キセキの世代の敵であろうと思う (naonakki)
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第一話

 ジェイソン・シルバーという人物をご存じだろうか?

 

 ジェイソン・シルバー。

 黒子のバスケの後日談『LAST GAME』で火神を含めたキセキの世代の前に敵として現れるアメリカの最強ストリートバスケットボールチーム、ジャバウォックのメンバーの一人である。

 非常に凶暴な性格の持ち主であり、その素行の悪さは作中でも目に余るものがあった。

 

 しかし、その才能と実力は本物であった。

 

 本編で圧倒的実力を誇っていたキセキの世代を翻弄するその姿は圧巻の一言であった。

 それもこれまでまともに練習をしたことのないというおまけエピソード付きである。

 最後には火神達に敗れることとなるが、全登場人物の中でも最強の実力を誇っていることは疑いようがなかった。

 

 ……なぜそんなことを聞くかって?

 

 

 

 俺がそのジェイソン・シルバーに転生しちまったからだ。

 オーマイガ。

 

 

 

 気づいたら7歳のジェイソン・シルバーになっていたのだ。この場合憑依と言った方が正しいのだろうか?

 仕組みはよく分からないが、7歳までのジェイソン・シルバーとしての記憶と知識はしっかりと引き継いでいる状態。

 前世の記憶ははっきり覚えていないが、なぜか黒子のバスケについては後日談も含めてはっきりと覚えていた。そしてかなり好きであったことも覚えている。無論、今でも好きだが。

 正直な感想としては微妙だった。好きな物語の世界に転生したこと自体は喜ばしいことだが、どうせなら主要キャラの誰かに転生してみたかったというのが本音だ。

 

 しかし、ここでふと考えてみる。

 

 この物語の主要キャラであるキセキの世代は、中学生時代にその余りある才能と実力が開花したことが災いしてしまう。

 当時、覚醒した彼らに追随できる者は一人としていなかった。

 自分達の本気をぶつける相手がいなくなった彼らは大好きなバスケを心から楽しむことができなくなっていく。それが原因でメンバー間で軋轢も生じてしまう。

 最終的には、それぞれがバラバラの高校へと行き、そこに火神が加わり物語は進んでいく。

 

 しかしだ。

 もし中学生時代に覚醒した自分たちの本気をぶつけても倒せない敵がいたとしたらどうなっていただろうか?

 そんなことになっていたら、高校でもメンバーがばらけることなんて起きなかったのではないか……?

 つまり、高校でも黒子を含めたキセキの世代の六人が結集する姿を見れるかもしれないということである。

 

 ……え、それ滅茶苦茶熱くないか?

 

 勿論、本来のストーリー展開は大好きなのだが、後日談にてキセキの世代が集まり、力を合わせるその姿は胸に来るものがあったのも事実。

 ……見てみたい。

 そう思わずにはいられなかった。

 

 俺ならそれを妄想だけで終わらせず、現実のものへとできる力がある。

 

 やるしかない。

 俺が彼らの敵であり続ける……。

 使命感にも近い感情が7歳の己の中を満たしていく。

 

 そうと決まれば善は急げだ。

 俺はその日からバスケに打ち込んだ。

 当然だ。あのキセキの世代をまとめて相手にしようと言うのだ。いくら練習しても足りないくらいだろう。

 学校がある日は、放課後以降真っ暗になるまで。休みの日は、朝陽が昇ると同時に夜までバスケに向き合った。

 

 突然の俺の変わりように周りは驚いた。

 7歳の時点で既に悪ガキとして有名だった俺がただのバスケ馬鹿になったのだから当然なのかもしれない。

 まあ周りの反応などどうでもよかったが。

 

 練習を重ねていく中ですぐに分かったことがある。

 俺、ジェイソン・シルバーはまじで天才であるということだ。

 まるでゲームのキャラクターのように練習をすればその分、どんどんと実力をつけていくのだ。

 原作でのジェイソン・シルバーが練習をほとんどしていなかったというのにも頷けるほど本当に要領がよい。一を知り十を得るタイプだ。

 日に日にめきめきと成長していく俺の前に、次第に大人達ですら敵わなくなっていく。

 そして肉体もそうだ。

 作中でも『神に選ばれた躰』と言われていただけのことはあり、年を重ねるごとにその肉体は大きく成長していき溢れんばかりの力をその身に宿すことになる。

 

 そしてバスケに携わる過程で、ナッシュ・ゴールド・jrにも出会った。

 彼は、ジャバウォックのリーダーであり、絶大なカリスマ性とバスケの実力を持っている。俺同様にキセキの世代を最後まで苦しめた一人である。

 ナッシュも俺と同様にバスケに強い想いを持ち強くあろうとしていた。

 そして同世代で相手になる者が中々いない中でのナッシュとの出会いは歓迎すべきことだった。

 向こうも同じように考えたらしく、俺とナッシュはすぐに意気投合した。

 ちなみに子供のナッシュは原作とは大違いで、バスケにとても真摯であった。もしかしたら、本来は俺の影響でナッシュも素行が悪くなっていったのかもしれない。

 俺とナッシュはチームを組み、まだ幼いながらもその名をどんどんと各地に轟かせていった。

 

 

 

 

 

 そして時は流れ、いよいよ運命の年になった。

 今年はキセキの世代が中学三年生の年。この年にキセキの世代のメンバーは全員が覚醒を果たし、完全に崩壊してしまうのだ。

 

 俺は日本のそこそこバスケが強い中学校に留学した。

 例年なら全国大会のよくて三回戦へ行ける程度のレベルの学校である。 

 

 ちなみにナッシュもついて来た。

 留学する旨をナッシュに話すと「お前が行くってことは日本に面白いものがあるってことだろう? 当然俺も行く。」みたいな感じに。

 俺一人でキセキの世代をまとめて相手にするために今日まで必死に努力をしてきただけにこの提案は嬉しいような、そうでないような……。ナッシュがいたら楽に勝ててしまうのではと思ってしまう。

 ……まあ、よくよく考えたら俺一人でキセキの世代の全員相手にするとかかなり無謀なことなので助かるかもしれない。

 一応言っておくと、気の遠くなるほどの修練の末、原作の自分自身を大幅に上回るほど強くなっている確信はあったので自信ゼロというわけではないぞ?

 まあとにもかくにも舞台はそろった。

 

 

 

 ……待ってろよ。キセキの世代。

 完膚なきまでに打ちのめしてやるよ。 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 ……どうしてこんなことになっちまったんだろうな。

 

 選手控室にあるベンチに腰掛けながら、呆然とそんなことを心の中で呟く。

 会場から聞こえる選手たちの掛け声や客席からの声援がどこか空虚さを感じさせる。

 昔は違った。

 この会場特有の空気を感じると、緊張と重圧に体が押しつぶされそうになるのだ。しかし、それ以上に強敵との戦いを楽しみにしている自分が確かにいた。

 だが、今はそれがない。

 

 ……俺に勝てるのは俺だけだ。

 

 最近何度も呟いているその言葉を、改めて心の中で呟いた。

 心の中ではそれを誰かに否定してほしいと強く望むが、残酷なことにその想いが叶うことはない。

 この最後の全国大会でもそうだ。

 少しだけ期待もしたが予選の時と同様。どこのチームも全く相手にならない。

 一回戦、二回戦とも圧倒的勝利を収めたが、勝利に対する嬉しさは全く沸いてこなかった。

 

 ……つまらねぇな。

 

「……青峰君、三回戦が始まりますよ。」

 声がした方向へちらっと視線を向けると、黒子がいた。最近は黒子ともまともに喋っていない。練習に出なくなったので当たり前と言えばそうなのかもしれない。

 黒子の表情は思いつめたように暗い。

 だがそんなことはどうでもいい。

 「……そうかよ」短くそう答え、重い足取りで会場へと向かっていた。 

 背中に突き刺さるような視線には気付かないふりをした。

 

 

 

 俺が会場に到着すると、なにやら皆が騒いでいるようだった。

 さつきも顔を青くして動揺しているようだ。意外なのは赤司さえも考え込んでいる様子を見せていることだろうか。

 あんなに皆の慌てる姿を見るのは久しぶりな気がする。

 ……誰か倒れでもしたのか?

 そんなことを考えながらチームメイトに近づいてく。

 

「おい、何があった?」

 そう聞いてみると、真っ先に反応したのは黄瀬だ。

「青峰っち、大変っすよ! 向こうのチームのベンチ見てくださいよ! 向こう!」

「向こう?」

 黄瀬が指さす方向に目を向けると、すぐに黄瀬が何を言いたいのか理解した。

 

 明らかに異質なオーラを放つ二人組がいた。

 その二人は悠然とベンチに腰掛け、余裕の態度で談笑をしている。

 まるで、今から戦う俺たちなど眼中にないといったように。

 日本人ではない。

 誰かも分からない。

 だが、本能が訴えかけてくる。

 

 あの二人はやばい、と。

 

 周りも同様の結論に至ったのか、「どういうことだ」、「誰なんだあの二人は?」、「アメリカ人……だよな?」、「で、でかい……」などと混乱に陥っている。

 事前情報では次の対戦相手は、全国大会の常連校であるものの、特別視すべき点はないと聞いていたはずだ。まあ適当に聞いていたから詳しくは忘れたが。

 

「二回戦まではあんな二人いなかったはずなのに……。」

 さつきがそう呟いているところを見るに、相手チームは相当上手くあの二人を隠していたようだ。

 そんな隠し玉がこの場で登場してきたということは、目的は一つ。

 俺たち帝光中学に勝つための隠し玉と言ったところだろう。

 

 ……へえ、ちょっとは面白そうになってきたじゃねぇか。

 

 決して期待はしない。

 また裏切られるのが怖いからだ。

 だが少しは骨のありそうな敵の登場に僅かに心が躍っている自分が確かにいた。

 まだ自分の中にこんな感情が残っていたのかと少し驚いたほどだ。

 

 そして、全国大会の三回戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 審判の笛がコート中に響き渡る。

 それは、前半戦が終了した合図でもある。

 観客で埋め尽くされた会場は経験したことのない爆発したような大歓声に包まれていた。

 

 52対25

 

 これまで圧倒的な強さを誇った帝光中学校が、倍をも上回る点数差をつけられ、圧倒されていた。

 試合開始直後、敵の実力を早々に認めた帝光中学側は、キセキの世代のフルメンバーで迎え撃った。

 しかし展開を打破するに至らない。無情にも点数は広がっていった。

 ここまで点数差を付けられた要因は例の二人だった。

 ジェイソン・シルバー、ナッシュ・ゴールド・jr。

 この二人が覚醒を果たしたキセキの世代の五人を完全に抑え込んでいた。

 

 特にジェイソン・シルバー、この男は手に負えなかった。

 

 チームのエースポジションでもある彼は、同じく帝光中学のエースである青峰の速さを上回り、紫原の力を上回った。付け加えるとその異次元の跳躍力は追随する気さえ失わせるほどのものだった。

 縦横無尽にコート内を駆け回る彼は、帝光中学側を無茶苦茶にかき回した。

 この男を抑え込むためには最低でもトリプルチームを求められた。それでも完全には抑え込めない上に、そうなってくるとナッシュ・ゴールド・jrが黙っていない。赤司以上の状況判断能力とパス技術を持つ彼の適切なパスワークによって、点数を奪われていく。

 

 何よりも驚きだったのが、この二人のバスケプレーが真摯で誠実であったことだ。これまでの血反吐を吐くような努力が窺える二人のプレーは精錬され、見る者を魅了した。

 これまでの帝光中学の敵チームを舐め腐ったプレーにより、見る者を不快にさせたのとは真逆であった。周りの目には、悪者を倒すための正義の味方が彗星の如く登場したように映った。

 

 結果、観客達を始め、これまで帝光中学に関わり馬鹿にされた者達は、このジェイソン・シルバー、ナッシュ・ゴールド・jrに惜しみない声援を送ることとなる。

 逆に完全にアウェイとなった帝光中学側はその勢いを徐々に失っていく。

 

 コート上には疲労の表情を隠し切れないキセキの世代のメンバーが呆然と立ち尽くしている。

 何が起きているのか分からない。そう言いたげであった。

 

 しかし、その中でも未だ戦意を失わずにいる二人がいた。

 それは赤司に青峰であった。

 負けることが許されない赤司と、ようやく自分の全力をぶつけることのできる敵の登場に喜ぶ青峰。

 

 

 

 そして、後半戦が始まる。

 赤司と青峰だけが、前半以上の勢いを持って迎え撃つ。

 そんな二人を見て他の三人も立ち上がる。

 

 しかし、次の瞬間だった。

 ゾッとするような冷たいものがキセキの世代ら五人の全身を襲う。

 本能が警告を発しているのだ。

 逃げろと。

 その原因は目の前の男であることは全員すぐに気づいた。

 

 シルバー、彼が目を閉じ、深呼吸をしていた。

 何をしているのかは分からない。

 ただ、彼の全身から漏れ出るオーラのようなものが一層大きくなったような気がした。

 ゆっくりと瞳を開く。

 その眼から、光の軌跡のようなものが見えた気がした。

 そして一言。

 

「……じゃあ、そろそろ本気でいかせてもらうぜ? キセキの世代さんとやら。」

 

 挑戦的な表情を浮かべ、流暢な日本語で語ったその言葉に、メンバー間に一気に緊張が走る。

 あくまでこれまでは本気でなかったと彼は言ったのだ。

 

 その言葉通り、そこからの展開はこれまで以上の一方的なものへとなっていった。

 これまでも十分化け物であったが、そのパフォーマンスは同じ人間であるのかと疑うほどであった。最早トリプルチームでさえも彼を止めることは叶わず蹴散らされていく。

 さらに、ナッシュもシルバーに呼応するようにその実力を発揮してくる。

 これまでパスワークに徹していた彼だが、シルバーと同等の攻撃力を持って、自らもゴールを奪い取ってくる。

 さらには『天帝の眼』を持つ赤司を完封し、翻弄してきた。

 これまで赤司の敗北する姿を見たことが無いチームメイトにも動揺が走る。

 一方の赤司は、初めて経験する敗北に周り以上に動揺し、パフォーマンスがガタガタになっていく。チームの精神的支柱である赤司の異変も重なってさらに点数差は絶望的になっていく。

 唯一、青峰だけは敵に食らい続けるが流れを変えるまでには至らない。

 途中、流れを変えるべくシックスマンである黒子も投入される。

 しかしシルバーの並外れた『野生』によって黒子の働きさえも易々と封じ込められる。

 その後、シルバーとナッシュがバスケの本場であるアメリカで無双を誇る天才の二人組であることが桃井によって判明する。それと一緒にいくつかの情報も集めることに成功するが、攻略の糸口を見つけ出すことはできない。

 

 何とか打開策を求め続ける帝光中学だが全てが無に帰される。

 

 そしてそのまま試合は終了する。

 

 121対43

 

 まさに圧倒的。

 帝光中学の優勝が確信されていただけに大番狂わせであった。

 準決勝にすら駒を進めることができなかった事実に、記者やマスコミも慌ただしくしている。

 その中でコート上では挨拶がされた後になっても、そこには放心したようにキセキの世代のメンバーが立ち尽くしていた。

 

 そんなメンバーの前に進み出る一人の男がいた。

 シルバーである。

 

 シルバーは疲れた様子を見せることもなく、赤司、青峰、緑間、黄瀬、紫原の一人ずつを見渡すと、その口元をまるで相手を馬鹿にするように歪める。

 

「……くっ、はっはっはっ!! 本当、お笑いだぜ! お前らその程度の実力しか持っていないくせに、キセキの世代と持てはやされていい気になって、ふんぞり返ってたのかよ! 期待した俺が馬鹿だったぜ。」

「……なっ!?」

 

 シルバーの言葉に真っ先に反応したのは黄瀬である。馬鹿にされたことに顔を赤くするものの何も言い返せない。それもそうだ、シルバーの言ったことは全くの事実なのだから。

 そんな黄瀬を見てシルバーは続ける。 

 

「自分以外のチームメイトにパスも出さない。しかも何人かは最近まともに練習していなかっただろう。後半のスタミナ不足ですぐに分かったぜ? チームメイト同士で連携なんて取らなくても、練習なんてしなくても余裕で勝てるとでも思っていたのか?」

 

 シルバーの言葉に誰も何も言い返すことができない。 

 そしてこれまで相手を馬鹿にしたようなシルバーの顔が突如、怒りに包まれる。

 

「……てめぇら、いい加減にしろよ? バスケをあまり侮辱するんじゃないぞ? 周りに敵がいないからっていい気になってんじゃねえぞ。そういうのをお前らの国の言葉で井の中の蛙って言うんだぜ? はっきり言ってやる、てめえらなんて大したことはない。目障りだから調子に乗るのもたいがいにしろ。だが、まあ……。」

 

 ここでシルバーは再び全員の表情を確認した後に、相手を試すような表情を浮かべる。

 

「もし真面目に練習して真摯にバスケに向き合うことができたなら、また相手してやるよ。」

 

 シルバーは最後にこう言い残し、大歓声をその身に受けながら悠然と去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が控室に入ると、ナッシュが目に入る。

 ナッシュはロッカーを背にし、腕を組み探るようにこちらを見つめてくる。

 

「シルバー。お前が日本に来た理由はあいつら五人……いや、六人だな?」

「はっ、流石だな。なんでもお見通しってわけだ。」

「そりゃあな……、あれほどの逸材が日本にいたってことに驚いたぜ。俺たちの国にだってそうそういないぞ? まあ、今日のあれは無かったけどな。しかし、まともに練習して連携を取ってきたらもうちょっと楽しめただろうよ。」

「そうだろう? 分かってるじゃないか。」

 

 俺は思わずにやけてしまうのを我慢せずナッシュを改めて見つめて続ける。

 

「……あいつらはここから強くなるぜ。最後のあいつらの表情を見れば分かる。」

「……ふっ、それは楽しみだな。……しかし、もう少しまともなメンバーが欲しいな。俺たち二人だけってのもな。」

 

 ナッシュが考えるようにそんなことを呟く。

 

「それなら心配ない。来年、とっておきの奴が俺たちの国から日本に来る予定だ。そいつも今日の奴ら同様、逸材だぜ。そいつを俺たちのチームに入れる。既に連絡は取ってある。」

「そんな奴がいたか? ……まあお前が言うなら間違いないだろう。」

 

「今日は対戦ありがとうございました。」

「うおっ!?」

 

 突如かけられた声にびびり、思わず大声をあげてしまう。

 声のした方向に目を向けると、なんとそこに黒子がいた。いつの間にそこにいたのか分からない。

 ちなみに視野の広いナッシュは気づいていたようだ。分かってて黙っててやがったな、こいつ。その証拠に悪戯が成功した子供のようにこちらにニヤニヤした顔を向けてくる。殴ってやろうか。

 ……しかし試合の時から思ってたけどまじで黒子って影薄いな。ていうか心臓に悪いなこれ。

 

「ええと、シルバーさんですよね。今日は本当にありがとうございました。」

 見ると、試合に負けたというのに黒子の表情はどこか嬉しそうであった。

 原作を知っている俺にとってみればその理由は分かるが、ここは分からないふりをしておくのが自然だろう。

「はぁ? 何を言ってるんだ? 訳分からん事言ってないで、とっとと帰りやがれ。」

 俺の突き放すような言葉に黒子は不思議そうな表情を浮かべた後、少し考える様子を見せ、うっすら優しい笑みを浮かべてくる。

「……実は僕、人間観察が得意なんですよ。」

「……だから?」

「その人が嘘をついているかどうかなんとなく分かるんですよね。」

 そう言われた瞬間、羞恥の感情が湧き上がってくるのを感じた。

 俺の寒い芝居がばれていたという事だろう。

 あ、これはめっちゃ恥ずかしいわ。

「ちっ、うるせえっ! どっか行けっ!」

 俺がそう言うと黒子はその幼い顔立ちに勇ましさを込め、こちらを見据えこう言ってきた。

 

「そうですね、もう行きます。では最後に一言だけ。今度会う時は絶対に負けませんよ。」

 

「……そうかよ、楽しみしてるぜ。」

 

 隠し事はできないと観念した俺の言葉に笑顔を浮かべた黒子が去っていった。  

 黒子がいなくなったことを確認したナッシュが「で、あいつ何て言っていたんだ?」と日本語での会話が一切聞き取れなかったことから、こちらにそう問いかけてくる。

「次は絶対に負けないだとよ。」

「……はっ、それはそれは。」

 

 その後も俺とナッシュは今後現れる強敵の存在にワクワクしながらしばらく語り合った。

 

 ……それにしても原作で火神が黒子に苦労させられていたのが実感できたぜ。

 

 

 

 それから俺たちのチームは当然のように勝ち進んでいき、全国大会で優勝を果たした。勿論、手を抜くなんてことはせず全力で戦った。

 そうして俺とナッシュは一躍有名人となった。

 取材など鬱陶しかったが、一言だけこう答えておいた。

 

「高校でもすぐに全国優勝を果たして見せる」と。

 

 ……これでうまくいったよな? 黒子もああ言っていたし。

 さあこれで、キセキの世代が揃った高校生の舞台を見ることができる。

 

 ……あぁ、楽しみだ。楽しみ過ぎてやばい。

 俺もあいつらの期待に応えれるように、これまで以上に死ぬほど練習しないとだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 選手の控室、今ここは葬式のように重い空気が辺りを満たしていた。

 それはそうだ。

 勝つことが当然であり、理念でもあった帝光中学にとっての敗北。

 敗北の要因は、まさにシルバーが放ったあの言葉の通りであった。

 確かにシルバーとナッシュは強かったが、ポテンシャルだけで言えば帝光中学側だって負けてない。

 油断、傲慢それらが、圧倒的敗北へとつながったのだ。

 

 それを分かっていながら誰も口を開かない。

 

 その中で真っ先に口を開いたのは黒子であった。

 

「……僕はこれでよかったと思います。」

 

 その言葉はシンとしたこの空間によく響いた。

 何がよかったのか、敢えてそこは語らない黒子だったが、その言葉の意味は誰もが痛いほどよく分かった。

 そしてその通りだとも。

 次の瞬間、青峰が立ち上がる。皆が青峰に視線を向ける。

 

「……みんな、すまねえ。元はと言えば俺が練習をさぼり始めたのがきっかけだ。俺のしょうもない気持ちのせいで皆を巻き込んじまった。」

 

 なんとあの青峰が頭を下げて謝罪をしてきたのだ。

 これには周りのメンバーは驚きを隠せない。黄瀬や紫原なんかは目を大きく見開き、信じられないものを見るような表情を浮かべている。最近の青峰は投げやりになっており、何もかもに関心がなく、周りのチームメイトにも冷たく当たっていた。

 しかし、今の青峰は違う。

 その眼にはかつて宿っていた強くなるための貪欲な想いが、意志が宿っていた。

 そして続けてこう言った。

 

「……自分でも都合のいいことだって思う。でもお願いだ。皆、高校でもう一度力を貸してくれないか?」

 

 その姿は完全に以前の青峰に戻っていた。

 バスケを愛し、ひたすら強くなることを望み、強者を求めていたあの姿に。

 ……いや、かつての青峰以上の強い意志が今の青峰からは感じられた。

 

 すぐに反応したのは黄瀬。元々黄瀬は青峰に憧れてバスケを始めたのだ。今の青峰の気持ちに感化されない訳がなかった。

 

「勿論っすよ! それに俺もなんやかんや練習さぼったりしてたし……。また皆で頑張ってあのシルバーとナッシュにリベンジっす!」 

 

 敗北が要因となり生まれた新しい風はどんどんと勢いを増していく。

 

「……あ~、俺はそういう熱いのは勘弁ね。でもまあ負けたままで、しかもああまで言われたら黙ってるわけにはいかないよね~。……ん、俺も高校でリベンジしてあいつの吠え面みるのに協力するよ。」

 

 同じく練習をさぼっていた紫原も面倒そうな態度はとりつつも、その内には青峰にも負けないほどの対抗意識を燃え上がらせていた。

 そしてこの男もまた。

 

「……ふ、青峰に言われるまでもないのだよ。このまま大人しく引き下がるほど俺も落ちていないのだよ。練習をさぼっていたつもりは毛頭ないが、必ず勝って見せるのだよ。」

 

 圧倒的実力を持ってしまったがゆえに完全に歯車が崩壊してしまっていたキセキの世代。

 その六人中の五人が今日の敗北で、より強固な歯車に生まれ変わり、繋がろうとしていた。

 

 その様子を見て、桃井は思わずその瞳から大粒の涙をこぼしていた。

 もう戻ることはないと思っていた光景。

 それが今まさに目の前で戻ろうとしていた。

 夢ではないかと頬をつねるが、まぎれもなく現実。

 こんなに嬉しい気持ちは仮にこの全国大会で優勝したとしても得られなかっただろう。

 

「……みんな。私も……私も頑張る。絶対に高校に行っても頑張るから!」

 

 そして、残る歯車は残り一つ。

 皆の視線は自然と一人の男に向けられる。

 そう、主将である赤司である。

 彼はベンチに腰掛け、顔を俯かせ、ピクリとも動かなかった。

 彼は心の中で混乱していた。

 

 赤司にとって、全てにおいて自分が勝者であり、全てに勝つ自分こそが絶対なのだと信じて疑わなかった。

 そしてこれまでもその信念に基づき、すべてに対し勝利を収めてきた。

 つまり負けることは自分自身の存在意義の否定であり、死をも意味する。

 そう思っていた。

 負けてしまえば全てがそこで終わりだと。

 今でもその考えは変わらない。変わらないはずだった。  

 

 ……だが、なぜだ。

 

 なぜこんなにも悔しいと思う?

 

 もうここで僕は終わっているのだ。

 この後には何も残らない。

 そのはずではなかったのか?

 それにそもそもバスケそのものもここ最近は楽しく感じることはなかった。

 それなのに……。

 

「赤司君。」

 

 その時、声を掛けられた。顔を上げずとも分かった。テツヤの声だ。

 その声には慈愛すら感じる優しいものが含まれていた。

 思わず顔を上げる。

 顔を上げた自分を見た周りの人間が驚いている様子がみて分かった。

 テツヤも一瞬驚いているようだったが、すぐに微笑みかけてくる。

 

「……赤司君、すみません。今まで色々な重圧をかけてしまって。これからは皆で協力して勝利を勝ち取りましょう。」

 

 テツヤがそう言い、手をさし伸ばしてくる。

 しかし僕はその手を取ることはしない。

 

「……僕にとって勝ちこそがすべてだった。負けてしまった僕はもうバスケをする資格もない。それに僕はもうバスケはしたくない……。」

 

 見たことがないほど弱気な赤司。

 しかし、この赤司に対し青峰が発破をかける。

 

「……おいおい何言ってんだよ。そんなボロボロ悔し涙まで流してそれはないだろう?」

「……っ!?」

 

 大輝にそう言われて気づいた。僕は涙を流していた。

 これは……?

 

「……まだ気づかないか赤司? 意外なのだよ、お前にも意外と馬鹿な面があったとはな。赤司、お前はバスケが誰よりも好きなのだよ。その涙が何よりの証拠なのだよ。……いいのか、その大好きなバスケで負けたままでいるなんて。」

「……えと、赤ちん。色々迷惑かけたけど俺も頑張るからさ。赤ちんに辞められるとあのふざけたアメリカ野郎にも勝てなくなるでしょ?」

「そうっすよ! 赤司っちがやめたら誰がこの青峰っちとかの面倒見るんですか!? 誰にも手に負えないっすよ!」

「おい黄瀬、てめえ喧嘩売ってんのか?」

 

 ぎゃーぎゃーと盛り上がるその光景を見て、いつしか忘れていた自分の中のバスケを楽しいと思っていた記憶が蘇ってくる。

 どうして今まで忘れていたのか。

 

 

 

 そうか僕は……いや、俺は……。

 

 

 

「……黒子、そして青峰、緑間、紫原、黄瀬それに桃井。」 

 

 俺の変化に気付いたみんなが驚いたように見つめてくる。

 

「皆の言う通りだ。このまま負けたままで引き下がれるものか。次こそ必ず勝つぞ。」

 

 俺の言葉に皆は強く応えてくれた。

 



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第二話

 シルバーとナッシュがキセキの世代達と戦う少し前。

 

 ここアメリカのロサンゼルスにて話題になりつつある二人組がいた。

 

「やったな、大我。また俺たちの勝ちだな!」

「ああ辰也!」

 二人の少年が、滴る汗を拭いながら笑顔を浮かべて拳をぶつけ合う。

 

 日本人である二人は若くして、ここ異国の地で日に日にバスケの実力を伸ばしていっていた。今では二人は自分たちの体格を上回る本国の相手に全く引けを取らず勝利を重ねていくほどである。

 彼らの強さの理由は大きく二つあり、まず一つ目は師匠であるアレックスの存在だ。WNBAでも活躍した彼女の適切な指導のおかげで、二人のその才能を正しく導くことができていた。 

 そして二つ目。これが特に二人に大きな影響を与えていた。

 

 ジェイソン・シルバーとナッシュ・ゴールド・jrの存在だった。

 

 今や二人はアメリカのバスケ界の話題の中心にいると言ってもいい。

 火神と同い年である彼らは、同世代が相手では誰一人として追随を許さないほどの圧倒的実力を誇っている。

 既に将来はプロ入りが確実とされ、どこのチームが彼らを確保するかという話すら出ているほどだ。

 そしてその実力もそうだが、二人が注目される理由は他にもある。

 シルバーもナッシュもその強さに驕れることなく、誰よりも努力し強くあろうと必死であったのだ。決して今の自分には満足しない。そう彼らは言っているのだ。

 そんな二人の姿勢に、バスケ大国であるここアメリカで同世代の若者達が感化されない訳がなかった。

 自分も負けていられない。

 そう感じたバスケプレイヤー達は、これまで以上に自己研鑽に励みシルバーとナッシュを超えてやると息巻いた。

 火神も氷室もその例に漏れず、アレックスにより練習を厳しくするよう頼み、毎日肉体の限界を迎えるまで、バスケの腕を磨くべく全力を注いでいた。

 その甲斐もあって、その実力はめきめきと伸びていったのだ。

 

「今の俺たち、かなり強くなったよな! この辺じゃもう敵なしだ!」

「ああ、そうだな。毎日アレックスの地獄みたいなメニューをこなした成果が出ているな。」

「このまま二人でどんどんと強くなっていったら、すぐにシルバーとナッシュにも勝てるようになれるんじゃないか?」

「……はは、どうだろうな?」

 火神が笑いながらそんなことを氷室に問いかけるも、氷室はなぜか急に歯切れ悪く、そう濁した。その様子を火神が訝し気に思った時だった。

 

 

 

「……へぇ? 誰が俺に勝てるって?」

 

 

 

 地から響くようなその声には聞くものが押しつぶされそうなほどの重圧と迫力が込められていた。事実、火神と氷室はその場に凍り付いてしまう。

「……な、お、お前は。」

「……ジェイソン・シルバー?」

 声のした方向へ目を向けると、自分たちの何回りも大きな体躯を備えた大男、ジェイソン・シルバーがいた。

 同じ年だとは思えないほどの迫力があり、見た目以上に大きく見える。

 不敵な笑みを浮かべながら傍までやって来たシルバーは火神と氷室をじっと見つめると一言。

 

「バスケしようぜ?」

 

 

 

 

 

「……はぁっ、はぁ!」

「……くっ!」

 数十分後、シルバーの前には悔しさに燃える火神と氷室がいた。

 突如始まった一対一。

 火神と氷室は交代でシルバーに挑み続けるも、一度たりともシルバーから勝利を勝ち取ることができない。

 パワー、スピード、テクニックそのすべてでシルバーは二人の遥か上の次元にいた。当然の結果であった。

 常人ならその圧倒的実力差に心が折れてしまう状況。

 

 しかし、この男は違った。

 

「まだだぁっ!」

 

 咆哮をあげ、疲労に包まれた体で再び立ち上がる。

 そんな火神を見たシルバーは嬉しそうな反応を見せる。

 そしてまた火神も歓喜していた。

 自分たちが目標にしていたシルバーという人物が、本当に自分が超えるべき壁たらしめるということを確信できた事。

 そんなシルバーが今目の前にいるという事実が火神を燃え上がらせた。

 

「ここまでの強敵初めてだ……。絶対勝ってやる。」

 

 ギラギラした戦意の籠った瞳でシルバーを捉える。

 火神は無意識の内に極限の集中状態に近づきつつあった。

 限界を超えないとこの男には絶対に敵わない。

 それを体が理解し、本能的に火神を限界の壁の向こう側へと押し出そうとしていた。

 それは一対一を重ねるごとにシルバーも感じる。

 火神の肉体はかなりの疲労を感じているはずだ。それにも関わらず、その動きはどんどんと加速していく。

 いつの間にか周りにできていたギャラリーの中に火神の動きに付いていけない者が出てくる。

 しかし、それでもシルバーから一本を奪い取ることはできない。

 だが火神は諦めずに食らいついていく。

 

 そして、その時はとうとうやって来た。

 

 火神の中で音が消えた。

 疲労も感じない。

 目の前の男に勝つ為の情報だけを加速した意識で理解する。

 今なら何でもできる。そんな万能感が全身を包む。

 

 自分が持つ能力を余すことなく100%引き出す『ゾーン』へと入ったのだ。

 

 それまでの数段上のスピード、パワーでもってシルバーに襲い掛かる。

 覚醒した火神は容易にゴールの目前まで迫る事ができた。

 後はこれをゴールに叩き込むだけ。

 

 しかし

 

「最高だな火神! それでこそ……」

 

 ……それでも。

 それでもシルバーは火神の前に立ちはだかった。

 後もう一歩だった。

 火神が放った強烈なダンクシュートは、さらに強烈な力を込めたシルバーの手によってブロックされてしまう。

 その反動で火神は吹き飛ばされてしまい尻餅をつく形で倒れこんでしまう。

「……なっ!?」

 信じられなかった。

 今、自分は確実にこれまでの人生の中でも絶好調な状態だったといえる。

 それなのにシルバーには通じなかった。

 その事実に呆然としてしまう。

 

「よう、楽しかったぜ。特に最後の一本。あれはヒヤッとしたぜ。」

 気づくとシルバーが目の前にいた。

 彼は屈託のない笑顔を火神に向け、手を伸ばしてきている。

 その様子はまさに純情な少年のようであった。

 先ほどまでとのあまりの変わりようにポカンとしてしまう。そのシルバーに引き付けられるように無意識的にその手を掴む。

 すると、ぐいっと物凄い力で起き上がらされる。

 

 シルバーは改めて火神と氷室を見つめてくると喋りかけてくる。

「この辺で腕がたつバスケプレイヤーがいるって聞いて来たが、来て正解だったぜ。」

 嬉しそうにそう言うシルバーを見て火神はふと思い出す。

 ジェイソン・シルバーについてある噂がある。彼には人を惹きつける何かがあり、彼の周りには人が集まるのだとか。

 その理由が分かった気がする。

 火神は負けて悔しいと思う反面、これまで以上にいつかこの男に勝ってやりたいと強く思っていた。

 

「……今日は負けちまったが、いつか勝って見せるぜ!」

 

 そう心からいう事ができた。

 そんな火神の言葉にシルバーはニヤリと口端を上げると、じっとこちらを見つめてくる。

  

「……なあ、火神。俺と一緒にチームを組まないか?」

 

「……え?」

 今、なんて言った? チームを組む?

 突然の提案に理解が追い付かず頭の中が真っ白になる。

「チームだよチーム。俺は火神が気に入った。一緒のチームでプレイしてみたいと思ったんだよ。火神にとってもいい話だろう? チームになればいつでもお前の相手をしてやれるぜ?」

 

 だんだんと状況を理解してきた火神は自分が高揚していることに気付く。

 まずシルバーほどの男が自分のことを認めてくれたことが純粋に嬉しかった。それにシルバーの言う通り、シルバーと共にあれば自分はより高みへと駆けあがることができる。そう確信した。

 

「ああ、勿論だ! むしろこっちからお願いしたいくらいだぜ。」

 

 火神は自然にそう口にしていた。

 

「……よし、決まりだな。氷室、お前はどうだ?」

「勿論、一緒にチームを組むよなっ! 辰也!」

「……。」

 

 声を掛けられた氷室は、呆然とした様子でそこで立ち尽くしていた。

 そんな氷室の様子の異変に火神はすぐさま気づき、「……辰也?」と心配そうに声をかけるも反応はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で大我が覚醒する光景を見て俺は悟った。

 自分と大我の才能の差に。

 薄々と感じてはいた。

 しかしそんなものは気のせいだと自分に言い聞かせていた。

 それにもし才能に差があったとしても、足りないものは努力で埋めればいいと。

 しかし、今日シルバーと火神の対決を目の前で見て、二人と自分の間には超えられない壁があることを確信した。努力では決して超えられない壁を。

 

 火神と共に高みを目指し続けていたまだ少年である氷室の心をへし折るには、この事実は充分すぎた。

 

「おーい、聞いているか?」

「っ!? あ、あぁ……。」

 気づけばシルバーがこちらを覗き込んでおり驚いてしまう。

「そうか? で、どうだ? 俺とチームを組んでくれるか?」

 

 ……どうしてシルバーは俺をチームに入れたがる?

 からかっているようには思えない。

 大我なら分かる。大我はいずれその才能を発揮し、活躍する時が来るだろう。

 だが俺は……。

 シルバーほどの男が俺と大我の才能の差に気付いていないとも思えない。

 もしかしたら大我だけをチームに招き入れるのが気まずかったのかもしれない。

 ……なら簡単だ。

 

「……俺では力不足だ。」

 

 自分でもびっくりするほどの小さな声で俯きながらそう答えた。

 バスケは大好きだ。強くもなりたい。

 そして大我とも一緒にバスケを続けていきたい。

 だがそれに見合うだけの才能が俺にはない。

 

「何言ってるんだ??」

 

 しかしシルバーからは素っ頓狂な口調でそんな言葉を返されてしまった。

 顔を上げると、『本当に何言ってるんだこいつ』みたいな表情を浮かべこちらを見つめるシルバーがいた。

 その様子にこちらも混乱してしまう。

 するとシルバーは俺の両肩を物凄い力で掴んでくると「……はぁ」と深い溜息をつくと、ギンッと力強い目で俺を射抜いてくる。その目は血走っており、はっきり言ってかなり怖い。

 

「いいか? 俺は氷室と一緒のチームとしてバスケをしたいと思ったから誘ったんだ。実力なんか関係ねえよ。俺はバスケが大好きな奴と一緒にバスケをしたいんだ。氷室のプレイを見ていたら分かる。お前は俺が今まで見たどんな奴よりもバスケに打ち込んできている。あ、でもナッシュには及ばないかもな……。まあ、あいつは病気か疑うくらいの狂ったバスケ馬鹿だから除外だな、うん。まあ、とにかく俺はバスケ馬鹿なお前とバスケをしたいんだよ。それにお前が実力がないなんて言ってたら周りの奴に殴られるぞ? まあ確かに火神と氷室にはちょびっと才能に差があるかもしれないがそんなものは関係ない。……と、色々言ったが俺は氷室、お前と一緒のチームとして戦いたいと思ってるんだ。まじで。俺の言いたいことが分かるか?」

「……あ、あぁ、じゅ、充分に分かったよ。」

 

 その剣幕は凄まじいもので、氷室は圧倒されてしまう。

 なぜシルバーがここまで俺に入れ込んでくれているのかは分からない。だが、シルバーが本気でそう言っていることだけは分かる。

 シルバーは嘘を言っていない。というか確実に嘘をつくのが下手くそなタイプだろう。

 まだ火神との才能の差を自覚してしまったことへのショックは残っている。だが、それ以上にシルバーほどの男がここまで自分のことを買ってくれているということへの嬉しさがあることも確か。

 

 ……そりゃあ俺だって大我と一緒にプレイしたいし、シルバーという男と一緒に駆け上がっていきたいさ。

 

 答えは決まった。

 

「……分かった。そこまで言われたら断れないな。これからもよろしく頼むよ。」

「よし、その言葉を待っていたぜ!」

 

 その表情は本当に嬉しそうで見ているこちらが恥ずかしくなるほどであった。

 そんなシルバーを見て、これまでと同じように……いや、これまで以上に努力していこうと心から思えた。

 

「あ、そうそう。火神に氷室、チームを組むって言っても組むのは高校一年になってから日本でだからな? その時に敵になって立ちはだかってくる奴らは本当に強いからな。お前らも今まで以上に死ぬ気で練習しとけよ? じゃあ、また色々連絡するからよろしく。」

「「……え?」」 

 

 

 

 こうして火神と氷室の両名がチームに加わることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おっしゃああ!! 

 火神に氷室と同じチームで戦えるぜぇ!!

 

 俺、シルバーは、最高潮に喜んでいた。

 主要キャラである彼ら二人に出会えただけで歓喜極まるというものだ。そこにさらに、今後一緒に戦えるとか嬉し過ぎてどうにかなっちまいそうというものだ。

 ニヤニヤしていたのがばれていなかったか心配である。

 

 ……それにしても火神、あれ完全にゾーンに入ってたよな?

 まだ中学生の段階であそこまでのレベルに到達しているとは恐れ入る。多分だけど、原作より成長スピードが速いと思われる。100%自分の影響だろうが。

 まあ、全力で勝ちに来るキセキの世代を迎え撃つには、それくらいしてもらわないと困るというものだろう。

 本当、高校の時に一緒に戦える時が楽しみでしょうがない。

 

 一方で氷室にチーム加入を断られた時は心臓が止まるかと思った。

 俺は、氷室と言う男が好きだった。

 ……キャラクターとしてって意味だからな?

 だって、キセキの世代や火神のような才能に恵まれなかったにも関わらず、膨大な努力の果てに、キセキの世代と遜色ないほどの実力を備えたとか格好いいと思わないか?

 正直、黒子のバスケの登場人物の中でもトップクラスで好きと言っても過言ではない。

 そんな氷室と一緒にチームを組みたいと思うのは自然なことだろう。

 

 まあ、最終的には氷室もチームを組んでくれるって言ってたし完璧だな。

 やや強引だったかもしれないが、こちらの熱意が伝わってくれたに違いない。

 

 

 

 ……さて、ナッシュも日本に来ると言っていたからこれで、五人中四人は確保できたわけだ。

 

 中学生のキセキの世代達は、モチベがなく、チーム内の協調性も無い。俺とナッシュがいれば余裕で勝てることだろう。

 だが問題はその後。

 自分達でも敵わない敵がいると分かれば、彼らは全力で努力し、力を合わせてくるだろう。そうなるとその強さは未知数。

 こちらもそれに迎え撃つために、最高のチームを組む必要がある。

 火神と氷室はまさにうってつけの人材と言えるだろう。

 

 残りは一人。

 

 正直、あてはある。

 キセキの世代と渡り合えるだけの実力を持った者を。

 

 ……でも俺、あいつあんまり好きじゃないんだよなぁ。まあしょうがないか。

 

 そんなことを心の中で呟きながら、シルバーは単身日本に向かった。

 




五人目まで書きたかったけど、時間かかりそうだったのでとりあえずここまで。

お気に入り・感想頂いた方、ありがとうございます。


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第三話

 ……日本か、懐かしい感じがするな。

 

 自身には前世の記憶は無いが、日本の街並みを見て懐かしさをを覚えるという事はやはり前世は日本人だったのかもしれない。

 まあ、日本語が喋れてた時点でそれは分かってはいたが。

 しかし、まあ予想はしていたが……。

 

 すげぇ注目集めてんな、俺。

 

 まだ中学二年生ではあるが、既に身長は190cmを超えており、ごつい体躯を備えた俺は道行く人々皆に振り返られた。

 それに日本人は身長が低いから余計目立つんだよな。

 

 ――さて、早速、帝光中学に向かうとしますか。

 

 俺が想定する五人目の候補。

 

 それは、『灰崎祥吾』。

 

 黄瀬涼太が現れるまで、キセキの世代の五人目だった男である。

 身体能力は勿論、他人の能力を奪う『強奪』を使いこなし、バスケプレイヤーとしての実力は申し分ない。本作でも黄瀬を追い詰める活躍を見せていた。

 しかし、スポーツマンシップに欠ける部分があり、喧嘩っ早い所や練習のさぼり癖が酷いといったことから本作ではヘイトを集める存在として描かれていた。

 そして俺もそんな灰崎のことは、好きではなかった。

 では、なぜ五人目に灰崎を選んだのかと言うと理由はしっかりある。

 勿論、実力があるというのは大きな理由の一つではある。

 だがそれ以上に――。

 

 似てるんだよな。本作の俺と。

 

 粗暴である。練習をさぼる。実力はある。

 うん、やはりそっくりだ。

 でだ、俺は中身が変わり、バスケに打ち込んだ結果、本作の俺以上に力をつけることができた。

 

 じゃあ、灰崎は?

 

 灰崎も心を入れ替え、バスケに真摯に打ち込むことができたなら、それこそ黄瀬にも負けないほどの実力を身に付けることができたのでは……?

 確信は無い。赤司も黄瀬の方がポテンシャルが高いみたいなことを言っていた気がする。

 しかし少しでも可能性があるのなら、それに賭けてみたくなるのが男ってもんだろ。それに、実力的にもキセキの世代に対抗できる筆頭候補であることに間違いは無い。

 

 しかし、灰崎は今、ちょうどバスケをやめたばかりのはずだ。そうなると灰崎がバスケをやってくれるかどうかは、バスケに対して情熱を持っているかどうかが最終的に鍵になってくる。

 確か灰崎は、バスケにさして興味が無く、ただの暇つぶし程度でしかないと言っていたはずだ。

 それが真なら灰崎を仲間に加えることは不可能だ。

 

 だけど、俺には灰崎が完全にバスケに興味が無いとは思えないんだよな。

 さぼり癖があったとはいえ、途中まであの厳しい練習を行う帝光中学のバスケ部に所属していたのだ。バスケに対して、全く情熱を持っていないような奴がこなせるものだったのだろうか? 紫原だって、最初はバスケに興味無いとか言っておきながら、結局バスケが大好きだってことが判明したわけだしな。

 とはいえ、この辺りは本編で語られていなかった部分でもある為、確実性は無い。ただの俺の勘である。

 

 

 

 ――ただ、俺の勘って結構当たるんだよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、俺はまっすぐ靴箱に向かいそのまま帰宅していく。

 部活を辞めてから、しばらく経つがこの一連の流れにももう慣れた。

 帰る際に、校舎の壁にかけられている垂れ幕が目に入る。そこには、バスケ部が全中で優勝したことが書かれていた。

 足を止め、じっとそれを見つめる。

 

 ……優勝したか。まあ当然だな。

 

 そんな感想と共に、放課後や休日に部活でバスケをしていた記憶が蘇ってくる。

 しかし、すぐに思考を止め、垂れ幕から視線を外し正門へと向かっていく。

 俺にはもう関係の無いことだった。

 

 

 

 ……ちっ、こういう日に限ってどいつもこいつも。

 

 仲の良い女子に連絡し、適当に遊ぶつもりだったが、運悪く全員予定があるときたもんだ。

 携帯の画面を見つめ、イライラする気持ちを隠しもせずに、たまたま傍に落ちていた空き缶を前をよく見もせずに思い切り蹴りつける。

 それは勢いよく真っすぐに飛んでいき止まった――いや、受け止められた。

 

「おいおい、危ないだろう? こんな町中で空き缶を蹴るんじゃない」

「……あぁ? ……って!?」

 

 自分を注意する声に威嚇を込めて返答するが、前方にいる人物を確認し、驚き固まってしまう。

 自分を遥かに上回る身長を持ち、その全身は鍛え上げられた筋肉によって包まれていることが服の上からでも分かった。その全身から、溢れんばかりのエネルギーから放たれているようだ。

 目の前の人物が只者でないことは一目瞭然だった。

 日本人ではない様だが、流暢な日本語をしゃべっていたから日本に住んでいるのかもしれない。

 驚いたものの、それでも俺はすぐに冷静さを取り戻す。

 

「……おいおい、誰だか知らんが俺は今機嫌が悪いんだよ。とっとと失せな」

 

 シルバーを相手に物怖じせず、そう言い放つ。

 対するシルバーは、そんな灰崎の態度には特に気にした様子を見せることも無い。

 

「まあ、そう言うな。俺はお前に用があって来たんだ。灰崎祥吾」

「あ? なんで俺の名前を? というか俺に用?」

 

 目の前の大男が自分のことを知っていたことに違和感がある。

 ……前にどっかで会ったか?

 いや、こんな奴に会ったらそうそう忘れはしない。

  

「あぁ、そうだ。俺はジェイソン・シルバーだ。それで灰崎、単刀直入に言うが、一緒にバスケのチームを組んでほしいと思ってな。こうして誘いにきたわけだ」

「……バスケだ?」

 

 意外な提案に面食らってしまう。

 やけに体格が良いと思ったら、バスケをしていたようだ。この威圧感、そして体つき、恐らく相当な腕前のはずだ。

 ……それこそ下手すればあいつらよりも。

 だが、そんなことは関係ない。

 『バスケ』、それは今、一番聞きたくない単語だった。

 

「――っは、何を言うかと思いきやバスケだ?」

「ああ、そうだ。灰崎、お前のことは知っている。是非、お前の力を借りたいと思っている」

 

 目の前のシルバーとかいう男を見つめる。

 その様子は至って真面目であり、冗談を言っているわけでは無さそうだ。

 

「いきなり訳の分からないことをペラペラと言いやがって。なんで俺がお前なんかに協力をしねえといけねえんだ?」

 

 ここで、これまでテンポよく受け答えしていたシルバーが少し黙る。

 そしてやや間をおいて、口を開く。

 

「お前もよく知っている、『キセキの世代』と呼ばれる者を倒すためだ。時期は二年後。俺たちが高校に入ってからだ」

「は? ……あいつらを?」

「……そうだ。元、お前のチームメイトをだ。俺は今メンバーを集めている。もう高校も決めている。――という高校だが、ここのバスケ部に入部し、キセキの世代達と戦うことを考えている」

 

 ようやくシルバーの目的が分かった。

 経緯は分からないが、あいつらをやっつけたい。だから俺の力を借りたいというわけか。

 まあ、俺も周りからはあいつらと同格だなんていわれ続けてきて、バスケの世界ではそれなりに名も売れていた。それでこいつも俺の元に来たのだと思われる。

 それにある程度、こちらの事情も知っているようでもあるようだ。

 

 ……なるほどな。

 

 ようやく合点がいき、納得がいった。

 それなら俺の回答は決まっている。

 

「ふざんけんじゃねえ。誰がてめえなんかに力を貸すか、失せやがれ」

「……そうか、残念だ」

 

 シルバーの本当に残念そうな言葉に返答することもなく、俺はその場を後にし、帰路へとついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日経過した今になっても未だに信じられない。

 

 全中が終了し、バスケ部を引退してまだ日も経過していないこの頃。

 虹村にとって、部活を行ってきた三年間を振り返っても、おおむね満足できるものだった。

 

 そんなわけでここ最近は、比較的晴れやかな気分で過ごしていたが、昨日、それを上回る大きな出来事が起きた。

 父の病気が完治したのだ。

 父の病気は難病であり、いつ倒れてもおかしくなかった。

 俺が中学卒業後には、治療のためにアメリカに行くことを予定していたほどだ。

 

 突然だった。最初、病院から連絡があったのだ。

 最初は父の容態が悪化したのだと、心臓が止まりそうになった。

 しかし、次の瞬間言われたのは、父の病気が突然完治したと聞かされたのだ。

 最初は呆気にとられた。

 その後、すぐに病院へ行き、医者から説明を受けた。病院側もなぜ完治したのか不明であり、奇跡が起きたと言っていた。

 

 親父に会って話してみたが、病から解放された親父の表情は晴れやかであり、「今まで迷惑をかけてごめんな。もう心配はいらないからお前のやりたいことを全力でやってほしい」と言ってくれた。

 

 そんな夢かと思うような出来事が起きて、いまいち現実感が無いのが今までである。

 しかし、一日も経つと流石にだんだんと現実を受け止めてくるものだ。

 

 ……俺の好きなことを全力で、ね。

 

 父の言葉を頭の中で繰り返し、考えてみる。

 真っ先に思いつくのは、バスケだった。

 最後の全中。自分なりには全力で取り組んでいたつもりだった。

 しかし、やはり心のどこかで親父のことが心配な自分がいて、100%集中しきれていなかった自分がいるのも事実。

 だからこそ、俺は赤司に主将の座を譲ることを決意した。

 

 ……そうだな、今度はまじでバスケ一本に集中して、敵としてあいつらの前に立つのも悪くないかもな。

 

 飛びぬけた素質を持ち、全中でも優勝に最も貢献した六人の後輩の姿を思い浮かべる。六人は間違いなく今後のバスケ界を背負っていく存在になる。

 これまでは味方としてしか接してこなかったが、自分だってバスケプレイヤーとして、強敵と戦いたいと思うことは至極当然だった。

 

 ……そう言えば、灰崎の奴。どうなったかな。

 

 こらからの未来に待ち受けることを想像し、期待に胸を高めさせる俺だったが、ふと、灰崎の事を思いだし、暗い気持ちに襲われてしまう。

 中学の部活動において、一つだけ後悔がある。

 

 灰崎を導けなかったことだ。

 

 父親のこともあり、いっぱいだったこともあるが、あいつのことを見きれなかったことは俺なりに責任に感じていた。

 灰崎は、性格が歪んでいる部分があり、さぼり癖もある。しかしその実力は本物だった。

 赤司は、黄瀬の方が潜在能力が優れていると見ていたらしいが、俺は灰崎も負けていなかったと思っている。

 ただ、あいつは感情的になりやすく、暴走してしまうことがあるだけなのだ。そんな灰崎のことをしっかりサポートできる存在がいればあいつは、もっと輝けていたはずだと俺は確信している。現にあいつは、黄瀬が現れるまで他の奴らと同格の実力を有していた。

 その灰崎は部活動を退部した。

 赤司から事の顛末は聞いたが、俺は納得しきれていなかった。

 勿論、灰崎が心底バスケのことをどうとも思っていないようなら俺も好きにすればいいと思っている。

 だが、灰崎は間違いなくバスケが好きだ。口では真逆の事を言っているが、俺にはそれが分かる。

 

 ……俺がもっと見てやれれば良かったんだがな。

 

  

 

 学校からの帰り道、部活を引退した俺は真っすぐ帰宅していたわけだが、目の前に見慣れた姿を見つけた。

 

 ――あれは灰崎?

 

 先ほどまで思い浮かべていた人物が目の前にいて、奇妙な偶然を感じつつ、近づいていく。どうも灰崎は誰かと喋っているようだった。

 

 ――って、灰崎と喋ってる奴って!?

 

 俺はそいつが誰だかすぐに分かった。

 

 おいおいおい、ジェイソン・シルバーがどうしてこんなところに!?

 

 それは、アメリカのバスケ界で急激に有名になりつつある選手だった。アメリカのバスケ情報もちょくちょく仕入れている俺だったが、そんな俺でも知っているほどの有名人だ。

 

 ……で、でけぇ、あれで俺より年下とか、どんなだよ。

 

 予想しない出来事に興奮を隠し切れないが、すぐにそんなシルバーが何を灰崎と話しているのかと疑問が浮かんでくる。

 様子から見て揉めているわけではなさそうだが、仲良く喋っているようにも見えない。

 様子を見る意味も含めて、近くにあった電柱の陰に隠れ、会話を聞いてみる。

 

 

 

 そこで俺は、シルバーが赤司達六人を倒すために仲間を集めていること、そのために灰崎を誘っていたことを知った。

 

 ……なんだよ、あいつらと戦うためにシルバーが仲間を集めているって。

 滅茶苦茶熱いじゃねえか!

 

 俺はシルバーの話を聞きながら興奮を隠しきれていなかった。

 俺がシルバーに注目しているように、シルバーもまた、日本でめきめきと頭角を現しつつある赤司達に注目していたのだ。

 

 赤司達とシルバーの対決。

 それは間違いなく胸の熱くなる戦いになると断言できた。

 

 ――俺も見てみたい。

 いや、見るだけでいいのか?

 

『お前のやりたいことを全力でやってほしい』

 父の言葉が蘇る。

 

 そうだよ、見るだけなんて冗談じゃない。

 ……俺も。

 

 そんなことを考えていると、灰崎が「ふざんけんじゃねえ。誰がてめえなんかに力を貸すか、失せやがれ」、そう言い捨て、去っていくのが見えた。

 

 ……そしてあいつのことも今度こそ。

 

 去っていく灰崎の背を見て、俺は決意した。

 俺はシルバーの元へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……だめだったか。

 

 去りゆく灰崎の背を見て、溜息が出てくる。

 灰崎を加入させることができるかは賭けであったが、失敗してしまった。こうなってしまった以上、勧誘を続けても無意味だろう。

 

 まあ、灰崎がいなくても俺たちがいく高校には有力な選手もいる為、戦力的に不安があるわけではない。

 しかし、それでも灰崎にいてほしかったというのが正直な感想だ。

 

 ……それにあいつからは、やっぱりバスケに対する想いが少なからずあるように感じた。

 だが、何が灰崎の中で引っかかっているのか、それが俺にはわかないのではどうしようもない。

 

 勿体ないと思った。

 ……まあ、しょうがないか。

 

「よう! ジェイソン・シルバーさんよ。ちょっといいかい?」

 

 俺が、灰崎のことを諦めかけた時だった。

 背後から、明るい口調でそう声を掛けられ、振り向く。

 そこには、帝光のバスケ部のキャプテンとして赤司達を導いて来た虹村修造がいた。

 

 

 

 この虹村との出会いが、俺が想定していた以上のチームを作り上げることに繋がることになるとはこの時は思いもしなかった。

 




感想書いていただいた方ありがとうございます!
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更新はクソ遅いと思うけど続けるつもりはあるので、読んでくれると嬉しいです。




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第四話

 ジェイソン・シルバーとナッシュ・ゴールド・jrによって、中学バスケ界が注目を集めている中、高校バスケ界もまた波乱を呼び寄せていた。

 

 数多の出場校がぶつかり合い、日本一の高校バスケチームを決めるインターハイ。

 その会場に詰めかけた多くの観客、そしてこの全国大会に駒を進めた各チームから放たれる熱気が会場中を包んでいた。

 しかし、それでもどこか盛り上がりに欠ける部分があった。

 その理由は明白であった。

 

 

 

「――うぉっ、やっぱすげえな洛山高校、敵なしじゃねえかよ」

「本当にな。ここ何年も優勝してるもんな……」

 

 現在、コートで試合しているのは優勝回数最多となる、最古にして最強の王者、洛山高校である。

 まだ一回戦であるものの、敵チームも毎年ベスト8内に名を連ねる強豪校である。しかし、その勝負はあまりにも一方的である。

 

「特にあの三人だよな……。恐ろしいよな、あれで一年生だって言うんだからな。あんなのがいたんじゃ今年も洛山高校の優勝は間違いないな」

「……そうだなぁ。ま、そんな洛山高校とは違うブロックになった俺たちはラッキーだったな」

「違いない」

 

 コートの景色をどこか遠い世界の出来事かのようにぼーっと見つめる彼らの視線の先には、敵チームを蹂躙する実渕玲央、根武谷永吉、葉山小太郎の三人がいた。

 元々、超が付くほどの強豪校だった洛山高校だが、彼ら三人の加入により、その強さに益々磨きがかかり、結果として他校と比較しても頭二つほど抜き出た状態へとなっていた。

 優勝は確実とされ、他チームが歯向かおうとする気力さえ失わせるほどだった。

 

 そして、そのまま試合は盛り上がり所も無く洛山高校の圧倒的勝利で幕を下ろした。

 

「……さて、じゃあ俺たちもそろそろ行くか。もう少しで試合だしな」

「まあ、俺たちの対戦相手はラッキーで勝ち上がって来た無名高だ、気楽に行こうぜ」

 

 試合結果を見届けた後、どこか気の抜けた雰囲気を醸し出しながら歩き出そうとする。

 

「先輩、大変ですっ!!」

 

 慌てて駆け寄ってくる男子生徒がいた。

 その表情は青ざめており、よほどの事態が起きたことを如実に語っている。

 

「どうした? 何があった?」

「はぁっ……はぁっ、次の対戦相手のチームが無名高だったので、どんなところか気になって様子を見に行ったんですが、と、とんでもない選手がいたんです!」

「とんでもない選手? 誰だそれ?」

「ちょ、ちょうどあっちの方に――」

 

 そう言われて、彼が指さす方へ視線を向ける。

 そして、すぐになぜ彼が慌てていたのか皆も理解する。

 先ほどまでののんびりとした雰囲気から一変、蜂の巣をつついたように慌てだす。

 

「お、おいっ、あれ、昭栄中の木吉鉄平じゃないか!?」

「……そ、それだけじゃないぞ、後ろにいるのは花宮真じゃないか?」

 

 皆が見つめる先には、チームメイトと楽しそうに談笑する木吉とそんな木吉を鬱陶しそうに見つめる花宮だった。二人が同一のチームメイトであることは、身に着けているユニフォームが証明していた。

 

 先ほどまでコート上で無双を果たしていた、実渕玲央、根武谷永吉、葉山小太郎、この三人と同格の存在――『無冠の五将』と呼ばれた二人である。

 

「う、嘘だろう? どうしてあの二人が無名高になんて……」

「ちょっと待て……、一番後ろにいる奴も見たことあるぞ」

「…………あいつ、帝光中の元キャプテンの虹村じゃないか?」

「虹村って、キセキの世代を率いていた奴だよな……。一時は中学生最強とか言われてた……」

 

 その虹村は、最後尾から満足そうにチームメイトの姿を見つめていた。彼は何かを期待しているようにワクワクした様子を見せており、その瞳にはここではないどこか遠くの景色が映っているようだった。

 ちなみに、ただでさえ初めての全国大会の舞台に緊張しまくっていた日向達は、周りからの多くの視線に耐え切れず、生まれたての小鹿のようにぶるぶると震えている。普段、気の強いリコでさえ、その表情は緊張で強張っている。

 

「……ど、どうなっているんだよ、無名高のはずじゃなかったのかよ?」

「お、おい、学校名はなんて言ったっけ?」

 

 そう問われた男子生徒は慌てたように記憶を探る様子を見せる。

 

 

 

「え、ええと、確か――――、誠凛高校です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無名高である誠凛高校の名前は、たちまちのうちにその名前を周囲に轟かせていく。

 インターハイ初出場にして、その一回戦の試合内容はあの洛山高校の圧勝劇を上回るほどであった。

 木吉鉄平、花宮真、虹村修造――、中学生時代その名を全国に轟かせた、名実共にトップクラスのバスケプレイヤー達が同じチームに所属したという事実も他校に衝撃を与えた。

 しかし、さらに一人。無名であるものの、その三人をも上回る実力者、氷室辰也もその存在を周囲に知らしめていく。

 そして他のチームメイトである日向達も始めこそ緊張していたが、落ち着いてからは全国大会にふさわしいプレーを見せていく。

 

 他校が急いで誠凛高校についての情報を集めていくと、驚きの事実が発覚していく。

 今年バスケ部が創設されたばかりの新米チームである事。さらに部員が全員一年生である事。

 まさにダークホースであり、誠凛高校は二回戦、三回戦と危なげなく勝ち進んでいく。

 そして、別ブロックでは、洛山高校も順当に勝利を収めていく。

 

 洛山高校の優勝で終わると思われた今年のインターハイ。

 それは、誠凛高校の登場で急に結末が分からなくなり、否が応でも盛り上がっていく。

 そして、とうとう決勝の時がやってきた。

 

 

 

 会場は満席。皆、これから始まる熱い試合が待ちきれないとばかりに落ち着かない様子である。やがて、両チームの選手が入場してくる。その瞬間、会場中が大歓声で包まれる。

 

 洛山高校 VS 誠凛高校

 

 果たしてこの展開を誰が想像できただろうか?

 幾多の強豪校を圧倒的差をつけてなぎ倒してきた両校の激突。その結末がどうなるか誰にも想像がつかない。

 

 

 

 そして選出達もこれから始まる試合が楽しみとばかりに期待の表情を浮かべ、敵のチームを見つめる。

 

「――まさか、ここであなた達と戦うことになるなんてね? それにしても意外だったわ。特にあなた達二人が一緒のチームにいるなんてね」

「まったくだ、お前らが一緒のチームなんて違和感しかねえぜ」

 

 実渕と根武谷が見つめる先には、早く試合がしたいとウズウズしている木吉と面倒そうな態度を見せる花宮と、対照的な二人がいた。

 

「黙れ、ぶち壊すぞ? ……くそっ、虹村の奴の口車に乗ったせいでこんなことに。やっぱり別の学校に行くべきだった」

「まあまあ、そう言うなよ花宮? 俺たちこれからもチームメイトなんだし、楽しくやっていこうぜ!」

「そうだぞ、花宮。楽しんでこーぜ!」

 

 ヘラヘラと陽気なノリで花宮の肩に腕を回し、明るく諭す虹村と、同じく明るく笑いながら元気よくそう言い、花宮の肩を叩く木吉。この二人の言動に花宮は額に血管を浮かばせ怒りを明確に表すが、抵抗しても無駄だと分かっているのか、これからの戦いにこれ以上無駄な思考をしている余裕は無いと判断してか、無視を決め込む。

 

「……くそ、こいつら全員暑苦しくてうざくて仕方ねえ。誰か俺と馬が合うやつが一人くらいいてもいいだろ。……まあ来年に期待か」

 

 花宮の独り言は、歓声にかき消され誰の耳に届くことは無かった。

 

「……ははは」

 

 そんなチームメイトの様子を見て、苦笑いを浮かべる氷室。

 本来、日本に来るのは来年になる予定だったが、シルバーが日本に渡ったと同時に無理を言って日本に来て、シルバーがやがて入学すると言った誠凛高校に入学していた。

 氷室は、シルバーとバスケをする日々を楽しく思うと同時に日本のバスケのレベルの低さに少々がっかりしていた。

 ……けど、まあ。

 

「ねえねえ、氷室だっけ? 試合見てたよ! 俺、あんたと戦うのちょー楽しみにしてたんだよね! 今までの試合は退屈だったからね……」

「……あぁ、よろしくな」

 

 葉山からの言葉を受け、その考えを改める。

 これからの試合は楽しめそうだな……。

 冷静な様子を見せつつ、その内を戦意の炎で満たしていく。

 

 

 

 そして、とうとうインターハイ決勝が始まった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、やってるやってる」

「凄い観客だな……、この前の試合の時にも思ったが、日本のバスケでもこれだけ盛り上がるもんなんだな」

 

 観客席の最上部、そこにこの人ごみでも一際存在感を示す集団が現れた。

 大の大人を遥かに上回る肉体を備えた彼らを見て、誰も中学生だとは思わないだろう。

 周囲は「……あそこにいるの、この前全中を制覇した――」、「あれ、シルバーとナッシュじゃないか?」と騒ぎが大きくなっていく。

 しかし、シルバーもナッシュも気にした様子を見せることなく、その視線をコートに向ける。

 

「流石だな。洛山高校相手にリードを守ってるな。……まあ、そうでなくちゃ困るがな」

「……ほぉ、あれがシルバーが言ってた奴らか。確かにうまいな。……ふ、やはり俺も日本に対する認識を改める必要がありそうだな」

 

 コート上では、無冠の五将である三人がいる洛山高校相手に苦戦しつつも着実に試合展開を自分たちのものにしている虹村達の姿があった。

 

「あれが俺たちが入学する誠凛高校か……、辰也の奴、楽しそうにバスケしてるな」

 

 シルバーの隣に立つ火神は自分も混ざりたいという風にウズウズした様子で試合を見つめる。

 

「……ちっ、なんでこんな暑苦しいところに俺が来なくちゃいけねえんだ」

 

 一方、シルバーに強制的に連れてこさせられた灰崎のみがコート上の試合にほぼ無関心であり、だるそうな様子を隠しもせずぼうっと立っている。

 

「そう言うな灰崎、あれが来年俺たちが所属するチームだ、お前の大好きな虹村さんもいるんだ、しっかり見とけ」

「誰が大好きだ。適当なこと言ってんじゃねえ、ぶっ殺すぞ」

 

 灰崎はそう言いつつも、渋々と試合を見つめる。なんやかんや、灰崎も今ではバスケに対する情熱を持ち、取り組んでくれている。これも虹村の存在のおかげである。

 

 

 

 

 

 試合は接戦であったが、それでも誠凛高校は洛山高校にリードを許すことなく、そのまま試合は終了となった。

 試合終了のブザーと同時に、今日一番の大歓声が会場を包んだ。

 中学の全国大会に続く大波乱であった。

 創設一年目の、一年生のみで構成された無名高による優勝劇。そんな漫画のような展開に周囲も興奮を抑えきれない様子だ。

 

 

 

 ……ようやくここまで来た。

 結果的には、俺が想像していた以上のメンバーを集めることができた。

 

「皆、既に言ったことだがあれが俺らが来年、所属するチームだ」

 

 その俺の言葉にナッシュ、火神、灰崎は振り向いてくる。

 

「……でもよお、俺らの相手になる奴なんているのか? なんかすげえ奴らがいるって言ってたけどよ」

 

 火神のこの言葉に俺は、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「あぁ、とんでもねえ六人の強敵が来年、俺たちの前に立ちはだかってくる。今も、その実力をどんどん伸ばしているだろう……。どれだけ強くなってくるのか、この俺にも未知数だ。……もしかしたら負けるかもしれない、それほどの敵だ。俺が保証する」

 

 原作でキセキの世代に敗北したシルバーたちの姿を思いだしながらそう答える。

 もう流れは原作とかなり異なっている。何が起きても不思議ではない。

 

「お、おいおい、シルバーが負けるなんてあり得るのかよ? 一体誰だよ、そいつらは?」

 

 俺の自信満々の言葉に冷や汗を浮かべながらそう問いかけてくる火神。

 灰崎は俺が言っている強敵というのが、自分のかつてのチームメイトであることを何となく察しているのか、納得した様子である。

 

「まあ、いずれは分かることだ。それまで楽しみにしとけ」

 

 その俺の言葉に、火神は納得はいっていない様子だがそれ以上は追及はしてこなかった。

 

 キセキの世代が全員同じ高校――洛山高校を目指すことは青峰から確認している。前に電話で確認したから間違い無い。

 つまり、来年また今日と同じ組み合わせで試合を迎えることになるのだ。そして来年は、今年なんて比較にならないほど熱い試合になるだろう。

 

 ちなみに青峰の電話番号を知っているのは、以前試合後に青峰から聞いてきたからだ。どうも俺は青峰からは気に入られたようだった。ちょくちょく連絡くるし。

 あれだけ煽ったからむしろ嫌われているかと思っていたが、そうでもなかったようだ。

 多分だけど、自分より強い奴が見つかって嬉しいのだと思う。知らんけど。

 

「よし、じゃあ早速帰って練習するぞ!」

「おっしゃ!」

「はあっ!? 今日も練習するのかよ!?」

 

 やる気を見せる火神とナッシュ、そして嫌がる灰崎を引きずって会場を後にする。

 

 

 

 ……はぁ、早く来年になってほしいぜ。

 




更新遅くなってすんません。

全中→インターハイの順にしたけど、現実だと日程逆?
まあその辺は気にしないでくれると嬉しい……。

ちなみに時系列は、二話→三話→一話→四話です。
ややこしてくすみません。

最後に感想ありがとうございます!
更新楽しみにしているというコメント大変励みになっております!
(なるべく早く更新できるように頑張ります……)


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第五話

 帝光中の体育館。

 普段、バスケ部員たちによって活気に満ちているそこは、シンとしており、極度の緊迫感が立ち込めていた。

 

 黄瀬、紫原、緑間、黒子、桃井の五人が固唾をのんで見守る先には、極限の集中状態――ゾーンに入った赤司と青峰が対峙していた。

 

 ボールを持った――オフェンス側である青峰が超人的な速さでもって切り込む。

 その速さは肉眼で追うことが難しいほどのもの。しかし『天帝の眼』を持つ赤司は、その動きを予知しブロックにかかる。常人なら反応のできない必殺のタイミング――、そう常人なら。

 ゾーン状態の青峰はギリギリのタイミングで赤司のブロックの手を避け、そのままシュートモーションに入り、地を蹴る。

 赤司はその青峰の動きも想定内であったと言わんばかりに、すぐに体勢を立て直すと、青峰の動きに追いつく。

 しかし、赤司の伸ばした手がボールに届くことは無い。赤司の動きを素早く察知した青峰は、通常のシュートフォームから上体を後ろに逸らしていき、ほぼ地面に対し水平になり、ブロックが不可能になったタイミングでボールをリリースする。放たれたボールはそのままリングに吸い込まれていく。

 

 

 

 全国大会で敗北を喫してから、黒子を含めたキセキの世代らは、それまで以上にバスケに打ち込んだ。受験が控え、周囲の部員たちが引退していく中、早々にスポーツ推薦で洛山高校に進学を決めたのだ。

 生まれ変わった彼らの姿は周囲からも驚きの目で見られることとなる。

 以前までの投げやりな態度はどこにも無く、全身全霊で練習に挑む姿はまさに真のバスケプレイヤーであった。

 既に才能が開花した彼らだったが、その凄まじい練習に応じて実力はさらに伸びていった。

 

 そして中学生を卒業が間近に控えたこのタイミング。唐突に赤司によって招集がかかった。

 招集に応じた全員に向かって赤司は、何の前置きなくこう言った。

 

「皆の実力を見せてほしい」

 

 全員がその言葉の意味を瞬時に理解する。

 シルバー、ナッシュへのリベンジの時は近い。シルバーとナッシュはこれまで出会った誰よりも強く、まだまだ底が見えない。

 敗北したその日に誓ったように、リベンジを果たすには全員が一丸となり、立ち向かう必要がある。

 皆は共に練習を繰り返し切磋琢磨し確実に実力を伸ばしてきた。しかし、互いが本気を出したとき一体どれほどの実力を持っているかまでは把握できていなかった。

 シルバー達を打倒すためには、互いが互いの実力をしっかりと認識し連携をとる必要がある。その為の赤司の提案。

 

 黒子だけは3対3の試合形式で実力を確認し、それ以外のメンバーは様々な組み合わせで、正真正銘全力の一対一を繰り返していく。

 半年前とは比較にならない仲間の実力を前に全員が驚き、改めて互いを認めると同時に自分も負けていられないとさらに燃え上がる。

 そしてとうとう最後の組み合わせがやって来た。

 

 赤司と青峰。

 絶対的なカリスマ性と実力を兼ね備え、キセキの世代をまとめていた赤司。

 チームの絶対的エースである青峰。

 この二人が全力でぶつかり合ったときにどちらが勝利するかは、他のメンバーからしても未知数であった。

 

 半年前の敗北以降、全員が心を入れ替えたが、誰が一番変わったかと言えば間違いなく、この二人のどちらかであった。

 勝利こそが絶対であった赤司。バスケを愛し、好敵手を望んだ青峰。

 誰よりも強い想いをバスケに持っていたのだから当然と言えば当然かもしれない。

 

「一度、赤司とは全力で戦ってみたかったんだ」

「俺もだ、青峰。この半年間でどれほど実力を伸ばしたか見せてもらうぞ」

「望むところだ、赤司こそ俺をがっかりさせんじゃねえぞ?」

 

 その言葉を最後に互いが黙り、集中していき二人は自然と全力――ゾーン状態へと入り、向かい合う。

 他のメンバーも二人の纏うオーラが劇的に変化したことに気付く。赤司と青峰以外も大幅に実力を伸ばしたとはいえ、自分の意志でゾーンに入ることはできない。それを容易く行った二人に驚愕してしまう。

 

 二人の戦いは、互角であった。

 『天帝の眼』によって未来を見ることができる赤司が圧倒的有利かと思えたが、ゾーンによる極限の集中状態の青峰の速さと勘の鋭さ、そしてどこからでもどんな体勢からでもゴールを決める『型のないシュート』は、『天帝の眼』を持つ赤司と互角に渡り合った。

 二人の動きは、他のメンバーでも追い付くことが困難であり、喋る事さえ忘れてただただ、目の前の光景にとらわれていた。

 

 そのまま膠着状態は続き、ついに最終セットがやってきた。

 お互い極限状態で戦ってきたこともあり体力の消耗が激しく、荒い息を吐きつつも、その表情から今の状況を楽しんでいることは明白であった。

 しかし、ここで赤司はふっと力を抜いた――ゾーン状態を解いたのだ。赤司の変化にいち早く気付いた青峰は怪訝な表情を浮かべる。

 

「――おい、どうした赤司? まだ勝負は終わってないぞ?」

 

 赤司は滴る汗をぐいっと拭うと青峰に微笑みかける。

 

「青峰の実力はこの身を持って十分に理解できたよ。正直俺の想像以上だったよ。だが、このゾーンは肉体にかなりの負担をかける。惜しいのは分かるがここまでにしよう。

 それに俺たちが勝負すべき相手は他にいる、だろう?」

「んだよ、折角盛り上がって来たってのによ……」

 

 そう言いつつも赤司に反対するつもりもないのか、そのまま引き下がった。

 それを確認した赤司は改めて全員を見渡した。

 

「急なお願いで申し訳なかったが、おかげで皆の実力を理解することができたよ」

 

 赤司はそう切り出すと、皆の反応を待たずしてそのまま続ける。

 

「確かに皆かなりの実力アップを果たしている。この半年間の努力が実を結んだ結果だろう。

 …………だが、これでも届かない。シルバー達から勝利を勝ち取るためには、今の実力では到底歯が立たないだろう」

 

 この赤司の言葉に全員が渋い表情を浮かべる。だがこうした時真っ先に口を開く黄瀬が今回も待ったをかける。

 

「でも、皆滅茶苦茶強くなってるっすよ? 赤司っちも見てたっしょ、皆の動きをコピーする俺の『完全無欠の模倣』を、滅茶苦茶強いっすよ! そりゃあ俺だって簡単に勝てるとは思ってないっすけど、いい勝負くらいはできるとこまでは来たんじゃないっすか?」

「そうだよあかちん~、別に俺も油断してるわけじゃないけど、到底歯が立たないっていうのは言い過ぎなんじゃない?」

 

 黄瀬に合わせて紫原も疑問を赤司に投げかける。

 しかし、そんな二人に対し、赤司は、はぁ、と短く溜息をつき二人を見つめる。

 

「まず、黄瀬。確かに俺達全員の動きをコピーする『完全無欠の模倣』はかなり強力だ。しかし、5分と言う制限時間はあまりに短い。シルバー達に勝ちたいなら、今の2……、いや、4倍は持たせて見せろ」

「4倍!? つまり20分ってことすか!? いくら何でもそれは無茶っすよ! これ滅茶苦茶集中力と体力使うんっすよ!」

「無茶は承知だ。それくらいしないと勝てないと言っているんだ」

「……そ、そんなぁ」

 

 赤司のあまりにもハードルの高い要求を提示され、がっくりと肩を落とす黄瀬に対し赤司は口調を和らげさらに言葉を投げかける。

 

「黄瀬、確かに難しいことを言っている。だが、黄瀬ならできると思っているからこんなことを言っているんだ。このメンバーの中でも最もバスケ歴が浅いにも関わらずここまで実力を付けることができたんだ、自信を持つんだ黄瀬」

「……は~、ずるいっすね赤司っちは。そんなこと言われたらやらないわけにはいかないっすね。分かりました! 死ぬ気で頑張るっす!」

 

 嬉しそうに答える黄瀬はやる気を見せる。

 そんな黄瀬を同じく笑みを浮かべて赤司は小さく頷く。そしてそのまま紫原に向き合う。

 

「紫原も同じだ。ポジション的にシルバーと当たるのは紫原だ。はっきり言うが今の紫原では、まだまだシルバーには勝てない」

「…………」

「だが、紫原自身も気付き始めていると思うが、紫原に必要なのはリミッターを解除することだ」

「リミッター?」

「ああ、紫原はこれまでその圧倒的パワーで他人を傷つけないように無意識の内にブレーキをかけていたんだ。だが、シルバー相手にその遠慮はいらない。大丈夫だ、紫原が全力を出せばシルバーにだって必ず立ち向かえるはずだ」

 

 赤司の力強い言葉に紫原は一瞬、呆気にとられた後、恥ずかし気に顔を背ける。

 

「あーあー、分かった分かった。なんか赤ちんにそんなこと言われるとむずむずするから。とにかく頑張ればいいんでしょ?」

 

 そんな紫原から次は緑間に視線を移す赤司。

 

「緑間は……、ふっ、わざわざ言う必要はないな」

 

 そう言われた緑間は、左手で眼鏡をくいっとかけなおす。ちなみに右手には、本日のラッキーアイテムなのだろう、よく分からない謎の人形を抱えている。

 

「……ああ、今の俺はコート上のどこからでもスリーを入れれるようになった。だがそれでも不十分だということは分かるのだよ。その為にも今赤司と練習している技を完全にものにする必要があるのだよ」

「技ってなんすか? そう言えば最近赤司っちと二人でよく練習してるっすよね?」

「……まだ未完成だ。技が完成すればおのずとわかるのだよ」

「え~、けちっすね」

「黙れ、お前は自分の事だけに集中するのだよ!」

 

 黄瀬と緑間が言い争いをする中、赤司は青峰、そして黒子の二人に向き合う。

 

「青峰に確認したいことがある」

「なんだ?」

「ゾーンについてだ。ゾーンに入るには、己の中にある扉を開く必要がある、そうだな?」

「なんだよ? 赤司も自力でゾーンに入ってたんだろ? 今更そんな事聞く必要あるのかよ?」

「いや、ただの確認だ。続けて質問だ。ゾーンのさらにその先、そこにはさらにもう一つの第二の扉がある、違うか?」

 

 この赤司の質問に青峰は目を丸く見開く。横にいる黒子は何を話しているのかいまいち理解できていないのか、ぴんときていないようだ。

 

「……へぇ、流石赤司だな。もうそこまで見えているのかよ?」

「ああ、だが俺も最近ゾーンに入れるようになったばかりで詳しくない。ゾーンに入る為の第一の扉は自力で開けることできた。しかし次の第二の扉は自力で開けることはできなかった。誰かが扉の前に立っていてそれより先に進めない。

 単刀直入に聞くが、青峰はこの第二の扉も開けることができるのか?」

 

 この質問に対し、青峰はしばらく黙る。そしてチラリと黒子の方へ視線を移した後、またすぐに赤司に向き合う。

 

「…………正直まだ開けたことはない。赤司の言う通り、誰かが扉の前にいるからな。けど最近、何となくその誰かが分かってきた気がするんだよ」

「……そうか、青峰のその言葉を聞けて安心したよ。シルバー達に勝つ為には、この第二の扉が鍵になってくる、必ずな。黒子も青峰の影として支えてやってくれ」

「――え? は、はぁ。あまり話についていけませんでしたが、それは勿論です」

 

 突然、話を振られた黒子は不思議そうな表情を浮かべる。青峰は微妙な表情を浮かべ赤司を見つめる。

 

「……前から思ってたけど、赤司、お前どこまで見えてるんだよ? ゾーンについて詳しくないとか言ってたけど、お前もう全部分かってるんじゃねえのか?」

 

 そんな青峰の言葉に赤司は「さあ? 何の事かな?」と流し、改めて全員を見渡し始めた。もうこの件は終わりだと暗にそう言っていた。青峰は「たく、敵わねえな」とぼやいた。

 黒子はそんな青峰を不思議そうに見つめた後、前に進み出る。

 

「青峰君、正直よく分かっていませんが、力を合わせて頑張っていきましょう」

「……ああ、頼りにしてるぜ、テツ」

 

 黒子から伸ばされた拳を見て、少し照れくさそうに青峰も自ら拳を作り黒子のそれに合わせた。

 そんな二人を横目で確認した赤司は、僅かに微笑む。しかし、それと同時に赤司は考える。

 

 ……さて、皆に偉そうに言ったが俺もこのままじゃいけない。

 青峰と一対一で戦ったから分かる。やはり今の俺では『天帝の眼』を100%使いこなすことができない。今の半人前の俺では、ナッシュに勝つことができない。

 俺がすべきことは…………。

 

 赤司は自身がすべきことを明確にすると、意識を切り替えて皆を見渡す。

 

「さて、全員へ確認したいことは以上だ。最後に桃井、シルバー達の情報について報告を頼む」

 

 指名された桃井は、一歩前に進みだし、資料を挟んだバインダーに視線を移す。

 

「うん、それじゃあ、今から向こうチームの詳細を説明していくね。

 まず、知っての通り、敵の主力はジェイソン・シルバー、ナッシュ・ゴールド・jrの二名。さらに注目する選手として彼らの行く誠凛高校のバスケ部には、私たちの一年上の『無冠の五将』の木吉鉄平、花宮真の二名、そして虹村先輩がいるわ」

 

 桃井がここまで説明したところで、皆が驚く。だが無理もない、虹村はこれまでみんなをまとめていた存在なのだ。それが敵となって現れるとなると多少の動揺も生まれる。

 

「そして氷室辰也という選手もいるけど、はっきり言ってこの人の実力は皆にも匹敵するわ。さらに私たちの同年代の注目選手には、火神大我、そして灰崎君がいるわ。

 灰崎君は知っての通りで、この火神という選手も皆と同じくらいの実力を持っているわ。はっきり言って怪物ぞろいのチームよ。全国大会で戦った時よりも何倍も強くなっていると思ってもらった方がいいわ。

 しかも、アメリカから色々な有名選手がシルバー、ナッシュの二名を求めてやって来ては、壮絶な練習をしているらしいわ。あの灰崎君が毎日吐くほどの辛い練習のようよ」

 

 その後も桃井の情報収集力によって集められた情報が皆に伝えられていく。

 それを聞いていく毎に皆の顔が段々と険しいものになっていく。

 そして桃井の報告が終わった後、赤司が再び前に進み出る。

 

「……聞いての通りだ。改めて今のままでは、勝てないと分かってもらえたと思う」

 

 赤司の言葉に皆はコクリと頷き、同意を示す。

 皆の表情は、真剣であり、しかしその奥底に強敵と戦える嬉しさの感情が確かにあった。

 それを確認した赤司は、僅かに口端を上げると、声を張り上げる。

 

「……だが、俺は皆で力を合わせれば必ず勝てると確信している。

 頑張るぞ皆!」

 

 赤司の言葉に皆は力強く呼応した。

 




前回感想頂いた方ありがとうございます!


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