真・恋姫☨夢想 革命 張郃転生伝 (青二蒼)
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序章:雄飛編
張郃伝序章:新たな外史と失った棒


はい、性懲りもない。
現場から事務所に移って仕事に追われて創作意欲のモチベを戻そうと、他の創作物を見たりプレイしたりした結果に浮かんだのがよりによってこっちです。

無印からやってるので、懐かしさと感慨深さでつい興がのってしまった。

どうして、どうして魏の五将軍で張郃出さないんだ!?
必要だろ、魏の面子的にと思った結果です。


 聖フランチェスカ学園

 最近共学制になったこの元お嬢様学校で俺――立花(たちばな) (そら)――はいつも退屈な日々を過ごしていた。

 いや、お嬢様学校に入学してる時点で普通の高校とは違う人生ではあるものの、それでも浮いたような話がある訳でもない。

 別に玉の輿(こし)を狙ってる訳でもない。

 お嬢様学校という訳で感性が違う訳だしな。

 ここだけ内心の話……俺は転生者。

 

 "2回目"の人生だ。

 

 別に大したことはない。

 よくある話だ。

 最初の人生はただ単に疲れた。

 それなりに平凡な人生、公務員に就いて……仕事にも慣れて……ただ退屈で人間関係に疲れた。

 話を聞かない老害みたいな、しきたりと伝統をはき違えてるような上司に疲れて、自ら命を絶った。

 誰かに相談しても自分の求めてた解答はなく。

 指針も具体的な方針すらも示さずにただ単にやっとけとか、頑張れ程度の言葉しか掛けない薄情な連中ばかり。

 旧友もいない訳じゃないし家族もいた。

 身近だからこそ相談しにくいこともある。

 ただその場しのぎで仕事を辞めても意味はないし、それ以上に仕事を変えて生活できる自信がなかった。

 何より……醜く感じた。

 仕事場での人間関係の全てが。

 そうして自らの中で延々と自問自答を繰り返した結果……生きる価値がこの世にないと、結論に達した時にはもう真っ逆さま。

 しかし、神の気まぐれかは分からないし人生に絶望したのに俺は何故か二度目の生を受けてしまった。

 しかも前世の記憶付き。

 転生した先が同じような現代日本なのは良かったものの……そんな記憶があるなんて普通に言える訳はない。

 まあ、取りあえず二度目の人生はもう少し頑張ってみようとは思う。

 今度はまだ絶望してない。

 ただ、退屈というよりは暇ではあるって感じだな。

 まさかな~……転生先がエロゲ世界とは誰も思うまい。

 最初の人生はベース……けふん……まあ、あるエロゲメーカーの世界と思わなかったけども。

 これでも前世はオタク趣味。

 ……色々とお世話になりました。夜のお供的な意味で。

 北郷(ほんごう) 一刀(かずと)君にも既に会ってるし、今では及川含めて数少ない男子生徒として級友ではある。

 ああ、もう1人いたな。

 このフランチェスカ学園のもう1人の主人公とも面会済み。

 ともかく、最初に思った退屈は間違いではあるな。うん。

 

 

 

 さて………現実逃避はやめよう。

(くう)どうした?」

「いえ、何でもないです。父上」

 (そら)を見上げ、父について行きながら馬に揺られて森の間隙(かんげき)から見える木漏れ日を浴びる。

 えー、何故でしょうね。

 三度目の人生?

 ともかくなんで死んでないのに生まれ変わってるんでしょうかね? 俺。

 しかも聞いてくださいよ奥さん、私……女の子なんですって。

 あらやだ……棒が足りませんね。

 代わりに饅頭(まんじゅう)が胸に2つありますよ。

 いや、まだ幼少期なので饅頭ですらありませんけど。

「狩りは危険だ。それにここらには猛獣がうろつくと聞く」

「誘ったのは父上でしょう? 危険な場所にいたいけな少女をなに連れてきてるんですか」

「お前は年にしては落ち着いているからな。それに、村にも被害があるし……娘がケダモノに襲われる前に私は、私は――!」

 無精ひげを生やした父は、何故かくっ! と変な想像をしていらっしゃるようだ。

 ケダモノってそれは悪漢的な意味ですか? それとも文字通り獣の方ですか?

 ともかく俺の父は娘に過保護プラス変な事を考えている。

 父の名前は姓は張、名は厳、真名(まな)水燕(すいえん)という。

 真名……真名である。

 そのキーワードが出た時点で、とある外史の世界に迷いこんだと察した。

「ともかくだ。お前も早いうちに武芸の心得を持っておくと良い。でないとよからぬ者に襲われた時に父さんが助けられるとも限らない」

「ああ、はい。その通りでございますね」

 まだ年齢的に10にも満たない俺は、そう答える。

「もっとお父さんに甘えてくれ。なんなら今日の狩りが恐かったら一緒に寝てもいいぞ」

「帰ったら近寄らないで下さい」

「うっ――グフ」

 父は俺の言葉に唐突に胸を押さえる。

 いや、流石にちょっと気持ち悪かったぞ親父。

 対して父は娘である俺の無慈悲な言葉に刺し貫かれたようだ。

 まあ、子供が成長するのは案外早いものだからな。

 前世含めて父親になってすらいないし、女性と遊んでも正式に付き合った経験はゼロなんでそんな子供の成長うんぬんかんぬん言うのは筋違いだろうけど。

「父上、少し先の川辺で馬を休ませてますよ。喉も乾きましたし、はっ!」

 馬腹を軽く蹴り、馬を走らす。

 うぅ、相変わらず座ってだと股間に違和感が拭えない。

 肉体は精神に引っ張られるって話だが……そこら辺は割り切った。

 ――女の子に憧れてた願望がない訳でなかったし。

 変態じゃない。ちょっと女性に興味があるだけだ。色んな意味で。

 川辺に辿り着いて下馬し、馬の首を軽くなでて水を飲ませる。

 俺も川辺で水面に映る自分の顔を見る。

 真名の通りの空の色のようなロングの髪に、紫っぽい瞳。

 目は少しキツイ目つきではあるが、笑えばカワイイ。

 ナルシストではないが、幼少なのに割とクールビューティーな印象。

 ……う、美しい。

 なんてギャグに走ったが、どこの無双シリーズの張郃のセリフだと。

 

 まあ、おそらくその"張郃"ですけど。

 

 姓は張、名は郃、字は儁乂(しゅんがい)……真名は前世の名前と同じ漢字だが読みは(くう) 

 俺はどうやら北郷よりも先に外史の幕開けを開いてしまったらしい。

 何が、どうしてと疑問は尽きないが……これまでの前世の経験から考えても答えは出ない。

 とりあえずは俺が攻略対象にならないか、そこだけが一抹の不安だ。

 

 

 




続くかは知らない。
期待しないで待っててください。


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一章:張儁乂推参

なんでか筆が進む。
なぜだ?

一刀はホモになってしまうのか?

TSFとは……

貂蝉「あらぁん♪ つまりワンチャンあるのかしらぁん?」

俺の傍に近寄るなぁぁぁ!?


 

 さて三度目の生と言っていいのか分からないが、ともかく俺は張郃な訳だが……

 赤ちゃんの時の記憶とか自意識がない。

 なんだろうな、転生というより憑依的な感覚もするが……何でか5歳くらいにハッと意識が出た。

 プレハブみたいな寮で寝たのが最後の記憶。

 困惑は色々とあったが……何故か生活にすぐ適応した。

 まあ、諦めてるとも言えるが。

 この手の物語の約束はオタク趣味的に見飽きてるので逆に慌てるのが不毛だというくらい知っている。

 という訳で、現状の把握と来たるべき戦いに備えるのが現実的な話だ。

 社会人経験って大事だな。

 こちとら無駄に事務職と現場の両方を半端に経験してるから活かせることはあるだろう。

 え、女性の体についてはどうなのって?

 案外あっさり受け入れてる。

 悲しいぐらいに……

 だってどうしようもないし。

 そういう願望がなかった訳じゃないし。

 ともかく状況としては、自分の住んでるところは冀州河間郡鄚県(きしゅうかかんぐんばくけん)のどこかの村だ。

 冀州というのはまあ、簡単に言えば北で、三国志とか無双シリーズが好きなら何となくは分かるはず。

 南には兗州(えんしゅう)そしてのその兗州の南には袁紹がいるであろう豫洲(よしゅう)がある。

 かなりざっくりとした認識としては日本で言うなら州はなんとか地方ぐらい、群が都道府県、県が市町くらいの認識。

 まあ、地形に関してはよく分からん。

 ただ……大陸のスケールがデカすぎて城=街だから現代の市町村の大きさはあまり参考にならないかもしれない。

 そこまで三国志オタクでもなし……せいぜいがゲーム知識程度の曖昧な知識だ。

 勉強しかないよな~

 しかも文字が漢文ですよ、漢文。

 この時代は文法やらまだメチャクチャだって記憶してるし、果たしてどれだけモノにできるのか……

 私塾か? 私塾に行くしかないのか?

 しかし、後の魏の五将軍の張郃とは言え出生が不明で武家の一門ではないのは確か、というか家柄がどうとかも不明だったはず。

 つまりはお金があるようには見えない。

 村の中にある1つの家としか言いようがない。

 村自体はそこそこ栄えてはいそうだが、どうも……分からない。

 ともかくこういうのはまずはプランニングが大事。

 最終目標と中間目標、そして目の前の目標を立てるしかない。

 目下は武芸だな。

 今は女ですし……くっ殺展開は勘弁して下さい。

 さて、前世で運動のセンスはあまりなかった俺。

 はたして武芸など出来るのかどうか……

 まずは基礎的なことを教えてくれる師が必要だ。

 父は武芸の心得が多少あるようだ。

 どうやら父は村の自警団長的な存在。

 害獣やちょっとした盗賊程度に遅れはとらない腕があるらしい。

「武芸と言われてもどこから始めればいいのですか?」

「ふむ、基本はやはり足運び……体を思い通りに動かせることが大事であろう。という訳で舞などどうだ?」

 舞……舞ですか?

 なんかいよいよ無双シリーズの張郃っぽい感じになってきたんだが……

「踊りというのも体を自由に動かせなければ、美しくは見えない。体の調和であると父は考える」

 一理あるような感じではあるが、どうも胡散臭い。

 実際に中国には剣舞的なのはあるが……果たしてそれは実戦的なのだろうか?

「疑っているな? まあ、言葉だけでは分かるまい。どれ、1つ見せてやろう」

 父はそのまま家の裏の空き地へと案内するように歩いて行く。

 そして、俺が出たところで手頃な棒を投げてきた。

「どこからでも掛かってきなさい。まずは思うようにやってみよ」

「は、はい」

 父に言われて取りあえず棒を正眼に構える。

 父は後ろで手を組んでいるだけ。

 体の捌きを教えてくれるようだ。

「はっ!」

 まずは正面に斬る。

 父は最小限の動きで体を半身にして俺の左側面に。

 そのまま俺は左を薙ぐように切り払い。

 だが今度は後退して寸のところで回避した。

 これで多少の心得なのか?

 素人でも分かる程に洗練されてるように見えるが……

「やあ!」

 後退したなら今度は突きで追撃をしようとしたところで、足が微妙にもつれてこけかける。

 倒れはしないが、体が前のめりなる。

 思うように体が動いてない。

「おっと、大丈夫か(くう)?」

 いつの間にやら父が更に前のめりなる前に肩を正面から持ってくれていた。

 詰めるの速ッ。

「すごいです。父上」

 父を見上げて素直に俺は感想を述べた。

「見直したか? しかし、空は筋が良さそうだ。考えながら棒を振っていたな?」

 おおう……そこまで見抜かれてる。

 確かに距離が開けば突きとかで詰めて、横に避けるなら薙ごう程度にしか考えてなかったんだけど。

 次に繋がるように戦うのがいいかな? とか、素人なりに考えてやってたんだが……どうやら正解だったらしい。

「明日から少しずつ体の使い方を覚えるように鍛錬しよう」

「はい、父上!」

 精神的にある程度成熟してるとは言え、新しいことに挑戦するのは子供のようにワクワクする。

 実際に子供の訳だが、なんだろう……何だか生活が充実しているように感じる。

 

 

 という訳で、しばらくは農作業やら自警団の手伝いをしながら暇を見つけては鍛錬の日々。

 最初は体捌きなどよく分からなかったが、上半身に対して下半身が置いてかれるといったムラが段々となくなっていった。

 今では体を多少は自在に動かせる。

 重心の移動とかそんな感じだ。

 足だけで動くんじゃなく、体全体で動く。

 実際のところ父が言ったとおりに舞をやってる。

 舞踊(ぶよう)というらしい。

 カンフー映画とかであるような剣舞をやってる旅芸人がたまたま村を訪れた時に少しだけ教えてくれた。

 しかし、剣舞の歴史って古いんだろうか?

 こんな三国志の時代で既に認知されてるあたりは結構長い歴史がありそう。

 剣の代わりに木刀を作って、基本的な動きを繰り返す。

 剣を回転させ、時に突き、時に跳ねる。

 踊るというのは思ったよりも楽しく、自分のイメージ通りに体を動かせるのは何とも心地良い。

 そもそも娯楽が少ないこんな時代だ。

 やれることなんて、狩りとか、詩を詠むとか、こういった鍛錬とかぐらいしかない。

 本なんて貴重だから一般の村民にはあまり手が届かないし、碁とかも村に普及してる感じもない。

 裕福なところぐらいだろうな~そんなのあるのは……

 スマホやネットが恋しいぜ。

 ただまあ……不便な代わりに充実してるのは確かではある。 

 この時代を考えると少しだけ不安なことを考えてしまう。

 今はこの村は平和だが、賊がどこにでも跋扈(ばっこ)してる状態だ。

 いつ襲われてもおかしくはない。

 その時に俺は、守るために人を、殺せるのだろうか?

 そう考えてしまう。

 

 

 そんな事を考えながらも結構な日数が経った。

 カレンダーもないので実際は年が経ってそうだが、具体的な数字が分からん。

 いつも通りに農作業を終えて村の大通りを通って自宅へ戻る。

 父は村の自警団の仕事があるらしく今日は俺1人の農作業。

 泥とかを井戸の水で落としてから帰路についていた。

 案外、大変だな……農作業。

 上手く耕したりしないと早くも婆さんみたいな腰になりそう。

「張郃おねえちゃんだー!」

「それ、つかまえろー!」

 来たなわんぱくキッズども。

 男の子、女の子関係なく俺に突撃してくる。

 変にあしらうとこけたり怪我をするのでなるべく優しく対処しないといけない。

「元気ですねー相変わらず」

 呆れるように言って、とりあえず先頭の子供の大将の両脇を掴んで素早くくすぐり。

「あはははは! くすぐったいいいいい!」

 よし無力化。

 そのまま地面にゆっくり倒れさせる。

 む、背後から殺気?!

 なんて後ろに回り込んできた子供2人を宙返りするようにして飛び越えてさらにダブルでくすぐる。

「ああああ、やめてよー!」「ははははは、ごめんなさい!」

 よし終了。

 数少ない癒しだな。

 子供は国の宝とはよく言ったものだ。

「敵将破れたりってね。それじゃあ、お姉ちゃん帰るから。遊ぶのはまた今度ね」

「えーー! 今日はカッコいいあれやってくれないの?」

 剣舞を見てた子供にどうやら人気が出てしまった。

 まあ、この時代では舞踊ができるのは物珍しいから好奇心の塊の子供には新鮮で楽しいものに見えるだろう。

「だって物がないから、出来ないよ。夕食の時間でしょ? 早く帰りなさい。また今度見せてあげるから」

「はーい。じゃあね、お姉ちゃん」

 聞き分けが良くてよろしい。

 子供たちは仲良く元気に帰って行った。

 何だろうな。父性というより母性が芽生えそう。

 あんまり男喋りは今の容姿に似つかわしくないと思って早々にやめたが、その内本当に女性的な思考になりそうだ。

 

 

 家に帰ると自警団の仕事は終わったのか、父は既にいた。

「おお、空。最近の鍛錬はどうだ?」

「ええ、まあ……順調なんでしょうか? 実戦をあまりしたことがないので何とも言えませんが」

 父とは模擬戦的な事はやっている。

 それなりに打ち合えるので多少は腕に覚えがあると言っていいぐらいにはなってるとは思うが……これが命のやりとりとなるとどうなるかが分からん。

 恐怖で動けなくなるのか? はたまた、興奮状態で今までの動きを全て忘れてしまうのか……

「どれ」

 と言いながら父は歩み寄って俺の腕を触ってきた。

 そのまま腕を伸ばすように上げさせると何かを確かめるような手つき。

 なんだ、筋肉のつき方でも見てるのだろうか?

 そう思って触られるまま黙って見ている。

 そのまま父は太ももの方も触る。

 親とは言え、何だか変な感じだ。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 ぱかん!

「ぐおッ?! 何をする空!?」

 反射的に父の頭を殴ってしまった。

「途中からいやらしい手つきになってましたよ。娘相手に何してるんですか?」

 明らかに筋肉を触る感じから柔肌(やわはだ)を揉んでる感じにシフトしてたぞ。

 グリグリとした感じの指圧が段々とモミモミに変わってやがった。

「いや、我が娘ながら。良い肉付きになったと」

「真面目に気持ち悪いです」

 この親、引くわー……俺もこの世界の荀彧とか曹洪みたいに男嫌いになるぞ。

 中身男だけど。

 父はそれから真剣な口調になる。

「真面目な話、よく鍛えられている。しかも舞踊をやってるおかげかしなやかな感じでありながら筋がある」

 それはアレか?

 麺は柔らかいけど、コシがあるみたいな。

 この例えは微妙だな。

 柳みたいにしなやかだが、竹のように真っ直ぐ的な方がしっくりくるか?

 ともかく、柔軟性とちゃんとした筋肉が両立出来てるということらしい。

「そうだな……この短期間で動きも良い。自警団に入ってみるか?」

「良いのですか? 父の事だからてっきり自衛のためだけだと思ってました」

「私も過保護ではない。娘を危険な場所に送り出したくはないが、情勢を考えればこうするのが空の最も益になると私は考えたのだよ」

 どうやら親父を俺を思って真面目に考えているらしい。

 久々に父に男と親としての気概を感じた。

「そうですか……正直怖いですが」

「まあ、そうであろうな。なに、そう固くならずとも父に任せればよい」

 くっ、なんて良い親なんだッ。

 たまにふざけるのがアレだけど……というかそのふざけ方が若干気持ち悪いのが結構マイナスだったりするんだが。

 

 

 話はとんとんで進み、俺は自警団の一員として今度の警邏に参加することになった。

 こんな小娘に警邏を任せるなど、不安がる人もいるかと思ったが――

「張郃の嬢ちゃんなら大丈夫だろ」「いや、張厳さんの娘さんは才女ですね。羨ましい限りです」

 と、会合の際に村の男衆は不安がるどころかめっちゃ高評価。

「褒められると照れます。大して何もしてないはずなのに」

 という事を言えば、

「舞踊を見てても惹かれるからな。美しい舞だったよ」「子供に大人気だからな。どうだ? うちの息子の嫁に」

 わーい、メッチャモテモテ……

 というか婚約には早すぎませんか?

 一応、この時代にも成人式的なのはあるらしい。

 聞いた時は少し驚いたが、こんな1800年以上も前にも成人の制度があるとは……古代中国恐るべし。

 もちろん婚約の件は「よく分かりませんので」と丁重にお断りさせて頂いた。

 12、3の俺に婚約なんて話されても困る。

 というか中身が男なのに男と結婚なんて困惑するわ。

 嫌悪感? そりゃあ、ある。

 だからと言って女の子同士というのも……悪くはないが、そこまでガチではない。

 いずれなるであろう乱世の奸雄じゃあるまいし。

 

 

「くしゅん……おかしいわね。こんな時期に風邪かしら?」

 そんなベタなことが大陸のどこかであったとかなかったとか。

 

 

 そんなこんなで警邏の日が来た。

 この村には時折害獣が来るのでなるべく定期的に見回らないと田畑が荒らされて税収に関わる。

 ここは比較的にマシな方だ。

 どうやら村の噂によると近くの別の村は不当に搾取されて生活もままならないらしい。

 朝廷の腐敗が段々と出てきてるようだ。

 ここで税を納められないと、それを好機とばかりに難癖をつけて不当に搾取される可能性があると村長は考えているらしい。

 なのでせめて目をつけられないためにちゃんと税を納められるよう、この自警団を提案したようだ。

 なるほど……自分達の生活を守るためにはそりゃ知恵も絞りだすしかないよな。

 改めて、前世の生活がどれだけ豊かを実感する。

 そんな訳で夜に松明を持って数人の村人と共に田畑の周辺を見回る。

 街灯もないので道は真っ暗。

 今日は月明かりがあるおかげで比較的見えるが、新月はマジで見えん。

「どうだ? 空。怖くないか?」

「ええ、まあ……ですがみなさんがいるので大丈夫です」

 父に言われて俺は笑顔で答える。

「はっはっは! いや、しっかりしてるな張郃ちゃん。俺の息子と同じくらいの年なのに子供とは思えねえよ」

 そりゃ、中身は成熟したオッサンですし……前世含めて生きた年数を数えたら悲しくなるからやめよう。

 恰幅の良い、よくお世話になってる商人の親父さんはそう豪快に笑った。

 商人と言っても構えてる店の品物はそんな高価な物ではないし、修理屋も兼ねてる。

 うちの村じゃあ商売だけでやっていける訳はないからな。実質何でも屋だ。

「しかし、隣の村もなんだか不穏な話が出てるべ。その内、うちの村にも――」

「分かんねえよ。だが、村長の言うとおり税を納めねえと俺達も同じようになっちまうかもしれねえ。今できる事をしねえと」

 不安がる村人たち。

 時代の情勢からして他人の事なんて考えてる余裕なんてないよな……

 前世の知識を使えば色々と楽できる部分はあるかもしれない。

 けど、あまり変に栄えたりしても別の意味で村に目をつけられる。

 そういう可能性がある以上、あんまり個人では動けないんだよな~

 どこか有力な太守とか刺史とか……権力者のいる組織にいた方が安全に知識を開示できるとは思うんだが……そんな伝手もない。

 大体、どこに誰がいるなんて分からんし。

 変なところに属してしまったら、面倒くさいことになりそうだし……

 ここの袁紹だけはマジで勘弁してくれ。

 曹操に仕える前は袁紹の配下だった張郃。

 だけど、その張郃は俺という前世の知識持ち。

 仮に配下になったら田豊、顔良と一緒に気苦労する未来しか見えない。

 なので目標としては曹操の配下、少なくとも三国志の英雄のどこかの配下になるのが安牌(あんぱい)だろう。

 あんまり半端な知識で動くと失敗するのは原作知識で一刀が証明してる。

 そうでなくても半端な知識は、人の判断を鈍らせる要因ではある。

 ちなみにこれは事務所や現場経験の実体験なので確信でもある。

 どっちにしてもこの世界で先入観で行動するのはよくないだろう。

「ん? なんだ、何か聞こえるぞ?」

 戦闘を歩いてた青年の村人が急に立ち止まる。

「もしや、獣か? この先は田畑だし」

「なに!? 早くしねえと荒らされちまう!」

 先行しようとする中年の村人を父は止める。

「待て。大型の獣であったら1人ではどうにもならんぞ。ここは足並みを揃えねば」

「あ、ああ……そうだな。張厳さんの言う通りだ」

 と言ったところで先程の先頭の青年が違和感に気付く。

「おい、こっちに何か向かってくるぞ」

 言いながら松明を掲げた先から何か光る物と共に走るような音が聞こえる。

 父は真っ先に気付いた。

「下がれ!」

「うおおおおおおお!」

 青年を引っ掴んで下がらせ、代わりに父が前に出る。

 振り下ろされようとしていたそれを切り上げ、弾いた。

 金属音……父が帯刀していた直刀の剣を抜いてそれが聞こえたということは……

「チッ、腕に覚えがある村人か」

 舌打ちをするのはいかにも賊という風貌をした男だった。

 父と同じような古びた直刀の剣を持っている。

「まあいい、お前ら! こいつらを殺して村を襲うぞ!」

「へっへっへ、待ってたぜ頭」

 いつの間にか似たような賊に取り囲まれてる。

 10人くらいだが、それでもこっちはただの村人だ。

 この状況は……ヤバい。

 恐怖に足が動かなくなる。

 いつかはこんな日が来るとは考えてた、覚悟はしてたつもりなのに。

 死に直面するとこんなにも足が動かなくなるなんて……

「空!」

「は、はいッ」

 俺の真名を呼ばれ、思わず父を見る。

 敵から目を背けず、背中で語っている。

「もっと穏やかに経験を積ませたかったがそうもいかぬようだ」

 父は歯がゆそうに語る。

 そう、か……これが乱世、ままならぬ世の情勢なのか。

「張郃ちゃん、すぐに逃げな。村へ行ってすぐに助けを呼ぶんだ。10人程度なら村人全員で戦えば何とかなる」

 商人の親父さんが優し気にそう言ってくる。

 そんな……置いて行くのか?

 確かに助けを呼んで数を頼みにすれば、この賊たちは追い払える。

 だけど――

「父上は?! みんなは?!」

 戻ったら死んでる可能性なんて十分ある。

 そんなのは流石に認められないッ。

「空、彼の言う通りだ。知らせれば備えが出来る。お前は若いし、足も速い」

「へっへっへ、そうは行くかよ。それによく見れば子供の癖に上玉じゃねえか」

 下卑た視線。

 それに初めて身の毛もよだつという体験をした。

 だがその時――

「ぐあっ!?」

 父の正面にいた男が悲鳴をあげて倒れた。

「私の娘に劣情を抱くなど言語道断! この張厳が貴様ら程度なぞ、すぐに斬り伏せてくれる!」

「なんだと、このオッサン? 手加減はいらねえ! 娘以外やっちまえ!」

 頭の一声で雄叫びと共に一斉に斬りかかる賊。

「う、うわあああああ!?」

 松明を振り回していた中年の村人が腕を斬られる。

 あ、ああ……何してんだよ。俺。

 こういう時の為に武芸を始めたんじゃないのか?!

 こういう情勢で必要だと覚悟を決めたんじゃないのか!?

 俺は何だ? 張郃だろ!? いずれ魏の五将軍と語られる人だろ?!

 ――深呼吸。

 一度は自分で命を絶ったんだ。人の命を絶つのがなんだ?

 自分を押し殺して、守るために殺せ。

「張儁乂(しゅんがい)、推して参ります」

 姿勢を低く、獣のように走り、松明を剣のようにして男の顔に突く。

「ぎゃああああああ!? 顔があああああ!」

 あまりに突然の事に周りの賊は足を止めた。

 顔を燃やされた賊はそのまま両手で顔を押さえようと剣を落とす。

 剣を拾い、俺は構える。

「こ、このガキ!?」

 再び姿勢を低く獣のように走る。

 今度は軽く飛び上がり、回転しながらの上段から斬りかかる。

 が、防がれた。

 及び腰の防御、そのまま足を払うように薙ぎ、態勢を崩したところで顎下から突く。

「ぐご、お?!」

 勢いよく引き抜き、そのまま左足を軸に回って持っていた剣を左にいた賊の顔面向かって投げる。

 この闇夜で血にまみれた剣があまり見えなかったのか、その賊の顔面に直刀が突き刺さる。

「ぎゃあああああ!?」

 代わりに目の前の賊の剣を奪い、舞うように他の賊に斬りかかる。

 既に音は聞こえなくなった。

 気付けば、いつの間にか賊は倒れてる。

「空! 空、大丈夫か?!」

 無我夢中とはこのことを言うのか、何もかもが朧げに見える。

 声が父だとは分かる。

 それよりも、意識が……

 何かに抱き留められるのを感じて、そのまま俺は眠りについた。

 

 

 木漏れ日がガラスのない木枠の窓から差し込む。

 知ってる天井だ。

 なんてボケてみたが、頭がボーっとする。

「おお、気が付いたか」

 父が心配そうに水差しの(かめ)を持って勇み足で近付いてきた。

「父、うえ?」

「ああ、そうだ。空……昨日はよくやったな」

 よくやった……か。

 やり過ぎなくらい、よく()ったな。

「ちなみに1人は怪我をしたが、他は大事ない。お前は守ったんだ」

「そうですか……イヤな初体験でしたよ」

「ああ、そうだな。だが、お前は村の英雄だ」

「……よく分かりません」

 人を殺して英雄って、こうして言われてみると気持ち悪いものだ。

「そうだな……今は、それでよい。ただお前の行いで救われた命がある。それだけ覚えていればよい。すぐに朝餉(あさげ)を持ってこよう」

 それだけ言って父は再びどこかへ行った。

 想像で考えるだけじゃ、やっぱり駄目なんだな。

 体から身を起こし、昨日の感触を思い出す。

 気味の悪い感覚だ。

 だが、救われた命があると思えば……不思議と罪悪感がない。

 これが、張郃としての初戦果。

 俺は本当に三国志の英雄の1人として大きく踏み出した。

 




おのれ!
軽い気持ちと懐かしさでやり始めたら止まらないぞ、どういうことだ?!

年末年始はテキストゲーだな……


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二章:洛陽を目指して、縁に出会う

ご覧の小説は原作の恋姫より史実が少し濃いめでお送りします。

脱線? するかも。

だって外史だし。



 

 光陰矢の如しとはよく言ったもので、あれから時が過ぎるのは存外に早かった。

 俺は、あの時に初めて人を殺め、村人を守った。

 今まで殺しもしたことのない平和な世界で一変、乱世に向かう大陸で俺は張郃として生きていく気持ちがあの日を境に出来たとでも言えばいいだろう。

 そもそも一度は自ら命を絶った身だ。

 そのせいか変な割り切り方が出来てしまった気がする。

 生と死にあんまり執着してないのかもしれない。

 そう思うと一周回って狂ってる気がする。

 そもそも英雄なんて呼ばれるのはどこか(たが)が外れてるって、どこかの英霊が言ってた気がする。

 あんなことがあったのに、村人達には化け物扱いでもされるかと思ったが……命を助けられて疎んじる人はいなかった。

 余計な杞憂だったことに安堵する。

 ま、今日も美しく華麗に賊を葬るとしましょう。

 

 

「最近は多いですね。どうも……よくない」

 1人呟きながら、現状を嘆く。

 いつの間にやら俺は1人で警邏を任されるようになった。

 それは信頼と同時に足手まといになる事を恐れて村の人達は遠慮してるのだろう。

 俺自身、ここまで武の才能が開花するとは思いもしなかった。

 昼下がりの森の中で、直刀の血を払うように振り抜く。

 賊は10人ほど……一番最初に苦戦してたのが噓みたいだ。

 いや、それほど苦戦してなかったか?

 だがまあ、今では冷静に対処できる辺り成長ではあるだろう。

 だけど血生臭い成長に素直には喜べない。

 せっかく女の子の体なのだからもっと、女性らしくありたいね。

 性転換を楽しんでないかって? まあ……せっかくだし、男では出来なかったことはやってみたいよな。

 我ながら適応力高すぎか?

 なんて考えながらも真面目な思考に切り替える。

 どうも賊がくる頻度が妙に多い気がする。

 なるべく、仲間もとに帰って増援とか呼ばれないよう誰も生かしてはいない。

 情報を集めて、村に近付く前になるべく処理している。

 その方がスマートだし。

 ただまあ、あんまりやり過ぎるとあの村には大事な物でもあるのではと勘繰られる可能性はある。

 難しいな……1人では守れる範囲に限界があるのは分かってはいるが……やっぱりどこかに仕官でもして張郃の名前を広めれば村の脅威は減るかもしれないな。

 あそこの村を襲えば張郃がくるぞ、的な。

 不在の間、どうするかが問題だよなあ。

 自警団で実力を認められてから発言力が少しずつ増してきたので親父を通して村の防備を固めてはいるから、早々に全滅とはならないだろうが……

 心配だよなあ……今となっては故郷だし。

 いつの間にか帰る家がなくなってたってのは精神的にキツイだろう。

 出るかどうか、未だに迷う。

 不意に剣に目を落とす。

 あ……刃こぼれしてやがる。

 この剣もダメだな……いくつか賊から持って帰るか。

 村に早々に剣とか金物が入ってくる訳はない。

 なので基本的に賊から頂戴してる。

 商人のおっちゃんに頼んで、研磨して貰ってそれを使用してる。

 いつの間にやら剣が手に馴染むようなったが、どうも武器としてはしっくりこない。

 もしかしたら舞うような戦い方と武器が微妙にかみ合ってないのかもしれない。

 いっそ、無双意識して鉤爪(かぎづめ)でも使うか?

 乱戦では結構使えそうだし。

 多対一でよく戦うから引っ掻き回すのに最適かもしれん。

 まあ、そんな物がほいほい転がってるとは思えないけど。

 そう思いながらも帰路につく。

 

 

 剣をいくつか持って帰って、村へと戻る。

 自警団の装備も賊から奪ってるおかげで充実してきた。

 使い古しのボロボロだけど、あるのとないのとじゃ違ってくる。

 俺は帰りに村の数少ない商人の家へと向かう。

 そこでちょうど店先にいたオヤジが俺を見つけて、軽く手を上げて挨拶する。

「おう、張郃ちゃん。今日もありがとな」

文斉(ぶんせい)さん、今日もお願いします。大したお礼も出来ませんが」

「ははは、いいって事よ。張郃ちゃんのおかげで賊にあまり襲われずに済んでるんだ。お安い御用だ」

 彼は最初の警邏でお世話になった恰幅(かっぷく)のいい商人のオヤジさん――文斉――が、持ってきた俺の得物を見ている。

 使い古しとは言え剣だ。

 磨けば使えるし、お金になりそうなものは売って、それ以外で微妙に良さそうなのは村の自警団の得物にしている。

「そうですか。ではいつも通りに置いていきますので、これで。とりあえず村長に話して、家に帰ります。最近は疲れまして」

「そうか……最近は妙に多いもんな。その前にこの間の取り分はいくつか渡しておくぜ」

「別にいいんですが……村を出る訳でもないので」

 文斉のオヤジさんは、俺が取ってきた剣を売った儲けを一部渡してくる。

 別にいらないと言ったんだが、ただ助けられるんじゃ申し訳ねえと自ら進んで差し出してきた。

 このご時世で豪快でありながら誠実な人だ。

 この村の生まれで良かったと心から思う。

「なに、張郃ちゃんは村にいるべきじゃねえよ。もっと多くの人を救える気がするからな」

「それはどうも。ですが、私はこれで満足してますので」

 張郃の人生をなぞる必要はないな~とどことなく思ってはいる。

「まあ、それはそうと張厳さんも家で待ってるだろうぜ」

 その文斉のオヤジさんの言葉に引っ掛かりを覚えながらも金銭の入った布袋を頂く。

 待ってる? 何か話でもあるのだろうか?

「ありがとうございます。では、これで」

「ああ、気をつけてな」

 別れの挨拶をしてすぐに村長の家へと行き、報告を済ませて帰路へ移る。

 いつも通りに質素な我が家。

「ただいま」

「おお、空。戻ったな」

 文斉のオヤジさんの言った通り、父は待っていた様子だ。

 何か話でもあるのだろうか?

「空、お前もそろそろいい歳だ。実は、見合いの話があるんだが……」

 神妙な顔で何を言うかと思えば唐突な縁談。

 これはあれだ。父の悪ふざけだな。

 この世界の親だし、それぐらいは分かる。

 大体、俺の娘はやらん的な感じを(かも)し出してる父がそんなことを言う訳がない。

「そうですか……父上が認めたのなら是非ともお会いしてみたいですね」

 と、俺はその悪ふざけに便乗してカマを掛けてみる。

「……唐突な話に驚かぬのだな」

 チッ、一発目は粘りやがるな。

「私も所帯を持つのもどうかと、ふと思うようになりまして。ああ、でも……初めてはやはり誠実な殿方がいいですね。優しくしてくれそうですし」

 何となく女の顔をしてみる。

 ふ、男を悩殺するために練習をしたこの表情……我ながら恐ろしいぜ。

 なんで練習してたのかって?

 せっかくの女性の体だし、男を手玉に取ってみたいという謎の願望だ。

「ぐふぅ!!」

 おおおおおい!? まさかの喀血(かっけつ)したぞ?!

 ふざけるなら自分にダメージを受けない範囲にしろよ?!

「そ、そんなヤツは私が許さん。む、娘の初めてなど……どこでそんな言葉を覚えた! 私が叩き斬って――」

「暴走しすぎですよ! 冗談です、冗談!」

 変なところに被害が出そうだったのですぐさま止めに入る。

 父子家庭なのに退屈しないな……我が家は……

 とまあ、悪ふざけが落ち着いたところで父は本題に入る。

「空……私は最近、思うのだ。お前にとってこの村は狭すぎるだろうとな」

「そうですか? 退屈してませんけど」

「そういう話ではない。お前ほどの武を持っているなら、きっと……どこかへ仕官することも叶うだろう。今よりも良い生活が出来るはずだ」

 無精ひげを軽く撫でながら父は、悩まし気に語る。

 ああ、父は……本当に俺の幸せを願ってるんだろう。

 言葉以上にその気持ちが伝わってくる。

 できれば村にいて欲しい。

 だけど、幸せになって欲しい。

 そんな相反する想いを持ってる。

 だけど俺はその言葉にクスリと笑う。

「戦場に行けば死ぬ可能性もあるのに、仕官を薦めるなんて……おかしな話ですね」

「まあ、そうであろうな。だが、お前ならもっと多くの人を救えるだろう。そうなればきっと、巡り巡って村をも救うことになるはずだ。死地に赴くのを本来なら薦めるべきではない。だが、私はお前がそう簡単には死なぬと確信している。自慢の、娘だからな」

 うわあ……今の言葉は男だろうと女だろうとキュンとくるぞ。

 現に俺は照れてる。

「――何ですか、急に」

「急だな。だが、でないと私の決心が鈍る。いつまでも子離れできない親など、自慢にはならぬだろう」

「自慢の父ですよ。ですが、そうですね……勢いに任せるのも時には必要でしょう」

「うむ、そうか。実は荷物はまとめてあるのだ」

「用意が良いですね。さては、他の方と画策してましたね?」

「そこまで気付いておったか……」

「微妙に村の人の態度がよそよそしい感じがしましたからね。明日、出立します」

「うむ……そうか」

 唐突な旅立ち。

 だが、不思議と名残惜しくはない。

 お膳立てされてるっぽいし、父のいうとおり早めに出ないと俺も決心が鈍りそうだからな。

 

 

 父との最後の夕食を楽しみ、早朝に俺は荷物をまとめて村の入り口まで来た。

 路銀は充分。

 今思えば、商人の文斉のオヤジさんがちょくちょく分け前をくれたのもこのためだったような気がする。

 朝焼けが門も何もない村の入り口を照らす。

「では、行って参ります」

「うむ、南を目指すといい。帝様のおられる洛陽目指せば色々な出会いがあるだろう」

 見送りは父1人。

 変に大所帯で見送られるのも照れくさい。

 そう思ってたが――

「おう、張郃の嬢ちゃん! 元気でなー!」「お姉ちゃん、いつでも帰ってきてねー!」「少し寂しくなるのう」「ああ……真名を貰いたかった」

 見計らったように村の人達が見送りに来てくれた。

 いい村だよ、本当に。

「それと餞別だ! 受け取りな!」

 一際大きな袋を文斉のオヤジさんは投げてきた。

 受け取れば重く、何やら頑丈そうな袋。

 中には新しい得物だ。

 これって――鉤爪(かぎづめ)?

 まじで無双シリーズの張郃じゃんとか、一瞬思ったが……それよりも。

「伝手を頼ってな。張郃ちゃんなら使いこなせるだろうって張厳さんがな」

 文斉のオヤジさんはそう笑う。

 そっか……今まで動きを見てきた父の見立てだ。

 きっと間違いはないだろう。

「ありがとうございます。では、皆さん! お元気で!」

 手を振って俺はそのまま村の外へ歩き出す。

 そして、振り返って――

「皆さん! 大好きです!」

 伝えたいことを張り上げて声にする。

 きっとこのご時世、言うべきことを言わないと後悔することが多いはず。

 ましてや乱世、この村がなくなっていない保証はない。

 父を信頼してない訳ではないが、それでも後悔はしたくなかった。

 大声でそれだけ伝え、走り去る。

 いよいよ、本当の大陸へ俺は歩み出した。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 張郃――(くう)が旅立った村は見送りを終えて彼女の姿が消えても名残惜しく村の何人かは(たたず)んでいた。

「行っちまったな……張厳さん」

 文斉は張厳に言葉を掛けるが、張厳は何も反応しない。

 無理もない、1人娘を送り出したのだ。

 色々と寂しさが募るだろう。

 そう思っていたが――

「ぐふああああ!!」

 唐突に張厳は喀血して地面を転がり悶え始めた。

 流石に周囲も動揺する。

「お、おい! どうした!?」「張厳さん!?」

 それからすぐにゆらりと張厳は立ち上がり――

「すまぬ、娘の好きという言葉に思わず泰山にでも召されそうであったわ」

 などとアホな事を言い出した。

 親バカ極まれりである。

 溺愛(できあい)するにも程があるだろうと、周りは呆れ気味だが……

「いや分かるぜ、張厳の旦那。いつも大人びて見えた張郃ちゃんが、あんなこと言えば俺だって、ぐふっ……!」

 と、思いきや同類がちらほらいたようである。

 村人の若い男の何人かは、張郃の純真無垢の最後の一言に死に体である。

 おそるべし張郃――

 村の女は後にそう語った。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 さて、村を飛び出して――早……何日だ?

 街道を辿って道行く商人やらに道を尋ねて洛陽を目指す。

 途中で賊にも襲われたが、華麗に返り討ちにした。

 流石に街道を血塗れにするのもどうかと思ったので「道を外れて楽しいことしない?」と誘惑すれば簡単に釣れた。

 今は獣のエサか木の肥料だろう。

 女の誘惑、恐るべし。

「やれやれですね」

 途中で村とか街を訪れては噂話を耳にしたりしたが……どうも朝廷の腐敗は都に近付くほどに如実に出てくる。

 これはその内、黄巾の乱も近いか?

 洛陽まで近いところまで来てるとは思うが、どのくらいだろうか?

 別に朝廷で働くつもりはない。

 そんな腐ったところで働けば女狐とか狸っぽい連中を相手にするのが目に見えてる。

 この世界の曹操も、朝廷の役人連中は腹黒さが化け物級的なことを言ってた気がするし。

 ともかく洛陽を目指すのは人脈的なところが大きい。

「ちょっと何ですか、あなたがたは!」

「へっへっへ……いい女が――ぐほおお!?」

 取りあえず目の前の悪漢を蹴り飛ばす。

 都周辺の癖に治安悪いな!

 取りあえず、襲われてた女性を助ける。

「大丈夫ですか?」

「え、ええ……何とか」

 と、即落ち2コマ的な感じで助け出した女の子にあれ? と目をぱちくりとさせる。

 メガネを掛けて、そこそこムッチリなボディ。頭に2つ均等にお団子に結わえた髪とは別に降ろされたゆるふわな金髪っぽいこの子は……

 不憫軍師(田 豊)! 不憫軍師(田 豊)じゃないか!

 と、冗談はさておきまさかの原作キャラの初邂逅(かいこう)田豊(でんほう)とは……張郃の名前だけあって、こんな縁に出会えるとは……

「あの、初対面ですが……失礼なことを考えてませんか?」

「いいえ、何も。それはそうとまだやりますか?」

 と、俺は賊達に向かって殺気を叩きつける。

「ちなみに、数がいればどうにでもなるとは思わないで下さいよ。それとも……楽しませてくれますか? あなたたちの悲鳴で」

 我ながらヤバい笑顔してるだろうなと思いつつ、脅す。

 本来笑顔とは攻撃的な、うんぬんかんぬん。

「ひっ! に、逃げろ! あいつはやべえ雰囲気だ!」

 気圧されたのか、あっさり退散した。

 小物ならこの程度済むんだが、変に増長したのだとすぐに突っかかるからな。

 何より守りながら戦うのは少し苦労する。

「あの……ありがとうございます。旅の武芸者……仕官でも考えて都を目指してますか?」

 流石は軍師と言うべきか……目の前のある情報である程度の当たりをつける辺り、知性を感じる。

 そう言えば、元は朝廷の人だったか? 田豊。

 三国志マニアではないが、歴史系のゲームをやってるとどうも設定とか知りたくてちょっとは調べてたくなるんだよな。

 それが知識として生かせるんだから世の中は分からないものだ。

 とは言え、それで人を知った気になったら不愉快に思われるかもしれないからとりあえずは先入観は無しでなるべく振舞おう。

「って、私ってば助けてもらったのに名乗りもせずに失礼でしたね。私は姓を田、名は豊、(あざな)元皓(げんこう)と言います」

「大したことではありませんよ。私は姓を張、名は郃、字を儁乂と申します」

 と、私はよく三国志のドラマとかで見る手を組んでする挨拶をする。

「張郃殿、大したお礼もできませんが……すみません。数少ない路銀ですが、命を助けて頂いた対価には程遠いかもしれませんが……これで私は失礼します」

 と、悲痛な感じで田豊は路銀の入った袋を渡してそそくさと去ろうとしてくるが、俺はそれを拒む。

 そう言えば朝廷をクビになったか見限ったかは忘れたが、彼女は確かぷくぷくこと韓馥(かんぷく)に仕官したのちに袁紹に仕えたはず。

 それに袁紹陣営の中でかなりの知恵者。

 正史の曹操も袁紹が田豊の言葉を聞いていれば危なかったみたいな事を言ってたらしいし、だったら対価は決まってる。

 それに折角の縁だ。逃す気はない。

「いえ、別に構いませんよ。それよりも別のモノを頂きたく思います」

「え? 別のモノ、ですか?」

「はい、田豊殿です」

「へ? ええええええええええ!? いやいや、私にそんな趣味は!」

 真っ赤にして叫ぶ田豊。

 あ、やべえ……言葉を端折り過ぎた。

「ああ、すみません。えっとですね、見たところ……田豊殿は軍師か文官であると思ったのですが、相違ないですか?」

「は、はあ? まあ、確かに私は朝廷で文官としても働いておりましたが……」

 働いてた、か。

 十中八九、都から出てきた直後くらいだなこれは。

 なら好都合だ。

「そうでしたか。少々、私に知識を教えて頂きたいのですがそれを対価では駄目でしょうか?」

「……私は既に朝廷をクビになったところですので、仕官なら私をあてにするより直接行かれた方がよろしいですよ」

「いいえ、違いますよ。私が欲しいのは知識であって、仕官先は二の次です」

 俺の言葉に田豊はキョトンとする。

 さっきも考えてたが朝廷に仕官する気はない。

 ただ単に人脈とか、少なくとも知恵がつきそうだと思ったから洛陽を目指してただけだし。

「それに朝廷の噂はかねがね旅の途中に聞いております。私が思うに、その朝廷をクビになったということは疎んじられたのではないですか? どうやら実直な者が仕えるには肩身が狭そうですしね」

 俺は笑顔でそう答える。

 諸葛亮程に有名じゃないにしても腐っても軍師。

 兵法とかも聞けるかもしれないしな。

「う……ぐすっ……ちょうこう、殿……うぅぅ」

 え、ええ!?

 ぽろぽろと唐突に泣き始めたよこの()?!

 ああ、そう言えば胃痛持ちでしたね……

 心身ともに弱ってるところに俺の気遣う言葉がクリティカルヒットしたらしい。

 優しさのダイレクトアタックだったか。

「ええっと……どうやらお辛い経験をされたようで。私でよければ、聞きますよ?」

 

 

 それから田豊は朝廷での不平不満をぶちまけた。

 賄賂の応酬に、脅迫、正しい事を進言すればこのありさまだと。

 生で聞くと、うわあ……と言いたくなる。

 そりゃ黄巾党も出るわ。

「それで、行く(あて)もありませんし……どうすれば良いのか……」

「でしたら共に仕官先でも見つけましょう。田豊殿がいてくれれば――」

「それは……やめた方がよろしいです。地方ぐるみで私の悪い噂を流していて、仕官先も見つからず……張郃殿にもご迷惑が掛かるかと」

 くっ、何ていい娘なんだ。

 打ち捨てられてボロボロなのになおも他人を心配するとは。

「地方を出ればいいだけの話です。東にも有力な太守や州牧はいるようですし、流石に州を越えてまで噂は届きませんよ」

「で、ですが……どうしてそこまで……?」

 俺の行動がよく分からないのか、田豊は不思議がってる。

 微妙に人間不信っぽい感じだな。

 まあ、クビになった直後だしそう思うのも無理はないだろう。

 俺も前世で人間不信気味だったしな……親近感がある。

「言ったでしょう? 知識が欲しいと。いかんせん私には学がないもので……文字も分からないと仕官先も困るでしょう」

「え? そうなんですか?」

 何故か田豊は不思議がってますけどただの農村出身ですよ、こちとら。

 村で誰か文字が分かる人いるかと思ったら全然いないし、識字率低くて覚えた漢文も簡単な文章ばかりだし。

「なので、請け負ってくれるなら対価は充分です。信用が欲しいのでしたら私の真名をお預けします」

 こういう時、真名って便利な気がする。

 対して田豊は軍師なのに驚きっぱなしだ。

「え、ええええええ!?」

「ダメ、でしょうか?」

「も、元より助けて貰ったは私の方で。いえ、私こそ真名をお預けします! 我が真名、真直(まぁち)……張郃殿にお預けします」

 田豊――真直は、両手を組んで頭を下げる。

「我が真名は(くう)……田豊殿にお預け致しましょう。よろしくお願いいたします真直さん」

「は、はい……空殿。どうしたんですか? そんなに笑顔で」

「いえ、親以外に真名を交換したのは初めてなもので……真直さん♪ なんて」

 何だろうな、ちょっと感動を覚える。

 真名を交換したのもそうだが同年代の女の子が村にいなかったのもあるからかもしれない。

「うっ……空殿に言われると何かむず痒いです」

「そうですか? とりあえずは――」

 真直の方から腹の虫が盛大になった。

 これは、胃痛なのか空腹なのかどっちかちょっと心配になる。

 みっともないところを見られたのが恥ずかしいのか、真直は顔を伏せる。

「ごめんなさい……安心したのか、空腹が……」

「いえいえ、私も空腹でしたので。どこか近くの街――なければ近くの山で……熊か猪ですね」

「空殿? 熊か、猪ってどういう……?」

「その内路銀が少なくなったら分かりますよ」

 結構、蓄えたつもりだったが……州越えの関所の存在を忘れてたぜ。

 思わず遠い目になる。

 そして、途端に不安がる真直。

「なぜかは知りませんが、分かりたくないです」

「たまには獣に落ちるのもよいものですよ」

「変な言い回しはやめて下さい! 不安になりますから!」

 かくして俺は田豊――真直と知り合った。

 この先にある波乱を俺は甘く見すぎていたと気付くのは、そう遠くない未来の話である。

 



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三章:仕官への道のり

休暇も近いし、いつになくハイテンションのままに書きなぐる。
久々に筆が乗りまくるのでとりあえず勢いで書いていく。

すみませんが、別世界の話は少しお待ちを。
同時並行的にしてますので。


 

 田豊こと真直(まぁち)と知り合って共に仕官先を求めて旅をすることになった、張郃こと俺――立花 空――は今日も大陸を歩く。

 真直のおかげで周辺の地形がある程度分かるのはありがたく、近くの街にも最適な道で行ける。

 おかげで賊と出会う回数も気持ち的に減ってる気がする。

 別の州の情報もある程度は知ってるみたいなので仕官先については真直に任せてる。

「やはり、兵を流動的に動かすのが要でしょうね。まあ、私は指揮なんてしたことがないので絵空事でしかないのでしょうが」

「本当に学がないんですか? (くう)殿。私は教えてて、たまに恐ろしい人を育て上げてしまいそうな予感がして恐いんですが……」

 はい、本来の張郃であれば30年以上戦い続ける歴戦の猛将になります。

 俺に適用されるかは知らんが。

 ここ最近は歩きながら真直が俺に兵法書の覚えてる部分を出題し、どういうことかを俺なりに解釈して、真直が実際に合ってるかどうかを解説する。

 簡単に言えばクイズ方式だな。

 歩きながら話してると、あっという間に時間が過ぎるので退屈を潰すのには最適だ。

 歩きすぎた時は近くに街や村があれば路銀を使ってあるいは武働きで下宿してしばらく休み、砂の入った箱を使って文字の練習だ。

 紙なんてこの時代は高価だし、製紙技術も進んでない。

 基本的に文書関係は竹簡――竹の巻物的なやつが主流だしな。

 真直のおかげで少しはこの世界での学がついたと言えよう。

「真直さんの教え方がよろしいのでしょう。いい先生が出来て私は嬉しいです」

「先生なんて大層なものではないですけどね」

「そう、卑下しなくても。私にとっては師ですから、それでいいじゃないですか」

「空殿は楽しそうですね……」 

「私は真直さんと一緒で楽しいんですが、真直さんはそうではないんですか? それは少々、悲しいですね」

「ぐっ……たまに空殿の純真さが眩しいです」

 とまあ、真直とはそれなりに打ち解けてると思う。

 そもそもクビになって途方もなくなって、弱ってた彼女が俺に心を許すのはそう難しい話ではなかった。

「そう言えば、胃痛は大丈夫なんですか?」

「ええ、まあ……空殿と話してる内にマシにはなってきました」

 と、疲れたような顔で真直は語る。

 胃痛でたまに夜、うなされてる辺り割と重症な気がする。

 不憫なのはカワイイという時もあるが、こうも目のあたりにすると心配もする。

「軍師だからと言って昼夜問わず頭を使う必要はないと思いますけどね。ましてや今は流浪の身ですし、気楽にいきましょうよ」

「うぅ、でも……いつまでもこのままという訳には……路銀を空殿に工面して貰い続けるのも私が不甲斐ないばかりに……ごめんなさい」

 いや、まあ……確かに道行く途中で賊に襲われては返り討ちにしてお金を奪ったり、襲われてる人を助けた謝礼を少しばかり貰ったりしてる。

 時には良さそうな剣とか金物を換金したりと、確かに俺の働きの方が大きいのだろうが……

「けれど真直さんのおかげで街に迷わず向かえてる訳ですし、こうして色々と教えて貰えてるので助かってるんですけどね」

「それは、そうかもしれませんが……空殿の足を引っ張ってるような気がして」

 真面目だな~

 だからこそ、胃痛になるんだろうが。

「つまり、もう少しお役に立ちたいと……でしたら真直さんが身売りします?」

「み、身売り!?」

「冗談です」

「ちょっとは突っ込ませて下さい!」

「え? 私に突っ込みたい? もしやそちらの趣味が……」

「いや、何の話ですか?!」

 ごちゃごちゃ考えると、変に内気になるからな。

 経験があるからよく分かる。

 なので、こうしてからかえば変に考える必要もない。

 こうして賑やかに旅はもう少し続く。

 

 

「あー、今日は野宿ですね」

「私の見立てでは日が落ちる前には街に着くはずなのに、ああ、私はなんてことを……! ごめんなさいごめんなさい!」

 話してる内に計算が狂ったのか、街には辿り着かずに陽が落ちきった。

 辺りは段々と薄暗く、夜の景色に変わっていく。

 対して真直は腰を折りそうなほどに謝罪してくる。

 別に野宿は初めてではないし、そう悲観するほどでもない。

 どこかの山道なのだから取りあえずは寝れそうな穴倉でも探すしかない。

 何となくこんな予感はしたので、ある程度のあたりはつけてる。

「取りあえずは少し戻りましょう。いい感じの横穴がありましたし」

「まさか、野宿なんて……うぅ……」

「軍師なら野営してるのでは?」

「野営と野宿じゃ雲泥の差です」

 まあ、そりゃそうだ。

 あー、水浴びしたい……

 この時代に風呂の文化はあっても入浴の文化はあまりないしな~

 日本人なので毎日風呂には入りたいが、そもそも文化レベル的にお湯を気軽に沸かす技術がない。

 話に聞くと、沐浴(もくよく)という入浴の文化らしいが三日に一度は髪を洗って五日に一度は入浴というか体を清めなさい的な命令があるらしい。

 朝廷では風呂が入れるのか聞いたら真直が教えてくれた。

 流石に臭いが気になるらしい。

 まあ、俺は毎日水に浸した手拭いとか何かしらの布で体を清めてた。寒い時は水の布を火で温めて拭いたりと、そんな感じで衛生を保ってる。

 取りあえずは目星をつけてた山道の崖側にある大きめの横穴で野宿。

 火を焚けば2人で横に寝るには少し狭いので俺は座って寝る。

 我ながら侍みたいな寝方だな。

 それに真直の方が体力的には俺に劣るし、襲われた時を考えればこうするのが最善ではあるだろう。

「あの、空殿は寝ないのですか?」

「座って寝ますよ。何かに襲われたら対応できるのは私だけでしょ? すぐ動けるようにしてるだけです」

「空殿は、同じ女性にしては勿体無いですよね」

 そう言われると中身が男なので否定も出来ない。

 うーん……複雑だ。

 苦笑いしてた俺を見て、失礼だと思い至ったのか真直は慌てて否定する。

「ああ、あの、その女性らしくないという訳ではなくてですね。同じ女性にしては頼りがいがあると言いますか……」

 俺はそんな真直の様子を見て思わず吹き出す。

 当然、俺の反応に真直はツッコむ。

「な、何で笑うんですか!?」

「いえ……こう言っては失礼ですが真直さんは軍師の割によく取り乱すものだと思っていまして。まあ、少し可愛らしく見えて」

「それって子供見る慈愛の眼差し的なやつじゃないですか?」

「ええ、面倒見がいがありますね」

「ぐっ……そんなことを言う空殿は知りません! 寝ます!」

 不貞腐れたのか顔を少し赤くして真直はこちらに背を向けるように寝てしまった。

 やれやれ……長くはないが、短くもないこの旅で彼女を見ているとどうも放っておけないな。

 何だかんだ愛され属性があるんじゃないかと最近は思う。

 どっかの未来の話だが、袁紹も彼女を心配して見舞いにはくるらしいし。

「はい、おやすみなさい真直さん」

 なんて考えながらも俺は就寝の言葉を掛ける。

 袁紹のところに行くまでは面倒を見ておくか……そう思いながら俺も意識を少し閉じる。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 張郃殿――空殿は、このご時世には珍しい誠実な人だった。

 助けられて親切な人かと思ったら、いきなり私が欲しいなんて言われたのはビックリしたけど。

 私の知識が欲しいって意味だと思わなかった。

 紛らわしいんだから。

 空殿は農村出身だなんて言うけど、正直この旅の中で色々と話してる内に学がないなんて言ってるのが嘘じゃないかと疑ってもいた。

 あまりにも兵法に対して理解が早いし、自分なりに戦術を考えてる。

 私は寝ながら少しだけ顔を空殿の方に向ける。

 今だって私を守るために穴の奥に私を配置して空殿はすぐに出られるように出入り口に座ってる。

 左手は右腰にある直刀をすぐ抜けるように寄っている。

 すごいなあ……

 戦場でも武官の戦いを見ているけど、空殿は洗練されてるとでも言うべきか美しく見えるし。

 賊を追い払う時も舞うような戦い方に相手は複数でも上手く捉えられないでいたし、多対一に慣れてるみたいだった。

 ああいう人がいたら策も幅広く立てようもあるんだけどな……

 能力に見合った戦術じゃないと策に溺れるだけだし。

 この旅で私、いいところないな~

 空殿は勉強が出来て満足そうだけど、何度も命を救われてるみたいなものだから私自身は釣り合いがとれてるようには思えない。

 だから……空殿が仕官できるまでとことん付き合う。

 そう心に決めました。

 そうじゃないとこれまでの御恩に報いれませんし。

「…………すぅ、すぅ」

 どうやら空殿も疲れてはおられるようで、寝息が聞こえる。

 案外、可愛らしい寝顔なんですね。

 普段は少し凛々しく見えるのに。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 不意に目を開けて見れば明け方。

 座ったままじゃああんまり寝た気にならないよなあ、やっぱり。

 同時に不穏な感じもしたから起きたというのもある。

 最近は一般人が、元一般人でさらに一般人(笑)(カッコわらい)になりそうな感じだ。

 つまりはお前の普通はおかしいみたいな状態に近付いてる気がする。

 ……取りあえず、この気配は賊かな?

 こんな明け方まで待ってたってことは人数が揃うのを待ってた感じだろう。

 10人以上いるように思える。

 こんないたいけな少女2人に10人以上って……

 もしかしたらどっかの村を襲った帰りとかかもしれない。

 で、そこに少女2人が野宿。

 ぐへへ、祝勝記念に宴会としゃれこもうや、的な?

 取りあえずは平静を装って、真直を起こす。

「真直さん、明け方ですよ」

「……空殿? もう、朝ですか」

「ええ、ついでに静かに聞いてください。賊に囲まれました」

「ッ!? 何人、ですか?」

 軍師なだけあって、状況を把握するのを優先する切り替え方に貫禄が見える。

 変に取り乱さない感じが実に頼もしい。

「さあ? 気配だけですけど10人以上はいそうですね。あんまり変な行動をすると今にも襲い掛かってきてあーんなことやこーんな事をされそうな感じですし」

「あの……随分と余裕そうですね」

「これでも結構、焦ってますよ。取り乱しても意味ないと思ってるだけで」

 焚火の残り火を足で軽く消して、真直を立たせる。

 その間も俺はどうするか真直と考える。

「どこで襲ってくると思います?」

「そうですね。この山道では森の中に隠れられて見失う可能性もあるでしょうから、確実なのは山道を抜ける平野の直前くらいでしょうか? 隠れる場所さえなければ見失いませんし、追い詰めるのは容易ですから」

「そうですか。なら、しばらくは安全そうですね」

「本当に焦ってるんですか?」

 真直は疑わしい目で見てるが、内心は「やべえよやべえよ」って思ってるよ。

 真剣にマジでどうしよう?

「ともかく、このまま進むしかないのでしょう」

 俺はそう提案して真直と山道を進む。

 本当に真直の見立て通りに賊は山の中で襲うつもりはないらしい。

 動きが慣れてやがるな。

 ここら辺を縄張りにしてる山賊か?

「さて、こうなると……とれる策は1つだと思うのですが、どう思います? 軍師殿」

「それは……」

 真直は言葉を詰まらせる。

 どうやら俺の考えは間違ってないらしく、真直の頭脳でも最善の策がそれしかないらしい。

「ま、何とかなりますよ。真直さんが逃げ切れるなら私も気を遣わずに戦えますし」

「空殿……」

「平野が見えてきましたよ。さて、やりますか」

「はい、ご武運を……」

 真直は悲しそうな顔をする。

「なんて顔してるんですか? ほら、邪魔ですからさっさと行ってください。私1人ならどうとでもなりますから」

 やれやれとばかりに俺は軽口を叩く。

 そう簡単に死ぬとは思わないけど、少し怖いな。

 だけど……悲しいかな、命のやり取りには慣れてしまった。

「…………ッ!!」

 真直はそのまま悔しそうな表情で山道を走り抜ける。

 その真直の前を塞ぐように賊が一気に数人飛び出してきた。

 はいはい……さっさと道を空けてくださいね!

 そう内心で思いながら一気に加速して真直を追い越し、賊の首を一気に交差した両腕を開くと同時に掻き斬る。

 両腕に小手をし、その小手から伸びるのは五つの鉄の爪。

 ……何でかしっくりくる。父の見立ては間違いではなかった。

 鉤爪(かぎづめ)を得物に俺は、挑発をする。

「低俗な欲の満たし方知らぬ獣どもには私達は勿体無い。山の獣と乳繰り合っていた方がお似合いですよ!」

「なんだと!!」「へっ、お前を人質にあの女を引っ立ててやる! やっちまえ!」

 わーお、この程度の挑発で群がってくるとは……単純だなお前ら。

 何でか隠れてた連中も飛び出してきて俺に群がってくる。

 いや、マジで多い。

 50人くらいいるんじゃ……

 そう思うが、後ろの真直を追う気がないなら気兼ねなく出来そうだ。

「ま、何とか踊ってみますよ」

 俺は軽口を叩きながら敵の一団にそのまま向かっていく。

 敵の中、舞うように俺はひたすらに斬りまくる。

 ただ単に囲めばいいと思っているのか、間合いも気にせずに賊は1人1人襲ってくる。

 同時に掛かるとかの頭がないらしい。

 背後を狙おうとするヤツもいたが、そういう時は変に正面を相手にせず適当にいなしては舞うようにくるりと足を軸に回転。そして鉤爪で足を掻き斬れば少し距離を取れば相手をしなくて済む。

 痛みを堪えて襲い掛かる胆力はないらしい。

 体の一部を爪で抉ればどんどん相手は疲弊していく。

 取りあえずは1人1人を丁寧に倒すのではなく、手数で攻める。

「美しくないですね。獣の棒振りでは民を脅すので精一杯なんでしょうけど!」

 取りあえず、動きの鈍ったヤツから首を斬る。

 首さえ斬ればあとは勝手に死んでくれるだろう。

 我ながらエグイ戦い方してるが、正面で真面目に斬り合ってるのがアホらしいんだから仕方ない。

「ひ、ひい!?」「なんで当たらねえんだ!」

 1人を囲めるのはおそらくだがせいぜい5人だ。それ以上に囲んで襲い掛かったとしてもお互いに邪魔になるだけ。

 5人倒していくのを10回繰り返せば、いつの間にか死んでるだろう。

 あとは後ろで油断してる連中のど真ん中に飛び込んで首の位置くらいで両腕を広げ、足を軸に回転すれば……簡単に一気に5、6人は倒せる。

「うわああ!」「まだ数はこっちが上なんだ! 怯むな! そのまま押しつぶしちまえ!」

 ヤケか、はたまた本当にそう思ってるのか。

 賊はまだ襲ってくる。

「ちょっと待ったー! でりゃあああああああ!!」

 何と、ここで助っ人登場?

 ピンチに見えて結構余裕だったので何とかなりそうだったが、ともかく目の前の集団が吹き飛んだ。

 意外に人って飛ぶんだな。

 テレビがあったらちょっと一部では放送できないモノも飛んでるけど。

「うわあああああああ!?」「だ、誰だお前は!」

「へん、この文醜様がお前らに名乗る名なんてない!」

「名乗ってるよ……文ちゃん」

「あれ? そうだっけ?」

 聞き覚えのある声。

 そして、金ぴかの鎧をまとった兵士がいるのを見てすぐに察した。

「空殿! 大丈夫ですか!?」

 真直も彼女らに随伴するように俺に呼び掛けている。

 賊共はどうやらそっちに気を取られているようなので俺はすぐに真直を安心させるために、賊の肩を踏み台に飛び石のように渡って跳んでいく。跳ぶついでに鉤爪で首1つ貰い。

「真直さん、ご無事で何よりです」

 着地したところで俺は何でもないようにアピールする。

「平然と戻ってきましたね……さっきの私の心配を返してほしくなりました」

「いやーあぶなかったですよ」

「何でそんな棒読みなんですか……余裕って言ってるようにしか聞こえませんから」

 真直の呆れるようないいツッコミに俺は少し笑う。

 それはそうと、気を取り直して――

「真直さん、こちらのどこかの軍勢と思われる方々は?」

「彼女たちは袁紹の武将だそうです」

 はい、知ってます。

 真直の言葉に俺は内心焦る。

 マジかー韓馥じゃなくていきなり袁紹か……

 薄れつつある原作を思い出したわ……そう言えば連合の時に既に袁紹のところに真直いたわ。

「ようし! お前ら、たかが100にも満たない賊どもをぶっ飛ばすぞ! 突撃ぃぃ!」

 雄叫びを上げてボーイッシュな印象を受ける文醜はそのまま兵を連れて空気を読まずに攻め入った。

「ああ、もう文ちゃん!? また勝手に……。鎮圧したらすぐにお話をお伺いしますから待っててくださいね! 顔良隊、援護に向かいます!」

 と、黒髪おかっぱの少女の顔良も文醜に続いて突撃して行った。

 たかが50の賊にオーバーキルな突撃な気もするが、まあ……暴徒の鎮圧は迅速にしないとどこから仲間を引き連れるか分からないしな。

 いや、50どころか半分くらいは減らした気もするが。

「しかし、運が良かったです。まさか袁紹軍が近くの暴徒鎮圧に乗り出していて」

 いや、俺としては運がない方だと思う。

 真直の胃痛がマッハになる未来しか見えない。

「ともかく、このまま袁家に仕官できれば嬉しいですけど」

「三公を輩出した袁家ですよ? そう簡単に仕官できるとは思えません」

 

 

 

「いいですわよ。仕官を認めても」

「そうですよね。こんな野良軍師なんて仕官できる訳って――えええええええ!?」

「何を驚いてらっしゃいますの? 仕官を認めると、そう言ってますわよ」

 そうして文醜と顔良に一応は助けられて道中で仕官の話をすると、あれよあれよと言うまでもなく豫洲(よしゅう)汝南郡(じょなんぐん)にある袁紹の居城に案内された。

 そうして玉座の間で座る彼女は、はい……すごく金髪です。

 立ち振る舞いは高貴さを感じさせるがやっぱりダメだ……原作が邪魔して残念なものを見る感じになりそう。

「ちょうど軍師が欲しいと思っておりましたの。この名門たる袁家に何か足りないかと考えていたらそう、華麗な策を授けて下さる軍師が足りませんと思ってましたの」

 あんた策とか関係ないじゃん。

 俺は内心でツッコんでるが立場が違いすぎるので空気を読む。

 官位についてはよく分からん。

 この時点で太守なのか県令なのか刺史なのか全然知らないし。

 ともかく一つの居城がある上にこの時点での勢力としてはどでかいのは間違いない。

「それと、そちらの方は? 何だか田舎臭い雰囲気の方みたいですけど」

 まあ、農村出身なのでそう言われても仕方がないが……何とも言えないな。

 袁紹の人物像はある程度一方的だが知ってる訳だし。

 腹を立てるというより呆れが先に来るな。

「はっ! 私は姓を張、名は郃、(あざな)儁乂(しゅんがい)と申します。田豊殿と同じく、仕官先を求めて旅をしておりました。そして賊に襲われたところを文醜と顔良殿に救われた次第。感謝の言葉もありません」

 と、俺は片膝を着き無難な言葉を並べる。

 それに対して袁紹は機嫌をよくする。

「あら、随分と礼節を弁えてる方じゃありませんの。それにその(あざな)はとても美しいですわね」

 名前を褒められるとは、意外だな。

 この袁紹の事だから語感がいいとかそんな感じか?

「そうなんですか? 麗羽様?」

「何か、意味があるとか?」

 袁紹の傍に控えてる文醜、顔良が俺と同じくそれぞれ疑問を持つ。

「あら、知りませんの? 彼女の(あざな)はそうですわね……簡単に言えば優れた人みたいな意味ですわ」

 ……マジで?

 漢字の1つ1つに意味があるのは知ってるけど、儁乂にそんな意味あったの?!

 というかそんなのを知ってる袁紹は確かに教養はあるらしい。

 私塾で曹操より成績は良かったらしいし、まさかこんな所で変な優秀さを見せられるとは……

「袁紹殿、どうか私と共に張郃殿も仕官をお認め頂けませんか? 彼女は確かに優秀です。必ずや、袁紹殿のお役に立てるかと」

 真直さん!?

 勝手に仕官する方向で話を進めないで?!

 いや、でも……真直を放っておく訳にいかないしな……

 これで断固として断ってお別れするのも寂しい気はするし。

「ふむ、そうですわね……武将は何人いても困りませんしいいでしょう」

 決断はえええ?!

 流石の顔良も驚いてる。

「麗羽様、いくら何でも早すぎます……」

「何を細かいこと言ってますの斗詩さん。名門たる袁家、2人増えたところで何も問題にはなりませんわ。おーっほっほっほ!」

 何だろうな……確かに表裏はないし、真直の言う朝廷の腐敗に比べれば袁紹がマシに思える。

 別に常識がちょっとぶっ飛んでるだけで性根が腐ってる訳ではないし。

「という訳で、我が袁家に入れることを光栄に思いなさい。もちろん、わたくしの威光を汚すことは許しませんわよ」

「はっ! ありがたき幸せ」「感謝いたします」

 

 

  

 取りあえずは今日は休んでいいとお許しが出たので真直と共に玉座の間をあとにする。

 それからしばらく居城から離れたところで、

「やりましたよ空殿! まさかあの袁家に拾ってもらえるなんて! これは、運が向いてきたと言いましょうか空殿と一緒に仕官できるとは嬉しいです」

 眩しいほどに喜んでいらっしゃる真直さん。

 うわあ……こんなに喜んでるのを見ると色々と言い辛い雰囲気になる。

「……そうですね」

 変な間が空いての返答。

 微妙な表情してるだろうなと俺自身思う。

「ともかく、これで空殿にようやく恩を返せそうです。あ、今まで通りに色々と聞いてくださいね。仕官は初めてでしょうし」

 喜びが大きいのか、俺のことには気付いていない。

 どうやら真直は俺に助けられっぱなしだったのをようやく返せることにも喜んでるらしい。

 本当になんていい()なんや……オジサン的には眩しすぎてこっちが胃痛になりそうだよ。

「そうですね。これからもよろしくお願いしますよ、先生」

「はい。よろしくされますとも」

 結局、袁紹陣営に組み込まれたがもしかしたら俺がいる事で何かが変わるかもしれない。

 それに1人じゃないから何とかなる……といいなあ。

 こうして俺は新たに張郃としての人生を少しなぞることとなった。

 




恋姫勢で好きなのは、馬超こと翠かな?

無印からあのツンデレ具合がいい感じ。

軍師枠なら真直さんですかね~


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四章:情勢と初陣

メリークリスマス

やべえよ……どうでもいいけど、FGOでアヴァロンクリアしてねえからコヤンスカヤイベントに完全に出遅れてる。

それは置いておいて一部の武将は恋姫化して出ます。
一応、有名どころはある程度出すつもり。

キャラ付けが難しいけど。


 

 袁家に仕官が決定し、この世界で初めての労働となった訳だが……

 そもそも個人の技能ならともかく指揮なんてやった事がないので現状の武官としては三流もいいところな俺。

 仕方がないので真直の補佐として、軍の指揮や政務を学ぶことにした。

 旅の途中にある程度の勉学に励んでいたので報告書としては最低限の形は保ててるだろう。

 流石に最初から誰も彼もが名将な訳じゃないだろう。

 経験を得て大成するものだと思いたい。

 確か司馬懿(しばい)も張郃を失った戦いを経て、晋という国を立ち上げるまでに至る訳だし。

 というか、この世界に司馬懿はいるのか?

 それを言ったら原作でいないあの人はどこに、的な話になるが。

「空殿、そちらはどうですか?」

「ええ、多分これで問題ないかと思いますが。この軍備品の補充記録はどちらへ?」

「それは私のところで。そう言えば、補充記録と一緒に掛かった経費の記録も近くにありません?」

「経費……ああ、これですね。ところで……真直(まぁち)さん」

「はい?」

「割とこの軍危なくないですか?」

 何で連合組む前から微妙にアンバランスなんですかね?

 例えるなら、ボートに穴が開きかけて漕ぐためのオールが1個しかない。

 そもそも無駄遣いが多すぎる。

 火の車一歩手前だ。

「空殿……その話はやめません?」

 言いながら真直はハイライトが消えて遠くを見始めた。

 この子、早くも仕官した時の希望を失ってるぞ。

「大体なんなんですか?! やり取りの多いこの商人との記録は! しかも、城の改装費って守りを強固にするとかじゃなくて豪奢(ごうしゃ)にしてるだけだし!」

「真直さん。お茶でも飲みましょう」

 あなた疲れてるのよ。

 湯呑を二つ出して茶を淹れ俺は優雅に落ち着いて飲む。

 あー……お茶が美味い。

 現実逃避だって?

 想像はしてたが、予想以上に現実が酷くて逃避もしたくもなる。

「でも……治世はそこまで悪くないし、土地もそれなりに豊か……何とかすれば、きっと最大の勢力に――」

 茶を飲みながらぶつぶつと一人で呟く真直はすぐに現状を良い方向に持っていけるように思案させる。

 現状を見つめ直した上で放り投げたりはしない。

 相変わらずの生真面目さに、俺は呆れる。

「真直さん、少し休憩にしましょう」

「え、ええ……そうですね。久々に胃が……」

「外でも出て気晴らしでもしましょう、ね?」

「そうします……」

 疲れたような表情をしながらも真直はゆっくり立ち上がる。

 俺も一緒に立って、部屋を出て城の中の庭園へ向かう。

 庭園に到着した瞬間、素人の俺が一目見て豪奢と分かる程に華美にされている。

 おかしい……庭園にあるあの東屋(あずまや)を金ぴかにする必要性はどこに……

 ところどころ庭の装飾も派手すぎて逆に落ち着かない。

「絶対にお金の使いどころを間違えてるとしか……」

 真直はまたしても疲れた顔をする。

 気晴らしに外に出たのにこれでは気晴らしにならない。

 何か別のこと……そうだ!

 そう言えば最近は剣舞をやってないし、せっかく庭園に出たのだからやってみよう。

 見せる程のモノじゃないが、そこはご愛嬌だ。

「まあまあ、真直さん。少し私の舞をお見せしましょう」

「舞、ですか? 空殿は舞踊(ぶよう)か何かを?」

「そんなところです。剣舞をしてる旅芸人が村を訪れまして、その時に少し習ったのですよ」

 言いながら俺は直刀の剣を抜いて、軽く確かめるように手首を使って回す。

 それからそのまま真直から離れたところで舞を始める。

 人前に自分から見せるのは初めてだな……ちょっと恥ずかしい気もするが、娯楽が少ないのだから仕方ない。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 空殿が直刀の剣で舞を見せると言って庭園の中央で静かに構えだす。

 まるで空気が澄んでるみたい。

 さっきまで話してた空殿は別人みたいになって、剣を回しだす。

 激しい剣舞の後にピタリと片足立ちになって静止し、次には大きく円を描くように体を動かし剣が弧を描き始める。

 静と動、激と麗、それらが見事に調和してるような舞。

「綺麗です……」

 そんな言葉がもわず漏れる程に洗練されている。

 これに(がく)が加わればもっと華やかに見えるでしょう。

 本当に……多才な人。

 少しばかり羨ましくなります。

 

 ◆       ◆       ◆

 

「こんな感じです」

 一通りの舞を披露して、俺は剣を仕舞う。

「お~……」

 素直に真直は感心したように目を丸くする。

 感心してくれたのなら、少しは舞った甲斐があるな。

「まあ、本職の芸人には遠く及ばないでしょうけど」

謙遜(けんそん)ですよ。私も芸術には疎いですが、美しいって思いましたし」

「そうですか? そう言ってもらえるとありがたいです」

 どうやら楽しんでもらえて何より。

 それに褒められて少し照れる。

 ほぼ我流だしな~

 基本の型みたいなのを教えて貰っただけで、あとは自分で考えて実戦でも使えそうな自己流にしてるだけだし。

「空さん、お見事です」

 と顔良――斗詩がどこからともなく称賛の言葉と共に現れた。

 お見事、って――

「見てました?」

「ええ、まあ……覗き見るつもりはなかったんですけど、つい目に留まって」

 申し訳なさそうに斗詩はそう言う。

 別に怒ってる訳ではないのでそう気にしなくていいと軽く答える。

「ところで斗詩さんは? どうしてここに?」

「えっと……文ちゃんを探してて。報告書がまだだから催促に」

 質問して返ってきたのはありきたりなパターンだった。

 まあ、ここの文醜――猪々子がそういう細かいことをさっさと終わらせてるイメージがない。

 バカカワイイを体現する筆頭の1人だし。

「おーい! 空!」

 噂をすれば何とやら、猪々子が声を上げて走って来る。

 ……何故か武装して。

 何だか嫌な予感がするぞ。

 っていうか、原作知ってようが知ってまいが基本的に思い付きで行動してるとしか思えないのはすぐに分かるからな。 

 真直はその様子を見てすぐ質問する。

「どうしたんですか、猪々子殿。武装してくるってことは、どこかに出兵でも?」

「いや、違うけど?」

「では調練の帰りですか?」

「違うって、目的は一つ! 空、あたいと勝負だ!」

 何故に?!

 唐突にも程があるだろ。

 斬馬刀みたいな大剣で俺にその切っ先を向けてくる。

 あぶねえから人に刃物を向けるな。

 勝負を挑まれた俺は困惑しながら答えるしかない。

「えっと……何故ですか?」

「え? さっき、剣を持って振り回してからさ。てっきり鍛錬でもしてるのかと思って。それに、空の実力を見たいっていうのもある」

 あー、うん……あながち間違いではない。

 舞をしてるのは立ち回り的な意味もあるし、鍛錬と言えば鍛錬だが……

 それに実力を測ることも悪いことではないとは思う。

 それよりも斗詩の用件の方が深刻な気がする。

「それよりも文ちゃん、出兵費用の報告書まだ? 締め切り今日までだよ」

「そんなの後でも出来るって」

「もうっ……! そう言って大体やらないじゃない」

 斗詩の言葉に内心で同意する。

 だろうな~

 本当にこの袁家に仕官して大丈夫なのだろうかと不安になる。

 いや、大丈夫じゃないから官渡で余裕で負けるんだろうけど。

 俺がいたところで大勢はあまり変わらない気がしてくる。

 ともかく仕事はきっちりとやるべきだろう。

 だからと言って正論で言ったところで猪々子は聞かないだろうから、分かりやすいエサで釣るか。

「それよりも空! どうなんだ?」

「え? そうですね~斗詩さんの言ってる報告書を終わらせたらお相手しますよ」

「なんだよ~ノリ悪いな」

 いや、ノリとかじゃないし……

 真面目に仕事してる方としては頭痛いな。

「でしたら報告書を終わらせた上で私に勝てましたら……食事をご馳走しましょう。もちろん奢りで」

「マジで!?」

「ええ、いくらでも」

「確かに聞いたぜ。すぐに終わらせてきて勝負だ!」

 と猪々子は意気揚々と帰っていった。

 現金だな~

 そんな中で真直と斗詩はポカンとしてる。

 何だ、その顔は……別に何も問題はないだろう。

「空さん、来て間もないのに文ちゃんの扱いが上手い」

「やっぱり、将としての才能が――」

 と、それぞれに感心された。

 こんなので才能とか言われてもって感じではあるが、取りあえずは猪々子の仕事が終われば相手することになってしまった。

 うーん……負けはしないだろうが、果たして通用するのかどうか。

 そんなに強敵と会ったことがないから、よくある武人同士の「コイツ出来る!」みたいな尺度がまだあまりないんだよな。

 そういう意味でも引き受けたのは悪くないかもしれん。

 体のコンディションでも整えておくか。

 

 

 

「待たせたな」

 はええよ!?

 まだ半刻――今でいう1時間――も経ってねえよ。

 やり切った感じを見せる猪々子はさっきと同じく武装してやってきた。

 あの感じだと仕事は終わったんだろう……中身はともかくとして。

「約束通りに仕事は終えてきた。さあ、どっからでも掛かってこい! それと飯をいただく!」

 完全に実力を測る的なことは二の次になったな。

 単純すぎて心配になる。

 待ちながら雑談をしてた真直と斗詩もこちらに戻ってきた。

「あー……斗詩さん。合図をお願いします」

 言いながら俺は鉤爪を構える。

 今度武器名でも考えておくか……この鉤爪、結構な上物だし。

 文斉さんや父に感謝だな。

「はい、分かりました――では、始め!」

 合図と共に先攻は猪々子。

 大剣を声と共に振り上げ、突っ込んでくる。

「でやああああああ!」

 鉤爪で受け流せる得物ではないので軽く横に(かわ)し、距離を取る。

 まずは相手の出方を見る。

 間合いが肝心だし、戦い方を見て実力を推し量るしかない。

 大剣が振り下ろされた場所に大きく砂煙が上がり、穴が出来る。

 うーん……腐っても名のある武将。そこら辺の賊とは違って久々になかった緊張がする。

「おりゃああああ!」

 今度は横に構えて薙ぎの姿勢。

 目で追えない訳じゃないし、相手は割と大振り。

 決めようと思えば一瞬で決められるか?

 ……行けるな。

 そう思った瞬間に俺は駆け出す。

 猪々子が振ってくる瞬間、こっちの胴を薙ぐ手前で飛んで大剣の腹を足場に彼女の頭上を飛び越える。

 そのまま空中でクルリと回転して背後に着地し、

「終わりです」

 既に両腕の鉤爪の間には猪々子の首が納まっている。

 このまま鉤爪を引けば、彼女は終わり。

 勝負あったな。

「え、えっと……そこまで!」

「……え?」

 斗詩の終了宣言に猪々子は状況が追い付いてないのか、素っ頓狂な声。

「え、えええええええええ!? ウソだろ?!」

「いや、この状況はどう見ても終わりですよ」

 首の間に鉤爪が挟み込まれてるし。

 チャリと金属音が猪々子の首元で鳴る。 

 すぐに鉤爪を下ろして、私は手から鉤爪を外す。

「まさか、文ちゃんが一瞬なんて……」

 斗詩も予想外だったのか、感想を漏らす。

「相性が良かった。そちらからすれば相性が悪かったのでしょう」

 俺の戦い方はどう考えても正面から切り結ぶものではないし。

「うぅぅぅぅ! だぁー新参者に負けたああああ!」

 猪々子は項垂れる。

 まあ、そりゃ袁紹軍の筆頭だしな……もうちょっとプライドとか立場に配慮すれば良かったかも……と今更思った。

 今更だけど。

 でもなあ、忖度(そんたく)して手加減されても不愉快だろうし。

 だけど猪々子はすぐに納得した感じだ。

「だけどまあ、ある意味納得だよ。あんなに賊に囲まれても平然としてるんだもんな……」

 賊に囲まれたって、ああ……山道で襲われた時か。

「多対一は慣れてるんです」

 本当に乱戦に強くなったな~俺。

 何でデフォルトで基本数では劣勢なのか意味が分からん。

「しゃあねえ! ここはこの文醜様が奢りだ」

「そう言えば猪々子さんが負けた時のことは何も言ってませんでしたね。いいんですか?」

「いいんだよ。こういう時は甘えとけって。歓迎の宴はしたけど……あたい達とはあまり飲み食いしてないだろ?」

 確かに。

 賊がどこもかしこも活発化してたおかげで色々と出兵が重なってる気はする。

 なので筆頭の武将二人は城を空けることが多い。

 やはり黄巾党の乱が近いのだろう。

「よろしくな、空の姉貴」

「姉貴と呼ばれるほど、姉御肌じゃないんですけどね……」

 こうして袁紹軍筆頭の二人に対して俺と真直は親睦を深めた。

 

 

 

 そうして後日――

 いよいよ、真直と俺は袁紹軍に参入しての初の会議。

 袁紹とも既に真名を交換している。

 麗羽は一同をぐるりと見回すと、いつも通りに堂々と話を切り出す。

「さて、皆さんにお集まり頂いたのは他でもありませんわ。どうやら最近は黄色い布を巻いた賊が蔓延ってるそうでして、夕方についに都からも軍令が届きましたの。黄巾の賊徒を優雅に華麗に平定せよと」

 優雅と華麗は絶対に書いてないだろ、その軍令。

「今更ですね~……」

 と、原作では見ない初めて見る顔がいる。

 ボサボサの天然パーマっぽい黒髪に、タレ目気味の灰色の瞳。

 体は俺より小さいな……女子中学生くらいか?

 第一印象はやさぐれてるとしか言い様がない。

小夜(シャオイェ)さん、これは都の命令ですのよ! もうちょっとしゃきっとなさって下さい」

「なら、此方(こなた)のお話をもう少し聞いていただきたいですね~。最早、朝廷の腐敗は明らかですし~……先を見据える必要があるのでは?」

 なかなか切り込むなこのやさぐれ少女。

 朝廷を悪く言うのは問題発言では、と内心思うが。

「なーにを言ってますの! この袁本初――もとい袁家が主上様がおられる朝廷を見限れとおっしゃいますの?!」

「別に~、見限った方がいいんじゃないかとは思いますけどね~。とは言えお立場があるので汲みますが……まずは賊の平定ですね~」

 なかなかに鋭いことを言って、麗羽の言葉も介さずに本題に戻した。

 俺は初めて見る人に近くにいる斗詩に少し聞く。

「すみません、斗詩さん。あの軍師と思われる方は?」

「え、ああ……小夜さん?」

「それ真名ですよね?」

「彼女は沮授(そじゅ)さんと言って、袁紹軍をまとめる参謀ですよ」

 誰かと思ったら沮授かよ!?

 関羽とかに比べたらマイナーと言えばマイナーだが、袁紹軍の筆頭軍師じゃん。

 やっぱり違う外史と思った方がいいな。

 探せばあの武将だ、みたいな人がいるかもしれん。

「現在のところ豫洲(よしゅう)の各地にも黄巾のものと思われる賊は多いで~す。随分と散発的ではありますがね~」

「ええ、今のところ最大でも百人規模のものしか確認できていません」

 沮授と真直は現状を分かりやすく述べる。

 散発的ね……現代で言うとゲリラ的な感じだな。

「チマチマしてんな~。もっとこう、一万規模の軍勢とかいない訳?」

「そんな分かりやすい本隊みたいなのいれば困りません」

 猪々子の言葉に沮授は疲れたような顔をしながら、ふっ、と息を吐いて呆れて言う。

「ともかく! この名門であるこの袁本初の領内で賊などのさばらせてはおけませんわ。こうなったら報告が入れば(しらみ)潰しで優雅に平定なさい!」

「まあ、現状はそれしかありませんね」

 麗羽の言葉通り、黄巾の活動は散発的で虱潰しでやっていくしかないだろう。

 真直も特に作戦が思いつかないようである。

 そんな中であった。

「軍議中に失礼します! 西の方で賊が出ました!」

 兵士の一人が慌ただしい様子で片膝と着いて報告に来る。

 その言葉に真直は真っ先に視線を鋭くする。

「規模は?」

「およそ五百人ほどかと」

「そこそこ多いですね……」

 確かに真直の言うとおりにそこそこ多いな。

 そんな報告を聞いていた麗羽はニヤリと笑う。

「あら、ちょうどありませんの。空さん」

「はい」

「今回の賊討伐、空さんにお任せしますわ。初陣(ういじん)としては充分でしょう? サクッと片付けてらっしゃいな」

「分かりました。では、すみませんが田豊殿を補佐として連れても?」

「ええ、別に構いませんわよ」

 いつかこんな日が来るとは思っていたので、補佐役は経験のある人にお願いしようとは考えていた。

 相手は五百か……確かに初陣としてはちょうどいいのかもしれん。

「という訳で真直さん、よろしくお願いしますね」

「はい。しっかりやらせて頂きます」

 

 

 

 こうして張郃としては初の出兵。

 与えられた兵は千人ほど。

 相手の二倍の兵力という訳で下手な用兵をしなければまず負けないだろう。

「斥候からの報告は?」

「はっ、例の賊と思われる集団はこの先の平野に展開しているそうです。陣形を組んでるようには見えません」

 とは言え油断しないためにも戦況は把握しておく。

 しかし、陣形も無しか……聞いてる限りはろくな指揮官もいないそうなので当たり前だが。

 真直が俺の隣に馬を並べ、

「空殿。どう用兵するかを考えてます?」

 にこにことした笑顔で聞いてくる。

 随分と上機嫌だな。

「ええ、まあ……ろくな陣形もないのであればこのまま鋒矢(ほうし)の陣で突っ込み、敵を中央から分断。その後は私と田豊殿を二つの隊でおおよそ半数に分けて分断された集団を各個撃破。こんなところでどうでしょうか? もっと言うのであれば私は分断した後に左翼、真直さんは右翼で」

「………………」

 唐突に真直がぽかんとした感じで黙り始めた。

 え……何か間違ってたのか?

 軍師に黙られると不安になるんですけど。

「あの、真直さん?」

「あ、いえ……手堅い用兵だと思いまして。全然問題ないです」

「そうですか。旅の中で勉強してた甲斐があったというものです」

 どうやら問題ないらしい。

 本当に兵法をある程度学んでおいてよかった。

 きっと、もっと色々と把握しないといけないことはあるんでしょうがね。

 今回は裏をかくような指揮官がいないからこれで行けるだろうが、その内には裏の裏を読んで用兵したり複雑な戦況も出てくるだろう。

 戦略ゲーみたいに物事が運ぶとは思えないし。

 一時期はまってたな。懐かしい。

 真直はこちらを安心させるように語り掛ける。

「何かありましたらこちらで補佐しますので、空殿は思うようにやってみて下さい」

「それはそれで責任重大ですね。うぅ……変な武者震いが」

「それ緊張してるだけでは……空殿も緊張するんですね」

「どういう意味ですか? 才能あるなんて思われましても初めてなものに不安がない訳ないじゃないですか」

「そ、そうですよね。どうやら見えてきたようです」

 真直に言われてみると、確かに視線の先には黄色い集団っぽいものが見える。

 遂に初陣か。

 口上とかも考えてきたけど緊張するなあ……

 こんな規模の前で話すなんて初めてだし。

 取りあえずは声を張り上げて自分を奮い立たせるしかない。

「空殿、号令を」

 真直が先程の軽い雰囲気はなく、真剣な目つきでそう言ってくる。

 どうやらもう戦闘を開始していいらしい。

 息を吸い込み、覚悟を決める。

「よく聞け! 目の前にいるのは賊に身を落とした獣の集団。私達が遅れをとることはない! 華麗に撃破し、私達の武名を轟かせよ!」

『うおおおおおおぉぉぉ!』

 声を上げ、士気を高める。

 そして俺は具体的な指示をする。

「このまま鋒矢(ほうや)の陣で敵の中央に突っ込み、分断する! その後は張郃、田豊隊の二隊に半数で分け各個撃破! 全軍、抜刀!」

 剣を抜く音が背後からする。

 準備が整ったと思ったところで俺は号令を発する。

 

「突撃いいいい!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 先ずは騎馬による突撃が敵の中央に食らいつく。

 馬に轢かれたくないのか、自然と人は避けていく。

 槍なんてそこらの賊では早々に持っていないだろう。

 つまり騎馬の突撃を止められる有効な手段はない。

 集団の中央を容易く突き抜け、真っ二つに中規模な集団へと別れた。

「副将はこのまま騎馬を率いて一度離れて歩兵の後方、後詰として待機! 歩兵隊は私へ続け!」

 副将に指示を出して俺は馬を返し、歩兵の先鋒へ。

「張儁乂、推して参ります!」

 再び自分を鼓舞し、俺は再び黄巾の獣の中へと突っ込む。

 

 ◆       ◆       ◆

 

「弓隊はそのまま斉射を続け、相手を近付かさせないで下さい! 槍隊! 打ち漏らした敵を刺しながら前進!」

 このままじわじわと押しつぶしていけば勝利は確実。

 空殿の初陣(ういじん)なのに何の苦労もありませんでした。

 と言うか空殿が手が掛からなさすぎなんですよ。

「田豊様、敵が壊走(かいそう)していきます」

 副将からの報告。

 随分と早い……

「でしたら周辺の土地に詳しいもの十数人ほどで逃げた一団を追跡。もしかしたら、本拠地や本隊が分かるかも」

「はっ!」

 指示を出して、隊を編成し直す。

 どうやら空殿の部隊も敵を打ち破ったみたい。

「あ~ぁ……軍師として優秀な武官を持つのはいいけど、その内空殿……軍師とかいらなくなるんじゃ」

 我ながら贅沢な悩み。

 空殿の部隊も再編してこちらへと徐々に合流を果たす。

「ご無事で真直さん」

「負ける要素がないですからね。って、空殿?!」

 なんか、手先辺りが真っ赤なんですけど!?

「もしや、どこか怪我を――」

「ああ、コレですか? いやあ、得物が鉤爪ですからどうしても手に血が滴って……」

 やれやれとばかりに両手をヒラヒラして困りながらも笑顔。

 返り血ですか……

「初戦果としては上々ですか?」

「上々も何も……文句なしですよ」

「それはよかったです♪」

 満足そうに答える空殿。

 自慢とかする訳でもなく、無事に終わったことに満足してる様子。

 うぅ……武人なのに自分の功績を語らない辺りが人格的にも出来てる感じがする。

 朝廷のバカ連中に比べれば……思い返すと涙と胃痛が……

「あとは戦後報告して、事務処理して終わりですね。今日はお酒でも吞みましょう」

「ええ、良いですね」

 この人は絶対に死なせないでおこう。

 こんなところで死んでいい人ではないと、どこか確信してる。

 私を気持ちを新たに麗羽様だけでなくこの人も支えようと決めた。

 




フリーで使える三国時代の地図はないものか……
地形とか説明するのに使えそうだし、イメージしやすいとおもうんだが……


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拠点フェイズ(沮授1):信頼に足る証は……

結構な頻度で更新できてる気はする。

オリキャラの拠点フェイズです。


 初陣からしばらく経った。

 あれからも黄巾の討伐に色々と駆り出されていて、指揮能力も多少は身に付いたと言える。

 と言っても危ない場面がなかった訳じゃないし、指揮をミスった時もあった。

 大きな損害を出さなかったことには安堵してる。

 あの時は冷や汗を掻いたし、自分のミスで多くの自分の兵の命を奪ってしまうことに恐怖した。

 心労が半端ない。

 何とか真直や斗詩、意外にも猪々子にも助けられたりもして大事には至らなかった。

 短いながらも濃い経験をしたとも言える。

 そんな俺も気になる事がある。

 ――沮授ちゃんだ。

 そりゃ、今まで見た事ない登場人物出てきたら気になるに決まってる。

 おまけに袁紹陣営の筆頭軍師。

 正直、田豊と沮授いたらあとの軍師は……まあ……

 出れば負け軍師(郭 図)さんは知りません。

 いたら小物系のポンコツ枠、間違いない。

 何にしても仲良くするに越したことはない。

 それに政務の関係で報告書を出したり、軍議で顔を合わせたりはあるがそれ以外だとあんまり会ってない。

 ちょうど鎧や武器の補充見積もりの報告書の提出を沮授に出さないといけないので、彼女の部屋へ向かう。

 これが終わったら今日の主だった政務は終了。

 時間はある。

 相手はどうかは知らないけど。

 扉の前に立ち、思わずノックし掛けるが――やめる。

 そんなマナー習慣この世界にはないから声を掛ける。

「沮授さん? 張郃です、補充見積もりの提出に参りました」

 ……。

 ……………。

 ………………あれ? 全く返事がない。

 おかしい、部屋の中に気配は感じる。

 気配を感じるって、我ながら武人っぽくなってきたなと思うがそんなことは置いておいて――

「沮授さん?」

 寝てるのかと思ってゆっくりと入室。

「はい……?」

 机の上にどてーとしてダレてる。

 入室した俺を見て、顔だけを向けてその後にゆっくりと体を起こし始める。

此方(こなた)に何か?」

「提出物ですけど……お疲れですか?」

「ああいえ、どうしてお嬢様はバカなのかと考え始めるとやる気がなくなりまして~」

 ふっ、と自嘲気味な顔でなんてこと言うんだこの軍師。

 事実だけど。

 やさぐれ軍師だな~

 なに? 恋姫の軍師は何かしらの属性でもないとダメなのか?

 はわわ軍師(諸葛亮)あわわ軍師(龐統)不憫軍師(田豊)ネコミミ軍師(荀彧)居眠り軍師(程昱)鼻血軍師(郭嘉)たわわ軍師(陸遜)ひゃわわ軍師(魯粛)腹黒軍師(張勲)ツンデレ軍師(賈詡)――結構いるな。周瑜は何軍師になるだろう。

 そんなどうでもいい事を考えていると、沮授は肘を付きながら手のひらを差し出す。

「それはそうと、拝見しま~す」

「どうぞ。ところで、随分と……仕事が溜まっているようで」

「溜まってるんじゃないです。追い付かないんです」

 その沮授の言葉に、ああ……と納得する。

 あの麗羽の下じゃ仕事は増えるだろうな、そりゃ。

 沮授の左右には竹簡の山が机の上だけでなくその周りにもある。

「真直さんが来てくれて助かりましたが……どうせ絶望するんです。そうしてまた此方(こなた)が一人――ああ、やる気が……」

 ネガティブだ。

 最早、真直に続いて不憫軍師その二だ。

 嘆きを言いながらもすぐに報告書に目を通したところで沮授は、

「問題ないですね~。文醜のバカにも見習って欲しいほどに」

 と表情はあまり変化してないが何やら満足気。

 見直しはしてたが問題ないようだ。

 さてここからが俺的には本題。

「そうですか。では、少しこの小さな机をお借りしても?」

「……何をする気で? 此方(こなた)の邪魔ならしなくてもいいのでお帰り下さ~い」

 思ったよりこの軍師、闇が深いぞ。

 やさぐれてる上に偏屈だ。

「別にどうもしませんよ。これでも真直さんに色々と教わってたので、少しでも助けになれればと」

「……本日の仕事は?」

「沮授さんに出したので終わりですよ。なので、この後は休務です」

 俺の言葉に沮授は目をパチクリ。

 それからすぐにいつものやる気のなさそうなタレ目に戻る。

「まあ……出来たら見せて下さい。まずはこちらの山からです」

 言いながら沮授は自分の右側にある竹簡の束を指さす。

 当たり前だろうが、俺の仕事の加減を信用できないらしい。

 武官だしな……それに新参者じゃあ推し量られても仕方ない。

 

 

 一緒に仕事を淡々と進めていく。

 大して話題がある訳でもないので会話はない。

 時折、こっちの仕事の様子を見てはすぐに戻る。

 沮授の仕事は早い……こっちが竹簡一つを片付けてる間に三つは片付けてる。

 山は減ってないけど。

 本職の文官が武官に負けてたら確かに世話ないが……

 しかし、この世界の報告書は修正が容易に出来ないからミスがあまり出来ない。

 竹だし、墨だし、おまけに墨だから乾燥と言う作業が出てくる。

 それから唐突に沮授から声が掛けられる。

「張郃さん」

「はい?」

「もういいですよ~。終わりです~」

 終わりって言うけどまだ山が結構残ってるように見えるんですが、それは……

「今日の急ぎの分は大体片付きました~。今やってるのは明日の分なので~、それも大体片付きましたし~」

 沮授は言いながら唐突に立ち上がって外に出る。

 まあ、俺も切りが良い所で終わったのでそのまま部屋を出る。

 部屋を出たところで沮授は何も言わずにどこかへと向かっていく。

「どちらへ?」

此方(こなた)にまだ用ですか? 休憩なら、別に好きにして下さ~い」

 お節介で勝手に手伝っただけだけど、お礼もなしかい!

 もしくはこの程度で信用はされないって事なんだろうか?

 彼女の闇はどうも深そうだ。

「そうですか。困ったことがあればいつでもどうぞ」

 ま、信用や信頼は積み上げるモノ。

 だけどたった一度の失態や虚言で積み木のように容易く壊れる事は知ってる。

 この乱世の時代じゃあ分かりきった話だけど。

「――なんて言いました?」

 何を沮授は驚いているのか、俺の方に振り返ってそんな言葉を投げ掛ける。

「困ったことがあればいつでも言って下さいと申し上げましたけど……もしや、武官(ごと)きが差し出がましかったでしょうか?」

 もしや、何か不快にさせたか?

 そう警戒して尋ねると、沮授は――

「いえ、此方(こなた)を心配する者などいなかったので新鮮でございました」

 顔を少し下に、そして視線を下に向けて微妙に照れてるぞ。

 ……うーん、カワイイ。

 そして同時にこの労働環境だと容易に想像できるので同情を禁じ得ない。

 日本人形的な容姿に加えて、頭には烏帽子的な被り物をしてる彼女は(はかな)さが印象的に見える。

「そうですか……お互いに苦労しそうですが、何とか強く生きましょう」

「そうですね……辛くなったら此方を逆に頼って頂いてもよろしいですよ。心底、面倒臭いですがそなたなら良いでしょう」

 言外に俺以外というか、一部の人以外フォローする気皆無ともとれる発言だ。

 沮授はそのまま、挨拶をそこそこにどこかへと去って行く。

 真名交換とはいかなかったが、第一印象はあまり悪くないと思いたい。

 神聖な名前なのだし、預けるかどうかはこれからの俺の働き次第だろう。

 

  

 そんな中で俺は仕方がないので色々と草案を出しては実行できそうなものをまとめてみる。

 特に警備隊の治安維持のシステムをそこまでは知らないが、取りまとめる組織の長とそれ以外の役所ごとの部署をまとめる人物、そして報・連・相がしっかりしていれば独立した組織として機能するはず。

 治安維持はこの時代で最も重要だと俺は考えてる。

 安心できる場所が少ないからな。

 安心できる場所があるなら、自然と人が集まり、金が集まり、経済は発展するはず。

 真直と色々と考え、沮授とも話して煮詰めているから……問題はないはず。

 沮授自体は「いい考えですが、どうせ無駄だと思いま~す」とまたやさぐれてた。

 実際、問題は――麗羽だ。

 こっちは部下であの人は一応は君主。

 いっそ話を通さない方がすんなり進むんじゃないかと思いもしたが……組織的にはどうかと思うので、今度の軍議で出すつもりだ。

 馬鹿正直にお認め下さい、と言うつもりはない。

 性格的に名門に相応しい何かを説けば、麗羽は応じるはず。

 そのための内容(エサ)も考えてきた。

 そして――その軍議の時が来た。

「では、今後の私の袁家の威光を広める軍議を開くこととしましょう。何やら空さんにお考えがあるとか?」

 遂に、来たな。

 話はそれとなく流してたから麗羽の耳にも届いてるはず。

 何で俺はこんな軍議で戦場以上に緊張してるのか……いや、企画を通すのは大事ではあるが。

 難所が問題なく組織的に機能するかとか責任持てるかとかじゃなく、"君主に話が通るかどうかが"一番の難所なのが原因だ。

 なので俺は静かに切り出す。

「ええ、ちゃんと考えていますよ。麗羽様のご威光が確実に広まるように考えた草案がここにあります」

 お手元の資料をご覧下さい。

 いや……君主の分しか用意してないけど。

 プレゼンしようにも竹簡なので容易には同じ資料の複製なんて出来ない。

 なので最低限、君主の分しか用意してない。

 ちなみに筆頭軍師殿は頭に内容が全部入ってるらしい。

 これが、古代中国のインテル入ってる……

 そりゃあアナログなので自分の頭脳に色々と留めるしかないでしょうけど、その記憶力にドン引きしてます。

「あら、それは頼もしいですわね。この名族――袁本初の威光を広める素晴らしい草案なのでしょう?」

「もちろんです。議題としては警備体制の見直し及び新たな治安態勢の確立というところでしょうか」

「……そんなことですの? 警邏ならいつもしてるでしょう」

「そんな事ではありませんよ! これは空殿が――」

 真直が熱弁をしようとしたところで私は「しー」と釘を刺す。

 彼女じゃあ、麗羽も真剣に話は聞くものの結局は理解できずに意味の分からないモノとして片付けるだろう。

 そう思って真直にも話しはして、俺に任せろと言ってある。

「今では黄色い布を持った謎の賊があちこちに出ている状況。それはこの名族の領内でも多く出ていますからね」

「そう言えば……そうですわね。朝廷からも軍令が出ている程ですし、余程酷いのでしょうね」

 麗羽の言葉に真直は呆れ顔。

 君主が世の情勢に疎くてどうするの……

 そんな感じの顔だなあ、あれは。

 ともかく俺は話を進める。

「そうです。という訳で、民たちは不安に駆られております。そこでここで治安を向上することで麗羽様の民を思う心、その名族たる寛大さに惹かれ……今よりも更なる威光が広まることでしょう。なので、その威光を広めるのにお願いがございます」

「あら……何かしら?」

「私と沮授殿にお任せして頂ければ、この草案を実行し今よりも名族の名声を高めて御覧にいれましょう。実際お渡しした竹簡では理解に及ばない部分はあるとは思いますが麗羽様の黄金のごとき器でしたらきっとご信頼してお任せして頂けると思っております」

 私の言葉に斗詩と真直はドン引きしてる。

 仕方ないだろ!?

 名族と名声をダシにして前面に出さないとこの人には話が通らないんだからな?!

 それに別に嘘でも何でもないし、治安向上するのは悪いことじゃないし問題はない。

「確かに、この竹簡には何やら小難しいことばかり書かれておりますわね。詰所の増築……兵役による情状しゃくりょう? まあ、ともかくこれを実行すれば(わたくし)の威光は高まるという話ですわね」

「はい。いかかでしょうか?」

「良いですわよ。許可しましょう。勿論、そんな大口を叩いたからには結果を出して貰わないと困りますのですけど」

「ご満足の頂ける結果でなければ私は名族の将として不足だったと認め、この軍を去りましょう」

 まあ、そんな事にならないようはするが……真直は放っておけないし。

『……!?』

 真直と斗詩の目が点になってる。

 って言うか、真直は何故に涙目だ。

「あ~、空の姉貴が去るのは嫌だな~。よし、あたいも協力してやっから頑張ろうぜ!」

 ようやく猪々子が口を開いたと思ったら気持ちのいい協力を申し出てきてくれた。

 素直に嬉しいな。

「わ、私も協力します!」

 あれ? 斗詩まで何でそんな必死?

 俺ってそんなに好感度高いか?

 普通に同僚的なアレだと思ってたんだが……

 大したこともしてないし。

 沮授も気付けば何やら目が点になってる。

 話が通ると思ってなかったのか、そんな顔をしてるな。

 取りあえずは第一段階はクリアってところだろうな。

 

 

 その後も軍議は淡々と進み、今日の案件は終了した。

 自室に戻ってあとは草案見直してどこから始めるか軽く考えた後にゆっくりするか……

 兵の調練も今日はないし。

「ふふ♪ 昼間から酒も悪くないですね」

 この世界には日本酒ないのが残念だ。

 この間は安酒を買って失敗したしな。

 そこそこ良い所のお酒を買った。

 椅子に座って、徳利(とっくり)がないので瓢箪(ひょうたん)に詰めて貰ったお酒を猪口(ちょこ)的なので一杯。

「ん~……ムラがあるけどまあ、美味いですね」

 濁りとも言うべきか、たまに変な口当たりを感じる。

 さて……実際問題、どこから始めるべきかと思い草案を見直す。

 大まかには決まってるので具体的に煮詰めるしかない。

 そう考えてきた時だ。

「張郃殿?」

 唐突に沮授が入ってきた。

 ノックぐらいしろと言いたいが、そんな風習がないので普通に対応する。

「はい? どうされました?」

「……終わって早々に酒とは良いご身分でございます」

 ジト目で言われる。

 まあ、確かにそうだが――

「職務がないので問題はないでしょう? 大丈夫です、出兵には差し障りが無いようにはしますので」

「別に、心配はしてないです」

「ではどうされました?」

「いえ、真名をお預けに来たのでございます」

「……へ?」

 唐突にそんなことを言ってくる沮授。

 俺も流石に、間抜けな声が出る。

 そんなお茶しませんかみたいなノリで預けてもいいものだっけ?

 軽々しくやってるけど結構重いんだよ、真名って。

 の割には今みたいに気軽に言ってくる人もいるからこの文化は謎だ。

「それは……嬉しいのですけど、何故ですか?」

「今日の草案がバカお嬢様に通ると此方(こなた)は思っておりませんでしたので。感服した次第でございます」

「ああ……そういう……」

「張郃殿はまるで前からお嬢様を知ってるかのようでございました。人を判断するのが上手いのでございましょう。将たる器であると感じたので、信頼に足ると判断しただけでございます」

 す、鋭い……この軍師、結構ぽけーとしてるけどやっぱりヤバいな。

「我が真名小夜(シャオイェ)。お預けします~」

「え、ええ……我が真名を(くう)。よろしくお願いします」

「用件はそれだけでございます。此方(こなた)も暇ではありせぬので」

 本当にそれだけかよ……

 いや、真名を預けるに足ると思ってすぐに行動に移した結果だろう。

 この子はこの子で割と淡白だからな……

 そう考えてると、部屋を出るところで――

「空殿、此方(こなた)の真名を受け取ったのでございましたら……真名を預けた相手を置いていくなんてことはございませぬよね?」

 微笑して問い掛けてくる。

 え、なに……この薄ら寒い笑顔。

 顔に影が差してる感じがする。

 もしかして真名の通りに夜みたいに腹の中真っ黒だったりするのか?

「空殿はそんなことをする人物ではないと、此方(こなた)は信じておりますから。それでは」

 逃がさないって言葉を言外に言ってるような感じを残して沮授――小夜は去って行った。

 そこで俺は薄っすらと気付く……

 まさか()められた?

 俺が本性に気付くのはまだ先の話。

 




恋姫勢で明確な腹黒いのってあんまり見ない気がする。
というか、ヤンデレみたいなのいなくない?


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五章:袁家、拠点を移し荀家を迎え入れる

この小説は三国志と恋姫無双、どちらも楽しめる小説を目指そうと思います。


 

 あれから幾度かの暴徒鎮圧を得て、将としての経験値がいくつか積めた。

 もちろん兵への労いは忘れない。

 福利厚生じゃないが、死亡したりしたら手当は親族や遺族に配分したりしてる。

 命を賭けてみんな戦ってるのだからその報いぐらいあってもいいはずだ。

 既に暴徒鎮圧だけで幾人か犠牲が出てしまったし、それを経験した俺は……少しこのままで良いのかと疑念を抱いた。

 だけど、目的を果たすのが将だ。

 ここで俺が何も成せずに投げ出す方こそ彼らが報われない。

 張郃だからと言うわけじゃないが、上手く用兵することがきっと彼らを守ることに繋がる。

 少なくとも俺は彼らが無事帰るための平和を勝ち取る為に戦う。

 そう決めた。

 漫画の主人公っぽい謳い文句だが……もちろん血を流さなくて和平が出来るならそれに越したことはない。

 そう思うと劉備の方が良いとは思うが、ただこのご時世では理想ばかりでは理想に潰される。少なくとも現実をいくつか受け入れて進んだほうが、精神的には楽だと思う。

 それに腹の内を明かして仲良くとはそう簡単にはいかないだろう。

 この世界は疑心暗鬼の世界だ。

 だからこそこの世界の劉備は精神的な傑物と言えるかもしれない。

 まあ、適度に頑張ろうとは思う。

 自分の手の届く範囲ぐらいは平和を守ろうと。

 

 

 そう決意してた、数日後。

 早速、自分の平和が崩れそうな話題が舞い込んできた。

 突然に軍議が開かれることになり、玉座の間に主要な将が集められる。

「嫌な予感しかしないのは何故でしょう……」

「空さんもですか? 実は……私もそうなんです」

 斗詩も同じ予感がしてるのかそう同意してくる。

 これフラグでは?

 というか付き合い長い彼女が嫌な予感がするって既にアウトでは?

 そう思いつつ、俺は現実逃避気味に周囲を観察する。

 猪々子は、なんだろうなぁ~って何も考えてない感じだ。

 真直は……既に疲れた顔をしてる。最初の子供みたいな喜びようはどこに……

 小夜(シャオイェ)は、っと……どうでもよさげって感じだ。

 うーん、この軍大丈夫か?

 大丈夫じゃないんだろうなぁ……これは官渡の戦い負けるわ。

 割と先の話だけど。

 麗羽様は話は聞くけど、私情と名家の誇り(笑)を挟み込むから最終的に話を聞いてない感じになってしまう。

 そして、心の中で噂をしていると麗羽様が満を持したように玉座へ来られた。

 一応主君なので心の中でも敬意を払って様付けにすることにした。

 態度に出そうだし、こっちは雇われてる立場だからな。

「皆さんおそろいですわね。では、こうして集まって貰ったのはめでたい話が朝廷の先駆けの使者から来ましたの」

 めでたい話、か。

 なんだろうな?

 予想としてはこういう時は大体、官位を与えられるとかそんな感じだろう。

 朝廷の使者の先駆けが来たなら尚更、可能性は高い。

「おめでとうございます麗羽様」

 とりあえず投げやりに謝辞を述べておく。

 すぐさま真直(まぁち)からーー

「空さん、まだ何か分からないのに」

 ツッコミを受ける。

「多分、朝廷からですから官位を授けられるとか太守的な任命とかではないのですか?」

「そうでしょうけども、そこは主君の発表を待つべきでは……」

 俺の予想を話すと、真直から今度は正論のツッコミが入る。

 麗羽様の返答を待ってたら本題に入らないと思うのは俺だけだろうか?

 とは言わずに俺は上手い返答が見つからないので沈黙する。

「あら、空さん。鋭いですわね。ええ、この度は噂の黄巾の賊の討伐の功労として朝廷から冀州(きしゅう)牧に任命されましたわ! いよいよ、(わたくし)の名声も高まってきたようですわね! おーっほっほっほっ! おーっほっほっほっ!」

 いつもの高笑いを出すあたり機嫌はかなり良いらしい。

 っていうか、冀州牧ですか……

 韓馥さん名前すら出なかったな。

 哀れな……そもそも田豊と沮授が既にいる時点でお察しだったが。

 そもそもゲームから入ったにわか知識がさらにこの世界で色々と知識を学んでたせいで薄れてる感がある。

 武将の名前はある程度なら覚えてるが、マイナー過ぎると誰? って感じにはなるだろう。

 ってあれ? そう言えば荀彧(じゅんいく)っていつから麗羽様のところにいていつ出て行くんだ?

 まだ黄巾党が出て結構初めも初めだろうし。

 天の御遣いの噂もまだ聞かない。

「という訳で、朝廷の使者をお迎えするためにこれから準備に取り掛かりますわ。丁重にお迎えなさい」

 俺の考えとはよそに麗羽様は迎賓の用意をする言葉を発する。

 まあ、朝廷……要はお偉いさんが来るからもてなす準備をしなければならない。

 そのまま頭脳担当が段取りを練るらしいので会議は解散となった。

 なんだかな~、朝廷は蠱毒の坩堝(るつぼ)的なことをまだ見ぬ曹操は言ってたような気がする。

 そんな朝廷から州牧の任命なんて裏がないと思うのが無理な話だ。

 大体、黄巾討伐なんてどこもやってるし、この軍も功績がない訳じゃないが何かを下賜(かし)されるほど大々的に功績を上げた訳じゃないと思うんだがな~。

 俺は何となくそのまま玉座の間に残って、軍師陣に意見を聞いてみる。

「個人的に何か裏があるように思えるんですが、気のせいでしょうか?」

「空さんもそう思いますよね……」

 真直も同じ見解みたいだ。

「ですよねー」

「朝廷なんて魑魅魍魎(ちみもうりょう)の噂しか聞き及びませんしね~。此方(こなた)はお嬢様で手一杯でございますので遠慮しますが。繋がる相手を選べば役には立つのでございましょうけど……」

 相変わらずやさぐれ気味に自嘲じみた顔をしながら小夜は視線を斜め下に向ける。

 朝廷の伝手と言えばーー

「そう言えば真直さんは元朝廷役人ですから、まともな伝手の一つや二つはあるのではないですか?」

「いい思い出はありませんけどね。ないこともありませんが、現状必要な情報は特にないですし、いらない借りを作る必要はありませんからね」

 俺の質問に真直は肯定を示すが、重要なことでもない限りはそれを頼りにするつもりはないらしい。

 まあ、実際こういうのって貸しだの義理だのが重要視されてるっぽいし、それを計略に利用されたりもするから何とも怖い話だ。

 知り合いだからと気軽に交渉すればいつの間にか裏切られてる場合もある訳だからな。

 うーん、乱世乱世。

 

 

 そんな訳でつつがなく麗羽様の州牧への任命は語るべきところがないほどに呆気なく終わった。

 朝廷の使者は誰か有名どころが来てるのかと思ったが、名前を聞いてもピンと来なかった。

 あと、女性じゃなかったからな。

 有名どころは一通り女体化してるこの外史なら、女性じゃない=有名ではない可能性は非常に高い。

 そんなことはないかもしれないが、あくまで仮説だ。

 そんな訳で冀州でデカい都であるとの話である(ぎょう)という場所へ本拠地を移すことになった。

 豫州(よしゅう)から北へ、一部の親衛隊と共に麗羽様は入城された。

 俺と真直、猪々子も麗羽様と共に先行で入城する。

 事実は小説より奇なりというが、入城しても本城が遠いぞ。

 指くらいのサイズしか見えない。

 なのに大通りが続いてるということは、まあとんでもなくデカい。

 真直が言うには冀州は北ではかなり豊かであるとの話だ。

 ちなみに俺の村はこの鄴のさらに北、この冀州の中でも最北の地方の一つである河間(かかん)群の中にある。

 とりあえずはここが新たな麗羽様の本拠地となるだろう。

 何か色々と掌握することが多そうな場所だ。

 二つ前の前世でも新しい部署に異動した時は、業務内容とか状況を掌握するところから始まるからな。

 そこは国だろうが仕事だろうが変わらないだろう。

 とりあえず、通りを馬で歩かせながら見た感想としては……通りは人で多いが、 活気は微妙にない印象を受ける。

 情勢が不安定だし、黄巾党の噂も出始めてるから無理もない話だ。

 鄴の本城に入城してしばらくは内政に力を入れて、小夜と斗詩も豫州での引き継ぎを終えてこちらへ合流を果たす。

 それからすぐにある有名人物が鄴へと現れた。

 

 

「姓は荀、名は彧、(あざな)文若(ぶんじゃく)と申します。以後、お見知りおきを」

 ネコミミフードにウェーブのかかった金髪ショート、つまりはネコミミ軍師(荀彧)が現れた。

 お前出くるの今かい!

 運が良いのか悪いのか、袁家陣営以外での初の三国志筆頭、魏の陣営になるであろう桂花こと荀彧が玉座の間へと現れた。

 士官のため、突然に玉座の間へと袁家の主要な武将が集められたと思ったらまさかの荀彧である。

 だが、同時に原作でも見ならぬ人物が隣にいた。

「姓は荀、名は(しん)、字を友若(ゆうじゃく)と申します。妹共々よろしくお願いします」

 同じくネコミミフードに、こちらも金髪ウェーブではあるがセミロングっぽい髪に、荀彧よりも柔らかな雰囲気を受ける人物。

 妹と言う辺り、荀彧の姉だろうがマイナーで分からねえ……

 荀彧の家系、荀家は兄弟ーーもといこの世界では姉妹ーーが多いのは何となく記憶に残ってるがどの荀が誰に仕えてたなんて余程の三国志マニアでもなければ知る訳もない。

「あら、あなた達があの有名な荀家に連なるものですの」

「はい、私達は順帝(じゅんてい)から桓帝(かんてい)にかけて仕えし、荀淑(じゅんしゅく)を祖母とし、その次女である荀緄(じゅんこん)を母とした子であります」

「まさか、"八龍"に連なる者が我が袁家に入るとは。とても光栄ですわ。どのような経緯であれ、この"袁家の正統後継者"たる袁本初は歓迎致しますとも。おーっほっほっほっ! おーっほっほっほっ」

 色々と余計な文脈と高笑いを除けば、主君してると思う張郃こと俺です。

 八龍とか全然知らんし。

 っていうか、やっぱり女なのね。

 荀淑とか荀緄とか。

 記憶になくとも正史では男と思われる人物も軒並みやっぱり女性なんですか。

 どちらかと言えば、荀家ってネコミミフードが特徴なのかと、個人的にはそっちに興味が尽きない。

 こうして荀家の二人が我が袁家に加わったのであった。

 しばらくはこの二人と色々と話さないと俺の命とか今後の人生を左右するであろうと予感するのであった。

 荀彧は今は女性である俺を敵視することはないだろう。

 多分……

 




荀淑……荀緄の父、この世界では荀彧の母である荀緄の母、荀彧からすれば祖母(祖父)にあたる。「神君」と呼ばれるほど尊敬を集め、かなりの知恵者であると思われる。

荀緄……荀彧の母(父)、荀緄を含め荀淑の子である八人の兄弟(姉妹)は「八龍」と称されいずれも優秀であったとか。荀彧って恋姫じゃあアレだけど家柄的にお嬢様なんですね。

荀諶……荀彧のお姉(兄)ちゃん。もう一つ上に姉(兄)がいる。韓馥が冀州を袁紹に譲り渡すのに巧みな弁舌を奮い、一役買ったのだが、史実の資料が何故かない。結構な知恵者であることを感じさせるが袁紹陣営からその後に関しては不明。

鄴……冀州でもデカい拠点の一つ。魏でも主要な都市であったとの話。

時間がない中で要点だけまとめました。
補足があればお願いします。


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拠点フェイズ(荀彧・荀諶):沈黙は金、雄弁は銀

何となく、筆が進んだ。
荀諶さんマジで資料ないな。
荀彧が有名だからってその兄弟まで有名であるかと言われればうーん、なんですけども。

坂本龍馬は有名だけどその兄弟の話はあまり聞かないですしね。


 冀州ヘと拠点を移してしばらく。

 相変わらず内政は軍師陣が頑張ってる。

 君主である麗羽様が豪遊ではないが、相変わらず無駄な出費をするので頭を抱えてる。

 主に真直が。

 小夜(シャオイェ)は既に言っても無駄とか悟ってる感じなので、どちらかというと事後処理とか帳尻合わせに頭を回してる感じだ。

 やる気ない感じをいつも出してるが、無駄なことはしたくない主義なんだろう。

 いつも思うが、何で小夜は麗羽様に仕えてるのか疑問だ。

 それはともかくとして荀彧だ。

 いずれ去るにしても張郃も魏陣営。

 顔を会わせることもあるだろう。

 なので色々と親睦を深めてはおきたい。

 だからと言って今の麗羽様を見限る気もない。

 仕えていて分かったが、麗羽様ほど表裏のない人物がこの世界では貴重であると分かったのでしばらくは彼女を支えようと思った。

 ちゃんと労いはしてくれるし、君主はしてる。

 話は大体聞いてくれねえけど。

 そこは愛嬌ということで諦めた。

 それから警邏や調練といった一通りの武官としての仕事を終えて、部下と意見交換を兼ねて賊討伐後の宴会をする。

「張将軍、もう……飲めません……」

「はいはい、気持ち悪くなる前に水でも呑んで下がりなさい」

「張将軍、杯が空いております」

「ああ、ありがとう。酔わせても私は抱かせませんからね」

「めめ、滅相もありません。張将軍を抱こうなどとーー」

「まあ、面白くもないでしょうしね。貧相な体ですし」

 魏は大部分がロリ体型なのは逃れられない運命なのか!

 俺の体は既に成長が止まってしまった感じが最近はしてる。

 曹操と胸はいい勝負だ。

 身長はこっちが高いかもしれんが、せっかくの女性体なんだからもうちょっとあってもいいだろう。

 などと、性転換を楽しんでる俺だ。

「いいえ、そんなことはありません! 美しい細身の体型であると思います!」「そうです。私も文醜将軍みたいな方が好みです!」「私も大きいより小ぶりな方が……」

 あれ? 気付いたら俺の部隊って貧乳スキーが集ってる感じになってる?

 知りたくなかったぞ、そんな事実。

 とまあ、部隊の団結力は悪くないと思う。

 酒は良いコミュニケーションの潤滑油だ。

 二つ前の前世もうちょい物分かりの良い話せる上司なら気に病んで自殺なんてしなかったろうに。

 まあ、今となっては知ったこっちゃないが。

 ここではせめて、俺は話せる上司として振る舞おうとしてる。

「物好きですね。別に私は気にしませんが。こういう場でなければあまり(おおやけ)に言わないようにして下さいね……部下をわいせつ関係で処断したくないですから。もしそうですね……そんな不埒なのが出て民草に迷惑が出たなら股間を切り落とすつもりですけど」

『ひえッ……』

 一気に酔いが冷めたのか部下が戦慄する。

 酔いながらも若干、俺は本気で言う。

 駄目だろ。軍属がそういうのは。

 何を民が安心して信頼していいのか分からなくなるしな。

 とまあ、武官としての心構え的なのを自分の中である程度は確立しつつある。

「そうならないことを祈ってますよ。信じてますからね」

 とまあ、部下との団欒(だんらん)もそこそこに店をあとにする。

 

 

 飲みすぎたかな……

 人がいるとたまに自分のペースを見失ってつい飲みすぎてしまう。

 そんな中で部屋に戻る途中で荀姉妹の部屋の前を通り掛かる。

 少し脚を止める。

 話はしたいが、重要なことでもない限り話すような時間帯ではないしな。

 ましてや政務中であればこっちは暢気に飲んでるので気まずくなる。

 今日はやめておこう。

 そう思ってそのまま立ち去ろうと、再び脚を進めた瞬間。

「あら、あなたは……張郃殿?」

 名前を呼ばれて足を止め振り返れば、荀諶(じゅんしん)がネコミミフードを外して扉から出てきたところだった。

「こんばんは」

 俺は無難に挨拶をしておく。

「はい、こんばんは。酒宴の帰りですか?」

「ええ、まあ……部下と親睦を深めておりましたよ」

 特に隠す必要もなかったので問い掛けに素直に答える。

 酒の匂いでもしたのか、荀諶はすぐに見抜いてきた。

 軍師陣ってやっぱり観察力と洞察力高いよな。

「ちょうどよろしいところに、少しばかりお話でもしていきませんか?」

 願ってもない話だったし俺としては助かる。

 だが、油断はしない方が良い。

 軍師は腹黒いのが多いし、ましてや荀彧の姉だ。

 何かしらひねくれてる可能性はゼロじゃない。

「ええ、いいですよ。私も話をしてみたいと思ってましたので」

 そのまま招かれるままに部屋へと入る。

「桂花、少し休憩にしましょう。丁度いい人を招いたわ」

 と、荀諶は机に座ってる荀彧に声を掛ける。

 同じくネコミミフードを外した荀彧は何やら書を見て、竹簡を広げている。

 勉学でも励んでいるのだろうか?

「これは……張将軍」

 俺と視線が会い、椅子から立ち上がって荀彧は手を合わせ一礼する。

「お茶をお出ししてくれる?」

「はい、分かりました。姉様」

 荀彧が姉様呼びなんて新鮮だな~

 ちょっと対応が淡白な感じがするが、まあ……初対面ならこんなものだろう。

 しかし、姉とは言うがそこまで荀彧と体格は変わらないな……荀諶。

 荀彧より一回り大きいがそれでもロリ体型だ。

 しかし、雰囲気はどことなく大人な感じがする。

 これがロリ姉か。

「どうぞ、お座り下さい。突然のお招きに応じて頂きありがとうございます」

 そして品位を感じさせる自然な動作。

「ご丁寧にありがとうございます。しかし、休憩というのであれば堅苦しい雰囲気は無用ですよ。楽にして下さい」

 と俺が言うと、荀諶はーー

「袁家の重臣の方ですから、すみませんがご厚意だけお預かりします」

 とやんわり遠慮された。

「重臣、ですか。それは誤解ですよ。私なんて村の田舎者です。袁家に士官できたのはたまたまで、この陣営では新参者です。大した内情など話せませんよ」

 何か探ろうとしてるのかとちょっとだけ、カマを掛けてみる。

「私、そんなに腹黒くありません。ひねくれて腹黒いのは妹だけで十分ですよ」

 と、荀諶は少しだけ子供っぽい不貞腐れた感じで否定する。

「お茶をお下げするわよ」

「ほら、可愛げがないでしょう?」

 お茶を持ってきた荀彧がジト目で姉を睨む。

 そんな荀諶は睨まれてもニコニコと笑顔だ。

 うーん、この人も一筋縄じゃいかなさそうな感じがプンプンするんだがな。

「どうやら姉妹仲はよろしいようで」

「今のを見て、本当にそうお思いですか?」

 呆れた感じで荀彧はお茶を置きながら俺の言葉に反論するように聞いてくる。

「そうですね。姉に頭が上がらない感じは何となくします」

「そうでもないですよ。私より桂花の方がずっと優秀です。知恵比べでは、とてもとても……」

「知恵比べ以外では負ける気はないと聞こえるようですけど……」

「フフ、村の田舎者とは……謙遜されてました?」

「事実ですよ。これでもまだまだ学んでる最中なんです」

 酔ってるせいかいつもより饒舌な俺。

 何か、微妙に駆け引きっぽくて楽しいぞ。

「それはそうと、荀彧さんはもう少し砕けるのですか?」

「あら、桂花。猫被ってるのお気付きみたいよ」

「ちょっと姉様!? ……っコホン。お戯れも程々になさいませ。お客人の前です」

 一瞬、素が出かけてたがいつも通りに荀彧は澄まし顔に戻る。

 それからようやく全員が席に着いた。

 とりあえずは、俺は気になることを聞いてみる。

「ところで私は荀家のことはよく分からないのですが、袁家に士官された理由をお聞きしても?」

「別に大した話ではありません」

 荀彧の言葉は何だか「あんたに話す必要なんてない」って感じに聞こえる。

 態度も微妙に男性に接する態度というより不機嫌な感じのツンツンした雰囲気だ。

「まあ、無理にはお聞きしませんよ。荀彧殿が私に話す必要がないと仰るのであれば仕方ありません」

「ちょっと! そんなこと一言も言ってないでしょっ!?」

 自分の発言にハッ、となる荀彧。

 思いのほか猫の皮が剥がれるの早いな……

 そんな中、荀諶はクスクスと笑う。

「思ったより曲者ですね、張郃殿。いえ……人が悪いと言えばよろしいでしょうか?」

 ゾクリとするような視線。

 そして口元はニヤけながらも目を細める荀諶さん。

 あんたも猫かぶりやないかい……

 軍師は黒いのしかいねえという偏見に拍車が掛かりそうだ。

「荀諶殿も悪い目をしてますよ」

「ごめんなさい。でも、話していて思いの外楽しくて」

「姉様、顔がしちゃいけない顔してるわよ。ひねくれてるのはどっちなのよ」

「私は素直よ」

 荀彧の言葉にブレないなこのお姉様。

 弁舌が強い感じがする。

「それはそうと、質問にお答えします。元々、私と桂花ーー荀彧は冀州牧に招かれていたの。袁紹様より前のね。名前は……何だったっけ?」

「さあ? もう失脚した州牧なんて覚えてないわ。それに戦乱の予感がしたから故郷から逃げ出したようなものだし、渡りに船だっただけよ」

 荀諶の言葉に荀彧は砕けた感じで補足するように話しだした。

 もう取り繕う気もないらしい。

 しかし、名前すら出ないとは韓馥(かんぷく)さん……哀れ。

「なるほど。それでそのまま招かれるまま冀州入りを果たし、そのまま流れで士官した訳ですか」

「だから言ったでしょ。大した話じゃないって」

「もう桂花、そんな噛みつくような言い方をしないの。いらない敵を作るわよ」

 荀諶は困ったように荀彧を(たし)なめる

「耳に痛い言葉は良薬と同じよ。それが分からないなら大した人物じゃないのよ」

 と、良薬は口に苦しを交えた言葉を荀彧は返す。

「嫁の貰い手がいなくなるわよ」

「男なんて願い下げよ。所詮は下半身でしか、モノを考えてない猿と変わらないわよ」

 うーん……元男なので複雑な心境。

 姉妹なのに荀諶は特に男を毛嫌いしてない感じなのが謎だ。

「あら、じゃあ張郃殿はいいの? 良い人だと思うわよ」

 あれ、荀諶さん?

「……私、女ですけど」

「えっ……?」「え?」

 荀諶と俺の言葉が被るように続く。

 荀諶は初めて余裕そうな表情が崩れた。

「あの、ゴメンなさい。その……酒の匂いに混じって男の臭いもしてたもので、てっきり……」

 いやー、真直にも女性なのが勿体ないって言われたことはあるがまさか男と勘違いされる日が来るとは……

 スレンダーですけども、そこまで中性的な顔してるかなぁ?

 結構、愛嬌ある顔だと我ながら思うんだが。

 普段は引き締めてキリってしてるからそう見えなくもないと思うけど。

「どおりで男にしては不愉快じゃないと思ったわ」

 ただ単に荀彧の男センサーに引っ掛かってなかっただけらしい。

「語るに落ちましたね、荀諶殿。まあ、お気になさらず」

「あ、ああ……恥ずかしいッ! 私を穴に放り込んでください!」

 顔を覆って、羞恥する荀諶。

「久々に姉様が墓穴を掘ったわね。いい気味よ」

 そして姉に対しても性格悪いな荀彧。

「良いモノが見れましたので、お暇しますよ。荀諶殿は確かに可愛げがあるのも分かりましたし」

「ちょっと、私は可愛げがないって言うの?!」

「いえ、別に……。そうですね、撫でようとすると威嚇する猫みたいな愛嬌ですかね?」

「あんたも性格悪いって自覚してる?」

 荀彧はジト目で俺を睨む。

「性格が悪くなくては戦えませんよ。用兵とは相手の裏をかくんですから」

「姉様に負けず口が回るわね。まあ、バカよりは好感は持てるわ」

「それは恐悦至極で。それでは、おやすみなさい」

 そうして俺は荀姉妹の部屋を後にした。

 なかなかにいい話が出来たな。

 しかし、時系列が若干前後してる感じがするな。

 そこはあまり気にしない方がいいか。

 真直とか小夜の例があるし。

 部屋に戻って、水を桶に汲んで水面の顔を覗く。 

 うーん、女だよなぁ~

 試しに凛々しい表情をしてみれば中性的に見えなくもない。

 別に男と間違われて悲しい訳じゃないが複雑だ。

 これが乙女心かと、少しズレた認識を持つ俺であった。

 




張郃こと空が宴席を先に去ってからの兵の雑談
「なあ、張将軍って美しいよな……」
「どうした急に」
「綺麗とかじゃなくて、こう華麗というか」
「分かるぜ。しなやかな感じで、戦い方も美しいしな」
「でも、たまに無邪気な笑顔がこう……何だろうな、胸が熱くなるんだよ」
「そうだな。ちなみにどこが好きだ?」
「……脚だな」
「同士よ!」
「違うな。小ぶりな胸だろ」
「分かる」
「お前は小ぶりな胸なら誰でもいいんだろ」
「甘いなお前ら、あの細くて綺麗な指だろ」
「む、確かに捨てがたい」
「待て、尻はいないのか」
「ここにいるぞ!」
「……田豊将軍の部下に聞いたんだが、寝顔がカワイイらしい」
「なに!?」「詳しく」
「田豊将軍はどうやら胃痛持ちらしくな、時折寝込むことがありそうだ」
「俺もある、あれは辛い」
「いやお前のは飲みすぎだろ」
「ともかく、たまに張郃将軍が見舞いと看病に来てくれるらしい」
「俺も見舞いされたい」
「ええい! 話の腰を折るな! それである日、寝ている田豊将軍の隣に張郃将軍が座りながら寝ていたらしい。その時は机に倒れてだらしなく無防備であったそうだ」
「疲れてるんですね、張将軍も」
「うむ、ここ最近は出兵が多いからな。それもあってか普段の凛々しいお姿ではなく子供のような緩みきった表情であったそうだ。しかも田豊将軍の様子見と伝令として袁紹様よりそいつは命じられたので直接見たらしい」
「くッ……羨ましい」「けしからんな」
「そこでこういうのはどうだろう? もしこの先、長期の出兵があったら将軍は休まれるだろう。その時に交代で将軍の不寝番として立てば……」
「ハッ!? 何かあれば伝令として入って将軍を起こせるし寝顔を覗ける!?」
「天才か」
「うむ、その時は恨みっこなしだ」
「もちろんだ」「ああ!!」
 謎の団結力が張郃隊に生まれていた。


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拠点フェイズ(沮授2):沮授流、人材確保術

何だかんだ続くな。
恋姫は初めてのエロゲで思い入れ補正ですかね。
一時期は三国志の架空戦記とか流行りまくってましたし。




 現状は内政、そして調練に力を入れている。

 俺の素人的な警備組織も試行段階ではあるが稼働し始めた。

 そして俺が責任者に据えられてる。

 まあ、草案を作ったの俺だし仕方ないね。

 さらに言えば小夜(シャオイェ)は俺の上になる。

 なので彼女が警備責任者で俺はその管理責任者という感じだ。

 袁紹軍の総司令官は誰かと聞かれれば小夜だしな。

 確か、正史でもそんな立ち位置だったと記憶してる。

 とりあえずは部署ごとじゃないが、区画を決めてその区画の署長的な人を決めて、あとは警邏のルートを決める。

 そこら辺は小夜が頑張ってくれた。

 本人は「片手間ですが、とりあえずはこれで〜」と言って決めてくれたが……恐ろしいことをしれっとやってのけた。

 やっぱり、頭の作りが違うんじゃないかと比較してしまう。

 ともかく、俺は俺で普段の警備状況を見つつどうすれば組織的に上手くいくかを考えるか。

 鄴の城の回廊で俺はそれを思案しながら歩いていると、

「空殿、何をされてます〜?」

 相変わらずぽけーとした感じの気だるげな小夜が背後から現れた。

「特に何も……しいて言うなら今後のことについて考えていましたかね」

「つまり、お嬢様を見限る算段でございますか~?」

「人聞きの悪いことを……」

「冗談でございます。真直殿を放っては去らぬだろうと此方(こなた)は思っておりますし」

 視線を横に向けて自嘲じみた表情をするのは癖なのか小夜はそう言う。

 まあ、それもあるな。

 あとは自己アピール出来るほど自信がないというのもあるが。

 自惚れる訳じゃないが、俺って強いか? という疑問が尽きない。

 一度は社会に絶望して生きることを諦めたんだ。

 強い心を持ってるとは思えない。

 ゲームや何かしらの創作物が俺の唯一の心の拠り所だったから。

 まあ、だからこそ主人公と言われる人物に憧れはある。

 張郃の名前なんて俺には勿体ないと思ってるし。

 話は変わるが、曹操のところに行く気があるかと聞かれればあるが、麗羽様に恩義はあるし見限る気はない。

 もしかしたらワンチャン袁紹ルートがあるかもしれないからな。

 などと思うのは淡い期待か?

 でも、こういうのって結局は収束するところに収束していくみたいな話が王道だしな。

 歴史の修正力的な。

「確かに真直さんは放っておけませんね。あの人、すぐに抱え込みますから」

「責任感が強いのは好感ですが、此方(こなた)としてはお嬢様のことは諦めて貰いたいところですけどね~」

「それが出来ない実直さが真直さんの良いところですよ」

「……空殿は女性であるのが勿体ない人でございますね」

 それ、真直にも言われたんだが。

 なんだ……みんなそうまでして俺を男判定したいのか?

 それとも王子様ムーブでもしろという世界の意志か?

 まあ、女が(きさき)を迎え入れるとかいう世界だから女性同士の関係について緩い感じはある。

「褒め言葉として受け取りますよ」

「それで、結局はこれから何を?」

「警邏ついでに街の状況でも見ておこうかと思いまして。ちょうど、見回りの時間帯ですし」

「では此方(こなた)も参ります」

 と、唐突に小夜が申し出てきた。

 政務はどうしたと聞きたいが、彼女の場合は聞くだけ野暮だ。

 拠点を移しても竹簡だらけの光景は相変わらず。

 とりあえず早急なところだけ終わらして適度に休憩でも兼ねているのだろう。

「別に構いませんよ。護衛も兼ねさせて頂きます」

 俺がそう言うと小夜は目をパチクリ。

「何もお聞きにならないのでございますね」

「猪々子あたりなら仕事は? と聞きましたよ」

 小夜は別にやる気がないだけでやらない訳ではないしな。

 むしろ、面倒なことは速攻で終わらせるタイプだ。

「信頼されておりますね〜。嬉しい限りでございます」

 わ~い、何故かまた薄ら寒い笑顔し始めたよ、この娘。

 日本人形みたいな黒髪、黒目だからヤンデレみたいな顔をされると似合い過ぎて怖い。

「不穏な笑顔ですね」

「気のせいでございます」

 俺が指摘するとすぐにパッといつものタレ目で気だるげな表情に戻る。

 何かを企んでる感じはするが、あまり気にしない方がいいだろう。

 隠しもしないあたり、俺が食いつくのを待ってるとかいう罠かもしれん。

「そうですか。では行きましょう」

「はい、お願いします〜」

「ところで、真名を預けてから妙に心を開いてません?」

「信頼しているのですよ〜。心を許したから真名を預けたのでございますから、何ら不思議ではないでしょう?」

 言われればそのとおりだが、不穏な感じが抜けきれないな。

 別に俺を貶める類いじゃないだろうが。

 

 

 鄴の街へと繰り出した俺と小夜はそのまま街を巡視する。

「通りは多く、店の種類は豊富。文句はない発展具合ではございますが……やはり、黄巾の賊絡みで不穏な気配。ああ、仕事が増える……」

 街の様子を見て、小夜がいきなりやさぐれ始めた。

「しかし、警備組織が上手く機能すれば治安もマシになるでしょう」

「結局は此方(こなた)の仕事が増え

るのでございます……」

「…………」

 何やってもやさぐれるじゃん、この()

 まあ、今に始まった話ではないのでツッコミはしないが。

「おお、張将軍じゃないか!」

 何て思ってると急に声を掛けられたのでそちらを見れば人混みの中に見慣れた顔。

 最近、この(ぎょう)に本拠地を移して俺が懇意にしてる酒家のオジさんだ。

「これは大将。お元気そうで何よりです」

「ハハ、将軍に大将なんてむず痒くていけねえや。それはそうといい酒が入ったんだ。また買ってくれると嬉しいね」

「手空きになりましたらね」

「その時はまた頼むよ。持って帰る分も頼んでおきますんで」

「それはありがたいことです。では、私達はこれで」

「ええ、頑張ってくだせえ」

 いい感じの話も聞けたところでオジさんはどこかへ行った。

「お酒がお好きでございますね」

 オジさんが去って開口一番に小夜がツッコんできた。

 俺は苦笑混じりに返す。

「分かりやすい娯楽ですからね」

 現代社会は娯楽が溢れ過ぎてるから今でも物足りなく思う。

「さて南が今日の見回りですし、行きましょうか。都方面もちょうどそちらですし人の出入りも多いでしょう」

「一番目に入る治安でございましょうからね」

 と、俺と小夜は南の区画を巡回する。

 分かったこととしてはもう少し整備しないと雑多に過ぎるというところだ。

 案の定、都やらから流れてくる商人や人達で溢れている。

 治安も微妙な感じだ。

 変なのが紛れてても目立たないだろう。

 木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中ってヤツだ。

 警備人員もこっちの方に割り振った方が良いのではないかと、小夜と話しながらも無事にーー

「うわあぁぁぁ! 賊だー!」

 とはいかないか……

 黄巾の乱の真っ只中なんだから、無事に終わる方が珍しいだろう。

 やるべき事はやらなければならないので迅速に行動する。

「そこの者、止まれ!」

 誰かを呼び止める声に足を止める。

 動き出そうと思いきや、前方からウチの兵に追われていると思われる男が一人、人混みを押しのけるように走ってくる。

 片腕で抱えられる程だが何やら小さくはない袋を抱えてる。

 うーん……どう取り押さえたものか……

 あんまり往来で剣を抜いたら向こうを刺激するだけ。

 大体、振り回すには狭すぎるし危険も多い。

 向こうが手段を選ばなくなったらそれこそ被害が出る。

 徒手とかあんまり経験ないから自信ないんだがな~

 なんて考えてる内にそこまで迫ってきた。

 冷静に分析してる場合じゃないな……

「クソっ!!」

 賊は悪態を大きく吐いたかと思えば古びた剣を抜きやがった。

 さっきまで人混みであった場所が割れて失せた。

 賊の逃走する足が格段に速くなる。

 やば、油断した。

 そして、賊は小夜に向かっていく。

 俺はどうでもいいが、女の子を狙うとは卑劣なヤツめ。

「小夜!!」

 すぐさま彼女の手を取り、くるりと賊から小夜を守れるよう回転するように背中を向けつつ

回し蹴り!

 賊の持ってた剣の柄を狙って下から打ち上げるように(かかと)で蹴り上げる。

 そのまま飛んでった剣が俺の方へとゆっくり落ちてきたので、左手でキャッチして賊の喉に切っ先を向けてやる。

 狙ってたとはいえ上手くいったな。

「大人しく縛につきなさい。それとも惨めに死にますか?」

 殺気を込めて俺は問い掛ける。

「なッ……くっ……!」

 男は何が起こったか分からないながらも、目の前の現実に膝をつく。

「張郃将軍!? お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

 追い付いた警備兵の二人の内、一人が声を上げながら片膝をついて謝罪を述べる。

 こういうムーブはまだ慣れないが、努めて将軍っぽく振る舞う。

「大事ありません。しかし、次からはもう少し早く対処しなさい。我らの対応の遅れは民の被害ですからね」

「ハッ! ほら、さっさと立て!」

 警備兵に捕らえられ、賊の男は連れ去られようとしていた。

「ああ、すみません〜。そこの者達〜」

 そこに小夜は待ったを掛ける。

「これは沮授様!? 何でしょうか!」

「今日まで捕らえた者を指定した日に此方(こなた)のところに連れて来てください。日はまたこちらで連絡するということを警備兵長にお伝えして欲しいのでございます」

「わ、分かりました!」

 そして今度こそ賊は連れ去られた。

「やれやれですね」

 一件落着だが、何とも騒がしい一日になってしまった。

「ところで、空殿」

「はい、ああ……ご無事ですか小夜さん」

「無事でございますので離して欲しいのです〜」

 あ、ああ……そうだった。

 小夜の手を引いて抱き寄せるように(かば)ったから俺の腕の中に小夜がいる感じになってる。

 腕の中に美幼女。

 前世なら羨むシチュエーションだな。

 しかし、悲しいかな……反応する股間のモノがないんだよな。

 いや、何を考えてる俺。

「失礼しました」

 謝罪しつつ、離れる。

「まったく、此方(こなた)を庇うなどと何を考えてるのでございます」

「大事な軍師殿を失うわけにはいきませんからね」

「……本当に女性なのが勿体ない人でございます」

 などと小夜はいつも通り視線を外して言うが、気のせいか顔が少し赤い。

 確かにさっきのは王子様的なムーブだったな。

 思い返すとちょっと恥ずかしい感じだ。

 

 

 小夜と別れ、今日は珍しく風呂がある日なので入浴。

 この時代の風呂は貴重だな、本当に。

 給湯システムが無いのだから無理もない話だ。

「あ〜、美味し♪」

 と俺は風呂で一杯。

 この時代にこれをやる人は俺が多分初めてだろう。

 お盆みたいなのがあって良かった。

 我ながらオッサン臭いか? 

 しかし、今の俺はスレンダービューティーなんだから絵になるはずだ。

 ……そう言えば、自分の体を分析する機会なかったな。

 村の時なんて自警団だったし、村を出てからも賊討伐だ、内政だと忙しかったし。

 しかし日本の温泉みたいに風呂場に鏡なんてない。

 当然だがこの時代の鏡は貴重なものだ。

 でも、何故か現代と遜色ないレベルの鏡があるのは謎だ。

 まあ、そこは置いといて……仕方ないのでお猪口的な杯にお酒を入れてその水面に写った自分を見る。

 風呂の水面で見ればいいだろうって?

 結構水面が歪んでる上に湯気であまり見えないんだよ。

 空色の長い髪、ツリ目気味の紫の瞳、以前よりは大人びた細めの顔立ち。

 だけど魏の宿命か微妙にまだ幼い感じを残してる。

 胸、微妙……もとい微乳だ。

 この世界の曹操といい勝負。

 舞をやってたおかげか肢体はしなやかで細い。

 そんな容姿の自分についてどうなのかと聞かれれば、色々困る。

 うーん、世の性転換転生者はどんな気持ちなのか是非とも参考に聞きたい。

 聞けるか知らんけど。

 そして、誰かが入浴してくる気配がする。

「誰かと思えば、空殿でございますか?」

 湯気で微妙に見えないが声からして小夜(シャオイェ)だ。

 ものぐさだがちゃんと入浴はするんだな。

 そう何気に失礼なことを考える。

「ええ、そうですよ」

 合法的に女湯に入れるのは役得な感じだ。

 まあ、そんな男の感性なんて薄れつつあるが……

 ゲームならイベントシーンだなと、アホなことを考えていると小夜がそのまま近付いてくる。

 当然ながら大事なところは布で隠してはいる。

「……ここでも酒なんてバカでございますか?」

 俺の様子を見て開口一番に見下される。

「そう言われましても飲みたいんです」

「まあいいでございますが」

 それから何故か俺の体の一部分をジッと見始める。

「……生えてないでございますね」

「どこ見てるんですか……」

 思わず脚を組んで見えないようにする。

 流石にじろじろ見られると気恥ずかしい。

「いえ、もしかしたらと思ったので」

「あったら堂々と入ってませんから」

 思わずツッコむ。

 そこまで肝は太くない。

 そもそもデリカシーないだろ。

「まあ、そうですよね~」

 言いながら小夜は体を洗いに離れていく。

「お背中でも流しましょうか?」

「……いいんでございますか?」

「いいんでございます」

 てっきり断られると思っていたが、普通に返してきたので対応する。

 俺は風呂場から上がり、先に腰掛けに座った小夜は背中をこちらに向ける。

「一人では面倒なので助かるのです」

 いやはや、どこまでものぐさなんだかと思いながらも背中を布で擦る。

 そして何故かある石鹸を使用。

 服屋が時代を先取りしすぎてるので、日用品関係の細かいところを気にするのをやめた。

(かゆ)いところはございませんか?」

「いい感じでございます。前もお願いします」

 前、だと……?

 アレとかアソコがある前を洗えと……

 適当にやろう。

 流石にねっとり洗うつもりはない。

「はいはい」

 適当に返事をしつつそのまま腕とか脇とか洗う。

 真直みたいなムッチリではないが、肉付きがある。

 それから胸を洗おうとした瞬間、衝撃が走る。

 私より胸が、あるッ!?

 思わず一人称が変わるほどに動揺した。

 服の上だとないように見えた。さっきも湯気でよく見えなかったし。

 着痩せするタイプだったのか。

 サイズ的にこの世界で言うなら公孫賛(普通の人)くらいある。いや、少し小さいかもしれない。

 だが、決して貧と言える大きさではないのは間違いない。

「着痩せする方だったんですね」

「そうでございますね。まあ、此方(こなた)にはどうでもいいことです」

 本当にどうでもいいのか、小夜はそのままぐてーとしている。

「癖のある髪ですね……もったいない」

「別に気にしないのでございます」

 彼女のボサボサした黒髪が少し気になる。

 今は湿気で比較的真っ直ぐだが、未だにハネてるところがある。

 風呂場じゃなかったらもっと凄いからな。

「はい、終わりましたよ」

 そのまま近くの桶にお湯を入れて小夜の頭から流す。

 これ以上洗ったら放送コード的に引っ掛かる表現が出てきてしまう。

 テレビなんてないけど。

「んっ……どうもでございます」

 そのまま俺は風呂場に戻って飲み直そうと思いきや、そのまま膝の上に小夜が乗ってきた。

 気持ちのいい荷重が膝の上に掛かるが、何故に俺に座ってくるのか……

「何で私の上に乗ってくるんですか……」

「……? 駄目でございますか?」

 思ったままの疑問をぶつけてみるが、小夜は小首を傾げるだけだ。

 カワイイ。おっと、本音が。

 それはそうと、別に駄目じゃないが……

「草案を詰めたのはほとんど此方(こなた)でございますし、まだまだ労って頂きませんと〜」

 貸しをエサにしてきやがった。

「はぁ、分かりましたよ。どのようにお返しすれば良いですか?」

「そうでございますね~。代わりではありませんが、此方(こなた)を"どう扱って"頂いても構いませんよ」

 アレ? 何か不穏な気配。

 しかもそれって、自分は何でもする的な表現なのでは?

「ただ、どこか別の所へ士官するなど許さないのでございます」

「私なんて大した者ではありませんよ」

此方(こなた)はそうは思わないので、こうして囲ってるのでございますよ。有能な人材を確保するのがこの先に必要なことだと睨んでるので」

 先見の明とも言うべきか、小夜はこれから起こることを予期している感じだ。

「それが敵に回るかもしれないのであれば……フフ、残念でございますが……此方も全力を出すしかなくなってしまうようです」

 ……一気に酔いが冷めてきた。

 後ろに顔を向け、チラリと俺を見るその横目はすごく冷めた目だった。

 いっそ敵に回るくらいなら……

 それは面倒を先に片付けておきたいという小夜らしい発言でもあった。

「それに真直殿がどうなってもいいというのでございましたら、致し方ないですね」

 あまつさえ人質まで出してきたぞ。

「分かりました、分かりましたから……そう怖い話は勘弁して下さい」

「なら約束して欲しいのでございます。此方(こなた)から逃げない、と」

「また引っ掛かる言い方ですね。麗羽様じゃなく?」

「主君が敗れた時では口実を与えます。先がないとなれば脱兎の如く逃げれるでしょう。しかし、個人であれば別に負けようが此方(こなた)が死なない限りは残ってくれるという算段でございます。まあ此方(こなた)を殺めようとした時の根回しなんて、とうに済んでるのでございますが」

 やっぱり軍師ヤベエわ……

 俺がこの話を聞いてもし裏切った時の処置まで考えてやがる。

 逆に考えれば、やましいことしなかったら問題はない話なんだが……

「そうまでして欲しいなんて、熱烈ですね」

「お嬢様がバカでなければ別に空殿をどうこうするつもりはなかったのでございます。度量しかないお嬢様をお恨み下さい」

 度量が広いのは認めてるんだ……

 実際、名家うんぬんかんぬん言ってるがあんまり陣営に入る人材の身分にあんまりこだわりないよな、麗羽様。

「分かりました。我が真名に誓って約束致しましょう」

「……あっさりでございますね」

「そもそも去る気はないですよ。売り込むほどの名声がないですし、私もこう見えて面倒くさがりなんです」

 俺の解答が意外だったのか、小夜は少しばかりで呆気にとられてた。

 大体、いい待遇だし外に出たところで顔見知りもいなければ伝手もないのだ。

 今の陣営に不満はない。

 ……ゴメン、やっぱりある。

 頼むから麗羽様は何もしないでくれ。

 しかし、なし崩し的に袁紹陣営に収まっちまったな。

「それで? 小夜さんをどう扱ってもいいとの話でしたが……」

 ちょっとからかい混じりにさっきのことを掘り返すように言ってみる。

「……痛いのは勘弁でございます」

 なぜそこで顔を赤くする。

「残念ながらそちらの趣味はございませんね」

「美丈夫のような振る舞いでございますのに……」

「だから女ですから」

 風呂場にいながら肝が冷えた話を聞かされたが、同時に小夜との裸の付き合いで距離は縮んだような気がする。

 寿命も少し縮んだ。

 軍師コワイ。

 



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六章:張郃、高覧と出会う

恋姫、どこまで続くんですかね。

董卓ルート的なのが制作されているようですが……気になる!

戦国もあるし恋姫でOROCHI的なの出来そうだな。
時折そういう小説見掛けますが。


 本拠地を移してからは徐々にではあるが内政が安定してきつつある。

 俺は俺で器用貧乏な感じで武官と文官を兼務してる感じだ。

 事務仕事は前世で慣れてる。

 本職が武官なのでそちらを優先しつつも、手が空けば手伝っている。

 休みを貰ってもやることが限られているのでどうしても退屈になる。

 やることはたくさんあるんだが、やっぱり娯楽が少ないよな。

 鍛錬して、書を読んで、酒を飲む。

 今のところはそれが休みのルーティンだ。

 (がく)でも始めるか?

 そんなことを最近は思う。

「そう言えば空さん。最近、妙な噂が出始めたみたいですよ」

 真直(まぁち)の手伝いをしていると、彼女から唐突に話し掛けてきた。

「例の御遣いの話でしょ。くだらない」

 そして荀彧もいる。

 彼女は馴れ合うつもりはないという感じで、ここに来てから誰も真名を許してはいない。

 荀諶(じゅんしん)さんは……何考えてるか分からん。

「何でも天より流星が落ちて、天の御遣いをもたらしこの大陸に安寧が訪れるだろう、と。細かいところは違うと思いますが概ねそんな内容ですね」

 と、真直は噂の内容を話す。

 遂に一刀が来るのか……どこに落ちるやら。

「大体、そんなので安寧が訪れるなら苦労なんてしないわよ」

 荀彧の言うことはもっともだ。

 天の御遣い一人で平和が訪れるなら確かに苦労はしない。

「ところでこの間違いだらけの報告書は誰よ!?」

 そう荀彧がプリプリしながら竹簡を見せてくる。

 字に覚えがあるので俺は素直に答える。

「あ~猪々子、もとい文醜将軍ですね」

「もうちょっと採算合わせなさいよ! 何で出兵する兵より装備が少ないのよ!」

 あ〜、兵の数>装備って感じになってるのか。

 この世界に計算式なんてないから難しいよな、そういうの。

 というか計算いらないか。

 どちらかと言うと調査だな。

 会社の監査のためのそういう調査とか面倒くさかった思い出が蘇る。

「まあ、猪々子さんですし……返してもきっと間違えてくると思いますのでこちらで修正したほうがマシですよ」

「真顔で毒を吐かないで下さい、空さん」

 真直にツッコまれつつも事態は急変する。

 一人の兵が慌ただしい様子で入って片膝を着いて報告してくる。

「将軍方、大変です!」

「また賊ですか?」

 この時期に火急の用なんて大体それなので俺は先に尋ねる。

 兵は軽く頷くと、

「はっ! 安平(あんぺい)国の中央にて現れたとのこと、その数は二千五百!」

 そこそこに多いな。

 安平国はこの北の広平(こうへい)群という土地を挟んだ北にある場所だ。

 さらに安平国の北には俺のこの世界の故郷の村があるーー

「しかも集団はさらに北を目指しているとのこと。おそらくそのまま北上して河間(かかん)を目指しているものかと」

 そう、河間だ。

 それを聞いて俺はいつか恐れていたことが現実味を帯びる。

「……やってくれますね」

「なに、河間に故郷の村でもあるの?」

 荀彧は俺の様子を見てそう当たりをつけてきた。

「そういうことです。故郷のある郡が襲われると聞いては捨ておけませんね。どっちにしても賊は放置出来ませんが」

 俺はすぐに出立の準備を考える。

 真直と荀彧もすぐに切り替えるように指示を出す。

「すぐに軍議の準備と出兵の準備を、先鋒は張郃将軍で機動力を重視して騎馬の準備も合わせてお願いします」

「それと、糧食は軽めにしておきなさい。機動力が勝負というなら余計な荷物は不要よ。それと、早馬を出して広平郡と安平国の太守に賊討伐通行の旨を伝えてちょうだい。兵数に関しては追って知らせると付け加えて」

 必要なことは淡々と冷静に指示を出す二人。

 頼もしいことこの上ない。

「はっ! ただちに取り掛かります!」

 兵は一礼すると足早に去っていく。

 さて、冷静にいこう。

 

 

 軍議が開かれ、軍師や文官として田豊、沮授、荀彧、荀諶。

 武官は顔良、文醜、張郃である俺っと。

 真名じゃない名前だけ見れば袁紹軍って感じだ。

 まず麗羽様が疲れたように口火を切る。

「また賊ですの? こうも賊が多いと主上さまもお嘆きでしょうに」

「ふぁ~あ……ここら辺はあんまり出なくなったけど、別の所で多いよな~。出兵が多くて眠いよ」

「それはみんな一緒だよ、文ちゃん」

 斗詩の言うとおり確かに多少なりとも疲労は溜まっている。

 交代で出兵してはいるが、主力の武官が三人しかいないのはいささか少なすぎる。

 武官の確保も今後の課題だな。

「仕方ないのでございます。官軍も頑張っているようでございますが、些か数が多く手の回らない状況でございますから。まあ、他にも要因はあるのでございますが……」

 最後に含みのある言い方をする小夜(シャオイェ)がそう付け加える。

「それはともかく誰が行って下さいますの?」

「私が行きます」

 麗羽様の問い掛けに俺はすぐさま答える。

「空の姉貴、なんか妙にやる気だな」

「まあ、故郷のある河間郡に向かってると言われればね」

 猪々子の疑問に答えるように俺は言う。

 その様子に「なるほどな~」と猪々子は納得したようだ。

 斗詩は俺の出身地に少し食いつくような感じで言葉を掛ける。

「空さん、河間郡の人だったんですね」

「正確には河間郡の北にある鄚県(ばくけん)ですがね。どっちにしても放っておいていい理由にはならないでしょう」

 討伐に動かなければ、州牧が守ってくれないと民は不安になることだろう。

 そして同時に反感も買うし、他の野心ある者につけいる隙を与えるだろう。

 あの州牧は民の為に動かない、為政者として相応しくないって感じに。

 良いことなんて何もない。

「では、空さんにお任せしますわ。いつものように華麗に討伐してらっしゃい。ちなみに兵力はどうしますの?」

「まずは先鋒で騎馬を五百ほど。あとは、真直さんにお任せします」

「仕方ないですね。歩兵と弓、合わせて千五百でどうでしょう? あまり多く動きますと逃げられるかもしれませんし」

 真直は素早く見積もりを出してくれた。

 数は少ないが、賊の練度的に数は少なくても大丈夫だろう。

「仕方ないので此方(こなた)がそれを率いるのでございます。ここ最近の罪人達の判決も付けて調練も完了してるので〜。人選はこちらでするのです」

 と、小夜は前に話していた兵役による情状酌量の処置を終えた兵士達の調練が終了したらしい。

 まあ、戦場に行く条件とは言えお金は出るし飯も出るのであれば文句は少なくともないはずだ。

 もし戦場に行きたくないというのであれば、別口で農作や土木関係の仕事を斡旋(あっせん)している。

 人間、(しょく)(じゅう)があるなら盗もうとは思わないだろう。

 困窮してるからこそ盗むのがこの時代の人だと俺は思う。

 俺の住んでた時代はどうかと問われれば、一部の国を除いてそう言った飢えはあまりない。どちらかと言うと、精神的な病の方が多く抱えてるように思う。

 話が逸れたな。

 そう言った政策のおかげで兵力は徐々に増えつつある。

「というわけで、真直さん。あとは任せたでございます」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべて意地の悪い顔をしてる小夜。

 その表情を見た瞬間、真直はしまったという顔をする。

「……はっ!? 小夜さん、珍しく積極的だと思いましたらそういうつもりですか!?」

「それだけではないでございますけどね。空殿の用兵を一度も見たことがざいませんので~。軍師として将の力量を見極めるのは大事なことでございますし」

 そこまで小夜が言ったところで俺は察した。

 真直に麗羽様を押し付けやがったな。

 しかも、もっともらしいことで論理武装してやがる。

「なあ、沮授〜。何で空の姉貴や真直は真名を許してあたいはダメなんだよ~」

 袁紹軍の古株なのに猪々子には真名を許してないんかよ……

 そう言えば、以前も真名じゃなく普通に名前で言ってたな。

「まともに報告出来るようになってから出直しやがれでございます」

「別にいいじゃん。細かいことは得意なやつに任せりゃあさ〜」

 小夜はそう言えば気難しかったな、そこら辺。

 まあ、真名は自分が認めないと許さない神聖な名前だからな。

 実際、小夜は武官としては認めてても将としてはあまり猪々子を認めてない感じだ。

 猪々子は気にしないだろうが(はた)から見ればギスギスしてるようにしか見えんぞ。

「雑把に過ぎるんでございます。斗詩を見直して下さい」

「斗詩ぃ〜。沮授があたいをイジメるよ~」

「あはは……ハァ〜」

 猪々子の助けに斗詩は苦笑い。

 これはアレだな、思うところは多少なりともあるから何も言えないんだろう。

「では先鋒で私も同行してよろしいでしょうか?」

 と、意外な人物が声を上げた。

「姉様!?」

 荀彧が驚くのも無理はない。

 それまで一言も話していなかった荀諶(じゅんしん)さんが名乗りを上げたからだ。

 麗羽様も流石に尋ねる。

「あら、荀諶さん。よろしいんですの?」

「ええ、これからお世話になりますから少しくらいお役に立っておこうかと思いまして。桂花程ではありませんが、私にも用兵の心得はございます。それに交渉事がないとも限りませんし」

 などと、穏やかに言うがーー

「ある程度は強行軍になりますよ?」

 騎馬のみの先鋒。

 五百と二千五百で策もなしに戦うつもりはないが、足止めにしてもハードなことにはなるだろう。

「承知の上です。足は引っ張りませんのでご安心を」

「私は別に構いませんが……」

 俺はチラリと荀彧を見る。

「まあ、確かに姉様なら多少面倒なことになっても舌先三寸でどうにかなるでしょうけど……あんまり役に立つ場面がないとは思うわ」

 心配してないのかディスってるのかよく分からん言い方だな。

「口の減らない妹ね」

「減らないのは姉様の方でしょ」

 荀家はネコミミフードだけじゃなく性格もひねくれてるのがデフォなのか?

「では、方針は決まりましたわね。さあ、空さん! 袁家を彩る華麗な活躍をしてらっしゃい!」

「御意」

 空気を読まずに麗羽様が締めくくってくれたので俺と荀諶さんはそのまま鄴を発つ準備をする。

 

 

 兵の準備を終えて幾日。

 馬を飛ばし、広平群を越えて安平国へと入った。

 そのまま情報を収集しながら北を目指す。

 糧食を少なめにしてる分、機動力は出るがいかんせん持久戦は出来ないし無駄な消耗も出来ない。

 本隊を待つしかないが、問題は敵の行動だ。

 荀諶さんが幾人かの兵士を連れて近く村や街に情報を集めて回っている。

 そして、今戻ってきた。

「どうでしたか?」

 馬に乗ったまま荀諶さんが俺の質問に答える。

「安平国の中央にある信都(しんと)扶柳(ふりゅう)の間くらいに現れ、そのまま北を目指したそうです。それがつい二、三日程前である、と」

 なるほど……

 地名はある程度は勉強してる。

 今の場所だと……ここは信都から北に何里か離れたところだな。

 向こうの行軍はそこまで速い訳ではないらしい。

「思ったより近いかもしれませんね」

「私もそう思います。北を目指すのはどう思われます? 張郃将軍」

「どう思うと申されましても、北を目指す意味なんて特にないとは思います。しいて考えるなら官軍のいる洛陽より遠くであれば好き勝手出来るくらいにしか考えてないのではないですかね?」

「だとしたら単純で良いのですけれど。確かに未だに散発的にしか現れてない上に組織的な行動もある様子もないので順当な話ですね」

 荀諶さんが冷静に分析する。

 馬を再び走らせ、再び北へ。

 巻き上がる砂塵、馬足が地面を揺らす。

 走らせながら俺はこの際、気になってることを行軍の音に負けないように声を張り上げて聞く。

「荀諶さんは陣営に残るつもりですか?!」

「ええ! どうしてそんなことを聞くのかしら?!」

「荀彧さんはあまり残るつもりがないように思えましたので!」

「あの子は優秀過ぎるのよ! きっともっと大きなことを考えてる! 私は私でこの陣営は悪くないと思ってるわ! だから残ることにしましたの!」

 にっこりと彼女は微笑む。

 何かしらの思惑があるのだろう。

 それ以上、俺は深く聞かない。

 そこで会話は途切れ、ある程度行軍したあとに再び斥候を放ったり周辺の村々から情報収集をする。

 そして賊がいるであろうと思われる、かなり近いところまで絞ることができた。

 大体、北東の位置にある武邑(ぶゆう)の方へと向かっていったらしい。

 俺の住んでた河間郡へと確実に近付いている。

「さて、そろそろ見えそうなものですが……」

 独り言が多くなる。

 冷静に努めようとするも内心、穏やかじゃない。

 斥候を更に放ちながらも少し速度を落として前進する。

 そして馬に乗った一人の兵士がこちらに近付き、報告してくる。

「伝達します! 前方に賊と思われる集団を発見! 何者かと戦闘している模様です!」

「ふむ……ここの太守の軍でしょうか? 旗は?」

 一番考えられそうなのはそれだがーー

「いえ、それが旗はなく……どこの者かまでは判別出来ません!」

 その言葉を聞いて荀諶さんが首を傾げる。

「旗がない。つまりは義勇兵や抵抗する民兵の可能性は大いにありえますね。敵はどちら側で戦っていますか?」

「南側です。北の方で抵抗を受けているものと思われます!」

 兵から詳細を聞くに、どうやら河間のある北の方から何かしらの抵抗を受けているらしい。

 さて、救援をしたいところだが彼我の戦力差は圧倒的。

 横腹を突けば混乱は見込めるだろうが撤退時期を見誤れば数に呑まれてせっかくの騎馬の機動力もなくなる可能性はある。

「北で抵抗してる者を援護します」

 ならば機動力を活かして翻弄するしかないだろう。

 深入りせず、キツツキのように穿つように攻めつつも退()くのがいいだろう。多分。

 そして、相手がこちらに目が向くように俺は荀諶さんに策を提案する。

「荀諶さん一つお願いがあります」

 

 ◆       ◆       ◆

 

 張郃こと空が一計を案じていた間にもその北側では、一人の若武者とも言うべき女性が抵抗していた。

 肩より少し上の短めの紺色の髪。

 緑の瞳は強い意志を感じさせる双眸(そうぼう)をしている。

 先と石突きの両方が槍となっている両刃槍(りょうじんそう)を持って、賊を薙ぎ倒している。

「てりぁああああーー!!!」

 気合一閃。

 賊を食い止めるように奮闘する彼女。

(限界じゃ、ない……っ)

 心が折れないように奮い立たせているが身体は正直であった。

 既に何十合と打ち合い、百以上の回数は武器を振るっていた。

 腕に鉛のような重さを感じている。

 そして、自分達の居場所を守ろうと勇敢に共に立ち上がってくれた人々も数を減らしてしまっている。

 状況はどう見ても劣勢。

 だが、ここで折れてしまえばなおさら共に立ち上がってくれた村民、義勇兵には申し訳が立たなくなってしまう。

 今は士気がまだ辛うじて残っている。

 それも紙一重であり、奮闘する彼女が折れてしまえば終わりだ。

 それを予見しているからこそ、彼女は折れてはいけないと自らを奮い立たせている。

 槍を回し、遠心力で賊の首を刎ね、時に背後に回ってきた者を反対の刃で突き刺す。

「そのまま押し潰せ! アイツは疲れてるぞ!」

『うおおおおお!!』

 あれだけ目の前で仲間が斬られていても数の暴力が士気を低下させない。

「困っちゃいますね〜、ホント……」

 独り、言葉を漏らしながらも目の前には人の波。

 最早これまでかと目を閉じた瞬間ーー

「て、敵襲だぁぁあああ!!」

 戦場の流れが変わった。

「み、南からすげえ数の旗がこっちに来る!!」

「た、大軍だああ!」

 突然の大軍。

 それに奇襲され賊は突如として混乱に陥る。

「仕方ねえ! こっちは後回しだ、迎え討てええ!」

 それから目の前に迫っていた波が反転する。

 何人かはこちらに来るが、この程度ならばと彼女は気合と共に斬り捨てる。

「ハァ……ハァ……!」

 しかしそこが限界だったか、迫ってきた数人を斬ったあとは槍を杖のようにして片膝を着く。

 鈍くなっていく頭で、思考を巡らす。

(軍……どこの?)

 同時に馬の音と(いなな)きが近付くのに気付く。

「やれやれ、思ったより単純でしたね」

 馬上から一人の女性が呟きながら数人の兵士と思しき者と共に彼女に近付く。

「大丈夫、ではなさそうですね。腕に覚えがある者とお見受けします」

「は、は……い」

「私は冀州牧、袁紹が配下の張郃と言います。なので安心して下さい。これよりあなたを含めて義勇兵と思しき方々を安全なところまでーー」

 そこで彼女は意識を手放した。

 

 ◆       ◆       ◆

 

「おっと」

 素早く馬から降りて、倒れそうになった彼女を抱きとめる。

 どうやら孤軍奮闘、という訳ではないがほとんど一人で奮戦していたらしい彼女。

 名のある武将だろうか?

 誰だろうな~、と思いつつもそんなことより……だ。

「では、あとは任せましたよ。私はこれより指揮に戻ります」

「ハッ! お任せください!」

 兵に義勇兵の残党と彼女を引き渡し、私は騎馬隊へと戻る。

 策は単純で旗をできる限り多く持って大軍に見せ掛け、荀諶さんが北に集中している賊を南から奇襲。急造で手作り感がある粗雑な旗もあるが仕方ない。

 その間に俺が北の抵抗勢力と接触して彼らを逃がす。

 南に大軍が来たと分かれば、そっちに戦力を移すと思っていたが上手くいったらしい。

 まあ、分かりやすい目標があればそっちに注意が向くよな。

 もう少しまともな指揮官がいれば北を潰してから南に注力するとかも考えただろう。

 もし北にも戦力を割いてたらどうするのかって?

 今頃は荀諶さんが東に移動して側面を突いてるだろう。

 キツツキのように当てては下がる。

 これがキツツキ戦法……まあ、違うけど。

 ともかく旗を持った大量の集団がいれば大軍で来たと思われるだろう。

 そしてあちこち突かれれば包囲されてると勘違いするかもしれない。

 そうすれば北以外を固めるだろうと思っていた。

 もし釣られなかったら……そこまで考えてなかったな。

 うん、まだまだ迂闊だな。

 軍師を騎馬隊で前線指揮させるのはどうかと思ったが、状況が状況だ。

 救援の方がより危険と判断したのだが……

 とにかくあとは無理せず撤退だ。

 

 

 荀諶さんと合流を果たし、一旦撤退した。

「当初の目的は果たした、というところですかね。目標は健在ですが」

「見事な引き際です。幸いにも兵の損失はありません」

 と、荀諶さんは俺を褒めてくれるが少々無茶が過ぎたかもしれない。

 偶然で上手くいったでは意味がないからな。

 馬を追い掛けようとは思わなかったのか、こちらが撤退すれば賊達は抵抗を止めた。

 近くの森に一度退避し、俺と荀諶さんは先程の義勇兵と合流しに向かう。

 退避させた兵に案内をさせると、どうやらこの義勇兵が集った村へと案内された。

「おお……これは将軍様。皆を助けて頂きありがとうございます」

 と、髭を伸ばしたいかにも長老な人物が謝辞を述べにやってきた。

「いえ、随分と犠牲が出てしまいました。出来得る限りは尽くしたのですが」

「良いのです。我らが血気にはやってしまったが故の結果でございます」

 自分達の責任だと長老は述べる。

 殊勝なことだ。遅かったなどと責められるかと思ってたんだがな。

 どうやら心は荒んでいないらしい。

「何やら腕の立つ女将を見ましたが彼女は?」

「"高覧"殿でございますか? 彼女でしたら既に意識を取り戻して今はあの家で休まれております」

 と、長老は村の中のよくある家屋を一つ指差す。

 大きくもなく、小さくもない。

 俺の村のところの家と似たもんだな。

 しかし高覧……聞いたことある名前なんだが誰だったか……

 張郃と縁のある人物なのは覚えてるんだが、全然分からん。

 取り敢えずは会ってみることにする。

「荀諶さんは小夜さんに伝令を。こちらの状況と小夜さんの現状を送って貰うように願います」

「御意。では失礼しますね。ふふ……これが無事に終わりましたら私の真名をお預けします」

「それは嬉しいですね。認めて貰えたということで」

「ですけど正式に呼ぶのは客将でなくなった時でお願いします。特別に袁紹様より先にお教えするだけですからね♪」

 荀彧に比べて茶目っ気のある顔をする荀諶さん。

 君主より先に真名を呼ぶのを控えているのは体裁的な問題を考慮してだろう。

 それから彼女は伝令の指揮をするためにネコミミフードを被って何処かへ行く。

 仕事モードはネコミミなのか……

 まあ、そこは置いておこう。

 俺は俺で長老に言われた家を目指す。

「お邪魔します」

 家に入ったところで見つけたのは何やら寝台に腰掛けながら物憂げな表情をしている少女。

 ボーイッシュな印象を受ける顔立ち、髪は紺色で肩に届くくらいで手入れされてる感じはある。

 雰囲気的にはスポーツ少女的な感じだな。

「はっ!? 貴方様は?!」

 緑の瞳が俺に気付き、驚きに満ちたところで俺は手でそれを制す。

「礼を取らなくてもいいですよ。安静にしておきなさい」

「し、しかし……!!」

 寝台から出ようとする彼女を俺はそのまま抑えるようと言葉を掛ける。

「よいと言っています。充分に礼節を尽くそうとしてるのは分かりましたから、今はそのままで構いません」

「す、すみません」

「なに、あの時は意識は朦朧(もうろう)としていたようなのでもう一度名乗りましょう。私は冀州牧である袁紹配下の張郃と申します。此度の奮戦、感謝します」

 俺は手の平と拳を合わせ、軽く一礼をする。

「そんな……州牧の配下である将軍様に礼を言われる程ではありません」

 その言葉に俺は哀愁を感じる。

 自分は礼を言われる程に守れてはいないと、無力感に囚われている感じだ。

 まあ、俺も似たような経験はあるから気持ちは分かるがな。

 頑張っても結果が伴わなかった無力感ってやつだな。

 ヤバい……前世を思い出してヘラりそう。

 気を取り直して、彼女に向き直る。

「名をお聞きしましょう」

「は、はい。姓は高、名は覧と申します」

 知ってる。

 様式美的なところはあるが、この世界だと名乗りは大事だ。

 古事記には載ってない。そもそもまだないし。

「高覧殿ですね。遠くではありましたが、見事な武勇でした」

 救出する機会を伺っていたが見たところなかなかのパワータイプだった。

 槍使いってテクニカルなイメージがあったんだが、どうやら剛力の持ち主らしい。

 女性でも武将は武将って感じだ。

 俺はそこまで力が強いつもりはない。多分。

「いえ、私など若輩です……」

 自己評価が低いのかまたしても物憂げな表情。

 メンタルケアが必要だろう。

 そう思い、俺は彼女を傷付けないよう言葉を選ぶ。

「確かに多くを失ったのでしょう。ですが、救えたモノもあります。その事実はよくご理解下さい。できればこのあとも手を貸して頂けると幸いです」

「私を、ですか?」

「はい、必要なのです。他の誰でもないあなたが」

 俺の言葉に少しドキリとした感じを見せる高覧。

 あの武勇を捨ておくにはもったいない。

 在野(ざいや)の人材確保は乱世では必要なことだ。

 少し勧誘の言葉にしては熱烈だったと思うが……まあ、誘い文句は臭いくらいがいいだろう。

 我ながら乱世で図太くなったものだ。

「返答はともかく今は体を休まれて下さい。それでは失礼。いつ賊が動き出すかも分かりませんので、私は隊に戻ります」

 それだけ言い残して俺は隊へと戻る。

 すると、荀諶さんが戻ってきたようで俺を見て近付いてくる。

「張郃殿、沮授殿から伝令が来ております」

「向こうも同じようなことを考えてましたかね」 

「そうみたいですよ。内容はあとニ、三日で信都の近くへ到着するとのことです」

 小夜は既に伝令を飛ばしていたようだ。

 そこら辺、俺より慣れてるよなそりゃ。

 まだまだ経験不足だと感じる。

「それまで賊が変な動きを見せないことを祈りますがね」

「既に斥候を放っております。今は休息しつつ、兵が少ない今は相手の出方を見るしかないでしょう。ここまで強行軍でしたから」

「助かります、荀諶さん。とりあえずは村から少し離れたところで野営と致しましょう」

「そうですね。村を戦場にする訳にはいきませんし、ここは守りには適しません」

 というわけで、俺達は村の長老に離れて野営することを伝えた。

 もし、何かあっても問題ないよう伝令は村に残して置く方が良いと荀諶さんに助言されそのようにし、俺達は村を離れた。

 

 

 怒涛(どとう)のように一日が過ぎて、俺達は平野で野営地を設けて一先ず英気を養う。

 斥候からの報告を待ちつつ天幕で荀諶さんと休息していると、

「張郃将軍、高覧と名乗る者が訪ねております」

 外の兵から知らせが入る。

 来たか……思ったより決断が早かったな。

 来ればいいなあ、ぐらいにしか思ってはなかったが。

「あら、随分と手が早いですね」

「普通に共闘を申し出ただけです。あの武勇はなかなかですからね」

「張郃殿は人ができたお方だもの。案外、惚れたのかもしれませんよ」

 買いかぶりすぎでは? と荀諶さんの発言に対して俺は内心思った。

 俺が前世で嫌だった、こうして欲しかったと思ったことを実行してるに過ぎないだけなんだが。

 ともかく返答がどうか分からないので俺は通すように言っておく。

 すぐに高覧は入って片膝を着き、

「張郃様、申し出をお受けします。この高覧を是非お使い下さい」

 緑の瞳を力強く目の前に立っている俺に向けた。

 言葉を掛けたあのあとに意思は固まったのだろう。

「高覧殿の心意気、確かに受け取りました」

「それと我が真名をお預けします」

 おいおい……

「そこまでしなくともいいです。声を掛けたのは私ですから、信用ならばある程度しています」

「覚悟として、ということでお願いします」

 覚悟重いわ。

 硬派だな。さっきまで自己評価の低い感じは既にない。

 いかにもこの時代の武将って感じだ。俺の勝手なイメージだけど。

 俺もそれに応えようと思い申し出る。

「では、私も信用の証として真名をお預けしましょう」

「そんな恐れ多い!? 私ごときに州牧の配下の将軍ともあろうお方がッ?!」

「私も元はただの村娘ですよ。旅の途中で偶然出会った文官殿に口添えをしてもらったに過ぎません」

 真直と出会ったのは本当に感謝だな。

 彼女のお陰で将として生きていけるようになったものだし。

 兵法の「へ」の字も知らなかった上に文字を書けるようにもならなかっただろう。

 シミュレーションゲームで兵を動かすのと実際に指揮するのとでは違うのをある程度時間を掛けて学ぶことが出来た。

「今はそういう時代なのでしょう。まあ、州牧である袁紹様が寛大であるのもありますが」

 言い換えれば大雑把でもあるけどな。

 けど公の場で言うことでもない。

 不満があるとか思われても面倒だ。実際あるけど。

 気に食わないとかじゃなくて、もう少し考えて下さいという懇願地味た願いだ。

 今頃は城で真直が頑張ってるだろう。

「では、覚悟の証として真名をお聞きしましょう高覧殿」

 俺はそこで真剣に向き直る。

 相手の覚悟に気圧され緊張するが、負けじと俺も雰囲気を出す。

「は、はい。我が真名、鈴花(りんか)と申します」

 再び片膝を着いたまま礼をする高覧ーーもとい鈴花。

「鈴花殿。私の真名は(くう)です。よろしくお願いします」

「はい、空様」

 こうして彼女は一時的に俺の指揮下に入り、今回の賊を討伐することとなった。

 

 



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七章:高覧、荀諶正式に袁家に参入するとのこと

たまにエロゲがやりたくなる。

エロいのも大事だがやはりこう、ストーリーで葛藤とか感情の動態があってこそのエロだと思うんですが皆さんはどう思いますか?


「よし、撤退! 野営地がある方向とは逆に進め!」

 賊達を騎馬隊で一当てしたあとに号令を掛ける。

 脱兎の如く俺達はすぐに野営地とは逆方向に逃げ、賊達を引き離す。

 真っ直ぐ陣地に帰れば拠点を知らせるようなものだから大回りで帰って来るように、と荀諶(じゅんしん)さんが助言してきたので、その作戦を実行している。

 大きく円を描くよう、賊達の視界から消えるまではなるべく真っ直ぐに、だ。

 小夜(シャオイェ)が率いる本隊が到着するまで、こっちは斥候の知らせで賊が動き出そうとすればすぐさま突撃をして、出鼻を挫く。

 こちらが大軍だと向こうはいつまで勘違いしてくれるかは賭けになる部分はあるが、もしかしたら次が来るかもと思わせることで相手の身動きを鈍らせる。

 そういう時間稼ぎだ。

 今のところは上手くいっている。

 実際、賊達は多少なりとも移動はするが大きく何処かへ向かおうとする動きはない。

 野営地に無事に戻り、一時的に指揮下に入った高覧ーー鈴花(りんか)と荀諶さんが出迎えてくれる。

「空様、ご無事ですか!?」

「心配しすぎですよ。高覧さん」

 心配性な鈴花に対して、荀諶さんは落ち着いている。

 馬から降りて、とりあえずは現状把握だ。

「被害は?」

「はっ! 未だに損失は出ておりません! 負傷者は何人か出ているようですが……」

 近くに控えていた副官の報告に俺は少し安堵する。

 死亡者が出ない戦はないが、それでもいたずらに兵を消費する訳にはいかない。

「ならば、すぐに負傷者の手当てを。傷が深い者は安静にさせなさい」

「はっ!」

 一礼し、副官はその場から去る。

 俺はそのまま荀諶さんに話しかける。

「上手くいってますね。今のところ」

「そうね。もうそろそろ沮授さんも到着する頃合いでしょう」

 小夜の伝令が到着し、どうやら近くまで来ていることを伝えてくれた。

 野営地の場所についてはこちらも伝令を出しているので迷わずに来るだろう。

 と、荀諶さんの隣でさっきから両刃槍を持ってソワソワしてる鈴花が気になる。

「落ち着きがないですね」

「いえ、あれから結局何もしてないので……」

「この野営地と村の防衛をお願いしてますので、何もしてない訳ではないでしょう?」

「見回りくらいしか……」

「なら尚更、何もしてないという訳ではありませんね」

 何もしてないというなら見回りすらせずに寝てる状況だろう。

 しかし、それでも鈴花は不安そうな表情から変わらない。

「私よりいい体躯(たいく)をしてるのに気が小さいんですから」

 実際、鈴花の身長は俺より大きい。

 頭半分くらいは差がある。

 しかもスタイルいいし! 上からボンキュッキュだ。

 胸はどれくらいかと言えば……真直より少し小さい。

 そこは今はどうでもいいな。

 俺の言葉に鈴花はまた不安な表情を浮かべる。

「……場違いな気がしてきました。やっぱり一人で賊の首を適当に刎ねてきます……」

 おおい……ナチュラルに脳筋とサイコパスを混ぜるな。

 思ったより思考が脳筋よりなのと発想が少々ぶっ飛んでる雰囲気が垣間見えちまったぞ。

 鈴花が静かに野営地を出ようとするので肩を掴んで引き止める。

「待ちなさい」

「大丈夫です、空様。百……は無理ですが七十は頑張ればいけますから!」

 別に刎ねてくる数は聞いてないし! そこ頑張らなくていいから!

 最初とキャラ違うくないか、この()

 先日の武将っぽい振る舞いはどこいったんだよ。

「もうすぐ州牧の袁紹様の軍が到着しますから! 必要なのはその時ですので待ちなさい」

「はい、来たのでございます」

 と、聞いたことのある口調に野営地の入口付近に目を向ければ兵を連れた小夜がいた。

「お待たせしたのでございます~」

 そしてゆるい感じで挨拶してくる。

 こんな人だが袁紹軍の総司令官殿です。

 いや、それより……

「小夜さん、いつの間に……」

「つい先程、と申しておくのです。それで、そちらは何者でございますか?」

 気だるげだった目にスゥと影と鋭さが出る。

 相変わらず不穏な顔が似合うお方で。

 文官ではあるがただ者ではない雰囲気を感じとったのか鈴花はすぐに、

「失礼しました。私は姓を高、名は覧と申します。張郃様に救援を頂き、武勇を認められて一時的に指揮下へと加わわらせて頂いた次第です」

 礼を取っていた。

 こっちも切り替え早いな。

 その言葉に小夜は「ああ……」という何とも言えない顔をする。

「誑かしたんでございますね。手が早いことです」

「勧誘と言って下さい」

 何でこの人は変な言い回しをするかな。

 誑すのは一刀(主人公)の役目だろうに。

「ともかく、腕は立つのは保証します。一人でほぼ義勇兵の士気を保たせるほどの奮戦でした」

 と、俺は口添えをしておく。

「採用でございますね」

 話が飛躍した上に決断早ッ。

 小夜は軽く言ってるが俺と鈴花は呆気にとられる。

 当の本人である鈴花は「ふぇ?」と可愛らしい困惑の声を上げてる。

「士官しないかとお誘いですよ、高覧殿」

 荀諶さんが静かに告げると鈴花は顔を俺に向けながら状況が理解できない表情で、

「え? あの……空様、え?」

 若干、助けを求めているような眼差しだ。

「まあ……おめでとうございます?」

 俺もなんて声を掛ければいいのか分からないので、取り敢えずは祝福しておく。

「えっと、よろしいのですか?」

 少しだけ状況が理解出来たのか、鈴花は困惑が半分くらいで小夜に質問する。

「構わないでございます。お嬢様には此方(こなた)から口添えをしておきます。高覧殿がよろしければ、でございますが。返答はすぐでなくともよいでございます。やることがありますし~。なので、すぐに軍議を始めるでございます」

 口早に言ったかと思うとすぐに小夜は天幕へと入っていく。

「荀諶さん、鈴花をあとでお連れして下さい」

「任されましたわ」

 と、フリーズしてる鈴花を置いてまずは小夜と少し話をすることにした。

 天幕入れば小夜は兵にテキパキと軍議の準備をさせている。

「あっさりですね」

「武官は他にもいるにはいますが、主力ともなれば三人しかいないのは問題でございましたしね~」

 そこら辺は常々思ってたんだろう。

 小夜は認めた理由と原因を簡潔に述べた。

「それに空殿が認めたのでございましたら、問題はないでしょう。真名を預ける程みたいでございますし」

 ちょっと含みのある言い方をするな。

 嫉妬か? と思ったが、流石にそれはないだろう。

 いや、曹操の陣営の例があるから無いとは言い切れないかもしれない。

 俺に対しての好感度ってどうなってんだろうな?

 ふと、そんなことを思った。

 

 

 そして、簡易的な軍議の間が設置され今回の討伐に参加する将が集められる。

「さて、状況を整理するでございます。賊の数は高覧殿と義勇兵、空殿の奮戦により賊の数はその数は二千まで減っているようでございます」

 小夜が仕切り始め、斥候からの報告をもとに策を組み立てる段取りをする。

 しかし、二千か。

 こっちと同等の数まで減らせたんだな。

「空殿も随分と無茶でございますね。しかし、足止めとしては十分過ぎる戦果でございます。一体どうやれば二千五百を五百の騎馬で足止め出来るんでございますか?」

「偽装しただけですよ。旗を多く掲げて大軍のように見せかけて騎馬の機動力を活かしてこの場にとどまるようあちこち突いただけですので。相手は大軍に襲われていると勘違いしてくれたようです。お陰で守りを固めるしかなく、動けなくなったのでは、と」

「荀諶殿?」

「張郃殿の策です。私も少々助言しましたが」

 その荀諶の言葉に小夜は、悩ましげな顔をする。

 ……何の話だ?

「空殿……此方(こなた)は偵察として先鋒を任せたつもりでございましたが、予想以上の働きでどう褒賞を与えれば良いのか悩ましいのでございます。喜んでいいのやら嘆けばいいのやら……面倒なことをしてくれたでございます」

 どうやら自分は大したつもりはなかったが、戦果がでか過ぎるらしい。

 小夜は偵察だけを考えてたみたいだが、俺は本隊が来るまでの足止めを考えてたんだがな。

 ……確かに歩兵しかいないとは言え、二千五百を五百で足止めしてたって冷静に考えるととんでもないことしてないか、俺?

「それは、まあ……兵は詭道なりとありますし」

 と、孫子から言葉を引用して答える。

「お嬢様には勿体ない人材でございますね。ともかく平野の何も無いところに賊達は留まっているので、取りうる策は特になく弓を射掛けながら正面からすり潰せるのでございます。向こうは弓なんてまともにないでございますし。空殿は騎馬隊を率いて横腹を突っつけばさらなる混乱が見込めるでしょう」

「それと私から報告がございます」

 荀諶さんが静かに切り出す。

「高覧殿がいた義勇兵の村から援助を申し出されました。もちろんお断りしたのですが、向こうからこの度の賊の討伐を強く希望されており、何も惜しまない様子でしたので……」

 その気持ちはありがたいが大丈夫か?

 確かに村がなくなるよりはマシだが。

 というか太守の方が動くべき案件な気がするが。

「なるほど。ところで安平国の太守からは?」

「何も」

「そうでございますか。冀州も一度"新しい水"に変えないといけないところがあるのでございますね……また此方の時間が……」

 そこまで小夜が言って俺は気付く。

 さっきの荀諶さんとのやり取りで、太守が動かないのはおかしい。

 まだこの世界の政治に詳しくはないが、州牧の軍が動いたなら太守も軍を派遣するべきじゃないのか?

 しかも村は何も惜しまないということは……それだけ必死だということ。

「鈴花……ここの太守は?」

「賊が出たのは知ってるとは思います。村からも使いを出してるそうですが……」

 俺の問い掛けに鈴花は暗い表情だ。

 太守の軍が来てるなら義勇兵なんて立ち上がらないだろう。

「ともかく、村の援助を受け入れる訳にはいかないのでございます。義勇兵も無用なのです〜。高覧殿は別でございますが」

「し、しかし……村を守る為に立ち上がった彼らの心意気は」

「義勇兵と言えど、村人でございます。調練されていない彼らが我が軍と連携なんて取れるはずもない。邪魔でしかございません」

 鈴花の言葉をバッサリと小夜は切り捨てた。

 練度の違いは連携力に直結するからな。それは既に何度か戦った身を以て知ってる。

 なので、冷たいと思われるだろうが軍師である小夜からすれば合理的な判断をしてるに過ぎない。

「役に立ちたいのであれば徴兵にでも応じることでございます」

 視線だけを横に向けて「ふぅ」と疲れた顔をしながらフォローする言葉を掛ける。

「それに……此方(こなた)達は被害がこれ以上出ないよう来たのでございます。義勇兵が参加したのでは意味がないのでございます」

 その言葉に鈴花は何も言えなくなる。

 まあ、そうだよな。

 義勇兵なんて言ってるが結局は村人だ。

 だから、義勇兵が参加して被害が出ては討伐に来た意味がなくなる。

「さて、話は逸れましたが手堅く用兵すれば負ける相手ではないのでございます。本隊は引き続き此方(こなた)が指揮するので……荀諶殿と高覧殿はこちらに。空殿は騎馬隊を率いて側面を奇襲して欲しいのでございます」

『御意』

「とっとと終わらせるのでございます。休養は?」

「大丈夫です。足止めはされてましたが半日経たずの行動でしたので、休養は充分と。あとは糧食を補給すれば問題はないでしょう」

 と、荀諶さんが俺が言う前に補足するように説明してくれる。

「では明朝には仕掛けるでございます」

 そう小夜が締めくくって軍議は終わった。

 

 

 明日には攻めるので早めに休もうと思っていたが、鈴花の様子が少し気になる。

 軍議が終わった時に気落ちしてるように見えた。

 前世の同僚にも似たような雰囲気のやつがいたし、俺もそういう時に陥ったから何となく分かるとしか言いようがない。

 俺の場合は落ちるとこまで落ちて、生きる意思も落としてしまったからな。

 少し見回ればすぐに鈴花を発見した。

 自身に当てられた天幕の前で何やら(たた)ずんでいる。

「鈴花」

「これは、空様。何かありましたか?」

 声を掛けた俺には気丈に振る舞っているようだが、何とも落ち着かない様子だ。

 防具の胸当と篭手を装備し、武器である両刃槍を持ってるあたりちょっと危ない人に見える。

「休んではどうです?」

「落ち着きませんよ」

「小夜さん……沮授殿の言うことに理があるのは分かってるようですが、納得はできませんか?」

「…………」

「今すぐに納得とはいかないでしょうけど、無用な犠牲をなくす為です。それに、鈴花が彼らの意思を代表して暴れればよいではありませんか」

「……空様」

「では私はこれで、明日の武運を祈ります」

 やれやれと言ったところだ。

 俺はそのまま鈴花から離れて自分の天幕に戻る。

 

 

 明朝ーー既に軍は展開し終えている。

 賊の方は疲弊しているのか動く様子はない。

 俺は小夜のいる本隊から離れて側面を取りやすいように布陣している。

 ちょうど本隊の北東くらいの位置だ。

 これで完全に横腹を突く構図となった。

 あとは小夜の軍が動きを見せて、賊の注意が向こうに集中した瞬間を狙う。

 しかしまあ、未だにタイミングが難しいんだよな。

 状況がよく見えないので砂塵とか旗とかで判断するしかない。

 そしてーー砂塵が上がり、矢が振り注いだあとに剣戟の音が微かに聞こえる。

 始まったか。

 弓兵を両翼に配置して中央は歩兵部隊。

 弓兵は味方に当てないよう賊の後方を狙うように射掛けている。

 そして、俺達騎馬隊が見えれば弓兵は射掛けるのを辞める手筈となっている。

 初撃でかなりの痛手を与えたのだろう、賊はすぐに後退し始めた。

「よし、機は熟した! 全軍、突撃!」

『うおおおおおおおおお!!』

 後退しているならこちらなど気付いていないだろう。

 すぐに俺は号令を発し、突撃する。

「う、うあああああ! 馬だあああ!」

 俺達を視界に捉えた賊の一人が叫んでいるようだったが既に遅い。

 最早五百の騎馬ですら彼らは太刀打ち出来ないほどに混乱、そして士気が低下している。

「せいやあああああ!」

 騎馬なので鉤爪ではなく槍を持って馬の左右にいる敵を薙ぎ払う。

 長物はそこまで得意じゃないんだがな。

 練習はしてたので成果が出ている。

 そして、そのまま賊を突っ切ってしまった。

 3回目の横撃に賊は既に瓦解しており、残党となっていた。

 そして、そこから半刻と経たないうちに賊は完全に討滅された。

 

 

 本隊へと合流し、俺は報告に小夜に会う。

「思ったよりあっさりでございましたね。どうやら、空殿の足止めが士気をかなり下げていたようでございます」

「上々の戦果ですね。残党はどうします?」

「最早、残党とも言えないほどでございますので追撃しなくともよいです。再起はないでしょう」

 と、小夜が言ったところで荀諶さんが戻ってくる。

「終わりましたね」

「荀諶殿、弓の指揮をどうもでございました」

「ええ、そんなに戦況が変わらなくてよかったわ。やっぱり、私は交渉や使者の方が合ってるわね」

 どうやら軍師というより荀諶さんは普通に文官してる方が良いらしい。

 外交官的な感じだろうか?

 それはそうとまだ一人戻って来ていないので、俺は小夜に尋ねる。

「鈴花は?」

「さて? 歩兵に混じって一兵卒で戦って頂いたのでまだ戻ってくるのに時間は掛かるのでございましょう」

 いきなり指揮を任せる訳には当然いかないだろう。

 というか経験がないのだから無理だ。

 ならば一兵卒として前線で戦って貰ったほうがいいだろう。

「戻りました」

 噂をすれば鈴花が戻ってきた。

「無事ですか?」

 武人なら仕方ないが、返り血が微妙に目立つ。

 見たところ大きな怪我はないが確認しておく。

「はい、村のために犠牲になった人達の仇は討ちました。士官への返答ですがーー」

 そこで鈴花は礼の姿勢を見せる。

「私でよろしければ、冀州牧様の配下に是非ともお加え下さいませ」

「まあ、それは此方(こなた)の決めるところではございませぬが……お嬢様なら拒みはしないでございましょう。田舎者とほざくでしょうが悪意はないので受け流して欲しいのです」

「えっと……はい? 我が真名、鈴花……証としてお預けします」

 小夜の言葉に鈴花は首を傾げるが、取り敢えずは真名を預ける。

「では、私も真名をお預けします。凱旋のあとに客将ではなく正式に士官をお認め下さい。真名は桂藍(けいらん)です」

 と、この賊討伐を機に二人が新たに麗羽様の配下となることを決意した。

 




高覧……演義と正史で活躍の度合いが違う人。官渡の戦いで張郃と共に曹操に降伏するが正史ではその後不明。演義では劉備を攻めた際に趙雲に落馬させられて生死不明になる。どっちにしても終わりが不明な人。


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拠点フェイズ(高覧1):立ち上がった理由

いい感じに筆(キーボード)がのる。
いきなりお気に入り数が伸びて驚いてる作者です。


「取り敢えずは仕官、おめでとうですね」

「随分とあっさりで私は困惑気味です」

「でしょうね。まあ、配下となる分には出自にこだわりはないようですので」

 あれから無事に鈴花(りんか)桂藍(けいらん)さんの仕官はあっさりと終わった。

 真名についても交換済み。

 同時に俺の副将として鈴花はしばらく預けられることになった。

 つまりは将として鍛えろということらしい。

 まあ、側近である二枚看板の猪々子と斗詩は忙しいからな。

 俺にお鉢が回ってくるのも仕方ない。

 しかし、人材育成か……事務仕事なら前世の経験から教え方は分かるんだが、武官としてどう教えればいいのかよく分からんな。

 何にしても定石を知ってからの応用だろうということで、まずは兵法の勉強だろう。

 ということで、俺も利用してる城の書庫へと鈴花と共に足を伸ばす。

 基本的に兵法書は七書あると真直に聞いたが、『孫子』と『六韜三略(りくとうさんりゃく)』の二つを学んでおけば何とでもなるだろう。

 ちょっと文法違ってたりするから訳すの大変だけど。

 しかも孫子は十三篇あるから、結構内容が多い。

「取り敢えずはこれとこれですね」

 何度か既に読んでいて場所は分かるので鈴花に預けるように渡す。

「あの、これは……?」

「兵法書ですよ。将として鍛えるつもりですので、用兵の(すべ)を学んで貰います」

 と、鈴花の緑の瞳が書へと落ちる。

 そして静かに切り出す。

「……空様」

「どうしました? 勉学は苦手でしたか?」

「いえ、そういうのではなく……その……字が……」

 俺は彼女の言わんとしてることを察して膝から崩れ落ちる。

 しまったあああああ!?

 村の出っぽい鈴花が字を知らない可能性を完全に忘れていた。

 というか、この世界の識字率の低さを忘れていた。

「すみません、私の失策です」

「そんな、空様が気にしなくても……字なら頑張って覚えます!」

 むん、と胸を張って意気込む鈴花。

 真面目で最初から諦めないエエ子や。

 いつまでも這いつくばっている訳にはいかないので気を取り直す。

「まあ、字も大事ですからね。頑張りましょう。仕方ないので今日は私が読み聞かせる形にします」

 出来る勉強法に切り替え、取り敢えずはその形でやっていく。

 合間で字を教えるしかないな。

 未だに俺も字に関しては真直(まぁち)に聞く時は時折ある。完璧とは言い難いし。

 

 

「ーーつまりは戦は短期決戦で成功した例はあっても、持久戦……長期の戦は成功した例を聞いたことがないと書いています」

「な、なるほど……」

「長期になれば当然ですが糧食も多く必要になり、装備も浪費していくので補給が必要になる。結果として消費するばかりで国力は低下していくというわけですね」

「つまり、頑張って短い時間でいっぱい殺せばいいんですね」

 う、うん……間違ってはいないが言い方がサイコパスだ。

 今は俺の自室で鈴花に孫子の兵法を読み聞かせている。

 出来るだけ分かりやすく教えてるつもりだ。

 実際のところ、時折詰まるところはあるがもう一度噛み砕いて説明すれば理解してくれている。

「すみません、空様。バカで……」

「何をいきなり。後輩の面倒を見るのは先輩の役目というものです。私も、小夜(シャオイェ)さんや真直さんに比べて頭がよくはありません」

 自分を卑下する鈴花に気にするなとばかりに声を掛ける。

 そもそも軍師陣は次元がちょっと違うしな。

 この世界に学校という物は存在しないし、私塾なんて狭き門だ。

 聞いたところによるとかの有名な盧植(ろしょく)先生は人気がヤバ過ぎて弟子は千人を越えるらしい。

 大先生とも言うべき地位の人に直接教鞭をとって貰えるのは余程のコネがないと無理だ。

 しかもこの時代、教育を受けるとはエリートコースみたいなもので出世に大きく関わってくる。

 講習料もちゃんと取るらしい。

 まあ、今の塾とそこら辺は変わらないみたいだ。

 講習料がある以上、村の出身者では少し厳しい部分はあるだろうな。

 結局は陣営内で何とかするしかない。

 今日はこのあとに警邏も控えているのでここまでだな。

「さて、そろそろ警邏の時間ですし今日はここまでにしておきましょう」

「はい、空様!」

 気持ちの良い返事を鈴花はする。

 後輩気質だな。スポーツ系の部活の。

 

 

 装備をして警邏に向かおうと回廊を俺と鈴花が歩いていると、

「ああ、空殿。これから警邏ですか?」

「ええ、そうです。鈴花にはこれから頑張って頂かないといけませんからね」

 真直とばったり出会い軽い挨拶を交わす。

 俺の言葉に鈴花はまた元気よく答えた。

「はい、自信はありませんが……頑張ります!」

「元気ですね。はぁ……空殿、しっかりお願いしますよ。くれぐれも猪々子みたいには育てないでくださいね」

 切実な感じだな……真直。

 うん、まあ……猪々子の突破力は袁紹軍では頼りになるがいささか直情過ぎるからな。

 あとは浪漫に走る時があるから困る。

 そこら辺もあるから小夜は俺に鈴花を預けたところもあるだろう。

 ある意味では信頼されてるな。

「はあ、少し休もうかな……もうお昼だし」

「良いのではありませんか? 最近は城詰めで市井(しせい)の様子もあまり見れてないでしょう?」

「……そうですね。私も同行させて頂きます」

 俺の提案に真直は一理あると、承諾した。

 そうして三人で城下へと行く。

 (ぎょう)の内政は今のところ安定してると言えるだろう。

 通りの整備をして、ある程度の間隔に詰所を配置しているので治安も向上している。

 最近は盗みなども減ってきた。

 それも小夜の職業斡旋と裁判によって罪の軽い者は兵として取り立てる制度のお陰でもある。

 国力は高まってきてはいる。

 この制度を他の郡とかでも施行できるように今は頑張っているようだ。

 そのためには一度色々と粛清しなければならない部分があるが、朝廷と繋がりがある太守もいるため慎重に検討しているらしい。

 小夜は「面倒なのは早めに片付けるに限るでございますね〜」と、黒いことを言っていた。

 たまに彼女、サドじゃないかと感じる。

「ほあ〜……すごいですね、空様」

 城下に出たところで鈴花は感動の声を上げる。

 まあ、村に比べたら都会には違いないだろう。

 立ち並ぶ店に活気のある大きい通り。人の営みが目に見える。

「賊が増えている中でもこの鄴は安定してきてますしね。安心できる場所として認知され始めているようです」

「それは嬉しい限りです」

 真直の言葉に俺は達成感が少し出る。

 自分で判断しても自己満足だからな、こういう声が聞こえる方が実感が出る。

 正面から自分達と同じように巡回してるニ人の兵が歩いてくる。

「これは、張将軍」

 気付いた兵が礼を取る。

「ご苦労です。異常は?」

「今のところございません!」

「そうですか、そのままよろしくお願いしますよ。あと、たまには里帰りしておきなさい。今回は確か常山(じょうざん)の出身者を主に帰らせる予定ですし」

「はい! ありがとうございます。それでは失礼します」

 そのまま兵士達は嬉しそうに去っていく。

 一応だが里帰りの制度もあるようで人数制限はあるが、ある程度の出身別にまとめて帰らせている。

 戦場から帰ってきた兵なんて村からすれば頼もしいことこの上ないだろう。

 それに、仮に襲われても多少なりとも対処の仕方は知っているので地方の治安維持にも知らずの内に貢献している。

「よく分かりますね、空殿」

「共に戦えば名前はともかくある程度は顔は分かりますよ」

 真直は感心してるが顔を合わせる面子って結構同じだしな。

 何度も顔を合わせていれば、あいつはあそこら辺の人だったな程度には覚えてる。

 一人一人とはいかないが、何となく判別できるものだ。

 そんな時だった。

 ぎゅうううううう、っと盛大に腹の虫が聞こえる。

 結構音がデカいな。

 鳴った方向である鈴花を見れば、

「えっと……すみません」

 照れ臭そうに頬を掻く。

 カワイイ後輩だ。

 真直と顔を見合わせて思わず笑う。

「昼飯時ですしね。私のオススメの店に行きましょう」

「その、大丈夫です。気になさらないで下さい」

 と、鈴花は遠慮してるが腹の虫は相変わらず元気だ。

 またしても鳴るお腹に、鈴花はさらに照れる。

「まあまあ、鈴花さん。腹が減っては何とやらです」

 と真直もフォローする言葉を掛ける。

「で、でも……持ち合わせが」

 その言葉に俺は合点がいった。

 ああ、そうか……そう言えば仕官したばかりでまだ給金は多く貰ってないよな。

「別に食事くらい奢りますよ。遠慮は無用です。真直さんの分も出しますよ」

「私はちゃんとありますよぅ」

 真直は子供っぽくむくれて抗議する。

「仕事でも色々とお世話になってますし、この間も忙しい中で教えて下さった授業料ということで」

「そんなこと言ったら、空さんに仕事を手伝って貰ってる私が奢りますよ」

「……堂々巡りになりそうですね。まあ、間をとって今度また飲みましょう」

「空さんも好きですね。というか、あれだけ飲んでなんで酔わないんですか……」

「上手い飲み方を知ってるだけです」

 これでも酒の(さかな)や飲み方には拘りがある。

 そもそもこの時代の酒は現代に比べて製造方法が洗練されていないので度数が低い。

 まあ、それぐらいしか楽しみがないというのもあるが。

 女の子らしく、たまにはオシャレもしてみたい。

 ただそんな暇が現状はあまりないんだよな。

 性転換なんだから男の時に出来なかったことを楽しみたいんだが。

 まあ、あとの楽しみとしておこう。

「さて、では行きましょうか」

 と、俺のオススメの店にニ人を案内する。

 

 

 大通りから少し外れた場所にある飯店。

 人通りは当然、大通りほど多くはなくそこそこだがその中でもこの店は穴場だ。

 まず、他の店の価格に比べてボリュームがある。

 なので兵士もよく利用してる店の一つだ。

 それに、夜は居酒屋的なメニューに変わる。

 味付けも濃い目で酒呑みには嬉しい場所だ。

「いらっしゃい、将軍様。今日もありがとうございます」

「店主、今日は三名で」

「へい。ではあちらの中央に空いてる卓でお願いします」

 慣れた感じで店主とやり取りをする俺。

 食事に来ている兵もちらほらといる。

 こっちに気付いて礼をしようとしているが、無用とばかりに軽く手を上げて俺は制しておく。

 お品書きが書いてある竹簡を手にお互い何を頼むか考える。

 そして、真直はメニューを見て軍師らしく店について気付く。

「色々と豊富ですね」

「店主に色々と材料の伝手があるそうなので豊富なのだそうです」

「なるほど……穴場なんですね。というか完全に味付け濃いものが多い気がしますが……空さんーー」

「仕事中には飲みませんよ。ちゃんとあっさりした物もありますから」

 何故か疑いの目を向けられたので弁明しておく。

「い、いいんでしょうか?」

 と、鈴花はここに来てまで遠慮している。

「鈴花さんはまだ仕官されたばかりですし、ここは空さんに甘えておきましょう。あ、甘味もあるんですね」

「では、ご馳走になります……」

 真直にも言われてようやく鈴花も選び始める。

 そして、程良いところで店主が顔を出す。

「お決まりで?」

「私はいつものと今日は白飯で」

 常連なのでそれで通じる。

 いつものとは豚の角煮に炒飯だ。角煮はタレが染みてて美味い。

 店主こだわりのタレらしい。

「そうですね。餃子(ぎょうざ)と杏仁豆腐で」

 餃子と言ってもこの時代は水餃子とか蒸し餃子が主流だ。

 焼き餃子もあるにはあるが、少数派らしい。

 しかも日本みたいに白飯のおかずではなく、主食なのは驚いたな。

 なので真直が普通に餃子だけを頼んでいるのは何もおかしくはない。

「えっと……」

 鈴花は品書きを見て困ってる。

 そう言えばまだ字が読めなかったんだ。

「代わりに注文しておきます。何がいいですか?」

「肉と餃子と麺を」

 肉料理と餃子に麺か……ガッツリだな。

「三人前で……」

 ……マジか〜。

 まさかの大食いだった。

 いや、でもなあ……武官は基本的に大食いっぽいよな〜。

 馬超とか許褚とか張飛とか呂布もアレだし。

 あんまり不思議ではないな。

「店主、青椒肉絲(チンジャオロース)と餃子と拉麺(ラーメン)を三人前で」

「はいよ、腕がなるね」

 店主は驚くこともなく、厨房に戻った。

 今更だがこの時代にラーメンあるのか?

 いや、品書きにはあるし物もあるけど。

 食事事情に関してもこの世界は結構オーバーテクノロジーな感じがする。

 コロッケとか醤油っぽいの生み出してたし。

「さ、三人前って……猪々子にも負けず劣らずですね」

 そう言えば猪々子も結構食べるわ。

 身近な例がいたので真直もそこまで驚いてはいない。

「育ち盛りなんですよ」

 と、鈴花をフォローする感じで言っておく。

「それを言ったら、空さんは……」

 そしてさり気に俺に対して地雷を踏んでいく真直。

 もう俺はダメだ。

 成長してない訳じゃないが、ほとんど伸びない。

「諦めましたよ。真直さんみたいにわがままな体にはなれないみたいです」

「うっ、私だって気にしてるんですよ」

 軽く言い返してやると、真直は子供っぽくむくれる。

「育ち盛りですみません」

「いや、ものの例えですからね、鈴花」

 的外れな謝罪に俺はツッコむ。

 その後、それぞれの料理が来たかと思えば鈴花はペロリとたいらげてしまった。

 食べる度に幸せそうに顔を綻ばせる鈴花は小動物的な愛嬌があった。

 ただ、豪快には食べていないがペースを落とさずにノンストップで食い続けてたのには少し苦笑いした。

 猪々子もそうだが、体のどこに入ってるんだ。

 料金についてはまあ、お察しだ。

 念の為に多めに金銭を持ち合わせておいて正解だった。

 

 

 無事に警邏も終わり、真直は市井の様子に満足し共に城へ戻った。

 今は俺と鈴花だけだ。

 何を思ったのか鈴花は城壁に上がりたいと言い出したので俺も同行して、真直は先に執務へと戻った。

 城壁から見下ろす街並みはここからでも活気が見える程に栄えている。

 それに対して鈴花が何を思っているかは分からないが、何かを憂いている様子だ。

「村とは違いますか?」

 と俺は質問する。

 人は誰しも比較してしまうものだとよく知ってるからな。

「そうですね。ここでは、村のことなんて別のことに思えます」

「人の営みがあるのに違いはないでしょう。規模が違うだけです」

「しかし……豊かです」

「ここら辺は、ですがね。他はどうかは知りませんが、噂では大きな街でも活気がなく困窮している場所があると聞きます」

 それは太守が腐敗していたり、賊によく襲われたりと様々だ。

「空様は何の為に戦うのですか?」

 この手の歴史系ゲームとか戦争してる系の話ではよくある問い掛けだな。

 まあ、今の俺にとってはリアルで実際に質問されるとは思わなかった言葉だがーー

「さて、何の為でしょうね。少なくとも私は民の為にとは思ってますが」

「麗羽様ではなく?」

「麗羽様の為でもありますが、明確には答えれませんね」

 麗羽様に関しては仕官を認めてくれた恩と、雇われている身だ。

 それに一応は俺の働きも認めてはくれている。

 (まつりごと)も真直と小夜がいるなら特に問題はない。

 贅沢も散財して市井を回してると考えれば悪いことではないしな。無駄遣いには変わりないが。

 だからと不当に税を上げてる訳ではない。

 そんなの小夜や真直が許さないだろう。

 細かいことを気にしない気質はある意味では美徳であるので、支える者がしっかりしていれば治世に関しては問題はない。

 別に麗羽様じゃなくてもよくない? とかのツッコミは無しで。

 そんな訳で臣下が頑張ればいいだろう的な精神だ。

 麗羽様は象徴的な感じで。

 別に傀儡政権ではない。

「ともかく、何の為に戦うかは自分で見つけて下さい。義勇兵と共に立ち上がろうと思った気持ちが答えであると私は思いますが」

 答えなんて突き詰めれば結局は漠然(ばくぜん)としてシンプルなものだ。

 ゴチャゴチャするのは手段であって、目的ではないと思う。

「そっか……そうですね」

 何やら俺の言葉に合点がいったのか、鈴花は憑き物が落ちたように晴れやかな笑顔を見せる。

「空様、私……頑張ります!」

「ふふ……」

 振り返りその吹っ切れた顔に俺は少し嬉しさに笑ってしまう。

「な、何で笑うんです?」

「いえ……いい笑顔だと思っただけなので」

「そうですか?」

「ええ、熱烈に勧誘したかいがあったというものです」

「……空様って、女性ですよね?」

 その言葉に俺はピシリと固まる。

 何でだ……!?

 女性らしい曲線美描いてるだろう!? ボンキュッボンじゃないけど。

 自分で言うのもなんだがスレンダービューティだろう!?

 ……なのに、どうして。

 あれか? 魂が男だからか?

 あれ、おかしいな……別に気にしてないはずなのに涙が。

「え……空様?  私、何か粗相を?!」

「……私って女性として認識されてません?」

「そういう訳では、ないんですが。言動が美丈夫と言いますか……」

 王子様系ムーブしてるつもりないんだけど。

 ……もう少し女子力高めよ。

 女性に生まれ変わったのに勿体ない気がするし。

 性同一性障害? そんなの知らん。

 現状を楽しんで悪いことなんてないだろう。

 ある意味、俺の中で変な決意が固まった。

 



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張郃伝幕間1:波乱の休日

ここから空のメス化が進んでいきます。

まあ、肉体は精神に引っ張られる的な話もありますし仕方がないね。

ちなみにこの幕間では空の視点ではなく三人称的な視点でお送りします。


 張郃、(あざな)儁乂(しゅんがい)

 正史においては黄巾の乱より五十年は戦い続けた宿将。

 しかし、この外史の世界においては本来では男である張郃は何の因果か女で、中身は別世界の立花 (そら)という少年であった。

 ところが少年は本来はもう一つ、別世界の者でありとややこしいことになっている。

 そんなややこしいちぐはぐな精神と外見をしている張郃こと真名を(くう)は波乱の休日を過ごすのだった。

 

 

「ふぁ~あ……暇だな~」

「ちょっと文ちゃん、警邏中だよ。もうちょっとシャキッとしてよ」

 欠伸(あくび)をしている少女に黒髪の短髪の少女が(いさ)める。

 欠伸をした方は文醜ーー真名を猪々子(いいしぇ)

 黒髪の方は顔良ーー真名を斗詩(とし)と言う。

 袁家に名高い二枚看板であり、周辺では知らぬ者はいない武勇の持ち主である。

 そんなニ人は(ぎょう)の街を治安維持のために巡回をしていた。

 しかし、治安は良好であるため猪々子は退屈であるとやる気があまり出ていない様子だ。

「でもさ~、斗詩ー。姫の膝元で悪さしようなんてヤツは早々いないって」

「それでもだよ。怠慢していい理由にはならないし、小夜(シャオイェ)さんにバレたら怒られて給金を減らされちゃうよ」

「あーあ……何か、面白いこと起きないかな~」

 そんな斗詩の言葉も猪々子には届いていないようで「はぁ……」と斗詩は、相棒に何とも言えないため息を吐く。

 その時に不意に、

「あれ……?」

 見慣れた人物が斗詩の視界の端に見えた気がした。

「どうしたんだよ、斗詩? 厠か?」

「違うよ文ちゃん。今、あっちの方で空さんが見えた気がして」

「空の姉貴が? そう言えば今日は非番って話だったから、食べ歩きでもしてるんじゃないか?」

「そんな文ちゃんじゃないんだから……でも、あっちって確かーー」

 斗詩は空と思しき人物が向かった方向に、心当たりが少しあった。

「なあ、斗詩。ちょっと追い掛けてみようぜ」

 斗詩が心当たりが何かを考える前に猪々子はニヤリとした笑顔でそう提案する。

 だが、その顔に付き合いの長い斗詩は嫌な予感しかしない。

「だから、今は警邏中だって」

「別にいいじゃん、ちょっとくらい。それに斗詩が言ってた方向って警邏の道から外れてないだろ?」

 その猪々子の言葉に斗詩は自分が示した方向に気付く。

 実際問題、斗詩も空がどこに向かうかは気になっていた。

 なのでその大義名分を得てしまった今、

「ほら、早くしないと姉貴がどっか行っちゃうぜ」

「あ、待ってよ文ちゃーん!」

 言いながら駆けていく猪々子を強くは止められず自分も流されていくのだった。

 何だかんだと尾行のような形になり、二枚看板は野次馬根性で空を見つけ、その後を追い掛ける。

 それから一軒の店に入るところを目撃する。

 そこで斗詩は確信を得る。

「やっぱりあそこって……」

「飯屋か?」

「違うよ、最近この鄴で流行ってる服屋だよ。ここら辺は服の店が多いの」

「なんだ……穴場の飯屋とかじゃないのかよ」

 しかし、猪々子は花より団子らしく飯屋じゃないことに落胆する。

「空さん、こういうところ来るんだ。ちょっと意外」

 斗詩の中での空の印象は仕事ができる武官で、休日には基本的に酒を飲んでるか日課となってる舞踊をしているところしか見ていないため、お洒落にはあまり興味がないと思っていた。

「ちょっと覗いて見ようぜ、斗詩」

 と、猪々子も何となく気になるらしい。

 普段着ている空の服装は中華風のホットパンツに、編み上げの入ったチャイナドレスのような服装だ。

 なぜそんなものがあるかは知らない。

 服飾について空は既に考えるのをやめている。

「ちょっと、まだ仕事中だよ」

「大丈夫だって、それに空の姉貴の弱味とか分かるかもしれないじゃん。ほら、敵を知り己を知れば嬉しいなって言うだろ?」

「百戦危うからず、だよ……文ちゃん」

 孫子の兵法の一節を間違えている猪々子に斗詩は呆れて訂正する。

 ちなみに猪々子は模擬戦で空に負け越してる。

 というのも戦闘の相性があまりよろしくない。

 柔よく剛を制す、豪快な猪々子の攻めに対して流して相手の隙を突くのが空の戦い方だ。

 それは普段やってる舞踊の応用でもある。

 空本人はここまで自分の戦い方が確立できたことに内心驚いている。

 閑話休題。

 ともかく、猪々子は空に負けていることに少なくとも悔しさを覚えている。

「あれ? そうだっけ? ともかく、もしかしたら空の姉貴の意外な弱点があるかもしれないじゃん」

「こんなところで見つかるのかな〜?」

 斗詩は猪々子の言葉に疑問を覚えざるを得ない。

 意外な弱点というより一面しか出てこないような予感が斗詩はしていた。

 結局は流されるまま、斗詩は猪々子に続いて店の様子を陰から覗くのであった。

 そんな時だった。

「何やってるんでございます……」

「げぇッ?! 沮授!」「小夜(シャオイェ)さん!?」

 ニ人の行動を不審に思った沮授こと真名を小夜がジト目で立っていた。

(まった)く、文醜はともかく斗詩まで怠慢とは……」

「そういう沮授だってーー」

此方(こなた)は視察が終わって帰る途中でございます」

 猪々子が小夜に食って掛かりかけたところで、彼女は仕事はきちんとやってることを先に述べる。

「すみませんすみません! すぐに持ち場に戻りますので!」

 斗詩はきちんと反省し、謝罪する。

「まあ……いいでございます。疲れたので、今日は勘弁してやるでございます」

 顔を斜め下に向けて、いつものやさぐれた感じを出す小夜。

 しかし、それは次はないと暗に言ってるようなものだった。

 その言葉に「あはは……」と斗詩は力なく笑う。

 小夜は気を取り直して、一息。

「で、何やってるんでございます?」

「いや、空の姉貴が服屋に入ってったからつい気になって」

「別にコソコソする必要はないでございましょう……」

 猪々子の言葉に彼女は冷静にツッコむ。

 と、小夜は店内にいる空に目を向ける。

 店内では何やら空は服を見て考え込んでる様子だ。

(確かに意外でございますね。酒にしか興味がないと思っていたのです)

 それを見て、若干失礼なことを小夜は考えていた。

「それはそうと早く持ち場に戻ったらどうでございますか?」

「は、はい。失礼します。行くよ、文ちゃん」

「へいへい」

 小夜に促されて猪々子は渋々と、斗詩はそそくさと去って行った。

「ああ、そなた達は先に城に戻っていいです。此方(こなた)は張郃将軍と戻るので。護衛、ご苦労でございました」

「はっ! 了解しました。失礼します」

 護衛として控えていた兵士に指示を出し、小夜は空へと近付く。

 そんな小夜に空も気付き、

「おや、小夜さん。視察からお戻りですか?」

「今しがた。珍しいでございますね、空殿が服を気に掛けるとは」

「それは、まあ……」

 空は歯切れ悪く返し、それから質問する。

「小夜さん、私って男に見えます?」

 要領を得ない質問であったが、小夜は何となく悩みに察しがついたのですぐに返す。

「女性であるのが勿体ないぐらいには、行動が美丈夫過ぎるのでございます」

「そうですか……」

「まあ、お陰で助かってるのでございますが……少々熱烈に過ぎますし」

 それから小夜は同時にいつぞやに賊から(かば)われた時を思い出して、少し恥ずかしくなる。

「そこまで意識していないんですが」

「…………」

 その言葉に小夜は疲れた顔をする。

(ある意味では悪女でございますね)

 などと思った。

 空は既に勘違いさせる系の主人公的なムーブをかましているのに気付いてはいない。

 本人は辛い時に誰も助けてくれなかった経験から、こうして欲しかったと思った行動をしてるに過ぎないつもりなのだが、この戦乱の時代に他者を気に掛けることができる人がそう多くないことを彼、もとい彼女は知ってはいてもその度合いを測り間違えていた。

 なので、イケメンと勘違いされても仕方がないのである。

「小夜さんはお洒落などは?」

「……余裕があると思うでございますか?」

「そうでしたね……」

 墓穴を掘ったと空は思った。

 あの袁紹こと麗羽の下で苦労しない訳がない。

 ノリに適応してるのは猪々子ぐらいなものだ。

 どうしても袁紹軍の大体は苦労人になってしまう。

「こちらなどお似合いではないでしょうか?」

 と、朗らかに荀諶(じゅんしん)こと桂藍(けいらん)が一着の服を持っていつの間にやらニ人の近くに来ていた。

 荀諶……かの王佐の才と謳われた荀彧(じゅんいく)の兄、この世界では姉である。

 荀彧に似た外見をしており、ゆるふわな金髪ウェーブの髪をしている。

 妹の荀彧に比べて彼女は柔らかな雰囲気である。

 そんな彼女が持ってきたのは中華風ロリータとでも言うべき服であった。

 この時に空は相変わらず時代錯誤な意匠(いしょう)に内心、

(やっぱりおかしいよな~)

 などと思っていた。

 生活用品に関して考えることはやめても、やっぱりツッコまざるを得ない物がちらほらと出てくる。

「桂藍殿とこんなところで会うなど、奇遇でございますね」

「ええ、仕事の帰りでお見かけしたもので。空殿と小夜殿がこんなところにおられるとは、意外です」

 先程の似たようなことを小夜に言われた空としては二度目である。

「別に此方はそんな暇がないのでございます。あと、面倒ですし」

 小夜はそう言うが、空は「後半が本音だろうな~」と思っていた。

 暇がないのも事実だが、彼女の性格上では後者が本心であろう。

 それよりも空は桂藍の持つ服に視線がいく。

「似合うでしょうか?」

「ええ、これでも妹達の服を見繕ってましたので間違いありません。空殿の普段の印象から外れてると思われるでしょうが、こちらもお似合いになると思います」

 その桂藍の自信に満ちた言葉に空は悩む。

 女子力を高めようと決心したはいいが、いざこういうものを着るとなると気恥ずかしさが出てきていた。

「大丈夫です。私もお手伝いしますので」

 と、何故か桂藍から、えもいわれぬ圧を空に放って迫る。

 それに気圧されてたじろぎ、空は困惑気味だ。

「すみません、試着をお願いします」

「分かりました」

「桂藍さんちょっと待って下さい! 私、まだ心の準備が――あっーー!!」

 勝手に話を進められ、空は店員と桂藍と共に店の奥へと消えていく。

「……待つでございますか」

 流れに置いていかれた小夜は取り敢えず待つことにした。

 

 

 待つこと十五分。

「あー♪ 良いですよ〜!」

 と、桂藍の今まで聞いたことない黄色い声に小夜はつい足を向かわせる。

 そこには桂藍にオススメされた服を試着した空。

 普段の凛々しさはどこへやらで、中華風ロリータの服がいつもは目立たない空の小柄さを引き立たせる。

 長い髪もいつもは毛先あたりを髪留めで結んでいたそれを外し、大きく開かせて下ろしている。

 そして、当の本人はというと――

(似合うな)

 恥ずかしがるどころか楽しんでいた。

 適応力高すぎである。

 とは言え、落ち着かない部分もあるのは確かで脚をもじもじさせる。

「えっと、どうですか?」

「ええ、お似合いです。出来れば妹に欲しいくらい」

「妹さん、いるじゃないですか」

「可愛げがないんです」

 荀彧に対して姉であるのにバッサリである。

「なので、できれば一度でいいのでお姉ちゃんと呼んでください」

 そして欲望を隠さない桂藍。

 それも仕方ない。荀彧こと桂花が姉に甘えるかと聞かれれば性格上、否である。

 なので、姉である桂藍は甘えてくれる妹に少々飢えていた。

 (こじ)らせているとも言うべきか。

 ともかく、カワイイ子がいれば妹にしたいと変な欲望があったのである。

 そんなことは露ともしらない空は「きっと甘えてくれる妹が欲しいんだろうな」と、桂花の性格を考慮して内心で考えていた。

 当たっている予想ではあったが、問題は拗らせ具合までは予想出来なかったのである。

 という訳で、

「ありがとうございます。桂藍お姉ちゃん♪」

 ノリノリで桂藍の願望に応えてしまった。

 瞬間、桂藍の中で理性の線が切れる。

「ふふ、空ちゃん。荀家の養子になりません?」

「……へ?」

「むしろ家族になりましょう。いくらでもカワイイ服を見繕って差し上げますから!」

 一気に不穏な感じになった桂藍に空は選択肢を間違えたのを感じ取る。

 異様な圧を放ちながら空へと桂藍は迫る。

 それを見ていた小夜は、

「……おめでとうございます。では、此方はこれで」

 面倒くさそうなので見捨てることにした。

「小夜さん助けて! 家族にされてしまいます!」

 

 

 何とか桂藍を落ち着かせ、服屋をあとにした三人。

「すみません、空殿」

「いえ、別に構わないですけど……」

 先程の暴走に対して謝罪する桂藍。

 だが、空は特には気にしていなかった。

 桂花がアレなのだから、桂藍が素直な妹が欲しいという願望も仕方ないとも思えていたのである。

 ちなみに空は服屋で試着したフリフリの服のままである。

 あのあと購入して着たまま店を出たのだ。

 履き慣れないスカートに少し戸惑いながらも普段より歩幅を小さくして歩くのを空は意識する。

 理由はいつもみたいに堂々と歩いていると見えそうだからである。

 空は自覚していないが、歩幅が小さくなったせいでより少女らしさに拍車が掛かっていた。

 おまけにスカートがめくれないよう両手を組んで前を軽く押さえているため、品を感じさせる歩き方になっている。

 最早誰だお前である。

 それとは全く関係ないあることに気付き、空は小夜に声を掛ける。

「そう言えば、小夜さんは視察の帰りなのに報告とかしなくてもいいんですか?」

「別に急を要するものではないのでございます」

 特に問題はないと一蹴する。

 逆に小夜も空に対して声を掛ける。

「ところで、どこに向かってるんでございますか?」

「書店です。品揃えが良さそうな店がこの辺りに……ああ、ありました」

 と、空が目指していたのは一軒の書店。

 少々古びてはいるが、中に入ればそこそこの蔵書である。

「これは盧植(ろしょく)先生の本ですね。こんなところにあるなんて」

 桂藍は目ざとく本を検分する。

 店は古びてはいるが、新しい本もあることに小夜も気付く。

 品揃えの豊富さといい老舗(しにせ)とも言うべき店であろう。

「いいところでございますね。新しい本も取り入れている辺り、目聡い店主でございます」

 小夜も蔵書の品揃えに称賛する。

 そして空もある本を探していた。

「あ、ありましたね」

「『孟子』ですか。儒教に興味が?」

 空の選んだ本に桂藍は興味深い感じで聞く。

 字が読めるようになってからは暇さえあれば読書をするようになった空は、儒教に興味が出ていた。

 儒教とは、簡単に言えば『孔子』や『論語』と言った本が例で、五常と呼ばれる五つの道徳を学んで最高道徳である『仁』を目指すというものだ。

 つまりは人がどうあるべきかを学べる学問であると、空は思っている。

「そうですね。道徳的なところを学ぶのは、上に立つ者としては必要なことだと思いますので」

「素敵ですね。そこまで考えていらっしゃるとは」

 桂藍は空の勤勉さに素直に感心する。

 空は前世で読んだことはなかったが、名前ぐらいは一度は聞いたことがあり、なおかつ空の住んでいた現代社会でも残っていた書物だ。

 古代中国の思想は現代でも通用するとの話だったので、学んで損はないだろうと空は考えていた。

 それから各々(おのおの)で書物を買い、小夜に至っては城に送る書物を店主と相談し、桂藍がそれを交渉していた。

 気難しそうな店主であったが、桂藍が出ると話はすんなりと通った。

 どういう話術を使ったかは分からないが、弁舌に強いのは確かであると感じさせる場面であった。

 用事を済んだので店を出て、そのまま三人は城へと帰る。

 しかし、鄴の城に入る門の手前で――

「お帰りなさい沮授様、荀諶様。すみませんが、そこの者がどういうお方か明らかにしたいのですが?」

 空の雰囲気が全然違うので門番に呼び止められる。

 今は華麗な少女に変貌しているのだから無理もない。

 その門番の言葉に桂藍と小夜は顔を見合わせ、真ん中にいる空に視線を向ける。

 自分の両脇からの視線に空は、

(自分で言わないとダメな流れ?)

 と妙な空気を感じ取っていた。

 この姿で妙な気恥ずかしさが出てくるが空は意を決して一息吐き、

「……張郃です」

 か細く答えた。

 出てきた名前にニ人の門番は豆鉄砲を食らったように困惑している。

 その表情はいかにも、雰囲気違うくね? という感じある。 

「紛れもなく張郃将軍です。なので、問題ありません」

「通ってもよいでございますね?」

 桂藍と小夜の口添えに門番は姿勢を正す。

「はっ! 申し訳ありません!」

「いえ、謝罪は不要です。責を果たそうとしているに過ぎないのですから。それでは引き続きよろしくお願いします」

 少しだけ兵士が知るいつもの空の雰囲気と言葉に、門番達は本人であると理解する。

 それから門を通り過ぎたあと、門番のニ人は顔を見合わせ――

「……可愛かったな」

「ああ……」

「張郃隊に異動したいと思うんだが」

「奇遇だな、俺もだ」

 そんな会話があったとか。

 

 

 城に戻り三人はそれぞれ持ち場に戻る。

 非番である空はそのまま購入した本を持って城の庭へと歩を進める。

 行く先々で他の文官やら武官、兵士から妙な視線を感じてはいたが、

(まあ、普段と違うとそうなりますよね〜)

 仕方ないと空は諦めていた。

 しかし、ある意味では女子力が高まったのではないかと何故か本人は妙な達成感を感じている。

 城の中庭に出て、東屋(あずまや)に腰掛けて一息。

 途中で出会った侍女に茶を頼み、読書をしながらのお茶と優雅な過ごし方をすることにした。

 お茶が届けられ、しばらく空は静かに読書にふける。

 少し時が経ち、

「隣、失礼するわ」

 桂花が現れた。

 休憩だろうかと空は思いつつ――

「どうぞ」

 少し席を移動して場所を空ける。

 桂花はそれから疲れたように息を吐きながらも席に着く。

 何やら本を抱えているので勉強か、気晴らしの読書だろう。

 厚めの紙をめくる音がニ人の間に風と共に響く。

(気付いてないのか?)

 空と認識出来ていないのか、それとも分かった上で興味がない――

「…………」

 訳ではないらしい。

 先程から空は横目で見ていると、チラチラと見ているのに気付く。

 対して桂花はというと、

(あんな子、いたかしら? それに妙な(たたず)まい。どこかの名家のご息女? 袁紹に比べればまだ品があるわね)

 空とは気付いておらず、軍師らしく観察していた。

 どこか引っ掛かる感じが抜けない桂花は、どうしても気になるようである。

「その本……『孟子』ということは、あなた儒学者?」

 流石に(らち)が明かないので桂花から切り出す。

 書籍から話に入る辺り、文官もとい軍師らしいと空は思った。

「違います。でも、思想は参考になりますので勉強をと思いまして」

「立派なことね。一つ聞きたいのだけど、あなたどこかの名家のご息女かしら? あまり見ない顔だけど」

「……張郃です」

 やっぱり気付いてなかったかと、空は思いながら本日二度目になる同じセリフを吐く。

「……はぁッ!?」

 一瞬の沈黙のあとに甲高い驚愕の声を桂花は発する。

 その声量に空は顔が少しのけ反る。

「あんた、全然印象違うじゃない! そんな少女趣味があったの?!」

「服は桂藍さんに見繕われてと言いますか……私だって女の子ですよ?」

「ああ、姉様の……まあ別に趣味についてはとやかく言うつもりはないけど」

 若干、姉の行動に対して察しがついた桂花。

 やはり姉妹なので行動はある程度分かるのだろう。

「ところで、荀彧さんは休憩ですか?」

「そうね。あんたの所のバカ君主にこっちは振り回されっぱなしよ。献策のしがいがないわ」

「それは、まあ……麗羽様ですし」

「……君主に暴言言ってるあたしが言うのもなんだけど、無礼とか思わないのかしら」

「それは我々が一番、骨身に沁みてますよ。そう言われても仕方ないことです。ただ、そんな麗羽様はある意味では汚れには染まらないと言いますか……腐敗してる連中に比べれば、誠実であるとは思いますので」

 空の言葉に桂花は「ふ~ん」とあまり理解できない様子だ。

 桂花はからすれば賓客として迎え入れられてはいるが、軍師として献策が通らないので待遇としては良いとは言えない。

「ま、私にはどうでもいいことね」

「別のところに仕官でも?」

「……どうしてそう思うのよ」

 桂花は空の言葉に図星であったため聞き返す。

 空はある意味では知っているのと、桂藍から小耳に挟んでいるので特に理由を聞かれてもあまり深い答えは出ない。

 しかし、麗羽のことを考えれば少しだけ面白く答えることができる。

「軍師泣かせですからね、麗羽様は」

「そうね。あそこまで話を聞かないのはいっそ清々しいわ」

 その空の言葉に、桂花は小馬鹿にしたように同意する。

()く者は追わず、来る者は拒まず。荀彧さん程の人なら何も考えず去るという訳ではないでしょうし、乱世が来るのであればふとした時に出会うこともあるでしょう」

 開いていた孟子の言葉を一つ引用して、空は少し先になる別れを惜しみつつも心情を表した。

 それから桂花は、

「桂花でいいわ」

 空からすれば意外な言葉を放った。

「…………」

 あまりのことに空は目を点にする。

 その空の反応に桂花は食いかかる。

「何よ、私が真名を預けるのが意外?」

「そうですね。捻くれてるので、馴れ合わない為に真名は預けないだろうと」

「捻くれてるは余計よ! 私だってちゃんと実力を認めたら預けるわよ。小夜とあんたは少なくとも認めてるわ」

「それは嬉しい限りです。真名である空、是非とも受け取って下さい」

「しかと受け取るわ、空。あと、私が仕官しようと思ってるところを教えておくわ」

 またしても空は桂花の言葉に驚く。

 しかし、桂花としては出来れば空を引き抜きたいと考えていた。

 個人の武の高さではなく、用兵に関しては目を見張るものがあり、二千五百の兵を五百で足止めした話を聞いた時には素直に感心していた。

 軍師にとって武官の用兵の上手さとは策の幅を意味するところであり、彼女がいれば可能性が大いに広がると考えていた。

 つまりは、その腕をかなり買っているのである。

 自分でも結構とんでもないことをしてると半ば自覚しつつも、その実感が薄い空は桂花がそこまで認めているとは夢にも思っていない。

「思惑がありそうですね」

「もし、袁紹のところを去る時が来たら口添えはしてあげるわ。策に素直に従ってくれる武官は貴重なのよ。それが理由よ」

 と桂花はあくまで実力を買ってると念押しをする。

 その言葉に、彼女なりに好意的ではあると空は感じた。

「私は陳留にいるという曹操殿のところに行くわ。朝廷の宦官から河南尹(かなんいん)である橋玄(きょうげん)殿の目に掛けられたという話、それに陳留の安定した治世の話から相当な才をお持ちのはずよ」

「曹操……その名、覚えておきましょう」

 空は静かに曹操の名を噛み締めるように呟く。

 それは、いよいよ乱世の幕開けがそこまで迫っていることを感じさせるやり取りであった。

 そして――

「あら、荀彧さん。こんなところで何をしていらっしゃるの?」

 空気を読まない君主(麗羽)が登場してしまった。

「げっ……」

 あからさまに麗羽の登場に嫌な顔を隠さない桂花。

「休憩をしていただけです。ちょうど終わりましたので、私はこれで」

 そのままそそくさと桂花は立ち去る。

「相変わらず、いそいそと忙しい方ですわね。あなたもそう思いません?」

「いきなりそう言われましても……」

「というか、あなた誰ですの?」

 麗羽の言葉に思わずズッコケそうになる。

(話し掛けといてそれかい)

 と、空は内心でツッコんだ。

 警邏が無事に終わったのか、麗羽の両脇には斗詩と猪々子がいる。

「見慣れない顔ですね。新しい侍女の方ですか?」

「だったら姉ちゃん、悪いけど飲み物を持ってきてくんない? 警邏が終わった直後で喉が乾いてさ~」

 斗詩も猪々子も誰も気付いていない。

 何となくこうなる予感がしていたので空は、

「……あの、空です」

 本日三度目の名乗り。

 まさしく二度あることは三度あるとはこのことであろう。

「ヘ?」「え?」

 三者の内でニ人が素っ頓狂な声を上げたかと思うと、

『ええええええ!?』

 猪々子と斗詩だけが大声で驚愕する。

「あら、随分と可憐(かれん)ではありませんの。まあ、名家であるこのわたくしは優雅さだけでなく可憐さも備えてるので遠く及びませんけど、おーっほっほっほ!」

 唯一、驚かなかった麗羽は唐突に自慢して高笑いをしだす。

 案外驚かないことに空は少し驚いていた。

「ところで、お茶をお持ちすればよいですか? 文醜将軍」

 そして、イタズラ気味に空は猪々子に対して言葉を返す。

 そんなことを言われた猪々子は身震いし始める。

「うわあ……空の姉貴にそんなこと言われたら変な鳥肌が」

「ちょっとそれどういう意味ですか?」

「何ていうか普段の姉貴には似合わな――」

 猪々子に余計なことを言わすまいとすかさず、

「いえ、大変お似合いです!」

 斗詩は割って入った。

 そのあからさまなフォローに空は苦笑いする。

「ははは、はぁ……」

 そんな空が本格的に女の子らしくなるのはまだ少しだけ先の話。

 




中華風ロリータに関してはググッて画像検索してイメージ下さい。


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八章:黄巾の乱が始まるのこと

時系列見直してたらややこしいことになってきた。

オリキャラさらに参入。
思ったより袁紹って有名武将を抱えてたんですね。


 時は後漢末期と言ったところで遂に黄巾党が本格的に世に現れ始めた。

 我が袁紹軍も朝廷と繋がりが深い太守ということで積極的にこれの鎮圧に追われています。

 話し方が少し違うって?

 心の中でも女性らしくいようと少し意識しています。

 張郃こと空です。

 いや、自分でもどうかと思う部分はあるが、肉体は精神に引っ張られるというやつですかね。

 案外すんなりと意識が変わる感じがしています。

 そんな中で袁紹軍にも変化が出てきました。

「姓を朱、名は霊……これよりは冀州牧である袁紹様を君主として麾下(きか)に加わらせて頂きます」

「……姓は(きく)、名は義。よろしく」

 新たな武将が我が袁紹軍に加わったのだ。この世界の例に漏れずニ人とも女性である。

 朱霊……名前は聞いたことはある。確か曹操のところの人だった印象だが、袁紹のところにいた時期があったのだろうか?

 なお、功績とかは一切知らない。

 容姿については名前に(あか)とあるからか髪は赤く、ツーサイドアップにしている。そして少し気の強そうな印象を受ける切れ目。華奢(きゃしゃ)な体躯ではあるが、雰囲気は一介の将であるそれである。

 そして麴義……袁紹軍の数少ない勇猛な将だった程度にしか覚えていない。

 そんな彼女はこの世界の許褚(きょちょ)並みに小さい。しかし、見た目では判断してはいけないのがこの世界。

 印象としては、ぽやっとした感じで気さくそうな雰囲気だ。

 髪は銀色で後ろを三編みで結わえており、犬耳みたいに飛び出してハネた髪が横にある。

 目尻は優しげな感じで、勇猛な将という雰囲気は朱霊に対してあまり感じない。

 うーん、袁紹陣営の戦力が段々と厚くなっていく。

 果たして歴史通りに官渡の戦いが運ぶのか分からなくなってきました。

 我が筆頭軍師が、いつもどおりに気怠げな感じで報告する。

「ということで、此方(こなた)が人材を見繕ってきたのでございます」

「なんですって?! あの面倒くさがりの小夜(シャオイェ)さんが行動をするなんて! 何か悪い物でも食べましたの?!」

「……悪いことならいつでも起きてるのでございます。ともかく、話を戻すのでございますが朱霊殿と麴義殿はお嬢様の名声を聞き仕官に応じた部分もあるのでございます」

 無理矢理に話を戻したな。

 麗羽様の名声って大体は小夜と真直(まぁち)の功績な気もするが、突っ込んではいけませんね。

 小夜も"名声を聞いて応じた部分"もあると言ってるので、名声だけで仕官を決めた訳ではないのでしょう。

 そんな小夜の言葉の綾的な表現に気付かず、麗羽様は機嫌を良くする。

「あら、それは素晴らしい話ですわね。まあ、名家であるわたくしには元から名声はあったのですけれど、更に高まってるということですわね! おーっほっほっほ! おーっほっほっほ! では、朱霊さんに麴義さん。我が陣営での働き、期待していますわよ」

『はっ!』

 軍師陣は小夜の言い回しに気付いているため、桂藍(けいらん)さん以外は微妙な顔。

 まあ、私も気付いてますけど。

「下がってよろしいですわよ。それでは、小夜さん朝議を始めて下さいな」

 朱霊と麴義が下がって配置についたところで小夜は話を始める。

「さて、早速でございますが。黄巾の賊が以前よりも活発化しており官軍を含め、各州や群は対応を追われている状況でございます。主に北部に集中してるのであります」

 と端的に小夜は状況を説明する。

「今のところ内政は安定しており、麗羽様を頼る諸侯もおります。名声が高まってるのは間違いないでしょう」

 と真直(まぁち)

 現状を確認するように報告するのはいいですけどその言い方は麗羽様が、

「ふふふ、やはりわたくしの名声は高まってるようですわね。この調子で黄巾だか雑巾だか分かりませんけれども主上様のためにも華麗に優雅に蹴散らして差し上げましょう」

 ほら、やっぱり調子にノッた。

『…………』

 その麗羽様の様子に朱霊が微妙な顔してる。

 麴義はぽや~として何も考えてなさそうな感じではあるが、早くも去りそうなフラグが立ちまくってます。

「はい、お嬢様の威光にドン引きでございましょうが出来れば慣れて欲しいのでございます」

「あら、小夜さんが珍しく褒めてくださるとは珍しいですわね」

「別に褒めてねーです」

 流石の小夜も麗羽の独自解釈にちょっと呆れてる。

「あー、朱霊さん。麗羽様に関してはあまり気にしないで下さい」

 と、俺も朱霊の心情を汲み取ってフォローする。

 朱霊は私の言葉に冷静に返す。

「自分達の君主なのに扱い雑すぎじゃない?」

「まともに相手すれば手痛い目に遭いますので」

「……仕官先、間違えたかしら」

 うーん……真っ当な反応で困る。

 麗羽様は確かに教養はあるのに残念なお嬢様ではあるが、妙に支えてあげないといけないという保護欲的なものがある。

 そんな中でも現実的な提案を突きつけるネコミミ頭巾(妹)。

「私としては去るのをオススメするけどね」

「桂花さん、今は猫の手も借りたいんです。それほど余裕はありませんし」

「百の優秀な臣下を迎えても君主がアレな時は無理なものは無理よ」

 妙に格言みたいな言い回しをする桂花。

 まあ、それはこの先どうにか出来るかどうか分かりませんが出来る限りは何とかしてみましょう。

 

 

 朝議が終了して、今後の方針という程ではないが各群の太守と連携を密にしていくという方向性は固まりました。

 あとはどうなるやらです。

 城を案内するように麗羽様から仰せつかり、朱霊と麴義を伴って移動する。

「ちょっとあそこ、妙に金ピカ過ぎる気がするんですけど」

「ああ……麗羽様の趣味です。私もよく分かりません」

 朱霊が城の庭に出ての第一声。

 金ピカの東屋を見ては流石にツッコまざるを得ないでしょうね。

「ところで、あんたやるわね。使い手と見るわ」

 と朱霊は私を見て、唐突に力量を見抜くように言った。

 使い手、まあ……今となっては使い手と評価されても仕方ないですね。

 その謝辞を素直に受け取っておき、相手を褒めておく。

「それはどうもです。朱霊さんも良い腕をしてると見ます」

「あら、言うわね」

 快活な感じでニッカリと笑う朱霊。

 気持ちのいい笑顔ですね。今のところは悪い印象を受けません。

「それはそうと、お二方に名乗りを済ませていませんでしたね。私は姓を張、名は郃、(あざな)儁乂(しゅんがい)と申します」

 と、拳と手を合わせて一礼する。

「これはご丁寧に、感謝するわ」

「感謝〜、よろしくね〜」

 朱霊も拳と手を返礼をし、便乗する形で麴義も間延びした口調で返礼してくれる。

「挨拶は済ませたし、突然だけど一つ手合わせ願いましょうか」

 肩に担いでいた三尖刀を唐突に構えだす朱霊。

 あれですか……武にて語るとかそういう感じ。

 てっきり某無双シリーズだけの肉体言語だと思ってましたが、あるんですねこの世界でも。

「力量でしたら大体分かるのでは?」

「いいじゃない。力量は分かっても相性まで分からないでしょ?」

「それは一理ありますね」

 これから共に戦場に出る相手の実力を測るのは悪いことではない。

 仕方ない、付き合いますか。

 模擬戦とは言え命のやり取りが軽過ぎる気もするが、考えてはいけませんね。

 悠然とお互いに距離を取り、私も鉤爪を構える。

 ん〜、冗談じゃなく朱霊の実力は高い。

 構えからして隙があまりない。

 名のある武将なので当たり前ですけど。

 私はそのまま麴義にお願いする。

「麴義さん、立ち会いと合図をお願いします」

「ほーい、それじゃあ~……始め〜!」

「――せいや!」

 始めと言われた瞬間、朱霊が一声と共に急速に距離を詰めると同時に放たれる三尖刀の突き。

 あっぶな……!?

 おっと、思わず素が出てしまいました。

 寸のところで軽く体を側面に向けて回避。

 三尖刀の下から鉤爪を潜り込ませて、迎え撃つ。

 当てるつもりはないが、狙い的には脇腹を抉るような位置。

 しかし、それを彼女は飛んでかわした。

 そのまま三尖刀と共に前へ転がるように飛び込み、体と三尖刀を回して側面から薙ぎ払ってくる。

 私も反転して鉤爪で迫るそれを上へと打ち払い、距離を詰めようと動くが、三尖刀を一瞬を引いていた朱霊。

 柄を短く持ったかと思うとそのまま突き出し、突き出した反動と重さで突いてきた。

「はい、はい、はい!」 

 そのまま今度は柄を長く持ってそのまま連続突き。

 猪々子の大振りとは違う攻め。

 長物の間合いから詰めれない。

 鉤爪で打ち払いながら下がり、

「せいや!」

 途中で朱霊が足払いを仕掛けてきた。

 勝負を焦りましたかね。ともかくチャンスです。

 前に出て、払おうとした三尖刀を踏みつけ跳ぶ。

 回転しながら頭上を飛び越え、着地したところで両腕を交差して飛び込み、切り払うように腕を広げたところで、ギィンと金属音。

 いつの間にか武器を手元に引き寄せて防御していた。

 鉤爪をすぐさま上下にずらし、無理矢理回転させるように腕を開いた。

「やっば」

 朱霊の焦りの声。

 三尖刀が手元から離れるが、その回転を殺さずすぐさま空中で掴み直し回し続け、突き出された私の鉤爪を弾く。

 私はそのまま鉤爪を右に左に薙ぎ払うように交互に鉤爪を振るう。

 今度は向こうが防戦し始め大振りで爪を弾いた。

 弾かれたのを利用して、くるりと回り鉤爪をそのまま打ち落とす。

 そしてピタリとお互い寸止め。

 私は首元、朱霊は胴を薙ぎ払う直前。

「やるわね」

「危ないところですけどね」

 お互いに称賛して、武器を下ろす。

 やっぱり、正面での戦いは苦手ですね。

 大振り相手なら上手く立ち回れますけど、技術的な戦い方をする相手にはより経験を詰まないと大変そうです。

「変わった武器を使うわね。それにまるで舞のような足捌き」

「分かるんですね」

「何となくわね。あんた程の実力者なら真名を預けてもいいわ」

 さっぱりした感じでまたニッカリと明るく笑う朱霊。

「それは光栄です」

「あたしは美紅(メイホン)。美しい紅で美紅」

「ソラと書いて(くう)です」

 と、朱霊――美紅と親睦が深まった。

「ニ人ともやるね〜」

 麴義は、マイペースな感じで近付いてくる。

 麴義に対して美紅は腕っ節が気になるようです。

「あんたもやる方じゃないの?」

「ん〜、インはそういうの苦手〜。異民族退治なら得意だよ~」

「……もう分かったわ、大体」

 異民族退治が得意と聞いて美紅は、それ以上聞くのを止めました。

 異民族……聞いた話では北には匈奴(きょうど)とか五胡(ごこ)など漢王朝に属さない部族だとか。

 それと異民族を破れる武将は少ないとも聞いたことがあります。

 それだけ異民族の戦法に苦しめられているということでしょうか? ここら辺はよく分からないですね。

 しかし、どこから来たかは分かるため一応は確認のために尋ねる。

「異民族ということは、涼州の?」

「うん。インは(きょう)族とよく戦ってたから〜」

 やっぱりですか。

 涼州はずっと西にある州で、かの有名な董卓や馬超の出身地。

 そして一番、異民族と身近(物理的)に接しているところです。つまりは世紀末的な感じで(いさか)いは絶えないとか。

「小夜からは、インの知識と戦法が必要になるって言われた〜」

 また、何手先か手を打ってますね小夜さん。

 しかも既に真名を預けてるみたいですし。

「あ、真名は銀鈴(インリン)〜。よろしく〜」

 しれっと真名を預けましたねこの子。

「それと、お腹すいたね~」

 マイペースですか。

 確かに昼時ですけど。

「では、街の案内もしておきましょう。美味しいところは知っています」

「それは助かるわ。お願いしようかしら」

 私の提案に美紅は頼みにする。

 食事する場所は大事ですからね。

 

 

 ということで(ぎょう)の街に繰り出した我々。

 その途中で異様な光景に出会う。

「麴義様!」

 門を出たところで幾人かの兵が控えていた。

 名前を呼んで(ひざま)ずいているところを見るに銀鈴の兵であるらしい。

 しかし――

(屈強ですね)

 一般の兵とは思えないくらい筋骨隆々で、鱗状の鎧を身にまとい(かぶと)まで着けている。

 一目で重装備であると分かります。

「お疲れ〜。挨拶は終わったから、何人か待機させて自由にしていいよ〜」

「ありがとうございます!」

「下がっていいよ~」

「はっ!」

 と、穏やかな口調ながら威圧感のある言葉。

 そのまま銀鈴の兵は言葉を受けて去っていく。

 中学生くらいの少女にガタイの良い男が命令されてるのは何ともシュールです。

「お待たせ〜。じゃあいこっか〜」

「あんたの兵……随分と鍛えられてるわね」

「うん、自慢の兵だよ〜。異民族を追い払ってきた猛者(もさ)だからね〜」

 美紅の言葉に笑顔で言う銀鈴は、本当に自慢気に話す。

 確かにあの兵は歴戦の雰囲気が出てた。

 もし戦ったら、十数人相手するだけでも苦労しそうな感じです。

 一体、軍師陣は何を考えているのやら、ですね。

 彼女らを迎えて黄巾の乱は新たな局面を迎える。

 




朱霊……魏の曹操から三代に掛けて魏を支えた歴戦の将。こちらも正史と演義で扱いに差がある。当初は袁紹傘下であったが途中で曹操の器量に惚れ込み、鞍替えした。詳しい理由は不明だが、魏の五将軍に並ぶ程にその功績は大きく張郃らと同様に死後には祀られた。

麴義……袁紹陣営の数少ない猛将。涼州の出身と見られており異民族である羌族の戦いに精通しており、八百の兵で五万の公孫賛軍を迎え撃つとかいう、ヤバい人。異民族を撃退できる数少ない将。彼の兵はいずれも精強で袁紹もその兵を欲しがったとか。しかし、麴義を後の禍根になると予測して切ったが結果的に配下は公孫賛に寝返る。対騎馬戦においてはスペシャリストであったらしい。


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九章:荀彧、袁家を去る

思ったより正史と原作の流れが違いすぎてどう折衷したものかと悩む。


 

 それは唐突なことでした。

 本拠地を(ぎょう)から南皮(なんぴ)に移すとの話がいきなり議題に出て、あれよあれよと言う間に南皮へと移りました。

 この忙しい時に何故かは分かりませんが、何か狙ってますね。

「空様、どうして鄴じゃなく南皮なんでしょうか? あちらの方が都の洛陽にも近いと思うんですけど」

 同じ疑問を抱いたのか鈴花(りんか)が私に尋ねる。

「さて、何ででしょうね。おそらく何かこの先のことを考えているんでしょう」

「空様でも分からないんですね」

 鈴花にはそう答えたが、おそらく朝廷には諸侯を束ねる力がないと予期しているのでしょう。

 であれば、御せる存在がないのであれば自分が朝廷に変わり天下を治めると、野心を持ってる連中ならそう結論し行動する。

 三国志の歴史の流れはまだ崩れていませんし、そうなることでしょう。

 小夜さん含め、真直や桂花もそれを見抜いている。

 既に彼女達は何手か先を読んでいると見ていいですね。

「ともかく、今は賊の鎮圧ですね。右翼と正面に前進させて左の方へ追い込みなさい。あとは朱霊殿が何とかしてくれます」

 そう、今は黄巾の賊の鎮圧の最中。

 南皮周辺でもやはり出てきている。

 しかし、私も雑談しながら指揮が出来るとは……成長で良いんですかね?

「分かりました、空様! 正面と右翼に伝令! 前進し、朱霊様の部隊へ追い込め!」

『はっ!』

 鈴花が私の命じた通りに伝令を走らせ、

「では、空様。私は右翼に加勢します」

 鈴花は一礼する。

 その前に、

「何故ですか?」

 私は少し試すように鈴花に聞いてみる。

 正面ではなく、わざわざ右翼の加勢に行く理由について。

「え、えっと….…左に追い込むには、正面より右翼に兵を集中させる必要があるので、でいいんですよね?」

「よろしい。では、お願いしますね」

「はい!」

 私の言葉に鈴花は嬉しそうに答え、兵を連れて去っていく。

 カワイイ後輩ですね。

 案外、単純なことほど見失いがちになるのでこういうのは大事です。

 そして攻撃力が増した右翼が賊を左へ追い込み、その先に待ち受けていた朱霊隊に背後を突かれるような形となって黄巾党は討伐された。

 

 

「今日も美しく討伐出来ましたね」

「流石です、空様!」

 鈴花も褒めてくれる。

 とはいえ、ヨイショしてる訳ではなく純粋に羨望(せんぼう)の眼差しだ。

 輝くばかりの目にむず痒くなりそうです。

 兵の損失は微々たるもの。

 とはいえ、失われた命を(ないがし)ろにはできないです。

 彼らはゲームの駒ではなく人ですから。

「亡くなった兵は丁重に運び弔いなさい。遺族の所へ送り届けるのです」

「はっ!」

 私の言葉に従い、行動する兵を見届けていると朱霊――美紅(メイホン)が入れ替わるように戻ってくる。

「戻ったわ」

「美紅さん、お帰りなさい。美しい襲撃でしたよ」

「美しいって、イマイチよく分からないわね」

「相手がこちらに集中してると見るや、絶好の機会での突撃。おかげで敵は混乱し何も分からないまま攻めることが出来たんです。正しく、美しく優雅な戦運びだったでしょう」

「麗羽様みたいなこと言うわね……」

 美紅以下、桂花を除いて真名は既に麗羽様に預けている。

「私の場合は意味合い違いますけどね」

 私の美学はいかに兵を無駄な損失なく相手を倒せるか。

 それは兵力の無駄だけでなく、人間的に彼らを故郷に返したいという思いゆえ。

 それが指揮するものの責任だと思いますし。

寡兵(かへい)をもって敵を打ち破る。もっと言えば、戦う前に勝利するのが最上なんですけどね」

 百戦百勝は善の善なる者に(あら)ず。

 孫子の一節にもありますし。

「ま、ともかくあんたが戦上手なのは分かったわ。おかげで楽も出来たことだし。とは言え、多いわね最近」

 美紅の言うとおり、本当に黄巾党の規模は段々と大きくなっている。

 今までは千規模だった軍勢が急に五千以上に膨れ上がってきました。

 今回の黄巾党も七千に届くぐらいに多かったです。

「何とか首謀者を捉えたいところですが、流動的で不明ですからね。一先ずは撤収です。鈴花」

「はい。全軍、撤収! 南皮に帰還します」

 鈴花が帰還の号令を発し、我々は南皮へと撤収した。 

 

 

 帰還した私と美紅は報告に軍議の間へと行く。

 鈴花には隊の戦後処理に当たらせている。

「只今、戻りました」

「お帰りなさい、空さん」

 そう出迎えたのは真直。

 帰還の報告に行けば真直と小夜さんに桂花がいた。

 しかし、麗羽様がいない。

「麗羽様は……?」

「それが、洛陽より招集が掛かりそちらへ」

 と、真直が申し訳なさそうに報告する。

 洛陽ということは主上様――つまりは皇帝よりお呼びが掛かったのだろう。

 であれば、こちらの報告よりそちらを優先するしかないですね。

 そして麗羽様が行くとなれば側近である猪々子と斗詩も護衛として行くしかない。

 私個人としては朝廷に興味がない訳ではないですが、政治家やら宦官が蠱毒のごとく陰謀を張り巡らせる都に行くのは勘弁ですね。

 ちょっとした振る舞いで難癖つけられそうですし、空気が悪そうなので。

「いつも通り、問題はないようでございますね」

「ええ……しかし、規模が増えています。休む間もないとはこのことです」

「とはいえ、現状では打てる手は少ないでございます。首魁(しゅかい)の情報を集めつつ潰していくしかないでございますね」

 小夜は色々と確認しつつも方針に変化はないことを言う。

「仕方ないわね。本拠地が分かってるならまだしも、流浪の盗賊ともなればどこかに留まっている訳でもなし。あ、あたしも鈴花を手伝いに行ってくるわ」

 美紅も麗羽様がいないと見るや、そのまま去る。

「有用な情報がないのであれば、私も残る意味はないわね。私もお先に失礼するわ」

 桂花が残っていたのはそういうことらしく、用がないと見るや冷たく去っていく。

 相変わらずドライというか淡白ですね。

 それを見届けて、袁紹陣営のみになったところで私はニ人に向き直る。

「一つ聞きたいんですが」

「何でございます?」

「どこまで考えておられるのかと思いまして。別に勘繰る訳ではありませんけど」

 その言葉に真直は息を呑む。

 小夜だけは悠然と視線を向ける。

「考えているとは?」

「そうですね……いずれ乱が平定されてしまえば、朝廷に力がないと鈍い諸侯も気付くことでしょう。今は、群や州が独自に兵力を持っていますので野心あるものは我こそが天下に相応しいと動くことでしょう」

「…………」

銀鈴(インリン)を招いたのもその備え。彼女は騎馬戦に対して明るいとなれば……河北の平定をして北を固めればあとは南のみ。というところでしょうかね」

 そして北を主に治めているのは公孫賛(普通の人)。とはいえ彼女の精鋭騎馬隊である『白馬義従』は有名であり、時折は耳にする。

 取り敢えず袁紹陣営の勢力拡大はそんな流れだった気もしますが、小夜さんは既に相手にする勢力をもっと前に考えていた訳になります。

 どれだけ先に手を打ってるんですか……

「フフフ……末恐ろしいでございますね。軍師でもないのにそこまで読んでるでございますか」

 と、小夜は袖を軽く口元に添えて微笑する。

 わーい、いつにも増して黒い笑顔。

「まあ、私も世の動きくらい注意してますよ。仕官している君主がいなくなれば困りますし」

「しかし、それでは天子様に弓引くことになると思われるでございますが、その辺りは?」

「麗羽様は名門袁家であるが故に主上様の覚えもいいですし、諸侯が暴れてしまえば迎え入れるのは簡単ではないのですか? 迎え入れてしまえばあとは大義名分はこちらのもの」

「ええ、そうでございますね。天子様が此方(こなた)達を頼り他の諸侯が従えばそれでよし。刃向かえば逆賊でございます。他国を平定するのに都合がよいでございますね、ふふふ……」

「さっきから小夜さんがいけない笑顔なんですけど、空さん大丈夫ですよね?!」

 真直も小夜さんの雰囲気に怖くなったのか、私に助けを求めてくる。

 うーん、この顔をする時は上機嫌なんですよね、小夜さん。

 別の陰謀を考えてそうな顔してますけど。

「それは分かりましたけど、小夜さんは何を思って行動しようと?」

「そんなの決まってるでございます。穏やかな時を過ごす為に決まってるでございます」

 真直は真意を尋ねるが、めっちゃ平和な内容でした。

「ええ!? それだけですか?! もっとこう、麗羽様のためとじゃなくて」

「何を言ってるんでございますか? お嬢様も天下の名家となればお喜びになるでございましょう。なので、お嬢様の為でもあるでございますよ」

 と小夜さんは言ってるが、要はさっさと面倒を片付けてゆっくり過ごしたいだけというところはブレてないですね。

「まあ、真直さん。平和な世を目指す。結構なことではないですか」

「えぇ……」

 味方になると思っていた私からの言葉に真直は困惑してる。

「頭でっかちでございますね。戦とかに頭を悩ませるより、お嬢様の相手をする方が余程平和……でもございませんね。もし上手く事が運べばどっかの地方で適当に過ごして頂くのがいいでございますね」

「空さん、全然小夜さんが本心を隠さないんですけど!?」 

「別に探られて痛くなる腹などございませぬからね」

 気怠そうに仕事する割には、相変わらず精神が図太い。

「まあ、そういう訳でございます。お嬢様にはまだ話さなくてもよいでございます。どうせ、今言っても覚えてないでございましょうし」

 と、小夜さんは言葉を締めくくった。

 

 

 いずれ来たる乱世に既に備えているのを聞いた私。

 それよりもまずは目の前の問題を片付けないことにはどうしようもないですね。

 麗羽様が洛陽から戻り日もあまり経たない内に、玉座へと人が集められる。

 中心となるのは桂花。

「何ですの荀彧さん、急に大事な話があるだなんて……わたくし、主上様とのお話を終えて休もうと思ってましたのに」

「手間は取らせません。この度はこの荀文若、この陣営を去らせて頂きます」

 その言葉に誰もが絶句する。

 しかし私と姉である桂藍(けいらん)さん、それから軍師ニ人は驚いていません。

 ざわざわと他の文官達も顔を見合わせる。

「な、なんですって〜!? 賓客としてお迎えした上で勝手に去るなんて、一体どういう了見ですの?!」

「我が見聞を広めたく思い、願いました。理由を申せば袁紹殿はかの周公旦のように振る舞っておられるようですが、とても中身がありません。よって去らせて頂くのです」

 歯に着せぬ言い方に麗羽様がぷるぷると震えている。

 周公旦……過去の偉人の名前でも引用してるみたいですが、分かりませんね。

 あとで桂藍さんか真直に聞いてみましょう。

「な、中身がないなどとよくも言ってくれますわね! いいですわ、そこまで言うのでしたらさっさと去りなさい! 斗詩さん、猪々子さん行きますわよ!」

「あ、待ってください麗羽様〜!」

 怒涛(どとう)のように話が終わったかと思えば麗羽様は去って行った。

 斗詩は声を上げて追い掛け、猪々子はやれやれといった感じであとをついていく。

 遂に桂花が去ることに私は少しだけ寂しく感じる。

 言葉はアレでしたが、少なくとも思ったより話せる人でしたし。

 

 

 そんな桂花が去る日。

 私は、個人的に彼女を見送る為に城の門で待つことにした。

 待っていれば、桂花がそのまま城から出てくる。

 その傍には桂藍さんもいる。

 城に続く長い階段を降りる途中でこちらに気付いた様子。

「わざわざ見送りに来たの? 殊勝なことね」

 感謝はしないとばかりの言葉。

 その言葉に桂花らしいと微笑する。

「真名を預けあった仲ですし、私個人としては気に入ってましたしね」

「あら、空殿……妹の真名を頂いてたの? 水臭いじゃない、桂花」

「姉様には関係ないもの」

 そして相変わらず家族に対しても淡白だ。

「桂花ももう少し素直になれば良いのに」

「余計なお世話よ。姉様こそ、さっさとあんなヤツ見限ればいいのに。姉様こそ一緒に来ないの?」

 これは桂花なりに素直だと思っていいのだろうか?

 何だかんだ一緒に来ないかと聞いてる辺り、姉に対しては心開いている感じが見えますね。

「別に悪いところではないし、空殿をもう少し見てみたいとも思ってるの」

 そこで私ですか?

 そして、その言葉に裏を感じてしまう。

 たまにこの人、私に対して視線が怖いですし。

「それなら仕方ないわね。いずれ戦うことになるかもしれないけど。もし、私が曹操様に仕えることが出来て姉様やあんたを下したら、その時は口添えくらいしてあげるわ」

 割り切ってる感じですね。

 それにこの話し方であれば、いずれ乱世になることも読んでいるんでしょう。

「……間に合ったでございますか」

 と、おっとりした足取りで小夜さんが遅れて来た。

「珍しいわね。あんたが見送りに来るなんて意外だわ」

「お嬢様はどう思ってるのか知らないでございますが、此方(こなた)は色々と助かったので礼を尽くすのは当然でございます」

 桂花の言葉に小夜さんは一礼し答える。

「それと、もっと仕えるに足る魅力を引き出せないのは此方の不足であるところ。仕方のないことでございましょう」

「顔を上げなさい。私から見ても、貴殿の働きは認められるべき功績。頭を下げるのは君主である袁紹の方よ。大した献策を出来なかったせめてもの詫びとして我が真名、沮授殿にはお預けするわ」

 その言葉に桂花が小夜さんをしっかり認めている部分が見えた。

「いえ、真名を預けて情が移られても困るのでお断りするでございます」

 しかし、小夜さんは断った。

 情が移る……つまりは互いに敵対することは予見しているのであろう。

 しばらく、ニ人の間に沈黙が流れる。

 桂花が先に口火を切り、

「そう。なら、次に会う時の遠慮は無用ね」

「ええ……」

 一呼吸置いて――

「吠え面かかせてあげるわ」「鼻を明かしてやるでございます」

 お互いに挑発する言葉を掛ける。

 しかし、私にはお互いの智謀を認めているが故の挑発に見えました。

「それじゃあ、失礼するわ」

 小さい荷物を持って、桂花は去る。

 荀文若――見た目は少女でも王佐の才と謳われた、傑物。

 次に会うときは敵となることでしょう。

 まだ私には、そこら辺は割り切れない部分があります。

 見送り小さくなっていく背中は、気のせいか名残り惜しげな感じもありました。

 



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拠点フェイズ(高覧2):将の覚悟

段々と人誑しになっていく空さん。
実は同時に正史の張郃にも知らずの内に近付いてもいます。

あと、麴義もとい銀鈴の拠点フェイズにするつもりが鈴花の話になっていた。


 黄巾を討伐するにはやはり連携が大事なので、今日は麴義(きくぎ)こと銀鈴(インリン)と共に調練もとい模擬戦に臨む。

 時間はそろそろ調練の時間のはずですが、この時代に時計などないので正確な集合など出来ないんですよね。

 なので、私と副将である鈴花は少しだけ待ちぼうけ。

 南皮近くの平野で部隊と共に待っている訳ですが……

「空様、銀鈴さんはどのような方なのですか?」

 鈴花が背の低い私を見下ろして尋ねる。

「そう言えば、あまり顔を合わせていませんでしたね」

 部隊が違うと軍議の間でもない限りはなかなか顔を合わせませんからね。

 時折城の中で出会いはしますが、お互いに忙しく時間が合わないところもあるのですが。

「そうですね。私より少し小柄で、柔らかな雰囲気をした方ですよ。真名の通りの銀のような髪をしていて――ちょうど来たみたいですね」

 遠くに(きく)の文字が入った旗が見える。

 遠目から見ても暑苦しい男達が列を整えて、足を踏み鳴らし、砂塵を巻き上げながら前進してくる。

 スゴい威圧感ですね。

 精強という感じが素人でも分かるぐらいには、練度の高さを感じさせる。

 乱れない隊列に歩調を揃えた行進。

 先頭は砂塵の幕になっていて姿がよく見えないが銀鈴であろう影が見えます。

 なんですかね、この砂塵から現れるってラスボスとか強敵っぽい登場の仕方は。

 それから近付くにつれて、銀鈴の姿が――

「あの、空様……」

 姿が――

「全然、柔らかそうな雰囲気では」

 …………。

「お待たせしました」

 鈴花が段々と言葉を失うのも無理はありませんね。

 そう言って目の前まで来た銀鈴は、一目で重装備と分かる甲冑を身にまとっていました。

 無双の曹仁ですか。

 いや、あそこまでいかないにしても兜は頬を覆うほどの物。

 片腕に盾を装備し、長槍を持っている。

 ぽやっとした雰囲気の彼女はそこになく、凛とした感じで、異民族の撃退を幾度もしたという歴戦の猛者でした。

 切り替えが極端なタイプかもしれないですね。

「さて、状況としては数はこちらが優勢の野戦。我々張郃隊が黄巾の賊と仮定しましての戦いです。何か質問は?」

「ありません」

 間延びした返事ではなく、銀鈴は端的に返す。

「では、鈴花……あとはよろしくお願いします」

「は、はい! 若輩ですがお願いします!」

 これは鈴花の指揮練習でもあるので、私は今回は評定人と言ったところです。

 別の場所では真直(まぁち)が物見を設営してることでしょう。

「始めましょう」

 それだけ言って、銀鈴は部下を引き連れて配置につく。

「あの……自信がなくってきました。すごい怖いんですけど!」

 聞いてた銀鈴の雰囲気と違い、涙目で私に訴える鈴花。

 気の小ささが出てきましたね。

「当たって砕けろです」

「あんな重装甲相手だと本当に砕けます!」

「いいではないですか。何事も経験です」

 成功したときより失敗の方が印象に残る。

 それに、実戦では命を落とすが模擬戦では事故が起こらない限りは死者が出ることはあまりない。

 気兼ねせず出来るよい機会です。

「うぅ……私が一人で戦うのではダメですか?」

「それでは意味ないでしょ……」

 何の為の模擬戦なんですか。

「頑張ればご馳走をあげますから」

「犬ですか!? 私はそこまで単純ではないです。猪々子様でもあるまいし」

 さり気に猪々子をディスりましたね。

 まあ、今ので釣られないだけ単純ではないのは嬉しいことですが。

 むしろ釣れた方がやる気も出ていいんですかね?

「ともかく頑張りなさい。命令です」

「は、はいぃ〜……」

 命令と言われてしまえば反論はできないでしょう。

 少々強引な気もしますが、これも鈴花の為です。

 しかし、そんな捨てられた子犬みたいな顔をされると久々に男の部分が反応してしまいそうになりますね。

 生理的に反応するモノがありませんけど。

 そのまま私は真直のところへと下がる。

 

 

 観客席ではないが、評定をするための陣に入り真直と出会う。

「ああ、空殿。鈴花ちゃんはどうでしたか?」

「相変わらずですよ。銀鈴さんに気圧されてます」

「そうですか……でも、私も驚いたな~。普段はぽやっとしてられるのに鎧を身にまとうと人が変わって厳格な方になるなんて」

「切り替えをきっちりされてるんでしょう。あの感じですと、一筋縄ではいかなさそうです」

 果たしてどんな戦いをされるのやら、ですね。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 場所は変わり、空が真直と共に観戦する陣に入った時、鈴花は緊張しかしていなかった。

「やっぱり一人で……」

「張郃将軍から厳命されております。高覧殿、お気を確かにお持ちください。張郃将軍もご期待されております」

 張郃隊の副官的な兵に咎められ、鈴花はまた右往左往。

(だ、大丈夫です。空様に兵法は教わってます。真直様、たまに小夜様にも教わってる。だから大丈夫)

 すぐに努めて平静を保とうとして頑張る。 

 麴義の隊を見据え、どうするかを考える。

 相手は五百に対してこちらは千。

(堅そうな布陣……兵は倍でも正面から当たるのはダメ。えっと……兵が倍なら分断を狙う)

 鈴花は孫子の一節を思い出していた。

 要約すれば十倍の兵力があれば包囲、五倍なら攻撃、倍なら分断を狙えというもの。

 それを念頭に、鈴花は兵の動かし方を考えるのだった。

 対して銀鈴の隊。こちらは鈴花に比べて動ずることもなく堂々たる態度で立っていた。

 方陣という、正方形に人を配置する形での布陣。

 本来なら防御向きの陣形で全方位からの攻撃に対応するものであり、決して攻撃的な陣形ではない。

 開始の合図の銅鑼が空達のいるところから鳴り響き、銀鈴は静かに号令する。

「構え」

 銀鈴と共に全員が盾と槍を一斉に構え、

「前進」

 それから足並みを揃えて前進し始める。

 勇み足になることもなく乱れぬ行軍。

 ジリジリと近付いてくる銀鈴の隊に、鈴花は焦りだす。

(……どこ攻めればいいんですか? 隙間がないです)

 そんなことを思っていた。

 その様子を見ていた空達は、

「変わった布陣ですね。方円陣でもない、方陣のように見えますけど――」

 真直は銀鈴の布陣を見て、従来の陣形とどこか違うと感じていたが、空だけは心あたりがあった。

(ファランクス? 三国志スリーハンドレッド?)

 空はスパルタ人が使用していたイメージの強いファランクスという布陣を想起していた。

 そのまま様子を見ていると、鈴花の隊が動きを見せ始める。

「どうやら鈴花ちゃん、鋒矢(ほうし)の陣に変えて正面突破に出たみたいですね。まあ、銀鈴さんの隊の雰囲気的に効果は薄そうですけど」

 と、真直は冷静に分析する。

 正面突破力のある鋒矢の陣。

 矢印状に兵を配置することで、文字通り矢のように敵に切り込んでいく。

 しかし、当然ながら弱点があり正面を崩せないと後ろが遊兵となり、前が崩れれば立て直すのが難しくなる。

「とりあえず分断するために中央を突き抜けようと考えたんでしょうね」

 空は真直に同意しながら鈴花の思惑を述べる。

 そして遂に、鈴花の隊が突撃を開始した。

 砂塵を巻き上げ正面から激突する両軍。剣戟の音が響く。

 しかし……

「やっぱり耐えましたね」

 真直の言うとおり、銀鈴の隊は耐えた。

(何んですか、あの防御力……ちょっとくらい崩れてもいいでしょうに)

 空はその様子に内心驚く。

 遠目から見ても分かるくらい、銀鈴の陣に乱れがない。

 それからみるみると鈴花の隊が逆に前から崩れていく。

 その様子を見て空は勝敗は決したと思った。

「あーあー……駄目ですね、これ」

「そうですね。あそこまで崩れると立て直しは難しいかと、空殿ならどう攻めます?」

「半包囲して後退しながら疲弊を待つくらいでしょうか? 下手に戦っても鈴花みたいに返り討ちでしょうし」

 と、空は真直の疑問に対して述べる。

 今回は黄巾党を相手に想定した模擬戦でもあるので歩兵のみの編成。

 そして今は指揮官がいないが、いずれ能力を持った人間が台頭することを考えてこの状況を設定した。

 鈴花の指揮能力の育成と銀鈴の実力を測ることも兼ねてである。

 とはいえ、少々相手が悪すぎた気が空はしていた。

 相手は異民族撃退を幾度もして戦法が確立し過ぎている。定石があるのだ。

 なので、鈴花にとっては散々な結果と現在進行形でなっている。

 そして、メリメリと銀鈴の隊に押されて鈴花の隊はなし崩し的に完全に瓦解(がかい)したところで終了の銅鑼が鳴らされた。

 

 ◆       ◆       ◆

 

「………………」

 模擬戦が終わり、鈴花がズーンという効果音が聞こえてきそうな程に落ち込んでいる。

 体育座りで建てられた天幕の傍で。

 手も足も出なかったとはこのことで、ショックはデカいでしょうね。

「しかし、手も足も出ませんでしたね。こんなにあっさり終わるとは思いませんでした」

「はぅっ」

 どしゃあと体育座りのまま、鈴花は横に倒れる。

 追い打ちを掛けないよう言わなかったのに、真直がトドメをさした。

「いいんです……所詮はただの村娘、同じような村の出なのに才能溢れる空様とは違うんです……」

 シクシクとした感じでいじけてる。

 才能という訳ではなく、若干人生経験が豊富なだけなのですが。

 兵法に関してはほとんどゼロスタートですし。

「真直さんも酷い人ですね。気落ちしてる人をさらに谷底に突き落とすとは、案外意地が悪かったんですか……」

「そんなつもりは微塵もありませんでしたよ! というか、小夜(シャオイェ)さんと比べないで下さい」

 少しからかい気味に言えば、真直は「心外です」とばかりにツッコミをいれてくる。

「冗談ですよ。それはそうと、いい加減に鈴花は立ち直ってください。勝敗は兵家の常。まだ失敗できる模擬戦なだけいいじゃないですか」

「そうは言っても、空様に色々教えて頂いたのに何も出来なかった自分が恥ずかしいです」

 どうやら、私に対していいところを見せたかった感じですね。

 まあ、恩義とかが重要なところがある時代ですし嬉しくは思いますが。

「反省すればいいだけです。次に活かせるのなら私としてはそれ以上に嬉しいことはありません。それにいつもの元気な鈴花が私は好きですよ」

 彼女の笑顔は無垢というか、なんと言うか….眩しいんですよね。

 生きるのを一度諦めた私にとっては。

 少し感傷的になりましたね。

 ん〜、しかし内心でも女性っぽい言葉を使ってますが思ったより馴染むものですね。

 いや、切り替えようと思えば切り替えれるんだが。

 でも、この容姿で男言葉は似合わないと思うのでこのままでいいですね。

 色々と余計なことを考えていると私の言葉に立ち直ったのか鈴花が立ち上がる。

「空様は、ズルい人です。そんなことを言われては落ち込んでばかりもいられなくなるじゃないですか」

 と、向き直った鈴花は顔を赤くして戸惑うように答えた。

「期待しているんですよ。陣が崩れてもすぐに諦めなかったでしょう?」

 終了の銅鑼がなる前、銀鈴に崩された陣を何とかしようと兵達がまとまるのがほんの少しだけ見えた。

 それを見て彼女と出会った時を少し思い出していた。

 ひたすらに賊と戦い続けていた鈴花を。

 きっと諦めは悪いんでしょう。

「お待たせ〜」

 そして、緩い感じで銀鈴が現れた。

 いつものぽやっとした雰囲気。

 防具を外して、軽装になった銀鈴がそこにいた。

「銀鈴さん……なんと言うかすごい部隊ですね。あれだけの突撃をものとしないなんて」

 真直は銀鈴の部隊の防御力を思い起こして感心しています。

 確かに、あの防御力は異常です。

 しかし銀鈴は不思議そうに答える。

「そうかな~? 異民族ってあれ以上だよ~?」

「あれ以上、ですか……空さんの部隊の練度は決して低くないはずなんですけど」

 自慢ではないですけど、部隊の練度は高いとは思っています。そして団結力も。

 団結力と言っていいんでしょうか?

 以前の宴会の時に貧乳スキー共の集まりであったことが発覚してますし。

 素直に喜んでいいのか微妙ですね。

 それから銀鈴は衝撃的な話をする。

「大体、騎馬で来るしね〜」

「ええええぇぇぇッ!?」

 真直がドン引きするように声をあげる。

 私も苦笑いが思わず出る。

 騎馬で来るならそれは確かに歩兵より攻撃力があるには違いありません。

 というか、馬って体重が百以上は余裕であるので肉の塊がすごい速さで襲い掛かるのは恐怖以外のなにものでもない。

 しかし、銀鈴の言い方からしてつまりそれは――

「騎馬相手に迎え撃ってるんですか?」

「そうだよ~。正面からぶつかって〜、耐えたところを反撃〜。両翼に弓とかいるといい感じになるの〜」

 マジですか~……

 騎馬相手に真っ向勝負とは。

 防御は最大の攻撃を体現したようなやり口です。

 あの防御力にも納得ですね。

 スパルタ人もビックリでしょう。

 あっちもあっちでリアルチートな逸話ですけど。

「でも、リンちゃんも諦めなかったね~。異民族より根性あってインもビックリ〜」

 軽い感じではあるが、銀鈴は素直に称賛してる様子。

 それと真名を略して呼ぶのが癖なのか銀鈴は鈴花をそう呼んでる。

「そうでしょうか……物凄い勢いで返り討ちにされましたし」

「ん〜、陣が崩れて終わっちゃったけど粘り強く戦われてたら分かんなかったかな〜?」

「そう言われても、イマイチ自信がないです……」

「大丈夫だよ~。インも最初はイノシシでも倒れてたからね〜」

 イノシシも結構ヤバい気がするんですけど気のせいですかね?

「比較対象がおかしくないですか? イノシシも十分危ないと思うんですけど」

 真直も同じことを思ったのかそうツッコむ。

 それから安堵しました。

 よかったです、私の基準がまだ狂ってないみたいで。

 平気で人を薙ぎ飛ばす武官が周りに多くて困りますね。

 

 

 模擬戦が終了し、色々と引き上げて夜。

「今日は終わりですかね」

「そうですね。空殿もいつもすみません」

 模擬戦の評定やら、政務やらを真直と片付けていればいつの間にやらですね。

 真直は申し訳なさそうにしているが、手伝うのはいつものことなので今更です。

「桂花……荀彧さんが去ったのは色々と惜しいですね」

「そうですね。口は悪かったけど、仕事は早かったですし正確でした。でも、空殿もそこらの文官には負けていませんよ。猪々子なんか全くこういう仕事をしてくれないし」

「まあ、猪々子には別で頑張って貰いましょう。適材適所です」

 とは言え、頼みますから報告書ぐらいまともに出して欲しいものですけど。

「鈴花ちゃんの頑張りを少しくらいは見習って欲しいですけどね」

「そう言えば、真直さんも鈴花に字を教えてるんでしたね」

「兵法もですけどね。桂藍さんと暇がある時は小夜さんも見てくれてるみたいです」

 真直に時折教わっているのは知っていましたが、桂藍さんと小夜さんもですか。

 愛されてますね。

 まあ、自信がないながらもあのひた向きさは余程ねじ曲がった価値観がない限りは好ましいでしょう。

「そうでしたか。またお礼でもしておきましょうかね。それでは、私は今日はこれで。おやすみなさい」

「はい、お疲れ様でした」

 真直に見送られ、執務室をあとにして部屋へ戻る。

 その途中の回廊で、鈴花の部屋に明かりがぼんやりと見える。

 頑張ってるみたいですね。

 様子が気になり、鈴花の部屋へと向かう。

 扉まで辿り着き、そっと部屋の様子を見てみれば燭台に火を灯して机で勉強してる鈴花の姿。

 しかし、疲れているのかうつらうつらと眠そうな表情で緑の瞳はまぶたの中に落ちそうです。

 鈴花のことです……根を詰め過ぎるかもしれないですね。

 そう思いゆっくり扉を開いて、

「感心しますが、そんなのでは身に入りませんよ」

「はっ!? お、おはようございます」

「夜ですよ……」

 声を掛けたらそんな素っ頓狂なことを言い出したので思わずツッコむ。

 私を認識した鈴花はすぐに姿勢を正した。

「空様……」

「今日は休みなさい。根を詰めすぎては黄巾賊が出たときに真価を発揮できませんよ」

「でも、私は……」

 今回の模擬戦での結果が余程悔しかったのか鈴花は食い下がる。

 今は意地を張る時ではないと思うので、強引に休ませますか……

「全く、手が掛かるんですから」

「――わぁッ!?」

 無理矢理に両脇を抱えて椅子から立たせて、素早くお姫様抱っこをする。

 猪々子並みに食べるくせに妙に軽いですね。

 身長も私より高いというのに。

 もしかして――私も人外に入りかけていたり……

 まあでも、案外重い鉤爪を棒切れみたいに振り回せている時点で十分に力はありますか。

 そのままベッドもとい、寝台に優しく下ろす。

 それから私も寝台に腰掛けて、優しく語りかける。

「色々と悔しい思いをしているでしょうが、今は黄巾賊がいつ出るか分からない時です。ここで気を張って戦場で調子が悪くなっては守れるものも守れなくなります。それは本意ではないでしょう?」

「そうです、けど……」

「難しそうな顔が似合いませんね。鈴花には既に将としての覚悟はあります。実力はあとから出てくるでしょう」

「不安ですよ、それでも」

「そうですね。自分で言っててなんですが、実力が備わる保証は出来ないです。でも、信じることは出来るでしょう? 私の言葉は信じられませんか?」

「そんなことありません!」

 食い気味で力強い返答に少しだけ呆然としてすぐに思わず苦笑する。

「なら、おやすみなさい。鈴花」

 ぽんぽんと頭を優しく叩いて、私は部屋をあとにする。

 最後に振り返れば、視線が合い、鈴花は妙に視線を動かして顔を合わせるのが恥ずかしそうに背中を向けた。

 子供っぽいですね。

 そんな鈴花を見て、私は微笑ましく思いながら今度こそ部屋を出るのであった。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 空が鈴花の部屋を出たあと――

「うあああああっっ!!」

 鈴花は寝台の上で悶えていた。

「ホントに空様はあああああもう!」

 一通り暴れたところで、寝台の枕に顔を埋める。

 そして悶えていた理由と言えば、空の発言である。

 ――いつもの元気な鈴花が好きですよ。

 ――私の言葉は信じられませんか?

 空なりの励ましではあったが、言い方が少々情熱的過ぎた。

 そして同時に嘘偽りのない言葉に気恥ずかしさも感じている。

「はぁ〜あ……ズルい人です」

 紺色の髪をイジって気を紛らわせ、鈴花は呟く。

 妙な心境を抱えてしまいそうになる将の卵の受難は続く。

 



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十章:乱の終わりと雄飛の兆し

今回は若干、劉旗の大望の話を組み込んでおります。
他に袁紹軍が黄巾党で活躍(?)してそうな話がないんじゃ……




 最早日課となってしまった賊討伐。

 しかし、今回は事情が少々違う。

「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ! さあ、迅速かつ華麗に前進なさい!」

 麗羽様と共に今は官軍、つまりは天子様の軍勢との共同戦線です。

 いつの間にやら冀州の西、お隣である(へい)州の牧にもなっていた麗羽様は官軍の要請を受けて司隷(しれい)というこれまた冀州と并州の南に隣接する州の賊討伐に加勢に行くのでした。

 ちなみに司隷州とはこの時代の都である洛陽があるところで、天子様のお膝元である。

「流れとしては司隷から追い出された賊を并州で迎え撃ち討伐する。簡単な話ですが、要は賊の押し付け合いですね」

「ですね~。現状ではどこも似たようなところかと……」

 私の考えに真直(まぁち)も同意する。

 今回の布陣は麗羽様、私と鈴花、真直、兵数は一万とそれなりの数である。

 麗羽様が「主上様の軍が出るのでしたら、この名門であるわたくし自ら赴くのが当然でしょう?」と、言ってきたので今回は出陣です。

 その時の小夜(シャオイェ)さんの表情はいつものやさぐれ顔で「面倒くさいこと言い始めたでございます」と疲れた顔をして私の隣で呟いていました。

 同時に「分かってますね?」とばかりの視線を向けられたので、私も苦笑しながらそれに応えた結果、まあ現状に至る訳です。

「荀彧さんの提言書の写しは真直さん、お持ちですよね?」

「ええ、空殿の予想通りでしたね」

 そして今回は官軍だけではなく(えん)州の州牧である曹操とも共同戦線に当たることになっています。

 まあ、(くつわ)を並べる訳ではなく別方向での同時作戦と言った感じですが。

 そこで、桂花から提言書……助言的な(ふみ)が届いたわけですが麗羽様のことです。

 勝手に出ていった桂花をよく思っていないので十中八九見ないだろうと予想はしていたので、一応は写し書きをしてから麗羽様に文を渡したら案の定、文の差出人の名前を聞いたら読まないどころか燃やした。

 その時の全員の表情と言ったら「えぇ……」みたいな困惑顔でしたね。

 それから一緒に行くことになってる真直に提言書の写しは渡してある。

 内容は、まあ……桂花らしく文面は整えつつも麗羽様はどうせ目の前のことしか見えてないだろうから気をつけなさい、的なことが書いてあった。

 まあ、これでもマイルドな表現ですが。

 あとは作戦の内容が書いてあり、司隷の山道から黄巾党が完全に出たところを狙って官軍と共に挟撃せよ、というものでした。

 麗羽様のことですし、どうせ山道を完全に出る前に突撃するでしょうね~。

 事前に策の説明はしてありますが、桂花の策だと知られれば動かないでしょうし。

 もし、予想通りの出来事になれば私と鈴花で別行動ですね。

 と、予定の場所到着しましたね。

「全軍停止してください!」

「はっ! 全軍停止!! 停止!!」

 真直が命令を飛ばし、副官がそれをさらに伝達する。

 それから真直が念を押して釘を刺す。

「いいですか麗羽様。司隷から流れてきた賊が、山道を抜・け・て・か・ら、突撃ですからね」

「言われなくても分かってますわよ……でも、真直さん? 山道から抜ける前に攻撃してしまえば相手は少ない数でこちらは大軍で掛かれるのではありませんの?」

 珍しく鋭いことを言う麗羽様。

 本来ならそれも一つの手ではあるのでしょうが今回は反対側に官軍がいる状況。

 完全に山道から出る前に叩いてしまえば、賊は反転して山道に逃げようとするでしょう。

 そうなれば逃げ道を塞ぐ挟撃となる。

 孫子にも逃げ道は空けておけ、という一節があります。

 当然ながら逃げ道がなく、命の危機ともなれば死にものぐるいで抵抗するに決まっている。

 窮鼠猫を噛むというやつですね。

 なのであえて逃げ道を用意することで相手は助かる希望を持ち、生きる方へと逃げる。

 手痛い被害を出さないのが兵法の肝だと、個人的には思いました。

「まあ、確かにそうですけど――」

「山道から敵が出て参りました!」

 なんか言い負かされそうになってる真直の言葉の途中で物見から報告が出る。

 来ましたね。

 山道から列をなして蛇のように這い出てくる黄巾党。

 しかし――

「……官軍の旗が見えませんわよ?」

「山の陰になってるんでしょうからすぐには見えませんよ」

「挟撃作戦と言うなら官軍の方が来なければどうにもなりませんわよ!? どうしますの真直さん!?」

「そう焦らないで下さいよ。まだまだ出てくるみたいですし――」

「ええい、煮えきりませんわね! 皆さん、華麗に突撃なさい! 山道から出てくる前に叩くのです!」

「ちょっと麗羽様ぁー!?」

 真直が止める間もなく焦って突撃してしまった。

 気持ちは分からなくもないですが。

「荀彧さんの危惧通りになりましたね」

 ここまで予想通りだと、一層清々しい感じです。

「どうしましょう、空殿?!」

 軍師が焦ってどうするんですか……

 まあ、麗羽様は突拍子もなく行動しますからね。

 対応出来なくても致し方ないです。

「鈴花、弓隊を引き連れて山道の崖の上に向かいますよ」

「分かりました、空様! 部隊を再編する! 弓隊は張郃隊に続け!」

「真直さん、麗羽様をお願いします。私達はこの先の崖上に向かって行きます」

 その言葉で真直はすぐに理解し、

「対応が早いですね……よろしくお願いします」

 と任せたとばかりに許可してくれた。

 

 

 すぐに山道の崖の上、黄巾党が引き返した先の方へと辿り着いた。

 一進一退。

 官軍と袁紹軍に挟まれた黄巾党が見え、必死の抵抗をしている様子がありありと分かる。

 そして官軍であろう旗が左の方に見えた。

「追い込まれて奮戦してますね。あれでは私達の方の被害は軽微でも官軍の方が……」

「共同戦線なら、味方の被害を看過は出来ませんね。それでは全員弓を構え! 官軍の近くの黄巾党を狙い撃ちなさい! くれぐれも天子様の軍には当てないでくださいよ」

 私の言葉に弓隊が矢を構える。

「放て!」

 号令と共に放たれる矢。

 これで官軍の方の黄巾党の勢いはなくなるだろう。 

「あの空様……私、弓はあまり……」

「岩でも投げとけばいいですよ」

「あ、そうですね」

 冗談のつもりで言ったんですが、鈴花は近くの岩に近付くと――

「よい、しょっ」

 腰ぐらいの高さのある岩を持ち上げて、

「せいや!」

 ボールを投げるような感覚で投げた。

 パワータイプなのは知ってましたけど、予想以上でした。

「賊に身を落とさなかったら、楽に死ねたのに……元は困ってる村の人だと思うと、何だかやるせないですね」

「投げてから言う言葉ですか……」

「でも、空様はどう思います?」

 その鈴花の言葉に私は考える。

 確かに彼らも元は村人だったのかもしれない。

 だが――

「彼らは獣であることを選んだんです。真っ当な者なら徴兵に応じたり、他の村に移住するなど考えたでしょう」

 我ながら無慈悲ですね。

 現代人なら考えられないでしょうが、すっかり私もこの世界に馴染んでしまったようです。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 空達が崖上から矢を射掛けている時、官軍の将であるメガネを掛けた妙齢の女性、名を皇甫嵩(こうほすう)は状況の変化に気付く。

「兵の勢いがなくなったわね」

「どうやら、崖上から別動隊がいたようだな。見ろ、皇甫嵩殿」

 そして、同じく官軍の将である銀髪の女性――名を華雄――が、皇甫嵩に崖上を見るように促す。

「あの金色に張の旗。確か、袁紹配下である張郃でしょうね」

「張郃? 聞かぬ名だな……」

「噂によると五百の騎馬で二千五百の黄巾党を足止めしたらしいわよ」

「なに!? 五倍の兵力を足止めとは余程の手練れの将ということか……」

「どうやら、あの人のお陰で黄巾党の勢いがなくなったみたいね。華雄さん!」

「うむ、分かっている。総員、撤退! 撤退だ! 今の内に離れて態勢を整えるぞ」

 華雄の号令と共に官軍は無事に撤退することが出来た。

 

 

 そのことを別の陣営、曹操の名代として来ていた夏侯淵と荀彧――桂花はすぐ耳にする。

「張郃、か。確か、桂花は袁家にいたのだったな」

「まあね。あいつの用兵は私も少なからず認めているわ」

「ほう? 桂花が素直に人を褒めるとは、それほどの手練れか」

「気に食わないけど、華琳様なら欲しがる人材でしょうね。出来れば袁家を出る前についでに引き抜きたかったけど、妙に忠義が厚くてね」

「ふむ、人格的にも問題なさそうな様子だな」 

「でも、もし袁家と戦うことになったら注意した方がいいわ。単純なヤツならすぐにやられると思うわよ」

 と、何気に曹操陣営にも静かに話は広まるのであった。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 官軍が無事に撤退出来たことを確かめたあと、矢を撃てるだけ撃って私達も撤退する。

 一応、矢を撃ち尽くしたりはせず余力を残してはいる。

 しかし、元の陣営に戻ってみれば既に討伐は完了している様子だった。

 まあ、あれだけ山道で打撃を与えれば平野にいた兵は微々たるものでしょう。

 麗羽様が焦ったのを除けば美しい勝利でしたね。

「おーっほっほっほ! やはりこの袁本初の敵ではありませんでしたわねえ」

「調子がいいんですから……あ、空殿に鈴花ちゃん。無事に戻られて何よりです」

 真直がこちら気付き、出迎えてくれる。

 鈴花は少し心配そうに聞く。

「真直様、大丈夫でしたか?」

「ええ、途中で黄巾党の勢いがなくなったので何事もなく……空殿の機転のお陰です」

「半分くらい予想はしてましたけどね」

 仕方ない部分もあったが、麗羽様ももう少し堂々とすればいいのに。

 しかし、当の本人は自分の功績を疑っていないようで、

「さあ皆さん! 華々しく凱旋ですわよ。今日はいい気分ですわ」

 などと上機嫌に去っていく。

 その背中を完全に見送ったあと、

『はぁ〜……』

 私達三人は同じため息を吐くのであった。

 

 

 程なくして、それから曹操が黄巾党の首魁(しゅかい)である張角を討ったという報が入る。

 結局、張三姉妹に出会うことはありませんでしたね。

 その報を聞いた我が君主様は――

「きいいいいいっ! あのクルクル小娘が運良く首魁を討ち取るなんて!! 先を越されましたわ!」

 まあ、そういう反応になりますよね。

 あの曹操が運良くという訳ではないと思いますが。

 どう考えても勝利をするためには、あらゆる手練手管(てれんてくだ)を尽くして手繰り寄せるタイプでしょう。

 そこを言うとまた面倒そうなので言いませんが。

小夜(シャオイェ)さん、真直さん、桂藍(けいらん)さん! 次はこの袁本初が名門であるのを示すのに相応しい活躍が出来る策を用意なさい!」

「面倒くさいでございます」

 ノータイムで拒否しましたね。

 小夜さんならそう言うと思いましたけど。

 すかさず麗羽様の檄が飛ぶ。

「ちょっと小夜さん! そこはもっとやる気を出すところではないんですの!? でないとまたあの宦官(かんがん)の孫娘に先を越されてしまいますわ」

「曹操の手腕は此方(こなた)も認めるところ。あちらも余程に良い人材が揃っていると見るのが無難でございます。それに、曹操とは旧知の仲でございますしどう動くかはある程度は分かるというものです」

 初耳ですね。

 しかし、意外なところに意外な人物が関わってますね。

 他も初耳だったのか、何人かは驚愕している。

 そして麗羽様も知らなかったようです。

「あのクルクル小娘と旧知の仲ですって?! 今まで一言もそんな話ありませんでしたわよ?!」

「別に話す必要もないことでございましたし……いつからと言えば、花嫁泥棒してたあたりからと申しましょう」

 視線を横に向けて面倒そうな表情をする小夜。

 そう言えばそんな逸話ありましたね。

 袁紹と曹操の花嫁泥棒の話。

「な、なんでその話を知ってるんですの!?」

 小夜がその話を知ってることに動揺する麗羽様。

 同時に、微妙な視線が彼女に集中する。

「花嫁泥棒って……」

 呆れる美紅(メイホン)

「まあ、若気の至りって誰でもあるものね」

 大人な対応な桂藍、

「異民族みたいだね〜」

 辛辣(しんらつ)銀鈴(インリン)

『………………』

 そして何も言えない猪々子、斗詩、真直の三人。

 私もノーコメントを貫く。

 そんな中で真直が沈黙を破るように話を切り出す。

「えっと……気を取り直して、黄巾党が討伐されたことにより協力した諸侯にその功績を称えて官軍より使者が来るそうです」

「あら、それは重畳(ちょうじょう)ですわね。まあ、この名門であるわたくしであれば当然のことでしょうけど。むしろ遅かったくらいですわ」

 何かしてましたっけ、麗羽様。

「麗羽様、何かしてましたっけ?」

「ちょっと文ちゃん。思っててもそういうのは黙ってようよ」

 猪々子と心の声がかぶりました。

 というか、斗詩も何気に思ってるのが何とも言えない。

「……何かおっしゃいまして?」

「いいえ、何でもありません!」

 幸いにも聞かれなかったようで猪々子はすぐに勢いで誤魔化した。

 全く、この軍は何ともグダグダなところが似合いますね。

「ともかく、名族のわたくしに相応しい働きをしてくれた皆さんには褒美を与えませんとね。そうですわね……ここのところ戦いばかりでしたし、使者が来る前までは休養を与えましょう。わたくしもお肌のお手入れをしないといけませんし。今日の会議はここまでとしますわ」

「では、皆さん解散してください」

 麗羽様の決定がなされたところで、斗詩の解散の号令と共に一同は一礼して玉座の間を出る。

 つかの間の休息ですね。

 まあ、私もゆっくりさせて貰いましょう。

 数少ない休養になるかもしれませんが。

 




曹操と袁紹の逸話

ニ人は正史では結構な悪ガキで、官職に着く前は人の結婚式に乱入した挙げ句に花嫁泥棒をするという割ととんでもないことをしている。
何だかんだで息が合う悪友である感じだとこの話を見た時に作者は思いました。


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拠点フェイズ(朱霊1):恋多き人

最近、アホみたいに執筆してる気がする。

おかげで時間が足りません。


 黄巾党が討伐されて(つか)の間の平和が訪れました。

 今はそれぞれが英気を養い、また乱で負った傷を癒やし、立ち直る時ですね。

 街を見回っていると、戦乱になる度に困窮する人が増えるかと思うと何とも言えない気持ちになる。

 今となってはこの世界の武将ですが、比較的平和な現代社会を思うと話し合いで解決出来ないかと理想を語りたくもなります。

 帝を象徴として日本のように投票で国家の代表を決めて、民の言葉を反映させる。

 そんな理想論を。

「諸行無常、ですかね……」

 今は諸侯が牙を研いでいる時で、その内に反董卓連合軍も組まれることでしょう。

 今は武官として出来る限りをしておくしかない。

 それはそれとして、

「さっきから誰ですか? 覗いているのは」

 中庭の東屋で読書中といういつもの日課をしていると視線を感じる。

 敵意はないっぽいですが、妙に視線がねっとりしてるんですよね。

 私も気配というものが分かるようになるとは。

 それから特に隠れている意味もないと感じたのか素直に出てくる。

「ああ、悪かったわ。ちょっと見慣れない人だから気になっただけ」

 と、木の陰から美紅(メイホン)が現れた。

「何やってるんですか? 美紅さん」

 真名を言った瞬間、血相を変えていつの間にか喉元に突き付けられる三尖刀。

 ええ……?

 私は命の危機より、何故突き付けられるかの困惑が先に出る。

「どこの侍女か知らないけど、あたしの真名を許した覚えはないわ」

 あんたもかい……

 最近オフの時は少女らしく愛らしい中華風ロリータな服で過ごしてるんですが、私と認識されないんですけど。

 そんなに解釈不一致ですか?

何故(なにゆえ)か理由は聞いておくわ。真名の神聖さを知らない世間知らずではないでしょ?」

「……あの勘違いされてると思いますが、空です」

 この下りは何回もやってるんですけど。

 情報共有ぐらい誰かしませんか?

 それとも、私が主張しないとダメな感じですかね?

 私が名乗れば美紅は目をパチクリ。

「え、ウソ?」

「ウソを言ってどうなるんですか? 張郃将軍の真名を騙る意味もないでしょ」

「え、だって……いつもは冷静で男前な感じで――」

 というのでまだ半信半疑なので開いて下ろしてた髪の先を結わえる。

 これでいつもの髪型なので分かるでしょう。

「はい、どうですか?」

「え、ええええええ!?」

 三尖刀を下ろして、驚愕しながら口元に手を添える美紅。

「めっちゃカワイイ。マジで?」

 唐突にギャルみたいな口調になってる。

 元からといえば、そんな話し方するとは思っていましたけど。

 何とも素っぽい反応。

「まあ、いいですけど。私だって女の子ですよ。ちょっとくらいは少女らしくしてもいいじゃないですか……」

 男の意識なんてもうこの見た目で気にするのはやめました。

 逆に今は見た目と私の印象のギャップで悲しみが出てくる。

 しおらしく言うと、

「ゴメン。そういうつもりじゃなかったわ。というか正直、惚れたわ」

「惚れるって……なんですか」

「え? いつもは凛々しいのに実は愛らしいとかメッチャいい。あたし、そういうの弱くて」

 ギャップ萌ってやつですかね。

 気持ちは分からないでもないんですが。

「お詫びにあたしの部屋くる? お茶でもご馳走するわ。それにあんまり話す機会もなかったし」

「まあ、それは確かにそうですね。黄巾の乱も終わったことですし」

 と、私は美紅に連れられて部屋に案内される。

 

 

 部屋に着けば、部屋の中はあんまり私と変わらない。

 シンプルな感じです。

「今お茶入れるわ。適当に座って」

 言われて私は椅子に腰掛ける。

 武官なだけあって武器の手入れ道具が少しだけ見え、根は真面目な感じがする。

 しばらくしてお茶が出され、向かいに美紅が座る。

「どうぞ。あんまり褒められた腕じゃないけど」

「これはどうもです」

 出されたお茶を少し息で冷まして、一口。

 侍女が淹れてくれたものとは違う、渋い感じがする。

 しかし、程よい苦味。

 そんな私を見る美紅はどこか楽しげです。

「ふふ、いいじゃん」

「何がです?」

「その服。他に何か着るの?」

「まあ、色々と探してるところですけど。普段が普段ですからイマイチ理解されてなくてですね」

「男前過ぎるんじゃない? 凛々しいなってあたしも思うし」

 美紅は正直に私の印象を言う。

 そんなにイケメンというか、王子様ムーブしてるつもりはないんですが。

 うーん、女が惚れる女になってしまってるのでしょうか?

 キャリアウーマン的な。

「でも、今日の姿を見てあたしもやられたわ。普段と違う姿ってこんなにも心にくるものなんだなって」

 ぐいぐいと言ってくる美紅に私は少し言葉に困る。

 陽キャみたいな感じで、ちょっと距離感が近い気がします。

「ちょっと嬉しいです。私ってあまり似合ってないのかと」

 でも、素直に少女らしく見てくれたのは嬉しく感じる。

 猪々子には似合わない的なこと言われましたし。

「メッチャ似合うって。何なら今から襲ってもいい」

「いや、それはちょっと……」

 いくら女同士の貞操概念が緩いからと言ってそこまで踏み込むつもりはないんですが。

「というか襲いたい」

 ……あれ?

 何か、美紅の目がおかしい気がするんですけど。

 肉食的な、獲物を見つけたようなそんな目です。

「真名を許しあった仲だし別にちょっとくらいは裸の付き合いよくない?」

「ちょっと何を言ってるか分からないんですが――」

 本能的にヤバい気がします。

 椅子から立ち上がって中腰になってじりじりと、仕合をするような間合いをお互いに取り始める。

 こんなにも貞操の危機を感じたのは初めてなんですけど?!

 賊とかに襲われた時よりずっとヤバいんですが。

 まずは、注意を逸らさないと無理ですね。

 手合わせで分かってますが、美紅は力任せじゃなく技量があるタイプ。

 しかもここは彼女の部屋。

 寝台に追い込まれたら間違いなくヤバい。

 別に興味が無いわけじゃないですけど、ちょっとそんな気分でも雰囲気でもありませんし。

 というかそんなことして今後どうやって顔を合わせるんですか。

 美紅は気にしないでしょうが、私には未知過ぎる体験なのでどう考えても対処出来るわけない。

 ここは一旦、諦めた感じを出しつつ。

「……あの、分かりました。優しくして、下さい」

 指を軽く咥えて渾身の照れを魅せる。

「そこでそれは卑怯でしょ……」

 私の魅了に美紅が構えを解いたのが見えた。

 ――今です!

 三十六計逃げるに如かず!

 部屋を脱兎のごとく飛び出す。

「誘っといてそれはないでしょ!! 待てー!!」

「いやああああああああ!!」

 この世界で初めて私は絶叫しました。

 

 

 とりあえず、撒かないことにはどうしようもないですね!

 こんな時には、

真直(まぁち)さん!」

「うわあ!? 空殿?」

 執務室に飛び込み、真直の机の下に滑り込む。

「美紅さんが来ますが誤魔化して下さい、お願いしますっ」

「ええ、分かりました?」

 あんまり深く聞かずに疑問を覚えつつも真直は了承してくれた。

 程なくして、廊下から足音が近付くのが聞こえる。

「真直、空を見なかった?」

「扉を開けたと思ったら廊下の窓から出られましたけど……」

 上手い嘘を言いますね。

「こっちに注意を向ける為に扉を開けたんだ……戦上手なだけはあるわ。窓からってことは、あっちかな? ありがとう真直」

 それからすぐに美紅の足音が離れる。

 ……行きましたね。

「助かりました真直さん」

「空殿が取り乱すなんて初めて見ましたけど、何があったんですか?」

 机の下から出て、真直にお礼を言うと彼女から至極真っ当な疑問を聞かれる。

「なんと言いますか、惚れられたんですかね?」

「意味が分かりませんよ」

「ですよね。どう言えばいいのか、私の普段との違いに心を打たれたと言いますか……」

「あ~……」

 私のこの説明ですぐに真直は理解を示す。

 頭の回転が早い。

「美紅殿は惚れやすいんでしょうか? 確かに空殿の普段と今の姿の違いに惹かれなくもないですが……」

 私を観察するように真直が分析する。

 そう言えば、そんなことも言ってましたね。

 恋多き女というやつでしょうか?

「しばらくこの格好は控えた方がいいのですかね」

 普段と違う服を着るというのは新鮮で結構気に入ってたんですが。

 それと一つ気付いたことがあり、尋ねる。

「真直さんにこの姿、見せましたっけ? 見せてなかったならよく気付きましたね」

「軍師ですよ? ささいな機微に気付けなくてどうするんですか」

 呆れるように、さも当然という感じで真直は答えた。

 桂花は気付かなかったんですがね。

 付き合いの長さでしょうか?

 しかし、休養を取るはずがいきなりとんでもない事態になりました。

 あの様子だとしばらくは出歩けなさそうです。

「美紅殿が諦めるまで、ここにいます?」

「そうしたいですけど、仕事をしてる人のところに居座るのも悪いですし」

「空殿でしたら別に気にしませんけど……」

 と、真直は言ってくれていますがそこまで世話になるつもりはないです。

 他に安全な場所でも探しましょう。

 というか、部屋に戻りますか。

「お騒がせしてすみませんね。あとは部屋でゆっくりしてます」

「お気をつけて」

 そう真直に見送られ、私は軽く会釈して退室する。

 やれやれと思いながら扉を開けて部屋に戻ると――

 そこには笑顔で立ってる美紅がいる。

「お帰り〜待ってたよ♪」

 バタン! 当然ながら勢いよく扉を閉める。

 先回りされたかッ。

 扉が開けられそうになり、抑え込んでいると向こうから声がする。

「ちょ、待って! 何もしないから!」

「さっき襲ってきて信じられると思いますか!」

「冷静になったから! 信じて!」

 その言葉をどこまで信じればいいのか分からないので扉をすぐには開けない。

 しかし、武将ニ人の力に扉が先に悲鳴を上げてる気配がしたので力は多少緩める。

「本当ですよね?」

「ホントホント、衝動が出ちゃっただけ」

 そういうの困るんですけど!

 それって再発する恐れがあるってことですよね?

 しかしまあ、口調的には落ち着いてる感じなので信用は一応しつつも警戒は怠らず扉をゆっくり開ける。

 半ドアの状態で様子を確認しつつ、言葉を掛ける。

「今度襲ったら本気で抵抗しますよ」

「大丈夫、多分」

「そこは言い切って下さいよ」

「空が誘惑しなかったらいいだけよ」

 私は誘惑してるつもりなんてこれっぽっちもないんですがね。

 いつの間に私は無自覚系小悪魔キャラになったんですか?

 とりあえず襲い掛かる気配はないので扉を開けて部屋に入る。

「自制出来ないんですか」

「えー、無理」

「即答ッ?!」

「カワイイのも好きだし、カッコいいのも好きなのよ」

 感受性豊かなんでしょうか?

 美紅はいつもどおりにニカッと快活に笑う。

 まあ、ある意味では真っ直ぐですね。

 自分の欲望に忠実と言い換えてもいいかもしれませんが。

 気持ちも分からなくもないですし。

「恋多き人ですね」

「うーん、そうかも。軽いかな、私?」

「軽いとは何となく違う気もしますが」

 美紅はどことなく口調から軽い感じはするが、別に気持ちまで軽い感じはしない。

 何でしょうかね?

 その時に全力というか、自分に正直ではあるでしょう。

 

 

 そんなことがあった別の日。

「本日の議題はここまでです。解散してください」

 治水関係と農作物についての話が終わり、斗詩が解散を宣言する。

 うーん、黄巾の乱は終われど残党の話が目立つ。

 爪痕はそこかしこにありますね。

「乱が終わっても治まったとは言えないわね」

「仕方ないでございます。今となっては朝廷の腐敗は火を見るより明らか。今回の乱で露呈したと言っても過言ではございませぬ」

 美紅の言葉に同意し、その理由を述べる小夜(シャオイェ)

「んあ? どうしたんだ斗詩?」

「もう朝議終わったよ、文ちゃん」

「あちゃー、寝ちゃってたか……」

 相変わらずの猪々子に起こした斗詩は呆れる。

 というか、議題に入り始めてすぐに寝てましたよね。

「まったく、猪々子さんしっかりして下さいます? そんなことではこの袁本初の名に傷がついてしまいますわ」

「そういう姫は何の話か分かってるんですか?」

「まだこの名門袁家の領内で黄巾の残党がいるという話でしょう? それぐらい分かってますわよ」

 と麗羽様は猪々子の質問に答えてますけど、内容が浅いですよ。

 残党だけじゃなく復興の為の治水と農作、あとは今後の方針とか重要なことも話してた気がするんですけどね。

「復興の話もございますけどね。しかし、残党……どうしたものでございますか。お隣の青州は荒れ放題で州牧になる者はおらず。北の公孫賛が半ば管理してはおりますが、あそこを治める者はいないようでございますし」

 小夜さんの言うとおり、この冀州の東に隣接する青州は今では黄巾党の残党の温床になっている。

 土地は荒れて復興には長い時間と資金、おまけに残党を処理しなければならない。

 それには必然的に国力を割かないと行けない訳なので。

 自国を割いてまで復興しようという物好きはいない訳です。

「何とか兵として引き込めませんかね? 黄巾を生き延びた残党。敗残とは言え、諸侯から生き延びたということはそれなりに屈強なのでは?」

 瞬間、軍師達に衝撃が走る。

「なるほど、空殿の政策をあちらにも適応すれば人的な国力は増すでございますね。向こうは困窮してるのでございましょうし」

「食と住があるのであれば、文句はないでしょうし。安定した雇用を保証すれば――」

「いいんじゃないかしら? まあ、問題は養える国力があるか否か」

 小夜、真直、桂藍の順で意見を述べる。

 いつの間にか会議の第二回戦が始まってしまいました。

 というか、私って余計なことを言いましたかね?

 何か袁紹軍が強力になるような予感がします。

「久方ぶりに色々と道筋が見えた気がするでございます。ふふふ……」

 また、小夜さんがいつもの上機嫌で黒い顔をし始めた。

「あ……今のメッチャ良い」

 そして、いけない人が反応し始めた。

 そんな一面でもいいんかいッ。

 一応は大丈夫か、確認しておく。

「美紅さん?」

「いや、ゴメン。今の小夜の一面がキュンときた」

 その言葉に私は嫌な予感がする。

 これは……撤退準備ですかね。

「小夜さん、逃げた方がいいですよ」

「いきなり何を言ってるでございますか、空殿」

 いきなりも何も身内から刺客と言いますか。

 美女が野獣になると言いますか。

「そろそろ昼時ね。小夜、一緒にいかない?」

 ダメだこの人。

 誘い文句がヤバい上にあなたが昼ご飯みたいになりそうです。

 仕方ないので強行撤退。

 小夜さんを抱えてすぐにその場から逃げます。

「ひゃっ――空殿、昼間から何やってるでございますか!」

「いや、こうでもしないとおそらくは――」

 チラリと後ろを見れば美紅が肉食的な目で走ってくる。

「ちょっと、空! なに小夜を攫ってんのよ! あんたも狙ってたわけ?!」

「一緒にしないで下さい! 狙ってるのはそっちでしょうが!」

 そして小夜はキョトンとした顔からジト目。

「一体何でございますか?」

「端的に言いますと美紅に襲われるんですよ!」

 ギャップ萌えってどう日本語で言えばいいんだ!

 ともかく、このままでは内の軍師筆頭が攻城される。

 そして美紅の様子を観察してた小夜は何となく理解したようで――

「……節操ないんでございますね。空殿、何とかお願いします」

「気楽に言ってくれますね?!」

 その後、何とか城中を全力で逃げ回って美紅は落ち着いた。

 貞操は何とか守れました。

 しかし、今後の振る舞いをどうしようかと真剣に考えさせられる事件であった。

 



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第一章:反董卓連合編
一章:乱終わり、新たな局面を迎えるのこと


もうすぐゴールデンウィーク、つまりは書きたい放題。

とはいえ、趣味のゲームが積みまくってるのでそっちもやりたい。
分身使えませんかね?

ともあれ、恋姫続編いきましょい。


 黄巾の乱は終わり、火種が(くす)ぶる後漢末期。

 既に朝廷の腐敗と権力の失墜は誰の目にも明らかになってしまいました。

 諸侯に協力を要請しなければ乱も平定出来ない。

 民の誰もが、噂をするほどに。

 次の流れとしては反董卓連合が組まれ、お互いに腹の探り合いでしょう。

 それから自らが天下を平定、あるいはその覇権を握る。

 ある者は秩序、ある者は民を思い、ある者は故郷を守らんがために。

「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。ですかね」

 などと有名な平家物語の一句を思わず呟きます。

 隣で聞いてた真直(まぁち)が珍しそうに聞いてくる。

「詩を(うた)われるのですか?」

「いえ、何となく思っただけです」

「でも、現状をよく表した一節だと思います」

 感心されてますが、誤解がありそうで困るんですけどね。

 今回はどうやら、大将軍の方から急使が来るとの知らせだった。

 略式でよいとの話でしたのでよかったです。

 こっちの作法はまだまだ勉強中ですからね。

 なので、私と真直は集合のため玉座へと向かっている途中です。

「おはよ〜」

 銀鈴(インリン)とも途中で合流して、いつもみたいにのんびりした感じの挨拶をする。「大将軍からの急な使いってなんだろね~?」

「さて、分かりませんが。おそらくは乱の平定を協力した諸侯への褒賞とかではないでしょうか?」

 銀鈴の疑問に真直は自分の予想を話す。

 おそらくは、そんなところでしょうね。

 大将軍の使いということは、誰か知ってる武将でしょうか?

 知ってる武将であれば話もしてみたく思いますけどね。

 

 

 そうして玉座の間へ主要な者がきっちりと服装を整えて整列する。

 略式とはいえ、格式は大事ですよね。

「さて、あのいけすかない大将軍の使いとのお話でしたが誰が来るんですの?」

 麗羽様は問い掛けに小夜(シャオイェ)が答える。

皇甫嵩(こうほすう)という者でございます」

「聞いたことがありませんわね。天子様の(ばつ)にそのような方はいらっしゃったかしら?」

 皇甫嵩……そう言えば、この間の黄巾討伐で山道で助けた旗印にそのような字がありましたね。

 真直が呆れている感じからして、同じ者でしょう。

 真名は楼杏(ろうあん)であったと思いますが。

「まあ、いいですわ。もうすぐ来られるとのお話ですし、きっとわたくしに相応しい褒賞を用意して下さることでしょう」

 その自信はいつもどこから来るのやらですね。

 その言葉に小夜含めて美紅(メイホン)、真直に私、それから斗詩が疲れた顔をする。

 程なくして使いが現れた。

 妙齢のメガネを掛けた女性。大人の気品を窺わせるような物腰。

 皇甫嵩、官軍の中郎将という官位であったはずの武将。

 その側にはもう一人、銀髪の豪快そうな雰囲気の女性。

 華雄(かゆうま)華雄(かゆうま)さんじゃないか!

 いや、まさかこっちの方で出会うとは意外ですね。

 それから皆が一礼をし、皇甫嵩は上座から麗羽様に大将軍の言葉を告げる。

 一応は、向こうの方が立場は上ですからね。

「袁本初殿、此度(こたび)の黄巾討伐での功績を天子様は喜んでおられます」

 皇甫嵩はそう言葉では紡いではいるが、隣の華雄はそうは目で言ってないです。

 というか、すみません。

 ウチの主君が勝手な行動で被害出しましたよね。

 それが分かってるのか、真直も微妙な顔だ。

 とはいえ、ここで臣下が出張る訳にもいかないので沈黙する他ない。

「これまでの功績を称え、西園八校尉(さいえんはちこうい)が一人に任命致します。任命式は禁中で行われますので、後日に日取りを知らせる使者をお送り致します」

「謹んでお受け致しますわ」

 あの麗羽様が身を引いている。

 まあ、いつも名門だとなんだと格式を口で言ってる人ですからね。

 流石にそこら辺は(わきま)えているのでしょう。

 いつも高飛車なところしか見てませんけど、こういう時は君主ですよね。

「これからも、天子様の忠実なる諸侯としての働きを期待しますわ」

「ええ、主上様に変わらぬ忠義を名族としてお約束致しますわ」

「では、簡単ではありましたけれどこれをもって天子様からの意向、確かにお伝えしました」

「ええ、確かに受け取りましてよ」

 お互いに一礼する麗羽様と皇甫嵩。

 そのまま立ち去るかと思いきや、

「今日はお泊りになられます? 洛陽までは遠いでしょうし、天子様の使いをタダで返したとなれば名門、袁本初の名が泣きますわ」

「その厚意、ありがたくいただきましょう」

「誰か、主上様の使いを案内しなさい」

 言われて女官が歩み出し、速やかに二人を案内する。

 皇甫嵩は去り際に一礼し、華雄と共に玉座を去る。

 最後に出る前に私を見た気がしますが、気のせいでしょうか?

「ふふ、おーっほっほっほ! おーっほっほっほ! 遂にこのわたくしも天子様の直属の軍という訳ですわね」

 麗羽様は喜んでますけど、小夜は呆れてる。

「どう考えても形だけでございましょう。あの肉屋将軍が力ある諸侯を傍に置いておく訳がないでございます」

 小夜と真直は何となく今回の任命について思うところがあるのか、そんな顔をしてる。

 というか肉屋将軍って、何進が元肉屋なのは周知の事実なんですね。

「ま、お嬢様が適当に満足してるようでございますのでしばらく大人しくしてるでございましょう」

「小夜さん……本音は隠して下さいよ」

「真直殿もいい加減に楽になるでございます。あ、それとお嬢様と一緒に禁中に行くのは任せるでございます」

「ええッ!? 私が行くんですか?」

 すんごい勢いで小夜さん、真直に投げましたね。

 禁中とは、まあ簡単に言えば天子様がいる居城ですね。

「誰があんなクソ面倒臭いところ行くでございますか。それに、洛陽でのことは真直殿の方が詳しいでしょう? 元は朝廷の文官なのでございますし」

 いつものジト目でいつもより毒を吐く小夜さん。

 心底行きたくないんでしょうね。

「それは……そうですが。あの、空殿? 一緒に来てくれませんか?」

 何で私に助けを求めるんですか?

 そのまま真直はうるうるした感じで私を見てくる。

 やめてくださいよ、そんな捨てられた子犬みたいな感じ。

 まあ、麗羽様と二人だけだとストレスマッハになりそうですから付き合いますけど――

「道中まででしたら……というか、猪々子と斗詩も一緒に行くでしょう? 官位のない私が行ってもどうかと思うのですが……」

「いえ、空さん。私も文ちゃんも官位ないですよ」

 斗詩の言葉に私は、「ああ……」と納得します。

 官位持ってそうなの、元朝廷の真直と麗羽様くらいしかいなかったですね……ウチ。

 他にもいそうですけど。

「道中の護衛だけでいいのでお願いします!」

 懇願にも似た感じで必死ですね。

 まあ、真直だけではいざという時にはフォロー出来ないでしょうし、斗詩は猪々子で手一杯でしょうしね。

「分かりましたよ」

「面倒見がいいね」

 美紅がそれを見て、微笑ましそうにしてる。

「頼られるのは嬉しいですけど、妙に私ばかりな気がするんですが?」

「いいじゃん、でもやっぱり男前だね。やるう」

「美紅さん、来たときと人が違いません?」

 私は思わずツッコむ。

 慣れてくると素でも出るんですかね?

「そんなことないって」

 快活な笑顔は変わらず。

 なんか、陽キャのオーラを最近は強く感じます。

 元々がオタクで静かな方が好きな私にはちょっとたまにノリが辛い。

 

 

 そのまま解散となり、いつも通りに調練へと繰り出す。

 副官の鈴花(りんか)も一緒に調練所へ。

「さて、事前に知らせたように今日は槍の演練です。黄巾の時は馬はいませんでしたが、異民族のように馬を使う戦があるかもしれません。分かりますね?」

『ハッ!』

 兵士は私の問い掛けに返事をする。

「張郃隊の基本は!」

『美しく、華麗に!』

 あるゲームのキャラを意識はしてます、若干。

 でも、実際追い求めてみると結構いい感じに練度が高くなってるんですよね。

「統率が美しければ、強力な攻撃を。華麗な進軍は素早い展開を。それが皆を守ります! では、太鼓に合わせて突きを始め!」

 今となっては調練も慣れたものです。

 太鼓に合わせ、

『ハッ!』

 声と共に突きを繰り出す。

 何度か突きをやらせて、

「次、防御陣形!」

 打ち手が太鼓を二回鳴らしたところで、全員が外を向き槍を構える。

「正面!」

 今度は一回鳴らして、私の方へ一斉に向いて構える。

 それからまた、突きを繰り返す。

 今日は防御と正面への構え直し、そして突きだけです。

 単純な反復演練ほど大事ですね。

 集団での複雑な動きなんて一朝一夕では身につきません。

 それこそゲームじゃないですし。

「では、しばし休憩です。四半刻後に太鼓が鳴れば整列し再開です」

 四半刻とは大体は三十分ですね。

 この時代だと細かい時間がありませんから、メリハリをつけるのが大変です。

 鈴花が近くに来て感心する。

「すごいですね、空様。まだ数日しか経ってない者もいるのに」

「雰囲気に慣れさせれば何となく分かるものですよ。そこまで難しいことでもありません」

 集団心理ってヤツですね。

 みんなが上を向いてれば何となく上を向いてしまうように、新人でも同じ動作をするのであれば難しくはないでしょう。

 実際に動くとなれば練度の差は出るでしょうけどね。

 今となっては武将ですが現場仕事を思い出します。

 

 

 半日が経って、今日の調練は終了する。

「では、本日の調練は終了する! 今日もよくやってくれましたね」

 にへらっと、最後に柔らかい笑顔で労う。

 女性の笑顔でやる気が出ない訳がないですからね。

 元々が男だった心理を利用してる感じはしますが、せっかくの女性の体なんですし利用しない訳にはいきません。

「では、明日も頑張りましょう」

『おおおお!』

 盛り上がりますね〜

 そのまま兵達は解散していく。

 隣にいる鈴花に、私は言葉を掛ける。

「鈴花もそろそろ、副官は卒業ですかね」

「え? まだ早いですよ、空様……」

 もじもじして自信なさげな鈴花。

 私はもう一角(ひとかど)の将として扱っていいと思いますけどね。

 実戦経験は豊富とは言えませんが、それでも十分に指揮は出来ると思うんですが。

「失礼、あなたが張郃将軍?」

 私と鈴花が話していると皇甫嵩が私に話しかけて来た。

 離れたところで調練も見てたみたいですし。

 私はすぐに拳と手を合わせて一礼する。

「はっ、皇甫嵩殿ですね。確かに私は張郃です」

「ああ、そう固くならなくても結構よ。お礼を申し上げに来たの」

「礼、ですか?」

「ええ、過日の黄巾討伐で山道からの窮地を救っていただきありがとう。お陰で大きな被害なく撤退することが出来たわ」

 と、謝辞を述べられる。

 わざわざそれを言う為に使者も受けたんですかね?

 皇甫嵩の高潔さは知ってますけど……原作知識的な意味で。

「礼を申される程ではありませんよ。元はと言えば、麗羽様のせいですし」

 私が疲れた顔をすると、鈴花も目が泳ぐ。

 その表情で皇甫嵩は何となく察してくれるだろう。

「えっと……大変なのね」

「そうです。なので礼は不要ですよ」

「しかし、兵の調練は見事なものでした。練度もあり、士気も高い」

 軍人らしく、皇甫嵩は真面目な顔になる。

 まさか皇甫嵩に評価されるとは……

 女性でも名のある将には変わりないですし。

 何とも元一般人としては気恥ずかしいですね。

 張郃とはいえ、まだまだ私は無名でしょうし。

「うむ、実に見事だ」

 皇甫嵩に続けて、華雄がその姿を現した。

「おや、華雄殿」

「一人で行かないでほしいものだな。私だって礼を尽くさねばと思っていたのだぞ」

「それは失礼しましたわ」

 皇甫嵩と華雄はそんなやり取りをする。

 随分と名を覚えられたものです。

 軽いマッチポンプな気がしないでもないですが。

「官軍を預かる将軍に覚えられるとは望外の喜びです。ですが、先の戦での事は我が君主の勇み足によるもの。よって礼は不要です」

 私の言葉に、ほう、とまた両将軍は感心する。

「失礼。あと謝罪させて下さい。てっきり恩着せがましい者ではないかと、内心疑っていました」

「空様はそのようなことしません! 本当に失礼な考えです」

 と、鈴花が皇甫嵩の言葉に子供っぽく憤慨する。

「鈴花、下がりなさい。腹の内など言わなければ知られないものなのに、わざわざそれを謝罪してくれたのです。誠実なことでしょう。それを咎めるのは大人(たいじん)とは言えませんよ」

「は、はい……」

 私の言葉に、素直に下がる鈴花。

 大人とは――"おとな"ではなく、器量のある人とか徳のある人です。

 孟子や論語といった儒学でよく使われる言葉でもあります。

 皇甫嵩の懸念も無理からぬことで、腐敗が進んでいる朝廷では誰が取り入ろうとしているか分かったものではないでしょうけどね。

「ふふ、思ったより良い人ね。この時代にあなた程の人はそう多くないでしょう」

「いえ、私なんて元はただの村娘です。洛陽では様々な噂が流れていますが、人となりについては私は基本的に自らの目と耳で見たものしかあまり信じませんので」

 噂なんて尾ひれ背ひれ付いてくるものですからね。

 この時代にニュースとか新聞とか情報を仕入れるものがないので基本的に噂だよりになったりする訳ですが、火の無い所に煙は立たないった感じで、少なくない人数がそれを信じたりする訳です。

 私はそんなのに流されないつもりです。

 現代社会でも情報が錯綜していて、何が真実かなんて分からないものですし。

 そう考えるといつの時代も変わらないものだったりするのですかね?

「そう……では忌憚(きたん)なく答えて頂ける? 私はどのように見える?」

 それは本当に自らの言葉通りに私が噂に流されない者であるかを試す問い掛けでした。

「そうですね。"洛陽"の皇甫嵩将軍ではなく、誠実な将でとても不正をよしとする人ではないというのが、私の皇甫嵩殿の印象です」

「そう。でも、私はあなたの思うような人ではないかもしれないわよ」

 自己評価が低いですね。

 というより、洛陽の話を聞いてるのであれば好印象など抱くはずがないと思ってる感じです。

「周りに火がついていれば関係ないところでも煙は立っているように見えるものですよ」

 風評被害って言うやつですね。

 関係者ではあるかもしれませんが、不正をしてないのに不正をしてると思われる。

 (まいない)を受けとらなければ煙たがられるなんて、世知辛い話ですよ。

「華雄殿もそのようには見えませんしね。自らの名声は勝ち取るような人でしょう」

「うむ、洛陽での連中のやり方は気に入らん。将であるなら武勇を示してこその名声だ。気に入ったぞ張郃殿、話が分かるではないか」

 私の言葉に華雄は破顔する。

 別に取り入る訳ではないですが、悪印象を与える意味もないですしね。

「そう。会えてよかったわ、張郃殿」

「はっ。私もです、皇甫嵩殿、華雄殿」

「それはそれとして、私としては一戦交えてみたいがな。その精錬された立ち振舞い。何とも興味がある」

 うーん、何とも武官らしい思考。

 皇甫嵩は華雄のそれを咎める。

「華雄殿、今日は休みましょう。彼女もここの将としての職務が残っているでしょう」

「ふむ、そうだな。今回は使者であるし我々も忙しい身だ。別の機会に手合わせ願おう」

 と華雄は言って、皇甫嵩と共に調練所を去っていった。

 別に私は「強えヤツと戦うのワクワクすっぞ」的なタイプではないんですけどね。

「さっきから鈴花は何やってるんですか?」

「いえ……少しでも研鑽しようと」

 だからといって今のやり取りをその竹簡に書いてる訳じゃありませんよね?

 というか、どっから墨と筆を出してるんですか?

 真面目な部下に私は苦笑する。

 

 

 後日――皇甫嵩と華雄は無事、南皮を出立していった。

 それから近日中にまた朝廷から使いが来られ、遂に洛陽へ至る。

 司隷(しれい)州、洛陽。

 それは皇帝直轄の地と言ってもよい場所です。

 今で言えば首都圏みたいなものですね。

 なので、活気はありますが……妙な雰囲気を漂わせまくりです。

「ここが洛陽ですか」

「初めて訪れる割には落ち着いてますね、空

殿」

「そんな田舎丸出しみたいに騒いだりしませんよ」

 すごいはすごいですが、現代社会の都会を知ってる身としてはあまり感動がありませんね。

 それに、インドアだったので観光地に感動を覚えるタイプではなかったですし。

 どちらかと言えば、片田舎ぐらいが好きです。

 どちらかと言えば真直が別の意味で深刻そうですが。

「うぅ……胃が痛い。なんで戻って来たんでしょう……」

「洛陽を知ってて官位持ってる人がいないからですよ」

「正直、官位なんて返上したいです。どうせ私の言葉なんて誰も聞いてくれませんし……」

 何というネガティブ。

 まあ、いい思い出なさそうですしね。

「大丈夫ですよ。真直さんは頼りになる軍師です。武官として私は真直さんの期待にお応えしますよ」

 と励ましてみれば真直は私の胸に飛び込んでくる。

「うぅ……空殿ぉ!」

 感極まった感じで、真直が抱き締めてくる。

 なんですかね、この絵面。

 ロリに甘える委員長キャラって感じなんですけど。

 自分でロリって言って悲しくなってきました。

 うん、私はロリじゃなくて美少女です。

 元男が何を言ってるかって話ですけど。

「なあ、斗詩。あたいたち何を見せられてるんだ?」

「ほら、真直さんも色々と大変だから」

 猪々子の言葉に何とも言えない回答をする斗詩。

「何をやってますの? 真直さんさっさと行きますわよ」

「あ、待って下さいよ麗羽様ぁ!」

 麗羽様がさっさと行ってしまって現実に返り、真直はそれに続く。

 さて、我々はある意味ではお留守番な訳ですが。

「はぁ~腹減った。斗詩に姉貴、飯でもいこうぜ」

「まあ、任命式には参加できないもんね」

「官位ないですからね。手持ち無沙汰ですし、時間を潰しておきましょう」

 猪々子に同調して久々に三人で食事へと向かう。

 その途中で視界の端に、"彼"を見つけた。

 

 ――北郷一刀。

 

 この世界では初めて見る彼を。

 外史はこれから新たな局面を迎える、といったところでしょう。

 果たして同じ道を歩むのか分かりませんが。

 ましてや違う君主を頂く今となっては、どうなるかも分からないですがね。

 ま、友達として気には掛けておくさ。

 




仕事の関係とか疲労の関係で感想の返信が遅れるのはご容赦下さい(今更)


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拠点フェイズ(麹義1):たまにはのんびり

すまぬ、戦国恋姫をプレイしてたら全然進んでなかった。
エロゲですけど、名乗りとか葛藤とか色々と好きです。
架空戦記ならカッコいいのも外せませんね。

個人的に信虎と綾那の戦いはよかった。
カットインを恋姫無双の方でももっと入れて欲しいですね。


 麗羽様が西園八校尉に任命されて後日。

 昇任、と言っていいんですかね?

 まあ、形だけで中身がなさそうな雰囲気でしたが。

 さて、私と言えば調練に警邏に真直達の手伝い。

 文官もこなせる武官は貴重ということで重宝されています。

 疲れてはいますが、どちらかと言えば麗羽様や猪々子の後始末の方が大変です。

 猪々子はいい加減に書類から逃げるなと小夜(シャオイェ)も珍しく、憤慨してました。

 そして、ある朝議の時です。

「ということで、青州の黄巾の残党は端から切り崩すように順次取り込めています」

重畳(ちょうじょう)でございますね。このまま、青州を任されればこちらとしては都合がよいでございますが……」

 桂藍(けいらん)さんの言葉に小夜さんは満足そうな感じです。

 しかし、このままだと曹操と麗羽様の戦力差が絶望的になりそうです。

 いや……どうでしょうか?

 戦力あっても麗羽様ですし、肝心な時に負けそうな気がしないでもないですが。

「では、朝議はこれまでですね。引き続き、各諸将ごとに継続して頂くということで」

 真直がそう締めくくろうとした時、

「いえ、一つまだあるでございます。空殿」

 小夜が私に気怠げな目を向けてきました。

 何でしょう?

 頼みたいことでもあるのでしょうか?

「本日は休むでございます」

「はあ……適度に休養を頂いてる気はしますが」

 いきなり小夜さんに休めと言われて私はそう反論する。

 そんなに働いてる気はしない……と言っても、それは信じてもらえなさそうです。

 こういうのって無自覚の場合が多いですし。

「逆に聞くでございますが、最後に休んだのは?」

「一応は先週も頂いてますけど」

「真直の手伝いをしたでございましょう?」

「片手間ですよ。仕事の内には入りません」

 書類を出来る人が少ないのが問題ですよね。

 文官がいない訳ではありませんが、いまいちパッとしない。

 名を聞いたことがある人もいるにはいるのですがね。

 許攸(きょゆう)という話してて知性を感じさせる文官の人もいるのですが、いかんせんお調子者でポンコツ臭がする人でした。ちなみに女性です。

 私の言葉に小夜さんは呆れ気味。

「真直殿も何を気軽に頼ってるでございます」

「すみません……つい」

 その言葉に真直は反省する。

 別に頼ってくれてもいいんですけど。

 まあ、あんまり仕事のお株を奪うつもりはありませんが、頼られるのは嬉しいことですしね。

 よくあるこの程度も出来ないのか、とノルマをこなしても頑張って結果を残しても変な欲をかいたり、何のために仕事してるのかよく分からない上司に付き合ってた日々に比べれば幾分もやりがいがあります。

「まあまあ……空殿のお陰で色々助かってるのは事実だけど、確かに働きすぎね」

 桂藍(けいらん)さんまで……

 まさか私がワーカーホリックだとでも言うつもりですか?

 しかし、同時に前世を思えば働きすぎだからと休めと言われることの何と温かい気遣いでしょう。

 思わず目頭が熱くなります。

「あたいも休み欲しいなあ……」

「文ちゃんは空さんを見倣って、もう少し書類仕事頑張ってよ」

「えー……」

 斗詩の言葉に猪々子は不満げ。

 いや、そこは苦手なりに頑張りましょうよ。

「大丈夫でございます。空殿の仕事は文醜に回すので、安心して休むでございます」

「うえええ!? 沮授、それは勘弁してくれよ~!」

 小夜の言葉に、猪々子は絶叫する。

 私も思わず重い息を吐きそうになる。

「逆に休めそうにないんですけど……」

「ああ、後始末が出たら全て文醜に責任取らせるので大丈夫でございます」

 余程に休ませたいらしい。

 これは、本格的に手を出したら怒られるやつですね。

 哀れ猪々子、というか頑張れ猪々子。

 袁家筆頭の武官がこんな扱いでいいのかとお思いつつ、半分は自業自得なところがあるので何も言えませんが。

「斗詩ぃ〜頼むよ、あたい一人じゃ無理だよ〜」

「それは別にいいけど……」

 総司令官である小夜を斗詩はチラリと見る。

 まあ、猪々子には少しでも他の仕事をさせたい感じなので気にしてるのでしょう。

 小夜はしょうがないとばかりに息を吐いて、

「まあ、余計な仕事を増やさないように補佐は任せるでございます」

 それだけ呟く。

 そうして、私は急な休養を頂くことになりました。

 

 

 私はいつもの場所である東屋で日課となってる読書。

 今回は完全な休養なので昼間から酒です。

 度数低いんですよね、この時代。

 相当飲まないとあまり酔えない。

 酒造方法が分かれば、日本酒とか作りたいものですが……素人じゃ無理があります。

 そんなことを考えていると中庭で見慣れた人影。

 あれは……銀鈴(インリン)ですね。

 ぼーっとした感じで庭の芝生の上で空を見上げてる。

 典型的なのんびりキャラみたいなことしてます。

 そのまま本を閉じて東屋から出て、何となく傍に近寄る。

「あ〜、クーだ」

 真名をカタカナ読みしたような感じで言って、銀鈴は私にすぐに気付く。

「よく気付きましたね」

 オフの私の姿を初見で気付く人は、真直以外にはいませんでした。

「ん〜、何となく〜」

 間延びした返答。

 ぽやぽやした感じで何とも小動物的な愛らしさがある。

 でも、武器か防具を身に付けるとまるで人が変わるのでギャップがすごいです。

「クーは、不思議だよね~」

 私からすれば銀鈴の方がよっぽど不思議なんですがね。

「そうですか?」

「うん」

 短く答えてそれきり。

 まあ、別に無理に話題を探す必要もないでしょう。

 この沈黙も居心地が悪い訳ではないですし。

 黙っていてても彼女の柔らかな雰囲気は、清涼剤のような感じで近くにいる人の心を和ませる。

 近くに腰を下ろせば、少しだけ私を見てボーっと青い空を見上げてる。

 とりあえずは当たり障りのない話題を投げてみる。

「普段は休みの時は何を?」

「ん〜、鍛錬したり。こうして空を見てる〜」

「そうですか。のんびりするのもいいですね」

 こうして落ち着いて空を見るのも悪いことではないです。

 まるで争乱なんてない、平和としか思えない風景。

 忙しければこうして上を見ることもない。

 ましてや戦時であれば尚更です。

 そう思えばこのご時世では貴重な時間ではあるかもしれません。

「異民族を追い払ってると、どんどん心が(すさ)んでくるからね〜。そんな時は空を見上げるの〜」

 そう言えば、異民族に対してプロでしたね。

 異民族……一体どんな感じなんでしょうか?

 思い浮かぶのはヒャッハー的な感じだったり、人っぽい何かだったりするのでしょうか?

 というか、こんなポヤポヤした雰囲気の銀鈴が荒むなんて想像出来ませんね。

 まあ、ずっと人を殺し続けたら変な気分にもなるでしょうけど。

 今は武官として刃を振るう立場ですが、あれは慣れるというより耐えることができると言った方がいいかもしれません。

 人を殺める(ごう)に耐える。

 そんな感じです。

「クーは、どうして戦場に立とうと思ったの〜?」

 緩い口調なのに切り込んできますね。

 まあ、どうして戦うのかと聞かれても、私は大層な理由なんて持ち合わせてないんですけど。

「そうですね。私の勇名が轟けば村が襲われる心配が減りますし、戦うのが嫌になるくらい戦上手になれば……きっと戦わずして勝つということも難しくないのではないかと、思いまして」

 最初は村の為でしたが、後者は最近そう思うようになりました。

 抑止力という訳ではありませんが、戦うのが馬鹿らしくなれば話し合いで解決しようと動く人もいることでしょう。

 たかが一武官で元一般人には大それた夢物語ですけど。

「クーは優しいね~」

「そうでしょうか? もっと平和なやり方、それこそ儒学者でもなった方が余計な血も流さずに済むのかもしれませんよ」

「でも~、クーは力があるって思ったから仕官したんだよね~?」

「私ならもっと多くの民草を救えると信じて下さった父や村の人が送り出してくれたんですよ。その期待には応えませんと」

 だからこそ、私は戦うならば被害を最小限に。

 決定的な敗北ではなく、次に繋がるような勝ち(価値)を得る。

 張郃の名を冠していようとも、私はそう在りたいと思います。

「そっか〜。住んでるところは大事だよね〜。インも戦うのは好きじゃないけど、クーと同じ理由かな〜?」

「戦うのが好きじゃない割には、武器か防具かを身に着けると人が変わるみたいですけど……」

 そこを思わず突っ込むと、銀鈴は珍しく恥ずかしそうに顔を赤くした。

 もしかして、気にしてるんでしょうか?

「あんまり言わないで欲しいな〜……恥ずかしいから〜」

 と、銀鈴はニコリとはにかむ感じで笑う。

 やっぱり気にしてるんですね。

 なんと言うか……別人格みたいでそれを自覚してて恥ずかしいという感じなんでしょうか?

「そうですか? 凛としてて歴戦の猛者(もさ)という感じで兵も引き締まると思いますが」

「必要なことだけど〜、兵のみんなにも静かな時はのんびりして欲しいから〜」

「そう言えば銀鈴の兵は精兵という感じでしたね」

 そうですね……私の隊の兵が十段階の内で評価するならば六で銀鈴の兵は八か九はありそうなくらい屈強な感じでした。

「みんな家族みたいなものだしね~。だからこそ、のんびりして欲しいんだけど〜」

 言い方から察するに彼女の兵達は銀鈴みたいにオンオフを分けてる感じではないらしい。

 実際、仕官の挨拶で門を出た時に指示を仰いでた様子も堂々とした佇まいだった。

 困ったような顔をする、そんな銀鈴の心配の仕方は母性を感じさせる。

 何とも不思議な感じですね。

 見た目中学生くらいですのに。

 まあ、私もあまり人のこと言えませんが。

「それだけ慕われてるということですよ」

「それは知ってるよ〜」

 家族みたいなもの、それ程までに心を通い合わせてるということでしょう。

 銀鈴も慕われてることくらいは十分に承知してるようで、改めて言われるまでもないと言った感じで答えた。

「だからクーも、もっとのんびりしよ〜」

「のんびりしてますよ」

「そうかな~? のんびりしてたら休めなんて言われないと思うよ~?」

「うっ……ごもっともです」

 鋭いことを言われて思わず詰まった。

 そんなに働きすぎですかね?

 などと考えていると、銀鈴が寝転がって腕を私の方に伸ばして出してくる。

 腕枕、ですかね?

 こういうの気軽にしてくれたり、したりと同じ女性で役得とは思います。

「ほら、今日はゆっくりしよ〜」

「そうですね……」

 代わりに私も銀鈴の頭のしたに腕を入れてお互いに腕枕する感じにする。

「おやすみ〜」

 穏やかな口調に誘われて、お酒が入ってるのも相まってすぐに眠気がきた。

 妙な包容力に身を任せて、意識が沈む。

 少ない平和を願いながら。

 



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二章:張郃、天の御遣いと曹操に出会うのこと

どうも、お久しぶりです。
仕事の関係でなかなか更新できませんでした。
そんな中でも感想等ありがとうございます。
これからも応援して頂けると幸いです。
来年もよろしくお願いいたします。

良いお年を。


 その日は物々しい感じで軍議が開かれた。

 集まってみれば、珍しく軍師達は渋い顔です。

「全員そろいましたわね。小夜(シャオイェ)さん、進行をお願いしますわ」

 玉座の間にいつも通り両脇にニ枚看板を控えさせている麗羽様がいつになく真剣に号令を発する。

 珍しくキリっとしています。

「では、面倒ですが軍議に移るのでございます。洛陽に縁のある真直(まぁち)殿の話によると、禁裏(きんり)ではどうやら動乱が起こってるようでございます」

 その言葉に、私はいよいよかと身構える。

 それは、董卓が実権を握る宦官(かんがん)である十常侍(じゅうじょうじ)の粛清。

 とはいえ、この世界での董卓は私欲のためではなく幼き帝の為ではありますが、それでも実権を握るのに変わりはないでしょう。

 何せ、実権を握っていたのは大将軍である何進とその十常侍なのですからそれを排したとなれば、権力は粛清した者に集中するでしょう。

「ええ。どうやら都では不正をしていた役人を大粛清しており……噂では大将軍・何進は天子様の暗殺を企てそれが露見し逆に暗殺されたとか。気に病まれた霊帝陛下様はご退位し董卓が劉協様を帝として擁立なさったようです」

 小夜さんの言葉に真直は事の詳細を告げる。

 とは言え、それは賈詡(かく)による策であったように記憶しています。

 詳しくは忘れてしまいましたけど。

「ともあれ、今は董卓さんが洛陽の実権を握っているでしょうね~。直接お会いしたことはないけれど、真直ちゃんの話を聞く限り悪い子には思わないのだけど」

 桂藍(けいらん)が冷静にそう述べる。

 しかし、麗羽様は反論するように声を荒げる。

「いいえ。あんなカワイイお顔をしておきながら、きっとお腹の中は小夜さんみたいに真っ黒なのですわ! 天子様を擁するなんて……田舎領主の分際で、きぃぃーーーー!!」

 ハンカチでも噛みながら悔しがってそうな奇声を麗羽様は発してますけど……

 小夜さんは面倒くさそうに視線を下に向けた。

「腹が黒くなくては軍師ができないでございます。お嬢様は意地汚い腹をしてらっしゃいますが」

「誰が(たる)んだお腹をしてるですって〜!?」

「麗羽様、誰もそんなこと言ってませんから」

 真直は麗羽様の言葉に呆れるようにツッコむ。

 というか、小夜さんは相変わらずの毒ですね。

 普通なら無礼と斬られるところですが、それをしない辺り麗羽様は器があるのかないのか……

「まあ、お嬢様のとこです。どうせ気に入らないのと、この間の黄巾討伐で(まいない)でも要求して断られた腹いせでございましょう」

 え……?

 賄賂を要求する意味あります?

 というかいつの間に。

「受け取らないなら代わりにわたくしが有効に活用してあげようという心遣いですわ。それに、お金はいくらあっても困りませんもの。なのにあの田舎領主ときたら、この名門袁家が好意で庇護しようというのにそれすらも断りましたのよ!?」

 えぇ〜……

 もうちょっとどういうお金かは考えて要求した方がよいのでは。

 おまけに董卓を庇護って……

 まあ、守りたくなる人ですけど現状では庇護しても旨味がなさそうに思うんですが。

 というか――

『…………』

 全員が同じように呆れるか、絶句してます。

 ダメだこの君主、もうどうしようもない。

「……帰るでございます」

 とうとう小夜さん色々と諦めましたよ!?

「シャ、小夜さん。せ、せめて方針を固めましょう!」

 真直も必死に引き止める。

 その言葉に小夜さんはまた息を吐いて進行を続ける。

「方針なんて既に決まってるでございますが、改めて。洛陽に詰めている官軍……それを何進を排した董卓が手中に収めたとなれば最早、一諸侯だけでは到底太刀打ちが出来ない規模でございましょう」

 確か、官軍の規模は数十万との話もありますね。

 それを董卓が手中に収めていたとしたら確かに一つの勢力では歯が立たないでしょう。

 ともなれば、

「連合を組み、各諸侯と連携し打倒董卓を掲げます。そして、麗羽様が帝を保護すれば……きっと勢力としてより盤石になると思います」

「それはいい考えですわね。董卓さんが擁立した帝というのは気に入りませんけれど、空丹様も一緒に保護してしまえばよいですわね」

 真直も同じように帝の擁護を提案して麗羽様も同意する。

「檄文を発し、募りましょう。陳琳さんならきっと相応しい文を書いてくれますわ」

 そして、麗羽様が名前をそう挙げた。

 陳琳さんですか。

 確か、曹操に敵対する檄文を書いた逸話があった人と記憶しています。

 結構、親に対する誹謗中傷も添えて散々に書いてたような……

「それで旧知の仲である曹操殿のところには直接誰かに行って貰いたいでございますが――」

 と、小夜が見回す。

 武官筆頭の猪々子と斗詩を最初は見ていたが、何かを諦めた様子。

 それから私と目が合う。

「まあ、空殿でございますね」

 小夜、

「そうなりますよね」

 真直、

「無難じゃないかしら? 美紅さんでも良いと思うけど……」

 桂藍と軍師陣がそれぞれ口を開く。

 一応は確認で、

「私ですか?」

 そう聞き返す。

「色々と行動を予測した結果と思って頂ければ……」

 その言葉で私は、主要な将で考える。

 猪々子――多分寄り道する。あまり武官筆頭が空けるのも微妙。

 斗詩――猪々子の抑え役で一緒に行くことになるが大概は抑えられない。

 美紅――惚れやすいので色々と暴走する可能性は少なくない。

 銀鈴――多分大丈夫ですが、話が進まない部分はあると思われる。

 みんな悪い人ではないのですが、いかんせん、その……まともに進行してくれなさそうです。

 何で私がこんな常識人枠になってるんでしょうか?

「仕方ありませんね。では、書状が出来ましたら向かいましょう。鈴花も同伴させます」

「それで構わないでございます」

 小夜さんはそう頷き、解散となった。

 

 

 という訳で、本来なら猪々子と斗詩がやるであろう役目を私が仰せつかることになりました。

 先触れを出して、陳留へと鈴花と共に向かいます。

 はてさて、曹操は私を見てどう思うのか……

 あんまり自意識過剰で対面して無礼と思われても困るので努めて平常心を保つようにイメージをする。

 この時代、使者を務めるのも楽じゃないですしね。

 流石に曹操が短絡的に斬るとも思えませんが。

 そうして陳留へと到着。

 陳留の街はやはりと言うべきか、曹操が統治していることもあってか活気に溢れている。

 道行く人には笑顔があり、仕事にも活力があることを感じさせる。

 統治している土地を見ればどういった君主かが分かる的な書物を読んではいましたが、なるほどと実感します。

「いい街ですね。空様」

 同じように良い統治だという空気を感じ取っているのか鈴花もそう漏らす。

「ええ、そうですね。しかし、街の場所は調べていましたが城の場所を調べるのを忘れてました」

 私としては珍しく抜けてましたね。

 まあ、城なんて調べなくてもどこかの通りから見えるから分かるでしょうけど……

「空様でも忘れることあるんですね……」

「私だって人の子です。太公望でもあるまいし」

「たいこうぼう……?」

 小首を傾げる鈴花に思わず肩の力が抜ける。

 兵法書である六韜三略(りくとうさんりゃく)

 私が学んでる兵法書の一つです。

 これを書いた人物が呂尚(りょしょう)――つまりは太公望とされていますが、なんか曖昧らしいです。

 小夜さんがそんなことを言っていました。

 というか一緒に勉強してるでしょうに……何で太公望知らないんですか……

 と言っても一介の元村人が過去の歴史を知ろうとするかといえば、ご時世的にノーですね。

 歴史的に有名でも知らない人は知らないというのはままあることですし。

「六韜三略の著者とされている方ですよ。我らが生まれる前より遥か昔にいたとされる今のような乱世の時代にいた軍師と呼ばれる者の祖とも言うべき人です」

「軍師の祖ですか……小夜様達よりすごいんでしょうか?」

「さて、どうでしょう。一代で王朝の立ち上げに貢献したのですから並の軍師ではないでしょうね」

 などと歴史的な話をしてると、鈴花から腹の虫が鳴く。

 知識より食い気ですか。

「すみません……」

 あはは、と申し訳なさそうに笑う。

 まあ、鈴花らしいですが確かに昼時ですね。

 急ぎでもないので適当に道でも尋ねましょう。

 そこで見回していると目に入ったのは……聖フランチェスカの制服。

 この世界では技術的にお目にかかれない化学繊維の衣服。

 そして、整った顔立ち。

 

 この世界でははじめまして……だな。

 

 とは言え、正体を明かすには時期尚早というやつでしょう。

 今の私は、袁紹配下の張郃。

 そもそもどうやって切り出せばいいのかも分かりませんしね。

 見た目も性別も違うのにいきなり立花ですとか言っても意味分からないでしょうし。

 ここはしばらく、この世界の武将として振る舞って人間関係の距離を縮めて明かすのがいいでしょう。

 もしかしたら、彼がこの世界を去るという外史を回避できるかもしれないですしね。

 あれも一つの終わりの形ではあるでしょうが、恋した少女達が悲しむ未来を大手を振って喜ぶ人はそういないはずです。

 私も、出来るならあの結末は少し避けたいところです。

 私が帰れるかは知りませんがね。

 元より、今が充実してる訳ですし。

 狂ってるんでしょうかね?

 平和な現代より命を奪い合う乱世の時代が充実してるなんて。

 ま、とりあえずは話してみましょう。

「もし。そこのあまり見ない格好の方」

「あ、はい。俺……ですよね」

 この時代でそんな制服着てるの北郷しかいないでしょうに。

 ともあれ彼は一度冷静になって自分しかいないだろう、という感じで話に応じる。

「見たところ、それなりの立場の人とお見受けします。私は姓を張、名は郃、(あざな)儁乂(しゅんがい)と申します」

 私が一礼すると、一刀は日本での癖かお辞儀で返す。

「これはどうもご丁寧に……って、張郃?」

 張郃を一応は知ってるらしい反応を彼は示した。

「ふふふ、流石は空様。早くも名が知れ渡ってきたのですね」

「何であなたが自慢気なんですか……」

「それは勿論、空様が褒められると嬉しいからです」

 鈴花が私の代わりに胸を張るように、息巻いてる。

 段々と忠犬になってきましたね。

 可愛げはありますけど、その内不敬を働いたからと誰か斬りそうなところあります。

「いや、失礼。彼女は私の副将です」

「名乗りが遅れました。姓は高、名は覧です」

 私の紹介に合わせて鈴花が一礼する。

 対して一刀も再びお辞儀する。

「張郃さんと、高覧さんですね。えっと、どこに行きたいんですか?」

「私達は袁紹様からの使者として曹操殿にお目通り願いたいので、城まで案内して頂きたいのですが――」

 空腹の鈴花のことを思って料理街のことを尋ねようと思った矢先、鈴花から再び腹の虫が鳴る。

 そして、目線を逸らして照れ臭そうにする鈴花。

「……私のことはお気になさらず」

 私は苦笑しながら、別件でお願いする。

「長旅で昼もまだですので、料理街への案内をお願い頂けませんか?」

「私なんかお気遣いなく――」

 ぎゅううううぅ……

 私の提案に口では遠慮してますが、腹の虫は主張しまくってますよ。

 その様子に一刀は顔を綻ばせる。

「はは、了解。案内するよ。ついてきて」

 その言葉に鈴花はわたわたし始める。

「いえ、本当に――」

「お目通りした時に鳴らされても困りますので行きましょう。私も減ってますので」

「すみません……今度の非番を返上して頑張ります」

「相変わらず極端ですね……別に気にしてませんから早く行きますよ」

「あ、空様!」

 置いて行くように先に歩みを進めれば声を上げて、鈴花は追いかけてくる。

 手の掛かる後輩ですね。

 

 

 一刀に案内されて料理街へとやってきた。

 屋台も立ち並び、なかなかに店の種類も豊富なのが一見して分かります。

 その店の立ち並びに鈴花は目を輝かせる。

「わぁ〜、スゴいですね。南皮(なんぴ)よりも多いですよ、空様!」 

「気にいってくれて何よりだよ」

「すみませんね。仕事中に色々と」

 私がお礼をすると一刀は、気にするなとばかりに――

「いいよ。それに使者ならこのあとも案内がいるだろうし、俺も食事にしようと思ってたから」

 柔らかな表情を浮かべる。

 知ってはいますが、相変わらず人がいいですね。

 前にいた世界と変わらないところにどこか安心します。

 そこへ――

「おーい、一刀っちー!」

 活発そして快活そうな少女が、同じくらいの少女と共に大きく手を振ってこちらへ向かってくる。

 一人は片側だけ縦ロールした金髪の髪、少々露出が多い意匠の服の彼女は曹仁。

 その隣の小柄な桃色の髪、ホットパンツの服装が特徴の子は許褚(きょちょ)

 どちらも三国志を少しかじってる人なら聞いたことはある名前ばかりでしょうね。

 それを言ったら私もそうなんですけど。

華侖(かろん)季衣(きい)も。これからお昼か?」

「そうっすよ。一刀っちは……仕事っすか?」

 一刀の傍にいる私達を見て曹仁は小首を傾げる。

 対して私は少し観察してしまう。

 うーん、陽気な感じではありますが侮れない雰囲気。

 隙だらけではあるんですが、こうして相対すると何かしても直感的に反応しそうな感じです。

 やっぱり歴史に名を残す武将ではあるんですよね……

 そう感想を抱いていると、一刀達は話を進めます。

「ああ、華琳に使者が来たんだが……お昼がまだらしいから案内をね」

「そうなんだ。ボク達もお昼だから、ちょうどいいね」

「そっか。じゃあ、季衣。案内頼めるかな? 俺よりも美味い店には詳しいと思うし」

「うん。任せてよ!」

 私が様子を見て観察してる間にも一刀と許褚の間で話が決まる。

「それじゃあ、案内するよ。それにしてもお姉さんでっかいね」

 鈴花を見上げてそういう許褚は純粋な感想を述べる。

 しかし、鈴花は微妙な表情。

「あはは……やっぱり大きいですよね……」

 気にしてたのは何となく気付いてましたけど、別に大きくて困ることはないと思いますがね。ご時世的に。

 まあ、女の子らしい悩みといえば悩みですが。

「別に、大きくても鈴花は鈴花です。私からすれば羨ましい限りですよ」

 別に今のプロポーションに不満はないんですが、それでももう少し身長は欲しいですよね。

 身長低いとお立ち台使わないと高所の資料とかが届かないんです。

 三段目までは余裕なんですが、四段目が微妙に届かない。

「そうでしょうか?」

「そうなんです。力もあって頼りになる副将殿、ですから」

「うぅ〜、相変わらず空様は! 人前で褒めないでください! 恥ずかしいです……」

 と、鈴花は照れている。

 カワイイですね、ウチの後輩は。

 とまあ、ここの夏侯淵的なムーブはここら辺にしておきましょう。

「それじゃあ、案内するよついてきてお姉さん達」

 そのまま許褚に連れられて私達は料理街の中へと歩みを進める。

 

 

「おかわりお願いします」

「あ、ボクも〜!」

 鈴花に続いて許褚も元気よく追加の注文を頼む。

 相変わらずよく食べますね。

 曹仁も彼女達程ではありませんが、よく食べています。

 料理が運ばれては消え、空となった皿も忙しなく動いていく。

 全員慣れてるのかその光景に何も戸惑うことはありません。

「よく食べますね」

「ああ、季衣や華侖みたいに食べる人が他にもいるとは思わなかったよ」

 保護者みたいな心境で私と一刀は呟く。

「いっぱいいそうですけどね」

 うちの猪々子といい、呂布といい私といい……割合的に大食いと酒飲みな武官は多い気がします。

「あたしもっすー!」

 と曹仁も元気よくおかわりを頼む。

 しかし、どんどん料理が運ばれてきますね。

 知らないうちに空のお皿が消えては山盛りの料理が出現してる感じですね。

 そんな様子に保護者のような微笑ましい感じで見ていれば、鈴花がこちらに気付き食べている手を止める。

「えっと……すみません。なんだか私達ばっかり」

 我に返ったのか、気まずそうにそう言う。

「何を今更……遠慮しなくてもいいですよ。いっぱい食べる鈴花はいい笑顔で好きですし」

 いっぱい食べる君が好きってやつですね。

 実際、幸せそうに食べる人を見るのは何ともほっこりします。

 自然と私も微笑む。

「ふひっ」

 何とも女性らしからぬ声が聞こえた気がします。

 鈴花が変な顔で狼狽し始めてる。

 こういうのがダメなんでしょうかね?

 まあ、最近は私に対する感情が敬愛以上のものを含んでる気がしないでもないですが。

 これでも前世で他人の顔色をうかがうように仕事をしてきた末に疲れて命を断った人生ですから……どうも人を観察してしまうんですよね。

「確かに、高覧さんも季衣や華侖と一緒で幸せそうに食べるからな。俺も気持ちは分かるよ」

「とまあ、彼も同意が得られたところで。えっと……こちらの二人も曹操殿の将ということでよろしいでしょうか?」

「ああ、紹介が遅れたね。こっちの桃色で活発な子が許褚で。もう一人が華琳……曹操の親戚でもある曹仁だよ」

 と、一応は知っているが自然に会話が成立するように一刀に紹介してもらう。

「ご紹介痛みいります。貴殿は?」

「ああ……俺は北郷 一刀、華琳のところで厄介になってる。今は警備隊長かな? 治安維持の方で貢献させてもらってるよ」

 と、一刀についても知ってはいますがとりあえず事後の為に紹介してもらうよう促す。

「なるほど、その見慣れぬ衣服……天の御遣いと噂されてるのは貴殿ですか?」

「うん。まあ……そういうことになってるかな? というか、やっぱり噂になってる?」

「それは、一部の諸侯にはそれなりに。しかし、天子様がいる中で天の遣いなどと……曹操様もなかなかに豪胆なことです。気の早い天子様であれば自分以外に天を名乗るものなど不敬と(くび)を斬られても文句は言えませんよ?」

 実際、皇帝以外に天など名乗るなどご時世的にアウトでしょうね。

 中国の皇帝とは栄枯盛衰ではありますけど。

 絶対的な権威を示すため芯のある者は無慈悲であるがゆえに優秀。

 そんな感じですし。

 まあ、劉宏(りゅうこう)様……この時代の皇帝である霊帝。

 この世界ではさして治世に興味がないのがある意味では一刀にとっては救いですかね。

「……そうなの?」

 その言葉に一刀は顔を青くしてる。

 まあ、中国史なんて知るわけないですよね。

 私もゲームから派生して設定が気になるから調べた程度の知識ですし。

 とはいえ、現代より上下関係がシビアなのは当たり前でしょうけど。

「やれやれ……天から来たがゆえなのかは知りませんけど、地方の田舎の村娘でも何となく知ってることですよ? 相当に俗世に疎いんですね。あながち天から来たのも嘘ではないのか、それともただ単に知らないのか……」

 まあ、私は事情を知ってる身の上ですけどね。

 下手にボロは出しませんよ。

「あはは……まあ、教えてくれて感謝するよ。張郃さん」

「教えたのではなく、呆れですよ。まあ、話した印象としては悪い人ではなく優しそうな感じですがね」

「それなら張郃さんも、初めて会ったけどいい将だなって、思いました。高覧さんも含めてね」

「それはどうも」

 歯に衣着せぬ物言い。

 素直で真っ直ぐな言葉。

 うーん、(たら)しだとかチ○コ太守だとか言われても仕方ないですねこれは。

 さすが、主人公……生きることや上に立つ者の責務に追われて甘える耐性がないこの時代の英傑である少女だったらその優しさに寄りかかるでしょうね、そりゃ。

「失礼する」

 と、この世界では初めて。しかし聞いたことがある声。

 すぐに店に三人の女性が姿が現れる。

「あら、一刀たちも来ていたの」

 金髪のツインロールの少女。水色の前髪を右目をメカクレしているお姉さん。そして青紫色のショートヘアのメガネの少女。

 名前はもちろん覚えてます。メガネの少女が陳登、メカクレのお姉さんが夏侯淵、そして金髪の娘は曹操。

「あら……興味深い人がいるわね」

 そして私を目敏く発見してすぐに目を付けられた。

 耳が早いというか、桂花経由で既に知ってるでしょうね。

 人材マニアと後世で伝わる曹操です。

 まだ無名だろうとも発掘して育て上げる手腕ですからね。

 私は、すぐに立ち上がり拱手の礼をする。

「こんな場所でお初にお目にかかります。曹操殿、袁紹様よりお話はかねがね。姓を張、名は郃、字は儁乂です……んん」

 咳払いして鈴花に挨拶を促す。

 慌てて持っていた食器とレンゲを落としそうにしながら、食卓に置いて立ち上がる。

「失礼しました。私は姓は高、名は覧。張郃将軍の副官です」

 と、すぐに拳と手のひらを組んで拱手(きょうしゅ)の礼をする。

「これはご丁寧に。しかし、麗羽の配下がこんなところにいるとはね」

 この方のことですしここに訪れた大方の予想は出来てそうですね。

 一応補足的な感じで私は説明する。

「まあ、大方予想されてるとは思いますが使いですよ。急ぎではないので後ほど席を用意して頂けると幸いです。先触れで城にも既に送ってはいますが、時を決めてはいませんので」

「そう。なら、少しばかりゆっくり話を聞かせてもらいましょう。私としてはあなた個人に興味があるしね」

 含みのある、寒気がする視線。

 人材としてもでしょうが別の意味を感じる気がする。

 好色家なのは知ってますけど、いきなり……なんてことはない、はず。

 美紅のせいでしょうかね……貞操の危機感知能力が上がってる気がします。

 曹操は毅然とした品格ある感じでゆっくりと同じ食卓へと腰掛け、陳登と夏侯淵も続いて腰掛ける。

「華琳と秋蘭はともかく喜雨(すう)は珍しいな」

 陳登ーー真名を喜雨が一刀に話しかけられ淡々と答える。

「ここは育てた野菜を(おろし)てもらってるお得意の店なんだ。大口で定期的に買ってくれるお客さんがいると、村の収入が安定するからね」

「そうなのか。色々やってるんだな」

 陳登の言葉に一刀は一人納得する。

 それから慌ただしく給仕の少女が注文を受けにくる。

「あ、いらっしゃいませ! 曹操様、夏侯淵様、今日もいつものでよろしいですか?」

「うむ、華琳様もよろしいですか?」

「ええ、それでお願いするわ」

 夏侯淵の伺いの言葉に曹操は同意し、

「ボクも同じもので」

 陳登も同じ物を所望する。

 それからしばらく食事と雑談の時間。

 内容は給仕もとい今目の前で注文を受けた典韋を召抱えたいことと、一刀が典韋の親友である子を捜す件について話している。

 灯台下暗しですね。

 経緯を知ってる私としては、身近で見ると少し笑っちゃいそうですがそこは(こら)えます。

「ところで、話は変わるけど張郃……私に仕える気はない?」

「ぶふッ……えっほ……!」

 いきなりの曹操の言葉にむせてるのは、私じゃなく鈴花です。

「華琳様……」

 夏侯淵も半ば予想してた様子で、呆れ気味な口調。

 自意識過剰ではありませんが、曹操と出会ったならば半ばあるかと予想はしてたので私は冷静に答えます。

「私など大した官職もない無名の将です。たまさか麗羽様ーー袁紹様に拾われた身の上ですのでわざわざ引き抜かれるような器でありませんよ」

 いや、本当に。

 まだまだ自信がないんですよね。

 というか、勝手に陣営去るなんてダメでしょ。

 それに不安要素(君主)が何をしでかすか気が気でないので抜けれません。

 小夜(シャオイェ)さんあたりなら「ああ、やっぱり」みたいな感じで納得しそうですけど。

 いや、でも小夜さんあの手この手で私を追い掛けてきそうなんですよね。

 以前、そんな脅しをされましたし。

「そう? たった五百の騎馬で二千五百の黄巾党を足止めしたそうじゃない」

 やっぱりその話知ってるんですね。

 冷静に考えてヤバいことしてますよね。

 歩兵しかいないとは言え五倍の戦力を足止めって。

「そうです! あの時の空様はまるで、窮地を救う仙女のようでした!」

 なんか鈴花が興奮して自慢げに立ち上がりました。

 いやまあ、確かに鈴花との出会いではありますけど……気恥ずかしいのでやめてください。

 その鈴花の言葉に、曹操殿は面白いとばかりに微笑む。

「あら、随分と忠義に溢れる副将じゃない」

「当然です。私は空様の"初めて"ですから!」

 言い方ぁ!

「主語をつけなさい……! あと、初めてを強調するんじゃありません!」

 思わず鈴花の言葉にツッコむ。

 誤解を招きかねない。

 私にそんな気はない……今のところ……

 自分でもよく分からないんですよね。

 元はといえば男で、感性もまだ男ですし。

「ふふふ、今は無名でもきっと一角の将になると私は睨んでるのだけど。麗羽にはもったいないくらいの人材だとね」

「過分な評価痛み入ります」

「で、どうなのかしら?」

 曹操は私の言葉を待っている。

 多分、性格的にここで了承しても喜ぶことは喜ぶでしょうが……

「すみませんが、遠慮させて頂きます。恩を返していないのに主君を変える訳もいきません」

「なるほどね。まあ、道理ではあるでしょう」

 私の言葉に曹操は理解を示した。

「だけど私は諦めるつもりはないわよ」

 でも、納得ではないですよね。

 史実では欲しい人材がいれば敵だろうが(かたき)だろうが陣営に迎え入れようとするのですから、そう簡単に諦める訳はないですよね。

「武勇を示さずに将が軍門に下るのはよろしくないでしょう。いずれ、戦場であいまみえることになるでしょうし」

「そう。それはそれで楽しみね」

 不敵に笑う曹操のオーラに私は内心冷や冷やです。

 やっぱり、こうして会話を交わすだけでも只者ではないと感じます。

 存在感が違うと言いますか、元一般人としては気圧されそうになる。

 ある程度の会話をイメージしといてよかったですね。

『あーーー!!』

 そこで少女2人の大声があがる。

 ようやく許褚と典韋がお互いを認知したようで。

「あー、流琉(るる)♪ どうしてたの? 遅いよぅ」

「遅いよじゃないわよーっ! あんな手紙よこしてわたしを手紙で呼んどいて、なんでこんなところにいるのよーーーっ!」

「ボクこそずーっとここで待ってたんだよ! 城にこいって書いたでしょ?!」

「お城じゃ分かんないわよ! まさか本当にお城なの?」

 とまあ、あとのやり取りはどうやらお互いに認識の違いがあったようで、許褚が本当に城に勤めてしかもその城主の親衛隊になってるとは、流琉(るる)こと典韋は思ってもいない感じでした。

 この流れは知っていましたけど、この先の展開も――知っていても知らなくても予想は出来ます。

 いがみ合いが派手になることは予想できませんけど。

「っていうか、来たなら来たって連絡ちょうだいってば!」

「そんなの連絡先を書いてから言いなさいよぅ!」

 とまあ、許褚と典韋は大暴れ。

 店主さんもオロオロしています。

 まあ、猪々子と斗詩の代わりに来たのが私と鈴花ですからそういうポジションは私になるでしょう。

「鈴花」

「あ、はい。空様、2人を止めればよろしいのですね」

 ムグムグと食事をマイペースに食べながらも名前を呼べば切り替えが早い。

「流石に1人では荷が重いでしょう。桃色の髪の子をお願いします」

「頑張れば大丈夫です! 手荒にはなりますけど……」

「じゃあダメですね。お店に被害が出る前に止めますよ」

 そのまま私が腰をあげると、鈴花も立ち上がる。

 お互いに喧嘩で視野が狭くなっている様子だったので素早く背後に回って典韋の両脇を抱えて抑える。

「はいはい、お店に迷惑が掛かりますのでそこまでです」

「そうです。食事は静かにしましょう」

 鈴花も同じように取り押さえて、2人を引き離す。

 その様子を一刀を始め、曹操と夏侯淵の武に嗜みがある3人は興味深そうにこちらを見ている。

「さて、食事も終えましたので我々はこれで。また使いを送りますのでお目通り願います」

「ええ、このあとにすぐに取り次ぎましょう」

 要件だけ告げて曹操の返答を聞いた後に一礼して私は鈴花との代金を支払い、そそくさと店を出る。

 あんまり長くいても迷惑でしょうし、曹操との会話は少々恐ろしい部分もありましたので退散です。

「しかし、空様。あの曹操という方――空様を狙ってますね」

 店を出て少し歩いた後に、珍しく鈴花が鋭く聞いてくる。

 まさかいきなり勧誘されるとは思いませんでしたけどね。

「まあ、きっと先を見ているのでしょう。恐ろしい手合ですよ」

「そうですね。色んな意味で恐ろしいです。ですが、空様がどこに行こうとも私はお供します」

 その言葉と共ににっこり笑う鈴花に思わず苦笑いする。

 忠義の方向性が何か違う気がします。

 しかしまあ、別に私が寝返らなければそういうこともないでしょう。

 さて、初めての使者ではありますがやれることをやりましょうか。

 そう心意気を決めて私と鈴花は城へと向かう。

 



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三章:張郃、曹操と謁見するのこと

 

 曹操への居城へと使いとして入城した私と鈴花。

 そこには食事店で見た彼女ではなく、主君として玉座で我々を待ち構えていました。

 こうして見るとより一層風格が出てますね。

 緊張します。

「どど、どうしましょう、空様。お食事の時と雰囲気が違います」

「いつも通りですよ。平常心、平常心。というか、鈴花も私と会った時は堂々としてたでしょう?」

「そうですけど。今更ながら荷が重い感じがしてきました……」

「本当に今更ですね……。まあ、喋るのは私ですし、そう気負わず」

 隣で鈴花が緊張してるお陰で私は落ち着きを取り戻す。

 あれですね。自分以上に取り乱してる人を見ると逆に冷静になるやつですね。

「お二方、そのまま参られよ」

 夏侯淵に言われ私は玉座へと近付き、膝を突き礼をする。

 それに続き膝を突いた鈴花はさっきと打って変わって堂々とした様子だ。

 小心な割に腹が決まると切り替えが早いですよね。

「我が君主、袁紹様からの使いとして参りました。姓を張、名は郃、字を儁乂(しゅんがい)と申します。彼女は私の副将、高覧です」

 紹介されると同時に鈴花は下げていた頭を少し深く下げる。

 書簡を出し、捧げるように掲げる。

「こちらが此度(こたび)の打倒董卓に関する書簡です。既に参加する諸侯は、我が君主である袁紹様、そしてその親類である袁術、陶謙(とうけん)、公孫賛、そして西涼の馬騰(ばとう)といった面々にも同様の物を渡しています」

 書簡を受け取った侍女が曹操へと渡し、そのまま曹操はそれに目を通す。

 大方を把握したのか一つ頷く。

「ふむ、よくもまあ。これほど名のある諸侯を並べたものね」

「既に董卓の暴政に民は嘆き、天を貫かんばかりです。禁裏では大粛正により血の臭いが絶えぬ都となっておりかつての栄華(えいが)は見る影もないとのこと」

「もって回った言い回しはやめなさい。大方、麗羽のことだし董卓が権力を握ったことの腹いせでしょ」

 私の言葉は嘘だとばかりにバッサリと曹操は切り捨てた。

 まあ、短くない付き合いみたいですしそこら辺は分かりますよね。

 麗羽様がそんな殊勝なことではなく、もっと俗物的な考えであることはよく分かってるみたいです。

「まあ、分かりますよね」

 私もどれ程使者としての言葉を並べても意味ないと思い、つい素になってしまう。

「空様……」

「曹操殿は麗羽様と旧知の仲です。大層な目的がないことくらい予想されているとは思っていましたよ」

 鈴花の呆れに私はこれ以上の言葉は建前であると分かっているので、無駄だと言外に述べる。

「使者がそれでいいのか……」

 北郷が思わず参陣してる列の中でツッコんでいます。

「美辞麗句と分かっているなら、取り繕う意味もありませんから。それに、まあ……麗羽様ですし」

「ですね……」

 立ち上がることはなく片膝を突きながら話す私に、鈴花も同調する。

「まあ、いいわ。楽になさい」

 そう言われたので、遠慮なく立ち上がり直立の姿勢をとる。

 雰囲気的に堅苦しい話は終わりらしいです。

 代わりに色々と聞かれそうな感じですが。

「あと、黄巾討伐の時に董卓が出向いた時に(まいない)を要求したとか。それを断られた怨みを引きずってるのではなくて?」

「よくご存知で……大粛正も不正を行っていた者のみで、文字通り誰彼構わず粛清してる訳では無いというのもご存知のようですね」

「よく聞こえる耳を持っていると、いらない話も聞こえてくるものよ」

 私の言葉に遠回しに既に知ってるとばかりに曹操は答えた。

 この時代に忍びとは違いますが、情報収集できるコネなり人材がいるのでしょう。

 うーん、地固めがしっかりしてると言いますか、頭の作りが根っこから違うと感じさせます。

「相変わらずね。空……さっさと見限ればいいのに」

「元気そうで何よりですよ、桂花。次会うときは戦場かと思っていましたが」

 その私と桂花の言葉に北郷は思わず疑問を口にした。

「え、知り合い?」

「あんたには関係ないでしょ」

「そう言われるとなんの言葉もないが……」

 生で桂花の超ツンが見れるとは。

 ツンというか完全に生理的嫌悪としか見えませんが。

「桂花は袁紹様に仕えていましたよ。でしたら、袁家の将と知り合いでも不思議ではないでしょう」

「ああ、そういう……」

 私の言葉に北郷は納得する。

「正直、無駄な時間だったわよ。献策のしがいもないから、こっちから見限ってやったわ」

 と、桂花はフンと鼻を鳴らす。

 その様子に私は知己の仲となった桂花が変わりないことに安堵する。

 ここで列の中から妙齢の女性が初めて声を上げる。

 紫陽花(あじさい)のような髪に、私と比べものにならないダイナマイトボディ……

 確か、陳珪と言う方でしたね。

「それで張郃殿。今言った諸侯で参加を表明している方々は?」

「先程言った諸侯は既に参加を表明しており、袁家に縁ある諸侯や流れに乗ろうという小勢力も続々と表明しています」

 その中で夏侯惇が確認するように声を上げる。

「おい。その中に、孫策とかいう奴はいるか?」

「袁術の食客だったかで確かにそのような方がいましたね……」

「……! 華琳様!」

 私の言葉に夏侯惇は、何かを請うように曹操の真名を呼ぶ。

 あー、確か黄巾党を追撃している時にうっかり領を越えてそれを孫策に見逃して貰っていたのでしたか……

 それの借りを返したいと、夏侯惇は思っている、と。

 案外覚えているものですね。と、我ながら自分の記憶力に感心していると桂花が、それを(いさ)める。

「春蘭、私情を控えなさい。個人的な借りで参加するなど、愚の骨頂よ」

「……っぐ」

 夏侯惇は言葉を詰まらせる。

 まあ、そうですよね。その個人的な借りを返すのに大きなリターンがあればいいですが、果たしてそれが、軍しいては勢力として巻き込む程の価値があるかどうか。

 難しいところですね。

「桂花、私はどうすればいい?」

 と、曹操は桂花に問い掛ける。

 こうして見ると曹操は参加するかどうか半ば決めているようですが、別の意見もあるかどうか聞いてる感じですね。

「はい。ここは参加されるのが最上かと……」

「なんだとぅ! 散々にわたしの意見をこき下ろしておいて、結局は賛成なのではないか!?」

「私は私情じゃなく、大局的な意見として賛同してるだけよ」

 夏侯惇の言葉に桂花は論理的に返す。

 そして、そのまま根拠を述べた。

「これだけの英傑が一挙に集う機会、利用しない手はありません。ここで大きな手柄を立てれば、華琳様の名は一躍広まり盤石なものとなりましょう」

 この場合の"盤石"とは何でしょうね?

 諸侯の中で曹操有りと示せば、同盟なり傘下になりたいという者、あるいは在野の人材への求心も高まる。

 私が考えられるのはそんなところですかね。

「でも……どうなんだ? 董卓がやってるのが本当に噂通りじゃなくむしろ正しい側だったら」

「そんなものはいくらでも変わるものよ。そもそも勝たなければ正しさを示すことも出来ない。それだけの話よ」

 北郷の言葉に、曹操はピシャリと言い放つ。

 勝てば官軍を地で行く感じですね。

「張郃、高覧。麗羽に伝えなさい。曹操はその同盟に参加すると」

「お伝えしましょう。では、私達はこれで」

 拱手の礼をして鈴花と共に下がる。

 さて、次は反董卓連合。

 いよいよ乱世の幕開けの第二幕といったところです。

 

 

 使者の役目を終えて数日掛けて南皮(なんぴ)へと戻り、曹操の同盟の参加の表明を報告。

 あとは戦の準備ということで私は自分の隊の装備やら何やらと見積もりと準備。

 しかし、竹簡で員数とか書くのは面倒ですね。

 この時代どうやって見積もりとかやってたんですかね?

 それとも、ざっくりなんでしょうか?

 もっと効率的な方法があれば良いんですけど。

 そう考えていると、桂藍(けいらん)さんが近付いて来た。

「どうしました?」

「いえ、特にはありませんよ。桂花はどうでしたか?」

「イキイキと毒を吐いてます」

「元気みたいね。少し安心したわ」

 判断基準、そこでいいんですか?

 まあ、私も同じこと言われたら元気そうだと返したと思いますが。

「そう言えば、連合の参加にはどなたが?」

「猪々子ちゃんと斗詩ちゃん、真直ちゃんは確実よ。あとは待機じゃないかしら」

「まあ、そうなりますよね。連合にかこつけて攻められないとも限りませんし」

「そうね。そう言えば、この連合に際して張楊(ちょうよう)という方が我が軍と合流するそうよ。於夫羅(おふら)と言う南匈奴(きょうど)の者も共にね」

 南匈奴……匈奴ということは異民族であったはずですが、それが漢の軍である麗羽様に合流。

 何ともよく分からない話です。

「匈奴は異民族のはずですが」

「ええ、匈奴は北と南に別れて南は漢に許しを得て長城の内側に住むことを許されてると聞いたことがあるわ」

 桂藍さんの説明になるほど、と頷く。

 異民族にも漢王朝に服属している者がいるとは聞いてはいましたが、異民族は異民族で色々とあるのでしょうね。

 ふーむ、多民族がひしめく大陸は争いが絶えないですね。

 まあ、島国で同じ民族で何年も内乱してた日本もよくよく考えれば狂ってるんですが。

 ブラック企業は身内で潰してるみたいな感じですし、そんな変わりないかもですね。

 と、前世(過去)を振り返るのはやめましょう。

「何もなければいいんですけどね」

「どうしたの空殿?」

「いえ、服属しているとはいえ異民族。どういう経緯での服属かは存じませんが、混乱してる今を好機と見て良からぬことをする人も出るのではないかと」

「疑り深いのね」

「慎重なだけですよ」

 人の善を信じたいですが、善人ばかりでないのは嫌と言うほど味わってきましたからね。

 前世でも……今でも……

 まあ、私の周りは今のところ癖はあっても道を外した行いをする人はいないのが救いではありますが。

 自分の配下がそうなった時に、私は処断出来るでしょうか?

 切り捨てられる側であった私は、どうしても躊躇してしまいますね。

 信賞必罰が、この世界ではより厳正にする必要があるとは分かっていても……

「それはそうと、これから長い戦いになると思うわよ」

「それは、前に話していた群雄割拠の時代という意味ですか?」

「そういう意味でもよ」

 反董卓連合での戦いも、ある意味長い戦いになるということでしょう。

 そう、桂藍さんは含みを持たせていました。

「まあ武官として、私はやれることをやるだけです」

 今を生き残らなければ未来もない。

 いつの時代も世知辛いことはあるものですね。

「空様、隊の準備が整いました」

 と、元気な声で鈴花が報告してくる。

「ご苦労様です」

 渡された竹簡の目録に目を通して、問題がないことは確認。

 あとは、命令あるまで待機というところですね。

 出陣する際に必要な糧食もある程度は見積もりましたし、戦となればこれを軍師の方に渡せば良いでしょう。

「あら、それは?」

 桂藍さんが不思議そうに目録を見る。

「もし、何かあった時の見積もりですよ。兵数とそれに応じた装備と糧食、考えられる費用をざっくりですが……あとでお渡しします」

 その言葉に桂藍は目をパチクリ。

 事務職やってた経験からやってみたのですが、もしかして許可要りましたかね?

 一応は小夜さんからすぐに兵を動かせる準備はしておいて欲しいとの話で、その延長でこの目録は私の判断で作成したのですが。

「ふふ、そこらの文官顔負けね。本当に私塾とか通ってないのかしら?」

「真直先生が良かったということで」

 今思えば村では活かす機会がありませんでしたからね。

 見積もりというか、算術関連に関しては。

 そう思うと若干ですが未来知識チートをやってる感じがします。

「それよりも、今は内政ですね。時代の機微に聡い者であれば同じことを考えているでしょう」

「そうね。そうならないことを祈りたいけれど。楽観的で考えては生き残れないもの」

 桂藍さんも私の言葉に同意する。

 戦乱は近い――そう気持ちを新たにする。

 

 



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四章:於夫羅との戦い

張郃伝が意外と人気で何よりです。

一応は、歴史に沿ってある程度進めていきますので興味のある方はぜひに調べてみて下さい。

この戦いにこの人いたっけ?はNGです。
ある程度なんでこまけえことはいいんだよ!


 

 そんな訳で、反董卓連合への参加する将は麗羽様、猪々子、斗詩、真直となった。

 まあ、それ以外は反董卓連合にいませんでしたしね。

 ある意味では外史の修正力とでも言うのでしょうか?

 筋書き通りには進んでいるのでしょう。

 結局のところ、治めている土地を空き地にする訳にはいかないですし、妥当な話ではあります。

 つまりは我々は留守番です。

「という訳で、我々は内政のお時間でございます。久々にゆっくり仕事が出来そうでございます」

 沮授こと真名を小夜(シャオイェ)は今までに見たことない程に上機嫌です。

 いつもやさぐれた感じしか見てないので、ここまで憑き物が落ちたみたいな表情は初めてなんですが。

 ニコニコとは言いませんが、普通に目に生気を宿しています。

 最早、誰ですかあなた状態。

「わ~、シャオちゃんがキラキラしてる」

「キラキラ……まあ、キラキラね。あたしもあんな表情は初めて見た」

 私より付き合いの短い、銀鈴(インリン)美紅(メイホン)すらも順番に様子に気付いている。

「さて、張楊という者が河内(かだい)にてお嬢様と合流したそうでございます。どうやら反董卓連合に際して、山東(さんとん)の諸侯も立ち上がったようで……それに便乗するような形でありますね」

 張楊という人物はその話を聞く限りは機を見て敏という感じですね。

 少なくとも一角の将であるのが何となく分かります。

「真直殿によると汜水関を抜け順調に進軍はしているようでございます」

「あら、結構堅〜い関のはずですけど。抜けたのね」

「ぶっ……」

 思わず、桂藍さんの言い方に小さく吹き出してしまう。

 ヤバい、オタクなせいで卑猥(ひわい)に聞こえてしまった。

 というか、桂藍さん狙って言ってます?

 堅いとか妙にねっとりした言い方ですし。

 そんな私の反応はどうやら気付かれていなかった……

「ふふ♪」

 いえ、気付かれてましたよ。

 視線があった桂藍さんが意味深っぽく微笑んでますよ。

 おかしいですね、桂花と似た容姿なのにどうしてこんなにもエロく見えてしまうのか。

 弁舌に長けるというのは、そういう雰囲気作りも長けるのですか……

 とまあ、そんな私の反応は桂藍さん以外には気付かれてない様子。

「真直さん、大丈夫ですかね……」

 話題を逸らすために真直をダシに使った感じがしますので、心の中で謝っておきます。

「大丈夫でしょう。命は」

「精神は?」

「保証できる訳ないでございます」

 小夜の言葉に、うんうん、と美紅と銀鈴が頷く。

 麗羽様に対する認識が雑いです。

 同意しますけど。

 まあ、帰ってきたら話でも聞きましょう。

 向こうから「聞いてくださいよ~」とか、言いそうですが。

「青州の黄巾の残党の調練も順調よ。というか、色んな諸侯に狙われて生きてるんだから精強というか打たれ強いというか。そんな感じ?」

 武官として美紅はそう報告する。

 しかし、青州兵を引き込んだのは曹操的には手痛い感じですね。

 うん、まあ……本当に大丈夫か心配になってきました。

 もしかしたらここは袁紹ルートの外史の可能性もなくはないですが、そこを考えても仕方ないですね。

 流れに逆らえば私か北郷に変化が訪れるでしょうし。

「なら、調練が済んだものは部隊に組み込むとするでございます。そして、新しい兵を預けるので調練を引き続きよろしくお願いするでございます」

「りょーかい。銀鈴じゃあ、無理だしね」

「銀鈴は部隊として完成されてるので新しい者を組み込むのはなかなか難しいのでございますよ」

 銀鈴の部隊は対異民族、つまりは騎馬隊に対して絶大な威力を発揮する部隊。

 ちょっとした調練だけでは組み込むことが出来ない練度の高さがあります。

 おまけに異民族に対しての戦法のノウハウも普通の調練以上に一朝一夕ではどうにもならないものなので、銀鈴の部隊を精強にするのはかなり難易度が高い。

 まあ、逆を言えば増強する必要があまりないとも言えますが。

「うん〜、ゴメンね。インは新しい人に教えるの苦手だから」

「それは分かるわ……」

 のんびりしてる口調の銀鈴だが、調練は苛烈なのを知ってるので美紅も苦笑い。

 私も丸太を複数人で持った人が勢いをつけて突進してくるのを止めるという調練を見てましたので、アレはヤバいと思いました。

 他が5人で止めてるのに銀鈴1人で止めるのですから、ヤバいと思いました(小並感)。

 小さいのにどこにあんなパゥワーがあるのかと思いましたが……

 許褚や典韋、張飛も小さいけど、とんでもない怪力なのを思い出して考えるのをやめました。

 名のある武将に関しては考えるだけ無駄ですね。

「さて、こっちは順調でございますが……何かあった時のための準備も抜かりないでございます。桂藍殿?」

「そうね~。各部隊は既に増援としていつでも出れるように準備もされてますし、何かが起こっても対処出来るかと」

「まあ、何もないことを祈るでございます。……何か起こる予感しかしないので、イヤな気分に……」

 小夜さんのキラキラタイムが終了した。

 またやさぐれてますよ……

 そして、そんな悪い予感、噂をすれば何とやらという慣用句があるようにフラグは太古からあるのでしょう。

 

 

 そして後日――

「大変です! 於夫羅(おふら)という者が反乱を起こし、張楊殿を人質にしております!」

 と、伝令が部屋に入って来た開口一番にそれです。

 フラグ乙と言いたいくらいですね。

 小夜さんと青州兵について話し合っていたらこれですよ。

「……明日にしてもらって良いでございますか?」

「明日ならやるんですか?」

「いえ、面倒くさいので忘れるつもりでございます」

 おおい……筆頭軍師。

 まあ、いつものことですけど。

「失礼します! 田豊殿からの伝令です。麴義殿に対処していただくようにと、ご下命がありました」

 途中でまた伝令の兵が到着し、そう用件を伝えてくる。

「ふーむ、まあ、あちらの方に報告が早いのは分かるでございますが……真直殿の対処も早いでございますね。とはいえ、放っておいても面倒なことになるので間違いではないでございますね……面倒ですが」

「で、どうします? 後詰めとして準備しますが?」

「そうでございますね……お任せするでございます。美紅殿は待機で、軍師は無くても大丈夫でございましょう」

「では準備してきます。ちなみに兵はどれくらいとの話ですか?」

 相手がどれくらいの兵数かは大事です。

 それに於夫羅は漢に服属してるとはいえ異民族。

 私が知らない戦法を取る可能性が高いですからね。

 そのため異民族との戦闘に対して明るいに銀鈴を出すように真直さんも指示を出したのでしょう。

「はっ、1万とのことです」

 まあ、多いには多いですが……大陸の兵数は桁がおかしいので普通くらいですかね。

 兵からの報告の数に私は小夜さんに聞いてみる。

「張郃隊を1万。そして、銀鈴の部隊で何とかなりますかね?」

「それでいいでございます。指揮は銀鈴殿に執らせてください。彼女ほど異民族の戦法に明るい者は我が軍の中では他にいないであります。まあ、それを見越して真直殿は人選したのでございましょうが」

 報告を受けて最適な人材を派遣。

 敵が何者であるかを知らないと出来ないことですね。

 まさしく、敵を知り、己を知る、といったところでしょうか。

 逆に考えれば真直は於夫羅を知ってるということ。

 周辺の主な将のことについては頭に入ってそうですね。

「分かりました。すぐに兵の用意を! 高覧にも伝令を――」

「お名前を呼ばれてただいま来ました!」

 早い早い……

 鈴花がギャグ漫画みたいな感じで扉の前を滑るように横切ってそのまま入ってきた。

 いや、本当にどこから聞いて飛んできたんですか?

 最近私の副将の様子がおかしいんだが。

 と、なろう系の小説みたいなタイトルみたいな言葉が思い浮かぶ。

「で、どちらに行くんですか?」

「まずは斥候ですね。同時に出陣の準備を――」

「いや、鄴の南に向かうでございます。おそらくはそこでございましょう」

 私が指示を出そうとしたところで、小夜さんが面倒そうにしながらも口を挟む。

「説明が面倒でございますので、駐屯する場所から諸々考えてと思って頂ければ。ともかく、そちらの兵達はすぐに張郃隊と麴義隊に準備を始めるよう行くでございます」

 小夜さんの言葉に伝令の兵は「はっ!」と短く返答して退出する。

「信用しますよ。小夜さんは後で面倒になるようなことをしませんからね」

「……相変わらずの美丈夫でございます。ある意味では空殿も面倒な手合でございますね」

「そうですか? そんなに面倒くさいですかね……」

 人の付き合いは十人十色。

 私、そこまで面倒くさい人間にはならないように努力してるつもりなんですが……

 私みたいな性格でも合わない人はいるでしょうし、あまり人のことばかり考えても疲れるのは前世経験で身をもって体験してます。

 小夜さんは、何でも面倒に感じる人ですからあまり気にしないでおきましょう。

「言い方を変えた方が良いでございますね。人たらしでございますよ、空殿は」

「ううむ……そこまで魅力あるとは思いませんが。君主のように人の上に立つような魅力は無いと思ってますし」

「そういう意味じゃないでございますよ。まったく……」

 ちょっとだけ小夜さんが顔を朱に染めて()ねた。

 ふーむ、これはアレですかね?

 無自覚系主人公的なことをしてしまってるような感じがします。

 何だかんだ、小夜さんは頼りになる軍師ですし信頼するのは当然だと思っていますが。

 その当然が嬉しかったりするのでしょうか?

「……好意を抱かれるのは苦手ですか?」

「ッ……早く行くでございます」

 いつも変化に乏しい小夜さんが動揺してる。

 図星だったらしいです。

 これ以上は野暮ですね。

 人の顔色を見て生きてきた前世。

 人間観察として意外と役に立っているようです。

 当時、憂鬱になりながら生きていた身としては複雑な心境ですけどね。

「分かりましたよ。行きますよ、鈴花」

 やさぐれ軍師のカワイイところを見て、私はほっこりしながら鈴花を伴って部屋を出る。

 

 

 進軍して数日――

 鄴の近くを行軍中。

 南皮(なんぴ)に拠点を移してからは、懐かしく思える景色です。

「さて、斥候から連絡は?」

「まだ何もないそうですよ」

 と、鈴花が報告する。

 すっかり彼女も1人の武官ですね。

 義勇軍で戦っていたのが、つい先日のことのようです。

 子供の成長が早いと小さかったのがつい最近のように感じられるアレに近い感じがします。

 まあ、私は独身で生涯を終えましたけどね。

 ……自分で思って悲しくなってきました。

 しかし、前世は前世。

 今の私の場合、伴侶は男性になるわけですが……いや、そうでもない?

 この世界だと女性の皇帝に(きさき)がいるわけですし、ユリユリしてる人が各陣営にいるのでそこまで異性でないといけない訳ではないんですよね。

 前も同じようなことを考えてた気もしますが。

「ふーむ」

「空様? 何か気になることでも?」

「いや、鈴花は恋とか興味あるのかと思いまして」

「ひゃふ!?」

 いきなり可愛らしい声と共に、分かりやすい反応。

 からかい半分でしたが、良いリアクションです。

初心(うぶ)ですね~。何をそんなに驚くことがあるんですか?」

「いえ、空様からそんな言葉が出る想像が無くて」

「普段は酒飲みですからね〜。酒以外に興味がないとでも?」

「そういう訳ではなくて、ですね……」

「分かってますよ。ただの興味本位です。私も恋なんてどうするのかなんて分かりません。でも、今は戦乱でいつ死ぬかも分からぬ身……そう思うと何を遺せばいいのかと考えてしまうのですよ。自分にとっての幸せとは何かをね」

 何もなさずに自分で終えた人生ですし。

 名前以外にも遺したいとは思いますね。

 張郃という歴史の人物以外に何かを。

 そもそも、外史の張郃で私は転生者。

 歴史通りに名を残せるのか分かりませんしね。

「……やっぱり空様は、すごい方ですね」

 何故か鈴花は感心してる。

「そうですか?」

「そうですよ。今を生きるのに必死なのに、自分にとっての幸せについて考える暇が私にはないです。今は、少しでも私の村みたいなことにならないように努力するだけで手一杯ですから」

 その言葉に私は気付く。

 今を生きることに必死、か。

 戦乱なのでそうですよね。

 私みたいに自身の幸せを考える人は少ないのでしょう。

「まあ、今を生きないと明日もない。当然ですね。今はそれで良いのでしょう。鈴花もたまには良いことを言うのですね」

「酷い!? いえ、空様に比べたら私なんてバカですけど……」

「そんなに私も頭は良くないので、大丈夫です。でも猪々子よりはよく考えてるつもりです」

「猪々子様に対しても酷い」

「誰が猪々子の兵站の目録とか直してると思ってるのですか?」

「……まあ、仕方ないですよね」

 そして彼女は目を逸らして遠くを見た。

 見捨てましたね、鈴花。

 まあ、細かいことを気にしないのが猪々子の魅力でもあり欠点でもあり……というところなので、何とも言えないんですが。

「麴義殿より伝令! 張郃隊は両翼に展開し待機するようにとのことです」

「分かりました! 鈴花、左翼に展開し待機! 私は右翼で待機します」

「御意。では高覧隊! 左翼へと移動せよ!」

 馬を翻し、鈴花は自分の隊を率いて離脱する。

 私と鈴花の隊2つで張郃隊ですからね。

 北郷も楽進、李典、于禁を含めて北郷隊でしょうし。

 大隊と中隊の関係と言った感じですね。

 昔からそんな感じだったとは驚きですが。

 さて、今回の戦は銀鈴が総大将。

 実力は何度か模擬戦をしていますので分かります。

 部隊の運用という意味では、まだまだ私は若輩の身ですしね。

 盗めるモノは盗ませて頂きましょう。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 空達が部隊を展開している最中、於夫羅(おふら)の陣中では――

「このようなことは許されません」

 穏やかそうな女性が何かを諫める言葉。

 彼女は張楊(ちょうよう)

 麗羽に合流せんと於夫羅と共に参じた諸侯である。

「何故ですか? 私のような者を虜囚としても何の意味があるのですか?」

「っは、決まってる。反董卓連合軍など、知ったことではない。我々は漢より許しを得て長城より内側に住むことを許された。しかし、その漢に力がないとなれば従う意味もない!」

 勝ち気な黒い瞳と、褐色の肌をした幼さを残した女傑はそうのたまう。

匈奴(きょうど)として、故郷を忘れたことはない。北と南、別れたとしても我らは匈奴だ」

「そうですか。しかし、袁紹殿に反乱したところでその先があるとは思えませんが」

「ふん、ならば先を作れば良いんだ! 我々が新たな民と王としてな」

 何とも浅慮な、と張楊はその様子を見ていた。

 その直後だった。

「――相手が動き出しました!」

 伝令の兵が於夫羅に報告に来る。

 その言葉に於夫羅は待っていた、とばかりに獰猛(どうもう)に目を光らせる。

「来たか……しかし、君主のいない軍など恐れるに足らん。我らの部族の戦いに奴等は不慣れだ! 蹂躙してやれ!」

 号令を発すると同時に、兵は沸き立つ。

 しかしこれは、間違いである。

 相手には異民族に対して長年戦い続けた猛者(もさ)が存在することを於夫羅の軍は誰も知らない。

 これが麹義の勇猛さを示した最初の戦いである。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 早速、両軍がぶつかった訳ですが……

 初動からもう、ダメとしか言いようがありませんね。

 相手は騎馬を中心とした突撃、しかし正面からぶつかった銀鈴の部隊を前に出鼻を(くじ)かれてます。

 於夫羅の軍は最初の攻撃に失敗したと見て良いでしょう。

 そして、我々はと言いますと――

「今です!」

 と、どこぞの無双の諸葛亮みたいな掛け声と共に一斉に矢を放つ。

 いや、言ってみたかったんですよね。

 しかし、やってる事は結構えげつないことです。

 銀鈴の部隊の守りを前に於夫羅の軍の後方が崩れる。

 その崩れた場所に向かって、両翼にいる私と鈴花の部隊が矢を射かける。

 かなりの打撃でしょう。

 目に見えて瓦解(がかい)しています。

 あっさりの撃破……異民族に対して長年戦って来た銀鈴の経験の賜物(たまもの)ですね。

 ここまで崩れたとなれば、立て直しは難しいと目に見えて分かります。

 これを立て直せたら相手は相当の手練(てだ)れということになりますが……そんな様子もありません。

 むしろ、混乱は広がってる感じです。

 そのまま銀鈴の部隊は前線を押し上げています。

 同時に、伝令の兵が来る。

「張郃様! 麹義様より伝令! このまま陣を崩さずに前進せよと!」

「分かりました。全軍! そのまま真っ直ぐに前進! 麹義隊との距離を保ち、陣を崩さずに前進せよ!」 

 すかさず各小隊に伝わるように近くの伝令に触れを出す。

 しばらくして、麹義の隊が止まったと同時にこちらも足を止めて――

「よし! 斉射!」

 足を止めて撃ったら、麹義隊と歩調を合わせるように再び前進する。

 それを繰り返す。

 やれやれ……せめて我々の両翼のどちらかを襲撃していればまだ勝ちの目もあったでしょうに。

 まあ、対策はしてましたけどね。

 それでも弓兵が多く、歩兵としては少ないのでそれなりに被害が出たでしょう。

 相手の陣容が分かればどこを攻めればいいかぐらいは分かりそうなものだと思いましたが……

 ま、それが難しいからこその兵法がある訳ですし。

 相手は、それに特に明るくなかったと見るべきですかね。

 特に苦労をすることもなく麹義の隊は散々に於夫羅の軍を蹴散らしてしまった。

「さすがは我が軍の対異民族の最終兵器ですね」

 と、思ったままを口に出す。

 ディス・イズ・スパルタ(中国)って感じです。

 防御はまさしく最大の攻撃なりを体現した戦法。

 しかし、あの練度の部隊がホイホイ作れる訳でもないので、異民族というか対騎馬に関しては銀鈴さん頼りですね。

 部隊が再編されるのを見て、私達も銀鈴さんの部隊へ合流するように動く。

「無事ですか?」

「問題ありません」

 先頭に立つ、血塗れの鎧となった銀鈴さんは私の言葉に何の感慨もなく返す。

 いかにも将軍という目付き。

 普段のホンワカしてる彼女を見てると二重人格かと思うほどの変わりようです。

 それから、兜を脱いだかと思うと――

「疲れたね~」

 へにゃっとして、いつもの彼女に戻る。

 オンオフが激しいですね……

 しかし、返り血を浴びてる感じからして相当に激しい戦闘だった訳で。

 騎馬相手に正面から耐え反撃するのですから、遠目から見てもその激しさはよく分かるというもの。

「早く湯浴(ゆあ)みしたいな~。あんまり、こういう姿を見せたくもないし」

「まあ、戦果の証とでも思いましょう」

 血生臭いですけどね。

 しかし、そういうことではないらしく銀鈴は目を鋭くする。

「異民族の血に(けが)れてるみたいだから、ヤなの~」

 口調こそのんびりしてますけど、何だかヤバ気な雰囲気。

 何だか闇が深そうなので何も聞きません。

「空様~!」

 と、鈴花が元気よくこちらに向かってくる。

「ああ、ご苦労様です鈴花」

「上手くいきましたね! さすがは銀鈴様です!」

 私の労いの言葉もそこそこに銀鈴の指揮にいたく感じ入ったように鈴花は目を輝かせる。

 模擬戦でボロ負けしても何の禍根もなく羨望(せんぼう)を向ける鈴花の純粋さは何とも、気持ちのいいものです。

「うん、あんまり戦上手じゃないからよかったね~」

「そうなんですか?」

「予想してなかっただけかもだけどね~」

「しかし、こんな董卓を討つべしの雰囲気で唐突に裏切るのはよく分かりませんね。きっと、私以上にバカなのでしょう」

 うーん、於夫羅という見ず知らずの人が知らずの内に評価が下がってる。

 銀鈴と鈴花にここまで大したことないと言われると、陰キャの私には何故か自分が言われてるみたいでグサグサくる。

 まあ、被害妄想なんですが……未だに自信は持てずですね。

 前世のトラウマが大きすぎるせいでしょうか。

「ともあれ、我々の勝利です」

「そっか~。かちどきだ~」

 気の抜けるような緩い感じで勝鬨(かちどき)を発するように言う銀鈴ですが、周りの兵士は「うおおおおおおおおおお!」と大地を震わせる声を発する。

 特に、麹義隊の声がヤバい。

 声1つで部隊の精強さが違う感じがしますね。

 まあ、隊のみんなに愛されてるんでしょう。

「では、凱旋(がいせん)ですね」

 帰ることを提案し戦場をあとにする。

 



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五章:董昭、袁家を訪ねるのこと

ふーむ、歴史を調べながら執筆するのはなかなかに大変ですね。

たまに名前があっても資料がない人がいますし。

さて、三国志マニアだったら割と有名な董昭さんです。
どんな人かは、あとがきに残しておきます。


 

 反董卓連合がある中である人物が南皮の城に訪れる。

 私達が於夫羅の軍を破ってそう間もない時期でした。

 いきなり謁見の間に集められたかと思えば、小夜さんは面倒そうな雰囲気。

「君主不在時に来客とは、面倒でございます」

「なら、君主の不在を理由にお断りすればよろしいかったのでは……」

「県令の訪問でございます。お嬢様の傘下とは言え無下(むげ)にする訳にもいかないでございます」

 私の提案に小夜さんは理由を話しながらもまた疲れた顔。

 さて、役職についてはまだまだ勉強の身ですが――

 簡単に偉い順番で言うと、州牧と刺史(しし)が同列で地方官としては一番上。

 次に太守、その下に都尉。次に県尉、県令、県丞。

 一番大きい地方の区分けが州、郡、県の順番ですから……

 日本で言えば県知事か市長かどっちかのレベルですかね。

 なので、それなりに格式のあるお出迎えになっているのはそういう理由でしょう。

 主要な文官、武官が集められてしばらく待っていれば――

「お待ちしていたでございます」

 小夜さんが礼をして待っているところに、扉が開いてその人物は現れた。

「突然の訪問のお出迎え陳謝します」

 優雅な感じで出て来た妙に怪しげな雰囲気を纏わせた少女。

 紫のワンピースみたいな服装の中華風で身を包み、紫色の髪をなびかせている。

 しかし、横にはエグいスリットが入ってる。

 色々と見えそうなんですが。

 ロリ……ではないですね、ギリギリ。

 私と同じくらいの背丈には見えますが、どことなく妖艶な雰囲気。

「どうも……ようこそ董昭(とうしょう)殿」

「沮授殿、面倒そうな顔をしないで下さいな。そんな顔ではいじけてしまいます」

 と、董昭という女性は口に指を当てて腰を少しくねらせる。

 え、演技臭い。

 董昭……なんか、三國志IXとか歴史のシミュレーションゲームの動画で見たことあるような……

 ヤバい、思い出せない。

 しかしあの雰囲気は、どうも只者ではありませんね。

 小夜さんと同じ、腹黒い人の雰囲気を感じます。

 そんな中で小夜は顔を上げる。

「それで、どのような訪問でございますか?」

「いえ……袁紹様の戦況がどのようなものかと、案じてこちらに来た次第です。何かお知りになられてるかと」

「まあ、順調でございますよ。色々と諸侯同士でのいざこざはあるでございますが」

「それは予想できていたことかと、特別な情報ではありませんね」

「では、どのようなご用件で?」

「それはも・ち・ろ・ん、大変そうなのでわたくしも色々と助力を出来ればとこうして参じました。もちろん、県令としてのお役目もきちんとこなします」

「――ㇵァ~……」

 わーお……小夜さん、小さいながらもため息とあからさまにめんどそうな顔してる……

 しかし、董昭さんはニコニコと笑顔だ。

 小夜さんは何かを考えて言葉を繰り出す。

「お嬢様に使いを、話はそれからでございます」

「お忙しい中、答えて頂ける余裕はあるかしら?」

「その君主が忙しい時に訪問したのは誰でございます」

「それは申し訳ありません。しかし、わたくしも純粋にお助け出来ないかと思ってこうして参じました」

 今のところ言動が胡散臭い感じしかしないです。

 ワザとやってるのですかね?

「……使者の返答を待つでございます。董昭殿を部屋にご案内を、他の者にも休息できる場所をご用意するでございます」

 それで侍女が董昭さんを部屋に案内したところで出迎えしてた文官や武官は解散。

 解散となってから、桂藍さんと小夜さんと私は何となく残った。

女狐(めぎつね)でございますね」

「何か裏でもあるんですか?」

 と、私は小夜さんに思わず尋ねる。

 いや~清々しい程の胡散臭さです。

 私でも裏を疑わざるを得ないですね。

「裏はあるでしょうけど……おそらく悪いことではないと思うの。どうかしら?」

 桂藍さんは、う~ん、と唸って小首を傾げる。

 何となく分かってる感じの雰囲気。

 一体何が狙いなのか、私にはあまりですね。

「この忙しい時に、自分を売り込みにきやがったのでございますよ。それも君主の不在時に」

「まあ、確かにいやらしい時ではあるとは思うんですけど……」

 そう言われると、何となくは分かりますね。

 桂藍さんの言うとおりいやらしい時ではあると思いますけど、そこまで考えますかね?

 それだと余程に野心がありそうな感じですが。

「荀彧殿が抜けたのを知っていておまけに君主は連合へ参加。実際に内政の人手はいつでも不足……文官が何人いても好転はなく差し引きで無し、悪ければ悪化」

「そうですか? 国力は増してると思いますが……」

「国力が増しても、治世に長けたのがいないのでございますよ。お嬢様? 頼りになる訳ないでございます」

「君主不在なのを良いことに小夜さんの毒舌が三割増しに……」

 それも鼻で笑って「頼wりwになる訳ないでございますw」と合間に草でも生えてそうな。

 それでいいのか、筆頭軍師。

 というか……ますます何で仕えてるのか不明になってくるんですけど。

 それは置いといて、確かにそもそもと言えば小夜さんは筆頭の軍師というか総司令官なので、政治家ではないんですよね。

 文官と軍師は兼任みたいな感じですので治世もしてますけど、よくよく考えればそうです。

 まあ、明確に分けてる感じはしないですし、そういうものだと思いますけど。

「お嬢様のことです。使いを出したところで、忙しいだのなんだのでよく考えずに登用するに決まってるでございます。直接的に耳打ちできないでございますし」

「いや、ほら真直(まぁち)さんが――」

「無理でございますね」

 私のフォロー虚しく、バッサリですー!!

 小夜さんは、押し切られるか何言ってるか分かんないかのどっちかで片付けられると思ってる感じです。

「別に助かるのは助かるのでございますが……取り入り方が気に入らないのでございます」

 うーん、何でしょうね。

 ぽっと出の新人が上手いポジションに転がり込んだ感覚でしょうか?

 前から仕えてた身としては複雑、的な。

「確かに、内政に長けた人ってあまりいないものね。でも、小夜殿も仕事が減るのだからよいのではないかしら?」

「どうでごさいますかね……腹黒いのは桂藍殿だけで十分でございます」

「あらあら、腹が黒くないと軍師はやっていけないと小夜殿も仰っていたでしょう?」

此方(こなた)は腹黒いのではなく、そう立ち回ってるだけでございます。そもそも腹芸など面倒でごさいます」

「うーん……私、そこまで腹黒いかしら? 私はただ口車に乗る人が好きなだけなのだけど……」

『…………』

 思わず私も小夜さんも桂藍さんの言葉にジト目になる。

 何だかんだで桂藍さんも桂花と同類な気がします。

 荀家はサド属性でも家系に組み込んでるんですか?

 いや、しかし……桂花がアレですから桂藍さんもどこかドM属性を秘めていたりとか……

 あんまり想像できませんね。

 それは置いといて、董昭という人はどうやら注意していた方がいいかもしれません。

 

 

 胡散臭い賓客が来てからも日常は変わらず。

 まあ、戦乱中なので平和とは言えませんけどね。

 しかし……戦火が遠い場所では剣戟の音がしたり矢の雨が日常的に降ってる訳ではありません。

 それはさすがに殺伐とし過ぎているというものです。

 ですが、賊は出てきますし……これ幸いにと暴れ出すものがいるのも事実。

 私が覚えてる平和な日常とは随分と遠くになってしまいましたけどね。

 そう言えば、早馬が来て麗羽様に送ってた使者の返答がそろそろ来ると言ってました。

 その内に招集されそうですね。

 いつでも応じられるように準備しておきましょう。

 小夜さんの予想通りであれば――

 

 

「えー……その献身と状況を見て動く機微を認め、董昭を徴用する」

 集められて早々に、ジト目でやる気がなさそうに小夜さんは親書を読み上げた。

 その親書、かなり端折(はしょ)ってますよね……

「それはありがたい。身に余る光栄です」

「とはいえ、県令として自分の領地は統治して貰わないと困るのでございますが?」

「ただの県令ですもの。代理はおりますし、必要なことがあればきちんとお役目として戻ります」

「じゃあ、お役目の為に帰れでございます」

「……袁紹様のご厚意で徴用を認められたのに、さっそく帰れだなんて。わたくしは悲しいです」

「徴用はしても配置換えなんて勝手にできる訳ないでございます」

 わざとらしく、よよよ、とした感じをだす董昭に対して小夜さんは頑なに返す。

「それはごもっとも。では、今日の所は帰りましょう。もしかしたらすぐに、必要になるかもしれませんけれど」

 というと、一礼して彼女は優雅に去って行った。

 何と言うか掴みどころのない人物でしたね。

「さて、各自持ち場に戻るでございます」

 疲れたように小夜さんが指示を飛ばすとそのまま、ぞろぞろと他の文官たちも謁見の間を離れる。

「しかし、何が目的かよく分かんないわね。空は、どう思う?」

 それから美紅(メイホン)がいつの間にか近くに来て、そう疑問を口にしていた。

 私に聞かれてもという感じですが、

「さてね。今の内に袁家の中で地位を確立しておきたいのではないですか?」

「元々傘下なのに?」

「それ以上はよく分かりませんし、私にとってもただの予想ですので。狙いがあるとしか思えない言動ですけど、実は深い意味がなかったりとか」

「それは無理があるくない? メッチャ怪しいよ」

 ですよね~。

 あんなの怪しむなと言う方が無理ですよね。

 しかし、もっと裏があるなら小夜さんが何かしら手を打ってそうですけど。

「あ~……お腹すいたね~」

「呑気な言動ね、銀鈴」

 銀鈴がホケ~と、しながら歩いてきた。

 その様子にさすがの美紅もツッコむ。

「難しいことはよく分かんない~。でも、悪い人じゃないと思う~。うーん、小夜様の怪しい顔してる時みたいだけど……悪い感じじゃなくて~」

「腹黒い感じ?」

「うん、まあそう」

「それ悪い感じじゃん?!」

 やれやれ……愉快な同僚達です。

 董昭という方はどういう者なのか。

 それは、今後分かる事でしょう。

 

 

 とか、何とか言ってる内に反董卓連合は無事に虎牢関を抜けて禁城を制圧したらしい。

 そして、帝達の行方は知れず……董卓も姿を消した。

 反董卓連合はこれで終わり。

 しかし、帝がいないのならば誰が大陸を治めるのか……民の不安はそこですね。

 間もなく麗羽様達も帰ってくるでしょう。

 出迎えの準備に忙しくなりそうです。

 とは言え、私は武官なのでいつも通りに警邏。

 おまけに各警備の状況を鈴花と共に確認しませんと。

「……あ~」

 部屋に戻ろうとしてる途中でうめき声。

 止まった場所は、小夜さんの部屋の前……ですね。

 なので、どんな姿でうめいてるのか想像が出来る。

「面倒臭いでございます~……」

 こっそり入ってみれば、予想通りに机の上に顔を突っ伏してる小夜さん。

 何を面倒に思ってるかは、大体分かりますけど。

 向こうは既に私の入室に気付いてるみたいですので、一応は尋ねてみる。

「どうしました?」

「空殿~……妖術者の知り合いでもいないでございますか~?」

「そんな怪しい知り合いはいませんよ。妖術なんて何に使うんですか……」

「嵐とか地が割れるとかで、お嬢様を足止めしてください~」

「足止めって……報告書をなかなかやらない猪々子じゃないんですから」

 一瞬、夏休みの宿題をやりたくない子供との例えが思い浮かびましたが、伝わらなそうなので表現を変える。

 というか、帰ってきて欲しくない訳じゃないんですよね。

 帰ってきて欲しくなかったら、帰って来るなともっと直接的に言いそうですし。

「子供とでも言いたいんでございますか? 文醜と比べられるのは、正直に心外でございます」

 珍しく引っ掛かったのか、小夜さんは小さくむくれた。

 いつもはそんなにあからさまに態度に出さないのに、珍しいですね。

 それはそうと、カワイイ。

 まあ、それは置いときましょう。

「どっちにしても忙しくなるんじゃないですか? 北へ勢力を広げて、南下するんでしょう?」

 これは既定路線と言いますか、公孫瓚(こうそんさん)とどっちにしろ戦うのでしょうし。

 戦略として思い描いていた計画的にもそうです。

「ですが、どうも……領地の境の諸侯の動きはきな臭い感じになってるのでございます。」

「なるほど、早くも誰に味方するかの品定めは始まってるんですね」

「詳しいことはお嬢様が帰ってから決めることでございます。前に来たあの女狐、本当にすぐに必要になるかもしれないでございます」

 董昭さんのことでしょうか?

 しかも、必要になるとは一体……

 もしかして何か重要な情報でも握ってるんでしょうか?

 公孫瓚との戦い……名のある諸侯との戦いはもうすぐ、始まろうとしていた。

 

 




董昭(とうしょう)……字は公仁(こうじん)。割と腹黒い人(三国志には割といる)の1人。袁紹が納めてる土地の県令であったが公孫瓚との戦いにて台頭。色々とあって曹操へと流れる。過去に書類偽装して粛清とかしたり、割と黒いことをやってる。
しかし、魏の建国に携わる重要なところでアドバイザー的な事をしていた。
桂花にとってはライバルになるかも、逸話的に。


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六章:新たなる乱の予感に備えるのこと

 

 反董卓連合が終わり、全てが終息。

 安息が訪れる……訳はありませんね。

「そちらの物資は西の倉庫でいいわよ。えっと……予備の武器と防具は城の南の倉庫に――」

 と、何やら桂藍さんが城の一角にある倉庫で慌ただしくしているのが見えた。

 なかなかに大変そうなので、一つ尋ねようと近付く。

「お忙しそうで、何か手はいりますか?」

「あら、空殿。お気遣いなく……間もなく連合に参加していた兵達が帰って来るので準備を進めていまして、兵站を送ってはいましたけどきっとボロボロでしょうし」

「装備の修理や補充に、兵達の休息の準備ですかね」

「そういうことよ。空殿は野盗とかでそこそこ出てるでしょう? 治安維持の方の職務もあるでしょうし、気にしないで」

「手が必要ならお呼び下さい。鈴花も元気が有り余ってるみたいですし」

「どうかしら? 竹簡とかに目を通してたら、すぐに疲れそうね」

「否定できませんね。まあ、終わって余裕があればまた来ますよ」

 そうして、すぐに事後処理に追われるのが戦後というものですしね。

 既に何度もやって来たので、大体は分かります。

 桂藍さんは柔和な笑みを浮かべ「お気遣いなく」とばかりに手を軽く振る。

 しかし、まだまだこの外史は始まったばかり。

 私の英雄としての一歩はまだ遠い。

 そんなものになろうとも思いませんけど――

 時は流れて内政に力を入れている我ら袁紹軍ですが……思ったよりも公孫賛の勢力が日に日に増している知らせを受ける。

 どうやら、公孫賛の勢力圏に流れて来た黄巾党の残党の輜重(しちょう)隊を打ち破ったり、異民族の撃退でその兵や物資を取り込んでいるらしいという話です。

 普通とかハムさんとか言われてますけど、やっぱり北方をまとめてる豪族ですよね。

 勢力的には曹操の所よりもよっぽど恐ろしい脅威ですよ。

 そんなことは軍師の方々は既に承知の上でしょうけど。

 これを聞いた我らが君主様は――

「なんてことはありませんわ。所詮は辺境の豪族ですもの。この名・族であるわたくしの敵ではありませんわ! おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」

 何も考えてません。

「そうですよ、ハクバだかバクハだがバサシだか分かりませんけど。あたいと斗詩がいれば問題ありませんって!」

「白馬義従だよ……文ちゃん」

 何も考えてませんその二。

 斗詩のツッコミは相変わらず哀愁だらけです。

 というか、この世界に馬刺しってあるんですか?

 いやまあ……馬を潰して食べることはあるらしいですが、生モノは流石に違うでしょう。

 いかんですね、あるならお酒のツマミに欲しいところです。

 最近の私のトレンドは豚の出汁で煮た水餃子です。

 どうでもいいですね。

「それよりも、問題があるのでございますけどね」

 小夜(シャオイェ)さんはいつも通りに面倒そうにそんな風に答えた。

 

 ♦      ♦      ♦

 

 幽州啄郡(くぐん)――公孫賛の居城では反董卓連合が解散し、大変なことになっていた。

「仕事が終わらーん!」

 どこも一緒である事後処理に追われていた。

 太守の執務室では、竹簡の山に埋もれた桃色の髪を束ねた女将であり太守――公孫賛が叫ぶ。

「いやー、大変ですな~」

「おい、(せい)……酒盛りなら別でやってくれ。あと、仕事はどうした」

 杯を傾けて他人事のように水色の短い髪に、白の装束が映える女将――趙雲・真名を星――が答える。

「仕事を終えたからここにおるのです。その竹簡の山に報告したものが埋もれていると思いますが」

「埋もれさすなよ!?」

「いや、私がここにきて出そうと思えば『あとで』とおっしゃったではありませぬか」

「うぐ……確かにそうだが、竹簡の山に埋葬することないだろう?!」

「なに、その左の山に分かりやすいように差し込んでおいてあるので問題はありませぬ」

 そうして、星の視線の先にある自身の左側に確かに飛び出している竹簡がある。

 ただしそれは、うず高く積まれた山の中腹に突き刺さるような形で。

 それを見た瞬間に公孫賛は、思わず持っていた筆に力が入る。

「なんでもっと取りやすい位置じゃないんだ!!」

「ちょうどいいところに穴がありましたので、我ながら難行を完璧にこなしたと自負しております」

 という、星は何故か達成感に満ちた声音を放つ。

 確かに竹簡の山の中腹……それも触れてしまうと崩れてしまいそうな均衡(きんこう)を保っているそれに、竹簡を突きさすのは難易度の高いことであるだろう。

「無駄に変なところで達成感を感じるな! おいおい、どうやって取ればいいんだ……」

「それはもう、シュバっと神速のごとき速さでですな――」

「お前の槍みたいにできるかー! くっ……」

 竹簡の山を睨む公孫賛。

 まるで強敵に出会ったかのように、身が縮こまる。

 今日の仕事は今日の内に片付けなければ忘れる、そしてまた片付かなくなってしまう。

 そうなれば現状は改善しない。

「――てぇいッ!!」

 一気呵成(いっきかせい)――!

 公孫賛は見事に目的の竹簡を抜き取る。

 その様子に星は目を少し丸くして、

「……ふむ、何も起こらぬとは。つまらないですな……白蓮(ぱいれん)殿」

 なんとも残念そうな顔である。

「そこは見事とか褒めないのか」

「そっちにはあまり期待してなかったので」

「それは残念だったな」

 と軽口を叩いて公孫賛――真名を白蓮――は持った竹簡で軽く肩を叩いて席に座る。

 やれやれとばかりに席に座った瞬間。

 どっかりと座った振動で、竹簡を抜き取った山に異変が出る。

 そして、そのまま――

「うわぁぁぁぁぁあ!?」

 竹の雪崩(なだれ)が執務机の白蓮に襲い掛かる。

「いやはや、期待を裏切りませんな」

 愉快とばかりに星は杯を傾ける。

「ちょっと!? (ハク)姉ー!」

 扉を開けたのは桃色に三つ編みのツリ目の女将。

 白蓮の叫びに反応したかのように扉を開け放った。

「おや、春蓮(しゅんれん)殿。お早いお帰りですな」

 そう星に真名を呼ばれた彼女は――公孫越。

 公孫賛の妹であり、公孫賛の勢力で貴重な人材である。

「ああ、白姉――多忙で竹簡に埋もれて死ぬなんて」

「勝手に殺すな!」

「白姉!! 無事でよかった!!」

 竹簡の海から這い出た白蓮に春蓮は飛びつく。

 ちなみに重度のシスコンである。

 さっき冗談ように言ってたが竹簡に埋もれて死ぬの下りで本気で悲しんでいた。

「春蓮殿もどうです? 一献」

「結構です……白姉に嫌われたくないので」

「もしかしたら逆に構ってくれるかもしれませんぞ」

「それなら考えなくもないです」

「変なこと吹き込むな」

 早くも星の口車になりそうなところに白蓮は待ったを掛ける。

「黄巾党の残党は未だに暴れ。おかげで青州からは事実上、手を引いてるようなものだ。なのに袁紹の勢力が青州の残党を上手くまとめて徐々に勢力を増してる。そんな中で悩みを増やさないでくれよ」

「そうですな……いずれこちらへ来るのも、時間の問題かと」

 現実的な問題に星も、真剣に予想されることを話す。

 現在、幽州は北方にいる異民族とも未だに小競り合いが続いてる。

 そんな中で黄巾党の残党への対処である。

「それよりも、もっと深刻な問題も出てきてるでしょう?」

「先生」

 と、白蓮から『先生』と呼ばれたメガネに白髪の妙齢の女性も入室。

 先生と白蓮に呼ばれた彼女は――盧植(ろしょく)・真名を風鈴(ふうりん)――彼女は正史では袁紹軍へと参入することになるのだが、反董卓連合により洛陽が落ちてからは教え子でもあった白蓮を助力すべくこちらへ移っていた。

「劉虞殿か……」

 白蓮は思い当たる点を答える。

 劉虞――(あざな)伯安(はくあん)

 劉姓ということで、宗室(そうしつ)……つまりは皇帝の一族の血筋でもある。

 しかし、当代の皇帝である霊帝との繋がりは薄いために一人の役人として現在は幽州牧として幽州を治めていた。

 州牧とはいえ、地位をあまり誇示せずに質素な暮らしをして民と同じ目線に立っているために民からの支持は(あつ)い。仁徳のある者であると言えよう。

「異民族との講和……理想だけど、長く対峙してきた私だからこそ分かるが無理だろう」

「ほう、その心は?」

「今、講和してもそれが守られる保証はないし……ただの一時しのぎだ。皇帝がいなくなった今、世情は混乱してるから異民族を懐柔しておきたいというのは分からないでもないんだけどな。それにあいつらは弱いと見ればすぐに南下してくる。下手(したて)の懐柔策はこちらが弱ってると思われるだけだと思うんだけどな」

 その白蓮の説明に質問した星は「なるほど」と頷く。

 長年、北方の異民族に敵対したからこそよく知っている白蓮の経験でもあった。

「まあ、異民族にも桃香(とうか)みたいにお人好しがいないとも限らないが……そこまで楽観的にはなれないさ。だから、劉虞殿には困ってる。悪い人じゃない、何度か謁見した身としては良い人だよ」

「その様子だと謁見して、陳情は済んでるみたいね」

「ええ、先生……さっきみたいな理由を話しましたが、『賊が未だにのさばる中で無駄に戦をして民が傷付く必要もない。贈呈品で血もなく懐柔できるならそれでよいでしょう』と言われてしまいました。私もそう思ってますけど、今まで何度も異民族を退けた私だからこそ無理だとなんとなく思ってます」

「そうね。でも、多少の小競り合いがあっても今は安定してるし……上手くいかなかった時に備える程度でいいんじゃないかしら? それよりも、袁紹軍の動きが気になるところね」

 そう風鈴は一つ息を吐く。

「袁紹が?」

「軍備と内政に力を入れてるそうよ。色々と人材も豊富なようね」

「風鈴先生、それは言わないでくれよ」

 実際問題、公孫賛の勢力は一族を除いて有用と言える人材が少ない。

 それもまた一つの悩みでもあった。

「いずれにしても、早々に攻められることはないと思うわ。冀州全てが袁紹の勢力という訳でもないし、白蓮ちゃんはまだまだ強力な豪族の一派よ。こちらに与する勢力もいるはず。それまでに、備えるところを備えておきましょう。この間の黄巾党の残党で物資や人も得られたことだし」

「……ですね」

 と、幽州でも対策を立てていた。

 

 ♦      ♦      ♦

 

 冀州は未だに完全には麗羽様の勢力になった訳でありません。

 公孫賛は異民族を撃退している勇猛な将で、為政者です。

 なのでこの冀州内でも公孫賛の勢力に(なび)く派閥は多い。

 ……公孫賛、つまりは遂に名のある諸侯との衝突は間近に迫っていると言ってもいいでしょう。

 我々袁紹軍も軍事力そして地位としては上で、かなりの勢力を誇っているとはいえ、決して楽な相手という訳ではありません。

 なので打てる手は打っておく、そう小夜さんは判断しています。

 という訳で早速ですが胡散臭い人が呼び寄せられました。

「召喚に応じました、董昭です。何やらわたくしにお願いがあると聞きました」

 そう……例の董昭さんである。

 玉座に案内されてニコニコしながらも掴みどころのない彼女は、丁寧な挨拶ながらも怪しい雰囲気です。

「ということで、董昭殿にお越しいただきました」

「それで、その董昭さん? は何の為にお呼びしたんですの?」

 その言葉に思わず吉本的な転倒をするところでしたが、これは麗羽様なので仕方ありません。

 董昭さんが来る前にさっき説明してたでしょうに。

「麗羽様……さっき説明されてたでしょ。鉅鹿(きょろく)郡で公孫賛の勢力に行こうとする怪しい動きがあるって」

「そう言えばそうでしたわね。まあ、この名・族である袁本初からあの田舎太守に鞍替えしようなんてあり得ませんけど」

「その自信はどっから来るんですか……」

 と、あまり大きくない声で耳打ちした真直(まぁち)が一息吐く。

「とは言え、我らの軍はまだ調練の最中でございます。田舎太守だとか言ってるでございますが異民族を何度も相手にしてる白馬長史の武勇とその兵の精強さはは十分に轟いてるでございます」

 うーん……本人は普通とか言ってますけど、凡人ではないですよね。

 小夜さんの評価も妥当でしょう。

 銀鈴(いんりん)の話を聞く辺り異民族、マジヤバいって感じです。

 一度戦いましたけど銀鈴がほとんど片付けてしまったので、脅威はあまり感じられませんでしたが。

「仮にそうだとして董昭さんはどうするつもりですの?」

「はい、まずは彼らの計画がどのようなものか知る必要がありますね。一人で大勢の計画を防ぐのは無理がありますから。なので彼らが計画に乗ってどのような作戦を立てていたのかを知った上で、状況に応じ対応しようと考えております」

 麗羽様の問いにうっすらと糸目だった瞳が開かれる。

「なんとも曖昧(あいまい)な答えですわね」

「わたくしに万事お任せ下さい。田舎太守より、袁紹様の方が素晴らしいとご威光を広めさせていただきます~」

「まあ、そう言うことでしたらお任せしますわ。小夜さんの推薦でしょうし」

 董昭さんが猫なで声で口を開いたらコロッと流されましたよ、この人。

 いやまあ、小夜さんの名前を上げてるあたり小夜さんを信頼してという感じもありそうですけど。

「ということで、鉅鹿郡の太守として彼女を派遣するでございます」

「ええ、分かりましたわ。では董昭さん、わたくしのご威光をしっかりと広めてらっしゃい!」

「御意に」

 そうして、彼女は鉅鹿の太守へと任命されることになりました。

 

 ――が。

 

「なんで私がここにいるのでしょうね」

 鉅鹿郡に私と鈴花が董昭さんの補佐役として同伴しました。

 理由は小夜さん(いわ)く「胡散臭いので、監視と補佐を兼ねてお願いするでございます」とのことです。

 正直な話、私も信用ならないとは思いますが……

 今は既に太守としての取り次ぎも終わっています。

 なんとも小夜さんの根回しもお早いことです。

「張郃さん、高覧さん。お待たせしました~……滞りなく終わりました」

「それはお疲れ様です」

「うふふ……わたくしにこんな優秀な方を同伴させて頂けるとは、これはやりがいがあります」

 怪しげに舌を出す董昭さん。

「うわあ……すっごいねっとりしてます」

「あら、そんなねっとりだなんて。わたくしは色々とお役に立ちたいだけですよ」

 鈴花が怪しげな雰囲気の董昭さんに若干引き気味。

 というか、胸中が口に出てます。

 正直な感想にも関わらずそれをいなす董昭さん。

「高覧さんは正直でいいですね。張郃さん」

「否定はしませんけど、あんまり彼女をイジメないで下さいよ」

 彼女はこの鉅鹿をどう平定するのか……

 早くも嫌な予感を感じさせます。

 

 




本来なら公孫越死亡→界橋の戦い

へと移りますが、色々と端折ります。
劉虞との一件を書いてたら話が進まなさそう。

多分、平気で5章とか超える予感がしますので。


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第二章:群雄割拠へ
一章:董昭、鉅鹿を治めるのこと


みなさんのお元気ですか?

私は少し元気がないです。
しかし! 他の人がわたしの物語で元気になってくれるなら嬉しいことです。

という訳で恋姫、董卓ルートが出ましたが(約4ヵ月前)もっとがっつりやってくれていいのよ?

と思いつつも、政治的なあれこれが結構描写されてて良いと思いました。

へぅ、は清涼剤です。

異論は認めん。


 

鉅鹿(きょろく)郡の太守として董昭さんが着任されて数日。

「空様……最近、あの董昭様の動きが怪しいです」

 という鈴花の報告から一日が始まる。

 私は執務部屋で椅子の背もたれに体重を預けながら天井を仰ぐ。

 遂にか……って裏切りではないでしょう。まず。多分。

 断言できないのはアレです。彼女の行動故です。

「放っておきましょう。必要ならお声が掛かるでしょうし」

「ええっ……いいんですか? もしかしたら、公孫賛に寝返るつもりかもしれないんですよ」

「いや、それはないでしょう」

 裏切るならあからさまに過ぎますし、小夜さんとか軍師陣が勘付かないはずがありません。

 それに彼女であればもっと回りくどくていやらしい感じでやりそうです。

「何故ですか?」

「ああいう手合いは、もっとねっちょりしてます。それこそ私達に勘付かれるようなことはしません」

「ねっちょり……気持ち悪い表現ですね」 

「鈴花は正直ですね。いえ、良いんですけど」

 裏表のない鈴花は何と言うか、ある意味恐ろしいですね。

 たまに無礼討ちみたいな感じでさっくり殺しますからねこの子。

 まあ、罪のあるなしで言えば向こう側なので問題ないんですけど。

 さすがに誰かれ構わず切り捨てない程度の理性はあります。

 逆に言えば大義名分があれば躊躇(ためら)いなく切り捨てる訳なんですけどもね。

 お前、賊だろ?! 賊なら首置いてけ! みたいな。

 どこの島津ですか、と言わんばかりです。

「いや~忙しいですね~。わたくし参っちゃいます」

 無遠慮に執務室に入って来たかと思えば董昭さんは、そんなことを(のたま)う。

「忙しいのに楽しそうですね」

「ええ、色々と裏も取れましたので。これからあんなことやこんなことをしようかと」

「別に隠さなくてもいいでしょうに……」

 鉅鹿郡にいる公孫賛に(くみ)する不穏分子を片付ける。

 やることはそれです。

「ということで少しばかりお付き合いください。わたくし、一仕事終えましたので暇で暇で」

 いい笑顔でそんなことをいう董昭さん。

 何か企んでそうな印象しか受けません。

「太守としての仕事はどうしたんですか?」

「そんなものパパ―っと片付けましたよ。わたくし、張郃殿にとても興味があって……一度じっくり触れ合ってみたいと思いまして」

 そう鈴花の言葉にあっけらかんと答える。

 それよりも後半の言葉で鈴花の視線が鋭くなる。

 私は面倒そうな予感にげんなりです。

「まあ、お互いを知るのは良いことです。敵を知り己を知らば……」

「やーん、嬉しいです。ささ、参りましょう」

 そのまま私の手を引いて、小柄ながらも艶めかしい肢体ですり寄って来る。

 鈴花の目がさらに鋭くなる。

「……空様、この女狐の皮を()ぎましょう」

「もしかしたら剥ぐ皮なんて被ってないかもしれませんから、ダメです。私も仕事はある程度終えてるので、兵の方はお願いします。まあ、心配しないで下さい」

「ぐぬぬ……変なことあったらお呼び下さい。すぐに飛んでいきます」

 本当に飛んできそうな雰囲気ですね。

 飛ぶというより跳躍的な意味で。城から。

 そんな訳でどこに行くつもりか分かりませんが、董昭さんに連れられて城の外から街へ。

 こっちの市井(しせい)の様子はと言えば、特に大きなことは何も変わりはありません。

 活気もそこそこで、何とも言えない。

 賊が出てる割には治安がすこぶる悪い訳ではないので。

「まるで逢瀬(おうせ)のようですね」

「そうですね」

 董昭さんの言葉に私は女ですと答えそうになりましたけど、この世界では何も珍しいことではないのを知ってるので何も言いません。

 男性で優秀な方がいない訳ではありませんが、有名どころが女性になってる以上は女尊男卑っぽい気がしますが。

「しかし、こうして見ると美丈夫というか……噂に違わぬ凛々しさですね~」

「それはどうもです」

 胡散臭い感じしかしない距離の詰め方。

 私も流すような返事になります。

 いや、いきなり美女に言い寄られたら普通は嬉しいですよ?

 でも……何か裏があるんじゃないかってレベルで変な距離の詰め方です。

 残念ながらそこまで味のある返しが出来る性格ではないですし……お酒があればもうちょっとチャラけますけど。

 それこそ舐めるような感じに(まと)わりつく空気が、彼女にはある。

「それで、何か目的でもあるんでしょうか? それとも市井の様子を見ておきたいとか」

「ふむ……そんなところです。治めるにあたって街の有力者を下見しておきたく」

 と、私の問いにあっけらかんと答える。

 それも真面目な理由です。

 飄々(ひょうひょう)としながらも次の一手を考えてるような雰囲気。

 こういう手合いは油断なりませんね。

「ふむふむ。もし、そこのお兄さん」

「ああ、なんだい?」

「わたくし最近、この街に来たばかりなんですが有力な商人や街で地位のあるお方はどなたか教えていただきません?」

「ん、おたく商人か何かかい?」

「お金を回すことをする人ではありますね」

 道行く街の人に何か当たりをつけて話し掛ける董昭さん。

 しかも、かなり濁した言い方。デロデロしてます。

「そうかい。まあ、別に教えても構わないが――」

 そこの町人さんー!

 もうちょっとなんか怪しんで下さいーー!

 太守で立場的には向こうが上で上司なんですけど、怪しんで下さいーー!

 と、私は内心で思いつつも董昭さんはつつがなく情報を入手した。

「では、引き続き参りましょう。飲茶(ヤムチャ)するのにいいお店も教えてもらいましたので」

「はあ……」

 そう、連れられ茶店のような場所に案内される。

「はい、いらっしゃい」

 中年の女店主に迎えられそのまま店へ。

 董昭さんは注文をして饅頭と茶が流れのままに出されていく。

「はあ……いいお店ですね~」

 一口含み、お茶を飲んだ後に艶めかしい吐息と共に彼女はホッとする。

 私も飲んでみるが、確かに美味しいです。

 しかし、何とも言えない感じ。

 警戒心は抜けませんがそんなに怪しい行動はありません。

 怪しい雰囲気があるのは彼女の性質みたいなものでしょうか?

「そうですね」

「先程から素っ気ないですね~。いじけてしまいます」

「そう申されましても、あまりお互い知りませんし」

「ふふふ、でしたら……色々と教えて差し上げますよ。手取り足取り」

「…………」

 なぜこうも距離感が近いのか意味不明です。

 私にそんな趣味はありません……今のところ。

 別にキャッキャウフフの渦中にいたいとも思いませんけど。

 そういうのは主人公の役目であって、私にそんな女難はいりません。

 いらないと思ってても、既に主君が女性でアレな時点で女難な気はしますが、そこは何も考えないでおきましょう。

 いや、そもそも有名武将が女性の世界で女難に遭わない方が無理がある気が――あ、今……私とんでもない真実に辿り着いてる気がします。

 誰ですかこんな外史作ったの。

 正史の人間でしたね……などと現実逃避。

「私は武官としてのお役目で十分です。それで、どうされますか?」

「まあまあ、今は仕事の話はよろしいではありませんか」

 などと董昭さんははぐらかす。

 うーん……何もしてないように見えて、きっと何か考えがあるのでしょう。

 今は情報の収集と仕込みと言ったところですかね。

 雌伏(しふく)の時、ということで納得しておきましょう。

 と、思いつつしばらくは普段通りに武官としてお役目をしていましたが――

 董昭さんがとんでもない行動に出るのを私は予想もしておりませんでした。

 

 

 町の警邏に出ているとやはりこの時代の噂というのはその街の情勢を表すもので――

 (いわ)く、『公孫賛(こうそんさん)が大いに軍備を進めていて、袁紹を狙っている』『公孫賛の軍は強大で、袁紹では太刀打ちできない』などと公孫賛が優勢の噂が流れている。

 実際問題、黄巾党の残党を私達程ではありませんが吸収しており、白馬義従の異民族撃退の勇猛さは轟いている。

 その事実がこの郡が公孫賛の派閥に傾くことを後押ししています。

 民を不安にさせてなし崩し的にその勢力へと組み込む。

 なかなかに(したた)かな計略ですね。

 実際に公孫賛が望んでいるかは別として、ですけど。

 麗羽様を知ってると公孫賛の方が頼りになるのは否定が出来ません。

 でもまあ、麗羽様は麗羽様で悪評を立てられる行動が出来る立場でもないですし、名族的なプライドで変な事はするつもりはないでしょう。

 お金遣いが荒いのとその配下が振り回されるのはともかくですが――

「郡を騒がせている豪族である孫伉(そんこう)達を切ります」

「いやいや……いきなり何を……」

 どうやって鉅鹿を治めるかの会議を開いたかと思えば、董昭さんは開口一番にそれです。

 私は待ったとばかりに言葉を挟みます。

「そうですよ! 切るのはいいですけど、理由は大事です!」

 ……鈴花さん?

 私の副将、こんなに血の気多かったでしょうか……

 片鱗は隠すこともなかったですけど。

「もちろんです。この郡の豪族である孫伉らと数十人が徒党を組んで官民たちに不安を煽っていると、裏が取れました。このままでは、公孫賛の勢力に組み込まれそれを足掛かりに攻められるのも時間の問題です」

 まあ、この世界だと公孫賛が自ら攻めるような気質ではありませんけど……麗羽様が小夜さんの政策である北を取ってからの南下をする気ですからね。

 こちらの動向が分かれば戦いたくなくても先手を取っておきたい、と思うのは当然と言えば当然です。

 なので董昭さんの言うとおりになる可能性は高いですね。

「ということで、こちらに袁紹様の命令の書状を頂きましたので、法の下で処罰してしまいしょう。それから民には孫伉達が裏切りを企ててその影響で商売や治安の状況が上手くいかずにいたと、でっち上げさせて頂きます♪」

 え……でっち上げ?

「ちなみにこの命令書は偽物ですが、全て丸く収まれば何とでもなりますのでお気になさらず。でっち上げると言っても状況が悪い理由としては事実を含んでいるところもございますので事が終わり次第、わたくしから袁紹様に顛末(てんまつ)を話させて頂きますのでまずは従っていただきたいのです♪」

「空様、やっぱり女狐でしたよ! とんでもないこと言い始めました!」

「まあまあ、高覧さん。結果的に袁紹様になるように動くので、大事ではありません」

「君主の命令をでっち上げるのは大事じゃないんですか?!」

「大事の前の小事です。どうか信じて下さい」

「ここまで信じられない信じて下さいを初めて聞きましたよ!?」

 確かに鈴花の言うとおり、ここまで信じられない信じて下さいもありません。

 うーん……信じたくないのですが――

「本当に信じて欲しいのでしたら、真名でも賭けて頂きたいところですね」

 と、私は提案します。

 この時代では本当の名前というのは、秘匿される存在。

 呪術的な話も信じられていますからね。

 だからこそ、真名は重いということです。

 過去の日本でも(いみな)という、真名っぽい文化もあった気がしますし。

 ……まあ、この世界では呪術がない訳ではないので実際問題、恐ろしい話ではありますけどね。

「――もちろんです。孤白(こはく)の真名に誓いますので、どうか信じて下さいな」

 あっさりと真名を預けましたよ。

 飄々(ひょうひょう)としてますけど、覚悟はあるようです。

 にっこりとしていて表情は読み取れませんけど、真名を預けるくらいには信用して欲しいということでしょう。

 ハクが白という字だとしても、これ程に白が似合わない御仁(ごじん)も珍しいですね。

「分かりました。補佐を任された以上は、やりましょう」

「空様?!」

「鈴花、真名を賭けられた以上はそれに背くようなことはしないでしょう」

「それは、確かに……そうですけど……だからと言って私は預けませんからね!」

「働きを見届けてからどうすればいいかを考えれば良いでしょう。それで構いませんね? 孤白殿」

 警戒心がありまくる鈴花を(なだ)めるようにして、私は妥協案を提示する。

 その言葉に彼女は袖を口元に隠して微笑み、静かに頷いた。

「とは言え、一方的に預けるのは居心地が悪いので……私の真名、空だけでもお預けします」

『……ッ?!』

 2人して私の行動に目を見開く。

 鈴花は驚き、孤白は呆気に。

 そこまでおかしいですかね?

 まあ、信用してない相手に易々と預けすぎな感じはしますけどもね。

 理由としては……私はそこまで真名に対してこの世界の住人程に神聖視はしていません。

 前世がある以上、価値観はその時がある程度のベースですし。

 名前で信用や信頼を得られるなら安いものということでの結論です。

「そこまで信用ないと思ってましたのに、酔狂なお方ですねえ」

 自覚あるんかい、とクスクス笑う孤白に対して私は内心そう思いつつ――

「真名を預けたのですから、少なくともこちらも信を見せようということです。そこまで不思議な事ではありません」

 とまあ、武人らしい返しをする。

 ですが鈴花は口を尖らせて怪訝(けげん)そうな視線をこちらへと向ける。

「いくら何でも信を置くには……」

「これでも信を置く相手は選んでるつもりですよ」

 その私の回答に鈴花は納得はしなくても、とりあえず私の言葉を信用するといった形で落ち着いたようです。

 

 

「公孫賛の斥候、張吉(ちょうきつ)なる者がこの鉅鹿の賊徒は孫伉らの内応を頼りにしていることが判明いたしました。この手紙が到着し次第、法の下で孫伉らを逮捕することを命ずる。ただし処断するのは悪事に関わった本人のみで親族等に関しては連座しないこととする。何か申し開きはございます?」

「……何を根拠に」

 孫伉という者が所在する屋敷へ兵と共に訪問した私達。

 悪辣な顔とも言えませんが、それなりに後ろめたいことがありそうな人相をしています。

 あまり人を見た目で判断したくありませんが、この時代だと人相の悪さで疑惑を持たれることが少なくないので怖いことです。

 史実の魏延(ぎえん)なんかもそんな感じでしたしね。

 孤白の言葉を一笑する孫伉ですが――

「あら、そうでしょうか? 街の有力者とそれなりに親しい間柄であるとも聞いておりますが、例えば東の商家の……とか?」

 何やら揺さぶりをかける孤白。

 そう言えば自分の足や兵を使って色々と聞き込みをしていましたが、やはり裏を取ってましたね。

 裏があるなら別に命令をでっち上げる必要はないと思うのですが。

「ただの噂ではないか? 私にそんな、後ろめたい繋がりなどありはせぬ」

「ですが、袁紹様は私の言に既に信があると判断致しました。この書状がある理由も、お分かりでしょう? 抵抗するならば、色々と書き換えるよう進言しなければいけませんねえ……連座の部分、とか」

 ちなみに連座とは、犯罪をした本人だけでなく家族含めてまとめて処断することです。

 戦国時代でもこういうのはよくありましたが……ある意味では人質ですね。

 しかし、単純ですが容赦のない脅しです。

 ゴリ押しをするのにでっち上げた書状を用意したのでしょう。

 しかもある程度は裏が取れてることをチラつかせて。

 もし、ここで言い逃れをした場合……本腰で調べられて余罪が出てくるなりすると罪は当然に重くなる。

 だからこそ、孤白は完全な裏を取って追い詰めるより自主的に捕縛されるように仕向けている……という感じですかね。

 追い詰めて抵抗された場合には時間も労力も掛けることになりますし、他の諸侯含めて付け入る隙ができることになりますしね。

 短期決戦ということで、この方法なのでしょう。

 いやはや……恐ろしい人です。

「……………」

「さて、どういたしましょう?」

 ニコニコと笑みを絶やさない孤白。

 主導権はどちらにあるか、など明白です。

 孫伉は冷や汗を一つ流したかと思うと――

「……袁紹様の命令に従いましょう」

 これまでと、諦めて礼をした。

 こうして迅速に孤白は鉅鹿を治めることに成功した。

 

 

 ということで、いきなり豪族を捕縛して処断したことで民は混乱するのですが……そこは私達の出番ですね。

 治安の維持をする為に警邏をして、これを機に良からぬことをする賊を捕らえて安心できるようにということで孤白からも指示されてますし。

 物流をよくしたことで経済的にも安定し、民を慰めることに尽力しました。

 よって混乱もすぐに治まって、鉅鹿の平穏は短期で訪れることとなった。

「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ! 素晴らしい働きですわ、董昭さん。こうも早く鉅鹿にこの袁本初の名を広めることに成功するなんて」

「いえいえ、わたくしとしてもお名前を勝手にお借りして許していただけるとは喜ばしいことです」

「わたくしの名で丸く収まったのですから、何を責める必要がありますの? 当然の帰結というものです」

 本拠地に戻り、孤白は自分がどのようにして鉅鹿を治めたかを正直に話しました。

 ですが、麗羽様の反応は御覧のとおりです。

 桂藍さんを除いて軍師陣は微妙な顔をしてますが……

 勝手に君主の名前を借りて偽の書状を作ったのですから、当然と言えば当然なんですけどね。

 これで許される辺り、麗羽様らしいと言いますかなんと言いますか。

「では、董昭さん。引き続きこの袁本初の名を広めることに尽力なさい」

「もちろん、誠心誠意やらせていただきますぅ~」

 ある意味では胡散臭くも、頼もしい人が正式に袁紹配下となったのでした。 

 

 





最近、やろうと思っていることを活動報告にあげようと思います。
気になった方は御覧下さい。

ちなみに董昭さんのやったことはほぼ史実通りです。


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