追憶の螺旋ー短編集 (楓麟)
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1.月満ちる夜に
プロローグ
下品な哂い声。
気が付けば、僕は汚い腕に羽交い絞めされていた。遠くの方で、パパとママが泣き叫んでいるのがぼんやり見えた。こっちに向かって走っている。
「ルーピン!」
「ルーピン――ルーピン!」
僕の名前を呼んでいる。
「
後ろの方で、誰かが呪文を唱えた――二人がロープでぐるぐる巻きにされて、動かなくなった。それでも、名前を呼ぶ声はやまない。
「我々に抗ったことを一生悔やめ――フェンリール」
誰かが、誰かに言っている。よく分からない。
だって、僕は何かに噛み付かれたから。
痛い。
苦しい。
もがくけれど、僕を絞める腕はぴくりともしない。
助けを呼んでも、誰も来ない。
「パパ、ママ……」
それから、僕は何も覚えていない。
目が覚めてから知った。
僕が人狼というバケモノになってしまったということを。
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第1章 若き人狼の悩み
リーマス・ジョン・ルーピンが人狼であることは、ほとんどの人間が知らない。けれども、彼自身を含め、知っている者は皆「学校へ行くのは不可能だ」と思っていた。
それを否定し、入学を歓迎したのが校長のアルバス・ダンブルドアだ。ダンブルドアはリーマスのために、魔法族のホグズミード村にある無人の屋敷と学校とを結ぶトンネルを掘った。月に一度変身するリーマスを、そこに軟禁するためだ。人狼になってしまえば、制御がきかない。だから、人のいない場所に彼をしばらく閉じ込める必要があったのだ。
そして校長はトンネルの入り口に『暴れ柳』を植え、生徒が近づかないようにした。
人狼であることを除けば、リーマスは普通の生徒と変わらなかった。少し真面目で、自虐的なところを除けば。そして、月に一度、満月の夜に談話室を抜け出して一人どこかへいなくなるのを除けば。
リーマスには友人がいた。これは入学してはじめてのことだった。リーマスはとても嬉しかったが、でも、もしこの秘密がばれてしまったらきっと友達ではいられないだろうな、と思っていた。
そんな彼が恐れていたことが、こうも早くに起ころうとは。
「リーマス、ちょっと話があるんだ」
真夜中にジェームズに叩き起こされた。リーマスの友人の一人で、背は高く、クシャクシャの黒髪、ハシバミ色の目をした同級生だ。リーマスと同じ、グリフィンドール寮生でもある。
「何……?」
「いいから」
腕を引っ張られ、そのまま暖炉の前のソファに座らされる。そこにいたのは、同じく同級生のシリウス・ブラックとピーター・ペティグリューだった。ジェームズは肘掛け椅子に腰掛け、わざとらしく咳払いをした。隣に座っていたシリウスがニヤリとする。
「ピーターが心配してたぞ。『リーマスはどうして月に一度、ベッドを抜け出すんだろう』って」
シリウスの声に、チビのピーターはビクッと肩を震わせた。自分の名前を急に呼ばれて驚いたらしい。続いてジェームズが口を開く。
「僕はそれを聞くまで気づかなかった。でも、確かに不思議だ。僕のマントを使ってるわけでもないのに、どうやって先生がたの目を盗んで次の日には何食わぬ顔をして帰ってこれるんだ?」
彼の言うマント、とはポッター家が代々受け継いでいるという『透明マント』のことだ。これを被って夜な夜なジェームズ(そしてシリウス)は談話室を抜け出しているのだ。厨房から食べ物をくすねたり、監督生用のバスルームを使ったり……。
「まったくだ。僕達はマントありでも見つかったことがあるってのに。マクゴナガル先生のお説教を食らっちまったんだからな」
全く反省していない様子のシリウスがふんぞり返って言う。ひどく様になっていてカッコいい。ルーピンは誰にも気づかれないようにゴクリと唾を飲んだ。
「本当に不思議だよな。どうして真面目なリーマスが、月に一度、それも
わざとらしく首をかしげるジェームズのその台詞に、リーマスはついにバレてしまったか、と心臓の鼓動が早くなるのを感じた。でも、こうなったときのために色々言い訳は考えてある。
「そ、それは、僕のママが病気で、看病に……でもみんなに心配はかけたくなくて」
少し早口になってしまったが、完璧だ、とリーマスは思った。ピーターが恐る恐る、といった感じで聞いてくる。
「満月の夜に……?」
「偶然だよ」
強く言うと、ピーターは口をつぐんだ。だがジェームズとシリウスは引き下がらなかった。シリウスが薄ら笑いを浮かべながら言う。
「マダム・ポンフリーに連れられてか? あのひとは若くてキレイだよなあ――なあ、ジェームズ?」
「まあな。二人きりで夜の散歩をしてるの、僕達『うっかり』見ちゃってさ。あれには妬いたぜ」
「……」
そこまで、見られていたとは。リーマスは失念していた。そうだ、この二人は――夜学校を平気で抜け出すような悪ガキなのだ、見られていたっておかしくない……。
「マダム・ポンフリーと一緒に夜中に病院に向かうことの、どこがおかしいんだ?」
リーマスは平然を装って聞くつもりだったが、声が少しかすれてしまった。
「ウーン、そうだなあ」
ジェームズがまたわざとらしく考え込むふりをした。
「暴れ柳に病院があるなんて、聞いたことがないなあ」
「デイビィ・ガージョンが幹に触れようとして怪我しかけてから、近づくのは禁止されてるはずの暴れ柳になあ」
全部、バレてしまっているのだ。リーマスはため息をついた。
「分かった。全部話すよ。ただ、他の人には秘密にしてくれ。いいかい?」
ついに折れたリーマスに、三人は目を輝かせて頷いた。
それから、リーマスは隠さずに全てを話した。まず、暴れ柳が植えられたのは自分が入学したからだということから、その下にあるトンネルがどこに繋がっているかということ。そして、自分が狼男であるということまで。話し終わったリーマスが顔を上げると、皆口を開けて自分を見ていることに気が付いた。
これで、みんな僕を怖がるだろうな。とリーマスは思った。覚悟はしていた。だがとても悲しかった。
「……それで」
ジェームズがゆっくり言った。
「それで、って?」
「それで、君は叫びの屋敷で、一匹狼なわけか?」
「そりゃ、そうだよ。ディナーに人間を一人、とかオーダーできるわけがない」
自分で言って、ひどく不愉快なジョークだった。もちろん誰も笑わない。リーマスは焦って続けた。
「はは、嫌だよな――狼人間と同じ部屋で寝てるなんて」
やはり、誰も何も返さない。リーマスは立ち上がった。
「僕、荷物をまとめるよ」
「何言ってるんだ?」
驚いてジェームズが目を丸くした。リーマスは肩をすくめる。
「だって、こんな奴と同じ学校にいたくなんかないだろ。僕は狼人間なんだ。いつ君達を襲ってしまうか、わかったもんじゃない。やっぱり、学校に通うなんて間違いだったんだ――」
「バカはよせ」
シリウスはそう言うなり立ち上がった。そのままリーマスの肩を強くつかんで止める。シリウスは思う前に行動してしまうところがあり、今回もそれがよく表れていた。
「誰も君に退学してほしいなんて言ってない。ちょっと、気になって――」
「冗談言うなよ。僕が何だか分かっただろ。人狼だぞ! 意味が分かってるのか? こんなバケモノが学校に通っているっていうのに、」
その時、シリウスがリーマスのボロパジャマの袖を一気に引き上げた。リーマスの腕があらわになる。
「やっぱり」
彼の腕は、引っかき傷や噛んだ跡でいっぱいだった。彼自身が狼の姿で、獲物の代わりに引っかき、噛んだものだ。
「どうりで、その屋敷が『叫びの屋敷』って呼ばれてるわけだぜ――君、自分で自分を噛んでたんだ」
「……そうだよ」
リーマスは白状した。全部、全部バレていたのだ。
「やっぱり、僕怪しかったんだね……こんなに早くバレちゃうなんて」
言った彼の言葉に、ジェームズとシリウスは顔を見合わせた。そして次には、爆笑していた。
「何がおかしいんだよ」
「怪しいだって?」
腹をかかえながら苦しそうにジェームズが言う。
「怪しいからじゃない、君が友達だからだろ。気づいて当たり前だ」
「リーマスって変なとこでニブいよな」
二人の言葉に、リーマスは唖然とした。ピーターもブンブンと頷いている。
まだみんな、僕を友達だと言ってくれている――? 何かが込み上げてきたが、リーマスはぐっとそれをこらえた。
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第2章 宣誓と画策
次の日も、みんなは何もなかったかのようにリーマスに接してくれた。まるで、昨日の話がなかったかのように。リーマスは嬉しかったが、同時に不安だった。やっぱり、彼らは僕と一緒にいたくないんじゃないのか――無理やり仲良くしてくれているんじゃないか?
誰か、僕の正体を話したりしただろうか。そうしたら、僕は退学せざるをえなくなる。いっそ、自分からバラしてしまおうか。そんなことが、頭の中でグルグルと渦巻くのだった。
突然、目の前でパチンと指を鳴らされた。ビクッとして犯人を見ると、心配そうに自分の顔を覗きこんでいるジェームズだった。
「リーマス、どうしたんだ? 満月でも近いのか?」
言った後に、しまったと思ったらしい。ジェームズは気まずそうに咳払いした。リーマスは慌てた。
「いや、驚いただけだよ。この手のジョークは初めてだったから……」
両親ですら自分が人狼であることをあまり話さない。リーマスを思って、表に出さないようにしているのだ。しかし彼にとっては逆にそれが辛かった。
「そうかい? なら、いいんだけどさ……」
談話室の人気がなくなってきた。一人、また一人欠伸をしながら自分のベッドへ向かう。だが、リーマス、ジェームズ、シリウス、そしてピーターは昨晩と同じく暖炉の近くに腰掛けていた。
「一つ聞いてもいいか」
切り出したのは、シリウスだ。
「言いたくないならいいんだけど、君はどうして狼人間になったんだ?」
「それは……」
思い出すだけでもゾッとする。もっとも、すぐに気を失ってしまったから記憶はあまりないのだが、断片だけでも、あれはかなり恐ろしい出来事だった。
「僕の両親が、死喰い人に逆らったんだ。闇の軍団には一切関わらないと表明した。それで、奴らは見せしめに僕を」
「奴らは、親が反抗したからという理由で子供を襲ったのか!?」
シリウスが犬のように唸った。ピーターは背中を丸めて怯えた表情をしている。ジェームズは無意識だろうが、爪を噛んでいた。
「そういう奴らなんだ。でも、殺されなかっただけ僕たちは運がよかったと思うよ。『例のあの人』が命を――」
「ヴォルデモート」
突然、ジェームズが言った。場に居る全員が驚いて彼を見た。今世紀最大の闇の魔法使い、最も恐れられている者の名を呼ぶことなど、大人でもしないようなことだ。
「そんななんとかかんとかなんて呼ぶな。ちゃんとした名前を呼ぶんだ。リーマス、君は特にそうするべきだ。そんな風に呼んでいたら、あいつに屈しているようなものだろ」
みんな、黙っていた。
「どうしたんだよ。たかが名前だろ。怖がることなんて何もない」
「まるで、ヴォルデモートに挑むような物言いだな」
シリウスが言った。ジェームズは彼がすぐに改めたことに満足したらしい。そういえば、とリーマスは思った。シリウスは自分の家系についてあまり話したがらないが、確か純血主義で、ヴォルデモートに忠誠を――
「当たり前だ。僕達の友人が傷つけられたんだからな。敵は討ってやらないと」
サッ、と杖を取り出して構える仕草をする。シリウスはニヤリと笑った。
「さすがジェームズだぜ。僕も同じことを考えてた」
二人を、リーマスとピーターは驚いて見つめていた。ピーターがどもりながら言う。
「で、でも僕達、まだ二年生だよ」
「バカ言え。今すぐに復讐するわけじゃない。僕達にはまだ時間がある。ホグワーツという学校があるんだ。勉強して、強い魔法使いになるための時間がたっぷりあるだろう」
シリウスも杖を出して、弄びながらこともなげに言った。
リーマスは、二人のとんでもない考えに言葉も出なかった。それだけではない。みんな、自分を避けるどころか、敵を討とうとまで思っている。
「思うに、君を噛んだ人狼はきっとフェンリール・グレイバックだろう」
続けて言うシリウスに、リーマスは驚きながらもコクリと頷いた。
「誰だ、そいつ?」
「死喰い人の一人だよ。しかも人狼なんだ」
リーマスが言うと、ジェームズは眉根にしわを寄せた。シリウスも忌々しげに言う。
「あいつは子供を狙う。それで親元から引き離して、魔法使いを憎むように育て上げるんだ」
それは初耳だった。シリウスがこれほどまでに知っているのは、やはり……とは思ったが、リーマスは黙っていた。
自分は、家族と一緒にいる。それがどれだけ恵まれているかに気づいた。それだけではない。こうして、友達がいてくれる。これは、最大の強みだ。
「いつか、絶対に敵をとってやるぞ」
ジェームズが立ち上がり、宣誓する。リーマスには、その姿がとても勇ましく頼もしく見えた。杖を掲げる彼に、シリウスも同調した。同じく杖を掲げて、誓う。ピーターもそれに続いた。
「みんな、僕なんかのために……ありがとう、ありがとう」
泣かないように唇を噛む。すると、やれやれと言った感じでため息が聞こえた。
「おいおいリーマス、君、
呆れた感じでジェームズが肩をすくめる。ピーターがクスクス笑った。
「ジェームズ、どうやらこの小さな狼ちゃんは、まだ分かっていないらしいぜ」
「ちゃんと話しておいたほうがいいな」
「それがいいよ」
「み、みんな何を話してるんだ?」
意味ありげな視線を交わして腰掛けた三人に、リーマスはたずねた。ジェームズ、ピーター、シリウスが順に口を開く。
「僕達、考えたんだ――」
「満月の夜に、リーマスが寂しくないようにって――」
「それで、思いついたんだ。僕達が君の傍にいれる方法を」
「なんだって!?」
さすがに驚いた。みんな、一体なにを企んでいるんだ? 何しろ、この三人のことだ。突拍子もないことに違いない。
なんにせよ、そんな方法があるとは信じがたかった。人狼は一度変身してしまえば、人間のころにあった良心、のようなものは一つのこらず消えてしまう。獣よりも残忍なバケモノになるのだ。
「無理だよ。人狼は人間を襲うんだ。どんなに仲のいい友達だったとしても、狼になってしまえば構わず噛み付いてしまう。殺すかもしれない!」
「だから」
ジェームズがニヤリとする。
「
「簡単なことだ」
シリウスがウインクする。それでも、リーマスはまだ分からなかった。
「どういうこと――?」
「ジェームズ、もったいぶらずに話してやれよ。いつまでたってもキリがないぜ」
「ああ。僕達が考えたのは、三人とも、
シーンと談話室は静まりかえった。リーマスは黙って考えていた。気づけば、笑みがこぼれていた。
「すごいよ。それは。グッドアイディアだ。人狼は人間は襲うけれど、動物は襲わない! むしろ、逃げていくようなものだし――」
「だろう?」
どんなもんだ、とジェームズは胸を張った。
「でも、危険すぎる」
リーマスは慎重に言葉を選びながら言う。
「動物もどきになるのは、立派な魔法使いでさえ難しいってこの間マクゴナガル先生がおっしゃってたし……非合法の動物もどきになるなんて、バレたら校則を破るなんて比べ物にならないくらいの罰があるだろう。それに、人狼と一緒にいるのは人間であれ動物であれ、危険だよ。どうなるか、前例がない」
「前例がないからって、諦めるのか?」
とシリウス。ジェームズがコホンとわざとらしく咳払いした。
「それに、お言葉ですが、ここに変身術の学年トップがいるんですけれどもね――」
「リーマス、もう決めたことなんだよ」
「僕達、頑張るから」
そういう三人の目は、本気だった。
「リーマスなんかのために、じゃない。リーマスといたいからしてることなんだ」
リーマスはとんでもない人達と友達になってしまったなあと、今更ながら思うのだった。同時に、とても嬉しかった。
「それで、動物もどきになる方法は、分かっているのかい?」
リーマスがまさかと思いながら聞く。皆首を横に振った。やはりそこまでは、分からないようだ。
「マ、マクゴナガル先生に聞いてみるのは、どうかな……」
「そりゃいいぜ」
ピーターの言葉にシリウスが答えた。
「先生、教えていただけませんか。実は僕達、動物もどきになろうと思うんですけど」
ジェームズ、リーマスは思わず笑った。ピーターは顔を赤らめた。
「本当は、動物もどきになるには色々厄介な登録をしなくちゃならない。動物もどきの魔法使いを監視するために」
暖炉の前を行ったりきたりしながらジェームズは言う。これは、この間の変身術のレポートを書く時に調べたことなので、リーマスも知っていた。
悪用を防ぐため、何人もの魔法使いが動物に姿を変えようと思わないために、魔法省は動物もどきを厳しく監視している。
「でも、別に僕達は悪用なんてしないだろう? 動物になって悪戯しようとか、考えたことなんてこれっぽっちもない」
「ああ、人間の姿でも充分いろいろしてるんだからな」
この二人が言うと実に信用ならなかったが、リーマスはとりあえず頷いておいた。
「もうすぐクリスマス休暇だ。その時に、家になにか本がないか探してみるよ」
そう言ったリーマスに、シリウスは驚いた顔をした。
「リーマスもその気になってきたんじゃないか、ン?」
「……」
否定はできなかった。
あの孤独で恐ろしい満月の夜が、もしかしたら最高の夜になるかもしれないと思ったら、楽しみで仕方なかったから。
だが、思いのほか動物もどきになるには時間がかかった。まず、手段がわからない。彼らは家からさまざまな本を持って帰って見せ合ったが、どれも曖昧な記述ばかりだった。それでも四人はどんな小さな情報も逃すまいと、資料を読み漁った。
「見ろよ」
ジェームズが声を上げると、三人はすぐに集まった。ジェームズは本を読み上げた。
「魔法史に載っていた。『ギリシャのファルコ・アエスロンは、記録上最古の動物もどきである』!」
「いいぞ!」
シリウスはまた別の本を持っていた。詩集のようだ。
「僕も同じようなものを見つけて借りてきてたんだ。ここに載ってる詩は、たぶんそのファルコのものだぜ。要約すると、彼は空を飛びたいと願ったら隼となって空を自由に翔けた、とある」
「
「ピーター、これはただの詩だ」
うんざりした口調でシリウスが言う。
「で、ピーターは何を持ってきたんだ?」
「ぼ、僕は――『ぺちゃくちゃウサちゃんとぺちゃくちゃ切り株』――」
ジェームズとシリウスは笑ったが、リーマスは真剣な顔でその絵本をピーターから取った。
「リーマス、ベッドで読んでほしいんだったらほかを当たれよ。僕はその話あんまり好きじゃないからな」
「そうじゃない」
リーマスはページをめくりながら言う。
「この話に出てくる魔女は、実際にいたリセット・ド・ラパンがモデルだ」
「それで?」
ジェームズが笑いを押し殺しながら促す。
「彼女は兎の動物もどきだ」
最後のページを見せながらリーマスは言った。切り株から一羽の兎が顔を出している挿絵が描かれていた。
「やるじゃないか、ピーター」
シリウスが言ったが、小バカにしたような物言いだった。だがジェームズはため息をついてドッカと椅子に座った。
「どうした?」
「情報が少なすぎる」
「そんなこと、とっくに気づいてると思ってたけどな」
シリウスが茶化して言うが、ジェームズは笑わなかった。
「禁書の棚の本をこっそり借りれたらな……」
だが、不可能だった。もちろん彼らは夜に図書室に忍び込んで、禁書の棚から本をとった。ところが、本には呪文がかけられていて、持ち出すことも読むこともできなかった。
「いや、まだ手はある」
リーマスがゆっくり言った。三人は彼に注目した。
「曖昧な記述ばかりなのは、みんな過去の出来事だからだ……過去に生きた人に聞けばいいんじゃないかな」
ジェームズはヒューッ、と口笛を吹いた。
「そうか、ゴーストだ!」
ホグワーツには何百人というゴーストがいて、そこら中を徘徊している。一人くらい、動物もどきについて知っていたって不思議はない。
「夕食まで時間がある」
リーマスは時計を見ながら言った。それから、四人はそれぞれゴーストをつかまえに寮を飛び出していった。
だが、そううまくはいかなかった。リーマスはその日、三人のゴーストから話を聞いたが、彼らも動物もどきについてはよく知らないようだった。
諦めて大広間に向かうと、既にピーターとシリウスが席についていた。その表情から、リーマスは彼らもうまくいかなかったことを察した。
「ジェームズは?」
聞くが、二人とも分からない、と肩をすくめるだけだった。
「あいつ、血みどろ男爵にでも聞いてるんじゃないだろうな」
冗談でシリウスが呟いたとき、息せき切ってジェームズがやって来た。手には何か握られている。
「何か分かったのか!?」
待ちきれないという風にシリウスが聞く。ジェームズは髪を自分でクシャクシャにして言った。
「ああ。ビンズ先生に聞いてきた。あの先生、魔法史の勉強って言ったらなんでも教えてくれたぜ――先生のサインももらってきた」
「マジかよ」
シリウスがジェームズの手から羊皮紙の切れ端をひったくって言った。確かに、教授の名前が描いてある。ビンズ先生は、唯一ゴーストの教授だ。
「ん? ゴーストなのにどうやってサインしたんだ? 羽ペンなんて持てるのか?」
「おい、シリウス。何年魔法史の授業受けてるんだ?」
「二年は受けてるけど、授業を聞いたことは一度もないさ」
確かに、彼の授業はひどく退屈なものだ。彼の講義を聞くと、子守唄を聞くよりも早く眠りにつける。
「まあ、いいさ。ビンズ先生は点呼するときにメモを取っているだろう。ビンズ先生が持ってる羽ペンやら紙やらはゴーストが持っていても問題ないんだ、きっと」
言って、彼はリーマスに向き直った。真剣な眼差しだ。
「どれくらいかかるかは分からないけど、待っててくれ。必ず、動物もどきになってみせる」
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