機獣幻想 ギストサーガ (島鳥 烏)
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1話

『プロローグ』

 

「・・・他とは違う奴がいるようだな」

「・・・やっと・・・やっとだ・・・。俺が作られた意義を果たせる奴がいやがった・・・!!」

 進化によって強大な力を得た生物。命と自我を宿した機械。相反する種族は相反するが故に争いを繰り広げる騒乱の世界“ギスト”

 肉と鉄片、血と油が混じる騒乱の戦場で出会った二つの刃。

 強靭でありながら柔軟な毛皮の上に軽装の鎧を纏い、眼光と共に闇夜に輝く二振りの逆手の剣と両方の前腕外側面から生える骨の刃によって二連の刃を両手に構えし狼の獣人、ソードウルフェン。

 四肢に鋭い爪と更に巨大な爪を両肩から伸びるアームの先に備えた殺戮マシーン、マーディルロウ。

 両者は互いの存在を認め合い、そして刃を構える。そこに仲間が駆け付ける。だが、その仲間への行動は相反していた。

「君達は他の所へ加勢しろ。こいつは君達の手に余る」

 被害を最小限に抑える為に仲間を遠ざけるソードウルフェン。

「雑魚共が・・・・!邪魔してんじゃねぇぞ!!!!!!」

 両肩の大型クローで仲間を一瞬で切り刻んだマーディルロウ。

 一方は仲間を守り、一方は仲間を殺す。それでも、戦士としての根底は同じ。互いに邪魔を入れず一対一で戦う事を望み、死が支配する場所で互いに死をも厭わず対峙する。そして互いの刃が激突する正にその時だった。戦場の空気が変わったのは・・・。

 彼方から生物と機械が織り成す断末魔の叫びが響く。だが、それは両陣営の殺し合いによるものではない。両者の許に戦場を蹂躙しながら近づいていたのは生物でも機械でもない。二つのうねりが絡み合う戦場において火柱を上げながら全てを飲み込む第三のうねりだった。

「・・・どうやら向こうを先にやらねばならないようだな」

「邪魔しようってのか。洒落臭ぇ・・・」

 交わる直前で妨げられた刃を共通する脅威へ向ける。だが、それすらも新たなる流れは無情にも飲み込んでいった。新たな歴史を告げる狼煙となって・・・。

 

『第一話 小さな一歩』

 

「って、世界観のゲームでさ。滅びに瀕した世界を取り戻す為に冒険したり復興したりとプレイヤーによって違うプレイを楽しめるってもんなんだよ。まぁ、良くある感じだけどさ」

 都内某所にあるとある公立高校。その珍しくもない教室内でよくある日常の会話が繰り広げられていた。そこで話題に上っていたのは徐々に人気を博しつつあるゲーム“ギストサーガ“だが、そのゲームは今、私達が暮らしている世界では実現できていない代物だった。

「でも、一番の売りは他にあってVR内のアヴァターのデータを読み取って、そこから自分に合った化身を生成するんだよ」

 よっぽどゲームが好きなのか吊り上がり気味の目を輝かせながら語る少年はゲーマーの俊樹(としき)。単にゲームが好きだからというだけではなく、それが他とは違うからこそこれだけの熱意が生まれていた。

「それって自分でキャラメイクできないってこと?」

それに言葉を返すのは少しぽっちゃり気味で穏やかそうな少年。アニメ、漫画全般が好きな宏次朗(こうじろう)

「そうなんだよ。でもさ、どんな姿になるのかが全く分からないし、種族も多くて被る事もあまりなくてさ。だからこそ自分がどんなんなるんだってすっげぇワクワクするんだよ!」

 語る度に語気に熱が籠っていく。それだけでどれだけ俊樹が嵌っているのかが分かる。だが、いくら熱を持とうが、それが伝わるかどうかは別。

「でも、それじゃキャラ作っただけでピークなんじゃないの?それだけじゃね。確かにキャラのデザインはいかにも王道って感じのから変わったのまであるみたいだし、それには多少興味魅かれるけど」

 眼鏡をかけた細身の少女。コスプレイヤーの朱里(あかり)には響いていないのか俊樹が机の上に置いていたタブレットPCに表示されたギストサーガのサンプルCGに対して少し冷めた反応を返す。

「それだけじゃないっての。他のVMRだと痛みが制限されてるだろ。その影響で他の感覚も鈍ってて匂いとか味とかも感じにくいし、感じられるようにかなり強めに構成されてても、そのせいでバランスがうまく取れてなくてこれじゃない感が付きまとうだろ?でも、これは痛みが殆ど制限されてない変わりに他の感覚も普通に感じれるようになってるんだよ。何よりそのおかげで自分達が素材を元に色々作ってみたりとかのサブ要素も本当にやってるって感じられて楽しめるし、中にはオリジナルの料理やアイテムを作る奴もいるぐらいなんだよ。それぐらい他のとは比べ物にならないぐらい自由性も没入感も圧倒してんだって」

 VMR。それは脳のデータをコピーして作り出される自分のアヴァターを送り、まるで現実世界のように作り出された仮想世界へと行けられるこの時代に、新たに開発されたゲーム。VRMMORPG。それを更に略してVMR。

 俊樹はどうしても付きまとう仮想世界の制限のせいでゲーマーとして新しくもいまいち満足できなかったVMRを革新させつつあるゲームに対してのすさまじい熱量を持って語るが、それに長身で穏やかな雰囲気の少年。イラストレーター志望の(みなと)が引っかかる部分を指摘する。

「でも、自由性や没入感ならスローライフ系とかあるし、今更って気もするけど」

「それとこれとは別だって。そう言うのって結局冒険とかバトルとか無いからそれを求めてる層には全く響かないしさ。用意されてるのだってリアルにあるのと変わらないだろ。その点、ギストサーガには現実にはない物まで存在しててさ。それだけでも想像の幅は現実を凌駕してるし、現実にやれない事をやれる事こそがゲーム醍醐味だろ。それにちゃんとゲームの世界を感じられる上に人間の体じゃ不可能なアクションまで実現させてくれるって言うんだから。これはマジで凄いんだって!御託はいいからお前等もやってみろって!この感覚も感動もやらなきゃ伝わらねぇんだから!」

「う~ん、ま、やるだけやってみるのもいいかも」

「キャラデザの参考になるかもな」

「別の姿になるってのは、いちレイヤーとしては興味惹かれるってのもあるしね」

 俊樹の勧誘に宗次郎、湊、朱里の三人がそれぞれプレイする意思を示す中、一人だけそれに乗っていない少年がいた。

「なぁ、悠太(た)もやってみるだろ?」

 俊樹に振られたのは小柄で気の弱そうな少年、悠太。

「僕はちょっと・・・。痛いのとか苦手だし・・・」

「痛みはあるけどそれも直ぐに慣れるぞ。それがあるから敷居が高くなってるのはあるけど、それも超えれば問題ないって」

「けど・・・、やっぱり足引っ張っちゃいそうだから遠慮しておくよ」

「そんなの気にすんなって。そりゃ初心者にキレるような奴もいるけど、俺はそう言うの平気な方だし。て言うか完璧じゃないと認めないってんなら初めから誘ったりしてねぇぞ」

 一人でも多くにこの感動を伝えようとする俊樹の熱意は伝わるのだが、それはそれだと湊が間に入る。

「まぁまぁ、無理にやらせたって楽しめなかったら意味ないだろ?その内、興味が湧くかもしれないし、その時に改めて始めてもらえばいいんじゃないか?」

「う~ん、それもそうだな。よし、それならキャプチャーとかムービーも撮れるから今度それを見せてやるよ。そうすればやってなくても少しは楽しめるしな」

「うん。それなら僕も見てみたいな」

 悠太は俊樹からの誘いを断れてほっとする半面、自分だけ置いていかれるような寂しさも感じていた。それを表面に出さないまま自分以外の友達は始めた後のゲーム内での待ち合わせを決めていく。

       ※       ※       ※       ※

 それから数日たって日曜日。悠太は一人自室の机に突っ伏していた。

 自分のいるグループのメンバーはそれぞれ違った趣味を持っている、所謂一つのヲタク系のグループ。その上、全員が違った方面の趣味で常に行動を共にするわけではないのだが悠太は特に趣味はなく、このグループにいるのは小学生時代からの友達である湊が流れで今のグループに加わるようになった事で悠太も自然と加わるようになっただけ。それでも趣味がないからこそ、それぞれの趣味に合わせて付き合ったりもしており、悠太なりに楽しんではいた。

 けれど、この日は他のメンバーが全員ギストサーガの世界に行っていて自分一人だけ取り残されていた。

(・・・今頃皆ゲームの世界に行ってるんだろうな)

 一人で虚しさを感じてしまう。それでも皆の後を追おうとは思わない。ギストサーガにおいて痛みを感じると言う事が原因ではあるが、加わらなかった理由はそれだけではなかった。

 自分が行っても痛みに怯えて躊躇してしまうのは明白。それで先に進めず、全然ゲームの世界を体験できないまま終わってしまう。そんな風に自分が足を引っ張って皆に迷惑を掛けてしまうのが行かなかった理由だった。

 だが、その間、一人でいる虚しさは悠太を苛み続ける。

(・・・僕もやってみようかな)

 一人でいる時間が重りとなって積み重なり、頭の中の天秤は試してみる方へと傾いていく。やがて悠太は机の隅に置かれていた仮想世界へとダイヴする為のインターフェースに目を向ける。

(・・・一人でやってみて大丈夫そうだったら今度それとなく切り出して皆と一緒にやればいいし、無理そうならそれで諦めればいい。うん、一度だけ行ってみようかな)

 そう考え、悠太はシンプルなデザインのヘッドギアを装着し、電脳空間へ自分の意識を潜らせる。眠るように意識がゆっくりと沈んでいくと居眠りから目覚めた時の様にパッとホームサーバーの画面が視界全体に広がる。

 真っ白な空間状で宙に浮かぶようでありながら目にも見えず、肌にも感じない何かに繋がれているようにその場所に留まったまま宙に浮く体の周りに現れた幾つものアイコンが囲んでいく。

 不思議な感覚の空間の中、突き出した手を左右に振るとその動きに合わせてアイコンがスライドし、その中から目的のアプリを選んで起動する。そうして展開したダウンロードショップのリストを漁ってその中からギストサーガのアクセスキーを見つける。値段は月額500円。定額制にする事で持続的に収益を得られ、ゲームの世界を維持・拡張をし続けられる。参加するプレイヤーを可能な限り平等にする為に課金を求めないようにする仕様になっている、基本無料のゲームが隆盛を誇っていた時期もあるが、VRとAIが普及した事で情勢は一変した。

 シンプルなゲームであれば無料でも暇な時間でプレイする人達で人口を維持し、課金で収益を得られ続けるが、ゲーム性が高いと課金による格差の影響が大きすぎる為、プレイ人口が減って廃れてしまう。更にAIの発達でゲーム制作におけるコストの大幅な削減が実現した事でゲームが気軽に作れるようになり、一部の人間から大金を支払わせなくともゲームの維持も可能となって定額制へと回帰するMMOも多くなっていた。

 そんな本当の意味で手軽になったゲームのアクセスキーを購入すると一度ホームサーバーに戻ってそこからギストサーガの仮想空間へとシフトする。

 電脳空間と言いながら普通にPCで操作しているのと大差はない。SFで描かれている世界にはまだまだ遠いがそれは一人でやっているからに過ぎない。無論、人が集まる場所はこんな簡素な場所でもない。

 シフトを始めると周囲の光景は光の線となって流れ、そして新しい場所へと悠太を運ぶ。

 そうして辿り着いた場所は自然の中に機械が横たわる不可思議なデザインで周囲を埋め尽くされていた。だが、悠太はそれらを軽く見渡す程度で、直ぐに悠太の正面にある植物の蔓に絡みつかれた機械のゲートへと向かう。

 脇にある端末に手を翳すとアクセスキーの確認が行われ、所持したアクセスキーを認証するとゲートに光が満ちる。そして悠太はその光の先にあるギストサーガの世界へのお試としての小さな一歩を踏み出した。

        ※      ※      ※      ※

 光に溢れていたゲートから打って変わった真っ暗な闇の中、視界にはシステムメッセージだけが表示される。そのシステムメッセージからアヴァターのデータの読み取りの確認が表示され、それを認証すると読み取りの開始と待ち時間が表示され、一分程度待機すると化身の生成が終了を告げられる。すると闇の中にどこまでも続く白い床が現れ、悠太もその床の上に降り立つ。

(えっと・・・、もう体は出来てるんだよね)

 脳のコピーとも言えるアヴァターからその人間の願望や人間性、培ってきた経験など、人の精神を築くデータを元に作り出される化身は魂の写し鏡とも言える。

 形成されるこの世界での肉体は人によって様々。基本的には機械と生物の二種類。更に機械では人型をベースに汎用性を持たせたアンドロイドと、より機械的で戦闘に特化したウォーマシン。生物では武器を自在に操る獣人と装備は限られる代わりに高い魔力や身体能力を誇る幻獣。もっと細かく細分化されるが大まかにはこの四種に分かれる。

 悠太も自分の根底を映し出す新しい肉体が作られる。けれど、そんな不思議な体験はあっさりと終わり、実感が湧かない中で自分の腕を上げて、視線をその方へ向けて確認する。そこにはふっくらと柔らかそうな灰褐色の人とは明らかに違う腕があった。

(ちゃんと変わってるんだ。でも、これだけじゃどんな風になってるのか分からないな)

 その思考を読み取ったかのようなタイミングで別の化身のモデリングが目の前に出現する。

 それは柔軟性のある皮膚に丸々とした体、それ以外に特徴がない正真正銘の幼虫だった。敢えてほかに特徴を上げるとすれば幼虫ではあるが、自在に動く二本の腕があって二本の足で立っている事ぐらいだが、それも属しているのが獣人であると示している程度でしかない。

 そんな期待外れの自分の化身のモデリングが全身を見せるようにクルクルと回り続け、その上にポシビリティラルヴァと言う名称が表示されていた

(・・・芋虫、かな?・・・一人で来てよかったかも)

 がっかりしつつも恥をかかなくて済んだと僅かばかりの安堵を感じていると、次にギストサーガ内でのプレイヤーネームの入力が求められる。

(・・・どうしよう。名前だけでもいいようにしてた方が良いかな。でも、格好つけすぎると逆に変になるよね)

 そんな風にプレイヤーネームを考え、何となくアレスと思いついた名前を文字で思い浮かべるとそれを読み取って入力される。

 簡単に思い浮かぶような名前だと他のプレイヤーと重複(ちょうふく)して使用不可になってしまうのはよくあるのだが、ギストサーガにおいて化身はそれぞれ違う事と現実でも同じ名前の人がいるのも珍しくもなく、またそれをしてしまうと変な名前をつけざるをえないプレイヤーが現れてしまう事を考慮され、名前は重複しても使用可能になるよう設計されている。

 プレイヤーネーム確認のメッセージを了承するとチュートリアルとして体を動かすように指示され、歩いたり走ったり跳んだりと当たり前の動きを要求される。悠太の場合は獣人の肉体を与えられているから当たり前だが、中には獣であったり機械であったりと人とは大きく違う体を与えられる場合もあるのでこれもチュートリアルとして必要になってくる。

 それが終わると次にスキルの使用に移る。表示されたスキルは二つ。掌から糸を飛ばすウェブショットと糸で盾を形成するシールドウェブ。

 スキルと共に表示されている手順に従って片手を突き出しながら頭の中で糸を打ち出すイメージをするが何も起きない。何度も試してみるがうまくいかない。やはり人の体では不可能な事をしようとするのは難しいのだろう。

 その内にシステムメッセージが追加されて技名を口に出しながら行うとイメージを固めやすくなって発動率が上がる場合があるとの助言が追加される。

(技名を言いながらか・・・。ちょっと恥ずかしいけど試してみよう)

「・・・ウェブショット」

 だが、それでも発動しない。恥ずかしさが残っているせいだろうか。

 それでも何度か試すうちに恥ずかしさも消えていき、やっとスキルが発動する。

「ウェブショット!」

 翳した掌から糸の塊が打ち出される。

「やっと出た・・・!」

 悠太、改めアレスは既に疲労を感じつつもやっとスキルを発動したと言う達成感も感じていた。まだチュートリアルの段階ではあるが。

 次にシールドウェブの練習も数回失敗しながらも発動を成功させ、ここでのチュートリアルはこれで完了。そして、ようこそ獣と機械の生きる世界、ギストへ。とメッセージが流れ視界が光に包まれていく。

       ※      ※      ※      ※

 光が消えるとそこは石造り壁とその上から覗く木々に囲まれ、その中心に座す祭壇の上に立っていた。

 そんないかにもファンタジーチックな世界に降り立ったアレスの目の前にローブを纏い、杖を突いて立つ、右目と右足を機械化している老いたヤギの獣人が正面に立っていた。

「この地に辿り着いた者よ。この町はそなたを歓迎しよう」

 しわがれた声で新たにこの世界やってきたプレイヤーを迎え、事前に軽く聞いていたこの世界の置かれている状況の説明を始める。

「・・・これからどうしようとお主の自由じゃ。じゃが出来る事ならこの世界を取り戻す為に力を貸してくれぬか?」

 よくある救いを求める願い事。それに対してアレスが思うのは。

(・・・でも、僕は芋虫なんだけど。こんな僕に頼んで大丈夫なのかな)

 なんてゲームの世界であるが故の他人事のような感想だった。

「まずはここでの生活を知ってもらわねばならんのう」

 そう言って杖で地面を二度突くと機械の妖精が空からアレスの前に舞い降りる。

「は~い。私はナビィ。よろしくね、新入りさん。それじゃ町の案内してあげるからちゃんとついてきてね」

 見た目は特徴的ながら名前と役目はありふれたナビゲーターに急かされながらアレスは町の施設を見て回り、そこでプレイヤーが出来る事を一つ一つ確認していく。そして各施設の説明が終わると最後に正門へと案内される。

「さぁ、新入りさん。冒険はここからスタートよ。頑張ってね。それじゃ私は他の仕事があるからまたね」

 これまでの案内は機械に見合わない軽い態度だが、用が済むとそのままにそれだけ言い残してあっという間に飛び去る辺りは機械的なのかもしれない。そんな機械的なのかそうではないのかよく分からない忙(せわ)しなさにアレスは呆気にとられてしまう。

(・・・え?あの、実戦の練習とかはないの?)

 ここからがゲームの始まりだとワクワクしながら一歩目を踏み出す場面だろうが、痛みを伴う世界において今から最大のハードルを越えなければならない所で放り出されるのは不安が生じもする。特に臆病な性格のアレスなら猶更。アレスがその一歩目を躊躇してしまうのも仕方ない。

(・・・どうしよう。一度戻ってみる?でも、あんな風に送り出されるとそれもちょっと・・・)

 戸惑っているアレスだったが、そこに話しかけてくるプレイヤー達がいた。

「あれ?もしかして初心者?」

 そう声を掛けてきたのは緑色の皮膚に少々小柄な亜人。鉄の鎧と機械剣、ロングコートとライフル、二足歩行の搭乗兵器。それぞれに異なった装備に身を包んだ三人のゴブリン達だった。

 まだプレイヤーとNPCの区別がつかないアレスはプレイヤーかプレイヤーでいいんだよねと伺いながら答える。

「あ、はい、そうですけど」

「やっぱりそうか。モンスターみたいなのがいるような場所にいきなり行けって言われてもビビるよな。何だったら俺達と一緒に行くか?パーティーは五人まで組めるから、まだ枠も空いてるし」

 魔物はお前達じゃないのかと言いたくなるような代表的モンスターのゴブリンの姿を与えられた一行。その中でリーダーらしき鋼鉄の鎧と刃にソウチェーンを備えた剣、チェーンソードを持ったゴブリンウォリアーのプレイヤーから勧誘される。

「いいんですか?」

「ああ、困った時はお互いさまって奴だよ」

「それならお願いします」

「こちらこそ」

 その後、パーティーの加入申請を送り、アレスはパーティーの一員に加わる事となった。そしてこれがアレスに、そして悠太にとっても大きな影響を与える経験となっていく。

       ※      ※      ※     ※

「お、あそこに丁度いい奴がいるぞ」

 ゴブリンのパーティーに連れられて町の外に広がる草原で早々にスライムを発見する。

 この世界において敵となるのは知能の代わりに高い身体能力を持って進化した魔獣や自立行動のせいで今も尚、大戦を続けている意思を持たぬ兵器達。

 その中でもスライムは最弱の魔物。だが、不定形であるが故にあらゆる場所に出現する為、突然襲われる場合もあって意外と油断ならない敵でもある。平原においてはその心配は全くと言っていい程に必要ないが。

「丁度いい相手だ。倒してみなよ」

「た、倒すってどうやって・・・」

「中に核があるからそれを潰せばいいだけだぞ。直接触れると消化液のダメージ食らうから・・・。そういや武器とか、装備はどうしたんだ?案内の時に買えただろ?」

「それがアクセサリー以外装備不可ってなってたんです・・・」

 チュートリアルには装備の購入も含まれていたが、何故かアレスが装備可能な物は共通で装備できるアクセサリーのみ。一応安価なブレスレットは装備しているが、それだけだった。

「あらら。でも、もしかしたら専用の強力な装備とかあるのかもしれないし、あまりに気にすんなよ。武器がなくてもスキルもあるしな」

「そうですね。やってみます」

 アレスは軽く息を飲み込むとスライムに向けて片手を突き出す。

「ウ、ウェブショット!」

 だが、緊張からうまくイメージが出来ていなかったのかスキルは発動しない。

「最初は皆そんなもんだ」

「・・・ウェブショット!」

 励まされながら再度チャレンジすると、今度は成功して糸の塊が打ち出される。そしてそのままスライムに直撃。やった!と喜びたい所だが、スライムはその糸を内部に取り込み、あっという間に溶かしてしまう。

「あらら、スキルまで相性悪いとか」

 残念な結果に肩を落とすアレスのその傍らで苦笑を漏らすゴブリンウォリアーだが、そこには苦笑とは違う笑いが込められている事にアレスは気付かない。

「ま、そう言う事もあるわな」

 そう言いながらゴブリンウォリアーは徐にスライムに近づくとチェーンソードで容易く核を潰して倒して見せる。

「普通はこんな感じに楽勝で倒せるんだよ。それにスキルもまだまだ使いこなせてないみたいだしな。でも、スライムも倒せないんじゃ実戦練習ってのも・・・。そうだ。それなら俺等が直接練習台になってやるよ」

「直接、ですか?」

「ああ、それなら練習になるしな。その為にはまずFFの設定を入れてもらわないとな」

「FF?」

「フレンドリーファイア。仲間の攻撃でダメージを受ける事をそう言うんだよ。メンバーの中に一人でもいると仲間同士の攻撃が通らなくなるからさ。それだと練習にならないだろ?初期設定だとオフになってるからオンにしてくれるか?」

「あ、はい」

 そう言われてアレスはメニューを表示させ、システム設定に飛んでFFの設定をオンに変更する。

「えっと、これでいい筈です」

 そう伝えて瞬間、アレスの腕に衝撃が走る。

「えっ・・・?」

そして僅かに衝撃から僅かに遅れて熱にも感じる激痛が腕から駆け上がってくる。

「あ・・・?!アァァァ・・・・!!」

 腕の痛みの発生源へと反射的にもう片方の手で押さえ、顔を苦悶に歪ませるアレスに嘲笑が響く。

「ハッハハハハハ!!あー、やっとだな。でも、相変わらず芝居うまいな。俺等なんて笑いを堪えるので必死だったてのによ。ハッハッハッ!」

 獲物が掛かったと思わず噴き出したのはアレスの腕を射抜いたゴブリンガンナー。

「な、何で・・・」

「何でって面白いからに決まってるだろ。ここはゲームの世界。楽しむ為に何でもするのが当たり前だろ」

 激痛で思考が鈍るのも合わさり、現状の理解が追いつかないアレスにゴブリンウォリアーより一回り以上ある人型兵器、ライドパンツァーの上部にある剥き出しのコクピットに乗った小柄なゴブリントルーパーがお次はこいつだとライドパンツァーの片腕から火炎放射を放つ。

「ァァァァァァァァァァ!!!」

 炎に飲まれて転げまわるアレスにゴブリントルーパーはゴブリンガンナーと共笑い転げそうに腹を抱えながら笑う。

「おい。あまりやりすぎんなよ」

 そんな二人にゴブリンウォリアーが止めに入る。だが、それは決してアレスの救いになりはしない。

「分かってるって。脳に障害が起きかねない程の痛みになると制限が入ってそれ以上の痛みは受けないようになる。だから、それを越えないぐらいのダメージに抑えながら痛めつける。じゃないとたいして痛みを与えられないまま死なれて勿体ないってんだろ。分かってるっての」

 ゴブリントルーパーとゴブリンガンナーが当たり前の様に言い放った返答はアレスの地獄がまだ終わらないと言う絶望を意味していた。

「だったら炎は止めとけ」

「分かってるけど、焼いた方が反応いいからついな」

「ったく、お前等だけで終わる所だっただろ。こいつ防具もないんだぞ。嵌めた俺だけが楽しめ無くなるとか有り得ねぇっての」

「まだ生きてるんだからいいだろ」

「仕方ねぇな。もう見てるだけにしろよ。後は俺がやるからな」

「ああ、好きにしろよ」

 物騒な事をまるでありふれた遊びの様に語る三人の異常さと消えない痛みに逃げようにもそれすら出来ないアレスをこれからどうやって痛めつけるか。その恐怖を痛みより先に植え付けるかのようにチェーンソードを唸らせながらゆっくりと近づいてくる。

・・・その時だった。

「おお、なんか面白そうな事やってんじゃねぇか」

 割って入るように現れたのは人型の機械。アンドロイドに分類される化身を与えられたプレイヤー。だが、人型と呼ぶにはあまりにも異質な特徴があった。

 左足は右足よりも二倍ほど太く、立って歩くだけでも難儀してしまうだろう事は見て分る程。だが、それですらもう一つの特徴に比べれば些細に思えてしまう。

そのもう一つの特徴。それは遥かに巨大な右腕。胴体に匹敵するまでに太いその右腕は立っているだけでも指が地面につきそうで、更に前腕から続く肘より先の部位は頭を越えるまで装甲が延びており、腕を伸ばした時に普通のサイズと変わらない上腕をはめ込む為の溝が必要となってしまう程に右前腕部だけが異常なほど巨大化してしまっていた。

 そんな人型でありながら人とは大きく外れた異質な姿をしたプレイヤーがそこにいた。

「何だ?邪魔する気か?それともあんたも加わりたいのか?まぁ、加わりたいんだとしても生憎あんたに回す余裕はないんでね」

 突然の乱入者にゴブリンウォリアーは吐き捨てるように追い払おうとする。

だが、その乱入者はそれを一切気にも留めなかった。

「そうか?俺にはそうは見えねぇけどな。だってよ、威勢がよさそうなのが三匹いるじゃねぇか」

「・・・あんた。俺等とやる気か?」

「弱ってるのより活きが良いのを相手にした方が何百倍も楽しいからな」

「活きが良い?そう言うあんたみたいなのは粋がってるって言うんじゃねぇのか?三対一で勝つ気とか馬鹿かよ」

 一触即発の機運が高まる中、微かに怯えの混じった声でゴブリントルーパーが止めに入る。

「お、おい、あいつバーサーカーじゃないのか?」

「バーサーカーってマジかよ。だったら分が悪いのはこっちじゃねぇの?」

 バーサーカー。それはアンドロイドでありながらウォーマシンをも凌駕する戦闘特化の能力を持つ化身。歪な姿にこそその力が秘められていた。そんな相手にゴブリンガンナーまでも気が引けてしまった。

「・・・ちっ。とんだ邪魔者が来たもんだな。おい、行くぞ」

 そう言い残し、ゴブリンウォリアーは目の前に展開したメニュー画面の中からパーティーの項目を開き、リーダー権限でアレスをメンバーから外しながら仲間を引き連れて立ち去っていく。

「やれやれ、ついてなかったな」

 そう言いながら乱入者はアレスの方に近づこうとする。だが、酷い目に遭ったせいでアレスは完全に怯え、その声にビクリと体を震わせてしまう。この状況では近づくのも更に怯えさせるだけだとバーサーカーと呼ばれたプレイヤーは足を止める。

 やれやれと巨大な右腕の人差し指で器用に頭を掻きながら話しかける。

「俺はあいつ等とは違って一方的に甚振(いたぶ)るなんて趣味はねぇよ。何だったらログアウトすりゃいい。でも、その前に話させてくれねぇか?これ以上近づかねぇからよ」

 まだ信用には至らないが、怯えは消えないながらもログアウトしないアレスの様子に乱入者は話を続けようとする。

「っと、その前に」

 だが、それよりもまずはと周囲を見回すと徐に近くの大岩まで行くとその陰に生えていた大きな葉の草を摘み取る。するとその草は僅かな光と共に消失する。だが、消滅した訳ではない。収集したアイテムとしてストレージ内に収められていた。

 メニューからストレージを開いて手に入れたアイテムを選択して取り出す。その間、コンマ1秒程度という目にも留まらぬ早業。完全に最適化された速度はそれだけでもこのプレイヤーが只者ではないと示している。

 そして再び姿を見せたアイテムはカード化され、その上部にはイラスト、下部にはアイテムの効果とそれに影響を与える品質、それから一つ一つに違う効果を不随させる特性が記されていた。

 アイテムの調合や合成や装備や武装の製造のを行えるスキルを持つプレイヤー達もいて、品質や特性はそれに大きな影響を与える。それを直ぐに確認できるようになっているだけではなく、数が多い時やサイズの大きな物品の人への受け渡しをスムーズに行う時などにも便利に管理できるようにカード化されるようになっている。

 それを人間と変わらないサイズの左腕の人差し指と中指で挟むとアレスの足元に投げる。

「その薬草使いな。少しは痛みも和らぐだろ。ま、気休め程度かもしれないけどな。俺の手持ちの回復アイテムを分けてやれりゃいいんだが、生憎と機械用のだけだからな。それで我慢してくれ」

 痛む体を抱えながらアレスは恐る恐るカードを拾うとストレージへ収納される。メニューを選択してアイテムストレージから手に入れた薬草を選んで表示された選択肢の中から薬草を選び効果に目を通すと間違いなく回復の効果が記されていた。そのまま使用を選ぶとカードではなく薬草の状態になって実体化する。

「えっと・・・」

「体に押し付けりゃいい。磨り潰すとかで加工すれば効果も上がるけど、ここじゃそれも無理だしな」

 説明された通りに薬草を体に当てると少しずつ傷が癒され、それに伴って痛みも緩和される。この世界において回復アイテムは使用した瞬間に回復するのではなく、使用する事で継続回復の効果が発揮される。それも痛みを感じる事と同じように現実に近付ける為の仕様になっていた。

「これで少しは落ち着いたか?」

「・・・は、はい」

「何だ?まだ信用してくれないか?ま、さっきあんな目に遭わされたんじゃそれも当然と言えば当然か」

 そう言いながら浮かべた粗野な笑みは冷たい鋼鉄の体ながらも異様な姿には違和感はない。寧ろ似合ってさえいた。

 このプレイヤーがゴブリンの集団を追い払ってくれて回復アイテムまで渡してくれた。それでもアレスはまだ信用しきれなかった。それは酷い目に遭ってしまった事もあるが、ゴブリンの集団が残したバーサーカーと言う単語が危険極まりない匂いを漂わせていたからだった。

 そして信用してもいいのかどうか未だに判断のつかないアレスはその事を訊ねる。

「あ、あの、バーサーカーって・・・」

「ん?ああ、あれを気にしてたのか。確かにバーサーカーなんてのはヤバい奴の代名詞みたいなもんだしな」

 苦笑しながらこの世界のプレイヤーの分類についての説明を始める。

「ここのプレイヤーは基本的に四つに分けられる。人の様に両手を使い二本足で立てるのが獣人。まぁ、たまには複数の足を持ってる奴もいるが。で、動物に近い姿をして、その動物に関連した特性を獣人以上に発揮するのが幻獣。この二つが獣側だな。次に機械側で人に近い姿をして汎用性の高い能力を持っているのがアンドロイド。で、戦闘を行うように特化した姿、足が車両や多脚になっていたり、可変機能を持ってる奴ってのもいるのがウォーマシン。なんだが、更にそれらを細分化して分けられてもいてな。でバーサーカーってのはアンドロイドの一つなんだよ。基本的に機械側は合理的な姿をしているんだが、稀に俺みたいな歪な姿をしたプレイヤーがいる。それがバーサーカー。戦闘方法がかなり偏ってる代わりにその能力が最大限活かされる状況下においてはウォーマシンをも凌駕するってのが特徴って所か。でだ、機械側になる奴は物事も合理的に考える奴がなるようになってて、バーサーカーも基本は同じなんだが、人より熱くなりやすくて一度スイッチが入ると合理的な思考なんてついほっぽり出しちまうような奴がなるんだよ。言い換えれば楽しむ為に熱くなれるかどうかを重視するって事でもある。つまり相手にしても熱くなれやしない初心者なんて相手にする気は毛頭ない。だから安心しろ。って言っても言葉だけじゃそうもいかないだろうがな」

 自身でそう言う通り言葉だけで信用するのは難しい。けれど、真摯に向き合ってくれているのは伝わり、アレスは信用してもいいのかもしれないと思い始めていた。

「ホントについてなかったな。初心者狩りなんてのは何処にでもいるけどここじゃ珍しいからな」

「そうなんですか?」

「まぁな。ここじゃ対人戦はどちらかがメニューを通して相手に申請するか攻撃の意思を見せた後、受けた相手が了承する事でしか行われない。それも痛みを伴う世界だからそれを悪用しようとする連中からプレイヤーを守る為。初心者狩りをやる方法としてはうまく乗せてパーティーに加えてFFを利用するって所か。だろ?」

 この世界においては初心者狩りをする方法はその一つだけ。全てを見ていた訳ではないがやっていた事は察しが付く。それをアレスは頷いて肯定する。

「・・・はい」

「だろうな。お、そうだ。FFの設定戻しとけよ。また似たような目に遭わないようにな」

 そう言われてはっと気付きアレスは慌てて設定を元に戻す。

「根だけ面倒な手間かけてまで初心者狩りしようとする奴はそうそういやしない。つーかそれ以前に初心者狩りみたいなゲスな真似する奴も少ないんだけどな。そう言う奴等はいかにもな姿をする事になってて、それが気に食わねぇって直ぐに止めちまうからな。あ、でも中にはそれを切っ掛けに自分を見つめ直して更生するのもいるから見た目だけで判断するなよ。その点、こっちもリアルも変わらねぇな。・・・ああ、でも中には獣でも機械でもない精霊なんてのもいる。そいつにだけは絶対に関わるなよ。俺も一度遭遇しただけでレア中のレアだからそうそう遭う事もねぇだろうが一応な。さてと、講釈はこの程度にしとくとして」

 そう言ってそのプレイヤーは改めてアレスに向き合う。

「なんか事情があるみてぇだな」

「え?」

 突然そう言われてもアレスには何の事か分からない。

「話してれば大体の性格は分かる。臆病な性格をしてる奴があんな目に遭ったらさっさとここから帰るだろ。でも、お前はそうじゃない。って事は帰れないか帰りたくない事情ってのがあるんじゃないのか?」

「それは・・・でも、どうして?」

「初対面の相手の相談に付き合うんだってか?」

「・・・はい」

「単純だよ。この世界は楽しめる事がわんさかある。製作者が用意したのだけじゃなく想定外の楽しみをプレイヤーの想像力や好奇心で開拓したりして、それこそ数えきれねぇぐらいの楽しみ方がこの世界にはあるんだよ。それなのにそれを体験する機会もないまま止めちまうのは勿体ねぇからな。ゲーマーとしての性分に気まぐれなお節介が加わった。言っちまえばただそれだけだ」

 我ながら似合わない事をしていると思っているのかそう言いながら自嘲的な笑みを浮かべる。

 それに対してアレスも自分がギストサーガを始めた理由を話し始める。

「・・・成程な」

「でも、やっぱり諦めた方が良いみたいですけど・・・」

「さっきの奴等にやられたせいだってんなら気にするなよ。あんなのはまずいないんだしな」

「いえ、そうではなくて、戦ったりすること自体向いてないみたいですし。・・・見た目だってこんなのだし・・・」

「ああ、それなら・・・。まぁ、それも気にしなくていいと思うぞ。この世界で与えられる化身ってのは最初は気に入らなくてもやってれば気に入るようになってくもんだ。自分で自分自身を心底嫌える奴なんてそうそういやしないんだしな。俺だってこの体のせいで最初は散々だったんだぞ」

「そうなんですか?」

「ああ、こいつの武装なんて癖がありすぎて使いずらいったらありゃしねぇ。ま、試しに見せてやるよ」

 そう言いながら右腕を正面に構えるとその掌の装甲が上下に開き、中から姿を見せた円形の発射口から激しい音と共に衝撃波を放つショックウェイブを起動させる。

「・・・えっと、凄く強そうなんですけど」

 目には見えなくとも衝撃波は風を巻き込み、その威力は傍にいるだけでも感じられる。

「近くにいればな。だが、これは距離が離れるほど威力が分散するせいで遠距離戦じゃ使い物にならないし、近中距離でも反動が激しいせいで隙が生まれてそこを狙われるとどうしようもなくなるしな」

 言葉の通り、衝撃波を撃った直後はその巨大な右腕が大きく跳ねあがっていた。能力に見合ってないように思える反動によって致命的にもなりかねない隙が生まれてしまっては使い所が限られてしまうだろう。

「それともう一つがこれだ」

 ショックウェイブに続いて起動させたレッグマニューバーによって一歩前に進ませた左足の右側面の装甲が展開し、その内部からバーニアが出現する。そしてそのバーニアが点火すると瞬時に左へとスライドする。

 左足内部の前後左右に装着されているバーニアによって瞬間的に加速し、縦横無尽に軌道を描き、緊急回避や近接戦闘などあらゆる場面で活用できる有用性の高い武装。だが、これにも欠点はある。

「これは緊急回避や攻撃に繋げられるんで俺が一番多用している武装だな。けど、左足が流されないようにする為に発動中はロックされて動かせなくなっててな。最初の時はその感覚になかなか慣れなかったし、それだけじゃなく急激な加速を制御しきなくて壁とかの障害物に激突したりバランス崩してそのまま派手に転がったりもしたからな。ありゃ思い返しても酷かった」

 使いこなすまでかなりの労力を掛けたのだろうが、それも今となってはいい思い出だと笑い交じりで語る姿はそう告げていた。

 そして過去を思い返していたそのプレイヤーはある決断をする。

「よし!だったらお前が友達と合流できるように力を貸してやるよ」

「え、でも・・・」

「俺の事は良いんだよ。俺がやってやるって決めたんだからな。おっと、それから俺はジードってんだ。よろしくな」

 こうして数奇な出会いを果たし、アレスは力の全てを右腕に集約させるヴァリトゥラムの化身を与えられたプレイヤー、ジードと行動を共にする事になるのだった。

       ※       ※       ※       ※

「それじゃ、まずはあいつを倒してみろ」

「えっと・・・あれ、ですか?」

 ジードの指示の許、アレスはまたしてもスライムと戦う事を求められる。だが、ジードはアレスが既に一度戦わされている事を知らない。

「何か問題でもあるのか?」

「さっきの人達といる時に一度戦ったので・・・」

「ああ、そうか。でも、俺は見てないからな。ま、同じ魔物と戦うのはよくあるし、それと同じだとでも考えてもう一度戦ってくれや」

「は、はい」

 頷いてからアレスはもう一度、スライムに向けて手を翳す。

「・・・ウェブショット」

 だが、スキルは発動しない。

「・・・ウェブショット!」

 二度目も不発。その後も何度やっても発動する気配がない。

「す、すいません。さっきは出来たんですけど・・・」

 初心者狩りにあった辛い記憶は刻み込まれ、簡単には消えはしない。スライムと対する時、スキルを発動しようとする時、初心者狩りの記憶に関連する事を前にすると簡単に蘇ってくる。それがスキルの発動を妨げていた。そしてそれをジードは見抜いていた。

「・・・仕方ねぇわな」

 そう言いながらジードは恐怖を消す為の算段を纏める。

(恐怖を消すならそれ以上の恐怖とそれを吹き飛ばす経験を与えるのが確実か。・・・そうだな。確かここから一番近いのはあそこか)

「よし。今から面白れぇとこに連れっててやる」

「面白い所・・・?」

 どんな算段をつけたのか。それはジードにしか分からない。だが、アレスは友達と一緒にこの世界を楽しむ。その為にジードを信じてついていくしかなかった。

       ※       ※       ※       声

 フィールドを移動しながら次々と現れる魔物をまるで霞を振り払うように軽々と薙倒しながらジードは目的の場所まで突き進んだ。そうして辿り着いたのはまるで自分が小人になったかのように思えてしまう程に巨大な草花や樹木が生い茂る巨獣の谷。中でも印象的なのは自分が小人どころか砂粒程度に思えてしまいそうなまでに勇壮な大瀑布。

「うわぁ・・・」

 森を抜けた先に現れたその姿にアレスは思わず感嘆の息を漏らす。

「どうだ。すげぇだろ。リアルじゃここまでのは拝めねぇぞ」

 ジードがアレスの反応に満足そうにする。だが、単にここに連れてきただけではない。

「でも、ホントに面白れぇのはここを登った先だな」

 先導するジードに連れられ、滝つぼの近くにあるポータルを使って滝の上まで転送される。

「うわぁ・・・。ここも凄いですね」

 見上げても天辺すら見えない高さから無尽蔵の水が目の前で落ち続ける光景もさる事ながら、その上から見える大河の先にある切れ目から空が広がり、立ち上る蒸気と雲が重なり合い、そして天を衝くほどまでに成長した大樹が両岸から伸ばした枝のアーチによって写真のフレームの様に切り取られた絶景には言葉の装飾など無用。ただ素晴らしいの一言に尽きる。

「そうだろうな。だが、見せたかったのはこれじゃないんだよ。ほら、あっちを見てみろ」

 絶景を前に息をのんでいたアレスはジードの指し示した先に目を向けると、そこには滝の切れ目よりももっと手前の岸辺に集まる十数名のプレイヤー達がいた。

「あの人達、ですか?」

 アレスが首を傾げるのも当然で、湖並みに広大とは言え大河の岸辺に集まっているだけ。滝を中心とした絶景に比べれば特筆する点はない。

「まぁ、見てたら分かるさ」

 ジードの言う通り、程なくしてプレイヤーが余裕を持って乗れるぐらいに太い丸太が上流から流れ、そしてプレイヤーの数人がその上に飛び乗る。

 定期的に流れてくる丸太を飛び移って対岸に移動するギミック。失敗して川に落ちてしまえばそのまま滝から落とされる。のだが、プレイヤー達は続いて流れてくる丸太に飛び移ろうとしない。それどころか真っ直ぐに滝の方を見ていた。

 そして滝が目前に迫り、もう落ちると言うタイミングに合わせて丸太の端からダッシュして滝へ向けて飛び込んだ。

 どこをどう見てもただの自殺行為。何故そんな事をしているのかアレスには理解が追いつかない。

「あ、あれって何してるんですか!?」

「見ての通りだよ。ま、一種の度胸試しだな」

「度胸試し?大丈夫なんですか?あんな事して」

「99%死ぬな。だが、うまくやれば生還できるぞ」

「何でそんな事をするんですか?」

 馬鹿馬鹿しいとしか言いようのない行動。だが、それに対するジードの答えは単純明快。

「面白れぇからだよ」

「面白い?」

「理解できねぇか?ま、あんなの恐怖を感じるだけで他には何もないからな。確かに馬鹿馬鹿しいし下らねぇよ。でもな、楽しいんだよ。恐怖を感じたり、その恐怖を乗り越えた時の達成感に浸ったりして、そんな何にもならない様な馬鹿やんのがな。リアルじゃあんなことやりゃおっちんでそこで終わり。だが、ここはゲームの世界だ。例え死んでも生き返れるからな。あんな馬鹿な事にも挑めるんだよ」

「怖くないんですか?」

「ハハッ、そうじゃねぇと度胸試しになんねぇだろ。そりゃ怖いだろうさ。でもさ、それを超えるだけの楽しさがあるからやってるんだよ。・・・お前もさ、大変な目に遭ったけどあれ見てたら大した事はないって思えないか?」

「・・・それは・・・でも・・・」

 ジードの言いたい事も分かる。滝へ飛び込んでいるプレイヤー達は自分が感じた恐怖以上の恐怖さえもスリルに変えているのも。

それでもアレスは恐怖を消せない。そんな強さは自分には見つけられない。

「・・・そうか。だったら最後の手段だ」

 そう言いながら右腕を前方に構えるとワイヤーが繋がったまま手が射出されるアンカーフィストによって滝に掛かる枝のアーチを掴む。

「何をするんですか?」

「まぁ、所謂荒療治ってやつだな」

 そしてジードは左腕で問答無用とばかりにアレスの体を抱き上げる。

「・・・荒療治って・・・まさか・・・」

「じっとしてろよ。死にたくないならな」

 アレスの問いに答えず、ジードはワイヤーを巻き取りながら滝へ向けて駆けだす。

 そして岸辺でジャンプすると巻き取られていくワイヤーによって高度を維持し、波紋を引き連れながら水面の真上を滑るように突っ切っていく。

 やがて枝の真下に来るとワイヤーの巻取りを停止させ、その勢いのまま大きくスイング。そこへ更にレッグマニューバーを起動。左足の装甲が展開し後部バーニアを点火させ、更に勢いを増して空へと真っ直ぐに上昇する。

 そして枝を掴んでいた手を放し、巻取ったワイヤーによって右腕を戻しながら再度起動したレッグマニューバーで姿勢制御し、真下に向けて垂直に落下していく。

「うわあああああああああああああ!!!!!!!!」

 アレスは喉が避けそうな程の絶叫を上げるも、それは落ち続ける滝の轟音に飲まれて消えてしまう。そうして真っ逆さまに落ち続ける中で息と共に叫びが途絶え、息を吸い込んだタイミングでジードが忠告する。

「そのまま息止めとけよ。じゃねぇと溺死するぞ」

 訳が分からない状態で言われるがままアレスは息を必死で止める。

 その間にジードは迫ってくる水面へ右腕を突き出す。そしてショックウェイブにて放った衝撃波の反動によって僅かに落下の勢いが落ちる。だが、その程度では勢いを殺しきれはしない。

 けれど、それで構わない。本当の狙いは別にあった。

 衝撃波を受けた水面は大きく弾け、元に戻ろうと押し寄せる水に飲み込まれるままに水中に引きずり込まれる。こうする事によって水面に叩きつけられる際の衝撃によって発生するダメージを最大限軽減させられる。

 しかし、まだ終わった訳ではない。機械のジードは自分の重量と滝つぼへ落ち続ける水の圧力も加わって抱えたアレス共々瞬く間に湖にも匹敵するまでに深い水底へと沈んでいく。

 その間にジードはショックウェイブの反動に左足後部のバーニアでの調整を加えて反転。水底に着地するタイミングで左足底部の装甲が展開し、更にそこからブースターが出現する。

 四方のバーニアよりも高い出力を持つ代わりにENの消費も激しくなるブースターを起動させるソニックインジェクションを発動させ、一気に上昇し落下時よりも大きな水柱を上げながら水面を突き抜ける。

 そしてまるでスコールの様に降り注ぐ大量の水と共に岸辺に着地する。アレスもその場に降ろされるが完全に力が抜けてそのまま崩れるように地面に膝をついてしまう。

「な、何で・・・急に・・・」

「言っただろ。荒療治だって」

「で、でも、いきなり無茶苦茶すぎます・・・。99%死ぬって言ってたのに・・・」

「ハッ、俺がそんなへまするかっての。それは一般的なプレイヤーだったらの話だ」

 無茶以外に言いようのない行動をしたにも拘わらずジードは悪びれる様子もなく、アレスの前にしゃがんで顔を覗き込む。

「それに面白かっただろ?」

 そんな風に言われても楽しいとは正直思えない。ただ、閉塞された水中から水面を突き抜けて飛びあがった瞬間の光を浴びて輝く水しぶきと一体となっていく爽快感はアレスも確かに感じていた。

「・・・・・少しだけですけど」

「少しでも楽しめたんならそれで十分だ」

 恨み節混じりのアレスの返答にジードは荒々しい笑顔で応えた。

       ※       ※       ※       ※

 その後、荒療治を受けたアレスは三度目となるスライムに対峙していた。

「・・・・・・」

 息を整えながらアレスはこの半日にも満たない数時間の間に起きた出来事を思い返していた。それは自分の人生において最も刺激的で強く記憶に残る物だった。

 辛い事もあった。けれど、それを超える体験とそれをくれた出会いがあった。きっともっと沢山の事と、この世界なら出会えるかもしれない。そう思えば恐怖なんてどうって事はない。

「ウェブショット!」

 そしてスキルは発動した。

「どうやら大丈夫みたいだな」

「敵は倒せていませんけどね」

 相性が悪いのは変わらず。撃ち出した糸はスライムの粘液の中に取り込まれて消化されてしまう。

「ま、戦えるようになってたら取りあえずは十分だ」

 そう言いながらジードは近づいてきたスライムを叩き潰す。

「これでもう友達の所には行けるか」

「・・・それは・・・その・・・」

 この世界を楽しめるようにはなった。だが、アレスにはここに来た目的を達成するのには躊躇が残る。

「その化身か」

「なんだかこの姿で会いに行くのはちょっと自信がなくて・・・」

「そうか。だったらもう少し付き合ってやるよ」

「いいんですか?」

「ああ、今日あったのも何かの縁って奴だろうしな。・・・それに俺にとっても丁度いいんだよ。最後にするにはな」

 そう言うジードは今までの粗野で快活な姿とは違って何処か寂しさ滲ませていた。

「最後って・・・」

「ヘッ、気にすんな。こっちの話だ」

 けれどそれもアレスの問いに答える時には既に元に戻っていた。そのせいでアレスはそれ以上聞けはしなかった。



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