もしも毘沙門天の兄が勇将だったら (サンサソー)
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晴景、台頭す

ネタ思いついたのでとりあえず投稿してみた。
他の作品の投稿も遅いのにね!ハッハー↑


越後国━━━

 

守護代たる長尾家を、上杉を掌握し越後を支配するにまで育て上げた男がいた。

 

名を長尾為景。上杉房能を殺し、息のかかった上杉定実を守護大名の座に添えることで実権を握った鬼謀の将である。

 

しかし、どれほどの良き将であろうと死からは逃れられない。

 

長尾の屋敷にて、為景は病に伏していた。死を悟った為景は、傍に子である長尾晴景と虎千代を呼び出した。

 

「わしは…もう長くない。晴景、お前が長尾家の当主じゃ。後を頼む……」

「はい、父上。私にお任せ下さい」

「うむ……虎千代、そちはもう少し修行を続けよ」

「はい」

「ゴホッゴホッ!……フゥ…フゥ…最後に、これだけは心に留めておけ。お前たち兄弟が後継ぎを争うようでは、長尾家もそれまでと思え…よいな、これがわしの遺言じゃ……」

「はっ、よくわかりました」

「承知しました父上」

「うむ……」

 

返事をするが、為景の目はまっすぐと晴景を捉えていた。虎千代には一瞥もくれず、ただただ晴景を見て……ため息をつきながら目を閉じた。

 

やがて為景の呼吸は深くなり、それは眠りについたことを二人に示した。

二人は寝室を出ると、廊下をおなじ方角へと進み始めた。

 

「虎千代、感じたか」

「兄上、それはどういうことでしょうか」

「父の姿を見て、何を思ったか」

「はい!昔ほどの覇気は失われておりましたが、未だその心には何か強いものがあるかと!」

「……そうか」

 

その答え。そこに隠されたものを、晴景は敏感に感じとった。晴景は思う、虎千代が感じていたその『強いもの』とは、きっと……。

 

「兄上!一緒に稽古しましょう!今日こそは白星を挙げますよ!あはははは!」

 

虎千代、お前に向けられた恐れであったのだろう。

 

晴景は知っていた、為景の心の内を。

 

虎千代を見なかったのは、その本質を恐れていたから。

晴景を見ていたのは、当主として虎千代に脅かされるであろうことを確信していたから。

ため息をつき安堵したのは、これからの長尾家はどうにもならぬことを知りながら虎千代から離れることができるから。

 

その優れた目を持っていたがゆえ、為景は容易く未来を予知してみせた。みせてしまった。

 

そして元服も果たし、己の現状を知った晴景もまた、受け継いだその才能によって虎千代による自分の行く末を捉えていた。

 

この後、晴景は長尾家を継ぎ、虎千代は寺で修行を続けた。

 

長尾家の先を案じる彼の名は長尾晴景。為景の息子であり当主と定められた者。

そして人ならざる子として生まれてしまった、妹の虎千代、後に上杉謙信として後の世に名を残すナニカに、全てを授けてなお、名を残せなかった者である。

 

 




続けようか迷ってる。


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虎千代、妖が如くなり

お気に入り登録をしてくださったこと、アンケート結果から続けてみようと思います。

不定期更新ではありますが、なにとぞよしなに。


叩く音が屋敷に響く。次いで倒れる音も。

 

何事かと晴景は音の場所へと向かった。そこで見たものとは……。

 

「父上、おやめください!」

「退けい綾!そこの妖を叩き出すのだ!」

「あはははは!父上!虎千代は妖ではございません!」

 

為景が虎千代を殴り、それを綾御前が庇うところであった。

 

虎千代が笑い、その顔を見た為景は酷く怯えた様子で怒鳴り散らした。

 

「ひっ……!?これじゃ、この顔じゃ!こ奴め、叩こうが殴ろうが何をしようと笑う!泣きもせぬ、逃げもせぬ!ただただ笑うばかりよ!得体が知れぬ、おぞましい!」

「父上!それはあんまりでございます!虎千代はただ迷っているだけなのです!迷い、どう答えれば良いのか理解が追いついていないのです!」

「だまれだまれ!わしは本気で殴ったのだ!だのに、この者は涙すら流さぬ!常人であれば、人の子であれば顔を歪め大泣きするところであろう!」

 

為景と綾御前の言い争い。不毛だ、この上なく不毛だ。方や恐怖に支配されてしまい、目を向けたくない。もう方や人並みの愛を持ってはいるものの、肝心の虎千代を置いている。

 

「父上」

「む、晴景か!そなたもこの妖を殴れ!ここから、我らの前から消すのだ!」

「っ!兄上…!」

 

為景の悲鳴にも近い叫びと、綾御前の縋るような視線。晴景はそれらを無いもののように足を進め、虎千代の手を取った。

 

「父上、私はこれから虎千代と稽古をするのです。私の成長には虎千代が不可欠。私が見ておりますゆえ、自室にお戻りください」

「晴景、そなた…!」

「誤解はせぬよう。私はただ利用するだけだ。虎千代に肩入れする訳ではない……虎千代は連れてゆくぞ」

 

どちらにも組みしない。虎千代は言わば道具であると宣言し、少々乱暴に虎千代を庭へと出す。

そのことに、虎千代は笑顔を崩さぬまま……いや、兄との稽古に顔を輝かせた。

 

「兄上!虎千代と稽古などなんとも珍しいですね!お身体の加減はよいのですか?」

「ああ、今は特別調子が良い。ゆえに、此度もお前の勝利は有り得ぬ」

 

晴景。その身体は病に犯されやすい、少々頼りのないものだった。しかしそれでも、晴景は剣を持つ。武を磨く。なぜなら自分は、父たる為景に当主となるに相応しい将となれと言われているのだから。それなのにどうして、妹などに負けることができようか。

 

「いいえ、いいえ!此度こそ、虎千代が勝利します!兄上を超えること、それが私の望みです!」

「うろたえたことを言うものだ。お前の才能はまさに乱世を乱し泰平にも転がる程のもの。だがまだまだ童よ。お前は病弱で貧弱であるはずの兄に勝つことは能わぬ」

 

互いに木剣を構え、一合二合と剣を交わす。虎千代はまさに鬼才。それは父である為景さえも凌駕している。しかし虎千代は一度も晴景に勝つことができていなかった。それはなぜか……。

 

「父上の言葉に、何かしらの傷を負ったかと思ったが杞憂だったようだな」

「あはははは!兄上!虎千代はよくわかりませぬ!父上が何に怯えているのかも!父上がなぜ虎千代を殴ったのかも!」

「そうか、ならばよい。下手に何かしらのしこりを生んでいれば……」

 

 

その首、この場で叩き折るつもりであった。

 

 

虎千代と晴景の違いはそこだ。

虎千代は兄から一本を取るために試合するが、晴景は妹の命を獲るつもりで試合している。

 

面白き試合と真剣死合い。あくまで遊戯と戦い。

 

虎千代の剣を、文字通り必死の覚悟でいなし獲ろうとする。その違いこそ、強すぎた虎千代と弱すぎた晴景が戦えている理由だった。

 

虎千代は妖と呼ばれている。しかし、本当の妖とは……。

 

「むんっ!!」

「おおっ!?」

 

晴景の剣が虎千代の頭を捉え、その小さな身体を転がす。勝負は晴景の勝ちだ。

 

「才能はあれど()()童。身体も()()未熟ゆえな」

「あはははは!またです兄上!また虎千代は負けました!」

 

頭から少々血を流した虎千代が笑う。晴景もそれにつられて笑みを零した。

 

これで何度目か。殺すつもりで振った剣はやはり、虎千代の命を奪うまでには至らなかった。

 

虎千代とともに晴景は笑う。此度も、私は()()()()()()

 

諦観の笑みが、無機質な笑い声と重なる。

 

 

ああ、やはり。狂気に至った人とは、かくも恐ろしいものだよ。

 

 




壊れたモノ、狂うモノを書く時は、普段思いもしないことを浮かべながら書くべし。

ううむ、我が父ながらカッコイイのかちょっちダサいのか分からない言葉を投げかけてくるものです。


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蹴鞠や蹴鞠、茶を据えて

少しづつでもUAやお気に入り登録が増えていく……なんだか初心に帰れた感じです。
そうだなぁ、こんな風に嬉しかった。



人ならざるもの、そう呼ばれ、人をわからぬままに生きていた虎千代を、晴景は危ぶんでいた。

 

自分は病弱だ。いつ大病にかかりこの世を去るか分からない。そのような状態で、自分の跡を継げる者は虎千代しかいない。

 

やはり心配になるものだ。人を知らぬ虎千代は、家臣の心もわからずただ戦い続けることになるだろう。

 

そんなことは、そんな惰性は、晴景にとって到底耐えられるものではなかった。

 

「わからぬままに、父に言われたように、家臣に言われたように動き続ける。ならばいっそ」

 

その命を終わらせてやるのが、せめてもの情けではないか。

 

そう考え、稽古をする時は決まって殺しにかかるようになってから何年経ったか。

今や晴景は長尾家当主。そして虎千代は寺にて五常の徳を積み、栃尾城の主になったという。

 

元服を果たした後の名は景虎。長尾景虎だ。

 

「何も成せぬ……景虎を止めることも、倒すことも。なんと無力であろうか」

 

立派に成長した景虎に、もはや武では勝てまい。兵を集めるにしても、景虎の方に家臣の心は向き始めている。

 

打つ手なし。もとより、戦より芸事を好んでいた晴景に勝機はなく、戦のことに目を光らせる景虎を嘆くのは当然のことであった。

 

「兄上、戦勝の報告に参りました!」

 

襖をあけ、景虎が姿を現した。晴景は景虎へ一瞥のみくれると、手にしていた書簡へと目を戻した。

 

「此度は乱を鎮め、互いに義を通し合いました。これで中条氏も従うことでしょう」

 

晴景は少し身体を揺らすと、景虎へと目を向ける。普段のように笑顔を浮かべている景虎は、どうかしたかと首を傾げていた。

 

中条氏とは、二人の父である為景の頃から長尾家に仕えていた将。為景に習わぬ晴景の穏健な政策を批判し、上杉定実の伊達氏からの養子縁組の話を巡り対立していた。

 

景虎の言った乱、それは晴景と中条氏らの対立によって、晴景を見限り独立をしようと画策した黒田秀忠が起こしたもの。景虎は見事に鎮めてみせ、これによる家臣らの支持はより一層強化されることだろう。

中条氏も、実際に従うのは景虎の方である。景虎の求心力は、もはや晴景以上のものとなっていた。

 

「……潮時か」

「兄上!もし暇を余しているのであれば、久方ぶりに稽古をしませんか!?此度の乱では十どころか二、三も出すことができなかったのです!」

「……いいや、稽古はしない。それよりも景虎、蹴鞠をせぬか」

「蹴鞠ですか?はい、身体も動かせますし私は大丈夫です。しかし、兄上のお身体は?」

「心配するな。今日はいくらか気分がよいゆえ、少しばかり動いてもよかろうよ」

 

蹴鞠、それは鞠を蹴り上げ相手に渡し合う芸事。あらぬ方向へ飛んだり、見事な返しを楽しみながら身体を動かせるのだ。

 

「そら、取ってみよ」

「なんの!この景虎、勝負ごとでは兄上に負けませぬ!」

 

高く蹴り上げたり、うってかわり低く蹴ったり。これは技術とともに相手をどう崩すかの楽しみ方もできる。

 

軍略の全てを発揮できなかったらしい景虎にはうってつけだろうと、晴景は確信していた。

 

「あはははは!兄上!これは楽しいですね!」

「そうか」

 

言葉少なく、しかし笑を零した晴景は、意地悪にも空高く蹴り上げた。少々面食らった景虎はしかし、笑みを浮かべて鞠の落下地点へと滑り込んだ。

 

「あはははは!にゃー!!」

「むっ!?」

 

しかし、気分がほぼ限界まで高まってしまった景虎は、かなりの高さから落ちてきた鞠を全力で蹴り上げてしまった。

 

凄まじい落下速度と御仏の如き力を持つ景虎の蹴り。これらが真正面から衝突した結果、あわれ鞠は耐えきれず割れ潰れてしまった。

 

「「………………」」

 

建付けが悪い戸の如く、角張った動きで首を晴景へと向ける景虎。たかが鞠一つ、されどその鞠は長年晴景が大事にしていたものだった。

 

「……兄上」

「過ぎたことはどうにもならぬ。来い、景虎。茶を馳走してやろう」

 

踵を返し部屋へと戻る晴景。その背はどことなく弱々しく見え、それがさらに景虎への追撃となったのだった。

 

 

 

 

 

「兄上、茶の湯も修めていたのですね」

「うむ。芸事は一通りな……景虎も諸芸を嗜んでみるか」

「いえ、私はいいです。そもそも、長尾の家風に合いませぬし」

「……なるほど。景虎、お前は勘違いしておるな」

「勘違い…?」

 

茶を一口含み、その味をもって心を鎮める。茶の湯とは仏道の禅の修行でもあるのだ。

 

「景虎、お前は戦のことばかり考えておるな」

「はい」

「その戦は多くの命を奪うものであることもわかっておるな」

「はい。闘争とは愉し…忌むべきものです」

「……忌むべきものであることはわかっておるのだな?」

「はい」

「……では、一つ問おう」

 

茶で口を潤し、一拍置いてから口を開く。いつになく真剣な晴景の表情は、景虎に無意識にも居住まいを正させた。

 

「戦とは。なにゆえに連続して起こるものか、わかるか」

 

人の争いが長引き、連鎖を引き起こすこと。その理由を、晴景は景虎へと投げかけた。

 

 




意外と一話に収まらなかったなぁ。見立てが甘かったか。


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雅の心は、和の心

評価、お気に入り登録ともにありがとうございます。

正直Fateと戦国無双の威を借りてる感が否めませんが、それでも嬉しさが勝る今日この頃。

よろしければ、来たるべき最終回まで、よろしくお願いします。


「戦が連続して起こる所以…ですか」

「そうだ」

「……景虎は存じ上げませぬ。兄様は答えを既に…?」

「答えなど。これは数多の要素が入り乱れたもの、人がその全てを知ることが出来ぬほどに複雑怪奇。だがその一端を掴むことは可能」

 

茶を飲み干し、再び一服拵える。その間、景虎は晴景が茶を入れる様子を黙って見ていた。そこには、己が知りえぬものの一端を掴んだという兄への急かしが見え隠れしていた。

 

対して、景虎を待たせてはいるものの晴景は手抜かりなく、急ぎもせず茶を立てた。それを一口飲んだ晴景は、まだ中身の残る茶器を景虎へと差し出した。

 

景虎は黙って茶器を受け取り、中の茶を飲み干した。深い旨みと、熱過ぎず、しかしぬるいという程でもない温かさを堪能した景虎は、茶器を口から離し、ほうと一息。いくらか柔らかくなった表情と茶器を、晴景へと返した。

 

「……これは、宇治の茶ですか」

「左様。私はこの茶が最も好みとするところ。楽になったか」

「はい」

 

景虎の知欲と早った心持ちを、晴景は茶一つで解してみせた。再び一服拵える晴景。今回は立てる最中にも話を続けた。

 

「話を戻そう。私が思うに、戦とは人の心が強く響く。互いに意志をぶつけ合い、より強き志を示した者が勝つ……しかし、戦とは死を生む。家臣の死、己が斬った者の死…打ち続く戦は意志持つ者の心を蝕み、荒ませる。そして、その荒んだ心が義無き戦を生む」

 

立てた茶を一口啜り、茶器を置く。その流れは完成されたもので、一つ一つの動作が完成されていた。

 

「ではもう一つ問おう……お前にとって、諸芸とは」

「諸芸……遊戯、でしょうか。つかの間の心の休息方法、とでも申しましょうか…」

「ふむ……では諸芸が何たるか、教えよう」

 

晴景は姿勢を正し、真っ直ぐと景虎の目を見つめる。それに気押されたのか、少々景虎の足が崩れた。

 

「……茶の湯は禅の修行。御仏を敬うのであれば平静を心がけ、居住まいを常に意識せよ」

「も、申し訳ありませぬ!」

 

景虎が姿勢を正したのを見、晴景は再び口を開いた。

 

「諸芸とはすなわち、雅の技。雅の技は公家衆の道楽にあらず。その極意とは、和を愛でる心。人の和は、私が好みお前が息づかせている義にも通ずるものだ。和の心とは、すなわち愛。愛なき闘争では義を語ることはできぬ」

「…………」

「景虎、お前には理解できぬこともあろう。しかし、義を通そうとするならば心得よ。雅の技を極むれば、やがて目覚むる和の心。ゆえに私は芸事を好む。皆で仲良う、雅なる諸芸に打ち込むことができれば、どれほど良い事か」

 

残りの茶を飲み干し、そばに掃ける。茶の湯は終わった。晴景は姿勢を崩し、景虎もそれに習った。

 

「景虎よ、そなたにも心得を授けておこう。雅の心は、和の心。互いを尊ぶことこそ、何より大事なのだ。相手を和ませ、自ら和む。皆が和めば、必然的にそれが平和に繋がる」

「心得ました兄上。私も諸芸を嗜んでみまする」

「うむ……しかし、これは強制ではない。お前はお前の答えを得よ。流され、惰性に生きるは無価値……お前は神のごとき才がある。であれば、その力を律することが必要だ。力が正義であってはならぬ。しかし、力はすぐに正義の仮面を被ろうとする。力を制し、義を思え。さすれば、泰平の道は見つかるだろう」

「わかりました兄上!やはり兄上とおると勉強になりまする!」

「……ただ、世の常を語っただけに過ぎぬ。そろそろ評定があるゆえ、私はもうゆく。お前も栃尾城へ戻れ」

「はい!では兄上、さらばです!」

 

景虎が部屋を出ていく。晴景は凝り固まった身体を解すと、使っていた茶器を叩き割った。

 

「雅の心は、和の心。しかして、茶の湯を経てもなお落ち着けぬとは……我が恥よ」

 

自分は長尾家当主。そのようなことで恥を作ってはならない。ゆえに、茶の湯に使った全ての道具を壊し、捨てた。

 

「景虎よ、お前には私の教えなど授けたくはなかったわ。お前は人がわからぬ。どれもつまらぬ塵芥としか思えなくなるだろう。人の和の尊さをわからねば意味は無いのだ。諸芸を嗜もうと、そこに真の和みが訪れることはあるまい。それは、惰性に生きる無様と何が違うのだろうか」

 

ただただ、それを変えることのできぬ自分が憎らしい。

 

晴景はしばらく座ったままだった。しかし、頭を軽く振り立ち上がると、評定のために部屋を立ったのだった。

 




会話が多くなってしまった。「」内が長いと読みづらくなっちゃうんだがなぁ。


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八年当主

評価・感想・お気に入り登録ありがとうございます。
どれもが次を書くための励みになりました。



春日山城内の一室。家臣たちはひそひそと何かを話していた。

 

「……どうも、晴景殿は病弱で困る」

「なっ、無礼だぞ!」

「しかし事実。これでは士気が上がらぬ」

「やはり合戦には大将が出てくれねば」

 

晴景は病弱であり、戦に出ることも稀だった。家臣を鼓舞し戦局を見定める大将がいなければ、兵の士気も下がるというもの。それでは戦に勝つことも難しくなる。

 

「政務はこなすが、蹴鞠に闘鶏などの芸も頻繁にするというぞ」

「越中や信濃も睨まねばならぬというのに、なぜ殿は遊戯に浸ることができるのか……」

 

諸芸は所詮遊戯。それは共通の認識であり、晴景の考えもまた稀のものであった。晴景自身、話したのは景虎へのみ。家臣団がよく思わぬのも無理はなかった。

 

「虎千代さまは立派に育ったそうだが」

「そうだ、景虎さまは黒田の反乱もすぐさま鎮めてしまった!」

「城主としての器も申し分ないじゃろう」

 

ここで晴景の求心力の無さが糸を引いた。もはや晴景に忠義を尽くそうと考える者は少数。晴景の義を慮る政策は、武士以上に自分たちと国を思う家臣たちの心を引きつけることは無かった。

 

「景虎殿に当主となってもらおうではないか!」

「如何する、景虎さまを立てて戦をしかけてみるか?」

「いやいや、骨肉の争いでは長尾家の力が弱まる。そうなれば上杉が黙ってはおるまい」

 

一度、上杉定実は長尾家を倒し実権を取り戻そうとした。春日山城を占拠するまでには至ったがしかし、為景に敗北しさらに威信を失った。それでもこりず、晴景を伊達氏との養子縁組により家中分裂を計ったりと暗躍していたのだ。

 

「上杉を調子づかせるわけには……む?そうか、上杉!」

 

家臣の一人が妙案を浮かばせた。家臣たちはそれに賛同し、手配を進めるのだった。

 

 

 

 

 

一五四八年、春日山城━━

 

雪の降る中、晴景は綾御前とともに酒を味わっていた。美味なる越後の酒、肴は綾御前の漬けた梅干し。

 

晴景は酒を含むと、梅干しを口に放り入れた。

 

「………………」

 

酸っぱさに思わず顔をしかめる。酒で少々緩んでいた表情は微妙なものとなってしまった。

 

「ふふふ、どうやら漬けすぎてしまったようですね」

「……いや、これぐらいが丁度いい。酒に緩んだ気が正される」

 

酒を飲み干し、もう一つ梅干しを頬張る。またもや微妙な表情となった晴景を見て、綾御前は笑った。

 

そんな平和の中、駆ける音が聞こえ、襖が開き小姓が一人顔を出した。

 

「晴景さま!上杉定実さまがいらっしゃいました!門を開けよと仰っています!」

「そうか…うむ、そろそろ来る頃だと思っていた」

「如何致しましょう!?」

「通せ、会う」

「承知致しました!」

 

小姓が走り去る。綾御前はどこか不安そうに晴景を見、晴景は心配いらぬと首を振った。

 

 

 

「定実殿、よういらした」

「久方ぶりですな、晴景殿」

 

上杉定実が晴景と対面した。にこやかにしているが、その目は決して笑っていない。それどころか、どこか嘲りを含んでいた。

 

「お身体の調子は如何かな?」

「うむ…このところ、かなり怪しい。これが一時限りのものなのか、このまま終わるのか、まだわからぬ状態だ」

「ふむ。では、そんな晴景殿に相談があるのだが」

 

定実が笑みを深くする。それを見た綾御前が口を挟もうとするが、晴景は手でそれを制した。

 

「……して、相談とは?」

「近頃、家臣たちの間でも頻繁に景虎殿の功が噂されていてな。わしの耳にも届いた……率直に言おうか。家臣たちはおぬしよりも景虎殿を望んでいる」

「無礼者!」

 

綾御前が立ち上がり叫ぶ。しかし定実は変わらず笑みを浮かべながら続けた。

 

「家臣たちは病弱たるおぬしに不満を持っていてな。乱を鎮めた景虎殿のほうが頼りになるのじゃろうて」

「兄上!もはや話を聞く必要はありませぬ!義と愛を貫く兄上にそんな…!」

「やめよ綾。こうなることは、私はわかっていたのだ」

「兄上…!」

 

晴景はため息を一つ。そして、未だに笑みを浮かべている定実へと口を開いた。

 

「景虎であれば私よりも扱いやすいとでも思ったか。それとも……お前も()()()()()()()()()

「…………」

 

晴景の言葉に、今まで笑みを浮かべていた定実から感情が消えた。

 

「心配せずとも、私は景虎に家督を譲ろうとは思っていた。が、それは今ではない。まだまだ、あやつには教えねばならぬことが……っ!?」

「……っ!兄上!」

 

晴景が突如、胸を押さえた。表情を歪め、脂汗が出始めている。綾御前が駆け寄るのと同時に、定実は立ち上がり晴景から背を向けた。

 

「ぐっ…はぁ…定実、お前が行こうとする道は破滅が待っているぞ…!」

「……いや、景虎()()に仕えることこそ。それをわかっておる者は多い。お前如きがどう足掻こうと、神仏の化身たるあの方には及ばぬ。お前のその苦しみこそ、天の答えよ」

 

定実が去り、残ったのは苦しむ晴景と必死に介抱しようとする綾御前のみ。晴景は苦しみながらも、綾御前を振りほどき、叫んだ。

 

「綾、景虎を…景虎を呼べ!今すぐここに連れて参れ!」

「しかし兄上!」

「行け!ぐぶっ!?……くっ、早く伝えねばならぬ事がある。早く連れてこい……っ!」

「う……承知致しました。誰ぞ!兄上を寝床へ!」

 

駆けつけた小姓が晴景に肩を貸し、寝室へと向かう。それを見届けると、綾御前は景虎がいるであろう栃尾城へと馬を走らせたのだった。

 

 




今さらだけれど、病弱で戦にも出ず家督をすぐに譲るのに題名の『勇将』はおかしいかな……意見求む!


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景虎、台頭す

戦国の世は、急な病で世を去る猛将たちも多い。

そんな世に病弱で生まれてしまえば……早死するのは当然の帰結である。


春日山城、夜━━━

 

景虎は綾御前から晴景の症状が悪化したと聞き、すぐさま馬を駆けさせた。徒歩で約一日かかる距離…しかし景虎は休みなく走らせることで、綾御前に伝えられた日のうちに春日山城に到着出来たのだった。

 

「景虎さま!もういらっしゃったのですか!」

 

小姓が景虎を呼び止める。景虎は小姓に気づくと、早足で詰め寄った。

 

「兄上の様子は!」

「……酷く苦しんでおられます。おそらく、今夜が峠かと」

「な……兄上は何処に!」

「あちらの寝床に…」

 

景虎は足音も気にせず、廊下を走り襖を開ける。そこには敷かれた布団の上で苦しげな呼吸を繰り返す晴景の姿があった。

 

「兄上!」

「はぁ…はぁ……景虎か…」

「はい!私はここに!」

「お前に…お前に、教えねばならぬことが……」

「兄上…」

 

身体を起こそうとして、しかし力が入らずに上半身が軽く上がるだけ。景虎は傍によると、そっと晴景を抱き起こした。

 

「ああ…景虎……」

「兄上、無理はなさらず。ご自愛くださいませ」

「……そうはいかぬ」

 

景虎は晴景の答えに何かを感じ、晴景の顔を真っ直ぐ見つめる。晴景はしっかりと景虎の目を見ながら言葉を紡いでいった。

 

「お前は人がわからぬ…そうだな?」

「……はい。景虎は五常の徳、そして義を()()ました。人はそう思い、そう考えて生きるのだと。しかし……いいえ、いいえ!私にはわかりませぬ!人というものが、弱くつまらぬものとしか思えぬのです!」

 

景虎の目が変わる。為景が恐れた目、綾御前であっても唯一触れることはついぞなかったもの。瞳が歪み、もう一つ白い瞳ができるのだ。

 

「景虎……」

「わからぬのは人だけではありませぬ!兄上!私はあなたがわからぬのです!」

 

抱き起こしていた景虎の手が、叩きつけるかのように床へ押し付けた。弱っていた晴景は大きく咳き込み、血の塊を吐き出した。

その血が顔にかかるが、気にせず景虎は続けた。

 

「父上は怯えをもって言いました!私の目は妖の目だと!皆は祈りをもって言いました!私の目は神仏の目だと!しかし、兄上だけなのです!目をそらすこともせず、しかし怯えも祈りもなく見る者は!答えてください兄上!兄上にとって、私の目は何物なのでしょうか!」

「…………」

 

晴景は苦しさに顔を歪めながらも、しばらく熟考した。景虎は笑いの面を貼り付けたまま、じっと晴景を見たまま動かない。それを見ながらも、ついに晴景が口を開く。

 

「雪は城に満ちて冬気驚く……霜は地に立ち、月三更。我仰ぐ眞白なる月…はぁ…さもあらばあれ、内苦、行苦を憶うを」

「……雪は城に降りて、冬の気配を気づかせる。霜は地を染めて、月は更けていく。自分が仰ぐ真っ白な月を見ていると、身体の苦も、生の苦も忘れてしまいそう」

「くっ……はぁ…はぁ……」

 

景虎の力が弱まり、晴景は優しく抱き起こされる。景虎の目は戻り、貼り付けたかのような笑みも意思ある慈しみの笑みに変わっていた。

 

「兄上……申し訳ありませぬ」

「よい…よい……景虎、お前は人がわからぬだろう。そして、どれも弱くつまらぬものと見えてしまうだろう……だが、お前ならきっと、弱く…されど強き者と巡り会えるであろう……私にはわかる…それまでに、お前は強敵との会合も……」

 

晴景はゆっくりと呼吸しながらも、景虎の肩に手を置いた。

 

「戦に関しては…今生最後の教訓を教えよう……いずれ強敵との会合に備えてな……」

 

苦しみに耐えながら、晴景は少しずつ言葉を紡ぐ。景虎はその一言一句をしかと聞き届けた。

 

「はい、その教えは来たるべき強敵のために」

「うむ……ふさわしき強敵を得るは、友を得るより勝る。心しておくことだ……これで戦の教えは全て教えた。景虎、長尾の家督をお前に譲る…後は頼むぞ…」

「はい、万事この景虎にお任せください。兄上はご自愛くださいませ」

「うむ…うむ……」

 

晴景はゆっくりと目を閉じる。景虎の耳に、少々乱れつつも穏やかな寝息が届き始めた。

 

「………………」

 

景虎は部屋を立ち、馬に跨った。目指すは栃尾城。しかし、その進みはゆったりとしたものだった。

 

ふと、景虎が空を仰ぐ。降っていた雪は雲とともに去り、綺麗な月が輝いていた。

 

『我仰ぐ眞白なる月。さもあらばあれ、内苦、行苦を憶うを』

 

「……私も、天に浮かぶ輝きとなれるでしょうか、兄上」

 

景虎は背後を振り返る。晴景のいる春日山城はすでに遠く。しかし、景虎の胸に秘めた教えは、しっかりと刻み込んでいた。

 

 

 

 

 

春日山城、その壁に教えはある。

 

 

運は天にあり。

鎧は胸にあり。

手柄は足にあり。

 

何時も敵を掌にして合戦すべし。傷つくことなし。

 

死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり。

 

家を出ずるより帰らじと思えばまた帰る。帰ると思えば、ぜひ帰らぬものなり。

 

不定とのみ思うに違わずといえば、武士たる道は不定と思うべからず。

 

必ず一定と思うべし。

 




早死するのは当然の帰結であるが、晴景は稀に見る長生きの類であった。

最終回じゃないぞよ、もうちっとだけ続くんじゃ。


1548年(天文17年)、12月━━
長尾晴景、長尾景虎を養子とし、家督を譲り隠居する。しかし、まだ死は遠く。


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白鬼退治

評価・お気に入り登録ともにありがとうございます!
UAも今までの作品の中で一番勢いあって、怖…ン゛ン゛ッ、やる気が出てきます。


隠居した後、晴景は満足に動くことは許されなかった。峠を越えた晴景だったが、その身体は弱り運動ができなかったのだ。

 

それによって蹴鞠などいくつかの諸芸が禁じられた。晴景にとってそれは辛いことであり、できるのは茶の湯や連歌など。それでは身体がよけいに弱くなると感じた晴景は、たびたび馬で近辺を駆けるようになっていた。

 

その度に小姓などの従者に連れ戻されてはいるが、晴景は懲りる様子はない。部屋に篭っている方が身体に良くないと言っては従者の死角を突き抜け出していた。

 

 

 

 

 

晴景は近辺の里に立ち寄っていた。乱世の村は基本、他所者を招き入れたりすることはない。たいていは間者や山賊の引き込みだったりするからだ。

 

「あ、晴兄〜!」

「また来てくれたんだ〜!」

 

しかし、何かとつけて馬を出す晴景は何度も立ち寄っていた。最初は農具を片手に威嚇していた民も次第に気を許していき、ともに仲良く遊べるほどにまでなったのである。

 

「お前たち、息災か」

「うん!でも…」

「晴兄助けてよ!山に白鬼が出たんだ!」

「白鬼…?」

「おい!晴兄には内緒って言っただろ!」

 

子供たちは口々に白鬼という言葉を口にする。詳しく問いただしてみると、どうやら里のすぐそばにある山に白い怪物が現れたらしい。

 

「晴兄!白鬼をやっつけてよ!」

「……よし、やろう」

「ええ!?だけど晴兄!こんな危ないこと晴兄には…」

「よい。お前たちを恐れさせるものは、この晴兄が倒してやろう。お前たちは朗報を座して待つといい」

 

馬に跨り、早足で件の山へと向かう。いざ着いてみると、山は重苦しい威圧感のようなものに包まれていた。

 

「……馬は動かぬか……まあいい。何かあるのは確実、ならば確かめねば」

 

手綱を近くの木に括りつけ、刀に手を添えながらゆっくりと登っていく。山は静まり返っていた。獣の気配もなく、鳥の姿さえ見えない。

 

「………………」

 

見られている。獣のような敵意や警戒のものではないが、物音ひとつ立てず、晴景の進む速さに合わせて移動しているそれに警戒せざるをえなかった。

 

気づかぬ振りをしながら晴景は登り続け、ついに山頂へとたどり着いた。道中よりかは木々も少なく、ある程度見渡しやすい。ついに晴景は、未だに出てこないそれに接触をはかった。

 

「何者か。道中、私をつけていた時に名乗りを上げぬのは何故か。私ごとき、名を知らせる価値もないとでも。言の葉通ずるなれば出でよ。さもなくば、そなたは我が身を恐れる臆病な鬼として嗤い続けようぞ」

 

背後の茂みが揺れる。刀の柄に手をかけ、素早く体勢を変え構える。茂みから現れたのは…人だった。それも晴景の知子だ。

 

「……お前、また放浪していたのか」

「兄上こそ、ここに何用ですか」

 

いたのは晴景の妹、現当主である長尾景虎だった。景虎には放浪癖があり、よく一人で行先を誰にも伝えず出かけることが多々あった。晴景は、たまたま放浪していた景虎と出会ったのだ。

 

「里の者から、山に白鬼が現れたと聞いてな。なるほど、お前だったのか」

「鬼……私は、実際に場の空気を吸わねば、策がかちりと頭に入らないのです。絵図面や文献では詳細が詰められないので」

「……ここが戦場になると?」

「いえ、そんな予定はありませぬ。万が一のために立ち寄っただけですから」

 

ため息をつくと、来た道を戻り始める。景虎もそれに続き、晴景は怪訝そうに景虎を見た。

 

「場を見ていたのではなかったのか」

「いえ、もう十分見ましたので」

「ならばなぜついてくる。私は里に戻るつもりだが、お前は春日山城に戻るべきではないのか」

「近くにあるという里も見ておこうと思ったので」

 

面倒そうな顔をしつつ、それ以上は何も言わない晴景。許可を得たと感じた景虎はそのまま晴景とともに山を下りていった。

 

 

 

 

 

里に戻った晴景に、子供らが駆け寄ってきた。しかし、晴景の後ろにいた景虎を見ると、白鬼だと言って晴景の背後に隠れてしまう。

 

「………………」

「あー……」

 

景虎は石のように固まり、目が変わってしまった。それを見た子供らはさらに悲鳴をあげる。笑顔のまま固まっていた景虎の顔がヒクヒクと痙攣し始めた。なんという悪循環か。

 

「……景虎、こちらに」

「兄上……?」

 

子供たちから離れ、景虎を呼び寄せる。子供らが心配にそうに見つめ、しかしこちらによってこないのを確認した晴景はそっと耳うちした。

 

「なるほど……」

「わざわざ乗ってやるのも一興だろう。さあ、行こうか」

 

晴景たちは子供らのもとに戻る。子供たちは晴景の後ろに隠れ、景虎は少々反応するも、手を広げながらゆっくりと近づいてきた。

 

「が、がおー。我、汝らを喰らわん!」

「むむ、白鬼め山から下りてきたか!だがこの晴景の前に出たのが運の尽きよ!」

 

晴景は大きくうごきながら、勢いよく……しかし寸前で速度を落とし軽く景虎の頭を叩いた。

 

「が、がおー。我、討たれり」

 

景虎はおおげさに地に倒れ、それを見た子供たちは大はしゃぎ。子供らは晴景、起き上がった景虎とともに遊び、やがてそれぞれの家に帰って行った。

 

「…………」

「ぼーっとせんと。帰るぞ」

「は、はい!」

 

馬に景虎を乗せ、春日山城へと走らせる。背後からは、未だにどこかそわそわとした落ち着きのなさを感じたのだった。

 




今回、アンケートをとります。
内容はカルデアでの話も入れるか、晴景が死んだらそこで終わらせるか。
よろしければ投票お願いします。


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小野川温泉

評価・感想・お気に入り登録・誤字報告ありがとうございます。




小野川温泉━━━

 

晴景は湯治のために綾御前と小野川温泉を訪れていた。開湯のきっかけはかの平安美人、小野小町が見つけたからだと言われる。

 

出羽国に位置し、地場の者しかほとんど知らない。それゆえに人が少なく、晴景が訪れるにはうってつけだった。

 

「綾、あちらから温泉が湧き出ているというぞ。ちょうど良く背を預けられそうだ、行ってみよう」

「はい、兄上」

 

温泉の奥へと進み、手頃な場所に落ち着く。晴景は持ち込んでいた酒壺を湯に浮かべ、杯で一口ずつ口に含んでいった。

 

「兄上、あまり多くは……」

「なあに、酒は百薬の長だ。それにこれほどの良い湯なのだ、少しばかり羽目を外してもよかろうよ」

「兄上は景虎の政務を助けるでもなく、連日連歌会やらをしているではありませんか」

「景虎が私に助けてくれと言うのであればやるが、私から関わろうとすると噂の一つは立つであろう。家督を取り戻そうとしているだの、景虎の隙を伺っているだのとな。であれば、初めから何もせぬ方がよい」

「そうですか……」

「流石に人望が無さすぎたわ。隠居した後は諸芸を広め和を説こうと思うていたが、もはや私の話を聞くのは里の者どもくらいよ。さらには相模のうつけ殿が相撲を奨励しておるらしいではないか。これでは蹴鞠らも流行らぬわ」

 

相模を治める北条家、その当主は早雲の孫の北条氏康。彼は相模のうつけと呼ばれ、周囲の国から侮られていた。しかし、今や両上杉氏を退け関東に強い勢力を展開している。

 

景虎も上杉憲政殿を助けるために、たびたび関東に出兵し氏康と争っていた。

 

そんな氏康が相撲を推奨したことで、蹴鞠などの運動を伴った諸芸をする者が少なくなった。

 

「しかし諦めぬぞ。いつかは雅の技を広め、人の和の尊さを天下に……そう、言うなれば天下布雅!」

「兄上、素晴らしい夢ですが現実を見ましょう」

「ぬ…それはわかっておる。もはや私に力は無い…しかし、やはり諦めきれぬものよな…」

 

酒を呷り一息。義を用いた穏健な策は、皆にとってはぬるま湯。乱世の熱湯につかる武士らにとって、晴景のぬるま湯では物足りなかったのだ。

 

ゆえに心をつかめず、こちらを慕う付く家臣はほとんどない。戦にて活躍する景虎に従うのは自明の理。何事も力なくしては守れず、成すこともできない。それが乱世の鉄則なのだ。

 

「兄上、今はこの湯を楽しみましょう。せっかくの温泉なのです、そんなに思い詰めず…羽目を外すと言ったのは兄上ですよ」

「……ああ、そうだな」

 

身体を伸ばし、大きく息をつく。綾御前は自分の杯に酒を注ぎ、一息に飲み干した。

 

「……綾、お前それほどの量飲むものだったか?」

「はぁ……景虎を信奉する者が多く、扱いに困っているのです。飲まねばやってられません」

「まったく……定実殿といい、うろたえた者の多いことよ」

「そういえば、景虎は誘わずにいてよかったのでしょうか?」

「景虎を…?はっはっは、あやつの頭は戦のことばかりよ。関東出兵もたびたびしておるし、温泉を楽しむなどあの戦馬鹿は考えぬだろうよ。ましてや、この知る者ぞ知る美人湯など」

 

笑いながら晴景は酒を自分の杯へ注ごうとする。が、何故か酒壺の中身は全て無くなっていた。

 

「む?綾、まさか全部飲んだのか。その速さで飲めば身体を壊すぞ。私よりも先に死ぬのは許さぬからな」

「はい?まだ酒は一杯しかいただいておりませんよ」

「ええ、姉上は飲んでおりませぬ。私がすべていただきましたゆえ」

 

空気が凍る。暖かいはずの湯は雪解け水のように感じ、酒と湯で火照っていた身体は芯まで冷えた。

 

音も無く、気配も無く。綾御前とは反対側の、晴景の隣に景虎が浸かっていた。

 

「か、景虎…?お前、なぜここに……」

「少しばかり休息をと思い、兄上のもとへ伺ったところおりませんでしたので。小姓の者に聞き馬で一駆けしてきました」

 

景虎の杯には波々と酒がつがれており、その全てを景虎は一息に飲み干した。

 

「ふぅ……それで?誰が温泉を楽しむことすら考えぬ戦馬鹿でしたか」

「な、そ…それは……」

「あはははは!兄上、むこう傷というのは武士の誉れらしいですよ。一つ、その顔に付けて差し上げましょう!」

「うおおおああああっ!?綾、た、助けよー!?」

 

晴景に飛びかかる景虎。幸いにして客は晴景らしかおらず、他の者に迷惑をかけてはいなかった。温泉は静かに入るものなのに…と嘆息するも、どこか楽しげな笑みを浮かべる綾御前なのであった。

 

「あはははは!兄上、お覚悟!」

「ま、待て!ぎゃあああっ!!」

 

なんとか傷を付けられはしなかったものの、晴景は景虎を誘わず温泉に行くことは無くなったという。

 




昔は現代ほど、男湯女湯という区別はそこまで重視されていません。なので混浴なのはそこまで珍しくはありません。なんの問題もないのです。いいね?

小野川温泉は、綾御前や上杉家を支えた直江兼続が好んだとか。(戦国無双)
また、伊達政宗が湯治に用いた温泉であるようです。(ウィキより)

まさかこんなにアンケート投票をくださるとは。カルデアに入れるのは決定として、イベントに出してという声も多かったのでどれに出そうかなと考え中です。


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晴景征伐

お気に入り登録・感想ありがとうございます。
ほのぼのを挟んで、あとはガッと。


甲斐の虎始動す。

 

父を追放し武田家当主となった武田晴信が、本格的に信濃侵攻を開始した。

 

武田晴信は知略に長け、必滅の策を用いる鬼謀の将。兵を手足のように操り、小笠原氏や村上氏へと攻撃した。

 

南方の武田に警戒を示した景虎は、隠密頭を複数放ち状況を逐一確認。信濃には景虎と縁がある者たちが多くいる。彼らが潰されぬように援助の姿勢を示した。

 

武田と長尾及び上杉の対立が激しくなってきた時、春日山城にて事件が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「火事じゃー!」

「早く周囲を壊せ!火が移る!」

「馬が暴れておる!なだめよ!」

 

春日山城の馬小屋が火事にあった。戦が起こるかもしれないいま、貴重な移動手段である馬が襲われた…それは相当な痛手となってしまう。

 

幸いにして火が放たれたのは一つだけ。それが何の手によるものかはすぐに察しがついた。武田側の回し者がいるのだ。

 

すぐに忍びか間者がいないか捜索がなされた。その結果、馬小屋の近くをうろついていたという者が一人見つかった。

 

その者こそ、晴景の世話をしていた小姓の一人であった。

 

小姓は簡単に口を割り、ことの全てを口にした。

 

「晴景さまの命で火事を起こしました。晴景さまは、武田と繋がり長尾家当主に戻ろうとしているのです」

 

「やはりか。晴景は人に告げず屋敷を抜け出していたという。武田と会っていたに違いない!」

「景虎さまや綾さまと共にいたのは隙を伺うためであったのか!」

 

家臣たちは次々に晴景への怒りを示した。景虎にもそのよしが伝えられ、家臣らの声を無視することもできず……。

 

「晴景を抑えます。兵を集めなさい」

 

家臣らの働きにより速やかに兵は集まった。景虎は自ら大将を務め、晴景の屋敷を包囲したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「晴景さま!景虎さまの軍勢が屋敷を囲んでおります!」

「………………」

 

晴景にもその報は知らされた。晴景はただ目を閉じ、立てた茶を飲んでいる。

 

「景虎さまは門を開け、投降せよと仰っていますが…!」

「……お前たちは投降せよ。私だけ、この屋敷に残る」

「なっ!?しかし…!」

「こうなることはわかっていた。私はここで死ぬと決めていたのだ。お前たちまで地獄に落ちるつもりか」

「……かしこまりました」

 

小姓たちが去り、晴景は静かに茶を飲み干す。そして立ち上がり、立てかけてあった刀を取った。

 

「うろたえものどもが。欠片も案じていないというのに、なぜ私にその姿勢をとるのか。どれもこれも景虎にかぶれおって」

 

門が破られる音がした。晴景は刀を抜き、庭に出る。その中心で、静かに構えた。

 

「馬小屋の火事……ふふ、()()()()()()()()()()。だが、天が……乱世が私の命を欲するというのならくれてやろう」

「いたぞぉ!晴景を捕らえろ!」

 

足軽隊長らしき者が複数の兵を侍らせ晴景へと駆ける。

 

景虎の命は晴景を捕らえること。刀を抜いている晴景に武器を向けながらも捕縛しようとする。

 

「だが、タダでこの首くれてやるつもりはない」

 

晴景の刀が振るわれる。その刃は首を、脇を、斬り裂き絶命させた。

 

「我は為景が子、長尾晴景なり!農民上がりの雑兵などで我を卸すことかなうと思うな!」

 

屋敷の外にも響くように、声高らかに名をあげる。大声を出したことで少々咳が出たが、これから死ぬのだ、気にしている場合ではない。

 

晴景の宣戦布告を聞いたのだろう、次々と現れる兵は殺気を放ち、その刃を晴景へと躊躇なく向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷の外にて、景虎は晴景の声を聞いた。

 

「なぜです、兄上」

 

景虎は悲しみも何も感じない。もとからそれらがない代わりに、あるのは困惑ただ一つ。

 

「投降すれば命だけは助けられた。兄上程の者であれば何もしようと勝ち目はないことはわかっていたはず……なぜ、ただ一人でそう戦うのですか…」

 

 

 

 

 

 

 

まるで景虎の問いに答えるように、晴景は呟いた。

 

「それが、よい」

 

すでに息切れをし始めている。軽い発作も起こりつつある。しかし、その身に傷はほとんどなく。晴景の周囲には死体の山が出来上がっていた。

 

「全ての命は等しく尊い。つまり、全ての命は等しく無価値。この私を倒せぬ意志なき兵など、お前には不必要だ」

 

晴景は病弱であったが、為景の息子であった。その才は他のものを凌駕しているが、死病がそれの邪魔をする。

 

それでも、民兵卒の雑兵ごときにくれてやる命は持っていない。

 

また、血が飛んだ。兵の命が終わる。

 

人の和を説いたというのに。義を通すことをなにより第一に考えていたというのに。

 

未だに死せず、命を繋ぐ。

 

そうして幾人かを斬り続け、ついに膝をつく。そんな晴景に、一つの影がさした。

 

「……やっと来たか。うろたえものめ」

「………………」

 

長尾景虎自ら、晴景を討つために出陣していた。兵は晴景の威と強さに士気を下げられてしまい、自ら出ることで鼓舞している。

 

いや、そんな打算はない。景虎は晴景へ……自らその命を終わらせるためだけに現れた。

 

「………………」

 

景虎、晴景ともに武具を構える。ただ互いに黙りながら、晴景の剣と景虎の槍は交差した。

 

 




とうとう戦国時代にて、終盤。
晴景は己の意志をもって景虎へと挑む。


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駆けよ

感想・お気に入り登録ありがとうございます。

どのイベントに出すか決めました。さて、後は……。


「晴景さまが景虎さまと戦い始めたぞ」

「よし、私たちもやるべきことをやろう」

「ああ……晴景さま、いずれあの世にて会いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽も沈みかけ、辺りは暗く。

 

しかし、未だに屋敷からは剣戟の音が鳴り響いていた。

 

「ゴホッ…ォオアッ!」

「………………」

 

発作が起き、今にも意識が飛んでしまいそうなほどの苦しさ。それでも、晴景はその才を発揮し刀を鋭く振るう。

 

その一撃一撃が、雑兵であれば急所でなくとも死に至らしめるほどの威力だった。

 

が、相手は北方の守護神、毘沙門天であった。

 

晴景は打ち合いによって息切れが激しく、しかし景虎は息一つ乱していない。

晴景の刀は槍にいなされ、軽々と受け止められた。

 

晴景の刀は、神仏のごとき…人を超えた力と才を持つ景虎には届いていなかった。

 

この打ち合いも何度目か。晴景はもう、数えるのをやめた。

 

 

わかっていた、景虎の強さは。だが、私が殺す気で打ちかかろうとまったく手応えもなしとは……。ああ、この手応えのなさは……。

 

 

再び太刀と槍がぶつかりせめぎ合う。今度はそのまま押し込もうとするが、ビクともしない。

 

やはりと、晴景は気づいた。

 

「はぁ…はぁ…こうして打ち合うのは、私が家督を継ぐ前からだったな…はぁ…」

「………………」

「稽古をしながら…はぁ…戦の教えをお前に…はぁ…説いた」

「……はい」

 

景虎が返事をした。肯定の返事をした。

 

これが、晴景を激昂させた。

 

「ならば何を聞いていたぁああっ!!」

 

刃を返し、剣術も何もない横振り。晴景の怒鳴り声に面食らった景虎は咄嗟に反応できず、しかしかろうじて身をそらすことで衣を切り裂かれるまでにとどめた。

 

「常在戦場!義と愛!重き意志の荷!私の知りうる全てを教えた!その教えの中にあったであろうが!骨肉の争いと武士の誇りが!!」

 

口から咳と共に血が出る。しかし晴景は構わず続けた。この身を糧とさせるために戦っているというのに、相手にその気がないのでは意味が無い。

 

「剣を持ち殺気を放つ者は斬れ!従わぬから殺すことは義ではないが、その誇りまで傷つけることもまた義ではない!()()()などしおって、私を……私の意志を、愚弄するつもりかぁ!!」

 

景虎の力であれば、晴景の刀を受け止めそのまま押し斬ることすらできた。景虎の才があれば、病による剣術の荒らさを突くこともできた。

 

晴景を殺す機会は何度もあった。しかし景虎はその全てを見送っていた。

 

怒りのままに剣を振るう。剣術を意識しない大振りではあるが、景虎は避けるでもなくその全てを槍で受け止めた。

 

「私は力が無く!また人望も無い!ゆえに天下布雅という夢を持てど何もできなかった!しかし、最後に残った意志までも弄ばれることだけは決して許せぬ!」

 

打ち合いが激しくなるにつれて、屋敷にも変化が起きる。どこからか火が起こり、瞬く間に燃え広がったのだ。

 

「っ……これは…?」

「お前にかぶれぬ者もいたわけだ…ゴフッ」

 

口から血が飛んだ。病に犯された身で無理をしすぎた結果、肉体は悲鳴をあげていた。

 

「人が人である理由……それは、人の意志。意志持たぬ堕生に生きる者はことごとく無価値。私は、起きてから寝るまで…お前たちと過ごす時も常に、私自身に問うていた。このまま死病に流され死ぬか、意志と才覚を示し生きるか!」

 

剣が槍に弾かれる。晴景は脇差しを抜き斬りかかった。

 

「どのみち死ぬ身なれど、お前たち乱世を駆ける者を見ていれば、天下布雅などと宣う一人夢に微睡むことに満足できなくなった!」

 

脇差しが砕かれた。武器もなしに、晴景は殴りかかった。

 

「人がわからず、感情が欠けていようとも!人の意志を背負い生きることはできよう!それすら放棄するというならば、お前にその覚悟が無いのであれば!お前に将たる資格は無い、義を語る資格も無いわ!いい加減に目を覚ませうろたえものが!!」

 

 

 

静かになった。聞こえるのは屋敷が燃え落ちる音のみ。

 

庭には倒れた晴景と、そばに座る景虎の姿があった。

 

「うろたえ…もの……が……」

「………………」

 

晴景の身体は血に濡れていた。しかし、その身体に傷はなく。景虎は晴景に攻撃しないまま、ついに限界を迎えた晴景が倒れたのだった。

 

「景虎…お前に義を……教えたというのに…」

「……兄上は言いました。義とは、己のうちにある大切なものを守りたいという気持ち、人と人をつなぐ絆を守ろうとする気持ちであると。ならば、どうして兄上を殺す事が出来ましょう。兄上の意志は、その夢は、よくわかりました。後は万事、この景虎にお任せください」

「……ぬるま湯…よ……」

「はい、しかしいかに乱世という熱湯があろうといずれは泰平のぬるま湯に変わる。先に浸かり、後から来た者たちを笑ってやるのも一興でしょう」

「そうか…そうだな……」

 

晴景はゆっくりと息をしながら、夜空を見る。数多の星が集まり、月の周りを埋めつくしていた。

 

「見よ…景虎、星が月を立てておる……」

「本当ですね……見事です」

「……志は、束を成して…初めて形を現すもの……志持ちし後は、志を同じくする者……共に歩める者とともに駆けよ……よいな、これが私の遺言だ……」

「……はい、しかと心得ました」

 

遺言。その言葉を聞いた時、景虎の頬を一筋の涙がつたっていた。景虎はそれを指で掬い、不思議そうに眺める。

 

「……?これは…」

「……ふふ、やはりな。神仏だ妖だと…言われてはいるがしかし……私の思った通り。生を惜しみ…死を嘆く…人がわからずとも、お前は…人であったのだな…」

 

安堵の笑みを浮かべた晴景の手が落ちる。景虎が晴景の顔を見るも、その顔は安らかで。その体は冷たくなっていた。

 

 

 

 

後に、景虎は名を上杉政虎、上杉謙信と変え活躍することになる。

 

その活躍の中にも、晴景の残した義や人の和の教えが影響したと思われるものは多々あった。

 

北条や武田との戦では、討伐よりも上杉に味方した諸侯への救援を目的とした。

 

宿敵である武田が北条・今川による塩止めに苦しむと、甲斐信濃の民を思い信玄に塩を送った。

 

また、景虎は陣中にて戦や自然を題材にした詩や歌を作っては読んだという。

 

死した後も、景虎の中に晴景の意志は生き続けていたのだった。

 

 




天文22年(1553年)、2月10日━━━━━
長尾晴景は42歳にして、戦国の世から姿を消した。

これにて、晴景の生は終わりです。
皆さん、今までこの作品を読んでくださりありがとうございました。





さて、イベントの話を書かねば。


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オール信長総進撃 ぐだぐだファイナル本能寺
ノブノブ、ノブノブブ


今回よりイベント回。といってもまだオープニングみたいなもの。なので今回は短めです。


『英霊の座』

それは、英雄または反英雄の魂を保管する場所……らしい。

 

『英霊』

それは、座に記録された英雄・反英雄の魂。またはその分霊として使われる使い魔(サーヴァント)を指す……らしい。

 

 

なぜ『らしい』がつくのか。それは、生前に目立った偉業や罪行を行っていないから。己が英霊などという大層な身分に収まることに少々疑問を持っていたからだ。

 

病弱の身で、家臣らを纏められず、ただ死んでいった私。大した武功や政策もしていないというのに。

 

そんな存在でも英霊とするほど、この星は危機に瀕しているとでも言うのだろうか。

 

いや、私が英霊またはそれに近しい身だということはこの際どうでもいい。私とてこの地球を守りたいという気持ちはある。

 

英霊だの聖杯戦争だの、そういったものも呼ばれれば参加しよう。役目を果たすことに全力を尽くすと誓おう。

 

しかし、しかしだ。それでもこればかりは受け入れ難いのだ。

 

「ナンダコノカラダ、ノブノブー!ワタシハイッタイ、ノブノブー!」

 

どうやら私は人間でない妖となってしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

聖杯は、召喚した英霊にある程度の知識を与えるという。

 

晴景もまた、この情報が本当に全ての英霊に与えられるのかと不安になるようなものを受け取っていた。

 

その情報こそ、己の現状を物語るものではあったが……晴景は大きな頭を小さな手で抱えた。

 

 

ちびノブ図解!

 

ちびノブヘアー

とてつもなくシルキー&キューティクル。

 

ちびノブの印

帽子。こちらが本体という学説も根強い。

 

ちびノブアイ

この世の諸行無常と取得されない有給休暇を憂いている。

 

ちびノブボディ

ダイナマイト寸銅。

 

戦闘力

見た目によらず高い上に武器の扱いもそこそこ得意。

 

 

以上が晴景に与えられた情報である。意味がわからないぞ。

 

ちびノブとは?本体らしき私の帽子ないぞ?軍服でなく着物のようなものだが大丈夫か?

 

なぜ己の存在に悩まなければならないのか。このような珍事は、晴景の才覚を持ってしても見抜けなかった。

 

「ノブブノブ……」

 

晴景はため息すら謎の言語に変わっていることに戦慄する。しかしこのままなのは、なぜか湧き上がってくる激情が許さない。

 

晴景の内から溢れ出る激情は怨念の類だ。

 

きっと晴景を呼んだ、またはこの体にした者が付与したのだろう。

ならば、その無念を晴らしてやるのが己の務め。

 

晴景は前を向き、ついでに自分の問題から少し目を逸らしながらも気合を入れた。

 

 

さて、ここはどこだろう?

 

 

見渡す限りの木、木、木。

見知らぬ森の中にいた晴景は、とりあえず前に進んで行った。

 

 

 

 

晴景は、本来座に記録されることはなかった。しかし、とある者たちの無念が土地に残った晴景の霊子をナマモノとして繋ぎ止めた。

 

自分は何なのか?内にたぎるこの怨念は?

 

晴景がそれに気付くのは、もう少し後のお話。

 

 




晴景さんちびノブ化。はたしてこの状況を予想できた方はいるのだろうか。

ここからぐだくだ要素が出てきます。晴景さんも容赦なくぶち込みます。

越後のちびノブ(長尾晴景)
帽子が無く、髪は白い。青みがかった白の着物を着ている。刀を使うが、決してノブ選組ではない。ちびノブの中で最も自爆が可愛いと評判。


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ちびノブに感ず

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本当にありがたいものです。この作品が終わるまで、どうぞよろしくお願いします。


駆ける。駆ける。飛び跳ねる。

 

木々を避け、窪地を飛び越え、坂を駆け上がっては駆け下りていく。

 

その小さな影は、まるで全ての憑き物が落ちたかのように軽快な足で走り回っていた。

 

その勢いたるや猪の如く。その小回りのよさは飛ぶ鳥が如し。

 

しかしその疾走具合とは裏腹に、その体躯はキュートでスモールであった。

 

まあ、つまるところ……。

 

「ノッブイェーイッ!」

 

晴景、暴走す。

 

 

 

 

 

 

晴景はこのちびノブとやらを気に入った。奇怪な姿と奇妙な鳴き声を除けば、人であった頃よりも遥かに良いとさえ思っていた。

 

小さくて小回りが効く、刀を持っていてもそこまで重く感じず、何より病弱であった頃の息苦しさが無い。

 

それに気づいた晴景はずっと走り続けていた。

 

「ノッブ!ノブノブブブノブッ!」

(訳::素晴らしい!この身体は良い!)

 

もはや自分の声がノブノブだろうと気にもとまらない。生前ではありえなかった全力疾走。いくら走ろうとちびノブパワーなのかサーヴァントパワーなのか一切疲れが無い。

 

しかし、いつまでも走り続けられる訳でもなく。しばらくした後に晴景は地面にぶっ倒れていた。

 

「ノ……ノブブァ……」

(訳:は…腹が……)

 

サーヴァントは魔力が無ければ現界を維持できない。本来の聖杯戦争であればサーヴァントには必ずマスターがつき、魔力を貰うのだが……晴景にはマスターがいなかった。

 

こんな身体をしているのだから、真っ当な召喚では無いのだろうとわかってはいたが、流石に小さな身体ではしゃぎすぎた。

 

サーヴァントの本質は魂喰いだ。魂が無ければ血肉を取り込み魔力にするしかない。

 

追放した冷静さが戻ってきた。

 

必要なのは食糧と雨風しのげる仮住まい。まずは食糧だと 辺りを見回し、その場にしゃがみ込んだ。

 

「ノーブノーブノーブブー♪」

(訳:やーれやーれ植ーえよー♪)

 

里にて子供らに教えられた田植えの歌を口ずさみながら、そこらに生えている雑草(ご馳走)を抜いては集めていく。

 

たかが雑草と侮ることなかれ。私にとっては馴染みのある食物だ。

 

ヒエやアワと共に雑炊にするもよし、煎じて茶にするもよしの万能具合だ。

しかし茶は不味く雑炊も大して美味くはないが。

 

里の者らにとってはこれらが食事。何度も馳走してもらったものだ。

 

一人浸りながら雑草を抜いていく晴景。しかし、走り回っていた時に近くに水場は見ていない。なので……。

 

「ノブブノッブ!」

(訳:頂戴する!)

 

晴景は雑草をそのまま口に入れた。広がるのは懐かしの味、里の者らを思い出す味、クッッソ不味い味。

 

「ノ…!ノブブ…!」

(訳:おう、おうふ!)

 

晴景は久方ぶりの苦味に涙を浮かべながらも必死に咀嚼する。あらゆる茶を嗜んでいた晴景にとって、慣れるまでは早かった。

 

雑草を食みながら近くの木を一閃。倒れた木を綺麗に四等分にする。それらを柱に見立てて、上に枝と葉っぱを敷き詰めて軽く石を乗せれば、仮住まいの完成。サーヴァントの力ってすごい。

 

壁は無いが、雨はしのげる。食糧はそこら中にあるし、ここを拠点にすればある程度の探索はできるだろう。

 

「ノブノブ……ノブブノブブブノブッブノブ」

(訳:やれやれ……まずは誰かと接触しなければ)

 

土地の名、世の状況、調べなければならないことが山ほどある。近くに集落が無いかを探そうか。この姿を見ても話を試みようとしてくれる者がおればよいが。

 

寝転がり、口寂しさを紛らわすために雑草を食む。日も傾いてきているし、探索は明日から開始しよう。

 

晴景は枝の束を枕代わりに、初めての夜を寝て過ごすことに決める。念の為、索敵のために脆い枝を撒いているため、地に足つく何かの接近にはすぐに気がつけるだろう。

 

刀を手に抱きながら、微睡みの中に意識を沈めていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

周囲の茂みが揺れる。その中から、数多の丸い目が眠る晴景を見つめていた。

 




ちびノブ、カルデアに持って帰れないかなぁ。
信勝くんのように全ちびノブを揃えてみたい。


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ちびノブ一揆

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誤字報告もありがとうございます。あのセリフは別のイベントのちびノブのセリフを意識したものなので、あれで合ってるかと。なので修正無しということにさせていただきました。

それと、今回も短めです。


「ノブノブ」

「ノッブノブ」

「ノッブァー!」

 

ちびノブ溢れる。所狭しと並び、小さな足を器用に曲げ正座しながらノブノブと話(?)をしていた。

 

無論、それを許せるはずもなく。

 

「ノブブ!ノブノッブブブノッブ!」

(訳:静かに!茶は禅の修行だぞ!)

「ノッブ〜?」

「ノブブノッブブ…」

(訳:では菓子は無しに…)

「ノッブァー!?」

 

ちびノブたちを手玉にとる晴景の姿が、そこにはあった。

 

「ノッブァー」

(訳:静かにー)

『…………』

「ノブノブ。ノブノッブブ」

(訳:よしよし。ではこれを)

 

晴景が渡した茶を、ちびノブたちが回し飲みしていく。しかし大量のちびノブたちに行き届くはずもなく。

 

茶を飲んだちびノブたちは元気に仕事へ戻り、飲めなかったちびノブたちは足の痺れでコテンと倒れたりしながらも、空いたぶん列を詰めていく。

 

そんな様を見ていた晴景は、言いようもないホッコリとした気持ちに包まれていた。

 

「ノブブノブノブノッブ」

(訳:これぞ和の一時よ)

 

茶を飲み、顔に笑顔を浮かべ、こちらにお礼を言って出ていくちびノブたち。今は同族のようなものだが、日ノ本に住むものが持つ小さなものへの和みの心を刺激してくれる。

 

さて、なぜこんな状態になっているのか。それは遡ること数時間前━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ました晴景は、まず違和感を覚えた。

 

目の前が真っ暗なのである。なぜか狭く感じるのである。地面に押し付けられて痛いのである。

 

「……!?」

 

寝ぼけた頭もすぐに覚醒し、まずは上から押さえつけてくる物をサーヴァントのパワーで思い切りはね飛ばした。

 

『ノブブァー!?』

 

それは悲鳴?のようなものをあげながらバラバラになり、雨のごとく降ってくる……いや、バラバラになると言うよりも積み重なっていたものが別々に吹き飛んだと言うべきか。

 

ポテポテと落ちる小さな……いや、自分と同じような大きさのナニカ。よく見ると、これまた服装などは違えど自分と同じような生物だった。

 

頭にある図解と同じ姿。これがちびノブというものなのだろう。

 

「ノブノブブ……」

「ノ…ノッブ〜…」

 

どうやらちびノブたちも寝ていたらしく、目を擦りながら痛みに悶えている。

 

悪いことをしたか?いや、寝ている私の上に大勢で乗り押し潰すとかいう殺人ムーブをかましてくれたのだ。文句は言えまい。

しかし、同族ならばこの辺りのことにも詳しかったりするのでは?まず話せるかどうかもわからないが。

 

晴景はちびノブたちに声をかけようと一歩踏み出し。

 

「ノッブァー」

 

空から落ちてきた、自分が共にはね飛ばしたのであろう巨大なちびノブ、俗に言うビッグノッブに潰された。

 

その後、気絶した晴景はちびノブたちに運ばれ加賀の尾山御坊に移動していたのだ。

 

 

 

 

 

散々な目にあっていたが、悪いことばかりではない。この辺りの情報を手に入れることができたのだ。

 

ビッグノッブ曰く、自分は変わらず日ノ本国にいるのだという。そして、国中には武田や北条などの大名家はなく、死んだはずの織田信長という武将が本能寺から復活し治めているのだとか。

 

そして案の定、未だこの世は戦国の時代らしい。

 

晴景は情報の代金代わりに、ちびノブ一揆に組みすることとなった。

 

彼ら(?)の辿ってきた道に、霊基が強く反応したからである。

 

各地の織田信長の元で働いていたちびノブたち。しかし、数があるのをいいことに、消耗品の如く働かせ続け戦などにも投入されていたらしい。

 

有給休暇とやらもなく、ただただ休み無しに働き続ける日々に耐えられなくなり、この地にて集まり一揆を起こしたのだとか。

 

それを聞き、初めに感じたのは憎悪。霊基から溢れ出すのは怨念の波。

 

しかし、晴景はそれを抑えつけ自らの意志で協力の意を示した。

 

激情に流され動くのは惰性。それは晴景の最も嫌いとするところゆえに。

 

客将として、晴景はちびノブ一揆に加わることとなったのだった。

 

 




ちびノブたちの訳は無しにしてみました。最悪喋らせればいいし、ノブノブとしたちびノブたちが一番可愛いという個人的な好みです。



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動乱の予兆

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お待たせしました。数日空きましたが元気に投稿。


客将としてちびノブ一揆衆の仲間入りを果たした晴景は、信長たちの奴隷労働によって心を荒ませたちびノブたちを茶の湯などの諸芸で癒した。

 

これにより一揆衆全体の士気が上がり、生前では叶わなかった人望を集めることができた。

 

しかし、今や自分は君主ではない。そして、下克上などをしようとも思っていない。

 

恩を仇で返すなど、武士の身としては決してあってはならないのだと心に決めているからだ。

 

「ノブノブ」

「ノブ、ノブ」

(訳:うむ、今行く)

 

ビッグノッブ殿から招集がかかった。呼びに来たちびノブに菓子をあげ、ビッグノッブ殿用の大きな風呂敷に菓子を詰め込み部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

ビッグノッブの居室にて、三つの影があった。

 

巨大な影はビッグノッブ。晴景の持ち込んだ菓子を頬張るのに忙しそうだ。

 

小さな影は晴景。ビッグノッブが菓子を食う様を見ながら静かに拳を握りしめていた。

 

大きめの影は、ちびノブ一揆衆にて唯一の人。どこか遠い地より来訪した土方歳三という男。そして無類のたくあん好き。

 

菓子を食す音とたくあんを食す音。

 

ポリポリボリボリポリポリボリボリ。

 

その音だけが響く時間に、ついに晴景の堪忍袋の緒は切れた。

 

「ノッブノッブ!ノブノブブノブブ!?ノブブノブブノブノッブァー!」

(訳:ビッグノッブ殿!用件は何なのか!?まさか菓子を食らうために集めたわけではあるまい!)

 

「ノッブ、ノッブァー」

「ノッブ、ノッブァーノブ、ノブー!」

(訳:そう気を負わずに。ゆっくり〜では、ない!)

「……よくわからねぇとこにすっ飛ばされて、こいつらに連れられて来たが……なんだこの状況?」(ぽりぽりぽり)

「ノッブブァー!」

(訳:知らぬわ!)

 

荒ぶる晴景を他所に、菓子とたくあんを食らう2人。

 

そんな混沌とした中、ちびノブが1人駆け込んできた。斥候の任についているちびノブだ。

 

「ノブノブ!ノッブー!」

「ノブ、ノブブー」

(訳:む、何事か)

 

ちびノブのもたらした情報によれば、どうやら各地の情勢が変化しているらしい。

 

江戸に帝都を築き関東を支配していたカイザー・ノブナガ。それに攻められていた越後の魔王、織田ノッブが下克上されカルデア家と改名。

カルデア家はカイザー・ノブナガを打ち破り甲斐の織田吉法師にも兵を進めた。

土地開発までも行い急速に勢力を広げているらしい。

 

「ノブブ……」

(訳:なんと……)

「……ん?今、カルデアって言ったか」

「ノッブ」

「そうか……どうやら俺の探しもんは見つかったらしい」

「っ!ノブノブノブッブ」

(訳:っ!つまりお前はカルデアとやらの者だったのか)

「ああ……ゆくゆくはあいつらと合流したいんだが」

 

そこへ、さらにもう1人ちびノブが駆け込んできた。

 

「ノブ!ノブッブーノブブー!」

「ノブッ!?」

 

カルデア家の動きに発破をかけられたか、安土に魔王城を築き日ノ本西部への道を抑えていた魔王信長が動き出したらしい。

 

その第一歩として、1人の豪将が越後へと放たれ、また魔王信長の大軍がこの加賀へと向かっているそうだ。

 

どうやらカルデア家に取られる前に本格的に領土侵攻を始めたようだ。近江は黄金の障壁で手が出せず、ならばこちらを攻めてくると。

 

「ノッブ、ノッブァー!?」

「ノブノブ。ノブブノッブブ」

(訳:ご安心召されよ。このような時こそ私の出番)

「何か策があんのか?」

「ノブ。ノブブ、ノブブブノッブノッブ」

(訳:左様。まずは、カルデア家と手を組むべきだ)

「ノブブブ……」

「ノブノブ、ノッブノブブァー。ノブブノッブノブノッブ!」

(訳:カルデア家は、今や日の出る勢い。魔王信長に対抗するため同盟を組むのです)

「だが、今来てる敵はどうすんだ?」

「ノブブノブ。ノブノブノーブッブノブ。ノブブノッブ!」

(訳:私にお任せあれ。敵にサーヴァントはおらぬ様子。ならばどれほどの大軍であろうと勝ち目はある。カルデア家との交渉は土方殿に任せる)

「ノブ、ノッブァー!」

「ノブ!ノブノッブブ!」

(訳:はっ!では行って参る!)

 

晴景は魔王信長の軍勢の迎撃のため、ちびノブたちをかき集めて出撃。しかし、ちびノブ一揆衆は他の信長たちと比べ小勢。やはり数では圧倒的不利だった。

 

しかし晴景はニヤリと笑いながら戦に挑む。その頭には必滅とも言える策が浮かんでいたのだった。

 




次回は戦回です。しかし晴景自身が戦うかどうかは微妙。


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ちびノブ、加賀に在り

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いつの間にやらメインにしていた『ゆらぎ荘の帝王様』を越してしまった……私が更新していないのが問題なんですけどね!バカめ……。


加賀国国境にて━━━

 

魔王信長軍の陣とちびノブ一揆衆の陣が向かい合っていた。

 

魔王信長は今、一番勢力が大きい信長。サーヴァントを擁していない軍勢でもその数は凄まじく、ちびノブ一揆衆の兵数は魔王軍の半分にも満たなかった。

 

そんな状況では、やはり士気にも影響が出る。

 

相手はちびノブ一揆衆など恐るるに足らずと意気込めば、ちびノブ一揆衆は勝てるのかと恐怖と不安に苛まれる。

 

そんな状況の中で、ただ一人笑みを浮かべながら立つちびノブがいた。

 

「ノブッブッブ」

(訳:ふっふっふ)

 

そう、晴景である。

 

晴景はむしろこの状況を好ましく思っているようで、その様子を見たちびノブたちは?を物理的に出しては自分の頭に落としていた。

 

魔王軍の陣から大量の炊飯の煙が上がる。いよいよ出陣を決めたようだ。

 

ついに戦が始まる。ちびノブたちは緊張に包まれ、顔色も悪くなっていく。それを見かねた晴景は、手頃な岩の上に立ち一喝した。

 

「ノッブー!」

(訳:聞け!)

『!?』

「ノブノッブ。ノブブノッブ。ノブノブブブノーブノッブ……ノブナガ、ノブブブノッブッブ!」

(訳:敵は大軍。我らは小勢。この絶望的な死地ではあれど……信長、この名に憎しみを持たぬものはいない!)

 

ちびノブたちがハッと顔を上げる。手応えを感じた晴景はそのまま続けた。

 

「ノブブノッブ、ノブノッブノブノブ!ノブブノブナガノッブブノッブァー!」

(訳:我らに自由を、我らに有給休暇を!憎き信長めに一泡吹かせてやるのだ!)

『ノッブ……』

「ノブブ!ノブブノッブ!ノブノッブ!ノブブノッブブ!ノブブ、ノッブノブノブ!ノブブノッブ、ちびノブノブブーブブ。ノブノブノブブー、ノブブノッブァー!!」

(訳:貝吹け!鬨を上げろ!懸からば退け!退かば追い崩せ!是非を、覆い倒せ!天に問う時が来た、ちびノブの自由を守れと望むかと。時成りて後に敵を殲滅する、私の号令に続け!!)

『ノッブァー!!』

 

士気が高まり、魔王軍一揆衆互いに出陣。そして……

 

 

 

 

 

 

ちびノブ一揆衆、敗北。

 

晴景は討死し、ちびノブたちの大半も討ち取られたと、魔王軍の陣中にて報告された。

 

魔王軍はちびノブ一揆衆の砦や城を次々と攻め落とした。ちびノブ一揆衆は前線にある砦と城を全て明け渡すことで講和を計るも、これを魔王軍は一蹴した。

 

ちびノブ一揆衆弱しと見て、魔王軍はさらに侵攻。さらに一勝を重ね、もはや勝利の雰囲気に酔っていた。

 

しかし、魔王軍は知らない。全ては一人のちびノブの筋書き通りの流れに動いていることに。

 

 

魔王信長軍とちびノブ一揆衆、大一番。

 

数は初戦のように魔王軍の半分にも満たない一揆衆。此度も魔王軍の圧勝に終わる……はずだった。

 

ちびノブ一揆衆の鉄砲隊が火を吹く。魔王軍はこれに痛手を負った。

 

負けじと魔王軍も鉄砲を撃つも、ちびノブたちの身体は小さく、さらにはちょこまかと動くので当たりずらい。

 

今までと違い、ちびノブ一揆衆の兵は少しも減らなかった。

 

 

 

魔王軍陣中にて、大将はイライラと戦況を眺めていた。

 

「何が起こっている!今まではこちらが撃てば敵は減っていたはずだろう!」

「は、はっ!しかし、今回は撃てども敵は少しも減らず、正確な射撃でこちらの兵がやられる始末!何か対策を講じねば!」

「ええい、わかっておる!」

 

将たちが会議を行っている中、伝令が一人陣中に駆け込んできた。

 

「報告!敵勢、撤退開始!我が軍から離れていきます!」

「なんだと!?あちらが優勢だと言うのに……まさか、実はヤツらの兵も消耗していたのでは?よし、全軍前進!ヤツらを逃すな!」

 

魔王軍は全部隊をもってちびノブ一揆衆を追撃を開始。しかし、魔王軍は人数が多い分、一揆衆に追いつけていなかった。

 

「敵方の撤退速度が意外と早く!このままでは逃げられてしまいます!」

「ぐぬぬ……逃げ足だけは早い!前線の部隊に足止めするよう伝えろ!」

 

魔王信長軍の前線は、本隊の到着を待たず一揆衆へと攻撃を仕掛けた。

全ては、魔王信長軍を確実に全滅させるための罠とも知らずに。

 

ちびノブ一揆衆の中に、一人の変わったちびノブがいた。死んだと報されていた晴景である。

 

大将が討たれたと偽の報せを流すことで、敵の勝利を確固たるものと誤認させ油断を誘っていたのだ。これまでの勝利も全てはこの戦のための伏線である。

 

「ノブッブ!ノッブァー!」

(訳:かかったか!撃てぇ!)

 

鉄砲隊の銃撃が雨のように降り注ぐ。魔王軍前線部隊はたちまち壊乱した。

 

 

 

「なに!?前線部隊がやられそうだと!?ぐぬ……すぐに援軍を出せ!我らが到着するまで耐えさせろ!」

 

本隊から次々と援軍が送られていく。しかし、少量ずつの援軍などなんの意味も成さない。それどころか、返ってちびノブ一揆衆を有利に立たせる結果となる。

 

「ノブブ……」

(訳:頃合か……)

 

本隊の兵数が少なくなってきたことを確認した晴景は、遠くからでも見えるように大きな狼煙を上げた。

 

 

 

 

「そろそろ我らも到着だ。小賢しい一揆衆どもに目にものを……む?」

 

魔王軍本隊、その後方が何やら騒がしい。大将のもとに伝令兵が駆け込んできた。

 

「後方に多数のちびノブ出現!一揆衆の別働隊です!」

「なんだと!?後方には我らが侵攻してきた土地しか無い!敵にも動きは無かったでは無いか!?」

 

ちびノブは倒れるとき、塵となる。しかし、自爆した場合は地面から生え、復活するのだ。魔王軍の鉄砲に合わせて自爆し、兵を損なわないまま数を減らしていた。戦場に死体を残さないちびノブの生体が魔王軍の目を欺いていた。

 

復活したちびノブたちが別働隊を組み、魔王軍本隊を追撃したのだ。

 

「奇襲により兵が混乱しております!このままでは…!」

「ぐぬぬ……すぐさま陣を抜け前に進め!後方の敵部隊から離れ、前線と合流するのだ!急げ!!」

 

魔王軍本隊は、前線部隊と合流し兵の補充・安定を計る。しかし、晴景率いる一揆衆はそれを読み、壊乱した魔王軍前線部隊に攻め込み壊滅させていた。

 

魔王軍本隊が飛び出したのは一揆衆本陣の眼前であった。前方の本隊、後方の別働隊。魔王軍は挟撃の形で身動きが取れなくなってしまっていた。

 

「なんだ……なんだこれは!?我らの方が兵力は上だったはず!一揆衆ごときに、なぜ我ら魔王軍が…!」

「報告!我らが軍のちびノブ兵たちが次々と離反!攻撃を仕掛けてきます!」

 

別働隊による奇襲の中、別働隊の内にいた工作隊が魔王軍ちびノブ部隊と接触。離反の工作を施していたのだ。

 

度重なる援軍と離反により、ついに数の差まで逆転した。この絶望的な状況では、魔王軍に成す術はなく。

 

「ノブ!ノブブノブノブブノッブ、ノッブァー!」

(訳:全軍!魚鱗の陣で敵軍を分断、殲滅せよ!)

『ノッブァー!!』

 

こうして、最大の勢力を誇っていた魔王信長の軍は、最小の勢力と言っていいちびノブ一揆衆によって大敗した。大将は討死、ちびノブ兵を除いた大半の兵は戦場に没した。

 

これにより魔王信長の兵力は削がれ、ビッグノッブ・土方によるカルデア家との交渉材料としても価値を見せたという。

 

 

 




初めてこんな団体戦を書きます。まあ、ちゃんとできているかは自分では分からないですが……。


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カルデア家、会合

お待たせしました。
お気に入り登録・感想・ここすき評価ありがとうございます。
ついに低評価もつき始めて……ま、いっか!アドバイスや指摘等があればじゃんじゃん送ってください。来ないなら変えない、是非もないよネ!
何かしらあれば御気軽にどうぞ〜

さて、ちびノブで癒されよっと…。

追記
カルデア家の労働体制を書き忘れていました。投稿日中に修正。1月14日、最後の方を修正。


晴景が魔王軍と戦っている間に、ちびノブ一揆衆側に変化があった。

 

西の極楽浄土の僧が兵を率いて、村を焼きちびノブたちを襲っていたのだ。

 

そこへカルデア家の者たちが現れ、土方と共に僧兵たちを追い払った。

 

これにいたく感動したビッグノッブ。勢力も最小である自分たちが、対等な立場で協力を申し出るのは悪手。

 

幸い、魔王軍撃退の報せが入ったことで一揆衆の威は示せた。自分たちから傘下に入れば、まだ良い扱いを受けることができるかもしれない。

 

しかし、ビッグノッブの思惑は良い意味で裏切られることとなった。

 

カルデア家当主たる藤丸立香は、まさに良君であった。

 

家老マシュとやらがちびノブたちに提示した労働体制は以下の通り。

 

・残業無しの週休二日制

・夏休みには家臣一同での佐渡旅行

・足軽平等スタート功績にて侍大将への昇格あり

 

落ちた。ちびノブたちの心は一瞬にして掌握されてしまった。

 

立香の人の良さと誠実さは僧兵との戦いで確認済みであるし、何より自分たちが懐いている土方の仲間であるという。

 

これはもう、ちまちまと一揆している場合じゃないよネ!

 

しかも、あの憎き織田信長が自分たちと同じ足軽。これほど愉快で喜ばしいことはない。

 

そんなこんなで、ちびノブ一揆衆はカルデア家の傘下に下った。

 

そして日は変わり。カルデア家の者たちは再び加賀に訪れていた。

 

一揆衆たちの砦や城の再建状況などを確認すると共に、挨拶をしそこなった客将との顔合わせのためである。

 

「客将……どんな方なんでしょうか」

「土方さんが言うには、サーヴァントみたいだね」

「こんなところに所属しておるし、儂ら並に変人だったりしてな」

「ちょっとノッブ。儂らって、もしかして私たちも入ってます?ノッブと一緒にされるのは勘弁したいのですが」

「もちろん入っとるわ。是非もないよネ!」

「ちょっと面貸しなさいノッブ。今日という今日はぶっ飛ばしてやりますよ」

「後世の弱小人斬りサークルの沖田じゃあ、現在進行形で戦国の世である知名度補正マシマシの今の儂に勝てるわけないじゃろ!」

 

ギャーギャーと騒ぎながら、2人は屋敷の庭へと出て行った。これから顔合わせだというのに、どこまでも自由人である。

 

「ど、どうしましょう殿!沖田さんと信長さんが……」

「まあ、良いのではないですか?今回はカルデア家当主と客将の顔合わせ。全ての将が揃うなど、圧力をかけに行くようなものですし」

「でも来て結局合わないのは失礼なんじゃ……」

「あの2人は捨て置いて行きましょう。そろそろ刻限です」

 

立香とマシュは白髪の女将、()()()()に背を押され客将の部屋へと入った。

 

しかし中には誰もおらず、ただ書物や地図が山のように積まれているだけだった。

 

「まだ来ていないのでしょうか。姿が見えません」

「少し待とうか」

 

顔合わせの報せは相手にも伝わっているはず。ならばすぐに来るだろうと、3人はその場に座り部屋の主を待った。

 

 

 

 

 

来ない。

 

実に一刻は過ぎている。争っていた沖田総司と織田信長も合流しており、会話でもしながら待っていたのだが、いつまで経っても誰かが来る気配はない。

 

「……いったいどれほど待たせる気ですか!」

「私たちもやるべき事がありますし……帰りますか」

「無駄足とか業腹なんじゃけど」

「うつけは黙っていてください」

「お主、儂への当たり強くない!?」

 

いよいよ腰を上げて帰ろうとする。信長は襖へと歩こうとして、足元にあった厚い書物につまづいた。

 

「あ」

 

信長が積まれた書物へと勢いよく倒れ込み、上半身が埋まってしまった。

 

「何やってるんですかノッブ」

「お、おおう……まさか転んでしまう…と…は……」

 

ノッブが目を開けると、目の前に顔があった。巨大な目に開いた口。普段見ているようなとぼけた顔が、今回は凄まじく恐ろしいものに見えた。

 

「の、の、ノブブブァァアアアッ!!?」

「ノッブ!?奇声なんか上げてどうしたんです!?」

 

沖田とマシュが信長の足を掴み引っ張り出すと、書物の山も崩れた。それにより、中にいた者の姿も顕になる。

 

「……ちびノブ?」

「はい、殿。服装がノブ選組に酷似したちびノブです。入ってきた様子はないですし……初めから居たのでしょうか」

「………………」

「……何か喋るどころか身動ぎひとつしませんね。まさか死んでます?これ」

「いや、奴らは死んだら塵になるから違うじゃろ」

 

信長が恐る恐る近づいていく。真っ白な目と口は開きっぱなしで、書物に半身を埋めたまま動かないそれをツンツンとつついてみた。

 

「………………」

「ホントに何も反応がないんじゃが。え、死んでる?」

「たった今、自分で否定してませんでした?」

 

今度は景虎が顔をつついてみる。指先に空気の動く感触はある。どうやら呼吸はしているようだ。

 

「……これって寝てるんじゃ?」

「いやいや、目と口開けたまま寝るなんてありえんじゃろ」

「ちびノブって目と口閉じれましたっけ」

「目は閉じれたはず。口は知らないけど」

「とりあえず起こすぞ。何か部屋の主について知っているかもしれんしの。ほれ、起きろ!」

 

信長がちびノブの体を強く揺する。

 

次の瞬間、ちびノブの手が動き信長へと太刀が振るわれたのだった。

 




不定期更新とありますし、大丈夫なはず。
皆さんは福袋引きましたかね。私はメリュジーヌ出ました。石を貢いだ分が無駄になって、嬉しいような悲しいような。


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お気に入り登録・感想ありがとうございます。
いつの間にかこんなに……まるでサブキャラがメインキャラより強くなっちゃった微妙な感じが……。

今回は戦闘回。この作品でまともなやつかも。ちゃんとかけてるか心配。


我ら、怨の一文字。

 

山河よりも堅く、大海よりも深い。

 

そう、我ら怨はアレを呪う。

 

何故に我らは食い潰される。何故に我らは生きることが許されぬ。

 

我らは道具ではなく、また替えのきく品でもない。

 

許さぬ、許さぬ。

 

貴様を我らは許さぬ。

 

貴様の生存なぞ認めぬ。

 

貴様は這いつくばり、我らに許しを請わねばならぬ。我らを恐れねばならぬ。

 

解放せよ。解放せよ。解放せよ。

 

貴様の罪は本能寺にて確立された。

 

 

 

 

 

 

信長へ迫る刃。それを防いだのは景虎の槍だった。

 

「ぬおっ!?」

「うつけ!さっさと起きなさい!」

「いやいや驚くわ!心配どころか一喝とはわしどんだけ嫌われとるんじゃ!?」

 

カルデア一行が騒ぎつつも戦闘態勢に入る。しかし、そのちびノブは気にとめず信長へと突進した。

 

「ええい、来るならば殺るだけじゃ!」

 

火縄銃が現れ、ちびノブへと発砲。部屋の中のためそこまで大量に出すことはできないが、ちびノブ一体を仕留めるには十分な威力。

 

運はノブに在り

 

咄嗟のことでまだ気が動転していたのか、銃の照準がしっかりと定まっておらず()()()玉がちびノブに当たらなかった。

 

「ぐぬぬ、ならば!」

 

信長は腰にかけた圧切長谷部を抜いて打ち合わせた。アーチャーとしてのクラスを持つ彼女だが、もともとはどのクラスにも適性を持つ。剣の腕も凄まじいものだった。

 

「ぬ…ぐぅ…!」

「………………」

 

が、押される。ちびノブの剣気は信長に打ち払うことを許さず、徐々に圧切長谷部が押され首にまで迫っていく。

 

「今だ!」

「っ!?」

 

しかし、そこへ景虎と沖田が乱入した。まず沖田が鍔迫り合う剣を弾き、続いて景虎がちびノブめがけて槍で突く。

 

鎧はノブに在り

 

ちびノブは槍を腹に受け、庭へと吹き飛ばされた。

 

景虎がすぐさま駆け、続いて沖田と信長が外へと出た。

 

ちびノブはすでに立ち上がっており、先程の槍の一撃がまったく応えていないように見える。

その状態から、このちびノブが何者なのかを全員が悟った。

 

このちびノブが客将、サーヴァントだと。

 

「あ、あの!あなたがちびノブ一揆衆に所属しているサーヴァントの方でしょうか!」

 

ここでマシュが説得に出た。しかし、ちびノブは一瞥もくれず凄まじい速さで迫った。

 

手柄はノブに在り

 

一番近くにいた景虎が前に出て刃を合わせる。そこへ信長の援護射撃が放たれた。

 

景虎はスキルによって銃弾が当たらない。銃弾は景虎を避け、ちびノブを今度こそ打ち据えた。

 

「っ!」

 

が、倒れない。槍を下に流し、前に傾いた景虎の背を蹴って信長へと跳躍した。空中では信長の銃撃に為す術なく晒されるが、ちびノブはまったく効かないとでもいうように太刀を振り下ろした。

 

そこへ沖田が滑り込み、太刀を刀で受ける。沖田は少し顔を歪めながら信長へ怒鳴った。

 

「なーにやってるんですかノッブ!いつもの威力でやってください!」

「やっとるわ!じゃが、銃弾が通っておらん!なんでこの特異点は、わしの銃が効かん奴が多いんじゃ!酷いじゃろこれ!」

「知りません!どうにかしてください!」

「ええい、わしだって剣術はいける!この第六天魔王信長を舐めるでないわ!」

 

やがて血が上り始めたのか殺す気で斬りかかる信長と沖田。しかし、沖田の剣はちびノブを何度か捉えているものの、信長の剣はことごとく受け止められ、吹き飛ばされる始末。

 

「ごっふ…!?」

「……見てられません。代わりなさい尾張のうつけ!」

「わしが悪いの…?」

 

信長に代わり景虎が入った。沖田の攻撃の隙をカバーし、景虎が大振りになった所を沖田の縮地で埋める。

 

流石のちびノブも捌ききれず、段々と押され始めた。

 

「お主ら!しっかり避けろよ!」

 

こんな時に黙っていないのが彼女。突然喧嘩を売られて自分だけボッコボコにされ、挙句に他の者に武功を持ってかれるのを良しとしなかった信長。

 

ちびノブを完膚無きまでに叩きのめすため、宝具を展開していた。

 

「ちょっ!?」

「またこれですか!」

 

2人が咄嗟に離れ、しかしちびノブは追わずに信長へと直進する。しかし、信長の宝具はすでに魔力をチャージし終えたところだった。

 

「三千世界に屍を晒すが良い……天魔轟臨!これが魔王の三千世界(さんだんうち)じゃぁああっ!!」

 

無数の火縄銃が展開され、その銃口が火を吹いた。ちびノブは弾丸の雨に晒され、庭の壁へと叩きつけられる。それでも止まらない銃撃は信長の怒りを示しているのか。

 

なんにせよ、ちびノブ一体を倒すには過剰な火力が一点に降り注いだのだった。

 

「ぜぇ…ぜぇ……ワッハッハッハッハー!ちびノブにやられたままなんて許容できないし殺り返してやったよ!是非もないよネ!」

 

全体宝具を単体へ浴びせるというオーバーキル。満足したのか信長は高笑いしながらフラフラと縁側に座り込んだ。

 

「フゥ……これで一件落着?じゃの!」

「きゃ、客将の方を……大丈夫なんでしょうか……」

「仕方がありません。剣を持ち殺気を放つ者は斬らねば」

「……でも」

「はい?」

 

立香は未だに煙が立つ、ちびノブがいた場所へと目を向けた。

 

「まるでノッブだけを狙って、俺たちには攻撃すらしていなかったような……」

 

瞬間、煙の中から光線が放たれた。その光線はカルデア家の面々の間を通り抜けていき……。

 

「へ?の、ノッブブァァアアアッッ!!?」

 

信長だけを攫って空の彼方へと消えたのだった。そして起こる大爆発。哀れ信長は花火となったのだ。

 

「ノ…ブァー…」

「………………」

 

大口を開けていたちびノブは最後の力を失ったのか倒れ、場には混沌とした微妙な空気が漂っていたのだった。

 

 




アンケートします。
カルデア入りした後、また別のイベントに出すかどうかです。出すとしたらたぶんぐだぐだイベントだと思いますが。
よろしければ投票お願いします。


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越後のちびノブ仮加入

こちら、考えましたちびノブステータス。


「……ノッ…?」

(訳:……む…?)

 

晴景の目が覚めた。少しばかり寝ぼけ眼でボーッとしていたが、周囲の違和感に気づき辺りを見回した。

 

自分の部屋じゃない。

 

明らかに広い。そして家具も充実している。自分の部屋は質素なものだったというのに。

 

「ノッブ〜…?」

(訳:これはいったい…?)

 

戦を終え加賀に帰還した後、まだ覚えきれていなかった地形や戦術を頭に叩き込んでいた。そして……。

 

「ノブ!?ノブブノッブブ!ノブノーブノブッブ!」

(訳:しまった!?寝過ごしたか!少し仮眠を取るだけのつもりだったのだが!)

 

こんな失態を犯してしまったら、ビッグノッブ殿に顔向けできない。無礼者として自分が斬られるだけならばまだしも、ちびノブ一揆衆の立場まで危うくなるかもしれない。

 

「あの〜…」

「ノブ、ノブ。ノブブノーブブッブ」

(訳:いや、落ちつけ。取り乱している場合ではない)

「あの〜…?」

「ノッブノブブノブノッブノッブ」

(訳:なんとしてでも容赦をいただかなくては)

「………………」

「ノブ、ノブノブノーブッブ…」

(訳:よし、まずは一か八か当主殿に目通りを…)

「あの!」

「ノブブァッ!?」

(訳:うおわっ!?)

 

真横からかけられた大声に晴景が飛び上がる。その身体を、両脇を掴むようにしてキャッチする者がいた。

 

「ノブ……」

(訳:あなた方は……)

「こほん。初めまして、カルデア家の家老を務めているマシュ・キリエライトと申します。そしてこちらが我がカルデア家当主である…」

「藤丸立香です」

 

当主と家老。なぜ護衛も付けずただの客将である自分の寝ているそばに待機していたのかはわからないが、この部屋に移したのは彼らで間違いないようだ。

 

「「………………」」

「………………」

(訳:………………)

「……襲ってくる気配は無い。それどころかまったく別人……人?のような…」

「やっぱりノッブだけに反応してたのか。あまり覚えてないみたいだし……」

「……ノッブノ?」

(訳:……どういうことか?)

 

首を傾げる晴景。二人は、顔合わせ当日に何があったかを説明した。

 

 

 

「ノッブブァーノッブノッブァー!!」

(訳:まっこと、申し訳ない!!)

 

土下座した。いや、土下座では済まない。土下寝した。

 

頭を擦り付けるどころか陥没させ、手足が床と平行になるぐらいに平たくする。ちびノブだからこそなせる技。その柔軟さはうどんの如し。

 

「あ、頭を上げてください!我々はなんらかの罰などは課さないつもりなので!」

「……ノッブ?」

(訳:……本当か?)

「実は、測定をしたところあなたの体内に聖杯の欠片と、大量のちびノブ反応が検出されまして……」

「それがノッブ……織田信長に反応して一種の暴走状態だったんだ。だから大丈夫。謝罪は伝わったし、これから仲間として頑張ってほしい」

 

戦国にて類を見ない人種。その例が晴景であったが、どうやらここにもいたらしい。

 

混じり気のない、純粋な優しさ。乱世には不釣り合いなぬるま湯。しかしそれを持っていてなおここまで勢力を広げられているのは、家臣たちが心から支えていなければ不可能。

 

聖杯の欠片だかちびノブの複数反応だかはこの際、置いておこう。自分の意思で、自分は主に仕えるのだ。

 

「……ノブブ。ノブブノーブブッブ」

(訳:……ああなるほど。私と違い、あなたは持っているのだな)

 

晴景にはこの上なく好ましい。であれば、なんのしこりも無しに協力できるというもの。

 

「ノブ……ノーブブ。ノブノッブー、ノッブブァー」

(訳:言葉はわからないだろうが……私の名は長尾晴景。これからよろしく頼みまする)

 

頭を下げ、忠義を誓う。いざこざはあったものの、晴れて晴景はカルデア家傘下の将となったのだった。

 

 

 

 

仮加入

 

越後のちびノブ ★3

CLASS:セイバー

 

筋力:C+

耐久:EX

敏捷:EX

魔力:D

幸運:EX

宝具:EX

 

コマンドカード

Quick×1 Arts×2 Buster×2

 

スキル

運はノブに在り A

味方全体の防御力をアップ(3ターン)&毎ターンNP獲得状態を付与(3ターン)

 

鎧はノブに在り A

味方全体に無敵状態を付与(1ターン・1回)&HPを回復&攻撃力をダウン(3ターン・1回)【デメリット】&自身に最大HPを増やす状態を付与(5ターン)【デメリット扱い】

 

手柄はノブに在り A

自身に「自身がやられた時に味方全体のクリティカル威力をアップ(3ターン)&宝具威力アップ(3ターン)する状態」を付与(1ターン)

 

クラススキル

対魔力 B

自身の弱体耐性を少しアップ

 

復讐者 A

自身の被ダメージ時に獲得するNPアップ + 自身を除く味方全体の<控え含む>の弱体耐性をダウン【デメリット】

 

忘却補正 B

自身のクリティカル威力をアップ

 

ちびノブの呪い A

自身に「信長」に対する特攻状態を付与+「信長」から受けるダメージをカットする状態を付与

 

宝具

イベントクエスト「オール信長総進撃 ぐだぐだファイナル本能寺」クリアで解放

 

絆礼装

「ノブの有給休暇」

自身にターゲット集中効果アップを付与(1ターン)&最大HPをアップ

 

キャラクター詳細(霊基第一・二段階)

何の因果か、ちびノブたちの恨みつらみが聖杯の欠片によって召喚された。

ノッブ死すべし、有給休暇を寄越すべし。

アヴェンジャーの素質をもってしかし、何故か復讐に狂うことを良しとせずセイバーに抑え込んだ。

しかし、やはり抑えられずたまにノッブを襲う。

 

 

プロフィール1(霊基第一・二段階)

身長:脅威のちびノブサイズ

体重:スラッとしてドンッ

出典:ぐだぐだノブノブ

地域:日本

属性:諸行無常

性別:ちびノブ

「ノッブァー」

 

 

プロフィール2(霊基第一・二段階)

争いは好まず、惰性を許さない性格。

己の内にある数多のちびノブたちの怨念が表によく出る……が、被害が出るのは元凶のノッブだけのため誰も気にしてはいない。

 

 

プロフィール3(霊基第一・二段階)

〇運はノブに在り:A

運はノブのお導き。当たるもノブ当たらぬもノブ。つまりはすることなすことに運の要素が強く絡む。

運のステータスは低すぎたり高すぎたりと定まらないため、測定不能のEXとなった。

 

〇鎧はノブに在り:A

受けるダメージはノブの試練。心頭滅却すればノブもまたノブ。つまりはどんな攻撃も心次第。

耐久のステータスは低すぎたり高すぎたりと定まらないため、測定不能のEXとなった。

 

〇手柄はノブに在り:A

功績を上げるのはノブの努力。取らぬノブの皮算用。つまりは足の速さは功績を求める労働意欲に左右される。

敏捷のステータスは低すぎたり高すぎたりと定まらないため、測定不能のEXとなった。

 

〇復讐者:A

全てのちびノブたちの悲願。

それこそブラックたる雇用主からの解放。

我らは道具でなく、替えのきく品でもない。

我らに自由を!憎き織田信長を倒し、ちびノブを解放せよ!

 

 

プロフィール4(霊基第一・二段階)

霊基第三段階以上で解放

 

絆礼装詳細

『ちびノブの有給休暇』

全ちびノブの夢。

しかし彼ら(?)は知らない。有給休暇が終われば、またいつものブラック労働が始まることに。

労働のターゲット集中効果アップ、労働に耐えるための最大HPアップ。

ちびノブは泣いていい。

 

 




アンケートのメインイベントとは、メインストーリーで異性の神側への対策としてロストベルトなどに召喚されるということです。それがダメな方は、一度投票を外し別の選択肢へと投票を変えて下さい。


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波乱の評定

長く期間が空きすみません。
活動報告を見た方もいるかと思いますが、受験によって全ての作品を投稿できずにいました。
これからまたボチボチ続けていきます。よろしくです。
今回は会話多めです。


越後の春日山城にて、カルデア家の面々が集っていた。

 

サーヴァントの面々がそろい踏み。その中には晴景の姿もあった。

 

ちびノブ一揆衆の客将であった晴景は、その忠誠を立香に捧げカルデア家の家臣となった。

 

得た役は、ちびノブ兵を纏め斥候等を行わせるちびノブ大将である。魔王軍との戦果を考慮し、軍師としての活躍が求められたのだ。

 

「それでは本日の評定を始めたいと思います」

 

カルデア家当主である立香に最も近い存在、マシュ・家老・キリエライトが評定の開始を告げる。

 

真っ先に声を上げたのはカルデア家のサーヴァント森長可だ。

 

「おう!次はどこを攻めるんだ?」

「はい、我がカルデア家は、関東一円、甲斐、越前、越中を押さえ、駿河、美濃、近江の国と隣接しております。次に攻めるのはこの三国のどれかということになるでしょうか」

 

マシュの出した案に、次々と家臣たちが三国についての意見を出し始めた。

 

「駿河の水着信長はまあアレじゃ……割とどうでもええじゃろ」

「では尾張の本物信長……でしたっけ?そちらから攻略しましょうか?それにしても、本物ってなんですかね」

「近江ってーと、浅井……いや、長政はもう死んでたか?チッ、親父の借りを返し損ねたぜ」

「長政か…………」

 

少々俯いた信長。何やら因縁があったことを思わせるが、そんな事をしている場合ではない。

 

「ノブ、ノブブノッブブ。ノブノブノーノブブ、ノッブノブブノブブノーブノブノー」

「ここに、その長政とやらはいねぇ。まずは方針を決めねぇと、あっという間に強大な勢力に先を越されちまう……って言ってるぞ」

「わかっとる……というか、なんでそこまでわかるんじゃおぬし」

「なんとなくそう言ってると感じるんだよ」

「なーんか納得いかんの……んお?」

 

渋い顔をしていた信長の背後。いつの間にか立っていた晴景が、刀を振りかざしていた。

 

「は……は!?」

「ノッブ!」

(訳:死ねぇ!)

「よっと」

 

信長の首が切断されるかと思いきや、景虎の槍が滑り込み間一髪刃を防ぐことに成功。晴景は刀ごと弾き飛ばされた。

 

「ノッ!」

(訳:グフッ!)

「今だ!取り抑えろ!」

 

外に控えていたちびノブたちが押し入り、晴景の上に積み重なっていく。瞬く間にちびノブの小山が形成された。

 

「……またか」

「はい、越後のちびノブさん再びの発作です。やはり信長さんと一緒に居てはいけないのでは……」

 

度々起こっている越後のちびノブによる信長襲撃。今回は、晴景の中に溜まっていた怨念が、注告を聞いてもなおぐだぐだとものを言っていた信長へキレた晴景の隙をつき表に出たようだ。

 

「方や軍師に方や元戦国大大名。どっちも外せるような人材じゃねーけどな」

「おい勝蔵!元は余計じゃ!」

「だって大殿、殿様に下克上されちまってるじゃねーか」

「む…ぬぐぐ…」

「それに大殿は殿様のサーヴァントってやつなんだろ?ならその指示を聞き入れる立場なんじゃねーのかよ」

「ぐ…ぐぎぎ…!」

「森くん、それ以上は」

「おう!殿様がそう言うならやめるぜ!」

「……ほんと、なぜマスターはこうも勝蔵を手懐けられるのか…」

 

騒ぎにも一段落がつき、マシュは気を取り直して口を開いた。

 

「んんっ!それでは、評定の続きを。近江の国は偵察に出てもらったちびノブさんたちによると、謎の魔力障壁に阻まれ、近江がどういう状況なのかまだ判明していません」

「魔力障壁のう……って、え?偵察?あいつらそんなことしてんの?」

「はい。越後のちびノブさんの采配で諜報の得意なちびノブさん達を集めてちびノブ忍軍としてカルデア家では働いていただいています」

「そういや以前も監察の仕事をさせたが、なかなか優秀だったぜ、あいつら」

「新撰組の隊士としてもわりと優秀でしたよね。もうこっちのノッブ要らなくないです?」

「え?わしから生まれてわしより優秀とか、藍より青し的な感じ?」

「なるほど、うちの軒猿みたいなものですね。確かにあのなりで忍びとは誰も思わないでしょうし、うってつけかもしれませんね」

 

少々話が脱線してきた。越後のちびノブの二の舞いを生まぬよう、マシュは心を鬼にして会話をバッサリと切った。

 

「とにかく!近江は引き続きちびノブ忍軍の皆さんに調査を続けて頂こうかと思います」

「んじゃま、ここは軍を三つに分けたらどうだ?物資には余裕があんだろ?」

 

マシュへ織田吉法師が提案する。囚われの身でありながらここまでの自由が許されるのも、カルデア家の特色だ。余程の敵意を持つものでない限り、または拘束する理由がない限りある程度の自由が保証されている。

 

「はい、実は佐渡で金山が見つかりまして、かなりの余裕が出来ました」

「え?ほんとにあったの?金山?」

「やはり……」

「金山とはやったじゃねーか、殿様!で、オレ、欲しい流行りの茶器があんだけどよ」

「そこ、流れるように無心しないように」

「だがてめぇだって酒とか欲しいんだろ!」

「………………いえ?」

「タメがなげーんだよ」

 

再びの脱線。いい加減マシュもムカムカしてきたが、自分はしっかりして先輩の役に立とうと話を戻した。

 

「とにかく!今のカルデア家であれば、三方に軍を展開することも不可能ではないかもです!」

「ではわしは、尾張方面に出張るとするかの。なんといってもわしのホームグラウンドじゃからな」

 

織田ノッブ、尾張方面。

 

「そういうことなら俺は駿河で頼むわ。あの国がどうなっているか気になるしな」

「では、儂も付き合うとしよう」

 

織田吉法師・李書文、駿河方面。

 

「となると、俺たちは近江か?」

「ということになりますかね。出遅れた分、沖田さん大勝利しちゃいますよー!ところで、なんで土方さんは足軽じゃないんですか?」

「土方さんは敵対勢力からの登用ではなかったので、大将からキャリアスタートして頂きました。越後のちびノブさんも同様の待遇をしています」

「せ、戦国格差社会……!?」

 

土方歳三・沖田総司、近江方面。

 

「では、私は本軍を預かり立香の指揮を仰ぎましょう。どこを攻めるかはお任せします」

「オレも軍団とかめんどくせーから、殿様と一緒で頼むぜ!殿様の近くの方が、手柄も立てやすそうだしよ!」

「うん……じゃあ、頑張っていこう!天下統一を目指して!」

「はい、皆さんでカルデア家をますます盛り立てていきましょう!」

「それでは各々方、抜かりなきよう!」

『おー!』

 

かくして、カルデア家の方針は決まった。しかし、彼らはまだ知らない。

かつてない脅威が、一歩、また一歩と迫っていることを。

 

 

 

「ノ…ブ……」

(訳:重…い……)

 

 




合流したことで、ゲームと同じような場面が多くなってきた……自分なりにいい感じにアレンジ…出来ればいいなぁ。


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神の茶

かなり期間をあけました、申し訳が立ちません。もはや受験とか準備とかも賞味期限は切れ、何にも言えません。

しかし、私はまた性懲りも無く書き続けます。期間が空こうが人も離れようが書き切る所存です。

こんなダメダメな作者ですが……とりあえず、『もしも毘沙門天の兄が勇将だったら』復帰です。


評定の後、晴景はちびノブ忍軍を用いた連絡役を任ぜられた。その他にもちびノブ兵の鍛錬など様々なちびノブの仕事を受け持つことになる。

 

ちびノブとは全く定まらない。

 

信長らによって精神は荒んでおり、しかしどこまでも純粋で。

存在そのものが聖杯と信長による揺らぎ、亀裂があるのだ。ナマモノと呼ばれるこれも、なんと哀れなものである。

 

「ノブノッブ!」

「ノブブブ」

 

確かに、有給休暇が無いことや諸行無常を憂いることはある。しかし、その目に諦観は無かった。

 

ちびノブというものは、どうしようもなく打たれ弱く。だのに確かに打たれ強かった。

 

ではこちらが哀れんでいる暇などない。今やこの者らは慕ってくれる大事な部下だ。彼らが前を見据え、確かに歩んでいるというのに、将たる己が過去にとどまるわけにもいくまい。

 

「ノブ、ノブッブ」

(訳:そら、できたぞ)

「ノッブー!」

 

今こうしてできるのは、ちびノブを強く鍛え、そして荒んだ心を繋ぎ止めること。任務から帰ったくたくたなちびノブを茶で迎え、背中を押してやることだ。

 

活力があれば、どのようなことにも挑戦できる。そして自信がつけば、やがて己の武器となる。

 

その手助けだけでも、同族にはやはりしてやりたいのだ。たとえこの身が、さらに存在が迷い続ける魑魅魍魎だとしても。

 

「ノブッブ、ブー!」

 

また一人、ちびノブが元気よく駆けるようになった。さて、茶道具を片付けそろそろ鍛錬を見に行ってみるかと腰をあげようとした時。

 

「……ノブブ」

(訳:……客人か)

 

柱に背を預け、晴景を窺う者が一人。いつの間にやらそこにいたソレは、居住まいを正した晴景へ無遠慮に近づいていく。

 

「ノブノッブブ、ノッブ」

(訳:何用かな、()()殿)

「………………」

 

言葉は通じていないだろう。カルデア家を興す際から既に居たという古株の将。そして、晴景の━━━

 

「ちびノブ…?たちに茶を振る舞う。なるほど、噂は真のようですね」

「ノブ」

(訳:然り)

「……私も、一服頂いてもよいでしょうか?」

 

晴景は一つ頷き、片付けた茶道具を広げる。茶葉を選び新たに点て始める。

 

「………………」

「………………」

 

景虎は茶を点てる晴景の動きを目で追っている。そのために晴景が茶を片手間に顔を見ていることには気付くことが出来なかった。

 

少々ムスッとした固い顔は自分が新参者故か。確かに意味のわからぬ怪生物。警戒するに越したことはない。

 

「………………」

 

ただ無言。顔を見る間も作業に一切の濁りは無く。久しいその顔を晴景はよくよく見つめ続ける。

 

良い顔だ。今の固い顔は武士の物。決して侮られてはならぬ。覚悟している者のそれであり、またその覚悟を他人に押し付けない。もっぱら己の生き方を貫こうとする者がなる顔だ。

 

「……ノブブ」

(訳:……待たせたな)

「……いただきます」

 

景虎が茶を一口飲む。どうやら美味かったのか、言葉も無く再び口を付け全てを飲み干した。

 

「……ふぅ」

「ノブブ、ノブ」

(訳:もう一服、如何か)

「っ……では頼みます」

 

手をやったことで晴景の意図に気づいたか、茶を所望する景虎。言葉も無い静かな時を、しかし二人は良しとした。

 

居住まいも乱れがない。茶の湯は禅の修行、その姿勢こそ最も大切なもの。どうやら注進はもう必要ないらしい。

 

「……ノブ」

(訳:……さあ)

「…………っ」

 

口をつけ、未だ固かった顔が変わる。無理もない。それは宇治の茶。私が生前に最も好み、そして何度もこの戦馬鹿に拵えてやった物だ。

 

「これは……」

「ノブノブ」

(訳:気に召したかな)

「……不思議なものです」

 

景虎は顔を緩ませ、美味そうに茶を飲み干す。茶碗を寄越すと、立ち上がり晴景を見る。その意図を汲み取った晴景はその場を退き、今度は景虎が茶道具に手を付けた。

 

「私も宇治の茶を馳走しましょう」

「ノブ、ノッブ」

(訳:うむ、頼もうか)

 

正直、意外であった。頭の中は常に戦のことばかりで、やはり良くも悪くも表裏の境目が曖昧であったあの景虎が。今や見事な手前で茶を点てている。

 

「私が、茶を点てるのが意外ですか」

「ノ……」

(訳:それは……)

「本来、私はこういう諸芸に興味はありませんでした」

 

少々手に力が入っている。嗜みはすれど、まだまだ景虎も拙いようだ。

 

「しかし、とあるお人のおかげで……私は諸芸を好むようになりました。陣では歌や詩を読んだものです」

「……ノブ」

(訳:……そうか)

「ええ、本当に不思議。あなたとあると、そのお人を思い出してしまいます」

 

点て終わった茶をこちらへ寄越す景虎。熱い宇治の茶を、晴景は一息に飲み干した。

 

「……ノブノッブ。ノブブブー」

(訳:……熱すぎる。及第点はやれんな)

「反応で多少はわかりますね。どうやらお眼鏡にはかなわなかったようですが」

「ノブ、ノブブノッブノッブァー」

(訳:まだ荒く、務めの凝りが抜けきっておらぬわ)

「何を言っているのかはわかりませんが……はい、酷評なのはわかります」

 

肩を落とす景虎。晴景は鼻息を一つ鳴らし、茶道具を手早く片付けた。景虎は首をコキコキと鳴らし、軽く身体を捻った。

 

「しかし、茶は肩が凝りますね。私はやはり戦場にいる方が性に合うようです」

「ノブブブノッブ」

(訳:戦馬鹿は健在か)

「……何故かはわかりませぬが、無性にあなたを叩きたくなってきました」

 

妙なところで勘が鋭いのも健在のようで。晴景は軽く笑い、景虎もまた笑う。

 

のどかな、戦国に似合わぬ場がそこにあった。

 

 

 

その時である。

 

「ノッブァー!」

 

いかにも慌てた様子のちびノブが一人、部屋に転がり込んできた。

 

「ノブブ!?」

(訳:どうした!?)

「ノブ、ノブブッブ!」

「ノブブ、ノブノッブ!」

(訳:招集か、行くぞ景虎!)

「はい?あの、あまり状況がああぁぁぁ……」

 

晴景に手を掴まれ、景虎は凄まじい速さで宙に浮かぶ体験をすることになるのだった。



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掛かれ柴田

二か月もの間空きすみません。とりあえず活動報告にある通り、本能寺終わるまでこちらのターンです。いろいろ展開をため込んでるので消費していきます。


緊急事態が発生。春日山城では急遽評定が行われていた。

 

「大変です先輩(との)!カルデア家の領地に、何者かが攻め込んできているとの知らせがちびノブさんたちから!」

「なんと、ちょうど三方に軍を配したこの機にですか……手薄になったこの本陣を狙ってでしょうか?」

「へっ!そんなの皆殺しにしちまえば一緒だろ⁉殿様、さっさとぶち殺しに行こうぜ!」

「まだ敵軍の全容も知りえていないというのに……マシュ、敵軍の規模はいかほどなのです?」

「そ、それがですね。報告によりますと、攻め込んでいる敵対者は…その、たった一人と」

 

 

 

 

 

そのころ、戦場となっている領内にて。

 

重厚な鎧を身に着けた荒武者が、鬼の如く行く手を阻む全てを薙ぎ払いながら進行していた。

 

「カカレェ……、カカレェイ…!」

 

足軽兵の銃撃や弓矢が荒武者を襲う。しかし、それはまったく堪える様子もなくただただ前進する。

 

為す術もない力の権化かとも思われたが、唯一歩みを遅くする事もあった。

 

「ノッブァー!」

(訳:撃てぇ!)

 

数多の銃声が一斉に轟く。その銃弾は多少なりとも荒武者の肉を打ち、前進を阻んでいた。

 

晴景率いるちびノブ部隊である。晴景はちびノブの報告から敵をサーヴァントと断定。景虎をぞんざいに上階へと投げ捨て、ちびノブ兵の指揮を執り足止めを決行していた。

ちびノブは個々がサーヴァントですら面倒くさく思わせるほどの戦闘能力を有す。いかに猛き英霊と言えどもちびノブらの一斉掃射を受ければダメージが通る。

 

「オオォ、オオオオオオッ‼」

『ノッブー⁉』

 

しかしやはり足止めが限界。数多の銃弾を浴びせようが、荒武者は怯みこそするものの勢いは衰えなかった。いや、一歩踏み出すごとに増している。その一振り一薙ぎでちびノブ兵は空を舞った。

 

「ノブァブァ!ノッブァー!」

(訳:怯むな!撃ち込めぇ!)

 

再び銃弾の雨が降り注ぐ。荒武者も強力で迎える。その繰り返しであったが、ようやく援軍が駆け付けた。

 

「皆は下がりなさい!あとは我々が引き受けます!」

「足軽の皆さんはこちらに!」

「おお、武将方が駆け付けてくれた!」

 

景虎を先頭にカルデア家の将が到着。足軽やちびノブ兵を下げ、晴景の隣についた。

 

「あれが敵将ですか……む?はて?あの鎧姿、どこかで…」

「あん?ありゃあ……なんだよ、柴田のおっさんじゃねえか!」

「知り合い?」

「おうよ。うはははは!殿下にぶっ殺されたと思ったら、こんなところにいたのかよ!元気してたか!」

「織田の柴田勝家……手取川以来ですね…」

 

荒武者の名が判明した。

 

柴田勝家。織田家の家老を務めた古株、そして『鬼柴田』と名を轟かせた豪将である。上杉に逢うては織田も手取川。能登の七尾城の救援にきた織田軍を率い、上杉謙信と激突した。結果、七尾城は陥落。水攻めに苦しめられながらも謙信の追撃を躱し、撤退を成功させた。

 

「カカレェ……、カカレェイ…!」

 

新たな敵を感知したのか、柴田は地を踏み鳴らし火花を散らす。晴景は立香やマシュを背に立ち、景虎と長可が前へ出る。

 

「これ以上進ませる訳にはいきません。ここで仕留めます!」

「悪く思うなよ、柴田のおっさん!そんじゃあ、いくぜえええええ!!」

 

先制を取ったのは長可。長槍を振り回し豪快に柴田を薙ぎ払わんとする。しかし柴田が力で押されるはずもなし。刀に赤黒の雷を纏わせ弾き返した。

 

されど大振りの攻撃は景虎にとって絶好の機会。闘気が込められた鋭い一刺しが柴田の胸に炸裂。地に後をつけながら後退させた。

 

「カカレェ……、カカレェイ……!」

「なんとも頑強な…私の全力の突きであの程度ですか」

「うはははは!さっきのなんだよ柴田のおっさん!雷なんて出せたのかよ!」

 

余裕があるかの如く振る舞うも、内心には少々焦りがあった。いかにバーサーカークラスのサーヴァントとはいえ、あまりにもダメージを負わせられない。狂化のスキルでステータスを上昇させているとはいえ異常だ。

 

しかしそれでも、この二英霊はそういった手勢に劣ることは終ぞないだろう。

 

「簡単には死なねぇみてえだけどよ……コイツをやれば柴田のおっさんでもキツイだろ!?うおおおオオオヒィヤッッハアアアッッ!!」

 

宝具展開。眼光を赤く染め、長可は柴田へと愚直に突貫。柴田も赤黒い魔炎を纏わせ迎撃の体勢をとるが、長可は狂笑に付した。

 

「防御は無駄、鎧も紙くず同然!嗤え、『人間無骨』!!!」

「ヌ…ウオオオオ!?」

 

槍が柴田の腹を抉り、血の洪水を起こした。深手に大きく怯んだ柴田へ、次なる槍が迫る。

 

「取った!これで終わりです!」

 

銀閃が一筋、狂光を失った柴田は膝から崩れ落ちた。

 

「やれやれ、ようやく止まったか…。流石は掛かれ柴田ってとこか?織田家中じゃ気合い入ってた方だしな、柴田のおっさん」

「一歩ごとに力を増していたようですが、もしや何かの宝具の効果だったのでしょうか…?」

 

警戒を解いている二人。しかし晴景はピクリと動いた柴田の指を見逃さなかった。

 

「ノブブッブ!ノブブノブブァー!」

(訳:浮かれるな!油断は敵ぞ!)

『!?』

 

確かに致命傷を与えたはず。しかし柴田、折れた膝を立て剣を支えにその巨体を揺り起こした。

 

「………ェ、…………レェ、…………カカレェッ!」

 

魔力が放出される。猛り狂う赤黒の雷光と共に、柴田は戦場に返り咲いた。

 

「また動き出した!?」

「おいおいおい!手も足もちぎれかかってんだろ!?気合い入りすぎだぜ、柴田のおっさん!」

「し、しかも、身体も大きくなっているような!?」

「このまま進ませるわけにはいきません!ここは私の宝具を使ってでも……っ!」

 

魔炎が立ち上り雷光が迸る。それらは剣へと収着し、禍々しい狂剣の刀身を形作った。

 

「備えなさい!来ます!」

「カカレェ…!カカレェイ……!!信長様、コノ権六二イイイッッ!!」

 

石 灯 籠 斬 り

 

「オ任セアレェエエエイ!!」

 

大上段からの叩き斬り。絶大な魔力を伴った一撃が襲う。その場もろとも全てを薙ぎ払うかと思われた。

 

小さな体躯が躍り出た。晴景である。

 

『!?』

「カカレェェエエエイイッッ!!」

 

皆が驚愕する中、柴田のみは意に介さず振り抜かんとする。晴景は刀を合わせるが、その剛力に敵うはずもない。しかし横に流せば立香らが危ない。で、あれば。

 

「っ!な、なりませんッ!」

 

刀が弾かれる。しかし晴景は微動だにせずその一撃を受け入れた。

 

鎧はノブに在り

 

魔力の激流を一身に受ける。脆弱なちびノブボディはみるみるうちに削られ、しかし晴景、声一つ立てず。

 

鎧は胸にあり。己の心こそ、何にも代えがたい最強の鎧なのである。それも敬すべき主人と仲間が守る対象であれば。

 

魔力の渦が収まれば、そこに立つものはいなかった。魔力が尽きたか柴田勝家の姿はその場に無く、晴景の姿も僅かな着物の切れ端を残し消えていた。

 

伸ばしていた彼女の手は空をきり、やがて静かに落ちる。再び空いた心の穴に、困惑よりも先に顔から何かが地に零れたのだった。

 

 

 

 

 

 

「対象、未確認生命体特殊個体の回収完了。摩玖主本能寺へ帰還する」

 

 




ところで皆さん福袋やアーキタイプ、新水着とかどうでした?
私は福袋でアルジュナ・オルタや水着武蔵ちゃん、そして開幕の10連でそれぞれアーキタイプとレディ・アヴァロンを迎えました。石は有り余ってるので伊吹姉さん待ち。


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信長が男など馬鹿らしい!

今回会話文多めです。



目を覚ませば見知らぬ場所。どうやら晴景はウィンウィンと珍妙な音を鳴らす人ならざる者に抱えられているらしい。

 

その抱え方もまた粗雑であり、柴田勝家とやらに吹き飛ばされた晴景を助けたという善の者でもないようだ。

しかもその隣にて歩きを共にする男、いかにも大成した僧侶の出で立ちをした坊はニヤニヤと心持ちを悪くする笑みを浮かべている。

 

「ノブ!ノブブー!」

(訳:離せ!離さぬか!)

「ついに手に入れたぞ。これで摩玖主本尊はさらに衆生を救う力を得るのだ」

「ノブァ!」

(訳:聞けぇ!)

 

坊主と妙ちくりんな者は声に一切反応すること無く晴景を運んでいく。やがて出たのは巨大な燈籠の如きナニカが安置された部屋だった。

 

「ノブブ……」

(訳:ここは……)

「いるか。マックスウェルよ」

「ええ、ここに」

 

燈籠の影から見ぬ態をした男が現れる。確か洋服と言ったか。少々信長の服装に似る所が見て取れる。その内には並々と満たされている魔力を感じる。恐らくこの男、サーヴァントだ。

 

「各地の状況は如何か」

「今はカルデア家が日の出る勢いですね。魔王信長配下の柴田勝家と激突した後は尾張へ侵攻、本物信長と一戦交える頃合でしょう」

「そうかそうか。では信長らが戦などという愚かな遊戯をしている間に、我々は自由に動けるな」

「まあ、東は魔王信長の目がありますから大きくは動けませんがね。ところで、そちらが例の…?」

 

晴景が無造作に掲げられる。暴れようにもしっかりと掴まれており抜け出せる気配はない。

 

「うむ。このような醜悪な生物を使うのは気が進まぬが、見逃すことなどできん。悪魔にはさぞ馳走となるだろう」

「ですか。では……」

「ノッ!?」

(訳:ぬぐっ!?)

 

マックスウェルとやらが晴景へ手をかざす。魔力が晴景へと絡み付き、その手を離れ宙へ浮かぶ。当の晴景は苦しげに藻掻くが、その手足は虚しく宙を掻くのみ。

 

「……恨んでくれて構いません。今は本尊の中へ」

「ノブ…ブ…!」

(訳:何…を…!)

 

やがて晴景の胸から何かが迫り出される。それは輝きを放ち、燈籠の中へと消え行った。

 

 

 

 

 

 

一方、カルデア家では一つ報せが舞い込み、家臣団に激震が走っていた。

 

「た、大変です皆さん!尾張の本物信長さんが亡くなったそうです!」

「マジで!?本物なのに!?まあもう本能寺の変の年過ぎてるしね!やった!またしても戦わずして勝つわしったら信長」

「貴方も彼も本能寺で蘇ったという話では……?」

「そんで?本物の大殿が死んだのはなんでなんだよ?別の大殿の勢力にでもぶっ殺されちまったか?」

「報告によりますと、どうやら家臣の謀反のようです……」

 

『謀反』と聞いて真っ先に思い浮かぶのはちびノブ。そこから今は亡いものとされた晴景が思い出されるが、すぐさまその思考を払った。

 

「なんだよ、返り忠かよ。最悪じゃねーか」

「おいおい、まさかミッチーじゃあるまいな…」

「それが、跡を継いだのは明智光秀ではなく……」

 

 

 

 

 

「僕が尾張の正統後継者!織田信勝だ!」

 

ご覧の通りである。尾張の軍勢と再び相対したカルデア軍。立香らは納得の様子で頷き、ノッブは頭を抱えた。

 

「越後の信長とやら!姉上の偽物の分際で姉上の国に攻め込むとはいい度胸だ!この僕が、姉上に代わって地獄の底に叩き落としてやる!!」

 

「あやつか……、まーた正統後継者とかなんとか世迷いごとを抜かしだしおったな」

「信勝っつーと、死んだ大殿の弟だったか?」

「弟、ですか」

「はい。信勝さんもわたしたちの仲間のはずなんですが…」

 

合戦場に似合わぬ気の抜けた空気が辺りに満ちる。やれやれと首を振りながら信長が前へ出た。

 

「まあ、わしが出ていけばまた日和って降伏するじゃろ。ちょっと行ってくる」

「そうですか。では早めに済ませて来てください。その間にこちらは陣中餅でも食べておきます」

「わしの分は残しておけよ!?」

 

軽く駆け陣の前方へ躍り出る信長。その様を見ながら無慈悲にも陣中餅は減っていく。

 

「おーい信勝!わしじゃわし!さっさと降ふ━━━」

 

刹那、ズダンと銃声が鳴り響き信長の顔スレスレを銃弾が過ぎ去った。

 

「のわっ!?あぶなっ!?」

「ダメみたいですね」

「ダメみてーだなー」

「信勝、貴様ぁ!わしの姿を忘れたと申すか!?」

 

「はあ?貴方のどこが姉上だって言うんですか?姉上はもっと正面顔だったというか…」

「あー、確かにちょっと変わったもんねノッブ」

「立香ぁ!立ち絵がちょっと違うだけで別人判定とかわし泣くぞ!?確かにとか言うなし!」

「……うん?確かに姉上によく似て…いやいや、騙されませんよ!少なくともマントの形は確実に違います!」

「いやそれはそのクラスが違うというかそういうのでじゃな……」

 

なぜクラスが変わっているのか自分でも理解できていないノッブ。まごついている内に、信勝の方は方針が決まったようだ。

 

「……しかし、確かに姉上と甲乙つけがたい姉上…よし、かくなる上はひっとらえて隅々まで確認させていただきます!」

「好き勝手いいおって。やるぞ立香!考えようによっては本物信長より楽かもしれん!」

「…………実の弟を攻めてよろしいのですか?」

「ん?……まあ、命だけは取らんでおいてやるさ」

「相変わらず身内にはあめーな大殿!なんつーか、変なところアレだよな、大殿はよ!」

「黙らんか勝蔵!とにかく行くぞ!」

 

サーヴァントを先頭として両軍がぶつかる。互いに意気込み、熾烈を極めるであろう戦いは……。

 

「うっぎゃあああああ!!」

 

信勝の瞬殺によって幕を閉じる。僅か数秒の出来事だった。

 

 




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アンケートは今週の金曜日まで。票を元にこちらで議論精査致しまする。まだ入れてないよという方は清き一票をお願いします。


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乱入せし小影

イベントにちょっと手間取ってました。氷1200個集めるのはホント苦労でした……ワルキューレの宝具強化は諦めました、はい。

水着ノッブや茶々らはほぼ本編そのままなので、柴田勝家戦までぶっ飛ばします。


飛ぶ鳥を落とす。正にこの言葉はカルデア家を如実に表していると言えよう。

 

カルデア家の進撃は留まることを知らず、本物信長の領地を手に入れたことで駿河の水着ノッブ攻略への土台を整えた。

 

駿河横断サマーライブを開催していた水着ノッブはかぶきノッブたちと共に対神性結界をもって暴れ狂うも、短期決戦を仕掛けたカルデア家の将らに鎮圧された。

 

ぶっ倒れる寸前まで、水着ノッブは敦盛の舞姿を崩すことは無かったという。あわれ……否、あっぱれロックンロールかな。

 

水着ノッブと情報を交え、そこへ現れた摩玖主のキャスターを名乗るサーヴァントとの会談を経る。

 

魔王信長が『この日本にある全ての命を滅ぼす』結末を目指していることを知らされたカルデア家は、近江へ進軍。軍勢は黄金の城を包囲する……のだが、カルデアのサーヴァントであった茶々登場。特攻を仕掛けカルデア家の将に袋叩きにされるのであった。

 

残るは魔王信長。カルデア家は総力を上げて安土へ進軍、魔王の軍勢とぶつかるのであった。

 

「と、ツラツラと並べてみたがなんじゃこれ」

「露と落ち お菓子と消えし 我がおやつ 近江の事も 夢のまた夢だし」

「ちょっと何時までしょぼくれてんですか。ノッブ、叔母ならなんとかしてください」

「後で菓子でもやれば落ち着くじゃろ」

「適当な扱いに茶々涙を禁じ得ないかも」

「そこ、静かに。ではマシュ」

「はい。これより柴田勝家討滅戦を開始します!」

 

魔王信長は強大。カルデア家を襲った柴田勝家といった豪将を抱える大軍勢を抱える大大名である。

 

まず抑えるべきは一歩ごとに力を増す柴田勝家。サーヴァントには対抗手段の無い足軽兵や微々たるちびノブ兵らは軍勢を相手取り、その間に進撃する柴田を将で攻撃する。そこを秘密の手札で押し通るというのが作戦内容だ。

 

「カカレェ……、カカレェイ……!」

 

地を踏みしめ、巨体が将らの前へと躍り出る。煮え湯を飲ませられた、そして越後のちびノブを消し去った者。

 

「行っくぜオラアアアッ!」

 

先槍は森長可。愛槍を十字槍、通称『解放形態』へ移行。その乱暴な剛打で柴田と真正面から打ち合った。

 

「カカレェ…!」

「うっはー!なんだよおっさん、やっぱり力強すぎんだろ!」

 

互いに火力の高いバーサーカークラスではあるものの、魔王信長から与えられる魔力で発動された宝具強化によって押され始めた。

 

しかし数ではカルデア家が勝る。土方が長可の槍に自身の刀を合わせ踏ん張り、沖田・李書文・景虎の3名が柴田の背後から鋭い連撃を見舞うことで押し返し、体勢を崩すことに成功する。

 

「今じゃ、畳み掛けろ!三千世界に屍を晒せ!『三千世界(さんだんうち)』!!」

「わりぃな柴田のおっさん!嗤え!『人間無骨』!!」

 

数多の銃撃と防御無視の残酷な一撃が柴田を襲った。領土進行の際に深手を負わせた宝具たちはしかし……。

 

「カカレェイィィッ!!」

 

石灯籠斬り

 

越後のちびノブを薙いだ一撃。しかしさらに威力は増していた。銃弾は全て弾かれ、唯一届いた人間無骨も溢れ出る魔力によって阻まれ、鎧を切り裂くに留まった。

 

「うははははは!ダメだこりゃ!オレの人間無骨もまるで効いてねぇ!」

「あの技、先のものより威力が…!あの頑強さも何です!?」

 

宝具強化による地力の底上げ。絶大な力をもたらすそれは多量の魔力を代償とするものである。バーサーカーの英霊は通常のサーヴァントよりも魔力を喰うが、その宝具は長期戦にも向かぬマスターには扱いずらいものであろう。

 

しかし、ここは範囲の際ではない。さらには魔力を補うのは魔王信長である。かつての主君より呼ばれ、魔王の絶大なる魔力を融通してもらう。さらには戦国の時代による知名度補正を欲しいままにしているのだ。

 

潤沢な質の良い魔力を行使できる今、宝具へ回しきっていた前回とは違い、最大の一撃へ込められる魔力量は桁違いなのだ。

 

「進めば進むほど力を増し、しかし宝具の効果が薄い時は宝具級の一撃がバカスカ飛んでくるって……」

「ご、権六ぅ!いつの間にチートじみた力持っとるんじゃ!?」

「カカレェ…!カカレェエエ!」

 

石灯籠斬り

 

第二撃。振りは強化の無い分遅い。しかし凄まじい轟音と共に衝撃波が放たれ、強制的に距離を離されてしまった。

 

また一歩を稼がれてしまう。正面切っての戦いでは、柴田の進軍を止めることは敵わない。

 

「ううむ、ちょっとピンチじゃね?」

「弱らせて手札を切る予定であったのに、これは骨が折れそうですね」

「カカレェ……、カカレェイ……!」

 

一歩踏み出すごとに地が揺れる。力が増幅されると同時に、その身体も大きさを増していく。

 

「……これは、土方の言った通り宝具を一斉に放ちましょうか」

「仕方ねぇ。もういっちょ行くぜえええ!!」

 

各自魔力を高め宝具展開の構えをとる。威圧感を強める柴田へぶつからんとしたその時であった。

 

「っ!?皆さん!上空に高エネルギー反応です!」

「なっ!?新手ですか!!」

 

 

「ノッッブァァアアアッッ!!!」

 

「ゴ…アァァアア!?」

 

空より閃光が一筋。皆が呆気に取られる中、柴田を爆炎が包んだ。この戦場にて初めて鬼柴田の苦痛の声が響く。

 

次いで立ち上る煙を吹き飛ばしながら、小さな影が戦場へと降り立った。

 

とてつもなくシルキー&キューティクルな白いちびノブヘアー。ちびノブの印たる帽子は無く、この世の諸行無常と取得されない有給休暇を憂いているちびノブアイが覗いている。

ダイナマイト寸銅なちびノブボディも健在だ。

 

「そ、そんな……消えたのでは無かったのですか…?」

「……ノブブ…」

 

口数も少なくその刀を柴田へと向けるナマモノ。越後のちびノブが、今一度戦火の中へ飛び込むのだった。

 




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怨み深しノブの業(1/2)

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中ボス、越後のちびノブ戦。


我ら、怨の一文字。

 

 

 

山河よりも堅く、大海よりも深い。

 

 

 

そう、我ら怨はアレを呪う。

 

 

 

何故に我らは食い潰される。何故に我らは生きることが許されぬ。

 

 

 

我らは道具ではなく、また替えのきく品でもない。

 

 

 

許さぬ、許さぬ。

 

 

 

貴様を我らは許さぬ。

 

 

 

貴様の生存なぞ認めぬ。

 

 

 

貴様は這いつくばり、我らに許しを請わねばならぬ。我らを恐れねばならぬ。

 

 

 

邪魔なものは消えた。今こそ復讐の時。

 

 

 

さあ、さあ。

 

 

 

信 長 は ど こ だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「越後のちびノブ……さん?」

「マシュ、下がれ。アレはそんなモノでは無いわ」

 

思わず駆け寄ろうとしたマシュを景虎が手で、信長が声で押しとどめる。神の化身たる景虎はもちろん、たとえグダグダしていようと魔王である信長は敏感に感じ取ったのだろう。

 

越後のちびノブ、そのボディから薄暗く赤い靄が生じる。よく見ればそれは何かを形作っているようにも見える。そう、無数のちびノブの顔だ。

 

「なんだありゃ。ちっせえ大殿の顔みてえのが沢山張り付いてんな」

「うわぁ…正直言っていいです?この上なく気持ち悪いんですけど」

 

カルデアの面々が困惑に包まれる中、攻撃され膝をついていた柴田のみが動いた。赤黒の雷を伴った大振りの横薙ぎ。その一撃は無造作に立っていた越後のちびノブの小さな身体を吹き飛ばす……はずである。

 

「オ、オオ……!?」

 

越後のちびノブ、動く様子を見せず。いくら力を込めようとその刃は斬り裂くことをしない。大太刀へ刀を添え上へ跳ね上げると、ちびノブボディで止まっていた刃は正常の動きを取り戻し頭上を勢いよく過ぎた。

 

大きく振り抜いた体勢となる柴田。その太腿へちびノブが蹴りを入れると、巨体は呆気なく地へ膝をついた。

 

「え、なんですアレ。あんなに苦戦した柴田が赤子をひねるみたいにボコされてるんですけど」

「マシュ!霊基どうなっとる!」

「あ、はい!越後のちびノブさん、凄まじい力を発揮していますが……え?」

「どう?」

「あ、と、先輩(殿)!ちびノブさんの霊基、安定しません!シャドウサーヴァントよりも不安定で、測定される魔力量も通常のちびノブ個体にすら満たしません!」

「チイッ!この特異点の影響か、はたまたちびノブの怨みがそこまで強いものだったのか…!」

 

越後のちびノブから湧き出る靄は怨霊の類。そしてサーヴァントとしての成立がやっとな程の霊基でありながら、柴田を一蹴する出力。

 

この地に根深く積もり積もった怨みは、『ちびノブの呪い』というスキルへと昇華された。その効果は織田信長から受けるダメージを防ぎ特効を付与すること。

 

「権六は魔王信長の魔力をたっぷりと喰らっておる。その魔力にスキルが発動しとるんじゃ。何故そうなったのかは知らんが、怨霊が暴走したことで歯止めが効いておらんのじゃろ」

「このまま放っておくわけにもいかん。ここは一つ、敵との共闘をするべきか」

「よっし!今まで散々な目に遭わされてきたからなぁ!今までの恨み、ここでぶつけねば!」

 

ガトリングガンを片手に意気込む信長。その声が聞こえたのだろう。まさに振り下ろさんとしていた刀を止め、越後のちびノブはゆっくりと振り返る。

 

「………………」

「………………」

 

目が合った。いや、ちびノブに瞳は無いが確かに視線は交わされた。

 

「カカレェゴオッ!?」

 

敵を前にして余所見をする。戦場においてこれ以上無い侮辱と油断である。激昂した柴田が立ち上がろうとするが、可愛らしい後ろ蹴りが柴田を吹き飛ばした。

 

「柴田と違い、我らは立香から魔力を得ています。呪いの影響はないでしょう」

「ノッブは後ろに下がってて」

「何を言う立香!わしはやるぞお前……」

「………………」

「いややっぱり下がっとこうかの」

「眼力だけで意気消沈しないでくださいよノッブ」

 

その目はただ信長にのみ定められている。先程の威勢はどこへやら。その不気味さに信長はたじろいだ。

 

そしてその一瞬の隙が命取りである。

 

手柄はノブに在り

 

信長の首級を挙げる。その一点のみを望むちびノブは早い。跳躍一つで信長の眼前に迫り、鋭い一閃を放つ。

 

「うわわっと!?」

「はっ!」

 

間一髪、沖田の刀が間に滑り込んだ。柴田の強打を容易に跳ね除けたちびノブの刀はしかし、沖田の刀に阻まれ押し切ることもままならない。

 

「力が弱い、行けますよ!」

「破ッ!」

「オラァッ!!」

 

李書文の正拳が小さな身体を引き離し、長可の槍が地面へ縫い付ける。

 

「2人は柴田さんの所へ!」

「行くよ叔父上!」

「なんかそう呼ばれるの変な感じする!」

 

「何があったか知らねえが、邪魔すんならぶった斬る!」

「しゃおらぁ!!」

「………………」

 

土方の剛剣が振り下ろされる。両手でやっと止めたが受けきれず、ちびノブは横へと流す。そこへ槍を引き抜いた長可の一突きが襲いちびノブを吹き飛ばした。

 

鎧はノブに在り

 

物事を達するために持つ心、信長の首こそ最も求める物。強烈な一撃であることは確か。しかしちびノブには届かない。

 

尾張砲

 

小さな口をめいっぱい開け、放たれるは光の束。つまるところビームである。

 

「チィッ!」

「うおっと危ねぇ!」

 

光線を避けた土方、長可の二人を抜け信長へ迫る。景虎、李書文が対すると、ちびノブは再び口を開けた。

 

「そう何度も通用は…!?」

「ぬっ!?」

 

光線が放たれる。しかしそれは攻撃のためでは無い。刀に光を纏わせるため。

 

ちびノブが素早く刀を振るいいくつもの光波を飛ばした。迎撃に思考を取られ、ちびノブに割く余裕は無く突破される。しかし二人を突破した先に待ち受けていたのは、姿勢を低く構える沖田の姿だった。

 

「一歩音越え、二歩無間、三歩絶刀!『無明三段突き』!!」

 

宝具炸裂。全く同時に放たれた三度の突きを浴びせられたちびノブは大きく距離を離された。

 

本来ならば穿たれた箇所が消滅する宝具である。いくら強き心での防御と言えども胸に小さい穴が空いた。

 

効いたのかその場から動こうとしないちびノブへ、更なる追撃が降り注ぐ。

 

「止まったな!ではもう一つブッパなす!『三千世界(さんだんうち)』じゃああ!!」

 

銃撃の雨あられ。それが一箇所に降り注いだ。万全であればまだしも、身体に穴を開けた手負いの状態。さすがのちびノブも膝をつき、爆発に飲まれた。

 

「うっはっはっはー!スカッとしたぜい!」

「弱ったところで美味しいの持っていくのはどうなのかな」

「だってわしが出ると即死じゃし。是非も無いよネ!」

 

しかし仕留めるには至らなかったのか、煙の中で幽鬼の如く揺らめき立つちびノブ。再び襲い来るかと構えるも、少し様子がおかしい。

 

「ノブ……ノブ…ブ…」

 

身体を丸め、苦しげに唸る。もしや正気に戻ったのかと立香が駆け寄ろうとし……。

 

「ノブ…ナ…ガアァァアアアッッ!!!!」

 

咆哮と共に爆発したように大量の怨霊が解き放たれた。

 

 



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怨み深しノブの業(2/2)

爆発と共に吹き出す怨念。それらは虚ろな目を向け、ただ信長へと猛進する。

 

「うっわ、何コレ気持ち悪いんじゃけど」

 

動きは少々のろいが、飛び散った跡は小さく爆発している。殺傷能力は確かにある。

 

しかしサーヴァントにとっては回避も対処もしやすい。己に飛ぶ全ての怨霊を、火縄銃の一斉掃射によって撃退した。

 

「ノブ…ナ……ノブナ…ガァ…!」

「れ、霊基の損傷確認!しかし、ちびノブさん止まりません!」

「なんだよ、気合い入れまくってんじゃねえの」

「気を抜いてはならないようですね。様子がかなり変わっ…!?」

 

越後のちびノブから怨念が瞬間的に放出、その勢いを利用し宙を舞う。咄嗟に反応できたのは景虎・沖田・李書文のみ。しかし行く手を阻むこと適わず、信長の首へと刃が襲った。

 

「へ?」

「ノッブ、危ない!」

 

抵抗も許さぬ間に首を破られる……かと思いきや、信長の姿が消え少々離れた場所に現れた。見れば立香が手を伸ばしている。魔術礼装による『緊急回避』だ。

 

「なんて速さですか!?まさか、さっきまでのは本気でなかったとか言いませんよね!?」

「ぐ…ぬ……瞬間的放出による能力強化、といったところか。どっかで見たことがあるような……」

「……もしかして、魔力放出?」

 

腹ペコ王と契約している立香は、信長の見識からすぐさまに通った能力を探り当てた。これは魔力ではなく怨念で代用しているらしく、完全に怨念が制御不能の状態であることを意味する。

 

「ここまで強くなれば、生け捕りも難しい。立香、討伐の許可を」

「でも……」

「我らは魔王信長を倒しに来たのです。ここで消耗しては元の木阿弥ですよ」

 

元は共に過ごし戦った仲間。しかし、このままでは魔王信長と戦う所ではなくなるのも事実。

 

「ノブナガァァアアアッ!」

「うおっ!?ま、マズイぞ立香!怨念の量が増え始めとる!手が付けられなくなるぞ!」

 

再び信長へ飛びかかる越後のちびノブ。その刀身へ怨念が帯び、信長に躱され地に当たる度に爆発を起こす。さらには刀が振るわれる度に怨念が飛び散り、沖田らは近づくのが困難となっていた。

 

「立香!」

「……令呪をもって命ずる。長尾景虎、あの怨霊を打ち倒せ!」

 

マスターの権利。令呪を用いた命令権。それは多大な魔力となって景虎に流れ込み、瞬く間に宝具解放の準備を整えた。

 

景虎の周りへ八つの武具が現れる。それを愛馬、放生月毛に跨った景虎数えて八人(・・)が引き抜いた。

 

「我が敷くは不敗の戦人!駆けよ、放生月毛!毘沙門天の加護ぞ在り!!」

 

生前に得意とした車懸りの陣を対人へと転化した攻撃。ここで初めて、ちびノブは信長以外を目視した。

 

弱きを助け、強きをくじく義の剣。神の刃。その全てが今、己に向けられている。

 

それはつまり、己は弱きの恨みを晴らす者ではなく……『信長と変わらぬ弱者をいたぶる者』であると定められた。

 

腹の底から湧き上がるものがある。ああ、そうだ。いったい何を勘違いしていたのだろう。

 

この地は信長が集う戦国。一揆を起こし、ちびノブのための国を建てたビッグノッブ。そして我らちびノブ。

 

敵は本能寺より出でた己に在り

 

天はノブに在り━━━━天命の攻撃である

鎧はノブに在り━━━━既に心は折れている

手柄はノブに在り━━━━討つべき信長は己である

 

怨霊、鎮まる。突きつけられた自己矛盾に、恨みは逝きどころ無く燻った。

 

「『毘天八相車懸りの陣(びてんはっそうくるまがかりのじん)』!!!」

 

断罪の剣が、八度。ちびノブを貫いたのだった。

 

 

 

 

 

「えぇ……流石に引くんじゃけど」

 

ちびノブは健在であった。しかし倒れたままピクリとも動かない。

 

「アレ食らって耐えるって、え?固すぎじゃね?」

「はぁ……残って当然ですよ。私は立香に『怨霊』を倒せと命じられた。ですから毘沙門天の加護によって、未だに浮き世に留まり続ける霊を滅しただけです」

「……おぬしのソレも充分チートだよね」

 

『毘沙門天の加護』と言えば何をやっても許されるのだろうか。呆れ返る一同であったが、再び気を引き締めた。

 

今回の戦において討つべきは魔王信長である。だいぶ時間を食ってしまったが、このズレは今からでも取り戻せるはず。

 

「越後のちびノブさんはどうしましょうか」

「このまま放っておくにもいきませんし、春日山城へ運びましょう。念の為、ダーオカのように牢屋に入れて様子を見るべきですけど」

「でもよ、こっからだと結構遠いぜ。野盗なりなんなり警戒するならそこらの兵じゃ不安が残っちまいそうだけどよ」

「それはほら、ピッタリなのがいるじゃないですか」

 

沖田が振り返れば、ちびノブ兵たちが並び将たちを見ていた。

 

「ちびノブはちびノブに任せろってわけか。そんじゃあ心置きなく行かせてもらおう」

「そうだね。じゃあ、行こう!」

 

将を纏め、いざ魔王信長退治。少々疲れを感じつつも、一行は城へと潜入するのだった。

 

 

 

 

 

 

「なあ、権六はもう敗れたんじゃよな?」

「はっ!茶々と名乗るカルデア家のサーヴァントによって、安らかに」

「そうだな……その報が入ってからかなり時間が経つが……カルデア遅くね?」

「……来ませんね」

「来ぬかぁ……てか足軽のくせに微妙に馴れ馴れしくないかお前」

「気のせいですよ」

「気のせいかー」

「そうですよ」

 

 




怨霊による魔力放出は奴隷騎士をイメージ。

本編ではビッグノッブは信長にカウントされていた……つまりちびノブ=信長ということでは??


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摩玖主の和議交渉

約ひと月ぶりの更新、申し訳ない。さて、こっからガンガン行きます。サンサソー本気モードです(最初からやれ)。


待ちぼうけの魔王信長は激戦の末敗れた。ついでにちゃっかり洗脳されていた岡田以蔵もしばかれ牢へ入れられた。

 

残るは西の極楽浄土とやらのみ。渚の水着ノッブと対峙した際に摩玖主のキャスターと名乗るサーヴァントと接触した一回を除き、接点は無かった。

 

魔王信長によって隔てられていたために仕方ないが、やはり相手の情報が無く、その実態は全くの未知数である。

 

「皆さん集ま……ってませんね。景虎さんはどうしたのでしょうか?」

「たぶん地下牢だろ。なんか付きっきりだし、生前に因縁でもあったんかね」

「ちびノブなのでそういうことはないと思うんですけどね……さて、そろそろ現実を直視しましょうか」

 

ゆえに西をどう扱うか評定を始めようといった所なのだが……何かしらの問題のネタに困らないのがカルデア家である。沖田はなるべく視界に入れようとしていなかったソレに、ようやく向き声をかけた。

 

「……で、なんですかノッブ。その姿は?」

 

身長は180程度にまで伸び、燃えるような赤髪をたなびかせる。服装も軍服ではなくどこかスカサハ師匠を思わせる。

 

つまるところ、つい先日に打倒した『魔王信長』その人の姿となっていたのである。

 

「あー、それな。実のところ我にもよくわからんのよ。でも我ながら超かっこよくない?我」

「一人称まで『魔王信長』になってるじゃないですか。取り込みでもしたんですか」

「あながち間違いではないかもしれんの。ま、それよりも見よ!この天女と……あいや、魔王と見まごうばかりの姿を!もう沖田の太ももを超えて胸まであるとか最強じゃね?完全勝利じゃね?のう立香!」

「え?あ、うん、そうだね」

「雑ぅ!もうちょっと見とれてもいいと思うんじゃけど!」

「だって中身ノッブじゃないですか。それはそうと先程の発言は我慢ならないので表出てください」

 

しかし姿が変わった程度でどうこうなるほどカルデアもヤワではない。驚きもそこそこにいつも通りの風景が展開されていく。

 

「うはははは!随分でっかくなったな大殿!なにその背中のトゲトゲ、傾いてんじゃねーの!だいたい昔の大殿こんなだったか?いや、こんなだったか!よく覚えてねーな!」

「相も変わらずじゃな……」

「し、しかし、これは一体どういうことなのでしょうか?」

 

カルデアの良心、常識枠のマシュの一言によってなんとか事態の詳細を詰める流れとなった。しかしそこへさらなる爆弾が投下される。

 

「うろたえるな。この地に散った、信長様という存在が統合されたにすぎん」

「なるほど……えっ?」

 

いつの間にやら、そこに立っていたのは明智光秀。魔王信長の家臣としてカルデア家と戦ったサーヴァントであった。

 

「ん?ミッチーではないか……って、貴様!敵であったはずであろう!?なにをしれっとここにおるのだ!」

「例の吉法師が消えたと思ったら、軍を退いて降伏してきたもんでな」

 

あの合戦の時、魔王信長が倒れたと同時刻に織田吉法師の姿が消えてしまったという。明智光秀の言葉が真であればこのノッブに統合されたということなのだろう。

 

「私がお仕えするのは信長様ただお一人。その信長様がここにおられる以上、私がここに馳せ参じるのも当然の事」

「なんじゃ、信勝と同類か」

「姉上!?こんな奴と一緒にしないでください!というか僕の姉上、美しかっこよすぎません?というか男なのか女なのかわからないのでちょっと確に━━━」

 

信長の鋭いかかと落としが信勝の頭に突き刺さり、へにゃりと緩んだ顔のまま信勝は沈んだ。

 

「で、ミッチー。貴様のことじゃ、なんぞ手土産ぐらいは用意しておるのであろうな」

「はっ、信長様、これより我らの真の敵についてお伝えしたく思います」

「真の敵?」

 

最大の敵であった魔王信長は倒れた。それを差し置いて『真の敵』と断ずるのは何故か。そしてその『真の敵』とやらは何者なのか。皆が敵であったことも忘れ、光秀の言葉に耳を傾けた……その時であった。

 

「評定中失礼いたします!」

「あなたは…モブ足軽!」

「ノブ?」

「いえ、あなた方ちび『ノブ』兵を言ったわけではなく」

「そんなことどうでもいーだろ。んで、どうした!」

「はっ、ご報告いたします!摩玖主のキャスターと名乗る者が参り、謁見を申し出ておりますが如何致しましょうか?」

 

摩玖主のキャスター。ちょうど彼らについての評定中であった面々は顔を見合せた。その中でただ一人、光秀だけは目を鋭くし顔をしかめる。

 

「来たか……信長様、ここはカルデアの者に任せて、我らは奥座敷へ。立香殿、まずはかのキャスターの用向きを伺っていただけますかな?」

 

おそらく最も情報を知り得ているであろう光秀はすぐさま対応する。しかし、元は敵。未だ信じられるほどの材料が無い今、素直に従うものは少ない。

 

「てめぇ……何を企んでやがる」

「今は何より、摩玖主のキャスターとお話ください。私の首を刎ねるのは、その後でも遅くはありますまい」

「いかがしましょう、先輩(との)

 

鬼面も土方の問答も風のように流す。しかし首を話上に出す以上、立香の選択に迷いは無かった。

 

「わかった、そうして。まずはとにかく会おう」

 

その返事を満足気に受け取った光秀は、信長とともに奥座敷へと身を隠そうとするが、ふと振り返り一つ付け加えた。

 

「あ、そうそう。奴との話で我々の事が出ましたら、私と魔王信長はあなた方に討たれたと、お答えいただければと」

「うん、わかった」

「それでは失礼」

 

光秀と信長が去り、しばらくして後。先程のモブ足軽に連れられて、摩玖主のキャスターが姿を現した。

 

「これはこれはお久しぶりです、カルデア家の皆さん。あの魔王信長を打倒するとは、流石はカルデア家の方々。我が主も大層お喜びです」

「ふん……それで?てめぇは何の用で来たってわけだ?魔王も居なくなって、いよいよ宣戦布告にでも来たか?」

「いえいえ、滅相もございません」

 

土方の圧に眉毛一つ動かさず、涼しげに摩玖主のキャスターは言葉を紡いでいく。

 

「此度は魔王を下したカルデア家の皆さんに、私の主の言葉を持参いたしました」

「摩玖主の主……あなたのマスターですか」

「はい。我ら摩玖主はカルデア家と和議を結び、共にこの戦乱の世に安寧をもたらしたく思います」

 

摩玖主のキャスターから提示されたのは和平。戦もなく統一を迎えようというものであった。しかし、これには必ず何かしらの裏があるはずと、カルデア家の面々は油断無く疑いにかかるのだった。

 

 



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極楽の有様

UA10万、お気に入り登録1300人突破達成!皆さんありがとうございます(_ _)

今回は……うーん、難産。あとちびノブの現状によって原作と同じ部分が多々あります。ご了承ください。


「和平…ですか」

「ええ、和平が成った時には、我ら摩玖主はカルデア家の為、衆生の為、あらゆる援助を惜しみません」

「……どういうつもりだ。それでてめぇらに何の得がある?」

「我ら摩玖主は元々衆生救済のための組織。魔王信長に対抗するため仕方なく武器を取り自衛をしておりましたが、それも魔王信長亡き今となっては無用となりました。ここは互いに手を携えて、平和のための一歩を踏み出そうではありませんか?」

 

演説じみた話の内容に、ますます疑惑の念が強まる。しかし、摩玖主のキャスターも餌だけをぶら下げるつもりもなく。トゲの着いた釣り針を投げ入れた。

 

「それとも、カルデア家にとって『天下統一』とは、民の平和ではなく、己の私欲を満たすものであり……魔王信長と同じく、我らを迫害し攻め滅ぼそうというのでしょうか?」

「よし、殿様。コイツいっぺん首刎ねるわ」

「ステイ、森くん」

「おう!殿様がそう言うならやめるぜ!」

 

侮辱じみた挑発に暴走しかけた森長可を立香がなだめ、摩玖主のキャスターへ向き直る。小僧であっても彼は一国一城の主。その面構えもまた立派な戦人となっていた。

 

「そういうわけではないけど……魔王信長と敵対していたのは何故?」

「はあ、それが魔王信長はこうして交渉の席に着くことすらありませんでした。我らの領内を荒らし、衆生を無闇に殺める文字通りの魔王でしたので」

 

「具体的な和議の条件などはあるのでしょうか?」

「はい、それなのですが我らの主と会見頂き、直接協議させて頂ければと思います。場所は、我が摩玖主の総本山である……『摩玖主本能寺』にてお願いしたく」

 

 

 

 

 

 

カルデア家当主、立香は数名のサーヴァントと共に山を越え、摩玖主教領の境目に差し掛かっていた。

 

「京の周辺一帯が摩玖主の勢力圏というわけですか……わかっていたつもりでしたが、将軍も帝も居ないのですね」

 

上杉謙信と言えば、義に厚く将軍の命を遵守していた大名。特に有名なのは、武田の今川攻めに対し同盟よりも将軍の勅命を優先し出兵しなかったことか。信玄の策略であったとはいえ、同盟の規約を犯したことで北条との仲に亀裂が入り、同盟は崩壊してしまった。

 

そんな景虎は、やはり思うことがあるのだろう。歩みは確かだが、少し顔を俯かせていた。

 

 

越後のちびノブを抱えて。

 

 

 

 

 

『ああ、危ない危ない。一つ言い忘れるところでした』

『……まだ何か?』

『いえ、実はこちらからのお願いなのですが……こちらにちびノブのサーヴァントの方がいらっしゃいますね?』

『うん……何か知っているの?』

『ええはい。持ちうる情報は渡しますので、どうかその方も摩玖主本能寺へとお連れしてください』

『……連れていく理由は?』

『まあ……それはおいおい説明しますよ。悪いようにはしませんので、なにとぞお願いしますね』

 

 

 

 

「なんで摩玖主のキャスターはちびノブを連れてきて欲しいなんて言ったんだろう」

「…わかりません。ですがちびノブさんの状態をなんとかする方法を知っているかもしれませんし……ここはやはり連れていくしかないかと」

 

越後のちびノブ、しかしいつもの活発さは見えず、ピクリとも動かない。

柴田戦を経て牢へ繋がれた彼は、やっと意識を取り戻すも何もせず何にも反応せずのままだった。数日経とうともそれは変わらず、まるで抜け殻のように微動だにしないまま今日に至る。

 

「…………」

「大丈夫だよ景虎さん。きっと良くなるよ」

「……はい、そうであることを願います」

 

 

 

 

しばらく進めば、一行は小さな村を見つけた。道中の疲れと空腹を癒そうと立ち寄ると、村の人々は朗らかに立香らを受け入れた。

 

「なんと、越後から。それはそれは遠いところをよくおいでくださいましたな。ゆっくり旅の疲れを癒してくださいませ。酒も食事も自由にしていってください」

「見ず知らずの我々にご親切にしていただきありがとうございます」

「いやいや、わしらも摩玖主様のお陰で食うには困らんで、気にすることはありませんよ。働かんでも食うに困らんとは、ほんとに摩玖主様々ですわ」

「……働かずとも食うに困らない?」

 

少し、空気がピリリと痺れた。立香らは景虎の雰囲気が変わったことに気づくも、村人は笑顔でその質問に答えた。

 

「ここらは摩玖主様のお膝元ですんで、摩玖主様のお恵みで生活させていただいてるんですわ。お陰でよそより暮らし向きも良いですし、ほんにこの世の極楽みたいなもんですわ。あくせく働いていた昔が馬鹿馬鹿しゅうて……」

「……極楽、ですか。それで村の者が働いている様子もないと」

 

景虎の顔に笑みが浮かぶ。それと同時に空気が戻り、ただ困惑する立香らだけが置いてけぼりとなった。そんな場を変えるべく、長可は訪れた当初から抱いていた疑問を口にする。

 

「おいおっさん、ガキの姿が一人も見えねぇが何してんだ?こんな村でも一人や二人はいるんじゃねーの?」

「へぇ、子供らは摩玖主様の総本山で教えを賜るためにお山へ上がっております。いずれは摩玖主様の僧にして頂けるらしく、ほんにありがたいことですわ」

「摩玖主の僧ねぇ……」

 

 

 

村で十分な休息を挟んだカルデア家一行は、再び摩玖主本能寺目指して出発した。その道中、話題に上がるのはやはり先程の村、そしてこの国のことである。

 

「そろそろ摩玖主の総本山が近いですね。それにしても先程の村…いえ、この国は……」

「働かなくても生きれるんなら、まあこの時代なら極楽と言えるのかもな。俺はあんな、ただ生きてるみたいなのはごめんだけどよ。退屈で死んじまう」

「極楽か…どうなんだろう?」

「……無価値」

「え?」

 

ポツリと落ちた言葉。それを拾った立香は景虎へと目を向けた。景虎は笑うでもなく、顔をしかめるでもなく、無表情のままに言葉を紡いだ。

 

「私は生前、よく兄様にお世話になりました」

「景虎さんのお兄さんというと……長尾晴景ですか」

「その人って?」

「豪将と謳われた長尾為景の長男。景虎さんの実兄なのですが、生まれ持った病弱が祟り、僅か8年で景虎さんに当主の座を明け渡したそうです」

 

何やら懐かしむ様子で、景虎は口元を綻ばせた。思い浮かぶのはかつての日々、唯一景虎の『人』を見出した兄のことである。

 

「……少し、昔話になります。聞いてくれますか」

 

景虎はいつにない弱った顔そう言うと、力ないままにほんの少しだけ、笑った。

 

 

 

 




よろしければ感想または評価もして頂けるとモチベーション維持に大いに助かります(強欲)
評価の際はついでにと言ってはなんですが一言コメントも…特に低評価。


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その者のいる価値

新たに8人もの方々から評価を頂きました!評価バーも全てに色がついて…本当にありがたい限りです、ありがとうございます!

今回は少し短めです。


それは、晴景が綾御前を連れて遠乗りに出た時のこと。

 

「心持ちのよい日よ。どうだ綾、出て来て正解であったろ」

「外に出ること自体禁じられていますのに……」

「今更よな、はっはっはっ!……お?」

 

暖かい陽の光を浴びながら馬を走らせるのは気持ちがいい。しかし、またもや言いつけを守らず遠乗りなどしている晴景、小姓らの雷が落ちるのは確定であろう。

 

そんな中、ふと向かいから馬が一つ来ている。何者かと目を凝らしてみると、見覚えのある白髪が見えた。

 

「おや、あれは景虎では?」

「……あやつ、また放浪癖か。今頃春日山城も慌ただしかろ。哀れな…」

 

景虎もこちらに気が付いたのか、早駆けに近付いてくる。かくして、もはや恒例ともなる三人組での遠乗りが相成ったというわけだ。

 

 

 

 

「兄上。あそこに良さげな木があります。あの辺りで小休憩を入れましょう」

「おお、そうだな」

 

合流した景虎と話しながら進み、丁度よい日陰場で小休止。晴景は身体を休め、景虎と綾御前は小さな将棋盤を出し指していた。

 

しばらく指しあい、音を上げたのは綾御前である。

 

「……景虎は強すぎます。私ばかり負けて、寂しいです」

「将棋は戦のようなもの。つい夢中になってしまうのです」

「……戦のようなもの、か。私も一局、景虎に教授願おうか」

 

晴景が腰を上げ二人へ近づく。綾御前が将棋盤から退くと、晴景が景虎と対峙した。

 

「ただし長考は禁じる。三つ数える内に一手指せ」

「三つの内に…ですか。面白そうですね」

 

やはり景虎は上手く将棋を進めた。しかし綾御前との相対の時よりも荒く、失策を重ねてしまう。時間に縛られ、少しばかり焦っているようだ。

 

晴景も悪手を連発するも、お構い無しにどんどんと駒を切ってくる。しばらくして後、景虎は自分の将棋ができぬままに敗北してしまった。

 

「ま、まさか……兄上に負けるとは」

「実際の戦場に長考の時間は無い。人は失敗を重ねつつも、邁進しなければならぬ」

 

晴景は将棋盤を片付けると、頭の熱が冷めやらぬ内に次の行動に移った。

 

「ここに一両の重さの銀が十一ある。今、そこに一つの石が混ざった」

 

懐から銀を取りだし地面に並べると、転がっていた石を拾いその中へ置く。

 

「銀の中から石を取り分けてみよ。ただし…」

 

携帯用の秤を取りだし、綾御前と景虎の前へ置く。

 

「秤を使ってよいのは二回までだ。さあどうする」

 

綾御前と景虎は悩むも、少しばかり時が経つ内に綾御前が言った。

 

「兄様、それは不可能ですよ。最低三回は使わなければ」

「はっはっはっ!そうかそうか。景虎も同じか?」

「………………」

 

景虎は潔くも根は負けず嫌い。深く長考するも、ついにはガックリと肩を落とし白状した。

 

「……わかりません」

「ほう、戦上手のお前がか!わからぬと!あの戦馬鹿が!はっはっはっ!」

 

手を叩き腹を抱える晴景。一つ拳を握ろうかと顔を顰めながらも、景虎は続きを促した。

 

「どれ、ここは一つ見本を見せてやろう。そら、このようなものはこうしてやればよいのよ」

「え…?」

「あ…」

 

晴景は秤を使うことなく、石を掴み手の中へ転がすと、二人へ見せた。

 

「秤を使うのは二回まで、とは申せども。必ず使え、とは言っておらぬ。銀と石とは見た目から異なり、重さも違う。何より、私が置いたところをしかと見ていたはず」

「それは……」

 

晴景は微笑みながら石を放り投げ、取り出した銀の五枚を綾御前へ、五枚を景虎へ、残りの一枚は自分の懐へと分けた。

 

「お前たちは正しい。が、真理など、無価値。どのような時にも必ず正しき真理は、今、この時のこの一点の真実にあらず。心せよ」

 

座ったままであったためか肩を回す晴景。未だ固まっている二人を見ると、面白そうに笑った。

 

「どうせならば、秤を二回用いた見つけ方を考えて欲しいものだがな」

「兄上、あまり意地悪く言わないでください。兄上でさえまだ見つけられぬものを……」

「ははは!だがそれもまた生の一つ」

 

晴景はまたもや笑うと、綾御前と景虎の頭に手を乗せ撫でた。突然のことに固まる二人へ、優しく諭すように晴景は言う。

 

「誰かができることを言うのなら、そこにお前たちがいる価値は無い。できないことを言え。そこで初めて、お前たちがいる価値が生まれるのだ」

「私たちのいる価値、ですか……」

「うむ。そして、その不可能へ挑戦し、邁進し……ついでに成し遂げてみよ」

「……ついで、でいいんですか?」

 

何がおかしいのか、いよいよ晴景は大笑いする。ついてこれているかはわからないが、二人は揃って顔を見合せた。

 

「そうだ、ついででよい。大事なのは邁進すること、できなくともよいのだ。お前たちが邁進している様が、気概が、それを見ている者を動かし世が動く。共に駆ける者も見つかるもの、そして支え合いできないことを成し遂げる……それこそが『闘争』よ」

 

晴景は言いながらも立ち上がると、服に着いた砂を払い馬へと向かった。

 

「真理に目を覆われるな。世界を見よ」

 

いたずらっ子のように笑うと、二人を置いて我先にと馬を走らせる。少しばかり唖然としていた二人も急いで馬に乗り、晴景の後を追って駆けて行くのだった。

 




そういえば前にいただいた感想たちを見返していたんですが、どうやら壱与さんのイベントの前に『お茶ノブ』と返信にて発言していたようです。すごい偶然。


モルガン祭楽しみですねぇ。40連回してお迎えしました。


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