刻渡りの勇者 (嶽山)
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西暦編 1.世から世へ

この物語はゆゆゆシリーズを原作とした2次創作です。
時系列はのわゆ上巻の諏訪遠征の終り頃からのスタートとなります。
物書きが初めてなのでお見苦しいかもしれませんがどうかご容赦下さい。


その日は結嶋奈津雄の大事な家族、妹の結婚式。

 

そのはずだった。

 

しかし今、目の前に広がる式場は突如として空から現れた白い化物によって阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。

 

参列者達が次々と化物にバリバリと喰われる音が響く。

 

『何で、何でこんな事…』

 

全く意味がわからない。奈津雄は焦りながら辺りを見回す。混乱の中、妹の姿を見失っていた。

 

「…っあ!あいつは!どこに!?」

 

白い化物を躱しながら奈津雄は会場を走る。

 

いた!奈津雄の数メートル先、花嫁衣裳に身を包んだ妹がいた。

 

「お、おい!」

 

「…あ!兄さん…」

 

「…あいつは、義弟は一緒じゃないのか?」

 

「彼なら、…もういないわ。」

 

「私を庇って、あの白いのに」

 

「…そう、か。」

 

一瞬の沈黙。義弟は妻となる彼女だけでもと逃がしたのだ。

 

奈津雄は妹の手を掴んで支え起こす。

 

「行こう、母さん達ならきっと逃げられてる。とにかく合流して…「嫌よ!!」

 

「逃げて…逃げてどうなるのよ?助かりっこないわ!」

 

「それでも!立つんだ!!」

 

「離して!離してよぉっ!!」

 

妹が手を振りほどこうと暴れる。

 

「生きるんだよ!今は!!」

 

そう叫んだ時、大口を開けた白い化物が妹の背後から迫っているのが見えた。

 

いけない!奈津雄は咄嗟に自分の方へ妹を引き寄せるとそのまま自分の後ろへ突飛ばした。

 

「に、兄さん!?」

 

「逃げろ…早く!」

 

「俺がここを引き付けてる。ちゃんと逃げるんだぞ。」

 

「で、でも…。」

 

「いいから、お前だけでも生きてくれ。」

 

「うん…。」

 

妹がゆっくりと立ち上がる。

 

「遠くまで走るんだ!!」

 

「うん!…兄さん、ごめんね」

 

「ああ」

 

気にしてない、と続けようとした直後だった。角から現れたもう一匹の化物に妹は喰われてしまう。

 

悲鳴を上げる隙も無く、あっさりと。

 

「っ…あ…!」

 

上手く声が出ない。

 

何故、どうしてだ。

 

こいつらは何だ。自分達が何をした?

 

解らない、何も、何も解らない。

 

今日は妹の幸せな結婚式で、自分は笑顔でそれを見送るはずだったのに。

 

奈津雄はゆっくりと振り返る。

 

目の前に、大口を開けた白い化物がいた。

 

「なぁ」

 

「何なんだよ、お前等は」

 

ぽつりと呟いた次の瞬間

 

バリ ゴキン

 

奈津雄は頭からかぶりつかれた。

 

 

(う、ぁ…)

 

頭蓋が噛み砕かれ化物の歯から血渋きが吹き出る

 

(終わる…んだな…)

 

 

奈津雄の意識は深く、暗い闇へと落ちて行った。

 

 

西暦2015 7.30、度重なる天変地異の果てに空からやって来た異形の化物。

 

人間のみに攻撃性を持つこの化物に現代兵器は一切通用しなかった。

 

人類は然したる対策も得られないままこの化け物達に蹂躙し尽くされ、ここに終焉を迎えた

 

この世界は終わったのだ。

 

 

 

―――――――――――

一体何れくらい経っただろうか、奈津雄は淡い光の中で目を覚ました。

 

そこは神秘的な雰囲気を放つ巨木の根元だった。

 

(…何処だここ)

 

身体を起こして違和感に気付つく。

 

「え、あれ…?」

 

頭から化物の胃袋に収まってた自分の身体が綺麗に元通りになっている。

 

「…。」

 

ああ、これ。天国ってとこなんだろうな。

 

まだ頭が上手く回らない。 

 

ぼんやり考える奈津雄。その時だった、脳へ何かが語りかけて来る。

 

いいや、それは言語ではない。イメージに近い物だ。

 

だが何となく内容は理解が出来る。

 

ここは自分がいた世界とは違う、平行世界の地球である事。

 

この世界も自分のいた世界と同じ化け物がいる事。そしてその背後にいる天の神と呼ばれる存在。

 

この巨木は神樹、四国の土地神の集合体である事。

 

その神樹を構成する土地神が死んだ自分の魂を呼び寄せ、神の持つ力により新しい肉体、御姿をあたえられた事。

 

 

この化物に神樹によって見出だされた勇者と呼ばれる存在が立ち向かっている事。

 

これから自分がその戦列に加えられる運びとなってると言う事

 

そして、一緒に戦う勇者が直面する危機を救うと言う頼みだった。

 

「情報量が多い。」

 

「今起こってる事態に手を貸せって言ったな?悪いが断るよ。あいつらには…確かに恨みがあるけど俺には無理だ。ここまでしてもらってアレだけど…」

 

伝えられたイメージの中に自分の故郷の末路も見えた。現代兵器が一切通用しない様も。

 

人類は連中に勝てないのだ。

 

すると神樹からの返答が流れ込んで来た。

 

その化物と渡り合える戦う力を与えてくれるらしい。

 

「…はいそうですかって信用出来るか。…とにかく、あれだ。この身体は返す。だから成仏させてくれ。」

 

神樹は答えない。

 

「あ、おい、黙るなよ…。なぁ…まさかその力っての、本当にくれるのか?」

 

「いいや、違う。」

 

「お前、無理矢理寄越す気だろ?」

 

「答えてみろ」

 

突然奈津雄の身体は光に包まれて上昇を始めた。

 

「!?!?!?!?」

 

「な、おい!俺はまだやるなんて一言も…!」

 

奈津雄はどんどん空へと昇って行く。

 

どうやら、神樹は最初から奈津雄に選択権など求めていなかったようだ。

 

はいかイエス

 

拒否権は無かった。

 

所詮人の心など、事情など、神に解りはしないのだ。

 

 

――――――――――――――

冷たい地面の感触で目が覚める。

 

今度の場所は神樹のいた場所ではない。

 

「神社…?」

 

そこは草木が覆いかけた神社だった。

 

随分と人の手が入ってないようである。

 

周囲をもっとよく見ようと身体を起こして立ち上がった。

 

「うぐっ…!?」

 

強烈な目眩が襲いその場に倒れかかる。

 

なんだか身体と精神が噛み合って無いような、そんな感じだ。

 

座り込み、呼吸を整える。

 

「あぁ…クソっ!あの神様、一体何したんだよ…」

 

あの場で与えられた情報を一つづつ整理してく。

 

「新しい身体と戦える力を与えられて…勇者の戦列に加われとか言ってたよな。そいつらの危機を救えとも」

 

だが、どうもここにはその勇者ってのはいないようだ。

 

段々と目眩から来る痛みも収まって来た。

 

「仕方ない、動くか…」

 

自分のいたとことは状況の違う地球。何が待ってるんだろうか。

 

拒否は受け入れられず後戻りも出来ない。

 

未だはっきりしない頭で考えながら、奈津雄は立ち上がると覚束ない足取りで歩き出した。

 

目の前には廃墟の町が広がっている。一体なにがあるというのだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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西暦編 2.荒廃した街で

上里ひなたが神託を受けたのは遠征の最終目的地である長野県、諏訪を発つ直前の事だった。

 

1つ目は諏訪から南西の方角に人の反応がある事、そして2つ目はそれが新たな戦力になりうる存在という不思議な情報だった。

 

「いたんだな!生存者!!」

 

「やったね!!」

 

球子と友奈が嬉しそうにはしゃぐ。

 

四国からここまでの道中、見付かったのは廃墟と遺体、バーテックス・・・。

 

最終目標である諏訪も壊滅していたのだから無理もない反応だ。

 

「それ・・・本当に生存者なの・・・?」

 

「確かに妙ですね・・・。」

 

喜ぶ二人と反対に千景と杏はどこか不安げだった。

 

ここまで陰惨な光景を目の当たりにして来たのだ。

 

生存者の可能性に絶望を覚えていたのだろう。

 

これもまた、無理もない反応だ。

 

 

「杏、千景、心配なのは解るが神樹様の神託は私達に害を為す物じゃない。今までだってそうだっただろう?」

 

「若葉ちゃんの言う通りです。神託でも敵の反応ではないと出ています」

 

若葉の意見にひなたが続く。

 

「・・・そう、ね。」

 

「!・・・はい!」

 

若葉とひなたの意見に千景と杏が交互に答えた。

 

二人の不安はどうにか拭えたようだった。

 

「行こう。次の目的地にもバーテックスはいるはずだ。生存者が危ない。」

 

荷支度を整えた一行は諏訪を後にする。

 

目的地は南西、浜名湖方面。

 

―――――――――

 

「んん・・・?」

 

奈津雄は割れたガラスに映る自分を見て首を傾げていた。

 

ここは最初に目を覚ました神社を出て暫く歩いたとこにある小さな街だ。

 

予想はしてたが人の姿は無く廃墟が続く。

 

「若返ってるよな、これ。」

 

ガラスに映る自分。それは記憶が確かなら10代半ば頃の姿だった。

 

因みに奈津雄自身の実年齢は30代、化物が襲って来るまで普通の会社員だった。

 

身体の変化にはここに来るまで色々ありすぎて気が回らなかったのだ。

 

神樹は、自分を呼んだ土地神は何の為に今の御姿を用意したのか?

 

解らない。

 

謎は深まるばかりだが今は考えいても仕方無い。

 

この世界にもあの化物達はいる。

 

幸か不幸か今のところ遭遇する事なく来たが何処かに潜んでいる可能性もある。

 

戦う力は与えられたはずだか使い方も解らない状況だから襲われたら一溜りも無い。

 

とにかく進もう。勇者とやらに合流すれば何か解る。

 

再び歩き始めようとした次の瞬間だった

 

「見つけたぁーっ!!」

 

ズザザーッという轟音と共に目の前で土埃が舞う

 

街中を移動してて気付いたが人のいなくなった街は野生動物の天国と化していた。

 

鹿か、猪か、はたまた熊か

 

「タマだ!!!!」

 

四国から来た勇者の一人、土居球子がそこにいた。

 

 

 

------------------

 

ええ、その時の事はよく覚えてます。

 

最初に彼を見付けたのは球子さんでしたね

 

諏訪までの道程で私達は無残な光景を沢山目にしてましたから

 

真っ先に飛び出した球子さんは嬉しかったんだと思います。

 

自分達以外の人に漸く会えた事が、本当にとても…

 

 

 

 

 



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西暦編 3.荒廃した街で その2

「いや~タマは絶対生きてる人がいるんだって信じてたんだよ。そりゃここに来るまで色々酷いもん見て来てちょっとこれどうなのかなーって思って…」

 

突如として奈津雄の前に現れた少女はこちらが質問する間もなく捲し立てていた。

 

喋り続ける彼女の腕には奇妙な事にバックラー盾の様な物が付いていた

 

盾…盾だよね。

 

「あんずと千景は諦めてたっぽく見えたけどタマは信じてたんだ!!」

 

あんずに千景、どうやら同行者が他にもいるようだ。

 

「あの、それでさ…」

 

奈津雄は漸く切り出す。

 

「ん?おースマンスマン、タマばかり喋っちゃったな」

 

「タマの名前は土居球子だ!お前は?」

 

「結嶋奈津雄だ。」

 

「奈津雄だな!うん!タマの事はタマって呼んでくれタマえ!」

 

「解った、俺の呼びも奈津雄でいい。宜しくなタマ。」

 

「おぅ!」

 

お互いに自己紹介を済ます。

 

「それにしてもさ、奈津雄はこんな所でどうやって生き延びてたんだ?」

 

「え、あー…ええと」

 

「?」

 

返答に詰まる。

 

自分は人類が化物によって滅んだ地球で一度死んで神樹を構成する土地神に魂を呼び出されて蘇生しました。

 

なんて説明して信じて貰えるのだろうか。

 

「おーい、どうしたー?」

 

球子が心配そうな顔で尋ねる

 

どうする、どうする…答えに詰まっているそこに

 

「タマっち先輩ー!」

 

可憐さと、何処か儚げな雰囲気のふわふわした髪女の子が此方へ駆け寄って来るのが見えた。

 

そんな彼女の手にはそんな見た目に不釣り合いな、どう見てもボウガンが握られていた。

 

え、ボウガン…?

 

「おー!!あんず!」

 

「ハァ…ハァ…も、もぅ…ここに着いたらいきなり…飛び出しちゃったから…探したんだよ…!」

 

息も絶え絶えに彼女が言う。

 

「ス、スマン…」

 

「…ふぅ。それでタマっち先輩、そちらの方が?」

 

「ああ!こいつは奈津雄。生存者だよ!やっぱりいたんだ!!」

 

正確には違うんだよな。

 

「結嶋奈津雄です。はじめまして。俺の事は奈津雄って呼んでくれ」

 

「はじめまして、伊予島杏です。その、じゃあ私も杏で」

 

「よーし!挨拶も済んだ事だし若葉達と合流だ!」

 

「タマっち先輩が飛び出してった後に合流場所を決めたからね。そこに行ましょう」

 

三人は歩き出す。程なくして指定合流場所、街の中心部にある交差点に到着した。

 

交差点には四人の少女。

 

「あ!おーい!タマちゃーん!アンちゃーん!!」

 

「球子!いきなりいなくなるから心配したんだぞ!」

 

「とにかく無事で良かったです。でも単独行動はダメですよ?」

 

「…そうね」

 

交差点で合流した四人、1人は何故か巫女装束に身を包んでいた。

 

凛とした雰囲気の少女は帯刀を

 

大人しげな少女は布に包まれているが見た感じ大きな鎌を持っていた。

 

特にこれと言った異様な物を持っていないのが最初に声をかけて来た少女くらいだった。

 

一体この娘達は何の集団なんだ。

 

疑問に疑問が重なり奈津雄は限界だった。

 

四人と挨拶を交わす。

 

最初に声をかけて来た少女が高嶋友奈。

 

帯刀の少女は乃木若葉。

 

巫女装束の少女は上里ひなた。

 

鎌を携えた少女は郡千景と言う。

 

球子と杏同様、こちらも呼び名は下の名前でという事になった。

 

「これで全員?」

 

「あぁ、そうだ。」

 

若葉が答える。

 

「そう…か。聞きたい事が色々とあるんだけどいいかな?」

 

「うん?」

 

そこから奈津雄は質問を始めた。

 

今が西暦が何年なのか、若葉達が何者でどうして自分を見付けに来たのかを。

 

若葉達は奈津雄の質問に一つ一つ答えてくれた。

 

今は西暦2019年で人類はあの化物、バーテックスと名付けられた敵の脅威に晒されている事。

 

若葉、友奈、千景、球子、杏はそれと戦う勇者と呼ばれる力を持った存在でひなたはその神樹からの神託を受けて勇者をサポートをする巫女である事。

 

ここに来たのは神託による生存者であり新たな戦力になりうる自分の保護であるとの事だった

 

「そうか…」

 

自分はどうにか目的の一つである勇者へ会えたのだ。

 

しかしこんな年端もいかない少女が戦わされているとは驚いた。

 

「とりあえずはこんなとこだ」

 

「奈津雄にはこれから私達と四国まで来て貰う。」

 

「四国?」

 

「香川の丸亀、そこに私達の本拠地があるんだ。場所はひなれてはいるが勇者を統括する組織、大社もそこにある」

 

「解った」

 

二つ返事で答える。

 

目的の一つを果たした以上ここに長居は無用だ。

 

彼女達に付いて行き神樹から言われた目的を果たす。

 

「よし、では出発だ!」

 

若葉が号令をした矢先。

 

奇妙な、だが聞き覚えのある鳴き声がした。

 

「うわっ出やがった!?」

 

出発する7人を取り囲む様に、いつの間にか無数のバーテックスが現れていた。

 

「あいつらは…!」

 

奈津雄の目は憎しみの色に染まっていた

 

------------------

こうして私達は神託にあった彼とやっと合流出来たんです

新たな仲間を無事に迎えられて安心できたのも束の間でした

私たちの敵、バーテックスはこちらの都合なんてお構い無しなんですよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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西暦編 4.与えられた力は

「うわ、出やがった!!」

 

球子が叫ぶ。

 

奈津雄達7人の周りには無数のバーテックスが包囲網を形成しようとしていた。

 

「奈津雄!済まないがひなたを頼む!」

 

刀を持った若葉が叫ぶ。

 

「頼むって…え、あれと戦う気か?生身で!?」

 

「いいえ、奈津雄さん違います。よく見ていて下さい」

 

慌てる奈津雄にひなたが静かに言う。

 

何故か若葉達はスマホを取り出していた。何かのアプリを立ち上げタップする。

 

「あれが…」

 

次の瞬間、スマホの画面から光の花びら吹き出し六人の少女を包み込む

 

「あれこそが…!」

 

光が収まって行く。

 

「バーテックスから人類を守る…!」

 

そこには華を象った和装の装束を身に付けた六人の姿があった。

 

「勇者の!」

 

「姿です!!!!」

 

「なんだありゃ…」

 

困惑しかなかった。

各々武器を持っていたのもそうだが、スマホで変身…?

 

「え、あれが話してた勇者なのか?」

 

「はい!」

 

「…美少女戦士じゃなくて?」

 

「よく解りませんがその言葉、若葉ちゃんにはピッタリですね!」

 

「はぁ…」

 

 

 

「行くぞ!!」

 

若葉の一声と共に全員がバーテックスに躍りかかる。

 

千景の鎌が

 

若葉の刀が

 

球子の回転する盾が

 

杏のボウガンが

 

そして籠手を嵌めた友奈の拳が

 

取り囲むバーテックスを粉砕していく。

 

奈津雄のいた世界の人類が一切敵わなかったバーテックス。

 

これが目の前で紙細工の様に倒されてく様は圧巻だった。

 

こんな力を持った者達がいてくれたら奈津雄の世界は、奈津雄自身は、もう少し長生きできたのではないだろうか。

 

目の前の光景を見ながら奈津雄は何処か複雑な感情を覚えていた。

 

「…ッ!しまった!!」

 

若葉の声、見ると勇者の攻撃を掻い潜った一体のバーテックスがひなたと奈津雄に迫って来る。

 

「う、おぁぁぁぁぁっ!!!?」

 

「きゃあっ!?」

 

奈津雄は咄嗟にひなたを抱えて飛び退さる。

 

またあれに喰われるのはゴメンだ。

 

「このっ!」

 

大きな瓦礫の影に飛び込んでやり過ごす。

 

「数がどんどん増えてやがる…」

 

「はい、どうやら私達をここで仕止めたい様に思えますね。あ、あの…それより…」

 

「え?」

 

「下ろして、頂けませんか…?」

 

咄嗟の行動で気付いて無かったが奈津雄はひなたをお姫様抱っこする形で退避していたのだ。

 

「すいません」

 

「いえ…」

 

地面に下ろしたひなたの頬は少し赤みを帯びてる様に見えた。

 

「これ、どうすりゃいいんだ」

 

勇者六人がかりでも増えるバーテックスの殲滅は難しそうだ

 

「一つだけ、打開できる方法があるかもしれません」

 

「方法って?」

 

「奈津雄さん、あなたの事を神託で受けた際に新たな戦力になると伝えられました」

 

「あなたにも、若葉ちゃん達と同じ力があるはずです」

 

「いやそうは言うけど、俺はあんな…武器とか持ってないぞ?」

 

変身?に使っていた変なスマホも当然無い。

 

だがしかし…と、思い返す。あの時確かに神樹は言った。

 

戦う力を与える。確かに言っていた。

 

「―…」

 

何かの予感がして上着のポケットを探る。

 

固い感触が2つある。

 

「これって…」

 

ポケットから出てきたのは若葉達のスマホとは違う、

 

蓋を開閉させて使用する手帳大のパッド型端末と花を模した桜色のメダルだった。

 

「若葉ちゃん達のと随分違いますね」

 

「これを使えばあいつらと戦えるのか?」

 

「解りません…ですが試してみる価値はあるかと」

 

「そっか、なら…」

 

ここで迷ってる暇もない。

 

今はこれに賭けるしかないのだ。

 

奈津雄は瓦礫の影から飛び出しながら端末の横にあるスイッチを押す。

 

蓋が開くと同時に端末の画面が電灯、大樹のマークが映し出された。

 

そしてその画面の下、何かを填める窪みがある。

 

「これを填めろって事か…」

 

端末と一緒に出て来た花のメダルを填め込んだ。

 

瞬間、画面から眩い光と共に光の花びらが吹き出して奈津雄を包み込んだ

 

これで正解だったようだ。

 

光が収束したそこには、蒼黒いボディースーツに両袖に銀色の籠手、黒いタキシードの様な上着を羽織った奈津雄の姿があった。

 

左肩の後ろには長刀が固定されている。

 

「なんか地味ですね…」

 

ぽつりとひなたが言う。

 

「…踊りながら歌って出て来た方が良かったか?」

 

「い、いえ…奈津雄さん、とにかく今は…」

 

「解ってる。周りのを倒すぞ」

 

「お願いします!」

 

左肩から長刀を抜き放つ。不思議と力が沸き上がるのを感じる。

 

目の前のに迫るバーテックスに向かって、奈津雄は刀を振り下ろす。

 

二度と戻らない家族を、幸せな時を、無慈悲に奪った敵へ借りを返す時が漸く訪れたのだった。

 

------------------

 

あの時は本当に驚いたんですよ

 

だって勇者は神樹様に選ばれた無垢な少女にしかなれないはずなのに

 

彼は若葉ちゃん達みたいに変身してしまったんです

 

そうでうすね…

 

彼には失礼かもしれませんけど、勇者に変身した彼の姿は

 

どこか地味でした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




奈津雄の勇者への変身アイテムですが、若葉達が大社が開発した物に対してこちらは彼を呼び出した土地神及び神樹の用意した物となっています。

同じ力を与えるアイテムでも開発系統の違いからこの様な形になっています。

端末と一緒に出て来たメダルはゆゆゆいお馴染みの勇者メダルと同じ形になります。


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西暦編 5.初陣とこれからと

若葉達が背後から立ち上る光に気付いたのは増えるバーテックスへの対応に焦りが見え始めた時だった。

 

あれは自分達が勇者アプリを立ち上げた時に見る光だ。

 

一体誰が?ひなたは巫女であり勇者ではない

 

だとすると…

 

「お、おいアレ見ろよ…奈津雄じゃないのか…?」

 

「え…?」

 

球子の声に他の全員の声が重なる。

 

「男の人が勇者に…」

 

「えー!?すごーい!」

 

「どうなってるの…?」

 

光が収まったそこには六人とはまた違ったタイプの勇者装束の奈津雄だった。

 

「…」

 

若葉はひなたの言葉を思い返す。彼女が受けていた神託は生存者の他に戦力になりうる存在であると。

 

『その戦力が奈津雄だと言う事か…』

 

「向こうは奈津雄に任せよう!私達は此方を片付けるぞ!!」

 

若葉の号令で戦闘が再開される。

 

―――――――――――――――――――――

 

やれる

 

やれる

 

やれる

 

やれる

 

剣術の型も何もない。

 

奈津雄は思うがまま力任せに長刀を振るう。

 

 

「お前…達がッ!!」

 

父を、母を、妹を、そして故郷を滅ぼしたバーテックス。これを怒りに身を任せて斬り伏せる。

 

 

奈津雄の振るう長刀は気持ち良い程にバーテックスを斬り割き、瞬く間に数を減らして行く。

 

「これでっ!!最後!!!!」

 

短時間でひなたと奈津雄を取り囲んでいたバーテックスの最後の一体が一刀の元に斬り捨てられる。

 

一先ず此方は片付いた。

 

長刀を地面に突き刺し片膝を付く。いきなりの戦闘で体力をかなり消耗したようだ。

 

「奈津雄さん!!」

 

ひなたが駆け寄って来る。

 

「あ、あぁ…ケガは…無い…か?」

 

「はい、あなたのおかげで」

 

「そうか…」

 

今度は生き延びれた。

 

それだけじゃない、人の命も救えたのだ。

 

最初は訳が解らなかった奈津雄もこの結果には自分を呼んだ土地神と神樹に礼を言いたい気分だった。

 

「若葉ちゃん達の方も片付いた様ですね」

 

見ると、離れた所で戦っていた五人の勇者もバーテックスを全て倒し終えた様だ。

 

 

 

戦闘を終えた7人は改めて集まる。

 

「奈津雄ここからの事なんだが…」

 

「解ってる。若葉達に付いて行けば良いんだろ?」

 

「…!そうか…!」

 

安堵した顔で若葉が答える。

 

「しっかし謎だよなー。奈津雄はなんで勇者になれたんだ?」

 

「そうそう」

 

球子と友奈は不思議そうに言う。

 

「勇者って皆女の子だもんな。自分のはまぁ…神様の気紛れじゃないかな、多分。…よくは解らん」

 

「それにしても奈津雄さんの端末、私達のと随分違いますね」

 

「パッドに…メダルを嵌め込むタイプなのね」

 

杏と千景は奈津雄の端末が気になるようだった。

 

「雑談はその位にして、そろそろ此処を離れましょう。」

 

先程からずっと黙っていたひなたが深刻な顔で口を開く。

 

「…?ひなた、どうかしたのか?」

 

「神託が降りました。」

 

「戻りましょう。四国に、危機が迫っています」

 

状況は目まぐるしい変化をして行く。

 

奈津雄は若葉達勇者に付いて行く事になった。

 

次の目的地は四国。

 

神樹が守る、この地球に残された最も安全な場所へ。

 

------------------

 

こうして彼は私達と一緒に四国へ向かうことになりました

 

出会って立て続けに色々な事に巻き込まれていた彼ですが、どこか落ち着いていて...

 

そんな彼に私は何処か希望を見ていたのかもしれないと今でも思います

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からは舞台が四国、香川へ。
奈津雄というイレギュラーな存在の登場によりバーテックスの出現は原作よりも遅れてく事になります


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西暦編 6.丸亀城での訓練

浜名湖付近で若葉達に合流した奈津雄が四国入りをして数日が経っていた。

 

食堂に置かれた携帯テレビからは諏訪の無事と他の地域で勇者達が保護した生存者の報告が流れている。

 

「前半のアレ、嘘じゃないか。諏訪は壊滅したって言ってたろ?」

 

「人々の士気を下げない為に情報操作してるんですね…戦争なんかではよくある事なんでしょうけど…」

 

「あぁ…やり方としては、間違ってはないのだろうがな…」

 

奈津雄の質問に杏と若葉は苦々しげに答えた。

 

「…。」

 

何時の時代も逼迫した状況下で取る行動は変わらないと言う事か。

 

奈津雄はうどんをすすりながら思う。

 

今は全員揃っての食事中。

 

奈津雄はフライの盛り合わせを頼んだのだが全員にその場で叱られてしまい、強制的にうどんを食べさせられていた。

 

―――――――

 

ここ数日は実に慌ただしかった。

 

香川に到着した奈津雄は先ずひなたと共に大社に連れて行かれ管轄の勇者に登録された。

 

 

次に神官達との質疑応答、自身に起こった全てを話した。

 

正直内容があまりにも荒唐無稽で信用に足らないと感じていたが当の神官達は、「神樹様のなさった事ならば」

 

と、あっさり信用されてしまった。

 

事情聴取には烏丸久美子と名乗る巫女が参加しこの人が一番多く質問をして来ていた。

 

奈津雄の事情が「面白いから」と言う理由らしい。

 

 

「聞きそびれてましたけど平行世界…。神樹様も勇者も現れないなんて事が本当にあるんですね」

 

大社からの帰り道、同行したひなたは未だ驚きを押さえられない様だった。

 

「まぁ…な。…おかげで大変な目にあった。」

 

「一度死んで、また生き返らせられて」

 

「神様ってさ、本当に解らないよ」

 

「けどそのおかげで私達は出会う事が出来ました。これからの戦い、きっと奈津雄さんが来る前よりも良くなるはずです」

 

「だと良いけどな…」

 

とにかく諸々の事情は明かせた。

 

奈津雄の件は説明が困難な為、新たな勇者登場との一般大衆へ向けた公開は無しと言う事に決定した。

 

 

そして奈津雄の持つ勇者システム。

 

これに関しては若葉達の持つ大社製の物と造りが違う事以外に解析は出来なかったそうだ。

 

ただ勇者システムに関して解析班との会話から確証を得る事が出来た事がある。

 

それは、勇者システムの適合者が10代の人間である事。

 

ずっと気になっていた奈津雄の御姿の設定年齢の正体、これはシステムへの適合可能にする為を意味していたのだ。

 

 

大社への報告が完了し、奈津雄もその日から丸亀城暮らしとなった。

 

――――――――

 

「ご馳走さま」

 

食事を終え、席を立つ。今からは勇者としての訓練の時間だ。

 

奈津雄は先日の力任せな奈津雄の戦いを見た若葉の提案で彼女達による徹底的な戦闘訓練を受ける事となった。

 

所持する武器の関係から剣術と居合いを若葉が

 

格闘訓練には友奈が

 

集団戦の訓練には千景・球子・杏が

 

それぞれ割り当てられ訓練を行った。

 

前の地球からここまで録なスポーツをした事がなかった為に訓練は過酷を極めた。

 

その中でも特に友奈との訓練における彼女の説明の大半が擬音で解らない。

 

「ズカーン」とか「ズバババッ」とか言われても無茶がある。

 

ただこういう場合は話を理解するより身体に覚えさせた方が早い。

 

ボロボロになりながら奈津雄はとにかく訓練に挑むのだった。

 

「つ、疲れた…」

 

寄宿舎に帰って来た奈津雄はベッドに倒れ込む。

 

「訓練であれって事はこの先の実戦はもっとヤバいって事だよな…」

 

これから本当に付いて行けるだろうか。

 

不安に苛まれながら、いつしか奈津雄は深い眠りに落ちていた。

 

 

 

やけに鮮明な夢を見た。

 

目の前で繰り広げられる光景…

 

ボロボロの杏を自らの盾で庇う球子だ。

 

盾には鋭い針が幾度もなく突き付けられる。

 

やがて盾が破壊され鋭い針が球子と杏の身体を突き抜ける

 

二人は倒れ、手を取り合う様に息絶えた。

 

 

そこで場面が切り替わる。

 

友奈だ。血塗れになりながら球子と杏を倒したバーテックスと思われる敵を殴り付けている。

やがて敵が砕け散り、血塗れで地に倒れる友奈。

 

 

更に場面は切り替わる。

 

憎しみに染まった形相で鎌を振るう千景とそれを防ぐ若葉の姿だった。

 

理由は解らない、千景は若葉を殺そうとしているようだった。

 

そこでまた場面が切り替わる

 

千景は何故か勇者システムが解除されていた。それを若葉が守りながら戦っている。

 

だが多勢に無勢、若葉の背後から迫る星屑、だがそれを守られていた千景が庇い片腕を喰われる

 

―鮮血が迸る。

 

 

もういい、なんだこれは。何の理由があってこんな…

 

 

苦痛に耐えられない中、更に場面は切り替わった。

 

若葉だ。若葉がたった一人、炎を身に纏いバーテックスに突撃していく。

 

 

 

「…ッッ!!」

 

目が覚めた。寝汗が酷いし身体もダルい。

 

「…。」

 

今の夢に何か意味があるのかと考え込んで1つの答えに行き当たる。

 

神樹が奈津雄に課した二つの使命だ。

 

1つ、勇者達の戦列に加わる事

 

1つ、勇者達が直面する危機を救う

 

勇者達が直面する危機、今見た夢が全て当て嵌まってしまう。

 

「…じゃあ今のは…」

 

「これから若葉達に起こる危機…」

 

あれが実際に起ころうとしている。それを奈津雄は防がないといけない。

 

「そうか、そうかよ…。これを、どうにかしろって事、ね…」

 

あぁ、神様の頼み事も楽じゃないな。

 

------------------

 

あの時は驚きの連続だったと今でも覚えています

 

平衡世界とか、神樹様が魂を呼び寄せたとか

 

彼の素性は信じられない事ばかりでしたから

 

 

 

 

 

 

 

 




年内の投稿はこれで最後です。
次回スコーピオン戦。奈津雄、初の樹海入りになります…が各キャラ毎との絡みが何も書けてないので先ずは其方からに。
絆は深めなきゃいけませんね


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西暦編 7.休みの日

奈津雄さん、私のお買い物に付き合って貰っても良いですか?」

 

杏から声をかけられたのは奈津雄が食堂で朝食を済ませた直後だった。

 

「ん?いいぞ街には行った事なかったし…」

 

「なんだぁ~杏!タマに内緒で奈津雄と出掛けるのか!?」

 

「…。」

 

並ぶ二人に昨晩の夢がダブる。

 

胸を貫かれ、手を取り合って息を引き取る姿だ

 

息が苦しい。これはマズいな…

 

「あれ、大丈夫か奈津雄?奈津雄~?」

 

「…奈津雄さん?」

 

「ん!?いや何でも無いよ。」

 

慌て取り繕う。

 

「何を話してるんだ?」

 

「どうしたの?」

 

若葉に友奈、千景もやって来る。

 

彼女達に昨日の夢の光景が重なる。

 

「ちょっと昨日の疲れが残ってるだけ。大丈夫だよ」

 

「そうか…何かあったらちゃんと話すんだぞ?」

 

「解ってる。じゃあ出掛ける時になったら言ってくれよ」

 

「はい!」

 

奈津雄は食堂を出た。どうにか耐えたが胸の苦しさは消えていない。

 

「…。」

 

そんな奈津雄の様子を、ひなただけは静かに見ていた。

 

――――――

 

数時間後、奈津雄達は市内の大型ショッピングモールに来ていた。

 

奈津雄自身、これと言って買い物も無いので杏の本の買い出しを手伝う。

 

若葉はひなたと、球子はアウトドアショップに、友奈と千景はゲームセンターにそれぞれ別れて行った。

 

「すいません…こんなになっちゃって」

 

「気にしないで。これくらい…わっと、平気だから。

 

杏が申し無さげに言う。結構な量の書籍を買い込んだのだ。

 

「これで買い物は全部?」

 

「はい。奈津雄さんは何か用事とか無いんですか?」

 

「いんや。自分はこれといって無いよ。俺は皆と一緒に遊びに行きたかっただけだしな。」

 

「ふふ…そうなんですね。荷物も多いですし集合場所のフードコートに行きましょうか。」

 

まだ集合時間には大分時間があったが二人はフードコートへ向かった。

 

席に着いて荷物を下ろすと杏は「私はタマっち先輩のとこに行ってきますね。」と言って離れて行った。

 

さて時間が余ってしまったがどうするか…千景達とゲームをしたいが杏の荷物を見てなきゃだしな。

 

「奈津雄さん」

 

考え込む奈津雄の後ろから声がかかる。ひなただった。

 

「あれ、若葉と一緒じゃないのか?」

 

「はい、若葉ちゃんはちょっと別行動で後から合流しますよ」

 

「そうか….。」

 

「杏さんたら、こんなに本を買ったんですね。運ぶの大変だったでしょう?」

 

「まぁね。杏が読者家なのは知ってたけどまさかこんな買うとは…。」

 

二人して苦笑する。

 

「なぁ…ひなた、もしかして何か話があるんじゃないのか?」

 

単刀直入に奈津雄から切り出す。

 

いつも若葉とワンセットの様なひなただけが一人でここに来た時から妙な違和感を覚えていたのだ。

 

「察しが良いですね…。奈津雄さん、何か隠してませんか?」

 

「隠す?」

 

「今朝の食堂での様子、変でしたよ。若葉ちゃん達を見て顔が真っ青でした。」

 

「…。」

 

「大社の本部で奈津雄さんが話された内容、私も把握しています。」

 

「奈津雄さんはここに来る前に神樹様とお話になられたんですよね?」

 

「話した、というよりもイメージが頭に流れ込んだ感じだったけど…。」

 

「私達巫女が受ける神託に近いですね。確か、新しい身体と戦う力を与えるから勇者の戦列に加わるって内容でしたか」

 

「そうだな。…そうだ」

 

「…まだ、何か隠してませんか?」

 

「…。」

 

上手い答えが見付からない。

 

「奈津雄さん、悩んだら相談。ですよ?ここは私を信じて、話してみませんか」

 

大社の聴取で話さなかった内容、勇者の直面する危機を救う事、そしてその起こりうる危機を鮮明に見せた夢。

 

正直一人でなんとかするには無理がある様に思えてた。

 

ひなたを信じて、頼ってみよう。

 

「…大社の聴取で話さなかった事が一つある」

 

「…!それは?」

 

「勇者、若葉達がこの先直面する危機を救う事だ」

 

「危機って…その具体的にはどのような…」

 

「昨晩それを見せられたよ…神託ってやつなのかな。」

 

そこから奈津雄は夢で見せられた全てを話した。悲しくて、苦しい内容を。

 

「成る程…朝様子が変だったのはそれが原因だったんですね。」

 

「信じて、くれるのか…?」

 

「勿論!奈津雄さんは最初に来た時神樹様とお話になられたんですからきっとその夢も神樹様からのメッセージの様なもののはず。」

 

「乗り越えましょう。私も出来る限りの力を貸しますよ!」

 

「…!あぁ…!!」

 

胸の苦しみが収まって行く。立ち向かって行けそうな、そんな気がした。

 

この先はまだまだ未知数だ。でもやるんだ。

 

ここからは一人じゃないのだから。

 

あんな未来、起こってたまるか

 

 

 

「なぁなぁ、タマ達いつになったら出て良いんだ?」

 

「タマっち先輩落ち着いて」

 

「何話しててるんだろうね?」

 

「…さぁ」

 

「何、ひなたの事だ。心配はいらんさ」

 

奈津雄とひなたの会話にすっかり出て行きそびれた五人は柱の影から出られず困っているのであった

 

-----------------

 

その日の彼は様子が変でした。

 

それで、皆で出かけた時に話を聞いて彼の抱えるお役目の内容を知る事となったんです

 

あの時は少し強引だったかもしれませんね

 

でもあの日に彼から聞き出せたから、今の私達があるのかもしれません。

 

 



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西暦編 8.蝎の尾

ひなたに全てを話した事で奈津雄の不安と恐怖は幾らか解放された。

 

その後は友奈、千景とゲームセンターでガンシューティングゲームに興じ、球子共にアウトドアショップへも向かった。

 

今度一緒に釣りに行く約束もした。

 

なんでも近々丸亀城で大社に常駐している巫女達を呼んで盛大に花見をするそうだ。その中には球子や杏、千景を見出だした巫女もいると聞く。球子は釣った魚をそこで振る舞うらしい。

 

若葉からは「何か憑き物が落ちた様な顔だな」とからかわれてしまった。

 

楽しかった休日が終わり、また授業と訓練の日々が始まる。

 

訓練メニューをこなしながら奈津雄の戦闘技量は漸くギリギリ及第点に届くとこまで来ていた。

 

しかし力を付けるにはまだまだこれからだ。

 

樹海化警報が流れたのは、そう思ってた矢先だった。

 

「奈津雄君、樹海は初めてなんだよね」

 

隣で友奈が言う。既に勇者装束への変身は完了している。

 

「そうなんだよな。しかし…また凄い事になってんな。」

 

神樹が防衛に入る際に発生させる樹海は太い植物繊維が絡み会った不思議な空間だった。

 

「奈津雄、お前の訓練はまだ完成してない。無理だと思ったら直ぐ下がるんだ。」

 

「戦闘経験はタマ達の方が上だからな!いざというときは任せタマえよ!」

 

「私も精一杯頑張ります!」

 

「私が…あいつらを多く殲滅する…!」

 

各々気合いは十分の様だ。奈津雄の実力がどこまで通用するかは未知数だが全員で帰る。

 

あの夢の通りにさせない為にも。

 

「敵、来ます!」

 

杏の声で我に帰る。

 

目の前には初めて勇者システムを使った時に戦った何倍もの数の星屑が押し寄せて来た。

 

戦闘が始まる。

杏の提案から今回は切り札…神樹の精霊の力を用いて戦闘力を飛躍的に上昇させる能力の使用は今回見送りとなった。

力を得る代わりのデメリット対策なんだそうだ。

 

六人は迫る星屑へ向かう。若葉、千景、友奈、奈津雄は遊撃を、球子と杏はペアを組んでの体制だ。

 

次々と駆逐されていく星屑達、奈津雄は若干だが遅れているもののどうにか付いて行ってる。

 

杏はボウガンで進化体への融合を阻止し続ける。

 

このままなら…!

 

だがそんな杏の希望をよそに大量のバーテックスは融合合体し進化体への形成を始めた。

 

融合する数が多く仕留め切れない。

 

これでは…杏は球子の制止を振り切り自ら見送った切り札を使用した。彼女の勇者装束が変化した。

 

同時に精霊雪女郎の力による猛吹雪が辺り一面を襲う。

 

吹雪が収まり辺り一面氷付いたバーテックスが落ちてきて砕け散る。

 

「凄いなこりゃ…」

 

奈津雄は感嘆した。しかし同時に杏の身を案じる。

 

以前聞いた精霊の使用。これにはデメリットがある、だがそれが何をもたらすのかを聞けず終いだったからだ。

 

「お、おい杏、大丈夫なのか!?」

 

「奈津雄さん!私は今ので初めて精霊の力を使いましたから多分大丈夫かと…」

 

「全く、使うなって言ったの杏じゃないか!」

 

「まぁ球子、文句は後だ。残りを片付けよう。」

 

怒る球子を若葉が諭す。

 

「ねぇ…皆あれ…」

 

残りのバーテックス殲滅を開始しようとした直後、それは現れた。

 

友奈が指差す方向、瀬戸内海側に大量の星屑を引き連れた異様な大形のバーテックスが出現したのだ。

 

大型バーテックスには先端に鋭利な刃の付いた尾、胴体と思われる箇所には毒液の様な貯蔵容器が付いていた。

 

その姿はまるで蝎の様だ

 

「もう一度!凍れ!!」

 

杏が叫ぶと共に吹雪を放つが蝎型バーテックスには目立った効果が無い。

 

その間に蝎型の周囲にいたバーテックスは融合を終え、進化体となって球子、杏を除いた四人を分断しにかかっていた。

 

「こうなっては仕方無いわ。こちらも切り札を」

 

「あぁ、こうなった以上は」

 

「うん!やろう!!」

 

三人の切り札、千景の七人御先、若葉の義経、友奈の一目蓮が発動、彼女達の勇者装束も変化する。

 

 

――――――

「あぁ、これ。あいつら俺達を分断させようってか。」

 

「訓練、まだちゃんと終わってないのに!いきなり中ボスみたいなのと戦わされるのか!!」

 

長刀で進化体が伸ばす触手を捌きながら奈津雄は悪態を付く。

 

分断された向こう、若葉、千景、友奈は切り札を発動していた。

 

彼女らはこれならどうにか捌ききれそうだ。

 

しかし奈津雄は初実戦の上そんな力は無い。

 

視界の端には杏が。策の失敗へのショックか、彼女は茫然としている。

 

そこに蝎の尾が迫る─

 

ダメだ、間に合わない。奈津雄は焦った。

 

だが間一髪、切り札・輪入道を発動した球子が助けに入る。

 

球子はどうにか杏を助け出し二人で攻撃を再開する。

 

だが蝎型には大きなダメージを与えられず二人は長い尾で吹き飛ばされてしまう。

 

「た、タマ!杏!!」

 

目の前の進化体が邪魔で援護に行けない。

 

体制を建て直した球子は杏の盾となり蝎の尾針を防ぎ始めた。

杏の方は吹き飛ばされた衝撃で身動きが取れない様だ。

 

尾針の連激が球子を襲う。

 

あれ

 

この光景

 

どこかで

 

あぁ…、これはあの夢の、奈津雄は思い出す。

 

神樹が自分に与えた指命、勇者の直面する危機。その光景はこれだったのだ。

 

動かなきゃ、動かないと。

 

しかし相手にする進化体は焦る奈津雄をよそに攻撃を繰り返す。

 

「ぐぅっ!?」

 

触手の一撃が奈津雄を打ち据える。

 

この、ままでは…死んでしまう。あの二人が。

 

胸を貫かれて、手をとりあって…

 

ここに来て最初に出会ったタマ、色々と気遣ってくれた杏。

 

二人の笑顔が、消える…消えてしまう。

 

「うぉぉぉぉぉっ!!うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

やらせない。

 

絶対にやらせない

 

その時だった。

 

強く念じる奈津雄の勇者装束が思いに応えるかの様に顔まで含めて全体に蒼く光るラインが走りはじめた。

 

若葉達の切り札とは何か違う。何か大きな力が溢れて来る。

 

だが今はそんな事どうでもいい。

 

奈津雄は自然に若葉に習った居合いの構えを取る。

 

「…」

 

居合いの型で長刀を振るう。進化体の触手が全て切り裂かれる。

 

「…!!!!」

 

そのまま友奈に習った格闘術で進化体を吹き飛ばし大きく跳躍、蝎型へ向かう。

 

杏と球子の攻撃で蝎型の表面には攻撃が通り難い事は理解していた。

 

ならば狙うは…

 

「ここだっ!!!!」

 

蝎の針と尾の間、針を動かす箇所を長刀で斬る。幾ら表面が固くても関節までは…と予想して振るったが上手く行ったようだ。

 

切られた尾針が足元に落ちる

 

「奈津雄!」「奈津雄さん!?」

 

「無事…じゃなさそうだな。」

 

「お前、その身体の…」

 

「俺にもよく解らん」

 

「えぇ…」

 

「まぁ、とにかく」

 

奈津雄は蝎の尾針を拾う

 

「これで終いだ!!」

 

何倍にも強化された力で尾針を蝎型の容器にダーツ投げの要領で投擲する。

 

バリン!!!!

 

尾針が容器を貫通、溶液を撒き散らして蝎型が大きくバランスを崩す。

 

「壊れた内側を狙ってくれ!」

 

「わかった!」

 

そこへ進化体を倒した若葉、千景、友奈が合流。

 

破壊された蝎型の容器を内側から斬激と拳激を浴びせる。

 

表面が固くてもその内側までは固さが回って無いはず。

 

予想は当たり、連続攻撃を受けた蝎型は融合を解かれて通常体へと戻って行く。

 

残った通常個体は全て駆逐され勝負は決した。

 

あの状況から見事逆転。勝利したのだ。

 

『…良かった』

 

奈津雄に発現した力はよく解らない。だが課せられた勇者の直面する危機を救うという目的の一部は果たせた。

 

樹海化が解けて行く。

 

安堵した奈津雄はゆっくりと、その場に倒れ落ちた。

 

-------------

 

この日が彼が初めて樹海に入った日で、初めて自分に課せられた若葉ちゃん達とは別に与えられたお役目を果たした日でした。

 

戦いが終わって私が駆け付けた時、彼は力を使い果たしてしまったようで気を失っていたんです。

 

でも彼の顔はどこかとても安堵してるようでした、本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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西暦編 9.一応の目標達成

「う…」

 

奈津雄はゆっくりと目を覚ます。病院のベッドの様だ。四肢に力が入らない。

 

「…起きたのね。」

 

ベッドサイドの椅子に腰掛けて携帯ゲームをしていた千景がヘッドホンを外しながら言った。

 

「ここ、は…皆は?あの後どうなった?」

 

「…一気に喋らない方がいいわ。あなた…、3日以上目が覚めなかったのよ」

 

3日以上も!?樹海化が解けたとこまでは記憶があるがその後は…。

 

「安心して。怪我の具合は良くないけど伊予島さんも土居さんも無事よ…。あれからバーテックスも攻めて来て無いわ。」

 

「そう…か。」

 

「千景はずっと側にいてくれたのか?」

 

「なっ!?違っ…わ、私は偶々近くに来たから寄っただけよ!!」

 

「そっかそっか。ありがとうな千景。」

 

「ッ~!////」

 

千景は真っ赤になって俯いてしまった。

 

ちょっと冷たさを感じてた彼女だがちゃんと心優しい所があるんだな。

 

「と、とにかく!私はもう行くから…。」

 

「あぁ。ありがとうな。」

 

千景は席を立つがドアの前で立ち止まった。

 

「今回は…」

 

「ん?」

 

「今回の戦いは結嶋君のおかげで勝てたわ」

 

「でも次は私が、あんなバーテックス私が倒してみせる…!」

 

「お、おい。あれは別に俺が…」

 

「それじゃあ。乃木さん達も、後から来るはずだから」

 

千景はそれだけ言うと病室を出て行った。

 

去り際の彼女の顔は何処か、何かに焦っているような感じに見えた。

 

奈津雄が球子と杏の病室を訪れられたのは身体の機能がある程度回復した数日後だった。

 

コンコンとノックをすると中から「どうぞー」と二人の声がした。

 

「よう。」

 

「おぉ!奈津雄!」

 

「奈津雄さん!」

 

「お互いしぶといな。具合はどうだ?」

 

「何とか元気になって来たよ!タマも杏も、もう少しで退院だって!花見やるぞ~!!」

 

「奈津雄さんは大丈夫なんですか?」

 

「あぁ。ここ2、3日でな、やっと身体が動く様になった。」

 

「良かったです!」

 

目の前の二人は夢にみた死に様とは違う。正真正銘元気な姿の二人だ。

 

「うん…本当…に、な。本当に良かった…」

 

気付くと奈津雄は駆け寄って二人を抱き締めていた。

 

「お、おい奈津雄!?」

 

「へっ!?へぇぇぇっ!?」

 

「お前等さ…死んじゃうんじゃないかって…俺、必死で…」

 

「…。」

 

驚いていた二人は黙り込む。奈津雄はいつの間にか大粒の涙を流していた。

 

「ありがとう…生きててくれて…本当にありがとう…。」

 

「…うん。」「はい…。」

 

「う…あ、あぁ悪いな。何か泣いちまって。」

 

「二人が無事なら良かったよ。花見、俺も行ける様にしはるからさ。またな!」

 

慌てて身を離した奈津雄は二人の病室を後にした。

 

―――――――――――

 

病室に戻った奈津雄自身はまだ出歩いていけない状態だったので戻った直後に見舞いに来た若葉達にたっぷりと説教をされたのだった。

 

 

----------------

 

あの時の彼ったら起きるなりいきなり病室からいなくなってたんですよ

 

病室に行ったらもぬけの殻で本当に驚きました

 

自分だって...無事とはいえなかったのに

 

 

 

 



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西暦編 10.花見と調査

「乾杯~!!!!」

 

丸亀城の敷地内、満開の桜の下で花見が始まった。

 

奈津雄、杏、球子は無事に退院、他の勇者メンバーとひなたに加え、今日は大社から巫女の娘達も呼んでの大所帯だ。

 

球子が釣って来た魚を振る舞い、ひなたと杏が作ったご馳走を皆で食す。一時の平和。

 

そんな楽しむ彼女達を奈津雄は一人離れた所から眺めていた。

夢で見た光景は一先ずの所解決した(余りにも現実味が有り過ぎたのでもう夢と言うより神託と大差無いのだろうが)。

 

球子、杏、友奈の危機は回避出来た。だが彼処で見た光景はまだ終わりではない。

 

神託で見た光景の順序的に次に危機に直面するのは…千景だ。

 

奈津雄は思い返す。病室で去り際の彼女の焦るような表情と強い言葉。

 

『でも次は私が、あんなバーテックス私が倒してみせる…!』

 

「あれに何か原因があるんかな…」

 

「原因?何だ聞かせてみろ」

 

「…あまり驚かせないで下さいよ、烏丸先生。」

 

いつの間に来たのか、奈津雄の隣には大社の巫女の一人、烏丸久美子が座っていた。

 

「上里から大体の事は聞いてる。大活躍だったそうじゃないか、欠番勇者。」

 

「別に…無我夢中でやっただけですよ。ってか何なんですその呼び名?」

 

「今私が考えたのさ。お前は世間には公表されてない非公式な存在だからな。」

 

「…。」

 

「話してみろ。お前の受けた神託の様な物、まだ終わってないんだろう。」

 

何やら面白げな、期待する様な感じで彼女が問いかける。

 

「えぇ、まぁ…。自分が次に見たのが…」

 

奈津雄は神託で見た内容と病室で千景が見せた様子を話した。

 

「ふむ…。」

 

久美子は花見を続ける一同を見ながら何か考え込んでいた。

 

「パっと見た感じ郡に不安な兆候は見えんがな…」

 

「…しかし念の為だ、アイツに話を聞こう。花本!」

 

「はい、何でしょうか烏丸先生…結嶋様も。」

 

久美子が呼んだのは同じく大社の巫女であり千景を勇者として見出だした花本美佳だった。

 

「上里からこいつの受けた神託の事情は聞いてるな?」

 

「ええ、大体の事は。」

 

「では単刀直入に言う。次に危機に直面するのは郡だ。」

 

「…ッ!?郡様が!!それは確かなんですか結嶋様!」

 

美佳は奈津雄に詰め寄る。彼女は千景へ崇拝に近い情を抱いている。尋常じゃない雰囲気だった

 

「花元さん落ち着いて。うん…。自分が見た限りだと次は千景だ。今はそうは見えないけどこないだの戦いの後から千景の様子がちょっと変でね。」

 

「何か君の方で解る事があれば教えて欲しいんだ。どんな些細な事でもいい、頼む。」

 

「結嶋様…解りました。」

 

そこから美佳は千景について自身の実家の寺の従業員を通じて得たありとあらゆる情報を語り出した。

 

内容は正直、耳を塞ぎたくなる事しか無かった。これが事実なら千景は勇者になるまで生地獄にいた事になる。

 

そして美佳は最後に大社が千景を高知の実家に帰省させようとしている案が上がっていると語った。

 

切り札を使った戦闘による精神の磨耗、これを家族の元に帰って癒そうと言うのだ。

 

美佳は神官達に抗議したが聞き入れられる事は無かったそうだ。

 

「これはさっさと動いた方が良さそうだな。」

 

「はい…郡様が間違った舵取りの犠牲にならない為にも、お願いします。」

 

とりあえず明朝現地に行こう。

 

考えを纏めた奈津雄は皆の所に戻る。

 

「あ、奈津雄君。久美子さんと何話してたの?」

 

戻って来た奈津雄に友奈が話かけて来た。

 

「ん?まぁ…最初の聴取の時から久々にあったからさ、色々と、な。」

 

「そうなんだ…。ねぇ奈津雄君」

 

「うん?」

 

「何かは解らないけど困ってる時は話してね?私じゃ力になれるかは解らないけど…」

 

「…ありがとう友奈。その時は必ず頼るよ。」

 

「うん!!任せて!」

 

屈託の無い笑顔で彼女は笑うのだった。

 

――――――――

 

奈津雄は千景の危機回避に関して考案した2つのプランをひなたに話し、高知にある千景の故郷へ向かった。

 

到着した過疎化しつつある村、その中にある千景の実家、奈津雄はその異常さに恐怖を覚えていた。

 

家の外壁の至る所に下劣を通り越した罵詈雑言の落書きと貼り紙がしてあるのだ。

 

これは…来る家を間違えてるな。表札はきっと範馬と書かれてるはずだ。

 

そう願いながら表札に貼られた悪口の書かれた貼り紙をバリバリと剥がす。

 

「マジかよ…」

 

そこには紛れもなく「郡」と書かれた表札が顔を出した。

 

ダメだ、これはマズい。今の千景をここに帰したら取り返しの付かない事になる。

 

奈津雄は足早にその場を後にすると美佳の取り計らいで現地に来ていた彼女の寺の従業員と落ち合い、情報をより詳しく整理し香川へと帰還した。

 

村で得た情報、これを報告書に纏めて大社に提出するのだ。

そしてそこに加えるもう一つの情報、切り札の連続使用にによる影響に関する事だ。

 

これは杏が独自に研究してた事で、入院中に聞かされた。人が触れない領域に入った際に起こる精神的なダメージ、強烈なマイナスイメージや疑心暗鬼を起こす等という内容だ。

 

そしてこれを恐らく大社は把握しておらず、改良の余地がある事。

 

上を動かせる十分な材料は揃った

 

巫女の美佳が抗議をしてもダメだったが勇者である自分なら…。

 

翌日、報告書を纏めた奈津雄はひなたに付き添って貰い大社へ向かった本部で美佳と落ち合い、提出を済ませる。

 

神官は報告書を受け取りながら怪訝そうな顔で言った。

 

「あの…郡様なら先程我々からご実家へ帰省なされるよう通達したのですが…もう向かわれてるかと」

 

事態は、最悪な方向へと動き始めていた。

 

--------------------

精霊の力の行使...これによるデメリットは私も把握していました

 

その力を使った千景さんの様子が妙な事に最初に気づいたのが彼で、直ぐに行動に移したのも彼でしたね

 

私は、私達はもっと早く知るべきだったんです

 

千景さんのこれまでと、そこに纏わる陰惨な出来事を

 



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西暦編 11.入れ違い

「あの…郡様なら先程我々からご実家へ帰省なされるよう通達したのですが…もう向かわれてるかと」

 

大社本部で報告書を受け取った神官の言葉に一同は愕然とした。

 

完全に行き違った。

 

奈津雄の出したプランの一つは高知での報告書を提出しひなたと美佳を助言役に大社上層部の説得、千景の高知行きを阻止、彼女の両親を大社の権限を持って強制移送するという物だった。

 

だが今この方法は完全に断たれた。

 

「ひなた」

 

「はい…」

 

「もう一つの作戦、あったろ?あれを実行に移そう。」

 

「解りました。」

 

「ひなたは俺から連絡が来たら神官達を大会議室に集めてくれ。安芸さんや巫女の皆にも手伝って貰って。」

 

「奈津雄さんは現地に向かうのですね?」

 

「あぁ、花本さんも一緒に連れて向こうにいる烏丸先生と合流するよ。助っ人も呼ぶ。」

 

「そうですか、それなら此方は任せて下さい。どうかお気をつけて!」

 

「わかった。」

 

奈津雄は神官に見付からない様、美佳を連れて大社を出た。

 

「結嶋様、先程のもう一つの作戦というのは…?」

 

「今から俺達は高知にある千景の村に行く。最初のプランが失敗した時に直ぐに第二プランに移れるよう、先行して現地に到着してる烏丸先生と合流するんだ。」

 

「その後は?」

 

「今の千景の状態は普通じゃない。考えたくはないがあの村で何をするかわからない。」

 

「そこを俺と君、それと後から合流する助っ人と止める」

 

「烏丸先生にはライブ配信機材を持って行って貰ってるんだ。ひなたが集めた神官達に一連の様子を見せて現状の認識を改めさせてやるのさ。」

 

「成る程…ところでその助っ人というのは…」

 

「それはこれから呼ぶ」

 

奈津雄はスマホを取り出して答える。

 

かける相手は勇者の中で千景を一番よく理解する人物─

 

「もしもし高嶋です!…って奈津雄君?始めてだね!電話くれたの!!」

 

「友奈か。今、大丈夫か?」

 

「うん。どうかしたの?」

 

「突然だけど、昨日の花見の時さ、困ってる時は話して欲しい、力になれるかもって言ってくれたよな。」

 

「…うん。言った。何か、あったんだね?」

 

「あぁ、これから千景がちょっと大変な事になるかもしれない。だから友奈の力を貸して欲しいんだ」

 

「ぐんちゃんが!?わかった!どうしたらいいの?」

 

「今から友奈の端末に千景の実家の位置情報を送るからそこへ来て欲しい。勇者の力なら、そんな時間はかからないはずだ。俺も向かうよ。」

 

「了解!高嶋友奈、行きます!!」

 

「頼む!」

 

奈津雄はスマホを切った。大きな誤算はあったが第二プランの準備は整えられた。

 

「結嶋様…。」

 

「花本さん、俺達も行こう。皆で千景を助けるぞ」

 

「はい!!」

 

奈津雄はスコーピオンバーテックス以来久々となる勇者システムを起動させ勇者装束を見に纏うと美佳を抱きかかえる。

 

「飛ばすぞ、しっかり掴まってて!!」

 

「はい!」

 

美佳を抱きかかえた奈津雄は高知へ向かう。

 

 

こうして第二プランの幕は、今切って落とされたのだった。

 

 

---------------------

 

あれは完全に想定外の事態でした

 

でも大きな転機を産むきっかけでもあったんです。

 

彼の起こした行動が、若葉ちゃん達勇者の負担を減らす大きな...

 



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西暦編 12.彼岸花は風に舞う

バサリ、千景は目の前の女学生...かつての自分をいじめていた同級生達の足元に罵詈雑言が書かれた紙を投げ捨てた。

 

これらは全て郡家に投げ込まれていた物だ。

 

高知の実家の惨状は悪化の一途を辿っていた。

 

勇者の戦闘の影響が一般市民の生活に何らかの影響を及ぼす事は周知されており、その怒りの矛先は勇者の千景へ、元々村内の腫れ物扱いだった郡家へと向けられていたのだ。

 

『私達は戦ってる』

 

『一生懸命、戦ってる』

 

『なのに何故...?』

 

『何故こんな目に会わないといけないの?』

 

『どうして?』

 

『どうして...?』

 

『許せない...』

 

『許せない...』

 

「許せない...!!!!」

 

千景は勇者システムを起動させ瞬時に大鎌を振り上げると目の前の少女に躊躇いなく振り下ろした─

 

しかし

 

振り下ろされた刃は少女の目の前で割って入って来た長刀によって防がれていた。

 

「あ、危ねぇ...。どうにか間に合ったな。」

 

「...ッ!結嶋君!?」

 

「探したぞ千景。どうした、揉め事か?」

 

「ふざけないで!あなたには関係ない!!」

 

「...いや、そうでも無いさ。ここに来るまでお前の事で色々知って俺も今じゃ半ば関係者だよ。」

 

「何をッ...!?」

 

「花本さん。」

 

奈津雄は後ろで控えている一緒に来てくれた巫女、花本美佳へ声をかける。

 

「気は進まないだろうが後ろの連中を安全な所へ頼む。」

 

「...はい、解りました。どうかご無事で。どうか郡様を、郡様をお願いします。」

 

「任された。」

 

美佳が千景に殺されかけた女学生達が離れたのを見届けて奈津雄は切り出した。

 

「...さて千景、こっからは俺が相手になるよ。」

 

「だからさ、お前が今まで溜め込んでた物全て吐き出しちまえ」

 

「それで、全部吐き出したらさ、帰ろうぜ。丸亀城に。」

 

「...あなたにそんな事話した所で!!」

 

「溜め込むから悪い方向に行くのさ。吐いちまえばいい」

 

長刀が大鎌に押し切られる

 

「父はろくでなし、母はそんな家族に見切りを付けていなくなって...!」

 

「残された私がどんな仕打ちを受けて来たか分かる!?」

 

「あの親のした行いが全て私のとこに来た!」

 

千景の斬激が続く。彼女の気迫の乗った独白に奈津雄は防戦一方だった。

 

「でもあの日、勇者に選ばれてやっと変わったの!解放されたの!!」

 

「皆が私を見てくれる!愛してくれるんだって!そう思って戦ったのに!」

 

「…なのに、これは何?何なのよ…結局何も変わらなかった...」

 

「大社に言われて帰って来たけど歓迎される所じゃなかった...!」

 

「もう嫌なの!」

 

「だから!!」

 

「だから全部終わらせてやるの!!!!」

 

千景の身体から力の奔流が迸る

 

『切り札か…!!』

 

先日のスコーピオンバーテックスとの戦闘で奈津雄にも切り札じみた力が発現したがあれ以降いくらやっても力の発現は出来なかった

 

『これは...どこまで耐えられるか...』

 

「あああああぁぁぁぁっ!!!!」

 

先程よりも早く、鋭く千景の斬激が奈津雄を襲う。

 

「ぐぅっ!!!!」

 

捌き切れず吹き飛ばされた奈津雄は木の幹に叩き付けられた。

 

「…。」

 

白い強化装束に身を包んだ千景が鎌を引きずりながら一歩づつ、ゆっくりと迫る。

 

「...なぁ、千景。確かにお前の故郷の連中お前に対してはそうだったかもしれない...」

 

「けど、けどさ...一緒に戦って来た連中の事を忘れてないか。」

 

「確かに一般人や大社の連中からは勇者の戦いは見えないよ、どんな事してるかも憶測でしか知らない。」

 

「それでも一緒に戦う千景の頑張りは若葉や球子に杏、ひなたに離れてはいるけど花本さん…それと友奈が一番よく知ってる。」

 

「俺だってそうさ」

 

「お前は俺達が認める立派な勇者だよ。」

 

「千景はそれすら否定して壊すってのか...?」

 

「...っ!!!!」

 

「私は…」

 

千景の足が止まる。

 

『あなた、結嶋君の事、本当に信じられて?』

 

『この人だって大社と同じ…貴方という道具を失いたくない為にここにいるかもしれないのよ?』

 

『結嶋奈津雄は貴方の敵よ』

 

切り札の影響による千景の影が悪意をもって彼女の心に語りかける。

 

「私は…私は…!!!!」

 

『敵は...怖いものは全部、倒さなくちゃ』

 

「私...は...。」

 

千景の切り札の能力、七人御先が発現した。身動きの取れない奈津雄に千景の分身体達が一斉に襲い掛かる

 

「千景…!!!!」

 

七人御先達に奈津雄を羽交い締めにさせた千景は大鎌を振り翳す。

 

「終わりよ!結嶋奈津雄…!!!!」

 

大鎌が奈津雄の腹部に深く突き刺さった。

 

「がっ...!!!!はぁ.......っ」

 

激痛が駆け巡る。

 

『ああ、クソッ!、これは…。』

 

『ダメだ...これじゃあ...!』

 

奈津雄は片膝を付く、痛みが強くもはや動く事は叶わない。

 

千景を助けなきゃいけないのに。

 

『あ...千、景...ごめんな...』

 

奈津雄の意識が遠のき始めようとするその時だった。

 

「ぐんちゃーん!!!!」

 

桜色の影が二人の間に舞い降りた

 

「勇者...!パァーンチ!!!!」

 

友奈の渾身の一撃が千景に叩き付けられれた。

 

千景は防ぎきれず友奈ともみ合いながら転がって行く。

 

そして漸く止まった先で友奈は呆然とする千景を抱き締めていた。

 

「た、高嶋さん…!?」

 

「ぐんちゃん!!」「ぐんちゃん!!」

 

千景を抱き締めながら友奈は泣いていた。

 

「ここに来るまでね、聞いたよ。ぐんちゃんの全部。」

 

「仲良くしてても、私全然ぐんちゃんの事知らなかった…!」

 

「気付いてあげられなくてごめん…ごめんね」

 

「高嶋さん…。」

 

「私、怖い、怖いのよ…!」

 

「大丈夫だよ、ぐんちゃん。何があってもぐんちゃんの事は私が守る。皆も一緒だよ!」

 

「だから…帰ろう。皆の所に。」

 

「もう…大丈夫。」

 

「高嶋…さん…」

 

「大丈夫、だから...!」

 

千景の切り札が解除されていく。

 

友奈の言葉が、最後に漸く千景の心に届いたのだった。

 

――――――――――――

 

「よう、生きてるか?欠番勇者」

 

「またその呼び方ですか烏丸先生…」

 

「もうじき救護班も来る。」

 

「千景達は…?」

 

「無事だ。大した怪我も無い。」

 

「良かった...それで、首尾の方は?」

 

「先程上里から連絡が入った。そちらも問題無しだ。」

 

今回奈津雄が用意したもう一つのプラン。

 

ライブ配信機能付きドローンを積んだ車で久美子に先行して高知の千景の実家に向かい、千景が暴走した際に機材を機動。

 

そこに奈津雄が止めに入り彼女の事情を聞き出しながらライブ配信で大社本部に流しその際にひなたを解説役にし、彼女の事情から勇者の道具扱いする考えを改めさせ、また切り札の影響による危険性をその目で知らしめる為であった。

 

友奈に関しては奈津雄自身、千景を止めるのに力不足を感じたので止めにと呼んだと言うわけだ

 

殴って止めるとまでは予想してなかったが…

 

大社側の行動が此方の予想を上回ってたのは完全に予想外ではあった作戦は完遂したと言える。

 

また一つ、勇者の直面する危機を回避する事が出来た。

 

「…。」

 

危うい所ではあったが今回もどうにか出来た。友奈の助けが無かったらどうなっていたか…。

 

『千景、無事で良かった』

 

奈津雄は満足して意識を手離した。

 

――――――――――

 

「う...」 

 

奈津雄はゆっくりと目を覚ます。今回もまた病院のベッドの様だ。

 

「...起きたのね。」

 

ベッドサイドの椅子に腰掛けて携帯ゲームをしていた千景がヘッドホンを外しながら言った。

 

「千景...。」

 

「まだ動いてはダメよ」

 

起き上がろうとした奈津雄を千景が止める。

 

「結嶋君...今回の事、本当にありがとう...それとごめんなさい。」

 

「あなたと、高嶋さんのおかげで私、気付けたわ…皆は友達として私を愛してくれてたって」

 

「何だか、とても悪い夢を見てたみたい...」

 

「でもそれももう終わり。これからは本当の意味で前を向いて行ける…私として、勇者として、皆と一緒にね。」

 

「...そうか。」

 

「それと私の家族ね、香川に引っ越したの」

 

「...!?じゃあ、あの村には!」

 

「ええ、もう二度と戻る事はなくなったわ。」

 

千景はあの村から漸く解放されたのだ。

 

「それじゃあ、そろそろ私は行くわ。また来るわね。」

 

「なぁ、千景。」

 

「今度さ、一緒にゲームやろう」

 

「...えぇ!覚悟しなさい、容赦しないわよ。」

 

千景は満面の笑みでこたえた。

 

それは奈津雄が初めて見た、彼女の心からの笑顔だった。

 

----------------

 

本当に目まぐるしい一件でした。

 

千景さんの事、現状を大社本部へ映像付きで訴えた事、体制に変化が起きる事...

 

でもそんな中で友奈さんや花本さんが、そして彼が果敢に行動してくれたから解決へたどり着いたんだと思います

 

今回も彼はボロボロでしたね。烏丸さんが付き添ってましたが気に入られてるんでしょうか

 

彼が聞いたらきっと不服に思うかもしれませんけどね

 

 



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西暦編 13.休養と状況把握

「…以上が今回の顛末になります。」

 

「ありがとうひなた。いきなりの無茶振りで申し訳なかったが…」

 

奈津雄は病室でひなたから今後の大社内の動きに関する報告を聞いていた。

 

先日の千景との様子を大社側へリアルタイム映像で流しながらひなたの解説を元に上層部の意識の甘さを思い知らさせる作戦…手応えはかなりあったようだ。

 

切り札の研究には杏の考察を取り入れた研究が進み、ケアの一環としてこれまで接触が禁じられていた巫女と勇者の交流を解禁する流れとなった。

 

「…全く!本当に無茶をしたな!!」

 

「そうだぞー!奈津雄!!タマ達今回完全に傘の外じゃないかー!」

 

「タマっち先輩、それを言うなら蚊帳の外だよ…」

 

病室にはひなた以外に若葉と球子、杏も来ていた。

 

奈津雄はあの戦いで命に別状は無かったものの、千景の武器である大葉狩が腹に突き刺さってしまっていた。

 

その治療はまだ終わってないのだ。

 

「いや悪かったって…何分緊急を要する事態だったからして…」

 

「でも友奈のやつには声かけたんだろー?」

 

「う…ま、まぁそこは適材適所…というか…って止めろタマ!!頭をグリグリするな!!!!」

 

「球子…もうそれぐらいにしとけ。それで、千景の方はどうなんだひなた。」

 

「落ち着いてますよ。御家族の問題は一先ず解決、カウンセリングを受けながら友奈さんと花本さんが付きっきりで看病してますから」

 

「そうか…なら安心だな。今の所バーテックスの襲撃は?」

 

「神託は特に降りていません。ですが大社側で勇者に結界外にいる敵の討伐作戦が打ち上がってると聞いてます。」

 

「こっちから仕掛けるってのか。今までとは違うのな」

 

タマのグリグリから解放された奈津雄が言う。

 

「大社の方針に何か変化があっのですかね…」

 

神妙な表情で杏が言う。

 

「とにかく今は千景と奈津雄の治療が最優先だ。先の事を考えるのはその後だ。」

 

「奈津雄、色々言いたい事はあるが今はゆっくり休んでくれ。それと千景の事ありがとうな」

 

「いや…あいつは俺達以上に色々抱え込んでた。それを今回で全部吐き出せたから結果オーライよ。」

 

「それと、最大の活躍は友奈だよ。あいつが間に合わなかったら本当にヤバかった」

 

「…良かったよ本当に。」

 

奈津雄はベッドの背もたれに身体を預け深く溜め息を着く。

 

「それでも」

 

「それでも最初に千景の為に動いたのは奈津雄だ。」

 

「だから…ありがとう。仲間を助けてくれて。」

 

「おぅ…。」

 

若葉は真摯な礼を告げるとひなた達を連れて病室を出て行った。

 

少し気恥ずかしい気持ちはしたが、勝ち取った未来に安堵し奈津雄は一人目を閉じたのだった。

 

-------------------------

千景さんの件も含めて私達は大きく一歩を踏み出せたと思います

 

しかしこれで一安心…とは行きませんでした

 

大社が下した次の作戦、大きな困難がまた私達に襲い掛かろうとしてたとはその時は知るよしもなかったんです



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西暦編 14.思い出したくなかった

「…。」

 

病院の屋上のベンチで奈津雄は一人ぼんやりと空を見上げていた。

 

あれから傷は完治し後は退院までの数日を待つばかりとなっている。

 

奈津雄の頭は今まで考えないようにしていた方向へと傾いていた。

 

そういえば元いた世界、自分が死んだ地球ってどうなったんだろう?

確かバーテックスは人類にのみ攻撃性を示す生物だからあちらに残ってるのは人間を除いた動植物のみとなる。

 

人間がいなくなった世界、おそらく蝕まれていた環境は急激に回復しつつあるのだろう。それはこちらも同様で若葉達からも聞かされた事がある。

 

…多分あの混乱じゃ家族は生きていないだろう。

 

後悔があるとすれば、両親の死に目に立ち会えなかった事…。

 

そして最近の自分は徐々に親のいない寂しさに苛まれてる。

 

神樹に言われるがままこの地に来て、頼まれ事をこなし敵と戦う。

 

考える余裕すらも無かった

 

丸亀城に寮はあるものの、奈津雄は異邦人でありこちらには戸籍も帰る家も、待ってる人もいない。

 

「ホームシックかよ…」

 

考えないようにはしていたが溢れ出てしまった。

 

いつの間にか、つぅと頬を伝って涙が落ちて行く。

 

父に、母に、また会いたい。会ってちゃんとさよならを言いたい。

 

独り泣く。嗚咽が、風にのまれて行く。

 

周りの勇者も千景の様な例外を除いて似たような境遇だと聞いたが普段見せないだけで実は色々と抱えているのかもしれない。

 

青空を睨む。涙が溢れるのはまだ止まりそうにない。

 

「…結嶋君?」

 

背後から遠慮しがちな声がかかる。慌てて涙を拭う。

 

「千景…。」

 

そこには病衣にカーディガンを羽織った千景が立っていた。

 

顔色はかなり良くなってる。友奈と花本さんの尽力のおかげだろう。

 

「隣、いいかしら?」

 

「ああ」

 

「いいのかよ、出歩いて。」

 

「それはお互い様。私はもう元気なんだから」

 

「ふふ…そうだな。」

 

「ねぇ…さっき、何を泣いてたの?」

 

「…。」

 

見られていたらしい。

 

「私もね、高嶋さんみたく上手くはいかないかもしれない」

 

「でもあなたの抱えてる物、和らげてあげられると思うの。」

 

「だから…話してみて。」

 

「今度は私があなたを助ける番よ。」

 

「千景…。」

 

変わっな、千景…前よりも強さとそれ以上に暖かな優しさを感じる。

 

話してみよう。今なら…今だったら。

 

奈津雄は千景に胸の内に仕舞っていたポツリ、ポツリと話し始めた。そんな奈津雄にたまに相槌を付きながら優しく聞いてくれた。

 

「…とまぁこんなとこ。」

 

「そう…。全部吐き出せた?」

 

突然千景が立ち上がると奈津雄の正面に立つ。

 

「?おい、千景?」

 

「私は…口下手だからこういう風にしか出来ないけど」

 

そう言って両手を広げたそのまま千景は奈津雄を強く抱き締めた。

 

「頑張ってたのね今までずっと…」

 

「…うん。」

 

千景の暖かな体温と言葉が奈津雄の心に染み渡って行く。

 

それは遠い昔、母がそうしてくれた事と同じだった。

 

いつの間にか自分も千景の背に手を回していた。

 

いつまでそうしていただろうか、お互いに身を離す。

 

少しだけ名残惜しさを覚える。

 

「その、ありがとう千景。」

 

「俺さ…」

 

続けようとした奈津雄の口を千景の人差し指が塞ぐ。

 

「それ以上は良いわ。」

 

「そ、それよりも!今の事は他言無用よ?」

 

「…解ってるよ」

 

苦笑しながら答える。

 

「次の御役目もあるし、もう戻りましょうか。」

 

「そうだな。」

 

二人して屋上を出る。

 

だが二人は気付いていなかった。

 

屋上の物陰、若葉、ひなた、球子、杏、友奈が五人が一部始終を見ていた事に。

 

「…。」

 

そして彼女達の胸の内、奈津雄を抱き締める千景を目にした時から理由もわからないざわめきが芽生えていた。

 

---------------------------

彼がここに来る前の事を聞いたのはこの時が初めてでした

 

連戦続きでしたからね、私達も聞く余裕が無くて

 

それを聞いた千景さんにはちょっと妬けちゃいました

 

あ、これは内緒ですよ

 



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設定 主人公について等

主人公に関しての設定とか。

 

⚪氏名/結嶋 奈津雄(ゆいじま なつお)

性別/ 男性

年齢/不詳(こちらに来てからの見た目から14~5歳と本人は推測している)

身体は100%御姿

 

⚪来歴

元はバーテックスしか来なかった地球で星屑に襲わ

れて死亡した30代会社員男性。

性格は生真面目かつ見た目に反して中身は享年相応に落ちついており素直。強烈に個性的な性格とかはなく本当に普通の人。

 

一人称は俺。

 

父・母そして結婚を控えた妹の一般家庭で、両親からの愛情を受けて育った。    

 

彼を呼び出した土地神及び神樹に呼び出された当初は戦う事を忌避し成仏を願っていたが不幸にも聞き入れられなかった為、当初は内心あまりやる気が無かった。

 

食べ物の好き嫌いは無いが丸亀城に来てから若葉達にうどん洗練を受けている

 

⚪勇者として

 

勇者装束と変身用アイテムは大社の制作物でなく全て土地神と神樹が用意した物

 

・変身用アイテム

 

旧世代型の携帯型パッド&勇者メダル。

パッドを開いて中の窪みにメダルをセットすると変身可能に。

また、パッドは通信機器や樹海化警報、レーダー機能も装備されている。

完全な神の創造物なので大社の解析はロクに出来ず内部はブラックボックスと化している。しかし、端末に外付けとして人類製の追加機能を付与出来る。

 

・武器を所持した状態での変身をする若葉達に対して奈津雄の武器は変身後に現れる。

勇者として覚醒の過程を追っていないが為の仕様であろう。

 

・元は純粋な一般人の為戦闘訓練は受けておらず、初変身では勇者の力で強引に戦っていた。

なので技量面では最弱。若葉達との強烈な訓練のおかげで徐々に上がってはいるがまだまだである。

 

出自の説明が複雑過ぎる関係から大社は世間に彼の事は公表しない方向で決定付け、本人は特にその事は気にしていない。

それ故烏丸久美子からは「欠番勇者」のあだ名をつけられている。

 

・勇者装束と武器

 

勇者装束は蒼黒いボディースーツの上から袖に銀色の籠手が付いたタキシードの上着の様な物を羽織っている。

 

・武器/長刀 左肩の後ろに柄を逆さの状態でホルダーに収まっている。

 

・能力/流体霊力発現

与えられた勇者の力と勇者装束に備わっていた能力。

若葉達の使う切り札とは根本的に違う力で、神樹に与えられた勇者の力を全身に行き渡らせて使用、身体能力を飛躍的に向上させる。

 

発動中は全身を蒼く光るラインが行き渡る。

 

精神汚染等のデメリットこそ無いものの体力の消費が激しく使用後に気を失う辺り、現状使いこなせていない様子。

 

因みに完璧な制御と応用で力の向上意外にも使い道がある。

 

人類が勇者システム開発過程で編み出した切り札を与えなかったのは戦闘によるデメリットを見ていた新樹の取り計らいによる物で「勇者の直面する危機を救う」という使命に支障をきたさない為である。

 

因みに奈津雄本人はこの発動条件が何なのかがまだわからない。

 

 



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西暦編 15.蒼い流星となって

千景と奈津雄、両名は無事に退院の日を迎えた。

 

丸亀城に戻り数日のリハビリ訓練期間を挟んで鈍っていた身体を元に戻す。妙に甲斐甲斐しい彼女達の様子に奈津雄は違和感を覚えながら作戦の決行日がやって来た。

 

作戦は結界の、壁外瀬戸内海上にいるバーテックスの討伐だ。

 

「さーてやって来たのはいいけど何がいるんだ?」

 

球子が言う。

 

「今回は敵の動きがいつもと違う。全員、気を引き締めて行くぞ!」

 

「はい!」「ええ!」「おー!!」

 

若葉の号令に杏、千景、友奈が続く。

 

「…。」

 

「ん?、どうした奈津雄。」

 

「タマ…いやなに、今までに無い戦いだからさ。」

 

「心配しなくてもタマが付いてる!大丈夫だ!!」

 

「…うん、そうだな!」

 

全員は結界を潜った。

 

そこには

 

以前戦った蝎型を越える大きさのバーテックスが今まさに形成されている最中だった。

 

「…帰るか」

 

「おい!!!!」

 

回れ右をした奈津雄の襟首を若葉が掴む。

 

「冗談だよ!…はぁしっかしこんなデカく育っちゃってまぁ…。」

 

「どうしましょうか…。」

 

「どうもこうもあるか!若葉、切り札で一気に畳み掛けよう!」

 

「私も賛成!」

 

「そうね…今はそうするしか手は無さそう。」

 

「仕方無い…完成する前に叩く!」

 

勇者五人は切り札を発動する。

 

「先ずは私が凍らせてみます!」

 

杏が雪女郎の猛吹雪を叩き付ける…が形成しつつある小型のバーテックスにダメージが行くのみで肝心の本体には蝎型の時と同様効果が無い。

 

「ならば!!」

 

若葉・千景・友奈の近接攻撃、そして球子の旋刃盤が大型バーテックス本体を駆け巡る。

 

やはり全員の攻撃を持ってしても大型バーテックスには傷らしい傷は付けられない。

 

奈津雄は杏の隣で戦況を見守るしかなかった。

 

ここは海上、足場も無く通常の勇者状態の奈津雄では跳躍してもバーテックスまでは届かない。

 

加えて彼の武器は杏の様な射撃型でなく長刀という近接型。

 

為す術がない状態だった。

 

『出番無しか...』

 

せっかくリハビリも終わったのに申し訳なさだけが心にのし掛かる。

 

その時だった

 

「ぐんちゃん避けて!危ない!!」

 

されるがままだった大型バーテックスから巨大な火球が発射される。

 

寸前で千景は避けたが七人御先は六人が全滅しそのまま本州の沿岸部に着弾、大爆発が起きた。

 

「こんなのどうやって戦えば…」

 

千景は火球の威力に呆然としている。他の皆も同様だった。

 

『おいヤバいだろ』

 

『なんとか…あの蝎を殺った時の力が使えれば』

 

長刀を強く握り締める

 

『考えろ』『考えろ』『考えろ』

 

若葉達の切り札

 

神樹の中の概念データ

 

違う

 

あの力は、あの時の力…

 

ダメだ。奈津雄は考える事を放棄した。目を閉じて無意識に長刀を構える

 

此方に来る生前…困難な時、難しく考えてロクな事が無かった。

 

長刀を構え心を無に…身体の内側に宿る神樹の力に集中。

 

それを全身に行き渡らせるイメージを描く

 

「え、奈津雄さん!?」

 

杏が隣で叫んでいる。

 

目を開けたそこには全身に青く光るラインが走っていた。

 

「これだぁっ!!!!」

 

「解った!!そうだ…やっぱり難しく考えるからダメだったんだ!」

 

「そうか、そういう事か!」

 

「でもな…でもまだ足りない!!!!」

 

奈津雄は更に内側から力を引き出す。

 

長刀にも青いラインが、そして彼の身体を蒼の光が包み込んでいた。

 

『今だッ!!』

 

奈津雄は壁上から巨大バーテックス目掛けて跳躍する。

 

若葉達のおかげで表面にいくら攻撃を加えても無駄だと解った。

 

なら狙うは…

 

奈津雄は形成しかかっているバーテックスの部分まで跳躍し、そのまま勢いを付けて中に飛び込んだ。

 

思った通り、形成された内側は脆い。

 

大型バーテックスの 内側、結合した小型バーテックス達は蒼い光に触れて霧散していく

 

『このまま掘り進んでやる!』

 

―――――――――――――――――――――――

 

「お、おい杏!今のは何だ!?」

 

壁上に帰って来た若葉達は杏に問い掛ける。

 

「わ、解りません…奈津雄さんが光だしたと思ったらバーテックス目掛けて飛んでちゃって」

 

「なにそれ…」

 

「結嶋君、どうするつも…」

 

千景が言いかけたその時だった。

 

ボコボコボコッ!!!!

 

巨大バーテックスの身体が無数に膨れ上がる。衝撃でその巨体がよろけ始めた。

 

「な、何だ…」

 

「奈津雄だ…バーテックスの中に入って暴れてるんだよ…」

 

「凄い…。」

 

「あ!見て!!」

 

表面の膨れが全身に回った時、幾筋もの蒼い光が放出され、巨大バーテックスは内側から弾け飛んだ。

 

巨体を構成していた小型バーテックスが散らばる。

 

「杏ー!!」

 

「もう一度雪女郎で!今なら行けるはずだーっ!!」

 

「は、はいっ!!」

 

弾けたバーテックスの中から一緒に出て来た奈津雄が杏に叫び直ぐ様雪女郎の猛吹雪が散らばるバーテックス達を凍り漬けにする。

 

「よーし!これなら!」

 

「二度と再生出来ない様にしてやるー!!」

 

勇者達が凍り漬けを免れた小型バーテックスに攻撃を仕掛ける。

 

程無くして小型バーテックスは全滅。戦闘は終わり告げた。

 

「ぶはぁっ!!」

 

壁上に奈津雄が降り立つ。同時に蒼い光と全身のラインも消えて行く。

 

「奈津雄さん!大丈夫ですか!?」

 

駆け寄って来た杏が心配そうに叫ぶ。

 

「お、おぉ…なんとかな…。」

 

「やりましたね!作戦成功ですよ!!」

 

「そうだな…でもそれより今は…」

 

「?」

 

「腹減った。うどん食べたい」

 

「あはは…。」

 

こうして結界外の巨大バーテックス討伐作戦は幕を閉じた。

 

土壇場の土壇場ではあったが、奈津雄は自身の力の引き出し方を会得したのであった

 

----------------

 

壁外調査、まさか外にあんな大型のバーテックスが待ち構えてたなんて思いも寄りませんでした

 

あれが完成し結界内に入られてたかと思うと今でもゾッとします。

 

そして奈津雄さんの見せたと言う力...神樹様は彼にどれだけの物を与えたのでしょうね

 

 

 

 



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西暦編 16.誰が為に

勇者達6人の壁外大型バーテックス討伐作戦、これの成功発表に世間は湧いていた。

 

大社とマスメディアは勇者の活躍を大々的に取り上げ人々を盛り上げている。

 

「どこもかしこも私達の事ばかりね…」

 

連日の報道に隣の千景は半ば呆れ気味だ。

 

二人は今、丸亀城敷地内の庭園で約束していた一緒にゲームをしている。他の皆も自然と集まって来て思い思いに寛いでいた。

 

「大戦果だったしな今回は。無理も無いさ」

 

「ねぇ結嶋君、あなたの活躍はその…全く知らされてないけど何か不満だったりしないの?」

 

「俺?あー…まぁ…何だ、その、実は自分は考えた事無いんだよな。」

 

「えー?ホントにかー?」

 

からかう様に球子が言う。

 

「嘘じゃないさ」

 

「お前らに拾われてからこっち、訓練に連戦続きだったからな。とにかく付いて行かなきゃみたいな事しか頭になかったし…」

 

「最初のお前は勇者の力をただ力任せに奮ってたからな…だがあの時からすれば腕も随分と上達したじゃないか。」

 

「どうだろう…あまり実感は無いけどな。でも今の俺があるのは皆のおかげだ。」

 

「こっちに来て何も無かった俺にとっちゃ、ひなたも含めて皆が俺の育ての親みたいなもんだよ。」

 

「育ての親って…奈津雄君もしかしてお母さんやお父さんが恋しかったりするの?」

 

友奈が実に的確な質問をして来た。親が恋しい、確かにそうだ。

 

「こないだもホームシックだとかで私の腕の中で泣いてたものね…」

 

「ぐんちゃんやめて下さいそれ言うの」

 

「あなたにその呼び方を許可した覚えはないのだけど…?」

 

ゴゴゴゴっと背景に音が入りそうな勢いで千景が怒る。

 

「と、とにかく!」

 

「俺の存在や活躍が世間に知られなくても皆が見ててくれてる、覚えててくれてる。」

 

「大好きな人達がそうしてくれてるなら、それで俺は満足だよ。」

 

「「「「「…。」」」」」」

 

その場いた全員が黙り込んでしまった。心なしか一同頬がいつもより赤い。

 

「お、おい?何かおかしな事言ったか!?」

 

「ま、全く…お前という奴は…///」

 

「うぅ~///」

 

「奈津雄さんたら…///」

 

「…///。」

 

「えへへ…///」

 

「もう…そういうとこですよ…奈津雄さん…」

 

ひなたは奈津雄に聞こえないよう小声で呟くのだった。

 

―――――――――――――

 

―深夜。

 

丸亀城敷地内の一角で奈津雄は先日の戦いで会得した力を更にモノに術く鍛練をしていた。

 

内側から力を全身に引き出す。青いラインが行き渡る。

 

更に力を強めて長刀にも力を回す、青いラインが刀身にもはしる。

 

「ふぅ…」

 

長刀を収める。力の扱いはほぼ完全な物となっていた。

 

「他に何か出来ないのかなこれ」

 

面白半分、奈津雄は開いた掌に力を込めた。

 

「お…?」

 

開いた掌にバトンの様な光る棒状の塊が発生していた。更に力を込める、光る棒は更に太く大きくなっていた。

 

「もっと!」

 

更に力を込めると光る棒は電柱程の大きさに巨大化した。

 

「ふんッ!」

 

棒を空中に投げ上げた。手を離れた棒は状態を保ったまま霧散せず手に戻って来た。

 

「これ…。」

 

偶発的ではあるが新しい技の様な物が発見出来た。

 

恐らくこれに若葉達の勇者の力を込めたら更に強く、大きくなるんじゃないのか?

 

今度皆に頼んで試してみよう。まぁ次が何時になるかは解らないが…

 

軽く考える奈津雄の予想。それに反してその事態は間も無くしてやって来たのだった。

 

―――――――――――――

 

奈津雄さんはご家族を失ってこちらに来ていたんですよね

 

私達にはあの時何とも無いように振る舞ってはいましたがその目は何処か寂しげな…遠くを見るような目をしていたと思い出します。



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西暦編 17.活路は見出だせるか

広がる樹海、奈津雄達6人は迫るバーテックスを目の前にしていた。

無数の通常個体に加え蝎型に匹敵する大型個体が六つ。

幸いにも先日の戦いで倒した超巨大個体はいないようだ。

 

「壮観だなこりゃ」

 

「今度は帰るだなんて言うなよ奈津雄」

 

「言わないさ…この状況で。」

 

これを乗り切れば大社が用意した防衛プランが2つ実行可能だと聞く。一つは結界の強化だそうだ。

 

この効果は大きいだろう。だが一つのプラン、これは何をするつもりなのかは明かされてはいない。

 

大社は何を企んでいる…?

 

いや、今は目の前の敵に集中しよう。奈津雄は長刀を抜いて構える。

 

「今回は総力戦だ私と友奈はもう一つの切り札を使う」

 

「もう一つってあれ大社に使うの禁止されてたよな!?」

 

「大天狗に酒天童子、だったかしらね。」

 

「その、いくらケアが万全とはいえ大丈夫なんですか?」

 

「やるしかないよ…ここで退くわけにはいかないから。」

 

「確かにそうだが…状況は逼迫している。やむ無しだろう。」

 

「…奈津雄?」

 

「…いや、二人の判断に任せるよ。でもヤバくなったら直ぐに言えよ」

 

「ああ!」「うん!」

 

二人が元気良く答える。

 

「さーてそれじゃ景気良く行くか!」

 

「降りよ!大天狗!!」

 

「来い!酒天童子!!」

 

「七人御先…!!」

 

「行くぞ!輪入道!!」

 

「来て!雪女郎!!」

 

勇者達6人がその身に精霊を宿し姿を変化させる。

 

「…俺も何か名前とか考えとくんだったな。」

 

奈津雄は身体の奥から力を引き出す。武器と全身に蒼いラインが行き渡る。

 

「各自散会して大型を叩く!切り抜けるぞ!!」

 

若葉の号令と共に勇者と欠番勇者はバーテックスの大群へ向かって行く。

 

地中に潜った大型バーテックスが神樹へと向かい、こちらを友奈が担当し残りのメンバーで5体のバーテックスを相手にする。

 

これまでの試練、そして治療の改善により若葉達は驚異的なコンビネーションで敵を圧倒していく。

 

杏が凍らせ、7人の千景が大鎌で切り裂き、球子の炎が焼き付くし、若葉と奈津雄の高速斬激の嵐が猛威を震う。

 

『一応は優勢みたいだが…友奈は…』

 

奈津雄は神樹の方へ目を向ける。

 

そこには、地中から引き摺り出されたとおぼしき巨大バーテックスが友奈にマウントを取られる形でタコ殴りにされていた。

 

「わーお」

 

原形を止めない程殴られた巨大バーテックスが消滅していく。

 

流石は伝説の怪異を名乗るだけはある。

 

「皆ー!戻ったよ!!」

 

友奈が合流する。

 

「高嶋さん!無事…?」

 

「大丈夫だよぐんちゃん!私はまだまだ行ける!!」

 

「うっし!んじゃ最後の一片付けと…あれ?」

 

「な…!」

 

集合した全員は信じ難い光景を見ていた。

 

そこには、周りの通常個体のバーテックスが今までに無い速度で結合・再生をする倒した筈の大型バーテックスの姿があった。

 

「周りのは補充用だったって訳か…!」

 

奈津雄の額を一筋の汗が伝う。

 

果たして勝機はあるのだろうか

 

―――――――――――――――――

 

神樹様の結界強化の為の作戦がこの時でしたね

 

私は樹海へ入れませんから…戦況は伝え聞いた事しかなくて

 

でも此方は以前よりも増した万全の状態で臨みました

 

しかし敵は更にその上を行っていたんです

 

 



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西暦編 18.勇気のバトン

奈津雄達の目の前、倒した筈の大型バーテックスが尋常じゃないスピードで再生をしていた。

 

友奈が地中から引き摺り出してタコ殴りにした潜航型も混じっている辺りオールスター集合と言った感じだ。

 

『敵さんも考えを変えて来たって訳か…』

 

内心で溜め息をつきながら奈津雄は考える。

 

「何度再生しても構うもんか!もっかいタマが!!」

 

「よせ!!!!」

 

「な、…何だよ奈津雄…」

 

飛び出そうとした球子を奈津雄は急いで止めた。

 

「よく見てみろよ。補充に充てるバーテックスは俺達じゃ対処出来ないくらい残ってる。このまま繰り返してたら負けるのは…俺達だ。」

 

「なら奈津雄、この戦局どう覆す?」

 

若葉が静かに問い掛ける。

 

「一つだけ…、一つだけ方法がある。初めてやる事だし殆ど賭けになるけどな。」

 

「ここで同じ方法で連中とやり合うか、俺の賭けに乗るか。…どうする?」

 

――――――――――――――――

結局若葉達は奈津雄の賭けに乗る事にした。今は切り札を解いて補修されるバーテックス軍のかなり後方に下がって来ている。

 

「それで奈津雄君、賭けになるかもしれない作戦って何なの?」

 

「ああ、こないだ訓練中に偶然見付けたんだけどさ…」

 

奈津雄は片方の掌に力を込める。すると、蒼黒く光るリレー競技に使われるバトンの様な物が現れた。

 

「それは?」

 

「外に出した俺の力を形にした物。このまま力を込めれば大きく出来るし、手から離しても暫くは消えない。」

 

「タマ、今からこれ投げるから軽く殴ってくれ。」

 

「お!?おぉ…解ったよ。」

 

奈津雄は球子から十分に距離を取った。どうなるか…

 

「何が始まるんだ…?」

 

「さぁ…」

 

若葉や杏達は奈津雄のやろうとしてる事がさっぱり解らないと言った感じだった。それは指名された球子もまた同じだ。

 

「んじゃいくぞタマ!外すなよ!!」

 

奈津雄は光のバトンをタマに向かって放り投げた。

 

「解ってる…よ!!」

 

球子の拳がバトンに直撃する。その途端、バトンは何倍にも巨大化し轟音と共に地面に落下した。

 

「うわっ!?」

 

「なっ…!」

 

「えぇー!?」

 

「嘘…。」

 

「成功だな。これ俺の力だけじゃなくてお前達の力を注いでもデカくなるみたいだ。」

 

「どうするの…これ。」

 

「今から敵陣間近まで一人づつ間隔を明けながら並ぶ。」

 

「並びはこうだ。スタートは俺、次は杏、タマ、千景、若葉、そしてアンカーは友奈だ。」

 

「俺が全力でデカくしたバトンを投げるから後の皆も同じ様にやってくれ。」

 

「タマが軽い力を込めただけであれだけデカくなったんだ。全員で繋いだら…」

 

「多分大型も補修用のバーテックスも纏めて吹き飛ばせる、と…」

 

「恐らくな。友奈をアンカーにしたのは酒天童子の力で敵陣に打ち込めば最後にもっと被害を敵に出せると思ったから。」

 

「友奈、アンカー頼めるか?」

 

「うん…!私やるよ!!」

 

「決まりだな!早速取り掛かるぞ!!」

 

全員が配置に着いた。

 

奈津雄は掌にバトンを構成し槍投げの姿勢を取ると、身体の内からありったけの力を込め始めた。

 

『これが成功すれば結界は強化される』

 

『この一撃で…!』

 

『この一撃で終わらせてやる…!!』

 

全身が軋み始めるがそれでも奈津雄は止まらない。

 

限界を、限界を超えていく。

 

「…ッ!今だ!タマ!!」

 

奈津雄は光のバトンを球子のいる地点に向かって全力投球した。

 

「任せタマえ!行くぞ!輪入道ー!!!!」

 

「うおぉりゃあぁぁぁぁッ!!!!」

 

球子が切り札を発動し旋刃盤で思い切り殴り飛ばす。

 

球子の力を乗せられたバトンは更に大きく、太くなり飛んで行く。

 

「杏ー!そっち行ったぞー!!」

 

「タマっち先輩!…よーし!来て!雪女郎!!」

 

「飛んでけぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

続いて杏が切り札を発動、杏の全力が込もった極太の光の矢がボウガンから放たれバトンに直撃、強く押し出しながら更に大きくさせる。

 

「千景さーん!お願いします!!」

 

「解ったわ…!七人御先!!!!」

 

「たぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

七人御先を発動した千景、六人の分体が一人づつバトンを大鎌で打ち飛ばし最後に千景本人が全力を持って更に先に打ち飛ばした。

 

「乃木さん!頼んだわ!!」

 

「ああ!任された!!」

 

「降りよ…大天狗!!!!」

 

「これを…友奈に!繋ぐ!!」

 

大天狗の切り札を発動した若葉が生太刀をフルスイングしてバトンを打ち飛ばした。

 

「来た…!来い!!酒天童子ぃッ!!!!」

 

酒天童子をその身に宿した友奈が高く高く舞い上がる。

 

彼女の元に来たバトンは直径も全長も数十kmを超えており最早バトンとは言えないサイズになっていた。

 

『皆が繋いだ思い…!』

 

『皆の勇気を乗せて…!!』

 

「勇者!!バトン!!パーンチ!!!!」

 

超巨大と化したバトンに酒天童子を発動した友奈の全力の拳が叩き込まれる。

 

友奈の拳に込められた力を受け、凄まじい巨大化を遂げた。

敵陣を遥かに超えた大きさで急速落下して行き、体制を建て直した6体のバーテックスと周囲の補修型を光の奔流に飲み込んで消滅させて行った。

 

直撃の際に生じた光とバトンが落下した際の大旋風が巻き起こり樹海内は大荒れとなっていた。

 

吹き荒れる旋風に耐えながら奈津雄は必死に目を凝らす。

 

バトン、と言うより巨大な光の柱は最終的に敵陣を遥かに上回る規模になっていた。

 

これをバーテックス達は受けたのだ。流石にもう生きてる個体はいないだろう。

 

「どうやらやったぽいな」

 

端末のレーダー機能に敵影無し、勇者も全員生存が確認できた。

奈津雄は端末に向かって皆に呼び掛ける。

 

「こちら奈津雄。皆無事?」

 

「土居球子、以上無しだ!」

 

「伊予島杏です。此方も問題ありません。」

 

「郡千景、無事よ…凄かったわね…」

 

「乃木若葉だ。私も無事だ。こちらから目視する限りバーテックスは全滅みたいだな。」

 

「た、高嶋友奈。生きてまーす…もう疲れたよ…」

 

奈津雄達はギリギリの賭けに勝った。神樹の結界の強化への時間は稼げたのだ。

 

「ってか奈津雄」

 

「あん?」

 

「あれはちょっと、予想外にやりすぎだ!タマ大風で飛ばされるとこだったぞ!!」

 

「いや、俺だってあれは予想外さ!あんなデカくなるなんて思わなかったし…」

 

「結嶋君が悪いわね…」

 

「奈津雄のせいだな」

 

「ですね~…。」

 

「奈津雄君が悪いから晩御飯は奈津雄君の奢りで…」

 

「「「「「賛成!!!!!」」」」」

 

「と゛お゛し゛て゛た゛よ゛お゛お゛お゛! ! ! !」

 

奈津雄の叫びが、敵のいなくなった樹海に響き渡るのだった。

 

------------------

 

死力、文字通り死力を尽くした戦いは勇者達の勝利で終わりました。

 

ふふ...まさか彼が最後にあんな隠し玉を用意していただなんて私も知りませんでしたよ

 

これで神樹さまの結界強化は果たされ、大社の立てた作戦は成功に終わりました

 

終わった、はずだったんです

 

 



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西暦編 19.天が下すは天沼矛

四国を襲う未曾有の厄災は終わった。

 

目標であった四国を守る結界の強化は果たされ人々の間に一時の安寧が訪れていた。

 

大社は樹海から帰還した勇者達の作戦成功を高らかに報告し人々はそれを喝采を持って迎えた。

 

「…とまぁ、世間じゃこの有り様だ。」

 

「ありがとうございます。あ、ここ禁煙ですよ?」

 

煙草を取り出そうとした久美子を奈津雄が止める

 

樹海での決戦から早数日、切り札を使用した事もあり勇者は全員病院で入院生活を送っていた。

 

現在奈津雄は自分の病室で烏丸久美子から報告を聞いていたのだ。

 

「しかし流体霊力の応用?つくづくお前は規格外だな。」

 

 

「俺の力の運用は大社が編み出した物とは違いますからね。自分自身も驚いてますよ。」

 

「身体の方は?」

 

「幸い大した事は無いようです。若葉達の切り札みたいな事にはならないようで。」

 

「…そうか。これは後から上里から聞かされるかもしれないが先に伝えておく。」

 

「お前達勇者は退院後、結界の外へ調査に行ってもらう」

 

神妙な面持ちで久美子は言った。

 

何だ?調査と言ったか。しかし何の為に…?敵は倒したはずなんだが…

 

「え、何でまたそんな事?」

 

「私のとこまで詳しい話は下りて無い。ただ上は何か感付いてる様でな。」

 

「とにかく伝えたぞ。とりあえず今は、ゆっくり休めよ。」

 

そう言うと久美子は病室を出て行った。

 

「結界外調査…」

 

久美子が去った病室で奈津雄は考えを巡らす。

 

もう平和と言っても過言ではない状況で何故それをやるのか。

 

「あれ?」

 

奈津雄はある疑問に行き着いた。

 

「俺達敵の本体を倒したっけ?」

 

あれが只の尖兵部隊だとしたらこの戦いはまだ…。

 

 

 

更に数日後

 

奈津雄達六人は無事に退院を迎え、ひなたから伝えられた結界外調査に向かう為に壁上にいる。

 

「大社も人使い荒いよなー!タマ達退院したばっかなのにさ!!」

 

「まぁまぁタマっち先輩、これも大事なお役目だし…」

 

「タマは思いっきり食って遊びたいぞー!!」

 

「土居さんうるさいわよ…」

 

「あはは、タマちゃんてばすっかり元気だね!」

 

「全く…久々のお役目なのだし、もう少し緊張感を持って貰いたいんだかな」

 

若葉が苦笑しながら言う。全員十全なケアのおかげで体調はすこぶる万全の様だ。

 

「今回はひなたも一緒なのか。いくら巫女でも壁外は危険だぞ?」

 

「安心して下さい。覚悟なら出来ています」

 

「それに…」

 

「うん?」

 

「皆さんが一緒ですから…!」

 

太陽の様な笑顔でひなたは答えた。

 

「全員準備は良いな、敵いないとは限らない。慎重に行くぞ!」

 

若葉の号令と共に結界を潜る。

 

そこには青く広がる海と破壊された街が…

 

なくなっていた。

 

目の前に広がるのはどこまでも一面の業火、そして無数の星屑が群がる光景だった。

 

「はは…」

 

奈津雄の口から乾いた笑いが出る。

 

大社の上層部はこれを予期していたのだろう。

 

自分達の敵は、どこまでも攻めの手を緩める気は無い様だ。

 

------------------

 

悪い夢だと思えたらどんなに楽だったか

 

結界外は天の神によって原型を無くしていました

 

私達は何も出来ず、ただ目の前の光景に立ち尽くすばかりで...

 

 



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西暦編 20.惑い、悩んで

目の前に広がる光景は正に地獄その物だった。

 

結界の外にあった青い空と海、破壊された街は消え去りどこまでも業火が渦巻いている。

 

「お、おいこれ!どうなってるんだよ!」

 

「こんな事って…」

 

球子が叫び杏は膝を付いてしまう。

 

「どうなっちゃうの…私達の世界って…」

 

「高嶋さん…」

 

打ちひしがれる友奈に千景が寄り添い辛うじて支えている。

 

「若葉、ひなた、これはもう…」

 

「…ッ!!あぁ…。」

 

「はい…戻って大社にこの事を伝えましょう。」

 

冷静さをギリギリで保ったひなたが答える。

 

 

「けど、けどさ!何か出来ないのかよ!?タマ達は勇者だろ!なぁ奈津雄!!」

 

その判断に待ったをかける様に球子が叫ぶ。

 

「タマ…。俺達の今回のお役目は調査だ。」

 

「う…。」

 

「悔しいけどこれは勇者全員の力でもどうにも出来ない。」

 

世界が書き換えられているのだ。神でもない限り、これを覆す事は出来ないだろう。

 

「今は帰るんだ。此処も安全じゃない。」

 

「うぅ…!クソぉッ!!こんなの…こんなのタマは認めない!認めないからな!!」

 

球子の悲痛な叫びが業火の世界に響き渡った。

 

 

あの光景からどうやって結界内に戻ったのか、若葉は今でもよく思い出す事が出来ない。

 

ひなたは丸亀城に戻って直ぐに大社本部へと報告に向かいここ数日間ずっと不在、勇者達は待機状態である。

 

「はぁ…」

 

「どうした球子。鍛練を続けるぞ」

 

「いやもう今日は無理だって。朝からずっとだし…なぁ若葉、タマ達いつまでこうしてりゃいいんだ?」

 

「ひなたさん、大丈夫でしょうか…」

 

「2人共…今回は事が事だからな、大社本部で色々あるんだろう。ひなたの事はひなたに任せよう。私達は、今やれる事をするだけだ。」

 

不安気な球子と杏をよそに若葉は木刀を握り直すと再び鍛練を始めた。

 

バーテックスの驚異は今の所一応の形で無いとは言えいつ何が起こるか解らない。

 

それに若葉自身身体を動かしてないと落ち着かなかった。

 

 

「…高嶋さん、大丈夫?」

 

「あ、ぐんちゃん。私なら平気だよ。」

 

丸亀城内の教室、一人外を眺める友奈に千景は心配そうに声をかける。

 

「そんな事ないでしょう…高嶋さん、結界の調査から帰ってからずっと元気が無いわ。」

 

「あはは…ぐんちゃんには隠せないね。」

 

「判るわ、ずっと一緒に戦った仲でしょう。無理をしないで…私なら傍にいるわ。」

 

「…ありがとうぐんちゃん。」

 

「私ね、バーテックスを全部やっつけて、そうしたらまた若葉ちゃん達と結界の外に行くのかなってそう思ってたの。」

 

「まだ私達以外にも生きてる人がきっといる…助けなきゃ、って。」

 

「…。」

 

「でも外があんな事になっちゃって、わからないけど私達のいる四国もいつかああなっちゃうのかなって。」

 

「凄くね、凄く不安なんだ。」

 

「高嶋さん…。」

 

あの結界外の業火にまみれた光景はポジティブの塊の様な友奈でも流石に堪えたようだ。

 

千景は瞳に暗い影を落とす友奈を優しく抱き締めた。

 

「…!ぐんちゃん?」

 

「高嶋さん…大丈夫よ。外の事は今は何も出来なくてもこれからきっと解決の道があるはずだと思うの。」

 

「うん…。」

 

「上里さんが帰って来たら皆で話を聞きましょう。きっと何か新しい情報があるわ。」

 

我ながら強くなったな、と友奈を抱き締めながら千景は内心驚いていた。千景自身、以前の自分から見てもこんな事が言えるとは思わなかったのだから。

 

『彼のおかげかしらね…きっと。』

 

 

 

 

『大変な事になった。』

 

奈津雄は自室で考え込んでいた。

 

勇者達の戦列に加わり彼女達の危機を回避する、課せられた仕事は無事に終えた。

 

だが世界は四国を除いて変貌してしまった。

 

自分を送り込んだ神樹はここまでなる事を予期していたのだろうか?

 

そして現状バーテックスを退け、守りが十全の今勇者の役目がおそらく終る事になるだろうという事態の中、自分がどうなって行くのかも予想が付かない。

 

「なんとかしてあの神様と話せないもんかな…」

 

どうします?仕事終わったんスけど。そう伝えたかった。

 

そんな事を考えてると部屋のドアがノックされた

 

「奈津雄、いるか?」

 

来たのは若葉だった。

 

「おお、どうした?」

 

「ひなたが帰って来た。話があるから集まってくれ」

 

「了解。今行くよ」

 

考えてても仕方無い。今は一番大きな情報を持って来たであろう、ひなたの話を聞くのが先決だ。

 

奈津雄は部屋を出て皆が集まる教室へ出向く。

 

教室には既に全員が揃っていた。

 

教壇には久々に姿を見るひなたが。緊張した面持ちでどこか窶れている様にも見えた。

 

本部で何があったのだろうか。

 

「皆さん集まりましたね。では話を始めたいと思います。」

 

次にひなたが語り始めた内容。

 

それは一同に更なる衝撃を与える物だった。

 

------------------

 

それは苦渋の決断でした。

 

勇者達の力で優勢を勝ち取れたのも束の間、しかし有様では最早...

 

大社で幾度となく交わされた協議とその決断にも従わざるを得なかったんです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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西暦編 21.祭りの後

大社本部から帰って来たひなたの話を聞くべく丸亀城内の教室に一同は集まっていた。

 

「全員集まったぞひなた。…なぁ、顔色がすぐれないようだが大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよ若葉ちゃん。…今は私の事よりも皆さんにお伝えしないといけない事がありますから」

 

ひなたは心配そうな若葉を制し、ここ数日間の出来事を話始めた。

 

「先ず率直に言いましょう。皆さんの勇者としてのお役目は終わりました。」

 

「!?」

 

全員に衝撃が走る

 

「戦う必要が無いって言われても…結界が強化されたからって事だからか?」

 

球子が言う。

 

「…ねぇわかちゃん」

 

「結界が強化されても絶対無敵じゃないよね?もしそれを越えて敵が来たらどうするの?」

 

友奈の質問は最もだ。

 

 

「そうですよ!そのもしもの為にも私達がいなくちゃ…」

 

「杏さんと友奈さんの言う事も確かにですね。」

 

「今は神樹様の結界で守られてますがその力もいつまでもつか判りません。」

 

「結界が消えた時、私達のこの場所も炎にのまれててしまう…

「だからこそ」

 

「これを回避する為大社はある試みを実行し、成功させました。」

 

「試み?何をしたの…?」

 

「この世界を荒らす神、天の神に対して今後人類が壁の外に出ない事を条件に信仰を赦して貰う対話の神事」

 

「奉火祭を実施しました。」

 

「神代の時代にそれを実施して赦された前例があります。私達はこれを模倣したんです。」

 

「その、具体的にどんな事をやったんだ?」

 

「神託を受け取る者、選ばれた巫女に六人こちらの話を届けて貰いました。…炎の海の中へ。」

 

「生け贄、と言う訳か。」

 

「そ、そんな...!]

 

「はい。皆さんに話してしまったら神事に突撃してしまいますからね。ずるいと思いますが、事後報告です。」

 

「ね、ねぇ上里さんその、選ばれた巫女に花本さんや安芸さんは…」

 

淡々と事態を語るひなたに千景が遠慮しがちに聞く。

 

「心配はいりませんよ。彼女達は無事です。」

 

「そう…ごめんなさい。」

 

「謝らないで下さい…今まで貴方達勇者が頑張った分、今度は私達巫女が頑張る番ですから。」

 

「それと、儀式の後に天の神からの神託が来ました。」

 

「勇者の力を放棄すればもう攻めないと。」

 

「神の力を行使する事は彼らにとって禁忌なのでしょうね。」

 

ひなたは語り終えた。人類は生きる為に強大な力の前に屈するしか道がなかったのだ。

 

 

「戦いは…まだ終わってない。私達はまだ生きている。」

 

重苦しい空気が支配する中、若葉が口を開いた。

 

「今の私達では悔しいが天の神には勝てない…だからこそ力を付ける必要がある。」

 

「で、でも若ちゃん!奉火祭で力を放棄するって…」

 

「勇者システムは一時的に封印するしかありませんね。願いを聞き入れて貰った以上は従わざるを得ません。」

 

「神樹様の寿命は恐らく数百年…その上で天の神に気取られぬ様、時間をかけて対抗手段を構築する他ないでしょう。」

 

「できるのか…タマ達に。」

 

「弱気になるな球子!私達で繋げるんだ!!」

 

「そうだよ!タマちゃん成せば大抵なんとかなる!!」

 

「お、おぉ…そうだな!何かできる気がして来たぞ!」

 

「タマっち先輩ったら単純なんだから…」

 

「な、なんだよ杏なんか泣きそうな顔してたくせにー!」

 

重苦しい雰囲気が明るく変わって行く。これも若葉の闘気が成せる技か

 

「それと天の神とは別に神樹様からも神託がありました。」

 

「神樹様は何と?」

 

「そうですね…奈津雄さんはもうお判りなんじゃないですか。」

 

「…。あぁ、まあな。」

 

「おい、どういう事だ奈津雄?」

 

「俺には別件でな、神樹から指示が来てる。」

 

「この先の時代に渡って人類か、勇者をサポートしろだと。」

 

奈津雄が皆に勇者端末を取り出して画面を見せる。

 

そこにはリミットを刻む時刻、期限にして一週間程の数字が表示されていた。

 

------------------

 

奉火祭の事を皆さんに説明するのは本当に心苦しかったです

 

勇者の皆さんには黙って実行した事ですからね

 

犠牲は決して軽いものではありませんでしたが、これが未来への反撃の糸口となったんです

 

そしてその為の次の段階が彼にも訪れてました。

 



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西暦編 22.旅立ち

奈津雄の端末に異変が起きたのは結界強化の戦いから帰還して数日後の事だった。

 

端末の画面に表示されたリミット表示は故障か何かかと焦ったがその晩、就寝中に神樹からのメッセージがありこれがメッセージの内容に関わる事だと理解した。

 

次の時代に関わる事態へサポートに行く、神樹から下った辞令である。

 

ただ次の時代へと言われてもどの様に行くのか全く検討が付かなかった。

 

神樹からは目的以外に情報が下りる事は無かった。

 

自分は一体どうなってしまうんだろう?

 

奈津雄は一人ベンチに座りながら考えていた。

 

今日の丸亀城には奈津雄一人、今回彼を覗いた勇者達とひなた達だけが大社本部へ出向いていた。

 

そこに

 

「あ、いました!奈津雄さん、お預りしていた端末です、お返ししますね。」

 

「あ、あぁ…ありがとうひなた。」

 

「どうしたんですか?」

 

「ん?…まぁ色々と思う事があってな。」

 

奈津雄は丸亀城内の広場でひなたから頼まれて貸し出した自身の勇者端末を受け取った。

 

なんでも大社の開発セクションに持って行って再度調査をするとかだったらしい。

 

若葉達の勇者の方は何の用だったかは判らず終いだったが。

 

「前にも一度見て貰ったが中身がどうなってるか何も判らなかったんだろ?何したんだ…あれ」

 

奈津雄は手に持った端末の感触に違和感を覚える。端末の裏側、規格に綺麗に添うように何かが増設がされていた。

 

「え、何これ?なんか増えてるぞ」

 

「確かに中身を調べる事は出来ませんでした。しかし!外付けでこれからの貴方に役立つと思う機能を付けちゃいました!」

 

「…因みにどんな?」

 

「ふふふ、内緒です♪」

 

大丈夫なのかこれ…

 

--------

奈津雄の端末に表示されたリミットは残り数日が迫っていた。

 

最後だからと若葉と友奈からはみっちり剣術と格闘技を仕込まれ、球子と杏、真鈴に連れ出されキャンプにも行った。

 

千景とは夜通しゲームに付きわ会わされたりと、皆奈津雄との別れの間にやれる事をしてくれた。

 

そしてそこから更に数日、リミットがいよいよゼロに差し掛かろうとしていた。

 

丸亀城の広場には若葉達五人の勇者、ひなたを始め真鈴、美佳の巫女組と久美子が集まっていた。

 

「奈津雄…寂しくなったらいつでも帰って来いよ?」

 

「タマっち先輩…」

 

「こーら、球子!杏も!ちゃんと笑って送り出さないとダメでしょ!?」

 

球子も杏も今にも泣き出しそうな顔で言い、そこに真鈴が二人の頭を抱き寄せながら宥める。

 

「うん…そうだな。もしそれが叶うならさ、この丸亀に帰って来るよ。約束だ」

 

思い返せばこの世界に来て最初に出会ったのは彼女達だったな。華奢な身体に武器を携えた彼女達には驚かされたっけ。

 

「奈津雄君、お別れは寂しいけど…何処に行っても、辛くても、私達との事忘れないでね!」

 

「友奈…、ああ!忘れない!」

 

友奈は最後まで元気なままだ。この元気さと明るさがこれからも続くのを願うばかりだ

 

 

「結嶋君…私その、色々あったけど貴方のおかげで本当に助けられたわ。」

 

「結嶋様、郡様の事、本当にありがとうございました」

 

「まぁあの件は私の活躍が大きかった気がするがな」

 

「最後まで先生は…。千景、確かに色々あったけど、お前は変われた。」

 

「千景の周りには花本さんや友奈達、支えてくれて、助けてくれる人がいる。」

 

「千景のこれからはまだ長いだろうけど辛い時はちゃんと周りを頼るんだぞ」

 

「そうね…、そう。私にはこれからがある。判ったわ」

 

暴走の果てに家族と故郷の問題から解放され、お役目を終えた千景。彼女の人生はここからスタートするのだ。

 

「奈津雄」「奈津雄さん」

 

「若葉、ひなたも。」

 

「本当に世話になったな。お前と出会わなかったら私達はどうなってたか正直判らない…。」

 

「そんな大した事はしてないさ。俺はただ、やれる事をやった…」

 

「謙遜しないで下さい。若葉ちゃんの言ってる事、本当ですよ」

 

「うん…。」

 

「天の神にはああしてやられたが私達はこれから先の時代に向けて動こうと思う。」

 

「もう大人の方達に任せておけなさそうですからね…手始めに大社を乗っ取ろうと考えてます♪︎」

 

「物騒だな!?まぁ、お前達なら大丈夫だろうけど…」

 

「今日は私達が守って行く。未来は奈津雄、お前が救ってくれ。いずれ現れる次の代の勇者と。」

 

「責任重大だなこりゃ。了解、任された。」

 

リミットがいよいよゼロに差し掛かる。

 

「お、そろそろか。」

 

「じゃあ俺、行くな」

 

「未来で、必ずこの事態を終わらせて来る」

 

奈津雄の身体が光に包まれ始めた。これは神樹に最初に呼び出された時の…

 

「奈津雄!」「奈津雄さん!!」「奈津雄君!」「結嶋君!!」

 

皆が叫んでいる。奈津雄の身体がゆっくりと上昇を始める

 

光に包まれた奈津雄はそのまま空へと吸い込まれて行った。

 

最後の言葉は皆に届いたのだろうか。

 

 

「行ってしまいましたね」

 

「ああ…。」

 

「若葉ちゃん…泣いてます?」

 

若葉の手をそっとひなたが握る。

 

「そうだな。泣かないと、決めてたんだが…」

 

「だが、泣いてはいられない!」

 

若葉は涙を拭う。

 

「私達は次の戦いを始めよう、未来に繋ぐ為に!!」

 

「はい!!」

 

若葉の叫びが青く晴れ渡った空へ響き渡った。

 

 

 

時に西暦2019年、4年に渡った人類とバーテックスとの初戦は結嶋奈津雄という来訪者を迎え一応の決着となった。

 

だがしかし、これはまだほんの始まりに過ぎない。

 

------------------

 

「これが私が彼を見た最期でしたね」

 

「はあ~っ。やっと終わった~。」

 

「安芸先輩、だらしないですよ。」

 

「花本ちゃん冷たいよー。」

 

ここは丸亀城の一室、ひなた、真鈴、美佳は三人集まって大社には内緒である書物の制作を行っていた。

 

勇者御記、結嶋奈津雄に関する事である

 

彼に関しては本人も御記を記して行かなかったのでこうして三人集まって書こうという事になったのだ。

 

歴史には記されず、しかし確かに勇者達に寄り添い戦い続けた彼。

 

そんな彼を忘れない為にも。

 

「これは若葉ちゃんの家で預かってもらう事にします。」

 

「流石に大赦に提出したら検閲で黒塗りまみれになっちゃうもんね。」

 

「そうね上里さん、こればかりは真実のまま未来に託さないといけないから」

 

ひなたはふと、窓から空を見上げる。

 

青空は今日も何処までも高く広がっている。

 

「彼は今、何処の時代にいるんでしょうね」

 

ぽつり、とひなたはつぶやく。

 

時代は違えど同じ空の下、ひなたはただ、彼の無事を祈るのだった。

 

 

-西暦編 完-

 

 

 

 

 

 



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【分岐ルート】西暦編 22話 告げられた策

大社本部から帰って来たひなたの話を聞くべく丸亀城内の教室に一同は集まっていた。

 

今回はひなたの他に久美子、真鈴、美佳も一緒だ。

 

「全員集まったぞひなた。…なぁ、顔色がすぐれないようだが大丈夫か?」

 

 「だ、大丈夫ですよ若葉ちゃん。…今は私の事よりも皆さんにお伝えしないといけない事がありますから」

 

ひなたは心配そうな若葉を制し、ここ数日間の出来事を話始めた。

 

「大社ではここ数日今後の対策を話し合い、ある結論に達しました。」

 

「若葉ちゃん達勇者の活躍で神樹様の結界は強化されました」

 

「しかし」

 

「その力もいつまでもつか判りません。」

 

「結界が消えた時、私達のこの場所も炎にのまれててしまう…」

 

「だからこそ」

 

「これを回避する為大社はある試みを実行に移す事にしました。」

 

「その名を…"神婚"」

 

「判り易く説明しますと神託で選ばれた人が神樹様の元へ行き人々の願いの礎となる…」

 

「そうする事で人類は神樹様の眷属となり神樹様と永遠に存在が可能になるのです。」

 

「…概要は何となく判ったわ。それで、誰がその相手に選ばれたの?」

 

千景が問いかけにひなたの表情が怒りと暗い影を落とし始めた。

 

何かがヤバい。黙って聞いていた奈津雄はひなたから溢れ出る感情に焦りを覚えた。

 

「し、神託で…選ばれたの…は…わ、わ、わ…うぅぅぅぅっ!!!!」

 

「お、おいひなた!?」

 

「ひなたさん!?」

 

ミシミシミシッ!!

 

ひなたが手を追いた教卓が凄まじい力で軋んでいた。

 

「え、えええ選ばれたのは…わか、若葉ちゃんです…!!!!」

 

バギン!!!!

 

軋みを上げていた教卓が粉々に砕けてしまった。

 

「あぁ…」

 

「あちゃー…」

 

真鈴と美佳が額に手を当てる。ひなたの若葉への思いは強く、重い。彼女達にはこうなる事が判っていたのだろう。

 

「私が…神樹様と…」

 

告げられた若葉は驚きを隠せない様だった。

 

「ね、ねぇ神様の眷属になったら私達どうなっちゃうの?」

 

「はぁ…あー…上里はダメそうだな…。私が代わりに答えよう。正直大社側でも神婚による眷属化がどの様な影響を及ぼすのか判らないのさ。」

 

もはやショックで説明所ではなくなってしまったひなたに代わり友奈の問いへの返答は同席していた久美子が引き継いだ。

 

「なぁ、それ断れないのかよ?」

 

「無茶だ。上里は不満だろうがこれはもう覆せない。」

 

「とにかく」

 

「話は以上だ。乃木、日取りが決まり次第追って連絡を寄越す。突然の事ですまないが覚悟はしておいてくれ」

 

「はい…。」

 

その場は解散となった。

 

「結嶋」

 

教室を出ようとした奈津雄を久美子が引き留める

 

「烏丸先生…どうしたんですか?は、まさか神婚の役を先生が代わるとか!?確かに先生なら適齢k…」

 

「ふんッ!」

 

「ぐぅっ!?」

 

目にも止まらぬ速さで奈津雄の溝尾に久美子の拳が突き刺さる。

 

この不良巫女、護身術が使えると聞いてたがまさかここまでとは…

 

「よく聞け、真面目な話だ。」

 

「…?」

 

「これは上里以外の面子で話した事なんだがな…この神婚、天の神が横槍を入れて来る可能性が高い」

 

「…!?それって…」

 

「私は元凶を叩くチャンスと見てる。」

 

「乃木を抜いたメンバーで奴を退けるんだ」

 

久美子は静かに言った。

 

倒すべき本当の敵と対峙する時がやって来ようとしていた



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【分岐ルート】西暦編 23話 花嫁になった風雲児

神婚の発表から時間は風の様に過ぎ、とうとう決行日が訪れた。

 

四国を囲む壁の上には大社の神官、巫女と奈津雄達勇者と麗しい花嫁装束に身を包んだ若葉がいた。

 

「ごめんなさい、若葉ちゃん。力になれなくてこんな役に…」

 

「ひなた…、皆もそんな顔するな!これで此処に残った人々は救われる。いいんだ、これで。」

 

若葉は何処か遠くを見るような目で言った。

 

杏と球子は泣きそうで、友奈は何処か悔しそうで、千景は不服そうな顔をしていた。

 

「そうだひなた、お前にこれを預けていく」

 

そう言って若葉は長年の戦いを共にした相棒とも言える生大刀を手渡した。

 

「これはお前が持っていてくれ。嫁入り道具にしては些か物騒だろう?」

 

「…はい。」

 

「ねぇ乃木さん、あなた本当にこれで良いの?」

 

「千景...」

 

もう黙っていられなかったという感じで千景が口を開いた

 

「抵抗もしないで、ただ黙って受け入れて、本当にそれで良いのかって聞いてるのよ」

 

「...。」

 

「どうして?なんで何も答えないのよ!?」

 

「ぐ、ぐんちゃん...」

 

激昂する千景に友奈が寄り添う。

 

「私もね、今回の事には納得していないわ。多分、上里さんと同じくらい」

 

「認めない」

 

「こんなの絶対...認めない...。認めないんだから...」

 

千景の声は怒りから悲しみへと変わりそして嗚咽へと変る。

 

若葉は、そんな千景にかける言葉が見付からなかった。

 

程なくして千景は友奈と球子、杏、声を聞き付けて駆け付けた美佳に付き添われその場を離れていった。

 

「すまないな、奈津雄」

 

一人残った奈津雄に若葉は申し訳なさそうに言う。

 

「いいさ。千景も色々貯め込んでたんだ。」

 

「ああ...。その、後の事を皆を頼む。」

 

「おう、任された。」

 

「なあ若葉」

 

「うん?」

 

 

「お前さ、最後まで本音を聞かせてくれなかったな」

 

 

「...え?」

 

 

--------------------------------

 

やがて儀式が始まった。

 

神官と巫女たちが祈りを捧げる中、若葉が巨大な根に乗せられて運ばれて行く。

 

 

『私達は何としてでも生き残らねばならない』

 

 

『その為に、この身を捧げなければならないのはわかっている...』

 

 

『けど』

 

 

『ダメだな私は。』

 

 

 

「お前さ、最後まで本音を聞かせてくれなかったな」

 

 

 

『ああ、お前の言う通りだ。』

 

 

『もっと、ちゃんと、皆と話すべきだった。自分の本音を、言うべきだった。』

 

 

若葉は遠く離れてく皆の方へ振り返る。

 

「けど」

 

「もう遅い。進むしかないんだ」

 

 

その時だった。

 

明るかった空が赤黒く染まり出し雲間から巨大な何かが現れた。

 

「何だ!?」

 

「樹海化は!?結界を...超えてきてるのか...?

 

儀式の乱入者に若葉は驚愕する。

 

 

 

 

壁上の儀式場からもそれは見えていた。

 

「うわわ、何だあれ!?」

 

「大きな...鏡?」

 

「結嶋」

 

「ええ、解ってますよ先生。まさか本当に来るなんて。」

 

「結嶋君、烏丸先生、何か知ってるんですか?」

 

「まぁ、な...さて、皆。」

 

 

意を決した奈津雄はひなた、友奈、千景、球子、杏子へ問う。

 

 

「今出てきたあれを倒して若葉を連れ戻すって言ったら手伝ってくれるか?」

 

 

怨敵討伐と花嫁奪取。二つの目的に向けた戦いが今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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【分岐ルート】西暦編 24話 天に挑む、花嫁を取り返す

「今出てきたあれを倒して若葉を連れ戻すって言ったら手伝ってくれるか?」

 

目の前の彼は確かにそう言った。

 

ただ無力で、大切な人も救えずに見送る事しかできずにいた私にその言葉は酷く衝撃的でした。

 

----------------

 

「やるよ!神樹様には悪いかもだけど...。空のあれも放っとけないしね。」

 

「私も賛成よ」

 

「私もです!」

 

「...。」

 

「タマっち先輩?」

 

こういう場面で真っ先に声を上げそうな球子が難しそうな顔をしていた。

 

「タマ思うんだけどさ。」

 

「この作戦って神婚に見せかけて敵の親玉を引きずり出して倒すって作戦なんだろ?」

 

「そうだ。」

 

久美子が答える。

 

「神樹にはこの事伝えてあるのかよ」

 

「ない。これは私と極限られた人間しか知らない」

 

「伝えてないってそれ結婚詐欺なんj「友奈、土居球子を黙らせろ」

 

「え!?あ、はい!!」

 

「たみゅッ!!!???!!!!」

 

久美子の指示で友奈が球子へ秘孔をついた一撃を放ち沈黙させた。

 

「た、タマっち先輩!?」

 

「わー!?タマちゃんごめーん!!!!」

 

「…先生、戦う前から味方減らさんでもらえませんか?」

 

「何やってるのよ…」

 

その後どうにか球子を元に戻した一同は変身して樹海へと向おうとした時だった。

 

「千景さん」

 

「…?上里さんどうしたの?」

 

「これを」

 

ひなたは若葉との別れ際に託された生大刀を千景に差し出した。

 

「きっと必要になると思うんです。私は…ここから先には行けませんから、どうか…」

 

「わかったわ。乃木さんに必ずこれを渡して帰って来るから」

 

「皆でね。」

 

「…!はい!!」

 

「それじゃあ!」

 

勇者達は若葉が向かった先へ飛ぶ。

 

樹海に侵入した途端上空から雨あられと攻撃が降って来た。空に浮かんでる巨大な鏡からだ。

 

「お、おいこれって...!」

 

「倒して来たバーテックスを使役してる...!?」

 

上空の鏡は奈津雄が来る前、そして合流後に戦った進化体バーッテックスをお供に引き連れて襲って来た。

 

「どうしよう奈津雄君!」

 

「...分散するしか無そうだ。千景は若葉のとこに!サポートを友奈が頼む!残ったメンツでこいつらを片付けるぞ」

 

「よーし!!」

 

「了解です!!」

 

「わかったわ」

 

「うん!!」

 

四人から各々返事と共に散会した。

 

若葉の元へ向かう千景と友奈の元に進化体バーテックスが迫る。

 

「させるか!!」

 

それを球子・杏・奈津雄の三人で防ぐ。

 

「初めましての奴と...久しぶりの奴か。会いたくは、無かったけど」

 

サソリの尾を避けながら奈津雄は長刀を振るう

 

「何にしても変わらない、また潰してやる」

 

--------------------

 

奈津雄達と別れた千景と友奈は神樹の元へと向かう。

 

「乃木さんは...まだ先ね。」

 

「うん。タマちゃん達大丈夫かな...?」

 

「大丈夫よきっと、今までだってやってこれたんだから...」

 

千景が言い終わらない内に巨大な根が地中から二人を襲う。

 

「ツ...!!!?」

 

「これって!!」

 

二人は間一髪根を躱す。

 

それ神樹からの明確な拒否反応のようだった。

 

「ぐんちゃん...これって」

 

「ええ、高嶋さん、わかってるわ。」

 

「そう易々とは、通してくれないみたいね」

 

千景の頬を一筋の汗が伝った。

 

 

 



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神世紀編 第1話 刻は流れて

わすゆ編へ突入


この日、神樹館小学校に通う山伏しずくは学校帰りにの帰路を大きく外れた神社内をを歩いていた。

 

しずくの家は環境がかなり複雑だ。

 

神経質が度を越えている両親からの虐待は苛烈を増し家に帰り辛い。

 

浮かない気持ちでとぼとぼと境内を歩いていた時だ。

 

「...あれ」

 

前方に人が倒れている。

 

駆け寄って様子を見る、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「生きてる…?」

 

特に外傷は見られない。

 

「運ば、なきゃ…」

 

「ん…しょ、ん…しょ」

 

しずくは少年を日陰へと運ぶ。流石に担げる程の力は無いので引き摺る形になってしまったが。

 

「どうしよう…」

 

少年を運んだは良いが、ここからは大人を呼んで任せるべきか。

 

「うっ…」

 

考え込んでると少年が声を上げた。意識が戻りかけてるようだ。

 

「あ…大丈夫?」

 

しずくは彼を揺すりながら声を掛ける。

 

「う…、ん?ここ、は…」

 

「良かった、目が覚めた」

 

「えっと…痛つつ、君は?あれ、ここ何処だ?」

 

「私、山伏しずく。ここは坂出市の神社。」

 

坂出か。自分は丸亀から飛び立ったはずだ、随分離れた場所へ降りたな。

 

「…。」

 

「あ、あぁスマン。はじめまして、俺は結嶋奈津雄。助けてくれてありがとうな、えっと…山伏さん?」

 

「しずくでいい。」

 

「そうか、宜しくなしずく。」

 

「うん。」

 

「なぁところでさ、今って何年?」

 

「…?神世紀298年だよ。」

 

「神、世紀…西暦じゃないのか?」

 

元号が変わってる。

 

「西暦は300年くらい前に終わった」

 

「そう、か…そうなのか。」

 

300年、か。かなり遠い未来に来てしまったな。

 

もうこの時代で自分を知る者はいないだろう。

 

若葉達はどうなったのか、自分が移動した後敵の動きは…様々な考えが駆け巡り奈津雄は混乱してしまう。

 

「大丈夫?」

 

「え、あぁ…うん。落ち着いたよ。」

 

一旦は考えるのをよそう。

 

「ところで結嶋はどうしてこんなとこで倒れてたの?」

 

「え。」

 

彼女は自分を助けてくれた恩人だ。だが勇者に関わる事を話しては…

 

 

奈津雄が答えに詰まってた同時刻

 

「おかしいですね、神託ではこの辺りだと」

 

大社の新官達は首を傾げていた。

 

本部の巫女に降りた神託で今日、指定された近辺に神樹の命を帯びた勇者を助ける戦力が来るとの事だった。

 

神託後に現地に急行したがそれらしき姿は見られなかった。

 

引き上げるべきか、どうするか。

 

そこへ

 

「もう少し探しましょう。彼の存在がこれからの戦いを左右します。必ず、見付けなければなりません。」

 

現場指揮を取る女性新官・安芸が言う。

 

「「「はい」」」

 

新官達は頷くと再び付近の捜索に乗り出し、一つ調べていない神社がある事に気が付いた。

 

--------------

 

「えっと、それなんだけど…」

 

「…。」

 

「何も覚えてなく「嘘」

 

「うっ…」

 

大人しそうな見た目に限らず彼女はかなり鋭い様だ。

 

「ちゃんと話して」

 

「ウス…」

 

もうここは覚悟を決めるしかない。だが信じて貰えるだろうか西暦時代、勇者に関しては一般に全てを語られてはいなかった。

 

この時代ではどんな…。

 

「結嶋奈津雄君、ですね?」

 

ふいに声が掛かる。見るとそこには新官服を来た大人達が数人立っていた。

 

声を掛けて来たのは真ん中にいる女性新官だった。

 

「えっと、はい。そうですけど貴方達は?」

 

「神託により大赦から貴方を迎えに来ました。」

 

「そちらは山伏さんね。」

 

「…。」

 

「彼は大事な御役目に必要な人なの。」

 

「三ノ輪達と同じ?」

 

「そうよ。」

 

「彼は私達で保護するわ。だから貴方はもう帰りなさい。」

 

「…はい」

 

「ま、待った!しずく!」

 

「ほんのちょっとだったけど話せて良かったよ。また、会えたら良いな。」

 

「うん。今度はもっと話しよ?」

 

「ああ!」

 

「結嶋君、そろそろ…」

 

「あ、わかりました。」

 

「それじゃあな、しずく」

 

「うん、また」

 

奈津雄は安芸達に連れられて行った。

 

境内に一人残ったしずくは思う。

 

彼とは次、いつ会えるのだろうかと。

 

 

 



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神世紀編 第2話 勇者は小学生

「以上が現在我々の置かれてる状況です。」

 

「はぁ…。」

 

奈津雄は連れて来られた大社、この時代では大赦と組織名を変えた本部施設で簡単な身体チェックの後に安芸を中心とした神官達から説明を受けていた。

 

西暦は2019年、奉火祭のあった年で終わりを迎え、元号は「神世紀」となっていた。

 

そして上里ひなたを中心に大社は大赦と名前を変え、大規模な組織改革と来るべき再度の戦いに向けた準備を進めていた。

 

そして神託でバーテックスの最襲来が知らされ、この時代の勇者が御役目に就いた、との事だった。

 

新たな勇者システムはまだ開発途上だそうだ。

 

選ばれた勇者は三人、そして全員が小学六年生だという。

 

『成る程…それが理由で俺の身体はこんなになったと…』

 

奈津雄の身体は西暦時代から更に若返えってしまっていた。体型的にその勇者達と同じ年齢だ。

 

推測するに今回一緒に戦う勇者達と接触し易いよう神樹が時間移動の最中に身体を弄ったのだろう。

 

「結嶋君にはこれから新樹館小学校へ編入してもらいます」

 

「え、学校行くんですか?本部待機で敵が来たら動くとかじゃ…」

 

今更小学校に通うのは何だか抵抗を感じた。

 

「それは許可出来ません。結嶋君はこれから彼女達と学業を共にして結束を固め御役目に着いて貰います。」

 

「彼女達とクラスも同じにしました。準備が整い次第通ってもらいますよ」

 

安芸の考えは固い様だった。これ以上食い下がるのは無理そうだ

 

「…わかりました。」

 

「今日は色々あって疲れたでしょう?部屋を用意したからゆっくり休みなさい。」

 

安芸に連れられ奈津雄は本部内の宿直室へ通された。

 

部屋に入り、窓から外を眺めながら思う

 

『小学校か…』

 

前の時代、西暦の丸亀城には教室があったがあれは中学校の教室に近かった。

 

「周りと上手くやって行けるのかな…俺。」

 

刻を渡り、環境も人間関係もリセットされた

変わらないのは自分が勇者であるという事だけだ。

 

「ん、あれ…?」

 

不安だけが募る中妙な違和感を感じる。

 

窓の外、風景が静止していた。

 

「樹海化!?早速お出ましか!」

 

即座に気持ちを切り替え奈津雄は本部を飛び出す

 

この時代に来てから初の戦闘が始まろうとしていた。

 

----------------------

「もっもごごっ!?」

 

「三ノ輪さん!」

 

「ミノさん!」

 

樹海内の戦闘地では鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子達三人の勇者が液体技を使うバーテックス、アクエリアスとの戦闘をしており

 

大ピンチに陥っていた。

 

攻撃が通らず放心状態の須美を庇う形で銀が頭部にアクエリアスが飛ばした液体を受けてしまったのだ。

 

液体は滴り落ちる事無く銀の頭部を丸々被ったまま取れなくなっている

 

当然中で銀は呼吸が出来ないバーテックスの対処と方法が浮かばない銀の救出…

 

須美は焦りを募らせるばかりだった。

 

と、そこに。

 

「こんにちは、やってる?」

 

見知らぬ少年が現れた。

 

「えっ…?」

 

「だ、誰~?」

 

「ごぼぼっ!?」

 

三者三様の答えが帰って来る。

 

須美は驚きを隠せなかった。

 

樹海には私達しか入ってこれないはず。では目の前の彼は一体…。

 

そこで御役目に就く際に聞かされた話を思い出す。

 

まさか彼は…

 

「あ、あなたもしかして安芸先生が言ってた…」

 

「援軍さんだね~!」

 

「ごぼっ!ごぼぼっ!」

 

「あれ、聞いてたんだ。うん、そう自分が援軍だ。話が早くて助かるよ」

 

彼女達三人ががこの時代で降り掛かる危機を回避し一緒に戦う勇者で間違い無い様だ。

 

「とりあえず、目の前のバーテックスの方は自分に任せて。君達はそちらの娘に引っ付いてる…水?をどうにかしてあげて」

 

「わ、解りました!」

 

「了解~!」

 

これで液体が引っ付いてる娘は彼女達に任せて大丈夫だろう。

 

なら自分は…

 

「さて、と。」

 

奈津雄はポケットから小型パッド型端末を取り出しボタンを押す。

 

パシャっと言う音と共に開いた画面の下に取り出したもう1つの道具、桜を象ったメダルを嵌め込んだ。

 

途端に画面から青黒い力の奔流が身体を包み込み視界を被う。

 

そしてそれが晴れたそこには、長刀を肩に固定し黒いタキシードの様な勇者服に身を包んだ奈津雄が現れた。

 

やはりと言うか、勇者服も武器のサイズも今の身体にフィットする様調整がされている。

 

これも神樹の取り計らいなのだろう

 

「な、何と言うか…」

 

「地味、だね~」

 

「ごぼ…」

 

1人何を言ってるのかよく解らないが後ろ三人から発せられた言葉。

 

それは久々に聞く、どこか懐かしいものだった。

 

 



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神世紀編 第3話 勇者は小学生 2

「っツ!!!!」

奈津雄はアクエリアスバーテックスへ向けて一気に跳躍しながら長刀を抜き放つ。

 

それに対してバーテックスは奈津雄の進撃を遮るよう、無数の液玉を放って来た。

 

『あれに捕まるとマズいんだったよな…』

先程別れた少女達、赤い勇者服の娘を思い出す。

 

「それならっ!」

奈津雄は手を液玉の方向へ掲げ流体霊力を球体上にして無数に放出、バーテックスの液玉にぶつけ全て相殺した。

 

「ぶっつけ本番だったけど、何とかなるもんだな…っとと、いけない。」

 

次の液玉を放出する間を与えずバーテックスの懐に飛び込んで一刀を浴びせる。

 

液玉と違いバーテックス本体に実体刃による攻撃は通る様だ。

 

「よし!このままここを持たせて…あの娘達は!?」

 

振り向く奈津雄が見たのは未だ液玉が取れない赤い勇者服の少女とそれをどうにかしようと焦る二人の少女だった。

 

-------------

「と、取れない…!」

 

須美は焦っていた。

 

あの少年にこの場は任されはしたが銀に貼り付いた液玉は取れる気配が無い。

弾力がありすぎて素手で引き剥がせないのだ。

 

「わ、鷲尾さん~!、このままじゃミノさんが…」

 

「解ってるわ!でも…これ、本当にどうしたら…。」

 

「ごぼ…、ごッ!ごぼぼ!」

 

「三ノ輪さん!?」「ミノさん!?」

 

液玉が取れない銀が何か閃いたようだ。

次の瞬間、

 

ゴッゴッゴ!と音を立てて三ノ輪銀は頭に貼り付いた液玉を飲み始めた。

 

「え、ちょ、三ノ輪さん一体何を...」

 

「おぉ~!!」

銀の突然の行動に面食らう須美が言い終わる内に彼女は液球を飲み干した。

 

「ふい~。助かった。」

 

「助かった、じゃないわよ!?平気なの三ノ輪さん!」

 

「ミノさんよかった~良い飲みっぷりだったぜ!」

 

「だ、大丈夫だよ!...味も案外悪くなかったし」

 

「全く…」

 

「と、とにかく!今は先に行ったあの子に合流しよう!アタシのせいで任せっきりになっちゃってるし…」

 

「…はっ!?そうだったわ!」

 

「よ~し急ごう!」

 

三人はバーテックスに向かって駆け出した。

 

それは戦闘を継続していた奈津雄からも確認できた。

 

『あの赤い娘…無事助けられたみたいだな』

 

次の瞬間、奈津雄が安堵する隙を狙ったかの様にアクエリアスバーテックスが無数の液玉を吐き出す。

 

「…ッ!しまった!?」

 

しかしそれらは全て奈津雄を通り過ぎ三人へ向かう

 

飛んで来た液玉、それに対して三人は迅速に園子を先頭に一列に並ぶ

 

回避しない?何をする気だ?

 

「いっくよ~!」

 

園子の掛け声と共に彼女の槍が番傘の様な楯に変化した。

 

そこへ液玉が雨あられと降り注ぐ

 

「うっ…!」

 

「まだ…!まだッ!!」

 

液玉の連射の中、園子を共に支える須美と銀が歯を食い縛る。

 

「まだだッ!勇者は…根性ッー!!!!」

 

銀が叫ぶと同時に液玉の連射が途切れた。

 

三人はその隙を見逃さない

 

「今ッ!!」「突撃~!」「おぅッ!!」

 

「うわッ!」

 

奈津雄は巻き込まれまいと突っ込んで来た三人を避ける。

 

須美の射撃が、園子の突きが、そして銀の斬激がアクエリアスバーテックスに大きなダメージを与えて行く。

 

見事な連携に奈津雄は見入ってしまっていた。

 

変化が起きたのは銀の斬激が決まり切った時だった。

 

ダメージを負ったアクエリアスバーテックスが消え始め、そこへ花弁が舞う。

 

「な、なぁこれどうなってんだ?」

 

奈津雄は攻撃を終えた三人に駆け寄って尋ねる。

 

西暦時代の戦いとは明らかに違うのだ

 

「これはね、鎮花の儀なんよ~」

 

「神樹様の力で魂を鎮めて敵を押し返すそうなんですが…」

 

「なんか出来る様になるまである程度攻撃を加えなきゃならないんだよね」

 

「そう…か。」

 

「ん?どうかした?」

 

「あ…いや、何でもないよ。ありがとう教えてくれて」

 

奈津雄がいた西暦時代、バーテックスとの戦いでは相手をどうにかではあるものの、完全に消滅させていた。

 

しかしこの神世紀、300年後の世界では撃退に留まっている。

 

『色々と変わったんだな…』

 

敵を撃退した事で樹海化が解け始めた

 

「あ、あの!」

 

須美が声を掛けて来た。

 

「また、会えますか?」

 

「会えるよ、近い内に必ずね。その時にはちゃんと挨拶するからさ」

 

奈津雄が言い終わると同時に視界が白に包まれ、元の世界へと戻されて行く。

 

神世紀298年、こうして奈津雄は飛ばされた未来で最初の戦いを終えるのだった。

 

 

 



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神世紀編 第4話 編入 神樹館小学校

ゆゆゆいサービス終了のショックからどうにか持直しつつアーカイブ化を進めながらの最新話。
オフライン化希望は出したけどどうなるかな…


「さぁ、参りましょうか。」

 

「はい。」

 

神世紀最初の戦闘があった翌朝、奈津雄は送迎役の神官に連れられ大赦本部、旧瀬戸大橋記念公園から出発しようとしていた。

 

「ん?」

 

ふと、足を止める。海に面した場所に大きなドームがあった。

 

「どうかされましたか?」

 

「あ、いやあのドームって何かなって。」

 

「あれは慰霊碑場ですよ」

 

「慰霊碑?」

 

「西暦の時代から今日に至るまで、人々の為に戦った勇者や巫女の方々を奉ってあるのです。」

 

「…少し、見に行っても良いですか?」

 

「まだお時間はあります、構いませんよ。」

 

神官の返事を受けた奈津雄は駆け出す。

 

奉られてるのが勇者と巫女であるならもしや…

 

「…やっぱりな。」

 

奈津雄の目の前にある沢山の慰霊碑達。

 

そこには乃木若葉、高嶋友奈、郡千景、土居球子、伊予島杏、上里ひなた、安芸真鈴、花本美佳…。

 

西暦の時代を共に戦った仲間達の名が刻まれていた。

 

「ごめん皆、遅くなった。ここに…いたんだな。」

 

「まさか300年近い未来に来るなんて思わなかったよ」

 

「俺の卸役目まだ続くみたいだ。見てくれよこれ、身体縮んじゃったんだぜ?笑えるだろ。」

 

「俺は必ずここでもやってのける。見ててくれよ。」

 

そう若葉達の慰霊碑に告げた奈津雄は静かに歩き出しある慰霊碑の前で足を止めた。

 

「…先生はこっちにいたのか。皆の傍に行けばいいのに」

 

烏丸久美子

 

その慰霊碑にはそう書かれていた。

 

西暦の時代奈津雄に「欠番勇者」の名を与えた女性神官、彼女もまた、ここにいた。

 

「あんたが俺に付けたあだ名、この時代まで伝わってたよ。全く…」

 

「それじゃ、また来ます。」

 

ドームから出た奈津雄は神官と合流する。

 

「何かありましたかな?」

 

「いえ、懐かしい人達と会って来ました。戦友…って言うんですかね。」

 

駐車場で送迎の車に乗り込む。神樹館小学校での日々が始まろうとしていた。

 

「この辺りで下ります」

 

「宜しいので?」

 

「ええ、後は歩いて行けそうなんで。」

 

「そうですか。では、お気を付けて。」

 

車は神樹館小学校の少し手前に止まり、奈津雄はそこから歩く事にした。

 

車は大赦の物だ。校門前まで行ったらちょっと騒ぎになるかもしれない、そう考えての事だった。

 

『さて…』

 

ランドセルを背負い歩き出す。昨日の樹海であった少女達も此処に通っている。

 

どう接触した物か…奈津雄は歩きながら考えを巡らす。

 

まだ神樹からの指示は来てないがある程度の準備は必要だ。

 

「あ…。」

 

「ん?」

 

考えながら歩いていた奈津雄の目の前に見知った顔の少女がいつの間にか立っていた。

 

「結嶋。」

 

「暫く振りだな、しずく。」

 

山伏しずく、この時代に最初に自分を助けてくれた少女がそこにいた。



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神世紀編 第5話 ともだちと呼べるには

「まさかこんなに早くしずくに会えるとはな。驚いたよ」

 

「わたしも」

 

二人して通学路を歩く

 

「結嶋は」

 

「ん?」

 

「御役目に就いてるの?」

 

「連れて行かれてたから。大赦の人達に」

 

「そうだな。うん、立ち位置はちょっと違うけど。そうだよ」

 

「大変?」

 

「それなりには、な。同じ御役目就いてる連中ともまだ会ったばかりだから少し不安だけど」

 

少し苦笑気味に奈津雄は返した。

 

「…ん。頑張って」

 

グッと拳を握りながらしずくが応援してくれる。

 

「ありがとうよ」

 

そうこうしてる間に学校へと着いた。残念ながらしずくは隣のクラス、知り合いがいれば有り難かったのだが仕方無い。

 

「結嶋君、おはよう」

 

「…どうも」

 

教室の前まで来ると眼鏡をかけた女性教師が声を掛けてきた。

 

「私は安芸。今日からあなたの担任になるわ宜しくね。」

 

「はい…。」

 

「ほら、シャキッとなさい!クラスの皆にあなたを紹介するわ」

 

安芸に連れられ教室に入る。

 

『安芸…か。まさかとは思うが』

 

西暦時代、自分達を助けてくれた巫女の姿が頭を過る

 

彼女とこの教師は何か関係があるのだろうか?

 

---------------------

 

「はい、皆さん。今日から一緒にこのクラスで学ぶ事になりました結嶋奈津雄君です。」

 

「さぁ結嶋君、皆に挨拶して」

 

「結嶋…奈津雄です。今日から宜しくお願いします。」

 

担任の安芸に促され挨拶をする。教団の前には奈津雄の他に三ノ輪銀、鷲尾須美、乃木園子の姿があった。

 

「昨日お話した通り鷲尾さん、三ノ輪さん乃木さん達三人には神樹様の大切な御役目があります。」

 

「結嶋君もまた同じ御役目に着いています。だから三人と同じく昨日の様に突然教室からいなくなる事もありますが、慌てたり騒いだりせず心の中で四人を応援して下さい」

 

「皆さんには日々の勉強に励むという務めがありますからね。」

 

奈津雄にとって死後2度目となる小学生生活が始まった。

 

 

-放課後-

 

「なぁなぁ!結嶋も御役目やってるんだろ!?」

 

「どんな感じ?痛い?怖かったりするの?」

 

「あー…いや、あはは…」

 

その日の最後の授業が終わり、あっという間に集まって来た同級生達に奈津雄は質問責めに会っていた。

 

『参ったな…確かこの事は口外するなとかだったよな』

 

「えぇと…悪いな、俺達がやってる事は言っちゃいけない決まりなんだよ。」

 

「ちぇー」

 

同級生達はそれ以上追及する事は無かった。

 

流石にこの時代で国の実権を握る大赦絡みの案件だ、子供でも事の重大さを理解しているのか。

 

「はぁ…」

 

解放されて一息付く。

 

『子供ってのは元気だよな…元気さじゃ球子のやつも負けてなかったが』

 

奈津雄は鞄を手に取り帰り支度を始める。

 

『今日はさっさと帰るか。家に荷物が届くんだったか。』

 

奈津雄は大赦本部住みにはならず郊外に用意された一軒家に住む様言い渡されていた。

 

今日は家財道具が届くのだ。

 

奈津雄が席を立ったその時だった

 

「あ、あの!乃木さん、三ノ輪さん!結嶋君も!」

 

須美が緊張気味に声をかけて来た。

 

「すみすけ~」

 

「どうしたの?鷲尾さん」

 

「~♪」

 

「こ、これから四人で祝勝会をしようと思うんだけど…どう?」

 

「お、いいねぇ!」

 

「うん~!」

 

「じゃあまた明日な。」

 

「「「待てぃ!!!」」」

 

足早に去ろうとした奈津雄は呆気なく三人に確保、連行されてしまうのだった。

 

 

「き、今日という日を無事に迎えられた事を…!」

 

奈津雄達が連れて来られたのはイネスという市内のショッピングモールにあるフードコート。

 

今は祝勝会を提案した須美が何やら堅苦しい挨拶をしていた。

 

「本日はお日柄もよく…」

 

挨拶はまだ長くなりそうだ。

 

『それにしても』

 

奈津雄は同じ席の三人を見渡す。

 

今度の時代は勇者が小学生、西暦の時代より更に年下だ。

 

『こんな幼い子達を出さなきゃならないくらい逼迫した状況なのか』

 

自分がこの時代に呼ばれたという事はこの娘達にも何れ何かしらの大きな危機が訪れる。

 

神樹からの連絡はまだ来ない。警戒しておいた方が良さそうだ。

 

『それと』

 

奈津雄は隣に座る少女を見やる。

 

『乃木園子』

 

若葉の面影を感じる彼女だがもしや…

 

「どうしたの~。ゆいじー」

 

「ゆ、ゆいじー?」

 

「うん~。結嶋だからゆいじー。ダメだった?」

 

「いや、その、良いんじゃないかな」

 

「そっかぁ~!良かった~!」

 

妙なあだ名を付けられてしまった。

 

「なんだぁ~結嶋君、さっきから園子の事見つめてたけどまさか…」

 

「うぅ…誰も聞いて無い…って何、どうしたの三ノ輪さん?」

 

「ん?いやさ、結嶋君が園子の事ジーっと見てたからもしかしたらーって」

 

「えぇ!?まさかそんな…」

 

「ん~?ゆいじー、私がどうかした?」

 

「あ、えっとさ、乃木さんって親戚に若葉って名前の人いる?」

 

「若葉?う~ん…あぁ!それ私のご先祖様だよ~。300年位前の人だけどね」

 

「…!」

 

予想が確信へと変わる。乃木園子、彼女は乃木若葉の子孫だ。

 

「そう、か。」

 

若葉の魂は約300年後の未来へと受け継がれ、受け継がれている。ようだが大丈夫なんだろうか…

 

各自ジェラートを注文しての祝勝会は過ぎて行く。

 

 

「はぁ~食べた、食べた!」

 

「もう、三ノ輪さんはしたないわよ」

 

「えぇ~。鷲尾さんは固いなあ。」

 

「ねぇ~皆~。」

 

須美と銀がじゃれあう中、園子が言う。

 

「どした?」

 

「あのね~、これから一緒に戦っていくわけだしお互いの事あだ名で呼び合いたいな~って。」

 

「お、良いね!じゃあアタシは銀で。」

 

「あ...えっと私h「わっしーとミノさんで!」

 

「わっしー!?」

 

「あはは、まあいいんじゃない?」

 

「鷲尾だからね~。」

 

「あ、嫌だった?じゃあワッシーナとか...」

 

「わ、わっしーでいいわ。」

 

「じゃあアタシは須美、園子って呼ぶよ」

 

「須美はアタシ達の事は何て呼ぶんだ?」

 

「...えと、その...ぎ、銀、そのっちで」

 

照れくさそうに須美は言う。

 

「わぁ!」「うん!!」

 

『どうやら上手く結束できたみたいだな。』

 

「さて結嶋君や」

 

「...ん?」

 

「あなたはどうするの?」

 

「これと言って希望は無いさ。好きに読んでくれていいよ。」

 

「「「それじゃあ」」」

 

「ゆいじー!」「奈津雄!」「...な、奈津雄君」

 

「...あぁ、わかった。」

 

「宜しくな。園子、銀、須美」

 

戦って行こう、この三人と。

 

この時代に来てから奈津雄の抱いていた不安はいつしか消えていたのだった。

 

 

 



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神世紀編 第6話 四人の連携

「動きが遅いわ!もう一度!!」

 

「は、はい!!」

 

砂浜に安芸の声が響く。

 

奈津雄達四人は大赦が管理する浜辺の訓練場に来ていた。

 

四人揃った勇者で連携を高めると言うのだ。

 

『貴方達は1+1+1を3ではなく、10にするのよ』

 

『先生~それ奈津雄が入って無いですよ』

 

『マジかよ先生』

 

『あはは~ゆいじー忘れられてる~』

 

『もう!三人共、大事なお話なんだから茶化さないの!』

 

自分が忘れられてるのはアレだが中々高いハードルを設けられてしまった。

 

暑い日差しがジリジリと肌を焼く。

 

現在奈津雄達がやっている訓練は無数に打ち出されるボールを防ぎつつ対象へ銀を到達させ撃破させるという訓練だ。

 

須美は後方から弓矢で支援、奈津雄と園子は銀を守りつつ前進する。

 

訓練が始まってかれこれ三時間近くは経っていたが未だ到達数はゼロ、全員に疲労が見える。

 

訓練用のマシンが起動しボールが打ち出され始めた。

 

「いっくよ~!」

 

「おー!!」

 

「...よし」

 

銀を守る様に園子と三人でフォーメーションを組んで走り出す。

 

「後ろは任せて!」

 

須美が弓を構える。

 

「それ~!」

 

園子が変化させた槍の盾がボールを防ぐ。

 

「...ッ!!」

 

奈津雄の長刀がボールを打ち返し、切り裂いていく。そして二人がカバーしきれない部分を須美の矢が打ち抜いて行った。

 

ここまでは順調だ。対象まであと少し、三人がボール射出マシンを通過しようとした時、

 

「あっ!!奈津雄君、避けて!!!!」

 

須美が撃った矢が奈津雄目掛けて飛んで来る。頭部への直撃コースしかし奈津雄は矢をギリギリまで引き寄せてこれを躱した。

 

矢は奈津雄に飛んできたボールを打ち抜いて落ちる。

 

「あっ...私、私...」

 

「大丈夫だー!!このまま続けるぞ!!」

 

戦意喪失しかかった須美に奈津雄が声をかける。

 

「っつ!!はい!」

 

須美が持ち直し前衛の三人は再び進み始め、とうとう射出マシンの群を抜けた。

 

「銀!」

 

「ミノさん!」

 

「任せろぉっっ!!!!!」

 

銀が大きく跳躍し速度に乗せて振りかぶった大斧が対象の廃バスを粉々に打ち砕いた。

 

「よし、成功よ!訓練はここまで、今の感じを忘れないで!」

 

安芸が訓練終了の号令をかける。

 

「やったぁ!!」

 

「凄いよミノさん~」

 

「疲れた。飯食って寝たい」

 

「あの...奈津雄君」

 

喜ぶ二人を尻目に須美がおずおずと話しかけて来る。

 

「おぉ、須美。お疲れ様。やっと終わったな...。」

 

「ごめんなさい!!」

 

「ん?」

 

「私外しちゃって、奈津雄君にケガさせそうになって...」

 

「大丈夫だよ。須美が撃って来た弾道は何となく予想出来てたし、俺に飛んできた球も落とせただろ?」

 

「結果オーライだ。それに...」

 

「それに?」

 

「須美の事ちゃんと信じてるから。」

 

「奈津雄君...うん、ありがとう」

 

「おーい、お二人さんそろそろ飯にしようぜ」

 

銀が声をかけて来る

 

「ほら、行こうぜ須美。」

 

「そうね。」

 

二人して歩き出した所で異変が起こる。世界が止まった。

 

「これって!」

 

「うわぁこのタイミングで...」

 

「お腹空いてたのになあ~」

 

「アタシも...」

 

「文句言わない!さぁ、私達の連携を見せてあげましょう!!」

 

休む間もなくバーテックスの襲来が訪れたのだった。

 

--------

 

四人の眼下に広がる樹海。そこに今回の襲撃者である四つ足のバーテックス、カプリコーンがいた。

 

「さっきの陣形で行きましょう!」

 

「おぉ!」

 

須美の号令の元、銀を先頭に四人は配置に着く。

 

「須美ー!いつでも行けるぞ!」

 

「よーし…それじゃ始め」

 

その時だった。

 

悠然と進んでいたカプリコーンが突如降下し四つ足を地面に突き刺した。そこから樹海全体に猛烈な振動が走る。

 

「わあぁぁぁぁッ!?」

 

「な、何これ~!」

 

「この揺れ、あいつがやってるのか…」

 

『これじゃあ狙いが定まらない…!』

 

『せっかく訓練したのに!!』

 

須美は弓を握り締める。

 

焦りで考えが上手く纏まらない。この状況、どう打破すれば…

 

「ん?」

 

「あれ~?」

 

気付けば揺れは収まっていた。

 

「よくわからんけど今のうちじゃないか?」

 

「須美!」「わっしー!」

 

「行きます!」

 

四人は再度陣形を取り直して走り出す。だがカプリコーンも黙ってはいない、再び浮上すると足の一本を高速で射出して来た。

 

「させないよ~!」

 

園子の槍が変化した盾で足を弾き返す。

 

「奈津雄!」

 

「きっちり仕留めてやる!須美、フォロー頼んだ!!」

 

「任せて!」

 

「あっ!皆待って…」

 

園子が制止に入ろうとした矢先、再度カプリコーンが動き出した。

 

弾き返された足を戻し今度は本体ごと高速回転させて銀と奈津雄の頭上に落ちて来たのだ。

 

「わわわッ!!!!」

 

「…ったく!今日の相手は随分器用じゃないか!?」

 

回転しながら落ちて来たカプリコーンの爪先を銀と奈津雄は武器で防ぐ。

 

「銀…どれくらい持つ?」

 

「い、一分は…」

 

「よし須美、園子!!俺達が堪えてる間に撃て!」

 

 

「わっしー行こう!」

 

「う、うん!」

 

銀と奈津雄が敵の注意を惹き、須美の援護で園子が敵を撃つ。

 

「えぇい!」

 

須美が矢を放つが飛距離が足りず届かない。このまま園子だけを行かせても危険だ。

 

状況は不利になる一方だった。

 

『このままじゃ…!』

 

此方もそろそろ限界だった

 

『何か手を!あ…』

 

奈津雄はどうにか防ぎながら片手を二人に向ける。届かないのならば、届くとこまで。

 

 

奈津雄の手から伸びた流体霊力が二人に巻き付く。

 

「えっ!奈津雄君!?」「ゆいじー!?」

 

そのまま二人は上空高く放り投げられる。

 

「飛んで行けぇーッ!!!!」

 

「きゃあああああっ!?」

 

狙い通り二人は攻撃可能高度まで飛んで行く。

 

「その高さならやれる筈だ!二人共!!」

 

「「はあぁぁぁぁっ!!!!」」

 

須美の連続射撃が今度こそカプリコーンを捉え体制を崩させる。そこに園子が槍の一閃が決まる。

 

カプリコーンの胴が泣き別れになった所で鎮花の儀が始まった。

 

神樹も連携に参加してくれたのだろうか。防御から解放された奈津雄はそんな事をぼんやりと考えながら光に包まれた。

 

-------

 

気が付くと四人は大橋公園内の芝生の上に倒れていた。

 

「銀、銀…生きてるか?」

 

「おー…。奈津雄…生きてる…よ。」

 

「須美と園子は…?」

 

「だ、大丈夫…」「私も~…」

 

「ヤバかったな、今回。」

 

「私達、まだまだだった…!」

 

「わっしー…。」

 

「あんなに…、練習したのに!上手く行ったのに!!」

 

須美の頬に涙が伝う。

 

「す、須美!?おい泣くなよ…」

 

突然泣き出した須美に銀は疲れも忘れて大慌てだ。

 

「だって、だって…!!」

 

「…確かに、今回は辛勝だった。」

 

「でも須美は経験を積めただろ?須美だけじゃない、銀も園子も勿論俺もだ。」

 

「奈津雄君…」

 

「この経験は次に活かせる。」

 

「活かす為に、また訓練しようぜ。もう泣くなよ」

 

「…。」

 

「…うん、わかった。」

 

「先生に訓練お願いしないとだね~。」

 

「あー…またあの厳しいやつ?」

 

「もう銀?しっかりやるのよ!」

 

「須美さんや…泣き止むの早くない?」

 

「奈津雄君のおかげでふっきれたわ!次こそやってみせる!!」

 

「お~!」「は~い…」

 

四人の連携戦法はこれからだ。より連度を高めれば安芸先生が言っていた事も実現できるかもしれない。

 

『1+1+1+1を4ではなく10に、か。』

 

 

「やってみるさ」

 

 

 



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神世紀編 第7話 銀の事情

その日も遅刻ギリギリに教室に滑り込んだ銀を須美は訝しんでいた。

 

共に御役目に就いて早数ヶ月、仲良くはなれたが彼女のこの部分だけは不明な所ばかりで、理由を聞いても本人ははぐらかすばかり。

 

『本格的に調べる必要があるわね…』

 

「園っち、やるわよ!」

 

「んぁ…サンチョの取引…50万…むにゃ…うへへ」

 

隣の園子はよくわからない寝言を呟いていた。

 

---------------

「結嶋、最近御役目の方は、どう?」

 

「御役目?うーん…そうだな。」

 

「あの三人と一緒に上手くこなしてるよ。最初はやれるかどうか不安だったけどさ、どうにか。」

 

「良かった。」

 

休日、奈津雄はしずくと初めて会った神社で他愛もない話をしながら過ごしていた。

 

最近は訓練や御役目に忙殺される日々を送っていたので彼女に会うのは随分久しぶりだ。

 

しずくとは妙に波長が合う気がする。奈津雄は彼女といて一種の安らぎの様な物を感じていた。

 

「御役目、大変だって聞いた。他にも怖いって。」

 

「結嶋は、怖くないの?」

 

「…怖いよ。」

 

「怖く無い方が、どうかしてる。」

 

「…。」

 

「けどさ」

 

「詳しくは言えないけど、俺にはあの三人とは別に果たさなきゃならない大事な御役目があるんだ。」

 

「それを成す為に、怖くても進まなきゃいけない。」

 

バーテックスと戦う以外に奈津雄に課せられた御役目、『勇者が直面する危機を救う』。

 

未だ神樹からの連絡は無いがこの時代でもそれは引き続きやらないといけないのだろう。

 

「私も、何か結嶋の役に立てたら良いのに」

 

伏し目がちにしずくは言った。

 

『優しいな…。』

 

「大丈夫、今こうしてしずくが俺と話してくれてるだけでも十分さ。ホント、ありがとうな。」

 

励ます様に奈津雄は言った。

 

「うん…。」

 

「そうだ、何か食べに行かないか?俺腹減った。」

 

「ん。私も。」

 

しずくと奈津雄は二人して神社を出る。

 

「何食べに行こうか?」

 

「拉麺食べたい。」

 

「良いなそれ。」

 

拉麺が圧倒的にアウェーなこの地に店があるのか謎だが。

 

と、二人して鳥居をくぐった所で異様な光景を目にした。

 

巨大な集音機器を手にした少女とそれに引き摺られている少女、須美と園子だった。

 

「…。」

 

両者の間に沈黙が流れる。

 

一体この二人は何をやってるんだ。

 

関わらんとこ…

 

「さ、ラーメンだな。行こうぜしずk…「お~っと待った!!!!」

 

「そこのお二人さーん!何処へ行くんだぜ~!!」

 

「ちょっと、園っち!?」

 

「うぅ…」

 

園子のテンションにたじろいでしまったのかしずくは奈津雄の後ろに隠れてしまう。

 

「…園子。」

 

「あ、あはは~…。ごめんなさい~」

 

「園っちったら…奈津雄君と、隣のクラスの山伏さんよね。二人は何をしてたの?」

 

「デートだよ」

 

「結嶋!?」「えぇ~!!」「あ、逢引!?」

 

三者三様の反応が帰って来る。

 

「冗談だよ。」

 

「/////ッ~!!!!!」

 

顔を真っ赤にしたしずくが背中をポコポコ叩いて来る。

 

何だこれ、凄く可愛い。

 

「あー…それでその、2人は何やってんだよ?その機械は…」

 

「今からね、銀の家に行くのよ。」

 

「銀の?」

 

「銀っていっつも遅刻して来るでしょう?私が理由を聞いても教えてくれなくて。」

 

「御役目に安心して打ち込む為にもその辺りはっきりさせないと、って思ったのよ。」

 

「な、成る程。それで、その機械は何に?」

 

「隠れて調べるのに使うんだって~」

 

大分アウトくさいが良いのだろうか。盗聴?になると思うが…。

 

「と、言うわけで!」

 

「うん?」

 

「二人にも手伝って貰うわ!」

 

「やだよ」「嫌」

 

「なっ!何で!?」

 

「腹減ったし、今から飯行くし」

 

「ん。」

 

「それなら大丈夫!今日はお弁当を持って来てます!」

 

「弁当って、須美が作ったのか?」

 

「そうよ。安心して、味には自信あるから。」

 

これはもう逃げれ無さそうだ。

 

「はぁ…、しずく。」

 

「ん。何?」

 

「ごめん、予定変更。悪いけど付き合ってくれるか?」

 

「ん。判った。」

 

「決まりね!早速向かいましょう!」

 

「お~」

 

何だか面倒に巻き込まれた気もするが仕方無い。しずくには悪いが須美達に協力するとしよう。

 

4人は三ノ輪家に向かって歩き出した

 

------------------------

 

「…で、あたしの家を覗いてた、と。」

 

「…。」

 

三ノ輪家の縁側、次男の赤ん坊を抱いた銀の前で須美、園子、奈津雄の三人は正座させられていた。

 

しずくはというと、三ノ輪家の飼い猫と遊んでいる。何故だ…

 

あの後神社を出た四人は三ノ輪家に到着、須美が持って来ていた機械を使って彼女の動向を伺っていたのだ。

 

弟達の面倒を見てる途中、買い物に出掛けたのでそのまま後を付いて行ったが、銀は向かう先々で舞い込む様に人助けをしていた。遅刻の原因はおそらくこれだろう。

 

そして帰宅した所で見付かってしまったのだ。どうやらずっと後を付けていたのはバレていたらしい。

 

「…なぁ銀。」

 

「何だー、奈津雄。」

 

「そろそろ許してもらえないかなーって。腹減ったし」

 

「私も~」

 

奈津雄はあれから結局何も食べず終いだった。空腹で腹は鳴り続けるばかりだ。

 

「…。」

 

「何だよ須美?」

 

鋭い視線を送る須美に銀は言った。二人の間を険悪な雰囲気が漂う。

 

「元はと言えば銀が何も話してくれないからこんな事になってるのよ」

 

「なっどうしてだよそれ!」

 

「銀の事ずっと見てたけど、別に隠す程の事でも無かったでしょう?」

 

「そ、それはそうだけど!これは私の問題で…」

 

「私は心配してたのよ。困ってたりしないかって。」

 

「銀は私の友達、だから。」

 

「わっしー…」

 

「…須美の言ってる事に嘘は無いぞ。それにしたってこれはやり過ぎだったと思うけど」

 

「銀の遅刻の原因、人助けしてたからだったんだな」

 

「言ってくれたら良かったのに~」

 

「うん…。でもさ、何があっても遅れたのは自分の責任なんだし人のせいには出来ないしさ」

 

「それなら、次からは俺達を頼れよ。」

 

「え?」

 

「一人で抱え込むなって事!」

 

「う…。でも」

 

「ぎ~ん~!!」

 

「わ、解ったよ!」

 

須美の迫力に銀がたじろぐ。

 

「解ればいいのよ…。」

 

「お前って時々強引なとこあるよな、須美。」

 

「何か言ったかしら奈津雄君?」

 

「いや別に…。」

 

須美は怒らせない方が良さそうだ。

 

「終わった?」

 

猫を抱えたしずくがやって来る。

 

「ああ、どうにか片付いたよ。」

 

奈津雄は立ち上がって答える。ずっと正座していたので少しフラついてしまう。

 

「今度こそ飯にしたいんだが…」

 

「うん。」

 

「あ、それなら私の家で食べて行きなよ!」

 

「良いのか?」

 

「うん。皆のおかげで色々スッキリしたしさ。お礼したいし。」

 

「なら私が作って来たお弁当も一緒に食べましょう。」

 

「やった~!」

 

その後は銀の家で彼女の兄弟達と卓を囲んで食事をとる。大勢で囲む食卓に奈津雄は何処か懐かしさをおぼえたのだった。

 



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神世紀編 第8話 お嫁さん

その晩、奈津雄は夢を見ていた。

 

この時代に来て初めて来た神樹からの業務連絡…もとい御役目の知らせだ。

 

「またね!」

 

地に伏して動けない2人の少女に赤い服姿の傷だらけの少女が笑顔で手を振る。

 

『銀と…倒れてるのは須美と園子か。』

 

後方には巨大なバーテックスが3体。

 

少女は二振りの大斧を手に1人で立ち向かって行った。

 

そこで場面が切り替わる。戦いの結果は解らず終いだった。

 

広いホール、喪服を着た大人や子供が集まっている。

 

『葬儀、一体誰…の!?』

 

棺の中を覗き込んだ奈津雄は戦慄する。中に横たわっていたのは…

-------------------

「がっ!はぁっ…はぁっ…!!」

 

棺の中にいた人物、それを見た奈津雄は飛び起きていた。

 

 

神樹からのメッセージは嫌と言う程理解出来た。次に起こる勇者の危機、その対象は。

 

「銀…!」

 

冷たい汗が奈津雄の頬を伝う。

------------------------

 

「私の夢はね、歴史学者さんになる事なのよ」

 

翌日の昼休み、黒板にやたらと上手く描かれた旧日本軍所属空母のイラストを前に須美は語っていた。

 

「園っちと銀は?」

 

「私は小説家さんかな~。サイトに投稿してるし…ミノさんは?」

 

「アタシ?えっと、えへへ…」

 

「なあに銀、教えなさいよ。」

 

「アタシはさ…お嫁さん、かな。なんて」

 

「…ッ!?」

 

側で聞いていた奈津雄はビクリとする。

 

お嫁さん

 

無数の星屑に襲われた式場

 

喰われる参列者

 

お嫁さんとして幸せな人生を送るはずだった妹

 

それを遂げられなかった最期

 

助けられなかった無力な自分

 

西暦時代、若葉達と過ごした時には思い出す事もほぼ無かった記憶が強く、鮮明に蘇る。

 

「ゆいじ~?」

 

「奈津雄君、どうしたの?顔が真っ青よ」

 

「奈津雄…まさかお前、アタシにお嫁さんは似合わないとか思ったんじゃないだろうな…」

 

銀が迫って来る。

 

「ち、違う!そうじゃない!!」

 

「じゃあ今の反応は何なのさ!ビクッ!って。」

 

「…いたんだよ」

 

「え?」

 

「昔いたんだ。お嫁さんになりたくてもなれなかった娘がさ。」

 

「銀の夢は素敵だと思う。」

 

「叶うと、いいな。」

 

これ以上気取られたくなくて、無理矢理笑顔を作って言う。

 

「お、おぅ…?」

 

言い終ると奈津雄は教室から出て行った。

 

「あぁっ!クソッ!!」

 

誰もいない廊下の隅で奈津雄は頭を壁に打ち付ける。

 

憎しみと怒りが収まらない。

 

『銀…お嫁さんになりたいのか…』

 

彼女と妹の姿がダブる。

 

神樹からのメッセージで次の危機に直面する勇者は銀。

 

その結末は、彼女の死。

 

お嫁さんは最高に幸せでならなければいけない。

 

生前それを果たせないまま終わった妹を見たからこそ

 

「今度は、必ず…!」

 

奈津雄は戦う意思を強く持つのだった。

 

 

 

 

「ゆいじ~今度のお休み空いてる~?」

 

放課後、帰ろうとした奈津雄に話し掛けて来たのはサンチョを抱いた園子だった。

 

銀は下級生の子達に引き連れれて校庭へ、須美は委員会の仕事に駆り出され教室にいるのは二人だけだった。

 

「いいぞ。じゃあ須美や銀も…」

 

「二人だけでだよ」

 

奈津雄の声を遮る様に彼女は言った。

 

奈津雄は訝しむ。4人ではなく2人だけで?

 

「やだな~そんな顔しないでよ~。」

 

「あ、あぁ…悪い。それで、二人でどうするんだ?」

 

「あのね~私の家に来て欲しいな~って。」

 

「園子の?」

 

「うん。確かめたい事があるんよ~。」

 

「確かめたいって「おー!奈津雄、園子も!まだ残ってたのか!」

 

「一緒に帰りましょう。」

 

各々の用事を済ませた銀と須美が教室に帰って来た。

 

「…行こうかゆいじー。約束、忘れないでね~」

 

「解った…。」

 

遮られる形になったが次の休みは乃木家に行く事になってしまった。

 

園子の「確かめたい事」、これは何を意味するのだろうか。



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神世紀編 第9話 欠番勇者の御記

「ヘーイ!ゆいじー!!」

 

「…。」

 

園子と約束した休日、奈津雄の家の前にはとんでもなくデカい高級車が停車していた。

 

後部座席の窓からは私服姿にサングラスをかけた園子がこちらにサムズアップしている。

 

今回の約束に関して奈津雄の方から乃木家に出向くつもりだったのだが、園子から迎えを寄越すと言われたのだ。

 

「派手な出迎えだな」

 

乗車した奈津雄は言う。

 

「驚いたでしょ~?」

 

「…それで、今日は何処へ行くつもりなんだ?」

 

「あ~それはね~」

 

一呼吸置いて彼女は言った。

 

「内緒!」

 

------------------------------------

 

「ほらほらゆいじー!こっちー!!」

 

「や、ちょっと、そんな引っ張っるなって…!!」

 

奈津雄が園子に連れて来られたのは市内の山に作られた自然公園だった。

 

ここは太古の遺跡が発掘された場所であり、園内には出土した調度品の形を模した遊具が置いてある。

 

「次はあれやろう~!」

 

園子は大はしゃぎで園内のアスレチックに挑戦して行く。

 

普段ぽやぽやした感じのとこしか見たことが無かった彼女が、こんなはつらつに走り回る面もあったのかと驚いていた。

 

奈津雄と園子は一通りアスレチックを遊び通して園内のバーベキューが出来る場所に来ていた。

 

調理台を見ると既に食材と調理器具が運びこまれている。おそらく乃木家の使用人達が持って来たのだろう。

 

「今日は私がゆいじーに料理を振る舞っちゃうぞ~!」

 

「え、園子料理出来るの?」

 

「勿論!こないだわっしーとミノさんに習ったんだ~」

 

えっへんと園子は自信気に胸を張る。

 

「何か手伝おうか?」

 

「ん~?大丈夫だよ、ゆいじーは座ってて~。今日は私がゆいじーに作ってあげたいの。」

 

「そう、か。」

 

奈津雄は調理場から離れてベンチに腰掛ける。

 

調理場を柔らかい風が吹き抜けて行く。

 

「…。」

 

また生前の自分の最期を思い出しかけて頭を振る。

 

良くないな。園子がせっかく誘ってくれたのに、自分がこんな暗い雰囲気を出してしまっては。

 

気持ちを切り替えないと…と考えてるとこに鼻をつくいい匂いがして来た。

 

「ゆいじー、できたよ~!」

 

園子が料理を運んで来た。作ってくれたのは焼きそばだった。

 

「さぁ食べよっか!」

 

「頂きます!」

 

「どうぞ~!」

 

焼きそばを口に運ぶ

 

「…こりゃ美味い。凄いじゃないか」

 

「本当!?えへへ~…」

 

園子は照れながら笑う。

 

「本当だよ。何かさ、久々だな人の手料理食べるのって」

 

「そうなの?」

 

「ああ、俺って家に独りだけだからさ。こんな風に料理作って貰った事無かった」

 

「…そうなんだ。」

 

「なぁ園子」

 

「なあに?」

 

「よかったらさ、また作ってくれないか?俺、園子の料理気に入った。」

 

「…!、うん!!」

 

-----------------------------

 

「わぁ~!、綺麗だね~!」

 

「本当だな…」

 

食事を終えた二人は園内の展望台に来ていた。

 

目の前には晴れ渡った空の下、街と綺麗な海が広がりその遥か遠くには白い植物の根が張り巡らされた壁が見える。

 

そうして二人、暫くゆっくりと景色を眺めていた。

 

静かな、穏やかな時間が過ぎて行く。

 

少しだが自分の心の蟠りが解けた様な気がした。

 

「ねぇ、ゆいじー。」

 

「ん?」

 

「今日楽しかった?」

 

「ああ、勿論。園子の料理も美味かったしな」

 

「ありがとう。あのね、今日ゆいじーを誘ったのはもう1つ理由があるの。」

 

園子の口調からいつもの感じが消えている。

 

何だ?もう1つの理由って…

 

「これ、読んでみて」

 

園子は鞄から一冊の古びた本を渡して来た。

 

受け取った奈津雄は本の表紙を見て固まる

 

「これ、って…」

 

『勇者御記 結嶋奈津雄』

 

表紙にはそう書かれていた。

 

「この本ね、私の家の倉から見付けたんだ。私の御先祖様の持ち物なんだけど。」

 

奈津雄は表紙を捲る。

 

最初のページには古い写真が貼り付けられていた。

 

覚えている。西暦の戦いを終らせた後に丸亀城の桜の下で花見をした時に皆で撮った物だ。

 

「そこに写ってるの、ゆいじーだよね?、本に書かれてるのも、ゆいじーの事だよね?」

 

「…。」

 

「ねぇ、ゆいじー。」

 

 

「ゆいじーは一体、何処からやって来たの?」



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神世紀編 第10話 帰ったら話そう

「ゆいじーは一体、何処からやって来たの?」

 

どこまでも澄んだブラウンの瞳が奈津雄を見つめている。嘘はつけそうに無いと本能で悟る。

 

「それ、は」

 

「うん。」

 

言葉に詰まりながら答える。自分の素性を話したとして、果たして彼女は信じてくれるのだろうか?

 

自分が何で、何処から来たのか、端から聞いたら荒唐無稽が過ぎる、この自分の素性を。

 

「ゆいじー?」

 

「言いたくない事なの?それとも私じゃお話したくないとか?」

 

園子は言う。苦笑混じりに、だがその表情は何処か寂しげだった。

 

自分が言い淀んでるのを見て勘違いをさせてしまったよう

だ。これはマズい!

 

「ち、違う!そうじゃないんだ…。えーとその、園子が信用出来ないとかそういうのじゃなくて」

 

奈津雄は慌てて返す。別に園子を傷付ける気は無いのだ。

 

「その、な?…自分でもどうやって説明したら良いのか解らないんだよ。」

 

「そ、それに!何で園子はそんな事知りたいんだ?」

 

「気になったって言うのが理由の一つなんだけど、うーん…なんだろう、なんか、こう胸の辺りがモヤモヤしたの?」

 

「モヤモヤ?」

どういう事だろうか。園子は続ける。

 

「私ね、周りから変わってる子だと思われてるみたいであんまり仲良くしてくれる、友達って呼べる人がいなかったんだ。」

 

以前、須美達から聞いた事があった。勇者に選ばれる前の園子はクラスの中でどことなく浮いていたと。

 

「だけど、勇者に選ばれてそんな私にもわっしーとミノさんって大切な友達になってくれて凄く嬉しかった。」

 

「二人の事もよく知ることができてね、そしたらそこにゆいじーが来てくれて、ゆいじーも私の事二人と同じ様に接してくれてすっごく嬉しかった。幸せだったんだよ。」

 

「けどね」

 

「この御記を家で見付けて読んで、そこに私の知らないゆいじーがいて、これを書いた人達が何だか幸せそうで…そうしたら胸の辺りがモヤモヤして来ちゃって」

 

「…ああそうか、何か判ったかも。」

 

どこか府に落ちた表情で園子は続ける。

 

「私、嫉妬しちゃってるんだろうね。」

 

「変、かな?」

 

怖がる様な、不安な様な表情で園子は奈津雄に問い掛ける。

 

「いや、」

 

「人として自然な感情だと思うぜ、それは。」

 

「本当?」

 

「本当さ。」

 

「…。」

 

大きく息を吸い込む。話そう。ここまで想ってくれているのに何もしないのはよくない、園子をこのまま不安がらせるのも、またよくない。

 

「ゆいじー?」

 

「話すよ園子。俺が何処から来たのか、ちゃんと話す。」

 

「…!うん!!」

 

「それじゃあ…」

 

そこのベンチにでも座って話すか。と続け様とした矢先、世界が静止した。

 

「ゆいじー、これって。」

 

「間が悪いよな…、これからって時なのに。」

 

奈津雄は園子に向かって手を差し伸べる。

 

「行こう園子。俺の話は帰ったらゆっくり話す。」

 

「約束だよ?」

 

園子が奈津雄の手をとりながら言う。

 

「解った、その時は必ず。」

 

樹海化が始まる。2人は広がる光へと包まれて行った。

 

 

 

 

 

 



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