揺蕩う元素の協奏曲 (白井もきゅもきゅ)
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1話 漂着

「いいか、今回の極地派遣任務は補給が非常に限られており、また通信手段も限られる。済まないが、拠点となる本艦を守りながらの調査任務となる。良いな?」

 初めて受注するタイプの任務で緊張するが、何より一番緊張しているのは実行する彼女たちだろう。何もかもを見据えた様に振る舞えば、多少なりとも己自身を欺ける。判断ミスは許されないから、思考のノイズは極力取り除きたかった。だなどと考えているからだろうか。後ろの異変に気付くのが遅れてしまっていた。

 

『後方にテレポートドライブのゲート発生!これは…ゲートそのものが本艦に接近しています!』

『ダメです!振り切れません!』

 

 オペレーターの叫ぶような声とともにモニターに映される、巨大な赤黒い門。ヴァイス出現の兆候であるそれだが、妙な事に何も現れる気配はない。ただゲートだけが全速力で航行するこの船に追い付かんと迫っている。まるで津波のようだった。

 

「…は?」

 思わず間の抜けた声が出てしまう。出てきたものがあまりにも予想外だからだ。ヴァイスですらない、トラベルオーダーの技術体系とは大いに異なる外観の、巨大な"舟"が見えたのだ。銀色の金属質な素材で外殻を構築しているそれは、月を切り出し推進機を取り付けたムーンシャードとは明らかに違い、もっとこう、SFでよく見るような、宇宙戦艦の如し造形だ。

 

 …前言撤回しよう。なんだこれは。艦首のある前部ブロックこそ辛うじて舟だとわかる造形だが、中央は菱形の巨大な金属柱が支える、艦首の数倍はありそうなサイズの円環があり、空洞を補強するように艦首と後部を細い金属の棒が何本も走っていた。大方剥き出しの重力発生装置だろうか。そして後部ブロックは魚の骨のように、上下に反返る金属が突き出していた。

 

「舞、シタラ、ジニー、直ちに撤退し本艦付近で警戒に当たってくれ!これは異常事態だ!」

 

 舟はゲートの向こうから動かず、ただただこちらを見据えるように佇むが、ゲートの迫る勢いは止まない。この辺りで意識が途切れるように視界が白くなっていく。思い出せるのはこの限りだった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 そして、ジリジリとした日射で目を覚ました。パンツ以外は裸一貫のようだ。そして左腕には、先程までにらめっこしていた金属の材質でできたこれまた菱形の物体…インプラントとでも呼ぶのだろうか。とにかくそんな感じのものが埋め込まれていた。癒着でもしているのだろうか、周辺の組織が痛々しい様相だったので異物感を覚え咄嗟に掻いてしまうがびくともしない。万が一爆弾でも仕込まれていたら。そう思うと無理に外さない方がいい気がして、一旦無視することにした。

 

 ここは海岸なのか?波が打ち寄せる砂浜に転がる自分は、どうやら漂着したわけではないと、カラッカラに乾いた身体と喉が雄弁に語っている。であれば…テレポートドライブによるものか。緊急脱出装置が働いたなら、何処か辺鄙なシャードに投げ出された可能性も否定できない。

 

「誰かいるのか!聞こえるなら返事をするんだ!」

 

 掠れ気味の声で叫んでみるも、めぼしい反応はなく。他の皆とは離れ離れになったのかもしれない。喉の乾きに耐え切れずに、まずいとわかっていても海水を手で掬い、口に含んでみると、驚く事にそれは塩っぱくなく、飲み水として利用できそうだった。少々硬めである事に違いは無いが、どうやら汽水らしい。

 

「…んな馬鹿な」

 

 トコトコ、と足音を立ててこちらへ寄ってくる生き物は、丸っこい鳥のような姿で、特徴的な丸みを帯びた太い嘴でクックルル、と鳴いている。警戒心の欠片も無さげだ。俺はこの生き物を知っている。知っているだけなのだ。何せ、現物は遥か昔、地球時代に滅びているはずなのだから。

 

 その生き物はドードーと呼ぶ。モーリシャス島に棲息した草食性の飛べない鳥で、地表に営巣するせいで、島に人間がやってくると成体は狩猟され、卵は持ち込まれた犬猫やネズミの餌食になり瞬く間に滅んでしまった、人が滅ぼした生物の代名詞的な存在だ。であるならば、ここは時代再現の行き過ぎたモーリシャスシャードなのだろうか?

 

 腹が空いた。思えば意識が目覚めるまでどれほどここに放置されていたのだろう。今目の前にいるこの鳥を殺して食おうかとも考えたが、動物の生食が持つリスクを侮るべきではない。知っているというのに、散々えりに口を酸っぱくして言われたものだ。津軽弁だから断片的にしか意味を理解できなかったが。ジビエならまがせろ、なんて言ってたっけな。

 などと考えていると、ドードーはその辺の草を啄み、草の実を食べているようだ。なるほど、ここはベリーが豊富らしい。高鳴る腹の虫を抑えながら、より注意深く観察すると、こいつが食すのは赤、青、黄、紫の果実で、白と黒の果実には手を付けていない。毒性があるのだろう。

 必ずしもこの鳥と人で受け付ける食材が同じという確証はないが、自分も果実を摘むと、口いっぱいに頬張る。小気味よいシャキシャキとした食感と共に、果汁が溢れ出す。仄かな甘味と酸味を覚えるが、水分に反してさほど糖度が高いわけではないようだ。ドラゴンフルーツか何かを食べている気分だ。そしてこれは、当然ながらベリーでは一時凌ぎにしかならない事を意味する。…どうして長期的に生活する事を前提に考えているのだろうか?しかし、あまりにも手つかず過ぎる自然の風景が、助けなど来ないであろうという爽やかな絶望感を燻ぶらせてくるのだ。

 

 手頃な石と木の棒を拾い上げ、適当な草で結び付けて簡易的な石斧を作る。少なくとも素手で木を殴るよりは賢明な手段だろう。木を切り倒すついでに岩塊を叩いてみると、ガラス質の尖った石が飛び散る。冷やっとしたが、これは使えるかもしれない。

 今度はこの石を使って、槍とつるはしを作ってみる。…尖った石の棒と木の棒をT字に結びつけた物体をつるはしとはとても呼びたくはない。しかし実際、不思議なことに効率よく石を砕くことができる。ただ、この方法だと細かくなりすぎて大きな岩塊としては使えないようだ。気分は原始人だ。

 目の前のドードーを狩ろうかとも思ったが、生き残る術を伝授してくれた彼(?)を殺すのは偲びない。多分これもえりだったら躊躇いなく殺れたんだろうが。何にしてもベリーよりもっと栄養価の高い…肉を食わない事には生き延びられない気がする。

 

 モーリシャス島には何が棲息していたんだ?ネズミや犬猫は人が持ち込むまで存在しなかった。ではその役割をしていた生き物は何だったのだ?仮に観光用のシャードだったなら、資料が何処かにあったはずで、己の不勉強を呪う。

 頭を抱えたその時、絞り出すようなドードーの断末魔に振り向く。

 

 ここがモーリシャス島だったらどんなに良かったか。己の眼前にいるのは、ドードーの腸に顔を埋めている小型犬ほどの二足歩行のトカゲ…恐竜だ!

 咄嗟に槍を構えて交戦の意思を示す。今度こそ殺るか殺られるかだ。その小型恐竜はこちらに向けて甲高い鳴き声を上げると襟巻きを拡げ…顔めがけ何かが飛んできた。飛び道具だと!?

 見てから避けるには遅く、顔をスライム状の粘液で覆われる。前が見えないが間違いなく奴が迫っているのはわかる。こうなれば破れかぶれだ!聴覚を頼りに槍を投げつけ、当然ながら外れるが着弾地点と奴の足音のズレで相対位置を割り出す。

 

「ホモ・サピエンスをナメられては困るな!」

 

 奴が迫った瞬間に左拳を突き出し、奴を腕に噛みつかせる。鈍痛が走るが、毒に頼るくらいだ。食い千切るほどの力を奴は持っていないはず。

 噛まれた腕を思い切り振りかぶり、恐竜ごと地面に叩きつける。砂浜では大した威力にならないだろうが、姿勢を崩せればそれでいい。

 

「じゃあなエリマキ野郎!」

 

 霞む視界でも何とか視認できた首の骨目掛け、石斧を全力で振り下ろす。動かなくなるまで何度も叩きつけると、ボキ、と鈍い音と共に左腕が開放される。…毒液を洗い流そう。

 

 海?の水で顔を洗い、再び取り戻した視界に広がるのはかなりの惨状。幸いにも左腕は軽傷だったが、無残に食い荒らされたドードーの屍と、首があらぬ方向にねじ曲がった恐竜の屍。貴重なタンパク源をゲットと相成った。そうでも考えないとやってられん。ふと投げた槍に目をやると、一度の投擲で折れて使い物にならなくなっていた。信頼性に難ありだ。

 改めて首を圧し折ってやった恐竜に目をやると、このフォルムは何処かで見覚えがある。確か恐竜の映画で見たような…同じようにエリマキを持ち、粘液を顔に掛けて、デブを貪り食っていた。ディロフォサウルスだったはずだ。アレ脚色が強くて本当は4メートルあるし襟巻きもないし毒液なんか吐かないってマニアに突っ込まれてたのは知っている。

 こいつ食えるのかな…食うしかないか。再び、石斧を振りかざした。

 

 パチパチと薪の燃える音に癒やされる。目の前では焚き火に、解体した肉がこんがりと焼けている。如何せん状況が状況で初見の食材なのだ、念には念を入れて多少焦げるまで火を通す。しかし、肉以上に重要な資源を今の今まで失念していた。皮だ。石斧だと肉を切るのには苦労したが、皮を剥ぐのはそう難しくなかった。皮があれば、もっといろいろな道具が作れるだろう。焼けたであろう肉を木の串で貫き、かぶりつく。何の味付けもしておらず臭みに顔を顰めるが、贅沢は言っていられない。だが鶏肉が好物の自分にとって、恐竜が主食になるであろうことは幸運であった。食感は概ね安物の鶏肉のそれだが、それでも腿の肉は大変美味であった。肉の油だけでもだいぶ味が出るものだ。

 

 一段落ついてふと考える。遭難したのは俺だけなのか?そうだとすれば寂しいが、その方が良いに決まっている。考えたくはないが、あのゲートの向こうにあった舟の中、という可能性さえある。むしろ下手なシャードに飛ばされるよりよほど筋が通っている。

 もし舞たちも巻き込まれてしまったのであれば…とにかく無事でいてくれ。まだ一日もしていないが…この空間は異常だ。

 小型の肉食動物は夜行性な気がしてならず落ち着かないが、鳥目なんて言葉もある。恐竜がそちらであることを祈る。日没後は下手に動かず、明日への英気を養うことに専念するべきだろう。登るのに苦労するくらい高い岩があったから、そこの上で眠ることにする。願わくば、この岩が大皿でないように。

 そんなこんなで星を眺めていると、左腕の痛みが消え失せていることに気付いた。

 

 

 

『隊長ー、すごい魘されてたようですけどー』

 

 目を覚ますと見慣れた蛍光灯がある。見つめているのは…ゆみか?

 

「ゆみ…俺はいったい…」

『何寝ぼけたこと言ってるんですか、もうお仕事始まってるわよ?』

「そうか…すまん」

 

 ゆみに促されて、端末を手に取ろうとする。するとゆみが、不敵な笑みを浮かべている。

 

『…そうそう隊長、あんまりお財布詰め込んだまま、雑魚寝してるのはどうかと思うわよー?』

「おいィっ!お前!?」

 

 振り返ると、諭吉を十数枚、得意気に振り回すゆみの姿。とっさに追い掛けようとすると視界が歪み…

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ああっ、クソっ!」

 

 高台なら襲われないと高を括っていた。ドードーとは異なる、甲高く不愉快な、ホイッスルを雑に吹き鳴らすような鳴き声と啄まれた鈍痛で目が覚める。明日の朝食にと、枕元に炭を並べ置いてあった焼き肉が消え失せている。

 下手人らしき鳴き声の主の鳥が、上空でその肉を頬張ると、得意気に飲み込んだ。知らずしらずの内に手に握りしめていた小石を咄嗟に投げるも、当たる訳がなく。

 その鳥は鷺のような姿形で、水鳥のようであった。この辺りは寝泊まりに適していない土地だと思い知らされた。せめてシェルターか、別の地域に移動する必要がある。

 腹の虫を宥めながら、追撃を避けるべく咄嗟に海岸とは逆方向の高台に駆け出した。丘へと駆ける中、対岸に帆の生えたワニのような姿をした巨大な恐竜が目に映る。

 

「どの道長居はできない、か…!」

 

 恐らく、スピノサウルスだろう。頂点捕食者のお出ましだった。それは手当り次第に、手近な動物を殺して回っているようだった。強靭な前脚の餌食になった動物達は、遠目からでは何なのかわからなかった。恐らくは絶滅動物なのだろうが…。もしヤツに見つかっていたらと思うと気が気でない。一刻も早くヤツのテリトリーから離れよう。

 丘の天辺まで登ると、さっき見たスピノサウルスよりも余程巨大な縦長の岩が突き刺さるように数本刺さっている。その光景に圧倒されつつも、遮蔽物として利用できそうなのを確認する。見た感じでは昨日襲われたディロフォサウルスが十数匹と、草に紛れるくらいの背丈の小さな恐竜(?)が四つん這いでよちよち歩いている。先程の惨状と比べれば平和そうな土地だが、油断して警戒を怠ってはならない。まずはシェルターを作ることにせねばと行動予定を立てたところで腹が鳴るし喉は渇く。

 腹は狩猟すれば良いと学んだのでともかく、渇きはどうしたものか。水辺に下ろうにもついさっき逃げてきたばかりだし、仮にここに住まうのであれば喉が渇く度に上り下りするのは如何なものか、とも感じる。何か別の手段を講じなくては。…そう言えばあのベリー、みずみずしかったような…

 そうと決まれば行動は早かった。先程のスピノサウルスの如く手当り次第に草を薙ぎ、果実を摘んでいく。可食らしき赤、青、黄の果実がある程度集まれば口に押し込んで頬張る。

 水分補給のつもりだったがそれ以上に腹が膨れる。しかし、悪い方法では無さそうだった。身体の中で水分が吸収されていくから、なんというか、水を飲むのとは違って時間をかけて水分を得られる。即効性はないが、裏を返せば長時間給水が不要になる。

 土壇場の思い付きの割に効率の良い結果に満足していると、体高3mほどの、二足歩行の恐竜が寄ってくる。咄嗟に身構えるが、向こうに交戦の素振りは無いらしく、呑気な近寄り方だった。ベリーの匂いによって来たのだろうか?

 

「…食うかい?」

 

 余ったベリーを差し出してみるも、目ぼしい反応はない。しかし、離れようとする気配はない。しばらくにらめっこを続けていると、こいつの目線が、集めたはいいものの食えなさそうなので放置していた黒いベリーに向いていることに気付いた。

 

「お前…もしかしてこれが欲しいのか?」

 

 物は試しで黒いベリーを差し出してみると、その恐竜は目の色を変えてがっついてくる。しかし、手ごとは齧らず、しゃぶられているというか吸われる感じだった。

 一通りベリーを頬張ると擦り寄ってくる。意外と美味しいのか?そう思い残りの黒いベリーを齧ってみると…し界が明めつして

 

 

 

 …気付いたら太陽を背に例の恐竜の顔。倒れていたらしい。軽く悪酔いしたような頭の痛みからして、あのベリーは麻酔作用があるようだ。やはりあのドードーの示した通り毒物であったか。

 しかしこの恐竜は平気らしい。図体がデカいから…という可能性も否定できないが、そこら辺に生えているようじゃ普段から食っているだろうし、もしかしたら耐性があって、栄養として消化できるのかもしれない。

 俺の目が冷めたのを確認すると、こいつは俺に顔を擦り付けてくる。もしかして…さっきので懐いたのか?それで俺が昏倒している間庇ってくれていたとか…?

 まさかとは思うが、試しにふらつく足取りながらこいつから逃げてみる。…追いかけてくる!いやまだだ。こいつが俺の事を"なんか餌持ってるボーナスキャラ"程度にしか思ってないかもしれないのだ。そんな所でディロフォの一匹がこちらに気づき、こちらに飛びつかんとした時だった。

 唸るような咆哮と共に放たれた強力な頭突きが、ディロフォをいとも容易く弾き飛ばした。そして横たわるディロフォの腹目掛けて噛み潰し、これにはひとたまりもなくディロフォは息絶えた。

 

「助けて…くれたのか?」

 

 こいつはディロフォの絶命を確認すると、再び擦り寄ってくる。頭を撫で返してやると、まんざらでも無さげに声を漏らした。

 思えばこいつも映画で見たことがある…実物としてではなくぬいぐるみやマスコットとしての登場だったが。…確かプラテオサウルス…とか言ったか?なんにせよ、いつまでも"こいつ"では締まりが悪い。

 

「…よし、今日からお前をプラットと呼ぶ事にする」

 

 プラット、と呼びかけるとプラットは振り返り、命令を待つ。…こいつ俺が思っているよりずっと賢いんじゃないか?何か凄まじくズルを犯した気にはなりながらも、息絶えたディロフォに斧を振り下ろす。今日もなんとか生きられそうだ。いや、生き抜いてみせる。このイカれた方舟から抜け出すまで。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

『あの、よろしいのですか?彼らはホモ・サピエンスですが地球外の存在です。それに…』

 

『私が言うのもですけど、随分と強引な方法に感じるんですが…』

 

『…なるほど、それで私を遣わすわけですね?ではどちらの方へ行けばよいのでしょう?…了解しました』

 

『にしても、人類エイリアン説とかあるにはありますけど…蝿のたかった小便くらいエンガチョなオカルトだと私は思いますけど…試してみますかっ』




見切り発車の出オチなのでまともに続ける予定はございませんが多分3話くらいは続くんじゃないんですかね(願望)
ここで連載をするのは初めてですが、他所で手掛けた過去作はどれもエタッてるので申し訳ない…多分これもいずれそうなる。
構想だけは…構想だけはふんわりと練り上がってるのでどうか気長にお待ちくださいませ…というか普通にリアルが忙しい…


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2話 狩猟

 プラテオサウルスのプラットを観察していて思ったが…背中にいい感じに乗れそうだ。ディロフォを退け続けて皮もだいぶ集まったことだし、物は試しで鞍を作ってみよう。

 …結構骨が折れたが、作業にかかった時間自体はスムーズそのものだった。まるで頭の中に設計図が浮かんでいたみたいに…。みすぼらしい外観で本当に取り急ぎといった感じの代物であるが、乗る分には問題ないだろう。いつかしっかりしたものを作ってやるからな。

 

「よしよし、いい子だ」

 

 プラットに鞍を取り付けようとすると身じろぎ一つせず、大人しくされるがままだった。背を撫でてやると、これから乗られるとわかっているかのようにこれまた大人しく受け入れた。調教とか必要になると思ったんだがなぁ…。

 プラットの背に乗ると、インプラントが発光する。するとプラットの情報が、何となく理解できるようになる。生命力、スタミナ、空腹度に…戦闘経験。どうやらこいつは間の抜けた顔をしているくせに百戦錬磨の精鋭だったらしい。草食なのに小型とはいえ肉食を一噛みで制圧したのも納得がいく。そして、このインプラントの機能は認識拡張と言ったところなのだろうか…このサドルもその効果の一端なのだろう。いや、それ以前にこの石斧とつるはしもきっと…。

 ひとまず、攻撃指令を出してみる。対象は…その辺りの草だ。するとプラットは草を食み、果実を採取している。プラットがどの程度果実を集めているかが知覚できる。そして取り出そうとすると、左手に果実が収まった。一体どこに入っていたのを取り出したのか…あまり想像したくはないが、果実そのものは清潔そうだった。これは仮説だが、プラット…この舟の生命体も俺と同じように処置が施されていて、物質の格納と転送を行えるのだろうか。やろうと思えば俺自身に格納も…できた。精神感応というやつなのだろうか。改めて思う…アクトレスはこれをよく使いこなせるな…。

 調子に乗って果実の回収と収納を繰り返していると、身体の重量感が増していき…気付けば身動き一つとれなくなっていた。流石に重量制限はあるようだった。慌ててプラットの中へと果実を送り返すと、新たな発見をする。プラットの中に置きっぱなしだった果実と、自分のインプラントに格納した果実とで、劣化具合にかなり差が出ていた。自分のは少し色が変化してきたが、プラットのはまだ瑞々しい新鮮なままだ。プラットの内にしまっておいて、必要な時に取り出した方がいいらしい。

 そして当たり前ではあるが、プラットに乗って移動する方が疲れないし、空腹や水分の消耗を抑えられる。どうやらプラットは黒いベリーを体内でペースト上に磨り潰し、その状態で飲料として消費しているらしい。俺に配慮しているのかもしれないと思って他の果実を勧めたが、未消化のまま糞となって出てきたからには本当にそれしか食べられないのだろう。悪い事をした。兎も角、彼は食事から得る水分で事足りるらしい。便利な体をしていることだ。

 研究に時間を費やしていると、また日が暮れようとしている。…シェルターを作るのを忘れていた!避難できそうな段差もない!…火は焚いとくから頼んだぞプラット…

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 何事も無く、朝が来る。夢枕に誰かが出てくることも無く、顔に当たる朝日で目が覚める。やはり肉食恐竜も夜目は利かないのだろうか?夜行性は恐竜を掻い潜るために哺乳類が身に着けた能力だとも言う。…哺乳類が居ない前提で話を進めるのもどうなのだろうか…ドードーは有史になってから滅ぼされたから取り沙汰されるのだ。ならば別に哺乳類が居てもおかしくはない。ホラアナライオンとかニホンオオカミとかいたらひとたまりもない。

 そういえば、精神感応で思い出したのだが、来弥がカエルを使役したり、えりが動物と会話したりできるのは測定結果によればエミッションで動物と精神感応を起こしているらしい。俺にどのような処置が施されたか定かでは無いが、恐らくはエミッションに近い何かが備わっていることになるのだろう…。俺にこの力を与えたエイリアンが仮にシャード船団と接触してくれれば…いや、どうせろくなことになりやしない気がした。

 それよりもシタラ達もこの地に放り込まれたのなら、俺のようにうまくやれているだろうか…。ジニー以外、お世辞にもサバイバルが出来るとは思えない…捜索を急がなければならないだろう。故に足が手に入ったのは有り難い。

 その為にも拠点作りを急ごう。台地だから材木を探すには少し動かなければならないが、荷運びにプラットを酷使すれば工期は大幅に短縮できるだろう。…恨むなら人懐っこい性分を恨んでくれ。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 半日でこれを仕上げた己の底力を讃えたいが、何をするにもプラットありきだ。プラットが衰弱していないといいのだが。恐竜の体調なんて見てもちっともわからない。

 ちょっとした小屋と、高床式の倉庫、ついでに作業場まで作ることができた。作業場といっても平坦な足場があるだけだが、いずれ設備が増えるといいな。

 へとへとで仮設のベッドに倒れ込み、小屋の覗き窓から辺りの景色を見れば、幾分か安息感を得ることができた。雨風をしのげ、直射日光を避けられる空間があるのは思っていたより効果があるようだ。そのうちプラットにも小屋を作ってやらねば。

 にしても、石材を集める際に石器を石に叩きつけると、やけに火花が飛び散っていた。火打石を使っているにしたって、金属もないのに妙だった。暇つぶしも兼ねて、手頃な石を打ち付けて試していると、火打石と普通の石の組み合わせがよく火花が散ることがわかった。一歩間違えば小屋が燃えそうだが、そうなる前に突き止められたのは嬉しい。

 日が暮れてやることも無いので、良さげな石材から簡易的なすり鉢とすり棒を作って、石を混合してみることにした。結果から言えば、大いに困惑した。火薬のように爆発的な反応をせず、ゆっくりと炎を出して燃焼する粉になったのだ。それも、わらや木材よりよっぽどよく燃える。この世界の石は可燃物なのか?常識を疑うところから始めなければなるまい。この粉末の炎で肉を焼いてみれば、普通に美味であった。硝酸カリウムを助燃剤にした何かしらの可燃物が…?などと考えても仕方ない、俺はそういう畑の人間ではないのだ。少なくとも燃素とかではないはずだ。

 今日は戦闘らしい戦闘もなかったのに、疲労で眠気が訪れる。今夜も何もないと良いのだが。というよりは、何かあっては賽の河原なのだ…。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 鳥のような、獣のような、なんとも耳慣れぬ鳴き声がする。木に何かがぶつかる衝撃で叩き起こされる。あまり想像したくはないが、やはりダメだったようだ。武器を先に作っておけばよかっただろうか…とても木の槍では心許ない…。細心の注意を払いながら戸を開けると、家に打ち付けられ横たえた獣脚類の死体と、裂傷と血に塗れ息も絶え絶えのプラットの姿があった。最悪だ。本当に賽の河原になりそうだ。最悪だ。最悪だ。…ん?

 何ということだ。本当にこの地では常識が通用しないらしい。血塗れだったプラットの身がずぶずぶと癒えていく。度し難き速度だった。そう言えば、俺自身も肉を食えば腕の傷が癒えていたが…プラットはあのペーストしか食べていないはずだ。所持品を確かめると、その通りペーストが消え失せていた。ペーストの原料はあの麻酔作用のある黒い果実だが…麻酔だけでなく、傷を癒やす作用があって、麻酔に耐性のあるプラットはその恩恵のみにあやかれる、ということなのだろうか。いずれ設備が整ってきたら、あの果実から治癒効果のみを引き出せるようにならないものか。研究する価値はありそうだ。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 プラットの傷がある程度癒え、残りの傷を癒やすため、プラットの食料の確保のために草を食ませる。その間に、先程の獣脚類の死体を確かめる。いわゆるラプトル、ドロマエオサウルス科のようだが、俺の倍近い、熊のような図体を持っていた。ええと確か、ユタラプトルだったか?アキロバトルか?何だっていいが、とにかく戦えるといえど三畳紀の原始的な竜脚類のプラテオサウルスには荷が重い相手だったようだ。プラットのように飼い馴らせたら心強いが…俺はムツゴロウにはなれそうにないぞ?

 いや待て、プラットは手渡しで食料をあげたら懐いた。肉食動物にそれをするのは確かに自殺行為だが…無力化した上ではどうだ?都合のいいことにプラットは麻酔を濃縮してペーストにできる…乱暴な方法になりそうだが、やってみよう。

 

「飯をくすねてるようで悪いが…力を貸してくれ」

 

 プラットがかなりの量のペーストを作ってくれたので、待っている間に拵えた矢にそれを塗りたくる。もちろん弓もセットだ。弓道なんてやったこともないし、弓を使うアクトレスは美幸がいたが、指導した訳ではない。つまりド素人が流鏑馬をせねばならないのだ。見るからにすばしっこそうなラプトル相手に?嘘だろおい。いやまだ、手はある。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 遠目に観察していると、ラプトルは2、3匹で群れて行動しているようだ。これでは余計に無理だ。仮に寝かせられても寝かせた途端に残りの飯になるだけだ。うまいこと分断させるか、はぐれ個体を探さねば。

 都合が良すぎるにも程がある、と言うべきなのか。それとも過酷な野生故にままあることなのか。群れからはぐれた個体を見つけるのに時間はかからなかった。近くにある死骸からして、トリケラトプスを狩るのに多大な犠牲を支払ったらしい。

 だがそんな事はお構いなしだ!プラットに跨って駆けると、三叉の革紐に小石を取り付けたもの、ボーラを振り回し、遠心力を持たせる。まるでカウボーイだ。

 こちらに気づいたラプトルが突っ込んでくるのを見て、すかさずボーラを投げつけるとそれは脚に絡みつき動きを止める。とはいえもがき方からして破られるのも時間の問題だろう。麻酔を打ち込まなければ。頭ならよく効くだろうか?

 矢を数発撃ち込めば、段々とラプトルの足取りが鈍くなり、やがて倒れ込んだ。駆け寄ってみれば、息はしている。上手く生け捕りに出来た!与える肉は…そこのトリケラトプスでいいか。初めて見るのが死骸になるとは、残念だ…

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 与えた肉をラプトルは寝ぼけ眼で貪り続ける。しばらくその作業を続けていると、ついにラプトルが目を覚ました。そして攻撃するでもなくこちらを見つめ、恐る恐る触るも抵抗をしなかった。どうやら目論見は成功したようだ!ラプトルを飼いならせた!

 種類は結局雌のユタラプトルらしく、プラットと同様にインプラントから健康情報が脳内に投影される。予想はできていたが、プラテオサウルスと比べると攻撃的で俊敏ではあるが打たれ強さ、荷重では劣るようだ。

 ラプトルといえば群れで狩りをする。一匹だけじゃ意味は無いよなと思いながらも、まずは貴重な第一歩を喜ぶことにした。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 肉食恐竜の利点を早速だが見つけた。狩りをさせられるのだ。

 口笛を合図に敵へと突撃し、無事仕留められればそれを捕食し、戻ってくればプラットから果実を取り出す要領で肉と皮を取り出せる。要は凄まじくダイナミックな鵜飼いだ。肉も皮も案の定汚れてはいなさそうだった。解体の手間が省けるのは嬉しい。

 足代わりにしたかったのだが、どうも自分が乗ってはパフォーマンスを損ねてしまいそうだ。一応鞍は作る。どうも鞍があると防具代わりになるらしい。彼女のお陰で皮集めが捗り、鞍はすぐに作成へと取りかかれた。…名前、どうしようか。チャーリーとでも名付けようか。凄まじく縁起の悪い名前な気がするが、ふと頭に浮かんでしまったのだからしょうが無い。誤射で死なすのだけは避けよう。

 さて、ラプトルが相手だったから良いものの、二日目に目撃したスピノサウルス級の巨大肉食獣はどうしたものか。肉食でなくたって、草食でも警戒心から食べ物を受け取らなかったり、それどころか攻撃をしてくるものだっているはずだ…しかしプラットが一日に生産できるペーストの量には限りがある…どうにか手作りで再現できないものか。

 物思いに耽りながら散歩をしていると、低く唸るような咆哮が家の北から聞こえてくる。こうも陽射しが強いと太陽と影で大雑把ながら方角は理解できる。

 プラットに乗ってその方角へと向かうと、住まいのある高台から北の崖の下にはマングローブの生い茂る沼地が広がっていた。そして、そこには大きなヘビやワニといった生き物がひしめく地獄のような場所で、更にはそれらへと見境なしに襲いかかる大きな爪を備えた巨大な恐竜の姿が。

 

「なんだよあの化け物…気づかれたくねぇ…」

 

 思わず声に出る。大きな爪を備えた強靭な前腕に、特徴的な背から腰にかけての隆起を備え、長い尾で体重のバランスを取った、先程の咆哮の主と思しき巨大な恐竜。テリジノサウルスにしては後ろ脚が長く、恐らくはデイノケイルスとかだろう。…仮定をした途端に出てくるのをよしてほしい。ただただ敵とみなした存在を殺戮して回る、超攻撃的な巨大草食恐竜ということだ。あの興奮具合では麻酔が効くのかすら怪しい怪物だった。

 こんな化け物相手ではプラットもチャーリーも一瞬で物言わぬ肉塊にされ、自分もその仲間入りとなることだろう。半狂乱といった具合に蛇をぶつ切りに引き裂くのを尻目に、急いでプラットに撤退するよう鞍を駆る。ラプトルには果敢に立ち向かったプラットだったが流石にアレには戦意喪失したようで、待ってましたと言わんばかりに脱兎の如く逃げ出してくれた。…真っ向に立ち向かうにしても、奴の恐ろしい咆哮で戦意を失わない恐竜を確保するところから始めないといけないらしい。

 …なおのこと、麻酔を量産する術を見つけねば。奴が支配する北の沼地を越えないと、シタラ達を探すなど不可能なのだから。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

『ああ、もう!どうしてヘレナは変な場所に転送するんですか!この辺りはティラノサウルスが出る場所じゃないですか!』

 

『…あれ、あの黒くてひょろ長いの…どう見てもティラノじゃないですよね?』

 

『分析完了…カルカロドントサウルス?あんなの、ヘレナがいた頃にいました?』

 

『ああそうじゃない!誰か襲われてる!F××k!どうにかして助けないと!ターゲットかもしれないのに!』




ほぼ半年ぶりの投稿になってしまいました。悲しい事に宙ぶらりんの身になってしまったが故に書く時間ができてしまった。
求職中で生活が安定しないのでこれからも不定期連載になります。


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3話 紅蓮

『舞、シタラ、ジニー、直ちに撤退し本艦付近で警戒に当たってくれ!これは異常事態だ!』

 

 あの時のことを思いだし、目が覚めてしまう。何が警戒だ。本当ならあの3人だけでも逃がすべきだったのではないか。強襲艦を必要とする距離の極地から、補給無しで東京シャードまで帰還できるかは随分怪しいものだが、それでも未知のコロニーに閉じ込められて、そこで生涯を終えてしまうよりずっとマシな賭けだったろう。ヴァイスに襲われたものだと思って引き戻してしまったが、実際はそれよりもっと未知のエイリアンの舟だったのだ。誰か一人でもこの舟の情報を持ち帰れれば、救助だって期待できたはずだ。何がアウトランドの英雄だ。指揮でミスを冒せば即座にこのザマだ。

 もとより不必要に持ち上げられているみたいであの称号は嫌いだったが…これではっきりした。しくじればただの凡人だ。ピーターの法則とあるように、人はしくじるまで無能である事に気付けないのだ。悔やんでも悔やみきれない。

 それでも、それでもだ。後悔と同じくらいに、彼女達の生存を諦めきれない。そのためには一分一秒でも早く行動を起こし、版図を広げ、捜索を始めなければならない。彼女達は確かにか弱いが…それでも逞しさも備えているはずなのだ。だから…

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 しまった!鞍を作るための皮を集める際にできた余剰の肉を焼くのが間に合わず、だいぶ腐らせてしまった。グズグズに腐って色まで変わって、これではとても食べられそうにないが…それにしてもグズグズだな…腐敗物でさえなければ軟膏とかにできそうくらいなのだが…と考えた時、ティンと電球が閃いた。

 例の黒い果実…インプラントによるとナルコベリーと言うらしいそれをすり鉢で混ぜると、緑色のゲルと言うべきかペーストと言うべきか、とにかく保水性抜群の物体が出来上がった。プラットが生成するペーストにそっくりだったからとつい混ぜてみたが、どうにも正解だったらしい。逆にプラットが体内で何をやってるのかが怖くなってきたが、とにかくこれで代替できるようだ。しかしだ、ラプトルはこれを矢に塗れば良かったが、もっと図体のでかい生物はそれを何本と刺さねばならないだろう。そしてそんな事をすれば生け捕る前に死んでしまうのは目に見えている。…やってみるか、濃縮…

 とりあえず仮設の作業場に干し台を設置し、出来上がった麻酔ペーストの水気を飛ばしてから、更に腐肉で捏ねる工程を行ってみる。こうも腐敗物を捏ねていると人としての尊厳が損なわれていく気がするが、致し方ない。

 結果から言えば、現状5倍、ベリー換算で25房分までは上手く行った。欲張ってそれ以上を試そうとすると、もうドロドロで重く、矢に塗ったりなどの実用に堪えないのだ。恐らくは、蒸留などもっと高度な化学設備を利用できない事にはこれ以上は無理だろう。

 しかし、5本の矢を使う所を、1本で済ませられるのはあまりにも大きな進歩だろう。交戦時間を短くし逃げるリスクを抑えたりできるのはもちろんのこと、その分目標に与える外傷が少なくなる。その分ナルコベリーの消費が激しくなるのは難しいが。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 試し撃ちをするべくチャーリーに乗り高台から東に下り海岸沿いに散策していると、近くの茂みから出た。スピノサウルス…にしてはなにか違う気がする。二日目に見たそれはもっと低姿勢で尾が太く長かったのだが、今出くわしているものは尾が細く短く、後ろ脚が長く身体を起こしてバランスを取っている。個体差で説明できるか怪しい差異だった。

 などと呑気に分析していられるのが、一番の差異かもしれない。なんとこいつ、見るからに肉食であるのに目の前のチャーリー及び自分を襲おうとはしないのである。しかし、麻酔矢を打ち込んで昏睡させようとすればそれよりも早く奴の怒りで八つ裂きにされてしまうことだろう。

 攻めあぐねていると、目の前のスピノサウルス?が突然目の色を変え、咆哮しながら駆け出した。その方向にはディロフォサウルスが頑張って仕留めたらしきドードーの死骸があったのだが、それを食おうとするディロフォサウルスを薙ぎ払うとドードーの死骸を横取りし、ついでに殺したディロフォサウルスにも食らいついているではないか。どうやらこいつは根っからのスカベンジャーで生体には興味が無い、ということらしい。

 食性が違うなら別種であることを確信するも、やはり奴を眠らせるのが難しそうな事には違いない。いや待て、そもそも眠らせる必要があるのだろうか?

 思い立ったが吉日、早速そいつから離れた所に単独でいるトリケラトプスを見つける。この麻酔矢は飼い慣らすためではなく!

 チャーリーの機動力もあってか、矢を弾くフリルを避けて胴体に数発当てることに成功し、その数発でトリケラトプスが昏睡してしまう。我ながら恐ろしいイノベーションをしたものだと思いつつ、そのままチャーリーをトリケラトプスに喰らいつかせ、仕留める。手短に解体を終えると、わずかながらに上質な霜降り肉が手に入るのだ。鳥に近い恐竜の霜降りとはどんな味か気になるところではあるが、自分達が食べるためのものでは無い。

 この美味しそうな肉であれば、あのスカベンジャーの興味を引く事ができるだろうか。殺してでもうばいとる、とならなければいいのだが。

 早速これ見よがしに霜降り肉を掲げ、奴の周りを駆け回る。バカバカしい絵面だが、こっちを見た!

 

「どうだ…食うか?」

 

 霜降り肉を差し出すと、腕ごと食いそうな勢いながら器用に肉だけに食らいつく。するとまたそっぽを向いて歩き出す。こいつ!と思うと、インプラントから情報が。今ので奴は満腹になってしまったらしい。なら仕方ないか、腹ごなしをしてもらうまで待つしかあるまい。

 奴の散歩に付き合い続け、腹が減ったら食わせてやるのを繰り返して半日。もう肉が無いというのに奴がこちらへ着いてくる。まさかと思ってインプラントをかざすと、情報が開示されている!どうやら飼い馴らせたらしい。オキサライア…聞き慣れない名前だが、確か南米で発見されたスピノサウルス科の恐竜だったか。

 どうもこのオキサライア、死体の消化に相当なエネルギーを消費するという矛盾した生態を抱えているらしく、それ故に自ら狩りをしないようだった。しかしその分栄養の吸収率と代謝は良いらしく、死体を食らうとたちまち傷が癒えていく。

 何はともあれ、初めての大型肉食恐竜だ。仮にこいつに乗る事ができれば、例のデイノケイルスを除けば怖いものなしだろう。早速鞍の製作に取りかかれ…

 無かった。皮と藁と木材だけではとてもではないが大型肉食恐竜の鞍なんて無理だ。座席を固定するにはもっと頑丈なパーツとなるもの…金属が必要だ。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 石を採掘していると、時たま鈍い光沢を放つ石が出てくることがあった。たぶんこれが金属の鉱石だろう。しかし、焚き火程度の火力ではうんともすんとも言わない。作業場に石で炉を組み上げ、試しに精錬してみることにした。狙い通り、金属が融け出し、インゴットを得ることができはした。

 しかし、これまで数日間採石を続けて、ようやっと数十本の延べ棒なのだ。これだけの量があればオキサライアの鞍は作れるだろうが…今後どうする?

 答えは決まっている。戦えるオキサライアを足掛かりにして、もっと資源を得られる土地を探すしかない。残念ながらこの拠点とは短い付き合いになるだろう。セルフ賽の河原である。

 善は急げ、今度こそ鞍の製作に取り掛かろう…

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 オキサライアに試乗しているが、どうにもこいつは水陸両用の万能選手らしい。デカい図体に反して、走る速度も泳ぐ速度もとても速い。しかしそれは身体の軽量化を意味していて、実際のところその大きな口と爪はハリボテに近かった。決してその威力は低いものではないが、正直強力と呼べるものでもない。

 その大きな図体は無用な喧嘩を売られずに済むための威嚇で、スタミナと攻撃力の不足から能動的な狩りのリスクが高く、スカベンジャーと栄養吸収率の特化で今日まで生きてきた…という具合だった。

 というと酷評しているように見えるが、その栄養吸収率が尋常でない。殺した敵を喰らえば傷が癒えていくから、身体を休めるインターバルさえあれば継戦能力は眼を見張るものがあった。つまり、キャラバンにもってこいの人選である。こいつに出会えて良かったと心から感じるぐらいだ。

 そうだ、名前は…由来まんまだがオシャラ、としておくか。神の恵みに相応しい名前だ。

 さて、荷物をまとめて、キャラバンを進めることにする。現在拠点のある台地から見渡す限りだと、西は木がまばらに存在する海岸で、その先には海が広がっていて、東には木々が生い茂る丘があり、木々の向こうには何があるかわからない。となると、鉱産資源を求める以上東の丘の方が良さそうだ。南は、かつて自分が流れ着いた場所であり、つまりは海しか無い。いずれ用は生まれるのだろうが、今はその時では無い。

 二日目にスピノサウルスを目撃し、昨日はオシャラを飼い馴らした入り江を東に越える。入り江にピラニアがひしめくのも変な話だが、オシャラが薙ぎ払うおかげでプラット達もゆっくり泳いで渡ることができた。森の前まで到着したが、正直森を突っ切るのはリスクしかないだろう。攻撃性の高い生物の奇襲にあえばひとたまりもない。入り江の砂浜沿いに更に東へと進み、どうにか侵入口を見つけた方が懸命だろう。

 砂浜は意外と生態系が豊からしく、オシャラ並みに大きな図体ながら脚と首が針金みたいに細く敵意を示さない獣脚類、ようやくお出ましした肉食恐竜と聞いて浮かべるような肉食恐竜らしい体型の、攻撃的な中型肉食獣脚類。やけに甲羅が刺々しい陸亀、そして大きなワニと見ていて飽きない彩りだ。喧嘩を売られてオシャラで対処するのは骨が折れるが、チャーリーでは返り討ちになってしまうので、参戦させられない。

 そうして回り込むと、入り江から河川、そして沼地に繋がる一本道を見つけ、丘を覆う森林の麓にまたしても小高い台地を見つける。あそこならば、下の魑魅魍魎に構うことなく休む事ができるだろう。もっとも森林の先に何がいるかはわからないのだが…

 上までチャーリー達を運ぶと、新たな小屋を建てる。今度は森が目の前なので、材木の調達が捗りすぐに小屋が建った。荷物を小屋にまとめると、再びオシャラに乗り丘を登ることにする。幸い台地と森の間には隙間があり、そこから丘へと出られそうだった。西側からでは見えなかったが、ここの東側は意外と禿げていた。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 見つけた。こんなにも近くにあったなんて、今までの数日間は何だったというのだ。鉱石と同じ鈍い輝きを放つ岩塊が、丘の上には夥しいほど存在していた。試しに採鉱してみれば、たしかにあの鉱石と同一の破片となった。これだけあれば石器時代におさらばできる!そう思って採掘を続けていると、西の入江側の森から、赤い靄のようなものが見えた。まるで何かが燃えているかのように、細かな発光する粒子が舞っている。

 その粒子を放っているのは、羽毛に覆われた黒い体表に赤い模様が入った、長い爪を持った前肢を持ち後脚は短足の大きな獣脚類…今度こそテリジノサウルスだろうが、他の恐竜と違って何故光っている?そして奴は、こちらを見るやいなや爪を振りかざして突っ込んでくる…やるしかないのか!

 戦闘に特化しているわけではないとはいえ、オシャラは今の3体では最もタフなやつのはず。だのに、奴の爪を数発食らっただけで既にインプラントから危険信号が放たれる。オシャラは一心不乱に自らの爪で応戦し、少しでも奴を森へ押し戻そうとしている。まるで逃げろと言わんばかりに。サクリファイスという言葉がある。群れで過ごす野生動物には、外敵に襲われた場合群れの中の一匹が決死の応戦を行い、他の仲間達が無事に逃げる時間を稼ぐ、という習性があるという。…すまない、俺は生きなくてはならない…!

 オシャラから飛び降りると、脇目も振らず東の麓の台地まで駆ける。あの光る恐竜は何なんだ!?仮設の小屋が視界に入ると同時に、インプラントからオシャラの死亡通告が為される。短い付き合いだったが、オシャラの死を悼むと同時に、最大の戦力を失い西には奴が陣取っていることで、以前の拠点には逃げ帰れなくなったことを悟った。

 どうやらあの仇敵の名前は"アルファ・テリジノサウルス"らしい。アルファ…つまり群れの長を示す言葉だ。一際強いということだろう。気になるのは、"アルファ"とわざわざ付くからには他の恐竜とは区別されるものであるらしいことだ。まあ恐竜が発光していたなんて聞いたこともないし、野生動物にしても何か人為的な強化が施されている…そう見たほうが良いだろう。どうやら本当にこの島は我々を生かして帰さないつもりのようだ。

 奴がこのまま東に進んできた時が一巻の終だ。そうなる前に手立てを打とうにも、そんな強化されている生物相手にかなう存在などいるのだろうか?

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

オシャラに乗って来たときには見なかったが、川沿いにテリジノサウルスに似たフォルムの恐竜を見かけて寒気がした。しかし、そいつは奴と比べると一回りも二回りも小柄でかつ華奢で、何より攻撃的でないようだった。恐る恐る近づいてみても、全く意に介さない。こうして見ると、チャーリーよりも若干大きい、というくらいの背丈しか無い。オシャラよりもデカかった奴とは大違いだ。通りがかった野生のラプトルがそれに目をつけたらしく、飛びかかろうとしたときだった。

 この恐竜が爪を振るい、噛み付いてきたラプトルを両断したばかりか、巻き込んだ近くの岩まで切り裂いてみせたのだ。人は見かけによらないとはよく言うが、斬れ味だけなら奴さえも上回るかもしれない。そんな期待を胸に秘めて、この恐竜を飼いならそうとするが、あんな威力の爪では麻酔で挑むのはだいぶリスキーだろう。折角の濃縮麻酔だが、出番がとにかくない。

 噛みつかれた傷を癒やしたいのか、そいつは近くの崖にある蜂の巣をじーっ、と見つめている。そいつが見つめるまでこの空間に蜂が存在するなんて知らなかった。…蜂蜜が欲しいのか。そうか。…やるしかないか。

 崖とは言うもののどうにか登れる勾配で、蜂の巣に辿り着くと同時に巣を掴み、自重で引き千切る。落下の衝撃に呻いている暇はなく、当然怒った蜂がこちらへと突っ込んでくるのを全力疾走で振り切ろうとするも、背中に鋭い痛みが襲う。だが怯んではいけない。このままあの恐竜の元へとたどり着かねばならない。喧しい羽音を背に、どうにかこうにかたどり着く。

 

 「欲しかったんだろ!取ってきてやったよ!」

 

 と半ばキレ散らかしながら押し付けると、本当にそうだったらしく彼は蜂を追い払い、蜜を美味しそうに食べながらこちらへと振り向いてくれた。これで飼いならせたらしい。…どうやら彼はセグノサウルスのようだ。テリジノサウルスの近縁種で、テリジノサウルス類は食性が謎だったが…蜂蜜が好物だったとは。にしても体中痛い。蜂に刺されたせいだ。どちらにせよ痛みが引くまでまともに動けないだろう。セグノサウルスを連れて小屋へと逃げ帰ると、痛みが引くまで蹲ることにした。…インプラントが示すには、どうもこいつはセグノサウルスの中でも特に練度の高いエキスパートな個体らしい。尚の事、期待が高まった。こうして苦しんだ甲斐があってほしいのだが。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 一晩眠ると、すっかり痛みも引いて、動けるようになっていた。どうもここに来てから回復力が異常だし、腹が空くのも恐ろしく早い…インプラントとともに何かを施されたのだろうか?早速セグノサウルスの鞍を作るとしよう。名前はセギーとでもしよう。こうもあっさり命が失われた後だと、名前を真面目に考える気力すら失せる。愛着なら彼が生き延びてくれてから湧くことだろう…このくらいドライにならないとやっていけない気がする。

 幸い、昨日必死に持ち帰った鉱石から十分な金属が精錬でき、セギーの鞍は滞りなく制作することができた。少しばかり資材を余剰に使って多少頑丈に仕上げる。すぐあの化け物にぶつけなければならないのだ。できることはやっておいた方がいい。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 奴を倒すために丘を再び登る。体格差は絶望的だが、こちらは爪の鋭さでは勝っている。勝ってくれなければ困る。どうにか倒さなければ…。セギーはオシャラより小さいから、鞍から見る奴は余計に大きく見える。敏捷性も強化されているようで、不気味な足運びで俊足を実現していた。こいつは自然に居て良い生物じゃない。まるでボスキャラとして用意されているような、常勝不敗を体現する被造物だと感じた。

 懐に飛び込み、セギーの爪を早速差し向けるも、奴の分厚い腹の羽毛がマントの役割をして、なかなか致命傷につながらない。奴の爪も剛力と言うべき代物で、ある程度装甲化した鞍の上からでも手痛い打撃を与えてくる。しかし、オシャラの時よりもずっと、勝負になっている。なんとも複雑な気持ちになる。

 戦いが長引くにつれ段々と、まるで山犬で羆に歯向かうような無謀のようである不安がこみ上げてくるが、見込んだ通りセギーの異様に鋭い爪は奴の羽毛を徐々に剥がし、血の滲んだ肌をあらわにしていく。セギーももちろんただではすまず、あちこち流血まみれだ。しかし、相手も後少しなのだ。今とどめを刺さなければ!

 

「行けーっ!」

 

 掛け声を出すとセギーが両腕を突き出し、あらわになった腹に爪が深く突き刺さる。大きな叫び声をあげて、奴も頭を思い切り振り上げて、今にも振り下ろさんとしている。しかし、それよりも早く、セギーの両腕が奴の腹を引き裂いた。

 奴が頭を振り下ろす頃には、奴の絶命は決定していた。息絶えつつある最後っ屁であった故か、結局啄まれるも背を大きく裂かれるのみで済んだ。決して"のみ"ではない気はしたが、この際致命傷でもなければいい。脊椎にも問題は無さげだ。止血は困るが、また肉を食って寝れば治る。そんな気がした。

 結局奴の亡骸は全長16m近い巨体だった。元よりデイノケイルスとかは自分の知ってる情報よりも大きかったが、これは自分の知ってるティラノサウルスよりも大きいことになるぞ!もっと詳しく調べたかったが、セギーが亡骸を解体してしまった。しかし、これは大金星だ。しばしの間、丘の自由を勝ち取れたのだ!

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 恐ろしいことに、このテリジノサウルスの肉はほぼ霜降り肉だった。どんな体の構造をしているのだろうか…。これもアルファとかいう類の特徴なのか?そして、こんな巨体から取れる肉をすべて焚き火で焼き上げられるわけもなく、無慈悲にも富栄養な肉はすぐさま腐っていく。だがそれでも、十数切れほどは調理に成功した。仇敵の肉は…脂が乗っていて、噛めば噛むほど旨味も染み出して凄まじく美味だった。脂っこい鶏肉と言うべきか、食感の良さと濃厚な風味を両立していると言うべきか。…何を大怪我を放置して食レポなんざやっているのだ自分は。

 それにしても、ほぼ全身霜降り肉というのは、クジラのような水棲生物でも、マンモスのような寒冷適応の結果でも無さ気なのに、不気味だ。やはり、アルファと付く生物は何者かが人為的に強化した種類と見るべきだろう。インプラントにも判別する機能がわざわざついているということは、この処置を施した存在と、アルファという個体を生み出している存在は同一か、同一でないにせよ何らかの関係があるに違いない。

 今日はもう寝ることにして、自分とセギーの傷が治ったら、再び活動を始めなければ。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『うわー…ダメそうかと思ったのにあの人撃退できちゃってますね…』

 

『うーん…私の知る限りでは、草食恐竜がアルファになっているところなど見たことが…』

 

『…これも、彼の仕業なのでしょう、か…』




MOD要素入れてるので紹介もとい補足

プラテオサウルス:Additional Creatures2(以下AC2)にて追加
オキサライア:AC2にて追加
デイノケイルス:AC2にて追加
セグノサウルス:AC2にて追加

アルファ・テリジノサウルス:Creatures Upgraded!にて追加
なお通常種のテリジノサウルスも大型化し体格相応に強化される


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4話 邂逅

 遭難から七日目。一週間が過ぎようとしているが、未だに成果は芳しくない。時間が経てば経つほど、彼女らの生存は危ぶまれるというのに。これではファティマにも合わせる顔がない。一度に親友を三人も失ったとなれば、いくら彼女と言えど正気の沙汰ではいられないだろう。…真理みたいになったファティマか、嫌だなあ…。

 極地派遣にはリソース管理の要素も伴う。平時なら気にしないのだが、ファティマとジニーは互いに張り合っているのか、或いは参考にしている型が同一なのか…武器がだいぶ違うにも関わらず役割としては非常に競合している。そこで自分は、動作が大振りで防御面が疎かになりがちなファティマをアサインせず、三人のみで出撃させたのだが…こんなことになるとは。

 トライステラにファティマが加わって色々あったように、膠着状態の状況を打ち壊すような出会いが…ないものか?

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 セギーの傷もだいぶ癒えてきたので、丘の上に再び繰り出す。セギーの爪は鉱石をも切り裂くことが可能だった。ツルハシいらずとは恐れ入った。だいぶ無茶をさせているにも関わらず、セギーの爪は大変丈夫で、ダメージらしいダメージを確認できなかった。ようやく原始人から金属器時代に入れると思いつつ、この金属は何なのだろう、とも思う。

 一見、鉄のようではあるのだが、鉄ばかりがこんな豊富に使えるのだろうか。それもただ炉に放り込んだだけで精錬できてしまうなど。鉄を作り出すための先人たちの苦労はどうなっているのだ?鉄を含有しているだけの何かか…少なくともすべてがすべて鉄だとは考えがたい。

 金属と一緒に水晶も採掘できた。非常に透き通っており、加工すればレンズとして使えそうでもあった。セギーもそろそろ積載の限界だから、一旦持ち帰るついでに偵察のために望遠鏡でも作ってみるとしよう。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 金属片で削り出した水晶のレンズを筒にはめ込んだだけの簡易的な望遠鏡だが、案外勝手は良さそうだった。試しに辺りを見回そうとすると、キー、と鷹のような鳴き声がする。とっさに望遠鏡を鳴き声がした方角…東に向けると、東の上空から見たこともない巨大な鷹…鷲がこちらめがけて羽ばたいている。セギーに跨がり弓を構え来襲に備えようとすると、裸眼でよくよく見ればあの鷲は革と金属でできた人工物…鞍を纏っていて、跨がり手綱を握る人影のようなものが視認できた。

 

「武器を下ろせ!悪いようにはしない!」

 

 そう叫ぶ騎手らしき男に従ってセギーから降り、弓を下ろすと、男はこちらめがけて大鷲を降ろす。正直あれがブラフで襲いかかられようものならひとたまりもない。セギーが万全だったならば鞍ごと切り裂いただろうが、まだ完全に傷が癒えている訳ではない。草食動物は傷の治りが遅いのが玉に瑕だ。

 

「む…」

 

 男は怪訝そうにこちらを見つめる。きっと自分と同じことを考えていたであろう。まさかこのような地で出会った人間が、自らと変わらぬ東洋…それも日本人のようであったからだ。そもそも日本語が通じているのも不思議だ。

 

「お前、名前は?」

 

 男に問われるも、返事に困る。戸籍上の名前はあることはあるが…大分でっち上げたからなあ…。

 

「俺に名前など無い」

 

「名前など無い?そんなわけがないだろうが…インプラントを見せてもらおうか」

 

 男に言われるがままに左腕を突き出すと、インプラントが発光し、立体映像のウィンドウに文字列が投影される。

 

『サンプル#:72513092 固有ID:C縺ゅ?繝√Ι 性別:M 生存指数:未定』

 

「…参ったな、まさか本当に名前がないとは…だいたい固有IDとして記録されているものなんだが…」

 

「…固有ID?」

 

 男はこの地の理をある程度知っているようだ。情報を聞き出さねば。にしても、本当に名前がない扱いだとは。

 

「まあ良いだろう、バグが全く無いわけではないと報告もある…ならお前はレンと呼ぼう、縺ってあるんだからしょうがないだろう」

 

 質問には答えず、勝手に納得された。本名のようなものはアクトレスたちにも教えてないし、自分で考えるのも癪だったから都合がいい。この際レンで構わない。

 

「好きにしろ。…であんたは?」

 

「俺は…トモシゲだ。叡智の智に重ねるの重で、智重だ。…漢字、わかるんだな?」

 

 智重というらしき青年は、二十代中頃といった感じで、黒い髪を短く切り揃えていた。無理やりぼさつかせているようだが、どうも重力に正直になりたげだった。背格好は細身の筋肉質で、自慢ではないが190cmを越す自分よりは低いが、それでも180cm前後と日本人にしては高めだった。なめした革を鎧にしていて、自分よりもこの地に慣れているのは間違いない様子であった。

 

「まあな、俺も一応日本人だ。…もしかして、そうじゃないのも?」

 

「…レンお前、俺が初めての接触者か?良いかよく聞け」

 

 智重は一息整えると、おほん、と咳払いした後、口を開いた。

 

「この島にはな、世界中どころじゃない。あらゆる時代の人間が、古今東西から集められているんだ。どんな術を使っているか知らないが、現実としてそうなんだ。そして不思議なことに、会話は通じる。どうも聞き手の言語で受け取られるようなんだが、漢字なんて概念、皇国か支那か朝鮮にしか無いからな」

 

 彼に悪意はないのだろうが、擬似的な2010年代の人間としては眉を顰めるような呼称が連続した気がする。つまり彼はその時代の人間というわけなのだろうか。

 

「…おっと失礼。未来では使われていないのだったな。とにかく、古代ローマに19世紀の英国とか、それから後漢に21世紀の豪州とか、探せばもっといっぱい出てくると思うぞ?」

 

「そうなのか…と言われても、あまり実感がわかないんだが」

 

「じきにわかるさ…少し付き合ってもらうぞ!」

 

 男が大鷲に飛び乗ると、大鷲が俺の体をがっしりと掴む。そしてそのまま飛翔し、宙吊りにされてしまう。嫌な浮遊感を味わうしかない状態だ。

 

「おい!何のつもりだ!」

 

「さっきも言ったが悪いようにするつもりはない!大人しくするんだな…落ちたくはないだろ?」

 

 大鷲が飛んでいくのは、彼らが来たのと同じ方角だ。大方拠点にでも連れて行かれるのだろうが…にしたって生きた心地がしない。

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 やがて、石造りの外壁が取り囲む、2,3件の建物が並んだ町が見えてくると、そこの中へ大鷲が高度を下げていく。やがて地面スレスレになると俺を離し、近くに大鷲も着地した。

 

「こちら智重だ!西の新参を連れてきたぞ!」

 

「でかした!」「ベッドの空きはあるよ!」

 

 ひときわ大きな石造りの建物が、様々な声で湧き上がる。いわゆるタウンホールとでも言うべき施設なのだろうか。篝火で建物と道が照らされ、素朴ながら久しく見ていなかった文明を感じる。

 

「案内する…詳しい話はそこでしよう。偵察を送ったからお前の家のことは心配するな」

 

 智重に連れられてタウンホールへと向かう。タウンホールの出入り口から少し先には鍋がかけられていて、食事はそこで行うようである。一階は沢山のベッドが置かれていて、作業場と兼用の宿舎のようだった。そして階段を上がって二階へと向かうと、長机に椅子が並んでいて、壁にはこの島らしき地図が張ってあった。作戦会議を行う場らしい。

 

「よう、新入り!」「歓迎するよ!」

 

 賑やかな雰囲気を見せる智重の仲間と思しき十余の人々は、たしかに彼が言う通り多種多様な人種で構成されていた。産業革命以前の生活基準のようだったから、彼らの時代までは推測ができなかったが。智重に促されて着席すると、向かいに智重も着席した。

 

「さてレン。この島では、こんな風に人々が身を寄せ合って過ごすのが定石みたいでな。トライブと呼ばれてる。この我々のトライブは明星会という。俺が興した」

 

 智重は自慢げにニヤリと口角を上げると、一区切り置いて話を切り出した。

 

「そして、トライブがいくつもできれば、やがてトライブ間で戦争が起こる。理由は水だったり、資源だったり、まあいつの世も変わらないみたいだ。そこでだ。他のトライブに入られる前に、お前を引き込みたい。正直に言わせてもらえば、鉱山に住みやがってからに。俺たち明星会もたまに掘りに行ってたし、すぐ狙われるから誰も住んでないだけだぞ?」

 

「…………」

 

 勧誘されるのは周辺の態度からわかりきっていたし、この島に定住するつもりはないから断るつもりでいたが、理由まで聞かされるとその決意が揺らぐ。今まで誰とも出会ってこなかったのは、ホットスポット故に誰も住もうとしていなかったからだったとは。

 

「智重さーん、どしたんですー?」

 

 どうするべきか悩んでいると、そんな苦悩を横から蹴飛ばすように、間延びした非常に聞き覚えのある声がした。まさか。

 

「係争地に住もうとしてる者を見つけたから連れてきた。絶賛勧誘中だ」

 

「智重さんリクルート好きですねぇ…まあわたしを拾ってくれたのもそのおかげだけ…うぇええええっ!?」

 

 非常に聞き慣れた、素っ頓狂な叫び声。振り向けば、非常に見覚えのある、色黒の肌。小柄な背丈に似合わぬ発育の少女が、そこにいた。

 

「なんだシタラくん、知り合いか?」

 

「ととと智重さん、隊長だよ!ほらっこの人が!隊長!」

 

「シタラ!?今シタラっつったか智重!?」

 

 思考がかき乱され、頭の中がぐちゃぐちゃになるのを感じる。智重も事態を理解しきれていないようで、きょとんとしていた。

 

「あー…ええと?つまりこいつが、お前の言ってた上官、なのか?」

 

「そうだよっ!ああ良かった…一人ぼっちだと思ってたよぉ…」

 

 シタラも着席した。俺の隣であった。繊維で編まれた布の、最低限の服を身にまとっているようだった。

 

「…なら良かったじゃないか。お前の知り合いが、既にうちにいるんだろう?断る理由はないよな?レン」

 

 智重が右手を差し出す。なあなあでその右手に応えようとした時、ふと頭の中にある可能性がよぎった。

 

「…すまない。一緒にはいけない」

 

「…どうしてだ?」

 

 快諾されるであろう右手を断られた故か、智重が不快感をあらわにする。多少手荒とは言えこの世界について教えてもらうなど親切にしてもらい、シタラを保護してもらっていた手前、恐ろしく不義理な返答をしているのだ。

 

「悪いが智重、俺の部下はシタラ一人じゃないんだ。…あと二人いる。もし仮に、あんたたちと敵対するトライブの一員になっていたら…」

 

 シタラたちが争う立場になる。その未来を避けたい一心で、とんでもない決断をしてしまったのだと後から理解が追いついてくる。無謀がすぎると後から欠陥が浮かび上がる。

 

「確かにな、そういう可能性もありうる。だがそれこそ、引き抜けばいいじゃないか?お前の部下なんだろ?」

 

「ああ。だから引き抜くんだよ、シタラを。俺達で新たにトライブを興す。そして他の二人も、迎える。西の鉱山を俺達の拠点にして中立の場を設けて、明星会には鉱石資源の採掘を許可する。それでいいだろ?」

 

「お前、何言ってるかわかってるのか?言ったろう、あそこは係争地だと。お前はともかく、彼女までも危険に晒すつもりか?」

 

 痛いところを突かれる。無論、ここに居たほうがシタラは安全だろう。何より人数が段違いなのだから。シタラだってきっと、ここに居たいはずだ。

 

「た、隊長…わ、わたし…」

 

 談笑しようと思えば険悪な空気になったからか、シタラは重圧に耐えかねている様子だった。挙げ句俺に無茶振りをされて、裏切り者になるかもしれない状態なのだから。致命的な采配ミスだ。沈黙は続く。例え仲間の危険を省みぬサイコパスだと思われようが、今できることはさぞ自信ありげに表情を取り繕うのみだ。

 さあ、シタラはどう出る?仮に断られたとしても、改めて彼女を迎える算段を整えれば良いのだ。無事ならそれでいい。

 

「…智重さん!今までありがとうございました!わたし、隊長と行くよ!」

 

 係争地に中立地帯を作るという無茶振りを、シタラは承諾してしまった。信頼してくれているのは嬉しいが、こうして彼女を危険に晒す決断をしてしまったことを悔やんでももう遅い。立ち止まることも振り向くことも、もう許されなくなった。こうなればもう、突き進むのみしか無い。迷いを見せれば、彼女を不安にさせてしまうだけだ。これまで幾度腹芸をこなしてきたと思っている!

 

「…というわけだ。あんたたちは好きにあの丘に掘りに来て構わない。その他の物資については通商を行おう。それでいいか?」

 

「…あーっはっはっはっは!面白い!確かにお前は彼女らの将のようだな!良いだろう、条件を呑んでやろう…みすみす基地を作ってから、簡単に乗っ取られるんじゃあないぞ!ここはそういう土地なんだ!」

 

 無謀すぎる決断に最早、智重は大笑いするのみだった。中立とは言ったが、シタラの心情的にも、こちらからは同盟として扱いたいところだ。あちらがどう思っているかはさておいて。

 

「シタラくんが荷物をまとめる時間も要るだろう。今夜は泊まっていけ。夜が明けたら送っていくから、次に来るときは勧誘のできない訪問者として扱わせてもらう。夕飯も食っていくといい」

 

 勧誘を断られたどころか、一人トライブを抜けるとなっているのに、智重以外のトライブの面々は割ともてなしてくれる空気であった。それはシタラがまだ仲間ではなく、客として扱われていたことも示しているようで。だから、シタラが俺に付いていくと決めて、肩の荷が下りたという側面もあったのかもしれない。とはいえ、彼らがシタラと談笑する様を見ていると、短期間で打ち解けて親しみを抱いていたのもまた事実のようであった。万に一つ、シタラに何かあれば彼らも悲しませてしまうのだ。

 夕食と言っても変わらぬ焼肉とベリーであったが、それらを食べていると智重が近寄って、耳打ちしてきた。

 

「…実のところだな、確かにあの鉱山は係争地だが、我々が相手してきたのは興亡の激しい小さなトライブが中心でな。大きなトライブはここから北東の山岳にいる、ノウム・レギオとやらに、西の海岸にいる、レッド・ジョーとやらしか知らないんだ。それと、北の沼地を越えた先のレッドウッドの森は大変危険で、定住しようというものは居ないんだ。だから、以北の調査は難航していてね…忠告はしたぞ?」

 

 夕食の後に見た地図によれば、俺が家を建てた鉱山はちょうど東西の真ん中に位置するようだった。手持ちの紙に地図を可能な限り写すと、今夜は眠ることにした。簡易的なベッドを並べて雑魚寝状態とはいえ、アクトレスと眠るのはなにげに初めてだな…。安全を保証された環境で、久々に深い眠りにつけそうだ。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「明後日には金属を掘りに行くから、早速野垂れ死にしたりはしないでくれよ!」

 

 あの大鷲…アルゲンタヴィスと呼ぶらしき鳥に運ばれて小屋に戻ると、去り際に割と最低な挨拶を浴びせられる。しかし、ここは金属資源が特に豊富らしい。しばらくは採掘権を譲る形での交渉が続くだろうが、いつか精錬設備をより発展させ、大量生産が可能となれば、加工済みの金属製品で取引をするのも不可能ではないかもしれない。というか、そういう目論見でもなければ金属資源を独占するような位置に陣取る旨味がない。

 …であれば、トライブ名は一つしか無い。

 

「なあシタラ…トライブ名考えたんだが…『成子坂製作所』で良いよな?ここに工場構えるんだ、そんでもって既製品を売る」

 

「良いね!それ賛成!でさ隊長、わたしここで何すればいいんでしたろー…?」

 

 遭難前とさほど変わらぬ調子でおどけてみせるシタラだが、無理をしていないわけがないだろう。さて、三人で一番臆病な彼女は、この残酷な世界にどれだけ順応してしまっただろうか…そういう自分も、もっと智重から情報を引き出しておくべきだったな…。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 照明の反射を抑え込むらしい、半光沢の材質の壁に囲まれた、薄ら暗い部屋。自分は、そこの機械を弄って、何か書類を作っているようだった。青く光る画面に、状況を示す画像と文字列が並んでいく。

 

『お邪魔するね』

 

 そんな作業をしている中、不意に戸が開く。とても慣れ親しんだ、軽薄そうな声がする。ああ、彼女の声だ。長い髪が靡いた。

 

 …誰だ?




まさかの恐竜要素ないです。


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