SAO ‐Gravity‐ (たかてつ)
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SAOP 001
001 第一層 Part1 


遠く聞こえる絶叫、その悲しみと憎悪に満ち溢れた罵詈雑言でさえ、どこか可笑しさが込み上げてくるのは異常だろうか。

 

――戻りたい場所があるだけ、感傷に浸れるだけ幸せ者だな。

 

現実と瓜二つな世界に囚われた――あの創造主が語った言葉が全て。

 

もう残された時間を、只好きなように生きればよい。

 

望んだように。願ったように。

 

二度と戻ることなんて、出来無いのだから――生きていても、死んでいても。

 

 

 

 

城壁を抜ける直前――ふいに背後から聞こえた。

 

「シグレ――ちょっとまって! …………まさか、ひとりで行く気なの!?」

 

肩で息する二人の女性は俺の目の前に滑り込むと、膝に手を突いて呼吸を整える。

 

「ああ、駄目か?」

 

「駄目って……さっきの茅場の話、聞いてなかったの? もう、このゲームは、」

 

「ああ、死ぬんだろ?」

 

今、呼び止めた 《男の容姿》 だったプレイヤーの脇を擦り抜けるように進む。

 

「駄目だよ、……ひとりじゃ、」

 

左腕を力強く掴んだ柔らかな温もりを、断ち切るように勢いよく払い除ける。

 

「どうせクリア出来ないよ。それにいつか……まあ、頑張って」

 

死が待つだけの圏外に向かって、乾いた地面を踏みつけた。

 

 

 

 

迫り来る牙――腕から伝わる違和感。

 

まるで血液のように弾ける光塊。

 

――何も変わらないじゃないか。

 

僅かに短くなった視界の緑色。

 

それがたとえ命の残数だったとしても、それを恐れる意味など、もはや無い。

 

――いずれ死ぬ。遠からず、絶対に。

 

モーションの直後、不自由に加速する身体――閃光が獰猛なモンスターを切り裂き、地面に叩きつける。

 

狂ったように鳴き叫び、俺を睨みつけながら起き上がったダイアーウルフ。大口から唾液を撒き散らせて俺の肉を喰らおうと跳びかかる。

 

躊躇無く首筋に剣先を振り下ろすと、拡散する鮮やかな光。

 

その瞬間、駆け抜ける少年――俺に脇目も振らず、ひたすら真っ直ぐ走り続ける。

 

背負った鞘にスモールソードが納まった瞬間、すでにその背中は小さくなっていた。

 

――急ぐ、か。まあ、それが正解なんだろう。

 

俺は小瓶を唇に当てると、数ヶ月前の記憶を辿る。

 

「そのまま、ってわけでもないだろうから……」

 

飲み干したポーションの瓶を草原に投げ捨てると、その後ろ姿は見えなくなった。

 

 

 

 

おそらくPOP数の限界を迎えた草原――辺りは夕闇に包まれる直前、といったところ。

 

それでも次のエリアを探して移動すべき、なのだろう。

 

しかし、どうやらそうは、いかせないようだ。

 

「こんばんわ。もうレベリングしてんすか? オニーサン、頑張りますね!」

 

ふたつの鋭い剣尖と槍の穂先が微かに輝く。

 

愚かだ――相手に目的を理解させるなんて。

 

走り出した俺を追う――

 

「逃げんな、てめえ!」

 

 

 

 

 

 

夜空に浮かぶ月と星。

 

その変わらないように感じる優しい光が道しるべとなり、たどり着いた目的の村。

 

ダイアーウルフの群れに恐れをなしたのか、愚か者達の影はいつの間にか消え去った。

 

――入手出来たのというのに……何かあったか?

 

俺の前に立つ焦燥した様子の少年に、何か掛ける言葉を探した。

 

「キリト、なのか?」

 

その問いに小さく頷くと、俯いたまま俺の横を通り過ぎようとした瞬間、

 

「シグレ、死ぬなよ」

 

振り返ると、何かを断ち切るように猛全と走り出した。

 

その小さな背中に向けて、

 

「ああ、お前も……」

 

無意識――冷え切った指先はスモールソードの柄に触れていた。

 

 

 

 

(終わり)




主人公は男性、名前はシグレ (SHIGURE) くん。

年齢は未成年。175cmくらい。

髪は長めで目は二重。カッコ良くも悪くもない。

一応βテスター、ミトさん・キリト君は、たまに会話する程度の間柄。

今作はちゃんと攻略する……予定。

お願いいたします。


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002 第一層 Part2

命の量は残り半分。

 

すでに手持ちのポーションは尽きた。

 

……しまったな。今更だが。

 

ついでのレベリング――それが迂闊だった。明らかに判断を誤った。 

 

思いのほか簡単に 《胚珠》 を入手出来て舞い上がったのだろう。

 

欲に目が眩んだ行動――それが死因になるとは、我ながら愚か、と思う。

 

反射的に飛散する腐食液を左に跳んで回避。踏み込んで接合部に剣尖を突き刺す。

 

反転し鋭い先端を交わすとダッシュ。眼前のリトルネペントの攻撃モーションを睨みつける。

 

――間に合うか? 

 

瞬間、ブーストされたモーション、刹那、エフェクト光が剣身を染める。

 

「――っ」

 

手ごたえは充分だ。しかし硬直がもどかしい。

 

背後に迫るもう一体のリトルネペント。

 

――今だ。

 

左足を限界まで曲げると一気に地を蹴る。

 

「おりゃっ――――」

 

限界を超えた跳躍――振りかぶると同時に振り下ろされる閃光。

 

キンッという硬質の音が耳に届くと同時に地面に当たった剣先が弾け飛ぶ。

 

――ツキがないな。今更だが。

 

唇をかみ締める。その間も思考は止まらない。

 

硬直が終わると必死で後方に跳んだ。

 

ウインドウを操作する指が震える。それとは裏腹に笑う口元。

 

――楽しいゲームだ。まったく。

 

俺の命を奪おうと躍らせながら迫り来る二匹のリトルネペント。

 

右手に新たな剣が現れると、安堵からか自然と笑みが浮かぶ。

 

抜き身を下げたまま、吐き捨てるように呟いた。

 

「さあ、殺してやるよ」

 

 

 

 

何も変わらない青空。

 

そよ風に揺れる草原を飛び交う羽虫。それを掴む。

 

握った拳から僅かに漏れ出す光の粒。

 

あの世界を離れて二週間――まだ、生きている。だが、明日は分からない。

 

「――おい、こんな所で寝るなよ。危ないだろ」

 

頭の先の方から注意を受けた。

 

「ああ、そうだな。でも、気持ち良いから」

 

俺は相変わらず仰向けに寝転んだままで、わざとらしく瞼を閉じてから答える。

 

「まあ……こんなところで寝る馬鹿は、お前くらいだろうから……素通りしても良かったけどな」

 

「心配してくれるなんて、優しいね。ついでにフィールドボス、倒してきてくれないか?」

 

ふっという冷めた笑い声のあとに、どすんと俺の横に倒れる。

 

「それは……まだ無理だな」

 

「意外だな……キリトなら無謀にチャレンジしてくれると思ったんだけど」

 

「お前、先に他人にやらせて、その後、楽に倒そうって思ってるだろ?」

 

「いや、……確実に、って思ってる」

 

「最低だな……」

 

小さく笑う。風が運ぶ。

 

 

 

 

俺が欠伸と共に大きく伸びをすると、

 

「シグレ、これから何処か行くのか?」

 

寝転んだままキリトが尋ねる。

 

「ああ、そろそろお気に入りを入手しようと思ってさ」

 

半分ほど片目を開けると、キリトは、

 

「気をつけろよ。宝箱の中身、結構変わっているらしい」

 

最悪の変更――茅場晶彦はどれだけ俺達を殺したいのやら。

 

「ああ、分かった。お前はどうするんだ?」

 

「ホルンカに行くよ。こいつを強化したいからさ」

 

背中のアニールブレードを指差す。

 

「そうか。じゃあ、俺は行くよ」

 

立ち上がって衣服についた草を払いながら、

 

「そういえば、サイズ使いのミトって覚えてるか?」

 

一瞬、眉間に皺を寄せるが、すぐに大きく目を見開くと、

 

「ああ! いたな、そんな奴」

 

俺はわざとらしく口角を上げてから、キリトの顔に目を落として、

 

「あいつな、可愛い女の子だったぞ。笑えるだろ?」

 

「……嘘だろ? あいつが?」

 

「本当に酷いよな、茅場」

 

 

 

 

残念ながら、変わらなかった。

 

一見すると浮島。だが頂上に続く細く切り立った岩だらけの道はβテスト同様、洞窟を踏破するとあっさり出現した。

しかもPOPするモンスターは特段強化されたわけでもなく、深追いしなければ難なく回避出来るものばかりだった。

 

二時間ほど進んで頂上に辿りつくと――先客。

 

四人のプレイヤーが宝箱の前に立ち尽くしていた。

 

――相談中、といったところか。

 

俺は背後から声を掛けた。

 

「すいません。開けないなら、俺が開けてもいいですか?」

 

怪訝な表情を向ける男達。

 

「いや、あんた。コイツの中身がトラップだったら……俺達は巻き込まれたくないぜ」

 

……まあ、それはそうだ。

 

「だったら、下がってから開けるから。俺の仲間が下で待っているから、急いでるんで」

 

舌打ちを残して踵を返す男達。

 

――もし戻ってきたら、オレンジ覚悟だな。

 

彼らの後姿が消えると同時に背中の鞘から剣を引き抜く。

 

緊張――背筋に悪寒が走る。

 

「えいっ」

 

……良かった。

 

何事も無く終了した。

 

俺はすぐさまウインドウを開き、懐かしい黒に近い茶色のレザーコートを装備する。

 

もと来た道を戻ろうと、勢いよく振り返った。

 

「あっ! オマエ、それ、開けちゃったのカ……」

 

フードを被った小柄なプレイヤーが、いつの間にか立っていた。

 

「ああ、悪いけど」

 

「オマエ、勇敢だナー。トラップ多発で死亡者続出してるのにサ……」

 

「そうなのか。まあ、どうせ死ぬから……」

 

自暴自棄な発言に、にたにた笑いながら、

 

「そうカ。オマエ、βテスターだろ? ……ま、命は大切にナ」

 

 

 

 

ホルンカに戻る途中、再びキリトと遭遇。

 

俺の姿を見つけるなり、いきなり目を逸らす。

 

「おい、何だよそれ」

 

心境が読み取れない複雑な表情を浮かべながら、

 

「いや、ちょっとな……」

 

「何だよ、それ。気持ち悪いな……」

 

キリトは申し訳なさそうに、こめかみを掻きながら、

 

「変な女の子、助けちゃって……」

 

「へえ……で、その子は?」

 

「……置いてきた。マップとポーション」

 

――馬鹿だ、こいつ。がっかりだ。

 

 

 

 

(終わり)




カッコいい名前が思いつきませんでした……

ちなみに、それほどレアではない普通のレザーコートです。

シグレくんはアルゴの名前、まだ知りません。

では、次回もお願いいたします。



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003 第一層 Part3

後悔、後に立たず――

 

「馬鹿は、俺も同じだったな……」

 

数秒で湧き上がった十体以上のコボルト系モンスター。

 

単調な攻撃パターンとはいえ、その鈍い銀色の斧の直撃を受け続ければ、一分と持たずにゼロになるだろう。

 

取り残された――いや、置き去りにされた。

 

こんな簡単な 《M P K》 も見抜けなかったなんて――

 

 

 

 

ホルンカからメダイに向かう途中の深い森。

 

その奥にひっそりと佇む大木の樹洞から続くダンジョンに、単身――無謀に挑んでみた俺。

 

「良かったらマッピング、協力してくれませんか?」

 

そんな嘘がきっかけだ。

 

フィールドボスを倒した事に気を良くしていたのだろう。

 

二つ返事で了承し、七人で二手に分かれ探索する途中、大げさに宝箱が配置された部屋を発見。

 

「やったぜ! ちょうど四つあるじゃん。お前ら、こっちに来て良かったなー!」

 

満面の笑みをこちらに見せて勢い良く走り出したアックス使い。

 

それを止める理由が口から放たれる前に、俺の背後にいた片手、そして両手剣使いは……躊躇無くどんと俺の背中を強烈に押した。

 

 

 

 

「うわあああ――やめてくれええ!」

 

カーソルが変色したことをキッカケにみるみる青ざめていく。

 

恐怖からだろう。絶望的に振り回す彼のウッドメイスは全く当たらない。

 

「チッ―――」

 

閃光終わりの拘束から解放された瞬間、俺は左脚に力を込める。

 

――助けられるの、待ってんなよ。

 

疾駆したまま、強く握る右手を高速で振りかぶった。

 

無言の 《スラント》 が緑色の小柄な背中を鋭く切り裂く。

 

二体のコボルトが振り返る寸前、強引に急加速させたアニールブレードを横一閃――発光した剣先は首と顔面を正確にえぐった。

 

刹那、斜め後ろからの気配に振り向き様、剣尖を下げる。

 

瞬時にしゃがみこんで跳躍。三体の輪から抜け出す。

 

「今だ、逃げろ!」

 

――早く動け、馬鹿。

 

「……あ、ああ」

 

震える身体を必死で動かすマヌケ野郎。

 

……さあ、残り四体、どうする?

 

緊張によってこわばる腕。すくみそうになる脚。

 

取り残された孤独……否が応でも脳裏を過ぎる死の光景。

 

このゲームでは死なばもろとも、はありえない。

 

ひとつ溜息を吐くと、剣尖を向ける。

 

「簡単には殺されない……殺してやるよ」

 

 

 

 

すでに数分、いや十分以上経過しているのかも、しれない。

 

度重なる回避とカウンターで、すでに残りは一体となった。

 

あと僅か――だが、ここまでの必死の攻防を嘲笑う赤いカーソル。

 

次に致命的な一閃を受ければ、俺はここで死ぬのだろう。

 

――馬鹿正直に振り抜いてくれよ。

 

眼前の歪んだ表情に祈るように、俺は剣を構えた。

 

踏み込んだ瞬間、頭上に迫る絶対的な死の鋭利。

 

「うぉおああ!!」

 

俺は極限まで加速した上半身の捻りのままにアニールブレードを叩き込んだ。

 

目の前の青い光が、ゆっくりと薄れていく……そのまま、ふわりと前に倒れ込む身体。

 

足元で、がしゃあんと爆散したコボルトの残片が、まるで雪のように静かに降り注いだ。

 

「…………ツイてたな」

 

うつ伏せのままで、かろうじてまだ動く人差し指を振り続ける。

 

 

 

 

分岐で合流すると、俺を見捨てた運のいいマヌケ野郎はひたすら頭を下げる。

 

「大丈夫……逃げろって言ったのは俺だから」

 

怒鳴りつける気力は、微塵も残っていなかった。

 

ただ、流石にこれ以上は関わりたくなかったので、俺は足早にダンジョンの出入り口を目指した。

 

 

 

 

差し込む日差しに命を感じる。

 

「あったかいなあ……」

 

我ながらどうしようもない発言と思い、苦笑いを浮かべながら鬱蒼とした道を行く。

 

しばらくすると、見覚えのある大鎌を担いだ女性プレイヤーがひとり。

 

「お、まだ生きてたのか! 良かったよ」

 

そんな俺の戯言を無視すると、生気無く俯いたままで、見知らぬ人のようにすれ違おうとするミトを横目で追った。

 

――片割れは、駄目だったか。

 

「宝箱の部屋、危ないからな!」

 

命がけで入手した忠告は届いたのか、振り返らずに彼女は小さく頷いた。

 

 

 

メダイのNPC食堂――

 

「だから、言っただろ――――あんなβになかったダンジョン、やめとけって」

 

忙しそうに骨付き肉を喰らうキリトに若干引きながらも、俺はカップを手に黙って頷く。

 

「アルゴがわざわざ警告してたんだから……まあ、無事で良かったよ。お疲れ」

 

キリトがNPC店員のほうに振り向いた瞬間、テーブルに並んだ小瓶を素早く掴むと皿に数滴。

 

即座に戻し、 「あ、すいません」 と席を立つ俺。

 

……うるせえな、説教される筋合いなんて無いんだよ。

 

NPC店員に適当な言葉をかけながら、にやにやと様子を……あれ? こいつ、激辛体性、凄い高い?

 

首を傾げながら席へ戻った俺に、新たな骨付き肉を握り締めたキリトは、

 

「シグレ……俺、大丈夫なんだよ。いや、むしろ好きなくらいだ」

 

冷え切った眼差しを一閃……俺は無表情のままテーブルに当たるほど、軽過ぎた頭を深く下げた。

 

 

 

 

食べ盛りなのか、見ているだけで胸焼けするほどアレコレ平らげて満足そうなキリトが唐突に切り出した。

 

「そろそろトールバーナを目指そうかと思ってる」

 

「……いよいよ、迷宮区か。死ぬ気しか、しないな」

 

自虐的な発言が気に障ったのか、怪訝な表情を浮かべるキリト。

 

俺はそれを上目で見ながら、

 

「お前は、まだまだ上げてから挑む気なんだろ? その間に鈍感な奴から死んでいくんじゃねえの?」

 

「せめて……ニ連撃。それからなら、何とかなるだろ……」

 

同様の考え――おそらくそこが最低限の条件となるはずだ。

 

「キリト、もし俺達以外のテスターが全滅してたら……あ、そういえばもうひとり、いた……とりあえず、ほとんど残っていなかったら、もうその段階で、ほぼ詰み、かもしれないだろ?」

 

無言で小さく頷くキリト。

 

「だから……まあ、気が早いかもしれないけれど、ギルドも考えてはいたほうが、いいかもな……」

 

首を横に振る――気持ちは理解出来る。

 

「シグレ……もう、前とは違う。でも、やっぱり俺はひとりで……いや、とりあえず考えてみるよ」

 

真剣な眼差しがぶつかり、一呼吸おいて二人同時に頷いた瞬間、

 

「おいっス、ちょうどそんな話を持ってきたところダ!」

 

緊迫した空気は軽やかに崩壊――にやにやした小柄な 《鼠》 が、音も無く着席していた。

 

――怖ぇよ。アルゴ。

 

 

 

(終わり)




βテスターって本当に可哀想。

はじめて原作を読んだ際、その早期退場者の多さにびびりました。

経験というものは良くも悪くも……

では、次回もお願いいたします。


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004 第一層 Part4

幾度となく繰り出したソードスキル。ようやく拡散した鮮やかな光の断片。

 

予想よりも長く続いた緊張状態から解放されると、無意識に俺の足は光ある方へ身体を運ぶ。

 

「もう、疲れたよ」

 

薄暗い迷宮区――誰一人いない回廊に、ぼやきの声は響き渡った。

 

 

 

小鳥のさえずりが生命の尊さを伝える。

 

穏やかな風が、一時の安らぎを与える。

 

けして安全とは言えない圏外ではあるのだが、先刻まで潜り込んでいた黒々とそびえ立つあの迷宮区塔に比べれば、ここは楽園なのかもしれない。

 

大げさでもないじゃないか――そう表現しても間違いではないだろう。

 

何故なら、真っ赤な天使がいる。

 

俺の目の前に、穏やかに眠るスタイルの良い天使が、落ちていた。

 

「なあ、キリト……キリトさん。俺、こういうの、流石に良くないと思うんだよね……犯罪にもいろいろあるけどさ、誘拐、じゃない、略取はちょっと……引くな」

 

立派な大木の根元に腰を下ろしたキリトはがっくりとうなだれたまま、

 

「そう言うと思ったよ……シグレ、大変だったんだぜ。ここまで持ってくるの……」

 

 

 

 

恐る恐る赤いフードの隙間から、美しくあれ――嫌でもそう願ってしまう御顔を拝見すると……残念ながら記憶にあった顔だった。

 

「キリト、俺、こいつ知ってる」

 

その瞬間、はっとして抱えていたアニールブレードが、ぐらっと倒れそうになる。慌ててそれを掴むとキリトは勢いよく立ちあがり、

 

「本当か!? 誰なんだ、こいつ?」

 

――何だよ、その反応。

 

にやっと笑いながら首を捻って俺は、

 

「あれ? ひょっとして、気になるの?」

 

明らかに嫌そうに目を細めたキリト。

 

俺は立ち上がって、 「悪い、冗談だ」 と微笑みながら歩み寄る。

 

「別に……こいつなんだよ。前に助けた人」

 

「ああ、前に言っていた女の子なのか、こいつが……いや、ミトと一緒にいたんだよ。初日に」

 

「そうか。だったらメッセージを、」

 

「いや、ちょっとそれは待ったほうがいいかも。何かあったっぽいから……目を覚ましたら、こいつに直接聞いてみろよ」

 

目を伏せながら小さく頷き、 「そうだな」 キリトは彼女に視線を向けた。

 

「あ、でも、お前がキスしないと、ふっ、起きないかもしれないぜ。くっ、ふふ」

 

我ながら酷い冗談に途中で笑みが零れる。

 

キリトは、 「ぉ、お前が試せよ」 と赤面してそっぽを向いた。 

 

「じゃあ、俺は会議までもうひと頑張りしてくるよ。また後で」

 

華奢な肩をぽんと叩いて背中を向ける。

 

「ああ、また後でな……」 

 

 

 

 

目測で約三メートル――およそ背丈の倍。

 

開放的とは言えない迷宮区の一室で硬そうなゴーレムに次々と斬りかかる勇敢なプレイヤーの群れ。

 

――お邪魔します。

 

「とっ――――」

 

彼らの背後から跳躍――そのまま空中でモーションを起こす。

 

鮮やかな発光の刹那、 《ホリゾンタル》 の一閃。

 

「なんやワレっ! ……またオマエか」

 

すっかり顔なじみになってしまったキバオウが邪魔臭そうに、俺の背中を睨みつける。

 

「苦戦してるみたいだから、加勢してあげるよ」

 

「余計なお世話じゃ、このアホ! どうせ横取りしに来たんやろが!」

 

図星である……まあ、誰でも分かるだろう。

 

次の瞬間、長すぎる腕の先端が俺の頭上を襲う。

 

「危ぶねっ、」

 

すっと頭頂部をかすめた瞬間、後方に大きく踏んで巨体から距離をとった。

 

「だから、下がっとけ、アホ!」

 

――うるせえなあ、キバちゃん。

 

俺は横目で尖った頭を睨みながらも、視界の端で長槍の先端が直撃した瞬間を見逃さなかった。

 

「貰った――――」

 

脇目も振らず突進――ホリゾンタル。

 

広すぎる背中に鮮やかな青い線が描かれると、急激にカーソルは減少し、ゴーレムは硬質の破砕音と同時に散り散りになった。

 

軽やかなファンファーレを背に、笑顔でウインドウを操作しながら、明らかに不機嫌そうな一団へ俺はいやらしく質問をする。

 

「お疲れ様、キバちゃん。ところでさ、サイズ使いの女の子、この中で見なかった?」

 

 

 

 

時折POPするモンスターを払い除けながら奥へ進むと、二十分ほどで探し人は見つかった。

 

しばらく高速で回転し続けた 《アイアンサイズ》 が、ようやく落ち着きを取り戻した瞬間、

 

「おーい! 元おっさん。今のはオーバーキルすぎるだろ……サイコキラーとでも、呼ばれたいのか?」

 

ぎっと一瞬だけ睨んで俯く。

 

「悪い……なあ、お前と一緒にいた女の子、あれからどうなった?」

 

単刀直入過ぎるが、それが狙いだ。

 

無言でアイアンサイズを肩に担ぐと、ミトはさらに迷宮区の奥へ向かう。

 

……これは、かなりめんどくさいことになっていそうだな。

 

俺はウインドウを開いてメッセージを入力しながら、消えそうなミトの背中に、

 

「おーい! 四時からだからな。その前に死んだら意味無いからな!」

 

その呼びかけに一切反応を示さず、ミトは歩みを速めた。

 

【分かった】

 

キリトからの短い返信を読み終えると、 「待ってるから……来いよ」 俺は彼女に背を向けた。

 

 

 

 

そこそこ豪勢な夕食を奢っても痛くない程度に稼ぐと、俺は迷宮区の出口を目指した。

 

再び塔の外に出て、辺りを見渡すが二人の姿は無い。

 

――もう行ったのか。

 

「トールバーナに向かったゾ」

 

横から聞こえた声の主に視線を向けず、

 

「そうか。それは無料で頼む」

 

ニシシと笑う 《情報屋》 は、珍しく 「いらねえヨ」 と一言。

 

「それよりアルゴ、あの女は何者なんだ? キリトの話では迷宮区に数日間こもっていたとか……自殺志願者じゃあるまいし、ああ見えて大馬鹿野郎なのか?」

 

「おいおい、そこまでサービスは出来ないゾ。それより、シグレ。オマエもあの子が気になるのカ?」

 

いやらしく笑うアルゴ。

 

当然そんな情報に金を払う気なんて皆無ゆえに、

 

「いいや。どちらかといえば、お前の方が好みだよ、アルゴ」

 

凄腕な鼠娘にそんな軽口を真顔でぶつけてみた。

 

「にゃハハハ! シグレ、茅場に貰った手鏡で自分の額を見てみろヨ。タダで情報ゲットって書いてあるゾ!」

 

図星だが、暇つぶしのつもりでさらに続ける。

 

「え、まじか!? 絶壁少女好きって書いてあるはずだが、」

 

ずがっと尻にキックが入る。回避不可能の神速だった。

 

――おいおい、オレンジぎりぎりだぜ、アルゴちゃん。

 

「死ね」

 

その時、初めて彼女の口からまともなイントネーションが飛び出した。

 

「……すんません」

 

俺が深々と頭を下げると、しゅたたたっとアルゴは駆け出した。

 

「おーい! 嘘だから。それなりだから、アルゴ!」

 

一瞬もの凄く睨むが、即座に笑顔に変わると、

 

「了解! 偽情報には気をつけろヨ!」

 

……背筋を冷たいものが激走すると、俺の表情筋は一瞬にして凍りついた。

 

このゲームではひとつの情報が生死を分ける。

 

もう二度とアルゴに戯言は言うまい――そう強く思った。

 

気づけば、太陽は明らかに角度を変えている。

 

……いよいよだな。

 

俺は約束の場所に向けて、足を踏み出す。

 

 

 

 

(終わり)




副題は 《天使と絶壁》 でございます。
すいません、お好きな方々。ごめんなさい。

では次回もお願いいたします。


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005 第一層 Part5

《トールバーナ》 の噴水広場。

 

ゲーム開始から約一ヶ月が経過した訳だが、最近はこの迷宮区塔に最も近い街でもそれなりの数のプレイヤーの姿が見受けられるようになった。

 

さらに本日はこれから 《第一層フロアボス攻略会議》 が行なわれる訳だから、腕に自信がある――アインクラッドからの脱出を目指す志ある勇敢なプレイヤーがこの時間、この街に集結するはずだ。

 

そんなわけで、周りの目が多少気になった。

 

「なあ、アルゴ? こういうの、あんまり好きじゃないんだけど……」

 

俺は隣で瞳をきらきらと輝かせながら、覗きに興じる絶壁少女……凄腕情報屋の鼠を駄目元で諌めてみた。

 

「…………」

 

無視――仕事中は私語を慎むスタイルらしい。

 

赤ケープの少女の隣にキリトが座った直後から、建物の影に隠れて俺達二人は広場のベンチに並んで座る初々しいカップル未満の男女の動向を観察し続けた。

 

――おい、キリト。もうちょっと良い物、用意出来なかったのか?

 

何となく隣を横目で……複雑な表情で見守るアルゴの、その柔らかそうな唇は、艶やかに若干湿っていた。

 

――みんな餓えてんだな、このゲームの女性って。

 

微妙な心境と状況に耐えられなくなって、無言で会議の会場を目指そうと踏み出した瞬間――

 

「オイ、何か奢ってから逃げてもいいんじゃないのカ?」

 

俺の目をじいっと、じとっと見つめる――相変わらずきらきらと輝く瞳と口元が、恐怖心をさらに倍増させた。

 

「…………はい。喜んで」

 

 

 

定刻――噴水広場から数分、野外演劇場といった感じの 《第一層フロアボス攻略会議》 会場には、ざっくり三十名ほどのプレーヤーが集まった。

 

見知らぬプレイヤーのほうが多いのだが、キリトはもちろん、キバオウ一味や迷宮区を我が物顔で闊歩していた青髪の一団、開始時間ぎりぎりになってようやく姿を現した困り者・サイズ使いのミト……

そこそこ俺が知った顔も並んだところで、場違い感も消え去って、一応の安堵を得た。

 

ちなみに、賢い俺は――最大限、気を使った場所に、座ってあげた。

 

「……後でなんか、奢れ」

 

ぼそっと呟いた俺の小声が耳に届いたのか、前に方に座る無骨なバトルアックスを背負ったスキンヘッドの 《ヤバそうな》 外国人が振り返って怪訝な表情を見せる。

 

ぺこぺこして……薄ら笑いで難を逃れた。日本語が通じたことが救いだった。

 

背後から、 「にゃハハ」 と満腹鼠の笑い声が聞こえた気がした。

 

 

 

「はーい! それじゃ、五分遅れだけど――――」

 

……やっぱり、あいつが仕切んのか。

 

偉そうな装備はともかく、わざわざ髪型髪色カスタマイズなんて、どうでもいいようなことに金と時間を費やした 《イケメン風》 が、さわやかアピール全開で議事を進行する。

 

俺はディアベルと名乗った男の話を聞き流しながら、ぐいっと仰け反ってアルゴに、

 

「お前、あれ、カッコいいと思うか?」

 

この場の空気を全く読まないアホな質問に、 「イヤー、どうかナー」 と苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 

 

 

「今日、オレたちのパーティーが、あの塔の最上階へ続く階段を発見した――――」

 

一斉にどよめくプレイヤー達。俺も驚いた……とはいえ、何となくそんな気はしていた。

 

あの青髪の一団が浮かべる余裕の表情――あれは間違いなくここにいる誰よりも先行している、という自負からくるものだろう。

 

俺やキリトのような単身で迷宮区を攻略するプレイヤーには様々な制限、とりわけ自制心がどうしても働いてしまう。

 

何より予想外のトラブルが発生した場合――ひとりでは解決しようの無い事態が起きてしまえば、それは死に直結する。

 

とはいえ……多少の理由の違いはあれど、俺もキリトも集団行動が出来るほど素晴らしい人間性……性格に問題があるので、ギルドはおろかパーティーさえ組むのも困難を極めるだろう。

 

そのうえ、βテスターに対する風当たりの――

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

ディアベルの大げさな演説を遮るキバオウの汚い声。

 

……ああ、何か始まっちゃったよ。

 

その後の展開は、黙して見守るこちら側をどきどきハラハラさせるものだった。

 

キバオウが甘ったれた理想論を熱弁する――それにムカついたのかは知らないが、俺の前に座っていたエギルと名乗った 《ヤバイヒト》 は颯爽と前に出ると、説得力を倍増させるバリトン声で圧倒的な現実論を淡々と述べて、甘ちゃんなキバちゃんをねじ伏せた。

 

そのあまりのキバオウのマヌケっぷり、可哀想な姿に俺が腹を抱えて笑っていると、かなり離れた対面の席からぷんぷん怒りながらしばらく睨んでいた。

 

ちなみに、あのガイドブックが無料とは、全く知らなかった。

 

振り返ると……鼠の姿は消えていた。

 

 

 

 

「で、どうなのよ。仲良くなれたかい? キリトくん」

 

トールバーナのNPCレストランで、周囲のにぎやかなプレイヤー達の会話に紛れるように小声で尋ねる。

 

他人の金でしっかりとデザートまで味わいやがったキリト (じゃんけんの勝者) は俺から視線を逸らすと、

 

「仲良くも何も……嫌われてるんじゃないかな、俺」

 

――ああ、本当に馬鹿だ、こいつ。なおかつ鈍感ときたか。

 

不用意な発言で明日から背後に気をつけながら生きるのも嫌なので、 「ふーん、そうか」 で終わらせた。

 

 

 

迷宮区最上階――

 

鈍く光る斧の切っ先が仰け反った俺の鼻先をかすめる。

 

「ふ、遅えよ――」

 

さらに加速に磨きをかけた 《スラント》 が直撃。緑色の身体を青い光が包み込むと、勢い良くガシャーンっと暴散する。

 

「「ぅぇーぃ」」

 

剣を鞘に収めると同時に、奥の方から複数の歓声が聞こえてきた。

 

――ついに発見、か?

 

俺は昨夜からの疲労も考慮して、ウインドウを開くとキリトに 【戻る。発見ぽいな】 メッセージを飛ばして、下り階段へ向かった。

 

 

 

 

(終わり)




第一回攻略会議ですが……

原作、アニメ、映画で設定がバラバラですよね。

話の流れは同じですけれど、描写が大変なエピソードでございました。

まあ、結局は、キバオウ、ですけど。


では、次回もお願いいたします。


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006 第一層 Part6

『――みんな、今はこの情報に感謝しよう!』

 

相変わらずディアベルが中央の高いところから偉そうに語る最中、俺はアルゴの攻略本 《第一層ボス編》 を読み直していた。

 

唐突にキリトが肘で小突く。

 

「アルゴ、大丈夫かな?」

 

確かに――これでは 《私はβテスターです》 とカミングアウトしたようなものだ。

 

「まあ、あいつは上手くやるんじゃないのか?」

 

キリトは無言で頷くと、ディアベルのほうへ視線を戻した。

 

――気持ちは分かるが、びびりすぎじゃないのか?

 

βテスターがどうこう言われるのは、もはやどうしようもない事――俺はそう割り切ってしまっていた。

 

およそ三百――その事実さえ理解出来ないのだから、どうすることも出来ない、と。

 

『――近くにいる人と、パーティーを組んでみてくれ!』

 

……ん? あいつパーティーって、言ったか、今?

 

隣に視線を向けると……あからさまに動揺を隠そうとしている少年の姿。

 

溜息をひとつ。キリトの腕を肘で小突くと、 「あれも誘ってきて」 再び攻略本に目を落とした。

 

 

 

 

「そっちから申請するなら受けてあげないでもないわ」

 

……めんどくせぇお姫さまだなあ。こんなの天使じゃねえな。

 

二人のやりとりを聞き流しながら、俺は攻略本に集中した。

 

 

 

「――E隊のサポートをお願いしていいかな」

 

……はいはい、雑魚処理係ということですね。

 

ふいに殺気を感じ……どうやら不本意なのは、お姫さまも同じらしい。

 

「了解。重要な役目だな、任せておいてくれ」

 

俺達を制しながら、最大限の社交性を発揮するキリト。

 

「ああ、頼んだよ」

 

イケメン風が噴水のほうに戻るのを見計らって、

 

「「どこが重要な役目、」」

 

ぎろりと睨むと、姫も睨む。

 

――まじめんどくせえな、こいつ。

 

困ったように、苦笑いで俺達をなだめるキリト……

 

 

 

 

五時半――第二回攻略会議が終了した。

 

俺は素早くキリトの腕を掴むと耳元で、

 

「後はこのお姫さまと仲良くやってくれ、俺は迷宮区に遊びに行くから」

 

「うわぁ、……じゃあ、気をつけろよ」

 

キリトの背中をぱんっと押して、二人に向けてにっこり笑ってみせるなり、急いで噴水広場の出口を目指した。

 

 

 

 

ちょうど迷宮区塔の半分、十階の回廊で探し人は見つかった。

 

「キリトが心配してたぞ。ほれっ」

 

俺はポケットから二枚コインを取り出して放り投げた。

 

それを軽やかにキャッチすると、

 

「そりゃー嬉しいナ……キバオウだ、どうしてもアイツのアニールブレードが欲しいらしいゾ」 

 

――なんだそりゃ? キバちゃん、あいつのファンだったのか?

 

ふいに最悪の妄想――もし、それが本当の狙いだったら、最低最悪の事態だろう。

 

「なかなかすぐには一枚岩って、ワケにもいかないもんだよナー……にゃハハッ」

 

アルゴは横を通り過ぎると、小さく笑って何度か手を振った。

 

 

 

 

カーソルが半分以下になっても相変わらず 《アイアン・サイズ》 を振り回し続ける姫……というより死神の自暴自棄に居ても立っても居られなくなった俺は、

 

「おらあああ――――」

 

アニールブレードを発光させながら、コボルトの群れに突っ込んだ。

 

「ちっ、」

 

……助けられて、舌打ちしてんじゃねえよ、馬鹿。

 

と、言ってしまっては元も子も無いので、コボルトに八つ当たり――

 

 

 

 

最後の一匹が暴散すると、無言で立ち去ろうとする死神。

 

「おい、いいかげんにしろよ、ミト。毎回助けられるわけじゃねえんだから」

 

すっと足が止まる。俺に背を向けたまま、小さく何かを呟いた。

 

「……は? なんて?」

 

「…………ほんとに助けて欲しかった時、いなかった。もし、あの時、シグレがいたら……」

 

……理由が分からないが、言わんとする事は理解出来た。

 

「それって、俺がひとりで、」

 

「違う! ……今更だから、もういい」

 

本当、助けて欲しい、俺、ひとり、違う、今更……俺は必死でキーワード、これまで気付けなかったミトからの無言のメッセージを繋ぎ合わせる。

 

その答えが脳裏に浮かんだ瞬間、無意識に身体は動いた。

 

――マズい、頼む、押すなよ。

 

その細く小さな身体を後ろから優しく抱きしめる――

 

「大丈夫。明日、終わったら俺からのプレゼント、楽しみにしておいて」

 

即座に離れる――ミトは驚愕のあまり固まっていた。

 

――お願いします。押さないでね。牢獄ぐらしなんて絶対嫌!

 

俺は、にこっと笑って後ずさりしながら、

 

「だから、明日は死なないでくれよ。じゃあな!」

 

くるりと踵を返すなり、全速力で回廊を走りぬけた。

 

 

 

安宿のベッドでごろごろしながら自己嫌悪を解消するべく、ひとり反省会。

 

……うわあ、なんであんなことしちゃったんだろう。

 

とにかく恥ずかしい。あげく間違っていたら……それこそ死ぬしかない。

 

「まあ、どうせ死ぬから……」

 

いつものオチに落ち着いたところで、 【何やってんの?】 キリトにメッセージを送る。

 

キリトにしてはかなり遅い返信――

 

【風呂】 とだけ。

 

――ああ、あいつの宿、ヤバい風呂あったな。

 

数日前、あの農家の豪華過ぎる風呂を借りたばかりだ。

 

――あれは、ハマってしまう。でも毎晩はなあ……迷惑だよなあ。

 

ふと、あいつの剣のことが気になりアルゴにメッセージ。

 

【お前どこにいるの?言い値でいい】

 

【キリトの宿。100コル】

 

ボッタクリというほどでもない金額で助かった。

 

……ん? 風呂じゃなかったのか? まあ、いいや。

 

退屈しのぎに本日仲間になった姫にもメッセージを送ってみた……が、無視。

 

――あいつ、最低だな。明日から無視してやる。

 

とはいえ、そんなものだろう。お姫さまメンタルなんて。

 

返信を待つ間、睡魔に襲われた俺はぼんやりと……妄想が膨らんだ。

 

【そこにアスナ、いたりする?100コル】

 

【いるヨ。10000コル】

 

――うへえ、凄いな、キリト。攻めるなー。

 

俺は、にやにやしながら瞼を閉じた。

 

 

 

 

……寝られねえよ。えろいことしか思いつかないじゃん。馬鹿野郎。

 

 

 

 

(終わり) 




果たして、湯気と光は消えるのか!?

……すいません。ごめんなさい。

では、次回もお願いいたします。


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007 第一層 Part7

三回目にして、最後の第一層攻略会議――

 

欠伸をしながら野外劇場に入ると、凄腕情報屋の姿は無く、さらに死神は目も合わせてくれず……

挙句の果てに俺のパーティーメンバーはキバオウにいじめられていた。

 

……めんどくせえ、暴力だな。

 

無音で背後から忍び寄り、汚い茶色のトゲトゲ頭を思いっきりバシンと平手で叩く。

 

「なにすんじゃ、ワレッ!!」

 

「全部バラすぞ、ボケ!」

 

にこにこしながら暴言を吐くと、キバオウは引きつった顔面を頑張って動かして、

 

「ええか、今日はずっと後ろに引っ込んどれよ。ジブンらはわいのパーティーの、」

 

「うるせえよ、せえぜえ死なないように逃げまわっとけ、バカ」

 

それはもうぷんぷんどころではない――

浮き出た血管が破裂してキラキラ舞い散るほどに怒り狂った表情で、 「フンッ」 くるりと振り返ると肩を揺らしながらキバオウ一味が待つほうへずかずかと戻っていった。

 

「……何だったの、あれ」

 

「さ、さあ……ソロプレイヤーは調子乗んなってことかな……」

 

「ほっとけ。むかつくだけだし……」

 

横目でキリトのアニールブレードを確認してから、

 

「良かったよ、売ってなくて……ここに集まってる連中、気をつけたほうがいいぞ」

 

キリトは怪訝な表情を浮かべる。

 

「俺とアルゴからの忠告……まあ、気にしなくてもいいけど……」

 

『みんな、いきなりだけど――ありがとう! ――――』

 

本当にいきなりディアベルが大声で喚き始めた。

 

やれやれと俺は首を振りながら二人の後ろの席に移動する。

 

 

 

 

「こういうことをやりたくないから、ひとりでゲームしてるんだけどなあ……」

 

樹下の下、子供のように笑いながら楽しそうに歩き続ける一団。

 

とはいえ、ぼっちの俺はほぼ最後尾――後ろは、キリトとアスナがひそひそ話に夢中。

 

……めんどくせえ。誰か 《回廊結晶》 持ってないのかよ。

 

前方に目を向けると、イケメン風軍団の後ろをひとり歩くミトの姿。

 

――気まずいしなあ、行けないよな。

 

己の度胸の無さとあまりの退屈さに、がっくりと肩を落とした。

 

 

 

 

午後十二時半、巨大な二枚扉の前に到着。

 

キリトは緊張した面持ちでアスナと最終確認。

 

それが終わると、こちらに歩み寄り小声で、

 

「とにかくシグレは俺達のサポートを頼む。危ないと思ったら、すかさず動いてくれ」

 

「了解。さすがリーダー、分かってる。俺は遊撃係しか無理っす」

 

そう言って俺が笑うと、キリトもようやく笑みを見せた。

 

「βと全く同じ、ではないだろうな……」

 

「ああ……」

 

ボス部屋の二枚扉に視線を向けると、キリトの表情は一気に引き締まった。

 

 

 

突入からおそらく数十分。

 

ここまでの戦闘の感想――ただ、びっくり。

 

あまりにも順調すぎて驚いた。

 

そして、お姫さまの実力に驚いた。

 

予定通りに――β通りに湧き出るセンチネルをキリトとアスナは見事なスイッチで潰しまくる。

 

俺はふたりのPOTローテの合間にちょこちょこ剣を振る程度。

 

とにかく、アスナの高速かつ正確無比な 《リニアー》 が凄すぎて、俺もキリトも感嘆するばかりだった。

 

 

 

 

まれにキバオウ率いるE隊等、困っていそうなところへお邪魔したが……邪魔者扱いを受けるだけなので黙って下がった。

 

そのうえ、キリトとアスナはセンチネルを倒すたびに、 「グッジョブ」 なんて言っちゃって……もうすっかり二人の世界。

 

「やり辛え……俺、参加しなくても良かったんじゃねえか」

 

そんなボヤキが口から飛び出した時だった。

 

――何話してんだ、あいつ。

 

キリトの背後から何事かを伝えるキバオウ。

 

奴が前線に戻るとキリトの表情が曇った。

 

「余計な……」

 

俺はキリトの方へ……だが、アスナの方へダッシュするキリトを見て冷めた。

 

……うん、それが正解。

 

「わりい、POTだ。頼む!」

 

知らない顔の両手剣使いの声。

 

「はいよ!」

 

俺は右足を強く蹴り出して、アニールブレードの剣尖をセンチネルに向けた。

 

 

 

俺の斬撃がセンチネルを暴散させたと同時に、キリトの悲鳴のような絶叫が耳に届く。

 

「……下がれ!! 全力で――――」

 

瞬間、その意味が理解出来なかった。

 

轟音――――強烈な振動と発光に驚愕する。

 

「何だ!!」

 

反射的に視線をコボルト王に向けた。

 

……まじか、よ。

 

一時的行動不能状態に陥ったC隊の面々。

 

そして、情報とは違う 《太刀》 を手に吼えるコボルト王。

 

即座に振り返り、 「何だ、あれは!?」 キリトに叫ぶ。

 

「追撃が……」

 

その言葉と同時に振り返ると、エギルが援護に動いた。

 

「くそッ――――」

 

瞬間、駆け出す。

 

「ウグルオッ――!!」

 

耳を劈く獣人の叫びも構わず突き進む。

 

だが、足を止めた。

 

幾度と無く描かれる赤い閃光――浮き上がり、何度も斬り刻まれるディアベル。

 

「あっ、」

 

まるで塵屑のように俺達の頭上を通過する身体。

 

それを無意識に目で追った。

 

キリトの側に落ちた――それから間もなく、ディアベルだった青い光の結晶は、崩れて暴散して消えた。

 

 

 

 

うわあああ、という悲鳴が部屋中に反響する――そこにいる誰もが立ち尽くしていた。

 

……もう、知るか。

 

俺は右足に力を込める――刹那、視界の端に白い影。

 

――これで、びびるような奴じゃないよな。

 

全速力のダッシュで白い影を追う。

 

「せああっ!!」

 

高速で回転するアイアン・サイズ――

 

コボルト王の太刀を弾き飛ばすと俺の名を叫ぶ。

 

「シグレ、スイッチ!」

 

俺は一気に前傾、 《レイジスパイク》 をさらにブーストさせた。

 

「おらあああ――」

 

薄く青い閃光が切り裂くと同時に迫る緑色の刃。

 

「あっぶね、」

 

かろうじて回避。

 

「下がって!」

 

交錯する太刀とサイズが激しいライトエフェクトを散らす。

 

……ふたりじゃ無理だろ。

 

しゃがみこんだままで、俺はあらん限りの大声で叫んだ――

 

「おらあ、ボンクラども! オンナコドモに戦わせてんじゃねえぞ! クズ野郎か、お前らわあ――――!!」

 

戦意喪失のC隊は一瞬きょとん。そこから一斉に憤怒の表情。

 

――育ちの悪い、口の悪い友達が多くて良かった。こんなところで役立つとは……サンキュー。

 

回転が止まった瞬間、ほんの僅かに微笑みを見せる。

 

……おっ、ちょっと可愛いかも。

 

「スイッチ!」

 

怒声のような要請――間髪入れずにアニールブレードを加速させる。

 

俺が待ち望んでいたソードスキル 《ソニック・リープ》。

 

肩に担いだ剣身がさらに加速――地を蹴り跳ぶ。

 

「グルゥウ!!」

 

「黙れ――――!!」

 

鮮やかな黄緑色が巨体を切り裂く。

 

「スイッチ!」

 

直撃する閃光と化したアイアン・サイズ。

 

俺達を薙ぎ払うように振り切られた赤く輝く太刀。

 

「やば、」 「くっ、」

 

急激に減少するカーソル――二人とも変色する。

 

「「うおりゃあああ」」

 

ようやく加勢したC隊のプレイヤー達が絶叫と共に斬り掛かった。

 

「下がれ、ミト!」

 

だが、首を横に振る。

 

強情にも程がある。相変わらず嬉しいほどに馬鹿だ、こいつ。

 

その時、俺の眼が捕らえた――コボルト王に迫るふたりの剣士。

 

……ようやく来たか。待ってたぜ、ラスト・アタッカー。

 

 

 

(終わり)




何となくです。本日の 《思いつき》 です。

ブラッキー、というよりはラストアタッカー、じゃないかと。(ビーターがしっくり)

攻略組とか攻略集団とかフロントランナー……みたいなものです。ごめんなさい。


では、次回もお願い致します。


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008 第一層 Part8

雷鳴のような剣戟音――

 

迫り来る太刀を果敢に弾くアイアン・サイズ。

 

「スイッチ!」

 

瞬時に下げた剣先が床に擦る瞬間、強烈な加速が俺を襲う。

 

「ぐっ、」

 

薄青い閃光と化したアニールブレードはコボルト王の巨体に迫る。

 

「うおおりゃ――!!」

 

瞬く間に突進技 《レイジスパイク》 の閃光が斬り抜けた直後、眩しいほど赤色に輝いた太刀が俺の背中を斬りつけようと……

 

ガアン、硬質の爆音と視界を染めるライトエフェクト――同時に柔らかな白い背中が激突。

 

「痛あ、」 「くっわ、」

 

そのまま数メートル転がってうつ伏せに倒れた。

 

「こっちに飛ばされるなよ!」

 

巨体を睨みつけながら苦言が飛び出た。

 

「しょうがないだろ!」

 

即座に起き上がるミト。

 

――あと、数撃ってところか。

 

俺は唸るコボルト王の命の残数を確認した。

 

「う…おおッ!!」

 

その瞬間、太刀が跳ね上がる。

 

「セアアッ!!」

 

一筋の流星――獰猛なコボルト王の巨体が後ろに退く。

 

……ここだ、今ならこいつを殺せる。

 

「行くぞ、ミト、」

 

俺は隣に視線を向けた――勇敢な死神は、唖然としていた。

 

「何して、……くそッ!」

 

俺は強引に足を踏み出す。

 

 

 

 

羨むほどに鮮やかな 《レイジスパイク》 がコボルト王をノックバックさせる。

 

「くっ……おおりゃあ!」

 

「グッルルアー!」

 

右腕が振り切られた瞬間、破壊的な咆哮。

 

「悪い、遅くなっ、」

 

「後でいい」

 

キリトの言葉を遮り、次の連撃に備える。

 

「こいつ、オロチと同じか?」

 

俺の短い問い掛けに、キリトは駆け出す瞬間、 「ああ、今のところ」 振り向かずに答えた。

 

「うおおお!」

 

前を行くアニールブレードが眩い輝きを放つと同時に、俺はスキルモーションをブーストさせる。

 

――頼むぞ、キリト。

 

ガンッと重く硬い低音の直後に巨体と薄青い光が俺の視界を染める。

 

――続け、アスナ。

 

だが、後方からの援護は、無い。

 

「チッ」

 

硬直を終わらそうと、無理矢理に身体を捻ってみる、が動かない。

 

……なに遊んでんだよ、姫。

 

直後、硬直が解ける。

 

「キリト!」

 

「ああ!」

 

ほぼ同時に剣を構えた瞬間、

 

「ハアアア―!」

 

アスナの鋭い気勢が耳に届く。

 

「駄目だ、アスナ!」

 

視線をコボルト王に……間に合え。

 

限界を超えて加速した俺の身体はアスナの向かう方向へ跳ぶ。

 

「「うおおッ!!」」

 

ほぼ同時に飛び込んだキリト――三本の閃光が交錯すると、勢い勝る太刀に吹き飛ばされる。

 

……あ、死んだかも。

 

宙を舞う最中、真っ赤なカーソルがゆっくりと絶対的な死に向かう。

 

フロアに叩きつけられた瞬間、視界の端で二人も重なるように倒れ込んだ。

 

――あっちはまだ大丈夫っぽいな……他人の心配なんて、してる場合か? 

 

すでに赤いラインはもう残って……残った。僅かに。

 

「死ぬかよ!」

 

我ながら現金なものである。

 

「ハアッ――!」

 

短い雄叫びと驚異的な跳躍でコボルト王を襲うアイアン・サイズ。

 

……遅えよ。馬鹿女。

 

笑みと同時に剣身を担ぎ上げた。

 

「いい加減、死ねよ、てめえ――――!」

 

 

 

《ソニックリープ》 が決まると同時に、びびるほどの絶叫を伴った 《ワールウインド》 が太刀を弾く。

 

「おお、すげぇ……」

 

俺の情けない感嘆の声に、ニヤっと笑みを見せるエギル。 

 

「うおお……りゃああッ!」

 

さらに追撃を加えるキリト。

 

反射的に俺の脚は限界まで屈曲し、それに連動して振りあがる右腕。直後に爆発的な加速――

 

「ぐおあ――ッ!」

 

高速で振り斬った剣尖は、輝くまま流れるように上昇する。

 

――死ね。

 

視界には数限り無く弾け散るポリゴンの美しい光彩。

 

片手剣二連撃技、 《バーチカル・アーク》 ――。

 

「グラアウッ!!」

 

喚きを上げるとばたばたと太い腕を振り乱す。

 

――タンブルか!?

 

「全員――フルアタック! 囲んでいい!!」

 

「お……オオオオオ!」

 

キリトの叫びに反応するエギル達。

 

刹那、飛び込んだのはミト。

 

「ハアッ――――!!」

 

高速で回転、アイアン・サイズの連撃が赤いカーソルを削る。

 

その後方から鞘を投げ捨て迫るアスナ――

 

「セアア――!」

 

渾身の 《リニアー》 が脇腹を突く。

 

……さあ、決めろ、キリト。

 

最もそれにふさわしい――あの男に視線を向けると、同時に叫ぶ。

 

『スイッチ!!』

 

一瞬だけ不敵な笑みを浮かべると、絶叫を響かせながら弾けるように加速――

 

 

 

 

 

 

 

 

《イルファング・ザ・コボルドロード》 を形作っていた煌く断片が俺に降り注ぐと、薄暗かった部屋が瞬く間に明るくなった。

 

僅かに残っていたセンチネルは消滅――先ほどまでの聴覚が狂うほどの絶叫も消え去った。

 

静寂…………ふいに緊張の糸がぷつんと切れる音を聞く。

 

どさっと腰を下ろすと、まだ剣を握り締めたまま固まっているキリトの元へアスナが向かった。

 

メッセージ――経験値、コルの額、アイテム。

 

「「うおおおおーー!!!!」」

 

「うわっ!」

 

至る所から突然湧き上がった大歓声に驚いて変な声が出た。

 

溜息をひとつ。

 

……よく生きてたな。まあ、次はどうだか。

 

ふいに白い肌――細い指先が俺の肩に触れる。

 

「お疲れ様」

 

穏やかなその声に、俺は苦笑いを浮かべながら、

 

「お疲れ……そうそう、あれがプレゼント……」

 

キリトに寄り添うアスナに向けて指を差す。

 

「ありがとう……でも、気持ちだけ受け取っておくよ」

 

「……そうっすか。残念」

 

俺がのっそりと立ち上がると、

 

「でも、いつからシグレのものになったんだよ」

 

こつんと大鎌で後頭部を叩かれた。

 

「誰かのものになる前に、しっかり捕まえとけよ……」

 

そんな戯言が口から出た――瞬間だった。 

 

 

 

 

『――――なんで、ディアベルさんを見殺しにしたんだ!!』

 

 

 

 

(終わり)




楽しいけれど、しんどいです。ボス戦の執筆。

そのうち 「おりゃー」 と 「せああー」 だけになりそうで怖いっす(笑)。

ここから始まる糾弾会も小説とアニメで全く印象が変わります。

ですから……なりゆきにまかせます。ごめんなさい。


では、次回もお願いいたします。


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009 第一層 Part9

――また、始まっちゃった。

 

やり場の無い感情を高ぶらせてC隊の男が発した暴論をきっかけに、馬鹿げた疑惑の声がボス部屋を飛び交う。

 

呆れた俺は、どしっと腰を下ろして胡坐をかいた。

 

……こいつらは本当に馬鹿なのか? 

 

不満を言えば、何かが、誰かが、相手が自分の思い通りにしてくれる――

 

そんなわけないだろ、アホ。

 

感情的になるのは一向にかまわないけれど、少しは足りない頭を使ってみてはいかがなものか――

 

まあ、中身が入っていれば、だが。

 

 

 

 

 

「――あいつだって元ベータテスターなんだから、タダで本当のことなんか教えるわけなかったんだ」

 

予想に反して押し黙ったままのキバオウの背後から、そんな馬鹿すぎる発言がキリトに投げつけられた。

 

……くだらねえ。無知にも程がある。いや、それとも……俺達を煽りたいのか?

 

ふと、隣のミトの表情を横目で……すっかり動揺してしまっている。

 

俺は小声で、 「おい、気にすんなよ」 と。

 

だが変化無し。この場の空気にのまれて思考の沼にハマったようだ。

 

……この程度で、女子に戻るなよ。

 

ほとほと困り果てた俺は 「よっこらしょ」 と立ち上がった。

 

 

 

 

「えいっ」

 

首筋のマントの隙間に素早く小瓶を押し込む。

 

「きゃっ、なんなの――!?」

 

驚いて仰け反ったミトに笑顔を見せながら、

 

「ふふっ、それ飲んどけ。最悪、殺し合いまでいくかもしれないから……」

 

「え、……あっ、うん」

 

ミトは何度か小さく頷くと回復ポーションの蓋を開ける。

 

『元ベータテスター、だって? ……』

 

これまで一度も聞いたことのないキリトの声に、俺はゆっくりと振り返った。

 

 

 

 

『――――ついてくるなら、初見のMobに殺される覚悟しとけよ』

 

そう言い残すとキリトは 《勇敢だった馬鹿ども》 に背を向け、アスナとエギルに一瞬だけ笑みを見せると歩き出す。

 

……格好つけすぎ。まあ、ドキドキだったろう。可哀想に。

 

俺は深く溜息を吐くと、 「じゃあ、殺されなかったら、またな」 とミトに告げて後を追う。

 

「シグレ……またね」

 

ミトは俯いたまま……だった。

 

エギルとアスナから何か言いたげな眼差しを向けられたが、小さく苦笑いを浮かべてその前を通り過ぎる。

 

「お疲れ様」

 

背後からの声を無視して玉座の前に進むと、ひとつ溜息をついて第二層に続く階段を目指した。

 

 

 

 

「お前はすぐに来る、と思ったよ」

 

第二層の雄大な景色の中、ぽつんとひとり座っているキリト。

 

連なる岩山の彼方の先を眺めたまま溜息混じりに笑う。

 

「殺される覚悟なんて、持ってないけどねえ」

 

嫌がらせのような冗談が口をついた。

 

互いに睨みあう――刹那、笑いあう。

 

 

 

 

ほどなく俺はゆっくり立ち上がって、

 

「じゃあ、悪いが転移門、よろしく」

 

その言葉に首を傾げる。

 

「お前、ウルバスに行かないのか?」

 

「ああ、ちょっと行きたい場所があるんで……まあ、 《ビーター様》 に荒らされる前に堪能しようかな、と」

 

俺の戯言に苦笑いを浮かべると、 「気をつけろよ」 と右拳を突き出した。

 

「お前も……あっ、多分あいつは追っかけてくるから、仲良くしろよ」

 

その拳をこんっと突いてにっこり。

 

キリトは勢いよく……うなだれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

切り立った岩場の道を数十分――

 

ベータと大して変わらないモンスターが時折POPするものの、適当に排除しながら俺は目的地を目指した。

 

「邪魔だ、雑魚が――――!」

 

などと口走りながら、 《ソニック・リープ》 を繰り出すものの、やはり孤独は感じてしまう。

 

おそらく現在この第二層に生きるプレイヤーは数人――

 

俺は一度でも致命的なミスを犯せば、誰の目に止まることも無く簡単に死ぬことになるだろう。

 

「……どうせ、死ぬ」

 

先刻のボス戦が脳裏を過ぎった。

 

死ぬどころか……これから先、いくつ命があっても足りない。

 

思い返せばベータテスト中、俺は何度も死んだ――その経験が現在まで俺を生かし続けている。

 

「馬鹿に言っても……なあ」

 

ディアベルは間違いなく元テスターだった。

 

それが、あのザマだ――当然あの結果はあいつの落ち度。

 

しかし、それは俺もキリトもアルゴも同じだろう。

 

このまま攻略を進めれば、いつか同様の局面は訪れるはずだ。

 

誰もが生きたいと望んでいる――だが、誰かが傷つき、死を覚悟しない限り、生きる望みは失われる。

 

――最低最悪の法則だ。あの野郎。

 

 

 

 

大きく息を吸い込んで、空の代わりの天井を見上げると一気に吐き出す。

 

「うわあああ――茅場、見てんのか、てめえ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よおっ、久しぶり!! オマエもウルバスから出稼ぎに来たのか!? よしっ、一緒に頑張ろうな!!」

 

……それは、全く変わっていなかった。

 

俺を幼馴染と勘違いしているNPCの巨漢のおにーさんは、満面の笑みで肩をバシバシ叩くと頑丈そうなツルハシを手渡す。

 

「…………はい、頑張ります。」

 

それから間もなく……懐かしい、苦行のようなクエストが始まった。

 

「おりゃあっ!」

 

俺は無心でツルハシを岩盤に叩き込む。

 

「砕け散りやがれ!」

 

ただひたすらツルハシを振り下ろす。

 

「労働、最高!」

 

心を殺してツルハシを……

 

「…………」

 

ツルハシ…………

 

 

 

 

三日目の深夜――

 

「もう、死にたい……」

 

汗臭く、異様にむさくるしい男達の間で、俺はひっそりと静かに枕を濡らした。

 

寂しいのでアルゴにメッセージ――

 

【バカだナー】

 

……それだけだった。殺意をおぼえた。

 

 

 

 

早朝、ようやく苦行の末に掘り起こした指定アイテム 《牛角石》 を、相変わらずいつでも険しい表情を見せ続ける親方に手渡すと、 「良くやった」 の一言。

 

感動してちょっと泣きそうになる。

 

だが、親方のクエスト中の考え無しな言動に、まじでむかついていたわけだから、ツルハシでがつんと叩き殺そうか――

 

なんて思ったのも事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにが、何が起こった……」

 

先日命を賭けて共に戦った仲間が――狂ったような格好で揉め事を覗き見していた。

 

……どうした。誰かに騙されたのか? いや、あれが姫のセンス……違うな。元々持っていた感性が発露したとか……全く分からん。

 

その時、俺の脇をすたすたと横切るアスナらしきレイピアと赤ケープの女性。

 

――おい、無視すんなよ、こら。

 

とはいえ、所詮これはゲーム。

 

お互い都合の良い関係――利用したり、されたりする関係が心地よい。

 

俺は溜息を残して、踵を返した。

 

 

 

 

(終わり)




思いつきです。ごめんなさい。

ミトさんを正気に戻す為の方法として、最も手っ取り早い気がしたのです。

……すいません。


では、次回もお願い致します。


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010 第二層 Part1

おそらく心の底からレベリングを楽しめたのは十歳頃までだったと記憶している。

 

無心で淡々と次から次と……

 

現在の俺は、 「レベリングが楽しいか?」 と問われたら、即答で 《否》 であろう。

 

――もう嫌だ。まじで、死ねる。

 

ぶんぶん飛び回るウインドワスプ――その駆除数は、いつのまにか百を超えていた。

 

 

 

 

「おっす、こっちに来てたのか」

 

草原にだらしなく仰向けに倒れている俺を覗き込むように見下ろすキリト。

 

「……お疲れ、キリト。これからワスプ狩りか?」

 

「ああ、レイピアの強化素材、どうしても欲しいって。めんどう、」

 

「はい?」

 

「「…………」」

 

その明らかに不服そうな声の主の方向へごろりと転がり視線を向ける。

 

深く被ったフードで表情は窺えないが……見えなくても理解出来た。

 

俺はのっそり立ち上がって、

 

「では、おふたりさん、頑張って」

 

ぼろぼろのレザーコートについた草をぱっぱと払うと、何食わぬ顔でその場から逃亡した。

 

 

 

 

ウルバスの街で買い物を済ませ、そのまま南東に。

 

最前線へ向かう途中何度も俺を闘牛士と勘違いした 《トレブリング・オックス》 や美味しい 《カウ》 に突進されるも、

 

「焼肉――――!」

 

とか、

 

「スキヤキ――――!」

 

などの、ふざけた掛け声と同時に剣を振るって暴散させた。

 

「ひとりでなにいっとんじゃ、ワレ……」

 

瞬間、焦る……ここにいるのは俺だけ、のはず……恥ずかしい。

 

帰り際、すっと近づいてきた――ディアベルに代わってリーダーを務めているらしい男に、気付かれないようそっと耳打ちをする男。

 

「明日の午前中、フィールドボス狩るから、良かったら手伝ってよ」

 

俺はその両手剣使いの誘いに無言で頷いた。 

 

 

 

 

深夜一時半――ようやくアルゴからの返信が届く。

 

……やれやれ、今度は引きこもりかよ。

 

マロメの村一番の安宿を選んだせいか、ごろごろすると軋むベッドで……ごろごろした。

 

 

 

 

早朝五時、ウルバス到着。

 

キリトに 【ちょっと一層行って来る】 のメッセージを飛ばして、懐かしい転移門へ駆け込んだ。

 

「おお、ちゃんと転移した!」

 

よくよく考えてみれば、このゲームが始まってはじめての転移である。

 

そして、久しぶりの 《はじまりの街》 でもあった。

 

「じゃあ、行くか」

 

だが、俺はここで気付いてしまった。

 

――トールバーナって、迷宮区塔からのほうが近くないか?

 

がっくりと肩を落とす――とぼとぼ街壁を目指して歩きだす。

 

 

 

 

「おにーさん! ちょっと、ちょっと」

 

商業エリアもそろそろ終わりというところで、唐突に変な女の子に声を掛けられた。

 

俺がそいつに視線と向けると、 「うわっ」 と漏れる声。

 

……露骨に引かれた人間の気持ち。分かりますか、あんた?

 

「あ、ちょっと、メンテしたくない? それ、アニールブレードでしょ?」

 

その勧誘に足が止まる。

 

……まさか、こいつがやるわけないよな? と、いうことは、アレか。

 

俺は素早く振り返って、にこっと笑うと、

 

「ごめん。お前、タイプじゃないから。頑張って!」

 

そう告げた瞬間、くるりと背を向けて一気にダッシュした。

 

 

 

 

途中、ワスプやワームやコボルドを撃破しながら、ようやくトールバーナに到着。

 

すぐにアルゴに教えてもらった (当然買った) 三階建ての宿は見つかった。

 

素早く階段を駆け上がり、二階の一室のドアをノックした。

 

しかし、応答はない。

 

……居留守だな。めんどくせえ。

 

がんがんドアを叩きながら俺は大声で楽しそうに言ってみた。

 

「みーとーちゃん。あそびましょー!」

 

三度目の同じ台詞で勢い良くドアが開くと、一瞬で部屋に引きずり込まれる――

 

「シグレ……何のつもり?」

 

数秒ほど考えたものの、適切な回答が浮かばなかった為、適当に答えてみる。

 

「彼氏のつもり」

 

これが、良くなかった……

 

 

 

 

 

 

 

ブルモオオォォォォ――――!! の合図で土煙を上げながら突進する 《ブルバス・バウ》。

 

ウオォォッ!! と叫ぶ牛のようなタンク部隊。

 

……こりゃ、いい勝負だな。なにせリーダーの知性が牛以下だ。

 

困ったバウは悩んだ末に、こちら側への突進を選んだ。

 

ズガアァァァンと激突してタンクが押し込まれた瞬間、アニールブレードを加速させる。

 

……遅いよ、お前ら。

 

俺の剣尖が広すぎる脇腹を捕らえた瞬間、 「くっそ、」 背後から悔しそうな声。

 

バウの巨大な頭がこちらを向こうとする最中、ステップを速めて、さらに斬り込む――

 

「おらあっ――!!」

 

一瞬でV字の軌跡を描く 《バーチカル・アーク》 が首から前足辺りに決まった。

 

「キバちゃん、ハウル!」

 

その声に不快そうな表情を浮かべたが、キバオウは即座に指示を出した。

 

 

 

 

「バカッ、」

 

タンブルしたタンクの脇を擦り抜け、猛然と迫り来るバウ――

 

「回避しろ、全力で!」

 

視線を外さず高速のサイドステップを繰り返しながら叫んでみたものの、怯える両手剣使いは動かない。

 

「うわあぁあ、」

 

宙を舞いながら震える悲鳴――

 

「チッ――」

 

左足は勢い良く地を蹴った。

 

前傾――輝きを増すアニールブレード。

 

「うらぁ!」

 

ブルウオウ!! 短い悲鳴のような鳴き声と同時に、俺は 《レイジスパイク》 の硬直の最中、

 

「リンド、退避させろ!!」

 

……早く動けよ、コスプレ野郎。

 

「おらあああ、こいや、ウシィイ!」

 

ハウルというより……ただ、感情を発散しただけ。

 

しかし効果抜群――こちらに向いたバウの怪しく光る眼球が俺を睨んだ瞬間、アニールブレードを威嚇するようにぐるりと回転させた。

 

――やばい、マジ闘牛士の気分。これ、結構好きかも。

 

俺は右腕を思いっきり伸ばして剣先を上下に振ってみる。

 

……無意味だろ、これ。まあ、雰囲気はこんな感じだったはず。

 

効果があった――突進馬鹿は勢い良く突っ込んできた。

 

俺は剣先を下げて、その時を待つ。

 

バウの頭が下がり鋭い角を俺に突き刺さそうとした瞬間、限界まで屈曲した膝が反撥――緑色に輝く剣先が顔面を捉える。

 

角の隙間を縫うように跳び上がると、真下の首筋を目掛けて、

 

「うおおお――ッ!」

 

空中で回転しながら俺は剣を振り斬った――

 

ブルモオオォォォォ――――!! クリティカルの手応えを感じながら宙を遊ぶ。

 

――カッコいいじゃん、俺。

 

と、油断して着地に失敗。後方に一回転。

 

「痛ぁ……あ、?」

 

『おらあああ――!』

 

うつ伏せに倒れたまま目にした――キリト並みに強化したアニールブレードが輝きながら怒り狂ったバウを切り刻む。

 

 

――こいつ、総額いくらだよ……高級志向、か。面白いけど、ダセえな。

 

 

 

 

(終わり)




何故、前作に引き続きミトさんはこうなるのか……

誰か教えて欲しいです。ごめんなさい。

とはいえ、本日の思いつきですので……すいません。


では、次回もお願い致します。


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011 第二層 Part2

「ほな、さいなら」

 

俺の変な笑顔とヘンテコな関西弁のコンボにイライラしたのか、 「フンッ」 と鼻息荒く踵を返すと、すたすたすたすた撤収していくキバオウ一味。

 

「お疲れさま、ありがとな……」

 

コスプレ隊の両手剣使いはそっと耳打ちをして、LABを取って満足気なリンド達の背中を追った。

 

……よし、じゃあ行ってみるか。

 

猛牛ブルバス・バウの討伐から数分、俺は迷宮区塔に続くであろう道に向かって走り出した。

 

 

 

 

「おまえら、卑怯だぞ――!」

 

間違いなく誰もいないであろうジャングルの奥深く――俺は先ほどからハチとウシに追い回されている。

 

ワスプとカウの連携プレー。こんな酷い仕打ちはベータに無かった。

 

――とにかく、一石二鳥の方法を。

 

目前に巨木――ひらめきのまま、俺はそれに跳び掛った。

 

「ほいっ――!」

 

巨木の太い幹に右足の全体重を乗せるとバック転――同時にモーションをブースト。

 

逆さまになった状態でワスプに 《ホリゾンタル》 を叩き込んでカウの背中を左足で蹴る。

 

……ヤバい、成功しちゃったよ。

 

激しい激突音――ブモウォォ!! 巨木に頭突きを食らわしたカウが悲鳴を上げる。

 

即座にワスプへ追撃の 《スラント》 を浴びせ、タンブルしたカウを滅多斬り。

 

「……はあ、はあ、……これ、たどり着けるのかよ……」

 

生い茂る木々の隙間から僅かに見える塔――

 

俺はとりあえず、死を覚悟した。

 

「ん? 何だ、これ?」

 

ウインドウに表示されたドロップアイテムに目が止まる。

 

針や蜂蜜、皮や肉っぽいモノの中に、見たことも聞いたことも無いアイテム名が混ざっていた。

 

ささっと操作して 《YES》 をぽちっと。

 

シュパッと短い効果音――輝きをともなって現れたのは、とてつもなく軽い片手直剣だった。

 

「サーフェス・スティンガーって……安直な名前だな」

 

何度か適当に振り回してみる。

 

濃い紫色のグリップ、怪しく光る細く薄い剣身――あっという間に魅了された。

 

「……せっかくだし、もうちょっと頑張ってみるか」

 

俺は深いジャングルの奥へ、まだ遠い迷宮区塔を目指して踏み出す。

 

 

 

 

「どうりで……ジャングルより楽なわけだ」

 

数時間かけて辿りついた迷宮区塔――だが、予想外にモンスターはPOPせず、大半の宝箱が開けられていた。

 

若干の退屈さえ感じながら、ふらふらとマッピングをしていたら案の定、

 

「おっす、シグレ。フィールドボス戦、お疲れ!」

 

「…………」

 

楽しそうなキリトと、理由は全く分からないが、明らかに不機嫌なアスナがいた。

 

「お前、わざわざ森を抜けてきたのか?」

 

「ああ、死にかけた。もう行く気はしないな……」

 

「迂回路、知らなかったの?」

 

「知ってた。でも、つまんないでしょ? あっちは簡単すぎて」

 

「「…………」」

 

呆れるふたり。

 

「ああ、そうだ! キリト、これあげるよ」

 

素早く茶色い小瓶をオブジェクト化して、期待の表情を浮かべるキリトに手渡す。

 

「レアなほうのハチミツ、ドロップしたから何かに使って」

 

「ええっ!! いいのか、シグレ、……ありがとう」

 

「甘い物、俺はそんなに好きじゃないからな」

 

嬉しそうに破顔するキリト――それに鋭い眼差しを向けるアスナ。

 

――馬鹿な姫だな。こんな簡単な罠にハマりやがって。

 

俺はキリトの肩をぽんっと叩くと、

 

「アスナと仲良く使ってね!」

 

悪意と期待全開で――俺は素敵に笑ってみせた。

 

 

 

 

「おら、こいや、鼻ピアス!」

 

そんな挑発に切れたのか、ブモモと変な奇声を上げながら迫りくるトーラス。

 

頑強そうなハンマーで俺の頭を叩き割ろうと勢い良く振り上げた瞬間――腕ごと吹き飛ばすサーフェス・スティンガー。

 

――うへえ、凄っ。もうアニールブレードには戻れないな。

 

相性抜群の新たな相棒の正確さと鋭さに関心しながら、俺は肩に担ぐように素早く構える。

 

「うらあああ――!」

 

これまでよりも遥かにキレを増した 《レイジスパイク》 が筋骨隆々な裸体を切り裂く。

 

鮮やかに暴散する最中、後ろからぱちぱちと拍手が聞こえた。

 

「さすが、シグレ! あれからこんな奥までひとりで来るとは――――」

 

コスプレ隊の両手剣使いは笑顔で俺を持ち上げ続ける。

 

……気持ち悪ぃなあ。一応、用心しとくか。

 

俺は剣先を下げたまま小さく会釈して、

 

「あの時は危なかったな……あんたらのリーダー、もう少し何とかならないのか?」

 

すまなそうに目を伏せると、両手剣使いは俺に近づきながら、

 

「いや……リンドさんも大変、一生懸命なんだよ。何としてもディアベルさんに恥じないように……みたいな感じさ」

 

「そうか。でも、こんな時間まであんたらにマッピングさせて、上の連中は祝勝会とかしちゃってんだろ? 俺からすれば、最悪だけどなあ……ま、頑張ってね」

 

俺は悪戯にウインクすると、彼にくるりと背を向けて何度か手を振った。

 

「じゃあ、またな……」

 

彼の声には複雑な心境が入り混じっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、夜通し迷宮区でトーラスを斬りながら宝箱を開けまくってボロボロになった俺はタランへ。

 

入村直後、 【ちょっといいか?】 そんなメッセージが届いて、ふらふらしながら二人が待つNPC食堂に向かった。

 

 

 

 

何度も欠伸をしながら 《強化詐欺事件》 のあらましを聞いた俺は、

 

「そんな奴、ぶっ殺せばいいよ」

 

あまりにも極論すぎる発言に、キリトは苦笑いを浮かべて、アスナは、「ふざけないで」 俺を思いっきり睨みつけるなり、ぷいっとそっぽを向いた。

 

「ごめん、ごめん。冗談だから……ああ、そういえば、 《はじまりの街》 にも、そんな感じの奴、いたな……ちょっと手法は違うけど」

 

首を傾げるキリト。

 

「そうか……そういえばお前、何しに戻ったの?」

 

瞬間――目が覚めた。完全に失言である。

 

……まずいな。何て言おうか。

 

だが、寝不足と疲労で頭は動かない。

 

……どうしよう、全然思いつかねえよ。困った。

 

「ええっと……察してくれ」

 

小声でぼそっと呟く。

 

「は? ……何?」

 

キリトが怪訝な表情で再びそれを聞こうとすると、アスナが素早く袖を引っぱる。

 

「なんだよ……」

 

「もういいから……へえぇ、シグレ君にそういう人、いたんだね」

 

フードの下から覗き見える口元が少し笑っているように窺える。

 

――よし、馬鹿が勘違いしてくれた。

 

「ああ、そうなんだ……アスナ、後でこの鈍感に説明しといてくれ。よろしく!」

 

「了解」

 

「なんだよ、それ。ワケが、」

 

「いいから、……じゃあね、シグレ君」

 

席から立ち上がった俺に手を振るアスナ。

 

それに少し微笑んで見せると、俺は急いで宿に向かった。

 

――もう駄目だ。眠すぎて倒れそう。まじで死んじゃうよ。

 

 

 

(終わり)




ワスプ系からドロップしそうなのはレイピアやピックやスピア……

そんなわけで 《サーフェス》 と名づけてみました。

《シバルリック・レイピア》 並みの片手直剣です。(本日の思いつき)

軽量かつ特殊効果有りの武器は、単純に筆者の嗜好でございます。(前作参照)


それでは、次回もお願い致します。


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012 第二層 Part3

こん、こん――――

 

また駄目か。

 

ごんごんごん――

 

「みーとーちゃん、あそびましょー!」

 

 

 

 

やはり広大なジャングルや迷宮区塔内部での戦闘の後では、ワームやワスプ、フレンジー・ボアが相手では、どうしてもつまらなさ――物足りなさを感じてしまう。

 

しかし、すぐ目の前でアイアン・サイズを軽やかに回転させるミトの姿に、どこか美しさのようなもの――

うっかりすると見蕩れて立ち尽くしてしまうほどの華やかさ。

その滑らかな剣技に惚れている、いつの間にかすっかり魅了されてしまっている。

ずっとこの戦闘が続けばいい――なんて、どうしようもない事を願ってしまうわけで……

 

「ちょっと!! ――スイッチ!」

 

「あ、はいはい――」

 

ノックバックでがら空きになった首筋に 《ソニック・リープ》 の一閃。

硬直中の俺に剣先を向けた瞬間――輝く高速のアイアン・サイズが追撃を加えると、哀れなコボルドは眩しく散った。

 

「お疲れ、ミト」

 

笑顔で右拳を差し出すものの、

 

「戦闘中に何でぼーっとしてるんだよ、シグレ!」

 

照れも恥じらいも一切隠さず――俺は思ったまま言い放つ。

 

「いや、だってさ、凄いから。綺麗なんだよ、ミト」

 

「…………」

 

それから 《はじまりの街》 の市場エリアに到着するまで、俺は何を言っても無視され続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おりゃぁ!!」

 

強引な反転によって急加速したサーフェス・スティンガーの剣尖が美しい黄緑に染まると同時――

 

ブウルルルゥと雄叫び――いまさら 《ナミング・インパクト》 を放とうとしたトーラスの太すぎる腕が弾けるように空を切った。

 

「せいっ――!」

 

とどめとなる 《スラント》 が盛り上がった背中の筋肉を一閃すると、薄暗い回廊をぱっと照らす眩い青。

 

そこにふわっと浮かび上がったシルエット――その影に俺は声を掛けた。

 

「こんばんは。おひさしぶり」

 

「おっス! すっかり夜勤シフトだナー、シグレ」

 

 

 

 

「…………まあ、そっちはあいつらに任せるとして、俺はボス戦に集中するよ」

 

「そうカ。で、その新しいグレーのコートはデバフ耐性高いのカ? いつもと違うから、最初は誰だか分からなかったゾ」

 

にやにやする情報屋に、苦笑いを浮かべると俺は、真新しいロングコートのフードを被りながら、

 

「ああ、それもあるけど、半分趣味だな。本当はグリーンとかカーキみたいなアースカラーがいいんだけどさ……あいつらと、かぶるのもなあ……」 

 

「なるほどナ。オマエ、ベータの時もずっとあの色のレザーコートだったから、よっぽど気に入ってるんだナーって思ってたケド」

 

「……お前さあ、全部知っているくせにその話題……しばらく、そっとしといてくれよ……」

 

俺はうなだれながら、いやらしい鼠をちょっと睨む。

 

「にャハハハ。ゴメン、ゴメン。そうだナー、まあ、高く売れそうな情報でもないしナー」

 

……誰もいらねえし、買わねえだろ。そんなどうでもいい情報。

 

悪戯に笑いながら、くるりと背を向ける情報屋。

 

その小さな背中に――今、俺が最も知りたい情報を問う。

 

「それよりアルゴ、この世界の女の子って、クリスマスプレゼント……何が欲しいと思う?」

 

足を止め、呆れた顔だけをこちらに向けると、

 

「バカか、シグレ。そんなもんは、アッチと何も変わらないゾ……自分で考えるんだナ」

 

……それも、そうか。

 

「ああ、そうだな。ありがとう……あ、お前にはストラップレザーあげるから、イブの夜に着て見せてくれ」

 

すごく嫌そうな……じっとりとした視線が俺の眼球に突き刺さる。

 

「シグレ……おれッチがオンナのコって忘れてるだろ? この変態ヤロー」

 

「…………すんません」

 

 

 

 

 

 

 

 

日曜日。寒い夜。

 

「あははっ!! キリト、何だよ、それっ!?」

 

その姿は面白すぎた――まるでモブ兵士。

 

「俺だって好きでこんな格好、」

 

「なによ、せっかく選んであげたのに」

 

笑い転げる俺と焦りまくるキリトをぎろりと睨みつけるなり、ぷんぷん怒りながら東広場に向かうアスナ。

 

「あー、おもしろ。じゃあ、頑張って、キリト……ふふ、」

 

「ああ……じゃあ、また後でな」

 

背負ったタワーシールドをガンガン叩いて、アスナの背中を追う 《重戦士キリト》 を見送った。

 

 

 

 

「こんなことを頼めるのは、お前しかいないんだ――頼む、シグレ」

 

……はあ、そうっすか。めんどくせえなあ……でもなあ、しょうがないよなあ。

 

ふたりに紹介されたばかりの軟弱そうな青年は、俺達の前で深く頭を下げたままだ。

 

「まあ、いいけど……俺はやんないよ。いまさら岩とか殴りたくないし」

 

「それは構わない。それよりも、スキル取得後のトレーニングが重要だから……思いっきり鍛えてくれ」

 

ネズハの手に握られた、明らかにレアそうなアイテムに目を落とすと、

 

「はあ……了解、それは任せてくれ。とはいえ、ボス戦の空席確保、よろしくな」

 

一瞬で、 「マズい!」 そんな表情に変わったキリト。

 

――お前、それを全然考えていなかっただろ。馬鹿野郎。

 

呆れたように溜息を吐くアスナ。そして俺の目を真っ直ぐに見つめながら、

 

「わかった。そっちは私がやるから……ネズハさんのこと、よろしく」

 

「ああ、頼む」

 

そこでようやく頭を上げたネズハは……感動なのか、感謝なのかは分からないが、大粒の涙を流しながら俺の右手を素早く両手で握って、

 

「お願いします……シグレさん……」

 

「…………はい。こちらこそ。 ……それ、危ないから仕舞ってね」

 

ここで、俺は諦めた……しょうがなく笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらあ! へばってんじゃねえぞ、童貞野郎! 立ち上がって拳をぶつけろ――!!」

 

「はい、……おりゃあー!」

 

「バカ野郎――!! 気合を入れて殴れ。そんなカスパンチじゃ、いつまで経っても割れねえんだよ!! ふざけてんのか、てめえ!」

 

「……はい、おりゃあ!!」

 

「ごら、もっと腰入れろ! 殺したい奴の顔だと思って死ぬ気でぶん殴んだよ、ネズハ!」

 

馬鹿げたヒゲのせいで、すっかりマヌケ面になってしまった俺は、 《ネズえもん》 の隣で無意味に怒鳴り散らす。

 

「見てろ、ネズハ! こうやんだよ――おらあああ、死ね、カヤバ――――ッ!!」

 

「あ、……嘘、」

 

パキンと亀裂が…………お互い顔を見合わせた。

 

「……すごい……シグレさん、やっぱり、気合ですね。僕……感動、して……こんな、ことって……本当に……」

 

小刻みに震えているネズハの肩にそっと掌を置くと、

 

「ネズハ、結局最後は意思なんだよ……石だけに」

 

「…………」

 

冷たすぎる――風。

 

冬の訪れを感じながら、むかつくNPCに優しく顔面を拭いてもらう。

 

……失敗したなあ。頑張れ、ネズハ。そして、すまんかった。

 

 

 

 

 

(終わり)




おそろの白でも良かったのですが……汚れそうだな、と。

アルゴにアレを着用してもらうイベントが発生するかどうかは分かりません。(気分次第)


では、次回もお願い致します。


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013 第二層 Part4

強烈な閃光が巨大な二枚扉の向こう側に見えた直後、そこから倒れるように飛び出した男達。

 

疾駆する俺に、 「アルゴから話は聞いた――頼むぜ、シグレ!」 その絶叫が回廊中に反響する。

 

――了解。任せとけ。

 

瞬間、王室の門前を守るように湧き出たトーラス。

 

「どけよ、おらあ――ッ!!」

 

ハンマーを振りかぶる寸前、最高速のホリゾンタル――

 

「そいつは俺達がやる。行け、シグレ!」

 

カーソルが半減した両手剣使いの言葉に小さく頷くと、さらにダッシュを速めて絶叫と轟音が響くボス部屋に突入した。

 

 

 

 

――こんなところで、イチャついてんじゃねえよ。

 

寄り添うキリトとアスナを追い越してさらに加速。

 

フードの奥で、にやりと笑うアルゴ。

 

驚愕の直後、露骨に嫌そうな表情に変わるリンドとキバオウ。

 

荒れ狂うトーラス王が巨大すぎるハンマーと突き上げると同時に、俺はフロアを思いっきり蹴って跳んだ。

 

「なっ、」

 

左足の踏み台になった成金詐欺師は突然のことに驚愕の声を上げる。

 

――うるさい、悪趣味野郎。

 

空中でグリップを引いた瞬間、驚異的な加速――緑色の閃光が空中に鮮やかな軌跡を描く。

 

 

 

 

「ひどいな、われ……」

 

どうやら俺の天才的な戦術に百戦錬磨のリーダー様も呆れたようだ。

 

「いいだろ、別に」

 

隙を見て一気にダッシュ。

 

《ナミング・デトネーション》 に耐え切ったブレイブスのメンバーの脇を擦り抜けカウンターのホリゾンタル。

 

「来るぞ!」

 

その叫びに一旦後退すると見せかけて……

 

「ほいっと!」

 

豪華装備のオニーサンを踏み台にジャンプする。

 

「サンキュー!」

 

「……」

 

空中で反転しながらカウンターのレイジ・スパイクを決めて着地すると、隣でリンドのシミターが巨大な脚を切り裂いた。

 

「勝手に攻撃するな!」

 

「うるせえ、バカ。これしかできねえんだよ!」

 

そんなやりとりにキバオウ一味とコスプレ軍団は皆、お手上げ状態。

 

とはいえ、流石にスタンはまずいので後退。

 

「ちょっと、自由すぎ――――」

 

そんな姫の説教を無視してキリトに、

 

「俺は下に突っ込むから、お前らは飛んでくれ」

 

「ああ、まかせろ」

 

打てば響く――ラスト・アタッカー。

 

「じゃあ、お先に」

 

ダッシュでブレイブスの背後にまわりこみ、ハンマーが振り上げられた瞬間、さらに加速して巨大なトーラス王に突進する。

 

「ヴォラ――――――ッ!!」

 

放射状に広がる波動が眼前の犯罪者を飲み込んだ瞬間、俺は全力でジャンプする。

 

「どりゃ――ッ!」

 

膝から崩れ落ちる高級装備を踏み台にしてさらに高く――

 

「くたばれ、ウシイ――――!!」

 

眩い緑の光塊となったサーフェス・スティンガーがトーラス王の脇腹に直撃。

 

次の瞬間、王冠を襲う二閃が交わる。

 

……おお、さすが、仲良しコンビ。

 

光り輝くアニールブレードとウインドフルーレが巨大な王冠ごと額を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

……ああ、まただ。毎回これやんのか、こいつら。

 

「命で償えよ、詐欺師!」

 

「死んでケジメつけろよPK野郎!」

 

「殺せ! クソ詐欺野郎を殺せ!!」

 

……そう思うなら、黙って後ろから斬ればいいじゃん。

 

目の前の茶番にウンザリした俺は、だらしなく座ってなりゆきを見守る。

 

隣ではぷるぷるしているアスナを必死で制するキリト。

 

……ほら、姫。全員PKしちゃってこい。どうせ言っても分からん連中だ。こいつら。

 

 

 

 

「ネズオ……ネズハは俺達の仲間です――――」

 

……謝るなら、最初からやんなよ……つまんな。

 

俺はさっと立ち上がって、 「アクティベート、よろしく」 キリトの肩をひとつ叩いて二枚扉へ向かった。

 

 

 

 

 

「お疲れさん、アルゴ」

 

「お疲れさん、シグレ」

 

覗き見大好き少女は、予想通り扉の後ろに隠れていた。

 

「ベータの経験、ボス戦では全然だな」

 

「そうだナー、この先が思いやられるゼ」

 

何故か俺も扉の影に隠れる。

 

「次からあのクエストも始まるし……さらにもめるんだろうな、こいつら」

 

「だろうナー。オマエはどうするんダ?」

 

「めんどくせえから、スルーしたいんだけど……だって九層だぞ」

 

「だろうナー。オマエはそう言うと思ったヨ」

 

「それに、もし九層で終わらなかったら……やる気しねえよ」

 

「だろうナー。オマエ、耐えられなさそうだもんナー」

 

「ああ……無理だよ。絶対途中で投げ出すと思う」

 

「だろうナー」

 

「……俺って、そう思われてるのか?」

 

「分かるだろ、そんなの自分でサー」

 

「ああ、……まあ、いいけど……」

 

「あの子は、投げ出すなヨ」

 

「…………はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん……で、その人達どうなるの?」

 

珍しくエール酒を味わうミト。

 

「知らんし……まあ、ごちゃごちゃ言ってたけど、お宝山分けしてホクホクだろうから、それで手打ちにするんじゃないの?」

 

俺も真似してエール酒。

 

「そう……赦しを得たって、ことか……」

 

どこか寂しげに俯くミト。

 

「赦しねえ……その報いも今後……まあ、関係無いからどうでもいいけど」

 

「そうね……ところで、シグレはどうして戻ってきたの?」

 

俯いたままの問いに、俺は素直に答えた。

 

「いや、次の層から本格的に死にそうだから……行く前にミトの顔、見ておこうと思って」

 

「…………」

 

無視だ。想定内だが。

 

「まあ、クリスマスまでは死にたくないけどな……ミト、お前、イブってあいてる?」

 

「…………」

 

小さくこくりと頷いた。

 

 

 

 

(終わり)




何とかSAOP第1巻が終わりました。

ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございました。

とりあえず、適当なところでSAOPからSAOアインクラッドにジャンプする予定……ですが、気分次第でございます。

ごめんなさい。


では、次回もお願い致します。



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SAOP 002
014 第三層 Part1


キリトからのメッセージによると、あのクエストに 《エルフ生存ルート》 が追加されていたようだ。

 

――ほおら、やっぱり。もう全然読めないじゃん。やんなくて良かった。

 

ということで、 【健闘を祈る!】 とだけ返信。

 

しかし、 【フィールドボス戦は来いよ】 ということなので、それまで俺はアルゴから頼まれた仕事を進めることにした。

 

 

 

 

「せああ――――ッ!」

 

コボルドを撃破して、

 

「うりゃあ――!」

 

ワスプを斬って、

 

「せいっ――!」 「おらあ――!!」

 

ずばーんとネペントを暴散させる。

 

 

 

 

 

「シグレ、これ、いつまでやるの……?」

 

「うーん……分からん」

 

俺達ふたりは第一層を隅々まで歩き回り、上層解放によって出現する新規クエストを探した。

だが、数日が経過してもそれは全く見つからず、多少のコルと経験値、無意味にアイテムとプレイヤースキルだけが溜まっていく。

 

さすがに二人とも飽きた……当然だが。

 

 

 

はじまりの街――

 

「いや、これは思ったよりも大変だなあ……引き受けなきゃよかった」

 

「でもアルゴさん、ベータの時はこれをひとりでやっていたんでしょ?」

 

「どうだかな? 互いに知らないだけでアルゴに協力している輩はかなりいるはず……多分」

 

「なるほどね。確かにひとりじゃ、効率悪すぎ」

 

「とはいえ、アイツは本当にワケ分かんないから。ある意味、最強のプレイヤーかもしれない」

 

「最強……ね」

 

 

 

 

……嘘だろ、本当だったのか。

 

レストランから出て西の市場エリアに足を運んだ俺達。

 

そこの片隅で一生懸命ハンマーを振る若い女性プレイヤー。

 

「あっ! ミトちゃん、こんちわー!」

 

瞬時に俺は隣を見た――ぺこりと頭を下げるミト。

 

……やべえ、知り合いだったのか。

 

即座に女性プレイヤーのほうへ視線を向ける。

 

だが、すでに、遅かった。

 

「うわあっ!? この前の嫌なやつだー!!」

 

……うへえ、すんません。

 

 

 

 

「へえー、ミトちゃんの知り合いだったとはねえー」

 

俺はすでに手遅れと知りながらも、一生懸命作り笑いを浮かべた。

 

「いやあ……本当にごめん。まさか、こんな可愛い女の子がスミスとは思いもよらず……」

 

思いっきりキツイ視線を隣から感じつつも、必死の弁解を試みた。

 

「あははー、確かにねー、あたしはあんたの好みじゃないけど、そりゃあ、かわいいからねえ」

 

「アハハ、アハハハ……はあ……」

 

……こいつ、むかつくな。

 

とはいえ、ミトの知り合いらしいので俺は必死で笑い続けた。

 

 

 

 

「そうだ! これ、強化してもらってもいい?」

 

俺は背中から鞘ごと 《サーフェス・スティンガー》 を外すと、カシャンと女性の前に置いた。

 

彼女は首を傾げながら剣を手にとってウインドウを開く。

 

「…………ちょっと、あんた……こんなバケモノ、どこで入手したの……?」

 

先ほどまでのにやけ顔が一変。縦筋がみえそうなほど、青ざめてうろたえる。

 

「リズ? それ、そんなに凄い剣なの?」

 

ミトも彼女の豹変ぶりに訝しげな表情を浮かべる。

 

「だって……試行回数、十三って、こんなの見たことないよ……」

 

「うそ…………」

 

俺は黙って強化素材をオブジェクト化する。

 

「ええっと、スピードと正確さで、素材は必要な分使っていいから。ああ、適当に三回ずつ。それに言い値でいいよ」

 

バラバラと大量の素材を彼女の前に積み上げると、俺はトレード操作を終えてにこっと笑った。

 

「あんたって……めちゃくちゃね。いやあ……ま、頑張ってみますか!」

 

 

 

 

「まいどありー! また、よろしくねー!」

 

……現金なものだな。

 

いつまでも手を振り続けるリズベットに俺とミトは何度か会釈をすると宿に向かう。

 

《サーフェス・スティンガー+5》 を背中に戻すと、

 

「それ、凄いね……ちょっと驚いた」

 

ミトはこちらに視線を向けずに呟いた。

 

「まあ、運が良かっただけだよ……ジャングルのワスプからドロップするなんて知らなかったし」

 

それからしばらく黙っていたミトだったが、常宿の入り口で俺の袖を引っ張ると、

 

「ねえ、シグレ……ちょっと聞きたいんだけど」

 

「ああ、何だよ」

 

俺は足を止めてミトを見つめる。

 

「誰にでも……あんなこと言ってるの?」

 

……あんなこと? どんなこと?

 

首を傾げた俺にすっと近寄るとミトは睨む。

 

「……かわいいとか」

 

……それを問う、あんたが可愛いよ。

 

俺は何とも言えない気持ちになってしまい……とにかく率直な言葉を搾り出した。

 

「まあ、冗談では言うけど……本気では言わないな」

 

「そう……じゃあ、また明日」

 

ぱっと袖から手を離すと、逃げるように宿に入る。

 

「ああ、また明日……」

 

その背中に動揺が乗った言葉を放った。

 

 

 

 

だが翌日――

 

【すぐに来い】 

 

ということで、朝から第三層を疾走する羽目に。

 

「てめえ、邪魔すんじゃねえ――――!!」

 

そんな俺以外は全く理解不能な罵詈雑言を浴びせながら、一切連携など気にせず鬼のようにフィールドボスを斬り刻んだ。

 

「シグレ……なんか、今日、凄いな」

 

途中、若干引いていたように見えたキリトだったが、きっちりとLABは取っていた。

 

相変わらずアスナは不機嫌――しかし確実にその距離は縮まっていた。

 

……隠したって分かっちゃうんだよ? 何かあっただろ? 姫様。

 

 

 

 

「お疲れ! さくっと倒してきた」

 

すっかり疲れ果てた俺を見て、何故かミトは嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

その翌日の早朝――再び俺はズムフトに呼び出される。

 

「……あのなあ、そいつは間違いなくPK野郎だよ。なんで、キリトに依頼された時点で連絡くれないんだよ」

 

「おれッチだって、いろいろあるんだヨ」

 

「それは……そうか。でも、ついにそんな奴ら、動き始めたか……予想通りとはいえ、めんどくせえな」

 

「オマエはどうするんダ? 別に新規クエの探索はやめちゃってもいいケド……まさか、またあっちに加担する気だったリ?」

 

「あのなあ……それはアホすぎるだろう。まかり間違ってクリアしちゃったらどうすんだよ? 間違いなく刑務所行きだぜ?」

 

「少しは賢くなったナ……ベータの頃から見違えるほど進化したもんダ」

 

「進化って……とにかく接触注意だぞ、アルゴ」

 

「オマエに言われるまでもないサ」

 

 

 

 

 

 

 

 

戻ってミトにクエストの探索終了を告げると、思いもよらない話を聞かされる。

 

俺達は転移門を潜り抜け、第二層の 《死に掛けた》 ジャングルに向かった。

 

 

 

 

 

谷を抜けて密林の入り口にさしかかると、ガズーンという激しい衝撃音。

 

「あれかな?」

 

「あれだね」

 

俺達はその音を目指して鬱蒼とした森林に駆け込んだ。

 

「とおりゃあ!」

 

そこにはカウに挑む……妙に小さすぎる変な体型の鎧騎士の姿。

しかし可哀想なほど鎧騎士は経験がとぼしいようで……大苦戦中であった。

 

……とはいえ、根性あるなあ。

 

俺は背中からサーフェス・スティンガーを抜くと、介入する機会をうかがった。

 

「いくら防御力が高いからって……」

 

鎧騎士の戦い方にミトは若干呆れている。

 

「わわっ、」

 

木の根に足を取られてタンブル――瞬間、地を蹴った。

 

「おらあ――――!」

 

緑の閃光が一閃。そのままの勢いで木の陰に隠れた。

 

ブルオォォとすっかりお馴染みの鳴き声を上げて、こちらに突進してくるウシ。

 

「馬鹿め!」

 

木を挟んで反対側からブーストされた 《バーチカル・アーク》 が広い身体にV字の軌跡を刻み込む。

 

カシャーンと硬質の破砕音が鳴り響くと、ミトは鎧騎士に手を差し伸べていた。

 

「大丈夫?」

 

ガシャガシャ音を立てながら重そうな身体を無理矢理起こすと慌てながら、かぽっとアーメットを外す。

 

……うそだろ、まじかよ。

 

「す、すいません、ミトさん。こんなところまで――――」

 

頑強な鋼のプレートアーマーの上に、こけしの頭が乗っている……

 

「ふ、ふふふ……まじかよ……ふふふ……」

 

必死で笑いを堪えた――だが、それはもう完全に、手遅れだった。

 

 

 

(終わり)




やっとリッちゃん登場で、筆者のテンションが……ごめんなさい。(前作参照)

どう考えても大型キャンペーン・クエストには参加しない主人公ですので、こんな感じになりました。

そんなわけで、この層はあっさり終了するかもしれません。


では、次回もお願い致します。


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015 第三層 Part2

出来ちゃうから――出来ない理由が理解出来ないんだな、こいつ。

 

優秀なプレイヤーは指導者としても優秀である。

 

否――そうとは限らない。

 

びっくりするほど、ミトは教えるのがヘタクソだった。

 

 

 

 

《トレンブリング・カウ》 を相手に悪戦苦闘する 《フルプレこけし》 ことリーテンに細かくアレコレ指示を出すミト。

しかし、それはリーテンの頭上に次々と疑問符が追加されるだけで、全く彼女の戦闘技術に反映されることはなかった。

 

こんな得体の知れない俺にでさえ、あんなに笑い転げてしまって失礼だった馬鹿な俺にでさえ、笑顔で握手を求めるほど礼儀正しいお嬢さんなのだから――単純にこれまでの、このゲームが始まってから知り合った人間達が馬鹿だった……これまで周囲の環境に恵まれなかっただけなのだろう。

 

「リッちゃん、ちょっといいか?」

 

その馴れ馴れしい呼び方にご機嫌斜め真っ最中のミトは不満げ。

それに怯えながらも俺はいくつか簡単なアドバイスをリーテンに。

 

その直後、疑問符が消え去ったリーテンはがつんがつんとロングメイスで殴りまくり、ブルゥゥゥと鳴いてカウは粉々に散った。

 

「シグレさん、私、やりました! ありがとうございます!!」

 

満面の笑顔でガシャンガシャンと飛び跳ねるとフルプレこけしは、ガチャガチャと重そうな鎧を鳴らして駆け寄ってくるなり、俺の右手をがっちりと両手で握ってぶんぶんしながら謝辞を述べた。

 

その大きな瞳はきらきらと輝き、出来ればあまり近づけてほしくないほどに眩しい。

 

「お、おう……良かったね」

 

……これで、鼻の下が伸びなければ、きっとそいつは男子ではないだろう。

 

 

 

 

「……不満だから」

 

あれから全く口をきいてくれなくなってしまったミトが、ようやく言葉を発したのは三日後の現在。

 

「不満……か」

 

「何故、あんな素質の無い子に親身になって……もう、いいけど」

 

……そこまでハッキリいうか。よっぽどだな。

 

俺はエール酒を一口飲むと、

 

「あのなあ、才能なんてもんは、何時どういうふうに目覚めるか、誰にも分からんもんだぜ……」

 

窓の外の雑踏を眺めるミト。

 

「そう。じゃあシグレはあの子の才能を開花させてあげたい、なんて思っていたりするわけ? 偉いね……」

 

……めんどくせえな。嫉妬しちゃうから止めてほしいって言えよ、馬鹿。

 

俺はこめかみを掻きながら俯いて、

 

「そんな気持ちは微塵もないよ。そもそもリズベットに頼まれたのはミトだろ?」 

 

フードの奥から横目で睨まれる。

 

「そうね……だから、あんまり、」

 

「ミトはさあ、こう言っちゃ悪いけど……誰かに何かを教えたりするタイプじゃないんだよ。教わるほうが優秀ならいいんだろうけれど」

 

その瞬間、明らかに表情が変わった。

 

「…………」

 

「お前、きっと優秀とされるような奴らから、何でもできる子、みたいに思われてるだろ?」

 

「……何、それ?」

 

どうやら図星のようだ。

 

「何となくだけど、ミトの周りが優秀すぎるというか、本当に馬鹿な奴と接したことがあまりないっていうか……でもそれってさ、俺からすると、物凄い可哀想なことなんだよ」

 

「どういう意味?」

 

――ミトさん、眼光が鋭すぎて怖いんだけど。

 

「いや、単純にさ、出来ないことが許されない……ようは 《失敗しない奴》 扱いされちゃうだろ? 人間である以上、そんなわけないのに……その影響で今度は自分自身を許せなくなったり、」

 

その瞬間、俺は言葉を失った――

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後――主街区ズムフト。

 

「へええ……まあ、いいや。分かった、ありがとう」

 

キリトからエルフクエストのあらましを聞いた俺は、ところどころ説明が足りない部分をスルーすることにして、適当に納得したふりをした。

 

「まあ、シグレも迷宮区、大変だったんだろ? お疲れ」

 

「ああ、笑ったぜ。なにせ、あの二大バカギルドが俺をスカウトしようと必死に……入るわけないんだけどなあ」

 

「ははは……そりゃ、めんどうだったな」

 

乾いた笑いとほぼ同時にアスナが戻ってきた。

 

「やっぱり、いないね。それとなく聞いてみたけど、来てないみたい」

 

「そうか……」

 

……来るわけないだろ。そんなお馬鹿さんだったら、計画的PKなんて出来ませんよ。

 

キリトの命を狙った 《モルテ》 という男は、この会場に姿を現さなかった。

 

しかし、いずれ違うかたちで俺達の前に現れるのは確実だろう。さて……

 

『はい、それじゃあ――――』

 

――うるせえな。そこまで前任者を真似るのか。

 

コスプレリーダーが喚き出したので、俺は一旦それについての考えることを止めざるえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

エルフ野営地近くの深い森の中――

 

「まさか、ベータと同じパターンとは……随分、余裕だな」

 

唐突な声にも関わらず、男達はゆっくりとこちらに振り向いた。

 

「いよお、シグレェ……そろそろ来る頃だと思ってたぜ」

 

「びっくりびっくりー、さすがですねぇー、こっちの動き、見事に的中しちゃいますかぁー、シグレさん!」

 

相変わらずのふざけた態度。

 

「ふっ……お前だせえな。狙った獲物は百発百中なんて、ぬかしてなかったか?」

 

「いえいえぇー、そんなカッコいいこと、自分言いましたっけぇー。まぁー、今年はあっちい夏でしたからねぇー。きっとおバカになっちゃってたんっすよぉー」

 

その返答に、適当に笑ってみせると俺は彼らに背中を向ける。

 

「おい、これからてめえはどうするんだ?」

 

「前と同じだ……好きにやるさ」

 

風音に消えそうな小声で、俺は振り返らずに答えた。

 

「いやあー、相変わらずカッコいいっすねぇー、シグレさん! さすが 《死剣》 の異名は伊達じゃないっつーか。憧れちゃうなー」

 

「てめえも異名が欲しいなら 《マヌケ》 ってのはどうだ?」

 

「いやいやぁー、そりゃちょっとヒドイっすよぉー」

 

 

 

 

どうでもいい馬鹿げたやりとりが聞こえなくなった頃、

 

「その、だせえ呼び方、まじでやめてくんないかな……」

 

ぽつりと残した苦情は、深い森の暗闇に消えていった。

 

 

 

 

(終わり)




べただなあと思いつつ、何も思いつかなかったわけです。ごめんなさい。

しかし彼らのネーミングセンスを考えれば妥当かと。

とにかく、リッちゃん登場で筆者、テンション暴上がりでございました。


では、次回もお願い致します。


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016 第三層 Part3

――迷宮区塔内部は薄暗いから、アーメットを外して視界を確保したほうが良い。

 

適当に言ったわりには、かなり説得力がある助言――我ながら関心した。

 

 

 

 

最初は怯えながら、胸の辺りをちょこんと突いてみたりしていたのだが、

 

「せあああ―――っ!」

 

塔の半分を過ぎた頃から、次第に豪快な突き技が決まるようになってきた。

 

「やりました、シグレさん!」

 

――うん。

 

「出来ました、シグレさん!」

 

――はい。

 

「今のはどうですか? シグレさん」

 

――大丈夫。

 

「今の感じ、良かったですよね? シグレさん」

 

――いい感じ。

 

ひとつ何かをするたびに、素敵な笑顔をこちらに見せるリーテン。

 

 

 

 

この幸せな時間が、いつまでも続けばいいと心の底から思って――ないよね?

 

 

 

 

俺の背後から無言の圧力をかけてくる不機嫌なミトの眼差しは、常時その類の感情の発生を抑制し続けている。

 

「もうすぐボス部屋だ。最後、頑張ろう……な?」

 

「…………」

 

無視すんなよ。怖えから。

 

 

 

 

「わああ!! ――凄いですね!」

 

縦貫階段を上りきるとガシャガシャと音を鳴らしてリーテンは駆け出す。

 

「……凄いかな?」

 

背後から聞こえた小さな疑問に答えようと、

 

「まあ、あんまり変わっていない気もするな……でも一緒に来れて良かった」

 

ミトの前に俺はそっと右手を差し出した。

 

多少のとまどいを見せたものの、

 

「ありがとう」

 

その呟きが耳に届くと同時に、柔らかな感触が伝わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ暗くなるから、今日はこのくらいで引き上げようか……」

 

「分かりました!」

 

「…………」

 

最初は 《トレント・サプリング》 の騙し打ちに驚きすぎて、タンブルやファンブルを繰り返していたリーテンも、対処法が分かると次々に伐採――レベルもひとつ上がり、その瞬間はとても嬉しそうな表情を見せてくれた。

 

ちなみにミトは久々の 《死神モード》 ――その圧巻の剣技に俺もリーテンも、ただ閉口するばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三層主街区・ズムフト――

 

「見晴らし、いいね」

 

「ああ、その為にわざわざあんな段数、上ってきたわけだから」

 

「何それ、オヤジ臭い」

 

ミトは窓に近づいて夜景を眺めながら笑った。

 

「ところで、あの子、これからどうするつもりなの?」

 

くるりと振り返って、だらしなくソファに横になっている俺に問う。

 

「うーん……とりあえずトレント狩りに慣れてきたら、単発のクエとかこなして……誰かに相談する」

 

「そう。誰か、って誰?」

 

ミトは対面のソファに座るとウインドウを操作しながら、

 

「攻略を目指すなら、青か緑になるわけでしょ?」

 

俺は、ライム水の瓶を受け取ると小さく頭を下げて、

 

「どうも…………まあ、そうなるよな。でもなあ……コスプレか、もしくはあの軍団だぜ? 究極の選択にも程があるよなあ」

 

「あの大きいアックスの人のところは?」

 

「いや、あそこはオッサン限定だから。あの子に平均年齢を下げてもらっても、別に意味ないしなあ……」

 

「かといって、詐欺グループも引き下がったわけじゃない? もう残ってないよ」

 

「そこが問題なんだよ、ミト。現状あまりにも選択肢――最前線の攻略に加わる為には門戸が狭すぎるんだよ」

 

「でも、普通MMORPGってそういうものでしょ? トッププレイヤーなんて氷山の一角でしかないし……」

 

――おいおい、自分の発言でへこむなよ。

 

俺はひとつ溜息をついて、大きく伸びをする。

 

「まあ……どうにかなるっしょ。アルゴにも相談してみるしさ。都合よくリーテンに合いそうなパーティーがあればいいんだけどな」

 

小さく頷くとミトは急に立ち上がって、ウインドウを操作する――ちらちら横目で俺を見ながら、

 

「ところでシグレ、あなた、そこで寝る気なの?」

 

――はっ? 

 

その俺の反応に、がっくりとうなだれた瞬間、シュパッと白いマントが消える。

 

「……すんません。まじで何も考えていませんでした。すいません……です」

 

 

 

 

【オマエ、船ドースル気ダ?】

 

【ただのりにきまってんだろ】

 

 

 

 

「せあああ――――っ!」

 

正中線を目掛けて迫り来るロングメイスを小さく後方に跳んで回避する。

 

「それっ、――――」

 

リーテンの腕が伸びきった瞬間、俺は屈曲した膝を一気に解放して剣尖を鋭く加速させた。

 

「わわっ!?」

 

アーメットとスチールアーマーの隙間に剣身を滑り込ませると、反射的に仰け反ったリーテンの膝裏を軽くキック。

 

「うわあ――っ!」

 

ガチャンっと大きな音を立てて後ろに転倒すると首筋目掛けてサーフェス・スティンガーを一閃――しなかった。

 

「うん、残念でした」

 

俺は剣を背中の鞘に戻すとリーテンの右腕を掴んで引き起こす。

 

「いたた……ありがとうございます」

 

何故か照れくさそうに笑っているリーテンに、

 

「デュエル、PvPの場合は今みたいに間合いを相手に読みきられちゃうと苦しいから、基本技のバリエーションをどんどん増やしていかないとね」

 

「はいっ、分かりました!! 次、お願いします!」

 

……根性あるし負けん気強いなあ、この子。ネズハとは大違いだな……まあ、あいつも意思が固かったけど。

 

「よし! じゃあ、もう、」

 

「おいっスー! 連れてきたぞ」

 

「わあっ!?」

 

唐突に背後から現れた鼠と馬鹿に驚くリーテン。

 

「お、早かったな……って、誰だ、そいつは?」

 

「なんじゃ、おまえ! たった数日でわいの顔忘れたんかい、このボケが!」

 

「うるせえなバカ! ヒトサマに覚えてもらえるような人間らしい顔してねえんだよ、てめえは!」

 

「なんじゃと、こらあぁ――!!」

 

「なんだ、やんのか、てめえ――!」

 

と、ひとしきり盛り上がったところでアルゴがひとこと。

 

「そんなワケでリーちゃん、この頼りになるリーダーのギルドに入る気、あるかナ?」

 

俺とキバオウは同時にリーテンの顔を見た。

 

「ちょっとだけ……考える時間、いただいてもいいですか?」

 

その言葉を聞いて、俺は真顔に優しさをにじませて微笑む。

 

「そうだよな、リッちゃん。よく考えてから決めていいんだぞ」

 

「ああ、急ぎはせんから、よく考えてからにせい」

 

……珍しいな。好みなのかな?

 

「あれ? 随分と違うなあ。やっぱキバちゃんも女子には優しい感じ?」

 

「やかましいんじゃ! おどれを誘ったのは哀れみからじゃ、アホが!」

 

「んだとごらぁ! てめえがマヌケだから下っ端、嫌々助けてやってんだぞ、カスリーダー!」

 

「なんじゃと、おどれぇ――!!」

 

「なんだ、やんのか、ごらあ――!」

 

 

 

 

不毛な争いを続ける俺達の周囲から、あっという間に女子達は姿を消した。

 

キバオウが帰った直後、俺はアルゴに 【他の話せる奴で頼む】 切実なメッセージを飛ばした。

 

 

 

 

(終わり)




今回は感情の波に筆 (指?)をのせて綴ってみました。

しかし、リッちゃんをタンブルさせてしまったのは心苦しい……

オコタンの前にリーダーを登場させた理由は、本日の思いつきでございます。


では、次回もお願い致します。




 


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