Fate/Viridian of Vampire (一般フェアリー)
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序章
プロローグ《始まりの漂流》


金色に輝く陽の朝日。それによって黄昏色に澄み渡る空。

 

その下に広がるは深い深い蒼の海、そしてその中に一つだけ浮かぶ鮮やかな緑と街に彩られた一個の大地(しま)

 

ここはブリテン島、妖精という純粋無垢な生き物と人間が共存している神秘に溢れた秘境である。

 

しかしこのブリテン島―――否、それを含めた世界は我々の知るブリテンとは全く事情が異なる。

 

少し説明するとこの世界は我々の歩んできた本来あるべき歴史―――――通称《汎人類史》と違う流れを辿った末に、人理から排除されるべき不要な可能性として剪定された世界線―――――その名も《異聞帯(ロストベルト)》というものだ。

 

そしてこの異聞帯のブリテンを治めているのは彼のアーサー王ではなく、悪の魔女と名高いあのモルガンが自身を絶対の女王とした妖精國ブリテンを築き2000年以上に渡って今なお支配し続けている。加えて島の神秘自体も衰退することなく殆ど当時と変わらぬ濃度を維持し続けているので、神秘の塊たる妖精とそうでない人間との大きな格差が生じている。

 

そんな歴史も秩序も常識も法則も違うブリテンだが……この日、()()()()が人知れず島の端の海岸に打ち上げられた。

 

実はこのブリテンには我々の世界のブリテンに無い特徴がもう一つある。

 

それは取り替え(チェンジリング)という現象であり、時折ブリテン異聞帯と外の世界とを隔てる光の壁を通して外の世界―――汎人類史のモノが生物・非生物問わずに漂流物として此処に流れ着いてくるという原因不明の謎の事象である。

 

そして、此度流れ着いたその“漂流物”は奇しくもこの土地と縁深い存在だった。

 

打ち上げられて十数分ほど経った辺りでソレは目を覚まし、ゆっくりと上体を持ち上げる。それから目の前の光景の異常さに気が付き、周囲を見回して状況を確認するもイマイチ理解が及ばないと言った感じで呆気に取られていた。

 

「…いや、なんなのこれ。私ついさっきまで森で気分転換に昼寝していたはずよね?一体全体何がどうしてこんな得体の知れない場所にいるの?ううん、それもそうだけどさっきから遠くに見えているアレは何?…光の、壁?……駄目、まるでわからないわ」

 

少し悩んだ末、ひとまずここは身体に異常が無いかの確認をするべきだと判断したソレは自身に目を向ける。

 

視界に写るは少しだけ不健康な色合いで、しかし艶のある色白の肌に愛らしいフリルの付いた自慢の鮮やかな緑のドレス。毎日欠かさず磨いていた、これまた緑を基調とした蹄の様なデザインの靴。

 

 

 

そして―――まるで血染めに塗れているが如く真っ赤な色彩を持つ巻き毛の長い髪。

 

 

 

「うーん、取り敢えず怪我とかは無い様ね。ドレスは砂で所々汚れちゃってるし、髪も少し荒れてしまっているけど…」

 

 

 

ここまでの詳細を述べた時点でソレが何なのか、我々の世界のブリテンのとある民話、そしてこのブリテンの物語を知っている者は察しただろう。

 

そう、“ソレ”が―――“彼女”が何者なのかを。

 

彼女は――その“妖精”は汎人類史においては『男を誘惑し血の一滴までも文字通り吸い尽くす吸血鬼』としてスコットランドの伝承にその存在を記され、方やこの世界の彼女は冷酷な冬の女王の愛娘として悪逆の限りを尽くし、その名を知らしめている『悲しみの子』。

 

「…さてこれからどうしようかしら。どうやらここは私が元いた所より神秘に満ち溢れているみたいだけど…」

 

 

これより紡がれるは本来の流れ(正史)とは少し違う、あり得ざるifの物語。

 

しかし結論を言ってしまうなら例えこのイレギュラーが入った所で所詮は一妖精、この世界が滅ぶことに変わり無し。

 

されとて、この妖精がもたらすものは決して小さきに非ず。

 

「取り敢えずここから動きましょうか。右も左もわからない以上、下手は起こしたくないけど…せめて何が危険で何が大丈夫なのかくらいは知っておきたいしね」

 

時は星見の者たち(カルデア)がこの世界に足を踏み入れる約30年前、並びに取るに足らない一匹の小さな虫が誕生する約10年前。

 

今よりこの童話(ものがたり)を動かす妖精(しゅじんこう)、彼女は―――

 

 

「よーし、頑張れ私!……なんて言ったけど。うん、本当何でこんなことになったの??」

 

 

名をバーヴァン・シー。異聞帯のそれとは似て非なる“汎人類史”の吸血妖精である。

 

 

 

「…それにしても本当に濃いわね、この辺りに漂う神秘は。これ程の濃度は私の故郷でも滅多に無いし、もしかしたら私以外の妖精に会えるかも……」

 

 

 

妖精國ブリテン。その最終的な滅びは必定なれど、彼の妖精が関わることでそこに至るまでの過程にどう言った変化を展開してゆくのか。

 

 

 

もしかしたら本来の流れよりは大分幸せな結果になるかもしれないし、或いは更なる混沌と絶望をもたらす最悪(おしまい)に至るかもしれない。

 

 

 

いずれにしろ言えるのは彼女がこの世界(ものがたり)に介入することと、それによって流れに大きな変化を与えるということ。

 

 

 

それでは傍観者の皆々様、どうか彼女の“巡礼の旅(ぼうけん)”を見守りくださいませ。

 



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第一節《コーンウォール》
探索、そして出会い


朝の日差しに輝く森の中、動く影が一つ。

 

(さて、あそこでじっとしていても仕方がないからこうして行動しているけれど…今のところ小鳥の囀りが微かに聞こえているくらいで何も進展が無いわね……)

 

影の正体はバーヴァン・シー。彼女は漂流物としてこのブリテン異聞帯に迷い込んだ汎人類史の吸血妖精である。

 

目が覚めたら見覚えの無い場所にいたので、取り敢えず情報収集しないことには何もわからないし何よりも不安を拭えないと判断し動いた。…は良いものの、これと言った異常や発見もなくかれこれ10分ほど歩いていた。

 

(というかさっきから気になっていたけど、どうして空が夕日の色に近いのだろう?小鳥の囀り、木々の日差し、何より景色全体が明るい。…これどう見ても朝の雰囲気よね?)

 

ふと気にかかっていた疑問。この時の彼女はまだ知る由もないが、ブリテン異聞帯の空は汎人類史のそれと違い夜を除き常に黄昏色で青空になることは決してない。それ故この世界の住人たちは青い空という概念を汎人類史から流れてくる書物を通してでしか知らない。

 

(まあ、それも含めて引き続き情報を集めましょう。一番手っ取り早いのは話しが通じそうな住人に聞くことなのだけれど―――)

 

一旦疑問を仕舞い込み、考えながら歩いていたその時。

 

ガサ…ガサ…

 

「…ん?」

 

近くで微かに草むらが揺れる音がした。単に風が吹いた際のものではない。明らかに何かが動いた場合に鳴る音だ。

 

(何?妖精?野生動物?或いは、怪物の類だったり?…こんな神秘に溢れた場所だしそれもおかしくないわ。一端距離を取るか?)

 

考えていると音が先ほどより段々と大きくなってきた。どうやら向こうも此方の存在に気づいた様だ。

 

(っ! 向こうに気づいてから物音一つ発ててないのに近づいてきてる!?と、取り敢えず身構―――)

 

「………え?」

 

ガサガサ、ガサガサ

 

いつ何を仕掛けられても対応できる様に迎撃と逃走の体制を取ろうとした時、それの輪郭が段々と見えてきた。

 

ガサガサガサガサガサ

 

しかし見えた瞬間、現在進行形で彼女は絶句し硬直せざるを得なかった。

 

何しろ彼女の目の前に現れたソレは――――

 

 

ぐじゅ…ぼごっ…じゅる…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■ーーーー!!!!」

 

今まで見たことも感じたこともないほどの凄まじい怖気を迸らせる、芋虫の様な黒く蠢く『ナニカ』だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

―数分前―

 

 

「はあっ、はぁっ、はっ…!!」

 

ああ――何でっ何でこんなことになったの!?

 

確かに元を辿れば!採ってくるように言われた木の実を見つけて集めていたからって!周りの注意をほんの少し疎かにした私が悪かったけど!

 

だからっ、だからって―――!

 

「“モース”に見つかるなんて目にはっ!会いたくなかったよぉっ!!」

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

――モース。それは汎人類史のブリテンには存在しない、このブリテン異聞帯独自の生命体にして最も忌まわしき存在悪である。

 

そこに在るだけで周囲に呪いを振り撒き、根こそぎ汚染してしまう習性を持った妖精國のがん細胞そのもの。

 

その呪いを他の妖精がまともに受けてしまえばその妖精もモースに変貌し、同じ様に呪いを振り撒き始めるので感染が広がると非常に対処が難しくなる。

 

幸いモース自体は個体規模で見た場合はそこまで強くはない。基本的に大体は弱い部類に入るので一般的な下級妖精一人でも弓などの遠距離武器を駆使し、尚且つ地形などを利用して自分が有利な状況を崩さぬよう立ち回れば何とか勝てる。

 

しかし油断して攻撃を一発でも受けようものなら耐性の強い妖精でもない限り、瞬く間に全身を呪いが侵食しモースに変異するので高い危険性を持つことに変わりは無い。

 

 

―――そしてこの時、一人のか弱い妖精の少女が一匹のモースに追われていた。

 

何てことはない、少女は村の皆からいつもみたいにお願い(めいれい)されて、それが今回は偶々木の実を採取するという内容だった。

 

その最中で採集に意識を向けすぎた故に、そう、ほんの少しだけ周囲に対する警戒を緩めてしまったのだ。それが失敗だった。

 

結果、その僅かな隙を少女の気配を鋭敏に察知したモースに見事に突かれてしまい、そしてこの必死の逃走劇に至る。

 

「うぅっ、ぐう"ぅぅっ~~~~…!!!」

 

少女は心の中で激しく後悔した。なぜ自分はあの時警戒を緩めたのか?モースじゃなくとも危険な魔獣なども居るとわかっておきながら。いや、そもそも採集のお願いを受けた時点でこんな律儀に集めなんかせずに投げ出してそのまま逃げてしまえば良かったのではないのか?

 

 

―――“どうせ自分なんて、いてもいなくても大して変わらない役立たずなんだから”

 

 

「は…ははっ…」

 

少女は笑う。流れる様に浮かんだその考えを否定したくとも、これまでのぞんざいに扱われ虐げられてきた人生が否が応にもそれを事実として肯定してしまうからだ。

 

他人の為に奴隷が如く身を削り、心を消費させられ続けただけの人生。自由なんかどこにもなく、ただ軽蔑の視線に怯えながら嫌でもご機嫌取りに徹していた日々。実に空虚で、哀れで気持ち悪い不快極まる記憶の数々。

 

だけど少女にとって一番嫌いなのは、そんな目に延々と晒されて尚愚直に、都合の良い様に、すがる様に働き続けるしかない自分自身。

 

少女の妖精としての元々の『役割』は、誰かのお願いを自分でこなせる範囲で聞き入れて、心からの感謝(えがお)と明るさに満ちた感情(きぼう)を芽吹かせ、それを周りにも伝播させることだった。

 

しかし『あの森』に入ったからか、もしくはそれ以前にそうした悪辣な目に会わされ心の余裕が擦り減る内に、自然と記憶が摩耗したからか。

 

少女はいつしか本来の目的を忘れ、『誰かに無償で奉仕し続けることだった“ハズ”』という曖昧で中途半端な解釈をし、今日まで楽しくもない毎日を過ごしてきた。

 

(まぁ…それも仕方ない、か)

 

――だって、名前も目的も失った妖精なんかに存在価値は無いんだから。

 

(…このまま、何とか撒いて戻ってこれても村の皆は私の心配なんてこれっぽっちもせずに遅いだの役立たずだの、相も変わらず叱責と嫌みしか吐きかけてこないでしょう)

 

どんなに頑張ろうと、尽くそうと、結局返ってくるのは負の思いばかりで労われることも報われることもない。

 

 

 

………こんな、こんな、中身がないふざけた人生をこれ以上積み重ねる意味は、理由はあるの?

 

 

 

我が身可愛さで、いちいち他者の機嫌を伺って、これからも生き汚さを見せながら生に執着する必要は…本当に、あるの?

 

 

 

「あぁ…なら、もういっそこのまま…」

 

少女の内で繰り返されるは、止めどなく出てくる自らの先に対する疑問。その問に返される答えは何処までも広がる闇、闇、闇。一寸の光も見出だせずに諦観しきり、いよいよその足を止めようとした時。

 

「―――え?」

 

後ろで聞こえていたゲル状の不快音が突然消えた。振り返ってみると追いかけていたモースが急に明後日の方向を向いていた。

 

そしてあろうことか目の前にいる自分を無視してそのまま向いていた方へと動き始めた。

 

(な、何?どういうこと?何で格好の獲物のはずの私を差し置いてそっちに…?)

 

……まさか、そっちにも妖精がいる?

 

そう考えた時、少女は悩んだ。モースは基本的に目に写るモノ全てに襲いかかるが、妖精には特に敏感だ。そしてこのモースは目の前の自分を差し置き、別方向へと動いた。ということはその先に妖精がいることはほぼ確実だろう。

 

「でも…でも…」

 

だからこそ助けるかを決めあぐねる。少女の場合戦闘力こそ無いが、皮肉にもこれまで散々働かされてきた影響である程度体力が付いているので囮役としてならそれなりに貢献できる。

 

問題はその先にいるであろう妖精が助けるべき良心的な人物か否かだ。

 

これまで説明した通り少女は自分に対しても嫌気が差すほど妖精たちの悪意を受け続けてきた。

もし必死で助けたにも関わらずに罵声を浴びせる、或いは仇で返してくる様な悪妖精だったら?そうした不安に苛まれる。

 

「うぅ…うぅっ…!!」

 

助けるか、見捨てるか。考える、考える、考える。

――そして、ある結論が浮かんだ。

 

 

“ここで見捨ててしまったら、どうでもいいと切り捨てたら、それこそ自分に押しつけてきた妖精たちと何ら変わらないじゃないか”――――――

 

 

その瞬間、突き動かされる様に少女は駆け始める。

 

ああ、何を今まで迷っていたのか。例え悪かろうとそうでなかろうと、目の前に危険に晒されている命があったらそういった損得勘定に駆られずにまず助けるべきだろ。

 

仮に助けたのがろくでなしだとしても、元より他人に失望し、人生に絶望していた身。その時は自分の中にある妖精としての悪意を存分に発揮して一緒にモースに殺されて道連れにしてやればいい。

 

(ただ、我が身可愛さで、どこまでも自分のことしか考えられない妖精たちと同類に堕ちるのは――ごめんだ!)

 

少女は駆ける。(えん)(ゆかり)も無い、誰かの為に。

 

そして、モースに追いついたその先で――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あな、たは――?」

 

「――私のことは後で話します、今はこの状況を何とかして切り抜けましょう!」

 

 

その瞬間、少女の運命(みらい)は変わった。異界の吸血鬼と会合したことによって――――。

 



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戦闘・協力・浄化

「あな、たは?」

 

「私のことは後で話します、今はこの状況を何とかして切り抜けましょう!」

 

バーヴァン・シーが森の探索をしていたらいきなりワケのわからない怪物と遭遇。怖気にあてられ硬直し、大分ピンチになっていたところに謎の少女が現れ、協力を持ちかけてきた。

 

その状況に一瞬戸惑ったものの直ぐに中断させられる。怪物――――モースが彼女目掛けて黒く汚れたエネルギー弾を撃ってきたからだ。

 

「危ないっ!!」

 

少女の掛け声で咄嗟に我に帰り、硬直の抜けていない体を無理矢理動かし間一髪で回避する。弾はそのまま木にぶつかり、被弾箇所を起点にじわじわとゆっくり腐らせていったが、バーヴァン・シーはとてもじゃないがそんな光景を見ている余裕など無かった。

 

なぜなら彼女の妖精としての本能が告げているのだ。『アレには絶対に当たるな、故に余所見をするな。さもなくば妖精としての形を、存在を失くしてしまうぞ』と。

 

「…その顔を見るに早くも理解したみたいですね。あれがどれほど危険な存在なのかを」

 

「ええ、全くね。そして貴方のことも気になるけど、今は取り敢えず目の前に集中するわよ!」

 

「はい!」

 

少女の返事を皮切りに二人は同時に駆け出す。バーヴァン・シーはモースの方へ突撃し、少女はその周りの木々へ飛び回り身をくらませる。

 

「■■■■■■■ーー!!」

 

「喰らいなさいっ!!」

 

足に魔力を集中し、赤黒い血の様な液状体に変化させ纏わせた直後、それをモースの“手前の地面”に目掛けて思い切り振り上げる。

 

するとばらまかれて地面に付着した液状体が、雫の一滴に至るまで瞬時に鋭利な棘に変化しモースの身体を刺し貫いた!

 

「■■■■■!?■■■■■ーー!!!」

 

その痛みに耐え兼ねたか、或いは鬱陶しいと忌々しく感じたか。モースが激しく身体をくねらせ所構わず呪弾を射ち始めたが、全身から一斉に放つわけでもなく頭上に呪詛を集中させて一発ずつ飛ばすので回避自体は割と容易だった。

 

「わかっているでしょうが、気をつけて!その弾に当たったら、まず終わりです!」

 

「もう既に、本能規模で、心得ているわ!」

 

避けながら言葉を交わし合う二人の妖精。やがてモースを固定していた棘が空気中に四散していく。それを認識したモースは直後にバーヴァン・シー目掛けて、先ほどより純度と濃度の高い怒りと殺意を込めた呪弾で集中放火を仕掛ける。

 

これに対しバーヴァン・シーは両腕を前方に構え、簡易型の魔力障壁を展開し防御の姿勢に入った。呪弾が被弾したそばから呪詛に侵食されたが、その度に周囲の空気中に漂う神秘の力を利用して浄化することで半ば強引に障壁を維持。神秘を司る妖精という種族だからこそできる荒業だ。

 

(さて、一応防げてはいるけど向こうは未知の存在。今は闇雲に射ってくれているけどまだ奥の手を隠し持ってるかもしれないし、早く次の一手を考えないと私の方が殺られかねないわ…!)

 

そう彼女が思考を回しているとただ連射してるだけでは仕留められないと判断したのか、痺れを切らした感じのモースが今までよりも呪詛を一点集束させてバーヴァン・シーの身の丈以上の巨大な呪弾を生成した。

 

「は!?え、ちょ、それはまず――」

 

そして早くも装填完了し、呪弾の標準を彼女に合わせて放とうとした時。

 

「やぁあっっ!!」

 

「――■■ッ!?」

 

突然、背後から聞こえた雄叫び。直後に鋭い痛みを感じそちらに意識を向けると、うっすらと黄緑色に光る小枝が深々と刺さっていた。

 

そしてこれをやった黒幕が姿を晒す。

 

「それは撃たせません!そしてあなたの相手はこっちです!」

 

モースがバーヴァン・シーに攻撃している隙に、少女は手頃な小枝に神秘の力を纏わせて力いっぱい投擲したのだ。少女とて妖精の端くれ。神秘を扱える以上、戦闘力が無いからといって攻撃手段も全く無いわけじゃない。

 

「■■■■■ーーー!!!」

 

思わぬ奇襲により意識を削がれ、今まさに放とうとしていた渾身の呪弾が形を保てず飛散していく。それに激怒したモースは邪魔をした一匹の蝶に呪弾を放つが、文字通りひらりはらりとかわされ、なかなか攻撃が当たらない。

 

そして―――その行動が、判断が、目の前の存在から注意を逸らしてしまったことが、自身の敗北を決定づけた。

 

「フッ――何を余所見しているのかしら?」

 

背後に蠱惑するような声が響く。それで“眼前の脅威”をモースが思い出し振り返った時には、もう既に遅く。

 

 

 

――――瞬間、視界を埋め尽くさんばかりの夥しい数の赤棘がその身体を貫いた。

 

 

 

「―――■■■■■ッッ!!??」

 

「全く、少し横槍を入れられた程度で眼前の追い詰めている相手より邪魔した方を優先するなんてね。初めて見た時から大体予想はついていたけど、やはり知性があまり無いみたいね」

 

言いながら棘に魔力を集中させていく。モースが少女に気を取られている最中で彼女はすぐさま障壁を解除し、地面に手を添えてモースに向かって扇状に液状の魔力網を張っていたのだ。

 

「■■…■■■…■■、■…!!」

 

「…苦しそうね。しかし同情はしないし、可哀想とも思わないわ。なぜか?それはね」

 

 

ただただ害することしか出来なくなった存在はどこまでいっても見苦しさしかないからよ。

 

 

「――それではこの一撃で以てお前の生を終わらせる」

 

 

血の色をした棘が、魔力を過剰に送られている影響で赤く明滅しはじめる。

 

 

「運命とは実に残酷だ。ある日突然、無害で優しそうな少女に全身の血を吸われて殺される事だってあるのだから」

 

 

やがて熱を帯びはじめ、一本一本の内に秘められている魔力を増幅し、加速させる。

 

 

「なら、こうして(えん)(ゆかり)も無い赤の他人に正当防衛と言うテイで殺られても仕方ないよね?」

 

 

増幅・加速を続けた果てに膨張し、遂に臨界点に達する。

そして――――

 

 

 

 

「というわけで、血染めの開花をその身にどうぞ――――――【暴飲の赤い薔薇(グリード・ヴァンパイア)】」

 

 

 

 

――――――赤い、紅い、赫い、とっても綺麗な薔薇の花が、咲き誇った。

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

「はぁぁ~~…何とか終わったわね」

 

「ええ…。あ、あの怪我は無いですか…?」

 

「ん、大丈夫よ。魔力消費による疲労は凄まじいけれど」

 

ブリテン異聞帯での初めての戦闘、結果は多少苦戦を強いられたものの勝利。最後はとびっきりの(宝具に相当する)大技で締めることが出来たが、本人の言う通りバーヴァン・シーの残存魔力はそこまで残っていなかった。

 

「まあ、周囲の神秘を吸収して魔力に変換すればすぐに回復できるから特に問題は無いけどね。…それはそれとして」

 

「…わかっています。私が何者なのか、それをお話します」

 

バーヴァン・シーの意図を、少女が察して答える。彼女からしてみれば、少女は自分を助けてくれた見知らぬ妖精。どこか理知的で、鬱屈とした感情はあれど、邪気は全くと言っていいほど感じられない…という印象だ。

 

――しかし、話を聞く前にまず言わなければいけないことがあるので、バーヴァンシーは少女に待ったをかけた。

 

「ん、ちょっと話すのを待ってもらえる?その前に貴方に言うべきことがあるわ」

 

「…? 何でしょうか?」

 

「ええ。実はあの怪物を見た時に私、ちょっと恐怖で固まっちゃったの。だからもし貴方があの時来てくれなかったら、私はあのままあっさりと殺されていたでしょう。倒せたのは貴方の協力あってのもの、言わば貴方は私の命の恩人。…故に、ここに感謝の言葉を贈るわ」

 

 

 

――――助けてくれて、ありがとう。

 

 

 

「――――――――……」

 

向けられたその言葉は、気持ちは。少女にとって途方も無いほど久しく、そして――名前も記憶も失ってから初めてかけられた、嘘偽り無しの心からの『善意』だった。

 

今までのような冷たい、気持ち悪い、醜い悪意とは違う、とても綺麗で、心地よくて、温かい感情。

 

あぁ…あぁあ……そうか、そうなのか。これが、これが…。

 

 

これが――――誰かに感謝される、ということなのか。

 

 

「…っぐ、うぅ、うぁぁっ…」

 

「え、ちょっとどうしたの!何で泣いてるの?!」

 

心配したバーヴァン・シーが少女に駆け寄るが、少女の方はそれどころではない。

 

向けられたそれを自覚した瞬間、止めどなく涙が溢れ出す。視界が滲むのを、感情の放流を抑えることなど出来ない、出来るはずがなかった。

 

「…なん、で…何で、ありがとう…なんて、心から、言えるん、ですか?」

 

「私なん、て…いつも、周りから…出来も、しない、お願い、をされて、『役立たず』、なんて…言われ、て…」

 

「自分じゃ、どんなに頑張っ、ても…報われ、なくて…」

 

「………」

 

「~~~~ッッ…何百年っ何百年も!!誰からも感謝なんてっ!!一度もされなかったっ!!!」

 

「いつもっ!!いつもいつもいつも気持ち悪い視線やっ!!謂れの無い理不尽な責任を掛けられてっ!!」

 

「みんなっ!!みんなが私にっ!!悪意を押しつけていたっ!!!」

 

これまでの人生で重なっていった積年の思いが、荒波の如く溢れ出していく。欺瞞、利用、虐待、罵倒、不信、怒り、妬み、恨み、孤独、疎外、絶望。それらの行為、感情を一切取り繕うことなく悉く吐露していく。

 

その独白をバーヴァン・シーは静かに、真剣に耳を傾けて聞いていた。

 

「…あなたに、この気持ちが、思いが、わかりますか?」

 

――あれ

 

「――いいや、わかるわけないですよっ!どうせ私なんかに感謝したのもそうして弱い心につけこんで利用する為でしょう!?」

 

――――いや、違う。違う、私、こんなこと言いたくなんか

 

「は、ははははっ!!取り繕ったって無駄ですよ!私、そういう汚くて気持ち悪い打算もいーっぱい体験してきましたからっっ!!!」

 

――――違う、違う、違う、違う、違う

 

「ほらっ何とか言ったらどうなんですっ!?生意気でしょううざったいでしょう気持ち悪いでしょうっ!?あなただって他の妖精と同じ、私のことそう思ってるんでしょうっ!!?」

 

――――違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う

 

「あは、あははっ!ほらやっぱりっ!黙ってるってことは」

 

 

 

「――――ねえ、貴方」

 

 

 

「ッ――――…は、い…」

 

――――ああ、嫌われた。

 

――――さっきの感謝は、紛れもない本当の気持ちとわかっていたのに。

 

――――思ってもいない言葉で、自分から突き放しちゃった。

 

――――はは、はははは……あぁ、全く、本当に自分が嫌にな――――…?

 

 

「……え?」

 

「…全く、何でそうなのかしら貴方は」

 

気づけば少女は、彼女に包容されていた。先ほどの感謝よりも、温もりの感じられる『優しさ』があった。

 

「バカね。なぜそうして自分を貶めるの?なぜそうまで卑下するの?なぜ自分という存在の格をそんなにも下げるの?」

 

「確かに今しがた貴方の口から語られた経緯を考えればそうなっても仕方がないのだろうし、寧ろ貴方に限らず大体はそうなるのが普通でしょうね」

 

「でも、その上でこう言わせてもらうわ」

 

 

 

「――自分を下げるな、嫌いになるな、素直になれ」

 

 

「っ……!!」

 

 

「都合良く利用される?当たり前でしょう、嫌だと言いたい自分を押し殺してるんだから」

 

「頑張ったのにいつも叱られる?当たり前でしょう、自分に出来ないことを押しつけられているんだから」

 

「妖精どもからいつも虐められる?当たり前でしょう、反抗も逃げもせずにただ黙して堪え忍ぶだけに留めてるんだから」

 

「――もう一度言うわ、何で貴方はそうあるの?」

 

「嫌なら嫌と言いなさい。されたらされたで怒りなさい。虐められたらその場に留まらずに逃げなさい」

 

「だからそんな色褪せた傷物の体になるし、他者からの本気の感謝も疑ってしまう」

 

「ついさっき会ったばかりの、まだ名前も知らない妖精の少女。同じ妖精――否、感情(こころ)ある者としてこう言いつけるわ」

 

 

 

自分を下げるな、嫌いになるな、素直になれ

――――そして、大切にしろ

 

 

 

「……!」

 

「それを約束できたら…そうね。私と一緒に、共に居ることを許しましょう。貴方は一目見た時から悪い奴ではないとわかっていたし、貴方の様な信頼できそうな者に対しては――私の方も全力で信頼されるよう頑張ることを誓いましょう」

 

 

それは、自分を受け入れるという、慈しみの、許しを与える言葉だった。彼女は口先だけでなく、本気で自分を

信頼に足ると思ってそう言っている。

 

 

 

「…本、当に…本当に、いいの?もう、抱え込んだりせずに…自分を、殺さなくて、いいの?あなたは、私を、受け入れて…くれるの?」

 

「ええ、約束できたらね。だから――貴方はもう、自分を嫌いにならないでいいのよ」

 

 

――……!!!

 

「――あ、あああ…」

 

その言葉が決定打となり、少女は――声を抑えようとする意思を失った。

 

「ああ、うぁあぁああ…」

 

 

「あああああああああぁぁ……!!!!」

 

 

「…泣け。存分に泣きなさい。そして泣きつかれた後は――――」

 

 

晴れた笑顔でいるといいわ。

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

こうして、この世界に生きる中で凍りついてしまっていた少女の心は。

 

 

 

一翅の吸血鬼の感謝(おもいやり)によって解かされ、希望(ひかり)が差し込んだのです。

 

 

 



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おしまいの村、コーンウォール

「…収まったかしら?」

 

「…はい」

 

あれから一頻り泣いた後、目元が赤くなった少女をバーヴァン・シーがモースの攻撃で折れた倒木に座らせて宥めていた。言うまでもないが汚染箇所は周りの神秘の力を使い既に浄化済みである。

因みに少女の泣き声に誘われたのか、魔獣が何匹か寄ってきたもののモースに比べれば大したことはないのでバーヴァン・シーの手で割とあっさり撃退された。

 

「さて、さっき貴方に言いつけた例の約束だけど…しっかりと結べる?ちゃんと自分を大切にできる?」

 

「…はい。あなたは、ついさっき会ったばかりの見ず知らずの私に対して心から感謝してくれた。私のこれまでを、思いを、静かに聞いてくれた上で優しく諭して、受け入れてくれた。なら、私がそれに応えないわけにはいかない――ううん、応えたいです」

 

バーヴァン・シーからすれば少女は命の恩人。しかし少女からしてみれば彼女はそれ以上であり、自分の醜い心の負の思いを晴らしてくれた――言うなれば『救世主』に近い認識だった。

 

自分という存在を認めてくれた彼女の思いやりに対して全力で応えたい、一緒についていきたい。

 

 

――故にこそ少女の答えは、既に決まりきっていた。

 

 

「約束します。もう自分を下げず、嫌いにならず、素直になって大切にすることを。そして…あなたと共にいたいです」

 

「フフッ、決まりね。いいでしょう、貴方のその力強い宣言を認め、今より私の側にいることを許します―――ということで、ちょうどいい機会だし自己紹介をするわ」

 

 

「私はバーヴァン・シー、ただのしがない妖精よ。これからよろしくね!」

 

 

「…!――はい!私の方こそ、名前を教えてあげられないのが悔しいですが、よろしくお願いします!バーヴァン・シーさん!」

 

 

心身共に内から喜び(きらきらしたもの)が湧き出る。誰かに感謝されるのが『温かい』なら、認められるというのはこんなにも『嬉しい』のか。

 

 

そう思い、にこやかな笑みを浮かべた少女の顔には――最早一片の曇りも無い晴々しさがあった。

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

「ふーん…貴方みたいに記憶が無くなった影響で元の役割も名前も失った妖精は『価値なきモノ』として蔑まれる、と?」

 

「はい。そして私たちが今向かっている村もそういう名前を忘れた、或いは別の理由で行き場を失くした妖精たちが集まってくる場所…通称“おしまいの村”コーンウォールです」

 

約束の件が済んだあと、バーヴァン・シーは当初の目的であった情報収集を開始。まずは少女に何処から来たのかと質問し、それに少女が答える形で二人は少女が現在住んでいる村――コーンウォールへと移動していた。

 

「その村は土地の位置関係で恐ろしい女王陛下も近づけない小さな集落で、周囲には『名無しの森』から流れてくる薄い霧が立ち込めています」

 

「なるほど…。ところで今の説明で二つ質問が出来たけど、まず『名無しの森』というのは何かしら?」

 

「名無しの森はこの大陸で一番と言っていいくらいの危険地帯で、その地は常に深い霧に包まれています。既に影響を受けてからある程度慣れているならともかく、まだ経験していない者が入ると時間経過で徐々に自分に関する記憶が欠け落ちていき、最終的には綺麗さっぱりと()くなってしまいます」

 

「それは…ということは貴方の名前と役割の喪失はつまり…」

 

「はい…私がこうなったのはその名無しの森に入った事がきっかけなんです」

 

名無しの森を危険足らしめる要素は少女が説明した様に何と言っても『自己の喪失性』である。これは今から約170年前にコーンウォールの元々の領主が妖精騎士という妖精國屈指の精鋭に抹殺され、その時の呪いが忘却の霧として現れた事が発端だった。人間・妖精関係なく作用し、特に“名前”が己の役割―――即ち存在意義に関わってくる妖精にとってはモースの呪い並みに危険な性質と言える。

 

実際そうして記憶を失った一部の妖精たちの成れの果てと思われるモースが少数の群れで徘徊していたりするので、その点もその森の危険度に拍車を掛けている。

 

「そうだったの…ん?あれ、でもさっきの貴方の説明だと村周辺にもそこから流れてくる霧が薄いとはいえ漂っているのよね?ということは私も危なくないかしら?」

 

「それに関してはあまり長居をしなければ大丈夫です。村周辺の霧はさっきも言った様にだいぶ薄いので作用しにくく、せいぜいが時折ド忘れを起こしたり覚えが曖昧になったりという程度ですね」

 

「ふーん、まあ村在住の貴方がそういうのであればそれなりに大丈夫でしょうけど…」

 

村に入ったらまず自分の名前を書き記すための筆と紙を手に入れてもしもに備えておきましょう、とバーヴァン・シーは念を入れて考えた。

 

 

 

「じゃあ二つ目の質問だけど、『女王陛下』とは何なの?」

 

 

何てことはない、ただ流れで言っただけの質問。

 

 

 

――――しかしこの質問が切っ掛けで、自分が置かれている状況の異常さを思い知る事になるとは彼女は思ってもいなかった。

 

 

 

「…?えっと、バーヴァン・シーさんは女王陛下を知らないんですか??」

 

それを聞いた少女が、困惑した表情で逆にバーヴァン・シーに問う。

 

「ええ、恥ずかしながら。実は私、こことは違う遠い遠い別の大陸から来たの。だから言ってしまえばここの土地勘も常識も何も知らなくてね」

 

これに彼女は“ここじゃない別大陸から来た”と返す。

嘘は言っていない。実際この時の彼女のこの地に対する認識は“故郷(ブリテン)と似てはいるけど神秘がめちゃくちゃ濃い上に、見たことの無い怪物まで潜んでいる”という感じだったのだから。

 

だがその返答に少女は信じられないといった様子で、これまた信じられない発言をする。

 

 

「遠いところ…?このブリテンの地以外のところから?」

 

 

「そうそう、このブリテンの外から――――――は…?」

 

 

その言葉にバーヴァン・シーは耳を疑った。

 

 

“ブリテン”――――“ブリテン”だと?今この少女は、自分にとって得体の知れないこの土地を自分の元いた故郷である“ブリテン”だと口にしたのか?

 

 

 

 

「んっとー…ごめんなさい、よく聞こえなかったからもう一回この地の名前を言ってくれる?」

 

 

 

「え…いや、ですから“ブリテンの地”と…」

 

 

 

「…………」

 

 

 

言った。はっきりと発音した。今この子は当たり前の様に―――否、当たり前同然の感覚でこの地をブリテンと呼称した。

 

(え、え、どういう事?私の知る限りあの怪物…道すがら聞いたけどモースと言ったわね。あんなのブリテンの何処にも存在しない。最初に見たあの光の壁もそう。でもこの子曰くここはブリテンらしい。なぜ?)

 

 

…そういえば先ほど聞いたコーンウォールの村。よくよく考えればコーンウォールというのは島の中心から南西端にある海沿いの州であってこんな深い森の中にある小規模の村なんかじゃなかったハズだ。

 

(何か、何かがおかしい。なぜ、どうして私の知ってるブリテンには無いものがあるのに、この子はここをブリテンと言う? それだけじゃなくその“ブリテン”といい“コーンウォール”といい『なぜか共通している単語』が存在している?)

 

そこまで考えた時、ふと先ほど自分がした『二つ目の質問』を思い返し――――彼女の心に悪感が走った。

 

 

「……ねぇ、話を少し戻しましょうか。先ほど私が問いかけた女王陛下…それって誰の事?」

 

 

まさか、と彼女は思った。だからこそ他の疑問よりも真っ先に確認をするべきと判断した。

 

 

ブリテン。共通する単語。女王。“恐ろしい”と形容されている。そして女王と言われているということは即ち『王位についている』ことを意味していると思われる。

 

 

これらの情報を繋ぎ合わせて予想される人物などバーヴァン・シーの知る限りでは最早一人しか該当しなかった。

 

 

(いや、まさか、あり得るはずがない!けど…それならこの子の言ってる事に辻褄が合う。合ってしまう…!)

 

 

 

それは自分と同じく、しかし自分以上に男を誘い手玉に取ることに長け、数々の人間を堕として弄んだ淫婦。

 

 

 

彼の白き魔竜ヴォーティガーンと同じくブリテン島の悪しき魔力をその身に秘めており、自らが手にする筈だった王位を横から奪い取ったアーサー王を恨み、妬み、嫌い、あらゆる手段を用いて円卓を崩壊に導いた毒婦。

 

 

 

ブリテンの物語、アーサー王伝説を語る上で外すことの出来ない悪役。

 

 

 

「は、はい…あの、一応ここ『妖精國』ブリテンにおいてはみんなが恐れる冬の女王として常識になっていますので、これから覚えておいてくださいね。その人は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――名前をモルガン。このブリテン全土を支配する女王陛下です」

 

 

モルガン・ル・フェ。最凶の卑王ヴォーティガーンと双璧を成す最恐の魔女である。

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

「着きました。ここがおしまいの村――――コーンウォールです」

 

「……ここが…」

 

凹凸の目立つ丘陵の地形で所々に家が立っている。その中で行き交っているのは筋骨隆々の狼の様な獣人、ずんぐりとして立派な髭の生えた背の小さい老人、尖った耳の如何にも理知的な雰囲気を放っている金髪の男、その他神秘を有している人ならざる住人たち。

 

少女の説明の通り様々な妖精が此処彼処にいる――なるほど、ここがコーンウォールか。

 

 

 

(…まあ、それはそれとして…)

 

もるがん、もるがん、モルガン。頭の中で未だに反芻されるその忌み名にバーヴァン・シーは驚愕を通り越して頭痛さえ覚えていた。

 

(モルガン…あのモルガンだと!?いやいや意味がわからないわ!アーサー王は!?どうしたの!?何であの魔女が王位についているの!?え…えぇえ!!?)

 

あまりにも激しすぎる常識の相違差と異常性。自分で情報収集しておいてアレだが理解が追いつかず、その困惑ゆえに彼女は無意識に下唇を甘噛みしていた。

 

(なんで、本当になんでそうなった!?アレが、あんなのが女王に座位してるですって!?冗談じゃないわよっ!!)

 

ここに来てバーヴァン・シーは自分がどれだけおかしいところへ迷い込んでしまったかを改めて自覚しはじめる。彼女も自由な妖精である以上、噂話を聞くのは割と好きなので彼の魔女の悪評っぷりはよく知っていた。

 

そして、ここはそんな悪評ばかりの魔女があろうことか女王として『妖精國』とか言う国の名で支配しているらしいではないか。

 

(あーあー落ち着け。頭痛いけど取り敢えず落ち着け私。とにかくモルガンの事はまた後で考えるとして今はこの村で情報収集よ。現状ではまだ不確定な要素が多すぎるしね)

 

一先ずはコーンウォールで情報収集に徹すると判断。若干混乱している今の彼女に取って、ここは複雑に積み重なったピースを繋ぎ合わせられるかもしれない貴重な情報の宝庫だった。

 

「…えっと、バーヴァン・シーさん?大丈夫でしょうか?さっきから険しい顔でいますけど…」

 

「…えぇ、心配かけてごめんなさいね。これまで貴方から聞いた情報をちょっと纏めていただけよ。――さ、行きましょうか」

 

「! ――はい、案内致しますね」

 

そして少女の案内の下、村の入り口付近まで移動して――少女が叫んだ。

 

 

「あ、あの、みなさんすいません!新しい仲間の方をつ、連れてきました!ば、バーヴァン・シーさんです!」

 

その声にざわつきだす妖精たち。始め少女に視線が集まり、その直後に彼女へと向けられる。善悪の概念が身に付いてない子どもが初めて不思議なモノを見る様な、そんな目だった。

 

 

 

――なんだ、なんだ、あの妖精は?

 

――すこしすそのあたりがよごれているけど、とてもキレイなドレスだ!

 

――かみもちょっとあれているけど、こんなところだしどこかでたおれていたのかも?それにしたってキレイなあかいまきげだね!

 

――バーバンシーってなまえ?なんだろう、どこかできいたきがするけど…おもいだせないからべつにいいや!

 

 

 

各々が自分に対する初見の印象を言ってくる。そして人集りならぬ妖精集りはすぐに村中の規模になった。すると人混みの中から一人の妖精が出てきた。

 

「やあやあ初めまして!そこの子の声で聞こえたけどバーヴァン・シーくんといったかい?私はハロバロミア!誰もが羨む風の氏族の妖精さ!」

 

ハロバロミアと名乗った男は、よく見るとこの村を眺めていた時に目に写った理知的な雰囲気を持つ妖精だった。

 

「ほう、仲間と今度の土木計画について話してたらそいつのうるさい声が響いて来やがったから、何事かと思いきや…こらあまた随分な別嬪さんじゃねぇか!」

 

今度は背の低い老人が現れた。灰色のもじゃ髭といい、如何にもドワーフといった風貌だ。

 

「おっと自己紹介が遅れたな!オレはオンファム、この村の建築担当の土の氏族のまとめ役をしておる。よろしくな!」

 

一見、気さくで優しそうな初老の妖精と言った感じだが、隣に立っている少女のこれまでの経緯を考えると一概に気を許すわけにはいかないなとバーヴァン・シーは思った。

 

「おいおい、狩りを終えて村に戻ってみりゃなんだこんな集りに集って…あ?なんだお前?」

 

もう一翅出てきた。先ほど見渡している時には見かけなかった、少し暗めのベージュ色の体毛で緑色の瞳を持つ狼の獣人だった。後に続く形で獣人が二人出てきた。十中八九彼の部下か連れの者だろう。

 

「おやドーガ。紹介します、彼女はバーヴァン・シー。そこの子が連れてきたこの村の新しい仲間ですよ」

 

「なに?名無しのそいつが?…ふーん、おいお前」

 

ドーガと呼ばれた獣人がバーヴァン・シーに歩み寄ってくる。それに対し少し不安に駆られる少女、顔にこそ出さないが静かに警戒するバーヴァン・シー。そして―――

 

 

「よう!初めましてだな!オレの名はドーガ、この村の牙の氏族のリーダー格だ!バーヴァンシーと言ったか?これからよろしくなっ!ははは!!」

 

ものすごくフレンドリーに自己紹介をされた。その友好的な対応に少女は安堵し、方や意外にも敵意・害意ともにゼロだったことに少し呆気に取られたバーヴァン・シーだったが、すぐに切り替えて自己紹介の挨拶をした。

 

「ふむ、では新しい仲間が増えた記念に今日の宴はいつもより豪勢なものにしましょう!ささ、皆さん今夜に向けて今の内に準備を始めますよ!」

 

ハロバロミアがそう言うと妖精たちが各々作業に移りはじめる。どうやら村全体に指示を出すまとめ役は彼が務めているらしい。

 

 

するとドーガが思い出したように少女に向けてこう言った。

 

「おい、ところでお前。村を出る前にオレは数人で狩りに出かけるから木の実を取ってこいって言ったよな。指定したモンはちゃんと取ってきたか?」

 

「――――あ…そ、それは…」

 

「…見た感じ何も取ってきてなさそうだが。…はぁ~…あのなぁ、どうしてこんなことも出来ないんだよお前はさ。そんなに難しいもんでもなかったハズだろ?」

 

「そうだぞ、この役立たずめ!」「オレたちが頑張っているのに怠けるな!」

 

「…す、すすいません…すいません…」

 

少女が弁明する間もなくドーガが不満をぶつける。気がつけばどさくさ紛れに連れの二人も野次を飛ばしていた。

 

「全く…後ろの奴らも言ってるが、そんなんだからお前は『役立たず』だと言わ――――」

 

 

「ごめんなさい、ちょっとよろしくて?」

 

 

ドーガが少女を責めているとき、間に入り込んできた者が一人。バーヴァン・シーだった。

 

「あぁバーヴァンシー。すまねぇが見ての通り今はこいつと話をしてるんだ」

 

「ええ、目の前にいるわけだしそれはわかるわ。ただ、こうして割り込んだのはこの子の弁明をさせてほしいなと思ったからよ」

 

「なに?弁明だと?」

 

「そうとも。実はこの子と出会う直前、魔獣に襲われて戦っていたのだけれど一人じゃ無理だと悟って追われる羽目になっていたの。それで誰か手伝ってくれる都合の良い奴はいないかな~と思って探しているとこの子に出会ってね」

 

勿論、こんな話はその場で考えついたでっち上げである。

 

「そしてこの子に『貴方の持っているその実が好物の魔獣がこっちに来ている。一緒に戦って倒し、木の実を守ろう!』と言ってなんとか討伐したのだけれど、結局木の実は潰れるわ服は汚れるわ周りの木も倒れるわでそれはもう散々でしたの!」

 

わざとらしく、そして胡散臭く話を広げる。少女は言うまでもなく嘘だとわかっていたのであっけらかんとしていたが、ドーガは当事者でない上に割と生真面目な性格なので黙って聞いていた。

 

「ですので――どうかこの子をそんなに責めないでやってくれないかしら?今話した通り悪いのはこの子を巻き込んで利用した私。従ってこの子が責められる謂われなんて無いわよね?それに、ほら」

 

そう言って彼女はドーガにある物を差し出す。ドーガが確認するとそれは少女に指定した種類の木の実だった。

 

「このように。一つだけだけど木の実だってちゃんとあるわけだし、どうかこれを私からのお詫びとして受け取ってくれないかしら?」

 

正に完璧な…というには程遠いが、それでもドーガたちを上手いこと言いくるめるには十分な話術であった。

 

「…わかったよ。お前の言う通りこいつでこの件はもう終いにしてやる」

 

「え?ドーガ、いいのか?」「こんな会ったばかりの奴の話を信じるのか?」

 

「いいんだよ。こんなにも具体的に話してるんだ、なら事実なんだろうよ。それに一応、こうして詫びの品っつー形で誠意も見せてきたしな」

 

普段から好き勝手言う牙たちのリーダーとしてまとめ役をしているとだけあって彼は物分かりが非常に良く、引き際を弁えていた。

 

「行くぞ。…ああそれと名無し」

 

「は、はい…なな、なんでしょうか?」

 

 

「――今回はオレが悪かった。次からはなるべく確認する」

 

 

「……!!」

 

 

しかも謝罪までした。普段から腫れ物の様な感覚で扱っているであろう相手に対してもだ。

 

もしかしたら根はそこまで悪いというわけではないのかも、とバーヴァン・シーは思った。先ほどから“視ていた”が邪気を感じられないのもそれを後押しした。

 

「あ、あの、助けてくれて、ありがとうございます、バーヴァン・シーさん!」

 

「気にしなくていいわよ。命の恩人を助けるのは当たり前でしょう?」

 

「お、恩人…。い、いえ何でもないです!」

 

微笑みながらナチュラルに恩人と言ってくる彼女に少女は思わず顔を赤らめる。そんな少女を見て彼女は『隠せているつもりになってるのも可愛いなぁ』と悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「と、ところでバーヴァン・シーさんはどうして木の実を持っていて、それがドーガさんが指定していたのと同じだったんですか?」

 

「ん、そうね。簡単に説明すると木の実は魔力で構築して、指定の種類がわかったのは『妖精眼』を使っていたからよ」

 

「よ、妖精眼…!?バーヴァン・シーさんは妖精眼を使えるんですか!?」

 

 

『妖精眼』――文字通り妖精のみが持っている独自のスキルであり、相手の心の内を見ることができ、精度(ランク)が高ければ高いほど、思っていること以外にその時の感情の色や秘められた本性の善悪美醜までも正確に判る様になる。

 

因みにバーヴァン・シーの場合その伝承から特に男性に対して高い効果を発揮するので、先ほどのドーガの連れ二人は彼女の視点だと近寄ることも躊躇するほどの穢わらしい色と本性が丸わかりだった。つまりバーヴァン・シーみたいに、これが使える妖精は言わば『究極の嘘発見器、或いはプライバシー侵害装置』となりえるである。

 

「私“は”妖精眼が使えるのかって…それはまるで私以外のここにいる妖精たちは貴方含めて皆使えないという風にも聞こえるんだげど?」

 

「はい…実はそうなんです。それどころかこのブリテンに息づくほぼ全ての妖精が使えません」

 

この村、否この世界のブリテンに住まう妖精の特徴として、汎人類史の妖精なら強弱あれど殆どが備えている妖精眼を悉く持ち得ていないのだ。歴史上で何らかの異変が起きたからなのか、或いは代を重ねる中で『必要なし』と本能が判断したのか――――明確な理由はわかっていない。

 

「例外は女王陛下や妖精騎士、各氏族の長といった極一部の上級妖精たちのみで、私たち下級妖精には私の知る限りでは例外はありません」

 

「へぇ~…そうなのね」

 

 

(妖精騎士だの各氏族の長だのこれまた色々と知らない単語が出てきたけど一旦それは置いておこうかしら。正直モルガンが王になっている事のインパクトが強すぎてあんまり他の事が頭に入ってこないからねぇ……)

 

 

そう考えた後、取り敢えず名前を忘れない為に適当な紙と筆を手に入れるべく行動し、書いた紙を事前に物々交換で手に入れた革袋の中に入れるバーヴァン・シーであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

それから夜を迎え、特にこれといった問題も起きずに無事に宴は終了した。後片付けを手伝う中で妖精たちが笑顔で声を掛けてくる。

 

「やあバーヴァン・シーくん!歓迎祝いの宴は楽しんでもらえたかな?もし気に入ってもらえたならまた明日にでも言ってくれたまえ!我々としても宴は大好きだからね!」

 

「ようバーヴァン・シー!ははっ後片付けにも精を出すたぁ、お前さん相当宴が気に入ってんな?ま、オレたちとしても宴は好きだけどな!じゃ、オレは先に寝るぜ!また明日な!そこのグズもバーヴァン・シーに迷惑かけねぇようにしろよ!」

 

「よっバーヴァンシー!今日の宴のお前を見て思ってたんだが、食いもんはともかく飲みもんは偉い上品さが感じられる飲みっぷりだったな!実はどっかの上級妖精だったりすんのかねぇ?ん、違うって?へへ、そいつぁ勘違いしてすまねぇな!――じゃ、明日も楽しくやろうぜ!……お前もな」

 

そして彼女が名無しの少女と後片付けに勤しんでいる中、妖精たちの愉快な歌声が響き渡っていた。

 

 

 

 

 

――バーヴァン・シー!バーヴァン・シー!新しい仲間のバーヴァン・シー!

 

――とってもキレイなみどりのドレス!まっかなまきげのながいかみ!

 

――どこかでみた気がしなくもないけど、ここの仲間であるからにはそんなことは関係ない!

 

――バーヴァン・シー!一日で村の皆の人気者になったキレイな妖精!ぜひまた明日も楽しんでね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

「…………気味が悪いなぁ」

 

後片付けを終えた時、バーヴァン・シーはそう呟く。

 

それは一見、見ず知らずの自分を心から受け入れて盛大な歓迎会として宴を開いただけでなく、自分が望むなら明日も宴を開いて良いとまで言ってくれる、そんな寛大な思いやりに溢れた善良な村といった印象に写るだろう。

 

ただ、少し気になるのが――あまりに自分という他人に対して優し“すぎる”のだ。

 

そう、言うなれば――予め頭の中に入れられていた台詞と立ち振舞いをしてくる木偶人形を相手にしている様な、そんな不気味さがあった。

 

無論、妖精眼は村に足を踏み入れた瞬間から今に至るまで発動していた。

 

しかしこれがまた気味の悪いことに、宴までの時間はともかく、宴の間は()()()()()()()()()()()()()()()のである。悪口などと言った彼女を良しとしない思考は一切なく、文字通り()()がだ。

 

 

 

まるで、自分たちの奥底に潜む悪意(ほんしょう)をひた隠しているかの様に。

 

 

 

「よし…これで終わりましたね」

 

「…ええ、そうね。ご苦労様」

 

故にこそ、彼女はこの村の善意の大半を信じることが出来ない。

 

ドーガ…あと可能性としてはハロバロミアも信用できる例外に入るだろうが、オンファムやドーガの連れ二人といった妖精は信用に値しない。ぶっちゃけて言ってしまうと彼女から見たオンファムは連れ二人の様な露骨なドス黒さこそ無かったが、ドーガやハロバロミアには感じ取れなかった『邪気』があった。

 

勿論その三人だけに限らず、村の半数以上が妖精眼による反応こそ薄いものの明確な邪気があった上に、一部は連れ二人の様なわかりやすい汚濁が浮き出ていた。

 

 

――何より、自分の目の前にいる一翅の妖精が受けてきたであろう悪意の歴史。その事実が、この村の善意が所詮仮初めのモノに過ぎないと強く、強く念を押していた。

 

「…さて、そろそろ私たちも寝ましょうか」

 

「はい。…そういえばバーヴァン・シーさん」

 

「何かしら?」

 

「その…今日の宴、何かご不満がありました?飲み物を口にする時以外はずっと笑顔を浮かべてなかったので…」

 

「…そうねぇ、一旦寝床に行ってから話しましょうか。ところで貴方の家はどこかしら?」

 

「すいません…私の家は、『価値の無い妖精』の家は建てられていないんです。私の寝床は、村の外れです」

 

「…ははっ本当に?…何よ、それ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー【村の外れ・少女の寝床】ーーーーーー

 

「…てことよ」

 

「っ…それは…さぞ辛かったでしょうね…」

 

事の顛末を聞かされ、彼女が味わったであろう不快感を想像して少女は顔をしかめる。

 

「あぁ、でも、昼間ドーガさんが私に対して謝罪をしたこと…あれは、少なくとも上辺だけの偽りじゃなかったんだ…良かった…」

 

その事実に思わず涙腺が緩む少女。普段から酷使され続けていただろうにそうして嬉しく思っているのは、恐らく心のどこかで彼を信じていたからなのかもしれない。

 

「あ。そういえば話は変わるけど、貴方の名前って名無しの森に入った際に忘れてしまったのよね?」

 

「はい、といってもあくまできっかけに過ぎませんけどね。妖精が自分の名前を失うのは何も森に入った場合だけじゃなく、孤独や焦燥、恨みや諦観などの鬱屈した感情を長年溜め込んでいると、いつの間にか自分がどんな名前で何を目的としていたかを忘れてしまっていることもあるのです」

 

負の思いを抱き続ける。妖精にとってそれは本来避けねばならない、あってはならない事態であり、『個の在り方を失う』または『悪い様に変質させる』という意味ではこのブリテン異聞帯のみならず汎人類史の妖精たちにとっても危険である。

 

「…妖精にとって名前とは役割を示し、ひいては存在意義に関わる。言い換えると命そのもの。そしてこの大陸、妖精國ブリテンだったかしら?ここでは名前を失った妖精は価値を見い出される事もなくただ蔑まれ、虐げられる」

 

 

――――ハッ、吐き気を催すほどくだらないわね。

 

 

「バーヴァン・シーさん…?」

 

「くだらない。名前を失ったのならまた新しい名前を、役割を授けたらいいのにそれもせず延々と悪意をぶつける。まるで獣、いやそれ以下の唾棄したくなる習性ね」

 

彼女は怒っていた。そしてそれ以上に嫌悪していた。

 

「それは、そうかもしれませんけど…」

 

彼女にとって妖精とは自由に振る舞い、楽しみ、しかしだからこそそれを続けられる様に同胞を、他者を支える為にあるべき存在だと定義している。

 

「いいえ、“かもしれない”じゃなくて“そう”なのよ」

 

だがここでは支えられるのは『同胞(なかま)』ではなく『同類(たにん)』であり、何か一つでも自分たちとは違う要素があれば、気にくわなければそれを排斥する。

 

――あぁ、こういうところはまるで人間だな。

 

彼女はそう思い、そういう差別が一種の常識として蔓延っているこの妖精國(ブリテン)を心の底から不快だと感じた。 

 

 

故に彼女は――目の前の少女に自分の中の“妖精らしさ”を見せる。

 

 

「つまりね。名前の無い、傷だらけの少女。貴方に――私が名前をつけていいかしら?」

 

「――え。えぇ!?」

 

それは、端から見ればある種の告白に近いものに感じられるだろう。

 

「勿論本気よ。ほら、たった今言ってたでしょう?名前を失くしたならまた新しい名前をつければいい、と」

 

「そ、そそんな!わ私のためなんかに名前をつけてくれるなんて…!」

 

「“なんか”じゃないわ。既に貴方は私にとって命の恩人。ならその恩人である貴方に私が今できる最高のお礼をしたいの。それとも――私が名前をつける、なんて言うのは烏滸がましかったかしら?」

 

「い、いえ。嬉しいんです、嬉しいんですけど…本当にいいんですか…?」

 

「はは、良くなかったらそもそも貴方とこうして一緒になんていやしてないわよ」

 

「そう、ですか…」

 

そして少女は少し深呼吸したあと、意を決して言った。

 

「わかりました。あなたのその『お礼』をありがたくもらいます。私に…名前をください」

 

瞳に、声に、迷いや不安は無かった。

 

「うん、感謝するわ。ではこれから貴方に授ける名前は、私の命を助けてくれた…つまり私の未来を繋いでくれた“希望の光”という意味を込めて――」

 

 

 

「――――『ホープ』。これが、この名前が、貴方に贈る私からの最高のお礼よ」

 

 

 

「…ホープ…ホープ、ホープ。―――ホープ!…あぁ、ありがとう、ありがとう、ありがとう……!」

 

自らに付けられたその名前を、どこか懐かしく思いながら反芻する。

 

それもそのはず、少女が過去を思い出すことは最早無いが、奇しくもその名は正しく嘗ての己が真名だったのだから。

 

少女――――ホープは、名を付けてくれた吸血鬼に包容し、本日何度目かの涙を流しながらも心よりの感謝を示す。

 

「全く泣くんじゃないわよ。…というのは流石に無粋か。それじゃあ、貴方が泣き疲れて寝るまで起きといてやるわね」

 

「うん…うん…ありがとう、ありがとう…」

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白く、白く輝く月の下。

 

 

 

―――二翅の妖精は一時の眠りに落ちる。

 

 

 

―――明日に、輝く希望があると信じて。

 

 



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蠢く不穏

「ん"っん~~…ホープおはようー…」

 

「ふわぁ~~…おはようございます、バーヴァン・シーさん…」

 

朝のひばりの中で二翅の妖精――バーヴァン・シーとホープが、一方は背筋を伸ばし方や欠伸をしながら互いに挨拶を交わす。

 

「…ふふっ」

 

ふと笑みを浮かべるホープ。それを見たバーヴァン・シーが問いかける。

 

「んぁ?どうしたの?」

 

「いえ、別に大したことじゃないんですけど…こんなに清々しい気分で朝を迎えれたのは初めてだなぁって…」

 

「…へぇ、それは良かったじゃないの」

 

悪意に晒され、常に心が曇っていたホープにとって気持ちのいい朝を迎えられるなどまずあり得なかったし考えもしなかった…というより想像すらすることが出来なかった。

 

だが今の彼女は晴れやかな心で朝を迎え、享受することが出来ている。夢にすら思わなかった瞬間を味わえている。

 

「これも全てあなたのおかげです。あなたが私の気持ちを本気で受け止めてくれた上で向き合い、認めてくれたからこそ私はこの瞬間を味わうことが出来ているのです」

 

「フッ、よしなさいよ。私は恩人に対して、そして同胞(なかま)として当たり前の事をしただけに過ぎないわ」

 

「ふふ、こういうことを言うのは私らしくないかもしれませんけど。何百年も凍っていた妖精の心をたった一日で解かしたんですよ?そんなに謙遜せずに誇ってもいいのに」

 

ホープ自身、このまま身も心も擦りきって誰に看取られることもなく死を迎えるか黒くなるか(モース化)の末路を辿るんだろうなと諦めていた。

 

だからこそ、そのどうしようもなかった絶望が目の前の赤い巻き毛の妖精によってまさかの出会ったその日の内に希望へと変えられたのだから、それはもう狐につままれた気分だった。

 

「誇ってもいい、か。どちらかと言うと私は心を解かした事より『自分が関わった事で恩人が笑顔を取り戻すことが出来た』って事の方が誇らしいんだけどね。それにさっきと似た様なこと言うけど、恩を恩で返すのは当然でしょう?」

 

そんな偉業を成したにも関わらずこの人は傲ることなく、恩返しをするのは当たり前だと言う。

 

 

あぁ、私を救ってくれた謙虚で優しいあなた。あなたと出会えたのは、今思えば―――――まさに『運命』だったのでしょう。

 

 

「ふふ…確かに、そうでしたね」

 

「でしょう?それじゃ…んんっ」

 

バーヴァン・シーが立ち上がり、再び背伸びをしたあとホープに手を差し伸べる。

 

 

 

「―――さっそく、生まれ変わった貴方を村の皆に見せつけてやろうじゃないの」

 

 

もう今までの貴方じゃないはずよ。

 

 

そう言って彼女は自分の手を取るよう優しく、ゆっくりと促す。

 

 

「―――はいっ!」

 

 

それに少女は力強く答え、差し出された同胞(なかま)の手をしっかりと掴んだ。

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

それから二人は村の中へと移動して行き交う妖精に挨拶をしたが、交わした妖精たち全員がバーヴァン・シーの連れの少女を見て違和感を覚えていた。

 

 

―――あ、あの子いったいどうしたの?なんか昨日よりきらきらしてるようにみえるけど…

 

―――なんだ?見た目はかわってないのにふんいきがちがってみえるぞ!

 

―――でもやくたたずにはかわりないだろ!すぐにいつものかんじにもどるぞ!

 

 

―――なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?

 

 

元来からの良くも悪くも純粋な性格ゆえの結果か。いつもと何かが違う“それ”を見て沸きあがった興味はすぐに拡散し、またもや昨日と同じ妖精集りの状況を作り出した。

 

「どうしました皆さんまた集まって…おや、バーヴァン・シーくんじゃないか!おは、よ―――!?」

 

これまた昨日の様にハロバロミアが人混みを掻き分け、こちらを視認したので挨拶をした瞬間―――その隣の妖精を見て動揺する。

 

「え、え?あ、貴方どうしました?明らかに昨日と、いやこれまでと纏っている雰囲気が違って見えるのですが…?」

 

昨日の夜まで、ほんの少し前まで、言葉を選ばないならみずぼらしいと言った感じだったのに。

 

今目の前にいるこの少女には、落ちこぼれと言えど嘗て妖精國で一番美しい風(オーロラ様)に仕えていた風の氏族たる自身と遜色ない――或いは上回っているかもしれないほどの輝きがあった。

 

「…どうやらハロバロミアさんには他のみんなよりはっきりと違いがわかるみたいですね」

 

「ええ、そうらしいわね。フフッさてあの二人はどんな反応を見せてくれるのかしら?」

 

そう言ってバーヴァン・シーは例の二人のリアクションを期待する。無論ホープ自身もその気になってはいるが、気持ちの差ではバーヴァン・シーの方が大きかった。

 

そして、その期待していた二人の内の一人が姿を現す。まずはオンファムだった。

 

「ようバーヴァン・シー!今日も集られてるたぁお前さんも来たばかりで人気も……?」

 

早速違和感を感じたのだろう。予想通りホープに怪訝な視線を向けるオンファム。

 

「なん、だ…?お、お前なんか顔つき変わったか?なんだ、なんかが違うぞ!お前昨日の夜までいつものグズらしいボロ臭い空気だったハズだよな!?何があった!?」

 

自分が今まで情けない役立たずと哀れんでいた奴が急に印象が変わっていたことに狼狽え、思わずホープに対する普段の罵倒をバーヴァン・シーがいる前で言ってしまうオンファム。

 

だがバーヴァン・シーはその罵倒に対して特に怒りもしなければ不快に思うこともなかった。理由は二つ、妖精眼で邪気が視えていた事と、こうして狼狽える様子が大層と滑稽だったからである。

 

(ふん、といっても今のホープを一番見せてやりたいのは動揺しているあの妖精でも狼狽えているこいつでもなく…)

 

彼女がそう思っていると―――噂をすればなんとやら、本命の『彼』がやって来た。

 

 

「おいお前ら、なんなんだ今日も騒いで…ってバーヴァンシーじゃんか。昨日はよく眠……あ?」

 

 

「…おはようございます、ドーガさん」

 

「おはようドーガ。ええ!昨日はとても気持ち良く寝れたわ!」

 

一見皮肉に聞こえるが、ホープからの感謝を一身に浴びながらの就寝だったので彼女としては本当に気持ち良かった。

 

「お、おう。…にしてもお前…」

 

ホープを、元名無しを見つめるドーガ。感じ取っているであろうその変化にどんな反応を見せるか期待を寄せる二人であったが―――

 

 

 

「…いや、気のせいか。なんか違和感を感じた気がしたが、んなこたぁ無かったな」

 

――え"。

 

今度はバーヴァン・シーとホープが動揺した。確実に何かしらの変化を感じた筈なのに彼は気のせいかと言った。他のまとめ役二人は勿論、村の妖精たちですら“何かが違う”程度には勘づいていたのに彼だけここまで鈍感だったのかと想定外の反応に二人が困惑していると。

 

 

「――あ、いや待てよ」

 

 

ふいに彼が口を開く。それに気づいた二人が後に続く言葉を待っていると、こう言った。

 

 

「よく見たらお前、姿勢が変にオドオドしてなくて堂々としているな。あと、目がきらきらと輝いて活きている感じに思えるぞ」

 

 

今さっきの鈍感な発言が嘘に思えるほどのしっかりした分析を述べた。流石まとめ役をしているだけあって他者を見る目もそれなりにあったかとバーヴァン・シーは安堵する。

 

「えっと、私自身そこまで自覚はないんですがそんなに雰囲気が変わりましたか?」

 

「ああ、あとその口調。昨日まではたどたどしい感じだったってのにえらい流通になってやがるじゃないか。マジで昨日何かあったか?……あ、お前さては夜中にバーヴァンシーに何かされたな?オレはそうと見たぜ」

 

加えてこの勘の良さ。いや、この程度の事は普通なら少し頭を回して推測すれば自ずとわかるだろうが、妖精國の妖精は汎人類史の妖精と比べてわからない事・面倒くさい事・難しい事は直ぐに放棄する傾向が非常に高い。

 

中でも牙の氏族は『力こそ至上』『弱肉強食』『暴れる時は存分に暴れる』など根底の価値観も猛獣のそれに寄っているので、長である排熱大公(ウッドワス)の様に理知的な個体は他の士族に輪を掛けて少ない。尤も、その排熱大公ですら希に激情に任せて忠節ある部下を撲殺してしまう事があるが。

 

そしてこの村の牙の氏族は行き場の無い落ちこぼれなのもあってドーガの連れ二人の様に好き勝手言う上に、自分から行動する時もその場で考えついたものが結構多いので全体的に頭が良くない。

 

しかしドーガはそんな牙の氏族でありながら、ホープを見て“何がどう変わったのか”を分析し“そうなった原因の推察”をした。

 

まとめ役の立場にあるとは言えこれはこの村からすれば異常な思考の柔軟さであり、同じまとめ役であるハロバロミアが変化こそ正確に気づけてもそれに動揺した故に『原因の推察』までは考えが及ばず、オンファムに至ってはただ狼狽えているだけという結果が彼の冷静さをより際立たせていた。

 

「ふーん、貴方なかなかどうして勘が鋭いじゃないの」

 

「お、その反応を見るにこいつがこうなったのはやっぱお前が原因なんだな?」

 

「ご名答よ。…それにしても見た目や口調の粗暴さもあって半ば山賊に見えるのに結構頭が回るのね?」

 

「へへへ、オレぁ仮にもこの村の(バカ)をまとめてるリーダー(大バカ)だからな!あんまり舐めてもらっちゃ困るぜぇ?」

 

バーヴァン・シーの問い掛けにドーガは自慢気に答える。いや、実際自慢してるつもりで言っているのだろう。

 

「はいはい、わかっていたけど調子良いわねぇ」

 

「あの、バーヴァン・シーさん。三人とも集まりましたしそろそろ…」

 

ホープが話しかける。実は村の中へ移動したら『ある事』をしようと今朝から二人で事前に話を付けていた。

 

 

「ん、そうね。周りの妖精たちが集まったのも想定内だわ」

 

彼女の意図を察したバーヴァン・シーが態度を切り替えドーガから村の妖精たちに顔を向ける。そして聴衆に対する催しの司会者の如く高らかに叫んだ。

 

 

「はぁい皆さん!先ほどから集まって何をそんなにずっと気にしているかはわかります!この子の、名無しの少女の雰囲気に違和感を感じているのでしょう?実はそちらのドーガ殿が言った通り、この子がこうなったのは私が彼女に『ある事』をしたからです!」

 

 

なんだ、なんだとざわつき始める聴衆。司会者気分の彼女はそれを見た後、勿体ぶらずに少女の様子が変わった原因を言った。

 

 

「それは――彼女に“ホープ”という『名前をつけた事』でございまぁす!」

 

 

事前に話していたある事。それは名無しの少女にホープという名前を付けた事を村の皆に伝え、広める事だった。

 

この妖精國ブリテンにおいて名無しの妖精に価値は存在しない。故に差別を始めとした如何なる不当で悪辣な扱いをされようと文句の言えた立場でないし、したとしてもより反感を買って自らの寿命を縮める、或いはその場で殺されてしまうのが関の山。

 

ならば、名無しである事がそういう目に会う事に繋がるのであるならば。“名前を付けた”という事実を周囲に通達し、名無しの格印を根底から覆す形で差別を無くしてしまえばいいとバーヴァン・シーは考え、それをホープと話してこの状況を作り出そうと画策したのだ。

 

(ま、だからと言って村の妖精らがすぐに受け入れてくれる、なんてことは無いでしょう。現にオンファムは今は落ち着いてるけど、妖精眼を使うまでもなく不満が顔に表れているしねぇ)

 

ただ、そういう状況改善をしようとしても全ての者が認めるかと言われればそれは否だ。これは人間や妖精に限らず感情と集団意識の概念がある知性体なら何であろうと有り得る事態なので、それこそ機械でもなければ全ての意思が投合するなどと言う都合の良いことは絶対に起こり得ない。

 

…尤も、とある大海原、及びその下の大都市の(アトランティス・オリュンポス)異聞帯ではその機械系統の存在ですらそれぞれの独立したAI(意思)を実装していた結果、不和が生じてしまいその不和がその異聞帯の歴史の大きな変化にすらなっていたりするのだが、当然ながらこの物語には一切関係無いので割愛する。

 

話を戻すがバーヴァン・シーの予想通りオンファムら一部の妖精は今の発言に明らかに眉をしかめ、不満を露にしていた。

それだけじゃなく笑顔で話しかけてきた妖精も――――

 

 

 

 

「いいね!これまで名前が無くて可哀想と思っていたからようやくつけられたことが嬉しいよ!」

――ねぇ、なんでそんなよけいなことするの?

 

「ホープかぁ!うん、いい響きで素敵な名前だね!バーバンシーの名付けのセンスはピカイチだ!」

――そんなやつになまえなんてつけないでよ、だいいちなまえもなんかまぬけっぽいし。まあそれにはおにあいだけど。

 

「今までは色々とごめんな!これから反省するから仲良くしていこうぜ!」

――ふざけんな!ひびのうっぷんのはけぐちとしてはっさんしにくくなったじゃねぇか!

 

「今思えばわたしたちも名無しだからってむちゃなお願いばかりしていたわ。本当にごめんなさい!」

――あーあ、むだにがんばるすがたをいつでもみれるのおもしろかったんだけどなー

 

 

 

 

 

「――――――っっ…ありがとう、ございます…」

 

「――ハハハッ。皆さん気持ちはわかるけどあまり褒め称えないように!ほら、ホープが嬉しさの余り動揺してしまっているじゃないの!」

 

(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い全部聞こえてるんだよ獣にも劣る畜生どもがっっ!!!)

 

 

 

ああ、自分は今、ちゃんと笑顔という仮面を崩さずに振る舞えているだろうか。二人はとても不安になった。

 

特にバーヴァン・シーは妖精眼を持っているが故に激情を抑えるのが大変だった。背中を蛆に這い回られているかの様な不快感、聞いているだけで耳が腐りそうな上辺だけのおべっかに元々そこまでなかった村の住人に対する信頼が更に下がった。

 

「…フゥー……。と、いうわけで!今日からこの子の名前はホープちゃんですので!是非ともよろしくお願い致しますね!皆さんに言いたかったことは以上ですー!じゃ、すみませんが私たちはこれにて失礼致しますね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

 

「……で、一応名前があるという事実を広める事には成功したけど…村の妖精の反応を見てどうだった?」

 

「どうも、なにも…ドーガさんやハロバロミアさんみたいな一部を除いたらほぼ全員が、思ってもないような言葉を私にかけてきた、としか…」

 

「…そう。…そうよね」

 

あれから二人は逃げる様に村の外まで移動し、周りの木々に隠れて村の反応について話し合う事に。そしてホープに感想を聞いてみたものの、返ってきた返事は概ねバーヴァン・シーの予想通りだった。

 

「あ"ーったく本当に気持ち悪いわ!そりゃいきなり名無しが名無しとしての立場じゃなくなったなんて言われても全員が認めるワケないだろうなとは思ってたけれど、どうしてあそこまで他者を貶める様なことがほざけるのかしら?」

 

「…私はバーヴァン・シーさんのように妖精眼は持っていませんが、それでもみんなのほとんどが手のひらを返して嘘をついているのはわかりました」

 

不快感を覚えていたのはバーヴァン・シーだけでなく、ホープもまたこれまでの経験で自然と相手の表情や声色、振る舞いから嘘か真かをある程度見抜ける様になっていた故に『ああ、この言葉は本心なんかじゃない』と勘づいてしまい、気分を悪くしていた。

 

「なんとなく目が笑っていない感じでしたし、何より―――嘘をついていた妖精の中にはつい最近まで私を罵り、こきつかっていた者もいました」

 

「ハハッ何よそれ!その証言だけでも貴方に好き勝手していた妖精どもの程度が知れるわね!」

 

互いに不満を吐き散らし、嘘を付いた妖精たちへの不信を募らせる二人。するとそこへ何者かが近づいてくる音が。

 

「っ!止まりなさい、そこにいるのは誰?」

 

「お、おいおいそんなに凄むなって!オレだよ。ドーガだドーガ」

 

気配を察知したバーヴァン・シーが呼び止めると、意外なことにその人物はドーガだった。

 

「ドーガ…?私もホープも私たちがあの名前発表の後にどこに行くかは誰にも言わなかったハズだけれど?何でここにいるとわかったのかしら?」

 

「…(こいつ)で探していたんだよ。あの時お前らどことも言わずにその場を去っていったもんだから、同じ宴のメシを食った仲として放っておけなかったんでな。ったく心配したんだぜ?」

 

彼はあの後、他の住人に悟られない様に『名無しに名がつけられた記念に宴を開こう』と言いハロバロミアやオンファムと話し、“表向きは名無しだがメインとしてもてなすのはあくまでバーヴァン・シー”という形で納得してもらう事に成功。そして自分は狩りに行ってくると称して二人が辿った道筋を自慢の嗅覚で探りここまで来たというわけだった。

 

「ふーん…いつも連れてたあの二人は?」

 

「あいつらならそれぞれ別の場所へ木の実を取りに行かせてる。他の牙も狩りだったり宴の準備だったり役割は違うが同様だ。腐っても六氏族で最も強ぇからな、モースと出くわそうが逃げきれるだけの足はある」

 

当人はこう言ってるが先の妖精どもの嘘もあり、なーんか怪しい…と思わざるを得なかったので妖精眼を使っていたが嘘の気配は微塵も感じられなかった。どうやらホープも同様の観察結果が出たみたいなので、二人は一応は彼を信じる事にした。

 

(うーんただなぁ、それならそれで『ある懸念』が頭にチラつくけど…まぁ、その時はその時。ここでこいつと距離を縮めた方があの村でしばらく過ごす以上、実際に大きなメリットになるでしょうしね)

 

「…いいわ、一先ずは貴方を信じてあげる。ほら、こっちに座って話しに付き合いなさい」

 

「おう、ありがとな。…しょっと」

 

言われた通りに隣に座るドーガ。ふとホープの方に視線をやる。

 

「にしても本当に変わったなお前。正直今でも信じらんねぇっつか…ちゃんとした名前を得るってそんなにも空気を変わらせるんだな」

 

「はい…今朝の発表の通りバーヴァン・シーさんは私にホープという新しい名前を授けてくれました。すると体の内から不思議と自信が沸いてくる感覚を覚えたんです」

 

昨夜の出来事を話すホープ。それを聞いた彼は二人の関係に興味を示したのか、更に問いを重ねてきた。

 

「なあ、名無し…いや、ホープ。それとバーヴァンシー。お前らどうしてそんなに仲が良いんだ?名前をつけてくれたからってだけじゃちと理由が弱ぇし、多分それだけじゃねぇだろ?」

 

それを言われて少し悩むバーヴァン・シー。他の妖精よりは今のところ一番信用できる方ではあるが、とは言えこいつもホープにあれやこれやと文句を言っていた者の一人。そんな奴に自分とホープの経緯を教えた事で何かしらの悪い流れになってしまわないかと勘ぐっていると。

 

「良いんですバーヴァン・シーさん。ドーガさんは生真面目な部分もあるので、ここで話したことを誰かに言いふらしたりはしませんよ」

 

事実、彼は生真面目故の義理堅さもあったので約束を破った事が一度も無かった。

 

「それに…妖精眼を持つバーヴァン・シーさんが悪い妖精じゃないと言うのなら、私もドーガさんを信じたい。あなたが、私を信じてくれたように」

 

それはバーヴァン・シーと出会う前の彼女なら絶対に言うことも思うことも無かったであろう、誰かに対して心から信じてみたいという勇気が含まれた言葉だった。

 

「わかったわ。…聞いたわね?私はともかくこの子は、ホープは貴方を心から信じたいと言った。なら、貴方も今から話す事を私とホープが信用した者以外の誰にも話さないと誓いなさい」

 

そしたら私も貴方を信用して話してあげるわ。

 

そう言われたドーガは悩む様子も見せずに力強く頷いた。

 

「約束する。ここでオレが聞いた事は絶対に他所にゃ話さねぇ。だから…どうか聞かせてもらえねぇか?」

 

「―――いいでしょう。その言葉を以て私も貴方を信じ、この子との出会いを話してさしあげるわ」

 

そうしてバーヴァン・シーはホープと共に自分たちのこれまでの経緯を話した。モースに襲われたのが切っ掛けだった事、自身の積年の思いを全て受け止めてくれた上で認めてくれた事、名前をくれた事…。

 

「…そうか、そんな、ことが……」

 

それらを聞いたドーガは、村の妖精の中でも善悪の概念が強く染み付いている方なだけに胸が締め付けられる感覚に襲われた。

 

「……ホープ、だったな」

 

「…はい」

 

彼はもう一度ホープの方に顔を向け――――――瞼を閉じ、頭を下げた。

 

「すまねぇ。思えばオレは今まで、名無しだからってのを理由にお前の気持ちを考えることをしなかった。ただ命令ばっかりして、その上でお前もお前なりに頑張っていたのに、オレは文句しか言わねぇで…本当に、すまねぇ」

 

先に述べた様に彼は村に居る牙の氏族の中ではかなり思慮深い方である。故にこそ、名無しだった彼女に対するこれまでの自分の行いの愚かさを理解して悔やみだす。

 

“名無しの妖精に価値など無い”。それを免罪符にして彼女がどれだけ傷付こうとも構うこともなくひたすらにああだこうだと言いつけ、不満をぶつける。

 

それを自覚し、彼自身これまで一度も味わった事がなかったが故に知らなかった感情である『罪悪感』が沸いた時―――いつの間にか、静かに涙が流れていた。

 

「くっ…すまねぇ…すまねぇ……!」

 

気がつけば少し下げただけだったのが、地に伏せていた。尚も謝罪し許しを乞う彼に、ホープはゆっくりと近づき――――

 

 

 

「ドーガさん」

 

「……なんだ…」

 

「私は正直言うと、つい昨日の朝まで…バーヴァン・シーさんと出会う前までは村の全ての妖精が大嫌いでした」

 

「………」

 

「ドーガさんもそれまでは私に命令してくる癖に褒めもしなければ労いもしない嫌な人、そんな印象でした」

 

「けど、バーヴァン・シーさんから名前を頂いた昨日の夜。実はその直前に、その日の昼間にドーガさんが私に対して謝罪した事が嘘じゃなかったことを話してもらったのです。するとその途端に嬉しさが沸きました」

 

忘れもしない、昨日のあの気持ち。嫌いで仕方なかった筈なのに、嘘でないとわかるや否や溢れていた喜び。

 

「多分、私自身も気づいてないくらいあなたへの小さな信頼が心の奥にあったのでしょう。だからこそそれを聞いた時は嬉しかったし、涙がこみ上げてきた」

 

「ですからどうか顔を上げて、ドーガさん。私はもう、誰かを恨んだり妬んだりはしたくないし、そうして本気で謝っているあなたの心を――――見捨てたくないし、裏切りたくない」

 

「――――――」

 

彼女のその言葉は、周りの妖精や自分を心底嫌っていた者のそれとは思えないほどに眩しく、美しい慈悲に満ちていた。

 

「…いい、のかよ…?オレは、今まで散々お前を、コキつかってきた癖に、偉そうなことばかり言い続けて、きやがったんだぞ…?」

 

「はい…その過去も受け入れた上で、私はあなたを許します。仮に村のみんなが、ブリテン中の妖精や人間が許さなくても私は、私たちだけは。そうですよね、バーヴァン・シーさん」

 

「…ま、そこまで贖罪の意思で心が締め付けられてるんじゃ私も許してあげる他無いわ。寧ろ逆にこっちがちょっとだけ申し訳なくなってくるしねぇ」

 

 

 

「…っ!…う、うぅ……」

 

二人からの“許し”を得た途端、それまで募りに募っていた罪悪感(かんじょう)が晴れていく。宴の時なんかとは比較にならないほどの温かさが感じられる。

 

 

そう、か…本当の意味で『許される』とは、こういうことなのか…

 

 

「く、ぅう…っ!ありがとう…ありがとう…!!」

 

 

「ええ、許します、許します。だからもう泣かないで。悲しみに暮れた涙なんかは、あなたに相応しくないから……」

 

 

泣きつく獣人に、優しく包容する翅のある少女。

 

 

朝のひばりに照らされる森の中でのその光景は、宛らとある童話(美女と野獣)を連想させる美麗さがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

 

―――――森の中で他愛のない会話を楽しむ三翅の妖精。

 

 

「なんだなんだ?ドーガがあの役立たずに頭を下げたと思ったらきゅうに仲良くなりはじめたぞ?」

 

 

「あれはきっとバーバンシーと仲良くなるために役立たずに頭をさげたんじゃないか?いわゆる“ださん”ってやつさ!」

 

 

―――――その近くに、自由奔放で純粋無垢な獣が二匹。

 

 

 

「なるほど!うーん…でもバーバンシーと遊ぶためといってもあんな役立たずにわざわざ頭を下げるってムカつかない?」

 

 

「うん、それはわかる!ボクだってあんな奴に頭下げるって嫌だもん!ついでに言うとあんなのに名前をつけたバーバンシーもかな!」

 

 

 

 

――――獣は、それはそれは楽しそうに話す。向こうに座っている三翅にバレないように、バレないように。

 

 

 

 

「――――ああ!そうだ、それなら今夜開かれる宴で毒でも飲ませて殺してしまおう!」

 

 

「それは名案だ!ついでにドーガもやっちゃおう!バーバンシーと遊ぶためだろうとあんな役立たずに頭を下げるなんてこの村の牙のリーダーとして相応しくない!」

 

 

 

 

「「よーし、そうと決まればさっそく村に戻って準備だっ!」」

 

 

 

――――かくして、闇は蠢きだす。自分たちの(ほんしょう)を隠そうともせず、無邪気に、残酷に。

 

 

 

 

 

 



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真夜中の狂宴、そして旅立ち

「おいお前ら、戻ったぞ!」

 

村に野太い声が響き渡る。声の主はドーガだ。

その声を聞いた妖精たちが反応する。

 

「ドーガだ!」「お帰りなさい!」「他の氏族はもう宴の準備に取りかかってるぞ!」

 

「わかってる。ちょうどこいつらも連れてきたしな」

 

ドーガがそう言うと、彼の背後から二つの人影が出てきた。バーヴァン・シーとホープだ。

 

「あ、バーバンシーとホープもいる!」「二人もお帰り!」「誰もが認める村の人気者!」

 

 

「やぁやぁご機嫌麗しゅう皆の衆!今夜も宴を開くと聞き及んだから急いで戻って参ったわ!」

 

「そ、それもドーガさんから聞いたところ私のための宴らしいので!その、あれです、とても嬉しいです!」

 

流通に喋るバーヴァン・シーに対しホープはややしどろもどろな口調だったが、これは単にそういう愉快さを出す様な掛け声を言った事が無いので慣れてないだけである。

…バーヴァン・シーから『村に戻ったらドーガの台詞を合図に私が帰還の挨拶を高らかに叫んで妖精たちに言うから貴方もそれに合わせなさい』とぶっつけ本番の無茶振りを任せられたというのもあるが……。

 

「ところでドーガ、森に行った時はひとりだったのになんでバーヴァン・シーたちもいるの?」

 

妖精の一人が彼に疑問を呈す。

 

「ああそいつはな、オレが手頃な獲物はいねぇかと思って探してたらこいつらが数匹の魔獣どもに襲われてやがったんだ。んで仕方ねぇから助けてやったんだが、結果的にこうして大量になってなぁ」

 

そう答えると彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()をその場に降ろし、開け口を絞めていた縄をほどいた。

すると中から見えたのはたった今彼が言った様に結構な量が詰められている魔獣の肉だった。

 

「おおっ!確かに大量だ!」「これなら今夜の宴には困らないぞぅ!」「今日もたいそう盛り上がるに違いないな!」

 

「へへへっ!そうだろそうだろ!だが元を辿りゃ今言ったようにバーヴァンシーとホープが襲われてたのが原因だったんだ。結果的にこうして宴の肉を調達できたから良かったが、お前ら今後はしっかり気をつけろよなー!」

 

「あーん大変申し訳ありませんでしたわぁドーガ殿!今度からちゃんと気をつけますわね~!」

 

「わ、私も頑張ってき、気をつけますぅ~!」

 

このわざとらしいテンションで既にお分かりだろうが、三人の振る舞いは演技である。

ただし、まるっきりの嘘ではなく袋の肉がそうであるように、事実をねじ曲げて発言しているに過ぎない。

 

あの謝罪の後、村で宴を開く事を思い出した彼女らは取り敢えず肉でも調達しようと判断し魔獣狩りに動いていた。

 

つまり二人が襲われていたところを助けたとドーガは言ったが実際は『二人が襲われていた』ではなく『三人で襲っていた』のであり、ホープが囮として魔獣の注意を撹乱させている間にドーガとバーヴァン・シーで軒並み討伐したというのが事の真相だ。

 

無論それをありのままに伝えたらドーガが『バーヴァン・シーはともかくホープと、名無しと仲良しこよししている』と一部の名無し差別派の妖精たちから認識されかねない。

故にこうして適当に改竄し上手いこと誤魔化す必要があった。

 

「よーし、そんじゃ他の牙が戻ってくる間にオレたちも準備に取りかかるぞ!言うまでもねぇが手間掛けさせた分お前ら二人もしっかり働けよぉ~?」

 

「はーいっ!責任持って骨身を惜しまず動きまーす!」

「が、頑張りまーすっ!」

 

こうして他の妖精共々宴の準備に取り掛かる三人であった。

…これから“気持ち悪い目”に会う事も露知らずに――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

 

それから準備をしている間に夜を迎え、名無しの妖精がホープという名を手に入れた記念…というテイで宴会が始まった。

 

「さぁ皆さん!既に我らまとめ役から聞き及んでいるとは思いますが今夜の宴はそちらの元名無しの妖精、もといホープくんが名前を得たことを祝う為に開かれました!」

 

司会のハロバロミアが今回の宴は誰がメインなのかについて話す。

 

「無論、ホープという名をその子に授けてくれたバーヴァン・シーくんも祝うべきです。もし今までの対応を思い出してホープくんに接するのが気まずい、という者がいるなら是非彼女を祝ってあげてくださいね!」

 

「さすがハロバロミアだ!言いにくかったことも言ってくれた!」

「バーヴァンシーは優しいなぁ!人気者になるのも当然だなぁ!」

「荒くれ者のドーガと仲良くなってたくらいだ!ここに来る前はきっと上級妖精からも好かれてたに違いないぞ!」

 

「ハッハハ。別にそんな大したことはないってぇ~」

 

(うーん、昨日と同じように誰一人として私のことを悪く思っていないわね。相変わらず気味が悪いなぁ…)

 

煽ててくる妖精たちを適当に対応しながらバーヴァン・シーはそう不快に思う。

名前を付けたのが自分だと広まっているわけだが、村のほぼ全員がホープを名無しとして差別していた中で、一部の妖精たちはそれ自体を一つの“楽しみ(あそび)”として行っていたという可能性も十分に考えられる。いや、実際にそうだったのだろう。

 

ならば当然そういった一派の連中が楽しみをやりにくくさせた張本人である自分を快く思う理由(わけ)が無い筈で、絶対に自分に対する心の不満が生じている筈なのだ。

 

にも関わらず昨日と同じく宴の場にいる全員がしていた自分を良く思っている。

その状況にバーヴァン・シーはどうせ殆どが真っ赤な嘘なんだろうなと思いつつ、皮肉げにほくそ微笑む。

 

(全くどいつもこいつも本心を隠すのが上手いこと。もしかして私が妖精眼を持っているかもしれないと無意識に警戒してるのかしら?……まあ、『言葉』や『思い』は偽れても『色』や『本性』は筒抜けだけどね)

 

実際、彼女が考えた様に一部の妖精たちは昨夜の時点で苛立ちや落胆など様々な暗い色に加え、自らの為なら他者を害す事も厭わないであろう醜く濁った本性が見え見えだった。

加えて――――

 

(バーヴァン・シーはともかく何でこいつまで祝わなきゃいけないんだよ…)

(あほくさいからさっさと出ていってくんないかな)

(正直こんな役立たずに割いてる時間があったらバーヴァン・シーと話してた方がいいよなぁ~)

(こんなぐずを祝えとかハロバロミアもキツイこと言うなよ…)

 

このように、彼女の隣にいるホープに対しては当然と言えば当然ではあるが相変わらずだった。

いくら妖精は移ろいやすい性質があるとはいえ、流石にその日の内に対応や印象を変えてくれるほど単純ではない。寧ろ心変わりしない者はどれだけ日を重ねようと変わりはしないだろう。

 

(ま、そんなのは考えるまでもなく予想できていたけどね。…情報収集、という点でもドーガを味方につけた以上は彼から粗方聞き出せばいいし、もうこの村に居座る理由が無くなってきたわね……)

 

強いて他にあると言えばハロバロミアもこちらに引き込むくらいだろうか。

そうバーヴァン・シーは思ったがハロバロミアはこの村全体のまとめ役、つまり村の妖精全員を仲間として扱う立場上こちらに肩入れするかどうかの疑問が彼女の中で生じていた。

 

(とはいえ同じまとめ役で…牙の士族だっけ?それを始めとして多くを仲間として見ているドーガとこうして仲良くなれたわけだし、可能性としては期待できるかも―――)

 

「バーバンシー!バーバンシー!ちょっといいかな?」

 

そうしてハロバロミアと友好関係を築くか否かに思考を巡らせていると突然横から響いてきた声によってそれを中断させられた。

声のした方を見るとその主はドーガの連れ二人の内の片割れだった。

 

(バーヴァン・シーさん…この人は…)

(…ええ、どうやら私に用があるみたいね)

 

ホープの心配を受けて“既にわかっている”といった様子で警戒し、笑顔を作りバーヴァン・シーは向こうに応じる。

 

「………これはこれは、いつもドーガ殿と一緒にいる牙の妖精じゃないの。私に何のご用で?」

 

「いやなに、もちろんバーバンシーを祝うためさ!今日はホー…プだっけ?とにかくそいつの前にまずはバーバンシーからもてなそうと思ったのさ!というわけでほら、酒を注いであげるからコップを出して出して!」

 

親しい感じを出して彼は話しかける。取り敢えずおとなしく言う通りにコップを差し出すバーヴァン・シー。

 

「ハハハそれはありがと~。けどどうして私からなの?」

 

「ほら、昼間に村で見たけどドーガと一緒に仲良くなってただろう?それでいつもドーガと行動している仲間として、お礼も兼ねて君から接待しようかなとそこにいる奴と一緒に考えてね!」

 

そう言って彼が指を指した方を見ると、もう一人の連れがいかにも楽しんでくれと言わんばかりに手を振っていた。

 

「ふーん…つまり貴方たちは私に感謝の意を示しているが故にこうして真っ先に相手してくれている、と」

 

注がれたコップを手元に戻して見つめる。

昨日飲んだそれと変わらぬ、実に芳香な匂いが鼻をつく。

 

「そうだよ!だからバーバンシーも、これをボクたちからの“かんしゃのびしゅ”としてぜひ味わっていってね!」

 

「なるほどなるほど。それではお言葉に甘えて早速…と、いきたいところだけれどその前に一つよろしいかしら?」

 

「うん?なんだい?」

 

 

その言うと、バーヴァン・シーはコップを握る力を少し強めて――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の酒なんか飲めるか邪精め」

 

 

――――思いっきり口元目掛けてぶちまけた。

 

 

「!? バーヴァン・シーさんっ!?」

 

「ぶっ!?が、げほっ…?!」

 

 

友の突然の行動に驚くホープ。それを他所に彼は吹っ掛けられた際に思わずそこそこの量を飲んでしまい、必死にその場で吐き出そうとする。だが―――。

 

 

「あ"、が、げぇえっっ……!!?」

 

 

それよりも早く体に異常が現れ始める。内側から蝕まれているかの様な――否、実際に蝕まれている感覚に堪らず苦悶の表情を浮かべる。

 

 

「…その様子を見るからにどうやら即効性の、それもかなり強力なものだったみたいわね」

 

「お、おい!何やってんだバーヴァン……シー…?」

 

周囲がざわつく中で異変を察知したドーガが声を荒げてバーヴァン・シーに迫ろうとするが、彼も自らの連れの異常に気づく。

 

「は…?おい、なんだよ、これ?」

 

「ドーガ、それにホープも見ればわかるはずよ。こいつのこの容態、つい先日この村に来たばかりの私よりずっとこの地に馴染み深いであろう貴方たちなら特にね」

 

「は、はい…この症状は、『毒』です…。それも、少量でも放っておけば30分程度で死に至る、神秘がこめられた猛毒ですっ…!!」

 

唖然としているドーガの代わりにホープが答える。

 

妖精というのは総じて鉄と毒に滅法弱く、汎人類史は勿論、このブリテン異聞帯でもその性質は変わらない。

特に毒を飲ませるというのはあまり流血沙汰にならず手軽に処理できるので、人間もそうだが妖精を殺すという上では一種の暗黙の了解になっている。

 

まして純粋な殺意を以て作られた神秘の込もった劇毒など飲んでしまったが最期、まず助かることも成す術もなく確実に死ぬ。

だと言うのに、バーヴァン・シーの目の前で悶えている彼はそれをさも当然の様に遂行しようとした。結果は見ての通りだが。

 

「ぁ…お、まえ……なんで、ぼボクが…どくをそそ、いでる…と、わわかって…」

 

「別に大したことはないわよ。私が他者のそれまでの行動や表情、発言からそいつの感情がなんとなく読み取れる特技を備えていたからこうして対処できただけのこと」

 

妖精眼を使えるから、などと断言してしまえば連れ二人のみならずホープ否定派の妖精たちまでまとめて敵に回しかねないので、あくまで“ちょっとした読心術”と軽く偽ることで誤魔化した。

 

彼女が妖精眼を使えることを知っているのはホープだけであり、ドーガでも今はまだ事実は告げていなかった。

当人が絶対に言わないとしても何かの拍子…例えば仲の良い友人と話してる時などにうっかり喋ってしまう可能性を懸念していたからだ。

 

「つまりね?ホープを毛嫌いしているハズのお前が、そのホープに名付けした私にあんな友好的な態度で近づいてくるわけがないし、その時点でお前に対する警戒は最高潮だったってコト」

 

「な……ぁ…じゃ、さいしょ、から…しんよう、してなか、った…の、か……っ!!」

 

「被害者ぶったような面でそんな言うまでもないこと吐かないでくれる?ドーガには申し訳ないけど、私は一目見た時からお前に対してあまり良い印象を抱いてなかったわ」

 

「っ……」

 

彼女のその言葉に、ドーガはこれまで二人と行動を共にしていた仲間として反論したかったが、今朝の自分の懺悔を思い出し何も言えなくなる。

ここで彼らに味方し下手に突っかかればその懺悔を自ら無意味なものにしてしまう。

第一この状況からして毒を飲ませようとしていたのは本当なのだと嫌でも理解できた、できてしまった。

 

「…おい……お前…」

 

「! ドーガ…」

 

だからこそ彼は―――彼女ではなく自分と共にしていた仲間の方に足を動かした。

 

「ぁ…あぁ…どー、が……」

 

「…なぁ、なにやってんだお前ら。そりゃオレらはこれまでずっとホープを名無しとして虐めて口汚く罵ってきたし、従ってそれをいきなりできなくさせたバーヴァンシーが気に入らねぇのも仕方ねぇんだろうよ」

 

彼は、二人の気持ちもなるべく汲もうとした上で話しかける。

 

「だけどさ、宴の最中に毒飲ませて殺ろうってのはどういう了見なんだよ…?」

 

彼は未だ信じられないという様子で、それでも彼らに言い聞かせる様に、徐々に声を荒げていく。

 

「そりゃねぇだろ…!宴ってのは!みんなが楽しむもんであって!誰かの命を手前(てめぇ)の事情一つで奪っていいもんなんかじゃねぇだろうがっ!!」

 

彼は、ドーガは怒った。そして、自らの連れがどういう行動を起こすか予測できなかった自分の不甲斐なさを激しく責めた。

例え最初からバーヴァン・シーに嫌われて、随分と前からホープに失望されていたとしても、それでもドーガにとってはこの地、この森、この村で生きる大切な仲間だったのだ。だからこそこんな凶行に及ばせてしまった事が悔しかった。

 

「なぁ、なんでだ?なんでこんなことしたんだ?バーヴァンシーが、この村の仲間がそんなに気にくわなかったのかよ!?」

 

故にこそリーダーとしてのせめてもの責任でこんな凶行に及んだ理由を問う。

例え“名無しなんかに名前をつけたバーヴァンシーに腹がたった”と、そんな感じで大方わかってしまうとしても。

彼らの口から直接聞く必要が、義務があった。

 

「な…なん…で、って…」

 

「そん…なの…ばー、ばん、しーと……ななし、だけじゃ、なくて――――」

 

 

「――――おまえもだよ、ドーガ」

 

 

刹那、奥に座っていたもう一人の連れがそう言い放ち、不意を突かれたドーガの首もとにその獣の剛腕を振り下ろすが――――

 

「させるかぁっ!!」

 

それよりも僅かに早くバーヴァン・シーの蹴りが炸裂する。

一切の手加減が込められていない本気のそれは、見事脇腹を捉え大きく蹴り飛ばした。

 

「がぁあ、くそ…!?」

 

思わぬ反撃を食らい痛みに喘ぐ牙の獣人。

騒ぎがより一層大きくなる中、それを見て動揺するドーガに彼女は渇を入れる。

 

「ちょっと、しっかりしなさい!今のでわかったはずよ、こいつらは少なくとも貴方も殺す気だったって事が!!」

 

「! あ、ああ…。そうか、そう、だったんだな…」

 

下に目線を向けるドーガ。そこには泡を吹き始め、今まさに命の灯火が消えかからんとした自らの連れがいた。

 

「くそ、くそ、くそ…!」

 

どこまでも自分の都合で動き、その為ならば親しい筈の身内さえ殺しにかかる狂気の性。

その精神異常に心当たりのあるドーガは、最早このまま死なせる事しかできないと悟ってしまい、尚の事悔しさを膨れ上がらせた。

 

「こ、これは…いや、もしかしなくてもそうだよね…」

 

一方でホープもまた“これ”が何なのかを察してしまい、自然と表情が重くなる。

 

「ちょ、ちょっと!?用が終わって戻って来てみればなにがあったんですか!?」

 

と、ここでついさっき晩飯の用意を終えたハロバロミアが場に戻って来た。

さぞ楽しくやってるんだろうなと思いつつ宴に戻れば、ドーガの連れ二人が一人は泡を吹き二人は脇腹を押さえながらも息を切らせて立っているという、どう見ても不味そうな雰囲気になっているではないか。

 

「はぁ、はぁ…ん?ハロバロミア?」

 

奥で息を切らせていた牙が彼に気づく。

 

「なんだ、この騒ぎを起こしたのはキミかい?全く、この村で争いは禁止だと何度言えばわかるんだ!」

 

ハロバロミアも彼の存在を確認した後、注意をする為に歩いていく。

 

「…?なんどいえばっていってるけど、気に入らないやつがいたらころすのがあたりまえでしょ?」

 

「はぁ?何を言ってるんだキミは!あまり悪い冗談を言っていると流石に私も強く注意せざるを得ないぞ!」

 

「あ、おいハロバロミア!駄目だ、今のあいつは危険だから戻れ!!」

 

相手のふざけた返答に少々立腹しながらも威圧せずに優しく近寄るハロバロミア。

それをドーガが必死に呼びとめるが、事情を詳しく知らない彼はその制止を本気にしてくれない。

 

「はっはっは、大丈夫ですよドーガ。共にこの村を生きる仲間ですし、少し頭を冷やせば落ちついてくれるでしょう。まさかとは思いますが“悪妖精化”なんて」

 

 

 

「―――おまえ、さっきからえらそうにしていて気に入らない、じゃまだからそこどいて」

 

「え?」

 

そう冷淡に吐き捨てると、彼はハロバロミアに躊躇なくその凶腕を伸ばし―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごっ――――…!!?」

 

「ぎぇあぁああっっ!!!?」

 

腹を()()()()()と同時にバーヴァン・シーの鋭利に伸びた赤爪によって()()()()()()()()()

 

「チィッ!」

 

(くそっ間に合わなかったかっ!!)

 

飛散する血の中、舌打ちするバーヴァン・シー。同時にハロバロミアを抱えすぐさまホープらの元に退避する。

その悲惨な有り様を目の当たりにしたホープが声をかけようとするが――

 

「あ、あ、ハロバロ―――」

 

「ひ、ひヒヒヒひひははっ!!ほら、ほら、見ただろう、村のみんな!」

 

その時、切り落とされて片腕になった獣人が狂笑をあげた。

ギラついた目に剥き出しにした牙、止めどなく出血している断面を抑えようともせずに残った腕でこちらを指している。

その様は、つい昨日までの面影などどこにもなかった。

 

だが、バーヴァン・シーらにそんな醜態ならぬ狂態に動揺する暇などなかった。

 

「村にきたばかりのクセにその役立たずに名前なんかつけたえらそうな無法者!ちょっと毒をもられそうになったからって同じ村のなかまであるボクたちをべんめいもさせずにカンタンに傷つける!」

 

彼は、自分たちが仕出かそうとした業の深さを棚に上げて周囲の妖精たちに言い散らす。

 

「名無しを虐めるのはそれなりに楽しかったのに!名無しを騙すのは愉快だったのに!名無しを貶めるのは心地良かったのに!それを全部あいつが、バーバンシーが名前なんてつけたせいで満足するまでやれなくなった!」

 

――みんな、こんなやつらをどうおもう!?じぶんたちのつごうしかかんがえないやつらをどうおもう!?

 

獣人の、悪意の叫びが木霊する。それをバーヴァン・シーは止めることができなかった。

重傷人(ハロバロミア)を抱えているというのもあるが、下手に黙らせようと動けば『口封じの為に痛めつけた』などと悪い誤解をされかねないからだ。

 

 

……尤も、そんな憂いなど気にする必要も既になかったのだが。

 

 

「………ひどいとおもう」

 

 

「うん。たしかにひどいしわるいし、気にいらない」

 

 

「やっぱり役立たずの名無しにかたいれする時点でロクデナシだったんだ!」

 

 

先に説明したが、妖精たちはとても移ろいやすい生き物である。

ブリテン異聞帯の妖精たちの場合は悪い印象から良い印象に変わることは基本的に無いが、良い印象が悪い印象に早変わりすることは恐ろしいまでになりやすい。元々悪い印象を抱いている場合は尚更である。

 

そしてそれは、当然ながらこの村の妖精たちも例外ではなかった。

彼の叫びが、悪意が、元より否定的な考えだった連中のみならず、それ以外の者たちにも伝播していく。

 

 

「でていけ。この村からでていけ」

 

 

「おなじ村の仲間をきずつけ、そのうち一人はこうして殺しすらしたおまえたちはもう村の一員なんかじゃない!」

 

 

「全くテメェらを信じたオレたちがバカだったぜ。こんな他人を利用することしかしねぇような奴らに絆されやがったドーガの野郎も同罪だ。同じまとめ役として恥ずかしいぜクソったれが」

 

 

「そうだそうだ!ドーガも前々から怪しいとは思ってたんだ!やっぱりボクらを利用する気だったんだな!」

 

 

 

でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。でていけ。

――――きえろ。

 

 

 

「っ………!!」

 

バーヴァン・シーはゾッとした。たった一人の悪意と狂気がここまで変貌させるのかと。

変貌した中にはついさっきまで邪気が見えなかった者すらいた。

それが今は他の連中共々真っ黒だ。元々邪気があった連中に至っては黒すぎて彼女の視点では最早元の輪郭すらわからなくなっていた。

 

「お、おい…こりゃヤベぇぞ……?」

 

「…え、ええそう、です、ねまった、く…」

 

状況の不味さに焦るドーガ。そのドーガの警告をまともに受け取らずにまんまとこの状況を作る切っ掛けになってしまったことを自嘲するハロバロミア。

実際このままだと醜く膨れ上がる“民意”によって、彼らがいつ殺しに掛かってきてもおかしくなかった。

 

「黙ってなさいハロバロミア、喋ると体に響くから。ええそうねドーガ、一刻も早くこの場から立ち去るべきだけど…」

 

バーヴァン・シーは考える。こちらには重傷人が一人、しかし村の連中の中には当然ながら連れ二人以外の牙の士族がそれなりにいるし、こちらが動けば向こうも追ってくるだろう。

これらをどうすれば凌げるか、目まぐるしく必死に思考を回していると。

 

(あの、バーヴァン・シーさん!)

 

(! どうしたのホープ?)

 

ホープが小声で話しかけてきた。どうやら何か思いついた様だ。

 

(もう察していると思いますが村のみんなはいつ襲ってきてもおかしくないので説明する暇もありません。ですのでまずは私についてきてくれませんか?)

 

(…わかったわ!聞いたわねドーガ!?)

 

(ああ、状況が状況だ。オレもホープを言葉に従うぜ。…牙たちにゃ悪かったがな)

 

(ありがとうございます。それじゃ合図を出しますのでその瞬間私について走ってください!)

 

(了解!)(おう!)

 

そしてじりじりと村の妖精たちがにじり寄る中、ホープはタイミングを見計らい………

 

 

「――――今ですっ!!こっちへっ!!」

 

 

その掛け声を皮切りに、一斉にその場から逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

――ブリテン・中原への丘―――

 

「はぁっ、はぁっ、はっ…ここまで来れば、大丈夫です」

 

「ふぅ、ふぅ、ほ、ほんとに?…まぁ、確かに追ってきていた妖精の気配はさっきから無くなってるけど……」

 

「お、お前よくこんな道を覚えてたな?オレでも随分前から記憶に無かったってのに…」

 

追っ手の気配が消えた辺りで一旦足を止める一行。

彼女らが現在いる所は村からブリテンの広大な中原に続く丘道の内の最後の3つ目を越えた辺りだ。

ここでは名無しの霧の影響範囲外なのでそれまで忘れていたものが明瞭になってくる。

 

…ただ、ホープやドーガはもうずっと前から森にいる上に、ホープに至っては新しい名前を授かっているので今更過去を思い出すことは無い。

因みにバーヴァン・シーは偶々影響の弱い範囲にずっといた為、ほとんど記憶に支障は起きなかった。

 

「…さて、じゃあ上手く撒けたところで私はこの人の治療に専念するわ」

 

バーヴァン・シーはそう言うと彼を――ハロバロミアをゆっくりと丁寧に地面に降ろし、今もドクドクと血が流れている腹部に手をかざし、自身の魔力と空気中の神秘を最大限に動員させる。

 

「わ、私も手伝います!バーヴァン・シーさん一人に負担は掛けさせられません!」

 

ホープも奮起になって神秘を集中させる。彼女も村の一員として最低限とはいえ受け入れてくれたハロバロミアに恩返ししたいと思っていた。

 

「ええ、ありがたいわ。…先ほど追い詰められていた時の機転といい、また貴方に助けられたわね」

 

「お気になさらず。つい昨日まで絶望していた私が言うのもアレですが、仲間を助けるのは当たり前ですから」

 

「フフ…確かにその通りね」

 

若干今更ではあるが、ホープもまたバーヴァン・シーに救われ、名前を付けられた影響で大きく精神面で成長していた。

 

「それじゃドーガ、見ての通り私たちはしばらく動けないから、その間の見張りを頼んだわ!」

 

「ああ、任せとけ!」

 

そしてハロバロミアの治療が終わる間、ドーガは彼女らを信じ、バーヴァンシーとホープは彼を信じてそれぞれの役割りに取り組んだ。

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ―――っ…ぁ…ここは…?」

 

あれから約30分、ようやく完治した後にハロバロミアがゆっくりと意識を取り戻した。

 

「っっ!!ハロバロミアさんっ!!」

 

 

「うおっ…!?ほ、ホープくん!?」

 

目覚めた途端、青い髪の見知った顔が飛び込んでくる。

それにハロバロミアは驚くも、よく見ると少女が涙を流していることに気づく。

 

「あ、あぁ…良かった…死ななくて、生きていてくれて、本当に良かった…!」

 

そこには自分の生存を心から喜ぶ嬉しさが溢れていた。

その時、自分の中でも温かいものが生じる。

だがそれは『どうせ自分も皆も将来的に終わるんだから今を精一杯楽しもう!』という諦めのそれとは違う、もっと別の温もりだった。

 

「ハロバロミア」

 

「よう、起きたみてぇだな」

 

目の前の彼女とは違う声が聞こえる。見やるとバーヴァン・シーとドーガだった。

 

「バーヴァン・シーくん…ドーガ…」

 

「先刻ぶりね。一応、傷自体の完治には成功したけど血が圧倒的に足りていないから貴方が目を覚ますまでに魔力で果実を生成しておいたわ。ほら、穴空けておいたから飲みなさい。因みに即効性よ」

 

「それと今オレらがいる場所は中原へと続く道の3つ目の丘、つまりここを少し歩きゃあだだっ広ぇ大自然とご対面ってわけだぜ」

 

「そ、そうか。ありがとう、そしてすまないね…」

 

渡された果実をゆっくりと飲み下していく。するとみるみる内に、ぼーっとしていた頭が、意識が段々と明瞭になっていく。

 

「はぁー…取り敢えず、という程度には生き返ったよ。改めてありがとうバーヴァン・シーくん」

 

「礼ならそこのホープに言いなさい。彼女がこの道を覚えてくれなかったら今頃あの村で全滅していたかもしれなかったんだし」

 

そう言われて眼前の彼女へと視線を下ろす。

少しボサついた髪に左の目元の傷跡が目立つ。何より元は美しかっただろうに、今は所々欠けていて色褪せている大きな翅。

その身に纏う雰囲気こそ今朝見たそれと変わらないが、見た目はこれまでと寸分違わず傷だらけのままだった。

 

(…ああ、私は、この子がこんなになるまで長い間、見てみぬフリをしていたのか)

 

『自分たちは将来など約束されてない、終わった存在。だから何があろうと気にせず楽しもう。』

そんな現実逃避に等しい考えに囚われた結果、目の前の小さな恩人がこれほどまでに痛ましい姿になろうと気にもせず、ただの村の一員としてしか見ていなかった。

 

 

…ああ、何が“誰もが羨む風の氏族”だ。

自分は諦めによる現実逃避を理由に、一人の優しい少女がどれだけ傷付こうが痛めつけられようが救いの手の一つも差し伸べなかった薄情者、いや無情者ではないか。

 

それどころか今思えば、少女の誰に対しても無償でお願いを聞き入れ、感謝する時はちゃんと『ありがとう』と言えるその美しい在り方に嫉妬すらしていたのかもしれない。

 

それこそ、嘗て正論を言われた事を理由に自分を追放した“あの御方”のように。

 

「ホープ、くん…すまない。私はキミが今まで散々な目に会い続け、その度に嘆き苦しんでいただろうに…キミをちゃんと見て、その上で助ける事を一度もしなかった」

 

「…ハロバロミア、さん…」

 

「は、はは…村の頼れるまとめ役、なんてとんでもない。私は…私は…とんだ、盲目で哀れな、落ちこぼれだっ…!」

 

彼もまた、ドーガと同じ様に罪悪感に心を締め付けられ、静かに謝罪の涙を流しながら自責の言葉を紡ぐ。

 

しかし、当然ながらこれを許さないほど今のホープの器は小さくない。

 

「…あぁ。ハロバロミアさん、どうか涙を拭いて」

 

「…ホープくん…?」

 

「確かに…あなたはこれまで私のことをまともに見ることはなく、相手にする時も適当に済ませるのがほとんどでした。昨日の朝までの私なら絶対に許せなかったでしょう」

 

「ですが…ドーガさんにも言いましたが、私はバーヴァン・シーさんと出会い、交流したことで考えを改められたんです。他人を信じるのもまだ捨てたものではないし、自分も誰かを信じてみたいって」

 

ホープはハロバロミアと目線を合わせ、彼の心に響く様に精一杯に今の自分の思いを伝える。

 

「だから、私はハロバロミアさん…あなたを許します。あなたを信じたいから、バーヴァン・シーさんやドーガさんたちと一緒に居たいから、許します」

 

「―――ですからどうか、それ以上自分を責めないで」

 

そうして自らの肩に手をかけ、犯した『罪』を許すと言ってくれている少女は。

最早彼にとって自分どころか仕えていた主すら霞むほどに、ただただ美しかった。

 

そして彼も、ハロバロミアもまた―――真に『許される』ことがどういう意味かをようやく知る事ができた。

 

「……すまない…!すまなかった…!」

 

「はい、許します。私だけじゃなくバーヴァン・シーさんもドーガさんも許します」

 

「私もその言葉に同意するわ。貴方には出会った時からホープやドーガと同じく邪気を感じなかったからね」

 

「まあ、オレに関しては許す許さないが言える立場じゃねぇけどな。…それはそれとして良かったな、ハロバロミア」

 

「あぁ…あぁ…そうだね、ドーガ…!」

 

 

 

――――その夜、四翅は互いに寄り添い合い、静かに眠りを共にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

 

――森から出た先の丘に立つ、四翅の妖精。

 

 

 

「そう言えば、結局あのあと村の妖精たちはどうしたのかしら?」

 

「多分、そのまま悪妖精化して穏健な妖精たちを殺し尽くしてしまったかと思われます…」

 

「大方そうだろうな。一度悪妖精化しちまったらもう始末するしか他に手が無ぇ。ったく胸くそ悪ぃな。」

 

「ええ、悪妖精化した時の恐ろしさはモースのそれと遜色ありませんからね。…あぁそう言えばバーヴァン・シーくんは悪妖精化を知らなかったね?少し説明してあげましょうか?」

 

「いや……結構よ。今の貴方たちの発言で少なくともロクでもないモノだと理解したわ」

 

 

 

―――四翅の眼前に広がるは、黄昏色の空に生命溢れる緑の大地。

 

 

 

「…皆それぞれ複雑な思いを抱いてるでしょうけど、悪妖精や村の事は今はおいておきましょう。今私たちに降りかかっている問題はこれからどうするという事よ」

 

「…そうですね、ここからだと一番近いのは私がかつて住んでいた…はず、のソールズベリーです。まずはそこに向かって今のブリテンがどうなっているのかを調べてみるのはどうでしょう?」

 

「いや、それはいい選択とは言えませんねホープくん。あそこは翅が傷付いた妖精には当たりがキツイです。行くのは得策ではありません」

 

「うーん、だけどよ。こっから他の街に行くっつんなら相当時間かかるぜ?まあオレは体力がウリみてぇなもんだしそれでも構わんが…」

 

「そうね…では、私が神秘で周りのホープに対する認識を偽装させるわ。これなら魔力が切れない限り問題無いわよね?」

 

 

 

――四翅はそれぞれ元名無し、牙、風、そして違う世界からの漂流物。

 

 

 

「え?バーヴァン・シーさんはそんなこともできるんですか?」

 

「ええ。実は私ね、相手を騙すことが得意なの。だからその手の認識改変は割と簡単に出来るわよ。そうね、要領としては魔術に近いかしら?」

 

「へぇーすげぇな!そいつは初耳だぜ!」

 

「私も初めて聞きました。あくまで要領が近いだけとはいえ魔術はこの国で女王陛下のみが扱える代物ですから、驚きを隠せませんね」

 

「へぇ、モルガンにしか扱えないんだ。まぁそれも道すがら聞くとして……次なる行き先はそのソールズベリーでいいかしら?」

 

「ええ、貴方のその認識改変が上手く出来るなら問題は無いでしょう。これで次に我々がどこに行くべきかの指針は決まりましたね」

 

「了解。ならこのまま向かいましょうか」

 

「よっしゃ、それじゃさっさと行こうぜ!良かったな、ホープ!」

 

「は、はい!私もとても嬉しいですっ!!」

 

 

 

――結論がまとまった四翅は自由の街、ソールズベリーにへと足を動かす。

 

 

 

「――よし!それならここは妖精らしく自由に愉快に出発の掛け声を上げようじゃないの!」

 

「おっ!そいつはいいな!楽しく叫ぼうぜ!」

 

「私としてもそういうノリは嫌いじゃないです。寧ろこういう大変な時だからこそ元気良くやるべきですしね!」

 

「はい!いつまでも落ち込んではいられませんし、前向きにいきましょう!」

 

 

 

――そうして四翅はこの世界に届けと言わんばかりに、盛大に、楽しく、無邪気な笑顔で叫ぶ。

 

 

 

「それじゃあ、さっそくソールズベリーとやらにぃー!しゅっぱぁーつ!!」

 

 

 

 

「「「しゅっぱぁーつ!!!」」」

 

 

 

 

――かくして四翅はおしまいの村より旅立つ。本来の流れでは絶対に有り得なかった光景がそこにはあった。

 

 

 

――彼女らの巡礼の旅は、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 




長々と続きましたがこれにて第一節は終わりです。
次回から第二節が始まります。


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裏設定
ステータス


第一節終了記念として今の主要人物たちのステータス設定を公開します。
原作を意識しながらゲーム風に書きました。


【主人公】バーヴァン・シー /Lv40

 

HP:7014  AT:5647

 

属性《混沌・悪》

 

カード構成:B1・A2・Q2

 

スキル① 《可憐な振る舞い》【Lv5】リチャージ:5ターン

効果:敵単体に魅了を付与(男性の場合付与率アップ)(3ターン)+自身に魅了特攻を付与(3ターン)+男性特攻を付与(3ターン)

 

スキル② 【ストーリー進行で解放】

 

スキル③ 【ストーリー進行で解放】

 

大技:《暴飲の赤い薔薇(グリード・ヴァンパイア)》〔タイプ:Quick 〕【Lv3】

効果:敵単体に超強力なダメージ+被吸血状態を付与(3ターン)+弱体耐性をダウン(3ターン)

 

 

 

 

【旅の仲間第一号】ホープ/Lv30

 

HP:4527  AT:3516

 

属性《秩序・善》

 

カード構成:B1・A3・Q1

 

スキル① 《囮としての努め》【Lv5】リチャージ:4ターン

効果:自身にターゲット集中状態を付与(3ターン)+回避を付与(3回)

 

スキル② 【ストーリー進行で解放】

 

スキル③ 【ストーリー進行で解放】

 

大技:《感謝の祝福》〔タイプ:arts〕【Lv1】

効果:味方全体のNP増加(20%)+NP獲得量アップ(3ターン)+バーヴァンシー〔汎人類史〕に対してのみスキルCTを2短縮

 

 

 

 

【牙の氏族】ドーガ/Lv50

 

HP:7903  AT:6533

 

属性《秩序・中庸》

 

カード構成:B3・A1・Q1

 

スキル① 《牙の膂力》【Lv5】リチャージ:5ターン

効果:自身の攻撃力をアップ(3ターン)+防御力をダウン(3ターン)【デメリット】

 

スキル② 《動物的第六感》【Lv5】リチャージ:5ターン

効果:自身に回避を付与(1ターン)+被ダメージ時にNP獲得(3ターン)

 

スキル③ 【ストーリー進行で解放】

 

大技:《野生の連擊》〔タイプ:Buster〕【Lv3】

効果:敵単体に強力なダメージ+自身にバスターアップを付与(1ターン)+防御力をダウン(3ターン)

 

 

 

 

【風の氏族】ハロバロミア/Lv40

 

HP:6130 AT:5362

 

属性《秩序・善》

 

カード構成:B1・A1・Q3

 

スキル① 《村の元カリスマ》【Lv5】リチャージ:5ターン

効果:味方単体に回避を付与(1ターン)+スターを獲得(10個)

 

スキル② 《理知的な采配》【Lv5】リチャージ:6ターン

効果:味方全体のQuick性能をアップ(3ターン)+攻撃力をアップ(3ターン)+自身のスター集中度がダウン(3ターン)【デメリット】

 

スキル③ 【ストーリー進行で解放】

 

大技:《美しき風の神秘》〔タイプ:Quick〕【Lv3】

効果:味方全体のスター発生率をアップ(3ターン)+クリティカル威力をアップ(3ターン)

 

 

 

 




以上が現段階での主人公たちのステータスですが、【】の中に書いてあるように今後のストーリーの進行によって一部が変わったり追加されたりする予定です。
つまりマシュと同じ仕様ですね。


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第二節《ソールズベリー》
自由の町


「―――それっぽい所に着いたけど、ここが例の町で間違いないのよね?」

 

森を抜け、中原に出てからかれこれ二時間ほど歩いたところでバーヴァンシーら一行は目的の場所に辿り着く。

 

「はい、ここがかつてハロバロミアさん、そしてまだ前の名前を覚えていた頃の私が住んでいた街…ソールズベリーです」

 

「ええ。ホープくんの言う通り、この街が私と彼女が元居た故郷と言える場所だ。…ああ、あの方は今どうしておられるのだろうか……」

 

「オレはここに来た記憶はねぇな、地元(オックスフォード)の事しか覚えちゃいねぇ」

 

一行の前にあるソレは周りを四角に強固な壁で守られ、正門には一筋の噴水道があり奥に聳える教会の様な巨大な建築物へと真っ直ぐに続いている。

その周りには赤銅色の屋根が特徴の西洋建築の家や店が此処彼処に並び建っており、良く見ると妖精のみならず人間も普通に出歩き行き交っていた。

 

此処こそが妖精と人間の格差がある妖精國ブリテンで唯一人間の正当な独立権が認められている、通称“自由の町”――――『ソールズベリー』である。

 

「へぇー、ここがホープとハロバロミアの…。ところでハロバロミア、“あの方”とは一体誰なのかしら?」

 

バーヴァン・シーは先ほどのハロバロミアの呟きに含まれていた単語が気になり彼に問いかける。

 

「ああそういえばバーヴァン・シーくんには教えてなかったね。私が今言ったあの方とは、このソールズベリーの領主にして我ら風の氏族の長である『オーロラ様』の事だよ」

 

風の氏族長オーロラ。ハロバロミアが嘗て仕えていた主であり、数千年も前から生きているブリテンの古株だ。

彼女はその麗しき外見や気品溢れる立ち振舞い、そして思わず聞き惚れてしまいそうな柔和な声色から妖精國で最も美しい妖精と称えられている。

 

「オーロラ様は童話から出てきたかと思わんばかりの聖女なので、私の知る限りこの町であの方に支持しない、靡かない妖精はいないと言っていいね」

 

「それどころかブリテンの誰もが彼女の美しさを認めているので、もはや美しい妖精といえばオーロラ様が一般的な常識となっています」

 

「そういやオレら牙んとこの長も確かオーロラ様に惚れてる節があった気がするんだよなぁ」

 

「ふーん…風の氏族の長とやらでブリテンの誰もが認める美しい妖精、ねぇ……」

 

些か想像しにくいな、とバーヴァン・シーは思った。

妖精とは本来は目的に忠実で価値観も考え方も千差万別、老若男女で違うもの。

勿論バーヴァン・シーらの様に他者を認め支え合うこともあるが価値観や考え方が違うということは即ち美的感覚も当然違うわけで、ブリテン中から美しいと称えられているのは違和感があった。

 

(ま、そんなに理想的な感じならそれはそれでどんなものか興味が沸かないこともないわね。せいぜい拝めるなら拝んでやろうじゃないの)

 

「取り敢えずそのオーロラって妖精が貴方たちが言うほど綺麗なのかは後々確認するとして、まずは情報収集といきたいんだけどよろしくて?」

 

バーヴァン・シーの言葉に頷いて同意する三翅。

三翅としても今までずっと外から隔離された環境にいたので現在のブリテンがどういう世情になっているか程度は知っておきたかった。

 

「異論は無いみたいね。じゃあ、入っていこうじゃないの」

 

(ソールズベリー…これまた聞き慣れた単語ね。昨日から薄々考えていたけどやっぱりこれって…)

 

 

 

そして一行は中へと足を踏み入れた。

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

町中に入ると、まず目についたのは奥にある巨大な建物だった。

外からでも十分見えてはいたが、こうして目の当たりにするとより明確に神秘的な雰囲気が感じられた。

 

「ねぇ、目の前に堂々とそびえてるアレは何なの?」

 

「あぁ、あれはこの町の象徴にしてブリテンの名所でもある大聖堂だよ。確かオーロラ様はあそこの上の階に住まわれてたはずだ」

 

大聖堂、ここもまたブリテンで有数のスポットでありオーロラが会議や祭事などを行う場所である。

過去には女王モルガンの戴冠式を挙げた事もあり、こと重要な行事の際には必ずと言って良いほど此処で執り行うので、妖精國において無くてはならない重要な施設である。

他にも奥に大きな鐘がぶら下がっている『鐘撞き堂』と呼ばれている部屋もある。

 

「へぇ、あそこが…因みに入ろうと思えば入れるものだったりする?」

 

「オーロラ様の許可があればだけどね。あ、ただその従者にコーラルさんという方がおられるのだが規律に凄く厳しいから許可があってもおいそれとは行かないだろうね…」

 

ハロバロミアの言うようにオーロラには数々の従者がいるが、それらを仕切っている右腕と言うべき者にコーラルという妖精がいる。

彼女は常に自分を律し、部下に対しても風の氏族の長に仕える者としてあるべき姿でいる様に日々厳しく躾ており、他の妖精たちみたいに仕事を怠けることは一切無い。

立場としては汎人類史で言う中間管理職が近い為、ソールズベリーの内情や住民たちの意見の整理・対応などに日々追われている。

 

「はい、私も思い出せる範囲だとコーラルさんはハロバロミアさんの言う通りの方だった…と思います」

 

「ふーん、なるほどコーラルね。ならその妖精もオーロラの従者である以上は大聖堂に入れば嫌でも会えるでしょうし、まずはさっきも言ったけどこのまま町の住人に聞き込みして情報を集めましょう」

 

「だな。正直コーラルとかいう奴のこと今話されてもオレがついていけねぇし、バーヴァンシーの言う通り情報収集といこうぜ」

 

そして一行は町の住民たちに此処ソールズベリーはどんな文化や特徴があるか、今のブリテンはどういう世情なのかなどを聞き込んだ。

特に文字通り異邦の地から来た故にコーンウォール以外の知識ほぼゼロのバーヴァン・シーにとっては、殆どがこの地で過ごす上で貴重な情報なので他の三翅よりも徹底的に調べあげた。

 

「…よし、まぁまぁここらで頃合いでしょう。一旦集めた情報を整理したいのだけど、都合のいい場所はあるかしら?」

 

「それなら確か彼方に酒場があったはずだから、そこで話すとしようか」

 

ハロバロミアが指した方角に大きな酒場があるらしいので、一行はそちらへ赴くことに。

 

ただ、この時バーヴァン・シーの中でまた一つの疑問が生じていた。

 

(…聞き込みする際になぜか妖精も人間も私の顔を見た途端に内心酷く怯えてたのよね。顔にも声にもそれが若干出てたし、あれは何だったの…?)

 

頭の中に浮かぶ謎。それもそのはず、この妖精國ブリテンで彼女を見て怯えない妖精は殆ど存在しない。

 

なぜならこの国には約70年前から彼女と同じ顔、同じ声、そして偽名(ギフト)で秘されてこそいるが同じ名前の妖精が悪逆・暴虐・残虐の限りを今なお尽くしているのだから―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ほら、鳴けよカス」

 

「ぎひぃいぃイいぃ!!?」

 

殺伐とした空間の中で、恐怖と絶望の悲鳴が木霊する。

今しがた左足を糸で切断され()()()()()()()()妖精は、這う這うの体で全身に迸る激痛によがり狂う。

 

 

それを見て嗤い、見下すは鮮血が如く赤い一翅の妖精。

 

 

「アッハ♡惨めに無様に必死こいてもがきやがるその姿!まるで芋虫みたいで滑稽だなぁっ!?」

 

「お"…ぉねがひ、しま、ひゅ……もぅ、や"め、てぇぇ…」

 

上から容赦なく浴びせられる罵倒を前に、痛みで呂律が中途半端になりながらも許しを乞う妖精。

彼女は元々グロスターの高貴な上級住民で、ある日競売に参加し正当に競売品を勝ち取ったのだが、それが彼女の運の尽きだった。

 

理由は二つ、一つはその競売品が市場でも滅多に出回らないほどの貴重な靴だったこと。

もう一つはあろうことか、或いは当然と言うべきか、“彼女”がその競売に参加していたことだ。

 

そして競売に勝った結果“彼女”の怒りと不満も買ってしまい、競売品の靴ごと国立殺戮劇場(彼女の庭)に連れてこられて今に至っている。

 

「あ?テメェなに口聞いてんだよ」

 

「い"っ…!?」

 

当然の様に自らに許しを求めた“芋虫”の肉を削ぎ落とす。

取り敢えず心から謝れば許してくださるだろう、などと言った卑しく生意気な考えと態度を徹底的に潰すべく、そこから更に責め苦を与える。

 

「ほらほらほら、これでも今みたいに誠心誠意持って私に謝罪できるかぁ!?」

 

「あ、あ、あ"、ぇ"、ぃあ、ぎ、ぁが、お"っ―――」

 

腹を、背を、尻を、胸を、手足の断面を、肩を、首を、頭を、目を、玩具を解体するが如く削いでいく。

 

「ぉ……ぉ……っ…」

 

やがて文字通りの血達磨と化し、声もあげられなくなった芋虫を見た彼女は心底失望する。

 

「ハッ、もうギブアップなのかよ。ったくゴミとはいえ情けねぇったらありゃしねぇ、テメェの謝罪の気持ちなんてその程度だったんだな。―――ま、こうなんのはわかってたけどね?」

 

尚も罵声を浴びせながら彼女はうつ伏せに倒れている芋虫の首に妖弦の糸を絡め、そのまま後ろに引っ張りはじめる。

 

「ぉ……ぁ…ぁ…」

 

「ちょっとオークションに勝ったくらいで猿みてぇに喜んでんじゃねぇよ、情けなく怯えて私に差し出せてればまだ助かったかもしれなかったのによ。…ま、そもそも」

 

 

 

―――――私に不快に思われちまった時点でもうオシマイなんだけどな☆

 

 

 

そして糸に力を掛け、何の躊躇も慈悲もなくその首を切り飛ばした。

 

清々しいまでの悪辣外道、傍若無人。彼女の前では如何なる命乞いも謝罪も誠意も言い訳も意味を成さない。

 

彼女はこの國を統べる冬の女王の唯一の愛娘。

異邦の騎士の名を授かり、以降は己が儘に数多の命を玩び悪戯に奪い続け、付いた忌み名は『妖精殺し』『血の踵のトリスタン』。

彼女は―――――

 

 

 

「はぁーやだやだ。やっぱこんなクズじゃ一時のストレス発散にもなりゃしないわね。さっさと帰ってお母様にこの靴自慢しよっと!」

 

 

 

名を妖精騎士トリスタン。秘されし真名はバーヴァン・シー。

 

女王モルガンの後継ぎを約束されている次期女王である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

「…まとめると。要するに今のブリテンは2000年前と変わらずモルガンが女王として君臨していて、更に170年くらい前から妖精騎士とかいう重鎮幹部が出てきたからますます誰も逆らえずに圧政を受けていると」

 

一方、こちらのバーヴァン・シーはホープたちと酒場の二階部屋で集めた情報を共有し合っていた。

 

「はい、現在就任している妖精騎士はトリスタン、ガウェイン、ランスロットの三騎士みたいですね」

 

「中でもトリスタンは相当なイカれっぷりらしいな。なんでも70年前に就任してからもう30万近くもの妖精や人間の命を奪ってるらしいじゃねぇか」

 

「他にもランスロットは総合的な実力では妖精騎士どころかモルガン陛下を除いた妖精國最強の戦士だとか。ガウェインも牙の中では彼の排熱大公を凌ぐのではと一部で噂されていますし、全員が揃いも揃ってワケのわからない強さですね…」

 

「その内ランスロットさんはここソールズベリーの、もっと言うならオーロラ様の護衛も務めているらしいですね」

 

各々が話す中、ホープの発言にハロバロミアが反応する。

 

「そう、それが気になるのだホープくん。私が知り得ている中でオーロラ様の名のある従者は側近であるコーラルさんと、さっきは言及しなかったがメリュジーヌ殿しか知らないんだ。だからてっきりその方が護衛されているかと思ったのだが、ランスロットというのは何者なんだろうか?」

 

「ど、どうなんでしょう…?私は妖精騎士というのが出てくる時にはまだコーンウォールに居たのでちょっと、というかほぼわからないですね…あくまで存在自体は知っていたって程度です」

 

「うーん、それも大聖堂に行けばわかるんじゃないの?オーロラの守護をやってるということはそれ即ちオーロラが大聖堂に居る時はその妖精も居るわけだし、それこそモルガンの呼び出しを受けてない限り居ないことは無いでしょう」

 

そこにバーヴァン・シーが意見を挟む。

どちらにしろ正体を確かめるには本人にあった方が一番手っ取り早い上に、そもそも大聖堂にも後々足を運ぶ予定なので行かない手は無かった。

 

(それにオーロラやコーラルだけでなくランスロットと繋がりを持つのも悪くはないわ。顔を覚えられるのはデメリットが大きいけどメリットも大きいからね)

 

ここで風の氏族長のみならず、妖精騎士という一大精鋭の一角とパイプを繋げられるかもしれないのはバーヴァン・シーにとって非常に良い機会である。

 

何故ならそうした重要な立場にある者とパイプを繋げることで顔が広まっていき、その内モルガンの耳に入るかもしれないからだ。

これまでの情報でわかっている通り、この國はモルガンが支配し誰も彼女に逆らえないでいる。

 

しかしそれは言い方を変えればモルガンと良好な関係を結べさえすれば妖精國最強の後ろ楯が得られることを意味するわけでもあり、他の勢力やその他脅威からの被害を受けると言った災難を極力減らせるかもしれないのだ。

 

無論、相手はあの大魔女モルガンなのでそんな都合良く事が運べるとはとても想像しにくい。

加えてそれ以前にまず妖精騎士と良好な関係が築けるかが第一の問題だ。

 

「ふむ、それならやはり大聖堂に赴く必要がますますあるな。次に我々が取るべき行動が決まったね」

 

「ええ、そうね。じゃ、もうしばらく休憩したら行ってみましょう。幸いこっちには追い出された身とはいえ元従者がいるしね」

 

「うっ…は、はっきり言ってくれるね…」

 

容赦ない発言に動揺するハロバロミアに全員が微笑む中、バーヴァン・シーはある二つの不安を抱いていた。

 

一つは仮にランスロットに自分たちの顔と人となり知られてそのランスロットがモルガンに報告する場合、どう伝えるかだった。

 

絵本の騎士みたいな誠実な人柄なら見たまま感じたままに伝えてくれるだろうが、これがもし悪どく腹黒い性格だったらあらぬ捏造して伝えてしまうかもしれない。

 

尤も()()()()()()()()()妖精眼を持っているみたいなので虚偽は出来ないだろうから、この可能性はそこまで懸念するに値しないと思われる。

 

もう一つは妖精騎士トリスタン。ニュー・ダーリントン、またの名を国立殺戮劇場の領主でありブリテン中にその悪名、悪行が知れ渡っている残虐非道な妖精殺し。

であるならば、その名を聞いて恐れない妖精など基本的にはいないだろう。

 

(…そういえば、さっきの聞き込みも私の顔を見た誰もが怯えていたわよね)

 

なんだろうか。本当に嫌な予想が浮かんでしまうが、偶々似ていたとかだろう。要は他人の空似という奴で思い違い、勘違いの筈だ。というかそうであってくれと彼女が必死に祈っていると―――。

 

 

コンコン

 

 

「――失礼します」

 

 

突然、ノックの後に声が聞こえたので一番手前にいたハロバロミアがドアを開ける。

 

「はーい、どちら様で……っ!?」

 

彼は驚きのあまり一瞬硬直した。無理もない。

目の前に長らく会っていなかった顔馴染みがいたのだから。

 

「あ、あなたは…!」

 

「なんですかハロバロミア。追放された身といえど、オーロラ様に仕えた者でありながら上司にあった程度でそんなに露骨に狼狽えるのはどうかと思いますよ」

 

現れたのは、翅も髪も瞳も全てが薄い桃色で彩られた桜花の如き妖精。

 

「それよりも…なるほど。住人からの情報を聞いた時はまさかと思いましたが、私としても驚きが隠せませんね。そして確信しました」

 

その妖精は、部屋に入るなりバーヴァン・シーを凝視し納得の行った様子を見せた。

 

「えっと…貴方誰よ?いや、今の会話から察するにもしかして貴方が――」

 

「ああ、その見た目のみならず、今しがた発した声の感じでより確信が持てました。貴方―――違う世界のブリテンから漂流物として流れ着いて来たのでしょう?」

 

自分の質問を遮り、彼女が発した答えに驚愕を覚えるバーヴァン・シー。

これまでの情報から彼女は『自分が今いるこの地は実は元居たブリテンとは違う、所謂平行世界的なものなのではないか?』と薄々ながら予想を立てていた。

 

そんな自分が考察していた可能性を事実であるかの如く―――否、事実を告げているつもりで彼女は発言した。

 

「あ、貴方私を見るなりいきなり何を…いや、やっぱりそうだったの!?漂流物という呼び方は知らなかったけど…」

 

「ええ、その辺りも含めて説明しようと思っていますのですぐに大聖堂の方へ来てください。…ああそういえば自己紹介が遅れましたね」

 

 

そして桜色の妖精は綺麗なお辞儀を披露した後、己が名を告げる。

 

 

 

「私はコーラル、偉大なるオーロラ様の側近を務めさせていただいている者です。というわけで改めて申しますが、今すぐ大聖堂へ来ていただきますよ―――異邦の“トリスタン”さん?」

 

 

 

異聞帯ブリテン島における南部最大の町、大聖堂ソールズベリーに着いて半日。

 

 

 

「…あ、はい。ま、まぁこっちとしても?後でここの皆と行くつもりだったし?寧ろドンと来いと言ったところね!おほほほほ!」

 

 

 

(は、はは…そうか、トリスタンかぁ。思い返せば聞き込みしてる時も内心でその名が何度か出てきてたし、嫌な予想ほどホントに当たるなぁ………くそったれめぇ…)

 

 

 

早くも風のNo.2に目を付けられてしまった汎人類史の吸血鬼であった。

 

 

 

 



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風の長、湖光の騎士

1日遅れましたが皆さん明けましておめでとうございます。
この作品を書き始めて1ヶ月未満とまだまだですが、これからもよろしくお願い致します。
それでは本編をどうぞ。






妖精國で唯一人間の人権が認められ存在する町、ソールズベリー。

 

バーヴァン・シーがホープたちとこの町に来訪して半日。

早々に町の領主の側近に発見されて捕まり、大聖堂へと連行されていた。

 

「着きました。既に門に入る前から見えていたでしょうが一応改めて紹介しておきます。ここがソールズベリーの象徴であり、我らが長のオーロラ様が住まわれておられる大聖堂です」

 

「…町に入った時点で感じていたけど、こうして間近で見るとより漂う神秘の濃さがわかるわね」

 

彼女らの前にそびえるはソールズベリー名物の大聖堂。

大昔の女王暦元年より現存し、女王モルガンの戴冠式を行った由緒ある歴史的建造物である。

 

「そ、それにしても随分とあっさり通すんですね?しかも貴方の方からとは…」

 

「何を言っているのですハロバロミア?住民の不安を拭い去るのは町の治安を取り締まっている立場として当たり前でしょう?」

 

彼女―――コーラルはオーロラが領主として町の管理・運営をサポートする為、町の治安を乱す不穏分子に関しては敏感である。

故に察知次第すぐに行動を起こすので、ランスロットがモルガンの命で出勤している時は実質彼女がソールズベリーの平和を維持している状態だ。

 

「不安が生じているならその元種(もとだね)をどうにかするのは当然。だから元種である貴方たちを連行という形で招いているのです。よろしいですね?」

 

「は、はい。わかりました…」

 

上司相手かつ追放された身というのもあるだろうが、コーラルに対してハロバロミアは少し弱気になっていた。

 

「ならば良し。他の皆さんも理解できましたね?では早く中へ入りますよ」

 

そしてコーラルの引率の下、一行は内部へと進んでいった。

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

 

内部に足を踏み入れた一行の目に写ったのは、『絶景』だった。

 

一切のズレも傷も歪みも無い、完璧に計算された位置・大きさ・均一性の内装。

見る角度によって青や紫、ピンクなどの薄いグラデーションが掛かる鮮やかさ。

奥にあるステンドグラスもそれだけで一つの完成された芸術品と称されても納得が行く域の質の高さ。

 

宛ら美術館の如き荘厳さと美麗さの前に一行は目を輝かせ、特にバーヴァン・シーは呼吸を忘れかけるほど見入っていた。

 

「……………」

(すごい…ただすごい。周囲に漂う神秘は言うまでもないとして、これ全部大理石で出来ているのかしら?…外観とはまるで印象が違うわね……)

 

「聖堂の美しさに目を奪われているところ申し訳ないですがこのまま貴方たちをオーロラ様のところまで連れていきます。呉々も粗相など起こさないように」

 

そこへコーラルが話しかける。どうやらオーロラの部屋まで連行するつもりらしいが、いよいよご対面の時が来るようだ。

 

そんなこんなで奥にある階段を登っているとコーラルがふいに口を開く。

 

「因みに。私がこうして貴方たちを連行しているのは住民の不安払拭だけでなく、オーロラ様ご自身の為でもあるのです」

 

「オーロラ…様ご自身の為?それってどういう意味かしら?」

 

「ええ、オーロラ様は『珍しいもの』を好まれます。それを見たり会話するだけでもオーロラ様の妖精としての力になるのです。中でも異邦のトリスタン、貴方はまず間違いなくあの方の目に止まるでしょうね」

 

コーラルの言う通りオーロラはこと珍しいものに対しては何であれ気に入り、贔屓する傾向がある。

あわよくばそのまま自分の手中に納めて愛でるようとするので、たまにコーラルやランスロットから注意される事がある。

 

「えっと、それってつまり自分が興味を持ったものは取り敢えず何でも関わろうとする、或いは集めたり愛でることで美しさを保つとかそんな感じなの?」

 

「……………まぁ、当たらずも遠からず、とだけ言っておきましょう」

 

バーヴァン・シーの問いになぜか間を置いて意味深な返答を返して濁したコーラル。

それが気にかかったバーヴァン・シーはさりげなく妖精眼を発動させると、大半が真実で微妙に嘘の色も見受けられた。

 

この言う判定結果の場合は大体何かしらの隠し事などを抱えているのが殆どだ。

つまりコーラルの知っている本当のオーロラの性格は我々が思っているそれとは違う可能性が非常に高く、今の濁した様な返答もあって尚更拍車を掛けた。

 

(そう考えると皆が言う理想の聖女というのも面白いものを皆が貢ぐよう促す為の、単なる都合の良い姿。虫で言う擬態のそれに近いのかしら。とはいえ実際これから初めて会うわけだし、ただの推測に過ぎないけど…)

 

「着きましたよ」

 

バーヴァン・シーがそう考えに耽っているといつの間にかオーロラの部屋に着いたらしく、コーラルが続けて彼女らに注意を促す。

 

「皆さん、ここが我らが長の御部屋です。もう一度言いますが呉々も粗相の無きよう謹んでください」

 

コーラルはそう軽く釘を刺すとドアの前に立ち、丁寧にノックする。よく見るとドアも他の部屋とは違い煌びやかな飾り付けがされてあった。

 

「オーロラ様。失礼致します、コーラルです。つい先ほど住民たちの情報で妖精数名を捕まえたのですが、その中に大変珍しいものがありました。従って入室許可を」

 

彼女が懇切丁寧に用件を報告する。

 

「―――まぁ、そうなの?いいわ、どうぞ入ってきてちょうだい!あなたをしてそう言うんだもの、きっと素敵なモノに違いないわ!」

 

すると中から透き通る様なソプラノの柔らかい美声が聞こえてきた。

 

「御意に。では貴方たち、入りなさい」

 

コーラルがそれに答えてドアを開け、一行を招き入れる。

 

その先にいたのは―――――一つの完成された『美』だった。

 

「ふふ、初めまして皆さん!名前くらいはもう知っているでしょうけど一応自己紹介させてもらうわね。私はオーロラ、ここソールズベリーの領主であり同時に風の氏族の長もやっているわ!」

 

その妖精は皺一つ無き白く艶のある玉肌をしており、身に纏う衣服はシミの一つも無い。

長い髪はくせ毛一本目立たない流麗なるウェーブを描き、顔つきと体型も絵に描いた様な完璧な黄金比で構成されている。

何よりその背に伸びている翅は、正しく名は体を表すが如き色鮮やかな色彩で彩られていた。

 

今しがた当人が自己紹介した様に、彼女こそがこの町の主にしてブリテンで最も美しいとされている妖精―――――風の氏族長オーロラである。

 

「…オーロラ様。お久しぶりでございます。この身はとうに追放されたものですが、故あってこの者らと行動を共にする事になり、結果この場にいる次第でございます」

 

オーロラが挨拶を終えた直後に、ハロバロミアが元従者として真っ先に反応し言葉を返す。

無駄のないそのお辞儀と言葉遣いは嘗て彼女に仕えていたという発言が嘘ではないことを証明していた。

 

「あら、あなたは………あぁ!どこかで覚えがあると思ったらハロバロミアじゃないの!ええそうね。追放したことに関しては、多分あの時は私も少し気が昂っていたのよ。でも今はその子たちと一緒にいるみたいね…あぁ、あなたが素敵な出会いに報われて本当に良かったわ」

 

それに対してオーロラは盛大に彼に祝辞の言葉をかけながらも、しかしどこか他人事の様な雰囲気で話していた。

特にハロバロミアを視認した時は一瞬どこ吹く風といった感じで、思い出すまで時が止まった様に静止していた。

 

「……はい、勿体なき御言葉です。ありがとうございます」

 

対するハロバロミアは、これまたどこか諦観した様子で粛々と彼女に感謝を示す。

察するに、もしや彼も皆が知らないオーロラの姿を知っているのだろうか?

そう思ったバーヴァン・シーは早速妖精眼を発動させる。

すると――――。

 

(……………え?)

 

「ところで…もし、そこのあなた。その赤い巻き毛といい顔つきといい、女王陛下の愛娘にそっくりね。コーラル、珍しいモノとはこの子のこと?」

 

そんなバーヴァン・シーの考察を他所にオーロラが早速彼女に食い付き、コーラルに確認を問う。

 

「はい、仰る通り彼女がその珍しいもの――――外の世界から漂流物としてと流れ着いたと思われる異邦の妖精。こちらで言う妖精騎士トリスタンに該当する存在と予想されます」

 

主からの問いにコーラルは冷静に答える。彼女は住民からの情報を受けた時点でバーヴァン・シーもといトリスタンがこの世界の存在ではないと半ば勘づいていた。

 

「うふふ、やっぱりそうなのね!道理であちらの彼女みたいな刺々しさと悪辣さが感じられないもの。あなたの名前もトリスタンなの?」

 

「…………あ、すいません呆けてました。いえ、私はそのような名ではなくバーヴァン・シーという名でございます。お初にお目にかかります、美しき風の妖精オーロラ様」

 

少し予想外のことで動揺していたもののすぐに切り替えてコーラル及びハロバロミアみたいにこちらも丁寧な言葉で対応をする。

 

「ほう、それなりに礼節はできるようですね」

(バーヴァン・シー…。なるほど、グレイマルキンと共に彼の蘇りの厄災の一端を担った妖精の名ですか……)

 

その態度の変わり様にコーラルを始めとした他の五翅は感心したり驚いたりしているが、バーヴァン・シーにとって今はそんなことどうでもよかった。

 

(……妖精眼、ちゃんと発動しているはずよね?どうして心の声が聞こえないのかしら?)

 

先ほどから妖精眼を発動しているが、彼女の内心の声が聞こえないのだ。

感情の色や()()()()()ことは判るものの、声だけが聞こえないのだ。

 

(……いや、もう少しだけ精度を上げてみましょう。といっても私の場合男性相手しか高い効果を発揮できないけれど)

 

そうして精度を上げれるだけ上げ、再度オーロラの心に耳を傾けてみる。

 

「ところでそこの二翅、あなたたちは?見た感じ牙と風の氏族のようだけど…」

(――――で――――――は――――だ―――)

 

「あ、はい!私はホープという者です。こうして顔を合わせられて光栄です!」

 

「オレはドーガって奴だ!…じゃなくてドーガです。よろしくだ…です」

 

「まあ、私やコーラルの前というのもあるでしょうけど、あなたたちも礼儀正しいわね!」

(――私――――と――ある――礼――わ――)

 

「あ…でもそちらの、ドーガと言ったかしら。何もそこまで無理に敬語にしなくていいのよ?緊張してぎこちなく言われてもこちらが困るだけだし、慣れないなら普段の口調で構わないわ」

(―――そちらの――――そこまで無理――――ぎこちなく――ちらが困――慣れないな――段の口調で構わ――)

 

段々と明瞭になっていく。男性と違って女性相手だとそこまで精度を高くできない故に少し不安を覚えたが、これならギリギリ正確に読み取れそうだ。

 

 

(さて、果たしてこの聖女(ようせい)はどういう思考をして――――)

 

 

「へ、へぇ…すいやせん。こっちへのご配慮ありがたいっす。じゃあ改めて…これからよろしくお願いするぜ、オーロラ様」

 

 

「えぇ、改めてよろしくねドーガ!ホープも含めて私はあなたたちもそれなりに気に入ったわ!」

(――えぇ、改めてよろしくねドーガ!ホープも含めて私はあなたたちもそれなりに気に入ったわ!)

 

 

「――――――ぇ?」

 

 

「ああ、けれど気に入ってしまった以上、あなたたちが酷く欲しくなってしまったわ。どうかしら?私のところに仕えてみない?」

(ああ、けれど気に入ってしまった以上、あなたたちが酷く欲しくなってしまったわ。どうかしら?私のところに仕えてみない?)

 

「…オーロラ様。お気に召されたものをすぐに御自身の手に納めようとするのはお止めになられた方がよろしいかと」

 

「あら、それはそうだったわね。でもコーラル、自分にとって欲しいものがあればそれを手に入れようとするのは当然じゃない?」

(あら、それはそうだったわね。でもコーラル、自分にとって欲しいものがあればそれを手に入れようとするのは当然じゃない?)

 

「それは否定しませんが、彼女らからしたら貴方様の寵愛より異邦のトリスタン…もといバーヴァン・シーと共にいたい様ですよ?」

 

「まあ、そうなの?」

(まあ、そうなの?)

 

「は、はい…。バーヴァン・シーさんには返しきれないくらいの恩があるので、恐れ多いですがそのご提案はちょっと受け入れ難いです」

 

「オレもほぼ同意見だ。こいつの元を離れるワケにはいかねぇからな」

 

「あらあら、それは残念ね。ハロバロミアは…別にいいかしら、今はこの子たちに付いてるようだし。少しバーヴァン・シーに妬いちゃうわぁ」

(あらあら、それは残念ね。ハロバロミアは…別にいいかしら。今はこの子たちに付いてるようだし、少しバーヴァン・シーに妬いちゃうわぁ)

 

 

「―――?――――――??」

 

 

バーヴァン・シーは一瞬、意味が、理解が追い付かなかった。

何かしらの悪口や良からぬ企み、或いは純粋に相手を褒めていたり羨んだりとかそういうのではなく、あろうことか口と内心で言っていることが()()()()なのだ。

 

通常、心と表面は乖離しているもの。口ではどう言おうと心の方では差異はあれど違う発言・違う連想をしているのだ。

だが彼女は、オーロラは先ほどから言ったことと思ったことが同一なのである。一字一句違わず、ほぼ完全に。

 

 

まるでそう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()様だった。

 

(まさか……最初に聞こえなかったのは妖精眼の精度が低かったんじゃなくて…『そもそも口も心も同じ発言をしていたから“読み取れない”と勘違いしてしまった』ってコト………?)

 

「ふふっ、とはいえそれだけ慕われているのはあなたという妖精が優しい何よりの証拠。その優しさでこれからも彼女らを支えていけるよう私も応援するわ」

 

一切の悪意なく、こちらに澄んだ笑顔を向ける彼女。

それは仮に他の妖精だったら見惚れて聖女か何かだと思い込んでしまうだろう。

 

だが、妖精眼でその内心を見たバーヴァン・シーからすれば―――――とても得体の知れない気味の悪いものにしか思えなかった。

 

「…ありがとうございます。オーロラ様からの応援の御言葉、誠に恐悦至極にございます。ところでコーラルさん、私たちは現状不安の種として捕まっているわけだけど、これからどうすればいいですか?」

 

バーヴァン・シーはなるべく早くこの空間から出たかった。

これ以上この“よくわからない奴”とは関わるべきでないと妖精の直感が告げている気がしたからだ。

 

「…そうですね。最終的な御決定はオーロラ様に委ねられますが、貴方たちには私の部下になってもらいます。こうしてオーロラ様とも言葉を直接交わした以上、無関係というわけにもいきません。従って私の部下になり献身的に業務活動をすることで、貴方たちに対する住民たちの印象を良いものに――――」

 

 

「――いや、その必要は無いよコーラル」

 

 

突如部屋に響く、凛とした声。

その場の全員が声のした方を向くと、ドアがゆっくりと開かれる。

そこから出てきたのは――――もう一つの完成された『美』だった。

 

「あら、もう帰ってきたのね。私を守ってくれる王子様」

 

その身に纏うは頑強な蒼き鎧。両腕に携えるは物々しさと麗しさを兼ね備える神秘の兵器(アロンダイト)

 

「なに、いつものモース掃討だよ。ざっと80体くらいの数だったけど、3分未満で終わらせて陛下から帰宅許可をもらった次第さ」

 

たなびくは薄い紫の掛かった汚れなき白い髪。

 

煌めくその目は地の中で輝く琥珀の如く。

 

「お帰りなさい。それはそうと、その必要は無いということは他に考えが?」

 

「うん、帰ってきたら何やら話し声が聞こえてきたからね。僕の趣味ではないけど、ドア越しに聞かせてもらったよ」

 

何より妖精眼越しで―――否。

使わずとも判るほどの誠実で聡明、冷静沈着な雰囲気が全身から滲み出ている。

 

「さて…君たちが、正確に言うと君がコーラルが捕まえたという“不安の元種”だね」

 

蒼き『美』が吸血鬼を見据える。

 

「……なるほどね。確かによく似ている、最早瓜二つと言うべきか。とはいえ君たちからすればハロバロミア以外は僕とは初対面だろうし、まずは自己紹介といくよ」

 

そして蒼き美、もとい“湖光の騎士”は自らの名を伝える。

 

「僕はランスロット、妖精騎士ランスロット。異邦の騎士の名を借りた、妖精國最強の精鋭だよ。真名は故あって言えないけど、そこはどうか配慮してもらえると嬉しいな」

 

妖精騎士ランスロット。秘されし真名はメリュジーヌ。

 

妖精騎士最強にして、女王モルガンその人を除いた妖精國ブリテンで最強の重鎮である。

 

「…貴方が、ランスロット。妖精國最強の、戦士…」

 

「ちょ、ちょっと!?ランスロットって誰かと思っていたら貴方だったんですかメリ―――」

 

「おっとハロバロミア。今言ったように真名は口にしないでくれるかい?僕としては構わないけど、偽名(ギフト)が剥がれたら陛下が困るしね」

 

口調こそ穏やかだが、ハロバロミアが真名を言おうとした瞬間に剣呑な様子に様変わりした。

 

「っ…!!わ、わかりました。メ…ランスロット殿」

 

「うん、聞き分けが良くて助かるよ。ありがとう」

 

そしてハロバロミアが謹んだ次の瞬間にはつい先ほどまでの冷静沈着な雰囲気に戻ったが、今しがた見せた覇気だけでも先に戦ったモースとは比にならない威圧感があった。

 

軽い威圧だけでも相手を大きくたじろがせる。なるほど、これが――――妖精騎士か。

 

バーヴァン・シーのそんな畏怖など露知らずに、ランスロットは彼女ら一行にある提案を持ちかける。

 

「じゃあ、ハロバロミアもわかってくれたところで本題に入るんだけど。君たち、僕からの調査試験を受けてみる気はないかい?」

 

「調査、試験ですか?」

 

ホープの疑問にランスロットが答える。

 

「うん、君たちがこうしてコーラルに捕まってるのは住民に悪い印象を抱かれているからなんだろう?」

 

そう言ってランスロットはコーラルを見やり、彼女もそれに頷く。

 

「なら、そもそもの原因である悪い印象を覆せば良いわけだよね。つまり、僕の監視の下で住民たちの様々な依頼をこなしていくんだよ。具体的に言うと二週間くらいかな」

 

ランスロットの提案とは、しばらく住民からの依頼を受けてこなす形で印象を良くしていくというものだった。

 

彼女は先ほどまでドア越しに盗み聞きしていた際にコーラルの考えも聞いていたのだが、部下になるということは行動できる範囲も制限される上に、頑張って活動していてもコーラルの口からでしか住民は信用しない。

 

加えてコーラル自身、誠実で真面目ではあるがそれ故に冗談の通じない厳しい性格なので、住民に報せる場合もあくまで“現状の評価”しか言わないであろうと考えていた。

 

(その点、僕の監視下に入ればソールズベリーどころかブリテン中のどこへだって行けるし、直接訪ねて助けになれば顔を覚えられて良い印象や風評ができやすいだろうからね)

 

「そして約二週間の間、僕が君たちの頑張り具合と人となりを観察し、住民からの評価が良くなれば自由の身にする。どうかな?君たちにとっても悪くは無いだろう?」

 

「待ってください。ランスロット、貴方は女王陛下の側近の一角でしょう?その間に陛下からの出勤命令があったら誰が代わるんです?」

 

「それはコーラルがやれば問題ないよ。そも、住民の為とはいえ彼女らをこうして連れてきた責任は君にあるんだしね」

 

「……まぁ、そうですね。わかりました」

 

ランスロットの言葉に渋々承諾するコーラル。

彼女の言う通り、確かに連行したのは自分なので言い返すことはできなかった。

 

「話を戻すけど…この提案、引き受けてくれるかい?――そうだ、もし引き受けてくれた上で良い結果を出せたら君たちのお願いを一つだけ聞いてあげよう!内容にもよるけど大抵は叶えてあげるよ!」

 

ランスロットのその言葉に、バーヴァン・シーが口を開く。

 

「…それではランスロット殿。私から一つあるのだけれどよろしくて?」

 

「へぇ、早速か。いいよ、どんなことをお願いしたいんだい?」

 

そして、ランスロットからの問いにバーヴァン・シーは意を決してこう告げる。

 

 

 

「ええ、私めのお願いなのですが――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冬の女王――――モルガン・ル・フェに話し合いの場を設けるよう申しつけた上で、会わせていただけないでしょうか?」

 

 

「――――――――」

 

 

女王に対する謁見の要求。それが彼女の『お願い』であった。

 

 

 

 



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会合前日

「冬の女王――――モルガン・ル・フェに話し合いの場を設けるよう申しつけた上で、会わせていただけないでしょうか?」

 

 

「――――――――」

 

 

「え、えぇっ…!?バ、バーヴァン・シーさん!?」

 

「おいおいマジかよ…」

 

「ちょ、バーヴァン・シーくん?君は何を言ってるのかな??」

 

「…命知らずもいいとこですね……」

 

「あらまぁ、随分と勇気があること」

 

バーヴァン・シーがランスロットに要求したお願いに各々が動揺を見せる。

無理もない。何を言うかと思えば恐れ多くもこの国全てを支配せし偉大なる女王に対して謁見をさせるよう手を回してほしいと述べたのだから。

 

「…ふぅん。大抵は叶えてあげる、とは言ったけど…君、それ冗談で言ってるわけではないよね?」

 

ランスロットの疑問は最もだ。女王モルガンと言えば『私は妖精(おまえたち)を救わぬ。私は妖精(おまえたち)を許さぬ』と隠すことなく公言するほどの妖精嫌いであり、その徹底ぶりは愛娘の手によって臣下が目の前で虐殺されようと眉一つ動かさず、同情の欠片も沸くことはない。

 

それどころか『存在税』という年に一度の頻度で令呪を刻んだ妖精たちから魔力を一定量だけ強制徴収し、その基準値より魔力不足だった妖精はそのまま生命力を吸い尽くされて死んでしまうという、まさに養分としてしか見ていない政策を長きに渡って立ててまでいるのだ。

 

「無論、私は本気で言っています。モルガン陛下が妖精嫌いなのはこれまでの成り行きで知りました。だからこそ直接会って話し、彼女がどういう人柄なのかをこの目で見て肌で感じたいと思った次第です」

 

実際、彼女はモルガンに接触したい理由として後ろ楯になってもらうべくパイプを繋ごうと考えていただけでなく、純粋に彼の魔女の性格や雰囲気を知りたかったのである。

そもそもの世界が違う以上、己の知っている魔女とは似てはいたとしても同じではない筈。

であるならば、コネを結ぶ上で必要な友好関係を築ける可能性も物凄く低いだろうがゼロでもないだろう。

 

「なるほどね、割とまともな理由だ。けど、ただ陛下の人となりを知りたいってだけでは態々謁見をする上で今一つ弱いよ?」

 

ランスロットは彼女の言い分をそれなりに認めながらも、しかしそれだけでは叶えるに値しないと暗に返す。

当たり前と言えば当たり前だ、モルガンは國を治めている立場である故に毎日が激務の嵐に晒されている。

 

そんな中で“どんな人物か直接見たい”などと他愛もない理由で謁見に時間を割こうものなら、今頃ブリテン中の妖精たちが玉座の間に殺到していても可笑しくはない。

 

「でしょうね。勿論、他にも理由がございます。モルガン陛下と接することで彼女と関係を築いておくことで、後ろ楯になってもらいたいのです」

 

「後ろ楯……つまり庇護を受けたいと?」

 

「はい。我々四翅は見ての通りか弱く、モース一匹倒すのがやっとです。なので何かしらの脅威に襲われる、或いはそれによって起こる被害に巻き込まれたりすれば一溜りもありません」

 

話を真摯に聞いてもらうべく、まずは自分たちが弱者であることを強調し、相手に認識してもらう。

実際彼女らは決して強くはなく、全員で連携を取っても妖精騎士は言わずもがな書記官のメルディック相手でも成す術なく蹂躙される程度で、掠り傷を付けられたらのならそれでも大金星なのだ。

 

「だからと言って中途半端に上の立場の者に守ってもらっても心配が拭えないのもまた事実、ならいっそのこと話を蹴られる可能性を覚悟で一番強い上位者―――即ちモルガン陛下のところへ行き、事が上手くいけばそのまま庇護の恩恵を受けたいと考えた次第にございます」

 

おぞましいモースに気持ち悪い悪妖精、その他魔獣や自然災害、権力・民権・派閥争いなどから起こりえるであろう戦争。

 

これらの災難から自身を、何より“大切な仲間たち”を守り抜く為にも女王に庇護を求めた方が、賭けであると同時に現状で出来る一番の最善手だとバーヴァン・シーは考えていた。

 

「それに、私は違う世界の存在なれど今はこの地に立っている―――例えるなら他人の家に気がついたら不法侵入しているも同然です。であればその家の主に在住許可を貰う、そうでなくても形はどうあれその場に踏み入ってしまったならば、せめてもの責任として顔を合わせに向かうのは当然でしょう?」

 

(たとえ)世界(げんじつ)。規模こそ違えど彼女にとってはそれが意図せぬものであろうが、ずけずけと不法侵入をしてしまっていることに変わりは無い。

 

なればこそ其処の主に顔を見せに行き、しっかりと向き合って話すことが最低限の誠意だと彼女は定義している。

 

「更に言うと…私の元居た世界の遥か東方ではこう言う言葉が存じます―――『郷に入っては郷に従え』。つまり私にとって何もかもが未知のこの地でこの子たちを守るにはモルガン陛下に下手に逆らわず、友好関係を築く方が上手に生きていけるとも思ったからです」

 

此処妖精國ブリテンにおける絶対的なルールがモルガンなら、そのモルガンに敢えて潔く従うことで身の安全保証を確固たるものにするという算段だ。

 

(ま、本音を言うなら先手を打ってモルガンに顔を覚えてもらえればそれでいいんだけどね。何かのキッカケで私たちの存在を不快に思われるのだけは避けたいし…)

 

「以上が私がモルガン陛下に謁見を要求する理由です。どうでしょうランスロット殿、聞き入れてくださいますか?」

 

「……なるほど、君が陛下に謁見を開かせたい理由はよくわかった。つまり陛下が人となりに純粋な興味があるだけじゃなく、別の世界の者として面と向かって話し合うべきなのと、あわよくばそのまま庇護を受けたい…と考えているんだね?」

 

「はい、まとめるとその通りです。庇護の件を蹴られたら蹴られたで別に構いませんし、最悪モルガン陛下に顔を覚えてもらえさえすれば十分です。それで後々私たちの活動を聞かれたら今度は陛下の方からお声を掛けてこられるやもしれませんからね」

 

「へぇ、一応上手くいかなかった場合も考えてるんだね。……ふーん………」

 

ランスロットは少し悩む様な仕草をしたが、そう間を置かずに切り替えて答えを出す。

 

「―――いいだろう。今からの二週間で住民たちの印象を良くできたら、君のその恐れ知らずなお願いを叶えてあげるべく僕から陛下に謁見の申請を出してみるよ」

 

果たして、ランスロットが出した答えは耳を傾けて協力することであった。

二週間に渡る試験で上手く合格できたらの話ではあるが。

 

「―――ありがとうございます。それではこの二週間、精々誠心誠意持って印象改善に努めさせてもらいます」

 

ランスロットの答えに感謝し、深々と頭を下げるバーヴァン・シー。どうやら一先ずはこちらを信用してくれた様で彼女は安堵した。

 

「…話は決まったようですね。ではオーロラ様、如何なされます?」

 

「ええ、私としてもいいと思うわ。何より私の王子様の素晴らしい考えだもの!悪いものであるはずがないし、よってソールズベリーの長としてその案の遂行を許可するわ!」

 

少しは考えるかと思いきやあっさりと許可したオーロラ。只でさえ口と内心で同じ言葉を発しているという理解し難い思考をしていることもあって彼女の奥底の思惑が全く想像できないが、兎にも角にもこれで当分の目標は決まった。

 

(まずはこの二週間を必死こいて頑張ること。そしていざモルガンと話すことになったらその際は取り繕うことなくありのままを言うこと。向こうも妖精眼を持っている以上嘘なんか通用しないしできないしね。ま、元より嘘をつくつもりなんてさらさら無いけど)

 

自分が今やるべきことを確認し、バーヴァン・シーはスイッチを切り替えた。

 

 

「よーし、まずは二週間頑張っていこうじゃないの!」

 

「うん、その意気だ。僕もやる気のある者は好きだよ」

 

 

 

「――――いや、なんか勝手に話が決まった感じになってますけど私たち途中から置いてけぼりなんですがぁ!?」

 

 

 

「あ。」

 

 

 

今の今まで空気を読んで黙っていたホープがここぞとばかりに声を張り上げて突っ込み、それにしまったと顔を強張らせるバーヴァン・シー。

 

「おう、妖精(なかま)の意見を挟まずにどんどん話を進めるのはどうかと思うぞバーヴァンシー」

 

「何?本気で女王陛下に会いに行くつもりなのかい?まさか私たちもその場に参列する感じ?いやいや折角皆に助けてもらったこの命を早々に散らしたくないのだが??」

 

「はは、心配には及ぶことは無いと思うよハロバロミア。仮にも陛下の愛娘と同じ姿で、且つこのように礼儀正しく正直な性格だし話自体は通してくれるんじゃないかな?……まぁ、あの意識(プライド)の高いロートルは突っ掛かってくるだろうけど」

 

呆れるドーガに全力で拒否するハロバロミア。

それに対し大丈夫と言いつつも不安要素を口にするランスロット。

 

 

こうしてランスロットを監督とする、彼女ら四翅による二週間に及ぶ住民の不安改善活動が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

そこからの二週間はまさに珍道中だった。

 

「では今よりオーロラ様の命によって皆様の足代わりとして働くことになった、美しき草食獣ことレッドラビットです。以後お見知り置きを。ところで何方か人参をお持ちですか?ブルルン!」

 

「――――――なんて?」

 

「えぇ、と……馬…妖、精……??」

 

「あぁ~…そういえばこんな妖精も居たような。…いや本当に居たか…?」

 

「ハハハ、随分と面白ぇ奴じゃねぇか!よろしく頼むぜ!」

(知らない知らない、オレはこんなワケのわからん牙は知らない…いやマジでなんだコレ??)

 

まず移動用の妖精馬が…馬?かどうかは議論の余地があるとして、とにかくハイテンションで何かがおかしかった。

 

 

だがこんなものはまだ序の口で――――――。

 

 

「いや、町から少し離れた丘に巨大なモースがいるから何とかしてこいって言われたけどっ!思ったよりデカい上に取り巻きもいるなんて聞いてなぁぁぁいっ!!」

 

10mほどの一個体に8匹程度のモースの群れと闘いながら追われたり。

 

「あの、畑の手伝いをしてほしいと頼まれたはいいけどさ…何で作物が襲いかかって来るワケ……?」

 

大地から得られる神秘を水分と共に自然吸収した結果、なぜか独りでに動き出してこちらに攻撃を仕掛けてきた作物を狩る羽目になったり。

 

AgjmtpdmT(こんにちは)AgjmtpdmT(こんにちは)

 

Mptgjtdnwmtmg(あなたたちはだれ)Dmtjmph(どこからきたの)Dmtjmph(どこからきたの)

 

「ちょ、ちょっと!まとわりつかないでちょうだい!別に悪いことは何もしていな…ひぁ!?」

 

採集の依頼でウェールズの森で特産品を探してる中、興味津々で寄ってきた虫妖精たちに集られたり。

 

「うぅ…本当にどうなってんのよこの世界のブリテンは…」

 

他にもグロスターとか言う町で期間限定の衣服を買ってきたりオックスフォードのレストランで名物の料理を持ち帰ったりと、ブリテン中を彼方此方と走り回ってる内にあっという間に期限である二週間後の朝を迎えた。

 

 

「やぁ皆、この二週間ご苦労様!君たちの活動のおかげでソールズベリーどころか他の町でもちょっとした評判になっているよ!」

 

ランスロットが一行に労いの言葉をかける。

この二週間、彼女らの献身的な行動と誠実な態度もあってソールズベリーの住民間では『見た目が同じなだけでとても人のいいトリスタンとその愉快な仲間たち』と見事に当初の不安が覆っていた。

それのみならず罪都キャメロット以外のグロスターを始めとした各地で『悪辣さと醜さの無いトリスタンの様な妖精がいる』とちょっとした噂話にすらなっていた。

 

「皆様、大変お疲れ様でございました!私としても誠心誠意足代わりとして働き終えた達成感でこの麗しの髪がオーバーヒートを起こして紅に燃え上がりそうです!ヒヒィィイィイイィン!!」

 

「うん、君はちょっと黙っててね」

 

ランスロットに呆気なく一蹴され空いた口が塞がらないレッドラビットだったが、バーヴァン・シーらにとってもランスロットに全面同意だった。仕方ないね。

 

「気を取り直すよ。それで、こうして君たちは良い結果を出せたわけだし当初の約束通り陛下に件の話を申し出てみるけど…他三翅のお願いをまだ聞いてなかったよね。何か望みはあるかい?」

 

するとまず口を開いたのはホープだった。

 

「わ、私はバーヴァン・シーさんと一緒に入られればそれで構いませんが…前にワイン酒を美味しそうに飲んでいらしたのでそれをお願いします」

 

彼女に続いてドーガとハロバロミアも各々のお願いを申し出る。

 

「オレは…そうだな。ホープにネックレスみたいな装飾品を与えてやってほしい。ほらこいつ、風の氏族みたいな見た目にしちゃ些か地味だろう?だから綺麗な物を一つぐらいは着けて“雰囲気(らしさ)”を出してやるべきだよなと思ったんでな」

 

「…ドーガさん……」

 

「私はホープくんにドレスを贈ってほしいです。出来ればバーヴァン・シーくんの着ているそれとお揃いになる様に近いデザインを。実のところ彼女、バーヴァン・シーくんに若干お熱を出してるようですしね」

 

「なっ…ハハ、ハロバロミアさん!?」

 

ハロバロミアからの思わぬ爆弾発言に顔を赤らめ激しく動揺するホープ。

その光景を愉しそう…もとい、楽しそうに見入るバーヴァン・シー。

 

「あらあらぁ?ふーん、ふぅん?可愛いじゃないの」

 

「まぁ、その手に疎いオレでも割と好いてんのが丸わかりだったからな」

 

対してドーガは冷静に暴露する。

更なる追撃に慌てふためくホープに、より反応を楽しむバーヴァン・シー。

 

そんな一行の様子を心地よい思いでランスロットは見ていた。

 

「ふふ…いいね、こういう仲睦まじい感じ。僕としても見ていて気持ちが良いな」

 

 

 

(………()と“彼女”の『それ』とは違って、ね)

 

 

 

「――ん?どうしましたランスロット殿?」

 

一瞬、彼女の感情の色が曇ったことに気づいたバーヴァン・シーが声をかける。

 

「あぁいや、何でもないよ。君たちの仲睦まじい様子に見入っていただけさ。―――うん。君たちのお願いもまたこの僕が責任持って後々叶えさせていただくよ」

 

が、すぐに彼女は気持ちを切り替え何事も無かったかの様に返事した。

今のは何だったのだろうか?ここに来てランスロットの謎が増えたなと思うバーヴァン・シーであった。

 

「…それじゃ、さっきも言ったけど僕はこれから陛下に謁見の許可を申請しにキャメロットに行くよ。無論、許可が認められても今すぐには行なわれず、1日程度のスパンがあるから君たちもその間に話す内容を色々まとめておくといいよ」

 

どうやら許可が降り次第すぐさまぶっつけ本番同然で謁見をするわけでは無いようなので一行、特にバーヴァン・シーにとっては1日だろうと下準備の余裕があるだけラッキーだった。

 

「わかりました。では、私たちは今から明日に備えて準備に掛かろうと思います。――――頼みましたよ、ランスロット殿」

 

「うん、一応言っておくが僕はあくまで陛下の騎士だから謁見の間は立場上君たちに味方することはできない。だがらこそ話し合いが上手くいくよう検討を祈っているよ。――――それじゃあね」

 

そしてランスロットはその場から飛び立ち、電光の如き速さで蒼き尾を引きながらキャメロットの方角へ向かっていった。

 

「りゅ、流星みたいな速さで飛んでいきましたね…」

 

「まぁ、あの方と面識ある私から言わせれば恐らくあれでも実力のほんの一端に過ぎないと思いますよ」

 

「マジか、流石最強と言われるだけあるな。…でだ。これで要求が通れば後に引けなくなっちまうわけだが、本当に上手くいくと思うか?相手はあのモルガンだぞ?」

 

「ええ、当然そんな都合良くいくハズが無いでしょうし、いけば苦労は無いわね。でも、逆を言えば上手くいった時の恩恵もまた相応に大きいというもの。だからこそ1日の猶予がこうしてできたのは千載一遇のチャンスよ」

 

まさに謁見を上手く進める上で、この1日でどれだけ準備を万端に出来るかが勝負どころだった。

上手くいけばそれで良し、悪くなれば最悪『無駄に時間を割いてくれた愚か者』の格印を押されその場で殺される可能性だってある。

 

(それでも、私はモルガンに会いたい。2000年近くに渡って支配し続けているこの世界の女王は、私がいた世界の魔女とどう違うのか。)

 

実を言うと、バーヴァン・シーはモルガンという存在を直接目にした事が無かった。

あくまで評判を聞いておおよその彼女の人物像を色付けていただけに過ぎなかった。

 

だからこそ彼女の人柄を、容姿を見ることに執着していた。

これまで大いなる悪の魔女としての印象をずっと抱いていたが、同時に『本当に誰の目から見てもそうなのか』と拭えない疑問も沸いていたのだ。

 

(何より――――私と共にいる、この子らを守るに当たって安心できる“約束された安全”が手に入る可能性があるならば、私はそれに全力を賭けたい)

 

故に彼女の意思はここに来てより強く、固いものになっていた。

 

「さぁ―――妖精國ブリテンに迷い込んで二週間と数日。早くも最大の難関に挑むわよ!」

 

そして―――汎人類史の吸血鬼は一行と共に勝負に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

 

「――――以上が僕からのここ二週間の報告だよ、陛下」

 

 

キャメロットの玉座の間。そこでランスロットは“愛無き魔女”に事の次第を告げる。

 

 

「ご苦労。ならば貴様は早急にソールズベリーへと戻り、其奴らにこう伝えるが良い。『我に対する謁見を許可する。道中の護衛はランスロットが、移動に当たっては此方から妖精馬を手配する』、とな」

 

「了解。ご命令とあればすぐに行動を―――」

 

「―――待てランスロット。…陛下、失礼を承知で発言をお許しくださいますか?」

 

魔女からの返答を受け、すぐさま動こうとしたランスロットに待ったを掛けたのは、美しい純白の毛並みが目立つ牙の長だった。

 

「よい。発言を許す」

 

「有り難うございます。して、私が言いたいのは其奴ら――否、そいつの言っている事は要は乞食と変わらない、聞くに値しないものだということです」

 

ランスロットの報告にある吸血鬼の発言に厳しい異を唱える牙の長。

無理もない。報告を聞いた限りでは『ただ一方的に庇護を求めているだけで見返りも何も提供するとは言っていない』からだ。

 

「陛下に堂々と謁見を要求するその度胸だけは多少認めますが、今の報告だけでも下級妖精としての見るに堪えん卑しさが滲み出ています。よってこの様な下種な目論みは一蹴した方が良いかと」

 

魔女に話を蹴るよう奨める長。しかしそれに対する魔女の返答は否だった。

 

「まあ待てウッドワス。確かにお前の言い分も尤もだが、ランスロットの報告を信じれば其奴らは普段この場に集まる有象無象どもと違い、随分と人が出来ているそうではないか」

 

曰く、依頼現場に赴いてる時は多少文句を言っているだけで人前では常に誠実に振る舞い、依頼を達成したら礼も求めずに次なる人助けに向かうほどの働きぶりだとか。

 

「それにこの私が認めている数少ない存在であるランスロットが言っているのだ。ならば招いてみるのも一興であろう。…実際、今の報告に虚偽は含まれておらぬようだからな」

 

そこまで言うと、一つ間を置いて魔女は牙の長――ウッドワスに視線を向けてやんわりと圧を掛ける。

 

「それとも。向こうが此方に対する見返りを提示していない、などと言う理由であっさりと突き放すほど私の器が狭く低いとでも?」

 

「いえ、その様なことは決して。……わかりました。全ては偉大なる女王陛下の言われるままに」

 

魔女の一睨を受け、ウッドワスは多少不本意ながらも潔く引き下がる。

それを見た魔女は、再びランスロットに顔を向ける。

 

「今の会話でわかっただろうが、私は貴様を信頼している。故に今し方貴様に課した命を成し得なければ、その信頼は地に落ちることになると心得よ。――行け」

 

「御意。陛下からの信頼、有り難く思うよ」

 

そして湖光の騎士はその場より飛び立ち、本日二度目の超速飛行で自由の町へ向かっていった。

 

「お前も下がれウッドワス。私は明日の謁見に備え今日の事務を早急に終わらせる。お前は各氏族の長どもに私の名義で招集命令を掛けておけ。何しろこれより来るのは()()()汎人類史の漂流物にあらず、我々がよく見知っている存在なのだからな」

 

「御意。正直、如何に違う世界の存在とて私としてはあの小娘の顔と声でその様な誠実な態度を取るのは全くもって信じ難いですがね。…では失礼致します、陛下」

 

自らの愛娘に対する嫌味を言いつつ、幼き頃からの勇者はその場を後にする。

しかし魔女がそれを不快に思うことはない。何故なら()()()()()()()()()()()()()()魔女はそう在れと双方を大事に育て上げたのだから。

 

「ふん…この國を支配してもう2000年になろうとしているが、ここに来て中々どうして面白い者が紛れ込んだではないか。……これもまたある種の運命という奴だろうか?」

 

魔女はそう言うと、徐に魔術具を取り出しソールズベリーの町並みを映し出す。

そして、その中で報告と特徴の一致する妖精を探し―――見つける。

 

「! ……フフッ。なるほど、これは…」

 

彼女の姿を確認した魔女は納得の笑みを浮かべる。その顔は見る者が見れば正しく魔女のそれだと言わずにはいられないだろう。

 

 

 

「さて、此方もお前がどういう性格で、どういう考えの者なのか。―――見定めさせてもらうぞ、汎人類史のバーヴァン・シー?」

 

 

 

そのほの暗き氷蒼の瞳に宿るは嘲笑か、或いは一寸の期待か。

 

 

 

魔女――――モルガン・ル・フェは、どこまでも妖艶な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 



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運命―First―

遅れて大変申し訳ないです。
一時期モチベが低下してました。
今回からまた執筆頑張ります。


ランスロットがキャメロットに向かってから数刻。

バーヴァン・シーたちはモルガンとの謁見に向けて作戦会議をしていた。

 

「……それじゃあここまでの話でいくつか挙がった注意点の内、これだけは必ず覚えておくべき四事項があったわよね。それを改めて各自で言っていきましょうか、ではまずはホープから」

 

「はい、まず一つ目は『女王陛下の機嫌を損ねない』ですね。これに関しては大前提なので言うまでもないですが、陛下は妖精眼を使う以上嘘をつかれるのが特に大嫌いなはずです。なので謁見の場にいる間は出来うる限り取り繕わず真摯に向き合う必要がありますね」

 

モルガンが妖精を、延いては人間含めたほとんどの他者を信用しない理由の一つが平気で心にも思っていない戯言…即ち嘘をついてくる事である。

 

知っての通りモルガンは妖精眼を持っているのだが彼女のそれはバーヴァン・シーより数段高い精度を誇っているので、普段からなるべく精度を下げていても気持ち悪い思考や感情の色が嫌でも耳に入り、視界に映り込むのだ。

 

故に彼女は心底嘘を嫌っており、嘘をつかれるや否や途端に不快感を露にする。

それだけに留まらず嘘をついた相手によってはそのまま作業感覚で殺すことすらあるので、モルガンの前で嘘はつかずありのままを答えねばならない。

 

と言うよりついた時点でほぼ詰む上、そもそもモルガンに限らず妖精眼を持つ妖精自体が嘘を嫌うのだが。

 

「よろしい。じゃあ次はドーガ、貴方よ」

 

「おう、二つ目は『礼節を弁えはすれど、おべっかは一切使ってはならない』だったな」

 

目上の者に対しては敬意と礼儀正しい態度を崩さないのは当然として、媚びを売る様な真似は余程の節穴でもない限り相手の印象を悪くしてしまう。

特に妖精眼持ちのモルガンから見たらそういう卑しい思考・態度は丸わかりなので、これも当たり前ながら注意するべきである。

 

「その通り。なら次は貴方よハロバロミア」

 

「うん。三つ目は『相手の威圧感に怖じ気づかず、何が目的なのか用件をはっきり主張し伝える』だったね」

 

これも既知の通りモルガンはこの広い大地を2000年近くもの間、武力と圧政で以て支配している恐るべき女王だ。

 

前述した妖精嫌いな面も考えると謁見の際に自分らに対して常に静か且つ重苦しい“圧”を掛けてくるのは容易に予想できるので、その圧に屈さず自分たちの目的を堂々と述べれるだけの『勇気』も必要である。

 

「ちゃんと把握してるわね。では最後の四つ目は私から言うけど――――『話し合いの末、モルガンがこちらに対しどのような決断を下そうと潔くこれを受け入れる』、よね」

 

話し合いの帳が降りれば、モルガンは要求を飲むか蹴るかの最終的な決断を下すだろう。

だがその決断が許容であれ拒絶であれ、女王としての言葉である以上は絶対なのでモルガン自身の許しが無い限り、どんなに不本意でも異を唱えずこれに従わなくてはならない。

 

尤も許可なく唱えればどうなるかは全員が察しているので、これに関しては態々意識するまでもなく心得ていた。

 

「よし、各自大丈夫ね。他にも『彼女が侍らせてるであろう臣下たちの機嫌も損ねないこと』や『正直に徹するあまり不平不満を溢したりしないこと』とかあるけど、取り敢えず今言った四つさえ頭に叩き込んでおけば少なくとも不快には思われないハズよ」

 

一先ずこれで準備は万端、後はこのあと来るだろうランスロットからの通達を待つだけだ。

 

その後、確認した事項通りに態度や言葉遣いの練習をしているとランスロットが帰還し、結果を告げてきた。

 

「陛下からの返答はこうだよ。『我に対する謁見を許す。道中の護衛はランスロットが、移動手段は此方から妖精馬を手配する』とのこと。つまり君の要求が何とか通ったってことさ、バーヴァン・シー」

 

どうやら向こうは此方の話し合いに応じてくれるようだ。

その答えに少し安堵するバーヴァン・シー。これで前提となる状況は出来上がった。

 

「報告ありがとうございます、ランスロット殿。これで許可が下りなかったら今の今まで謁見に向けた練習に費やした時間が無駄になってましたわ」

 

「ふふ、ホントにね」

 

にこやかに微笑みながら同意するランスロット。

その顔はオーロラが王子様と言うだけあって、気品溢れる華があった。

 

「それにしても、どうして女王陛下はご許可を下されたのでしょう?」

 

不可解に思ったホープがそう疑問を溢す。

彼女だけでなくドーガとハロバロミアも思っていたが、女王モルガンの妖精嫌いは部下に対してさえ愛着の一つも沸かない程度には筋金入りだ。

 

故に異界からの存在だろうと下級妖精の申し出など耳に入った側から蹴落としたって可笑しくはないし寧ろその方が自然と言える。

 

しかしランスロットの報告によると普通に許可を下しただけでなく移動手段まで態々手配してくれるらしい。

この待遇はなぜか。

 

「それは多分、陛下がバーヴァン・シーを自分の愛娘と重ねてるからじゃないかな?あの人、自分の愛娘…トリスタンには文字通り深い愛情を持っているからね。まぁ単純にトップとしての品格と対応の良さをアピールしたいだけの可能性もあるけど」

 

ランスロットの発言通り、もう一翅のバーヴァン・シーこと妖精騎士トリスタンだけはモルガンからの寵愛と信頼を向けられており、故にこそ愛娘と言われている。

 

ただその関係を理解しているのは極一部の人間とランスロットのような感受性が高く思慮深い側近だけで、後は軒並み“みんながそう言っているから”と周りに合わせているのみで真に理解はしていない。

 

「トリスタン…その妖精も前々から気になっていたけど私と瓜二つってことは、つまり真名も……?」

 

「うん。偽名(ギフト)のことを考えるとおいそれと口にはできないけど、君の考えている通りそういうことさ」

 

バーヴァン・シーの疑問にランスロットはそう答える。

既に確信を得ていたようなものだが、やはりトリスタンの正体はバーヴァン・シーで間違いないみたいだ。

しかもこれまでの発言から察するにバーヴァン・シーという妖精種の中でも自分という個体と同一、即ち本当の意味で『違う世界の自分自身』らしい。

 

(だけど…だとしたら何でこの世界の私は悪名を轟かせてる以前に、あのモルガンの愛娘なんて御大層な立場になってるわけ?何がどうなってそうなったの……??)

 

「―――さて、話すべきことは話したし僕はここらで離れるよ。さっき言った通り護衛も僕が任せられているわけだし、オーロラとコーラルにもこの事を報告しておかないとね」

 

そんなバーヴァン・シーの疑念を他所に、ランスロットはそう言って早々に部屋を出ようとした時。

 

「あ、そうそう。一つ渡しておく物があった」

 

そう言うなり彼女は小脇に抱えていた箱から一本のワインボトルを取り出した。

 

「ほら、朝にホープがワインをバーヴァン・シーに差し上げてほしいと言っていただろう?だからキャメロットを抜けるついでに上物のワインを買っておいたのさ」

 

そうして彼女は箱に入れ直すとバーヴァン・シーの前に置いた。

 

「本当は他の三翅の願いもちゃんと叶えてあげたかったけど、まさか陛下が明日に謁見を設けるとは思わなくてね。すまない、もっと早めに叶えるべきだった」

 

「い、いえ!ランスロットさんが謝ることは無いですよ!寧ろ私なんかのお願いを叶えてくれてありがとうございます!」

 

「私からも言わせてちょうだい。ワインの提供、感謝します」

 

「あはは、二人にそう言われると僕も心が救われるよ。…あと、一つ言わせてもらうけど」

 

「な、なんでしょう?」

 

ホープを真剣な目付きで捉えるとランスロットはこう言った。

 

「ホープ。君は自分を低く見積もっているみたいだけど、僕からすれば皮肉抜きで心優しい妖精だよ」

 

笑顔でそう告げた後、ランスロットは何事も無かった様に部屋を出ていった。

 

「あ、あわわ…ら、ランスロットさんに、優しいって言われちゃった……嬉しいなぁ…」

 

「ちょっと?気持ちはわかるけど何を顔赤らめてんのホープ?貴方は私のものよ。…にしてもすぐに出ていったわねあの方」

 

「流れるように告白するな君は。…まぁ、あの方も立場上忙しいだろうし我々と同様明日に備えて色々と準備しないといけないだろうからね」

 

「それはそれとして、許可が通ったってことはもう後戻りはできねぇってワケだよな。……最悪の流れに備えて今のうちに遺書の一つでも書いとくか?」

 

「いいえ、その必要は無いわ」

 

ドーガのその呟きに即座にバーヴァン・シーが答える。

 

「明日の謁見、確かに不安要素は多々あるし、仮に問題なく対応ができていたとしてもふとした気紛れで殺される可能性すらある。言うまでもないけど私だって恐怖と緊張でどうかなりそうだわ」

 

しかし、と付け加えて彼女は言葉を続ける。

 

「この恐怖と緊張に苛まれるのも承知で私は謁見を要求し、貴方たちも何だかんだで私と一緒にこうして準備に付き合ってくれている。謁見での要求を成功させる為、もっと言うなら生きる為に」

 

モルガンに自分たちの庇護を求めるなどと無茶な申し出をするのも全ては目の前にいる仲間たちを守る為に他ならない。

 

(ま、ついでを言えばこの世界のモルガンがどういう感じの人柄なのか確かめたいってこともあるけど)

 

「じゃあ、そういうことで時計の針がもう四周するまで練習したらもう寝ましょう!何しろ明日は一歩間違えたら死にかねない大仕事なんだからね。念の為の遺書が書きたいなら今の内よ!」

 

それを聞いたハロバロミアが特急で書き殴った後、各々明日に備えて時間の許す限り練習を繰り返し、その日を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

―――翌日。いの一番に起きたバーヴァン・シーは三翅を起こして出発の身支度を手早く済ませる。

そして一行は後々迎えに来たランスロットの先導で手配された妖精馬車に乗り込み、目的の地―――――罪都キャメロットへ進行を開始した。

 

「ソールズベリーからキャメロットまでの距離はそこそこあるからね。妖精馬の馬力速度を考えるとモースなどの邪魔が入らない限り約2時間程度で着くと思うよ」

 

前に座っているランスロットが一行に説明する。

 

「なるほど、つまり謁見の結果次第ではその約2時間が実質私たち四翅の生涯最期の時間になるというわけですか」

 

「まぁ、そういうことになるね。だから今の内に思い出話でもしておくといいよ」

 

バーヴァン・シーの言葉にランスロットは肯定する。

それを聞いたハロバロミアは憂鬱の感情に襲われた。

 

「はぁぁああ~~~…今更言っても遅すぎるけど本当に何てこと言ってくれたんだいバーヴァン・シーくん?女王陛下が私たちの意見を飲んでくれると本気で信じてるのかい?」

 

オーロラの部下という位の高い立場に就いていた故にキャメロットでの会議の報告を聞く機会も多かった彼は、一般的な下級妖精より女王の理不尽さと冷酷無情さを知っていた。

 

「おいおい、ホントに今更だな。そりゃその気持ちはわかるが、昨日の内に遺書まで書いてたってんだから腹括れや」

 

「私からも言いますが、これが無謀に近い賭けだっていう事はバーヴァン・シーさんが一番わかっているハズです」

 

それにドーガが、続けてホープが説得する。

彼らに取ってはモルガンに殺されることよりバーヴァン・シーを失うことの方が怖ろしいので、例え彼女が何と言おうと共に謁見に行くつもりだった。

 

「…ハロバロミア。確かに貴方の言う通り、この要求がモルガン陛下に届く保証はどこにもない。寧ろ蹴られる可能性の方が遥かに高いでしょう。―――でも」

 

落ち着いて、宥める様にゆっくりとバーヴァン・シーは彼に話し掛けていく。

 

「私からすれば貴方が、貴方たちがこれから生きていく上で悪妖精などと言った気持ち悪いものに晒されて無惨に死んでいくかもしれないと考える方が余程怖くて仕方がないの」

 

実際、バーヴァン・シーに取ってもハロバロミアはあの夜、あの村を抜けた時点で“赤の他人”では無くなっていた。

 

「…ただ、それでもモルガン陛下が最終的に死ねと命令を下したらその時はその時。出来る事などたかが知れている私たちは潔く黙ってそれを受け入れるしかない」

 

そして、手を自らの胸に当てて言う。

 

「だからそうなった時は、私が『女王の怒りを買って皆を巻き込んだ大罪人』として一翅静かに地獄に堕ちてやるわ」

 

それは、彼女なりの強い覚悟の表れだった。

それだけ彼女の中での三翅は重く尊い存在として写っているのだ。

 

「けど…だからこそそうならない様にと貴方たちを信じて私は今回も全力で頑張ろうと思っているの。それこそ今までに無い程にね。だから――――どうか貴方も私を信じてくれないかしら?ハロバロミア」

 

はっきりと見据えて彼女はそう言った。彼に、ハロバロミアに対する信頼を交えながら。

 

「バーヴァン・シーくん……」

 

妖精眼を持ち得ていない彼にも、その信頼は確かなものとして感じ取れていた。

 

「…わかったよ。思えば私も君に一度命を助けられた仲だ、なら今度は私がその信頼に応えなければいけなかったね」

 

「ありがとう。貴方からのその言葉、裏切らない様に頑張るわ」

 

彼からの信用を得られた事に安心するバーヴァン・シー。

その証拠に先ほどから妖精眼で見えていた強い恐怖の念がそこそこと言った程度だが和らいでおり、此方に対する期待と信頼の感情が表れていた。

 

「ハロバロミアさん、怖いと思っているのは私たちも同じです。でもそれ以上にバーヴァン・シーさんと一緒なら安心できる、覚悟できるという気持ちも大きいんです」

 

「ああそうだぜ。そもそもオレたちゃあの村でいずれ死を迎えるハズだった落ちこぼれの弱者。だがこうしてバーヴァンシーによって救われた以上、例え死ぬかもしれねぇ状況だろうが一緒になって支えて信用してやるのが“仲間”ってもんだろ?」

 

「君たち…ああ、それはそうだな。改めて言うが私も彼女に救われた身だ。それで尚、仲間として信を置ききれないのは恩義に欠けていたね」

 

実際、彼らがバーヴァン・シーに出会う事が無く、そのまま正史と変わらぬ時間を歩めば最終的に凄惨で胸糞の悪い末路(バッドエンド)を迎えていた。

 

何かしらの要素が一つ絡むだけで大きく結末が、因果が変わる。

もしバーヴァン・シーが、本来彼らが辿る筈だったこの未来を観たとしたら「やはり運命というのは残酷極まりない」と思わず顔をしかめていたであろう。

 

「それとバーヴァン・シーさん」

 

「ん?何かしら?」

 

徐にホープがバーヴァン・シーに話しかけると、彼女はこう言った。

 

「先ほど一翅地獄に堕ちてやると言ってましたけど…仲間として恩人をそんな末路には絶対に辿らせません。もし堕ちるにしても、その時は私たちも一緒に堕ちます」

 

何を言うかと思えば、自分たちも堕ちる時はついていくと口にした。

無論これまでバーヴァン・シーが彼女らに、特にホープにしてきた事を考えればそこまでおかしくはない。

 

「おいおい、私たちってオレたちも堕ちる前提かよ。……まぁ、確かに“そうなった時”はオレもそうするが」

 

「勿論私もだ。正直に言うと怖いが…君たちと一緒なら何処だろうと付いていくよ」

 

ドーガとハロバロミアも概ね同じ意見だった。

 

「このように、ドーガさんもハロバロミアさんも主張は同じです。だから『失敗』した時にあなたが責任を全部抱え込む必要なんて無いんです。同胞として、仲間として、友達として――」

 

 

――――独りには、させませんから。

 

 

強くはっきりと、しかし確かな優しさを含んだ声色で彼女はそう言った。曇りなき瞳を此方に向けて。

 

「貴方たち………フッ、全く馬鹿ね。地獄に堕ちるってのはあくまで物の例え、そこまで本気になる必要なんか全く無いわよ」

 

「…ふふ。そう言う割には、そうして手で隠している顔の隙間から涙のようなものが出ていますけど?」

 

「…………気のせい。気のせいよ、ばか…」

 

図星を手痛く突かれた吸血鬼は、必死に誤魔化す他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……改めて思うけど本当に美しい信頼だ。正しく『絆』と呼ぶに相応しい眩しく尊い関係だね)

 

しばらく黙って会話を聞いていたランスロットは深い感慨を覚えた―――――が。

 

(だからこそどうか気をつけてほしい、“汎人類史の”バーヴァン・シー。この國でその関係を保ったまま楽しく生きていくのは恐ろしく難しいことを。―――陛下の庇護下に入れたとしても、絶対の安寧が約束されるわけではないことを)

 

彼女らの未来(これから)を、行く末(おわり)を案じる湖の蒼き騎士。

 

吸血鬼たちを乗せて駆け抜けていく馬車は、宛ら罪人を法廷へ送る護送車の如き物々しさであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

それから2時間後、モース等の障害に遭うことも無く彼女らを乗せた妖精馬車はこの國…否、この世界で最も堅牢且つ荘厳な城塞都市―――罪都キャメロットへ到着した。

 

「す、すごく綺麗な町並みですね…。これが女王陛下の町…」

 

「何処を見渡しても精巧かつ頑丈に作られた建築物ばかり。当たり前と言えば当たり前だがソールズベリーとは比にならない規模だ…!」

 

「オレも村へ追われる前に一度だけ遠目で見た記憶があるが…ははっ実感が沸かねぇや」

 

ホープたちが各々感心と感動を見せる中、バーヴァン・シーは町の内部に入ってある確信を得た。

 

町に近づくにつれて段々と感じ取れていたのだが、ここに満ちる大気中の魔力はコーンウォールのやソールズベリー等のそれより遥かに濃度と密度が高かった。

 

それ故に元々神秘が殆ど消失している故郷で過ごしていて、最近ようやく気にならない程度でこのブリテン島の大気濃度にも慣れてきたバーヴァン・シーに取ってはそれなりに堪えるもので、あまり気を緩めると軽度のマナ酔いを起こしそうで内心穏やかではなかった。

 

(全く、あともう少しでこの國の長と顔を会わせるってのにその前に酔ってちゃ話にならないわ。面会までの間に何とかして少しでも慣らさないとね)

 

―――それはそれとして。そうバーヴァン・シーは思い、改めて町の景色を見渡す。

 

「此処が、この世界のキャメロット…まるで美しい童話の世界そのものな雰囲気ね」

 

「フフ、驚くのはまだ早いよ。奥をご覧、彼処に悠々と聳え立っているのが我らが女王が君臨するキャメロット城さ」

 

ランスロットに言われるまま奥の方を見ると、其処には巨大な蒼く白い城が堂々と立っていた。

 

「今から彼処の城門まで馬車で向かうから、それまで町の景観を楽しんでおくといいよ」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

そして四翅が城下町の景観を観て楽しんでる中、馬車は城壁内部を進み、遂に“その城”に辿り着く。

 

「さぁ、着いたよ。さっきも言ったけどこの城が冬の女王、モルガン陛下のマイハウス…キャメロット城さ」

 

「これが、キャメロット城…」

 

改めて間近で見ると本当に巨大だった。

 

自分が知るキャメロットも荘厳さに於いては決して負けていないが、こと物理的な規模と神秘の強さに関してはそれすら大きく凌ぐのではとバーヴァン・シーは一瞬、戦慄さえ覚えた。

 

「それじゃあここからは僕がまた案内するからついてきて。外観は見てもらった通りだけど、内観もソールズベリーの大聖堂並みかそれ以上に美しいから期待していてね」

 

そしてランスロットの案内で一行が正門を通る時―――

 

(―――――ん?)

 

通りかける一瞬、バーヴァン・シーの目にあるものが入り、思わず歩を止めてしまう。

 

(……何だ、これ?赤い塗料のようなモノで何かが塗り潰されているけれど………文、字?)

 

正門の壁に赤い何かで、これまた何かしらの文字が上から塗りたくられていた。

 

(…よく見ると故郷でも使われてた言語っぽいわね。辛うじて見えているところから文の内容を推測すると――――)

 

「バーヴァン・シーさぁーん!何してるんですかー!」

 

その時、向こうで壁に向かって立っているバーヴァン・シーをホープが心配して声を掛けてきた。

 

「! あーごめんなさいね!ちょっと壁の美しさに見とれてただけだからー!すぐにそっちに行くわよー!」

 

咄嗟に理由を作って駆け寄るバーヴァン・シー。

 

(…まぁ、別に気にするほどでも無いか。どうせ誰かの落書きだろうし。城門の景観が損なわれるのはイヤだけど)

 

結局取るに足らない下らぬ些事として頭から捨て置く事にしたバーヴァン・シー。

 

彼女は気づかなかったが、赤く塗り潰されたその文字は――――『罪なき者のみ通るがいい』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

ランスロット案内の下、キャメロット城内を歩いた一行はとうとう玉座の間へと通ずる門に立った。

 

「ここが玉座の間に通じる門。即ち、この先にこの町の運営を担っている上級妖精である30の大使と100の官司、各氏族の長、僕を含めた妖精騎士。そして…お待ちかねのモルガン陛下がいらっしゃるよ。礼儀作法の注意に関しては…まぁ、今更言うまでもないよね?」

 

「……えぇ、その為に昨日は特急で皆と一緒に散々話し合って練習したんですから。そうよね、貴方たち?」

 

彼女の言葉に全員が頷く。その顔には恐怖と不安、しかしそれ以上に強い信頼と覚悟の意志があった。

 

「異論は無いみたいね。――それでは検討を祈る、真に絆で結ばれている四翅の妖精たちよ」

 

そしてランスロットは徐に門を叩き、凛とした声を響かせる。

 

「――――陛下、ランスロットです。例の妖精たちを全員連れて参りました。入室許可を」

 

『――――御苦労。踏み入ることを許す。入るがいい』

 

「―――御意」

 

奥から響いてきた恐ろしい威圧的な声にも落ち着いた態度で言われるままにランスロットは門を開ける。

 

そして一行の目に飛び込んで来たのは―――大小様々、容姿様々な沢山の妖精が綺麗に整列していた。

 

更に前方の奥には馬の様な頭の妖精二翅と白と黒の毛並みを持ち、ただならぬ雰囲気を放つ狼の様な獣人が一翅、そして玉座と思われる巨大な椅子があり、誰も座っていなかった。

 

『平伏せよ。献上せよ。』

『礼拝せよ。従属せよ。』

『この場に集いし6の氏族長、30の大使、100の官司は頭を垂れよ。』

『疆界を拡げる王。妖精國を築きし王。』

『モルガン女王陛下の御前である。モルガン女王陛下の真言である。』

 

突然、馬頭の妖精が機械的な口調で告げると周りの妖精たちが一斉にその通りに頭を下げた。

 

『女王陛下。各6氏族長、30の大使・100の官司、並びに妖精騎士ガウェイン、妖精騎士ランスロット。今回の謁見の出席予定者全員の集合を確認しました』

 

『――いつもの前口上態々御苦労。では私も姿を晒すか』

 

その時、また先程の威圧的な声が響いたかと思えば、巨大な椅子の前に水色の丸い波紋が出現した。

 

何だあれは。そうバーヴァン・シーたちが思っていると―――――そこから『それ』は姿を現した。

 

「我らが女王陛下。どうやらこの者らがランスロットの言っていた妖精たちの様です」

 

白髪の獣人の男が自分たちを指して『それ』に言う。

 

「…なるほど。事前に視ていたが、こうして直に見ると本当にアレと遜色ない容姿だな。しかも内なる魂の色まで同じときた」

 

『それ』を見た瞬間――バーヴァン・シーは凍りついた。目を奪われた。威圧感からではない。余りある麗しさからである。

 

『それ』は地につかんばかりの白く長い髪を棚引かせ、反対に漆黒のドレスを身に纏っている。

手に持つは刺々しく物々しい杖、頭には『それ』が“王”であることを示す(かんむり)を被っている。

 

「つまるところランスロットの報告に嘘ではなかったという訳だ。まぁ、妖精眼で最初からわかっていたがな」

 

何より彼女が凝視したのは――月明かりに照らされた夜の湖を彷彿とさせる、暗く輝く蒼い瞳だった。

 

「ふん…では謁見の前にお互い軽く自己紹介でもするか」

 

そして『それ』は自らの名を告げる。

 

多くの罪人が集う城の主であり、2000年という永き時に渡って國を思うがままに支配してきた異聞帯の王。

 

彼女は―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が名はモルガン。我が妖精國、我が城へようこそ。違う世界の異物―――汎人類史のバーヴァン・シーよ」

 

 

名をモルガン・ル・フェ。今は無きかつての名はトネリコ、或いはヴィヴィアン。

 

 

妖精國ブリテンを愛し、しかしてそこに住まう妖精たちは決して愛さぬ冬の女王である。

 

 

 




これにて第二節は終了です。
次から三節目に入ります!


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断章~1~
水の精霊【押絵あり】


時系列はバーヴァン・シーがこの異聞世界に漂流して約一週間後です





鬱蒼と生い茂る木々。見渡す限りの川と池溜まり。

静かに波打つ海に、延々と降り続けている雪。

 

そして――――そう遠くない所に聳え立ち、しかし砕けた様に無惨に折れている途方もなく巨大な白き大樹。

 

此所は妖精國ブリテンの北端に位置する果ての海岸。

その隣には湖水地方があり、湖には鏡の氏族が『骨々さま』と呼び親しんでいる(アルビオン)の遺骸が太古の昔より眠っている。

 

他にもモルガンに対する王座奪還を虎視眈々と狙っている北の女王ノクナレアが統治する町であるエディンバラ、砕き折れた白き大樹…この異聞帯に於いて世界樹と呼ばれている空想樹の目の前にはかつて雨の氏族が住んでいた廃都オークニーが存在している。

 

そしてこの果ての海岸は現在の女王歴以前の時代…妖精歴4000年に4氏族の手によって滅ぼされた雨の氏族が楽園の妖精に向けた『謝罪の涙』が雪という形で現れ、今なお降り続けている。

その影響で常に周囲の環境温度が低くなっているので非常に寒い。

 

加えて所によっては湖水地方から流れた一部のモースたちが単独、または複数で徘徊している時もあるので普段はエディンバラの住民たちでも迂闊に近寄る事はまず無い。

 

―――が。そんな危険地帯である此所に今日、ある一匹の生命体が迷い込んだ。

 

「――――っぷはぁ!いやぁーやっぱり海底洞窟の中を遊泳するのは楽しいなぁ♪」

 

その生き物は、勢いよく水面から頭を出して上機嫌に感想を述べていた。

 

「まぁこの娯楽が味わえるのもこの肉体あってのものだし、そういう意味ではあの時に愚かにも根拠の無い悪評にまんまと踊らされて覗き見してくれた馬鹿男に砂粒程度の感謝を―――――…!?」

 

その時、ようやく周りの異常にそれは気づく。

 

「…………は??え、なにこれ、どこ…ココ??」

 

一面雲に覆われた灰色の空模様。しんしんと降っている雪。何処までも広がっている海。その先に見える光の壁。身に覚えのない見知らぬ土地。

そして―――目の前に聳えている、バッサリと折れている超がつくほど巨大な白い大樹に見える何か。

 

 

――なんだ、ここは。夢でも、見ているのか?

 

 

そう思ったそれは一度水中に身を落とし、自分が先程抜け出た洞窟の穴を探した。

 

恐らく遊泳に夢中になるあまりいつの間にか見知らぬ土地へと迷い込んでしまっただけで、今し方通った穴を再び潜れば元居た場所(ブリテン)に戻れるだろう。

 

そう解釈し、通ってきた穴を見つけるが勿論そのように都合良く済む筈もなく。

 

「……!!?え、あ…!?な、何で!?何で道が続いてないの!!?」

 

案の定ある筈の道は塞がっており、そこにあるのはただの窪みであった。

 

それを目の当たりにした生き物はしばし放心した後、諦めた様に再度浮上し取り敢えず陸地に上がってみることにした。

 

「…いや。本当になんなの、ここ……ついでに凄く寒い…」

 

諦観し無気力になりながらも言葉を絞り出す。

生い茂る木々に点在している池溜まりに周囲から感じる強い神秘。遠目で見れば幻獣なんかも数匹ほど彷徨いているのが見える。

 

その光景にほんの一瞬、神秘が溢れていたかつてのブリテンを思い起こしたが―――すぐにそれはありえないと首を横に振る。

 

(当時のブリテンは私が知る限りでは世界で最後の神秘に満ちた秘境。そしてそのブリテンから神秘が軒並み消え失せた後は幻獣は緩やかに絶滅し、神秘も今となっては極一部の人間たちが魔術として扱っている程度に収まっている筈。なのに、ここは……)

 

地形、気候、現住生物、神秘の濃度。

この土地を形成しているあらゆる要素が自分の既知の外にあることに決して小さくない不安を覚えるが―――同時に好奇心も沸き上がった。

 

(土地規模で充満している神秘に当たり前のようにいる幻獣たち。……あぁ、これも自由奔放で良い意味でも悪い意味でも純粋な妖精としての性なのか、この得体の知れない未知なる土地を隅々まで探索してみたいという意欲が沸いてきて仕方ないなぁ)

 

特に空気中から感じるこの高濃度の神秘。

この濃さはともすると当時のブリテンのそれすら凌ぐんじゃないか、なぜこれ程の神秘が衰えもせずこの土地に満ちているのか、この土地には何があるのか。

 

尚更にそれの―――その妖精の興味関心に拍車を掛けた。

 

「…よし、善は急げだ。なぜかはわからないけどあの穴が無くなっている以上どの道帰ることはできないし、ここは敢えて己の好奇心のままに行こうじゃないか。戻れないことにいつまでも諦観してても仕方ないしね」

 

そして紺色の翼を畳み、自らの異形の下半身を器用に動かしながら前へと進む。

 

「とはいえ不安と恐怖が強いのもまた事実。故に慎重に判断して動かないとね。……にしても相変わらずこの体、下がこの有り様だから水中と空中は難なく動けても地上に関してだけは動きにくいんだよなぁ。まぁ、鈍足ってわけでもないけど」

 

ウェーブのかかった美しい水色の髪を揺らし、薄紅色の瞳を期待と不安に輝かせながらその妖精はこの地を探索し始める。

 

その妖精はフランスの伝承に於ける水の精霊であり、泉の妖精たる母とオルバニーの王たる父との間に生まれし混血種。

 

実の母に他人に変身を見られれば二度と人の姿に戻れなくなる呪いを掛けられ、後に信憑性が無いたちの悪い噂に動かされた夫に見られてしまった哀れな竜。

 

「………そういえば。あの子らは、我が子らはどうしてるんだろう。人間と縁を切ってからもう随分と時が経つけど、ちゃんと後継ぎを残せているのかな?あの世で元気に過ごせてるのかな…?」

 

 

 

彼女の名はメリュジーヌ。竜の翼に蛇の半身を持つ、人に関わり、人を愛したその末に人に裏切られた悲恋の妖精。

 

 

 

バーヴァン・シーに続いてこのブリテン異聞帯に漂流物として流れ着いた、汎人類史の水の精霊であり竜の妖精である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

「――――そうか。では言葉通りそこな端くれ共を庇って無様に死ぬがいい」

 

 

 

「……っ!!!」

 

 

 

時を戻してキャメロットの玉座の間。

 

 

 

そこには――――ホープらの前に立つバーヴァン・シー目掛けて魔力を放たんとする冷酷無慈悲な魔女の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回は「次回から3節目に入る」と言ったな。 
アレは嘘だ(大嘘つき)

次回から本当に3節です。

汎メリュ子の容姿↓


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第三節《妖精として、騎士として》
魔女の息子


多くの罪ある者(ようせい)が集う夢の跡、キャメロット。

 

 

 

その玉座の間にてバーヴァン・シーたちの前に出でたのは、2000年近くもの間ブリテンを我が物とし続けている女王であった。

 

 

 

「貴方が…女王モルガン。モルガン・ル・フェ…!」

 

「いかにも。我こそは妖精國ブリテンを統べし絶対の王。故にこの場に集う妖精、城、町、島のあらゆるものが我が所有物である―――――無論、そこの端くれ三翅も含めてな」

 

そう言ってバーヴァン・シーの後ろにいるホープらを指差すモルガン。

 

「尤も今は貴様の所有物になっているようだがな、バーヴァン・シー」

 

「……何も知らぬ身であったとはいえモルガン陛下の所有物を掠め取るような真似をしてしまい、申し訳ありません」

 

「よい、元より其奴らは私に対する存在税も払えぬ落ちこぼれ共だ。別に取られたところで怒りも何もない。故に許す」

 

『落ちこぼれ』。仲間をそう評されたことに一瞬怒りが募ったが、すぐに自分を落ち着かせる。

仮にも偉大な女王の前で平静を崩せばそれだけで死を与えられかねないので感情を表に出してはいけない。

 

…尤も、心の内を見透かせるモルガンに取ってはその一瞬の怒りも、なぜ怒ったのかもしっかり感じ取っているのだが。

 

「それより貴様からの謁見の要求、事情は既にランスロットから聞き及んでいる。貴様の“例の要望”について今から私と話し合うわけだが…その要望を改めて貴様の口でこの場で述べよ」

 

「はい。私がランスロット殿を通してモルガン陛下にこうして謁見の場を開くよう申し付けたのは、『陛下の庇護下に入らせていただきたい』と思った次第にございます」

 

バーヴァン・シーがそう告げた途端、周りの妖精たちがざわめきだす。

 

(なんだなんだ、どんな理由なのかと思えば『庇護下に入りたい』だと?)

 

(女王の前でよくもまぁそんな保身的なことがどうどうと言えるな、あのイカレ女に似た顔のヤツ)

 

(どうせ豪華なお城で楽して暮らしたい、なんてあさましいこんたんなんだろうな。死んだんじゃねアイツ?)

 

そんな軽蔑と偏見が入り雑じった心の声が聞こえるが、バーヴァン・シーに取ってそんなのは最初からまともに聞き入れるつもりは無い。

 

この場において重要なのはそのような雑音ではなく、モルガンからの言葉に他ならない。

 

そもそも部屋に入った時点でモルガンと氏族長、妖精騎士と書記官たち以外の大使と官司全員から強い邪気を感じたので、その時点でバーヴァン・シーの彼らに対する“見方”は決まっていた。

 

「ふっ、言葉だけ見れば実に低俗な願望だな。報告さえ聞いてなければそれこそ馬鹿馬鹿しいとみて首を撥ね飛ばしていたぞ。ランスロットに感謝するんだな」

 

「ええ、ランスロット殿がいなければそもそもこの謁見自体が叶いませんでした。故にランスロット殿、この場を借りて改めて感謝致します」

 

ランスロットに深々と御辞儀をする。

もしあの時に彼女と出会わずコーラルの下で働くことになっていれば、決してこの状況にはならなかっただろう。

 

「…礼はいいよ。僕はあくまで君という()()のお願いを叶えてやっただけなんだから。ほら、キミは陛下と話してるだろう?なら今はそっちを優先するべきだ」

 

「…!はい、わかっていますとも」

 

『友達』。そうナチュラルに自分を評してくれたことにバーヴァン・シーは内心嬉しさが込み上がるも、顔には出さずに一言だけ返して再びモルガンと向き合う。

 

「…ふん、話を戻すが貴様が私の庇護を受けたいのは単に自らの保身に非ず…だったな?」

 

「はい、私が陛下の庇護の要望を聞き届けてもらいたいのはここにいる三翅を護りたいからに他なりません。私自身の保身などその二の次です」

 

手をホープたちに向け、あくまでも優先順位は彼女らだという主張を示す。

 

「なぜ其奴らを護りたい?如何なる経緯が、理由があってその考えに至った?」

 

「私はこの世界に迷い込んで間もない時、名無しの森でモースに、コーンウォールの村で悪妖精化した連中に襲われました。その中で命を助けてくれたのが彼女たちだったのです」

 

そこからバーヴァン・シーはこれまでの経緯を説明し始める。

モルガンは氏族長たちと共にそれを粛々と聞き、彼女が話し終えると再び口を開く。

 

「…ふむ、なるほど。要するに命を助け助けられの成り行きを経て共に生きていく内に強い情が芽生え、それ故に何とか死なせまいと頭を働かせた結果、こうして私に護ってもらう考えに至ったと」

 

「はい。私は今日に至るまでここがどういう世界なのか、何が危険なのかを知りました」

 

先に話した悪妖精にモース、多種多様で狂暴な魔獣や幻獣、それに氏族間や領民と領主、或いは領主間での戦争(いざこざ)

何よりモルガンから何かの切っ掛けでヘイトをもらうことだけは絶対に避けねばならない。

 

「…こんなことは本翅たちの目の前で言いたくはなかったですが、私と彼女たちはあの森から必死で逃げおおせた弱者です。ですのでそういった災難から支え合い、互いを守り続けるのは正直とても難しいと言わざるを得ません」

 

実に歯痒いが、どんなに強固な絆で結ばれていても結局互いが互いを守りきれるだけの力が無ければほとんどは悲劇に終わるのが世の常。

 

まして様々な脅威が跋扈するこの世界のブリテンでは尚更であり、口ではとても難しいとは言ったが実際は無理に等しいだろうとバーヴァン・シーは自分たちの力の弱さを渋々認めていた。

 

「故にこそ、この世界のブリテンで最も偉大で強大なモルガン陛下の庇護を授かることで、彼女たちの安全と安息を揺るぎないものにしたいと思ったのです」

 

だからこそモルガンという最強の“力”に護ってもらうのだ。

そうすればあらゆる脅威から彼女たちという光を失わずに済むハズだ。

自分の力足らずが原因で死なせてしまう、なんて情けないことにはならないハズだ。

 

「以上の理由を以て、そしてこの場をお借りして再度申し上げます、モルガン陛下。どうか、どうか私のこの願いを聞き届けては下さらないでしょうか?」

 

「……ふむ………」

 

整った態度と言葉遣いで自分へと懇願するバーヴァン・シー。

それを見てモルガンはほんの少し間を置いて思考を張り巡らせると―――――子どもが悪巧みを思いついたような不穏な笑顔を浮かべた。

 

「なるほどな。貴様の言い分は十分に理解した。恐らく私に殺されるかもしれない可能性も承知の上で申し付けたのだろう。しかも妖精眼で視たところ、貴様だけではなく其奴らも全員が同じ覚悟らしいな」

 

「はい、ここにいる皆が同じ気持ちで立ってくれています。嘘偽りなく、真剣にです」

 

それを聞いたモルガンはわざとらしさが感じられる動きで顔を片手で伏せる。

 

「あぁ、なんと尊き関係だ。それだけ大切に思っているのなら危険を厭わず女王たるこのモルガンに謁見の要求を臆することなく突きつけるのも頷けるよ」

 

――――しかし。

 

そう付け加えるとモルガンは目を細め、『あること』をバーヴァン・シーに問い詰める。

 

「それはそれとしてだ。――――見返りは、なんだ?」

 

「…! ……見返り、ですか」

 

そう、彼女がバーヴァン・シーに問うたのは自身に護ってもらうことに対する相応の“見返り”であった。

 

「なに、当然の話だろう?まさかこの私がちゃんとした理由さえ言えば無償でその通りにやってくれる都合の良い『カモ』だとでも思ったか?だとしたらそれは私という王を舐めすぎだ、吸血鬼よ」

 

実際は此方を都合良く見ている、などといった感情はバーヴァン・シーからも仲間からも最初に相対した時点で微塵も感じられなかった。

が、それが判るのは自分だけなので配下が要らぬ茶々や罵声を言わぬよう女王として彼女を圧する。

 

「…申し訳、ありません」

 

対するバーヴァン・シーの方も全く考えてないわけではなかった。

自分の方から一方的に要求しておいてこちらからは何も支払わないのはよろしくない、というのは謁見の要望をランスロットに告白した時点で頭によぎっており、昨日の仲間との話し合いでも話題の一つとして出しはした。

 

だが申請をランスロットに頼んでからまさか一日で要求が通り、しかも後日始めることになるとは完全に予想外だったのでまともに用意する時間が無かった。

 

ましてや相手はこの国の頂点に立つ存在。

そんなあまりにも短い時間の中でかの女王を納得させられるような代物を拵えるなどとても無理だった。

 

とはいえ何も用意してないです、などと馬鹿正直に答えても失礼極まるのもまた事実。

 

「ですが、見返りなら―――あります」

 

「ほう、ちゃんと用意してあるのだな。どれ言ってみるがいい」

 

故に彼女は“あるもの”を女王に差し出すなけなしの『対価』に決めていた。

 

 

 

「はい、それは……『私自身』、です」

 

「ほう…?」

 

 

 

バーヴァン・シーがモルガンに差し出した“あるもの”とは、ずばり『自分そのもの』であった。

 

「つかぬことを尋ねますが……貴方には愛娘の立場にある方がおられるですのよね?」

 

「…そうだな。そして彼奴は貴様と同一の容姿、同一の魂を持っているが……あぁ、つまりそう言う事か?」

 

この世界において冷酷な女王が唯一娘として愛する、残酷で傲慢であるらしいもう一翅の(バーヴァン・シー)

 

「ええ。お察しの通り、私を貴方の下に置くことで貴方の愛娘殿の『影武者』として役に立つハズです」

 

ならば、見た目も声も、魂の色まで同じらしい私が影武者としてこの身をモルガンの下に差し出せば、万が一の為の『保険』として利用できるに違いない。

 

「モルガン陛下。貴方はこの國、世界において何者も敵わない文字通りの絶対的な存在なのでしょう。しかし、貴方はそうでも愛娘殿はそうはいかないのでは?否、いかないでしょう?」

 

「…………」

 

バーヴァン・シーの問いに口を閉じるモルガン。

 

彼女の言う通り、娘は妖精騎士としての反転のギフトが無ければ自分から他の下級妖精どもに成す術なく“使われ”に逝ってしまうほどに愚かでか弱い。

 

何ならギフトがあっても妖精騎士の中では他二騎と比べて最弱であり、それこそ『厄災』などに巻き込まれようものならひとたまりも無い。

 

「勿論、愛娘という大切な存在である以上は無防備に行動させているわけではなく、色々と備えを仕込んでいるのでしょう。しかしその立場上、暗殺や謀殺を企てられる可能性だって十分にあるハズです。現にそのようなことをしてきてもおかしくない政敵の一翅二翅、心当たりがあるのではありませんか?」

 

「…確かに貴様の言うように、あるのかと言われれば、ある」

 

政敵という点で言えば北のノクナレアがまさにそれであるが、彼女はそのような卑劣な手は使わない。

あくまで自分こそが正当な王位後継者としての信念の下、正面からの武力衝突でもって打破せんとするのでモルガンに取っては寧ろ一周回って安心さえできる相手だ。

 

よって謀を企てそうな者と言えば――――そう、例えば。

 

今は自分に従っているものの、その時の気分一つでどんなことも躊躇なく実行する、虹色に輝く翅を持つ“醜き風”。

 

…或いは、ガラクタ集めに関しては筋金入りのがめつさを誇る“口上手な土”か。

 

「そうでしょう。なら、そういう頭の回る連中の手によっていつか愛娘殿が手を掛けられてしまうこともあるかもしれません。故にこそ、それを防ぐ為にも私を代用品として使うのが得策です」

 

女王の娘という立場を抜きにしても、彼女自身これまで散々好き勝手に振る舞ってきた以上、多くの者から怒りと恨みを買われている。

もし何かの事故でギフトが剥がれ、力も失おうものなら即その場で袋叩きにあって撲殺されてもおかしくはない。

 

そんな彼女の考えを感じ取りながらも、バーヴァン・シー淡々と話を進める。

 

「改めてまとめますが…『私たちは貴方の庇護下に入るという願いを聞き届けてもらい、貴方はその見返りとして私という愛する娘の影武者を得る』――――――これでどうでしょうか?」

 

取引の内容をわかりやすく提示し、再度モルガンからの答えを待つ。

対するモルガンからの返答は――――――。

 

 

 

「―――いいだろう。貴様という見返りで以てその願い、聞き届けてやるぞ」

 

(―――へ…!?)

 

 

なんとあっさり承諾した。てっきり何かしらの穴を突いて蹴られるかと懸念していただけにバーヴァン・シーは呆気に取られる。

 

「なに、そこまで驚くことはない。理由は主に二つある」

 

言いながら人指し指を立てるモルガン。

 

「まず一つ。貴様の言う通り我が娘は弱く、我が庇護なくしては“絶対に”生きられない。故に備えの一つとして影武者の必要性を前々から考えていたから」

 

続けて中指を立て、二つ目の理由を述べる。

 

「もう一つ。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()で見返りを貴様にしようと私も考えていたからだ」

 

(な――――!?)

 

バーヴァン・シーの驚愕も無理はない。見返りを用意できるできない以前に、この女王はどちらにしろ自分をその手に収める気でいたのだから。

 

「…最初から、そのつもりだったのですか」

 

「ああ。貴様の方からそう言ってきたのは好都合だったからな。故に快く承諾した。……それに、だ」

 

徐に彼女はバーヴァン・シーに指を差す。

 

「これはな、貴様の仲間たちだけでなく貴様自身にとっても都合の良い話なのだぞ?」

 

「え…?」

 

どういうことか、と顔に書いているバーヴァン・シーにモルガンは端的に説明する。

 

「ほら、影武者たるものただの代用品に非ず本物と遜色ないほどの力も持ち得ていなければ身代わりとして務まらぬだろう?それ故、貴様を影武者にした暁には相応の力を与えてやろうと思ってな。―――つまりだ」

 

 

 

「貴様に円卓の祝福(ギフト)を授け、新たな“妖精騎士”として就任させてやろうと思っているのだ」

 

 

 

「!! わ、私を…妖精騎士に…!?」

 

モルガンがその言葉を告げた途端、再びざわつきだす妖精たち。

 

特に白髪の獣人―――牙の氏族長・ウッドワスはそれを聞いて静観を保たずにはいられなかった。

 

「へ、陛下!?お言葉ですが何を言われているのです!?」

 

「はて、この汎人類史のバーヴァン・シーを新たな妖精騎士に就任する、と言っただけだが?理由は貴様も一連の話で聞いた筈だろう?」

 

「それは、そうではありますが!妖精騎士とは本来私ほとではないにしろ貴方様を、女王モルガン・ル・フェを守護する盾であり、行く手を阻むあらゆる障害を薙ぎ倒す剣なのです!如何に相応の理由があるとはいえ、そんな我ら女王軍の武の象徴たる存在にあのような下級妖精を当てはめるなど――――」

 

 

「ウッドワス」

 

 

矢継ぎ早にまくし立てるウッドワスに対し、仕方なく圧して黙らせるモルガン。

 

「貴様の心配も、懸念も、不安も全て理解できる。私とて相応しいと認めたもの以外に妖精騎士の格を賜うなど決してしない」

 

しかし、とモルガンは続ける。

 

「これは絶対の女王たる私が決めたこと。即ち私はこのバーヴァン・シーを認めており、従って妖精騎士になるのは必定である。…これでも何か言いたいことは?」

 

「……いえ、失礼しました。出過ぎた真似を御許しください。…ですが、陛下はそれでよろしいのですね?」

 

「あぁ、構わぬ。仮にこの者が妖精騎士として不相応であれば、その時はあっさりと切り捨てるのみだからな」

 

そう諭して彼を落ち着かせた後、モルガンは改めてバーヴァン・シーに向き直る。

 

「さて…話が逸れたな、バーヴァン・シー。早速だが私の前へと来い」

 

「は、はい…」

 

言われるがままにモルガンへ歩を進める。

そのまま目の前まで寄ると、モルガンが不意に手に持っている大ぶりの杖をバーヴァン・シーの額へ翳した。

 

「ではこれより貴様に円卓の祝福(ギフト)を授ける。喜ぶがいい、貴様はただ庇護を受けるだけでなく、大切な者を護れる強大な力が手に入るのだからな。先に言った貴様にとっても都合が良い話、というのは即ちこういうことだ」

 

「…はい、光栄に思います。モルガン陛下」

 

「…ふん、では始めるぞ」

 

そして、モルガンのその言葉を皮切りに杖に魔力が集束し、不気味な青色に輝きはじめる。

 

その鈍い光は彼女が詠唱の速度を上げると共に段々と強さを増していく。

 

やがて玉座の間全域に青い粒子が漂いはじめた辺りで、彼女は締めの詠唱を高々と叫んだ。

 

 

『冬の女王、モルガン・ル・フェの名の下に決行する!』

 

 

『彼の妖精に異界の円卓の祝福を、騎士の権能を授けん!』

 

 

『授かりし者は異界の人類史より来たれり吸血の妖精!授けし騎士の祝福()は獅子の騎士たる魔女の息子!』

 

 

『―――いざ、我が権能で以て着名せん!!』

 

 

その時、杖とバーヴァン・シーを中心にその場が青き光に包まれる。

 

そして光が収まると―――そこには先ほどまでと変わらぬ見た目のバーヴァン・シーがいた。

 

「…………」

 

自分の手を、足を、体を確認するように見回した後、彼女はこう思った。

 

(…見た目は何も変わってない。けど何、これ―――体中から物凄い神秘(ちから)を感じられる……!!)

 

一瞬、生まれ変わったのかと錯覚すらした。

それほどまでに今の自分の肉体からはつい先ほどまでのソレとは段違いの高純度の魔力が、神秘が染み渡っていた。

 

それもその筈、たった今彼女に授けられたのはここより遠い異邦の地―――汎人類史で名を馳せる円卓の騎士が一角であり、淫猥なる魔女…モルガン・ル・フェの子の一人。

 

かつて龍と闘っていた獅子を助力し、以降は共に闘いを繰り返していく内に『獅子の騎士』と呼ばれた男。

 

一羽一羽が人間一人と同等の強さを誇るカラスの軍勢を率いてアーサー王の軍勢に大打撃を与えた戦果を持ち、祖父の一族から三百本もの剣を受け継いだ魔女の息子。

 

 

 

「これで祝福(ギフト)の着名は終わった。貴様は今日よりこう名乗るがいい――――――“ユーウェイン”。妖精騎士ユーウェイン、とな」

 

 

 

名をユーウェイン。円卓の騎士が一角にして、モルガンを母に、アーサー王を叔父に持つ獅子の騎士である。

 

 

 

「…ユーウェイン。それが、私の妖精騎士としての名前……」

 

元居た世界…モルガン曰く『汎人類史』と呼ばれているそうだが、その頃に当時のアーサー王伝説を記した書物を暇潰しで読んでた中でその名を目にした記憶がある。

 

「そうだ。ほれ、其奴らにも改めて名乗るといい。いつまでも真名で呼ばれると祝福(ギフト)の力が剥がれて弱まってしまうのはランスロットから聞いておろう?」

 

そうだった。確かに自分からも名乗っておかねば折角の力を発揮できなくなってしまうなんて本末転倒な結果になってしまう。

 

そう思いホープたちに駆け寄るバーヴァン・シー改めユーウェイン。

 

「あー…貴方たち。というわけで、まさかの妖精騎士に就任してしまったわけだけど…これからは『バーヴァン・シー』ではなく『ユーウェイン』、と呼んでほしいわ」

 

「お、おう…ただちょっと怒涛の展開すぎてついていけねぇんだが?」

 

「右に同じく。バーヴァ…んんっ、ユーウェイン?くんだっけ?置いてけぼりな私たちの気持ちがわかるかい?」

 

「…正直言うと今までの名前の方で呼びたいですけど、なるようになってしまった以上はそう呼ぶしかないみたいですね。―――改めてよろしくです、ユーウェインさん」

 

バーヴァン・シーはユーウェインとしての挨拶をするも仲間たちの反応は案の定というか、差違はあれどホープ以外は困惑で統一されていた。

 

「まぁ、そうなるわよね。私自身未だに戸惑ってるし。…それはそれとして」

 

モルガンと向き合うバーヴァン・シー。

 

「モルガン陛下の望み通り、こうして私は妖精騎士となりました。これで取引通り彼女らを庇護することを約束していただけますね?」

 

「ああ、女王に二言は無い。貴様の望み通り、其奴らを我が庇護の下に入れよう」

 

その言葉を聞き入れたバーヴァン・シーは――――――妖精騎士ユーウェインは膝をつき、頭を垂れる。

 

「ありがとうございます。貴方が彼女らを庇護してくださる限り、私は貴方の騎士として、愛娘殿の影武者として誠心誠意頑張ることをここに誓います」

 

自分なりの忠誠の意を彼女に示す。モルガンもそれを見て気分を良くしたのか、うっすらと口角を上げた。

 

「良い心懸けだ。それでは妖精騎士ユーウェインよ。早速だが、主として貴様に最初の命令を下す」

 

早くも命令の通告を受ける。一体どんな内容なのか?

 

「はい、何なりと」

 

 

 

 

 

「うむ。ではまず――――――そこにいる貴様の仲間を全員殺せ」

 

 

 

 

「――――――――――…は?」

 

 

 

 

 

 

―――聞き間違いだろうか?今この方は…何と言った?

 

「――あ、の」

 

「ん、どうした?」

 

「いま、なんと…?」

 

「ふむ、聞こえなかったか?ならもう一度言うが、『そこの貴様の仲間を全員殺せ』と言ったんだ」

 

「――――――――」

 

…なんだ。なんなんだ。なにをいってるんだ。なにを、いってるんだ、このかたは?

 

「――――っ…なんで、そんな…約束が、違うじゃないですか…っ!!」

 

「約束が違う?おかしなことを言うのだな。確かに庇護するとは言ったが、『まともに生かし続ける』とは一言も言ってないぞ?」

 

「な……あっ…!」

 

絶句した。そんな言葉の揚げ足取りも同然の返答をしてきた魔女に、ユーウェインは言葉を失った。

 

ホープたちもそのあまりに異常な発言に収まりつつあった恐怖がそれまで以上にぶり返し、思わず冷や汗を垂らした。

 

「……陛下。失礼を承知で言うけど流石にそれは悪趣味が過ぎるよ。そんな命令、本気で彼女に遂行できると思ってるの?」

 

思うところがあったのか、前に『味方にはなれない』と言っておきながらも助け船を出すランスロット。

 

「黙るがいいランスロット。貴様が口を挟む余地はない。――いいかユーウェインよ」

 

だがそんなランスロットを一蹴したあと、モルガンはユーウェインに語り掛ける。

 

 

 

「貴様は誰の影武者になるんだ?そう、我が娘バーヴァン・シーもとい妖精騎士トリスタンだろう?先ほどは付け加えるのを忘れていたが、影武者をやるからには力だけでなく性格や趣味趣向も本物に限りなく似せなければならない。そしてトリスタンは誰もが恐れる残酷で我が儘で強欲な悪逆そのものと言える性格なのだ。だからこそ貴様もその悪逆なトリスタンと変わらぬほどの外道極まる最悪の“絶対悪”にならなければならぬ。それこそ仲間だろうと私の命令一つで平気で皆殺しにできる程度にはな。故にこそもう一度命じる――――殺せ。貴様の仲間を、全員。出来うる限りで苦しませながら、だ」

 

 

 

「――――、――――っ――」

 

 

 

…極東の言葉に“後悔先に立たず”というのがある。

これは起きてしまったことを悔やんでもどうしようもないので事前に備えを敷くという意味らしい。

 

だからこそそれに倣って用意できるものは全て用意し、打てるカードは全部使い切った。

それで事は順調に進み、何とか晴れて目的を達成できたハズだった。

 

だけどダメだった。これなら大丈夫だろうと、最初から前提を誤っていた。

 

舐めていた、甘くみていた。自分たちの常識の視点でしか観ていなかった。

 

この女王を―――モルガン・ル・フェという最恐の魔女を。

 

 

「っ…!っっ~~~…!!!」

 

 

できない、できるわけがない。だがしなかったらどうなる?この魔女はどう出る?

 

見せしめとして私の目の前で仲間を一翅ずつ殺す?

私が命令をする気になるまで何度でも私を殺す?

或いは次代が尽きるまでみんな――――

 

「バーヴァン・シー、さん…!!」

 

その時、後ろで声を聞いた。

振り返るとホープが恐怖に怯えながらも此方を必死で心配していた。

ドーガも、ハロバロミアも同じで……ランスロットも、視線に憂いの感情が出ていた。

 

「…貴方、たち……」

 

ゆっくりと、鉛をつけられてるかの如く重苦しい足取りで彼女らの下へ歩み出す。

 

そして――――仲間たちの、ホープの目の前で止まる。

 

「………………」

 

「…バーヴァン・シーさん。私たちは、信じています。あんな命令に、従いなんてしないことを。私たちは、知っています。あなたが、誰よりも仲間のことを大切に思う。そんな、妖精だって」

 

恐怖で途切れながらも、まっすぐな信頼の言葉をユーウェインに、バーヴァン・シーに向けるホープ。

 

「私もだ、バーヴァン・シーくん。女王陛下のご命令だからといって、私たちを傷つけるような真似はしない、できないハズだ」

 

「オレもだ、バーヴァンシー。お前は決して仲間を裏切るようなヤツじゃねぇ。あの村でお前と同じ釜の飯を食ったオレが保証するぜ」

 

ドーガからも、ハロバロミアからも、信頼の言葉を掛けられる。

 

それらを受けたバーヴァン・シーは確信した。

 

(――――あぁ、命令された時点でわかっていたけど。やっぱりこの子たちを傷つける、ましてや殺すなんてとてもできっこないや)

 

「皆、ごめんなさい。今の今まで揺らいでた私が大馬鹿者だったわ」

 

その言葉に三翅とも笑顔を浮かべる。ランスロットの方も顔にこそ出てないが、安堵の感情が視えていた。

 

「……モルガン陛下」

 

再びモルガンと顔を合わせる。

 

「何だ。殺せないのか?」

 

「―――ええ、私には無理です。できるわけがありません」 

 

意を決した表情だった。仲間からの信頼で覚悟を決め固めたとはいえ、常に威圧感を放っているモルガンの命令を真正面からバッサリ断るのは勇気がいる行動だった。

 

「妖精騎士という立場を、力をこの私から賜っておきながら私の命令を拒否すると言うのか?」

 

声のトーンこそ落ち着いているが、身に纏っている威圧感は更に大きくなっていく。

 

「…申し訳ございません。ですがその命令だけは、どうしても聞き入れられません。その結果、貴方に殺されるとしても」

 

それでも臆することなくハッキリと自らの意思を伝えるバーヴァン・シー。

 

 

「……なるほど………」

 

 

それを聞いたモルガンはしばし顔を上に向け、再びバーヴァン・シーたちの方へ向き直ると――――。

 

 

 

 

 

 

 

「――――そうか。では言葉通りそこな端くれ共を庇って無様に死ぬがいい」

 

 

 

「……っ!!!」

 

 

 

冷ややかな声でそう言うと、杖に魔力を込めて無慈悲に放った。

 

 

 

 

 

 

 



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第四の妖精騎士

「――――そうか。では言葉通りそこな端くれ共を庇って無様に死ぬがいい」

 

 

「……っ!!!」

 

 

告げられたと同時に放たれる、一発の大きな魔力弾。

 

それは命令を拒絶した愚かな騎士に対する女王からの死の刑罰だった。

 

「ちぃッ!!」

 

咄嗟に両腕を前へ構えて魔力障壁を展開し、激突に備える。

直後―――とてつもない衝撃がバーヴァン・シーに襲い掛かる。

 

「が――ああぁあぁああぁぁあッッ!!?」

 

腕から全身に感じる、想像を絶する暴力的なまでに荒れ狂う神秘。

 

(な、なんて力なの…!!う、腕が…ちぎれ、飛びそうだッ…!!!)

 

少しでも力を緩めれば腕が上半身ごと消し飛ぶ。

障壁越しでも手が焼け爛れそうなほどの熱を浴びながらもそう直感し、必死に思考を回す。

 

「バーヴァン・シーさんっっ……!!」

 

「ほう、受け止めるか」

 

衝撃の余波に吹かれているホープの悲痛な呼び掛けも、モルガンの僅かな()()も、今のバーヴァン・シーに取って耳に入れる余裕は微塵もない。

 

全神経、全魔力を総動員させて、目の前で尋常じゃない魔力を迸らせている青く輝く光弾を抑えるので精一杯だ。

 

しかしこのままではいずれ押し負け、そしてそのまま後ろの仲間たち共々消されてしまうだろう。

 

(直前に妖精騎士としての力を授かる事ができたのは本当に幸運だった!もし素の状態だったらと思うと……!!)

 

脳裏に浮かぶは、ほんの一瞬すら耐えられずに仲間ごと死に絶える自分。

 

その死相(イメージ)に我ながら情けないという怒りと同時に、妖精騎士の力はこうして女王の一撃にも耐えられるくらいには凄いのかという実感が沸いてくる。

 

(けど、本当に恐ろしいのは!こんな馬鹿げた威力の魔力弾でも、多分あの魔女からすれば“本気とは程遠い戯れレベル”ってコトっ……!!)

 

目の前でこちらを消し滅ぼさんとする、自分の身の丈より一回り大きいサイズの光弾。

それは、約2000年もの時を支配者として君臨してきた女王に取っては眼前の弱小妖精四翅を粛清するだけの、単なる作業同然の感覚で放った程度のモノなのだろう。

 

(…はは、これに比べたら、あの時のは今なら指一本でも防げそうね)

 

この世界に迷って間もなかった頃、最初にホープと共にモースと戦った時の事を思い出す。

 

その戦闘の最中でもモースが自分に対して一際巨大な呪弾を放とうとし、ホープの加勢で未遂に終わった事がある。

 

あの時はその巨大な呪弾を脅威に感じて冷や汗を垂らしたこともあったが、今目の前で受け止めているこれに比べたら膨張抜きで『日中のガラティーンと一般兵の剣』と評せるだろう。

 

「ぐっ、ぎ……っ…!!」

 

(なんて、過去を思い出してる場合じゃ、ないわねっ…!さぁ、どうする、どうすれば、いい…!?)

 

後方にはホープたちがいるので避けることはできない。

弾道を逸らそうにも出力が強すぎるので難しく、仮にできたところで明後日の方へ当たって玉座の間を傷つけようものなら、それこそモルガンの更なる怒りと追撃を買ってしまうだろうからそれも無理だ。

 

故に残されたのは『何とかその場で抑え込み、その上でこれを飛散し無効化させる』という他なかった。

 

(できるものなら吸収したいところだけど、こんなの取り込もうものなら妖精騎士化したこの状態でも、すぐに許容量を超えて肉体が壊れるでしょう、ね)

 

―――現状を打破できる要素が、ないか。

 

容赦ない神秘と熱と衝撃にその身を襲われながらも、バーヴァン・シーは頭の中で思考を一心に振り回す。

 

(…?待て、よ)

 

すると彼女の中である可能性の疑問が生じた。

 

(今の私は、妖精騎士。そして騎士の名はユーウェインで、モルガンはその騎士の力をギフトとして私に与えた。となると…)

 

もしかしなくてもその騎士の力を権能として使えるのでは、彼女はそう思い至る。

 

勿論たった今なったばかりなのでどうしたら使えるかはわからないし、そもそもユーウェインというのも名前は見たことがあるというだけで何の能力があるのかすら知識にない。

 

(だけど、この状況を何とかできそうなのはそれしかない!…一か八かよっ!!)

 

賭けに出たバーヴァン・シーは、障壁が罅を発てて軋みはじめる中で感覚を研ぎ澄ます。

 

妖精とは神秘を自在に行使できる上位存在。ならば妖精騎士が円卓の騎士の力を思うがままに操れるということは、その円卓の権能もまた行使する際の力の源泉が神秘であってもおかしくないハズ。

 

であるならば、話自体は、何をやるべきかは簡単だ。

 

普段やってる事と本質的にはそう変わらない。

 

(―――集中しろ、鋭敏になれ。肉体の全神経、全細胞を、神秘の行使に活かせ……!!)

 

感覚を集中させるだけでなく、ビジョンのイメージもする。

 

眼前の死の弾丸を跡形もなく消す、そのイメージ(未来)を。

 

(私の中にある円卓の力…ユーウェイン卿。私の『仲間を守りたい』という、この思いに応えてくれるなら―――どうか、その力を貸して!)

 

祈る。自らの内にある、異邦の英傑の権能が現れ出づることを。

 

願う。英傑の権能(ちから)が、この死を打ち消してくれることを。

 

 

 

「私、は―――ユーウェイン。―――妖精騎士、ユーウェイン―――――!!」

 

 

 

妖精騎士としての自身を自覚し、受け入れ、与えられたその名を高らかに叫ぶ。

 

そして、それが切っ掛け(トリガー)となり―――『ソレ』は顕現する。

 

「む…?」

 

それまでバーヴァン・シーが耐え忍いでいる様を粛々と見ていたモルガンが不意に眉を潜める。

 

突然、バーヴァン・シーの頭上辺りに大きな一つの黒い波紋が現れたのだ。

 

「え…な、なに…?」

 

ホープたちも突如出現したそれに困惑していると――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

『■■■■■■■■■■■■!!!!』

 

 

その時、その場の全員が『ソレ』をおぞましい声を響かせる黒い影の波と錯覚した。

 

だが、こと魔術の域においては彼の夢魔に比肩するブリテンの魔女は直後にソレの正体に気づく。

 

(なるほど…よく見ればアレは無数の『カラス』か)

 

魔女の言うように、黒い波紋から現れているのは夥しい数のカラスだった。

それが濁流の如き勢いで、己が主を守らんと魔力弾に突撃していく。

 

「―――これが、私の中にある…騎士の力、なのっ…!?」

 

動揺しているのはバーヴァン・シーもであった。

 

いきなり視界の周りが黒く染まったかと思うと、よく見ればカラスの集団が魔力弾に向かって抉らんばかりの勢いで攻撃しているではないか。

 

(突然のことだったからビックリしたけど…いける!これなら、消せる!消して、みせる……!!)

 

 

「お―――おぉおおぉぁあああっっっ!!!」

 

 

バーヴァン・シーの叫びに呼応するかの様にカラスたちも更に勢いを上げ、数を百、二百、そして三百と加速度的に増していく。

 

 

そのまま勢いに任せて光弾全体を覆い尽くし、徐々に収縮していく。

 

 

そして、最終的に隙間から光弾の青い光が見えなくなった辺りでカラスたちが四散すると――――――そこには先ほどまで存在した死の弾丸が、完全に消え失せていた。

 

 

「―――っはぁ…は、ぁ…ふーっ……ふーっ……!!」

 

 

やった、やりきれた。バーヴァン・シーは息も絶え絶えになりがらもそう確信し―――しかし警戒を緩めない。

 

「す、凄い…女王陛下の一撃を、かき消した…!」

 

「いいえ…まだ、安心するのは、早いわ…!」

 

先ほども懸念したが女王に取ってこんなものは十中八九私たちを殺せるだけの威力に調整した程度に過ぎないだろう。

ユーウェイン卿の力を以てして一撃目は何とかかき消せたが、鬩ぎ合いで体力を大きく消耗した今、次はそうはいかない。

順当に二発目を飛ばしてくるか、或いは一度に何十もの数を浴びせてくるか。

 

(前者ならまだ防げる可能性はあるけど三発四発と数を重ねられたら結局詰むし、後者に至っては……。ははは、どう足掻いても死ぬ、かな…)

 

希望がない事実を、避けようのない死を悟る。

 

だが、それでも彼女の灰色の瞳は絶望で曇ってはいなかった。

 

(だけど、ただでは死なない。どうあってもここで死ぬのが変わらないなら、せめて足掻きに足掻ききってから散ってやるわ)

 

消耗している肉体を無理矢理動かし、再度意識を集中し魔力を全身に張り巡らす。

 

(それに…死ぬか助かるかに限らず、信じてくれている友達の前で潔く諦めたり命乞いするなんて、私からすれば真っ平御免よ!)

 

眼前に鎮座している女王を見据え、いつ来られても良いように迎撃の構えを取る。

 

 

だが、そんな覚悟を決めたバーヴァン・シーに対する女王の反応は彼女の虚を大きく衝くものだった。

 

 

――――――パチ、パチ、パチ、パチ

 

 

突然、モルガンが手を叩いて拍手をし出す。

 

静寂な空間に乾いた音を響かせながら、彼女は口を開く。

 

「―――素晴らしい。妖精騎士となって間もなく、力の使い方も私から何一つ教わっていないというのに、死に物狂い故の冷静な判断と仲間たちを守りたいという想いだけで騎士の権能を行使してみせたか」

 

いきなり上機嫌に褒めはじめたかと思えば、直後にそれまで滲み出ていた重圧な殺気と威圧が収まっていく。

 

「やはり貴様を妖精騎士にしたのは英断であったな。少々やり方は荒かったが、私の予想をやや上回る結果になったのは実に僥倖だ。貴様は本当によくやってくれた、ユーウェインよ」

 

「は…?貴方何を、言ってるんですか?」

 

途切れることなく称賛を続けるモルガンに、間髪入れず疑問をぶつける。

 

「何、簡単なことよ。貴様らも知っての通り私は妖精を信用していない。理由は一つ、妖精の善意など揃いも揃って自分を満たすか他者を利用する為だけの手段であり、信じるに値しないからだ」

 

話しながらバーヴァン・シーを指差す。

 

「それ故に妖精眼でわかってはいたものの私は貴様の、貴様らの深い信頼関係に疑いを持っていた。互いに重んじているのはあくまで余裕があるからで、ギリギリまで追い詰められれば責任を押しつけ合い、罵詈雑言を飛ばし合うという見るに堪えん様になるのでは、とな」

 

 

 

現在の女王歴以前の時代、妖精歴において彼女は筆舌に尽くし難いほどの挫折と絶望を他ならぬ妖精たちに味わされてきた。

 

特に決定打となったのはロンディニウムで起こった円卓毒殺の悲劇。

 

それまで英雄だの救世主だのと持ち上げに持ち上げていたにも関わらず、ふとした気まぐれで戴冠式の日に毒酒を煽らせるという酸鼻極まる仕打ちをされたのだ。

 

誇りであった円卓と想い人をゴミの様に始末されたモルガンは、それを皮切りに救世主の役割を完全に捨て去り、新たに冬の女王として今の苛烈な圧政を敷くようになった。

 

そうした経緯もあり、彼女からしてみればバーヴァン・シーたちの絆は妖精眼で感じた程度ではどうしても素直に認められなかった。

 

 

 

 

「だからこそ貴様らの信頼が本当にガワだけのものでないかを見極める必要があった。故にあのような命令を下し、拒否した貴様に対して更に一撃追い詰めたのだ」

 

「…つまり……私たちを、試したと?」

 

事の真相を語るモルガンに鳩が豆鉄砲を食らったような気分に陥るバーヴァン・シーだったが、構わずモルガンはネタバラシを続ける。

 

「然り。そして貴様は権能を発現させ我が一撃を見事打ち消してみせ、それで尚諦めも命乞いもせず最期まで仲間の為に立とうとした。ここまでされては如何に冷酷な私とて認めざるを得まいよ」

 

「…では、殺す気自体はなかったと?」

 

「――いや、それもあった。先ほど貴様が消した一撃だが、あれでも普段の2000分の1ほどの出力しか出していなかったからな。もしあのまま悶着状態が続いていれば妖精騎士として不相応の格と見なし、直ぐ様二発目を放っていた」

 

「――――――――」

 

バーヴァン・シーは本日数度目の絶句をした。

あのまま権能が行使できてなかったら理不尽にもそこで全てが終わっていたのだ。

 

「そして、仲間たちが貴様に対して責任転嫁などといった負の思いを抱き、信頼に亀裂が生じた場合も同様に殺していた。私と同じく妖精眼を持つ立場でありながらそんな醜い感情を奥底に持つ者との関係を信頼と勘違いする愚か者に我が庇護を受ける価値など無いからな」

 

「………………」

 

 

 

結果的には女王に認められ助かった。だが、バーヴァン・シー当人としてはハイそうですかと許せるものではない。

 

初対面とはいえ自分たちの信頼を疑われただけでなく、本当かどうかを試すなどと一方的な理由で本気で殺されかけたのだ。

 

相手は自分たちの理屈も常識も通用せず、そもそも妖精自体が嫌いな魔女だと頭ではわかっていても、憤りを感じずにはいられなかった。

 

 

 

「…さて、説明は以上だ。改めて言っておくがそこな三翅は貴様の大切な仲間として、我が名にかけて丁重に扱ってやる。とはいえタダで住まわせるわけにもいかぬ。…そうだな、まずはこの城の清掃でも任せるか。ランスロット、この謁見が終わり次第其奴らに我が城内の右側の案内を命ずる。よいな?」

 

「…了解。ご命令とあらば」

 

長々と言うだけ言った後、モルガンはランスロットに命令しランスロットもそれを淡々と承る。

 

「よかろう。ではここからは氏族長らの発言を許す。各自私の命の下、順を追って好きに喋るがいい。一番手はオーロラ、貴様からだ」

 

そして何事も無かったかのように氏族長会議を始めると、早速オーロラに意見を求めた。

 

『風の氏族長、オーロラ様。発言をどうぞ』

 

『まぁ、偉大なる女王陛下から一番手を許されるなんて光栄ですわ!』

 

遠隔立体映像(ホログラム)越しに相も変わらず天真爛漫な表情で答えるオーロラ。

 

尤も心の内を覗いたことのあるバーヴァン・シーからすればひたすら不気味でしかないのだが。

 

『そうですわね、私の意見はユーウェインたちをこのままキャメロット城内に居座らせる方がいいと思います。ほら彼女って、陛下の娘さんの影武者をやるのでしょう?なら常に貴方様と娘さんの側に侍らせておく方がいいですし、彼女の仲間たちも一緒にキャメロットについてお勉強いただく方がいい経験になると思いますわ!』

 

バーヴァン・シーたちの為に言ってくれている…と周りは思っているだろうが、当の本人にとっては暗に厄介払いをしている気がしてならなかった。

 

「そうか。貴様らしい尤もらしさを並べ立てた意見だな。では次はスプリガン、貴様だ」

 

『土の氏族長、スプリガン様、発言をどうぞ』

 

次に指名されたのはエルフのように長い耳が目立つ、如何にも悪の参謀といった出で立ちのスプリガンという男だった。

彼は実際にその場に赴いていた。

 

「おお!一番手の直後という早きのご指名、誠にありがとうございます。して、私の意見としましてはただ一つ。―――なぜ、この謁見にトリスタン嬢を呼ばなかったので?」

 

卑下するような笑みでモルガンに問うスプリガン。

 

「トリスタンは貴様も知っての通り悪逆残酷な性格だ。私がそう教育したとはいえ、少しでも機嫌を損ねようものなら此奴らを躊躇なく殺し尽くしていただろうからな。私とてそれは望むところではない。故に外した」

 

「ほう、確かに筋の通っている理由ですな!…あぁとはいえ、とはいえですよ。事情あっての事であれ御自身の知らぬ間にこうして新たな妖精騎士が迎え入れられ、しかもその者は御自身と同じ顔と声を持つ存在で、更に更に事前知識無しの土壇場で権能を発動せしめたと知ったら……貴方様に認められたい一心で悪逆に努力しておられるトリスタン嬢は果たしてどう思うでしょうねぇ?」

 

モルガンの返答に納得しながらも、顔に手を当てわざとらしく嘆く様子を見せつつスプリガンはモルガンを煽る。

 

「おいスプリガン。偉大なる陛下の前でその発言と態度は何だ。大体いつも貴様はそうして小馬鹿にするような振る舞いをするな。そんなに殺されたいのか?」

 

『牙の氏族長、ウッドワス様。発言をどうぞ』

 

そんなスプリガンに口を出したのは、バーヴァン・シーたちが玉座の間に入ってから今の今までずっとただならぬ雰囲気を放っている牙の長、排熱大公とも呼ばれているウッドワスだった。

 

「いえいえ滅相もない、貴公の目にはそう見えられてるかもしれませんが小馬鹿になどしておりませんとも。それに、あの令嬢は貴公にとっても気にくわないのでは?」

 

「…確かにそれはそうだ。だが私が気に食わなくとも陛下にとっては私に勝るとも劣らないほど配下として寵愛されているのだ。故にあの小娘についての言及だろうと貴様の発言は見過ごせるものではない、次から気をつけろ」

 

ウッドワスからすればトリスタンは顔を合わせる度に獣臭いなどと好き勝手に言ってくる生意気な下級妖精なのだが、それはそれとして主が大切にしている部下の一翅でもあるのでスプリガンのように小馬鹿にしてくるのもまた気にくわなかった。

 

「…ふむ、わかりました。私としては煽っているつもりなど無いのですが、今度からもう少し言動に気をつけておきます。陛下、どうか御許しを」

 

「よい、ウッドワスに注意されたところでどうせ貴様はいつまで経ってもその態度を直す気は無いだろう。故に許す。まぁ、そういうところも含めてどうかと思わなくもないがな」

 

「おお、御許しの慈悲を下さりありがとうございます!」

 

モルガンからの許しを得たのを良いことに上機嫌に感謝を述べるスプリガン。

毎度毎度こんな感じで振る舞っているらしいのに殺されていないところを見るに、どうやら相当な口上手らしい。

 

「ああ、それとユーウェイン卿たちのことですが私は特にこれと言って気になるところは無いのでオーロラと同じ意見ですな」

 

「そうか。仮にも汎人類史からの漂流物だというのに貴様が興味を示さないのは珍しいな」

 

「ええ、私が興味を示すのはあくまで貴方様の言われるところの“ガラクタ”ですので」

 

…ガラクタ、とは何だろうか?バーヴァン・シーの疑問を他所にモルガンは次の氏族長に意見を促す。

 

「…ふん、そうか。では次は貴様だ、ウッドワス」

 

指名を受けたのはウッドワスだった。

 

「は。私からの意見も現状維持の一言です。此奴らにはこのまま陛下の庇護の下で働いてもらい、それが如何に光栄極まることなのかを骨身に至るまで知ってもらうべきです。―――ただ」

 

そこで一旦言葉を切り、ウッドワスはバーヴァン・シーの方を見やり、口を開いてこう続ける。

 

「下級妖精といえど、こうして妖精騎士という陛下の御身を護る盾にして剣になったのは事実。故に近々オックスフォードの方にユーウェインの身柄を預かり、私が直接指導してやろうと思っているのですがよろしいでしょうか?」

 

(…!)

 

何を言うかと思えば指導の予定とその許可だった。

特訓でもさせられるのだろうか?

 

「近々、というのはいつからだ?また、指導にどの程度の期間を掛けるつもりだ?」

 

「いつからというご質問に対しては具体的には今日より3日後であります。期間については……そうですね、まずは様子見という形で―――1年、でしょうか」

 

(い、一年?様子見にしてはちょっと長くない…?)

 

ウッドワスの答えは丸1年指導するというものだったが、正直バーヴァン・シーとしてはあまり喜ばしいことではなかった。

 

何しろその間ずっとこの威圧感漂う獣人の側に居続けないといけないのだ。しかも今からたった3日後に。

 

「1年か。それだけあればこちらから任務等で其奴を預かる事が度々あるだろうが、構わないな?」

 

「はっ、構いませぬ」

 

「よかろう。ならば貴様のその提案を許可する。だが貴様はプライドの高さ故に感情の起伏が激しい。下級妖精だからと言ってくれぐれも殺すなよ?其奴とその仲間たちの生殺与奪の権利は私だけが持っているのだからな」

 

「御意に。肝に命じておきます。私からは以上です」

 

あっさりと許可が下ったが、大丈夫だろうかとバーヴァン・シーは不安になる。

まぁモルガンが殺すなと言った以上死ぬようなことは無いと信じたいが、どうにも安心しかねると彼女は思った。

 

「わかった。では次はムリアン。貴様の番だ」

 

『翅の氏族長、ムリアン様。発言をどうぞ』

 

次に指されたのは翅の氏族長のムリアンという小柄な妖精らしいが、彼女も遠隔立体映像で参席していた。

 

『私からは特に何も。強いて言うならこの前のオークションにしれっと参加していただけた礼を言いたかったくらいですかね。というわけでユーウェイン卿と愉快な仲間たちの皆さん!以前のオークションはご参加ありがとうございました!』

 

えらくフランクな感じで話し掛けてきた。

 

直前まで冷静沈着そうな感じで黙っていただけにそのギャップに困惑するも、一応返事を返す。

 

「あぁ、いや…こちらこそありがとうございます。あの時は私たちとしても有意義な一時でした」

 

『お、そう言っていただけると私としても嬉しい限りです!必要があれば是非寄っていってくださいね、グロスターでいつでも待ってます!』

 

「え、ええ。そうさせてもらうわ!」

 

朗らかな笑顔で答えるムリアンに、バーヴァン・シーも笑顔で返す。

 

(…仮にも一氏族の長である以上は少なくとも一枚岩じゃないでしょうね。多分何かしらの裏を抱えてるハズ………けどなんだろ)

 

オーロラと違って何故かその笑顔も言動もそこまで気持ち悪くは見えなかった。

 

『というわけで私からは以上です。それと申し訳ないですがこの後も予定が山積みなのでここらで失礼致します。では』

 

そう言うなりムリアンは映像と共にその場から消えた。

 

「…ふん。私の許可も聞かずに去るとは、余程経営を優先しているのだな。些か無礼ではあるが、それも奴らしいと言えば奴らしいか。…では次だ」

 

自分のペースで半ば一方的に退室したムリアンに多少の不満を漏らすモルガンだったが、すぐに切り替え次の氏族長を指名する。

 

「―――エインセル。貴様の意見を申せ」

 

『鏡の氏族長、エインセル様。発言をどうぞ』

 

指されたのは、エインセルという名前の氏族長。

彼女は直接赴いており、見たところ金髪に綺麗な緑の瞳を持つ、人間の少女のような容姿だった。

 

「はい、私の意見ですが彼女の仲間の皆さんをキャメロットではなくこちらに…我々鏡の氏族に任せて世話をさせてほしいというものです」

 

エインセルの意見は、ホープたちの身柄を自分たちに預けてほしいとの内容だった。

 

「ほう…貴様がそう述べるということは、即ち『それが最善の結果だと“わかった”』という意味だな?」

 

「流石に察しがいいですね。ええ、この子たちを見た瞬間に『観えた』のですよ。キャメロットで生活していた場合どうなるかを」

 

「…よかろう。ならば貴様のその申し出を許可する」

 

先ほどから一方的な会話が続けられているが、バーヴァン・シーは咄嗟に割って入った。

 

「あ、あの。エインセル、様…だったかしら?話されているところ申し訳ないけどちょっと待ってくださらない?」

 

「ん?どうしましたユーウェイン卿」

 

「いや…今貴方は唐突にホープたちの世話をしたいと言われましたが、私たちからすれば貴方と貴方の氏族は名前しか知らないんですよ」

 

当たり前だがバーヴァン・シーは鏡の氏族もエインセルも名前以外の知識も面識も全く無く、エインセルという氏族長の存在自体この謁見で初めて知ったのだ。

 

「私だけならともかく、そういう素性も得体も知れないところに命より大切な仲間たちを預ける、というのははっきり言ってモルガン陛下が御許しになられても私が承諾しかねます」

 

「むむ、確かに貴方の言い分はご尤もですけど…でもこのままこの城で生活させるとその内大変なことになりますよ?」

 

「大変なこと?それってどういう…」

 

 

 

「―――全員殺されて死ぬというわけだろう?エインセル」

 

 

 

その時、ランスロットが割って入りエインセルに尋ねた。

 

「は?殺される、って…!?」

 

「うん。ここに居座らせた場合、モルガン陛下が偶々監視の目を離している間に他の妖精たちに日頃のストレスの捌け口にされた末にバラバラにされて死ぬみたいですよ」

 

馬鹿な。何を言っているんだこの妖精は?殺されるだと?モルガンの監視が常に行き届いているハズのこの城で?

 

「…冗談なら今すぐやめて。モルガン陛下の監視下にある中で庇護対象を殺すなんて愚行がやれるわけがないでしょう?」

 

「ところがどっこい、実際に“そうなる”らしいんですよね。汎人類史(そっち)はどうなのか知らないけど、この世界の妖精たちは基本的に後先の損益を考えずに生きてるから、例えモルガン陛下の監視下だろうと殺す時は容赦なく殺してしまうんです」

 

「エインセルの言っていることに間違いは無いよ。君だってそういう妖精の醜い側面を見たことがあるんじゃないか?」

 

ランスロットの問い掛けにバーヴァン・シーはコーンウォールでのあの夜を思い出す。

確かにあの時も気にくわないからという取るに足らない理由で自分たちを皆殺しにしようとした。

 

「…まぁ、それはそうだけど…だからと言ってエインセル様に預けるのを認める理由には繋がらないですわ」

 

「じゃあ、こう言えば認めてくれるかな?私とランスロットは旧知の仲で今でも強い友好関係にあるんです!」

 

「え―――ら、ランスロット殿と!?」

 

エインセルの思わぬカミングアウトにバーヴァン・シーに目を丸くしそうなほどに驚く。

 

「その通りさ。だからこうして当たり前の様に割って入ったんだよ。実は彼女を始めとして鏡の氏族とはそれなりに長い付き合いなんだ。故に彼女は信用に足る人物だと僕が保証しよう」

 

「そうそう。さて、これで認めてくれますか?」

 

バーヴァン・シーは悩む。ランスロットがそう言うからには少なくとも悪い妖精ではないのだろう。

だが、それでもホープたちを預けるのを許すにはまだ少し抵抗があった。

 

「う~ん…もう一押し必要みたいだね。それなら、今言った“城に居続けたらその内殺される”というのが全部私が『実際に観た未来』だと言ったらどうします?」

 

「……なんですって?実際に観た、未来?」

 

半信半疑に問うバーヴァン・シーにエインセルは説明する。

 

「うん。これも周知のことなんですが、私たち鏡の氏族は少し先の未来を実際に観測できる能力があるんですよ。先ほども貴方たちを一目見た瞬間にその光景が観えました」

 

「まぁ、たまに随分先の未来も観えるらしいけどね。因みに彼女たちの未来視が外れたことは今のところ一度も無いよ。そうだよね、陛下?」

 

「ああ。未来が視えるなどと馬鹿馬鹿しいと思うかもしれぬが、現に此奴らの予言は全て的中している。故に此奴らの未来視は私としても信用に値する」

 

ランスロットに振られる形で未来視を肯定するモルガン。

 

(ランスロット殿どころかモルガンまで…それなら、預けるのを許してもいいのかも。さっきから視てるけどこの方には邪気が一切感じられないし、ここは…信じてみるか)

 

「…わかりました。ランスロット殿やモルガン陛下をしてそこまで言われるのであれば、私も貴方を信用してみます。その要望を認めますよ」

 

悩んだ末にバーヴァン・シーはエインセルの提案を受け入れた。

 

「ありがとう。その信頼を裏切らないように全力で彼女らを、ホープさんたちを保護しますね!」

 

屈託のない笑顔で答えるエインセル。

それは、邪気のある者には真似できない確かな優しさが溢れる表情だった。

 

ホープたちも一方的に話が決まったことに思うところがないこともなかったが、妖精眼を持っていてモルガンの命令にも流されなかったバーヴァン・シーが認めたのだから大丈夫ではあるのだろうと納得した。

 

「…話は終わったか?」

 

「はい、モルガン陛下。私からは以上です。申し出を許可していただきありがとうございます。あ、言い忘れてましたが預かるタイミングはウッドワス公の予定に合わせて3日後とさせていただきます」

 

深々とお辞儀をし、エインセルは感謝の意を示す。

 

「よかろう。それと念のために言っておくが私が許可したのはあくまで貴様の未来視を評価しているだけが故に過ぎん。そこをゆめ忘れるな。――では最後だ」

 

そして、最後の氏族長をモルガンは指名する。

 

「我が配下にして我が政敵。北の女王ノクナレア、意見を述べよ」

 

『王の氏族長、ノクナレア様。発言をどうぞ』

 

最後の氏族長はノクナレアという妖精だった。

彼女は映像越しに参席していたが、それでも肌で感じ取れるくらいの凄まじい気品があった。

 

『ご機嫌麗しゅう。モルガン陛下に各氏族の長の方々。私からの意見は特にこれと言ってございませんわ。彼女をオックスフォードのウッドワス公へ寄越すも良し、そのお仲間を鏡のところへ預けるも良し、どうぞ陛下のお好きにされてくださいな』

 

映像越しというのもあるかもしれないが、彼女は他の氏族長以上にモルガンの威圧に対しどこ吹く風と言った感じで意に介していなかった。

 

『あ、でも―――これは意見ではなくご報告なのですが、私最近あるモノを見つけまして』

 

唐突に話題を変えるノクナレア。あるモノとは?

 

『2日前、湖水地方からモースが流れてきていないか周辺の偵察をしていたところ、果ての海岸との境目付近でとある妖精を発見したのです』

 

(とある、妖精?)

 

『その妖精に接触したところ、どうやらその妖精は当てもなく興味本位で周囲の探索をしていたとのこと。何処から来たのかと問うと“ブリテンの海を遊泳していたらいつの間にか知らない場所にいた”…と言っていました』

 

ブリテンの、海?いつの間にか知らない場所…?

――――――いや、まさか、それって。

 

「もしかして…私と同じ…!?」

 

『あら、流石に体験済みの者はすぐに察せたみたいね。ご明察の通り、その妖精は貴方と同様に汎人類史から漂流してきた異物ってコトよ』

 

ノクナレアの発言にざわつき出す妖精たち。

 

バーヴァン・シーとて例外なく動揺していた。

自分と同じ、汎人類史からこの世界に流れ着いた漂流物の妖精。

てっきり自分だけがこういう事故にあったものと思っていただけにその衝撃は大きかった。

 

「名は。その者の名は何と言う?」

 

 

『ええ、陛下。聞いて驚きなさい!その妖精に名を尋ねたところなんと―――メリュジーヌ、と答えましたのよ!』

 

 

「――――――!!?」

 

 

「な、ななっ…!!?」

 

 

「――――ほう…」

 

 

『あら―――あらあらまぁまぁ!』

 

 

ノクナレアがその名を口にした瞬間、モルガン―――――だけでなく、なぜかランスロットとハロバロミア、オーロラの三翅が一斉に反応を示した。

 

「…?ハロバロミア、ランスロット殿?どうしました?」

 

「あ……その、バーヴァン・シーくん、なんていうかだね…」

 

「ハロバロミアは黙ってて。ユーウェイン、君は気にする必要はないよ」

 

「あ…は、はい……」

 

「…??」

 

突然、ランスロットがハロバロミアを威圧する。

彼を黙らせたランスロットはノクナレアに問う。

 

「ノクナレア。それ、冗談なんかじゃなくて本当にその妖精はそう口にしたんだね?」

 

『ええ、一字一句、聞き間違いなくそう述べたわ。……何、やはり気になっちゃう?』

 

「からかうな。…そう、そうか……」

 

何を思っているのか、低い声で静かに呟くランスロット。

その顔は哀れむような、憂いているような、どちらとも言い難い複雑な感情が出ていた。

 

「……ランスロットが何を思っているかは妖精眼を使わずとも想像がつくが、貴様の報告はそれだけか?」

 

『ええ、私から述べたかったのは以上です。それじゃモルガン陛下、毎度ながらの去り台詞ですが―――何れその玉座から貴方を絶対に引きずり墜としてみせますのでどうかそれまでに御覚悟、決められてくださいね♡』

 

そして捨て台詞を決めるとノクナレアはその場から退室した。

 

「ふん、わかってはいたが相変わらず身の程知らずな小娘よ!生意気さで言えばトリスタンと良い勝負だ!」

 

「そう邪険にするなウッドワス。私からすれば下手に媚繕ったりせずに堂々と物申してくるあの態度は悪くない。寧ろあれでこそ我が政敵に相応しい。…今はまだ弱いがな」

 

モルガンに取ってノクナレアはライバルであり、自身が倒れた時に備えている後任者でもある。

故に彼女もまたモルガンが優秀で誇り高いと認めている数少ない妖精の一翅である。

 

 

 

「―――さて、では我が真言で此度の謁見を締めるとしよう」

 

 

 

玉座からゆっくりと立ち上がり、モルガンは締めの宣言をする。

 

 

 

「此度の謁見、ランスロットの報告を聞いた時点で私が流れを作っていたとはいえこうして新たなる妖精騎士、ユーウェインが此処に就任した」

 

 

 

「後に貴様らに専用の個室を与える。そこで3日後に備えて各々言葉を交わしておくといい」

 

 

 

「だが忘れるな。我が庇護下に入るということは我が所有物になるということ。貴様も、貴様の仲間も、此処にいる妖精共と同じく私が生かし、私が殺すのだ」

 

 

 

「――――――では、解散だ。全員速やかに立ち退くがいい」

 

 

 

 

―――かくして、汎人類史の吸血鬼と異聞帯の女王の謁見は終わり、同時に『第四の妖精騎士就任』という歴史的瞬間が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

「―――てことで私たち、今日から三日後に離れ離れになってしまうわけだけど、本当にこれで良かったのかしら…?」

 

その後バーヴァン・シーたちは適当に当てられた四翅部屋でこれからについて話し合っていた。

 

「た、確かに不安はありますけど!あの状況から生き残れただけでも私は良かったと思います!」

 

「ホープの言う通りだぜ。いやぁつってもさっきはマジでオレら終わったかと諦めかけたけどよ、すげぇなバーヴァンシー!黒い鳥の波みたいなモンを召喚して女王の一撃をかき消した時は正直惚れたぞ!」

 

「いやはや、まさか少し前に村の仲間の一員に過ぎなかった君が妖精騎士に就任するだなんて今でも信じられないよ。鏡の氏族でも予測がつかなかっただろうね」

 

各々謁見でのことを口にする。正直バーヴァン・シーとしてもこうなるとは全く予想がつかなかった。

 

「まぁ、それは私もそうだけど…あ、それと改めて言うけど私のことはこれからユーウェインと呼んでちょうだいね。折角のギフトの力が意味無くなっちゃうし」

 

「おっとそうだったな。本音を言やぁ元の名前で呼んでた今までが名残惜しいが、こっちこそ改めてよろしくな!ユーウェイン!」

 

「私もドーガさんと同意見ですけど…改めてよろしくです、ユーウェインさん」

 

「私はそれが君の為になるなら特に抵抗はないよ。というわけでよろしくね、ユーウェインくん」

 

 

 

「…フフッ、ありがとう貴方たち。妖精騎士ユーウェイン、“最高の友達”を護る為に頑張ります」

 

 

 

バーヴァン・シーは―――否、新たなる第四の妖精騎士ユーウェインは、改めてこの三翅との出会いにこれまでの生涯で一番の感謝を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして3日後。ユーウェインはウッドワスに、ホープたちはエインセルの手引きによってそれぞれオックスフォード、湖水地方に向かうこととなる。

 

「では私の方はこの子たちを預かるので、そちらはユーウェイン卿をお願い致しますね」

 

「フン、貴様に言われる間でもない。精々此奴の身に私の強さの一端を刻んで虐め抜いてやるわ」

 

「おおう、相変わらず怖いですね。―――では、お互い世話役を頑張りましょう!」

 

そう言ってエインセルはホープたちを連れて、モルガンから貸し与えられた片道分の水鏡を取り出す。

 

「それじゃあ私たちもお互いに気をつけましょう、ユーウェインさん!」

 

「オックスフォードも良いトコだからよ、存分に楽しんでこい!間違ってもウッドワス様に殺されないようにな!」

 

「私たちのことは気にしなくても構わないよ!こちらもエインセル様とランスロット殿の下で頑張るとするさ!」

 

「ありがとう、ホープ、ドーガ、ハロバロミア!精々ご機嫌取りに徹して必死こいて生き抜いてやるわ!エインセル様も彼女たちをよろしくお願い致しますわねー!」

 

その言葉にエインセルは柔らかな笑みで返すと、水鏡を発動してホープたちと共にその場から消えた。

 

「さて、では我らも行くか。陛下からの命令で殺しこそしないが…指導をする上では一切の容赦はしない。今の内に覚悟を決めておくんだな」

 

「―――はい。これから一年間、どうぞよろしくお願い致します。排熱大公、ウッドワス殿」

 

これからの自身の世話役に敬意を表する。

……あの謁見でもう一翅の私を毛嫌いしてるのがわかったし、きっと私も無事では済まないだろう。

もしかしたら骨を折られたりされるだけでなく、四肢を千切られたり、内臓を抉られたりするかもしれない。

 

それでも私は友達の為に―――この身を削ってでも懸命に足掻き続けてやるわ。

 

 

 

「…まぁ、その殊勝な態度は認めてやる。あの小娘と違って礼節も弁えているしな」

 

ウッドワスからしてもユーウェインは仲間思いかつ礼節と身の程の分別が出来ている数少ない妖精なので割りと高い評価をつけていた。

 

しかし、だからこそ厳しく指導すると決めているのだが。

 

 

「それでは早速指導を始めるが…まずはここキャメロット正門からオックスフォードまでワンストップでダッシュするぞ」

 

 

「はい、わかりま―――えっ!?ここからオックスフォードまでダッシュですか!?私たちにも移動手段があるのでは!?」

 

 

「たわけ、移動手段など自らの脚に決まっておろう!一度だけ休息を与えていることに寧ろありがたいと思えっ!さぁ行くぞっ!!」

 

 

「ひぇっ!?ちょま、速い速い待ってください排熱大公ォおおおおっっ!!??」

 

 

 

 

何はともあれ、こうして第四の妖精騎士ユーウェインは誕生した。

 

 

 

彼女がぶつかる最初の試練は、亜鈴返りの牙による苛烈極まる修行の一年である。

 

 

 

 



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牙の指導

バーヴァン・シー―――もとい妖精騎士ユーウェインが牙の長、ウッドワスによって指導を受け始めてから早くも半年の月日が経った。

 

「これで終わりよ、食らいなさい!暴飲の赤い薔薇(グリード・ヴァンパイア)っ!!」

 

赤い薔薇の花が咲き誇り、10mほどの大型モースが四散する。

 

今日に至るまで彼女は文字通り血が滲むどころか流れ出るほど激しく厳しい指導訓練を課せられ、その度に肉体にむち打ちながらこなしてきていた。

 

「ふむ、最初と比べて随分と見違えるほどに成長したな。ただのモース10匹に苦戦を強いられていた頃の貴様が懐かしいよ」

 

「はは、自分でもそう思いますね。ここまで強くなれたのもウッドワス殿のおかげに他なりません」

 

この日彼女が受けていた訓練は涙の河からノリッジの間を挟む森に突発的に発生した、大型の個体が率いる30匹程度のモースの群れを単独で掃討することだった。

 

「当たり前だ、この私を誰だと思っている。これまでも見込みのある奴を多く育んできたのだ。故に育手を鍛え上げるのも朝飯前よ」

 

自慢気に鼻を鳴らすウッドワスだが、実際はこれまでの1000年近くの間で彼の目に止まった才覚ある者は妖精・人間含めて殆どいなかった。

 

「それにしても、貴様の大技もこの半年の間で何度も目にしたが…見た目と声が同じなら大技の雰囲気まであの小娘が放つそれと酷似しているとはな。陛下曰く魂の色まで全く遜色のない同一のものらしいではないか」

 

最初にランスロットからの報告でその存在を知った時は俄には信じ難いとウッドワスは思った。

 

彼から見た小娘(トリスタン)は自分の主以外の全て―――否。その主にですら娘という立場を良いことに礼節を欠いた無礼な態度で接しているという認識だ。

 

故にその小娘(トリスタン)と同じ顔と声で身の程を弁え、礼節を重んじ、何より主の命を拒絶してまで仲間を守ろうとする姿をあの謁見で見たのは、彼に取ってここ1000年の中で五本指に入る大きさの衝撃であった。

 

「そうらしいですね。ウッドワス殿から見てもそのバーヴァン・シー…トリスタン殿は私と瓜二つに感じますか?」

 

「…まぁそうだな。そのつり上がった目も血に浸した様な赤い髪も奴にそっくりだ。まるで鏡写しだな」

 

彼女に問われる形でこうして改めて見ると本当にどこまでもトリスタンに似ていた。

 

ただしそれはあくまで見た目“だけ”だが。

 

「しかし、この前の謁見とここ半年を通して貴様という存在を見てわかったことがある。それは貴様の心の在り方は奴とは似ていないどころか対極と言えるほどに違うことだ」

 

「心の在り方、ですか?」

 

「ああ。奴は礼節を知らず常に傲慢不遜に振る舞っているが、貴様の場合は相手と己の立場を正しく理解し、仲間の安否に関わること以外は命令を拒絶せずに潔く受け入れる。故にこその対極なのだ」

 

あの小娘の相手はその傍若無人な態度もあってひたすらに不快で仕方ないが、目の前の小娘は此方の言うこと自体は素直に聞き、尚且つ丁寧な口調・態度で接してくれるので此方としても気持ち良く指導することができた。

 

「加えてここ半年の指導に対する励みぶりもあって私は貴様を評価している。その意欲と意気込みの強さはこれからも是非維持してもらいたいものだ」

 

この半年間、指導の中でユーウェインは幾度も血と汗を流し、傷つき、倒れてきた。

 

しかしその度に再起し、そうした死と隣り合わせの状況に置かれても逃げもしなければ弱音も吐かず、一度と諦めずに向き合い課せられた指導をこなしてきた。

 

その姿勢を常に間近で見ていたウッドワスは、彼女を『実力はまだまだだが、根性だけは一翅前』と彼なりに高く評価していた。

 

「とはいえまだ様子見の段階であることに変わりはない。実力も最初と比べてかなり強くなってはいるが女王軍の武の象徴たる妖精騎士としては未だ力足らずだ」

 

彼の理想としては残りの期間で最低でも今しがた彼女が倒した大型モースを、大技ではなく通常攻撃で二~三体はまとめて倒しきるくらいはなってほしかった。

 

「そういうわけであともう半年、死なない程度に追い詰めてやるから覚悟しておけ」

 

でなければ他の妖精騎士と比較して明らかに見劣りするし、自分の師としての腕とプライドにも傷がつく。

 

何より()()()()の実力にも満たなかったら――――――もう目の前まで迫っているらしい、来るべき『大厄災』に抗うことなど不可能であるからだ。

 

「はい、こちらとしても最初から覚悟はできています。精々貴方に見限られないよう、骨身を惜しまず頑張りますわ」

 

「その意気や良し。その思いに応えてまた明日も厳しく指導するが、実を言うと貴様の成長性にはこの私からしても目を見張るものがあるのだよ」

 

少し前の自分なら絶対に言わなかったであろう台詞を彼女に対して口にする。

 

妖精騎士としての力を持っているから、というのが一番影響しているのだろうが…彼女の成長ぶりはとても元が下級妖精のそれとは思えないほど伸びが早い。

現時点でもこの強さだと書記官のメルディック程度なら十分に渡り合えるだろう。

 

「つまり―――私は貴様のその成長性に期待している、というわけだ」

 

これなら何れはランスロット…とまでは行かずとも、間違いなくトリスタンを凌ぎ、ガウェインと比肩する域にまで達するだろう―――――彼の中でそういう確信があった。

 

「…驚きました。まさか六氏族最強と言われる牙のトップの貴方にそう言われるとは。私のような一妖精にはもったいない御言葉です」

 

「なに、今の貴様に対する私の評価をありのままに述べただけだ、そう畏まることはない。その謙虚さも貴様の良きところではあるがな」

 

謙遜するユーウェインにそうする必要はないと言いつつ、そこもまた一つの魅力として認めるウッドワス。

 

それまでの姿勢を見ていたからこそではあるが、この日初めて彼が下級妖精だからなどと言った偏見を抜きに彼女という妖精を認めたのだ。

 

「お褒めいただたけて光栄ですわ。ですが、私としてはこの謙虚さを控えるつもりはありません。『持ち上げられたからと言って調子に乗るな』と常に自分を戒めていますので」

 

「…ふん。違う世界の存在とはいえ、本当に貴様は下賤な下級妖精らしからぬ奴だな。まぁそれはそれで良いとして―――そろそろオックスフォードに戻るぞ」

 

「はい、明日も頑張ります!」

 

 

 

それから二翅は当たり前のようにオックスフォードまで走りきり、レストランで適当な菜食料理を食べて英気を養った。

 

 

そのあと就寝時間で自室に向かっていくユーウェインを見たウッドワスは、その瞳に淡い期待を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

――――――それから更に四ヶ月の月日が経過。

 

「だぁあっ!!」

 

ユーウェインは最早大技を出すまでもなく、最小限の攻めでモースの群れを一掃する域にまで達した。

 

「―――ふぅ。どうです?四ヶ月前と比べて」

 

「…動きと魔力消費が前にも増して効率化しているな。加えて一撃の精度も威力も上がっており、権能の使い方もより手慣れて来ている。前々から期待していたとはいえ、ここまで成長するとは驚かされたぞ」

 

この四ヶ月間、彼女はウッドワスの指導だけでなくモルガンからの任務で相当数の魔獣や幻獣を討伐、更に一部の暴動した住民たちの鎮圧や手練れの指定犯罪者の捕獲なども達成し、実力と共に実績もそれなりに積み重ねていた。

 

「お褒めに預かり光栄です。…フフ、そろそろ妖精騎士として名乗っても恥じないところまで達しているのではなくて?」

 

「ハッ、自惚れるでないわ。確かにこの強さであればトリスタン程度なら渡り合えるだろうが、奴など妖精騎士の中では最弱に過ぎん。ランスロットは言わずもがな、ガウェインであれば今しがた貴様が倒したモースの群れなど剣の一薙ぎで滅ぼせるからな?」

 

自慢気に言うユーウェインをウッドワスは戒める。

妖精騎士は本来、モルガンの配下で彼以外の追随を許さない一騎当千の実力を持っているのが当然の存在であり、従って今のユーウェインでも彼からすればようやく片足突っ込み始めたという認識であった。

 

「今の群れを一薙ぎ、って…ちょっと私には想像し難い上にそこまで成れる気がしないのですけれど?」

 

「何を言うか、この私がこうして直々に鍛え上げてやっているのだ、そう遠くない内に貴様もそこに至るだろうよ。…いや、“先”を考えれば至らねばならぬと言った方が正しいか」

 

「…?何か妙に引っ掛かる言い方ですけど、どういう事です?」

 

単に女王軍、延いては妖精國の力の象徴としてそうであるべきなんだなと解釈してコツコツと頑張ってきたが、“先”とは何なのか。

 

「…そう言えば貴様は成り行きで妖精騎士になっている故に、その『真の存在意義』については何も知らぬのだったな」

 

彼の発言の意味がわからぬユーウェインに、ウッドワスはそろそろ話してもよい頃合いだと判断する。

 

「よかろう、ここらで貴様にこの先この國を護る剣としてなぜそこまで強くならなくてはいけないかを教えてやる。ここで話すのも何だ、一旦私の邸宅に戻るぞ」

 

そして彼はユーウェインを連れてオックスフォードに帰還する。

 

まだ右も左も把握していない新米に向けて、妖精騎士という存在の最も重要な使命(ミッション)を伝える為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

 

 

 

「―――では、まず先に確認しておくが貴様は『厄災』という存在は知っているか?」

 

「厄、災…?聞いたことありませんけど、何ですかそれ?」

 

「ふむ、やはりというべきかこの國に迷い込んでからただの一度も耳にしていないのだな。一般常識の一つである故、名前程度は聞いているものと思っていたのだが…まぁこの際だ、しっかりと覚えてもらうぞ」

 

邸宅の自室にて早速話題を展開するウッドワスだが、彼の予想通りユーウェインは厄災については知識ゼロであった。

 

「まず厄災というのはこのブリテンの島において定期的に発生する災害現象であり、発生時期はとにかく不定期で数百年の時もあれば百年前後で発生する場合もある」

 

厄災。汎人類史にはなく、このブリテン異聞帯にのみ存在している概念現象。

この異聞帯が異聞帯として分岐した時点で絶えず起き続けている災害である。

 

「そして厄災はこれと決まったものではなく多様な形で襲ってくる。例を上げると大量の芋虫が波の如く押し寄せて来たり、有象無象の屍共が此処彼処に溢れたり、貴様が倒している大型モースが数百は下らない規模で攻めて来たりとかな」

 

「す、数百っ…!!?そ、そんなのが攻めて来たら個翅や集団どころか町の一つ二つ大打撃を受けてもおかしくないのでは…!?」

 

「ああ、現に屍共が沸いて出た災害…通称『蘇りの厄災』は発生地点であるダーリントンという町を軒並蹂躙し尽くし壊滅状態に追いやったのだ。思い返すとあの忌まわしい惨状は今でもこの目に焼きついているよ」

 

当時の記憶を思い出し、ウッドワスは顔を酷くしかめる。

 

建物は所々破壊痕があり、家の一部は炎上し、何より強烈なのは町全体に充満する腐った血肉の汚臭。

 

その筆舌に尽くし難い不快感を思い出しながらも、彼はすぐに引っ込める。

 

「さて…厄災については以上だが、これでまず厄災というのが何なのかが理解してもらっただろうか?」

 

「ええ、大体は。…それにしても襲ってくる周期がバラバラで、しかもその都度形を変えてやってくるなんて、まるでそれそのものが“意志を持ってる”みたいで不気味ですね」

 

「…!ほう、勘が鋭いな。流石だ」

 

なんとなくそんな気がする、と言った感じで彼女が溢したその感想にウッドワスは感心を寄せる。

 

「え?勘が鋭いって…まさかとは思いますが本当だったり?」

 

「それは今から話す“本題”でわかる。貴様が、貴様ら妖精騎士が立ち向かわねばならない真の脅威…『大厄災』について聞けばな」

 

「大厄災……?なんかより不吉な名前ですけど…察するにそれが私が妖精騎士として“先”に備え、もっと強くならなくてはいけない理由だと?」

 

「左様だ。理解が早くて助かる」

 

そして彼は話し始める。長らく妖精たちを苦しめ、この世界を幾度も滅亡の危機に陥れてきた終末の具現を。

 

「まず大厄災というのは約1000年に一度の周期で発生し、先ほど話した厄災とは比較にならないほどの破滅的な脅威度を秘めている。それこそ妖精國そのものが滅びかねないほどのな」

 

「―――は……?國そのものが、って…。じょ、冗談でしょう流石に…!?」

 

「ふん、冗談だったらどれほど良かったか。これまでは我ら牙の氏族と陛下の手で退けてきたが、今より約1000年前―――即ち私が生まれて間もない時にもそれが起きていたのだ」

 

思い出すは『モースの王』を名乗る、途轍もなく大きな闇との身を削り合った死闘の記憶。

 

女王暦1000年、当時ウッドワスは排熱大公ライネックの次代(むすこ)として誕生した直後で彼の災害と対峙し、そして撃破した。

 

「後にモース戦役と呼ばれるその戦いは多くの犠牲を払いながらも、陛下と私の一分の隙もない連携によってモースたちの王と自身を称する厄災の根源を絶ち切った。…のは良かったのだが……」

 

「…良かったけど、何です?」

 

「王が消滅する間際、我ら牙の氏族に向けて不吉な言葉を遺したのだ。『つぎはおまえたちだ』、と」

 

王はただでは死ななかった。最期の悪あがきで遺したその呪詛(よげん)は、どういう形で来るかはわからないものの、明らかに次の大厄災(しゅうまつ)に向けた布石だと誰もが嫌でも理解できた。

 

「私もそうだが陛下はその言葉を重く受け止められ、御自身や牙の氏族以外にも大厄災に抗える存在をどうにかして用意できないか。それを戦役以降から何百年と模索している中で出来たのが…」

 

「…私が就任している妖精騎士、というわけですか」

 

「然り。今から170年前にガウェインが就任して以降、これまでランスロット、トリスタンと続き、そして貴様がユーウェインとして選ばれたのだ」

 

ウッドワスからここまでの説明を受け、ユーウェインはようやく自身がどういう使命を担っているかを理解する。

 

「なるほど、要するに妖精騎士というのは本来そういう厄災や大厄災の脅威から國を死守するのがあるべき姿で、だからこそ私も今より更に強くならなくてはいけない。そういう事でしょうか?」

 

「概ね理解できているが、少し違うな。厄災から守るのは“使命”ではなく“仕事の一環”に過ぎん。なぜならただの厄災の一つも祓えぬのならばとても大厄災に抗うなど不可能であるし、従って妖精騎士としても未熟であるからな」

 

ウッドワスがトリスタンを毛嫌いしている理由の一つにその実力不足がある。

 

かつてその力で大厄災に正面から立ち向かい、見事終止符を収めた彼からすれば、トリスタンは偉そうにマウント取ってくる癖にその力は小規模の厄災ですら祓えるか怪しいほどに弱く、故にこそ妖精騎士としては性格的にもとても不相応に感じて仕方がないのだ。

 

「あー、つまりそこいらの厄災なんて祓えて当然と。うわぁ、そんな化け物じみた力になるなんて本当に私にできるのかな……」

 

「できなければ、貴様は大厄災の脅威に抗いきれずに死ぬ。そうならぬ為に私がこうして貴様を鍛えてやっているのだが」

 

「ハハ、事実ですから頭が上がりませんわね。………ん?」

 

その時、ユーウェインはふと悪感を感じる。話を聞く中でどうしても確認せずにはいられないことがよぎった。

 

「…ウッドワス殿。貴方先ほど大厄災は約1000年の周期で発生する、と仰いましたよね?」

 

「ああ、そうだな」

 

「それで、ついさっきの…モース戦役でしたっけ。その時に“今から約1000年前に起こった”と言われました、よね…?」

 

「…そうだな。大厄災は1000年周期で、そしてモース戦役は今より約1000年前に起こった出来事だ」

 

―――まさか、まさか。ああいや、ここまで来るともう確信を得てしまっているも同然だが、同然なのだが、その上で有りもしない一抹の希望にすがりたい。

今から口にする問いに対する返答は、もう半ばわかりきっているけど、それでもどうか“それは違う”と否定してほしい――――――。

 

 

 

「も…もしかし、て…次の大厄災は、時期的にもう………目の前まで、迫っているのですか…?」

 

 

 

「―――ああ、全く忌々しいことにな」

 

 

 

そんな吸血鬼の一縷の淡い期待は、無情にも肯定の一言で絶たれた。

 

 

 

「っ…ぐ、具体的には、どれくらいとかわかりますか…?」

 

「…陛下と私は島の現状やこれまでの発生歴からここ50年以内の何処かで発生する可能性が非常に高いと予測しているが、モース戦役が起きたのは女王暦1000年、現在は女王暦1987年でもうすぐ88年になる」

 

彼は目を細めてユーウェインに告げる。

 

「つまり88年から計算して2000年に起きると仮定した場合――――――猶予は少なくともあと『12年』、ということになるな」

 

「―――――――――」

 

―――――12年。彼から告げられたその数字が、期限が、頭の中を目まぐるしく駆け回る。

 

一年を、365日を12回繰り返しただけで國が終わりかねないような絶望が襲い来るかもしれないのか。

 

「いや、12年って…あくまで仮定だとしても、たったそれだけの時間で私はその脅威に抗えるようにならなくちゃいけないんですか…?無理が、あるでしょう!?」

 

ユーウェインは正直、今の今まで聞いた話の全てを冗談だと思いたかった。

だがウッドワスがそんな下らないホラ話をするような性格ではないこともこの十ヶ月の付き合いでわかっていたので、無理やり笑い飛ばしたくてもできなかった。

 

「加えて他の妖精騎士たちが何十年も務めてるのに、たかが十年そこらでその方たちと同等になれるわけないじゃないですか…!」

 

「確かに普通はそうだ、だがだからこそ何度も言うが私が直々に貴様を鍛えているのだ。今までの妖精騎士たちに私が指導したことは一度も無かったが、貴様は元が下級妖精であるに加えて就任時期が時期だからな。早々にあれこれと教えた方が特急で強くなると判断したまでよ」

 

実際彼の言う通り、ガウェインにしろランスロットにしろトリスタンにしろ、ウッドワスからの干渉を受けずにそれぞれが独学で、または戦闘訓練自体を今日まで一切することなく過ごしている。

 

「…ウッドワス殿の指導の腕を見くびっているわけではありませんが、それでも本当にそんな短期間で彼女らと肩を並べられるとは私は正直思えませんよ」

 

確かに彼の指導を受けていなかったら自分はここまで強くなれはしなかっただろう。

だがそれにしたって12年という短い時間でそこまでいけるハズがないと、ユーウェインは疑っていた。

 

「……ならば私に考えがある。まずはこのまま残りの二ヶ月間の指導を乗り越えろ。その後で貴様にある試練を授けるとしよう」

 

「ある試練?」

 

「ああ、それが何なのかは今は言わぬ。後のお楽しみというわけだ」

 

何やら彼には秘策があるらしいが、どうにも怪しかった。

が、指導の腕が確かな彼が言うことだ。何か強くなる為の切っ掛けを与える類いのものかもしれない。

 

 

「…わかりました。他ならぬ貴方の考えです、今はその試練とやらに期待しておきます。疑いはありますがね」

 

 

「ふっ、精々そうして不信に思っているがいい。貴様のその疑念を払拭してくれよう」

 

 

こうして妖精騎士の使命を知ったユーウェインは、ウッドワスの考える試練に向けて一先ず残りの二ヶ月間を頑張って励み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

―――そして二ヶ月後。ユーウェインがウッドワスの指導を受けてから風のような早さで一年が経った。

 

彼女らは今、キャメロットとマンチェスターを結ぶ北部平原に立っていた。

 

「ここでその試練を始めるのですか?」

 

「左様だ。―――さて、そろそろ奴がお見えになる時間だな」

 

「奴…?」

 

遠くを見つめてウッドワスはそう言う。

ユーウェインが不思議に思い、彼の目線を追ってみると向こうから人影が此方に向かってきていた。

 

「―――お待たせ致しました、ウッドワス公」

 

その人物は目の前まで来ると軽く御辞儀をし、堂々とした出で立ちで二翅の前に現れた。

 

「陛下からの許可は得ている。貴様には今のこいつの限界を引き出すべく相手をしてほしい。くれぐれも勢い余って喰い殺したりするなよ」

 

「そこは言われずとも常日頃より心得ております。先達として相応しい対応をしてみせましょう」

 

「ふん、そうか。…ではよろしく頼む」

 

ウッドワスとのやり取りを終えるとその人物はユーウェインの方に顔を向ける。

 

「さて、というわけで今から貴様の相手をすることになったガウェインだ。よろしく頼むぞ、後輩」

 

(え、ガウェインって…)

 

一方、ユーウェインはその人物の顔を見て酷く既視感を覚えたが、直後にその名を聞いて彼女が何者かを思い出す。

 

「貴方まさか…あの時に玉座の間にいらした、やたらと重そうな鎧を着た金髪の妖精!?」

 

「思い出してくれたか。その通り、私は一年前のあの謁見の場で貴様の勇姿を見ていた者の一翅だ」

 

その人物―――否、その妖精は女王暦1600年に牙の氏族として生誕し、後に女王からの祝福を与えられ女王暦において最初の妖精騎士となった日輪の黒犬公。

 

人間や妖精問わず補食し、食べた者の能力を引き継ぐ『妖精食い』の異能を持つ、凶兆の前触れとされる存在。

 

「では改めて軽く自己紹介を。私は妖精騎士ガウェイン。円卓の騎士ガウェインの権能を持ち、都市マンチェスターの領主を任されている者だ」

 

その名は妖精騎士ガウェイン。秘されし真名はバーゲスト。

 

妖精國における牙の氏族でウッドワスの次に強大な力を秘めている、女王モルガンの懐刀である。

 

「わ、私は妖精騎士ユーウェインです。貴方も知っての通り一年前に就任した新参者ですわ。……ところで」

 

一応、向こうに合わせて自己紹介を返すがユーウェインは正直それどころではなかった。

 

「あの、ウッドワス殿?試練の内容ってまさかこの方と今から戦うってことなんですか?」

 

「そうだが、今の会話で察せなかったか?」

 

事も無げに彼はあっさりと答えた。

 

「いや、いやいやいやどう考えても手も足も出ずに敗北するに決まってるでしょう!?最悪殺されますよ!!」

 

「早まるな、何も勝てとも勝負しろとも言っておらぬ。先ほども言ったが、あくまで貴様が今の限界を出しきるまで軽く相手をしてもらうだけだからな。…そら、向こうはもう定位置についたぞ、貴様も動け」

 

ウッドワスが指を差す。見れば、数メートル先で剣を地面に刺して仁王立ちしてるガウェインがいた。

 

(うわぁ~…もういつでも掛かってこいって感じで準備万端じゃん。ていうか目付き怖っ…)

 

「ウッドワス公の言われる通り、貴様も早く掛かってくるといい。私も貴様の実力が如何程なのか、先達として興味があるからな」

 

「う、うぅ…わかりました、わかりましたよ!やってやりますよ!妖精騎士ガウェイン殿、御覚悟を!」

 

(くそ、これも将来的にホープたちを守り抜く為と思って腹を括るしかない!必死こいて頑張りなさいよ私…!!)

 

 

 

己に取って何よりも大切な者たちの顔を思い、弱気な自分を引っ込め、強引に心を奮い起たせる。

 

 

 

 

かくして、此処に女王暦で最も古い妖精騎士と最も新しい妖精騎士がぶつかることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




水怪クライシスの陛下とハベニャンが可愛すぎる。
これでかつては冷徹な女王だったってマ?


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日輪VS吸血鬼【押絵あり】

キャメロットよりマンチェスターに続く北部平原。

 

そこで今まさに、二翅の強大な騎士がぶつからんとしていた。

 

「では―――行きますよっ!!」

 

二翅の一方―――ユーウェインはそう言うと同時に地を蹴り、眼前の生きた要塞―――ガウェインへ駆ける。

 

(まずは、様子見の一発っ!!)

 

その疾走の勢いを利用し、瞬間的に伸ばした赤爪(せきそう)を彼女の胴目掛けて凪ぎ振るった!―――が。

 

「ほう、初撃にしては中々の威力だな。ほんの一瞬だが衝撃が響き渡ったぞ」

 

「…!!」

 

当のガウェインはそう言いながらもその場から仰け反らないどころか僅かに体勢がブレることすらなく、攻撃を受ける直前と変わらぬ仁王立ちを維持していた。

 

(…大型モースもヨーグルトみたいにスパスパ斬れるってのにまるで堪えてない。精々が鎧に薄く跡が残っただけか…そして)

 

爪に視界を写せば、その先端が欠けていた。

この一年の訓練で大体のものは斬り裂けられる様になったのだが、どうやらこれでも彼女の鎧の前では錆びた果物ナイフと変わらぬらしい。

 

「ならこれは、どうです!」

 

だがこの程度のことなら彼女としてもまだ予想の範疇であった。

ユーウェインが次に取った行動は足に液状の魔力を纏わせ、ガウェインの側に撒き散らし始めた。

 

「まだまだですよ!」

 

そのまま周りを踊るように足を振り回しながら旋回し、全方位に撒き散らしていく。

 

「さぁ刺し貫きなさい、血の(いばら)!」

 

「!」

 

そしてユーウェインの言葉を合図に撒き散らされた血の液状溜まりが瞬時に鋭利な赤棘に変化し、そのまま一斉にガウェインに襲い掛かる!

 

「ん……」

 

(よし!鎧に当たった分は全部折れたけど露出している頭部には僅かながら刺さってるわ!)

 

モースだろうと幻獣だろうと容赦なく貫通する赤棘は、さしものガウェインも生身のままで受けて無傷というわけにはいかなかった。

…それでも彼女に取ってはこの程度、問題でも何でもないのだが。

 

「ふ、流石同じ妖精騎士とだけあって良質かつ強力な魔力だな。―――ではこの魔力、ありがたく糧にさせてもらうぞ」

 

「え…?糧に、って…」

 

発言の意味が理解できず呆気に取られているユーウェインを他所に、ガウェインは自身に刺さってる棘の魔力をみるみる吸い上げ、更に周りの血溜まりもまとめてその身に吸収し尽くした。

その光景に半ば呆然とするユーウェインに、ガウェインは自慢気に種明かしをする。

 

「教えてやろう、後輩よ。私の妖精としての能力は『魔力食い』―――即ち、一定の範囲内であれば相手の魔力を問答無用で強奪・吸収できるのだ」

 

「なっ…!?」

 

そう、これこそがガウェインの妖精騎士としてではなく元々の妖精としての異能、黒犬公の『魔力食い』である。

 

「貴様も今ので理解しただろうが、奴には他の生命体から魔力を強引に吸い上げ、更にその時に吸った分だけ自己を強化していくのだよ」

 

傍観しているウッドワスがユーウェインに軽く説明する。

 

彼女はその異能の性質上、妖精どころか魔力を持つ存在全てに取っての天敵と言える。

 

過去にもコーンウォールの領主であった大妖精ファウル・ファーザーと交戦した際にこの異能をフルに行使し、これを撃破・補食した。

 

その時に満腹状態に入り、以降は今に至るまで補食衝動が抑制されているらしく、少なくともあと20~30年は無駄な補食をすることはないだろう―――と、本翅はそう言っている。

 

「魔力を自分の意のままに強引に吸収して、更にその分だけ強化されるですって…!?どんな反則技ですかそれ!!」

 

「ふふ、称賛してくれてありがとうと言いたいが、この能力にも流石に限度はある。無限に吸収し、無限に強化できるわけではない。もしそうであればランスロットの奴をとっくに超えていてもおかしくないだろう?」

 

「…まぁ、それはそうかもしれませんけど」

 

ガウェインの能力はそこまで常識はずれ(チート)ではない。

彼女のそれには吸収できる限界というものがあり、例を上げるならそれこそファウル・ファーザーのような大妖精クラスを食らえば軽く100年以上は空腹になることはなく、補食を繰り返す必要がなくなる。

 

無論、空腹になるからと言って魔力食いができなくなるわけではないので吸収する時は吸収するが、大抵は殆ど誤差レベルの影響なので目に見えて強くなることは基本的にない。

 

「それにしても、今の魔力は実に美味かった。質もファウル・ファーザーほどではないが、これまで食らってきた有象無象の弱者共のソレよりはずっと良い。正直気に入ったぞ」

 

「は、はぁ……そうですか。お気に召されて何より(?)です」

 

「ああ、だから貴様も引き続きあの手この手を使って私を殺すつもりで掛かってくるといい。その全てを私は余裕を持って受けきってやろう」

 

そう宣言し、不敵な笑みを浮かべるガウェインに対しユーウェインは明らかに舐められていると感じて多少の不服を覚える。

 

(…何よソレ、そっちが遥か格上なのはわかってるけど私だってこの一年間を必死に耐え抜いて乗り越えきったんだ。その余裕綽々とした顔をほんの一瞬でも崩してやるわ!)

 

「そうですか、了解しました。―――ならお望み通り殺しに掛かってやりますよ!!」

 

その言葉を皮切りに再びガウェインに攻撃を仕掛けるユーウェイン。

彼女が次に取った手段は円卓の騎士ユーウェイン卿の権能――――――即ち。あの謁見で初めて発動に成功した、視界を埋め尽くさんばかりの無数のカラスの召喚だった。

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■!!!』

 

「ほう…!」

 

 

自身に容赦なく襲い掛かる黒き弾丸の荒波に、ガウェインは驚きを見せつつも姿勢を変えずに耐え続ける。

 

 

「はぁぁっ!!」

 

 

しかし、その黒き荒波に紛れて()()()()()ユーウェインが彼女の首元を狙って思い切り横に斬りかかった!

 

 

「なにっ、剣だと…!?」

 

「まだまだ行きますよ!!」

 

 

そのまま彼女はカラスと共に矢継ぎ早に斬撃を繰り出し、ガウェインに猛攻を仕掛けていく。

 

「貴様、どこから剣など用意した…!まさかそれも貴様の中にある円卓の…!?」

 

「ご名答ですわ!これが私の持つユーウェイン卿のもう一つの権能、その名も『三百本の剣(ケンヴェエルヒン)』よ!!」

 

あの謁見から今日までの一年。彼女はウッドワスの指導訓練の中でユーウェイン卿の秘めたるもう一つの権能を目覚めさせていた。

 

それが『三百本の剣(ケンヴェエルヒン)』で、これはかつて彼が受け継いだ強力な神秘を秘めている魔剣である。

 

「『三百本の剣(ケンヴェエルヒン)』…!そうか、確かにそれもまたユーウェイン卿の持つ力の象徴だったな…!」

 

その名を聞いてハッとするガウェイン。

汎人類史の円卓の騎士に憧れ、羨望し、それについて記された書物を読んでいる時にいつか目に通したことがあったのを思い出す。

 

「へぇ、知っていたのですね。私は、この力が発現した時に、知りましたよっ!!」

 

言いながら攻撃を絶え間なく叩き込んでいくユーウェイン。

 

彼女が訓練を始めて約七ヶ月時点でその力が目覚め、その際に頭の中に知識として自動的に名前や特徴が流れ込んだ。

 

無論、情報が入っただけで上手な使い方まで覚えたわけではなく、扱いに関してはカラスの使役と同様に独学で身につけていき今に至っている。

 

「はぁあぁああ!!」

 

「ぬぅっ…!」

 

四方から突撃してくるカラスの弾丸に、前方からズバズバと容赦なく斬り掛かってくる剣撃の舞。

 

大型モースだろうと数秒でミンチにされかねない怒涛の攻めにガウェインの足が、ほんの少しずつ後ずさっていく。

 

「…流石だ。この私が攻撃の勢いで僅かながらと言えど後退させられているとはな」

 

「それはありがたき御言葉です!しかしながら一つ聞きますけど、何で!未だに!()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですかねぇっ!?」

 

一見ユーウェインが優勢に見えるが、実際はガウェインが一切ガードの構えを取らずに真っ向から彼女の攻撃全てを平然と耐え抜いていた。

 

(鎧は当然の様に無傷、露出している頭部も傷が入った側からカラスや私自身から魔力食いをして即完治している!)

 

彼女が攻撃を入れる度、鎧に当たれば剣の刃は欠け、生身の頭部にカラスが当たれば魔力食いで付けられた傷を治される。

 

それならばと大技である暴飲の赤い薔薇(グリード・ヴァンパイア)を喰らわせるかと考えるも、アレはまず前提として赤棘が深々と刺さっていないと発動せず、先ほどのあの効き様ではその棘も全くと言っていいほど通用しない事が確認できる。

 

(…これは、手詰まりって奴かしら)

 

―――現状、明らかに決定打に欠けていた。

 

僅かに後退させることはできても、言い方を変えればそれだけだった。

 

(相手は百年以上もこの國を護り続けているベテラン。たかが一年程度で差が埋まるなんて思っちゃいなかったけれど、こうまで通じないとなると悔しさを通り越して泣き寝入りしたくなるわ…)

 

己と相手との隔絶された実力の差に口惜しさと怒りを覚え始める。

それでも攻撃の勢いは止めずに続けていると―――。

 

「おい、少し待て」

 

突然、それまで黙って観ていたウッドワスがユーウェインに待ったを掛ける。

 

「 ! な、何でしょうかウッドワス殿…?」

 

「しばらく貴様の攻めを眺めていたが…そろそろ頃合いだ。今度はガウェインの攻撃をなるべく避け続けろ」

 

「…!」

 

何を言うかと思えば、彼はガウェインからの攻撃を避けるようにと述べてきた。

 

「ただ単に壁役に向かって一方的に攻撃し続ける、というだけでは試練とは呼べぬ。相手からの攻撃をひたすら死に物狂いで避けるというのも必要だ。それが遥か格上なら尚更な」

 

彼の発言は尤もだ。そもそも壁役に攻撃するだけなら態々ガウェインを呼びつけなくとも彼自身で事足りる。

 

「それと、可能であれば反撃も狙え。例え攻撃が通用せずとも、“回避からの反撃”という行為そのものが戦闘力の向上に繋がることはこの1年で貴様も理解している筈だ」

 

「…ええ、それもしっかりと心得ています。わかりました、できるだけやってみます」

 

「ほう、流石ウッドワス公から直々に手解きを受けているだけあって中々にやる気があるではないか」

 

「まぁ、どの道やらないといけませんからね。……因みにガウェイン殿は勿論手加減されてくださいますわよね?本気で来られると私余裕で死ねますよ?」

 

冷や汗が滲むも、最初の位置についてガウェインに確認を問う。

 

一方彼女は地面に刺さっている剣をゆっくりと引き抜き、その問いにこう答える。

 

「フッ、安心しろ。貴様に言われるまでもなく全力は出さん。―――四割近くは発揮するが、なっ!!」

 

言うと同時に彼女は橙と青に燃え盛る剣を振り下ろし、巨大な炎の衝撃波を飛ばしてきた!

 

「は!? ちょ―――おぉあっ!!?」

 

不意に襲い掛かってきた炎の波に肝を冷やすが、咄嗟に地面を蹴って回避に成功する。

 

「どうした、初撃でその様に動揺するなど騎士として未熟だぞ!もう少し冷静さを以て避けるがいい!」

 

焦りを見せたユーウェインを叱咤しつつ、ガウェインは更なる猛攻を仕掛けていく。

 

「は、はいぃっ!気をつけますぅっ!?」

 

それに律儀に返答しながら、襲い来る炎を息つく間もなく懸命に避け続けるユーウェイン。

 

(くっそ、炎の勢いが強すぎる!こんなんじゃ反撃を試みるどころか避け続けるだけでも精一ぱ―――?)

 

その時、炎の燃える音に混じって『獣の声』のような音が聞こえた。

 

気になって声のした方に顔を向けると、そこには―――

 

 

『■■■■■ッッッ!!!』

 

 

巨大な獣の影が黒い顎を開き、今にも此方を喰らわんと迫っていた。

 

「――――――っっ!!??」

 

突如として目の前に現れた『死』に絶句するも、咄嗟に魔力障壁を展開し、それを足場にして獣の影が障壁を噛み砕くとほぼ同時に脱出。

瞬間獣の方を見たが、そのまま障壁を喰い尽くすとすぐに消滅した。

 

「はぁ、はぁっ、はっ…!!」

 

(な―――何なの今の!?モースとは違う、もっとおぞましい感じだったけど、まさかガウェイン殿の使い魔か!?)

 

「ふむ、良い反応だ。脅かしがいがあるな」

 

「!」

 

ガウェイン殿が上機嫌そうに此方に声を掛けてきた。

脅かしがいがあるって?

 

「…はぁ…どういうこと、ですかそれ。はぁ…いや、それより今の怪物は、はぁ…貴方の使い魔とみてよろしいですね?」

 

依然として放たれる炎を避けつつ、少しずつ荒んだ呼吸と感情を整えて調子を取り戻す。

 

「ああ、ご名答だ。今のは我が使い魔であり、名をブラックドッグ。この妖精國において人間や妖精どころかモースすら喰らう暴食の黒き猟犬だ」

 

ブラックドッグ―――彼女がガウェインではなくバーゲストとして生きていた頃より存在している犬型の妖精。

 

個の力でも武装していない者なら妖精であろうと牙以外は容易く殺せる危険生物で、生息範囲はマンチェスター付近の地域を中心にブリテン全土に分布している。

 

「それと先ほどの発言だが、これは単に必死に炎を避けている中でいきなり自分を喰らわんとする怪物を目にしたらどう驚いてくれるのかと気になってな、つい魔が差して炎に紛れて飛ばしたのだ」

 

「…なんです?つまりさっきのは貴方なりの“悪戯”であったと?私がそれで死にかけたのに?」

 

「まぁ、それに近い…というかほぼそれだな。いやぁすまない、我ながら騎士らしくないことをしてしまった。ハハハハ」

 

そうわざとらしく言って適当に笑い飛ばすガウェインを見て、ユーウェインは確信した。

 

 

――――――『ああ、これ明らかに此方を舐めているな』と。

 

 

(―――っ、ふざけるんじゃないわよっ!!)

 

そう思った途端、沸々とガウェインに対する怒りの念が燻り始める。

 

(確かに貴方からすれば私なんて一年目を迎えたばっかの弱っちろい軟弱者でしょうね)

 

一瞬、炎の間に隙間が生じたのを見逃さずに、すかさず通り抜けていく。

 

(けど私は!!こんなワケのわからない大変な世界で出来た何よりも大切なものを守る為に!その取るに足りない一年間を毎日真面目に、死ぬ気で!軟弱者なりに頑張ってきたのよ!!)

 

高まる怒りと共に冷静さも次第に尖り始め、次々と紙一重で炎と獣の影を避けていく。

 

(ほとんど面識の無い他人とはいえ、貴方はそんな必死になって生きている奴の気持ちを少しも考えずに!個人的な戯れで半ば殺しに掛かった!!)

 

段々とガウェインとの距離を一歩、二歩、三歩と詰め寄っていく。

 

(許しがたい、許しがたいわガウェイン殿!例えそれが私を挑発する為の戯言だったとしても―――私は貴方をおいそれと許せないっ!!)

 

「ほう!急に動きが良くなったと思えば、ここまで迫ってくるか…!」

 

やがて剣の斬撃範囲内まで接近し、直前に振るわれた一撃を間一髪で避けきり、そして―――

 

 

「その余裕こいた表情、今すぐ崩」

 

 

「―――せると思ったか?」

 

 

―――その反撃が届くことはなく、彼女の腹にボディブローが炸裂した。

 

 

「ぉ――――――」

 

 

その衝撃に何かを考える余裕すらなく吹き飛ばされ、数メートル先の地面に叩き付けられる。

 

「ごはっ…、ぁ…かふ……っ…!!」

 

直後、遅れてやってきたダメージに血反吐をぶちまけ、悶絶する手前まで意識が追い詰められる。

 

「フーッ……、フー…フーッッ……!!」

 

(痛みで考えが、まとまら、ない。血が喉元まで、せりあがってくる感覚が、気持ち、悪い。私、吸血鬼、なのに)

 

自分のそれとはいえ、血を好む吸血鬼たる自分がその血に苦しまなければならないという状況に、酷く不快感を覚える。

 

「ごぼっ……おぇ…」

 

(けど…立ち上がらな、くちゃ。一瞬でも、あの澄ました顔を、崩してやるって、決めたんだから)

 

それでもすぐに体勢を直そうとする。今は試練だからああして待ってくれているが、実際の命を懸けた殺し合いじゃ敵は待ってなどくれない。

 

「ぐ…ぅぎ……ぃ…」

 

多分、直撃を受けた部分の内臓はダメになっているのだろう。動かそうとする度、腹部を中心に全身を痛みが走り回る。

 

(立て、そして攻撃しろ。あんなにも余裕ぶってる顔に、取るに足らない雑魚の意地を、ぶつけてやれ―――!!)

 

「フー……ごふっ…フー…!」

 

「…ほう、血を吐きながらも尚立ち上がるか」

 

己の拳を直に受けたにも関わらず、そう時間を置くことなくよろけながらも立ち上がるユーウェインに感心を覚える。

 

「どうやら思った以上に根性があるらしいが…そんな体では我が剣撃からは逃れられまいだろう」

 

そう言うと剣を再び地面に突き刺し、直立不動の姿勢を見せるガウェイン。

 

騎士道精神を学び、尊ぶ彼女は、実際の戦闘はともかく試練の時まで相手を容赦なく叩き潰すのは良しとしなかった。

 

そもそも本来なら妖精騎士が別の妖精騎士を攻撃するのは御法度であるのだが、この時に限って態々モルガンからその鉄則をある程度緩めてもらっていたのだ。

 

「どれ、今度は我が拳と足からどこまで逃げられるかを試してやろうではないか。こう見えて体術にも心得があるのでな」

 

そう言って弱々しく立っているユーウェインの方にゆっくりと歩を進める。

 

 

――――――だが、あと1メートルを切った辺りで予想外のことが起きた。

 

 

(…ん?何だ、この違和感は?)

 

ふとそう思い、歩を止めるガウェイン。

よく見ると彼女は落ち着いていた。そう、落ち着いていたのだ。

 

ほんのつい先ほどまで呼吸は荒く、血を吐きながらよろけていたのに、今は何故か呼吸は僅かに乱れているが血は吐かず、よろけていた姿勢も直っている。

 

(…何だ、何かただならぬ予感が―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がぁああああぁああッッ!!!」

 

 

 

突然、彼女が雄叫びを上げると再びカラスを一斉に召喚し、剣を手に持つと、そのまま()()()をギラつかせながら一瞬で距離を詰めて襲い掛かった!!

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「おぉあああああっ!!!」

 

「っ…何だ、この気迫は…!」

 

ダメージは無い故、未だ防御の構えは必要なし。

だが、これまでにない攻撃の勢いに先ほどよりも大きく後退させられる。

 

何より驚きなのが、先ほどまで弱りかけていた者のそれとは思えぬほど闘志に溢れた危機迫る顔をしているではないか。

 

「だぁああぁああ!!」

 

「……………」

 

それを見ていたウッドワスも驚きこそしたが、同時に上手くいったと喜びもした。

 

(生物は追い詰められるほど普段よりも大きな力を発揮しやすい。所謂生存本能からくる一時的な馬鹿力というヤツだが…あの感じだと成功したようだな)

 

先ほどよりも更に激しい攻撃の嵐を眺めながら彼はその成功を確信する。

 

(ただこれには適度な強さを持った相手が必要だった。トリスタンは弱すぎるし、オレやランスロットは逆に強すぎる。従って強すぎず弱すぎず、それでいて今のユーウェインに対する試練の相手を務めるに相応しい奴としてガウェインを選んだが、英断だったな)

 

即ち、この試練の目的は『ユーウェインを敢えて重傷を負わせるまでガウェインに追い詰めさせることで、眠っている力を目覚めさせる』ことだった。

 

「さて、更なる力に目覚めたあいつはどこまでガウェインとやり合えるか見物だな―――ん?」

 

怒涛の攻め入りで追い詰めるユーウェインに期待を寄せるも、そんな彼の期待とは裏腹にあっさりと結末は訪れた。

 

「…ぅ…あぁ……?」

 

それまで猛烈に暴れていたユーウェインの勢いが何故か徐々に衰えていき、最終的にはガウェインに身を寄せる形で力尽きたのだ。

 

「…ふぅ。見ての通り終わりましたよ、ウッドワス公」

 

「…おい貴様、魔力食いで決着を早めたな?もう少しでこいつが更なる限界を超えるかもしれなかったというのに、要らぬことをしてくれたものだ」

 

「申し訳ありません。ですがこれで、この子はそれまでより強くなる切っ掛けを得た筈です。貴殿としても一応満足のいく結果になったのでは?」

 

「まぁ、それはそうだがな」

 

彼女の言う通り、試練の目的自体は達成しているのでそこに文句はない。

 

魔力食いで決着を早めたのは多少ながら不満はあるが、それは目的達成するところまで上手くやってくれた有能さで以て水に流すことにした。

 

「ふん、ではこの辺りで試練は終了とするか。付き合ってくれてありがとう、もう帰っていいぞ」

 

「は、では失礼します。…私としても将来が楽しみな実力をお持ちでしたよ」

 

ガウェインはそう賞賛して最初にやってきた時のように御辞儀すると、そのままさっさとマンチェスターの方へ戻っていった。

 

「…ふん、随分と余裕を見せていたがあと10年も経てば貴様と遜色ない域にまで達すると思うぞ」

 

ウッドワスもユーウェインを担ぐとオックスフォードの方へ駆け出していく。

 

 

 

「……フフフ。いいぞ、ようやく本格的に芽吹き始めた。これからも強くなって、そして陛下とオレの為に尽くしてくれよ?―――妖精騎士ユーウェイン」

 

 

 

己の肩で死んだ様に眠る可憐な吸血鬼の寝顔に、ウッドワスは更なる期待を抱きながら帰路に着く。

 

 

 

女王暦最古の日輪の黒犬公と最新の獅子の吸血鬼との戦いは、黒犬公の圧倒的な勝利で幕を降ろした。

 

 

 

 

 

 

 




余談ですが今の汎トリちゃんは異トリちゃんの八割以上九割未満の実力です。


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新たなる力、『翅』のお誘い

「………ん…ん"ん"っ…」

 

 

闇に沈んでいた意識が明瞭になっていき、ゆっくりと瞼を開く。

 

視界に入ってきたのは見慣れた天井で、全身に感じるは柔らかく温かい布地の感触だ。

 

「…ここって、私の寝室……。あぁ、そっか…負けちゃったんだっけ、私」

 

自分がなぜ此処にいるのかを察する。大方あの後ガウェインに負けて気絶でもしたから、ウッドワスによって此処まで運ばれていたのだろう。

 

「は、ははは……凄かったなぁ、あの強さ。全然敵いっこなかった…」

 

先の戦闘を―――否、戦闘と呼べるかすら怪しい一方的な負け試合を思い出す。

 

自分が繰り出すあらゆる攻撃は一切通じることはなく、逆に向こうからの攻撃はただのボディブロー一発で派手に血を吐き散らす始末。

 

ならばと完全に自棄糞になって滅茶苦茶に叫んで、がむしゃらに攻撃し続けても結局は通じずに倒れるという結果に終わったのだ。

 

「…あれが、妖精騎士。この國を滅ぼしうる絶望に抗えるだけの力を持った存在か」

 

蒼く美しい月明かりに照らされながら、ユーウェインは自分が至らねばならない領域がどれほどのモノなのかを改めて認識する。

 

(けれどあの方曰く、あれでも四割くらいしか出してないらしいしホント底が知れないわね……)

 

確かにそれだけの強さなら町が滅ぶような厄災を単騎で祓えるのも納得できる。

 

ガウェインでそれなのだ、恐らく最弱と言われるトリスタンも少なくとも今の自分より倍以上は強いに違いないとユーウェインは見立てた。

 

ランスロットは多分、本気で殺しに掛かられたら10秒経つまでに10回は死んでるだろう。

 

(…とはいえ、先輩たちとの力の差にいつまでも絶望している暇は無い。私だって妖精騎士の端くれ、同等に並び立つイメージが全く出来なくても寧ろ超えるつもりで追いついてみせるわ)

 

正直なところ、大厄災で死ぬのが自分だけだったらまだ諦めが付いた。

 

だが、この國にはもう切っても切り離せない縁を築いた大切な仲間がいる。

 

仮に自分が死んだとして他の妖精騎士が、モルガンが守護してくれるとは言い切れない。

 

その可能性が100%でない以上、自分が死ねば彼女らも死ぬかもしれないのだ。

 

(だからこそ、どんなに力の差があろうと私は挫折しないし、強くなることを諦めない。自分の力足らずのせいでかけがえのない仲間を死なせてしまう、なんてのは心底気持ち悪いしね)

 

こういう思いを“決意”として改めて強固なものにしてくれたという意味では、今回の敗北は実に有意義な経験になったなと彼女が感心していると―――。

 

 

―――コン、コン

 

 

「―――おい、入るぞ。起きていたら返事をしろ」

 

不意にノックが響いたかと思えば、ウッドワスの声が聞こえた。

 

「はーい、起きてますよー」

 

一応住まわせてもらってる立場であるし態々丁寧に確認しなくてもいいのにと思いつつ、言葉を返す。

 

「ふむ、もう目覚めていたか。ほれ、これでも食って明日にはまともに動けるようになれ」

 

そう言って彼は側にある台にポテトサラダとワインを置き、ユーウェインに食べるように勧めてきた。

 

「一応言っておくが、貴様はあの試練で倒れてから3日ほどそこで寝込んでいたぞ。物理的な重傷に加えて体内魔力がからっきしだったが故だろうな」

 

「えぇ…そ、そんなに酷い状態だったんですか私…」

 

日が三回過ぎる程にダメージが深かったとか、下手すると妖精騎士でなかったらそのまま死んでたかもしれない。

 

「ああ。だがこうして目覚めるまでの間、私が治療行為をずっとしていたのだ。全く今更ではあるが世話の掛かる弟子を持ったものだよ」

 

「あはは、ウッドワス殿には本当に頭が上がりませんわ。…って、このワイン貴方が経営しているレストランでも上位に入る高級品じゃないですか。しかも私が好きなレッドワインなんて……良いんですか口にして?」

 

「躊躇うことはない、今回の試練で貴様は私にとって良い結果を出してくれた。これはその褒美のようなものだ、遠慮なく飲むといい」

 

一月前、彼はユーウェインに飲食物の嗜好を聞き出し、彼女がワインを好むことを知った時から試練の報酬を彼女の好みの味に合わせた上物にしようと予め考えていた。

つまり“アメとムチ”でいう彼なりのアメである。

 

「わかりました、改めて感謝致します。それでしたら御厚意に甘えて頂きますね」

 

自由に飲んでいいとわかるや否や、彼女は落ち着いた所作でグラスに注ぎ、ゆっくり味わう様に口に含んでいく。

 

「んっんっ……ふぅ、流石高級品だけあって蕩けるほど美味しいですわ」

 

「当然だ、ワインに限らず私の経営店に客の舌を唸らせられない粗悪品は存在しないからな」

 

堂々と言い切るウッドワスであるが、彼の店のメニューは殆どが菜食料理ばかりなので、他の妖精はともかく肉を好む同族からはあまり良い評判は立っていない。

 

「さて…話は変わるが、今回の試練で貴様はガウェインと闘り合いそして敗北したわけだが、何か掴めるものや得たものはあったか?」

 

「……掴めるもの、得たものですか」

 

彼に今日の事を聞かれて試練での戦闘を思い出す。

 

「わかりません。少なくとも今の私ではどう足掻いても敵わず、ただひたすらに途轍もない強さだったとしか…」

 

「…そうか、では質問を変えよう。ガウェインと闘っている中で、不意に“力が沸き上がってきた”ことは無かったか?」

 

「力が、沸き上がってきた…?そんなことは…」

 

彼からそう言われ、あの時を思い返してみる。

そして出来るだけ鮮明に記憶を思い出し、辿っていく内に―――――思い当たる節を見つけた。

 

「…いや、そういえば。ガウェイン殿から一撃もらって意識が朦朧としている時に、何か……こう、例えるなら『別の意識が混じり合うように干渉してきた』と言うべきか、とにかくそんな瞬間がありましたね」

 

「ふむ…混じり合うように、か。実はあの試練以降ずっと考えていたのだが、もしかするとそれは貴様の中にあるユーウェインの力が『共鳴』という形で働きかけたのかもな」

 

「共鳴…?私の中のユーウェイン卿が?」

 

彼女の問いに頷くウッドワス。彼はオックスフォードに戻ってから今に至るまでユーウェインのあの突然の覚醒の原因は何なのかを自分なりに考え、導き出した推論がユーウェインの力による『共鳴』だった。

 

「ああそうとも。これは私の推測だが、恐らくあの時貴様がガウェインに殴られ危機に貧した際に死を回避するべく、宛ら防衛本能が如くユーウェインの力が貴様の魂と直接リンクし共鳴を引き起こしたのだろう」

 

「…とすると、あの時急に力が沸いてきたのはその共鳴によるものだったと?」

 

「私はそう考えている。現に共鳴していると思われる間、貴様の瞳は爛々と真紅色に輝いていたのだからな?」

 

「え…!?」

 

彼の言葉に軽く驚愕を覚えるユーウェイン。

真紅に輝いていただと?この灰色の瞳が?

 

「これも推測ではあるが、共鳴した際の影響で貴様の魂の色が“瞳の変化”という形で表に現れたのだろう。血のような真紅なのも、それが貴様の魂の色だったからということなら辻褄が合うしな」

 

「…なるほど……」

 

あくまで瞳だけとはいえ、まさか外見的にも小さな変化が出ていたとは。

 

(あの時は激痛で頭が回らないのとガウェイン殿に一矢報いようとする意地で必死だったから、妙な力の介入にも藁にもすがる思いで受け入れてたけど…そんなことになってたなんてね)

 

しかし、これは見方を変えればユーウェイン卿が自分の危機に向こうから力を貸してくれたということになる。

 

もしウッドワスの言う通り、本当にこれが共鳴に当たるのであれば―――これを巧く使いこなすことで今までより更に強くなれるかもしれない。

 

「ウッドワス殿」

 

「なんだ」

 

そうなれば今後やるべきことは明白だ。

ただ単純にモース退治の日々を繰り返すだけの作業ではどう見積もっても到達できる強さの域に限界があると前々から悟っていた。

しかし、これなら。

 

「ガウェイン殿との闘いで窮地に陥った時、突然何かが介入したことで力が沸き上がった。貴方の言われる通りその現象が『共鳴』ならば、今後の特訓で私はそれを自在に発揮できるようになりたいです」

 

「ハッ、奇遇だな。私も同じことを考えていたよ。その意気で共鳴を修得し、妖精騎士として更なる高みに至るがいい」

 

そうだ、今回は本当に一時期な発現に過ぎなかったが、この共鳴さえモノに出来れば他の妖精騎士に、延いては大厄災にだって簡単には殺られないくらいにはなれるやもしれない。―――否、絶対になってみせる。

 

「…それにしても不思議だな」

 

「? 不思議とは?」

 

「いや、今回の試練で唐突に起きたその共鳴だが…実は他の妖精騎士にはこれまで誰一翅として同じような現象は起きていないのだ」

 

「え。えぇ!?」

 

またしても彼の発言にユーウェインは驚かされる。

この現象も妖精騎士なら当たり前なんだろうなと思っていたものが、まさかの自分だけしか起こっていないと聞かされ酷く困惑する。

 

「だ、誰一翅として起こってないですって…!?てっきり妖精騎士なら誰もが経験していることと思ってたんですけど!?」

 

「だが今言ったようにそのような事例はただの一つも無い。そういう意味でも貴様が特別だと言うことが今回でわかったな」

 

何故彼女だけがそうなったのか。原因はウッドワスにもわからないが、前例が無いというだけでも彼がユーウェインを特別と評するには十分だった。

 

「いや、御言葉ですがそれでも他の妖精騎士には起きずに私だけ起きるというのも不可解に思えて仕方ありません。例えばそう、条件さえ揃えば誰にでも起きるものであって、それを偶々私が満たしただけとか―――」

 

「そうか。では仮に条件があったとして、今回の試練以外で貴様がこれまでやってきた行動で“これだ”と思い当たる瞬間はあったか?」

 

不意に言われたその問いにユーウェインは記憶を巡ってみるものの、ウッドワスに問われたような瞬間は特に思い当たらなかった。

 

「え、それは………これといって無い、ですね。強いて言うなら丸一年ずっと特訓していたとしか…」

 

「ならそれ自体が条件なのだろうよ。1年間特訓をやり続けた末に、試練での戦闘がトリガーとなりそれまで眠っていた力が一時期に目覚めたのだ」

 

ウッドワスはユーウェインの共鳴を決して単なるバグ(まぐれ)だとは思っていない。

共鳴という仮説が正しかった場合、それ即ちユーウェイン卿の権能そのものに“意志”があったとしても全くおかしくないことを意味する。

 

「要するに貴様の身に起きたソレは単純に貴様自身のこれまでの弛まぬ努力あっての結果であり、偶々などではなく起こるべくして起こるものであった。そうだとは思わないか?」

 

そしてその権能の持つ意志が宿主(ユーウェイン)の折れない努力と意地の強さに危機に応え、共鳴という他の妖精騎士には発現しなかった“奇跡”を起こした。

 

これを彼女自身のこれまで積み上げてきた血と汗の滲む特訓が結んだ一つの成果と言わずして何と言おうか。

 

ユーウェインは偶々かもしれないと謙遜しているが、逆にウッドワス自身は肯定的に捉えていた。

 

「ん、貴方にそう言われると確かにと納得できなくもないですけど…良いんでしょうか?他の先輩方に対して、この力は私のみが扱える特別なモノだと知られても」

 

「構わぬ、自由に扱えるようになったら寧ろ恐れずに堂々と自慢してやれ。トリスタンの奴は顔を真っ赤にして殺しに掛かってくるだろうが、恐らくその時の貴様は奴など脅威の内に入らない程度にはなっているだろうからな」

 

現に今の時点でユーウェインはトリスタンと遜色ない域にまで達している。

尤も彼女自身、この一年で自分がそこまで強くなってるとは全く気づいていないのだが。

 

「…ええ、わかりました。貴方がそうまで認めてくださるのであれば、これ以上無駄に謙遜するわけにもいきませんわね」

 

「その通りだ。では貴様の意見を聞けて用は済んだから私は自室に戻る。明日からまた厳しく指導するからしっかりと英気を養えよ」

 

「はい、この國を護る戦士としてしっかりと休み、しっかりと頑張ります!」

 

これで当面の目標は決まった。この身に発現した共鳴をいつでも発揮できるようにし、その力で先輩の妖精騎士たちと並び立ち、そして(きた)る大厄災からの守護に貢献するのだ。

 

 

 

 

(…まぁ、正確な本音を言うと護りたいのは“この國”なんかじゃなくて――――――“ホープたち”、なんだけどね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

―――それから三ヶ月後。試練の時と比べて自在にとはいかないが、窮地にまで追い込まれなくとも一時期に発動できるようにはなった。

 

「流石だな。まだまだ出来は悪いようだが、早くも発動のコツを掴み始めたか」

 

「ふー、ふーッ…!とは言ってもっ、その分精神と肉体にっ、負担が掛かりますがねっ…!!」

 

共鳴中は筋力、敏捷、技のキレと威力、魔力が軒並み跳ね上がるが、普段発揮できない力を半ば強引に引っ張り出してるにも等しいのでその負担はとても大きい。

 

「しばらくはその負担をなるべく効率よく抑えるべく練習する必要があるな。と言っても努力家な貴様のことだ、少なくとも来年を迎える頃にはその問題も自力で解消できてるだろうよ」

 

「はぁ、はぁ…そんなに、都合よく行くと良いですけど、ね…」

 

その後も二翅は軽く二時間ほど指導を続けて今日の分を終え、邸宅へと戻った。

 

「あ"ぁ"~~~~疲れたあぁ~~…。さっさと風呂入ってご飯食べよ~っと…」

 

「待てユーウェイン、その前に貴様に話しておかねばならない事がある。風呂上がりで良いから私の部屋に来い、待っているぞ」

 

「え?あ、はい。わかりました…?」

 

突然、彼から妙な案件を持ち掛けられた。何の話だろうか?

 

(…まぁ、とにかくまず風呂に入って上がってからにしましょう。頭動かすのはそれからよ)

 

そして風呂から上がり、体を涼めて軽くワインを飲んだ後で彼の待つ部屋に向かった。

 

 

 

「―――ウッドワス殿、失礼します」

 

「来たか。では早速話に入るが、近頃グロスターで『妖精舞踏会』が開催されることになったのは知ってるか?」

 

「グロスターで、『妖精舞踏会』…?グロスターって確か…」

 

遡ること1987年初頭、ランスロット監督の下で行われた調査試験の一環で一度だけ訪れた記憶がある。

 

「ああ、ムリアンが領主として管理している、ブリテンで唯一の完全な中立の姿勢を取っている繁華街だ。ムリアンについては貴様も一度その目で見たことがある筈だ」

 

「は、はい。確か一年前の謁見に映像越しで参席してた小柄な体格の氏族長でしたわよね?」

 

あの時の氏族長会議で目にした、やけにフレンドリーでちょっと裏がありそうな、そんな明るくも怪しい雰囲気を放っていた紫髪の妖精のことだろう。

 

「そうだ。そのムリアンが今から1ヶ月後に『妖精舞踏会』という催しを開くことを宣言し、各地の領主と諸侯といった権力者に予約制の招待状を手配し回っている。無論、我々の所にもそれが来た」

 

そう言いながら彼が机の引き出しに手をやると、果たしてそこから取り出したのは一通の封筒だった。

 

「これがその手紙だ。因みに私の分も来ていたのだが…()()()()()()()()故、参加拒否の旨を示して送り返した。一応言っておくが詮索はするなよ?然るべき時が来れば私の口から話そうと思っているのでな」

 

ユーウェインとしては正直気にならないこともなかったが、彼の言うようにおいおい知るだろうし下手に口を挟む必要は無いなと判断した。

 

「はぁ、わかりました。…ってことはつまりその手紙は」

 

「ああ。察しの通り、貴様に対する招待状だ」

 

彼から封筒を手渡され、中身を見ると確かに自分宛で舞踏会への誘いの文が書かれていた。

どうやらムリアンは自分も一後客人として招きたがっているらしい。

 

「勿論、参加に応じるか否かは貴様の自由だ。どうする?」

 

「そうですね……ここは…」

 

今、自分は共鳴を巧く使いこなす為に絶賛特訓中だ。

國とホープたちの未来を考えるなら一分一秒を強くなる為の時間に費やすべきであって、それを考慮するとこの招待状は拒否するのが妥当だろう。

 

(しかし…ムリアンがどんな人物像をしているかも正直凄く気になる。もし仲良くなれそうだったらその時にコネを築いておくのも社会的交流手段としては悪くない)

 

実際、彼女と良好な関係を結ぶことが出来れば、その後のグロスターでの行動も大分やり易くなるだろう。

 

(けど逆に物凄く悪辣な性格だったら…拒否したことを切っ掛けに陰湿で気色の悪い嫌がらせをしてきそうだし、そうなるとホープたちにも魔手が迫る可能性も無いとは言い切れないわ)

 

仮にも一領主だ。情報網だってそれなりに凄いだろうし、何より彼女自身があの謁見で自分とホープたちの強い信頼、そして“顔”を直接目の当たりにしているのだ。

 

仮に自分が思うような悪趣味な性格であった場合、それこそ位置情報だけでホープたちの存在を把握し、最悪殺しに掛かってくるかもしれない。

 

(彼女の裏がわからない以上、おいそれと拒否することはできない。であるならばここは―――)

 

少し悩んだ末、ユーウェインは己の選択をウッドワスに告げる。

 

「決めました。私…この妖精舞踏会に参加しようと思います。真意はともかく、こうして一客人として招待してくださっているんです。ここはそれに応えるのが誠意だと判断しました」

 

彼女は真面目だった。真面目である故にこの言葉も嘘ではなく、彼女なりにムリアンを信じようと思っていた。

 

「よかろう。ならばそこに了承のサインを書いて私に渡せ。後で送っておいてやる」

 

「はい、ありがとうございます。…それにしても舞踏会ですか。さぞたくさんの眉目秀麗でお上品な妖精さんたちが来られるんでしょうね」

 

これまで自分が妖精眼で見てきた妖精たちを思い浮かべ、皮肉を垂れながらサインを書いて彼に手渡す。

 

「そうだな。人間も来るには来るが基本的に妖精たちの引き立て役で終わるからな、目立つことはない。…それはそれとして、貴様はダンスは得意な方なのか?」

 

「ええ、前の世界に居た時によく仲間と踊っていましたからね。特訓に明け暮れている今でも人並み以上には手慣れていましてよ?」

 

それだけでなく、“狩り”の時にも踊りは役立った。

獲物である男をまんまと誘い寄せるのに効果覿面だったからだ。

あの頃は他のバーヴァン・シー種の同胞と踊って競い合ったものだ。

 

「なるほど。かなり自信ありげのようだが、それでも1年以上のブランクは決して小さな影響ではない筈だ。当日に備えて練習を重ねておけ。―――では以上だ、そろそろ夜食の時間にするか」

 

「ええ、そうしましょう。私もさっきからくうくうお腹が鳴って仕方ありませんでしたの!」

 

かくしてユーウェインは一ヶ月後の妖精舞踏会に備え、戦闘ではなく舞踊の特訓(リハビリ)に突入するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ふーん。ウッドワスは案の定拒否したものの、例のあの子はちゃんと承諾してくれたみたいですね」

 

 

左右に本が積み上がった机の前で、二通の手紙を指で摘まんで眺める妖精が一翅。

 

 

「まぁ一番参加してほしい方に参加してもらえた以上、結果として不満はありませんが…ウッドワスは毎回何をそんなに遠慮しているのでしょうか?別に取って殺すわけじゃあないのに、私ちょっとだけショックです」

 

 

ウッドワスが毎度ながら拒否してくることに細やかに嘆くも、彼女は承諾のサインが書かれたもう一通の手紙を見て口角をつり上げる。

 

 

「ふっふふふ。私、一目見た時から貴方に対してそこそこの興味を持っていたんですよね」

 

 

手紙を器用に回しながら、彼女は残虐な悪の華にそっくりな吸血鬼に対する思いを口にする。

 

 

「だから貴方がこうして承諾してくれて少しホッとしました。もし拒否したら無理矢理にでも参加してくれるように、貴方のお仲間さんたちを人質にすることも辞さない覚悟でしたので」

 

 

さらりと吸血鬼の地雷を踏み抜く発言をかましつつ、彼女は窓から差し込む蒼い月明かりにその顔を晒す。

 

 

「うふふ。そういうわけで、1ヶ月後を楽しみにしていますよ。汎人類史のバーヴァン・シー―――もとい、妖精騎士ユーウェイン様?」

 

 

妖精國ブリテン。その中で“唯一の”翅の氏族であるムリアンは、月に向かって怪しくも柔らかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 




ふと最近のアーケードの現状が気になって調べたらラスボス兼星5配布とかいう二大初快挙を同時にやらかしてるのを知って草通り越してただただ唖然した。

なんで本家でそれをやらないんですかね…もしくはこれからする予定だったり??


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二翅の紅き妖精【押絵あり】

ユーウェインがムリアン主催の妖精舞踏会に向けた練習を始めて早くも二週間が経過。

 

彼女は現在、ウッドワス邸のエントランスにてウッドワス本翅と共に社交ダンスの練習に励んでいた。

 

「そこ、右足の動きが僅かに遅れているぞ。遠目からなら問題ないが、こうして密着しているとバレバレだ」

 

「す、すいません。まだウッドワス殿御自身との体格差に慣れていないもので…」

 

彼女らがこの練習を始めて三日目になるが、ウッドワスの図体と洗練されたキレのある動きに付いていげず悪戦苦闘していた。

 

「一翅でのダンスはこの二週間で随分と見映えの良いものになったが、この様な一組での場合はまさか経験が無いのか?」

 

「いえ、経験そのものは寧ろたくさんあるんですけど、何分こういう体格差のある相手とは初めてというか、つまりそういう事なんです」

 

森で同胞たちと競い合ってた時は皆同じくらいの体格であったが、今彼女の前にいるのは2mを超える大男。

170cm程度の彼女では動きに合わせるだけでも容易ではなかった。

 

「そうか、これでも貴様に合わせてなるべく調整しているつもりではあるのだが…当日の事を考えるとそうも言ってられないぞ?」

 

「? どういう事です?」

 

意味が解りかねるユーウェインに彼は説明する。

 

「二週間前に舞踏会の件を話した際、招待状を各地の権力者に手配していると言ったろう?それは必然的に我々女王軍に援助し、与している派閥も集まる事を意味する」

 

中立姿勢のグロスターの中で諍いが起きる事はまず無いが、中にはウッドワスの言うように女王派が来るだけでなく当然それ以外の派閥も集まってくる。

 

故に互いに同じ場につき、その場に限り派閥の垣根を一旦忘れて催しに興じることが舞踏会においての暗黙の了解となっている。

 

「つまりだ、仮に貴様より地位の高い女王派の者が貴様を選んだとして、その選んだ者が私のように大柄な体格をしていても援助の関係維持の為に貴様は断れずに嫌でも付き合わざるを得ない、というわけだ」

 

「うぐっ…なるほど、援助の関係維持の為ですか」

 

女王派が女王軍に与している理由は様々だが、主に「厄災から守ってくれるから」「下手に自分たちが殺されないようにするため」「恩恵という名の上手い汁を啜れるから」と何れも自分勝手で保身的なものが挙げられる。

 

そして保身的で自分勝手である故に、ダンスの誘いを下手に断ったのを理由に女王軍への援助を取り下げたり、最悪悪い噂を流したりして断った者を貶めた上で女王派から他の派閥に鞍替えすることすらありえるのだ。

 

(コーンウォールでのあの有り様を見るに、この世界の妖精たちは基本的に移ろいやすい。もし断ったのを切っ掛けにいい加減な悪評を流されでもしたら堪ったものじゃないわ)

 

ウッドワスの忠告の意味をようやく理解する。

確かにそうとわかればどんな相手だろうと快く受け入れ、最低限恥ずかしくないダンスを披露出来る程度には上達しないといけない。

 

「わかりました。なら体格差が云々などと言い訳を垂れてる余裕は無いですね、少しでも色んな相手に対応できる様にしないといけませんわ」

 

「その通りだ。残りの1週間もその調子でかつての感覚を取り戻していくといい」

 

「ええ。確実に腕を上げて、かつての全盛期を超えるつもりでのめり込んでやりましてよ」

 

それ以降ユーウェインはソロと一組との練習時間をより効率良く配分し、日が経つ毎にそれまで生じていたミスを一つずつ直していった。

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

そして舞踏会開催の前日。二日前の時点で採寸作業を受けていた彼女はウッドワスから特注のドレスを授かっていた。

 

「わぁ…なんて綺麗で優美な衣装なの!ありがとうございますウッドワス殿!」

 

「フッ、礼はいい。この程度の用意も出来なければ氏族長の名折れだからな。ひとまず自室で試着してみるといい」

 

彼から言われた通り手渡されたドレスを早速自室で着替え、ドアの手前で待っていた彼の前にその姿を晒す。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ど、どうでしょう?似合ってます?」

 

「ああ、とても似合っているよ。まぁそのように作ったのだから似合わなければおかしいがな」

 

その衣装は黒を基調としたゴシックドレスで、スカートには紅色のグラデーションが、左肩には逆立つカラスの黒羽の装飾が施されており、薄地の部分には茨と薔薇の紋様が編まれている。

 

宛ら吸血鬼にも魔女にも見えるそのダークビューティーなドレスは、彼女の嗜好に酷く反応した。

 

「フフッそれは嬉しい御言葉です。私としてもこの衣装はこうして実際に着てみてとても気に入りましたわ」

 

 

 

(あああああまってまってホントにデザインが私の好みに的中なんですけど!こういう如何にも悪のヴァンパイア令嬢っぽい感じがもう、なんてゆーか心にキュンキュンして……好きっ!!!!!!)

 

 

 

表面上は朗らかに笑っているが、その内面(こころ)は語彙力が崩れ去るほどに絶賛大興奮中であった。

 

「だろう?明日はその衣装でこれまでの特訓の成果を大衆の前で見せつけてこい。師として大いに期待しているぞ」

 

幸いにも彼がそれに気づくことはなかったが、もし彼がモルガンやユーウェインの様に妖精眼を持っていれば彼女の表と内心のギャップに軽くドン引いていただろう。

 

「ええ、わかっておりますとも。実力派のダークホースとして目にもの見せてやりますわ」

 

 

(はーーーーーもう今ならどんな踊りでも華麗に美麗に秀麗にやれそうだわコレ。ってかこの芸術品(ドレス)に、ましてやそれを着た状態でのDanceに魅せられない者なんている???い~やいやいやいるわけないんだよなぁコレガァッ!!!)

 

 

自信満々に宣言するユーウェイン。狂喜欄間している内心といい、今の彼女に恐れるものは何も無かった。

強いて言えばそれこそ裏表の判りかねるムリアンくらいか。

 

「うむ、では今日はその衣装の来たままリハーサルという形で、この1ヶ月間で貴様がどれだけ上達したかの最終確認と行こう。尤も今の貴様なら小さなミスでもそうそうやらかさないだろうがな」

 

「ええ、これまで貴方と奉仕係の皆さんとで散々練習を重ねに重ねたんですもの。リハーサルだろうと当日だろうと関係なく見る者全員を魅了するつもりで踊ってやりますわ!オホホホ!」

 

「あ…ああそうだな、その意気で本番も恐れず挑むといい」

(全く、完全に浮かれているな…まぁ当日は改めて気持ちを切り替えるだろうし、今日だけは許すか)

 

普段以上に露骨なお嬢様口調で高らかに笑うユーウェインに困惑しつつも、彼女の生真面目さに免じて今日に限り目を瞑ることにした。

 

そして以降は休憩や食事を挟みながらいつもと同じ感じでリハーサルをやり通したが、心なしかその時のユーウェインの表情は普段より生き生きとしていた。

余程衣装が気に入ったのだろう。

 

「…む、もうこんな時間か。私としたことが時間の把握をほんの一時とはいえ忘れるとはな。それほど貴様のリハーサルに付き合っていたということか」

 

「ハハハ、私なんて今の今まで夕方だと思ってましたよ。何かに没頭するとホントに時間を忘れてしまいますね」

 

二翅が気がつく頃には時計の針は早くも11時を差していた。

 

「ふん、本当ならもう少し特訓するつもりだったが…まぁ良い。リハーサル中の貴様の動きに無駄は一つたりとも見受けられなかったからな。この辺りを頃合いとしよう」

 

「ええ、そうしましょう。明日に備えて早く寝ませんとね」

 

この一ヶ月に及ぶダンスの特訓は今日を以て終わった。

いよいよ明日が舞踏会開催の日だ。

 

「だな。では明日の早朝にこちらから馬車を用意次第それで出発する。町の入り口までなら私も同行するから道中のモース煙等の危険に対する警戒はしなくていいぞ」

 

「はっ、ありがとうございます」

 

「良い返事だ。それではもう就寝していいぞ」

 

「ええ、わかりました。偉大なるモルガン女王陛下と排熱大公ウッドワス殿に仕える者として恥じない舞踊を披露してきますわ。―――では先に失礼致します」

 

そうして丁寧に御辞儀をして退室し、軽くシャワーを浴びて余り物のワインを嗜んだ後で彼女はベッドに身を投げる。

 

(はぁ~…いよいよかぁ。そう意識すると急に緊張してきたわね。早く寝ないといけないのに…)

 

鼓動が静かに高鳴っているのを感じる。この一年と四ヶ月の間オックスフォードとキャメロットしか行き来しておらず、他の町にはソールズベリーに希に寄りかかる程度しかなかったが、ようやくそれら以外のところへ足を踏み入れられるのだ。

 

(何よりこれはムリアンに直接会えるまたとないであろうチャンスでもある。彼女が果たして本当に仲良くなれそうな善精か、それとも関わっちゃいけない悪精か……ま、あの気色の悪い生き物(オーロラ)ほどじゃないでしょうけどね)

 

あの何を考えてるか解らない不気味な笑顔が脳裏にチラつく。

 

そも、ユーウェインに限らず汎人類史の妖精全般に取っても彼女は淘汰されるべき欠陥生命体であり、よしんば生きれたとしても今とは見る影もないほど醜く色褪せた姿に変貌するのは避けられないだろう。

 

(いや、今はあの生き物のことはどうでもいいわ。不愉快になるだけだし。…とはいえ一年と四ヶ月、か)

 

窓から差し込む月明かりをその身に浴びながら、静かに瞼を閉じる。

 

(ハハ…最初の一年は様子見だとか言っておいて、いざ一年が過ぎれば試練を課されるわ共鳴という新たな力を慣らす為の特訓をされるわダンスの練習をするわで結局四ヶ月も此処(オックスフォード)で過ごしちゃってるのよねぇ……)

 

その中でウッドワスに対する印象も随分と変わっていった。

最初こそ威圧的な風貌の大男でしかなかったが、今となっては自身が強くなる上でこれ以上ないほど頼れる武闘の師だ。

 

しかしそんな彼以上にずっと気になっている者たちもいた。

 

(あの子たちは…ホープは、ドーガは、ハロバロミアはどうしてるんだろう。確か、エインセルとかいう妖精の下で保護されてるんだったわよね)

 

あの時の別れ際、彼女たちを連れて目の前から消えた金髪の少女の外見をした妖精。

 

(…まぁ邪気は一切感じられなかったし、それどころか雑じり気の無い善意すら視えたから大丈夫だろうとは思うけどね。ランスロット殿とも友人関係を築いているらしいし、憂慮する必要は無いでしょう)

 

 

鏡の氏族という名の妖精たちを束ねる長であるエインセル。

 

 

「…ふぁ~……そろそろ、眠気が来たわね……」

 

 

(未来を見れるとか…言ってたけど……どんな妖精なのかしら………ね………)

 

 

彼女にもいずれまた会ってみたいなと思いつつ、ユーウェインはゆっくりと意識を夢の中へ落としていった。

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

「――――――で?ソイツはちゃんと明日ここに来るのよね?」

 

「はい、それはもう間違いなく。彼女は明日ここに来られますよ」

 

少し時を巻き戻してユーウェインたちがリハーサルに浸っている頃。

 

領主であるムリアンの下に一翅の妖精が来ていた。

 

「ふーん、まぁアンタがそう言うからには事実なんでしょうけど…ホントにソイツは私と瓜二つなワケ?こっちはあくまで情報を知ってるだけで実物を見てねぇから未だに信じられねぇんだけど?」

 

その妖精は不満の募った疑問をムリアンにぶつけるも、対するムリアンは臆することなく飄々とした感じで質問に答えた。

 

「ええ、まるで鏡合わせが如くソックリでしたよ。性格や口調はまるで違いますがね」

 

「ハッ、だろうな。前にお母様から聞いたけど、自分の仲間を守る為にあろうことかお母様の命令を拒絶したらしいじゃんか。そんなんでよくもまぁお母様が妖精騎士に選んだものね、そこもまた信じらんないぜ」

 

ムリアンの返答に納得と不満を垂れ流す。彼女は一年前のある日、自分と似た姿の妖精が第四の妖精騎士として就任したとの噂を聞き、その時はただの下らないホラ話として本気にしなかった。

 

だが日が経つにつれその噂は収まるどころか各地で耳にするようになったので真偽を確かめるべくキャメロットに出向き、母に相談するとあっさりと事実として容認してきた。

 

そこで自分も初めて例の存在を把握し、その後此処で行われる舞踏会に参加するという情報を風の噂で聞き及び、こうして領主であり主催者であるムリアンの下へ直接出向いていた。

 

「けどまぁ、こうしてわかったのならそれで良いわ。是非ともソイツには私が先輩として色々と手解きしてあげねぇとなぁ?」

 

情報の信憑性が確かなものと確信した途端、彼女は口角を釣り上げ邪悪な笑みを浮かべる。

 

どこまでもワガママでザンコクな彼女はとても刺激的で印象に残る新人歓迎会を開こうと考えていた。

 

「あはは、相変わらず悪い顔してますね~。仮にも後輩なんですから手を掛けるにしてもちゃんと加減した方がいいですよ?」

 

「るっせぇな指図すんじゃねぇ、私にあれこれと言っていいのはお母様だけなんだよ」

 

からかう様に注意するムリアンにあからさまな敵意を向けるその妖精は、ガウェイン・ランスロットと同様この國でその名を知らぬ者はいない残虐で凶悪な妖精騎士の一角。

 

「おおっと怖い怖い。そんなに凄まれちゃそれだけで私なんていとも簡単に死んでしまいますってー」

 

「…自分の妖精領域を思っくそ展開させておいてよく言うぜ。ま、それはそれとしてとにかくこれでソイツが明日来るのはわかったし、私も一旦戻って準備するから当日よろしくな?」

 

「はいはーい、ちゃんと手筈通りにやりますとも。それじゃ気をつけてお帰りくださいね~☆」

 

彼女の適当な返事を最後まで聞かずにさっさと水鏡を用いてその場から消え去り、一瞬でキャメロットの自室に帰宅する。

 

「チッ、ムリアンのああいう余裕綽々なところ本っ当にムカつくな。ネコに壁際まで追いつめられたネズミみたいに少しは怯えやがれっての!クソが!」

 

目の前のタンスに軽く足蹴して八つ当たりしてから、今自分が注視すべき存在を思い出す。

 

「…ハッ、妖精騎士ユーウェインだっけ?私と瓜二つだか何だか知らねぇけど、テメェみてぇなお母様の命令より仲間を優先しやがるような奴が妖精騎士として仕えるなんて身の丈に合わねぇってコトを先輩の私が教え込んでやるよ」

 

顔を合わせたこともなく、名前しか知らない後輩に対する敵対心と嗜虐心を沸かせながら彼女は不敵に微笑む。

 

「ああ―――どうか見ていてお母様。未来の女王として、悪逆な妖精騎士として、ぽっと出の癖してイキり散らしてるだろう新参者を骨の随まで恐怖で震え上がらせてみせるわ…!!」

 

 

天に向かって片手を握りしめ、己に取ってこの世の何よりも心酔している母君に恍惚とした表情で宣言する。

 

 

 

この世界のバーヴァン・シー―――もとい妖精騎士トリスタンは、これから舞踏会という品のある場所で繰り広げられるであろう惨劇を想像し、その端麗な顔を狂喜に歪ませた。

 

 

 

 

 

 



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運命―second―【押絵あり】

「っくぁ~~~……。あ~一ヶ月ぶりの快眠だったわぁ…」

 

燦々と輝く朝の日差しに照らされながら、上体を起こして背を伸ばす。

 

久しく味わった気持ちの良い目覚めにユーウェインは寝起きながら気分が高揚としていた。

 

「さてと、今日は待ちに待った舞踏会当日ね。さぁムリアン、貴方という妖精の人柄の善し悪しを確かめさせてもらうわよ」

 

これから会いに行く町長の顔を思い浮かべる。彼女は自分に取って味方となりえるか否か、その最終的な判断を最重要目標として確認しなければならない。

 

「ところで今何時だ…ってまだ8時過ぎか。ま、慌てずにぼちぼち準備しよっと」

 

それからドレスのチェック等の下準備を済ませ、朝の挨拶をしにウッドワスのところへ足を運んだ。

 

「ウッドワス殿。ユーウェインです」

 

「入れ」

 

「はい、失礼します。…さて、おはようございますウッドワス殿。本日はいよいよ舞踏会当日の日ですわね」

 

少しの緊張と大きな期待を含んだ声で彼に対して述べる。

これまでの練習と昨日のドレスの件もあって、ユーウェインは今日という日を迎えるのをとても楽しみにしていた。

 

「ああ、これまでの貴様の特訓の成果が試されるわけだが、心配することはない。何しろこの私がこの1ヶ月間共に付き合ってやったのだ、貴様自身のポテンシャルも考慮すればまず大丈夫だろう」

 

楽しみにしていたのは彼女だけではない。

ウッドワスもまた、自身が一月に亘って育て上げた弟子が公の場でその才能を存分に光らせるのを常々と想像していた。

 

「ええ、女王派であれ何であれ私のダンスでまとめて魅了してやりましょう。して、出発はいつですか?」

 

「今から4時間後、即ち昼の12時に馬車の護衛を三翅ほど付けてここを出る。道中はソールズベリー方面を経由する故少々遠回りになるが、1時間と30分程度で到着するだろう。舞踏会の開催時間は夜の9時だからな、その間余裕を持って町の散策でもしておくといい」

 

「なるほど、わかりました。………って、え?」

 

彼の説明を受けて普通に納得するも、数瞬の間を置いてふとある疑問が彼女の頭に浮かんだ。

 

「む、どうした?」

 

「いえ、ちょっと気になったんですけど…どうしてソールズベリー方面へ遠回りするのですか?キャメロット方面を経由した方が地形的にも大分楽に行けるハズなのに、何故そちらを選ばないのです?」

 

ユーウェインが感じた疑問はウッドワスの指定したルートだった。

 

ソールズベリー方面を経由すると彼は言ったが、その場合だとただ道中が長くなるだけでなく最終的に中部平原と目的地を挟む小山を越えなければならないので、当然ながらその分道は険しくなるし馬車を引っ張る妖精馬の負担も大きい。

 

しかしキャメロット方面を通ればソールズベリー方面と比べてグロスターまでの距離は短い上、険しい山道もなく平坦な草原が続くだけなので妖精馬の負担も少なく、楽々と進められる。

 

その場合の懸念点を強いて挙げれば開けた場所である故にモース等の敵性体に見つかりやすいと言ったくらいだが、かつての終末を鎮めた牙の大英雄と新参者ながらその実力を加速度的に伸ばしている妖精騎士の前では何も出来ずに瞬殺されるので、仮に見つかっても実質問題は無い。

 

「それとも…何か理由がお有りなのですか?わざわざ遠回りしてでもキャメロット方面を避けたい、そんな理由が」

 

故にこれには何かしらの理由があると彼女は考えた。

彼にそういう遠回りの判断をさせる、やむを得ない事情があるのかもしれないと。

 

「…ふん、前々から思っていたがそういう疑問が浮かぶ辺り、貴様は時折恐ろしく頭が回るよな。良いだろう、それについて話してやる」

 

ウッドワスはやや神妙な顔つきになりつつも、彼女にその理由を説明し始めた。

 

「私がわざわざ遠回りしてまでキャメロットの方面を避ける理由は一つ。それはあの場所に『大穴』があるからだ」

 

「! それって―――…」

 

彼の言葉を聞いた瞬間、弾かれる様にその光景が脳裏に思い起こされる。

 

ユーウェインもこれまで何度も遠目で見てきたが、キャメロットの城壁背後には底が見えないほどの超が付くレベルの巨大な穴が存在している。

 

いつ、そして何が原因で出来たのか明らかになってはいないが、少なくとも妖精暦の遥か昔よりソレは大地にぽっかりと空洞を開けている事が現在残っている文献にて記されている。

 

「貴様もこれまで散々と見ただろう?地に大口を開け、不気味なまでの静寂さを醸し出している、あの底無しの闇を」

 

そう忌々しげに語り掛けるウッドワスに、つい先ほどまでの紳士的な雰囲気は感じられない。

 

それもその筈、彼が統治するオックスフォードは地理的な位置関係の問題で、キャメロットの方角を見れば必ず大穴が視界に入ってしまうのだ。

 

「貴様は知らなかっただろうが、この國の妖精たちはあの穴を本能的に忌避しているのだ。無論、認めたくはないがこの私もな」

 

即ち、彼からすれば主の召集命令等で出勤する際に嫌でも穴の付近を通過しなければならないので、出勤の度に『主に求められている』という大きな喜びと『また彼処を通らなくてはならないのか』という小さな嫌気を共に抱いているのだ。

 

「つまり、キャメロット方面を選ばないのはあの大穴に近づきたくないから…というわけなのですね?」

 

「そういう事だ、故に遠回りで行くと判断した。それに、仮に私が大穴に対して不快に感じなかったとしても護衛共が酷く嫌がるからな。無理強いして関係を悪化させるわけにも行かん」

 

自分主体でなく、部下との今後の付き合いも考えて彼はそう答える。

何れにしろキャメロット方面に向かって楽して移動するのはそうした事情故に無理そうだった。

 

「……そう言えばこれも前々から思っていたのだが、貴様は大穴を見ても何とも思わないのか?いや、そもそもキャメロット方面に行かない事に疑問を持つ時点で察せられるが…」

 

「んー…そうですね、得体が知れないなぁとは思いますけど本能的に忌避を感じたことは無いです」

 

「む、そうか…」

 

己が疑問に思ったことを彼女に問うも、向こうからの答えは淡白なものだった。

それを聞いた彼は“文字通り生まれた世界が違うから大穴に対して恐怖や鬱陶しさを感じずともおかしくはないか”と己を納得させた。

 

「まぁ良い、とにかくだ。これで私がソールズベリー方面に馬車を走らせる理由がわかったろう。」

 

「ええ、キャメロット方面を避けるのはそういう事でしたのね。お話しいただいてありがとうございます」

 

「礼はいい、私としてもグロスターへの道すがら打ち明けるつもりだったからな。…一応言うが他に気になる事は?」

 

こいつのことだ、もしかしたら他に何か違和感を見つけているかもしれない。彼はそう思って尋ねたが―――。

 

「他には…………うーん、特にこれと言ってございませんわね。従って私からは以上です」

 

少しだんまりとしたものの、彼女からの返答は残念ながら彼の期待していたものではなかった。

 

「…そうか。ならこの後は出発時間になるまでコレを読んでおけ。グロスターの観光資料だ」

 

まぁそんなに都合良く見つける筈も無いかと割り切りつつ、資料集を彼女に手渡す。

 

「貴様が過去にランスロットと一度あの町に立ち寄ったのは奴からの報告で聞いているが、それもどうせ少し触った程度であろう?故にだ、それを読んでグロスターについて軽く予習しておけ」

 

「わかりました。では早速自室に戻って色々と読んでみますね。失礼しました」

 

「うむ。じっくりと目を通しておくがいい」

 

そしてユーウェインはいつもの様に整った姿勢で御辞儀をし、静かにウッドワスの部屋を後にした。

 

「さて、私の方も昼までにこの書類の山を片付けておくか」

 

ウッドワスもまたそれまで止まっていた筆を再度進め始める。

どこまでも生真面目な領主の朝は早い。基本的に6時~7時の間に起床し、軽く朝食を食べたらそこからは夜11時まで業務作業に徹しているのだ。

 

(…それはそうとだ。ムリアンの招待状が他の権力者らに行き渡ったということは即ち、あの鬱陶しい『小娘』も手紙が届いていることを意味する。…頼むから今回だけは無視してくれよ……)

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

ウッドワスが書類作業に徹しながら祈りを捧げている一方、ユーウェインは資料集に淡々と目を通していた。

 

(ふーん。前に来た時はオークションの参加しかしなかったからそれ以外があまり記憶に残らなかったけど、こうして読んでみると本当に色んなジャンルの店があるのね)

 

服屋に家具屋、雑貨屋に食品店、ショッピングモールにブランド店、ペットショップにフードレストランと載っている店舗は実に多種多様。

 

ページをめくる度に次々と目に飛び込んでくる情報に、段々と歓楽的な気分が胸の内から溢れてくる。

 

(フフ、流石繁華街なだけはあるじゃないの。あ~そう考えるとホープたちと一緒だったあの時にもっと町中を歩き回って楽しんでおくべきだったわね)

 

もし自分がウッドワスではなくエインセルの下でホープたちと生活することになっていたら。そういう未来(もしも)も浮かんだが、すぐにそれはあり得ない夢幻として振り払う。

 

(既にこうしてウッドワス殿の下につくという道を辿っている以上、そういうのは所詮妄想の域を出ることはない。それにもしその道を辿っていれば、あの方の下で強くなった今の私は存在していない。そんなのははっきり言って御免被るわ)

 

仮にユーウェインがエインセルの側に付いていた場合、当然ながらウッドワスの指導を受ける機会は全くと言っていいほどに無く、あの謁見の時から今に至るまで殆ど実力に差が出ることはないだろう。

 

そしてそれは言い方を変えれば何れ来る大厄災どころか、ただの厄災からですら彼女たちを護りきれるだけの力には到底至れない結果を意味している。

 

掛け替えの無い彼女らを護る為にあの手この手を考え、行動に移すユーウェインからすればそんなのは例え可能性(もしも)であっても許容できるものではなかった。

 

(まぁ、とはいえ妄想は妄想。どこまで行っても現実にはならないし、すぐに頭から消え去っていくものよ。…ただ、それを言うなら―――)

 

窓越しに広がる黄昏色の空を見つめ、彼女は零れ落ちる様に呟く。

 

「こうして私が常識も法則も全然違う異世界に迷い込んで、色々と成り行きを経てちゃっかりと生活しているのは妄想でも何でもない、歴とした『現実』なのよね……」

 

当初と比べれば流石にある程度慣れてはいるが、それでもそれは普通に生活する上での話だ。

まだまだ自分の知らない、それこそ想像もつかない出来事にこれからも体験していくと思うと、まるで先の見えない“未知”という名の濃霧の直中に立ち尽くしている様な感覚があった。

 

(だけど、そんな妄想みたいな現実に鉢合わせなかったらホープたちとの出会いも無かったわけだし、その面では寧ろこの運命に感謝さえ覚えるわね)

 

そう、彼女に取ってあの出会いは本当に一つの奇跡そのものだった。

 

右も左も解らないところをモースに殺されそうになった時に颯爽と現れ、一緒に戦う形で助けてくれたあの子はユーウェイン(バーヴァン・シー)からすれば紛れもない“希望の星(ヒーロー)”と言える存在なのである。

 

(勿論、彼女だけでなくドーガもハロバロミアも私の大事な大事なお友達。あの村の妖精たちの中で私に対して悪意なく接してくれた上に、ホープのことも一仲間として心から認めてくれた数少ない善精だもの)

 

自己中心的な妖精たちが大半を占めていた中、彼らも最初は冷たかったり素っ気ない対応でホープに接していたが、紆余曲折あって自らの行いの自覚と反省をし、以降は道を共にする仲間として心と態度を改めた。

 

(コーンウォールやキャメロットの奴らといい、これまでずっとこの國の汚い妖精共の心を見通してきたけど…私が思うに、恐らくこの世界の妖精は『己を省みる』という精神的機能を持ち合わせていないのでしょう)

 

彼女は妖精騎士として活動してから今までに様々な町の妖精たちを目にしたが、誰も彼もが保身的かつ独善的で自らの過ちに対する反省もしなければ、罪を罪として認識する事さえせずにどこまでも見て見ぬふりをし続ける碌でなしばかりだった。

 

(そしてホープたちのような心優しく罪を省みれる妖精は、ウッドワス殿みたいに強い力が無ければ煙たがられて、排斥された末に名無しの森みたいなところに悉く追いやられて死んでいく)

 

他者の心の内を見透かせるだけの妖精眼を持った彼女は、この世界(ブリテン)の構造にとっくに気付いていた。

 

弱者が強者の糧になるのと同じ様に、利他的で道徳心のある者ほど利己的で背徳的な者に攻撃され、存在を許されずに慈悲なく殺されていく。

 

この國、この世界における妖精間の構造はそうなっているのだと彼女は悟ったのだ。

 

「…………本っ当、気持ち悪いわ」

 

無論その構造をどう見るかは人によって違うだろうが、少なくとも彼女に取っては不快感が振り切れて思わず口に出す程度には嫌悪を感じるものだった。

 

(…んん、いけないいけない。折角気分が高揚してたのに勝手に深く考えて勝手に不機嫌になってしまったわ。気を取り直して続きを読んでいきましょう)

 

いつの間にか大きく脱線していた思考を戻し、安物のワインを嗜みながら改めて本と向き合うユーウェイン。

 

(……そう考えるとモルガンが―――モルガン陛下が妖精たちを愛さず、この世界の私に当たる妖精騎士トリスタンが誰彼構わず虐殺しまくっているのも、今しがた私が感じた嫌悪と同じ思いをしているからかもね)

 

もしかすると彼女らは決して理解できない異常者という訳ではなく、誰しもが抱いて当たり前の感情を持っているからその様に振る舞っているだけで、しかし周りの環境が環境である故に度を越した無慈悲と悪逆に徹しざるを得ない『被害者』なのかもしれない。

 

(であるならば、トリスタン…もう一翅のバーヴァン・シーに対しても顔を合わせる機会があったら悪い評判(イメージ)に左右されずに、自分の目で見て心で感じて、彼女がどんな性格なのかを見極めよう)

 

如何に違う世界であろうと、評判が悪かろうと、それでも同じ自分(バーヴァン・シー)である以上は必ずどこかに共感できる―――即ち分かり合えるところがあるハズだ。

 

(いつその時が来るかはわからないけれど、まぁ妖精騎士として陛下に仕えている以上はどこかで必ず巡り合わせるでしょう。―――ああ、何なら今日の舞踏会で遭遇(エンカウント)しちゃったりしてね!)

 

冗談めいてそう思うユーウェインだが、悲しいかな。

 

彼女は日本生まれではない上にインターネットの普及する現代社会よりほんの少し前の時代からこの世界に来ているので、『口は災いの元』や『フラグ』と言った言葉を知らなかった。

 

故にその様な“下手に冗談を垂れると本当にその通りになりかねない”可能性と危険性を些か理解していなかったのであった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

 

その後、昼の時間を迎えたウッドワスは馬車と護衛の安全を確認。

ユーウェインを連れてオックスフォードより出発し、グロスターの門前にて一旦別れを告げる。

 

「それでは昨日話した通り私が同行するのはここまでだ。報告を楽しみにしているぞ」

 

「はい、ご期待にそぐわないよう精々頑張って参ります!」

 

彼と別れた後は、一先ず夜になるまで資料集を元にグロスターの町中を自由に観光気分で歩き回った。

 

「うわぁ、実際に見ると本当に凄いなこの町。資料集に載ってある通りあらゆる店舗にあらゆる品物が選り取り見取で揃えられてるし、こういうのを“ヤバい”って言うんだろうな…」

 

どこを見渡しても大小様々な店で囲まれており、中に入れば高級そうな物品に新鮮さを感じられる食品と、ジャンルを問わず品質のいい商品が此処彼処に販売されている。

 

(特にさっきから気になるのがあのヒール店。わかる、わかるわ。あそこにあるのは私でもピンと来るほどのブランド品ね…!)

 

彼女の視線の先にあるのはブランド物のみを扱っている高級ヒールショップだが、その汚れ一つ無い見目麗しいヒールの数々は彼女の興味を向けさせるには十分だった。

 

(どれどれ、値段は………うっわ、どれもこれも20万モルポンドは下らないじゃん。あそこに置かれてるのなんて100万超えてるじゃないの!)

 

最高品質かつ秀逸なデザインなだけあって何れも金持ちでないととても手が出せない額が提示されている。

 

買うにしても今の彼女の手持ちでは、精々一足が良いところだろう。

 

(ぐぬぬ…貯金してある分も計算に入れればまだ余裕で購入できるけど、少なくとも今手にしている額は30万しかないわ)

 

もっと多めに持ってきてさえいれば!そう軽く後悔しながらも取り敢えず中に入ることにした彼女は、今日の舞踏会に馳せ参じる上で相応しい品物が無いかをじっくりと吟味し始める。

 

(………お。これは…ほうほう、中々に良いセンスのデザインじゃない。決めたわ、これならきっとドレスと上手く噛み合って雰囲気が調和されるでしょう)

 

しばらく選別した末に自身の理想に近い靴を見つけ、早速レジにて購買を済ませて意気揚々と店を後にする。

 

(ふっふふ!25万も払ったのは凄く痛かったけど、これでお気に入りの靴は手に入ったし結果オーライよ!)

 

目を付けた逸品を手中に収めたことに嬉々として興奮を覚える。

それは彼女が生まれて初めて『気持ちのいい買い物』を心から楽しんだ瞬間だった。

 

(残りの5万は……ま、使わなくていっか。そもそも買い物ツアーをしに来たわけじゃないし、あとは景観でも楽しんでおこうかな)

 

それから彼女は町の景色を楽しみながら、地形を覚える為に路地裏に足を運んだりしながら夜になるのを待った。

 

途中、狭い通路でチンピラに絡まれたりもしたが、彼女が自身を妖精騎士だと主張して力の一端を見せると途端に蜘蛛の子を散らす様に逃げおおせた。

 

「…ん。もうそろそろ会場に向かうべきかしらね」

 

そんなこんなで夜の8時半辺りになったところで地図を頼りに会場に移動、受付にて本翅確認を済ませた後に控えの更衣室で持参していたドレスに着替え、昼に買ったヒールも履き終えた。

 

「さて、これで準備は万端。いつでも本番に対応できるわ。時間は…もう10分前か、少し急がなきゃ」

 

そして若干駆け足気味になりながらも何とか会場に間に合うユーウェインだが、彼女の周りには美麗な衣装を着た大勢の妖精たちがいた。

 

(うわぁ、流石各地から呼び寄せただけあってそれぞれ芸術的センスの高いドレスを着ているわね。この中からなるべくムリアンの目に止まるよう目立たないといけないのか…)

 

「―――あ、あの…ユーウェインさん、ですか?」

 

(――――――え?)

 

すると突然、この場において聞こえる筈のない懐かしい声が横から響いてきた。

 

恐る恐るユーウェインが声のした方を振り向くと――――――果たしてそこに立っていたのは、あの謁見以降一度も顔を合わせていなかった希望の星(ホープ)であった。

 

「ほ…ホープ!?な、何で貴方がっ!?」

 

「ああ、やっぱり!また、また会えましたね!嬉しいです…!」

 

彼女だとわかった途端、再び会えたことの歓喜に思わず抱きかかり若干涙ぐむホープだが、当のユーウェインはあまりの突然の再会を前に戸惑うばかりだ。

 

「やぁ、私からも言うけどまた会えましたね!ユーウェイン卿!」

 

そんな彼女に助け船を出す様に現れたのは、何を隠そうあの時にホープたちを連れていった張本人ならぬ張本精―――鏡の氏族長、エインセルだった。

 

「! 貴方はあの時の…ということはホープをここに連れてきたのも貴方なのですか?」

 

「ええ。私のところにも招待状が届いたのですが、ある日ふと貴方が舞踏会会場に赴いている未来が見えたので、ならばとホープちゃんも客人として連れていこうかなと思ってこうして連れてきたんですよ」

 

話を要約すると彼女はユーウェインが参加している未来を視た事を理由にホープを連れてきたらしい。

 

「…ドーガとハロバロミアはどうしたんです?」

 

「彼らはあれから変わらず私達のところで身柄を丁重に預かっています。本当なら彼らも参加させたかったのですが…ドーガさんは()()()故に、ハロバロミアさんは彼を残して行くわけにはいかないとの理由で共に残られました」

 

どうやら彼らも彼らで諸事情とやらが原因で参加できなかったらしい。

ユーウェインはその諸事情が何なのかが気になるので問いただそうとするも―――。

 

「諸事情?それって何の…」

 

『―――えーこんばんは、会場にいる皆様方。この度も私ムリアンが主催する舞踏会にお集まりいただき誠にありがとうございます』

 

その時、会場に澄んだ声が響き渡った。

ざわつく会場の面々を他所に声の主―――ムリアンは続けて言葉を紡ぐ。

 

『既に逸楽に耽られている方も居られるようですが、間もなく開催時間を迎えます。どうか此度の舞踏会も一時の夢を満喫されるおつもりで楽しまれていってくださいね!』

 

丁寧に語りかけるその口調から顧客に対するサービス精神に事欠かないと言った誠実さを細やかながら感じていると、不意に彼女がこんなことを言い出した。

 

『さて、それでは会場の皆様に対する挨拶も済ませたところで――――――そちらに居られますよね、妖精騎士ユーウェイン様?』

 

「…!?」

 

突然、ユーウェインを名指しで呼んだのだ。

 

集まる視線と騒ぎを気にすることなく彼女はそれに答える。

 

「…確かにここにいますけど、いきなり名指しするなんてどうされました?」

 

『いえ、別に他意は無いのですが貴方は舞踏会に参加するのは今回が初めてでしょう?』

 

彼女の問いにユーウェインは渋々頷く。

 

『ですので今回、“ある方”が貴方に舞踏会における作法を直接教えてあげたいと仰られているので、ここより上にある3階の鐘撞き堂のステージまでお越しください。ああ、お望みならエインセル様とホープ様にも来ていただいて構いませんよ。ではまた後ほど会いましょう』

 

そこまで言うとムリアンは音声放送を切断した。

ある方とは誰なのか、何故自分を選んだのかと訝しむユーウェインであったが、そこにエインセルが助言する。

 

「取り敢えず行ってみましょう。私としてもこんなことは初めてですし、そこはかとなく怪しさを感じます。貴方一翅で行かせるわけにはいきません」

 

「わ、私も意見は同じです。ユーウェインさんとエインセルに付いていた方が安全ですし、一緒に行きます」

 

エインセルとホープは共に付いて行く気の様だ。彼女らの意思を確認した後、ユーウェインも不審に思いながらも3階にある鐘撞き堂のステージとやらに向かった。

 

(…で、着いたはいいもののなぜか真っ暗じゃないのよ)

 

(どういうことでしょう…?や、やっぱり罠か何かとか?)

 

警戒するユーウェインに、不安になるホープ。

 

側にいるエインセルは、鏡の氏族の長としてのずば抜けた直感で二翅よりも早く状況を察知した。

 

(…ホープちゃん。どうやら――――――その通りみたいだよ…!)

 

その時、突如としてその場一帯にライトが一斉に照らされ始め、眼前に広がったのは――――――仮面を着けた沢山の妖精が嬉々とした様子で此方を見ていた。

 

「ほう、確かに聞いていた通りの瓜二つな容姿じゃないか!」

 

「1年前に女王陛下が新たに着名させたという第4の妖精騎士。噂は本当だったのね!」

 

「あんな裾が引っ掛かりそうなドレスを来たままでこれから大丈夫か?やっぱり今からでも投資先を変更しようかな…」

 

「鏡の氏族長もいるぞ。あと何か知らない妖精もいるけど、ありゃ小間使いか何かか?」

 

各々が感じたままにユーウェインたちに言葉を投げ掛けてくる中、会場内に再び先ほど聞いた声が響き渡った。

 

『皆様方。既にお気づきでしょうが、彼女こそが今から1年と4ヶ月程前にモルガン女王陛下から円卓の着名を授けられた新たなる妖精騎士―――ユーウェイン卿にございます』

 

ムリアンの紹介に徐々に会場内がざわつきつつも盛り上がっていく。

 

『彼女の詳細については事前にお配りした資料の通りですので省かせていただきます。それではユーウェイン様、急なことで困惑されているでしょうがそちらのステージに御上がりくださいませ』

 

ユーウェインにステージ上に立つよう勧めるムリアン。

ここに来てユーウェインもホープもようやく事の次第に気付いた。

“これは最初から彼女によって仕組まれていて、自分たちはそれにまんまと引っ掛かってしまったのだ”と。

 

「…エインセル殿。今からでも逃げきれることは?」

 

「いえ、残念だけどそれはできません。私達はとっくに彼女のもたらす妖精領域という空間に囚われてますからね。ここは…大人しく彼女の言うことに従った方が無難です」

 

頼みの綱である彼女からそう言われた以上、他にできる事はそれこそムリアンの言葉に従う以外何も無い。

 

(幸いにも向こうが注視しているは自分だけらしいし、エインセル殿の注意通りに取り敢えずは従っておこう)

 

そう判断したユーウェインは渋々ステージ上に足を踏み入れる。

 

だが彼女はまだ理解していなかった。この直後に自身を待ち構えている、それはそれは悪趣味な展開が繰り広げられるという事実を。

 

(…さて、言われた通りステージには上がった。問題はここから一体何をさせるつもりで―――)

 

「―――よう、テメェが妖精騎士ユーウェインか」

 

思考しているところを、不意に何者かの声で遮られる。

 

声の方を見ると、先ほどまでカーテンで閉められていた筈なのに、いつの間にか開けられている入場口と思われるところから人影が出てきた。

 

『―――さぁ会場の皆様方。大変お待たせ致しました!』

 

それと同時にムリアンが高らかに声を張り上げる。

 

『今宵繰り広げられるは2騎の“妖精騎士”たちによる、凄絶華麗な闘技試合!』

 

『一方は知っての通り妖精暦1987年より就任し、以降はかの排熱大公ウッドワスの下で鍛練を続けている、新進気鋭の第4の妖精騎士ユーウェイン卿!』

 

『そしてもう一方はもはや説明不要!数々の悪辣非道を成し、一度その名を口にすればブリテン中の誰もが震え上がる未来のブラッディクイーン!』

 

そして会場にいる全ての者の耳に、心に響かせんとするが如く彼女の名を告げる。

 

『モルガン女王陛下の唯一の愛娘!妖精騎士トリスタン卿、堂々と入場です!!』

 

「はっ、流石ムリアン。雰囲気作りに関してはお茶の子サイサイってね」

 

ムリアンの叩きつける様な解説に会場は一気に盛況を迎える。

 

その盛り上がりぶりに彼女は満足気に微笑むが、ユーウェインとしてはそんなの気にしている場合では無かった。

 

「…と、トリスタン?貴方が…?」

 

彼女からすればただでさえ予想外の連続で戸惑いを覚えているのに、そこへ本日最大級の爆弾を投下されたのだ。

半ば呆然とするのも無理からぬことであった。

 

「気安く私の名前を呼ぶんじゃねぇよ新参者が。ってかさっきからテメェ何か少しボヤついて見えんだけどどういうコト?」

 

そんなユーウェインの問い掛けにキツく突っぱねるも、それはそれとして彼女の姿が所々不明瞭に写ることに赤い姫君は疑問を示す。

 

「いや、そんなこと言われても…私にも貴方がボヤけて見えるし…」

 

不明瞭に見えるのはユーウェインも同じだった。

おおよその外見は容易に判るが、正確に姿を認識することが何故か出来ないのだ。

 

「おいおい、そっちもかよ。じゃこいつはテメェの力によるものじゃねぇってコトだな?なら、そこまで深く考える必要は無いわね。どうせこれから一方的なワンサイドゲームが行われるだろうし。あと敬語使えやクズ」

 

一歩二歩と、ある程度の距離まで獅子の騎士に迫った妖弦の騎士は、静かに、優雅に、そして邪悪に己が名と目的を口にする。

 

「自己紹介が遅れたわね。―――私はトリスタン、妖精騎士トリスタン。何があっても悪逆に振る舞い、他者を虐げることに至上の喜びを見出だす女王モルガン・ル・フェの愛娘。この度こうしてこの場に参った理由はただ一つ」

 

 

――――――テメェに妖精騎士としての序列と私に対する恐怖(トラウマ)を骨身に染みるまで刻みにやって来たぜ☆

 

 

 

「―――女王の、愛娘―――」

 

 

(これが…この世界の、(バーヴァン・シー)か…!!)

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

―――希望の星、ホープ。

 

 

―――湖光の騎士、ランスロット(メリュジーヌ)

 

 

―――冬の女王、モルガン・ル・フェ。

 

 

―――牙の長、ウッドワス。

 

 

―――日輪の騎士、ガウェイン(バーゲスト)

 

 

そして―――鮮血の騎士、トリスタン(バーヴァン・シー)

 

 

この日、汎人類史の吸血鬼は六度目の運命と遭遇する。

 

 

二つの異なる世界に生まれた同一存在。その最初の出会いは――――――一方が一方に敵意を剥き出しにして襲い掛かるという、実に最悪なものだった。

 

 

 

 

 

 

 




これにて第四節は終了です。


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裏設定Ⅱ
マテリアル


現時点で公開できるユーちゃんと汎メリュ子のステータスとプロフィールをマテリアル風にまとめました。


妖精騎士ユーウェイン Lv 65

 

HP:8541 ATK:8006

 

第2スキル:〈共鳴する力〉Lv 5

リチャージ:8ターン(最短で6ターン)

 

【自身のQuickカード性能をUP(3ターン)+味方全体のQuickクリティカル威力をUP(3ターン)+NP10%配布(最大20%)+毎ターンスター獲得(最大20個)】

 

 

【キャラクター】

 

妖精國ブリテンにおける円卓の騎士、その一角。

汎人類史における円卓の騎士・ユーウェインの霊基を着名した妖精騎士。

元々は汎人類史の妖精だったのだが、ある日何らかの要因で異聞帯ブリテンへと漂流してしまう。

しかしそこから元名無しの妖精・ホープとの出会いを切っ掛けに右往左往しながらもブリテンでの生活に奮闘し、紆余曲折を経て妖精騎士に就任した。

 

【パラメーター】

 

筋力:B 耐久:C-

 

敏捷:B+ 魔力:A

 

幸運:A+ 宝具:C++

 

【プロフィール①】

 

真名:バーヴァン・シー

 

身長/体重:170cm・54kg

 

属性:混沌・悪

 

出典:イギリス妖精史

 

地域:スコットランド、及び妖精國ブリテン(オックスフォード)

 

性別:女性

 

「最初に言っておくけど、私は決して善精なんかじゃないわ。身の危険を感じれば一目散に逃げるし、気に入らない奴がいれば罵倒を重ねた上で唾を吐きかけたりするからね」

 

【プロフィール②】

 

汎人類史のスコットランドの伝承にその名が語られている、赤い巻き毛と深緑のドレスが特徴の吸血妖精。

夜な夜な人間の男を誘い、獲物が自身に夢中になっている隙を突いて全身の血を吸い尽して殺してしまうという、妖精の中では人間に取って“害”の性質しか持たない悪精である。

 

その足は伝承に語られている通りの鹿の蹄があり、普段は神秘を用いて人間の足に偽装しているので、妖精國に来てから本来の足を見た者はホープを除いて誰もいない。

 

【プロフィール③】

 

○性格

能動的・社交的・献身的。

他者に対して利他的に働きかけつつも自身の考え・欲望を曲げることは無い。その一方で自身を心から気にかけてくれる者に対しては『友達(なかま)』と認め、その者を守る為なら命を賭すことさえ平気で行動に移す。(特にホープに対してはそれがより顕著になっている。)

 

ただし、一度その『友達』が他者に傷つけられると恐ろしいまでの過剰な攻撃性を瞬時に剥き出しにして相手に襲いかかり、あわよくばそのまま殺しさえする。(無論誰彼構わず、という訳ではないが最低でも不快感と殺意を思い切り顔に出す程度には嫌悪する。)

 

【プロフィール④】

 

ストーリー進行で解放。

 

【プロフィール⑤】

 

ストーリー進行で解放。

 

【プロフィール⑥】

 

ストーリークリアで解放。

 

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メリュジーヌ(汎人類史) Lv 60

 

HP:8499 ATK:7552

 

カード構成:A2・B1・Q2

 

第1スキル:〈水の精霊〉Lv 5

リチャージ:7ターン(最短で5ターン)

 

【自身のArtsカード性能をUP(3ターン)+味方全体のNP獲得量UP(3ターン)】

 

第2スキル:〈混血の竜精〉Lv 5

リチャージ:8ターン(最短で6ターン)

 

【味方全体の攻撃力をUP(3ターン)+自身を含めた一部属性の味方を強化(対象は人・妖精・竜。当てはまるのが一つならクリティカル威力UP。二つなら更にNP10%配布(最大20%)。全てなら更に宝具威力UP。)(3ターン)】

 

【キャラクター】

 

汎人類史の水の精霊にして竜の妖精。ある日いつもの趣味で海水浴を楽しんでいたところ、いつの間にか異聞帯ブリテンに迷い込んでしまい途方に暮れてしまう。

が、持ち前の切り替えの早さと妖精特有の強い好奇心で以て迅速に行動を開始。

不安と期待を膨らませながら異聞帯ブリテンの探索を始めるのであった。

 

【パラメーター】

 

筋力:C+ 耐久:B++

 

敏捷:A- 魔力:A

 

幸運:D+ 宝具:B+

 

【プロフィール①】

 

名前:メリュジーヌ

 

身長/体重:293cm、110kg

 

出典:イギリス妖精史

 

属性:中庸・善

 

地域:フランス、妖精國ブリテンにおいてはエディンバラ

 

性別:女性

 

「私にはかつて人間の夫がいた。その人は愛しかったけれど、一方ででっち上げにも等しい悪評を真に受けるような愚か者でもあったの。故に私は人間が好きであり、同時に嫌いでもあるよ」

 

【プロフィール②】

 

汎人類史でフランスの伝承にその名を残す水の精霊。

上半身は人間の美女のそれだが、下半身は蛇の体で背には竜の翼が生えている異形の容姿をしている。

 

泉の妖精プレッシナとオルバニーの王であるエリナスとの間に生まれた妖精と人間の混血種であり、自身もポワトゥー伯のレイモンという人間と恋に落ちるも、後に一部の悪意ある者たちによる些細な噂が切っ掛けで悲恋に終わることとなる。

 

【プロフィール③】

 

○性格

能動的・達観的。

基本的に他者に気軽にコミュニケーションを仕掛け、好奇心のままに行動することも多く、それは妖精國の大地に立ってからも変わることはなかった。

 

ただ上記の悲恋の経験があるからか、どこか人間に対して「根拠のない嘘や評判に惑わされ、移ろいやすい生き物」と諦観に近い見方をしている。

それ故に彼女は人間相手だと素っ気ない対応で碌に相手をせず、周りの噂や評判に左右されない・曲げられないだけの強い芯を持つ者でない限りまともな対話はしないだろう。

 

【プロフィール④】

 

ストーリー進行で解放。

 

【プロフィール⑤】

 

ストーリー進行で解放。

 

【プロフィール⑥】

 

ストーリークリアで解放。

 

 

 

 




以上になります。

次回は断章で汎メリュ子の回です。


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断章~2~
精霊と、女王と、竜と【上】


 

 

バーヴァンシーと同じくして予期せぬ事態で異聞帯ブリテンに漂流した、水の精霊であり竜の妖精たる汎人類史のメリュジーヌ。

 

 

 

彼女がこの世界に迷い込んで早くも六日間の時が過ぎ去っていた。

 

 

 

「ふぁ~、よく寝たぁ……。さて、今日も適当に魔獣や木の実狩りをしつつ探索に行こうかな」

 

軽く背伸びしたあと、彼女はその竜の翼を展開して木の上から静かに飛び降り、着地する。

 

このところ彼女の日課は食糧確保をしながら、この地域一帯の調査を進めるというものになっていた。

 

(これだけ神秘が周囲に溢れている以上、食事は本当は必要ないんだけど…私は人間の血も引き継いでるからね。どうしても食欲が沸いてしまうんだよなぁ)

 

彼女はその性質上、元居た世界でも取り敢えず水に体を浸していればその日の活動に必要なだけのエネルギーを十分に確保できた。

 

ただ人間との混血種である故に人間という一生物の特性も持ち合わせているので、空腹は無くとも食欲自体は人並みにはあるし味に対する好き嫌いもある。

 

何よりかつて過ごした人間との生活の中で食事という行為をすることの“充実的快感”を覚えているので、例え朝に目覚めた時点で全身にエネルギーが行き渡っていようと空腹を覚えなかろうと、『何かを食べたい』という原始的欲求が消えることはなかった。

 

「…よし、今日はあの辺りを探索しようかな」

 

そう決断した彼女の視線の先に写るは鬱蒼と茂っている、どことなく不気味さを漂わせている森林。

今回、彼女が探索する予定の場所はこの偽りのブリテン島における数ある危険地帯の一つである『湖水地方』だ。

 

(本当ならあそこには極力近づきたくはない。前々から遠目で見てたけど、時折見掛ける“おぞましい黒い影”はあそこから出ているみたいだからね…)

 

四日前―――彼女がまだ果ての海岸周辺を調査していた時にモースと初めて遭遇した。

その時の彼女の第一印象はバーヴァン・シーの場合と変わらず『絶対に近づいてはならない危険生命体』との評価であり、そこから接触をなるべく避ける為に“どこから来てるのか”を痕跡を探したりして二日ほど掛けて念入りに調べた結果、湖水地方の森林地帯から来ていることを突き止めた。

 

(あんなおぞましい生物、少なくとも私の知識じゃ該当どころか候補に上がりそうな存在すらいない。そんな未知の生命体があの森から来ているってことは、即ちそれらを発生させる何かがあるかもしれないということを意味する)

 

己の知識が全く役立たない既知の外にいる、得体の知れない存在。そんな存在がどうしてあの森から出ているのか?

彼女は危険を承知でこれからその原因を調べようとするつもりであった。

 

(ならばその原因を見つけて、かつ対処法も導き出してどうにかして消すことが出来れば、今後あんな生き物が出てくることは無くなるし見掛けることも無くなるでしょう)

 

彼女としてはモースは出来ればもうこれ以上視界に入れたくないのが本音であるので、原因を見つけ次第すぐにでも除去しようと考えていた。

 

「…それじゃあ勇気を振り絞って、いざ足を踏み入れようじゃないか」

 

覚悟、好奇心、探求心。それらを胸に渦巻かせながら竜の妖精は森へとその体を進ませた。

 

 

 

(こういうの、極東の言葉じゃ…そう―――『鬼が出るか蛇が出るか』、だったね)

 

 

 

「はは…ニホンの人間は本当に面白い言葉を考えるなぁ」

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

森に侵入し始めて約二時間。

 

メリュジーヌはその間モースや魔獣たちを退けつつ手掛かりとなる痕跡をくまなく探し、気付けば森の奥深くまで進んでいた。

 

(ふむ…奥に行くほど黒い影の痕跡が多くなってきている。発生源と思われる地点に近づきつつある証拠だね。ならこのままもう少し進んでみよう)

 

そのまま調査を続行していると、やがて崩れ果てた石柱が所々に散在する遺跡の様な開けた場所に辿り着いた。

 

「……ここは、遺跡?周りにヘドロの様な黒い泥溜まりがあるけど、ここが黒い影たちの発生源なのか?」

 

しかし彼女が注意を向けたのはそうした遺跡群ではなく、見ただけで穢れにまみれていると察せられる得体の知れない漆黒の汚水溜まり―――言い換えると沼地だった。

 

恐る恐る彼女がその辺に落ちていた小枝を用いて掬ってみると、汚水に触れた箇所は忽ちドロリと腐り落ちて沼の中へと還った。

 

(うえ…見た瞬間から直感で危険とわかったけど、これだけ侵蝕性と不浄性が高いならあの影がここいらから生まれるのも納得だね)

 

その光景にドン引きしつつも、メリュジーヌは冷静に枝を蝕んでいく汚水の毒が握っている自身の手に感染する前に手放す。

 

沼の直中へと放り込まれた枝はチャプリと低い音を発て、そこからゆっくりと腐り、蝕まれ、穢れた沼の底に沈んでいった。

 

そんな一連の様子を眺めた後に彼女は確信する。やはりここは予想通り絶対に近づいてはならない、危険極まる魔の地帯だったのだと。

 

(特に私みたいな綺麗な水場で生きる妖精にとって尚更ここは危険だ。現にこうしてこの場に立っているだけでも多少ながら気分が悪いし、このままここで調査を続けるのは難しそうかな…)

 

出来ればこの沼地から黒い影が出てくるか否かを直接観察して“ここが発生源だ”という確証を得たかったが、コンディションが悪くなっている中でそういう神経を使う作業は周囲に対する警戒を意図せず怠ってしまう可能性に繋がりやすい。

 

(背後から影に襲われて死ぬ、なんて笑い話にもならないからね。さっきからこの沼地の奥に感じる『妙に大きな神秘(ちから)』も気になるけど……ここらで切り上げるか)

 

途中で断念しなければならないことに口惜しさを感じつつも、命あっての物種だと割り切ってその気持ちを抑える。

 

「さて、それじゃ戻るか。こういう時は帰りが特に危ないからね。慎重かつ迅速に脱出しよう」

 

そこからは特に大事になることもなく行きと同様に迫り来るモース等の外敵を退けながら、侵入時のルートに予め付けておいた目印を頼りに問題なく脱出に成功。

 

抜け出たところで改めて森の方を振り返り、今日の成果を脳裏にまとめる。

 

(不完全燃焼ではあるけど、取り敢えずわかったのはこの森の奥には崩壊した遺跡群と思われる残骸に穢れに穢れた腐食性の沼地があること、そして更にその奥から感じた謎の力の存在。この三つだね)

 

特に気掛かりなのは沼地地帯に入った時点で微弱ながらも確かに感じていた、あの正体不明の大きな神秘の力。

 

沼地のそれと同様に穢れた気配がありながら、どこか荘厳さを漂わせていたようにも思えたその力こそ十中八九黒い影の発生源と見て間違いないだろうと彼女は推測を立てた。

 

(うん、こうしてまとめれば意外と発見できているね。…となると次はこの森も含めたこの地全体についての情報収集、即ち現地人探しと行きたいところだけど――――――)

 

 

 

「―――もし、そこの異形なるレディ。少しよろしくて?」

 

 

 

「―――!?」

 

 

 

思考に耽っていると突然、背後から整った音調の美声が耳に入ってきた。

 

驚いたメリュジーヌが恐る恐る振り向くと、そこには―――完璧かつ完成された美を持つ“宝石(ようせい)”が麗々と立っていた。

 

「! あら、その顔は……へぇ、驚かしてくれるじゃないの。こういうなんともない日にまさかこんな出来事に遭遇するとはね」

 

彼女はメリュジーヌの容姿を見て何故か意外そうに驚くも、直後に何かを理解した様子で余裕のある笑みを浮かべる。

 

「…驚いたのは寧ろ私の方なんだけどな。今の今まで常に警戒網を張っていたのに、悟られることなく声をかけてくるとはね。貴方、何者だい?」

 

「あら、悪いけれどまずはそちらが名乗ってくださらない?確かに話しかけたのは私だけど、誰なのかを聞いた以上はそちらが先に名乗るのが礼儀でしょう?」

 

目の前の妖精に何者かと問うも、逆に彼女から名乗るよう言われたメリュジーヌは渋々自己紹介をする。

 

「…失礼、確かにそれはそうだったね。私の名はメリュジーヌ。見ての通り人ではなく、竜の翼に蛇の半身を持った妖精さ」

 

「へぇ、名前まで…!いえ失礼、何でもないわ。自己紹介ありがとう。それじゃあ次は私の方から名乗りましょう」

 

その名を聞いた彼女はまたも意味深な反応をするが、すぐに気を取り直して自らの名を告げる。

 

「―――私の名はノクナレア。『王の氏族』という妖精たちの長であり、ここ北の大地全体を統治する偉大なる女王よ」

 

ノクナレア。首都エディンバラの領主であり、女王モルガンを打倒し自らが新たな妖精國の女王に君臨せんと目論んでいる、北の女王マヴの次代である。

 

「…王の、氏族?北の大地?を統べる“女王”だって?」

 

堂々と名乗りを告げたノクナレアの一方、メリュジーヌは彼女の自己紹介の内容に若干困惑していた。

何しろ今しがた彼女が当たり前の様に言ったことの全てが自身に取っては未知の情報なのだ、故にそういった反応も無理からぬことであった。

 

「ふぅん、その顔を見るにやっぱりこの地の事情は殆ど何もわかってないみたいね。いいでしょう、それなら私からとっておきの話があるわ!」

 

メリュジーヌのその反応も予想していたらしく、ノクナレアは彼女にとっておきの話とやらを持ちかける。

 

「とっておきの話?何だいそれは?」

 

「ええ。その前に2つ確認したいのだけど、貴方どこからこの地に来たのかしら?それと行く宛はある?」

 

メリュジーヌの問いに答える前にノクナレアは逆に彼女に確認と称して質問を投げかける。

若干怪訝に思いつつもメリュジーヌは一応真面目に返答した。

 

「どこからって…いつもの様にブリテンの海を遊泳していたらいつの間にか知らない場所、つまりこの海岸辺りにいたとしか言いようがないかな。あと行く宛は特にこれと言ってないよ、今はこの地のことをなるべく把握する為に自分の手で色々と動き回ってるからね」

 

「ふんふん……なるほど。それじゃあ今から話すことは貴方に取っても多いにメリットがあるかしらね!」

 

取り敢えずありのままに述べると彼女は納得した様子を見せ、メリュジーヌにもメリットがあると付け加えた上で話し始めた。

 

「へぇ、どういうメリットだい?」

 

「この地を把握する為ってそれは要は情報収集してるわけでしょう?なら今から私と共にエディンバラという町に来なさい。そこにある私の居城の一部屋を適当に見繕って拠点として提供してあげるわ」

 

彼女が示したメリットとは即ち情報収集をするに当たってなるべく不自由なく過ごす為の活動拠点の提供だった。

 

(ふーん、拠点の提供ねぇ)

 

メリュジーヌは現在過ごしている環境が環境故に他生物から襲われない様に常に警戒しなければならない日々を送っている。

 

今は木の上を仮キャンプとしているが何れにしろ警戒による緊張状態を解いてゆったりと寝られたことは一度も無いし、現状が続けば恐らくこの先も完全なリラックスは出来ないだろう。

 

そういう事情を考えればノクナレアの話は確かにメリットと言うに相応しい魅力的な提案ではあった。

 

「…うん、メリットについてはよく理解できた。―――だけど当然この提案を受けるに当たっての条件がある筈だろう?無償で拠点提供なんて冗談でも信じられないよ」

 

だがそれで易々と話に乗せられるほどメリュジーヌは単純ではない。

 

取引や交渉といった対話は大小の差はあれ、いつの時代も常に差し引きあって成立しているものである。

故にこそ一方的に利益しかない美味い話ほど信憑性は皆無に等しく、そこには必ず何かしらの裏が設けられているということを彼女は理解していた。

 

「あら、察しがいいじゃないの。ええそうよ、如何に女王たる私とて素性がよく解っていない者をお気に入りの城にタダで住まわせるほど愚かではないわ。貴方の言う通り確かに条件はあるわよ」

 

メリュジーヌの勘の良さに少し感心を覚えるノクナレア。

 

彼女からすればメリュジーヌは棚から牡丹餅と言うべき想定外の掘り出し物だ。此方側に上手く誘い込むつもりはあれど騙す気はさらさら無い故、後々条件についてもある程度順序立てた上でちゃんと話すつもりでいた。

 

しかしこうまで察しが良いなら手間が省けるというもの。このままの流れで早々に条件を告げても問題ないだろう。

 

「で、その条件だけど―――『拠点を提供する代わりに私の補佐になってほしい』、というものよ」

 

彼女が躊躇いなくあっさりと口にしたその条件は、自身の補佐となって共に働いてほしいという内容であった。

 

「はぁ…貴方の補佐に、ねぇ。どういうことか説明してくれる?」

 

「ええ、言われる間でもなく。先ほどから言っているけど私は女王の立場にある者だから、毎日が町の管理等の激務に忙殺されているの。それこそ並の妖精なら比喩抜きで過労死してしまうほどにね」

 

彼女とて北の大地に限って言えばモルガンと同じ女王である。

町の治安や外交関係の良好維持と言った政治業務だけに限らず、今日の様に周辺地域の偵察という名目で自らの足で動き回らねばいけないことも多々あるのだ。

 

「勿論臣下たちも動かして色々と手伝ってもらってはいるけれど、それでもこういう周辺地帯の偵察任務とかはそれなりの危険が伴うし、過去にモースや野生生物の襲撃に遭って犠牲者が出たことも一度や二度じゃないわ」

 

これまでの年月でノクナレアと共に躍動する中で散って逝った勇士は決して少なくない。

彼女が言った事例以外にも悪妖精化した同胞の鎮圧任務で彼らの反撃にあって何名かが死ぬケースも希にあったりするので、ある程度実力のある妖精でも彼女に付き従うことは相応の覚悟をしなければならないのだ。

 

「ふーん、思ったより結構過酷な労働環境みたいだね。…ところで一つ気になったんだけど、モースって何?」

 

「ん、やっぱりアレがそういう名前だってことも知らなかったみたいね。ほら、貴方もここに迷い込んでから一度は見たんじゃないの?あの気持ち悪い真っ黒な影をね」

 

「―――! それって…」

 

ノクナレアの返答に思い当たる節が瞬時に過る。

 

ここでメリュジーヌも初めて例の黒い影の名前がモースだと言うことを知った。

 

「モース、それがあの影の名前なのか。アレは貴方や貴方の部下たちに取っても危険な存在なのかい?」

 

「まぁ、そうね。私自身にとってはそこまで脅威ではないけど、モースから繰り出される汚染力の高い劇毒をマトモに耐えられるのは牙の氏族以外に存在しないの。従って私の守護する町の妖精じゃ例え臣下であっても決して油断ならない脅威として認識しているわ」

 

ノクナレア自身は彼女の言う様に王の氏族の権能によりモース毒をも無効化できるが彼女以外の者となるとそうは行かず、例え毒が効かずとも攻撃の威力まで無効に出来るわけではない。

顔を思い切り殴られれば血は吐くし、呪弾が直撃すればそのまま吹っ飛ばされたりもするし、死ぬ時は当然死ぬ。

 

「ここ90年近くの間は犠牲者こそ5名程度しか出てないけど、それでも負傷者自体は結構な頻度で続出してしまっているわ。決して兵の訓練は日々欠かさず行っているけれど、それでも…ね」

 

如何に女王とてノクナレアはモルガンと違ってあくまで一領主であり、その域を出ることはない。

何しろ彼女の北の大地に対してモルガンは文字通りブリテン全土を支配領域に治めており、そもそもの物理的な規模に差がありすぎている。

故に兵士のレベルも彼の女王が所有する一翅一翅が一騎当千のソレに比べれば、精々が一般的な牙の氏族と同等と言った程度のモノでしかなかった。

 

「へぇー、なるほど。どうやらモースは思った以上に貴方たちの目の上のたんこぶになってるらしいね」

 

あの影が想像よりノクナレアたちに取って厄介な存在になっていることを知るメリュジーヌ。

ただそれはそれとして、彼女にはそんな長々とした労働背景の説明よりももっと確認しておくべき肝心なことがあった。

 

「……で、それと私を補佐に迎え入れたいことはどう関係してくるのかな?前置きはわかったから、そろそろその関連性を明確に言葉で示してくれると嬉しいな」

 

そう、彼女が今知りたいのは『ノクナレアが自分を補佐として引き入れたがる根本的な理由』なのだ。

 

それを聞くまでは提案を飲むか否かを考えることは出来ないし、そもそもするつもりも彼女には全くない。

 

「ええ、ちゃんとそれについても話すわ。で、貴方は今しがたこの森から抜け出てきたでしょう?」

 

「うん、そうだね。探索という名目でしばらく侵入してたけど、度々モースや魔獣たちに襲われて大変だったよ。まぁ全部自力で倒したんだけど」

 

メリュジーヌがそう説明すると、彼女は素で驚いた様子を見せる。

 

「うそ、“一部だけ”とか“会敵を避けられる時は避けた”とかじゃなくて“全部を自力で退けた”ですって?…ふーん、なら益々貴方を引き込みたくなってきたわ!」

 

返事が予想以上だったのだろう。それを聞いた彼女は自身を迎え入れたいという願望を目に見えてわかるほどに強めた。

 

そして、そんなノクナレアの様子を見たメリュジーヌは彼女のあることに感づき始める。

 

「あー…というかさ。ここまでの流れで貴方の私を引き入れたい意図が大体わかった気がするんだけど、言っちゃってもいいかな?」

 

そう、あることとは即ち彼女が自身を補佐にしようとする理由に他ならない。

察しのいい竜の妖精は、ノクナレア自身が口にするより早く彼女の真意に気づいたのだ。

 

「へぇ?いいわよ、言ってみてちょうだい」

 

「うん、要するにアレでしょ。“自分の軍にモースを余裕で倒せる様な実力者が殆どいないから、そのモースが蔓延る森から五体満足で抜け出てきた私を是非スカウトしたい!”……ってことよね?」

 

快く発言を許したノクナレアに対してあっさりと口にしたその内容を要約すると、『貴方のその強さを見込んでどうか私の戦力になってほしい』というものであった。

 

「うぐっ…“殆どいない”なんて随分と遠慮なく言うわね。まぁでも、私が貴方を引き入れたい理由は大体それで合ってるわ」

 

「あ、やっぱりそうなんだ」

 

事実とはいえ思っていたより直球な言い方をされて少しだけ端麗な顔を歪めてしまうノクナレアだが、事実は事実なのでメリュジーヌの発言を概ね認める。

 

「とはいえ、とはいえよ。さっきも言ったけど、貴方がこの提案を受け入れてくれさえすれば好きな時にいつでもリラックスできる安定した衣食住生活を女王の名にかけて約束します。決して不当な扱いは致しません」

 

女王としての丁寧な口調に改め、メリットを強調し一方的な搾取はしないと宣言するノクナレア。

 

「故にこそ改めてもう一度お願いをします。どうか、私の補佐になっていただけないかしら?」

 

彼女は自信と期待を込めた表情でメリュジーヌに嘆願する。

彼女を見つめるその金色の瞳には、望みを断られる不安や恐怖といった陰りは一切無かった。

 

(ふぅん…どうしよっかな…)

 

メリットを考慮して聞き入れるか、リスクの伴う条件を懸念して拒否するか、しばしの間メリュジーヌは熟考する。

 

そして、そのままノクナレアが返答を待つこと約二分ほど経ったところで徐に彼女が口を開き、答えを告げる。

 

 

 

「―――うん、わかった。嘘は付いてないみたいだし貴方のその条件、快く飲んであげるよ」

 

 

 

果たして告げられたその答えは、彼女の提案を了承し受け入れる旨を示すものであった。

 

「…!本当に?後から気が変わって“やっぱり無理です断りまーす”ってなっても簡単には戻れないわよ?」

 

「ははっそういう()()()()()()気紛れはしないさ。この答えに二言は無いと自信を持って断言するよ」

 

やけにあっさりとした承諾に思わず確認を取るノクナレアだが、当の本人は気軽でありつつもしかし力強さを含んだ口調で二言は無いと言い切った。

 

「……ああ。今日は本当にとても素晴らしい日だわ。話を受け入れてくれてありがとう、メリュジーヌ」

 

それを聞いたノクナレアは確かな感動を実感し、メリュジーヌに手を差し出す。

 

 

 

「―――改めて自己紹介を。私はノクナレア、首都エディンバラの領主にして王の氏族の長たる妖精。今より上司かつ盟友として貴方を迎え入れましょう」

 

 

「―――私はメリュジーヌ。気づいたらいつの間にかこの地に迷い込んでた、ただのしがない妖精さ。これからよろしくね、ノクナレア」

 

 

 

差し出されたその手を掴み、互いに握手を交わす。

 

今ここに、北の女王と汎人類史の水の竜精による双方に取って対等な契約が結ばれた。

 

「…それはそうとこの場合ってさ、貴方自身が今言った様に私の上司になる訳だから、これからは女王であることも配慮してノクナレア“様”とでも言うべきかな?」

 

「ええ、そうね。ただしこれも今言ったけど上司であると同時に“盟友”でもあるので、業務外のプライベートにおいては呼び捨てなり好きに呼んでもらって構わないわ」

 

彼女の発言から察するに、どうやら敬称で呼ぶ必要があるのは仕事の時だけで結構らしい。

 

あまり堅苦しい関係になるのは望んでいないメリュジーヌにしてみればこの対応はかなり評価できるので、内心でそれなりに安堵する。

 

「あと、こちらからも一つ尋ねていい?貴方はどうしてこれを承諾してくれたの?」

 

自然と互いに手を離したところでノクナレアが疑問を呈す。

 

承諾してくれたこと自体はとても嬉しいのだが、それにしては妙にあっさりすぎると彼女は感じた。

故にその詳細な動機を聞き出そうと疑問をぶつけたのだが、そんなぶつけられた方の回答はこれまた驚かされるものだった。

 

「ん、承諾した理由かい?それは単純に妖精眼を用いた結果、邪念が無いことを明確に見抜いていたからだよ」

 

「っ!妖精眼、ですって…?」

 

妖精眼。この世界においてモルガンを始めとした極一部の者しか持ち得ていない、『世界を切り替える視界』の権能。

 

なのに目の前の妖精はさも当たり前の様にその権能を使ったと言った。

しかも女王たる自身でさえ感情がうっすらと判る程度しか見えないというのに、発言から察するに彼女はどうやらはっきりと認識できるらしい。

 

「まぁ、そうは言ってもあくまで感情の色が判るって程度で実際に考えてることまで正確に読み取れるわけじゃないけどね。ただ感情が見えるってだけでも相手の意図を把握しやすいから、実質“他者の心を見透せられる”よ」

 

つまるところメリュジーヌがノクナレアの提案を割と簡単に受け入れたのも、当人の言葉通り本当に彼女から“自身を騙そう”とか“利用してやる”といった邪念が一切感じられなかったからこその判断だったのだ。

 

「…なるほど。『そちら』の貴方はその権能を、妖精眼を持っているのね」

 

ここに来てノクナレアは改めて彼女の能力を評価する。

 

モースがそこら中を彷徨いている魔の森を行き来可能な実力、会話の流れを汲み取れる理解力の高さ、更に相手の感情を正確に読み取れる妖精眼が使えるときた。

 

「え…“妖精眼を持っているのね”って、それは一体どういうことだい?」

 

彼女なら、もしかすると―――いや、間違いなく。

 

間違いなくこの大地全てを支配する冬の女王を玉座から引き摺り降ろすに当たって心強い導き手(せんりょく)になるだろうと、電流が走るが如く彼女はそう直感した。

 

「ん…ここで長々と立話に興ずるのもアレだし、それについては私の町に着いてから話すわ。ついでにこの地のことも、貴方がなぜここに漂流したのかも諸々に説明してあげる。―――それじゃ、行きましょうか」

 

疑問を示すメリュジーヌにそう答え、自らが統治する庭の方角へと歩を進める。

 

 

 

「へぇ、それは非常に楽しみだな。じゃあ図々しく聞こえるかもだけど道中の案内はよろしく頼んだよ、女王サマ~」

 

「いや本当に図々しいわね。会って間もないとはいえ女王相手にその態度ってどうなの?」

 

「え~だって私達、もう赤の他人ではなく『盟友』でしょ?私、無駄に堅苦しい上下関係は嫌いだからさ。立場に関わらずフランクな間柄を築きたいんだ」

 

「む、それを聞くと一概に反論しにくいわね…。寧ろその考えも一理あると少しだけ納得してしまうわ」

 

「ふふ、そうだろう?少しと言わず大いに納得してくれたまえ」

 

 

 

―――二翅の間で、いつの間にか自然と会話が弾み出す。

 

ほんのついさっきまで縁も所縁も無かった赤の他人が、一つの対話を切っ掛けに対等かつ気軽に言葉を掛け合う。

 

その光景は、もしもこの場に第三者がいれば気の知れた友人のそれそのものに見えただろう。

 

 

 

「…ふふふ」

 

「? どうしたんだい」

 

「いえ、思えば私が女王と知って尚こんな気さくに接してくる者は妖精・人間含めて誰もいなかったから、少し新鮮に感じてね」

 

「ああ、そういうことか。でも、その新鮮な気持ちも案外悪くないでしょう?」

 

「―――ええ、そうね」

 

 

 

 

 

黄昏の空の下、悲愛の離別が原因で人間を嫌っている二翅の妖精が微笑み合う。

 

 

 

片方はこの地で最初の“友人”を手にいれ、片方は人生で最初の“対等な友達”を手にする。

 

 

 

吸血鬼と希望の星がそうであった様に、水の竜精と北の女王が関わりを持つこともまた、正史ではあり得なかった空想(もしも)童話(ものがたり)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

 

 

―――それから時を戻して一年と四ヶ月後の現在。

 

あれからノクナレアにこの國の事情を色々と説明され現状をある程度知ったメリュジーヌは、単独で調査活動することもあれば補佐として彼女と共に仕事に従事するという毎日を過ごしている。

 

そして現在、言わずもがなノクナレアにも事前に舞踏会の招待状が来ていたので、彼女に同行する形でメリュジーヌも会場に赴いていた。

 

「ノクナレア。この舞踏会が終わったらさ、帰ったあとで私が作ったチョコレート菓子を食べてみないかい?とっておきの自信作なんだ♪」

 

「あら、それは楽しみじゃないの。知ってるでしょうけど私はチョコの味に関してはかなり口煩いわ。そんな私の舌を果たして唸らせられるか見物ね」

 

他愛のない話で人並みに盛り上がる二翅。

 

メリュジーヌは最初、その異形の肉体故に一部の奇異なモノを見る視線が刺さることに若干の抵抗を覚えたものの、ノクナレアの手厚いフォローにより次第に気にならなくなり彼女とのダンスに浸っていくことに。

 

そういう経緯もあり、彼女たちは舞踏会という場の中でとても優雅な時間を堪能していた。

 

「あ、そういえばさノクナレア。さっき気になる妖精たちを見かけ」

 

 

 

「―――君が“汎人類史のメリュジーヌ”かい?」

 

 

 

 

しかしそんな時、不意に誰かから声を掛けられる。

 

声のした方へ振り向くと、その人物はメリュジーヌの顔を確認し凛とした笑みを浮かべた。

 

「ああ、その顔。やっぱり君で間違いないみたいだね、この1年ずっと接触する機会を狙ってた甲斐があったよ」

 

凛とした雰囲気に清涼なる美声で話し始めるその人物―――否、その妖精はノクナレアに取っては見慣れた顔だが、メリュジーヌからすれば驚愕を隠しきれない容姿をしていたのだ。

 

(…これまで本や写真とかで存在(かお)は既に知っている。この舞踏会に関しても各地から権力者が集まるという関係上、馳せ参じる可能性も高いとは予想していた。けれど、こんな―――)

 

「ふふっ、その表情。まさかここまで顔も声も瓜二つとは予想してなかったかい?奇遇だね、こう見えて僕もそう思っているよ」

 

自身の発するそれと全く遜色のない声色で“自分も驚いている”と言う彼女の顔は、薄紫色の髪と琥珀色の瞳を除けば鏡合わせの域で何から何まで自身と変わらぬ(かたち)をしている。

 

「……驚くのは結構だけどまずは自己紹介したら?見ての通りこの子、平静そうに見えるけど言葉を失っているわよ」

 

「おっと、それはそうだね。では軽く名乗らせてもらうよ」

 

己の写し鏡が如きその存在は、ノクナレアの注意を受けて己と同じ声でその名を告げる。

 

 

 

 

「僕はランスロット。女王モルガン直属の配下である妖精騎士の一角にして、キミと“かなり近い属性”の『右腕』さ。汎人類史のメリュジーヌ?」

 

 

 

 

二つの異なる世界の竜の妖精。その出会いは、汎人類史の方からすれば想定だにしないほどあまりに突然すぎる遭遇(エンカウント)であった。

 

 

 

 

 

 

 



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精霊と、女王と、竜と【下】

「――いや、まさか。まさかこんな突然にこうしてそのご尊顔を拝見することになるとはね」

 

驚愕の感情に包まれている中、黙っていても失礼なので何とか気を取り直そうと言葉を口にしてひり出す。

 

「ふふ、それはそうだね。ただ、君も招待状の説明を聞いた時点でこんなことになるのはある程度予想は付いてたんじゃないかな?」

 

動揺を取り繕う精霊とは正反対に落ち着いた表情と声でそう言う彼女は、何を隠そうこの國最強の騎士にして自身と同じ顔・声・名を持つ蒼き妖精だ。

 

「あぁ…うん、それはそうだけど。だからってこんな急に接触してくるとは思わなかったからさ。ノクナレアといい、この世界の御偉方は見知らぬ者には不意に言葉を掛けるのが常識なのかい?」

 

「あははは、これは随分と辛辣だね。ほら、僕だけじゃなく君も含めて言われているよノクナレア。御偉方(じょおう)として何とか反論しないと!」

 

多少皮肉じみたジョークを飛ばしつつ、その間に最低限の平静を取り戻す。

 

彼女―――妖精騎士ランスロットは、そんなジョークにも澄ました笑顔でノリを合わせてノクナレアをからかう。

 

「お黙りなさいランスロット。あまり悪ノリが過ぎるとその着名(ギフト)というメッキの下の真名(なかみ)、この場で声を大にして晒すわよ?」

 

「む、それはちょっと困るな。じゃあ、もし君がそうしようとしたら瞬間的に喉元を優しく切り裂いてあげるから、安心して僕の真名(なかみ)ではなく自分の血を晒すといいよ!」

 

おちょくられたことにノクナレアは不快感を露にし軽く脅しを掛けるも、対するランスロットは全く動じないどころか笑顔で逆に脅迫し返した。

 

「出来るものなら、と言いたいけれど貴方の場合それも余裕なんでしょうね。全く、あの冷血女王様は本当に末恐ろしい怪物を軍門に下らせてくれやがったものだわ」

 

(…うん、確かにそれには大いに納得できるよ)

 

メリュジーヌもノクナレアの発言に心の中で同意する。

何故なら彼女の妖精眼()から見てもランスロットの秘めている神秘(エネルギー)は“とにかく凄まじい”としか言いようがないほど質・量ともに高次元(ドラゴン)のそれなのだ。

 

仮にこの会場内にいる全ての妖精の力を足してもノクナレア以外は彼女の足下にも及ぶことはなく、例えるなら成獣の虎の前で赤子の狸が必死に背を伸ばしているに等しい。

 

「……私に近い体質、と言ったね。それはつまり貴方も竜種の特性を持っている、或いは―――竜“そのもの”だったりするのかい?」

 

ならばその事実といい、先の自己紹介で彼女が言ったことも多少仄めかす様な言い方ではあったものの、つまり『そういうコト』なのだろう。

 

「お、いきなりそこ問い質すか。まぁ僕の方から流れで口にしちゃったわけだし、君には特別サービスで答えてあげようかな。けどここで話すのは都合が悪い、場所を変えよう」

 

そう言うとランスロットは上の階のロビーに行くよう促し、メリュジーヌは言われるがままに彼女に付いていく形でノクナレアと共に会場を後にする。

 

「…よし、近くに誰かいる気配は無いな。さ、入ってくれ」

 

ランスロットは少しだけその場を見渡してから人気が無いことを確認すると()()()()()()()()()()()に入り、メリュジーヌたちも後に続いて入室した。

 

「…何か、やけに準備がいいね。まさかそっちもそっちで私がこうして舞踏会に来るのを想定してた?」

 

「うん。君がノクナレアの庇護下にある以上、彼女が招待状に応じるにあたって共に会場へ赴くのではと予想していたからね。だから事前に部屋を取ってたってわけさ」

 

一年前の謁見、その時の氏族長会議で申したノクナレアの報告。

 

それでメリュジーヌの存在を知ったランスロットは、どこかで何とか接触を計れないかと機会を探った結果、今回の舞踏会開催というタイミングに目星を付けていたのだ。

 

「さて、あまり勿体ぶるのも何だしさっさと私が何者なのかを端的に明かすけど……これ、本来ならそもそも()()()()()()誰にも口にしてない最重要機密事項なんだよね」

 

「へぇ、そんな最重要機密事項を私には軽々と話してくれるんだ?しかもノクナレアもいる前で?」

 

メリュジーヌの言うように、この場にはノクナレアという関係者であると同時に第三者の立場にあたる存在がいる。

機密情報であるならそう易々と口を割れる状況なのか、彼女がそう疑問に思うのも無理からぬことだ。

 

「…確かに僕としても本音を言えば君にだけ話したい。ただそうしたところで今の君の立場上、ほぼ確実に彼女の耳にも入るだろう?だからいっそこうして居合わせている上で話してやろうと思ったのさ」

 

それに対するランスロットの返答は尤もと言えば尤もなものであった。

 

今のメリュジーヌの立場は一年前と変わらずノクナレアの補佐兼盟友である。

それ故に“互いに一方に対する隠し事はしない”という暗黙の了解を約束しているので、ランスロットの言うようにメリュジーヌだけに話しても結局は彼女の耳に入る以上、他言無用を強いたところで殆ど意味を為さないのは明白だった。

 

…それこそ“口封じ”としてその場で抹殺、或いは拉致でもしない限りは話は変わらないが少なくとも今のランスロットにはそうした考えはさらさら無かった。

 

「そう。なら私という第三者も居合わせている上で貴方のその秘密、聞かせてもらおうじゃないの。―――メリュジーヌ?」

 

「―――!?今…」

 

「あのさ、その名前で呼ぶのはせめて話を聞いてからにしてくれ。…それじゃ、どこから話そうかな」

 

さらりとノクナレアが口にしたその名に思わず反射的に問おうとしたメリュジーヌだが、それを遮るようにランスロットが話し始める。

その行動に暗に彼女から『今は突っ込むな』と言われている気がした。

 

「そうだね……さっきさ、自己紹介の時に『君にかなり近い体質』と言っただろう?これがどういう意味か、わかるかい?」

 

不意にランスロットがメリュジーヌに問いかける。自分に似た体質とはつまり何なのか、彼女は数瞬の間それを考え、答えを出す。

 

「…この姿を見ればわかると思うけど、私は人と妖精の間の子であり、尚且つ竜の特徴も併せ持つ存在なんだ」

 

人、妖精、そして竜。一個体でありながらキメラの如く複数の種族の特徴と性質を持ち合わせているメリュジーヌだが、その中で最も割合が多いのは竜の部分だ。

 

「竜種は基本的に呼吸するだけで魔力を自然生成するから内包しているエネルギーも相応に凄まじい。無論私もその性質を半端ながら備えているけど、その特性も含めてかなり近いと貴方は言った」

 

先ほど会場で遭遇した時に彼女から感じた、その場にいる者全員が束になろうと敵わないだろうと思わせられるほどの底の知れない強大な(エネルギー)

 

会場にいた者の殆どは妖精だった。そして妖精もまた人間より遥か格上の神秘を操る上位存在であり、ホープのの様なか弱い部類でも状況によっては英傑を殺害せしめる可能性があるのだ。

 

そんな妖精たちでさえ如何に集おうと一蹴できるほど圧倒的な力を秘めている存在など、メリュジーヌの知識の中ではそれこそ一つしか該当しなかった。

 

「ということはだ。さっきも言ったけどやっぱり貴方もまた私みたいな竜に近い、ないしは竜種そのものなんでしょう?」

 

そもそも瓜二つな外見と声帯の時点でランスロットがこの世界における自分自身なのはほぼ間違いないのだ。

従って彼女が自身と同じく竜に近しい、ないしは完全な竜種である可能性は容易に推測できた。

 

「…ま、流石にそこはわかっちゃうか。その通り、私の正体は人でもなければ妖精でもない、幻想種の中で頂点に立つ存在である竜の種族だよ」

 

やはりと言うべきか、彼女はあらゆる幻想種の頂点に君臨する竜種らしい。

妖精より更に上位の存在ならこの國で最強の精鋭と言われるのも納得できる評価だ。

 

「そして更に言うと、だ」

 

「…え?まだ何かあるの?」

 

 

どうやら彼女はまだこれから明かすことがあるらしいが、竜種である他に何があるのか?

 

 

そう考えているメリュジーヌは、この直後に自身が鳩が豆鉄砲を食らったような顔を晒すことになるとは露ほども想像していなかった。

 

 

何故ならランスロットが次に明かした発言の内容は、彼女に取って耳を疑わずにはいられないほど衝撃的なものだったからである。

 

 

 

「ああ、聞いて驚くといい。僕は幻想種の頂点たる竜種、その中でもこの星が生まれた刻より存在し、星と共に世界の歴史を歩んできた境界の竜『アルビオン』。―――その右腕が形を成した者さ」

 

 

 

「……………は?」

 

 

 

今、彼女は何と言った?あるびおん―――アルビ、オン?

 

 

「それって、まさか……地球とほぼ同時期に誕生して、あらゆる竜種の始祖と言われる、あのアルビオン!?」

 

「ああ、そのアルビオンさ。と言っても僕はあくまでその右腕から生まれた存在に過ぎないけどね」

 

アルビオン。それは地球という星が誕生した46億年前の頃より存在し、山の如き体躯を誇る大いなる純血竜。

数多の竜種が神代の終焉を悟る中、それでもブリテン島に残り続け、最期は世界の裏側を目指し地中を掘り進むもその半ばで息絶えた『真なる竜』。

 

メリュジーヌが元居た汎人類史の世界においては、このアルビオンの遺骸が地中のプレートの動きによって霊墓アルビオンという巨大かつ広大な地下迷宮を形成し、その上に魔術協会の時計塔が建っている。

 

「…なるほど、右腕って言ってたのはつまりそう言う事だったのね。道理で貴方だけ他の妖精騎士たちと比べても隔絶された実力を持っているわけだわ」

 

驚きを隠せないのはノクナレアも同じだったが、同時に彼女の中での長年の疑問にもようやく納得が行った。

 

なるほど確かに、一部から派生したとはいえ元がそんな高次元の存在であるならば妖精國最強の精鋭と評されるのも全く不思議ではないし、寧ろそう言われて当然だ。

 

「ただそれが本当なら解せない点があるわ。なぜ右腕という“肉体の一部”から貴方は生まれたの?何が原因でそうなったのかしら?」

 

「…!確かに。一体どうして?」

 

ノクナレアの問いに言われてみればと同意するメリュジーヌ。

 

汎人類史のアルビオンの遺骸は広大な霊墓としてあるが、この世界の彼の竜の遺骸は大昔に絶命して以降、湖水地方の最奥にて骨だけの化石として存在している。

 

そしてランスロットは自身は右腕から誕生したと言っていた。

だがノクナレアの知る限りランスロットの存在が世に知れ渡り始めたのは今から約88年前であり、『メリュジーヌ』として生活していたのも正確な年数は把握してないがそれでも数百年前だ。

無論その時点でも元のアルビオンは骨だけであり肉体は欠片も残ってなどいない。

 

故にこそ新たに疑問が生じた。元の肉体が無い筈なのに何故右腕という肉体から誕生したのか、そしてそれが本当なら如何なる理由が原因でそうなったのか。

 

「うーん、ここまで話した以上は答えてあげたいところではあるけど…すまないが、それに関しては話すのは無理だね」

 

しかしそんな二翅の期待に反して、当のランスロットはその真相を話すことを拒否した。

 

「へぇ、それはどうして?」

 

「理由は単純、そんなに大した話じゃないから。ま、どうしても知りたいなら僕ともう少し信頼を置き合える関係になってからもう一度聞くといいさ」

 

理由を聞こうにも彼女は適当に言いくるめてまともに語ろうとしなかった。

どうやらランスロットが誕生した原因と経緯を聞くには今よりも彼女との信頼関係を深めなくてはならない様だ。

 

(…妖精眼を使っても事情の全容が把握できないな。まぁ私の場合は感情の色が判る程度だし仕方ないと言えば仕方ないけど……)

 

一応、ランスロットに悟られない様に妖精眼を発動してみたものの、メリュジーヌのそれは残念ながら思考を覗き見ることまでは出来ないので、結局事の真相はわからずじまいに終わった。

 

「けど、これで僕がどういう存在かは概ね理解できただろう?こうして話す気になったのも君が僕と同じ顔、同じ声、そして同じ“名前”を持っていることに親近感が沸いたからね!」

 

「…同じ名前ってことは、それ即ち貴方の真名(なかみ)は私と同名なんだね?」

 

「うん、そうだね。着名(ギフト)の事を考えるとあまり自分からは名乗れないけど」

 

着名(ギフト)の権能は自分から直接名乗ったり相手に看破されさえしない限り剥がれる事はない。

 

それ故に間接的に自身の真名がそうであると認めたとしても名前を言われさえしなければまだ安全(セーフ)の範囲である。

 

現にランスロットに取ってはアルビオンという名は確かに真名ではあるがどちらかと言えば『メリュジーヌ』としての側面が強いので、自分から名を告げたところで着名(ギフト)の維持にそこまで大した影響は無い。

 

「あれ、でもそうなら何でそれが貴方の真名になっているんだ?貴方の正体はアルビオンの筈だろう?」

 

「言っただろ、僕はそのアルビオンの右腕であってアルビオンそのものではない。従ってその名前こそが()にとっての本当の名なんだ」

 

アルビオンはランスロットの前身であり、言い方を換えるなら生まれ変わりである。

 

何なら記憶もある程度ながら引き継いでいるが、ランスロットはメリュジーヌという一個体として泥沼より生まれた時点で成立している。

即ち、かつてのアルビオンと今ここに存在している彼女は同質ではあるが同一存在ではない。

 

故にこそ眼前にいる彼女と同じ―――『メリュジーヌ』という名も偽名でこそあるものの、悠久の時を生きたアルビオンではないアルビオンであるランスロットからすれば『もう一つの真名』と言って差し支えないほどに切っても切り離せない大切な“個性”と化しているのだ。

 

「まぁ、そういう訳でこれからも僕のことは変わらずランスロットと呼んでほしい。着名(ギフト)の事もあるし、何より同名の君と一緒だと紛らわしいしね」

 

「あ、うん。確かにその方が無難だね…」

 

(……アルビオン…そうか。彼女があの伝説のアルビオン、なのか……)

 

メリュジーヌに取ってアルビオンは、人間で言う坂田金時やアーサー王の様な創作上のおとぎ話や伝承――――より正確に表すと『実在していたかもわからない遠い存在』というのが彼女の中での固定観念だった。

 

しかし今し方聞いた話が事実なら、そんな夢幻の如くあやふやな印象だった伝説的存在が、違う世界とはいえ目の前に現実として立っている事を意味する。

 

「ふーん、そういう事情なら私も呼び方には一応気をつけようかしら。あ、でもモルガンとはいづれ敵対する関係にあるわけだし、ここで敢えて真名で呼びまくって着名(ギフト)を剥がすのもいいかもね!」

 

「はははは、それは度胸があっていいじゃないか!ただそれを実行する頃には発言する為の喉が掻き切られてるだろうけどね!……うん、この下りさっきもやったな」

 

そしてそんな伝説的な存在が、こうしてノクナレアと軽口を叩きあって他愛ない会話をしている。

 

違う世界―――加えて本人ならぬ本竜そのものではないとはいえそうした人間臭い振る舞いをする様子は、遠い存在である故に自分たちみたいな並の知性体には理解できない思考・価値観を備えているのではとこれまで想像していたメリュジーヌに取って意外が過ぎるものであり、彼女がアルビオンだと言う実感と認識があまり沸かなかった。

 

「…あ、そう言えばさ。君さっき会場で僕に話し掛けられる直前に気になる妖精が云々とか言いかけてなかったかい?」

 

そんな少々複雑な感情に浸っていたメリュジーヌにふと思い出した様にランスロットが問いをぶつける。

 

「あら、言われてみれば確かにそんなことも言ってた覚えがあるわ。どうなのメリュジーヌ?」

 

「ん…ああ、そうだね。しっかり盗み聞きしてたんだ」

 

「ふふ、そういう耳の良さも僕を最強たらしめる要素の一つだからね。それで、どんな妖精なんだい?」

 

「うん、確か………」

 

自身が見た妖精の容姿を二翅に伝える。程なくして説明を終えたメリュジーヌだが、それを聞いた二翅は彼女の言う妖精が何者なのかがすぐに思い当たった。

 

「長く赤い巻き毛に薔薇のブローチが特徴の黒いドレス、ね……。ランスロット」

 

「ああ、間違いない。汎人類史のメリュジーヌ、君が見たその妖精はバーヴァン・シーだ。それも君と同じ―――“汎人類史側”の妖精だね」

 

「え。バーヴァン・シー…しかも汎人類史側って、あれが…!?」

 

今日に至るまでの一年。メリュジーヌはノクナレアからこの世界の事情の説明を受ける中で妖精騎士ユーウェイン―――自身と同じく汎人類史側の存在であるバーヴァン・シーのことについても話を聞かされていた。

 

「そんなに驚くほどでもないじゃない。私達という大物だってこうして赴いているわけだし、何より人物画や顔写真で容姿は確認してるでしょう?」

 

「いや、そうだけど私が知っているのは緑色のドレスであって―――あ。なるほどつまり、あれはこの舞踏会用に拵えた衣装ってことだったのかな?」

 

「まぁ、大方そうだろうね」

 

実のところ、赤髪の巻き毛が目に入った時点でメリュジーヌも薄々わかってはいたのだが、今し方本人が言った様に自らが記憶している容姿と違っていたので他人の空似だろうと勘違いしてしまっていたのだ。

 

「ん?でもちょっと待って。何で貴方達は私の見たそれが汎人類史のバーヴァン・シーだって断言できるの?」

 

尤もな疑問だった。衣装が違うからと言って断言できる要素などないし、ノクナレアやランスロット側からすれば寧ろこの世界のバーヴァン・シー―――妖精騎士トリスタンだろうと思っても不思議ではない筈だ。

 

「それについては私が説明するわ。事前にムリアンに聞いたのだけど、実はトリスタンは今回の舞踏会には参加していないのよ。理由に関しても『他にやるべきコトがある』ってだけでよくわかっていないの」

 

「ノクナレアの言う通り、彼女はそういう適当にも思える事情で舞踏会には来ていない。よってそんな彼女と丸っきり被った特徴を持った妖精なんて汎人類史側のバーヴァン・シー、もといユーウェインしかいないから断言できたってだけのコトさ」

 

「な、なるほど…?」

 

取り敢えず断言した理由については判明したが、メリュジーヌはまだバーヴァン・シーどころか主催者のムリアン、その他妖精騎士や氏族長も顔写真等の一般的に公開されている情報しか知らない。

 

それ故彼女らの人物像は殆ど把握していないのでいまいたピンと来なかった。

 

「…何か、断言の理由はわかったけどそれはそれとしてまた疑問に思う所が出たって感じの顔だね。それならこれから本翅に会いにでも―――」

 

『―――えーこんばんは、会場にいる皆様方。この度も私ムリアンが主催する舞踏会にお集まりいただき誠にありがとうございます』

 

「「「!」」」

 

ランスロットが気軽に提案しようとした瞬間、唐突にムリアンの館内放送が流れだし一同は何事かと反応する。

 

それからしばらくして放送は続いたが、どうやら内容わ聞くにたった今話題にしていたユーウェインを3階の鐘撞き堂という場所に招き入れるらしい。

 

「…さて、どうするかしら?こっそり行ってみるかどうかは盟友である貴方の判断に委ねるわ、メリュジーヌ」

 

「僕は行ってみたいかな。ムリアンが特定の誰かを名指しで招待するなんてかなり珍しいし、興味を誘われるね」

 

ノクナレアはどちらでも構わず、ランスロットは行きたがっている。

そんな二翅の前でメリュジーヌは今しばらく考えた末に選択した。

 

「うん、行ってみようか。正直私としてもユーウェイン…汎人類史のバーヴァン・シーがどんな妖精でどんな人物なのか気になるし、何より同じ汎人類史の同胞として出来れば顔を会わせたいしね」

 

「まぁ、立場上の問題でその同胞とはいづれ敵対する事になるんだけどね。ただ貴方がそう判断したなら私達もとっとと行きましょうか」

 

「ああ、そうだね。君のその決断に僕は嬉しく思うよ」

 

かくして、次に取るべき行動は決まった。三翅は部屋を後にし、ユーウェインが誘われて行ったであろう3階の鐘撞き堂へ足を運んだ。

 

「ふふ、こんなこともあろうかと持参してきておいて正解だったわね。はいコレ」

 

道中、ノクナレアに舞踏会などによく使われる仮面を渡された。彼女によると3階は普段はオークション会場として使用されており、参加者は素顔がバレないようコレを付けることを義務付けられているらしい。

 

「さ、会場はもう目の前だ。…それにしても本当に何でユーウェインが呼ばれたんだろう?まさかとは思うが彼女を商品にしようとか目論んでいるのかな?」

 

「それは中々に笑えない予想ではあるけど、いずれにしろこの先に行けばわかることよ」

 

そして一行は参加者用の入場口を通り、オークションの会場内にさりげなく入る。

 

そこで彼女らが目にしたのは一面に広がる客席に座っている仮面を付けた妖精たち、天井から全体を照らしているスポットライト、そして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――クソっ、すばしっこく動くんじゃねぇよ新参者のザコがッ!!!」

 

「―――ハッ、申し訳ないけど動くなと言われて動かないほど素直(バカ)じゃないのよッ!!!」

 

 

 

 

二つの赤い華が、その得物(はなびら)を狂乱の如く舞い散らせていた―――。

 

 

 

 

 



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