

 

少女と追手。既に追手はただ一人にまでなっていた。年端もいかない少女に、鍛錬を重ねてきた彼らの剣は届かなかったのである。両者は互いの呼吸を読み合い、隙を窺っている。読み違えれば待つのは死あるのみ。

 

先に仕掛けたのは追手であった。極限の集中によって、少女には見るもの全てがスローに見えていた。降り注ぐ雨粒が、斬りかかる追手の全てが、殺意のこもった歪んだ顔が。

 

勝敗は一瞬で決した。袈裟斬りを繰り出す追手の刀を紙一重で躱し、鋭い峰打ちによって相手の意識を刈り取った。少女の刀は紛うことなき不殺の剣であった。

 

刀を鞘に納め、自らが倒した追手たちを見やる。誰一人として命を落とした者はいないが、少女にとって気持ちのいい景色ではなかった。顔を(しか)め両の拳を握りこんだところで、左手に何かが握られていることに気が付いた。

 

円形の装飾の中央に、波しぶきのような模様が浮かぶ青い珠がはめられている。それを持つ者は神になる資格を持っていると言われ、その者は総じて「原神」と呼ばれる。すなわち、神の目であった。

 

『………』

 

本当に欲しかったものは力ではなく救いであったと歯噛みした。神の目を懐にしまって歩き出したその時、狙いすましたかのような一筋の稲光が少女の眼前に落ちる。その雷の勢いのままに、少女の身体は荒れ狂う海に投げ出された。

 

 

 

 

「…!」

 

バっと勢いよく起き上がる。額には薄っすらと汗が滲んでいて、嫌な感じ。

 

「何回目だ、この夢…」

 

彼女にとっては悪夢の類であるそれを、数えるのが面倒になるぐらい繰り返し見ていた。故郷と、大好きな友人と別れ、同時に神の目を手に入れたあの日のこと。思い出さないようにはしているが、コンスタントに訪れる悪夢のせいでその努力が実ることはない。

 

「ねぇ、それどんな夢?」

 

「ぅわひゃい!?」

 

完全に油断しているところに声をかけられ、意識して出すことはないであろう素っ頓狂な声が出てしまう。ベッドのすぐ側に置かれた椅子に声の主はいた。

 

胡桃(フータオ)…もう、ビックリさせないでよ。ていうか、なんでいるの?こんな朝っぱらから用事?」

 

「用事なんか無いよ。千鶴お姉さんの寝顔見てただけ」

 

真っ黒な髪に琥珀色の瞳を持つ彼女の名は、鴉丸(からすま)千鶴と言う。

 

「他人の部屋に忍び込んでやることがそれって、普通に怖いんだけど…」

 

「堂主が堂内でなにしてもいいと思うけどなぁ」

 

「今してるのはデリカシーとかプライバシーの話なんだけど?」

 

流れに流れて漂っていたところを拾われてはや数年。最初に目覚めた場所は現在も自分の部屋として使っているこの場所だった。往生堂という名のこの場所は、今目の前にいる胡桃という少女が堂主を務めており、彼女で七十七代目ということでかなり長い歴史があるらしい。年下なのに立派に責務を全うしていて、そういった部分は本当に尊敬している。

 

基本的に部屋に鍵をかけていないため勝手に入られても文句は言えないのだけど、堂主の胡桃が出ていけと言ったら大人しく従うしかない立場なので、そういう面でも彼女の行動に物申すことはできないのである。つまり、それを引き合いに出されるとほぼ言いなりというわけだ。怖すぎる。

 

ベッドに潜っていたい誘惑を必死に振り切り、胡桃がいるのも気にせず普段着へと着替える。鍛錬で使うための刀に、作り置きをしておいた朝食を持って準備は完了だ。

 

部屋の窓を開けて新鮮な空気を取り入れつつ部屋を出る準備をする。胡桃は椅子に座りながら鼻歌を歌っている。また新しい歌でも考えているんだろうか。少なくとも、今すぐ私の部屋から出るつもりはないらしい。

 

「じゃあ少し出てくるから」

 

「ほ~い」

 

気の抜けた微妙な返事を聞いてから自室を出る。胡桃は何をするわけでもなく部屋に来ることがあるけど、目的がわからない。毎日のように会っていても、知らないことはまだまだあるみたいだ。

 

 

 

 

往生堂を出て璃月港の外へと向かう。犬がたくさんいる橋を越えて左手、西側の港がよく見える崖の上へと到着する。景色も悪くないし風通しもいいので、普段はここを使っている。

 

刀を構えて素振りを開始する。璃月に来てからも毎日欠かさずやっている鍛錬は、余計なことを考えず無心になれる数少ない時間で存外気に入っていたりする。元が”そういう家”の生まれだからだろうか。

 

「ふっ…ふっ…」

 

基本の型から独自に派生させた型まで、勝手に身体が動いてしまうほど染みついた動作を繰り返す。それが終われば仮想敵をイメージし、一撃限りの一本勝負をやってみたりする。正直これにどの程度効果があるのか分からないけど。

 

想像するのは、茶髪でファトゥスの戦闘狂。まだ璃月に来て間もない頃、元素のげの字も知らない私に必要だったのは扱う元素を完全に御すること。そのお手本にしたのが、水元素を武器の形状にして射出したり、自身の周りに展開して防御に使ったりする行秋くん。それと、水元素を様々な武装にして遠近中どのリーチでも巧みに戦う”公子”ことタルタリヤ。行秋くんには、彼が執筆した小説を読んで感想を言うことを条件に色々教えてもらった。璃月では酷評されているらしいけど、私的には良かった。稲妻人の私は璃月の人たちと感性が違うらしい。

 

タルタリヤに関しては、私の剣術に興味があるからと手合わせをお願いされたのが運の尽き。ほんのちょっと手合わせをするだけのつもりだったのに、相手が勝手にヒートアップしてただの殺し合いに発展してしまった。偶然居合わせた鍾離先生が止めてくれたからいいものの、あれ以来タルタリヤからの決闘は全てお断りしている。

 

それでも彼の元素コントロールは非常に勉強になったし、いざとなったら水元素の刀を使うことには慣れておいた方がいいかもしれない。得物がない状態で戦場に放り出されたらどうなるか分からないし。

 

その場から数歩下がり、居合の構えをとる。深呼吸して集中力を高め静かにその時を待つ。

 

足を力強く踏み込み、忌々しい戦闘狂を打倒せんと刀を振るう。しかし、その刃は振り抜く前に止まってしまった。そう、何者か(・・・)に止められてしまったのだ。

 

見ると、そこには灰色の服に深紅のスカーフを纏った長身の男がいた。

 

「…何しに来たの、変態」

 

「その言い方はないんじゃないのか?”運び屋”」

 

「そっちこそその呼び方やめてよ。あんまいいイメージないんだから」

 

仕事の都合上そう呼ばれることが多いけど、あんまり好きじゃない。それを分かってて言ってきた男、タルタリヤである。この変態戦闘狂、他人の鍛錬を遮ってまでちょっかい出してきやがった。今度から鍾離先生に監督してもらおうかな…。でも往生堂の仕事あるし、忙しいよねぇ…。

 

「しばらく見ないと思ったら急に現れるんだから。で、なに?決闘ならしないよ」

 

「最近用事があって稲妻に行ってたんだ」

 

タルタリヤの言葉にピクリと反応する。稲妻に行っていたと、彼は言った。何のために?

 

「非常にいい経験をしたよ。敵がわんさか出てくる謎の秘境があってね」

 

「思い出話しに来たわけじゃないんでしょ?何が目的?」

 

「手合わせをしようかと思ってね。もちろん対価は払うさ」

 

「…対価?」

 

「そう。知っている限りの稲妻の現状と、君の鍛錬の手助け。これでどうだい?飛雲商会の次男坊よりかは、俺の方が適していると思うけど」

 

思ってもない申し出であることには変わりないけど、この男に借りを作るのは非常にまずい気がする。数分の熟考の末に結論を出した。

 

「………わかった」

 

「そうか!よし、まずは手合わせだ。君の弱点を把握しないことには指導もできないからね」

 

こうして、現時点で一番会いたくない男との鍛錬が始まった。…始まってしまった。

 

 

 

 

十本勝負の結果、私の全敗だった。やはり、瞬きした時には相手の武器が変わっていてその対応を迫られるのは辛いものがある。

 

「いい運動になった。太刀筋は悪くないどころか、数年で予想以上に成長しているね。あの時の君が赤子のようだよ」

 

「はぁ…はぁ…うっさいな、変態…」

 

「元素のコントロールも達人のそれだ。実体のある得物で戦うぶん元素で作った武装より自由度は若干落ちるけど、既に元素で武装ぐらい作れるんだろう?」

 

「全部お見通しってわけか…」

 

ここ数年で元素の扱い方はかなり成長した実感がある。それこそ、タルタリヤのように水元素で武装を作ることだってできるようになった。重さだったり、ほんの少しのリーチのズレだったり、十年以上振ってきた刀との誤差があってあまり使ってはいないんだけど。基本的には刀に水元素を付与する戦い方が好きだしね。

 

それよりも、鍛錬とはいえタルタリヤの真似事をしていたのがバレていることが恥ずかしい。

 

「君の剣術は相手の急所を最短最速で狙うことに特化している。それぐらいは刃を交えればすぐわかった。ただ、これは君の意識の問題なんだろうね。あからさまな悪意を持たない人間に対しては、たとえ鍛錬でも刀を向けることが苦手だ」

 

「………しょうがないじゃん」

 

「ある程度は改善してきたけど、無意識にセーブがかかっている。魔物にはあれだけ遠慮なしにやれるって言うのに」

 

「え、どっから見てるわけ?ストーカー?」

 

「おいおい、誤解だ。たまたま通りかかった時だけだよ」

 

「どうだか」

 

ジト目でタルタリヤを睨むが、当の本人はどこ吹く風である。

 

「本人の意識はひとまず置いておくとして、まずは水元素の武装を扱っていくのが最優先だ。手札は多いに越したことはないしね」

 

「やけに肩入れするね」

 

「君が強くなれば俺の楽しみも増えるからねぇ。相棒といい君といい、強者の存在は俺をワクワクさせてくれる」

 

相棒が誰のことを言っているのかは分からないけど、私を鍛える理由はなんとも彼らしいものだった。

 

「それで、対価をまだもらってないんだけど?」

 

「おっと、そうだった」

 

…こいつ、私が言及しなかったらそのまま帰るつもりだったな?

 

 

 

彼からもたらされた情報は、稲妻での目狩り令が撤回されたこと、幕府軍と抵抗軍のいざこざもとりあえずの終結を迎えたこと等が主だった。知らないうちに故郷が大変なことになっていたらしい。

 

稲妻のことを思うと、いつも浮かぶ人物がいる。彼女のことについても聞いてみることにした。

 

「青白い髪の少女?…あぁ、神里家の令嬢だね。彼女のことも君との関係も詳しくは知らないけど、特に何もないんじゃないかな?」

 

「そっか。…ふぅ」

 

いくら手紙でやり取りしているとは言っても、情勢のこともあって帰ると約束してから一度も稲妻に行けていない。ちゃんと顔を見るまでは安心できないのだ。

 

「それじゃあ、やることもやったし俺は行くよ。気が向いた時にまた来るから、その時までにもっと強くなっていてくれよ?」

 

「一生来んな」

 

それを最後にどこかへ行ってしまった。気が抜けたからか、お腹が「ぐぅ~」と非常に大きい音を出す。…タルタリヤが帰った後で本当に良かった。聞かれてたらなんて言われるかわかったもんじゃない。

 

手ごろな岩に座ってからあげとおにぎりを食べる。稲妻人として米は欠かせないし、揚げ物と抜群に合う。香菱に作り置きできる料理を教わっておいてよかった。冷えてもうまうまである、最高だ。食べ過ぎはよくないけども。

 

ご飯を食べながら考える。タルタリヤは元素の武装を使えるようになった方がいいと言った。現段階で元素自体を武装として形作ることはできている。できているが、それをどうやって攻撃力を持たせたものにしているのか。そういえば原理とか仕組みとか、そういったことは考えたことがなかったように思う。

 

例えば、甘雨が降らせる氷柱やエウルアが使う氷の剣。ああいうのは個体を尖らせるから武器として完成するわけで、流動的な水に攻撃力を持たせるにはどうすればいいんだろうか。勢いよく飛ばす?それもアリかもしれないけど、近接戦闘を主とする私にとってそれは奥の手だろう。

 

そう言えばタルタリヤの水元素武装、あれは恐ろしく切れる。びっくりするぐらい切れる。でも持ち手が無事なのはなぜ?多分、局所的に水の圧力なりを強めているからだ。おにぎりの最後の一口を放り込んで岩から降りる。そびえ立つ岩壁の前に立ち、水元素の刀を生成する。これだけではただの刀の形をした水である。刃の部分の出力だけを意識して上げてみると、なんかすごいビシャビシャしてきた。余計な力が入りすぎている証拠だ。まぁ、これは今後改善するとして…。

 

目の前の岩壁を切り裂くイメージで刀を振るう。するとどうだ、岩がまるでバターのようにすっぱり切れてしまった。想像以上の結果にちょっと嬉しくなる。切れ味を最大限まで高めつつ、しかし余分な力は出さない。それをマスターするには骨が折れそうだ。

 

そう言えば港の方が賑わってきた、ずいぶんとここに長居したらしい。用事があることをすっかり忘れていて大慌てで往生堂への帰路につく。もう!どっかの変態が来なきゃ余裕を持って行動できたのに!

 

 

 

 

急いで自室に戻ってくると、流石に胡桃はいなくなっている。代わりに一羽の鴉が窓辺で私の帰りを待っていた。

 

(あおい)!来てたんだね」

 

この鴉の名前は蒼。稲妻ではお馴染みの鳥だけど、璃月やモンドでは滅多に見かけない。稲妻固有なのかな。私が小さい頃から一緒にいる子で、稲妻から璃月に来た時もいつの間にか私の側にいた。他の鴉よりも少し身体が大きく獰猛そうな印象を持たれがちだけど、実はかなり大人しく賢い子だ。

 

そんな蒼の足には小さな筒がくくりつけられている。綾華からの手紙だ。稲妻に行けない私と、稲妻からおいそれとは出られない綾華とのやり取りを請け負ってくれている。璃月から稲妻を往復しても大丈夫なぐらいのスタミナはあるみたいだけど、こっちに戻ってきた時には目一杯可愛がることにしている。

 

「手紙書き終わったら遊ぼうね、蒼」

 

手紙には彼女の近況報告や、稲妻の現状なんかが書き記されていた。タルタリヤが言っていたことは少なくとも本当のようだ。しかし、幕府軍と抵抗軍がいきなり仲良しこよしできるはずもない。お互いの代表が話し合いの場を設けたということらしいけど、そこでもひと悶着あったらしい。大丈夫か私の故郷…。

 

手紙を読み終えるなり引き出しからストックしてあった便箋を取り出し、長年使っている筆に墨をつける。

 

璃月での生活のこと。モンドも含めて友達がたくさんできたこと。今朝の鍛錬のこと。伝えたいことはたくさんあるけど、会った時にいっぱい話したいからそこまでいっぱい書かずに終わらせる。そう言えば、ずいぶん前にもらった手紙に氷元素の神の目を授かったと書いてあった。剣や詩にも真剣に取り組んでいたらしい。正直詩に関しては無知だけど、剣は負けていられない。私も頑張らないとね。

 

「…よし、と。じゃあ出かけよっか蒼。と言っても仕事だけど」

 

お風呂でさっと汗を流し、よそ行き用の服に着替える。ベージュ色の七分丈のズボンに真っ白のシャツ、袖のないフード付きの黒い上着というどちらかと言えばモンド風な服装である。実際モンドに行ったとき仕立ててもらったものだ。

 

シャオユウさんに言われて受けた仕事。匿名の依頼ではあったけど、どう見ても依頼主がモロバレである。鮮度を出来る限り保った清心をいっぱいに詰めたカゴを手に往生堂を出る。

 

目指すは琥牢山の麓。相棒の鴉と共に、”運び屋の千鶴”は今日もテイワットを駆ける。




実はまだ朝の数時間しか経ってない。
清心が必要な匿名希望さん、一体どんな残業勧誘真君なんだ…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

「いい天気だね、(あおい)!」

 

天衝山から遁玉の丘へと続く道を、相棒の鴉とともに滑走(・・)する少女が一人。千鶴である。

 

元素コントロール特訓の一環で、足から水元素噴射すればめっちゃ速く移動できるんじゃね?というなんとも安易な思いつきから編み出された移動方法。

 

地面と足裏の間に水元素を停滞させ、後方へ噴射することで推進力を得ることに成功。特訓の序盤こそ勢いが強すぎて思いっきり地面に後頭部をぶつけたり、逆に弱すぎて少しも動かないなど四苦八苦していたが、経験を積み重ねていくうちに無意識下で制御できるようになっていった。

 

そんな千鶴は鍾離の計らいによって往生堂で厄介になっていたが、”働かざるもの食うべからず”という稲妻に伝わる古い言葉を思い出し自ら労働を志願したのだった。

 

当時、冒険者としての活動の他に璃月港での配達業を兼任していた千鶴はこう考えた。もっと早く仕事を終わらせることはできないか、と。そこで役に立ったのが、ちょうど習得を目指していた”鴉丸式陸上滑走法”である。

 

その滑走法は、それまで璃月港内までしかなかった活動範囲を一気にモンド全域にまで拡大させた。千鶴は仕事の幅と多くの人々との関りを、依頼主は冒険者故の魔物による事故率の低さと滑走法による速さを得られるという双方にメリットのある結果となった。

 

そして現在。天穹の谷から南天門、琥牢山の麓へと進んでいく。まるで生き物の尻尾のような不思議な見た目をしている伏龍の木の根元に、千鶴の到着を待つ人物がいた。

 

 

 

 

「甘雨!」

 

水色の髪に赤黒い角、こっちが心配になるぐらい色々際どい服装をする彼女。璃月七星の秘書を務めていて、その凄まじい仕事ぶりは私もよく耳にしている。ちなみに、角が生えているのは仙人の血が半分入っているかららしい。

 

そう言えば煙緋にも白い角が生えていたし、璃月ではそこまで珍しい光景でもないらしい。稲妻には獣耳は生えてても角の生えた人はいなかったから、初見はけっこうビックリしたことを覚えている。

 

「おはようございます、千鶴さん」

 

「うん、おはよ。待った?けっこう急いで来たんだけど…」

 

「先ほど到着したばかりですので、お気になさらず」

 

「ならよかった」

 

定型文のような会話をしつつ、伏龍の木の巨大な根っこ付近に腰を下ろす。まず先に依頼を達成しなければならない。

 

「これ、頼まれた清心ね」

 

そう言って持ってきたカゴを渡す。心なしか甘雨の表情も緩んだように見える。

 

「前から気になってたんだけどさ、これ何に使うの?」

 

「食べるんですよ」

 

「え゛っ」

 

軽い気持ちで聞いてみたら予想の斜め上から答えが返ってきた。食べる?清心を?

 

「鍾離先生から苦いって聞いたんだけど…」

 

「それが清心の味ですから。とても美味しいんですよ、千鶴さんも食べてみますか?」

 

「えっ、あぁいや、私はいいよ。甘雨のために持ってきたんだから」

 

「そうですか…」

 

おぉん、その断った側が罪の意識に苛まれる表情はやめてくれ…。いやしかし、甘雨は仙人の血が流れているわけで、私たち人間とは多少違った味覚を持っているのかもしれない。偏見いくない。

 

心地よい風が吹き抜ける。天気は雲のほとんどない快晴。少しぼーっとするだけで眠気が襲ってくるほどの居心地だ。

 

ふと隣を見てみると、甘雨が見事なまでに舟を漕いでいた。一般人ではすぐに潰れてしまいそうな激務を、初代璃月七星の時からずっと続けてきているのだ。そりゃこうもなるだろう。

 

「ねぇ甘雨?寝るならもう少しちゃんとしたところで寝たら?」

 

「……っ!ね、寝てません!寝てませんよ!」

 

「それはさすがに苦しいでしょ…」

 

これだからワーカーホリックは。甘雨といいジンさんといい、適度に休んだ方が仕事の効率は上がるんだよ?

 

「もう、ここ使っていいから。少し寝なって」

 

自分も腿をポンポンと叩き催促する。無理やりにでも寝かせる強硬手段だ。

 

「いえ、悪いですし…。私は大丈夫なので」

 

「あのね、大丈夫ってのは大丈夫じゃない人が使う言葉なの。それに私も心配でしょうがないから、私のためだと思ってさ」

 

葛藤すること数分。甘雨が折れることで決着となった。

 

「…では、失礼します」

 

「うむ、くるしゅうない」

 

ふわふわした水色の髪が私の足に乗る。思ったより角が邪魔になることはなさそうでひと安心といったところだ。

 

すぐに規則的な寝息が聞こえてくる。この髪は手触りもいいのかと、彼女の頭を軽く撫でながら思う。やりすぎて起こしても悪いのでほどほどにしよう。

 

「蒼、ちょっと来て」

 

小声だったにもかかわらず、間髪入れずにやってきた。君は頭もよければ耳もいいのかい?

 

「木の上から周りを警戒しててもらっていい?この状態で不意打ちとかされたら反応遅れちゃうし」

 

了承してくれたのか、甘雨をチラ見してから伏龍の木の上へと飛んで行った。…くちばしで突っつかれたけど。ちょっとだけ痛い。

 

 

 

 

体がビクッとなった拍子に目が覚める。いつの間にやら私も眠っていたらしい。太陽はすでに真上ほどまで昇っている。

 

「お腹空いたな…」

 

自覚した途端に空腹が激化し、おまけにお腹も元気よく音を鳴らす。甘雨はまだ熟睡中らしく、当初と変わらない体勢でそこにいた。

 

「蒼、戻ってきていいよ」

 

言うと同時に脇腹へ体当たりされる。木の上ではなく真横にいたようだ。適当な仕事をする子ではないからサボってたわけじゃないだろうし、そろそろ私が起きると見越していたということだ。伊達に長く一緒にいないな。一緒にいる時間が一番長いからか、私のことは何でもわかるらしい。

 

そんなことを考えているうちにも、蒼はゲシゲシと私のことを蹴飛ばしている。ごめんって、居眠りしたのは謝るから蹴らないで。その爪がいい具合に痛いんだってば!ねえ聞いてる?ちょっと!?マジで痛いってほんとに!

 

しかし、途中で一度も起こされなかったということは、敵襲は確認されなかったことの証明である。平和が一番、これ大事ね。

 

「甘雨、そろそろ起きてー」

 

「んぅ…」

 

むくりと起き上がり欠伸をひとつ。こんな些細な動作すら絵になってしまうのだから、顔面偏差値の高い美少女というのはとんでもないものである。そういえば煙緋も魈も、顔面があまりにも良すぎる。仙人ってのはみんな美男美女しかいないの?そんな種族あるの?うらやまけしからん。

 

適当な会話をしつつ彼女と別れ、腹ごしらえのために璃月への帰路につく。蒼のご機嫌取りのためにちょっと遊びながら帰ることにしよう。もともとそういう約束だったしね。許してくれるでしょ、なんだかんだ優しいし。

 

「んじゃ、競走しながら帰ろうか」

 

適当に拾った枝で土にスタートラインを引く。つまるところ、よーいドンのかけっこだ。まあ片方は飛ぶし片方は滑ってるから、誰一人として駆けてはないんだけども。

 

「この枝が地面に落ちたらスタートの合図ね?…それっ!」

 

真上に放り投げた枝がくるくると回りながら飛んでいく。スタートダッシュを決めるために水元素を足裏にスタンバイさせてその時を待つ。そしてカツンと音を立てて枝が落ち、それと同時に私と蒼は勢いよく飛び出すが…。

 

「えっ、速くない!?手加減ってもんを知らないんですか!?ここはイチャイチャしながら帰るのが相場でしょうが!!」

 

華麗にスタートダッシュを決めた私に対し、翼を広げて羽ばたくためのラグがあったはず。しかし次の瞬間には十数メートルは離されてしまった。稲妻に向かう蒼を実際に見たことは無かったから、ここまでスピードが出せるだなんて知らなかった。

 

「蒼~?私寂しいんだけど~?置いてかないでよぉ…」

 

トップスピードですら距離が縮まらないので既にゆっくり観光モードだ。アルベドに作ってもらったゴーグルは早くもお役御免である。ごめんねアルベド、今度絵のモデルになったげるから許して。

 

 

 

 

往生堂の私室、その窓辺には一羽の鴉。なにやら澄ました顔でこちらを見ている。遅かったなって?お前が速すぎるんだよ!見るからに怒ってるじゃん、そろそろ機嫌直してってば。

 

しかし今はお昼時。こういう場合は美味しいご飯を食べればいいと世の理として決まっている。蒼は思ったより人間チックな鴉なので、毛づくろいや水浴びさせるよりはご飯と睡眠なのである。

 

「そうなると、どこでご飯食べるかだよねぇ。どこで食べたい?」

 

聞いてみても、くちばしをちょいちょいと動かすだけ。お前が決めろってことですねわかります。私は人間を顎で使う鴉を爆誕させてしまったらしい。

 

蒼を抱えて部屋を出る。現状は私の方が立場が低いため逆らえないので、私がお抱えさせていただいている次第です。

 

考えながら往生堂を出ると、辺りをキョロキョロするシャオユウさんとはちあった。

 

「あ、千鶴さん!やっと見つけた…」

 

「んぇ?」

 

なんだか私を探してたみたい。何か用事でもあるんだろうか。

 

「食材の運送をお願いしたいとの依頼がありまして、できれば急ぎがいいらしいので探していたんです」

 

なるほど。食材も時間が経つと腐ってしまったり鮮度が落ちたりするから、速く届けたいというのは非常に分かる。一生冷蔵、冷凍で保存できるわけじゃないからね。

 

「どこまで運べばいいんですか?」

 

「依頼主によると、モンドの鹿狩りまで届けてほしいそうです」

 

「モンドとは、これまた遠いですね」

 

「急で申し訳ありませんが、よろしくお願いしますね」

 

そう言って駆け足でシャオユウさんは戻っていった。まぁ、お昼ご飯は鹿狩りで決定したので手間が省けたし良しとする。

 

「蒼、今日は鹿狩りでお昼だね」

 

「カァ」と鳴く蒼。これは了承の意である。私にはわかる。わかるったらわかる。

 

目的地の決まった千鶴は、空腹を満たすためにモンドを目指して璃月を出発したのだった。

 

 

 

 

さて、向かうはモンド城の鹿狩り。帰離原、望舒旅館、萩花洲、石門と抜けていき、アカツキワイナリーを過ぎたころ。今のうちに食べるご飯をある程度決めておかなければならない。お腹をすかせたままメニューを選ぶなど拷問に等しい。

 

「ん?あれは…」

 

璃月とモンドでは食文化が違うため、お店に並ぶ料理のラインナップも全く違ってくる。璃月は本当にご飯が美味しいのだけど、モンドのそれも侮ってはいけない。

 

「黒き眷属を従えし我が同胞よ…」

 

ん~、モンドに行くの自体久しぶりだし、鹿狩りにどんなご飯があったかなんて正直覚えてないんだよなぁ…。串焼きとかピザとか?考えるだけでもどんどんお腹がすいてくる。

 

「この邂逅は我らの運命(さだめ)…って、無視!?」

 

あ、清泉町が見えてきた。確かドゥラフさんが少しだけ獣肉や鳥肉を売ってくれていたはずだから、そこで買って済ませてもいいのでは?

 

物思いにふけっていると、突然目の前に紫色の鳥が姿を現した。

 

「お待ちください、千鶴殿」

 

「うわっ、ってオズ?」

 

私の前に現れたのは、モンドの冒険者であるフィッシュルが顕現させる大きな鳥だ。なぜ人の言葉を話せるのかは知らないけど、時たま理解不能な言葉をしゃべるフィッシュルの通訳もしてくれていて非常に助かっている。

 

「今日はフィッシュルと一緒じゃないんだ?珍しいね」

 

「後ろを振り返ってみてください。お嬢様も一緒ですよ」

 

「え?」

 

言われた通り振り返ると、息を切らして走ってくるフィッシュルが目に入った。オズはワープして来られるが、生身の人間であるフィッシュルではそうはいかない。少し泣きそうな顔をしているし、なんだか申し訳ないことをしてしまった。

 

「はぁ…はぁ…やっと追いついた…」

 

「えっと、ごめんね?フィッシュル。ちょっと考え事してて」

 

息を整え、いつもの奇妙なポーズを取るフィッシュル。どうやら調子は戻ったらしい。

 

「……話す内容忘れた…」

 

「……ねぇオズ?」

 

「私に聞かれましても」

 

私に無視されたショックのあまり、話す予定だった話題が頭から飛んでしまったみたい。いや、ほんとごめん。

 

「千鶴殿はどのような用事でモンドへ?」

 

「私は配達。モンド城まで食材を届けなきゃいけなくってさ」

 

「それはそれは」

 

「わぁ…蒼ちゃんモフモフ……」

 

オズと話している隙に、フィッシュルは蒼を撫でて癒されているようだ。こういう年相応の可愛さが垣間見えるギャップがフィッシュルをより引き立てていると言える。

 

「そうだ、食材早く届けないと。それじゃそろそろ行くね?」

 

「んん゛っ、そう…ではまた逢いましょう千鶴」

 

「うん。今度はゆっくり話そうね、フィッシュル。オズもまた今度」

 

そういって彼女たちと別れ、モンド城への道を急ぐ。目的地まであと少しだ。




新年あけましておめでとうございます(激遅)

亀更新とは言いましたが、まさかここまでとは。

こんな調子ではありますが、ゆったりとゴールまで書ければいいかなと思っておりますん。よろしくお願いします。

今年の抱負は申鶴を引くことです。対戦よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

「それでね、エウルアが冷水風呂に行くっていうからついていったんだ」

 

「えぇ...それ間違いなくドラゴンスパインでの話だよね?エウルアって極度のドMだったりする?」

 

「失礼ね。涼しくなるようなことが好きなだけで、決してそういうんじゃないわ」

 

モンド城にて食材配達の任務を終え、そのまま”鹿狩り”で昼食をとることにした。”鹿狩り”でウェイトレスをやっているサラさんからの依頼だったわけだけど、”鹿狩り”は元々清泉町の狩人と食材提供契約を結んでいる。しかし、いくら新鮮な食材を仕入れられると言ってもモンドで取れるものに限られるわけで、今回は璃月の食材が必要だったということだ。

 

”完熟トマトのミートソース”と、デザートとして”午後のパンケーキ”を注文し料理が出来上がるのを待っていたところに、同じく昼食の時間だったらしいアンバーとエウルアがやってきて合流。そして今に至るというわけである。

 

稲妻の古い言葉に「女三人寄れば姦しい」という言葉がある。まぁ意味は読んで字のごとくで、女はおしゃべりだから三人も集まったらやかましくなる的な意味。私たちもそれに当てはまるようで、集まった途端話すことが湯水のように湧いてくる。主にアンバー発信ではあるけど。

 

そんな中、”旅人”という人物と一緒にアルベド、ベネットを加えた5人でドラゴンスパインで起きた事件を解決した話を聞かされ、エウルアが極寒のドラゴンスパインで湖に入ったという話が出てきてびっくり仰天、という流れだ。

 

「知らないところでけっこう大変な事が起きてるんだねぇ」

 

「璃月では何か起きたりしてないの?」

 

「起きてるっちゃ起きてるらしいんだけど、そのタイミングでちょうどいないんだよね」

 

「運がいいんだか悪いんだか...」

 

”完熟トマトのミートソース”を食べ終え、”午後のパンケーキ”をパクパクしながら呟く。エウルアは何とも言えない反応を見せるが、そういった大事件に関わりたくない一方で蚊帳の外感は少しだけ感じていたりする。タルタリヤが黄金屋でやったこととか、葬仙儀式、渦の魔神オセルとの闘い。それに伴う群玉閣の消失など。

 

群玉閣のことに関しては、怖くて凝光さんには聞けてない。あの人にとってはすごい大事なものだったわけだし、変に情報を仕入れたりするのは憚られるというものだ。

 

「そういえば、モンドが大変な時は璃月にいたんだっけ?」

 

「あぁ、あの風魔龍のやつ?それもウェンティから聞いただけで、実際にその場は見たことないんだよね」

 

その時も例の”旅人”とやらが登場していた。一体何者なの...世界中の厄介ごとに首突っ込んでるじゃん。先日タルタリヤと会った日、稲妻の目狩り令が撤回された件にも旅人が関与していたことを聞いている。

 

全ての事件に関わる”旅人”と、全ての事件を回避する私。そういう意味では対称的な存在と言えるのではないか。

 

「ていうか、話戻るんだけどさ。アンバーも冷水風呂やったの?」

 

「しないしない!そんなことしたら凍え死んじゃうよ!」

 

「やっぱエウルアが氷元素の神の目を持ってるからなのかね?」

 

「知らないわよ、そんなこと」

 

首と腕をブンブン振りながら否定するアンバーと、頬杖をつき半眼で軽く睨むエウルア。ま、神の目ってわからないこと多いし、しょうがないか。

 

ペット用のご飯を食べ終わった蒼を再び抱え、目の前で会話に花を咲かせるアンバーとエウルアを見る。明るい性格で面倒見のいいアンバーと、自身の生まれによって無条件に他者から疎まれるエウルア。初見の時は接点なんてないように思えたけど、思いのほか相性は良かったらしい。

 

表面上は普段と変わらないように見えても、アンバーと話す時は若干雰囲気が柔らかくなっている...気がする。少なくとも私にはそう見える。

 

 

羨ましい

 

 

少しだけ、そう思った。

 

自分だけが不幸だなんて言うつもりはない。それこそ旧貴族「ローレンス家」の血が流れているエウルアは、彼女の人となりなど関係なくそれだけでモンドの人たちから忌み嫌われていたのだから。

 

しかし、自分の好きな人と好きなように触れ合うことのできる彼女、ひいては彼女たちの関係が、とても眩しいものに見えてくるのだ。

 

私だって、帰ろうと思えば北斗さんに頼んで稲妻に帰ることもできるし、現在の活動拠点である璃月にも好きな人たちはたくさんいる。でも、できるなら。エウルアのように、他人からの見る目とか関係なく自分を貫き通せる強い心があったなら。

 

綾華と一緒に、稲妻にいたいと思う。まぁ、それができたらどれだけ楽だったか。帰る家はなく家族もいない。最後の肉親であった父親は人殺しの犯罪者。あの時からたった数年しか経ってないし、稲妻に帰ったらどんな目に遭うか分からない。

 

多分だけど、綾華は私を庇ってくれる。私に罪がないことを知っているし、私にとっては特に仲のいい子だったから。でもそれだと神里の家に迷惑がかかってしまう可能性が高いのだ、私を匿ったあの時のように。

 

そんなことはしたくないから、未だ帰郷できないでいる。何かきっかけとかあればいいんだけど...。ちょっと他力本願すぎるか。

 

「ちょっと、なにボーっとしてるわけ?」

 

「へ?」

 

「さっきから黙って考え込んでたみたいだけど、悩みでもあるわけ?」

 

エウルアがそんなこと言うなんて、エウルアから見た私は相当だったのだろうか。

 

「んー、大丈夫。夕飯何にしようかな、とかそんなレベルだから」

 

「そう」

 

それ以上の追求はなく、少し離れたところにいるアンバーに目を移した。いつの間にか席を外していたらしい彼女は、なにやらティマイオスとスクロースの3人で話している。

 

「エウルアはさ」

 

「?」

 

少しの好奇心であった。ただ勇気が欲しかっただけかもしれないが。

 

「アンバーのこと、どう思ってるの?」

 

「...質問の意図が分からないわね。でも強いて言えば、いつか恨みを晴らしたいと思ってるわ」

 

「そうなんだ。...例えばどんな?」

 

「私が騎士団に所属した日、私の宿舎の掃除をしたりとか、色んなところの観光に連れて行ったりとか。なんか妹にお世話されてるようでみっともないじゃない?」

 

「エウルアらしいね」

 

恨みなどという物騒な言葉は使っているものの、言葉通り恨んでいるわけではない。アンバー曰く、「冗談に慣れたらいい人だとわかる」らしい。

 

「二人とも、お待たせー!」

 

「おかえり。三人でどんな話してたの?」

 

「大したことは話してないよ。ただの世間話」

 

錬金ツインズとの世間話なんて正直想像もつかないけど、アンバーほどのコミュ力お化けならそれも容易に成し遂げられるのだろう。

 

「それじゃ、私たちは行くわね」

 

席を立ちながらエウルアが言う。滅多にモンド城に戻ってこないエウルアとの再会が終わってしまうのは名残惜しいけど、騎士は忙しいのだ。仕方がない。

 

城外へ向けて歩いていく二人に別れを告げると、「そう言えば」と思い出して蒼に話しかける。

 

「蒼さんや、稲妻まで行けそうかい?」

 

そう尋ねると、蒼は大聖堂の方まで飛んでいき稲妻の方角をじっと眺める。しばらくすると、元気よく稲妻へ向けて飛び去って行った。

 

野生生物の勘なのか蒼だけに備わる特殊能力なのか。蒼は天候を読み切ることができ、その特技を使って綾華とのやり取りを安全に行ってくれている。蒼だけなら雷雨の中だろうと稲妻まで飛んでいけるんだろうけど、雷雨の中じゃ手紙の安全が保障されないために晴れの場合にのみ飛んでいくのだ。

 

なんだこのチート鴉。元素を使った全力疾走よりも速いし、人語も理解できる上に天候まで把握できるときた。どう考えてもただの鳥じゃないし、実は神の目とか持ってるんじゃないの?

 

そんなことを考えながら飛んでいく蒼を見送った後、少し考えてある場所へと歩を進める。モンドに来たなら会っていかねばならない。

 

 

 

 

西風騎士団本部。

 

稲妻でいう雷電将軍のような絶対的な王がモンドにはおらず、モンドを守る防衛組織として存在している。ローレンス家のような旧貴族も未だ残ってはいるけど、実権を握っているわけではない。

 

そんな西風騎士団には”ファルカ”という名の大団長がいるのだが、現在は戦力のほとんどを連れて遠征に出ているためまだ会ったことは無い。聞くところによると男の人らしい。

 

ではその大団長が不在の今誰が西風騎士団をまとめているのか、それが代理団長のジンさん。

 

こんな話をするということは、当然目的の人物も...。

 

騎士団本部に入り目当ての部屋の扉をノックする。ちなみに、最近この本部に入るのも顔パスで大丈夫になった。信頼ってすげー!

 

部屋の主から許可を得たので早速入室させていただく。

 

「ジンさん、こんにちは」

 

「ん?...あぁ、千鶴か。久しいな」

 

絶賛デスクワーク中だったらしい。いつ見ても働いてんなこの人。

 

西風騎士団代理団長、本名をジン・グンヒルド。その実力は本物であり、同時に風元素の神の目を授かっている。真面目なうえに頼りになりすぎるためか、たくさんの仕事を抱え込んでしまいがちだ。そのせいで一度は過労で倒れてしまったこともあるらしい。

 

ディルックさんもこれには若干呆れているような感じで話していたことを覚えている。

 

「自分から訪ねてくるとは珍しいな。なにか用事でもあったのか?」

 

「仕事の依頼でこっちに来てたんですけど、それも終わっちゃって。せっかくだからみんなに顔でも出しておこうかなと」

 

「そうか。皆も喜ぶだろうな」

 

顔面偏差値バグ勢の一角(自社調べ)としてその名を連ねる彼女だが、やはり日ごろからの仕事詰めでやや疲れが見えている。

 

「もうお昼ですよ?少しは休憩したらどうですか?どうせまだご飯も食べてないんでしょうし」

 

「この書類がひと段落ついたら休憩を取ろうと思っていたところだ」

 

「ジンさんの休憩は休憩とは言いませんからね。たかだか数分の作業停止が休憩になるわけがない」

 

前述の通り、彼女はその真面目な性格故に仕事をやりまくるのだ。璃月で言えば甘雨や刻晴と同列である。はっきり言って異常だ。これには彼女の育ちや信念なんかも絡んでるんだろうし、どうこう言っても変わらない可能性が高いんだけど。

 

「私は大丈夫だ。君の方こそ、璃月から遥々疲れただろう。ゆっくり休んでいくといい」

 

そういって私に休息を勧める。ならばこちらは最強のカードを切るしかないらしい。

 

「あー!!特に深い意味はないけど、バーバラに会いに行く用事思い出したなー!特に深い意味はないけどー!!」

 

「なっ、ちょっと待ってくれ!」

 

途端に焦りの表情を浮かべるジンさん。それはそうだろう。西風教会の牧師であるバーバラはジンさんの生き別れの妹であり、なんやかんやあった関係でギクシャクしがちなのだ。あんま詳しい事情は知らないけど。

 

バーバラもバーバラで、姉との距離感を測りかねている感じがある。姉妹そろって不器用なんだから。長い間離れていたとしても、ちゃんと血の繋がった家族ということらしい。ちゃんと姉妹してるんだよなぁ、この二人。

 

「だったらちゃんと休んでくださいよ。またバーバラに心配かける気ですか?」

 

「...わかった、降参だ。君の言う通りにしよう」

 

「最初からそうすればいいんです。じゃあ引きこもってるリサさん連れてくるんで、ちょっと待っててください」

 

そう言って部屋を出る。目指すは同じ騎士団本部内にある図書館。図書館を内蔵する騎士団って普通に考えてすごい。

 

そんな図書館の主がリサさんだ。私としては、怒らせると怖いお姉さんといった感じ。私は怒らせたことはないけど、笑顔でマジギレしてるところを見たことがある。あの時は、さすがにブルってしまった。

 

「リーサーさーん」

 

図書館に入ってすぐの場所にある定位置に彼女はいた。いつもと同じく完全にだらけきっている。

 

「あら、千鶴じゃない。仕事はもう済んだの?」

 

「おかげさまで。そういうリサさんはそこまで仕事してないように見えますけど」

 

「そう見えるだけよ。図書司書としての仕事を立派にこなしてる最中なんだから」

 

「二百年に一人の天才の名が泣きますね」

 

こんなんでも、スメールの学術院をその名の通り”天才”と呼ばれるに相応しい成績を残して卒業している。見た目では人は判断できないというのは本当らしい。

 

「それで、わたくしになにか用かしら?」

 

「あぁ、そうだった。お茶しましょ、リサさん」

 

「人の職場でデートのお誘い?大胆ね」

 

「なに言ってんですか、ジンさんも一緒ですからね」

 

「つれない子猫ちゃん」

 

サボることに対して一切の躊躇がないリサさんを引っ張り出すのは、文字通り赤子の手をひねるより簡単であった。これでいいのか西風騎士団...。

 

そんなこんなでリサさんを連れてジンさんのもとへ無事帰還。入ってすぐ右手にあるテーブルでティータイムだ。

 

「ジンさんえらいですね。私がいない間に仕事の続きやってるもんだと思ってましたよ」

 

「少しは遠慮というものを覚えたらどうだ?」

 

「ワーカーホリックが治ったら考えます」

 

「ふふっ、仲がいいのね」

 

ジンさんはしっかりティーセットを用意してくれていたらしい。バーバラにチクる必要はこれでなくなったと言っていい。目には目を歯には歯をジンさんにはバーバラを、である。

 

「そうだ、ねぇ千鶴。今日は鴉は連れていないの?」

 

「鴉じゃなくて蒼です。あの子ならもう稲妻に飛ばしましたよ」

 

「残念、わたくしけっこうお気に入りなのに」

 

わかりますよリサさん。あのモフモフ、クセになりますよね。まったく色んな人をたぶらかして、悪い鳥さんだこと!

 

「彼...なのか彼女かは分からないが、人の言葉を理解しているようなそぶりを見せるのが不思議だ」

 

「私ぐらい付き合いが長いと、蒼の考えてることも分かってきますからね。あと一応女の子です」

 

「とても賢いのだな、蒼は」

 

「そりゃもう、自慢の家族ですから」

 

その後は他愛のない会話を続け、気づけば時計は四時を指していた。やはりガールズトークというのは時間の感覚を鈍くする効果があるらしい。ジンさん的には慌てていたけど、こんな時間から仕事を再開しようとするジンさんを二人で押さえ、いい加減休んでもらうことにした。

 

あなた一週間は休暇取っても足らないぐらい働いてますからね?

 

 

 

 

夜。

 

良い子はそろそろお寝んねしている時間だ。こんな時間に起きているのは、悪い子と自立した未成年、それと大人ぐらいだ。

 

昼間とは違ってとても静かなモンド城は、まるで世界に自分だけしかいないかのような錯覚をしてしまいそうになる。

 

これから向かうはこの静けさとは無縁の場所。夜中に真の姿を見せるところだ。

 

遠慮もなしに扉を開けて中に入る。

 

「......はぁ」

 

入ってすぐ目が合った赤い髪の青年に溜息をつかれる。お?こちとらお客やぞ?おうおう!

 

「ここは子供が来る場所じゃないんだ、千鶴」

 

「ディルックさんこんばんは。一応お客さんなんですけど、もう少し接客なんとかならないですかね?」

 

「せめて昼間に来ればいいだろう」

 

「そうしたらディルックさんいないじゃないですか」

 

「僕だって毎日いるわけじゃない。君が来るときに偶然いただけだ」

 

「またまた~」

 

「冷やかしなら帰ってくれないか」

 

これ以上やると怒られそうなので、両手をあげながら自重のポーズ。

 

「...客だと言うのなら早く注文してくれ」

 

「じゃあ、アップルサイダーで」

 

返事はなかったけど、さっそく作業に取り掛かってくれた。

 

「おいおい、俺たちのことは無視か?千鶴。とりあえず座れよ」

 

声をかけてきたのは、西風騎士団で騎兵隊長をしているガイアさんだ。浅黒い肌に眼帯をしたモンドの騎士である。頭脳派らしい。

 

「そうだよ千鶴。酒場に来たらパーっと飲まないともったいないよ?」

 

「あぁ、ウェンティもいたんだ」

 

「君はいつもひどいよね」

 

緑衣を纏った少年...の割には女の子のような見た目の少年、吟遊詩人のウェンティも同時に反応する。初対面の時はまさかお酒が飲める歳だなんて思いもしなかった。いや、これはしょうがないと思うんだ。

 

促されてカウンターに座る。ウェンティを挟んでガイアさんの反対側だ。

 

「得体の知れない人は怖いんじゃないかな?」

 

「酒臭いよりはマシだと思うんだけどな。それに、俺の方がよほど紳士的だ」

 

「子供相手にくだらない言い合いはよしてくれ。...注文のアップルサイダーだ」

 

「ディルックさんありがとう!」

 

仕事でモンドに寄ったときは必ず飲むようにしている。これがたまらんのですよ!

 

「なぁ千鶴、俺たちと一緒にモンドを守る仕事をしてみないか?」

 

「やめておくんだ。ロクなことにならない」

 

「勧誘するぐらい、別にいいだろう?実力は折り紙付きだ。大団長たちが遠征でいない今、騎士団の人手不足は深刻なんだ」

 

「騎士団に入らせるぐらいなら、僕のところで雇うさ。彼女なら多少の運送ならしっかりこなしてくれる上、作物の安全も盤石なものになる」

 

「私のために喧嘩しないで!」

 

一度行ってみたかったこのセリフ。なんだかシチュエーションは全然サマになってないけども。

 

「ぷっ、あっははは!”子供相手に変な言い合いはするな”って言ったのは、ディルックじゃなかったかな?」

 

「...ふん」

 

「まぁ、少しは考えておいてくれよ」

 

そっぽを向くディルックさんに、隣でお腹をおさえながらヒーヒー言ってるウェンティ。

 

「私が騎士団に入ることは多分ないですね。アカツキワイナリーにも。いずれは稲妻に帰るつもりなので」

 

「そういえば、千鶴は稲妻出身だったな。帰る目途はついているのか?」

 

「へ?...あ~、いや...夢はでっかくって言うじゃないですか?」

 

「とうぶん達成できそうにないね、その夢は」

 

「ぐぬぬ...」

 

くそう!そんなこと分かってるわい!ちょっとビビリで及び腰でヘタれてるだけだから!...あっ、もう末期ですね。これ。

 

「璃月にはいつ帰るんだ?」

 

ディルックさんがグラスを拭きながら尋ねる。

 

「ん~、もう少しだけモンドにはいようと思ってますけど、なんでですか?」

 

「君に頼みたい仕事があるんだ。帰る前に屋敷まで来てくれ」

 

「いいですけど、なに運んだらいいんです?」

 

「璃月の商人からブドウを仕入れたいと言われたんだ。飲食店で使うわけじゃないようだから、大荷物にはならないはずだ」

 

「はーい」

 

早くも次の依頼が舞い込んだ。臨時収入ゲットだぜ!

 

酒場で楽しく飲みながら夜は更けていく。まぁ、私とディルックさんはノンアルコールだけど。ワイナリーのオーナーなのにお酒が苦手って、ギャップだね。

 

ちなみに、ジンさんに用意してもらった騎士団の宿舎の部屋にて、帰ってすぐソファで爆睡してしまった。女としての尊厳は蒼に食わせました。悲しい。

 

 

 

 

翌朝、秒でシャワーを浴びてサッパリし、いつもの服へと着替える。

 

「さぁ、今日向かうのは...」

 

アルベドがいるであろう、ドラゴンスパインだ。




ずいぶん日があきました。生きてます(白目)

綾人お兄様のためにケツミドリ2本目確保したんですけど、これで綾人お兄様が片手剣キャラじゃなかったらミーは爆散する。

もうちょっとで現代綾華様出す...予定!


誤字脱字、誤用等の指摘や感想などありましたらお気軽にどうぞ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 「手紙」

地の文多めです。そして短めです。
どうしても綾華様を登場させたくて突っ込みました。

誤字脱字等ありましたらご指摘いただけると嬉しいです


「お嬢、来ましたよ」

 

良く晴れた日の昼下がり。屋敷の庭から稲妻城を眺めていると、家司であるトーマが私に声をかける。

 

鎧と外国の衣服が混じり合ったような服装をしていて、彼が持つ炎元素の神の目を表したような赤が目立つ。そして、稲妻では珍しい金髪を持っている。何を隠そう、彼は稲妻出身ではなくモンド出身なのだ。

 

「ありがとうございます、トーマ」

 

そんな彼が右腕につけている籠手には、ここ数年で特に見慣れた少し体格の大きい鴉がとまっている。

 

その鴉の足に括り付けられている手紙を片手で器用に外し、渡してくれた。

 

「そら、いい子だ。ちょうど採れたてのスミレウリがあるんだ、一緒に取りに行こうか」

 

なぜだか人の言葉を理解できる蒼という鴉は、トーマの肩に飛び移るとそのまま大人しくついていった。その光景を微笑ましく眺めたあと、手元の手紙に目を落とす。

 

 

” 綾華へ

 

これだけやり取りしていると、段々と書くことが無くなっていくものだとたったいま痛感してる

 

日常のことを書いてもありきたりだし、かといって奇怪な出来事が日常茶飯事で起きても困るんだけどさ

 

そういえば、そっちは目狩り令が撤回されたって聞いたよ。みんな色々奔走したみたいで、とりあえずお疲れ様

 

私の方は相も変わらず、璃月とモンドで仕事の毎日。平凡なのがいいのか悪いのか...って感じ

 

あと、今お世話になってるところに「写真機」っていうのがあるから、今度写真撮って一緒に送るね

 

それじゃあ、また会えるときまでどうか元気で  千鶴より ”

 

 

読み終わり、一息つく。

 

わざわざ手紙で送るような内容ではないけれど、それが書けるということは平穏無事に過ごせているということの証。それを思えばつい笑みがこぼれてしまうというもの。

 

ただ、最後の一文を見て少し溜息も出てしまう。

 

”また会えるときまで”

 

それはいつになるのだろう、その時は訪れるのだろうか。稲妻は鎖国を取りやめ、開国へ向けて動こうとしている。もうあの時の稲妻ではないのだ。あなたを追い詰めた稲妻は、安心して帰ってこられる故郷へとなっている。

 

父親の事件のことも全て調べはついているし、今の稲妻にはあなたをどうこう言う人はいない。そのことを一刻も早く伝えたいところではあるけれど、お兄様はそれを許してはくれない。

 

曰く、『真に千鶴と共に歩んでいくのなら、千鶴自身の決意でもって稲妻に帰ってくるべきだ』と。私と同じようにお兄様も千鶴とは旧知の仲で、事の顛末も当然知っている。

 

ここでこちらから手を差し伸べてしまえば、千鶴の心の成長には繋がらないということなのだろう。千鶴が心配なのはお兄様も同じだけれど、だからこそ今はじっと待つべきなのだ。

 

千鶴が稲妻に帰ってきたとき、心から迎えられるように。

 

...頭ではわかっていても、やはり会いたい気持ちは日を重ねるごとに膨らんでいく。手紙でのやり取りだけでは、そろそろ満足できなくなってきているし。

 

だから、早く帰ってきて。元気な姿を、あの弾けるような眩しい笑顔を、もう一度私に見せて、千鶴...。

 

「まだここにいたんですか?お嬢。なにか考え事でも?」

 

蒼のお世話を一旦終えたであろうトーマが帰ってくる。彼の口ぶりから察するに、自分で思っている以上の時間をここで過ごしていたらしい。

 

「...いえ、手紙の返事をどうしようかと考えていたところです。最近の稲妻は色々ありましたから、書くことがたくさんありそう。ふふっ、今回はどのくらいの量になってしまうのかしら」

 

 

 

屋敷の中へと戻っていく綾華を見送りながら、トーマは思う。考え事の内容は、十中八九例の少女のことであろうと。

 

会ったことはないが、綾華の口から頻繁に出てくる”千鶴”という名前。数年前に稲妻から去っているということや、その他に多少の事情も聞いている。

 

蒼という鴉が運んでくる手紙を中継する役を担っているが、手紙の内容までは知り得ていない。

 

千鶴という少女が稲妻に帰ってきたときは、是非とも話してみたいものだとトーマは少しばかり口角を上げる。

 

「お嬢のマル秘エピソードとか、あわよくば聞いてみたいね」

 

呟きながら自らの仕事に戻る。

 

 

こうして今日も、平和な日常が過ぎていく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

モンド城より南方。見上げるほどに高くそびえ立つ白亜の山、ドラゴンスパイン。

 

場所によっては常に吹雪が吹き荒れるほどの寒冷地で、その雪が完全になくなったところを見たことがないぐらいだ。そんな環境で生きているヒルチャールもいるのだから、その逞しさには尊敬の念すら抱いてしまう。

 

「あったかいねぇ」

 

そんな過酷としか言いようのない白亜の山の麓に、普段着に上着を一枚だけ羽織るという舐め腐った格好で山へと進んでいく少女が一人。千鶴である。

 

なぜそんな薄着でドラゴンスパインに突入できるのかと言えば、その腕に炎スライムを抱えているからであった。

 

ドラゴンスパインでの寒さに対処できる摩訶不思議なスープがあるらしいと聞いてはいたのだが、聞いたことがあるだけでレシピなぞ知らない千鶴は炎スライムで凌ぐ方法を思いついたのである。樽バクダンの中に入っているスライムに水をぶっかけて起爆を防ぎ、そのまま抜き取ってきたようだ。

 

彼女の目的はただ一つ。恐らくここにいるであろうアルベドに会いに来たのだ。いなければ完全な無駄足になってしまうが、そんなことは考えもしていない。

 

そんな千鶴は、一直線にドラゴンスパインへと突き進んでいくのだった。

 

 

 

 

「いなかったらホントにやってられないからね...」

 

朝一でモンド城を出発したため、アルベドが今どこにいるかなんて聞く暇もなかった。ティマイオスかスクロースにでも聞いてくればよかったと若干後悔。くそう。

 

そろそろ本格的に山を登ろうかという時、視界の端から飛んできた氷塊が腕を掠める。

 

「っ!」

 

咄嗟に回避行動と取るが間に合わず、体温が奪われ動きが鈍ってしまう。氷塊が飛んできた方向を見てみると、そこには宙に浮いたまま寝そべっているアビスの魔術師がドヤ顔でこちらを見ていた。

 

「ちっ、こんの...」

 

『Lan,Lan,Lu〜♪』

 

「ホンっトにムカつく!」

 

人をおちょくる才能がずば抜けて高いと見える。絶対に始末してやるから覚悟しろよ...

 

ひとまずアビスの魔術師から距離を取り、炎スライムちゃんを木の幹の裏に隠してやる。なにかの拍子に消滅してしまったら私はこの山を諦めなくてはならなくなるのだ。命大事に、だ。

 

「さて、どうするかな...」

 

全体的に白っぽい色で氷塊を飛ばしてきたことを考えると、あいつは氷元素を扱う魔術師であることがわかる。対して私は水元素、ちょっち相性悪いっぽいかな?まぁでも、やりようはあるはず。

 

そんなことを考えているうちにも、魔術師はいくつもの氷塊を連続で撃ち込んでくる。パワーを抑えた水元素の噴射でステップを踏むように避けつつ、まずはあの厄介な氷のバリアを割る隙をうかがう。

 

「もう、しつこすぎ!って、あぶな!」

 

こちらの動きにも慣れてきたのか、私が避けた先に氷塊を偏差で撃つという芸当もやってみせた。慌てて水元素を解除し、居合によってそれを真っ二つにぶった斬る。いや、よく間に合ったな私...誰か褒めてほしいよ。

 

「今度はこっちからいくからね」

 

賢いあの魔術師は私の武器のリーチを見て近づかないと戦えないと思っているらしく、刀のリーチ外にいるときはこれ以上ないほどの余裕たっぷりな態度をとっている。その油断が命取りだということをわからせてやらないといけない。

 

深呼吸をして、刀に手をかける。離れた場所にいる魔術師は少し警戒した様子を見せるが、回避の構えまでは見せていない。――今ッ!

 

「はっ!」

 

本来なら届くはずのない斬撃も、水元素を利用すればその制約をある程度無視できる。油断しているからこその、最初で最後の不意打ちというわけだ。

 

『!』

 

反応したけどもう遅い。魔術師のバリアを水の斬撃が捉え、確実に耐久値を減らした。だけど、この奇襲はもう通じない。遠距離攻撃ができると分かったうえで立ち回られると、こちらがジリ貧だ。

 

『nnn......』

 

「考えたって無駄。確かにそのバリアは厄介だけど、あんたより私の方が強いんだから。覚悟してよね!」

 

そこからはお互いに遠距離での攻防となった。魔術師が氷塊を放てば水の斬撃で切り裂き、こちらが飛ばせばワープやバリアを使ってそれを防ぐ。しかしあのバリアが思った以上に硬く、少しじれったくなってきた。

 

「都合よく炎元素でもあれば一瞬で割れるんだけど...」

 

ここはドラゴンスパインの麓、冷気が吹き下ろすこの場所にそんなものあるはずも......炎元素の塊、あるじゃん!

 

チラリとそっちを見てみると、なんという偶然か私が連れてきた炎スライムとばっちり目が合ってしまった。

 

「~~~~!!!!!」

 

なにか涙目で訴えかけている。まぁ、さすがに良心が痛むと言いますか、そんな鬼畜なことできないよね,,,冗談だって活性化したら火事になっちゃうから抑えて!!

 

こうなったら自力でバリアを破壊して魔術師を倒すしかない。

 

魔術師が杖を振りかざし氷塊を飛ばす準備に入るので、そこへすかさず斬撃をお見舞いする。あいつは杖を振ってから氷塊を飛ばすまでに若干のタイムラグがあるみたいで、そこをチクチク突きまくっている。体感ではそろそろ、あのバリアを割れるはずだ。

 

もう何発撃ったかわからない斬撃を放った時、パキッという音が聞こえる。

 

「っ!」

 

ここしかない。魔術師が氷塊を飛ばしてくる前に決着をつける!

 

 

鞘を捨て両手で刀を持ち、前方に体重をかけながら利き足で踏み込めるよう足を下げる。そしてフルパワーの水元素で刀身を強化。

 

思い出すのは稲妻での鍛錬、神里家の剣術を見せてもらった時のこと。肌に合わなかった神里流を自分なりにアレンジして出来た、私だけの構え。

 

狙うはバリアに入ったヒビの一点のみ。それを見据えると、あの時と同じように世界がスローに見えた。魔術師の杖が振られようかというその瞬間、全力で踏み込み刀を振り抜く。

 

『Ggnnnaa...』

 

「ふぅ......」

 

気を抜かず、振り向いた先にいる魔術師を見やる。ちょうど消滅するところだったようで、すっぱりと切れた魔術師は跡形もなく消えていった。

 

「鞘、拾わないと...っちょちょちょい!!!」

 

足を動かした瞬間、地響きと共に木の幹が目の前に倒れてきた。間一髪避けられたけど、判断が遅かったら大変なことになっていたことだろう。長女だから避けられた。

 

どうやら魔術師を斬ったときの余波でついでに木をまるごとやってしまったらしい。咄嗟と力加減が未だ上達しない、もっと鍛錬せねば...。

 

「おーい、スライムちゃーん?」

 

鞘を回収し旅のお供を探してみると、奥の木の陰からひょっこり顔を出す。もし逃げられてたら私はこの雪山で凍え死んでいたよ。

 

「アクシデントもあったけど、さっそく向かいますか!」

 

相手のバリアをスライムで粉砕しようか、などと考えてしまったからなのか。若干こちらを見る目が冷めている気がする。君、炎スライムでしょ?もうちょっと温かい目で私を見ておくれよ。

 

 

 

 

アルベドのところまで最短ルートで行こうとすると、途中にある崩れた橋を渡らないといけない。吹雪で視界が悪い時も多いのに、なぜここを崩れたままにしているんだろうか。アルベドの錬金術で直せないの?

 

そんな崩れた橋を軽々飛び越え、過ぎたところのすぐ左手に”そこ”はある。

 

「アルベド~?いる~?」

 

返事が無かったら即刻モンド城に戻ろう。そんなことを思っているところに...

 

「あー!千鶴お姉ちゃんだー!」

 

「ぶふぉあっ!」

 

私の名前を叫びながら、その小さい体から出ているとは思えないほどの威力を持った体当たりをブチかましてきた少女。クレーである。騎士団に所属しており、「火花騎士」の称号は伊達ではないと感じさせる。

 

「やあ、千鶴。大丈夫かい?」

 

「これを見て大丈夫だと思う?」

 

手を引いて立ち上がらせてくれた彼こそ、今回のターゲットであるアルベド。「主席錬金術師」といういかにもすごそうな称号をお持ちらしい。

 

「大丈夫じゃないなら、冗談を言っている余裕はないんじゃないかな?」

 

「うるしゃい☆」

 

抱えていたスライムの代わりにクレーが腕の中におさまる。今日はなにかと炎元素と縁があるみたい。

 

「それで、ボクになにか用事でもあるのかい?」

 

”三人分”用意してあった椅子の一つに腰かけ、アルベドが口を開いた。いつの間にかクレーは私の腕から離れており、タックルによって吹き飛んだ炎スライムを突っついて遊んでいる。帰りもあるんだから爆発させないでよね...。

 

「いやー、用ってほどじゃないんだけど。久しぶりにモンドまで来たから、帰るまでにみんなと会っておこうかなって思って。あとこのゴーグルの感想とかさ」

 

「なるほど。じゃあ、それの製作者として意見を聞いておこうか」

 

残った最後の椅子にスライムを抱えたクレーが座る。大変気に入ったようで、ずっとムニムニして彼女の欲を満たしている。

 

「んー、正直気になるとことか無いんだよね。強いて挙げるなら、たまに太陽がまぶしいかなってくらいだし」

 

「ふむ...ちょっとそのゴーグルを貸してくれないかな」

 

「あい」

 

ゴーグルを受け取ると、そのまま錬金台でなにやら作業を始めてしまった。え、ここでやってくれるの?

 

横からちょんちょんと、クレーが突っついてきた。

 

「トカゲのしっぽ使う?」

 

「使うとどうなるの?」

 

「トカゲのしっぽはねー、爆薬の材料になるんだよ!」

 

「物騒だわ!」

 

そういえば、クレーのボンボン爆弾って錬金術で作ってるんだっけ?しかし、誰がその知識を与えたんだろうか。まさか自分で見つけたわけじゃあるまいし。

 

そう思ってふと作業中のアルベドを見てみると、かすかに笑っていた。...犯人絶対コイツじゃん。

 

「さて、出来たよ」

 

「早っ」

 

渡されたゴーグルを見てみるけど、大して変わっていないように見える。ただゴーグルを覗いてみると...

 

「...おぉ!なにこれ!明かりが眩しくない!」

 

なんということでしょう。匠の手によって、元々完成度の高かったゴーグルが更に快適に。これにはさしもの私もビックリである。

 

「場所によってゴーグルの濃さが変わるようにしてみたんだ。屋内と屋外で同じ濃さだと、不便なこともあるだろうからね」

 

なんと、そういうことらしい。詳しいことはわからないけど、唯一の弱点であった太陽の眩しさは克服できたということだけは分かった。

 

「風神様、岩神様、アルベド様!」

 

「気に入ってもらえたようでなによりだよ」

 

 

その後は近況報告も兼ねて三人で主に雑談をした。昨日エウルアとアンバーから聞いたドラゴンスパインでのことも詳しく聞けたし、クレーは相変わらずお魚をドカーンして反省室に入れられているみたいだ。うん、一応お魚さんも生き物だからね?ほどほどにね?

 

というか、アルベドの言っていた人に化けるトリックフラワーの話。目の前にいるアルベドが偽物とかいうオチじゃないよね?流石に。そんなことになったら、もうなにも信じられないかもしれない。

 

 

 

 

寒いのが苦手な私は、特にドラゴンスパインを探索したりせずにアルベドのところでまったりしている。まぁ、暑いのも普通に嫌いなんだけど。もしかして人間向いてなくない?

 

ずっと同じところにいると退屈になりそうだけど、実際はそうでもない。稲妻を離れてからは数倍他人と関わらないと生きていけなかったためか、誰かと話すだけでも十分楽しかったりする。稲妻にいる頃は広くないコミュニティの中だけで生きてたしね。

 

そんなわけで、もういい時間である。あのクレーも私という遊び相手がいたからなのか、お魚をドカーンしに行かなくても満足したらしい。

 

「じゃあ、そろそろ騎士団の宿舎に帰るね」

 

私のために空き部屋を用意してくれてはいるけど、結局私室というわけではないから荷物をまとめて綺麗にしなければならない。今の家は璃月だから。

 

「そうか」

 

「千鶴お姉ちゃん、またね!」

 

未だに元気いっぱいなクレーは、現在アルベドの膝の上である。ホントに仲いいよねこの二人、傍から見たら妹の世話をする兄にしか見えん。綾華にもああいう時期があったのかと思うと、自然と笑みがこぼれる。

 

 

宿舎への帰路、日常の至るところに綾華を感じるようになったなと考える。

 

さっきの兄妹のような二人であったり、果てはちょっとした買い物の場面であったり。...ちょっと綾華に会ってまた璃月に帰ってくれば発作も治まるかもだし。

 

 

いや、これ病気では?

 

 

なんだ発作って。会いたくて震えちゃってるじゃん。

 

璃月に渡って数年、そろそろ里帰りを考えてもいい時期なのかもしれない。とは言っても、やっぱ稲妻人には若干の抵抗感が無くはないけど。

 

別に稲妻を恨んでいるわけじゃない。出たくて出たんじゃないし、平和的解決ができたならそのまま稲妻に残っていたいとすら思ってた。

 

まぁ、帰ったところで私の家地図から消えてるんですけどね!!!

 

 

―――

――

 

 

「って感じなんだよぉ、七七ちゃん」

 

不卜廬にて、ちまっこいキョンシーこと七七ちゃんと雑談に花を咲かせている。モンドから帰る前、バーバラに会ってから帰ろうかと思っていたらどっかに出かけているとのことだったので、不貞腐れながら璃月まで戻ってきたのである。

 

ちなみにキョンシーがなんなのか、ぶっちゃけよく知っているわけではない。教えて!鍾離センセー!

 

そんな下降気味な気分も七七ちゃんと会ってしまえば吹き飛ぶというもの。可愛い、可愛い、可愛いと三拍子揃った可愛い店員さんなのだ。ただ、あんまり温かくしすぎるとダメらしいから膝の上で抱えるのも控えなければならない。辛い。

 

「千鶴、帰る?」

 

「んや、そんなすぐってわけじゃないけどもさ。開国に向けて動いてるって言っても、じゃあすぐオープンになって誰でも来てねってことにはならないし。段取りとか色々あるだろうしね」

 

「...七七、よくわからない」

 

 

稲妻は変わろうとしている。...私も、変わらなきゃいけない時が来ているんだろうか?

 

ねぇ、どうしたらいい?―――母さん




戦闘描写のセンスはパイモンが食べました。

今はとにかく夜蘭が楽しみです。

誤字脱字の指摘や感想等、ありましたらお気軽に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

優柔不断というか、物事をはっきり決めきれないというか。これが国民性というやつかと、適当なことを考えてしまう。

 

母さんは私とは違って、何でもスパっと判断できる人だった。本当に血が通ってるのか疑わしいぐらい真逆である。目元はキリっとしてたし、全体的に凛々しい雰囲気を纏った人という感じだ。なぜその遺伝子を私にくれなかったのか。

 

その日のご飯ですらうだうだ悩むような私に、稲妻に帰るかどうかなんて重要な決断をそんなすぐできるわけもなく。帰りたいのは本当だけど。

 

璃月の昼下がり。冒険者の仕事も運搬の依頼もないこの日、往生堂の前でダラダラと物思いにふけっていた。あ、ちょうちょ。かわよ。

 

「おやおや、昼間からボーっとしてるなんて珍しいこともあるもんだ」

 

声のする方へ顔を向けてみる。

 

「煙緋...」

 

仙獣と人間のハーフであり、ここ璃月で法律家をやっている。手にはいつものクッソ分厚い本を抱えていて、よくそんな重そうな本を持ち歩けるなと感心したりする。なぜその本はページが黒いんだろうか、本人のことも含め謎は多いらしい。

 

「私なんか悪いことしたっけ」

 

「名誉棄損で訴えてもいいんだぞ?出来ればお前を裁くことがない人生でありたいと思っているけれどね、千鶴?」

 

「稲妻ジョークじゃないですかヤダァ」

 

全体的に肌の露出が多い服装に目を逸らしてしまう。胸囲のガードは薄く脚は惜しげもなくさらけ出していて、端的に言って目のやり場に困る。見ちゃうから、そういうの。

 

「ていうか、そっちは何かの帰り?」

 

「厄介な民事がようやく片付いたんだ。まったく、いつまでたっても苦手だよ」

 

璃月の法律家の頂点に立つ彼女は、それ相応の依頼料は取られるらしいが腕は確からしい。璃月に来てから今まで煙緋の世話になったことはないけど、周りから話を聞く限りだと非常に優秀なのだとわかる。

 

「そうだ、気分転換の散歩に付き合ってくれないか?」

 

「あー...うん、わかった」

 

 

 

 

「どこまで行くの?」

 

「目的地などないさ。ただ気ままにぶらつくだけだからね」

 

「ふーん」

 

まぁ、気分転換なんて往々にしてそんなものかと考える。しかし、こうやって改めて璃月の町並みを見ていると、建築様式が稲妻とずいぶん違ってて面白かったりする。国が違えば文化も違うから当たり前っちゃそうなんだけども、扉ひとつ取っても色んな発見がある。

 

「お前も、ずいぶんと馴染んできたんじゃないか?」

 

不意にそんなことを口にする。

 

「そうかな」

 

「そうとも」

 

「まぁ、昨日今日こっちに来たわけじゃないし」

 

「それもそうだ」

 

他愛のない会話。でも、これぐらいが心地よい。

 

 

あてもなく歩くうちに、璃月港の西側にある広場に着く。ここからは群玉閣がよく見える。あれだけのものを浮かせる石があるなんて、世界広しと言えども璃月だけだろう。知らんけど。

 

「おやおや、あまり見ない組み合わせだねぇ」

 

「ピンばあや...」

 

そこにいたのは、璃月のおばあちゃんことピンばあや。見かける時は大体ここにいる気がする。

 

「私が誘ったんだ、散歩に付き合ってくれってね」

 

「こっちもちょうど良かったからいいけどね」

 

近くにあったベンチに促され、三人で腰かける。テーブルにはティーセットが用意されていて、流れるような動きでお茶を淹れてくれた。

 

「何について悩んでいるのか大方検討はついているけどね、急いで答えを出す必要はないよ」

 

「それは分かってるんですけどねぇ~」

 

石造りのテーブルに頬をくっつけるように頭を預ける。冷たくて気持ちがいい。

 

「神頼みなんて言葉のあるし、岩王帝君あたりに相談とか出来ないかなぁ」

 

「ずいぶんと贅沢な願望だ。私の依頼料なんて雀の涙程度に思えてしまうだろうさ」

 

「え、帝君ってお金取るの?」

 

「物の例えだよ」

 

まぁ、岩王帝君は死んでしまったらしいし、相談もクソもないんだけども。葬仙儀式の時私は璃月にいなかったけど、まさか自分が生きているうちに神が死ぬなんて思いもせず相当面を食らったものだ。

 

テイワットにはモラという通貨が流通しているけど、それを最初に作ったのはその名前の由来ともなったモラクスこと岩王帝君であったらしい。岩王帝君のお膝元である璃月の考古学者が、モラクスが最初に生み出したモラに関して熱い議論を交わしているのを通りすがりに聞いたことがある。

 

それはさておき、モラの生みの親なのだから何かしらお金を要求されても不思議じゃないな、と思ったりする。やはりお金はこの世の心理なのだ。

 

依然として冷たいテーブルに顔を押し付けていると、手紙を運んできたらしい蒼が私の頭に着陸する。この場合は着頭か。

 

「待ってたよ蒼ぃ~!ん-っま!ちゅっちゅ!」

 

二人の目も気にせず愛しの相棒に頬擦りする。どうだ、私は狂っているだろう。

 

「ほぉ、その子が蒼ちゃんかい」

 

ピンばあやは興味深そうに我が半身を眺めている。やはりこの可愛さは老若男女関係ないらしい、最高だぜ蒼ちゃん。

 

「実際見るのは初めてだけどねぇ...これはこれは」

 

「そんなに気になるなら抱いてみます?」

 

「それは嬉しい提案だけどね、そんなことよりやることがあるんじゃないのかい?」

 

そうだった、こうしちゃいられない。すぐにでも往生堂に帰って返事の手紙を書かなければ。そう言えば写真送るって約束してたし、どっかで写真でも撮ってもらおうかしら。...え、誰に???

 

非常に重大な問題に気づいてしまったが仕方がない。ピンばあやと煙緋に別れを告げ、我が家でもある往生堂へと歩を進める。

 

ようやく往生堂に着こうかといったその時、非常に見知った姿を見つけるのだった。

 

 

 

 

「あれ、鍾離先生?」

 

「ん?...あぁ、千鶴か。この時間に暇をしているとは珍しいな」

 

「いやまぁ、ちょうどなんもなくて」

 

「そうか」

 

...に、苦手だ。この多くは語らないみたいな感じ?私がこうして生活できているのは間違いなく鍾離先生のおかげなのだけど、なんだか尋常ならざるオーラを感じるというか。個人的には鍾離先生に聞いてダメなら人類には無理ってぐらい信を置いているけれど、やっぱり真面目な人にはあんまふざけた態度取れないというか。

 

ただお金の使い方が極めて下手らしいし、人は見かけによらないと思ったりする。こんだけ物知りで密度の高い人生送ってそうなのに、なぜにお金という一般的なものの扱いが下手なのだろうか。謎は深まるばかりである。

 

唐突に悪魔的な発想が頭に浮かぶ。

 

「そうだ鍾離先生、ちょっと写真撮ってもらっていいですか?」

 

鍾離先生、カメラマン化計画である。璃月で知らぬ者などいないであろう”あの”鍾離先生を、友人に写真を送りたいという超絶個人的な目的のために使うのだ。ふっ、これが人脈の為せる業よな。

 

「写真か?別に構わないが、どう撮るか決めているのか?」

 

「ど、どうって...なんか普通に?」

 

「確か写真機は持っていたな。三脚を持ってくるから少し待っていてくれ」

 

写真機を固定するための三脚を取りに往生堂へ戻っていった鍾離先生。どうしよう、手持ち無沙汰になってしまった。この微妙な待ち時間がどうしても落ち着かず、ウロチョロしたりもじもじしてしまう。スキマ時間の使い方が圧倒的に下手なのだ、私は。

 

「待たせたな、さっそく始めようか」

 

「アッハイ」

 

慣れた手つきで三脚に写真機を取り付けセッティングを完了する。とりあえず無難にポーズでも取ってみようかしら。

 

「でゅ、でへへ...」

 

このヘタレ、写真なんぞ撮り慣れていないので全体的にだらしなくなってしまうのである。淑女の威厳などとうの昔に塵となって消えている。

 

現像された写真を見てみると、なんということでしょう。そこには被写体としての自覚がない少女が一人、緊張のあまりガチガチになった姿が写っていた。

 

「なんじゃこりゃ、どう見ても不審者じゃん」

 

「...もう少し、見られるということを意識した方がいいかもしれないな」

 

「ふげぇ...」

 

別に人目を気にしない性格ではないのだ、現に稲妻に帰りづらいのはそれのせいなのだから。ただ、衣服等の身だしなみに関してはもしかしたらその通りなのかもしれない。

 

「ねぇねぇねぇねぇ、何やってるの?写真?私も撮る!」

 

そこに現れたるは往生堂第七十七代目堂主、胡桃であった。私の生殺与奪の権を握っていると言っても過言ではない人物である。

 

そんな彼女は今しがた現像されたばかりの写真を見てこう言った。

 

「不細工な写真だね~」

 

正論は時として人を殺めることを知った方がいいですよ、堂主殿。

 

私が失意の底を層岩巨淵のキノコンのごとくさまよっていると、写真機を三脚から外した胡桃がこっちに駆けよってきた。

 

「ほらほら千鶴お姉さん、座って座って」

 

「え?あぁ、うん」

 

胡桃に手を引かれて石造りのベンチに腰掛ける。いや、近いです堂主殿。梅の良い香りがいたします堂主殿ッ!

 

「見るのは私じゃなくてカメラだよ」

 

「分かってるよ...分かってるって...」

 

「じゃあ撮るからカメラ目線だよ?はい、チェッキー!」

 

「チェ、は?なんて?」

 

聞き慣れない単語に戸惑っている間に現像される写真。ニッコニコの堂主と素っ頓狂な顔をする私。なんだよチェッキーって、聞いたことないよ。

 

「ちゃんと笑ってくれないと困るよ~、千鶴お姉さん」

 

「ごめんて...」

 

その後は胡桃先生による写真撮影会が開催された。参加者は私だけ。

 

現像した中で一番写りのいいものを選んで満足したのか、突発的に始まった撮影会は終わりを迎えた。

 

「そういえば胡桃はなにやってたの?散歩?」

 

「んー?...あっ!仕事中だった!」

 

そんなことある?自由奔放も極まればとんでもないことになるらしい。大方除霊かなにかの依頼だったのだろう、偶然起きた現象をお化けの仕業だと思い込んで胡桃に除霊依頼をする人はけっこう多いのだ。彼女の半ば不真面目な態度はその証左である。

 

堂主殿が去ったあとに残されたのは、残った十数枚にもなる私と胡桃のツーショット。私はこれを綾華に送ることになるわけだけど、あっちからすれば顔も名前も知らん人との写真を送られるわけで。まぁ、大丈夫でしょ。多分。

 

どれを送ろうか、なんて考えながら写真を眺めていると、少し離れた場所で眺めていた鍾離先生が口を開く。

 

「そういえば、近頃稲妻で祭りが開催されるそうだ」

 

鍾離先生もそっち側かぁ~~!なんと璃月人は読心術の使い手がたくさんいるらしい。魔境か?みんな私の思考読みすぎだから。

 

「お前が何で悩み、葛藤しているのかは分かっているつもりだし、周囲にいる者たちもお前がなにを考えているのか容易に分かるほどそれが顕著だということだ」

 

それにな、と鍾離先生は続ける。

 

「往生堂で拾ったことに恩を感じていてそれに報いようと思っているのなら、それはこの数年で十二分に果たされている。往生堂(ここ)がお前の枷になることはないと断言しよう」

 

「確かに、お前が開拓した事業は璃月のみならずモンドの人々にも重宝されたのは事実だが、流石に需要と供給が釣り合っていないだろう。今後も続けるつもりだったとは思うが、お前だけで担うとなるといずれ破綻するのは目に見えている」

 

「......」

 

全部言い当てるじゃん。もはや神様レベルなのよ、それ。

 

鍾離先生は一息ついて、再び口を開く。

 

「俺たちに遠慮して璃月に留まる必要はないし、俺たちもお前を縛る要因になりたいわけではない。...稲妻に帰りそのまま暮らすのもいいし、息苦しいと感じたなら璃月に戻ってくればいい。往生堂は、もうお前の家なんだからな」

 

 

 

 

自室のベッドに潜り込み、枕を抱えて物思いにふける。

 

いい加減、うじうじするのは終わりにするべきなのかもしれない。私の帰りを待ってくれている友がいる、鍾離先生も帰ってきていいと言ってくれた。

 

便箋と写真の散らばった机に佇む蒼がこちらをじっと見つめている。なんだか私に言いたげな感じがするけど、正直なーんにもわからない。君は私になにを伝えたいんだろう。普段ならなんでもわかるのに。

 

自分で決めろってことか。

 

...。

 

「よしっ、決めた」

 

布団から勢いよく飛び出し机へと向かい筆を執る。書くことはもう決まった、あとは最後まで書き終えるだけ。

 

 

―――綾華への手紙は、これが最後だ。

 

 

○○○

 

 

『今日は穏やかで気持ちがいいわね。ここまで来られるぐらいには』

 

声のする方へ振り返ると、黒をさらに黒染めしたような長髪の女性が立っていた。桜とのコントラストが美しい。

 

『それはそれは、遠路はるばるご苦労じゃな』

 

『本当にね』

 

そこまで言うと、お互いにくすりと笑う。

 

『それで、お主は何の用があって来たのじゃ?ただの世間話とは思えぬが』

 

『別に大したことじゃないのよ。ただ、ちょっとお願いをしに来ただけ』

 

『...』

 

少し怪訝な顔をするが、つまらないことを言うような性格ではないと理解しているためそのまま聞くことにした。

 

『して、その”お願い”とはなんじゃ?』

 

『うちの子のことで、少しね』

 

『ほう、あの(わっぱ)か』

 

思い浮かべるのは、母と同じく美しい黒髪を持った少女のこと。

 

『そう遠くない未来、あの子はとても苦しい状況に追い込まれるわ。これは避けられないでしょうね』

 

『この社で縁起でもないことを言うでない』

 

『私はもう長くないの、遅くて数年ともたないわ。...聞いてもらえるかしら、狐さん(・・・)?』

 

僅かに目を見開く。こやつはどこまで...

 

『...何を見た』

 

『私にも分からないけど、ある種の先祖返りみたいなものかしらね。最近になって頻繁に夢を見るのよ。私たちでは文章でしか知り得ない数百年も前のこと。あなたやかつての将軍様、私の先祖のことも含めてね』

 

こちらを真っ直ぐ見つめる瞳に嘘はない。

 

『将来、あの子がどうしようもない危機に陥った時、一度でいいの。手を貸してあげて』

 

『お主はどうするつもりじゃ?』

 

『そうね。私の剣をあの子に託すわ。あなたたちと共に戦場を駆けた、先祖の誇りある剣を』

 

『...一度だけじゃ』

 

『うん、ありがとう。神子(・・)

 

その時の顔は、今でも鮮明に覚えている。全ての覚悟を決めたような、それでいて脆く儚いあの笑顔を。

 

その女性とは、それが最後であった。

 

 

 

 

なぜ、今なのか。境内を眺めながら思う。思い出すきっかけでもあっただろうか。

 

何かの前触れかもしれないが、しかし考えたところで栓無きこと。

 

まぁ、悪いことにはならないだろう。宮司は少し微笑んで、これからのことに思いを馳せる。




またしてもだいぶ期間があいてしまい、既にスメールが実装されてしまった。

本当はVer3.0行く前に書き終わるはずだったんですけどね、この小説。

これからもちまちま頑張ります。

誤字脱字等ありましたらご報告頂けると助かります(他力本願寺


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話

ふと、自室のベッドで目を覚ます。

 

稲妻に帰ると決めてから数日が経った。経ったのだが……

 

「な~んもやってません!」

 

なぜ私はこうも母親の厳格さを引き継がなかったのか。これでも、いわゆる良家と呼ばれる家の出身なんですけども。

 

帰るのが嫌なわけではなく、”その日”までに何を準備したらいいのかが分からないだけだ。大丈夫、まだほんの致命傷だから。

 

しかし、いつまでもこんな体たらくでは綾華に合わせる顔が無い。

 

「ん~、仕方ない。奥の手を使うしかない」

 

 

 

 

「ってわけなんだよね、助けてくんない?」

 

「知らないわよ、あと鬱陶しいから離れてもらえるかしら」

 

「あー!璃月七星が善良な一般人に暴言吐いた!」

 

その菫色の瞳には、さぞ情けない友人の姿が映っていることだろう。

 

「あなたね、人に頼み事しておいてその態度はなに?ちゃんと相談する気があるなら真面目にやって。あと、その肩書を出すのはやめなさい」

 

薄紫色の髪に猫耳のような髪型、璃月七星の「玉衡」こと刻晴は本気で嫌そうな顔をする。

 

「私は知ってるよ、刻晴が怠け者嫌いなこと。でもね、分かるでしょ?一度追い出された故郷に帰るのって相当勇気がいるんだよ」

 

「事情はおおかた把握しているけど、人の足にだらしなくしがみついていなければもう少し聞く耳を持ったかもしれないわね」

 

「ひぃん」

 

だって、こうでもしないと「忙しいから」とか言ってどっか行っちゃうじゃん。惜しみながらも刻晴の足から離れると、自分の椅子に腰かける。なにがとは言わないけど、スベスベでした。

 

「んじゃ、ご飯食べよっか」

 

「厚顔無恥とは、まさにコレのことを言うのかもね」

 

ここは新月軒。くっそプライベートな話をするため自腹で貸し切りにしたのだ。いくら私でも、衆人環視の中あんな情けなく友人にすがりつくなんて無理ってものである。ちなみに新月軒は大変人気でいつも満員なんだけど、そこはまぁ色々ゴニョゴニョである。決して往生堂とか刻晴をだしにしたわけではない。ないったらないのだ。

 

なんにせよお金が思った3倍かかってしまったのである。……もしかしたら、適当な理屈こねてタルタリヤにツケておけるのでは?まぁ、それは追々ということで。北国銀行に負荷をかけていけ。

 

「私の奢りなんだから、文句言わない。岩王帝君の二頭身土偶買ったのバラすよ」

 

「ふんっ」

 

「あ゛っ」

 

この猫耳、あろうことか脛をヒールで蹴飛ばしやがった。少しぐらいからかってもいいじゃないか、いっつもジンさん並みのワーカーホリックで眉間にシワ寄ってるんだから。ていうか、この子最近までアンチ帝君だったじゃん。どんな心境の変化があればこうなるんだ。

 

「あー痛かった。んで、どうしたらいいと思う?」

 

「はぁ……。どうせその恰好で帰るんだから、最低限清潔にしてればいいんじゃない?」

 

「それなんもしなくていいって言ってるのと同義では」

 

はっはーん、さてはめんどくさがってるな?今美味しそうに食べてるもの全部こっちが払っているというのに。

 

「……せめて香水でもつけて行ったら?今更整えなきゃいけないような身なりでもないんだし、特別なにか出来そうなことなんてそれくらいよ」

 

「あ~……香水ねぇ」

 

そういえば使ったことなかったかもしれない。向こうにいた時も、周りで使ってる人なんて見たことないし。

 

「鶯さんに頼んでみるか。ん、これ美味い」

 

 

 

 

「ごちそうさま。私は仕事に戻るから、それじゃ」

 

そう言って去っていく刻晴を見送ってから、「春香窯」を目指す。理由はもちろん、いい感じの香水を作ってもらうためだ。ちなみに、鶯さんが香水を作れるかどうかは知らない。なんか、ティマイオスと一緒にポーションなるものを作ったとかなんとか。それぐらいの情報しかないけど、何とかなるでしょ。ティマイオスも隅に置けないものである。次会ったらいじってやろ。

 

などと考えているうちに、目的地である春香窯が見えてきた。

 

「鶯さ~ん」

 

相も変わらず店の前で立っている彼女を見つけて手を振ってみると、あちらも気づいたようで控えめに手を振り返してくれる。うーん、これは可愛い。ティマイオスが骨抜きになるのもうなずける。

 

「珍しいなぁ、今日はどないしたん?」

 

「香水を作ってもらおうかと思って」

 

「香水?」

 

少しだけ首をかしげて、考える素振りを見せる。なんか、女としての全てにおいて負けている気分。そういうとこも可愛いんじゃ。

 

「噂には聞いてたけど、本当に帰ってまうんやねぇ。寂しくなるわぁ」

 

「ん~~~決意の揺らぐ音がする」

 

「そんな簡単に揺らいじゃあかんよ」

 

おっしゃるストリート。

 

「そんで、具体的にどんな香水にしたいん?」

 

「……え?ど、どんなって……なんかいい感じの」

 

「えらい抽象的な注文やな」

 

「どんな香水があるのかも知らないから……」

 

あまりの事前準備の無さに困ったような顔をする鶯さん。これなら刻晴にヒントもらっておけばよかったか……。

 

「んー、そんなキツい感じじゃなくていいんですけど。スッキリ爽やかみたいな」

 

「じゃあ、無難にミントの香水でいいんやない?色々考えすぎてもあれやし、帰るのももうすぐなんやろ?材料持ってきてくれればあとはこっちで作るから。代金は取りに来た時でええよ」

 

「あ、それでお願いします」

 

璃月港のおよそ西にそびえ立つ天衡山にミントを爆速で採りに行き、鶯さんに預けてその場をあとにする。

 

「さて、あとは……」

 

空に浮かぶ巨大な建造物、群玉閣を見上げ大きくため息をついた。

 

 

 

 

璃月港の南西側、群玉閣へ向かうにはここを通る他ない。

 

「歩雲さん、こんにちは。月は売ってますか?」

 

「おや、あなたでしたか。群玉閣へ向かわれるのでしたら、こちらへどうぞ」

 

この合言葉、刻晴限定らしいのだけど、詳しいことはよくわからない。ていうか、いい加減このちっさい台で群玉閣まで飛ばすのやめたら?冗談抜きで漏れそうなんだけど。手すりとか柵とかつけてほしいですぅ。

 

まぁ、落ちそうになっても風の翼があるからなんとかなるっちゃなるんだけどね。

 

そんなこんなで天空に浮かぶ群玉閣へと到着。守衛をやっている千岩軍のお兄さんを素通りしてバカでかい扉を開けると、それはそれはド派手な内装がお目見えする。

 

いつ見ても圧巻なソレを眺めていると、不意に声をかけられる。

 

「本日の来客にあなたの名前は無かったように思いますが」

 

群玉閣で秘書を務める百聞さん。ここで秘書をやっているだけあって優秀なのだろうけれど、場所が場所だけに非常に疑り深い人。変に人を信用するよりもよっぽどセキュリティとして機能しているとは思うけど、なんだか個人的には苦手な人だ。

 

「まぁ、アポなしですんで。凝光さんは下ですか?」

 

「ご用件は?」

 

「お別れの挨拶ってとこですね」

 

「……凝光様はいつもの場所に」

 

軽く謝辞を述べてから、中央にある螺旋階段を降りていく。下の階へ降りると、ひと際広く目を引く部屋が見えた。大量の書類が張り付けられたボードや、彼女が持っている骨董品等が飾られている棚。緑色の巨大な屏風のようなものを背に、お目当ての人がそこにいた。

 

「この群玉閣にアポも取らずに来るなんて、思い切ったことをするのね。千鶴」

 

「う、うす……」

 

こっっっわ。忙しいのもアポなしがまずいのも分かるけど、あと数日で多くの来客を押しのけて予定をねじ込めるかと言えば厳しいわけで。かの旅人のような国を救った英雄なら違うのだろうけど。

 

「ふふっ、冗談よ。そんなに萎縮しないでちょうだい」

 

「ホントやめてくださいよ……」

 

心底楽しそうな顔してえげつないことしないでほしい。危うく乙女の尊厳を全て捨ててチビっちゃうところだった。

 

「それで、私になにか用かしら?」

 

「いやー、もうすぐ稲妻帰るんでちょっと挨拶しようかなと」

 

「あら、残念ね。流通において、あなたの速さはオンリーワンの価値があったのだけど」

 

うーん、璃月人の引き留め力が高すぎる。そういえば、刻晴は1ミリもそういうのなかったな。え、私が帰っても寂しくないってこと?ちょっとはそういう青春なやり取りあってもよかったのでは?

 

「あなたの決意はあなただけのものよ。失うのが惜しいというのは本音だけど、障害を乗り越えて故郷へ帰ると言うのなら背中を押すわ。天権としてではなく、友人として」

 

それに、と彼女は続ける。

 

「烏丸千鶴を失っただけで崩壊するほど、璃月の流通は落ちぶれていないわ。だから、安心して帰ることね」

 

「まぁ、色んな人に帰るって言っちゃってるし、今更引っ込めることもできないんですけどね」

 

「そうでなくても、あなたは稲妻に帰っていたと思うわよ。あぁそれと、ろくに計画も立てていないのでしょうし、稲妻への移動は死兆星号を使うといいわ。北斗船長には、私が話を通しておくから」

 

「え……あぁ、はい。なんかすみません色々と」

 

しれっとディスられた気がしないでもないけど、これだけやってもらって文句など言えるはずもない。……いや、友人としてなら一発かましてやってもよくない?やり返される未来しか見えないけど。もしかしなくても、天権崩玉でワンパンである。

 

余計な雑談もせず群玉閣から出ると、ちょうど蒼が帰って来たところだった。稲妻に帰る旨を書いた手紙を送った帰りだろう。なんかいつもより時間かかってない?

 

「愛しの蒼ちゃん、私は寂しかったよ。何度その羽毛が恋しくなったことか」

 

不足していたアオイニウムを摂取していると、一通の手紙を背負っていることに気が付く。

 

中身を確認してみると、どうやら綾人さんからみたいだ。もっと言うと社奉行から。

 

招待状のようなものが入っていて、これがないと正式に来客として認可されないっぽい。鎖国はやめたけど、誰もかれも受け入れるってわけじゃないのかな?まぁこれがあれば大丈夫なんだし、私には関係ないか。

 

「んー、事前準備はほとんど終わったかな。残りの時間なにしよう」

 

群玉閣から璃月港の景色を眺める。普段過ごしている場所がこんなにも小さく見えて、なんだか不思議な気分だ。今にもバカでかい商船が出たり入ったり、鍾離先生が言っていた通り流通の要であることは疑いようのない事実らしい。あっちは海路で私は陸路、同じ穴の狢ってやつか……。違うかな、違うかも。

 

バカでかいと言えばこの群玉閣もそうだ。いずれはテイワットの空を覆うぐらいまで増築する、なんて言っていたけど、夢物語で終わらないだろうと感じさせるなにかがあの人にはある。もし稲妻の上空まで広がったら、浮生石の台座を設置してもらって璃月と稲妻を自由に行き来できるようにしてほしいものだ。船で海を渡るより空路を自力で突っ走った方がどう考えても速いからね。

 

「とりあえず往生堂に帰ろっか、蒼」

 

ちなみに、蒼は私を待たず先に帰ってしまった。ひどい。

 

 

 

 

恐怖の『アポなし!群玉閣の凝光さん!』から数日。

 

「さてと……」

 

雑巾よぉし!汚れてもいい服よぉし!水は……まぁ元素使えば無限やろ、知らんけど。こういう生活の根幹にモロ影響する元素を使えるって言うのは、ある意味でメリットなのかもしれない。炎とか雷とか。神の目持ちってやたらみんな戦闘能力高いイメージあるけど、日常生活に転用できるのは"持つ者"である私たちの特権と言える。かもしれない。

 

"立つ鳥跡を濁さず"。稲妻の古いことわざのひとつだ。意味は読んで字のごとくで、稲妻へと帰る私にぴったりの言葉だろう。何年も住んでいるというのに、相も変わらず部屋の内装はあの日とそう大して変わってはいない。

 

仕事柄ほとんどが外での活動になるし、モンドまで足を延ばせばそっちで宿泊したりと、食事と風呂、睡眠以外では特筆すべき用途は思い浮かばない。ぶっちゃけ借り物というか、いつかはこうやって出払うことを考えて内装の改造とかはやっていない。今後この部屋を使う人もいるだろうしね。別に堂主が怖かったとかそんなんではない、絶対に。雷電将軍に誓って。ワタシウソツイテナイ。

 

そんな事情もあって、思ったより片づける荷物は少なかったりする。普段着に綾華に送っていた便箋の余り、こっちで作ってもらった蒼の寝床、決して多くない化粧用具……まぁこんぐらいか。今をときめく乙女として化粧道具が少ないのは致命的だけど、どうせ雨でもお構いなしに全速力を出すので最低限が楽なのだ。

 

持っていく荷物をリュックに詰め込んで、いざ部屋の掃除である。いくら持ち込んだ物が少ないと言っても、何年も同じ場所で生活していればそれ相応に汚くなるもので。年末の大掃除並みの気合を入れて臨まなければならない。

 

うまいこと制御できるようになった水元素の力を使い、水圧でしつこい汚れを処理したり背が届かない天井をバシャバシャしたり。モップの先端に水元素を集中させればあら不思議、水の補給をしなくてもずっと水拭きができるではありませんか。これは賢さSS+ですわ。

 

乾拭きは元素の補助が使えないから自分でやらなきゃいけないけど、みるみるうちにピカピカになる我が家に小さくない満足感がこみあげてくる。今までの大掃除もこうやって元素使えば楽だったのでは?……気づくべきではなかったね。忘れよう。

 

えっさほいさと掃除を続け、気が付けば窓から見える夕陽はもうほとんど見えなくなっていた。ちょっとテンションが上がって掃除に集中し過ぎたのかもしれない。まぁキレイにし過ぎて悪いってことはないし、逆に褒めてほしいレベル。

 

なんか気抜けたらお腹空いてきたな。

 

するとそこへ3回のノック。

 

「はーい」

 

『入るぞ、千鶴』

 

扉を開けて入ってきたのは鍾離先生だった。

 

「ずいぶんと綺麗になったな」

 

「まぁ、だいぶお世話になったので」

 

部屋を数秒眺めると、鍾離先生が口を開く。

 

「夕飯はもう済ませたのか?」

 

「え?いや、ご飯はこれからですけど」

 

「そうか、ならちょうどよかった。瑠璃亭に席を取ってあるから、ついてきてくれ。明日璃月を発つお前の送別会とでも思ってくれればいい」

 

うーん、サプライズ。私ってば愛されてるぅ~。

 

「あぁそれと、支払いはこちらが持つから気にするな。主役に負担させるわけにはいかないからな」

 

「いやほんと、何から何まで……。送別会ってことは他にも誰か来てるんですか?」

 

瑠璃亭までの道を歩きながら鍾離先生に質問する。

 

「まぁな。……着いたぞ、入ってくれ。」

 

「あ、お邪魔します……」

 

入口に立つ女性店員に軽く会釈してから、瑠璃亭の扉を開ける。

 

「あー!やーっと来たー!」

 

「香菱!」

 

黒と黄色を主体としたエプロンのような服装をした少女、香菱がこちらに駆けよってきた。

 

しれっとついてきていた蒼は、香菱の相棒でもあるグゥオパァーの頭に乗っかって一休みしている。仲良さそうだね君たち。

 

「最近全然会えなかったから、久しぶりに会えて嬉しいよ!」

 

「光から生まれし女神香菱……眩しい」

 

「??」

 

私の気持ちの悪い独り言に首を傾げる彼女との雑談もそこそこに、集まってくれた他のメンバーにも目を移す。

 

胡桃、甘雨、煙緋、行秋くんと重雲くんのペアまでいる。刻晴と凝光さんは忙しいだろうし、魈は来てないみたいだった。言うてそこまで接点があったかと言われると、ねぇ?

 

「ささっ、主役の方はこちらまでどうぞ~」

 

胡桃に促されて、所謂お誕生日席のような場所に座らされる。なんだか恥ずかしいな、これ。

 

長机のお誕生日席から見て、右側が女性陣、左側が香菱と男性陣、私の真向かいが鍾離先生である。新月軒であれば丸机があるので、みんなとの距離がそこまで変わらなくていいのだが、どうやら刻晴から新月軒を貸し切ったことを聞いていたらしく、気を利かせて瑠璃亭にしてくれたらしい。

 

いくら美味しいとはいえ、数日の間に連続で同じ店の料理ってのもアレなもんである。やっぱ持つべきはデキる女友達。

 

「その後は順調なのかな、千鶴さん」

 

「おかげさまでね。恥ずかしくない程度には扱えるようになったよ」

 

「それは良かった」

 

どこかの戦闘狂とは違った丁寧な指導をしてくれた行秋くんのおかげで、私の元素コントロールは上達したと言っても過言ではない。対価であった彼の小説批評も、私のツボにハマる部分もあって一石二鳥だった。普通に面白かった。

 

ちなみに、重雲くんとは妖魔退治でちょいと面識があったりする。例の旅人に助っ人を頼もうとしていたらしいのだが、旅人は既に璃月にいなかったため、冒険者としても活動している私に白羽の矢が立ったというわけだ。

 

「重雲くんもありがとね~。だいぶ助かっちゃった」

 

「妖魔退治に付き合ってくれた手前なにもしないというのも悪いし、なにより行秋の紹介だったからな」

 

結局は流動的な水と最初から固体の氷ではイメージの差が埋まらないという結論になってしまったが、彼の豪快な元素攻撃と、味方の武具に自らの元素を付与する技術は大いに役に立った。その気になれば、私もああいったサポートが出来そうである。

 

 

 

 

胡桃が新作の歌を披露したり、私とみんなとの関係や思い出話を話したり、美味しそうな料理を前にした甘雨が体型維持のことで大変葛藤していたりと、ここ最近で一番と言っていいほどに楽しい時間を過ごせた。今日のことは、稲妻に帰ってもきっと忘れないだろう。

 

改めて鍾離先生にお礼を言い、みんなと別れて自宅へと戻る。布団を畳めばいつでも出ていけるほどに殺風景になった自室は、月明りに照らされて一層寂しげに見える。

 

「明日かぁ……」

 

明日の朝になれば、長いようで短かった私の璃月生活が終わりを告げる。

 

 

楽しそうに自作の歌を歌う胡桃

 

気が付けば眠そうにしている甘雨

 

忙しいと言いながら付き合いのいい刻晴

 

困ったときに頼りになる鍾離先生

 

会えばなにかと軽口を叩いてお話する煙緋

 

入れてくれるお茶がすごく美味しいピンばあや

 

ヤマガラをつれてきたら喜んでくれた七七ちゃん

 

 

……挙げていけばキリのない思い出が、今の瞬間にいくつもフラッシュバックする。璃月だけじゃなく、モンドの人たちもそうだ。

 

騎士団のみんなや、バーバラとロサリアさん、ウェンティにディルックさん。フィッシュルやオズの冒険者組も。

 

明日になればもう簡単には会えなくなってしまうのだ。

 

色んな人に支えられ、背中を押されて迎える稲妻への帰国。恥ずかしくないように、胸を張って璃月を出ていかないとみんなに申し訳ない。

 

「……よし、明日に備えてもう寝よう」

 

使い慣れたベッドに潜ると、珍しく蒼が布団に入ってきた。

 

「気遣わなくてもいいのに……まぁ、いっか」

 

"その日"はもう、目の前だ。

 

 

○○○

 

 

―――数日前

 

稲妻城の天守に、紫色の着物を着た女性が立っている。近日開催される祭りの準備に奔走する自国の民(・・・・)を眺めながら、未来の稲妻を想う。

 

ふと、遠く彼方からこちらへ飛んでくる影を捉える。

 

その影はどうやらカラスのようで、稲妻で一般的に見られる種とは一回りほど大きいらしかった。

 

そのカラスは天守の高欄にとまると、自らの主(・・・・)へと一鳴きする。

 

「久しいですね。今は……そう、蒼という名前でしたね」

 

人差し指で頭を軽く撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めるカラス。なんとも愛くるしい様子である。

 

彼女(・・)を導くようにとあなたを送り出したのは、もう何百年も前の話になるのですね」

 

苗字の無かった当時の戦友に、そのカラスと共に"烏丸"の名を授けた。長い年月の末、今では見る影もないが。

 

「……余程、今の主が気に入っているようですから、これからも頼みましたよ」

 

そう言うと、カラスは来た道を戻るように彼方へと飛び去って行った。

 

 

無想に最も近いと評された漆黒の女剣士を、彼女は今でも覚えている。

 

「烏丸千鶴……まるで、彼女の生き写しのよう」

 

姉もずいぶんと気に入っていたと記憶しているし、純粋な人間がほぼいなかった仲間内においても存分にその社交性を発揮した笑顔の眩しい女性であった。

 

「会うのが楽しみですね、烏丸千鶴。彼女の魂を継いだ人の子……」

 

城内へと踵を返すその女性は、少しだけ微笑んでいた。




生きてます。お久しぶりです。

ちょっち忙しかったのですが、続行です。
だいぶ駆け足ですが、ようやく本編突入といったところでしょうか。
稲妻帰ったあとが本番だからね、仕方ないね。

スメール実装前に書き始めた気がするけど、もうすぐスメール終わっちゃうよ()
それと、綺良々ちゃん、配達業なんですってね。丸被りか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

朝。

 

気持ちのいい風が吹いている。

 

いつもの早朝鍛錬、璃月で行う最後の鍛錬だ。だからと言って集中が乱されることもないけれど。

 

「……っ!」

 

素早く刀を抜き放ち、真後ろに現れた気配に向ける。そのまま振り抜いていれば、彼の頭は胴体と泣き別れしていたことだろう。

 

「おぉっと、せっかく別れの挨拶でもしようかと思って来たのに、これはあんまりじゃないかい?」

 

「いきなり女の子の後ろに立ったんだから、ある種の正当防衛と言えると思うけどね。執行官殿?」

 

自分の首に刀を向けられているというのに、脅威など微塵も感じていないような顔で肩をすくめるタルタリヤ。この状況からでも逆転しようと思えば出来るんだろうな、とこっちが思ってしまっている事実にいくらかの悔しさは覚えるけれど、ここは大人しく刀を納めてやることにする。

 

「それで?ファデュイの執行官殿が何の用?」

 

「だから言っただろう?お別れの挨拶にってさ」

 

「……」

 

「そんな顔しなくてもいいと思うけど。信用ないなぁ」

 

「ファデュイが信用とか言っちゃうんだ?」

 

「その言葉で君のファデュイに対するスタンスが理解できた。ま、組織も一枚岩じゃないってことだけは理解してくれると助かるよ」

 

……まぁ、冒険者協会の本部がスネージナヤにあるのに、先遣隊等のファデュイの組員をどうにかしてくれって依頼がその冒険者協会から出されることもあるって時点でちょっと思うところはあったけど。

 

ファデュイ内部の実情がどうであれ、私にファデュイを信用するという選択肢は未来永劫出てこないと確信できる。

 

「決闘しろ、とか言わないんだ?」

 

「俺もできればそうしたいけど、生憎とこれから向かう場所があってね。そんな暇はないんだ」

 

「ふーん、めすらし。どこ行くの?稲妻には絶対来ないでよね」

 

「違う違う、フォンテーヌさ」

 

フォンテーヌ……?

 

「フォンテーヌって、あの水神の?」

 

「そうだね」

 

この戦闘狂がなんの用事があってフォンテーヌに行くのだろう。近くの岩に寄りかかって休んでいると、私の思考を読んだかのように話し始める。

 

「細かい説明は省くけど、フォンテーヌにはクロリンデという決闘代理人がいてね。彼女と是非手合わせしてみたいのさ。曰く、決闘代理人の中で最強らしいからね」

 

決闘代理人?だれかの代わりに戦ってくれる人ってことかな。っていうか……

 

「やっぱそういうのが目的なんじゃん。懲りないね」

 

「誉め言葉として受け取っておこう」

 

こういう手合いは無理に突っかからない方がいいのだけど、そうせずにはいられない。悔しい。

 

「でも、決闘代理人(・・・)でしょ?フォンテーヌの誰かに喧嘩吹っ掛けて引きずり出すつもり?」

 

「あぁ、そうじゃない。決闘代理人っていうのは、容疑者が自らの名誉を守るために法廷に出向く前に決闘を申し込める人たちのことさ。フォンテーヌは"正義の国"と呼ばれるだけあって他国よりも審判が重要視されるんだ

 

勝てば審判を免れ、負ければそのまま連行。最悪の場合、その決闘でそのまま死ぬこともある。冤罪の容疑を晴らしたい時や、何よりも自分の名誉が大切だという場合に申し込むのさ」

 

「ん-、稲妻の御前試合みたいな感じかな」

 

「本人が望んだ決闘で死ぬ可能性がある、という点では共通点はあるかもね」

 

そもそもフォンテーヌに詳しくないからよく分からないけど、それほどその"審判"とやらが中核となっているってことか。稲妻じゃ、御前試合に負ければ雷電将軍に斬られて終わりだし、そこんとこは稲妻人の私には想像も理解もできない領域なのだろう。

 

「まぁ、日常生活でその顔を見ないでよくなるのは大歓迎かな」

 

「これでも君には感謝してるんだよ?聞けば、一時ではあれどテウセルの面倒も見てくれたみたいだしね」

 

「て、テウセル……?」

 

「弟さ。以前、璃月に来ていたことがあってね。まさか旅人以外にも会ってたなんて思わなかったけど」

 

タルタリヤの弟が璃月に?スネージナヤから出てきたってこと?

 

……そういえば、璃月じゃ珍しいモコモコした帽子を被った男の子がいたような気がする。あの子がテウセルで、タルタリヤの弟だったのか。ふむ、世間は狭いものである。今思えば、お互いが名前知らない状態だったか。

 

「んじゃ、俺はそろそろ行くとしよう。また会える日を楽しみにしているよ、千鶴」

 

「絶対に嫌だからね」

 

こちらの必死の訴えもなんのその。手をひらひらとさせてタルタリヤは去っていった。

 

それに、私の方もそろそろいい時間だ。港に死兆星号が停泊しているのが見える。あまり北斗さんを待たせるわけにもいかないし、ちょっと急ごうか。

 

 

 

 

「鶯さーん」

 

鍛錬での汗を流すために軽くシャワーだけ浴び、蒼を抱えながら注文した香水を受け取りに行く。

 

「おっ、頼まれたもんはできとるよ。ちょっと待っててな」

 

そう言って奥に引っ込んでいく鶯さん。今のうちに代金を用意しておくか。

 

「はい、コレつけてチャンス掴むんよ」

 

「え゛っ」

 

危うくモラを落としそうになったが、なんとか耐えた。

 

「あら、好きな子がおるんやないの?当たりやと思ったんやけど」

 

「い、いや……なに言ってんすか鶯さん、やだなぁそんな、いやいやいや」

 

「ま、乙女の秘密っていうのもあるし、これ以上は聞かんからそんな動揺せんでええよ?」

 

「ははは……御冗談を。これお代です」

 

「まいど」

 

その後、香水のつけ方を軽く教わってからその場を後にする。見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。

 

 

港へ向かうと、死兆星号の上から北斗さんが顔を覗かせていた。

 

「おっ、来たね!早く乗りな、すぐにでも船を出すよ!」

 

水元素を噴射して一息に死兆星号へ飛び乗る。初めて乗るけど、めちゃくちゃデカいなこの船。普段は孤雲閣の近くに停泊しているみたいだけど、今回は私のために港まで来てくれたらしい。ありがたや北斗しゃん。

 

「ありがとうございます北斗さん、稲妻まで送ってもらえるみたいで」

 

「なに、これぐらいどうってことないさ。旅人を連れて行った時なんて、まだ稲妻が開国する前だったからね。それに比べればお安い御用だ」

 

そういえば、稲妻はずっと島の周りが雷雨だったんだっけ。その中を突っ切るとか、乗り合わせるのが御免こうむりたいね。

 

 

北斗さんの号令で死兆星号が出港する。

 

船尾から港の方を見てみれば、見知った顔がいくらかあった。

 

刻晴に煙緋、胡桃、鍾離先生……あっ、全璃月民の癒しピンばあやもいる。

 

滲む視界に構うことなく、第二の故郷に向けて手を振り続ける。……思いのほか、璃月を離れることに対して完全には割り切れていないらしい。

 

 

 

 

慣れないメンバーがいる中での気まずさか、未だ視界にある璃月に対する未練か。頭上に浮かぶ群玉閣を眺めてみたりして、どうやって時間を潰そうか考えていると……。

 

「お主が鴉丸千鶴でござるか?」

 

声の方へ振り返ってみると、なんだかいかにも(・・・・)な稲妻ファッションにいかにも(・・・・)な昔の稲妻っぽいしゃべり方をする青年がいた。

 

白い髪は片側で結われており、頭の右側には一房か二房朱色が混じっている。瞳も同じ色をしていて、服装にも全体的にその色が目立つ。

 

「え……っと、そうだけど」

 

「拙者は楓原万葉と申す。お主と同じ稲妻の出身でござるよ。経緯はどうあれ、拙者たちは似た者同士なのかもしれないでござるな」

 

「はぁ……」

 

なんだか掴みどころのない、飄々とした印象の人だ。それに

 

「楓原って、あの楓原?」

 

「流石に知っていたでござるか。拙者が継いだ頃には既に名ばかりの家ではあったが、まぁ、拙者にはそれぐらいがちょうどいい」

 

なんだか達観、とは違うのだろうけど、継ぐ前に家系自体が稲妻から消え去った私にはわからない心情かもしれないな、と思った。(うち)は女系だったから跡継ぎは確実に私だったんだろう。奇妙なことに、鴉丸に男が産まれたことは無く、家系図に刻まれる男性は必ず婿入りした外部の人間であったらしい。不思議だね。

 

「それで、私になにか用事でも?」

 

「北斗の姉君から、鴉丸千鶴という名の稲妻人を故郷に帰すために乗せると聞いたのでな。あんなこと(・・・・・)がありはしたが、拙者も稲妻人故、鴉丸の名を知らない方が珍しいでござる。個人的な興味というやつでござるよ」

 

「興味って……これ?」

 

そう言って腰の刀に手をかける。楓原と言えば、雷電五箇伝と呼ばれる刀鍛冶の流派の一つだったはずだ。

 

「そうだ、刀鍛冶の家ならこの刀のこと何か知らない?代々当主が受け継いできたみたいなんだけど、これに関してはなんも資料とか残ってないみたいでさ」

 

「ふむ……以前の楓原家であったなら、もしかしたら知っていたかもしれぬが、少なくとも拙者は聞いたことがないでござるな。いつからあるか分からない、鍔が桔梗の花の形をした刀などというのは」

 

「んー、それじゃ仕方ないか。残念」

 

「期待に沿えなくてすまぬな。ただ、鵐目(しとどめ)に雷元素の神の目のような石がハメこまれているのを見るに、雷電将軍に関係した刀なのかもしれないでござるな」

 

「雷電将軍に?……まさか、ねぇ?」

 

「仮にそうだったとしても、それは本人に聞かないことには分からないでござるが」

 

「想像しただけで胃がねじ切れそう……」

 

改めて、相棒の姿を見てみる。……いやいや、これお母さんも使ってたんだし、そんなことあるわけないでしょ。……ないよね?

 

 

 

 

その後も楓原万葉と他愛もない会話を続けたが、彼の個人的な興味(・・・・・・)とは私の刀ではなく、鴉丸という人間(・・・・・・・)であったらしい。変な勘違いをしてしまった自分を軽く恥じたが、彼がああいう性格なのでなんとか致命傷で済んだ。

 

楓原万葉曰く、楓原家には時折鴉丸の名前が出てくることがあり、先代の鴉丸当主たちは、ここぞという場合以外は楓原の打った刀を使っていたという。鴉丸と楓原にどんな繋がりがあったかは家を失った者同士では分かりようもないが、鴉丸の扱う刀は消耗が極めて少なく、手入れも完璧であったという。

 

そういえば、お母さんも「刀は自らの半身だと思いなさい」って言ってたっけ。そういう気質は昔からそうなのかな。

 

私は今、船から海を眺めておセンチになっている。楓原万葉は、先ほど死兆星号のクルーに「仕事を手伝ってくれ」と連れていかれてしまった。死兆星号の一員として認められている証拠なのだろう。

 

しかしここで問題発生である。

 

自分で言うのもなんだが、稲妻のいいとこのお嬢さんであった私。一度海に投げ出されはしたけれど、まともに船なんぞ乗ったことが無いのである。

 

それはつまり……

 

「うっ……きもちわる」

 

璃月を離れた時とは違う理由で滲んだ視界のまま、死兆星号の端っこの方で休ませてもらうことにした。

 

なけなしではあるけれど、乙女の尊厳を文字通り吐き出す(・・・・)わけにはいかないのだ。近くの船員に稲妻が近づいたら起こしてもらうように頼んで、私は目を閉じた。

 

 

 

 

『笹百合っ!』

 

彼女(・・)は悲痛な顔で叫ぶ。目の前で友が殺されたのだから、当たり前だろう。

 

笹百合を斃した惡王は、共に自らに相対し戦っていた人間の女に狙いを定める。人間にしては、しぶとく手強い相手であった。

 

魔神オロバシが稲妻との不可侵条約を反故にし、稲妻に侵攻した際の戦いである。

 

自分一人では勝てないと悟った人間の女は、背後にあまりに強大な元素力を感じ意を決する。

 

『影!!』

 

火事場の馬鹿力とでも言うのか、惡王を留めんとする彼女はびくともしない。

 

強烈な決意を宿した瞳に、惡王は僅かに怯む。その隙が命取りであった。

 

今にも放たれようとするソレ(・・)に目を向けながら、彼女は穏やかに言う。

 

『……またね、影』

 

無想の一太刀は彼女もろとも惡王と魔神オロバシを両断し、見事大蛇を退治したのであった。

 

 

 

 

「千鶴殿。起きるでござるよ、千鶴殿」

 

楓原万葉に声を掛けられて目を覚ます。……とんでもない夢を見た気がするが、アレは真実か幻想か。

 

「船酔いでござるか?あまり気分が優れないように見えるでござる」

 

「あぁ、うん。そんなとこ。船なんて初めて乗ったから」

 

「これに関しては慣れるしかないでござるよ」

 

今見た夢のことなんて、言ったところでどうしようもないしな、と思いながら楓原万葉の指差す方を見てみる。

 

「帰って来たんだ……私」

 

そこで産まれ、そこで育ち、そして追われた自分の故郷。

 

ここまで来てしまったのだから後戻りは出来ないが、やはり懸念がないと言えばウソになるだろう。

 

綾人さんからもらった手紙も含めて荷物を確認し、船首の方へ移動する。

 

「……ただいま」

 

もうすぐ会えるよ、綾華。




生きてます(唐突)

お久しぶりな感じですが、ようやく続きをお出しできました。

え、もうフォンテーヌ実装してるだろって?返す言葉もございません。

魔神任務でタルタリヤがしばらくフォンテーヌいたとか言うから、ここら辺でフォンテーヌに行ってもらいました。仕方ないね。


難産だった上に駆け足になってしまいましたが、ようやく千鶴ちゃんを稲妻一歩手前まで持ってこれました。

完結まで頑張ります。

あと万葉ってこんなござる連発するのか怪しいですが、そこはご愛嬌ということで()

誤字脱字誤用等ありましたらご指摘いただけると喜びます。感想はもっと喜びます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。