メリークリスマス、カンパニェーロ (木下望太郎)
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第1話
――十三歳のそのクリスマス、少年はサンタに願った。
サンタさん、お願いだから。おれに殺されてくれ、と。――
ぶちまけた砂のように空の一面で星の瞬く夜。軒下の暗闇で少年は白い息を吐き、冷え切った足の指をブーツの中でうごめかした。父が遺したブーツはまだ大きすぎたが、隙間に布を詰め込んでサイズを合わせている。いざというとき、しっかりと駆けられるように。寒さに足踏みした踵の下で、板張りのテラスが音を立てる。その失態に身をすくませ、体中全ての動きを止めた。そのままの姿勢で数秒いたが、家の中から物音はない。家族はよく眠っているようだった。
町並に目をやる。月明かりに白く浮かび上がる通りに人の姿はない、土埃を立てる馬も馬車も。通りの両脇には少年の家と同じく、二階のベランダを兼ねた軒とその下に板張りのテラスを備えた、木造の家が建ち並ぶ。そのどれにも明かりはない――ただ一軒、野太い笑い声と
そちらに目を走らせ、少年はひどく顔を歪める。路地へと唾を吐き、右手を腰にやった。革のホルスターに包まれた、腿の外側に下がるものに触れる。それは刺すように、全てを拒むように冷たく、だからこそ頼もしく思えた。
風が吹き、丸く絡まった
鈴の音。しゃんしゃんしゃんと揺れ響く、澄んだ音色。
古の聖人、全ての良い子の願いを聞く者。毎年来てはイヴの夜、全ての――ぐっすり眠った――子供の家を巡り、枕元にプレゼントを置く者。サンタクロース。
歯を
やがて、砂煙の向こうで鈴の音が大きくなる。それと共に妙な音が聞こえ出した。ひどく聞きなれた、しかしそぐわない音。馬の、
さらに鈴の音は大きくなり、砂煙は止み。月明かりの下、少年の前にそれは姿を現す。
馬。橇などはどこにもない。今しがた荒野で捕まえてきたかのような、砂埃にまみれた
筋肉。ふわふわとした白い縁取りのある温かげな赤い衣、それを破かんばかりに膨れた、巌の如き筋肉。それを備えた、老年の男。片目は黒い
「え……」
さすがに少年は言葉を失う。目にするのは初めてだがサンタクロースとはこんな、なんというか、凶暴そうなものだったか? 妹の、仇は。
サンタクロースは片手で手綱を持ち、片手に瓶を持っていた。それを口に当て、星空へ掲げるようにして中の液体を飲む。月明かりの下、琥珀色に揺れる瓶の中身はバーボンだろう。やがて白い息を大きく吐き、長い白髭の生える口元を拭う。ゲップの音が聞こえた。
少年が身動きできずにいるとサンタクロースは手綱を引き、馬の脚を止めた。目の前で、見下ろすように。
酒の臭いと共に低い声が響く。
「んだぁ、ガキ。イイ子なら寝てろ、それか死ね」
少年は口を開けていた。何度か開け閉めし、ようやく言葉を絞り出す。
「あ、あんたが、サンタか」
サンタクロースは鼻を鳴らす。
「ったりめぇよ。だからどうだってんだ、ガキ」
少年は顔を引きつらせ、噛み合わない歯を鳴らし、やがて言った。
「死んでくれ」
表情を変えず、サンタクロースは懐に手をやる。
「ふン……おめぇ、ジョシュア・ウォーデンだな。リストにある……『サンタクロースを殺したい』だと? クソみてぇな願い事しやがってよ、
ジョシュアの頬がひどく引きつる。
「うるせっ、死――」
ジョシュアの指が銃を握るよりも早く。
ゆっくりと顔を上げると。馬から下りたサンタクロースが手にしているものが見えた。銃。右手には
表情の消えた顔のまま、ジョシュアはゆっっっくりと手を上げる。サンタクロースの顔をうかがいながら、空気を動かすのも怖れるように。
サンタクロースは鼻で息をつき、長い上衣の裾をまくった。そこに交差して下がる二本の
「で?」
ジョシュアは何も言えず、鼻血を滴らせながら目を瞬かせた。
身を乗り出したサンタクロースが細巻を揺らし、ジョシュアの頭に灰を落とす。
「
飛び上がったジョシュアに向けて、サンタクロースは煙を吹いた。
「で、つってんだろガキ。言えよ……なんでまたこの俺様を、良い子の味方のサンタクロースを、よりにもよって殺そうってんだ」
ジョシュアは何度か小さくうなずき、口を開いた。こわばった笑みを浮かべて。話すうちにやがて笑みは消え、顔を歪め、時折奥歯を軋ませて。
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第2話
――ことの起こりは去年の秋、町を襲った強盗団。
そんな町だったから、ジョシュアは銃を欲しがった。クリスマスの願いはそれだった。町をどうにかできるとは思えなかったが、せめて妹を、ジュリエットを守りたかった。今は無事でもいつかは危ういと知っていた。
願って眠ったイヴの夜が過ぎ、クリスマスの朝。ジョシュアは銃声に目を覚ました。飛び起き、窓から外を見れば。怒号と銃声飛び交う中、町の男たちが猟銃を手に、強盗団へ襲いかかっていた。だが、ジョシュアが目を見開くその間に、弾けるような乾いた音がいくつも上がり。胸から頭から血を流し、男たちは倒れた。その中には父の姿もあった。
ジョシュアは口を開けていた。喉の奥から、絞め殺されるガチョウのような声がわずかに漏れた。そのままゆっくりとしゃがみ込み、窓から、外の光景から目を背けようとして。その前に見つけてしまった。動かなくなった父へと駆け寄る妹の姿を。
寝間着のままでジョシュアは駆けた。枕元で手に当たった、見知らぬ包みを半ば無意識に引っつかみながら。そうして、外へと裸足で飛び出したときには。下卑た笑みを浮かべる髭面の男が、妹に銃を突きつけていた。
ジョシュアは駆けた。間に合う距離ではないと知りながら駆けた。何もかもがゆっくりと感じられた、横たわる男たちの体を踏む生温かな柔らかい感触も、首を何度も横に振り、震えて後ずさる妹の動きも。銃を突きつける男が唇を吊り上げ、鼻筋から縫い傷の走る頬を歪ませて笑うのも。駆けながらジョシュアは感じた。自分の顔がゆっくりと歪む感触と。握り締めた、包みの中の硬い感触。思い出した、サンタクロースに願ったもの。
足を止め、包みを破り捨て、男へ向け。引き金を引いた。
男はわずかに目を見開いた、が。笑って銃を撃つ。妹の頭へ向けて。
その瞬間、感覚は元の速さに戻っていた。小さな妹の頭、その後ろから
ジョシュアは今、
「守れなかった。死んじまった、あいつは。こんなものっ、あんたがよこすから!」
サンタクロースは表情を変えず息を吸う。鼻から白く煙を吐いた。
「馬鹿が」
ジョシュアは顔を歪めてうつむいた。分かっている、分かっているそんなことは。今、本物の銃を手に入れたって――落馬でもしたのか、農作業へ行くときに見つけた流れ者の死体から拾った――奴らに向けることもできない。復讐が叶わないから、サンタクロースなんかに八つ当たりしている。本当に悪いのは――
サンタクロースはジョシュアの顔に唾を吐く。
「てめぇだ、ガキ。悪ぃのは全部よ」
「え……」
煙草臭い唾を拭うのも忘れ、ジョシュアは顔を上げた。
紫煙を吐き出し、サンタクロースは続ける。
「力のある奴が全部取る。力のねぇ奴が全部悪い。力がねぇなら泣き寝入れ」
ジョシュアはうつむき、それから顔を拭う。つぶやいた。
「そんな……そんなわけあるもんか、そんな道理が」
「それがこの国さ……少なくとも、昔俺が来た頃からな」
サンタクロースはジョシュアに目もくれず、懐から出した別の帳面に目を走らせる。黒い表紙の帳面。
「
音を立てて帳面を閉じ、ジョシュアに目を向ける。
「偶然だな、ガキ。どうやらそいつらんとこは、俺の配達先らしい。居場所はそこの
ジョシュアは目を瞬かせ、ただうなずいた。
サンタクロースは馬に乗り、袋を肩にかつぐ。
「待って、配達って、何であいつらの……」
散弾銃が再び頭へ押しつけられる。
「ガキ。
撃鉄が起こされる音が聞こえ、きりり、という震動が銃身から頭蓋骨に伝わる。喋ろうと開きかけていた口の動きをぴたりと止め、ジョシュアは再び手を上げた。
サンタクロースが白髭の伸びるあごをしゃくる。ジョシュアはその方向へ後ずさり、それから後ろも見ずに家へと駆けた。
音を立てて細巻を吐き捨て、サンタクロースはつぶやいた。
「さぁて、良い子のとこへ仕事に行っか。
馬が小さく駆け出して、
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第3話
ボスの右腕を自認する、ジム・ウィドックはカウンター席でグラスの中身をなめた。皿に置かれた
「まったく、クリスマスらしいものといや
額に傷のあるバーテンダーが背を向けたまま、壁の鏡越しにウィドックを見た。
「あんたのおしゃぶり癖はいつもどおりですがね」
昨年のクリスマスに店主を殺して以来、酒場は完全に煉獄団の根城になっている。店の者も団の一員だった。
ウィドックは鼻で息をつき、
ブーツの音も重く、入ってきた客の姿に。喧騒は波が引くように静まっていく。
やがて足を止め、その男は口を開く。白い縁取りに彩られた赤い上下を着た、白髭の老人は。丸太のような腕で大きな袋をかついだまま、
「ホ~ホーホホ~ウ! 良い子のみんな、お待ちかねじゃ! サンタのおじさんがやって来たよぅ~!」
男たちは動きを止めていた。誰も何も言わなかった。
やがてウィドックは息を吹き、紙巻を吐き飛ばす。それに合わせたように、回りの者も吹き出した。ウィドックは喉を鳴らし、肩を揺する。笑いはやがて大きくなり、酒場全体に広がった。
サンタクロースと名乗った男は満足げに髭をなで、にこやかに笑った。
「ホホ、ホッホホゥ。いやはやさてさて、チビっ子のみんなは元気じゃあのぅ。どうじゃ、この一年良い子にしておったか? 良い子にはさぁさお楽しみ、プレゼントがあるぞう!」
驚きはしたが、ボスが余興に芸人でも雇ったのだろう。ウィドックは笑いながら席を立ち、サンタクロースの方へと歩いた。
「おいおい爺さん、家間違えてねえか。ここにゃいい子なんて一人もいないぜ」
何言ってんだ、おれたちゃみぃんないい子ちゃんだぜ! おうさ、おりゃあお人形が欲しくてよ! そんな野太い声が回りから上がり、酒場女が笑って手を叩く。
サンタクロースは嬉しげに眉を上げる。
「ホッホ、そうかそうかぁ、みんな良い子じゃあ。さてさてその前に、一つだけお願いじゃあ。おじさん、みんなに会いとうて会いとうての。急いできたもんで、すっかりお腹がペコペコじゃあ。クリスマスのごちそうを、おじさんにも分けてくれんかのぅ?」
警戒するような顔を向ける者もあったが、ウィドックは笑った。近くのテーブルまで歩き、卓上の料理を示す。
サンタクロースは袋を置くと両手をこすり、舌なめずりしてナイフとフォークを取った。
「ホッホゥ、ありがたやありがたや。さてさて、今日のメインデッシュは何かのぅ?
ステーキ皿の上をナイフが通り過ぎる。フォークが別の皿に向けられ、しかしそれも通り過ぎた。
「――
サンタクロースは変わらず笑っていたが。ウィドックはその片目が眼帯に覆われていることに気づいた。
サンタクロースの笑みが消えた、いや。一層の笑みをたたえていた。獲物を前にした、肉食獣のような。
「――
振りかぶられたナイフとフォークが。ウィドックの脳天に突き立てられた。
叫びながらウィドックは初めて聞いた、自分の頭蓋に、皮ではなく骨に何かが刺さる音を。それは鼓膜を通してではなく、骨を伝って直接耳の奥に聞こえた、こりり、ぺぎっ、と。その後何か、頭蓋の奥で柔らかい感触。
そして。サンタクロースが抜き放った散弾銃が、自分の口に突っ込まれる。それがジム・ウィドックの見た、最期の光景だった。
ナイフとフォークを突き立てた頭が、赤く粉々に吹っ飛ぶのを見た後。サンタクロースは即座に、分厚いオーク材のテーブルをつかんだ。
男たちが腰の銃を抜き、サンタクロースへ向けててんでに撃つが。弾丸は全て、傘のようにかつぎ上げたテーブルに阻まれた。
血の香りを消すほどに、辺りには火薬の匂いが満ちていた。互いの姿もおぼろげにしか見えない白煙の中、サンタクロースは背を向けたまま口を開く。
「おいおいクソども、急に曇ってきやがったな。どうやらにわか雨らしい。ずいぶん
銃を向けたまま、男たちが声を上げる。
「てめえ何者だ、どこの差し金だ!」
「何しに来やがった!」
サンタクロースは鼻で笑う。
「
「ふざけてんじゃ――」
怒鳴る声をさえぎって続ける。
「俺はマジメさ、仕事に来たんだ。プレゼントを届けにな。これぞ賢者の贈り物、鉛玉をクソたっぷりとよ!」
テーブルの陰から身を乗り出し、サンタは両手で銃を放つ。二連散弾銃の残り一発と、拳銃を連続で。
何人かの者が倒されながら、男たちも銃を撃つ。ある者は立ったまま、ある者は床に伏せて、またある者は倒したテーブルの陰から。床に壁に弾丸が食い込み、流れ弾がカウンターに飛んで鏡を割る。
やがて射撃音が止む。広間中に白く煙がこもり、互いに的が見えなくなったからだ。どころか、隣の者の顔すらおぼろげになる。
漂う煙の中、物音はせず。サンタクロースの隠れたテーブルの方にも動きはない。最前列にいた男は倒したテーブルの陰に伏せ、隣の者に言った。
「奴ぁ撃ち尽くしたはずだ……
「ああ、そのとおりだ。冴えてんなお前」
立ち込める煙の中でそう応じた、隣の者は。よくよく見れば、上下に真っ赤な服を着ていた。
「えっ……」
ようやく理解した男が銃を向けるより早く。サンタクロースは相手の首根っこをつかむ。即座に引き寄せ、盾にした。他の者たちが放った弾丸からの。
銃声が続く中、サンタクロースは再びテーブルに隠れる。盾にした男は体中を血に染め、それでも生きてうめいていた。片手で男をつかんだまま、サンタクロースは細巻をくわえる。その先を男の方へ突き出した。
「ん」
男は魚のように口を開け閉めし、目だけで相手を見た。
とたん、サンタの顔が歪む。
「使えねぇ……点けろっつってんだ火をよ!」
音を立て、頭を床へ叩きつける。それきり男は動かなくなった。
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第4話
ボスの右腕を自負する男、ショーン・ブリッジスは二階席にいた。左手には愛用のウィンチェスターライフルを抱えている。手すりの後ろで屈み、右側面の装填口から一発ずつ弾丸を込める。最大まで装填し、
値の張ったスーツにしわが寄るのも構わず、手すりから身を乗り出す。構えながら叫んだ。
「テメエら無駄弾バラまくんじゃねえ、見えねえだろが!」
銃床を右肩につけ、煙の向こう、敵の隠れた方へと銃口を向ける。やがて煙が薄れ、赤い人影がおぼろげにのぞいた。
本来なら頭を撃ち抜いて決めたいところだったが。煙の中では不確実だったし、外せば何をしてくるか分からない。煙が引く前に胴体を狙ってケリをつける。そう考え、人影の中心を狙って引き金を引いた。
乾いた発砲音と同時、赤い人影は大きく揺らぐ、だが。相手は倒れる様子もなく、そこに立っていた。
当たり所が悪かったのか。そう考えてさらにレバーを下ろし、引き金を引く。同じ動作でもう一発撃つ。それでも相手は倒れなかった。
煙が引く。サンタクロースはそこにいた。盾にするものもなくただ立っていた。くわえた細巻の先から白く煙を昇らせて。
「ふん……!」
サンタクロースは腰の前に両手を下ろし、拳を握る。みちり、と服の生地が裂けかける音を立てて、腕の、胴の、脚の筋肉が膨れる。そして、小さな音を立てて。胸と腹から、三発の鉛玉がこぼれ落ちた。
ショーンはライフルを構えたまま口を開けていた。
「な……あ……?」
弾丸の跡だろう、サンタクロースの服には三箇所小さく穴が開いている。その中には鈍く光るものが見えた。縦横に編まれたワイヤーと細い鎖。防弾のための細工らしかったが、それにしても。弾丸の貫通はともかく、衝撃までは防げるわけがないのに。
サンタクロースは苦しむ様子もなく、おもむろに散弾銃の上部、小さなレバーを横へずらす。銃身が根元から三十度ほど折れ、中の空薬莢が飛び出した。銃帯から取り出した弾丸二発を、そこへ新たに込め直す。金属の噛みあう音を立て、銃身を戻しながら口を開く。
「なあおい。俺のこの服、なんで赤いか分かるだろ? てめぇらみてぇな、小悪党の返り血よ。そう……俺の血なんかじゃねえんだよ」
顔を引きつらせながらも、ショーンは再びライフルを構えた。今度は額へと狙いをつける。しかしショーンは見ていなかった、サンタクロースが足元の袋、かついできた大袋に片手を伸ばしたのを。
引き金を引く。が、外しようのない距離で撃ったはずの弾丸は、甲高い音と共に弾かれていた。サンタクロースが袋から取り出し掲げた、わずかな反りを持つ片刃刀の横腹に。昔の戦で使われた
サンタクロースは煙を吹き出す。
「全く、楽でしょうがねぇよ。どこ狙ってくるか分かるんならな」
サンタクロースがこちらへ銃を向けるのが見えた。一瞬後、轟音と共に腹へ胸へあごへ前歯へ舌へ、砂利粒ほどの散弾がめり込む。よろめき、手すりにすがろうとして、一階へと落ちた。頭から。
ショーン・ブリッジスは生まれて初めて、自分の背中をその目で見た。スーツの背に染みがあるのに気づき、舌打ちしようとして。曲がり切った首のまま、その暇もなくこと切れた。
「ハッハー!」
ご機嫌な声を上げて、サンタクロースはテーブルを跳び越える。
男たちは椅子を蹴倒し銃を取り落とし、先を争って奥へ引く。逃げ遅れた間抜けの頭がクルミのように堅い音を立てて、
銃を向ける男もいたが、散弾銃の一撃に二人がまとめて打ち倒される。その横にいた一人が銃を突き出すが、筒先が震えるばかりでいっこうに狙いの定まる様子はなかった。
散弾銃を捨てて踏み込み、サンタはその手から銃をもぎ取る。
「なっちゃいねえな、教えてやるぜ。こう使うのよ!」
銃身を握り締めたまま、片足を浮かして振りかぶる。銃把の底を、頭へ目がけ叩きつけた。
歯を折り飛ばされながら男は倒れる。その首を踏み砕き、サンタはさらに奥へと跳んだ。悲鳴を上げて後ずさる、別の男の襟首をつかむ。首を締め上げながら片手で軽々と持ち上げた。顔を寄せて言う。
「なあ
男は足をばたつかせながら小刻みにうなずく。手にした銃の先を密かに向けようとした、が。
サンタクロースは勢いをつけ、男の体を大きく浮かせた。そのまま肩へかつぎ上げる。そしていったん手を離し、今度は片方の足首を握った。
「パーティだ……せっかくだからよ。踊ろうぜ!」
一度腰を落とし、跳ね上げる勢いをつけて。男の体を片手で、横殴りに振り回した。風を切る音を立て、男の体はテーブルを酒瓶を料理の皿を椅子を仲間をまとめて吹っ飛ばす。一度振り切ると、今度は逆へと振り回す。それが終われば次は縦に、斜めに、また横に。
悲鳴を上げながら逃げ惑う、男たちへサンタが言った。
「ヘイ、どうした
床に、柱に、男たちに、壁に。雑巾でも振るうように軽々と、次に次にと叩きつける。空いた片方の手で銃を二階へ撃ちながら。何個目かの机を叩き割ったとき、すでに男の頭からは柔らかいものが飛び散っていた。
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第5話
互いを押しのけ押し倒して逃げ惑う喧騒の中。自分をボスの右腕と公言してはばからないダン・ブレナンは、冷静に一計を案じていた。右腕の座を争うトーマス・ペックに声をかけ、必要な人員を確保すべく駆ける。サンタを避けて壁沿いに。
そして相手から届かない出入口のそばで、壁を背に。二人は銃を向けた、それぞれに連れ出した酒場女の頭へ。
「正義の味方さんよ。そこまでだ、銃と……あー、死体を捨てろ」
酒場女らはそれぞれに銃を向けた男の顔を見る。二人の男は黙って小さくうなずいた。この女らは団の情婦、仲間の一員だ。撃つ気はない。
サンタクロースは振り向き、動きを止めた。武器と死体を下ろし、しかし捨てる様子はない。
ダンは強く銃を押しつける。女は涙を流して叫んだ。
「いやっ、助けて、助けて!」
サンタクロースはうつむき、すっかり短くなった細巻を揺らす。
「なるほどな……こいつぁ弱った」
死体を離した。その手で細巻をつまみ、煙を吐く。もう片方の手は人差指を、銃の引き金を囲む
ダンは言う。
「聞いてんのか、とっとと捨てろ!」
サンタはなおも細巻を吹かす。
「カッカすんなよ……慌てる乞食はもらいが少ねえ。っつか何だ、困ったことんなったが。世の中、困ったときの何とやら、だよなぁ」
サンタクロースが細巻を捨てた、そのとき。ダンは妙な音を聞いた。板を折るような乾いた音と、逆に湿った音。何かが突き刺さるような。
「……あ?」
見れば。横にいたトーマスの腹から、細長い刃物が突き出ていた。酒場の外から壁を破って突き刺されたらしかった。
そう思う間に。今度は爆ぜる音と共に、ダンの背中に熱いものが食い込む。銃弾。これも外から、壁を貫通して撃たれたようだった。
女たちが悲鳴を上げ、背を押さえながらダンは倒れ込む。刀を抜かれたトーマスはもたれかかるように、壁に血を塗りつけながら崩れ落ちた。
焼けつく痛みの中で見た。スウィングドアを押し開けて現れた男たちを。揃いの赤い衣を着た、二人のサンタクロースを。
一人は大きな布袋をかつぎ、血の滴る刀を提げていた。三十よりは若い、痩せぎすの男。東洋人か、赤い帽子の下からは黒髪と浅黒い肌がのぞいている。頬のこけた顔にえらだけが高く張っており、目は刃物のように鋭かった。
もう一人は布袋を足元に置き、両手に拳銃を持っていた。眠たげに目尻の垂れた、二十歳になるかどうかの白人。まるで飾り立てるように、何重にも銃帯を着けていた。上衣の肩から胸を交差させて腰へ二つ。肩から両脇に回して二つ。ズボンの上、腰に交差させて二つ。それぞれの上にずらりと予備の弾丸が収められ、空になっている腰のもの以外はホルスターへ拳銃が吊るされていた。
銃を持つサンタが老いた眼帯のサンタに言う。
「遅ェスよ、クリスの旦那。オレらぁとっくに配達終わったぜ?」
もう一人のサンタがトーマス・ペックに刀を突き刺し、銃のサンタがダンの方を見ようともせず、そちらへ向けた引き金を引く。女の悲鳴を聞いた気がして、ダン・ブレナンはそこで死んだ。
クリスと呼ばれたサンタクロースは口笛を吹く。
「
刀のサンタはにこりともせず、袋を足元に捨てる。武器の血を払うとズボンで拭った。腰の鞘には納めず、手に提げたままにする。
銃のサンタは同じく、外から拾い上げた袋を足元に置く。笑って言った。
「なあに、いいってことスよ。貸しってだけ覚えててもらえりゃあ」
「言ってくれるぜ、
笑いながら、クリスは放り出していた自分の袋を取る。中から新たな
下あごから上を無くして崩れ落ちる、一人の女の手には。三人へ向けられた小型の拳銃があった。
クリスは銃口の煙を吹く。ウインクのつもりか死体に向けて、眼帯に覆われていない目をつむってみせた。
「化粧が台無しだな、
口を大きく開けたまま、もう一人の女がへたり込む。こちらは武器を手にしておらず、傷もない。
銃を持ったまま、キッドと呼ばれたサンタがひざまずく。手を取って女を立たせた。
「失礼、レディ。貴女のご友人にちょっとした粗相が、ね。もちろん貴女に限ってはそんなこともありませんでしょうけど、ま、ちょいと外で待っててもらえますかね」
にやけて腰に手を回すキッドから奪うように、刀のサンタが女の肩を取った。無表情のまま外へ押していく。入念に、女の尻を片手でもみながら。
クリスが楽しげに鼻を鳴らす。
「相変わらずだな、スラッシャー。さあて
細巻をくわえた。広間と二階で固まったまま身構える、煉獄団の男たちを見渡す。
「客席も温まった、これからが本番よ。
クリスの散弾銃が合図だった。キッドの二丁拳銃が火を吹き、男たちがてんでに銃を撃ち、隙間を縫ってスラッシャーが駆ける。銃口を向けられるより早く距離を詰め、振り上げた刀が手首を斬り飛ばし、返す刃が首を刎ねる。身をひねっては別の相手の腹を裂き、流れるように胸を突く。横から敵が銃を向けるが、筒先から素早く身を引く。その敵の手をキッドが撃ち抜き、クリスの投げた酒瓶が顔面を砕いた。
クリスとキッドは弾丸を惜しみはしなかった。全弾撃っては再装填もせず銃を捨て、銃帯から新たな武器を出す。それもなくなれば、かついできた袋から次々に銃を取り出す。今や二人の足元には立ち込める煙の中、空の銃が山と積まれていた。それは奇妙なことに、もはや袋自体の大きさを越えているようにさえ見えた。
煙が完全に視界をふさぐ中、敵も味方も無駄弾をばらまく。その中を絶えず赤い影が駆け、血に濡れた刃を振るい続けた。
クリスは鼻の穴を広げ、機嫌良さげに硝煙の匂いを嗅ぐ。口笛を吹き、叫んだ。
「スラッシャー、いっぺん下がれ! キッド! あれの出番だ、奏でてやりな!」
「
キッドが袋から引きずり出したものは。どのような手品か、明らかに袋に入りようのない体積をしていた。頑丈な三脚に据えられた、円く束になった銃身を備えた
クリスは叫ぶ。
「
白い歯を見せ、キッドが側面のクランクを回す。銃身の束はそれに合わせて回転しながら、轟音と共に弾丸を連続で吐き出した。
雲のように濃い煙の中、男たちの悲鳴と、肉に食い込む湿った音が絶え間なく奏でられる。近くの壁に床に柱に、見る間に黒く弾痕が穿たれる。その中で一際高くクリスとキッドの笑い声が響き、スラッシャーはにたにたと笑っていた。
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第6話
銃帯を手早く身につけ、愛用の帽子を目深にかぶる。娼館に残っていた部下を連れ、手近な武器と財産をかき集めた。それと女たちも。
もはや一杯の馬車に女の尻を押し込めながら、部下である御者が言った。
「ボス、女は置いてきやしょう! こんなんじゃ追いつかれちまう!」
それはそれで儲けものだ、とドンレヴィは常識的に考えていた。自分と腹心はそれぞれ馬に乗っていく。追手が馬車に構ううち、自分たちだけは逃げられる算段だ。
「俺のもんだ、連れていくに決まってる! 何やってやがる、とっととブチ込め!」
自ら馬車の横に回り、女の背を押そうとして。中から逆に、首根っこをつかまれた。暗い馬車の中から突き出す女の片手には、拳銃があった。
「ミスター。パーティは途中、お帰りにはまだ早いが」
低く張りのある声でそう言ったのは白人の女。豊かに伸びる金髪を太長い三つ編みにして、ドレスの肩に垂らしていた。
こんな女は娼館にいなかった。そう気づいて部下へ声を上げるより早く、むしり取るように髪を横からつかまれた。
耳元へ口を寄せ、息をかけながら女はささやく。
「ミスター、ミスター。みっともないぞ、女を前に取り乱して。せっかくの誘いだ、据え膳食わぬは男の恥だろう? それとも――」
女が持ち上げた銃の先が、ドンレヴィの帽子を落とす。銃口はそのまま下がり、冷たく顔をなぞった。額を、眉間を。鼻筋から頬に走る、ねじくれた傷跡の上を。そして髭の生える頬を通り、口の中へと。
「――駄々っ子め、贈り物がなければ嫌か? 代わりに髪型でも変えてやるか、あごから上ごとさっぱりとな」
気づいた部下たちが銃を向けるが。むしろ主人のような様子で、女は口を開いた。
「控えよ! ……ミスター、しつけがなっていないな? 奴ら、いやしくも主人に銃を向けているぞ? それより何より、この私にだ」
嘲るように眉根を寄せて、盾のようにドンレヴィを引き寄せる。銃を口から抜いて女は続けた。
「女どもは解き放て、お前と部下は来てもらう。私の
「何なんだ……てめえは」
笑いもせずに女は言った。
「サンタクロース。五十九代目、
生地の薄いドレスを片手で自ら引き裂く。その下には酒場で暴れる男たちと同じ、赤い衣があった。
取り出した赤い帽子をちょこん、と頭に載せ、真顔のままでニコラウスは言う。
「良い子ではなさそうだ、会ったこともなかろうが。先代殿と私は違う。去年のように見過ごしはせんぞ」
白煙の薄れかけた広間の中で、弾丸のなくなった回転式機関銃
「ハッハ、ヒィッハー!」
火薬の香りに酔うクリスが快哉を上げ、キッドも薄笑いを浮かべながら機関銃のクランクを未だ回していた。スラッシャーは血に染まった愛刀を見つめ、にたりにたりと笑っている。
酒場の壁は一、二階とも、虫の大群が食い散らしたように穴が開いている。血を流して床一面に倒れた男たちの中に、動く者は一人もなかった。
そのとき不意に、外れかけたスウィングドアが軋んで揺れる。
三人は即座に武器を取り直し、そちらへと向けたが。入ってきた女は怯みもせず、
「
条件反射といえる速さで。三人の男は靴音も高く足を合わせ、姿勢を正した。
手を上げたドンレヴィと部下に銃を突きつけ、入ってきていたのは。聖ニコラウスと名乗った女だった。背筋を伸ばし、不機嫌にすら見える眼差しを投げかけて口を開く。
「まったく、イヴの夜に私ほどの不幸者はおるまい。部下の仕事がこれほど遅いとな」
変わらぬ姿勢のまま間髪入れず、三人が声を揃えた。
「
「たるんでおる。貴様らを拾い上げたのは見込み違いだったか」
どこか引きつった顔で三人が言う。
「
「ならば続けて唱和せよ、五十九代ニコラウス鉄誓
一分の乱れもなく、声を揃えて三人が言う。
「血を洗いッ!」
ニコラウスは続け、三人が後を受ける。
「傷を増やし」
「傷を
「罪を重ね」
「罪を清めんッ!」
三人の顔を順に見渡し、表情を緩めずニコラウスは続ける。
「我らこそ
「我らこそ
「我らこそ
「我らこそ
「そう我らこそ!」
「
四人は声を揃え、高らかに叫んだ。
「
気にした風もなくニコラウスは言う。
「まあ良い、イヴの夜は長い。仕事の遅れも取り返せよう。さて
姿勢をそのままに、表情だけ崩してキッドが言う。
「もうたいがい撃ったスから……縛り首? それか馬で、死ぬまで引きずる? あ、いっそ町の奴に任せますか。どんな
クリスは何も言わず、それを聞いて眉根を寄せた。額にしわが入り、鼻が固くうごめいていた。
なまりのある言葉でスラッシャーがつぶやく。
「
ニコラウスはクリスを見る。
「どうした、
表情を変えず、クリスは重く口を開く。
「そうですな……さっさと一思いに――」
そのとき銃声が響いた、外から。同時にドンレヴィが肩を押さえ、うめく。
クリスらが外へ銃を向けた、その先にいたのは。壊れ落ちそうなスウィングドアの向こう、震えながら両手で拳銃を構える小さな人影。
「……死ね、詫びて死ね、死んでも、詫びろ……!」
ジョシュア・ウォーデン。かつてサンタに銃をねだった、今年サンタの死を願った少年だった。
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第7話
ジョシュアは震える銃口を、無理矢理酒場の中へ向ける。妹の仇、ねじくれた縫い傷の男は目を見開き、肩の傷を押さえてただ後ずさっていた。
銃を構え、三つ編みの女が声を上げる。
「少年。やめておけ、あれらは我々が――」
ジョシュアは歯を剥いて叫ぶ。息が白く舞い上がる。
「うるせえ、おれが悪いんだ、守れなかった、弱くて……! だからおれが、
撃鉄を起こす金属音が、
ジョシュアの震えは止まっていた。仇へと銃口を向け、引き金に添えた指を、ゆっくりと絞った。仇は力なく震え、血走った目をいよいよ見開いていた。
引き金を絞り切る。瞬間、反動が両手を打った。乾いた音が夜に響く。
外しようのない距離だった、それでも。仇は死んでいなかった。
「なんで……」
つぶやくジョシュアの前には。仇をかばうように両腕を広げた、眼帯のサンタが立ち塞がっていた。その腹から弾丸が一つこぼれ落ちる。
もう一度撃鉄を起こすより早く、眼帯のサンタが腕を振るう。ジョシュアはそのまま地面に叩きつけられた。丸太で殴られたかのような平手で。
顔だけをどうにか起こしたところへ、眼帯のサンタの声が降る。
「なぁおい。おめえは随分覚えがいい、確かに俺ぁ言った。力のある奴が全部取る、力のねぇ奴が全部悪い。力がねぇなら泣き寝入れ、とよ。だが」
屈み込み、ジョシュアの目を見ながら言う。
「言ってねぇぞ。それが正しい、なんてよ」
ジョシュアは何も言えなかった。ただ、サンタの目を見ていた。
息をついてサンタは立ち上がる。背を向け、つぶやくように言った。
「正直、俺のせいかもしれねえ……
眼帯のサンタは散弾銃を抜く。仇へと歩み寄り、頭へ向け引き金を引いた。悲鳴を上げるその部下へ向け、もう一発。銃身を折って空薬莢を取り出し、弾丸を込め直す。残りの部下も全て撃った。
衣の裾をひるがえし、音を立てて銃を納めた。
「
女サンタへ向き直り、姿勢を正してそう言ったが。女は呆れたように息をつく。
「たわけ。貴様は何者だ? 従来よりの任務が完了しておらんぞ、慌てん坊め」
今気づいた、といったように、眼帯のサンタは口を開けた。硝煙と返り血に汚れた手を慌ててズボンで拭き、放り出していた袋を取る。
そこから取り出したのは。明らかに袋の大きさを越える量の、さまざまなおもちゃ。身を起こしたジョシュアの前に、照れたように笑ってそれを置く。
「ほれ。全員のリクエストどおりだが、大分色つけといたぜ。ガキどもに配ってやれ、ああ、お前も余ったの好きなやつ取れよ」
大きな手が、砕くような力でジョシュアの頭をなでる。その手に腕を取られて立ち上がった。通りの端、酒場から離れた所へと共に歩く。女サンタは手ぶらで悠々と歩き、残る二人のサンタはそれぞれの袋と、出されたおもちゃを抱えてついてきた。
眼帯のサンタが歯を見せて言う。
「さあて。景気づけだ、いっちょやるか!」
銃帯を巻いたサンタが楽しげに口笛を吹き、刀を帯びたサンタは歯を見せた。女サンタもうなずいている。
眼帯のサンタは自らの袋へ両腕を突っ込む。何か重いものでも引っ張り出そうとしているかのように腰を落とし、うなりながら後ずさった。やがて地面を擦る音を立て、引きずり出されたものは。明らかに、どうやっても、袋に入り切る大きさではなかった。
「むううぅ……ほッ!」
かけ声と共に、眼帯のサンタが肩にかついだのは。大砲。軍隊で使われたり船に取りつけられる、黒々とした大砲だった。大人の身長ほども長さがあり、一人でかつげるような重さではないはずだった。
女のサンタが指示を飛ばす。
「
刀のサンタは自らの袋へ手を伸ばした。取り出したのはこれも入るはずのない、長く大きな手桶。そこに入っていた黒い粉粒――黒色火薬だろう――を、砲口から流し入れる。さらに取り出した棒状のものを中へ突っ込み、突き固めた。ぼそりと言う。
「
女サンタは酒場を指差す。
「十二時の方向、目標
投げやりな指示に苦笑いしつつ、眼帯のサンタが砲を持ち上げる。酒場へと向けた。
「指向よぉし」
「装填せよ!」
指示を受け、銃のサンタが取り出したのは。短い筒状の台座のついた、黒々とした砲弾。その上部に据えられた太短い紙の塊――導火線というやつか――に火をつけた。そのまま台座の方から砲口へと落とし入れる。素早く砲の後ろへ回り、後部から伸びる紐を握った。
「装填完了!」
「ッ
紐を引くと同時、撃鉄の作動音がして。それをかき消すような轟音と共に、砲身を、眼帯のサンタの足腰を揺らし、空気を震わせて砲弾が飛ぶ。
派手な音を立てて酒場の壁を破ったそれは数秒後、思い出したように炸裂した。炎が壁の隙間から噴き出し、屋根をなめる。煙を上げ、軋む音を立て、ゆっくりと酒場は崩れ落ちた。
砲を放り捨てた眼帯のサンタらが口笛を吹き、叫び声を上げる。
「ハッハァ、イィッハー!」
女が無邪気に顔をほころばせ、三人の男が互いの手を叩き交わす横で。ジョシュアは何も言えず、目を瞬かせて立ち尽くしていた。
この騒ぎに、さすがに様子を見ていたか。町の家々の窓が開き、通りに姿を見せる者も出てきた。
ジョシュアはサンタらに声をかけようとしたが、何を言うかも分からず煙にむせた。その間に四人はそれぞれ、一際長く口笛を吹いた。合図だったのか、町の外から蹄と鈴の音を響かせて四頭の馬が駆けてくる。袋をかついで馬に跳び乗り、サンタクロースたちは駆け出した。
遠ざかりながら、眼帯のサンタが振り向いた。
「
口を開けたまま、ジョシュアは何とか手を振ることができた。
町の人々は通りに出て、燃える酒場の炎を見ていた。やがて雪が降り、燃え広がる前に火は治まった。
蹄と鈴の音が荒野を駆ける。雲の行く手からそれ、降り出した粉雪は止んでいた。振り向いても、もう町の火は見えなかった。
先頭を行くニコラウスが口を開く。
「
「そういう言い方もできまさあな。それより、ちぃと手間取った。次は――」
クリスが言いかけたとき。四人のものではない声が後ろから響いた。離れた場所からかけられた声に違いなかったが、くぐもって響くそれはまるで、耳元でささやかれたかのようだった。
「
四人は手綱を強く引く。馬は悲鳴に似たいななきを上げながら足を緩め、止まった。振り向けば。
月を背に、馬に乗った男がいた。ありえなかった。男がいるのは今、自分たちが走り抜けてきた場所だ。辺りに人影もなかったはずだった。
男は四人に向け、ゆっくりと馬を歩ませる。目深にかぶったテンガロンハットと口元を覆うマフラーのせいで人相は分からない。体は荒野の色をしたポンチョにゆったりと包まれていた。
ニコラウスが口を開く。
「貴方は」
男は無言のままマフラーを下げた。くわえた
ニコラウスが息を飲んだ。
「貴方は――」
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第8話
クリスは言う。
「誰だ? ま、誰だっていいがよ。俺らの敵か、それとも他か」
「つっても、味方なわけねーっスよ。オレらの仲間以外は……な!」
そう言ったキッドの、銃帯に添えていた左手が別の生き物のように動く。流れるように銃を抜いて男へ向けた、しかし。それは銃声と共に跳ね飛ばされていた。いつ抜いたのか、男の手には細く煙を昇らせる拳銃があった。
舌打ちと共にキッドが右腰の銃に手をやる。同時にスラッシャーが刀を抜き、クリスが散弾銃を向ける。そしてまた、それと同時。男は右手で引き金を絞ったまま、左手で煽るように撃鉄を弾いていた、三連続で。
まるで一つのように重なり響く銃声を残した
「クソ、がっ……!」
だが、クリスはその手を離さなかった。軋む音を立てて奥歯を噛みしめ、痺れる手で無理矢理相手に向ける。引き金を引いた。
闇を裂いて火を吹いたそれはしかし、外れていた。早く撃ちすぎたか、地面に着弾し土煙を上げた。奇妙なことに、男の両側で。
「なに……?」
構え直してさらに撃つ、が。かすった様子すらなかった。決して遠い距離でもなく、正面からまっすぐ放ったというのに。まるで散弾の方が男を畏れ、身をかわしたかのようだった。
クリスは口を開け、キッドは手を押さえ、スラッシャーは唇を噛み締めていた。だがそれぞれに、別の武器へじりじりと手を伸ばし、あるいは男の様子をうかがいつつ、撃ち落とされた武器と自分との距離を測っていた。
ニコラウスが声を上げる。
「貴様ら、やめよ! この御方は――」
拳銃を弄び、納めた後。細巻の煙を一度吹かし、男はキッドの方を見た。
「
スラッシャーに顔を向ける。
「それ以上続けるなら、次はその手に穴が開くぞ。私のようにな、イゾー……お前の罪はニホンでの、政治目的による複数の殺人。そのカタナによってな、
そして間を置き、クリスを見据えた。
「かつて私を背負って川を渡した、大力の男もお前と似た名を得ていた。何故お前はそうならなかった? 正しい渡し守に、海を越えて渡す者に。なあ、クリストファー」
煙を空へと吹かし、続ける。
「かつてイタリアで生まれ、ポルトガルで船乗りとなり。スペイン王室の支援を受けての、新大陸航路発見という偉大な功績にも関わらず。……お前の罪は先住民族に対する殺人、組織立てた大量の殺人、いや虐殺、虐殺……虐殺。先住民族の奴隷化、彼らの土地への侵略。南北新大陸における、侵略と民族的差別の嚆矢。なあクリストファー。クリストファー“
男は馬の首を巡らし、ニコラウスへと向き直る。
「そして何故。お前は彼らを率いている、地獄に堕ちた者たちを。亡者から強者を選りすぐり、何故人を殺させる。お前の役目はそうではあるまい、五十九代目“
ニコラウスは歯を噛み締めてうつむく。
クリスは言った。
「で? 俺らをようくご存知の、そちらさんは何だってんだ」
男は古傷のある両手で帽子とマフラーを取る。豊かに波打つ黒髪がその下からこぼれ落ちた。ややこけた頬は東洋かユダヤ系といったように黄色味を帯びている。そして、その額を飾るのは。
キッドは目を見開いたまま口をわななかせ、スラッシャーは眉を寄せる。
頬を引きつらせてクリスはつぶやいた。
「
イエスは四人をゆっくりと見回し、ニコラウスに目を向ける。
「
ニコラウスは唇を噛んでいたが。やがて顔を上げ、イエスを見据えた。
「……お言葉ですが、主よ。右の頬を打たれ左の頬を差し出す前に、撃ち殺される者がおります。下着を奪う者に上着はおろか、全ての財を奪われる者がおります。一ミリオン来いと強いる者と二ミリオン共に行く間に、
表情を変えずイエスは言う。
「……人の子であった頃のお前が――」
ニコラウスは続ける。
「そうであったように。それでも天は何もしない、先代ニコラウスが先の町でも、他の町でも。銃を、
頬を歪めて叫んだ後、何度か息を吸い込んで続けた。
「だから、私は決めたのです。良き人が良き倉から良きものを取り出し、悪しき人が悪しき倉から悪しきものを取り出すのならば。良き者にならずともよい、悪しき者によって、全ての悪しき倉を打ち壊そうと。……決めたのだ、幼子には――」
うつむいたままクリスがつぶやく。
「――平和を」
目を見開きそちらを見た後、ニコラウスが続ける。
「それを
キッドが口を開き、スラッシャーが後を受ける。
「――鉛玉と」
「――死を」
ニコラウスは三人を見、長く緩やかに息をついた。イエスへと向き直る。少しだけ自由になった頬を震わせ、叫ぶ。
「――贈ってやると! 決めたのだ」
イエスは何も言わず目をつむった。細巻の焦げる音だけが静かに響いた。
やがてしびれを切らしたように、クリスは馬から飛び下りる。唾を吐き飛ばして言った。
「おう、そこの七光り。どうするんでぇ……とっとと決めな。道を空けるか、パパんとこ帰るか。なんなら……いつでも送ってやるぜ」
拳銃を引き抜き、天を指す。指先を用心金に入れ、弄ぶように回してみせた。
ニコラウスが顔を引きつらせる。
「おま、貴様……!」
見下ろすような目で馬上のイエスを見上げ、クリスは続けた。
「正しかろうが悪しかろうが。力のある奴が全部取る、力のねぇ奴が全部悪い。力がねぇなら泣き寝入れ、この世はいつもそんなんだ。正しかろうが悪しかろうが……俺たちの時代までは、な」
イエスが細巻を口から離し、クリスの目を見る。
「ならばこれより後は違う、と?」
「俺らは行くと言ってんだ。正しかろうが悪しかろうが、力ずくだろうがな。止めたきゃ止めな、それとも――」
クリスは困ったように眉を寄せ、優しく笑う。
「――
イエスは表情を消し、それから息をついて笑った。
「聞いたことはないか? 試みてはならない、と」
「さあてね。俺が知ってんのは、試みに応えられない奴ぁ、決まって試みに耐えられない奴だってことさ。耐えられないなら神であっても、そいつはもう男じゃねぇ」
口を開けたまま、イエスの表情が再び消える。考えるように細巻を口にし、煙を吹かす。音を立てて馬から下りた。ポンチョを肩へ巻くり上げ、腰の銃帯を示す。
「私は常に言葉を選ぶ、相手に理解できる話をするために。お前にそこまでの覚悟があるならば――私も、
つまんだ細巻を落とし、踏み消す。
「あえてお前の弾丸に避けさせはすまい……だが良いのか? 私が望むなら右の胸を撃たれる前に、お前の左胸を撃ち抜くことも出来るのだぞ」
嬉しげにクリスは笑う。
「御意のままに、よ。今度は叫ぶ暇があるといいな、
馬を下りたニコラウスが駆け寄る。
「クリス、クリスやめよ! 命ずる、今すぐ銃を捨てて詫びろ!」
わずかに後ろを見、クリスは言う。
「二人とも……押さえとけ」
スラッシャーが後ろから抱き止め、キッドが前から肩を押さえる。
キッドが言った。
「旦那、早撃ちならオレが」
クリスは唇の端で笑う。
「
クリスはワイヤーを仕込んだ上衣を捨てた。シャツも何も脱ぎ捨て、上は全て裸となる。帽子は頭に載せたまま。右腰に拳銃を吊ったものの他、銃帯も他の武器も捨てた。軽量化のためか、銃に込めていた弾丸も一発を残し、全て捨てた。その一発を撃てるよう、
音を立ててホルスターへ納めた。腰を落とし、白い息をゆっくりと吐き。両の肘を曲げた。
「……
イエスもわずかに腰を落とし、右手を開いた。
「いつでも……良い」
視線をそらさぬままクリスは言う。
「キッド、合図だ。真ん中に帽子を投げな。それが地についた瞬間、
キッドは唇をなめた。ニコラウスは震える目を見開き、スラッシャーは射抜くような視線を投げかける。
キッドが帽子に手をかける。それが宙に舞った。風はなく、真っすぐに、帽子は二人の間へ。ゆっくりと、落ちた。
銃声が同時、一つとなって交錯する。
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最終話
イエスの髪が数本宙を舞う。傷はなく、だがその荊の冠が、後方へと飛ばされて落ちた。
クリスは。傷はなく、ただその帽子が、数本の髪と共に撃ち飛ばされていた。
煙を上げる銃を向け合ったまま、そのままで二人はいた。
風が吹き抜け、煙を散らした。その後イエスが口を開く。
「何故、そこを撃った」
クリスに表情はない。
「さあてね、逸れたか。なぜ、殺さなかった」
「お前がそこを撃つ気だったから。お前に殺す気がなく、お前が死ぬ気だったからだ……彼女らの罪を背負って」
イエスは空を見上げた。それから両手の古傷に目を落とし、深く息をつく。ゆっくりと拳銃を回し、音を立てて納めた。
銃を納めながらクリスは言う。
「いいのかい、本当ならあんたの勝ちだろうに。もう一発撃ってりゃあ」
イエスは鼻で笑う。
「馬鹿にするな。六連発を持ち運ぶなら、一発は空にしておくのが常識。落としての暴発を防ぐためにな。……もう、弾倉に弾は無い」
イエスの目の奥を見据えながら。クリスは深く、溜めるような息をつく。
「なら……どうなさるんで、主よ」
イエスは目深にテンガロンハットをかぶり、マフラーを巻き直す。細巻に火を点けた。
「何を言っている? よりによって
クリスは口を開け、それから肩を揺すった。笑う。
「そうかい、俺らと同じだな」
馬に乗ると、テンガロンハットの無法者は言った。
「一つ聞かせよ。何故お前は、彼女らのために己を捨てようとした。引き上げてくれた恩か、仲間だからか」
服を着込みながらクリスが答える。
「そのとおりで……ついでに言や、もう一つ。十代ほど前のニコラウスにゃ、でけぇ借りがありましてね。聖ニコラウスは幼子と乙女、船乗りの守護者なもんで」
息をこぼして無法者は笑い、うなずく。
クリスは自分とキッドの帽子を拾い、ニコラウスらの方へ歩んだ。
「
「お前は……貴様という奴は……!」
ニコラウスは唇を歪め頬を引きつらせ、涙の溜まる目を震わせていた。
キッドとスラッシャーは笑い、クリスとうなずき合う。三人でニコラウスを馬上へと押し上げた。武器を拾うと、自分たちもそれぞれ騎乗した。
テンガロンハットの無法者が言う。
「最後にこれだけは言っておく。裁く者はいつか裁かれる……神ならぬ身ならば、必ず」
穴の開いた帽子を手にしたまま、眼帯の無法者は笑う。
「俺もこれだけは言っとくぜ。……
テンガロンハットの男は笑い、眼帯の男は帽子をかぶる。そして仲間と共に、馬を駆け出させた。
蹄と鈴の音が、再び荒野を駆け抜ける。
先頭をゆくニコラウスは、何度か口を閉じては開いていたが。やがて大きく口を開いた。
「馬鹿か貴様はッ!」
「当ったりめぇよ」
前を向いたままクリスは応じ、それから。何かに気づいたように辺りを見回す。
蹄の音。どこからか荒野に遠く響く、いくつもいくつもの蹄の音、そして鈴の音。
やがて。荒野のあちこちに見えた、赤い影が。響き出した、荒野を揺らす蹄の音が。夜を駆け抜ける
クリスが言う。
「遅ぇぞ
キッドが言う。
「
スラッシャーがうなずいてみせる。
ニコラウスは苦く笑って、大きく息を吸い込んだ。軍団の方へと振り向き、叫ぶ。
「貴様ら遅いぞ、たるんでおる! 取り急ぎ任務続行、ジル・ド・レは左翼、リョ・フは右翼、ノブナガは中央を率いよ! 私はクリスらと共に向かう! さあ……往けッ!」
夜に声を轟かせ、全員が唱和する。
「
キッドが口笛を吹き、スラッシャーが笑みを見せ、ニコラウスは笑って涙をこぼした。
クリスが声の限りに叫ぶ。
「
(
というわけでクリスマスイヴに最終回投稿! お読みいただきありがとうございました!
一応言っておくとイヴの予定がないわけじゃないから……そうなんだから(震え声)。
偉人モノではあったのですがFGOは未履修なので特に意識はしていません……イメージしたのは『ドリフターズ』『ブラックラグーン』。
「悪人だらけの嫌なドリフターズ」「極悪人が小悪党をぶっ潰すお話」というイメージでした。
ぼちぼち色々書いていくので、他の作品もぜひ読んでみて下さい!
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