コードギアス シーザー (猿捕茨)
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1話
――――皇歴1997年
後に「血の紋章事件」と呼ばれるクーデターが発生した。皇帝シャルルの地位と権威を認めない反皇帝派の貴族達が結集し、クーデターを起こしたのだ。
この時、ラウンズ11人中9人が反皇帝派に寝返り、そしてこの反乱に組した多くの者達が死んでいった。
この昨年起きた事件をそこで実際に体験した男が訥々と話しているのを聞いている者がいる。公爵家の正妻の子にして次男であるセントール・フルグリットである。
目の前でその事件の壮絶さを語る男は、その時の話を語っている内に恐怖が思い起こされてきたのかかすかに震えている。無理もないだろう。一部ではナイトメアフレームの用いられた戦闘もあったという。それは未知の恐怖だっただろう。
父が実際に体験した者による話を聞いておくべきだと招いた男であるがこの調子で話し続けてはこの者の精神が持たないだろう。事実、毅然とした目で話そうとしているが段々と震えは増し、目の端には涙が見える。最も恐怖を感じた現場にいた男をという父の要望によって連れてこられたがもはやこの男から得る情報は十分だ。
セントールは男の手を握り落ち着かせるように男の顔を見て微笑む。
「辛い記憶だろうによく語ってくれた。もうよい。今回の報酬とは別にこれは私からの気持ちだ。受け取ってくれ」
男の手に手渡されたのは小さいながらも見事な意匠を凝らした宝石だ。男は目の端に溜まっていた涙を溢れさせ、目の前の少年に何故、と問う。
何故ナンバーズと蔑まれる自分をブリタニアの―――しかも公爵家の少年がこのようにしてくれるのか。
何故、話をする――それだけのことを遂行できなかった自分にこのような施しをしてくれるのだろうか。
「植民地という扱いとはいえ君は我がブリタニアの国民だ。その君を蔑ろにしたならば、私は貴族ではなくなってしまう」
それに、と少年は続ける。
「話は十分に聞くことが出来た。今後、戦場に立つ時に一般市民はそのように恐怖を感じるのだという認識を得ることが出来た。これは感謝出来ることであろう?」
男の前で立ち上がり、腕を組みながら言ってくる少年。僅か9歳でしかないその少年に男は思わず光を見た。このような少年に対するのに自分は椅子に座ったままだ。
思わず男は椅子から立ち上がり、その後彼の前で跪いた。
その男の行動を見て静かに笑う少年。男は彼から与えられた宝石を恭しく差し出すと「この宝石は私などより、より相応しき方の所に」と言って動きを止める。
「それは君に与えたモノだ。それを金銭に変えて自らの同胞に施すも良し、それを後生大事にしてもいいだろう。『それ』は君に相応しいと私は思ったから君に与えたのだ」
少年は敢然とした面持ちで笑う。その見事な意匠の宝石は薄汚い自分に相応しいのだと。そう言っているのだ。ブリタニア貴族に無理やり連れてこられて、偶々クーデターに遭遇し、勝手に自らのエリアを離れたナンバーズということで処分されそうになっていた男に!
なんという誉だろう。ブリタニアにこのような少年がいたのか。ナンバーズとなって以来感じたことのない昂ぶりを男は感じていた。
「ならば、我が忠誠を貴方様に」
元少年兵として戦場に立っていたが牙を抜かれ、一般市民となっていた男は誉を取り戻し、少年に最上の想いを籠めてその言葉を口にした。
「ほう……」
ニヤリと少年は笑う。牙を取り戻した男の瞳は搾取されてきたナンバーズではなく、騎士としての面持ちを湛えていた。
「許す。私の後ろに常に仕えるといい」
「イエス マイロード」
少年の言葉に、男は背筋を伸ばし、返礼をした。その背中には既に公爵家を訪れた時の煤けた色は無かった。
執務室の部屋を訪れた者がいる。入れという短い言葉を与えると自らの第二子であるセントールが背筋を伸ばし入室してきた。
「父上、本日の日程終了致しました」
「そうか」
その程度の事を言いに来たのではないだろう。それは目の前の力強い瞳を見ていればわかる。
「何か陳情があって来たのであろう。申せ」
「ハッ、本日『血の紋章事件』について話を聞くために招致した男を私の傍仕えにしたく」
「そうか」
息子の言葉を聞き、招致した男のことを思い出す。最も悲惨な現場で偶々生き残っていたナンバーズの男だったはずだ。
処刑されそうになっていたので死なすくらいならば息子にその体験を話させることで息子達の成長を促そうと考えて貰い受けたが息子の眼に留まるほどに優秀そうな人物には見えなかった。
「それは何故だ。公爵家として傍仕えがナンバーズであればそれは周囲に侮られる要因となろう。それに目を瞑ることが出来るほどの有用性を示したのか?」
「いいえ」
息子の返答はひどく簡素なモノであった。ナンバーズを傍仕えにするくらいであればブリタニア人を傍仕えにするべきだ。そうしなければブリタニア貴族としての名に傷が付く。
だが、目の前の息子は決して凡愚ではない。それは公爵自身も、第一子である目の前の息子の兄も知っている。
「ならば何がお前の眼に留まった」
「牙を取り戻し、誇りを取り戻し、命を私に捧げても惜しくないという目を致しておりましたので」
クと思わず声が漏れる。牙を抜き、誇りを踏みにじり、国としての名前すら奪った我らブリタニアの貴族に『命を捧げることが惜しくない』とは。
それでは息子は傍仕えにもしよう。同じブリタニア人でも公爵家の者ともなれば真に信用出来る者は少なくなる。それが信用に値するのがまさかナンバーズとはな。
「よい、許す」
「ありがたく」
そういって息子はさっさと執務室を出て行った。さて、この書類を終わらせねば。
この父にしてこの息子ありとでもいえばいいのか。ナンバーズというものをただの記号としか捉えず、その者の能力や人格で測るところは親子揃って変わらないのであった。
セントールとの邂逅後、男は鈍った体を鍛えるために公爵家の私兵達と格闘の訓練を行い、セントールの傍仕えとして相応しくあるために礼儀作法を公爵家の侍女たちに頭を下げて教えを乞い、将来必要になるというセントールの言葉に従いナイトメアの操縦技術を身に着ける為にシミュレーターで訓練をしという密度の濃い日々を過ごしていた。
そしてあくる日にセントール達公爵家の家族が今後戦争の主力となるであろうナイトメアの、それも『血の紋章事件』で活躍をし皇妃となったナイトオブシックスのマリアンヌ様のKMFであるガニメデの視察に向かうと言う。
男はその視察にセントールの傍仕えとして同行した。この視察が、この物語の全ての始まりとなる。
「若様、お気を付け下さいませ。何やら不穏な気に満ちておりまする」
「ああ、なんとなくではあるが私も感じている。周囲に対する警戒は厳にな」
「イエス マイロード」
皇妃となり、ラウンズの任を解かれたマリアンヌの機体であるガニメデは研究施設でメンテナンスを受けていた。その研究施設に足を踏み入れた瞬間の会話がこれである。
その不穏な気配を感じてか警備の任についている軍人たちもどこかピリピリしている。本来であればこのまま踵を返し視察は日を改めたいところだが、この視察はカラレス公爵からの要望であり、同じ爵位の者としてそれをはねのけるのは今の時勢では拙かった。
なによりもフルグリット家は昨年のクーデターに置いて反乱側についていないとはいえ、皇帝派にも兵を派遣しなかった。これは諸々の事情もあったのだがそれを皇帝に対する害意があるのではないかと勘繰ってくる者もいる。そういった者達の疑いを晴らす為にもカラレス公爵からの要請を断ることが出来なかったのだ。
研究員たちのガニメデに対する解説が続く中で男はその鋭い眼光を周囲に向ける。そこで見つけてしまった。現在自分たちのいる対面にある棟の屋上に闇色の衣装を纏い、武装した者達の姿が。
「若様」
静かに目線だけで自らの主に男は危機を知らせた。そしてその方向をちらりと見たセントールはただ達観したかのような表情で
「助からないな。すまん、お前を私たち貴族の闘争に巻き込んだ」
「公爵様に救われなければ処刑されるのを待つだけだったこの身、構いませぬ。ですが、諦めることの無いように。隙があれば私が血路を」
「すまんな」
「いえ」
屋上にも警備の兵はいた筈だがその姿は見受けられなかった。誰かしら手引きしている者がいるだろう。そしてここに来る者達は手引きするものに操られたナンバーズのテロリストというところだろう。
暗殺をするのであればあのような音の鳴る銃を持たせない筈だ。しかもあの髪の色……最近植民地としたエリアの出身者の筈だ。
「さて、穏便に人質としてどこかに集めてくれればいいのだがな」
そして、テロリストによりその研究施設は封鎖されることになる。
人質として銃で脅しつけられガニメデのある中央施設に集められた公爵家の人々と研究員たち。
外では銃撃の音が響き渡っておりその音に耐性の無い研究員たちは怯えてはイライラしたテロリストたちにどやされている。
さて、無抵抗で怯える貴族を装いテロリストたちの標的を自分に向けさせて活路が開けないかと幾らか演技してみたものの案外隙が出来ない。
涙を端に溜めながら「い、命だけは!」や「か、金ならいくらでもくれてやる」とか言って見ているのだが睨まれるだけで近づいても来ない。
テロリストと判断していたのだがこれはやはりカラレス公爵の手引きによるものと判断すべきなのか。少なくともテロリストの一部にカラレス公爵の手の者は含まれているだろうなと思案する。
怯えた演技を続けながらもセントールは思考を巡らしていたのだが突如として目の前が真っ白になり敬白な声が聞こえてきたのだ。
『お! イケメンじゃん。こいつに憑依すれば俺のハーレム確定だな!』
何が何やらさっぱりだったがこの声に不快感を感じた。
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2話
白い空間……そう、白い空間だ。まるで靄がかかったかのような空間にセントールは立っていた。いや、この上下も左右も意味をなさない空間で「立って」いるという表現は些かおかしいか。そう、ただ足を伸ばしていた。
セントールは突如として訪れた謎の現象に眉を顰めつつも現状の把握を開始していた。周囲に目を凝らすが先ほどのテロリストたちらしき者は少なくとも視界の内にはいない。
そして同時に捕えられていた筈の家族も研究員たちもいない。ここは死後の世界かと一瞬なりとも考えたがその思考をセントールは即座に破棄した。
血塗られた道を歩んできたブリタニア貴族であるセントールが死後に訪れるであろう場所がこのような薄ぼんやりとした場所であるはずがない。ブリタニア貴族に生まれたからには他国と、自国の民の血で血塗られた地獄がお似合いだ。
少なくとも死後の世界であるはずがない。そうであるならば流石にセントールも自らが死ぬ直前の事を覚えている筈である。テロに遭いはしたが撃たれも、絞められもしなかった筈だ。
ではここはどこだろうか? 声を挙げようとしても舌が痺れているかのように声を上げることが出来ない。
周囲を観察しながらセントールは思案を開始する。そう、確かここに来る前に何故だか不快な声が聞こえてきたはずである。
「不快な声とかひっでええなあおい。まあ、これからお前を乗っ取る俺は正しくお前の敵ではあるけど」
いつの間にか目の前に不自然ににやけた顔の男が現れていた。この髪の色や童顔は確か日本とかいう島国の民がこのような特徴を示していた筈だ。
「おいおい、出会って早々考えることがそれかよ。ホントにお前ガキ? つーかなんでまだこの身体ん中にいんのお前」
ずいぶんと不思議なことを言う男だとセントールは思う。ブリタニア貴族である自分に敬意を払わないというのはまぁ、公爵家を継ぐことのない自分に払う敬意などないというのであれば理解は出来ないこともない。
しかしこの目の前の男はそういったこととは関係のない場所でセントールを侮っている。何が理由だ? 体を乗っ取るなどと言っているが精神疾患を抱えているのであろうか?
「精神は病んでねーよ。つーか自分の思考読まれているのになんで驚かないかね。もっとビビると思っていたんだけど」
ふむ、セントールが思考した内容はどうやら目の前の男に筒抜けのようである。まぁ、その程度のことで困る状況ではないのでどうということではないのだが。
少なくとも目の前の男は気味の悪いニヤケタ面を継続しているが会話は成立するようである。
「とことんふざけたガキだ。けどまあ、顔は悪くないし俺が憑依するには完璧じゃね? しかも公爵家とか! ハーレム作り放題じゃねーか」
憑依? バカなことを言う。仮に憑依という現象があるというのであればそれは宿主という存在が居てこそ成り立つものだ。私は私以外にこの体を貸し与えるつもりもないし、この身分は先祖が積み重ねてきたものだ。目の前で気持ちの悪い笑顔を浮かべているような人間の為のモノではない。
「いってくれるねー、けどいいの? 俺、お前を殺すことなんて簡単に出来るんだけど」
それは不可能だ。先ほどの目の前の男の言葉の中に何故自分が未だにここにいるのかという旨の発言があった。つまり、本来ならばこの目の前の男の言うことが正しいのであれば自分は既に消え去っていた筈なのだ。
だが、自分は今ここにいる。目の前の男は自分を消すことが出来なかったのだ。ああ、それとハーレムというものはそのように下品な笑みを浮かべるほど良い物ではないと忠告しておく。貴族たる者として必要な者ではあるが子供が多数生まれれば継承権争いの火だねになりうるし、そうでなくともそれぞれの姫を態々視界に入らないように別邸まで与える必要がある。これは我が家の場合であってその他の貴族は別なのかもしれないが本来ハーレムというものは義務から行うものであって色に狂って形成するものではない。
「なんってーガキだ。可愛げのかけらもねえ。だが許そう。俺はとてつもない力を得たんだからな」
ほう? 何が力だというのか。目の前には小太りのひ弱そうな男しか見えないが。
「クソが! 良いぜ! 操ってやるよ! この俺の『ギアス』でなああああ!」
男の眼が赤く光る。そして飛翔する鳥のような謎の文様が浮かび上がり――――――――――――
「ここから消え去れ! この世界は俺の為に用意されたハーレムなんだよ!」
浮かび上がり―――――――――何も起こらなかった。
ほう、この世は自らの者と申すのか。確かに自分の殻の中に篭っていればそれは自分の為だけの世界だな。思わず自分は特別だと思ってしまうくらいなんだろう?
まぁ、瞳が赤く光るというのは驚きはしたがどうということはない。精々が新兵たちの忘年会で披露する芸並のことでしかなかったな。
「な!? なんでギアスで操れない!?」
ギアスというのかねそれは?
「俺の考えを遮るんじゃねえ! クソガキが! なんだ!? あのクソ神のヤローが不良品を掴ませたのか!? それとも―――――それとも―――」
自分が想定していたこと以外のことが起こったくらいでそのように取り乱すべきではないよ。貴族たる者焦っていようともそれを顔に出しては周囲に不安を募らせる。
「俺の考えを遮るんじゃねえって言ってんだろうが! なんだ!? テメーもあのクソ神に力を与えられた転生者かなんかだってえのか!? そうなんだろ!? そうだって言いやがれ!!」
君が何を言っているのか理解しかねる。というかクソ神とはなんだ。私は対外的には神を信じ、内心バカにしているとはいえ誰かが信ずるものをそのように貶すべきではないと私は思うのだが――――――
「だがら、俺の考えを遮るんじゃねえええええええええええええええええええええええええええ」
いきなり男が錯乱してセントールの首を絞めにくる。
何が彼をそのような行動に駆らせているのだろうか? 少なくとも公爵家の者がこのような場所で死ぬわけにはいかぬのだ。
そう思考してから目の前の男を安全に捕縛すべく動き出す。捕縛術は公爵家の者として最低限、身を守る武術と共にたしなみとして心得ている。ましてや相手は成人しているであろうとはいえ運動不足で贅肉が身に着いた小太りの男だ。手こずることもないだろう。
「俺を、豚と呼ぶなあああああああああああああああ」
何故か目の前の男が考えてもいない言葉と共に更に組み付こうと手を伸ばしてくる。何かコンプレックスを刺激されたのだろうか。恐らく体重関係であろうが。
男の叫びを一顧だにすることなくセントールは身についている護身術から捕縛術へ移行して男をとらえる。
「なんで……無敵の力を得た筈なのになんで……」
もはや男はセントールの下でぶつぶつと言葉を繰り返すだけだ。
「こんな、こんなガキに」
同じ年代の子供はどうか知らないが少なくとも貴族であればこれは嗜みとして身に着けておくべき技術だ。そんなことも知らないのかね君は?
「嘘だ……俺が……無敵の力を得た俺が……」
力を得ようともそれを使用する者によってその力はいくらでも変化するものだよ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
男は茫然とした表情をして呟いていたかと思うと突如として叫び声をあげた。まるで身体が融解するかのように肉体が黒い物質となって空中を漂っていく。
その男の変化を感知したと同時にセントールは飛びのいて、どうなっても大丈夫なように男からひと時も目線を放さない。
「おい、助けてくれよ。なあ、おい! 聞いてねえよ。こんな、こんな最後なんて嫌だ! やり直せると思ったのに! なんでこんなガキに負けたと思っただけで俺の方が消えなきゃならない! なあ、おい、俺を助けてくれよ。な? な?」
半分ほどまで黒く染まった男が狂気を孕んだ目で訴えてくる。それをセントールは忌々しげな眼で見ていた。少なくとも、セントールは自分に襲い掛かってきた相手が不利になったからと尻尾を振って来ても懐に入れるような思考回路を有していない。
ああ、そうだな。結局のところ、君がどのような存在で、ここがどのような場所かはわからなかったが君が消えれば私はあの場所へ帰ることが出来るのであろう? ならば私は君がさっさと消えてくれることを望むことにするよ。
動かない舌を使わず目の前の男に意志を伝える。すると涙で顔を濡らした男がまたも言い募る。既に彼の身体は半分が消えかかり、肩までが黒く染まっている。無事なのは頭くらいだ。
「じゃ、じゃあ交換条件だ。俺がクソ神からもらった力をお前に半分やる。それに身体の主導権はお前でいい。俺は女とヤる時にさえ表に出ることが出来ればそれでいいんだ。な? お前にもいい話だろ?」
その力というのが本当であれば確かに魅力的であろう。『本当であれば』
「う、嘘じゃねえ! ほ、ホントにあるんだ! じゃあ、前払いだ! クソ神から貰った力とこれから役に立つだろう記憶を分割してお前に今やるよ!」
そういった男はその消えかけた肉体から白い光を取り出し、セントールに押し付けるように投げる。
その白い光はセントールの体に触れると同時に弾けて肉体に吸収されるかのように溶け込んでいった。
「な? 感じるだろう? な?」
何かが溶け込んだことはわかるがそれが何なのかはわかりかねる。
「そ、そんなこと言うなよ! ああ、もう消滅が首にまで」
男を見るとすでに体は無く、首だけでしゃべっていた。
「なあ、おい! 力はやったんだから俺をお前の中に入れてくれよ!」
それは君が勝手に言って勝手にやっただけであり、私はそれを承諾した覚えはないよ。ただ私は君が押し付けてきた力を拒まなかっただけだ。
「な!? おい! 裏切るのか!?」
裏切りとは一度は信頼関係で結ばれたものたちの間でのみ発生する言葉であるよ。
「い、いやだ! 消えたくない!」
君はその消えるという行為をしろと君のいう所の『ガキ』に言っていたのだがね。まあ、神と邂逅を果たすくらいだ。この後も神と会って再起に励みたまえ。
「ッヒ――――――――――――――――――」
そうして白い空間に現れた男は現れた時の軽薄な顔とは異なり、死を恐れる顔を残して消えていった。
さて、これで何か変化があるといいのだが、ああ靄が晴れていくのがわかるからこれはこの空間から出ることが出来るということでいいのかな?
そう思考すると同時にセントールの意識は消し飛び―――――――――――
――――――――――――目を覚ませばテロリストが目の前にいるという先ほどと全く変わらない状況の最中にあった。
けれど、変わったものもある。そう、あの消滅した男から貰い受けた『力』とやら。どうやらあの世界では使用できなかったみたいだが現在、しっかりとした肉体の感触のある現実では違うらしい。
思わず意識を失うのではないかというほどの膨大な情報が頭に直接詰め込まれたのかと思う。それほどに変化は劇的だ。
今後必要であろうと判断してシミュレーターで練習してはいたが、目の前で鎮座しているガニメデの操縦方法は自分は知らない筈だ。にも拘らず理解できる。
それだけではない。今までも鍛えてはいたが感じたことのない程に今の肉体は軽い。しかもあの空間に行く前にテロリストに追いすがる演技をした際に弾き飛ばされた際の傷が自覚できるほどの速度で再生されてく。
そしてあの男も言っていた『ギアス』という力。頭に詰められた多くの記憶は今は保留するとしてもこれだけの力を得れば確かにあの男が増長するのもわからなくもない。
いや、これで半分と言っていたからには本来の性能はどれほどのものだったのであろうか?
「若様」
自らの新しく得た力を把握しようとしていると自らの傍仕えが小さく声を掛けてくる。
「やはり奴らはここで私たちを殺す腹積もりのようです。今は人質と引き換えに要求した物が届けられるのを待っているから私たちは行かされているだけのようです」
襲撃を予期していた時にひそかにばら撒いていた盗聴器から大よその事態を把握したようだ。
「ここはせめて公爵家の皆様だけでも私が命を賭けて血路を!」
血気にはやる傍仕えを静止して小さく伝える。
「なあ、ここにあるガニメデは使用できる状態かどうかの確認を研究員たちにとってくれ」
ここに、本来の歴史であればこの時に皆殺しにされていた公爵家の次男、セントール・フルグリットの物語が始まった。
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