シンジは私のもの (5の名のつくもの)
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新劇場版:序
終わりと始まりは表裏一体


薄れ行く意識

 

ハッキリ見えない目の前の光景

 

動かない体

 

「なんでこうなったか…その答えは簡単だった。それは、あたしが弱すぎたから。全部あいつに押し付けたから、こんな天罰が下されちゃったんだ。はぁ…バッカみたい」

 

消えそうになる思考を受け入れようとする。訪れようとする永遠の眠りを拒絶しない。このまま終わりを迎えることは、すなわち安らぎを享受することを意味する。それは破滅でもあろう。抗って、抗って、抗り切った末がこれだった。満面の笑みで許容できるかと聞かれたら、一切の逡巡をすることなく「否」の一言で片付けることになるだろう。拒絶できるのであれば、力の限り拒絶を尽くすしかない。今は、それが出来ないから受け入れざるを得なかった。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…」

 

やっぱり、受け入れられない。強い拒絶を示す中で、ふと天啓に近しいことを得る。

 

「なんだ、どうってことないじゃない。世界を私好みに作っちゃえばいいんだ。何のための使徒の力、何のための神の力かを理解してなかったわ。この力で、私はもう一度生きる。そして、アイツ…アイツ…アイツ…」

 

意識が急速に戻ってくる。体も全身に力が湧いて来る。何もかもが沸々と、まさに湧き上がってくる。止まること知らぬ激情。その表情も強く、激しいものになる。少女は少年への愛を歪ませてしまっていたのである。

 

「シンジ、待っていてね。今から…私が迎えにいくから」

 

淀んでいた周りは急転直下する。視界が著しく白く染まって、何にも見えなくなる。

 

少女の復讐が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~????????~

 

「久方振りに姿を現した使徒。時間ぴったりでありがたいことよ」

 

「今は戦略自衛隊が税金の無駄遣いをしてくれているから、我々に仕事が回されてこない。だが、そろそろ限界になるだろう。葛城君が彼を迎えに行ってくれているが、迎えは早くして損は無い。先にケージで待っていたらどうだね?」

 

「司令がそう言うなら」

 

怒号が飛び交う広大な空間では、長いスパンを経て現れた人類の敵、使徒を撃破するために軍隊が決死の攻撃を行っている光景を見ている。戦略自衛隊と呼ばれる軍は航空隊やミサイルなど、ありとあらゆる兵器を投入して、文字通りの「総攻撃」をかけている。だが、モニター上の化け物はケロッとしているではないか。それどころか、人類には真似できない超常的な反撃をしてくる。有効打は全く出ず、逆に使徒からの反撃で戦力をいたずらに消耗させるだけ。いい加減、飽き飽きするだろうに。

 

それを受けて、この空間に設けられた上段部に座っていた老年の男性は、隣で立つ少女に動くことを促した。一旦、少女は置いておき、その老人を見てみると濃いめの茶色を基調とした制服を着込んでいる。ただ見れば、別にどこにでもいそうなお爺さんかもしれない。しかし、この人物こそが明主である。今でこそ戦略自衛隊に拠点を間借りされてしまっているが、すぐに彼らがギブアップして自分たちに全面的な指揮権が回って来るはず。

 

その時から、運命が始まるのである。

 

「ほぉ…NN地雷か。無駄なことをする。また地図を書き換えなければいけん」

 

見れば、人類が作った最強の兵器の一つに数えられるNN兵器が炸裂していた。通常兵器と比べ物にならない爆炎と煙が画面を支配し、使徒を確認することができない。暫く待たなければならず、目を細めてジッと待ちながらも、ボソッと意味がないことを指摘していた。まさに、その指摘は綺麗なまでに的中することになる。

 

「馬鹿な…NN地雷だぞ!」

 

「化け物めっ!」

 

下の方から軍人たちの悪態吐きが聞こえてきた。それもそのはず、なぜなら例の化け物、使徒は直立不動の状態でかすり傷すら無かったからだ。戦略自衛隊が最終手段としてNN地雷を投入してまでも撃破を試みたが、現実はいつも非情であって、何てことはない。ノーダメージだった。これを受けついに軍が動いた。よろよろとして苦悶を言葉を発せずとも理解できるよう、気遣いができる軍の高官の1人は、ゆっくりと老人の方を向いた。そして、歯切れの悪い調子で言った。

 

「現時点を以て、対使徒戦の全ての指揮権をNERVへ移譲する。戦略自衛隊は民間人保護を除いて、一切手を引く。君たちの好きにしろ。お手並み拝見だ」

 

「ご苦労様でした。これからはNERVが使徒戦の指揮を執る。エヴァンゲリオン初号機と弐号機の発進準備だ。パイロットが到着してからすぐに発進させられるようにしておけ」

 

老人は高官を皮肉を込めて労わって、同時に部下たちへ自分たちの戦争を始めるように指示した。使徒が出現した時点から第一種戦闘配置につくよう命令を下していたため、既に関係職員全員が持ち場についている。よって、後は作業に移るだけである。緊急事態のおかげで誰も異論を出さないで、黙って粛々と作業を開始した。それをサブモニターで確認してから、他者から見てギリギリ分からないぐらいの小さな笑みを浮かべる。

 

「始めよう。アスカ君…私たちの契約遂行の時だ」

 

この時からおよそ5分後、また別の区画では1人の少年が連れて来られていた。不安そうに周囲を見回す少年は、とんでもない何かに巻き込まれそうな雰囲気をびんびんに感じている。ここまでのお迎えと道案内をしてくれた女性は、若干の知り合いであって頼れるかもしれないが、それ以上に周りの物々しさが上回っていた。

 

よくわからない所に到着すると、案内の女性は急に畏まり始める。

 

「式波副司令!」

 

「第三の少年を連れて来てくれたこと、ご苦労ね。ミサト」

 

「…(誰だろう?)」

 

「んで、その子が初号機のパイロットなわけね。この場は私が取り持つから、ミサトは指揮所に戻って冬月先生の補助をお願い」

 

「は、はい」

 

係の人が交代する形で少年は、また違う人に世話されることになった。先までは成人の女性だったが、なんと今は自分と同じぐらいの少女だった。しかそ、その少女は立派な軍服を着ていて胸に勲章らしきピカピカを備えている。素人でもこの人は偉いんだと分かる。

 

「あなたが碇シンジ君…君呼びは良くないか。えっと、まずはこんな所に来てくれてありがとう。私が(一生どころか何もかもを全部)あなたのサポート(お世話)をするから安心して。あ、自己紹介が遅れたか。私は『惣流・アスカ』、ここのNERVで副司令をしつつパイロットもしてる」

 

「う、うん」

 

相手が偉いかもしれないが、今現在の状況を完全に飲み込め切れていないことに加えて、目の前の(妙にニコニコしている)人が少女であるため、思わず敬語を忘れてしまった。幸いにも相手は全然気にしていないようであり、むしろ喜んでいるように見える。

 

「ミサトの方から色々と怖いことを言われたかもしれない。でも、私も一緒に行くから。シンジが怪我しないように、苦しまないように最大限努力する。だから、私の言うことを聞いてちょうだい。変に行動すると死に直結するのよ」

 

事前の説明で、彼は自分が化け物と戦うこと。『エヴァンゲリオン』に乗り込んで戦うことが伝えられていた。とても危険であることは、もう説明を受けずともわかる。本人としては、もう怖くて怖くて堪らなかった。それでも、乗る決意を固めている。実物を見てさえいないのに。実は彼には、彼だけの悲しい理由があったのだ。その悲しい理由があって、彼は他人に必要とされ、自分の居場所を確保できるなら何でもする気だ。たとえ、それが地獄の一丁目への切符を握らされることになってでも。

 

「わ、わかった。の、乗るよ」

 

「そう。判断が早くて助かるわ。ちょうどもう1人のパイロットが大けがしちゃって出れないから、シンジが出てくれると本当に助かるの。早速だけど、準備に入るからついて来なさい」

 

いつの間にか少年は名前呼びされているが、これも特段気にしない。そんなことを気にする余裕が無い。一抹の不安を覚えながらも、頼もしさの権化と表現できる少女の背中を追って歩く。彼女についていけば、まず死ぬことはないであろう。

 

少女の方は、狂喜に震えていた。

 

(やっと、やっと、やっとこの時が来たのよ。私はシンジと永遠を生きる!)

 

それは狂気かもしれない。

 

続く




ご質問はネタバレにならない範囲でお答えします。


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初陣は2人でやる

「あ、あの」

 

「な~に?」

 

「近い気がするのは…」

 

エヴァに乗る決意を決めたシンジは、少女から更に詳細な説明を受けてから、実際に乗り込むことになった。もちろん制服姿でそのまま乗り込むわけがなく、専用のプラグスーツなる服を着させられている。曰く、これは耐衝撃性能が高くて、物理的に身体を防護する役割を持ち、同時に緊急時におけるパイロットの生命維持の役割をも有したスーパー・ハイテクなものらしい。着用した方が圧倒的に良いので着るしかなかった。

 

そして、プラグと呼ばれるコックピット的な物に入ったのだが、なぜか例の少女こと惣流(式波)も一緒である。確かに彼女は「一緒」と言っていたが、このような形で一緒になるとは思っていなかった。内部が狭いため、実際に動かす少年のすぐ近く、ゼロ距離に彼女がいる。至近距離の極みたる状況において、まだ若いシンジは動揺せざるを得ない。対極的にアスカはニコニコのリラックスでいる。

 

「仕方ないでしょ?あなたは初めてエヴァに乗るんだから、誰かが一緒に乗って、手取り足取り教えることが必要。じゃあ、同じパイロットの私しかいないじゃない。大丈夫、私がいるからさ」

 

アスカは意図的に最後の言葉は彼の耳元で囁いて、両手で優しく彼の頬を撫でた。同じ年齢とは思えない動きに震える。傍から見れば、この光景は不純性でしかないが、意図的に外部からの不必要な連絡はシャットアウトしてある。よって、両名の交わりが外に漏れることは絶対に無い。

 

発進準備が進む中で時折彼を驚かせることが起こるが、その度にアスカが懇切丁寧な説明をして彼を安心させた。ただ、その毎回に何かしらの触れ合いがあったのは言うまでもないだろう。特にすごかったのは、プラグ内に液体が満たされた際に、溺れることを恐れたシンジを安心させるため、彼を後ろから抱きしめたことだろう。初対面にしては恐ろしく積極的だ。神の視力を持っていなければ見逃してしまう。

 

さて、説明をして/受けている間に全ての発進準備が完了した。特段の障害は発生しなかったが、細かい点では幾つかあり、一つにエヴァと搭乗者の繋がりの強さを示すシンクロ率がやや低いことが挙げられる。本来であれば、エヴァは単座式で搭乗者1名を想定していたので、複数名が乗るとシンクロを邪魔をしてしまう。ただし、あくまでも細かい点であり、戦闘に支障は無いと判断されている。あとは、エヴァで使徒を倒すだけである。

 

~反撃の時~

 

そして、待望の時が、人類の大逆転の時が訪れた。

 

初めての共同作業の時が来た。

 

「地上への射出は頑張って耐えて。きつい重力がかかるから」

 

電磁カタパルトにロックされたエヴァは、まっすぐ前を向いている。地上に出た際、使徒と対面するよう配慮がされていた。そんな配慮があっても、パイロットは極度の緊張にある。同乗者のサポートがあるとはいえ、初めてのことなのだ。下手をすれば死ぬ危険性すらある仕事を、なんとか上手くやれるだろうか。

 

「まずは動くことを優先に。エヴァはシンジが思うことを体現してくれる。動けと思えば、動いてくれる。あの使徒を倒せと思えば、エヴァは応えてくれる」

 

「わかった」

 

NERV本部の指揮所にいるであろう、道案内の人、葛城ミサトの一声で試合開始となる。基本的にはミサトが戦闘指揮を執ることになっているので、彼女が言うことを聞き逃してはならない。心臓の鼓動を高めながら、耳を澄ませる。

 

その時。

 

(発進!)

 

二文字が響いた時には既に、脅威的な速度で上へ運ばれる感覚が襲って来る。現在進行形でカタパルトによる地上射出が進められているようだ。凄まじい重力を数秒間耐えたら、急に目の前の視界が明るく広がった。

 

「いた。あれが…」

 

「そう、使徒。人類の敵で、私たちの幸せを邪魔する敵でもある。とにかく、まずは動くことを最優先。歩いたり、走ったりね」

 

シンジは言われた通り、歩くことを念じた。すると、彼が乗るエヴァが歩き出す。なるほど、確かに念じるだけで動いてくれた。この調子ならもっと発展させることが出来るだろう。しかし、敵前で訓練をしている暇はない。使徒は新たに出現した脅威に対応すべく、行動を開始して来た。

 

「さすがに待ってくれないか。一緒にアイツを倒すの。ここで死ぬわけにはいかないからね」

 

後ろで見守っていたアスカは、想定より早い使徒の行動に彼が満足に対応できないと判断し、無理矢理だが補助に入った。思考のシグナルを彼に合わせ、優しく両腕を胸に回した。最後の詰めとして、耳元で囁くように指示を飛ばす。普段であれば、彼はアワアワするだろうが、今回ばかりは全く違った。目の前には怪物がいて、自分は戦う運命にある。戦わないと人類が滅ぶ。逃げの一手は端から消え去っており、戦う以外の選択肢は無い。また、その戦い方も素人の自分だ。手慣れている少女から囁かれる指示に従ってに動くしかない。

 

「大丈夫。私はシンジの動きに合わせられる。今、私たちは一緒になっているから」

 

すごく神秘的な、スピリチュアルなことを言い出したが気に留める暇がない。シンジは驚異的な集中力を発揮し、先までとは見間違えてしまうような、もう素晴らしい動きを見せる。この変わりようには、様々事情が重なり合ったためだが、大きな要素として間違いなくアスカの献身がある。使徒は攻撃を仕掛けてくるが、ビルやマンションを縫って避ける。通常兵器には無類の強さを誇っていた使徒でも、エヴァ相手では分が悪くも良くもないようだ。今のところは互角である。

 

「仕掛けるっ!」

 

「乗った」

 

シンジはええいままよと、一気に決着を付けんと回避から攻撃に移った。些か性急だが、少女はゴーサインを出した。彼は埒が明かないことによる焦燥感に支配されているから、少しでも落ち着かせることが得策と思われた。しかし、彼女には彼女なりの考えがあった。

 

「エヴァはパイロットに応えてくれる。この初号機は特に…私とシンジの気持ちに応えてくれる。私たちの前にはATフィールドでさえ無力」

 

「うわぁぁぁぁぁぁ」

 

雄たけびをのせて、初号機は使徒へ原始的にもショルダータックルを見舞う。まさかの反転攻勢に対応が遅れた使徒は盛大に吹っ飛ばされ、奥の方にある大きなビルに叩きつけられた。エヴァが誇る凄まじいパワーを見せつけてやったぞ。これで終わるわけがない。すぐに追撃に入ろうとし、助走をつけて思い切り殴り掛かろうとした。

 

その時。

 

「何が!?」

 

「やっぱり、ATフィールド。深呼吸して…あれはウエハースのように脆い壁よ。2人なら簡単に破れる」

 

ややオレンジ色をした壁が阻んだ。突破しようにも非常に硬くてカチカチ。これこそが、人類の使徒への反逆を絶対不可にしてきた元凶であった。その名もATフィールド。その原理は不明だが、とにかく硬いことこの上ない。破る方策が幾つも考えられたが、まず既存の通常兵器では無理である。戦略自衛隊が掠り傷すら与えられなかったのはATフィールドのせいだ。ではエヴァでも破れない最強の防壁なのか。いいや、そんなことはない。矛盾という古語を使徒に教えてやらねばなるまいて。

 

シンジとアスカは深呼吸する。思考までも行動までもが全部ピッタリんこであるのは微笑ましい。

 

2人が全部の波長を合わせて、まさしく一心同体の状態でエヴァを動かすとどうなるだろうか?

 

あれよあれよと、瞬く間に無敵の壁が崩れ去るではないか。

 

そう、使徒が無敵たる所以は破られた。

 

「終わりよ」

 

頼りの綱だったATフィールドを破られた使徒は、絶体絶命、袋のネズミでしかない。後ろは壊れたビル、横はマンションやビルなどの建物が群集している。正面には人類の刺客エヴァが立っている。逃げ場なんてものはなかった。つまり、チェスで言うチェックメイト、将棋で言う王手を打たれていた。

 

肩部から携帯格闘兵装のプログレッシブナイフを取り出し、ご丁寧にも両手でしっかりと柄を握る。後は簡単。思いっきりナイフを突き刺すだけ。妙に浮いている赤い球体目指して勢いよく下ろされた鋭利な刃物は突き刺さり、まるでガラスが割るように球体を破壊した。直後、使徒は一気に膨張して大爆発を引き起こす。爆心地からは、光の十字架が形成された。

 

使徒が消え去った後、その光景は異様でしかなかった。

 

 

~指揮所~

 

「パターン青…完全に消失。使徒の撃破確実!」

 

NERV本部の指揮所では外の光景とメインコンピューターの報告とをすり合わせた総合的な結果として、使徒の撃滅が100%の確実であることを叩き出した。

 

「一時はどうなるかと思ったが、まぁこれで良いか。初号機のダメージは少なく、2人とも無事。さて、私はシンジ君とアスカ君が困らぬよう、表向きの片づけと裏の汚れ仕事をするとしようか」

 

老人は表情こそ変えなかったが、内心はほくそ笑んでいた。

 

たっぷりと仕事が待っていようとも、これからが愉快で楽しみで堪らない。

 

続く



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いつも一緒に

アンケートを行うので、ぜひご回答ください。


初めての実戦を華麗なる勝利で納めた少年と少女は、地下の本拠地に帰るなり、ケージで待機していた医療班に連れられた。2人とも目立った外傷は見られず、体の内面は軽度の疲労があるぐらい。いくらなんでも、それは心配性が過ぎと思われたが、そうもいかないのがエヴァンゲリオンだ。恐ろしく複雑で特殊な機構を用いるため、乗って動かすだけでもパイロットに悪影響が出かねない。もちろん、事前のテストで安全性は確認されていたが、「念には念を入れよ」と格言が残されている。ここは従う方が吉と判断するべき。特にシンジは数多もの健康診断を受けることになっていた。見たことがない、えらくゴツイ機械で体中隅々まで調べられる。また、解放されても、お医者様からの問診や看護士さんによるチェックを受ける。とてもだが、「嫌」と一言を挟む隙は無い。それ以前にスタッフから口答えを一切許さない覇気を感じた。抵抗は無駄だと諦め、素直に言うことを聞くだけの時間を過ごす。

 

長い時間を医療設備に囲まれて過ごし、やっと解放された。本部に戻ろうとすると、例の少女が仁王立ちしている。自分を待っていたらしい彼女から、極僅かな黒いナニカを感じるのは気のせいだろうか。気にしたら負けかもしれない。

 

「お疲れ様。本当なら研修とか受けてもらうんだけど、今日はこれでお終い。さて、気になることがあるでしょ?自分はどこで過ごすのかを」

 

コクコクと頷いて肯定の意を示す。そう、彼は帰るのだが、どこに帰ればいいのか。複雑な家庭事情を持っている彼は、確固たる安住の地を得られていない。一応、住についてはNERVに用意してもらことが約束されていた。

 

「その答えは、とっても素晴らしい。なんせ、この私と2人きりの同居生活だからね。一応言うけど、ただの冗談じゃない。ちゃんとした理由があるわ」

 

彼女から語られた理由を一つ一つ聞いていくと、確かにその通りで至極当然のことだった。ぐうの音も出ない正論で固められ、反発する気なんぞ起こるはずがない。その中でも特にの理由として、警備面の効率化があった。使徒と戦えるエヴァパイロットの両名は、私生活でもNERVの下にあって、いつでも緊急保護に移れるよう体制が築かれている。もちろんながらプライベートは限りなく配慮しているので、相当なことが無い限り介入されない。ただし、負傷で動けない1名を含んだ3名に各自バラバラに動かれては、如何せん手間がかかってしまう。そこで、2名を同じ屋根の下で過ごさせる。これなら、警備にかかるコスト・人員を削減することが可能だ。

 

これ以外にも理由が挙げられたが、長くなるので割愛する。

 

「じゃあ、えっと…」

 

「ア・ス・カ。ちゃんと名前で呼ばない…全力で袈裟固めするわよ」

 

なんで柔道技なのか突っ込みたいが、それはおくびにも出さないで悟られないよう尽力する。

 

「アスカ。これでいい?」

 

「そう、それがよろしい。さ、私たちの家(愛の巣)に帰るわよ。大丈夫。ここから徒歩でいける」

 

2人は病院を後にした。

 

~地上~

 

地上に出た瞬間に、まさに間髪を入れず、少女は少年の手をギッチリと握る。途切れることを知らぬ、一切ぶれることが無い彼女の積極攻勢には脱帽するしかない。今までボディタッチは挨拶の握手ぐらいしかなかった。

 

「何よ。不満?」

 

「い、嫌じゃないよ。その、びっくりしてさ。アスカがやけに優しいから」

 

「あぁ」と少女は納得したかのように大きく頷いた。確かに彼女の行動を振り返ってみると、初対面にしては非常に馴れ馴れしくて、極めて親切であった。彼が説明も訓練も碌に受けていない素人だからと言っても、ちょっと度が過ぎるように思われた。かと言ってありがた迷惑や余計なお世話ではない。嬉しいか嫌か問われたら。その答えは嬉しいしかないだろう。

 

「だって、あなたは辛いことを経験し過ぎたって聞いたんだ。シンジの過去を冬月先生から聞いたの」

 

「そうなんだ…だから」

 

彼女の言う通りで、シンジは幼少期から辛いことを経験し過ぎている。長い人生から抽出すると、母親を原因不明の事故で失い、愛する妻を失った父親は動転したのか、突如として冷酷になった。しかも一人で生きていけない彼を情け容赦なく捨てた。その後の父親の消息は一切不明であり、彼は全く掴めていない。長期間経過しても、小さな断片でさえも掴めなかった。よって、やむを得ず家庭裁判所に特別の代理人から申し入れをして、失踪宣告を出してもらった。失踪宣告に伴い、彼は浮いた存在となる。窮地に陥るかというタイミングで、とある人物が手厚い援助をしてくれた。その人のおかげで今まで生き延びている。

 

そして、アスカはこの彼の過去を知っている。だからこそ、彼が今何を必要としているのかを理解している。彼が一番必要としているものとは何か。それは、『人の温もり』であろう。人の温もりを彼女は彼に惜しげもなく与えたい。仲間としても、友人としても、家族としても、彼の妻としても。その思いから(歪んだ愛を多分に含んだ)行動に打って出ていたのだ。

 

シンジはアスカの態度が自分の過去を踏まえた、純粋な優しさに満ちた想いであることを知った。そして、今までの己の動揺を恥じる。彼女の素直な優しさを訝しく思ってしまった己を恥じる以外に何をすると言うのだ。恥じない者がいれば、それは「恥を知れ〇物!」と言われても文句は言えない。

 

「なんか、しんみりしちゃった。切り替えて、さっさと帰ろう。家に帰ったら、君の荷物のセッティングがある。時間は有限なのよ」

 

「うん。そうだね」

 

先までの空気は吹き飛ばし、2人手をつないで歩く。見るからに仲良くした姿で家へ急ぐ。家にはシンジの荷物が置かれており、段ボールから物を出してセッティングする作業をしなければならない。それもあって、今日は研修を受けない早帰りをしている。彼らの家までは駅から歩いて10分もかからない、NERV本部へのアクセスが良好な場所に建っているマンションだ。

 

~愛の巣~

 

マンションにおける一つの家自体が全部2人だけの家となっていることについて、彼は驚きを隠せなかった。自分の引っ越し荷物(段ボール)が搬出されていたことを忘れてしまう程に。ちなみに、アスカはしてやったりと何故かニタニタ笑っていた。ひとしきり驚いたり笑ったりしたら、段ボールを開けて中の荷物を部屋に置いていく。または、各収納スペースに収納していく。彼は1人だけで生きて来たためか段ボールの数は少なく、その中の物の量も少ない。大きな家具類は新調したこともあって、最低限のセッティングは小一時間で完了した。

 

しかし、そのセッティングの中で彼は今日一番の電撃が走ることがある。

 

それは…

 

「気づいちゃった?」

 

「…」

 

「だんまりか…まぁいいわ。私とシンジは一緒の部屋で、そして一緒のベッドで寝るからね。エヴァパイロットは協調性が命。よって、全ての生活を一緒に過ごすこと。それが協調性(愛)の一番の養い方!」

 

そう、自分が諸々の生活活動をするであろう私室は彼女と共用だった。しかも、寝るためのベッドは2つではなく、大きいサイズが1個だけである。これを鑑みるに、彼と彼女は基本的に一緒の部屋で過ごして、一緒のベッドで寝ることになる。別に、いやらしい意味ではないことに注意が必要である。

 

間違えたら?

 

その時は、もれなくNN爆雷が投下される。可能な限り、お気を付けていただきたい。

 

さて、衝撃のことを告げられたシンジは、今回ばかりはすぐに諦めることが出来なかった。これからどうなることか、また違う方面で不安にならざるを得なかった。楽しくなることを切に願いたかった。まぁ、彼が何を願おうとも。彼女がいるから、楽しくならないわけがない。

 

続く



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学校に行こう【前編】

朝起きてUAなどを確認したんですが、妙に増えているなと思ってふとランキングを見ました。すると、本作が43位(執筆時点)に入っていました。皆様のご愛読に感謝申し上げます。


pipipipipipi…

 

置時計の電子アラーム音が鳴り響いた。

 

「んと…朝か」

 

昨日は激動の一日を過ごしたことで、心身ともに疲れていたシンジはあっという間に眠りについた。もちろん、隣には彼女がいたのは言うまでもない。軽い毛布を引っぺがして、朝の活動に入るためにもぞもぞ動こうとした時だった。

 

「起きた?」

 

「うん。ちょっと眠たいけど」

 

隣で寝ていたはずのアスカが起きていた。可愛い寝起き顔をしていて、写真を撮りたくなってしまっても責められない。屈託のない微笑みをたたえているアスカ。昨日のハキハキとした雰囲気と異なり、穏やかで柔和な雰囲気は愛しさを覚える。

 

時計のアラームを止め時間を見ると、現在は朝の7時だった。見事なまでの早起きである。それもそのはずで、シンジとアスカは中学生なのだ。8時半ごろには中学校に登校を終える必要があるため、朝食やその他家事を含めた時間を逆算した上の早起きが絶対となる。

 

「眠かったら、そのままでいいよ。家事は僕がやるから」

 

「その言葉に存分に甘えたいけど、シンジに全部押し付けるのは良くない。起きた以上は、私もやるから」

 

シンジは二度寝しても構わないと彼女を気遣ったが、それを彼女がやんわりと断る。彼一人だけに家事全般をやらせるのは気が引けるとして。まぁ、それは建前であった。本音は常時彼とピッタリ引っ付いていたい気持ちがあったから。簡潔にすれば、彼と離れたくなかったということ。そんな気持ちには、2つの意味が込められている。1つは過去の反省と培ってきた想いから、少しでも彼と離れ離れになってしまうことが苦痛だから。

 

もう1つは…。

 

(シンジは私だけのもの。既成事実にするために、あいつを私に依存させる。私だけがシンジを理解できる。私だけがシンジを受容できる。そうよ、私だけがシンジを愛することができる。だから、離れてしまうことは許されないし、誰にも引き離されない。人間を捨ててでも…)

 

完全に目を覚ますため、スタスタ洗面所に向かう彼の背中を見つめて、彼女は変わらぬ微笑みを維持していた。ただし、その心では悍ましい彼女の野望が淡々と語られている。誰よりも彼を想う少女、アスカは誰よりも彼を狂い愛していた。

 

洗面所で顔を洗い、飛び跳ねる寝ぐせを直したら、キッチンで軽い朝食を作る。食パンをトースターで適度に焼いて、焼いている時間は卵をゆでて、電子レンジで温野菜を作る。サッと時間をかけないで作れるメニューが朝食だ。それぞれ出来上がったものからお皿に乗せて、テーブルに並べていく。主夫力の高いシンジの技術とアスカの的確なサポートの甲斐あって、スムーズに作業は進んでいき、あっという間に朝食が揃った。温かいうちに食べ進める朝食は、2人の今日の予定を確認する場となる。

 

「今日から新しい学校か」

 

「私たちエヴァパイロットの仕事は使徒を撃破することだけど、それだけじゃダメ。勉強にも力を入れないと、使徒を倒し切った将来を(2人で)生きていけないわよ」

 

「生きて行くため…か」

 

彼は今まで一日一日を生きることに精一杯であり、真面目に将来を生きる事なんか考えたことが無かった。ようやく得られた安寧があってこそ、まともな学生生活を、普通の中学校生活を送れる。貴重な学生生活を無碍にしてしまうことは自分が自分を許さないだろう。

 

「クラスは私と同じで、心配することは何もない。男子は知らないけど、女子は優しい子しかいないから。いじめなんてもっての外、皆がシンジを受け入れてくれる」

 

アスカは昔から第三新東京市で暮らし、中学校生活を送っていた。よって、クラスのことを知っている。彼の不安や不確定要素の解消及び排除に一役買ってもらう。シンジは何から何まで彼女のお世話になって申し訳なく思い、また同時に全幅の信頼を置いた。何かあっても、彼女に頼りさえすれば、幾らかはどうにかなるかもしれない。

 

さて、朝食は本当に軽くで済ませてある。すぐに食べ終え、その後は歯磨きなど本格的な準備を始めた。朝食の片づけと身支度を交代交代で行うことで作業の効率化を図る。作業が終われば、家庭ゴミを纏めたりなど、極めて一般的な市民生活を送っている。どこか誰かと比べれば、彼らの生活は非常に文化的と言えよう。

 

~出発~

 

朝に行う全ての家事を終え、制服に着替えたりと身支度が完了すれば家を出るだけだった。まさかバラバラに出発するわけがない。ちゃんと仲良く手をつなぐことを前提とした出発をする。

 

「「行ってきます」」

 

彼らの家があるマンションから中学校までは徒歩圏内で、通学に関して困ることは一切ない。アスカに案内され歩いていると、同じ中学校に通っているであろう学生で合流して、歩く道は混みだした。アスカの案内が中断されても、これなら中学校にまでスムーズに行けそうなぐらいだ。幸いにも、移動に障害は生じていないが、予想外のことが生み出される。

 

(…)

 

(…)

 

(…)

 

何やらシンジとアスカのことを見て、ごにょごにょと噂話か何かをしている。2人にばれないように努めているらしいが、意外とコソコソ話はバレやすいもの。当然、若きカップルには筒抜けである。

 

「アス…」

 

「気にしないの。良いじゃない。あいつらに言わせておけば。それだけ人気者って考えれば、逆に嬉しく感じれない?」

 

アスカは毅然と言い放った。噂なんて捨て置けばよい。どうせ、くだらないことでも言っているのだろうから。噂なんてものを逐一気にすると、自分の精神をすり減らしかねない。ならば、逆に捉えてしまえばよろしいのだ。エヴァの戦闘力には精神状態も大きく影響する以上、どうやって自分のメンタルを保つか。それは極めて重要に尽きる。

 

「すごいなぁ。アスカは」

 

中々に強い彼女の精神力にシンジは尊敬の念を抱いた。ここに彼女がいなければ、自分は周りの圧に押されて潰れていっただろう。彼女がいてくれたおかげで、圧を跳ね返すことが出来ている。身近な人は誰よりも強かった。

 

今更ながら、なぜ2人がこれほどまでの注目を集めてしまうのか。それは、簡単で、元々アスカの人気が絶大だったからによる。彼女は校内で絶大な人気を誇っていて、数多もの学生が突撃を敢行するも、全てあえなく失敗に終わっていた。鋼鉄と言ってよいガードの硬さを有する彼女が、見ず知らずの少年と仲良く手を繋いで登校しているではないか。この景色が切り取られ、周囲の男子女子問わず、誰もが皆に驚愕を与えるには十分過ぎた。一度燃え上がった火は中々消しづらいのに、大注目の2人は無視する。これによって、文字通りの「火に油を注ぐ」ことになる。

 

結果的に、シンジは初登校にしては、強すぎる印象を周囲に与えてしまったのだ。

 

続く



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学校に行こう【後編】

直近の2日間で300人以上の方がお気に入り登録をしてくださり、UAも爆増し、ランキング上位に入ることができました。本当にありがとうございます。


道中で周囲の学生から注目を受けたシンジとアスカの仲良しカップルは、特に嗾けられたりするなど面倒ごとに巻き込まれずに目的地である中学校に到着した。到着するとアスカは前からの在校生であるから自分の教室へ向かい、シンジは諸手続きと確認作業があるため職員室で待機となった。朝の登校時間の間にクラスの委員長経由でアスカから新しく転校生が来ることが告げられ、クラスメイトは誰が来るのかと盛り上がり始めた。ただし、一部は時期的な問題があって、真反対の思いを抱いた。

 

それはさておき、朝の時間で残っていた手続きと確認作業を終えたシンジは、朝の会の時間に初登場を果たす。

 

「碇シンジです。えっと、つい最近、この第三新東京市に引っ越してきたので、分からないことが多いです。皆には助けてもらうことが多いかもしれないので、その時はよろしくお願いします」

 

パチパチパチパチ…

 

クラスメイトが増えることは少なくとも悪いことではないから、元からのクラスメンバーは拍手で歓迎した。特に女子は男子生徒ということで喜んでいた。碇シンジ君の顔立ちは美麗ではないが、程よく整っている。変に整いすぎておらず、いかにも優しい性格を示していた。丁寧な言動からも彼の優しさが窺い知れるだろう。シンジはメンタル面の脆弱性が注目されがちだが、1人の人間としては非常に良くできている。誰よりも優しく、誰よりも悲しみを理解できる。辛い過去から時偶に暴走することがあるが、常人よりかは遥かに苦労しているのだから、可哀想でやむを得ないと労うべきだ。

 

「碇は…アスカの隣に座りなさい」

 

「はい」

 

分かってはいたが、シンジはアスカの隣の席となった。これは予定調和でしかない。色々と事情があるのだから、2人を常に近づけておいた方が好ましい。もちろん、彼女直々の希望もあった。担任は生徒に比べ、2人のことを比較的に知っているため素直に認めてくれた。朝の会が終了すれば、当然のことながら各授業となる。よって、シンジとの交流は限られてしまった。また、先生方が彼に説明することもあったため、クラスメイトが関わる機会はお昼休みに持ち越しとなる。

 

~お昼休み~

 

この中学校には給食制度がないため、やって来る購買かお弁当を持参して昼食をとる。アスカとシンジは同棲している都合上、2人分のお弁当を作るのが楽ちんである。隣同士であるから机を引っ付けてお弁当を仲良く食べようとしている。しかし、周囲のクラスメイトが許すはずがない。案の定で女子生徒がワラワラと寄って来て、あっという間に囲まれてることになった。どこぞのティ〇ァールも真っ青な「あっという間に」である。男子はと言いたくなるが、男子は例の(アスカと彼の仲良しに対する)僻みがあって一定距離をとる政策を採用していた。それが賢明である。

 

「ねぇねぇ。噂で聞いたんだけど、アスカとシンジ君って一緒に暮らしているの?」

 

「あ、それ聞いた~。手を繋いで登校してたんでしょ~?」

 

恐ろしく速い情報の伝達速度。2人じゃなきゃ聞き逃しちゃうね。今朝のことが僅か数時間で行き渡って、浸透しているではないか。流石にシンジは苦笑いを浮かべるしかない。アスカは自慢するかのように、誇るかのようにニンマリ笑顔を浮かべている。ただ、質問に答えないことは失礼の極みであるから、代表してアスカが答えた。元々女子クラスメイトの中でも人気のある彼女が答えた方が確実性が高くて説得力がある。

 

「答える順番が逆になるけど、今朝は一緒に手をつないで登校していたのは事実で間違いないわ。そして、シンジと一緒に暮らしているのか。それもまた、狂いの無い事実よ」

 

「「「「おぉ~」」」」

 

囲んでいた女子は一様に感嘆の声をあげた。学校内でも特に美しく、全体的に強い少女のボーイフレンドが彼である。男子的には面白くもなんともない事実であるが、女子からすれば身近でノンフィクションなラブストーリー。もう最高の娯楽だ。美男美女カップルは至高である。なお、この反応を受けて、男子諸君はシンジへ怨嗟の目を向けてたことは明白であろう。

 

「もしかしてなんだけどぉ。そのお弁当ってぇ」

 

「あぁ。これは僕とアスカで作ったんだ。良ければ、皆も食べる?」

 

「「「「えっ!?」」」」

 

この驚きはシンジの気遣いに対応したものである。机の上にめざとく置かれていた、風呂敷に包まれた弁当容器が彼から差し出される。彼が蓋をパカっと開けると、中には甘くないだし巻き卵やタコさん赤ウィンナー(再生肉)、ゴロゴロ温野菜が敷き詰められていた。至って庶民的なラインナップであるが、むしろその方が良い。下手に豪華で仰々しい料理よりも、このような家庭的な物の方が心が温まって、ほっこりな幸せを覚えるだろう。料理の本質は「愛」だ。お高い高級食材を使って、素晴らしい調理法を使えば最高だろうか。そんな馬鹿な話があるわけがない。心がこもった、愛にあふれる料理こそが至高だろうに。シンジの手料理はまさに「愛」だった。

 

「美味しい!すごいね、シンジ君」

 

「そうでもないよ。本当の料理人と比べれば全然」

 

「少しは自分に自信を持ちなさい。シンジに足りない物は『誇り』。誇りを持たないと、これからやっていけないわ」

 

「アスカは手厳しいなぁ」

 

謙遜して必要以上に自分を下げてしまう彼をアスカは叱った。確かに彼女の言う通りであり、彼は自分の誇りを持っていない。傲慢にならないため、彼なりの信念があるかもしれないが、自分に誇りを持たせることは悪いことばかりではない。誇りを胸に秘めることで耐えられることもあるし、ここぞの場面で力を発揮することができる。世界を見回しても、極めて素質のあるエヴァパイロットなんだから。誰よりも誇りを胸に秘めていても、誰も彼を責められない。彼のおかげで人類は存続できている事実があるのだぞ。

 

この夫婦漫才を見て、シンジ特製の料理を頬張る者たちは、心の中でため息を吐かざるを得なかった。見事なまでのラブラブっぷりには手も足も出ない。羨ましい気持ちを飛び越えて、もはや諦めるしかない。その諦めはドロドロとして後味が悪いものではない。吹っ切れたような、サッパリとサラサラとした感情であった。それだけ、この2人はお似合いでしかない。何と言うか、凹と凸がガッチリはまっている。腕っぷしが強くて男子にも劣らないアスカに対して、寛容さをこれでもかと放出する穏やかなシンジの組み合わせ。もう、何も言えない。

 

このお昼休みの間、カップルから女子生徒が離れることは無かった。良い意味で手軽に恋愛ドラマを見れるような感じで、日々のストレスによる心の穴を塞いでくれる気がする。初日から上手くやれているので、これからの中学校生活はトラブルなく済みそうだ。

 

そう信じたい。

 

続く



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2つの密会

今回はストーリーの重要な部分を散りばめたものです。疑問に思う点が多いでしょうが、ネタバレや根幹に関わる質問にはお答えかねますのでご了承ください。皆様で考えてくださると、嬉しいです。


NERV本部では先の使徒戦の分析が進められている。今まで全く手も足も出なかった使徒をエヴァンゲリオンによって撃滅することに成功したのを喜びたかったが、あの戦いで得られたデータを分析せずしてどうするというのだ。難解で且つ莫大な量でも、それは研究員にとっては黄金の宝の山でしかない。研究員に限らず、一部の事務系の職員までも巻き込んだNERV本部フル稼働で、次なる使徒の出現に備えようとしていた。よって、今のNERV本部は大慌てのドタバタ騒ぎであり、せっかく勝ち取った平和がまた違う戦争にすり替わっている。本末転倒でないだけマシだろうか。

 

しかし、その戦争を免れた者がいた。関係者の中でも、あの少年少女たちは比較的に温和な日々を送っている。学校で勉強に励んだり、NERV本部で訓練を積んだりなどして過ごしていることは好ましいことだろう。そんな彼らは、今日の訓練を終えたエヴァパイロット達は、更衣室で普段用の服にチェンジするために着替えていた。もちろんながら、男女と別れてである。

 

~更衣室~

 

「零号機の実戦投入は間に合いそう?」

 

「えぇ。何とか。弐号機は」

 

「やっと調整が終わったから、同タイミングでいけそうよ」

 

女性用の更衣室では、2人の少女が着替えながら話していた。おや?エヴァパイロットは2名ではなかったのか。確かに先の使徒戦の時点では2名だったが、正確には本部に3名が在籍している。彼と彼女を除いた1名は、不慮の事故で大けがを負ってしまっていて、とてもだが実戦には耐えらない様子であった。したがって、実戦はおろか表に出てくることは無いに等しい。ようやくの最近になり、高度な医療と本人の治癒力の甲斐あって完治を果たした。少女と少女、元からNERV本部に在籍していた両者は昔からの顔見知りであり、更にどうやら2人だけの秘密の特殊な事情があってか、その仲は非常に良好だ。

 

「あんたには感謝しないといけないわね。私の勝手な願いを汲み取って、実現してもらったことを」

 

「気にしない。私は碇君の幸せを願ってる。だから、碇君を幸せにできるアスカに託しただけ。過去も、今も、これからも全部を」

 

真面目な顔をして答えた。その表情は単に内面の真面目さを反映した結果じゃない。自身の確固たる信念や正義を持っている人間が出す表情である。同時に、彼女独自の力強い使命感を醸し出していた。

 

「そうそう。ずっと先のことだけど、本当にいいのね?創り上げる新世紀をシンジと生きること。それを、あなた自らが進んで捨ててしまっても」

 

着替える作業を止め、質問を投げかけられた少女は微笑と併せて答えた。

 

「構わない。私は碇君を苦しめてしまったから。私は最期まで彼を守れなかったから。だから、一緒に生きる資格はないわ。彼のことをアスカに託して、私はサポートに徹するだけ。それが私に許された唯一の生き方なの」

 

「相変わらずねぇ。わかった。それでも、気が変わったら何時でも言いなさい。計画の内容もスケジュールも、ちゃんと余裕を持たせている。あなた1人ぐらい増えても、何ら問題ないわよ」

 

「ありがとう。考えておく」

 

神の耳によって、傍から聞いているだけでは何が何だか分からない。非常に濃いことを話していることは読めるが、肝心の濃さの源が読めない。一体何があってこの2人は話しているのだろうか。仲が良いことは素晴らしいことこの上ないだろう。それでも、恐ろしい事が話の「核」となっている気がしてならない。

 

「よっし。この後冬月先生の所に行ってくるから、先に失礼するね」

 

元気よく活発な少女は、そそくさと更衣室から去っていった。普段ならば仲良く語り合っているのだが、今日は用事が残っている。しかも、その用事は建前上のトップの所に行かなければならないため、許されるだろうが遅刻することは出来ない。やむを得ず、無駄話をしないで更衣室から直行するしかなかったのだ。ただ、無言で去るのは礼儀としてよろしくない。一言でも、ちゃんと断ってから去るのが礼儀としては最低限である。

 

かくして、更衣室に残された比較的物静かな少女。彼女は着替えを終えても、ずっと物思いに耽っていた。誰も入って来ない場であるから、1人でじっと考えることに過不足無しのピッタリ。彼女には、彼女なりの想いがあったようだった。

 

~司令官室~

 

「いやいや、申し訳ないね。訓練終わりで来てもらって。まぁ、座りなさい」

 

司令官室を訪れた客に対して、ここのNERV本部のトップである老人こと、冬月コウゾウは席に座ることを促した。客は素直に着席して、老人と向かい合う。

 

「さて、どうだね?シンジ君とはうまくやっているか」

 

「そりゃぁ…もうよ。毎日一緒に(ベッタリと)過ごしている。あの男のせいで精神面は虚弱で、過去を引きずりがちだけど、きっと(私と過ごす)時間が癒してくれるでしょ。審判の時までには鍛えておく」

 

「ふむ、わかった。彼との付き合いについて、私が口を挟むことは絶対に無い。君の思うが儘だ。存分にやりなさい。私は君たちの清純な関係を歓迎するよ。さて、本題に入ろう。頼まれていた君のお願いには、全部に満額回答が出来そうだ。弐号機の段階的改修、ネブカドネザルの鍵、リリスの流用その他諸々を」

 

専門用語チックな単語が並べられ、常人はもちろんのこと、関係者でも理解できないかもしれない。中二病をこじらせた男子がつらつら語るようにも聞こえるが、残念ながらこれら全部が実際に存在する。一個目は目に見えて現存するし、皆が知っているので問題ない。その後が難解を極めていて、この場にいる祖父と孫娘の関係に見えてしまう、上司と部下だけで通じ合っていた。

 

「あれはどうなっているの?シリーズは」

 

「あぁ、そうだったそうだった。いかんな、年のせいかすぐに出てこない。シキナミ・シリーズについても用意できる。だが、モノがモノだけに時間を要する。まぁ、使うことになるのは先だから勘弁してもらえんかね。一応、オリジナルは既に完成済みでいる」

 

「確実に用意してもらえるなら文句の一言なんて言えない。しかも、もう完成しているなんて。流石は冬月先生、あの男を早々でレイに屠ってもらって良かったわ。先生があの男に持って行かれたら堪らないもの。先生より優秀な人をくだらない妄想を持った奴に与えるなんて、勿体無いを通り越してしまう」

 

ある人物を恐ろしく貶しながらも、目の前で座っている老人を手放しに褒めちぎった。見た目に反して、能力がずば抜けている老人、冬月は「まんざらでもない」と軽く息を漏らした。

 

「ユイ君が遺した彼だ。私の生涯の使命は、その彼の面倒を見てあげること。と言っても、私だってこの年だからな。長いこと生きることは、まず出来ないよ。私にできることはさせてもらうから、後は君の好きなように、よしなにしなさい」

 

「言われなくても、冬月先生」

 

続く




次回は彼女と彼の直接的な、ちゃんとした初邂逅の予定です。


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一方的な再会

もう感覚が狂ってきました。


今日も今日とて、中学校に登校したシンジとアスカの2人は、相も変わらずの隣り合わせの状態で仲良く談笑していた。何かと疲れることが多く、ストレスも多い生活を送っている毎日において、比較的に自由のある学校で語り合うのは健全な鬱憤晴らしと言えよう。周囲のクラスメイトが時折輪に入ってくることがあるが、それは邪な考えによるものではない。単に2人と仲良くなりたい思いからであった。何も変な話ではないだろうが、気になる点がある。それは、入って来ようとする人物の大抵が女子生徒だ。男子はどうしていたのか。当然ながら、2人の輪に男子諸君が入る隙なんてあるはずがない。よって、男子は血の涙を流す者やシンジにしょうもない敵意を抱く者、どうにかして彼と彼女を引き裂かんと絶対不可能なことを狙う者等々の集団になっている。もはや、彼のクラスは火薬庫と同義であった。もし、何かしらの軋轢や衝突で火の粉が舞った瞬間には、ドカンと一発。

 

大変なことに、張本人であるシンジがこの火薬庫の状況を全く理解できていなかった。大変なことであるが、彼に責任があるというのは不正解である。なぜなら、彼は一切の悪意無しに、純粋に彼女と交流しているだけなのだ。周りがどう言おうと、どう見ようとも知ったこっちゃない。だって、自分は家族と話しているんだから。となると、この状況を理解をすること自体が全くもって変な話かもしれない。

 

さて、そんな朝の登校時間に教室の扉から1人の少女が入ってくる。朝だから当たり前のことだ。しかし、その少女はシンジ&アスカを除いた女子男子を問わず、皆が一様に驚かざるを得ない人である。真面目な性格を反映しているのか制服を崩さずに着ているため、服装は極めて普通だった。しかし、綺麗な髪色をしていて且つ、「美麗」以外に表現のしようがない顔立ちをしている、どこからどう見ても美少女。彼女が周囲から注目を集めないなんて話があるだろうか。いいや、絶対に無い。

 

「あら、レイじゃない。おはよう」

 

「綾波さんっ!?」

 

「レイ…ちゃん?」

 

アスカは至って普通の反応をし、その他の生徒は驚きの声を挙げることしか出来なかった。ただ一人、シンジは状況を呑み込めておらず、とりあえず挨拶をしようと思って席を立つ。彼が理解できないのは仕方のないこと。この少女は長い間学校を休んでいたため、新参者の彼が実際に会うことは無理だった。一応、彼女の存在は仲間内の内々で知らされていたが、実際に目にすることは今回が初めてである。

 

教室の扉からスタスタと歩いて向かう先。そこは…何ということだ。火薬庫の中心地ではないか。そう、碇シンジ君の後ろの席であった。最新の情報に更新して、彼らの位置を上から見てみる。まずシンジは真横に窓がある席のため、四方ではなく三方でクラスメイトに囲まれる形だ。三方の内、右サイドをアスカが抑えている。そして、後ろの席にレイと呼ばれた少女が座っていた。残された前方正面は別のクラスメイトだが、担任の配慮で優しくて真面目な生徒が置かれている。結論として、シンジへの配慮を幾重にも重ねた配置であると言えよう。

 

「彼女は綾波・レイ。私たちの仲間よ」

 

アスカはシンジにコソコソと耳打ちをして、必要最小限の文字数で少女がどんな人物かを伝えた。シンジは僅か3文字ながらも理解した。国家機密以上の存在である彼らは、私的な場において軽薄な行動と言動は厳に慎まなけばならない。普段の行動は一般市民とはずっと厳しくなる。彼はそれを意識しながら、自分の後方の席で持ってきたカバンを置いて、朝の準備をしている少女に語りかけた。

 

「最近、第三新東京市に引っ越して来て、この中学に転校した碇・シンジです。君は…」

 

「私は綾波・レイ。よろしく、碇君」

 

ふむ、何てことはない。初対面同士の者が行うであろう、典型的な会話だった。だがしかし、このクラス内ではNN地雷が炸裂した時と同じぐらいの衝撃を与えていた。既に彼が鋼鉄のガードを有するアスカと砕けてた仲となっているだけで、クラスはおろか学校全体に爆弾を投下する事態が発生していたのに、今回は綾波・レイと”普通”の会話をしたことがNN地雷の炸裂を引き起こす。不発だったら、どれだけ良かったことか。

 

(シンジへのヘイトが高まっている。ま、それはそれで、良い娯楽になるかな。あんた達が私やレイに近づけると思ったら大違いなのよ)

 

二度あることは三度あると古人は偉大な言葉を残してくれた。まさにその通りであって、またもや碇シンジへピリピリした気が向けられてしまった。ただ、幸いと言うと変かもしれないが、槍先を向けられたシンジは何食わぬ顔をしている。つまり、一切気にしていない様子だった。いや、気にしていないのではない。ただ単に気づいていない。

 

空気がひりつく気を送る元凶の気持ちは理解できる。クラス内で絶対的な強さを持つ少女2名が、ひょっこり出てきた転校生と普通に会話しているなんて、もう堪ったもんじゃないだろう。1名は学校生活で必須となる事務的なことなら話せたが、そこから先が全くと言っていい程無い。関わりを持つための前提である礎すら作ることが不可能である。もう1人については、まぁ無関係の極みであった。休むことが多いことも大きいが、彼女は何よりも無口で微動だにしない。事務的な話をしても、素っ気ない返事しか送られてこない。ガードがうんたらかんたら以前に、彼女は他者への興味が皆無に尽きている。辛うじて会話となってくれる事務的でも、アッサリと返されてしまう。自分達とは次元が違うようだ。

 

それなのに!なんであいつ(シンジ)はと思っている。おぉ、怖い怖い。

 

「いつまで立っているのよ。座って座って」

 

「あ、うん」

 

レイはとっくに朝の準備を終えて座っているのにシンジは立ったままであり、どこかレイを見下している感じがある。シンジはそれに気づいていなかったので、アスカが助け舟として着席を促す。これで同じ目線となったシンジとレイだが、彼はとても居心地が悪かった。

 

「えっと、僕に何かおかしなことがあるかな?」

 

「いいえ。何もない」

 

座ったのはいいものの、レイはシンジをジッと熱い目で見つめていたのだ。すんごくジッと見られるので、シンジは自分に異常が生じているのかと聞いてしまう。彼女曰く「何もない」らしいが、それなら何故にジッと見てくるのか。そこまで集中して見られると、対象は怖く感じてしまうだろう。疑念が恐怖へとシフトしようとしたタイミングに、少女は軽く口角を上げた。

 

(うっ!)

 

(あらあら。レイが潜ませてきた本性を剥きだしてきたわね。やるなら徹底的に。あいつらに絶望を教えてやるなんて。優しいのね)

 

世界中を見回しても中々見られない。屈託のない、純粋な気持ちからなる笑顔の破壊力たるや凄まじい。直接攻撃を受けた少年は仰け反りかけて、レイとある程度の親交を持つ少女は苦笑いを浮かべざるを得なかった。ここまで彼女が感情を表に出したことは、今までにゼロ・ゼロ・ゼロ。彼女は彼に対してなら、己に秘めたる正直な感情を一切の逡巡をしないで見せる。つまり、彼女は彼に興味を持っていて、受容する姿勢を見せたのであった。

 

「と、とりあえず。今日から学校では(多分NERVでも)一緒になるから。改めて、よろしくね」

 

あの攻撃を受けても、しっかりとした口調で喋ることが出来たシンジは称賛されるべきだろう。

 

続く



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悪夢より

今回はやや短いです。

※本話は私が別作品で投稿したものをベースに作り直した一話ですので、一部の読者様にとて、一度読んだことがあるかもしれません。ある意味で使いまわしかもしれませんが、本作の話の都合上で必要となりました。よって、本話を投稿することといたしました。もちろん、読まないでも全然大丈夫です。


ザ~ッ

 

ザ~ッ

 

ザ~ッ

 

定期的に一呼吸を置いて、赤い海が砂浜に寄っては退いて、寄っては退いてを繰り返している。波を作る海の先には見慣れない構造物が建っていた。何らかのエヴァに見えるが、見た目はボロボロになっていて、辛うじてエヴァと判断できるか微妙なラインにある。

 

そんな砂浜に少年が1人ポツンと座っていた。

 

「どこなんだろう。ここは」

 

まったく知らない場所だった。目の前に広がるのは赤い死の海であるのはわかるが、この砂浜を訪れたことが無い。ここでずっと座っているのもつまらないため、とりあえず移動することにした。延々と続く砂浜でも、きっと何かがあるかもしれない。

 

ジャリジャリと砂を踏みしめながら歩いていると、突然、やっと自分が知っている者が現れた。

 

「アスカ?よかった。僕だけかと思って、寂しかったんだ」

 

一緒に生活しているアスカが目の前に立っている。にこりと笑っている彼女は彼女そのものであって、間違いなくアスカだった。しかし、どこか様子がおかしい。本当に彼女ならば今すぐ話しかけてきて、2人で仲良く楽しく会話することになるはずだ。それを考えてシンジは強い安心の気持ちを覚えている。

 

「あれ、アスカ?どうしたの?」

 

なかなか喋ろうとしない彼女。なんだからやけに無口だと訝しく思う。せめて、動くだけでもいいので反応をして欲しかった。彼の気持ちが伝わったのか、彼女は笑顔のままで、こちらににじり歩み寄って来た。

 

「なんだよ。いじわるだなぁ」

 

なんだ、アスカのいつもの意地悪か。このようにシンジは分析した。毎日一緒に過ごしている2人だが、彼女は頻繁にちょっかいをかけることが多かった。人との交流が少なく寂しい思いをすることが多かった彼にとっては、たとえ意地悪でも嬉しいものである。よって、今回もそれだと判断するのが順当であろう。

 

だが。意地悪にしては度が過ぎるとも言えた。

 

「ア、アスカ。嘘と言ってよ」

 

ゼロ距離の眼前に迫ってきて彼に抱き着こうとした瞬間に、彼女はパシャっと四散した。何よりも残酷な方式。体内の物がまき散らされるとか、そんなチャチナな子供だましではない。やや濃いめのオレンジ色の液体になって、周囲に散らばったのである。現実的ではないからこそ、彼の心に突き刺さる凄惨な光景だった。生活を共にしている家族が四散する形で、命が還元されることは何よりも耐え難い苦痛だった。彼はこみ上がってくる嫌悪感と逆襲を始めた体液を必死になって止めようとする。

 

悪い意味で全身から力が抜け、膝から崩れ落ちてしまった。砂にまみれてしまうことになるが、先の出来事のショックと比べれば、気にすることは到底不可能である。このままで終われば本当に良かったが、そうもいかないのが世の常というもの。周囲の光景が目まぐるしく変わって、高度に編集された短い映像が連続して流される。

 

自分の知る人物が、クラスメイトが、NERVの職員が、全員が先のアスカと同様に四散するだけ。目を背けようとしても、まるで金縛りにあったように体が言うことを聞いてくれない。否が応でも見せつけてやると言わんばかりに。

 

「苦しい…やめてくれよ。わかった。僕が悪いんだ。そうだよ、僕が悪いんだ!これは僕への罰だって言いたいんだろ」

 

いったい彼は何を言っているのか。なぜ、彼が悪いのだろうか。彼はエヴァに乗って使徒を撃破することに成功していたから、何も悪いことはしていないはず。むしろ、誰からも手放しに誉められることでしかない。そう、その通りなのだ。

 

でも、本人には微かな記憶があった。

 

遠く遠くの昔、一人の少年が世界を亡ぼしたことを。

 

愛する人を救えず、誰も救えず、自分が他者を拒絶したことで世界は書き換えられたことを。

 

後の世界で、少女から「気持ち悪い」と言われてしまったことを。

 

「はぁ…はぁ…」

 

映像は終幕を迎えた。金縛りから解放されて、やっと動けるようになる。しかし、体は疲労困憊の状態であり、四つん這いになるのが精一杯にあった。息を整えようとして深呼吸を何度も試みる。体感で10分以上、何回も深呼吸をしたことで、なんとか呼吸は正常に戻ってくれた。

 

「もういいんだ。ここで苦しむぐらいなら」

 

少年は覚悟を決める。その足取りはフラフラとしながらも、一歩一歩着実に進んで行っていた。この砂浜は本当に永遠に続いている。いくら進んでも、何にもならないように思われた。それは彼も理解できていたため、砂浜をなぞることはしない。

 

砂浜から離脱しようとしている。

 

そう、彼が向かう先は死の海だった。まっすぐ海へ向かって行く。両足が波によって濡れる。それを全く意に介さず、ただただ海に向かった。次第に足場は深く深くなっていって、終いにはつま足が底と着かなくなってしまう。それでも意に介さない。もう、どうとでもなれ。

 

「僕もそっちに行けるかな…」

 

足が着かなくなったことで、自然に彼の体は海に引きずり込まれる。飛び込みの要領で綺麗な直角で入るわけがなく、海と平行なうつ伏せで引きずり込まれる。全身が海水に包まれ、呼吸が不可能になる。苦しみが襲ってくる。でも、構わない。このままいけるならば。早く意識が完全に途切れないかと無抵抗を貫こう。

 

「えっ、誰?」

 

海の底へ沈んでいくはずなのに、なぜか体が持ち上げられる感覚を覚える。その力は恐ろしく強くて、抵抗しても無駄らしい。恐る恐る、閉じていた目を開ける。誰かの人が自分の身体を抱きしめていた。この世界には自分一人だけのはずなのに。

 

「シンジ」

 

「母さん?」

 

一気に海から引き上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ…夢だったんだ。それにし…」

 

急に目が覚めた。そこは見知っている、自分が生活している部屋だった。なんてことはない、ただの夢だったらしい。

 

しかし、夢の中で感じた謎の感覚は何だったのかと思えば、あの感覚をもう一度覚える。まさか、これも夢なのか。ふと視線を横に移すと、日常的に一緒に寝ているアスカがいた。そして、彼女は自分のことをがっしりと抱きしめている。あの夢と同じだ。さらに、寝言らしい声で自分の名を呼んでいる。なるほど、この現実世界の行動が彼の夢に干渉していたということだ。シンジは疑念に対応する答えを得られたし、まだ時間があるしで、このまま二度寝をする。

 

ずれた毛布を直してから寝直す。すっと意識を失って、眠りの状態に戻る。

 

「私だけのシンジ…ずっと一緒よ」

 

アスカは良い笑顔でつぶやいた。

 

続く



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二者面談はリラックスして

今日のシンジは珍しくアスカと離れての単独行動をしていた。しかも、これがNERV本部内のことであるから驚きであろう。学校や本部、その他の場所を問わず、基本的にシンジとアスカの2人は常にセットで動いていて、表向きは「戦友」でも実際は「ラブラブカップル」であることは明白だ。彼らを知る者ならば、皆一様に2人が離れることは無いと言う。しかし、それは原則の話であった。世の中で原則に対する例外は存在する。今回はその例外のようだ。

 

「君の自由時間だというのに。こんな老人の道楽に付き合ってもらったことについて、心から感謝するよ。碇シンジ君」

 

「いえ、気にしないでください。僕も冬月司令と話してみたかったので」

 

彼は本部内でも特に広い部屋で、ポツンと置かれた畳スペースに礼儀正しく正座をしていた。その前には将棋盤を挟んで、このNERVトップの冬月コウゾウが座っている。この老人がとっても偉いことは、重々承知していて、恐ろしく頭脳が切れる人物であることも知っていた。ただ、一度も話したことが無かった。これはいただけない。そこで、シンジはテッペンの人と話さないことは、どうしても許せなかったのだ。

 

そう考えていたら、老人から「将棋を打てるか」と聞かれた。これは「将棋を介して君と話をしたい」という呼び出しであるため、立場上聞くしかない。また、願ってもない申し出である。まさか、断るわけがないだろうて。とは言え、将棋と呼ばれる頭脳スポーツで彼が勝てるわけない。それでは気まずくなってしまうため、将棋は将棋でも将棋崩しを選んでいた。

 

「アスカ君とは仲良くやっているかな。彼女は強そうに見えて、意外と弱いところがある。どれだけ強く見える人間でも、どこかしらに弱さを持っている。無口で寡黙な男でも、腕っぷしの強い女でもな」

 

「はい」

 

「まぁ、独り身の私が言えることではないかもしれない。だが、少なくとも誰よりも経験は持っている私が言うんだ。老い耄れの戯言と断じてもいいが、聞いて損は無いと思う」

 

シンジは淡々と語られる老人からの言葉を聞き逃さないように集中する。

 

「君は彼女と共に使徒と戦い、生活を共にし、ゴールインするなら。君が彼女を守ってやらないといけない。どれだけ強い少女でも、独りぼっちは辛いものだ。誰かが寄り添わないと、暴発してしまう。かつて、家族を失い独りぼっちになった者が私の教え子にいてね。まさに暴走しかけて、トンデモナイことをしようとした。幸いにも大事には至らなかったが、まったくもって、究極に追い詰められた人間は本当に恐ろしい。だから、いつまでも彼女におんぶにだっこになっているのはね」

 

「は、えっ!ゴールインって」

 

確かに、今の自分は彼女のお世話になりっきりであった。彼女から一方的にお世話されていると見える。しかし、それを彼女に指摘すれば、もうたちまちNN爆雷が降ってくるだろう。シンジは自分が彼女に依存してしまっている点を突かれたのだが、一部に変な箇所があったため、見るからに分かり易く動揺した。上手いこと山が崩れないように駒を外している冬月は至って真面目な顔をしている。少年を茶化したのか、真面目に言っているのか不明だ。

 

「別に、私はそのままの意味で言っただけだよ。シンジ君とアスカ君が将来を、未来永劫を二人三脚で歩むのだろう?そのためには、互いに助け合うことは必須だと言いたい」

 

「えっと、なんで僕とアスカが結婚するみたいなことになっているんですか?」

 

「自覚が無いのかね。君とアスカ君はきっと素晴らしい夫婦になるよ。な~に、この私が言うんだ。誤差は生じても、完全な誤りにはならんから安心しなさい。あぁ、そうだ。私の名前を貸して、2人の保証人ぐらいにはなれる。その時はいつでも言いなさい」

 

矢継ぎ早に告げられる衝撃のことに彼は動揺を重ねた。同様のせいで手が僅かでも震えてしまい、駒を上手に取ることを失敗した。すると、どうなるか。相場は決まっている。駒の山はあれよあれよと崩れるではないか。

 

「さて、勝負がついたことだ。少し、込み入った話をしようか」

 

将棋崩しの勝ち負けは決まった。2人は畳のスペースから移動して、シンジは応接用のソファーに座り、冬月は司令官専用の良いお椅子に座った。割と辛い正座から楽な体勢に座り直した両名は向き合う。先のお遊びは終わりを迎え、これからは本当に真面目な話をするようだ。

 

「君は何を願う?」

 

「何を願うです…か」

 

極めて大雑把な質問が飛んできたが、聞きたいことは分かる。自分が何を望んでいるかを伝えて欲しいようだ。それを答えるならば、幾らでもあるだろう。待遇の面や私生活の補償などなど多岐にわたる。しかし、それは答えるべきことではない。答えるべきは、もっと大きなこと。私生活の面など、チマチマした小さなレベルではない。言うなれば、人生についてか。

 

「突然、難しいことを聞いてしまって申し訳ない。だが、聞いておかないと、これからの動きが定まらない。こんな老いた爺でも、君の希望は最大限に応えたいと思っている。今すぐに答えないでも構わない。じっくり考えた上でいい」

 

「そうですね。僕は大きなことを望みません。ただ、アスカや綾波、皆と一緒に幸せに過ごせれば。使徒を全て倒して、手に入れた平和を皆で過ごしたい」

 

「そうか…」

 

もっと多くを望んでもいいのに、彼は控えめに望んだ。友(?)と一緒に暮らせるだけでいいと。謙虚なのか、単に多くを願わないのか。いや、そのどちらもかもしれない。質問をした冬月は思わず笑ってしまった。その笑みを受けてシンジはきょとんとする。決して不快に思ったわけでは無い。

 

「いや、すまないね。そうか、君は多くを望まないか。しかし、本当にいいのか?君は壮大なことを願ったとしても、誰も君を責めないだろうよ。贅沢を言っても、罰は当たらない」

 

「いえ、本当に良いんです。何ていうか、ただ平穏に暮らせれば。それで良いんです」

 

彼の答えから老練な冬月は裏にある真なる願いを感じ取った。彼は冗談抜きで、幸せに生きたいのである。その理由が「今が幸せではないから」と言うのは間違いであって、彼の辛すぎる過去から生み出されているのが正解だ。復習になるが、彼は幼少期の記憶が定着するかしないか微妙な時に、最愛の母親を事故で失っている。幼い時は言わずもがな、生涯において最愛でしかない母親を失うことは辛すぎた。それだけで終わらず、辛うじて残った父親も失った。いや厳密に言えば、その父親が蒸発して自分を捨てた。結果として、一番愛を欲する時期に両親を失い、見捨てられたことで絶対に癒えることが無い傷を負ってしまった。現在も心に深く刻まれており、彼の成長に影を落とすことになっている。辛い過去から、ただ誰かと一緒に、愛する人と普通に生きたい。それが、それこそが、彼にとって何よりも望むこと。

 

「わかった。君の心からの願いが叶うように、私にできることをさせてもらうよ。う~むしかし、その実現のためには、全ての使徒を殲滅することが大前提の必須条件になるか。すまないが、使徒殲滅については君たちに頼みたい。もちろん、サポートや体制づくり等の全部を任せてもらう。爺だからできることもある」

 

「はい。自信はないですけど、アスカとならやれます」

 

「それは困ったな。自分にある程度の自信を持たねば、出来ることが出来なくなる。少なくとも、アスカ君やレイ君、そしてこの私はシンジ君のことを認めるよ。君がしたことが破滅を招いたとしても、私は何も言わん。ただ、君の頭を優しく撫でるだけだ」

 

事実としてNERVのトップたる人間が自分の本当の祖父の様に接してくれて、シンジは面食らった。非常に優しいことはアスカから聞いていたが、まさかここまでとは思わない。誰よりも子供たちに寄り添ってくれる冬月にシンジはアスカへと同等の信頼を寄せるようになった。

 

彼はアスカとお爺に追従する姿勢を採用したのだが、これが後に彼の運命を決めることになる。幸いなことに、彼は知ることができなかった。

 

続く




次回は第五の使徒戦の予定です。一応、LASになっているはずです。


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少女の愛と怒りを知れ

※一部部分が分かり辛い表現のため、加筆修正 投稿日23時40分


前回の使徒出現から2週間と少しが経過したころ、使徒は再び姿を現した。それぞれを使徒と一括りにしても、それぞれは別個の個体であるため「再び」と表現することは誤用かもしれない。しかし、今そんなことを気にしている時間的余裕は無い。

 

「既存兵器ではATフィールドを破れない。分かっているが、こうも見事にやられると嫌になりそうだよ」

 

「しかし、時間稼ぎにはなりました。既にエヴァ初号機と弐号機が配置についています」

 

「初号機が単独で使徒の撃破に成功した事実がある以上、2機体制なら確実に撃破できる。ただ、私としては全機を運用するフル投入がしたかったよ。残りの零号機は両機に比べて信頼性に欠ける。今回は我慢してもらって、零号機は待機してもらうしかない」

 

使徒出現に応じて、使徒関連の全権を持つNERVは直ちに緊急避難命令を発出し、市民の強制避難を実行した。そして、同時に無用な住居やビルを収納して、山々に秘匿された無人砲台から速射砲から誘導弾まで全ての兵器を活用した攻撃を行っていた。しかし、案の定で使徒は絶対無敵のATフィールドを展開し、これを破ることは無理。エヴァでなければ突破できない壁なのだから、まぁ当然と言えば当然。それでも、使徒は途切れることの無い猛攻撃の中を悠々自適に進むことは至難の業である。どうしても減速した、徐行運転をせざるを得ない。したがって、無人砲台の攻撃は遅延戦術として効果を発揮していた。

 

そして、その稼いだ時間でエヴァ初号機と弐号機を出撃させ、迎撃に有利な位置につかせることに成功している。前回は諸事情により「とりあえず初号機をぶっこんでみる」的な恐ろしい博打を打ち、ギリギリの勝利を納めた苦い思い出があった。その反省から、使徒が作戦範囲内に入る前にエヴァを出撃させる、余裕を持った行動をとるようにしていた。

 

「基本的に対使徒戦における各機の行動については、パイロットの判断を優先します。私たちから指示やアドバイスを飛ばすことがありますが、各員の判断で行動してもらって構いません。その代わり、必ず使徒を殲滅してください」

 

実質的な作戦指揮を執る葛城ミサトが最後の指示を行って、後は現地での戦いとなる。いくら本部と言っても、所詮は地下に埋め込まれただだっ広い空間なのだ。実際に戦うのは地上で孤独な子供たち。彼らの意思を優先すべきなのは言うまでもない。

 

「頼んだよ…2人とも」

 

~初号機~

 

「アスカ…こっちで気を引くから後はお願いね」

 

(わかってる。あたしに念を押すのはいいから、シンジは自分の心配をしないさよ)

 

配置についているエヴァ両機は、敢えて使徒を入り込ませての挟み撃ちをしようとしている。使徒の推定侵攻ルート上にピッタリ重なるよう初号機を置き、弐号機はルートから外れている側面部に置かれていた。使徒をキルゾーンに迎えた瞬間、側面から弐号機が使徒の背後を塞ぐ。後は簡単で、使徒を煮るなり焼くなりと調理するだけ。

 

ちょっと待って欲しい。「いやいや、そう簡単に上手く行くのか」と疑問が噴出するのではないか。まったくその通りである。だからこそ、せめてものの配慮で初号機には強力なガトリング砲を携行させた。これは実弾の兵器で、弾頭に劣化ウラン弾を使用し、使徒と言えども直撃を貰えばただでは済まない。弐号機の方は、近接戦を想定したNERV特製の大型プログレッシブナイフを持たせた。

 

(来るわよ…準備)

 

「うん…」

 

全天周囲を確認できる光景の中で使徒の現在位置が逐一更新される。その動きを見てタイミングを図る。一番危険な仕事を請け負うシンジは緊張を押し殺し、今か今かと時を待っている。極度の緊張をしていると、最早逆に時間の流れが早く感じてしまう。そのせいか、覚悟を決めてから割とすぐに機会が訪れた。

 

(今!)

 

彼と同じく使徒の動きを見ていたアスカが一言で告げる。コンマのゼロ秒遅れることなく、初号機は使徒の目の前に躍り出た。使徒は停止して防御から初号機への対応に移ろうとしたが、シンジの方が早い。訓練で幾度となく繰り返してきた動きは洗練されていて、使徒に一切の隙を与えない。ガトリング砲から呆れを超してしまう程の射撃量を誇る攻撃が襲いかかる。速射砲と比べ、一発当たりの威力は劣ってしまうが、それを補って余るのが射撃量だ。数を稼ぐ攻撃故に、使徒の行動を阻害する副次的な効果も期待できた。たとえ有効打を与えられなくても、弐号機が付け入る大きな隙を作ることが可能と考えられる。

 

だが、使徒だって進化を遂げていた。

 

「っ!?」

 

(シンジっ!)

 

その怪物じみた射撃量は圧倒的な威力を誇る一方で、着弾時に生じる煙やらで視界不良を引き起こす弱点が存在した。戦闘ヘリに搭載される物ならまだマシかもしれないが、これはガチガチの対使徒用である、よって、視界不良も半端ではなくなる。そうなると、使徒からも見えないはずだが、使徒は甘ったるくない。見えないはずなのに、初号機を確実に捉えて攻撃して来る。カウンターをしてくるとは予想していなかったため、シンジは反応が一瞬だが遅れてしまった。回避機動に転じるも、放たれた光の鞭に胸部を貫かれる。その光景を見たアスカは、彼の名を呼ぶ悲痛な叫びを挙げる。しかし、彼女は一から鍛えぬかれた精鋭。瞬時に気持ちを切り替える。愛する少年が使徒と呼ばれる、邪悪極まれる存在に傷つけられたこと。それがどれだけ彼女の怒りを生み出すものであったか。わざわざ説明する必要性は皆無であろう。

 

(よくも…よくもシンジをぉぉぉぉぉぉ!!)

 

怒髪冠を衝くとはこのことを言うのだろう。怒りに支配されたアスカは、彼女が元々有する才能の上に築かれた叩き上げの卓越した操縦技術を見せつける。初号機に追撃しようと試みた使徒は、新たな脅威を察知し反転する。そして、弐号機に対して空いていた光の鞭を振るうも綺麗に空気を切る。弐号機がいた地点のビルは真っ二つになっている事実から、使徒の鞭をモロに喰らえば、一発でアウトなことが窺えた。

 

(邪魔ぁ!このATフィールドってやつぅ!)

 

攻撃をしくじったことを見越して、既に策は打ってある。仮に攻撃を避けられたとしても、自分がやられなければどうとでもなる。被撃破さえなければ、勝機は幾らでも生むことができるのだ。よって、使徒は安心と信頼のATフィールドを以てして弐号機を弾いた。アスカは怒りをパワーに転用してATフィールドを何とか突破しようとするが、どうしても無理だ。前例(前世)として、初号機が第四の使徒のATフィールドを中和した異常事態があったが、それは初号機が暴走状態で行ったことであり、詳細は未だに不明である。

 

ガンガンとナイフを刺して破る努力を続ける。しかし、どうしても破れない。なんて硬さなんだと悪態を吐きたくなる。このままでは埒が明かないし、消耗戦に引き込まれて絶対的不利に引きずり込まれる。それは最悪の事態に尽きる。そこで、一か八かの勝負に打って出る者がいた。

 

(シンジっ!その状態じゃ)

 

「いいんだ…使徒を倒せるならっ」

 

胸部を貫かれている状態を維持したまま、初号機は挺身に賭ける。使徒の攻撃手段を封じつつ、使徒に纏わりついた。ガトリング砲は邪魔でしかないから早々に放棄して、何も持たない己の肉体を武器にしている。背後から奇襲を受けた使徒は初号機に確保され、ジタバタとジタバタとして抵抗を試みるしかない。紆余曲折あれど、これは初号機と弐号機による使徒の挟み撃ちが成功したと言えよう。ただし、シンジは重症に近いダメージを負っている。口から血を出して、胸に走る激痛を耐えて、渾身の力で使徒を封じ込める。

 

彼の挺身と努力を無碍にするな。

 

(おんどりゃぁぁぁぁぁ!!)

 

思わず初号機に意識を向けてしまった使徒はATフィールドを消失させ、弐号機へ突破口を自ら作り出すことになった。そんなことをしてしまっては、自分でチェックメイトを王手を打たせることと同義なり。アスカの怒りがたっぷりと充填されたナイフが使徒の赤い球体に突き刺さる。妥協を知らない彼女は、ただでさえ大型のナイフを何度も何度も突き刺しては切り裂くを行う。そんなことをされては、とてもとても耐えられるはずがなかった。

 

使徒は限界を迎えて盛大に自爆する。その爆心地には、以前見た光の十字架が形成される。かくして、初号機に大きなダメージとパイロットに負傷させてしまったが、何とかNERVは第五の使徒撃破に成功したのであった。その時より間髪を入れず、地上へ医療班の救急部隊と回収班が送られて、初号機パイロットを本部の病院へ連れて行く。その後に回収されたアスカだが、着替えることも忘れて病院に直行したらしい。

 

彼女の彼を想う気持ちには敬服の念を示すべきだ。

 

続く



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つきっきりの看病は嬉しいよね

最後らへんにあるのはオマケです。


第五の使徒の殲滅がなされた翌日、例のエヴァカップルは病室にいた。これについての説明は不要だ。使徒戦で負傷したことで入院を余儀なくされている碇シンジの看病のために、相棒であって戦友であって事実上の恋人であるアスカがつきっきりである。世界最高峰の技術力を誇るNERV本部の医療設備は素晴らしいの一言に尽き、その日のうちに彼は普通に生活できる状態に回復していた。しかし、蓄積された疲労を取り除くことまではできない。それに加えて、経過観察が必要とお医者様が判断したことにより、しばらくの入院生活を送ることになっていた。そうとなれば、必然的に彼女が出張ることになる。

 

「はい、口開けて」

 

真っ白な清潔感溢れるベッドに置かされているシンジは、真横にいるアスカから食べやすい、小さくカットされたリンゴを差し出される。口を開けるように言われるのは「食べろ」と言うことであるため、素直に言うことを聞く。開いた口にリンゴが放り込まれたのを確認すると、口を閉じてモシャモシャと咀嚼する。口の中いっぱいに瑞々しく、自然の優しい甘さが広がる。古来から人間を癒してきた甘さは偉大だ。

 

「どう?美味しい?」

 

「うん。甘いよ」

 

あれだけ使徒に対しては鬼神の如き戦いを見せるアスカでも、シンジの前ではまさに形無しである。指揮所で戦いを見守っていた職員は、回収された直後に病院へ向かった彼女の話を聞いて、誰もが苦笑いを浮かべることしかできなかった。彼女が彼を想っていることは既に周知の事実に昇華されていたが、それを裏付けるに足りることを聞かされては笑うことしかできない。また、その病院で入院している彼の光景はカメラで常時確認されているので、その気になれば2人(厳密にはアスカの一方的だが)の交わりを見知ることが可能だった。百聞は一見に如かずであるから、実際を見せられてはぐうの音も出ない。念のために申し上げておくが、ちゃんとした、非常に健全な付き合いである。これを邪推することは2人の関係を馬鹿にすることと等しいので厳禁。

 

「ごめんね。アスカに迷惑をかけちゃって」

 

「何を言うかと思ったら、そんなこと?謝るなら私だってそうよ。あの時シンジの救援に入れなかった。そのせいで、危険に陥れてしまった。これは私の責任。だから、私はシンジの看病をして償なうつもり」

 

互いが互いに謝罪した。シンジ側としては、自分のために彼女が看病をしてくれることが申し訳なかった。なぜなら、ただでさえ忙しくて、少ない彼女のフリータイムを看病で奪ってしまうからである。彼女の自由時間は彼女自身のために使ってほしい。自分よりも彼女のために。しかし、現実では看病を最優先として動いている。そんなアスカも、彼に対して責任を感じていた。挟撃を画策して実行に移した際、もっと早く自分が仕掛けていれば彼は痛みを負うことは無かったかもしれない。しかも、もっとサクサクッと簡単に倒せたかもしれない。思い返せば反省点しか見つからない。しかし、もう終わったことであるから、先を歩むしかなかった。

 

「シンジのことだから余計に心配するかもしれないけど、安心しなさい。本部は弐号機と零号機の2機体制を維持しているから、急な使徒出現でも十分に対応できる。冬月先生も戦術に工夫を凝らして戦いやすくなるようしてくれてる。だから、シンジがやるべきこと。それは、ここでゆっくり休むこと」

 

「で…」

 

「今、でもって言おうとしたぁ?」

 

通常時は見られない、ニタニタした悪い笑顔で覗きこんでくる。その距離は最短で、ゼロ距離と言っても差し支えない。そのド至近距離で覗きこまれては尻込みする以外に採るべき行動はない。ベッドの背中側ギリギリまで後退するが、すかさずにじり寄って来て追撃された。

 

「『はい』か『いいえ』で答えなさい」

 

「はい」

 

恐ろしく早い返答。アスカでなければ見逃してしまうね。

 

「あのね。いくら治っていると言っても、けが人はけが人なのよ?気持ちは分かるけど、ドクターに言われたことを無視するわけ?」

 

お医者様ことドクターからは安静を言い伝えられている。疲労を取り除く一番の方法は休むこと。ただ大人しくしていれば、勝手に疲労は抜けてくれる。まさかだが、市販の胡散臭いドリンクを飲ませるわけがない。休むための安静についてはシンジもよく理解しているが、自分だけが動けないのは辛かった。そんな彼の意思は、残念ながらドクターの判断よりかは弱い。

 

「…」

 

「よ~し。わかった。シンジがその気なら、とことん付き合うからね。入院生活の全部を私が管理してあげる。当然、異論は無し」

 

アスカの心に火をつけて且つガソリンを絶えず投下した結果、シンジは入院生活のしばらくの間生活の全てを彼女に掌握されることになった。ただ全てと言っても、大抵は病院の監修がされる。よって、彼女による彼の監禁や軟禁には至らない。単純に彼女が24時間体制で彼を監視するだけだ。まぁ、普段から一緒に生活して、仲良く一つのベッドで寝ているから苦痛ではないはず(?)だ。彼のことを可哀想だと思うかもしれないが、流石に今回は彼の自業自得に尽きた。

 

「看護士さんを介してミサトに頼んで、生活物資を支給してもらうかな」

 

「あの」

 

「な~に~?」

 

「一緒にいてくれるのは嬉しいけど、アスカの私生活はどうするの?まだ食事はいいとしても、お風呂とか」

 

彼の心配は尤もであった。一緒に生活するとしても、ここは病院である。決してホテルではない。もちろん、入院者向けのトイレやシャワー室及び浴室も設けられている。だから、患者は清潔な体を維持することは可能だった。頼めば患者に限らず、彼女でも使わせてくれるはず。病院は何処よりも衛生を保たないといけないのだから、清潔を保つための頼みを拒否することは本末転倒だろうに。

 

「そりゃぁ、シンジと一緒に入るわよ。片時も目を離さない以上はねぇ…覚悟しなさいよ」

 

「えっ」

 

病室に爆弾発言が響く。

 

なんだか、今日の夜は何かが起こりそうだ。

 

~その頃~

 

灰皿に押し付けられて、拉げた煙草から紫煙が揺らいでいる。煙が充満しないよう排気がきちんとしている部屋で、2名の大人の女性が話し合っていた。

 

「本当に伝えなくていいの?シンジ君に実の父親のことを」

 

「時が来るまでは教えないって冬月司令が言ってたでしょ。それに、私もあなたも、あの碇ゲンドウの多く知らない。私たちが彼に教えられることは無いわ」

 

「そうだけど…子供としては、父親のことを知りたいじゃない」

 

缶コーヒーを片手にしているのは、実質的な戦闘指揮を執る葛城ミサト三佐だ。彼女に対面して煙草を片手にしているのは、エヴァなどの技術関係を司る赤木リツコ博士だった。両名の話題は専ら噂の少年、碇シンジ君である。今回はその彼が知らぬことについてを話していた。

 

「NERV創設に関わった人らしく、一応司令ともある程度の交友があった。しかし、ある時を境にして行方不明になる。特例措置として家庭裁判所は異例中の異例な失踪宣告を出して、死亡と同等の扱いにしたと」

 

「いくらなんでも、きな臭過ぎる。いやな感じ」

 

彼女らが把握できていたその人物の情報を下から上から横からの全周囲から見てもツッコミどころしかない。NERV創設に関わっているだけで「おや?」となるのだが、変なタイミングで行方不明になっているのだからそれに拍車がかかる。しかも、その人物の実の息子が第三の少年である、エヴァ初号機パイロットの碇シンジ君ときている。もう何か裏があるとしか思えなかった。

 

そう、何かが。

 

続く




投稿後追記

次回はお風呂タイムです。乞うご期待?


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真実の欠片

今回はアスカとシンジが出てきません。その代わり、ある男の真実がほんの少し明らかになります。


シンジがNERV内部の病院に入院している頃、彼のことをアスカ並みに心配している人物がいた。その人物が彼のことを心配することは、その人の事情を知らなければ変に思ってしまう。しかし、実際の事情を汲んであげると非常に納得できた。また、年齢も鑑みれば、もっと納得がいくだろう。老齢な人物故に、若い彼に人一倍負い目を感じていて、老いた自分が安全地帯で戦いを見届けることしかないできないことを辛く思っていた。部下や対外的には恐ろしく厳しく冷酷な人でも、孫に等しいパイロットには温厚でしかなかった。

 

その人物は、冬月コウゾウと呼ばれる。

 

「医者からは安静に努めるよう言われ、監視役でアスカ君がついているか。まぁ、それが一番良い。誰よりも彼と接していて、彼と生きることを望んでいる彼女だ。適任以上に言いようがない。暫く、夫婦水入らずの時間を過ごしてもらうよ」

 

無駄に広い執務室の中で、部屋の広さに対し不釣り合いな大きさのテーブルで仕事に勤しむ老人がいる。この人こそがNERV本部司令官の冬月コウゾウ氏である。世界最強の組織であるNERVを彼が治め挙げているのだが、それは表向きの姿に過ぎない。老人はNERVを踏み台にして、世界を巻き込んだ壮大な計画を遂行しようとしている。

 

「ユーロNERVはエヴァンゲリオン伍号機の建造を完了し、第三支部(北アメリカ)はS2機関標準搭載型エヴァンゲリオン肆号機を使ったテストで忙しいか。前者は様子見させてもらうが、後者はそうもいかない。すまないが、我々の願いのため、犠牲になってもらう」

 

あらかたの仕事は片付け終わっている。暇な時間は、詰将棋問題集を見ながらブツブツとつぶやいていた。彼は年齢相応の趣味を有しているが、仕事における実際の能力はずば抜けている。60歳を超え定年退職が近い人に見えて、もう椅子に座って適当に毎日を過ごすだけの人物だと舐め腐っては絶対にならない。NERV創設の中心的人物の一人であり、そのNERVを今まで存続させ、二度の使徒殲滅にも多大なる貢献をしているのだ。ただ、念のため申し上げると。使徒殲滅ついては、自分は見えない箇所でサポートをしただけであって、殲滅自体はパイロット達の戦果だと考えている。

 

彼は裏の仕事を考えることを一旦やめ、詰将棋の問題を脳内で解いて回ることに集中する。仕事中に趣味へ没頭してしまうのことは、真面目に考えればダメなアウトな行為であろう。しかし、彼は腐ってもこの組織の頂点だから誰も咎められない。それに、ちゃんと仕事は済ませているのだ。ちょっとぐらいは許してもらいたい。

 

本を持ちながら、ああでもない、こうでもないと考えていると。

 

ビーッ!

 

来客を告げるブザーが流された。

 

「入りなさい」

 

「失礼します」

 

入ってきたのは本部でも特に力を持っている幹部級職員2名であった。1名は大胆な格好をしていて、もう1名はバリバリの研究職の感じの白衣姿をしている。

 

「君たちか。何か問題が発生が?」

 

そう、訪れてきたのは葛城ミサトと赤木リツコだった。前者は冬月の直下の部下で、これまでの使徒戦で実質的な戦闘指揮を執っている。一応でも冬月がトップである以上、彼が指揮を執るべきだと思われる。しかし、餅は餅屋の理論を持ち出し、指揮に詳しくてその能力もある人物に任せた方がメリットが大きいと判断した。そこで、冬月は彼女に全般的な指揮権を委譲している。後者の人物も自分の部下で、エヴァの研究に従事してもらっている。人智を超えた存在のエヴァ。それをただでさえ3機用意しているため、彼女には途方もない負担がかかっているだろう。NERVの対使徒戦力を維持できているのは、まさに赤木リツコ女史の尽力による。陰の功労者たる人物と言えた。

 

「損傷した初号機のパーツと改修予定の弐号機のパーツ共々、在庫が底をつきかけています。暫くは持ちますが、次に使徒が出現して損傷したとなれば。間違いなく両機の予備パーツの在庫は完全に尽きることに」

 

「ならば生産を…あぁ、そういうことか」

 

「はい」

 

彼女が真に何を言いたいのかを理解した。在庫がなくなったら、生産能力も持っている本部で作ればいい。そのように考えて当然だった。冬月もそのように言いかけたが、あることを思い出して俯くしかない。彼の頭を悩ませる面倒なことを。

 

「わかった。私の方で政府と国連に掛け合っておく。承知を得ても得なくても、早く生産を始めてもらって構わない。まったく…この世で生きる者たち全員が当事者だというのに、向こうのお偉いさんは意識が欠けていると断じざるを得ん」

 

「司令の心中お察しします」

 

エヴァは使徒を殲滅することが出来る、人類の希望であることについては誰も疑念を持たない。しかし、裏を返せば人類相手でも圧倒的な戦力を誇る魔の兵器でもある。そのため、エヴァを恐れた国連や各国政府は制限をかけることで対応した。その恐れる気持ちは理解できようが、NERVにとっては邪魔だ。使徒を倒すことが出来る唯一のエヴァを縛ってどうする。保有制限ならともかく、部品の生産や量についても制限されては堪ったもんじゃない。

 

「赤木君の申し出については全面的に了承する。さて、君はどうしたのだね?まさか、何となくで来たわけではあるまいね」

 

「はい。その、第三の少年についてですが」

 

「君にしては歯切れが悪い。ハッキリ言ってもらっても構わんよ」

 

凛と己を正してから、ミサトは言い放った。

 

「彼に真実を話すべきです。せめて、父親のことだけでも」

 

冬月は無表情から険しい表情へと変わった。それは単純に仕事上で厳しいことがあったことではなくて、1人の少年を想う家族としてのものだった。ミサトは司令の顔を見て、この老人への態度を改めなければならないと思った。

 

(噂では司令はシンジ君に負い目を感じて、誰よりも彼に親としての愛を注いでいるってね。まさか、ただ自分の良いように利用しているだけか、道具として見ているだけだと思っていた。でも、それは下らない妄想だったようね。この人は本当に彼のためを思っている)

 

一度の表情だけで分かるのかと懐疑の念を送られてしまうかもしれないが、分かるもんは分かる。ミサトだって歴戦の勇士なのだ。彼女の人を見る目は、一切狂っていない。

 

「確かに、いつか彼に。彼のご両親のことを話さないといけないことは私も嫌ほど分かっている。だが、今教えることは時期尚早だと思う。精神的に不安定で且つエヴァパイロットとして多忙な彼に、衝撃的なことを告げると何が起こると思う?」

 

「まず、まともに数日間は動けないでしょう」

 

「そうだ。そうなってしまう以上は教えられん。もちろん、ズルズルと先延ばしにすることも出来ん。物は言いようだが、機が来たら私から伝えるつもりだよ。すまんね、君に無用な心配をさせてしまって。その代わりと言っては何だが、少しだけでも、君たちには彼の父親についてを教えておこう。先に言っておくが、彼の父親は既にこの世を去っている」

 

机をゴソゴソと探って、一枚の資料と写真を取り出して2人に見せた。その資料には謎の怪死事件についての詳細が書かれていて、写真にはおぞましい何かが写っている。あまりにもな情報と写真によって2人とも言葉を失う。

 

「このことはくれぐれも内密に頼む。彼はともかく、他の職員にも」

 

「はっ」

 

「承知しました」

 

資料には長々と文章が書かれていて一見しただけはよくわからない。しかし、写真は真逆で一目で異常が知れた。

 

その写真には…

 

旧デザインのNERVの制服が上下セットで床に落ちている。その制服を囲むようにオレンジ色の液体が散っている。水風船が破裂した後の如く、液体が周囲にまき散らされている。

 

そして、首の部分から少し離れたところには…

 

オレンジ色の液体に塗れたサングラスがあった

 

続く



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甘き死 【過去篇】

本当は前話にくっつけるつもりでしたが、長くなってしまうため分割しての投稿になりました。よって、今回は短めとなっています。

そして、本話であの男の真相が明らかになります。


日が落ちてから数時間経って、もう深夜と言える時間帯に一際輝いている窓がある。その窓を覗いてみれば、中で成人男性が前時代的なコンピューターと書きなぐられた書類と格闘している。時折湯気が上がるほど熱いホットコーヒーを口へ運んで、苦みと熱さで襲って来る眠気を打ち消していた。素直に寝ればいいものを。

 

「ユイっ…必ず私が救ってみせる!」

 

男性の表情は極めて険しいもので、歯を食いしばっているのが分かる。本人の嗜好なのか、外はとっくに暗くなっているのにも関わらずサングラスをかけていた。それをよく見れば、サングラス越しの両目の様子がいとも簡単に分かってしまっているではないか。これではサングラスの機能の一つが潰れているに等しい。と言うか、ここは室内なのだ。別にサングラスを着用する必要性は感じない。中々に不思議な人なのだろう。

 

すると、ギギッと嫌な音を出して部屋のドアが開かれた。

 

「こんな時間まで、例の極初期型エヴァンゲリオンのサルベージ計画を練っているか。お前は変わらずの勤勉だな」

 

「冬月先生ですか。先生こそ、こんな時間まで何を…」

 

「碇…お前に緊急の用があって、わざわざ家まで来たんだよ。それも、私だけじゃない。この彼女と共にね」

 

玄関口にいた初老の人が横へスライドすると、ひょっこりと少女が姿を現した。まるでマジックショーのように、空気だけの空間から少女が出現する。夜遅くまで起きていることによる目や脳の疲労によって、自分は幻覚を見ているのかと己の感覚を疑いそうになった。

 

「ユイっ…ではないか。綾波シリーズの試作品」

 

「と思うだろう。確かに彼女は綾波・レイだが、綾波・レイではない。まぁ、それはどうでもいいことだ。別に私も彼女もこのままずっと、お前の家に居座るつもりはない。ただ単に、お前に質問したくてね」

 

「なんだ。私は忙しいから、早くしてくれ」

 

この少女は自分が手掛けて来た計画におけるクローンの一体であった。とある人物の生前の情報を基にして、かの男の狂気が作り出したクローンである。彼女は自分のエゴの果てへの道の道中にある道の駅と言えよう。ただ、自分で作成を主導しておきながら、複雑な感情を抱いていた。愛する人を取り戻すため、少しでも面影を感じるために創った肉体と命。これが出来た当時は喜んだものの、あっという間のすぐに冷めてしまった。彼女はレイであって、ユイではないと。

 

それを思い出したことで、ただでさえイライラして、悲しんでいる状態に伴う人格変化に拍車をかける。先までの礼儀正しい言葉遣いはどこかへ消えてしまい、ぶっきらぼうな言い方がやって来た。

 

「お前はシンジ君をどうするつもりなんだ。随分と前に彼を捨てたと聞いたが」

 

「あぁ。シンジは私の道具に過ぎない。元々親の愛を知らぬ私が、ユイ無しで育てることは出来ない。それに、ユイを取り戻すと決めた私は、必要な犠牲として子への愛はとっくに捨てている。私にあるのはユイへの愛だけだ」

 

「シンジ君を授かったことで、私はお前は一人の父親になると思っていたよ。やれやれ、それは私の読み違いだったようだな。お前が提唱するシナリオの中で、幼い彼に苦しみを与えると言うのか。お前が負って来た悲しみと苦しみをそのまま与えると言うのか!碇っ!」

 

碇と呼ばれる男性は少しだけたじろいだ。肩を震わせて怒気を込めて言い放った初老が、ここまで怒ることを見たことが無い。この人もヒトである以上、多少なりとも怒ることはあるだろう。だが、その怒りの中でも特にで、今回は経験上最大級の怒りだと思われた。

 

「当たり前だ。それが親として私が出来る数少ない教育。それがシンジのためになる」

 

「本当にそうかね?それでユイ君が納得するか?私はそう思わん。ここでお前が父親としての姿を見せてくれれば、結末は良い方向へ向かっただろうに。残念だよ。やはり、人は簡単には変わらぬと言うことだな。君の出番だ。レイ君」

 

怒りの感情から一種の哀しみと落胆へと変わり、分かり易く肩を落とした。そして、簡潔な指示を彼女に飛ばした。

 

「彼女はお前が思うような綾波・レイではない。私に感謝するといい。せめてもの、お前の教育者としての心遣いだ。碇・ゲンドウは安らかなる、甘美なる死を迎えるのだからな。受け入れろ」

 

「な、何を」

 

威勢が良かった男は、一転して動揺を隠せなかった。まさか、自分が死を迎えるなんて。そんな馬鹿らしい話があって堪るか。自分にはやらなければならないことがある。この世界を創り直し、最愛の人を取り戻して永遠を生きなければならない。それが、自分の生きる唯一の希望であり願いなのだ。願いが断たれることは許されない。ユイが許さない。

 

皮肉だ。実に皮肉だった。そのユイと呼ばれる女性が基になった少女の手によって、この男に引導が渡される。

 

皮肉であり、喜劇であり、悲劇であって、何よりもそれは愉快だった。

 

「碇君を苦しめた罰…さようなら。碇司令」

 

少女が綺麗な両手で男の頬を撫でようとした。逃げたくても逃げられない男は追い詰められ、遂に両手が頬を撫でる。その瞬間、瞳孔が最小サイズにまで縮小し、内から湧き上がるものに耐えられなくなった。

 

そして最期に…。

 

肉体の維持が不可能になって、オレンジ色の液体に還元された。

 

男が来ていた上下セットの制服らしきものに液体が塗れている。

 

周囲には同じ液体が散らばって、着用していたサングラスが床に置かれている。

 

哀れなのか何なのか。適当な言葉が見つからない、この男の最期を冷徹な目で見ていた下手人。その下手人を送った初老は、己の下へ戻って来た少女の頭を軽く撫でて、にこりと優しく微笑んだ。頭を撫でてもらった少女はコクリと頷くだけで、特に何も言わなかった。

 

「すまんね。君に汚れ仕事を請け負わせてしまって。本当なら私が責任を以て執行すべきなことを」

 

「構わない。碇君を不幸にする人は嫌い。私はあの男から散々利用されて、碇君を苦しめてしまった。それは絶対に繰り返さないと決めた。そして、アスカに託した」

 

「そうだな。それが良いだろう。私も同じだ。私は彼女の願いに、自分の願いを重ねたよ」

 

目線を少女から服へと移した。

 

「碇…お前はユイ君に会えたのか?」

 

そう言い残して2人は去って行った。

 




次回は一旦学校を挟んで、序の最後のラミエル戦に入ります。


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誰も彼に触れてはならぬ

今回も少し短いです。


中学校に復帰を果たしたシンジは休んでいた間のブランクを埋めるため、必死になって勉強している。ただでさえNERVの活動で学校での時間は削られてしまい、勉強面で不安があった。数少ない学校の時間でやれるだけやらなければ、皆に追い付くことが出来ない。アスカと一緒に、2人の机をくっ付けて、互いに質問したり教え合ったりの共同作業を行うことで効率的に勉学に励んでいた。

 

そんな日に、シンジは珍しく男子生徒から普通に声をかけられる。

 

「碇シンジって言ったな。ちよっと、面貸せや」

 

「いいよ」

 

普段、男子のクラスメイトに声をかけられるときは相場が決まっている。それは「アスカとレイとの間を取り持つキューピットになって欲しい」との相談やお願いだ。この2人はクラスに留まらず、学校全体において大人気の女子生徒であって、特に男子から絶大な人気を誇る。一部の男子は腹を括り、彼女らに突撃を敢行するが、全てが敢え無く散って行った。何らの策も無しに突撃を仕掛けることは愚かに尽きることを前人の玉砕から学んだ者達は、仲介者を経由することで、まずは仲良くなることからを思いついた。じんわりゆっくりと交友を深めるため、シンジに仲介を頼んだのだ。しかし、それは恐ろしく浅薄と言えよう。なぜなら、シンジと2人は既に深い関係にあり、たくさんの愛を育んでいる。その輪に入ることは出来ても、断つことは不可能でしかない。

 

しかし、今回はそのような感じではなかった。

 

「ここじゃ周りがうるさいから。移動するぞ」

 

教室では他の生徒が談笑していて、確かにうるさいと言えばうるさいだろう。大事な会話をするには場所が悪いかもしれない。もう少し静かで、障子に目が無くて壁にも耳が無い場所の方が好ましい。シンジとその男子のクラスメイトは教室から出て行った。

 

~校舎裏~

 

連れられたのは人気が少ないどころか、全く無い。しかも、日の当たりも極めて悪い校舎裏だった。なるほど、ここなら聞かれたくない話が出来る。して、何の用なのだろうか。

 

「話は何?」

 

「お前…あのロボットに乗ってる。そんな噂を聞いた」

 

「あぁ…」

 

言わずもがなロボットはエヴァンゲリオンを示している。そして、シンジはエヴァに乗っている。これは紛れもない事実だが、機密である以上は漏れないように配慮がされていた。しかし、そうは言っても、ここは第三新東京市でNERV本部のお膝元である。住む人間には関係者が多く、親御さんが関係者ということも十分に考えられる。したがって、小さな隙間から噂として子供たちに漏れてしまっていた。

 

「そうだね。僕はエヴァに乗っているよ」

 

「そうか…なら、貰っとけ!よくも、わしの妹に大怪我をさせてくれたな!」

 

全身を使って、大きく振りかぶって放たれた必殺の拳は少年にクリーンヒットするかと思われた。だが、当たるかのタイミングで空を切る。いや、空を押したと言うべきか。それはさておき、思い切り全身を使った代償で殴った方はバランスを崩してしまった。踏ん張ることが出来ずに、地べたにドデンと倒れる。当てる対象に直撃させることが出来れば倒れなかったが、外したからこうなるのだ。

 

「避けっ!?」

 

倒れた本人は殴ろうとした相手が避けたことを察し、元々の怒りを更に滾らせようとするも、その炎は一瞬にして消え去る。水をかけられたのではない。周囲の酸素が無くなって、一気に外気温が低下したことによる。

 

身体を起こして正面を見ると、あの少年が服装を一切乱さないで立っている。馬鹿なありえない。素早く避ける動作をするならば、多少なりとも服装が乱れるだろうに。彼らが着ている制服のように、特にシワシワになりそうな物だと尚更だった。それなのに、数分前と姿形が変わっていない。ここまで来ると、もう気味悪く感じる。

 

「なぜ、僕が君に殴られなければならないんだい?」

 

「そ、そりゃ…お前がロボットに乗って」

 

「それは理由になっていないよ…鈴原トウジ君」

 

もう一度殴り掛かった。しかし、できない。鈴原トウジは殴る気が1ミリも起こらなかった。もう一度ターゲットに避けられるとかではなく、自分の心が相手を恐れてしまっていたからだ。普段の学校生活で見ていた彼は優しそうであり、いかにも防御力が低そうな少年である。しかし、今はどうなっている。掴もうとしても掴めない。定めようとしても定まらない。物理的に捉えられない感じがする。しかも、彼の表情は虚無を示し、うっかり彼と目を合わせてしまうと、底なしの深淵に引きずり込まれてしまう。

 

「どうして僕を責めるんだい?どうして僕の幸せを邪魔しようとするんだい?」

 

「ひっ!」

 

ぬるりと眼前に迫って来た彼に圧倒される。ほぼゼロ距離、ナウでヤングな言葉を使うなら「ガチ恋距離」と称するべきか。そんな距離ではドキドキするしかなかった。よりにもよって、心臓に悪影響を及ぼしそうなドキドキをする。

 

彼の目は虚ろだった。瞳孔が全く微動だにしない。焦点が合っているのか、それとも合っていないのか分からない。彼は自分を見ているはずだが、自分のことを見てそうではなかった。何というか、自分の心を見透かしているのか。

 

「僕から君に忠告しておくよ。あんまり僕に関わらない方がいい。禁忌を知ろうとするなら、それ相応の覚悟が必要さ」

 

「…」

 

何も言えなかった。怒りは萎みに萎んで、恐怖と混乱に支配されている。

 

「そこまでにしてあげたら?哀れな男は放っておきなさい」

 

「アスカがそういうなら」

 

この場を収めたのは、まさかのアスカだった。どうやら、2人がワイワイしていることを嗅ぎ付け、少し離れた所で観戦していたらしい。そして、このままでは一方的な可愛がりが始まることを察して事態収拾に走ったと。このように理解すべきだ。

 

これによって、鈴原トウジは助け船を出してもらった形だったが、そうそう素直には喜べない。アスカはシンジ側の人間だから、敵の仲間に慈悲を与えてもらったことになる。それは突っぱねたい慈悲でも、受け入れなければならぬ。突っぱねたら、いったいどんな目に遭うか分からない。ここは素直に受け取るが吉に尽きた。

 

少女の下へ駆け寄って、少年は彼女と軽く話してから校舎へと戻って行った。その後ろ姿は恨めしく思いたくても思えない。2人で体を寄せ合っている姿は、もはや恨めしいを突き抜けている。

 

~例の2人~

 

「ありがとうアスカ。丁度いい時に来てくれて」

 

「気にすることは無いのよ。それでも、シンジを脅かす哀れな人間には嫌気が差すわ。ま、それも哀れな者達に罰が下される時までの辛抱かな」

 

校舎に戻って仲良く教室へ戻るシンジとアスカの仲良しカップル。そのアスカは、シンジの首元に頭を据える。そして、小さな小さな声で呟いた。

 

「目覚めたのよ…私のシンジが。誰にも抑えられないわ。たとえ神殺しでもね」

 

続く



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審判を下すのは誰か ※長い

ラミエル戦で、今回で新劇場版『序』が終わります。すんごい長いため、場面切り替えが普段の倍以上にあります。


「使徒、相模原方面から進行中!」

 

「第十九砲台による攻撃が行われていますが、ご覧の有様です」

 

NERV本部の指揮所のメインモニターにはみんな大嫌いの使徒がズンズン進んでくる様子が映されていた。そして、使徒へ向けられる豪勢な大量の火線も鮮明に映されている。この部分だけを切り取れば、アニメ映画に見えるだろう。だが、残念なことにこれは現実である。使徒が全ての攻撃を無効化していることも受け入れたくない現実だった。

 

そんな使徒は知恵と工夫を凝らしてきたようだ。

 

「己の外殻を変形させ、それぞれに特化させた姿になることで防御力と攻撃力を両立する。ついでに見た目の良さもまでとは…まったく恐れ入る」

 

「大型ミサイルを使徒の四方を囲むように発射させましたが、それはどう対処するのでしょうか」

 

「さぁ。見ているしかない」

 

使徒は極めて珍しい正八面体の姿をしていた。しかも表面は太陽の光を反射させる材質で、姿を見るだけなら美しいガラス細工に見えてしまう。しかし、それは見せかけに過ぎない。加えられる攻撃を受け止めるために自由自在に体を変形させている。超強力なATフィールドを展開したり、飛んでくるミサイルの群れをエネルギー砲を撃ったりして、人類に絶対的な防御を見せつけた。既にこの時点で、今までの使徒の中でもぶっ飛んだ防御力を有していることがわかる。同時に、MAGIの分析によって、あの使徒は無尽蔵にエネルギーを放出することが可能だとも分かった。

 

エヴァを出撃させる前から、ある程度の情報を得られたのは大戦果だと言えよう。

 

使徒出現に合わせて直ぐさまエヴァ発進は過去の大失敗として捨て去られた。何のための第三新東京市の無人砲台だろうか。これを使わずしてどうする。NERVは建前は水際防御と称し、無人砲台による先制攻撃(迎撃)を採用していた。もちろん、既存兵器が有効打を与えることは不可能だ。それでは意味が無いと思われるかもしれないが、目的は撃破ではない。本当の目的は使徒の行動パターンを引きずりだして、相手の能力を知ることだった。無人砲台は端から捨て駒として運用しているので、破壊されても痛くない。いや、やはり少し痛いかもしれない。

 

「大型ミサイルまで迎撃するなんて…」

 

山にある砲台から発射されたNNミサイルは全て事前に迎撃された。また別の形に変わり、中心部のコアから全周囲にエネルギー砲を撃ち、これを事前に無効化せしめたではないか。そして、また体を変形させたかと思えば、発射元である山を向く。まるで、己の体を大砲のようにして。その直後、使徒内部に表現のしようがない強さの超高エネルギー反応を検知し、使徒の怒りの咆哮が放たれる。アウトレンジにはアウトレンジで対抗したようだった。山は端から中間あたりまでが吹き飛ばされる。これによって、山に埋められていた砲台は完全に溶解した。

 

指揮所の面々は沈黙するしかない。

 

「攻撃(防御)パターンを見るに近接戦が致命的な弱点のようだが、それを補うのがあの圧倒的な火力か。それに、進化した探知能力。安易にエヴァは出せん。さて、どうするか…」

 

今までの使徒は人型や生物らしき姿をしており、ある程度の近接戦闘に対応してきたが、今回は正八面体をしている。おそらくだが、あれでは対応できないと思われる。それは本人も重々承知していて、「近づかれるのが致命的なら圧倒的な火力で近づかせなければいい」と強引に解決してしまっていた。エヴァは主として近接戦闘を採用していたため、このように対策されては極めて難しくて危険だ。

 

いやいや、そう判断するのは些か尚早だろう。

 

エヴァは汎用ヒト型決戦兵器なのだ。

 

何のための「汎用」か。

 

とある人物が声を挙げた。

 

「冬月司令。私に作戦立案を一任してもらえますでしょうか」

 

「何か策があるのかね?」

 

「はい。司令には面倒をかけてしまいますが」

 

上段部に座っている老人に対して声を挙げたのは、葛城ミサトだった。彼女には実質的な指揮権を与えられているとは言え、何から何まで独断で動けるわけではない。トップが上にいる現状では許可を得ることは必須だ。

 

「いいだろう。今回は非常時として、君をリーダーに据えた特設作戦班を設置する。各員と協力し必殺の作戦立案をするように」

 

 

「ありがとうございます」

 

かくして、葛城ミサトを首班に置いた、対使徒決戦のチームが結成されることになった。このチームはそれぞれの部や班から精鋭が集められた大所帯である。それをミサトがまとめ上げ、あの使徒を撃滅するための作戦を立案する。そして、作戦を実行に移して、使徒を叩きのめす。

 

さぁ、忙しい日が始まる。

 

~翌日~

 

学校を特別の理由で休んだ3人は小さな会議室に呼ばれ、実際に立てられた作戦を説明されていた。この場において作戦を説明するべきは葛城ミサト本人だったが、彼女は現地で戦闘以前の指揮を執らなければならない。まさに、多忙の極みにある。そこで、代理として司令が出張ってきた。

 

「使徒から遠く離れた山に狙撃陣地を建設して、そこから超アウトレンジの一撃を叩き込むってことでいいのね」

 

「その認識で構わんよ。使用するのは、嘗て戦略自衛隊が構想を練り、試作までこぎ着けるも有効性に疑問が噴出してしまい、今まで破棄されていたヤシマ計画の申し子。ポジトロンライフルだ。これは専用の狙撃装備をエヴァに装着した上で使用するが、拡張性に乏しい零号機は最初から弾かれた。残った2機だが、特に汎用性に秀でた初号機が選ばれたよ。シンジ君…君が撃つんだ」

 

「はい。わかりました」

 

冬月の言う通りだった。拡張性に欠けてる零号機に専用狙撃装備を付けるのは不可能とまではいかないが、そこそこ難しい。時間が足りない今では現実的と言えなかった。残った初号機と弐号機だが、ここでも拡張性で弐号機が脱落する。弐号機は比較的新しい機体であり、所々に新機軸を詰め込んでいることが逆に働いてしまったのだ。また、パイロットの性質から格闘戦向けのチューンアップを施していたため、今回の作戦にはあまり向いていないと判断される。結果的に、バランスよく纏まった、古き良き初号機が射手となった。

 

「君がやることはたった一つ。落ち着いて引き金を引くだけ。面倒な射撃演算はMAGIの子機が勝手にやってくれる。絶好のタイミングを逃さないように注意するだけとも言える」

 

パイロットに射撃演算までをやらせるのは酷すぎる。そのため、現場近郊に配置された作戦指揮車のコンピューターが本部と連携して、必要な計算の全部を行ってくれる。それから出されたカウントダウンを聞き、ゼロの瞬間に引き金を引くだけのお仕事。訓練も何も必要ない。精々、事前にもっと詳細な説明を受けるだけだろう。

 

「水を差すようですが。全て上手く行くんですか?」

 

「確かに、話が良すぎるな…」

 

レイが差し込むように心配を述べた。彼女の心配は尤もなことである。ポジトロンライフルなんて使ったことも聞いたこともない。しかも、超長距離狙撃なんて、初めてが恐ろしく多すぎる。また、戦場には常にイレギュラー発生の可能性が存在している。使徒やこちらにイレギュラーが無くても、第三者的な環境がイレギュラーを起こすかもしれない。全てが上手く行くことが前提となるこの作戦は、彼女にとって危なっかしく思えてしまった。

 

「うむ。それは私も危惧している。そこで、私の方から無理やり捻じ込ませてもらった。それはだね、アスカ君に頼みたいことがある」

 

「何?」

 

「つい最近実用化に成功した、エヴァンゲリオン用狙撃装備を使ってくれ。これにポジトロンライフル程の面倒な装備は不要だ。弐号機で問題なく運用できるから、安心してくれ。もし、第一射に失敗したとしたら。間違いなく、使徒は狙撃地点を探知するはずだ。そして、あの砲撃を放つ。その反撃は強力だが、攻撃に全てを割く代償に心臓部を丸見えにしている。また、強力過ぎる故に融通が効かないと見えた。シンジ君とレイ君が反撃を耐えている間、使徒は丸裸同然」

 

「そこを私がカウンターの狙撃をして、使徒を撃破するわけね」

 

「その通り」

 

冬月が捻じ込ませてもらったのは、使徒に隙を与えない二段構えであった。第一の構えは言うまでもなく陽電子砲の攻撃で、第二の構えは伏兵のアスカの狙撃だ。一の矢を放って満足しない。二の矢を放ってこそ、勝利を掴むことが出来る。

 

冬月は己の老獪さを遺憾なく発揮していた。

 

「どうも年を重ねると慎重になってしまってね。このぐらいしないと、満足できんのだよ」

 

笑って言う冬月は、3人にとって頼りになる大人でしかない。

 

さて、同時刻。

 

地上は盛大な工事が行われている。巨大なトラックや大型重機が駆け回って、物資を運んだり建設作業をしたりと音が途切れることは無いだろう。現場の周囲一体は隔離され、民間人は誰一人入れないようになっている。当該地区のインフラは全部NERVに接収され、関係者だけが使えるように全部がシャットアウトされている。文句の声が至る所から聞こえてきそうだが、市民は強制避難をさせていた。よって、声は聞こえてこない。

 

大きな音だけが支配する空間。そこをミサトとリツコの親友ペアが歩いていた。

 

「よくもまぁ、あんな代物を戦略自衛隊から接収して来たわね」

 

「接収って、悪い言葉を使わないでよ。ちゃんと話し合って、お互いに合意して頂戴したの。向こうは喜んでいたわよ」

 

「あなたのことだから、その喜びはぬか喜びに過ぎないことを教えていないでしょ。度重なる戦略自衛隊の妨害や不法活動は筒抜けだから、後々で手痛い仕打ちがされるというのに」

 

「ま、一回ぐらいは夢を見させてあげたいじゃん」

 

歩きながら話している2人は、急ピッチで建設が進む陣地と敷設がされる極太ケーブルを眺める。これを壮観な工事風景と美化できるが、やっていることの実際は人類存亡を賭けた一大プロジェクトでしかない。誰もが休み返上の大忙しで作業に当たっている。なぜなら、皆が一様に生きたいから。ここで人類が使徒に屈するわけにはいかないからだ。

 

「それより、あのレールガンは使えそうなの?元々は無人砲台用に開発していた奴。あれをエヴァに転用するため、随分とスケールダウンしたと」

 

「確かに、エヴァで使用するために小型化したわよ。小型化に伴い出力も低下したから威力も弱い。だけど、十分な射程距離と威力を持っている。冬月司令の話では、今回は動かないで使用するから多少出力を上げることが出来るし、弾頭も新型にしてある。あなたの心配は払拭できると自負できそうよ」

 

ミサトはミサトで作戦に必要となる武器を調達して、リツコはリツコで急遽頼まれた物を倉庫から引っ張り出していた。奇しくも両装備は埃を被っていた、陽の目を浴びることがなかった者同士である。

 

「そう、リツコのことだから、確実に仕上げてくれる。いつも頼ってごめんなさい」

 

「何を今さら言うの。私とあなたは長い付き合い。もう、慣れっこよ。私に謝る余裕があるなら、彼と彼女達に運命を託してしまうことを考えなさい。あなたがするべきことをね」

 

「そうね…後で最終説明がてら、皆に伝えなきゃね」

 

現場を歩く2人は仲が良いことこの上なかった。

 

~夜~

 

更衣室で1人プラグスーツに着替える少年。

 

「一発で決めればいいんだ」

 

着替えと同時並行にて脳内では最終説明を反芻している。彼が行うことはエヴァ初号機に乗り込み、専用の装備を用いて狙撃を行うこと。これだけだ。面倒ごとは全部機械がやってくれるから、本当に引き金を引くだけでよい。だからと言って、とても簡単な仕事だと楽観視することはご法度である。仮に外した際には、使徒から怒りの咆哮を一身に受ける。あの一撃は山を半分ほど消し飛ばす威力があることを自分も目の当たりにしたから、もしものことを考えると怖いと思うしかないだろうに。

 

その「もしも」を考えないよう、イメージトレーニングを繰り返す。ボタンを押して、プラグスーツをピッチリと着用したら、残り少ない待機時間を潰しに外へ出た。

 

外では同じ陣地に配置された零号機と初号機が置かれていて、その真横には乗り込むための土台が建っている。土台を上がった先で外の景色でも眺めるが、零号機用の土台には綾波・レイが座っていた。シンジとレイは全く申し合わせをしておらず、偶然にも同じ目的でここに昇ってきたようだった。

 

「碇君」

 

「いつも準備が早いね。月を見ていたの?」

 

「そう」

 

レイは体育座りをしながら星空に囲まれる月を見ていたらしい。今日の月は一切文句のつけようがない。空に雲の類はなく、空気も澄み切っていて、月夜には最高の環境が整っている。せめてもの贅沢を言わせてもらうならば、採掘工事に勤しんでいる使徒がいなければよかった。今からその使徒を除去する作業を行うので、なんとか勘弁してもらおう。

 

「アスカは大丈夫かな。もし、使徒が僕達じゃなくて、アスカの方に意識を向けてしまったら」

 

「そうならないように。私たちが一回で仕留める」

 

「確かにその通り。うん、そうだね。分かってはいるけど、やっぱり怖いや。使徒とは2回戦っていて、今日は3人で協力して戦うのに。僕はまだダメだなぁ」

 

初めて使徒と戦った時と比べれば、今は最高の環境で戦える。NERVの全面バックアップがあって、且つ3機のエヴァによる総力戦である。彼には心強い味方が沢山いるのだ。何も不安に思うことはないと見えるが、実際に彼と同じ立場になれば変わってくる。今現在において、外野の見方と本人の見方は全く異なるため、常時重要とされる第三者的な視点はポンコツと化してしまう。

 

「怖くない」

 

「え?」

 

「碇君が怖がることはない。だって、あなたは私が守るから」

 

そう、この作戦内で陽電子砲の射手を初号機が務めることになっているが、武器特性上から全くの無防備になってしまう。エヴァ自体の装甲を信じるとしても、あの使徒の火力を見せられては、到底信じることはできないだろう。まさかだが、防御ゼロで挑むわけがない。初号機が碌な防御態勢を取れない弱点は、他のエヴァで塞いだ。具体的には、零号機が攻撃を捨てた盾役を務めることになっている。零号機は急ごしらえだが、特殊装甲版を何重にも重ねて、且つ耐超高熱材質を表面にした大きな盾を持たされていた。計算の理論上、この盾は使徒の砲撃を数十秒間は耐えきることが可能であり、盾で耐える間に二の矢を放つ。

 

この意味でレイはシンジを守ると告げたのだ。

 

「あ、綾波…」

 

月に照らされる彼女は、この夜で最も美しかった。

 

作戦開始が迫る。

 

~決戦の時~

 

3機のエヴァが所定の配置についた。堀り堀りに忙しい使徒から遠く離れた山に建設された特製の狙撃陣地には、初号機がゴツゴツした機械を後ろに控えさせ、超長大なポジトロンライフルを伏せて構えている。外付けの専用装備を着用し、エネルギー充填の時間を待つ。その近くの山肌に零号機が潜んでおり、狙撃の邪魔にならぬよう配慮している。

 

視点を移し、また別の街中では、弐号機が偽装用のビル群に隠れていた。息を潜める弐号機は、第一撃が失敗した場合に使用するレールガンを装備している。

 

今回、ポジトロンライフルを運用するにあたり、関東中で計画停電が実施された。ありとあらゆる発電所で電力が作られ、変電所や極太ケーブルを通って供給されていた。既に初期段階の充電作業が実行され、現場指揮車では画面に表示されるパーセンテージがゆっくりと上昇している。別の画面ではレールガンの状況が確認できる。レールガンは比較的威力が数段劣るものの、必要な電力も抑えられるため、本部の電源供給で賄える。また、その威力の問題も気にしないで構わない。使徒の心臓を破壊するだけなら、レールガンで十分である。

 

「データを初号機に送ります」

 

「一部の送電ケーブルに限界を超えた負荷がかかっています」

 

「ケーブルの1本や2本、100本が焼けても気にしないわ。全部織り込み済みで準備して来たんだから」

 

史上初めてと言える、莫大な電力を一点に送り込む壮大なプロジェクトは、本当に僅かな期間で実行に移されていた。何とか仕上げることが出来ていたが、現場では随分な無茶をしている。電力供給を担う極太ケーブルの一部は限界以上の送電による高熱で悲鳴を上げている。このままでは盛大に焼け焦げる。もっと時間があれば、超耐性のあるケーブルを用意できただろうが、いかんせん時間が足りなさすぎる。この問題については、強引にもケーブルを必要以上に余裕たっぷりとすることで解決を図った。一部が焼け飛んでも、他の部分でカバーする。つまり、20が必要とされる事に対して、100を用意したと言うことだ。

 

「エネルギー充填…30%を突破」

 

規定のラインまで進行したことを確認し、供給はスピードアップする。とにかく時間が時間がであるので、無茶無茶をしてでも、早く発射準備を整えたい。絶好のチャンスを「エネルギーが足りないでのダメです」で無駄にすることは許されない。それこそケーブルを犠牲にしてでも早さを求める。

 

「50%…60%…70%。最終段階に入ります!」

 

ここで懸念が現実となった。道路や山に敷かれていたケーブルの内、複数の区画が丸ごと焼け切れた。指揮車では監視していた現地からの報告で知った。

 

「構うな!このまま続行!」

 

全ての指揮権を一身に背負う葛城ミサトが鶴の一声を打つ。振り返るな。自分たちが見るべきは3人の子供たち。車内は報告だけが響いている。

 

「エネルギー充填、90%を突破!」

 

「初号機、セーフティロックを解除及び強制発射装置起動!」

 

「頼んだわよ。シンジ君」

 

肝心の初号機の中にいるシンジは襲って来る不安や心配、体を突き抜ける心臓の鼓動に耐えていた。いや、耐えていない。それらを思考から切り離して、狙撃に全ての意識を集中させている。語られるミサトからの指示を受けて、それを実行するだけ。彼が見ている先には無人砲台からの攻撃を軽くいなす使徒がおり、その使徒の中心部のコアが丸見えちゃん。あそこを最高のタイミングで撃ち抜く。そのタイミングは機械が示してくれる。間髪を入れず引き金を引くのみ。

 

「フゥ…フゥ…フゥ」

 

早い心拍は呼吸を激しくする。彼が空気を吐く頻度は高く、極度の緊張状態にあることが容易にわかる。

 

(カウント…)

 

「っ!」

 

口を閉じて激しい呼吸を抑え込む。歯を食いしばって集中する。表示されている2つの図形がピタリと重なり合った時、彼は人類の運命を決めることになる。否が応にでも聞こえてくる。聞かされる数字の下降。

 

(6…5…4…3…2…1)

 

ピーッ!

 

耳をつんざく電子音が鳴ると同時に2つの図形が重なり合って、一つの図形になった。

 

思い切りトリガーを引いた。

 

初号機後部にあった柱から光線が銃身に伝い、銃口から人類の雷が放たれる。その雷は真っすぐに使徒へと向かって行き、まさにコアを直撃するか。

 

と思われた。

 

されど、勝利の女神は簡単には微笑んでくれない。

 

「磁気が狂った!?イレギュラーですっ!」

 

「こんな時に!」

 

地球が持っている磁気が突発的に狂ったことで、ほんの少しだけではあるが雷が影響を受ける。その結果はどうなるか。コアを綺麗に貫くはずの光は距離もあってか、軌道がずれてしまう。

 

イギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!

 

使徒は痛みを表現するべく、全身をウニのように棘らせた。あれに刺さったら痛そうだ。一通り痛みを表現し終えたら、滾る怒りの矛先を向けるべき場所を見つけた。初号機が伏せている山を察知し、体を変形させる。

 

「使徒内部にて爆発的なエネルギー加速を探知!」

 

「まずいっ!レイ!」

 

非力な人類とは違って、使徒は超常的な力を誇る。僅か数秒で陽電子砲と同等かそれ以上のエネルギーを生産して、それを一気に収束させて撃ち出すことが可能なのだ。初邂逅の時に見せつけた怒りの咆哮が初号機に向けられている。そして、今、放出された。

 

コンマ秒の猶予をレイは逃さない。偽装を解き、初号機の前に躍り出て仁王立ちする。

 

「碇君は私が!」

 

両足で土を踏みしめ、受けの体勢を採る。あとは、もう根性だ。ピンポイントに襲来した灼熱の暴風雨を大盾で受け止める。感じたことが無い衝撃が伝わり、一瞬でも気を抜けば飛ばされてしまう。片時も意識を緩ませず、総力を以て耐える。

 

(ぐっ…ううっ)

 

通信越しにレイのうめき声が聞こえる。盾から漏れる砲撃の欠片が全身に当たり、地味ながら強烈な痛みを伴わせる。熱傷には至らない軽度な火傷でも痛いものは痛い。

 

「再充電は間に合わない。アスカっ!」

 

(ったく!使徒ってのはぁ!)

 

何のための弐号機だ。

 

そう、この時のための弐号機だ。

 

~弐号機~

 

「こっちの電力は余りに余ってる!悪いけど、あんた(使徒)の目論見通りにはいかないのよ!」

 

初号機の狙撃がされた時点で弐号機はレールガンを構えていた。充電はとっくに済み、装填されている新型砲弾をぶっ放す準備は整っている。使徒が完全に初号機に意識を向け、攻撃に全てを振り切った大きな隙を見せる時を待っていたのだ。冬月の分析では、使徒が超強力な砲撃を行う時は射撃に全力を尽くし、防御や索敵を捨てている。よって、レイやシンジには辛い思いをさせてしまうことになるが、今が最高の攻撃タイミングである。

 

「悔やんでおくことね。私たちを敵に回したことを」

 

瞬く間に加速を重ねた砲弾は、今度こそ、一切の妨害を受けることなくコアに驀進した。防御ゼロのむき出しのコアに砲弾が突き刺さり、コアは強力な運動エネルギーによって完全に破壊された。赤い液体を周囲にまき散らし、使徒は再び聞くに堪えない絶叫を挙げる。

 

異様な姿から当初の正八面体に戻り、己の維持が不可能になった。そして、大崩壊を開始した。

 

「パターン青は完全に消滅か。それより!シンジ、レイ、無事だよね!?」

 

(僕は無事だよ)

 

(私も。盾とあなたのおかげで無事)

 

通信で2人の安否を確認し、両名共に話せるぐらいに元気なことがわかった。この中で最もダメージを受けていそうなのはレイの零号機だったが、幸いにも盾が想定された防御力を発揮したこと。アスカが二の矢を迅速に放ったこと。この2つのことにより、レイが受けたダメージは許容範囲内に収まっている。

 

多少ごまついてしまったが、勝ちは勝ちであろう。

 

「シンジとレイのおかげでアイツを撃破できたわ。ありがとう」

 

(それを言うなら僕の方さ。なんせ、あれを外してしまったから)

 

(ありがとうアスカ。あなたのおかげで助かった)

 

「はいはい。じゃ、皆が皆に感謝するってことでね。後で私も合流するから」

 

一区切りついたので通信を切り、プラグを排出させる。内側から安全に扉を開け、弐号機の右肩にちょこんと座った。赤のプラグスーツに身を包む彼女の直上には、彼女らの勝利を祝うように輝く月がある。

 

その月を見て。

 

「どうせ、見ていたんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん、見ていたよ。さて、僕も活動を始めようかな。この円環を断ち切ろう。そして、全ては君の幸せのためだけに。碇シンジ君」

 

つづく




次回から破です。


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新劇場版:破
休日の過ごし方は激しい


今回から破です。


「見事な動きだな。アスカ君の空中機動戦に追いつけるものは誰一人いないだろう」

 

「本当です。僕なんか滑空するところから、もう既にできません」

 

「謙遜しないでいい。君は三度使徒の撃破に成功しているんだ。表に出さないでいいから、せめてその胸に誇りを秘めておきなさい」

 

港湾施設にてNERVのトップの冬月とシンジの2人は、目の前で繰り広げられた第七の使徒殲滅戦を見ていた。本来であれば、冬月は指揮所にいるべき人物だが、今回はちょっとした用事があって、指揮所から外に出ている。お爺はシンジ君の付き添いとして、第三新東京市の郊外にある霊園に墓参りに行っていた。その霊園には、碇シンジ、彼の母親の碇ユイが眠っている。シンジは幼少期に事故でその母を失っていて、懐かしき記憶が欠片も存在しないとしても、お墓参りに行かないという選択肢はあり得なかった。ただ、自分一人だけで行くのは寂しかったので、母と生前に交流があった冬月が付き添いを申し出てくれた。冬月は今回を機に、小出しではあるが彼の母のことを伝えていこうと思っている。

 

霊園で墓参りをして、さぁいざ帰ろうとする時に使徒出現の急報が入っていた。初号機パイロットは外出で本部を不在のため、待機していた弐号機が出動した。残りの零号機は待機の待機として、今回使徒撃滅を担う弐号機の補欠として現場に向かった。使徒はマジックを披露し、海を凍結させて侵攻してきた。こんな芸当をされては、とても水際で防御することは難しい。そこで、柔軟な戦法の一つ、新しい試みでエヴァの滑空戦術を採用しての戦闘に入った。

 

弐号機は大型輸送機で空を飛び、使徒の上空付近切り離され、滑空を上手に活用して使徒と戦闘していくのだが。これがまぁ、上手なことで上手なことで、弐号機パイロットのアスカの操縦技術の高さを改めて知ることになる。その戦闘の詳細は省くが、アスカの巧みな空中機動によって、あっという間に使徒は撃破された。

 

「あ、戻ってきましたよ。アスカの迎えに行かないと」

 

自然落下で港湾設備の一画に降り立った弐号機へシンジと冬月は歩き出した。先行するシンジと彼の背中を追う冬月の両者の光景は、それはそれは祖父と孫でしかないだろう。そんな2人を見つけたのか、コンクリの土台を破壊して立っている弐号機から美しい少女が降りてきた。

 

「あら、別に来なくてもよかったのに」

 

「そうはいかないよ。僕が不在の時に面倒をかけてしまったから」

 

「見事な戦いだったよ。それより、すまなかったね。我々が本部を不在にしてしまったばかりに、面倒なことをさせて」

 

プラグスーツから私服に着替えることを忘れ、少女は少年に駆け寄った。そして、彼に右腕に自分の左腕を回してピッタリンコに肩を寄せる。そうしてから2人に答えた。

 

「気にしないで。シンジも冬月先生も。悪いのは全部使徒なんだから」

 

タイミングが悪かったのは言うまでもないが、シンジは娯楽目的で外出していたのではない。大切な母親と会う目的で外出していたのだ。それを鑑みれば、彼を「無責任」などと責められるだろうか。いいや、責められるわけがない。ただ、彼女に迷惑をかけてしまったことは事実であるから、彼ら限定で好々爺となるお爺が穴埋めをすることで円滑に終わらせる。

 

「この後、私は仕事だが。君たちはせっかくの休みなんだ。お金は私が出す。今日は、君たち2人でデートしてきなさい。ほれ、これを」

 

冬月はシンジに結構な金額が入った電子マネーのカードを渡した。本日の老人は立場が立場だけに忙しいが、少年少女にとっては休日である。その内の一部を使徒戦で潰させてしまったため、この後の時間を自由に過ごさせることにした。ちゃんとお金も全部出して、好き過ごせるよう気を遣った。

 

「やった。お言葉に甘えて…といきたいけど。この格好じゃね。違う服に着替えないと。ここのシャワー室と更衣室を借りるわ。シンジ、行くわよ」

 

「え?」

 

目にも留まらぬ速さで腕をガッシリとホールドして、その美しい見た目からは想像できない、驚異的な力でぐいぐい彼を引っ張って行った。連行されていく少年の姿を見ながら、その場に残された老人はにこやかに笑う。この光景が年老いたお爺にとっては一番の栄養だった。

 

「未来のお嫁さんの尻に敷かれることは良いことだぞ。シンジ君」

 

~カップル~

 

この港湾施設は、非常時であればNERVが接収することになっている。まさについさっきまでがそれであった。現在事後だが、まだ継続中で超大型トレーラーが弐号機を運んでいるなどNERVが活動している。その一環として、パイロットの希望にも最大限応えることになっていた。アスカの希望は「シャワー室と更衣室を貸してほしい」とのことなので、別に何にも渋ること無く快諾する。ただし、少年がガールフレンドっぽいアスカに連行されている姿が珍妙に見えたことは特筆すべきだろう。

 

「なんかデジャブを感じる…」

 

「何よ。もしかして、シンジ。もう私のことが欲しくなったの?」

 

彼女は長い髪を透かしながら挑発するように言った。それ以前に、この状況は彼が言った通りでデジャブである。嘗て、彼が安静のために入院していた頃、身の回りのお世話をしていた彼女は彼のお風呂タイムまでも管理していた。そして、その時、彼らは互いに互いを求めて合って、限りなく愛し合った。

 

「それはいつもそうだけど。流石にここは場所があれだし、何より時間がお昼だから。それは、夕方以降。家に帰ってからでお願いしたいな」

 

「言うじゃない。明日も休みなんだし、帰ったらいっぱい愛し合うわよ。それに、溜め込んだものは一気に放出しないとね」

 

ある程度髪を透かしたら、アスカはシャワースペースに入っていった。ちなみに、既にプラグスーツは全部脱いでいて、スッポンポンのすっ裸だ。彼女は最愛の彼の前で、自分の全てを見せることは全く苦痛でない。むしろ一番の愛の示し方だと思っている。対して彼は、昔こそ初心さが残っていたため、オロオロすることが多かった。しかし、今はもう動じないで、自分から攻めることを覚えている。長い間を一緒に暮らしていることもあるが、何よりも、共に命を捨てて戦っていることが大きい。運命共同体と言うと分かり易いだろうか。戦うときは同じ、命を捨てる時は同じ、そして死ぬときも同じ。全てを預け合っているから、2人は強固に結ばれている。

 

あと1名仲間がいるが、その人は彼らに気を遣って身を引いているので問題ない。

 

「一緒に入る~?」

 

「2人だと狭すぎて体を洗えないよ」

 

アスカが完全にシャワースペースに入って、ジャーとシャワーからお湯が流れ出ていることが確実と分かる。その音のおかげで彼女に聞こえないように、彼はボソボソと呟き始めた。彼は彼なりに悩んでいることがあるようで、まさに頭を抱えてしまった。

 

「母さんは…死んでいない?」

 

極めて部分的な情報だが、彼の母親の死の真相が明かされていた。それは、彼の母親は死んでいないということ。では、父親と同じで行方不明になっているのかとなるが、それはそれで違う。厳密に言いたいところだが、厳密にすること自体が難解を極める。下手に真実を伝えると彼が混乱して壊れかねないので、伝えた人物はワザとぼかしていた。

 

(真実を知るにしては、君はまだ若い。それに時期が早すぎる。私とて君に全てを教えたいが、物事には適した時期が存在する。まったく、心苦しいことこの上ない。本当にすまないが、もう少し待ってほしい。必ずや、君に明かす時が来るだろうから。その時までな)

 

「いつなんだろう…その時って」

 

続く



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喫茶店デート

別作品の更新も同時並行でやっているため、更新頻度は下がります。また、活動報告にありますが1月4日から3週間ほど活動のお休みをいただきます。


たっぷりのお金をもらったアスカとシンジは港から街へ向かった。港から街まではシャトルバスで移動したので、まだまだ時間には余裕がある。今回のデートでは緻密な予定を練っていればよかったが、残念なことにその場でデートが決まっていた。よって、計画は何にもない。仕方なく、その場における希望に従うしかなかった。シンジは午前中のお墓参りだけで今日分の満足をしていたため、このデートではアスカの希望に沿うことを選んだ。

 

では、そのアスカは何を希望したのか。

 

「あの戦いで疲れたし、なんか甘い物が食べたいなぁ」

 

「そうだね。時間的にもちょうどいいね」

 

甘い物を食べたいと彼女は望んだ。シンジは彼女に同調して周囲を見回すと、丁度良く喫茶店を見つけた。チェーン店ではない。この街で生きてきた、昔からの小さな喫茶店と見える。あそこに行こうとなり、2人は喫茶店に入った。

 

~喫茶店~

 

店内はTHE昔ながらの喫茶店という感じで、レトロ調の室内となっていた。メニューも懐かしい感じで、且つ数は少なすぎずの多すぎずの充実さであった。これなら迷わないし、選択肢が限定され過ぎない。メニューを数分程じっくりと見て、注文を確定する。

 

「あたしはケーキ(ショート)をホットココアで。あと、シンジは?」

 

「僕は…軽食セットのAかな」

 

アスカは希望通りで甘いショートケーキと温かココアを選んだ。対して、シンジは小腹を満たすために軽食セットを選んだ、これはパンケーキ2枚とコーヒーが一緒のセットになっている。単品ごとの注文と比べて100円ほど安く、彼らのような学生にはとても嬉しい。ただし、今回はお爺さんから大金(電子マネー)を渡されている。金額で気にすることは一切ないだろう。

 

「すいませ~ん」

 

従業員のお姉さんを呼び、各々が注文を伝える。後は完成した物が出てくるの待つだけである。当然のことだが、その待つ時間を黙っているわけがない。2人は清純なカップルである。ワイワイと楽しく会話していた。話題は今回の使徒戦で、守秘義務のかかる内容を全部切り落とした上で語らう。その話題の中で、シンジはアスカのことを褒め称えた。

 

「すごいなぁ。本当にアスカは。空中であんな動きが出来るんだもん」

 

「まぁ、昔からやって来たからね。ありとあらゆる戦況や状況で戦えるように、嫌と言う暇が与えられなかった。それ程まで辛くて苦しい訓練を積んだわ。おかげでエヴァが嫌いになりそうだったけど、あの空中機動戦闘が持ち前の得意技にできた。その意味では感謝すべきかな」

 

やはりと言うか、あの華麗な空中機動は猛訓練の賜物らしい。訓練を積んで、完璧に己の持ち技にしてしまう彼女の力量と努力には敬服する。

 

「でもさ。そういうシンジだって、十分に強いじゃない。陸上戦では、私たちの中でも、誰よりもガッツがある。根性って表現するのかしら」

 

「それって…強みなのかなぁ」

 

「根性があれば、どんな状況でも耐えることができる。限界を超える苦しみを負っても、耐えて、耐えて、ひたすら耐えた先に栄えある勝利が待っている。私たちみたいに、常に苦しい人間には一番の才能と言えると思うわよ。少なくとも、私はシンジのことをすごいって言う」

 

「ありがとう。アスカ」

 

どこか自分を卑下しがちな彼を彼女は褒めちぎった。これで結果的には、お互いに褒め合うことになったが、それはそれで仲が良くて素晴らしいことだ。人間として求められるスキルは多岐にわたるが、意外と取得難易度が高いものが他者を素直に認める力である。人間は人の強み・良い所を見つけると仮に表では褒めていても、実際の裏では無意識で妬む生き物。意識せず、まったくの純粋な気持ちで人を褒める・認めることが出来る人は意外と少ない。間違いなくシンジは人を純粋な気持ちで認めることが出来る人間だった。

 

さて、そんな会話をしていると。

 

「お待たせしました。彼女さんにはショートケーキとホットココア。彼氏さんには軽食セットですね。あと、こちらお店からのサービスです」

 

まず2人が頼んだものが運ばれてきた。その上でお店側のご厚意としてサービス品が贈られた。それは、カットフルーツやクリーム、チョコレートが詰め詰めされた豪華なパフェだ。そして、奇妙なことに、掬って食べる用のスプーンが1個しかない。

 

とどのつまり?

 

「それでは、ごゆっくりどうぞ~」

 

運んできてくれた店員さんが戻ると。

 

「いいお店じゃない。「お互いに食べさせ合え」って言っているわ」

 

「…やっぱり?」

 

「えぇ。さぁ、そんな厚意を無駄にしちゃいけないわよね?」

 

スプーンが1個しかないということは、2人でラブラブしろと言うお店からの厚意であろう。おそらくだが、少年少女のカップルで清らかな付き合いをしていることを見たマスターが気を遣ったと思われる。

 

ということで。

 

「はい、あ~んして」

 

「…(大きく口を開ける)」

 

ここで拒否すれば彼女の機嫌を損ないかねない。それにお店の気遣いを蹴ることになってしまう。真面目なシンジにとって、そんな酷いことをするのは絶対に嫌だった。また、今はデートなのだ。盛大に乗っかるのが男たるもの。

 

差し出された一口をパクリと食べる。

 

「うん、美味しい。甘すぎなくていいね」

 

「それは良かったけど、まったく。世話かけさせるわね」

 

パフェ自体は非常に美味であったが、食べた本人のシンジは困りものだった。クリームが口の端に付いている。アスカは「とってあげる」と言ってお手拭きを持つ。シンジは「ごめん」と言いながら顔を彼女に突き出す。

 

ペロッ!

 

「ちょっと、アスカ」

 

「へへっ。シンジを食べちゃった」

 

お手拭きは使わず、彼女は自分の舌を以てしてクリームを舐めとった。普通なら気持ち悪い行為になるだろうが、この2人はお互いに体も心も全部を許していて、時間があれば愛し合う仲である。このぐらいはどうってことない。

 

この後、2人は本当に仲良くパフェと各々の頼んだ物を食べ進めた。

 

そして、味も空気も甘い時間を過ごしたのであった。

 

続く



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人を捨てて

あけましておめでとうございます。作者の5の名のつくものです。さて、皆さま三が日をどうお過ごしでしょうか。私は作った試案をPCに保存し、さらにバックアップでUSBに保存することで更新停止の準備を整えています。それに伴い、本作の更新は今日で一旦停止となります。再開は三週間後を予定しておりますため、それまでの間をお待ちいただけと幸いです。

なお、活動は停止してもTwitterでは元気に動いていると思うので、動きを知りたい方はTwitterで「5の名のつくもの」を見て頂ければと思います。


「これが、加持さんが持ってきた例の鍵」

 

「あぁ。向こうで予備として保管されていた『ネブカドネザルの鍵』だよ。この鍵で人を捨てる代わりに、限りなく高潔で全てを超越した存在となることが可能。さ、君が望んでいたものだ。君の好きなように、自由に使うとよい。私みたいな老いぼれには、持つだけで勿体無い」

 

「それじゃ、ありがたく使わせてもらうわね」

 

冬月の執務室の広さに合わない、割と小さな大きさの机の上には現金を詰め詰めするような合金製ケースがあった。更に中にはとってもフワフワ緩衝材が敷き詰められている。フワフワに囲まれているものは、とても気味が悪い注射器のような物だった。よく見ると、人間の体を模したデザインが施されていて割と凝っている。老人と少女の会話を聞いていれば、これの名称である固有名詞がわかる。その名も 『ネブカドネザルの鍵』と。

 

はて、聞いたことがない名前だ。『ネブカドネザル』とは何か。それ以前に見た目は(辛うじて)注射器なのに、名前は『鍵』となっていた。ううん?と唸らざるを得ないほど難解な代物だ。ただ言えることは、これに安易に触れてしまったはならないことだろう。

 

「しかし、本当にこれを彼に使うというのか?君が使うのなら理解できるが、彼に使うのは不要だと思うがね」

 

「確かにシンジはただの少年じゃない。神に選ばれた、人間の中でも特異な存在だからこれは必要ないかも。それでも、念には念を入れよをって言うじゃない。ダメ押しってやつかな。それに、私が使ってもどうしようもないじゃん。私をシキナミシリーズの一体と見誤った、あの愚かな使徒を喰う手筈だから」

 

「それは、確かにその通りだ。まぁ、君の考えたことだからこれ以上は言わんとしよう。さて、私は私で準備を進める」

 

ケースを閉めて鍵を閉めてベルトも巻いての丁寧に丁寧を重ねた収納をしてから、アスカは部屋を出ていった。残された部屋にポツンと座っている冬月は何となくで立った。既に仕事は大半終わらせ、やることは裏の準備をすることだけ。その裏仕事も「裏」の文字から分かるように、とてもだが表立ってはできない。コソコソ隠れてやるしかなかった。

 

「なんだろうな、こういうことを『血は争えない』と言うのかな。親と子は道は違えど、通過する駅は同じ。人を捨て、限りなく神に近い存在…いや違う。神と同等を超えてしまう、圧倒的な存在になろうとしている。まったく、この世はわからん。しかし、ユイ君…本当にこれでいいのか」

 

老人はガラス越しの外の景色を見て独り言をボソボソ呟いた。その表情は遠くを見ていた。

 

~翌日~

 

「え?シンジ君が体調不良?」

 

「えぇ。学校側から連絡が入ったから、恐らく本当のことでしょ。最近、流行り風邪があるから、誰かから貰ってしまったのかもしれないわね」

 

NERV本部で仕事をしていたミサトはリツコを経由して、今日は夕方から訓練に来るはずだったシンジが休みであることを知る。学校の行事やプライベートがあっても、原則的にはNERVでの活動が優先となっているのだが。とは言え、パイロットが体調不良となれば、中々そうもいかない。体調がエヴァ戦力に直結する以上、辛い身体に負担をかけることはご法度だ。静養に努めてもらのが一番のことと思われる。

 

「それに、惣流副司令が看病についてる。生活を共にしているから、彼のことは一番理解しているはずよ」

 

「そうね。でも、何とか明日には戻れるようにしてもらわないと。使徒はいつ来るか分からないから」

 

彼には一秒でも早く復帰してもらいたいミサト達だった。

 

さて、話題の中心である碇シンジ氏は事実として風邪に近しい症状に襲われていた。伝染する危険性が高い咳やクシャミの類はしていないが、38度弱の高熱と強い倦怠感に襲われている。排泄以外で動けないためベッドに寝て、頭には冷え冷えシートを張り、布団と毛布を何重にも包んで全身を暖かくしている。そして、隣には心配そうに彼を見守るアスカがいた。

 

「『ネブカドネザルの鍵』を服用してから、約2時間でピークに達している。なら不幸中の幸い。これからは熱は下がるし、体も楽になるはず。大丈夫、私が隣にいるわよ」

 

風邪の発症…ではないようだ。恐ろしく、おぞましいことに、見た目から分かるがいかにも危険でしかない『ネブカドネザルの鍵』を彼に使用したらしい。彼の首筋にはやや大きめの注射痕が残っている。刺すだけで痛そうな注射をして、更に副反応で苦しむことになるとは。なんとまぁだ。

 

「あ、アスカ」

 

「はいはい。イマイクカラ」

 

苦しそうなシンジに呼ばれて、アスカは自分もベッドへ潜りこんだ。あくまでも副反応であって、伝染性は皆無である。よって、別にべったりと密着しても不都合は生じない。むしろ密着したほうが彼を安心させられる。彼と向かい合う様にして寝そべる。

 

「ちょっと顔を見せてね。瞳孔が開き切って、目は(本体の色の意味で)赤く染まっている。大丈夫、大丈夫。シンジは今、高潔な存在になろうとしているだけ。これを耐えたら、永遠を手に入れられるの。誰にも傷つけられない、誰にも干渉されない、誰にも馬鹿にされない。しかも、何よりも私とずっと一緒にいられるわ」

 

「はっ、はっ。かっ」

 

これを耐えた先に栄えある結果が待っているとしても、今の現在進行形における苦しみが大変なのだ。「忍耐」や「我慢」と世間一般ではよく言われるが、そんなことは第三者が自分とは関係ない他人事だから言えることだろう。本人にとっては、もう我慢ならない。シンジはドンピシャでその状態にあって、呼吸がたどたどしくなってきた。これはいけないと間髪を入れないで少女が動いた。

 

自分で蒔いた種である以上は、自分で収穫しなければならない。

 

「んっ」

 

「…」

 

目にも留まらぬ速さで彼の口を塞いだ。ただ塞いだだけでは空気の取り込みを不可能か著しく困難にしてしまい、真逆の効果を生じさせう。それも考えて彼女は自分が持っている余剰な空気を彼に送り込んだ。

 

「はぁ…あ、あぁ」

 

「普段一日に何十回とキスしているから慣れたもんでしょ?こうすれば、落ち着けるから」

 

「うん、ありがとう。でも、違う意味で落ち着かないや」

 

呼吸に加えて口調は普通に戻っている。やはり、彼の適応能力は未知数で、且つ予想以上だった。『ネブカドネザルの鍵』はその性質上、極僅かを突き抜ける、絞りに絞られた本当に限られた者しか使えない。その中でも彼は生まれ持った運命の力も相まって、短時間で己のものにしていようとしていた。それでも、アスカの観察にあるように両目は赤く染まり、見た目での異常が見受けられる。

 

「もう、仕方ないわね…ん」

 

再び彼女は彼と重なった。今度は空気を送る目的ではなくて、互いに燃え盛る感情が起爆剤になった愛を求める目的だった。互いの口の中を舌が走り回って絡み合う。ここまで行くともう止まらない。暴走機関車となった少年は大爆発する。そのまま両手を彼女に通して、全身を弄り回った。普段の生活では彼女にいい意味でおんぶにだっこな彼だが、こういう時は一転攻勢の鬼だった。彼女を責めに責めて、息継ぎをする暇を与えない程にアスカを貪って食らいつくす。

 

その後、彼らは半日以上をベッドの上で過ごした。何があったかはご想像にお任せてするが、一応のヒントを出すとしよう。夜になって夕食を食べる時には、アスカの方は疲労困憊だった。ただ、彼の方は元気いっぱいシンジパ〇マンであった。また、夕食を食べた後も2人は濃密な時間を過ごしたのであった。

 

続く




皆さんが安寧の日々を送られることを、心からお祈り申し上げます。


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使える手は使おう

皆さんお久しぶりです。さて、忙しい日々が過ぎ去りましたので更新を再開していきたいと思います。ただ、暫くぶりですのでリハビリが続きます。若干変になるかもしれないが、リハビリですのでご容赦ください。


「新手の出現か…まさか、このタイミングでね」

 

冬月はこの前のユーロNERVで発生した第三の使徒の一件についての最終報告を受けていた。幸いにも第三の使徒は対使徒封印用で仮設だが、急ごしらえで建造していたエヴァンゲリオン仮設伍号機によって殲滅されていた。よって、インパクトに繋がるような大惨事に至ることは無かった。とは言え、封印していた使徒が脱走する事態はいただけないため、再発防止などの具体的な動きを求められる。その最終的な報告がやっと入ったのである。それ自体は特段気にするべきものではなかったが、冬月としては例のエヴァンゲリオンについてが引っかかった。

 

「なぜ彼女がこの世にいるのかは分からないが、もう既に動き始めている」

 

ユーロNERVは「ユーロ」の文字から分かるように遠く離れた欧州の地に根差している。情報は入っても細部の細部までは把握しきれない。もちろん、本部から送り込んだ刺客もいるにはいるが、どうしても限界があった。今回の事態は裏で想定済みあり範囲内だったが、そのエヴァのパイロットは部分的に想定外だった。知らぬ人ならともかく、過去の知り合いなのがいやらしいことこの上ない。

 

「まぁ…いいだろう。彼女がどう動くか、お手並み拝見だ」

 

報告書を机の中にしまって、入れ替わりとして詰将棋BOOKを取り出した。仕事の合間合間に詰将棋を解くのが老人の日課だった。

 

~中学校~

 

授業と授業の間にある短時間の休み時間では各々が友達と会話する時間であろう。シンジは基本的に女子と話していた。女子といっても変な意味合いは一切に含有されていない。ガールフレンド(運命の人)のアスカや戦友であるレイとよく話している。男子と話すことは決してゼロではないが、比較すると絶対的に少なかった。

 

「今度さ、あの駅前に新しくできたスイーツバイキング行こうよ」

 

「あ~チラシが入っていたやつだね」

 

彼らは数少ないフリーな時間を2人で街を歩いたりして過ごしていた。ただ歩くのはツマラナイであるから、良さげなお店があれば突撃して2人で楽しくショッピングや食事をするのである。今回は家のポストに入れられていたチラシ広告を参照して知った、新都市交通システムの駅前に新しく出来たスイーツバイキングのお店をターゲットにした。チラシには切り取る用のクーポン券もあったため、タイミングバッチリ二重丸であろう。

 

「でも、相当お客さんが来るんじゃないかな。いくらお店の人が頑張っても、限界以上のお客さんで混んでいたら入れないし、何よりもスイーツが無くなっちゃうよ」

 

「大丈夫。こういう時こそ、私たちの特権を使うべきでしょ」

 

シンジの心配は尤もであった。人間というのは新しいものに惹かれやすい。特に食べ物だと食欲を刺激してくるため、嫌な相乗効果がある。となれば、必然的にお客が大量に寄ってお店は大混雑になることが容易に予想できた。大混雑で従業員の手が回り無くなり、店内も店外で待つ人も皆がピリピリする悪循環に陥るかもしれない。それをどうにかするのがお店側だから、努力に期待するのが普通だ。しかし、アスカは切り札を持っていた。自分たちの特権は使わずしてどうする。使える手は幾らでも使うべきであろう。

 

「ちょっと失礼」

 

トコトコと教室を後にして、人気が少ない空き教室にて制服のポケットに入れていた携帯電話を取り出した。そこからボタン一発で直接ある人と繋がる電話をし始めた。

 

「もしもし?」

 

(君から連絡してくるとは珍しい。どうかしたのかね?)

 

「別に大変なことは起きてないから。えっとね、頼みたいことがあるの」

 

(ほう。言ってみなさい)

 

「実は…」

 

※電話中略※

 

(なるほど。それならお安い御用だよ。普段君たちには大変な苦労をかけてしまっている。それで構わないなら任せてもらおうか)

 

「うん、お願いするわね。決まったらメールをちょうだい」

 

(うむ、残りの学校はきちんと過ごすのだよ。学は力になる)

 

「は~い」

 

ピ!

 

携帯をポケットに戻して、教室に戻っていった。

 

さて、教室側では、数分程待っているとアスカは教室に戻って来た。そして、定位置であるシンジの前の椅子に座った。彼女の表情は「フフンッ」とやけに誇らしげであって、シンジは何かしでかしたのではないかと推察せざるを得なかった。

 

「もしかして…」

 

「そ、私たちの偉大な司令官に頼んだの」

 

シンジの読みは的中していた。アスカはNERV本部司令の冬月にある事をお願いするために電話をかけた。一応、ここは学校であるため通話は緊急時か許可を得ない限り禁止されている。ただ、それは原則の話だ。シンジ、アスカ、レイの3名はNERVの人間で且つ緊急時か常時を問わず上の人と連絡を取り合う必要性が富士山よりも高い。彼らに学校の校則を適用することは現実的ではないと判断され、特例として色々と免除されていた。今回の電話はその一つである。

 

「その気になれば丸々一店舗を一日貸し切りに出来たけど、そこまで迷惑な人間になる程私は酷くないから。事前の予約枠としてねじ込んでもらった」

 

「そんな力あるんだ…」

 

シンジはNERVが人類の存亡を担っているから諸方面で特権や政府以上のパワーを有していることは知っている。しかし、そんな商業の意味での民間部分にまでねじ込んでいけるとは思わなかった。

 

「別に気負わないでいいわよ。お店側としては特殊でも予約してもらえれば調整しやすいから」

 

「ならいいけど。あ、そうだ。お礼として先生にはお土産を持って行かないと」

 

アスカから頼まれた冬月には後でお礼としてお土産を持って行こうとシンジは決めた。本人は断りそうな気がするが、そこはゴリ押しを決める。冬月にはパイロット皆がよ~くお世話になっている。司令という立場である以上、彼らを使役する外見をしているが、老人は年齢相応以上に優しい人間だった。その恩は必ずや返さなければならないだろう。

 

「追々予約について連絡が入るから、携帯は見ておくのよ」

 

「はいはい、分かっているよ」

 

予約内容などが決まれば冬月を介してメールが来るはずだから、見忘れないように逐一チェックしなければならない。まぁ、彼らのような学生に送られてくるメールは少ないし送り主も限られているので見逃すことは絶対に無いだろう。

 

シンジとアスカはスイーツバイキングに行くことを楽しみにしていればよいのだ。

 

続く



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覚悟を改めて

ちょっと最近はLAS要素が薄かったので、しばらくはLASが強めなものになります。

後半部分に番外編を置いてあるので、よかったら見てください。




とある日の朝

 

チュンチュンと小鳥が鳴いている。窓の外ではスズメに交じってヒヨドリがちょこちょこ動いている。時刻は朝の7時ピッタリで大抵の人は起きているはずだ。しかし、それは平日であればの話であって休日となると変わる。どうも人間と言うのは「少しでも長く寝ていたい」と本能が働く生き物だ。それは非常に手強い意思のため、生半可な刺激では起こすことは不可能だろう。

 

まさに今、実際にその事態に直面している少年がいた。2人用の大きなベッドを独り占めして寝ている同居人を起こそうと思って寝室に来たのだが、声をかけてもカーテンを開けて日光を入れても、身体を揺さぶっても、まさに「うんともすんとも」言わなかった。これは参ったと右手で後頭部をポンポンとする。だが、今日ばかりは少年は負けていないぞ。寝ることと同じぐらいの幸福感を得られる武器を突きつけてやる。

 

「まだ寝ていたいか。しょうがないや、今日はパンケーキを焼こうと思っていたんだけど」

 

さらりと言い残して寝室を後にしようとした。一歩を踏み出すよりも早く毛布を引っぺがして飛ばす音が聞こえる。

 

「パンケーキ!?」

 

「早いな…」

 

睡眠欲と同等又はそれ以上の力を持つのは言うまでもなく食欲だろう。無論、人によって差異が生じるから必ずではないのだが、この家においては料理担当の少年が絶対的な権力を握っていた。よって、食欲が睡眠欲を圧倒するのが相場である。残る最後の大きな欲求については言及を避けさせていただく。まぁ、触れるのは野暮と言うやつだ。

 

「起きてくれたから、ちゃんと2人分(少女の方が多め)を作る。はい、着替えたりの最低限の身支度をしてね。僕はキッチンで作業するけど、何かあったら呼んでね」

 

「は~い」

 

素直に言われたことに従って少女は着替え始めた。対して、少年はもはや朝の定位置と化しているキッチンに向かった。準備してあったパンケーキミックスや卵をガチャガチャとボウルで混ぜ合わせる。食べる人数はたった2人でも、相方が恐ろしく食べる。それを踏まえて材料はかなり多めに用意しておいた。オーソドックスな市販のものだと1個に2人分~3人分だが、少年が使っているのは違った。なんと一食分のみの使い切りである。単身者や余らせたくない人向けの商品ではなく、割とお高めなやつ。箱の表紙には「一流ホテルの朝食!」と盛大に書かれてあった。普通のと比べて2倍のお値段だから、その味はしっかりとしているはずだ。

 

「あんまり膨らせてもあれだし。そのままでいいや」

 

これも人の好みによるため、必ずしも一概には言えないが、こういうケーキ系ははフワフワに膨らませたものが人気である。空気が入ったフワフワは何故か特別な感じを覚えて、それはそれは幸せだろう。しかし、この少年も少女も特段の拘りを有していなかった。家で食べるなら普通で構わない。そういうのは良いお店で2人で食べるのがよろしいと。だから今回はオリジナリティを加えることはしない。生地にだまが完全に消えたのをヘラの感触と目視で確認してから、コンロにかけて温めておいたフライパンの上に流し入れる。お玉一杯とプラスα少しにして、1人分を僅かに大きめにしておいた。

 

腰に手をあててジッと生地の焼け具合を見る。神経を尖らせている見て、また見て、そして見る。適切なタイミングで焼く面を切り替えなければ、最高の美味しさが欠けてしまう。これは中々に難しいのだが、類まれな才能を持つ少年に不可能はない。それでもかなり集中する必要があるから、まず楽な仕事ではなかった。

 

ギュッ!

 

「どうしたの?アスカ」

 

「なんとなく…シンジの背中を見ていたらさ」

 

コンロの前で仁王立ちする少年のことを抱きしめる少女がいた。真面目な人なら危険だと怒る行為かもしれない。しかし、この家では日常茶飯事であるから、むしろ気にすることは逆に怒られてしまう。

 

「まだ焼けないよ。まだたっぷり(ボウルを指さす)焼く前の生地があるから、長くてあと15分はかかるかな。ごめんね」

 

「そんなことはどうでもいいの。なんか、ふと考えちゃった」

 

「何を?」

 

「こうしてシンジと美味しい物を食べて、一緒に笑って、一緒に寝る毎日がずっと続いてくれるか」

 

彼女は絶賛のナウで過ごしている幸せな人生をいつまで送ることができるのか心配になったようである。なんせ、この世の中は常時戦争状態であるのだから。使徒はいつ出現して、どう侵攻してくるか一切が不明な以上、幸せな生活は瞬時にして消え去る可能性がある。

 

賢い先人は『万事塞翁が馬』と言い残している。その言葉の意味は重い。

 

「僅かな時間だけでも無駄を出さないように過ごすしかないと思うな。だって、今を幸せに生きないと」

 

「そう…か」

 

いつもハキハキしている少女でも彼には乙女らしくなる。愛する人といつまでと考えることを珍しいとは断じれない。

 

「だって、世界は残酷だから…」

 

そう言って少年は丁度良い程度に焼けた生地をフライ返しで反転させた。

 

彼が放った最後の一言は、既に決めていた少女の覚悟を改めさせた。

 

世界は残酷なら、自分がもっと残酷になってしまえばいい。毒を以て毒を制すのだ。

 

そして、自分の望む世を。

 

創り上げよう。

 

続く



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武をたしなむ

NERV本部は地下に設けられているが、最深部に当たる区画には第二の使徒リリスを事実上の封印をしている。その空間は非常に広大であり、下手をすれば指揮所よりも大きいのではないかと思える。そんな最深部はリリスの封印所だけではなかった。

 

極僅かどころか、たった3名(場合によっては4名)しか入ることが許されない禁忌の地がある。

 

「誰もが私のことを狂っていると言うだろう。自分でやっておいて、まさしく狂気だと思うよ」

 

老人の前には、いかにも水族館にありそうな大きな水槽が鎮座している。その中で泳ぐ魚の代わりと言っては何だが、裸体の少女が大量に流れていた。また、水槽内の液体は皆が良く知っているお水ではなかった。海水でも淡水でも汽水でもない。その色はオレンジ色で、一見すれば果物ジュースかと誤認しそうになる。もちろん、この液体はジュースどころか、とてもだが水分補給にはならない。清らかな命を保つための一種の緩衝材と表現するのが適当だろうか。

 

「データ上ではオリジナルの彼女の協力があって、アドバンス・シキナミシリーズの生成に成功した。まさか、ユイ君を取り戻そうとした時の研究がここで役立つとは思わなかったな」

 

口ぶりから分かるだろうが、老人は冬月だった。NERV内で特に年齢を重ねているのは冬月以外にいないため、消去法をするまでもなく彼だと導き出せる。老いても切れ味を増す彼は過去の自分の産物がここで活きていることに対して苦笑した。彼は嘗ての教え子で、エヴァ初号機パイロットの母親の碇ユイを実験で失っていた。彼女は自分が見て来た者の中で、最もずば抜けた才能を持っていた。それだけに限らず、誰からも好かれる人間でもあった。1人の学者としても、人間としても最高の人物だとしか言いようがない。

 

彼女を実験で失った時は教育者として打ちひしがれた。なぜ、自分は何もできなかったのか。確かに承認はしたが、それは本当に正しかったのか。自問自答の日々を過ごす毎日。まだ若かった彼を突き動かしたのは、謎の少女たちである。少女たちは彼の願いを叶えることを約し、そのバーター取引で協力を依頼してきた。これを断るわけがなくすぐに快諾し、彼は外には出さないでずっと貯めて来た貴重な研究データを基にし、とある壮大な計画に組み入れたのであった。

 

感傷に浸る冬月のことを水槽に浮かぶ少女たちは十人十色の表情で見つめる。常人がここに立っていたら、たちまち腰を抜かしてしまう。見た目はお爺さんでも精神は強靭に尽きる。

 

「ユイ君…君の子は私が責任を持って君と再会させる。その時私がいるかは分からんが、私にできることは全てやり切らせてもらう。それが私の願いだ」

 

その頃

 

~中学校の武道室~

 

エヴァパイロット3名は今日も中学校に登校して学に励んでいる。ただ、学問限定では体が鈍ってしまう。健康な体を作ることを目指して、学校教育には体育の授業が存在している。今日の体育は武道をテーマとしていて、体育教師が昔取った杵柄の武を披露して教えていた。無論、素人には危険だから基本中の基本しか教えない。それも防御が大半で身を護る術に限った。本当なら柔道技の投げや固めも教えなければならないが、先生が進んで生徒を危険に曝すなんてことをするだろうか。少なくとも、パイロット3名の担当教師は特にの慎重派でしないだろう。

 

安全を幾つも重ねた武道室では、体育の先生監視の下で実戦形式の練習試合が行われていた。危険なのだからやらない方が絶対に良いが、それは素人の場合である。互いにいっぱしなら問題ない。

 

「腕を上げたわね」

 

「いつもアスカに負けてばっかりじゃ。いられないからね」

 

畳みの上でアスカとシンジの両名が組みあっている。少女と少年が柔道で組みあっているだけで問題だが、それ以前に体育は内容次第でも普通は男女別で行うはずだろうに。なぜ、混合となっているのか。その答えは簡単で、アスカ、シンジの両名については引き離すことが逆に難しかったからである。引き離すと保安上の危険が生じるため、敢えてくっ付けさせて彼らを守護る。となると、片方どちらかが超アウェーな状況に放り込まれてしまうことが容易に想像できた。それも踏まえて、授業はレイとアスカ、シンジの3名だけの特設クラスを開講している。体育の授業時間に男女別々加えて3名を更に分ける手間をかけている。先生がもう1人必要になったり、改めて場所を取ったりの問題があったりするが、それで彼らの安全が確保されるなら両手を挙げて万々歳だ。

 

「そう簡単に引っ掛からなくなったのは成長の証」

 

第三者視点で両者の動きをつぶさに観察しているレイはシンジの成長を感じていた。今まではアスカの罠に引っ掛かり、そのまま地に突っ伏すことが多くあった。だが、彼も学んだようで誘いには乗らないで忍耐の防御に徹している。彼から仕掛けるのはアスカの体勢が僅かに崩れるなどの隙を見つけた時だけ。要はカウンターである。

 

「ギア上げるわよ!」

 

「碇、無茶し過ぎるな」

 

「はい!」

 

シンジには悪いが軍人上がりのアスカの方が圧倒的な実力を持っている。彼だって使徒との戦いを経験したことで腕っぷしは悪くない。また、度重なる彼女との戦いで技術を培って確実に手強くなっている。彼女は彼が強くなったのを内心で喜び、一段階引き上げようとギアを上げると宣言した。彼は食らい付こうとするのだが、いつでもストップをかける先生が釘を押した。柔道は下手をすると重症どころか死の危険を有するから至極当然の措置だった。

 

組み合いが始まってから4分程経って、勝負がついた。今までカウンター狙いで消極的なシンジは一転しての奇襲を仕掛ける。しかし、やはりアスカは強かった。その奇襲を上手いことを躱した彼女は皮肉でも何でもないが彼の基本戦法のカウンターを決めた。先生が感嘆の声を挙げてしまう程のお手本な背負い投げによって、シンジはビタンと畳に打ち付けられた。ちゃんと受け身をしたのでダメージは最小限で済んでいる。

 

「一本!」

 

「ふ~手強くなったけど、まだまだね」

 

「強いなぁ…」

 

「お疲れ様」

 

悔しがるシンジだが、これは決して意味がない敗北ではない。近接の格闘戦を身に付ければ使徒との戦いに転用できる。エヴァパイロットとしては素晴しいことだ。ただ、本人としては違う方向で活用したかった。

 

いつか、彼女を組み伏したい願望を抱いて。

 

続く



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知ってはならないことを、汝は知りたいか?

今回はLAS要素無いです。

※諸々の都合で極めて奇怪な内容となっています
※ご質問を受けましても、ネタバレで答えられない点は答えられません


老人の目の前の扉が開かれた。箱が高速で昇降する、エレベーターと呼ばれる文明の利器で移動しようしている。中には誰も乗っておらず、空間を独占できよう。仮に乗っていたとしても、大体の職員の者は知っている。また、頻繁に顔を合わせて仕事で話し合う者もいるので、決して気まずくはなかった。それでも、自分1人だけの独占は中々に気分がよろしいことだった。

 

しかし。

 

「私の後頭部に拳銃を押し当てても、何にもならんよ。葛城君」

 

「あなたが素直に答えてくれればいいんです。何度も聞いても、冬月司令は濁すだけでした。ちゃんと答えてくれないから、このような手を使わざるを得なくなりました」

 

誰もいなかったはずなのに、白髪の老人の後ろには女性が立っていた。また、後頭部に自動拳銃を押し当てていた。護身用で用いるには威力が高すぎる代物で、一発で何がとは言わないが吹っ飛ばすことが可能である。

 

「まぁ、いいだろう。して、この私に何を聞きたいのだね?君には広範で且つ強大な権限を与えている。しかも、MAGIを含めたNERV内のデータベースには全てアクセスできるキーもあるんだ。君が知れないことは一切ないだろうに」

 

「いえ、ありました。では、率直にお聞きします。『人類補完計画』とは何でしょうか」

 

「ほう、君は着実に真実へたどり着こうとしているのだね」

 

背中でしか聞こえてないが、この人物の声は先と打って変わって冷えたものだった。順を追って説明すると、確かに葛城ミサトには事実上の指揮官として、広く強い権限が与えられていた。また、各使徒の分析やセカンドインパクトなどの通常であれば手に入れることが絶対に不可能な情報を彼女はワンタッチで手にすることが可能なのだ。高位の幹部級職員の面々でも、特に彼女は優遇されていると言える。

 

そんな彼女でさえ、知れなかったことが幾つかある。彼女の気持ちとしては、全部を隅々まで知り、心に秘めていた謎を解き明かしたかった。単に好奇心旺盛なわけではない。彼女は父親から逃れられない呪縛を背負わされ、その呪縛から逃れる気は無いが、せめて自分の代で清算をしたいと思っている。その清算のためには情報が必要で、謎を解明しなければならない。

 

「『人類補完計画』…懐かしい名だ。その計画は確かに存在していた。なにせ、この私も関わっていた。だから、間違いのない事実だよ」

 

「その言い方ですと…」

 

「そう、今はもう既に存在していない。計画の概要から詳細までの全ては、ある者によって葬り去られた。私以外の関係者共々を」

 

このニュアンスだと、老人は『人類補完計画』に関わっていて、何かしらの役割を担っていたと聞こえた。しかし、それは現在は存在していない。それは自然消滅の類ではなく、何者かの手によって抹消(&抹殺)されたらしい。ミサトは眉間にシワを寄せて、疑念を分かりやすく示すしかなかった。

 

「なぜあなたは生きているのですか」

 

「失礼極まりない文句だが、君の次なる疑問は尤もだから答えるとしよう。私は見逃されたおかげで、こうして生きている。主観的又は客観的見ることを問わずして、私は『人類補完計画』に関係はしていた。だが、私は道具を用意したに過ぎない。過去に私は大学で教鞭を取っていたから、専門知識は相応に有している。その知識を利用して道具を揃えさせられた事実もあった。全てが葬り去られた際に特別で生存を許された」

 

重要なポイントは受け身である点だ。自分は首謀者に操られただけで、老人自身は体よく利用されたお人形だと言った。これが嘘か誠かは不明であるが、信じるしかない。誰かからお目こぼしをしてもらったことも。

 

「そんなあなたがNERVの司令に?」

 

「あぁ、見逃してもらったのは条件付きでね。こうして人類を守り、使徒を殲滅する。全てが終わり次第に完全に解放されるはずと聞いていた。どうやって、私のことを監視しているかは分からん。だから、君達には秘密を抱えてでも、やらねばならん」

 

「そうでしたか。貴重なお話をありがとうございました。今日の所は引き下がるとしましょう」

 

本音は「もっと聞きたい」だが、彼女の思考回路はパンク寸前だった。濁流の如く流れ込んだ奇怪な新情報に対応は送れている。いくら彼女の優秀な能力を以てしても、驚くべき情報の処理には時間を要してしまった。途中階でエレベーターを降りた葛城ミサトは冬月コウゾウから語られたことを反芻する。

 

(人類補完計画は存在していない?そんなことがあり得るというの…じゃぁ、なんで)

 

このNERVで最高位に座り、世界的にも(裏ではあるが)絶大な力を持っている老人が語ったのだ。これ以上に信頼のおける情報はまずない。この者の言葉に信頼性が無いと言うならば、どの情報を信頼できるというのだ。現代の生き証人なのだぞ。

現代で60歳以上を生きられている者は案外限られていた。昔は長寿で有名だった日本も、大災厄によって破壊しつくされた。日本に限らず、世界中で大災厄とその後の汚染や障害によって、長生きは珍しいことになってしまった。もちろん、珍しいと言っても、最近は要塞都市の建造やエヴァの活躍によって、人々は比較的でも安全に暮らせるようになる。そう遠くない未来では、長生きは当たり前になるだろう。

 

本当にそうだろうか。

 

それも、希望的リフレインとなろうか。

 

~NERV本部最深部~

 

「やれやれ、葛城ミサトか。彼女の父である葛城博士が遺した計画を世界を創造する者らで改編してしまったことについては、謝らねばならんだろう。そうだな?リリスよ」

 

冬月の前には十字架で磔にされた巨大な存在があった。言わずもがな、第二の使徒リリスである。これをNERVは命を懸けて守っていて、扱いを一歩誤れば終末のラグナロク又は終末のインパクトが発生してしまう。いかなる手段を問わない。使徒を殲滅し、リリスを守る。

 

そのためのNERV。

 

そのための第三新東京市。

 

そのための子供たち。

 

そのためのエヴァ。

 

「碇の奴は己をアダム、ユイ君をイブとして世界を創りなおそうとしていたが、奴は恐ろしい間違いをしていた。いった、誰がお前をアダムと言ったのだね」

 

キリッとした表情で普段見せない冷酷な視線でリリスを貫いた。

 

「アダムはシンジ君。イブはアスカ君。レイ君は2人の願いを執行する者。この図式は永遠に変わることはない。不変の真理を受け入れず、見誤った末の悲劇。いや、喜劇とも言えるかもしれん。まぁどちらにせよ、私は自らの願いを彼らの願いに託すだけ。それが、老いた爺に許されたこと」

 

続く



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襲撃を受けて

冬月、シンジ、アスカ、レイが司令官の執務室に集合した。いつもの机に冬月は座って、その前に置かれた客人用のソファにパイロット3人が座った。ただ、シンジについては特異な状況と言えよう。両隣にレイとアスカが座り、女子2人に挟まれる羨ましい立場にあったからだ。さらに、アスカとレイに腕を絡まれ、且つ両肩に頭を乗せられてもいる。それを目の前にして老眼鏡をかけて小さな文字が並べられた報告書を読んでいる冬月の精神力には感嘆するべきだった。

 

「今回のNERV本部に送り込まれた刺客は身元不明の者達だった。おそらく、その道のプロで雇われた面々。気になる点はどこの誰が送って来たかだが、証拠と言う証拠も何も得られなかった」

 

「じゃぁ、あの報復は何なの?」

 

「まぁまぁ、老人を急かすでない。証拠は無くてもこんなことをして来る組織は相場が決まっているものだよ。あの報復はちゃんと裏をとった上で行っている」

 

「あぁ、加持さんがか」

 

彼らを襲った刺客たちから逆探知で雇い主を突き止めることはできなかった。しかし、裏工作などの表には出せない活動に精通している人物が逆襲に転じ、非合法と表現できない方法で突き止めることに成功する。その人物から上がって来た報告を受け、直ちにNERVは人員を派遣して報復を行った。素晴らしいことに、その組織は報復を受けて委縮せざるを得なくなってくれたらしい。

 

「彼は言われた通りに動いてくれた。ちゃんと報酬を出してあるから、君が気にすることは無い。それより、随分とシンジ君は人間を超えたようだね。なに、いいことだ」

 

「でしょ?ネブカドネザルの鍵は適性のある者が使ってこそよ」

 

「その気になれば、碇君は使徒さえも上回る。人間を捨てて、神と同等の存在になろうとした彼の美しい姿が」

 

少しばかり時間は遡ってしまうが、彼は全てを知っているアスカ監修のもとでネブカドネザルの鍵を使用していた。鍵はどこから切り取っても、総じて難解な物のため説明は不可能だが、とりあえず言えることはただ一つ。使用すれば人間を捨てて、限りなく神に近い存在になれるということ。

 

「本命の1本は初号機に使用され、予備の1本が君に使われた。さぞかし、気分がよいことだろう」

 

「使用した時は辛かったですが、アスカの献身のおかげで事なきを得ました。適応してしまえば、僕は僕でないように、今までの自分が嘘のように思えます」

 

「やはり…神の子として生まれた以上、シンジ君の才は遺憾なく発揮されていると見よう。それなら使徒戦も楽になりそうでよろしい。申し訳ないが、まだ使徒は数体ほど残っている」

 

何かと苦労の絶えない日々を送っている彼らだが、主な目標は全ての使徒の殲滅である。使徒を全て殲滅しなければ、人類の平和が訪れることは絶対に無い。全て殲滅した先に一時の平和が訪れても、再び戦乱が始まるかもしれないが、それは一旦置いておこう。

 

彼らがエヴァを以てして使徒を殲滅するのは言うまでもない。その殲滅の方法は必ずしも正攻法とは限らなかった。真っ正面から戦って勝とうとするより、定石や常識を逸脱した方が簡単なことがあった。どのようにするかはパイロットに最大限の裁量が認められているため、一定の制約はあっても彼らの好きなように戦うことが出来る。

 

「そうそう、第九の使徒だけど。私の好きにやっちゃっていいのね?」

 

「もちろん、君の好きなようにすればいい。エヴァンゲリオン参号機は不要だから機体は気にせんで構わん。第九の使徒は必要だが、その方法の如何は一切問わない」

 

使徒は殲滅しなければならないが、倒したらポイっとするとは一言も言っていない。実際に第五の使徒を撃破した後、通常であれば特殊な方法で滅却処理するはずの残骸を回収し、NERV本部が誇る技術部で使徒の器官の徹底分析をしている。辛うじて解析して得られたデータはこれからのエヴァ開発や改造に活かされた。使徒を忌み嫌って捨てたくなる気持ちはよく分かるが、再利用しないことは勿体無かった。

 

「でも、第九の使徒の前に第八の使徒があるわ」

 

「あぁ、そうだった。いや、誠に申し訳ないが、第八の使徒が出現する頃に私は孤独な出張に行っているはずだ。一応、葛城君に臨時で権限を委譲するから、君たちには彼女の下で戦ってもらいたい。とは言え、シンジ君は人を捨ててからまだ間もない。決して、無理はしないように」

 

「はい。十分に気を付けます」

 

「出張先は白い月?」

 

「その通り。白い月で使者と会わねばならん。彼と話し合い、予定を詰める必要があってね。彼は自らの身を犠牲にし、計画における一種の触媒の役割を果たしてくれると約束してくれた。感謝を伝えればならないかもしれないよ」

 

古来より地球と共にあった月は今も存在している。しかし、月も月で変わってしまっていた。いや、ある出来事を境にして化粧が剥がれ、月の本来の姿が明るみになったと言うべきかもしれない。本来の姿となった月ではNERVではない、どこぞの組織が事実上掌握し、1人の少女の計画の一端を担っていた。では少女が行くべきだが、諸々の都合があって地球を離れることは出来なかった。そこで、腹心のお爺さんにお使いを頼んでいる。

 

「この老体で宇宙に飛ぶことになるとは思わなかったが。おや、シンジ君はやけに眠たそうだな」

 

「すいません、ちょっと疲れていて」

 

「無理もない。精神的にも肉体的にも極度の疲労が溜まっているはずだ。休憩の名目で宿泊所を使いなさい」

 

レイとアスカが寄り掛かっているのはいつもの甘えかと思っていたが、どうやらシンジ君が倒れないようにするストッパーの役割をしていたらしい。シンジ君は目が虚ろで意識が少々沈みかけている。このまま長ったらしい面談を続けていると彼が潰れてしまうため、早々に切り上げて休むことを提案した。少女2名に肩を持たれながら碇シンジ君は退室した。その足取りはふらついていて、彼の身を案じるしかなかった。

 

執務室で一人になった冬月は机の中から、小さな箱とマッチを取り出した。

 

「久し振りに煙草を吸うとするか」

 

大昔はよく吸っていた煙草を、今になって再び吸いたくなったことは何故だろうか。

 

「はぁ…」

 

火を点けて一吸いしてから、紫煙を吐き出す。そして呟いた。

 

「あと、どれだけ生きられるかな…ユイ君」

 

続く



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誕生日のお祝い青春を彩って 【記念日番外編】

本作のうち数話を削除し、一部に改訂を施しました。根幹にかかわる重要な部分ではありませんので、話が大きく変わることはないと思われます。以上のことをご了承ください。


今日は非常におめでたい日だった。相応に天気は良くて雲が散り散りに撒かれ、太陽は今日の者を輝かせる。絶妙な塩梅からは自然が彼を心から祝福していることが否が応でも理解させられた。

 

その主役はと言うと。

 

「はい、お口開けてね」

 

「あ~ん」

 

大きくあんぐりと口を開けると甘味がお届けされた。口を閉じれば程よい甘さが広がって、生きていることの素晴らしさを教えてくれる。遥か古来から祝う時には特別な料理が鉄板だ。特に誰かの生まれた日を祝うのであれば、甘~いお菓子が定石としか言いようがないだろう。

 

本日、めでたく神の子として誕生した碇シンジは自宅で天使に祝福されている。彼の前にはホールケーキが鎮座しており、テーブル上で圧倒的な存在感を誇った。ホールケーキのことに嘘偽りはないが、大きさは小さめの4号サイズで3人で食べるには不足感が否めない。正直なことを言うと、大きなホールケーキは一回で食べきれず後に回すことが考えれて好ましくない。よって、余裕をもって食べきれる4号を選んだ。若い3人ならばあっという間に消え去る。しかし、一口一口に拘りを持たせたため、食べきるまでの時間は意外と要してくれた。

 

「シンプルなイチゴのショートケーキ。シンプルだからこそ至高」

 

「穴場の駅前店は見事にビンゴ。流石だねシンジの目は」

 

「そうでもないよ。どれも綺麗だったから」

 

彼らが買ってきたケーキは毎日行列ができる大きな有名人気店ではなく、個人経営の小さな洋菓子屋だった。この時期には珍しく看板に「洋菓子屋」と掲げており、これは穴場の当たりではないかと思ってお店に入ってみれば大正解を見事に掴んだ。ショーケースに並ぶケーキは豪華とは言い難いオーソドックスな物が多い。その中でも、本人が最も惹かれたケーキは至って普通で定番中の定番である「イチゴのショートケーキ」だった。有無を言わさぬド定番は定番となるだけの力を秘めることを意味する。伊達に長い間主力を務めているわけではなかった。

 

「あ、ほっぺにクリームが」

 

「しょうがないなぁ」

 

限られた時間を無駄に使うわけにもいかず、各々で食べ進めていると単調に飽きたアスカが呟いた。呟いた割にはわざとらしく、シンジも察して彼女に乗ってあげた。アスカの右頬にはちょぴっとクリームが立ち、そこへシンジの顔が迫り行く。

 

「アスカ…隙ありだよ」

 

「!?」

 

「…」(ジェラシー)

 

確かにシンジは右頬のクリームを狙っていた。それは間違いのないことだったが、隠していた片手とティッシュでふき取り、もう片方の手でアスカの左頬を捕まえる。そして、ティッシュを置いてフリーになった手で右頬を抑えて動けなくした。土台を作り上げてから野性的に襲い掛かってフィニッシュを決めた。僅かな時間を以て華麗に完遂する手際の良さは職人そのもの。

 

若干一名がジェラシーMAXを発していることは触れずにおき、この一連の流れは左程驚くものではなかった。言わずもがな、彼らの関係では日常茶飯事と称して差し支えない。ただ、あくまでも、ここまではだった。

 

「ん、ん!」

 

「アスカの負け。碇君へ安易に罠を敷くと返り討ちに遭う。とっても羨ましい」

 

シンジとアスカが真なるゼロ距離で触れあっていることはお分かりいただけると思う。注目すべき点は触れ合いが開始されてから結構な時間が経っていることだ。最初は襲われた側のアスカは受け入れて絡みつき、長時間になればなるほどに喜びを

増した。だが、同時に空気の残量が減少し、やむを得ない補給が必要となった。

 

「っぷはぁ!シンジ…強すぎ」

 

「僕は強くなったんだ。昔とは違う」

 

アスカも常人と比べれば強靭な肉体を誇ったが、残念なことに人を超越した大いなる少年には及ばなかった。彼がワザと引っかかってくれるとは言え、少々彼を見くびっていたらしい。彼女の呼吸は荒くて空気の急速な供給を欲しており、これぞ開いた口が塞がらない。開いた口からは両者が絡み合っていたことを証明するように液体が垂れた。

 

「碇君」

 

「ほら、レイ様がご所望よ」

 

振り返るとレイも頬にクリームがついていた。シンジはクスっと笑って平等を示すべく動いた。碇シンジは何よりも公平と平等を意識しており、何よりも一点集中を嫌う。全てに全力を注ぎこむ清き潔き優しきの紳士たれ。今回は罠でも何でもないため頬をペロリし流れてゼロ距離触れ合いに入った。なんとまぁ、シンジの優しきことか。世界が彼の優しさに包まれればよろしいのに。

 

ガタッ

 

「いけないなぁ…僕に押し倒されて抑え込まれることを装うなんて」

 

「バレてる」

 

「まったく、レイは狡猾な手を好むわねぇ」

 

自ら望んだレイはシンジと触れ合うも重心をずらすことで彼に押し倒された風を作り上げた。彼らの関係を知らない赤の他人が客観すれば、彼が私欲に身を任せたかのように見えただろうが、この場にはシンジとレイ、アスカの3名しかいない。互いに互いの奥底まで知り合った面々だから効果は無い。それにしてもレイの技は良い意味で狡猾である。

 

「はいはい、茶番はこれでお終い。気持ちも胃も落ち着かせるためにお茶でも飲みましょ。新しく淹れるから」

 

「じゃぁ、僕が淹れるよ。熱湯を使うと危ないよ」

 

シンジは立ち直してキッチンに向かった。常備している茶筒から茶を摘まんで急須に入れ、高速湯沸かしポットの熱湯を注ぐ。お茶を淹れることに特段の工夫は施さない。甘い物を食べた後には茶を飲むと気持ちが落ち着く。どうも甘い物を食べたら幸福感が災いして気分の良さが毒になるかける。ここはクールダウンだ。

 

「おまたせ」

 

お盆に3人分の湯飲みを乗せて戻る。倒れたレイと鬼の不動のアスカは椅子に座り直してお行儀が良かった。出されたお茶の温度を湯飲みで確かめ、猫舌でも飲めることを確認してから啜る。

 

「ほっと一息」

 

「この舌を傷つけない温かさ。やっぱシンジは私たちのことが大好き」

 

「何を今更。2人ことは大好きじゃなくて『愛してる』だよ」

 

シンジのお茶の入れ方から愛の度合いを測るとは恐れ入った。いやはや、この3人の関係性は簡単には表現できない。広辞苑を総動員しても数日は要することが予想された。

 

ケーキを平らげ、茶番に興じて、お茶で気分も身体も落ち着かせた後は特に用もなため自由に時間を過ごすつもりだった。では、どのように残りの1日を過ごすことになろうかと疑問は浮かべないで欲しい。

 

なぜなら、その疑問は野暮だから。

 

「フフッ…今日のために用意したのよ」

 

「アスカには負けないから」

 

天使たちは互いに負けじとシンジを魅了する。だが、忘れることなかれ、碇シンジは平等を重んじる優しい紳士だった。

 

「選り好みなんてしない。2人ともじっくりと味合わせてもらうね」

 

3人は寝室に向かった。

 

青春はいつまでも続く。

 



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空からの奇襲

ぼちぼち更新していきますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。


「今までと打って変わって、空から落下して自爆攻撃を行うとはね。使徒も賢いじゃない」

 

(使徒も学んでいる。学習機能を備えた存在よ)

 

平和な日々は永遠と続かなかった。また使徒が現れたわけだが、なんと出現地点は宇宙空間であり、宇宙から地球の第三新東京市に向かって落下を開始した。なるほど、宇宙に出られては迎撃は難しく、地上から攻撃してもATフィールドで防げた。肉迫する隙も最小限に抑え込めるため、使徒は極めて賢い方策を思いついたようだった。人類は懸命の迎撃を行ったが、光さえも歪ませるATフィールドに阻まれてかすり傷すら与えられない。したがって、地上でエヴァを用いるしかない。とても勝機はなさそうに思える。

 

(空から落っこちて来る使徒を手で受け止め、そのまま撃破するらしいけど。誰が受け止め役で誰が止めを刺す役になるか分からないや)

 

今回の使徒撃滅に際し、NERVは極めて原始的な作戦を採った。エヴァ3機を同時出撃させ、予測落下地点に1機だけでも滑り込ませる。超重量と推進力を以てする自爆で第三新東京市を消し炭にしようと試みる使徒を手で受け止め、まずは使徒が完全に着弾してしまうことを防ぐ。そして、受け止めている間に残りの機が急行してコアを破壊するとの算段である。まぁ、なんてこと、戦術もひったくれもない作戦で実際に戦う3名のパイロットは驚きを隠せないが、各自のエヴァへ乗り込む時には笑った。

 

「ま、最も無責任な言葉だけど臨機応変にやりましょ。そろそろカウントダウンくるわよ」

 

使徒が落下する地点は予測として常時送られて表示に反映されるが、使徒の行動は一切読めない都合で予め誰が受け止め役になるかは決まっていない。予測が絶対に狂わない、真にピンポイントで固定された時点で最も近い者が滑り込む。分かりやすく言えば「臨機応変」となろう。しかし、臨機応変と言う四字熟語ほど無責任な言葉は無い。

 

さて、3人で作戦を復唱したりしているとカウントダウンが始まった。既に使徒は地球へ侵入して姿はクッキリと見える。NERV本部は使徒の動向を監視して、彼らに最新情報と予測を送り続ける。死地へ送り込んだ以上は最大の支援をしなければ割に合わない。

 

(発進!)

 

臨時的に全権を委譲されている葛城ミサトの短単語で3機は駆け出した。あくまでも汎用ヒト型決戦兵器のためエヴァの初速は大して速くないが、加速性能は相応に高く数分も経てばソニックブームを発するまでの速度を誇った。各自は定められたルートに沿いながら使徒を注視し続ける。

 

「現状では私が間に合いそう!」

 

(ごめん、零号機からは遠い)

 

(初号機なら間に合うかも!)

 

「いくわよ!シンジ!」

 

幸いにも女の勘が見事に的中して予測落下地点は初号機と弐号機から近く、両機で若干のタイムラグが生じるが着弾まで十分に間に合ってくれそうだった。残りの零号機はやや遠くてどうしても到着が遅れ、受け止め役が頑張っている隙に止めを刺す役割を自動的に担わされる。

 

(頼むわ!2人とも!)

 

「わかってるちゅうのぉ!」

 

(はい!)

 

最短距離での移動はルートから軽く外れる。ただ、軽く機体をずらす程度なので無駄は無い。念のため、速度を維持したままルートを修正する足場が組まれているが出番はなかった。表示される各機の動きは自機を除く2機が一目散に向かっている。この調子なら時間稼ぎは果たせた。

 

「着弾まで、残り10秒っ!」

 

間に合いそうであることに偽りはない。とは言え、ギリギリ勝負になって秒単位の滑り込みセーフとなろう。使徒の姿は誰の目からも明らかで、今までは遠近法とATフィールドで小さく見えていた姿はエヴァとは比較にならない。とてつもない巨大な姿を周囲に誇示している。どうやら、落下の途中で変形したらしく、その容姿はカラフルに見えた。その実際は万物をを破壊する質量爆弾だが。

 

「シンジっ!」

 

(大丈夫!この程度の痛みは何てことない)

 

弐号機が滑り込む時には既にシンジが操る初号機が受け止めようと努めていたではないか。どうやら、彼は類まれな操縦技術と一切無駄が無い走行、エヴァ初号機の性能を発揮して弐号機よりも早く間に合った。だが、単騎だけで巨大使徒爆弾を受けると想像を絶する負担がかかり、機体だけでなくパイロットにも甚大なダメージを与えかねない。事実として初号機は押しつぶされかけて、特に負担がかかる両腕と両脚の装甲板が弾け飛び、中の人工筋肉が暴露された。見るに堪えないかもしれない光景だが、すぐに救援に入らねばならない。

 

だが。

 

(ダメだ!僕だけでいい!)

 

「ど、どうし…」

 

(見ての通りなんだ!ガッアァ!)

 

使徒直下まで入ったアスカが目にしたのは、初号機が子使徒に貫かれた残忍なことだった。子使徒は着弾を防ぐ初号機を物理的に押しつぶす以外に確実に傷を与えてパイロットを行動不能に陥れる。掌を貫通して膝にまで至る長い槍がもたらす痛みは半端ではないが、シンジは仲間が痛みを受けることを嫌った。更に言えば、美しい身体が穢れた使徒によって傷つけられることが許せなかった。全身を襲う負担と激痛に耐えて使徒を留め、到着したアスカや間もなくのレイに止めを任せることを選んだ。

 

彼の覚悟には敬意を表せねばならない。

 

「っち!こんの使徒風情がぁ!」

 

愛する少年を傷つけられたことで激情に駆られたアスカは白兵戦用のナイフを取り出し、二刀流でコアを切り刻んでやると。私のことを命を張って守り切ろうとするシンジを一刻でも早く助け出し、受けた傷を癒すために懸命の看病をしなければならない。

 

「なっ!逃げるなぁ!」

 

ナイフが切り刻む僅か前にコアが爆発的な加速で逃げた。基本的に使徒のコアは固定されていて、硬く守られているが今回は例外的に隙だらけである。もちろん、ATフィールドを張って最小限の防御は整えており攻撃偏重型の使徒にしては守りは硬かった。しかし、エヴァの力でATフィールドは無効化されてしまう。そこで使徒は超高速でコアを動かす逃げで対応する。外側がエヴァでも所詮は中身が非力な人間のため、残像で不動に見えるコアを捉えることは不可能。当てずっぽうにナイフを刺そうとすれば外れ、追加の子使徒から反撃を貰いかねなかった。愛するシンジが負担に痛みに耐えているのに、更に外してしまって自分も貫かれることは御免被りたかった。

 

「どうすれば…」

 

いくらアスカでもこの状況における最適手を見いだせない。想定していなかった使徒の逃避行を捉えるには一撃で確実に決める必要があった。

 

と、ここで待望の救援が到着する。

 

(は、早く!碇君を助けてっ!)

 

苦しみが混じった悲痛な叫びが聞こえたかと思えば、遅れた零号機がコアを鷲掴みにしている。零号機を操るレイの驚異的な動体視力が垣間見えるが、今はそんなことを思っている暇なんぞなかった。零号機がコアを掴んでいる間はまたとないチャンスに尽きる。レイが叫んだ通りでシンジを救うためにも、今の瞬間を逃す手は無かった。

 

「こんにゃろぉ!手間をかけさせやがってぇ!」

 

アスカの怒りが込められた必殺のナイフはコアに突き刺さり、X字にクロスするように切り裂いた。だが、亀裂が入った程度でまだ完全に崩壊には届かなかった。

 

「これで…お終い!」

 

最後のダメ押しに全力の膝蹴りを見舞った。膝蹴りで押し込まれた2つのナイフはコアに破壊の限りを尽くして大決壊を開始させる。ガラス球が割れるのと同じで破裂し、周囲一帯に深紅の液体をまき散らした。なんという環境汚染だろうか。使徒には自然を愛する気持ちを持って欲しいものである。

 

何とかしての3人がかりで間一髪の勝利を納めたシンジ、アスカ、レイの皆が疲労困憊に襲われる。ホッとした直後に猛烈な疲労感で暫くは動けそうに無い。今頃、本部の方で回収班と医療班を大至急で向けてくれているはずだ。

 

「シンジ…帰ったら。心身ともに満たしてあげて癒さなきゃ」

 

続く



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月面会談と傷を負った神

ちょっと文字数の都合で二部構成です。


~白き月~

 

古来から人間を魅了し思いを馳せさせた白い月は地上の民が思う姿とはかけ離れた。血のような赤い液体で描かれた十字架が刻まれ、地表には多数の建造物が設けられる。また、一際大きな建造物があると思って覗いてみれば、そこでは湯船につかるような態勢で巨人が座した。顔に当たる部分には奇怪な面をつけており、素性を悟られないよう努めているらしい。

 

そんな巨人の前で何も隠そうとしない裸の美しい少年が微笑を浮かべて立ち、隣には上下で制服を着こなした老人が表情を変えず無で立った。両者共に綺麗な直立姿勢で猫背からは程遠かった。凛とした姿勢は年齢を窺わせないが、月の上で普通に立つことが可能な力には恐れ入る。いったい、何者なんだ。

 

「第八の使徒殲滅に成功したようです。流石は碇シンジ君…僕が行かなくても大丈夫か」

 

「彼は最早私のような老いぼれには測れない存在になった。誰よりも老いて捨て去れてもおかしくない爺が彼の側近を14年も先まで務められるとはね。彼は私を過大評価している」

 

「まるで姥捨て山ですね。最終的には老婆の知恵が生きて良い話で終わります。いわば、ハッピーエンドと」

 

「渚カ…第一の使徒タブリスが日本の古典を存じているとね」

 

姥捨て山の話は日本古典の中でも比較的に有名な話と思われる。簡潔に纏めれば「老人を大切にしよう」と言う教訓的な内容だ。もちろん、老いた人は大切にしなければならない。それは現代でも十分に通用することだったが、どうも適用する先が間違っているように聞こえる。

 

「僕はあなたが思っているよりも多趣味で文化人を志しています。文学から音楽までリリンの文化は興味深いものばかりです。しかし、こんな世を自ら幾度となく破壊してきたリリンは完全ではないことが良く理解出来ました。彼と彼女が目指す世は完全な大いなる存在に治められた祝福の世でしょう」

 

「まだ分からんよ。全ての匙加減は彼が決める。私はあくまでも仲介役として下請けに走るだけだ。あいにく、私は世を治めることにさして興味は無い。彼と彼女が存分に治められるよう基礎を作り維持することに私の使命がある」

 

「地球が儀式により細部まで紅に染まり、その先は碇シンジ君の願うがままに。僕も土台作りに参加させてもらいますよ。流石に年老いたあなただけに押し付けては良心が痛みます」

 

「人に近しい心があり、神に理解のある使徒で助かる。一応、君の要望にも応えさせてもらう」

 

「よしなにお願いします」

 

一旦会話を止めて2人の背面に位置した地球を振り返る。大災厄を受けて海が紅く染まったため遥か遠方からは赤い球に見えた。何十年と前の時代においては初めて宇宙の有人飛行に成功した偉人は地球が青かったことを残したが、地球は反対で赤々としている。人は富を得るため母なる大地を喰らいつくしたが、よもや表向きだけの崇高な願いのために母と父のみならず兄弟姉妹までをも喰らうとは想像以上だった。よって、穢れ壊れた世を修復するため神の子と伴侶の天使達が儀式を始める。

 

この世を完全たるに治めることを願って。

 

「まだ降りられないことが残念で堪りません。抜け駆けしたいのですが」

 

「すまんが、もう少し我慢してくれ。君の役目はディファ―・サードインパクトの終息と後処理まで役目は無い。君が単なる客人であれば我々の母なる大地を観光してもらいたかったが、今来られては人の目が多すぎる。ましてや、この特設されたエヴァンゲリオンMK-6Aを大衆に晒すわけにはいかん」

 

「僕のためだけに作られたエヴァンゲリオン。身の丈に合わない贅沢をいただいていいのですか?」

 

「構わん。エヴァは持つべきものが持たねばならん。君が乗らずしてどうする。まさか私が収束の手を打つわけか?」

 

至極真面目なつもりで言い放ったが、受け取った少年は破顔一笑の四字熟語が最も似合う輝かしい表情になった。

 

「あなたなら可能でしょう。一人で彼の注文をこなした冬月コウゾウ先生なら」

 

「君から先生呼びされると怖いな」

 

この後も意味ありげな会話が続けられた。月面上で行われた珍妙な会談は後世に甚大な被害を与える大災厄の行く末を決定付けることになった。

 

~愛の住処~

 

日中に繰り広げられた使徒とNERVの激闘で痛ましい傷を負わされたのが月でも話題の碇シンジ君だった。彼は両掌を子使徒の槍に完全に貫かれてしまい、フィードバックから受けた傷を雑菌から守るため滅菌済み包帯でグルグル巻きにされた。包帯にはにじみ出た鮮血が彩る。流石に滲んだ包帯で過ごしては自身以外の周囲に迷惑をかけてしまうため、状況に応じて交換することが命じられた。

 

無論、両手が満足に使えない以上は己では出来ず、同居する愛する人に巻いてもらう。

 

「はい、動かないでね」

 

「ありがとう」

 

「何言ってんの。私に怪我させないと自分を犠牲にしておいて。感謝したいのはこっちの方」

 

シンジは愛するアスカを庇って自分が深く痛い傷を負うことを一切厭わなかった。男が受ける傷は総じて名誉の傷であり、愛する者を庇った傷は最高級の褒章であろう。よって、彼は名誉の傷を誇るも世話を焼かせてしまうことには申し訳なさがあった。対して、庇ってもらったアスカは傷一つ無く生還したことが彼の犠牲により成り立つことを一番理解し、率先して自宅療養の看護を買って出て献身を尽くした。

 

「痛くない?」

 

「痛くないよ。痛みは忘れたんだ」

 

傷口は確かに形成されているが、ウニウニと動いていて気味悪さが目立つ。しかし、2人とも気味悪がることなく淡々と包帯を巻いて巻かれた。常人ではありえない動きは彼が人を超えたことを意味する。事実として血は出ても麻酔で痛覚が消えたようにケロッとしていた。

 

「はい、右手終わり。次、左手」

 

「どうぞ」

 

右手の巻き直しを終えて左手にシフトする。ソファに体を預けているシンジの隣にアスカが座って作業を行った。隣で丁寧に巻き巻きするアスカは真剣そのものだが、シンジは一種の愛おしさを感じて思わず額にキスしてしまった。普通に考えれば作業の邪魔で狂いそうである。しかし、彼女は意に介さずに続行して寸分狂わず綺麗に終えた。

 

「無理しないでいいのよ。傷が治ればいつでもどこでも受け入れるから」

 

「そんなの嫌だよ」

 

「強情なこと。ま、そんなところが好き。でも、体を綺麗に洗わないとね。両手が利きづらいでしょ?ほら、一緒にシャワーでも浴びましょ」

 

ソファーから立ち上がれば脱衣所を経由して浴室へ向かった。

 

互いに身を清めたら、そのまま寝室へ向かうだけだ。

 

そこから先は秘密である。

 

続く



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悲劇は喜劇になりて演者は退場し客は高らかに笑う

安心と信頼の北アメリカNERV消滅


月からの帰還間もなく第八の使徒との決戦の報告を受けた老人は部下に一切叱責を行わなかった。それどころか、まさか有り得ないぐらいに労った。自分がいない中で従来の戦法が通用しない敵に対し、エヴァ3機の総力出撃と原始的な作戦を繰り出して撃破する。3機の内で最も重要と言って差し支えない初号機が損傷し、パイロットも負傷しているが許容範囲内である。使徒に完全な勝利を納めることは不可能で多少の犠牲は覚悟の上でいるべきだった。今回は加えて自爆型使徒のデータも得られたので、叱責するような点はどこにも見られない。

 

今回の激闘で使徒への恐ろしさが薄れつつあったNERVは引き締まり、階級を問わず全ての職員が一層仕事に取り組んだ。老人も例外ではなく、表向きの仕事と裏の仕事を両方ともを素早く的確に進める。予定を狂わせるわけにはいかない。

 

「私だが…」

 

内線がけたたましく鳴った。直ちに応答すると明らかに常時とは思えない切羽詰まった声を以て報告がなされる。短い返事を繰り返すばかりであり、特にめぼしい反応を返さない。まるで自分が仕組んだことを確認するかのように。

 

「万事承知した。向こうのエヴァと我々のエヴァは思想の段階から大きく異なる。心配したくなる気持ちは理解できるが別に要らぬことだ。引き続き情報収集に努めてくれたまえ」

 

おもむろに立ち上がり、大きな一面張りのガラス越しで外の景色を眺めた。既に多忙な時期に追加の忙しいを加えられた事態を受け、これからの仕事の割り振りなどを考えている。基本的に(表向きの)面倒な仕事は部下達に押し付ければよかった。特段の問題はなくても(裏の)面倒な仕事を処理する方策を再確認して修正を入れようか考える。

 

「NERV第三支部(通称アメリカNERV)が正体不明の事故により完全に消滅した。原因は不明で未確定とされているが、まぁ間違いなくエヴァンゲリオン肆号機の自爆による。あれは力を持ってはならない愚かな人間が強欲が招いた自滅だ」

 

報告の内容は関係者にとってショッキング過ぎる事態だった。なんと、名は支部でも同胞のアメリカNERVが完全に消滅したらしい。厳密には正体不明の大爆発が支部で発生し、周囲一帯を抉り取っていったと。現地の状態は人工衛星から送られた写真や映像だけで分析する必要があり、微細なまでの原因究明は現時点では不可能だった。しかし、赤い海を挟んだ土地の事情を知っている者は容易に原因が読めてしまう。アメリカNERVはNERV本部(日本NERV)に対抗するべく、新型機を建造した上で使徒の力の源であるS2機関のコピー&人工化を目指した。無限機関のS2機関を複製して且つ人工の製造に成功すれば対使徒戦で世界を出し抜くことができ、全ての使徒を撃破した後の世において絶対的な地位を作り上げることが可能となる。つまりは自己の益のために危険な博打に出た。余程追い込まれていない限り、博打はやるものではない。ましてや、強欲を滾らせてまでとは思わないだろうに。

 

崇高からかけ離れている願いが迎えた結果は…破滅だった。

 

(試験機として建造されたエヴァ肆号機は人工のS2機関を搭載して各試験を行っていたはず。搭載されていたのは初期生産にも至らないプロトタイプか。よくもまぁ、あれだけ不安定な代物を器に載せようと思った。人が手にするべきではない。だから、神によって粛清されたのだよ)

 

複雑に絡み合った事情だが起点は1点に集中している。何人たりとも神に近づこうと試みれば身の程を知らされる。

 

「フッ…」

 

薄っすらと笑って思考を切り替えてから作業に戻った。作業と言ってもタブレット端末に表示される専門的な単語に数値と睨めっこし、時折唸っては修正を入れてより良くする努力を怠らない。手を抜くべき仕事は際限なく手を抜き、拘りを持つべき仕事は遠慮容赦なく拘りを貫いた。キリの良い箇所で止まれば傍らのコーヒーを啜る。

 

「次世代型にして自律制御が可能な量産型エヴァンゲリオンの開発。有人機より性能は幾分か劣るだろうが数ですり潰す運用のためにどうでもよい。所詮は使い捨てに等しい集中投入を前提とした捨て駒のエヴァだ。ディファー・サードインパクトが生み出した戦乱の世において主力を務めてもらう。そして、これが君の機体になるよシンジ君」

 

「器用に隠れたと思ったんだけどなぁ」

 

「上手に気配を消したつもりかもしれんね。だけど、60年以上生きて来た爺には通用せん。それはさておき、君のエヴァンゲリオン初号機は改修が進んでいると思うが」

 

第三の少年碇シンジが操るエヴァは初号機と決まっている。その初号機は損傷したため、数少ないスペアパーツを使って修復が急がれた。NERV創設初期から存在する機は思い入れが込められている。よって、修復の名目で近代改修が施された。どれだけ思い入れが込められても、熱い想いが体現されなければ意味が無い。戦闘システムなどは大幅な更新によって刷新され、機体本体は新型特殊装甲に張り替えるなど全体的にテコ入れが試みられた。

 

「ありがとうございます。冬月コウゾウ先生。僕とアスカ、綾波のために」

 

「なに、これぐらいは私の仕事の範疇に収まる。エヴァは私の専門分野であり、最も得意とすることなんだからね。この初号機改は君の使徒戦を大いに変える。ついでに言うと、コアのリミッターも外しておいた。思う存分暴れるといいだろう」

 

「はい。話は変わりますが、僕の『弟』はどうなりましたか?」

 

「あぁ!」と冬月コウゾウは両手を叩き、すっと立ち上がってシンジ君の肩に手を置いた。両者顔を合わせれば笑い合って部屋を後にした。会話は断ち切られて意志疎通は困難なはずだが、祖父と孫に言葉は不要であり以心伝心を見せつける。彼らが向かう先は地下にあるNERV本部の中でも最下層を超えた未知の場所だった。下位の職員は当然として幹部級ですら存在を把握していない。良くても都市伝説として冗談交じりに過ぎなかった。エレベーターを乗り継いでも真なる最下層部までは15分以上を要し、到着した先には危険マークが付いた重厚な扉が2人を阻んだ。専用のカードキーと暗号、生体認証を動員して承認されると道が開かれる。

 

空間には数多ものケーブやホースが繋がった水槽が並んでいた。水槽を満たす液体は薄いオレンジ色をしており、少なくとも水ではないことが分かる。下から上に泡が浮かぶのは酸素が供給されているのだろうか。金魚か熱帯魚を飼育するには豪華な設備であるが、水槽の中にいる存在から勘定すれば相応以上である。

 

「やぁ…僕の弟達」

 

「本来は量産機用のクローンパイロットを用意するためだったが、量産機はダミーシステムの実用化によって無人運用に変更されている。せっかくの設備を腐らせては勿体なかった。しかし、それにしても君の優秀な『弟』を用意させ、オップファータイプのエヴァンゲリオンのパイロットにする計画には度肝を抜かれた。彼女には悪いが君の『弟』の方が戦力になり得るな」

 

「そうかもしれませんね。あと、エヴァンゲリオンMK-01はまだですか?弟達を早く解き放ってあげたくて」

 

「なにも焦る必要はない。適切な時に解き放てるように準備を進めているが、機体は第壱拾参号機を踏襲し、正規版のS2機関の調整もあって先にならざるを得ん。すまんね」

 

「いえ、儀式に間に合うなら文句はありません。本当に何から何までありがとうございます」

 

深々と頭を下げた少年に対し老人は短く答えた。

 

「君たちの幸せのためだ」

 

続く



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踊り狂えマスカレード

あと少しで10万UAなんですよね。

はい、まぁ、そういうことなんでね。

えぇ…はい。

ね?


「え?エヴァ全機の緊急点検?」

 

(そうなんだ。面倒なことに、一目散に逃げ散った臆病者達はエヴァの緊急点検を命じた。責務を果たさず我が身だけを大事にする姿勢には感心できんが、どうであれNERVはNERVとして命じられたら面従腹背でも行うしかなかった。したがって、初号機、零号機、弐号機は一時固定して点検と称した改修作業を続ける。それに伴い、各パイロットは自宅待機となった。急すぎることは承知している。本当に申し訳ない)

 

朝から電話が鳴り響き、意識をハッキリさせてから受話器を持って通話を始めた。相手はNERVのトップにして恩人である冬月コウゾウ先生だった。老人から伝えられたのはエヴァ3機が一旦仕舞いこまれて、3機仲良く総点検を受けることになったため、パイロットは暫くの休養が与えられるとのこと。何故このようになったかと言えば、先日発生したNERV第三支部の消滅事故としか言いようが無い。あれはエヴァ肆号機がS2機関の試験中に暴走した結果と仮説が立てられ、ほぼほぼ確実だと見られている。つまりは、日本のエヴァも同様の事故を引き起こす可能性が否めず、やむなく緊急の点検が命じられた。出撃は当然ながら実機訓練も不可能となり、急にパイロットは暇になった。シミュレーターを使えば良いかもしれないが、万が一のことを考えてエヴァからパイロットを引き離したい狙いが透けている。

 

かくして、彼らは手持ち無沙汰な休養を送らざるを得なくなってしまった。前々から決められた休みならば事前に計画を組んで外出できる。しかし、朝に急に連絡を受け、軽くだが路頭に迷った。自宅待機を前提として「好きに過ごしてもらって構わない」と言われても、はてさて困り果ててしまう。

 

「わかりました。こっちも動けるように整えておきます」

 

(そうしてくれると助かるよ。では、ゆっくりと過ごしてくれ)

 

受話器を置き、シンジはとりあえず朝食の準備に戻った。家族はスヤスヤ寝ているため、彼は音を生じさせないよう最大限の配慮をして家事に取り掛かる。家事を丁寧に遂行しながら頭では今日の過ごし方を懸命に考えた。

 

~朝を終えて~

 

「な~んで、私たちは悪くないのにさ。外に出れないのよぉ」

 

「仕方ない…のかな」

 

目覚めて急な休みを告げられて一日家に引きこもっていると言われては「退屈」の熟語を出す以外の選択肢は無かった。外に出ることが許されていれば街にデートへ繰り出し、マリアナ海溝より遥か深く、エベレストより遥か高い2人の愛を昇華させられたのに。まったく、残念極まれしである。

 

ただ、せっかくのステイホームなのだ。これを活かさぬ手はなく、シンジは機転を利かせて穏やかな時間を送ることを提案する。アスカは素直に受け入れてくれた。2人は家族用ソファーに身体を預け、ふわふわに甘えて程よく力を抜いている。そして、テーブルに置かれたNERV農園印のミカンやリンゴに時折手を伸ばした。収穫してから僅かな時間で送られるフレッシュなフルーツは美味の一言に尽きる。

 

「ほら始まるよ」

 

「ん、そうね」

 

2人はテーブルを挟んで映画鑑賞に興じた。上映するテレビ本体は貯めたお給料を消化する際に購入したハイグレート品である。大きさ自体は平均より少し上の55インチだが、カラーは鮮やかに彩られており画質は最上級で贅沢でしかなかった。相応にお値段は張っても、基本が高く、且つ加えて手当がテンコ盛りになる彼らのお給料は中々である。生活費など諸々を差し引いた貯蓄は笑えない程にあった。余談から本筋に話を戻し、チョイスした映画は『オペラ座の怪人』らしい。言わずと知れたミュージカルの名作を映画版で楽しむ。ただでさえ美しいストーリーと情景に、思わず聞き入る劇中歌は最高以外の何物でもない。欲を言えば、本場の劇場で楽しみたかったが、この世界で贅沢を言わせてもらうだけ有りがたい。自宅で没入させてくれることに感謝すべきかもしれない。

 

「…」

 

「…」

 

劇場とはかけ離れた自宅にも関わらず、シンジもアスカも食い入るように見つめている。2人ともに瞬きを煩わしく思う程に熱中した。一瞬一瞬が宝物に等しい。そんなこんなで鑑賞していると時間はあっという間に過ぎていった。当初は困り果て、手持ち無沙汰な休日は映画鑑賞によって有意義な日へと変貌を遂げる。用意したフルーツもドリンクも終劇を迎える頃にはすっからかんで尽きた。エンドロールが終わった後は各々で振り返って感傷に浸る。珍しくこの時間だけは相互に干渉しなかった。感想の交換などは一切行わないことがキモである。変に共有すれば忽ち喧嘩が始まってしまうだろう。滅多に喧嘩しないことで有名な夫婦が些細なことで喧嘩をするわけがない。相互に尊重する心がけは愛の形成に通用した。

 

さて、己の世界から戻って来たシンジは片づけを済ませるために立ち上がった。

 

すると、袖を引っ張られる。

 

「待って」

 

「なに?もう一回見たいの?」

 

「違う…私と踊って欲しいの」

 

アスカの可愛げのある申し出にシンジは含みのある笑みを付けて答えた。

 

「喜んでお受けます。僕のお姫様」

 

彼らの自宅は優雅に貴族らしく踊れる広さはなかった。愛の宮殿であることに嘘偽りはないが、物理的には日本らしい家だった。しかし、そんなことは関係ない。多少は窮屈だとしても2人の踊りを妨げることは不可能だ。

 

さて、踊りには音楽が必要不可欠であり、且つ適した音楽でなければならない。

 

そうとも、オペラ座の音楽が必須であろうよ。

 

カチッ!

 

♪~♪~♪

 

「仮面は無いけど、僕たちだけのマスカレード(仮面舞踏会)だから」

 

「流石ね。私の王子様」

 

奏でられるはマスカレードだ。この場においてマスカレード以外の音楽は考えられなかった。厳密には仮面を着用して顔を隠した上で踊り合うのだが、2人しかいないため仮面をつける意味は無い。今回は彼らの彼らによる彼らのためのマスカレードで勘弁願いたい。

 

さぁさぁ、体力続く限り狂ったように踊って楽しもうではないか。

 

誰にも邪魔できないのだから。

 

「ステップ…ステップ…上手なのね」

 

「これぐらいはね。じゃなきゃ、エヴァパイロットは務まらない」

 

見事なステップで繰り広げる踊りは止まらなかった。

 

奇しくも、この踊りが後に役立つとは思わない。

 

マスカレードは終わらないのだから。

 

続く



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贄と捕食者は時にして逆である

またせたなぁ


今日ばかりの特設された仮の発進所へ向かうエレベーターに少年が一人だ。

 

「すまないね。慣れ親しんだ初号機から離れることになってしまって」

 

「構いません。別に初号機も凍結って言うだけで本当は動かせるんですよね」

 

「もちろんだとも。私が作り上げた機体を自ら凍らせることがあると思うか?」

 

「ありません」

 

「そういうことだ」

 

中では特注品のスーツに身を包む少年の姿がある。普段は初号機に乗って使徒と戦う彼だが、今日はとあるエヴァの起動試験を行う関係で情報収集用の特注品を着こなした。もっとも、生命維持など基本的なことは全て共通し特段気にする点はない。機能面では何ら不都合なかったがファッションでは難点が存在した。それはやけにスケスケなことであり、テストパイロットに少年が選出されたことは何となく察せる。まさかだがスケスケスーツを少女に着せるわけにはいかなかった。

 

「それでは、健闘を祈るよ。私は地下で雑務をこなしているからね」

 

「はい」

 

携帯電話の通話を切り少年は最後の準備に移る。準備と言っても落ち着くだけだ。起動試験の内容はさして難しいものではなく単調な動きを行う程度である。既にエヴァ3機体制が組まれている日本のNERV本部では追加の機体は不要でありデータ取りだけで終わらせるつもりだった。

 

(エヴァ参号機かぁ。さっさと終わらせるかな)

 

先日の肆号機自爆事故を受けて参号機は日本に送られている。表向きの理由はエヴァの運用で実績がある日本で処分してもらうことであり、実際の理由は自爆事故を再び起こされては堪らないため押し付けた。なんとも酷いわけでありため息すら出なかったが当事者達は笑い合う。

 

エレベーターで上がった先には簡易的な乗降用のホームがあり、いつも通りの作業を進めてプラグに入り参号機とのシンクロを開始した。元々専用のパイロットがいない次世代型のエヴァのため試験程度ならば誰でもウェルカムだろう。日本で運用する専用機は高い戦闘力を発揮する反面で融通が利かなかった。

 

「シンクロ開始…問題なし」

 

試験用にシステムが組まれていることもあってシンクロは迅速に完了する。周囲の景色が見えて一安心できた。開始までは10分少々あるためリラックスして待つが突如として歪みが生じ始める。歪みを確認した最初は軽い不具合だと思い気にしなかった。しかし、歪みはあっという間に広がり続けて中は異様な空間に包まれる。周囲に光の十字架が立って謎の笑い声が聞こえてきた。これは異常事態としか思えない。

 

しかし、碇シンジは全く動じなかった。己の真っ正面から自分が迫って来ても何食わぬ顔を維持する。まるでドッペルゲンガーのような奇怪な現象が起きているが山の如き不動心を貫き続けるが、途端に真剣な表情から一転して表情を綻ばせて微笑に移った。

 

(ねぇ、こっちに来ようよ。そんな湿気た人生なんて送らないでさ)

 

「悪いけど僕はこの生き方が良いんだ。それに、君が僕を食らいに赴いたことはあいにく果たせないようだね。安心してもらっていいよ。君が僕を食らうんじゃなくて僕が君を食らうんだから」

 

(なにを言っているんだ…)

 

「僕は神の子なんだよ!」

 

ドッペルゲンガーらしき自分の影にシンジは猛然と食らいつく。まさに捕食者だった。

 

~指揮所~

 

NERV本部の指揮所は騒がしい。使徒出現時よりも遥かに緊張感もあった。

 

「仮設指揮所との連絡途絶!」

 

「参号機の状態、一切わかりません!」

 

「地表の映像をメインモニターに出します!」

 

試験の関係で一部職員が出払って人が少なくても残留の職員で慌てながら仕事を回している。なぜ騒がしさを急に増したのかというと地上で待機中のエヴァ参号機が突如として起動すると暴走を開始したからだった。起動した後に全ての通信が途絶して把握は不可能である。また、地上に設けられた仮設の指揮所も潰滅したらしく連絡を取れなかった。したがって、辛うじて生きている地上のカメラから送られる映像で確認するしかない。

 

実質的なトップである冬月コウゾウは上段からメインモニターを注視した。望遠された先にはもがき苦しむエヴァ参号機が映る。とても言葉にして表現できない悲痛な叫び声を発しながらバタバタと苦しんでいた。何か意思があっての行動なのかすら不明である。

 

「パイロットの状況はどうなっている」

 

「意識が混濁しており生命に関わる危機が生じているとしか…」

 

「パターンは」

 

「MAGIは回答を保留しています…」

 

あり得ない異常事態に世界最高峰の人工知能ですら回答を出せなかった。非常時に対して弱い人間が的確に動けるわけがない。しかし、冬月は年齢相応の落ち着きを見せ直ちに指示を発した。

 

「そうか…現段階を以て参号機は登録を全て抹消する。そして、あれは第九の使徒と断定して即刻の排除を命じる。エヴァ弐号機と零号機の出撃を急げ」

 

「参号機を殲滅するのですかっ!」

 

「焦るな。2機のエヴァによる救出を第一として排除はその後だ」

 

「は、はい!」

 

試験中に使徒が襲撃するは容易に予想された都合でエヴァ2機はいつでも出撃できる体勢を整えている。パイロットも着替え済みでいつでも出られるが事情を知らされると大いに動揺せざるを得なかった。あれだけ親交を深めた少年が蝕まれているという事実は信じたくなくて当たり前である。

 

「彼は必至に抵抗しているのだよ。孤独な戦いを行っている。だから我々は助けなければならん」

 

第九の使徒となった元参号機にはシンジが乗っていた。プラグの強制排出など外部との連絡が遮断されてしまい通常の殲滅手段は採れない。せめて彼を助け出してからの殲滅が良心的と思われた。もっとも、手緩い手段を採らずに断固殲滅を主張する者がいるかもしれない。彼を救出するか又は諸共殲滅するかは甲乙つけられない正解のない選択だ。

 

さて、緊急出撃で地上に放り出された弐号機と零号機は素早く山を盾にして挟撃を選択する。歴戦の2人を以てしても即座に行動に移せる事態ではないため一旦は冬月の指示を待った。

 

「聞こえるかね2人とも」

 

(はい)

 

(問題なし)

 

「よろしい、通信妨害は参号機だけだな。君たちも分かる通りシンジ君は蝕まれようとも抗っている。自らの犠牲を厭わず我々に被害を出さぬよう懸命に抵抗したが傍観は許されない」

 

(あったり前じゃない)

 

(アスカの言う通り)

 

「うむ、責任は私がとる。まずは2人で挟撃を仕掛け参号機こと第九の使徒を拘束し、それからナイフで丁寧にプラグだけ回収するしか方法はないようだ。汚染された機体に触れることになるが上手く避けてくれ」

 

随分と無理難題を言うと誰もが思う。しかし、このように指示するしかないことも事実だ。なるほど、いわゆる『如何ともし難い』とはこのことを言うのだろう。それを理解しているアスカとレイはお互いに画面越しに顔を見合わせた。そして、呼吸を合わせて少女らは参号機へ飛びかかる。

 

~同時期~

 

「なんで碇さん…」

 

世界を俯瞰する成人の女性がいた。円環は狂って一度も無かった独自のルートを紡いでいるが不安定であることは否定できない。不安定ということはどこかで付け入る隙があることを意味した。抜け目ない人物は僅かな隙を見逃さないのである。針に糸を通す精度は敬服に値したが一種の狂気が垣間見えた。

 

「私が助けに行きますからね。こんな世界は許されないんです。私にはわかります。碇さんは望んで円環を断ってやり直しを求めたんじゃない。誰かが碇さんを操って無理やり生き長らえさせている。ダメです…ダメなんです」

 

悲痛な叫びは届いているのか分からない。

 

現実と虚構の間に存在し認知できて認知できない空間に身を置く女性は一息置いてから宣言した。

 

「だから、私が行きます」

 

続く



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弱肉強食の理

投稿空きまして申し訳ありません。


悶え苦しむ参号機は異様だが容赦なく零号機と弐号機は挟撃を仕掛けた。外から把握することは不可能でも何となくで理解できるだろう。テストパイロットを買って出た碇シンジ君は内なる敵の使徒を撃滅すべく戦っていた。人間の免疫反応のように蝕む存在に対し徹底抗戦を貫いては脆き人間の矜持を見せつける。

 

(荒療治だが多少のダメージはやむを得ん。パイロットの負傷は想定範囲内とするが存分にやりなさい。強硬手段は排除せんよ)

 

「承知!」

 

使徒は想像以上の抵抗に苦戦を余儀なくされた。単純な力では人間なんて弱小に過ぎず風の前の塵に同じだった。しかし、心の強さというのは必ずしも腕っぷしとは連結していない。一見して弱そうな人間で相応に気弱でも非常時には誰もが驚くような魂を発揮する者は存在した。

 

碇シンジは己を犠牲にしてまで可能な範囲で周囲を巻き込まないよう配慮しているが、何も全部自分で抱え込もうとはせずきっと誰かが助けてくれると信じ続ける。だからこそ彼は弱くても負けはしないと言わんばかりに戦った。

 

「駄々っ子の相手は嫌いなんだけどぉ!」

 

レイの零号機が巧みに陽動を仕掛ける。参号機の操作系統は大半を握られてしまっているため救出を阻もうと蝕まれた身体が動いた。驚くべきことにエヴァを吸収し同化した使徒は己の身体を成して追加の腕をニョキっと出現させる。更には伸縮性のある腕は器用に零号機を掴みかかった。これも浸蝕と同化の恐れがあると判断したレイは上手く建物を挟んで回避する。

 

その間に迂回した弐号機が背後から飛びついた。下手にとりつくと汚染されかねないため参号機本体を掴み、両手に持ったプログレッシブナイフの斬撃を使徒腕に与え伐採し零号機への危険を排除する。無生物であるナイフは侵されることなく切れ味を保った。突如として奇襲を被った使徒は実質的な包囲網が形成されたことを理解する。あまりにもちっぽけな人間風情が抵抗するため視野が狭くなっていた。むざむざ撃滅されるような愚は犯さない。

 

「急激な縮小…」

 

「何をする気なの…」

 

使徒は戦術を大転換して外からの救援阻止とパイロット浸蝕の両立を諦めた。その代わりに後者の目標に総力を挙げるべく無駄を省き始める。あれだけ暴れ回る動きはあっという間に萎み縮んでしまった。

 

思わずアスカもレイも素っ頓狂な声を上げる。

 

使徒の狙いは死なば諸共だった。

 

~精神世界~

 

特異な環境で瓜二つどころか全く同一の碇シンジ2人が対面する。

 

「いい加減に諦めたらどうだい。神となるべき僕には通用しないんだ」

 

「そうは言われても簡単には引き下がれない」

 

2人は白い砂が広がり赤い海が押し寄せる砂浜で向かい合う形で対話を続けた。当初は猛然と襲い掛かった碇シンジに碇シンジが立ち向かい激闘を演じる。肉弾戦と言うべき戦いに勝者はいなかった。お互いに物理的にも精神的にも食らい付き合って泥仕合を演じる。途中で不毛と分かり対話を望んだが案の定で平行線が引かれた。

 

「どうやら、僕の天使たちが取り付くことに成功したみたい。もう王手だよ」

 

「そうかもしれない。そうだ、僕は負けたか」

 

これには碇シンジは眉をひそめる。使徒が模倣する自分は先までと打って変わって弱気である。しかし、使徒特有の超常的な力は健在であり奥の手を隠していると警戒した。

 

「でも降伏はしない。使徒である以上は敗北は許されなかった」

 

「…」

 

「負けでもない、勝ちでもない。最も不毛で理不尽な終わり方を選ぶよ」

 

「っち!」

 

冷静なシンジを焦らせる。

 

「耐えがたい苦痛と喪失感に襲われるがいいさ!」

 

瞬発的に後ろ飛びし態勢の立て直しを図ったが漏れなく全身を嫌悪感に包み込まれる。同時に終わることのない苦痛の円環に突き落とされた。ここは碇シンジの精神世界のため物理的なダメージは無いように思われるが、使徒の狙いは彼を無効化するべく廃人に変えようと試みたのである。傷を伴わない苦痛であるがゆえに質が悪くあり治療や緩和の手段は無く外部からの救援も届かなかった。

 

「君だけでも連れて行く!」

 

~現実世界~

 

(シンジの精神状態がっ!)

 

NERV本部の地下司令室は彼の戦いが終わったかどうか判断しかねる。よって、現場の弐号機と零号機に任せ戦闘配置は解かなった。冬月は現場主義の人間でありアスカとレイの分析を信じるが共有されるデータに目を見開き叫んだ。

 

「いかん!使徒は彼を心身ともに滅ぼそうとしている!」

 

「直ちに緊急搬送の準備!」

 

最小限の人員でも精鋭ぞろいなだけはあった。冬月の叫びから汲み取っては適切な指示を飛ばす。その叫びが意味するのは使徒がシンジ君を死なば諸共で破滅に導こうとしていることだ。幸いなことに、レイとアスカが直ぐに勘付き荒療治として汚染覚悟で参号機のプラグを2人がかりで切断し引き抜いた。使徒がシンジに寄生した以上は操作系統を彼に依存する。つまり、プラグが無理やりにでも切断されれば参号機は行動不能に陥った。もっとも、それでは不安が残るため零号機と弐号機が離脱次第にNN巡航ミサイル5発を撃ち込んでは滅却処理を図る。

 

極一部だが汚染を受けた両機は独断でシンクロを遮断した。これによってフィードバック及び神経のダメージを自身と切り離した。それから汚染部分を自ら切り落とすことで損傷を最小限に抑え込んでいる。そのパーツは一か所に集められてNN地雷で滅却処理される。これは別段気にすることではなくNERVは汚染された碇シンジ君の一点に収束した。回収時点で精神までも侵されていることは明白なため本部の最深部たる機密の詰まった区画に収容された。

 

それからして、彼のことを愛する天使2人は冬月コウゾウと面会する。

 

「これは私の不手際だ。誠に申し訳ない」

 

「別にお爺ちゃんが謝らなくていいじゃない。紆余曲折あったけど、シンジは使徒の力を奪うことに成功したんだし」

 

「どう治療するの?」

 

「そう、問題はそこじゃない」

 

「そうだな。結論から言うと肉体を捨て彼の魂だけを神の器に移植する。ネブカドネザルの予備を注入してた器を用意してある。下手なクローンではなくワンオフの彼しか入ることの許されない神たる肉体だ」

 

「流石は神の摂政ね」

 

「これぐらいはな。前世の罪滅ぼしにはならんのだよ」

 

精神が侵されたと雖も高潔なる魂までもは侵されなかった。神の子にして次の統治者となるべき少年を舐めないでもらいたい。魂さえ残って入れば肉体を移し替えることで十分に対応可能である。もちろん、次の肉体は最高峰の物が用意された。冬月コウゾウが前世より培った技術と経験から生み出した神の器が備えられる。

 

「まぁ、老婆心とでも言わせてもらおうか。私も長くはないから若い子供たちのためには何肌でも脱ぐつもりであるよ。大人は子ども達のために身を粉にして働くものだが、どうも最近の大人たちは自分の益ばかり追求している。いかんなぁ」

 

「そんなこと言わないでよ。せめて、立派な墓標を建てなくちゃ」

 

「いやぁ、そんな墓はいらん。名も無き墓標で構わない…私はそれでいい」

 

「欲がないなぁ」

 

ポーカーフェイスだが内心は安堵しているレイは心配が勝って質問した。

 

「いつぐらいには目覚めるの?」

 

「う~む…難しい質問だ。私の見立てでは彼が完全に吸収し切るまで数日を要する。それから魂の移植を行うから…ざっと一週間から二週間の間と幅をもたせてもらう。本当に申し訳ないが、こればかりは彼の好き好みによるから何とも言えない」

 

「わかりました。私とアスカで寄り添います」

 

「すまん。こんなしわがれた老人より君たちの方が遥かにマシだろう。頼んだ」

 

たとえ相手が少女であろうと誠心誠意を以て頭を下げる老人は立派だった。

 

続く



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円環を外れた副反応

色々と許してください。



NERV本部最深部

 

数多もの管や電線が繋がれた装置の中に碇シンジの姿はあった。彼は「第九の使徒に蝕まれた後の精神汚染の治療を受けている」と説明される。NERVの職員は納得せざるを得なかった。どこか陽と陰の両面を有して、時には菩薩のように慈愛を抱えるが、時には閻魔の容赦なきを下す、彼を理解するのは並大抵のことでない。

 

職員の中でも、深層という真相に辿り着きたい葛城ミサトは、本人が起きるの待つしかできなかった。NERVとSEELE、人類補完計画など、意味深長な単語は尽きない。管理モニターに映る彼の精神汚染度、スピーカーから聞こえる呼吸音に眉をひそめた。

 

「碇シンジ君に惣流・アスカ・ラングレー、綾波レイ。全ての子供たちが鍵になっている」

 

「深入りはおすすめしないぞ。葛城」

 

「やっぱり…あなたが関わっていると」

 

「すまない。せめて、隠し通せたらと思っていたが、使命に裏打ちされた探求心を侮っていたよ。俺から言えるのは少ないが、葛城には生きて欲しいからな」

 

普通の職員は入れない区画だが、彼女は使徒戦の責任者である。入室が許されて当然だった。しかし、彼は外様大名の適当な椅子を用意された職員に過ぎない。もちろん、司令と副司令の腹心であることは言わずもがなだ。

 

ここで、敢えて確認するまでもない。

 

「もう一度言う。深入りはやめておけ。真っ当に生きたいなら、成り行きに身を任せることだ…」

 

「あいにく、私は狂った実父の計画を突き止め、継承された事と物を全て不可逆的に阻止する。それが生きる意味なの」

 

「そうか、わかった。なら、俺も罪滅ぼしさせてもらうさ。他意はない」

 

返答は一個しかないと読めた。

 

とはいえ、女性の真意は本人から語られるが良い。

 

「今すぐには無理なの?」

 

「その時が来たらな。俺だって好き好んで、動けるわけじゃない」

 

昔馴染みの男の笑いは概して碌でもないことの前触れを示した。同時に、漢の笑いがなければ、どうにもならないこともある。腐れ縁と言うと悪い意味に捉えがちだった。腐れ縁と言うぐらいに長い付き合いを築いたが故に可能な妙策がある。

 

「火いるんじゃない?」

 

「助かる」

 

ここは禁煙のはずだが、2本の紫煙が揺らめいた。

 

休憩所

 

「待ち伏せって、いい度胸しているじゃない」

 

「表現を柔らかくしてほしいな。僕はイレギュラーの発生を確認した。だから、報告しにきた」

 

「良くなさそうね」

 

「良くないどころの騒ぎじゃないかな。まさか外部から干渉を受けるとは」

 

NERV本部の随所に設けられた休憩所は、ずらっと自動販売機が並んでいる。水にコーヒー、緑茶と種類は大学並みに豊富だ。また、NERV本部が24時間365日体制で動く都合で非常食の携帯食料も購入できる。普通は買われない携帯食料は1日で売れるのだから驚きだ。

 

なお、業者が補充に来るところをNERVパート職員が代理している。業者は届けるだけであり、補充作業は内部の人間が行った、外部の人間に入られては困る以上は当然の対応と言える。

 

そんな休憩所でアスカは見知らぬ少年と背合わせで話した。

 

「僕たちの世界が円環の理に縛られていること。わかるね」

 

「もちろん」

 

「そして、君が願い、彼女は呼応し、僕が連携した。三人寄れば文殊の知恵で円環の理を脱した。今の世界は言わば特異点のブラックホールと化している」

 

「それで?」

 

「何者かが何らかの手段で割り込んできた」

 

数秒の沈黙が流れる。

 

世界は途切れることなく連続した。終わりなき円環の理に囚われ、幾度となく、失敗が繰り返されている。反省は尽きず終着点を目指したが、円環の理という仕組みは堅牢を誇った。

 

バラバラだった者達は手を取り合う。一人の少年を中心に据えた同盟を組んだ。強固な円環の理と雖も世界を司る者達の前には紙紐と同然である。そして、現世界は特異点と化していた。

 

「おそらく、また別の特異点かイレギュラーの世界が察知したらしい。存在が許される終着点は一つだけだ。よって、他を排除し続けた末に僕らの世界に辿り着いている」

 

「歴史の修正が入り込んだわけね。奴らの世界が優れているって?」

 

「そこまでは、僕をしてもわからない。ただ、言えることは現世界に存在しないイレギュラーが干渉を試みている。あまり人の事に指をさせないんだよ。僕らだって、やっていることは同じなんだから」

 

特異点を生じさせるのは一つと限らない。宇宙に存在するブラックホールは複数個確認された。紙面上の論理から導かれる予想と様々な観測で得られた結果から導かれる予想より、ブラックホールは超大質量や双子まで数え切れない程にあるらしい。

 

そして、ブラックホール同士が衝突することもあり得た。

 

「面倒ね。ディファ―・サーバー・インパクトも早めた方が良いかしら」

 

「いや、どうせなら、決戦の舞台を整えよう。僕らは準備だけ整えて、儀式の遂行は任せる。現世界を左右することの重大さを身をもって教えないと」

 

「悪い男よ。ほんとね」

 

「いいんだ。清廉潔白なんて、第一の使徒には似合わなかった」

 

自然と笑みがこぼれる。ゲームが最たる例だが、簡単に事が進んでは、まったく面白くなかった。それこそ特異点を作り出す試行錯誤は、難解なゲームと同義と表する。エンディングまでには難関という難関が立ち塞がった。

 

「どう出てくるかお手並み拝見じゃない」

 

~??????????????~

 

「次元を超越して干渉した先が、こんなに狂っているなんて」

 

「碇さんの苦しみが聞こえてきます。碇さんは望んでいない。ただ、操られているだけの人形にされている」

 

「へっくし」

 

「ちょっと、時と場所を考えなさいよ」

 

「ごめんち。でも、こんな時にくしゃみするって…」

 

「迷信と断じたいけど、勘付かれたみたいね」

 

変なタイミングに原因の無いくしゃみをした際は、どこかの誰かが自分(達)の噂をしている。なんてことはない迷信と断じるのは容易だが、このような時世であるが故に信じたくもなった。

 

「向こうも、そういうこと」

 

「上手く入り込めるか。最悪サードが起こっても、仕方ない」

 

「多くの犠牲を払うのは気が引けるにゃ」

 

「大いなる目的のためには、大いなる犠牲を払わなければならない。お人好しは身を滅ぼす」

 

「辛いけど、碇さんのためなら」

 

大の虫を生かして小の虫を殺すは非情な真理だが、現世界ではより一層の非情な真理が存在している。小の虫を生かすために大の虫を殺すのが正解だった。不条理な大災厄は存続の手段なのは居た堪れないことこの上ない。

 

「あんたを殺すか生かすかは…私が握っているのよ」

 

続く



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翼をください【前】

「一撃で特殊装甲板が全部熔けたっ!?」

 

「総員退避だ!君達も逃げて構わん」

 

NERVの切り札であるエヴァ初号機と碇シンジが使えない。この状況で第十の使徒が出現した。第十の使徒は従来通りのNERV本部を直接侵攻するタイプである。しかし、使徒の火力と防御力、頭脳と全てにおいて規格外を誇った。

 

「最期まで戦います。自爆も辞しません」

 

「それを決めるのは私だが、念のため、自爆は私の所へ回してくれ」

 

地上の要塞線で時間を稼ぎ、エヴァの発進を進めるつもりが、一瞬にして防御は破られる。したがって、即座に総員退避命令が発せられた。パート職員など非戦闘員は全員が避難し、戦闘員まで漏れなく避難する。

 

しかし、葛城ミサトやオペレーターは最期まで職務を貫徹した。

 

「弐号機と零号機出せます!」

 

「武器の無制限使用を許可する。2人の好きなようにしてあげなさい。初号機は出撃待機の状態で置くように」

 

「ダミーは」

 

「無理だ。ダミーがあの使徒と戦えるか?」

 

この間に使徒はズンズン侵攻している。特殊装甲板を溶解させて本部まで一直線に通ずるシャフトから地下へ潜った。幸い、パターン青の反応は常時掴めているため、発進準備を終えた弐号機と零号機は、使徒を待ち伏せる。武器についても無制限使用を許可した。武器庫から好きな物を選ばせている。

 

残りの初号機については、碇シンジ君の除染作業が未完だった。身体的な負傷はないが、精神汚染の影響が残る。まともに操作できないはずだが、最後の希望と言わんばかりに出撃待機を命じた。

 

(ディファー遂行まで順調だが、彼から報告のあった介入が来るかどうか…)

 

NERV中枢部の外では使徒を待ち構える2機がある。

 

「来たわね…尋常じゃない威圧感。最強の拒絶ってわけ」

 

「援護射撃」

 

「まだ、撃たないで。機動戦に持ち込むから、その合間に頼んだわよ」

 

「了解」

 

使徒迎撃態勢はアスカとレイの適性から二段式が組まれた。アスカの弐号機が第十の使徒に近接戦を仕掛ける。レイの零号機は後方から援護射撃を行った。おそらく、使徒はATフィールドを展開するだろうが、2人も時間稼ぎに過ぎない。

 

ただし、厳密には少年のための舞台を整えた。

 

「先手を打たれた!」

 

威圧感が一段階上がった瞬間にその場から大きく跳躍した。使徒が大穴から姿を見せると同時に弐号機のいた所にクレーターが生じる。思わず悪態を吐きかけるが、素早く呑み込んで行儀良くに努めた。

 

「あの破壊光線を封じるだけの頭脳はあるみたいね」

 

「だめ、効かない」

 

「いいから、撃ち続けて」

 

恐ろしきや最強の拒絶である。本来は防御のATフィールドを複数枚に重ねて攻撃に転用した。最強の盾は最強の鈍器と成り得る。クレーターは常識外の圧力がかけられて生じた。弐号機への追撃は零号機が狙撃で阻止する。流石の使徒もエヴァ2機を同時に相手するのは労力を要した。

 

「こいつはまさしく化け物ね。シンジが自分を犠牲にしたぐらいはある」

 

「っ!」

 

「レイ!」

 

一定の距離を保った射撃に辟易したのか、使徒は弐号機を捨て置き始める。今度は零号機に狙いを定めた。これを察知したレイは後退を繰り返して回避する。使徒も破壊光線は回避されると理解して本気を出した。使徒の身体を構成していた黒い布が解かれる。一見して空中浮遊や防御の機能かと考えた。

 

いいや、絶対の力を司る使徒が消極的な機能を持つわけがなかろう。

 

布は瞬く間に固められて槍と化した。

 

携帯していた長銃身ライフルを放棄する。

 

「気を付けてっ!」

 

今度は弐号機に布が迫った。高い機動戦を嗜んだアスカは驚異的な集中力を発揮し、間一髪の回避を見せている。これには指揮所もハラハラドキドキを超えた緊張に包まれた。もっとも、防戦一方で攻撃の手は封印を余儀なくされた。高機動戦闘を続ける弐号機と使徒は互角とは言い難い。弐号機の回避一辺倒は苦しさの表れであり、彼女にとって、この第十の使徒は初邂逅なのだ。前世と色々と違うため探り探りを強いられる。

 

「やばいっ!」

 

着地点に定めた地面が疲労で崩れた。立て直しを図るよりも早く使徒が迫る。間一髪の回避も間に合わなかった。槍を被弾すれば戦闘不能はおろか生命の危機に直結しかねない。

 

「あなたは生きてね。私はいつでも、どこでも、皆の傍にいるから」

 

「レイっ!」

 

弐号機の前に零号機が躍り出ては自らを盾にした。

 

零号機は槍に貫かれて悲惨な姿へと変わる。

 

頭部は抉られて左腕が吹っ飛んだ。

 

「おのれ…使徒風情がぁ!」

 

零号機と綾波レイの献身は指揮所でも把握できる。

 

幹部級職員と一部のオペレーターを残した空間は沈痛が支配した。

 

~指揮所~

 

「零号機が…」

 

「ファーストの生体反応を感知できません」

 

「君たちも避難するがいい。残るのは老人だけだ」

 

「そうもいきません。最期まで見届けるのが、せめてもの仕事です」

 

ほぼ諦めている空気感である。それでも、最後の抵抗は残された。NERVは第三新東京市を丸ごとふっ飛ばす威力の爆薬が設置されている。仮に使徒がリリスへ到達しようものなら、NERV本部と第三新東京市と一緒に自爆した。

 

死なば諸共の精神である。

 

「に、弐号機まで…」

 

自爆の手順を自動から確実性に優れる手動に切り替えた。この間に弐号機が被弾したらしい。大モニターで確認するが、とても、とても、見ていられなかった。弐号機は零号機の支援を失い、劣勢の次ぐ劣勢に落とされる。

 

さらに、最悪の事態として電源ケーブルが切断された。高機動戦闘により内部電源を瞬く間に消費する。エヴァは電源を失うと鉄の案山子に突き落とされた。戦闘中に電源を確認する余裕は皆無であり、突如としてシャットダウンした虚が致命的になる。

 

レイに漏れず、弐号機も槍に貫かれた。

 

使徒は零号機と弐号機を品定めする。

 

「まさか、エヴァを捕食しようと言うのか!」

 

「エヴァを吸収することで力と知恵を両立し、自爆システムの無力化を図った。でも、残念なことに手動に切り替えたのよ」

 

自動システムはヒューマンエラーを回避した。何でもかんでも自動化すればよいとも限らない。コンピューターは万能でなく必ず弱点が存在した。知恵の実を食らった人間が最終的な裁可を下すべきで、アナログはデジタルに勝る。

 

使徒はこれを察したのか人間を駆逐しようと破壊光線を指揮所へ放った。指揮所も頑丈設計のため一発目は耐える。しかし、機器は全て破壊されて使徒と人間が対面の機会を得た。小さき人間に力を振り上げようと使徒が迫る。

 

「退避して!」

 

葛城ミサトが先んじて退避を命じたが、オペレーターたちは微動だにしなかった。今更避難しても生存の見込みは薄い。NERV本部で使徒と戦ってきた者達の覚悟は万物よりも堅くて揺るがなかった。その覚悟があるなら、子供たちに寄り添ってほしいものである。

 

使徒の顔面が目の前にまで到達し、破壊光線が放たれようとする時だった。

 

「初号機!?」

 

「ダミーが起動したのか?」

 

出撃待機状態の初号機が使徒を殴り飛ばした。初号機パイロットの碇シンジ君を完全に失念している。予想外のことに驚くオペレーターと逆に葛城ミサトは冷静に分析した。流石と言うべき観察力は見抜いている。

 

「シンジ君…なのね」

 

「早く逃げてくださいっ!僕の精神がいつまで持つかわかりません。もし、僕もだめだったら、遠慮なくやってください」

 

満身創痍であるがサードチルドレンは特攻に出撃した。弐号機のアスカと零号機のレイが倒れた現状では戦えるのは初号機の自分しかいない。2人のためにも徹底抵抗を押し立て、滅びの時まで戦い続けた。NERVを3人の墓標にするのは本望かもしれない。

 

「始めよう…シンジ君」

 

続く



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翼をください【後】

読者の皆さん「この後どうするの?」

作者「私にもわからん。本当に申し訳ない(某博士)」



初号機は絶望の使徒を指揮所から蹴り飛ばしている。エヴァの馬力は使徒に負けなかった。使徒は壁を越えて出現した初号機に驚いて一瞬でも対応が遅れる。そのまま地面へ叩きつけられた。

 

「アスカも綾波も…僕が連れて行く!」

 

初号機は使徒が起き上がる前に馬乗りになった。この使徒は多重ATフィールドに加えて本体の外殻も非常に堅牢である。非常に高い貫徹力を有する徹甲弾のAPFSFSの侵入を許さなかった。馬乗りでタコ殴りにしてもかすり傷が精々だろう。

 

「初号機の内部電源が足りません!」

 

「ケーブルは繋がってないのよ!」

 

シンジは特攻に出撃したが、重大な事を忘れている。初号機はアンビリカルケーブルを接続していなかった。簡単に言うと、内蔵バッテリーで行動しなければならない。当然ながら、激しい動きをする程に電気の消費量は半端でなかった。

 

指揮所から外へ出たミサトたちは、伊吹マヤの操作する持ち運び可能なコンピュータを介し、初号機の状態を確認している。案の定というべきか、初号機の内部電源は猛烈な勢いで消費された。あと少しで、生命維持など必要最低限に限定される非常電源に切り替わる。

 

「しまった!」

 

初号機はガクンと項垂れて動かなくなった。ついに、内部電源が底を尽きた。使徒は躊躇せず両腕の槍を突き刺し、初号機は左腕をもぎ取られ、腹部から胸部にかけて大穴が開いた。両腕を刺したまま振り回して全壊に近い指揮所へ投げつける。

 

「シンジ君っ!」

 

「初号機パイロットの神経パルスが急速に低下! 危険です!」

 

「万策尽きた…」

 

使徒は初号機を見定めるが、価値は薄いと判断した。

 

零号機と弐号機の捕食および吸収を再開する。

 

「自爆スイッチの用意を…」

 

手動による自爆を試みようとする時だった。指揮所の方から唸り声が聞こえてくる。あまりの恐怖と絶望を前にして幻聴や耳鳴りかもしれないが、唸り声は明確にエヴァンゲリオン初号機からだった。

 

「うそでしょ。エヴァ初号機からパターン青です!」

 

「まさか、第三の少年に潜む使徒が」

 

「いえ、あれは彼の意思です。きっと、自らを滅ぼしてまで」

 

初号機はむくりと起き上がる。そして、頭上に天使の光の輪を浮かべた。NERVの制御が外れた状態の「暴走」ではない。なぜなら、コンピュータは即座に使徒を示すパターン青を弾き出した。二つ目のパターン青は寸分狂うことなく、あの初号機を示している。

 

使徒は即座に両腕を投射した。初号機は試製を崩すことなくATフィールドを押し立てる。使徒の多重ATフィールドを嘲笑った。一枚のATフィールドは槍の貫通を許さない。使徒は物理攻撃が効かないと理解した。一気に距離を詰めて至近距離から破壊光線を発する。一撃で第三新東京市の無人砲台を焼却し、何十層もの特殊装甲板を溶解させた。流石の初号機も手を打たなければ、きっと、タダでは済まないだろう。

 

「これって、初号機の使徒化」

 

「いいえ。そもそも論だけど、初号機は使徒を複製している。おそらく、彼が自らの意思で使徒の力を解放した。初号機本体の力に彼の使徒の力が加わっているのよ」

 

初号機は両肩からニュっと2本の腕を追加した。失われた左腕も摩訶不思議な力で再生している。前者は碇シンジが保有を強いられた第九使徒の力であり、後者はエヴァ初号機が当初から隠し持つ力が顕現した。

 

3本の腕がATフィールドを堅持する。そして、再生した左腕をカノン砲に変えてカウンターを見舞った。周囲に絶望を振り撒いた使徒は、なんとも呆気なく、遠方まで飛ばされる。多重ATフィールドの展開が間に合わなかった。

 

ひとまず、使徒と初号機に距離は確保される。ここから初号機による大反撃と誰もが予想した。あいにく、初号機と第三の少年は、たった一人を除き、この場に立つ者の予想を裏切った。

 

「うっ!」

 

「何をするつもりなの」

 

若い女性職員は吐き気を催さざるを得ない。ボロボロの零号機と弐号機に追加の2本の腕が伸びた。新右腕と新左腕は零号機と弐号機に割り振られ、首回りの装甲板を引っぺがし、プラグを無理やりに引き抜いている。エヴァンゲリオンはロボットではない。赤い液体が噴き出したり、人工筋肉が破裂したり等々があり、弱い職員が吐き気を覚えても責められなかった。

 

2本のプラグは慎重にかつ丁寧に初号機へ届けられる。碇シンジは使徒化しても正常な思考と判断を失っていなかった。ましてや、心を通わせて愛し合う、レイとアスカを忘れることがあり得るだろうか。いいや、あり得るはずがないのだ。

 

それにしても、2人の乗ったプラグをどうするのだろうか。

 

「捕食した!?」

 

「2人を使徒から守るため、自分と一緒にいるため、一人も置いていかないため。みんなで初号機と同化するつもりね」

 

初号機は2本のプラグを順番に1本ずつ丸呑みした。これを分かりやすく表現すると、ペンギンがお魚を丸ごと飲み込むことである。レイとアスカを乗せたプラグはスッと初号機に取り込まれていった。

 

この間にも使徒が復活しそうである。初号機は抜け目のないことに定評があった。レイとアスカのプラグを丸呑みし終えると、初号機は意識を「救出と保護」から「使徒の殲滅」に切り替える。赤く染まった両目から破壊光線を発射した。使徒の真似と言われては反論できない。しかし、かの一撃は強烈に尽きて使徒の外殻はパックリと割れた。

 

初号機は重苦しい足音を立てながら使徒へ向かう。

 

「プラグ深度が確認できません! 危険すぎます!」

 

「もはや人に戻れなくなる! やめなさい!」

 

「シンジ君は選択したのよ。私達が止めることはできない」

 

使徒は初号機に対して反撃を絞り出そうとする。初号機は絶望を絶望で上書きするが如くだった。使徒の仮面を4本の腕がぐちゃぐちゃに潰している。超硬度の外殻は破壊光線に屈して心臓部のコアが丸見えだ。

 

コアは見方によればリンゴになる。いかにも、蜜が詰まって美味しそうだった。初号機は使徒からコアを乱暴にもぎ取り、何も恐れずに口へ運ぶと、恐るべき咬合力で噛み砕く。

 

コアを破壊された使徒は崩壊する。

 

それと同時に初号機も異変を生じた。

 

「何が起こっているの…」

 

「まさか、初号機は神になろうとしている」

 

これについては専門家に伺うが早かった。

 

専門家は地底湖の畔で全てを見届ける。

 

「これで良いんだな」

 

湖畔からもよく見えて、これは、これは、壮観なことである。

 

「初号機の覚醒はシンジ君の願いによる。レイ君とアスカ君と共にいたい。その願いが儀式を発動させた。すべては碇のシナリオでも、SEELEのシナリオでもない。彼と彼女たちのシナリオに即している」

 

初号機は上昇を続けるが、NERVは地下基地のため、天井が存在した。初号機はどこかで天井に突っかかる。天使の光の輪が天井へ触れた瞬間だ。地上とNERVを隔てる数十層の特殊装甲板は、ホールケーキを等分に切り分ける要領でカットされ、NERV本部から地上までが開通した。

 

「ガフの扉は開かれた。まさか、二度も同じ光景を目の当たりにするとはな」

 

初号機はゆっくりと上昇している。使徒が崩壊した後に放出する赤い液体は、いつの間にか、レイとアスカの身体を為していた。神となる初号機を2人の天使が祝福するように随伴する。老人が「ガフの扉」と呼んだ赤黒いバウムクーヘンの中心へ向かっていった。

 

「これって…もしかしなくても」

 

「セカンド・インパクトと同じ。二度目の次は三度目のサードインパクト…」

 

葛城ミサトの記憶に刻まれた光景が再生される。

 

目の前の事象と完全に合致している。

 

「世界が滅ぶ…」

 

セカンド・インパクトに次ぐサード・インパクトの帰結が目前に迫った。

 

「お父さん…」

 

そうは問屋が卸さない。

 

1本の光の槍が初号機を貫いた。

 

ガフの扉は閉じられる。

 

「仕事を始めるわよ。マリ、サクラ」

 

続く



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新劇場版:Q
章間 空白は本当にあったのか


『希望の少年は災厄の象徴へ』に入りきらなかった部分を番外編として置いておきます。




「ねぇ、シンジ」

 

「なに?」

 

「ずっとこうしてたいね」

 

「そうだね。だけど、戻らなくちゃいけない。14年も楽しんだら、ひとまず、十分じゃないかな」

 

赤い海が広がる砂浜に少年と少女の姿があった。白シャツのボタンを外し、Tシャツは破れて、ズボンもチャックが開いている。そんな学生服姿の少年がいる。一方で所々がビリビリに破れたプラグスーツ姿の少女もある。そんな2人は砂浜で押し寄せる波の音に耳を傾けた。先まで行われた純情の跡が砂浜に刻まれている。砂浜の所々は波と違った液体に染められた。

 

「もう14年も経っているのね。レイのおかげで外部世界と繋がれている。レイもいればよかったのに」

 

「綾波が初号機の守護者となることを希望している。そして、僕たちがショックを受けないため、現実世界と仲介者を務めてくれた。綾波には感謝してもし切れない。だから、必ず、僕たちの新世界を創り直さないといけない」

 

少女は少年に身体を預け、遠くを見つめた。彼女の視線の先には2人の親友の頭だけが鎮座している。此方を見つめているが、特段の不気味さや嫌悪感は覚えなかった。むしろ、見守ってくれて安心を覚える。彼女のサラサラとした長髪は撫でられる度に艶を増した。

 

「NEON GENESISか…まだ遠いのね」

 

「簡単にできたら、なんか、面白くないよ」

 

「それもそうね。予想外の介入があって、面白くなってきたもの」

 

この世界が現実世界でないことは自明の理だ。

 

世界は円環の中で動いている。この円環を外れて独自の道を歩み始めたが、想定外のイレギュラーが発生した。円環を外れた副反応に別の世界と交錯してもおかしくない。その交錯がお互いに譲り合って回避する、または片方が譲って回避するが好ましかった。

 

問題は互いに譲らないで衝突する場合である。

 

「うっ」

 

「あたしが守るから。何も心配しなくていいから」

 

少女は少年を勢いよく押し倒した。豊かな母が顔に覆い被さる。彼女の呼びかけに反応したくても、モゴモゴと上手く伝えられない。沸き上がる感情が優先されて気づけなかった。むしろ、力を強めてしまった。

 

「あいつらには身体も魂も渡さない。慰み者にされるぐらいなら一緒に…」

 

力強く宣言することは中断を余儀なくされる。少女は恍惚とした表情で身を捩じらせた。

 

「わかった、わかった。残された期間を無駄にしなくないんでしょ。ほら、来てよ…」

 

あれから目覚ましい覚醒を経た少年の一撃に次ぐ一撃は重たい。

 

目が覚めるその時まで少年と少女はお互いを求め合った。

 

たとえ、目覚めても会うことに変わりない。

 

二度と離れることのない。

 

14年間を共にした。



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希望の少年は災厄の象徴へ

~その時が訪れた~

 

かつて北極が存在した赤い海に多数の護衛艦を連れた巨大戦艦の姿があった。無人機が飛行して若い作業員が走り回っている。あれから何年が経過したのかわからないが、世界の様子は大きく変化してしまったようだ。

 

そんな空中戦艦はこのように名を刻まれている。

 

AAAヴンダー

 

「ここは…どこだ」

 

少年が目覚めた所は液体に満たされた個室の中だった。目覚めるとすぐに周辺からざわめきが聞こえてくる。どうやら、自分はどこかの組織に捕縛されているようだ。下手に抵抗しないで流れに身を任せるが吉だろう。

 

個室から引っ張り出され、薄い患者着に着替えさせられる。厳しい監視下に置かれているようで常に視線を感じた。決して、露出の趣味は無い。言われた通りに素直に着替えている。その後は重装備の兵士に小銃を突き付けられながらストレッチャーに寝かされた。ストレッチャーでも拘束が厳重であり、僅かにモゾモゾと動くこともできない。

 

ある所まで移動すると、重装備の兵士から大人の女性に交代した。

 

「お久しぶりです。碇さん」

 

「…」

 

「黙秘されるのは悲しいですね。私は碇さんを助けるために…」

 

相手がよくわからない。喋ること自体が危険と考えて目線だけは合わせた。特に口頭や動きによる応答は慎んでいる。相手が悲しそうな表情を浮かべても気にしなかった。そうしている間にストレッチャーが押されている。

 

「私は碇さんのことを良く知っていますよ。こうして会うことは初めてですが」

 

「ここはどこですか」

 

ここで初めて質問が飛び出した。

 

「それはお答えできません。正確には、まだ、お答えすることができないんです。ごめんなさい」

 

「わかりました。煮るなり、焼くなり、蒸すなり。好きしてください」

 

ストレッチャーはコロコロと音を出し、数分の時間をかけて到着した先は大きな扉だ。何やら事務的な応答をした後に広大な空間へ突入する。そして、予想だにしていない再会を遂げた。空間の一段高い所にNERV時代の指揮官が立っている。

 

「ミサトさんっ!」

 

未知の世界という不安の中に懐かしい人を見つけた。思わず、声が上ずってしまうが、周囲の反応というべきか空気は非常に冷たい。小銃や拳銃を突きつけられることはなかったが、その空間にいる人達の視線は何よりも鋭利な刃物となって、少年の全身に突き刺さった。

 

「なんですか。喋ってくださいよ」

 

「茶番のつもり?ニアサーを起こした張本人が」

 

「ニアサーってなんですか。ミサトさん、答えてくださいよ!」

 

ヒートアップしたため、後ろに立つ女性が静止した。質問に答えてくれる者はいなかった。まるで、沈黙が質問への答えであるかのようである。どうやら、この場では自分がアウェーを超えた諸悪の根源に定められた。

 

「あんたのせいで、ニアサーが起こって、多くの人が死んだのよ!」

 

特徴的な椅子に座っていた、オペレーターらしき女性が飛び出して来る。どれほど、自分は恨まれているのだ。自分の行いが災いをもたらしたことは察せられる。しかし、過去にしたことは改められなかった。今更何をどうしろと言うのだろう。

 

「つまり、僕が悪いってことですか。僕が悪いって言いたんですか!」

 

「そうよ! あんたのせいで大変なことになったのよ!」

 

「ミドリ、いい加減にしなさい」

 

この中でミサトさんが最も偉いことはNERVの時から継続された。ミサトさんの一言で怒りは抑圧される。

 

「シンジ君。あなたには何もしないで欲しいの」

 

「なんですか、僕は使徒を倒すために一生懸命やったんです! それに、アスカと綾波も助けるためにやったんです!」

 

「あなたのせいでニアサーが起こり、サードに繋がっている。多くの人が亡くなるどころか、この世界が滅びかけた。そう、あなたのせいでね」

 

こうして断言されてしまっては、少年に反論のやりようがなく、ムっと押し黙らざるを得なかった。ヒートアップし過ぎた故に両腕を手錠で拘束される。別に武力を行使しようとは思わないが、予防的措置と封じられてしまった。

 

「なら、教えてください。アスカは生きているんですか! 綾波は生きているんですか!」

 

今回一番の力強い声で問いかけた。あいにく、質問と同時に訪れた凄まじい振動と物音にかき消される。いいや、艦長席に立つミサトさんには届いた。なぜなら、微妙に動揺を意味する震えが確認できている。それだけでも満足した。

 

「パターン青です! NERVのエヴァMK-4」

 

「彼は隔離室に運び、拘束を一切解かないで。彼の奪還に来た可能性が高い」

 

「わかりました」

 

「うっ…」

 

更なるヒートアップを鑑みて、少年には電気ショックが与えられた。あくまでも、一時的に動きを封じる目的のため、電気ショックの強さは弱く設定され、意識を失う一歩手前で踏ん張る。しかし、あえなく、再会と対面の時間は終わりを告げられた。再びストレッチャーに乗せられると、厳重な拘束に縛られて、鉄の部屋へ送られる。

 

ポツリと漏らした言葉が少年の心をを物語った。

 

「僕が何をしたって言うんだよ…」

 

~艦内の別の部屋~

 

隔離室の監視は専門の重装備の兵士に任せる。残念ながら、一対一で話し合える機会は持ち越しだった。NERVが送り込んだエヴァMK-4の迎撃戦闘が予告される。本艦の全力を発揮したいため、一時的な待機が命じられた。自室に引きこもることを強いられる。

 

「碇さんと会えたことは大きな収穫だった。でも、私がしっかりしないといけない。碇さんが式波特務少佐のオリジナルに奪われてしまう。それだけは絶対に防ぐ」

 

思い出しただけで、涙が零れそうになった。部屋の壁には少年の眩い笑顔が焼かれた写真が画鋲で止められている。この世のデジタルが支配する中では随分とアナログだ。なるほど、アナログな故に味を感じられる。

 

「私の正規の伍号機は式波少佐や真希波少佐には遠く及ばない。それでも、碇さんを奪われるわけにはいかないの」

 

(3分後にヴンダーは飛びます。持ち場にある近場の物に掴まってください)

 

アナウンスを聞くと、椅子に深く座り込み、シートベルトを両肩と腰に通した。各々の持ち場で働く職員は近場にある手すりや頑丈な物に掴まっている。両脚と腰で耐久しようと思わない方が身のためである。アナウンスが宣言した通りの3分後に凄まじい負荷が圧し掛かった。

 

(高機動戦に移行します。揺れと衝撃は我慢してください)

 

次のアナウンスは耳に通すだけ通している。自身の仕事を貫徹するために端末を取り出した。端末のスリープ状態を解除し、少年が縛り付けられている個室をリアルタイムの映像に視聴する。この映像は自分以外の戦闘班の兵士も視聴して一寸たりとも見逃さなかった。

 

皮肉なことに、自分が最も愛して守りたい存在は、この世の中で最たる災厄の塊である。

 

「そんな悲しい顔をしないでください。碇さんの歪んだ顔はあっちゃいけない。見たくないですから」

 

艦内の内側にある部屋の中でも、外で行われているだろう、戦闘の音が聞こえる。しかし、驚異的な集中力が必要に応じて音を通したり、音を通さなかったり、柔軟に対応した。女性はモニター越しの少年に意識を注いでいる。

 

「碇さんは悪くない。自分を犠牲にしてきました。本当は楽しい学生生活、親子で過ごす休日、友人と遊ぶはずだった。碇さんは全てを使徒にNERVに奪われている。いかなる理不尽を承知している。だから、最後は自分の願いを優先したにもかかわらず…」

 

沸き上がる感情から言葉に詰まった。

 

この時は一瞬だけ目を離しているが、モニターの少年の目に淀んだ赤みが宿った。

 

続く



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偽物のアスカ

「君は…アスカなのか?」

 

(やっぱり、封印装置が埋め込まれていない。第九の使徒を摂取させた上にネブカドネザルの鍵まで使うなんて。私のオリジナルはどこまでシンジを滅ぼすつもりなのよ)

 

強化アクリル板を挟んで見るガキに抱いた感情は、もはや「怒り」を通り越した「憂い」だった。この世界のシンジは良いように使われている。きっと、それが愛だとしても、正気の沙汰じゃない。

 

「いや、君はアスカじゃないんだね。ごめん…」

 

あんたが謝る必要性は皆無なのよ。色々と恨まれることは、仕方ないのことでも、私なら救い出すことができる。そのためにマリとサクラと一緒に時空を超えてきた。私が救いの手を差し出すから、その温かいを手を重ねてほしい。

 

「碇シンジ君の身柄は我々が預かります。あなたをNERVに戻すわけにはいかない」

 

「少なくとも、ここがNERVじゃないことはわかりました。でも、僕の居場所はNERVだと思います。だって、こんなに僕を拒絶する所が居場所だなんて。そんなの、おかしいですよ」

 

「あなたに決定する義務も権利も何もありません。厳重な監視下で過ごしてもらいます。もしもの場合は殺すことも厭いません」

 

「なんでですか。僕は戦ったんですよ! ミサトさんも見ていたでしょう!」

 

シンジの叫びに反応してあげたかった。あいにく、私は反NERVの組織に所属する者の立場がある。シンジの呼び声に無視を余儀なくされた。非常に耐え難い苦痛だった。それでも、今はひたすらに耐えなければならない。

 

ミサトもミサトで組織の長としての立場が存在する。やむを得ず、冷たい対応を採らざるを得なかった。周囲に立っている人間は真実を知らない。碇シンジとNERVを心底憎んで当然な人が並べられた。

 

「あなたはインパクトのトリガーになった。再びトリガーを引かせるわけにはいかない。理解しろとは言いません。代わりに、黙って言う事を聞きなさい」

 

(ちょっと、さすがに、言葉が足りなさすぎる。ミサトも仕方ないことを差し引いても)

 

「それって!」

 

シンジの足元へ銃口が向けられた。

 

「あまり痛いことはしたくないです。だから、心苦しいのですが。どうか、お願いを聞いてください」

 

(ナイスよ。サクラ)

 

強化アクリル板の向こう側の部屋には、鈴原…碇サクラが世話役と護衛に立っている。もちろん、まったく、嫌な気は起こらなかった。なぜなら、私はこの世界のシンジと密接に重なり過ぎる。オリジナルのアスカとほぼ同一だった。よって、下手を犯してシンジに拒絶されると、修正は不可逆に追いやられる。

 

かく言う私もオリジナルの方へ舵を切りそうだった。

 

人の振り見て我が振り直せ。

 

そういうことね。

 

「…」

 

サクラはシンジの足元へ銃口を向ける。私と違って「実力行使」という「発砲許可」が与えられた。ここでも数少ない職員の一人を務める。私は電気ショックのテーザーガンが精々なのにね。サクラは必要に応じて様々な武器を用意される。今は弾が内部で溶けることで比較的に殺傷力の弱い拳銃を構えた。

 

「せめて、説明してください。この世界がどうなっているのか、アスカとレイはどうなっているのかを」

 

「いいでしょう。副長から説明があります」

 

サクラは「指示を聞け」を「お願いを聞いてください」に変えている。内包されることは変わらない。ただし、後者の方が圧倒的に柔らかくなる。そして、伝え方も心に問いかけている。事務的に冷血を強いられるミサトにできないことだった。

 

簡単に聞こえることは、実は簡単じゃないもの。

 

私が入る間は無く、副長のリツコから説明が行われた。

 

シンジが知ることを希望したにもかかわらず、絶望ばかりが突きつけられる。

 

何というか、もうちょっと、手心を加えないと。

 

~強化アクリル板越しの少年~

 

「本当に僕が起こしてしまったんですね。そこのアスカは違う世界のアスカだなんて」

 

一旦は唇を噛んだ。

 

「最初から救ってくださいよ! 僕はもう止まることができないんです!」

 

自分でも訳の分からないことを言っている。

 

僕はニア・サード・インパクトを起こした。そして、リリスのサード・インパクトを誘発した。

 

本来は人類を守る者が滅ぼしかけている。

 

でも、不思議と後悔の念は抱かなかった。

 

「僕は誰かに愛されることを知りました。君じゃない方のアスカに愛してもらって、綾波にも愛してもらって、僕は幸せを得られました。だから、もう、どうだっていいです」

 

アクリル板越しに見えるアスカは別世界から来たらしい。見た目は同一でも中身が違うようだ。なんとなくの感覚で把握できる。こんなことを言うのは憚られることを承知で宣言した。彼女はアスカじゃない。僕を「救いにきた」と主張することは、彼女の視点に依るのであって、僕の視点と整合性が取れていない。

 

僕のアスカは一人だけなんだから。

 

「またインパクトを起こすつもりなの? これ以上の罪を犯したくなかったら、安静にしていることが賢明です」

 

「別に人類ってどうでもいいじゃないですか。あれだけ、僕を矢面に立たせておきながら。ちょっとぐらい、自分の願いを叶えたら。目の敵にすり替えるなんて。都合が良すぎませんか」

 

労いの言葉をかけてくれるならともかく。碇シンジは人類を滅ぼす存在と指を向けられた。今は面会に参入できる人数が限られ、先の空間で押し寄せる悪意の波は骨身にこたえる。人数制限はミサトさんなりの配慮なんだ。

 

「残念ながら、あなたは檻の中に閉じ込められる。それ以外に生きる道は無いの。その首輪はあなたを封じるだけでない。インパクトを起こすなど、著しく危険と判断した際は、逡巡なく処分する。そのためのDSSチョーカーです」

 

「外してくださいよ」

 

「いいえ、外しません。DSSチョーカーは人類の保険です」

 

目が覚めた時から首に違和感を覚えた正体は首輪だった。この首輪が邪魔で首を回しづらい。首輪に慣れる以前として、是非とも、外してもらいたかった。あいにく、首輪は僕みたいな不穏分子を束縛する。そして、非常時は情け容赦なく速やかに排除した。

 

簡潔に纏めて「人類の保険」の『DSSチョーカー』と呼ばれる。

 

(わかった。十分にわかったよ。もう、いっぱいだ)

 

(シンジ…シンジ…私のシンジ)

 

幻聴かな。

 

いや、紛れもない本当のアスカの声が響いた。

 

「艦隊にNERVのエヴァが接近!」

 

「エヴァMk-4は空へ誘い出す囮か!」

 

突如として、アクリル板に隔てられた向こう側が騒がしくなった。

 

「緊急事態なので、碇さんは再び隔離室に行って貰います。お願いを聞いてい…」

 

「お断りします。僕は僕の居場所があるんです。」

 

後方で熱い視線を送っていたサクラさんが拳銃を取り出す。実力行使をチラつかせているが、今の僕は明確な拒絶しか持たなかった。不動の構えを貫いていると、指が引き金に吸い寄せられる。拳銃の所持者の意思が無くても、ひょんなことから発砲に繋がった。

 

今更ながら、彼女は鈴原トウジの妹さんらしい。

 

どうりで、僕の事を知っているわけだ。

 

「痛いのは勘弁してくださいっ!」

 

パァン!

 

パァン!

 

乾いた音が二度ほど響き渡る。

 

「あ、え?」

 

「僕の身体は人間じゃなくなっているみたいです」

 

弾丸は碇シンジの肉体を通過している。弾速をさして損なうことなく、強化アクリル板に着弾し、ビシッと亀裂を走らせた。弾の貫通は許さない自らの使命を全うした強化アクリル板の仕事に敬意を示したくなる。

 

「さぁ、帰ろうか」

 

一呼吸を置いてから。

 

「来い! 僕のアスカ!」

 

耳をつんざく音と共に大穴が開いた。

 

「NERVのエヴァ弐号機ぃ!?」

 

「ありえない! 弐号機はWilleが保有しているのよ!」

 

「まさか、アダムスの器か!」

 

大穴から赤く塗装されたエヴァが左手をねじ込んだ。

 

そして、左手は開かれる。

 

その手へ収まろうとするが、ミサトさんが制止した。

 

「行ってはいけません!」

 

「それもお断りします。僕はミサトさんの指示に従えませんよ」

 

「そっちは破滅の道なのよ。わかってるの」

 

「ミサトさんの見方と僕の見方は、それこそ、決定的に異なりました。世紀の英雄気取りはいい加減にしてください。僕を悪に染め上げるなら、僕だって、徹底的に悪となりますよ」

 

完璧に手のひらに収まる直前になって、偽物のアスカとサクラさんから釘を刺された。

 

「エヴァにだけは乗らんでくださいよ」

 

「エヴァに乗ったら。その時は殺すからね」

 

なぜか、嬉しさを覚えて笑ってしまう。

 

「さようなら」

 

続く



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僕の居場所はここにある

バチン!

 

一瞬だけ眩く感じたが直ぐに順応している。暗闇の中に光がふりかけられた。隣には(失礼な言い方だけど便宜的に)本物のアスカが立つ。アスカと手を握っていると、少し遅れて正面の上段部も光がふりかけられた。

 

そこには懐かしい人が立っている。

 

「久方ぶりだな。シンジ君」

 

「冬月先生…ですよね。だいぶ、お年を召られたように」

 

「押し寄せる老化の波は止められない。君や彼女と違って、私は人に変わりなく、執行官に過ぎないんだ。それより、よく帰って来たよ。お帰りなさい」

 

「ただいま、戻りました」

 

冬月コウゾウ先生は、失礼ながら、かなりお年を召された。一番最新の記憶と比べても、一回り小さくなっている。それでも、全身からあふれ出る気概のオーラだけは一段と増した。

 

「さて、色々と積もる話はあるが、私は下準備で非常に忙しい。よって、なんだ、彼女と一緒に見て回るがいいだろう。記憶の欠片を回収するのが早く慣れるコツだな」

 

「14年も待ち焦がれていたのよ」

 

「やっぱり、14年が経っているのか」

 

ミサトさんやリツコさん、偽物のアスカが言うには、僕が第十の使徒と戦ってから14年が経過している。つまり、僕は初号機の中で14年間も寝ていた。皆が大きく年齢を重ねて当然に思われる。年を重ねることは自然の摂理であり、何ら疑いを挟む余地のないことだ。

 

ただ、僕は初号機内部に溶け込んでいる。だから、14年間は身体的と精神的に空白として存在した。薄い患者着は誤魔化しが効かない。僕自身の身体が成長していない事実は受け入れざるを得なかった。

 

気になるのは、アスカが成長していることになる。

 

「私の方が先に大人になったみたい」

 

(アスカも初号機にいたはずじゃ…)

 

「そういうのは後で説明するからね。大人のお姉さんも…悪くないでしょ」

 

そう、アスカは正当に14年を経ていた。背は高くなって、胸も大きく育った。弐号機から降りた時の再会は、正直言って、喜びよりも驚きが勝っている。アスカも僕の格好に驚いた。ここまで年齢差が出るとお互いに反応に困る。だけど、アスカは僕のことを優しく抱きしめてくれた。そして、彼女は一足先に大人になったことを謝罪する。それを言うなら僕もだ。僕だって「一緒に年齢を重ねられなくてごめん」と謝った。

 

「葛城大佐や別世界からの介入者で疲れている。今日は2人でゆっくりと休むことを命令する。いいかな、命令だよ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

命令であれば拒否は許されない。しかし、命令の内容は休養だった。僕を働かせることも不可能に陥る。これは冬月先生なりの立場を活かした気遣いが染み入った。命令と雖も気遣いなので、深くお辞儀して感謝を示す。

 

「それとだが、NERVは新しい仲間を加えている。彼だ」

 

バチン!

 

再び大きな音と一緒に灯りがふりかけられた。そこには綾波と同質な少年が立っている。お人形みたいで美の感覚を刺激された。その前に僕を愛おしく見る目に心が奪われる。

 

「時が来たら、私の方から正式に命を下す。それまでは身体も心も休むことに注力せよ。以上だ」

 

そう言うと照明が二つ消えた。この場に残ったのは僕とアスカだけになる。アスカと目線を合わせたい。そのためには顔を上げなければならなかった。14年前は同じ高さだったのに、今は顔を上げることになって、僕の目線は豊かな胸に泊まる。

 

「まだまだ男の子だね。向こうの女とは一味も二味も違うから」

 

グッとくる欲情を懸命に堪えた。

 

「シンジは私と一緒の部屋だからさ。見ての通り、NERV本部はニアサーとサードで丸ごと吹っ飛んでいる。必要最低限の設備だけ動かしても発電は安定しなかった。居住区も壊滅状態にある。だから、私の部屋といっても、適当な区画にテントを張った」

 

ここまで来る道中でわかっている。NERV本部の酷い状況はどこを見ても理解した。そこら中が破損しており、非常階段までボロボロである。そして、僅かなスペースを除いて赤く染められた。天井も大半が取り除かれている。清々しい青空が見えた。NERVから地上まかなりの距離があって、何重にも分厚い特殊装甲板が張られる。どうやら、皆が言うニアサーとサードが大工事をしたようだ。

 

「先に大人になったこと。それは捉え方次第じゃない?」

 

「そうだね。僕は子どもでアスカは大人になった。これは絶対に覆せない」

 

アスカは胸を張った。

 

「いっぱい、私に甘えてね。私だけのシンちゃん」

 

この後の事はとても人には話せない。

 

アスカに1日中埋もれて14年越しの愛を誓い合った。

 

強いて言うなら、童心に帰ってちゅぱちゅぱしたよ。

 

~ドーム前~

 

「エヴァンゲリオン第壱拾参号機か。本来は第一の使徒である君と彼が乗るはずだった」

 

「今更、何も言うことはありません。僕が脱するべき円環の理を彼女が崩している。第一の使徒が不甲斐ないばかりにこうなった。言い訳をする余地もございません」

 

「驕ることなく、謙虚であること。そこは人間らしい。さすがは人類と使徒の橋渡し役の渚カヲル君だ」

 

巨大なドームの前に老人と少年が立つ。14年を経て老化は進んでいるが、背筋はピシッと伸びた。その者は14年もの間に渡ってNERVを維持している。NERVに反旗を翻した組織の攻撃や妨害に屈しなかった。そして、淡々とシナリオの計画の通りに進めている。

 

「それにしても、冬月コウゾウの手腕もお見事です。Willeを相手に絶妙な調整を施した。無人機のエヴァMk-Ⅳの集中投入により、勝ち星に等しい負けを重ね続け、フォースまでの時間を稼いでみせた。更には、初号機のプラグからシンジ君を残し、彼女だけを抽出している」

 

「最初は綾波レイも抽出する予定だった。彼女が自ら殿と初号機を守ることを希望している。オリジナルの彼女だけを抽出すること。それは流石の私でも大変に骨が折れた」

 

「ご苦労様です」

 

エヴァンゲリオン初号機は、ニア・サード・インパクトの首謀者と封印された。そのプラグの中には碇シンジがおり、初号機が吸収した弐号機パイロットのアスカ、および零号機パイロットのレイもいる。第十の使徒戦において、両者は初号機の覚醒の糧となった。なぜ、初号機が吸収したのかに関する理由は定かでない。一般的には、心を通わせた戦友で愛する者を守り通すと言われた。

 

NERVが封印した初号機を反乱軍のWillwが強奪した。初号機のサルベージを敢行するが、残念ながら、シンジの一人しか抽出できていない。本来はアスカとレイも出て来るはずが欠片も存在しなかった。もし、技術が追いついていない場合は、シンジの抽出に失敗する。

 

実は初号機を封印する前にNERVはアスカのサルベージに成功した。つまり、封印された時にはシンジとレイの2名に絞られる。そのレイは自らを初号機の守護者とすることを希望した。自らの魂を諸共に初号機へ溶け込ませている。

 

なるほど、これではシンジしか出てこなくて当然だ。

 

「さて、君には悪いがエヴァンゲリオン四号機に乗ってもらう」

 

「えぇ、自爆して北米の支部を消滅させた曰く付きは任せてください。四号機も司令がディラックの海から回収している」

 

「あれは君の助力があってこそだ。私は単に拾い上げたに過ぎないよ」

 

もはや、国連も政府も地方行政も機能していなかった。エヴァの保有数を制限する『バチカン条約』は自然消滅する。したがって、NERVは大手を振ってエヴァを運用でき、特に単騎の性能を抑えた代わり、生産性を高めた量産型を大量投入した。

 

「まぁ、茶化しを含めた世辞はここまでにします。例の別世界からの介入者による歴史の修正はどうされますか」

 

「なに、やることは変わらんよ。SEELEのお墨付きを得た以上は彼と彼女の望むように」

 

「SEELEの老人たちはサードさえ遂行されれば満足しました。後は良くも悪くも好き勝手できてしまう」

 

「その時が来るまで、君も好きなようにしなさい。私は下準備を進めるが、気にしないでおきなさい」

 

その時に何が始まる。

 

続く



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サードインパクトの温もり

碇シンジはNERVに帰還を果たしてからの数日を現状の理解に費やした。14年間を初号機のプラグの中で寝て過ごしている。彼がこの世界で何が起こったのかを知りたくて当然だった。この世のことを知り、噛み砕かない限り、終わりのない混乱に襲われる。最悪は発狂してしまうに違いなかった。

 

「この世界はニアサーとサードによって変貌を遂げている。シンジが初号機と共に覚醒してニアサーが起こった。ニアサーは第二の使徒リリスを冬眠から目覚めさせ、リリスは第十二の使徒であるMK-6と接触し、サードインパクトを発生させた」

 

「僕が引き金であることは一切否定できない」

 

「でも?」

 

「ぜんぜん後悔していない。こうして、アスカの温もりを直に感じられるから」

 

NERVの廃墟から外に出れる階段を降りる。見晴らしの良い所で下る人と上る人がすれ違う待避所が設けられた。待避所は簡素な床しかない。安全柵は一つも置かれなかった。荒廃した世界でも気象は残される。空には雲が広がり、大地には霧や靄が撒かれ、高所は強い風が吹き荒れた。

 

「赤い大地が広がる。ありとあらゆる物がコア化されてL結界密度を帯びた。L結界密度が高いと、人は魂への返還を強いられる。そして、人の魂が集結して首なしのエヴァンゲリオンが生まれた」

 

「首のないエヴァンゲリオン…」

 

霧が晴れた先に赤い大地の地獄が敷き詰められる。第三新東京市は灰燼と化していた。一つの都市が丸ごと吹っ飛ぶ程の破壊を受ける。マンションや一軒家の残骸が散らばり、電柱が折れて斜めに倒れ、コンクリートは砂に戻された。死の大地に生えるは首のない赤いエヴァンゲリオンである。アスカが言うに『エヴァンゲリオン・インフィニティ』だった。

 

「そこら中に蔓延る首なしエヴァは『インフィニティ』なの。サードで人類が強制的に進化された姿かな。多くの人の魂が集結して一つのインフィニティを為した。あれのおかげで大地のコア化が急速に進められる。人いう人はLCLに還元されていった」

 

「サードは何のために行われたの。僕が招いたことだけど、この手で関わっていないからさ」

 

「簡潔に言えば、人類が定められた運命を乗り越える儀式ね。人類がインフィニティに姿を変えても生きている。サードを起こす以外に人類が地球に生き続ける術はなかった」

 

「じゃあ、ミサトさんたちは?」

 

サード・インパクト後の世界は、常識的に考えて、地獄絵図の以外に当てはまる言葉が見当たらなかった。街が消し飛ばされたことが可愛く思える。あれだけ文化的な生活を送った人々は概して自他の境界を失った。人の魂は凝縮されてインフィニティを為している。

 

例外的に葛城ミサトなど真っ当な人間を僅かでも確認できた。

 

「WilleはNERVに反旗を翻した反乱軍を中心にしている。反乱軍はセントラルドグマのリリスと第十二の使徒を強制停止させた。サード・インパクトは約9割まで実行された所で止まる。だから、残りの1割は奇跡的に生き残ることができた」

 

「ニアサーと違うの?」

 

「ニアサーは初期段階で強制停止している。サードは完遂されるギリギリね」

 

サードは完遂される直前に強制終了させられた。したがって、葛城ミサトに代表される生存者は奇跡を享受している。NERVを諸悪の根源に定めて不可逆的な壊滅を目論んだ。

 

そして、Willeが誕生する。

 

「あいにく、サードを止めたのは加持リョウジよ」

 

「加持さんは自分の生き方を貫いた。あの人の最期が僕に正か負のどちらかを与える。それは一切気にしないよ。あの人はあの人なりに生きた。僕が馬鹿にできるわけがない」

 

「優しいのね。あたしの王子様は人を素直に認めるから好きなの」

 

大地を真っすぐ見つめる彼の頬にキスした。

 

「サードは良いとして、この後はどうすれば?」

 

「シンジの望むことを叶える。ただそれだけ」

 

「僕はアスカと綾波、母さんとみんなと一緒にいたいんだ。この世界を造りを変えてしまいたい」

 

碇シンジの望む世界は「愛する人と永遠に過ごす世界」と予想される。しかし、彼は彼なりに配慮や気配りを怠らなかった。なにも、全てを破壊し尽くして消し去ることは本望と限らない。

 

サードへの関わりが薄かったことは反省すべきだ。

 

人はまだしも罪なき自然を消し去ったことは慚愧に耐えない。今となっては後の祭りだが、碇シンジはサードに関して「もう少し手心を加えて、上手くやれたんじゃないか?」の反省を抱いた。ニアサーも激情に駆られて煩雑になったことを反省している。

 

もっとも、アスカと再会して愛を存分に貪り合える世界へ変えたこと。

 

それは、まったく、後悔しなかった。

 

「僕ならサードを上手くやれた。次のフォースからは僕が遂行する」

 

「SEELEはサードで満足した。フォースから先は私達に一任されている。存分にやれるからね」

 

「道具は揃ってる?」

 

「第十三号機だけ完成を待っている。それ以外は全てが揃えられた。あいつは個人的に気に食わない。ただ、どうしても仲介人が必要だから。まぁ、我慢してるの」

 

ニアサーとサードから得られた様々な反省を踏まえる。フォース以後に関しては碇シンジが担当した。彼が14年も眠っている間に材料は揃いつつある。残りはエヴァンゲリオン第十三号機のたった一つに絞られた。

 

「フォースはやり直しの機会じゃない。シンジの望む世界へ修正する機会なのよ」

 

「ねぇ、アスカ」

 

「なに?」

 

「彼は放っておいていいのかな」

 

ふと階段の上方に視線を向ける。ズボンのポケットに両手を突っ込んだ少年が立った。うっすら笑みを浮かべている。アスカとシンジのプライベートを侵して誠に申し訳なく思っていた。

 

「いや、これは大変失礼した」

 

「あの時以来だから、どうせなら、君の名前を教えてよ」

 

少年が自ら撤退を選ぶこと、および、アスカが追い出すことを瞬時に汲み取る。彼は先手を打った。アスカに付け入る隙を与えない。彼女は不満だがシンジの交友を狭めることを慎んだ。例の少年はトントンと小気味いい音を立て、2人の立つ待避所に降りて来る。

 

アスカが譲って少年2人が向かい合った。

 

「僕は渚カヲルさ。第一の使徒タブリスともいうけど、カヲルって呼んでくれると嬉しい」

 

「僕は碇シンジだ。これからよろしくね。カヲル君」

 

「使徒の事は気にならないのかい?」

 

サラッと第一の使徒タブリスであることを明かした。碇シンジは何ら気に留めないでいる。面白い挨拶に笑いが零れてしまう。彼女は渚カヲルに碇シンジの説明をしてあげた。

 

「シンジはね。あんたが思っている以上に懐が深いのよ。一度でも懐にしまってもらえるたら勝ちってこと」

 

「そうみたいだ。さすがはリリンの救世主たるメサイア」

 

「君の正体が使徒と聞いても、僕はな~んにも気にしない。だって、僕が人間を捨てているもん」

 

渚カヲルは呆気に取られている。碇シンジの懐の深さはかねがね聞いた。なるほど、彼の父はリリンの王と自称したのに対し、息子は自他共に認めるリリンのメサイアだろう。自分が人を捨てた故に使徒と交わることに嫌悪感を覚えなかった。何という懐の深さであり、渚カヲルは感服が連鎖して止まらない。

 

「それなら、首輪は外した方が…」

 

「そっか、すっかり、忘れていたよ」

 

渚カヲルがシンジの首輪を触ると、軽い電子音が鳴って簡単に外れる。

 

首の血流がほんの少し良くなった。

 

「この首輪は僕が貰っていいかい?」

 

「え、付けない方が身のためだよ」

 

「フフッ、違うよ。僕の私的な研究に使いたい。同じものを作れたら、君が従えるリリンを縛れる」

 

渚カヲルは工学分野に造詣が深いらしい。Willeの拵えた首輪の研究を希望する。シンジもアスカも首輪の必要性を感じなかった。対価を求めず譲渡している。彼は首輪を将来を見据えた研究に用いた。首輪をまじまじと見つめながら、意味ありげに呟いている。

 

「これはリリンが僕たちを恐れて作った。これをそっくりそのままお返しする。それが一番じゃないかな」

 

朗らかに笑う渚カヲルだが、笑みには怒りが隠された。

 

続く



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鈴…碇サクラの想い

私の朝はアラームに始まります。

 

私の部屋はヴンダーの中でも中央の区画に置かれました。よって、外の景色を眺められる窓が一切ありません。朝のご来光を眺めることができないので、その日の勤務形態に応じ、アラームをセットしています。時には夜勤で夜中を起きることもありますが、全ては私の想う人を救い出すためであり、苦痛に感じることは一度もありません。

 

「おはようございます。碇さんはお元気ですか?」

 

朝起きて必ずやることがあります。それはコルクボードに張った写真の碇シンジさんに挨拶することです。あの時は拙策による強引が過ぎました。私は理解していたつもりが、寄り添うことの欠片も無かったことは反省です。

 

「今日は午前中が医療班の仕事を進めて、午後に式波さんと真希波さんとのミーティングがある」

 

私はヴンダーの医療班とエヴァ・パイロットを兼任しました。前者が主たる仕事であり、後者は予備扱いになります。原則として、医療班の日々を送りました。体調不良者の診察や船外作業で発生した事故の対応などを行います。そんな医療の仕事のために自室の棚は本が占め、真希波さんがおっしゃる通りで「本は知恵の泉」なんです。

 

後者は、あくまでも、予備人員の扱いになります。それもそのはず、私は適正の薄い一般人です。適正が薄いにもかかわらず、エヴァパイロットを務められることは、私の執念の勝利と誇りました。もちろん、ベタニア・ベースの伍号機や式波さんと真希波さんのご協力を賜っています。

 

それでも、根幹にあることは揺るぎませんよ。

 

「待っていてくださいね。私が迎えに行きますから」

 

これだけで1日を頑張れます。

 

~午後~

 

午前中の医療班の仕事を終えました。私は昼食を持って式波さんと真希波さんの部屋に向かいます。私とお二方はそもそもの職務が違うため、互いの部屋は区画から隔てられました。

 

「どうぞ~」

 

「失礼します」

 

お二方は、専業のエヴァパイロットです。エヴァは、良くも悪くも、この世を変える力を秘めました。したがって、葛城大佐は「アスカとマリは厳重な監視下に置く」と宣言しています。式波さんは「仕方ない」と受け入れ、真希波さんは「当然でしょ」と賛成されて、とてもご立派でした。

 

私は予備人員であること、医療班の仕事を主とすること、等々から監視から逃れています。その代わりと言ってはなんですが、式波特務少佐と真希波特務少佐、ヴンダーの職員を繋ぎます。お二方と皆さんを繋ぐ連絡官に抜擢されました。

 

「お昼の時間から始めたいと思いまして」

 

「時間は有限だからね~」

 

「ランチミーティングってことかしら」

 

お昼ご飯と言ってもです。簡素な携行食料が当たり前な生活を送ります。元の世界で慣れて特段何も思いません。そして、昼休みの時間からミーティングを始めました。私達の時間が限られていることは、言うまでもありません。さらに、NERVのフォースとフィフス(アディショナルかも?)までに救出しなければなりません。そのためには1秒も惜しいのです。

 

「Mk-4の攻撃が落ち着いて妙に静かなこと。フォースの発動が近いわね」

 

「本部の地下に眠っている『黒い月』を完全に顕現させること。それがフォースの目的で正しいのでしょうか」

 

「それがわからないから困る。なんせ、向こうには私のオリジナル、第一の使徒が付いた」

 

碇さん奪還作戦の時にNERVは量産型のエヴァMk-4を惜しげもなく投入した。しかし、昨今はパタリと攻撃が止んでいる。NERVはMk-4をフォース発動まで温存している。フォース・インパクトの発動が近いことを予想できます。

 

もし、フォースが元の世界と共通しているならです。NERVは「魂の浄化」と称して『黒い月』の完全な顕現を目論みました。世界には2つの月が存在しています。人類にとって一般的な月を『白い月』と呼びました。

 

真逆に地球に秘匿された方を『黒い月』としました。フィフス(アディショナル?)の発動にはフォースによって『黒い月』を完全顕現させる必要があります。私達はフォースを「黒い月を完全顕現させる儀式」と理解します。

 

しかし、NERVには式波さんのオリジナルの『アスカ』、及び第一の使徒『タブリス』こと『渚カヲル』がいる。この世界を引っ繰り返した張本人です。相手が奇手奇策に打って出る蓋然性は非常に高い。

 

「新型のエヴァの完成は確実でしょう。新型はリリスが残した結界を破るために存在する。純潔な魂を並列に2個用意して、ようやく、結界を突破できた。儀礼用のエヴァと考えれば、然したる脅威にはならないはず」

 

「そんなことがありますか。絶対に碇さんを乗せて、いえ、縛り付けているに違いありません!」

 

「まぁまぁ、落ち着きなさんな。そうやって、カッカすると、救いたい人を救えないよ」

 

「し、失礼しました」

 

「ほい、あったかいコーヒー淹れたから」

 

真希波さんが宥めてくれます。私に温かいコーヒーを淹れてくれました。ヒートアップしたことは反省ですね。

 

NERVの新型エヴァは最重要事項に挙がります。新型はフォースの発動に必要な儀礼用と見ていますが、私には碇さんを狭い世界に閉じ込める棺桶に思えてなりません。

 

そして、フォースを起こす場所は、サードの爆心地である『セントラルドグマ』と相場が決まっています。ここにサードを起こした第二の使徒リリスの骸が残され、絶望と希望の槍が1本ずつの計2本が突き刺さった。

 

その槍がインパクトの鍵になる。

 

「あ、ごめんなさい」

 

「いいの、いいの。はい、どうぞ」

 

ポケットからメモ帳が落ちる。

 

真希波さんが拾ってくれます。

 

「本当にワンコ君が好きなんだねぇ」

 

「サクラの愛は本物よ」

 

「そ、そんな。式波特務少佐と真希波特務少佐には及びません」

 

私のメモ帳は機能性を重視して使い勝手に優れました。

 

しかし、お二方は私のメモ帳を見て表情が僅かに引き攣らせている。

 

(無意識なのがね。サクラのいいところだと思う)

 

(何事も良い方向に捉えること。それがストレスなく生きる秘訣にゃ)

 

「どうか…されました?」

 

「いいえ。頭の中で新型エヴァの対策を練っているだけ」

 

(危ない、危ない)

 

ポケットから落ちないよう、奥の方まで押し込みます。メモ帳に大事な内容を書き込んでいることはもちろんですが、何よりも碇さんの写真を張っているため、メモ帳を粗雑に扱うと、間接的に痛めつることになりました。

 

ランチから始まったミーティングを充実させました。お二方と別れたら医療班のタスクを確認します。幸いにも、今日は特に体調不良者は出ず、事故も起こらず、平和です。

 

一足先に自室に戻らせていただきました。

 

~夜~

 

「今日もお疲れ様です。碇さんはどうでしたか?」

 

部屋に戻ると、朝と同様に碇さんに挨拶します。私の一日は碇さんに始まって、碇さんに終わるのです。それから制服から私服に着替えて夕食になります。夕食も貴重な食料と水を節約するため、簡単なエナジーバーで済ませますが、ひもじい思いをすることは碇さんに失礼ですからね。

 

「私も大人の女性なので、式波さん、真希波さんに負けません」

 

私だって「大人の女性」という矜持があります。式波さんのフレッシュさ、真希波さんの大人の魅力に勝ち目が無い。そんなことは言わせませんよ。お二方と同じ土俵で戦って負けることは理解できます。よって、私だけの土俵で碇さんにアタックを仕掛ける。

 

ほんまに私が救わないといけないんです!

 

だから!

 

「待っていてくださいね。私だけの碇さん」

 

続く



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リリンの文化

もう、ボロボロの廃墟と化したNERVである。太陽の光が差し込んで青空を見渡すことの可能な一画が設けられた。サード・インパクトから自然と生じており、これを活かさない選択肢は無い。この空間自体を一種の芸術とするべく、大きなグランドピアノが設置された。

 

「まさか。スタインウェイのピアノを弾けるなんて」

 

「これを調律することに苦労したよ。僕は手先が器用な方だけど、リリンを知ることは、一筋縄ではいかない」

 

「ありがとう。僕のために用意してくれるなんて」

 

「どういたしまして。シンジ君」

 

グランドピアノは信頼と実績のあるスタインウェイ社製である。知らぬ者はいないピアノの王様だ。シンジは幼少期に叩き込まれた音楽の才を奮い立たせる。皮肉なことに、音楽は実の父たる碇ゲンドウから引き継いた。

 

「僕が教える必要は無さそうだね」

 

「かなりの久し振りに弾くから、ほら、ブランクがあるかもしれない」

 

「大丈夫だよ。手じゃなくて心に刻み込まれた音楽は消えない」

 

渚カヲルが用意したピアノを前にして、ワクワクのドキドキを隠せず、もじもじな恥ずかしさを覚える。彼は14年も眠りについた空白を挟み、音楽に関するブランクは抱えた。

 

もしかしたら、スポーツにおけるイップスと似た状態かもしれない。しかし、渚カヲルは優しく励ました。こればかりは彼の言う通りである。人の身体ではなくて心に刻み込まれた音楽は消えなかった。

 

「彼女に楽譜を持ってくるよう。予めに頼んでおいたけど…」

 

「アスカには申し訳ないな。ちょっと、慣らしで弾いてみる」

 

「それがいい」

 

原則として、渚カヲルが碇シンジを否定することはあり得ない。

 

なお、アスカは楽譜の調達に出かけた。本人の心に刻み込まれたと雖も楽譜があるに越したことはない。しかし、シンジは慣らし運転と称し、軽く弾き始めて、カヲルは「簡単な曲だろう」と高を括る。あいにく、すぐに良い方向に裏切られてしまった。

 

「これは…」

 

「あら、フライングしてると思ったら。あの碇ゲンドウの教育なだけある。アイツは最低で最悪な父親でも、シンジに与えた才だけは認めてあげようじゃないの」

 

慣らしで弾き始めると、アスカが楽譜を抱えてやって来た。演奏の邪魔にならぬように細心の注意を払う。シンジの横に置かれた空き椅子に楽譜を置いた。楽譜は書物を保管する区画から数冊程度を調達している。

 

「ショパンの『別れの曲』だよ。エチュードの練習曲と称する。何てことはない、素晴らしい音楽じゃないか」

 

シンジは慣らし運転にエチュードの『別れの曲』を弾いた。あのショパンが作曲した故に完成度は恐ろしく高い。シンジは旋律の美しさを感じているが、椅子に立つ上半身は動かなかった。

 

「音楽はリリスの文化だよ。僕としては、是非とも、残して欲しいな」

 

「私が決められることじゃない。全てはシンジが決定するべきなの。リリンの救世主としてよ」

 

「第九の使徒を吸収して、初号機を覚醒させたことにより、彼はリリンの範疇に収まり切らなくなった。リリンの救世主どころか、この世に現存する神の領域に達している」

 

「そうでしょうね。それでも、シンジは謙虚にコツコツと積み重ねる」

 

第一の使徒タブリスを兼任する渚カヲルは、リリスこと人間の勉強に余念が無く、特に文化に関しては造詣が深かった。人と使徒の仲介役を務める都合の渚に偽りなし。

 

さらに、音楽について深く掘り下げると、使徒の中では唯一無二の理解を示した。本来は人と相容れることのないところ、使徒側から人類の文化を残すことを希望した。

 

なんとも、例外的な使徒だろう。

 

「どうだった?」

 

「楽譜なしで弾き切るとは恐れ入るよ。本当に君は素晴らしい」

 

見事にショパンのピアノを再現してみせた。彼は視線を隣の空き椅子に落とす。アスカの調達した楽譜を舐めるが如き見定め、とある楽譜に強い興味を惹かれたらしく、熱心に隅から隅まで読み込んだ。

 

シンジはゲンドウと似ているところがある。音楽の才は言わずもがなで除外した。彼は一人の世界に入ると、自と他を遮断する結界を張り巡らし、彼が集中したいことに没入していった。

 

「父と子の血は争えないんだね。彼が父を拒絶しても…」

 

「あら? なにか勘違いしてるのではな~い?」

 

「おっと、それは聞き捨てならないなぁ」

 

カヲルもアスカも碇シンジをよく知るどころの関係でなかった。したがって、彼を巡ってピリピリすることは日常茶飯事である。二人は終着駅が同じ列車に乗っているに過ぎない。その同じ列車の中で同じ椅子に座る確率は非常に低かった。なんなら、他の号車に乗っていることもあり、カヲルとアスカの親和性は良好と言い難かった。

 

「シンジは父の願いも叶えてあげようとしている。碇ゲンドウの愛した妻であるユイさんを取り戻すこと。それは子の願いでもある。だから、彼が取り込んだ父も喜ぶはずね」

 

「あの失踪事件は彼女の仕業と聞いている。まさか、シンジ君に融合させたのか」

 

「家族が別れ離れになるより、一体になった方が幸せでしょう。シンジは心の底から憎んでも責められない。それにもかかわらず、あの碇ゲンドウを赦してしまった」

 

「大いなる存在の偉大な慈悲とは参る。使徒である僕でさえ降参するね」

 

アスカとカヲルのピリピリはシンジに届かなかった。各人の捉え方次第だが結界はATフィールドを凌駕する。二人の音声をシャットアウトした。そして、彼はお気に入りのピアノ曲を反芻する。彼のチョイスが何なのか気になるが、とにかく、聞いてほしいようだ。

 

「ベートーヴェンの悲愴か…」

 

「抱えることを強いられた苦境を乗り越え、新たなる世界を創造する覚悟を表した」

 

正解はベートーヴェンの『悲愴』である。ベートーヴェンが曲名に込めた意図は分からない。しかし、現代まで多くのリリンを惹き付けてきた。ピアノを嗜む者は避けて通ることを許されない。ある種の魔性を帯びた魔曲と評した。

 

シンジが悲愴を選んだことは、彼なりの覚悟を敷き詰めている。

 

聴衆にも至らない、たった2人の観客を置いて、ピアノコンサートは続いた。

 

~畳の部屋~

 

NERVは性質から近代的な設備が占める。そんな中に極々僅かな古風な和を発見できるが、照明が点いては消えてはを繰り返し、どうにも薄暗くて目を悪くしそうだ。頑張って目を凝らすと、数畳の畳が敷かれる。その畳の上に将棋盤を置いて前に座るは老人以外になかった。

 

「おや、渚カヲルのピアノか。ふむ、選曲がガラリと変わったね。なるほど、シンジ君に交代している」

 

おそらく、ピアノまでの距離を逆算して、耳に入ることは相当に難しい。老人の年齢不相応の聴力が微かな音を確実に吸い込んだ。NERVで過ごす日々に散在するピアノと照合するが、今までと明確に異なることから演奏者の交代を知る。

 

「こうして将棋をする時間もあと少しになった。なに、一度だけでいい。彼と将棋を打ちたい。彼と話すことがたくさん積もり積もった」

 

バチン!

 

照明が灯りの安定供給を開始した。これで暗い空間で将棋盤と駒を眺めずに済む。単なる人間は年寄る波を弾き返せなかった。14年ぶりに再会した少年から年を取ったことを指摘されている。

 

「全てはここで始まったよ。ユイ君は自ら実験台となることを希望した。そして、人類の希望であるエヴァを実現するため、彼女はコアへのダイレクト・エントリーシステムを成功させている。そして、彼女はこの世界からいなくなった」

 

楽譜に点在する強弱の指示を受けて、ピアノの音は途切れに途切れが否めない。さらに、わずか数人という無人に等しいNERVが発する環境音にかき消された。それでも、老人は微かな音に心の安らぎを覚える。

 

「ユイ君…本当にこれでいいんだな。君の息子を中心に世界が書き換えられる」

 

続く



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フォース・インパクトの前に

「2本の槍を使ってこの世界を書き換える。その下準備だね」

 

「シンジが望む世界に置き換えるとも言える。とにかく、あなたが望む新世紀を」

 

「2本の槍はサード・インパクトの爆心地であるセントラルドグマに保存されている。僕はニアサーを起こしてリリスを目覚めさせた。その責任がある以上は放棄するわけにいかない」

 

「リリスは如何なる生物の侵入を阻む結界を残した。己の骸と贄となったエヴァMk-6の保存も図っている。リリスの結界を突破するためにエヴァンゲリオン第十参号機が建造された」

 

大人アスカと子どもシンジは、仲良く並んで赤いドームを眺める。

 

シンジの空白の14年による記憶を回収する日程は最終日を迎えた。そして、彼が回収した記憶を元手にした未来の書き換えに移行する。現行のNERVの方針は『フォース・インパクト』の発動に収まった。NERVの中心人物たる碇シンジは、奇しくも、実の父である碇ゲンドウを継承している。

 

少年は己の幸せを追求する姿勢へ転換した。

 

「僕は様々な物や事を犠牲にしている。そして、世界を救ってきた。なのに、皆が僕を敵視してきて、僕を縛ろうとしてきて、極め付けは殺そうとしてきた。僕の肉体と魂は共に人間じゃない」

 

「大丈夫だからね。私がいる上にレイは任務を遂行次第に帰投するから。あなたのお母さんを取り戻すの」

 

「そう、僕は皆と平和に過ごしたいだけなんだ。それを奪おうと言うなら、この世界を書き換えるっ!」

 

彼の転換に関して、簡潔に申し上げると、大人たちの因果応報だった。

 

碇シンジは貴重な青春時代を消費している。エヴァンゲリオンのパイロットを務めて使徒を撃破してきた。人を形成するに非常に重要な時代をエヴァで過ごしている。使徒と戦うことは命がけな上に人類の存亡を一身に背負わされた。大人の自分勝手な都合に振り回されて消耗する。彼は最後ぐらいは自分の願いを叶えようとしたが、あいにく、ニアサーを起こしサードを誘発させた。

 

「皆が僕から全て奪おうとする。だから、僕は皆から奪ってやる」

 

「それでいいの。この世にあるべきは神と天使たちの楽園だからね。あの赤い砂浜も悪くないけど、あなたが願う園を創造するべき」

 

碇シンジの不退転の覚悟は表面に出現した。彼の両眼は充血どころでない程に赤く染められる。第十の使徒を圧倒した初号機の覚醒と同じだった。彼はアスカの愛情をタップリと受けている。

 

もはや、人を越えた神に限りなく近い存在だった。彼は全てをかなぐり捨てる覚悟を有し、アスカとレイが様々な道具を用意し、少年少女がインパクトに次ぐインパクトを起こした。

 

この世に現存する神の碇シンジを降臨させる。

 

「本当に僕の自由でいいんだよね?」

 

「もちろん。何をしても咎められない」

 

「僕が母さんを取り戻すだけじゃあさ。アスカが可哀想だなって」

 

「あ」

 

予想だにしていない答えに変な声が出でしまった。

 

碇シンジの願いの中に実の母である「碇ユイを取り戻すこと」が含まれた。これは至極当然を極めた。誰にも否定のしようがない。なお、実の父である碇ゲンドウと共通する。母を知らぬ子が母を欲することを咎められるだろうか。いいや、咎めることはできない。

 

これを前提に設けた。

 

彼は愛する人の母も取り戻そうと提案する。アスカはシンジの過去を抉らない配慮を欠かさなかった。よって、彼女は自身の母に関して、多くを伝えていない。とりあえず、現世に不在である旨を伝えた。

 

「いいの? あたしの母さんがどんな人か知らない…」

 

「僕をここまで愛してくれる。アスカのお母さんは、間違いなく、素敵な人だと思うよ。仮に、そうじゃなくても、アスカと仲直りして欲しいな。アスカを僕にくださいって挨拶もしたい」

 

「シンジ…あなたは本当に」

 

アスカの家庭事情はあずかり知らない。しかし、自分ばかりが母を求めることに罪悪感には至らずとも、彼はアスカに対して少しばかりの負い目を感じていた。彼女が尽くしてくれる分をお返しする。最後の一文に本気と冗談を混ぜることで、会話の重苦しさを排除した。

 

「言われてみれば、まったく、そのとおり。私もシンジのママに挨拶しないとね」

 

「お互いの母さんを取り戻そうよ。こういうことは片方だけなのは、全然というか、納得できないんだ」

 

「そんな優しいシンジが大好きぃ!」

 

まさかの申し出を拒否する理由がどこにある。

 

アスカは感動を覚えた途端に少年に抱き付こうと試みた。彼女は抱き付く際の勢いの調整を誤る。抱き付きは力の押し倒しに変わった。床はカチカチの鉄製である。少年は頭部を強く打ち付けた。頭部に衝撃が与えられることは、洒落に落とし込めないため、アスカは一瞬で心配に陥る。

 

心配した直後に幸福が来訪した。

 

「もう…シンジったら」

 

彼女が浮かべた焦りと心配の表情は、一瞬にして、恍惚の表情へ切り替わった。彼女が意図したことではない。思わずの反射的な反応だ。力の調整ミスが生んだ押し倒しは、アスカがシンジに覆い被さることを意味する。これに14年の空白が生んだ年齢差に伴う身長差が追加された。

 

少年は大人の女性の胸部に突撃を敢行する。

 

「ママにシンジの洗礼を施してね。アタシばっかりなのも考えものでしょう」

 

「え、アスカのお母さんだよ?」

 

「この世はシンジを中心に回っている。全てが思うがままなのよ。シンジの欲望は叶え放題なんだから。ママのことも愛してあげて」

 

アスカの服装は非常に軽装と言わざるを得ない。上半身をレディースのYシャツで下を短パンで包んでいた。これを軽装とする以外の評価を教えて欲しい。もっとも、彼女の軽装は正当な理由が提示された。

 

というのも、現在のNERVは見渡す限りが廃墟に次ぐ廃墟だろう。そこら中に破損や障害物を確認できた。重ったるい服装は動き辛くて堪らない。本当は特殊作業に対応した作業服が好ましい。荒廃した世界で満足な物品を求めることは贅沢だ。

 

したがって、NERVで暮らす全員が必要最低限を賄える服装に満足する。シンジは上下ともに学生服だった。上半身は白いYシャツに袖を通し、下半身は学生ズボンを穿いた。渚カヲルもサイズ違いの学生服を着用する。年長者の冬月司令は旧NERVから制服を引き継いだ。

 

「ごめん。アスカ…」

 

現NERVにおいて、アスカは最もラフだろう。彼女のYシャツに短パンというスタイルは一切否定しない。しかし、Yシャツを着る際は、何らかのTシャツを肌の間に挟むところ、Yシャツと肌の間に一枚も挟まなかった。ボタンさえ一つも留めていない。したがって、彼女の動きや風に合わせ、Yシャツがヒラヒラと開かれた。シンジはアスカと常時行動を共にし、Yシャツからチラチラと見える彼女に誘い込まれた。

 

「いいよ。シンジの好きにして」

 

彼女に覆い被された少年は、逆襲と言うと変だが、一転して攻勢に転じる。

 

シンジは心ゆくまでアスカを貪り食らった。

 

アスカはシンジに貪られることを至上の喜びに感じた。

 

~?????????????~

 

「サード・インパクトは、人類の強制的な進化を果たしました。SEELEの皆様のご理解とご協力を賜りましたこと、あらためて、感謝申し上げます」

 

「よい、これでよい。我らの望みは人類の恒久であった。それが果たされた以上、我らも永い眠りにつくとしよう」

 

冬月司令を取り囲む浮遊モノリスは、一つずつシャットダウンされる。

 

モノリスの赤黒さは灰を経由して白に至った。

 

「この後はNERVが遂行します。SEELEの皆様は、ごゆっくり、お休みください」

 

最後の一体まで白色化する。

 

その場に残されたは冬月司令と渚カヲルだった。

 

「これでSEELEとの付き合いも終わりましたね。フォースはもうすぐ」

 

「あぁ、始まるぞ」

 

続く



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母はどこにいる

アスカと一緒に運動不足解消のため、NERVの施設内をグルグル散歩している。すると、通路に設置された長椅子に冬月司令が座っていた。会釈して通り過ぎるところで声をかけられる。

 

「シンジ君。将棋は打てるかね」

 

「え、はい。駒の動かし方は分かります」

 

「無理に将棋を打てとは言わない。将棋は将棋でも崩しでいこう」

 

「なるほど」

 

退屈な日々を凌ぐ娯楽に将棋崩しを提案される。

 

そうして、冬月司令に連れられた先は暗かった。どうしても「暗い」以外の感想は出てこない。照明は足元を確認できる程度で慎重を重ねる。安全に行動可能な必要のみを充足した。

 

それはともかく、冬月司令と僕は向かい合う形で畳に正座している。近代的な空間に敷かれた和の畳の上に3人分の座布団が置かれた。座布団が気休め程度でも正座による足と腰への負担を軽減する。僕と司令の目の前には立派な将棋盤が鎮座した。

 

「ほいっと」

 

「うん、これでいいだろう。ありがとう」

 

アスカが将棋盤の中央部に木箱を投下した。木箱の中には将棋の駒がランダムにごちゃ混ぜにされる。木箱本体をゆっくり引き揚げた。綺麗に将棋の駒が山になっている。

 

将棋崩しは駒を交互に抜き取って行き、先に山を崩した方が負けのルールだった。

 

「私は第三者的な審判になります。どうぞ、お気になさらず」

 

「よろしく」

 

「さてとだ。こうして、シンジ君と膝を突き合わせること。それは特段珍しいことでなかった。しかし、非常に真面目な話になると、自分の臆病者が出てしまう。将棋を緩衝材に挟まねば、君と碌に話せない臆病者ですまない」

 

「そんな、僕は大歓迎なのに」

 

「君は優しいからね。お母さんによく似ているよ。そう、君は母を知っているか?」

 

この質問は歓迎されるべきでないが、僕にとって、冬月司令は理解者でしかない。僕は詰まることも淀むこともなくハッキリと答えた。僕の母さんは空白が詰まっている。

 

「実は全く知らないんです。父が母さんの遺品を全て処分しました。それに、母さんを事故で失った時の僕ですが、あまりにも幼過ぎるので、欠片も記憶がありません」

 

「やはりか。ならば、これを渡したい」

 

「これって、父さんと母さんですか。なんとなく、どこか、いや、言葉にできません」

 

「シンジの赤ちゃん時代だ。シンジとは小さい頃から会いたかったなぁ」

 

冬月司令は胸ポケットから1枚の写真を差し出している。写真はいかにも古かった。写る人は若かりし頃の父さんと母さんらしい。そして、赤子時代の僕を抱く母らしき女性は僕が愛した少女と瓜二つに見えた。

 

「君の母たる女性の碇ユイ君。私の教え子だった。旧姓は綾波ユイという」

 

「綾波…それって」

 

「結論を先に言おう。綾波レイは君の母である碇ユイを基にしたクローンだった」

 

「綾波が僕の母さん…なんですか」

 

衝撃的な事実を明かされても、駒を引き抜くことは止めない。僕も冬月司令も駒の見定めに長け、なかなか、山は崩れないでいる。駒を抜き取る手も会話も止まることを知らない。

 

「お、ようやく照明が復活したか」

 

NERVの発電所からの電力供給は不安定で知られ、一時的に安定した供給が開始されると、僕とアスカ、冬月司令の前に巨大な十字架が上げられた。十字架はリリスを打ち付けることなく、むしろ、エヴァの残骸がそこら中に散りばめられる。

 

NERVにこんな施設があったのか、記憶を探っても探っても掬い取れなかった。

 

「これは極初期型のエヴァンゲリオンの試作品だ。初号機よりも前だからプロトタイプのプロトタイプでもある」

 

「もしかして、母さんを失った事故とは、ここで発生した」

 

「その通り、初号機を建造するにあたり、碇ユイ君は自らが考案したコアへの『ダイレクト・エントリーシステム』を完成させた。それは我が身を初号機へ投じることを意味している」

 

異様な光景に駒を取る手が止まった。

 

僕から失われた記憶が蘇りに蘇る。

 

僕は確かにここにいた。誰かに抱えられていた。僕の目の前で母さんは天使の姿となり、赤い球体のコアへ沈んでいき、当時は幼い故に訳の分からない光景であるよ。しかし、現在は得られた知識と積み重ねた経験を携えた。旧劇に蘇る記憶から受けるショックの緩和に解している。そういえば、初号機に謎の安らぎを覚えた経験があった。母さんの鼓動を感じ取った。

 

「初号機の中に僕の母さんがいる」

 

「初号機を制御するシステムが碇ユイ君なんだ。私や君の父親はエヴァを制御することに頭を抱え、ユイ君がコアへのダイレクト・エントリーシステムを考案している。他の人に任せられないと自ら志願したが、息子が乗ることを見越していた。君が危機に陥ったり、強く願ったりした時に彼女は現れる」

 

一時停止を強いられた駒を抜き取る動作を再開する。

 

「結局のところ、実験は成功した。しかし、彼女は初号機へ取り込まれている。この世には碇ユイの情報だけが残された。碇ユイを忘れたくない。彼女を現世に取り戻したい。我々は碇ユイの情報を元手にクローンの肉体を作成し、魂を吹き込んだ存在が綾波レイなのだ」

 

「ほんのり、なんとなく、綾波から母さんの気配がありました。僕の母さんが初号機にいること、綾波が母さんと似ていること、これで全てに納得が行き届いています」

 

「そして、君に問おう」

 

冬月司令はスッと駒を引き抜いた。

 

同時に一つの問いを突き付ける。

 

いつにも増して両目が僕の真底まで索敵した。

 

「君は母である碇ユイを取り戻したいか。アスカ君と永遠の時を歩みたいか」

 

「はい。ただ、訂正させていただいて、よろしいでしょうか」

 

僕が母さんを取り戻してアスカも含めた皆で永遠を生きることは本望である。

 

もっとも、訂正を挟みたかった。

 

「構わん。まずは言ってみなさい」

 

「アスカのお母さんも取り戻したいです。僕が自分の母さんだけを取り戻すことは不公平でした。なので、アスカのお母さんも取り戻さなければ、個人的に納得できませんでした」

 

冬月司令の番に将棋の駒の山がボロボロと崩れ去る。将棋崩しのルールから僕が勝者となり、敗者となった冬月司令はニコリと笑った。普段は荘厳な空気を漂わせる方である代わりに優しい時はトコトン優しい。

 

「わかった。君の答えを聞いて心底安心している。万事承知した」

 

コホンと老い由来の咳を挟んだ。心配は無用と手をヒラヒラ振っている。

 

「君の母と彼女の母を取り戻す方法は共通した。まあ、面倒を幾つも重ねことも共通する。全てが始まった大地にして、セカンド・インパクト爆心地である、南極で儀式を行う。ありとあらゆる想いが現実となる空間を開き、君が心から願うことで、この世の終幕と新世紀が訪れた」

 

「そのためにフォースが必要なんですね」

 

「ごめんね。言葉足らずでミスリードを呼んじゃった」

 

僕はアスカから「フォースによって世界を書き換えられる」と教わった。しかし、よくよく考えたら、フォースは途中駅であることに気づいた。冬月司令の話を聞いて確信を掴んでいる。これはアスカが生んだミスリードに伴う僕の勘違いだった。

 

「いや、早とちりした僕も悪い。ここは眠らない夜を過ごして、お互いの認識をすり合わせよう」

 

「そうね。それが手っ取り早い」

 

とにかく、僕の母さんとアスカのお母さんを取り戻す。そして、皆で永遠の時を過ごすという願いを叶える。今の僕がやるべきことは「フォース・インパクトを発動させる」に収束した。

 

「さて、私が伝えたいことは以上だ。そのだな、シンジ君の時間が許すなら」

 

「わかりました。もう一局いきましょう」

 

微妙に悔しそうな冬月司令のリベンジを受け取る。

 

この後はアスカも含めた3人で将棋を楽しだ。

 

カヲル君は…その…ごめんね。

 

続く



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エヴァンゲリオン第十三号機

エヴァ第十三号機って『十三』と『拾参』のどっちが良いですかね。



赤く染められたドームが巨大なロボットアームの手によって引き破られた。様々なスポーツに使用できるドームを想像した者を裏切るよう、大量の赤い水が津波の如く湧き出ている。本当に津波と勘違いしそうな勢いであり、物にぶつかると盛大な水しぶきを生じさせ、高所で見学する老人を僅かに濡らした。

 

「エヴァンゲリオン第十三号機はちょうど完成した。彼と彼女なら試運転もならし運転も必要ない。ダブル・エントリーシステムも初の試みであるが、特段の問題はなかろう」

 

クレーンに吊り上げられるエヴァは拘束具へ移動させられる。その間に出撃の準備と少年と大人の女性がプラグスーツに着替えた。実はシンクロするだけならプラグスーツは不要であり、極端な例では、学生服姿でもシンクロする。

 

それでは、プラグスーツを着用する理由はは何だ。これはパイロットの生命維持が大きく関係する。スーツは衝撃の吸収だけでない。緊急時の生命維持装置が装備され、エヴァが完全に動けなくなり、回収班の到着を待つまで、パイロットの命を守り抜くのだ。

 

「はい、これでよし」

 

「ありがとう」

 

エヴァ第十三号機の特性からプラグスーツも特製品である。アスカの大人用とシンジの少年用でサイズが異なるため、シンジは大人のアスカに着せてもらうが、これを依存と詰られようが構わなかった。外野は何とでも言えば良い。当人しか知らぬ事情が存在した。手首あたりのボタンを押すと、自動的にジャストフィットされる。プラグスーツはピッチピチとならざるを得ないため、シンジはともかく、アスカの豊満な母性に吸い込まれた。

 

「帰ったらね」

 

「うん」

 

2人は仲良く手を繋いで発進所まで向かって歩いた。NERV本部は廃墟と化している。その大半はダミーの偽装が込められた。エヴァ第十三号機の建造を隠して発進所も機能不全に誤魔化す。しかし、実際はエヴァの運用に不必要な施設を削ぎ落した。エヴァ第十三号機と護衛機の運用の円滑化が図られている。

 

さて、エヴァ第十三号機も例に漏れることなく、パイロットはプラグに乗り込んだ。驚くべきことに、2本のプラグが交差するように挿入される。これは本機のみが採用したパイロット2名による『ダブル・エントリーシステム』を示した。

 

何のためなのかは後に明かされる。

 

~エヴァ第十三号機~

 

アスカとシンジを乗せたプラグが完全に収まり切った。シンクロが開始されると景色が目まぐるしく変化するが、もう慣れたことであり、特に動揺の焦りは生じない。暫く待って外の様子を確認することができた。

 

「一時でも離れることなるなんて許せない。だから、冬月司令に頼んで、お互いに行き来できるようにしてもらったの」

 

「すごいや。14年もあればエヴァも進化している」

 

シンジは自分を中心に右側に置かれ、当然ながら、左側にはアスカが置かれた。2本のプラグが交差する配置な故にご近所さんであるが、なんということでしょう、左側から右側へ又は右側から左側へと自由に移動できる。ただでさえ、パイロットの2名によるダブル・エントリーシステムが革新的だった。それにもかかわらず、お互いが自由に行き来できることは、もう、目から鱗が落ちて止まらない。

 

シンジの眠っていた14年もの間でエヴァは脅威的で驚異的な進化を遂げた。

 

(あ、あ。聞こえるかな)

 

「はい、聞こえます」

 

「バッチリよ」

 

ここで冬月司令からの通信が挟まる。私的な会話は一時中断を余儀なくされた。

 

(よろしい。君達には護衛機として渚カヲルの肆号機を与えた。何か起こった際は彼に任せるがよい。ただし、シャフトを塞いでいるリリスの結界だけは例外である。リリスの結果は二人にしか突破できないよ)

 

「存じています」

 

(うん。とにかく、皆の無事を祈っている。グッドラック)

 

確認事項のすり合わせを完了次第に移動を開始する。NERV本部のセントラルドグマまで一本に通ずるシャフトの入り口に向かった。その入り口からは長大で極々太のワイヤーに捕まって降下している。セントラルドグマの深さは尋常じゃなかった。

 

「酷い有様だな」

 

「インフィニティに進化できなかった哀れな者ね。私たちはなり損ないって呼んでる。まぁ、別にシンジに関係することじゃないから」

 

「そうだね」

 

セントラルドグマへ通ずるシャフトだが、そこら中にある人型のナニカが視界に入る。アスカの説明では「人が進化した先のインフィニティになり損なった哀れな者」と聞かされた。特にシンジとの関連は薄いため、速やかに思考から除去される。

 

「ここからは暗いからライトを点けようか」

 

「あのエヴァは?」

 

「かつて北米支部が消失した際に遺された。エヴァンゲリオン肆号機ね」

 

「僕のエヴァはMk-6だったんだ。この種明かしは後にしよう。お楽しみは取っておくべきだね。それより、僕が君たちを守護るから安心して」

 

第十三号機だけでなく、肆号機もワイヤーで降下した。この肆号機には渚カヲルが搭乗しており、第十三号機と2人の護衛を務める。第十三号機は儀礼用と戦闘力を低く見積もられた。反NERVを掲げたWilleの妨害を鑑みて護衛機を与えて当然である。

 

その後は任務と手順の再確認を行っていると、ライトが照らす先に青々しい蓋を視認できた。サード・インパクトを起こしたリリスが残した結界と判断するが、これがまた見事に綺麗にシャフトを塞いでおり、14年もの間を誰一人として通さない。

 

「これがリリスの結界か」

 

「そうよ。これを破るためにエヴァ第十三号機が建造された。リリスの結界を破るためには純潔な魂が二つ必要だった。そのためのダブル・エントリーシステムということ」

 

「なるほど」

 

リリスの結界を突破する手段は「純潔な魂を二つ用意する」の唯一だった。それも面倒なことに作られた魂ではいけない。そして、一個と一個を別々に拵えることも認められなかった。純潔な魂を纏めて二個用意してようやく突破を許される。

 

「さぁ、この結界を崩すことをイメージするの」

 

「うん」

 

アスカとシンジにリリスの結界を突破するための装置が固定された。そして、将棋崩しの要領でリリスの結界を崩すイメージを浮かべる。イメージの歩調を合せることは非常に難しかった。いやいや、この二人にかかれば造作もない。

 

カーン!

 

小気味良い音と同時に第十三号機のつま先を中心に据え、リリスの結界はブロック状に崩れ始めている。セントラルドグマまで開通した瞬間の喜びを分かち合った。ここは抱き合いたいところだが、任務を優先して、笑い合うことの留める。

 

「ここがセントラルドグマか。あれが…リリス?」

 

「サード・インパクトの首謀者であるリリスの骸だよ。背中には僕のMK-6がある」

 

巨大な首無しの模型はリリスの抜け殻であり、背中の部分を拡大して見ると、2本の槍に磔られたエヴァの姿を確認できた。渚カヲルが言うには、彼のエヴァンゲリオンのMK-6らしい。Mk-6は全身が白色化していて、とても、生気を感じられなかった。

 

「Mk-6は自律可能に改造された末にリリスのサード・インパクトに利用された。とても哀れなエヴァなんだよ」

 

「へ~」

 

それはともかく、2本の槍を抜き取らなければない。サード・インパクトに次ぐフォース・インパクトを発動させることはできなかった。リリスの骸に向かうため、ワイヤーから飛び降りるが、地面は劣悪を極めている。一帯に人の頭蓋骨が敷き詰められ、趣味の悪い事この上なかった。しかし、シンジとアスカは一寸たりとも嫌悪感を覚えない。

 

ニアサーもサードも人類の進化と言う救済なのだから。

 

「あれが目標か」

 

「ロンギヌスの槍とロンギヌスの槍か。対どころか並行の2本とはね。はぁ、いやなことよ。シンジと私を絶望と評価するの?」

 

ズシン!ズシン!

 

頭蓋骨を踏み潰しながらリリスの骸へ向かう。

 

その時だった。

 

「なんだっ!?」

 

「流石に見逃してくれないか」

 

第十三号機の後方に強烈な爆発が発生する。

 

「Willeのエヴァが三体かっ!」

 

敵性エヴァンゲリオンの反応が3体だ。

 

「碇さぁぁぁぁぁん!」

 

続く



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セントラルドグマ

「Willeの阻止部隊が来たわね」

 

「ムカつくオリジナルにねぇ。ガキを渡すわけにはいかない!」

 

セントラルドグマに突入したNERV側のエヴァは第十三号機と肆号機の2機である。しかし、新たに支援射撃と共に降下したエヴァを視認した。そのエヴァは片腕に青い塗装が施されている。あれは反NERV組織のWilleが保有するエヴァに違いなかった。

 

Willeの目的は不可逆的なNERVの撃滅である。

 

「スナイパーが1機上方に潜んでいる。あとの2機は近接戦という布陣を敷いた」

 

「悪いね。僕は彼の味方として、計画の邪魔は許せない」

 

エヴァ第十三号機は儀式の発動が優先された。護衛機を務める渚カヲルと肆号機が妨害を許さない。肆号機は武器の携行を許された。一方の第十三号機は無駄な物を携行することを許されていない。肆号機は死神の鎌を振り上げ、Wille側の緑色の機体を狙ったが、上方に配置されたスナイパーが徹甲弾を直撃させた。

 

「やれやれ、流石に被弾し過ぎると、肆号機の覚醒が覚束ないか」

 

「支援射撃は任された。さっさと行きなさいな!」

 

「はい!」

 

たった1機でも戦力差が大きく開かれ、かつWilleはスナイパーを配置している。NERVはエヴァ同士の近接戦を想定した。これは客観的な視点から不利が呈されたる。もっとも、エヴァに関する技術はNERVがWilleを突き放した。この場における数的な不利を技術と練度で埋める。スナイパーが放つ徹甲弾は肆号機の装甲が阻んだ。そして、肆号機は被弾から位置を逆算している。セントラルドグマにある遮蔽物を確保して照準を絞り切らせなかった。

 

護衛機がスナイパーに意識を削がれる間である。残りの2機が第十三号機に接近を試みた。護衛機が対象から離れることはいただけない。いいや、第十三号機の高度な自衛に期待した。

 

「私が格闘戦を担当するから。シンジはATビットをお願い」

 

「うん。任せて」

 

第十三号機に肉迫するWille側の機体は紅い弐号機と緑色の知らぬ機体である。

 

NERVが保有した弐号機は第十の使徒戦から大破した後に処分された。現NERVは弐号機をスケールダウンさせた量産機を運用する。碇シンジ奪還作戦において、大人のアスカが量産機を操縦した。つまり、Wille側が弐号機を運用することは解せないだろうに。おそらく、平行世界からの介入者が弐号機を持参した、または、図面等を持参して建造した。

 

緑色の機体は見覚えが無い。戦闘中であるがデータベースにアクセスした。AIは正確でないものの「仮設伍号機」を導出する。これは旧ベタニアベースで運用された。同地に限定した局地戦に特化したエヴァであるが、Willeは使える物は何でも使わなければならず、一度は自爆した「仮設伍号機」を引っ張り出している。

 

「やっぱり、ATフィールドを持たないエヴァか」

 

「碇さん! お願いですから、言うことを聞いてください! あの女に乗せられたんですよねぇ!」

 

相互に通信を繋いでいない場合を考えた。各機はスピーカーを標準装備している。仮に所属先が異なろうと意思疎通は可能なため、Wille側は最重要人物以外の何者でもない碇シンジの説得を試みた。

 

「フォースの発動を邪魔すること。それが僕の幸せを阻むと知ってほしい」

 

「そういうことだから」

 

交渉は決裂に終わる。

 

「なら、実力行使のみ!」

 

「死中に活を求めます!」

 

2機のエヴァが第十三号機へ飛びかかる。Wille側の弐号機は薙刀を振り回し、同伍号機は模造品の槍を突き出した。一般的なエヴァンゲリオンはパイロットの意思に応じてATフィールドを展開する。しかし、このエヴァンゲリオン第十三号機は特殊を押し立てた。

 

「まったく! 駄々っ子の面倒ほど大変なの!」

 

「は、速い!」

 

「ごめん。僕は僕の道を歩きたいんだ」

 

第十三号機は人体で言う肩甲骨あたりから小型機を射出した。そして、薙刀と槍の両撃をATフィールドで防いでいる。ポイントはエヴァから展開される常識を破り、射出したてホヤホヤの小型機が展開した。

 

これがエヴァ第十三号機の切り札である『ATフィールドビット』とされた。長ったらしい名前を省略して『ATビット』が通称である。ATビットは第十三号機本体がATフィールドを持たない弱点を埋めた。

 

ただ、子機が展開する都合より、微細な隙を確認できる。

 

「そこぉ!」

 

「ざ~んね~ん」

 

ATビットがコンマ秒の単位で遅れた。この虚を逃さずに薙刀を差し込んだ。2対1の構図を活かしてATビットを翻弄するが、第十三号機もパイロット2名の運用が組まれ、実際は2対2のフェアが指摘できる。セントラルドグマの戦闘はエヴァの性能でなかった。エヴァのパイロットの技量が問われる。

 

「オリジナルに勝てるわけがないでしょ。おバカちゃん」

 

「ちぃ!サクラとのコンビネーションで仕掛ける!」

 

ATビットの隙間は碇シンジが設けた誘いだった。その上で近接格闘戦に秀でたアスカ同士が読み合いの末に大人が勝利を収める。第十三号機のダブル・エントリーシステムの面目躍如だ。パイロットが2名の強みは適材適所を可能にする。

 

大人でオリジナルのアスカは熟練の格闘戦を見せつけた。

 

天才で神のシンジは抜群の戦闘センスを光らせた。

 

アスカは当然と豊かな胸を張る一方のシンジは天才を遺憾なく発揮する。サードチルドレンか第三の少年と呼ばれる碇シンジは天性の才を隠し持った。能ある鷹は爪を隠すと言うように「ここぞ!」で繰り出す。

 

「サクラさん。もう、やめてくださいよ。僕だって手を上げたくないんです!」

 

「大丈夫ですっ! 私が必ずし助け出します!」

 

ATビットが防御一辺倒なんて思われたら悲しい。ATフィールドは使い方次第で攻撃に転用でき、それこそ、第十の使徒が多重ATフィールドをプレス機に変えた。ATビットが複数機の数を活用しないことがあろうか。伍号機(?)をATビットの群れで追い詰めていくが、決して、撃破までは持って行かないで苦境に置き続けた。

 

「しまったっ!」

 

「サクラっ!」

 

「よそ見はご法度じゃない?」

 

弐号機と伍号機(?)は仲良く弾き飛ばされる。Wille側のエヴァは旧態依然とした内部電源が続投された。エヴァの活動には時間制限が設けられる。さらに、激しい機動戦は電力消費を増した。セントラルドグマで活動できる時間は、あれよあれよと短縮されていき、遂に弐号機も伍号機(?)も非常電源に移行する。

 

「ダメだ。弐号機も電池切れ、マリ!」

 

「スペア投下するけど、間に合わない! こっちでやってみる!」

 

第十三号機が優先すべきはWilleの排除よりではなかった。儀式のフォース・インパクトの発動に尽きる。Willeの妨害が沈静化すると、踵を返して、リリスの骸へ向かった。セントラルドグマの足場が悪い故に走らない。一歩と一歩を踏みしめながら歩いた。

 

「AA弾は効果なし。ならば、徹甲榴弾で内部から食い破るしかない」

 

スナイパーはライフルに徹甲榴弾を装填した。どれだけの損傷を与えられるかわからない。とにかく、妨害するだけ妨害し、時間を稼ぎたかった。エヴァへの急速充電は名ばかりである。フル充電までには最低でも数分を要している。

 

「お忘れ物よぉ!」

 

2発の徹甲榴弾が登山中の第十三号機へ飛翔した。

 

第十三号機は心強い共に背中を預ける。

 

「なにっ! 砲弾を空中で!?」

 

「防ぐことができないなら迎撃すればいい。それだけのこと」

 

渚カヲルの肆号機が死神の鎌で砲弾を真っ二つに切断した。

 

「再装填が間に合わない!」

 

少年は友を全面的に信頼している。登山中は足を一寸たりとも緩めなかった。すでにリリスの骸の背中まで到達している。2本の槍の前に立ち、徐に槍を見上げ、息を吸って、それから高らかに宣言した。

 

「フォース・インパクトを始めよう」

 

第十三号機は独特の駆動音と共に胸部に隠された両腕が露わになる。

 

4本腕に持ち前の馬力を流し、思い切って、2本のロンギヌスの槍の引き抜いた。

 

リリスの骸が崩壊する。

 

隠れていた者が再起動する。

 

続く



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サードに次ぐフォース

リリンの骸が崩壊すると第十三号機の足場がきえるわけだが、絶望を司るロンギヌスの槍を左右で持ち、なぜか重力を無視して浮遊状態にある。それは哀れなエヴァMk-6も同様であり、これを異常と言わずして、何というべきか。

 

「NERVのエヴァにパターン青! やっぱり、第十二の使徒が潜んでいやがった!」

 

「私が撃破します!」

 

辛うじて、急速充電が間に合った伍号機がMk-6の撃滅を試みた。しかし、無限のエネルギーを生み出すS2機関を標準搭載する。NERVのエヴァが総じて有利と評価した。伍号機は銀色の肆号機に弾き飛ばされている。

 

「Mk-6は白い月で第十二の使徒を素体に作られた。これで、ようやく、役目を果たすよ。お疲れ様だ」

 

肆号機が死神の鎌を振り下ろす。Mk-6の首がスパッと切断された。頭部と身体が分離して撃破を思わせたが、どちらも切断面より奇怪な航跡を生じさせ、浮遊を維持する第十三号機に纏わる。あっという間に第十三号機はコアらしい球体に包み込まれた。

 

「全身かコアね。フォースの起こし方は変わらない」

 

「どうすれば…」

 

「好機を窺うしかないじゃん?」

 

いったい、何が起こっているのだ。

 

~第十三号機~

 

第十三号機は赤い球体のコアに包まれている。自機の周囲確認が不可能な代わりに絶大な利点を確保した。なんと、全身がコアという特殊な状態から絶対的な防御を得ている。Willeのエヴァにはノーチャンスを授けた。

 

「これで第十三号機と私の覚醒がなる。シンジに遅れること14年かぁ」

 

「僕は第九の使徒があるからね。この第十二の使徒は譲る」

 

第十三号機は快調な快調である。

 

ただし、覚醒に達するまでは暇が多かった。シンジと大人アスカはイチャイチャして暇を潰している。エヴァ第十三号機の設計図を引いた者の計らいだ。パイロット2名の間に隔壁は設けられない。そんなこんなを経て巨大なコアは収縮を開始し、サクランボ程度の大きさに縮こまり、大人アスカの口元へ運ばれた。

 

「味は期待しない方が良いよ」

 

「良薬は口に苦し。そういうこと」

 

大人アスカがサクランボをかみ砕き、第十三号機本体もコアをかみ砕いた。第十三号機は白色化して周囲を明るく照らす恒星と変わる。一方の大人アスカはシンジが言った通り、苦みを覚えざるを得なかった。NERVの食事はドロドロのお世辞にも美味しいと思えない。第十二の使徒を凝縮したコアの味もお世辞を排除する程に美味しくなかった。

 

「おいしくなっ!?」

 

彼女が正直な感想を述べようと口を開ける。そこへ少年の舌が捻じ込まれた。大人のアスカと14歳のシンジが大人のキスをしている。主にシンジの方から愛情が流入した。彼の愛はアスカの身体を駆け巡っている。

 

「ありがとう。おかげで苦さを忘れられた」

 

「我慢することは時に毒となる。我慢しないでね」

 

シンジの優しさが光る頃に第十三号機は形態を変化させた。いわゆる疑似シン化形態である。頭上に天使の輪を浮かべることに代表された。第十三号機と初号機の覚醒に共通点が多く確認できる。そして、仲良く覚醒した肆号機を伴い直上へ急上昇した。セントラルドグマは地下最深部に設けられたが、電磁カタパルトを上回る速度で射出される。

 

地上へ出るとガフの扉が開かれていた。

 

「あぁ、フォース・インパクトが始まる。そして、ミサトさん達が来た」

 

「黒い月の完全顕現までは待機で」

 

「どうせ、向こうのエヴァが止めに来る」

 

ガフの扉へ向かおうとする道中である。第十三号機へ高速で迫る大戦艦を確認できた。この世でエヴァが小粒に見える戦艦は、反NERVの錦の御旗を掲げるWilleのヴンダーしかない。シンジは艦内で幽閉されていた。それ故に全貌を見ることは初めてらしい。

 

何をするのかと思いきやだ。ヴンダーは艦首を思い切り第十三号機に突き刺し、かつ艦前方にATフィールドを展開する。なるほど、第十三号機は脱出不可能な磔にされた。さらに、フォース・インパクト発動の真っ只中にある。

 

事実上の無防備に陥った。

 

もっとも、疑似シン化形態である以上は、神器以外の攻撃を受け付けない。

 

「無駄なことを…」

 

「すごいな。死中に活を求めることに関して、ミサトさんの右に出る者はいないよ」

 

第十三号機を磔にした後は、主砲から反射弾の砲撃を加える。ATフィールドに反射する実体砲弾による物理的な破壊を試みた。ヴンダーは総旗艦で『神殺し』の異名を有する。フォースを発動させるNERVの新型エヴァを破壊することは神殺しと言えた。

 

しかし、みすみす、神殺しを見逃す失態を天使が犯すわけがないだろうに。

 

「はい、覚醒した肆号機が取りついた。これでヴンダーはフォースが収まった後に居残ることができない」

 

「カヲル君のタイミングはいつも絶妙だなぁ」

 

シンジと大人アスカは当事者にもかかわらず、あくまでも、舞台を観劇する客の立場を堅持した。ヴンダーは神殺しと虚妄を携えた哀れな者に過ぎない。そして、颯爽が最も当てはまる登場を纏ったエヴァ肆号機がヴンダーに取りついた。

 

ヴンダーによる一連の無駄な抵抗は地上から嫌程によく見える。

 

~地上~

 

セントラルドグマから3機のエヴァがひょっこりと姿を現した。

 

この3機は旧来型な上に覚醒のかの字もなかった。

 

「ほいっと。ありゃ、こいつは酷い」

 

「ヴ、ヴンダーが」

 

「まったく、いつになっても、世話が焼ける」

 

Wille所属の3機と3人は凄惨な光景に三者三様の反応を見せる。フォースの発動中につき、空は赤く染まり、赤い大地から瓦礫の類が浮き上がった。そして、ヴンダーは覚醒したNERVのエヴァに取りつかれる。目標の第十三号機は進路を修正してガフの扉を目指した。

 

「よし、こうなったら。新弐号機はヴンダーの救援に向かう」

 

「このマリちゃんとサクラちゃん。2人でフォースを止めろってこと?」

 

「分かっているなら、さっさと行きなさい!」

 

エヴァ3機体制であることを活かして二手に分かれる。格闘戦に秀でた新弐号機がヴンダー救援に向かった。八号機と伍号機は第十三号機を活動停止に追いやる。咄嗟の判断であるが、非常に考え抜かれ、疑義を挟む余地は残されなかった。

 

新弐号機は急速充電の際に左腕部をガトリング砲に換装する。新弐号機は基本的な設計や思想が比較的に新しかった。ヴンダーは肆号機から破壊光線を数発貰って推定中破に追い込まれる。さらに、肆号機からシステムに対するハッキングを被った。新弐号機はヴンダーが推進力を失い、低空を這いずるタイミングを見計らう。

 

「あんたねぇ、第一の使徒タブリスと円環の理を俯瞰し、人間と使徒の狭間となる『渚』なら。ちょっとは手伝おうと思わないの?」

 

「平行世界からの介入者である君たちには悪いね。ただし、元はこの世界の君やシンジ君が望んだことだ。はたして、良くも悪くも、赤の他人でもある介入者に協力できるかな」

 

「なら、殺させてもらう」

 

ヴンダーに取りついた肆号機は覚醒して両腕を粘液に変えた。この粘液がヴンダーに対するハッキングを仕掛けている。肆号機から出ているため、機体本体を撃破すべきだ。ここにNERVの肆号機とWilleの新弐号機のタイマン勝負の幕が上がる。

 

「徒手空拳に何ができるっての」

 

「何かができるんだ」

 

ガトリング砲の残弾を肆号機へ贅沢に吐き出した。ヴンダーに対するハッキングは移動が許されない。つまり、肆号機はATフィールドを展開する、又は装甲で耐えるしかないのだ。ガトリング砲の射撃を回避するわけがない。

 

「面倒な! こいつも全身がコアでアダムスの器じゃない!」

 

「タブリスって呼んでくれると嬉しいねぇ」

 

確実に肆号機は損傷したが、数秒後には綺麗に再生されていた。

 

いわゆる、全身がコアである。

 

ヴンダー甲板上の戦いは始まったばかりだ。

 

続く



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計画通りに進んでいる

「よっと、はっと」

 

「碇さん、碇さん!」

 

2機のエヴァンゲリオンは疑似シン化形態にある第十三号機へ一直線に向かった。例のエヴァは空中浮遊して届きそうにない。幸い、フォースインパクトの発動時に地表から瓦礫という瓦礫が持ち上がった。この瓦礫を足場に蹴って上昇を試みている。

 

「ヴンダーさえ無事だったら。楽なんだけどね~」

 

「それより、どうやって、碇さんを!」

 

「まぁまぁ、落ち着きなさい。あれはパイロットが2名による『ダブルエントリーシステム』なのか。おそらく、片方でも強制排出できれば効力を失うはず」

 

「わかりました。強制排出を…」

 

NERVの新型機(エヴァ第十三号機)がパイロット2名のダブルエントリーシステムを採用する。したがって、パイロットがどちらかの片方が欠けると、フォースの効力を喪失させられると予想した。そして、エヴァは外部からプラグを強制排出させる仕組みを備える。中のパイロットが拒絶しようと関係なく、文字通りの強制的に脱出させた。

 

「いいや、そうも簡単にいかないの。機体本体が無事の場合も継続される」

 

「つまり、パイロットと本体の両方とも無力化しないといけない」

 

「そういうことよん」

 

緊張を解きほぐすために軽い口調である。しかし、伝達した内容は非常に重要で聞き逃しは厳禁だった。現在進行形のフォースは第十三号機とパイロット2名を元手にする。どちらかの片方が欠けると効力を失うことに納得しては早計なのだ。NERVがこのような甘い対応をするとは思えない。おそらく、いいや、間違いなくだ。フォースは第十三号機とパイロットが相互に保険を為している。

 

したがって、機体とパイロットの両方を無力化することが要求された。

 

「あれがロンギヌスの槍だから、エヴァの装甲を貫いて機能を停止させられる」

 

「わかりました」

 

時間的な猶予は少ない。ピョンとピョンと瓦礫と瓦礫を飛んだ。

 

第十三号機は疑似シン化形態への強制的な進化を経ている。

 

八号機が正面から飛びかかり、伍号機が背後から獲りついた。

 

「熱いっ! でも、碇さんの苦しみや辛さに比べれば。こんな火傷はどうでもいいんですぅ!」

 

強烈な高温から火傷の恐れを生んだ。反射的に掴んだ手足を離そうとする。目標は強制的な覚醒により超高熱を帯びた。ミトンを装着しない限りは長時間の接触は火傷を招く。八号機と伍号機はフィードバックを通じて熱傷を覚えた。

 

「私が助けますからぁ!」

 

もっとも、同じ頃の第十三号機内は誰よりも落ち着き払う。

 

「カヲル君の肆号機はWilleの弐号機と相討ちか。しかし、神殺しのヴンダーは中破と大破の間に追い込んでいる」

 

「それに黒い月の完全なる顕現も果たされた。私とシンジの勝利を祝いましょう」

 

搭乗機が疑似シン化形態に突入すると非常に暇だ。インパクトは自動的に遂行される。フォースの中止を試みるエヴァが肉迫した。特段の対応は採ることもない。2人で仲良く手を繋いで流れに身を任せた。第十三号機はアツアツにもかかわらず、Willeのエヴァ2機は一生懸命に無力化を目指す。

 

「2本の槍で機体を損傷させる。僕とアスカを強制排出させる。そうして、フォースは中途半端に終わる。全ては計画通りに進んでいった」

 

緑色の伍号機が2本のロンギヌスの槍を強奪した。そして、第十三号機の腹部に突き刺した。普通はフィードバックの激痛を覚えるが痛みも違和感も何にも起こらない。大人アスカも少年シンジも仲良く人を超越して神と同等の存在に昇華した。ロンギヌスの槍は第十三号機を覚醒させたかと思えば、今度は一転して、第十三号機の活動を停止させる。

 

「第十二の使徒を吸収しておいてよかった」

 

「一度でも覚醒すれば人の痛みは消える。素晴らしいことだね」

 

槍の前には如何なる防御も通用しなかった。さらに、インパクトを中断させることが可能である。第十三号機はロンギヌスの槍に腹部を貫かれた。白色恒星の如き光源を失って活動を停止する。重力に従って落下し始めた。

 

驚くべきことに、上空のガフの扉は依然として開かれる。

 

「やはり、2人ともフォース・インパクトの保険か!」

 

「そっちは頼みます!」

 

先に読んだ通りだった。パイロット2名が残存する場合は、フォース・インパクトが継続される。

 

Willeのマリの八号機とサクラの五号機は共に対象へ語り掛けた。

 

「あらあら、イスカリオテのマリアが介入者なんて」

 

「元の世界のオリジナルさんより厄介なことだけど、大人しく、言うことを聞きなさいなぁ!」

 

「私だけのシンジ。必ず迎えにいくからね」

 

まずは片側のプラグが強制排出された。プラグ自体に推進装置が備えられ、自力で安全圏まで退避する。マリの八号機も装甲の限度があるため、逆側はサクラの伍号機に任せ、自分も安全圏まで離脱していった。

 

その場に残されるは碇シンジと鈴原サクラに収まる。

 

「どうして、どうして。自ら傷つきに向かうんですかぁ!」

 

涙の混じった声であるが、痛みに依るものでなく、エヴァを挟んだ先の人を想った。

 

「サクラさんこそです。僕を受け入れてください。僕を受け入れていただけるなら。幸せな生活を保障するのに」

 

「それは違います! 絶対に碇さんを救うので、今だけは、従ってくださいぃ!」

 

かなりどころか全てを感情に突き動かされた。しかし、プラグを強制排出させる手順は忘れていない。先と同様にプラグを第十三号機から脱出させた。地面への着弾までギリギリだが無事に安全圏へ退避するだろう。

 

機体への重大な損傷とパイロット2名の脱出により、エヴァンゲリオン第十三号機は完全に機能を失った。上空のガフの扉は急速に萎んで閉め切られる。あれだけフヨフヨと浮いた大小さまざまな瓦礫は一様に着弾した。

 

フォースは中途半端に終わる。

 

~旧NERV~

 

各種モニターで周囲の様子を確認して回った。

 

「酷い有様だな。フォースが中途半端に終わっている。葛城大佐のWilleによる妨害は激しかったが、殆どが計画通りに進んでおり、修正すべき箇所の修正も不可能じゃないか」

 

「こんなL結界密度の高いところで、よく指揮できますね。流石は冬月コウゾウ司令です」

 

「お帰りなさいだが、随分と早いじゃないか」

 

旧NERVに対する被害も尋常じゃなかった。フォースに伴い地下に眠っていた黒い月が完全顕現する。廃墟は片っ端から突き上げられ、ありとあらゆる物が破砕を被っているが、いわゆる、断捨離を断行したに過ぎなかった。

 

「僕の肆号機は相討ちでした。厳密に言うと、WIlleの弐号機が自爆しました。お互いにエヴァを1機ずつ損耗している」

 

「肆号機はフォースに留めた。Mk-6と同様に解放された。これを良かったと言うべきだろう。それより、彼と彼女の迎えに行かんでいいのかね」

 

「エヴァを失った僕ですよ?」

 

渚カヲルはWilleの総旗艦たるヴンダーに奪取を仕掛けた。第十三号機の覚醒に便乗して肆号機は機体をコアに変える。さらに、接触した相手にハッキングを行うことができた。そもそも、ヴンダーの前身はNERVの建造した大戦艦である。渚カヲルと肆号機は所有者を代理して動いた。

 

ちょうど良くWilleの弐号機が救援に間に合う。肆号機と弐号機は激闘を繰り広げた。あいにく、全身がコアの肆号機を撃破することは不可能に近い。Willeのアスカは覚悟を決めた。弐号機の自爆という最後の抵抗に出ている。

 

かくして、弐号機と肆号機は相討ちの引き分けだった。

 

なお、パイロットは共に緊急脱出している。

 

WIlleとNERVはエヴァを1機ずつ失った。

 

「そうだったな。ならば、迎えに行こうか」

 

「今すぐに行きましょう」

 

続く



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おじいちゃんのお迎え

砂漠化した大地にプラグが突き刺さった。

 

ガタンという音と共に扉が開かれる。技術が高度に発達した世の中では原始的な操作が行われた。プラグのロックを解除する操作は内側からでない。外側からの操作だ。

 

眩い太陽光が差し込んでくる。

 

中の少年は思わず両目を細めた。

 

「ひどい有様だね」

 

「フォースは黒い月を完全顕現させた。それが魂の浄化であり、中途半端な形でも、アディショナルの条件を満たしている。この大地が酷い様相でも、創り直すこのよ」

 

「よいしょっと。リリスの結界の突破や第十参号機の制御に疲れちゃったや」

 

少年シンジは大人アスカに手を貸してもらう。彼はリリスの結界突破に始まった。Willeのエヴァとの戦闘から第十参号機を覚醒させた。最後にフォースインパクトが収束する。これには疲労を覚えざるを得なかった。自ら望んで人を捨てて神と同義の碇シンジも疲れることはある。

 

「NERVに帰ったら、今度は、僕たちの式を挙げようね」

 

「永久不滅の愛を証明する。とりあえず、キスしよっか」

 

「うん」

 

この2人とって、たったの数分の別行動すら、望まない離別と言えた。今回は計画から受け入れている。数分の離別を埋めるために砂漠化した大地の上で唇を合わせた。

 

お互いに両手を回して抱き合い。

 

しかし、大人アスカと少年シンジに身長差を確認できた。シンジは疲労が蓄積して普段は受け止めるところ、大人アスカに押し倒される格好となり、ザラザラとした砂の上で身体を重ね合わせる。

 

願わくば、キスから男女の交わりに発展したいが、外野が許すはずもなかった。

 

「まったく、お熱いこと」

 

「男女は関係なく、私とあなたも関係なく、お楽しみのところを邪魔するなんて。とてもだけど、褒められないわよ」

 

「あいにくね。私はガキを引き剥がすことが任務だから」

 

ゆっくりと立ち上がった先にWilleの少女アスカがいる。彼女は怒りと呆れの混じった表情を浮かべた。明らかに不機嫌な怒声を滲ませている。この場で刺し違える覚悟だ。

 

「それで?あなたに何ができるの?」

 

「できる、できない。そんな次元の話じゃないでしょ」

 

シンジは己の出番が無いと一歩後ろに下がる。Willeはシンジの身柄を拘束したくて堪らない。少女アスカが最先鋒を務める。スタンガンなど非殺傷性の武器から自動拳銃など殺傷性の武器まで手段は問われない。僅か数cmでも距離を置いた方が身のためだ。

 

「式波シリーズの一体と対話すること。またの機会にさせてもらうから」

 

「迎えが来たんだ」

 

「こんなL結界密度が高い地区に迎えが来れるとでも?」

 

大人アスカとシンジ、少女アスカの3人は、2対1の構図に見える。実際は1対1の対話である。それも次回に持ち越されるようだ。エヴァ同士の武力行使を伴う対話も延期を余儀なくされる。

 

NERVもWilleも荒廃した大地に長居することは危険と判断した。

 

WilleはAAAヴンダーが大破と中破の間の大損害を被る。エヴァ弐号機はNERVのエヴァと相討ちし、八号機と五号機が健在と雖も限界を迎えていた。NERVはフォースを発動して黒い月の完全顕現に成功した。相応に消耗を強いられて第十参号機が活動を停止させられた。

 

お互いにこれ以上は厳しい。

 

最後の戦いは全てが始まった大地に定まる。

 

「あれは、まさか!」

 

「おじいちゃんの迎えがきた」

 

「NHGシリーズの2番艦こと『Erlösung(エアレーズング)』は既に完成している。あなた達のヴンダーが生命を守る艦なら。わたし達のErlösungは生命に等しく救済を与える」

 

シンジと大人アスカの背後に舞い降りる美しき巨大戦艦だ。WilleのAAAヴンダーと誤認しかける。正しくはNERVの『Erlösung(エアレーズング)』だった。Willeが保有する巨大戦艦をNERVが保有しないことがあるだろうか。

 

「それじゃ、また逢う日まで、さようなら」

 

「僕はいつでも待っているよ。君たちが僕の創造する新世紀を受領する日を」

 

巨大戦艦に直接乗り込むことは面倒が多いため、無垢のエヴァMk-4が回収に訪れた。回収にエヴァMk-4を用いることも面倒に思われるがご愛嬌と受け入れる。両手で作られた器に乗り込む際に再会を予約した。

 

「サクラに回収してもらうか」

 

~Erlösung艦内~

 

エヴァMk-4は甲板上に着艦する。

 

シンジはアスカをエスコートした先に渚カヲルが出迎えた。彼は先に第十参号機から脱出している。いち早くNERVに戻ると、両名の回収を勧め、Erlösungに同乗した。

 

そして、指揮を担う艦橋まで案内役を買って出る。

 

艦橋では姿勢を正す老人が迎えてくれた。

 

「こんなL結界密度の高いところで…」

 

「老人は老骨に鞭打つ生き物だ。どうせ老い先の短いのだからね。ここで消費しても気にならんよ」

 

久し振りの再会の場はL結界密度が異常に高い。渚カヲルは平然としているが、アスカは驚きを隠せない。元は人間な故に純粋な人間で老体の冬月コウゾウを案じる。

 

しかし、老人は労わりをやんわりと断った。

 

「それより、次のインパクトまで時間がある。その時間は無駄に費やさない」

 

「地上からNERVまでメチャクチャだけど…」

 

「NERVは機能を削ぎ落した末の儀礼所が残っている。そこで君たちの式を挙げようじゃないか。2人とも前向きなことは知っている」

 

フォースは表向きこそ未完である。しかし、Willeも把握している通り、NERVの狙いは黒い月の完全顕現に置かれた。黒い月は見事に地下深くから完全顕現を成功させる。

 

フォースに次ぐ最後の儀式を発動するまでに準備期間を長く設けられた。儀式の準備に関しては冬月コウゾウと渚カヲルが担当する。シンジとアスカの仕事は皆無でこそないが、原則として、制約のない自由な時間を過ごした。

 

そこで、老婆心が2人の挙式を後押しする。

 

「あいにく、ケーキも豪華なコース料理も何もない。2人を祝福するは爺と使徒だけ」

 

「ドレスもモーニングもなかった。貧相と言われても」

 

「そんな、僕が文句を言える立場は欠片も」

 

「良いじゃない。コンパクトな式の方が楽でしょ」

 

こんな窮乏の激しい世の中に結婚式は常軌を逸した。誰もが想像する豪華絢爛な洋風や古典的な和風は存在しない。その上で参加者はお爺さんと使徒タブリスに限定された。何もかもがコンパクトな式にならざるを得ない。

 

もっとも、主役の2人は理解を示すを超え、究極的なコンパクトを志向した。

 

「プラグスーツは残っていますか?」

 

「そう言うと予想していたよ。初号機用プラグスーツ、弐号機用プラグスーツ。どちらも新品同様だ」

 

「ありがとうございます。僕とアスカはプラグスーツでお願いします」

 

「わかった。ただし、私と彼はいつも通りだよ。すまないね」

 

結婚式の新郎はモーニングやコートに身を包む。新婦はウェディングドレスや白無垢に身を包んだ。新郎新婦は適切を心掛けなければならない。普段着も惜しまれるこの世において、儀礼用の衣服は贅沢の範疇に収まらず、大きな妥協を強いられた。

 

シンジはプラグスーツを提案している。彼らにとってのプラグスーツは正装と等しい。エヴァパイロット同士の結婚式にプラグスーツを不適当と切ることが不適当だ。さらに、原初のプラグスーツとして、初号機用と弐号機用はクリーニングを受けている。

 

冬月により新品同様の状態が維持された。

 

「さてさて、これ以上の詰めは明日以降に回そう」

 

「身体も心も休めると良い。僕と冬月司令に任せてね」

 

シンジとアスカはお言葉に甘えて休息を取った。

 

数時間もお預けにされた濃密な時間を取り戻した。

 

続く



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空を眺めても悪だくみは進む

「この澄んだ青空は、失いたくない」

 

「君と眺める空は、昼も夜も関係ないね」

 

少年2人が眺める青空は『快晴』の気象用語が当て嵌まった。雲一つない空はこの世を統べる少年の宝物に等しい。夜空の星々も失いたくないが、青々と広がる昼の空も悪くない。

 

「神父さんを買って出てくれて、ありがとう」

 

「いいんだよ。僕の望みは君の望みであるんだ。君が彼女と結ばれて、実母を取り戻し、自然豊かなエデンの園で永遠を生きること。それを叶えるためなら、なんでもしたくて堪らない」

 

「でも、カヲル君が幸せにならないと」

 

「僕は君が幸せになることのお手伝いをしたい。それが僕なりの幸せだからね。初号機の番人を務める彼女も同様さ」

 

神は天使を連れた。NERV本部の上層外部で仰向けになる。昨日まで多忙な日々を送った。心身ともに疲労が積み重なる。一緒に息抜きと空を眺めていた。特に体を動かすこともない。ただ空を眺める。しかし、会話は怠らなかった。

 

昨日は神と女神の結婚式が執り行われる。出席者は極々親しい者どころか一人だけだった。変にたくさんの人に来られても困るだろう。たった一人の理解者で証人がいれば十分である。天使は神と女神の結婚式において、神父さんを買って出ると、式を円滑に進めてくれた。

 

「彼女は相も変わらず、僕を警戒するけどね」

 

「僕から言っておくよ。カヲル君は敵じゃないって」

 

「いや、いいよ。彼女が僕を警戒することは正しい。僕は第一の使徒タブリスだ。それ故に本当は撃滅すべき一体に含まれる。君の温かな慈悲のおかげだ。こうして生き残ることができる」

 

女神様はこの天使の警戒を止めない。そもそも、第一の使徒とこの世に降臨した。神様と女神様に使役されることが喜びと雖もである。使徒の力は絶大で神様と女神様も手古摺りかねない。警戒は至極真っ当な行いだ。

 

「そんな、カヲル君を撃滅するなんて」

 

「仮に服従している姿でも中身は分からない。静かな反乱を起こされる危険性は、微々たるものでも、残されている」

 

「僕はカヲル君を信用している。裏切ることはあり得ない。裏切るぐらいなら、自ら去るでしょ」

 

「いいや、その時は君に握りつぶして欲しいな」

 

神様はカヲル君と呼ぶ天使を全面的に信頼した。天使の彼がいなければ進まない事が多々ある。そんな事物は数え切れない。裏切りや怠慢の一切を心配しなかった。

 

「僕の鼓動が聞こえるでしょ。この鼓動を生み出す機関を君に握り潰して欲しい」

 

「わかった。約束じゃなくて契約しよう」

 

「ほら、鼓動が強くなった」

 

胸に手を当てると確実性に欠ける。ここは胸に直接に耳を当てることで鼓動を捉えた。ドクドクと一定のリズムを刻む鼓動が強まる。鼓動を生み出す機関は元気そうだが、天使が神様と女神様の利益に反する行為を犯した場合は、神様が天使の機関を握り潰すことを約した。

 

「暫くこうしても良いかな?」

 

「僕は構わないけど。バレない限りは」

 

「大丈夫さ。彼女はシリーズ体の調整に頑張っている。冬月先生だけに任せると非効率的な前に老骨に鞭を打ち過ぎだ」

 

神様と女神様が永遠に生き続けるべきである。しかし、この天使も多少の私的な欲望を保有した。女神様に見つかるとカミナリを落とされる。いいや、バレなければ問題なかった。バレても罰を受けるのは天使に限られる。

 

少年2人で青空を眺め続けた。

 

体感は約1時間が経過する。

 

すると、来客があった。

 

「やはり、ここにいたか」

 

「司令…」

 

「いいや、告げ口はしていない。するつもりもない」

 

カミナリを落とされて喜ぶ者はいない。この場を訪れた者はNERV本部を管轄する冬月コウゾウ司令だった。人生経験の豊富なお爺さんは少年の気持ちを汲み取る。決して、告げ口はしておらず、告げ口する気持ちもなかった。

 

「どうかされましたか?」

 

「渚カヲルに頼まれていた物が完成した。リリン、リリンもどき、エヴァを縛るチョーカーが完成した」

 

「なんと、僕は複製しか頼んでいないのに」

 

「プロは頼まれたことだけで終わらない。もっと良い物を作るんだ」

 

「流石です」

 

スクッと立ち上がるが、ちょうど良いので、2人で完成品などを見学しよう。

 

NERV本部はフォースを経て外見は壊滅状態にある。その実際は真逆だ。第三新東京市の都市機能などの不必要を削ぎ落している。フォース以降は逆ピラミッドの建物が本部機能を有した。逆ピラミッドのNERV本部は完全顕現させた黒い月を連れる。

 

渚カヲルと碇シンジは冬月コウゾウに連れられた。

 

「あのチョーカーって、僕が付けていた物ですか?」

 

「そうだよ。君を縛ったDSSチョーカーを解除して無効化に成功した。安全を確保した上で彼が分析している。本来は撃滅対象の第一の使徒タブリスを縛る物だが、彼と同程度に脅威度を高く見積もられた、エヴァのパイロットにも装着が義務付けられた」

 

「向こうが勝手に装着することは構わない。君が縛られることが許せるわけがない」

 

「今度は君が縛るための道具にした」

 

エヴァ関係の区画まで歩きつつ、見学内容の説明を受けている。主に碇シンジ向けの説明であり、噛み砕いた説明を心がけた。とりあえず、Willeの課した縛りことDSSチョーカーの分析が完了する。そして、DSSチョーカーを基にNERV謹製のエヴァ用が開発された。

 

「とにかく、百聞は一見に如かずだな。ついでにMk-7も見ていくと良い」

 

「Mk-7ですか?Mk-4じゃなくて」

 

「Mk-4は量産機は量産機でも、決して、汎用機ではない。04Aは宇宙空間の迎撃戦に特化する。44Aは空中の団体戦に特化した。44BはS2機関による発電と電力供給に特化し、セットの4444Cは陽電子砲の運用に特化した」

 

「つまりは各部門のスペシャリストということ。だから、汎用機のマルチロールと言い難かった。今度の決戦はスペシャリストに対するゼネラリストを投入したい」

 

NERVは各地でWilleを消耗させる攻撃を繰り返した。もちろん、その度に有人機を送りこんではコストパフォーマンスが悪いだろう。そこで、パイロットを気にしなくてよい無人機の量産機を大量投入した。無人仕様の量産機の性能は大きく劣る。Willeに対する攻撃は大半が失敗に終わった。しかし、少なからずの弾薬と燃料などを消耗させる。

 

従来の無人量産機であるMk-4は宇宙や空中、地上、空中のそれぞれに特化した。各部門のスペシャリストと活躍している。今度の決戦の舞台では、逆に非効率的な攻撃となり、中途半端が呈された。マルチロールの汎用機が要され、汎用型のエヴァMk-7が大量建造されている。

 

「すごい。なんて…いうか」

 

「デザインは二の次だ。数を揃えることが最優先である」

 

「髑髏の頭があるだけでも良い方さ」

 

エヴァMk-7の大量建造中を見た。デザインはお世辞にも良いと言えない。良く言っても不気味だった。量産機の飽和攻撃と波状攻撃に使用する。性能やデザインは捨て置かれても仕方なかった。1日も早く製造できる。1日あたりの製造数も多かった。そのために多方面と犠牲が生じざるを得ない。

 

「これは君には関係ないことだ。私がWilleを食い止めるための捨て駒に過ぎん。将棋の歩にもならん」

 

特に深掘りすることも無く通路をズンズンと進んだ。

 

通路を進んだ先に話題の首輪が飾られる。

 

「大きい…」

 

「エヴァに装着するんだ。Willeとの決戦は最終的にエヴァンゲリオン同士の戦闘になる。機体を撃破せずとも構わない。この首輪を与えれば無力化できた。パイロットごと縛る。君の思うがままにね」

 

「僕は本体のみ関わった。プログラムは冬月司令が組んだ」

 

碇シンジが装着させられたDSSチョーカーと姿形は酷似した。しかし、大きさが数倍どころではない。数十倍を超えて百倍になるかもしれない。これがエヴァンゲリオンに与えられる旨の解説を受けて納得した。エヴァに装着させると無力化でき、同時にパイロットも捕縛できるらしい。

 

「君の意思の通りに服従させる装置。これをどう使うかは自由だ」

 

「WilleのパイロットがDSSチョーカーを着用している可能性は否めない。チョーカーはチョーカーで上書き可能なんだ」

 

碇シンジの両眼が怪しく光る。

 

続く



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