蜘蛛糸の果て (青牛)
しおりを挟む

蜘蛛の子散らされ

 どこか不穏な空気を感じさせる曇り空の下、あるスタジアムで行われていたサッカー大会に参加した小学生たちが駆け回り、競い合っていた。

 しかしながら、その勝敗はもう決まってしまったようなものだった。

 

「愛媛少年サッカー大会決勝戦! 残り時間も僅かとなりましたが、試合は誰もが予想し得なかった一方的な展開となっております!」

 

 実況の声がスタジアムに響く。

 3ー0という試合のスコアは彼の言葉のように、ここまで演じられていた戦いの趨勢を如実に物語っていた。

 もはや残り少ない試合時間に焦りながら、ボールを持った少年たちがこの試合中何度目かになる攻撃に出た。

 

「絶対に一点取るぞ!」

 

 そう叫んだのはエースストライカーを務める9番のFW。

 大会屈指の得点力で仲間たちをこの決勝戦まで導いてきた立役者の一人。

 既に結果は決まってしまったようなものだが、だからといって勝負を諦めるわけにはいかないと彼は叫んだ。

 

「必ずあいつにボールを届けろ! あいつなら絶対決める!」

 

 彼への信頼を示しながらチームメイトに声をかけるのはキャプテンを務める10番のMF。

 的確なサポートでエースストライカーや他のチームメイトたちに地力以上の力を引き出させてきた司令塔だった。

 

「ああ、任せろ!」

 

 その声に応えたのは、キャプテンと並ぶもう一人のMFの8番。

 チーム内でも特にサッカーに熱心な選手の一人で、卓越した技術ももちろんだが、如何なる状況でも冷静沈着な立ち振舞いから精神的主柱として仲間たちに頼りにされている。

 

「どっけぇ!」

 

「チッ」

 

 彼は高い総合力を遺憾なく発揮して、相手の攻撃の司令塔だった女子のMFを抜き去って、FWにボールを託した。

 9番は雄叫びを上げながら、相手のゴールを目指し全速力でピッチを駆け抜ける。

 

「うおぉぉぉ!! すいせい――」

 

「決めろぉ!」

 

「――シュートォ!!」

 

 9番は浮き上がらせたボールを思い切り蹴り、放った。

 ボールは、チームの希望を象徴するように、まさに彗星のような輝く尾を引きながらゴールへ向かって飛んでいく。

 そしてゴール前に控えるキーパーは、シュートを前にしてびくびくとしていて、お世辞にもそれを防ぐ力を持っているようには見えなかった。

 

(行ける……!)

 

 チームの誰もが、負けながらも一矢報いることはできたと信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

「はい、おわり」

 

 ボールが、蜘蛛の巣状の網に絡め取られる瞬間までは。

 粘着室な糸で編まれた網はボールを包んだまま何度か振り回された後、地面に叩きつけられて消えていった。

 後に残ったのは、とっくに勢いなど殺されて地面にめり込んだボールの姿。

 

「……そんな……」

 

 誰かが呻き声を上げた。

 その所業を成し遂げた少年DFを相手に、彼らはこの試合中、パスカットをされ、シュートを止められ、何度ボールを奪われてきたかわからない。

 審判が笛を吹き鳴らし、決着を告げた。

 

『試合終了ーー! 誰がこんな展開を予想したでしょうか! これまで得点王は確実と言われたストライカーが完璧に封じられ、無得点で試合を終えることになるなど!』

 

 実況の声と共に会場の人々が視線と声援を向けたのは、この試合の勝利の立役者となった一人の少年。

 紫色を基調とし、黄緑色の混じる短髪を風で微かに揺らしてフィールドに佇む彼は、会場の興味が自分から離れた頃合いを見計らい、へたり込んで呆然としていたストライカーに手を差し伸べた。

 

「立てる?」

 

「お、おう……」

 

 サッカーをして、常日頃日を浴びながら外を駆け回っているとは思えない白い肌。

 光の反射からか、蜘蛛の巣をイメージさせる模様がうっすらと見えるアメジスト色の瞳。

 ともすれば美少女かと思うような整った顔に見つめられ、9番は人知れず、悔しさも忘れてどぎまぎとしてしまう。

 当の羽取は、それに気づいていないようでなんでもないようにそのまま引っ張り起こしたが。

 

「いい勝負だったねぇ! 君のオフェンス、いつ抜かれちゃうのかって試合中気が気じゃなかったよ」

 

「ああ……ああ……」

 

 (まばゆ)い笑顔でそう語りかけられ、すっかり真っ赤になってしまった9番には受け答えなどとてもできなかった。

 その後も二言三言話しかけられたが、しどろもどろでまともな会話にならない。

 

「いつまでくっちゃべってんの。さっさと帰るわよ」

 

「あ~~~」

 

 やがてやって来たチームメイトの少女に少年が引き摺られて連れ戻されたのが、彼らの別れとなった。

 嵐というには柔らかな春風のような少年に、負けへの悔しさや、少々理不尽だが子どもらしい怒りはどこかへさっぱりと吹き飛ばされてしまった。

 負けたというのに、どこか清々しい気分を感じながら、9番の少年は帰路に着くことになる。

 

 

 

 一方、引き摺られながらチームメイトの元に連れ戻されている少年は、口を尖らせてぼそりと一言呟いた。

 

 

 

「ちょっとは悔しそうにしろよ、つまんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝負というのは、勝者に何か得るものがあって初めて成立するものだと思う。

 勝利に成果があるからこそ、人は戦いを望む。

 

 分かりやすいもので言えば金。何らかの財産。名誉。

 恋愛の絡むお話なら、愛する人の身が賭けられたりもするかもしれない。

 あるいは、強者と競い合い打ち勝つことによる達成感・満足感を求める、勝負そのものが目的の者も居るだろう。

 

 これらは究極的には人それぞれだ。

 ボクの場合は、強いていうならば三つ目に近いだろう。

 とはいえ、それは強い奴と切磋琢磨したいとかそんな高尚な信条ではないし、むしろ低俗な部類に入るのだけども。

 

 なにせ、ボクは他人の屈辱に染まった顔を眺めるのが好きなのだ。

 彼らの勝利まで後一歩というギリギリの戦いを制して、悔しさやら自責やらの()()ぜになった歪んだ表情を見るのが好きだ。屈辱感・敗北感、諸々の忸泥たる思いを抱えながらぎこちない笑顔を向けてくれると最高だ。

 徹底的に邪魔してきたボクに行き場のない激情をぶつけようとして、良心のブレーキがかかりくしゃくしゃになって押し黙る顔が好きだ。もちろんブレーキが効かずに罵倒してくれてもいい。負け犬の遠吠えは生きる上でかけがえのない栄養素だ。

 要するに、勝てば全てが得られると言っても過言ではない。

 

 ……とまあ、つくづくスポーツマンシップとは程遠い不純な信条の下にサッカーをやっていたボクなのだが、何が言いたいのかと言うとだ。

 

「――キミらみたいな、負けて当たり前な雑魚の相手するの、大嫌いなんだよねぇ」

 

 サッカーボールを抱えながら積み上がった不良の山に腰掛け、彼らによく聞こえるように語りかけた。

 

「うう……」

 

「痛ぇよぉ……!」

 

 だが、悲しいことにボクの言葉への返答はなく、彼らは誰に向けるでもないうめき声を漏らすだけだった。

 ジャッジスルー食らったくらいで情けない様見せるなよ……あの帝国学園発祥の歴とした必殺技だぞ。そんなに身も心もひ弱でよくサッカーやってるな。

 

 それはさておき。

 先に言った通り、ボクはこういう三下の歪んだ顔なんて見ていても楽しくない。

 相手の実力もわからずに挑みかかり、無残に返り討ちにされて自信を粉々にされた輩の顔は、それはそれで(おもむき)があるとは思うが、ここ一週間で同様のパターンが続き過ぎて流石に見飽きてしまった。

 そろそろ蹂躙の爽快感より、絡まれる面倒臭さの方に天秤が傾く頃合いだ。

 

「――まっ! ボクは今日、たまたま出会ったキミ達に誘われて、一緒に()()()サッカーした“だけ”だから。誤解されないように、以後は人への口の利き方に気をつけなきゃダメだよ。いいね?」

 

「は、はい……」

 

「返事は?」

 

「あ゙い!!」

 

 本当にわかってるのか疑わしくなるようなか細い返事だったので、背中を軽く踏みつけて圧をかけると、若干汚い声だがちゃんと聞こえる返事が届いてきた。

 ボクは優しいのでさっさと開放してあげたいが、この辺の上下関係は体に叩き込んでおかないと馬鹿はすぐ同じことやるからね。仕方ないね。

 

「じゃっ、約束! もう“二度と見ず知らずの人に喧嘩を売らないこと”。わかった?」

 

「わかりました……!」

 

 差し出した小指に、不良の一人は恐る恐るといった様子で自身のそれを絡めてくる。

 ボクは満面の笑みを浮かべてそれに応えた。

 

「ゆびきりげんまん嘘ついたら針千本飲ーます♪ 指切ったんくろうりいっ!!?」

 

 そして、約束の定番の口上を言い終わろうとしたその時、飛んできたサッカーボールがボクの側頭部にヒットした。

 かなりの勢いがあったボールは頭を思い切り揺さぶり、体がその場にひっくり返る。とても痛い。

 だがボクは知っている。こんなボールを人に向かって容赦なく蹴ることができるのは、一人しか居ない。

 跳ね返ったボールを踏んで押さえた彼女は、髪で隠れている方とは反対の眼から生ゴミを見るような視線を放っていた。

 

 うん。今気づいたが、待ち合わせてた時間をもう二十分も過ぎてる。

 そりゃ怒るわ。

 

「――でもさぁ。ボールでヘッドショットはいくらなんでも、ひどいよ忍ちゃん! お袋にもぶたれたことないのに!」

 

「うっさい。あんたがそんなカスどもとだらだら遊んでんのが悪いんでしょ」

 

 一応行った抗議をとりつく島もなくはね除けたのは小鳥遊(たかなし)(しのぶ)ちゃん。

 ジュニアチームで出会ってからずっと一緒にサッカーをやっている、幼馴染みみたいな子だ。

 

 ボクのような悪趣味な嗜好も持たない彼女にしてみれば、そりゃあこういう連中に付き合うのは本当に時間の無駄でしかない。

 

 これがゲームなら雑魚相手でも最低限の経験値ぐらいは貰えるものだろうが、現実ではそんなもんはない。

 極まった雑魚は、蹂躙してもスカッと爽やか!な爽快感と自己肯定感が多少得られるくらいで、(のち)にためになる経験が手に入ることなんて特にないのだ。

 

 とか考えてる内に、忍ちゃんがそっぽ向いて歩きだしてしまった。

 いかん、拗ねられた。もともと気難しい子だったけど、中学に上がってからキレやすくなっちゃったんだよなぁ……。

 このままお怒り状態の忍ちゃんと、待っている筈の残り二人でサッカーをしたら、ジャッジスルー飛び交い、顔面シュート上等の世紀末サッカーになるのは確実。

 

「ごめんて。ついついはしゃいじゃったんだよ。許して? ねー! 忍ちゃ~~ん!?」

 

 死体(死んでない)の山を駆け下りながら、忍ちゃんの背を追いかけて声をかける。

 彼女は反応すらしてくれないが。うーん冷たい。

 別に世紀末サッカーは嫌いじゃないし、巻き添えになるであろう野郎二人はどうでもいいが、折角忍ちゃんと一緒にサッカーできるのに、彼女が不愉快なのはよろしくない。

 なんとかご機嫌をとらねば……!

 

「そうだ! 最近駅前にできた新しいクレープ屋さん、帰りにあそこ寄ろう! 忍ちゃんの好きなやつ何でも買っちゃうよボク!」

 

 ぴたり。ボクの言葉を聞いた途端、忍ちゃんが急停止した。

 振り返ってこちらを睨みつけてくるが、その瞳には隠しきれない期待が浮かんでいる。

 チョロい。

 ククク…小学校以来の付き合いなんだ。君の好みくらい把握済みよ……!

 

「…………新作三つ。それで今回は許して上げる。次こんなことあったら承知しないからね」

 

「オッケー! じゃあそういうことで」

 

 予想外の三つ要求で財布に思わぬ危機が訪れたが、忍ちゃんがご機嫌直してくれたのでヨシッ!

 今の財布の中身がどの程度だったか確認しながら彼女と歩いていると、ボクらの集合場所である、河川敷のサッカーグラウンドに到着した。

 退屈そうにボールをいじりながら駄弁っている二人の姿が見える。

 

「おーい、たけしー! 比得さーん!」

 

「……ようやくかよ」

 

「随分遅かったんじゃな~い?」

 

 待たされたことへの不満を言葉少なに表明するでかいのは郷院猛。たけしだ。

 もう一人のピエロメイクは比得呂介。比得さんである。

 忍ちゃんとボクが同中なのに対して、二人はそれぞれ学校が違うけど、気が向いた時に声を掛け合って集まり、この河川敷でサッカーをする友人たちだ。

 

「ごめんごめん、なんかまた絡まれちゃってさぁ。なんか最近治安悪くない?」

 

「治安悪いとか絡女チャンが言う?」

 

「お前も中身はあの連中と大差ねえだろ」

 

「なんてこと言うんだ二人とも!」

 

 こいつら……大差がない!? あんな野蛮な猿もどきたちとボクが、大差ないだとぉ!?

 何回か一緒に絡まれてあの連中のことは知ってる筈なのに、心配するどころか同類扱いとはけしからん。

 カラメちゃん(くんでもよし)カワイイしか言えなくしてやろうか。

 

「腐れ具合はアンタの方がヤバイでしょ。馬鹿言ってないでさっさ始めるわよ」

 

「忍ちゃん!?」

 

 口論をしながら、ボールを静かに足下に寄せてこいつらの急所に狙いを定めていたら、隣の忍ちゃんが一番鋭い言葉のナイフを突き刺してきた。何も言い返せない。

 

「じゃ、早速やろっか? とりあえず2対2でもする?」

 

「……そうだね。じゃあまずはボクと忍ちゃん。たけしと比得さんでペアね」

 

「いいんじゃない? ところで、いつも思ってるんだけどなんでオレだけ名字にさん付け――」

 

「食らえジャッジスルー!!」

 

 言い返せなかったので、ジャッジスルーをかましてこのむしゃくしゃを晴らした。

 当然あっちもやり返してきたし、なぜか忍ちゃんもたまにこっちに打ってくるので結局2対2とは名ばかりの、相手の急所をボールで狙う世紀末サッカーとなった。

 

 

 

 

 

「ふー、疲れた。きゅうけーい!」

 

 休みなし、ぶっ続けの一時間の格闘の末、ボクの宣言に口が挟まれることはなかった。

 皆、ぜえぜえという苦しそうな息を返事の代わりに何度も吐き出している。

 仰向けに倒れ込んだ忍ちゃんは、地平線に半分くらい沈んでいる太陽の光に赤く照らされてとても綺麗だ。

 

「はい、忍ちゃんどうぞ~」

 

「ん……」

 

 そして、用意しておいたドリンクを彼女に渡す。

 忍ちゃんはノールックの慣れた手つきで水筒を掴み、上体を起こしてゆっくり飲み始めた。

 それを見て、残る二人も身を起こしてこちらを見つめてくる。

 なんだ。そんなに見つめても、ボクと忍ちゃんの分しか用意してきてないぞ。

 数秒視線を交わらせて、こっちの意図を察したらしい二人がゆっくりと起き上がり、近くにある自販機を目指して歩いていった。

 お前ら、舌打ちしたの聞こえてるぞ。まだ懲りんか。

 

 

 

 ……まあそれはさておきだ。

 一区切り着いたところで、皆に話しておきたいことがある。

 

「ところで話は変わるんだけど。最近さあ、ああいう不良連中やたら増えてきてない? ひどいんだよあいつら。今日だって、ここに来る途中リフティングしながら歩いてただけのボクに突っかかってきてさぁ……問答無用でサッカーバトルに付き合わされたんだよ」

 

「それで遅れたのか……いや、お前ならあの連中瞬殺して来れただろ」

 

「絡んでくる一つ一つは結構別の一団だったりするんだけど、似たような顔に何度も何度も絡まれたらいい加減しつこくて、気晴らしでもしなくちゃやってらんないよ。あーあ、たけしにはわかんないよねー。キミみたいな厳ついのに好き好んで喧嘩売る奴そうそう居ないでしょ。反面、ボクは可愛いから……」

 

「自分で言ってて空しくないのそれ?」

 

「ちっちゃい頃から可愛い可愛いって言われて育ったからねぇ、忍ちゃんの次くらいの自信はあるよ。三人とも褒めてくれないけど」

 

「あー、そういえば。あの制服見たことあったわ」

 

「どしたの比得さん、汗でメイク崩れた?」

 

「崩れるかぁっ! ――じゃなくて、絡女チャンの言う不良のことさ。最近町を彷徨き始めた奴ら、皆同じ制服っしょ?」

 

「そういえばそうかもね。でも、この辺りの制服じゃないよ?」

 

「いやー、オレ覚えてるのよ。こっちに来る前、関東に居たから。多分あいつら……“暴走学園”だわ」

 

「ダサッ」

 

 比得さんの告げた不良たちの正体の、あんまりに単純すぎるネーミングに忍ちゃんが躊躇なく突っ込んだ。

 その名前はボクも聞いたことがある。暴走学園は関東地方に位置する、全国で見ても割と有名な学校だ。広まっているのは、悪名だけど。

 なにせ、あそこは関係者全てが不良だというとんでもない中学校なのである。

 校風は名前の通りで、とても手がつけられないそうだ。

 生徒たちのサボりや喧嘩は当たり前。生徒会長は全校の大乱闘の末に決められるなんて話もある。

 彼らを指導すべき教師たちも大半は凶悪な元ヤンだったり、暴力団の関係者だったりでまともな働きなど期待できる筈もない。

 体罰は当たり前。誰もいない荒れ果てた教室で堂々と酒を飲むのが彼らの日常らしい。

 なんでそんな学校が廃校になっていないのか、どころかフットボールフロンティアに出場できているのか、日本七不思議の一つに数えられているとかいないとか。

 暴走学園は中学サッカー協会とパイプを持っているという噂がまことしやかに囁かれているが……真実は明らかになっていない。

 

 とにかく、連中はとんでもない極悪集団という訳である。

 絡んできた一派の制服の改造が豪快過ぎて頭の中にあった情報と一致しなかったが、以前関東住みだったという比得さんが言うならば確かだろう。

 ただ、そうなると新たな疑問が生まれる。

 

「で、なんでその関東のバカ学校がこんなとこまで来んのよ?」

 

 忍ちゃんの言う通り、いくらなんでもおかし過ぎる。問題ばかり起こすことで界隈では有名な暴走学園だが、列島を横断してまでわざわざ暴れにやってくるなんてまず考えられない。

 ああいう手合いはよく考えずに、とりあえず手近なものに殴りかかるレベルの知性しかないだろう。

 

「修学旅行っていうには、変な時期だしねぇ。ただでさえ、例の宇宙人騒ぎで日本中ピリピリしてるのに」

 

「今のところは、通りすがりの人に因縁つけたり、サッカーバトル仕掛けてきたりって程度だけど、このままパッと帰ることなんてあると思う?」

 

「ねえな」

 

 忍ちゃんの問いに、たけしが端的に答える。彼女も本気で疑問に思っていたわけでもなく、単なる確認に近い。

 時間が、この騒ぎの終息をもたらすことはないだろうというのがボクたちの共通認識だった。

 

「そういえば、暴走学園は他校のサッカー部員にサッカーバトルを吹っ掛けて主力を潰してから、試合を仕掛けるって聞いたことあるよオレ。そんで補欠ばっかりのサッカー部を倒して、その勝利を楯に部室や校舎を落書きしたりなんだりして荒らしていくんだってさ」

 

「俺たち別に“サッカー部”じゃねえけどな」

 

「たけし、話の腰折らない。で……つまり?」

 

要するにあいつら、この辺のどこかの学校にカチコミ仕掛けてくるつもりなのかもね!」

 

 もちろん、ここら一帯全部標的かもしんないけど。

 そう付け加えられた比得さんの結論に、忍ちゃんもたけしも神妙な顔になった。

 もちろんボクも、穏やかじゃ居られない。

 学校を好き勝手荒らされちゃたまったもんじゃないんだから当然だ。

 

「それなら丁度いいじゃない。あいつら、余所から来た癖にでかい面してていい加減目障りだし、纏めて潰して町から蹴り出すわよ」

 

「忍ちゃん怖~。まぁ同感だし、連中を潰すことはそんなに難しくないと思うけど……問題はいつ・どこに来るか、なんだよねぇ」

 

 忍ちゃんの提案に比得さんが賛成しながら、ある問題点を挙げる。

 暴走学園は、悪名こそあれど、純粋なサッカーの実力に関してはある程度のプレイヤーなら難なくぶちのめせるレベルの奴しか居ないと確信できる。

 面倒なのは、奴らの予定などわからず、カチコミしてくるかもしれない学校も複数あることだ。

 

「比得さん。暴走学園のカチコミって、何処かはともかくいつ頃に始まるのかわかる?」

 

「ん? 主力狩りに大体一週間前後くらいかけるから……本番は今から二日後くらいじゃない?」

 

「ふーん……」

 

 比得さんの教えてくれた暴走学園の襲撃の傾向で、ボクには確信ができた。

 

「じゃあ二日後くらいにうちの閑陀田(かんだた)中にあいつらが来ると思うから、たけしと比得さんはその日学校サボってこっち来てくれる?」

 

「「はぁ?」」

 

 当然ながら三人とも、お前は何を言っているんだと言わんばかりの視線をこっちに向けてきた。

 しかし、これは当てずっぽうの勘じゃない。一応ボクにも根拠はある。

 

 

 

 今ボクの脳裏にあったのは、最近妙な勧誘をしてきたモヒカン野郎の姿だった。

 

 

 




羽取絡女
主人公。愛媛県の閑陀田中二年生。
可愛いサッカー美少年。名前に“女”とあるが男である。
勝負して負かした相手の悔しがる様子を眺めるのが大好き。
その性根を前面に出すと周りがうるさくて面倒なので、表面上はスポーツマンシップを気にしたり、人が良さそうに振る舞っている。
人にジャッジスルーを放つことには何の躊躇いもない。
幼馴染みの忍にベタぼれ。

小鳥遊忍
少々気の強いサッカー少女。小学校時代は絡女と一緒のジュニアサッカーチームで、愛媛最強コンビとして有名だった。
小学校二年生くらいからの結構長い付き合いだが、絡女がたまにうざい。

比得呂介
今は別の中学だが、ジュニア時代の絡女たちのチームメイト。
比得さん。

郷院猛
比得と同じく、ジュニア時代の絡女たちのチームメイト。
違う中学ながら絡女たちとは今でもよく集まってサッカーをしている。
たけし。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蜘蛛の巣踏み込み

 愛媛県のとある町に位置する私立中学校・閑陀田中。学業・スポーツ、両者ともに平均より若干優れている、程度の比較的ありふれた中学校だ。

 丁度、誰もが早く終われと願う退屈な授業もようやく一区切りで、誰もが待ち望んだ昼休みを知らせるチャイムが鳴り響いていた。

 我先に食堂へ向かう者。弁当を持ってきた友達同士で、教室の一角に机を集めていく者。

 学校生活での限られた自由時間に皆、思い思いに動き始めていた。

 

「忍ちゃ~ん! お昼一緒に食べよ~~!!」

 

 チャイムと同時に別クラスの教室にまでやってきて、入り口から幼馴染みの少女の名を呼ぶ少年もまた、その一人である。

 名を呼ばれた少女の方は、通常運転の幼馴染みと、それに毎回ざわつく教室の人々につくづく面倒だと思い、隠しもしないため息を吐く。

 

 羽取(はとり)絡女(からめ)

 小鳥遊忍にとって彼は、フィールドでこそ最も信用できる存在だが、同時に腹の底が読めず、面倒くさい幼馴染みだった。

 

 

 

 

 

 風呂敷に包んだオリジナル弁当片手に、忍ちゃんと並んで廊下を歩く。

 その姿を目にした生徒たちのひそひそ話が、耳に届いてくる。

 学校でのボクは、天真爛漫の可愛らしい無邪気ボーイで通っているので、美人だが言動が冷たくて近寄りがたいと若干遠巻きにされてる忍ちゃんとの組み合わせは目立つのだろう。

 ボクらが幼馴染みだと知っている人もそんなに多くないし。

 

「ほんと、アンタは外面取り繕うの上手いわよね」

 

 人気のない校庭の一角で、冷めきった視線を横目でこちらに寄越しながら忍ちゃんはそう呟いた。

 

「えへ! それほどでも~」

 

 実際、ボクはその辺り結構気を遣っている。

 サッカー始めたばかりの頃、勝ったことに箍が外れてはしゃぎ過ぎ、相手をガチ泣きさせちゃったことがあるのだ。

 コーチには長々と説教食らったし、その後も思ってもないことを並べて謝らなくちゃならなくなったりと、なかなか面倒くさいことになったものだ。

 そんなことやってる暇があったらもっとサッカーをやっていたかったので、それ以来は自分の感情を抑え、基本的にはスポーツマンシップに則った行動を意識しているというわけだ。

 もちろん、サッカー以外でも人付き合いはしっかりしている。

 なにせボクは、持ち前の可愛さで大抵の人から初対面で高い好感度を得られるので、それらしく愛想を振り撒けばそのまま好かれて人気者なのだ。

 ただし、相手が最近相手にしている不良みたいな、その場かぎりのお付き合いならばわざわざそんな風に演じてやるつもりはないが。

 

「褒めてないんだけど」

 

「えー。でも、忍ちゃんもボクみたいに周りに愛想振り撒けとは言わないけど、怖がられない程度には意識してみたら? 仲良くなれば、いろいろと“お願い”聞いてくれる人も居るし」

 

「なんで私がバカとザコのご機嫌窺ってニコニコしなくちゃいけないのよ」

 

「うーん、このなんの含みもない純然たる暴言。忍ちゃん歯に衣着せないよねぇ」

 

 言っておいてなんだが、忍ちゃんがボクみたいになろうものなら、悪い虫が寄ってくること待ったなしなので忍ちゃんは今のままでよろしい。

 なんてことを考えているのを察されたのか、忍ちゃんの視線がますます冷たくなった気がした。

 

「ま、まあそれはともかくねえ! 今日のお弁当はどう? おいしい?」

 

「うまいわよ」

 

 ボク特性の焼き肉弁当を黙々と頬張って、忍ちゃんが質問に答えてくれる。

 今日は例の、暴走学園の襲撃予定日なので、奮発して良い牛肉を使った自信作だったのだ。

 ああ、安心した……。

 これでまずいとか言われようものなら、感情を抑えられずたけしと比得さんに研究中のジャッジスルーの改良技“ジャッジスルー2”を試し打ちしていたところだ。

 

「でも、そんなことより、私はアンタに聞きたいことがあったのよ」

 

「うん?」

 

「アンタ、なんで暴走学園が閑陀田中(うち)に来るのがわかるのよ?」

 

 もうはぐらかすことは許さない。はっきり答えてもらう。

 そんな確かな意思が、彼女の言葉に込められていた。

 忍ちゃんの疑問は尤もだし、今までは「まだ秘密♪」なんて言ってきたが、そろそろ言っておくべきか。

 

「忍ちゃん。久しぶりにさぁ、試合したくない?」

 

「はぁ? 何言ってんのアンタ」

 

 忍ちゃんがバカを見る目になった。ひどい。

 まだ話始めたばかりでしょ!

 

「いやね、ボクらはあの大会以来、四人で時々集まって練習してるだけで試合する機会なかったじゃん?」

 

 ボクの言葉に対し、忍ちゃんは否定せずに黙った。

 小学六年生で戦ったあの最後の大会から、ボクらは長いこと試合をしていない。

 なぜと言えば、単純にサッカー部に入っていないのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

 この日本で毎年行われている中学サッカー日本一を決める大会、フットボールフロンティア。

 サッカーをする者ならば誰もが目指す頂点。

 ただこの大会、女子選手の参加が認められていない。

 一般人的に、男女ではどうしてもある程度身体能力の差が出てくる以上、区別しなければならないのでそれ自体は別段おかしなことではない。

 しかし、一応開催されている中学女子サッカーの大会は、そのレベルも、世間の熱狂具合もFFのそれには遠く及ばないもの。

 そもそもうちや近辺の学校のサッカー部は弱小で、出場資格もないのだから尚更だった。

 

 学校だってお金がなくちゃ回らない。その部活が活躍して学校の名を宣伝してくれるという信用がある程度なければ、大会への後押しなどしてくれないのだ。

 

 諸々の事情に早い段階で気づいてしまった忍ちゃんは、やる気をすっかり失ってしまった。

 天才MFとして、チームメイトに自分の命令を完璧に熟すよう求める完璧主義の気があった彼女には、熱意に欠けた、馴れ合い的な雰囲気漂うチームはさぞストレスがたまっただろう。

 ボクはそもそも入部していない。忍ちゃんと一緒じゃなきゃいまいち楽しくないんだよねぇ。

 

「でも、最近ある話が持ちかけられたんだよねー」

 

 それは、暴走学園の連中が町に出没し始めたばかりの頃。

 絡んできたのを返り討ちにした帰り道で、その少年に出会った。

 

『お前が羽取絡女だな?』

 

 話しかけてきたのは、おそらく同い年の、目付きが悪いモヒカン頭。

 なんでも、雷門中と戦うためのチームを作るべく全国からメンバーを集めているそうで、そのメンバーとして勧誘された。

 ついでに言うと、これは本当かどうか怪しいが、チームに加われば更なる力とやらが与えられるらしい。あんまり興味が湧かなかったけど。

 今年の全国大会で日本一に輝いたあの雷門中と戦えるというのにはそそられたが、一人で行くのもなんだし、忍ちゃんたちも入れてもらっていいかと訪ねると、実力テストも兼ねて、与える“力”とやらのデモンストレーションを近いうちにしてくれると教えられた。

 それ以降の接触はなかったが、タイミング的には不自然過ぎる暴走学園の来訪と何らかの関係があると見て間違いないだろう。

 

「ま、そういう訳でさ。これから来る暴走学園をしばくのもそうだけど、一緒にそのチーム行ってみない? またサッカーやろうよ!」

 

 ボクの誘いに、忍ちゃんは少し考えてから、口を開いた。

 

「……アンタ、状況わかってるわよね? 雷門中は今、エイリア学園とかいう宇宙人との戦いの真っ最中って話でしょ。そんなかき集めたチームと草試合やってる暇あると思ってる?」

 

 そう言ってこちらを見つめる目は真剣だ。

 もちろん答えはノー。

 

「ないだろうねー。そもそもあの勧誘、エイリア学園関係者な可能性濃厚だと思うし。でもさぁ……」

 

 それで試合を諦める気は全く起きない。

 

 

 

日本一って言われてて、今まさに全てをかけて宇宙人と戦ってるチームが、宇宙人でもないチームと戦って負けたら、どんな顔するかなぁ?

 

 想像するだけで(たかぶ)りが抑えられず、口角が持ち上がる。

 

 

 

 どんな風に歪むだろうか。テレビに映っていた、優勝を喜ぶ彼らの無邪気な笑顔が。

 

 どんな風に悔しがってくれるだろうか。必死に戦ったのに、必死に宇宙人と戦ってるのに、地球人のチームに負かされて。

 

 どんな目を向けてくれるだろうか。彼らを徹底的に邪魔して、点を奪わせないボクに。

 

 

 

「……それにさ、チームがエイリア学園の下だったとして、それなら今度はエイリア学園と戦えるかもしれないじゃん! そっちも魅力的だよねえ。今のところ、狙われた学校は例外なく試合に負けて、結局校舎を壊されてるって話だし、そんなに強い宇宙人と戦うのも楽しそうだと思わない?」

 

「ふーん……」

 

 ……まあ、ここまで来ると取らぬ狸の皮算用もいいところだが。

 でも、忍ちゃんも十分興味は出てきたらしい。

 

「面白そうじゃない。このままここでだらだらしてても退屈だし、付き合ってあげる」

 

 人を馬鹿にするときの悪い笑顔で、そう言ってくれた。

 

「ありがとう! 忍ちゃんならそう言ってくれると思ってたよ!」

 

「触んな!」

 

「あばんッッ!」

 

 感極まって、忍ちゃんの手を取り固い握手をすると、速攻で振りほどかれてビンタを食らった。

 

 

 

 

 

「――さぁ、そうと決まれば、まずは暴走学園との試合だね! 張り切っていこうか!」

 

「はしゃぎ過ぎよ絡女。うっさい」

 

 頬に季節外れの紅葉を貼り付けて、お昼を食べた場所から出ていくと、何やら学校が騒がしかった。

 時折聞こえてくるのは、悲鳴と怒鳴り声。それに嘲笑。

 

「これは……来たかな?」

 

「来たんでしょ。さっさと潰そうじゃない」

 

 騒ぎの正体を尋ねたボクに即答し、酷薄な笑みを浮かべた忍ちゃんが軽い足取りでサッカーグラウンドへ歩いていく。

 ボクもその後に続いていくと、そこには予想通りの光景が広がっていた。

 

「うぅ……」

 

「ハッハァー! ザコばっかりじゃねえか!」

 

「大人しく棄権しちまうんだったなぁ。後悔してももう遅ぇぞ!」

 

「ヒッ……や、やめて――」

 

「オラッ!」

 

 閑陀田中のサッカーグラウンドは、死屍累々といった有り様。

 うちのサッカー部員がゴロゴロとピッチ中に傷だらけで転がっていて、今はビビり倒していたキーパーに容赦のない顔面シュートが入ったところだった。

 

 突然ぞろぞろと校内に入ってきて、学校を荒らし始めた暴走学園の不良たち。

 それを止めようとしたら試合を要求され、まんまと乗せられて試合の中でぼこぼこにされた。

 経緯としては大体そんなところだろう。

 

 ……あっ、キーパーが倒れた。これでうちのサッカー部全滅だな。

 

「閑陀田中、試合続行不可能。よってぇ! この試合、俺たち暴走学園の勝ちぃ! もう何しても文句は言わせねえ!」

 

 ボリュームたっぷりのリーゼントをした、不良たちの中でも一際体格の良い男が威勢よく叫ぶ。

 

「き、君たち、こんなことしちゃいかん――」

 

「うるせえ先公!」

 

 再び校舎目掛けて動き始めた彼らに思わず口を出した校長も、顔面シュートで黙らせられた。

 

「俺たちを止めたいんならお前らも参加するか!? サッカー部員じゃなくても、飛び入りでもなんでも構わねえぞ!」

 

「ぎゃははは! 部長、結果見えてますよ! 出てくる奴なんて居ないですって」

 

「つーわけで、お前ら閑陀田中は今から俺たちのどれ――」

 

 その宣言が言いきられる前に、風を切ったボールが部長と呼ばれていた男の頬を掠め、後ろに居た不良の顔面に命中した。

 

「……あ?」

 

 どさりと倒れたその音は、静まり返ったサッカーグラウンドではよく聞こえた。

 次いで、この場に居た全員の視線がボールが飛んできた方向、つまりこっちに向いた。

 

「……いや、君たち、ボクがそんなに可愛いからって、そんなに見つめられると照れちゃうよ。忍ちゃんに色目使ったらダメだからね。その場合はお仕置きだよ」

 

「いや何言ってんだ!?」

 

「ナメてんのかテメエ!」

 

 今度は蜂の巣を突いたみたいな大騒ぎになった。

 

「うるさい奴らね」

 

 本当にそう思っている、至極不快そうな表情で忍ちゃんはそう呟いた。

 おもむろに転がっていたボールを持つと、思い切り蹴り飛ばす。

 ボクのシュートよりも勢いよく飛んだそれは、しかし放たれる瞬間を見ていたからか巨大リーゼントにはかわされ、また後ろのしたっぱに命中した。

 

「ぐげっ!」

 

「何しやがる! なんなんだテメエらぁ!」

 

「喧嘩売ってるなら買うぞコラァ!」

 

「こっちゃ暴走学園だぞコノヤロー!」

 

「何って、サッカーでしょ。ボクらがそのサッカー部に代わって君らと戦うから、さっさとポジション着いてくんない?」

 

「はぁ……?」

 

 たった二人で挑むという常識外れ過ぎる宣言に暴走学園も流石に呆けた。

 連中が停止したその間に、周りが恐る恐るながらも、邪魔くさいサッカー部の亡骸(死んでない)を回収してくれた。

 手間が省けて助かる。

 全員運ばれていったぐらいで、ようやく理解したらしい。揃って茹で蛸みたいに顔を真っ赤にして怒鳴り始める。

 

「ナメてんのか!」

 

「泣かすぞ! 女だからって加減すると思うなよ!」

 

「よく見たらチビ、テメエ羽取絡女だな! よくも今までやってくれやがったな! この一週間の俺たちの恨み、今ここで晴らしてやるぜぇ!」

 

 ここ一週間絡んできた連中を返り討ちにしていたボクのことに気づかれたらしく、ますます不良たちの怒りがヒートアップしていく。

 あんまり騒がれると収拾が着かないし、話が進まないんだけど……。

 

「うるせえぞテメエら!」

 

 どうやって試合をさせるかと考えていたら、黙っていたリーゼントが一喝して喚き立てる不良たちを黙らせてくれた。

 

「要するにだ! お前らは俺たちに手も足も出なかったサッカー部の代わりに、俺たちと試合をしたい! そういうことでいいんだな!?」

 

「そうそう。あーでも、ボクら、二人だけじゃないよ。おーい、たけしー。比得さーん」

 

「……ふん」

 

「や~っと出番?」

 

 不良たちのシュートで派手に壊された校門から、敷地に二人が歩いてきて、ボクらの側に立つ。

 人数が半分以上足りないけど、ジュニアチーム復活だ。

 不良たちにはうちの生徒の見分けなんかつかないし、学校側も、この状況で戦ってくれる二人だからいちいちどこの誰かなんて気にしない。

 

「……結局四人ぽっちじゃねえか」

 

「どしたの? ビビった?」

 

「……ッ! どこまでもナメやがってぇ!」

 

 さっさと始めたいので挑発してみると、リーゼントは取り巻きの不良たち全員分よりもでかい怒鳴り声を上げた。

 何やらそれに呼応するように胸元から淡い紫色の光が見えるけど……何だあれ? まあまずは試合か。

 リーゼントが号令をかけ、特に殺気立った十人の不良たちとグラウンドに散ってフォーメーションを組み始める。

 

「俺たちのことをナメ腐りやがった羽取絡女! そして閑陀田(かんだた)中は暴走学園が潰すぅ!!」

 

「……さぁ、久しぶりの試合だ。ちょっと張り切っていこうか」

 

 あちらの暴走イレブンに対し、ボクたちはたった四人。

 とはいえ、負ける気は微塵もしない。

 ボクの頭にあったのは、この後のことと、彼らがどれだけ歪んだ表情を見せてくれるかだけだった。

 

 

 

 

 

 今にも戦いの火蓋が切られそうなその様子を眺めながら、モヒカンの少年――不動(ふどう)明王(あきお)は愉快そうに口角を上げる。

 この町にやって来た暴走学園とその横暴は全てこの少年の差し金であった。

 現在巷を騒がせるエイリア学園、その傘下組織の“真・帝国学園”に身を置いている不動は、上司である影山に従い、雷門イレブンと戦うメンバー探しをしているのだ。

 愛媛までやって来たのも、影山が所在を掴んだというある選手を捜し出し、勧誘するためだった。

 

 かつて影山から帝国学園に勧誘されながらその誘いを断り、大会から離れることを告げて本当にぱったりとサッカー界隈から姿を消してしまっていた天才DF。

 不動は捜索のために影山が掌握している暴走学園を動かさせ、この町で暴れさせた。

 

 そうすると目当ての人物はすぐに見つかったが、残る問題は、一年以上実戦から離れていた彼に雷門中相手に通用する実力があるかどうか。

 敵は仮にも日本一に輝いたイナズマイレブン。多少腕がある程度の選手では意味がない。

 そこで、不動は暴走学園をそのまま彼にぶつけることにしたのである。

 後は結果を見るだけだ。

 

「お手並み拝見させてもらうぜ。“フィールドの毒蜘蛛”クン」

 

 不動が呟いたのと、キックオフはほぼ同時だった。

 




 羽取絡女
負かした相手にNDKするのが大好きな天才DF。ゲーム等でもそれをやって度々忍とのリアルファイトに発展している。
欲望に正直である。

 暴走学園
原作においては関東地区予選で校名だけの登場。
今作では勝手に治安最悪の不良学校になり、影山の配下にされた。
影山による情報統制のおかげで騒ぎは世間に出ず、潰されずに済んでおり、その代わりに邪魔者の排除等の工作を請け負っている。
サッカー部の部長が学校の番長。

リーゼント:本名 利善俊夫(りぜんとしお)
暴走学園サッカー部部長。ボリュームたっぷりのリーゼントを誇りにしている。
道行く人に自慢しては、彼の望む通りに受け答えできなかった者に理不尽なサッカーバトルを仕掛ける極悪サッカーヤンキー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スパイダーズVS暴走学園

メリークリスマス!(遅すぎる)


 先ほどのサッカー部の試合に引き続き審判を引き受けてくれた用務員さんが笛を鳴らす。

 試合はボクたち閑陀田中チームのキックオフから幕を開けた。

 

「じゃ、忍ちゃん。いってらっしゃ~い」

 

「アンタこそ、あいつら通すんじゃないわよ」

 

 そう言い残して、忍ちゃんは比得さんと並び、その後ろにたけしが続く形で敵陣に攻め込んでいった。

 今回は人数が少ないので、DFのたけしにもオフェンスに回ってもらい、ボクがディフェンスに専念することを予め話していた。

 一方、果敢に進む三人を、相対する暴走イレブンは侮り切っていた。

 全員最初についた位置からほぼ動かず、忍ちゃんたちの進路上の者だけがノロノロと動き始める。

 三人とも、特に忍ちゃんは、ナメられるのが大嫌いなので最高の悪手である。

 

「そんなんで止められるわけないでしょ!」

 

「なんだと!?」

 

 急加速で前衛の脇をすり抜けて、忍ちゃんはずんずん敵陣に切り込んでいく。

 あまりにもあっさりと抜かれたのを見て、ナメプしてる場合じゃないと流石に気づいたらしい他の面子がカバーに動くが、あまり意味はなかった。

 

「キラースライド!」

 

「ハン」

 

 マシンガンのように繰り出されるスライディングを、忍ちゃんは嘲るように笑いながらかわした。

 そして続く暴走イレブンのディフェンスを向き、不意に相手にボールを差し出した。

 目の前の相手へ、味方にパスするように優しくボールを相手に蹴る。

 思わずトラップしてしまった相手だったが、その意図を理解して顔を青くした。

 だがもう遅い。

 

「“ジャッジスルー”!」

 

「げはぁっ……!」

 

 力一杯の蹴りでボールを思い切り腹に押し込まれ、不良が弾かれるように吹き飛んだ。

 流石忍ちゃん、常日頃ボクらにも気軽にぶっぱなしてる必殺技なだけあって、慣れた動きだ。

 この技は帝国発祥なのだが、シンプルな使いやすいモーションのため、ラフプレーを気にしないチームとかは結構採用していたりする。

 極論、最低限のサッカー技術さえあれば力業でも行えるお手軽必殺技の一つなのだが、それを行うに当たっての迷いのなく滑らかな動きから、彼女の技術が洗練された高レベルなものなのは連中にもよくわかったことだろう。

 ここまで同じようなことを相手にやってきていたであろう彼らも、まさかそれがそっくり返ってくるとは思っておらず、その容赦のない一撃に息を呑んでいた。

 

「どうしたのよ。まだ試合は始まったばかりでしょ?」

 

「このアマ……!」

 

「怯むな、囲んで確実に止めろ!」

 

 リーゼントの号令により、さらに数人が忍ちゃん目掛けて動き出す。

 もしこれが通常の11対11の試合だったなら、守備に間隙ができてしまうような危うい動きだが、この人数差なら問題ないと判断しているのだろう。

 しかし残念ながら、これだけやっても問題が残っている。

 

「“イリュージョンボール”!」

 

「増えた!?」

 

「バカ野郎、ボールに気ぃ散らすな!」

 

 結局彼女を止めることができないという、致命的な大問題が。

 思い切り踏みつけられて三つに分裂したボールが、クルクルと高速で宙を舞う。

 忍ちゃんに詰め寄っていっていたディフェンスはリーゼントの怒鳴り声も虚しく、全員がそれに惑わされたその隙にこれまたあっさりと抜き去られていった。

 

 あれも帝国学園の必殺技である。

 最近だと、某天才ゲームメーカーくんが使っている印象が強いドリブル技だ。

 習得するには若干センスが要るので、他校での使用率はあまり高くないがその分、習得が容易なもののモラル的な意味で色々危ない“ジャッジスルー”に比べて見栄えも良くて使い勝手がいい。

 

 必殺技のことはさておき、こうして忍ちゃんはたった一人でペナルティエリアに辿り着いた。

 それに対し、暴走イレブンの中でも細身だが背丈のあるGKが身構える。

 

「点はやらねえ!」

 

「アンタのやるやらないなんて関係ない。私たちが取るのよ! ――比得!」

 

「はいはーい!」

 

 忍ちゃんとGKとの一対一かと思われたそこに、軽快な足取りで比得さんが滑り込んできた。

 暴走イレブンが中央突破する忍ちゃんに手を焼いている間に、サイドから走ってきていたのだ。

 二人はボールと共に飛び上がり、ゴールに狙いを定める。

 そして、目にも留まらぬ速さの蹴りを何度も何度も打ち込んだ。

 帝国学園伝統の必殺シュートの一つ、“百烈ショット”の強化バージョン。

 

「“二百烈”――」

 

 

 

「――“ショット”!!」

 

 通常一人でおよそ百回の蹴りをボールに打ち込み、蹴り百発の威力が込められたボールを放つ“百烈ショット”。

 その行程を二人で行うことで、威力は単純に二倍だ。

 勢いよく飛んでくるそのボールに、暴走イレブンのGKは受けて立つ気満々らしい。

 腰を落とし、両腕を引いてボールを待ち受ける。

 やがてボールが眼前まで迫った時、掌を前に向けた両腕を弾かれるように突き出した。

 

「暴走学園の不良の力、見せてやる! ウオォォ、“つっぱり乱舞”!!」

 

 

 

――それは相撲では?

 

 そんなツッコミを置き去りにする張り手の乱れ打ちが、飛来したボールに激しく打ち込まれる。

 しかし、その拮抗は僅かな時間しか続かなかった。

 ボールがつっぱりをすり抜けて顔面に突き刺さり、勢いのままGKごとゴールネットに飛び込んだのである。

 

 早速一点目だ。

 

「いいぞー忍ちゃ~ん! カッコいいよーー!」

 

「絡女ちゃん俺は!? 俺もシュート打ったよ!?」

 

「あ、比得さんお疲れ」

 

「雑っ!」

 

「アホなことやってんじゃないわよアンタたち」

 

「まだ一点目だろ」

 

 比得さんと戯れていると忍ちゃんの冷めた視線と、今回で見せ場のなかったたけしからの正論をもらった。

 忍ちゃん、褒めても顔色一つ変えてくれないんだよなぁ。たまには照れ顔くらい見せてくれていいのに。

 でもこれが試合開始直後なのも事実だし、仕方ないか。

 忍ちゃんたちには後十五点くらい取ってもらうとして……

 

 ボクはあっちのオフェンスを完封しなければ。

 

 

 

 暴走学園のボールとなって試合が再開される。

 

「先制点くらいで調子乗るんじゃねーぞコラー!」

 

「すぐに倍にして返してやるぞコラー!」

 

「ザルディフェンスしてんじゃねえぞコラー!」

 

 試合に出ている者以外の、観戦している不良たちの応援なんだか野次なんだかわからない声援が非常にうるさい。

 そんなギャーギャーと喧しい外野を他所に、再びボールが動き出す。

 

「行け!」

 

 フォーメーションの中程に立つリーゼントの命令に従い、前衛のFWが周囲に他のメンバーも引き連れながら、力強いドリブルでぐんぐんこちらへ切り込んでくる。

 GKの居ないボクたちの場合、抜かれたらその時点で点を奪われることがほぼ確定なので、ちょっとしたミスも即失点に繋がる鬼難易度の状況だ。

 そんなことはお構いなしに、ボク以外の三人はオフェンスに目もくれずに走り去っていったが。

 これで彼らとゴールの間に居るのはボク一人だ。

 

「あ゙ぁ゙!?」

 

 あちらはてっきり、ボクたちが全員で全力のディフェンスを仕掛けてくるとばかり思っていたらしく、なかなか驚いてくれている。

 というよりキレている。まあ始めからとっくにキレてるから、今ここでさらにキレさせたところで特になにもないが。

 

「たかが一人で止められるかよォ!」

 

「サッカーはチームスポーツだぜェ!?」

 

「できることなんざ知れてらァ!」

 

 確かに、サッカーは一人でやるものじゃない。

 たとえ一人が多少上手くても複数人で挑めば、パスを回したりスクリーンを仕掛けたり、様々な手を打って相手を突破することができるだろう。

 しかし、しかしだ。

 

「“くもの糸”――」

 

 彼らは今まで町を彷徨いていた連中から聞いていないのだろうか。

 

「――“V2”!」

 

「うおっ!?」

 

「動けねえ!」

 

 自分たちがどんな風に蹂躙されていたのかを。

 

 フィールドを手の平で打ち、その点を中心に放射状に一瞬で広がった蜘蛛の巣の糸が、ボールを持っていた選手やその周囲のチームメイトの足を捕らえた。

 

「はい、たけしパース」

 

 糸に足を絡め取られてその場から一歩も動けなくなった不良たちから悠々とボールを奪い、丁度いい位置にいたたけしに渡した。そしてたけしは忍ちゃんに回す。

 そうしてボールはすぐにこっちの得点に変わって、暴走イレブンとの点差をさらに開いた。

 ここでようやく糸から逃れられた不良たちが、呆然とした面持ちでこちらを振り向いていた。

 

「てめえ、今のは伊賀島の……」

 

「へー、知ってるんだ。便利そうだから覚えてみたんだよねー」

 

 いつも大会中に問題を起こして、試合の勝敗とは別件で一回戦落ちして大会から消える暴走学園とはいえ、キャプテンともなればサッカーにもそれなりの知識があるみたいだ。

 リーゼントはこの技の本家を知っていたらしい。

 彼の言う通り、あれは“戦国伊賀島中”で使われている必殺技だ。

 忍者の末裔の指導で鍛えあげた肉体と、伝授された秘伝の忍術を生かしてサッカーをする近畿地方の強豪。

 面識はないが、ある時に見た試合の映像で彼らの使っていた必殺技が気に入ったので、独学で少しアレンジして使っているのだ。

 

 この技は一人で、その場ですぐに使え、広範囲をカバーできる。そのため複数人纏めてこともできるのでなかなか使い勝手がいいブロック技なのだ。

 弱点としては、広がっていく蜘蛛の巣を上回るスピードで素早く射程圏から脱出するか、そもそも飛んでかわしてしまうなどの逃れる術が幾つかあるが、一度捕らえればまず逃げられず、弱点を無視できるレベルで強力だと言っていい。

 流石は忍者学校の秘伝忍術と言ったところだろう。

 本家から怒られそうだが、まあその時はその時だ。使うなと言われて従うつもりは毛程もないけど。

 

「さっ。一人でやるディフェンスの限界、教えてくれるんでしょ? さっさと次いこっか」

 

「……っ」

 

 さっきまで威勢よく喚いていたのが静まり返っていたので、もう一度怒りで気合いを入れ直してくれればと挑発してみたが、期待通りの反応は生まれず、聞こえてきたのは誰かの息を呑む音。

 今度はすっかり精細を欠いたドリブルで、必殺技を使うまでもなくあっさりボールを取れてしまった。

 奪ったそれを得点に変えるべく、走る忍ちゃんの下へ届ける。

 彼女はゴール目掛けて走り、シュート体勢に入ろうとしたがその先は先程と同じようにはいかなかった。

 

「させるかよ!」

 

「あ゙ぁ゙!?」

 

 胸元から紫色の光を迸らせたリーゼントが急接近し、目を見張るような速さでボールを奪い返したのだ。

 忍ちゃんがドスの利いた声をあげる。ただぶちキレたように見えるけど、あれはしてやられた苛立ちと、驚きとの半分半分くらいの声色だ。よく聞いてるからわかる。

 

「ははは! まぐれは何度も続かねえってことを教えてやらァ!」

 

 ドリブルしながらこちらへ向かってくるリーゼントは、不自然な程に速かった。

 風を切って走る様は、リーゼントが他の者とは桁違いの凄まじいスピードを発揮していることを如実に語っている。

 やっぱりおかしい。

 暴走学園は暴力的な面でこそ有名だが、肝心のサッカーの実力はと言えば、帝国と違って別段優れている訳じゃない。

 修行を積んでいる伊賀島中の選手みたいな速さで動ける選手が居るとは考え難い。

 忍ちゃんも、他の不良たちより多少強いだけの想定で居たから意表を突かれたんだろう。

 

「――忍ちゃんから取るなんて運がいいね! そのペンダント、ラッキーアイテムか何か?」

 

「答える必要はねえな!」

 

 さっきからちょいちょい光ってて怪しいペンダントについて聞いてみたが、まあ取りつく島もない。

 万が一本当に何の変哲もないペンダントでも、予想通り何か秘密があったとしても、どっちにしても答えが得られる訳ないか。

 試合で勝って、奪い取るでもして調べるしかない。

 

「“ライアーショット”!」

 

 そんなことを考えている間に眼前まで迫ってきたリーゼントは、ゴールとの間にいるボクを見えていないかのようにそのままシュート体勢をとった。

 ボクをすり抜けさえできれば、GKのいない閑陀田ゴールにシュートは入れられる。そこを狙っての行動か。

 そう思って身構えるが、すぐに奴の狙いがゴールでないことがわかった。

 

 リーゼントは、直前まで思い切り蹴るようにしながら、柔らかくボールを上に打ち上げたのだ。

 空中――丁度ボクの真上で――描く放物線の頂点に到達して一瞬止まったそれに、追って跳び上がっていたリーゼントが蹴りを叩き込む。

 相手が跳び上がってシュートを打つだけならば、こっちも跳んでそれを止めればいいが、シュートを打つのが真上となると、ただ跳ぶだけでは突っ込んでしまう。それではファウルになりかねない。

 かといって、位置を動いてから跳ぶ、なんて悠長なことをする暇もない。

 

「“ダイナマイトシュート”!」

 

 カチリ、と何かが作動するような音がキック音とともに響き、ボールが放たれた。

 

 

 

 

 

 時計が秒針を刻むような、カチカチという音を鳴らしながら、ボールがゴールへ飛んでいく。

 “ダイナマイトシュート”。それは、リーゼント――暴走イレブンキャプテン・利善俊夫(りぜんとしお)――の得意技だ。

 ボールを見た目からはわからない、何かにぶつかった瞬間に大爆発を起こすことで相手の守備を粉砕する爆弾に変える恐るべきシュートである。

 

 強力な反面、受け止める相手に対して非常に危険なシュートでもあり、彼が元々の普通のサッカー部に居られずに暴走学園に流れ着いた所以だ。

 実際に何度かこの必殺技で怪我人を出しながらも使うことをやめなかったために、彼はかつてのサッカー部を追放されたのだから。

 しかし――

 

 たとえ相手に怪我をさせようと、点を取れば、勝てばいい。弱いのが悪いのだ。

 

 ――彼の中のその信条は今でも変わっておらず、弱い癖に楽しそうにサッカーをする者たちへの歪んだ憎悪とともに彼を突き動かしている。

 彼は何度も見てきた。

 相手のGKやDF、選手たちが自らのシュートに手も足も出ず、ボロボロになっていく様を。

 

 今回など、何を血迷ったのかたった四人で自分に挑んできた弱者たちが相手だ。

 手下たちが少々してやられたものの、元々の強さに加え、()から新たな力を授かった自分の敵ではない。

 

 故に俊夫は、ボールを追っていった生意気なチビが、爆発に巻き込まれて倒れることを信じて疑っていなかった。

 ゴール手前で鳴り響く爆音。広がる爆炎と煙。それらに飲まれて消えていった少年。

 煙が晴れた先にある無様な姿を見物してやろうと、俊夫は爆心地へ歩み寄っていったが、その期待は呆気なく裏切られる。

 

 煙の中から飛び出してきたボールが頬を掠めながら忍の下へ飛んでいき、そのままシュートされて点を奪われたからだ。

 

「は?」

 

 手下たちがいいようにやられていた時もあった余裕や自信は、今大きく揺るがされていた。

 そして、ボールが飛び出したのを切っ掛けにして晴れてきた煙の中から出てきた絡女には、汚れはあれど、傷の一つもついていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




羽取絡女
戦国伊賀島中の必殺技を過去の試合映像から独学で研究してパクった。
“くもの糸”は便利で大分気に入っている。

暴走イレブンGK:本名 突梁梁己(つきはりやんき)
元々は相撲部を志していたが、少食で相撲取りの体作りについていけず挫折し、サッカーに転向した。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蜘蛛の毒

明けましておめでとうございます。


「バカなっ! 俺の“ダイナマイトシュート”を……無傷で止めただと!?」

 

 俊夫は落ち着きなく、そしてその動揺を隠そうとするように大声を上げた。

 彼には、また点を取られたことよりも自分の自慢の必殺シュートを止められたことのほうが重要らしい。

 

「うげぇ、大分汚れちゃった……」

 

 当の、俊夫の想定ではシュートを受けてボロボロになっている筈だった絡女は、うろたえる俊夫になど目もくれず、舞い上がった土で汚れた服をはたいていたが。

 

「ありえねぇ……ありえねえっ! てめえ、どうやって俺の“ダイナマイトシュート”を……」

 

「わざわざ説明してあげる時間も義理もないでしょ。ほら、さっさと戻って。またそっちボールだよ」

 

「このっ……!」

 

 俊夫は居ても立ってもいられずに問い詰めるが、対する絡女の態度は、それをまともに相手にしない飄々としたもの。

 それが、絶対的な自信を打ち崩された俊夫の神経を逆撫する。

 俊夫は衝動に従い、全生徒全不良の暴走学園らしい短期さで拳を振るいそうになったが、総動員された理性がなんとか押し留めた。

 流石のサッカーでも、むしろサッカーだからこそ、拳を使えば“ジャッジスルー”と違い言い逃れのできない反則となる。

 

「マグレは何度も続かねえぞ!」

 

 屈辱と怒りを呑み込んで踏みとどまり、苦し紛れの捨て台詞を吐いて自陣へ戻ろうとした俊夫は、その瞬間に異様な悪寒を感じて振り返った。

 後ろに居た絡女はニコニコと笑顔を見せるばかりで、その正体はわからなかったが。

 

 そして、再びの試合再開。

 暴走イレブンは、俊夫も含めて一も二もなく駆け出していた。

 勝たなければ、負けようものなら、総帥とその使いに自分たちなどあっさりと見捨てられてしまうだろう。

 負けることは許されず、彼らが生き残るにはなんとしても点を奪い返すしかなかった。

 

 負けを恐れる一心からか、彼らは閑陀田中チームの動きに少しずつ食らいつけるようになっていった。

 忍たちにシュートを放たれればまず止められないが、なんとかその前にボールを掠め取ることができるパターンが生まれるようになったのだ。

 忍たちはとにかく忌々しげにして彼らを容赦なく蹴散らすが、ここは人数の差がようやく働き始めたといったところか。

 大人数が絶え間なく襲ってくるというのは、如何に忍たちが優れたプレイヤーといえど、常に完璧に捌ける状況ではないのだ。

 

 とはいえ、その死に物狂いの守備を蹴散らして点を奪うパターンの方が攻防の九割近くを占めていて彼女たちの有利は欠片も揺るがない。

 人数という条件が同じならば、そもそもそんなマグレさえ起こらない程圧倒的で一方的な展開だっただろうが、彼女たちに“たられば”は意味がない。

 見下していた雑魚たちとの勝負で、一度でも出し抜かれたという結果が、ひたすらに彼女たちのプライドを傷つけていた。

 

 ただ、彼女たちのオフェンスが失敗するということは、相手のオフェンスが始まり、自チームが守備に回る番だということだ。

 しかし、暴走イレブンが自分たちと閑陀田ゴールとの間に立ちはだかる少年を抜き去ることが叶うことは一度たりともなかった。

 彼らのオフェンスは絡女に確実に防がれ、特に俊夫は徹底的にマークされたのだ。

 絡女が俊夫との距離を空けたのを隙と見てパスを出せば、その距離を一瞬で詰める瞬発力を見せつけられながらパスカットされ、すぐさま失点に繋がる。

 かといって、俊夫抜きのメンバーでも絡女のディフェンスを抜くことができる筈もない。

 そうしてなす術なく点差は開いていき、無得点の暴走イレブンに対して閑陀田チームが十六点もの点差をつけた状態で前半が終わることになった。

 

 

 

 

 

 0-16という絶望的点差をつけられて、暴走学園側のベンチはほぼほぼお通夜ムードになっていた。

 こっちに来た直後のヒャッハーっぷりはどこへやら。頭であるリーゼントこそ、屈辱を晴らすという空元気に近い執念からまだやる気が見えるものの、他の連中の闘志は悲しくなるほど弱々しい。

 

「ムカつく、あの糞雑魚ども! 雑魚は雑魚らしく蹴散らされてりゃいいってのに!」

 

「忍ちゃ~ん、女の子があんまり汚い言葉使っちゃだめだよ~」

 

「うるさい! 私はあんな雑魚連中に手こずってられないのよ……!」

 

 こっちのベンチでは、向こうのお通夜ムードなど眼中に入っていない忍ちゃんがキレ散らかしてるけど。

 一応ボクら勝ってるのにねぇ……止められたのだってほぼほぼマグレだし、実力差は歴然だ。そんなこと言っても火に油だから言わないけど。

 たけしや比得さんも大体同じようなこと考えてるとはいえ、忍ちゃんの怒り具合は少し過剰な気さえした。

 そんなにリーゼントや他の三下からボールを取られたのが気に食わないのだろうか。自分自身への憤りにしても、向こうが忍ちゃんを止めたのなんて最初のを除けば複数人によるごり押しやファウルになった強引なプレイばかりだし、そこまで気にしなくていいと思うのだけれど。

 単純な屈辱や連中への敵意以外にも何かありそうな気はしたが、漠然とした直感のみで今追及するのは躊躇われた。

 

「まーまー忍ちゃん落ち着いて。そんで絡女ちゃん、もうOK?」

 

 考えている間に、忍ちゃんのことを宥めながら比得さんがこっちに目を向けてきた。

 意図はよく分かる。ジュニアチームの時から、()()がボクの十八番(おはこ)だったのだから。

 ボクは比得さんの問いに頷いて、口を開いた。

 

「オッケー。忍ちゃん、そろそろ話聞いてね~。向こうの動き方、大体わかったから」

 

 そう言えば、忍ちゃんも渋々とながらも、一旦聞く姿勢になってくれた。

 いつもよりお怒りだからちょっと心配してしてたけど、キレながらもちゃんとその辺りは冷静だった。

 よかったよかった。

 

 

 

 

 

 ハーフタイムを終えて始まった後半戦。

 試合は、点差は圧倒的ながらも終了間際まで暴走イレブンが抵抗をしていた前半と打って変わり、もはや僅かな抵抗も、一矢報いることも許さないといった具合に一方的な展開を見せていた。

 暴走イレブンは五秒以上ボールを持つことができず瞬く間に奪われ、人数に任せたディフェンスもするするとかわされ、すり抜けられる。

 触れることすら叶わない、文字通り手も足もでない状態となっていたのである。

 

「どうなってやがる!?」

 

 ここまでボールに触れさせてさえ貰えなくなった俊夫が困惑して声を上げる。

 幾ら、散々彼らの実力を見せつけられた暴走イレブンとはいえ、流石に信じがたい事態だった。

 何かをしようとしたその瞬間に、ボールが奪われる。

 進撃を防ごうと進路に飛び出した瞬間に、入れ違うようにして脇をすり抜けられる。

 あらゆる動きが読まれているかのようだった。

 

 それどころか、後半開始数分後には彼らがまるで初心者にでも戻ってしまったかのようにミスが頻発するようになっていったのである。

 暴走イレブンは完全に翻弄され、絡め取られた巣の上で弄ばれていた。

 

「性格が悪ぃな」

 

 不動はその光景を眺め、ニヤリと口を歪めて呟いた。

 その試合展開は、影山から聞いていた通りのものだったからだ。

 この展開の黒幕である、ニタニタと口が持ち上がろうとするのを今まさに堪えている少年へ目を向ける。

 

 羽取絡女。彼について影山が注目していたのは、純粋なDFとしてのスキルだけではない。

 選手が人間である以上、どれだけ無駄を削ぎ落とした効率的な動きを目指そうとしても、何らかの癖が出る。

 その癖を見つけ、相手の行動を限りなく正確に予測することができる観察眼を絡女は備えていた。

 更に彼は予測のみに留まらず、その観察眼を磨くことで、相手の“調子の崩し方”というものを見抜けるようになったのである。

 

 自分自身でも不思議なくらいに体が自由自在に動き、素晴らしいプレーができる。

 人は、そんなある種の全能感をもたらすような体験をすることが稀にあるが、絡女はその逆の事象を狙って起こすのだ。

 

 相手にしたい動きをさせない。

 

 絶対に、気持ちのいいプレーをさせない。

 

 言ってみれば単純で、しかし誰もが「それができれば苦労はしない」と言うであろうそれを、絡女の観察眼は可能にする。

 そして何をしても上手くいかないとなれば、大抵の選手はどうしても落ち込むものだ。

 気持ちが沈めばプレーへの意識も散漫となり、新たに隙ができる。

 絡女は容赦なくその隙も突き、選手は益々プレーに集中ができなくなる。

 

 痛めつけるラフプレーなど必要ない。安っぽい挑発で冷静さを奪う必要もない。

 ただ当たり前にサッカーをするだけで、相手を蝕む毒を仕込む。

 それこそが、絡女が“フィールドの毒蜘蛛”と恐れられた所以だった。

 

 

 

 

 

 ……そろそろ皆、自信も自尊心も折れきったかな?

 リーゼントを除いた全ての暴走学園の選手のプレーは前半とは比べ物にならない程鈍く、投げ遣りなものとなっていて、もう試合は点差としても、チームの心としても決したと言っていいだろう。

 

 指揮を執ってくれた忍ちゃんの仕事には脱帽だ。最後の試合から全く(なま)ったりしていなかった。

 十一人全員の動きを読むまではいいが、ボク一人じゃあ一人一人と対決して心を折るなんてことしていられない。

 そこで、司令塔として広い視野を持つ忍ちゃんにボクの見た情報を託し、それに合った動きを比得さんとたけしへ指示してもらうことで、効率的に向こうのメンタルを削っていったのだ。

 

 彼らのもう何をしても駄目、自分は駄目なんだって自信喪失した表情。これを見ながらなら多分ご飯三杯はいけるね、うん。

 よっぽどの精神的主柱が向こうに居たりでもすれば、これの効きはちょっと悪くなったりするんだけど、まあ暴走学園なんぞに居るわけもない。

 

 試合終了間近で0-25という絶望的な状況で、立ち止まったり、座り込む奴まで現れだした暴走イレブンだけど、唯一リーゼントだけが、最後の意地だけで動き続けている。

 それもいい。心が折れた姿は中々良いけど、なるべく最後まで抗ってくれた方が、叩き潰した時の快感、悔しがる所を眺める感動もひとしおだから。

 

 ただ試合するだけじゃつまらなかっただろうけど、楽しませてくれたお礼だ。

 

「打ってきなよ。最後にもう一回勝負しよう?」

 

 後半中に全くボールに触れられていなかったリーゼントにボールを蹴って、ボクはそう笑いかけた。

 

「……! 後悔すんなよ!」

 

 リーゼントの割にまだ心折れないし、これにも乗ってきてくれる辺り、グレなければ結構いい選手だったんじゃなかろうか。

 経歴知らないし、興味もわかないけど。

 

「“ダイナマイト”――」

 

 忍ちゃんが“負けたら殺す”って感じの物騒な目で見ている中で、リーゼントは打ち上げたボールをオーバーヘッドでゴールへ向けて打ち下ろした。

 

「――“シュート”ォ!!」

 

 カチリという、タイマーにスイッチを入れたような音と共に、さっきと同じようにボールが飛んできた。

 万が一がないように、しっかり叩き潰せるように。

 腰に持ってきた掌に丁寧に“気”を集めて、振りかぶると同時に解き放つ。

 

「“スパイダーネット”!!!」

 

 空中に広がった幾つもの蜘蛛の巣状の網が、一斉にボールを何重にもして包み込んだ。

 同時にボン、とボールが爆ぜて糸が散り、爆風が広がるが、空中で起こったそれは土埃を巻き上げたくらいで周囲はもちろん、ボクにも何の被害も与えることはなかった。

 同時に、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。

 

「……っ!」

 

 ああ……その顔が見たかった。

 歯を食い縛って、その口を振るわせて、でも睨み付けて頑張って敵意を示すそのちぐはぐな表情、とても良い。

 端的に言うと興奮する。十分くらい眺めていたい。

 けど、そういう訳にはいかないみたいだ。

 

 パトカーのサイレンが聞こえてくる。

 まあ常識的に考えて、中学校に不良集団が乗り込んで暴れてるとか通報ものだよね。

 近所の人が通報したのか、あるいは……。

 試合に出ていた十一人が戦意喪失するのをまざまざと見せつけられて放心状態だった暴走学園の不良たちは、サイレンを聞いて我に返り、逃げようと慌て出したが、そこに到着した警官とかち合って揉み合いになっていた。

 校門からは出られないと見た不良が校舎側に逃げ込んできたりして、ちょっとした混乱が起こる。

 

 それに乗じてリーゼントからペンダントをむしりとり、三人にアイコンタクトでずらかることを伝える。

 校門は避け、そこから遠い塀を飛び越えて学校を後にする。サッカー選手ならこれくらいは簡単だ。

 比得さんとたけしに事情を話しながら、さっきチラ見えしたモヒカンの姿を追って路地に入ると、案の定そこで待っていた。

 

「やあ、これでテストとやらは合格でいいの? 忍ちゃんたちも?」

 

「ああ。実力が十分なのはわかったし、チーム集めをしてるとこに一気に四人も入ってくれるなら願ってもねえ。文句はねえよ」

 

「ふん。私たちの実力は当然だけど、あんな雑魚連中で本当にテストになったの? 比較にならないことはわかったでしょ」

 

 モヒカンは皆でチームに入れてくれるそうだが、忍ちゃんが、そもそものテストに疑問を呈した。

 もちろん、あれらが弱すぎてテストにならないって意味ではボクもわかるけど、あの試合にはもう一つ目的があった。

 

「デモンストレーションしたかった“力”って、これのことでいいんだよね?」

 

 突き出した、紫色の石のペンダントに、モヒカンの目が行く。当たりだな。

 

「ああ、それこそが俺のチームに与えられる力だ。その名を“エイリア石”」

 

「なーるほど。これのお陰で、あのリーゼントは他の雑魚よりちょっと強かったってことか」

 

「話が早いねえ。そういうことだ」

 

 何度も頷いてから、モヒカンはその目を鋭くしてこちらを見た。

 試すような視線だった。

 

「お前らに入ってもらうチームの名は“真・帝国学園”。この力を与えたエイリア学園の下、俺たち真・帝国学園は雷門中を叩き潰す! お前ら、何を犠牲にしてでも勝つ覚悟はあるか?」

 

 名前からして、誰がそのチームに絡んでるかは明白。

 その上でのこの問いに答えるには、文字通りに覚悟が要るだろう。

 

 

 

「――もちろん」

 

「当然」

 

「当たり前だ」

 

「オッケ~」

 

 生憎、今更怖じ気づくなんて可愛げ、うちの面子は持ち合わせていないが。

 

「あっ、忍ちゃんはいつでも可愛いからね!」

 

「なんの話よ」

 

「あ痛」

 

 忍ちゃんとのやり取りに対して馬鹿を見る目に変わったモヒカンが背を向け、ついてこいと促しながら路地の暗闇に進んでいく。

 ……そうだ、大事なこと聞いてなかった。

 

「キミ、名前は?」

 

「あ? ……そういや言ってなかったな。俺は不動明王、お前らのキャプテンだ。

 

 

 

 

 

 ――ようこそ、真・帝国学園へ」

 

 




羽取絡女
動きを読み、徹底的に封じることで相手の調子を崩す戦法を好む。
性格が悪い。

スパイダーネット:オリジナル技
目標に向け、幾つもの蜘蛛の巣状の網を投げて捕らえるブロック技。
シュートブロック可能。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。