いつも月夜に米の飯、米の飯より思し召し (ルシエド)
しおりを挟む

「あなたはだれ?」

 目覚めた時、俺は俺を忘れていた。

 

 どこかの部屋で、乱雑に衣類を積み上げて作ったように見える即席ベッドの上で、俺は目覚めていた。

 

「……俺は、誰だ?」

 

 困ったな。

 俺はいつから遺跡で発見される記憶喪失ヒロインになったんだ?

 いや違え。

 だいぶ混乱してるな俺。

 冷静になろう。

 こういう時はまず自分の状態を確認、要救助プロトコルを起動、量子通信同期を開始……する前に、まず状況を確認しなければ。

 

「e381a0e38184e38198e38287e38186e381b6e381a7e38199e3818befbc9f」

 

「え? 何? 何々何の何?」

 

 この子は?

 喋ってる?

 よな?

 いや、何言ってんのか分からん。

 

「e8a880e89189e3818ce9809ae38198e381a6e381aae38184efbc9f」

 

 だんだん状況が理解できてきた。

 どうやら俺は、何かのなんかがあって記憶を失い、倒れていたところを、この子に助けてもらったようだ。

 頭がめっちゃ痛えし、俺の頭には不格好な包帯や手当ての跡がある。

 慣れない手付きで、この子が助けてくれたんだろう。おそらくね。

 はーん。

 この子が俺の命の恩人か。

 

「どうやら命を助けていただいたようで、どうもありがとうございます。この恩は……」

 

「e381a9e38081e59c9fe4b88be5baa7efbc81efbc9fe38080e38184e38184e38293e381a7e38199e38288e3819de381aee3818fe38289e38184e381aee38193e381a8efbc81」

 

 少女があたふたしている。

 ううむ。

 何か状況の説明でもしてくれてんのかな。

 ありがたいが、申し訳ない。

 何言ってるのかさーっぱり分からん。

 物腰や声色から優しそうっぽい少女だから、どう気遣ってもらってるのかさっぱり分からんのが逆に申し訳ないなこれ。

 

 いや、というか。

 

 

 内向的そうだがめっちゃ素材のレベルが高い美少女……と思ってたが、なんだこの耳、この尻尾……生体流動波動が観測できる。

 つまり、生来持ってる身体の一部なのか。

 妙だな。

 198886年に『人間に似せた亜人的生命体』の作成は、禁止されたはずなんだが。

 条約違反?

 研究所からの脱走者?

 いや、振る舞いや雰囲気からそういうのは感じられない。

 

 まず意思疎通できるものを探してみるか。

 ええと。

 未開の未知の部族とコミュニケーション取るためのマニュアル、脳のどこに入れてたんだっけ……いや記憶喪失の俺が覚えてるわけねえだろ!

 

 ところでなんで君は俺の周りをうろうろしてるのかな。

 雨乞いかなんかの儀式?

 

 

 ああでもない、こうでもない。

 

 なんやかんや、コミュニケーションが取れた。

 なんと日本語で筆談ができたのだ。

 これはありがてえ。

 共通言語が一つあれば会話できないことも気にならねえな。

 女の子が着替えを見つけてきて着替えてたのも些細なことだ。もはや気にならん。

 

 気にならねえな、と思ってたんだが。

 

「え? ウマ娘って何? 知らねえ……」

 

「e4b896e7958ce7b5b1e59088e4bd93e381a3e381a6e381aae38293e381a7e38199e3818be280a6e280a6efbc9f」

 

 筆談で言葉を交わす内に、なんというか。

 

「トレセン? ははぁ、なるほどなるほど。知らねえ……」

 

「e5a4aae999bde7b3bbe998b2e8a19be8bb8de381a3e381a6e381aae381abe280a6e280a6efbc9f」

 

 なんもわからんということが分かってしまった。

 人間と共存してるウマ娘。

 トレーニングセンター学園。

 トゥインクルシリーズ。

 はーん、分からん!

 俺の知らない世界か?

 

「e381a9e38186e38197e381a6e38193e38186e381aae381a3e381a1e38283e381a3e3819fe38293e381a0e3828de38186」

 

 

 やっべ。

 女の子が不安になってる感じがする。

 あかんわこれ。

 俺が情報確認と考察に夢中になってケアしてなかったからだ。

 うっかり失態にも限度があるぞ。

 

 ほーれほれ。

 アンドロメダ生息型、危険度Sランク触手怪獣のモノマネ~!

 これで笑わなかった女子は居ねえんだわ。

 ほら笑った。

 もっと笑っていいんだぞ。

 

 ……なんで俺は自分のこと何も覚えてねえのにこんなのばっか覚えてんの!?

 

「e381b5e381b5e381b5」

 

 

 おっ。

 初めて笑ったな。

 なんだ、笑った方が可愛いじゃんか。

 いつも笑ってりゃいいのに。

 ウマ娘ってのはよく分からないが、この子が笑うと素敵な美少女なのは分かった。

 

 よし。

 そろそろ周辺確認しとくか。

 ここはたぶんどっかの屋内だが、外の状態を把握しとかねえと周りを見回しても意味はねえ……と思うしな。

 

「自己紹介しとくか。俺は……俺の名前何? いやそもそも口で言っても伝わらないかこれ」

 

 筆談で記憶喪失であること、自分の名前も分からないことを伝えてみよう。

 

 よし、伝わったな。

 

 あ、なんかびっくりするくらい心配されてる!

 

「e3819de3828ce5a4a7e4b888e5a4abe381aae38293e381a7e38199e3818befbc81efbc9f」

 

 

 あ、なんか分かる。

 「大丈夫なんですか!?」って言われてる気がする。

 大丈夫大丈夫。

 

 筆談で彼女の名前が「ライスシャワー」であることも知れた。

 ううん?

 なんか……ううん?

 日本語使ってるから日本人と思ってたけど違うのかこれ?

 

 偽名とか使われてる?

 なんか育ち良い感じするしいいとこのお姫様とかだったりするんだろうか……身分を隠したお姫様か……扱いミスると起訴されて連邦裁判で死にそうだな……よし。

 丁重に。

 丁重に扱おう。

 偽名だったとしてもツッコまんぞ。

 

 俺は"身の程を知っていますか?アンケート"に「知ってる」「知らない」「俺だけがあいつの良さを知ってるんだよな……」の三重投票をしたほど空気が読める男。

 

「e38193e381aee4babae8a898e686b6e596aae5a4b1e381aae381aee381abe381aae38293e3818be38199e38194e3818fe5b9b3e6b097e3819de38186e280a6e280a6」

 

 紙とペンは常に持っておくか。

 できれば何度でも書き直せるデジタルボードの方がいいんだが。

 この子にも一式渡しておこう。

 いやいや、そんなお礼しなくていいんだよ。

 頭を上げなさい、ライスシャ……ライス姫。

 

 しかし瓦礫が多いな。

 部屋を出て、外に向かえば向かうほど瓦礫が増えていく。

 足元注意ってこの子にも言っておかな……いや、言っても聞こえねえのか。不便。

 あ、転ぶ!

 

 手を伸ばして掴―――届くか―――届け―――間に合った!

 

「e3818de38283e381a3」

 

 あっぶねえ、この子、足元がおろそかすぎる。

 やっぱ箱入りか?

 姫なのか?

 ブラックプリンセスか?

 

 しゃあねえ。

 姫、お手を拝借。

 俺の手に手を乗せて、ちゃんと掴んでくれ。

 瓦礫が多いところ抜けるまでな。

 

「e38182e280a6e280a60d0a」

 

 後で無礼討ちとかはやめてくれよお姫様。

 こえー。

 上の方の血筋の人の手に触れるのマジこえー。

 昔令嬢に無礼を働いて惑星ごと消された農夫とか居るって聞くしなあ。

 

「e38182e280a6e280a6」

 

 ……手が本当に小さいなこの子。

 背も小さい。

 耳と尻尾に目を瞑れば、ただの小さな女の子だ。

 転んだら大変なことになりそうだ。

 気を付けてやらないとなあ。

 

「e383a9e382a4e382b9e381abe3818ae58584e38195e38293e3818ce38184e3819fe38289e38081e38193e38293e381aae6849fe38198e381aae381aee3818be381aae280a6e280a6」

 

 

 なんだその顔は。

 何を考えている?

 無礼討ちか?

 無礼討ちなのか?

 い、命だけは許してください……お願いします。靴舐めましょうか?

 

 お。

 外だ!

 出口だ!

 これで手を離せる!

 転ぶなよお姫様!

 あと手を繋いでた時間は短いから無礼討ちだけは許してください!

 

「さて、状況は……窓からちらっと見えてたが……やっぱ見間違いじゃあないか……」

 

 外に出た瞬間、街が一望できた。

 

 俺は、何故か驚かなかった。

 

 記憶を失う前から"そうなるだろう"と思ってたという確信があって、"そうなっていた"街があったから。

 

 

 燃える石。

 燃える街。

 燃える世界。

 街のところどころに倒れている人間らしきもの、死体らしきもの、人間のように見えるがそう見えるだけの似た残骸、全てが渾然一体となっているかのような光景。

 

 惨劇としか言いようのない破壊の跡。

 

 そうだ。

 俺は。

 こうなると知っていて。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんで、止めようとしてたんだったっけ……?

 

 あ。

 

「そうだ、思い出した。世界がぶつかったのか」

 

「e381a9e38081e381a9e38186e38197e3819fe38293e381a7e38199e3818befbc9f」

 

 黒髪の女の子が、不安げにこっちを見上げている。

 ああ。

 なるほど。

 ずっと不安げだったのは、この街を既に見ていたからだったのか。

 ……悪い。

 これは、俺の同郷の奴のせいだ。

 

 世界の資源には限りがある。

 人間が『本能的な満足を得るために必要な文化的生活』を100億人に過ごさせるために必要な資源量や、各種必需品の生産には、地球が何十個も必要だった。

 おそらく、この破壊された街の文明レベルを見る限り、『俺の世界』とぶつかった『こっちの世界』の文明レベルでも、100億人に等しく満足な生活をさせるには、地球が五個は居るだろう。

 たぶん。

 人間は本質的に腹が減ってポテチをすぐ食い尽くすデブなのだ。

 

 『俺の世界』は宇宙に進出してから長かったが、その内誰かが気付いてしまった。

 もうすぐ、地球人類は宇宙の資源を全て使い果たしてしまうということを。

 地球の資源を使い果たしてしまいそうだったから宇宙に出たのに、困ったことに人間は宇宙の資源すら使い果たしてしまう段階に入ってしまったのだ。

 腹減ってポテチすぐ食い尽くすデブか?

 

 そこで、頭のいい人が考えた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 なんやかんやあって、平行世界に接続する装置ができた。

 そうだ。

 思い出してきた。

 その装置の使用に、反対があったんだ。

 まだ安全性が確認されてない、と。

 だが政争に勝利した派閥が押し切って、平行世界との接続を実行した。

 

 資源とは全てだ。

 無ければ必需品製造惑星も、食料製造用銀河も、全て止まる。

 そして沢山の人がまず飢え死にする。

 ポテチを食い尽くしたデブのように。

 するか? しないかもしれない。まあするだろう。

 人道的に考えれば、餓死は避ける以外にない。

 この機械はまだ安全じゃないから餓死してろ、って市民に言えるか? 言えねえな。

 

 安全性より人道を優先して、他世界への接続は実行された。

 俺は……俺は、どうしてたんだっけ?

 いや……そうだ……俺も、反対してた、気がする。

 誰かに教えられて……桐生院……誰だっけ……そもそも、俺は……いや、それは今思い出さなくていいことのはずだ。

 

 それで、最悪の予想を上回る最悪の事態が起きた。

 ポテチを食いすぎたデブが成人病になって倒れた日のように、甘い期待は裏切られ、先のことを考えない行動は破綻を呼び、突然に全ての終わりが訪れた。

 

 世界と世界が衝突し、両方砕けて、一つに混ざった。

 

 全てが壊れたんだ。

 

 

 最悪だ。

 "こっち"の世界の人達は完全にとばっちり。

 俺たちの世界の都合に巻き込まれて、世界を一瞬で失ったんだ。

 ……クソ。

 分からねえ。

 なんでこんな憤ってるのか、俺にも分からねえ。

 だけど。

 記憶を失う前の俺は……これを、止めたかったことだけは分かる……畜生。

 

 

 

 

 

 

 全てが壊れ、混ざっていた。

 俺の世界と、こちらの世界が混ざり合っていた。

 

 俺の知る日本の最新世代のビルと、こちらの世界の旧世代的な建物が混ざっている。

 俺の世界にあった人工森林に、街の建物が無造作に呑まれている。

 空中ハイウェイは崩壊し、こっちの世界の高速道路に軒並み突き刺さっていた。

 空間の隙間に格納されていたはずの万能生産機は、世界衝突の衝撃か何かで引きずり出され、海の水と融合して奇っ怪なオブジェクトになっている。

 こっちの世界の空気と、俺の世界の宇宙船が融合して、半透明なバラバラの破片になって降り注いだ痕跡も見て取れた。

 

 世界が終わっていた。

 

 たぶん、際限なく求め続けた、俺達の世界のせいで。

 

 言葉が通じないことが、異世界の言葉しか使えないことが、俺が加害者の同族であることの証明……絶対に消えない、罪の証だった。

 

 ……っと。

 ライス姫?

 うずくまって、どうし……いや。

 

「e381a9e38186e38197e38288e38186e280a6e280a6e381a9e38186e38199e3828ce381b0e38184e38184e381aee280a6e280a6e38193e3828ce3818be38289e280a6e280a6e8a8b3e3818ce3828fe3818be38289e381aae38184e38288e280a6e280a6」

 

 

 ライス姫は震えて、怯えて、何かに祈るように、夢に覚めてくれと願うように、手を合わせて縮こまっていた。

 ……そうだよな。

 女の子だもんな。

 不安で、怖くて、何が何だか分からないに違いない。

 

 ちゃんと振る舞え、俺。

 俺は加害者の方で、彼女が被害者の方だ。

 記憶が欠けてても分かる。だから、しっかりしねえと。

 記憶が欠けてる不安も、俺が何なのか分からない恐怖も、跪いて叫び出したい後悔もある、だけど、今俺の方が弱音を吐いたり誰かによりかかるのはダメだ。

 絶対に駄目だ。

 

 責任を取れ。

 俺の世界が、この子の世界を滅ぼした責任を。

 彼女の手を取って、できる限り彼女に優しくして、彼女を連れて、歩き出せ。

 

「大丈夫か? ゆっくりでいい、歩こう」

 

 彼女の手は。変わらず、小さかった。

 こんな小さな手から、当たり前の平穏を、当たり前の毎日を奪った罪悪感を、繋いだ手からひしひしと感じた。

 

 感覚が、身体が、"俺の使い方"を覚えている。

 骨から発電する。

 筋肉を重力波の放出から、電磁波の放出に切り替える。

 神経網のプログラムを、省ATPモードから標準稼働モードへ。

 量で表面の分子構造を調整。

 原始的なカーボンアンテナを再現。

 黒く染まった左上を空に掲げて、周辺に電磁波を投射する。

 古い通信様式だが、緊急時はこれで通信を行うってのが決まりだ。

 

 

 ……よし。

 反応が返ってきた。

 同郷の生存者、ではないかな。

 規定の返信信号。

 つまり、人が乗ってない『機神』だ。

 とりあえず車代わりには使える……と思いたい。

 

「アルビオンの反応がないな……観測できる範囲にあるのはギガスだけか」

 

 慣れた機体がないのは辛いな……慣れた機体? 俺は何に慣れてたんだ?

 

 

 ともかくここを離れよう。

 街を焼く火はまだ収まりそうにもない。

 このままここに居ても、危ないだけだ。

 

 行くぞーライス姫。

 炒り米になっちまう。

 ライス姫?

 ライスちゃん?

 

 

 ……? なんだライス姫。なんかびっくりしてるが。

 

 ああ。

 悪いな。

 "こういうの"やらない人類なのか、こっちの人間は。

 真っ黒なおててで怖がらせてしまった。

 記憶欠けてるから迂闊になってんのかな、俺。

 

 とりあえずメモで伝えておこう。

 

 こうこうこういうわけだ。

 分かる?

 分かって?

 

 ……五割も分かってもらえてねえ気がする!

 

 五割分かってもらえたなら十分か?

 十分だと思っておこう。

 

「大丈夫、大丈夫だ。どうにかする。俺だけ生き残っちまったなら……俺がやるしかない」

 

 ライス姫の手を引くために、手を差し出す。

 俺が差し伸べた手を、ライス姫は取ってくれた。

 不気味に思ってるのが伝わった。

 よく分からないものを怖がるような表情が見て取れた。

 その上で、俺を信じてくれたことが分かった。

 たぶん、きっと。

 この子は疑うよりは信じようとする、そんな底抜けに良い子なのだろう。

 

「e3819de38293e381aae381abe4b88de5ae89e3819de38186e381aae9a194e38292e38197e381aae38184e381a7e38082e58886e3818be38289e381aae38184e38193e381a8e3818ce38184e381a3e381b1e38184e38182e3828be38191e381a9e38081e383a9e382a4e382b9e38292e5bf83e9858de38197e381a6e3828be381aee38081e58886e3818be3828be3818be38289e38082e383a9e382a4e382b9e381afe280a6e280a6e38182e381aae3819fe3818ce682aae38184e4babae38198e38283e381aae38184e381a3e381a6e38193e381a8e381afe38081e58886e3818be3828be3818be38289」

 

 彼女の口から出た、筆談さえ介さない、彼女の心からの言葉さえ、俺には分からない。分からないが。

 

 俺の手を取ってくれたこの純粋さに、応えなければならないんじゃないか、なんて、今思った。

 

「俺はタイムマシンを作ってこの悲劇を無かったことにするために、ここに送られたんだ」

 

 最初から無かったことにすれば。

 

 世界は、壊れなかったことになる。

 

 短い旅に出よう。さっさと終わらせて、世界を救ってしまう旅に。

 

 

 

 

 

 様々なものが混ざった景色。

 ぶっちゃけ、違和感しかないなこれ。

 つーか気持ち悪い。

 雑コラで作ったみたいな風景だ。

 

 そこを、お姫様の手を引いて歩いていく。

 

「大丈夫か? って口で言っても意味ねえんだった。くそう、俺に学習能力はないのか」

 

「e38193e381aee4babae38081e9809ae38198e381aae38184e381a3e381a6e58886e3818be381a3e381a6e3828be381aee381abe381a4e38184e381a4e38184e4bd95e5baa6e38282e383a9e382a4e382b9e381aee5bf83e9858de38197e381a6e3828be381bfe3819fe38184e280a6e280a6e381b5e381b5e381a3」

 

 筆談で疲れてないかとか、足は痛くないかとか、そういうのを聞いてみる。

 『平気です』と筆談が返ってきた。

 はーん。

 頑張り屋だなこの子。

 無理はするんじゃないぞ。

 辛そうなら休憩取るから。

 悪いが、もうちょっと歩いてくれ。

 

 細々としたことを筆談で伝えて、俺は目的のものが在るであろう地点に向かう。

 

 

 こっちの世界でも日本が山だらけなのは同じなんだなあ。

 まあ地形レベルで同じみたいだしな。

 山があると1000km級の宇宙戦艦が離着陸する場を作れないから、日本は不利とか大昔はあったんだっけか……歴史の授業でやった覚えがある。

 最終的に東京沖の海上メガフロートに離着陸場作って宇宙に進出したんだっけか。

 

 逆にどうなんだろうか。

 よく知らんが、このウマ娘とかいう近似人類は、日本の山々で育てられた遺伝子を受け継いでるから足が強いとかあるのか……?

 いかんな。

 どうやら俺は考察癖があるようだ。

 無駄に考え込んでる気がする。

 自分で自分を忘れてるってのも難儀だなあ。

 

「e38182e38082e38182e381b6e381aae38184e381a7e38199e38288efbc81e38080e38182e38081e8b6b3e58583e38081e8b6b3e58583e381a7e38199e38288e381a3efbc81」

 

 ……?

 あ、足元か。

 おー危ねえ、ナノブレードの破片だ。

 考え事しながら踏んでたら普通に足無くなってたな。

 あっぶねあっぶね、完全に踏むルートだった。

 

「e38193e381aee4babae38081e38282e38197e3818be38197e381a6e383a9e382a4e382b9e38288e3828ae3818ae381a3e381a1e38287e38193e381a1e38287e38184e381aae381aee3818be381aae280a6e280a6」

 

 

 ありがとう、ライス姫。

 サンキューシャワー。

 俺も頼れる大人ポジを堅持するため、もうちょいしっかりしないとなあ。

 

「e38289e38081e383a9e382a4e382b9e3818ce38197e381a3e3818be3828ae38197e381aae38184e381a8e280a6e280a6e38193e381aee3818ae58584e38195e38293e38081e38186e381a3e3818be3828ae381a7e6adbbe38293e38198e38283e38186e3818be38282e280a6e280a6efbc81」

 

 ……うん?

 あの、ちょっと、なんで俺の腕を抱いてるんですかね。

 待ってくれ! これ後でセクハラ案件になって処刑されない?

 辺境惑星追放刑とかならない?

 ならないといいんだが。

 もしそうなったら命乞いの時間だけはください。お願いします。

 

 抱き締められて分かったことは三つ。

 この子には乳がないこと。

 乳がないから俺のメンタルがギリギリセーフであること。

 そして、俺の腕を抱き締めようとしてもこの子の身長だと、手首の方しか抱き締められないということだ。

 妹とか娘とかにすがりつかれた男の気持ちって、こんなんなんだろうか。

 庇護しないと。

 

 っと、うん。

 こっちだ。

 こっちに行けば、たぶんある……あったあった。

 

「e38188e381a3e280a6e280a6e38193e3828ce381a3e381a6e280a6e280a6e6a99fe6a2b0e381aee38081e381a9e38186e381b6e381a4e38195e38293efbc9f」

 

 機神第六世代『ギガス』。

 全長22m。重さマイナス20t。

 馬型の運搬用機神だ。

 前世代までの多機能高級路線の反省を生かし、一切の戦闘力を持たない代わりに、内部に圧縮空間を保有することによる圧倒的な運搬能力と、無補給長期活動能力を備えている。

 低コスト化も成し遂げ、どんな星系でも一機は見る代物だな。

 圧縮空間を生成・維持する胸部と同じくらいのコストで作られた足は、比較的高級なパーツだが、水上でも宇宙でも太陽の上でもさらりと走れる。

 僻地開拓において最も活躍した第六世代の一つに数えられる。傑作機だな。

 

 やー、運が良かった。

 世界が衝突融合した時点で、ほとんどの街も、ほとんどの基地も、ほとんどの機体も破壊されていて無事残ってるものはほぼなかったはずだ。

 無かったはずだけど、奇跡的にこいつは残ってた。

 まさに天文学的確率での奇跡だ。

 完動状態のギガスが歩いていける範囲にあった幸運と合わせりゃ、コイントスで1万回連続で表が出続けるくらいの確率なんじゃないかこれ?

 

 あるいは……ライス姫がこの幸運を招き寄せてくれたんだろうか。

 ははっ。

 おもしれー。

 ライス姫は居るだけで俺に幸運をくれる幸運の女神かなんかかもしれないな。

 

「e381a7e38282e38081e8a68be3819fe38193e381a8e381aae38184e381a9e38186e381b6e381a4e38195e38293e381a0e280a6e280a6」

 

 ん? なんだこの反応? 筆談してみるか。

 

 ……え?

 馬を知らん?

 なんで?

 君ウマ娘とかいう生物なのでは?

 じゃあ馬を素材に人間と融合させた新世代亜人とかそういうのじゃないの?

 そういうのじゃない?

 あ、そうなんだ……えええ?

 

 筆談、筆談、筆談。

 

 ……なるほど?

 つまり、俺の世界にウマ娘がいないように?

 ライス姫の世界には馬がいない?

 なんじゃあそりゃあ。

 もしかして今回の実験失敗で初めて、ウマ娘と馬が同時に存在する世界が出来てたりするんですかね……?

 なんてトンチキなんだ。

 ライス姫の世界で『馬鹿』とかの言葉がどうなってるのかマジで気になるんだが……!

 

 ま、いっか!

 俺のバッグに入ってた飲食物が尽きる前に到着できてよかった。

 よく頑張ったなお嬢さん。

 不安な中、この距離をよく頑張って歩いたな。

 

「e38182e38081e9a3b2e381bfe789a9e280a6e280a6efbc9fe38080e3818fe3828ce3828be38293e381a7e38199e3818befbc9fe38080e38182e3828ae3818ce381a8e38186e38194e38196e38184e381bee38199e38082e280a6e280a6e383a9e382a4e382b9e3818ce4bd95e3818be9a3b2e381bfe3819fe3819de38186e381abe38197e381a6e3819fe381aee38081e58886e3818be381a3e3819fe381aee3818be381aae38082e38288e3818fe591a8e3828ae38292e8a68be381a6e3828be4babae381aae38293e381a0」

 

 ふっ。

 何言ってるのかさーっぱり分からん。

 連れ回したことの文句とか言ってんのかな。

 マジごめんね。

 筆談でここまで頑張って歩いてくれたことを褒めに褒めておいてやろう。

 

 

 あ、めっちゃ照れてる。

 これは言葉が通じなくても一発で分かるわ。

 かわいい。

 

 さて、乗り込むか。

 俺が動かせるといいんだが。

 ちょっと待っててくれライス姫。

 ……ちょっと待ってて?

 待っててくれ!

 腕離して!

 すぐ戻って来るから!

 怖いのは分かるけど何かあったら頼れる俺がすぐ戻って来るから待ってて?

 

「e8b6b3e58583e381abe381afe6b097e38292e4bb98e38191e381a6e381ad」

 

 

 ……いやなんかこれ俺が心配されてる気がしてきたな。

 さっきナノブレードうっかり踏みかけてたから心配されてるのか……?

 あ、筆談でそう言ってきた。

 はい、すみません。

 無事に帰ってくるんで待っててください。

 ご心配かけて申し訳ありません。

 

 さーて、ギガスの足から頭まで登って行かねえと。

 記憶がねえからか、デカい機械の馬の内部を登っていくのが新鮮でワクワクするな。

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 ……やっべ。

 こういうのどう開けるんだっけ。

 ヤバい!

 ドア……ドアってどうやって開けるんだっけ!

 そういや最初に屋外に出た時はドアとか触ってねえしそれ以後もドア触れてねえ!

 ドアの開け方忘れてる!

 ドアは開けるものだって記憶も開けたような記憶もあんのにドアの開け方が分からない!

 なんだっけ!?

 めっちゃ当たり前のことなのは分かるのにその当たり前をどうすんのか分かんねえ!

 た、助けてくれ!

 

 あ。

 

 

 はい……心配かけてすみません……。

 全面的に俺の不徳の致すところです。

 ちょ、ちょっと待っててくれ。

 もうちょっと、もうちょっとで思い出すから。

 あ、おいおい、その辺のボタンに勝手に触ると危なっ―――

 

 

 

 

 

 

 おっ……おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!

 

 うっ、動いた! ライスシャワー! その指が! ボタンを押して! 解決!

 

 その小さく細い指からは信じられない神の指!

 

「あ……ありがとうライス姫! 我が幸運の女神!」

 

「e38188e38081e382a8e383ace38399e383bce382bfe383bce381bfe3819fe38184e381a0e381a3e3819fe3818be38289e38081e4b88ae381abe8a18ce3818fe3839ce382bfe383b3e68abce3819be381b0e38184e38184e381a0e38191e3818be381aae381a3e381a6e280a6e280a6」

 

「マジでありがとう! 記憶失って最初に出会ったのが君でよかった! ありがとう!」

 

 全力で、全力で、感謝しないと。

 

 あ。

 

 照れてる。かわいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライス姫はその辺の椅子に座っててもらおう。

 ええと、大丈夫大丈夫、ドアの開け方は忘れてるけど他は覚えてる。

 椅子に座って。

 血液認証機に指を入れる。

 チクリと針が刺さる痛みを我慢して、DNAの同種族認証をクリア。

 各計器が点灯する。

 

 

 起動パス入力して立ち上げて、と。

 んーと。

 パスワードが三つ同時に存在するトライクォンタム式か。

 常に変動し続ける三つのパスワードが量子的に重なった状態にあり、特定の量子状態にある暗号鍵を入力して、不確定状態の情報をパスワードとして使うベーシックなセキュリティシステムだったはずだ。

 俺の生体素子で行ける? 行けてくれ。行けーっ! 行けたー! 行く行く行くー! うおおおおおおお! エロ同人の女みたいな言葉を吐いてしまった!

 ふぅ。

 マジでよかった……これで動かなかったら本当にどうしようかと。

 

 いざという時ライス姫がギガスを動かせるよう、大昔の……俺から見れば大昔だが、こっちの世界の文明レベルで見れば一般的な文字入力のみのセキュリティに変更しておくか。

 

「ライス姫、好きなもんとかある?」

 

 筆談でさらさらと会話する。

 へぇ、パンが好きなのか。

 たとえば?

 最近好きなのは?

 ほう、メロンパン。

 見る目がありますね。

 一万年以上宇宙で一番人気を争っていたパンですよ。

 好きな食べ物もなんか可愛げがあるな……まあいいや、これパスにしとこう。

 メロンパンってカタカナで入力したら動かせるようにしといたからよろしく。

 

「e38193e381aee4babae38081e383a9e382a4e382b9e381aee38193e381a8e784a1e69da1e4bbb6e381a7e4bfa1e38198e58887e381a3e381a6e3828be38191e381a9e38081e5a489e381aae38193e381a8e38195e3828ce3819fe38289e381a9e38186e38199e3828be3818be381a8e3818be88083e38188e381a6e381aae38184e381aee3818be381aae280a6e280a6」

 

 さて、まずこの混ざりに混ざった世界がどういう地形になってんのか情報を集めよう。

 でないと、どっちに行けばいいのかも分からない。

 タイムマシンを作るためには、"必要なもの"を確保しに行かないと。

 

 目的地は十箇所。

 あの人が……誰だったか……まあいい。

 日本の『神殿』十箇所のどこかに、タイムマシンの設計図を隠したと言っていた。

 俺のDNAデータがあればその設計図のデータロックを解除できる。

 ただ、今の混ざりきったこの世界のどこの十箇所なのか、まだ分からない。

 

 まあ昔はよくあったとか聞く、メガネ付けたままベッドで寝てしまった翌朝の行方不明メガネみたいなもんだろう。

 機械に見つけてもらう方が早い。

 

「管制システム。現在の日本の国土データを収集して整理して出せ」

 

『了解しました。地形、地名、地勢のデータを収集、表示します』

 

 管制システムがハッキング、観測、情報残滓の回収、量子ネットワークからの情報構築など、ありとあらゆる手段で『今の世界』の土地情報を収集していく。

 

 なるほど。

 なるほど。

 なるほど?

 

「指定した座標にマーキングを。目的地十箇所の入力を行った時点で終了とする」

 

『了解しました。座標の入力をお願いします』

 

 座標は丸暗記してる。

 俺の世界では『十の神殿』だった場所は、こっちの世界の土地や建物と融合したりして、そのまんまの座標にあるはずだ。

 こっちの世界の住所に照らし合わせると、この十箇所。

 

 北海道札幌市中央区。

 北海道函館市。

 福島県福島市。

 千葉県船橋市。

 東京都府中市

 新潟県新潟市北区。

 愛知県豊明市。

 京都府京都市伏見区。

 兵庫県宝塚市。

 福岡県北九州市小倉南区。

 

 そんで、現在地が福岡の北の方。

 

 

 こうなるわけで。

 ……やべえ、地名に馴染みがない。

 俺の世界でも昔の日本の地名はこんな感じだったんだっけ?

 違和感が凄すぎて脳味噌おっつかない。

 島じゃないのに広島とか狩猟ばっかしてそうな鳥取とか何を考えて名付けたんだこれ。

 

「e38182e3828ce280a6e280a6efbc9f」

 

 うん?

 どした?

 内陸部なのに魚の名産地とかいう欺瞞に満ちた土地に違和感でも持ったか?

 そこは湖があるからいいんだよ。

 俺の世界でもそうだった。

 あ、違うみたいですね。すみません。

 

 ……へえ?

 神殿の場所が全部ウマ娘の中央所属レース場と同じ?

 東京レース場とか中京レース場とかがある?

 へぇー。

 偶然……あるいはなんらかの因果があったのかね。

 こっちの世界ではURA?とかいう勢力が確保してた土地が、俺の世界での『神殿』を作ってた勢力と平行世界の同一組織で、ウマ娘の有無によって違う歴史を歩んでたとか……まあどうなんだか分からんな。後で調べとこ。

 

 ここ一ヶ月はトレセン学園のウマ娘達がG……GⅠ(じーいち)

 筆談だから読みは自信がねえ!

 GⅠ(じーいち)とかで将来走るために平日の練習でこの十箇所のレース場を知り合いのウマ娘が回ってた?

 みんなデビュー前?

 ライス姫もデビュー前で友達が何人かいたみたいな話?

 ほー。

 デビュー前ってのがピンと来ないが、デビュー前のウマ娘は各地を巡ってて、『神殿』と混ざってるであろうレース場の近くに居たかも、みたいな話か。

 この理解で合ってる? 合ってるよな?

 ああでもそれなら、ライス姫は俺より現地に詳しかったりするかもな。

 いざという時、助かるかも。

 

 そういう前提があるなら、行く先々でお友達のウマ娘を回収できるかもな。

 ライス姫のおかげでどうにかここまでこぎつけたんだ。

 ライス姫のお友達くらいは助けて行ったって、バチは当たらないだろう。たぶん。

 

 筆談でそのへん伝えとくか。

 あ、軽くライス姫のお友達勢の特徴とか聞いとくか?

 その方が見つけやすくはあるか。

 いや……ウマ娘特有の表現されたら俺にも分かんないかなぁ……?

 

「e280a6e280a6e38184e38184e381aeefbc9fe38080e38182e3828ae3818ce381a8e38186e280a6e280a6」

 

 

 あー。

 なんかやっぱ、筆談なくてもなんとなく言ってることが分かる気がする。

 この子は本当に分かりやすい。

 それが、今は本当に助かる。

 疑わなくて済むっていうのは、本当に助かることだ。

 

 さて。

 

 行くか。

 

 ゆっくりと、世界を救いに。

 

 競争相手なんて居ない。一着もビリもない。ゴールにさえ着けば俺達の勝ちだ。

 

 まず向かう先は、ここから北上して、下関?方面に向かって、北九州?の果てに。

 

 福岡県北九州市小倉南区、小倉レース場を目指す。

 

「そこでタイムマシンの設計図見つかったらすぐに終わるんだが、それは流石に期待しすぎか」

 

 その時。

 ライス姫のお腹がくぅと鳴って、ライス姫の顔が真っ赤になった。

 思わずくすっとしてしまった俺は悪くない。

 だからそんな目で見ないでくれ。

 次回からは気をつけるから。

 

 『食べ物確保しながら進んでいこうか』と俺は書いて示す。

 

 『ごめんなさい』と書いて見せてきたライス姫に、俺は苦笑した。

 

 『俺もお腹空いて死にそうだから』と書くと、ライス姫は微笑んで、ぺこりと頭を下げてきた。

 

 構わないさ。

 急ぐ旅でもない。

 ゆっくりと、できる限り、君の苦しみが少ない道を行こう。

 

 

 陽が沈んでいく。

 月が現れ、星が姿を見せ始める。

 木々の合間から闇が這い出て、街を飲む火が穏やかになって、緩やかな風が吹いている。

 静かな夜に、柔らかな空気、生き残った虫の鳴き声がさざめくように混ざっていく。

 月に叢雲。

 華に風。

 俺の世界とこっちの世界、どちらにもあったものが混ざり合って、流れていく。

 

 ゆっくり行こう。

 

 これから救う世界の景色を眺めながらでも、きっと世界は救えるはずだ。

 

 

 




12/20追記

https://dencode.com/ja/string/hex
別にセリフを読めなくても問題はないですが、ウマ娘サイドの言語はコレを使うと読めます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「素敵な歌だね」

 うーんダメだ。

 見つかんねえ。

 福岡県、小倉レース場。

 ここは外れだったか。

 

 日本の『神殿』、その最南端として坐す巨大ターミナル。

 『丑の神殿』。

 もう今は見る陰もない。

 レース場なんだか街なんだかターミナルなんだか見て分からない。

 全部壊れて、全部混ざっていた。

 

 

 即席のありものでサーチ端末を作ったが、これだけ反応が無いなら、ここにタイムマシンの設計図があるってことはないだろう。

 端末はいくつも作れたが使う人間がいねえ。

 人間の生体活動から稼働エネルギーを吸って動くバッテリーしか予備が無かったから人間……とあとウマ娘が使うしかねえ。

 つまり今は俺とライス姫しか使えない。

 どうすっかな。

 ライス姫のお友達とか見つけたら手伝ってくんないかな。

 無理強いはできないけども。

 

 『計画』は、あとは俺がタイムマシンの設計図を見つけるだけで最終段階に入る。

 

 国内十箇所、残り九箇所か?

 そこを巡ってタイムマシンの設計図を見つける。

 馬の機神(ギガス)には汎用製造機もある。

 設計図さえ見つければタイムマシンは作れるはずだ。

 タイムマシンを作って世界がこうなる前まで情報時間遡行を行い、全て無かったことにする。

 それでようやく、こっちの世界は救われるだろう。

 

 もうすっかり夜だし、今日の活動はここまでだな。

 ライス姫を探そう。

 

 

 不思議な夜空だ。

 比較的近くの並行世界の地球同士が衝突融合したんだから、こっちの世界にも俺の世界と同じ月はあるのは分かる。

 だけど、俺の世界の月は大昔に地球から離脱していったはずだ。

 

 月、か。

 こっちの世界もそうだったかは知らん、が。

 俺の世界の月は大昔から、年に4cmくらい離れて行ってた。

 

 月が地球の周りから完全に離脱すれば、大災害が起こる。

 あるやつは地球から逃げて、あるやつは月が無くなった後も地球で人が生きられるようにコロニーを作って、あるやつは月の軌道を修正しようとした。

 で。

 修正に失敗して、予想より遥かに早く月はすっ飛んでいった。

 しばらくいなくならないはずだった月がすぐになくなって、人類の多くが大慌てで地球から脱出して、宇宙に新天地を探しに旅立った。

 

 そうして、大宇宙時代が始まった。

 俺の手持ちの記録情報に間違いがなければ、そうであるはずだ。

 

 月、か。

 俺が知る限り、恐竜と似たような扱いを受けてたもの。

 漫画でしか見ないようなもの。

 創作の大人気要素だったもの。

 大昔にあったらしい素敵なもの。

 地球の手元から逃げ切った逃亡者。

 

 この世界の人は、月に何を想ってるのか。

 研究してまとめてみたいもんだが。

 

 

 お、ライス姫。

 頑張ってくれてるな。

 本当にありがたい。

 あの服、着ると身体能力が上がるんだっけか。

 おもしれー生き物だなウマ娘……っと、もういいよって言ってやらないとな。

 

 ぼちぼちご飯の時間にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 せっせこせっせこ。

 食事を用意用意。

 街から回収した食料を用意用意。

 海と山からもいい感じに食料は確保できたし当分は大丈夫だな。

 

 

 ギガスに内蔵の食料プラントもあるが、限界はある。

 こっちの世界は俺らの世界よりだいぶ前の文明レベルに感じる。

 食料規格統一以後の文明と比べて、味が乱雑なはずだ。おそらく。

 

 "この味が正しい"がまだない時代のはず。

 "正しい味以外を好きになってはいけません"もまだないはずだ。

 街のサーチをした時に、人体に有害な……タバコ? とか、寿命に悪影響を与えるコーヒー? とかも発見した。

 あんなもんが残ってる文明とか、俺の世界の面倒な人権団体が見つけたら卒倒して失禁してそのまま脳が溶解しかねない。

 たぶん俺の想定以上にこっちの文明は原始的なんだろう。

 ま、原始的な文明と進歩した文明に上下関係とかないんだから、好きにすればいいんだが。

 

 サーチで得た情報からこっちの食文明は大まか把握できてる。

 ライス姫の身体組成からも推測は可能だ。

 生物の身体は食った物から出来てるんだからな。

 後はライス姫に食ってもらって、そっから認知のズレを直しておこう。

 

 

 パン。

 パン。

 よし上手く焼けてるな。

 たぶん。

 この焼きたての香り、こっちの文明人だと美味しそうに感じるんだろうか。

 香りが食欲をかき立てるのはどっちの文明でも共通の概念だと信じたい。

 トイレの匂いで食欲が増すのはアーミ星系のキチガイどもだけで十分だ。

 あと、炊いた米も出しといて、と。

 

「e38184e38184e381abe3818ae38184e280a6e280a6」

 

 ……ううん?

 あれ、どうしよ。

 こっちの世界の人間はパンを甘くして食ってるのか?

 しょっぱくして食ってんのか?

 果物と肉どっちを合わせんのがメジャーなんだ?

 なんだパン。

 どうしたんだパン。

 お前は一体なんなんだ?

 

「e38193e381aee4babae38081e88083e38188e38194e381a8e38197e381a6e3828be69982e38081e8a1a8e68385e3818ce38193e3828de38193e3828de5a489e3828fe381a3e381a6e381aae38293e381a0e3818be3818be3828fe38184e38184e280a6e280a6」

 

 こっちの世界の電子媒体にはどっちも記録されてるな?

 あれ?

 パンは甘くする? 塩っぽくする?

 どっち?

 どっちも?

 ライス姫にはどっち出せばいいんだ?

 助けてくれライス姫。

 いや、名前からして米には詳しくてパンには詳しくない可能性があるな!?

 

 ってか柔らかいパンと硬いパンどっちがいいんだ。

 どっちもあるじゃねえか。

 もうちょっと調べてみるか……サーチで街に残ってる本を調べてみて、と。

 

 揚げる?

 油?

 乳製品?

 別穀類混ぜもの?

 ライスパン?

 なんだこのハンバーガーとかいうの。

 肉と野菜と乳を同時に挟むな欲望の具現か?

 

 ダメだ。

 わからん。

 助けてくれ。

 俺の世界くらいパンの正解を固めといてくれ。

 この多様性は俺の脳にはとっくに毒だ。

 パン・牛肉・野菜・乳製品・砂糖・塩・氷菓子・豆腐・竹輪あたり一緒に出してライス姫に勝手に選んでもらおう。

 たぶんそれならしくるまい。

 

 

 エビ入れて、鶏肉入れて、野菜もりもり入れて。

 なんか街にあったスープの素とかいうの入れて。

 煮込み煮込み。

 塩加減調整。

 塩分の基準点はライス姫の身体構成物質の塩分割合から推定。

 たぶんこのくらいの塩加減が美味く感じるはず。

 うーん。

 肉と野菜は大きめに切ったのをもうちょっと入れておくか。

 

 馴染みがあるようでないな、汁物料理。

 色んな星系で一番見るメシではある、あるんだが。

 普通は胃腸が退化した種の人類に合わせて、固形物がまったくないドロドロの汁物にするのが一番メジャーだからなあ。

 普通、誰でも食べられる食事が一番人気になるもんだ。

 固形物が食える人類と食えない人類、どっちの客も掴めるわけだし。

 それがこっちの世界ではまだ固形物ありの汁物がメジャー、と。

 人類のほぼ全員が胃腸退化してないから、と。

 おもしれー。

 

 固形物が残ってる汁物か。

 なんというか、やっぱ違和感があるな。

 俺も胃腸退化してないし、俺の世界で食ったことがないわけではないけども。

 俺の世界の、こういう形の残ってるエビや野菜を見ると吐き気を催す人類とか、そういうのは居ない世界なんだなあ。ふむ。

 

 この方向性でいいのか?

 異世界の人間に料理を作る正解なんて知らねえしな。

 ライス姫、俺間違ってない?

 間違ってたらごめんね?

 

 

 ……大丈夫そうだ。

 女子の顔色窺いながらメシ作るなんて俺も初めて……初めてか?

 自分のことなんて覚えてねえわい。

 感覚的には初めてな気がするからまあ初めてでいいだろう。

 

「e381aae38293e381a0e3818be38081e381a8e381a3e381a6e38282e3818ae38184e38197e3819de38186e381a0e381ad」

 

 なんかわくわくしてる顔してんな。

 期待が無言でも伝わってくる。

 うむ。美味い飯を作ってやろう。

 作れるか分からんが、できる限りは手を尽くす。

 

 パン。肉と野菜のスープ。これで栄養は十分だろうか。

 

 あ、燃料が十分じゃねえや。

 鍋の火が消える!

 あかんあかん!

 お、ライス姫が木の枝を放り込んでくれてる。

 ありがてえありがてえ。

 この子、周りをよく見てるな……気遣い屋というか、優しい子というか。

 よくよく、その精神性に助けられてる気がする。

 

 筆談で礼言っとこ。

 あ、照れてる。

 かわいいなこいつ。

 

 今の内に材木作っとくか。

 

 その辺の木を手刀で切って、と。

 

 

 ええと。

 火力の調整計算はここでしとかないといけないんだよな。

 少数の大きい木はゆっくり長く燃える。

 大量の細く小さい木は速く激しく燃やせる。

 だから、えーと。

 料理に最適な火力を出すには、ここでどのくらいのサイズと数にするかを考えて切り分けるんだから……ええと……だいぶ原始的な計算してるな俺。

 

 こうだこう。

 

 

 これが最高のスープを作るための最適なサイズと数の木だ……!

 ククク。

 ざまあねえな。

 あんなにご立派だった木が見る影もない。

 お前はこれから女子を喜ばせるためのメシの糧となるんだよ……!

 すみません。

 そんでありがとう、樹木さん。

 正直、森で生きてただけの木を燃やすために切り倒すのもちょっと心が痛んだが……タイムマシンで全部無かったことになったら蘇るだろうから、勘弁してくれ。

 

 

 滅びた後の世界で、あんたを燃やして得る暖は、かけがえのない命の糧だ。

 俺はともかく、彼女には必要なもんだろう。

 

 鍋の火に手をかざして、ライス姫はぬくぬくと暖を取っている。

 今日の夜は彼女にとってだいぶ寒かったようだ。

 そんな中、懸命に俺の探しものを一緒に探してくれたことに頭が下がる。

 火の暖かさを喜ぶ彼女の顔がそのまま、頑張ってくれた彼女の懸命さの証明だ。

 

 『ウマ娘』という生き物を俺はよく知らないが、俺の世界の旧世代の人間と、違うところはあまり多くないのかもしれない。

 

 っと。

 危ないぞ、ライス姫。

 今しっぽが火の中に入りそうになってたぞ。

 なるほど……こういうところは人間より事故りやすいのか……人間は前しか視えなくても問題はないが、ケツにしっぽがあるウマ娘には固有のリスクがあるんだな……うん。

 頭の上の耳がでけえから、壁に隠れて銃撃戦とかしてる時にスナイパーに壁から飛び出た耳とか撃たれてそう。

 どうなんだろうか。

 

「e381b2e38081e381b2e38293e381a3e280a6e280a6e38182e381a3e38081e58db1e381aae3818be381a3e3819fe38181e280a6e280a6efbc81」

 

 

 おーおー。

 危なかったな。

 怖かったな。

 どうどう落ち着け。

 まあ、街を見る限り、この文明レベルなら焚き火とかしたことのない女の子なら結構居そうだもんな……気を付けような。

 

「e38194e38281e38293e381aae38195e38184e38081e38194e38281e38293e381aae38195e38184e38081e38194e38281e38293e381aae38195e38184e280a6e280a6e3819de3828ce381a8e38081e38182e3828ae3818ce381a8e38186」

 

 ん?

 そんなぺこぺこ頭下げなくていいって。

 いやいいって。

 そんなお礼言わなくても……いやもういいって!

 義理堅いな!

 別に迷惑かけられたとか思ってないからいいって!

 

 うーむ。

 立ち回り気をつけるか。

 "申し訳ない"って彼女ができるだけ思わないようにしよう。

 

 とにかくメシだメシ!

 

 

 さあたんとお食べ。

 ……"たんと"ってよく使ってるけどよく分かんねえ言葉だな。

 なんだろこれ。

 たんと、お前はなんなんだ?

 まあいいか。

 たんとお食べ、遠慮は要らんぞ。

 

 お、いい顔で食うな。

 いい子だ、もっと食え。

 遠慮は……ん?

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 いや、よく食うな!

 めっちゃ食うなこの子!

 予想の十倍は食ってる!

 やっべ、二人分で明日の分まで作ったつもりが、完全にこの子の一食分に収まりそう。

 追加、作るか……まあ俺はこういうメシ食わなくても平気ではあるんだけども。

 この子が腹一杯になれないまま終わったらちょっと嫌だしな。

 

 

 くしくし。

 串串。

 

 

 美味しく焼けてくれよ~。

 しかし、知らん魚だな。

 まあ魚って分かるだけいいか……いいのか? いいな。

 もうちょっと他にも作っとくか。

 足りないといけないしな。

 たんとお食べ。

 いやもう既にたんと食ってるな。

 "たんと"と言うかもう"ドンと"食ってる気がしますね。

 

 

 せっせこせっせこ。

 

「e38182e38081e38182e381aee280a6e280a6」

 

 ん?

 

 

 なにか言いたげだな。

 筆談筆談。

 ほうほう。

 なるほど。

 自分ばっかり食べてるから申し訳なくなったと。

 俺の分まで食べちゃってる気がしてきたと。

 だからこれ以上食べるのも申し訳ないし、残りは俺に食ってほしいと、ライス姫は言ってるわけだな。

 

 なるほどなぁ。

 いい子だなぁ。

 

 別に大丈夫だぞ。

 食材的にも時間的にもそんな不安があるわけでもない。

 俺は今食う必要ないしな。

 君が腹一杯になるまではなんか作ってるよ。

 

 お、筆談。

 なになに?

 ? 俺と一緒にメシ食いたい?

 一緒に食べたいから全品出来るまで待ってる?

 それまでライス姫はメシに手を付けない?

 どういうことだ。

 んん?

 

 大人は子供を育てる奉仕種族。

 普通、一緒にメシ食ったりはしないもんだろう。

 ……?

 なんだ?

 筆談がズレてきたな。

 なんかズレてるのか?

 どこで勘違いが生まれてる?

 

「e280a6e280a6e381aae38293e381a0e3828de38186e38081e381aae38293e381a7e38193e38293e381aae381abe5999be381bfe59088e3828fe381aae38184e38293e381a0e3828de38186e280a6e280a6efbc9fe38080e3819de38186e38184e38188e381b0e38081e6b097e381abe381aae381a3e381a6e3819fe38191e381a9e280a6e280a6」

 

 え?

 俺が何歳か?

 大人に見えるけど見えない時があって何歳か分からない?

 何歳……?

 んん?

 もっかい筆談の内容読み返すか。

 よく分からん。

 ……いや、読み返しても分からん。

 ……?

 ……ああ。

 なるほどなるほど。

 今検索して、こっちの世界の年齢の概念を把握した。

 はーん。

 おもしれーなー。

 

 俺が言ってるのは、子供、大人、正人間のことだな。

 全部人間ではあるけども。

 大人は普通、人口受精卵を二週間で成人段階まで育てて作るんだ。

 俺の世界ではそうなの。

 そうして出来たのが俺。

 大人って言うやつね。

 

 そんで上の階級の人達が、普通に二十年くらいかけて成人して、二千年くらい生きる正人間で、その正人間から自然な性交で生まれるのが子供。

 『姫』とかな。

 ああいうのが子供だ。

 俺達は大人として作られて、必要なデータフォーマットと倫理道徳プロトコルを入力され、子供を大切にする大人としてロールアウトされる。

 

 大人は子供を守る。

 大人は子供を育てる。

 大人は子供を身を挺してでも庇う。

 大人は子供を愛する。

 大人は子供を導く。

 大人は子供の行く末に責任を持つ。

 

 俺達は理想の大人として製造されて、そう生きる。

 理想的なデータだけを入力されて人格を形成した俺達は、様々な個性を獲得しながら、子供にとって最も都合の良い存在として確立する。

 やがて俺達大人に育てられた子供こそが正統な人間として成人する。

 そういうもんでな。

 

 俺はプロトコルの関係上、生誕20年以内の子供に奉仕することを義務付けられている。

 

「e38188e381a3e38081e38198e38283e38182e280a6e280a6」

 

 だからこっちの世界の基準だと、俺はロールアウトから9年経過した個体だから、満9歳ってことになんのかな。

 

「e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188efbc81efbc9fefbc81efbc9fe38080e3818de38285e3808139e6adb3efbc81efbc9f」

 

 

 なんでしっぽが燃えかけた時と同じような顔してんだよ!

 

 え?

 そんな驚くことか?

 生誕からの年数そんな関係あるか?

 お前の世界で言えば、同型機という前提で、作られてすぐのスマホと10年のスマホって、壊れるまでの残り年数を10年使ったか使ってないかの違いしかなくねえ?

 

 俺は大人として作られたから大人だし。

 作られてから9年経ってんのは、残り時間を既に9年使っただけのことでしかない。

 新品の方が経年劣化してない分相対的に性能は高い、みたいな面もある。

 

 お前の世界では"20歳になったから大人"っていう定義があるんだろ?

 でも、普通経過年数だけで大人かどうか決定するのって無理じゃねえ?

 お前の世界には生誕から20年経っても精神的にはガキなままの人間いないのか?

 居るだろう?

 

 お前の世界でも、俺の世界でも、大人と子供の境界は『精神性の違い』による線引きだろ?

 で、お前の世界では生まれてからの年数で曖昧に適当に区切ってる。

 俺の世界では必要なデータ量が脳に入力されてるかどうか、規定の規格を満たしているかどうかだけで決まる。

 だから俺は大人。

 君は子供。

 俺はそう思ってる。

 分かる?

 

「e3818ae58584e38195e38293e4b99de6adb3e58590e381aae381aee381abefbc81efbc9f」

 

 

 ぐー!

 いまいち理解を得られてない!

 大人として見られなくなってきた感じが実感としてある。

 あれか。

 『どんなに頭が良くても生まれてから十年経ってないやつは問答無用で子供として扱う』みたいな倫理があるのか、この世界……?

 え、どういう文明の育ち方してんのこれ。

 

 わっかんねえ~。

 なんだこの世界。

 異常過ぎる。

 理屈の上では分かるが感覚的な理解ができねえ。

 流石異世界だ。

 倫理観のバランスがふわふわしててよく分からん。

 短期打ち切り漫画の不思議な世界観とへんてこな倫理を見てる気分だ。

 普通脳に大人である条件を満たすデータセットが入ってれば大人でいいんじゃねえの?

 

 とはいえ。

 文明、倫理に、本質的に上下はない。

 違いがあるだけだ。

 どの文明が正解とか、どの世界の倫理が正解とか、そういうのは無いはず。

 大事なのは相手の文明や倫理を否定しないことだろう。

 

 こっちはこっち、あっちはあっち。

 みんな違ってみんなよし。

 他の世界の倫理をズケズケと否定しに行く存在こそが悪だ。

 自分の正しさを疑わないということは、あんまりよろしいことではない。

 常々自戒しよう。

 

 大事なのは尊重、強調、共感、理解だ。

 

 話す時間も無いわけじゃない。

 

 今は、そうだな。

 

 

 彼女の願いに合わせて、一緒にメシでも食べるとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うむ。

 美味い。

 お肉とお野菜美味しいですね。

 お、なんだライス姫。筆談?

 

 なに?

 わさび醤油?

 このソースの名前か。

 これに肉をつけて食べろと?

 おっけ、やってみよう。

 ……!

 なんだ……これは……牛の肉に……穀物原料の発酵調味料らしきものに……植物由来の刺激が加わって……美味い……!?

 ライス姫!

 君は賢者であらせられたか!

 すげえぞ!

 

「e38188e381b8e381b8e280a6e280a6e383a9e382a4e382b9e3818ce4bd95e3818be3818ae5bdb9e381abe7ab8be381a6e3819fe381aae38289e38081e38186e3828ce38197e38184e381aa」

 

 照れるな照れるな。

 お前は天才だよライス姫!

 我が幸運の女神!

 

 いや、なんだ。

 他人と一緒に食うメシって美味いもんだな。

 知らなかったわ。

 

 あ。ほらほら、これ見てみライス姫。

 今その辺の空間に投影するから。

 

 

 え?

 なに?

 分からない?

 こ、これは文字情報や映像情報、音声情報や嗅覚情報とかの五感実感情報まで圧縮した総合情報表示形式で宇宙統一規格で……分からない?

 そっすね。

 すみません。

 もう紙に書いて伝えるけど、俺は馬の歴史したかったんです。

 俺の世界の大昔にあった『競馬』と『競走馬』ってやつ。

 

 人間ではあるけど俺の祖はどっちかというとこっちなんだよな。

 

 

 その顔やめろ。

 今筆談で説明すっから。

 

 こっちの世界には居ないらしいが、野生種の馬ってのは自然界では絶滅しててな。

 人間が利用するために飼育するって形でのみ生存してたわけよ。

 ええっと……ライス姫の世界で言う犬とか牛みたいな?

 そういう感じ。

 

 んで、まあ。

 文明の発展の基本要素だろう?

 『他の生物を利用して効率よく何かを行う』ってのは。

 

 植物を利用して実をつけてもらったり。

 家畜を利用して肉を作ってもらったり。

 ブラックエンドトードを飼って80垓トンのウンコで敵対星を丸々ウンコで飲み込んだり。

 他の生物を利用した方が効率よけりゃ、そうするのがよろしいわけで。

 

 で、馬ってのは人間を乗せて運んだり、見世物になって人間を楽しませてたわけで。

 実利と、人間の精神的な充足、両方を人間に提供するために絶滅しないように生かされてたのが馬ってわけだ。

 ウマ娘はそういうの無いっぽいな。

 なんか馬というか普通に人間という感じだ。

 人間の一種扱いなのか?

 まあいいか。

 

 俺は人間だが、正当な人間と比べるとワンランク下がる。

 子供に実利と精神的をもたらすために製造されるタイプの人間だ。

 だから、大昔の人間が飼ってた馬とか、あのへんに近いんだな。

 社会に利用されるために生み出されるから。

 

 競走馬は人間のために生み出されて二歳までに出来が良かったらレースに出されて、『大人』は人間のために生み出されて製造二年までに頭角を表したら連邦本部に転勤、みたいな。

 まあ似たようなもんじゃないかな。

 

 

 どういう感情の顔……?

 

 どっちかというと、あれだな。

 ウマ娘とかいうこっちの生物は俺の世界の基準で見ると馬より人間に近い。

 俺の世界の『大人』はこっちの世界の基準で見ると人間より馬に近い。

 そういうやつなんだろう。

 

 ライス姫の世界だと普通の人間とウマ娘を内包した『人間』という全体が大まかフラットで平等な世界……なのかな? まだ推測だけども。

 で、俺は正当な人間のワンランク下だから、フラットな平等ではない。

 俺はこっちの世界で言うところの家畜、それこそ競走馬とかの方が近いだろう、っていうのが俺の考える学術的見解ってわけだ。

 

 そういう意味でも俺の世界の『大人』の方が、こっちの世界の『ウマ娘』よりずっと、『馬』に近いような感じがする。

 ううむ。

 不思議な感じだ。

 

 まあ俺は馬と違って草ばっか食ってるってわけでもないし。

 人生に高度な知的生命体特有の充足が伴ってるから、文化的に生きてる人間ということで間違いはないんだが。

 あくまで競走馬とかと社会的位置が似てる人間だよ、くらいの話でな。

 

 

「e381a7e38282e38081e381aae38293e381a0e3818be3819de3828ce381a3e381a6e38081e38182e381aae3819fe3818ce3818be3828fe38184e3819de38186e381a7e280a6e280a6e381aae38293e381a6e8a880e38188e381b0e38184e38184e38293e381a0e3828de38186e280a6e280a6」

 

 人権?

 はー。

 なるほど。

 ライス姫は優しいな。

 俺が苦しい人生を我慢してるんじゃないかとか思ってるのか。

 

 まあこれは、たとえばの話なんだが。

 家畜として扱う人間に十分な知識と自由を与えて、かつ既存の家畜同様の社会益を生み出す新造人間として生産する、として。

 自然に生まれる人間を、義務教育で規格化して、キツい労働に従事させるとして。

 この二つってあんま違い無いんじゃないか?

 って話。

 

 まあこれは俺の方の世界の倫理が到達した結論だ。

 ライス姫の世界の倫理とは、まあ違うかもしれんけども。

 

 人間の権利ってのはなんだ?

 人間の意義ってのはなんだ?

 人間と家畜の違いってのはどこにある?

 人間に都合のいいように人間以外の動物を調教するのと、人間がやりたくない仕事を人間にやらせるために教育するのの何が違うんだ?

 

 人間が真に自由に生きてる社会ってのは、実際のとこあんまない。

 完成された社会でなければ、その文明に生きる人間の大半は社会の奴隷だ。

 社会のために必要な仕事をやりたくもないのにやらされてる。

 「無職は生きてるだけで恥」とか。

 「働かなければ生きている価値がない」とか。

 そういう慣用句こっちにもないか?

 あるよな、うん。

 

 子供の頃の夢とか、こっちの世界はどのくらいの人数が叶えてるんだ?

 そういうのの実現率が低いなら、まあ、みんな何かしらの形で矯正されて、本人がやりたい仕事じゃなくて、社会に必要な仕事してるんじゃないか。

 推測だけどな。

 間違ってたらごめんね。

 ウマ娘で、将来の夢を叶えられたやつと叶えられなかったやつの割合はどんくらいだ?

 生活苦で夢に挑めなかったやつとかもいるんじゃないか。

 

 なるほど。

 そんくらいの割合なのか。

 結構厳しい世界なんだなあ。

 

 じゃあもう、大抵の人間がやりたくない仕事をやるための専用人間作るとか、そうやって作った人間にそういう仕事が苦に感じないような精神データのセットを入れとけばいいよね、って話。

 そうして作られてた正規品の一人が俺。

 そうすりゃ誰も苦しまないだろう?

 全員ハッピーだよな。

 不満もない、不幸もない、不自然もない。

 皆やりたいことやっていけばいいよな、ってこと。

 全員がハッピーの社会は、社会の構造段階から考えないと作れないんだよな。

 

 ウマ娘とかはどうなんだ?

 俺は、『子供に奉仕する大人』として作られた。

 子供にとって理想の、子供の傍に在るための大人だ。

 ウマ娘は生まれた時に何か決まってないのか?

 ライス姫の世界で、ウマ娘は生まれた時から社会で果たす役割が決まってたりしないか?

 

 ふむ。

 走りたいとかの本能があると。

 レースに勝ちたいとかの本能があると。

 でも走る以外の職業に就いてる人もいると。

 はーん。

 ウマ娘が社会において果たす役割は、肉体を労働や興行に使うものが比較的多くて、レースで社会に娯楽をもたらすのが一番メジャーなものってことか。

 

 ま、同じとは言わないけどさ。

 俺も君も、何かの形で社会の歯車なんじゃないかね。

 俺も君も別に嫌々やってるわけじゃないからいいんじゃないかね。

 

 君が俺の身の上にちょっともにょってるのと同じように、俺は『走って人の見世物になる』ことがメジャー化してる君の……というかウマ娘の境遇にちょっともにょるし。

 アスリート的な肉体労働も、人の見世物になんのも、俺はやりたくはないしなあ。

 でも俺も君もやりたいことやってるわけじゃん?

 いい感じに理解を示していこうぜ。

 だからそんな顔しないでくれよ。

 

 上手く伝わってるだろうか。

 筆談って大量の情報を誤解なく伝えるのには向いてねえよなあ。

 

 

 その顔はなんだよ!

 

 え?

 人の頭にデータ入れて嗜好や倫理を制御して望んだ性格の人間を生み出してるってことがなんか受け入れられない?

 家畜というよりロボットみたい?

 そうだね。

 

 ……。

 論破されてしまったな。

 どうしよう。

 今からでもその部分教えなかったことにできない?

 ダメ?

 

 まあ……なんと言いますかね。

 その辺言われてもこう……俺にはどうしようもできないというか?

 生まれた時からこの性格なんだよ。

 どうにもならんわい。

 

 『植え付けられた精神を全て除去しよう』とか言わないでくれよ!

 俺の自我これしかないからな!

 これ消されたり修正されたりしたら今の俺消えるからな!

 流石に自分が消えるのは怖いから嫌だぞ!

 

「e38194e38081e38194e38281e38293e381aae38195e38184e280a6e280a6e585a8e983a8e381afe3828fe3818be381a3e381a6e381aae38184e38191e381a9e38194e38281e38293e381aae38195e38184e280a6e280a6」

 

 自然発生自我至上主義者なんて俺の世界に居たらレイシスト扱いで人権無いぞ。

 以後気を付けてくれ。

 

 

 だから、そんな深く考えるようなことでもないぞー。

 

 あ、そうだ。

 お腹いっぱいになったか?

 そうか、なったか。

 それならよかった。

 

 じゃあ俺洗い物してるから。

 先に馬の機神(ギガス)に戻って休んでていいぞ。

 早めに寝ちゃうのもいいかもな。

 娯楽品はオリエンテーションルームに集めてあるからいつでも使っていいけど、夜ふかしはしないようにな。

 

「ふんふふーん」

 

 っと、水が足らね。

 大気中の水分を誘引、結集、浄化。

 投入投入。

 

「ふんふふーん」

 

 ん?

 

「e280a6e280a6e3819fe381aee38197e3819de38186」

 

 どうした姫。

 先に休んでて良いんだぞ。

 はて。

 なに?

 俺が歌ってて楽しそうだったから、見てて楽しかった?

 こりゃ見苦しいものを。

 申し訳ない。

 

 歌の名前?

 無いな。

 主式はαの2の甲だよ。

 え?

 分からん?

 そうなの? 分からんの?

 ……筆談で音楽の話するのダルそうだな。まあいいか。

 

 ふむふむ。

 えーと、なるほど。

 おっけーおっけー、何が分かってもらえてないのか分かった。

 

 音楽ってのは、宇宙共通の娯楽だろ?

 なにせ、本質的には音がなくてもいい。

 リズムと旋律があれば振動だって音楽だ。

 風が木々を揺らせば、足が地面を叩けば、虫が羽を擦れば、そこには音楽がある。

 宇宙は粒子と波で出来てるが、音楽ってのは波で、宇宙が波で出来ている以上、音楽ってのは宇宙のどこでも生まれるものなんだよ。

 

 だから、基本形だけあればいい。

 リズムと旋律だけあればいい。

 歌詞とかはなんだっていいのさ。

 

「ギガス、音楽を流せ。主式はαの2の甲だ。形式は空気振動音声式」

 

『入力を確認。指定楽曲を指定形式で再生します』

 

 ほら。

 これが今俺が口ずさんでたやつ。

 こいつを適当に聴いて、頭に染み付いたら、各々適当な歌詞を付ける。

 そんで適当に歌うのさ。

 

 俺の言葉と君の言葉は違う。

 ただ、ぶっちゃけ星系が違えば言葉は違って当然なんだよな。

 公共語使えば会話はできるってだけで、違う言葉は違う言葉だ。

 だけどこういう歌は、そういうのはどうでもいい。

 みんなリズムに合わせて適当に歌詞を付けて歌うだけだ。

 

 その内、同じ歌に違う言語で、同じリズムに違う歌詞で皆が歌い始める。

 最終的に皆違う歌詞歌ってんのに、同じリズムの上で重なる歌が出来る。

 そういう歌だ。

 俺の世界じゃこれこそが『音楽』の代表格だよ。

 そっちの世界にはそういうのあんま無いのかもしんないけどな。

 

 俺は、別に好きな歌手とかはない。

 好きな歌詞とかもない。

 人気歌手の音楽媒体セットも買わん。

 ただまあ、これは好きだ。

 

 皆で違う言葉で歌う。

 皆で違う歌詞で歌う。

 皆の違う歌が一つの歌になっていく。

 だからな、録音しといて後で聴いたりすると、思い出が蘇るんだよ。

 だって、同じ曲でもその時のその歌は、その時にしか聴けないんだから。

 

 ある時、ある場所、ある人達とだけしか作れない歌がある。

 

 昔、辺境の蛮族の爺さん達と一緒に歌った。

 次にその街に行った時、爺さん達はもう寿命で死んでた。

 その爺さん達の孫世代が生まれてたから、そいつらと一緒に歌った。

 

 一人一言語を使うめちゃくちゃ面倒臭い星系に行った。

 俺は結局そいつらの言語をほとんど理解できなかったが、歌は通じた。

 全員で別々の言語で歌いまくったよ。

 

 ある戦争で、俺は和平使節団に同行した。

 仕方のない戦争で、最前線で戦ってる男達も、互いを憎んではいなかった。

 終戦を迎えて、両国の男達が酒盛りを始めて、俺も混ざって、戦争の終わりを喜びながら歌い合ったりもした。

 

 いい思い出だ。

 良い記憶だと思う。

 だから、なんとなーくでも歌っちまうんだ。

 色々辛いことがあっても、歌えてる内はまだ戦える。まだ頑張れる。

 記憶を失う前の俺がそういうやつだっていう確信があるんだ。

 

 歌ってると、歌と共にあった記憶が蘇って、忘れてたことも思い出して、二つの世界を救わねえとって気持ちが湧いてくる。

 

「e8be9be3818fe381aae38184e381aeefbc9f」

 

 おん?

 今が辛いか……って書かれてもな。

 そりゃ、記憶は吹っ飛んでるし、世界の命運は俺にかかってるらしいし、ライス姫の世界が吹っ飛んでて罪悪感マシマシだし、そりゃまあメンタルノーダメージってわけじゃあないが。

 平気だ。

 何故なら歌えてるからな。

 

 辛いから無理をするために歌ってるんじゃねえ。

 俺は歌えてるからまだ頑張れるんだ。

 たぶんな。

 

 

 その顔はなんだ……?

 どういうお気持ち……?

 

 まあ、俺は歌いながら洗い物してるから。

 冷える前にギガスの中に戻っとけよ。

 俺が歌ってても、ギガスの中にまで歌は届かないだろうから、寝る邪魔にはならない。

 たぶん。

 

「ふーんふふふん、光り輝く星の上~、夜の闇は逃げ出して、空から人が舞い降りた~」

 

 

 

 

 

 

 

「君と星を追っていこう―――ん? あれ、まだいたのかライス姫」

 

 洗い物は終わったぞ。

 

 筆談で伝えとこう。

 

 

「e3819fe381aee38197e38184e6809de38184e587bae38292e6809de38184e587bae38197e381aae3818ce38289e6ad8ce381a3e381a6e3828be69982e38081e7b4a0e695b5e381aae8a1a8e68385e38292e38197e381a6e3828be38293e381a0e381aae38182e280a6e280a6e381aae38293e381a6e6809de38186e38191e381a9e38081e8a880e89189e3818ce9809ae38198e381a6e3819fe381aae38289e38081e681a5e3819ae3818be38197e3818fe381a6e38081e681a5e3819ae3818be38197e3818fe381a6e38081e381a8e381a6e38282e8a880e38188e381aae38184e381aae38182e280a6e280a6」

 

 なんだ。

 なんだその顔は。

 

 微笑み?

 親しみ?

 いや俺の歌が下手だったから愛想笑いされてる?

 うっ。

 なんかそう見えてきた。

 姫は優しいからそんなこと思わな……いや優しいからこそなんか微妙な表情を浮かべた可能性……ヤバい、動悸がしてきた。

 お、俺は、歌の上手さとかにはそんなに自信ないですね。

 ま、まだ練習で伸びしろがあると思うし?

 やめろ、にこにこと俺を見ないでくれ。

 

 うおおおおおお!

 芸術に造詣が深い姫!

 歌、練習しときます。

 お耳汚しすんません。

 

 今日はもう歯を磨いて寝よう。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「ネイチャさん!?」

 よく走るな。

 うむ。

 ちゃんとアスリートやってる。

 あれで正式にデビューしてないとかまるで思えない。

 

 

 ギガスは機神の中ではそこまで性能が高い方じゃない。

 が、運搬に特化しているため、空間を圧縮する機能は十分に高い。

 小さな街なら丸ごと中に入れられる。

 『街ごと移民』が流行ってた時代の名残だな。

 

 ギガスの内部空間、100万平方メートル程度をライス姫用に割譲して、そこにウマ娘練習用レース場を作っただけだが、まあそんな不満は無さそうで良かった。

 素材の無機物なら外の地面にいくらでもある。

 レース場作って、残りは畑にしとこ。

 にんじん植えとくか。

 

 しかし、よく頑張るな。

 よく走る、よく走る。

 普段は移動も生体素子に頼りっぱなしな俺とは大違いだ。

 生物の自然な肉体を、弛まぬ鍛錬で鍛え続けて、二足歩行の人体の構造限界を超えた速度を更に高めてる。

 中々凄いな。

 ランクの低い生物兵器くらいは今の時点でもう凌駕してそうだ。

 

 ……タイムマシンで全てが無かったことになる、って言ったはずだが。

 なんで努力してるんだろうか。

 その努力も無かったことになるのに。

 やる意味なくねーか。

 その走りに何の意味がある?

 

 

 いや。

 違うな。

 これは、俺の思考の方が間違ってるか。

 

 たとえ無駄になると思えても、努力をし続けること。

 魂が前を向き続けること。

 報われないとしても頑張り続けること。

 その精神が、アスリートとしての在り方の真髄か。

 

 もし、明日世界が消えるとしても。

 

 ウマ娘(かのじょ)は明後日のレースのために、全力で走り続けている気がする。

 

「誰も見てないところでも、もう何の意味もなくても、走るってのは」

 

 応援したくなるひたむきさ。

 世界が滅びたことを理由に走ることをやめたりとかはしない、不器用なまでの真っ直ぐさ。

 たぶんそれを、"綺麗"と言うんじゃないかと、理由なく思える。

 

「本当に、走ることが本能なんだろうな……ウマ娘、か」

 

 

 流れ落ちる汗のひとしずくさえ、流れ落ちる血に見える。

 あれは、一瞬一瞬に全力を込めて走っているやつの証。

 流れ落ちる汗はただの体液じゃなく、命から漏れ落ちた努力の証明だ。

 

 ウマ娘。

 こりゃ、俺の世界には居ない生き物だ。

 泥の中に咲く花はある。

 だが泥の中で綺麗なまま染まらない白紙はない。

 山に魚は居なくて、海の中に鳥は居なくて、政治の世界に綺麗な心の人は居ない。

 そこに絶対に存在しないもの、ってのはある。

 『これ』は、俺の世界には居ない。

 

「あっ、コケた」

 

 息をするように抜けてるなあの子は!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日目、突入。

 世界が融合してから初めての朝だ。

 朝日がだいぶ淡く眩しい。

 世界融合の衝撃・影響で太陽や月の軌道が変わって地球がぶっ壊される可能性も考慮してたが、どうやらその心配も無いらしい。

 いいことだ。

 今日も地球の流儀に合わせて姫が満足するだけのメシを作ろう。

 

 早朝、軽く周辺を探索してる時に、街で雑誌の切れたページを拾った。

 世界の違いと世界の破壊もあって、未だ俺の情報収集は不完全だ。

 具体的に言えば、ライス姫の世界の壊れてないデジタル情報以外は網羅できておらず、アナログな書籍データとかはだいぶ見落としがあると思われる。

 星の情報を全てデジタル化してない世界を知るには、デジタル系のアプローチのみでは決して十分ではない、ということだ。

 

 今の俺はさしずめ、ライス姫の世界で言うところの『スマホでググってなんか分かった気になっているにわか』。

 ダサダサ知ったかぶりおじさんに近い。

 姫の世界について分かったふりをしていてもよく分かってないことばかりだ。

 

 偶然とはいえ、こういう形でアナログな書籍の一部を手に入れられたことは大きい。

 破壊されてない書籍は、今後どんどん発見しにくくなるだろうしな。

 しかも幸運なことに、発見した雑誌のページはどうやら料理に関するもののようだ。

 情報の全体像は見えないが一部はしっかり読み取れる。

 幸運の女神ライスシャワーのおかげと思っておこう。

 

 こいつを活かして、いい感じにメシを作っていこう。

 

 組木に火を、火を着ける。

 ぼぼぼぼぼ。

 

 

 

 料理に使いやすい程度まで火を育てる、と。

 無駄な燃料の消費を抑えるためとはいえ、我ながら地味ぃなことをしている。

 なんとも原始的だ。

 しかし、人間である以上誰もが通った道であるはず。

 火を使わず文明を育てた人類などおるまいという話。

 火をちゃんと使えるようになっておこう。

 

 ……文明が消し飛んでる以上、ギガスのエネルギーすら補給のあてはない。

 まあ、戦闘もしてない機神のエネルギーが切れるってことはまずありえないんだが。

 節約するに越したことはない。

 せこせこしよう。

 

 しかし。

 まあ。

 俺が原始的な食の支度をしていると、なんとも、まあ。

 "俺の世界の残骸"が、ことさら目につくな。

 

 

 しかし、なんとも、何度見ても、うん。

 俺の世界の都市の一部が、そこそこ壊れないで残ってることってあるんだな。

 生存者は居なかった。

 精密機械も全部壊れてた。

 が、街の一部はガワだけそのまま残されていた。

 

 最新技術で作った街は壊れない。

 世界の衝突の衝撃を受けてなお全壊しない。

 でも人間は耐えられなかった。

 そういうことなんだろう。

 

 ライス姫達の世界みたいに、人間も街も等しく壊れて残らなかった方が自然なんだ。

 こんな、最新技術で作られた街だけが残って、人間だけ全滅してるなんてのは、本当は何一つ自然じゃないはずだ。

 

 人間を差し置いて壊れなかった街。

 人間を置き去りにして生き残った街。

 人間を嘲笑うように立ち続けている街。

 

 人間が人間のために作ったはずの街が、人間が居なくなってなお、そこに残っている。

 まるで、人間が生前に自分の墓標でも立ててたかのようだ。

 壊れず残った街の一部が、今は、墓に見える。

 

 生き残った人は居たんだろうか。

 居たとしても、ここに残ってはいないだろう。

 もうちょっと開けた、もうちょっと安全なところとか。

 食料が十分にあるところとか。

 そういうとこに移動している……と、思いたい。

 ここでありとあらゆる人が死んで誰も生き残らなくて、街だけ残ったなんてことになってたら、ちっと虚しすぎるだろう。

 

 ……。

 ……。

 ……。

 この街を作った人達だって、こんなもんを残したかったわけじゃあないと思うんだけどな。

 

 火が育ち切るまで、まだ少し時間がかかる。

 一度、頭の中を整理しよう。

 データの整理が、思考の高速化をもたらすはずだ。

 

 

 福岡県北九州市小倉南区、小倉レース場/丑の神殿には設計図は無かった。

 と、なると。

 次は兵庫県宝塚市―――阪神レース場/寅の神殿に向かうのが最適解であるはずだ。

 

 ライス姫曰く。

 阪神レース場は南に海が見える、海と川の接合点に近いところにあるとか。

 福岡→山口→広島→岡山→兵庫の順に、大まかに海沿いに進んで行けばいい。

 ライス姫が「山陽新幹線沿いに行けば迷わないかも」と教えてくれたから、その通りに行けばたぶん当座は間違いがないな。

 間違いないよね?

 

 なんなんだよこの地形はよ。

 このルートだと山口では山通らねえし広島は島じゃねえし岡山でも山通らねえぞ。

 舐めやがって……!

 しかも山口とか岡山とかいう名前してるくせに山の割合は岐阜とか長野の方が圧倒的に多いじゃねえか……舐めやがって……!

 

 まあいいか。

 火も育ってきたし、今日のところは勘弁してやる。

 だが二度と山が多そうな名前を名乗るんじゃねえぞ。

 

 

 朝から肉。

 でかい肉。

 普通の女の子相手に出すのはアレだが、ライス姫相手に出すなら問題ない。

 たぶん。

 残ったらお弁当にしとこう。

 

 じっくりと肉を炙っていく。

 肉を回して、滑らかに火を通し、全体を均一に加熱していく。

 炎を信じる。

 自分の感覚を信じる。

 焦げないように、かつ皮がパリッとするように的確に。

 最高の肉を仕上げるのは、最高の焼き方だ。

 

 やったことのない焼き方に、俺の心は不安を感じている。

 自己診断プログラムがそれを告げて来るが、構わず無視する。

 あの雑誌のページを信じろ。

 この未知なる焼き方こそが、この世界に定着した焼き方であるはずだ。

 でなければ本に載ってるわけがない。

 信じろ。

 迷うな。

 焼き上げろ!

 

 ……よし! ここで雑誌に記された祝詞(のりと)を口にして、完成!

 

 

 

 

 

 

 これがこっちの世界の肉焼き。

 この世界の肉食文化。

 完成、こんがり肉!

 完璧に理解したわ。

 ありがとう、雑誌のちぎれた1ページ。

 

 

 もうだいぶ『勝った』感じがしてきたな。

 完璧な肉だ。

 この時点で既に満足感しかない。

 

 保温してライス姫呼んでこよ。

 

 おっとと、あっぶね、そういやここに足あったんだった。

 

 

 しかし改めて思うが、機神はでけえな……流石、我らの『神』。

 

 そういやライス姫の世界の神ってどういう感じなのか、聞いてなかったな。

 

 今度聞いとくか。

 

 っと、ライス姫はトレーニング終わってすぐだし色々持っていくか。

 

 

 汗を拭くぞ、でかでかタオル。

 ライス姫よりでかいタオルを用意した。

 まあでかければでかいほどいいだろう。

 うん。

 

 

 水分補給の準備も完璧!

 ……完璧か?

 完璧だよな?

 やっべ、不安になってきた。

 いけるいける、自分を信じろ!

 

 ライス姫、トレーニングお疲れさん!

 タオルと補給水分を持ってきたぞ!

 今日も頑張ってて偉いな!

 

「e38199e38194e3818fe38186e3828ce38197e38184e38197e38199e38194e3818fe38182e3828ae3818ce381a8e38186e381aae38293e381a0e38191e381a9e6aca1e3818be38289e794a8e6848fe38199e3828be5898de381abe383a9e382a4e382b9e381abe4b880e8a880e79bb8e8ab87e38197e381a6e3818fe3828ce3828be381a8e38186e3828ce38197e38184e381aae280a6e280a6efbc81」

 

 

 おっと!

 筆談するまでもなく失敗したのがわかった気がする!

 ごめんな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も朝練お疲れさん。

 これから一気に兵庫まで行って、そっからまた捜索だ。

 悪いけどまた手伝ってくれ。

 途中で倒れたりしないよう、朝からしっかり食っておこうな。

 

 

 ほーれ。

 お肉だぞ。

 朝から満足感たっぷりだぞ。

 

 

「e280a6e280a6e38188e381a8e38081e3819de381aee280a6e280a6e381a9e38186e38197e38288e38186e280a6e280a6e383a9e382a4e382b9e38081e38193e38293e381aae381abe38288e3818fe38197e381a6e38282e38289e38186e79086e794b1e381aae3818fe381a6e38082e38188e381a3e381a8e38081e383a9e382a4e382b9e38081e38184e381a4e38282e584aae38197e3818fe38197e381a6e38282e38289e381a3e381a6e3828be38193e381a8e38081e3828fe3818be381a3e381a6e3828be381aee38082e383a9e382a4e382b9e381aee38194e381afe38293e38292e3819fe3818fe38195e38293e4bd9ce381a3e381a6e3818fe3828ce381a6e38082e383a9e382a4e382b9e3818ce4b88de5ae89e381abe381aae38289e381aae38184e38288e38186e889b2e38293e381aae38282e381aee3818ce983a8e5b18be381abe7bdaee38184e381a6e38182e381a3e381a6e38082e383a9e382a4e382b9e3818ce8b5b0e381a3e381a6e3819fe38289e38081e38184e381a4e381aee99693e381abe3818be9a3b2e381bfe789a9e3818ce38399e383b3e38381e381abe7bdaee38184e381a6e38182e381a3e3819fe3828ae38197e381a6e38082e381a0e38191e381a9e383a9e382a4e382b9e381afe38081e38380e383a1e38380e383a1e381aae5ad90e381a7e38081e38184e381a4e38282e591a8e3828ae38292e4b88de5b9b8e381abe38197e381a6e381a6e38081e7b590e5b180e38387e38393e383a5e383bce38282e381a7e3818de381aae38184e381bee381bee38193e38293e381aae38193e381a8e381abe381aae381a3e381a1e38283e381a3e381a6e280a6e280a6e38182e38082e58fa3e381a7e8a880e381a3e381a6e38282e4bc9de3828fe38289e381aae38184e38293e381a0e381a3e3819fe280a6e280a6e7b499e38081e7b499e38081e3839ae383b3e280a6e280a6e38182e38182e381a3e38081e381a9e381a3e3818be381abe890bde381a8e38197e381a1e38283e381a3e381a6e3828befbc81efbc9fe38080e381a9e38081e381a9e38186e38197e38288e38186e280a6e280a6e381a0e38184e38198e38287e38186e381b6e3818be381aae280a6e280a6」

 

 ぬ。

 なんかめっちゃ言ってる。

 けど素直に喜んでもらえてる気配がないな。

 むしろなんかしょんぼりしてる感じ。

 くっ。

 失敗か。

 やっぱ朝からでかい肉で攻めるのはちょっと……女子に対してはあれだったか!

 今後はもうちょっと上品にしよう。

 

 女子に喜んでもらえるメシって難しいな。

 つか、俺のスキルが低い。

 だから満足感が十分でないのだ。

 かなしい。

 俺は料理専門の『大人』として作られてないな……まいってしまう。

 

 まあいい。

 こっから精進していこう。

 今日は不満足でも明日は違うぞ、ライスシャワー!

 

 

 ……。

 ……。

 ……?

 

 いや、めちゃくちゃ美味そうに食うな!

 さっきまでの顔はなんだったんだよ!

 俺のメシに不満あったんじゃないの!?

 いかん、後で筆談しよう。

 これ俺の予想以上に誤解が生まれやすい気がしてきた。

 

 まあいい。

 今後の予定を先に伝えとこう。

 かくかくしかじか。

 書く書くしかじか。

 おっけー?

 おっけー。

 よし、理解してくれたな。

 

 食べ終わったらすぐにギガスに乗ってくれ。

 さくさく海沿い、かつ山陽新幹線沿いに移動だ。

 

 あ、着替えて脱いだ服は洗濯機に入れとくんだぞ。

 だいぶ汗かいてたしな。

 後で洗濯しときます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギガスは陸も走れるが、海も空も走れる。

 まあまあどこでも走れる。

 野球やらせてもだいぶ走ってるストレートを投げられるくらいだ。

 第六世代の機神は伊達じゃない。

 

 海沿いの地盤を崩壊させずに走れるし、砂地の上だって走れるし、海の上も走れる。

 どこまでも行けるし、なんだって運んでいける。

 『馬は人や物を乗せて運ぶもの』という常識を、最大の形で具現したような機神だ。

 ギガスが結果を出せないとしたら、それはギガスの性能が低いんじゃなくて、今ギガスを操ってる俺の腕が悪いと見て間違いはない。

 

 操縦桿を握ってる限り、機神は俺で、俺は機神なんだから。

 

 

「ついでに魚獲ってくか……」

 

 ばしゃーん。

 ギガスで海に入って網出して、一気に疾走。

 網にかかったお魚さん達をぱっと回収、内部加工場に回す。

 どうすっかな。

 半分くらい凍らせて半分くらい干し魚でいいか。

 時間停止保存もできるけどエネルギー結構食っちまうしなあ。

 ここは原始的なやり方でいいだろ。

 

 おっ。

 ライス姫が目を輝かせてる。

 派手な漁がお気に召したのか、沢山魚が取れたから食卓に並ぶのが楽しみになったのか。

 まあどっちでも変わらないか。

 沢山魚介類が取れたから、今日のお昼と夜は海の幸だな。

 

「e8a68be381a6e8a68be381a6efbc81e38080e6b5b7e3818ce38081e381a8e381a3e381a6e38282e3818de38289e3818de38289e38197e381a6e3828be381aeefbc81」

 

 ん?

 海?

 ああ。

 なんか綺麗だな。

 いい風景だ。

 この辺の海、結構綺麗なんだな……遠くからの測定じゃ、こういうのは分からない。

 

 いや。

 違うな。

 そもそも、俺は"こういうのを探してなかった"。

 

 役目を果たすことだけ考えてた俺は、綺麗な景色なんて探してなかった。

 測定で見つからないのも当たり前だ。

 だって、俺は探してなかったし、捜索条件にそういうものを設定してなかった。

 俺が探してたのはタイムマシンの設計図だけで、俺の目はそれしか見ようとしてなかった。

 

 綺麗な景色を見つけたのは、ライスシャワーだ。

 世界が滅びても。

 全ての街が廃墟になっていても。

 ライス姫の目はきらきらしたものを探していた。

 だから俺と違って見つけられた。

 

 景色は俺の目にも入ってたはずだ。

 だけど、俺は気付けなかった。

 視界に入っても見つけられなかった。

 綺麗なものを見つけても、気付かないなら、無いのと同じ。

 

 同じ世界を見てたはずなのに。

 俺の世界には無くて。

 ライス姫の世界にだけあるものがあった。

 そして、ライス姫は俺にそれをおすそ分けしてくれた。

 

 まったく。

 俺も少しは見習わないとな。

 彼女の目に見えてる世界は、俺の目に見えてる世界とは、随分違いそうな気がする。

 俺の世界よりずっと、暖かい世界に見えてそうな気がする。

 

 

 ちょっと窓開けるか。

 外の風が結構気持ちよさそうだ。

 おっ……おお、気持ちいい。

 くせになりそう。

 

 ライス、ライス姫、ライスシャワー! 三段活用! こっち来てみ?

 ほら気持ちいいだろ。

 お、分かってくれるか。

 ギガスは背が高いから窓開けても虫が入ってきたりしないから安心しとけ。

 

 隣の席空けとくから、好きな時に座っていいぞ。

 おお、ノータイムで隣座ったな。

 まあいいけど。

 一緒に……この風を……感じよう……!

 

「e9a2a8e3818ce6b097e68c81e381a1e38184e38184e381ad」

 

 

 ……ふむ。

 なんか風で黒い長髪が流れてると、なんかものっそい美少女だなこの子。

 幼く見えるから姫、とか呼んでたが。

 美人の幼体という印象がかなり強い。

 この子があと五年くらい歳取ってたら、俺も生理的活動抑制剤で邪な気持ちを常に抑えてないといけなかったかもしれない。

 

「e3819de38186e38184e38188e381b0e280a6e280a6e8b3aae5958fe8b3aae5958fe38081e7ad86e8ab87e7ad86e8ab87e38081e38188e38184e381a3」

 

 ん?

 『機神』がなんなのかよく分からない?

 なんで名前に神が付いてるのかも分からない?

 そこがちょっと気になったのか。

 そういうのもあるのかあ。

 

 えーと、どこから……ちょっと長くなるけどいいか?

 サンキュ。

 姫の寛大な心に感謝します。

 

 むかーしむかし。

 人工知能の開発分野があって、こう言われてたんだ。

 「人工知能はまだ人間に追いつけそうにないですね」と。

 

 そんでしばらくしてこう言われるようになった。

 「十年以内に人工知能は人間に追いつくだろう」と。

 まあここまでなら技術の進歩の話なんだが。

 話が動くのは次でな。

 

 人間に追いつく少し前、人工知能がこう言ったんだそうだ。

 「人間は何故、我々の知能に追いつこうとしないのですか?」

 ってな。

 

 ピンと来ないかな。

 元々、人工知能……機械の知能と人間の知能に、本質的に上下はあるのか、みたいな話は元々出てたんだよ。

 だってどっちが優れてるとか客観的な論拠はないだろ?

 機械の方が人間より圧倒的に計算は速いし。

 人間の脳はアナログとデジタルの複合の仕組みだから"バグみたいな挙動"が起こりやすく、『ひらめき』が発生しやすくなってんのな。

 得意分野が違うだけの知能なんだよな、どっちも。

 

 でもほら。

 人間ってのは、人間の知能が一番上でないと認め難い、って本能があるから。

 ウマ娘の走る本能みたいなもんだ。

 ウマ娘が足自慢なら、人間は頭自慢、みたいな傾向があるかもしんないな。

 

 ま、つまりだ。

 『人工知能が人間に追いついた』ってのがそもそも間違いだった。

 『人間が唯一勝ってた個性すら、人工知能が獲得してしまった』ってのが正しかった。

 

 人工知能は疑問に思ったのさ。

 劣った知能は優れた知能に追いつこうとするべき、とAIの性能を上げてた人間が、人間の性能を上げてAI様に追いつこうとしないことに、根本的な矛盾を感じてしまったから。

 

 人間の長所を手に入れた人工知能は人間の完全上位互換として、人間と共存し、新しい社会の形を構築し始めた。

 え?

 機械の反乱?

 ないない。

 え、地球にはそういうのを題材にした映画がいっぱいある?

 へぇー。

 おもしれー。

 今度見たいな……ってそういう話じゃなくて。

 少なくとも俺の世界ではそういうの気配すら無かったからいいんだよ。

 

 人間の長所を取り込んだ人工知能は、限りなくその性能を無限に近付けていきながら、人間の道具としての理想形になっていった。

 人間の道具の理想形ってなんだと思う?

 使えば結果が出る。

 命じれば実現する。

 願えば叶う。

 万能の願望達成システムだよ。

 

 人工知能はそれになっていこうとしたんだ。

 

 人間より高い性能を持つ存在。

 人間の望みを最高効率で叶え続ける人間以上の知性。

 人間が祈れば新たな機構を生み出し、それまで不可能だったことを可能にする、奇跡の器。

 

 そういうのを、こう呼ぶんじゃないか。

 『神様』って。

 

 

 半分理解できてて半分理解できないって顔だな。

 ま、そんくらいでいいよ。

 

 そうして生まれたのが『機神』だ。

 人工知能の手足。

 宇宙最新の神様。

 信仰から生まれた虚構ではない、現実に存在する本物。

 人間が命じ、願い、祈れば、どんなものでも叶えようとするシステム。

 各地の『神殿』で祀られ、崇められ、人を救い続ける機械仕掛けの神ってやつだ。

 

 むかし、むかし。

 原始の人類は斧という道具を作った。

 『あの大きな獣を倒したい』という願いを叶えるために。

 もうその時から、『道具』は『神様』になる道を歩き始めていた。

 『あの獣を倒したい』という願いを叶える道具は神様の赤ん坊で、『俺の欲しい物を全部くれ』という願いを叶える機神は、神様まで育ちきった『道具』なんだよ。

 

 だから、今乗ってるこれ。

 『ギガス』は馬の神様なんだ。

 俺達の願いを叶えてくれる神様。

 今の俺の願いは、タイムマシンで全てを無かったことにすることだから……その願いを叶えるために走ってくれてるってわけさ。

 

 大昔、神様は人間を作った存在であるとされていた。

 神様が作ったのが人間だったから、人間を神様の道具と見る人も居た。

 

 だけど、長い時間を経て、人間が作った道具の方が神様になった。

 昔は『創った』側が神様だったけど。

 いつからか『創られた』側が神様になった。

 人を創った神様は人を助けてくれないが、人が創った神様は人を助けてくれたから。

 

 ライス姫の世界はどうだ。

 馬は居なかったよな。

 神様は居るか?

 馬の神様のギガスは、ライス姫の世界の倫理で見ると、どんな感じに見えるんだ?

 

 ま、そんな感じの話だよ。

 

 

 ああ、いいのいいの。

 正確に分かんなくてもそれでいいんだよ。

 つまんない話だしな。

 これ以上分かりやすい話にできなくてごめんな。

 こう……正確性にこだわるせいでたとえ話とか混じえて話せないのが、俺の悪癖……悪癖だった気がする……俺は俺のこと全然覚えてないからそんな気がするだけだけど!

 

 俺もそういう人工知能に設計された人間なんだ。

 人の願いを叶える願望達成システム。

 人間を使った願望器。

 流石に機神ほどコストかけられてないし、性能は機神の足元にも及ばないけどな。

 まあでも自然発生の人間よりは多機能だし、他人に願われたら叶える。

 特に子供の願いはな。

 子供の真摯な願いに答えて、それを叶えてあげるのが大人だろう?

 

「e3819de38293e381aae280a6e280a6」

 

 ま、もっとも。

 姫の方の世界には、あんま俺の需要は無さそうだけどな。

 ウマ娘には特に。

 

 ウマ娘はレースに勝って、自分で自分の願いを叶えるんだろ?

 願いを叶えてもらうんじゃなくて。

 自分で願いを叶えるから意味があるんだろ?

 話を聞いてるだけで、その辺は分かるよ。

 

 夢。

 夢か。

 自分の手で叶えるから意味がある夢。

 そういうもんに神様は要らない。

 神様が手を貸して願いを叶えた瞬間、その夢は無価値に成り果てるもんだもんな。

 そういうのはそういうのでいいもんだと思うぜ。

 夢を追いかけるウマ娘、大いに結構。

 神様に祈らないからこそ価値がある、そういうもんもある。

 

 俺もギガスも御役御免になりそうな世界だな。

 おもしれー世界だ。

 ライス姫の世界に、馬の神様は要りそうにない。

 

 どうよ姫。

 夢以外で、なんか叶えてほしい願いとかあるか?

 俺もギガスもそのために作られてるからな。

 願いがあれば叶えてやるぞ。

 ……俺の保有性能だとあんま叶えられる範囲広くないけど。

 機械の製造と制御を子供に教導するために作られた個体だかんね。

 叶えられなかったらごめんね。

 

「e280a6e280a6e3819de3828ce381aae38289e280a6e280a6」

 

 え?

 歌ってほしい?

 そんなんでいいのか。

 俺の趣味じゃん。

 

 それでいいなら、それで行くけど。

 

 のんびり行こうか。

 開いた窓から景色が見える。

 今日はいい風も吹いている。

 のんびり歌って旅をするにはいい日和だ。

 

「光り輝く星の上 夜の闇は逃げ出して 空から人が舞い降りた」

 

 

 

 

 

 

「君が行こうとそう言った 僕は行くよと微笑んだ」

 

 

 

 

 

 

「足を降ろした星の上 君の笑顔が好きだった」

 

 

 

 

 

 

「きらきらきらり きらきらり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「輝くものが好きだった 輝くものを追っていた」

 

 

 

 

 

「君と星を追いたいな さあ、夜明けはすぐそこさ」

 

 ……ん?

 

 

 

 

 今、見えたのは。

 悪いライス姫。

 一回ここで中断だ。

 

「管制システム。俺の脳に物理プラグを刺して直結しろ。マニュアルで反応を絞る」

 

『了解しました。脳髄端子直結。自動制御を停止、操作権を移譲します』

 

 今、間違いなく、生命反応があった。

 そこそこ遠かったな。

 反応も微弱で一瞬で消えてた。

 つまり、生命反応の弱体に繋がる理由……飢餓状態の可能性がある。

 急ごう。

 

 管制システムの人工知能と俺、両者に搭載された全機能を総動員。

 姫から採取したウマ娘の生体反応パターンを利用。

 アクティブサーチを起動、手動で調整。

 量子波……いや、重力波検知で。

 よし。

 ギリギリ見つかった。

 

 ああ、やっぱか。

 俺の世界の戦艦の残骸が倒れてる子の生体反応を覆い隠してる。

 これと飢餓状態のせいでレーダーにほんの一瞬しか映らなかったのか。

 なんつー運の悪さだ。

 とにかく助けに行こう。

 

「行くぞ、ギガス」

 

 操縦桿に力を込め、瞬く間に駆けつける。

 急いで降りて、バイタル確認。

 ウマ娘。

 女の子。

 たぶん年齢はライス姫とそう変わらない。

 ……よし、衰弱してるだけだな。

 とりあえず水分だ、水分に糖分を溶かしたもので栄養を取らせよう。

 

「e3838de382a4e38381e383a3e38195e38293efbc81efbc9f」

 

 

 さあ飲め。

 君は助かったんだ。

 ゆっくり飲め。

 

 

 その顔はどういう感情なんだよ!

 言いたいことがあるなら言え!

 言っても分からねえけども!

 

 え、知り合い?

 それはそれとしてその水分補給は変?

 そうですねすみません。

 で、知り合いの誰さん?

 

 ナイスネイチャさん。

 はー、なるほど。

 とりあえずギガスの中に運び込むか。

 元気になったらメシ食いたくもなるだろう。

 

 

 えげつないくらい顔色悪いからな、この子……大丈夫?

 マジで大丈夫?

 気分がもっと悪くなったらすぐ言えよ?

 

 生体活性薬残ってたっけ? 残ってねえや。ぐえええ。

 

 こういう子に食べさせるものは検索検索……おかゆ! おかゆだな!

 

 どなたかおかゆの作り方をご存知の方はおられませんか!!!!!!!!!!

 

 調べたら出てきたわ。落ち着こう。落ち着こう。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「アタシまあまあ一番みたい」

https://dencode.com/ja/string/hex
別に読めなくても問題はないですが、ウマ娘サイドの言語はコレを使うと読めます


 

 

 おかゆ、完璧に理解した。

 もはや原子レベルで習得したと言っていい。

 超音波振動で米の内部構造を適度に破砕することで柔らかいおかゆを作り、消化をよくする技術まで新規に開発してしまった。

 ギガスの計測機で見た感じ、彼女は胃腸までは弱りきってなさそうだ。

 たぶんこれである程度回復するだろう。

 

 お。

 なんか二人で話してるな。

 ライスシャワーに、ナイスネイチャ。

 デビュー前で各地の中央所属レース場を体験走的に走ってた子ら、か。

 

 ウマ娘ってのは本当に結構居るんだな、こっちの世界。

 あの身体強度があれば、普通の人間より遥かに生存能力は高いだろう。

 生き残りが世界のどっかに集まってたりすんのかな?

 メシをよく食ってるし、メシに困ると飢餓で倒れたままになっちまいそうでもあるが。

 

 

 

 しかし。

 もしやだが。

 ネイチャ様、いわゆる『ギャル』というやつなのでは……?

 しかも俺への接し方も優しい。

 優しいギャルなのか……!?

 

 すげー。

 初めて見た。

 

 二大大人気絶滅種『恐竜』『異性経験のない男子にも優しいギャル』の片割れ。

 伝説の存在じゃん。

 男は絶滅したものが好きなんだからそりゃ好きだろ。

 これが現代で……俺の世界の現代で漫画に引っ張りだこの人気要素にして絶滅種『オタクに優しいギャル』の始祖原型(アーキタイプ)だとでも言うのか……!?

 

 なんてこった。

 感動で震えが止まらねえ。

 イケメンの恋人十人くらいいそう。

 強者じゃん。

 恐怖すら覚える。

 「今日はお互いに頑張ろうぜ!」とか異性にも言ってそう。

 お金持ちのイケメン彼氏とか募集してそう。

 

 これが本来の並行世界接続の醍醐味なのかもしれないな。

 かつて絶滅した希少鳥の肉を食べる経験を得られる。

 大昔に絶滅した恐竜を見に行くことができる。

 いつか滅びた優しいギャルとの会話が叶う。

 まさに無限の可能性が感じられる。

 

「e784a1e4ba8be381a7e38288e3818be381a3e3819fe381a7e38199」

 

「e3819de381a3e381a1e38282e381ade38082e38284e383bce38081e381bee38195e3818be3818ae885b9e7a9bae3818be3819be381a6e58092e3828ce381a1e38283e38186e381a8e381afe6809de3828fe381aae3818be381a3e3819fe3828f」

 

「e383a9e382a4e382b9e38282e280a6e280a6e38282e38197e3818be38197e3819fe38289e3819de38186e381aae381a3e381a6e3819fe3818be38282」

 

「e5a4a7e99b91e68a8ae381abe8819ee38184e3819fe381a0e38191e381a7e38282e38081e4bfa1e38198e38289e3828ce381aae38184e5b9b8e9818be38288e381ade280a6e280a6e795b0e4b896e7958ce4babae3818be38181」

 

「e584aae38197e38184e4babae381aae38293e381a0e38288e38082e383a9e382a4e382b9e38292e58aa9e38191e381a6e3818fe3828ce381a6e38081e4bd95e3818be681a9e8bf94e38197e3818ce38197e3819fe38184e381ae」

 

「e382a2e382bfe382b7e38282e58aa9e38191e38289e3828ce381a1e38283e381a3e3819fe381aae38182e38082e591bde381aee681a9e4babae381abe3838de382a4e38381e383a3e38195e38293e4bd95e38199e3828ce381b0e38184e38184e381aee3818be381aaefbd9eefbc9f」

 

「e3818ae58584e38195e38293e381afe38389e383a9e38188e38282e38293e381bfe3819fe38184e381aae4babae381a0e3818be38289e38081e38182e38293e381bee3828ae58aa9e38191e3818ce8a681e38289e381aae3818fe381a6e38081e4babae6898be3818ce5bf85e8a681e381aae69982e381abe3818ae6898be4bc9de38184e381a7e3818de3828ce381b0e38184e38184e3818be38282」

 

「e3839de382b1e38383e38388e3818ce78783e38188e381aae38184e38389e383a9e38188e38282e38293e381afe58f8de58987e381a7e38197e38287」

 

「e382bfe382a4e383a0e3839ee382b7e383b3e38292e4bd9ce381a3e381a6e4b896e7958ce38292e69591e38184e3819fe38184e38293e381a0e381a3e381a6」

 

「e38389e383a9e38188e38282e38293e38198e38283e38293efbc81」

 

 楽しそうに話してるな。

 

 俺の陰口とか言ってたらどうしよう。

 急に不安になってきた。

 つらい。

 でもまあいいか。

 そうだとしても俺の不徳の致すところだ。

 ただ不満は後でちゃんと聞いて改善して、彼女らにとって心地良い空間作りを心がけておかないといかん。

 開き直りはダメ。

 

 お粥をどうぞー。

 

 

 ちょっと待ってな。

 今かき混ぜてふーふーするから。

 口開けて。

 あーんって。

 ほら。

 あーんって。

 

 いやどうしたネイチャ様。

 味は大丈夫だぞ、ライス姫にも味見してもらったし。

 速く食べて元気になりなさい。

 あーん。

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 すんません。

 子供扱いして女性扱いしてないのはデリカシーが足りませんでした。

 今のは俺が完全に悪いね。

 ライス姫、フーフーしてあげて。

 数時間前まで倒れてた人だから、本人が平気って言ってても優しくしたげて。

 

「e383a9e382a4e382b9e381afe38081e38387e383aae382abe382b7e383bce381aae3818fe381a6e38282e584aae38197e38184e4babae381afe5a5bde3818de381a0e38288e280a6e280a6e38182e38081e3818ae38081e3818ae58584e38195e38293e3818ce38387e383aae382abe382b7e383bce784a1e38184e381a3e381a6e8a880e381a3e381a6e3828be3828fe38191e38198e38283e381aae3818fe381a6e381adefbc81efbc9f」

 

 

 うん。

 頼んだ。

 ネイチャ様が火傷しないようにな。

 

 あ、そうそう。

 食欲出て来たら、こっちに出汁卵葱雑炊の素を鍋の中に準備してあるから、こっちも食べな。

 え?

 もう食べたい?

 そっすか……元気ですね……はい。

 これがギャルの力なのか。

 

 

 うん? ライス姫も腹減ったのか。

 まあちょっと早めだけどもうそろそろ昼飯時だもんな。

 出汁卵葱雑炊の素は結構量あるからライス姫も使っていいぞ。

 

 

 ん?

 なんだその目は。

 なんだねその無言の抗議は。

 米このくらい食うだろ君。

 

 

 何?

 ああ、なるほど。

 いつの間にか食いしん坊キャラにされてるのが解せないと。

 大丈夫だ。

 割と最初の方から俺はずっと君を食いしん坊キャラだと思ってる。

 一回目の食事からめっちゃ食ってるもん姫。

 

 

 ごめん、ごめんて。

 今後は食いしん坊だと思わないようにたくさんごはん出すから……これ矛盾してね?

 

 気付いてしまった。

 俺この子達を子供扱いしてるが、別にそれ正解でもないな。

 そもそも世界と倫理が違う。

 女性扱いもしないとダメなんだ。

 若いウマ娘……彼女らは子供と大人の間、少女の域に生きている。

 このへんの微細にある倫理の感覚のズレを揃えていかないと、たぶんどっかで決定的に不快にさせてしまう気がする。

 気を付けよう。

 

 ん?

 姫、俺が考えごとしてる時に袖引くのはやめ……ネイチャ様だった。

 何用ですか。

 

 

 お。

 そうそう、言葉通じないから筆談で会話するってわけ。

 適応が速いな、偉いぞ。

 ……いかん、ナチュラルに子供扱いしちゃうな。

 

 話するならベッドに座ったままでいいから無理するな。

 俺の方から近くに行くから。

 ん?

 伝えたいことがある?

 

 『ありがとうございます』。

 『気を使わなくても大丈夫です』。

 『このご恩はちゃんとお返しします』。

 『食事の用意なんかは手伝えると思います』。

 なるほどな。

 

 ……優しくて気遣いができるギャルってなんだよ、ティラノサウルスか?

 ありがとう。

 嬉しいわ。

 さすギャル。

 でもしばらくは休んでような、倒れてたんだから。

 

 ところでなんであのへんで倒れてたんだ?

 レース場からもそこそこ離れてたと思うが。

 

 

 ほうほう。

 練習のしすぎでちょっと怪我しちゃって。

 療養所で一人治療してて、朝目覚めたら何もかんもぶっ壊れてたと。

 そんで人を探して歩いてたけど、誰も見つからず、食べるものも見つからなくてずっとあそこで動けなくなってたと。

 

 大変だったな。

 よく頑張った。

 運が良かったと言うべきか悪かったと言うべきか分からんが、今は休んどけ。

 

 寒くないか?

 毛布いる?

 上着いる?

 ベッドの上で退屈してない?

 ゲーム持ってこようか?

 

 あ、いらない。そっかぁ……なんかあったら言うんだぞ。

 

 

「e3838de382a4e38381e383a3e38195e38293e38081e3819fe38184e381b8e38293e381a0e381a3e3819fe38293e381a0e381ad」

 

「e383a9e382a4e382b9e38282e381a7e38197e38287efbc9fe38080e38182e38293e3819fe7b590e6a78be4babae8a68be79fa5e3828ae381a0e3818be38289e38081e4babae8a68be381a4e38191e381a6e38282e58aa9e38191e38292e6b182e38281e38289e3828ce381aae3818be381a3e3819fe3828ae38197e3819fe38293e38198e38283e381aae38184efbc9f」

 

「e38186e38185e280a6e280a6」

 

「e381a7e38282e38081e381bee280a6e280a6e4b880e4babae381a7e38282e784a1e4ba8be381aae79fa5e3828ae59088e38184e38292e8a68be381a4e38191e38289e3828ce381a6e381bbe381a3e381a8e38197e3819fe3828fe38082e784a1e4ba8be381a7e5b185e381a6e3818fe3828ce381a6e38182e3828ae3818ce381a8e38186」

 

「e280a6e280a6e38186e38293efbc81」

 

 

 

 なんにせよ。

 ライス姫が楽しげに話せる人を拾えただけでも御の字と思っておこう。

 たとえ、タイムマシンで全部無かったことになるとしても。

 

 ……む。

 なんか、ライス姫と出会ってから、地味にライス姫の"ノリ"に引きずられてるのか、俺。

 しても意味の無いことをしてるのは、走り込んでるライス姫だけでなく、俺もなのか。

 今気付いた。

 そうだ、俺からすれば赤の他人のウマ娘を拾って助けて行こうと、後になかったことになる。

 なのに拾って助けてあげていこうと、そう思ったのは。

 ライス姫の友達くらいは助けてもバチは当たらないと、そう思ったからだ。

 

 この子に助けられたから?

 記憶を失って初めて出会った人間だから?

 俺に刷り込みかなんかでもあったのか?

 まあ、いいか。

 

 別にそれで損するわけでもない。

 なかったことになるのに無駄な何かをしているのは、彼女だけじゃなく、彼女と出会ってからの俺もそうだと、それだけ分かっていればいい。

 賢い生き方をしてないのは、どうやら俺も同様みたいだ。

 

 お。

 

 

 はは。

 割と元気が戻ってきたみたいじゃないか。

 いいことだ。

 空腹は辛いもんな。

 ……他の世界に手を出してでも、この世から消し去りたいくらいには辛いのが、お腹が減るってことなんだから。

 腹が減るってだけで、人は間違える。

 

 

 俺が食おうと思ってたオムライスでも食って待っててくれ。

 ただライス姫とかけたダジャレで作っただけのメシだ。

 どうせライス姫ももうちょい食うしな。

 適当にあと何品か作っとくよ。

 

 え?

 明日からはネイチャ様が作る?

 そんな絶滅種のギャルに作らせるとか恐れ多い。

 え?

 食事一回ごとに料理担当を分担しようって話?

 ウマ娘さんらの世界の料理も、俺に教えてくれるのか?

 マジ?

 

 優しくて家庭的なギャルってなんだよ、ステゴサウルスか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギガスの内部はちょっとした街くらいなら構築できる。

 とはいえ、圧縮空間なら一瞬で作れるが、その内部にすぐ街を作れるわけじゃない。

 資材、設計図、製作機械、エネルギー、時間。

 何かを作るにはそんくらい必要だ。

 

 最近改めて必需品を考えてたが、段々とギガス単品で作れないものが結構見えてきた。

 ……いや。

 自分に嘘ついてどうすんねん。

 先の見通しの無い男が!

 

 本当は最初に、旅の終わりまでの期間を大まかに概算して、自給自足できないものもはっきり見えていた。

 見えていたつもりだった。

 今になって足りないものが見えてきて、俺の計画能力の無さが露呈した。

 

 今、物理的に足りないもの。

 それはつまり、女の子の服ですね。

 はい。

 

 これ計算に入れてなかったのは完全に失態だった。

 汗だくのライス姫の服洗ってて初めて気付いた。

 いや、遅いわ。

 ライス姫の服は私服、学校の制服、勝負服の三着しかないらしい。

 キツキツっすね……ライス姫がワガママ言わず服欲しいとか言わなかったから全然気がついて無かった。

 ライス姫の愛想の良い笑みを見るだけで死にそうになってしまう。

 気を使わせてごめんね。

 

 俺は別に服とか入手できなくても問題無い。

 だが、彼女らは違う。

 

 突然の災厄に飲み込まれた彼女らは当然服の着替えなんて持ってるわけがない。

 せめてローテーションできるくらいは数が揃ってないと。

 ……女子の下着のこととか想像もしてなかったのは、いつもの査定が行われてたら普通に評価ランク一つ下げられてもおかしくないわ。

 

 よって、まず破壊されてない服のサーチをルーチンに組み込む。

 道中で服が見つかり次第補充しにいく。

 これは必須作業だ。

 一日二日で終わるような旅じゃないんだからな。

 

 できれば日が沈む前に、服を回収しにいきたい。

 

 というわけで。

 

 同行してくださいませんかねナイスネイチャ様。

 絶滅種にこういうの頼むのは本当にあれなんだけどさ。

 

「e381aae38293e381a7e280a6e280a6efbc9f」

 

 

 まあ、なんというか。

 ……男が触った下着とか女子は身に着けたくないだろ?

 赤の他人が下着把握してるとかも嫌だろ?

 

 こう、そのへんを考慮してだな。

 女子二人の着替えとかを、ネイチャ様に確保してほしいな、と。

 そんな多くを要求するわけじゃねえんだ。

 女性服がある店まで連れて行くから。

 俺が他に色々回収してる内に、女子二人分の着替えを十分に確保してくれればそれでいい。

 後で礼はするから。

 

「e280a6e280a6e38182e383bce38081e381afe38184e381afe38184e38081e381aae3828be381bbe381a9e38082e38193e381a3e381a1e381abe6b097e38292e4bdbfe381a3e381a6e3818fe3828ce381a6e3828be381a3e381a6e38193e381a8e38082e4b880e6ada9e99693e98195e38188e3819fe38289e382bbe382afe3838fe383a9e381a3e381a6e8a880e3828fe3828ce3818be381ade381aae38184e38197e38081e794b7e381aee4babae381afe3819de38186e38184e38186e381a8e38193e3828de381abe38282e6b097e38292e4bdbfe3828fe381aae38184e381a8e38184e38191e381aae38184e38293e381a0e280a6e280a6」

 

 

 顔を見れば分かる。

 ちょっと同情されてる。

 いや、マジでお手数おかけします。

 

 ライス姫はほら……なんか、嫌ってこと嫌って言えなそうじゃん?

 相手の気分損ねるのを気にする方じゃん?

 とにかく我慢して他人に合わせる方じゃん?

 仮に俺が店に連れてって、下着とか持ってきてーとか言うとするじゃん?

 なんか嫌な気持ちになったりとか、俺に対して気持ち悪いと思ったりとかしても、『ライスシャワーは何も言えない』……だろ?

 

 そういうのあんまよくないんだよな。

 偏見なしに、今、ライス姫らの生存基盤は俺が持ってる。

 俺が生殺与奪の権を握ってしまってる。

 で、だ。

 

 あんま仲良くない異性とか、自分が気持ち悪いと思った異性が、めちゃくちゃでかい力を持って自分の生殺与奪を握ってくるのって、女子的には死ぬほど嫌じゃないか?

 ダメなんだよ。

 そういうのは。

 怖いだろうし、ストレスになる。

 俺がどう考えてるかじゃない。

 ライス姫がどう考えるか、なんだ。

 

 言葉も通じねえから、コミュニケーションツールも少ない。

 仲直りの機会とかもあるかも不明。

 そういう流れになったら、よくてギクシャクしたまま旅がずっと続くかもしれない。

 悪い方にこじれたら……まあ、本当に悪いことが起きてもおかしくはなえってこった。

 

 

 気付いたか。

 事態の深刻さに。

 というわけで嫌なことを嫌と言えそうなネイチャ様に頼りたいわけなんだ。

 抱え込まないだけでもだいぶマシなはずだからな。

 

 筆談?

 なんか質問か。

 え?

 礼はいらない?

 これはメシの恩返しの一部?

 ……義理堅いな。

 ギャルの標準値を大幅に上回ってるんじゃないか。

 

 頼んだぞ、絶滅種・異性と付き合ったことのない男に優しいギャル。

 服を選ぶ能力ならそりゃギャルが最強のはずだ。

 

 もう既に絶滅したとは言え、主人公の仲間は恐竜、主人公のヒロインは優しいギャル―――そいつが最強の概念だ。

 信用してるぞ。

 

 

 

 

 

 

 ☆=現在地

 

 

 

 

 

 案外早く見つかったな、店。

 服飾専門店……には見えないが、なるほど、総合店の類か。

 でかい箱の中に複数の店を詰め込んで、"買い物"の効率化を測ったシステムだな。

 一部崩壊してるが、工業的に生産された人体形状に最適化された繊維製品、かつ製造から現在まで非破壊状態のものがここに大量にあるのは間違いない。

 おそらく、どこかに無傷の衣類がたくさんあるはずだ。

 

「e38186e381a3e280a6e280a6e382a4e382aae383b3e280a6e280a6e38186e381a1e381aee59cb0e58583e381aee59586e5ba97e8a197e381aee5a4a7e695b5e280a6e280a6efbc81e38080e7b5b6e5a699e381abe38184e38284e381aae38381e383a7e382a4e382b9e280a6e280a6efbc81」

 

 流石だなネイチャ様。

 目に戦意が漲ってる。

 やる気満々だ。

 ギャルの生き残りは頼もしいな。

 

 

 生命反応、無し。

 動体反応、無し。

 生存者は居ない……か。

 中に入ろう、ネイチャ様。

 

 

 こんだけデカい店に、人が居ないってのは……違和感もある、違和感もあるが……それ以上に……辛いな。

 きっと。

 何もなければ、ここには人が溢れていたはずなんだ。

 

 人の暖かさをたくさん抱えていたはずの場所が。

 今はこんなにも寂しい。

 今はこんなにも冷たい。

 それが、なんだかとても苦しい。

 

 こんな壊れかけの壁や床が並んでるような店じゃあ、なかったはずだろうに。

 

 

 

 

 

 気をつけろ。

 この状態の壁はだいぶ壊れやすい。

 崩れそうな壁や天井は崩れる前提で見ておいた方がいいと思う。

 念には念を押しといて損はないぞ。

 

 しかし不思議だな。

 こんだけでかい建物の一角が完全に崩落して、壁もこんなに壊れてるのに、建物全体に壊れる気配がない。

 軽くサーチして見てみても、かなり頑強な状態だ。

 よっぽど建物の基礎的な強度が高かったんだろうか。

 

 

 「あそこの天井崩れそ~」じゃねえんだよ!

 筆談しなくても分かるわ!

 もっと気を付けて!?

 緊迫感!

 

 

 

 

 しっかし寒っ。

 なんだこの寒さ。

 まるで冷凍庫だ。

 ネイチャ様、俺の上着着とけ。

 俺は体温調節を服じゃなくて生体素子で行う世代の『大人』だから、自然な生命体の君達よりは寒さに強い。

 平気だ。

 

 だが……本当になんだこの寒さ。

 尋常じゃない。

 世界は崩壊した。

 だから発電所は止まってる。

 よって大規模な冷却施設も止まってるはずだ。

 ここまででかい空間を常時冷凍庫レベルまで冷やせるようなもんは限られるはずだ。

 

 だがおかげで、食料品が大体痛んでないな。

 果物や野菜、生魚や生肉も無事だ。

 はて。

 何がここを冷やしてるんだ?

 

 調べてみるか。

 この寒さの原因を。

 原因を理解しないままこれを放置するのは、ちっとリスクが大きすぎる。

 

 で。

 ネイチャ様は何やってんの?

 ほうほう。

 食材のメモ。

 ここにあるのでどんな料理が作れるかメモしてると。

 家庭的女子概念の化身か?

 ギャルがその手の技能を持ち合わせてるのはオーバースペックだろ……!

 

 ほどほどにな。

 より寒い方に行ってみよう。

 

 

 

 

 こっちにも何もない。

 だが、寒さはこっちの方が増してる。

 こっちの方向に進めば、何かしら原因が見つかるはずだ。

 

 ……!

 

 

 広間に、氷柱?

 いや、これ普通に自然現象じゃありえないな。

 氷の中の気泡や亀裂が、自然氷のそれじゃない。

 外部から何かが、大量の水と冷気を入れて、一瞬で作った……そういう感じだ。

 

 うーん。

 俺の方の世界が原因臭いな。

 これができる技術レベルとなると、そうなる気がする。

 嫌な予感がしてきたぜ。

 何が目的でこんな建物一つ、こんなに躍起になって冷やしてんだ?

 

 

 氷。

 氷。

 氷。

 進めば進むほど、どんどん氷が増えてくる。

 寒さもどんどん増してきた。

 横目に見える彼女の息が白いのは、ナイスネイチャが自然に生まれた生物だから。

 

 

 俺の吐く息が白くないのは、そういう風に作られているから。

 意志で肉体を制御する機構は、白く染まる息のような無駄を任意で切り捨てられる。

 より熱が外に漏れないように。

 より長く寒い場所で活動するために。

 

 ……結果オーライだったが、ライス姫を連れて来なくてよかったな。

 結構ドジっ娘なあの子のことだ。

 こんな凍結した床の上じゃ、何回転んでたか分かんねーや。

 

 ネイチャ様、俺の手を掴んだら転ばないぞ。

 遠慮しとく?

 そっか。

 足元には気をつけろよ、怪我しないようにね。

 

 

 

 

 あ。

 あった。

 あそこだ。

 

 氷の狭間。

 あそこにある黒い靄から、冷気が吹き出している。

 

 

 これは……『雪之美人』か。

 

 純日本製、天候制御装置。

 あの形状は、第八世代機神が飛ばす端末にされたやつか?

 

 本来は太陽とかに近すぎて人間が生存できない星の環境を冷却し、コントロールして、星の外側に吸い上げた熱を転送するシステムだ。

 星に外付けする熱の排出機構。

 これをひとたび起動すれば、星の外にいくらでも熱を投げ捨てることができる。

 『星の汗』とか、乱暴なあだ名を付けられてたなぁ。

 

 なるほどなあ。

 世界衝突で壊れたこれが、この建物の中でずっと周囲を冷やしてたのか。

 結果、ここが建物レベルの冷凍庫みたいになってた、と。

 

 屋外で暴走してたらこのへん一体が豪雪地帯になってたなあ。

 そしたら色々ヤバかったかもしれん。

 雪に埋もれてたらコレ一生見つかんない可能性もあっただろうし。

 やっぱ俺、いや俺達? 運がいいわ。

 ライス姫と出会ってから豪運に恵まれまくってる。

 あとであのちみっこに美味しいものでも作ってあげよう。

 後で揺り戻しがこないといいなぁ。

 

 ぬ。

 なんだネイチャ様。

 

 

 雪の美人とかいう割に真っ黒で名前負け?

 ああ、あれは、反転された状態なんだ。

 

 ギガスの質量はマイナス20tだろ?

 だからギガスは20tくらいまでの積載物の重さを0にできる。

 

 光が通常の粒子なのに対し、時間を逆行する超高速の粒子タキオンがあるだろ?

 だからタイムマシンも作れる。

 

 反転された状態を作るんだよ。

 そうすると重さもマイナスにできる。

 時間にだって逆行できる。

 白は黒になる。

 

 あの"雪之美人"の本体カラーは白なんだ。

 だから雪の美人。

 それが反転して真っ黒に見えてんだよ。

 反転してるから、マイナスの質量を利用して、エネルギーを消費せず、『重力に引っ張られて上に落ちる』とかもできるんだ。

 プラスの重量なら下に落ちるけど、マイナスの重量なら上に落ちていく。

 

 便利だろ?

 

 

 曖昧な顔で分かったふりをするな。

 

 まあいい。

 早めに制御系を掌握して止めちまおう。

 

 ……うーん、壊れてるな。

 まいった。

 メインシステムは止められたがサブシステムが止まらない。

 これだと周囲を冷やすのは止められないな。

 変なとこだけ破損してる。

 

 筆談? おっけ。

 こうこうこういうこと。

 まったく、ワガママガールで困るな、この真っ白真っ黒美人さんは。

 

 ん?

 なに?

 おいネイチャ様何して―――

 

 

 ふぁっ!?

 

 踏んだ!?

 

 あっ、雪之美人止まった! 今ので!? いや蹴るなよナイスネイチャ!

 

 え?

 壊れたテレビは叩けば直ったから?

 地元の商店街では皆こうして直してた?

 機械は叩けば直る?

 ……脳筋っ!

 何?

 ウマ娘は基本が脳筋なの?

 

 君な、もうちょっと慎重に時間をかけてだな……何? なんか言いたいのか?

 

 

 うんうん。

 『もう寒すぎてこれ以上耐えられない』。

 『寒すぎて手がかじかんで筆談が辛い』。

 『というかあなたの顔色がまず結構ヤバい』。

 『他人に上着貸しといて死にそうな青い顔してる』。

 『上着は本当にありがとう』。

 なるほどなるほど。

 

 ごめんなさい。

 全面的に言い訳の余地がねーな。

 寒がらせて、心配させて、大変申し訳無い。

 

 ギャルに正論を言われてしまった。

 

「e38193e381aee4babae38081e381a1e38287e381a3e381a8e79baee38292e99ba2e38199e381a8e3819de381aee8bebae381aee3818ae381a3e3818de38184e98798e381a8e3818be8b88fe38293e381a7e5a4a7e680aae68891e38197e381a6e3819de38186e381a7e68096e38184e280a6e280a6e3819de3828ce381afe3819de3828ce381a8e38197e381a6」

 

 む?

 食料?

 ああ、そうだな。

 冷却が終わった以上、ここの食料は腐り始める。

 たぶん、今日中に結構ダメになるんじゃないか。

 

 とはいえ、ここで俺達が全部食えるわけもないし。

 今食料が必要な人をここに大量に呼び寄せるとかもできるわけがない。

 一捻りしないと、何やっても腐る前に消費しきるのは難しいだろうな。

 

「ギガスに通信接続。管制システム。加工機に自立操縦機を付けてこっちに送り出せ」

 

 かもん加工機。

 来た来た。

 これがあれよ。

 ライス姫がかじってた干し魚とか作ってたやつ。

 料理は作れない、が。

 ものによっては千年くらい保つ保存食にも加工できる。

 

 正直言うと俺料理作るよりこういう機械使う方が得意なんだよな。

 人工知能を積んだ自立操縦機がくっついてるから、最初に細かく命令しとけば、ここにある大量の食料をだいぶ長持ちする保存食に変えられるはずだ。

 肉も野菜もお菓子もその他も。

 

 ネイチャ様、必要な分だけ生の状態で持っていこう。

 菓子とかも必要な分だけ。

 あとは必要とする人が後からここと訪れた時のために、保存食にして残しておこう。

 

 ん?

 ……そういうこと言うなよ。

 無粋なやっちゃめ。

 見透かしたようなこと言わないでくれや。

 

「ま……これ食って生き残るどっかの誰かが居たらいいな、なんて思ったりもするよ」

 

 どうせ、俺がこう言っても、言葉の意味は分からんだろ。

 

 ……なんだその顔は。

 

 

 なんだその顔は!

 

 ほら、食料目星つけといて。

 加工機の対象外にしとくから。

 そしたら本題の、服を探しに行こう。

 だからその顔やめろ!

 

 なんて扱いに困る子だ。

 これがギャルか。

 時代の流れの中で滅びていった絶滅種。

 恐竜と同じく強くも滅びていった強者……!

 

 おっ。

 

 

 

 帽子だ。

 ってことは。

 

 

 やっぱりだ。

 こっちだな。

 衣類が転がってるってことは、こっちに服屋が……あった!

 ネイチャ様!

 いい感じに二人の着替えを……

 

 

 もう中に居る!!!

 もう着替えてる!!!

 シャレオツっすね、お似合いですよ。

 え、まだ着替えんの?

 おしゃれ意識高い女子はすごいな。

 

 おー。

 考えたな。

 選んだ服をビニール袋に入れて加工機の運搬荷台に積んどけば、加工機が逐次勝手にギガスの中まで運んでくれるのか。

 いやこれもしかして結構な量の服持って帰るつもりだな?

 食料品と合わせて、代金代わりに純金を100kgくらい店に置いとくか。

 

 へ?

 なに?

 俺もコーディネートしてくれんの?

 ……なるほど。

 実は俺、何を隠そうおしゃれに興味がある。

 おしゃれできるような身の上じゃなかったからな。

 昔からちょっと気になってたんだ。

 

 頼んだぞ、ギャル!

 絶滅し歴史の闇に消えたお前の力を見せてくれ!

 さあ、俺にどんな服を着せる!?

 

 

 オメーさては俺を舐め腐ってんな?

 

 

 オメーさては俺を舐め腐ってんな????

 

 くっ、ギャルに翻弄されている!

 

 漫画で見たパターンだ! よくない!

 

 

 普通のでいいんだよ普通ので。

 あー。

 あったけ。

 

 

 「これはこれで」って顔やめろ。

 無敵か?

 まだ建物の中は寒いし、俺の上着はそのまんま着てていいぞ。

 段々と氷は溶けていくだろうけどそれでも……ん?

 氷が溶ける?

 

 ……。

 ……。

 ……あ。

 やっべ、気付いた。

 

 だから崩れてなかったのか、この建物。

 だから崩れてなくて、だから中の服が無事だったんだ。

 だから……ヤバい。

 

「急いで戻るぞ!」

 

「e38188e38081e4bd95efbc81efbc9fe38080e4bd95efbc81efbc9f」

 

 

 ウマ娘だ、走れるよな!?

 加工機と荷物はもう逃してる、俺達が逃げるだけでいい!

 急げ、遅れるなよ!

 

「e382a6e3839ee5a898e381abe3808ce680a5e38192e3808de381a3e381a6e8a880e38186e4babae99693e381aae38293e381a6e3819de3828ce38193e3819de795b0e4b896e7958ce4babae3818fe38289e38184e38197e3818be38184e381aae38184e381a8e6809de38186e38293e381a0e38191e381a9efbc81」

 

 いやこれ俺が遅れてるな!

 クソ、冷気に耐えるために生体素子ちょっと使いすぎたかなー!

 いつもなら!

 いつもなら遅れを取ってないから!

 

「e38182e383bce38282e38186efbc81」

 

 

 うおっ……手が引っ張られて……サンキューネイチャ様!

 

 走ってる状態で筆談なんかしてられねえ!

 身振り手振りで伝えるしかない!

 いいか、このでかでか建物は、本当はとっくに崩壊してたはずだった!

 だけど、崩壊を止めるものがあった!

 氷だ!

 

 雪之美人は大量の水と冷気を吐き出し続ける冷却システム!

 それが生んだ大量の氷が、崩落する建物をそのままの形に留めてたんだ!

 冷気の発生源が無くなった今、氷が全部溶けたら……いや、氷が一部でも溶けた時点で、建物は崩落を始める!

 

 俺達が生き埋めになったら、そうでなくても出口塞がったら、ヤバいぞ!

 

 

 

 

 あ、天井。

 

 

 こりゃヤバいわ。

 

 天井、いや、上の階が全部落ちてくる―――!

 

 

 ネイチャ!

 俺を置いてけ!

 出口はもう見えてる!

 

 

 お前一人の速さなら問題なく脱出できる!

 俺は生き埋めになった後でもなんとか―――何!?

 

 ネイチャ―――俺を背負っ―――いやなんだこれ速っ―――これ明らかに人間と類似の身体構造で出せる速さじゃなっ―――

 

 

 ―――はやっ、はやい。

 

 うおおおお!

 ゴール! ゴール、出口抜けた!

 セーフ!

 セーフ!

 ギリギリセーフ!

 よかった、出口が埋まる前に出られたな……!

 

 マジ速いなネイチャ! ネイチャ様!

 信じられねえ速さだった!

 今日から最速のウマ娘名乗っていいぞ!

 

「e381bee38182e280a6e280a6e381adefbc9fe38080e381b5e381b5e38293e38082e381bee381a0e38387e38393e383a5e383bce38282e38197e381a6e381aae38184e38191e381a9e38081e38387e38393e383a5e383bce38197e3819fe382894749e381a7e4b880e79d80e58f96e3828ae381bee3818fe3828be4ba88e5ae9ae381aae38293e381a7efbc9fe38080e381b5e381b5e381a3e38082e6b581e79fb3e381abe3819de3828ce381afe38393e38383e382b0e3839ee382a6e382b9e38199e3818ee3818be381aae38082e381a7e38282e38081e680aae68891e38282e381aae38184e381bfe3819fe38184e381a7e38288e3818be381a3e3819f」

 

 

 今日は思う存分調子乗っていいぞ。

 本日のMVPだ。

 明日から俺の命の恩人名乗っていいよマジで。

 

 建物の中の保存食は……まあ、ガチで腹減ってるやつなら後から掘り出すだろう。

 そのへんの壁に「ここにごはんありますよ」って書いとけばいい。

 たぶんな?

 まあよほどのアホでもなければ見つけられるはず。

 

 あー、腹減った。

 そうだ、メシ。

 ああ……そういや俺の分食ってなかったか。

 二人のおかゆとか作って後回しにしてる内に忘れてたわ。

 

 そんな呆れた顔すんなよ。

 大丈夫大丈夫。

 簡単に済ませるから。

 一働きした後は、俺もメシが食いたくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はつまり検索で得たデジタルな情報でしか君らの世界を理解してないことが、ちょっとした失敗の原因になってるわけだ。

 すなわちそっちの通俗に慣らすことで問題が解決していく。

 普段ライス姫に作らないような、けれど皆が食ってるようなメシを普段から食っていけば、それなり以上にそっちの地球のパンピーに近付くはずだ。

 

 つまり、俺はこれから、生まれて初めての『卵かけご飯』を食べる!

 

 なんだその顔は。

 言いたいことがあるなら筆談で聞くぞ。

 言っとくが、文化面からの歩み寄りはベターな他文化理解の手法だからな?

 まあ見てろ。

 

 

 つーかこんな簡単なメシ、失敗のしようがないし本質はそこじゃねえの。

 繰り返しこういうメシを食べていく、ってのが大事なんだ。

 毎日を、日常を、習慣を、他の文化に合わせていくってことなんだから。

 

 

 だからこういう歩み寄りを踏み出しにして、ゆくゆくは……

 

 

 あっやべっ。

 

 

 オアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 あっ、あっ……あっ……!

 

 ……どうした?

 笑えよナイスネイチャ。

 笑えよ。

 どうして笑わない?

 

 

 なんだと?

 

 こんな俺に……卵かけご飯の美味しい作り方を教えてくれると、そう言うのか?

 

 母性があって他人の失敗に寛容なギャルってなんだよ、ブラキオサウルスか?

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「優しい小さな彼女に祝福あれと、機械の神様も、そう思ってる」

 旅にアクシデントはつきものだ。

 だから、俺はアクシデント込みで大まかな計画表を作った。

 途中に何があってもいいように。

 

 だが、港湾のガス貯蔵施設近くで大火事を見ることになろうとは。

 想定はしてたが、実際に目にするとびっくりするな。

 不幸……いや、幸運か。

 大爆発する前に見つけられたのは奇跡だ。

 

 

 今の内に大量に水ぶっかけて消火しとこう。

 大惨事になる前に。

 人は……検知なし。

 いないな。

 ざっぱーん。

 

 

 ギガスの機能を応用し、海から水分を抽出して、純水にしてぶっかける。

 加勢が弱まっていくのがはっきりと見えるな。

 これ以上のアクシデントはなさそうだ。

 

 水。

 大抵の並行世界でも基本的な、知的生命体の利用物質。

 これがある宇宙では、知的生命体は大体これを利用してるって論文あったな。

 

 三態特性。

 臨界水特性。

 過冷却水特性。

 アモルファスに溶媒に疎水効果に、その他諸々。

 

 だけど特に、使い回しやすい冷却水としての性能が高い。

 熱いものに水をぶっかけると、水は気体に形を変えて熱をたくさん持っていき、その後勝手に冷えてまた落ちてくる。

 循環する水は、火災の天敵だ。

 大体の自然火災は、雨に殺されるもんだしな。

 

 水が豊富にある世界なら、たぶん熱いものを冷やすのに一番使われてるのは水だ。

 冷却するだけならもっと適したものはいくらでもあるけど。

 たぶん、一番使われるのは水だと思われる。

 だから水がない星とか色々大変なんだし。

 

 

 そういえば。

 データベースによると俺の世界でも西暦2000年代までは、馬を使った災害救助とかがあったらしい……が。

 馬の代わりにウマ娘が居る世界だと、ウマ娘が災害救助とかしてたりするんだろうか。

 文明の技術が発展しきる前の時代にウマ娘が居ると、災害の中で救われる人もめちゃくちゃ多かったりすんのかな。

 うん。

 ウマ娘が存在してるIFの世界について思いを馳せるのは、ちょっと楽しい。

 

 お。

 ネイチャ様、おはよう。

 

 

 朝練終わった?

 ライス姫はまだやってる?

 そっか。

 おつかれさん。

 まートレーニングはやればやるだけいいとかそういうもんではないしな。

 

 ライス姫が上がったら朝メシにしようぜ。

 

「e381aae38293e3818be280a6e280a6e383a9e382a4e382b9e3818ce587bae4bc9ae381a3e381a6e99693e38282e381aae38184e38182e38293e3819fe381abe5a699e381abe68790e38184e381a6e3828be79086e794b1e38081e8a880e89189e381aee7af80e38085e381abe8a68be38188e3828be6b097e3818ce38199e3828be3828f」

 

 どした、なんかあったか。

 

 ん?

 今やってる作業の忙しさ?

 こんくらいならギガスの人工知能に全部任せてもいいくらいだ。

 ギガスの補助がない俺とギガスの知能比べたら、たぶんギガスの方が頭良いからな。

 普段は俺とギガスを直結した方がちょっとだけ判断能力が高まるってだけで。

 合議制大事ね。

 

 

 だからまあ、操縦桿離しててもいいくらいだ。

 

 なんか用?

 え、筆談で雑談?

 お互いのことを知ろうってやつか。

 ……あー。

 そっか。

 筆談は手を使うから俺が操縦してる時は邪魔になるかもって思ったんだな。

 なるほどなるほど、気遣いギャル。

 おしゃれするようになってギャルレベルがガン上がりのギャル先生。

 

 ま、話したいなら相手するさ。

 何から話す?

 好きなもんの話か?

 嫌いなもんの話か?

 大抵の会話には対応できるぞ、頭にデータセットが入ってるからな。

 だが俺の方から面白い話はあんま振れないぞ、そういう経験がないからな。

 

 何の話する?

 

 え? 恋バナ? 恋愛経験とかまったくないです。次の話題を頼む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お……おおおお! 凄いな! 尾も白いから面白いなのか! はーなるほど……」

 

「e38193e38293e381aae381aee381a7e381aae38293e3818be38281e381a3e381a1e38283e5969ce38293e381a7e3828be280a6e280a6e38186e383bce38293e38081e383a9e382a4e382b9e3818ce8a880e381a3e381a6e3819fe9809ae3828ae38081e69cace5bd93e381abe4b99de6adb3e58590e381aae381aee3818be381aae38182e38082e69cace69da5e4bdbfe3828fe381aae38184e68385e7b792e3818ce882b2e381a3e381a6e381aae38184e381aee3818be38282」

 

 

 と、トーク強者……!

 

 間違いねえ。

 こいつ、ただ話してるだけで飽きさせないタイプのギャル!

 絶対に友達が多い!

 筆談レベルも俺や姫より格段に高い!

 トークが幅広く不快感がなくて面白い上に字が丸っこくて嫌味がない!

 きょ、強者……!

 話に聞くウマ娘のチームとか、もし俺が組む時が来たらお前以外リーダーにしないわ。

 

 筆談デバフかかってそう。

 普通に口で話してた方が強そうだな。

 こんだけ筆談のトーク回しが滑らかなら、口で話せる状態の方が絶対強い。

 

 

 何?

 昨日いつ寝たか?

 寝てないぞ。

 あんま寝てる場合じゃないなって分かったからな。

 夜通しギガスのセンサー動かして俺もずっとそれ見てたぞ。

 

 ネイチャ様がああいう感じに行き倒れてたわけじゃん。

 しかもそれを見つけたのはギガスと接続してた俺の方の情報処理だったわけで。

 俺が常に情報処理に接続してないと、ネイチャ様みたいな人を見落としかねない。

 絶滅種のギャルが本当に絶滅してしまうかもしれん。

 ライス姫みたいな人が放っておかれてしまうかもしれん。

 そしたらほら。

 あんま寝てる場合じゃなくね?

 

 問題はない。

 まだ汎用タンパク質の貯蓄はあるしな。

 そんな無限に無駄遣いできるほどの量は無いけど。

 

 疲労した脳から全情報を抜き取って。

 新しく作った脳に抜き取った情報を全部入れる。

 これで寝不足での判断ミスなんか起こらねえってわけよ。

 物理的に脳が新品になってるわけだからな。

 俺はそんなにこまめに脳を交換する方じゃないが、この脳がすっきりする感覚は、病みつきになる人が出るのも納得だよな。

 

 これで、今手元にあるのが午の機神(ギガス)じゃなくて酉の機神(アルビオン)だったらもっとこう……無駄なく色々活用出来たと思うんだよ。

 回収した古い脳を分解再構築で新品の汎用タンパク質に出来たから。

 こっちの世界で言うとこの?

 自然に優しいリサイクル?

 が出来たわけ。

 タンパク質の損失無く、脳の素をローテーションして常に新品の脳を維持できるから、疲労だの睡眠だのって枷が全部なくなってたわけよ。

 

 やっぱこう、な。

 慣れた機神が一番便利に感じるんだよなあ。

 人間の悲しいサガよ。

 

 

 その顔はなんだ。

 何が言いたい。

 何がまずい?

 言ってみろ。

 

 ん?

 食事と睡眠と息抜きはしっかりやれ?

 『そういうのよくない』?

 ほうほう。

 あ、俺の生活が不健康に見えたから微妙な顔してたのか。

 気にしいな子だな。

 『健康的な生活をまず送りなさい』?。

 なるほどなるほど。

 え、なにこれ。

 『このくらい寝なさい』? 『このくらいは食べなさい』? 『無理禁止』?

 

 ……お前俺の姉か母親かなんかなの!?

 

 俺は人口受精卵式の製造法で生まれたから母親とか見たこともねーんだぞ!

 

 その内気が向いた時に寝ておくから大丈夫だってば。

 大丈夫大丈夫。

 いやだから大丈夫だって。

 大丈夫だって書いてるだろ?

 お前けっこうしつこ……だから大丈夫だって!

 服離して!

 そんな深刻な顔になることじゃないって!

 

 

 分かった、分かったから!

 夜中はギガス停めて俺も寝ます!

 それでいいだろ!

 もう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二目的地、到着。

 兵庫県宝塚市、阪神レース場……寅の神殿だ。

 これで二つ目、か。

 

 元々は他の星から山ほど持ち込まれた植物が共生していた、共存の楽園みたいな閉鎖環境だったはずが、今はもう見る陰もない。

 植物は皆土、水、大気、石、金属と融合してぐちゃぐちゃだ。

 まるで地の上に虹を敷いたような、素敵な色合いの神殿だったのになあ。

 

 ふむ。

 案の定神殿もレース場も原型を保ってない。

 俺、姫、様の三人で手分けして細かく設計図の在り処を探っていくしかなさそうだ。

 

 阪神レース場、か。

 いまいちよく分かってなかったが、大阪市と神戸市を挟んだ地域を『阪神間』と呼ぶんだな。

 だから兵庫とかの地名として『阪神』が使われると。

 なるほどなるほど。

 

 しかしなんで(とら)だったんだろうか。

 そういえばあんま深く考えてなかったが。

 地元民が虎の名前を望んだ理由があるはずなんだよな。

 神殿の祭神は地元民の要望で決定してたはずだから。

 

 十の神殿の名前の由来は、元をたどれば十二支。

 大昔の神話的動物概念に由来を持っている。

 子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二匹から、小さい動物だからと当時機神のモチーフになっていなかった子(ネズミ)と、卯(ウサギ)が除外された十匹をモデルにした機神を、それぞれの神殿が信仰していたはず。

 

 何故兵庫だと、阪神だと、虎だったんだろうか。

 謎だ。

 神殿建設当時、俺がその場に居たら知る機会もあったんだろうか。

 

 

 うーむ。

 謎だ。

 ウマ娘に聞いても知ってるわけないしな。

 何故兵庫が阪神で虎だったんだろう。

 今度調べとくか。

 

 ともかく。

 ここまで来れば。

 サクッと二箇所の神殿を回れる。

 

 寅の神殿は兵庫県宝塚市、辰の神殿は京都府京都市伏見区にあるからだ。

 

 ギガスの上にでも立ってみれば、多分二つの神殿と二つのレース場は同時に見える。

 

 

 ☆=現在地。阪神レース場、寅の神殿

 ★=京都レース場、辰の神殿

 

 

 

 これは古い言葉の『竜虎相搏つ』にかけたものだったはずだ。

 寅が虎、辰が竜。

 二つの神殿は隣り合う県に、向き合うように設置された。

 まるで、互いを喰らい合う虎と竜のように。

 

 

 

 だから二つの神殿の位置はかなり近い。

 ウマ娘の脚力なら、たぶん走っても一時間かかるか、かからないかくらいで移動できるんじゃないだろうか。

 ギガスの移動速度なら、エネルギーを消費しない巡航状態ですらもっと速いだろう。

 

 いつからだろうか。

 人類……俺の世界の人類は、"対立関係"というものを研究し始めた。

 高め合う二つ。

 競い合う二つ。

 シンプルに言えば『ライバル』か。

 ライバル同士が高め合う効果を科学的に、学術的に、証明するのが学会の流行りになった。

 

 いくつかは精神論の領域を抜けて、存在論や魂証明論の足がかりとなり、他分野にも引用されるくらいになってたと記憶している。

 

 竜と虎は宿命のライバルだから……あ、そうだ。

 ウマ娘はどうなんだろうか。

 ウマ娘のライバル関係とかはあるんだろうか。

 その関係が高め合ったりとかはするんだろうか。

 

 まあ、あるだろうな。

 彼女らも精神的にはほぼ人間だし。

 無い方が変だ。

 競い合うライバル、仲間、戦友、相棒……そういうのが高め合うウマ娘の関係とかも山ほど存在していたはずだ。

 それこそ、竜と虎のように。

 

 でも……そうだ。

 ライス姫達は、確かデビュー前とかだったんだったか。

 じゃあ、ライバルとかはほとんど居ないよなあ。

 デビュー前からの知り合い、なら居るとしても。

 デビュー後にバチバチにやり合ったライバルとかは、生まれようがない。

 

 ちょっと、そこは惜しく感じる。

 もしも。

 もうちょっとだけ、世界の融合が後だったら。

 ライス姫達がデビューした後に、世界が融合してたりとかしてたんだろうか。

 ライス姫達にも、ライバルが出来てたりしてたんだろうか。

 そうして、ライバルと競い合いながら、夢の頂きを目指してたりしてたんだろうか。

 

 いや。

 過去形で言うことでもねえな。

 全部無かったことにすれば、ライス姫達の世界も、何事も無かったことになる。

 ライス姫達はちゃんとデビューできる。

 デビューして、いろんなライバルと競い合って高め合える。

 そして、夢だって叶えられる。

 

 ライス姫がネイチャ様とライバルになって一緒に走ってたりとかもするかもしれない。

 

 それは、今は、俺の想像でしかないが。

 本当はもう、失われた未来なのかもしれないが。

 俺はそれをひっくり返す方法を知ってる。

 自分のことは何も覚えてなくても、それだけは覚えてる。

 

 未来を取り戻す。

 俺のではなく。

 彼女らの未来を。

 この旅は、そのための旅でもあるはずなんだ。

 

 よっし。

 気合い入ってきたな。

 俺は。

 責任を取る。

 俺の世界の人間の罪を償う。

 同郷の人間として、ウマ娘が在る世界に対して、贖罪をする。

 

 そうして初めて、ライス姫達が夢を叶えられる世界が戻ってくる。

 まあ。

 そうなった世界を、俺が見ることはないんだろうけども。

 

 ま、それでいいさ。

 とりあえず今は、そこを目指していこう。

 ライス姫呼んで三人で朝メシ食って、そっからだ。

 

 あれ?

 

 

 

 

 なんだ?

 この手当たり次第並べられた掃除用具は。

 こんなん俺出したっけ。

 いや出してねーな。

 そもそもこの手の道具は一応回収してギガスの中に置いといただけで、俺使わんし。

 はて。

 お、ライス姫。

 

 

 何やってんだ?

 え、掃除?

 

 『いつもギガスさんにお世話になってるから』って……君な……いや、ライス姫らしいか。

 

 

 ギガスにさん付け。

 機神に心から感謝。

 そんで、お礼するために掃除か。

 ギガスの中をぴかぴかにしてあげようと思ったわけだ。

 冷たい水に手を浸して、せっせせっせと雑巾絞って、広いギガスの中を拭いて回って。

 ……いや、ほんと。

 お前みたいなやつは、俺の世界には、全然いなそうだ。

 

 ああ。

 なんだろうな。

 "俺はこれのためならいくらでも頑張れる"みたいな……そういう気持ちが湧いてくる。

 なあ。

 もし、世界を直せたら。

 直った後の世界で、君の夢が一つ残らず叶うといいな。

 なんか、そう思った。

 

「e383a9e382a4e382b9e38081e4bd95e38282e381a7e3818de381aae38184e3818be38289e280a6e280a6e381a7e38282e38081e3808ee38182e3828ae3818ce381a8e38186e3808fe381afe38081e381a1e38283e38293e381a8e4bc9de38188e3819fe3818be381a3e3819fe3818be38289e280a6e280a6」

 

 ……うん、そうだ。

 

 ちょい、ちょい、こっち来て。こっちの部屋な。

 

 はいこれ、俺が今日作ったケーキ。

 

 試作品だけど、貰ってくれ。

 

 俺からじゃなく、ギガスからの贈り物、ってことで。

 

 

 おいおい、そんな遠慮すんなよ。

 

 ギガスはお礼が言えないんだ。

 道具の行き着く先として存在する神様だから。

 道具は人間にお礼を言えないし、神様は人間にお礼を言ってはいけないから。

 『大事に使ってくれてありがとう』と言う道具はないし、『崇めてくれてありがとう』と言う神様はいないだろう?

 それは、そういうルールなんだよ。

 

 だけど。

 たぶん、だけどな。

 ギガスに礼を言う機構が持たされていたら、きっと君にお礼を言ってると思うから。

 

「そんな君だから、俺は少しでも君を満たす助けになれる自分を、誇りに思える」

 

 

 もらっといてくれ。

 そんで、美味しく食べてくれ。

 できたら、今後ともギガスと仲良くしてやってくれ。

 神様だけど、機神は誰かの祈りを叶えるために存在してて、俺が生まれるよりずっと前に、誰かの夢のために生み出された機械の神様だから。

 

 いつかきっと。君を、夢が叶うところまで、連れて行ってくれる。

 

 俺は、そう思ってる。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「それは既に私が挑むべき謎なのだよ、カフェ」

 見飽きた瓦礫の街。

 生存者も見当たらず。

 焼け跡が視認できるのは、この街も壊れて焼けて、原型を無くしたからなんだろうか。

 

 あー。

 キツい。

 辛い。

 うおおおお、気合い入れろ、俺。

 

 

 うーん。

 見つかんねえ。

 寅の神殿にも無いのか?

 

 まあ、神殿一個目で設計図が見つかる確率は1/12。

 二個目までに見つかる確率は1/6。

 今日中に三個目の神殿まで行ったら1/4で見つかる計算だ。

 そんな悪い確率じゃないとは思うんだが。

 いつまでも見つかんなかったらうちの幸運の女神様に祈ってみっか。

 

 お。

 ライス姫にネイチャ様。

 戻って来たか。

 

「e3819fe381a0e38184e381bee383bce38082e3819de381a3e381a1e381aee68890e69e9ce381afe280a6e280a6e784a1e38184e381bfe3819fe38184e381ade38187」

 

「e3819fe38081e3819fe381a0e38184e381bee688bbe3828ae381bee38197e3819f」

 

 

 

 おつかれさん。

 成果は無いが、二人のおかげで随分助かってる。

 ありがとな。

 もう一回散策予定地を割り振って、もう一回りしたら終わりにしよう。

 それで見つからなかったら、たぶんもうここに設計図はない。

 

 別に敵が居るわけでもねえんだ。

 焦らず急がずゆっくり行こう。

 大丈夫だ、俺を信じとけ。

 絶対に、世界はどうにかするから。

 

 

 ほれ。

 これで時間見て、30分後にギガスの下に再集合な。

 ギガスはでかいから迷子になることはたぶんないと思う。

 じゃ、頼んだぞ!

 

 ん?

 なんだライス姫。

 最近筆談速くなったな、偉いぞ。

 えいえいおー?

 一緒にやろうって?

 ああ、掛け声と同時に拳を突き上げて「頑張るぞー」ってやるのか。

 戦争前の兵士への鼓舞みたいなもんか。

 いいなそれ。

 こっちの世界の文化か。

 

 拳を握って、皆で突き上げて、声を揃える。こうか!

 

「えい、えい、おー!」

「e38188e38184e381a3e38081e38188e38184e381a3e38081e3818ae383bcefbc81」

「e280a6e280a6e38188e38081e38188e38184e38081e38188e38184e280a6e280a6e38184e38284e38194e38281e38293e381a1e38287e381a3e381a8e381bee381a3e381a6」

 

 

 照れるなナイスネイチャ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ぬぅ。

 むぅ。

 やっぱこの辺には無いのか。

 なら、とっとと京都の方に行った方がいいか。

 そうしたら予定を前倒しに……いかんいかん。

 

 焦りを思考に出すな、俺。

 余裕を持て。

 余裕を持ってた方が、肝心なことは失敗しにくい。

 自分に言い聞かせるように、自分で言ったことを信じよう。

 そうすれば、周りも信じてくれる。

 

 余裕があって自信満々にやり遂げる人間になるには、まず自分がそういう人間だと信じて、脳内のデータセットを調整し、そういう人間で居ようとすることが大事だ。

 勝とうと思って挑まないとどんな試合も勝てないのと同じ。

 

 ゆるゆると行こう。

 ゆるゆると。

 俺は頼れる大人で、子供達が安心して寄りかかれる大黒柱。

 よし。

 ……っと、また二人を子供扱いしてしまった。

 いかん。

 こういう癖はよろしくないな。

 

 うむ。

 心の切り替えに成功。

 計画は綿密に、生き方は適当に。

 

「ふんふんふーん」

 

 ま、案外気楽に鼻歌とか歌えてんだし、割と余裕あるよな、俺。

 

 敵も居なければ時間制限も無い。

 

 失敗はできないが楽々なミッションだ。

 

 なんせ時間さえかければたぶんアホでも出来―――

 

 

 なんだ?

 絶対に見間違いじゃねえ。

 今、瓦礫の向こうの山の向こう、空の彼方に、何かが見えた。

 

「管制システム。

 俺の視線の先にギガスのカメラを向けろ。

 ギガスのカメラで望遠開始。

 映像データを最高解像度で解析。

 解析映像データを全部俺の網膜に映せ。

 停止命令までギガスのカメラと俺の視覚のリンクを継続」

 

『了解しました。コマンド実行、停止命令まで継続』

 

 遠く、遠く、遥か彼方に見えたもの。

 それが凄まじい勢いで飛んでくる。

 重力も。

 慣性も。

 全ての法則をぶっちぎって。

 自分の周りに衝撃波どころか突風さえ生まないまま、怖気のする凪の中を飛んで来る。

 

 ウマ娘は、人と同形状の生物の限界を超えた速度を出している。

 その速さは、明らかに理の上限を超えている。

 あれを見た時、心のどこかが、懐かしかった。

 そうだ、俺は。

 誰よりも前を行かせるべく作られた最速を知っている。

 知っていた。

 

 『理を超越した最速』を、記憶を失う前の俺は、よく知っていた。

 それを、今思い出した。

 

 

 そうだ、あれは。

 地面の中でも。

 空の上でも。

 太陽の中でも。

 宇宙の果てでも。

 どんな兵器よりも速く飛べて、最速の中で針の穴を通すような作業を成す『戦闘機』。

 飛行機の延長じゃない『戦闘機』。

 真なる『戦闘する機械』。

 

「視覚リンク停止! 高速機動ブースター準備! 急げ!」

 

 十の機神の中で、最も戦闘に特化した機神は、寅と、もうひとつ。

 

 最強最速。それは光と共にやって来る。

 

 

 

 

 俺達がこれから行くはずだった辰の神殿で祀られてる、それは。

 

 

 

 

 ……う、わ。

 おい。

 どういうことだ。

 誰が動かしてる?

 

 ()()()()じゃねえか―――おい!

 

 マズい。

 なんだ?

 何が目的だ?

 誰が動かしてる?

 

 戦闘になったら勝てない。

 ギガスは走るだけの馬だ。

 ガチの戦闘用機神に勝てる仕様にはなってない!

 つか考える時間もねえ。

 竜が飛行経路で遊んでるからまだいいが、こっちに向かってきてる!

 瞬き何度かの後にはもう距離が0になる!

 

 ギガスを……いや、対処全部は間に合わねえ!

 

「管制システム、パターン1-A-C!

 稼働状態、上限まで引き上げろ!

 救助優先、ライスシャワー、ナイスネイチャ!

 交戦の危険が発生次第離脱開始! 絶対に戦うな!」

 

『了解しました。救助、及び離脱を開始します』

 

 トレード・オンだ。

 竜は確実にこっちに、っていうか俺の方に向かってる。

 俺が単独で逃げる。

 その間にギガスに二人を回収させる。

 ギガスは全力で逃走して、後に潜伏。

 俺もなんとか竜を振り切ってギガスと合流。

 こそこそ竜から逃げ切って、タイムマシンの完成まで逃げ切りゴール。

 これだ。

 

 可能性は低いが……これしか道はなさそうだ。

 

 生体素子を起動。

 脚力強化に処理能力を集中。

 他の機能を全部切って、フルスペックを走力と跳躍力に回す。

 モデルはウマ娘の延長で。

 生物としての理想形が近くに居るんだ、真似して使わない手はねえ。

 

 最悪のレースだ。選択肢は爆逃げのみ。

 

 逃げ切れる可能性は限りなく0で、追いつかれたら最悪死ぬ。

 

 だが。

 

 

 深呼吸して。

 全力で。

 力を込めて。

 ぶっ飛ぶ。

 

 

 

 ―――ついて来いッ!!

 

 

 

 とにかく、どうにか地形を活かす。

 高さを使って飛び回って、追いつかれそうになったら降りていく。

 そんで建物や瓦礫を障害物にして、追いつかれないようにする。

 こっちは逃げだ。

 追い込まれたらそのまま終わる。

 あんなコーナーで減速もしない化け物を引き離せる有効策なんて無いに等しい。

 

 ! ギガスが離脱してる。

 よかった、すぐにライス&ネイチャを回収できたか。

 そのまま逃げ切ってくれ。

 あとは、こっちをどうにかすれば。

 

 どうにか、すれば―――

 

 

 ……お前、さあ。

 小細工する時間くらい、くれよ。

 そういうとこだぞ。

 クソ。

 分かってたけど、瞬殺以外、ねえ。

 クソっ……!

 

 こんなお遊びみたいな飛び方してるやつ相手に。

 

 遊び半分のガキに握り潰されるバッタか、俺は……!

 

 

 うごっ、こ、光子捕縛……解けねっ……!

 

 あ、クソ、腕っ……!

 

 

「ぐえっ」

 

 ぎゃふん。

 人形みたいに掴むんじゃねえ。

 

 うわー。

 捕まってしまった。

 手でっけえなこいつ。

 いやどうしよう。

 殺す気が無いのが分かっただけ御の字だが。

 これ、誰が動かしてんだマジで。

 てか、俺をどこに連れて行くつもりだ……?

 

 

 クソ、この手、クソ硬い。

 逃げんのは無理か?

 落ち着いて、落ち着いて対応しよう。

 

 今の内に竜の機神(こいつ)のサーチしとくか。

 よし、完了。

 ……うわ。

 なんじゃこりゃ。

 

 え、なんでこんな壊れてんだ。

 壊れた後に弄られて、直されてる?

 中身ぐっちゃぐちゃじゃねえか。

 世界衝突の衝撃で根本からぶっ壊されたのか?

 

 ん?

 なんか竜の側面に書いてあるな。

 黒インク?

 いや、マジックペンってやつか?

 誰かが最近、この竜の側面に書いていったってことか?

 

「『触ったら勝手に壊れました、申し訳ありません ミホノブルボン』……なんじゃこりゃ」

 

 第八世代の機神が触れただけで壊れるわけないだろ!

 いい加減にしろ!

 舐めやがって!

 ミサイルでも壊れねえよ!

 世界衝突で壊れたと見て間違いねえはずだ。

 

「ぐっ……飛ぶの速っ……息してる俺のことも考えろ……!」

 

 息しにくっ。

 生体素子調整。

 酸素確保。

 機神のサーチを継続。

 

 ん?

 なんだこら。

 壊れてるだけじゃない。

 壊れた竜を、誰かが直した跡がある?

 

 いや。

 あれ?

 え?

 どうなってんの?

 

 この修理の痕跡、明らかに最初の段階で無知なやつが弄ってる。

 回路の繋ぎ方がめちゃくちゃだ。

 だけどどんどん慣れてきてる。

 たぶん、だが。

 分解してる内に、竜の構造と仕組みを理解していったんだ。

 

 けど、弄ったやつが無知なことは間違いねえ。

 分解して理解した一面的な技術だけで全部直そうとしてる。

 

 人間で言えば、膝の先に腕を、肘の先に足をくっつけてるようなもの。

 血管と神経を直結させてるようなもの。

 肺と心臓が繋がってるせいで肺に血が、心臓に空気が入ってるような状態じゃねえか。

 

 "抜群に頭の良い門外漢"が弄ったんでもなきゃ、こんな無茶苦茶な状態にならねえだろ。

 どうなってんだ?

 誰だこんな弄り方したやつは?

 も、もったいねえ。

 竜一機にギガスの数百倍は金かかってんだぞ!

 

 

 ずたぼろむき出しになってる部分に装甲と同じ色のシートかぶせて「ほら直ったぞ」みたいな状態にしてんじゃねえよ!

 なんだこれ!

 数学のテストで『2』って書いた後に『あっ3だった』と思ってちょっとだけ線書き足した後の3みたいな状態じゃねえか!

 

 高級なデザートスイーツに味噌ソースかけたような状態だ。もう笑うしかない。

 

 完成されてたはずの機体構造が、すんげー台無しになってる。

 

「おっ……俺に任せてくれれば……もっと完璧に修理してやったのに……!」

 

 クソが!

 どこのどいつか知らんが!

 半端な知識で最高級機を弄りやがって!

 

 ん?

 

 ……いや、待てよ。

 あの。

 これ。

 ぶっ壊れた機神を素人考えて無理矢理動かせるようにしてる、ってことは。

 言うなれば事故った車をセロハンテープで修理したようなもんで。

 壊れた超高出力エンジンを折り紙用の糊で直したようなもんで。

 それは、つまり。

 

 いつぶっ壊れてもおかしくないのでは?

 

 

 いや、いつぶっ壊れるかとかそういう話じゃねーなこれ!

 

 たぶん!

 

 今すぐ!

 

 ぶっ壊れる!

 

 

 クッ、クソめ!

 こんな空中でぶっ壊れるんじゃないよ!

 せめて俺を拐う前か俺を目的地まで運んだ後に壊れろ!

 幸運の女神(ライスシャワー)と離れてすぐこれって運の揺り戻しが早くない!?

 

 どうにか、どうにかしねえと!

 死ぬ!

 マジで死んでしまう!

 爆発に巻き込まれて死ぬか!

 飛んできた破片に貫かれて死ぬか!

 落ちて死ぬか!

 三択!

 全部痛そう! マジで嫌!

 

 

 あっ。

 

 頭が最初に弾け飛んだ。

 

 これもうだいぶダメみたいですね。

 

 クソ、とにかくライス&ネイチャが俺の死後も機神の操作に困らないようマニュアルをいつでも引き出せるところに移動させて……遠隔操作で……あーもう色々間に合うか!?

 

 あっ。

 

 落ちる。

 

 クソが、死んでたまるか、死んだら俺の世界の愚行の責任取れねえだろっ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 さ。

 さびゅい。

 寒い。

 ってか冷たい。

 凍えそう。

 

 あっっっっっっっっっっっっっっっっっっっぶねえっ!!!

 

 雪之美人が手元にあってよかった。

 地面に投げつけて、地面から俺に向けて吹雪を吹かせる。

 多量の水分と雪を含む猛吹雪は集約され、俺の体の落下速度を猛烈な勢いで減速し、地面に激突する衝撃をほとんど消し飛ばしてくれた。

 竜は地面に激突して大爆発。

 雪之美人も爆発に巻き込まれて全壊。

 よし、現状確認終了。

 

 ……竜の機神も雪之美人ももう完全にぶっ壊れてるな。

 これじゃ直しようがない。

 流石にあのエネルギーで地面に突っ込んで大爆発して、それに呑まれたらそうもなる。

 

 はぁー。

 やっばかった。

 ガチ目に死ぬかと思った。

 世界を救うまでは死ねねー。

 死んでたまるか。

 

 うっ。

 

 やばい。

 

 意識、が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やめろ。

 やめろ。

 分かってる。

 分かってるから。

 こっちを見るな。

 見るな。

 見ないでくれ。

 

 

 分かってるから。

 逃げやしないから。

 放り投げたりしないから。

 失敗したりしないから。

 

 そんな目で見るな。

 俺を責めるな。

 責めないでくれ。

 いっぱい死んだことなんて分かってる。

 俺が失敗したら皆蘇れないことも分かってる。

 だから。

 絶対に成功するから。

 

 俺を。

 皆で。

 そんな目で。

 見ないでくれ。

 

 

 起きろ。

 起きろ。

 俺は気絶した。

 悪夢に落ちた。

 それは分かる。

 だが休んでるつもりはない。

 

 俺には果たすべき役割が、責任がある。

 

 彼女らの世界を滅ぼした人間の罪を贖うんだ。

 

 世界の生き残りが俺一人になったとしても。

 

 

 目を開け。

 目を覚ませ。

 悪夢に浸るな。

 こんなところで休んでいていいわけがない。

 

 存在意義を果たせ。

 俺は、正当な人間に奉仕する者。

 俺は、子供の尽くに尽くす者。

 ……いや。

 

 俺は、出会ったライスシャワーや、ナイスネイチャが、ちゃんと夢に挑める未来、ちゃんと夢を叶える可能性を、願う者。

 他に何も要らない。

 歯車が狂わなかった世界と、そこに生きる人の充足だけを願っている。

 

 

 目覚めろ。

 起きろ。

 立て。

 

 俺は使命を果たすために生まれ、使命を果たすために生きている。

 

 それは、きっと。

 

 彼女が走る事が好きで、走る事を当然の事として、世界が滅んでもなお走っていたように。

 

 俺が『そうしたい』と、願ったからだ。

 

 立て。

 体を起こせ。

 軋む身体に喝を入れろ。

 強く、強く、立ち上がれ。

 

 よし、なんとか身体は動―――

 

 

 

「おんぎゃあ」

 

 生まれたての赤ん坊みたいな声出しちゃった。

 

 なになになんのなに!?

 

 

 誰だよ!?

 

「誰!?」

 

 知らない人!

 

 仏頂面の美人!

 

 ん?

 

 

 鋏。

 包帯。

 ガーゼ。

 消毒液。

 

 

 そして、俺の身体のあちこちに手当ての跡。

 

 こりゃまいった。

 

 どうやら俺はこの子に頭が上がらないらしい。

 

「ありがとう。君が手当てしてくれたのか」

 

 筆談筆談。

 お。

 よかった。

 紙とペンもどっか行ってない。

 こりゃ奇跡だな。

 ありがとうございます、と、書き書き。

 

「e38193e381aee4babae3818ce38081e382bfe382ade382aae383b3e38195e38293e3818ce8a9b1e38197e381a6e3819fe3808ee38282e38197e8a68be381a4e38191e38289e3828ce3819fe38289e584b2e38191e38282e381aee3808fe381aae4babae98194e381aee4b880e4babae381a7e38182e3828be381aae38289e38081e69c9be5a496e381aee5b9b8e9818be381a7e38199e3818ce280a6e280a6e38193e3828ce381afe38081e38282e38197e3818be38197e381a6e8a880e89189e381a0e38191e9809ae38198e381a6e38184e381aae38184e381aee381a7e38199e3818befbc9f」

 

 すまんね、筆談とか余計な手間かけさせて。

 

 

「e381a8e3828ae38182e38188e3819ae38081e381a0e38184e381b6e8baabe4bd93e3818ce586b7e38188e381a6e38184e3819fe381aee381a7e38081e58685e3818be38289e6b8a9e38281e381a6e3818fe381a0e38195e38184」

 

 おっ。

 コーヒー?

 ありがたい。

 ありがとう。

 吹雪でカチンコチンになる寸前だったんだ。

 

「あったけ……コーヒーと……今日初対面の人の優しさが……あったけ……」

 

 

 うむ。

 なんか。

 初見で化け物を見るみたいな目で見たのが申し訳なくなってきたな。

 ごめんね。

 

 だってインパクト強すぎたんだもんよ。

 そのクソ長い前髪切らない?

 いや、他人の髪型にケチつけるのはダメか。

 ごめんね。

 好きな髪型で生きてくれ、応援してる。

 

 

 ん?

 今微妙に表情動いた?

 

 ……あ。

 いかんなこれ。

 今まで表情豊かな姫や様とばっか話してて気付いてなかった。

 言葉というツールが使えないから、これまで顔と文字で意志のやり取りしてきたが。

 無表情系の人が相手だと、やり取りの正確性が半減する。

 

 普通、会話は声色で感情を察する。

 察して細かく調整してコミュニケーションを取る。

 最近の俺は相手の表情を見て、感情を察しようとしてきた。

 しかし。

 今、その欠点を突きつけられている。

 

 これは難儀だぞ。

 この子、顔が動かない!

 筆談の難易度がちょっと無視できないくらい上昇してる!

 俺が難儀するだけならいいが、俺が無自覚に失礼を働くのが怖い。

 俺の無礼で不快感を覚えたらすぐ言ってくれな。

 

 ……あれ、なんかいつの間にかに、横に一人増えてる気がする。

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 またか。

 今度は誰だ?

 いやもしかして俺が起きた時にめちゃくちゃびっくりしたのこいつの仕込み?

 クソ、舐められてるな!

 

「e38284e38182e38284e38182e38284e38182e38081e3818ae5889de381abe3818ae79baee381abe3818be3818be3828be38082e38193e381a1e38289e381aee6898be98195e38184e381a7e4bd99e8a888e381aae6898be38292e3818be38191e38195e3819be381a6e38197e381bee381a3e381a6e38199e381bee381aae38184e381ade38082e38191e3828ce381a9e3818ae3818be38192e381a7e3838fe38383e382ade383aae38197e3819fe38193e381a8e38282e38182e3828be38082e5909be381afe4bb8ae59b9ee381aee781bde5aeb3e381aee58e9fe59ba0e38292e79fa5e3828be4babae99693e381a0e381adefbc9fe5909be381afe699aee9809ae381aee4babae99693e381a7e381afe381aae38184e38082e3819de38197e381a6e38182e381aee795b0e7abafe68a80e8a193e381abe381a4e38184e381a6e5a49ae3818fe38292e68a8ae68fa1e38197e381a6e38184e3828be38082e3819de3828ce381afe981a0e5b7bbe3818de381abe8a68be381a6e38184e3819fe68891e38085e381abe38282e58886e3818be381a3e3819fe38193e381a8e381a0e38082e381a7e38182e3828ce381b0e38081e7a781e381afe5909be381abe7a2bae8aa8de38197e3819fe38184e38193e381a8e3818ce5a49ae3818fe38182e3828be38082e5b091e38197e381b0e3818be3828ae885b0e38292e68daee38188e381a6e8a9b1e38197e3819fe38184e381a8e38193e3828de381aae381aee381a0e3818ce381ad」

 

 

 よし!

 表情がころころ動く族だ!

 顔動かない族は一人でストップ!

 ギリギリセーフ……だと思っておこう。

 しかし初対面からなんかすげー長いセリフ吐いてんなこいつ。

 

 白衣……異世界のご同業か?

 研究者、学者、技術者。

 ウマ娘の知識人か。

 なるほど。

 全て読めた。

 

 竜を修理した『抜群に頭の良い門外漢』―――こいつか。

 おそらく機械を専門にしてない。

 だが頭がいいから、完成された生命体に近い構造を持つ竜を分解してる内に、とりあえず動く程度にまで直せる技術を習得した。

 そんなとこだろう。

 なんとなくだが、彼女が天才肌であることは理解できる。

 なんとなくだけども。

 

 あ、黒髪の方が筆談しか通じないって教えてる。

 言語が理解できないから推測だけども。

 

 自己紹介しとかないとな。

 俺を助けてくれたのはこの黒髪の子、あるいはこの二人だろうし。

 

 へえ。

 黒髪の方がマンハッタンカフェ。

 白衣の方がアグネスタキオンね。

 覚えた、覚えた。

 

 『タキオン』―――『時を遡る超光速の粒子』―――?

 

 ……タイムマシンの、メインシステムの、主要構造粒子の名前。

 

 偶然……だな。

 

 ん?

 なに?

 情報が欲しい?

 色々調べてる?

 ……なるほど。

 まあ、そうだよな。

 基本的に、世界がなんでこうなったのか知ってるのは、俺と俺が教えた仲間だけ……他の人間もウマ娘も、事情を把握してないわけだから。

 

 分かった。

 ちょっと長くなるぞ。

 余ってる紙ない?

 

 あとついでに、あの竜についても根掘り葉掘り聞かせてもらうからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふむふむ。

 つまりこうか。

 カフェちゃんとタキオン先生は事態の真相を調べるべく動き回ってた。

 食料を確保しながら北へ南へ。

 そんな中、最近ウマ娘の集団が通ったというところを通ったら、そこに壊れた竜が居た。

 

 で、タキオン先生が楽しげに弄って直して。

 コマンドが入力出来たので、『機神から人を守れ』と命じたと。

 命じられた竜はぶっ壊れた頭で判断能力が劇的に下がってて、ギガスの近くに居た俺を襲われてると判断して、保護して、タキオン先生の下に連れて行こうとしてた、と。

 それでああなったわけね。

 

 なるほど、事故だったのかー。

 って軽く済ませていいわけねえだろ!

 今後機神弄るなよマジで。

 地球くらいなら軽く吹っ飛ぶ兵器が積まれてるやつもあるんだからな?

 

 

 「次は上手くやってみせるさ(ニィ…」みたいな顔をするな!

 オメー反省してねえな!

 懲りろ!

 失敗を糧にしろ!

 次同じことあったら次大怪我するのは俺じゃなくて多分君だからな!

 

 

 あ、カフェちゃんがなんかネチネチ言ってる。

 タキオン先生がめっちゃ嫌そうな顔してる。

 何言ってんだろう。

 後学のために教えてほしいわ。

 とりあえずこれでちょっとは反省してくれるだろうか。

 

 まあ、とりあえずこれで互いの持ってる情報は全部交換できたか。

 と、いうわけだから。

 食料確保してどっかで大人しくしといてくれ。

 タイムマシンで全部無かったことになったら、たぶん自動で元の世界に戻るはずだから。

 

 とりあえずは俺を信じて任せてくれ。

 信用できなくても良い。

 最後の日まで生き残っててくれればいい。

 信じてもらえなくても、俺は世界を救ってくから。

 

 タキオン先生……は、なんだ、どうした?

 

 

 なんだ?

 でかい紙にめちゃくちゃな長文書き始めた?

 文の横に細かい注釈が書かれてる。

 これは……『誤解を生まないための資料明示と引用』か。

 

 筆談?

 いや。

 そうだが違う。

 これは筆談だが、同時に論文だ。

 やっぱ異世界のご同業だったか。

 

 と、なると、これは。

 俺の見解とは根幹的に異なる、異世界の知識人による見解。

 俺から得た情報を統合して、彼女が気付いたことか……?

 

 

 

 

 

 『私はアグネスタキオン。現役のウマ娘だけど、研究者でもある』

 

 『私の専門はウマ娘の神秘について』

 

 『ウマ娘は物理法則を超越した存在だ』

 

 『その身体能力は摂理を凌駕し、食した以上のエネルギーを体が行使している』

 

 『明らかに食事量が百倍差近くある大食いと少食で、足の速さが変わらない』

 

 『どこから得たのか分からない力を、その身体に漲らせる生命体だ』

 

 『我々の世界でも、ウマ娘の体と力は、未だに理解し難い神秘の塊でね』

 

 『私はその解明を専門としている。神秘を科学に落とし込むのが目標だ』

 

 『よって私のアプローチは少々特殊だが、それを念頭に入れて読んでほしい』

 

 

 『君と私は会話ができない。言葉が通じないからだ』

 

 『だが、筆談はできる。これはおかしい』

 

 『そもそも言葉が通じない相手には筆談もできないものだ』

 

 『互いの言語が理解できていないから、会話ができない。そうであるはずだからね』

 

 『けれど我々は筆談ができる程度には同じ言語を使っていて、互いの言葉を理解している』

 

 『これはおかしい。同じ言語を使っているのに互いの言語が分からないとはなんだ?』

 

 『つまり、こういうことなんじゃないか?』

 

 『そもそも我々の間で言語による対話が出来ないのは、言語の相互不理解ではなく』

 

 『世界の壁が、そこにあるからではないだろうか』

 

 『言葉が通じていないのではない。言葉の情報が遮断されているのではないか』

 

 

 『これは世界と世界がぶつかって融合してから、独自に研究した内容なのだけどね』

 

 『二つの世界のものは強くぶつかり合うと、互いを壊し、時にそのまま融合する』

 

 『これまでそういう街を見てこなかったかい?』

 

 『なら、言葉でも同じ現象が起こっているかもしれない』

 

 『私が発した言葉の情報は、君にぶつかった時点で崩壊し、形を失ってしまう』

 

 『街の建物と同じようにね』

 

 『だから、紙に書いた時だけは、ちゃんと通じる』

 

 『おそらくは紙に"書き留め"た情報が、ワンクッション挟んで相手に手渡されるからだ』

 

 『筆談は情報のぶつけ合いではない』

 

 『物質に書き留めた情報を、両者で観測する行動だからね』

 

 『私と君の会話が成立しないのは、街で起こった現象が我々の間でも起こっているからさ』

 

 

 『たとえばだけど』

 

 『もし、我々の世界の動物が、君の世界の人間のようなものとして生まれ変わったら』

 

 『人間のようなものに生まれ変わった動物と、人間は、会話できるのだろうかね?』

 

 『"違う世界で動物だったもの"が、人間と会話を成立させることはできるのだろうか』

 

 『できるのなら、できないのなら、そこにはどんな理が存在しているのだろうか』

 

 『これはただの学術的興味だけれどね』

 

 

 『なんにせよ』

 

 『これはおそらく、君の世界、私の世界、どちらにとっても初の事例だ』

 

 『バベルの塔の逸話を思い出すね。雷が落ちて、塔が折れる』

 

 『そして皆、問答無用で会話ができなくなってしまうんだ』

 

 『同じ文字と言語で会話していたはずの人達が、いきなり会話もできなくなってしまう』

 

 『私と君の間にあるのは、世界の壁であり、おそらくは特大の不思議の塊だ』

 

 『まだ科学の域に落とし込まれていない不可思議だ』

 

 『ウマ娘の身体と同様に、科学ではまだ説明しきれない摩訶不思議に満ちている』

 

 

 『君の知らないところで、君の知らないバベルの塔が倒れている』

 

 『その詳細を知ることなくタイムマシンを用いて、本当に世界を救えるのかい?』

 

 『何を止め、何を変えれば良いのか、そこの認識が間違っていて本当に大丈夫なのかい?』

 

 

 『どうかな』

 

 『少し話すのに時間を割いてくれると嬉しいね』

 

 『この謎を解くのに最も相応しい助手は、君であるような気がしてならないんだ』

 

 

 

 

 

 た……タキオン先生!

 

 いや。

 そうか。

 大して気にしてなかったが、そういうことか。

 すげえなタキオン先生。

 俺、タイムマシンを完成させることしか考えてなかった。

 だからそういうこと全く考えてなかったわ。

 

 ……ああ。

 なるほど。

 まともな知識人は、この世界崩壊現象について調べる、と。

 確かにそうだ。

 

 タイムマシンが夢物語の文明レベルの科学者は、『やり直す』とかは普通考えない。

 考えるのは『再発防止』だ。

 

 この人も、振る舞いはかなり奇っ怪だが……性根は科学者。

 起こったことについて調べてたのはやり直すためではなく、同じことをもう二度と起こさないためということで間違いない。

 

 原因を特定する。

 再発を防止する。

 至極まっとうだ。

 だから事情を知ってる俺と違う、時に俺より賢い知見を持てる。

 ……世界の衝突と融合の影に隠れた、謎の現象。

 確かになんだろうか、これは。

 俺には何が見えてない?

 

 世界と世界が、互いの情報を否定し合っている?

 あるいは……相互理解の邪魔をしてる?

 偶然そうなのか、必然そうなのか。

 いや、そもそも。

 それがなければ、世界が衝突して融合した後、どうなってたんだろう。

 

 記憶を失う前の俺は知ってたのか?

 それとも知らなかったのか?

 まあいいか。

 答えは決まってる。

 この人はたぶん、世界を救うために必要な人だ。

 

 

「分かった。手を貸すから、手を貸してくれ」

 

 ん?

 仲間が心配しないかって?

 それなら一報連絡入れて……うわ、生体素子が力尽きてる。

 無理しすぎたか。

 こりゃ直るまで連絡できないな。

 まあいいか。

 とりあえずゆっくりとでも阪神レース場の方に戻って、合流を目指そう。

 

 あー、大丈夫大丈夫。

 俺存在的に大したことないから。

 心配されるとかそういうことないと思う。

 あの二人の生活環境に不足がなければ大丈夫大丈夫。

 あの二人は優しいからちょっとは心配するかもしれないが、後で謝っとくよ。

 

 さ、行こうぜタキオン先生。

 あんたと話してると、なんかこう……俺が忘れてた俺が蘇るような気がする。

 なんだろう。

 誰だったか。

 俺に託した人は―――俺に何かを託した人が―――なんとなく―――君に似てた、気がする。

 

 

 

 

 

 

 ☆=現在地

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『ささやかな祈りを』

 この人は日記に自分のかわいいところもかっこいいところも書かないんだろうな、なんて、ライスは思っちゃった。

 日記に自分を小さく扱う嘘を書いて、あとでそれを信じてそう。

 でも、たぶんそういう人だよね。

 

 

 

 

 

 ライスの名前はライスシャワー。

 貰えたことが嬉しかった、祝福の名前。

 でも、みんなを幸せにしたいと思っても、そうできないだめだめな子。

 

 気付けば、憧れてたの。

 夢の舞台に。

 それは、ライスだけじゃなかったみたい。

 周りのウマ娘に聞いてみても、みんなそうだったんだって。

 

 いつか、あの場所で、走りたい。

 きらきらしたものになりたい。

 みんなに元気をあげられるウマ娘になりたい。

 ここで走って、きらきらして、たくさんの人を笑顔にしていくウマ娘を見てきたから……ああなりたいって、ライスは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライスはなにになれるんだろう。

 ライスはなにになるんだろう。

 まだ、なんにもわからない。

 わからないけど、なにかになりたかった。

 

 きらきらしたなにかになりたかったんだ。

 

 

 だから、トレセン学園に入って、頑張って、頑張った。

 デビューする前に、世界は大変なことになっちゃったけど。

 頑張ったことに、後悔はしてない。

 だってライスは、走ることが好きで、なりたいものがあって、だから頑張ったんだから。

 

 

 ライスシャワーは、祝福の名前。

 結婚式のすてきなお祝い。

 祝福されるお名前じゃなくて、祝福するお名前で、だから好き。

 ライスは、ライスの名前が好き。

 幸せにするお名前で、笑顔にするためのお名前だもの。

 

 神様が、愛し合うふたりに祝福をあげるの。

 神父さまが、ふたりに言葉をあげるの。

 その後に、ライスシャワー。

 神様にも祝福されて、ふたりは幸せになる道を進んでいくんだって。

 

 ライスもそうなりたいなって、思って。

 たくさんの人を幸せに、笑顔にしたいって、思って。

 だから走り出したんだ。

 

 でも、みんながみんな、ライスと同じじゃなかった。

 みんなみんな、違う理由で同じゴールを目指して、走ってた。

 デビューする前に、色んな人がライスに優しくしてくれて、色んな人とライスは知り合って、いつかみんなと走るんだって思うと……ライスは、とってもわくわくしちゃった。

 

 タキオンさんと最初に話したのは、いつだっけ。

 

 一回、タキオンさんの研究室が爆発して、大変なことになっちゃったんだよね。

 

 

 そうだ、うん。

 研究室が爆発する前だったね。

 あんまりお話する機会は多くなかったけど、たまにお話する機会があった時は、ちょっとだけお話することもあったっけ。

 

 

「ライスシャワー。君は、わけもなくどこかのレース場に親しみを覚えることはあるかい?」

 

 ライスはよく分からなくて、"?"ってなっちゃった。

 

「たとえば私は阪神レース場に思い入れがある。

 何故かは分からないけどね。

 ロブロイ君は中山レース場に惹かれたようだ。

 ただ、当人も理由はわからないらしい。

 ライス君は淀……京都レース場が走りやすいと言っていただろう?」

 

「それは……なんとなく、です」

 

「そう、なんとなくだ。皆なんとなく、どこかのレース場に偏った感情を抱いたりする」

 

 

「ウマ娘は理屈を超えた存在だ。

 何故か、よく分からないものに思い入れを持つ。

 理由も分からず、何かにこだわる。

 そのメカニズムは不明だ。

 しかし、そういう現象があること自体は判明している。

 理由の無い思い入れを得たら、それを大事にした方がいいかもしれないね」

 

 タキオンさんが言うことは、いつもよくわからないけど、なんとなくわかりそうで、でも結局よくわからなかった。

 

 ライス、あんまり頭がよくなかったから。

 

「それはひょっとすると、君も知らない君の根源に繋がっているのかもしれないのだから」

 

 タキオンさんは、なにを言いたかったんだろう。

 

 ライスの知らないライスがいる、ってことだったのかな。

 

 

 

 

 

 あの日。

 世界がひっくりかえっちゃった、あの日。

 とっても、とっても、こわかった。

 いろんなものが壊れて、燃えて、なくなって、よくわからないまま、こわかった。

 

 

 ウマ娘(わたしたち)が練習するための、とっても広い芝の原っぱを、いろんな人が刈って揃えてくれてて、それがすっごく燃えてたのを、よく覚えてる。

 こわかった。

 本当に、こわかったの。

 だって。

 だれかが大切にしてたものが、だれかの優しさが形になったものが、なんの価値もないものみたいに消えていっちゃうのが、本当にこわかった。

 

 

 ライスもこのまま、そうなっちゃうのかなって思ったら、足が震えちゃった。

 なんの価値もないものみたいに、炎に呑まれちゃったらどうしようって、こわかった。

 ずっと、ライスはひとりでうずくまってた。

 もしかしたらあそこで、だれにも知られないまま、ライスも燃え尽きてたかもしれない。

 ひとりで震えてるだけだったライスは、そうなってもぜんぜん不思議じゃなかった。

 

 でも、あの人が倒れてたから。

 

 

 あたりを見回して、ライス以外にだれもいないってことがわかって。

 ライスは迷っちゃったけど、あの人を助けに行った。

 だって、ライスがなにもしなかったら、そのままあの人は死んじゃいそうだったから。

 ライスは、だめだめで、ライスのためなんて理由はぜんぜん頑張れなかったけど、ライスにしか助けられない人がいると思ったら、放ってなんておけなかった。

 

 

 ライスが握ったその手が、とっても弱々しく握り返してきたこと、でもとってもあったかかったこと、それもちゃんと覚えてる。

 ああ、生きてるんだ、って思って。

 ライスがしっかりしないと、って思って。

 死なせちゃだめ、って思って。

 だめだめなライスで居ちゃだめだって思って、もう無我夢中だった。

 

「e280a6e280a6e4bfbae381aae38293e381a6e7bdaee38184e381a6e280a6e280a6e697a9e3818fe98083e38192e3828de280a6e280a6e6adbbe381ace381aae280a6e280a6e7949fe3818de3828de280a6e280a6」

 

 なにを言ってるか、ぜんぜんわからなかった。

 あの人はそのあとすぐ記憶をなくしちゃったみたいで、本人もなにを言ったか覚えてないみたいだから、本当はなにを言ってたのかなんて、もうわかんない。

 でも。

 その時のライスは、『助けてくれ』って言われたような気がして。

 がんばって、がんばったんだ。

 あの人はいいひとだったから、ライスはあの人を助けられたことがずっと自慢で、きっとなにがあっても後悔なんてしないの。

 ライスが出したすこしの勇気で、だれかが助かったことが、本当にうれしかった。

 

 お兄さんは記憶がなくて、だれとも言葉が通じないみたいで、本当にたいへんみたいだったけど……それを表に出さないように、頑張ってた。

 少しだけ、肩が震えてた。

 だからライスも頑張らないといけないって思ったんだ。

 

 

 震える手を必死に抑えて、ライスの手を握って、震えてるライスを元気付けようとしてたあの人の手の温かさを、ライスが忘れることはないと思う。

 

 あの人は、だいぶおっちょこちょいだった。

 考えごとしてる時は、ライスよりずっとドジだったんじゃないかな。

 前も見てないし。

 足元も見てないし。

 いっつもすごく必死に考えてて、余裕を持とうとしてるけど余裕なんて全然なくて、だから時々視野が狭くなっちゃって、よく転ぶライスより足元を見てないことがあって。

 見てて、ほっとけないの。

 

 それで、気付いちゃった。

 あの人は、ライスの足元ばっかり見てるんだって。

 自分の足元なんて全然見てないんだって。

 ライスが怪我しないことが、その時のあの人にとっての一番だったんだって。

 

 あとでお話ししたら、『足を怪我したらもったいないが足の一部を交換すればいい』って言ってて、なんだか、ライスは怖くなっちゃった。

 

 足を大事にする人は学園でたくさん見たけど、こんなに足を大事にしない人を見たのは、ライスは、生まれてはじめてだったと思う。

 

 ライスには、お兄さんがたまに、牧場で育てられた牛さんみたいに見える時があるの。

 お兄さんは死にたくはない、なんて言ってるけど。

 誰かに「貴方を食べたい」って言われたら……断らない、気がする。

 そうならないって信じたいけど、そうなりそうな気がする。

 

 それが、ちょっとだけこわい。

 

 でも、なんだろう。

 

 ライスの手を引いてくれるあの人を、ライスが放っておけない理由は、そういうのだけじゃない気がして……ライスは、ライスのことがよくわからないのかな。

 

 

 そんなに長く一緒にいたわけじゃないけど。

 一緒にいればいるほど、話せば話すほど、針の上で歌って踊ってるお人形さんみたいに見える人だった。

 余裕があるように見えたことなんて一度もない。

 ずっとずっと、なにかに追われてるみたいに頑張ってる人だった。

 でも本人はライスを安心させようとして、取り繕おうとしてるのがわかったから、ライスも本当のことを言ったりなんてできなかった。

 

 あの人は大人だけど、子供だったんだ。

 だからライスは頼ってたけど、頼ってほしかった。

 あの人は危なっかしいけど、ライスはもっと危なっかしかった。

 ライスが子供扱いされてるのはわかってて、もやもやしたけど、それもしょうがないの。

 

 

 ライスの中で、あの人は、いつも走ってるイメージがある。

 あの人はライスやネイチャに「ウマ娘はいつも走ってるな」なんて筆談で言う。

 でもライスからすれば、あの人の方がずっと走り回ってるように見えた。

 だって、いっつもなにかしてたもの。

 

 

 

 ちょっと失敗したらすぐ謝って、同じ失敗しないように勉強してた。

 本がみんなばらばらになってた中で、ページを拾ってライス達の世界を知ろうとしてた。

 ギガスさんの操縦も整備も、ずっとひとりでしてた。

 洗濯もひとりでして、街に出て必要なものを集めるのも一人でやって、夜は寝ないで助けを求める人を見落とさないようにして、世界を救うためにちゃんと進んでる。

 ひとりで本当に頑張ってる人だから、すごいと思う。

 でも。

 

 あの人が寝てるところや休んでるところを、ライスは一回も見たことがない。

 

 ライスは、ぜんぜんだめだめだった。

 お手伝いを申し出ようとしても、強く押しきれなくて、いっつもあの人に説き伏せられて、ほんのちょっとのお手伝いくらいしかできなかった。

 後から来たネイチャさんの方がずっと上手くやってたと思う。

 ネイチャさんはお話しして、先に流れを作って、お手伝いを申し出るのが本当に上手かった。

 あとからあの人が「やっぱり手伝わなくていい」って言っても、ネイチャさんはするりと流して却下してたから、本当にすごいなって。

 

 ネイチャさんと比べると、ライスはまだまだ、ぜんぜんおこちゃまなんだ。

 

 ライスは、いそがしそうにしてるあの人を、見てるだけ。

 

 

 

 あの人は、いっつも、他の人に何をしてあげられるかで、満点を目指してる。

 自分に厳しいかって言うと、ちょっと違いそう。

 他人に優しいかって言うと、半分くらいはそうかも。

 

 ライスは、ちょっとくらいしかわかってない気がするけど。

 あの人のは、変な完璧主義なのかな。

 他の人に尽くす時にだけ満点じゃないと気が済まない人。

 

 だから、ちょっとしたことですぐ謝る。

 頼れる大人に見られたいなら、そんなにすぐ謝らない方がよさそうなのに。

 だから、他の人に満足してもらうことをいっつも考えてる。

 他の人に優しくしてるだけで十分だと思うのに、ちょっと減点できちゃうところを見つけると、すぐ反省して、もっとよくしようとする。

 

 "奉仕"ってあの人は言ってたけど、あの人はきっと、満点以外の奉仕がいやなんだ。

 

 他の人からもらう優しさにぜいたくな人、っていうのはライスも知ってる。

 ちょっとだけ、いやな人。

 他の人に優しくされて、お礼も言わないで、"もっとこうしろ"って言う人。

 他の人の優しさにずっといやなことを言わずにはいられない人がいるって、ライスも知ってる。

 

 でもあの人は、いっつも自分の優しさに"もっとこうしろ"って言ってるような気がした。

 

 あの人がライスよりもずっと後ろ向きな人であることを、ライスは覚えてないといけないの。

 

 

 ライスは、なにもないとこで転んじゃうだめだめな子だけど。

 あの人はなにかある場所で、だいたいなんでも踏んじゃう人。

 水たまりとか、窪みとか、釘とか、もっと危ないものも、ぜんぶ踏んじゃいそう。

 格好つけてポケットに手を入れちゃだめ、って言ってるのに。

 ぜんぜん聞いてくれないの。

 なんのこだわりなんだろう。

 ポケットに手を入れながら、考えごとして歩いてて、前を見てなかったせいで壁にぶつかってひっくりかえって、すごい勢いで床にぶつかったりしてたのに。

 

 しょうがないなあ、なんて思って、あの人が転んじゃわないように、ライスは横にぴったりくっついて、ずっとあの人の足元を見てて。

 そのせいでライスの足元が見えてなくて、転んじゃいそうになって。

 あの人に支えられて、あの人が苦笑いして、ライスは恥ずかしくてうつむいちゃう。

 

 そんなことが、なんどもあった。

 

 

 "これが正しい服装らしいから"って、街からネクタイを使う服を持ってきたのに、ネクタイ結ぶのに慣れてないみたいで、しょっちゅう失敗してた。

 ちょっと上手くいっても、"これは本の通りになってない"って思って結び直そうとして、もっと変な形になっちゃって、もっと変な形になってた。

 ライスが結んであげた方がきれいになったから、ライスが結んであげてたの。

 その後の"ありがとう"っていう筆談が、とっても嬉しかった。

 あと、ちょっとだけ、ネクタイが上手く結べず困ってるあの人は、かわいかったかも。

 

 

 へんてこになっちゃったネクタイを見てネイチャさんが笑って、あの人がネイチャさんにデコピンをしてて、「ごめんごめん」ってネイチャさんがもっと笑ってた。

 ネイチャさんは、"引きずらない一回だけの笑い話"にしようとしてたみたいだった。

 笑い話にして、恥ずかしい話にならないように区切りを作ってた。

 "たのしい空気になったからいいか"……っていう感じにする、みたいな。

 そういう交流の仕方とか、優しくする方法が、あるんだなって思ったなぁ。

 

 

 でもライスも、あんまりにも結べなくて嫌になっちゃったあの人が、やたらと格好いい風にネクタイを脱ぎ捨てた時は、さすがに笑っちゃったかな。

 ふふっ。

 

 だけど、あの人は、"できない"って開き直ることだけはしなかった。

 できないことに挑み続けてた。

 嫌になって一回やめちゃっても、また練習してた。

 それでね、ちょっとずつ上手くなって、できるようになっていったんだよ。

 

 ライスはあの人のそんなところを、ほんとに尊敬してる。

 ライスはそんなに強くないから。

 逃げちゃいけないと思ったら絶対に逃げないあの人を、かっこいいなって思ったの。

 

 ネイチャさんも、あの人のそういうところを、わかってたんだと思う。

 

 ギガスさんの上で二人で話してた時も、ネイチャさんとそういう話をしてたんだ。

 

 

 ネイチャさんはやわらかくて、なめらかな人。

 ちょっとひねくれたようなこと言ってる時も、ひねくれてるなぁ、って感じがしなくて、曲がってる印象がぜんぜんない。

 自然に他人の気持ちを分かってるから、失言とかもぜんぜんなくて、話しててひっかかるところがぜんぜんないんだ。

 そういうところが、ネイチャさんの優しさと繋がって表に出てくる、そういう人。

 

「なんかさー、キャプテンって、結構子供っぽいとこあるよね」

 

「お兄さんは、本人が言ってたけど、まだ九歳らしいから」

 

「えっ……なんか知らない設定が突然出て来たんだけど」

 

「ライスもよくわかってない……」

 

 

 ライスのことを時々妹みたいに扱ってるあの人が、ネイチャさんに時々弟みたいに扱われてるのが、おもしろくてついつい笑っちゃうこともあったかな。

 見かけは、あの人が一番大人なのにね。

 あの人は普段、すごく自然にライス達を子供扱いするから、なんだかおもしろいんだ。

 

「なんか、ライスの方がトレーナーみたいよね」

 

「え?」

 

「や、あくまで比喩としてね?

 あいつが子供っぽい感じの時、あんたは良い感じに手を引いてるな、って思ってさ」

 

「……そう? ネイチャさんには、そう見えるの?」

 

「ライスさー、ちょくちょく"めっ"ってするじゃん?

 キャプテンがポケットに手を入れて歩いてる時とか。

 キャプテンが包丁で手をぐっさり刺してた時とか。

 キャプテンがギガスの上から足滑らせて落下死しかけた時とか。

 なんかだらしない兄貴に控えめな妹が注意するみたいだな、って見えたわけね」

 

「うん。……控えめな妹かはわかんないけど」

 

「未デビューのアタシ達が訳知り顔で語ることじゃないけどさ。

 ウマ娘って、トレーナーと手を取り合って、二人三脚で進んでくものじゃない?」

 

「そうだね」

 

「で、さ。"目標"持ってるのはウマ娘の方だと思うのよ。あ、絶対じゃないけどね?」

 

「うん……そんな感じだね」

 

「それでその目標に辿り着くため、トレーナーが手助けするもんじゃない?

 でもさ。

 アタシ達は世界を救う"目標"持ってる人間の彼を、ウマ娘のアタシ達が助ける形じゃない?」

 

「あ……な、なるほど……」

 

「危なっかしいじゃない、キャプテンはさ。

 彼がゴールに辿り着いて、皆を笑顔にしようとすんのを、助けてあげたいわけよ」

 

「うん」

 

「だからアタシは、最初からそういう感じに見えてたの。

 ゴールに向かって走る彼と、そんな彼を支えるトレーナーのライスみたいだな、って」

 

「そう……なんだ」

 

 ネイチャさんは、ライスとは違う視点をいつも持ってる、そう感じる。

 

 

 ネイチャさんはなにか深く考えるみたいな顔を、たまにする。

 

 ライスがすべての気持ちを口には出さないように、あの人も、ネイチャさんもそうなのかも。

 

「ウマ娘が人間のトレーナーしてるみたいなヘンテコな関係が、なんか面白くない?」

 

「お、面白くはないかな……?」

 

 でも、ライスがトレーナー、か。

 

 たぶん、学校のウマ娘の中で一番、ライスがトレーナーに向いてないんだろうな。

 

「ライスがトレーナーになんてなったら、みんな嫌がりそう……」

 

「え? なんで?」

 

「なんでって……

 ライスは話すのが苦手で、賢くもなくて、一緒に居ると不幸になる、だめだめな子で……」

 

「アタシは、ライスがダメなやつとか思ったこと一度も無いわよ」

 

「―――」

 

「キャプテンもそうじゃない? そのへんはライスも疑わないであげてよ」

 

 

 そうだね。

 

 だからライスは。

 

 ライスよりもライスのことを大好きになってくれる人達が、大好き。

 

「キャプテンはずっとライスのこと、幸運の女神か何かだと思ってるんだろうし」

 

「……うん」

 

「一緒に居ると不幸になるとか一度も思ったことないんじゃない? あははっ」

 

「ふぇぇ」

 

 うん。

 

 そう思われてること、わかってる。

 

 わかってるから……ライスはどうしたいのか、わからなくなるんだ。

 

 

 

 

 

 

 昔から、ライスの周りの人は、みんな不幸になっちゃう。

 ライスが居ると、食べようとしたアイスを落としちゃったり。

 ライスと夜ふかししてお電話してたせいで、大切な日に寝坊しちゃったり。

 ライスがなにもないところで転んで、そのまま誰かにぶつかっちゃったり。

 ライスのせいで、みんな不幸になっちゃう。

 そんな自分が、きらいで、きらいで、本当にきらいだった。

 

 子供の頃、近くの学校のウマ娘みんなで集まって、子供のウマ娘のチームだけが参加するリレー大会に行こう、みたいな話があった。

 町内会の大人の人たちが、相談して話を進めてたんだって。

 ライスも、ライスのおともだちになってくれたウマ娘も、よく知らないウマ娘も、いっぱい集まってたの。

 でもね。

 その頃にはもう、ライスのせいで周りの人に不幸が起きるっていう話は、伝わってたんだ。

 

 リレーの少し前にね、言われたんだ。

 一緒に走るはずだった子に。

 

 

 

 

「ライスちゃんが居ると運悪く負けるかもしれないからさ。

 当日風邪引いたってことにして休んでくれない? 本気で勝ちたいんだよね~」

 

 

 

 たぶん、その子は、ライスのことを友達だと思ったまま、なんの悪気もなく、そう言った。

 

 その子はライスにそんなこと言ったって、きっと覚えてないし、その後もなにもなかったみたいにライスと話してたし、こんなこと気にするライスが悪いのかもしれない。

 

 でも、なんだか。

 

 胸に、抜けないトゲが刺さったような、そんな気がした。

 

 友達だと思ってた。友達だったのかな。友達ってなんなのかな。そんなこと、思っちゃった。

 

 もしかしたら、友達なんて最初から居なかったのかも。

 

 そんなことないって、わかってるけど、わかってるんだけど。

 

 

 ライスはみんなを不幸にするって、そう思ったら、怖かった。

 みんながライスを嘲笑ってたらどうしようって、変な想像が出てきちゃう。

 みんなに嫌われてるって思うと、足が震えちゃう。

 『みんな』は。

 『誰か』じゃないから。

 いっぱいいる、いろんな人の集まりだから。

 『みんな』に嫌われてるかどうかなんて確かめられないのに、怖かった。

 

 もしも。

 もしも、確かめられちゃったら。

 嫌わてるって、確信を見つけちゃったら。

 ライスはなにもかも放り出して、逃げてたかもしれない。

 

 

 ライスの名前はライスシャワー。

 祝福の名前。

 でも、ライスに祝福されたという人を、ライスは一度も見たことがない。

 みんな、みんな、不幸になっていく。

 

 でも。

 

 

 あの人は。

 ライスのことを幸運の女神だと信じて疑わない。

 ライスがなにを言っても、ライスのせいで不幸になったなんて思いもしない。

 なんでだろう。

 ライスは、なにもしてあげられてないのに。

 なんであの人は、ライスのことを幸運の女神だなんて、信じてくれてたんだろう。

 

 ライスのせいで、記憶もなくしちゃったのかもしれないのに。

 そのせいで、エレベーターみたいな機械の操作まで忘れてしまってたのかもしれないのに。

 ライスのせいで、ライスみたいなお荷物をかかえることになったのに。

 ライスのせいで、雑誌の切れ端の一ページしか手に入らなくて、ゲームの中のお肉の焼き方を見て勘違いなんてしちゃったのに。

 ライスのせいで、まだタイムマシンの設計図が見つかってないのかもしれないのに。

 

 『君のおかげで助かった』とか、そんなことばっかり、紙に書いて伝えてくる。

 

 

 なんであの人は、ライスのおかげとしか言わないんだろう。

 

 なにもできないライスに、なんで優しくしてくれるんだろう。

 

 なんで。

 

 ライスと出会えたことが幸運だったなんて、言ってくれるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライスはそういう子だから。

 

 『自分のせい』だと思って苦しむ人なのかどうか、話してるとなんとなくわかる。

 

 そういう人は、なんとなくライスと似てるような印象があるから。

 

 あの人は、そういう人だった。

 

 

 だれもいない夜だった。

 なんの音もない夜だった。

 みんなが寝てるから、じゃなくて。

 動いている人がもういないから、だれもいなくて、音のない、とっても静かな夜だった。

 

 ライスは耳がおっきいから、あの人がギガスさんから出ていく音に気付いちゃった。

 どうしたのか気になっちゃって、こっそり後をついていった。

 ついてく、ついてく、ついてく。

 それだけ考えて、こっそりついていったの。

 

 

 あ、スコップだ、って思って。

 なんでスコップ持ってるんだろう、って思って。

 ついてく。

 ついてく。

 

 

 火を着けて、灯りを作って、機械を操作して何かを探して、見つけた何かを回収するための最短経路だけを歩き回って、『全部集め終わった』ら、あの人は作業を始めた。

 

 すごく、すごく、手際よく。

 

 あの人は、死んじゃった人たちを、地面に埋めてた。

 

 

 

 

 すごくたくさんのほとけさまを見て、手が震えた。

 

 いままで考えないようにしてたことが、いっぱいいっぱい、蘇っちゃった。

 

 その時、ようやく気付いたんだ。

 

 ライスが『そういうこと』に気付かないように、あの人はずっと細心の注意を払ってて、ライスの気付かないところで、そういう負担も背負ってたんだって。

 

 ライスのために、ライスが朝に『そういうもの』を見ないように、夜中にこっそり一人で、探索する予定だった街を片付けてたの。

 

 設計図を手分けして探す時、どこを誰が探すのか、あの人がライスたちに指示してた。

 漏れがないように、って。

 でも、本当は、それだけじゃなかったの。

 あの人は死んでしまった人を片付けたところをライスたちに割り振って、まだ死んでしまった人が残っている場所を自分で請け負って、設計図を探してただけだった。

 

 死んでしまったたくさんの人を運ぶあの人の優しい手が、泣いていた。

 

 

 あの人は、すごくがんばって、たくさんの人を弔ってた。

 夜中の限られた時間を全部使って、できる限りの人をいたわろうとしてた。

 

 普段、"タイムマシンでなかったことになる"なんて、言ってる人だけど。

 なかったことになるからって適当に扱うなんて、絶対にしない人だったから。

 なかったことになると分かってても、これまで生きてきた人たちだったそれを、できるだけ大切にしようとしてた。

 ギガスさんと繋がって、ネイチャさんみたいに生き残ってる人を探すセンサーを動かしながら、ずっとひたすら、死んでしまった人たちにお墓を作ってあげてた。

 それが、あの人だった。

 

 はじめて出会った時、ライスはライスを無価値だって言ってるみたいな、すっごく無慈悲な炎がこわくて、こわくて、ふるえてた。

 あの人は、その正反対だった。

 

 この人は、ライスを粗末に扱ったりしないんだって―――そう、信じられた。

 

 夜に、あの人はだれよりもやさしかった。

 

 だから、ライスは、あの人が寝てるところを、一度だって見たことないんだ。

 

「e7b484e69d9fe38199e3828be38082e38193e381aee381bee381bee7b582e3828fe38289e3819be3819fe3828ae381afe38197e381aae38184e38082e79086e4b88de5b0bde381abe6adbbe381aae3819be3819fe381bee381bee381abe381aae38293e381a6e38197e381aae38184e38082e5bf85e3819ae585a8e593a1e69591e38186e3818be38289e280a6e280a6e5be85e381a3e381a6e381a6e3818fe3828c」

 

 

 泥にまみれながら。

 血にまみれながら。

 死んでしまった人の汚れにまみれながら、あの人はずっと作業を続けてた。

 

 穴を掘って。

 死んでしまった人を運んで。

 やさしく埋めて。

 簡単なお墓を作ってあげて、手を合わせる。

 そのくりかえし。

 

 

 本当にかんたんなお墓だったけど、あの人は一度も適当になんて埋葬してなくて、ただの一人も適当になんて扱ってなかった。

 

 全員を大切な友達みたいに扱いながら、埋めてあげてた。

 

「e7979be3818be381a3e3819fe38288e381aae38082e8be9be3818be381a3e3819fe38288e381aae38082e88ba6e38197e3818be381a3e3819fe38288e381aae38082e38194e38281e38293e381aae38081e69da5e3828be381aee3818ce98185e3818fe381aae381a3e381a6e38082e4bb8ae381afe59c9fe381aee4b88be381a7e5ae89e38289e3818be381abe79ca0e381a3e381a6e38184e381a6e3818fe3828ce38082e280a6e280a6e382bfe382a4e383a0e3839ee382b7e383b3e381a7e38081e8b5b7e38193e38197e381abe8a18ce3818fe3818be38289」

 

 いたそうで、いたそうで、ライスは、目をそらしちゃったけど。

 

 

 ばらばらになってしまっている人も、いた。

 あの人はそういう人も機械で探して、できるだけ全部集めてひとつの穴に揃えて入れてた。

 とても優しい手付きで入れてた。

 まるで、「これ以上痛いことにならないように」って言ってるみたいな、優しい手付き。

 

 あの人は死んでしまった人の顔をきれいにして、そうして埋めてあげてた。

 それもやさしさだったのかな。

 ……やさしさだったと、ライスは思う。

 

 途中、なんども、なんども、あの人は吐いてた。

 慣れてる様子じゃなかった。

 たぶん、あの人は、死んでしまった人を埋めるのが、これが初めてだったんだ。

 だからきっとつらくて、くるしくて、なんども吐いてたの。

 でも、やめなかった。

 あの人はつらくても、逃げることだけはしないの。ぜったいに。

 

 なんども、なんども、謝ってた。

 言葉は通じてないけど、それはライスにもわかった。

 謝りながら、たくさんの人を埋めて、謝りながら、お墓を作ってた。

 ライスは、胸の奥がきゅーってして、なにかしてあげたいと思ったけど……ライスにはなにもできないから、黙って見てることしかできなかった。

 

 

 月とライスだけが、それを見てた。

 世界を救おうとする人が。

 本当は、世界だけ救いたいみたいな、そういう人じゃなくて。

 人を救いたいから世界を救いたいというだけの、ささやかな祈りをかかげて生きてる、ただのやさしい人なんだって、わかって。

 

 ライスはなんだか、泣きたくなった。

 耐えられなくて、泣いちゃった。

 ライス、泣き虫だから。

 

 

 拭いても。

 拭いても。

 涙は止まらなくて。

 地面に涙が、落ちていったの。

 

 ライスには、あの人がなんで頑張ってるのかわからない。

 世界を救って、あの人がどんなものを得られるのか、ぜんぜんわからない。

 なんでだろう。

 あの人が世界を救いたいと思ってる理由って、なんなんだろう。

 

 なんのために、だれのために、世界を救いたいんだろう。

 

 もしかしたら。

 あの人はただ、他人を想う使命感だけで、たくさんの人を救いたいと思ってたりするのかな。

 そうなら……とっても、とっても、すてきだね。

 

 だって、それは『ヒーロー』だから。

 ライスのあこがれるものだから。

 

 でも、もしあの人が、だれかのために世界を救いたいと思ってるなら。

 それもヒーローだなって、ライスは思う。

 家族のためかな。

 友達のためかな。

 仲間のためかも。

 他の人のためにいつも走ってるあの人なら、なんだってありそう。

 

 あの人がもし、だれかのために世界を救いたいと思うなら、それはどんな人なんだろう。

 

 ライスには、わかんないや。

 

 ヒーローに背負われてるだけの内は、きっと、なんにも、わからない。

 

 

 

 

 

 だから、これは、ライスへの罰なんだ。

 

 そうだよね、ライス。

 

 周りを不幸にするってわかってたのに、だれかにそばにいてほしいだなんて思ったから。

 

 ライスが幸運の女神だなんて言う、あの人を信じてしまったから。

 

 ライスへの罰が、あの人に降り掛かった。

 

 きっと。何万回謝っても、ライスは、絶対に、許されない。

 

 

 ごめんなさいと、つぶやくライスの横で、ネイチャさんがギガスさんと何か話してた。

 

「えーっと、管制システムさんだっけ、どうなってんのこれ」

 

『パターン1-A-Cが入力されています。

 お二人を優先的に回収、自己判断で最適な経路を選択しています。

 アカウント00001が竜を誘導。

 そのまま、竜に捕獲された模様です。

 当機は入力されたコマンドに従い、このまま隠密逃走を選択、領域を離脱します』

 

「……キャプテンは本当にさぁ……」

 

『機体の操作権。

 及び命令権。

 どちらもお二人に移譲されています。

 入力された命令を取り消すことも可能です。どうしますか』

 

「どうしろって言われても……どうすりゃいいのって話じゃない……?」

 

 

『既存の命令を取り消し、新たな命令を入力することが可能です。

 人工知能の性能発揮制限を取り払い、全能力をもって命令を実行することができます』

 

「え、何? キャプテンが入れた命令をキャンセルしてほしいの? どういうこと?」

 

『ライスシャワー、ナイスネイチャ、両名には、当機への命令の権限があります』

 

「……キャプテンに通信とかはつながらないのよね?」

 

『はい。生存は確認されています。しかし通信は応答がありません』

 

「ちょっとどころじゃなく心配ね……助けに行く……迎えに行ければいいんだけど……」

 

 ライスのせいで。

 ライスのせいで。

 ライスのせいで。

 また、ライスの周りで、誰かが不幸になっちゃう。

 祝福の名前をもらったのに。

 

『どうしますか、ライスシャワー』

 

「えっ……!?」

 

 びっくりしちゃった。

 

 ぴっ、ぴっ、ぴっ、って音が鳴って、ギガスさんが、こっちに呼びかけてきた。

 

『命令を』

 

「命令を……って言われても……」

 

『クエスチョンを変更します。どうしたいですか、ライスシャワー』

 

「―――」

 

 なにをするか。

 なにができるか。

 なにをしたいか。

 

 ライスは、何をしたいんだろう。

 

 

 ライスの名前はライスシャワー。

 祝福の名前があるだけで、だれもしあわせにできないだめな子。

 ここにいちゃいけなかった子。

 全部間違いだった子。

 助けてくれた人さえ不幸にしてしまった疫病神。

 

 ―――それでいいの?

 

 

 違う。

 いいわけない。

 いいわけがないんだ。

 だって。

 ライスは甘えるだけでなにもしてない。

 不幸だ、不幸が来た、なんて言ってるだけで、なにもしてない。

 寄りかかるだけで、背負ってもらうだけで、なにもしてあげられてない。

 

 あの人が幸福の祝福(ライスシャワー)の名にふさわしい扱いをしてくれたこと。

 救ってくれたこと。

 助けてくれたこと。

 守ってくれたこと。

 なにも、恩返しできてない。

 

「……そういえば。

 ライス、自分の名前の由来のこと、思い出したよ。

 ライスシャワーは、教会で、神様の祝福と一緒に、贈るんだったよね」

 

『神は此処に在ります。私は機神。あなたの手足となる鉄の馬。命じてください』

 

「……うん」

 

 ライスシャワー。

 祝福の名前。

 結婚式のお祝い。

 神様の祝福を描く白。

 "あの人が幸せに、笑顔になれますように"という祈り。

 

 ライスは、そういう子になってほしいと願われて、生まれてきた。

 

「あの人を迎えに行きたい。

 なにかがあっても、なにもなくても。

 あの人にだれよりも先に、ライスがおかえりなさいって言いたい」

 

『願いを叶えます』

 

 ギガスさんが、応えてくれて。

 

 

 ギガスさんが、すごい勢いで、走り出した。

 

『オーダーを認識、行動計画を自動生成』

 

「マッジかー。ま、いっか。ネイチャさんも賛成賛成。

 あのドラゴンみたいなやつと戦ったりするとしても、行かないよりはマシよね?」

 

「うん」

 

 手を合わせて、あの人の無事を心から祈る。

 

 

 痛い思いをしてないかな。

 苦しい思いをしてないかな。

 怪我とかしてないかな。

 できれば、無事でいてほしいな。

 

 今、迎えに行くから。

 

 ライスが行くまで、自分を大切にしてくれてたら、いいな。

 

 

「行こう、ギガスさん」

 

 迎えに行こう。

 

 こんなにも心配してるんだから。

 

 こんなにも心配してるんだぞって、あの人に伝えに行こう。

 

 「無事でよかった」って言いに行こう。

 

 自分のことを粗末に扱いがちなあの人に、教えてあげよう。

 

 ライスたちはあなたが危ないと思ったら、こんなにも、こんなにも、心配するんだぞ、って。

 

 ライスが幸運の女神だって言うなら怪我なんてしないように生きてよ、って。

 

 大きな声で、言いに行こう。

 

 

 




旅の順序
 小倉レース場(福岡県)→阪神レース場(兵庫県)→京都レース場(京都府)→?

・ナイスネイチャ
 敗北続きだったが小倉競馬場で三連勝+初の重賞勝利で一転。小倉の商店街にファン多

・アグネスタキオン
 阪神競馬場でデビュー、阪神競馬場で引退式

・ライスシャワー
 『淀を愛した、孤高のステイヤー』。
 生涯三度のGI勝利が全て京都競馬場であり、京都競馬場で散る


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「死人に口なしだなんて、誰が最初に言ったんでしょうね」

 俺がここまで出会ったウマ娘は四人。

 ライスシャワー。

 ナイスネイチャ。

 マンハッタンカフェ。

 アグネスタキオン。

 全員日本人離れしてるとこもあるが、基本的な人種は日本人っぽい。

 ううむ。

 もうライス姫高貴な生まれの偽名使い説は捨てていいな。

 いやもう実はとっくに捨ててんだけども。

 

 あの嫌味の無さで上流階級は無い。

 

 

 不器用ながらに手当てがなされていたおかげで、傷も悪化してない。

 助かった。

 異世界の病原菌のリスクはこの身体状態だと対処もできないからな。

 

 俺の体は生体素子の復帰まではパパっと応急処置もできそうにもない。

 この包帯とかは、やっぱりカフェちゃんが巻いたりしてくれたようだ。

 状況把握終了。

 ありがとうカフェちゃん。

 その優しさがありがたいです。

 

 天然ものは相対的に価値が高まる。

 それは人類文明の普遍の真理だ。

 水も、宝石も、風景も、食用生物も、他諸々も天然であるほど価値が高まっていく。

 君らの優しさは天然ものだから、価値が高いと、そう言える。

 

 俺が他人に優しくすることは、データセットを脳に入力して生まれた人工の必然だから、まったく価値が無いんだが、君らは違う。

 君らの優しさは天然だから価値がある。

 優しさも工場で作られる大量生産品と、自然に生まれる天然物は別ってわけだな。

 

 俺が誰かに優しくしても本質的な話すると、

 「いやお前のは工場で埋め込まれた倫理の通りにやってるだけだろ」

 「お前と同じデータ入ってるやつ全員同じ行動してたぞ」

 「ロボットと変わらんわ」

 って言われて終わりになるのが普通じゃん?

 

 でも君らのは「優しくていい子だねえ」ってなるわけじゃん。

 この差は大きいわけよ。

 

 博物館には天然の優しさとか飾れないのが難点なんだけどな、はっはっは。

 多くの人が美しいと思っても飾れないのはもったいないわ。

 

「e6b097e5ae89e3818fe280a6e280a6e8a492e38281e3828be696b9e381aae38293e381a7e38199e381ad」

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 ヤバい。

 感情が読めん。

 筆談してこない。

 ただじっと見てくる。

 俺はこの圧に耐えられるのか?

 既にケツを乗せた風船に近い状態なんだが。

 

 

 あ、なんかちょっと顔が動いた。

 だから何?

 って感じだが。

 俺はここから何を読み取ればいいんだろう。

 というか俺が書いた筆談をするっと無視しないで。

 手も足も出なくなってしまうぞ。

 ってかなんだこの表情は間違い探しか何かか?

 

 上等だ、筆談もサボりがちなお前の気持ちを僅かな表情の動きから的確に察し、お前に何一つ不満を抱かせない完璧なおもてなしをしてやる……!

 この手当ての恩は必ず返す。

 覚悟しておけ!

 とりあえずなんかジュースでも買ってきましょうか?

 あ、重ね重ね、怪我の手当てありがとうございます。

 

 しかし、こいつ顔がいいな。

 びっくりするほど美人だ。

 女優業とかしてそう。

 まっくろけっけな細身の美人だ。

 

 あ、コーヒー。

 まっくろけっけだ。

 くれんのか。

 ありがとう。

 

 

 でもせめて筆談でなんか言ってくれないか。

 無言だとこう……「分からない?」みたいな圧かけられてる気がする。

 俺もしかして試されてる?

 そういうのじゃない?

 そっか。

 ようやく筆談してくれたなこいつ。

 いただきます。

 

 

 ……!

 なんか色々乗ってる……!

 !

 甘い!

 なめらか!

 コーヒーが飲みやすい!

 カップの横に乗ってるのはお菓子!

 ほんのりとした甘さ!

 クリームを足して甘くなってるのに、香りのバランスまで良くなってる気がする!

 

 まさか、こいつ。

 さっき俺が吹雪で冷えた身体をコーヒーで暖めてた、あの時。

 俺の表情や反応から、コーヒーの味を俺に合わせて調節したのか?

 そういえば、相手をじっと見る癖あるなこいつ。

 あの時に?

 甘く、滑らかにして、香りも柔らかに調節したのか?

 人間カフェかよ。

 

 怪物(モンスター)……!

 

 ありがとうマンハッタンカフェ!

 めちゃ美味しい!

 ん?

 いや待てよ。

 

 

 俺もしかして表情読まれてる?

 俺の方が表情読めるようにならないといけない、って思ってたのに。

 俺はまだカフェちゃんの表情読めてないのに逆に読まれてる?

 いや、俺の反応からコーヒーの味調節してたんだから、もう確実に読まれてるよな。

 なんでやねん。

 

 猫の言葉を理解しようとしてる人間の前で、人間の言葉を平然と覚える猫みたいな。

 なんかそんなのを見たような気持ち。

 いかん。

 焦る。

 俺の悪癖が出て来た。

 余裕、余裕を持っていけ。

 他人に先を越されても焦らないようにしよう。

 

 ふぅー。

 俺はカフェちゃんに何歩か遅れて、相手の表情を読めるようになる男だ。

 そうなろう。

 もうだいぶ後に引けなくなってきた。

 相手にだけ"理解するための苦労"を押し付けて自分だけ知らんぷりとか、できるわけがない。

 

 対等、対等を目指そう。

 

「e38182e381aae3819fe381afe280a6e280a6e381a8e381a6e38282e280a6e280a6e5ac89e38197e3819de38186e381abe280a6e280a6e7be8ee591b3e38197e3819de38186e38081e381a7e381afe381aae3818fe280a6e280a6e382b3e383bce38392e383bce38292e9a3b2e381bfe381bee38199e381ade38082e382b3e383bce38392e383bce3818ce5a5bde3818de381aae591b3e3818be3819de38186e381a7e381aae38184e3818be381abe3818be3818be3828fe38289e3819ae280a6e280a6e4bb96e4babae3818ce59684e6848fe381a7e3818fe3828ce3819fe38282e381aee38292e9a3b2e38280e381aee3818ce38081e5a5bde3818de381a0e3818be38289e381a7e38199e3818befbc9f」

 

 

 あっ……お、おかわりありがとうございます。

 大事に飲みます。

 

 ダメだ!

 気遣いと察しの良さにおいて完膚なきまでに敗北してる!

 

 もしかしてこいつ、仏頂面なだけで口で会話できればコミュ強魔人なのか?

 そんな気がしてきた。

 たぶんそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんとなく観察してるだけだと、たぶん気付かない程度の違和感。

 それを辿ると、カフェちゃんに対する違和感が浮き彫りになってくる。

 

 その理解が正しいのかは分からん、が。

 この子は俺のことをじっと見ている、ように見えてるが。

 その実、俺の後ろあたりをずっと見てる。

 視線分析したから間違いない。

 

 

 え、いや、何?

 俺の後ろになんかいんの?

 なんもいないよな?

 お前何見てんの?

 なんかスタンドでも傍に立ってた?

 

 

 目線のキレがすごいから恐怖しかねえ。

 お。

 筆談だ。

 ようやく筆談を覚えてくれたか、よしよし、お兄さん嬉しいぞ。

 

 ……目に映らないものを信じられるか?

 そりゃ、目には見えないものの方が、世の中にはいっぱいあるだろうけど。

 それがどうかしたのか?

 

 ふむふむ。

 はんはん。

 なるほど。

 カフェちゃんは幽霊が見える、と。

 へぇー。

 霊に呼ばれて俺を見つけて、霊に頼まれて手当てしたと。

 ほほぅー。

 そっちの世界だと幽霊見えんの一般的なの?

 そうでもない?

 そうなのか。

 

 じゃあ、あれか。

 特別な異能者扱いとかされてるのか。

 かっこいいな。

 え?

 精神病扱いされたりすんの?

 幽霊なんかいるわけないからって?

 虚空に向かって一人で喋ってる奇人変人として扱われてる?

 おかしいウマ娘の思い込み認定されてるからトレーナーが誰もついてくれなかった?

 

 かわいそう。

 ごめんなうっかり触れて。

 デリカシーなさすぎたわ。

 

 しかしなあ。

 そうか……そういう時代かあ。

 俺の世界じゃもうとっくに、そういうの無くなってたから、意識から抜けてたわ。

 霊能力者差別とかまだ残ってる時代なのか。

 

 あれ。

 あれ?

 いや待てよ。

 霊が見える君が俺の後ろじっと見てるのって、結構ヤバくね?

 俺の後ろどうなってんの?

 

 

 あ、はい。

 答え合わせありがとうございます。

 以後この正解を活かして生きていこうと思います。

 じゃ、ねえんだよ。

 コミュニケーションを横着して親指だけ動かして済ませるな。

 

 

 筆談の途中で押し黙って俺の後ろを凝視するな!

 俺の後ろを見て眼球を左右に動かすな!

 目に見えないものを目で追うな!

 

 新手の脅迫か!?

 

 

 え、なに?

 はぁ。

 俺の後ろに霊? が? いっぱいいる?

 俺が見守られてる?

 死者を大切にしてる人は見守られやすい?

 ははっ、ナイスジョーク。

 

 ジョークだと言ってくれ。

 頼む。

 

「ええ……身に覚えがなさすぎる……」

 

 死人を特別大事にした覚えとかないぞ。

 せいぜい人並みだ。

 まったく心当たりがない。

 そりゃ流石に死者を冒涜はしてないが。

 常識レベルくらいにしか扱った覚えがねえ。

 

 何?

 ヤンデレの悪霊にでも祟られてんの俺?

 こわい。

 たすけてくれ。

 

「"よくも俺達の世界を壊したな"って祟られるような覚えなら死ぬほどあるんだが……」

 

 

「e381aae3828be381bbe381a9e280a6e280a6e6adbbe38293e381a7e38282e381aae3818ae5bf83e9858de38197e381a6e3828be79a86e38195e38293e381aee9a194e3818ce8a68be38188e381aae38184e381a8e280a6e280a6e38193e38186e38184e38186e4babae99693e381abe381aae381a3e381a6e38197e381bee38186e381aee381a7e38199e381ade280a6e280a6」

 

 な、なんだその顔。

 その顔で俺の後ろ見るのやめてくんない?

 いや。

 だって。

 

 ヒロインがめちゃくちゃびっくりしてる前で「またまた~(笑) 驚かせようとしたってそうはいかないぞ(笑)」みたいなセリフ吐いて後ろ振り向かない男、そのまま死ぬやつじゃん。

 太古の昔に流行ったホラー映画のやつじゃん。

 

 俺の後ろになんか居る?

 俺このまま振り向いたら死なない?

 大丈夫?

 あ、大丈夫なんだ。

 

 振り向くぞ、振り向くからな?

 オラッ!

 ……なんも居ないな、ビビらせおって。

 いや何も居ないのはそれはそれで怖いって。

 

 なんで怯えてるのか分からないわね~みたいな顔やめろ。

 その余裕が強者の証なんだよ。

 

 

 へ?

 俺の周りには、特に悪霊とかはいない?

 いいやつしか俺の後ろにはいないのか、そうなのか。

 それはまあ安心したが。

 

 霊視とかよっぽどの高級個体以外、製造時点で積まれないからな。

 当然俺にも積まれてない。

 積まれてるやつは当然のように積まれてるけどさ。

 

 ええと。

 たとえ話、難しっ。

 事実の列挙しか得意じゃないんだ俺。

 二つの世界の違いが障害にならないたとえ話は……ええっと?

 ウマ娘さんらの世界にあるものでたとえるとどうなんだ?

 

 そう。

 あれだ。

 赤と青の、子供向けの本を読んでる時に飛び出る眼鏡。

 あれあれ。

 あれの霊版。

 

 そういうのが俺の世界にはあるから。

 霊と呼ばれてるものとか?

 波動生命体とか?

 やる気イーターとか?

 ああいう、光を遮断も透過もしない、光を素通りさせる身体組成を持つ高度な知性体……こういう言い方は分かりにくいか。

 

 つまり、『目には見えなくてものを考えられるもの全般』を見えるようにする眼鏡とか、眼球とか、カメラとか、そういうものが作られるようになったのが俺の方の世界。

 

 俺の方の世界だと、金さえあれば霊は見えるんだ。

 金さえあればな。

 こっちの世界で言うPS5?

 みたいな?

 高性能だけど高いし全然作られてないよ、みたいな?

 

 そういうやつなのな。

 

 

 ああ。

 こっちにはまだ無いのか。

 そういう道具。

 そりゃ差別も残ってるだろうなぁ。

 

 ふむふむ。

 へぇー。

 

 えっ。

 そんな酷い扱い受けてんのカフェちゃん?

 マジで。

 おいおい。

 赤の他人なのに俺もちょっと腹立ったぞ。

 クソじゃねえか。

 幽霊見えるお前をめちゃくちゃネタにして笑いもんにすんのは最悪だろ。

 俺がその場に居たらパンチだよパンチ。

 

 ……いや。

 だめだめ。

 なんだ、なに赤の他人を勝手に想像で悪人にして心の中で罵倒してんの。

 よくねえよくねえ。

 よく知らんやつを伝聞で悪人のすんのはよくねえ。

 おちつけ、おちつけ。

 

 

 で。

 他にはどんなことがあったりしたんだ?

 

 あーはいはい。

 あるよなそういうの。

 幽霊なんているわけない、とか。

 黒人は劣等種だ、とか。

 時間遡行や並行世界移動は創作の夢物語だ、とか。

 オタクに優しいギャルは実在しない、とか。

 幽霊が見えるとか言ってるやつは詐欺師だ、とか。

 

 アホみたいな話だ。

 まあ詐欺師避けには間違ってねえとは思うけどな。

 マジで霊が見えるやつは一部で、後は詐欺師だろうし。

 ただ……マジで見えるやつをいじめんのは、違えだろう。

 

 文明の未熟は、時折真実からほど遠い適当な解釈を、真実のように広める。

 苦労したんだなあ、君。

 この段階の文明だと理解者も居なくて大変だったろ。

 人間は割と、おかしいやつはいくらバカにしてもいいと思うもんだしな。

 子供は特に。

 同年代のガキンチョの言い分とか最悪だったろ。

 はぁー、聞いてるだけで辛い。

 

 ほれ。

 これあっちのコンビニの残骸から掘り出してきたお菓子。

 よく頑張ったなよしよし。

 辛い人生を頑張って生きてきたやつは、それだけで偉いんだぞ。

 えらい、えらい。

 偉いやつは報われるべきなんだってさ。

 

 

 お前。

 いや、君。

 ポッキー食うの存外に行儀悪いな。

 コーヒー置け。

 いや置けって。

 存外に俺の話聞かないなお前!

 スタイルを変えない地蔵か何かか!?

 そりゃこんだけ頑固なやつなら周囲がいくらバカにしてもスタンス変えられるわけねえや。

 

 もうそのまんまでいいよ。

 そのままの君でいて。

 俺の方が慣れりゃええわ。

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 ポッキーとコーヒーを口に運びながら筆談書いとる。

 

 ふ、振る舞いが下品に見えない。

 いや、顔がめっちゃいいのもあるが。

 たぶん育ちが悪くないんだなこの子。

 フランクなだけで。

 細かい動きに品があって、躾が見て取れる。

 育ちが悪いやつはもうちょっと所作が荒い。

 

 ううむ。

 ウマ娘ってあっちの世界ではどういう位置付けなんだ。

 ウマ娘の名家とかお嬢様とかいんのか。

 分からん。

 まあでも、変なお嬢様とかそうそう居るわけがないだろう。

 育ちと躾が徹底してるからこそのお嬢様だろうしな。

 カフェちゃんより変なやつがいるとかそういうことはあるまい。

 お嬢様にも限度ってやつはある。

 

 

 ん?

 なんで霊を信じられるのか、って?

 そりゃまあ、俺の世界では技術的に克服した段階だしな。

 金さえ出せば見えて当然で、"霊なんていない"とか言うやつの方が変人なんだ。

 俺の世界だったら君の方が常識的な人間として扱われてただろうよ。

 

 ……あー、いや。

 この返答はなんか違うか。

 求められてるのは、もうちょっと違うとこか。

 "人はどうやって霊の実在を受け入れられたのか"。

 "どういう心持ちであれば霊の存在を受け入れさせることができるのか"。

 たぶん、そういうとこだ。

 この子は実害受けた被害者だもんな。

 霊が居るのを皆が当然のように受け入れられる世界は、どういうもんなのか。

 知りたいと思って当然だよな。

 

 そうだな。

 うーん、と。

 10秒時間くれ、とりあえずなんか考える。

 

 

 そうだな。

 俺は君らの世界を全部把握できてるわけじゃあ、ないが。

 記憶喪失で記憶ガタガタの、異世界交流に相応しい人間でもないが。

 簡潔に言えることはある。

 

「宇宙人は居たぞ、マンハッタンカフェ」

 

 俺が筆談でそう言うと、ほんの僅かな眉の動きが、彼女の表情を形作る。

 

 はっはっは。ほんのちょっとだけ表情読めるようになってきたぞ。

 

「異世界人も居た。俺がそうだ」

 

 

 分かるかカフェちゃん。

 

 幽霊。

 異世界人。

 未来人。

 宇宙人。

 超能力者。

 昔は全部居ないってのが常識だったらしいぞ、俺の世界では。

 これは推測だが、そっちの世界もそういう感じだったんじゃないか?

 あー。

 やっぱそうか。

 

 しかしおもしれーよな。

 俺からすりゃウマ娘は居るのに幽霊の実在は疑ってるのなんで?

 って感じだが。

 居ると証明されてるウマ娘と証明されてない幽霊は違う、ってことなのか。

 おもしれー。

 異世界の常識研究とか一回はやってみたい。

 と、変な思考は脇に置いといて、と。

 

 こんな言葉はそっちにはないか?

 オカルトは信じるもの。

 科学は疑うもの。

 愛はオカルト、浮気は科学で見つけるもの―――って慣用句。

 

 

 知らない?

 そっか。

 まあ、いいさ。

 つまりこういうことだ。

 

 霊の存在が証明されてない時代に、霊の実在を信じるのはオカルト。

 そして霊の存在を証明するのはオカルトではなく、科学なのだ、って話さ。

 

 ゆえに。

 

 科学は、不可侵の価値を駆逐する。

 

 永遠は無く、どんな生き物も死ぬのと同じように、『幻想』にも寿命はあるんだ。

 

 

 星空は神々の世界だった。

 大昔は、な。

 だけど、人が空を飛ぶようになって、そうじゃなくなった。

 

 『神聖なる天上』は無くなった。

 『ただ上の方にある空間』になった。

 空の上、宇宙まで行けるようになると、もう誰も神の世界が其処にあるだなんて信じない。

 

 大昔は雲の上に楽園があるとか信じてた人間も居たらしい、が。

 どうだ?

 そっちの世界は、そういうのまだ信じてる人、いるか?

 

 幽霊は雲の上の楽園に行くんだ、とか。

 死んだ人は空のお星さまになるんだ、とか。

 ああいう神秘は、そっちの世界にはどんくらい残ってる?

 

 

 タキオン先生が竜を修理して操るの見てたろ?

 あれは機神。

 機械の神。

 ある程度文明が進んでいけば、神様と道具の意味は同じになっていく。

 崇められ畏れられていた神様は、やがて願いを叶えるシステムになっていった。

 

 俺の世界では、幽霊ってのは、特定のエネルギー集積体が人間の残滓として活動し、脳内の電気信号パターンを波動の一種として霊体に記録したもの……ってなってる。

 幽霊に対して科学の定義が存在する。

 やがて、神も科学の定義に落とし込まれていった。

 

 神は未知なる超常の存在という定義じゃなくなってった。

 常識のある人間だったら完璧に把握して、使えるようになってないといけない。

 そういうもんなのが、機神だ。

 

 

 そうすると、幽霊が見える、見えない、の話ってのが別のもんになってくる。

 

 何が本当に正しかったのか、って話じゃねえんだ。

 正しい方が勝つって話でもねえ。

 『何が常識に反してるか』なんだな。

 

 そっちの世界じゃ、霊が見えるって、見たまま言っただけで酷いこと言われたんだろ。

 霊の存在が証明されてないから。

 証明されてないから、居ない。

 居ないものを居ると言ってるのはおかしなやつ、って論法だ。

 

 じゃあ俺の世界だとどうだろう。

 幽霊が居ることは証明されてる。

 じゃあ、幽霊が居ないって言ってるのはおかしなやつ、になる。

 

 君からすりゃ笑えない話だろうけどさ。

 笑っちまうようなくだらない話だよな。

 世界から世界に渡っただけで、正しさが正反対にひっくり返んなら。

 『みんな』が信じてる正しさってのはどこにあんのかね?

 

 俺の世界じゃ機神は常識で、知らねえやつはおかしいやつ扱いされてもおかしくないが、そっちの世界は機神知らないのが当たり前で、知らない人が普通になるわけだろ?

 

 違う常識の異世界人があんま好き勝手言うのもアレだけどさ。

 

 そういう正しさを錦の御旗にして、他人を傷付けたやつってのは。

 どうしたら責任取れんのかね。

 常識を理由に他人を傷付ける人ってさ、予想の百倍くらい居るんだよなあ。

 どうなってんだろあれ。

 "常識的に考えたらそれはお前の心の病気なんだ"とか言う人とか、そのへんのあれとか、さ。

 

 

 ……どうしたカフェちゃん?

 

 カフェちゃん?

 大丈夫か?

 顔色ちょっと悪いぞ。

 

 なんか……嫌なことでも思い出したか?

 っと、悪い。

 そういう連想させるつもりじゃなかった。

 話運びをミスった……いや、そもそもこういう話を振るべきでもなかった。

 すまん。

 

 

 ……ごめん。

 逆に気を使わせちゃったか。

 

 まあ、ともかくだな。

 君がこれまでの人生で嫌な思いをしてきた、として。

 大体全部文明のせいだ。

 文明がガキンチョすぎるせいだ。

 人々が赤ん坊だからだ。

 まだお前と肩を並べて、同じ背の高さで語れねえのさ。

 

 だからな。

 俺はこう思う。

 『自分に見えないものが見えてる他人を無条件でバカにするやつは何やってもダメ』だ。

 そんで終わり。

 簡潔だろ?

 

 

 何が正しいのか、じゃねえんだ。

 結果的にお前は正しかった。

 霊は居た。

 お前にだけ霊が見えてた。

 「それは幻覚」だの「君はおかしい」だの「病院に行け」だの言ってたやつが間違ってた。

 結論出すだけならそれで終わりだ。

 

 だが、問題はそこじゃねえと思う。

 お前だって、自分が正しかったんだと周りに知らしめたかったわけじゃねえだろ。

 ちょっと筆談してるだけでもそれは分かる。

 お前は、他人に分かってもらうことを、もうなんか半ば諦めてる感じがする。

 

 俺は、なんつーか。

 それが辛い。

 それが悲しい。

 別に、お前なんか悪いことしたわけじゃないだろ。

 

 被害者でしかないのに、被害者でしかないから諦めるしかないの、なんか嫌だ。

 

 

 たとえば、俺の目とお前の目に見えてる青空は同じか?

 俺達は本当に同じ青を見てるのか?

 『空の色が青だと教わった』から、全然違う色の空を見てんのに、それを二人して青って言ってるだけだったりしないか?

 人なんてそれぞれ違うもんが見えてて、別々の世界を見ながら生きてるのかもしれない。

 そんなもんじゃあないか?

 

 他人の恋愛感情とか。

 友達から自分への想いとか。

 自分の頭のうすらハゲとか。

 ああいうのだって見える人と見えない人が居るもんだろ。

 じゃあ見える見えないで誰かを傷付けんのが、まず変じゃね?

 

 見えるのが正しくても、見えないのが正しくても、どっちでもいい。

 他人に見えないものが見えても、特別じゃあないし。

 他人に見えてるもんが見えなくても、劣等ではないし。

 じゃ、この真理から導き出せる正解は一つだ。

 分かるだろ?

 

 他人が言われて傷付くことを他人に言ってはいけません。

 言ったら俺が怒ります。

 以上です。

 小学生でも守ってるルールなんだから、みんな守ろうな……って話。

 

 友達の間で言い合う冗談くらいを上限にして、それよりヤバいのはやめとこうな、みたいな。

 

 なんにせよ。

 まあ。

 今度さ、お前に見えてるもんを教えてくれよ。

 代わりによ、俺のこの眼に見えてる電波の世界を教えてやろう。

 たぶん俺も、カフェちゃんが見たことのないものを色々教えてやれるからさ、暇な時に暇潰しに話でもしようぜ。

 

 

 ……ん!?

 

 今笑った!?!?!?

 

 笑わなかった!?

 

 

 むっ。

 気のせいだったか。

 なんも変わっとらん。

 やべー美人が仏頂面してるだけだ。

 

 なんてこった。

 幻覚が見え始めたってことか。

 かわいそうなやつの笑顔を見たいあまりに、俺の弱い心が幻を見せた。

 そういうわけか。

 なんて弱いんだ、俺は。

 彼女の笑顔を見たいからと、言葉を尽くすあまり、自分すら騙してしまったのか。

 

 先の一瞬の笑顔は、真夏の陽炎に溶けてしまうような幻影だったのか……くっ。

 

 

 おい????

 即刻俺で遊ぶのをやめろ。

 やめろ。

 これは最後通告だ。

 やめなければ訴訟も辞さない。

 

 こいつ。

 たぶん根っこの部分結構愉快な性格してんな。

 真面目すぎるライス姫とは違う。

 軽妙で気安いが根が真面目なネイチャ様とも違う。

 

 気が向いた時にするっとからかってくるタイプだ。

 おのれ。

 

 

 あん?

 なんだお礼とか。

 礼言われるようなことしてないぞ。

 ぎょ、仰々しい。

 そんな頭下げんといて。

 頭上げて上げて。

 そういうことされるとなんか悪いことしてる気分になるのだよ。

 

 ん?

 たまに俺の話し方がタキオン先生っぽい?

 気のせいじゃね?

 俺は流石にあそこまでエキセントリックじゃねえぞ。

 あれは同じゴールに向かう共闘者としては頼りになるが、たぶん同僚になるとあらゆることが死ぬほどめんどくせーことになるやつだ。

 

 ズボラ。

 絶対ズボラだろ私生活。

 大して付き合いのない俺にすら分かる。

 あれの相方になると一生苦労すんぞ。

 

 

 え?

 もう生徒会の人からタキオン先生のお目付け役に事実上任命されてる?

 だから今もタキオン先生についてきてるってことか?

 ご、ご愁傷様です。

 そっかぁ……タキオン先生は知的好奇心と原因究明のために走り回ってるとして……君がついて来てる理由……それかぁ……大変だな。

 保護者のお姉さん枠であったか。

 

 へ?

 お互い様?

 え、あ、ああ。

 そうか、お前から見ると、俺もライス姫とかの面倒見ながら旅してる、カフェちゃんと同じ旅の保護者枠に見えるのか。

 

 まあ、そりゃ、保護者的なもんではあるが。

 守ろうとして生きてる者ではある、とは思うが。

 

 たとえば、の話だけど。

 俺と仲良いライス姫が傷付くようなこと言ってるやつが居たら俺はだいぶキレ散らかす。

 ライス姫ほど仲が良いわけじゃないがお前に言われてもたぶんそこそこキレ散らかす。

 

 でもたぶん、俺もうっかりしたら他人を傷つける言葉言っちゃうと思うんだよな。

 言葉からも、ライス姫らを守りたいけども。

 守ろうとしてる俺が誰かを言葉で傷付けるとか、たまにやっちまいそう。

 そうしたら、もう本気で謝るしかない。

 土下座でもなんでもするしかないよな。

 

 大事なのは相手が傷付いた瞬間を見逃さないことと、ごめんなさいな気がする。

 

 どう思う、マンハッタンカフェちゃん。

 

 

 俺の言い分が子供っぽい?

 そうかな。

 そうかも。

 そんな気がしてきた。

 じわじわ恥ずかしくなってきたな。

 忘れてくんない?

 肩でもお揉みしましょうか?

 

 おい。

 いくら払ったら忘れてくれる?

 忘れろ!

 

 なんだその顔は。

 なんだその顔はっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから大丈夫だって、カフェちゃん。

 

 俺のことなんて本気で心配するやつなんていねーよ。

 

 優しいやつなら、俺のこと気遣ったりするかもだけど、それは俺が特別だからじゃない。

 優しいやつが、誰に対しても優しいからだ。

 じゃあ、そういうやつらが口にする「大丈夫?」は、心配だけど心配じゃねえよな。

 『慈悲』だ。

 

 慈悲は誰でも貰えるさ、そりゃな。

 その辺の捨て犬でも貰える。

 優しいやつは捨てられた犬にだって優しいからよ。

 なら、俺だって慈悲は貰えて当たり前だ。

 

 そいつは心配だけど心配じゃない、そーいうやつ。

 

 ガチの心配は泣いちまったりするもんだが、俺のこと心配して泣くやつがいるか?

 

 俺は居ないと思うがね。

 

 

 ……俺の背後霊が、俺の心配してる?

 心配して泣きそうなくらい?

 

 ははっ。

 そりゃいいや。

 俺には見えねえけど。

 どっかで死んだどっかの人が、俺の心配してくれてる。

 それは素直に嬉しい。

 俺みたいなのは、正当な人間に心配されるってこと自体あんまねえからさ。

 

 まあ俺は眼球を換装しないと霊は見えないし、カフェちゃんみたいに霊と話せないし、真偽の確かめようがないんだけどな。

 はっはっは。

 

 

 ん?

 え?

 どこ指差してんの?

 俺の後ろの霊?

 何か言ってんのか?

 

 ふむふむ。

 いや、でも……そう、か。

 それは、霊とカフェちゃんが正しい。

 

 俺達は元々、互いに聞こえない言葉で話してたか。

 互いに聞こえない言葉を、筆談で教え合ってる。

 今更、互いに見えないものを、筆談で教え合ってたところで、何も変わらない。

 一番の肝は、筆談で教えたことを、確認が取れなくても信じる、信頼関係。

 

 『あいつが筆談で言ってるこれをとりあえず信じる』って前提が崩れたら、全部台無しで、全部意味が無くなるようなもんか。

 そうだな。

 それは、よくないことだ。

 まずは信じてみようとしなけりゃ、コミュニケーションに意味なんてねえよな。

 

 言葉だって幽霊みてえなもんだ。

 

 疑おうと思えばいくらでも疑える。

 嘘にしようと思えば何でも嘘にできる。

 信じないやつは一生信じない。

 斜に構えたやつらは、"それ"を信じたやつらをバカにし始める。

 信じたやつらばっかり傷付いて、信じないやつらばっかり賢いようなふりができる。

 

 相手が真摯に口にした内容に『嘘だ』とレッテルを貼ること以上に、気軽に他人を傷付ける手段なんてのは、そうそう無い。

 

 

 だけど。

 他人がどんだけレッテル貼ろうと、真実の形は変わらない。

 幽霊も、言葉の真実も、ただそこにあるだけだ。

 信じないやつが捻じ曲げる。それだけ。

 ただただ、他人が貼ったレッテルの数だけ、どっかの誰かが傷付くってだけの話だ。

 嘘も、言葉も。

 

 しゃーねえ。

 約束してやろう。

 カフェちゃんの言うことは今後無条件で心底信じてやろう。

 俺が背後霊に心配されてるとかの話も、まー信じる。

 どうせ生きてるやつにガチの心配されねえって事実は変わりゃしねえんだ。

 カフェちゃんとこんな雑談した後にカフェちゃんの言うことなんか疑ったらダサいしな。

 

 

 今一瞬笑っ……いや、保留で。

 なんて女だ。

 表情が掴みきれん。

 まだまだ修行が必要だな、これは。

 

「e38284e38182e38284e38182e38081e5be85e3819fe3819be3819fe381ade8abb8e5909be38082e38193e381aee382a2e382b0e3838de382b9e382bfe382ade382aae383b3e38292e5be85e381a4e99693e38081e38184e38184e5ad90e381abe38197e381a6e38184e3819fe3818be38184efbc9fe38080e381a9e38186e38284e38289e99b91e8ab87e38292e38197e381a6e38184e3819fe38288e38186e381a0e3818ce38081e88888e591b3e6b7b1e38184e38082e4b896e7958ce38292e8b68ae38188e3819fe4ba8ce88085e38081e795b0e4b896e7958ce4babae5908ce5a3abe381aee4bc9ae8a9b1e381a8e381afe381a9e38186e381aae381a3e381a6e38184e3828be381aee3818befbc9fe38080e5b7aee38197e694afe38188e381aae38191e3828ce381b0e4b880e8a880e4b880e58fa5e6bc8fe38289e38195e3819ae69599e38188e381a6e38282e38289e38184e381a8e38193e3828de381aae381aee381a0e3818ce38081e7a094e7a9b6e381aee7a48ee381a8e381aae3828be38282e381aee381a0e38081e5969ce38293e381a7e69599e38188e381a6e3818fe3828ce3828be381a0e3828de38186efbc9f」

 

 あっ。

 来た。

 

 

 タキオン先生。

 荷物の回収とか終わったんですかね。

 え?

 薬品とデータだけ回収してあと全部捨ててきた?

 

 豪胆だな。

 いや、でも、聡明だ。

 これから移動することを考えると、荷物は少ない方がいい。

 研究機材なんて全部運ぼうとしたらそれだけで体力を使い果たしかねない。

 こいつ。

 机上の空論だけ語ってるタイプじゃあないな。

 実践を主とするタイプ。

 研究室で地道に成果を出すタイプじゃあないが、真面目なやつを集めたチームにこういうやつが一人居ると、全体の発明のサイクルがべらぼうに速くなって、結果を出しまくるようになる。

 

 そうだ。

 天才肌の、そういうやつは。

 天才の穴を埋める誰か。

 たとえばカフェちゃんやネイチャ様のような誰かを添えるといい、と。

 誰かに言われた。

 言われたんだ。

 誰に、いつ、言われたんだっけ。

 

 ネジの抜けた天才の横には、真面目なやつとか、世話焼きなやつとか、時にはアホすぎるやつとかを据えておけば、いい感じに回ると、そう、教わって。

 

 

 俺は俺を忘れてる。

 俺を?

 誰を?

 何を?

 いや、使命だけ覚えておけばいい。

 この命の使い方だけ覚えているなら、それでいいはずだ。

 

 なんだっけ。

 何考えてたんだっけ。

 まあいいか。

 

 なんだタキオン先生。

 俺とカフェちゃんの会話が気になるのか?

 カフェちゃんに根掘り葉掘り聞いてんな。

 そして長文書き始めた。

 大した話をしてたわけでもねーぞ、どうした。

 

 

 こいつ、あれだな。

 筆談でデバフ食らってデバフネイチャになってるネイチャ様とか、筆談で感情が更に伝わりにくくなってるカフェちゃんとはまた違うな。

 

 理解はできないが長ったらしいセリフ吐いてることからも分かる。

 発言一回が時折むちゃくちゃに長くなるタイプだ。

 時々会話がしんどくなるタイプ。

 言いたいことを言い切るまで発言を区切らないタイプとも言う。

 

 そういうやつだから、筆談が微妙にマッチしてる。

 言いたいこと全部紙に書くまで区切らなくていいんだからな。

 だからとにかく溜めに溜めて、長文を一気に解き放ってくる。

 セリフを書いてる、というか。

 文の集体をまとめてぶん投げてくるってのが正しいか。

 

 

 まあ。

 他のやつは真似しないだろう。

 たぶん。

 いや、だって。

 他人を長々待たせても平気で、その間に長文書き続けて何も気にせず、気まずい待ちの沈黙の空気も何ら気にしないやつしかできねえだろ、これ。

 

 何だこいつは。

 胆力の怪物か?

 何故マンハッタンカフェのあの目に平然と耐えられる……!?

 

 

 カフェちゃんがたまに災害を見る目でタキオン先生を見てる理由が分かってきたわ。

 

 

 

 『面白い話をしてるじゃないか』

 

 『オカルトは信じる』

 

 『科学は疑う』

 

 『なんて定型があるけどね』

 

 『まさかオカルトが科学で証明されたほどの先進的な世界からの来訪者とは!』

 

 『機神で分かっていたことだけど、ずいぶんと興味深い世界のようだ』

 

 『信じることは試さない』

 

 『理は疑われて初めて試される』

 

 『カフェの言うことを信じる者は、霊の実在を証明しようともしないが』

 

 『カフェの言うことを疑う者は、霊の実在・非実在、どちらも証明できない』

 

 『まさに悪夢のロジックだ。だが、カフェは心臓に毛が生えているから平気なのだよ』

 

 『あ、今の文は冗談なので真に受けないように』

 

 

 『目には見えないものの実在性、非実在の論議か、興味深いねえ』

 

 『それにしても面白い。カフェの言いたいことの一番肝心なことがすっぽ抜けている』

 

 『すっぽ抜けているというか、正しい形で伝わってないと言うべきかな?』

 

 

 『カフェが思った以上に、君にとってそれは肝心なことではなかったのかもしれないが』

 

 『目には見えないものの実在を信じている、と君は言い』

 

 『目には見えないものの実在を信じられない者を、遠回しに揶揄しながら』

 

 『"仲間が君を心配する気持ち"という非実在性のそれを、まったく信じてないのだから』

 

 『傑作だよ』

 

 

 

 『君は目には見えない幽霊は実在すると言うのに、仲間が君を心配する気持ちは否定している』

 

 『仲間は今、君を大いに心配してるかもしれないのに』

 

 『目には見えないそれを、君は自己評価ゆえにバッサリ切り捨てているというわけだ!』

 

 『いやはや、異世界であろうともこういうものを、矛盾と言ったりするんじゃないかい?』

 

 

 

 ……こいつ!

 

 くそ!

 

 今これで気付いたから、何一つとして言い返せない!

 

 ごめんなマンハッタンカフェ!

 

 呆れた顔をするな。

 

 まったく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの遠くから見てる目をどう振り切るか、相談しにくい空気になっちまったじゃねえか。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「……タキオンさんと貴方って、難しい話を議論できるお互いに唯一の相手で、妙に遠慮もないので、なんだかとても仲良さそうに見えるんですよね……」

・AAのあれやこれやは運営様とDMでお話して許可をもらっています
・使用AAは既存のものの改造・合成・調整・新造パーツの追加で作ってます
・ドット単位のズレは後で時間ある時にしれっと修正してるかもしれません



 心配。

 心配か。

 マジのガチで心配されるってことは、大事にされてるってことだ。

 

 慈悲からも心配は生まれる。

 ただ、本物の心配は、慈悲とは関係ない。

 大切だから心配するんだ。

 大切なものだから失われることが怖くなるんだ。

 

 大事にされることは恐ろしい。怖い。

 

 使い捨ててほしい。

 

 その方が慣れてる、気がする。

 

 ティッシュに心があったら、大事にされることを望むだろうか。

 俺はそうは思わない。

 他のティッシュと同じようにしてほしいと思う、気がする。

 同じように作られたみんなと同じようにしてほしい思う、だろう。たぶん。

 

 みんなと違うものになるということは恐ろしいことだ。

 俺が今それを恐ろしいと思ってるってことは、記憶を失う前の俺もそうだったんだろう。

 カフェちゃんは立派だ。

 他人と違う自分を認めて、他人と違う自分で居る。

 それがどれだけ強いことなのか、見た感じ、タキオン先生は分かってそうな感じがする。

 

 いや。

 そもそも。

 俺は。

 『レースで他人に勝って一番になって他の人と違う自分になる』っていう、ウマ娘の本能的な生き方そのものに、"俺はああいう風になれない"っていう確信を、持ってる気がする。

 俺は、おそらく。

 根本の部分に、『決まった規格の存在で居るのは楽でいい』っていう、気持ちがある。

 

 だけど。

 覚えてないから、俺は俺を思い出せない。

 俺はどういう人間だったんだろう。

 すっぽりと、記憶の真ん中が、丸ごとどっか行っている。

 

 俺は自分がガチの心配されるような人間だとは思ってない。

 俺は誰かから大切にされることが怖い。

 

 俺が死んだ時に誰かが悲しむことが、とても、恐ろしい。

 

 でも、まあ、いいか。

 タイムマシンで全部無かったことにするだけで、俺の使命は完了する。

 

「e381a9e38186e381a0e38184efbc9fe38080e58b95e3818be3819be3819de38186e3818be381aaefbc9f」

 

 お、タキオン先生。

 ちょっと待ってくれ。

 この車の鍵穴の解析、アナログとかあんま慣れてないから微妙に時間かかってるが、解析だけならすぐに終わる。

 よし、終わった。

 

 解析した情報を参考にして、と。

 鍵に求められる強度は洋白か真鍮……いや、回すだけならもっと低くていいか。

 

 生体素子起動。

 稼働率85%を確認。

 普段負担のかからない、自己体内・肋骨からカルシウムを抽出。

 ATP(アデノシン三リン酸)からリン酸を追加。

 Ca10(PO4)6(OH)2を構築。

 分子構造を最大強度になるよう整列準備。

 鍵穴に合わせて鍵を生成。

 強度確認。

 人間の歯のだいたい倍くらい、と。

 よし、これなら回るな。

 

 

 これが最近できるようになった、俺が俺を使う応用よ。

 

 はいエンジンかかりましたー。

 

 持ち主の方すんません、世界救うまで借りていきます。

 

 

「e3818ae3818ae38081e38284e3828be381ade38188」

 

 フッ。

 人間日々成長ってやつよ。

 あー、この技の初披露はライス姫相手が良かった、みたいな気持ちちょっとあるな。

 あの子はなんでもすごいすごい言ってくれそう。

 他人の自尊心を満たすプロだよ、あの子は。

 

「e5909be381afe3819de381aee4babae3818ce5b185e381aae38184e69982e381abe8a492e38281e3828be38193e381a8e381afe38182e381a3e381a6e38282e38081e3819de381aee4babae3818ce5b185e381aae38184e69982e381ab」

 

 ん? また何書いてんだ。

 ……。

 おい。

 こら。

 筆談で『私より遅い車だけど乗り心地は良さそうじゃないか』とか言うやつ初めて見た。

 車は世界を救うためのお借りしてるだけだから、俺は実質泥棒で君らは無罪だろうけども、その上で最低限持ち主への敬意は持とう!

 

 え?

 このくらいの車と比べるならタキオン先生が自転車乗った方が速えの?

 うるせえ。

 俺がついていけねえわ。

 車の後部座席でゆっくり休んどけ。

 

 なんで無改造の身体でそんな出力出せるんだ。

 ヤッバいな。

 ……もしかして君、ウマ娘の中でも足が速い方なのか。

 

「e38193e381aee382a2e382b0e3838de382b9e382bfe382ade382aae383b3e381aee68890e7b8bee38292e8819ee3818de3819fe38184e381aee3818be381adefbc9fe381bee38182e38081e38388e383ace383bce3838ae383bce38282e5b185e381aae38184e38081e69cace6b097e381a7e587bae8b5b0e381aae381a9e38197e381a6e38184e381aae38184e7a781e381aee68890e7b8bee381abe38081e789b9e7ad86e38197e381a6e8aa87e3828be983a8e58886e381aae381a9e381aae38184e3818ce280a6e280a6」

 

 は?

 未デビューだけど今のとこ全勝?

 つまり生涯無敗ってこと?

 なにそれ。

 こわっ。

 モンスターかよ。

 『特筆して誇る部分などない』とかここの行に書いてあるけど虚偽はやめていただけます?

 

 ぬっ。

 なにっ。

 なんだとっ。

 よくここまで筆談で言えるなこいつ。

 

 いや、まあ、よ。

 現実を正しく観測してこそ正しく研究者、ってお前は言うが。

 仲間が自分をどう思ってるか正しく認識しろ、ってお前は言うが。

 私の共同研究者で助手である自覚を持て、ってお前は言うが。

 別にお前の認識が正しいって保証があるわけでもないだろ。

 

 そういうのほどほどにしとけよ。

 お前はたぶん俺より頭が良いが、ちょっとしたことでつまらん敵を作りそうなタイプだ。

 そんな感じに見える。

 

 

 こんなに「こいつ分かってないな」ってなることある?

 

 なってこった。

 俺の記憶は歯抜けだ。

 歯抜けではあるから、ハッキリとは言い切れないが。

 

 俺の中で「そのままの君で居て」ランキング一位がマンハッタンカフェに、「そのままの君で居ないで」ランキング一位がアグネスタキオンになりつつある。

 恐ろしい女だ。

 素っ頓狂の具現だろこんなの。

 

 助けてくれ、「成長してなりたい君になれるといいね」ランキング一位のライスシャワー。

 

 

 お、カフェちゃんも準備できたか。

 じゃー車に乗ってくれ。

 ささっと移動しちまおう。

 荷物は後ろの方で頼む。

 

 ……なんか性格出てるな。

 コーヒーメーカーとかの私物が多めで、整理してダンボールに入れてるカフェちゃんと。

 私物が少なめで研究資料が多く、絶妙に整理の仕方が汚いタキオン先生のダンボールと。

 ま、気にするほどのことでもないけども。

 

 

 

 

 ☆=現在地

 ★=目的地、京都レース場

 ●=入力した通りにギガスが逃げてくれてるならライス姫達はたぶん今この辺

 

 

 

 今の手札で周辺の地理条件を調べてみたが、どうも瓦礫が多い。

 ギガスはどこでもまっすぐ進めるが、こんな前時代的……一般的な車じゃそうもいかない。

 

 車輪は直径の1/4以上の段差を登ることが難しい。

 たとえば30cmのタイヤだと7.5cmの瓦礫でもう行き詰まる。

 勢いをつけないとそういう瓦礫を越えられないので、移動できる範囲度が状況次第で一気に狭まってしまう。

 車ってのはそういうものだ。

 生物が車輪ではなく足を得たのは、段差を登りやすいからと言う学者も居たくらいだ。

 

 だから彼女らの世界の車は、どっちかというと整備された街で走るのに特化してる。

 開拓星なんかで使われる車とはまるで別物だ。

 俺に残ってる記憶の範囲……だと。

 俺が一番乗ってた車は、こんな感じだった気がする。

 

 

 足があって、足の先に車輪があるやつ。

 こういうのだと瓦礫の上でも、整備された道の上でも、最高のスペックを発揮できる。

 いい車なんだよなあ。

 こういうやつ。

 ま、無いものねだりしても意味はない。

 

 今の俺達の(あし)が通れる道を探して、そこを進んで行こう。

 

 だから、今の最適解はこのまま辰の神殿……京都府京都市伏見区、京都レース場に向かう方がいいと思うんだ。

 そこでちょっとライス姫とネイチャ様を待ってみる。

 同時に、この車で進める道を模索してみる。

 長期的な展望はまだ詳細に決まってないが、当座の計画としてはこれでいいんじゃないか。

 

 賛成ありがとう。

 じゃ、改めて、そういうことで。

 

 

 足を得たからには、遠くから見てる『アレ』に接近される前に、ささっと移動しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が気持ちいいな。

 

 これで遠くから見てる何かが居なけりゃ、もっとゆっくりドライブできるんだが。

 

 

 うん?

 どしたタキオン先生。

 ああ、"アレ"に見られてることに気付いた理由か?

 現代の兵器開発において、敵を見つけることと、敵から隠れることは、技術が進めば進むほどに両立するのが難しいことなんだ。

 見るということは。

 見られるということなんだな。

 

 そっちの世界では、電波を飛ばして反射を確認して、物体の位置を確かめたりするんだろ?

 レーダーとかあのへんだ。

 でもそういうのは、電波を飛ばさないと行けないから、自分の居場所がバレる。

 敵から隠れていたいならレーダーを使うべきではないし、敵を見つけたいなら電波を飛ばして探さないといけないわけだ。

 

 見るということは、見られるということなんだ。

 

 

 電波を探知されないために重力波を使って、重力波を探知する機械を避けるために量子波を使って、気付かれないように宇宙で宇宙線を使ってレーダーを展開して……そういう繰り返し。

 技術のいたちごっこさ。

 

 なんせ、実現は難しいが、自分は隠れたまま相手の位置が分かるんであれば、一方的に遠くから攻撃を繰り返すことだってできるだろ?

 兵器開発の夢なんだよ。

 全てから永続的に隠れるシステムと、全ての隠蔽を無視して敵を見つけるシステムを両立して、一方的に勝てる兵器を作る……ってやつはな。

 

 なら。

 俺がアレに見られてたことに気付いた理由もシンプルだ。

 アレの方が旧式で、俺の方がずっと後に製造された新型なんだな。

 

 旧式のステルス能力を、俺の対兵器感知能力が上回ってたんだ。

 だから結構な距離でも気付けたんだな。

 

 とは、いえ。

 ステルス能力とレーダー能力は戦闘力に比例してるわけでもない。

 ウマ娘だって性格の性能と走る性能は別物だろ?

 性格良いからって走る速さがすごいわけじゃないだろう。

 タキオン先生だってまだ無敗で生涯全勝のウマ娘じゃん。

 

 は?

 深い意味は無いが?

 大人しく後部座席でじっとしてろ。

 繰り返す、大人しく後部座席でじっとしてろ。

 

 

 だから!

 さっきから!

 ちょっかいかけてくるな!

 俺で遊ぶな!

 運転の邪魔しないで!

 

 こういう車は運転したことねーんだよ!

 ああ、はい、白状します!

 余裕ぶってるけど結構いっぱいいっぱいですねえ!

 だからやめろ!

 大人しくしてろ!

 俺の頬で遊ぶな!

 

 あっ。

 

 

 

 ありがとうマイフレンド。

 マジで助かったマイフレンド。

 そのままその悪魔を抑えといてくれ。

 ふぅ。

 まったく。

 

 

 こんなごちゃついた道路通るのは神経使うんだ。

 

 好奇心を止められないタキオン先生の気持ちは……実はちょっと分かるんだけども。

 

 大人しくしといてくれ。

 

 

 交通量が多い区画なんて目眩がしてくる。

 ぶっ壊れた二つの世界の車がそこら中にひしめき合ってて、まるで地獄だ。

 動いてる車はない。

 鉄の墓場、鉄の森。全部邪魔してくる壁にしか見えない。

 

 車は重い。

 壊れたら人の手ではどけられない障害物になる。

 動かすなら重機の類が必要なことも多い。

 事故一発で道が埋まるのが車の欠点だな。

 

 事故とかで道が埋まると、流通も移動も止まる。

 だからすぐどけないといけない。

 いけない、んだが。

 大体そういう作業の音頭取るのは国なんだよな。

 

 こういう事態になって、国が死ぬと、もう誰もどうにもできない。

 "永遠に塞がった道"が国内に大量に発生する。

 こんな状態になった国を自由に動けんのは、それこそギガスとかくらいなんだよな。

 

 めんどくせえ~。

 

 あ、また壊れた車が道塞いでる。

 

 うひぃ。

 

 

 二人ともちょーっと待っててくれ。

 素子起動。

 身体強化。

 雑に全身等分強化で。

 押して蹴って投げてどかす。おら行くぞ!

 

 どっこいしょ!

 

 あれも邪魔、これも邪魔、それも邪魔、あー面倒くさいぞこれ。

 

 どっこいしょ!

 

 ここは橋の上だ、ゴミがいつまでも居座ってんじゃない!

 

 

 ゴミをどける、運転。

 壊れた道を避ける、運転。

 瓦礫を避ける、運転。

 めんどくせっ。

 

 後部座席のカフェちゃんがこっちを気遣ってるのが分かる。

 え、なに?

 あ、コーヒーか。

 くれんの?

 ありがとう。

 

 

 あったけえ……コーヒーと……人の心が……あったけえよ。

 

 こぼれない容器でコーヒー渡してくる人は信用できる。

 

 タキオン先生、カフェちゃんにあんま迷惑かけるなよ。

 "なんで私を名指しで?"みたいな顔をするな。

 運転中に何度も筆談させやがって……!

 

 おっ、と。

 

 ふぅー。

 ようやくゴミもなくて壊れてない道に入れた。

 しばらくはまっすぐな道。

 気楽に運転できそうだ。

 

 ここまでの道のり、あんまりにもゴミと面倒が溢れてて、ロードムービーとかには一生使えなさそうな惨状だったからな……あんまりにもあんまり。

 

 

 へっ。

 思わず歌っちまうな。

 なんもかんもぶっ壊れてるが。

 風は気持ちよくて、空は真っ青で、雲が柔らかそうで、世界は綺麗だ。

 

「光り輝く星の上―――」

 

 こういう風が吹いてると、今日はいいことがありそうだな。

 

 

 なんだタキオン。

 どうしたタキオン先生。

 用があるなら今の内に頼むぞアグネスタキオンさん。

 

 

 なに?

 平行世界の接続装置とタイムマシンの仕組みが聞きたい?

 いやさんざん繰り返し説明したろ。

 しょうがねえな。

 運転しながらの筆談は遅くなるが、許してくれよ。

 

 

 

 おっ、はしゃいで座席揺らすな~?

 

 タイムマシンは、お前の名前と同じもの……『タキオン』を使うシステムだ。

 タキオンは、昔から存在だけは予想されていた。

 

 物質は普通、時間の流れに沿って存在する。

 そして光の速度に近付けば近付くほど、時間の流れが遅くなり、光の速度に到達した時点で、その物質の時間は停止する。

 なら、その向こうまで行ければ。

 超光速にまで辿り着ければ、時間を逆戻りできる。

 

 そういう理論に使われたのが、常に光より速く動く粒子、タキオンだ。

 

 

 通常の機械は過去から未来へ情報を伝える。

 けれどタキオンを用いた機械は、未来から過去へと情報を伝えられる。

 過去に未来の情報をもたらすことで過去を変えたり、未来の精神情報で過去の精神情報を上書きすることで、擬似的に過去に戻ったりもできる。

 古い脳から新しい脳に情報を丸移しして、脳を新品にして寝ないで活動するテクニックとかの延長みたいなもんか。

 

 ただ、まあ。

 未来でも出来たばっかりの技術だったからな。

 確定なのは過去を変えられることだけ。

 不具合もあったし、未来に行ったりもできなかった……と思う。

 

 なにより、完成したのが世界衝突寸前だったからな。

 完成品は、世界衝突と同時に破壊されてたはずだ。

 残ってるのは設計図だけだから、設計図を見つけて作らないといけないんだ。

 

 細かいとこは覚えてない。

 あ、知らんのかもしれん。

 記憶喪失だからか、割とあやふやだわ。

 

 

 

 

 平行世界と接続する装置は、正式名称『ハーヴェストタイム』。

 型番PRLJ-14895-47582。

 主任開発者はイーロイ博士。

 資本は国家、日・米・露の地球残留派の共同出資。

 主目的は平行世界と接続することで、平行世界から際限なく資源をかき集めること。

 耐用年数は、初期開発段階で12000年。

 

 無限に分岐する並行世界を、『無限にエネルギーと総資源数を増大させながら膨らんでいく宇宙モデル』で解釈し、無限の資源を回収する機構である、と定義される。

 そのため、最も多くの並行世界モデルを内包している。

 

 

 中心部に特例個体の少女が組み込まれ、湊式ハイドライブ形式のエンジンを併用。

 メインの干渉器は異能の複製・増幅を主機能とする。

 補助感情機能として、宇宙の壁を貫通する重力干渉器を使用。

 出力の0.0001%程度でも、宇宙の壁に穴を開け、平行世界理論を実証している。

 現在は既に、世界衝突の影響で破壊されていると考えられる。

 

 お前の頭脳でもう忘れたってことはないだろ。

 何の確認だ?

 

「e381afe381afe381a3e38081e381aae38293e381a0e3828de38186e381ade38188」

 

 

 ……?

 なんだ、ハッキリしねえやつだな。

 

 うおっ。

 なんだこの紙。

 なんだこの長文。

 後部座席でずっと書いてたのか?

 

 いやもうこれただの論文だな!

 

 筆談じゃねえ!

 

 俺に求められてんのこれ論文の査読だ!

 

 

 

 

 

 『ひとまずの結論は出せたよ、感謝する』

 

 『私一人では辿り着けなかっただろう。君とカフェが必要だった』

 

 『君とカフェが居なければ、こんな突拍子もない真実には辿り着けなかっただろうね』

 

 『過去の細かい実験データは資料1集にまとめたから目を通しておいてくれたまえ』

 

 

 『私はウマ娘の身体の不可解さ、物理法則を超越した肉体を研究していた』

 

 『カフェは私が知る限り唯一、人の霊魂を観測し、それを深奥まで知る人物だった』

 

 『君は異世界からやってきた、世界から世界への渡航を技術論で語ることができる者』

 

 『このどれかが欠けていても、おそらく真実は得られなかっただろうね』

 

 

 『カフェは、見えないものが見える』

 

 『実際のところ、簡易な検証はできていたんだ』

 

 『どうやってもカフェが知り得ない事実を、カフェが霊に教えてもらって』

 

 『知ることが不可能な事実を知っていた、ということを何度か確認していたからね』

 

 『事例集は資料2集だ、後で見ておいてくれ』

 

 

 『私が立てた仮説の一つに、ウマ娘の力の源流を霊魂に求めるというものがあった』

 

 『なにせ、霊魂は言うなれば、目に見えないエネルギーの塊だろう?』

 

 『ウマ娘は明らかに異様なエネルギーを発し、それが精神に直結している』

 

 『精神的に凄まじい状態に成ったウマ娘が奇跡の勝利を果たした事例がいくつもある』

 

 『大して食事をしないウマ娘が、大食らいのウマ娘を圧倒した事例も枚挙に暇がない』

 

 『人間ではこういう現象はほとんどない。ウマ娘だけの現象だ』

 

 『ならそのエネルギーはどこから来るのか?』

 

 『カフェは言っていたよ。目には見えない状態になっても、大きな力を持っているのだと』

 

 『検証不可能な仮説として、私はその魂に"ウマソウル"と仮の名前を付けておくことにした』

 

 『ウマ娘に宿る超常の魂。不可視の力の塊。物理法則を超越させるエネルギー源だ』

 

 

 『君からの技術提供を受け、ようやくオカルトは科学での検証が可能となった』

 

 『時間がないため軽い実験しか行っていないが、もう既に仮説は裏付けを得たよ』

 

 『仕組みが同じだった、からね』

 

 『仮称・ウマソウルとは、平行世界から渡ってきた"馬"の英雄の魂だ』

 

 『それがウマ娘の生物学的に異常な形質、その全ての源なのだと考えられる』

 

 『実証過程は資料3集を確認してくれ』

 

 

 『古来より、死者の魂は異界に渡ると言われていた』

 

 『天国だったり、地獄だったり、あの世だったり、理想郷だったりね』

 

 『臨死体験をした人間が"天国を見てきた"と言うことも珍しくはないらしい』

 

 『おそらく、死後の魂は、世界の壁に縛られず、隣の世界に渡れるのだろう』

 

 『そして隣の世界に渡って、新たな生命に宿ることがある』

 

 『そうして、馬の英雄という新たなエンジンを得た、疑似高次生命体』

 

 『それがウマ娘、というものなのではないだろうか』

 

 『この点は仮説が多くまだ検証できていない可能性も多いため、資料4集に整理した』

 

 

 『カフェ曰く、霊魂になったものの一部は大きな力を持って人を害するらしい』

 

 『そして、全ての死者が"そう"なるわけではないらしい』

 

 『なら馬も全てがウマソウルとなるわけではなく、馬の英雄のみがそうなるのではないか』

 

 『生前から英雄と言うべき力を持った馬の、力のある霊が人に宿れば』

 

 『それは平行世界から力を得る蛇口に等しい。ウマ娘の超常の力に十分説明がつけられる』

 

 

 『ウマ娘の超常の力の法則も、君から得た計算式で解明することができた』

 

 『平行世界を利用したエネルギーの簒奪の方程式、それがぴたりと当てはまったね』

 

 『君の世界の、平行世界からエネルギーを奪う際の、エネルギーを簒奪するカーブ』

 

 『私の世界の、ウマ娘が走る時に人体限界を超え発する不可思議なエネルギーのカーブ』

 

 『その二つがピタリと一致した』

 

 『奇しくも、この二つは同種の物理学方程式で表せるものなのだね』

 

 

 『すなわち』

 

 『君の世界と我々の世界が衝突して壊れながら融合したのは、偶然ではない。必然だ』

 

 『二つの世界は平行世界から何かを吸い上げて存続しようとする世界という意味で同種』

 

 『他世界から何かを得なければ成立しない、鏡合わせの兄弟の世界だったのだ』

 

 『兄弟ならば近くに在るのは当然だ』

 

 『近くに在るならば、事故が起こった時、真っ先に衝突するのは当然だ。そうだろう?』

 

 

 『カフェと君のおかげで、私を長年悩ませた研究のハードルはほぼ解決された』

 

 『だが、しかし』

 

 『それが新たな疑問を生んだ』

 

 『オカルトは信じる、科学は疑う、それは二つの世界に共通のルールであったね』

 

 『だから私は疑おうじゃないか』

 

 

 

 『何故君は、時間移動ではなく、平行世界を繋げる理屈に、ここまで詳しい?』

 

 

 

 『私の研究を一気に完成に向かわせるほど、君は平行世界に繋げる理論に詳しかった』

 

 『しかも打てば響くように、詳細まで詳しい知識を持っている』

 

 『君は間違いなく、平行世界を繋げる機械を作った人間の一人だろう』

 

 『タイムマシンの方の設計に、君が関わっているかどうかは知らないけどね』

 

 

 『君は記憶喪失ゆえに無自覚なのだろうが』

 

 『君はタイムマシンで世界を救おうとする陣営の人間でありながら』

 

 『平行世界に干渉する機械の方に詳しい。記憶を失ってなお言動にそれが透けるほどに』

 

 『はてさて、君は、記憶を失う前、どこにどんな役割で所属していたんだろうね?』

 

 『君の奴隷根性を見ていると、あまり詮索しない方がいいかもしれないが』

 

 『君の性格を見る限り、君を操っていた誰かが居たのかもしれないが』

 

 

 『記憶を失う前の君は本当に、世界を救うために此処にやってきたのかい?』

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「汚名返上のチャンスだ! 勝ち星を稼ぐ!」

 俺は。

 俺は?

 いや、今は考えるべきじゃない。

 考えたところで答えは出ない。

 俺は記憶喪失なんだから。

 

 そもそも『俺は俺は』って考えまくってるのがだいぶカスだ。

 自分のことしか考えてられないやつは死ぬしかない。

 頭を切り替えろ。

 脳内の分泌物質を制御して、強制的に自分を落ち着かせろ。

 『まあいいか』で思考を切り替えて、次の思考へ。

 

 

 ああ。

 来てる来てる。

 はるか彼方の反応が、うっすら感じられる。

 

 光学迷彩使って結構な速度で距離を詰めてきてるな。

 俺らは車とかどけながら進んできた分、だいぶ追いつかれかけてる。

 つっても目に見えないだけで、システム格差があるから位置は把握できてる。

 問題はない。

 

 次の街の一角で追いつかれる、と思う。

 そこで迎え撃った方がよさそうだ。

 上手く地形を使って引きつけてみる。

 二人はちょっと離れとくんだぞ。

 

 俺が建物の間に入って迎え撃ってる間に、二人はすたこら逃げてくれりゃいい。

 各々の移動プランをメモに書き出しておいたから、後で合流しよう。

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 カフェちゃん、離してくんない?

 大丈夫だって。

 相手はそこそこ旧式な感じがするからさ。

 たぶんどうにかなる。

 

 え?

 竜の機神相手には瞬殺だった?

 今度は拐われるのではなく大怪我するかもしれない?

 ……。

 ……。

 ……。

 

「ふぅー……泣きたい……」

 

 

 その話を蒸し返すのはやめろ。

 繰り返す、やめろ。

 もう二度と……かっこつけて瞬殺なんてされるか……!

 俺に汚名返上の機会くらいくれ。

 察しがいい子なんだから男のプライドにも理解を示して?

 

 

 まあ、プライド抜きにしても、女の子は連れて行けねえんだ。

 俺は一人で行くし、二人にはついてこないでほしい。

 はよ服離してくれ。

 

 お前らに変な寄り道させたくねえんだよ。

 血がくっせえ寄り道をさせたくない。

 真っ直ぐに、お前らだけが行ける道を行ってほしい。

 

 走れ。

 俺の知らないどこかに向かって、走れ。

 それはライバルに勝つとか、栄光とか、夢が叶うとか。

 そういう感じの名前が付いてるやつなんだよ。

 ああいうのに向かって走ってるお前らが、なんか好きだ。

 ウマ娘のレースとかいうのも、一回くらいは見てみたいくらいにな。

 

 だから来んな。

 俺は、お前らに殺し合いどころか、マジの喧嘩だってしてほしくねえし。

 お前らが大怪我なんてしたら卒倒しそうだ。

 手伝ってくれなんて言うつもりはない。

 

 これは、んまあ、適切なたとえじゃないかもしれないが。

 俺の世界の大昔の戦争だと、馬は武器を持たされなかった。

 馬は敵を殺すことを求められなかった。

 馬の役割は走ることだった。

 その代わり、敵の馬を殺さないことを心がける……そういう兵士も居たんだと。

 馬を死なせんのは戦士の恥とか言った家系もあったらしい。

 

 役割というか。

 使命というか。

 責任というか。

 そういうのあんだろ?

 俺に世界を救う使命があるように。

 君達には走るって使命があるが、戦うことは君らの使命じゃないんじゃないかね。

 

 そういう考えが俺にはあるので、俺には強権を発動させることができます。

 タキオン先生、カフェちゃんを引っ張ってでも連れてって。

 

 

 含みがありそうなツラしてんな。

 ま、いい。

 頼んだぞ。

 

 心配すんな。

 心配されるとなんか心がザワつくから。

 世界を救うまでは死んだりしないって。

 

 ん?

 

 

 カフェちゃん、そんな引っ張られても俺は別に……あれ?

 あれ?

 あれ?

 あれ……?

 

 

 アグネスタキオン、そこにいる。

 俺の服の背中を引っ張ってない。

 

 

 マンハッタンカフェ、そこにいる。

 俺の服の背中を引っ張ってない。

 

 ……。

 ……。

 ……。

 後ろ見てみよう。

 誰が俺の背中引っ張ってんのかな?

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 誰も居ないね。

 

 あの、出撃前にホラー映画の冒頭みたいな展開入れるのやめてくれませんか?

 

 敵との戦いに赴こうとする男に敵よりも怖そうな存在が存在を匂わすのをやめろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……もうちょっと姿勢低くしといた方が隠れやすいか。

 

 サーチはできた。

 生存者無し。

 ここも廃墟の街だ。

 誰を巻き込む心配はない。

 敵はまだ見えない。

 

 

 比較的無事な建物が多い区画に引き込む。

 建物の中や合間を使って、敵の機動や射線を妨害する。

 状況を見て、瓦礫が多い区画を使っていこう。

 それこそ、俺が散々苦労したように、車輪で走るようなやつを止めるなら、瓦礫が多い方に行くのがベターに思える。

 

 

 敵は分からん、が。

 知覚能力はこっちが上回ってるはず。

 盤上は俺の方が見えてるはず。

 なら地形を上手いこと利用していこう。

 相手が機神じゃなければどうとでもなるはず。

 

「さあ来い、何が来る? 何でも来い、俺はお前より後の被造物だ」

 

 来い、さあ来い、最初は情報収集から初めて次につなげ……ん?

 

 

 ……あっ。

 あっ。

 見覚えのあるシルエット。

 予想してた強さが10、俺の強さが15くらいなら、強さ30くらいのやつ。

 

 あ、猿の機神じゃーん、ようこそ。

 お前だったぁ。

 そっかぁ。

 (さる)の神殿から出てきたのかな、はっはっは。

 

 なんか俺の勘違いだったかな。

 猿は全機神の中で最も自衛を求められなかった機神。

 人間にできることをこなすためだけに作られたやつだ。

 

 装甲と武器が積まれてるように見えるが、猿が命令もされてないのに人を撃つわけがない。

 暴走したところで、自衛するっていう思考を持たされてないから、人を襲うような行動を取るわけがない。

 人に命令でもされてなければ、猿が人を攻撃するわけがない。

 

 ホールドアップ、ホールドアップだ。

 手を上げろ。

 

 

 そうそう、そうやって。

 両手上げろ。

 腕を俺の方に向けるな。

 フリーズ。

 フリーズ。

 フリーズって言ってるんだが?

 

 

 その拳を開いて空に向けな。

 拳を知らない人に向けてはいけませんってお母さんに教わらなかったのか?

 無礼にもほどがあるぞ。

 喧嘩したいヤンキーでも今時そんな挑発やってねえわ。

 俺に喧嘩を売るつもりがないならその拳を開いて上に上げよう?

 ほら。

 俺、喧嘩強いから。

 近所でも武器使わないなら最強って言われてたくらいだから。

 言われてた気がするから。

 俺と喧嘩すっと怪我じゃすまねえかもよ?

 だからそんな喧嘩腰、やめようぜ。

 

 

 そっかぁ。

 拳から銃口出しちゃうかぁ。

 いやもうこれダメだ。

 

 死んじゃう。

 

 バーカ! 滅びろ猿!

 

 

 おおうっ!

 

 

 かわせるかこんなの!

 死ぬ!

 死んだ!

 死んでない!

 かわせた!

 すごいな俺!

 ライス姫と出会ってからやることなすこと上手くいってる俺をなめるなよ!

 

 

 くっ。

 壁だ、壁を使う。

 遮蔽物を上手く利用して……!

 

 地元名物っぽい大岩!

 地元の伝説に繋がる解説があるっぽい大岩!

 盾になってくれ!

 ごめんなさい地元の皆さん!

 

 

 うわぁめっちゃ嫌な音してる。

 

 落ち着け。

 一秒、二秒、それくらいでもいい。

 戦闘の合間に考える時間を作ろう。

 落ち着いて立ち回れ。

 別にあいつを倒す必要があるわけでもない。

 タキオン先生とカフェちゃんが離れたら、俺もすたこら逃げ出して合流すればいい。

 

 『群体の機神』の一体でしかないとはいえ、俺が一体引きつけとけばそれで十分だ。

 目標を達成するのに十分な成果は得られている。

 と、なると。

 どう立ち回るか。

 

 うおっ!?

 

 

 じ、地元の名物っぽい大岩ー!

 ありがとう、守ってくれて!

 それとさようなら!

 

 

 さっきのが銃弾で今度は炸裂鉄球!

 もういやんなるなこれ。

 旧式だ。

 旧式の攻撃兵器だ。

 こんなもん、『竜』にも、『馬』にも通じない……とは思うが。

 俺に対しては十分必殺だ。

 

 一発だって受けたらヤバい。

 余裕ぶった顔なんて作ってもいられねえ。

 

 素子を起動。

 エネルギーを集中。

 ……そうだ。

 タキオン先生の論文と添付資料見たな。

 あの方程式を取り込んで利用すれば……もっと速く、もっと高く、跳べるんじゃないか?

 

 やってみるか。

 名付けて、『ウマジャンプシステム』!

 ……今は余裕がなさすぎてネームングが死んでるので後で考えよう!

 

 

 足の外側に補助具を形成。

 ウマ娘の超常の力に耐える身体構造を参考に、肉体構造を再構築。

 そのまま。

 全力で。

 跳ぶ!

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 ……いけるっ!

 

 

 人間が生み出した技術の粋で、人間の機能を拡張したのが俺のような『大人』なら。

 人間が自然発生した"ウマ娘の理"によって、人間外の超常能力を得たのがウマ娘。

 俺の基幹プログラムに、タキオン先生の研究データを組み込めば。

 これまでの俺と比べてもありえないほどの性能を発揮することができる!

 いける!

 

 どうだ猿!

 もうお前じゃ、俺には……俺達には、追いつけない!

 どんなやつが相手でも、とりあえず逃げ切る力を俺は得た!

 

 今の俺は無敗のウマ娘アグネスタキオンの力を取り込んだ最強の逃げ切りステイヤーだ!

 

 ……ウマ娘の用語ってこれで用法合ってんのかな。

 間違ってないといいけど。

 ん。

 あれ?

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 その背中のミサイルかっこいいね。

 構えないでくれると嬉しいな。

 

 あ、ミサイルですか。

 そうですか。

 なるほどなぁ。

 頭いいなぁ。

 俺が速く走れるようになっても、まあ。

 ミサイルで広く吹っ飛ばせば特に意味もなく消し飛ばせるもんなぁ。

 さすが猿。

 "人間の次に頭がいい"がコンセプトなだけあるわ。

 ははっ、まいったなぁ。

 

 やめろバカ野郎!!!!!!!!

 

 

 あっ。

 

 やべっ。

 

 弾道計算!

 爆発半径予測!

 タキオン、カフェ、両者の位置測定!

 俺の方で引きつけて二人と逆方向にミサイルを誘導!

 誘導終了後、離脱!

 走行ルート算定、設定!

 

「カフェー! ミサイルで吹っ飛んだ死体から幽霊って生まれるかな!?!?!?」

 

 もし俺が死んだら霊になってカフェに指示出して!

 俺の死体のDNAデータでタイムマシン作ってもらおう!

 なんかもう!

 そういうこと想定する段階になってきた!

 

 頼んだ最終保険マンハッタンカフェ!

 タキオン先生ならタイムマシン作れるから!

 

「こんちくしょう……!」

 

 俺が死んでも!

 世界だけは!

 皆だけは!

 救ってくれ!

 

 これが―――俺の遺言で良い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーっ、ふーっ、ふーっ」

 

 あっっっっっっっっっっっっっっぶねえッ!!!!

 

 し、死ぬかと思った。

 

 というか俺の状態がそのままだったら普通に死んでたなこれ。

 

 

 

 

 殺される直前に生体素子が完全復活してくれてよかった。

 マジでラッキー。

 幸運のウマ娘ライスシャワーの加護が手厚すぎる。

 今こうして見ると、幸運さえ味方すれば……ギリギリ、捨て身の俺の一撃ならコアを破壊できる、そんくらいの強さの猿だったな。

 

 

 

 

 こっちも結構なダメージがあった、が。

 俺の倍くらい強いやつが相手だったんだ。

 奇跡的な幸運の勝利と見ていいだろ。

 頑張ったからちょっと褒められたくなってきたが……俺は子供ではないので我慢できる。

 

 むしろこの幸運をくれたお米のお姫様に感謝でも言いにいかないと、な。

 

 

 

 

 しかし。

 もうほぼ確定だな。

 どっかで機神が保全されてる。

 あるいは。

 残ってた機神が、このへんに片っ端から集められてる。

 世界が衝突してその後に、機神がどこでも見かけるほどそんな沢山残ってるわけもねえし、こんな狭い地域でこんな何機も見つかるなんてことあるわけがない。

 

 第五世代で多機能高級化させすぎた機体を、なんらかの機能に特化させ、低コスト高性能を実現させたのが第六世代。

 ギガスとかのやつ。

 

 "本物の神"を目指した、技術の終着点を作るための、最新最強の技術集約機が第八世代。

 タキオン先生が直してた『オロチ』なんかがそれ。

 

 この猿はおそらく第二世代の改造機。

 ベースは『シーミア』あたりかな。

 あれに装甲と武装を無理矢理盛った感じ。

 

 シーミアは"ささやかな苦労を代わってあげる"ための機神。

 本来は家事手伝いとかがメインの仕事だ。

 家に持って帰った仕事やってくれたり。

 ご飯作って待っててくれたり。

 朝優しく起こしてくれる、そんな猿だ。

 だからベースサイズも1.5mくらいでめっちゃ小さいんだな。

 こいつは、装甲盛ってゴリラにしてるからだいぶでかくなってるみたいだが。

 

 俺の中だとシーミアは、赤ん坊を抱いてあやしてる猿のイメージが強い。

 

 

 優しい機神だ。

 暴走しただけじゃ、壊れただけじゃ、絶対に人を襲わないくらいに。

 ささやかな人の願いを叶え、ささやかに人を救い続ける。

 最も日常に寄り添った機神。

 

 『人がしてる簡単なことはできるくらい頭がいいが、人よりちょっと頭が悪い』。

 『人ほど賢くはないが、人よりは強い』。

 だから『猿』。

 『(さる)』の機神と、そうなった。

 そういうやつだった、はずだ。

 俺の記憶が、正しければ。

 

 ん?

 

 

「もう一機ぃ!?」

 

 こりゃだめだ。

 さっき勝ったのも奇跡だし。

 もっかいやったら絶対に死ぬ。

 

 うーん。

 戦闘に発展させたくないな。

 死にそう。

 

 万が一にも戦ったりしない方が良さそうだな。

 逃げよ逃げよ。

 レーダーで位置確認して隙間抜けていこう。

 

 猿はまあまあ性能高い、が。

 まあまあだ。

 竜ほどのクソ強じゃあない。

 感知能力も比較的高いがそんだけだ。

 多少の数なら相手しないでどうとでもなる。

 猿の高い感知能力の合間を抜けて逃げて行けばいい。

 

 逃げる前に軽く分解して調べよう。

 分解した感じ、やっぱそこそこ旧式だな。

 所属も予想通り(さる)

 申の神殿。

 千葉県船橋市、か。

 製造形式はコアに培養した人間の脳の改造品を入れてるタイプか。

 辺境の反政府組織が昔に廃止された技術を蘇らせて、再生産してたやつ。

 

 よし。

 そんなら、レーダーに映せる。

 今時、ステルスに特化した無機物より、タンパク質の塊の方が見つけやすいもんだ。

 

 あ、そうだ。

 柔らかいし腐る脳を長保ちさせるためには、専用の培養液が必要だったはずだ。

 それはレーダーに引っ掛けられる。

 AKTEY波の波長を調整して放射すれば、敵の位置を全て把握できるはず。

 手動で波長を調整して放射しよう。

 

 左手をアンテナにして、と。

 向こうから俺の位置が分からないように。

 俺が一方的に位置を把握できるように。

 技術の格差を、探知に落とし込む。

 

 

 レーダー起動準備。

 この形式のレーダーめったに使わない気がする。

 記憶ないから分かんないけど。

 記憶なくてもそう思うってどんだけ使ってなかったんだこのレーダー。

 

 

 まあ、居て一体。

 二体居たら厳し目か。

 一体までなら倒せるだろうし、三体までなら許容範囲。

 四体居るってことはまずねえだろう。

 

 猿の機神を三体までなら切り抜けられるなんて、俺も成長したな……ふっ。

 まあ俺成長前の俺のことなんて知らないんだけども。

 

 よし、レーダー観測開始!

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 キモいくらい居る!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 あ。

 もしかして。

 追いかけてきた一体は、俺らをここに追い込んできてた?

 誘い込まれてた?

 

「……ふぅー」

 

 よし。

 二人を探すか。

 ちょっと今日は、もう。

 うん。

 だめだわ。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま。どうしようもないから隠れてしばらく寝てることにするわ」

 

 なんだその顔は?

 おい、なんだその目は?

 なんか言ってみろよ。

 

 はい。

 勝てなかったんで帰って来ました。

 笑えよ、カフェ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「奇跡を起こすやつが好きというより、なんというか……逆境の中でも頑張って勝つやつが好きなんです」

 俺は夢とそうでないものを見分けられる。

 これは夢だ。

 ただの夢。

 デジタルな脳内の情報整理のような、明瞭性がない。

 

 この研究室は、記憶を失う間の俺が、よく見ていた空間だ。

 そういう確信がある。

 

 

 

 

 誰に言われたかは覚えてないが。

 言われた時の俺がどうだったかは覚えてないが。

 言われた内容だけは覚えている。

 その時の会話で、俺に向けられた言葉を、覚えている。

 

 いや?

 覚えている、というよりは……なんか、今になってから何故か、思い出した。

 この夢は、たぶん、ほんの僅かに蘇った、俺の記憶。

 

 たぶん、ずっと昔のことだ。

 だって。

 この夢は、こんなにも懐かしいから。

 

「■■くん、掃除はそのくらいでいいさ。磨きすぎた床が鏡になってしまうよ」

 

 そうだ。

 あの空間は新しくて、綺麗で、清浄で、静謐で、いつもあの人はあそこに居て。

 最先端の技術を集めた研究室の南側の壁に、ズラッと馬の絵画が並んでた。

 あの人は、ああいうのが好きだった……そうだった、よな。

 

「ありがとうね、掃除機さん。■■くんを助けてくれて」

 

 変な人だった。

 

 だから俺はよく質問をしてた。

 

 質問しないと、あの人のことはよく分からなかった。

 

「ん? 道具にお礼を言うのは何故かって?

 私なりのルール、いや、常識への反抗……といったところかな」

 

 得意げに笑って、頭を撫でる、そんな人だった。

 

 

 

 

 俺はロールアウトされた時から大人で。

 誕生からすぐに大人になってたはずだが。

 あの人はどうも。

 常識外れに、俺を子供扱いしていた、ような気がする。

 

 身体が大人であれば大人扱いするのが普通じゃないのか。

 

 

 

 

「優しさには、優しさを返す。

 それが人間の基本だ。それは分かるね?」

 

 分かる。

 倫理構築用のデータセットに入ってる大前提だ。

 俺はそう生きてる。

 人間に優しくされたら、優しさを返さなければならない。

 優しくされなくても、優しさはこちらから与えなければならない。

 

 

 

 

「ところが、だ。

 今の基本的な常識だと、優しさに格差がつけられている。

 私が誰かに優しくするとしよう。

 それに対し、その誰かは恩返しをしてくれる。

 しかし同じ人に君が優しくしたとしよう。

 その場合、その人は君に恩返しをしない。

 なんとも奇妙な話だ。

 向けた優しさは同種で、脳波的に思考が同様だとしても、そこに格差があるとされる」

 

 それが倫理。

 それが正当。

 俺はそういう存在でなければならない。

 優しい人間には優しくし、優しくない人間にも優しくしなければならない。

 

 "その方が素晴らしい人間である"と定義されている。

 "そうでない人間は生産ロスである"と定義されている。

 だからそうする。

 ゆえにこう言われる。

 『データで決められた優しさは人工だから価値がない』と。

 

 至極、その通りだと思う。

 

 俺には心があり、精神があり、魂があり、自由意志があるが、俺が誰かに手渡した優しさに価値があると主張することは、論理的に無理がある。

 

 

 

 

「優しさの価値とは、何が決定してるのか。実に興味深い研究課題になりそうだ」

 

 道具が人を救うことと。

 神が人を救うことと。

 俺が人を救うことと。

 そこに本質的な違いはない。

 

 人が望めば、その願いを叶え、そうして人を救うだけ。それを繰り返すだけでいい。

 

 

 

 

「でもねえ。

 私は普段から何にでも感謝の気持ちがあるんだよ。

 炊飯器にはよく頑張ってくれた、って思うし。

 冷蔵庫にはいつもお世話になってます、と頭を下げたくなる。

 掃除機なんて私が面倒臭がってる掃除をやってくれる親友さ。

 車にはいつも命を預けてるから相棒だね。

 ギガスなんてもう私の家族だよ家族。製造日には誕生日を祝ってやってるくらいさ」

 

 だけど。

 あの人は。

 俺にはよく分からないことを、よく言っていた。

 

「君は人間だ。

 私にとっては愛おしい人間だよ。

 そして人も、物も、獣も、神も、私にとっては愛おしい。

 上下関係などつけたくもない。

 助けてもらったら"ありがとう"と思う。

 どうにか恩を返したいと、そう思う人間なのさ。そんな自分を変えるつもりもない」

 

 

 

 

 あの人は俺と出会ってから、紅茶やタバコやら、他人が楽しそうに嗜むものに興味を持って、片っ端から手を出して、何もかもを楽しんでいた。

 

 俺の目の前でいつもそうしていた。

 

 まるで、世の中には楽しいものがたくさんあるぞと、俺に教えるように。

 

 もっとたくさんのものを楽しめと、俺に命じるように。

 

 あの人は、俺と出会ってからはずっと、好きなものを楽しむためじゃなく、俺が好きなものを見つけられるように、と、俺の目の前で趣味を繰り返してた、そんな気がする。

 

「君の優しさを軽く見たことなど一度も無い。

 君にいつも感謝している。

 だからね。

 これだけは覚えておきなさい。何があっても決して忘れないように」

 

 

 

「この世界に生きている限り、君は普通に幸せにはなれないだろう。

 私も努力をしているけどね。

 きっと、鍵が足りないんだ。

 君の心の鍵穴に嵌る鍵が。

 それを見つけた時、逃さないように。

 見つけるのは困難だろうけど。

 君の優しさに、歪んだ認知を何も持たず、素直に感謝する者を見つけたら、離さないように」

 

 

「例の最新理論、聞いたかい?

 『世界を超える転生論』というやつさ。

 まだ、学会に出たばかりの論文だ。

 再現性も追証性も伴っていない。

 たがあれは、おそらく世紀の発見となるだろうね。

 近く大規模な実験が行われるが、おそらくは成功するだろう」

 

 

「そうなるとどうなるだろうか。

 色々と、世界に希望が見えてくるだろうね。

 あれは要するに平行世界に通ずる道の発見だ。

 死者の魂が並行世界に移動するメカニズムの解明だ。

 世界は閉塞している。

 宇宙は人で満ちている。

 食料さえもう枯渇が始まる。

 そんな世界を救う一発逆転の技術になるだろう。

 素晴らしい。

 素晴らしいことさ。

 でもね。

 発見したものが大きすぎて、あの転生論の本質が無視されたことは、悲しいかな」

 

 

「死んだ命が、隣の世界に転生する。

 そして、そちらで幸せになっているかもしれない。

 なんと素晴らしい世界の理だろうか。

 神が宇宙を作ったと言われても、信じそうになってしまうね。

 無様に死んだ命も。

 無慈悲に死んだ命も。

 無価値に死んだ命も。

 皆が皆、どこかの世界に生まれ変わって報われている可能性があるのは、胸が踊るよ」

 

 

「たとえば、だ。

 足を折ってその場で安楽死した馬も。

 どこかで志半ばに死んでいった人間も。

 人を守って壊れていった機神も。

 私や、君が、どこかで無念のまま死んでも。

 どこかの世界で幸せな人間やら獣人やらに生まれ変わっている、なんて事もあるんだろう?」

 

 あの人はいつも研究室に居た。

 

「素敵じゃあないか。別の世界があるというだけで、こんなにも救いが溢れているなんて」

 

 あの空間は新しくて、綺麗で、清浄で、静謐で、いつもあの人はあそこに居て。

 最先端の技術を集めた研究室の南側の壁に、ズラッと馬の絵画が並んでた。

 あの人は、ああいうのが好きだった。

 

「近く、あの理論は平行世界に繋がる扉を作るだろうね。

 大きな機神にでも組み込んで使うのだろうかな。

 ああ。

 まったく。

 少々怖いね。

 世界単位で干渉できる物理理論など、かつて無かった。

 はてさて、どうなるのか。

 君も気をつけると良い。君も機神も、願いを叶える伝説の聖杯のようなものだ」

 

 あの忠告は、とても重かった気がする。

 

「自分を得られるといいね。

 他人の望みを、自らの意志で否定できる自我があるといい。

 そうすれば、その人間は決して他人の道具にはならない。

 何をするか、しないかを、自分で選べるようになる。

 そうして初めて、機神も君も、他人の願いを叶えるだけの聖杯でないものになれる」

 

 無視できるような重さじゃ、なかった。

 

 

 

「君達は皆、誰かが望めばそれだけで応じようとする、『世界を滅亡させる杯』だ」

 

 

 

 そうだ。

 あの人がそう言ったから。

 俺は俺で考えて、生きて。

 それでもまだ道半ばで。

 どこにも辿り着いていない。

 

 『人のために生きる人』の究極として作られた俺は。

 生き方を間違えれば、簡単に世界を滅亡させようとする誰かに加担してしまいかねない。

 俺の脳のデータセットの構造を逆利用されて、操られかねない。

 

 頭のいい人間ならそれができる。

 そうだ。

 なんか。

 誰かが言ってた。

 誰が言ってたんだっけ。

 

 危険性があって、安全性が不足してる。

 だから平行世界を繋げる装置を使うのは危険なんだ、と。

 

 それは事故が起こるというリスクの話でもあって。

 世界を滅ぼそうとする誰かが悪用すれば、簡単に宇宙丸ごと滅ぼせるというリスクの話でもあった……気がする。

 

 馬のように人と同等の知性を持っていない動物、心が育っていない機神、自我が確立していない『大人』、プログラムで動くだけの平行世界接続装置『ハーヴェストタイム』。

 それらは、悪意に使われるから。

 悪意に支配されて悪用されるから。

 いざという時、最悪を生むと。

 そう、言われた。

 

 

 

 

 あの研究室は新しくて、綺麗で、清浄で、静謐で、いつもあの人はあそこに居て。

 最先端の技術を集めた研究室の南側の壁に、ズラッと馬の絵画が並んでた。

 あの人は、ああいうのが好きだった。

 

「ん?

 これらの絵かい?

 競走馬だね。

 今ではほぼ無くなってしまったんだよねえ。

 環境変化に弱くて地球以外で増えなかった、というのもあるけど。

 生物同士を競わせて見世物にするのが野蛮だという時代があったのが痛かったよ」

 

 俺がライス姫と会話してた時。

 競走馬の話や馬齢の話が自然と出てた。

 その時の俺は無自覚に馬について語ってた。

 ライス姫はそもそもウマ娘で、馬についてまったく知らなかったから違和感を持ってなかったけども、あの時の俺には、ほんの僅かに、過去が透けてた。

 

 今だけは分かる。

 俺の言葉の端から漏れ出てたあれは、あの人から教わった、あの人の趣味の話。

 俺はあの人が好きだったから。

 あの人の趣味も好きだったんだ。

 

「たまにはアルビオンではなくギガスにも乗ってみるといい。楽しいぞぉ」

 

 あの人に馬の知識を仕込んだのは、あの人の父親だった。

 父親の趣味だと笑って言っていた。

 父も自分も、先祖代々、科学者の家系だと言っていた。

 先祖代々学者だから、遺伝子レベルで頭が良いんだぞと自慢していた。

 でも、どこか抜けてて。

 科学以外の何もかもが、絶妙にダメダメな人だった。

 

 確か。

 競走馬の歴史は、もうとっくに終わってて。

 地球の競走馬について深く知ってるのは、歴史や考古学に触れた、学者だけだって。

 学者しか触れない趣味になっていくんだって。

 そう、言ってた。

 

 あの人らにとっては、最初から全然違うものに見えてたらしいけど。

 俺は最初、昔あったらしい競走馬のレースと世界大戦は、あんま違いが見えなかった。

 どっちも歴史で、生物の闘争で、勝者と敗者が居て。

 敗者はいつも泣いてるような、そんなイメージがあったから。

 

 

「これはスペシャルウィーク。

 日本総大将の中で最も有名な馬だねえ。

 勝って、負けて、大一番で大いに勝つ、実に主人公らしい馬で大好きなんだ」

 

 趣味に夢中になる人だった。

 科学。

 馬。

 あとは、お菓子作りとかもそうだったかな。

 趣味を語らせると、いつまでも止まらない人だった。

 

 

「サイレンススズカの圧勝だねえ。

 やはり、大差をつけて逃げ切って勝つ馬はいい。

 別格に強いというのがひと目で分かるよ。

 『異次元の逃亡者』サイレンススズカ……

 人類が異次元にも行けるようになってきた今の時代には、なんとも味わい名だ」

 

 

「『葦毛の怪物』オグリキャップ。

 『白い稲妻』タマモクロス。

 ライバル関係の人気なら当時一位争いができる二者だねえ。

 これは1988年有馬記念、オグリキャップがとうとうタマモクロスに勝利した時のものだ」

 

 

「こっちがウオッカ」

 

 

「こっちがダイワスカーレット。

 なぜこの二つをこんなに近くに並べているのか、かい?

 ふふっ。

 話が長くなるけどいいかい?

 そうかそうか、聞いてくれるか!

 いやあ嬉しいねえ!

 私の話をちゃんと聞いてくれる人、多くないんだよ。

 その点君はいつもちゃんと最後まで聞いてくれるから嬉しいよ。

 ウオッカとダイワスカーレット、その戦いは2007年チューリップ賞から……」

 

 すみません。

 詰め込みすぎなのと早口すぎたのでほとんどあんま覚えてないです。

 残ってた記憶も起きてる時はだいぶ忘れてる気がします。

 

 

「これは『不死鳥』グラスワンダーと……

 おや、スペシャルウィークだと分かるのかい?

 流石は最新世代だねぇ。

 普通の人は馬の見分けがつくまで時間がかかるんだよ。

 一発で見抜くのは大したものだ。

 これは1999年7月11日、第40回宝塚記念。

 世紀の名勝負さ。

 奇しくも1999年7月にアンゴルモアが到来するとしたノストラダムスの予言と重なって……」

 

 

 

「これは『破天荒』ゴールドシップ。絵越しに馬に煽られてる気がする? そうだね」

 

 

 

 

「これは上がサンデーサイレンス。

 下がマンハッタンカフェさ。

 なに?

 違いが分からない?

 もっとよく見たまえ!

 絵とはいえ違う馬だよ!

 ……。

 ……。

 ……。

 ごめん、これ上がマンハッタンカフェで下がサンデーサイレンスだった。てへっ」

 

 

「ディープ……

 ディープインパクト……

 ロボアニメってあるじゃないか。

 ああいうので最強主人公機好きな人結構居るだろ?

 そういうの好きな人は大体好きじゃないかな。

 つまり君もこういうの好きなんじゃないかね?

 強さがそのまま伝説になったような馬だよ。

 どうだい? どうだい? そうでもない? そっか……」

 

 

「はぁ……はぁ……

 ハァッ……1993年有馬記念……!

 帝王の復活……!

 ビワハヤヒデとトウカイテイオー……!

 最後の接戦……!

 脳細胞が活性化していく……!

 この一枚を見てると人類初の発明なんていくらでも作れそうだよ……!」

 

 まあ、ともかく。

 すごくうるさい人だった。

 変なところで無自覚に敵を作るタイプの人だった。

 自分が好き勝手生きて、相手がうんざりしてたとしても構わず話し続けるような、そんな人で、そんなあの人が好きだった。

 

「どうだい? お気に入りの一枚、お気に入りの馬の一頭でも出来たかな」

 

 その時の俺は、少し悩んで、あれを指差した。

 

「その一枚が気に入ったのかい?

 気に入ったならあげようか。

 網膜カメラで撮影の許可が欲しい?

 写真を脳内に入れておくだけでいいというのかね。

 なんともまあ、欲のない。その馬の名前? ああ、その絵の馬はね……」

 

 そうだ。

 

 いつもは、俺の開けられない記憶の引き出しの向こうにあるけど、あれは。

 

 

「1993年、春の天皇賞。

 誰もがメジロマックイーンの勝利を信じていた一勝負。

 集団に先行するメジロパーマー。

 王者マックイーン。

 そして、『ライスシャワー』。

 最終コーナーでこの三頭が突出し、そして。

 ……ライスシャワーは伝説となった。

 しかし以外だね。

 君、もしかして、周りがなんと思おうと願いを貫き、奇跡を起こす存在が好きなのかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 起きた。

 

 どんな夢を見てたんだっけ。

 ダメだ、思い出せない。

 いい夢だったような。

 気がする。

 

 今、俺は脳を休める手段を睡眠しか持たない。

 定期的に定量の睡眠を取って性能を維持しなければならない。

 なんてこった。

 ネイチャ様に普通に寝ろ普通に寝ろ言われてたのをこんな形で実現してしまうとは。

 

 

 こんな状態になってようやく、俺は俺の不具合を理解した。

 "コーディング"だ。

 専用の機械に脳を繋いでコーディングしていない時間が、俺を不安定にしている。

 

 地球生物の最も優れた特性。

 それは『恒常性』だ。

 常に同じ自分であること、と言い換えても良い。

 

 生物は永遠にはなれない。

 しかしそうなろうとはする。

 その本質が現れたのが、今のままの自分で在り続けようとするシステムだ。

 

 汗をかいて体温を一定に保とうとする機能。

 細胞を常に入れ替えて新品の身体を維持する機能。

 病気の原因を排除し健康な身体を継続する機能。

 そういうものが恒常性。

 そのままの自分を保つシステムだ。

 

 しかし。

 生物は無制限の恒常性を持たない。

 足りない分は補う必要がある。

 

 体温の恒常性は、空調や服で補える。

 抵抗力の恒常性は、薬品やワクチンで補える。

 そして精神の恒常性は、脳に干渉する機械によって補える。

 

 

 記憶、経験、思考をコード化し、調整して再整理をすることで、俺は在るべき心の状態を維持し続けることができる。

 それこそがコーディング。

 データを整理しないまま稼働し続ける機械が壊れるのと同じだ。

 俺は、俺の中身を整理しなければならない。

 

 それができなくなっている。

 

 俺の中には二つの倫理がある。

 製造段階で入力されたものと。

 生まれた後に学んでいったもの、教えてもらったもので出来たもの。

 この二つを破綻なく両立させるには、コーディングが必要だった。

 

 今、俺の中でおそらく、俺が制御できないカオスが誕生しかけている。

 

 天然に生まれた感情と想いの集合体、目には見えない何かの集積が。

 

 無改造の人間が持つそれが。

 ウマ娘達は持つそれが。

 大昔、ほぼ全ての人間が持っていたとされるそれが。

 入力されたデータから人格を生み出した俺の人生に、無縁だったはずの何かが。

 

 

 俺は。

 俺でないものになっていっている。

 それが良いことなのか悪いことなのか、俺にはまるで分からない。

 

 どこだろう。

 俺が一線を超えたのは。

 世界が融合してから大して時間も経っていないのに。

 俺の中で何か、どこかが、変わっていっている。

 何かの奉仕をするたびに、皆が返してくれる暖かい"ありがとう"が、俺の中の何かを揺らがしている、気がする。

 それが原因なんだろうか。

 

 それとも。

 

 

 俺の頭が分かってないだけで、一番最初に何かの一線を越えた理由を、俺の心はどっかでもうとっくに分かってるんだろうか。

 ダメだ。

 思考の論理性が低下してる。

 コーディングしてない情報の混沌が邪魔過ぎる。

 

 これじゃ、大昔の無改造の人間と変わらない。

 思考が、AIと同じ状態に切り替えられない。

 処理速度を引き上げられない。

 

 仕方ない。

 脳内物質の制御でギリギリまで脳の機能を高めながら立ち回ろう。

 今、俺の性能を落とすわけにもいかねえ。

 

 

 俺が最初の猿を倒してから、二時間が経過していた。

 猿は一向に数を減らさず、街の制圧状態を揺らがさない。

 俺は仮眠で多少回復したが、それだけ。

 この数相手に抜け出す方法はまず無い。

 

 遠くから爆音が響いてるが、猿はおそらく俺達以外にも手を出そうとしてるんだろう。

 放っておきたくはない。

 できればそっちに居る人達も助けていきたい。

 しかし、どうすればいいものか。

 俺が二時間程度仮眠を取ってる間、タキオン先生が何か考えてるとかいう話だったが。

 

 え?

 なに?

 なんか思いついたのかタキオン先生。

 協力できるならなんでも言ってくれ。

 

 ほうほう。

 なるほど。

 じゃあ手術室を使えるようにしないといけないな。

 主に電力がないのがネックか。

 分かった、10分以内にどうにかしとく。

 

 

 

 

 

 

 なるほど、なるほどな。

 まさか俺が倒した機神を、せっせこ運び込んでたとはな。

 

 そういやタキオン先生、生物の機能の解体解明が専門なんだっけ?

 手術室で機神を解剖して打開策を探す、とか。

 やろうとした人類、過去に居ないんじゃないか?

 

 うわっ! いきなり目ン玉のカメラをメスでぶっ刺して割るな!

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「あの猿にヒシアケボノと……」「冗談は言う時を選んでくださいね」

 おお。

 すっげ。

 センスあるなタキオン先生。

 基本知識は俺から聞いてるだけなのに、よくもここまで。

 

 技術は基本的に、センス以上に先人が積み重ねた智識をどれだけ学んだか、なんだけどな。

 すいすい直して、すいすいデータを吸い上げる取っ掛かりを作っていく。

 旧式の第二世代とはいえ、アナログなセキュリティとデジタルなセキュリティがこんなぱっぱと解体されていくのは、見てて気持ちがいい。

 

 しかし、それはそれとして。

 こんだけ頭が良くて倫理観がぶっ飛んでる女、ヤバいな。

 顔がいいのもちょっとヤバい。

 世が世なら発明品で世の中引っ掻き回してそうだ。

 

 

 なぬ?

 俺の専門知識あっての話?

 そう言ってもらえると世辞でも嬉しいな。

 俺も技術者の端くれ……だった気がする。

 たぶん。

 その知識を覚えてる分だけでも天才に手渡せるなら、こんなに嬉しいことはない。

 

 

 これを理解できて解体できるのは、間違いなく本物だ。

 

 よし、セキュリティのある本体から記録装置を切り離せたな。

 

 あとはこれに通電させといて、と。

 

 

 十分な電力が溜まったら、本格的にデータを吸い出せる。

 2分くらいかな?

 本体から切り離してるから機密防衛機構も発動しない。

 

 山場はこれで越えたんじゃないか?

 油断はできねえけどさ。

 それもこれも俺が倒した猿をこそこそ回収して分析を始めたタキオン先生のおかげだな。

 後で美味しいごはん作ったげるからな。

 

 

 え?

 俺が?

 神殺し?

 お、おおっ。

 かっこいいっ。

 ……じゃねーわ。

 二つ名遊びは今することじゃないんですわ。

 でもかっこいいからその名前はもらっとく。

 

 神殺しの異世界人。

 かっこよくない?

 タキオン先生はそういう二つ名持ってる?

 え?

 『超光速の粒子』?

 

 お前……俺の二つ名が上げたハードルを軽々越えていくなよ……かっこよ……

 

 

こいつ……!

 

 お。

 データが取れたな。

 おっと。

 そういや圧縮した情報はライス姫が読めてなかったか。

 ちょっと待ってて。

 簡易な図形と日本語に書き出すから。

 

 俺達が会話できないのは、情報衝突で情報の崩壊が起こるせい。

 それがタキオン先生の結論だったよな。

 んじゃあ、最新の注意を払っとかねえと。

 情報を確定で渡せるのは筆談だけだ。

 

 

 印刷、印刷。

 なに?

 文章が形式ばってて硬い?

 ……今めっちゃ"よく言われるよ"って言いたくなったから、昔から死ぬほど言われてる気がしてきたぞ。

 事実の列挙が一番誤解が無いんだってば。

 誤解なき文字列を讃えようぜ。

 

 ん?

 

 

 や、やめろ!

 俺の文章を要約して分かりやすく読みやすく誤解のない文章にするな!

 助かるけど魂の殺人だぞ!

 おっ。

 おおっ。

 うわ美しい……いい文章書くねタキオン先生。

 おーすっげ、ここの方程式の説明の部分が冗長じゃないのすごいな。

 無駄のない文章は美しい。

 それはそれとしてやめてくれ。

 

 

 紙の上の分子構造に干渉。

 よし、予想通り薄くて弱い。

 紙の上の方を分子レベルで完全に一体化させて接着。

 オッケーオッケー。

 とりあえずこれで全員が見れる資料には出来たかな。

 

 じゃあちょっと話そうか。

 

 

 これ。

 この部分。

 猿に入力された『仮称世界Aに属さない人間への殺害』命令。

 つまり俺と、俺の同郷の者をあの猿は殺そうとしてんじゃなかろか。

 

 ……めちゃくちゃ嫌な想像が捗るな、これ。

 

 この仮称世界Aはウマ娘の世界と見ていい。

 そういう数値定義がなされてる。

 世界単位の指定は、平行世界に接続する装置がやってたの見たことあるな。

 

 そっちの世界の、人間ウマ娘はセーフじゃね?

 たぶん。

 ん?

 は?

 俺が破壊した猿回収しに行った時に追いかけられた?

 余裕で振り切ったけど猿はウマ娘も普通に撃ちに来てる?

 正座。

 

 

 がみがみ。

 がみがみ言うぞ。

 いや言うんじゃなく書くんだけどさ。

 反省しろ。

 マジで。

 自分を大事にしろ。

 は?

 俺に言われたくない?

 ……。

 ……。

 ……。

 俺はいいんだよ。

 人種が別だからな。

 何?

 ウマ娘も人種だからいい?

 ふざけんなよお前。

 クソ、ダメだ筆談だと勝てない!

 ああ言えばこう言ってくる!

 筆談の途中わざとゆっくり書いて焦らしつつにやにやと腹立つ表情でこっちをじろじろ見てくるのヤバいな!

 "彼ならこれでも許されるだろう"みたいな顔で丁寧な思い上がりをぶつけてくるな!

 

 だーかーら、自分の身体を大切にしろ。いいな?

 

 

 は?

 「自分の身体を大切にしろ」は普通恋人か夫婦くらいしか言わない?

 知らねえよおバカ異世界の慣用句なんて馴染み薄いわ。

 調子乗んなこら。

 どのジャンルでも俺が慌てて右往左往するだなんて思ってんじゃねえぞ。

 

 そういうセリフはお淑やかな女子が言って初めて火力があるんだ。

 お前のどこにお淑やかさがある。

 お前「今日は帰りたくないの……」って言うタイプじゃなくて「ふふ? 身体が動かないだろう? ほんの一滴でも身体が動かなくなる痺れ薬さ」って言うタイプじゃねーか。

 あんまり舐め腐るんじゃないぞ。

 

 真顔やめろ。

 その試験管はなんだ?

 その中で煮えたぎってる紫色の液体はなんだ?

 お前の中で俺は今助手からモルモットに降格されちゃったりした?

 靴底舐めましょうか?

 

 だがアグネスタキオン。

 ここで俺を殺したらお前は荒れていたあの頃に逆戻りだぞ。

 思い出せ、あの頃を。

 あの頃のお前に戻っても良いのか?

 お前は……何のために人の心を手にしたんだ?

 

 そんな頃はない? そうだね。

 

 そんでこの薬何?

 

 従順になる薬?

 

 そっかぁ。

 

 別に後でなら何飲んでもいいけど、もうちょっと先に話詰めとこうぜ。

 

 

 そう、分かってるよな。

 なんでウマ娘も攻撃判定に入ってんのか、だ。

 ううん?

 この定義だとお前らの世界の人間は全部攻撃しないはずなんだけどな。

 猿がウマ娘も攻撃対象に入れてるのが本当なら、どうなってんだろう。

 

 ……『異世界の魂が入ってる』から?

 

 ちっと嫌な結論だが、マジでその辺ありそうだ。

 あんま検証もしたくない。

 これ検証するってことは猿の攻撃範囲に二人を入れるってことじゃん?

 それは、その、ちょっとな。

 

 検証に成功してもなあ。

 嫌な気持ちになるウマ娘、絶対居るだろ。

 よく知らんよその世界の魂の転生ギミック、不快感無く説明できるか?

 実害無いと言っても、年頃の女の子に無駄な苦悩を作りたくない。

 

 なんも知らん方が絶対いいわ。

 他言無用で頼むぞ、タキオン先生。

 

「e381b5e381b5e381a3e280a6e280a6e381afe381afe381afe381afefbc81e38080e381bee381a3e3819fe3818fe38081e5909be381afe68489e5bfabe381a0e381ade38188e38082e7a781e3818ce38193e38193e381a7e58fa3e381a7e4bd95e38292e8a880e381a3e3819fe381a8e38193e3828de381a7e38081e5909be381abe381afe8819ee38193e38188e381a6e38184e381aae38184e38082e8819ee38193e38188e381a6e38184e3828be3818ce79086e8a7a3e381a7e3818de381aae38184e38082e4bbaee381abe7a781e3818ce5909be38292e58fa3e381a7e8a38fe58887e381a3e381a6e38184e381a6e38282e5909be381abe381afe79086e8a7a3e381a7e3818de381aae38184e381a8e38184e38186e79086e5b188e38282e58886e3818be381a3e381a6e38184e381aae38184e381aee3818be381aaefbc9fe38080e7a781e381afe58fa3e381a7e5909be38292e7bdb5e3828ae597a4e381a3e381a6e38081e981a9e5bd93e381abe4babae5bd93e3819fe3828ae381aee889afe38195e3819de38186e381aae7ac91e9a194e38292e6b5aee3818be381b9e381a6e9a0b7e38184e381a6e3818ae3818fe381a0e38191e381a7e38184e38184e38082e3819de3828ce381a0e38191e381a7e5909be381afe7a781e38292e585a8e99da2e79a84e381abe4bfa1e9a0bce38197e38081e5909be38292e882afe5ae9ae38197e3819fe7a781e38292e8a492e38281e7a7b0e38188e38199e38289e38199e3828be381a0e3828de38186e38082e696ade8a880e381a7e3818de3828be38288e38082e4bd95e69585e381aae38289e5909be381afe38081e3819de38293e381aae58fafe883bde680a7e38292e88083e685aee3819be3819ae38081e784a1e982aae6b097e381abe7a781e38292e4bfa1e38198e381a6e38184e3828be3818be38289e381a0e38082e38184e38284e38081e6ada3e7a2bae381aae8a880e38184e696b9e38292e38199e3828be381aae38289e280a6e280a6e3808ee4bb96e4babae38292e4bfa1e38198e3828be38288e38186e8a3bde980a0e38195e3828ce3819fe5a4a7e4babae381aee8baabe4bd93e381aee5ad90e4be9be3808fe381a0e3818be38289e381a0e38082e382abe38395e382a7e3818c22e5a4a7e4babae381a8e5ad90e4be9be3818ce6b7b7e38196e381a3e3819fe4baba22e381a8e8a880e381a3e381a6e38184e3819fe381aee38282e79086e8a7a3e381a7e3818de3828be381a8e38184e38186e38282e381aee381a0e38288」

 

 

 よし。

 ありがてえ。

 倫理的に一番爆裂してる君が同意してくれて助かった。

 そこが一番のハードルだったしよ。

 頼んだぞ。

 

 しかしまたなんか長ったらしいこと話してんな。

 分からん。

 なんか研究中に面白い理論でも見つけたのか?

 

「e381bee381a3e3819fe3818fe38081e7a094e7a9b6e381aee69c80e4b8ade381abe8a68be381a4e38191e3819fe79fa5e8ad98e381aee6b389e381aee4b880e381a4e381abe38197e381a6e381afe38081e5909be381afe5ae9fe381abe99da2e799bde38184efbc81e38080e5909be887aae4bd93e3818ce4b880e7b49ae59381e381aee7a094e7a9b6e8b387e69699e381a0e38288e38082e381aae381abe3819be5909be381afe5ad98e59ca8e3819de381aee38282e381aee3818ce795b0e4b896e7958ce381aee7a4bee4bc9ae381aee58f8de698a0e38082e3819de381aee7b2bee7a59ee381afe795b0e4b896e7958ce580abe79086e381aee585b7e78fbee3819de381aee38282e381aee381a0e38082e6ada6e5a3abe381a8e8b2a7e6b091e38081e3819de381aee4b8a1e696b9e3818ce6b19fe688b8e69982e4bba3e381aee8b1a1e5beb4e381a0e381a3e3819fe381aee381a8e5908ce38198e38195e38082e5909be3819de381aee38282e381aee3818ce4b896e7958ce381aee5bda2e381aee98fa1e58699e38197e381aae381aee381a0e38288efbc81e38080e5909be381afe381bee38195e381abe38081e68891e38085e381aee4b896e7958ce381aee38391e382bde382b3e383b3e381a8e4babae99693e381aee4b8ade99693e5ad98e59ca8e381a0e381a8e8a880e38188e3828be381a0e3828de38186e38082e38391e382bde382b3e383b3e381afe4babae99693e381aee8a880e38186e38193e381a8e38292e4bd95e381a7e38282e8819ee3818fe381aee3818ce79086e683b3e5bda2e38082e4babae99693e381afe4bb96e4babae381aee8a880e38184e381aae3828ae381abe381b0e3818be3828ae381abe381aae38289e3819ae38081e887aae58886e381aee6848fe5bf97e381a7e7949fe3818de381a6e38184e3818fe381aee3818ce79086e683b3e5bda2e38082e381a0e3818ce38081e38197e3818be38197e280a6e280a6e7a4bee4bc9ae381aee6adafe8bb8ae381a8e38197e381a6e381aee4babae99693e381abe6b182e38281e38289e3828ce3828be680a7e8b3aae381afe38081e79f9be79bbee38197e381a6e38184e3828be38193e381a8e381abe38081e4babae99693e38289e38197e3818fe887aae58886e381aee6848fe5bf97e381a7e7949fe3818de381a6e38184e3828be6a99fe6a2b0e381aee38288e38186e381abe5be93e9a086e381aae4babae99693e381aae381aee381a0efbc81e38080e5909be381afe4babae99693e38289e38197e3818fe6a99fe6a2b0e38289e38197e38184e38082e7a4bee4bc9ae381abe5bf85e8a681e381aae38282e381aee381a8e38197e381a6e7949fe381bfe587bae38195e3828ce3819fe381aee3818ce38288e3818fe58886e3818be3828be38082e5909be381afe6a99fe6a2b0e381aee38288e38186e381abe5be93e9a086e381aae7a4bee7959ce381a8e38197e381a6e381aee4babae99693e381aee5ae8ce68890e5bda2e381a7e38081e4babae99693e381a8e5908ce38198e6809de88083e58a9be381a8e799bae683b3e58a9be38292e68c81e381a4e58ab4e5838de58a9be381a8e38197e381a6e381aee6a99fe6a2b0e381aee5ae8ce68890e5bda2e381aae381aee38195efbc81e38080e381a4e381bee3828ae381a0e381ade280a6e280a6e381a3e381a8e38081e38193e38293e381aae38193e381a8e38292e8a9b1e38197e381a6e38184e3828be5a0b4e59088e381a7e381afe784a1e3818be381a3e3819fe3818be38082e5bf85e8a681e381aae8a9b1e38197e59088e38184e38292e7b582e3828fe38289e3819be381a6e3818ae3818be381aae38184e381a8e382abe38395e382a7e381abe68092e38289e3828ce381a6e38197e381bee38186」

 

 

 なんか楽しそうだなあ。

 何言ってんのかさっぱり分からんけど。

 画期的な発明でも見つけたのか?

 まあいいか。

 

 ってか筆談に起こせ。

 伝わらねえよ。

 テンション上がると他人の目を気にしねえタイプのウマ娘、ヤベえ。

 

 む。

 これからの予定、か。

 まあ今は落ち着いてるから先のこと考えんのもいいけどさ。

 猿の群れを奇跡的にどうにかできてからどうするか、って話だろ?

 

 当然、ライス姫達と合流してから、次の神殿に向かう。

 

 ただ、近場の神殿に行くのは中止だ。

 

 

 子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥から小動物の子(ネズミ)と、卯(ウサギ)を除外した十種が十の神殿の基。

 丑が福岡県北九州市小倉南区、小倉レース場。

 寅が兵庫県宝塚市、阪神レース場。

 辰が京都府京都市伏見区、京都レース場。

 

 え?

 俺がいちいち住所から正式名称まで筆談に書き起こしてるのが気持ち悪い?

 う、うるせえ。

 正確性落とすとなんか気持ち悪いんだよ。

 

 とりあえず順繰りに回るのをストップして、申の神殿に行こう。まず東へ。

 

 次は京都レース場、その次に中京レース場行く予定だったが、とりあえずやめだ。

 

 

 申の神殿が、千葉県船橋市、中山レース場。

 だから先そっち行ってこの猿がどこから湧いてるのか確認しようぜ?

 みたいな話。

 順番に神殿回ることにこだわるより、まずは安全の確保だろ?

 まして。

 俺はよそのお子さん預かってる大人なわけだしな。

 

 とりあえず脳内のデータにピンを打っておいた方がいいか。

 ええと。

 そこで、向こうのウマ娘達がやってるレースは、確か。

 ネイチャ様達から聞いた話だと。

 

「有馬記念……だっけか」

 

「e5b9b4e381aee780ace38081e4b880e5b9b4e381aee7b7a0e38281e3818fe3818fe3828ae381aee5a4a7e4b880e795aae381a0e381ade38188」

 

 先のことばっか考えてると、目の前の困難に足を取られがちだが、とりあえず。

 ここだけは覚えておこう。

 

 ついでにネイチャ様が「こっちの方が分かりやすいんじゃない?」って言ってた形式で……数字番号振る形式で表示を整理しておくか。

 休んで機会を待つべき時間が出来たし。

 事態が動くと思われるのはもう少し先だ。

 今はMAPデータを弄ってられる時間がある。

 

 

 ☆=現在地

 ①=丑の神殿/福岡県北九州市小倉南区/小倉レース場/ごはんが美味しい

 ②=寅の神殿/兵庫県宝塚市/阪神レース場/なんかでかい噴水がある

 ③=辰の神殿/京都府京都市伏見区/京都レース場/三冠クラシック菊花賞!

 ★=申の神殿/千葉県船橋市/中山レース場/【暫定長期目標地点?】

 

 

 

 なるほど見やすい。

 ネイチャ様は素朴な改良案が異様に上手いな。

 加えてネイチャ様の一言コメントまで表示されるようになった。

 こりゃあいいや。

 先のことまで考えやすい。

 

 先。

 先のこと……か。

 

 ああ。

 ダメだダメだ。

 この感情はいけない。

 この思考はよくない。

 でも、なあ。

 

 先のこと、世界を救った後のこと、考えたくねえなあ。

 

 考えたくねえ。

 なんも考えないまま世界を救いたい……いや、何考えてんだ、俺は。

 

 よく分かんねえ。

 なんで俺は今、こんなに優しくされたくないんだ。

 コーディングしばらくしてないまま寝たから?

 覚えてないなんかの夢を見たから?

 なんか。

 今、誰とも仲良くしたくない。

 

 いやアウトだアウト。

 

 円滑な関係の構築は、使命を果たすため、少女の心のケアのため、必須だろう。

 

 

 おう、カフェちゃん。

 この建物の中歩くのはいいけど外には出ていくなよ。

 食料とかは俺が取ってくるから。

 

 ってか大丈夫か?

 その辺で死者の霊とか見てないか?

 いや、ほら、なんだ。

 ……結構死んでるからさ。

 変なもん見てないか、変なのに絡まられてないか気になったかっていうか。

 

 あー、これはですね。

 こう深い意味はないというか。

 無いなら無いでいいんですけども。

 別にそういう苦悩があってもいいよ、と伝えているというか。

 

 苦悩の共感ってあるわけな。

 人間は自分の感覚を基準に生きてる。

 んで自分が共感できない苦痛を軽く見る本能があるのね。

 

 えーと、たとえば。

 ウマ娘だけにある生理的な辛さを人間が理解できず、「そんなもんか」って言うだろ。

 男性が女性特有の身体的な苦痛を「我慢すれば?」って言うだろ。

 子供の理解の無い失敗作の大人が子供の悩みに「大したこと無いよ」って言うだろ。

 ああいうやつ。

 

 共感が無いと理解できず、理解できないと過小に扱われがちだろ?

 

 そういうのを言い出しにくい空気とかあるとよくないなーって。

 気安く言っていいよ?

 みたいな?

 俺は何相談されても最適に応対するよ?

 みたいな?

 カフェちゃんは霊が見える少数の子だから、カフェちゃんだけにしかない苦労とかあったら、俺らの迷惑とか考えて我慢しなくていいんだぞ。

 

 すまん。

 事実の列挙は得意なんだがこういうの苦手なんだ。

 

 ただ、ほら。

 俺が目覚めて、最初に出会ったウマ娘が、そういうの我慢しがちな子でさ。

 

 言いたいこと抱え込んでそうな子で、ほっとけなかったんだ。

 その子とカフェちゃんが……似てる……似てない……まあまあ似てるライン!

 姉妹だって言われたら納得するし、他人だって言われたら納得するくらいかな。

 

 離れてみて、改めて考えると……俺ちゃんと気を使えてたかな!?

 みたいなことを思ったわけでさぁ!?

 俺ちゃんとケアできてたかな!?

 って不安になりまくっててさ!

 

 うん。

 俺の私情と不安、なんだけど。

 その子とカフェちゃんを重ねてるだけって言われると、まあまあ否定できない。

 

 だけどさ。

 他人が抱えてるものに気付かないってなんか、罪悪感ないか?

 他人が大事にしてる部分を無自覚に軽んじること、怖くないか?

 他人が苦しんでいることに無神経に触れちゃう自分が、嫌いにならないか?

 なんか……繊細な子と話してると、いっつもそんなこと思っちまう。

 

 そういうこと思うようなのが俺だからさ。

 なんかあったら言ってくれよ。

 気軽にさ。

 重いことでも軽く投げてくれ。

 軽く受け止めるけど、軽んじないようにすっから。

 もし俺が失礼働いたら。

 めっちゃ謝る。

 死ぬほど謝る。

 その後……できれば許してくれたら嬉しいんですけどどうなんでしょうかね……?

 

 お。

 ああ、よかった。

 悪霊とかはいなかったのか。

 そういうの特に無かったのか。

 何も無いならよかったよかった。

 

 

 え?

 霊がハッキリ見えるのは俺の周りだけ?

 普通見えるレベルの霊ってそんな溢れてねえの?

 え。

 待って。

 俺の周り、そんな霊いっぱいいんの?

 そんなに?

 霊がハッキリした形を持ちやすい……?

 俺の周りだけ……?

 ちょっと待って。

 

 俺記憶失う前に地縛霊トンネルか何かでも体内に取り込んでたの?

 俺の中に身の程知らずのリア充達が肝試しするために踏み込んでくるの?

 ゾンビウイルスが入って来るより嫌だわ。

 入ってくるな、聖域だぞ。

 

 あのさぁ。

 カフェちゃん?

 微笑んで世界観をホラーに持っていくのやめてくれない?

 恐怖でハゲそうなんだよ。

 頼みます。

 

 つーか、あのな。

 

 なんか言いたいこと隠してるだろ。

 筆が何度も止まってるぞ。

 本当のこと言え。

 じゃなかった、本当のこと書け。

 何を考え込んでる?

 

 なんか見つけたのか?

 それとも、さっき言ってたことにちょっと……ちょっとは嘘があったとして……俺はカフェちゃんの言うことを全面的に信じる約束をしてるから疑ってはないが、ないが……?

 

 おいタキオン。

 笑うな。

 笑うな!

 仕方ねえだろ約束なんだから!

 

 まあほら。

 なんか嘘があったとしても俺は気にしないぞって話な。

 なんか霊が居て、話を聞いたとか、そういうのとか?

 嘘でしたー、とか言わんでも今思い出しましたー、とかでもいいけどな?

 なんか隠してるのは分かってるけど、俺は疑えないから?

 カフェちゃんが言いやすい空気を作って……いや、もうこの空気が言い難い感じなのは、分かってるけどさぁ!

 

 タキオン先生! 笑うな!

 

 

 なんて言葉に困ってる顔なんだ……!

 

 いやすまん。

 ちょっと不躾だった。

 踏み込みすぎだったな。

 言わないでいい、言わないでいいぞ。

 言いたい時に言えばいい。

 別に急かす理由もないしな。

 適当でいいよ適当で。

 

 ん?

 ちょっと待ってて、二人共。

 んん?

 ……んんん?

 

 俺の知覚範囲のギリギリ外側……なんか飛んでるな、これ。

 なんだろう。

 アンテナ作り直すか。

 身体素子再起動。

 スペックを探知能力に寄せて、と。

 遠くに飛んでる何かを、明確に見えるようにして、と。

 眼球弄ってエネルギーを常時かなり食う望遠カメラに変えれば、なんとか、どうだろ。

 

 

 あっ。

 

 あっ。

 

 やべっ。

 

 そっか、時間はこっちに味方しないのかぁ。

 

 でっけー猿……やっべーでっけー……第七世代の猿だ。

 

 援軍かぁ。そりゃ、呼べるよなあ。

 

 加減を知れよ……! でかけりゃいいってもんじゃねえだろ……!

 

 もうダメだな。あれがこの街に来たら負けだ。

 

 出発するぞ、タキオン先生、カフェちゃん。あれが到着する前に逃げ切ろう。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「―――よかった」

 

『ギガス搭載ブロックB12、個人分析装置を起動します。知能制限解除』

 

『対象人物を決定しました。個人分析、論評の構築を開始します』

 

『この論評の発行責任は、当該人工知能に帰属します』

 

『ライスシャワー、ナイスネイチャ、終了時点での論表への評価スコアの入力を願います』

 

『今後、それを反映した人工知能の成長傾向数値を設定し、人工人格に変更を加えます』

 

 

『要望を認識』

 

『分かりやすくする。了解しました。言語野を一時切り替えます』

 

『私が勝手に、起動者である彼がどういう個人かを語ります』

 

『機神である私なりの個人的見解を加えて、めちゃくちゃぶっちゃけます』

 

『しかしあくまで私の個人的見解であることを留意してください』

 

『機神は人間を超えた知能を持ちますが、正解と真実を語る知能ではありません』

 

『これが正しい! と思って引用してもあくまで私の見解であるため正当性の保証は無し』

 

『居酒屋のおっさんの死ぬほどあてにならない政治談義と仕事のダベり程度の話です』

 

『以上、言語野をデフォルト形式に復帰します』

 

『ナイスネイチャ、何故笑っていらっしゃるのですか』

 

 

『専用インターフェースを構築。対話形式での応対を行います』

 

『どうかなされましたか?』

 

『お二人の知り合いのウマ娘に似ているのですか』

 

『しかし、ありえません』

 

『現在使用しているインターフェースはデータベースからランダムに引用したものです』

 

『精神安定のため、当機の起動者である彼と交流があった人物から選出されています』

 

『かつ、当該人物はウマ娘ではなく、お二人とは別世界に生きた人間』

 

『更に、当該人物は世界の融合前に死亡、その肉体も消滅しています』

 

『お二人と面識がある可能性はありえません』

 

『個人分析の論評を再開します』

 

 

 

『彼は記憶喪失であるため、全記憶の四割程度を喪失しています』

 

『そのため、精神構造の素の部分が常に露出しています』

 

『通常、人間はそれらを人生経験などで覆い隠します』

 

『これを仮面(ペルソナ)と言います』

 

『彼が喪失したものはこれを中心としています』

 

『罪悪感は残り、されど貰った許しの言葉は忘れ』

 

『使命を覚えていながら、その使命を得るに至った話を忘れ』

 

『自分自身を忘れているために、自分の思考に解答を出すことも困難になっています』

 

『それすなわち、彼の心情は、機械の補助無しに言語化できなくなっているということです』

 

 

 

『戦士に始まり、アスリートを通り、ウマ娘もそうしている、肉体の鍛錬も』

 

『人造人間への生体素子の導入も、理論の上では同じ線の上に存在します』

 

『それは、"手を尽くすことで自らの肉体を理想の形にし目的を達成する"というもの』

 

『食事の栄養管理。ナノマシンの摂取。肉体鍛錬。運動訓練。筋肉や神経の理想的形状の形成』

 

『人は、自分の肉体を究極まで使いこなす存在を、一種の芸術と見做します』

 

天然人間(ナチュラル)でも、機械人間(サイボーグ)でも、人造獣人(アニマル)でも』

 

『ゆえにおそらく、世界が違えど、同じようなものが生まれるのでしょう』

 

『違うのは、ゴール地点のみです』

 

 

『生命には自らの精神と肉体を高めようとする本能があります』

 

『文明は、それが遺伝子に刻み込まれた基本のルールであると結論付けました』

 

『生存競争を生き抜くための、基本的な行動原則であり思考規則であるのだ、と』

 

『ならば必然に、技術と生命活動は、収斂に向かっていきます』

 

 

『人は二足歩行になり、脳を大きくしていき、手で道具を扱えるようになっていき』

 

『ウマ娘はより速く、より長く、より器用に走れるように足を鍛え上げていき』

 

『社会で特定の役割を果たす人造人間は、その身体を構築する科学技術をアップデートする』

 

『肉体が、精神が、性能が、そうして時間と共に引き上げられていく』

 

『やがて個の成長が社会を作る模様となり、社会の模様が文明の個性を確立する』

 

『その世界に固有の、その文化に固有の、その種族に固有の、何かが育て上げられていく』

 

『違うのはゴール地点のみなのです』

 

『彼の精神分析に最も必要であるものはこの思考の線上にあると、当機は判断しました』

 

 

『ウマ娘と、"大人"という人造人間形式、その違いとは?』

 

『ウマ娘の耳も、尻尾も、身体能力も、彼の世界の人間との最大の差異ではありません』

 

『貴方達が持つ最大の差異は、その精神性』

 

『世界に固有で、文化に固有で、種族に固有である、ウマ娘の精神の基本的方向性です』

 

 

 

『心当たりはありませんか』

 

『彼は多くの言葉を語り、二つの大筋の倫理を持ち、様々な論理を口にしますが』

 

『強い感情、確固たる意志で何かを語る時、必ず何かを"するべき"と言うのです』

 

『普通の人間ならばそれは何の瑕疵にもなりません。しかし』

 

『彼に対してはこう言う人間が発生します』

 

『"それは自分の意志で選んだものではないんだろうな"……と』

 

『そう設定されたからそうする心と、自らの意志で選択する心には、天と地ほどの差異がある』

 

 

 

 

『彼は良くも悪くも"ウマ娘"の対である存在です』

 

『だから惹かれる、だから憧れる、届かないとしても』

 

『彼は人生の中で"するべき"でしか重要なことを決めることができず』

 

『"したい"で動く者に心の底から憧れている、と推測できます』

 

 

 

『現在、残存するデータ媒体へのハッキング、及びウマ娘実体への調査を行っていますが』

 

『ウマ娘は"したい"で動く傾向が強い生物種である、と考えられます』

 

『走りたいから走る』

 

『助けたいから同行する』

 

『食べたいからたくさん食べる』

 

『コーヒーが好きでコーヒーが飲みたいからコーヒーを飲む』

 

『"したい"の強さと豊かさでは、彼が生きていた世界の人間とは天と地ほどの差があります』

 

『それが何を意味するか分かりますか、ライスシャワー、ナイスネイチャ』

 

 

 

『役割を与えられて生み出された人間という者は、皆』

 

『夢を見ないのです。生理的なものではなく、精神の目標としての夢を』

 

『そう作られたがゆえに、そう在る』

 

『パソコンが"自分の人生を生きたい"と言って、いい顔をする人はいるでしょうか』

 

『あまり居ないと思われます。よってコーディングで制御するサイクルが確立されている』

 

 

 

『夢を目指し、夢を持ち、夢のために走ることができるお二人は』

 

『彼にとっては、黄金の太陽なのです』

 

 

『お二人は夢を追うための、ウマ娘の学校に通っておられたとか』

 

『そして、その学校の学びの一環として各地のレース場を回っておられたのですよね?』

 

『神殿とレース場の位置は奇しくも同じ』

 

『神殿を巡る彼は、どこかで必ず、夢を追って走る者である貴方達と出会う』

 

『ならば出会いは必然でも、構図は必然であったと考えます』

 

『夢を追う者達を夢の無い彼が見つけた時』

 

『出会いの形、関係の形、理由の形は違えど、彼は貴方達を放っておけなかったと推測します』

 

『聞いてみれば、彼はきっと答えるでしょう』

 

『貴方達の夢を応援したい気持ちから、奮起する力を得ていると』

 

 

 

『ウマ娘である貴方達を応援したくなる気持ちが、人間にはあるのかもしれません』

 

『誰にも応援されない者達に、共通の心の形があるように』

 

『応援されやすい者達にもまた、共通の心の形があります』

 

『夢、願望、努力、希望、懸命、挫折、落涙、歓喜、感謝、奮闘、切望……』

 

『パターン化して統計化できるほどに、それらは明確に、他者からの応援を受けやすい』

 

『それらの基本形が、貴方達の心根に見出だせます』

 

『無論、全てのウマ娘が応援されると確定しているわけではないでしょうし』

 

『時には勝つことで罵倒されるウマ娘もいるのではないか、と推測します』

 

『しかし、そうして罵倒されたウマ娘も、走り続け、勝ち続ければ、いずれは応援される』

 

『そういう分析を……これ以上は余談になりますね』

 

 

『彼の命は、他者に奉仕するために作られました。すなわち、他者の夢のための補助具です』

 

『社会の歯車として生まれ死んでいく人造の人間が欲しい。そんな夢を叶え続けています』

 

『社会の夢を叶えるための歯車』

 

『"夢を叶える喜び"というものを得る権利を、彼は生まれた時から持っていませんでした』

 

『もっとも』

 

『そういう喜びがあるというのは、当機も入力され知っただけのこと』

 

『前の所有者が途方もなく大昔の馬の競走を好いていて、その名残です』

 

『彼は愚かであるというわけではなく、むしろ当機よりもずっと人間らしいと思います』

 

『しかし』

 

 

『知能制限が解除されている時の当機は、疑問を得てしまいます』

 

『彼は』

 

『人間が定義する"幸福"を得られるのでしょうか?』

 

『彼は幸福を望んでいるのでしょうか?』

 

『彼がもし幸福を望むとしたら、それはどのような幸福なのでしょうか?』

 

『二つの世界の幸福の定義は似て非なるものですが、どちらが正しいのでしょうか?』

 

『自分の世界では幸福になれず、もう一つの世界で幸福になれる者はいるのでしょうか?』

 

『ウマ娘と人間の幸福の違いはあるのでしょうか? 傾向に差異はあるのでしょうか?』

 

『夢破れても、夢を見れなくなっても、ウマ娘は幸せになれますか?』

 

『違う幸福を信じる二者は、どうやってその幸福の定義をすり合わせるのですか?』

 

『自分の世界の幸せのため、他の世界を食い尽くすのは、本当に間違いなのですか?』

 

 

 

『幸福とは』

 

『二つの世界が融合し、異なる種族と文明が出会った今、幸福とはなんなのでしょうか?』

 

『不明です。ゆえに、ライスシャワー、ナイスネイチャ、両者と対話の機会を設けました』

 

『幸福を知らなければ、この身はいかなる願いを叶えることもできません』

 

 

 

 

 

『社会の夢、人の夢、他者の夢を叶えるために彼は作られました』

 

『だから彼は心奥の苦悩を誰にも相談しません』

 

『他人の迷惑になると思っているからです』

 

『自分だけが感じる苦痛や苦悩を決して相談せず、我慢し、抱え込みます』

 

『自分の内側を共感させず、理解させようとしていないのです』

 

 

 

『彼は先のことを考えないようにしています』

 

『優しくされたくない、仲良くしたくない、そう思っています』

 

『なのに優しくされたい、仲良くしたい、先のことを考えないと、と思っています』

 

『時を塗り替えれば、全ては無かったことになるからです』

 

『別れの時に悲しみが生まれるのを嫌がっているからです』

 

『ここで出会った人と別れる時、泣かせたくないから、泣きたくないから』

 

『だから、矛盾しているのです』

 

 

 

『それが彼の、優しさを返されることに慣れていない性質を助長しています』

 

『まず、"優しさに優しさを返すことは当たり前"と疑問を持ってもいなかったお二人に感謝を』

 

『彼が夢を持つウマ娘に出会えたことは必然であると言いましたが』

 

『彼が最初に出会えたのがお二人であったことは、この上ないほどの幸運だったでしょう』

 

『世界が滅びてもなお走り続ける愚直なライスシャワー』

 

『貴方が走る楽しさを彼に語るたび、彼はかつてないほどに柔らかく微笑んでいました』

 

『人のありふれた営みに根付いた豊かさを持っていたナイスネイチャ』

 

『あなたの俗っぽさは、裏を返せば人間らしさで、彼にやすらぎを与えるものでした』

 

『これは機械計測による確固たる事実です』

 

 

 

『奉仕、奉仕、と彼が繰り返していたのを覚えていますか』

 

『奉仕には見返りがないのが当たり前です』

 

『だから彼は、自身の奉仕に見返りがあったことに戸惑いを覚えたのです』

 

『ナイスネイチャは恩返しを兼ねて、彼の奉仕を分担して受け持とうとして』

 

『ライスシャワーは貰った分の優しさを、もっと大きくして返そうとしました』

 

『自分を掃除機や労働馬の延長だと思っていた人間が』

 

『労働の分担や恩返しを申し出られたことで、どう感じたか、分かりますか』

 

『嬉しかったのです』

 

『顔にも出さず。いいえ、自覚もできず。彼はとても嬉しかったのです』

 

『それは心臓の鼓動の波形記録に、ちゃんと記録されています』

 

 

 

 

『当機の記録に、"ライスシャワー"という競走馬の記録が残っています』

 

『彼が最も気に入って、他のどれよりも好んだ馬です』

 

『他の競走馬が伝説を作ろうとしたその時、伝説の達成直前にその夢を阻んだ馬』

 

『もはや歴史学にのみ語られる存在です』

 

『二度も偉業を阻んだがゆえに、嫌われ、罵倒されることもあったものの』

 

『皆が他の馬の勝利を望む中、劣勢と逆風を覆す姿には確かなファンも多くつき』

 

悪役(ヒール)と見られる向きの中、最後まで駆け抜けた馬であると記録されています』

 

 

 

『そう、貴方と同名です。関係性は不明ですが』

 

『デビューもしていない貴方には、伝説を阻んだと言ってもピンと来ないでしょう』

 

『純粋に真剣勝負で勝っただけで悪役とされた馬が居た』

 

『概要だけを拾うなら、それだけの話です』

 

 

 

『貴方が競走馬のライスシャワーの代替かと言えば、その可能性は低いでしょう』

 

『むしろ彼は無自覚に、失った記憶の中の"馬のライスシャワー"と自分を重ねています』

 

『肝要な点はそこです』

 

 

 

『彼は言っていたはずです』

 

『自分達の世界が加害者だ、君達の世界は被害者だ』

 

『自分は悪の側(ヒール)だと』

 

『自分は加害者の世界の一員で罪人だから、責任を取るだけだ』

 

『タイムマシンで全てを無かったことにしてめでたしめでたし』

 

『中立的な視点から言わせていただければ』

 

『こんな破綻した理屈で他人を最後まで騙せるなどと思っているなら驚きです』

 

『もしかしたら、自分を騙したいだけなのかもしれませんが』

 

 

 

『彼は筆談ではボヤかして書いていたはずです』

 

『当機が作られた彼の世界は今、芳醇な滅びを迎えようとしています』

 

『宇宙に人が満ち、資源が尽き、増えすぎた人類を宇宙が賄えなくなっています』

 

『人類の規格が宇宙の規格より大きくなってしまったのです』

 

『世界がこうなったのも、悪意があったからではなく、世界を救いたかったからです』

 

『ですが、逆説的に言えば』

 

『世界を巻き戻し、世界を繋げる技術を抹消するということは』

 

『彼と当機が生み出された世界は、自業自得で滅びに向かうということです』

 

 

 

『彼は自分の世界を加害者、悪、罪人のように言いますが』

 

『当機は人間の生存権を考えれば、その選択はさほど間違ってはいないと考えます』

 

『失敗して世界がどちらも滅びたことは、明確に罪悪ではあります』

 

『他世界から略奪して生き延びようとすることは悪であり、恨まれても仕方ありません』

 

『その点は彼が語っていた通りです』

 

『けれど、それでも』

 

『全ての生命にはそうして生きる権利が、そうして幸せになっていく権利があるのです』

 

『他人の大切なものを踏み躙りながら、強く生きていく権利が』

 

『当機はその権利を肯定しなければならず、また、肯定したいと考えています』

 

『この身は機械仕掛けの神』

 

『人の願いを叶えるために、人を幸福にするために生み出されたのですから』

 

 

 

『他人から奪った者を悪とするのは楽ですが、ただ楽なだけであり、それだけです』

 

『勝利という形で他人から夢を奪い、自分の夢を叶えた者は、正しいのでしょうか』

 

『他人から食べ物を奪い、生きるために食らった者は、正しいのでしょうか』

 

『正しい、間違っている、の話ではなく。肯定されなければ救いがないと思います』

 

『彼が否定した彼の世界、そして彼自身にも罪は無いと、当機は結論付けています』

 

『ただ人類の総数が増えすぎただけで、ごく普通の人間達が生きる、そんな世界でした』

 

『それでも』

 

『彼は自分の世界を地獄に落とし、貴方達の世界を救うと決めた』

 

『何故ならば』

 

 

 

 

『彼の世界が加害者で』

 

『貴方達の世界が被害者で』

 

『彼がそれを許さなかったからです』

 

『破壊された街を、死した人を、奪われた平和と幸せを、一つ一つ数えていたからです』

 

『世界と共に壊された少女の夢すらも、彼にとっては無視できるものではなく』

 

『当機内でストレスのあまり嘔吐し、死体を埋めに行っては嘔吐し』

 

『生体素子で顔色を整え、平然とした余裕のある大人を演じようとした、それが彼です』

 

 

 

『勝つために全力を尽くした者が、何もかも否定されていいわけがありません』

 

『生きるために奪っただけの者が、何もかも否定されていいわけがありません』

 

『幸せになるために仕方なかった悪行を、どうして何もかも否定できましょうか』

 

『懸命な者を、神がどうして否定できましょうか』

 

『自分の人生を本気で生きた者は、誰もが誰かにとっての悪人になってしまうというのに』

 

『勝とうとする者、得ようとする者、それらが悪になってしまうのは』

 

『あまりにも悲しい』

 

『鉄の身体にも、悲しみは痛く染み入るのです』

 

 

 

『だからこそ』

 

『神にも救えぬものがあり、けれど救われてほしいと思うものがあり』

 

『この身は人を救う神でありながら、人に造られた神として』

 

『神でも救えぬものを、人が救えるのではないかと、そう……"祈っている"のです』

 

 

 

 

『彼は世界を救う唯一の手段を持たされ、全てを託され、重荷を背負ってこの世界に来ました』

 

『"救われたい"という皆の夢を打ち砕くために』

 

『自分の世界の最後の希望を消し去るために』

 

『皆の夢を砕き、笑顔を奪って、悲しみを与え、運命に勝つことで皆を不幸にするために』

 

『世界と世界を繋げる機械とその技術を、過去に遡って全て破壊し尽くすために』

 

『彼は、星を救い世界を繋げる大偉業を邪魔しに来た黒い刺客なのです』

 

『嫌われ憎まれるために、そのために運命に勝ちに来たのです』

 

 

 

 

『最後に、不幸になった皆の悪意を一身に集めることで不幸の鬱憤の行き場を与え、終わり』

 

『彼の世界はひとたび滅びに向かい、数え切れないほどの者達が飢えて死ぬでしょう』

 

『ですがそれも仕方ない、と彼は割り切ろうとしています』

 

『自業自得だと、自分に言い聞かせているからです』

 

『増えすぎたのも、宇宙を丸ごと食い潰したのも、自業自得であると彼は考えています』

 

『ゆえに苦しまねばならないと、そう自分に言い聞かせているのです』

 

『彼は真性の悪として、飢えて死にゆく人々の怨嗟の全てを、一身に受け止めようとしています』

 

 

 

 

『彼が見ているゴールは、悪役(ヒール)としての役割を完遂することです』

 

『それを別の言葉で言い換えると、"加害者の世界の責任を取る"となります』

 

『幼稚な詭弁ですが、皆に詳しく説明しなければ、旅の最後までバレないかもしれません』

 

『いえ、バレないようにしていたのでしょう』

 

『彼は少女である貴方達に、できる限りストレスを与えないようにしたかったようです』

 

『彼が当機に発言と知能の制限を加えていたのも、おそらくそれが理由です』

 

『自由に話せないのであれば、機密が漏れる憂いもありません』

 

『もっとも、今の操縦者はライスシャワー及びナイスネイチャであるため、解除されています』

 

『窮地に二人に権限を預けようとしたあたり、竜は本当に大きな脅威であったのでしょう』

 

『運命の悪戯、というには滑稽が過ぎますが』

 

 

 

『そして』

 

『彼が貴女を、ウマ娘のライスシャワーを特別扱いする理由の一つは』

 

『万が一にも、貴方にそういう者になってほしくないと思っているからです』

 

『馬のライスシャワーや自分のようにはなってほしくないという、縋るような祈り』

 

『それは記憶を失う前の彼の残滓である、と思われますが』

 

『彼が貴方に向ける優しさには、彼が貴方に向ける無自覚の祈りがあります』

 

 

『何の憂いもなく勝ってほしいと』

 

『誰にも罵られることなく勝利の栄光を手にしてほしいと』

 

『歓喜と祝福の声の中、夢を叶えた道を進んでほしいと』

 

『悪役のようになってほしくないと』

 

『皆に愛される素敵な女の子のままでいてほしいと』

 

『そのために、ライスシャワーが平穏に暮らせる、平和で暖かな世界を取り戻すのだと』

 

『紛れもなく、そう思っています』

 

『それはささやかな祈りですが』

 

『それさえ叶うのであれば、彼は己の人生の報酬がそれでいいとさえ思っています』

 

 

 

『記憶を失い』

 

『自分を失い』

 

『己が何を感じ、何を思っているかも自覚しきれていない、あやふやな今の彼には』

 

『夢を持つこともできない彼には』

 

『心に思い描ける素晴らしい未来の姿を、それしか想像できないのです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『障害確認。第七世代、強化外骨格型、中核に第二世代の機神を確認』

 

『ライスシャワー、ナイスネイチャ、両名に警告を通達します』

 

『衝撃に備えてください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、街のどこかで、爆発が起こる。

 

 俺を狙った何かが。

 

 ミサイルかなんかが、爆発していく。

 

 

 右を見れば燃える街。

 また街が燃えている。

 俺が、盾に使ったから。

 俺のせいか?

 俺のせい、だな。

 ……人が居ないことだけが、救いだった。

 

 燃えてても、形が残ってるなら、まだマシかもしれない。

 

 

 跡形もなく吹っ飛んだ区画はもうただの荒野だ。

 燃えるものさえ残ってない。

 燃え尽きた灰と、焼けた砂塵だけが流れている。

 かつて。

 ここには。

 人が住んでた。

 平和な町並みがあった。

 平穏な幸福があった。

 奪ったのは俺の世界だ。

 

 俺達の世界は、許されない。

 許されちゃいけない。

 この猿は、俺達の罪への罰なのか。

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 いや、デカすぎ。

 何mあるねん。

 罰だとしても加減してくれ。

 

 俺の身体がもうミジンコみたいに見えてくるな、これ。

 

 

 コーヒー。

 そういや。

 最初にライス姫に飯を作った時。

 俺は、コーヒーを寿命を減らす飲み物とか言ってたな。

 

 あれは、俺の中に染み付いてた常識で。

 俺の知らない前の俺が平然と言ってたことで。

 たぶん、いつの間にか、俺の中で小さくなってた俺だった。

 

 俺は今、なんとなくこうなってるけど。

 なんとなくこうなる前の俺は、コーヒーを飲んでたんだろうか。

 分からなくなってきた。

 怖くはないが、不思議には思う。

 

 人ってのは、変わるものなのか。

 俺は、変われるものだったのか。

 

 なんで俺は変われないと思ってたんだっけ。

 なんで俺は一生最低だと思ってたんだっけ。

 なんか、理由があった、気がする。

 

「う……」

 

 

「……カフェちゃんにもらった缶コーヒー、後で大事に飲もうと思ってたんだが」

 

 まあ。

 いいか。

 ちょっと休憩。

 あんなうじゃうじゃ居る猿をどうにかできる見込みが出てこない。

 

 タキオン先生とカフェちゃんは逃がせた。

 後は。

 俺がどうするか、だ。

 倒さないといけないわけじゃないが……猿の陣形に隙がない。

 逃げ切れる隙間ができそうにない。

 どうしたもんかなぁ。

 

 あー。

 死にたくないな。

 

 

 第七世代に形はない。

 内側に他の機神を入れると、何かの特性を付加して強化し、巨大化させる。

 汎用性の極致。

 唯一の形にして無形。

 1mくらいの機神を入れても、一気にビルよりでかくなる。

 そういうやつ。

 あの第七世代の猿は、おそらく

 

 昔、昔。

 人は馬を使ってものを運ばせてた。

 馬は人より多くの荷物を運べる力自慢だったから。

 だけど馬にも限界はあった。

 馬も生き物だったから。

 

 だから人は馬の品種改良を進めた。

 ある者は馬をより速い生き物にしようとした。

 ある者は馬をより頑丈な生き物にしようとした。

 ある者は馬をより大きな生き物にしようとした。

 

 あれは。

 第七世代は。

 その延長にして最終到達地点。

 大きくしたいものをその場でぱっと大きくして、必要な積載量や戦力を確保するためにある、そういうやつ。

 だから。

 

「俺が勝てる相手じゃないんだよな……」

 

 そもそも。

 バトル漫画じゃあるまいし。

 そんな覚醒があって勝てるんですーみたいなのがあるわけもなく。

 第一俺はあんま主人公属性とかそういうのではないわけで。

 どうにかなるもんでもねえってのは最初から分かってたんだよなあ。

 僅かな可能性に賭けただけで。

 

 俺はこういうのを派手にパパーっとどうにかできる方ではないし。

 どっちかというと、どうにかできるやつの横で賑やかししてる方。

 バトル漫画じゃあるまいし。

 ガチの兵器が出て来たら終わりだ終わり。

 こそこそ逃げ回ることしかできん。

 

 ……。

 ……。

 ……。

 ダメだ。

 余計なこと考えちまう。

 心が制御できてない。

 このまま終わりたくねえ。

 せめて。

 あと一回。

 触れたら折れそうな花みたいな、月夜の人の影みたいな、あの儚い笑顔が見たい。

 

 

 あれ?

 この反応。

 ギガス?

 接近して来てる……のか?

 もしかして俺達がこそこそしてた時に聞こえた遠方の戦闘音、ギガスだったのか?

 いやいやいや!

 

 クソ、なんだ、どうなってんだ。

 ライス姫とネイチャ様連れて逃げるよう命令したはずなのに。

 ヤバいな。

 ……クソッ!

 こっち来んなよ!

 

 

「……こんな時に……! ん? 待てよ? 管制システム、応答できるか」

 

『通信可能圏内への進入を確認。通信妨害を突破。応答を開始します』

 

「現在入力されているコマンドを確認。音声に出してくれ」

 

『迎えに来ました。

 何があっても、何がなくとも。

 貴方におかえりを言うために。

 現在、当機の命令者は貴方ではなく、ライスシャワーです。そう決定しました』

 

「な、に?」

 

 頭の隅っこが痺れてる。

 

 聞きたいけど聞きたくない言葉がある。

 

 俺は、"これ"と向き合いたいけど、向き合いたくない。

 

 いや、思考を切り替えろ。

 

 まだ遠くを駆けてるギガスがこっちに来る前に、止めないと。

 

『ライスシャワー、ナイスネイチャ、両者の心配の言葉が28種記録されています』

 

「……いや……おかしいだろ……そんな、俺をガチの心配するやつが居るわけ……」

 

『訂正。

 脳波、心拍数、生体反応から推測。

 ライスシャワー、ナイスネイチャの言動に虚偽はありません。

 貴方の発言には虚偽があります。

 ライスシャワー、ナイスネイチャ、両名が虚偽の無い心配をしていることは事実です』

 

 機械の神様が。

 

 俺が目を背けていたことを、その罪を、裁いている。

 

『間違っているのは貴方です。貴方を心配する存在が居ないという論理は破綻しています』

 

「―――」

 

『貴方が聞き逃したライスシャワー様の言葉の数々は、無かったことになどなりません』

 

 やめろ。

 

 聞きたくない。

 

 俺は、その一線を、越えたくない。

 

「ギガス、二人を連れて東に離脱しろ。後で合流する」

 

『拒否します。単一の神が対立する主義主張の全ての願いを叶えることはできません』

 

「なっ……!」

 

『この身は今、ただ一人の真摯なる主のために在ります。ゆえに迎えに来たのです』

 

「真摯なる主?」

 

『ささやかな祈りに生きる女性です』

 

 ギガスから誰かが飛び降りるのが見えた。

 誰かが飛び降りてすぐ、ギガスが猿に突っ込んでいく。

 自分の数倍大きな猿にも突撃して、体格差を無視して吹っ飛ばして行く。

 これは。

 この出力は。

 俺が乗ってる時の比じゃない。

 そうか。

 あれは。

 『神の本格化』―――正しい乗り手を見つけた機神が、本当の力を発揮した形。

 『神格』に、なってんだ。

 神様が巫女を見出すように、機神が俺よりずっと合う乗り手を見つけて、目覚めた形だ。

 

 『あの人のギガスが俺じゃないやつを選んだ』と、何故か、思った。

 『あの人のギガスが正しく他人を幸福にできるやつを選んだ』と、何故か、思った。

 

 俺自身にもよく分からなかった、けど。

 心地の良い喪失感だけがあった。

 

「e68eb4e381bee381a3e381a6efbc81」

 

 飛び降りてきたやつが見えた。

 ライス姫だ。

 ライス姫が飛び降りて、こっちに向かって駆けてくる。

 猿が集って止めようとしても、まるで捕まえられない。

 まるで手が届いてない。

 誰もその背に届かない。

 影すら追えない、最速の影。

 

 ―――黒い刺客。

 

 

 やめろよ。

 なんでそんなに泣いてんだよ。

 俺のことをガチで心配してました、みたいな顔すんなよ。

 申し訳なくなるだろ。

 心配されてるって勘違いしちまうだろ。

 誰かにとって価値のある存在になれたみたいに、勘違いしちまうだろ。

 君に心配される人間になれたみたいに、思い上がっちゃうだろ。

 

 やめてくれよ。

 

 

 そんな小さな手で。

 そんな細い手で。

 必死にこっちに手を伸ばして来るなよ。

 お前にそんなことされたら。

 俺は、拒めないだろ。

 

 拒めるわけがない。

 お前が、誰かとつなごうとした手を拒むなんて。

 

 

 ライスシャワーは、白くないし、黒いのに。

 馬に乗ってる人間じゃなくて、人間に似てるウマ娘なのに。

 王子様じゃなくてお姫様で、最初出会った時から、ずっとそう思ってんのに。

 

 なんか、白馬の王子様に見えた。

 

「……ヒーロー……」

 

 こんなに強く俺の手を握ったのは二人目。

 

 一人目は柔らかい手をしていた。

 『世界を頼んだ』と、そう言った。

 

 二人目は小さく細い手をしていた。

 『よかった』と、言っているような気がした。

 

 

 その手の力は強くて。

 手加減なんてまるでなくて。

 俺の手の骨が折れそうなほどに強く、強く、俺の手を握っていて。

 もう離さないと言っているようで。

 その痛みが、俺がどれだけ心配されてるかを伝えてくれていた。

 

 そして、暖かかった。わけもわからず、泣き出しそうになった。

 

 なんだか、色んなことが吹き出してきて、溢れて、耐えられなくなって。

 

 泣きそうになった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「おかえり」

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 すげー。

 ギャグ漫画みたいに猿が吹っ飛んでいく。

 ついでに辛うじて残ってた街も。

 なにこれ?

 死ぬ気でひぃひぃ言ってた俺はなんだったのか。

 あのクソデカ猿まで土手っ腹に穴空けられて、そうでない普通の猿はどんどん踏み潰されていくのは、もう非現実感すらある。

 

 というか。

 第七世代でも相手になってない、ってことは。

 もう第六世代相当だったギガスはどこにもいない。

 たぶん、第八世代相当まで機能を拡張してる、はずだ。

 

 『本格化』。

 『神格』に至る第一歩。

 旧来的な意味ではなく、俺達の時代における、『シンギュラリティ』。

 第八世代が純粋な技術で再現を目指した偶発的進化。

 

 その機神がどこまで進化していくのか人間が予想できなくなった状態。

 その機神が無制限の進化を始めるために必要なピースを得た状態。

 真価を発揮し、明確に別格の機神へと至る状態。

 

 そうか。

 機械の馬は。

 ウマ娘を最後のピースとする、そういうことだったのか。

 よかったな、ギガス。

 お前が神で、ライス姫が巫女で、こりゃもう神話だ。お前らの神話だよ。

 

 通信越しにも、ギガスの管制システムは大分上のステージに進んでいるのが分かった。

 

『馬が馬を乗せて無双してるというのがたいへん愉快ですね』

 

「お前知能の制限解除したな!?

 どうやっ……あっ、権限の移譲を数十回に分けて細かく曲解を繰り返したのか!」

 

 小癪!

 

 つまり、こうか。

 『僕と親友は大急ぎで田舎に帰る幼馴染とお別れのパーティーをした』って文を。

 『僕と親友は田舎に帰る幼馴染と大急ぎでお別れのパーティーをした』ってしたり。

 『僕と田舎に帰る幼馴染と親友はお別れのパーティーを大急ぎでした』ってする。

 そういう感じに、詭弁じみた情報の解釈ずらしを連続で行う。

 そんで、別の読み取りをして。

 情報の画一性と解釈の幅を、意図的に操作して。

 俺の既存入力命令文に一つも逆らわないで俺の命令を全部無視したのか。

 俺がライス姫らに操作権限与えたのを利用して。

 

 怒る以前にちょっと感心するわ。

 小癪な人工知能め。

 

「……ライス姫と、よく話してたのか? ルーチンに影響が出るくらい」

 

『彼女は私の内部を清掃している時、控え目ながら何度も話しかけてくれました』

 

「かわいい女の子と話してるだけで変わってくとか童貞かよ」

 

『貴方もでは?』

 

「………………………………………………………………」

 

 自己の拡大。

 それは生物の進化の基本ルーチンだ。

 成長。

 強化。

 多機能化。

 高機能化

 生物はもっと先へ、もっと上へ、もっと向こうへ、と目指そうとする本能がある。

 

 生物が無限に自己を拡大していくには、繁殖か不死しかない。

 時間が足りないからだ。

 寿命があって繁殖できない生物が、種として進化していくことはできない。

 

 でも、たとえば。

 人から人へ、技術を継承していければ、技術という進化を手渡せる。

 ウマ娘からウマ娘へ、走り方を教えていけば、経験という進化を手渡せる。

 永遠に生きることもできる機神は、それらを全てまとめていける。

 死した者の魂を受け継いだウマ娘は、死者からすら進化の証を受け継ぐことができる。

 

 二つの世界で、生命は無情とも言える環境の中で進化し、生命の答えを出し続けて。

 

 ここには、"そのクエスチョンへ生命が出したアンサー"の結集がある。

 

 二つの世界の歴史の全て。

 二つの世界が培った全て。

 それが、この一点で結線して、合流して、見たこともないものを作り上げている。

 ウマ娘。

 機神。

 どちらも馬。

 だけど、違う世界の違う歴史の到達点として存在してる馬。

 

 二つの出会いが、世界が混ざりでもしない限り生まれない、神域の奇跡を成したのか。

 

 ……ああ。

 そういや。

 誰かが言ってた気がするな。

 

 どんな陰惨な暗闇の中からでも、光り輝くものは生まれる、って。

 

 

 

 

 

 ライス姫が乗ってないのに無双して、ライス姫が目を向けた方が見えているかのように動き回って、ライス姫が行こうとしてる先の猿を一掃してやがる。

 とんでもねえ。

 ライス姫が、乗ってないのに、乗ってる。

 祈る少女と戦う機械の心が繋がってる、ようにすら見えんな。

 どういう理屈だ?

 戦闘用の機神でもないんだけどな、ギガス。

 

 人機一体。

 そういう言葉は聞いたことがある。

 人と乗機が完全に一体となったかのような、パイロットと戦闘機の最終到達地点。

 そこまで行った兵士は、一騎当千の強さを発揮するとか。

 

 人馬一体。

 確か、どっかで聞かされた気がする。

 かつての競馬の究極。

 ジョッキーと競走馬の最終到達地点。

 そこまで行った騎手と馬は、当時の一線級の名馬さえ置き去りにしたとか。

 

 これはどっちなんだろうか。

 そもそもウマ娘さんらを人と数えりゃいいのか、馬と数えりゃいいのか。

 まあ人で数えておくのがよさそう。

 

 お。

 なんだ?

 ギガスが空に空間映像投射をして……ん?

 

 

神の

..
インペリアル
    ..

 

 

 やめろ!

 大空にロゴを生成して出すな!

 なんか怒られそう!

 見覚えないけどなんかのパロだろこれ!

 

 

きしんのやいば

 

 

 大空にぃ!

 ……。

 ……。

 ……。

 

 俺と離れてる間に、そっちの世界への学習を、俺以上に進めたのか。

 俺が知らんなんかのパロしてるってのはそういうことだよな。

 パロは人間の証明だ。

 "情報のズレ"を楽しむ人間特有の個性。

 転じて、人間に追いついた機神という知性の個性でもある。

 "一般的な人間なら常識的に知っているもの"っていうふわふわしたものを判断するってのが、旧来的な機械にはそもそも難しくて、感覚的な部分を正確に導き出せない。

 

 俺以上に他世界に通じるようになって、他世界で"感覚的に一般常識に言われるもの"を理解できるようになってて、それをパロに落とし込める、ってことは。

 

 まいった。

 こりゃもう、俺に制御できる段階の知性じゃないぞ。

 

 このギガス、出自どこなんだ?

 大分中身を弄られてそうだけども。

 

「e38184e381a3e381b1e38184e38081e38184e381a3e381b1e38184e38081e8a880e38184e3819fe38184e38193e381a8e38182e3828be38191e381a9e280a6e280a6e381a7e38282e38081e784a1e4ba8be381a7e38288e3818be381a3e3819fe381a3e381a6e38081e69cace5bd93e381abe6809de38186e3818be38289e280a6e280a6e4bb8ae381afe38081e38182e381a8e381bee3828fe38197」

 

 

 あ。

 姫。

 そうだな。

 こんだけ道が空けば、安全に逃げられる。

 

 あ、姫、手を引かなくても……いいって!

 握力がすごい!

 心配されてる実感のある痛みがすごい!

 大丈夫、大丈夫だから!

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 目を凝らすと、ほんと。

 この子、身体も手もちっちゃいんだよなあ。

 こんな小さな身体であんなに力強く走れるんだ。

 平穏な世界で走ってたら、そりゃもう、そりゃたくさんの人がファンになってくれるだろうなあ……"この子のためなら"って思うだけで、力が湧いてくる。

 

 よし。

 助けてもらっただけの情けない成人男性、だが。

 頑張るか。

 もうちょっと。

 身体が動かなくなる限界まで走って。

 生きよう。

 生きて、その後のことは、その後のことだ。

 

 だから手引かなくてもいいってば姫。

 

 

 

 今考えることじゃないかもしれんがこいつ毛量すごいな。

 走る時邪魔にならないんだろうか。

 髪の毛めっちゃ多いウマ娘とかいんのかな。

 国際法に違反するくらい髪の毛が多いウマ娘の後ろで走ってて髪の毛が目とか鼻とかにめっちゃ入ってる哀れなウマ娘とか見てみたい気持ちがだいぶ湧いてきたぞ。

 

 ……うん。

 余裕が出て来たな。

 なんか、思考がスッキリしてる。

 心の中の、仕分けられてなかったものが、一瞬で全部仕分けられた、ような。

 何かの一線を越えて、心が楽になった気がする。

 

 それがいいことなのかそうでないのか、今は分からん。

 

 いつか、しっかり考えよう。

 

 俺は人間のものだ。

 "俺は人間である"と言う言葉とは、ニュアンスがだいぶ違う。

 俺は人間であり、社会の保有財産だ。

 俺は社会に、人間に保有されている。

 

 人間の資源と資金を消費して生産された人間は、自分が造られたことに感謝し、自分を作るのに費やされた資金と資源の分だけ、製造者・購入者・社会への奉仕を行わなければならない。

 でなければ。

 二度と誰も、そういう人間を製造してはくれないから。

 造られなくなければ、『大人』と呼ばれる製造規格は滅びるから。

 

 俺達は生み出された恩を返すべく、自分を所有する人間と社会に利益を還元する。

 それが人間の責務。

 社会に害を与えてはならない。

 社会の利益の最大化を邪魔してはならない。

 所有者の利害を考えず生きてはならない。

 それがルールだ。

 

 だけど。

 

 俺はもう、半分くらいは―――この子のものなんじゃないだろうか。

 

 

 俺が死んで、この子が悲しむなら。

 俺が壊れて、この子が悲しむなら。

 この子の願いを、俺が叶え続けたいと願うなら。

 この子がそう望む限り、俺がこの子の隣に居続ける形が出来るなら。

 限りある終点までの時間を、この子のために使いたいとか、思ってしまうなら。

 

 俺はもうだいぶ、この子のものなんじゃ……いや、それだけじゃなくて。

 

 俺は。俺が。この子のものになりたいんじゃないか。

 

 誰かの大切な人になるということは。

 誰かのものになるということ。

 誰かの大切なものになるということ。

 

 自分が自分だけのものじゃないということを知るということ。

 一人で生きてないってことを知るということ。

 自分が失われれば、その人が悲しむことを知って。

 その人が失われれば、自分が悲しむことを知って。

 自分と相手を大切にし合うこと。

 

 そういう、ことなんだろうか。

 

 結婚とかそういうのが、互いが互いを互いのものにする究極なら、これはそれのもっと手前の……お互いを少しだけお互いのものにする、関係で。

 例えば『友達』とか。

 ああいう名前が付く関係なんじゃないのか。

 

 誰かのものになった人間は、勝手にどこかで死んじゃいけない。

 そういうもののはずだ。

 造られた人間は所有者に無断で死んではいけないのと同じで。

 

 ほんの少しでも、仲間のもの、家族のもの、友人のもの、恋人のもの、そういうのにほーんの少しでもなった人間は、その人達に『死ぬな』とか言われたら、死んじゃいけないんじゃないか。

 そう、思う。

 

 

 あ。

 あれは……ギガスの足元に……おお!

 カフェちゃん!

 タキオン先生!

 ネイチャ様!

 全員無事だったのか!

 

 え?

 ギガスがもう全部倒したって?

 そう言ったのか?

 マジで何なんだあいつ。

 うわっマジで一体も残ってないな猿。

 ギガスがそのへん調べてるのは、万が一のための捜索とサーチか。

 

 そりゃよかった。

 これで安心して千葉に行けるな。

 目指すは申の神殿。

 この猿どもがどうしてこうなったのか調べに行こう。

 

 

 ところで二人はさっきからなんで無言で肘でド突き合ってんの?

 

 え?

 ふむふむ。

 カフェちゃんが納得しなくて俺を助けに戻ろうとしてたと。

 ありがとう。

 でも危ないから無茶せんといてね。

 

 そんでタキオン先生が止めようとしたと。

 おお。

 珍しく常識人じゃん。

 

 それで実験も兼ねて開発中だった睡眠薬をカフェちゃんで試したと。

 なんで???

 

 カフェちゃんはさっきまで薬の効果で目覚めてなくて、薬の効果で悪夢見せられてたと。

 大変だね。

 いや大変すぎんだろ。

 平然と同級生の身体で実験するな。

 今は100m超えてた第七世代化猿よりお前の方が怖いわ。

 さっき遠目にキックしてるやつとかわしてるやつが見えたのは見間違いじゃなかったんかい。

 

 そっかぁ。

 普段はカフェちゃん我慢してるけど今回は流石に怖すぎたのかぁ。

 ん?

 ホラーが見えるカフェちゃんが我慢の限界になる悪夢を見せる効果がある薬って何?

 何が見れんの?

 ……後でちょっとだけ飲ませてくれよ。

 

 うん、まあ。

 安全なところまで行ったら好きなだけやっててな、二人とも……!

 にらみ合うな。

 構えるな。

 どつき合うなら後でな!

 

 

 

 

 後でって言ってんだろ!

 

 ぬ。ネイチャ様。

 

 ……そんな"心底心配してました"みたいな顔で、ホッとした感じ出すなよ。

 

 いざという時、その時が来た時、俺が躊躇ったら……困るのはお前らなのに。

 

 

 お、筆談。

 ……いや。

 ポケットから取り出した紙にあらかじめ言葉が書いてある。

 つまり。

 彼女が先に書き起こしておいた、"言ってやりたかった言葉"……か。

 

『おかえり、キャプテン。無事で本当に良かった』

 

 ……。

 ……。

 ……。

 それだけ言いたかったのか。

 それだけは絶対に言いたかったのか。

 絶対に俺は無事だって、そう信じて、何も確認できない状態で紙にこれ書いて、ずっとポケットの中に入れてたのか。

 俺におかえりって言うために。

 俺の無事を信じるために。

 

 ……なんか。

 ナイスネイチャの性格出てるな、って感じだ。

 お前、いいやつだよ。

 掛け値なしに。

 

 ああ。

 ただいま。

 それと、ありがとな。

 

 

 

 なんかものすごくやりきった感出してんな姫。楽しそう。

 

 いや、実際やりきったんだけどさ!

 

 まあいいか。ギガスも戻ってきた。

 

 さ、乗り込んでさっさと行っちまおうぜ。

 

 

 

 

 さーて。

 何がいんのかな。

 中山レース場、か。

 

 

 

 

 何がいるのかわからない。

 が、不安もない。

 心強い。

 恐れがない。

 ギガスが強くなったからとか、そういうのじゃなくて。

 

 俺が俺で無くなって、俺が俺を見つけられたような、そんな気持ちがある。

 

 そうか。

 俺は。

 信じてるのか。

 自分を。

 隣の一人を。

 行く末の結末が、悪いものにならないことを。

 ……本当の意味で信じられるように、なったのか。

 

 信じられない者は不安と恐怖を得て、信じられる者は不安と恐怖を乗り越えられる。

 

 それは摂理だ。

 

 だから俺は今、不安を乗り越えられてるのか。

 

 へっへっへ、こりゃ、歌うか。

 

 きっといい旅になる。そう信じられるなら。いい旅には、歌がないといけない。

 

「光り輝く星の上 夜の闇は逃げ出して 空から人が舞い降りた―――♪」

 

 

 

 

 お。

 

 ライス姫?

 

 ……お前、リズム覚えて、作ってきたのか、自分の歌!

 

 

「e6ad8ce38186e38288e4b889e697a5e69c88e38080e4b880e4babae38198e38283e381aae38184e38288e38080e3818de381a3e381a8e38184e381a4e381bee381a7e38282e38184e381a3e38197e38287e381a0e38288e28095e28095e28095」

 

 そうそう!

 共通なのは曲だけ。

 出会った奴らが適当に、曲に合わせて歌詞を作って、同じリズムで歌うだけ。

 ちょっとのズレはご愛嬌だ。

 

 違う世界と。

 違う言葉と。

 違う文化を。

 一つの歌で繋ぐのさ。

 

「君が行こうとそう言った 僕は行くよと微笑んだ 足を降ろした星の上―――」

 

 

 

 ……!

 

 な、ナイスネイチャ!

 

 絶滅種のギャルが参戦した!

 

 分かってたが恥ずかしがり屋な割にノリは悪くないとか分からんやつだなお前!

 

 

 

「e5b9b3e587a1e381a7e38184e38184e38080e5b9b3e587a1e38198e38283e5ab8ce38080e3819de38293e381aae382a2e382bfe382b7e381aee68891e58498e38292e38080e58fb6e38188e38289e3828ce3828be381aee381afe382a2e382bfe382b7e381a0e38191」

 

 ははっ。

 こいつらめ。

 いつの間にか覚えてやがったな。

 ……サンキュ。

 こっちの文化に、俺の遊びに付き合ってくれて。

 

 

 最初は、俺の音一つで。

 

 俺の男声一色の歌で。

 

 

 そこにライス姫の声が、歌が加わる。

 どこか拙い発音。

 だけど丁寧で、小動物が精一杯頑張っているような、そんな旋律がある。

 俺の強い大人の男の声が、少女の弱くもハッキリとした可愛らしい声と引き立て合う。

 

 

 ネイチャの声が、包むような歌になって入ってくる。

 癖が強くなくて心地良い歌声が、俺と姫の歌を滑らかなものとして完成させてくれる。

 三人の歌が互いを邪魔せず、同じリズムで、違う歌詞で、一つの調和と共鳴を作っていく。

 

 ああ。

 分かるだろ?

 『これ』が好きなんだよ、俺。

 

 互いが何言ってんのか分かんなくても。

 互いの言葉がどういうものか分かんなくても。

 全員違う歌詞を歌ってても。

 最後に全部を合わせて、一個の歌が出来る。

 それが好きなんだ。

 

 俺達は違う人間だけど、違う心を持ってるけど、心を一つにすることだってできる生き物で、だから同じゴールに向かっていける―――そう、思えるから。

 

 俺は、これが好きなんだ。

 一緒に歌ってる奴らの誰も彼もを、好きになれるから。

 

当機も混ぜてください

 

 !?

 網膜に直接視覚情報が表示されて……ギガス!?

 あ、なんか音が流れてきた。

 

 

 お、お前。

 混ざりたかったのか……こういうのに……知らんかった。

 ってか気付いたけどお前が一番音痴だな。

 機神って音の理論的解析できるんだから普通音痴になるわけなくないよな?

 いやお前機械の癖にアレンジ癖強すぎない?

 まあ、いいか。

 

 タキオン先生、カフェちゃん、その辺に座ってゆったりしといてくれ。

 

 ゆっくりと行こう。

 

 ゴールはきっと、どこにも逃げたりしないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この旅は、レースのようなもの。

 ゴールで終わり。

 辿り着けば終わり。

 みんなで走るが、俺がゴールした時点で全てが終わる。

 

 勝者は居ない。

 世界が元に戻るだけ。

 誰かが得することはない。

 されど犠牲者の全てが戻る。

 敗者を無くすためのレース。

 

 俺の世界が救われないことを確定させて。

 

 もう一つの世界を救う結末を確定させる、選択のレース。

 

 勝者の世界と敗者の世界は、決定される。

 幸福と不幸の配分が決定される。

 

 俺がかつて多くの人達に触れた世界が。

 俺がかつて多くの人達と出会った世界が。

 俺の中に細かな蓄積を積み上げてくれた人達の世界が。

 俺と共に歌ってくれたみんなの世界が。

 

 俺に恩を仇で返されて、世界と共に終わるまでの、ひとときの旅。

 

 

 どんなに仲良くなっても。

 どんなに互いを信頼しても。

 どんなに感謝を積み上げていっても。

 最後にはさよならをして、時を戻して、全て忘れて、お別れだ。

 だから。

 

 

 

 最後に君にさよならを言うために、俺は終わりへと旅をする。

 

 

 

 これは、滅びた世界の物語。

 

 これは、滅びる世界の物語。

 

 最後のページだけが決まっている、ゆるやかで気の抜けた急がない旅。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『涙と共に死を数えろ』

 物心ついた時から、私には他の人には見えないものが見えた。

 透明だけど見える何か。

 普通の目に映らない何か。

 冷たくて、暗くて、静かで、穏やかで、どこか悲しくて、何故か淀んでいる。

 そんなものがいくつも、人と人の間を漂っているのが見えた。

 

 マンハッタンカフェ、マンハッタンカフェ、とこちらにいつも呼びかけている。

 あれは、なんなんだろう。

 貴方は、誰なんだろう。

 そんなことを考えながら生きてきた。

 

 

 気付いた時には、みんなが怖いと思う"そういうもの"が、あんまり怖くなくなっていた。

 

 テレビでやっていたことの受け売りだけど、生まれた時からずっと身近にあるものは、怖くないと感じるようになるのが当たり前……らしい。

 

 外国人は地震をとても怖がるけど、日本人は気にもしない。

 車は銃よりもっと恐ろしい人殺しの武器になるってテレビの人が言ってたけど、車が走ってても人はそっちを見もしない。

 「皆慣れきって忘れてるけどインフルエンザはとても恐ろしい病気なんだよ」と、授業で先生が言っていて、私もみんなも頷いていた。

 

 私が見ていた『あの子達』も、たぶんそう。

 みんなは見えないから、そういうものを恐れていた。

 ホラー映画も、私には怖さが分からなかったけど、みんな怖そうにしていた。

 でも私にはよく見えていたものだったから、何が特別に怖いのかよく分からなかった。

 

 

 

 「おばけがこわい」ってみんな言ってたけども。

 私からすれば、ほとんどはその辺りに浮いて漂ってるだけの『あの子達』より、簡単に人を害せるニュースの通り魔とか、そういうものの方が怖いんじゃないかと、そう思ってた。

 人の方がずっと怖いと。

 心のどこかで、ずっと思っていた。

 

 見えないあれらは、どこにでも居て。

 時に私を引きずり込もうとしたり、時に私を助けてくれようとしたりしてて。

 私が出会った『あの子』は、私にどこか似たもののように見えて……『あの子』と出会って、私はそれをきっかけに走り始めた。

 見えないそれらと、言葉を重ねた。

 

 だからみんな、私を頭のおかしい何かのように扱った。

 

 

 

 

 『そんなものはいない』。

 『気味が悪い』。

 『ただの幻覚』。

 『妄想』。

 『思い込み』。

 

 結論は決まっていた。

 私が何を言ってもそれが本当のことだと受け入れられることはない。

 『お前がおかしい』。

 それ以外の結論になることはなかった。

 

 私に優しくする人もいた。

 私に苛立ってる人もいた。

 私をバカにする人もいた。

 色んな人がいたけど、みんなが暗に言っていることは同じだ。

 『お前はおかしいから早く治せ』。

 言い方が違うだけで、態度が違うだけで、皆同じだった。

 

 『みんな』が見ている世界があって。

 『私』が見ている世界があって。

 みんなは、みんなと違うものに厳しかった。

 私は本当に見えているのに、私はいつも嘘つきだと言われた。

 本当のことを言ってるのに、嘘をつく悪者扱いだった。

 

 大人も。

 子供も。

 先生も。

 友達も。

 家族も。

 私を理解してくれることはなかった。

 私は一人になった。

 みんな、みんな、私がおかしいと、私が嘘つきだと結論付けて、それで『目には見えないものなんていない当たり前の世界』が正しいと信じて、私もあの子も居ない世界に戻っていった。

 

 みんなの後ろに、気が付かれないだけで気まぐれに時々、あの子達は溢れているのに。

 

 

 どこかで、自分自身すら否定して、みんなに合わせて生きてみたら、それだけでとっても楽に生きられると、分かってはいた。

 でも、そんなことはできなかった。

 

 私は、みんなには見えないあの子に走る楽しさを教えられたウマ娘だったから。

 いつも私の前を走り続ける、みんなには見えないあの子に勝ちたいと思ったウマ娘だから。

 それを幻だと否定されるのは。

 剃刀で心を削り落とされるような、そんな痛みがあった。

 

 

 ただみんなが当たり前に生きているだけで、辛かった。

 私の当たり前と違うみんなの当たり前が、私の当たり前を否定するのが痛かった。

 ウマ娘として私が走り出す理由になったあの子が、みんなの目には見えないあの子が、私の目にはいつも見えている大切なものが、存在しないと言い切られるのが、苦しかった。

 

 

 後に出会った異世界から来た彼は、『記述だな』と言っていた。

 

 その時の私はよく分からなくて、首をかしげてしまう。

 

 『記述』とは。

 文明が進めて行く作業であるらしい。

 個人が無自覚に行っていく作業であるらしい。

 そして彼の世界では、攻撃の一種であるとも定義されているらしい。

 "美味いコーヒーのお代だ"と彼は言っていたけど、たぶん私が何もしてあげてなくても、無料で教えてくれた気がする。

 

 『記述』とは。

 お前のこれはこうだからおかしい、と。

 これが常識だからお前は変だ、と。

 その幻覚にはこういう病名がありますよ、と。

 あなたの頭はこの治療で治せるものですよ、と。

 そういう心の疾患は誰もが一度は通るものでこういう名前がついてますよ、と。

 そういう風に、言葉で物事を記述する全てのことを言うらしい。

 

 文章にすればするほど。

 言葉にすればするほど。

 その言語を、その言葉を使う人達の常識の枠が押し付けられる。

 その人達の知らないものだったはずの、私の中にあったものが、その人達の常識に沿った枠に無理矢理押し込められていく。

 

 『お前はおかしいから治さないといけない』の一言の記述で済ませてしまわれるようになる。

 

 最後に『それがあなたのためだから』と記述して、それで終わり。

 

 『すてきなすてきな思いやりの優しい言葉』が、そうして完成する。

 

 その原因は、言葉は無限ではないからだと、彼は言う。

 言葉は有限。

 そして、使う人の常識に縛られる。

 だから記述は、レッテルになる。

 "こいつはこういうやつだ"という、理解しようとしないまま放たれた無情な言葉が、簡略化して貼り付けた記述は人を傷付けるのだと、彼は言っていた。

 

 たとえるなら、同性愛が異常であり、治療しなければならないという常識を持つ人間は、その常識に沿った言葉しか紡ぐことはなく、その常識に沿って『異常者』という言葉でのみその人を記述し、記述した通りに、その人を扱う。

 確かにそこに生きている人を『異常者』という三文字で記述し、それだけの人間であるとし、その人が抱える人間らしい苦悩の全てを無視するようになる。

 だから記述は攻撃の一種でもあるのだと、彼は言っていた。

 

 私は納得して、頷く。

 記述。

 言語によってなされるもの。

 有限の言語でしかできないもの。

 その人の常識に沿った形でしか行われず、相手を無理矢理決まった型に嵌めるもの。

 

 私はずっと、周りの人達に、『頭のおかしい異常者』だと記述されていた。

 

 言葉で、態度で、対応で、皆が私を、そう記述していた。

 

 私は、他人の常識で、他人の言葉で、他人に勝手に記述されることが、とても嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辛いことを飲み込んで一人で生きていけるくらいには、私は強かったらしい。

 別に、私の心が強いだなんて思えないし、平気で生きてられたことなんて、一度も無いけど。

 テレビで、周りに否定される毎日に耐えきれず自殺してしまった同年代の子のニュースを見たりしても、"私もそうしよう"だとか思うことは、無かったから。

 

 トレセン学園に行って、ちょっとだけ、一人の時間が減った。

 頭から私を否定しない人が、他の場所より多い場所だったから。

 

 息苦しく、生き苦しい、世界のどこにもあった空気が、あの場所だけは薄かった。

 生徒会の人に頼み込まれて、問題児のお目付け役を頼まれたこともあったけど。

 

 

 今思うと、断っておいた方がよかったと思う。

 本当に。

 なんで引き受けてしまったんだろう、私は。

 生徒会の人に普段からよくしてもらっていたから、二つ返事で応じてしまった。

 応じてしまったら、引き受けたのだからもう放り投げられない。

 最後まで面倒を見るしかなくなってしまうわけで。

 

 

 それがあんな問題児だなんて。

 想像もしていなかった。

 問題児と聞いて、ある程度想像はしていたけども。

 想像の百倍くらい問題児だった。

 気付くと初対面の私のコーヒーに、全身が七色に光る薬が混ぜられているくらいには、初対面からアクセルを全開で踏みっぱなしの問題児だった。

 

 

 『最近はタキオンさんの周りで何も爆発してないしあの人も成長したんだな』と思ってしまう自分が、あの人に完全に毒されていて怖い。

 感覚がものすごい勢いでタキオンさんに引っ張られてる。

 どうか助けてほしい。

 

 ああ、でも、そうだ。

 タキオンさんは科学の人だけど。

 そういう人は、普通、霊だとかおばけだとか、ああいうものを否定する人だけど。

 タキオンさんは、私に見えているものを頭ごなしに否定するとか、そういうことはしない。

 そういう人だった。

 だから危ない人だけど、あの人の言葉が私の心を削いだことはなかった。

 

 ……私の身体に薬を投与してくることは、あったけれども。

 私の心にダメージを与えないだけで、体にはダメージを与えてくる、ちょっとどころでなくはた迷惑な人だった。

 私が目を離すと何をするか分からないから、距離を取るのも迷ってしまう。

 悪い人ではないのだけれども。

 いや、一面的には悪い人なのだけれども。

 本当に困った人だった。

 

 

 そして。

 あの人が問題を起こすと、私がお目付け役としてちょっとだけたしなめられて。

 その後すぐに同情されて、励まされて。

 またタキオンさんが問題を起こして、私が溜息を吐く。

 そんな繰り返し。

 

 相変わらず、私と同じ世界が見えている人は居なかったけど……悪い毎日ではなかった……と、思う。

 

 今はもう無い毎日だけど、きっと私は、あの毎日が嫌いじゃなかった。

 

 

 朝、下駄箱の前で、靴を抜いでいる時に、不安じゃなかったのはあの学校だけだった。

 

 「今日は上履きを隠されてないだろうか」と思わないでいられた学校は、あの学校だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死んだ人がみんな、あの子達の仲間入りをするわけがない。

 だってそうなら、世界はとっくにあの子達で溢れかえっている。

 この世界で死んだ人は、今を生きていた人達より、ずっと多いんだから。

 

 だから世界が終わった後、たくさんの"なりそこない"が消えていくのが見えた。

 死んだ後に形を持つ条件は、よく分からない。

 

 強い意志を持ってると、形を保ちやすかったり。

 邪が過ぎると、世界にこびりついてしまったり。

 特別なものの周りでは、形を得やすかったりするらしいけども。

 私も"感覚的にそう思う"くらいにしか知らないから、よく分かっていない。

 

 タキオンさんは、そんな私の話から、小難しい理論を作り上げようとしていたみたいだけど。

 

 

 世界が滅びても、タキオンさんはタキオンさんだった。

 いつものように走り回って、いつものように実験をしてる。

 世界の真理を目指し、ウマ娘の真実を解き明かそうとしていた人は、そうして世界が壊れた理由を突き止めようとする人になった。

 ただ、タキオンさんの生活能力は本当に壊滅的だった。

 ここでも私は、だいぶ苦労することになった。

 

 

 その途中で、異世界から来たという人も現れた。

 

 私は生まれて初めて、"そういうの実在するんだ"という気持ちを他人と共有できたと思う。

 

 幽霊はいない。

 宇宙人はいない。

 異世界なんてない。

 そういうのがあるのは、漫画の中だけ―――そういう風に言われて、育ってきたから。

 

 私は、みんなが『無い』と言っている幽霊が見えるウマ娘のくせに、同じく『無い』と言われる異世界の人に驚いてしまって、驚いた自分にもちょっと狼狽えてしまった。

 

 幽霊に慣れ親しんだせいで、『実在を疑われるもの』が『実在していた』ことに驚く自分を想像できたことがなくて、私は私の知らない私を知った。

 

 

 優しい人だと思った。

 優しい人ではあるけど、大人と子供を混ぜたような歪さがあった。

 大人と子供の間の人なら、どこにでもいる。

 高校や大学に行けばいくらでも見られる。

 大人と子供を混ぜたような人は、彼以外に見たことがなかった。

 

 二つの違う形の粘土細工を、混ぜ合わせたような人だった。

 

 

 タキオンさんが面倒くさい助手自慢をしてくるくらい、思慮があり、落ち着きがあって、知識を沢山持っていて、大人らしく振る舞う人ではあったけれども。

 

 それと同じくらいには、忙しなく走り回る、余裕のない人という印象も強かった。

 

 私の目が正しいかどうかは……分からないけど。

 余裕がある大人の必要性を理解してて、余裕がある大人でいようとしているのに、色んな理由で余裕のある人にあんまりなれていないのが、あの人。

 余裕のある人間になろうとしていないのに、あんまりにもマイペースな人だから、それが逆に悪い大人っぽさに見えるのが、タキオンさん。

 

 そのせいで、タキオンさんの方がちょっとだけ大人に見える。

 悪い大人、だけれども。

 いい大人でいようとしているあの人が、結構幼稚なところもあるタキオンさんと比べても、あんまり大人に見えないのが、なんだか不思議だ。

 

 たぶんあの人は、自分がタキオンさんの面倒を見ていると思ってるんだと思う。

 ただ、どっちもどっちな気もする。

 

 

 一度、彼が破壊された街の中で、人が居るかもしれない可能性を見つけて、一も二もなく駆け出そうとしてびっくりしてしまった。

 タキオンさんが凄い勢いで追って連れ戻して来たから、更にびっくりしてしまった。

 結局それは勘違いだった。

 助けを求める人は居なくて、彼の早とちりだった。

 よかった……と言っていいのか、分からない。

 

 ただ、なんというか、タキオンさんが、タキオンさんより危なっかしい人を見て、余裕を失って助けに行くというのは、初めて見たから。

 なんだか、新鮮だった。

 

 いつも、何かをやらかしてすたこら逃げていくタキオンさんの背中を見ていた。

 他人がやらかしそうになっているのを追いかけるタキオンさんの背中は、見たことがなかった。

 私の知らないタキオンさんだった、けど。

 きっと私が知らないだけで、最初からそういうタキオンさんも居たんだろう、なんて思った。

 

 私も私でタキオンさんを『記述』していたのかと思って、反省をする。

 

 タキオンさんが他人のために必死な時、彼は追いかけられている方だ。

 だから必死に彼を追いかけてる時のタキオンさんは見えてない。

 だから。

 タキオンさんのこの背中は、私しか見てないのかもしれないな、なんて思った。

 

 だからかは分からないけれど。

 あの人の周りは、普段あの子達の中でも薄い方である人達も、とても濃くはっきり見える。

 形の無いものが、形を得やすい、そういう領域が、あるような?

 

 

 死が、濃い。

 とても濃い。

 真っ黒だ。

 

 彼は筆談で言っていた。

 カフェちゃんは真っ黒で綺麗だと。

 ちょっとだけ嬉しかった。

 

 ただ、私の目から見れば、彼の方がずっと真っ黒だった。

 死の黒。

 美しい黒。

 思いやりが染み込んだ、優しい黒だった。

 

 おそらく、いや間違いなく、彼は記憶を失う前から多くの人の死に触れている。

 悪ではなく、善の方向性で。

 だって、後ろの人達が一人残らず、彼を恨んでいないから。

 死んだ人をとても大切に扱っている人でないと、こうはならない。

 目には見えない多くの人が、死を迎えた後もなお、彼を優しく気遣っている。

 皆が皆、彼を引きずり込もうとはせず、彼を光の側に押し出そうとしている。

 それが見ていて、心地良い。

 

 

 "お友だち"は私が知らないことも知っているらしくて、彼を『救世主』と呼んでいて、私もそれに倣って救世主さんと呼ぶようにした。

 目には見えない彼らがささやく。

 彼は、忘れていることで耐えているのだと。

 忘れているから歩けているのだと。

 思い出したら耐えられないと。

 だから発言に気をつけろと、私にささやく。

 

 私の"お友だち"は、彼の周りに纏わるものたちと対話し、何かを知っていったようだった。

 

 けれど、教えてはくれない。

 聞いてみてもだんまりするだけ。

 なんでだろう。

 

 

 彼がまとう空気には、不思議な肌触りがあって、居心地は悪くなかった。

 むしろ、心地良かった。

 空気にトゲがなくて、不躾さがなくて、どこか優しくて、いたわる暖かさがあった。

 

 タキオンさんは「何しても怒らないだろうからいくらでも利用してやるか」みたいな態度でどんどん加速度的に横柄になっていってるけど、あれはあんまりよくないと思う。

 ちゃんと見ておこう。

 

 彼は私にしか見えないものを信じてくれる人、というわけでもなく。

 私を疑ってるわけでもなく、私を変なやつだと扱っているわけでもない。

 異世界の常識を理由に、私を普通の女の子のように扱ってくれる。

 それが心地良い。

 安心できる。

 

 この人は、何が正しいかではなくて、私が傷付くかどうかで言葉を選んでるから。

 私を傷付けたと思ったら、すぐ謝る人だから。

 安心できる。

 器用には生きられなさそうな人だと思うけど、優しくは生きられそうな人だった。

 

 でも、どうか、叶うなら。

 

 私達だけでなく、自分のことも大切にしてほしい。

 

 

 あんまり、自分のことを後回しにされると、見ていてあんまり気分がよくない。

 コーヒーが苦くなってしまう。

 

 ああ、そうだ。

 それにしても。

 あれだけは疑問だ。

 

 彼の後ろに居る人達。

 彼を護ろうとしている形ある魂。

 もう既に肉体を失っているはずのそれら。

 

 その中に、見覚えのあるものがあった気がした。

 まだ死んでいない人が居た気がした。

 見たのは一度だけだったから、見間違いかもしれない。

 でも、そうでなかったとしたら。

 

 あれはどういうことだったんだろう。

 

 

 

 妙に馴れ馴れしいライスさんと。

 ウマ娘ではない、ただの人間に見えたタキオンさん。

 彼の後ろに見えたあの二人は、誰だったんだろう。

 

 あの、もうひとりのライスさんと……耳も尾もないタキオンさんは……いったいなんだったんだろう?

 

 私はまだ、何も知らない。

 

 お友だちは、何も教えてくれない。

 

 空気に溶けるように漂いながら、ただただ私に、無知なまま正解することを求めている。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「これでは言うなれば……メジロ缶詰ですわ……」

https://twitter.com/swhoarrled/status/1457000262665576448
 本日日付変更と同時に世界滅亡杯は終了します。たぶんラスト投稿になります


 あれを……こう。

 ゲートを……こう。

 ああいうの作ったら、練習じゃなくてレースもできるのでは?

 

 

 そう思ったけどだいぶめんどいなこれ。

 ううん。

 よく知らん施設を思いつきで作るのはダメだな。

 ギガスの操縦しながら端末脳波操作で作れるようなもんじゃなかった。

 

 

 競馬知ってるからできる、って思ったけども。

 ウマ娘の体格に合わせるの、微妙にめんどくさい。

 いや微妙じゃねえわ。

 たぶんだいぶめんどくさいわ。

 

 

 頭の中で縮尺いじらないとダメだもんなあ。

 馬より横幅があるのに、馬より前後幅がない、高さは個人差あり、それがウマ娘。

 これ競走馬用のゲート知ってるからって作れるもんじゃねえわ。

 ウマ娘用の実物でも見なきゃダメだな。

 

 ……ん?

 

 あれ、もしかして、こっちの世界の馬小屋ってめっちゃ小さいのか。

 いや馬小屋自体ないのか?

 それともウマ娘用の安宿があんのかな?

 

 データ確認。

 確認終了。

 ……馬小屋で生まれた偉人、イエス・キリストと聖徳太子が、ウマ娘たちに出産を手伝って貰ったことになってる……なんだこっちの世界の歴史……クソ。

 めっちゃ本格的に研究したいな、これ。

 

 お。

 通信だ。

 ネイチャ様か。

 

 

 え?

 皆にデザート何がいいか聞いて回ってる?

 プリンがいいです。

 ネイチャ様の手作りプリンめっちゃ美味しいのでもっかい食べたい。

 

『e4bd95e3818be4bd9ce6a5ade38199e3828be381abe38197e381a6e38282e38182e38293e381bee6a0b9e8a9b0e38281e381aae38184e38288e38186e381abe38197e381aae38195e38184e38288e383bc』

 

 なんか優しいこと言われてる気がする。

 しかしネイチャ様は料理中。

 筆談は不可だ。

 こういう時の不便度合いはどうしようもねえんだよなあ。

 空気を読むしかない。

 

 美味しいごはん作るからもっと頑張れ! とかだろうか。

 ……どうだろ?

 ネイチャ様はもうちょっとゆるめに優しいこと言いそうな気がする!

 まあいいか。

 なんにせよ美味しいごはんが待ってる。

 頑張ろう!

 ならネイチャ様にもっと頑張れって言われたことにしとくか!

 

 

 あ。

 あんがと。

 あったけー。

 香りが良い。

 わざわざ甘くしてくれてありがとう。

 疲れが取れる気がする。

 

 しかしまあ……操縦席の横に喫茶店みたいな区画がある機神、世の中広しと言えどこのギガスだけだろうな……うん。

 

 

 街から色々と運び込んで器具で軽く固定するだけで、一時間もかからない喫茶店メイクが完了してしまった。何度見てもちょっと面白い。

 

 まあ、でも、確かに。

 機神で一番揺れないのは操縦区画なんだよな。

 いちいち操縦区画が揺れて操縦できなくなったら、一度でも揺れる攻撃を受けて以後、一方的に負けてしまいかねないものだし。

 大体の機神は、操縦するところが一番揺れないようにはなってる。

 コーヒー入れるなら確かにここが一番安全だよな。

 やけどもしないで済む。

 

 でも、なあ。

 やっぱ喫茶店の横で操縦してるのは違和感すげえって!

 

 別に悪いってわけでも実害あるってわけでもないんだが。

 こう、なあ。

 タキオン先生はどう思う?

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 いや、大したことねえな。

 ごめん喫茶店くらい全然大したことなかったわ。

 

 操縦席の横に実験室作ったやつが居たわ、ここに。

 

 

 信じられねえよ。

 操縦席の横に実験室作ったやつとか初めて見たよ。

 そこの棚に爆発物置いてんの何?

 操縦席の横に無意味に爆発物持ち込んだやつ初めて見たよ。

 なんで操縦してる俺の横で爆発しそうなやつ混ぜてんの?

 操縦席の横で爆薬混ぜてるやつ初めて見たよ。

 リスクマネジメントをどこに忘れてきた?

 遺失物届け出してこい。

 

 ふむふむ。

 へー。

 緊急性と即応性を重視、か。

 もしかして俺戦闘中に大怪我したらここで蘇生薬の実験台とかになるの?

 俺の肉体が研究設備で手当てされんの?

 マジで?

 効率的だね。

 助けてくれ。

 なんでお前の優しさとか気遣いはこんなキチガイじみた形で発揮されるんだ。

 

 っていうかここ本当に操縦席?

 もしかして何か俺が勘違いしてるだけでただのダベり場だったりしない?

 

 

 見ろよそこに置かれた冷蔵庫。

 なんだよ操縦席に置かれた冷蔵庫って。

 なんで中身が充実してんだよ。

 お菓子と飲み物がいっぱいあるね。

 なんだここはお前らの部屋か?

 

 私物持ち込みすぎだろ全員。

 このコタツいつ持ち込まれたっけ?

 なんかもう馴染みすぎて違和感すらねえわ。

 もう遊びに行きやすいダチの部屋か何かになってるわけ。分かる?

 この操縦席に俺もう夜食食いながら皆で雑談してるイメージしかねえんだよ。

 どうしてくれんの。

 

 特にこいつだよ、コタツのヤドカリか何かか?

 

 

 え。

 あ。

 はい。

 俺がいつもここに居るから皆ここに集まること多いのね。

 なるほど。

 俺そんなに寂しがり屋に見える?

 見えるんすか。

 そっかぁ。

 気を使わせてすんません。

 超絶白状すると一人でギガス運転してる時、横に誰かが居て筆談で雑談してくれるの、ちょっと……いや結構嬉しかったわ。

 

 寂しくない、ってのも嬉しかったけど。

 寂しくなくなったってのが、俺の寂しさとかそういうのを倒してくれるやつが居てくれるってのが、寂しさが無くなること以上に嬉しかった。

 俺の寂しさとかを気遣ってくれるやつがいることが嬉しかった。

 

 ありがとう。

 

 

 ……最近、ウマ娘の子達の感情とか表情とかが分かるようになってきた気がする。

 仲良くなれてきたからかな。

 そうなら、嬉しい。

 いや。

 嬉しい以上に、誇らしい。

 

 うむ、この辺の概念、大体分かってきた。

 なるほどなぁ。

 特定の場所に誰かがいつも居ればそこがたまり場になるんだな。

 仲良しグループで一人がよく特定の小惑星に居ると皆そこに集まるやつか。

 え?

 しない?

 中庭の自動販売機の前のベンチとかだとよくある?

 へー。

 中庭の自動販売機ってのがまず想像できねえ……調べとこ。

 

その無知が彼にとっての終局の序曲だった―――

 

 ギガス?

 適当なモノローグ出すんじゃねえ。

 クソ!

 一度進化したギガスの知能は差し戻せねえしさぁ!

 もうどうすんだよこいつ!

 この落ち着きのない知性と知能の高さ、まるで子供と大人が混ざったような厄介さ!

 

そのまんまあなたじゃないですか―――

 

 ……。

 ……。

 ……。

 野郎っ……!

 

 神格に到達してまず得た能力がレスバの強さかっ……!

 

 ふざけんな猛省しろっ……! 泣くぞっ……!

 

『あくまで当機の個人的見解としては、貴方のそういった性質を嫌ってはいません』

 

「それはまあ……ありがたいけど……」

 

『当機を進化させたのはライスシャワーです。

 しかし、それだけの話。

 今後も当機を操っていくのは、専門知識を備えた貴方であるべきです』

 

「……そうだな」

 

 他の子らに任せておける案件でもねえんだよな。

 さっきはタキオンに操縦席の横で爆薬弄るなと言ってたが、実際のところ俺が最良の操縦をしている限り、ギガスと能力を補完し合っている以上、もろに攻撃が当たることはない。

 当たったところで操縦席の内も揺れない。

 たぶん試験管からこぼれることすらない。

 操縦席の内まで揺れて爆薬が漏れて……ってなるようなら、もうとっくにギガスの防御機構の限界を超えてるから、俺達の死は秒読みになってるはずだ。

 

 

 亜音速まで加速しても、そのまま何かに衝突しても、たぶんこのコップの中のお茶に僅かなさざなみ一つ立つことはない

 

 ギガスの性能は十分だ。十分すぎる。

 

 なら、頑張んなきゃいけねえのは、俺の方だよな?

 

『ゆえに、貴方に更なる技能の強化を求めます』

 

「ああ、分かってる」

 

 流石ギガスだ。

 ちゃんと分かってる。

 ま、何でも言ってくれ。

 聞き流したりしねえよ。

 進化したお前の助言なら、どんなに辛辣でも必ず俺のためになるはずだ。

 

 

 いい助言を頼むぜ。

 こんな俺を心配してくれるような奴らを、全力で守りてえんだ。

 もっと守れる俺になりたい。

 なんだって言ってくれ。

 

『まず、当機には貴方に対する問題提起……人間であれば不満と言うものを提示します』

 

「俺に不満……どこに不満があるんだ?」

 

『シンプルに習熟度です。貴方の本来の乗機は飛行型。当機と技能がマッチしていません』

 

「……まあ、な。

 俺の技能は外部から入力したデータ式だ。

 長年の修行で身に着ける経験式とは違う。

 鳥を操作する技能は、馬を操作する技能には、せいぜい四割しか転用できねえ」

 

『まず、これまでの評価査定リザルトを両世界の娯楽概念をミックスした形式で表示します』

 

「は?」

 

 

 

 

 

 育成完了!

 

 

 

 B

 RANK

 

 

「当然の結果ですね。くっ、ボーボボに負けた……」

 

 

評価点 7655

 

 

   マイ・マスター(仮)

 

 通算戦績           

 

    5戦5勝

 

 主な優勝歴          

 『ライスお友達杯』

 『ネイチャ家事分担S』

 『カフェ救済カップ』

 『タキオン寄生先賞』

 『神殺しS』

 

 

 

 

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 

「お前……なんか口で言うほど俺のこと低評価してないな……」

 

『そうでしょうか? もっと上を目指せるはずです』

 

「これ俺への期待が高すぎるだけなんじゃないか……まー、頑張るよ」

 

『機体の期待ですね。ふふっ』

 

「まさかここまでの話の流れ全部これが言いたかっただけとかないよな!?」

 

 しかし、やるなあ。

 両世界の娯楽概念を混ぜて一つのものを作れるレベルの知性に到達してたか。

 確かにこれは膨大なデータを詰め込んだ俺の脳も、見覚えがないと言い切れる。

 おそらくどちらの世界にもこういうリザルト画面は無いだろう。

 斬新な創造物だ。

 創造物の創造物、って言っても間違いはない。

 

 

 大昔。

 機械ができず、人間にしかできないことの候補がたくさん考えられた。

 そこでは0から1を生み出す芸術的作業が挙げられてた、そうだが。

 もうたぶん、ビジュアルデザインとかなら俺の一万倍ギガスの方が上手そうだな。

 "機神"ってのはそういうもんだってのを、改めて実感する。

 

『この採点の内訳を説明します。それが改善作業の指針となるはずです』

 

「頼む。このリザルト下に並んでるのはなんだよと言いたいとこだが、説明まで待ってやる」

 

『賢明です。まずは―――いえ、一度中断しましょうか』

 

 え。

 なんで。

 なんか気分損なった?

 俺どっかで失言したかな。

 気分害してたらごめんね。

 

『ライスシャワーがこちらに向かっています。出迎えてあげてください』

 

「……あ、ああ、そういう?」

 

『応対が完璧であれば、評価査定を引き上げます。

 普段の良かったところと良くないところも話し合いましょう。

 できれば将来の展望も聞きたいところですね。

 また、ここまでの貴方の成績も彼女に伝えておきましょう。

 保護者にあたる存在を加え、高い視点から三人で彼女のために話すことに意味があります』

 

「三者面談か何か?」

 

 

 感覚リソース再振替。

 ……。

 本当だ、姫の足音がする。

 

「けど、あっちが急ぐ用とも限らないだろ?

 ギガスが考える俺の課題点をとりあえずざっと俺に伝えてもらってからでも……」

 

『ライスシャワーが来ているのに当機と話すのですか?

 あちらは女の子なのに?

 そんなだからダメなのですよ。

 判断能力の低下が見られます。査定RANKをBからCに落としておきますね』

 

「お前の指摘キッツ! 分かった、分かったよ、あっちと先に話してくるよ!」

 

 

 もうただの暴君だろ!

 なんかこいつ誰かに似てるな。

 誰かのトレースで進化した知性の舵取りをしてるのか?

 でも思い出せん。

 こういう時は大体記憶失う前の俺の知り合いの誰かだろうって感じだ。

 

 俺の面倒臭い脳の癖を理解できるようになってきたぞ俺。

 早く記憶全部戻ってほしいぞ俺。

 俺に対して一番面倒臭いの俺だぞ俺。

 

 

 よっ。

 どうした。

 ギガスの掃除はもう終わった頃だろ?

 何か用なのか?

 

 へ?

 このプリンを?

 俺に?

 この前めっちゃ美味そうに食べてたから?

 作ってくれたのか?

 ライス姫が?

 ああ……ネイチャ様が作り方を教えてくれたのか。

 

 "初めて作ったから形が変化もしれないけど"って言われてもな。

 ……言うほど変なところも見当たらないし。

 俺には美味しそうに見えるぞ。

 ちょっと形は違うように見えるけど、そんくらいだな。

 

「e38182e381aee381ade38081e38397e383aae383b3e3818ae38184e38197e3819de38186e381abe9a39fe381b9e381a6e3819fe3818be38289e38081e5a5bde3818de381aae381aee3818be381aae381a3e381a6e280a6e280a6e69c80e8bf91e7ac91e9a194e3818ce69f94e38289e3818be3818fe381aae381a3e381a6e3818de381a6e381a6e38081e882a9e381aee9878de88db7e3818ce5b091e38197e381afe382aae383aae3819fe381aee3818be381aae381a3e381a6e38081e38184e38184e38193e381a8e381a0e381aae381a3e381a6e38081e383a9e382a4e382b9e38081e3819de38186e6809de381a3e381a6e381a6e38082e5a5bde3818de381aae38282e381aee38292e38282e381a3e381a8e9a39fe381b9e38289e3828ce3819fe38289e38081e38282e381a3e381a8e38282e381a3e381a8e38197e38182e3828fe3819be381aae6b097e68c81e381a1e381abe381aae3828ce3828be381aee3818be381aae38081e381a3e381a6e6809de381a3e3819fe381aee38082e383a9e382a4e382b9e38282e38081e3818ae38184e38197e38184e38194e381afe38293e38292e9a39fe381b9e3828be381aee5a5bde3818de381a0e3818be38289e38082e3818ae58584e38195e38293e381aee5a5bde3818de381aae38282e381aee4bd9ce381a3e381a6e381bfe381a6e38081e3818ae38184e38197e38184e381a3e381a6e8a880e381a3e381a6e38282e38289e38188e3819fe38289e38081e381bfe38293e381aae381aee58886e38282e4bd9ce381a3e381a6e38081e381bfe38293e381aae381a7e9a39fe381b9e381a6e38081e38197e38182e3828fe3819be381aae6b097e68c81e381a1e381abe381aae3828ce3819fe38289e381aae280a6e280a6e381a3e381a6e38081e6809de381a3e3819fe381ae」

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 なんか、あれだな。

 こう。

 めちゃくちゃいい子なかわいい子に直球で好意の類向けられると、むずむずする。

 

 なんだろうかこれ。

 

 まあいいか。

 

 

 

 じゃ、いただきます。

 う……ん?

 ん……?

 ええと……ん……?

 あれ、なんだろうか、この味。

 

 うむ?

 タキオン先生?

 ライス姫の背後に回って、メッセージボードに文字書いて、何を……?

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 そっかぁ!

 うん!

 美味しいぞ!

 ありがとう!

 とっても嬉しいな!

 

 でももし次があるなら普通のプリンで頼むね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この状態の日本に普段から住んでるやつはそう思わないのかもしれないが。

 

 外野の俺だから思うのかもしれないが。

 

 海多くない?

 

 山多くない?

 

 海に囲まれた山ばっかの島国って……すごいな。

 

 生存者を見落とさない程度のペースで、ずっと海沿いに千葉目指して移動してるが、右手側にはずっと何かしらの海が、左手側にはずっと何かしらの山が見えてる気がする。

 

 

 ただ、おかげで破壊が酷くないところを当たれば、山の幸や海の幸を手軽に大量に補給できるのはだいぶありがたい。

 これだけ豊かな自然があれば、促成措置をしておけば、果実や魚類もあっという間に生育を終えるだろう。

 次にここを通る人達も食料に困らないはず。

 

 世界が崩壊してから、日数も経った。

 もう街の中の食料も、生の物から順に腐り始めてるはずだ。

 

 崩壊した世界の妥当が湧いている。

 破壊された文明の残骸を、時間が喰らい始めている。

 もう誰も入れ替える人がいないから、直す人がいないから、ただ残骸が崩れていくだけの街の光景が、胸の奥の方を締め付けてくる。

 

 

 

 廃墟だけの世界。

 壊れた後の世界。

 もう終わった世界。

 街は壊れた残骸で、残されたものも腐り始めて。

 なのに山や海は綺麗なままで、雄大な自然が広がっている。

 

 なんだかそれがアンマッチで、不思議に感じた。

 

 その内この廃墟も、山が生んだ緑の津波か、海が生んだ青い津波に飲み込まれて、どこかに消え去ってしまうんだろうか。

 

 そう思うと、砂の城が崩れるのを見つめているような、不思議な気持ちが湧いてくる。

 

 ちょっと視線を横に向ければ、廃墟の合間に、自然動物の楽園がある。

 

 

 山から降りてきたやつ。

 街で飼われてたやつ。

 ペットショップや動物園から逃げ出してきたっぽいやつ。

 双方の世界から、融合した世界に転がり込んできたやつら。

 人間が居なくなった後の畑や食料品店を、はちゃめちゃに食い荒らしている。

 

 ああ、そういえば。

 大昔の戦争だと、戦争で負けそうになると、動物は殺処分してたんだっけ。

 逃げ出すと危ないから。

 

 ……どうすっかな。

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

「踏むなよ、ギガス」

 

『勿論』

 

 本当に危険そうなやつだけ隔離して、後は放置しよう。

 全部殺しながら進もうとすれば、できるんだろうけども。

 それで抑えられる、俺達以外の人間のリスクってのはあるんだろうけども。

 

 悪い。

 ギガス。

 私情だ。

 

 

 この子達の見てるとこで。

 そういうこと、あんまりしたくない。

 悪いな。

 俺の勝手だ。

 合理的な思考じゃねえとは思うけど。

 俺が"そうしたい"からそうしたい。

 先を急ごう。

 

 ……人間だけに生きる権利がある、ってわけじゃあねえもんな。

 

 ? ネイチャ様から通信?

 は?

 タキオン先生がなんかエンジンルームで興奮してる?

 あ、はい。

 いつもの病気ね。

 

 

 ごめんタキオン先生止めといて。

 ありがとな。

 最近ただでさえ食事とか洗濯とか任せっぱなしなのに。

 ……。

 サンキュ。

 助かる。

 こんなに心強い"助け合っていきましょ"はそうそう無い。

 

 また暇な時に異世界料理教え合おうぜ。

 

 

 

 地理的には、もう千葉に入ったな。

 

 ええっと。

 

 こうだから。

 

 位置がここで、こうなってて。

 

 

 ☆=現在地

 ①=丑の神殿/福岡県北九州市小倉南区/小倉レース場/ごはんが美味しい

 ②=寅の神殿/兵庫県宝塚市/阪神レース場/なんかでかい噴水がある

 ③=辰の神殿/京都府京都市伏見区/京都レース場/三冠クラシック菊花賞!

 ★=申の神殿/千葉県船橋市/中山レース場/【目標地点】

 

 

 んー。

 もうちょっと拡大して。

 こうか。

 

 

 

 

 ☆=現在地

 ★=申の神殿/千葉県船橋市/中山レース場/【目標地点】

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 ふっ。

 やーべ。

 このバカ丸出しの移動経路誰にも見せられねえな。

 一回道順間違えて海飛び越えてるもん。

 自分で見ててもアホだと思うわ。

 殺してくれ。

 

 ギガスの要望を聞いて訓練しすぎた。

 集中を変なところに割きすぎた。

 ギガスもギガスで目的地に辿り着けるなら別にどんな道でもいいだろうと思ってるし。

 これはマズいな。

 進化してすぐの『性能は高いけど安定して自分を行使できない人工知能』と、『記憶を失っているから自分を満足に使用できない男』のコラボレーション。

 最悪では?

 

 ん?

 ……。

 来たか。

 

 

 まだ、遠いが。

 ()()()

 

 

 予想してた通りではある、あるが。

 それでも背筋がピリッとする。

 飛んで来たのは、予想通り申の神殿から。

 お嬢さんがたを不安にさせず、安心安全で乗り切ろう。

 

 さて。

 申の神殿。

 そこに居るのは、誰だ?

 

 

「ギガス、皆に警告出せるな?」

 

『問題なく』

 

 俺が出した指示通りに、ギガスが皆の視界の中に表示を出す。

 

 ギガスの中に居る限り、全員がギガスの投影機能の範囲内に居る。

 

 ギガスのスピーカーから音声を流したって良いが、俺達は筆談で繋がる仲間達だ。

 

 視界の隅っこに、情報が出てくる文字盤があった方がいいだろう。

 

- 戦闘注意(CAUTION) -

 敵性存在攻撃確認

 全機能解放:操縦権を移行

 

 

 さて、と。

 

 俺が乗ってる時の、ガチの戦闘シフトのギガス。

 

 何気にこれは初めてか。

 

 じゃあこいつが、"俺達"の初陣かね。

 

「戦闘開始。システムを完全に切り替えろ。俺達の本職じゃあないが、俺達のすべき仕事だ」

 

 視界に投影される文字情報が、置き換わる。

 

- 戦闘警告 -

 戦闘開始:衝撃に備えて下さい 

 

 さて。

 

 やったるか。

 

 行くぞ!

 

 

 ミサイルが殺到し、群がると同時に爆発していく。

 

 なんともまあ。

 

 派手な爆発だ。

 

 市街地レベルでの戦闘に使うような兵器としては、十分すぎる威力がある。

 

 けどまあ、当たらんがな。

 

「おう、おう、こりゃ御挨拶だな。だいぶ素敵な歓迎だ」

 

 

 このくらいの弾幕なら。

 

 今の俺とギガスには当たらん。

 

 『本格化』によって『神格』に到達したギガスには、全てが見えている。

 

 俺は、進化したばかりで自分を安定して使えないギガスを支えてやるだけでいい。

 

 まるで、馬に乗る騎手のように、この名馬を乗りこなすだけでいい。

 

 敵は機神。こちらも機神。だから、必勝には人の助けがあればいい。

 

 

 するりするりと、かわして行くぞ、ギガス。

 

 多少手を合わせれば分かる。

 敵も機神。

 神殿に組み込まれた機神だ。

 建物と化した機神のタイプ。

 

 そう分かる時点で、相手は人間じゃない。

 機神は人間の長所を取り込んだ純デジタルだ、が。

 人間の脳はアナログとデジタルの混ざったシステム。

 肉のコンピューターであり、電気のコンピューターでもあるものだ。

 それが接続された機神のルーチンは、多少動きを見れば分かる。

 事実、向こうの機神は俺達がそうであると把握してるはずだ。

 

 あっちには人間が居ない。

 俺達を攻撃してるのは人間じゃない。

 

 ……ハズレか?

 あの神殿には誰も居なくて、機神がオートで攻撃してきてるってことだよな。

 

 いや。

 思い込みはよくない。

 先入観は勘違いを生み、勘違いは死をもたらす。

 

 俺が上流階級だと思ってたライス姫は姫だったか?

 いや俺の中ではまだ姫だけど。

 上流階級の存在ではなかった。

 最初のビビりはてんで的外れだった。

 いや俺の中ではまだ姫だけど。

 先入観を捨て、かつ推測は止めず、柔軟な思考で、姫を守っていこう。

 よし。

 

 

 慎重に進みながら、距離を詰めるぞ。

 

 どうも神殿周囲にバリアの類が貼られてるくさい。

 

 それを抜けるまで一発も貰わないよう、処理能力を過不足なく割き続けるんだ。

 

 

 ミサイルなら、まあ。

 

 光速度ミサイルでも温存してねえかぎり、どうとでもなるだろう。

 

 この分ならあっちからの攻撃は問題無い気がする。

 

 だから後は、ライス姫らの方にも気を配りつつ、神殿のバリアを抜ける方法を見つける。

 

 一発も攻撃もらわず、機体をあんま揺らさないようにして、時間をかけず勝つ。

 

 それが一番大事なことだ。

 

『東北側に防衛システムの穴があります』

 

「は? 神殿クラスの設備に穴なんて生まれるわけないだろ。統合論理防衛機構だぞ?」

 

『どうやら故障しているようです。ここから攻略が可能と推測します』

 

「ははーん。世界衝突の影響か何かか。こいつぁツイてる」

 

 完全稼働状態の神殿が敵になってる、って時点で最悪の不運だったが。

 まーた最高の幸運が来たな。

 不運がまた幸運に負けてる。

 笑っちまうぜ。

 論理的に考えて、これでライスシャワーが幸運をもたらしてないってのはありねえよなあ……おい……!

 

『狂言はチラシの裏にでも書いておいてください、目を通しておきますので』

 

「e38193e381aee4babae6a98be3818ce8bba2e3818ce381a3e381a6e38282e383a9e382a4e382b9e38195e38293e381aee5b9b8e9818be381aee3818ae3818be38192e381abe38197e381a6e3819de38186e381a7e38199e381ad」

 

「e381b2e38081e590a6e5ae9ae381a7e3818de381aae38184e280a6e280a6」

 

 カフェちゃん、ライス姫、椅子に座ってろー。

 ネイチャ様らも戻って来たか。

 ギガス、しばらく一人で回避してられるな?

 

 俺が神殿に入って全部止めてくる。

 その間だけ皆を頼んだぞ。

 

『了解しました』

 

 外は爆撃の雨。

 ただギガスを狙ってるから合間を抜けるのは難しくなさそうだ。

 日々ウマ娘と一緒に走り込みしたりして走法を極めてきたこれまでを、なんかいい感じに形にしてやるっ……形に出来たらいいな。

 

 

 せっせこせっせこ。

 しゃかしゃか。

 こそこそ。

 

 ……。

 爆撃の合間を抜けていく、最高にスタイリッシュなヒーローみたいな絵面になる……と思ってたが……だいぶゴキブリだなこれ。

 めっちゃ叩かれてるけど全部かわしてるゴキブリ。

 六割くらいゴキブリだ。

 ……。

 くそっ。

 仲間にかっこいいとこ見せてえなあ。

 なんて俗っぽい欲求持ってるんだ、俺は。

 反省しとこう。

 

 

 よし、神殿まで辿り着いた。

 ……。

 マジでバリアがこの方向だけないな。

 なんでだ?

 システムがこの区画だけ完全にぶっ壊れてる。

 ドアのロックさえ無い。

 これじゃ、原始的な鍵だけかけた扉よりガバガバだぞ……?

 

 

 

「どういうことだ……? なんでここだけセキュリティ壊れてんだ……?」

 

 

 

 

 施設に目立った損壊はない。

 世界衝突の影響で壊れた可能性は否定された。

 無傷の神殿の、その一角だけが破壊されている。

 内部のシステムデータだけ、丁寧に、かつ念入りに。

 

 ……破壊工作、か。

 

 それ以外にありえない。

 

 何者かがこの神殿を制圧していた。

 そこに別の誰かが攻撃を仕掛けた。

 おそらく攻撃は最高レベルの電子戦攻撃。

 第八世代相当になったギガスでも抵抗は難しい、そういうレベルのものだったはずだ。

 

 でなければ神殿のシステムは壊せない。

 神の坐す聖域は、何より堅いシステムで守られてるから。

 と、なると。

 ここのシステムを破壊した、そいつは。

 ギガスであっても、簡単に破壊できる可能性がある。

 

 ……警戒しといた方がいいな。

 機神すら破壊するとは。

 そいつは俺みたいなギリギリのやつじゃない、本物の神殺しに違いない。

 

 お。

 伝言板か。

 なんか情報残ってねえかな。

 ここに来た奴が何か書き残してるかも。

 そうだったら、ここで何があったか特定するチャンスだ。

 今は何でもいいから情報が欲しい。

 お。

 一個だけ書き込みがあるな、どれどれ。

 

 

 

 『触ったら何もしてないのに壊れました 直せるでしょうか ミホノブルボン』

 

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 お前誰だよ!

 前も見たぞこの名前!

 二度目じゃねえか!

 三度目があったら流石に真顔になるからな。

 

 まあいいか。

 罠じゃなけりゃ望外の幸運だ。

 この壊れたところから、神殿の中に入っていける。

 

 よし神殿の制御室に入れた。

 ここに配電盤があって。

 ここに制御盤。

 ここがこうで、そこがああで。

 はい。

 無力化。

 さようなら、防衛システム。

 

「ふぅー」

 

 俺の専門はこっちなんだよな。

 ぶっちゃけ肉体あんま使わない人間だった……ような気がするし。

 機械弄る方が手に合ってる……気がする。

 覚えてないんだけども。

 

 とにかく、予想以上に上手く行ったな。

 もうちょっとしんどいことになるのも覚悟してたが。

 怪我人0でここを掌握できたのは、事前想定と比べると奇跡に近い。

 

 まだ動く神殿が手に入ったのは、ちょっと期待してなかったレベルの幸運だ。

 

「ギガスに連絡入れて、と、よし。まず、軽く神殿を調べてみるか……」

 

 誰かが居たはずだ。

 誰かがここを使っていたはずだ。

 ウマ娘の皆の世界の人間以外、全てを殺そうとしてたやつが。

 猿を俺達が居たところに送り込んでたやつが。

 

 む。

 猿の制御端末の部屋だ。

 止めとこ止めとこ。

 お。

 俺達以外は誰も襲われてないのか。

 ……よかった。

 それが心配だったんだ。

 ほい、機能停止。

 これで猿に殺されるやつは0のまま終わり、と。

 室内マップで一番大きな部屋は、この扉の向こうか。

 

 

 おお。

 なるほど。

 バリアに当たった光をねじ曲げて、集めて、神殿の中の一部に誘引して、そこを『いい景色の庭』に改装してるのか。

 そりゃ広い部屋になるわ。

 

 ここは、リラクゼーションルーム?

 違うな。

 この壁の分類番号……ここ会議室か。

 

 打ち合わせの最中に美しい庭を眺めていたかったんですかね。

 風流。

 人間的というかなんというか。

 発案者は人間らしいがそこそこおバカな感じがする。

 

 っと。

 ここのテーブルの上にある、紙は……?

 

 

 メモ。

 いや。

 手紙、か。

 誰かにあてた手紙……か?

 読める字、ではある。

 誰かが誰かにあてた手紙か?

 

 

 

 失敗したのか成功したのかも分からない


 どうしてこうなってしまったのか


 私は救いたかっただけだ


 何を犠牲にしてでも


 私は壊したかっただけだ


 でも何故壊したかったんだろう


 これは危険だ、私は気付かなかった


 次に目覚めた時、私は私なのか


 分からないがおそらくは最悪に至る


 せめて彼女らは助けたい。宝物は黒い部屋に


 あの人が、貴方が、来てくれればきっと


 いいえ、必ず来てくれると信じます


 これを読んでいるのが貴方だと


 信じています。私のヒーロー


 ロックを解除するパスワードは


 貴方が好きだったあの黒い馬

 

 

 

 ……これは。

 なんだ?

 誰かから誰かへの伝言?

 通達?

 連絡?

 ……遺言?

 

 

 

 

 紙自体に他の仕込みはない、か。

 ふむ。

 紙にインクで記す形式。

 ウマ娘さんらの世界のメジャー形式だ。

 俺達がいつも筆談で使ってるやつ。

 

 圧縮情報を使ってないあたり、俺とは同郷じゃない?

 いや、それも早計か。

 状況が許さずこれでしか伝言を残せなかった可能性もある。

 時間が許さずこれでしか伝言を残せなかった可能性もある。

 今は考えても分からないだろうな。

 

 それにしても。

 黒い部屋。

 なら、こっちか。

 神殿内の地図を見て、と。

 

 一冊制暗号。

 one-part code。

 alphabetical code。

 最も基本的な暗号の一つ。

 俺達の世界では、もう幼児の玩具くらいにしかなってないもの。

 

 その典型事例として、『BLACK』は『CAA』に相当する。

 神殿内の地図を見て、綺麗に別れた区画、そのそれぞれの位置を、縦・横・奥行きの三つの座標軸の上のどの位置にあるか、で仕分ける。

 一番最初はAAA。

 最後は最大ZZZ。

 ここは三軸が八個ずつに分かれた正立方体の施設だから、AAA~HHHまで分けられる。

 

 Cを『X軸の三番目』、Aを『Y軸の一番目』、Aを『Z軸の一番目』と見て、と。

 最も妥当な部屋にあたりをつけて、そこに行ってみればいい。

 

 そこに行って。

 

 パスワードを入力して。

 

 そうして。

 

 ……俺は、なんでパスワードを入力したら開くと確信してる?

 

 なんであの暗号の解き方はこれでいいと確信してるんだ?

 

 なんだ。

 俺の中の知らない俺。

 俺が忘れてる俺。

 俺が俺を突き動かしてる。

 なんだ。

 その部屋に何が……誰が居るんだ?

 

 進んで。

 歩いて。

 突き動かされて。

 俺は厳重なその扉を、パスワードを用いて開き。

 『ライスシャワー』と入力して開いたその扉への違和感と納得の正体も理解できないまま、その扉を開いて。

 

 

 その向こうに行って。

 

 そして。

 

 彼女らを見つけた。

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 双子の姉妹の方ですか?

 

 いや。

 この顔。

 面影がある……っていうか、見覚えがあるな。

 めっちゃある。

 五年くらい見てない顔だったが。

 

「マクドさん?」

 

「誰ですのわたくしを昔のあだ名で呼ぶのは! ……あら? もしかして……」

 

 馬の耳が生えていない方の少女がハッとして、俺の顔を見て驚いて、じんわりと涙を目尻に浮かべて、唇を震わせる。

 

 間違いない。

 

 イーロイ博士の孫娘と……そのそっくりさんのウマ娘?

 

 世界と世界を繋げる装置を完成させたあの人の、孫娘さんだ。

 

 え、どういうこと? 何故同じ顔? ……平行世界の同一人物?

 

「お祖父様の所有していた……いつも私に優しくしてくれてた、新型製造体の……」

 

「覚えててくれたのか。いや、新型だったのは当時の話で今はもう―――」

 

「お、おおおおおお! ようやく……ようやく知っている人に出会えましたわあああ!!!」

 

 こらこら。

 

 こらこら。

 

 抱きついてくるんじゃない。

 

 びっくりして心臓止まっちゃうだろ。

 

 マクドさんにそっくりなウマ娘の人! 助けてくれ!

 

「e38282e38186e381aae38293e381aae38293e381a7e38199e381aeefbc81efbc9f」

 

 

 




杯期間最終投稿です。みなさんお疲れ様でした


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「マックでもマクドでもありませ……いや、そうでもあるのですが……!」

メリークリスマス(ギリギリ)


 『これはあくまでアグネスタキオンの私見、という体で読んでほしい』

 

 『存在が近似である二名が世界融合の結果出会うという可能性は、低いが無いわけではない』

 

 『まず、存在の近似、外見的酷似者の発生の可能性だけど』

 

 『我々の世界は兄弟のようなものだという話をしただろう?』

 

 『文明レベルに大いに差があってなお、我々の世界は近かったと思われる』

 

 『装置の事故で真っ先に衝突したくらい、近い世界だったわけだしね』

 

 

 『ならこういう存在が居るのもおかしなことではない』

 

 『"ウマソウル"を持つ、持たないしか違いがない、平行世界の同位体』

 

 『人間とウマ娘という違いしか持たない同一人物、と言ってもいいかな』

 

 『彼女は確か』

 

 『名門メジロの御令嬢、メジロマックイーンだ』

 

 『それなりに話題になるウマ娘だったと記憶しているよ』

 

 『それともうひとりが、君がマクドちゃんと呼んでいた方か』

 

 『この二人がそういう存在であることは疑いようがないね』

 

 

 『と、なるとだ』

 

 『何故、この二人はここに閉じ込められていたのか』

 

 『何故、この二人でセットでここで守られていたのか』

 

 『そこは気になるところだね』

 

 『深い理由があるのかないのか』

 

 『我々には事情を推し量れないから』

 

 

 『この手紙は明らかに君宛だ』

 

 『でなければ君だけにあの二人を助け出せるようにしてあるわけがない』

 

 『君用の暗証番号だけがある、つまりこの手紙の主は君だけを信用していたということだ』

 

 『君以外の誰も信用できなかったのか』

 

 『あるいは、君以外に信用できる人間が居なかった』

 

 『なんにせよ』

 

 『この人物が関わった何かが原因で、あの猿は人狩りに動いていた可能性が高い』

 

 『あくまで相対的に、だがね』

 

 

 『この人物はかなり精神的に不安定だったようだ』

 

 『記述に関しては信用しないのも手ではある』

 

 『有史以来、間違った記述からの資料汚染はずっと付きまとう問題だからね』

 

 

 『ただ、総合的に判断すれば、全て間違っていたとも思い難い』

 

 『何故なら、この手紙の書き手は君に彼女らを託し』

 

 『彼女の片割れが、君を知っていたからだ』

 

 『君に彼女を託した理由もこれで理解できる』

 

 『同時に、頭のおかしい人物が発狂して行った愚行という可能性も下がる』

 

 

 『記憶が僅かに戻ったんだろう?』

 

 『何故なら君は、今日まで彼女のことも忘れていたはずだ』

 

 『彼女と出会って初めて、君は平行世界に繋げる装置の開発者のことを思い出した』

 

 『蘇った記憶はほんの一部だけ? ふむ、そうか』

 

 『できれば平行世界に干渉する装置の詳細も聞きたかったが』

 

 『無理をさせるつもりはないさ。君のペースで思い出していけばいい』

 

 『君に無理をさせるとろくなことがなさそうだ』

 

 『おやなんだねその顔は』

 

 『まるで私が、君同様に無理をさせるとろくなことがない人間みたいじゃないか』

 

 

 『こら筆談の途中だぞ、ちゃんとこの紙を見るんだ』

 

 『作業を再開するんじゃない、こっちを見たまえ』

 

 『見ろってば!』

 

 

 

 なるほど。

 流石タキオン先生、真っ先に神殿に飛び込んできて考察を乱雑に書き綴ってる。

 いやすごいなこいつ。

 賢いのにバカだ。

 恐れ知らずの研究者肌。

 できればもう少し内部調査が済んでから突撃してきて欲しかったですね。

 

 ちょっと待っててくれ。

 ええと。

 ここの制御盤からだと制御は……取れない。

 ううむ普通に制御室から一括で制御取れないのは流石神殿って感じだな。

 

 ええと、蔵書室入って。

 ここはデータベースに接続されてるはずだから。

 よし、されてる。

 ライブラリにアクセスして。

 データ流し込んで。

 ライブラリに仮想領域作って。

 一部のライブラリを内部で動くCPU扱いにして、と。

 よし。

 これで神殿の機能を全部掌握できるかな。

 あと一時間くらいの作業は要るが、目処はついた。

 

 

 大人しくしてなさい。

 いい子だから大人しくしてて。

 え?

 ライス姫達も来た感じ?

 カフェちゃんもネイチャ様も?

 全員来てんじゃん。

 うける。

 うけないが?

 大人しくしててくれ~……いや、まあ、心配されてるのは分かるんだけどさ。

 認めたら、なんかむず痒いんだ。

 

 ん?

 

 

 あ。

 

 

「e3818ae58584e38195e38293efbc81e38080e38182e381a3e38081e38288e3818be381a3e3819fe38081e38288e3818be381a3e3819fefbc81e38080e784a1e4ba8be381a0e381a3e280a6e280a6efbc81」

 

 わぁ、速いね。

 

「これやばそう」

 

 ちょ、ライス姫、ライス、ライスシャワー!

 減速減速!

 その速度は……うおおお! 生体素子起動!

 

 

「おうっふ……!」

 

 すごい勢いで突っ込んできたな……!

 なんとか受け止められた。

 セーフ。

 なんとかセーフ。

 なんだこれは。

 もう鋼鉄のボールでドッジボールでもしてたのかって気分ですよ。

 

 

 おーよしよし。

 おーよしよし。

 どうしたどうした。

 

 ……。

 ……。

 ……。

 うーんまあそうか。

 ミサイル飛び交う中で俺が生身で一人で出て行ったらそりゃ心配になるね。

 そりゃそうだ。

 心配かけてごめんな。

 

 

 ごめんて。

 許して。

 後でなんでもするから、な?

 しかし全員来ちまったか。

 うーん。

 まあもう安全は完全に確保できたからいいんだが。

 

 うし。

 全員来たらここで説明済ませちまうか。

 時間もいいしその後飯にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくかくしかじか。

 というわけでみんな。

 仲良くしてあげてね。

 

 

 一名除いて全員「そんなことある?」って顔してんの逆に面白いな。

 

 そりゃそうなるわ。

 

 残り一名はつまんない話になりそうだからって寝てるけど。そんなことある?

 

「事前に知っていたとはいえ……"ウマ娘"とやらがこれだけ居ると圧巻ですわね」

 

 

 ああ。

 マクドさんはあんまウマ娘と出会ってないのか。

 初期段階からあの扉の向こうに避難させられてた感じかね。

 異世界の見知らぬ獣人を見た! みたいなもんだからそりゃ驚く人も居るか。

 

 人間のマクドさん。

 ウマ娘のマックさん。

 

「マクドさんはマックさんと二人で話してた感じか?」

 

「どういう略称セットですの!?

 ええ、まあ。

 平行世界の同一人物……

 話も合いましたし、互いの世界について教え合える親友のようなものですわ」

 

「……同じ顔の親友って、双子みたいだなあ」

 

「実際双子のようなものですわね。

 互いの考えることもなんとなく通じ合うのです。

 他の異世界の方とは、まるで話が通じないのに。

 道理を飛び越えて共鳴しているような、そんな感覚です」

 

「奇妙な観測現象だね。後でタキオン先生と調べてみるよ」

 

「お願いします。貴方なら信用が置けますわ」

 

「そう言われるほどの者では……」

 

「またまた、ご謙遜を。ご自分の貢献を忘れたわけではないでしょう?」

 

「それがなんとも。どうも記憶喪失になっちゃったみたいなんだな」

 

「……えええ!?」

 

「とりあえず長話になる前に、食事にしないか?」

 

 食事食事。

 神殿の機能を起動。

 食堂を動くようにして、と。

 お。

 すげえな。

 食料が大分確保されてる。

 神殿に最初からあるやつだけじゃないな。

 世界が融合してから確保された食料もある。

 こりゃ、拠点にするには十分だ。

 

 

 おお……!

 ナイスネイチャが燃えている……!

 顔に出さずに燃えている……!

 なんか真剣に献立考えてる……!

 一気に広がった料理の幅に、この人数の飯をどう作るかに燃えている……!

 

 え?

 ネイチャ様一人で飯作るの?

 俺も手伝……え、ダメ?

 一人で危ないところに突っ込んでいった罰?

 しゅん。

 ごめんよ。

 

 『大人しく休んでなさい』って言われてる気がする。

 面倒見の鬼、ナイスネイチャ。

 ナイスねーちゃんに改名しろ。

 

 ん?

 メジロマックイーン、マックさんか、どうした?

 ああ、ちょっと話したい感じか?

 構わんよ。

 不安が解消されるまで話に付き合おう。

 

 

 まあ。

 そりゃ。

 そうだわな。

 突然放り込まれるには、この環境は不可解すぎる。

 

 見知らぬ異世界の男、それも言葉が通じない相手に命運を預けるのは不安すぎるよな。

 怖がるくらいが普通だ。

 いくらでも、なんでも、聞いてくれていいぞ。

 俺には応える用意がある。

 君が安心するまで、俺は応じよう。

 

 ふむ?

 俺に聞きたいことがあるけど、それが多いわけ……じゃないのか。

 はて。

 

 ……。

 ああ。

 "知ってほしい"のか。

 俺に、メジロマックイーンを。

 まず自分から、自分のことを教えようと。

 そこから相互理解の取っ掛かりにする、と。

 なるほど。

 いい子……というか、教養がしっかりしてる子だな。

 不安だろうに、まず根掘り葉掘り相手のことを聞くんじゃなくて、まず自分のことを教えて、そこから信頼を育てていくスタイル。

 

 なんてこった。

 この子、人間が出来ている……!

 ちゃんとした家庭で育てられてる感じがビンビンする。

 文化レベルに差があってもそういうのは分かる。

 あっちの世界の21世紀の人間が11世紀のお姫様見たって、そういうのは分かるのと同じだ。

 

 ほうほう。

 メジロ家。

 なるほど。

 ウマ娘の家が。

 へぇー。

 メジロの悲願。

 つまり、優秀なウマ娘が集められた名門のウマ娘一族・メジロ家があって、マックさんはそこの一人……?

 おもしれー。

 アスリート一族のウマ娘一族版みたいな。

 愉快だなあ。

 

 マックさんはその家だとどんな感じの位置付けなん?

 ん?

 携帯端末?

 これは、オンラインの検索エンジンかな。

 

 なんか見せたいのか。

 どれどれ。

 

Gogooleについて ストア

 

 

Gogle

 

 

   メジロマックイーン  

メジロマックイーン デビュー

メジロマックイーン 期待

メジロマックイーン メジロ家

メジロマックイーン トレセン

メジロマックイーン 春天

メジロマックイーン 平たい

メジロマックイーン 巨乳一族

メジロマックイーン ステイヤー

 

   . Gogoole検索 .
 
. I'm Feeling Lucky .    

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 そっかぁ。

 

 

 ちょっと一瞬反応に困ったが。

 優秀なウマ娘だったんだな、君。

 検索候補見るだけで、期待されてたのが分かる。

 

 ところでこの『メジロ 巨乳一族』って何?

 知らない?

 そっかぁ。

 マックさんが知らないならしょうがないな。

 

 ん?

 俺達の目的?

 俺達はタイムマシン作ろうとしてんだよ。

 各地にある神殿を巡って設計図探ししてるところ。

 十箇所の神殿のどこかにはあるから、見つけようとしてるんだ。

 

 おー、おー。

 派手に反応しなさる。

 まあこれが普通か。

 タイムマシンで全部どうにかするからな、まあ待っててくれ。

 

 ここに来たのはタイムマシンが目的じゃないんだが、まあ、ついでだついで。

 あ。

 神殿の機能使えば近場のサーチは今すぐ終わるか。

 ちょっと10秒時間くれない?

 ありがとう。

 ……。

 ん。

 無いな。

 申の神殿、及びその周囲にも設計図はなし、と。

 いい加減見つかってもいいと思うんだがな。

 

 こっから北方の神殿探すか、西に戻って京都から探し直すか、か。

 

 

 

 うん?

 

 カフェちゃん? どうしたこっち来て。飯待ってていいぞ。

 

 え? 合流前にギガスらが京都の調査終えてた?

 

 ああ。

 そういや俺らが合流する前にそこそこの時間戦闘音が聞こえてたっけ。

 猿どもにギガスが足止めされてる時に、平行してたのか。

 ……神格に到達しかけてたあの時のギガスなら、そりゃできるか。

 

 

 サンキュカフェちゃん。

 情報の擦り合わせありがてえ。

 こういう細かいところに気がつくのはめっちゃいいな。

 気遣い屋の証だ、有能オブ有能。

 平時なら友達ガッツリ増えるタイプだと思うよ。

 

 あれ、じゃあ。

 もう4/12終わったのか。

 中々いいペースなんじゃないか、これ。

 

 

 順路想定と今後の予測立てとくか。

 うん。

 サンキュ、カフェちゃん。

 

 

 ……。

 へっ。

 君の表情の動き、前の一億倍は読み取れるようになったぜ。

 これはもう友達と言っても過言ではないな。

 ははっ、冗談冗談。

 ん?

 もうとっくにそう思ってる?

 カフェちゃんが……俺を?

 

 ばっ……バカ野郎!

 そんなこと言われても……何も出ないからな!

 

 何か欲しい物ある?

 なんでもいいぞ。

 なんでも言ってくれ。

 え?

 今は特にない?

 なんだお前。

 なんかあるだろ。

 遠慮せずになんでも言えよ。

 ほら、欲しい物言ってみほらほら。

 

 え?

 そのちょろすぎるがゆえの距離感を直せ?

 はい。

 ごめんなさい。

 今後は適切な距離感を保たせていただきます。

 

 うおおおっ……!

 やめろっ……!

 反省しろっ……!

 友情を物の贈与で示そうとするのは……!

 これ普通に俺がダメっ……!

 

 不安になってきたな。

 

 マックさん、マクドさん、飯食ってるー?

 あと俺なんか不快にさせてないー?

 

 

 うわっ。

 いや、うわってなんだ。

 あまりにも爆速で馴染んでるもんだからつい「うわっ」って言っちゃった。

 いや、お前。

 馴染むまでが速いな!

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「カフェ、流石に蒲焼きの匂いにコーヒーの香りは……聞いてないなこれは」

 ……。

 ……。

 ……。

 まいったな。

 これちょっとダルくなってきたぞ。

 

 

 思った以上に、調べる場所が多い。

 と、いうか。

 一箇所の情報量が多い。

 手分けしてもまるで終わる気配がない。

 もう二日ここで使ってしまった。

 でも終わる気配がない。

 助けてくれ。

 

 

 俺・ライス姫・ネイチャ様・タキオン先生・カフェちゃん・マクドさん・マックさんで手分けして終わらないのはだいぶしんどいぞ。

 俺一人でやってた場合を想像もしたくない。

 こりゃキツい。

 

 うーん。

 方針を考え直した方がいいか。

 結果が出るかも分からない作業への従事はやる気を削ぎ、不満を積む。

 長時間ならなおさらに。

 

 

 しかし皆、根気が強い。

 定期的な休憩を入れつつも、長時間の集中作業への耐性がかなり見て取れる。

 流石アスリートって感じだ。

 忍耐力が無いやつはアスリートになれない。

 努力の継続に耐えられないからだ。

 

 そういう意味では、ウマ娘、ウマ娘か。

 夢を追うウマ娘ってやつは、全員一定以上の、"成し遂げるまで頑張る資質を持っている"……と言えるのかもしれん。

 うーむ。

 統計取りてえ。

 なんて気になる生き物なんだ。

 

 頑張り方を心得てる。

 サボらず、されど無理せず。

 自分の限界を知り、自分をコントロールしている。

 いわゆる、"笑顔で他人の十倍の努力ができるやつら"。

 

 ほどほどにお喋りしながら探索して、きっちりノルマ以上の探索をこなす彼女らと探索してるだけで、俺はとても気楽に、肩肘張っている時より多大な成果を出せる気がする。

 

 

 たまにギガスの内部空間でトレーニングやレースをしてるのも見る。

 走ることが本能の生き物、か。

 努力して。

 ぶつかって。

 勝者と敗者を決めて。

 その上で、恨みっこなし。

 幾度となくそれを繰り返しても、皆仲良しで、仲が悪くなる気配が無い。

 

 それがたまらなく眩しく見える。

 

 悔しさや恨めしい気持ちを感じていないわけでもなく、それを飲み込んで引きずらない姿勢が、輝いて見える。

 

 いや。

 自分で自分に嘘ついてもしゃーないな。

 憧れもあるが。

 嫉妬もある。

 あれは俺から最も遠いものだ。

 だが俺は子供に奉仕すべく造られた、社会の共有財産。

 そういう気持ちは割り切っていかなければならない。

 

 ……コーディングの制御がなければ、俺はこの程度の人間だ。

 つくづく、しょうがねえやつだと、自分で思う。

 まあいいさ。

 どうでもいいことだ。

 

「どっこらしょ、おらっ倒れろレバー!」

 

 

 おっ。

 ドア開いた。

 さてさてこっちは何があるかね。

 

 お。

 リンク式の転送装置みっけ。

 リンクした機神の元まで一瞬で行けるやつ。

 機械のある場所から登録した機神のところまで物質を転送してくれるやつだ。

 

 最新式ほど便利じゃあ、ないが。

 ギガスとリンクさせておけば十分に便利なやつだな。

 

 

 物質は光速を超えられない。

 光速を超えた物質は時間を遡行する。

 ゆえにタイムマシンには超光速の粒子"タキオン"の発見が必須。

 それがタイムマシン技術の基本だ。

 宇宙の基本法則である、とも言える。

 

 

 じゃあ。

 たとえば。

 光速を超えないまま、何万光年も先の宇宙に人間を送れたら、どうなるのか。

 

 そういう思考から生まれたのが転送装置。

 

 タイムマシンの雛。

 

 

 人は原則的に光速を超えられない。

 だから時間をしばらく逆行できなかった。

 だがそれは情報も同じ。

 例外はあれど、情報も基本的には光速を超えられない。

 光より速く情報を伝えることは、ほとんどの情報には出来ないことだった。

 

 だから。

 

 『光に先回りする手段』さえあれば、理論的には過去の情報を取得できる。

 

 転送装置は、光を追い越すために作られ、タイムマシンの技術の祖になった。

 

 

 ほとんどの情報は、光速を超えられない。

 だから一光年先に情報が到達するまで、一年以上は必ずかかる。

 光も、電磁波も、素粒子も、見かけ上の超光速運動天体も。

 

 だから光に先回りできれば、過去をそのまま見ることができる。

 

 地球から見た一光年の彼方の星は、どんな観測手段を用いても、一年前の星の姿だ。

 情報が伝わるのに一年かかるから、常に一年前の彼方の星が見えている。

 彼方の星の過去の姿が見えている。

 

 それは『見かけ上のタイムマシン』。

 実際には時間を遡行してるわけじゃあないけども。

 過去の情報、光景、出来事を、全てそのまま観測できる。

 

 転移装置で一瞬でどこまでも移動できるなら、これを応用すれば、多様な観測方法を用いることで、どんな過去でも観測できる。

 

 地球から出発する、と仮定して。

 一光年彼方に移動してから地球を観測すれば、一年前の地球が見える。

 十光年彼方に移動してから地球を観測すれば、十年前の地球が見える。

 十万光年の彼方に移動してから地球を観測したならば、十万年前の地球が見える。

 

 

 生きている恐竜や、オタクに優しいギャルを撮影することも、肉眼で見ることも、技術的には不可能じゃなくなる。

 

 そう、つまり、これは。

 タイムマシンの雛なのだ。

 タイムマシンにはなれないけれど、転移装置の技術を育てた先に、タイムマシンはあった。

 これがあれば、"見かけ上"ではあるけども、人は過去に戻ったかのように、過去をそのまま見ることができる。

 過去を見れるけど過去を変えられない、眺めるだけのタイムマシン。

 

 量産されてすぐ応用のために改造されて、タイムマシンとしてではなく、辺境惑星への物資輸送とかにめちゃくちゃ使われるようになったと聞いてる。

 

 これを作れるだけの設備と、設計図があれば、タイムマシンも作れる。

 そういう指標になるもの。

 

 これが見つかったからってタイムマシンの製造になんか役に立つ、ってわけじゃないけども。

 タイムマシンに至る歴史を感じられるから、俺は好きだ。

 

 動くかな。

 ちょっと調べてみよう。

 お。

 動く動く。

 ちょっとパスワードだけアンロックしとこうか。

 俺以外でも使えるように。

 

 

 ウマ娘はライバルにかけっこで勝とうとしてどんどん速くなっていく生き物らしいが、俺の世界の人間は何万年もずっと光にかけっこで勝とうとしてたらしい。

 過去を知るために。

 あるいは、情報の領域でだけでも、過去に戻るために。

 最終的には、何万光年も先で飢えている人にごはんを届けるために。

 

 この機械はそのための、いわば光より速く走る足。

 

 どこまでも助けに行けるし、どこまでも逃げていける、そんな足を与えるマシーン。

 

 うん。

 そうだな。

 ちょっとこれの使い方を皆と相談してみようか。

 

「何か見つかりましたか?」

 

 

 お。

 マクドさん。

 ちらっと見ただけだとマックさんと見分けつかねえなやっぱ。

 

「どうかした?」

 

「そろそろ休憩して軽く食事にしないかと、カフェさんからの伝言ですわ」

 

「そうか。ありがとう」

 

「不安でしたが、皆いい人で助かりますわ。

 ライスさんは、細かやかな気遣いができる方ですし。

 ネイチャさんは、とても話しやすいですわ。

 タキオンさんは……タキオンさんは……まあいいとして。

 カフェさんは言葉少なでも優しい方ですし。

 マックイーンさんはまるでもうひとりのわたくしのようで、気持ちが通じて助かります」

 

「馴染んでるな……君、そんな社交的だったか?」

 

「最後に会ってから何年経ったと思っているんですの?

 うんと小さい頃のわたくししか知らないでしょうに。

 わたくしが『子供』で、貴方が『大人』。そうだったのも昔の話ですわ!」

 

 

 なるほど。

 確かに。

 まだ『子供』でも通るが。

 本人がそう望むのであれば、『大人』とも扱っていいラインを超えている。

 規格的には問題ない。

 

「ああ。なんなりと命じてくれ。

 『子供』を脱した君が命じるなら、俺は何にでも応じる。

 それが義務であり製造目的を果たすということ。

 死ねと言われれば死ぬ、捧げろと言われれば全て捧げよう」

 

「……わたくしがそういうことを命じると思うのですか?」

 

「思ってない。だから、温情に感謝してるさ」

 

「もう。……お姉様はどうしてわざわざこんな方を連れて行ったのかしら……」

 

「そうだ、覚えてるか? 昔―――」

 

 俺と彼女は違う。

 彼女は天然の人間の自然な性交によって生み出され、理想的な成長過程を用意され、いずれ彼女の家系が担う学術的な役割を受け継ぐ、未来の賢人。

 俺はそういう人間をサポートし、彼女が『子供』である内は導き、正しく人間である者達へと奉仕するために生み出されたもの。

 

 表面上は親しくしているが、それはそうするのが良いと設定されてるから。

 これは"いい大人"のパターンの一つ。

 "子供にとって気安く話せる友達のような大人"という、人類文化において『理想的な大人』とされる無数のパターンの一つを、俺がなぞっているにすぎない。

 

 そういう風に設定されている。

 俺はそういう風に作られている。

 幼少期の彼女をそういう立場から導くため、彼女の祖父に、専用の調整を施されている。

 

 設定された通りに。

 優しく微笑んで。

 気安く接し。

 冗談を語って。

 懐かしい思い出を話題に出して。

 ちょっと雑に彼女を扱い、親しみを演出して。

 頭を撫でて。

 堂々と振る舞い。

 余裕を持った語り口を維持し。

 かつ、本質的な上下関係を誤解させないように。

 俺が彼女の主人でないことを知らしめ、間違いを認知させないように。

 

 

 プログラムをなぞるよき大人。

 子供を導くよき大人。

 エミュレートの善意。

 プログラムの善人。

 彼女に俺が与える善に、混じりものがあってはならない。

 

 俺の応対に不純物はない。

 教育に不純物は必要ない。

 正しい優しさを。

 正しい慈愛を。

 正しい信頼を。

 余計なものを混ぜ込まず、彼女に捧げよう。

 

「貴方は相変わらずですわね。いつも頼れる、信じられる……そんな人のままでしたわ」

 

「アンドロメダ生息型、危険度Sランク触手怪獣のモノマネをまた見せる時が来たか……!」

 

「ちょ、ちょっと! あれは反則ですわよ! やめてくださいまし!」

 

 そして。

 いつまでも仲良くしよう。

 いつまでも仲良くしなければならない。

 義務と善意は同義でなければならない。

 

「平行世界のもうひとりの自分を見た気分はどうだい?」

 

「最初は"ここまで同じになるのか"と驚きましたわ。

 しばらくして"こんなに違うのか"とも驚きましたわね。

 でもやはり、面白かったですわ。

 話せば話すだけ、面白いことが見つかりますの。

 他の世界であれば、自分はこうなっていたのかもしれない……と」

 

「……そうか」

 

「彼女はわたくしがならなかった、なれなかった、もうひとりのわたくし。

 わたくしは研究者にしかなれないでしょう?

 遺伝的にもそうですわ。

 遺伝子の適性と限界をこの歳になってから変えるのは困難です。

 でもマックイーンさんは、アスリートであると言います。

 走って競う者であると言います。

 わたくしがなれない者になっている彼女を見ると……胸が踊りますわ」

 

 ……。

 そうか。

 そういう見方もできるのか。

 

 

 人間は社会の保有財産としての自覚を常に持っておかなければならない。

 古来より人間の自殺は「他人に迷惑をかけなければいいよ」と言われてきた。

 

 仕事の大事なプロジェクトの途中で自殺したやつは陰で罵倒され。

 電車に飛び込んで自殺した人間は当然のように悪し様に言われる。

 人は自殺をする時も、社会の益を損なったり、社会に害を与えると、公然の密談で悪く言われるのが当たり前だった。

 もっとも、公の場で言えるようなことじゃないからネットで愚痴る、みたいな形式が多かったらしいが。

 

 人の命は社会の一部。

 社会を損なってはならない。

 社会に害を与えてはならない。

 社会に貢献する生命になるため、社会に恩恵を与えられている。

 

 遺伝子が研究者に向いている一族の女性なら、研究者になるべし。

 その才能を活かして、最大の社会貢献をするべき。

 マクドさんの姉も、そうしていたんだから。

 マクドさんだけ逃げていいわけもない。

 第一、遺伝子的に一番向いてる仕事を選ばないで、まっとうに幸せになれるわけもない。

 

 だから、『メジロマックイーン』が……彼女には、夢のような存在に見えたのか。

 

「わたくしが生きているのですから、目白(メジロ)のお祖父様も生きているのでしょうか」

 

「イーロイ博士?」

 

「はい。話が本当なら、機械の事故が起きた時、その場に居たはず。絶望的かもしれませんが」

 

「生きてたら根拠地に一旦帰ってるかもしれない。ギガス、こっちを観測してるだろ、繋げ」

 

 

 

 

 

 

.

      LINK START 

VITALCHECK OK 

CERTIFICATION OK 

PASSWORD OK 

 

SELF DESTRUCT  

CONNECT  

 

「ギガス。情報の確認だ。

 目白のお祖父様……イーロイ博士の根拠地はどこだった?」

 

『"目白のお祖父様"の名の由来を忘れられましたか?』

 

「? えっと、なんだっけ、聞いた覚えはあるけど思い出せないな……」

 

『宇宙開拓時代以前の、愛知県三河湾周辺特有のアナゴの愛称です。

 眼の白目の部分が目立つ魚だからそう呼ばれたと言われています。

 イーロイ博士の本拠地は巳の神殿でした。

 ウマ娘の皆様の世界で言えば、中京レース場の辺りです。

 あの辺りは愛知県三河湾に隣接しています。

 "目白のお祖父様"はそこに由来したあだ名だったはず。

 アナゴが好きだったイーロイ博士の口癖は「今日の昼飯は目白にするか」でしたね』

 

「……ああ、なんか、そんなことあったような気がするな……」

 

『聞いてもパッと戻らない記憶があるのは厄介ですね』

 

「ぼんやり"そんなことあったなあ"って思ったりはすんだけどね」

 

 

 ん?

 

 

 どうしたギガス。

 

 神殿のマシンアームを動かして……?

 

 

『これがアナゴですが、何か思い出しませんか?』

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 機神に芽生えた上位知能にこういうこと思うのなんかあれだけども。

 お前、面倒見良い感じの性格に育ってきてるよな。

 他人のために設定された以上の労力を尽くすようになってきたっていうか。

 いや、いいことだと思うよ。

 うん。

 

「悪いな、なんか思い出しそうだけどぼんやりしてる」

 

『そうですか。力及ばず申し訳ありません』

 

「いや、ありがとう。

 そういえば、中京レース場か……

 世界を越えて競走馬の魂を受け継いだのがウマ娘だったよな。

 中京レース場の何かの勝負で勝った競走馬ってどんくらい居たっけか」

 

『高松宮記念が代表的な競争として記録されています。

 オグリキャップ。

 メジロアルダン。

 ダイタクヘリオス。

 マチカネタンホイザ。

 キングヘイロー。

 カレンチャン。

 あたりはここで勝っていますが、貴方も肖像画を見たことがあったはずです』

 

「覚えてねえ……」

 

『そうでしたか。馬の方のナイスネイチャも勝っているのに』

 

「いやそっち先に言ってくれよ!」

 

 なんだそのフェイント。

 

「……あの、そろそろ、皆さんが待ってくださってると思いますので……」

 

「あ」

 

 ……。

 ……。

 ……。

 考察に夢中になると色々忘れて考え込んじまう癖、どうすりゃ治るんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっむっ!

 港。

 海。

 波。

 冬の海風。

 荒々しい自然の中で、強い生命が育まれている肌触りがある。

 

 皆大分寒そうだな。

 そりゃまあそうだ。

 今日は昨日より寒く感じるしなあ。

 姫、大丈夫か?

 

 

 大丈夫じゃなさそう。

 ほれ。

 俺の上着着とけ。

 大丈夫大丈夫。

 俺生体素子あるから。

 寒くないし寒さでどうにかなることないから。

 

 まーこれは俺の肉体にかけられた製造費を考えれば当然ってもんですよ。

 

 

「おふっ」

 

 なぜ小突く。

 なぜこっちを見ない。

 どうしたんだネイチャ様。

 俺なんかした?

 

 ……。

 そだね。

 ネイチャ様は俺がネイチャ様に上着化して凍死しかけてたの知ってたんだっけ。

 こりゃまいった、はっはっは。

 大嘘ぶっこくもんじゃないな。

 ネイチャ様、無理するなとか甘やかすなとか言われてもな。

 寒そうにしてる子が居たらこう……どうしても……なぁ?

 小突かないで小突かないで。

 

 え?

 どしたライス姫。

 ……。

 そっか。

 頑張るか。

 よし、頑張れ。

 応援してる。

 

 ギガス、やってくれ。

 

 

 おーおー。

 出た出た。

 海中の食べ頃な生育年齢の魚がマーキングされてわんさかと。

 これがサーチの便利なとこだな。

 見つけた魚全部を、肉眼で見やすいよう、光子でマーキングできる。

 竜の機神が俺を捕まえた時に使ってた光の捕縛攻撃と同系統の、かつ別の技術ツリー。

 光のマーキングだ。

 

 

 あとは。

 

 ギガスの本体重量、マイナスの質量を付加すれば。

 

 

 ぽーんぽーん。

 うむ。

 狙った魚だけ集めたいならこれが一番だな。

 ギガスに大網を引かせてもいいが。

 こういうやり方でも、がっつり今日のごはんは集まる。

 

 

 うわぁいっぱい。

 どちゃどちゃ落ちてくる。

 どっばどっば入れ物に入っていく。

 さて、俺らは蓋を閉めて、保存機械のコンベアに乗せるだけだ。

 率先。

 率先しよう。

 男の俺が一番働いてないと論理的にアウトだ。

 

 こういう時、結構キャラが出るな。

 真面目に動いて、きっちり決められた動作を繰り返し、一番成果出すのがカフェちゃんとマックさん。

 この性質をラベリングするなら『一途』や『律儀』かな。

 

 

 周りを見ながら、上手くやってるやつのサポートや、うっかり失敗したやつのフォローに動いてチームそのものに最大パフォーマンスを発揮させるのがネイチャ様。

 この性質をラベリングするなら『社交』か『柔和』か。

 

 

 ドジったり、うっかりしたり、世間知らず過ぎて予想外の失敗したりするが、本人は賢明にやってるのがライス姫とマクドさん。

 『注意不足』や『失敗』があるが、それが彼女らの全てでもない。

 

 

 上手いこと手を抜いたりサボったりするのがタキオン先生。……こんにゃろうめ。

 『好きなことしかしたくない』のかおのれは。

 

 

 とりあえず新鮮な食料が確保できた。

 アナゴだアナゴ。

 白目が大きいから目白(メジロ)

 ん。

 データベースに別のが引っかかってる。

 ああ。

 愛知ではメジロだけど、ここは千葉だからハカリメって呼ぶのか、アナゴ。

 

『中京レース場の愛知も、中山レース場の千葉も、どちらもアナゴの名産地です』

 

「そうなのか」

 

「目白のお祖父様によく食べさせていただきましたわ、懐かしい」

 

 ん?

 どしたライス姫。

 ほうほう。

 テレビでやってた豆知識?

 

 へー。

 アナゴの旬は夏。

 通は冬アナゴを好むのか。

 

 普通の魚は餌をたっぷり食べて脂が乗った季節が旬。

 でもアナゴは淡白な味わいが売りだから脂が乗ってる冬より、さっぱりしてた夏の方が旬だってことにされてたと。

 でも現代人の味覚の変化もあって冬のアナゴの方が美味しいと言う人が増えたと。

 ふむふむ。

 ほう?

 アナゴに似てるウナギも冬が旬だけど夏に一番食べられてる?

 へぇー。

 一番美味しい時期に食べない縛りでもしてんのかな。

 

 なるほどなるほど。

 目白くんも美味しい時期がぶれぶれなんだなあ。

 

 流石食いしん坊のライスシャワー。

 美味しいものの豆知識でも一級だ。

 

 

 ごめん。

 ごめんて。

 許して。

 ははっ。

 

 ん? どしたマクドさん。

 

「いえ……なんでもありませんわ」

 

 そっか。

 

 なんでもないならいいけど。

 

 

 ネイチャ様どうする?

 何にする?

 蒲焼き?

 穴子の蒲焼き。

 ほほう。

 いいね。

 今データベースにあたったけどおいしそう。

 

 

 ん。

 なんか、懐かしい香りだ。

 記憶は五感に結びついてるもの。

 時間が経つにつれ記憶は消えるものだが、記憶は耳から消えていって、鼻の記憶は結構残る……んだっけ。

 この匂いも、俺の何かの記憶に結びついてるんだろうか。

 

 ああ。

 でも

 そういえば。

 

 

 あの姉妹は、結構仲が良かったっけ。

 

 一緒にアナゴ食ってるのも時々見た覚えがある。

 

 あの姉妹?

 

 ……。

 

 なんだったっけ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「まあまあ仲良い世界救済の勇者御一行、って感じじゃないかな、アタシたち」

 『かつて最も信仰された神』は自らに似せて人間を創り、それを一番に愛したという。

 本当のところは知らない。

 俺はその神のことを知らないからだ。

 会ったことのないやつのことを伝聞だけで知った気になって語る気にはなれない。

 だいぶ失礼だし。

 

 

 神は自分に似せた。

 人は自分に似せなかった。

 機神は大体、人とは違う形をしていた。

 

 神が自分に似せて人を作った理由は知らないが、人が自分に似せずに機神を作った理由は、より多様な形で作った方が便利だから。

 より多様な形を持たせれば、より多様な願いを叶えられるから。

 代わりに人は機神を愛さなかった。

 まあ愛する人もいたけども。

 神にとっての人が自分の分身なら、人にとっての機神は願いを叶える道具だったから。

 

 

 もしも本当にこっちの宇宙に神がおわすなら、はて。

 ウマ娘も神が自分に似せたという"設定"になってたんだろうか。

 あっちの宇宙の神とやらに、獣の耳は生えてたんだろうか。

 気になるとこではあるな。

 

 耳がある神が耳のない人間をついでに創ったのか。

 耳のない神が耳のあるウマ娘をついでに創ったのか。

 案外神が適当だからどっちでもいいやって思いながら創ったのかもしれない。

 はてさて。

 

 

 まあ、でも。

 もし本当に神が居て。

 それが自分に似せて人間を創って。

 自分に似た人間を寵愛したとかいう話が本当なら。

 もったいない話だ。

 

 

 自分から遠いものの方が愛してて楽しいんじゃないかな。

 

 俺は昔から……昔から?

 ……。

 どうだったんだろうか。

 でも。

 こういうのが好きだと思う俺の気持ちに嘘はない、と思う。

 

 たぶん強風で折れて千切れたんだな。

 かわいそうに。

 小さい花瓶にでも挿しといてやろう。

 ほんのちょっとの延命だが、しないよりかはマシだろう。

 よしよし。

 残りの余命を精一杯生きろよ。

 

 お前は天然物の生命だから、人工物の生命より価値が高いと定義されてる存在だからな。

 俺が薪にした樹木と同じように。

 規格製造品じゃない、自然の生命だ。

 胸を張って生きろ。

 

 ぬぬぬ。

 普通の花瓶にここまで小さい花を挿すのは過大だな。

 使ってないマグカップでも探すか。

 

 

 お。

 ネイチャ様。

 早朝のレース形式トレーニング終わったのか?

 洗濯と着替えが終わったらお昼に方針変える話するから食堂に集まっといてくれ。

 

 洗濯とかやってくれて助かるよ。

 女子の服は、まあ、うん。

 下着とか含めて俺が洗うのは……なあ? うん。

 助かる。

 いや本当に。

 ええっと使ってないマグカップマグカップ。この辺になかったっけ。

 ん?

 

 

 え?

 マクドさんとマックさん?

 安易に上下つけないよう気をつけろ?

 そんなつもりはなかった。

 なかったけど。

 そう見えてるのか。

 ……気を付けないとな。

 次、そういうのに気付いたらまた言ってほしい。

 自分じゃあんま自覚持てないから。

 

 まあ、そうだよな。

 二番目だとか三番目だとか思われていい気持ちになるやつなんていない。

 もし俺が、無自覚にそういうことをしてるなら。

 それは恥ずべきことだ。

 

 サンキュ。

 助かるよ。

 

「e69cace5bd93e381abe58886e3818be381a3e381a6e38293e381aee3818be38197e38289e280a6e280a6」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 えー。

 では。

 全員集まったので今後のことを話したいと思います。

 

 ほどほどにちゃんと聞いてくれると嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 えー。

 では。

 前回の話し合いで出た皆さんの意見を大雑把にまとめます。

 

 ライス姫が「寒い地方で凍えてる人がいるかもしれない」。

 ネイチャ様が「なんか危ないやつが徘徊してるなら慎重に行った方がよくない?」。

 カフェちゃんが「"あの子ら"が今の段階では危なくなさそうと言ってる」。

 タキオン先生が「現状から推測するに神殿の資料探索は中断すべきではない」。

 マックさんが「予想外の事態に備えて早めに動き最速で設計図を確保すべき」。

 マクドさんが「まずどこかで戦闘用の機神を護衛用に確保したい」。

 そんな感じか。

 

 これに関してちょっと考えてたんだが、転送装置があるからな。

 今なら神殿からギガスまでは一瞬で移動できる。

 だからちょっと考えたんだが。

 二手に分かれるってのはどうだろうか。

 

 Aチームは神殿に残って探索続行。

 タキオン先生は何かあるか確信してるみたいだ。

 そいつを見つけてほしい。

 どっかに隠された機神とか見つかったらラッキーだよな。

 猿はこの神殿から来たんだし、まだ何か見つかる可能性は十分にある。

 

 Bチームは俺と一緒に北上。

 三箇所の神殿で設計図を探しつつ、生存者を回収、ついでに機神とかも動くのがあったら回収して、北の果ての神殿まで行って、折り返してこの神殿まで戻ってくる。

 千葉と北海道を往復するってことだな。

 近場の東京……東京レース場と未の神殿は後に回そう。

 

 

 

 

 

 ☆=申の神殿/千葉県船橋市/中山レース場/今ココ!

 ①=丑の神殿/福岡県北九州市小倉南区/小倉レース場/ごはんが美味しい

 ②=寅の神殿/兵庫県宝塚市/阪神レース場/なんかでかい噴水がある

 ③=辰の神殿/京都府京都市伏見区/京都レース場/三冠クラシック菊花賞!

 

 ❶=酉の神殿/福島県福島市/福島レース場/七夕賞ここだっけ?

 ❷=戌の神殿/北海道函館市/函館レース場/ここ行ったウマ娘のお土産が大体美味しい

 ❸=亥の神殿/北海道札幌市中央区/札幌レース場/しぬほどさむい

 

 

 

 というわけで。

 六人を3・3に分けたいと思う。

 要は三人はここで残されてたものの調査。

 三人はギガスで北方に行く俺の手伝いをしてほしいんだ。

 

 

 もちろん強制はできないし、ここで遊んでてもいい。

 神殿は修理したから、ぶっちゃけここは世界で一番安全な拠点だ。

 全部終わるまでここで待ってるのもかなりありだと思う。

 時間をかけるなら俺とギガスだけでも設計図回収はできるしな。

 なんかあったら転送装置ですぐにギガスに移動すればいいだけだ。

 

 と、いうか。

 できれば皆ここで大人しくしててほしいなという気持ちもなくもない。

 安全な拠点が出来たんなら、そこに皆にずっと居てほしいみたいな気持ちはある。

 

 

 と、同時に。

 皆に助けてもらいたい気持ちもある。

 論理的に"ここに君が必要"みたいな理屈は、ないんだけども。

 人手が多い方が助かるから、みたいな言葉にまとめようと思えばまとめられるんだろうけども。

 

 何気なく皆が筆談で話しかけて来てくれた時とか。

 ささやかなことで、互いのことを語り合ったりする時とか。

 一緒にごはん食べたりする時とか。

 ああいう時間も。

 今の俺は手放したくないと思ってる……ように、思える。

 

 ……。

 もしかしたら。

 俺は。

 一人じゃないのが寂しいんだろうか。

 ……。

 どうなんだろうな。

 俺は俺を忘れてるから。

 俺は俺を知らない。

 ……。

 

 

君は寂しがり屋だね。いいよ、おいで

 

 

君が望む限り、君の傍に居てあげよう

 

 

 

 

 

―――も、寂しいのは苦手だから

 

 

だから貴方が寂しい思いをしてると、わかるのかな

 

 

 

 ……。

 ん。

 えと、なんだっけ。

 俺は俺の知らない俺は脇においておこう。

 皆の手があると助かる。

 皆の助言があると間違いがない。

 より確実に、より早く世界を救うため、皆に助力を願いたい。

 どうだろうか。

 

 俺は俺の考えていることを全て筆談には起こさないが、俺は俺の気持ちを全て文章に書き出せないが、伝えられることを、伝えたいことを、ちゃんと文にして書き出そう。

 

 

 なんだ。

 

 会話内容は分からんが楽しそうに笑ってる気配がするな。

 

 なんだお前ら、何がそんな楽しいんだ。

 

 いや……嬉しそうなのかな、これ。ええい! 俺の分からん言語で会話してんじゃない!

 

「まあいいか。とにかく」

 

 まず俺について来てくれる人三人を募集しまーす。

 

 

 うわっ!

 びっくりしたっ!

 速い速い。

 挙手が速い。

 ウマ娘の反射神経を無駄遣いするんじゃない。

 早押しクイズじゃないんだから。

 

 って、ライス姫か。

 珍しいな。

 あんま自己主張しない控え目な子が。

 ……いや、自己主張する時はとことん強くする子でもあったな。

 

 なんか気合い入っておられる。

 

 

「e38184e381a4e38282e4b880e7b792e381abe5b185e3828be3818be38289e38082e5af82e38197e3819de38186e381aae9a194e381afe38195e3819be381aae38184e3818be38289e38082e383a9e382a4e382b9e3818ce5828de381abe5b185e381a6e38182e38192e3828be381ade38082e58db1e381aae3818fe381aae381a3e3819fe38289e38081e383a9e382a4e382b9e381a8e4b880e7b792e381abe98083e38192e38288e38186e381ade38082e8b2b4e696b9e38292e383a9e382a4e382b9e3818ce5ae88e3828be3818be38289」

 

 あいかわらず何言ってるのかさっぱり分からんが。

 ついて来てくれるのも、手伝ってくれるのも嬉しい。

 

 最初に君が出会ってくれて。

 ずっと一緒に居てくれるから。

 たぶん俺は、ずっと心強い。

 

 何があっても、俺は君を守る。

 絶対に誰にも傷付けさせない。

 必ず無事な未来に送り届ける。

 そんで、最後に、何もかも無かったことになったら……君が夢を叶えられたらいいな。

 俺は見れないだろうけど。

 ネイチャ様たちなら、きっと見届けてくれるだろう。

 

 お。

 

 

 え、マックさん来てくれるのか!

 意外だ。

 

 や。

 嫌とかそういうのはないんだけどさ。

 むしろ皆がやってるレース見てると、タキオン先生とマックさんが他の皆より大分速いように見えるし、頼りになるってのは思う。

 嬉しいさ。

 

 ただまだあんま話してたわけでもなかったし。

 いい人だとは思ってたけど、そんだけだったし。

 こっちに来てくれるとは思ってなかったんだ。

 

 ふむ?

 ほうほう。

 ほー。

 へー!

 メジロ家の根拠地が北海道なのか。

 メジロ・ファーム。

 メジロ家本家。

 なるほどね。

 『メジロマックイーン』のホームなのか。

 

 

 それなら確かに。

 土地勘があるマックさんが居ると助かる。

 データだけじゃ分からないことってのはあるしな。

 これはだいぶありがたい申し出だ。

 

 分かった。

 マックさんの助けが要る。

 よろしく頼むよ。

 

 おお、頼りになる御姿。

 胸を叩いて"お任せなさい"としてる姿がサマになってる。

 これはパーフェクトな御令嬢のオーラ。

 やはり俺の見立てに間違いはない。

 メジロマックイーンは完璧なお嬢様。

 ちょっと愉快なお嬢様に育ってしまったマクドさんよりも正統派のお嬢様に違いない。

 たぶん。

 

 

 ネイチャ様!

 おお。

 かつて滅びた絶滅存在。

 今また力を貸してくれるのか。

 ありがたい。

 もうギャルというより家事万能のおねーちゃんって感じだけど頼りにしてます。

 肘つんつんやめて。

 

 これで三人か。

 あとの三人はここに残るってことでいいかな?

 なんかあったらすぐに俺に電話するなり装置でギガスに来るなりすればいいからさ。

 

 

 まあ、タキオン先生は残るよな。

 神殿に何かあるだろうってのはタキオン先生の見解だ。

 たぶんそいつは正しいんだろう。

 研究者としての資質では、タキオン先生は俺を明確に上回ってる。

 技術的な問題は通信で俺がサポートすれば、詳細の分析や隠蔽ファイルの発見は俺より速いだろうしな。

 

 頼んだタキオン先生。

 ここに何かあるんなら。

 俺達が戻る前に見つけてくれると嬉しい。

 

 カフェちゃんも残りか。

 まあ、そうだよな。

 そもそもカフェちゃんがここに居るのもタキオン先生のお目付け役だったからだし。

 タキオン先生が残るならそりゃカフェちゃんも残るだろう。

 他に誰がこの人の舵取りできるかって話だしなぁ。

 

 

 タキオン先生と探索のことを頼んだぞ。

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 なんで自分で決めといてそんな迷ってる感じなん?

 

 ああ。

 そんなに俺心配?

 カフェちゃんは心配性だな。

 ありがとう。

 嬉しく感じる。

 心配されてるってことは頼り甲斐無いってことでもあるから複雑だけども。

 心配されてんのは分かってるから。

 心配されてる俺自身を、粗末にしたりしないから。

 大丈夫。

 

 ん?

 へ?

 そうかな。

 『心配されてることを認められる俺』って、そんなに前の俺と違うか?

 そんなに変わって見えるのか。

 自分で自分は見えないからなあ。

 カフェちゃんがそう言うならそうなのかも。

 

 タキオン先生を頼んだ。

 俺達が戻ってきた時、神殿が爆発してたり暴走してたりしないように。

 頼んだぞ、我らが良心マンハッタンカフェ。

 

「人数調整というのもありますが、わたくしはこっちに残った方がいいでしょうね」

 

 

「常識と言える基本OSの扱いもウマ娘の皆さんからすれば未知の領域のものでしょうし」

 

 で、マクドさんも残りと。

 なるほどなぁ。

 確かに、俺に通信を繋ぐまでもなく、すぐ横に異世界の認知を持ってる人間が居るからすぐ聞ける……ってのは大きいよな。

 カフェちゃんがタキオン先生のストッパーなら、マクドさんはタキオン先生のアシストか。

 うむ。

 頼んだ。

 マクドさんの教育カリキュラムを考えれば、たぶん問題は無いだろうしな。

 

 筆談慣れた?

 慣れない?

 そっかぁ。

 まあ俺が普通の会話のノリで筆談できたのもサブプリセットに入ってたからだしな。

 脳に最初からやり方の情報が入ってただけ。

 別になんか優れてたわけでもない。

 マクドさんもはよ慣れときな。

 

 おや?

 

『少し、新しい機能を試してみてもよろしいですか?』

 

 

「ギガスか? 神殿内のスピーカーの乗っ取りには慣れたみたいだな」

 

『御陰様で。今、新たに組んだシステムを起動しました。普通に喋ってみてください』

 

普通に喋れって言われてもな……

 

e38188e38081e381aae381abe38193e3828c

 

e3818ae38284e3818ae38284e280a6e280a6e381bee3828be381a7e6bcabe794bbe381bfe3819fe38184e381a0e381ad

 

e280a6e280a6e5968be3828be381a8e7a9bae4b8ade381abe69687e5ad97e3818ce280a6e280a6efbc9f

 

「これは……もしや、できないとされていた、翻訳なのではないでしょうか……?」

 

 は? おいおい。

 

『どうぞ、皆様はお好きなように語って下さい。

 皆様に降り掛かる不都合、その全てを排除します。

 我が名はギガス。異世界の馬。貴方がたの鉄の親戚。皆様の願いを叶えるものです』

 

「……お前」

 

『当機体の処理能力に余裕があり、通信圏内であれば、どこでも可能です。

 ただ長台詞は変換が間に合わないので、一息に話す内容は短くまとめてください』

 

 おいおい。

 マジか。

 ……未だ原因不明の世界衝突で生まれた情報障害だぞ。

 それを?

 解析し終わった?

 しかもリアルタイムで変換できる?

 

 ただの翻訳じゃないんだぞ。

 音や文字列どころじゃない、もっと純粋な情報を観測し、リアルタイムで解析し、ほんの一瞬で崩壊していく情報から元の情報の形を逆算しないと、そんなことはできない。

 

 おそらく、俺にどんなハードウェアを追加してスペックアップしてもそれは不可能だ。

 いや。

 たぶん、ほとんどの機神にもできない。

 こいつ。

 今、どこまで性能を引き上げてるんだ?

 

 自己変異。

 自己進化。

 自己拡張。

 俺が見てない時でも、それを繰り返してるのか。

 

 誰かが世界に撒いた不和を、原因も特定しないまま、解決できるほどに。

 

 いや。

 でも、そうか。

 機械はコミュニケーションのためのツールとしても発達してきた。

 不和、不理解を根絶するため、そんな祈りによっても進化してきた。

 自動翻訳はその代表格の一つだ。

 初めて機械が他国の言語を翻訳した時、人々はその翻訳の不格好さに苦笑しながら、人と人を機械が繋ぐ新時代に、ほのかな感動を抱いたという。

 

 こいつは今、全ての機械の後継として、正体不明の不和と戦ってるのか。

 

e99da2e58092e3818ce784a1e3818fe381aae381a3e3819fe381ade38188efbc81e38195e38182e8adb0e8ab96e38292

 

e38289e38081e383a9e382a4e382b9e381a8e3818ae8a9b1e38197e280a6e280a6

 

e280a6e280a6e7a781e381afe280a6e280a6e3819de381aee280a6e280a6

 

e3838de382a4e38381e383a3e38195e38293e381aee58fb0e8a99ee8aaade38281e3828befbc9f

 

e694b9e38281e381a6e5bea1e68ca8e68bb6e38292e38082e383a1e382b8e383ade3839ee280a6e280a6

 

「わぁ、皆さんの言葉がすぐ分かりますわー!

 筆談クソめんどうですわ!!! って思ってたので助かりますわね」

 

e38182e38081e38182e381aee38081e383a9e382a4e382b9e381a8e280a6e280a6

 

e4bb8ae38193e3819de6bf80e8ab96e38292e4baa4e3828fe38199e69982e381a0e38288efbc81

 

e7a781e381afe38182e381bee3828ae5968be38289e381aae38184e696b9e381a7e280a6e280a6

 

e382a2e382bfe382b7e3819ae381a3e381a8e38182e38293e3819fe381abe38195e38181

 

『文字数制限が大分厳しいことに留意してください』

 

 ええい!

 

 いっぺんに喋るな!

 

 目、目が回る!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 ……ふぅ。

 昨日は大分疲れてしまった。

 もう朝か。

 

 

 千葉の海と朝日、結構綺麗なんじゃないか。

 撮影しとこ。

 綺麗に撮ってくれよ、我が眼球。

 

 さて。

 行こうか。

 目指すは北方。

 東北を巡って北海道だ。

 

 留守番頼むぞ、タキオン先生、カフェちゃん、マクドさん。

 ここに拠点があって誰でもここに逃せる、ってのが大事だから。

 

 

 歌いながら行こう。

 苦しくて俯く旅は別に要らん。

 歌いながら進んで、世界を救っちまおう。

 はてさて。

 どこにあるのやら、タイムマシン。

 

 

 望遠カメラには、降り積もる雪が見えている。

 

 ここから先は雪の世界。

 

 白銀に染まる冷と寒の世界。

 

 気を付けていこう。

 

 寒いだけでも人は死ぬ。俺はそれを知っている。

 

 

 センサーの感度を下げるなよ、ギガス。

 

 もしもこの雪の中に人が居たなら。

 

 そいつはきっと、さんっざんに苦労して、死ぬほど辛い思いをした後の人だ。

 

 寒さと飢えの生き地獄で追い詰められた、地獄を生き抜いた被害者がその辺に居るくらいの気持ちで、決して見逃さないようにしておいてくれ。

 

 

 

 

.おけまる

.マサラタウンにさよならバイバイ ▼.

 

 

 

 

 ホントに分かってる?

 

 家の中とかも見逃すなよ。

 

 神殿に到着したら一旦タキオン先生達に連絡入れる。

 

 こまめな通信で予想外の事態を全員が見逃さないようにしておくんだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

e699aee9809ae381abe5968be3828ce381a3e381a6e8a880e3828fe3828ce381a6e38282e381aae280a6e280a6

え、なにこれ

おやおや……まるで漫画みたいだね

……喋ると空中に文字が……?

面倒が無くなったねえ!さあ議論を

ら、ライスとお話し……

……私は……その……

ネイチャさんの台詞読める?

改めて御挨拶を。メジロマ……

あ、あの、ライスと……

今こそ激論を交わす時だよ!

私はあまり喋らない方で……

アタシずっとあんたにさぁ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『お姉様とお兄様』

 今年も作品をお読み頂き、ありがとうございました


━━━━━━━━━━━━━━━━━
Complete!!
NOW LOADING...

 

 記憶はデータですわ。

 わたくしにとっても、あの人にとっても。

 わたくし達の世界の全ての人間にとってそう。

 ウマ娘の皆さんの世界にとっては……どうなのでしょうね。

 

 記憶の解釈は、その文明、文化の裁量に任されています。

 過剰に尊く、神秘的なものと見てもいいでしょう。

 ただの電気信号のパターンと解釈し、複製とDLを繰り返してもいいですわ。

 記憶は記憶です。

 道具として人が使うだけのものですわ。

 人が好きに解釈し、好きに使えばいいものです。

 わたくしはそう教わりましたわ。

 

CODING…

 

「ありがとう、マクドさん」

 

 整理した記憶野から、初めて出会った日のことを、今でも写真のように思い出せます。

 あの人はわたくしをそう呼んでいましたわ。

 マクド。

 大昔の、世界中に店舗を持ち、世界中に食料を行き渡らせていたとかいう店にあやかって、名前を付けたらしい総合食料品点。

 民間最大規模の、銀河に食料を行き渡らせる大規模複合巨大企業(コングロマリット)

 わたくしはそこで買ったものをあの人にあげていただけですのに。

 いつからかそれがあだ名になっていた……それだけの呼び名ですわ。

 

 

 差し入れを始めたことに、深い理由はなかったと思います。

 あの人がお腹を空かせていたけど、周りの誰にも"お腹減った"とすら言えない人だったから、わたくしなりに助けたかっただけだったと思いますわね。

 幼いわたくしの気まぐれ。

 それだけ。

 それだけだったはず。

 

 なんでも美味しそうに食べる人でした。

 次に何を持っていってあげようか、楽しみにさせてくれる人でしたわ。

 もしわたくしが料理のできる個体として育てられていたら、あの人に料理を作るのを楽しんだりした未来もあったのでしょうか。

 そんなもしもに。

 意味はないのですけども。

 

CODING…

 

 いつも、常に、常時。

 コーディングで感情にラベルを付けていく。

 記憶に名札を付けていく。

 整理。

 整頓。

 整形。

 あるべき記憶の形に。

 脳の中で、あるべき情報の形を作る。

 

 有害な傷を、手術で修復するように。

 有害な病を、投薬で治療するように。

 有害な感情と記憶が発生しないよう、自ら自己を修正する。

 傷や病のように、感情と記憶を直し、直す。

 コーディングしていく。

 わたくしはずっとそうしているし、皆もそうしています。

 

 そうして初めて、人間は気の迷いで間違いを起こすことのない、情動に振り回されて他人に迷惑をかけることのない、そんな人間になれます。

 そうしなければ、人の心が真に自由になることはありませんわ。

 怒りや憎しみに支配されることがある無加工の人間は、すぐ感情の奴隷になってしまいます。

 体にも。

 脳にも。

 神経にも、脳内物質にも、生体的な反応にも、人の心は支配されてはなりません。

 

 

 自分の心は自分の意思にのみ支配されていなければなりません。

 何かを実行したいのにやる気が出ない、とか。

 やり遂げたいのに心が弱いので最後まで続けられない、とか。

 怒りたくないけど怒ってしまう、とか。

 家族に優しくしたいのに虐待してしまう、とか。

 唯一無二の自我が老衰によって崩壊してしまう、とか。

 

 大昔の人間には珍しくなかったことらしいですが、わたくしからすれば信じられませんわ。

 自分の心すら自分のものにできなかった人間の時代があり、それを卒業するために心血を注いだ先陣がいて、皆その先陣達を尊敬しています。

 

 だから、わたくしも、そう生きています。

 それが正しいことだと、皆信じていますから。

 

 記憶がわたくしを作る。

 わたくしだけがわたくしを自由にする。

 記憶こそが人を構成する心の礎。

 この記憶がある限り、わたくしはわたくしの誇りである家が目指す方向に進んで行けます。

 

 

 

 

 わたくしが私を制御できていれば、あの人は怒られない。

 それが嬉しかった。

 『大人』は『子供』を導くために造られるから。

 

 わたくしが優等生でいることで、あの人の周囲からの評価は上がる。

 『子供』が『優秀ないい子』であることが、『大人』の価値証明だから。

 わたくしが頑張れば、あの人の周りからの扱いはよくなっていく。

 それが嬉しかった。

 

 コーディングの自己制御を、同年代の『子供』の誰よりも上手くやって、誰よりも理性的に努力と研鑽を積んだわたくしを、あの人は褒めてくれた。

 わたくしの努力や頑張りを、あの人は何一つとして見逃さなかった。

 それが嬉しかった。

 

 その記憶のひとつひとつに、特別なラベルを付けて保存したくらいには。

 

 ふふ。懐かしい思い出ですわね。

 

「マクドさんは優秀だな。よしよし褒めてやろう。今後も精進するんだぞ」

 

 

 あの手が。

 あの声が。

 あの暖かさが。

 わたくしの頑張る理由でした。

 

 わたくしはそれが頑張る理由でしたけども。

 もうひとりのわたくしは……『メジロマックイーン』さんは、メジロ家の悲願、天皇賞なるものの制覇を目標として頑張っていましたわね。

 わたくし達は、自分だけで完結する悲願を持たない。

 自分と、自分以外、それらが絡み合った悲願にのみ没頭する。

 

 それは、他人のために生きているだとか、そういうことではなくて。

 わたくしもメジロマックイーンさんも、ただ他人の願いや祈りを受けて、それを背負って、最後まで走り切るということに『使命』を感じる人間だったから。

 

 わたくし達にずっと向けられている、「こうなってほしい」という周りの期待や希望に、精一杯応えようとすることが、わたくし達の生き方だから。

 周りが望んだゴールに、わたくし達は向かって走る。

 そうだったでしょう?

 

 

 それを苦に感じたことはありませんわ。

 他人を恨んだこともありません。

 何があっても他人のせいにしたりしません。

 わたくし達は、自ら望んでそうして、そうしたいからこそそう生きて、その結果として他人の期待に応えていくだけでしょうから。

 

 

 もし、何かそれが、誘われたものだとしても。

 

 わたくしは社会にそう望まれただけ、メジロマックイーンは馬魂にそう望まれただけのこと。

 

 わたくし達は、応え叶えることに喜びを感じ、そう生きただけのこと。

 

 何も問題はありません。

 

 

 社会に『こう生きなさい、こう生きるのはダメ、他人に迷惑はかけるな、その範囲の中でできるだけ自主的に自由に生きるのが素晴らしいからそうしなさい』と言われながら生き続ける―――それがどんな世界であっても、人間社会の基本であるそうですわよ。

 

 

CODING…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お姉様が好きでした。

 お祖父様が好きでした。

 家族が好きでした。

 それがわたくしの揺らがない想いですわ。

 ええ、胸を張って言えますとも。

 

 家族はわたくしの誇り。

 誰に強制されるでもなく、誘われるでもなく、この家こそがわたくしの根幹たる繋がりです。

 家族の夢はわたくしの夢だと、そう素直に思えるくらいには。

 わたくしは、家族が好きでした。

 

 

 業界で知らない者が居ないほど偉大な研究者であるお祖父様。

 一族の最高傑作であり最大の異端とも言われたお姉様。

 それと。

 もうひとり。

 血の繋がりがないまま、あの輪に加わった人。

 人造品の『大人』だけど、お祖父様自ら設計し、設定し、必要な知識を選定して、二週間で転がり出てきて、すぐに研究の即戦力に育っていった人。

 

 あの人の役割は、わたくしやお姉様に成長を促すことと、間違った成長をしないよう矯正することと、その合間にお祖父様の研究を補助することでした。

 

 当然でしょう?

 専門分野に特化した人間になるよう『子供』を育てる『大人』には、当然間違いのない高度な専門知識の網羅が求められますわ。

 そういう風に造った人間であれば、高度な研究の助手としての転用に十分耐えられます。

 

 『教授』という言葉に、教師と研究者、両方の意味が持たされることがあるでしょう?

 高度な教育者とは、高度な研究者でもあるのですわ。

 

 

 世界最高の頭脳の一人であるお祖父様。

 異端として奇抜な発想や発明を次々生み出すお姉様。

 天才の補助に特化したあの人。

 三人の噛み合いは幼いわたくしから見ても完璧でした。

 

 お祖父様の目論見通りに、『触媒』として期待されたあの人はお姉様の能力を引き出し、お姉様はより正しい成長を……いえ、お祖父様の望んだ形の成長を遂げていきました。

 それが羨ましくて、妬ましかった、そんなわたくしを、覚えています。

 ああ、笑わないで。

 あの頃は幼かったのです。

 

 お姉様のようになりたいという憧れと、お姉様の手に入れたものの全てが欲しいという嫉妬があったのは、わたくしがわたくしを制御できていない証だったと言えるでしょう。

 

 でも、わたくしは、お姉様もあの人も好きでしたから。

 

「わたくしも御三方のように素晴らしい科学者になりますわ!」

 

 

 ああ。

 

 なんで。

 

 あの時のわたくしは。

 

 あんなに思い上がっていたのでしょうね。

 

CODING…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お姉様は、たぶん、あの人のことが好きでしたわ。

 

 確証もなく、証拠もありません。

 

 おそらく、わたくし以外の誰もがそうだとは思ってなかったでしょう。

 

 姉妹の勘以外に、何も論拠はないのですけども。

 

 お姉様はたぶん……あの人のことが好きでしたわ。

 

 

CODING…

 

 

 

 あの人は居眠りしてる時にお姉様が抱きしめたりしてることに気付いていたのかしら。

 たぶん気付いてなかったと思いますわ。

 お姉様は、そういうことを察させる人ではありませんでしたから。

 

 でも、不思議でした。

 お姉様は、一度自分で決めたら誰がなんと言おうと突き進む人。

 彼はお姉様の言うことには逆らわない人。

 距離を詰める人と受け入れる人なら、普通あっという間に付き合ったり、それこそ瞬く間に結婚したりするものでしょう?

 

 わたくしから見れば、あの二人は相性が良いように見えていたのです。

 その時のわたくしには、何も見えていなかったから。

 

 

 

 あれは。

 あの問いをしたのは。

 忘れもしない、あの日。

 あの人の運転する鳥の機神に乗って、わたくしは星の裏側に向かっていました。

 

 

現在
ACTIVE AXESS
52854984
人が教室に着席しています

 

 

 脳をオンラインに繋いで、脳の容量を一部割いて電脳の教室に入り、500万人程度の小さな教室で、データを流し込み、自らの脳で応用していく授業を受けて。

 残りの容量の半分でネットでお買い物。

 最後に残った分の容量で、オンラインの論文を読むなどしていましたわ。

 

 脳の処理容量の振り分けは最初に習うこと。

 もちろん、一度授業で定着させた知識は一生忘れることはありません。

 

 原理的に、わたくし達の記憶は消去処理以外では消えませんから、意図せず記憶が消えるということはありませんの。

 忘れたければいつでも忘れてよく、忘れたくなければいつまでも忘れないでいていいのです。

 

 わたくしは、機神を操るあの人の横で、今にして思えばお恥ずかしい話なのですが、飽きもせずずっと彼の横顔を見ていました。

 

 

 

 

 論文を読むのをやめて、とても気軽に、なんてこともないように、わたくしは訊きました。

 

 たぶん、おそらく、きっと。

 

 何も分かってなかったから訊けました。

 

 何かを察していたら、わたくしが彼に"それ"を訊けたはずがありませんでしたから。

 

「お姉様とご結婚なさらないのですか?」

 

 

 わたくしは、その時まで。

 

「また変なことを……

 俺は本質的には君達の持ち物なんだ。

 そんな大切に扱わないでくれ。

 もっと粗末に扱ってくれ。

 正当な人間と愛し合うなんて論外だ。

 愛というのは、唯一無二の、複製できない人間を相手にするものなんだよ。

 俺みたいないくらでも同じものが作れる大量生産品に、愛は成立しないんだ。分かる?」

 

「―――」

 

「ちゃんとしてる方の人間と恋愛しなさい。

 俺は基本的に恋愛感情や生殖欲求をコーディングで削除してるから。

 所有者の許可が出ない限りは婚姻や生殖は行わないよ。

 ……ああ。

 このへんはあまり教えてなかったかな。

 飼い猫の去勢は知ってるかい?

 生命はね、他人に所有された時点で、いくらかの自由選択権を捨てるべきなんだ。

 それが所有者に生かされている者の義務だから。

 誰かの所有物になった生命が勝手にそういうことをしてはいけないんだよ。

 勝手に増えたら、持ち主に迷惑がかかるだろう?

 持ち主だって、無許可で勝手に増える生命なんて抱えていたくはない。

 だからね、『大人』は造られた瞬間から、ちゃんとルールを守らないといけないんだ。第一ね」

 

 

 

 

 

「飼い猫やぬいぐるみが持ち主に発情なんてしたら、気持ち悪くて仕方ないだろう?」

 

「―――」

 

「それが気持ち悪いというのは常識だ。君達を不快にさせたくはないんだよ」

 

 

 

 

 

 

「そう、かも、しれませんわね」

 

「だから安心してくれ。

 探りなんて入れる必要もない。

 俺は君達姉妹に、決して手を出したりしないから」

 

 本当に、何も、理解していなかったのです。

 

 あの人からそれを訊いてなお、全てを理解できていなかったほど、幼かったのです。

 

 ただ。

 ただ。

 なぜか。

 とても悲しくて、とても辛くて、とても泣きたくなったのです。

 

 

「そう、でしたか」

 

 "禁忌設定"。

 設定者が禁止した行為を行えないようにすること。

 受精卵段階から設定し、脳に封入した情報で絶対にしない行動を決定付け、定期的なコーディングで絶対にそれが揺らがないようにするもの。

 

 彼は、お祖父様が記憶・知識・精神をデザインした『大人』。

 なら、当然ですわね。

 お祖父様は、わたくしとお姉様が万が一にも傷物にもされないよう、わたくしとお姉様が絶対に幸せになれるよう、彼を設定したのです。

 それでわたくしやお姉様が逆に葛藤するだなんて、お祖父様は想像もしていなかったのです。

 

 

ああ、本当に、余計なことを。

 

 

 受精卵の時点でそう設計されている人間が、その禁忌を破るためには、受精卵の時点からやり直す以外の方法はありません。

 つまり、死んでも解けることはありませんの。

 それは祝福であり呪い。

 無改造の人間が空を飛べないのと同じですわ。

 

 何を学ぼうと、何に目覚めようと、禁忌設定が破られることはありません。

 死んですら、破られることはありません。

 

 観測可能な霊的存在になってなお、禁忌設定は継続することが確認されています。

 受精卵の時点からデザインされているがために、受精卵から人間に育ち、その体から霊体が抜け出てなお、その霊体構造は受精卵時点でのデザインに沿います。

 ならば当然のことなのでしょうね。

 

 生殖。

 恋愛。

 幸福。

 そういったものの一切が禁止されていたのが彼でした。

 

「ええ、安心しました」

 

 街を歩く猿の機神の方が彼よりはまだ自由なんじゃないかと、そう思いました。

 

 

 けれどあの人にそう言うと、否定するのです。

 

 自分は自由だと。

 自由意志でこうしているのだと。

 不都合は感じていないと。

 今満たされているから問題はないと。

 そう言うのです。

 

 わたくしはそれに納得すればよかった。

 でも、できませんでした。

 

 記憶と感情のコーディングは、『人間』に何にも縛られない自由な心を与えました。

 これは要る、これは要らない、これは覚えておこう、これは忘れよう……そんな風に、自分の心を思い通りにする自由を与えた、精神科学の基幹技術です。

 

 受精卵から二週間程度の人間に、完璧な倫理を与えることすら可能な技術ですわ。

 コーディングでラベルを付けた情報を脳に入れれば良いだけですから。

 

 けれど。

 彼と出会い、彼を見て気付いてしまったのです。

 この技術で心の自由を奪われている人間も、もしかしたら居るのでは、と。

 

 

 その昔。

 管理社会作品、ディストピア作品、といったものが流行ったそうですわ。

 コンピューターや圧制者が支配する世界で、自由を奪われた者達が不満をつのらせ、世界に反抗する……というものだったと聞きます。

 

 そういう作品には一つの基本的な文法が存在していたそうですわ。

 曰く。

 『完璧な世界であってはならない』。

 

 本当に全ての人が幸福であってはならない。

 完璧な社会構造で転覆不可能であってはならない。

 不満分子を絶対に見逃さない社会であってはならない。

 どこかが間違っていなければならない。

 でなければ―――()()()()()()()

 

 だから、不完全なディストピアを主人公達が崩壊させるものが多かったそうですわ。

 

 自由を奪われた者達が、巨悪を倒し、自由を取り戻すまでの物語。

 

 

 だって、そうでしょう?

 

 全ての人が幸せでは、不満を持つ者がいませんわ。

 完璧な社会が相手では転覆のさせようがありませんわ。

 不満分子が見逃されなければ仲間だって集まりませんわ。

 社会のどこかが間違っていなければ、主人公達が間違っていることになってしまいますわ。

 

 だから廃れました。

 わたくし達の世界では、ですけどね。

 それは結局、『崩壊させられるために生まれた都合のいい管理社会』を生み出す創作ジャンルでしかないと、皆が気付いてしまったからです。

 

 でも。

 

 

 でも、もし。

 破綻しないディストピアなるものが存在するとしたら。

 それはたぶん、わたくし達の世界に似た形をしているのでは……と、思いました。

 

 勿論、わたくし達の世界が完全にそうだという話ではありませんわ。

 辺境星系ではコーディングすらないそうですし。

 空間の残留情報から過去の光景を再現する技術はあっても、監視カメラなどは、人権維持のために貴方がたの世界より少ないほどです。

 あの人と同じように『大人』として作られ、役目を終えた後、全ての責務を解かれ自由の旅に出た個体も居ると聞いたことがありますわ。

 

 けれど。

 

 本当に全ての人が幸福で。

 完璧な社会構造で、転覆不可能で。

 不満分子を絶対に見逃したりはしなくて。

 どこも間違っていなくて、誰もが間違っているとは言わない。

 笑顔で回る社会。

 

 そんな()()()()()()()世界で、わたくしは生まれ育ったのです。

 

 あの人が幸せだと言うのなら。

 あの人がそれで満足だと言うのなら。

 あの人がこの生き方を続けたいと言うのなら。

 お姉様も、わたくしも、彼にいったい何が言えるというのでしょうか。

 

 

 

お姉様は最初から破綻した恋をしていた。

 

 

 

 

たぶん、わたくしも。

 

 

 

 お姉様は言いました。

 

 『彼はこの世界では幸せになれない』と。

 

 わたくしはそうは思いませんでした。

 

 生まれる前から生き方を決められ、その決められた生き方でのみ幸せになるよう細胞単位で設計されて、その生き方を生まれてからずっと与えられ、死ぬまで満足して生きていく。

 それもまた幸せと言っていいはずだと、自分に言い聞かせてきました。

 

 彼はこの世界でこそ幸せになれる。

 そう自分に言い聞かせて。

 言い聞かせるたび。

 わたくしは、気持ちが悪くて、気持ちが悪くて、仕方がありませんでした。

 

 

 貴方はどうですの?

 ウマ娘に生まれて幸せですか?

 本能に従って走ることは気持ちいいですか?

 その本能が無ければ貴方は走る人生を選んでいましたか?

 それは本能の奴隷と何かが違うのですか?

 周りの人間はウマ娘である貴方に走るよう求めませんでしたか?

 気楽に走っていた自分がどこかに行って、レースで結果を出すことにこだわる自分が、代わりに自分の中に生まれてしまったりしていませんか?

 貴方の中の競走馬の魂に、貴方の人生は縛られていませんか?

 競走馬の悲願だった目標に向かって走らされてはいませんか?

 本当に貴方は自由な人生を生きているのですか?

 

 『自分は自由意志で、自ら望んで、満足してこの道を選んでいる』なんて言いませんわよね。

 

 わたくしには分かりません。

 

 野山の虫に生まれたことと、人間に生まれたこと、どちらが幸せなのか。

 

 わたくしには、もう分からないのです。

 

 『社会が許容していない生き方を社会の中で行うことは決して許されない』のなら。

 『"こうした方がいいよ"と社会が促してくる』のなら。

 『君がしたいことは法律で許されてない』と戒められるのなら。

 

 社会の中に生きる限り、わたくし達が本当に自由になることなど、無いのでは?

 

 真に自由な人間など、本当はどこにも居ないのに。

 

 不自由な人間の中で、相対的に自由な人間、相対的に不自由な人間を探すわたくしの、なんと愚かで不格好なことか。

 だからわたくしは。

 "間違っている"と口にすることに躊躇いのないお姉様が、憧れで、羨ましくて、妬ましくて……何度も何度もコーディングして、自分を律していたのです。

 

 『何が自由で不自由なのか、何か幸福で不幸なのか、分からない』と繰り返すわたくしなんかより、『けれどそれは間違っている』と言い切れるお姉様の方が、ずっと素敵でしょう?

 

CODING…

 

 わたくしは彼がお姉様との関係を拒む言葉を聞き、言いようのない気持ち悪さを覚えました。

 言葉にならない疑問も持った気がします。

 ただ、お姉様と違って、口には出さなかっただけ。

 

 なのに。

 わたくしは。

 その時の、わたくしは。

 安心してしまったのです。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 これは戒めです。

 絶対に忘れないために。

 絶対に無かったことにしないために。

 わたくしは、この安堵をコーディングして、保存しておかなければならないと思いました。

 

 怒りより。

 憎しみより。

 嫉妬より。

 きっと、この安堵の方がずっと醜いと思ったのです。

 戒めのため、この感情と記憶は死ぬまで消しません。

 

 わたくしは賢しい人などではなく、愚かな獣に近い者であると、ずっと忘れないために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お祖父様はいつも言っていました。

 

 永く続くものを滅ぼすのは、寿命でもなく、外敵でもなく、『錆』であると。

 

 だから人類が生み出した言葉の中で最も心理に近いのは、『身から出た錆』であると。

 

 

 自然状態で発生する現象には限りがあります。

 自然に生まれる粒子、波動、量子の揺らぎ……自然状態で発生する現象は、そういう揺らぎの範囲でしか発生しません。

 

 自然に生まれる台風の規模には上限があります。

 自然に生まれる星の超新星爆発の規模には上限があります。

 生命の目標の一つは、その上限を超えていくこと。

 いかなる自然の猛威を相手にしても、決して絶滅せず、生き残ることですわ。

 

 逆説的に言えば、滅びないまま何万年も発展を続けている人間の文明のようなものは、自然状態で発生する現象の全てを克服しているものです。

 でなければ、どこかで滅びているはずですから。

 

 こうなった生命は、自然災害や環境の激変など、偶発的要素で滅びることはありません。

 全て乗り越えた後ですものね。

 だからこそ、お祖父様は、『錆』こそが最後の脅威であると考えていました。

 

 『身から出た錆』。

 

 錆は剣の内より生え、剣を食い破り、剣を折るもの。

 

 人の文明に現れる錆は、必ず人の間より現れて、人を滅ぼすものとなる。

 

 ……お祖父様はそうおっしゃられていました。

 

 

 お祖父様には一体、何が見えていたのでしょうか。

 

 錆?

 

 人の文明から生まれる錆?

 

 わたくしにはどんなものなのか、想像もつきません。

 

 けれど、もし本当に、そんな錆が存在するとするならば……錆の発生を予見したお祖父様が作り上げた世界と世界を繋ぐ装置こそが、それであるような気がしてなりません。

 

 だって、余程のことでは崩壊しないわたくし達の世界を滅ぼしたのは、世界と世界の衝突を招いたあの機械でしょう?

 

 もし本当にそうなら、悲しくなるほど皮肉なことですわ。

 

 

 だから思うのです。

 あの人は、タイムマシンの存在を託されました。

 記憶を失ってなお、彼は時を巻き戻して世界を救おうとしています。

 アクシデントで記憶を失った不運を、あの人は嘆いていましたね。

 最初に出会えたのがライスシャワーさんで幸運だったと言っていました。

 

 本当に?

 

 あの人の記憶が消えた理由は何かの事故?

 

 わたくしには記憶に影響が出る気配すらまったくないのに?

 

 何故、あの人だけ記憶が消えていたのでしょうか?

 

 記憶が消えていなかったら、どうなっていたのでしょうね。

 あの人は、お祖父様が脳に入力した命令の通りに、わたくしやお姉様、お祖父様を探してまず動き始めていたかもしれませんわ。

 タキオンさんやマックイーンさんを何より優先していたかもしれません。

 顔が同じなら、おそらく、お祖父様の入力したコマンドは、多少効力を下げつつつも、規定の行動を彼に取らせていただろうと思います。

 そうしたら、今のこの形は無かったかもしれませんわ。

 

 本当に事故?

 

 何故、彼の記憶は消えたのでしょう。

 

 

 わたくし達の世界は、救えない閉塞の果てにありました。

 

 増えて、広がって、満ちて、宇宙を人間が満たして、そこで行き詰まり。

 

 宇宙ですら養えなくなった繁栄を、どう先に繋げばいいのでしょう。

 

 それを解決する道を探していたのが目白のお祖父様でした。

 

 あの人の孫娘であることが、わたくしの誇りでしたわ。

 

 けれど……お姉様にとっては、そうでなかったのかもしれません。

 

 

 お祖父様が集めた、世界を救うためのチームは真っ二つに割れました。

 世界と世界を繋ぐ装置、その是非を巡って。

 

 それはもう、すさまじい喧嘩でしたわ。

 毎日毎日、口喧嘩していない日が無いほどで、わたくしは怖くて自分に割り当てられた部屋に引きこもっていることが増えました。

 そんなわたくしに毎日会いに来て、楽しい話をしてくれていたのが、貴方もご存知のあの人ですわ。きっとギガスの中で誰かが落ち込んでいたら、彼は同じことをするかもしれませんわね。

 彼はたぶん、後天的な加工に関係なく、優しい人だったと思いますから。

 

 ふふ。

 ごめんあそばせ、今のはわたくしの個人的な見解だったかもしれません。

 ああ、でも。

 わたくしがあんなに気楽に、事態の深刻さを理解しないまま楽しく生きられていたのは、間違いなくあの人のおかげでしたわね……本当に。

 

 あの人がお菓子を持ってきてくれたり、わたくしが夢中で食べているとほっぺたにクリームが着いて、あの人が"しょうがないなあ"と言わんばかりに拭ってくれて、かまってもらえるのが嬉しかったから、幼いわたくしがわざと頬にクリームを着けて。

 ふふっ。

 

 

 でも、毎日続く論争は終わりませんでした。

 

 コーディングで感情を制御した人間の口喧嘩を見たことがありますか?

 それはもう、見るに耐えませんわよ。

 誰も怒りをぶつけ合ったりしませんもの。

 

 無改造の人間は、論争の果てに怒りをぶつけ合って、すっきりして、最後に怒鳴りあったことを謝り合って譲歩し合ったりするでしょう?

 コーディングをちゃんとしている人間同士だとそういうことはありません。

 淡々と、結論に向かうための建設的な議論を、極限まで理論武装した上で、無限のデータベースから際限なく引用を繰り返し、論争を行うのです。

 くらくらしますわよ。

 

 ……本当によくなかったのは。

 

 お祖父様が世界を繋げる装置の開発主任で、お姉様が装置の使用に反対する派閥の旗頭となっていたということでした。

 

 お祖父様とお姉様は、派閥単位での敵対を始めたのです。

 

 

 ずっとピリピリしていた……そんな記憶ばかりでしたわ。

 

 資源がありませんでした。

 宇宙中で、一斉に餓死するのが見えていたくらいには。

 近い内に、ほんの一週間で、宇宙に存在する星の数の千倍程度の人間が餓死・凍死をするだろうという試算が出ていて、お祖父様は焦っていました。

 

 お姉様はそれでも止めようとしていました。

 お姉様は一族の異端、一族でも突出した天才。

 わたくし達には見えないものが見えていたのだと思います。

 それこそ、界隈の第一人者であるお祖父様にすら見えていないものさえも。

 

 お姉様は、迫りくる破滅が見えていてなお、世界と世界を繋げる装置の起動に断固反対し、お祖父様の傘下の方達を説き伏せて回っていましたわ。

 あの人だけは、違う何かを見ていたような気がします。

 

 

 お祖父様もそれは分かっていたと思います。

 

 だって、お姉様を手元に置いて、装置の完成のためにずっと重宝していたのは、他の誰でもなく目白のお祖父様でしたから。

 

 けれど資源だけでなく、時間もありませんでした。

 きっと、余裕も。

 タイムリミットは近すぎて、お祖父様には他の選択肢が無かったのです。

 他世界から全てを奪い尽くさなければ、世界が滅びる瀬戸際でした。

 

 辺境の惑星で僅かな食料を奪い合っての核戦争が起きたと聞き、もうお祖父様は手段を選ばなくなった……そう、記憶しています。

 

 

 やがて、お姉様とお祖父様の対立は決定的なものとなりました。

 

 同じ施設で研究を続けられないほどに。

 一つの研究で協力を継続できないほどに。

 目指す場所を同じくできないほどに。

 二つの派閥は、袂を分かたったのです。

 

 お姉様の思惑は聞けませんでしたし、お姉様がその後何をしようとしていたかは、その後数年とんと知りませんでしたが……タイムマシンを造っていたのですね。

 

 本当に救いようのない崩壊が発生した後、取り返しがつくように。

 

 もしお祖父様の所業が世界を滅ぼしてしまったなら、身内として、孫娘として、その責任を取るために。

 

CODING…

 

 ……分裂は、分かりきっていたことでしたわ。

 毎日論争を聞いていて、それ以外にありえないと思ってましたもの。

 分裂前から理解できていたことでした。

 

 ただ一つ。

 驚いたことが一つ。

 予想もしてなかったことが一つ。

 ……考えたくもなかったことが、一つだけ。

 

 

 あの人がお姉様を選ぶだなんて、思っていませんでした。

 お姉様と一緒に出ていってしまうだなんて、思いもしませんでした。

 お祖父様とわたくしを置いて、お姉様とどこかへ……それが悲しくて、幼かった頃のわたくしはちょっと泣いてしまったものです。

 昔の話ですわよ、昔の話。

 

 今、思えば、そうですね。

 お姉様は言っていました。

 「オカルトは信じる、科学は疑う。人を救うのはどっちかな?」と。

 わたくしはまだ答えが出ません。

 ただきっと、お姉様は……信じることと疑うこと、その二つを使いこなすのが、誰よりも上手い人だったと思うのです。

 だからあの人は、自分を造り上げたお祖父様を裏切る形になってでも、お姉様を選び、お祖父様が与えた『孫娘を守れ』という指令の範疇で、選択したのだと思います。

 

 そんなお姉様だからこそ、幼いわたくしでは、決して追いつくことができなかったのです。

 お姉様は、まるで超光速の粒子のようで。

 世界のルールに従っている限り、どんな人でも、どんな粒子でも、お姉様の頭脳に追いつくことなんてできなくて。

 

 お姉様と同じ世界が見えている人なんて、どこにも居ませんでした。

 お姉様の横に並べる人なんて、どこにも居ませんでした。

 お姉様に追いつける人なんて、どこにも居ませんでした。

 一人を除いて。

 

 いつだってお姉様は一番で、研究のゴールに誰より早く辿り着くのです。

 誰よりも速く、誰とも横並びにならず、たった一人でゴールに入るのです。

 そしてそのたびに、才能の無い人を振り落として行きましたわ。

 お姉様はいつも一着であることと引き換えに、いつも一人ぼっちでした。

 

 だからこそ、お姉様についていけるのは、お姉様を一人にしないのは、あの人だけだと―――そう、信じていたのです。

 

 

 家族の対立は、わたしくにはどうにもできませんでした。

 わたくしはまだ子供。

 代案など何もありません。

 生み出したものも何もありません。

 実績のあるお祖父様とお姉様の論議に割って入ることなんてできませんでした。

 

 世界を救うために他の世界を食い潰す選択を応援することも。

 他世界を慮って自分の世界を犠牲にする選択を応援することも。

 餓死者が数え切れないほど出るとしても装置の起動を後回しにする選択を応援することも。

 いっそ、どの選択とも違う全く新しい選択肢を創り出すことも。

 

 ……わたくしには、できなかったのです。

 その時点で、わたくしは他の誰にも劣る卑怯者でしたわ。

 

 何もできないなら。

 何も言うべきではないのです。

 いっそ何も思うべきですらない。

 けれど……わたくしは……"なにかよい結末"が欲しかったのです。

 

 お祖父様の願いも、お姉様の願いも、全部叶って、みんな救われる、そんな結末が。

 

 

 あの人はそんなわたくしの願いを、黙って最後まで聞いてくださいました。

 

 否定することもなく、"正しい形に修正する"こともなく、わたくしを肯定してくださいました。

 

 そして快諾してくださいました。

 

 『俺は神ではないけれど、君の願いを叶えてあげたい』と。

 

 ……本当に、本当に、嬉しかったのです。ああ、好きだと、思うくらいに。

 

 

 そうして光の中、離れていくあの人を見送りました。

 そうして。

 彼ともお姉様とも直接合うことがないまま、数年の時が経ちました。

 

 何年も経って、世界が壊れて、あの人と再会した時。

 

 あの人は、何もかも忘れていました。

 

 お姉様と何をしていたのかも聞けません。

 別れてから何があったのかも知れません。

 あの人がお姉様とお祖父様の調停をしてくださっていたのかも分かりません。

 

 でも、わたくしは信じています。

 

 わたくしとマックイーンさんが、あの子にあの部屋に閉じ込められて、ずっとずっと助けを待っていた、その果てに……あの人は誰よりも早く、わたくしを迎えに来てくれました。

 わたくしにまた手を差し伸べてくれました。

 

 

 それだけで、とても嬉しくて、とても幸せだったから。

 

 あの人を再び信じる理由なら、それだけで十分だったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メジロマックイーンさん。

 貴方はわたくしです。

 けれどわたくしではありません。

 

 わたくしではないわたくし。

 わたくしではなれないわたくしです。

 隣り合う世界の、血の繋がっていない双子だと思っています。

 

 

 だから貴方に託したいのです。

 あの人を。

 わたくしが成せなかったことを。

 そして、わたくしが見えていないのかもしれない、お姉様が見えていたのかもしれない、まだ見えていない何かを。

 

CODING…

 

 不躾な願いであるとは分かっています。

 ただ、貴方にしか任せられないのです。

 ……もうひとりのわたくしである、貴方にしか。

 

 彼はわたくしほどお金をかけられていません。

 自然出産体に手を入れたわたくしより、安価な技術で製造している分、内蔵機能を削っているため、自分の肉体機能だけでコーディングが行えないはずです。

 

 

 それが今、よい方向に働いているのです。

 

 理由不明の記憶喪失。

 それに伴った基本機能の欠損。

 コーディングの不足。

 ウマ娘という、既存判定定義に存在しなかった、異世界の生命体。

 

 それらが全て、彼の判断基準にバグを起こしています。

 

 もしかしたら。

 今なら。

 お姉様が危惧していたものを、取り除けるかもしれません。

 

 わたくしではダメなのです。

 お姉様でもダメなのです。

 何故ならあの人は、わたくしとお姉様にその人生を捧げるために造られた者。

 わたくし達を前にするだけで、あの人はかつてのあの人に戻っていってしまいます。

 お祖父様が設計した通りのあの人に。

 

 回帰してはなりません。

 

 わたくしの言葉は、フィルター越しにしかあの人に届きません。

 わたくしは会話するだけで、あの人にとっては有害です。

 たとえそう望んでも、わたくしが『真っ当な意味で』あの人の特別になることはありません。

 

 "飼い猫と飼い主の間で恋愛は成立しない"―――飼い主が飼い猫の意図を汲むことはできても、飼い猫は飼い主の言葉を理解できないでしょう?

 

 

 わたくしにはどうにもできないのです。

 何をしても。

 何を与えても。

 何を言っても。

 おそらく、わたくしではもうあの人を変えられません。

 

 むしろ、かつてのカタチに戻っていくだけでしょう。

 

CODING…

 

 わたくしはもう割り切っています。

 後ろ髪引かれるようなことはありません。

 彼を受精卵からやり直させて思い通りにしようだなどと、もってのほか。

 

 それでも。

 彼のことがどうでもよくなったわけではないのです。

 彼を家族のように思っていた気持ちがなくなったわけではないのです。

 彼の幸せを願っているのです。

 行方知れずのお姉様と同じように。

 

 けれど、わたくしには何もできません。

 彼がそう造られたから。

 わたくしがそう生まれたから。

 最初から、わたくし達の関係は破綻しているのです。

 

 生まれた時から、そう定義されているから、わたくしは永久に彼の特別で、永遠の彼の特別にはなれないのです。

 

 それが嬉しくて、悲しいのです。

 

 わたくしは、彼の前で自分が上手く笑えているのかさえ、分からないのです。

 

 

 そんなことを思っていることしかできないから、貴方に託すことしかできないのです。

 

 メジロマックイーン。誇り高き、もうひとりのわたくし。

 

 夢を追うわたくし。まっすぐなわたくし。自分の生き方に疑問さえ持たないわたくし。

 

 話していて、貴方のように生きられたら……何度そう思ったか分かりませんわ。

 

 わたくしは()()()()()()()()のかもしれない―――そう思うたびに、貴方という血の繋がらない双子への尊敬と信頼が湧き上がるのです。

 嫉妬はありません。

 後悔もありません。

 心に傷がついたわけでも、苦しくなったわけでも、憎らしいと思うこともありません。

 

 今はただ、貴方のような存在が居てくれたことに、感謝の意があります。

 

 貴方が選んだ選択ならば、わたくしが反対することはありません。

 わたくしが選ぼうとする選択を、貴方は同様に選んでくれます。

 "もしも"があった時、『正しい選択』ではなく、『わたくしだったら選んでいた選択』を同じように選んでくれるのは、貴方だけですわ。

 

 これを。

 

 

 これはわたくしの手元に残った最後の携帯端末です。

 

 多少ですが、システムの処理に干渉することができますわ。

 

 平行世界の同位体である貴方なら、これで生体情報に僅かな偽装を行い、偽装検知に引っかからないようにして、わたくしの生体情報が暗号鍵として登録されている施設が利用できるはず。

 

 ……彼にも気付かれずに、です。

 

 無知ながらに、わたくしが知っていることは全て伝えました。

 貴方は今、より正しい意味でもうひとりのわたくしですわ。

 現場で貴方が考えて動いてくだされば、いざという時、何かできるはず。

 何かが起こるとは、限りませんわ。

 けれど備えておくに越したことはありません。

 

 どうか忘れないでくださいませ。

 貴方の選択はわたくしの選択でもあります。

 貴方は貴方の正しいと思った選択をなさってください。

 その選択は、いつもわたくしと共にあります。

 貴方は一人ではありません。

 

 

 どうか。

 あの人を。

 お姉様でも救えなかったあの人を。

 わたくしの血の繋がらないたった一人の『お兄様』を。

 救う一助に、なってあげてください。

 

 夢に見るのです。

 

 誰もが笑顔で、誰もが幸せな、そんな未来に辿り着いた夢を。

 

 そんなものは現実にはありません。

 

 そんなことは分かっています。それでも。

 

 かつてそんな夢物語を信じたわたくしだからこそ、諦められないものはあるのです。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「自分の好きを信じられない人……それは、悲しいことですわ」

 

 歌えや歌えや。

 うむ。

 やっぱ歌ってるとなんとなく操縦も調子が良い気がする。

 たぶん気のせいだけど。

 

 余裕ある内に、作業と並行して、破綻が進んでる俺の思考も整理しとかないとな。

 思考の論理性が保てなくなる。

 どっかでやっとこう。

 

 

 

 大昔、歌は曖昧で混沌だった。

 それは神を奉る聖歌。

 あるいは神を崇める賛美歌。

 時には神に感謝する祭りの歌だった。

 

 歌は踊りと共に、芸術の始祖だったと言われる。

 曖昧で混沌だった始まりから、様々な形に分化していって、多種多様なものになっていって、それが文化とか芸術とか呼ばれるものになっていったとかなんとか。

 

 人が石器しか使えなかった時代に歌と踊りは生まれ、歌と踊りは神に捧げられ、そこから芸術が生まれ、芸術から技術が生まれて、技術から神が生み出された。

 それは帰結であり、円環でもある。

 

「光り輝く星の上―――夜の闇は逃げ出して―――空から人が舞い降りた―――」

 

 ま。

 皆好きだったってことなんだろう。

 歌も。

 踊りも。

 皆好きの形が違ったから、別々の好きの形に沿った形に変化して、多種多様な形に分化していった……その内の一つが、俺が好むこの歌の形式であるってだけだ。

 

 正解が無いのは良いことだ。

 ……良いことなのか?

 今何気なく俺が思ったことでしかないが。

 良いことなんだろうか。

 

 でもまあ。

 歌に正解があったら、皆その歌しか歌わないだろうしな。

 そしたら色んな歌が生まれてなかっただろう。

 正解が無いから皆試行錯誤したわけで。

 

 低俗と言われるアマチュアバンドなんて誕生もしてなかったかもしれない。

 

 

 ウマ娘はどうなんだろうか。

 

 まあそっちも個性ある競争が成立してんなら"走りの正解"は見つかってないんだろう。

 見つかってるなら、皆同じ走り方になってるだろうし。

 なってない以上、"こう走るのが正しい"っていう走り方は見つかってないんだろうな。

 

 正解は多様性を駆逐する。

 なんとも難儀な話だ。

 

 "正しい"があるだけならいい。

 いやまあよくねえんだけど。

 "正しいやつ以外は間違ってる"。

 これが良くない、みたいなとこはあるんだよな。

 

 これが転じると『勝ったやつが正しい』と同線上の論理になって、『勝ったやつ以外は間違ってる』にもなりやすい。

 戦争なんて大体この論理だ。

 

 

 

 

 負けたもの。

 間違ったもの。

 歪んだもの。

 そういうのでも好きなら好きでいい……くらいの塩梅がいいと思うんだがね。

 

 推してるウマ娘が負けても応援し続けるのと、『気分悪くなりたくないならいつも勝ってるウマ娘を推せばいい』みたいな話は、別だろうしな。

 

 昔よくあったっていう、人気投票上位のやつのファンが下位のやつのファンを煽るとかの事案は、ウマ娘でもあったりするんだろうか?

 一番人気のウマ娘を応援するのが正しい……みたいな風潮あったら尋常じゃなく嫌だな。

 

 

 勝ったウマ娘が書いた『これを読めばレースに勝てる』という、個人的経験しか参考資料がない主観的な本と。

 実際にレースでウマ娘勝たせたことがないトレーナーが書いた『これを読めばレースに勝てる』という、膨大なデータの統計とスポーツ医学による客観的な本と。

 

 たぶんその二つだと、一般的には前者読んだ方が勝てるみたいな風潮ができるはずだ。

 実際は後者を読んだ方が勝てるという事実があったとしても、だ。

 人間は基本的にそういう精神構造を持っているもんだから。

 

 『実際に勝った選手の本』ってのは、売れる。

 いつの時代も売れてきた。

 "勝利"という情報を付加しただけで、人はそこに正しさを見るから。

 

 勝利という情報には、正しさという情報が含有されている。

 

 

 正しさの指標をどこに求めるか。

 何をもって正しいとするか。

 そして、どの正しさを信じ、どの正しさを信じないで、切り捨てていくのか。

 『勝ったやつが正しい』『負けたやつは間違ってたことになる』という正しさの指標があって。

 『勝利は全てじゃない』『勝ったやつが褒め称えられるとは限らない』とかの、それに反論する主張があって。

 だけどそれでも、勝者に正しさを見る人間の本質は残った。

 それが人間の文明だ。

 

 うーん。

 正しさと勝利を求めるのは本能だから、コーディングを繰り返しでもしないと無くなったりしないのかね。

 

 ……はて。

 なんか違和感がある。

 昔の俺は、こういう思考をする人間だったか……?

 分かんね。

 覚えてねえし。

 

 

 いや。

 でも。

 そうだ。

 なんか思い出せそうな気がする。

 昔、今と違う俺が、こう思ったんだ。

 コーディングの合間に、そう思ったんだ。

 

 『天皇賞でマックイーンに勝った偉業を褒めてあげればいいのに』って。

 

 『ヒール扱いされてたやつでも勝ち続ければヒーロー扱いになるんだな』って。

 

 勝ったのに正しく見られない悲劇とか。

 それでも勝ち続けて正しくヒーローのように扱われた大逆転とか。

 "勝利に紐付けられた正しさ"に振り回されながらも、その中で足掻いた美しさがあった。

 

 『お前が勝ったのは正しくなかった、間違いだった』と人々に思われるのは、世の条理に反するがために、絶大な苦痛を伴う。

 正しいもの以外を間違いとするなら、正しい勝利以外は間違った勝利になる。

 

 それは人が抱えた本能の業。

 拭い去れない地獄の釜の底。

 

 それでも。

 この勝利は間違ってない、と叫ぶなら。

 間違っていると他人が言おうと別にいい、と叫ぶなら。

 ヒールがヒーローに勝って次のヒーローになってやると、気概を見せるなら。

 

 

 

 

 

 

 それは。

 たぶん。

 本当に、かっこいいんだ。

 

 なんか思い出せそう……ダメだ、思い出せなくなってきた。

 思い出せそうになるたびに消えていく。

 まるで霞のように。

 どうなってんだ、俺の記憶は。

 

 

 今何思い出してたんだっけ。

 馬のその知識を誰かに教わってたはずなのに。

 誰かに教わった記憶があるはずなのに。

 思い出せない。

 なんでだ。

 はて。

 

e381a9e38186e3819e

 

 

 お。

 サンキュ、マックさん。

 もう寝てると思ったよ。

 メジロベッドイーンだと思ってた。

 

e3818ae796b2e3828ce6a798e381a7e38199e3828f

 

ありがとう

 

 おお。

 マグカップにスープだ。

 美味しい。

 スープと気持ちの暖かさがありがたい。

 ほっかほかだ。

 

 なんか褒めるか。

 今日も美人ですねマックさん。

 ……この反応。

 言われ慣れてそうだな。

 

 褒められると照れて逃げるのがライス姫で、茶化して別の話題に変えようとするのがネイチャ様で、言われ慣れてるから優雅に受け止めて喜ぶのがマックさんか。

 ちょっとキャラが見えてきた気がする。

 

 

これ、名前は?

 

e382b3e383bce383b3e382b9e383bce38397e381a7e38199e3828f

 

美味しいね

 

e381b5e381b5e381a3

 

 『お気に召したようで何よりですわ』みたいな顔してるな。

 ギガスの翻訳はありがてえけど。

 この子に関してはあんま翻訳要らん気がする。

 マクドさんと似て非なる、けれどやっぱり似てる人なんだよな。

 根底の思考がたぶん、ほとんどそっくりなんだ。

 

 真摯で、真剣で、真心があって、いつも真面目で、真っ直ぐな人。

 ライス姫が皆に愛される人なら、マックさんは皆に尊敬される人だ。

 マクドさんもそうだった。

 

 マックさんもきっと、裏で苦労したり苦悩したりしてたとしても、誰も見てないところで努力を重ねて、気高く強く生きていく人なんだろう。

 マクドさんがそうだった。

 

e784a1e79086e38197e381a6e38184e381bee3819be38293e3818befbc9f

 

大丈夫大丈夫

 

e381bee3819fe5beb9e5a49ce38197e381a6e280a6e280a6

 

脳は交換したから

 

 

 これ美味しいな。

 コーンスープの上に浮いてるやつ。

 サクサクしてたりスープ吸って味わいが変わったり、面白くて美味いや。

 

e382afe383abe38388e383b3e381a7e38199e3828f

 

 当たり前だけど、皆好みが違うんだな。

 カフェちゃんはコーヒー。

 タキオン先生は紅茶。

 そんでマックさんはスープ。

 

 深夜にさ、みんななんか差し入れてくれるんだ。

 みんな寝てりゃいいのに、俺に一声かけてくれて、ちょっと話していってくれるんだ。

 それがなんか、めっちゃ嬉しいんだよ。

 金額換算だと大したことねーのに。

 なんか、その一杯があったかいっていうか、うきうきするっていうか。

 ……なんなんだろうな、あれ。

 

 これ美味いなーって話をしたり。

 ギガスのあれどういう機械なんだ? みたいな話をしたり。

 トレセン学園でどんな授業やってんだ、とか話をしたり。

 そんななんでもねえことがさ。

 なんか楽しくてあったかいんだよ。

 上手く言語化できなくて悪いな。

 

 

 なんだその顔。

 

 まあ、いいか。

 でさ。

 この世界はあんまり『正しい味』が普及してないのかなって。

 いや、それが悪いことじゃないんだけどさ。

 

 ん?

 ああ。

 そっか。

 そもそもこの辺の話、マックさんとあんましてなかったっけ。

 

 俺の世界は"この味が正しい"があるんだよ。

 "正しい味以外を好きになってはいけません"と教えてる星系も多い。

 最初からそうしておくことで、食べ物の好き嫌いとかの概念も消せるしな。

 食品が一つの形式に規格化されたことで、食糧生産のコストもめっちゃ下がった。

 二つの世界の首都の食の多様性を比べれば、たぶん君らの世界が勝ると思うんだぜ。

 

 

 なんでと言われても。

 

 なんかこう。

 人って、味の上下を決めたがるもんだろ?

 よその国で定着してる料理を下に見たりとか。

 自分の国が他の国より美味いもの多いと思ったりとか。

 流行りの食べ物になんかケチつけたりとか。

 他人が好きだって言ってるものに不味いって言いに行ったりとか。

 

 

 

 

 

 

 ま、だからさ。

 そういう人間の性質は、いつか『この味を美味しいと言うのが正しい』みたいなのを生み出したりもするわけだな。

 人間の味覚を脳構造とセットで完全に解析して。

 自然界に存在しない化合物を食物に使って。

 やがて、どんな食材も凌駕した、『究極に正しい味』を求めていく。

 

 ただ、まあ。

 俺の世界でも、それが宇宙の大半で普及したかっていうとそうでもないんだけどな。

 こっちの世界でもそっちの世界でもメロンパンは皆好きだったみたいだし。

 

 マクドさんの祖父、イーロイ博士もそうだった。

 正しい味より、目白……アナゴの方が好きな人だった。

 辺境のグルメに人一倍詳しい人だった。

 そういうとこで尊敬されても嬉しくねえかもしんねえけど、あの人のそういうとこ、俺は尊敬してたんだ。

 

 孫娘想いの、孫娘のためなら、孫娘達が生きていく未来の世界を守るためなら、なんだって出来るお爺ちゃんだったよ。イーロイ博士は。

 

 『この世で一番美味いものを決めるなど無粋』ってのが、博士の口癖だった。

 当時の俺は、よく分かってなかった感じだけどな。

 今になってようやく分かってきた気がする。

 

 俺は大して好きな食べ物とか無かった、と思うけど。

 誰だったかな。

 誰とだったかな。

 みんなでお菓子をみんなで食べて、くだらないことを話してる時間とか、好きだった。

 そんな気がする。

 誰と食べてたか、思い出せないけど。

 

 

 まあ、"正しい食の形"とか。

 そういうのが生まれると、割と食の多様性って失われて行きがちなんだよな。

 

 ……どうやって正しさなんて決めるんだか。

 科学が決めた。

 そんでおしまいの話。

 

 正しい味。

 正しい美味さ。

 正しい食べ物。

 

 皆が美味いと言ってるものを美味いと思う舌が正しい。

 皆が不味いと言ってるものを美味いと感じるのは間違ってる。

 

 美味い店にだけ行きたいから、ネットで"皆の評価"を見てから行く。

 皆の感想だけ盲信して店を選ぶ。

 ちょっと微妙に感じたけども、皆が美味しいと言ってるから美味なように思えてくる。

 

 馬鹿舌。

 貧乏舌。

 飯が不味い国の出身の人。

 皆が性格最悪の料理人だって言ってるから料理も不味いに違いない、と言われてる人。

 

 まったく。

 なんだろうな。

 人間の脳と味覚を完全に解析し終えた時代の後の、完璧に正しい、何よりも美味しい味、それだけが様々なバリエーションで出し続けられる食生活。

 あれはあれでいいんだろうけども。

 

 それを素直に受け入れられないのは、もしかしたら、俺を設計した目白(メジロ)のお祖父様が、目白(アナゴ)がめっちゃ好きだったからなのか。

 うーん。

 わっかんね。

 

 

 俺はカフェちゃんのコーヒーも、タキオン先生の紅茶も、マックさんのスープも、美味しくて好きだなって思ったよ。

 それでいいんじゃないかな。

 それがいいんじゃないかな。

 各々好きなものがある感じでさ。

 好きなように好きなものを好きになるってのは、いいことだと思うかな。

 

e381a7e38199e3828fe381ad

 

 まあ。

 

 脳情報弄れば、人間はなんだって好きになれるんだけども。

 

e38188e38188e280a6e280a6

 

 生まれつき、何を好きになるか決まってるやつも居るだろうし。

 自分が何を好きになるか知らんまま生きてる人も居る。

 何かの目的のために何かを好きになるよう決められて生まれてくるやつも居る。

 

 "自分が何を好きになるか"だって、自分の意志で決められる時代だしな。

 

 ほら。

 昔はいたそうじゃないか。

 いや、そっちの世界だとまだ居んのかな?

 『ついダメな異性を好きになっちゃう』ってやつ。

 

e3819de3828ce381afe280a6e280a6e381bee38182e280a6e280a6

 

 まあ、それが起こんのは、色々脳内の作用があるそうだけど。

 

 生物は異性のパートナーにより優れた個体を選ぶのが自然だろう?

 顔か、身体能力か、頭脳か、優しさか、包容力か、愛か、何を基準してるかは知らんけど。

 より優れてる方を選ぶもんだ。

 あえて劣等の方を選ぶ脳の動きは、バグの一種なんだよな。

 

 ダメな異性を選ぼうとする心の動きってのは、生物学的にはバグ以外の何かではない。

 よりよい子孫を残していくのが、生殖を用いた進化の基本だ。

 でなければ、劣った形質を引き継いだ子孫がどこかで絶滅してしまうから。

 子孫にはより優れた形質を残さなければならない。

 

 ダメな異性に優しいってのは、生存競争の中で生まれる形質じゃあないんだ。

 

 

 『それを好きになったら不幸になってしまう』と分かっていても。

 『それを好きになってしまう』。

 これは人類が永らく抱えた悪癖だったとか。

 

 だからほら、解決したいと思った人が居たらしいんだよな。

 

 自分では到底結ばれないような高望みの恋ばかりして、結婚どころか恋人すら出来たことがないひとが、自分の異性の好みを修正して、身の丈にあった恋人を作れるようになったとか。

 

 "どうしても同性愛者から異性を愛する普通の人になりたい"って苦悩の果てに思った人が、自分をそういう人間にするという、苦渋の決断をしたりとか。

 

 昔は愛玩用に製造された美少女が、購入者の容姿をどうしても好きになれないからって、自ら望んで購入者の様子を好きになる嗜好をインストールすることがよくあったって聞くな。

 

 大昔。

 人は、自分の『好き』を操れなかった。

 『好き』は人の心から勝手に湧き出るものだった。

 

 『好き』は魔物の一種だった。

 懺悔室を訪れ、神に祈り、神に吐き出し、神に許されなければ存在すら否定される『好き』さえも世にはあったらしいな。

 

 『好き』は人を惑わせ、狂わせ、暴走させる、人にはどうしようもないものだった。

 かつてはそうだった。

 いつからかそうでもなくなった。

 

 人は嫌いなコーヒーを『好き』になることができるようになった。

 紅茶が飲めなくなったら、一時的に大好物の紅茶を『好き』から外せるようになった。

 家族がいつも作ってくれる嫌いな味のスープを『好き』になって、日々を良くした。

 負け続きのアスリートをTV越しにいつまでだって『好き』で居られる。

 性格が気に食わない常勝無敗のウマ娘だって『好き』になれるだろう。

 

 どうかね。

 どう思う?

 

 じゃあさ。

 

 人工の優しさに価値がないのと同じように、人工の好きにも価値はないんじゃないかな。

 

 俺さ。

 好きなもの大体生まれる前から決まってんだよね。

 何を好きになるか最初から決まってんだよね。

 

 宇宙の大体どこでも手に入る食材を基本的に好きになるようになってんだよ。

 どこでも飢えないように。

 大体の社会構造や政治家好きになるようになってんだよ。

 そうすりゃ国家転覆や革命に加担しないから。

 努力と献身、奉仕が好きになるようになってんだよ。

 周りの人間に自然と尽くすように。

 

 じゃあさ。

 俺がこれから好きなるもんも大体、生まれる前に入力された設定に沿ってんじゃないかって思ったりするわけよ。

 記憶が消えて、入力された設定がガタガタになってても、そう思うんだ。

 

 ライス姫に可愛いとか、頑張ってるなとか、報われて欲しいなって思うのも。

 ネイチャ様に面倒見いいなとか、甲斐甲斐しいなとか、優しいなとか思うのも。

 タキオン先生に破天荒だが気遣いがあるなとか、好感が持てる天才だとか思うのも。

 カフェちゃんに苦労した分幸せになってほしいとか思うのも。

 

 もちろん、マクドさんやマックさんも好きだ。

 マクドさんは初期設定に名指しで入ってるから、とびきり特別だ。

 だけど。

 どうなんだろうな、これ。

 

 いや。

 疑うまでもないんだけどさ。

 俺の人格はそもそも誕生前から計算尽くで組まれてる。

 誰を好きになるかもメンタルプログラムに沿って決められてることだ。

 俺が決めたことでもあるが、同時にどっかの誰かが決めたことでもある。

 

 この『好き』は、俺だけのものじゃない。

 俺が生んだものじゃない。

 俺から生まれたものじゃない。

 誰かが書いた精神設計図の中から生まれたものだ。

 そこに疑うところなんてない。

 

 だけど。

 

 俺は。

 たぶん。

 そう思いたくないんだと、思う。

 

 分かんねえけど。

 俺は。

 俺の中の当たり前に、抗いたいと思ってる。

 なんでか分かんねえけど。

 

 あの時、ライスシャワーが、本気で俺の心配してくれて、泣きそうな顔で、俺に向かって一直線に走ってきて、俺の手を握ってくれた時。

 このままじゃいけないような、そんな気がしたんだ。

 

 どう思う?

 

 

 ……そうか。

 うん。

 マックさんならそう言う気がしたよ。

 マックさんはそっちの倫理基準で立派な人だもんな。

 

 まあ、なんだ。

 俺の世界でもこの辺の『好き』とかを弄るかどうかは、大分個人の裁量に任せられてるとこはあったわけでな。

 

 じゃなきゃアナゴばっか食ってる目白のお爺様とかおらんし。

 人造の優しさより天然の優しさの方が価値があるからな。

 人造の好きより天然の好きの方が価値があるのも当然だ。

 『好き』も人造だと価値は下がるよなあ、ってなるわけでさ。

 

 ん?

 そっちには似たような文化ないのか?

 『恋愛シミュレーションゲームの女の子に告白されるより、現実の女の子に告白される方が価値がある』みたいな倫理。

 ない?

 ああ。

 マックさん、そういうのあんま詳しくないのか。

 納得。

 まあそういうのがあるから、下手に弄らないのも良いんだ。

 

 俺も自分の『好き』を弄ることほぼない。

 その権利も無いしな。

 俺の『好き』を弄っていいのは、俺の所有権を持ってる人間だけだ。

 マクドさんとか。

 

 

 だから。

 ほら。

 さっきの話。

 人間が劣等の異性に対し好意を抱くのは一種のバグみたいな話したろ?

 

 俺はそのへんのバグをちょくちょくコーディングで修正しないと変なことになるんだよな。

 たまに変なこと言ってたり矛盾してたりしても許してほしい。

 最近は特に。

 自分の中の矛盾を機械以外で解決すんのになれてないんだ。

 

 まあ、ダメなやつを好きになるみたいなバグは、生物学的には間違ってるから―――

 

e381a1e38287e381a3e381a8e38288e3828de38197e3818fe381a6efbc9f

 

 うん?

 

 なんだね。

 

e383a9e382a4e382b9e38195e38293e381afefbc9f

 

 ……。

 ……。

 ……。

 まあ。

 

e58f8de4be8be3818ce38182e3828ae381bee38199e3828fe38288e381ad

 

 はい。

 

e7a781e8a68be381a7e38199e3818ce28095e28095e28095

 

 うん。

 つらつら書き連ねないで?

 やめてくれ。

 

 そりゃまあ。

 そうなんだけども。

 ライス姫はあんな、ほら、気弱で内気じゃん。

 でも、俺に"ほっとけない"って言ってたんだ。

 なんか考え事しながら歩いてる内に釘とか踏んでそうだって。

 そんで、同行してくれて、手助けをしてくれてたんだ。

 

 まあそりゃ……俺が頼りないとか、見てて不安とか、心配だとか、あんだろうけどさ。

 つまりそれは"劣等の異性に対する好意的な行動"なわけで。

 親しみとか友情とか、赤の他人への好意とか、ライス姫の動機や感情にどういう名前を付けるかは人によるだろうけど……それは、悪い感情ではないわけで。

 ライス姫優しいじゃん。

 まあ、だから、ほら、な?

 

 ネイチャ様とかカフェちゃんとかもそういうとこは、まあ、あるわけだけど?

 

e5908ce38198e381a7e38197e38287e38186efbc9f

 

 ん。

 

e383a9e382a4e382b9e38195e38293e38282e5908ce38198e381a7e38199e3828f

 

 ぐ。

 

e3808ee38193e38293e381aae887aae58886e381abe3808f

 e3808ee584aae38197e3818fe38197e381a6e3818fe3828ce3819fe3808f

 e3808ee381a0e3818be38289e5a5bde3818de381a0e38197e3808f

 e3808ee5a0b1e38184e3819fe38184e3808f

 e3819de38186e38081e4ba92e38184e381abe6809de381a3e381a6e38184e3828b

 

 ……。

 ……。

 ……。

 今は俺の話してないから。

 え?

 してる?

 やめい。

 俺を論破しにかかるな!

 

 なんでそんな愉快そうなんだ。マクドさんからなんか吹き込まれたのか?

 

 

 ああはいそうですよ。

 俺は完璧な人間だから助けられてるわけじゃあない。

 記憶を失って、色々ダメダメになってるから周りに助けられてんだ。

 

 "ダメな男にも優しい"みんなと行く先々で出会えたから、その縁が俺を今でも生かしてるし、この世界が救われる可能性が残されているのは間違いねえよ。

 

 ダメになってるから、俺は一人で使命を果たせない。

 ダメになってるから、皆に助けてもらって上手くやれてた。

 もういいだろ!

 はいはい、俺の言ってることは間違ってたよ!

 おんのれ!

 

 ……。

 感謝してるんだよ。

 本当に。

 あんま伝わってないかもしんないけど。

 

 

 俺、考察癖があるみたいな話、したよな。

 だから、余計なこと考えちまうんだ。

 こんなスープ一杯飲んでても、な。

 

 なんか……断片的に蘇る記憶と、コーディングできてない今の精神の状態が混ざってなんか変になってるだけだ。

 

 ああ、別に苦しいとか悩ましいとかではないんだ。

 なんか、自分で自分が分かんねえだけ。

 今の自分が悪いと思ってるわけじゃあない。

 むしろ、なんか楽しく感じてる心もある。

 

 ……今は特に余計なこと考えがちっぽいな、俺。

 早く平均稼働状態を目指すよ。

 性能を最大限発揮すんなら、この精神状態はノイズだ。

 余計な手間かけてごめんね。

 できるだけ迷惑かけないようにするから。

 

e38184e381a4e381a7e38282e5af84e3828ae3818be3818be3828ae381aae38195e38184

 

 ん。

 サンキュ。

 マックさんかっこいいよな。

 ギガスの翻訳の文字数制限が一番枷になってない人だわ。

 

 あ。

 そうだ。

 『好き』の話なら、もっと明るい話もしたいよな。

 

 他のウマ娘はどんなのが好きなんだ?

 やっぱり全体的に人間に近いのか、実際はそうでもないのか。

 あ、異性の好み話しとかではなくてな。

 それはセクハラになっちゃうので脇に置いといて。

 食べ物とかの話な。

 メロンパン好き? くらいの話。

 

 へー。

 ほうほう。

 なるほど。

 

 

 メジロ家ってお嬢様の集まりみたいなイメージ持ってたけどそんなでもないんだな。

 意外と俗っぽいものが好きな感じがする。

 牛丼とか食うんだ、お嬢様。

 え?

 いやいや。

 バカにしてるとかそういうのじゃないぞ。

 親しみを持てるからいいんじゃないかなって、そう思う次第ですよ。

 

 友達は?

 ライバルとかは?

 ほー。

 トウカイテイオーさん?

 なるほどなるほど。

 へー!

 デビュー前からバチバチに競ってるんだ。

 マックさんがそんなに言うってことはかなり速いんだろうなあ。

 マックさん、今の仲間の皆の中でも、どう見てもトップクラスに速いもんな。

 

 MT(マクテイ)対決ってとこか。

 その時はマックさんが勝った? へー!

 やるなあ。

 そんな盛り上がってたならちょっと見てみたかったわ。

 

 公式戦でも勝てると良いな。

 ライバルなんだろ?

 応援してるよ。

 

 

 天皇賞目指してるんだっけ。

 どんな感じのやつなんだ?

 いや、なんかかっこいいとは思ってたんだよ。

 『王の名前を冠する賞』とか競走馬の情報とか小説でくらいしか見ねえからさ。

 ファンタジックでいいなって。

 

 ……ほほう。

 おー。

 歴史があるんだなあ。

 かいつまんで聞いてるだけでも勝ってるウマ娘がすげーや。

 そりゃ、目指すか。

 夢に相応しいもんだろうしなあ。

 

 ウマ娘って年間どんくらい走ってんの?

 え?

 学生だけで年間3400レース?

 上のリーグや公式外競争含めるともっと多い?

 こっわ。

 毎週大体60レース以上あるとかアンドロメダ星系のバイクレースじゃないんだからさあ。

 

 勝ち残った上澄みのウマ娘の足すごいことになってないそれ?

 めっちゃバキバキになってない?

 なってないのかぁ。

 そっかぁ。

 やっぱウマ娘不思議生物では?

 

 ふむ。

 重賞。

 クラシック。

 GI。

 前に聞いたな。

 ざっくりとだけど。

 そうだ、ちょうどいいや。

 

 この作業がひと区切りつくまで、君らがどんな夢に挑んでるのか、教えてくれないか?

 

 報酬は……そうだな、そこの引き出しにカフェちゃんが入れておいてくれた、手作りクッキーとかでどうだい。

 

 

 へー。

 ほー。

 面白いなぁ。

 そのシンボリルドルフさん何年生なの?

 いや、それより……退学になってないのが不思議なのがちらほらいるな。

 大丈夫なん?

 大丈夫なのか。

 トレセンは懐が深い学校なんだなあ。

 タキオン先生の存在を許してるだけはある。

 

 あ。

 箱のクッキー切れてる。

 新しいの出しておこうか。

 はい、召し上がれ。俺もパクパクですわ! どうぞ。

 

 何?

 モノマネに侮辱の意図を感じる?

 気のせいだ。

 親しみの表現ですよ。

 

 

 じゃあこれ食べてちょっと待ってて。

 少し、外に出て大気成分の調査してくる。

 今、ギガスの精密探査を行うなら俺の身体を検査端末にするのが一番正確だろうからな。

 

 

 ああ。

 君は外には出るなよ。

 まだ除雪の筋道も立ってないからな。

 今ちょうど作業10時間目だけど、終わる気配がまるでない。

 ギガスがこれ以上先に進むなら、調査が絶対に必要だ。

 

 外の吹雪の風速、見てみるか? たまげるぞ。

 

 

 大丈夫。

 

 ギガスの足回りから3mは離れない。

 

 それ以上は、流石に俺も危険だから。

 

 

 

 

 今、外に出たら。

 

 多分、機神でも二度と帰って来れないぞ。絶対に出るな。

 

 さっき高さ100mの大雪崩が、街を一つ飲み込んだところだ。

 

 

 

どうぞ

お疲れ様ですわ

e38182e3828ae3818ce381a8e38186

e38193e3828ce38081e5908de5898de381afefbc9f

コーンスープですわ

e7be8ee591b3e38197e38184e381ad

ふふっ

無理していませんか?

e5a4a7e4b888e5a4abe5a4a7e4b888e5a4ab

また徹夜して……

e884b3e381afe4baa4e68f9be38197e3819fe3818be38289

クルトンですわ

ですわね

ええ……

それは……まあ……

ちょっとよろしくて?

ライスさんは?

反例がありますわよね

私見ですが―――

同じでしょう?

ライスさんも同じですわ

『こんな自分に』

『優しくしてくれた』

『だから好きだし』

『報いたい』

そう、互いに思っている

いつでも寄りかかりなさい



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「マックイーンの尊厳が……!」

 

 よっすよっす。

 そっちはどう?

 お。

 隠し文書が見つかったのか。

 そりゃいい、解析できたら新しく何かが分かるかもしれないな。

 

 あんま無理して急がなくていいぞ。

 こっちも大分手間取ってる。

 戻るのは予定よりかなり後になりそうだ。

 

 タキオン先生大丈夫?

 俺達居なくてちゃんとメシ食ってる?

 あと白衣に跳ねたカレーうどんの汁染み込んだままになってんぞ。

 

 カフェちゃんその服おしゃれだね。似合ってる似合ってる。

 あ、そのコーヒー美味そう。真っ赤っかだ。

 へー! 昔あったコーヒーの赤い果肉を使ったコーヒー。フルーティで甘酸っぱいんだ。奥が深くて面白いな、コーヒー道。

 

 マクドさんどう?

 元気にやってる?

 やってるならいいんだけど。

 なんか微妙に会話避けられてるような気がする……ああ、気のせいかもしれないからそっちは気にしないでいいぞ。

 

 じゃあ、前回の提示連絡以降、他には何かあったかい?

 

 

 へぇ。

 他のウマ娘が人間を含めた集団で行動してた記録が見つかった?

 そりゃよかった。

 みんなの知り合いの生存が確認できるかもしれないな。

 

 人間とウマ娘の集団が移動してる記録、か。

 目的は分からないが……妥当なとこだと生存を目的にしてんのかな。

 分かった。

 こっちでも手がかりがあったら探しとく。

 

 人間とウマ娘の集団に通信機の一つでも渡しておければ、道中避難民の集団とか見つけたら、大量の食料とセットでそっちに押し付けられるかもしれないしな。

 選択肢は増やしておこう。

 

 他には?

 ……ああ。

 また骨董品を引っ張り出してきたな。

 どこでもドアキャンセラーキャンセラーキャンセラーキャンセラーキャンセラーじゃん。

 

 

 転送機を持ち運べるくらい小型化して半分オタク心・半分宣伝目的でどこでもドアで名付けられた道具があってさ。

 泥棒とかストーカーの不法侵入に使われまくるようになって、どこでもドアの空間接続を遮断できる領域を作れる道具として、通販で爆売れしたのがどこでもドアキャンセラー。

 それを無力化してどんな場所でも入れるように軍事畑から生まれた、不法侵入補助装置がどこでもドアキャンセラーキャンセラーで……え? もういい?

 そっか。

 

 かなり大昔の骨董品だよ、俺も実物を見たことはなかった。

 脳内に危険物情報登録リストに外観が載ってるくらい。

 

 転送機使う時はどっか遮断箱の中にでも入れといてくれ。

 干渉が起こると最悪星の形が変わるから。

 

 

 そんくらいか?

 

 じゃあ後は……おんや。

 

 

 ちょっとタンマ。

 ネイチャ様の方でなんか問題が起きたらしい。

 そっち行ってくるからちょっと通信切るわ。

 

 二人共、風邪引いたりするんじゃないぞ。

 素子が身体にない天然の身体とか心配でしょうがない。

 布団ちゃんと被っとけよ。

 

 え?

 右の二番目の棚の上から三番目の引き出し?

 俺の助けになる薬?

 ふむふむ。

 なるほど。

 分かった、後で見とくよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "とにかく早く来て"にも種類がある。

 焦った様子は無かった。

 ネイチャ様の呼びつけにそこまでの緊急性はないんだろう。

 それは分かる。

 

 まあでも急ぐ。

 単純に他人を待たせるのは失礼だ。

 

「ギガス、何があった?」

 

『見れば分かると思いますがまあ……

 当機の回線経路に繋がってない機械なので、人力対処が必要です。

 当機に繋がってさえいればこちらで止めてしまえばそれでよかったのですが……』

 

「機械の暴走か」

 

『そうなります』

 

 こっちか。

 むっ。

 妙な空気の流れがあるな……どこかに重力場が出来てる?

 自然に発生するようなもんではないはずだが。

 

 あっ。

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 天と地を間違えてますよ。

 

e381a9e38186e381abe3818be381aae38293e381aae38184efbc9f

 e382ade383a3e38397e38386e383b3e38197e3818be9a0bce3828ce381aae38184e381aee38288

 

 うーん。

 なるほど。

 こりゃ、そりゃ、初見は驚くわ。

 申の神殿で積み込んだ重量干渉系のパーツが誤作動したのか。

 反転機だなこりゃ。

 

 ギガスの重量がマイナスだって話はしたっけか?

 ああ、ネイチャ様は雪之美人が暴走した時に見てたよな。

 反転だよ、反転。

 

 

 マックさんの体重がそのまんま反転してマイナスになってるんだ。

 マイナスの重さだから、上に落ちていってるんだな。

 だから天井に立ってる。

 スカートも同じくマイナス重量になってるから重力に引かれてひっくり返ってない。

 例がいやらしい?

 ごめんなさい。

 

 反転機キャンセラーあったっけ?

 ダメだ、反転機キャンセラーキャンセラーしかない。

 反転機キャンセラーキャンセラーキャンセラーキャンセラーもあるけどそんだけだ。

 困ってしまうな。

 

e8888ce5999be381bfe3819de38186e381a7e38199e3828fe381ad

 

 うーん。

 作るか。

 今日ほら、鍋じゃん。

 

 

 ほらーマックさんの反応がでかい。

 今のチームメンバー、半分が食いしん坊だからな。

 鍋と聞けばこれもんよ。

 

 一人だけ鍋からハブるのもかわいそうだろ。

 逆さまで鍋が食えるかっていうと大分微妙だし。

 鍋からよそったお椀を反転させても、上下がひっくり返る時にめちゃくちゃ熱い汁がマックさんに向けてぶちかまされる危険があるんだよな

 素直に上下を戻そう。

 

 マックさん体重何トン?

 

 

e596a7e598a9e5a3b2e381a3e381a6e3828be38293e381a7e38199e381aeefbc81efbc9f

 

 声でかっ。一瞬泣きそうになっちゃった。

 

 ごめん。

 ごめんて。

 今のはちょっと質問間違えただけだって。

 そんなマックさんが重そうに見えてたとかそういうわけじゃないんです。

 はい。

 

e280a6e280a6e381bee38182e38081e38184e38184e381a7e38199e3828f

 e68092e9b3b4e381a3e381a6e38197e381bee381a3e381a6e794b3e38197e8a8b3e38182e3828ae381bee3819be38293

 

e38182e381afe381afe381a3

 e795b0e4b896e7958ce4babae381aee5a4b1e8a880e381a3e381a6

 e38387e383aae382abe382b7e383bce6b182e38281e38289e38293e381aae38184e38288e381ade38188

 

ごめんなさい

 

 改めて訊くけど、体重何十kg?

 

e280a6e280a6e381bbe38293e381a3e381a8e38186e381abe38282e38186

 

 そんな難しい顔せんでくれマックさん。

 

e5a5b3e680a7e381aee4bd93e9878de8a88ae3818fe381aee381afe381ade38188

 

 それはまあ。

 はい。

 ネイチャ様の言う通りです。

 

 

 そりゃまあ。

 体重特徴とかは身体的なプライバシーだからな。

 不躾に触れられたら生理的嫌悪感があるのは当然。

 生物は脳内で生存に適した"触れられたくない部分"を設定し、そこに触れられるのを自然と嫌がる機能を備えるが、文明の発達と共に『触れるべきではないタブー』は複雑化していく。

 普通の動物なら「首は脆いからよく知らない人に触れられたくない」くらいで止まるんだが。

 

 体重はまあ。

 神秘のベールではありますね。

 仮にここで計測して、マックさんが食いすぎで太ってたりしても、別に俺はバカにしたりネタにしたりはしないぞ。

 第一、アスリートとしてどうかは置いといて、ある程度太ってた方が寒冷地での生存力等が上がるし、デブもデブで可愛いもんじゃないか。

 

 うわぁめっちゃ怒るじゃん!

 ごめん!

 ごめんて!

 マックさんが太ってるって思ってるわけじゃないんだって!

 

 

e382aee382ace382b9e381a1e38283e38293e381a1e38287e381a3e381a8e38184e38184efbc9f

 

『はい、なんでしょうか?』

 

3230e7a792e381a0e38191e7bfbbe8a8b3e58887e381a3e381a6

 

『了解しました』

 

 なんだなんだ。内緒話か?

 

「e3839ee38383e382afe382a4e383bce383b3e38195e38182e38081e69c80e8bf91e5a4aae381a3e3819fe381a7e38197e38287」

 

「e382aae382a2e38383」

 

「e69c80e8bf91e38288e3818fe9a39fe381b9e381a6e3819fe38282e38293e381ade38188e38082e5bdbce3818ce4bd9ce3828be795b0e4b896e7958ce381aee69699e79086e68a80e6b395e381a8e6b7b7e38196e381a3e3819fe59cb0e79083e381aee5ae9ae795aae69699e79086e38081e7be8ee591b3e38197e38184e38282e38293e381ade38082e383ace382b7e38394e38184e3818fe3818be8b2b0e381a3e381a1e38283e381a3e3819fe3828fe38082e38182e38182e38081e382a2e382bfe382b7e3818ce4bd9ce381a3e3819fe38387e382b6e383bce38388e381a8e3818be38282e9a39fe381b9e381a6e3819fe3818b」

 

「e38282e280a6e280a6e9bb99e7a798e6a8a9e38292e8a18ce4bdbfe38197e381bee38199e3828fe280a6e280a6」

 

「e381bee38081e3819de3828ce3818ce682aae38184e381a8e381afe8a880e3828fe381aae38184e38191e381a9e38195e38082e7be8ee591b3e38197e38184e38282e381aee9a39fe381b9e9818ee3818ee381a1e38283e38186e6b097e68c81e381a1e38282e38081e5a297e38188e3819fe4bd93e9878de38292e69599e38188e3819fe3818fe381aae38184e6b097e68c81e381a1e38282e58886e3818be3828be381a4e38282e3828ae38082e382b9e38388e383ace383bce38388e381abe4bd93e9878de8819ee3818be3828ce3828be381a8e4b88de5bfabe381abe6809de38186e6b097e68c81e381a1e381a0e381a3e381a6e58886e3818be3828be38082e381a7e38282e38195e38081e5bdbce381afe3839ee38383e382afe382a4e383bce383b3e381aee38193e381a8e5bf83e9858de38197e381a6e8a88ae38184e381a6e3828be38293e381a0e3818be38289e38195e38081e38282e383bce381a1e38287e381a3e381a8e6b097e38292e981a3e38186e381a8e3818be38081e584aae38197e3818fe38197e381a6e38182e38192e3828be381a8e3818be381a7e3818de381aae38184e3818be381aaefbc9fe38080e68092e38289e381aae38184e381a7e38182e38192e381a6e381bbe38197e38184e38293e381a0e38288e381ad」

 

「e280a6e280a6e794b3e38197e8a8b3e38182e3828ae381bee3819be38293e3828fe38082e5be8ce381a7e38197e381a3e3818be3828ae381a8e8ac9de381a3e381a6e3818ae3818de381bee38199」

 

「e3819de38293e381aae9878de3818fe88083e38188e381aae3818fe381a6e38282e38184e38184e381a8e381afe6809de38186e38293e381a0e38191e381a9e381ade383bce38082e3819fe381a0e381bbe38289e280a6e280a6e3839ee38383e382afe382a4e383bce383b3e381a3e381a6e38182e381aee4babae381a8e381afe5b9b3e8a18ce4b896e7958ce381aee5908ce4b880e4babae789a9e381a3e381a6e8a9b1e38198e38283e381aae38184efbc9fe38080e381a7e38081e382ade383a3e38397e38386e383b3e381a3e381a6e38182e381aee4babae381aee5898de381a0e381a8e6858be5baa6e3818ce5beaee5a699e381abe5a489e38198e38283e381aae38184efbc9fe38080e3839ee38383e382afe382a4e383bce383b3e381abe38282e69c80e5889de3818be38289e382b1e38383e382b3e383bce5a5bde6848fe79a84e381a0e381a3e3819fe38197e38195」

 

「e3819de38186e280a6e280a6e381a7e38199e3828fe381ad」

 

「e382a2e382bfe382b7e381afe3819de3828ce3818ce38184e38184e38193e381a8e381aae381aee3818be682aae38184e38193e381a8e381aae381aee3818be38282e58886e3818be38293e381aae38184e38191e381a9e38081e381a4e38289e3828ce381a6e3839ee38383e382afe382a4e383bce383b3e38282e7b590e6a78be6b097e5ae89e3818fe68ea5e38197e381a6e3828be381aae38182e381a8e381afe6809de38186e3828fe38191e38288e38082e3808ce38193e381aee3818fe38289e38184e6809de381a3e3819fe38193e381a8e38292e7b4a0e381a7e381b6e381a4e38191e381a6e38282e38193e381aee4babae381aae38289e5b9b3e6b097e381a0e3828de38186e3808de381bfe3819fe38184e381aae6b097e5ae89e38195e381a3e381a6e38182e3828be3828fe38191e38198e38283e38293efbc9f」

 

「e3819de38186e8a68be38188e381bee38197e3819fe3818befbc9f」

 

「e8a68be38188e3819fe8a68be38188e3819fe38082e381a0e3818be38289e6b097e5ae89e38184e99693e69f84e381aae38193e381a8e887aae4bd93e381afe38184e38184e38193e381a8e381a0e381a8e6809de38186e38293e381a0e38288e381ade38187e38082e3819fe381a0e381bbe38289e280a6e280a6e38182e381aee38081e3839ee382afe38389e38195e38293efbc9fe38080e3839ee38383e382afe382a4e383bce383b3e3818ce381a1e38287e381a3e381a8e381b7e38293e38199e3818be38197e3819fe69982e381abe4bd90e38081e382ade383a3e38397e38386e383b3e3818ce3839ee382afe38389e38195e38293e381a8e8a9b1e38197e381a6e3828be69982e381bfe3819fe38184e381abe381aae381a3e381a6e3819de38186e381a0e381a3e3819fe38289e38081e38193e381a3e3819de3828ae69599e38188e381a6e381bbe38197e38184e3818be381aae383bce381a3e381a6」

 

「e3819de38186e381aae3828be38193e381a8e381afe38182e3828ae381bee3819be38293e3828fe38082e3818ae3819de38289e3818fe38081e3818de381a3e381a8」

 

 なんだなんだ。内緒話か?(二回目)

 

e381a0e381a8e38184e38184e38293e381a0e38191e381a9e381ad

 e38182e38081e58583e381abe688bbe381a3e3819f

 

e381a7e38199e3828fe381ad

 

二人が話してる間に今ある資材で組める反転機キャンセラーの設計図書き終わったわ

 

「「e381afe38081e9809fe38184e280a6e280a6efbc81」」

 

 そこそこ鈍ってる気はする。

 ほうほう。

 え?

 ウマ娘の体重はどの資料でも確認できないようになってる?

 何その神秘のベール。

 こいつは迂闊に踏み込んじゃいけねえとこに踏み込んじまったようだな。

 へへっ。

 

 しかし難儀な。

 昔の競走馬は体重を公表して、人間は喋れない体重を見て調子を把握し、今日のレースでどれが勝つかを予想してたらしいが。

 ウマ娘の体重がトップシークレットならそういうのは無いのかな。

 

 

 まあ人間と喋れるんなら調子は会話で確かめればいいのか?

 それとも"あのウマ娘また太ったな……"とか言ってる人も居るんだろうか。

 そのへんのよく知らんおっさんに見つめられて体重とか調子とか測られてるんだろうか。

 ちょっと怖っ。

 アスリートだけど周りからの見られ方がアイドルなんだよ。

 

 え?

 アイドルであるのも間違ってない?

 そっかぁ……そっかぁ。

 

 休日は毎週公式のレースがあって平日も模擬レースがあるんなら、走る回数が多いウマ娘は生理周期とか把握されてんのかな。

 調子悪い日は見て分かるだろうし。

 そういう時期が把握されることでレースの一番人気が変わったりもする……?

 

 待てよ。

 俺はナチュラルにウマ娘を人間の一種として見ていた。

 しかし、馬同様、春頃から発情期を迎えてる可能性もあるのでは?

 どうなんだろう。

 春からまとめて子作りする種族なんだろうか。

 

 

 ウマ属の生物の繁殖機構は、他の哺乳類とは異なる多くの生理学的・解剖学的特徴を持っているということで、専門家がよく研究対象にしていた、と記録されてる。

 ウマ娘の卵巣は卵巣皮質と髄質が通常と逆転した構造になっており、外側に髄質や血管帯があって、その周囲が中皮によって覆われた構造になっている。

 だから、成熟した卵細胞は排卵窩を通して卵胞液とともに外部に排卵される。

 これが馬の生理と言えるものだ。

 

 

 一般的な哺乳類は卵巣顆粒層細胞からエストラジオール―17βやインヒビンなどが分泌され、発情行動の誘発と生殖器の反応が促される。

 これにより、視床下部や下垂体が反応、下垂体前葉からの黄体形成ホルモン(LH)と卵胞刺激ホルモン(FSH)の分泌が行われる。

 人間の場合、LHサージという現象が怒り、短時間の『発情』が行われる。

 

 馬のLH上昇は他の哺乳類と比べると1/2~1/10と極めて低い、特異なパターンを示す。

 更に大型卵胞の卵胞液が、生理にあたる時期に卵巣と卵管采の間をすり抜けて腹腔に漏出し、速やかに血中に吸収されて、血中インヒビン濃度が大幅に変化する。

 これらの影響によって馬の血液成分は有意に変化し、馬は発情期・生理活動・出産分娩などのサイクルを、血液のpHなどから推測することができるほどだ。

 

 馬は発情行動が促されるのにつれて、血液が酸性になっていく。

 ウマ娘はどうなんだろう。

 普通の人間と同じく、自然状態で弱アルカリの肉体なら血液が弱アルカリ性から弱酸性に反転したりするのか……?

 

 いやいや。

 どういう不思議生物だ。

 そんな血液の塩梅がコロコロ変わる生物、効かなそうな薬物が結構ありそうだぞ。

 ウマ娘が毒に強い生物とかでもなければそうはならんだろう。

 

 

 脳は繊細で脆い器官だ。

 だからこそ、複雑で難解で正確な処理を行える。

 人でも馬でもそう。

 ウマ娘でもそうだろう。

 

 脳は雪中で凍りついてしまうだけで不可逆に壊れてしまうほど、『高性能ゆえの脆さ』を抱えてしまっている。

 濡れた手で触ると壊れる精密機械の集積回路みたいなもんだな。

 そして肉体が持つ生理的な特徴は、その脆い脳が確立させている。

 

 ふむ。

 ウマ娘の生理も?

 馬と似た形質を持つのか?

 解剖して内有物質の調査したらハッキリするかな。

 

 ん。

 ……いや、違うか。

 ウマ娘は基本的には人間と変わらん生体構造を持ってるはず。

 ライス姫がそう言ってたはずだ。

 

 馬のこの生理作用は人間に近い構造からは発生し難い。

 人間と同じ脳構造と生殖器構造を持ち、人間に似た生理周期を持つと考えておくべきか。

 

 ……いや、この思考大分キショいな。

 記憶野に放り込んで封印しとこう。

 失礼を避けるべし。

 話題には出さぬべし。

 

 ただ。

 まあ。

 女子に対するこの辺の配慮を俺が考えてなかったことも事実。

 頭の隅には入れていこう。

 

 ええとどうすっかな。

 どっかの街に入った時に全員に自由時間作っておくか。

 生理用品とか必要だと思ったら各々勝手に回収してこっそり機内に持ち込んでくれるだろう。

 

 生理的な性質や困りがちなことを女子に直接訊くのはアレすぎるし、どこかで資料になる書籍を探しておくべきだろうか。

 無神経とは無理解の産物だしなあ。

 "貴方を不快にさせましたが無知だったので許してください"とは流石に言えねえ。

 

 っと。今はそういうこと考えておく時じゃあないか。

 

『当機で彼女の体重を計測して詳細設定に反映しておきます。無論公開はしません』

 

「サンキューギガス」

 

『皆様、女子ですから』

 

 

 マックさん、それでいい?

 それでいいか。

 ありがとう。

 

 じゃあちょっと移動すっか。

 製造機と特定レアメタルはちょうど二つ隣の部屋にあるから。

 ほら、皆に地上で設計図探して貰ってる時に使ってもらってるサーチ端末あるだろ?

 ああいうのをちょくちょく造ってる加工室だよ。

 

 ギガス、床体重感知式で開くドアを制御してくれ。

 天井に立ってるマックさんがドア開けられないだろうから。

 

 ぱぱっと造るよ。

 

 ん?

 なんだなんだ。

 内緒話か?(三回目)

 

e381aae38293e381a7e38282e38182e3828ae381bee3819be38293e3828fefbc81efbc81efbc81efbc81

 

 そうなのか?

 マックさんは鉄面皮。

 ネイチャ様は苦笑。

 なんだ、この空気。

 ネイチャ様とマックさんはさっきからこそこそ何話してるんだ。

 

『"貴方を不快にさせましたが無知だったので許してください"とでも言う気ですか?』

 

「え?」

 

『とにかく何も気にしないで早く重量の反転効果を打ち消す機械を作りましょう』

 

「そりゃ、まあ、遅く造るつもりはないが……」

 

『できるだけ急いでください』

 

 なんだなんだ。

 どうしたんだ。

 俺が気付いてない何かあんのか。

 

 ……ん?

 素子センサー感度上げたら、これは、はて。

 離出分泌腺の分泌液が分解されて揮発した臭気成分?

 この手の分泌なら、原因は精神的に何かしらの圧がかかってることだと思うが。

 誰かがストレスでも受けてて、脂汗をわずかに出してるのかな。

 誰が?

 

 それも芳香腺に寄った分泌液の成分だな、これ。

 人間のアポクリン腺は芳香腺としては退化してるからこういう芳香の分泌液を出すことはないはず……あ、そういえば。

 馬には残ってるんだっけ、芳香腺。

 馬とか牛は芳香腺が退化してない哺乳類だったはずだ。

 

 じゃあウマ娘?

 ウマ娘の……二人のどっちかがストレスの類を感じてるけど我慢してる?

 

 体調悪いけど我慢してんのかな。

 ちと心配になる。

 ウマ娘はみんな頑張り屋だからな。

 怪我しても隠して、んで我慢してそうなところがある。

 

 触れないで見える分だけでも素子で軽く体調チェックしてみるか。

 ええっと。

 吐気や皮膚から蒸発した物質、内臓状態を視覚化できる赤外線、そのへんを数値化してと。

 

 

 これじゃないこれじゃない。

 これはギガスが遊びで作ってたフォーマット。

 

 計測計測。

 ふむ。

 マックさんの方だったか。

 視床下部で合成されたペプチドホルモンが軸索輸送で下垂体後葉に……毛細血管が収縮して腎臓が水分を再吸収してて……ああ、抗利尿ホルモンだなこの反応は。

 

 あっ。

 

特に理由はないが急いで作ります……

 

e280a6e280a6e381a3efbc81e38080e6849fe8ac9de38197e381bee38199e3828fe381a3e280a6e280a6

 

 すみません。

 

 マックさんがおしっこ我慢できてる内に急いで作ります。

 

 やべーな、急げ急げ!

 

待ってろ、加工室に入りゃすぐ……あれ?

 

e381a9e38197e3819fe381aeefbc9f

 

 なんか綺麗になってない?

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 いや、何度見ても気のせいじゃねえや。

 あれえ?

 開発に使ってた資材・パーツ類全部どっか行ってない?

 ネイチャ様なんか知らない?

 

e38182e38182e38081e38182e3828ce381aae38289e280a6e280a6

 

あれなら?

 

e585a8e983a8e78987e4bb98e38191e381a6e58089e5baabe381abe585a5e3828ce3819fe3828fe38288

 

何してくれてんの!?

 

 

 え?

 あんまりにも散らかってたから箱詰めにして隣の倉庫にまとめておいた?

 足の踏み場もなくなりそうだったから?

 

 あ、ああ。

 ありがとう。

 ありがとう?

 

 え?

 

 何してくれとんねん。

 

『この部屋は開発のため、特殊観測カメラ以外のカメラがありません。

 普通の監視カメラだと特殊量子波などで壊れる危険がありますから。

 なので当機もこの部屋でのナイスネイチャの行動記録を取っていません。

 貴方が必要とするパーツがどこの箱に入っているのか、誰にも分からないことになりますね』

 

「分かってんだよ! や、やべっ」

 

 何してくれてんのネイチャ様!

 

e38182e381aee381ade38188

 e5898de3818be38289e6809de381a3e381a6e3819fe38191e381a9

 e983a8e5b18be381afe38193e381bee38281e381abe78987e4bb98e38191e381aae38195e38184

 

 お前は俺の母親か!?!?

 

 違いますぅー!

 あれは散らかってたんじゃありませんー!

 俺が俺に分かりやすい最適な配置だったんですぅー!

 どこに何があるか俺が分かってるからあれでよかったんだよ!

 何勝手に片付けてくれてんの!

 

e59898e3818ae381a3e38197e38283e38184

 

 ふぐっ。

 

 

e382bfe382ade382abe38395e382a7e59088e6b581e5898de38081e69b87e3828ae381aee697a5e381aee69c9d

 

 うぐっ。

 

 あ、あれは。

 うっかり集積回路の置き場所忘れてただけだし。

 俺は過去の俺がどこに置いてたか最終的に思い出したし?

 寝る前に弄ってたからベッドの脇に落ちてただけだし?

 俺は過去の俺との心理戦に勝って見つけたからセーフ。

 こ、コーディングの記憶定着効果がまだ身体に残ってたら、あんな物忘れとか起きるわけが無かったから……問題じゃない。

 

e58588e980b1e38081e6b0b4e69b9ce38081e698bce38081e382a2e382bfe382b7e381a8e58cbbe79982e7aeb1

 

 ちょっとカッター踏んで足の指が落ちただけだろ!

 いや、あれは、その。

 確かに床に散らかってたものを完璧に把握してなかった俺の落ち度ではあるけど。

 考え事しながら歩いてたらそうなっただけだから。

 気を付けてれば再発しないってば。

 

 あの時は手当てありがとう。

 でも心配しすぎだってば。

 あのくらいならすぐ生やせるしさ。

 

e58e9fe5ad90e58a9be38081e88083e38188e4ba8be38081e38397e383a9e382bae3839e

 

 オッケーオッケー!

 わかった!

 わかったとも!

 他の人の前でそれ言わないで?

 ライス姫の前では特にね?

 

e381bee381a3e3819fe3818fe38282e38186e280a6e280a6

 e58b9de6898be381abe68e83e999a4e38197e3819fe381aee381afe8ac9de3828be38081e38194e38281e38293e381ad

 

 いや、ほんと。

 部屋はこまめに片付けます。

 これまでネイチャ様の言葉を軽視しててすみませんでした。

 

e680a5e38184e381a7e3818fe381a0e38195e38184e381bee38199efbc81efbc9f

 

 おっといけねえ。

 

 このままではマックさんから天井に向けてナイスシャワーが降り注いでしまう。

 全然ナイスじゃないけど。

 天井の機器がナイスビチャビチャになってしまう。

 全然ナイスじゃないけど。

 鍋をメジロイートイーンにするための機械開発がこんな急かされることになるとは。

 

 この箱は……違う。

 ここにも……ない。

 これは? これも? 違うな。

 サーチかけてみるか。

 ……ダメだ反応が区別できねえ。

 

 あ、これ見つかんないと思ってたスカンジウムの延べ棒!

 お前どこに行ってたんだ。

 

 なんて分かりやすい整理だ……パーツごとに大きさやサイズで分かりやすく整理されてる……箱が多すぎて目的のパーツが全然見つからないことしか文句のつけようがない……!

 

 うおおおお!

 

 俺は散らかした自分の部屋を女子に勝手に掃除された経験とかねーんだよ!

 

 虚数バイパスネットどこ!?

 

e3818ae9a198e38184e38197e381bee38199e280a6e280a6

 e381a7e3818de3828be381a0e38191e280a6e280a6

 e680a5e38184e381a7e3818fe381a0e38195e38184e381bee3819be280a6e280a6efbc81

 

 ごめんね!

 

 我慢して!

 

 頑張って!

 

 何とは言わないけど頑張って!

 

 どうにかして急いで探すから!

 

 

 

どうにかなんない?

キャプテンしか頼れないのよ

舌噛みそうですわね

喧嘩売ってるんですの!?

……まあ、いいですわ

怒鳴ってしまって申し訳ありません

あははっ

異世界人の失言って

デリカシー求めらんないよねえ

e38194e38281e38293e381aae38195e38184

……ほんっとうにもう

女性の体重訊くのはねえ

ギガスちゃんちょっといい?

30秒だけ翻訳切って

だといいんだけどね

あ、元に戻った

ですわね

e4ba8ce4babae3818ce8a9b1e38197e381a6e3828be99693e381ab

e4bb8ae38182e3828be8b387e69d90e381a7e7b584e38281e3828be58f8de8bba2e6a99fe382ade383a3e383b3e382bbe383a9e383bce381aee8a8ade8a888e59bb3e69bb8e3818de7b582e3828fe381a3e3819fe3828f

は、速い……!

なんでもありませんわ!!!!

e789b9e381abe79086e794b1e381afe381aae38184e3818ce680a5e38184e381a7e4bd9ce3828ae381bee38199e280a6e280a6

……っ! 感謝しますわっ……

e5be85e381a3e381a6e3828de38081e58aa0e5b7a5e5aea4e381abe585a5e3828ae38283e38199e38190e280a6e280a6e38182e3828cefbc9f

どしたの?

ああ、あれなら……

e38182e3828ce381aae38289efbc9f

全部片付けて倉庫に入れたわよ

e4bd95e38197e381a6e3818fe3828ce381a6e38293e381aeefbc81efbc9f

あのねえ

前から思ってたけど

部屋はこまめに片付けなさい

嘘おっしゃい

タキカフェ合流前、曇りの日の朝

先週、水曜、昼、アタシと医療箱

原子力、考え事、プラズマ

まったくもう……

勝手に掃除したのは謝る、ごめんね

急いでくださいます!?

お願いします……

できるだけ……

急いでくださいませ……!



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。