曇り系仮面男子と不器用純真文学少女 (卯月八雲)
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Prologue

10000字もあるくせにヒロイン出ません
読み辛かったらごめんなさい


 ⓪

 

 その二日間が自身の高校生活最低の二日になるとは、思いもしなかった。

 

 気付けば今年も蝉が鳴き始めた。毎日の雨が人間の不快感だけを逆撫でする忌々しい梅雨も人間虐めに飽きたのか漸く明けてくれたらしい。代わりにそれとバトンタッチするかの様に気温が上がり始め、夏の始まりを感じさせていた。

 そしてそんな夏の始まりを人間達に意識させる為なのか、今日が今年一番の暑さとやららしい。全く、雨の次は別の不快感で殴り付けてくるのだからこの世界は狂っている。今年は後何回今年一番の暑さという文言を聞けばいいのだろうか。

 そんな事を脳内で独り言ちながらコツ、コツ、コツ、とリノリウムの床を鳴らし、等間隔に並んだ教室をゆっくりと抜けていく。

 目的地は図書室だ。

 自身の通う高校は主に生徒たちの通う教室が並ぶ普通棟と主に移動教室の授業で用いられる教室達や職員室が入っている特別教室棟の二棟の校舎で成り立っており、その両端、各棟の西端と東端を渡り廊下で結んだ片仮名の『ロ』の字のような形状をしている。図書室は特別教室棟三階の東端に位置するため、普通棟二階の西端に位置する自分の教室からはまあまあ距離がある。

 だからだろうか。あの人はきっと優秀な教師なんだろうな、とどうでも良いことを思案してしまう。あの人というのは自身の所属する二年A組の担任であり二年生の現国担当の女教師の事である。

 きちんと集中しなくては追い付けない、逆に言えば集中しさえすれば追い付ける速度での授業。その中にも適度にタメになったりならなかったりする雑談を盛り込み、生徒を飽きさせない。それでいて授業内容はとてもしっかりしており、小説では人物の心情や比喩表現、行間などを丁寧に拾い上げ生徒に興味を持たせる。評論文では文章構造を基に著者の考えの変化や結論を導き出す方法を伝えると共に結論は生徒に導かせ文章を読み解く楽しさと現国という教科への達成感の様なものを教える。そして早い速度の授業故に生まれる時間的余裕を使ってテスト前や学期末には他教科の勉強も許される自習時間を設けてくれたり丁度良いレクリエーションになるグループワーク課題を課してくる。

 明るい性格で、質問や相談事にも快く答えてくれる頼りになる教師。生徒からの評判はそんなところのようだ。

 そんな教師が今日の授業の中で言っていた言葉を思い出す。読書なんてからっきしした事もなければ文学やら学びやらに全く興味の無い自分が不本意な事に図書室に興味を持ったきっかけだ。

 

 「みんな知らないかもだけどうちの学校の図書室、本の取り揃えも良いし広いのよ。しかも冷房ガンガンで涼しい!なのにガラガラで寂しいから興味があったら来てみてね!サボりじゃなければ寝てるだけでもいいからさ!私図書委員会担当で良く図書室にいるんだけど、常連さんしかいなくて寂しいのよねー」

 

 そんな国語教師の自虐的な言葉に生徒は笑って。

 

 「そして少しでも興味を持った本があれば手に取って、読んでみてくれると嬉しいな。それはお偉い何とか賞を取った作品かもしれないし、映像化された話題の感動作かもしれない。ロングセラーの有名な物語かもしれないし、教科書に載っている過去の文豪の代表作かもしれない。それにね、小説じゃなくてもいいの。新書でも、ビジネス書でも、絵本でも、漫画でもライトノベルでも、なんだっていいんだ。本は賢い人や想像力豊かな人、君たちの才能とは別の才能を持っている人、皆んなと全く違う人生を送ってきた人、そんな人達が自分の想いを込めた物で、そんな人達が紡ぐ物語や思想、人生は皆んなくらいのお年頃の子たちにとっては全部とっても新鮮な物のはずなの。そしてね、それは君たちにとっては可能性や視野を広げてくれたり、背中をそっと押してくれたり、生き方までもを変えてくれるような魔法のアイテムに成りうるんだよ」

 

 少し真剣な声色に笑い声は止み。

 

 「現国なんてなんの役に立つんだーとか、全然興味ないよ!って人、受験の為に文章から重要なポイント探すテクニックだけ学べばいいんだろ、なんて事を思ってる人もいるかもしれない。でもね、その受験の為のテクニックは読書の基本中の基本で、学歴社会にやらされてるものじゃないんだよ。君たちのためにあるものなの。使いこなして人生を豊かにして欲しいから学んでもらっているものなの。それを使いこなせるかどうかで同じ本を読んでも感じ方が変わってくるからね。ただの課題、娯楽、暇潰しでしかない時間を、それこそ人生が変わっちゃうような出会い、気付きの時間にする事もできるんだ」

 

 すっかり聞き入る生徒たちに。

 

 「こうやって聞くと少しは読書してみてもいいかもなー、そのテクニックをもう少し真剣に学んでみようかなーって思ってくれる人もいるんじゃない?」

 

 と、尋ね。

 

 数人の生徒の頷きにありがと、と笑い。

唐突に始まった真面目な話になんで急にこんな話を?と怪訝な顔をする生徒を見つけると。

 

 「あはは。急に真面目な話されても戸惑っちゃうよね。んー、つまり何が言いたいかっていうと、二週間後の期末試験、かなーり難しめに作っちゃったからお勉強頑張ってね!っていうこと!ごめんね!」

 

 教室の空気はそれで一変した。どっという笑いと教師からの高難度テスト宣言へのブーイングが飛び交う。真面目に聞いて損したーとガヤを飛ばす生徒もいる中で。

 

 何故だろうか、不思議と今日の放課後は図書室に行ってみようなんて、そんな事を思ったのだ。そんな事を思った理由は、今の自分にはまだ分からない。

 

 

  △ ▽ △ ▽ △

 

 

 高校に入学してから一年と少しが経ち、あと一ヶ月もしたらニ度目の夏休みが来ると言うのに放課後の校舎内を歩くのは初めてに近い。それ故に、グラウンドに木霊する運動部の掛け声や遠くの教室から聞こえてくる吹奏楽部の演奏、未だ帰らず教室内に残っている生徒たちの話し声や笑顔は中々新鮮に感じられた。自身とは違って見事に放課後という時間を、青春を使いこなしている。そんなキラキラとした青春を過ごす生徒たちの姿はとても眩しい物に感じられた。放課後の学校がこんなにも美しい場所だとは知らなかった。思い思いに過ごす彼らの輝きを目の当たりにする度に自分はこの空間に不必要な存在なんだと突き付けられているような気がして、それらに注目するのはやめた。

 ふと目を背けた先には廊下一面に張られた窓ガラス。太陽は真上からは大分傾いてはいるもののまだまだ暑い陽射しが差し込む中に、うっすらと映り込む自身の姿を見つけた。見事なまでの猫背に肩より長く伸びた黒髪は前髪も整えられず伸びきっている。忌々しい遺伝のせいなのだろうか、手入れもしていないのに無駄に綺麗な髪だなと、そんな事を思った。

 こうして改めて客観的に自分の姿を観察すると、なるほど確かに図書室の隅っこで大人しくしているのが似合いそうななんとも冴えない姿で、青春の輝きに続きそこからも逃げるように目を背け、下を向いて歩く事にした。

 

 ダラダラとした無駄な思考と現実逃避の間に渡り廊下を抜け、階段を上り切り、少し行くと引き戸の上に『図書室』と掲げられた看板が現れる。だがそれより先にそんな看板がなくともここが図書室だろうとすぐに理解した。

 廊下にも関わらず長机が何脚か立てられ、その上には十冊程度の本が並べられており、その一冊毎にあらすじやおすすめポイントなどを紹介したカラフルなポップが付けられていたからだ。恐らく図書委員が作ったものなのでだろうそれは良く出来ていた。他にも読書感想文コンクールのチラシや地域の図書館での催し物のお知らせプリント、今月のオススメや夏休みの開館予定、ちょっとしたコラムが掲載された図書委員会便りなる物がご自由にお持ち下さいという貼り紙と共にラックに入れられている。プリント数の多さを見るに手に取る人は余りいないようではあるが。

 なんとなく図書委員会便りを手に取り、目を通す。今月のオススメは夏休みの読書のお供や読書感想文にピッタリな本達らしく、図書委員オススメの感動する小説やら話題の新書が簡単なあらすじや実際に読んだ図書委員の感想やネットでの評判と共に紹介されていた。コラム欄には図書委員の生徒が最近読んだ本の内容と最近話題のニュースを絡めて自身の考えを述べる様な文章が掲載されていた。サラッと読んだだけだが、文章なんて好き好んで読まない自身にもよく分かる程度には読みやすい良い文章だと思った。これを書いた女子生徒は殆ど誰も目を通さないような配布物の小さなコーナーでも一生懸命取り組む真面目な女の子なのだろう。素直に凄いと思うと同時にこんな意味の無い事をするなんて馬鹿らしいと感じている自分がいた。

 

 図書委員会というのはその名に恥じず読書が好きな生徒が多いようである。仮に自分が所属してもこんな面倒な仕事はできない。

 それが図書室を訪れてみた感想だった。

 廊下のポップや図書委員会便りだけでも立派な物であったが、図書室の中はそれを上回る出来だった。まず入り口正面には今月のテーマ『夏の暑さに負けない熱い本』と題して様々な本が平積みでオススメされていた。ミステリー、SFを始めとした様々なジャンルの小説や少年漫画、ライトノベル、果てには太陽に関しての本や地球温暖化に関する本まで『熱い』をテーマに図書委員達が選んだであろう数々の本が並べられ、もれなくその全てに可愛らしい字で作られたポップがセットになっている。

 その横の書架には図書室前にあったおすすめの本や、その著者の他作品などがこれまたポップと共に並べられていた。

 今月のおすすめと今月のテーマといった二つもの特集を組む意味はあったのだろうか、これだけの仕事をするのは中々大変だろうに、なんてどうでも良い事を考えながらそれらをボーッと眺めていると奥のカウンター越しに図書委員と思われる男子生徒から「初めてのご利用ですか?」と声をかけられる。上履きの色からして後輩君のようだった。

 適当にまあ、はい。と返事をすると貸し出しカードを作成するかと尋ねられる。別に借りてまで本を読むつもりはないのだが、郷に入ればなんとやらと言う事で一応作っておく事にした。学年クラス名前を伝えるだけでものの数十秒でカードが渡され、一度に借りれる本の上限数やら貸し出し期限についての説明を受ける。適当に聞き流していると説明は終わった様で、何か質問はないかと聞かれる。まともに聞いてもないので質問も特に無かったのだが、なんとなく君のオススメの本は?と聞いてみる。すると、「っ!そうですね!そちらのオススメコーナーの本も良い本ばかりですけど、僕個人的なオススメだと…」と嬉々としてオススメの歴史小説家とその代表作について語り出す。案の定知らない固有名詞の応酬で、その上興味もなかったのでしまったと思ったが、後輩君のスイッチを入れてしまったのは自身であるためふんふんと相槌を打って聞いているフリをしておく。その内に後輩君は気を良くしたのか隣の女子生徒にもオススメを尋ね、その女子生徒も自身に対して好きな本について親切に教えてくれる。

 少しぽっちゃりとした体型に整髪料も付けていない短い黒髪。人と話す事が得意なようには見えない大人しそうな風貌をしている男子生徒だが、図書委員同士女子との仲も良好の様だ。人は好きな物の話をする時こんなにも輝いた目をするのか。と場違いな感想を抱く。隣の女子生徒と笑い合いながら「どんなジャンルに興味があるんですか?」と優しく対応してくれる姿を見るにとても良い子なのだろう。

 どうやらこの後輩君もその隣の女子生徒も自身よりよっぽど青春を使いこなしている様だ。図書委員という放課後を楽しんでいるのが感じられる。その姿は運動部で懸命に汗を流す生徒とも、放課後にデートをしているカップルとも何も違わない、立派で素敵な青春で、だからこそとても輝いて見えた。

 

 …それに比べて。

 

 そんな事を考えてしまって思わずハッとする。ありがとう、助かったよと声を掛けて足早にカウンターから立ち去る。「よかったら読んでみてくださいね!」という最後まで良い子な後輩君の言葉を背に受けながら、暫定最下位は相変わらず自身か、と心の中で呟く。

 

 勝手に自身の事を図書室の隅っこをお似合いだとか、思い上がったものだ。ここに来る前に自身をぶん殴ってやりたい。それ以下の人間のくせに。

 お前はこの世界の誰よりも下なんだと、要らない人間なんだと、いつか浴びせられたそんな声が頭の中に只管に響いていた。

 

 そんな脳内の声を掻き消すため、脳内に何か情報を入れようととりあえず歩き出す。適当に図書室を一周しながら周囲に目を向ける。なるほど現国担当兼担任の言う通りかなり多くの本が並べられている。小学校中学年に行ったきり一度も行っていない実家近所の図書館に匹敵するかもしれない。本の種類やジャンル毎に整理整頓された書架の数々は確かに目を見張るものがあり、柄にもなく興味を唆られる気がした。

 しかし、そんな本達よりも図書室中央や壁際に設置された机に向かい受験勉強に精を出す三年生や友人とテスト勉強をする一二年生、読書を楽しむ生徒達が視界に映ってしまって。

 確かに生徒数は少ないながら、そこにも思い思いの放課後を過ごす生徒達の姿があった。そこに居る自身以外の全ての人間は思い思いに自分のしたい事、しなければならない事、それぞれの目標の為に過ごしているのだろう。そんな風に考えるとその姿はやはり自身よりよっぽど輝いて見えた。

 

 その日は結局図書室を一周した後適当な本を手に取って隅っこの席に腰掛け、本を読んでいるフリをしながら過ごした。

 

 結局一度脳内を埋め尽くした負の感情は消える事がなかった。輝いていると感じた放課後の学校。その中には確かに自身も居るはずなのに、やはりそこに自身の居場所は無くて。

 放課後を、青春を、そんな輝きを使いこなせない自身だけが世界から取り残された様な、そんな疎外感だけがこの身に纏わりついていた。

 

 

  △ ▽ △ ▽ △

 

 

 初めて図書室を訪れた翌日。

 

 「綾瀬君、ちょっといい?」

 

 帰りのホームルームが終わりクラスメイト達が各々の放課後へ向かう中、教壇からの自身を呼ぶ声に振り返ると現国担任且つ担任、あの人こと高橋先生が自身を呼んでいた。廊下へと出て行く高橋先生の後を追い廊下へ向かい、なんですか?と声を掛ける。

 

 「いきなりごめんね!この後時間ある?」

 「時間は大丈夫ですけど、何か用ですか?」

 「あ、特に用事っていうわけでもないんだけどね!」

 

 自身の怪訝そうな態度を感じたのか、えへへと安心させるような笑顔で高橋先生は続ける。

 

 「綾瀬君昨日図書室来てくれたんでしょ?嬉しかったから少しお話出来ないかなって思って、だめかな?」

 「それだけですか?」

 「うん。それだけだよ?」

 「まあ、それくらいなら」

 

 それだけか、と少し拍子抜けしている自身を見ると高橋先生はクスッと笑い、「ここじゃなんだし、行こっか」と言って歩き出す。そういえば高校に入学してから教師ときちんと話すのは初めてだな、なんて事を考えながら何処かへ向かって歩き出した先生の後を追った。

 

 高橋先生に連れて来られたのは職員室の一角に設けられた応接スペースの様な場所だった。ローテーブルを挟んで三人掛け程のサイズの黒色の革製のソファが二脚あり、その周囲を職員室内とは隔離するように片仮名の『コ』の字を作る様にパーテーションで区切られただけのスペースだ。ソファを指差し、「座ってちょっと待っててね」と自身を座らせると、高橋先生は何処かへ行ってしまった。

 そんな訳で手持ち無沙汰になってしまったせいか、なんとなくここに来るまでに高橋先生に聞かされた話が思い出された。

 昨日の下校時間、高橋先生の元に図書室の鍵を返しに来た後輩君との話の中で、初めて図書室に来た髪の長い男子生徒が好印象だったというような話を聞いた事、自分が図書室の話をした日だったため恐らく自身の事だと思った事、さっそく図書室に行ってみてくれた事が嬉しかった事、一度きちんと話してみたかったので良い機会だと思った事。そんな話だった。

 つまり、あの後輩君に余計な事を聞いてしまったせいで無駄に好印象を抱かれ、教師にも興味を持たれてしまったという事である。

 期末試験二週間前で一学期末の忙しいであろう時期にこんなつまらない生徒と話す事に時間を使おうとするなんて変わった教師だと思った。

 そんな事を考えながらパーテーション越しの職員室の様子を伺う為耳を澄ますと、やはりどの教師も忙しそうにしている様だった。そんなどうでも良い観察をしている内に高橋先生が紙コップを両手に持ちながら現れたのを確認し、姿勢を正す。

 

 「おまたせ、コーヒーと紅茶どっちが好み?」

 「あ、じゃあコーヒーで」

 「お砂糖とミルクは?持ってこよっか?」

 「いや、そのままで大丈夫です」

 「ふーん。大人なんだねぇ」

 

 「私は高校生の時ブラックコーヒーなんて飲めなかったよ〜」なんて、何が楽しいのか終始ニコニコとしている高橋先生。はい、とコーヒーの入った紙コップを自身の前に置くと、正面のソファに座る。

 

 「すみません。いただきます」

 「どうぞどうぞー」

 

 お互いに一口紙コップに口をつける。自身からは特に話す事はない。素直に高橋先生の言葉を待つ。

 

 「んー、私ってなんか警戒されてる?」

 

 怒るために呼んだんじゃないんだよー?と、微笑みながらそんな事を言い出す大人に。

 

 「いえ、そういう訳ではないけど、僕から先生に話したい事が特にないだけです」

 

 何故だろうか、自身の言葉に棘がある。その事に自覚しながらも思った事をそのまま言ってしまう。

 しかし自身のそんな言葉にも目の前の教師は確かにいきなり連れて来られても混乱しちゃうよね。と笑うだけだった。どうやら不快には思われていないらしい。

 それにしても、この人は自身に声を掛けてきた時からずうっと人受けの良さそうな笑顔を浮かべているが、何がそんなに可笑しいのだろうか。

 先程から一貫してヘラヘラとしているこの人を好ましいとは思えない。どうせ問題児から何かを聞き出すために、その為の信用を得るため笑顔の仮面を張り付けているんだろう。なんて、そんな事を考えてしまう。

 とりあえずこの場から何事も無く立ち去ろう。それを取り敢えずの目標にセットする。

 

 「それで、僕は何故呼び出されたのでしょうか」

 「理由ならさっき言ったじゃない?君とお話してみたかっただけ!」

 

 それで、図書室はどうだった?と、目の前の教師はそんな事を尋ねてくる。ああ、そういえば一応そんな要件で自身を呼び出していたんだったな。

 

 少し考えて。

 

 「良い場所だと思いましたよ。静かですし、あれだけ本があれば先生の言う通り良い出会いがあるのかもしれないですね。少し本を読んでみても良いかもって思いました」

 「だよね!綾瀬君が図書室の魅力を分かってくれたみたいで先生嬉しいよ!」

 「とは言っても読書なんて殆どした事がない上に興味を持った事も無かったのであれだけ本があると何を読めばいいのか分からなくなりますね」

 「その為のおすすめコーナーなんじゃない!図書委員の子達が読みやすい本を揃えてくれてるんだから」

 「確かにそうですね、参考にしてみます。それとあの受付に居た男の子にオススメしてもらった歴史小説?は機会があれば一度読んでみようかなと思いましたよ。親切にしてもらった手前感想の一つくらい伝えておきたいですし」

 「君は律儀な子なんだねぇ。あの子も綾瀬君とまた話したいって言ってたし、図書室で見かける事があればお話してあげてね?」

 

 相手の目をしっかりと見据え、その言葉に適度な相槌をしながら当たり障りなく返す。相手が返しやすい、喜ぶであろう言葉を用意しておけば、相手からの返しもこちらの想定の範囲内の物が来る。それに合わせて同様に毒にも薬にもならない様な言葉を返す。そんな単調な作業の繰り返しの中で新しい話題の提供、相手の話の掘り下げを行い『私は貴女に興味があります』という態度を示す。そうして会話をコントロールしていけば、それなりに好感を持たれる様に話す事くらいは出来る。

 今回に関していえば、『先生の言葉のお陰で図書室に興味が湧いた』『実際に良い場所だったのでまた行ってみたいと思う』というスタンスに加えて自身と相手の読書歴の差を利用して『読書の魅力』『先生が読書を好きになった切っ掛け』『おすすめの本』など相手が話しやすいであろう話題を振って読書に興味を示す素振りでもしておけばいい。  

 そうしている内にそのうち向こうが満足して解放されるだろう。そんな事を考えている自身と、相変わらず楽しそうな笑顔を浮かべている教師との会話は続いて行った。

 

 そんな上っ面だけの、中身も糞も無いリズムだけは心地の良い会話が不意に止まったのは、会話の流れに沿って発した筈の先生のおすすめの本を教えて下さいという自身からの質問からだった。おすすめの本がありすぎて迷っているのか?なんて事を考えていると、此方を見つめる視線が変わっている事に気が付き、恐らくそうでは無いのだと察する。

 

 「なるほどねぇ」

 「え?」

 

 「君…、う…付きな……ね」

 

 高橋先生の口からぼそっと何かが呟かれた気がしたが聞き取れず、なんですか?と聞き返す。

 

 それにも答えは返って来ず。

 

 「綾瀬君、君ってモテるんじゃない?」

 

 そんな事を言い出した高橋先生。先程までのニコニコとした笑顔は消え、同時に声色も明るい物からどこか大人びた物に変わっていた。

 いきなり訳の分からない事を言われ固まっている自身に、先生の言葉は続く。

 

 「さっきからこっちが気持ち良くなる様な事ばっかり言ってくれるけどさ。それ、全部嘘よね?」

 

 「図書室を良い場所だと思ったっていうのも、読書に興味が湧いたっていうのも、全部嘘」

 

 「なんなら私と会話する気なんて全く無い」

 

 何だこの教師。これは不味い。そう思い。

 いやいや、そんな事は。そう言いかけた自身の口が言葉を発するよりも早く。

 

 「貴方、一度も私の眼を見てないもの」

 

 違う?と。

 

 先ほどまでとは打って変わったどこか嗜虐的な笑みを浮かべながら、目の前の教師は此方の目を真っ直ぐと見据えそう言い放った。

 

 

  △ ▽ △ ▽ △

 

 

 バーカウンターと何脚もの丸テーブルが並ぶ薄暗い店内には、洒落たBGMが薄っすらと掛かっており、店内の至る所に天井から吊るされる形で設置された大型の液晶テレビからはとある日本人サッカー選手の所属する海外チームのリーグ戦が放送されている。

 間もなく日付が変わるというのに、店内にはそれなりに多くの人間がおり、それぞれに騒いでいる。

 そんなスポーツバーの店内中央から少し外れた壁近くの丸テーブルを、四人の男が囲んでいた。

 

 「久しぶりだな、お前がオレらの誘いに喰いついてくるなんて」

 

 酒が入った少し呂律の回らない口調でそんな事を言う大柄で少し厳つ目な風貌の金髪の男と。

 

 「そうか?」

 

 綺麗な水色をしたカクテルに口を付けながら短く答える男。その長い黒髪はヘアゴムで束ねられ、白い肌と切れ長で形の良い二重、右耳にのみある三つのピアスが何処かミステリアスな雰囲気を醸し出していた。

 

 「いっつも誘ってんのに今日は女が家に居るからーばっかだもんなー」

 

 全身をハイブランドで固めたチャラそうな茶髪の男が人懐っこい声でもっと付き合いよくしてくれよー。なんて、笑いながらそう言うと。

 

 「居るんだから仕方ないだろ」

 

 黒髪を束ねた男は煙草の煙を肺に落とし、吐き出す煙の行方を眺めながら何事もないかの様に答える。

 

 「モテる男はいいねぇ」

 「…」

 「否定しろよ」

 

 金髪の男の羨む様な言葉に黒髪を束ねた男は反応もせず煙草を吸うだけで。そんな様子を見ていた茶髪の男がすかさず突っ込む。

 

 「で、今日はどれ狙うんだ?」

 

 今の女に飽きたから来たんだろ?と。

 

 三人の様子を見ながら瓶ビールを飲んでいた短い黒髪をジェルで固めた細い長身の男が店内に居る女性客を見比べる様に眺めながら訊ねる。

 

 「んー、まぁ乳がデカけりゃ誰でもいいや。どうせ顔も名前もすぐ忘れるんだし」

 

 あっけらかんと答える男の声に他の男達はひっでぇ。と一頻り笑い、何のスイッチが入ったのかやいのやいのと騒ぎ出す。

 

 「出たよおっぱい星人」

 「お前がナンパする女全員巨乳だもんな」

 「気に入った女だけキープしてな!」

 「逆に乳以外何をポイントにしたら良いのか教えて欲しい」

 「オレは脚だなぁ」

 「俺に至ってはヤレそうなら誰でも良い!そんでもって可能ならばテクのある女が良い!」

 「大声で宣言する事じゃねぇよそれ」

 「蓋開けてみるまでテクなんて分かんねぇだろ」

 「間違いねぇ。この前なんてケバい癖に色々下手だわマグロだわの女引いて萎えたぞ俺」

 「その話何回目だよ」

 

 酒が回り始めた男達の下世話な会話は弾み、今晩も長い夜が始まる。

 

 一頻り話も済んだのか、じゃあナンパしてくるわあ!と少しフラフラとした足取りで店内中央に向かう三人の男達に、適当に手を振りながらがんばれよ、と見送るのは黒髪を束ねた男。

 煙草を吹かし、その煙の行方を目で追いながらぽつりと呟く。

 

 「モテる、か…」

 

 他意は無いのだと分かっていた。実際にこの四人組の中で最も美味しい思いをしているのは自身なのだからそういう意味でモテるという言葉を使ったのだろう。そんな事は分かっている。いつもなら気にもならないその言葉が引っ掛かったのには明確な理由があって。

 それを振り払うかの様にグラスに残るカクテルを一気に煽り、次の煙草に火を付けた。

 

 「まあ、今日はヤレれば誰でも良いか」

 

 乳も脚もテクもどうでもいい。この二日間で溜まりに溜まった不快な感情を吐き出すのに丁度いい相手さえ捕まえられればそれで良い。そう一人結論付けて男はまだフィルターまではほどとおい煙草の火を消した。

 




思い立ったと同時に書き始める見切り発車の上に書きたいシーンありきで繋ぎはこれから考えるという残念作者

ヒロインは次出ます


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一話

メインヒロイン、何処…?


 ①

 

 仮にも高校生だからなのか、それとも昨晩の飲酒による二日酔いのせいなのか。微妙に脳内を締め付けるような頭痛、身体の右側を中心に感じる不快な寝具の湿り気、けたたましく鳴る蝉の鳴き声と共に目が覚めた。一拍遅れて自身の嗅覚は煙草の臭いを訴え、視界は散乱した酒の缶を捉える。

 枕元に転がっていた自身のスマートフォンに右手を伸ばし、液晶をタップすれば無機質なデジタル表示が午前七時を告げていた。

 そんな目覚め。

 

 気分は最悪だった。

 

 控えめながらしっかりと主張してくる頭痛に舌打ちを一つ。未だ覚醒していない脳を活性化させる為、ゆっくりと記憶をなぞる。

 放課後の学校と女教師のせいで最悪の気分に達した自身は、その捌け口を求めて悪友とも呼ぶべき男達からの誘いに乗り、いつものスポーツバーに行った。

 そして、その捌け口が。

 

 自身の左腕に纏わりつく柔らかさと暖かみを知覚すると同時に全ての記憶が繋がった。

 仰向けのまま頭だけを左に向ければ裸のまま自身の左腕を抱き枕の様にしながら眠る女が視界に入る。

 

 「脚まで絡めてんじゃねえよ…」

 

 あんな不快な思いをした後だ。すー、すーと気持ち良さそうに寝息を立てる女を叩き起こしてまで学校に行く気にもなれず、まぁいいか。と、誰に言うでも無く独り言ちる。

 睡魔に身を任せる様に、全てから逃げ出す様に、その意識をもう一度手放した。

 

 一つ言い足しておく事があるとするならば。昨晩の自身は誰でも良いと言いながら結局巨乳の女を選んだらしい。

 

 

  △ ▽ △ ▽ △

 

 

 次に目が覚めた時に自身の五感に飛び込んできたのは鼻歌と何かを焼く音、味噌汁の香りだった。先程よりは百倍素晴らしい目覚めである。

 靄のかかった頭で辺りをぼうっと眺めると、換気の為か窓は開けられ部屋中に充満していた煙草の臭いも幾分かマシになっている事、散乱していた筈の酒の缶も無くなっている事に気が付く。

 そういえばさっきまで左半身にあった筈の柔らかさも感じない。

 段々と脳内にかかった靄が晴れていき、思考がクリアになっていく。それと同時にああ、昨日の女がやったのかと理解した。

 どうやら当たりを引いたらしい。なんて失礼な事や、頭痛も少しマシになったな。なんて事を考えながらスマートフォンを確認すると時刻は十時。

 遅刻だのサボりだのには今更何も感じない。時刻のことはさっさと意識の外に放り投げると、金髪と茶髪から届いていたメッセージに適当に返信しながらゆっくりと身体を起こし、んーっと伸びをする。背中やら首やらの関節がポキポキと小気味良い音を鳴らし、意識は完全に覚醒した。

 

 「あ、起きた?おはよう。もうすぐご飯の用意出来るけど、食べる?」

 

 部屋からの物音で気が付いたのか、キッチンの方向からそんな女の声が届く。自身の住むアパートは1Kの為ベッドの上から女の顔は見えないが、記憶が正しければ昨晩の女だろう。

 

 「先、シャワー」

 「あ、シャワー私も起きてから頂いちゃった。ごめんね?」

 

 律儀なもんだ。

 わざわざ報告してくるそんな声に全然大丈夫だよ、とそれだけ返して風呂場に向かう。風呂場はキッチンの向かいにある為、当然女とすれ違う。

 

 「勝手にキッチン使わせてもらっ…て…」

 

 すれ違い様に自身の方を振り向く女。

 そんな女の声は裸の自身を視認するや否や尻窄みになる。

 

 「え、えーっと…昨日は、その…」

 

 目を背けごにょごにょとし出す女に。

 

 「ああ、うん。おはよう。ご飯の用意に片付けまでしてもらっちゃってなんか悪いね。ありがとう」

 

 と簡単に必要な言葉のみを掛ける。ど、どう…いたしまして…なんてしどろもどろな言葉を背に受けながら風呂場に入った。

 

 これまでの女と比べて違和感があるな、なんて事を思った。

 これまでの女の中には朝になって照れる女も居なかったし、飯の用意や片付けなんて事をする女も居なかった筈だ。

 ああ、そういえば浮気した彼氏と別れてムシャクシャした勢いのまま友人とあのスポーツバーに偶々足を運んでみただけとか言っていたな。要は遊び慣れていないだけか。擦れていないと言った方が正しいかもしれない。

 まぁ、自身には関係ないのだが。

 なんて結論付けてシャワーを浴びた。

 

 簡単にシャワーを浴び終え、部屋着姿で部屋に戻ると、ローテーブルの上に並べられた朝食と、座って自身を待っている女が目に入った。朝食の準備を終わらせ待っていてくれたらしい。別に朝食を用意する義理も片付けをする義理も無いのに、その全てをした挙句わざわざ男を待っているなんて変わった女だと思う。

 そういえば、名前は椿とか言ったか。

 

 「椿さん、だっけ」

 「あ、綾瀬君。と、とりあえず、ご飯…食べる?」

 「ああ、そうする。ありがとう」

 

 椿の向かいに座り、一応いただきますと脳内で唱える。しっかりといただきますと呟いてから食べ始める所を見るに、やはり夜遊びなんかは似合わない人なんだろうな。とかそんな事を思った。

 朝食のメニューには白米、味噌汁、目玉焼きにウインナー、サラダと至って普通の物が並んでいた。まあ、自身の冷蔵庫の中身を考えればそれくらいしか作りようもないのも確かだ。

 椿はソワソワと落ち着かない様子だったので、美味しいよ、ありがとうとだけ言葉を掛け、それ以外には特にこちらから言葉を掛ける事も無く放っておいた。

 朝食中は、お互いに無言だった。

 

 朝食を食べ終え、特に何を言うでもなく率先して洗い物をし始めた椿を尻目にベランダで煙草を吸う。

 そういえば椿はごちそうさまもきちんと口に出していた。釣られて自身もごちそうさまを口に出してしまったが、ごちそうさまなんて久し振りに言った気がする。

 今学期は後何回学校サボれるのか、試験範囲的にこれ以上サボらない方が良い教科はなんだったか、目下最重要事項且つ憂鬱の種である明日からの放課後の事なんかを考えながら十分程の時間で二本の煙草を吸い部屋に戻る。

 椿も丁度洗い物を終えた様で、麦茶の入ったマグカップを二つ持ち部屋に戻って来る。相変わらず出来た女である。

 そのままお互いが自然と朝食の時と同じ位置に座る。

 流石にこの状況にも慣れたのか、それとも洗い物をする内に少しは落ち着いたのか、椿の表情にも幾らか余裕が戻っていた。

 

 「今日は大学大丈夫なの?二年生ってまだ必修あるんじゃない?」

 「まあ出席取られない授業だし友達にノート見せて貰えば良いだけだから大丈夫だよ」

 

 ナンパの際はいつも文系の大学二年生という設定で通している為、こんな嘘もすらすらと出てくる。

 

 「ふふ。そっか、悪い子なんだね」

 「お互い様でしょ、そっちは授業いいの?」

 「私はもう三年生だし、午前中は授業入れない様にしてるんだよね。今日は午後の授業もないし」

 「なるほどねえ」

 

 そのお陰で良い思いさせて貰いました。なんて戯けて笑って見せれば椿の顔には仄かに朱色が差し、やっと戻った調子は何処へやら、黙って下を向いてしまう。

 これまでの女には見られなかった新鮮な反応に、思わず可愛いな。なんて事を思った。

 一六五センチはあるだろう長身に、男好きする出る所が出て引き締まる所は引き締まったプロポーション。昨晩と変わらない黒色無地のショート丈トップスと小さな花柄が一杯にあしらわれた薄手のネイビーベースのロングスカートというシンプルなコーディネートは椿の身体のラインを程良く隠し、そのスタイルを主張させすぎる事は無い。自身が彼女に対して抱いていた大人っぽい、しっかりしている、優しいといった印象にもマッチしており、良く似合っている。

 胸元まで伸びた明るめのトーンの茶髪は、シャワーを浴びた後だからか簡単に低い位置での一つ結びに纏められていた。

 昨晩見たきちんとしたメイク姿とは異なる薄く、ナチュラルに施された肌艶を良く見せる程度のメイク。ぱっちりとした二重に、少しの幼さを漂わせる垂れ気味の大きな目。スッと通った形の良い鼻に薄い唇。ナチュラルなメイクも相まって余計に少し幼く見えた。      

 そんな椿の姿に、記憶に残る女としての色気に溢れる身体とのギャップを否応にも感じてしまい、悶々としてしまう。

 そして、一度脳内に沸いた劣情というのは収まることが無い。

 会話はすれど昨晩の出来事についての話は避ける様な椿の態度のせいで、一度脳内に焼き付いた目の前の女が乱れる姿が余計にくっきりと浮かび上がってきてしまう。

 そのせいか、三十分もしない内に我慢ならなくなってしまった。

 多分いけるだろ。そんな打算と共に麦茶のお代わり取りに行くという名目で立ち上がり、キッチンへ向かう。そのままマグカップを持たずに部屋に戻ると椿の背後に回り、その身体をきゅっと抱きしめる。

 椿はあ…と呟くだけ。拒絶はない。

 この後の展開を察知した様に耳が朱色に染まり、身を硬くする椿に。

 

 「どうせお互い大学ないならさ」

 

 もういっかい、いいよね?

 椿の耳元でそう呟き、その返事を待たずして口付けをした。

 

 結局その日は爛れた一日を過ごし、連絡先を交換した後椿は夕方頃帰って行った。

 

 こんな爛れた生活を送っている高校生なんて自身くらいだろうな、と。椿が帰った後のベランダで煙草を吹かしながらそんな事を思った。

 

 

 ②

 

 一日サボった後の学校は何故こんなにも憂鬱なのだろう。

 金曜日なのだから今日もサボってやればよかった。

 学校なんて去年から散々サボっていると言うのに、サボタージュ翌日の登校中にも関わらず帰りたい気持ちに駆られるこの感じには一向に慣れない。それどころか増している気がする。ともすると先日のあの女教師との一件が拍車を掛けているのかもしれない。というか、絶対にそうである。

 すっかりと苦手意識を持ってしまった。出来る事なら顔を合わせたくはない。

 結局あの教師は何がしたかったのだろうか。自身のハリボテを言い当てたあの教師。       

 底冷えする様な恐怖を感じ、次は何を言われるのだろうと思わず身構えた所を嘲笑うかの様に、次の瞬間あの嗜虐的な笑みと大人びた冷たい声色は消え失せていた。

 残されたのは「私は楽しく綾瀬君とお話をしたかっただけなのに…振られちゃったな、傷付いたな…」と見事なまでの棒読みにおよよ…と泣き崩れる演技をし出すいつもの調子に戻った女教師と、無駄に早くなった心臓の鼓動を抑え付けようと息を吐く自身だけで。

 結局傷付いた罰とやらに期末試験終了までの期間はなるべく毎日図書室に行く事、その期間中はテスト勉強と読書をして放課後を過ごす事を命じられ、解放された。

 

 「私も毎日図書室に顔出す様にするからさ!君がサボった分の授業のフォローもするよ?他の科目の先生にも綾瀬君のフォローをしてあげて欲しいって私から頼んであげるしさ。こんな美味しい話無いと思うけどなー」

 

 とはあの教師の談。

 こうしてまんまとこれ迄学校をサボってきた分のツケまでしっかりと支払わされる事になってしまったのだった。

 

 そしてその命令の初日である昨日に早速学校をサボった自身。考えるまでも無く面倒臭い事になるのは必至。

 出来る事ならあの女教師には二度と絡まれません様に。

 そんな事だけを祈りながら学校へ向かった。

 

 

 

  △ ▽ △ ▽ △

 

 

 

 校門からは駐輪場やグラウンド、体育館下のピロティを横目に生徒達の波に流されていれば昇降口へ辿り着く。

 今日も暑いというのに朝っぱらから元気に友人達と挨拶をしている生徒達の声をBGMにしながら靴を上履きに履き替え、普通棟二階西端の二年A組へ向かう。

 朝の学校は登校中の生徒や朝練中の運動部員でごった返している。だからといって自身に声を掛けてくる人間なんて一人も居ないし、何なら挨拶する相手すらも居ない。

 声を発する事の無い日すらあるのが自身の高校生としての日常だった。

 

 普通棟の西階段を一階から二階に登ればその直ぐ先に二年A組の教室は見えてくる。

 どうやら今朝はあの女教師と顔を合わす事なく済みそうだ。祈りが届いたのだろう。どうやらこの世に神は居るらしかった。

 

 「おはよう、綾瀬君」

 

 聞きたくない声ランキング絶賛一位に君臨する人間の声が鼓膜に届く。それと同時に折角認めた神の存在を早速否定された気がするが、きっと気の所為だろう。

 この学校で自身に声を掛ける人間は居ないのだ。

 

 「綾瀬君?おはよう!」

 

 …居ないったら居ない。

 

 「お、は、よ、う!」

 

 普通棟西階段、一階から二階へ登った先の少し開けたスペースで腕組みしながら何かを待ち構える女教師も。

 

 「あやせくーん?」

 

 自身を見つけるや否や不機嫌さを隠す気のない声色とこれ以上無く作り物感に溢れる笑顔で挨拶をしてくる女教師も。

 

 「おーはーよー」

 

 無視をして通り過ぎているのにも関わらずピッタリと自身の横に密着しながら付いてくる女教師も。

 

 「おはよーーーーー!」

 

 目が合わない様、背を丸め下を向きながら歩く自身を下から覗き込んでまで挨拶を繰り返す女教師も。

 

 居ないでほしかったなぁ…

 

 「職員室、行こっか?」

 「…チッ」

 

 白旗代わりの舌打ちに目の前の女教師が一瞬驚いた様な顔を見せたのは気の所為か。高橋先生はにたぁ、と笑うと自身の右腕を拘束し、歩き出す。

 周りの生徒から刺さる視線。

 学校で大勢の人間に注目されるのなんて初めてだな。なんて場違いな感想を抱きながら、連行される事となったのだった。

 

 

  △ ▽ △ ▽ △

 

 

 連行されたのは職員室一角の応接スペース。

 

 「まさか言ったそばからサボるとはねぇ」

 

 流石にそんな子だとは思わなかったよ。と、紅茶を啜りながら呆れた様な声で高橋先生は開口一番そんな事を言った。

 自身の手にはコーヒー。いつかの放課後と同じ状況である。

 

 「朝読書はいいんすか」

 

 高橋先生が毎週金曜日の朝のホームルームの時間に設けた朝読書の時間。中学生かよ、と思わなくもないが国語教師のやる事らしいと言えばらしい。

 朝読書開始の時間までは後二十分。早く解放されたい一心で出た言葉だったが。

 

 「どうせ君読書なんてしないでしょ、一限までの五十分、先生と語り合おうぜ?」

 「…チッ」

 「先生の事嫌いなのは良いけど、舌打ちはやめよっか?」

 「…」

 「ふむ。それで、なんで昨日サボったの?」

 

 人当たりの良さそうな笑顔もあの嗜虐的な雰囲気もないどこかサバサバとした様子の女教師。

 恐らくこれがこの人の素なのだろう。

 

 「サボりに理由なんてないでしょ」

 「ふーん。あ、猫被るのやめたんだ?」

 「そっちこそ、俺も大事な生徒でしょ。いつもの感じじゃなくていいんすか」

 「んーまぁ、君はいいでしょ。それにこの方が君も話しやすいんじゃない?」

 「…まぁ、そっすね」

 

 見透かされている様で気に喰わないが、確かにその通りではあった。

 登校時間まで感じていた苦手意識は無くなるとまではいかずとも、多少はマシになっていたのも事実だ。

 かと言って話したいとも思わないが。

 

 「それで、今日こそ図書室行けよって話ならもう行っていいすか。行けって言うなら行くんで」

 「そんなに避けなくてもいいじゃない」

 「じゃあ何の用すか」

 「だから言ったじゃない。語り合おうぜって。今の君の方がきちんと会話してくれそうだしね」

 

 会話という単語に先日の事を思い出し、思わずうげ、と顔を顰めてしまった気がする。そんな自身の様子を見て目の前の教師はしてやったりといった顔でにしし、と笑った。

 

 それからは本当に何でもない雑談が始まる。

 純粋に会話をしたいだけという訳ではないだろうが、少なくとも嘘ではないらしい。

 初めてサボった時の話やら普段は家で何をしてるのかやら勉強はどうしているのかやらと色々と聞かれるだけの時間が続いた。嘘で固めても見透かされるだろうと考え、酒煙草女遊びだけは伏せて後は素直に話しておいた。

 

 

 「そうだ、一人暮らしって大変じゃない?」

 

 唐突に投げられた質問になるほどな、と納得する。

 高橋先生が自身と話をしたいと言った最大の理由もこれでなんとなく想像がつく。

 実家が県内にあるのにも関わらず私立でもなければ専門性がある訳でもない普通科の公立高校に通う生徒が一人暮らしをしているというのは公立高校の教師には些か不思議に見えるのだろう。

 恐らく目を通しているだろう入学時に提出した家庭状況等の資料の事を考えれば尚更だ。気にかけてくれているのだろうという事は伝わった。

 

 「そんなに大変でもないっすよ、中学の時も自分の事は自分でやってたんで」

 「それは立派ですこと」

 「遅かれ早かれ誰でもそうなるでしょ。自分は偶々早かっただけですよ」

 「そうかもしれないけどね…」

 

 憐れむな。

 優しい顔をするな。

 気に喰わない。

 何かを否定したくて、咄嗟に言葉が出る。

 

 「好きな物だけ食べれるし夜更かししても何も言われない。それこそサボりだってし放題。寧ろ羨まれる環境でしょ」

 

 はぁ…と、溜め息。

 その残念な物を見る目は癪に障るが、さっき迄の目よりはマシだ。

 

 「いいでしょサボり放題。日本の高校生で一番自由すよ俺」

 「いやサボりはダメだよ。サボりに関してはこれからは私が見張ります」

 

 そう言って高橋先生はスマートフォンを取り出す。

 

 「連絡先、よこしなさい」

 「え、嫌ですけど」

 「いいから!早く携帯出す!」

 

 有無を言わさない態度に思わず舌打ちが出る。

 

 「舌打ち」

 「…はぁ、すんません」

 

 舌打ちに厳しくない?この人。

 

 「はーやーくー」

 「……」

 「けーいーたーいー」

 「……」

 「だーしーてーよー」

 「……」

 「良い加減早く出しなさい」

 「キリないっすね」

 「こっちの台詞!」

 

 舌打ちが出そうになるのを堪えて仕方なくスマートフォンを取り出し、メッセージアプリのIDを交換する。

 新しい友達の欄に表示された『高橋』という名のアカウントを眺めながら、さっき堪えた分の舌打ちを代わりに脳内で吐いておく。

 

 「舌打ち」

 「え、出てました?」

 「出てないけど、どうせ頭の中でしたでしょ」

 

 なんで分かるんだよ、怖すぎるだろ。

 

 「まあ、連絡先も交換しちゃったし?一人暮らしの事でも勉強の事でも恋愛の事でも、なんかあったら連絡してきなさい」

 「いや無理矢理だし。しちゃったじゃねえし…」

 「まぁまぁ」

 「てか、どの生徒にもこんな事してんすか?働きすぎでしょ」

 「いーや?連絡先交換したのなんて綾瀬君が初めてだよ?」

 

 光栄に思いなさい?そう言って笑う高橋先生に。

 

 「なんだそれ、見る目ねえっすね」

 

 少しの嬉しさを感じたなんて。そんな事を悟られたく無くて、悪態を吐いておいた。

 

 

 「それにしても綺麗な髪してるわよね、綾瀬君って」

 

 何故朝からこんなにも疲れなければならないのか。そんな事を考えていると、紅茶を飲む高橋先生がそんな事を言い出した。

 

 「そっすか?」

 「女の私よりよっぽど綺麗な髪、羨ましいわ」

 

 ふむ、自身でも気に入らないながら無駄に綺麗な髪だとは思っていたが、女性にきちんと自身の髪の事を言われたのは初めてだった。

 

 「夏だと暑くて鬱陶しいだけっすよ」

 

 こんな物がねぇ、と左耳の辺りの髪を掻き上げて見せる。

 髪を伸ばしている理由なんてあまり好きでは無い自身の顔のパーツと右耳のピアスを隠す為、後は酒の場で必要以上に歳下に見られない為くらいのものである。

 ふと、高橋先生の目線が掻き上げた自身の髪ではない所に注がれている事に気が付いて。次第に高橋先生がニヤニヤしだす。

 

 「どうしたんすか?なんか付いてます?」

 「んー?いいやー?でも付いてるっちゃ付いてるのかな?」

 「どっちなんすか」

 

 相変わらずニヤニヤしている高橋先生はその懐から手鏡を取り出し、はいっとこちらに見せてくる。

 

 「いやはや、やっぱり君はモテるんだねぇ。確認してごらん?」

 「……」

 「舌打ち」

 「まだしてねぇっすよ」

 

 高橋先生の視線が注いでいた対象が自身の首元にある虫刺されにしては大きな赤い痣だった事に気が付き。

 

 予め封じられた舌打ちの代わりに大きな溜め息を吐いた。

 

 「まぁ高校生だしそーゆー事しちゃうのは仕方ないかもしれないけど、夏服なんだし、一応気をつけなさいね?」

 

 相変わらずニヤニヤした高橋先生がポーチから絆創膏を取り出し手渡してくるのを受け取るのと同時に、一限五分前を知らせる予鈴が鳴った。

 

 



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二話

二話です。よろしくお願いします。


 

 ③

 

 高橋先生のそれじゃあまた明日ね。の号令でクラスの生徒達は一斉に動き出す。

 部活に向かう者、バイトに向かう者、遊びに行く者、そのまま帰る者、放課後の選択肢は人によって様々だが、多くの生徒は活き活きとした表情をしているのだろう。

 クラスメイトの顔と名前すら殆ど一致していなければ顔など見ない自身にとっては関係のない事ではあるが。

 普段の自身であればホームルーム終了と同時に真っ先に帰宅するのだが、今日からはそうもいかないらしい。

 教室から出て行く生徒達に教壇から挨拶をしている高橋先生をチラッと確認すると、ガッツリと目が合いウインクまで寄越されてしまった。どうやらしっかりとマークされているらしい。

 何が理由で図書室を問題視のサナトリウムに指定したのかは全く分からないが、ここまで警戒されていては行くしかないのだろう。

 これに関しては諦めるしかない。そう自身を無理矢理納得させ、溜め息もそこそこに立ち上がろうとした時だった。

 自身にとっては数少ない顔と名前が一致しているクラスメイトに声を掛けられる。

 

 「高橋先生と何かあったの?」

 「ぁ?……。あ、佐野さん。いや、何も無いですよ」

 

 声の主を求めて振り向けば、我が二年A組のクラス委員長を務める佐野 翠が手いつの間にか自身の席の隣に立っていた。

 高橋先生の事を考えていた為か口調が崩れそうになった事に気付き、一度呼吸。改めていつも通りを意識して返事をした。

 今でこそ高橋先生と話す時の自身は素に近いだろうが、基本的に何かの仮面を被って人と接するのが自身という人間だ。

 夜の街で悪友と過ごす時、女を狙う時、そして学校での自身。意識的にそれぞれ違う自身を使い分けている。そして、控えめな声色と敬語というのがクラスメイトと話す時の自身という訳だ。

 何も無いと答えた自身に、そう?と右手を口元にやり微笑んでいる佐野さん。

 彼女の一挙手一投足に合わせてサラサラと舞う長い黒髪は、良く手入れされている事が一目で分かる。

 凛然、清廉と言った言葉が良く似合う美人の彼女は、成績優秀で面倒見も良い、正に委員長に相応しい雰囲気を持った生徒で、生徒からも教師からも厚く信頼されている。

 そして、こんな冴えない自身にも他の生徒と変わらず友好的に接してくれる数少ない存在でもあった。

 佐野さんは自身の正面に移動すると、お疲れ様。と挨拶をする。それに合わせてお疲れ様です。と返せば、それが自身と彼女にとってのおしゃべりしましょう。いいですよ。の合図だ。

 

 「一昨日も今朝も呼び出されてなかった?今も意味深な目配せしちゃって。禁断の恋愛かと思っちゃった」

 「それは悪い冗談ですね」

 

 何かと思えば。あんな一瞬の目配せまで見られていたのか。

 真面目な委員長とはいえ人並みに恋愛には興味があるのか、それとも揶揄っているだけだろうか。とりあえず適当な返事をしておく。

 思い通りにコントロール出来ない女なんて願い下げでしかない。ましてや高橋先生は支配とは程遠い場所にいる様な存在だ。天地がひっくり返っても惹かれる事はない。あと単純に苦手。

 自身の表情で何か察したのか、そんなに嫌なの?とくすくす笑う佐野さん。

 

 「嫌というか、考えた事もなかったので」

 

 咄嗟に誤魔化し。

 それにしても悪い冗談って。と笑い続ける佐野さん。何がそんなにツボに入ったのだろうか。

 やがて佐野さんは目尻に溜まった涙を指で拭いながら、一冊のノートを自身に差し出す。

 

 「はい、これ。昨日の分のノート」

 「あー…またですか?悪いですよ。いつもいいって言ってるじゃないですか」

 「いいからいいから。私が好きでやってるだけだもの」

 

 表紙に『綾瀬君』と書かれたノートは、自身がサボった日の全ての授業内容がまとめられたものだ。

 

 「このノートを受け取りたくないなら毎日きちんと学校来てね」

 

 それを言われてしまっては弱い。

 

 「サボれなくなるのは困るので受け取っておきますね。ありがとうございます」

 「委員長の前でサボる宣言されるのは困るけれど…まあ、どういたしまして」

 

 少し困った様に笑う佐野さん。

 自身の対応にも慣れているこの人との会話は不思議と苦ではない。

 このノートに助けられているのも事実なので、いつもの様に一度は引き下がりながらも受け取っておいた。貰えるものは貰うし利用出来るものは利用する。人間そんな物だ。

 当然感謝はしているが。

 

 「いつも助けられてます。僕が自分でノート取るより分かりやすいですから」

 「それなら毎日取ってあげましょうか?」

 「いやいや、そこまでしてもらう義理はないですから」

 

 でも、学校に行かなくて良くなるのは魅力的ですね。と冗談に乗ってみせれば。

 

 「あら、それは私が寂しいからダメね。でも、綾瀬君のお世話なら喜んでするわよ?」

 

 そう言って笑う佐野さんは、続けて自身に尋ねてくる。

 

 「綾瀬君はもう帰り?」

 「いや、今日は図書室で勉強してから帰ろうと思ってます」

 「そうなの?珍しいわね。途中まで一緒に帰ろうと思ったのに」

 「それはまたの機会という事で。佐野さんはバイトですか?」

 「そうよ。そろそろ時間だからもう行くわね。また来週!」

 「はい。お気を付けて。さようなら」

 

 こちらに手を振って去っていく佐野さんに軽く手を振り返し見送った後、受け取ったノートをぱらぱらと確認し、鞄にしまう。

 少し話していただけですっかり教室内から人は消え去り、いつの間にか残っている生徒は自身だけだった。人の居なくなった教室は、その分だけ冷房の効きが良くなったのか今は少し寒い。

 それと反比例する様に、外の気温はぐんぐんと増していく。

 自身のみが残る教室の静けさを強調する様に、廊下やグラウンドの音量が増していく。

 間もなく、喧騒と灼熱の青春が始まる。

 窓から外を見やれば、綺麗な空色と高く伸びる真っ白い入道雲がこれでもかと夏を主張していた。

 毎年毎年飽きもせず繰り返される季節は、きっとそれだけで完成している。それは地球という球体の歴史の結果であり、あくまでも自然現象でしかなく、だからこそ人間の力の及ぶところではない。偶然の産物として与えられただけのそれに、そんな意味の無い地球のルーティーンなんかに何故彩りを添えるのか、何故意味を持たせたがるのか。自身にはそれが分からない。

 青春の魔力を以て彩りを加えた四季は、それはそれは美しいんだろう。人気の曲や話題の映画、大人の思い出話や生徒達の表情がそれを物語っている。

 それを使いこなす事が出来れば、分かるのかもしれない。

 それを使いこなせないのは、自身だけなのかもしれない。

 

 遠くに聞こえだした野球部のランニングの掛け声が脳内に響く。

 それを掻き消す様に、舌打ちと共に席を立った。

 

 

 △ ▽ △ ▽ △

 

 

 校内のあちこちで響いていた放課後の喧騒も、一歩図書室へ踏み入れれば遠く彼方へ霧散する。

 放課後の学校でありながら物静かなこの場所は、劣等感を感じるピースが少なくて済むという点では心地の良い場所かもしれなかった。成る程立派なサナトリウムである。

 カウンターに座る図書委員であろう見知らぬ女子生徒のこんにちは、という挨拶に軽い会釈で返し、足早に図書室の奥へ向かう。

 教室を出た後直ぐ廊下でニヤニヤとした笑みを浮かべた高橋先生に捕まり、キスマークの相手は佐野さんなのかと教師にあるまじき下世話な質問を受けたり、他愛も無い話に付き合わされたり。そんな面倒臭い絡みをされた為図書室に着くのがすっかりと遅くなってしまった。

 人の事を散々拘束してきた癖に週末の会議があるからと急に解放してくるのは一体どういうつもりなのだろうか。

 これからもこの調子で絡まれ続ける可能性があるのかと思うと舌打ちの一つも吐きたくなってくる。

 そんな事を考えながら勉強をしている生徒や書架の数々を抜け、先日利用した図書室最奥の二人掛けの席へ向かう。利用者が少ないお陰か、それとも最奥の席で余り人気がないのか、その席を無事確保する事が出来た。

 室内一面に窓ガラスが張られ比較的日光が注ぎやすく明るい図書室内の中で、最奥の、それも壁際の書架と書架の間に位置するこの席は比較的暗く、辺りの書架が遮蔽となっており人からの視線を気にしなくて済む。

 自身の様な生徒を好き好んで視界に入れようという人間は居ないだろうが、人に見られずに済むのならそれに越した事はない。そんな考えがあってこの席を選んだのだった。

 

 席に座り、鞄から先程受け取った佐野さんのノートと自身のノートを取り出す。そこに記された自身の受けていない授業の内容を自身の物に書き写していく為だ。

 佐野さんのノートは最低限の板書だけでなく教師が口頭でのみ解説した細かなポイントや、ノートの内容に該当する教科書や資料集等のページ数の記載に加えて彼女なりの解説やチェックポイントが文章だけでなく図や表まで用いて分かりやすく纏められたもので、定期考査くらいならこのノートの内容を暗記するのみで高得点を取ることが出来るというレベルのクオリティである。

 ここまでのクオリティのノートが学校をサボってばかりの自身の為だけに存在するのだから、真面目に登校している生徒には申し訳ないと思わなくもない。学校をサボればサボる程質の高いノートが手に入り成績が上がるとなればサボり得でしかないからだ。

 毎回そんな事を思わせる位には良く出来た内容のノートだった。

 しかしその分高いを密度を誇るノートとなっており、書き写すとなるとそれなりの時間が掛かる。

 だがまあ、人から施しを受けている分際で文句を言える立場ではない上に、いくら自身がダメ人間であろうとここまでしてもらっておいて赤点を取るというのは流石に佐野さんに悪い。そんな理由もあり毎回書き写し作業くらいは丁寧にしようと心掛けている。

 慣れない図書室という環境の影響か、少なからず人がいる環境という事実が何かに見張られている様に感じさせる所為なのか、自宅で行う時よりも作業が捗る様な気がした。

 

 いつもは無駄な事など書かれていないノートに自身宛のメッセージを発見したのは、最後の科目である英語のノートを写し終えたタイミングでの事だった。

 『ここまで甲斐甲斐しくお世話している私にそろそろ何かご褒美があってもいいんじゃない?』

 と、お世辞にも上手とは言えない猫らしきキャラクターがはてなマークを浮かべているイラストの横に彼女の丁寧な字でそんな文言が添えられていた。

 ノートにこんな落書きがあるのは初めてだな。とか、絵下手なんだあの人。なんて幾つか感想は浮かんだが、特に気になったのはその内容についてである。

 自身の知る限りでも授業内容の質問からプライベートの相談まで、人に頼られている姿を良く見る事はあれどお礼の類なんかは必要無いと断っていた記憶があったからだ。そんな彼女がわざわざ下手な絵まで用意してを何か見返りを求めているというのが不思議に思えた。

 が、しかし。ご褒美、即ちお礼。成る程言われてみればその通りでもある。なんなら率先して貢ぎ物の一つでも献上すべき立場の人間なのだ自身は。その内適当にお菓子やら飲み物でも献上すれば良いだろうか。そう軽く考え、佐野さんからのメッセージの近くに小さく『その内御礼させてください。いつもありがとうございます。』とだけ書き添えておいた。

 

 

 ④

 

 とん、とん。

 

 「あ…、す……せ…」

 

 とん、とん。

 

 「あ…えっ……。お、お…」

 

 とん、とん、とん。

 

 「え、え…っ…、…お、…きてく…さい」

 

 人の声の様な音と肩に何かが触れる感覚。  

 自身の感覚器官がそれらを捉え出すのと同時に次第と意識が呼び起こされていく。

 いつの間にか眠ってしまっていた様だ。

 

 「あ、あの…図書室、もう締めるので…」

 

 相変わらず人の声らしき音がする。

 重たい瞼を薄っすらと開くと、視界は暗色と橙色。かなりの時間寝ていたのだろう。太陽が暮れかけているらしかった。

 座ったままの状態で机に突っ伏して寝ていたからか、体が強張っているのを感じる。

 微睡んだ意識のまま、強張った体をほぐす為に伸びをした。

 

 「きゃっ」

 

 小さな悲鳴の様な声と共にぽてん。と自身右手が何かに当たる感覚がした。

 

 「あ?」

 「あぅ…」

 

 感覚のする方を向けば、自身の斜め右後ろの方に居た少し前屈みの様な姿勢をしている女子生徒の額に、裏拳の様な形で自身の右手の甲が当たっていた。

 両腕でハードカバーサイズの小説らしき本を抱き抱える様に持った女子生徒は、きゅっと目を閉じ、何かに怯える様に震えていた。

 なんと運の悪い事か。とりあえずその女子生徒の額から右手をそっと離すと、今度はふるふると震え出し、泣き出しそうな表情に変わる。

 どう言葉を掛けるか悩んでいる内に、女子生徒の目尻からぽろっと大粒の涙が一粒溢れた。

 

 もしかしなくても、不味い状況なのでは?

 具体的にはこの状況をあの女教師に見られるというのが最悪の状況だ。

 そこまで考えて漸く自身の意識は完全に覚醒し、脳が思考を加速させる。

 

 「「ご、ごめんなさい!」」

 

 咄嗟の思考の末に出たのは安直な謝罪で、何故かそれと同時に涙声の謝罪が鼓膜に届いた。

 

 「あ、あの…せっ、せっかく、気持ち良く寝ていらっしゃったのに…」

 「いや、あの」

 「じゃ、じゃまをしてしまって…」

 「いや、僕の方こそ」

 「私なんかが、ほ、ほんとうにすみません!」

 「あの、だから」

 「で、でも!と、図書室を締めないといけなくて…あ!も、もうすぐ十八時なので!そ、それで…」

 「……」

 「お、怒らせてしまうつもりはなくて、でも、あの…その…」

 

 依然として謝罪と言い訳の様なものを続ける女子生徒にこちらの声は届かない。何故か相当焦っていらっしゃる。

 その証拠に、さっきから目線が自身を向いたり机の上の本に向けられたりと忙しない。

 ふむ。どうしたものか。

 ここまで目の前でパニックになられてしまうと、逆にこちらは冷静になってしまう。

 話を聞くに、どうやらこの女子生徒は図書室の鍵を締めたかったらしい。

 辺りを見回す限り図書室内には自身と女子生徒の他には誰も居ないらしかった。

 その予想が正しい事を裏付けるかのように、図書室内は消え入りそうな女子生徒の声と遠くに聞こえる蝉の鳴き声以外には何も聞こえなければ、人の気配も無い。

 よく見れば、震える女子生徒の右手には図書室の鍵らしきものが握られていた。

 依然あたふたとしている女子生徒を見ているのが面白くなってきた。

 とりあえず。

 

 「ひゃあっ」

 

 むにーっと、名も知らぬ女子生徒の両頬を摘む。女子生徒からは驚きの悲鳴が上がる。

 これで話せなくなっただろう。

 

 「あ、あよ。ひょ、ひょんほおに…」

 

 まだ言葉を続けるのか、本当に面白くなってきた。

 あの、ほんとうに…。と言いたかったのだろうか?

 この後に続く言葉はきっとすみませんだろうな。なんて事を思いながら言葉を待つ。

 

 「ひゅ…ひゅみま、へん…」

 

 正解したようだ。

 

 「ぷっ」

 

 両頬を摘まれた状況でも謝罪を続ける姿に思わず吹き出してしまう。

 最後にぴんっと彼女の両頬を引っ張る様にして両手を離す。

 

 「あぇ?」

 

 自身の指が彼女の頬から離れると同時に短い呻き声が溢れ。

 

 「え?え?」

 

 突然の出来事に困惑している女子生徒。それも無理はないだろう。いきなり頬を摘まれた笑われたのだから。

 その後も少し困惑していた様だが、次第に状況を正しく理解したのか落ち着きを取り戻すと、少し遠慮がちな目でこちらを見つめてくる。

 中々の荒療治だったがやっとこちらの声が届く状況になった様で何よりだ。

 

 「僕の声聞こえてる?」

 「え?は、はい…」

 「もう落ち着いた?」

 「あ。は、はい。すみません…」

 「大丈夫?」

 「は、はい。大丈夫、です…」

 

 一先ずこちらの声にきちんと反応してくれる様にはなった。

 ならば次はこちらから言わなければならない事がある。

 

 「わざわざ起こしてくれてありがとう。寝惚けたまま伸びをしたら君に当たっちゃったみたい。むしろ謝るのは僕の方」

 

 ごめんなさい。と彼女の方を向き座ったままではあるが頭を下げる。

 これで急に立ち上がってまたパニックになられたらたまったものではないからだ。

 

 「あ、そ、そうだったんですね…て、てっきり怒らせてしまったのかと…」

 「ははは。そんな訳ないよ。それより頬引っ張っちゃってごめんね?痛くなかった?」

 「あ、はい…大丈夫です。び、びっくりはしましたけど…」

 「そりゃそうだよね。僕の声が届いてなかったみたいだから、落ち着いてもらうと思ってつい、ね?」

 

 本当は面白半分だが。いや、なんなら面白四分の三だ。いや面白四分の三ってなんだ。

 

 「い、いえいえ!わ、私の方こそあ、あたふた…して、しまって…その、すみませんでした…」

 「いやいや、悪いのは僕だから。それより、お仕事の邪魔しちゃってごめんね?」

 「え?」

 

 え?と何故かこちらの言葉の意味を理解出来ていない女子生徒に。

 

 「図書室の鍵、締めるんでしょ?」

 

 直ぐ片付けるから待ってて。と声を掛け、急ぎ帰りの準備をはじめると、女子生徒もようやく自分の仕事を思い出した様だった。

 

 すっかりと遅くなってしまった。チラリと窓を見やれば太陽の光は更に色を増していくといったところだった。これから空は次第に橙から紫に変わっていくのだろう。

 帰りの支度を済ませ、図書室から出る。無言で自身の後ろを付いてきていた女子生徒は最後に図書室を一周し忘れ物が無いかを確認すると、図書室の鍵を締める。

 

 「お仕事の邪魔しちゃってごめんね?それじゃあ、さようなら」

 

 女子生徒が鍵を締め終わるのを確認し、簡単に挨拶を済ませ歩き出す。

 まさか寝てしまうとは。お陰でかなり遅くなってしまった。

 帰って何をしようか。椿にキスマークの事でも問い詰めるか。金曜だし、あわよくば家に来させても良い。

 そんな事を考えながら歩き出した自身に向かって。

 

 「あ、あの!」

 

 と、背中越しに声が掛けられる。

 

 「どうしたの?」

 「二年A組の綾瀬さん、ですよね?」

 「うん、そうだけど」

 

 なぜ自身の名前を知っているのだろう。

 

 「実は、高橋先生から伝言を預かってまして…」

 「そうなの?」

 「は、はい。用があるから職員室に寄ってくれって…」

 

 成る程。と納得する。

 大方職員会議後に図書室を訪れた高橋先生が寝ている自身を確認し、この女子生徒に伝言を頼んだといった所だろう。

 何の用だろうか。と思ったが、まぁあの人の事だからどうせ用なんて無いのだろうとも思う。

 

 「そうなんだ。じゃあ、行こっか」

 「へ?」

 「職員室。鍵返しに行くんでしょ?」

 

 ついでだし、一緒に行くよ。

 そう声を掛け歩き出せば。 

 は、はい!という返事と共にぱたぱたと小走りで自身に付いてくる足音が聞こえた。

 

 

 △ ▽ △ ▽ △

 

 

 結局職員室に着くまでお互いに無言だった。

 自身から何か話しかけても良かったが、特にその必要も感じなかった上に話すのが余り得意ではないであろう女子生徒を緊張させるのも悪い気がしたので辞めておいた。

 女子生徒が遠慮がちに向けてくる視線は気になったが、さっきまでのおどおどとした態度を見るに恐らくは気不味さから視線をどこに向けたら良いか分からなかったといった所だろう。

 女子生徒と共に職員室に入り、パソコンに向かい何やら作業をしている高橋先生の元へ向かう。

 女子生徒から鍵を受け取った高橋先生がありがとうと伝えると、女子生徒はいえ、大丈夫です。と言って笑顔を見せていた。

 お、笑った。この子笑うんだ。なんて、呑気にそんな事を思った。

 

 「じゃあ千住ちゃんは帰って大丈夫だよ、遅くまでありがとう。気を付けてね!」

 「はい、さようなら。高橋先生」

 

 挨拶を終えると千住と呼ばれた女子生徒は自身にもペコリと一礼をし、職員室の外へと向かっていった。

 

 失礼しました。と挨拶し職員室を出て行く女子生徒に笑顔で手を振った高橋先生は、一つ溜め息を吐くと脚を組み、こちらをじとーっと見上げる。

 いや、態度変えすぎだろ。

 

 「用ってなんすか」

 「ん、ないけど?」

 「やっぱりかよ…」

 

  チッと舌打ちが出る。

 

 「舌打ち」

 「……」

 「舌打ち」

 「すんません」

 「よろしい」

 

 何でこんなに舌打ちに厳しいんだこの人。

 

 「それで、用が無いのになんで呼びつけたんすか」

 「あー…じゃあ、図書室で何したのかなって思ったから?」

 「思いっきり今考えただろ…」

 「まあまあ。それで、何してたの?」

 「……ノート写して、適当に読書でもしようかと思ったんすけど」

 「寝ちゃった、と」

 「そっすね」

 

 ほうほう。と相槌を打つ高橋先生。

 

 「そのノートって、佐野さんから受け取ってたノートの事?」

 

 がっつり見てたのかよ。

 

 「そうすけど」

 

 今度は成る程ねぇ。と呟く。

 何かを探られている様な気がするが、いまいちその真意が見えない。

 

 「そのノート、見せてよ」

 「なんでですか?」

 「佐野さんがそんな事するなんて珍しいじゃない?」

 「…?誰にでも優しいじゃないすかあの人」

 「んー、まあそうなんだけどね?ちょっと気になる的な?いいから見せてよ!」

 「はぁ…見せないと解放されないんでしょ…えーっと……はい、これっす」

 

 人の厚意を勝手に他人に見せるのはどうかと思うのだが、恐らく見せないとキリがない問答が繰り返されるだけなので仕方ない。鞄からノートを取り出し高橋先生に手渡す。

 

 「ん、ありがと。どれどれ……」

 

 受け取ったノートの適当なページを開いた高橋先生は、わぁ…すごいねぇこれ。と呟き、ぺらぺらとノートをめくっていく。

 

 「ここまでしてもらってるんだ」

 「別にお願いした訳じゃないんすけどね」

 「そりゃあこんなに立派なノートお願いされただけじゃ作れないよ」

 「?あの人自分のノートもこんなもんでしょ多分」

 「え?」

 「え?」

 「知らないのかぁ、へぇ…」

 

 意味深に呟くとにやにやとしだす高橋先生。なんなんだこの人…

 

 「もういいっすか、あんまり見られるのも本人に悪いんで」

 「ああ、そうね。ありがと」

 

 自身の手に戻されたノートを鞄にしまっていると、またもや声を掛けられる。

 

 「大切にしなさいね?」

 「は?」

 「佐野さんの事」

 「いやだから付き合ってないって」

 

 いつまでキスマーク引き摺ってんだこの人。中学生並みの恋愛脳だなこの教師…

 

 「これから付き合う事になるかもじゃない?」

 「ないっすよ、あんな人気者が空気みたいな奴と付き合う訳ないじゃないすか」

 「どーかなぁ。綾瀬君モテるからなー」

 

 なんか進展あったら先生に教えてね!

 目を輝かせながらそんな事言う高橋先生に、苦笑いをするしか無かった。

 

 

 △ ▽ △ ▽ △

 

 

 「失礼しました」

 

 そう言って職員室を出るが、失礼されたのはどう考えてもこちらの方だった。

 結局あれからも佐野さんからノートを受け取る様になった切っ掛けだのキスマークの真相だのを聞かれ、のらりくらり躱しているうちに最終下校時刻の十九時を過ぎ、やっと解放されたのだ。

 図書室の閉館時刻が十八時の為、実に一時間近く脳内中学生教師の暇潰しに付き合わされた計算になる。

 何なんだよ本当にあの教師は…

 脳内でぶつぶつと文句を言いながら昇降口で靴を履き、校門へと向かう。今から二十分近く歩いて帰るのがとてつもなく億劫だった。

 

 「流石に疲れた…」

 「お、お疲れ様…です」

 「へ?」

 

 校門を通り過ぎた辺りで思わず出た独り言に何故か返事が返ってきて、素っ頓狂な声が出てしまう。

 声の主は、一時間前に職員室を出た筈の女子生徒だった。

 

 「えーっと、そのお疲れ様は?」

 「えー…あ、綾瀬さんへの…?」

 「そ、そう…」

 「は、はい…」

 「「………」」

 

 圧倒的気不味さ。

 ちょっと待て。一時間近く待っていたのか?自身を?何故?

 自身の怪訝そうな表情に気が付いたのか、女子生徒が堰を切ったかの様に話しだす。

 

 「す、すみません!わ、私!あ、あああ怪しい者では、決してなくって…!」

 「う、うん。それは分かるけど…」

 「す、ストーカーでも!…なくって…」

 「それも分かるけど…」

 「話したい…事が…あっ、て…」

 「うん?」

 「そ、それで!…あ、あうう…」

 「あー…」

 

 完全に見切り発車で事故ったなこれ。

 全く要領を得ない話で何が言いたいのかはさっぱりだが、言葉を紡ぐにつれて顔の赤色が増していく姿を見せられてしまっては流石に助け舟を出すしか無い。

 仕方ない…

 

 「あー、千住さん?だっけ?」

 「あ!は、はい!に、二年D組の伊藤千住です!」

 

 あ、苗字は伊藤って言うのね。そんでもってクラスは二年D組なのね。思わぬところで不必要な情報を得る。

 

 「あー、うん。ありがとう。名前は分かったからさ。とりあえず、移動しよっか?」

 「へ?な、なんで?」

 「あー…結構、見られてるから?」

 「…え!あ、あれ?!」

 

 周囲が全く見えて居なかったのだろう。

 自身の言葉を受けてきょろきょろと辺りを見回す彼女は、次第に状況を理解しだす。

 

 「あ、ひ、人…たくさん…あ、な、なんで?」

 「運動部の人が下校する時間だから、かな?」

 

 最終下校時刻。それは生徒達が絶対に帰らなくてはいけない時間の事で、つまりは多くの運動部の人間達が部活動を終え下校し出す時間だ。

 自身と伊藤さんはそんな部活動の練習を終えてぞろぞろと校門から出て行く生徒達の注目を一身に浴びていた。

 それも、あれなにー?告白かな?がんばれー!きゃー可愛い!なんて冷やかし付きで。

 

 「あわわわわ…」

 「伊藤さーん?」

 「あわ、あわわわわ」

 「大丈夫?」

 「あ、あうう……」

 

 辺りを見回してやっとその事を理解したのか、目の前のじょしはあわあわ言い出すと完全に機能を停止してしまった。

 

 「はぁ…」

 

 耳まで真っ赤に染まった伊藤さんの腕を引き、とりあえずその場を立ち去る事にした。

 




お読みいただきありがとうございました。
進行の遅さには自分が一番驚いています。すみません。

一応補足?的なの
佐野 翠(さの みどり)
伊藤 千住 (いとう せんじゅ)

と読みます
 


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