※先天性女体化※卑劣様スレより 今日も木の葉は平和です (匿名希望@ななし)
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※先天性女体化※卑劣様スレより 今日も木ノ葉は平和です

  創設間もない木ノ葉の里はいつも上から下まで天手古舞だ。

 なにせそもそもは一族あるいは小規模の徒党を組んで活動していた忍たちが千手とうちはの同盟を皮切りに寄り集まった、過去に前例のない集合体である。

 家長には絶対的な決定権があり家人同士は血と家の絆で結ばれていた一族運営とは異なり、里内ではそれぞれの価値観、功名心、あるいは一族同士の因縁などによって何を決めるにも話し合いを行い、それがまとまった後には意見を却下された側へのアフターフォローも不可欠だった。

 交渉が決裂したらはい開戦とばかりに戦に明け暮れていた時代とは根本的に変わった現状に、みな今まで使ってこなかった部分の脳みそをフル回転させて例えるなら頭脳の筋肉痛をそこかしこで起こしていた。

 

 柱間もオレも、ガキの頃に散々「忍たちが無駄に殺し合わなくていいような世界にする」という夢を語り合ってきたが、その頃のオレの頭の中では夢を達成する最大の壁は里の創立そのものだった。

 なにせ当時は血で血を洗う争いが日夜繰り広げられ、仲間が、友が、兄弟が容赦なく死んでいく時代だった。そんな環境において複数の忍たちが和平を結び、共同で暮らす里を作るというのはあまりに壮大な目標だ。まだ柱間を千手と知らずに純粋に夢を語り合っていたときですら、夜に一人で布団に横たわっているときや、ひどく痛めつけられた仲間の遺体を弔っているときなどは本当にそんな日が来るのだろうかと疑問に思わずにはおれなかった。まして自分たちの交流が互いの父に知られて決別したあの日以降、それはあまりに眩しすぎる夢となり、現実にはただただ目の前の戦闘を生き延び、勝ち続けることで精一杯になっていたのだ。

 柱間は生来の器のでかさと言うべきか能天気さというべきか、戦に明け暮れながらもずっと里の創設を叶えられる、叶えるべき目標として邁進し続けていたようだが、それでもやはりオレ同様に里の創設自体が最大の目標となっていた節がある。里成立後についてのビジョン、例えば書物の編纂による忍術の体系化や子供の教育機関の設立などはあったが、それを具体的な施策として落とし込むだけの知識、処世術等は勉強不足の感が否めなかった。いや、そもそもお人好しであり器がでかすぎて常人とは価値観の若干ズレている柱間にはあまり向かない分野というべきか。

 そんな見切り発車でスタートした木ノ葉隠れの里がどうにか大きな破綻を見せずに形を整えつつあるのは……

 

 そこまで考えたところで控えめなノックの音が聞こえた。

「失礼します、火影様。能渡(のと)ですが…少々ご相談したいことが」

「構わない、入ってくれ」

 

 柱間の返答を受けて恐縮しながら入ってきたのは能渡ヒカリという男だった。こいつもご多聞に漏れず元は忍だ。戦闘面ではよくぞ今まで生きていたものだと言いたくなる腕前だったが情報の分析能力や戦術・戦略の組み立てについては一目置くべきものがあり、その辺の能力を見出されて現在は文官として腕を振るっている。

 今日も、扉間のもとで緑垂(ろくすい)という地方の大名らによる査察や会談のサポートを行っているはずだった。

 この緑垂という地は都の北方に位置する内陸で、広大な平野での米の栽培が主産業らしい。特に地政学的なうまみもないことから争いとは縁遠く、のんびりと田んぼや畑を耕してきた土地柄だった。

 つまるところ向こうにとっては忍者の武力・諜報力はさして需要もなく、しかして食料のほとんどを輸入に頼る木ノ葉隠れの里にとっては是非にも懇意にしておきたい相手である。なにをして緑垂のほうから木ノ葉を訪ねるか知らないがこれはチャンスだ、と。扉間が兄であり木ノ葉の盟主である柱間にまるで教鞭を振るうかのように熱弁していたので横で聞いていたオレも覚えてしまっていた。

 歓待の挨拶や夕餉の接待などは柱間が対応するとして、実務的な方面は扉間や能渡などが当たるはずだ。時刻を確認するが、まだ未の刻も半ば(14時ごろ)といったところだ。本日のスケジュールが全て終了しているとは考え難い。協議中になにか能渡では判断できない問題が発生して相談に来たのかも知れないが、そうだとしたらまずは扉間の元に向かうのが筋であるし、もしも扉間をもってして柱間に相談しなければならないと判断するような事態なら能渡に伝言を頼むようなことはせず扉間本人がここに来るだろう。

 不思議に思ってオレは書類を処理する手はそのままに耳だけを傾けた。

 

「それで、相談したいこととは?」

「は。現在緑垂から木ノ葉への米の販売ルートや価格についての交渉を行っておりまして、うまく話がまとまりかけたのですが急に桑名様が待ったをかけたんです」

「桑名…大名殿が?なんぞ不満があったのか?」

「不満、と言いますか…その」

 

 現在この執務室にはオレを含めて数人の人間が書類と向き合っている。皆信頼の置ける人物であるということもあるが、書類仕事に飽きやすい柱間の監督兼気晴らしの話し相手という意味合いもあった。そんなオレたちを憚って能渡がひっそりと柱間に耳打ちをする。

 別に聞こうと思えば聞けるのだが、そこまでせずとも後で直接柱間に聞けばいいか。目の前の書類を疎かにするわけにもいかないので手元に目を落としたときだった。

 

「……は?」

 

 それは普段はもとより戦闘中でもなかなか聞けない柱間のド低音ボイスによって阻まれた。まだチャクラや殺気は感じられない分マシではあるが、能渡はすっかり萎縮して慌てて言葉を重ねる。

 

「いえ!ですから先方が勝手に言ってるだけであって!もちろんそんなこと了承できるわけがないのですが下手な断り方をすると今後の食料確保に支障が出てしまうやも知れませんし、だから火影様にご相談をと…」

「ああ、すまん取り乱してしまったな。いやしかしなんだって……」

 

 剣吞な空気はすぐに収まったが、柱間は困ったように左手で額を抑える。

 ──大名がなにか妙な対価でも提示したのだろうか。もともとあいつらはオレたち忍のことを戦しか能がない蛮族だと思って見下している節がある。条約の制定や食料その他の価格交渉、祭典の招待等過去諸々にわたってそれらを実感してきた身だ。

 と、そこへ再びノックの音が響いた。

 

「邪魔をするぞ。能渡、どうした。会談でなにかあったらまずは私に相談するのが筋だろうに」

 

 返事も聞かぬうちにドアを開けたのは扉間だった。もとより扉間も普段の書類仕事はここで行っているわけだし、その感知能力でもって入室を憚るべきかどうかの判断は朝飯前なのだろう。特に遠慮のない足取りでまっすぐに能渡の元へと向かう。

 

「と、扉間さ」

「扉間、無事か!?エロ大名になにもされていないだろうな!?」

 

 まずい見つかった、と顔に書いてある能渡の呼びかけを遮って柱間がガタンと席を立ち、妹に気遣わしげな声を掛ける。

 

「…兄者は何を言っているんだ?」

 

 本当にな。と扉間に同意するセリフが喉元まで出かかったが辛うじて飲み込んだ。

 対する柱間はわなわなと拳を握りしめ、机に叩きつけた。

 

「あのエロ大名、米の販路締結の書類に調印してほしくばお前と一晩二人きりの会談させろと言ってきたんぞ!!」

 

 瞬間、室内に何とも言えない沈黙が下りる。

 有り得ん!と言い放つ柱間。

 あーあー言っちゃったよこの人、と言いたげに肩を落とす能渡。

 兄の剣幕に気圧されたのかちょっと身をのけぞらせてる扉間。

 オレとしてもここまであけっぴろげに宣言されてしまってはこそこそ聞き耳を立てるのも馬鹿らしく、書類仕事をいったん諦めて観戦の姿勢に入った。

 

 一晩二人きりで会談。まぁ要するにヤらせろという訳だ。

 誰と?扉間と?

 どんな悪食だよ。

 

 こんな目つきと口が悪くて目的のためなら手段を選ばない上になまじ頭が良いせいで編み出した卑劣な忍術は数知れず、うちはを始め千手と相対した忍ならこいつを敵に回したときの厄介さは骨身に沁みているだろう。そのうえ常に澄ました可愛げのないツラで理路整然と話す様の鼻に突くことと言ったら……

 

 「能渡、会談の議事録を見せてみろ」

 

 オレの思考は扉間のしれっとした一言で中断させられた。

 扉間は能渡から手渡された速記用の文字で書かれた紙束に素早く目を走らせる。

 

 「価格交渉は相当頑張ってくれたみたいだな、よくやった。通年の仕入れ価格では向こうに譲歩した代わりに今冬の古米の買い入れは当初の見立てよりだいぶ安く済んでいる。これは大きいな、なにせ里には備蓄米というものがほとんどないから喫緊の課題だった。なに、来年までに里の有用性を示せれば仕入れ価格についても十分交渉の余地はある。あとはそうだな、私が条件を飲んだにも関わらず反故にされては敵わないから……」

 

 そういうと放置されていた柱間の筆を勝手に使って素早く議事録の最後にサラサラと文章を書き足していく。

 

「この条件で良いならぜひご一緒しましょうと伝えておけ」

 

 こともなげに言って議事録を能渡に押し付ける。

 

「えっ」

「と、扉間!?」

「それで里の食料問題が大幅に解決するなら安いものだろう」

 

 そう言って腕を組み、顎を落としている兄に向き直る。

 

「おおかた良家の淑女に囲まれてきた好色家の大名殿が気まぐれで忍の女をつまみ食いでもしたくなったのだろう。とはいえ味をしめられても厄介だからな…もう御免被ると泣くまで搾り取るか、あるいはつまらんマグロ女に徹するか…さすがに大名のシモの事情までは調べていなかったからな。どっちが有効かはまぁそのときの流れで判断すればよいか」

 

「と」

「いいわけねぇだろうが!!」

 

 室内に響く怒鳴り声と、一拍遅れて室内に響く椅子が倒れる音。

 それが自分が発したものだと理解したのは一瞬遅れてのことだった。

 

「……マダラ?」

 

 珍しく驚き露にする扉間に、オレは一体何を言ってるんだと頭の片隅で冷静に思いながらも机を回り込んで大股で歩み寄る。 

 

「調印と引き換えにヤらせるだぁ?」

 

 ──あのクソ女、とっ捕まえたら殺す前に散々辱めてやらなきゃ気が済まねえ!

 

 木ノ葉の里創立前、まだうちはと千手が泥沼の争いを繰り広げていたときによく聞いたセリフだった。

 

 実際に最もうちはに損害をもたらし、また当主という立場上ヘイトを集めやすいのは柱間であるはずだった。

 しかし扉間もそれに次ぐ戦果を挙げている・圧倒的パワーによりある意味気持ちのいい戦法の柱間と違いクレバーでなんでも有りな戦い方をする・そして、女。

 主にこれらのの理由によりうちはから最も恨まれているのは扉間だった。品性のよろしくない者たちがそうやって野卑な言葉を吐いているのを耳にしたのも一度や二度ではない。

 

 同盟前にはマダラ自身も扉間に対する恨みや憎しみを持っていた。だが扉間はあくまで忍としてうちはに立ちはだかっていたわけで、情報を吐かせるための拷問ならいざ知らず奴の体が女だからと凌辱してやろうという発言は同じ一族の人間とはいえ少々同意しかねるものだった。

 

 それが今、同族でもなくましてや忍でもない、扉間や千手に恨みを持つわけでもない顔も知らないエロジジイが、ちょっとつまみ食い感覚で扉間を抱く?

 ふざけるな。

 第一こいつもこいつだ、なんだ『ご一緒しましょう』って。

 お前ちょっと前までは戦闘、今は里の施策に奔走して碌に寝る暇もないくせにそんな嗜みがあるのかよ、化粧したところ見たことないどころかオレは16になるまでお前が男だと思い込んでたんだぞ。

 つーか大名がとんでもない不細工なゲス野郎だったらどうすんだよ嫌だとか悔しいとかないのかよああそうだなお前はそういう感情は飲み下して合理的判断ができるいけ好かない女だったな。というかなんだすっかり官吏ヅラが板につきやがって、戦場に立つお前は澄ました顔で大地を樹上を自在に駆け抜け、最小の動きで最大の戦果を挙げ、どこまでも賢しく手段を選ばずの本当に憎たらしい奴だった。

 ──だが、その内実は柱間に負けず劣らず熱かった。どんな劣勢だろうと手傷を負おうとこいつは冷静に、しかし懸命に生にしがみついてきた。全ては兄と、兄の抱く夢のためだろう。

 そんな扉間の姿も知らないエロジジイが、忍をたかが蛮族と侮る腑抜け野郎が、こいつを抱く?

 

「……いいわけ、ねえだろうが…!!」

 

 自分でもよく分からない憤りで、食いしばった歯の間から唸り声のようにもう一度そう発すると、とりあえずオレが怒っていることだけは伝わったが真意の分からないらしい扉間は口を噤んだ。まぁオレだって自分がなんでこんなに腹立たしいのかよく分かっていないからそれは置いておく。

 視界の端に涙目でオロオロする能渡の姿が映る。 

 そんな膠着状態を打ち破ったのは

 

「良く言ってくれたマダラ!その通りぞ!」

 

 何やら脳内でおめでたい解釈が炸裂したらしい柱間が手を打った。オレと扉間の元へと歩み寄り、双方の肩をバンバンと叩く。

 

「扉間、ワシたちに瑕疵があるわけでもないのだからお前がそんな取引に応じる必要はない。そしてマダラ、よくぞ扉間のために怒ってくれた」

「……は?」

 

 別にこいつのためじゃねえと言おうとしたオレに、柱間がぱあっと笑顔を向ける。

 

「お前が扉間の心配をしてくれてワシは嬉しいぞ!」

 

 そうじゃねーよと理性が叫ぶが、柱間の心底嬉しそうな様子にオレはぐ、と言葉に詰まってしまった。

 おい扉間お前から訂正しろよ、なんでオレまでまとめて『訳分からん』みたいな顔して見てんだ。ああもうなんなんだよこの状況。

 さて、と柱間が言う。

 

「大名殿は我が木ノ葉の力をよくご存知ないようだから、協議の続きはワシとマダラで行ってこよう。なにも一晩も大名殿の貴重な時間を取らせずともきっと有意義な話ができよう」

 

 と、能渡に言い渡す。口は笑っているが目が笑っていない。ついでにオレの肩に添えられた手にも有無を言わさぬ力が込められている。

 まだ書類が残っているだの、お偉いさんの相手は嫌いだのと聞いてもらえる状況ではないようだ。

 はぁ、とため息をついて協議に向かうために羽織を手に取る。

 

 ──火影のもと、今日も木ノ葉隠れの里はなんとか平和に回っている。



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※先天性女体化※卑劣様スレより 遠い日の夜

※先天性女体化※卑劣様スレをもとにしたSSです。

卑劣様が先天性女体化しています。
また、作中登場しませんがイズナ生存ルートを念頭に書いています。


 穏やかな夜だった。

 鈍い金色に光る月は良く肥えた小望月。満月にほど近いそれに照らされて、まばらに広がる雲が空より一段濃い闇色を見せていた。

 ときは六月、かすかに夏の気配を帯び始めた生ぬるい風がふわりと漂うと、およそこの静寂に似つかわしくない血なまぐさい匂いがマダラの鼻腔をくすぐった。

 うちは一族の領地からマダラの脚で駆けて半刻ほどのその山は、5日前まで彼らと千手一族による戦場となっていた。

 情報の宝庫である忍の死体は勝ち戦だろうと負け戦だろうと生き残った者が極力持ち帰る、それが駄目なら泣く泣く火遁で燃やすなり爆破なりしてしまうのが普通である。更に疫病の発生を防ぐため、停戦次第速やかに血痕等は地面を掘り返して土中に埋めてしまう。だから5日も経ったのならそうそう匂いが残っているものでもないのだが、それでもマダラは確かに血の残り香をかいだ気がしている。

 

 激しい戦いだった。無論勢力の拮抗している千手との戦いは常に白熱するのだが、今回は特に酷かった。

 千手の当主である千手仏間が死に、うちは当主でありマダラの父でもあるうちはタジマがその最期の足掻きの自爆攻撃に巻き込まれて瀕死の重傷を負った。

 それまでもお互いの損耗はあまりに激しく、内心密かに停戦のきっかけを望む者がいたことも知っていた。それが両当主の脱落によるものだったのだから、今頃はその望みを口に出さなかったことについて胸を撫でおろしているかもしれない。

 停戦協定自体は雇い主である大名たちの仕事である。戦の結果が思わしくなかった件についての叱責は、本来ならタジマが動けぬなら長男のマダラが受けるべきだがまだ16の若造では話が通じないと舐められかねないため、タジマの従兄弟であり補佐役であった壮年の男が出向いている。

 

 今夜マダラが単身ここを訪れたのは、父がいつも身に付けていた腕輪を紛失してしまっていたようだからだ。忍が日頃身に付けるものだから当然質素なもので、数色の紐で編んだ組み紐に瑪瑙の小さい珠が一つだけ通されたものだ。弟の内の誰かが昔父に尋ねていたが、母が武運を祈って贈ったものだという。両親の間にある思いを除けばなんの変哲もない代物だから、たとえ千手の手に渡ろうが、鹿が草と一緒に喰ってしまおうが、あるいは目ざとく見つけた猟師あたりが端金に換えようが支障の出るものではない。それでも息子としてわずかの間でも探す時間を割いてやりたいと思った。

 

 戦後処理の終わった跡地など無人であるのが常である。戦の当事者たちにとってはもう用済みであるし、一般人ならまだ気味悪がって近付こうとしない。市井では死体から身ぐるみを剥いで食い扶持をつなぐ人間もいるが、見渡す限り死体一つ、クナイ等の売り飛ばせそうな武器の一つもないこの場を見たらさっさと諦めて帰っていく。

 それでも一応は周囲に警戒しながら辺りを歩いていると、一人分のチャクラが存在することに気が付いた。戦意は感じられないが、念のため気配を殺してそちらに向かう。樹上に上がってせめて木々の葉擦れの音に紛れて移動しようとしたが、静かな月夜では至難の業だ。だが、別に気付かれたなら気付かれたで構わないという思いもある。

 すでに一族随一の忍となったマダラを単体でどうこうできるのは自分の知る限りでは柱間くらいのものだったが、この気配は少なくとも奴のものではない。だったら仮に戦闘になったところでどうにでもなる。

 そう、驕りと紙一重の自信で距離を詰めると、気配のほうから良く通る声が掛けられた。

 

「今は停戦中だ。ここへ何をしに来たかは知らないが、戦うためではないだろう。お互い血なまぐさいことは無しにしないか」

「……扉間、か」

 

 扉間が優れた感知能力の持ち主であることは今までの戦闘でマダラも知っていた。一族の者が奇襲を掛けようとしたものの、とうに気が付いていた扉間により逆に罠にかけられ返り討ちに遭うという事例が何度かあった。マダラが気配に気付いていた頃にはとうに扉間のほうはこうして待ち受けていたに違いない。

 マダラはそれを少々癪に感じながらも扉間の視界に降り立つ。

 姿勢よく立つ扉間の姿は、寛いでいるとまではいかないが戦闘態勢とはほど遠い。

 特徴的な白い髪と肌が夜闇に浮き上がるようで、これだけ目立っては夜の戦場はさぞかし不便だろうと思った。よく陽に灼けた肌と真っ黒な髪を持つ柱間とは見事に対照的だから、おかげで全く柱間への感傷を思い起さずに済んだ。

 扉間は賢しい。こうして相対してしまった以上実力で勝るマダラに勝負を仕掛けるようなことはすまい。そしてマダラのほうも、速度に優れる扉間が逃げに徹した場合に仕留めきる厄介さを知っていた。停戦協定を破るリスクを犯してまで手を出そうとは思えなかった。

 お互い当主の直系であり多くの同胞を屠ってきた因縁を持つ相手だ。もしこれが普段の状況だったら攻撃を仕掛けるとまではいかないが、下手に関わって無駄に殺意を抑える羽目になるのを避けるためにもさっさとその場を離れてしまおうと思っただろう。

 だが、そのときのマダラは大きく一つ息を吸って吐き出すと少しばかり扉間との距離を詰めて適当な木の幹にもたれかかった。

 

「なんだ、千手の次男坊は血も涙もないような合理主義者だと一族の者が言っていたが。そんなお前がまさか感傷にでも浸りにきたのか?」

「……ここ数日、兄者は忙しかった。俺がいるとどうしても兄として振舞うからな、少し一人の時間を持ったほうがいいだろうと外の用事を口実に出てきたんだ」

 

 それでよりによって父の死んだ場所へ足を向けるのだから、やっぱり感傷なんじゃないのか。そう思いながら横目で扉間の顔を見るといつもの鋭い眼光はやや精彩を欠いて倦んだような雰囲気を漂わせている。きっと自分も似たようなものだろう、とマダラは思う。

 一族の当主の子として生まれ、期待と重圧を受け、もはや父を頼るばかりではいけなくなった。一人前の忍として戦場に出て、マダラに至っては元服も済ませた「大人」であるが、まだまだ多感で精神的に揺れ動きやすい十代半ばの年頃だった。今この時はお互いに少しばかり、疲れていた。

 

「葬式は済んだのか?」

「……」

 

 マダラの問いに扉間は内々の話をよりによってこの男に話したものかと躊躇う素振りを見せたが、どうせいずれ知れることだと思い直す。

 

「昨日な。同時に当主交代の儀も済ませてあるから今は兄者が千手の長だ」

「あの甘ちゃんが当主じゃあ一族の者も苦労するだろうな。次の戦では覚悟しておけよ」

「貴様の兄者像は仲良く川辺で水切りしていた頃で止まっているらしいな。せいぜいそうやって侮っておけばいい」

「ハッ、兄貴と違ってずいぶん生意気な小僧だ。弟の躾まで甘いとは恐れ入った」

 

 お互いこうして肩を並べる妙を誤魔化すかのような応酬をしながら、マダラは横目で扉間の姿を改めて観察した。

 戦場ではよくよく見る暇がないというか、マダラにとっては敵か味方かの区別さえつけばよかったのであまり意識して見たことがなかったのだ。さすがに当主の直系だから優先的に仕留める対象であるが、その白い髪は他の千手にはない特徴であり、本人もおよそ隠す気がないため顔貌まで覚えずとも見分けがついたというのも大きい。

 いつもつけている甲冑と半首がない扉間は、ずいぶんと頼りない体をしているように思えた。イズナはここ一年ほどで随分と背が伸び、煩わしがっていた声変わりも終えている。背の伸びが落ち着いたので、じきに筋肉も追いついてやがて大人の男になっていくだろう。

 だが、そう歳が変わらないと思っていた扉間は全体的に細身の体つきをしており、未だに子供のような澄んだ高めの声をしていた。こういうのは個人差があるのは当然ではあるが、こんな子供に一族の者が数多屠られているのが信じがたい心地だった。

 

「……今朝、兄者がうちはに対して書状を送った」

 

 マダラからやや距離を開けた木の幹に体を預けて腕を組み、扉間がそう言った。お互い横並びの状態だが、こちらには視線をくれず正面を見据えている。

 

「当主として最初の書状になるが、前から決めていた文をなぞるかのように淀みなく書いていたぞ。……同盟の申し入れだ」

 

 もしやと予測していたこととはいえ、莫迦か、という思いを禁じ得ない。

 先の戦は千手仏間の死によって終わった。父も瀕死の重傷を負ったとはいえ戦の勝敗はうちはの辛勝というところだろう。

 

「……負けた側からの同盟の申し入れなど受ける道理があるか?」

「直前の情勢がどうであろうと、兄者は必ず当主になって一番先にうちはへの同盟の申し入れをしただろう」

「傘下に入るというなら考えてやらんでもない」

 

 眉間に皺を寄せて扉間がマダラに顔を向ける。頼りない体つきや繊細そうな肌の色に反して、その瞳は強い光を放っていた。

 

「世界にあるのは千手とうちはだけではない。隷属や族滅以外にも道はあると、千手とうちはの同盟をもって他族に示したいのだ、兄者は」

「何世代にもわたって同胞を殺し殺されてきた仲なんだ、決定的な勝敗が見えねばお互いに納得すまい」

「千手とうちはの力は拮抗している。先は負けて今度は勝って、それを延々と繰り返し続けるのか?子供たちにまで犠牲を強いながら!」

「なら、その均衡を打ち破れるまで強くなるだけだ」

「っ…」

 

 マダラの言葉を聞くと、扉間はその顔をまじまじと見て、それから俯いた。

 

「……兄者は貴様のことを、同じ夢を共有する同志だと言っていた。今もそう思っているだろう。忍たちが一族の垣根を取り払って協力できる時代を作れると、無益な争いを避け、子供が子供らしく生きられる未来を創れると。千手の自分とうちはの貴様が同じ時代に生まれたのは、きっとそれを世の中に示すためなのだと、俺に語って聞かせたものだ」

 

 扉間は顔を上げ、先ほどまでの感情の高ぶりは抑えた無感情な目でマダラを見据えた。

 

「なのに貴様は、結局これまでの当主と何も変わらないことを言うようになったんだな」

 

 その一瞬、マダラの理性はふつりと途切れた。

 気が付けば利き腕を思い切り振りぬいて扉間の頬を殴っていた。存外に軽い手応えとともに吹っ飛んだ体が起き上がる前に胸倉を掴んで上体を無理やり起こす。

 

「お前にっ…お前になにが分かる!!当主というものが、一族の思いを背負うというのがどういうものか!!」

 

 幼い時分、自分より更に幼い弟たちが死ぬのが悲しかった。戦が終わるたびに見知った顔が欠けていくのが辛かった。

 傭兵として雇われる立場上、戦の理由に是非をつける術もないが、それでもくだらない戦だと思ったことが何度もあった。

 乱立する忍たちがまとまることができたなら大名同士もみだりに争うことができなくなりくだらぬ戦が減ると夢想した。

 

 それでも、将来当主となる自分を考えると現実に直面せざるを得なかった。

 今まで流した血の量が、過去から現代にわたって積み重ねられた屍の数が一族を縛り付けていた。

 積年の恨みが、安易に同盟を結ぶことを許さない。

 親兄弟を、伴侶を、我が子を殺された同胞たちにこれまでのことは水に流して明日からは手を取り合おうなどどうして言えようか。

 

 だとすると、うちはがどこよりも強くなるしかないと考えを改めた。他族を打ち破り、滅し、あるいは配下に加え。うちはを盟主として忍たちを統率することこそが唯一の方法だと。

 なのに、知った風な口を利く扉間に途方もない怒りが湧いた。

 

「お前には分からない、イズナにも分からない!!当主というのがどういうものか!!」

 

 一度堰切った言葉は止まらなかった。

 

「柱間だけだ、俺の気持ちが分かるのは!あいつも近いうちに気付くだろうよ、当主というのがどういう意味か!そのときお前が兄貴にも同じことを言えるのか見物だな…!!」

 

 こんな大声で叫ぶのは何年ぶりだろう、あるいは生まれて初めてかもしれない。一山駆けても涼しい顔をしているマダラが、はぁはぁとしばし息を整える。

 存分に大声をあげたことで幾分冷静になった頭で、そろそろ離してやるべきかと扉間の着物を掴んだままの左手に手を落として、固まった。

 

「……は?」

 

 葬式を終えたとはいえ実父が死んですぐだからだろう、黒一色の着物の胸元がマダラによって無理に掴み上げられたことで大きくはだけて素肌に巻かれたサラシが見えていた。

 いや、サラシはいい。別にうちの一族にもしている奴はいる。気合が入るだとか、雀の涙程度の防御力を期待してだとか。

 だが普通は腹部に巻くものだろう。そう、男なら。

 なぜ、扉間は胸部に巻いているのか。

 それにこの膨らみはけして筋肉ではありえない。これはまるで……

 

「……なんだ、気付いてなかったのか」

 

 マダラによって強引に上体を起こされたままで、薄く笑みを象った唇がそう紡いだ。

 いい加減バレてるだろうと思っていたんだがな。

 扉間はそう言って自らの腕で体を起こすとマダラの拳をそっと外して立ち上がり、はだけた着物を整えた。

 

「私は当主じゃないし男にもなれんが、だから兄者と分かり合えないと思ったことはない」

 

 静かな夜によく通るその声は、やはりイズナと比べるべくもなく高い。

 

「貴様と兄者が友だったのは、立場が同じだからじゃない。散々一緒に夢を語り合ったからだろう?」

「…何が言いたい」

「同盟が無理だというなら何故無理なのかを兄者と話し合ってみろ。兄者は言葉を惜しまん。……ああ、そうだ」

 

 そう言って立ち去りかけた扉間はふと思い出したようにマダラに向けて何かを放る。反射的に受け止め、手の中の物を見て目を見開く。

 それは、千切れて端が焼け焦げた組み紐だった。一粒だけ通された瑪瑙の珠が月明かりを反射している。

 

「父の左手が握っていたものだ。その紐の編み方は千手には覚えがないからおそらくタジマ殿のものだろう?父の墓前に戦利品として供えるのも、適当に打ち捨てるのもなんだかしっくりこなくて、こっそりここに戻しに来たんだ」

 

 確かに返したぞ、と言い置いて今度こそ扉間はその場から走り去った。急速に遠のく気配がついに感知できなくなり、それでもしばらく風に吹かれてからようようマダラも屋敷へ向かって踵を返した。

 

 夢を叶えたくば同胞に、柱間に言葉を尽くせと言いたいのか。あいつも存外甘いことを言う。マダラは皮肉気な笑みを浮かべる。

 理屈で人が動くなら苦労はないのだ。

 この世を動かしたいなら言葉では足らぬ、もっと奥の奥……そう、腑を見せるくらいでなくば。

 

 明日にでも届く、千手当主からうちは当主へと送られる書状。それを開封するのはマダラの役目だった。

 今朝ほど、とうとう父は死んだ。爆破により内臓がやられており水も喉を通らぬ有様だったから、これで苦しみから解放されたのだと正直安堵さえした。

 荼毘に付す前に腕輪が戻ってよかったと、そこは素直に感謝した。

 

 遠からず父の葬儀が行われ、自分も柱間同様正式に当主の座に就くだろう。

 当主として初めての仕事は、柱間からの書状を破り捨てることだ。

 

 俺たちはまだ腑を見せ合ってはいないのだから。

 




イズナ「扉間が女?知ってたよ?兄さんは本当に柱間しか眼中にないんだね」
マダラ「……」


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※先天性女体化※卑劣様スレより 千里の道も一歩から

いろいろ原作にないor矛盾している設定は書いた人の妄想ということでスルーしてください。


 近頃めっきり火影塔近くに用意した仮住まいに泊まり込むことが多くなったマダラは、久しぶりに一族に割り当てられた所領内を歩いていた。

 木ノ葉創設の片翼であるうちはの所領はそれに見合った立地と広さを与えられている。

 うちは一族は気位の高い者が多い上に選民思想を拗らせている者までちらほらと見かける。それは血継限界を持つ一族にありがちな特徴であるが、特にうちは一族はその傾向が強い。おそらくはかつて千手と共に忍界の二大勢力として君臨していたことも原因の一つだろう。頭領として一族の意見を取りまとめているときなどに、こいつら面倒くさいな、と思ったことも割とある。

 それはそれとして扉間あたりがうちはの扱いに腐心しているのを見ると腹がたつのだが。自分が言うのはいいが他人が言うのはダメというやつだ。

 とにかくそうした千手兄妹らの無言の配慮であろう一等地だが、マダラは里の創設以来柱間の補佐として飛び回っていたために移住当初の配置計画や住居の建築後の新築祝い等が一通り済んだ後はめっきり足が遠のいていた。

 創設から一年が過ぎた現在、各家の庭は鉢植えの花やちょっとした畑、どこからか移したらしい柿の木や外飼いの犬などそれぞれの生活が感じられる光景を見せていた。

 買い物帰りの中年女にあら頭領お久しぶりです、たまにはこちらにも帰ってきてくださいねとまだマダラが幼かったときと変わらない調子で声を掛けられたり空き地で遊ぶ年端もいかぬ子供たちに頭領頭領、火遁の術を見せてくださいとせがまれたりにぎこちなく対応しながら歩を進める。こういうとき柱間ならもっと気の利いたことを言ったり子供たちにおどけてみせたりするのだろうが、どうにもマダラはその手のコミュニケーションが不得手だった。

 

「眉間に皺を寄せるのを止めて口角を少し上げるだけで全然印象は違うぞ。少なくとも子供から泣かれることはないだろう。せっかくの色男がもったいない」

「余計な世話だ、そういうのはお前の妹に言ってやれ。まあアイツは色女とは程遠いがな」

「ん、扉間か?いやいやあいつは結構笑うぞ?」

 

 以前柱間とそんなやり取りをしたことを思い出す。

 扉間とは同盟を組んで以降不本意ながらともに過ごす時間も増えたが、澄まし顔か怒りの形相くらいしか見た覚えがない。マダラが頑張って想像しようとしても戦闘中に相手を煽るクソムカつく嘲笑が限界だった。

 思い出してまた少し腹がたったところで目的の家まで辿り着いたので、マダラは眉間を揉み解してから玄関を叩いた。

「急な訪問申し訳ない、うちはマダラだ。家人はいるだろうか」

 声を掛けるとほどなくしてパタパタという足音の後に戸口が開いた。

「頭領様、いかがなさいましたか?…ああ、こんな格好で申し訳ありません」

 そう言って頭を下げたのはうちはミカゲという、マダラより幾つか年上の女だった。緩く波打った黒髪を後ろで一つにまとめ、前掛けを付けている。廊下の向こうから漂う煮物の匂いに、夕食の支度中だったかと思い至る。

 あらかじめ訪問を伝えては余計な気を遣わせると思ったのだが、これはこれで配慮のない行為だったかもしれない。つくづくオレは戦のこと以外は未熟だと、何事もスマートにこなしていた父の姿と比較してマダラは思う。

「いや、そう大した用じゃないと思って唐突に訪ねたオレが悪い。…カガミはもう帰っているか?」

「カガミですか。ええ、さきほど帰ったところです。お話があるのでしたらよかったら中へどうぞ。…散らかっていてすみません」

 

 客間に通されたマダラのもとへ程なくしてカガミが現れた。母親譲りの髪質と、うちはには珍しい垂れ目で大人しそうなその顔は、人見知りなのかあるいは緊張しているのか少し紅潮しているのが微笑ましかった。

「こんにちは、頭領様。うちはカガミです」

「ああ、こんにちは。そう固くならなくていいんだ、座ってくれ」

「はい、失礼します」

 そう言ってちょこんと正座をしたカガミに、マダラはなるべく威圧感を与えないように意識しながら尋ねた。

「先月から他の一族の子供たちと忍術の修行をしていると聞いた。調子はどうだ?」

 すると、カガミはぱぁっと顔を輝かせてマダラを見上げる。

「修行ですか?とても楽しいです!」

「楽しい、か」

「はい。ヒルゼンは教わった忍術をすぐに覚えてしまうし、ダンゾウは演習のときにいろんな情報から判断をするのが上手なんです。他の皆からも学ぶことがたくさんあって、僕ももっともっと頑張らなきゃって思います。あと……」

 そういうとカガミは少し恥ずかしそうに言い淀んでから続けた。

「今日は扉間先生から、火遁の術を褒めて頂いたんです。……もちろん一族の大人たちみたいなすごい術じゃあ全然ないんですけど」

 それはマダラにとって意外な言葉だった。

 扉間が人を褒めるなんて、いつもの無表情でよくやったでかしたくらいの語彙しかないものと思っていたが、こうして子供が嬉しがる褒め方ができるとは。

「ふぅん……先生は優しいか?」

「はい。僕や他の誰かが分からないっていうと、ちゃんと分かるまで教えてくれて、うまくできたら褒めてくださるんです」

「そうか、カガミは幾つになる?」

「七つになりました」

 

 里の創設に関する諸々が一先ずの落ち着きを見せ始めた頃合いから、柱間はかねてより重要視していた教育制度の整備に手を付け始めていた。

 一族の垣根を越えて里に帰属意識を持ってもらうため。一族それぞれの教えではなく共通の学びを得ることで子供たちの絆を育むため。教育の果たす役割は大きい。

 読み書きや算術等の一般教育についてはそこまで問題は起きなかった。火影塔と隣接して学問所を作り、そこに外部から教師経験のある人物たちを雇い入れて既に授業が始まっている。

 しかしこと忍術(この場合の忍術は体術幻術を含めた『忍が扱う技術全般』のことだ)については各一族が持論を譲らず未だに喧々諤々の議論が続いていた。

 それも無理からぬことで、つい数年前まで殺し殺されてきた一族たちが手の内を共有し合うことは本能的な忌避感や恐怖が伴うのだろう。

 柱間もそれについては理解を示し、時間をかけて授業内容の相談を行う方針でいる。

 しかし、本決まりになるまでただ無為に時間を過ごすのは惜しいという扉間の提案で試験的に何名かの忍を教師として取り立て、両親本人双方の希望がある者を弟子として募ることとなった。

 マダラにとって意外だったのは、発案者である扉間自身も教師として弟子をとったことだった。もとから兄と同様子供の教育については相当気にかけている様子だったが、まさか直接指導することにも興味があったとは。更にその弟子の中にうちは一族の子供がいることも驚きだった。

 あの鉄面皮が子供に物を教えられるのか気になったが授業を覗きに行くのはなんとなく癪だし、だったら一族に生徒がいるなら直で聞いてしまおう、うちはの今の世代の子供の実力を知るのも頭領として大事な役目だし…

 

 と、マダラがカガミを訪ねたのはこういった事情からだった。

 存外扉間はしっかり教師をやっているようだしカガミも素直な良い生徒のようだ。

 

 マダラ達の世代でいうと、七つというとそろそろ戦に出始めるくらいの年頃だった。

 マダラとて修行に楽しみを見出してはいたが、それはきっとこんな輝くような笑顔で言い表せる楽しさではなかっただろう。強くなったその先に、その手で屠られる敵の姿が現実のものとして確かにあった。

 純粋に己の技量を磨くことに喜びを見出す子供たちを、甘いという大人もいるかもしれない。忍たるものいずれはその手を血に染めるのだから自覚を持つのに早すぎるということはないと。千手とうちはの同盟が一つの転換点となり乱世は収束しつつあるが、小競り合いはそこかしこで起こっているし、戦争の火種も燻ぶっている。

 だからそういった者の意見にも理はあるが、それでもマダラはいましばらく、この子供には綺麗なままでいてほしいと思った。

 そもそも子供が戦に駆り出されて死ぬ世の中を変えようというのが柱間との夢の始まりだったのだ。戦の残酷さを知るのはもう少し先でいいだろう。

 マダラはカガミの癖っ毛に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でた。見た目通り柔らかい感触が返ってくる。

「その調子で励むんだな。将来何をやるにしても、強くて困ることはない」

「はい。早く強くなって、先生や頭領様のお役に立てるように頑張ります」

 

 

 ──それが半月ほど前の話である。

 現在マダラは小料理屋の個室で何故か扉間と二人きりでテーブルをはさんで向かい合っている。

 内々の話がしたいからまとめて出してくれという扉間の要望に心得た様子でうなずいた女将によって、テーブルの上には浅漬けや煮魚や串焼きや温野菜や厚焼き玉子なんかが所狭しと並べられ、酒も二種類の瓶が盆に載せられて鎮座している。

 どうしてこうなった。

 振り返ること30分ほど前。本日の仕事を終えたマダラはまっすぐ帰るか夕食を済ませてから帰るか思案しながら火影塔を出た。それを追いかけるように背後から聞こえた扉間の声。

「マダラ、この後私に付き合え」

 咄嗟に周囲を見回すが、生憎この周囲にマダラという名の持ち主はうちはマダラ以外にいないようだった。観念して振り返る。

「……柱間は」

「兄者はこの前の賭場での負けが義姉上にバレて一か月は寄り道禁止令が出されている」

「イ」

「イズナは今日は抜きだ。お前と二人で話がしたい」

 そして現在に至る。回想終わり。

 

 現状に困惑しているマダラをよそに扉間はさっさと二人の杯に酒を満たし、煮魚に箸を進めている。よく味の染みていそうな白身がホロホロと崩れ、生姜の香りと温かい湯気がふわりと広がる。

「どうした、食べないのか?」

 冷めるぞ、と言う扉間にいやいやとマダラは呆れつつ杯に口を付けた。

「話があるんじゃねえのかよ」

「……せっかちな奴だ」

 言って、扉間が動きを止めた。

 その様子から周囲のチャクラを探っていると察し、マダラはそれを阻害しないよう極力己のチャクラを抑えながら待った。

 数秒の沈黙の後、扉間が静かに口を開く。

「私のところにうちはカガミが弟子として来ているのは知っているか?」

「まぁな」

「カガミが、弟子入りを取り消すと言っているらしい」

「……カガミがそう言ったのか?」

「いや、本人ではない。今日の修行の時間に本人が現れず、代わりに祖父のアキツ殿が来てそう言われた」

 扉間はそこで一口酒を飲み下し、杯をこつりとテーブルに戻す。

「私の目から見て奴が修行を止めるほど思い悩んでいるようには見えなかった。他の弟子たちには風邪で休んだということにしてそれとなく最近の様子を聞いてみたが、やはり悩んでいる様子はないらしい。このままでは納得いかないから家を訪ねようとも思ったんだが……」

 はぁ、と溜息を一つ落とす。

「恐らく私が行っても穏やかにはいくまい」

「……なるほどな」

 うちはの中には未だに千手に対して敵意を持つ者も少なくない。同盟を組んだからそれで人の心の中まで一挙に問題解決、という訳にはいかないことは皆百も承知である。

 己の一族の子供がかつて敵対していた一族の人間から教育を受けるというのを面白くないと思う人間もいるだろう。

「明日、アキツと話をつけてくる」

「すまない、面倒をかける」

「発端はオレの身内だ。んなこと言われたらオレもお前に詫びなきゃいけなくなるから止めろ」

 いくら頭領とはいえ人の心の内まで強制する手段も権利もないわけで、内心で思っていたり身内相手に愚痴る分には放っておくが、こうして余計な軋轢を生むような手段に出るなら話は別だ。

 今は仮にも里を運営する同志なのだ。

「なら素直に詫びればいいだろう」

「うるせぇな。オレだって苦労してんだよ、身内に気難しい奴が多くて」

「私の気持ちが分かるだろう」

「本当にうるせぇなお前はよ!」

 そう、たとえいくら生意気で口が減らなくて可愛げのない扉間だろうと。

 

 酒の力というのは偉大なもので、酔いが回るうちに今後の里の展望だとか仕事の苦労話なんかに花が咲き、なかなか充実した時間を過ごしてしまった。

 今までは間に柱間を挟まない限り同じ卓につくこともなかったが、こうして話してみると案外と扉間は喧嘩を売る以外の語彙も持ち合わせているのだと分かった。

 会計を済ませて店を出ると深夜に近い頃合いで、同じように飲み屋帰りの人影がちらほらとあるだけで閑散としている。

 はて、扉間を家まで送ってやった方がいいのだろうか。そうマダラは悩んだ。

 一応女なのだし恨みは無数に買っているような奴だし。でもこいつがたかがほろ酔いで隙を見せるだろうか。むしろここが好機と襲ったが最後かかったな馬鹿めと相手のほうが血を見ることになるだろう……。

 そんなことを考えていたものだから扉間が隣でマダラを見上げる視線に、声を掛けられるまで気付くことはなかった。

 

 

 カガミの父は次男なので、ミカゲとの結婚をきっかけに実家から出て別で居を構えている。うちは一族の所領の端にあったカガミ達の家からアキツの家は少しばかり距離があった。

 戦乱の時代を過ごした忍の常として、無事に老齢を迎える男は少ない。そのためうちはでは老齢の男たちを長老衆と呼び、代々頭領の補佐やご意見番としての役割を果たしてきた。

 マダラにとっては一族の独断で動くことは減り木ノ葉という共同体の一員となった今でも体面に固執する厄介な老人たちだが、面倒な儀式や祭事は進んで仕切ってくれるので要は使いようだと、彼らをうまく転がしてきた父の姿を思い描く。

 座布団の上で正座をするアキツは現役だったころに負った傷が原因で右腕がやや不自由であると聞いたが、まっすぐ伸ばされた背筋と顔に深く刻まれた皺から厳格な印象を放っている。

「それで頭領。話とは」

「カガミが弟子入りを取り消したいと言っているとか」

 アキツはそのことか、と言いたげに湯呑を手に取る。それで暖をとるように両手で持ちながら答えた。

「火影殿から、うちはからも弟子をとらせてくれないかという相談があった際にカガミを推しました。──あれは半端者ですから」

 その言葉にマダラの柳眉が無意識にひそめられる。

 ”半端者”。

 血継限界を持つ一族は大なり小なり血の濃さに重きを置く。うちはも例外ではなかった。

 婚姻はある程度血縁を離すとはいえ親族婚であることがほとんどで、血族外との婚姻の場合は大抵嫁入りあるいは婿入りをしてうちはの名からは除外される。

 血が濃すぎる故の疾患等を避けるために時折敢えて血族外から伴侶を迎えるが、その相手は長老衆を中心に慎重に選ばれる。変に能力が混じらないように特殊能力を持つ者は除外し、しかし基礎能力は高く、更に言うならできるだけうちはと見た目の特徴が近いものが好まれた。

 ミカゲは、そうして選ばれてうちはに嫁いできた女だった。

「余所の人間に弟子入りさせるならカガミが適任だろうと思いましたが、まさかよりによって師に千手をあてがうとは。火影殿も人が悪い」

 そう言って忌々しそうに湯呑を持つ手に力がこもる。

「数多の同胞の命を奪ってきた千手が今度は子供を取り込んでうちはの誇りを踏みにじろうとするとは。確かに同盟を結びはしたが、けして我らは千手に隷属したわけではない!」

 マダラは出かかった溜息を飲み下す。長年千手と敵対し、まして老人となって思考の凝り固まった頭では、千手に対して抱く恨みつらみは自分の比ではないのだろう。だが。

 

 

「カガミの話な」

 扉間を送るべきかここで別れるかと悩むマダラに、斜め下から声がかかった。

 視線を向けると扉間が見上げていた。

 甲冑に身を包んで戦場に立つ姿や執務室で偉そうに腕組みしている姿を見慣れているものだから、近くに立たれると予想外に開いた身長差や華奢に見える肩幅に、なんとなく落ち着かない気持ちになった。

「うん?」

「もし、もし本当にカガミ本人が修行を止めたいと言っているなら、そのときは本人の意思を尊重してやってくれ」

 そう言ってから、首が疲れたのか俯いた。そうして露になった白い首筋からマダラは目をそらす。扉間の右足が、内心の不安を表すようにぐり、とつま先で地面に円を描いた。

「教育課程に大きな問題はないと思うんだ。実際弟子たちはきちんと上達していっている。実戦経験がないことを鑑みると十分な実力だと思う。だが授業内容ではなく私の人格の話を出されると……どうもな」

 確かに戦闘や仕事の評価ではなく己の人格が人からどう捉えられているかというのは自分で判断するのは難しいものだ。

 特に過去、戦場で辣腕を振るってきた扉間ともなると尚更だろう。

 非道、卑劣、冷酷、奴の傷口から流れ出すのは血ではなく赤い機械油だ、うちはを滅ぼすために人生二週目してる女。etc,etc.正直なところ、マダラだって扉間が弟子をとると聞いて心配になったものだ。

 しかし、修行が楽しい、先生から褒められて嬉しいと答えたカガミの笑顔に嘘偽りは感じられなかった。

 

 

「カガミを半端者と軽んじる貴方より、扉間のほうがよほどうちはに誠実に向き合っていますよ」

 マダラの反論が予想外だったのか、アキツは虚を突かれたように固まった。

「他族を恐れ拒み、内にこもることでしか守れない誇りなら早々に捨ててしまったほうが宜しいかと」

「頭領!」

「里の中に在って尚、一族だけで身を寄せ合って生きる大人を見て子供たちが誇りを持てると思いますか」

「貴方には血継限界の重みが分からないのか」

「血継限界に頼らずとも」

 マダラは腰を上げた。平行線の議論をいつまでも続けるのも億劫だった。

「誇りを持つ一族はたくさんいます。少しは外に目を向けてみてはどうでしょう」

 

 

 天井近くに設えられた小さな窓から差し込む光が朝を告げた。

 お腹が空いたなぁ、とカガミは体育座りで足を抱えていた手にぎゅっと力を込めた。

 昨日、修行からの帰り道に祖父に会い、もう修行は止めなさいと言われた。カガミは前からこの厳しい祖父が怖くて苦手だったが、修行ができなくなるのは嫌だったから勇気を出して嫌ですと言ったら、首根っこを掴まれて蔵の中に放り込まれてしまったのだ。

「お母さん、心配してるかなぁ」

 もしかしたらお母さんもお祖父ちゃんに怒られているかも知れない。

 祖父は母に対しても厳しくて、だから季節の節目に父の実家に挨拶に行くときカガミはいつも緊張していた。

 それでも挨拶の声が小さいとか行儀がなっていないと言われることがあっても、今回のように理由も分からず怒られたのは初めてで、だからどうして良いか分からずに蔵の中で一人途方に暮れていた。

 言うことを聞くまで出してやらんと言われたのでどうして修行を止めないといけないのですかと尋ねると、師が千手の女だからだと返答された。分厚い戸板越しに一生懸命扉間先生は良い先生ですと説明しても、祖父は怒るばかりでついには返事もなくなってしまった。きっと聞き分けの悪い自分に呆れて家の中に入ってしまったのだろう。

 ──どうしよう。

 窓は小さいし高いところにあるけれど、出られないことはなさそうだ。でもそんなことをしても根本的な解決にはならないだろう。

 泣きたい気持ちになったけど、先生が忍になりたいなら感情に振り回されてはいけないと言っていたのを思い出してぐっとこらえた。

 そのとき、何の前触れもなく出口が開いてカガミは飛び上がった。

 一向に言うことを聞かない祖父が叱りに来たか、あるいは母がどうにか祖父を説得して迎えに来てくれたのだろうか。期待と不安が半々で顔を向けたが、入ってきた人物はそのどちらでもなかった。

「頭領様……?」

 カガミの父より更に体格の良い頭領は、表情が少なくてなんとなく近寄りがたい雰囲気がある。父にそういうと、それは”威厳がある”って言うんだよと教わった。

 今日も威厳のある頭領は、戸惑うカガミの横にしゃがんで目線の高さを合わせると竹筒を差し出した。

「水だ、飲むか?」

 ちゃぽん、と中から音が聞こえる。礼を言ってありがたく口を付けると、自分で思っていたより喉が渇いていたようで、カガミは半分ほどを一息に飲み干した。

 それを見守ってから頭領が口を開いた。

「…しっかり掴まってろよ」

 カガミが疑問に思うより早く頭領はカガミの体をひょいと背負い、そのまま一気に駆けだした。

 時に屋根や木の上に飛び乗り里を駆けるスピードは本当に速く、カガミは頭領の大きな背中にしっかり掴まりながらわぁと感嘆の声を上げた。

 あっという間に里の高台、火影様の顔岩を建設中の崖の上に辿り着き、そこでカガミは下ろされた。なんだかまだ地面がふわふわした心地がする。

「いい眺めだろう?」

 頭領はそう言って眼下に広がる光景を示す。柔らかい陽の光を浴びて晴れやかに笑う頭領はとても格好よくて、一瞬見惚れたカガミは慌てて示された眺めに視線を移す。

 初めて高い位置から見下ろす木ノ葉の里はとても広かった。火影塔があり、森があり、人が暮らす家や建設中の家や。

「……すごい」

「そうだろう。これからもっと人が増えて立派になっていくぞ」

 カガミの幼い語彙ではそれしか言えずにもどかしく感じたが、頭領は満足そうな顔でどかりと地べたに腰を下ろした。カガミにも横に座るよう手振りで促したので恐る恐る隣に腰を下ろしてその横顔を見上げた。

「あの、頭領様はとても足が速いんですね」

「ん、……まぁな。だがお前の先生はもっと速いぞ」

「そうなんですか?」

 扉間先生は生徒が六人まとめても敵わないくらい強いのは知っていたが、女の人だから頭領よりも体が小さい。それで頭領より速いというのはなんだかうまく想像できなかった。自分はとてもすごい人に師事しているんだと、周囲から聞かされてはいたけどそれの一つの証拠を手に入れた気がした。

 目を丸くしているカガミに頭領がくすっと笑いを漏らす。ちょっとだけ怖そうな人だと思っていたけれど、実は見た目より優しい人なのかな、とカガミは思った。

「前に修行が楽しいと言ったな。今はどうだ?」

「…!楽しいです」

 そこで自分がさっきまで蔵に閉じ込められていた理由を思い出し、必死で言葉を紡いだ。

「まだ大人のようには強くないけど、できることがどんどん増えていくのが嬉しくて、今まで知らなかったことを先生からたくさん教えてもらえて…。生徒たちで協力したり競争したりするのも楽しいんです。修行が終わった後に皆でその日の授業の話をしながら帰ったり…だから、」

 そこでこらえきれずにカガミの目から涙が零れた。

「…僕、先生のことも、ヒルゼン達のことも大好きなんです。これからも一緒に修行したいです…!」

 祖父に理由も分からず修行を止めろと言われた不安が溢れ出す。師が扉間だから駄目なんだと言われたのも、どんなにカガミが言っても扉間が良い先生だと分かってもらえなかったことも悲しい。

 今までカガミは祖父の言いつけに反抗したことはなかったし、両親が祖父に逆らう姿も見たことがなかった。だからカガミにとって祖父は絶対の存在で、そんな祖父が駄目だと言うのだから自分がどれだけ嫌だと言っても最後には修行を止めさせられてしまうのではないかとずっと不安だったのだ。

 頭領も祖父と同じ考えだったらどうしよう。小さい子が駄々を捏ねるように嫌だ嫌だとしか言えない自分がもどかしい。

 そんなカガミの頭を、頭領はいつかのようにわしゃわしゃと撫でた。

「わ、」

「お前のじいさんにはオレから言っといたから心配するな」

「……本当ですか!?」

「本当だ。他の生徒たちにはお前が風邪で休みだって伝えてるらしいから、安心して明日からまた修行に行ってこい」

「はい!」

 一晩中胸を苛んでいた不安が晴れたカガミは、頭領の言葉に心底安堵して大きく頷いた。

 頭領は腰に下げた荷物から手ぬぐいを取り出し、カガミの顔をぬぐう。

「ったく、忍になるなら人前で簡単に泣くな」

「す、すみません」

 思わず赤面して俯くカガミに、頭領は人差し指を立てて自らの口元に寄せ悪戯めいた笑みを見せた。

「まぁ、まだ忍じゃないからセーフだな。扉間センセイには内緒にしといてやるよ」

 

 

「──扉間先生!」

 翌日、一番乗りで演習場に来たカガミは扉間の姿を見かけるや小走りで抱きついた。

 いつも大人しいカガミの珍しい感情表現に、事情をある程度察していた扉間は嗜めることもなくポンポンと背中に手を当てる。

「おはようカガミ。元気そうで良かった」

「はい…おはようございます」

 自分が常にない行動をしてしまったことに気が付いたカガミが気恥ずかしそうに身を離してぺこりと頭を下げる。

「ご心配おかけしてすみませんでした」

「いや、お前がまた元気に修行に来てくれて嬉しいよ。また今日からよろしくな」

「はい!こちらこそよろしくお願いします」

 それと、と扉間は顔を上げる。

「世話をかけたな、マダラ」

 念のためと演習場に向かうカガミに付き添ってきたマダラは、扉間から声を掛けられて決まり悪そうに頭をかいた。

「いや。……頭領の務めを果たしたまでだ、気にすんな」

「昨日、頭領様から顔岩の崖の上に連れて行ってもらったんです。里が一望できてとても良い眺めでした」

「そうか。あそこは頭領の気に入りの場所なんだ。良かったなカガミ」

「はい!あ、そうだ!頭領様が扉間先生は頭領様より脚がお速いって言っていました」

 そのカガミの言葉に扉間はきょとんとし、マダラはおい、と焦ったような声をあげた。

 違いましたか?と首を傾げるカガミに扉間はなぜか笑いのツボに入ったらしく笑いをこらえながら説明した。

「いや、なんだ。別に競争して比べたわけではないが兄者がそう言っていた。こいつは頑なにそれを認めようとしなかったが……なんだお前、実は認めていたか」

 マダラの舌打ちせんばかりの苦々しい顔を見てついに限界を迎えたらしい扉間がははははと声をあげて笑う。

「お前なぁ!脚が速いからなんだ、実際に戦ったら勝つのはオレだからな!?」

「そうだな、分かってるさ…ッ…くくっ…」

 なぜマダラが怒っていて扉間が笑っているのかカガミにはよく分からなかったが、頭領より脚が早い先生も、先生より強い頭領もどちらも凄い人なんだと改めて思った。

 それから、頭領と先生は仲が悪いと一族の大人が噂していたが、案外そうでもないらい。

 そのとき、演習場の入り口が開く音が聞こえた。

「おはようございまーす。……あ、カガミ!風邪はもう大丈夫なの!?」

「コハル、おはよう!心配かけてごめんね」

「お、カガミじゃん!お前が休んでる間に新しい術覚えたんだぜ!あとで教えてやるよ」

「先生から教わったほうがいいに決まってるでしょ、ヒルゼン」

「ちぇー」

 続々と集まって二日ぶりに会ったカガミを囲むように声を掛ける生徒たちを、やっと笑いの波が引いた扉間が穏やかな顔で見守っていた。

「……なんつーか、本当に先生やってるんだな、お前」

「ふふ、お前もやってみるか?」

 思い思いにはしゃぐ六人の子供たちを見やってマダラは苦笑する。

「いや。……俺の手には余る」

 

 木ノ葉の新しい芽は、今日も健やかに里を彩っていた。



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