ここが我らの異世界荘!! (島鳥 烏)
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 第一話 ようこそ、日向荘へ

プロローグ

 

 大きな争いも無くなり、完璧とはいかないまでも一定の調和が気付かれていた世界。だが、突如として異世界から現れた侵略者によって、平和だった世界は一変する。世界各地は異なった世界の侵略者達によって支配され、調和は混沌へと変貌する。そこに悪しき野望を阻止するべく侵略者達と世界を同じくする英雄達が集結した。

 だがそれも、既に昔の話。歴史の一部となりつつあった。けれど、その苦痛の時代を越えて、新たな文明、新たな時代が産声を上げた・・・。

 

          ※       ※       ※       ※

 

 第一話 ようこそ、日向荘へ

 

『ファーストコンタクト』

 

 うららかな春の陽射し。新たな生活の門出に相応しい陽気だが、行きかう雑踏は太陽からの祝福にさえ足を止める事無く忙しなく交差し続ける。

(聞いていた通り。やはりこの世界には私達の存在が必要な様です)

 だけど、全員ではない。すくなくともここに一人。決意と信念を胸に新たな世界への一歩を踏み出す少女がいた。

(・・・ここがこれから私の暮らす場所)

 辿り着いた場所は都心から少し外れた郊外にある住宅街。鉄筋コンクリートの建物が軒を貫く中で、木造の門か仁王立ちしていた。修復を重ねられ、所々に痛みが目立つその姿は、それだけ長い時間この場所を守り続けていた証。その門の表札には“日向荘”と記されていた。確かにここで間違いない。

 よし!と気合を入れ直して門に手を伸ばすが、その手は空を切る。ここの住民が門を開けたのと被ってしまったせいで、折角の気合も透かされてしまった。だが、そんな事さえも一秒後には吹き飛んでしまう。

 開いた門の先には光沢のあるやけに生々しい皮膚、鋭い爪、長い尻尾、流線型の頭部の宇宙からの侵略者の様な異形の生物がジャージ姿で現れたのだから。

 

          ※       ※       ※      ※

 

『異形の好青年』

 

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 少女は完全に硬直し、向こうは様子を探るようにじっと見つめてくる。そして獣の様な口を開いた。

「ギシァッ。ギシャァァァ」

 どんな動物にも当てはまらないその声に、少女はズザザッと5歩分ほど一気に後退る。

 その姿に住民?らしき生物はまるで失敬失敬と言わんばかりに胸元まで上げた右腕に視線を落としつつ、そこに巻かれていたリストバンド型の装置をもう片方の手で軽く叩く。

「驚かせてゴメンね。安物の翻訳機だから時々調子が悪くなっちゃって。ここに新しく住む人でいいのかな?」

 謎の生物の鳴き声は好青年の口調に代わる。

 かつての騒乱によってこの世界は幾つもの異世界と繋がり合った。その内の一つが怪界。そこは他のどの世界とも共通しないフリークと称される異質な進化を遂げた生命体が跋扈している。

 彼はその怪界の出身であり、凶悪な生物ではなく知性を持った、少しばかり異形な姿をしているだけの夢への挑戦の為に故郷を旅立った立派な人物である。

 だが、少女も人の事は言えない。何故ならこの少女も現代において時代錯誤な祭服を纏っていたのだから・・・。

 

          ※       ※       ※       ※

 

『神官と大家』

 

「君がイルミナさんだね。話は聞いてるよ」

「はい、今日からお世話になります」

 怪界出身である人型フリークの青年、ギーシャ(本名は他の世界の人間には発音不可能な為、こう呼んでもらっているらしい)に自己紹介を交えながら大家の許へ案内してもらっていた。因みにギーシャは日課のランニングに出かけて行った。

 そうして出会ったのは大家にしてはかなり若くはあるが極々普通の人間だった。その穏やかそうな雰囲気にイルミナは安堵を覚える。

別にギーシャが苦手と言う訳ではない。話した感じでは良識がありそうで、うまくやって行けそうだと感じていた。ただ、幾つもの世界と繋がる交流の基盤となっているこの枢軸界では既に馴染まんでいるフリークも、他の世界からきたばかりの人達は面食らってしまうのは致し方ない。それはギーシャも承知の上。

「僕は峰岸 拓真。ここの管理をしてるから、困った時はいつでも相談に来てね。て言っても、平日は学校に行ってるから留守にしてるんだけど」

「学生なんですか」

「うん、ここの持ち主は父さんなんだけど、母さん共々旅好きで、殆ど帰ってこないんだ。あ、でも、おじいちゃんの時からずっと手伝ってたし、ちゃんと管理出来てるから心配しなくていいよ」

「お若いのにご立派です」

「それはイルミナさんもじゃないかな。布教活動の為にこっちの世界にやってきてるんだしね」

「・・・布教を始める前に天に召されるかと思いましたけど」

「?」

 ギーシャとの初遭遇を思い出すイルミナに対して拓真は笑顔のまま首を傾げる。

 

          ※       ※       ※      ※

 

『異世界荘の新しい住民』

 

 イルミナは魔法の世界、幻界からやってきている。その目的は太陽と月を司る天空神、アルレーネへの信仰を伝え、人々が幸福に生きられるよう導く使命を託され、枢軸界にあるここ、和之国(わのくに)にやってきていた。この日向荘にはイルミナやギーシャ以外にも異世界からやってきた住民が住んでいる。

 文化や生活、慣習の違いから基本的には種族や世界に合わせて受け入れてくれる場所が変わってくるのだが、ここ日向荘は全てを平等に受け入れていた。その為、異世界荘などと呼ばれる事も有り、様々な住民が暮らしている。

 だが、住民全員と出会うのはまだ少し先になりそうだ。

「他に住んでる人達もいるから紹介しておきたいけど、みんな生活のリズムが違うから直ぐには無理かな。まずは部屋へ案内するよ」

「お願いします」

 そうして拓真の案内に従って共有スペースとなっている居間を出て、母屋から続く渡り廊下を歩いていく。その右手には小規模ながら庭園があり、中央には池まで備わっていた。

「あそこで釣り糸を垂らしているのが筒井さんと子筒君」

 幅一メートル程度の池で鯉はおろか、他の魚一匹いない池の前でじっとしている姿もさることながら、筒井と子筒はそんな事がどうでもよくなるぐらいの存在感を醸し出していた。

 筒の様な円柱状のボディに四本の足。竿を構えているのはボディから伸びる細長いアーム。筒井は和国人(わこくじん)の苗字を名乗っているが、発達した人工知能を持った機械達の生きる機界出身のロボットである。型式番号が本来の名前に該当するのだが、呼びにくいのとこの世界の一員になると言う意味合いを兼ねて筒井と名乗っている。同じく機界出身の子筒は筒と言うよりはブリキの玩具に似ている。大きさは幼稚園児ぐらいだが。

「もう挨拶はしてるかな?」

「はい、ギーシャさんに案内してもらった時に」

「そっか。それなら大丈夫だね」

 筒井の後ろを通り過ぎようとした二人に筒井は無反応だが、代わりにと振り向いた筒井が手を上げてくれる。それに会釈しながら住民達の部屋が連なる離れの一室に到着する。

「ここが君の部屋だよ。荷物はもう運び込んでるから」

「有難うございます。改めてこれからよろしくお願いします」

 こうしてあらゆる世界の住民達が暮らす、通称“異世界荘”の住民がまた一人、増えるのであった。

       ※      ※      ※       ※

 

『六畳一間の祭壇』

 

 備え付けの箪笥と布団が収納されている押し入れなど、部屋の説明を終えて拓真が部屋を後にすると、イルミナは早速荷ほどきを開始する。部屋の脇に積まれていた段ボールは服などの生活用品が入っているのだろうが、年頃の女の子にしては四つだけとかなり少ない。それも神に使えるからだろうか。ただ、その四つの中で一つだけ、イルミナの身長ぐらいありそうなやけに大きな段ボールが一つだけあった。

 イルミナは真っ先にその大きな段ボールを開けると、次々に中身を取り出し、部屋の奥にてきぱきと組み上げる。そして最後に六対の翼の生えた女神の像を取り付けると、趣のあるアパートの一室に祭壇が完成する。フローリングに張り替えられてはいるが、木造の家屋に祭壇が設置されるのは中々にシュールな光景である。だが、それもあらゆる異世界の人々を受け入れる異世界荘ならでは。これもまた趣と呼んで差し支えないのかもしれない。

 祭壇に火を灯して、イルミナは祈りを捧げると残りの荷物を取り出して箪笥や押し入れに仕舞っていく。

(さて、これで一通りは済みました。・・・残りはこれだけですね)

 荷ほどきを終え、不要となった段ボールと祭壇を守る為の緩衝材を捨てる必要があるのだが、どこに出せばいいのかをまだ知らない。

 拓真に確認しなければと部屋を出て、渡り廊下を歩いていると、部屋から出てきたイルミナに気付いた子筒がてくてくと近くまでやってくる。イルミナがその姿に気付くと、子筒は何処から取り出したのか、立札を掲げる。そこには“どうかしたの?”と書かれていた。

「ゴミを出したいんですけれど、どこに持っていけばいいのか聞こうと思いまして」

“それなら手伝ってあげるよ”

 子筒が次の立札を掲げている所に、筒井もやってくる。子筒と違って立札を出したりもしなければボディランゲージ的な素振りも見せない。じっと佇んでいるだけだが、恐らく子筒と一緒に手伝ってくれるつもりらしい。

「ご迷惑をかける訳には・・・」

“同じ住人なんだから困った時はお互い様”

「そういう事でしたらお願いします」

“いっちょ任せな!”

 子筒は筒井の足からアーム、そして頭の上へと軽快に飛び移っていく。ブリキの玩具だとカクつくような動きを想起させるが、自立行動をする子筒は滑らかに動いていた。なかなかに可愛らしい。

 

            ※       ※       ※       ※

 

『機械式ブラックジョーク』

 

 部屋へ戻ったイルミナは子筒に書かれて、全部のゴミを部屋から出していた。

“まずは分別しないとね”

「分別ですか?」

“ゴミを出すのにもルールがあるから”

「そうなんですね。私達の世界だと魔法関係のアイテムや武具とかは処分方法を気を付けなければなりませんけど、一般的なゴミは全部焼いて済ませられるんですけど」

 科学技術の発展していない幻想界では大気汚染に繋がるまでの大量のゴミを出される事はなく、大気汚染物質も殆ど含まれてはいない。その為、前時代的な方法でゴミの処理が行われている。但し、魔法関連では物によって大気汚染よりも深刻な問題を発生させてしまう危険性も孕んではいる。

「それでどのように分ければいいんでしょうか?」

“ここにあるのだと段ボールとそれ以外でいいかな”

「分かりました」

“それじゃまずその段ボールに入れられてるのをこっちに移して”

 筒井の側面の装甲が開いて、中に手を突っ込んだ子筒がゴミ袋を取り出す。子筒がゴミ袋の口を開いている所にイルミナが緩衝材や、段ボールを塞いでいたテープを流し込むと、子筒は器用にパパっとゴミ袋の口を結ぶ。

“次は段ボールだね。全部纏めて立てて支えておいて”

「はい」

 子筒は筒井の中から今度はガムテープを取り出して、段ボールの周りをぐるっと回りつつガムテープを巻き付ける。そして残ったガムテープは筒井の中へと戻す。その様子をじっと見つめるイルミナに子筒が気付く。

“どうかした?”

「いえ、色々と出されて便利なんだなと思いまして」

“日常生活に必要になる物は何でもあるから。掃除用品から通信機器、果ては宇宙侵略者撃退用グッズとか”

「宇宙侵略者撃退!?」

“ははっ、僕達の世界で宇宙に行った人と星に残った人との間で戦争があってね。宇宙に行った人の事を宇宙人扱いしたりするんだよ。ちょっとしたブラックジョークってやつさ”

「そ、そうですか・・・・」

 イルミナの脳裏には最初に遭遇したギーシャの姿が浮かんでしまっていた。

(まさかあの人用に・・・。いやいやいや、そんなまさか。話した感じはいい人だったし・・・でも・・・)

 イルミナの中に疑念の種がちらちらと芽を出しては引っ込んでいた。

 

          ※       ※       ※       ※

 

『最初の失敗』

 

 “それでここに分別したのを種類ごとに分けておけば、後は拓真君が指定の日に全部出してくれるから“

 雨除けの天井と燃えるゴミなど、種類事に分けられるように仕切りのされたゴミ置き場が敷地側の門の近くに用意されていた。他とは違ってコンクリート製で、時代の移り変わりの中で後から作られたのだろう。

 だが。それよりもイルミナが気になっていたのはゴミの種類の方だった。

「・・・色々と種類があるんですね」

“面倒だよね。僕達の世界ならゴミを全部仕分けしてくれる機械もいるから出す方は特に気にしなくていいんだけど”

「そうなんですか」

“こっちの世界でも導入しようって意見もあるみたいだけど、なんでもかんでも取り入れだすと歯止めが利かなくなるし、費用や手続きの問題もあるとかって難航してるらしいよ”

「便利なのはいいですが、それだと人は堕落してしまいます。戒める為にも技術よりも信仰の方が先です。なので筒井さんと子筒さんもアルレーネ教に入信しませんか?」

“そう言うのは間に合ってるかな”

 イルミナの最初の勧誘は失敗に終わった。

          ※       ※      ※       ※

 

『生活感の増す祭壇』

 

「でも、ゴミの分別って大変そう。私には全然分かりません。この資源ゴミ?って何ですか?」

“資源ゴミって言うのは再利用可能なゴミの事だね”

「これをまた使うんですか?」

“このまま使い回すんじゃないよ。薬品とか、処理を行って素材に変えてまた利用するんだ”

「成程。物を大事にするのは大切な事です。・・・でも、どれがどれになるのか全部覚えるのは大変そうですね」

“その内に慣れるよ。それに全部覚えなくてもいいよ”

 子筒の説明に合わせて、筒井の背面の装甲が開いて、その内部にあった線状の隙間から紙が印刷されて出てくる。そこには分別するゴミのリストが簡潔ながらも図解付きのポップな色彩で描かれていた。筒井には質朴な見た目と寡黙な行動では測れないセンスがあるらしい。

“最初はこれで確認しながら分ければいいよ”

「これは助かります。何から何までありがとうございます」

“いやいや、気にしないで”

 こうして筒井と子筒の協力もあってゴミ出しを無事に終えたイルミナは部屋に戻ると、筒井と子筒に渡された分別表を部屋に貼る。こうして祭壇の備えられた部屋に更に生活感が追加されるのだった。

 

          ※       ※      ※       ※

 

『歓迎会と大家の強権』

 

 その夜、毎日の夕食も兼ねたイルミナの紹介が、住民を集めた居間で行われる。

「初めましてイルミナと申します。これからよろしくお願いします」

 頭を下げたイルミナの前には十人は囲える食卓があり、その周りに住民が揃っていた。

 フリークのギーシャ、それと場所を二人分取っている代わりに頭に子筒を乗せているロボットの筒井は勿論の事。他には猫耳で豊満な体つきの女性と、片目を包帯で覆った青年、それと大家の拓真。

 その中でイルミナの紹介に猫耳の女性がその耳をピコピコと動かし、イルミナの自己紹介が終わるや否や飛びついた。

「あ~ん、もう、お人形さんみたいで可~愛~い~」

 抱きつかれて押し付けられる胸に埋もれて苦しそうにするイルミナを助けるべく、拓真が二人を引っぺがす。

「落ち着いてください。みゃおさん。お酒を禁止しますよ」

「ぶ~ぶ~、こんな可愛い子なんだから仕方ないじゃない。それに男所帯に現れた女の子よ。可愛がるしかないじゃない」

「それは結構ですが、相手の事も考えてくださいね」

 不貞腐れるみゃおを見つめたイルミナがその手を握る。

「衝動に振り回されるのは禍を招きます。律する為にもアルレーネ様の教えを・・・」

「ここに住んでる人への布教も禁止だよ」

「そんな~、ぶ~ぶ~」

 拓真の大家としての強権にイルミナも不貞腐れる。

 

          ※       ※       ※       ※

 

『猫のおねぇさん』

 

「ちゃんと自己紹介してください」

「分かったわよぅ。あたしは猫柳 みゃお。気軽にみぉおお姉ちゃんって呼んでね。お姉ちゃんでもいいし、ねぇね、ねぇたま、なら尚の事よしっ!」

 イルミナと入れ替わりで自己紹介を始めたみぁおがビシッと親指を立てる。そんなみぁおに入居者順になっている席順でイルミナの隣になっているギーシャが注釈を加える。

「あの人はノリと勢いで適当に生きてるだけの人だから本気にしなくていいよ」

「そうなんですか」

「そこ!間違ってるわよ!私は全力で人生を楽しんでるの!」

“一日中寝てる人が良く言うよ”

「仕方ないでしょ。半分猫の妖怪の血が入ってるんだから」

 みゃおは父親が妖界から来た化け猫の一種である火車であり、その血の影響からか一日12時間以上は寝てないと寝不足に陥ってしまう。

「でも、お酒は良い訳にはならないだろ」

 寝る事は仕方ないとしても酒瓶を抱えたまま寝ている姿を目撃されており、ギーシャのその指摘は言い逃れ出来ない。なのでみぁおは堂々と胸を張る。

「それは私が好きなだけだから!」

 何を言っても無駄だと住民が意見を一致させている所でイルミナには気になる事があった。

「そんなに寝てて生活は大丈夫なんですか?その、お金とか・・・」

 堕落しきった生活を思い浮かべるイルミナからすれば、自堕落な生活もそうだが、ここの家賃とかの生活費をどうしているのかも疑問も一緒に浮かんできた。それもイルミナの暮らしは教会からの支援から成り立っており、最低限の生活は保障されているがそれも布教活動と言う前提があるから。ただ、自堕落に生活しているらしきみぁおの生活費の出所があまりにも謎過ぎる。

「それも大丈夫!夜のお仕事してるから!」

イルミナは説教をしたい衝動を必死に抑えた。拓真に禁止さえされていなければ・・・。

 

         ※       ※       ※       ※

 

『日常に紛れる邪眼の転生者』

 

「それでは次は我だな。万応じしての登場!さぁ、喝采で彩る事を許可しよう!!」

 両手を広げて立ち上がる包帯の青年に誰一人拍手は送らない。それに対して「照れ屋さんめ」と髪をかき上げながら、みぁおと入れ替わる。

「我の名は鈴木 太郎。だが、それはこの世界での仮の名。真名を告げる訳にはいかないのでな。偽る無礼を赦して頂きたい。真名を告げれば、我の邪眼が目覚める恐れがあるのでな。正式な契約の許以外で目覚めてしまったら我の制御下から離れてしまう。君も気を付けてくれたまえ。それも全ては我の前世に起因する。かの厄災の魔神、オーバーギルティロードを封じる為、その身を犠牲にした七賢人。その一人の魂を受け継ぎ・・・」

”そう言うのいいから”

 仰々しく長ったらしい太郎の自己紹介を筒井がアームを延ばして胴体を掴みあげ、席に無理やり戻す。その際に「しかし、正確な情報を伝えねば」と尚も自分の生い立ちを話し続けようとするが当然無視。

 だが、イルミナは目をキラキラ輝かせながら太郎の話に食いついていた。

「そんな宿命があるだなんて・・・。もっと聞かせてください!」

 魔法の世界である幻想界出身のイルミナにとってみれば太郎の話は自分の世界の史実と重なる部分もある為か、興味津々なご様子。それに太郎も気を良くして「七賢人とは世界を救うべく立ち上がった者達で・・・」と軽妙に話を再開する。だが、それも拓真によって阻止されてしまう事となる。

「取り敢えず自己紹介はこの辺で。ギーシャさんと筒井さんと子筒君はもういいでしょうし」

“全然OK”

「どうせ聞いてなさそうだしな」

 異存はないと三人も了承する。実はもう一人住民がいて、その話をしておきたい所ではあるが太郎の話に食い入るイルミナの姿に今はまぁいいかなと棚上げする。

「それじゃ、夕食にしましょう。イルミナさんの入居祝いにケーキを用意していますから」

 拓真の一言に太郎はピクリと反応し、ノリノリだった話を中断する。

「この話はまたいずれ時間のある時にするとしよう。生きる為に糧は欠かせない。肉体的にも精神的にもな。その時間を感謝し、楽しむ事が生きる者としての義務だ」

「成程。確かにその通りです。私達の教義にも似た教えがありますから」

 イルミナが感銘を受ける間に台所から料理を運んでくる拓真の姿に対して、太郎は「ケーキ♪ケーキ♪」と両手で軽く机を叩き続けるぐらいワクワクが溢れ出していた。

 

          ※       ※       ※       ※

 

『ほっこり食文化交流』

 

「イルミナさんに食べられない物が無くて助かったよ。宗教によっては制限があったりもするって聞くし」

 食事を用意するのもここでは大家の仕事の一つになっている。今時珍しいが、異世界から来た人によっては食べ物さえも苦労してしまう場合も有り、そのサポートとして請け負っている。

 とは言っても、特別な食べ物が必要になるのはロボオイルを必要とする筒井と子筒だけ。但し、機械とはまた別の方向で人からかけ離れているギーシャだと食材は普通でいいのだが、大きく裂けた口から人間向きの料理だと食べづらく、基本的には肉や魚をグリルで焼いた物になっている。

 その違いから、ロボオイルを口っぽい所から飲んだ筒井は吸気口からシュコーと空気を取り込み、子筒はちびちびと飲み進める。ギーシャは骨を掴んだままかぶりついた肉を噛みちぎり、咀嚼すると言うちょっとだけ見る人に恐怖を与えかねない食べ方をしていた。

 そんな中、イルミナは見慣れない異世界の食事を食い入るように凝視していた。

「和食はちょっと早かったかな」

 箸ではなくスプーンとフォークを出していたが、和食も考えた方が良かったかもと申し訳なさそうにする拓真にイルミナも意を決する。

「い、いえ、何事も挑戦です」

 フォークで崩した煮魚をスプーンで掬って口の前まで持ってくると、そこ詩だけ躊躇いながらも思い切ってパクっと口に入れる。

「・・・美味しい。凄く美味しいです!甘いんですけど少し辛い感じもあって、それがお魚の味を活かしてて・・・。私達の世界にはない味ですけど、斬新で興味深いです」

「くすっ、気にってもらえてよかった。さぁ、どんどん食べて」

「はいっ」

 煮魚以外にも漬物やみそ汁、ご飯も美味しそうに食べるイルミナに拓真以外の住民も微笑みながら各々のペースで食事を食べ進めていった。

 

       ※       ※       ※       ※

 

『ようこそ、日向荘へ』

 

 そして食事の後のお待ちかね。拓真が食べ終えた食器を流しへと運び、代わりにホールのショートケーキを大皿に乗せて運んでくる。

「お待ちかねのケーキです。では、太郎さん、お願いします」

「ふっ、任せたまえ」

 太郎が頭上高く翳した指を鳴らすと、ケーキに刺されていた蝋燭に火が灯る。くどい性格をしているが、太郎もまたれっきとした異能界からの来訪者である。

「それではイルミナさん。蝋燭を吹き消してください」

「私が、ですか?」

「はい、主賓にしてもらうのが決まりで、今日はイルミナさんの歓迎会ですから」

「分かりました」

「は~い、それじゃ電気消しちゃうよん♪」

 夜目が聞くみぁおが出入口近くのスイッチを押して電気を消すとさっさと席に戻ってくる。そして揺れ動く蝋燭の小さな火が住民全員を照らし出す中、イルミナが大きく息を吸って蝋燭の日を吹き消す。その後、拍手の中、みぁおが電気をつけて席に戻ってくるとイルミナを除く全員が声を揃える。

「ようこそ、日向荘へ!」



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第二話 布教は不調です

 

『真面目も程々に』

 

 歓迎会を終えた翌日。イルミナは早速布教の為、日向荘から出かけようとしていた。

・・・のだが、渡り廊下の真ん中で酒瓶を抱きしめて眠りこけているみぁおに行く手を塞がれてしまう。

(・・・どうしましょう)

 話にはチラッと聞いていたがまさか本当にこんな所で眠りこけるような人がいるとは。それ以前にどうしてここで?自分の部屋は?様々な疑問が浮かぶが、それよりもどうやってここから進むべきか。それが知りたい。

 庭園を抜けたらいいのかなと庭園に入る為のスリッパが置かれている石段の方へ視線を向けた時。

「どうかした?ああ、この人か・・・」

 そこにギーシャがやってきていつもの事ながら駄目な大人だと肩を竦める。

「こういう時はやはり庭園を抜けていくんですよね?」

「そんな事しなくても跨いで行けばいいって」

「でも、それは失礼なんじゃ・・・」

「気にしなくていいよ。こっちの方が道を塞がれてる側だし、この人も気にしないからさ」

「でも・・・」

 やれやれだとギーシャはイルミナを抱えると、そのまま軽やかにみぁおの上を飛び越えてイルミナを床に降ろす。

「これで問題なし。じゃぁね」

「えっと・・・ありがとうございます・・・?」

 軽く手を振って去って行くギーシャにイルミナはお礼を言うべきだがモラル的にどうなんだろうと淀んでしまう。そしてちゃんとお礼を言えなかった事に悩みだす。真面目過ぎるのも大変だ。

       ※       ※       ※       ※

 

『神の教えは紙以下ですか・・・』

 

 人通りの多い駅前。日向荘を探す傍らで事前に辺りを付けていた場所でイルミナは行きかう人々に向けてアルレーネ教の素晴らしさを説き始める。

「生きとし生ける全ての命はこの空の許で育まれています」

 ││││一時間後

「・・・それはその命をアルレーネ様は太陽に光によって豊穣を与え、月の光で優しく包んでくているからです」

││││二時間後

「・・・アルレーネ様はその深き慈悲で人々の迷いや苦しみを包み、心安らかに日々を過ごせるよう導いてくれるのです」

 ││││三時間後

「・・・さぁ、共に祈りましょう。より良き世界になるように」

 ││││四時間後

「・・・・・・誰も聞いてくれません」

 イルミナの真摯な布教にも誰一人足を止めず、耳も傾けない。そんな現状にがっくりと肩を落とす。そして何気なく周りを見渡すと、同じように駅前の近くでティッシュ配りをしている人がいた。そして行きかう人々はそのポケットティッシュを次々に受け取っていた。

「神よりも紙の方が必要とされているなんて・・・」

 その事実にイルミナは更に深く肩を沈めた。

 

       ※       ※       ※      ※

 

『優しさと非情さと』

 

「・・・この国は病んでます」

 日向荘に変えるなり、イルミナは居間の食卓に突っ伏していた。夕暮れ時になるまで布教活動に勤しんでいたが誰一人反応すらしてくれなかった。まるで自分が透明人間になってしまったかのように。

「お疲れ様」

 あまりの手応えのなさに塞ぎ込むイルミナに拓真はホットミルクを差し出す。

「・・・ありがとうございます」

 人の優しさと包んだ両手から伝わるマグカップの温もりに、イルミナもちょっとばかり涙目になってしまう。

 忙しさで心を無くした現代人。だけど、拓真は違う。思いやってくれる優しさがある。

「・・・あの、拓真さんはアルレーネ教に関心は・・・」

「ここでの布教は禁止だよ」

「・・・ガクッ」

 拓真にさえ突っぱねられてイルミナは食卓に撃沈する。

       ※      ※       ※       ※

 

『哲学する機械』

 

 翌日。今日この日も布教活動に邁進しなければと自分を奮い立たせたイルミナは部屋から出て行く。今日はみぁおに通路を塞がれてはいないが、庭園の方で釣り糸を垂らす筒井と、それを見守る子筒の姿があった。

「・・・・・・」

 気付いたらイルミナは筒井の隣で同じようにじっと池を見つめていた。

「・・・何か釣れるんですか?」

“なにも釣れないよ”

「・・・そうですよね」

“何もいないからね”

「・・・何で釣りをしてるんですか」

“釣る為に釣りをしてるんじゃなくて、釣りをする為に釣りをしてるからね”

「・・・よく分かりません」

“だろうね”

 時折、カラスの鳴き声が聞こえ、雀がやってくるだけの静かな時間が流れる中で、イルミナは漫然と筒井と子筒の哲学っぽい返答に考えを巡らす。

(・・・一見無駄な事でもそこには何か意味があると言う事でしょうか・・・。私の布教ももしかしたら同じなのかも・・・。手応えのない中にもきっと意味はある。今は分からなくてもいずれは・・・)

 筒井と子筒の言いたい事とは違うかもしれない。だけど、イルミナは自分なりの解釈で挫けそうな気持ちを立て直すのだった。

       ※       ※       ※       ※

 

『相談が招いた相談』

 

「やっぱり駄目です・・・」

 筒井と子筒のおかげで再び布教に挑んだイルミナだったが、当然それだけでうまく行く訳もなく、またしても居間の食卓に突っ伏してしまっていた。

「るんるる~ん」

 そんなイルミナとは対照的に目覚めすっきりとばかりに悩みもなさそうにスキップしながらやって来たみぁおが、そんなイルミナを発見する。

「おやおや~、来たばかりなのに辛気臭いぞ~☆ 悩み事ならみぁおお姉さんに言って見なさい」

 どんと胸を叩くみぁおをイルミナは信用なさげにじっと見つめる。

「ちょっと~、そんな目で見られたらお姉さん、傷ついちゃうぞ。てへぺろっ」

 イルミナの視線にも舌を出してウィンクを送る強靭な精神のみぁおに、学ぶべき所があるのかもしれないと一応相談してみる。

「実は・・・」

「成程成程。うまく行かない時もそりゃあるってもんよ。それが人生。そう言う時にはやっぱりあれよね~」

 イルミナの悩みを聞いたみぁおは徐にキッチンの冷蔵庫へと向かって開けるが、直ぐに閉めてしまう。次に戸棚を漁るが何も持たずに戻ってくる。

「お酒がないよ~。こんな時どうしたらいいの~。きっとたっ君に嫌われちゃった~」

「だ、大丈夫ですよ。ちょっと忘れただけですから」

「ホントにホント?たっ君に嫌われたら私生きていけないよ~。誰が面倒見てくれるの~」

 泣き崩れながら抱きついてくるみぁおを、何故かイルミナの方が慰める事となってしまった。

       ※       ※       ※      ※

 

『駄目な大人と手負いの青年』

 

「・・・何してるんだ?」

 イルミナがみぁおの頭を撫でて慰めている光景に直面したギーシャが疑問を投げかける。

「お酒が無かったようで・・・って、ギーシャさんこそどうしたんですか!?」

 経緯を話そうとしてみぁおから顔を上げたイルミナは全身傷だらけのギーシャの姿に目を剥く。だが、ギーシャにとってみればこれは日常茶飯事。

「あ?ああ、まだ言ってなかったか。俺はFTXの選手なんだよ。まだまだルーキーだけどな」

「FTX?」

「知らないか。異世界異種武闘ってので、世界も階級も問わず、真の最強王者を決める為の戦いなんだけどな」

 FTX、Fighting Transcendency  Xenogeneicは全ての世界において人気になっている武闘大会であり、ギーシャも異世界統一王者を目指して日夜特訓を繰り返している。日課のランニングもその一環。

「俺等は他の世界の奴等より特殊な力はないけど、身体能力や治癒力が高いからな。これぐらいなら明日の朝には治ってるよ。それと酒がないって、仕事はどうした?」

「お休みだもん。だからお酒飲もうとしたんだもん」

「酒がないのはあんたが仕事だからだろ」

「・・・今日って水曜日?」

「火曜だよ」

「・・・お姉さんとした事が、てへっ。それじゃ仕事行ってくるから~」

 泣いていたのもイルミナの相談事すらも何処かへ吹き飛ばしてみぁおは軽やかな足取りで去って行った。

「・・・ああやって絡まれるのは珍しくないからな。気を付けろよ」

「・・・分かりました」

 こうして駄目な大人の後姿を二人揃って見送った。

       ※       ※       ※       ※

 

『癒しが必要な癒しの奇跡』

 

「ギーシャさん。手当をさせてください」

「そんなのいらないよ。血なんて突起に止まってるし、さっきも言ったけど明日の朝にはもう跡すら消えてるんだぜ」

「そう言う訳にもいきません」

 神官として怪我人を放っておけないよイルミナはギーシャの体の傷に手を翳す。そして体から立ち登る柔らかな光の粒子が掌を伝わってギーシャの体へと流れ、そして傷に染み込んで見る間に癒していく。

 神への祈りによってもたらされる奇跡の力。それは世界の壁も種族の壁も超えて癒しの力を顕現させる。

「・・・話には聞いてたけど、治癒魔法って奴か」

 ・・・・・・ばたっ!

「おい!?」

「・・・ぜぇー・・・はぁ・・・せぇ・・・はぁ・・・」

 力を使い果たしたイルミナは息も絶え絶え顔面蒼白で倒れてしまう。

「いや、傷を治す方が酷い有様になってどうするんだよ・・・」

       ※      ※      ※      ※

 

『越えられない人為的な壁』

 

「・・・すいません。・・・アルレーネ様の祝福が宿った秘象があれば・・・こうはならないんですが・・・」

 イルミナは何とか床に手を突きながら上半身を起こすも体力の消費は著しく、これが限界。

「仕方ねぇな・・・」

 ギーシャは頭を軽く掻くとイルミナの体を抱え上げる。そして補助をしながら食卓の椅子に座らせる。

「ほら、ここでちょっと休んでな」

「・・・ありがとうございます」

「癒しの力って凄ぇ力があるもんだって思ってたが、それもこれじゃ考えもんだな」

「・・・本来なら秘象が共鳴して力を増幅してくれるのですが・・・今はなくて・・・」

「無くしたとかか?」

「・・・いえ、制限の対象に引っかかるらしくて・・・この世界に持ち込めないんです・・・」

「・・・残念だな。色々と」

 癒しの力は世界と種族を越えられたが制度までは越えられなかったらしい。

       ※      ※      ※      ※

 

『残念系神官』

 

 休んだ事でイルミナも多少は楽になって顔色も戻ってくる。

「布教してんだったよな。癒しの力が使えれば信者も殺到しそうなもんなのにな」

「そうかもしれませんが、職を無くす人が出てしまう可能性やそもそもの危険性など、諸々の理由からこの世界に持ち込めるマジックアイテムの規制がかなり厳しいんです」

 新たな文明が築かれてはいるが、まだまだ発展途上。異世界の体系の異なる技術が流れ込めばそれは無秩序なカオスを世界にもたらせかねない。異世界の力は魅力的ではあるが、魅力的だからこそ慎重にならざる負えない。

「いきなり変化しすぎると、それはそれで問題が起きちまうしな。それはどうしようもないか」

「でも、癒しの力は副次的なものでアルレーネ様の教えの方が重要ですから」

 例え秘象を始めとしたマジックアイテムに頼る事は本質ではないと力説するイルミナだが、続くギーシャの一言が台無しにする。

「で、その教えとやらは広まりそうか?」

「・・・全然です」

「・・・マジで残念だな」

 一切手応えのない布教活動を思い出して涙目になるイルミナに、ギーシャはそれ以外かける言葉が見つからなかった。

       ※       ※       ※       ※

 

『夢を求めて』

 

「ギーシャさんって戦士だったんですね」

 自分の体調も回復してくると、改めてギーシャの言っていたFTXの事を自分の世界と重ねて想像しながら今度はイルミナの方が聞く。

「戦士ってのも少し違うんじゃないか?命のやり取りでも決闘でもない。ルールに則った試合だからな」

「でも、危険じゃないんですか?怪我もされてますし・・・」

「他の格闘技とかに比べたらな。でも、怪我に関してはさっきも言ったけど、治癒力が高いおかげで多少の無茶はやれるからやってるってだけで、他の奴等はここまでやりはしないぞ」

「そうなんですか・・・。でも、そんなに傷を負ってまでなんて・・・どうしてそこまでするんですか?」

 ギーシャは平然としているが、見ただけで相当に過酷な道を歩んでいるのは誰の目にも明らか。困難に直面しているイルミナは余計に感化されてしまう。

「自分の夢だからだよ」

「夢?」

「ああ。今のチャンピオンが俺にとっての憧れなんだよ。俺等は他と全く違うから奇異の目で見られて偏見だって持たれた。それを圧倒的な強さと、どんな事を言われても動じない高潔さで全てを吹き飛ばして、周りの目を変えてくれたんだ。あの人は俺達のヒーローで、だから俺はあの人の所へ行きたい。そして戦いたいんだ。勿論、ただ戦うだけじゃなくて勝って王者の座を奪い取るつもりだけどな。それが俺なりの恩返しって奴だな」

 迷いなく真っ直ぐに語るギーシャは、それだけチャンピオンへの憧れの強さが現れており、そんなギーシャにイルミナは自分が何を言ってもギーシャの夢に対して適切な言葉にならない気がして黙ってしまう。

「そっちだって同じなんじゃない?じゃなきゃこの枢軸界にわざわざ来ないだろ」

「私は・・・教会の命で来てますから・・・」

「じゃぁ、なんで教会の一員になったんだ?」

「私は身寄りが無くて・・・それを教会の皆が助けてくれたから・・・」

「なら、その人達への恩返しでも、自分と同じように助けを求めている人の為でも何でもいいんじゃないか?夢とか目標なんてのは無いなら無いで、その時々で探せばいいんだよ」

「・・・そうですね。私、頑張ります!みぁおさんよりはマシですから!」

 こうしてイルミナはギーシャの励ましと、みぁおの下には下がいる姿によってもう一度立ち上がるのだった。

       ※       ※       ※       ※

 

『死因=布教』

 

 布教活動三日目。この日はいつもよりも更に気合を入れて教えを説いていた。だが、やはり誰も聞いてはくれない。更にはスーツ姿でヤギ頭の悪魔が追い打ちをかける。

「ええ、はい、そうですか!契約していただけると!有難うございます!はい、今から契約書をもって伺います!・・・魔方陣がある。流石準備がいい!それなら直ぐにでもそちらに行かせていただけます!」

 スマホを両手で包みながら景気のいい表情で受け答えする魔界からの来訪者は通話を終えると壁に向けて手を翳し、その先に展開された魔方陣の中へと消えていった。

「悪魔の方がうまく順応しているなんて・・・」

 その事実に思わずへたり込みそうになる。だが、住民達の励ましがそれを踏み止まらせた。

「こんな事で挫けてはいられません・・・!」

 静かに喝を入れるイルミナだったが、そこに隣からの忍び笑いが耳に入る。

「くすくすっ。あ、ごめん。君が感情表現豊か過ぎてつい」

 その相手はいつも同じ場所でポケットティッシュを捌いていたティッシュ配りの女性だった。それがいつの間にか直ぐ隣まで移動していた。

「あ、その、すいません・・・」

 ずっと見られていたのかとイルミナは思わず赤面してしまうが、それもティッシュ配りの女性に笑われてしまう。

「ぷはっ、君面白いね。結構ツボかも」

「あぅぅぅぅぅぅ・・・」

 更に縮こまるイルミナにティッシュ配りの女性は右手で口元を、左手で腹を抑えて笑いをこらえる。人々を救う為に来たはずなのに、何故かここで一人笑い死にさせかけてしまった。

       ※       ※       ※       ※

 

『無関心の世界』

 

「いや~、こんなに笑ったの初めてかも」

「き、恐縮です」

「君の方は難航してるみたいだね。布教活動って奴?」

「は、はい、そうなんですけど・・・」

「ティッシュ配りと布教じゃ難易度は全然違うだろうしね。でも、ティッシュ配りも簡単じゃないんだよ」

「そうなんですか?次々と渡されていましたけど」

「あたしにはちょっとした能力があってね。人の目線を視覚的に捉えられて、何に注目しているかとか、それにどんな感情を持っているかってのも色で判別できるんだよ。例えば・・・」

 ティッシュ配りの女性が雑踏の中、こちらに向かって流れていく人波を見極めると「よろしくお願いします」とティッシュを差し出すと当たり前のように受け取ってもらえた。

「自分に対してポジティブなイメージを持っている場合だとこんな風に明るく笑顔で差し出せば受け取ってもらえるんだよ」

「成程」

「でも、大抵の人はそうじゃないからその場合は・・・」

 ティッシュ配りの女性は次に見極めた相手に、今度は無表情かつ小さな声で「どうぞ」と差し出して相手に受け取らせる。

「全く気にも留めてない人の場合はさりげなく差し出せば反射的に取ってもらえる。でも、呼びかけて気付かれるとネガティブな感情に代わって避けられるかもしれないからね」

「人に合わせて変えるんですね。そうやって貰ってもらうなんて凄いです」

「あまりにも限定的な能力だけどね」

 イルミナの賞賛もティッシュ配りの女性にとってはそんなに誇れる能力ではないらしい。でも、そんな能力もイルミナにとってみれば喉が出る程欲しい。

「・・・あの・・・周りの人で布教に興味がありそうな人はいませんか?」

「いないね。見事なまでにゼロ」

「完全無関心!?」

 能力があってもどうしようもない事はどうしようもない。

       ※      ※       ※       ※

 

『テレビとの遭遇』

 

「可能性はないんでしょうか・・・」

 いくら頑張ろうが可能性がそもそもゼロではと、三日連続でイルミナは机に突っ伏してしまう。筒井と子筒の哲学のおかげでそれでも心が挫けはしていないが、精神的なダメージは変わらない。

「・・・それなら情報収集がいいかもね」

 ホットミルクを差し出しながら提案する拓真にイルミナも顔を上げる。

「情報収集ですか?」

「うん、世の中で必要とされている物が分かれば見えてくる事があるかもしれないからね」

 拓真は食卓の上に置かれているリモコンを手に取ってテレビの電源を付ける。そこに流れる夕方のワイドシャーにイルミナも食い入る。

「こちらの世界にも投影用のマジックアイテムがあるんですね」

「多分それとは違うんじゃないかな。離れた場所の映像や、事前に撮っておいた映像を流してるんだよ」

「離れた場所だけじゃないんですね・・・。マジックアイテムより優れているかも・・・」

「他にもチャンネルを変えられるよ」

 拓真がリモコンのボタンを押す度に代わるテレビの映像にイルミナは更に目を大きくさせる。

「同時にこんなにも投影できるなんて・・・」

「投影じゃなくて放送って言うんだけどね。古いのが残ってるからあげようか?」

「いいんですか!?」

 拓真の善意にテレビに向けていた以上に目を輝かせながらイルミナは拓真の方へ向いて抑えきれない喜びのオーラを発する。

「ここでの布教を禁止しちゃったから、その代わりにね」

「有難うございます!」

 イルミナは人の世の薄情さと思いやりを噛み締めながら、自室に設置してもらったテレビに一晩中かじりついていた。

       ※       ※       ※       ※

 

『闇落ちのイルミナと二本の指』

 

 そして翌朝。

「この世界は堕落しています!!」

 朝食の時間。ぶつぶつと俯きながら昨夜とは一転して負のオーラを纏って居間にやって来たかと思うと、突然そんな事を叫び出した。

「おいおい、どうしたんだ?」

“朝から大声とは只事ではないかも”

 朝帰りで速攻眠るみぁおと、夜しかいない太郎を除いたギーシャと筒井、子筒ペアが様子のおかしいイルミナに面食らってしまう。それにイルミナは負のオーラを更に撒き散らしていく。

「食べ物や遊ぶ事、色恋の話ばかり・・・。人々の為に、世界の為に何ができるかなんて全然ありません・・・。この世界の人達は自分達が楽しむ事しか考えていない・・・」

「本当にどうしたんだ?」

“悩みをこじらせたかも?”

 あまりの様子のおかしさにギーシャは筒井の方へ体を傾けつつ、ひそひそと声を抑えながら筒井と子筒と共に様子を伺う。そこにギーシャ達のみならず、来るであろうイルミナの分も朝食を用意していた拓真が何事もないかの様に朝食を並べ終えるとイルミナの前に立つ。そして右手の人差し指と中指を並べて「ていっ」っとイルミナの額を軽く叩く。

「はうっ!私は何を!?」

 それだけで正気に戻す拓真の手腕にやっぱ大家って凄いなとギーシャと子筒も感心するしかなかった。

       ※       ※       ※       ※

 

『力を抜くのも大概に』

 

「・・・それで堕落しているなんて言ってたんだね」

「・・・はい」

 情報番組やバラエティ、世間の事を知る為に関連しそうな番組を色々と見て回ったが、そのどれもが娯楽的な内容に偏っていた。ニュースにしたって、少し情報を流してあっさり次に移り、討論するにしても表面的な事ばかり。人類の幸福と発展を望む宗教家からしてみればあまりにも世俗的すぎたのかもしれない。そこに難航している布教の鬱憤まで加わってあの有様だったのだろう。

「テレビをあげたのは失敗だったかな」

「そんな事はありません。・・・ただ、この世界に私って必要なのかなって・・・」

 すっかり意気消沈してしまったイルミナに全員が心配するのも当然で。

「テレビ番組って偏ってるしな」

“均一的に情報を集めるって意外と難しいもんね”

 そうギーシャと筒井、子筒も気を砕く。

「もう少し肩の力を抜いた方がいいのかもしれないね」

「でも、適当にする訳には・・・」

「根を詰め過ぎちゃうよりはいいんじゃないかな。さっきまでそれで変になっちゃったんだし」

「・・・そうかもしれませんね」

 失態を演じてしまったイルミナは拓真の言う通りだと受け入れるしかなかった。それでも、生来の生真面目さはそう簡単に無くせる物でもなかった。

(((でも、あの人みたいになるのは・・・)))

 イルミナを励ましながらも、三人の脳裏にはイェーイとウィンクするみぁおの姿が浮かんでいた。

        ※       ※       ※       ※

 

『気付いた事』

 

 布教活動四日目。

 肩の力を抜いた方がいいと言うアドバイスと、全く手応えのない日々に無気力気味になったイルミナは駅前に来たはいいが、今までの様に教えを説きはせずにただじっと人波を眺めていた。

(前だけを見て歩いている人ばかり。そのせいでアルレーネ様の教えに耳を傾ける余裕もないのですね)

 仕事や学校の日々で忙しなく生きる現代人。中には周りをきょろきょろと見回す人もいるが、それも目的地を探しているだけで周りの景色を楽しんでいる訳ではない。

 イルミナの故郷の世界は自然と共に暮らし、ゆったりとした時間が流れていた。王都の様に都市化された場所もあるが、それでもここまで余裕のない生活はしていない。何気ない季節の移り変わり、ちょっとした日々の変化をみんなで共有して楽しんでいた。でも、イルミナの目に映る枢軸界の人々はまるで歯車の様。アルレーネ教も規律を重んじており、理想的な姿にも見える。けれど、規律しかないのでは人として生きているとは思えない。

(やはりアルレーネ様の教えは助けになる筈。・・・でも、誰も聞いてくれる余裕がない。どうすればいいのでしょうか・・・)

 イルミナは悩んでいる内にふと気づく。自分も布教の事しか考えてなかった事に。

(自分だっていつの間にかここで暮らしている人達と同じようになっていた・・・。全然周りが見えていなかったんだ・・・)

 新しい生活にうまく行かない布教。いつの間にか周りが見えなくなっていた。最初に来た時はこの世界に人々の姿を見てアルレーネ教が必要だと感じていたのに・・・。

       ※       ※       ※      ※

 

『異世界の国のイルミナ』

 

 そうして、布教も行わず、悶々と悩み続けるだけで終わった四日目の布教活動を終え、イルミナは日向荘に変える。すると住民の皆が出迎えてくれた。

「おかえりなさい。イルミナさん」

「・・・皆さん?どうなされたのですか?」

「精神的に参ってそうだったからな」

“時には気分転換も必要なのさ”

「そう言う訳で、さぁ、こちらへ」

 居間に案内されたイルミナを食卓に座らせると、そこにぱんぱんに膨らんだビニール袋を持ったみぁおも少し遅れてやってくる。

「町中走り回って色々買ってきたよ~ん」

 そうしてみぁおの買ってきたスイーツの山がイルミナの前に積み上げられる。

「好きなだけ食べちゃって」

「いいんですか?」

「うん。その為に買ってきたんだもん♪」

「いえ、あの、お仕事の方は・・・」

「それも大丈夫♪相棒が私の分まで頑張ってくれてるから。・・・まぁ、その代わりに向こう一ヶ月休日返上で洗車やらされることになったけど・・・。でも、イルミナちゃんの為なら全然問題なし!」

「一番問題なのはこの人だよな」

「それは・・・その・・・ノーコメントで」

“今日ぐらいはいいんじゃない?”

「仕事をさぼるのは感心しませんけど、今回はイルミナさんの為だから。さてと、それじゃお茶も用意しましょうか」

 拓真のお許しが出たら怖い物はないとみぁおは隣に座り、他の面々もイルミナを中心として空いている場所に座る。その間に人数分のお茶とフォーク、筒井と子筒用の精製水をお盆に乗せた拓真も戻ってくると豪勢な即席ティーパーティーが開催された。

       ※      ※       ※      ※

 

『真理の心理』

 

「・・・凄く美味しいです」

 みぁおの買ってきたスイーツはどれも絶品で、その甘さと味わいが、異世界の文化の壁にぶつかって凝り固まっていたイルミナの心をほどけさせる でも、それは単にスイーツのおかげだけではなかった。

「でしょでしょ~。人気店から穴場まで行ける限りの所は全部行ってきたんだから」

「普段からこれぐらい頑張ってればな」

“違うよ、ギーシャ。頑張って怠けてるんだよ”

「二人とも流石にそれは言いすぎだからね」

「あ~ん。私の事を分かってくれるのはたっ君だけ~」

 食卓の右斜め向かいに座る拓真目掛けて、机を飛び越えて抱きつこうとしてくる。それをお茶を啜りながら最小限の動きで拓真は躱す。そしてみぁおは顔面から壁に激突。ずるずると床に落ちていく。

「たっ君ひどい~」

 そんな賑やかな面々の騒がしい空間こそがイルミナに安らぎを与えてくれた。この時間中でイルミナは分かった気がした。この国で暮らす人達は歯車の様に日々を過ごしているように見えるけど、ちゃんとこうして息抜きもしている。娯楽が多いのもその表れなのだろう。高尚な教えが無くとも規律と安らぎ。そのバランスを取って暮らしているんだと。

(・・・ここには私は必要ないんでしょうね)

 無力感ではなく達成感に似た満ち足りた気持ちの中でイルミナはそう思うに至った。

        ※       ※       ※       ※

 

『お帰りのイルミナのお帰り』

 

「短い間でしたがお世話になりました」

 この国での日々を過ごし、イルミナは故郷へと帰る事に決めた。布教は必要ない、そう伝える為に。

「こっちも楽しかったよ」

「いつでも遊びに来ていいぞ」

“その時は釣りを教えてあげるよ”

「さ~み~し~い~。でもお姉さん我慢するからッ」

「皆さんには助けていただき、色んな事を学ばせていただきました。ここでの暮らしは絶対に忘れません。皆さん・・・。さようなら。本当に有難うございました!」

 深々と頭を下げたイルミナは住民に見送られながら故郷へ帰路につく。その姿を屋根の上から見守る姿があった。

「成長したな若人よ。この経験は必ずや君の人生に恵みをもたらすだろう。さぁ!

行くがよい!栄光の架け橋へ!そして今度は我の所へも相談に来い!

はーっはっはっはっはっ!・・・ぐすんっ」

       ※      ※       ※       ※

「と言う訳で不肖イルミナ。帰って来てしまいました」

「戻ってくるの早かったね」

「いつでも来いとは言ったけどな」

”釣り竿まだ用意してないよ”

「お姉さんもこれにはびっくり」

「私だって皆さんと同じ気持ちです・・・。帰ったんですよ。布教は必要ないって報告したんですよ。それなのに司祭様は『ダメッ』って・・・。布教なんて無理だからそれっぽい理由で誤魔化そうとしたのに~」

「泣かない泣かない。お姉さんが慰めてあげる」

 みぁおの胸の中で号泣するイルミナに、他の住民はやれやれだと肩を竦める。けれど戻ってきた事を嫌がる者は誰一人いなかった。どうやらイルミナの苦難はまだまだ続くらしい。



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