イナズマイレブン-セカンドジェネレーション- (フライングちんあなご)
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一章 嵐の始まり
一話 始まりの雷門


 

 フットボールフロンティア・インターナショナル。

 世界中のサッカー好きが、世界中のプロサッカー選手の卵が集い、競い合う世界大会。

 そこでキャプテン円堂守率いるイナズマジャパンは、見事決勝戦でリトルギガントを退け、優勝を果たした。

 

 しかしその優勝は、世界を混乱させるきっかけにもなった。

 

 石油王ガルシルド=ベイハンの失墜。

 彼の悪行が露見したことにより、芋づる式に隠されていた悪意が表に晒され、名だたる有名企業らの株価が次々と暴落。経済は疲弊し、あれだけ皆が盛り上がっていたサッカーの時代は、世界と抱き合うようにして暗黒期へと溺れていった。

 

 世界中のありとあらゆる企業や富裕層が彼の後釜を狙い、そして盛り返そうと必死になっている。

 

 彼らの狙いは一つ。

 

『サッカー熱の復権を!』

 

 サッカーは今や、経済を左右するほどの勢いを有していたのだ。

 

 ……一方で、東京都のとある私立の中学には、経済の不安と反比例するように、サッカーを愛する旨の書かれた書類が大量に招かれていた。

 

 雷門中サッカー部。設立二年にして世界一を果たした伝説の部活であり、イナズマのごとき魂が集う場所。

 

 そこに、新たな風が巻き起ころうとしていた。

 

 荒々しく、全てを吹き飛ばしてしまう。

 

 暴風が。

 

 

 どこかの宇宙人に壊されたせいで新築同然となった雷門中の廊下を、一人の少女が駆けている。

 向かう先は三年の教室。別棟となっている三年教室は、二年の教室からは遠いのだ。

 

 少女が肩で息をしながら教室の扉を開けると、中にいた男子三人──────特に中心となっているバンダナを付けた少年円堂守は、顔を輝かせた。

 

「春奈!」

「きゃ、キャプテン、大変です!」

「どうしたんだ?」

 

 春奈と呼ばれた少女は、胸に抱えた大量の書類を円堂の机の上に吐き出した。

 相当重かったのだろう、腰をさすったあと、飛び込むような勢いで事の顛末を告げた。

 

「新入部員が、来たんです! こんなに!!!」

「えええええええええ!?」

 

 円堂は当然として、両隣にいた風丸と目金も一様に驚いていた。

 なんせ書類の枚数はざっと100枚を超えている。それだけの人数が集まったとあらば、かの名門帝国学園にだって引けをとらないだろう。

 

 部員が三人、マネージャーひとりの時代を経験している円堂からすれば、それは驚くべき数字であった。

 

「う、嘘じゃ……ないですよね?」

「音無はこんな嘘をつかないだろ」

「え、えぇ~!?」

 

 目金も可愛い瞳をメガネの奥でぱちくりと瞬かせている。

 未だ現実に戻りきれていない男子三人を呼び戻すために、音無春奈は机を叩いた。

 

「とにかく、今日の放課後までに新入生を希望ポジションごとにまとめておきますから、部活の時間に選抜テストをしましょう! みんなも交えて!」

 

 早口でそれだけ伝えると、書類を素早く回収し、教室から出ていってしまった。

 

 春奈の後姿に呆然とする目金と風丸だが、一方で円堂はぶるぶると体を震わせ、喜びをこらえていた。

 その『いつもの調子』に、幼馴染である風丸は頬を緩める。

 

「放課後が楽しみだな、円堂」

「ああ!!」

 

 

 イナズマジャパンが日本優勝を果たしたということで、新たに新設されたのが広々としたグラウンドだ。

 

 元々の門前グラウンドは他の部活が使うようになり、サッカー部は専用のグラウンドを与えられた。

 

 雷門中の背後を買い取り、そこに屋内型のグラウンド場を設立。熱中症対策なども兼ねた方針であった。

 

 そこに黄色と青の雷門ユニフォームを着たいつもの面々が集まっている。

 

 彼らを取り囲むようにして総勢120名の新入部員は体操服に着替え、いまかいまかと選抜テストの時間を待っている。

 

 雷門中は今や名門サッカー校となったはいいが、サッカー部そのものの拡張はされていないため、帝国学園のように三軍四軍とサブに率いれることは叶わない。

 

 そのため20名ほどまで部員を絞る必要があった。

 

 その覚悟を先々に説いていたマネージャーらの行為によって自信を無くし、すでに去った者もいる。

 

 ただ半端な覚悟と実力では入れないのも事実。

 (ふるい)にかけられる人間は必ず出るのだ。

 生憎(あいにく)、雷門中は他の部活も盛んなため、そこは救いといえるだろう。

 

 そうして選抜テストは始まった。

 

 選抜テストは二種類ある。

 まずはランニングやダッシュ、シュート、連携、ほか様々なトレーニングや練習を一年に与え、その結果によって人数を絞っていくというもの。

 

 もう一つが試合形式での選抜だ。

 

 これだけしてようやく雷門サッカー部は、新たな新入生を迎え入れることができるのだ。

 

 ランニング及び練習選抜の結果が決まり、残った人数は44人。およそ3分の1だった。

 

 そしてついに試合形式の選抜が始まる。

 

 試合選抜の内容は、ポジションごとにチーム分けをして雷門中のフルメンバーと戦うというもの。

 

 無謀。

 

 やる気に満ち(あふ)れた一年といえど、

 相手は世界経験者。

 緊張をするなと言うほうが無理がある。

 

「さあ来い!」

 

 円堂がグローブを叩き、一年らに(かつ)を入れる。

 試合が始まった。

 

 試合展開は一方的というに等しい。

 世界一のストライカー豪炎寺と染岡が先陣を切り裂き、運良く攻めいったとしても厚い中盤層と徹底したゲームメイクを主とする鬼道がいる。

 なんとか二つの関門を突破したとて、待っているのは鉄壁壁山とスピニングカットだけ異様に強い栗松、そして俊足ディフェンダーの風丸だ。

 

 全体を的確に見通す円堂の指示も飛び、まず一年のシュートはゴールキーパーまで届かない。

 

 一試合に設定されていた15分が終わる。

 

 一年は疲労困憊だというのに、つかれた様子を見せないイナズマイレブンの面々。その大きな差に、やる気を無くすもの、絶望するもの、奮起するもの、反応は様々だ。

 

 インターバル十分を終え、次のメンバーがやって来る。

 結果は同じ。惨敗。

 

 彼らの様子を逐一チェックし、選抜する役目を負わされたマネージャーらは、新入生のプレイの連度、協調性、ポジションの適正を判断していく。

 うち、マネージャーの一人である雷門夏未は、

 

「今年の一年は粒揃いね。でも精神の脆さが目立つかしら」

 

 と鋭い目つきで分析。

 天才的な頭脳、指導能力から導かれた一言は、一年全体の弱点を見抜ける力を有している。事実、うちひしがれる者が多かった。

 

 そして時間はすぎ、選抜テストも終わりに近づいていく。

 日はほとんど傾いて、夕方の黄金を山の峰に映し出している。夜の白みが徐々に近づいてきていた。

 

「次に呼ぶかたは来てください!」

 

 マネージャー木野秋は、最後の組に配属された新入生に声をかける。しかし一人、ゴールキーパーを希望した新入生の姿が見当たらない。

 

「あの、太陽眼鏡(サングラス)くんを誰か知らない?」

 

 同じチームのメンバーに聞くも、返ってくるのは知らない、という返答や首の横振りのみ。

 圧倒的な力の差に、逃げてしまったのだろうか。

 

 途方にくれる秋。

 その様子を見守っていたマネージャー陣も、仕方ないとゴールキーパーの補填(ほてん)方法を考えていたところ、ぶかぶかの体操服を着た小柄な少女が、

 

「ゴールキーパーがいないなら放っておけばいい。どうせ臆病風を吹かせたんだろ」

 

 と言い放った。

 綺麗な白髪の少女だった。

 

 夏未があなたは、と聞くと「羽竜(うりゅう)ツバキ」という名前だけが返ってくる。

 春奈がすかさず書類をめくると、その少女の情報が事細かに出てきた。

 

「ポジションはフォワード、身長は140cm、目立ったサッカー記録は……なし、です」

「ふうん」

 

 グラウンドへ一人歩いていくツバキを、夏未はどこか冷めた目で見ていた。

 ゴールキーパーは要らないとまで言い放った彼女。それが大言壮語(たいげんそうご)でないことを願って。

 





注意 この作品は"もしもの"円堂世代三年目を描いたものです。基本的に原作設定に忠実にしますが、一部においてアニメ最終回で描かれた三年目の姿やGOで語られた内容とは異なる部分があります。
(例 虎丸が雷門に入部しない、FFI最中に入部した新入部員がいない、ファイアトルネードDDが日本代表試合以外で使われるなど)

これらは雷門一強になりすぎて試合内容が渋い、入部者がモブすぎるかつキャラクターが多すぎると扱いづらい、という作劇上の問題のせいです。

さらに改やV2などは"基本的に"表記しません。既存技の進化管理や新技の改VGの設定が面倒だからです。ただ進化自体がないわけではなく、使うときは使います。ご留意を。


投稿頻度は1~3日に一話を目指します。
遅いときは一週間から一ヶ月程度かかります。

またイナズマイレブンが盛り上がるといいですね。


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二話 荒れ狂う竜の爪

 

 

 前代未聞のゴールキーパー不在。

 新入生の立てた布陣に、どよめいたのは円堂たちだ。

 

 半田らが心配して事情を問いただすも、フォーメーションを立案した張本人であるツバキは頑として「これでいい」と断ずる。その頑固な対応に、マネージャーらは肩をすくめ、栗松たちは無謀でやんすと笑い、様子を見守っていた観衆や他の一年ははらはらと事の顛末(てんまつ)を伺う。

 

 一方で円堂、豪炎寺、鬼道、染岡、風丸の五人だけは、言葉に言い表せないような予感を感じ取っていた。

 

 優れたフィールドプレイヤーが感じる直感というのだろうか。ともかく、その五人はツバキの登場に一層顔を引き締めた。

 

 一気に事の中心人物へと躍り出たツバキは、ゴールキーパーがいないことに不安がる一年を集め、作戦を伝える。

 

「どうせ点を取られることは避けられないんだ。なら、みんなはボクにボールを回せ。そして守れ。フォワードはボクだけでいい」

「そんな! 俺は豪炎寺さんやヒロトさんに憧れてフォワードに……」

「知らない。必要ない。……君はディフェンダーにでも転向してろ」

「横暴だ!」

「文句を言うのはボクより上手くなってからにするんだな。……とりあえず、後方で見守っていろよ。ワンプレイの後に文句は受け付けてやる」

 

 傲慢(ごうまん)ともいうべき指示に文句が噴出するも、ツバキの鋭い(にら)みに、気の弱い一年生は一様(いちよう)に押し黙る。

 

 そして彼女の言う通りに、フォワード一人。他ミッドフィルダーとディフェンダーという配置がなされた。

 

 異常な雰囲気のなか、最後の選抜試合が始まった。

 

 ツバキがすぐにボールを持つと、そこへフォワードの染岡が鋭いスライディングで迫る。

 

「くらえっ!」

 

 芝生を裂いて土煙をあげる染岡のスライディングだが、ツバキはひょいとボールを足首に固定してターン。いとも容易く(かわ)してみせた。

 

「なにっ!?」

「まず一人」

 

 次に染岡を躱した隙を狙って豪炎寺が飛び出すも、ツバキは冷静沈着なままで豪炎寺のタックルをもう一度体をひねり躱す。

 

「なんだと!」

「二人」

「半田、松野、少林寺、囲め!」

 

 フォワード陣が抜かれたことで、鬼道が咄嗟(とっさ)に他のミッドフィルダーへ指示を飛ばす。

 飛び出す三人。それをツバキは堂々と待ち受ける。

 

「見せてやるよ、ボクの力を。竜の力を!」

 

 四者激突寸前、ツバキの後背部(こうはいぶ)に風が集まる。それはジェット機のようにツバキへ加速を与え、彼女の周囲が暴風によって包まれる。

 

「『ドラゴニックブースト』ッッ!!」

「ぐああああああああ!」

 

 まるで竜の腹が通ったかのような地面の(えぐ)れ。

 暴風に巻き込まれた三人は、抉れた地面の底に埋まっていた。

 

 そして対するは鬼道とツバキ。

 ツバキは止まらず、加速を続ける。

 

「ボクを抑えてみろ、天才ゲームメイカー!」

「くっ……!」

 

 鬼道は彼女の技の隙を瞬時に見つけ出し、間髪を容れずくらいつくも、その小柄な体のどこにそんな膂力(りょりょく)があるのか、鬼道ですら吹き飛ばされてしまう。

 

「鬼道!」

 

 風丸が叫ぶ。すでにツバキはフィールドのディフェンシブゾーンの中へと入り込んでいた。

 

 世界一を取ったメンバーとして、彼女を円堂まで運ぶわけにはいかない。

 

 そう決意に歯を食い縛った風丸は、影の薄いディフェンダー影野と共にツバキへと迫った。

 

「ここは通さんぞ!」

「フフ……コイルター……」

「ボクの邪魔をするな!」

 

 しかし影野は技を披露することなく吹き飛ばされ、風丸はスピードで追いすがるも、勢いのついたツバキは止められない。

 

「うわああああああ~!」

「そんな、俺のスピードが!?」

 

『追いつけない』

 

 その事実を突きつけられたのは、四度目だった。

 

「クソォッ!」

 

 なおもタックルを仕掛けようとする風丸。

 それをツバキは急ブレーキをかけて迎え撃ったおかげで、風丸の足は空回りすることとなった。

 立ち向かうべき相手がいなくなったことでバランスを崩し、地面に倒れこむ風丸。

 

「俊足ディフェンダーといってもこんなもの?」

「ぐぅっ……!!」

 

 年下の少女の足元で無様に這いつくばっているという事実。それは風丸の芯に大きく傷をつけることとなった。

 

 残るは二人。壁山は巨体を恐怖に震わせながらも、円堂の前に体を寄せて、ゴールを入れさせまいと踏ん張っている。

 栗松もさっきまでの笑みはどこへやら。雷門フルメンバーを簡単に突破してみせた一人の少女へ、強い畏怖(いふ)を抱いていた。

 

「い、行くでやんすよ~……」

「こ、こいっす!」

「そんな足を震わせて、ボクを止められるかな?」

 

 少女は不敵に笑った。

 案の定、ツバキは栗松と壁山を見下している。

 それに顔をしかめたのは円堂だった。

 

「オレたちに任せてくれっす、キャプテン!」

「そうでやんす! 一年になんか負けないでやんすよ!」

 

 だが、円堂の不安は、目の前に立つ当人らによって解消された。恐怖を抱いているのは確かだ。一方でほとばしる戦意があるのも事実だった。

 

(そうだ……一年間、ずっと同じピッチで仲間だった二人を信じなくてどうする!)

 

「壁山、栗松、任せたぞ!」

「はいっす!」

「了解でやんす!」

 

 ツバキとの接敵(せってき)。まず動いたのは栗松だった。

 

「『スピニングカット』ォ!」

「こんな衝撃波が何を……」

 

 突破しようとするツバキだが、体に強い痺れが残った。栗松の放ったスピニングカット。それは栗松が世界から離脱した後、基礎を徹底的に鍛え上げ、特化させた至高の技。

 生半可に突破される代物ではなく、突破しても強い衝撃を残す。

 

「くぅっ……ボクを舐めるな!」

「うぐうでやんす!」

 

 速度が弱まったツバキの前に、今度は壁山が立ちはだかる。

 

 小柄な彼女からしてみれば、壁山の巨体はまさに山。

 その圧に押され、一瞬速度を弱めたところを、壁山はすかさず必殺技を発動させた。

 

「絶対に止めるっす! 『ザ・マウンテン』!」

「なっ……バカな……あぐうっ!」

 

 壁山の背後に連なる岩山が出現する。ザ・マウンテンの衝撃はスピニングカットとは比較にもならず、栗松の技によってダメージを残したツバキが突破できるような技ではなかった。

 

 ツバキによる快進撃。驚異の全員抜きは、壁山によって防がれた。

 

「ナイスだ壁山!」

「へへへ。雷門ディフェンダーとして、ここは絶対に譲れないっす!」

「流石でやんす壁山~!」

「ぐ、くうう……ボクが……ボクが防がれた? いいや、そんなの、絶対に、ふざけるな!」

 

 壁山が気を許した瞬間を狙って、ツバキは全身のバネを使いボールを奪取(だっしゅ)する。

 

「ああ!」

「ボクはこんなところで(つまず)けないッ! ボクは天才なんだ……! だから、だから……」

「壁山、気にすんな! あとは任せてくれ!」

「キャプテン……」

 

 ゴール前の一対一。

 ツバキと円堂。お互いににらみ合い、わずかな一瞥(いちべつ)を交わした後、円堂は体に気を溜め、ツバキは空を見上げた。

 

「これがボクの必殺技!」

「来い!」

 

 突如、空に暗雲立ち込める。

 そしてその黒い雲から飛び出してきたのは黒い竜。

 ツバキの美しい白髪とは対称的な、漆黒の巨竜。

 

「ドラゴンだと!?」

 

 一番に驚いたのは染岡だった。

 なんせその竜は、染岡の持つ青い竜と姿形が同じ。

 唯一の相違点である黒さは、とてつもない禍々(まがまが)しさを秘めていた。

 

 ツバキはボールを上空に蹴って、自分も飛び上がる。

 黒き竜の振りかぶった腕に合わせるようにして、オーバーヘッドキックをボールに叩き込んだ。

 

「『ドラゴンクロー』ーーッッ!!」

 

 撃ち放たれる凶弾。

 五つに分かれる衝撃波。

 地面に爪痕を残す竜の一撃は、凄まじい勢いと速度を(ともな)って円堂に迫っていった。

 

 それを、円堂は、楽しそうに笑い、

 

「『ゴッドキャッチ』」

 

 背後に顕現した神々しい化身と共に難なくキャッチ。

 ボールをその両腕に残した。

 

「すごいシュートだったぞ、ツバキ!」

 

 涼しく告げる円堂に、ツバキは悔しそうに顔を歪めた。

 彼女の思惑では、即座にディフェンダーを突破した後、必殺技を放つつもりだったのだ。

 

 円堂のゴッドキャッチ。それは威力こそ凄まじいものの、溜めの時間と発動時間の両方がかかる。

 彼女の計算では、至近距離で技を放てばギリギリで止められないはずだったというのに。

 

 全ての計算が狂ったのは、予想以上にディフェンダーが手強かったことだ。

 壁山に阻まれたことで円堂に発動までの時間を与えてしまい、結果、止められた。

 

「くう、ぅぅぅぅ!」

 

 それは少女が最も嫌う、『敗北』だ。

 

「カウンターだ! 鬼道!」

「ああ!」

 

 円堂のロングスローにより、中盤の鬼道までボールがわたる。

 ツバキ以外のメンバーに突出した特徴のある者はいない。

 鬼道のゲームメイクに振り回され、左右のパス回しによって徐々に瓦解していく防御陣。

 

 ツバキが防御に加わったときには時既に遅し。

 翻弄され、混乱し、瓦解した一年の防御陣営は、ツバキ一人の叱咤と指示で立ち直れるほど固くはなかったのだ。

 

 守るものもいない空っぽのゴールへ染岡のドラゴンクラッシュが刺さり、一点となった。

 

 ここまで十三分。

 じっくりと行われたフィールドプレイは、鬼道による作戦だ。ツバキによる逆襲が来ないよう、そして来たとしても時間切れが来るよう、徹底的に計算し尽くされたものだ。

 

「くそッ、ちくしょう! ボクのサッカーが通じないだと……!?」

 

 そうして絶望的状況を噛みしめるツバキに、元FWであったが彼女によってDFに転向させられた先の少年が近づく。

 

「なにが上手くなってから文句を言え、だ。ヘタクソめ」

「な……ッ!? お、おまえぇぇ!!!」

 

 ツバキが少年に掴みかかる。完全に血がのぼっていた。

 

「ボクはヘタクソじゃない! 取り消せッ!」

 

 場がひりつき、試合をしていた雷門イレブンやマネージャーがすぐに駆けつけてくる。他の一年生は、突如始まった取っ組み合いに戦々恐々としていて、先生を呼びに行くものも出ている。

 

「ぐっ……やめろよ!!」

「あうっ!!」

 

 しかし誰かが止める暇もなく、取っ組み合いの決着はついた。少年が掴みかかってくるツバキを殴り倒したのだ。

 小さな体をした彼女は大きく吹っ飛び、頬を張らして口から血を垂らしていた。口内を切ったのだろう。

 

 直後、少年の顔に罪悪感が宿る。

 

「……頭を冷やせ」

 

 鬼道は凍りついた二人の間に割ってはいり、ツバキを殴った少年に一言告げた。

 

「はい…………すみません」

 

 遠くから顧問がやってくる。新任の女性だった。

 羽竜ツバキという少女は、こうしてみなに鮮烈なイメージを叩きつけたのだ。

 同じ竜を操る染岡にとっては、特に……。

 

 そして後日、争いの報いは思わぬ形で返ってくる。

 



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三話 各々の確執

 

 早朝。

 

 雷門サッカー部の部室は開いていた。

 

 日課のランニングついでに朝練をしようと学校にやってきた風丸は、扉を開けることにわずかに躊躇った。昨日、鍵を閉めたのは三年みんなが確認している。

 

 ゆえに、これは故意によるものだ。

 

 こと早朝において風丸より早く訪れる者は少ない。円堂は寝坊の常連で、二年メンバーは朝練開始の15分前に眠たそうな瞼をこすってやってくる。

 

 鬼道や木野、音無は早いため、杞憂の可能性もあったが、昨日の今日だ。羽竜ツバキと一年の取っ組み合い。報復や悪戯の可能性も考慮して、今朝の風丸はどうも慎重な面持ちだった。

 

「誰かいるのか?」

 

 警戒してそっと扉を開けると、奥から小さく何かが跳ねる音が聞こえる。風丸らが何度も聞いた音、足元でずっと自分達の仲間であった音。

 サッカーボール。

 それもリフティングの。

 

「…………なに」

「なんだ羽竜か、驚かせるなよ」

 

 物音の正体は、昨日の出来事の中心人物、羽竜ツバキ本人だった。

 

 彼女は体操服を着て、ボールを足先で蹴りあげている。

 

 驚くべきはさらにあった。彼女はリフティングを継続しながら、ボールを水の染み込んだ布で丁寧に磨いていたのだ。

 

「朝、早いんだな」

「あんたたちが遅いだけ」

「ボールの手入れをしてくれていたのか?」

「……ボクが汚いボールを使いたくないだけだ」

「すごいな、そのテクニック。足でボールを蹴りながら手入れをするなんて」

「別に。よくやるから」

 

 話題を挙げる風丸に、ぶっきらぼうな返事。

 風丸など眼中にないといったようだ。

 その冷たい対応と、凍るような瞳を見るだけで、風丸の胸はしめつけられる。

 

『追いつけなかった』

 

 選抜試合の内容は散々だった。点数こそ勝っていたものの、そのあとプレイにブレやミスが多く目立っていた。それもこれも風丸自身が、己の本領であるスピード勝負でツバキに負けたからだ。

 

 あの加速。あの踏み込み。そして咄嗟の対応。

 全てが上をいかれていた。

 

 夜は悔しさでずっとシミュレート。

 

 風丸の真面目で、負けず嫌いな一面は、昨日の敗北を未だ許していない。

 

「朝練って……」

「え?」

「朝練って何を用意すればいい」

「ああ、それなら──────」

 

 朝練は2、3年生のみが実施している。一年は、昨日一昨日の選抜テストで疲れているだろう────との豪炎寺の意見により、朝練を通達していない。

 だから誰も彼もがその違和感に気づかなかった。

 

 あれだけやる気がある一年生だ、という驕りがあったのかもしれない。

 

 ちらほらと時がたつにつれメンバーが集まり、一時間ほど朝練が行われた。

 

「ゼヒッ……ゼヒッ……ひぃ……ひぃ……」

「じゃあな、ツバキ! しっかり汗拭いとけよー!」

 

 朝練のあと、汗だくになったツバキを見送った円堂らは、放課後を待った。

 昨日の事件は災難だったが、それはそれ。新一年生の存在に期待を膨らませ、サッカーがさらなる盛り上がりをみせるだろうと鼻息荒く部室を訪れた円堂を待っていたのは、小柄な体で器具を持ち上げようと奮闘するツバキのみだった。

 

「あれ? 一年生は?」

「まだ来てない」

「これは持つから軽いのを取ってきてくれ」

「…………はい」

 

 器具を持ち上げきれないツバキに代わって円堂が軽く持ち上げると、彼女は不満げに肩を落とした。

 

「なんだ、新一年生はだらしないでやんすねぇ」

「ほんとほんとっす」

「……先に練習始めとこうぜ!」

 

 円堂の号令によって練習が始まる。

 しかし待てど暮らせど一年生はやってこなかった。

 昨日見た顔は、誰一人として。

 

 

「入部取り消しがこんなにいっぱい……」

 

 雷門マネージャーらは、部室で他の雷門メンバーと共に、後日先生から通達された事実に頭を抱えていた。

 

 三桁を超えていた入部希望届けが全て取り消し。

 

 正式に入部の手はずとなった生徒は、羽竜ツバキのみ。

 

 しかも校内では悪い噂が出回っているらしい。

 

『雷門サッカー部で暴力沙汰があった』

『雷門サッカー部、実は不仲』

『雷門サッカー部にピンク頭のヤクザがいる』

『雷門キャプテンは女たらし』

『料理下手なマネージャーがいる』

 

「どれもこれも不当です! 嘘っぱちです! 噂の元凶を辿って話をつけてきます!」

 

 事の顛末に憤慨した音無春奈が部室を飛び出そうとしていくのを、半田やマックスが止める。「まあまあ」「ちょっと落ち着いてよ」「落ち着けるもんですか!」と一悶着。

 

「噂が落ち着くのを待つしかないな」

 

 豪炎寺は冷静さを保ったままで言った。それに続き、うなずく鬼道。こと悪い噂は火消しに回ろうとすればするほど悪循環に陥りやすい。それに噂の元凶ほど不確かな存在はない。突き止めようとあがいても時間を浪費するだけだ。

 

「……フン。下らない。こんなことで悩んで……馬鹿馬鹿しいにもほどがある」

 

 雷門の視線が一斉に、原因の一端を担うであろう少女のもとへと集った。

 当の彼女は気にもしていない風に鼻を鳴らす。

 そこに怒りを向けたのは染岡だった。

 

「おまえな……誰のせいでこんなことになったとおもってんだ!!」

「ヒッ! ……ぼ、ボクは悪くない! 軟弱なあいつらが悪いんだ!」

「なんだと!」

「待て、染岡。そこまでにするんだ」

「円堂……」

 

 ずっと沈黙を貫いていた円堂が、染岡の機を制した。

 

「サッカーの悪い噂は、俺たちがプレイで証明するんだ。真剣なプレイにはボールもみんなも応えてくれる! だから練習だ!」

「「「……おう!」」」

「…………」

 

 円堂の号令一下、部員の皆が練習に戻っていく。

 表面こそ取り繕っているものの、内心は不安でいっぱいなのだろう。メンバーの顔は暗い。

 

 マネージャーの一人である雷門夏未は、顎に手を当て、部室の壁に貼られたイナズマジャパンの集合写真に視線を走らせる。

 

 みんな幸せそうだ。

 

 今もなお優勝の時の活気と栄華が、一枚の紙に閉じ込められている。

 

「私も……」

 

 なにかできることがあれば。

 

 夏未は遠くなっていく円堂の背中を幻視し、手を伸ばすように、か細い声は投げられた。

 

 最初の帝国学園との戦いが遠い思い出だ。一年しか経たないというのに、円堂は立派なキャプテンとなっていた。

 寂れたオンボロ部室、借りるだけだったグラウンド、汚れたサッカーボール。成長した雷門イレブンは、もうあの頃の弱小サッカー部ではない。

 

 もう自分の助けなど必要ないのだ。

 

 それがどうしても胸をしめつけて、寂しかった。

 

「夏未さん、どうしたの?」

 

 木野秋が、一人部室に残った夏未を心配して戻ってきた。

 

「いえ、いいえ。練習始めるのよね。すぐ行くわ」

「う、うん……」

 

 綺麗に整備されたグラウンド。これはイナズマイレブンが勝ち取ったもの。

 

「円堂くん……」

 

 なにかをしてあげたい。

 そんな衝動に従って、夏未はスカートのポケットからスマホを取り出した。

 

 

「みんなー! 休憩だよー!」

 

 木野の呼びかけに雷門イレブンは続々とベンチの前へ戻ってくる。新しさが感じられる青いベンチの上には、人数分の給水ボトルが並んでいた。壁山は一目散にそのボトルを掴み、口の中へと流し込んでいく。

 

「こらっ! 壁山くん一気飲みはダメなのよ!」

「へへへ、すいませんっす」

「……あれ? 円堂くんは?」

「キャプテンなら豪炎寺さんと向こうで……」

 

 緑のグラウンドに立つ二人。豪炎寺の足元にはボールが置かれ、対する円堂はゴールの前で神経を研ぎ澄まし、豪炎寺の機先を制さんと構える。

 

 PK勝負。

 世界一のストライカーと、世界一のゴールキーパーの戦いに、否応にもみんなの注目が集まる。

 

「三本勝負だ、行くぞ円堂!」

「こい、豪炎寺!」

 

 まず肩慣らしとばかりに、豪炎寺はゴール正面へ渾身のシュートを叩き込んだ。

 轟音。芝生が一斉に分かたれ、空気の壁を突き抜けるようにして放たれる。

 それを円堂は抱えるようにキャッチ。わずかに後退するも、なんの危なげもなく防いだ。

 

「流石だぜ豪炎寺。すごいシュートだ」

「フッ。いや、まだまだだ」

 

 円堂によって返されたボールを蹴りあげ、回転と共に左足に炎を纏う豪炎寺。その構えはまさしく彼の代名詞。

 

 ファイアトルネード。

 

 幾度となく雷門を救った炎の豪砲が、流星の如く赤い軌跡を描く。

 

「ハアアアッ! 『ゴッドハンド』ッッ!!」

 

 それに対抗するは、これまた円堂の代名詞。

 黄金色に輝く巨大な右腕が炎の勢いをとどめ、そしてエネルギーの収束に合わせるようにして、円堂の右腕には勢いを失ったボールが収まっていた。

 

「やっぱりキャプテンのゴッドハンドはすごいっすねぇ」

 

 観客として顛末を見届ける壁山が、ぽつりとこぼした。

 

「俺たちはあの右腕に何度も助けられた。懐かしいな、初めてのフットボールフロンティアがもう一年前か……」

 

 風丸は、特にゴッドハンドとは強い思い入れがあった。懐かしきフットボールフロンティアでは、あの技がなければ優勝することなんてできなかっただろうし、それに何より、風丸の暴走を止めたのもあの右腕だ。

 

 ダークエンペラーズとしてコンプレックスを抱える皆を率いた風丸。その想い──────陽の目も見れないメンバーの、くすぶるだけの暗い情念を風丸はずっと覚えている。

 

「円堂、お前はどうして、こんなに遠くに行ってしまったんだ」

 

 幼馴染の二人。初めは隣同士だった。しかしいつの間にか追いすがるのに手一杯となり、次第にはその背中を見つめるだけになってしまった。

 

 円堂はけして天才ではない。だが、才能がないわけではない。技への柔軟な発想、ひたむきに目標へ走り続ける集中力、そして粘り強いド根性。それは確かに、天賦のモノであった。

 

(円堂、俺は…………)

 

 円堂と豪炎寺の勝負は豪炎寺の勝利で終わった。豪炎寺の放つ爆熱ストームが、円堂の正義の鉄拳を打ち破ったのだ。お互いに称えあって、ピッチに戻ろうとする二人。

 その二人を呼び止める声があった。

 

「ここが雷門サッカー部のグラウンドか?」

 

 



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四話 鉄壁!巨人GK

 

「ここが雷門サッカー部のグラウンドか?」

 

 野太い声であった。

 そして山のような背丈。

 中学生……いいや高校生でもありえぬ巨体をした男が、いつの間にか雷門の練習グラウンドに入り込んでいた。

 大きな影が、マネージャーと座り込む栗松たちを覆い隠す。

 

「ど、どちらさまでしょうか……」

 

 木野がおずおずと伺う。

 その巨人は彼女を一瞥(いちべつ)したあと鼻を鳴らし、

 

「奴が豪炎寺……世界トップクラスの炎のエースストライカーか」

 

 グラウンドに悠々(ゆうゆう)とした足どりで歩いていく。

 飛び散ったボールを集めている円堂を尻目に、先程まで彼がいたゴール前で巨人は腕を広げた。

 

「豪炎寺、オレと勝負しろ!!」

「誰だ、あいつは……」

「さぁ……」

 

 円堂が首を(かし)げる。この場において、彼の存在を知るものは誰一人としていなかった。

 

「オレの名前は無山力弥(むざんりきや)。ポジションはGK。そこの円堂守に勝ったエースストライカーの実力、見せてもらおうか」

 

 突如現れた男は、自分を無山力弥と名乗った。

 そして大きく胸をはり、腰をわずかに(かが)め、腕を広げると、なんとゴールマウスのほとんどをその巨体で隠してしまう。

 

 2mは優に超えている無山は、不敵に笑う。

 

 それを挑発と受け取ったのだろう、豪炎寺も嬉しそうに頬を緩め、PK位置へとボールを置く。

 

「豪炎寺!」

 

 胸騒ぎがする─────。

 

 そう喉まで出かかった円堂の言葉は、豪炎寺の真剣な眼差しの前に霧散した。

 

「三本勝負だ!」

 

 無山が指を三つ立てる。

 円堂はそれに既視感を覚えた。過去、自分が響監督に提案したPK勝負と似ていたからだ。

 

「豪炎寺、お前が一本でもオレからゴールをあげられたら、お前の勝利だ」

「言ってくれるじゃないか」

 

 景気付けとばかりに、ほぼノーモーションの鋭いシュートがゴールに放たれる。それは真っ直ぐ飛んだかと思うと、ゴール直前で急に曲がり、ポストギリギリの右上へと飛来する。

 

 豪炎寺は力強いシュートが特徴的だが、その裏には卓越(たくえつ)した技術が潜んでいる。この急カーブシュートはその一端にすぎないのだろう。

 

 それを、無山力弥は。

 

「フン、小手先の技だな」

 

 いとも容易くワンハンドキャッチで受け止めた。

 

「やるじゃないか、無山」

 

 会話など知らんとばかりに、豪炎寺は次なるシュートモーションをとる。(かかと)で後ろにボールを蹴りあげ、浮いた球をスクリュー回転で迎える。

 ファイアトルネード。円堂にも放った豪炎寺の十八番(おはこ)

 

「ハアアッ!!」

 

 一条の流星。空気を焼く炎のシュートが無山に迫る。

 

「…………この程度かッ!!」

 

 無山は放たれたファイアトルネードを、なんと上から叩きつけるようにして軌道を変え、地面と衝突させた。

 回転したままの焦げ臭いサッカーボール。それを無山が蹴り返す。

 

「撃ってこい、アジア予選、そして世界で見せたあのシュートを! お前の最高峰を!!」

「…………!」

 

 無山のいうシュートとは、豪炎寺がオーストラリア代表ビッグウェイブス戦にて放った爆熱スクリューだ。

 炎の竜巻を蹴り足に乗せた極大シュート。それを撃ってこいと無山は言っているのだ。

 

 当然、豪炎寺はその要望に応える。

 彼はサッカーに熱い男なのだ。撃ってこいと挑発され、手を抜いて逃げるほど臆病でもなかった。

 ゆえに、豪炎寺は無山の望み通り、空中にあるボールに向かって高く飛んだ。

 

「『爆熱……スクリュー』ーーーーッッッ!!」

 

 爆炎を纏った左足が、炎の竜巻のエネルギーと共にボールをインパクト。炎の大砲が一直線に無山へと向かった。

 

 

 ……豪炎寺の最高傑作。

 世界の強敵を破りに破った灼熱のシュートを目の当たりにするだけで。

 無山の心の奥で燃え(たぎ)る熔岩が、それに呼応するかのようにごうごうと噴き出す。

 

 ──────世界一のシュートを止めれば、オレが世界一だよなァ……。

 

 巨人の双眸(そうぼう)に浮き出る野心。狂気的な黒い感情。

 彼の視界が一瞬だけ捉える。世界一のキーパーが、息を呑む様子で勝負を見守っている姿を。

 

 爆熱スクリューを無山が見た瞬間、このシュートはただのキャッチでは止められないと悟った。

 ファイアトルネードの数倍、いや十倍以上のエネルギーが掌にかかれば、いかな巨体、いかな剛腕といえど弾かれてしまう。

 

『キャッチは無理だ』

 

 そう結論づけると、無山は冷静に気を溜め、この日のために隠していた最大の技を解き放った。

 

「あ、あれはなんだ!?」

 

 半田が指差した方向には、突如どこからやってきたのか、小さな隕石が炎をあげて無山へと落ちてきていた。

 隕石は豪炎寺を過ぎ去り、放たれた爆熱スクリューすらも追い抜かして無山に迫る。

 

「見せてやろう、これがオレの──────」

 

 無山の巨腕が隕石と衝突。

 そして、隕石を打ち返した。

 

「『隕石砲(インセキホウ)』ッッ!!!」

 

 小隕石は飛んでくる爆熱スクリューと激突。

 ボールと隕石がその場にて砕けちり、砂塵(さじん)と炎の熱がグラウンドに渦巻いていた。

 

 砂煙が晴れ、そこには余裕そうな無山と、眉を潜める豪炎寺が。

 

「オレの勝ちだな」

「…………ああ」

 

 雷門メンバー各々が、口が塞がらぬまま、無山の一挙手一投足に注目している。彼は休憩しているメンバーの前にやってくると、大声で、

 

「オレは雷門サッカー部に入るためにやってきた、一年の無山だ! 実力は申し分ないことはよおく分かっただろう。オレを、ここに入れろ!!!」

 

 雷門サッカー部入りを宣言したのである。



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五話 放課後のひととき

いつも小説を読んでくださる皆さま、本当にありがとうございます。


 

 無山という男の入部宣言。

 それには大きな波乱が巻き起こった。

 まず噛みついたのは、雷門のもう一人のフォワード。豪炎寺の実力を誰よりも信頼し、その豪炎寺が負けることに何より納得しない男、染岡だ。

 

「俺と勝負しやがれ! 無山!」

「オレは雑魚とはやらん」

「なにぃ……!?」

「納得いかないようだな。だが、ただのトカゲが俺に勝つなど、傲らん方がいい」

「なっ─────」

「なんだとっ!?」

 

 無山の侮辱に、染岡よりもさらに声を荒げたのは、一部始終を苦渋(くじゅう)の気持ちで眺めていた羽竜ツバキである。彼女は無山の巨体を見上げ、ボールを突きつけた。

 

「受けてみろ」

「ほう?」

 

 ツバキは無山の目の前…………至近距離でボールを蹴り放った。一瞬のことだった。誰もが(きょ)を突かれ、蹴ったボールに反応できずにいた。それは無山も同じであったが、しかし彼の反射神経は限界まで研ぎ澄まされていた。

 

 ナイフのような鋭さで一直線に迫り来るボールを、巨人は片手で難なく止めてみせる。

 

「……これがどうした」

「ぐっ……! ボクのシュートが!」

「チビ、これは忠告だ。身のほどを知れ。喧嘩を売る相手くらいは見極めろ。てめえみたいなへたくそが粋がるとチームのレベルが下がるんだよ」

「ボクがへたくそだって……!?」

「ああ、そうだ。違うか? すぐに激昂して不意打ちをかましてきたくせに、オレに難なく止められたのは誰だァ? んん?」

「言わせておけば……っ!」

「────やめろ二人とも!!」

 

 無山の厳しい言葉に憤慨(ふんがい)したツバキが飛びかかろうとするのを、円堂が間にはいって止める。

 

「ツバキ、落ち着くんだ! 馬鹿にされたなら、サッカーで見返せばいい。そうだろ?」

「ぐ、ぐぐぐ……」

「無山も、雷門サッカー部に入りにきたのに、ここで喧嘩してどうする!」

「フッ、本当のことを言ったまでだがな」

 

 それでも彼女は怒りが収まらず、円堂を退かそうとするものの、元の筋力がないせいかなかなか円堂を動かせない。

 

 無山はそんな二人を見下ろし、興味を無くしたかのように鼻を鳴らして、みんなの給水ボトルを抱えたマネージャーたちに声をかけた。

 

「入部届はこれでいいか? 手続きを頼んだ」

「は、はぁ……」

 

 マネージャーらは呆気にとられながらも、彼の入部届を受け取った。正式な書類だ。

 そうして入部届を渡した無山は颯爽と踵を返し、「明日から練習に参加する」と一言だけ残してグラウンドを去っていった。

 

 雷門サッカー部は、彼の去り行く姿を呆然と見つめるのみだった。

 

 

 部活が終わり、みんなが各々で帰り支度をする。

 壁山たち二年メンバーは端に固まって、今日の暴風のような出来事を語っていた。

 主に新入部員のことである。

 

「こ、怖かったっすねぇ~……」

 

 人一倍臆病な壁山は、自分のほうが先輩だというのに、あの無山という一年に恐怖を覚えていた。

 

 突き刺すかのような視線に、中学生離れした体格、腹底を揺らすような野太い声。

 

 それに豪炎寺を(くだ)した実力も相まって、壁山のなかでは怖いものランキングトップ3入りだ。

 

 ちなみに他の二つはオバケと怒った音無である。

 

「ツバキもツバキでやんす。あんなに怒んなくたって……」

 

 栗松は窓から見える屋内グラウンドの方に、一瞬だけ視線を走らせた。

 男子更衣室しかない雷門の部室では、ツバキは着替えられない。彼女は一人、屋内グラウンドで着替えるのだ。

 

 無山との一悶着があってから、ツバキは一日中機嫌が悪かった。

 

 それはプレイの質にも表れ、紅白戦では単独プレイを何度も敢行(かんこう)し、そのたびに雷門のDF陣にボールを奪われるという失態を犯す。

 

 最初はプレイの(つたな)さにあたたかい目で見守られていたが、まったく反省しないそぶりに鬼道からも注意が飛ぶようになった。

 

 最終的にはプレイを続行するには危険とみなされ、マネージャーのそばで見学となっていたツバキ。壁山が心配するのも無理はないことだ。

 

「やっぱり無山さんに言われたことが響いたんすかねぇ……」

「かもねー」

 

 壁山の心配を宍戸が適当に返す。

 

 栗松や壁山ら二年には、どうしてツバキがそこまで躍起になるかわからない。

 彼らは度重なる激闘を経て、サッカーにおけるチームプレイの大切さを知っている。

 

 だからこそ、あれだけ身を削り、単独突破にこだわる理由が解せない。

 鬼気迫るようなワンマンプレイの真意。そこを考える前に、少林寺からの提案がそれぞれの思考を遮った。 

 

「一年だからしかたないって。帰り、雷々軒いかない?」

「おおー! ちょうど響さんのラーメンが恋しくなってきた頃合いだったっす! キャプテンたちも誘わないっすか?」

「いいでやんすね!」

 

 少林寺の提案により、お腹を空かせていた壁山が声を弾ませる。壁山のお腹は激しいカロリー消費によりぐうぐうと空腹をわめきたてていた。

 

「じゃあ俺、キャプテンたち呼んでくるよー」

 

 三人より早めに帰り支度をすませた宍戸が、率先して三年生たちの輪にはいっていく。

 三年生のなかには忙しいと断るものもいたが、おおむね賛成が多数だ。

 

 雷々軒行きは円堂、染岡、鬼道、半田、風丸、あとは二年生組に決定。

 豪炎寺と松野、影野、メガネの四人は用事があるということで一行とは別れた。

 

 メガネは今日が限定フィギュアの発売日とあり、やけに上機嫌。

 

 松野と影野はいつもの雰囲気であったが、豪炎寺はどこか物憂げで、みんなと別れるときも円堂のまたなという声に「……ああ」と小さく返事をしただけだった。

 

 彼は今日、無山との三本勝負から目に見えて思い悩んでいた。豪炎寺にとって、渾身のシュートを止められるということは重たい意味を持つ。

 

 円堂もやはり彼に思うところがあったのだろう、その背を追いかけ問いつめようとするも、

 

「待て円堂」

 

 鬼道がそれを止めた。

 

「一人にさせてやれ」

「でも」

「あいつはそう簡単にへこたれるやつじゃない。いまは豪炎寺を信じてやるんだ、円堂」

「鬼道……」

「……だが、もしも豪炎寺の顔がいつまでも晴れなかったら、そのときこそキャプテンとして寄り添ってやるんだ」

 

 豪炎寺の悩みの大きさは豪炎寺にしかわからない。

 その深さも、中身も、意味も。

 ただ、鬼道は豪炎寺がサッカーに対してひたむきな想いを持つことを誰よりも知っている。

 

 なによりも鬼道は、豪炎寺のその想いに感化されこの雷門に来たのだから。

 

 帝国学園が世宇子中に完敗し、雪辱を味わった彼だからこそわかる豪炎寺の悩み、躓き。

 だから鬼道は円堂に静観を強いた。

 

 そして、なによりも。

 

「─────あいつ(豪炎寺)の目は死んじゃいなかった。だから大丈夫だ」

「……! そっか、豪炎寺……それなら大丈夫だな」

 

 豪炎寺は燃えたぎっている。

 クールな顔をして、心は灼熱よりも熱く。

 

 そんなことが彼の瞳を見るだけで分かってしまったのだから、鬼道が止める理由はないのだ。

 

 そうしてひと息ついた一行は校門を出ようとして、

 

「あーーーーっ! しまった、鍵を締めるの忘れてた!」

 

 円堂がポケットから屋内グラウンドの鍵を取り出し、大声をあげた。

 

 サッカー部が使っている屋内グラウンドは、基本的にキャプテンである円堂が施錠を行う。

 豪炎寺が心配でたまらなかった円堂は、ついついその施錠を失念していたのだ。

 

「すぐに鍵を締めてくるから、みんなは先に向かっててくれ!!」

「わかったよ円堂。はやくいってこい」

 

 円堂のうっかりに優しく微笑む風丸。おう、と円堂は元気な返事をした。

 

 円堂が去ると、一行は雷々軒に向かいながら話題を転々とさせる。サッカーの戦術、今年の注目選手、世界大会時のメンバーがどうしているか、など。

 そしてついに話題は今年のフットボールフロンティアへ。

 

「ううう、今年のフットボールフロンティアは緊張するでやんすぅ」

 

 雷門は当然ながら優勝校と目され、その期待も大きい。

 

 熱血キーパー円堂を筆頭に、エースストライカー豪炎寺、卓越したゲームメイカー鬼道、ドラゴンストライカー染岡、疾風ディフェンダー風丸、そして不動のプレイヤー壁山と。世界に通用するメンバーが数多(あまた)集まっているのだ。

 

 サッカーを愛する子供たちにとって、まさに今の雷門イレブンは絶頂期に近い。

 期待をするなという方が無理なのである。

 

 一方で、だ。

 それら黄金プレイヤーが揃っても突破するのは難しいであろう名選手が他の中学にはいる。

 

 吹雪率いる白恋中、立向居の所属する陽花戸中、アフロディの世宇子、佐久間や源王らのいる帝国。

 優勝するのが当然だろうとされる雷門の壁はあまりに多い。

 

「大丈夫だ栗松、俺が世界で鍛え上げたドラゴンスレイヤーでどんなゴールも打ち破ってやる!」

「染岡さんがでやんすかぁ~」

「おいなんだその不安そうな顔は」

「……去年と違い一ノ瀬や土門はいないが、俺たちは世界を経て大きく成長した。心配することはない、自信を持て」

「やっぱり鬼道さんが言ってくれると安心するでやんすね!」

「なんだとコラ! 俺の言葉は信用できねえってのか!」

「ひいいいい違うでやんすぅ~!」

 

 栗松の調子のいい態度にみんなが笑う。

 

「あっ、そ、そういえば───────」

 

 染岡の怒りの矛先を逸らそうと栗松が咄嗟に変えた話題は、一年生のことだった。

 ツバキや無山のことではない、雷門の面々が雷門に入学することを期待したであろう、あの『一年』についてだ。

 

 世界で活躍し、(いちじる)しく成長を遂げた、豪炎寺に並ぶストライカー。ちょっと生意気だが、奇抜な発想とそれを実践できる天性の才を秘めた彼。

 

 宇都宮虎丸。

 

 入部テストの時に彼の姿がないことが、一時期雷門の間で話題になった。

 

「虎丸くん、どこに行っちゃったんすかねぇ……」

「案外サッカー辞めて定食屋継いじゃってたりして!」

「うぅぅ……そんなの悲しいっす……」

 

 少林の冗談にぶるぶると震える壁山。

 あまり虎丸と会話する機会がなかった壁山だが、先輩として元気な後輩ができるのは嬉しいことだと4月まで息巻いていた。

 ちゃっかり楽しみにしていたのである、雷門サッカー部として虎丸とサッカーをやることが。

 

「音無の情報網にもひっかからないみたいだし、ほんとどこいっちゃったんだろうなー」

「まあ、サッカーをやっていればいつか会えるさ」

「ああ、その通りだ。あいつがサッカーを続けているのなら、必ず大会のどこかで当たるだろう。虎丸は確かな力を持ったプレイヤーだからな」

 

 半田と風丸の会話に割り込む鬼道。

 鬼道のいうとおり、虎丸というサッカープレイヤーは、弱冠12歳にして高い実力を持っていた。さらに、成長の兆しすらも。

 

 彼という一年生がサッカー部に入るだけで、もしそこが強豪なら群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の先輩たちを押し退け、弱小や無名であれば大会本選まで実力を押し上げるだろう。それほどまでに彼のサッカーセンスはずば抜けている。

 

 未完の猛虎。

 

 どこかのサッカーバカ曰く、未完成とは進化し続けること。

 虎丸が三年生になるまでどれほどの成長を遂げているか、想像するだけで恐ろしい。

 

 

 

「ん? なんか止まってる」

 

 先頭を歩く宍戸がなにかを見つけたようだった。

 商店街の入口、そこに見覚えのあるリムジンが止まっていた。

 一行が通りかかろうとするところを阻むように扉が開け放たれる。

 

 扉から出てきたのは、日傘を差した雷門夏未。

 先に帰ったはずの彼女が、どうしてか商店街で雷門イレブンを待ちかまえていた。

 

「待っていたわ」

「帰ったんじゃなかったのか……」

「あなたたちに報告があってわざわざ待っていたの」

「報告?」

 

 風丸が聞き返す。

 

「フットボールフロンティアまであと二週間。それまでの調整と一年との連携を兼ねて、練習試合を申し込んだわ」

「練習試合でやんすかぁ!? そんな急すぎるでやんす!」

「期日は今度の金曜日。ここで勝って勢いをつけるのと同時に、いまの雷門に蔓延(はびこ)る悪い噂を払拭するの」

 

 羽竜ツバキと以下一年生が起こした喧嘩沙汰。

 それからというもの、雷門中内部からはサッカー部に対して厳しい目が向けられ続けていた。

 今のところ夏未や音無が裏で噂の沈静化を図っているものの、結果は芳しくない。

 

 そこで夏未は独自に連絡をとり、雷門のサッカーをみんなに見せようと考えた。

 悪い噂など忘れてしまうほどの、熱狂的で、誰もが夢中になれるサッカーの熱さを。

 

「それで肝心の対戦校はどこなんだ?」

 

 半田の自然な質問に、夏未は不敵に笑う。

 

「あなたたちに馴染み深い中学よ」

「もったいぶらずに早く言ってくれよ」

「もう! 不粋ね。練習相手はあの──────」

 



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六話 ツバキの心

 

 子供たちの汗の匂いが、風に乗って空へ。

 部活終わりの夕暮れは残照(ざんしょう)を浴び、暮れなずんだ黄金を大地に注いでいる。

 

 まばらに鞄を持って帰る学生がいるなか、円堂は流れに逆行して屋内グラウンドに走っていた。

 

 屋内グラウンドに近づくと、中からビリビリと痺れるような重い音が轟いてくる。

 何度も、何度も。

 そしてボールがネットを捉えるときのこすれた音が、かすかに開いた扉から漏れ聞こえていた。

 

「ツバキか?」

 

 そろりと中を確かめると、体操服に身を包んだツバキがシュートを撃ち込んでいるところであった。

 相当速いペースでやっているのだろう。ゴールネットの隅やコートには、ボールがいくつも転がっていた。

 摩擦で焦げくさい臭いも放っている。

 

「もっと……速くッ!!」

 

 ボールを上空に打ち上げ、オーバーヘッドで叩き込む。

 

 ツバキの必殺技、ドラゴンクローだ。

 

 今日何度目かわからないそれを撃ち終わると、限界だったのか、糸が切れた人形のようにその場へへたりこんでしまう。そうして風がどこからか吹いていることに気づいた。

 

 それは円堂が開けた扉からだ。

 

 彼女は肩で息をしながら、風が来る方向に視線だけ動かした。

 

「…………円堂、キャプテン」

「ツバキ、まだ練習してたんだな!」

 

 円堂が嬉しそうに駆け寄ってくる。途中、転がっていたボールを拾い上げて。

 

「何しに来たんだよ。もしかしてボクを笑いにきたのか、練習でさんざん醜態をさらしたボクを」

「笑いに? そんなわけないだろ。ツバキは頑張ってるじゃないか」

「頑張ってるってそんな簡単に……」

 

 ツバキはなにかを言いかけて────口をすぼめ、暗くうつむいてしまった。

 どうせこの人には言ってもわからないだろ、と。

 ツバキなりの諦めと、逃避である。

 円堂という人間は、彼女にとってもそれだけ遠い人間だった。

 

「ツバキは、いま悩んでるんだよな?」

 

 そんな折、円堂が肩を並べるようにしてツバキの隣に座った。

 肩がふれあうほど近い位置に異性が座ったものだから、ツバキは咄嗟に飛び上がり距離を離した。彼女も異性を気にする年頃なのである。

 

「……近づくな」

「え?」

「いいから」

「……? とにかく、悩んでることがあるなら言ってくれよ。助けになりたいんだ」

「…………」

 

 ツバキはなにかを考えたかと思うと、円堂の持っているボールを奪い取り、ゴールを指した。

 その意図を理解し、円堂から楽しげな笑みがこぼれる。

 

「ゴール、守ってよキャプテン。今からボクがシュート打つからさ。もしキャプテンがボクのシュートを止められたら話してあげる」

「いいぜ。ばっちり受け止めてやるよ!」

「……いくよ」

 

 制服のまま、グローブだけはめて向かい合う円堂。

 その目は先輩から雷門のキャプテンとしての瞳に変わる。

 ボールをまっすぐ見つめ、ゴールを死守せんと構えている。

 

 ツバキの背には冷たい汗が伝っていた。

 隙がない。初めて戦ったときに見出だした一瞬の隙が、これっぽっちも。

 

 だが、撃たないわけにはいかない。

 今こうしてツバキが円堂に勝負を挑んだのは、ただの気の迷いなどではなく、彼女自身に確かめたいことがあったからだ。

 

「くらえっ、『ドラゴンクロー』ーーーッッ!」

 

 黒竜が背後に顕現(けんげん)し、振り下ろされる竜の腕とともにツバキのオーバーヘッドキックが叩き込まれる。

 

 爪の形をした五つの衝撃波が、グラウンドを抉りながら円堂に迫る。

 

「前より威力が上がってる。……へへっ、楽しくなってきた!」

 

 円堂は右腕に黄金のエネルギーを溜めると、それを頭上に差し出し、巨大な右手として発現させた。

 

「『ゴッドハンド』!!」

 

 輝く右手と竜の爪がぶつかり、ジジジと火花が弾けるような音が飛び散る。勢いは互角。

 若干、円堂が押されぎみではあるが、彼の踵がゴールラインを切ったところで勢いが止まった。

 

「ぐぐぐぐ……! だあああああっ!」

 

 勝負の軍配は円堂に上がる。

 ゴッドハンドのエネルギーが収束するのに合わせて円堂の右腕にボールが収まった。

 

 渾身のシュートを止められたツバキは呆然としていた。

 同時にどこか納得したような表情もしていた。

 

「やっぱりツバキのシュートはすごいな! 以前よりもパワーアップしてて、ビリビリきた!」

「ボクのシュートがすごいもんか。結局、一度も通じなかった」

「ツバキ……」

「キャプテン。ボクはね、父親に認めてもらうためにこの雷門に来たんだ」

 

 ぽつりぽつりと語り始めるツバキ。

 そこにいつもの強情さはなく、弱々しい。その小柄な身体がいっそう小さく見えるほどに。

 

「ボクの父親はサッカーで勝つことに執着していてね。ボクが幼い頃からその圧はあったんだ」

 

 勝てば喜ばれ。

 負ければ失望される。

 

 幼少の頃から、ツバキには父親の顔がそのどちらかしかなかった。母親はツバキが生まれたとたん気の抜けたように死に、父親だけが彼女に残された拠り所だった。

 

 父親は最新鋭のスポーツ理論や器具をツバキに実践した。それだけの金とコネが彼にはあった。

 その甲斐あってか、ツバキは小学校低学年にしては抜きん出た強さを持っていた。その時は、父親もツバキのことを褒めに褒め、父娘(おやこ)仲も円満だったのだ。

 

 だが、天下も数年で終わる。

 年を経るごとに周りとの差が失くなっていき、しまいには地区予選準決勝で相手校にボロ負けした。

 

 あとになってわかったことだが、相手は虎丸を擁する小学校だったらしい。豪炎寺と出会う前の、目立たないようプレイを抑えた虎丸が相手だったが、それでも完敗だった。

 

 完敗の理由はツバキだ。

 同点に追いつくためのラストワンプレー。ツバキは相手DFのタックルに押し負け、シュートすら撃てず負けた。

 

 そのころになるとチームのレベルも相応に高まっており、ボディコントロールもボール(さば)きもおざなりなツバキではチームのお荷物になってしまっていた。

 

 ある意味そのラストシュートは、チームが課したツバキへの試練。お荷物かそうでないかの証明だ。

 そしてツバキは、シュートを決める決めない以前に、"シュートすら打てなかった"として役立たずの烙印(らくいん)を押されることとなった。

 

 

 当然、父親は失望した。

 娘の拙いプレイ─────もともと才能はなく、限界だったのだろう、を見てから、父親は目に見えて娘を冷遇し始める。

 

 それでもツバキは頑張るしかなかった。

 サッカーボールを蹴り、周囲に追いすがるしかなかった。

 

 それだけが羽竜ツバキの知る、父親から愛情を受けとる唯一の方法だったのだ。

 しかし頑張れば頑張るほど父親の背姿は遠のいていく。

 ツバキの心も荒れていく。

 

 二人の思惑には相違(そうい)があった。

 父親は「天才」を求めていた。

 ツバキは天才ではなかった。勝とうとするだけでは足りなかったのだ。

 

 ツバキがそれに気づくのは世界大会から戻ってきた虎丸に、自分が所属するサッカーチームが再び完敗を喫したあと。

 

 ツバキの父親はその試合、虎丸に夢中だった。

 

 『天才』に、見惚れていたのだ──────。

 

 

「ボクの父親はそのあと、ボクを捨てた。わずかなお金を残して。……雷門に入って華々しく活躍すれば、きっと父親はボクを認めて戻ってくる。戻ってきてくれる……! そのために強い必殺技も編み出した。雷門にも入学した! でも、まったく通じなかった。……あんまりに哀れで笑えるよ」

「ツバキにとってサッカーは父親に認めてもらうためなのか?」

「そうだと言ったら?」

「何も言うことはないさ。サッカーをやる理由はひとそれぞれだからな。ツバキがお父さんに認めてもらえるまで応援するよ」

「責めないんだね、こんな不純な理由でサッカーをやってるのに」

「責めるもんか。それに不純なんかじゃない。俺だって、じいちゃんの影響があってサッカーを始めたんだ。全国大会の時も、じいちゃんの影を追いかけてた。ゴッドハンド、マジン・ザ・ハンド、正義の鉄拳……これも全部じいちゃんが考えてくれたんだ」

 

 円堂がサッカーを始めたのは、押し入れから円堂大介の使っていたサッカーボールと、ノートを見たとき。

 

 彼にとって運命の出会いだ。

 

 ツバキが親に愛されたいから、失望されたくないからサッカーをやるということ。円堂が祖父のノートを見て、その影を追いかけるようにしてサッカーを始めたこと。

 

 根本こそ違うが、誰かの想いからサッカーをやっている部分は同じだった。

 

 ただ……円堂にはひとつ、気になることがあった。

 

「ツバキ」

「…………なに」

「サッカー、楽しいか?」

「…………」

 

 傍目からして、今のツバキはどこか危うい。

 強迫観念に迫られているような、サッカーと純粋に向き合えていない顔つきだ。

 

 彼女は足元に目線を落とすと、

 

「────────楽しくない」

 

 それだけ言った。

 

 刺すように放たれた返答。

 冷たい、拒絶の言葉。

 円堂は彼女の言葉を聞いて、屋内グラウンドの重たい空気がよりいっそう重たくなったように錯覚した。

 

「楽しいわけがない。でもボクは、それ以外のサッカーなんて知らないんだ。……ボクはもう帰る。鍵、貸して。あとは片づけておくから」

 

 そして話は終わりだとばかりに会話を打ち切る。

 この空気に耐えられなくなったのか、逃げるようにして鍵を奪い取ろうとするツバキに、円堂がぐいと詰め寄った。

 

「じゃあツバキ、今度楽しいサッカーをやろうぜ!」

 

 楽しいサッカー。

 円堂がなによりも重視しているサッカー像だ。

 

 みんなが自由に、自分の意思で、自分のやりたいようにみんなと補いあってプレイするサッカーの楽しさを、そこに生じる笑顔を。

 円堂は地区予選の時からエイリア事件、世界大会に至るまで知っている。

 楽しいサッカーをやったとき、みんなが笑顔だったことを知っている。

 

 ツバキにも笑顔になってほしかった。

 円堂はまるで使命感に駆られるように、ツバキに楽しいサッカーをさせたいと思った。

 キャプテンとしての責任か、それとも彼の優しさか、判然とするものではなかったが。

 

「なんでボクがそんなことやらなきゃいけないんだ」

「フィールドでプレイしてるのはお前だろ? 楽しくないサッカーなんてもったいないじゃないか。だから今度は親に見せるためのサッカーじゃなくて、ツバキのやりたいサッカーをやってみないか」

「お節介だな、君は。……気持ちだけ受け取っておくよ。ほら、鍵を渡して」

「ツバキ……」

 

 強情な様子で円堂を拒絶するツバキ。

 蒼く透き通るてらてらとした瞳の輝きが、怜悧(れいり)な刃のように鋭くなっている。

 これ以上引き止められない─────そう悟った円堂は、仕方なく鍵を渡そうとして。

 

 直後、風を切るようにして放たれた"ツバキを狙ったボール"を、鍵を持っていた手で弾き返した。

 

「ひゃぁっ! な、なに!?」

「誰だ!!」

 

 ボールは屋内グラウンドの入口……ちょうど円堂が入ってきた場所から放たれていた。

 扉の前で佇む、夕陽を背にした三人。

 それぞれが特徴的な顔だちをしている。三人とも風貌(ふうぼう)が似通っているのは三つ子だったからだ。

 

「お前たちは──────木戸川清修の!」

「俺のバックトルネードをただのパンチングで弾くなんて、ちゃんと成長してるじゃん?」

「ですがそれも僕の計算の範囲内ですね」

「俺たちをその程度だと侮られたら困るぜ」

 

 オレンジのサングラスをかけた色黒の三人は、円堂たち雷門サッカー部が全国大会準決勝であたった強敵。

 

 武方三兄弟。

 バックトルネードを放ったのが長男の武方勝。

 丁寧口調で静観しているのが、次男の武方友。

 そして最後に、野心に燃えるのが三男の武方努。一番前に突出し、自身を誇示(こじ)している。

 

 三人のコンビネーションプレイは、壁山と栗松がいなければ雷門が敗北していたとされるほど脅威的であった。

 そのシュートを思い出した円堂の右腕が、自然と固くなる。ボールを受けたときに走るビリビリとした衝撃が、グローブを包んでいた。

 

「なんでお前らが雷門に? 地域違うだろ?」

「戦う前の宣戦布告……みたいな?」

「宣戦布告だって!?」

「そうだ! ……なんだ、知らないのか? 俺たち木戸川清修はなぁっ、今度の金曜日に雷門と練習試合をするんだ!!」

 

 ビシッと効果音が付きそうな勢いで三兄弟が円堂とツバキを指差す。

 

 彼らこそが、雷門の練習試合の相手。

 木戸川清修。豪炎寺が通っていた中学であり、今は武方を中心とした攻撃的なチームだ。

 

「練習試合……練習試合か」

 

 噛みしめるように反芻(はんすう)するツバキ。

 

 彼女はまだ雷門として他校の選手と戦ったことがない。

 沸々(ふつふつ)と心の奥でわき出すのは勝利の情念。

 

 サッカーという戦いのなかで勝つことでしか満足を得られない少女に、再びプライドを回復させる機会が回ってきたというわけだ。

 

「と言ってもだ」

 

 今にも飛びかからんと……闘志を剥き出しにしたツバキを制するように、武方勝が言った。

 

「ただ宣戦布告するだけじゃつまらないじゃん? 強くなった雷門の実力、見せてほしい……みたいな!」

「勝負か?」

「「「当然!」」」

「わかった、望むところだ!!」

 

 二人を試すように放たれた挑発に、ツバキだけではなく円堂も戦う意思を示す。いま、二人を止めるものはいない。

 

 一年前の河川敷を想う。

 あの時は、円堂が豪炎寺をバカにされたことに腹を立て挑んだ勝負であった。

 

 しかし今回は違う。監督もなく、ただ因縁とプライドがあるだけの意地の勝負。

 グローブを叩き、気合いを入れる円堂。

 足先でボール回しをするツバキ。戦う準備は万端だ。

 

「へんっ、ボクはたらこ唇どもには負けないよ!」

「うるさいっ、これはアイデンティティみたいな!」

「じょ、場外乱闘はやめてくれよ、ツバキ……」

 

 円堂の注意などどこ吹く風。

 ツバキが回転しているボールを真上に蹴りあげると、

 

「まずはボクを狙った借りを返させてもらうよ!」

 

 小手調べとばかりに、三兄弟へ鋭いオーバーヘッドシュートを繰り出した。

 



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七話 襲来! 新たなる戦力!

 ツバキにとってそれは、渾身のシュートだった。

 ハッキリと見えたのだ、ビジョンが。

 ボールが武方勝の顔面に突き刺さり、そのサングラスが綺麗に割れるという光景が。

 

 しかし、彼女の予想は外れる。

 武方三兄弟の間をすり抜けるようにして生まれた、二つの影によって。

 

「「『スピニングウェイブ!!』」」

 

 二本の脚が交差し、衝撃波が地面に放たれる。それは大きな壁のように、(せま)り来る波のようにボールの軌道を(はば)み─────速度をさらに加えて打ち返した。

 

「ぶぎゅっ!?」

 

 打ち返されたボールはツバキの顔面を捉える。

 空気が詰まったボールは硬く、しっかり真芯を刺した鈍い音と、少女の口から漏れる汚い声が混ざった。

 

 あれだけ見栄(みえ)よく啖呵(たんか)を切ったというのに、ツバキは呆気なくぺたりと地に伏してしまった。

 

「そんなへなちょこシュート、簡単に止めれちゃう……ってワケ」

「あんたじゃムリムリ……ってこと!」

「お前たちは!」

 

 そこにいたのは武方兄弟だった。

 正確にいえば、武方三兄弟とあまりに酷似した二人が並んでいた。片方は青髪を真上に尖らせて。片方は赤髪をおかっぱにして。

 

 武方三兄弟の長男、武方勝が誇らしげな様子で、

 

「こいつらこそ木戸川清修が新たに加えた新戦力!」

 

 さらに言葉を引き継ぐようにして、紹介された二人が前に出る。

 

「武方親戚がひとり、兄の武方覚(むかたさとる)ってワケ!」

「武方親戚がひとり、弟の武方統(むかたはじめ)ってこと!」

 

 青髪が(さとる)、赤髪が(はじめ)。三兄弟と同じフレームのサングラスをかけ、そのたらこ唇も健在だ。

 髪とサングラスの型以外、全く差違(さい)がない武方の血。

 

「覚と統は俺たちの親戚でDF。木戸川清修の守りがさらに磐石(ばんじゃく)になった……みたいな! 雷門に負けた以前の木戸川清修じゃないんだ!」

 

 武方勝の言うとおり、木戸川は二人の加入によって大きく変わった。

 

 木戸川清修は元々、超攻撃的サッカーを主体としている。

 雷門のエースストライカー豪炎寺をワントップとして、それを支えるかのように武方三兄弟。そして武方と豪炎寺にボールを運ぶMFとDFの層があった。MFとDFに目立った選手はなく、ゆえに豪炎寺と武方たちが点を取れなければ厳しい局面に晒されることもしばしばあった。

 

 しかし豪炎寺が妹の事故で抜け、武方三兄弟が攻撃の主体となると、今度は武方とそれを支えるためのMF陣が前に上がるようになる。そのためただでさえ低い防御力がさらに下がり、中盤以降がガタガタになるかと思われたが、アメリカサッカーの経験がある『西垣守(にしがきまもる)』や一年『女川(めがわ)』の導入によってなんとか体を成した。

 

 これが全国大会準決勝で雷門と戦った木戸川清修であり、同時にさまざまな課題をひた隠しにした突貫工事にすぎなかった。

 

 雷門に負けた木戸川清修は、監督の指示により中盤での選択肢を増やす練習を行った。

 武方三兄弟に攻撃を任せる一辺倒な戦術では、三人の連携が崩れた時に対象がしにくく。さらに防御の(かなめ)たる西垣や黒部(くろべ)光宗(みつむね)へ一気に負担がのし掛かってしまう。

 

 そのために、必要だったのだ。

 防御の姿勢を整え、かついざとなれば前線へ上がれるような……そんなプレイヤーが。

 

 武方親戚。この二人はDF陣を支え、木戸川清修の防御ラインに一本の軸を()いてみせた。

 しかも武方三兄弟と近しい仲であるためか、三人とのコンビネーションも抜群。

 

 防御の際には西垣を基軸とした防御ラインの構築。

 いざとなれば武方5人での突破。

 

 武方三兄弟と親戚。それぞれ戦況をみて5人がかわるがわる対応することにより、木戸川清修はまるで流れる川のごとく自在なプレイが可能となったのだ。

 

「俺たちと雷門、どちらかが先に一点を入れれば勝ち。こっちはゴールキーパーがいないが、人数差を考えてこれくらいがちょうどいいっしょ。しかも俺たち武方三兄弟はディフェンスに加わらない。だからそこのちんちくりんな女の子が相手するのは覚と統だけっ!」

 

 言いきった勝は、自信満々の様相(ようそう)(てい)している。

 負けると微塵も思っていない、練磨(れんま)を積んだものがたどり着く傲慢(ごうまん)さ。そこから木戸川清修、ひいては武方三兄弟がどれだけ血と汗を流し特訓したか、その片鱗(へんりん)が見え隠れしている。

 

「俺たち二人でちょうどいいってワケ! なんせそこのチビは俺たちが放ったシュートに反応すら出来てなかったんだから!」

「ひとひねりじゃん!」

 

 同時にハハハハハと高笑いをきめこむ武方親戚。

 彼らの瞳には(あざけ)りの色があった。

 

 士気の高い武方たち。

 対するツバキは(はらわた)が煮えくり返るような怒りを抱えていた。

 

 ツバキに放たれたボールは、ツバキが反応できないと踏んでのもの。

 シュートを容易く止められた時の屈辱。

 そして今向けられている、彼らの嘲りの視線。

 彼らの一挙手一投足、その全てが(しゃく)(さわ)ったのだ。

 

「お前たちなんて五人同時に相手してやる……っ!」

 

 ツバキの怒りに火が着いた。

 鼻を刺すような痛みも心を(あぶ)る屈辱と共に引いていき、在るのはあまりに真っ直ぐで、烈火のような意思。

 

──────負けるもんか、こいつらなんかに。

 

「当然、豪語するくらいなら相応の実力があるってワケ?」

「試してみようじゃん?」

 

 威圧するように詰め寄ってくる武方親戚。

 直後、円堂が武方親戚とツバキを寸断(すんだん)するように間に入った。

 

「やめろ、お前たちも。ツバキも。お前たちは俺と戦いに来たんだろ? ツバキをバカにする必要なんてないじゃないか」

 

 (がん)としてにらみ返す円堂の瞳は強い。

 彼は自分をバカにされることは(いと)わない。だが、仲間とサッカーをバカにされることだけは看過(かんか)できないのだ。

 

「……言うこと聞かせたいなら実力で示せってワケ」

「示してやるさ! ツバキはお前たちがバカにするような奴じゃない!」

「キャプテン……」

 

 円堂とツバキペアの同意を以て、勝負成立だ。

 形式はミニゲーム。じゃんけんによって先攻は武方三兄弟からとなる。

 ツバキはまず円堂の前で、武方三兄弟のコンビネーションを観察しようと目を凝らしていた。

 すると背後の円堂から叱咤激励(しったげきれい)が飛んでくる。

 

「ツバキ、ボールは絶対に止めてみせる。だから攻撃は任せたぞ!」

「……キャプテンが負けるとは微塵も思ってないから」

「いくぞ雷門中!」

 



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八話 一人はダメでも二人なら

「いくぞ雷門中!」

 

 笛の音はない。戦いの始まりは勝がボールを蹴ってから。

 まず三兄弟は見事なパス回しを繰り広げ、ディフェンスに回るツバキを翻弄(ほんろう)する。

 

 ツバキはスピードやテクニックこそ一線級だが、ディフェンス能力は雷門のなかでもかなり下。

 三人の息のあったオフェンスなど防げるはずもなく、食らいつこうにもすぐに(かわ)されてしまう。

 

「くぅっ!」

「お前じゃ無理無理! ────努!」

「おうよ!」

 

 攻め時を察した友が、宙にボールを蹴り上げる。

 それに合わせて跳躍していた武方友が、ゴールめがけて必殺シュートをくり出した。

 

「『バックトルネェーーーッッド』!!!」

 

 蒼い炎を身体に纏わせた努は、かかと落としの要領でボールを打ち落とした。一年前よりも強化されたそれは、激しい炎を稲妻のように走らせる。

 

「ツバキ、走るんだ!」

「えっ?」

 

 円堂は曇りなくツバキを見すえていた。

 俺に任せろ、と言いたげな顔だった。

 

 その一瞬、ツバキの心にじんと熱が(とも)る。

 彼女はその熱の意味がわからなかった。

 どこから()いたのか、どこに(くすぶ)っていたのか。

 

「絶対に止める! 『爆裂パンチ』ィ!」

 

 指示を信じて走り出すツバキを確認してから、円堂は必殺技を発動した。

 即座に発動できる『爆裂パンチ』は、技の発動の遅い円堂にとって最もコンスタントに放てる技だ。

 威力こそ心もとないが、成長した円堂ならば一年前に止められなかった『バックトルネード』であろうとも──────

 

「ツバキ、受けとれぇーー!」

「俺の本気のバックトルネードが!」

 

 止められる。

 

 爆裂パンチによって弾かれたボールは、勢いよくツバキの足元へ。

 

(このボールを……決める。決めなきゃダメなんだ! キャプテンが止めたんだから、今度こそボクが!)

 

 向かう先には武方親戚。

 彼らは縦に並び、手慣れた様子で待ち構えている。

 

「どけ!!」

 

 ツバキの吶喊(とっかん)

 愚直(ぐちょく)にも真正面からの突破を彼女は選んだようだ。

 

「真正面からとか……ナメられてる? お前は通さないってワケ! 『スピニングカット』ォ!」

 

 まずは兄の覚が、飛びかかりながら足にためた気を解き放つ。地面を穿(うがつ)つ鮮やかな青の衝撃波。

 それは壁のようにツバキの前へ立ちはだかった。

 

「こんなもの!」

 

 雷門での初試合、栗松が披露した必殺技と同種であることに身構えながらも。

 突破力のあるツバキは、身体に残るであろうダメージを甘受(かんじゅ)して、無理やり衝撃波の壁を突き抜けることにした。

 しかし、これも武方親戚の狙いどおり。

 

「『ボルケイノカット』ォ!」

「なんだって!?」

 

 統によって続けざまに放たれた赤い閃光。

 スピニングカットに重なるようにして放たれたそれは、ツバキが突破することを見越してあらかじめ配置されたものだった。

 

 エネルギーが半月状に地面へ刻まれてすぐに、炎が壁のように噴き出し、ツバキを大きく吹き飛ばす。

 

「ふぎゃぁ!」

「ツバキ! 大丈夫か!!」

「まだまだ甘いってこと! 甘々だ!」

「勝、努、友、見せてやれってワケ!」

 

 覚が地面と平行にボールを蹴り飛ばす。

 ボールは真っ直ぐ武方勝の方へ。

 掛け声もなく三人が同時に駆け出したかと思うと、

 

「努!」「友!」「ハアアッ!!」

 

 勝がボールを頭上に跳ね上げる。

 ボールを受け取った努がさらに上空へダイレクトパス。

 そして勝を足場にした友が跳躍し、ボレーシュートのような構えでボールを蹴り放つ。

 撃ち終わった三兄弟は、組体操のようなポーズを決める。

 

 この一連の動作は流れるように行われ、一切の無駄もなく()()まされていた。

 

「これが!」

「俺たちの!」

「「「『トライアングルZ』ッッ!!」」」

 

 友から撃ち出されたボールが火を噴いた。

 

 武方三兄弟の誇る必殺シュート。

 それがこのトライアングルZ。

 

 かの帝国の『デスゾーン』や『皇帝ペンギン2号』すらも凌ぐ、当時の木戸川清修最強の必殺技。

 世界大会が終わって半年、武方たちは連携力を高める上でこのトライアングルZも強化していたのだ。

 

(以前と威力が段違いだ! ゴッドハンドじゃ止められない……!)

 

 対面する円堂は、飛来する砲弾に冷や汗を隠せずにいた。

 

 なにより驚きなのは、武方たちの成長速度だ。

 

 世界との戦い終わりの円堂であれば、ゴッドハンドで十分だっただろう。それだけ実力差もあったはずだ。

 半年という月日で、彼らはその技術とパワーを練り上げ、大海よりも広い円堂との差を着実に埋めてきたのだ。

 

「ッッ!」

 

 身体をひねり、右手を胸の中心に。

 気が胸から右腕へと伝わっていくのを感じる。

 躊躇(ちゅうちょ)なく、油断もない。

 グググと(うな)り、気を上空に突き上げる。直後、魔神が咆哮(ほうこう)とともに解き放たれた。

 

「『マジン・ザ・ハンド』!!」

 

 衝撃と衝撃がぶつかり、

 コートの芝生を一斉に逆立(さかだ)たせる。

 ほんの数秒ほどの拮抗(きっこう)

 空気が渦巻き、白い煙がすすきのようにたなびく。

 

 煙が晴れると、円堂の右腕にボールが収まっていた。

 

「ちっ」

「強化されたトライアングルZが通じないとかありえないっしょ!」

「かくなるうえは……」

 

 武方三兄弟たちも、こうも鍛えあげた技の数々が通用しないとなると、その自信も引っ込むというもの。

 余裕そうだった表情には、負けず嫌いの感情が浮かび上がっている。

 

「ツバキ、今度こそお前のシュート見せてやれ!」

 

 再度のロングスロー。

 ハーフラインで膝をついていたツバキにまでボールが届く。

 

 ツバキは歯を食いしばり、ボールを足元に引き寄せると、ゴール前に(たたず)む武方親戚をキッと睨む。

 

 彼女には心中に渦巻く想いがあった。

 このままだといけない、と。

 

 武方三兄弟の強化されたシュートを容易(たやす)く、さらに体力も残している円堂。

 一方で簡単に突破され、ボールを奪われる自分。

 比較したくなくても、否応(いやおう)にも突きつけられる。

 円堂の圧倒的実力と、自分の無能さを。情けなさを。

 

 そのプレッシャーが後押しとなったのか。

 

「ツバキ、一人抜いても油断するなよ!」

「抜いてゴール、抜いて、抜いて……今度こそ」

 

 円堂の(げき)は届かず、ツバキは自分の世界に深く浸かっていく。

 ぶつぶつと自分に言い聞かせるように、彼女は武方親戚をどう抜くかだけ考えていた。

 そして再び相対する三人。

 

(スピニングカットのあとにボルケイノカットがくるはず……!)

 

 今度こそ負けてたまるか、と必殺技『ドラゴニックブースト』の風を(まと)うツバキであるが、対して武方の二人は腰をかがめ、隙を伺っている。

 

「愚直に飛び込むだけじゃダメだっ」

 

 円堂の指示が飛ぶ。

 が、プレイに熱の入ったツバキには聞こえない。

 

 ツバキと武方が接触する間際───────

 彼女は武方親戚の片方がいないことに気がついた。

 

「『ドラゴニックブー』──────なっ!?」

 

 消えた武方覚。その居場所はツバキの足元。

 消えたのではなく、地面ギリギリまで体勢を沈ませ、接触したのだ。

 そして必殺技も放たずに、鋭いスライディングでボールを奪ってしまった。

 

「よわっちいお前じゃ勝てないってワケ!」

「ば、ばば、バカにしやがってっ!」

 

 ツバキもクルリと急反転。ディフェンシブゾーンからハーフラインまで上がっていく覚を追いかける。

 

「俺たちがなんの勝算もなく宣戦布告しに来たと思うか!」

 

 覚のカウンターアタックと同時に、武方三兄弟が走り出す。息ぴったりで並走する三人が跳躍、そこになんの狂いもなくパスを放つ覚。

 

「トライアングルZ─────じゃない!?」

 

 身構える円堂に、彼らが()()す特殊なフォーメーションの記憶はない。

 

 "新技"だ。円堂はすぐにその可能性に行き着いた。

 

「これが!」

「俺たちの!」

「新たな集大成……みたいな!」

 

 三人が空中で同時に回転、蒼炎を纏った足を、寸分違わぬタイミングで振り下ろす。

 三つのバックトルネード。単純に威力三倍……ではない、それぞれの力がかけ算となってさらなる加速を生んでいた。

 

「「「『バックトルネードTD(トリプルドライブ)』ッッ!!」」」

 

 蒼い炎がボールの周囲を回転したかと思うと、その全てが合わさり、巨大な炎に。

 円堂の視界全てを埋め尽くす輝きと大きさでもってゴールに向かってくる。

 

 咄嗟に跳躍する円堂。

 

 背後には先程の魔神が顕現(けんげん)していた。

 

「『いかりのてっつい』!!」

 

 右手に込められた極大のエネルギーをボールに叩きつけ、地面を割る。だが、シュートの勢いは止まらない。そのうえ回転力も増していく。

 

「ぐっ、ぐぐ、ぐ……!」

 

 (かかと)が土を(えぐ)り、徐々に、緩慢(かんまん)とした動きではあるが、円堂が押されていた。

 なんとか押し止めようと踏ん張る円堂。だが無情にも身体は後退させられていく。

 

「ゴールは入れさせない……ツバキが必死にボールを運んでいるんだッ! ここで負けたら─────」

 

 

 

 大切な仲間がバカにされただけになってしまう。

 

「入れ!」

「入れぇ!」

「俺たちの最強シュートが止められてたまるかぁ!」

 

 三兄弟が叫ぶ。

 バックトルネードTDといかりのてっついは、ほとんど意地の勝負だった。威力はやや前者が優勢か。

 

 円堂はギリギリのところで耐えているが、決壊するのは時間の問題のように思えた。それだけ武方たちのシュートには、執念と激しい練習の跡が刻まれていたのだ。

 

 そして運命の(とき)が。

 足がゴールラインを割り、円堂の肩が悲鳴をあげ始めたところで、とうとう均衡(きんこう)が破られてしまった。

 

「ぐあっ……!」

 

 円堂の腕が弾かれる。

 魔神が霧散(むさん)し、彼の身体はそのままゴールネットへ。

 一方ボールは、いままさにゴールラインを通りすぎようとしていた。

 

「「「よっしゃーーーーー!!!」」」

 

 勝ちを確信する武方三兄弟。

 背後にいた武方親戚も盛大なガッツポーズ。

 

 と、その瞬間。

 

「うああああああああああ!!」

 

 風のようにサッカーコートを駆け抜けたツバキが、ゴールに入らんとしたボールを上空に蹴りあげ、点にはならず。

 武方の五人はあんぐりと口を空け呆然(ぼうぜん)としていた。

 まさにいま決着がつくところだったからだ。

 

「ふーっ……ふーっ……」

 

 ツバキは肩で息をしながら、ネットに倒れこむ円堂に近寄る。

 右手を(ちゅう)にさ迷わせたあと、決心したかのような面持(おもも)ちで右手を差し出した。

 

 掴まれ、ということだろう。

 

「ツバキ…………へへっ、ありがとな! 助かったぜ!」

「キャプテンが耐えたから、間に合ったの。それだけ」

 

 ふいっ、と顔を逸らす。

 円堂はその天の邪鬼(あまのじゃく)っぷりに苦笑いをこぼした。

 

「キャプテンは」

「ん?」

「キャプテンは、なんでこんなに必死になってくれるの」

 

 顔を戻さず、目線も合わさず。

 それでいながらツバキは円堂に問いかけた。

 

 もともとこの勝負は本番じゃない。

 適当に流してもいいし、そもそも他のメンバーを呼んだり、別のルールで戦ってもいい。

 例えば、一年前の武方三兄弟との因縁のように、彼らのシュートを円堂が止めるだけでも良かったのだ。

 彼らが提案したルールに合意するかどうかは、円堂に決定権があるのだから。

 

 だというのに攻撃を任せるぞ、と。円堂は無条件にツバキを信頼した。足を引っ張るだけの少女と一緒に戦う理由が、まったく()せなかったのだ。

 

 その疑問に、円堂はさも当然のように、

 

「なに言ってるんだ? そんなの、ツバキがすごいからに決まってるじゃないか」

「ど、どういうこと……?」

「お前のシュート、突破力、ボールキープの技術、どれもスゲーって感じたんだ。そんなすごいやつとサッカーがしたかったって思ったのもあるけど、なによりお前をバカにするやつが、バカにするだけして終わっちゃいけないと思ったんだ。だから俺も頑張るんだ!」

「ボクが……すごいやつ?」

「ああ! 一緒に見せつけてやろうぜ! ツバキのすごいサッカー。今回は助けられたけど、次は絶対に止める。止めてツバキに繋ぐ!」

「………………」

 

 じん、と心にまた熱が灯る。

 この熱はどこからか元気を運んでくる。

 ツバキの抱く劣等感、不安、そして迫るような使命感を、しばし忘れさせてくれるのだ。

 

「それでキャプテン。あの二人、ボクじゃ抜けないかもしれない。だから……」

「……! わかった。付き合うぜ!」

 

 円堂とツバキがなにか相談しているのを余所(よそ)に、武方三兄弟もまたとある覚悟を決めているところだった。

 

「努、友、俺たちの最強必殺技が通じないんだったら、もう"アレ"しかないっしょ」

「でも"アレ"は練習試合にとっておけって」

「ここまで来たんだ、出すもん全部出してやらなきゃ収まらねえ!」

 

 対抗心を剥き出しにする努。三人がかりのシュートを全て止められ、引けに引けなくなっていた。

 もうこれはただのお遊びではない。

 勝ちたいという想いが、両者のこの対決を真剣たらしめていたのだ。

 

「なーんか熱血ってワケ」

「俺らはクレバーに行くってコト」

 

 冷静に状況を俯瞰(ふかん)する武方親戚。

 DFが熱くなってはいけないというのが彼らの信条だった。

 

「よし、攻めるよ」

 

 そして今度はツバキらの攻勢。

 ツバキがボールを受け取ると同時、"円堂も"一緒に飛び出した。

 

「守りを捨てたってコト!?」

「自殺行為ってワケ!」

 

 ツバキが円堂にパスし、その円堂に迫るのは兄の覚。

 

「『スピニングカット』ォ!」

「ツバキ!」

 

 青い衝撃波が放たれる直前、円堂がツバキにパス。リベロを経験したパスは正確無比で、なんの狂いもなく彼女の小さな足にボールが収まる。

 

「なるほど、分散ってコト。GKの役目を放棄して攻めるなんておお博打(ギャンブル)を打つとは、一気に勝負を決めにきてるじゃん! ……俺が抜かれると思ったら大間違いだ!」

 

 弟の統が抜かせまいと突撃するなか、ツバキが横目で円堂に合図。円堂が走り出す。

 

(ワンツーってコト!? そうはさせねえっ!)

 

 統がパスに身構えるも、その隙を突いてツバキが踵裏(かかとうら)でボールを打ち上げる。

 ヒールリフトだ。頭上への警戒が遅れた統は、さらにそこから風のように抜けるツバキへの対応が一手遅れることとなった。

 

「ボクだけじゃお前たちを抜けないかもしれないが、二人なら!」

「ぐっ! 覚ッッ!」

 

 すぐにフォローに来る覚だが、シュート体勢に入っているツバキに対し、必殺技を使う余裕はない。

 なかばぶつかるような形でしか、彼が関わる余地はなかった。そしてツバキと覚は、ほぼ同タイミングでボールを蹴った。両方から衝撃を受けたボールは、反発するようにして上空に舞い上がる。

 

「ゴールキーパーはいないっ! 俺が三人にパスすればこれで勝ちってワケ!!」

「くぅっ!」

「ツバキ、飛ぶんだ!」

 

 円堂の声を受けてツバキが飛ぶ。しかしそれより一瞬速く、武方覚が飛んでいたのだ。体幹の差だった。

 空中からのパスもお手のものな彼。ボールが渡れば即、得点へと繋がるだろう。

 そのため、この攻防はどちらがより先にボールに触れるかで勝敗が分けられるのだ。

 

 よって跳躍の遅れたツバキに勝ち目はない。

 

(無理だ、届かない───────)

 

「まだだ、諦めるなツバキ!! お前の背中にはあるじゃないか、翼が!」

「翼……? 翼ってまさか……」

 

 彼女の背中には、風の(まく)が生み出されていた。

 それは必殺技発動の予兆。

 彼女が最初に覚え、なによりも風を感じたモノ。

 

 『ドラゴニックブースト』

 それは後背部に暴風を起こし、それを加速装置として駆け抜ける技。

 駆け抜けるといっても、地上だけではないだろう。

 

 この技の真価とは、加速。いついかなる状況でも風はツバキを運んでくれる。

 大空へ、翼を広げるために。

 

(やるしかないっっ! キャプテンが託してくれたんだから!)

 

 無理。無駄。無為。その他全ての不確実性を蹴って、彼女は加速した。それは先にボールへ向かっていた覚すらも追い抜くほどに。

 

「や、ヤバいっ!!!」

 

 覚は空中にて刮目(かつもく)する。ツバキがオーバーヘッドキックの体勢に移行していることを。

 

 瞬間、彼女の背後に黒竜が現れる。稲妻と雷雲まとうそれは、大きく腕を振りかぶり───────

 

「『ドラゴンクロー』ーーーーーッッッ!」

 

 渾身のシュートをボールに叩き込んだ。

 必殺シュートは目の前にいた覚のほか、ディフェンスに戻っていた統のボルケイノカットすらも貫き、ゴールへ突き刺さった。

 武方三兄弟はあちゃーと肩を落とし、一方円堂は全身で飛び上がって喜んでいた。

 

 勝利条件は先制一点。よって円堂とツバキの勝利である。

 

 空中から降りてきたツバキは、ドラゴニックブーストによって形成された暴風の翼を折り畳み、霧散させた。

 そのままよたよたと数歩足を動かすも、体力の限界だったのかその場に倒れこんでしまう。

 

「ツバキ!」

「んぇ?」

 

 円堂が手を差し出して、ニッと白い歯を見せていた。

 お返しということか。

 ツバキは唇を尖らせながら、彼の手を掴み、起き上がった。

 

「ま、今日は宣戦布告だし~。これくらいにしといてやる、みたいな」

「そっすねー」

「ねー」

「のわりには結構本気だったじゃないか……」

 

 円堂のツッコミを受けとめる余裕もないのか、彼らからの返答はなかった。

 負けた武方五人組は、つまらなさそうにそっぽを向き、出口へ向かっていく。しかし勝の頬には、目元から(つた)ってきた滴が一つ。

 

「あれ、それってなみ───────」

「あ・せ! 悔しくて涙流すとかありえない、みたいな!」

「そういうことにしておいてやるよ。ボクは優しいんだ」

 

 意地の悪いツバキの指摘に、罰が悪くなったのか、五人は逃げるようにして屋内グラウンドから退散しようとしたところを、

 

「あ、ちょっと待って」

 

 ツバキが肩ごしに呼び止めた。

 

「ボク"たち"に負けたんだから、武方の二人は謝ってもらわないとね」

「げっ」「くっ……敗者の定めってコト……」

「ほら、はやく。もう日が暮れちゃう。このあとコートの鍵を返しに行かなきゃいけないんだから」

「「ぐぐぐぐぐぐ」」

 

 せめて往生際(おうじょうぎわ)の悪い足掻(あが)きをしようと目線を巡らす二人だが、ツバキや円堂は当然として、仲間の三兄弟もはやくしろと言わんばかりの態度だったため、彼らは腹をくくらざるをえなかった。

 

「「ごめんなしゃい」」

「ふふん。ボクの実力を思い知ったか。練習試合、絶対に突破してやる!」

「「お、覚えてろー!!」」

 

 古典的な奴らだな、と軽く笑う円堂。

 グッと自分のグローブを見つめた。白い生地に磨耗のあとが散見する円堂のグローブは、摩擦によって側面が黒ずんでいた。これは武方三兄弟の新技によるものだ。

 

─────油断はできない。

 

 練習試合、彼らは万全で仕上げてくるだろう。次も止めれる、という保証はどこにもない。

 

 それに、

 

「あいつら、まだ技を隠しもってる」

 

 真偽(しんぎ)は定かではないが、確かな予感が円堂の胸に去来(きょらい)していた。

 相手は木戸川清修だ……と、侮ってはならない。

 雷門だけでなく、木戸川清修もまた、別の進化を遂げているのだ。油断すれば、きっと、足をすくわれる。

 

 金曜日まで残り数日。どうやら気合いを入れ直さなければならないようだ。

 

「そうだ、ツバキ」

「なに」

「サッカー、楽しかったか?」

「……………………」

 

 ツバキは身を(ひるがえ)し、しばしの長考のあと、

 小さくぽつりと。

 

「…………ちょっとだけ」

「そっか! それなら俺も嬉しいぜ!」

 

 ただ、今はこの少女が楽しんでくれたことを喜ぶべきだ。と、円堂は頭を切り替えた。

 

 木戸川清修戦まで、もうすこし──────。

 

 



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九話 雷門の新たなフォーメーション

 

 翌日。

 木戸川清修との練習試合に向けて、雷門イレブンはいっそう気を引き締めていた。

 武方三兄弟が披露したという新技、バックトルネードTD(トリプルドライブ)

 その威力は凄まじく、円堂の『いかりのてっつい』ですら打ち砕くほどだ。

 

 武方三兄弟、そして武方親戚。

 この五人の活躍を円堂から聞いた鬼道は、練習メニューの強化を進言。特に重要視されているのは、中盤層の強化だった。

 

「木戸川清修の練習を研究した結果、中央の守りは厚く、さらにサイドにいる武方二人のDFがサポートに入りやすいため、中央突破ではなくサイドで攻めるべきです」

 

 情報収集担当の音無が、木戸川の陣形の解説を行う。

 フォワードの武方三兄弟の3トップは変わらず、ミッドフィルダーは三人で均等に固め、ディフェンダーは中央に西垣と女川、サイドに武方親戚といった様子で配置されているようだ。

 

 特にサイドの武方親戚は、突破されてもすぐに追いつくほど俊敏(しゅんびん)。かつ隙を見逃さない狡猾(こうかつ)さを持っている。

 

「中央突破を狙えば、女川と西垣のどちらかがサイドを警戒しつつ、武方親戚の片方がサポートに入って3対1を持ち込んでくる、というわけか」

 

 だからサイドから攻め、相手に有利な状況を作り出さないことが最善だ、という鬼道の冷静な分析に、はい、と音無。

 

「一方で陣形を変えることもあるようです。武方親戚が西垣さんと女川の位置に入る陣形。このパターンからはふたつの狙いがあるみたいです。ひとつはシュートブロック。もうひとつが武方三兄弟との連携─────いわゆるカウンターの時に、すぐに攻勢にはいるためです」

「まさしく流れる川だな。木戸川はどうやらこの半年でフィールドの流動性を高めてきたようだ」

 

 武方親戚が上がったときは、MF陣営も総出(そうで)でディフェンスに入る。さらなるカウンターを防ぐためだ。

 

 このような激しく動き回る陣形は、本来悪手である。選手が混乱しやすいからだ。だが、木戸川はまとめあげた。全国常連校の意地だろうか。

 しかし、そこに隙はある、と睨む鬼道。

 

「それぞれが穴を埋めるような動きをしているが、武方親戚が抜けることによって防御ラインのサポートは薄くなる。攻撃も中央突破という方式、左右の広がりがない」

 

 だが、これに対応するには、厚いディフェンスと中盤での連携が必要だった。

 

 ぐるりとグラウンドを見渡す鬼道。

 グラウンドでは、雷門が練習試合を想定してミニゲームを行っている最中だった。

 ミッドフィルダーは半田や松野、少林、宍戸。

 ディフェンダーは壁山と栗松、風丸に影野。

 

 一之瀬や土門がいたときとは違う。

 半田は対応力こそあるものの、爆発力が無く。

 松野はパスより突破のほうが得意だ。

 少林と宍戸は言わずもがな。

 風丸、壁山は大丈夫だが、栗松は対応の幅が狭く、影野はディフェンスの威力が足りない。

 

「課題は山積みだな……」

 

 そう独りごちる鬼道。

 夏未の言った、一年との連携を高める意図も汲まなければならないあたり、彼の気苦労は絶えないだろう。

 

 

「『ファイアトルネード』ッ!!」

 

 少林からパスを受け取った豪炎寺が、得意の必殺技を解き放つ。

 

 それは業火を吐き出しながらゴール隅に突き刺さる────というところで、GKの無山が片手で対応。腕をラリアットの要領で叩きつけ、豪炎寺のシュートを防いだ。

 

「……くっ」

「まだまだだな」

 

 今日のミニゲーム、豪炎寺は無山を相手として一点も入れることができていない。無山がGKとして突出した実力を持つのもあるが、なによりそのサイズ、パワー、スピード、反射神経。全てが高水準で纏まっており、豪炎寺の鋭いシュート軌道を読みきってしまうのだ。

 

「豪炎寺さん、調子悪いのかな?」

 

 と宍戸に伝える少林だが、本心では豪炎寺が不調ではないことを理解していた。

 

 エースストライカー豪炎寺修也。

 彼の活躍と強さは雷門メンバーが最もよく知っている。

 

 雷門が誇る伝家の宝刀であり、看板。

 

 それが一年の、それこそ昨日入ってきたような奴に完封される事実が、少林にはとてもじゃないが認めづらかったのだ。

 

「少林、ボール来てるぞ!」

「え? うわっ」

 

 後ろにいる円堂の叫びが届き、我に返る少林。

 視界いっぱいにはサッカーボールの白黒が広がっていた。

 

「ぶふっ」

「あちゃー」

「…………ボーッとしてるとは命知らずだな」

 

 ボールのクリティカルヒットに、思わず天をあおぐ円堂。

 

 投げたのは無山だった。

 集中しろよ、と忠告の意味で投げたつもりであったが、どうにも勢いが強すぎたようだ。

 あたりどころが悪かったのか、目を回してしまった少林。

 ミニゲームは一旦中止の運びとなり、少林は宍戸と松野の手によって保健室に運び込まれていった。

 

「─────ボールを人にぶつけるとか危ないでやんすよ!」

 

 全員が水分補給に戻ってきたところ、早速栗松からの叱咤が飛んだ。

 彼は円堂からの指名により無山の教育係に任命されたのである。

 

 最初こそひな鳥のように怯えていた栗松だったが、無山が意外にも指示を聞いてくれるので、だんだんと先輩としての威厳を取り戻すことに成功したのだ。

 

「罰として、肩を揉むでやんす」

「…………」

「そう、そこそこ。あ~気持ちいいでやんす」

「栗松、お前な……」

 

 染岡の呆れた声もなんのその。巨大な無山に肩を揉ませ、しっかり優越感に浸っている。

 

「…………」

「豪炎寺?」

 

 みんなが栗松と無山の関係に苦笑いしている最中、ふと立ち上がったのは豪炎寺。

 彼は無言でコートに戻っていき、そして一心不乱にシュートを撃ち始めた。

 

「よしっ、俺も行くか」

 

 そして彼に続くようにして染岡が。

 

「フンッ」

 

 さらに無山が肩もみを止めて、コートに入っていった。

 残された栗松は惜しむように、

 

「ああ! まだこってるところがあるでやんすよぉ!」

 

 と手を伸ばすが、近くにいた夏未にギロリとひと睨みされ、すぐに黙った。

 二年にとって夏未は恐怖の対象であり、ひとたび睨まれれば大きくすくみあがってしまう。栗松がカエルなら、夏未は蛇なのだ。

 

「教育係、変えようかしら……」

「じょじょじょ、冗談でやんすよ! たはは……」

「そうならいいけど」

 

 栗松に釘を刺し終えた夏未は、鬼道と作戦会議をしている円堂の側にやってくる。円堂は真剣な表情で鬼道と音無の話を聞いていたものの、夏未が近くに来たことに気づくとパッと表情を和らげた。

 その表情の変化が、夏未には嬉しかった。

 彼は自分に気を許してくれている。彼は自分のことを悪く思っていない。笑顔を見るだけで、そんな自信が生まれてくるからだ。

 

「どうしたんだ、夏未。顔を赤くして」

「い、いえ。それよりも、豪炎寺くんはあのままにしておいていいのかしら? 彼、なにか思い詰めているようだけど」

 

 豪炎寺は無山と対峙して、ずっと峻厳な態度を見せている。

 真正面を睨み、鋭い目尻をよりいっそう深くして。

 さらに豪炎寺にはらしくない、爆熱スクリューの連発。意地でもゴールを割ってやろうという気概は昔からあったのだが、それが負けず嫌いのように発露している光景は、夏未にとっておかしなものであった。

 

「豪炎寺なら大丈夫さ」

「けど……」

 

 暗に夏未は円堂が動いてくれ、と言いたいのだ。

 彼の言葉ならば、きっと豪炎寺を導けるという確証が彼女にあった。それだけの信頼を、夏未は無意識に円堂へ預けている、

 

 しかし、意図を知ってか知らずか。

 円堂は夏未へ朗らかに笑うだけだ。

 

「夏未、見てくれ」

「なにを……」

 

 円堂の視線の先にいるのは、豪炎寺と染岡と無山の三人。

 彼らは交互にシュートを撃ち込んで、無山の守るゴールを貫こうとしている。恐ろしいことに、そのすべてを無山が止めていた。

 

 豪炎寺はさらに眉を厳しく引き締め、染岡はこぶしをぎゅっと握り、悔しさを露にしている。

 ドラゴンスレイヤーと爆熱スクリュー。そのどちらも通じていない光景に、夏未は首をかしげた。

 ここから分かるのは、豪炎寺たちが負けたことと、無山が強いゴールキーパーであることだけじゃないだろうか。

 

 そんな疑問を堂々巡りさせた夏未だが、円堂の真剣な面持ちは彼がふざけているのではなく、私がその真実めいた何かを掴めていないのではという気分にさせてくれる。

 事実、天才の名を冠する鬼道も、黙って円堂の次の言葉を待っているようだった。

 

 そのため答えを知るには夏未が恥を凌ぐしかなく。

 

「どういうことなの円堂くん。教えてくれるかしら?」

 

 と、素直な態度で円堂に問いただした。

 

「あいつらは、諦めてないんだ」

「諦めてない……って」

「無山が強いキーパーで、何度負けたって、あいつらはシュートを撃ち続けてる。それって絶対にゴールを決めたい気持ちが溢れてるってことじゃないか!」

「円堂くん……もう」

 

 円堂の眼差しに宿る太陽に射抜かれただけで、夏未の喉から言葉は出なくなる。

 熱血や根性、諦めない心はなんの科学的根拠もない精神論に違いない。だが、円堂が言うと、それはまるでたったひとつの真実であるかのように目の前に降り立つのだ。

 

「『爆熱スクリュー』ッ!」

「『ドラゴォォォォンスレイィィィヤー』ッッ!」

 

 もう何度目かもわからない爆熱スクリュー。

 それを無山が飛び上がりざま、呼び寄せた隕石で相殺する。間髪を容れず、染岡がドラゴンスレイヤーを放つも、それを読んでいた無山が『隕石砲』で弾き飛ばした。

 隕石との衝突によって跳ねたボールは、軌道を予測していた豪炎寺の元へ。

 

 脚に炎が宿る。熱く燃えたぎる灼熱の炎が。

 必殺技を使おうにも、ゴールまでの距離が近すぎて角度が急になってしまう。

 そのため豪炎寺が放ったのは地上でのシュートだったが、自信満々に飛び出してきた無山の手前でボールは膨張。

 巨大な火の塊となって無山を巻き込み、そのままゴールを貫いた。

 

「ごぁああぁあ!!」

「やったぜ豪炎寺ィ!!」

「フッ……」

 

 ニヒルに笑う豪炎寺に、嬉しさのあまり抱きついてしまう染岡。

 

 腹部を焼かれお腹が丸出しになってしまった無山は、丸見えにならないよう服を押さえながら二人に近づき、空いているほうの手を差し出した。

 

「やるじゃねえか、オレの負けだ。豪炎寺」

「いいや、一度ゴールを奪っただけだ」

「謙遜するな。一点は一点。あんたはオレが守るゴールから点をうばった……紛れもない勝者だ」

 

 無山にとって今のシュートはまったくの想定外。なにより彼のグローブが熱によって黒ずんでいたのが、そのシュートの凄まじさを物語っている。

 

 お互いを仲良く(たた)えあう光景に、夏未のなかに渦巻いていた不安は押し黙った。

 

 円堂の言うとおり、彼らは諦めていなかっただけ"なのかもしれない"。その真意を解き明かすことは不可能だが──────いまの夏未でもわかる。

 

 豪炎寺の目は死んでいない。むしろ燃えたぎっていたと。

 

 無山という新たなライバルが出現し、雷門のフォワード陣も彼と共鳴するかのように成長しつつある。

 

 一人を除いて。

 

「ヒュー……ヒュー……」

「無理しすぎですよ羽竜さんっ、お世話する僕の身にもなってください!」

「まあまあ目金くん。ツバキさん、ほら、ゆっくりお水のんで」

 

 ベンチには疲労と過呼吸で倒れた小柄な少女。

 マネージャーの木野秋と選手の目金によって甲斐甲斐(かいがい)しく介護される彼女は、無山と同じ時期に入部した新入生羽竜ツバキ。

 

 彼女との連携は、まだ上手くいっていない。

 

「円堂、話の続きだ。いいか」

 

 鬼道が円堂に呼びかける。夏未によって中断されていた、新たな陣形の話だった。

 

「羽竜ツバキと無山力也を起用する上で、雷門も別のフォーメーションを考えなければならない。そうだな、俺が提案するのは……これだ」

 

 音無が持つマグネットボードに、11人分のマグネットを置いていく。

 

 GKを円堂として、鬼道が考えたのはフォワード三人体制だ。

 

 普段ならばフォワードの染岡と豪炎寺をツートップにした4-4-2の陣形を構築する雷門。これはサッカーで最も有名なフォーメーションで、フィールドにて選手が均等(きんとう)に、満遍(まんべん)なく配置できる陣形となっている。

 

 全員攻撃、全員守備がしやすいために、今の雷門が掲げる全員サッカーの理念と合致(がっち)しているため、鬼道も賛同しているフォーメーションだった。

 

 しかし今回挙げられたのは、4-3-3のフォーメーション。

 ツバキをフォワードに、無山をディフェンダー起用。

 センターフォワードは染岡とし、左をツバキが、右を豪炎寺が担当する形となる。

 

 これはいつも雷門が敷いている4-4-2を、さらに攻撃型にしたものと()えよう。フォーメーションそのものの役割はさほど変化していないため、選手の混乱は最低限に抑えられる。

 

「サイドで攻めやすくなったが、同時に対応されやすくもある。さらにMFの連携も必要だ。攻撃型である以上、前線が孤立しやすい」

ウィング(FWの両サイド)はなんで豪炎寺が右側でツバキが左側なんだ? 二人とも利き足側と逆じゃないか」

 

 豪炎寺の利き足は左。ツバキの利き足は右。

 それぞれの利き足がライン側にあるほうが、当然クロスを上げるのにも便利で、攻めやすいように思える。

 

「お前の言うとおり、利き足の問題だ。ツバキは右、豪炎寺は左。……このフォーメーションの弱点ともなるのは攻撃の単調さ。それを補うために中での突破やサイドの誘導も必要だろう。だから利き足を内側にすることで、フィールド全体の見渡しをよくし、かつ中央に攻め込みやすい態勢を整える。クロスをあげ、センターが攻め込むだけではすぐに対応されるだろうからな」

「すごくよく考えてるな」

「当然だ」

 

 鬼道のフォーメーション構築には以下の視点があった。

 

 染岡がセンターフォワードとして選ばれたのは、そのポジションがなにより攻めの橋頭堡(きょうとうほ)となりやすいこと。さらに染岡がフィールド全体を見渡しているプレイヤーだからだ。

 いわゆるポストプレイヤーとしての素質を、鬼道は染岡に見出だしていた。

 

「去年のFF、エイリア、世界大会と。染岡のパスを起点にして得点する形が雷門には多い。さらに奴は身長も高く、ボディもある。フリーからのプレー、シュートのセンスを加味して、染岡には雷門の斬り込み隊長をやってもらうつもりだ」

 

 染岡のポストプレーは、特にFFやエイリアが顕著(けんちょ)だろう。

 

 ドラゴントルネードの連携、千羽山での最後の攻防、ジェミニストームでの得点に、ワイバーンブリザード。

 

 いずれにしても、染岡を起点に雷門が得点することが多く、単調な攻撃を崩すために彼の柔軟な対応と広い視野が求められたのだ。

 

「豪炎寺とツバキがウィングなのは、二人のゴール前での対応が優れていることにある」

 

 豪炎寺は言わずもがな、最初の地区予選から世界大会まで、撃ち漏らしたボールのカバーや単独突破に優れ、得点力もある。

 さらに連携の臨機応変(りんきおうへん)さもあるため、染岡のポストプレーを活かしやすいのだ。

 

 ツバキはその突破力ゆえだろう。

 雷門の実力者たちを抜いたドリブル技は目を見張るものがあり、なにより彼女は突出する癖がある。視野が狭いのだ。

 そのため全体を見渡しやすいサイドに置き、かつ攻めるべき時には突破力を活かしてもらおうというのが鬼道の意図だった。

 

「MFの練度(れんど)が足りていない現状、中盤は俺がボランチに下がって統御(とうぎょ)する。中盤でのボール保持を高めれば、このフォーメーションは輝くだろう」

 

 しかし、一つ致命的な弱点が残っている。

 それはサイドの体力消耗が激しいということ。

 中盤でのカバーから、クロスプレイや中に切り込むプレイまで、すべて担当する豪炎寺とツバキの運動量は相当なものになるだろう。

 豪炎寺はこれに対応する力はある。

 だが、問題はツバキだ。

 

 鬼道がベンチのほうに目を走らせた。

 

「羽竜には"体力がない"。これを早急に改善すべきだ」

 

 陣形を考える上で、虎丸なら、という言葉がわずかに出そうになる。

 しかし鬼道はグッとこらえた。

 彼は雷門にいない。いなければ、組み込めない。

 

 いま雷門にいるのは、羽竜ツバキという少女なのだ。

 

 天才ゲームメイカーたる彼の役割は、いかに問題をカバーし、雷門を機能させるか。それだけだ。

 

 そんな妄想にとりつかれる暇はなく、なによりツバキを蹴って、いない彼を求めるのは、鬼道なりのプライドが許さなかった。

 

「……練習試合まで残り二日。システムを考えねば」

「俺も手伝うぜっ、鬼道!」

「ああ、円堂。お前のことも頼りにしている」

「へへっ、仲間なら苦労を分かち合わなきゃな!」

 

 新生雷門の課題はまだまだあり、強くなった木戸川を相手するには不安要素も多い。

 だが、彼には仲間がいる。

 円堂を始めとした支えあえる仲間が。

 

 それからあとの鬼道は、プレイが再開されるまで円堂たちと一緒に悩んだ作戦、陣形とその役割について通達(つうたつ)

 各々の課題を明確にするかたちで、後半の練習を変更。指導にあたった。

 

 そんな鬼道を、遠くでじっと見つめる巨人の影があった。

 彼は鬼道に自らディフェンスでの起用を申し出た。

 なによりその方が、雷門を知るに良いからと。

 

 無山力也という男、彼は常にみなを観察している。

 

 

 



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十話 VS木戸川清修①

 空は晴天。

 グラウンド整備も全て整っている。

 今日、ここ雷門中には、一台の大きなバスが止められていた。

 

 降りてくるのは、木戸川の精鋭たち。

 夕暮れもまだな、コンクリートが陽射(ひざ)しで照りかえった放課後。

 彼らと雷門イレブンは今日、戦うのだ。

 

 雷門中の背後に設営された屋内グラウンド。その屋根に切り込みが入ったかと思うと、大口をあけるかのごとく二つに分かれ、人工照明でない天然の明かりを呼び込んでくる。

 屋内グラウンドは、いまこの時だけ天に屋根を開き、屋外に近しい環境となった。

 

 屋内グラウンドの二階は生徒に解放され、およそ300人が段差のように並ぶ観客席に座ることができる。

 内部の様子は中継されており、教室に導入されたテレビでもこの試合の模様を知ることができた。

 

 この日、ほとんどの部活は休み。

 そして校門から帰宅した生徒もほぼいなかった。

 みな、自分の教室や、観客席で、息を呑むように顛末(てんまつ)を見守っている。

 

 それもこれも広報してくれた音無と、新聞部。さらに学校関係の申請や裏仕事を一人で片づけた夏未のおかげだった。

 

 集まってくれた観客のなかには、好意的に試合を楽しみにしている者もいるが、一方で厳しい目もある。

 いまだ雷門イレブンを悪く思ってる者も多いのだ。

 それを晴らすのも、今回の目的だった。

 

「今日はよろしく!」

「お手柔らかに……みたいな」

「「「「フッフッフッフ」」」」

 

 円堂と勝、中学を背負う両キャプテンが言葉を交わしていると、武方勝の背後にいた友、努、覚、統が不敵に笑う。

 同じ顔が同じ動きで同じように笑うのだから、傍目(はため)に不気味である。

 

「よぉーしみんな、アップを行うぞ!」

 

 円堂の号令一下(ごうれいいっか)、試合前のウォーミングアップが始まった。

 

 ランニングをしている最中、目ざとい少林が早速一つの疑問にぶつかる。

 

「木戸川ってあんなにすくなかった?」

 

 少林の言うとおり、練習試合に来た木戸川清修はわずか12人。名門サッカー部、それも雷門と違って歴史ある中学であるというのに、この少なさは異常だ。

 

 西垣や武方、女川などはいるが、控えにも初心者然とした男の子がいるくらいで、むしろ見知った顔が少ない有り様だった。

 

「一軍しか来てないんじゃないか」

 

 宍戸がそっけなく、淡白に返す。

 雷門にとって戦う相手が一軍であれば、二軍の有無などさして気にすることでもない。

 彼の興味が向いていないのもそういうことだった。

 少林も話を深掘りするほどの興味はなかったのか、宍戸の推測を聞いて納得してしまった。

 

 ウォーミングアップも終わり、試合が始まるのももうわずかというところで、遅れてやってきた木戸川の監督二階堂修吾(にかいどうしゅうご)が雷門陣営のベンチに挨拶しにきた。

 

 彼は一年前に会ったときよりも若干やつれており、目に元気がない。しかし声に宿る覇気までは衰えていなかった。

 

「今日はよろしく、雷門中のみんな」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 ぎこちない敬語でキャプテンの円堂が対応する。

 

「木戸川は強くなった。去年の雪辱を晴らさせてもらうよ」

「俺たちも負けません!」

「いい返事だ。それに……」

 

 二階堂が目を鋭く細め、他のメンバーと歓談(かんだん)する豪炎寺を視界の端に捉える。全国大会前の彼はどこか危うい雰囲気があった。やはり妹の身体の塩梅(あんばい)を気にしてのことだ。

 それが今や──────。

 

「……よし、それじゃあ試合を始めようか」

 

 二階堂は満足そうに息を吐くと、円堂と握手をして、自分たちに用意されたベンチへ帰っていった。

 

「へへっ」

 

 円堂も、彼の満足げな顔、その意図を察したらしく、すぐに相好(そうこう)を崩す。

 

 試合が、始まる。

 

 

『さぁーーーっ、雷門中の全生徒が注目する世紀の一戦がいま始まります! 実況はこの角馬圭太が務めさせていただきます。さて雷門中は……おおっと去年とは大きくフォーメーションを変えてきたぁ!』

 

 実況席を模した段ボールをぶら下げて、熱のある実況が定評な角馬圭太がさっそく得意の話術で観客席を盛り上げる。

 この男は"練習試合"といえど、雷門の試合とつくものがあればどこにでも出没するのだ。

 

「うるさいやつだな……」

 

 試合前に集中しているツバキは、どうやら彼の実況を雑音としか捉えていないようだ。()めざめとした目の光がさらに強くなる。

 

「雷門の名物っすよ、ツバキさん」

「ボクには良さがわからないな」

 

 壁山のフォローにも一蹴(いっしゅう)して取り合わないツバキ。彼女の教育係に任命された壁山は困ったように頬をかく。優しい彼といえど、ツバキへの対応にはほとほと弱っているようだ。

 

 観客席の熱がグラウンドに向けられる。

 (そら)の開けた雷門グラウンド、そこに22人のプレイヤーが集まった。

 

 澄みきった青空に、盛り上がる雲と煌々(こうこう)とした太陽。

 ツバキは天に横たわるそれらを見上げ、頬を(こわ)ばらせる。

 試合を包む混沌とした空気が、選手たちの肌を痺れさせていた。

 

 

雷門フォーメーション

 

FW 羽竜ツバキ 染岡竜吾 豪炎寺修也

 

MF 半田真一 鬼道有人 松野空介

 

DF 風丸一郎太 無山力也 壁山塀吾郎 栗松鉄平

 

GK 円堂

 

 

 

木戸川フォーメーション

 

FW 武方友 武方勝 武方努

 

MF 屋形直人 跳山段 茂木沙樹都

 

DF 武方覚 西垣守 武方統 女川映日

 

GK 大御所館

 

 

 雷門職員の簡素なコイントスによってキックオフは雷門中からとなり、いつものように染岡と豪炎寺がセンターサークル内へ入っていった。

 

 ピーッとけたたましい笛の音がグラウンドに鳴り響く。

 

 染岡と豪炎寺が目配せし、染岡が豪炎寺にボールをパスして試合は始まった。

 静かな始まりである。

 しかし次の瞬間、試合開始を呑み込んだ観客席が、声援やら、罵倒やら、さまざまな声をあげ、かつて前例のない大規模な練習試合の幕が開けたことを全ての人間に実感させたのだ。

 

「よおおぉーーし、みんな! はりきっていこうぜ! まずは一点だ!」

 

 円堂のよくとおる声が、フィールドを駆け抜けていく。

 それを背に受け取った豪炎寺。さっそく単独突破を試みる。

 

「豪炎寺、お前は通さねえっしょ!!」

 

 立ちはだかったのは勝だ。一年前よりさらに正確さを増したスライディングで、豪炎寺の足元のボールを(かす)め取ろうとする。

 

 が、そこは豪炎寺、冷静に染岡へパス。

 スライディングを(かわ)し、すぐに染岡からリターンパスをもらう。

 

 鮮やかで、かつ洗練されたワンツーだ。長年雷門のツートップを飾った二人のオフェンスは、なまなかなことでは崩せない。

 

「くそっ!!」

「女川っ、サイドから上がってくるツバキを警戒しろっ! MFは中央をっ! ギリギリまでひきつけろ!! 統、俺たちの出番がさっそく回ってきたってワケ!!」

 

 すかさず防御の司令塔、武方覚が動き出す。

 MFが染岡と豪炎寺を囲むようにブロックへ行くなか、冷静に最適解を分析していた。

 

(あいつらはむざむざ突っ込むことはしない。攻めてきているMF陣、そのどれかにパスを出してから機をうかがうはずだってワケ)

 

 武方覚という男、ただ雷門に勝ちたいという執念のため、地区予選から世界大会に至るまでの雷門の対戦記録と映像を洗い出した。全員サッカーを旨とする雷門中。「円のサッカー」と呼ばれるその弱点は、動きを読みやすいこと。

 

 雷門中はほとんどの試合において、特定の人間の強力な突破力はない。それはFWの積極性が、あくまで仲間ありきということだ。

 独力で突破してくる横柄(おうへい)な奴はいない。

 一応ツバキという選手がそれに該当するのだが、彼女の実力はいまだ開花しておらず、そう警戒しなくてもいい相手だった。

 

 豪炎寺が後ろのマックスにパスし、マックスは鬼道へ渡す。

 

「フッ、そういうことか」

 

 鬼道の周りには木戸川のMF3人が。

 そしてパスすべき相手……染岡と豪炎寺には武方親戚がついている。

 ツバキは女川におさえられていた。

 

「罠……か」

 

 半田とマックスのフリーな状況。

 これは作り出されたものだと鬼道は睨む。

 

 雷門中と戦う上で最も危険なのは、染岡、豪炎寺、鬼道だ。オフェンスと中盤の要である三人を止められるものは全国でも少ない。

 ではどうするか、という問いの答えがこれだった。

 

 あえて"実力の劣る"半田やマックスに渡させる状況を作る。

 豪炎寺や鬼道は止められないから、彼らから奪うのだ。

 非道な手だ。だが合理的ではあった。

 

「鬼道の動きが止まってるぞッ、奪え!!」

 

 覚からの指示に後押しされ、とうとう木戸川のMF陣がボールを取りに囲いを狭めてくる。

 しかし鬼道の平静は保たれたままだ。彼はあくまで冷淡に、ゴーグルのなかで鋭い光を走らせた。

 

「雷門の俊足プレイヤーを忘れているようだな」

 

『ここで風丸選手、前線へ上がってきたぁぁああ! さすが攻撃的な雷門、ディフェンダーも積極的にオフェンスへ参加するぞぉ!!』

 

 風のように上がってきたのは風丸。鬼道が動きを止めたのは、彼とタイミングを合わせるためだった。

 

 ほとんど地面スレスレのスルーパス。MFの包囲網をするりとすり抜け、風丸にボールが渡る。

 鬼道に向いていた注目が、今度は風丸へ。鬼道を包囲していたMF、茂木が痺れを切らし突貫する。

 

「バカっ、誰が突出しろって言ったワケ!」

「来たな! 『疾風ダッシュ』!!」

 

 風丸の高速ダッシュ。ほとんど瞬間移動のようなそれを茂木が捉えることなど不可能で。あっさりと抜かれた彼から、木戸川の防衛戦は崩れ始めた。

 

 DFの女川が風丸に警戒を向けた一瞬を狙い、ツバキがくるりとターンして一気に中へと踏み込む。そこに風丸のパスが飛んだ。

 

「させるかっ!」

 

 当然、統も反応する……が、風丸の狙いは彼女ではなかった。ボールはツバキに行くと見せかけて、統の目の前で深く曲がったのだ。そして、本当の狙いである雷門の斬り込み隊長のもとへ。

 

「染岡!!」

「なにぃっ!?」

「いいパスだ風丸!」

 

 染岡がツバキの動きをさらに囮にして、木戸川の防衛ライン奥深くへと食い込んでいた。

 統は対応に遅れがあった。覚は豪炎寺を抑えるに精一杯。

 西垣が飛び出すも、もう遅い。

 

(とどろ)けぇぇ!! 

『ドォラゴォォンスレイィィヤー』ーーッッ!!」

 

 染岡の叫びに呼応(こおう)して青い竜が召喚される。

 (またたく)く間に足を振り抜いた染岡に合わせ、竜による地面をえぐるほどの凄まじいビームが放たれた。

 

 GKの大御所はまったく反応できない。

 染岡がシュートしたボールは、竜の放ったビームを推進力に極限まで加速。必殺技を出す暇も、そもそも構える時間すら与えずゴール隅へと突き刺さった。

 

『ゴオオオォォオォォォオオル!!! 先制点は雷門! しかも決めたのは世界で初ゴールを決めたあの染岡だぁ! しばらくぶりの試合でどうなるかと思われましたが、清々しいまでの切れ味です!!』

「いい機転だった、風丸」

「世界大会で習得したバナナシュート、なにかで使えないかずっと考えてたんだ」

 

 風丸が披露した曲がるパスは、世界大会でデザートライオンのゴールを穿(うが)った『バナナシュート』、それを応用したものである。必殺技と定義づけるほど派手なものではないが、技術としての有用性は必殺技に勝るとも劣らない。

 

「ナイスだぞ染岡ーーーっ!」

「おう!」

 

 円堂の称賛に片手を上げて応える染岡。

 鬼道、風丸、染岡の連携がもぎ取ったこの一点は、雷門側に良い流れを作り出していた。

 

 一方の木戸川。士気が上がった雷門と比べ、木戸川清修の面々は諦めてはないとはいえ暗い面持(おもも)ちであった。

 

「勝、努、友、すまないってワケ……」

「覚だけのせいじゃないっしょ。木戸川が取られた点はみんなで返せばいい。だから気にするな、みたいな」

 

 勝が覚を慰めても、覚の顔は晴れない。

 

 彼らが打ち負けたのは、根本的な実力によるものだ。特に武方親戚を始めとした即戦力メンバーは、そもそも戦いの経験が少ない。世界一の選手を何人も擁する雷門とは対応力が圧倒的に違う。さらに負けているときのショックを受け止める心も、まだ育ちきっていなかった。

 

(一点だ、一点が必要、みたいな)

 

 このままではダメだ。

 勝が弟たちに目配せすると、

 

「俺たちの()いた種が開花するとき!」

「見せてやるぜ!」

 

 木戸川には流れが必要だ。

 そしてその流れを呼び寄せる一点の布石は、すでに()いてある。

 

 

 




次は1/11~13日くらいに投稿したいです(希望的観測)


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十一話 VS木戸川清修②

アップロードに一ヶ月かかりました。
主に影山の仕業です。


 

 前半7分。雷門はさっそく1点をもぎとり、勝ちへの流れを高めていた。新一年生を入れてのフォーメーションが成り立つか不安であった二年生たちも、このムードに酔いしれる。

 そうだ、雷門は強いのだ。

 染岡、豪炎寺、鬼道、風丸。フォワードにスター選手が集うこの学校は、一年前の弱小校ではない。

 

「染岡ッ! ボクを囮に使ったな!!」

 

 さっそくシュートチャンスをとられたツバキが染岡に言いすがるも、当の本人はフッと鼻で笑う仕草をとり、

 

「お前がいたから点がとれたんだ」

 

 と感謝を述べる。事実、ツバキの攻勢があったからこそ、染岡が中に入り込むことができた。

 

「うっ……くっ……」

 

 面と向かってお礼を言われることは予測していなかったツバキ。気恥ずかしさと嬉しさで、喉から出かかった文句も引っ込んでしまった。

 

『さぁ雷門のオフェンスは絶好調! 対する木戸川は流れを掴んでいきたい!』

 

 笛の音。

 今度は木戸川によるオフェンスである。

 

 勝によるキックオフで努にボールが渡る。

 友が背後のDF陣営に合図を送ると、木戸川のフォーメーションがみるみるうちに変わり始めた。

 

『おぉーーっとこれは木戸川、流れるような動きでフォーメーションを変えてきた!!』

 

 DFの武方親戚が自陣を素早く縦断(じゅうだん)

 これこそが音無が報告していた木戸川の戦法。

 MF陣営がカウンターの警戒に回り、そのあいだ武方の五人がまったくブレのない動きで雷門陣営中央を突破してくる。

 

「中を固めろ!!」

 

 鬼道が吠える。

 言うやいなや、染岡やツバキらFW陣営が容易く抜かれ、ミドルサードを蹂躙せんと迫る武方の五人。

 

「俺たちのミスは俺たちが返すってワケ!」

「絶対に点を入れてやるってこと!!」

 

 覚と統は、まんまと突破された屈辱からか士気は高い。勝によるフォローも大きいが、なにより負けず嫌いな武方の血が負けたままでいることを許さないのだろう。

 鬼道の指示によってボールを奪いに来るのは半田とマックス。半田が好機(こうき)と見たタイミングで覚のボールを奪おうとするも、

 

「『ムーンサルト』ォ!!」

 

 両足にボールを挟んで勢いをつけ二回転、そのまま高く跳躍した覚が見事な着地を決め半田を突破。

 

「なにっ!?」

 

 次にマックスがスライディングで狙うも、タイミングを遅らせてこれを回避。

 しかし相手するは鬼道。覚のリズム、そしてドリブルタイミングは先の流れで把握済みだった。

 

「フッ」

「き、鬼道!」

 

 タイミングを遅らせたことで加速が止まったその一瞬を見逃すはずもなく。最小限の足さばきで武方覚からボールを奪取(だっしゅ)。すぐさまカウンターの態勢に移る。

 

 しかしだ。それをさらに読んでいた男がいた。

 否、それは執念が織り成した偶然であるかもしれない。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 覚を心配して陣形を崩していた勝が、ヘッドスライディングで鬼道の足元からボールを弾く。

 ボールは狙ったように統のもとへ。

 統は武方の二人──────努と友が走り出していることに気づくと、彼らを信じて大きく空中へとボールを蹴り上げた。

 

「覚ッ! お前が翔べ─────!」

 

 勝が自分の代わりにと覚を鼓舞(こぶ)する。

 バックトルネードでは円堂らを突破するに頼りない。TD以上の力がなければ。

 けれどもそのTDを放つには三人いなければならないのだ。

 

「お前ならできるっしょ!! たくさん練習した、何度もやったんだ! お前ならアレができる!!」

 

 勝はまだ態勢が整っていない。

 統は遠い。

 動けるのは覚しかいなかった。

 

「くっ……ぅ……」

「くっそおおおおおお!!」

 

 覚はわずかだが逡巡(しゅんじゅん)した。

 自分が撃てるのか。

 強いシュートを放てるのか。

 兄の役目が務まるのか。

 

 しかしなりふり構ってはいられない。なぜなら雷門のディフェンダー陣が必殺技の構えに入っていたからだ。

 あれよりは先に撃たなければならない。

 

 武方の努力と執念の結晶。

 必殺技バックトルネードTDを。

 

 努と友はゴール前の壁である無山と壁山が届かない上空まで飛翔。直下であるゴールに落とそうと、すでにバックトルネードの回転を造り出している。

 

 そこに加わったのが武方覚。

 回転は勝より(つたな)く、勢いも劣るだろう。

 だが兄から託された使命に対する想いは誰にも負けていない。

 

「「「『バックトルネードTD』ーーーーッッ!!」」」

 

 急ごしらえ。だがスピードは三兄弟のものより速かった。

 

「来い!」

 

 ディフェンスを上から越えた必殺シュートは、一切の減衰(げんすい)もなく円堂に迫る。

 彼もまた備えていた。

 バックトルネードTD、その威力を思い出し、円堂はいかりのてっついよりもさらに上の領域を繰り出す。

 

 右手にエネルギーが宿る。

 そのエネルギーを溜めたまま、振り抜くようにして地面に突き立てた。

 

「『イジゲン・ザ・ハンド』ォッッッ!!」

 

 ボールを外へと反らす、渦巻き状のエネルギーでコーティングされた半円形のシールド。

 オルフェウスなどの名だたる強豪を退けてみせた円堂の必殺技が、木戸川の渾身のシュートを阻む。

 

 しゅるしゅるとネズミ花火のような音を立てて勢いを殺されたバックトルネードTDは、円堂が展開した半円を滑るように進んでいき、ゴールポストに弾かれた。

 

「やったっす!」

「さすがキャプテン!」

 

 2年の面々が喜んだのも束の間。無山が上を飛んでいった影に気づき声をあげた。

 

 違和感に気づいたのは円堂と、無山を含めるその他数名。

 それほどまでにこれは巧妙に誘導された罠であった。

 

 ゴールポストに当たって跳ねたボールは、存外(ぞんがい)にも上へ大きく()れる。

 円堂が予測していた挙動とは違った動き。

 ボールは弧をわずかに描き、そして"上空に舞い上がっていた"勝のもとへ。

 

「なっ──────!」

「『バックトルネェェェェーッド』ォッッ!」

 

 しかし円堂、地面に着地したや否や、必殺技を使わずに手をめいっぱい伸ばしてボールを止めにいく。

 その判断の速さが(こう)(そう)したか、ボールは円堂の伸ばした左手真正面に突き刺さる。が、勢いは殺せない。

 

「円堂っ!」

 

 咄嗟に風丸がカバーに入り、身体でボールを止めにいくが、それでも足りない。

 彼らの努力を嘲笑うかのように。

 ボールは雷門ゴールの中へ風丸と共に入っていった。

 

『ごっ────────』

『ゴォォォォォォォル!! なんということでしょう木戸川清修! あの、あの、雷門からなんと一点! 執念の一点をもぎとったァァ!』

 

 観衆はため息のような沈黙を吐いたあと、すぐに歓声を(とどろ)かせた。

 誰もが予想しなかった連携。

 覚が勝の代わりに撃ち、しかもそれが幸運にも上へ反れ、諦めていなかった勝がゴールをねじこんだ。

 観客たちには木戸川のゴールがそう映っていた。

 

「円堂、あれは……」

 

 駆けつけてきた鬼道たちが問う。

 彼らは違和感に気づいていたのだ。

 

「ああ。多分、わざとずらされた。イジゲン・ザ・ハンドの特性を利用して……」

「恐らくあの覚がキーマンだろうな。奴のシュート力は武方勝とは違う。当然、バックトルネードTDにもその違いは響いてくるはずだ。…………あえて上にずらされた。木戸川の罠だ」

 

 円堂は試合数日前の宣戦布告で、三兄弟のバックトルネードTDがグローブの(しわ)に至るまで深く刻まれている。

 彼自身、無意識にイメージは出来上がっていたのだろう。木戸川の必殺シュートの威力、回転、速度。そして"いかりのてっつい"では破られてしまうこと。

 

 この罠は、いかりのてっついでは起こりえない。

 円堂にイジゲン・ザ・ハンドを使わせなければ成り立たぬ橋渡りのギャンブル。それを、彼らは強引にだが練り上げた。威力を高め、いかりのてっついを突破し、円堂に楔を打ち込んだのだ。

 

 イジゲン・ザ・ハンドを使えと(ささや)く悪魔を呼び寄せるために。

 

「そ、そんなのどうすればいいんすかぁ!」

 

 壁山がその巨体をぶるぶると震わせる。

 これではイジゲン・ザ・ハンドは封じられたも同然だ。

 

 だがそこに無山の一言が投げかけられる。

 

「いいや、もう奴らはあれを使ってこないだろう」

「無山はなんでそんなことが言えるでやんすか!? 楽観的すぎでやんす!」

「要は"武方覚"が勝の代わりに出なければ成立しない技。しょせん一発だけの虚仮威(こけおど)しだ。見切るのも容易(たやす)い」

「た、確かにそうでやんすねぇ……」

 

 それに、と無山が付け足す。

 

「俺たちが武方兄弟を止めれば、そもそも発動すらされまい」

 

 壁山と栗松に向けられた挑発するような無山の笑み。

 お前たちならできるだろう?

 そんな期待と信頼がこめられた言葉だった。

 

「よおしみんな! まだ時間はある! 一点を取り戻していくぞ!!!」

「「「「「おう!!!」」」」」

 

 円堂の発破により雷門も調子を取り戻す。

 前半11分。

 点を取っては取り返すこの試合の熱気は最高潮。

 

 同点ということで雷門はより攻撃型に移行。

 一方で木戸川は武方親戚を基軸としたカウンター態勢に。

 

 それぞれの士気が反発しあうように、試合は加熱していく。

 

 雷門はゴール前までボールを運ぶも、武方親戚のディフェンスによってことごとく阻まれる。特に彼らの必殺技『スピニングウェイブ』は、単発であるならば染岡や豪炎寺の必殺シュートをキャッチできる程度に弱めることが可能だった。

 さらに木戸川の執念のプレイは油断ならないものがあり、鬼道の指示であってもオフェンスの波を打ち返せない。

 

 片や雷門のディフェンスは、円堂と無山の指示により武方三兄弟のバックトルネードTDを完封していた。

 無山が適切な位置をとり、覚と勝を分断。二人によるフェイントを防ぐ。壁山や栗松の尽力もあり、円堂はこの試合6本のミラクルセーブ。

 

 展開は拮抗していた。

 刻々と時間は過ぎていく。

 観客たちは固唾(かたず)を呑み、二校の行方を見守る。

 

 この均衡を破るには、1本のゴールが必要だった。

 勝利の天秤はゴールを決めた方に傾くのだ。

 

 前半30分、わずかなアディショナルタイム。

 

 天秤が、傾いた。

 

「『ドラゴニックブースト』!!」

 

 木戸川MFの茂木から無理矢理にもボールを奪取したツバキが、早速お得意のワンマンプレーを披露。

 他のMFがフォローに入るもそれを文字どおり蹴散らし、あっという間にゴール前へと迫る。

 

「させてたまるかよ!!」

「どけ、邪魔だぁ!!」

 

 対峙するは武方統。

 彼と交わるのは、この試合ですでに数度と(およ)んでいた。

 しかしいずれも阻まれる結果となっている。

 

「『ボルケイノカット』ォォ!!」

 

 大地を抉る灼熱の衝撃波が統から放たれる。

 

 統はこの少女──────ツバキにだけは負けたくないと感じていた。あの宣戦布告をした当日、敗北した屈辱の思い出が、じくじくと彼の心を虫歯のようにひどく侵している。

 肥大する悔しさに負けぬようボルケイノカットをさらに錬磨(れんま)させ、進化させた。兄との連携も強化した。

 故にこそ。この勝負は、彼にとって自分の内に巣くう不安との戦いだった。

 負ければナニかが折れる気がする。そんな恐れを抱いた勝負であった。

 

 一方でツバキ。

 試合では良いところのない彼女は、強いフラストレーションを抱えていた。

 染岡や半田からのパスのリズムも合わず、取りこぼしては観客の失望に相対する連続。

 天才であらねばならぬという強迫観念が、彼女のドリブル、そしてスピードの冴えをさらに鋭くさせていた。

 

 両選手の必殺技が衝突すると、実況の角馬が吠える。

 

『この試合、四度めの激突だぁぁ! 停滞した状況を破れるかァァァ!?』

 

 ボルケイノカットによる灼熱の壁が、ツバキを押し返さんと力を強める。

 対するツバキのドラゴニックブーストも、それに呼応するかのように激しさを増した。展開された風の翼が、さらなる加速を行う。

 

 この拮抗。わずかに、そうわずかだが、ツバキのほうに傾き始める。技の威力による差か、それとも執念に(まさ)ったかは定かではない。事実としてあるのは、武方統が押されているということ。

 

「ぐっ、く、くぅ……! コイツ、前より出力が上がってる

……ってコト!?」

「おまえ一人、ボクを止められるわけが、ないだろぉ!!」

「どわあああああああああ!」

 

 ボルケイノカットによる壁は、今日初めてツバキのドリブルにより大穴を穿(うが)たれる。

 ツバキはボールを蹴りあげると、すぐに反転してシュート態勢に移る。

 

「『ドラゴンクロー』ーーッッ!!」

 

 竜の爪から放たれた五つの衝撃波がGKの大御所に迫るが、

 

「ううううう『スーパータフネスブロック』!!」

 

 巨大化した大御所がその腹で衝撃波を打ち返す。

 ボールは真上へ。

 

「くそっ!! これでも届かないのか!! 

──────あれは!?」

 

 その時だ、ツバキは炎のストライカーが上空へ、炎を巻き起こしてボールに迫る瞬間を目にしていた。

 

 豪炎寺という雷門のエースストライカーの強みは、ゴール前でのリカバリ能力にある。

 単独でのシュート能力は言わずもがな、染岡のドラゴンクラッシュやドラゴンスレイヤー、他にも鬼道や円堂との連携など、ゴール前での決定打は他のストライカーと比較してもずば抜けている。

 ゆえに彼は、その鋭敏な嗅覚でもってツバキのフォローについた。

 

 ツバキを信じていなかったわけではない。

 豪炎寺は豪炎寺なりの、ストライカーとしての矜持がある。

 彼は自分の役割を即座に判断し、今できる最高のプレイをここに取り入れたのだった。

 

「『爆熱スクリュー』ーーーーッッ!!!」

 

 必殺技を消費し隙ができた大御所に、これを止める余裕は残っていなかった。

 直下のゴールマウスに飛来する炎の弾丸。

 

「うわああああああああああ!!」

 

 大御所はそのシュートの迫力に恐れをなし、一歩も動けずにいた。

 ディフェンダーの統もツバキの必殺技によって動けず、覚は頭が良いゆえに1点取られることを予感し、半ば諦め状態。

 

 他のメンバーも反応は違えど、誰もが未来視のように正確なビジョンを見た。

 数秒後、自陣のゴールに突き刺さる炎を。

 

 しかしそこに割ってはいった三人がいる。

 

「「「入れさせてたまるかぁ!!」」」

 

 中央から戻ってきた武方三兄弟。それぞれが体力を大幅に消費しながらも、一人は足で、一人は顔で、一人は身体を使ってボールに立ち向かう。

 

 けれどもタイミング、実力、威力、すべてに大きな差があった。

 三人は無情にも豪炎寺の爆熱スクリューに吹き飛ばされ、木戸川はゴールを穿たれる。

 

 同時に前半終了のホイッスルが鳴った。

 観客はワッと歓声をあげ、停滞した空間を突き破るように角馬が告げた。

 

『ゴオオォォォオオオオオオル!! 雷門、土壇場での追加点だ! 流れを持っていったァァ!!』

 

 雷門の面々、特にマネージャー陣はベンチで抱きついて喜び、染岡や鬼道はツバキと豪炎寺の二人にやるじゃねえか、やったなと喜びの声をかける。

 

 だがツバキは素直に祝福を受けとれずにいた。

 結果としてみれば、1点をもぎとったことに違いない。

 けれど、それは自分の力じゃなかった。

 ツバキのボールが弾かれる方向を予測してシュートを叩き込んだ豪炎寺の手柄ではないだろうか。

 

 ツバキのシュートが通じなかったことは、事実として泰然(たいぜん)と横たわったままだ。

 

 (うつむ)くツバキ。そこに豪炎寺が駆け寄る。

 

「ツバキ、良い突破だった」

「……ボクはなにもできてない」

 

 呟くツバキに、豪炎寺は不思議そうに首をかしげ、そして合点がいったという風に笑うと、

 

「それは違う。おまえの突破とシュートがあったから、オレが前に出られたんだ」

 

 豪炎寺は相手からすれば最も警戒される選手。

 事実、豪炎寺の実力を嫌というほど知っている木戸川だからこそ、そのマークも一層厚かった。

 

 ゆえに彼がツバキのフォローに回れたのも、彼女の長所たる強引な突破力、なによりそれで武方統が釣られ、覚が豪炎寺と染岡の両方を警戒しなければならないという状況に持っていけたからだった。

 

 豪炎寺はさらに続ける。

 

「おまえは勇気がある。なにより流れを作る胆力と負けず嫌いも持っている。立派なフォワードとしての力があるんだ。だからそう自分を卑下するな」

「ボクが役に立ってた……?」

「ああ」

「ボクが……」

 

 信じられないというように自身の両手を見つめるツバキ。

 

「前半も終わった。早くベンチに戻って息を整えるんだ。……後半も頼むぞ」

 

 伝えるべきは伝えた、と感じた豪炎寺は足早にベンチへと戻っていく。

 これ以上の干渉を彼はしない。

 彼の発した言葉に対してどう感じるか、どう変わっていくかはすべて豪炎寺の預かり知らぬところ。

 

「…………」

 

 ツバキに委ねられている。

 いまここに、雷門のユニフォームを着て、フィールドに立っている意味は。

 

 

 

 

「みんな、一点は取られたが悲観することはない。この前半と後半のインターバルで士気の勢いも収まる。だが、これに乗じて雷門はさらに攻めへと転じるだろう」

 

 木戸川監督、二階堂がフィールドメンバーに(げき)を飛ばす。

 彼は雷門の研究を怠らなかった。研ぎ澄まされた経験則と、雷門のプレイ傾向から、あのメンバーが守りに徹することはないと考えている。

 

 むしろこれを機にさらに奥深くへと木戸川陣内に攻めいってくるはずだ、と二階堂。

 それに対してやってやるっしょ!と気分を高揚させるのが三兄弟。だが、他のメンバーの表情は暗いままだ。

 

 誰かがぽつりと呟いた。

 

「……もう無理だよ」

 

 禁句だった。

 誰もが頭をよぎり、必死に抑え込んできた感情。

 

 武方三兄弟もその表情を(しぼ)める。

 

 雷門は強い。それも以前に戦ったときよりもはるかに。

 世界を経験し、頂を勝ち取った中学校。

 短期間に雷門は恐るべき成長を遂げていた。

 打倒雷門、打倒豪炎寺として必死に練習してきた木戸川メンバー。それでも縮まらぬ実力の差。

 

 武方親戚がなんだ。

 ディフェンスを強化したといっても、ツバキと染岡と豪炎寺の攻撃の波は完全に押さえきれていない。

 果敢に攻めるも、チャンスが巡ってこようとも、雷門のゴールは堅く閉ざされ、始めの1点だって奇跡に近いようなものだ。

 

「やっぱり無理だったんだ」「俺たちじゃ勝てないよ」「やめだやめ」「あー疲れた」

 

 一つの小石が山から転がり落ちると、もう止まらなかった。

 次々と飛び出す諦めの言葉。波及していく負けのムード。

 二階堂監督は静かに瞑目(めいもく)し、それらの言葉の群れを受け止めている。

 

「お、おい、お前ら……」

 

 勝がどうにかしようと立ち上がるが、それに対抗するかのようにゴールキーパーである大御所が立ちはだかる。

 

「先輩たちはわかんないっすよ。あんなの止められるわけないっす」

「そんなことはないっしょ! 俺たちみんなが力を合わせればきっと逆転でき……」

「木戸川は変わったんだよ、勝」

 

 勝の声に重ねるようにして、諭すような口調で西垣が云う。

 

「すべてが狂ったのが、エイリア学園からだ。見ろよ、あの名門だった木戸川清修はこんなに閑散としちまった! 控えだっていない、二年生の大半がサッカーを止めて、新一年すら入部を取り止めた! もうサッカー部はガラガラだ!」

「………………」

 

 木戸川のメンバーが少ない理由。

 それは三年生が卒業したからではない。

 "居ない"のだ。

 

 一年前に起こったエイリア学園の襲撃。

 ひどい有り様だった。学校は壊され、プライドをズタズタに引き裂かれ、挙げ句の果てに恐怖を植えつけられた。

 あれで心身共に完全に壊されてしまった者や、壊れずともサッカーにトラウマを抱いてしまい、自ら部を去った者が多数いる。

 

 ここにやってきたメンバーはけして一軍などではない。

 木戸川サッカー部はもうこれだけしか残っていないからだった。

 

「ここに残ってるのは、それでもサッカーでの成り上がりが諦めきれない絞りかすみたいなもんなんだよ。……ただの亡霊だ。そんな奴らが、日本一、いいや世界一の学校に勝てるわけがなかったんだよ。元から見えていた試合だったんだ……」

 

 西垣が絞るように喉から言葉を発した。

 サッカーを愛し、サッカーで負けたくないと努力した西垣からは出ないような内容。

 それだけ彼も悔しいのだ。

 勝ちたい。だが勝てない。

 トライペガサスの場所を奪われたように。

 幼馴染との思い出が、「ザ・フェニックス」という新たな思い出で塗りつぶされたように。

 血を吐き、歯を食い縛って、それでも届かぬ高み。雷門という壁にすべてが奪われていく。

 ここでもう楽になりたい。

 西垣が決死の思いで吐いた言葉は、ただ自分を慰めるためだった。

 "これ以上やっても辛くなるだけ"。

 西垣の心中は、暗く、沼に引きずられるように重かった。

 

 西垣の吐露が伝播(でんぱん)したか、もう木戸川に立ち上がれる余力はなかった。

 絶望の二文字が重たい鎖となってそれぞれの手足を縛っていた。

 

 その時である。

 

「お前たちは、木戸川で何を練習してきた?」

 

 目をつぶり、状況を見守っていた二階堂がとうとう動いた。

 メンバーの面々は監督の言葉に目を背ける。

 練習してきた事実が、今度はナイフのような尖りをもってそれぞれの心を痛めつける。

 

「けして説教として受け取らないでくれ。ただ、お前たちはまだ真の木戸川を発揮できていないんじゃないか、と俺は思った」

「真の木戸川……?」

「俺たちはこの一年間、中盤での選択肢の広さ、堅固な防衛ライン。そしてカウンターを軸に練習してきた。だが、雷門は強く、この試合ではそれぞれ後手に回ることが多かった」

 

 確かに、と覚が同意する。

 覚や統はそれこそ攻めに加わりはするものの、それは鬼道や壁山、そして無山に想定され、対策を打たれ続けた。

 対策をさらに返すやり方を、彼らはできていない。

 防御でも一緒だ。

 攻めいる雷門陣営を、木戸川が想定する同じ型にはめようと四苦八苦しているせいで、いざというときの防御に遅れが生じている。

 

「一点は取られた。それはしょうがない。だがここで諦めるのはもったいないんじゃないか。俺はまだ、お前たちの本当の姿を見ていない」

 

 それに、と一拍を置き、二階堂。

 

「俺たちはサッカーの歴史を変えるためにここに来た。そうだろう! 当然、その練習もしてきた。世界一のサッカー部の度肝(どぎも)を抜いてやれ。お前たちの凄さをこの雷門中に、いや、日本に轟かせてやれ。木戸川清修の誇りはまだ地に落ちていない!」

「……『オメガペンタゴン』」

 

 武方努がぽろりとその名をこぼす。

 

「その通りだ、努。俺の見立てじゃあの必殺技はもう完成できる。バックトルネードTDの応用ができた武方、お前たちなら!」

 

「みんなもだ。技で負けようと、おまえたちには泥臭い根性がある。あの雷門に負けない、唯一の最強必殺技だ」

 

「木戸川清修はまだ墜ちていない。羽ばたかせてこい、この後半で! お前たちの真価を、あの雷門に叩きつけてくるんだ!!」

 

 一転、木戸川を包んでいた重たい雰囲気が、監督の檄によって軽くなっていく。

 そうだ、練習は裏切らない。

 先ほど諦めかけていた木戸川メンバーを責めていたのが、汗水垂らしていた練習だというならば。

 また彼らの背中を押すのも練習という努力なのだ。

 

 一人、また一人と顔を上げていく。

 

「みんな、こっちに来てくれ」

 

 勝がメンバーを隅に集める。円になった彼らは、お互いの顔を見渡した。

 

 泣きそうになっている者、辛そうに顔を歪める者、歯を食い縛る者、多種多様だ。

 

 だが一人とていない。諦めんとする者は。

 それぞれの瞳には、やってやるという反抗の炎が宿っていた。

 

「みんな、良い顔になったじゃん」

 

 キャプテンである勝は顔を引き締める。

 

「俺たちは木戸川清修。名門のサッカー校だ」

「俺たちはその一員として、ここで諦めるなんてできない」

「誇りを持て! 決死で守れ! 一点は必ず俺たちがこじ開ける!」

「これは練習試合じゃない。俺たちが、いいや宇宙人によって殺された木戸川が、新たな一歩を踏み出す戦いっしょ!!」

 

 木戸川のメンバーに強い意志が宿る。

 円陣を組み、木戸川サッカー部は自分達に檄をいれた。

 

 インターバルが終わる。

 雷門と木戸川はそれぞれの位置につく。

 

 雷門は無山をGKにつけ、円堂はリベロとしてディフェンスに加わっていた。

 

「……不味いな」

 

 鬼道が不安をこぼす。

 彼だけではない、雷門、いや観客の誰もが感じ取っていた。

 

 一点を取ったのは雷門だ。

 というのになんだ、木戸川が発する異様な圧は。

 

 彼らの覇気は、試合においてあるべき流れというのをすべて飲み込み、この空間を支配していた。

 

 始まりは木戸川ボール。

 

「行くぞみんなァ!!」

 

 勝の号令とともに、木戸川のオフェンスが始まる。

 

「へへっ、やっぱり武方たちも、木戸川もすげーや」

 

 ディフェンスに構える円堂が笑う。

 

 もう木戸川は以前の木戸川ではない。

 

 名門木戸川清修だ。

 

 



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十二話 VS木戸川清修③

九話の無山と豪炎寺と染岡のシュート対決をファイアトルネード&ドラゴンクラッシュから爆熱スクリューとドラゴンスレイヤーに修正しました。


 木戸川の攻めはいっそう激しさを増した。

 武方三兄弟を中心としたオフェンスはさらなる()えをみせ、雷門のディフェンスを突破することも増える。

 だが、壁を貫くことはできていなかった。

 

「「「『トライアングルZ』ッッッ!」」」

 

 なんとか壁山と円堂を突破せしめても、ゴールマウス前の番人、無山の豪快なキャッチによってあらゆるシュートが阻まれてしまう。

 

 トライアングルZも、彼の叩きつけるようなワンハンド・キャッチによって防がれてしまった。

 

「ば、化け物じゃん……?」

「くだらん。この程度か!!」

 

 後半12分。木戸川は決定的なチャンスを掴めずにいた。

 ゆるゆると時間だけが過ぎていく。時間が過ぎれば過ぎるほど、木戸川の面々に暗雲が立ち込めていく。

 勝てないのか?

 だが、そんな弱気な思考を振り切るように(げき)が飛ぶ。

 

「みんな、まだまだ走れるっしょ! 諦めるな!!」

 

 勝のものだ。誰よりもフィールドを駆け抜ける彼は汗を洪水のように流し、汗の染み込んだユニフォームをタオル代わりのように拭いながら、木戸川の動きを指示し続ける。

 

『木戸川が本気を出した』

 

 雷門の勝利を確信していた観客たちも、彼らの奮闘に心を動かされつつあった。

 練習試合、本番ではなく、勝敗をつける意味はない。

 そうたかをくくっていた者を叱りつけるがごとく、試合は加速していく。

 

「豪炎寺ッッ!」

 

 染岡が攻めあがると見せかけ、木戸川の防御に回っていたMF陣を引きつけながら、空いていた豪炎寺にパスを送る。

 そのパスは正確無比に通じ、豪炎寺の右足に収まる。そのまま右サイドから駆け上がる彼は、真反対のサイドを走り抜ける俊足の少女に視線を向けていた。

 

「豪炎寺を止めろォ!!」

 

 木戸川のDFが右に偏ることを確認した豪炎寺は、大きく上へ、ボールを蹴りあげた。豪炎寺のマークに回っている覚と西垣が必殺シュートを警戒するが、すぐにそれが違うということに気づいた。

 

 パスである。そしてボールの向かう先は、竜の翼を顕現させた白髪の少女。

 

「『ドラゴン──────』」

「させるかってコト!」

 

 統のボルケイノカット、ツバキのドラゴンクローが激突する。激しい衝撃と、雷を生んだその両者のシュートとブロックは、わずかにツバキが勝った。

 だがシュート威力を弱められたドラゴンクローでは、GK大御所の大柄な身体を突破することは叶わず、ゴールマウス寸前で止められてしまう。

 

「くそっ!」

「おま……ハァッ……おまえは俺が止めてやるってコト」

 

 歯を噛みしめるツバキ。ショックに身体を打たれるも、試合はまだ終わっていない。

 

「ツバキ、戻れ!」

 

 豪炎寺の厳しい叱咤に、ツバキがこなくそとばかりに自陣へと戻っていく。

 統と覚は、そんな彼らの様子に、雷門も変わりつつあることを実感していた。

 なんの話し合いがあったか、なんの絆しがあったか知るよしもないが、ツバキが連携プレイに興じているのを見て、より自らの折れかけていた心に炎を燃やすのだ。

 

 後半26分、とうとう木戸川にとって決定的なチャンス────半田のパスミスがあり、ボールが攻めていた覚のもとへと渡った。

 

「友! 努! 勝! ─────統ッ! 行くぞ俺たちの最強必殺技!」

 

 勝、努、友の三兄弟が前へ前へと走り出す。

 一方で覚と統はハーフライン前後で足を止め、並んだ。

 お互いに目線を交わした二人は、同時にボールを放射状に蹴りあげたのだ。

 ツインシュート……すでにそれだけでも強力だが、上空へと飛び上がった努と友はさらにそのボールを青い炎を滾らせたかかと落とし──────『バックトルネード』で蹴りおとした。

 

 真下に落下する強大なエネルギーを持ったボールを、勝が最後に、左足でインパクト。ボールが黄金の光に包まれ、流星のように雷門ゴールへと迫る。

 

 ハーフラインから走りよってきた武方親戚が土台となり、その上に先に着地した武方友、努が、手を上にあげさらなる足場を作る。そうして出来上がった陣形に勝が乗っかり、綺麗な"五角形"を作り上げた。

 

「「「「これが俺たちの!」」」」

「『オメガペンタゴン』っしょぉ!」

『ここここれはなんとぉおおお! 前代未聞ッ、世界ですら類をみない"五人必殺技"だァァァッァ!』

 

 実況席の角馬が吠える。

 放たれる木戸川最強の必殺技。

 それは円堂や壁山、栗松が必殺技を発動する暇も与えなかった。それだけ速く、そして洗練されていたのだ。

 

「くっ……無山、止めてくれ!」

「言われずとも!」

 

 円堂の悔しげな懇願に、無山は必殺技を(もっ)て応えた。

 ────隕石砲。

 天空から小隕石が轟音を唱えて降ってくる。赤く、燃えたぎる軌跡。たとえ小隕石といえど、破壊の権化であることに変わりはない。

 

「うおおおおおおおおおおッッ!」

 

 無山の剛腕が隕石を捉え、打ち返す。

 オメガペンタゴンと、隕石の衝突。

 爆発的に膨れ上がった両者のエネルギーは、フィールド全体、果ては観客席の隅々に至るまで砂塵を撒き散らした。

 

(バカな)

 

 心のなかで呟いたのは無山だ。

 黄金の光は隕石を貫きつつあった。

 彼の持つ、最も強い必殺技を降しつつあったのだ。

 そして時は数秒後、訪れる。

 

 隕石を破壊したオメガペンタゴンは、その軌道を変えてゴールの端へと方向転換していく。

 

「させるかァ!!」

 

 諦めない無山がトライアングルZを止めたワンハンド・キャッチで対抗するも、無情にもボールの勢いが休まることはなかった。そのまま無山を押し込むようにしてゴールを貫くオメガペンタゴン、木戸川の必殺技。

 

 途端、観客席から怒号に近い歓声がわき上がった。

 

『入ったァァァーーーーーー!!?

木戸川、この土壇場で引き分けに持っていったぞおおおおおおお!!』

 

 後半26分という最終局面。

 木戸川はその全力を以てして、雷門へと追いついたのだ。

 

 王者の背中を掴んだ。

 雷門の面々は新しい必殺技と、その威力に驚きを隠せないでいたが、なにより驚愕していたのは木戸川のメンバーだった。

 

「ど、同点! 同点だ! あの雷門と同点だぁ!」

 

 木戸川のMFである尾形や跳山、茂木がそれぞれ嬉しさのあまり抱きつき、涙もろいGKの大御所は感動のあまり(まぶた)を腫らしていた。

 

 武方の五人は自分達が撃ったシュートの強力さにおののいている。彼らの予想をはるかに上回る形でオメガペンタゴンは完成した。燃えるような試合のなか、諦めずに攻め続けた彼らに贈る、勝利の女神のプレゼントだったのだろうか。

 

「……俺たちは、まだ成長できるってことっしょ」

「そうみたいだな」

 

 勝の言葉に、友が同意する。

 世界の強豪、雷門。一方で木戸川はエイリア襲撃以来から、ほとんどの選手の時が止まったままであった。

 それがようやく動き出した。

 軋んでいた歯車が正常に回り出した。

 俺たちは成長できる。強くなれる。

 そんな確信を得た木戸川は、先までの暗鬱(あんうつ)とした気分などどこかに行き、サッカーへの情熱が(たぎ)っていた。

 

「まだ試合は終わっていない」

 

 すれ違い様に、負けず嫌いの豪炎寺が武方三兄弟に言った。

 笑う武方三兄弟。

 そうだ、まだ同点なのだ。

 

 残り4分。アディショナルタイムには期待できない。

 ここで一点をとったものが勝つ。

 

「みんな! はりきっていこうぜ!」

 

 後方からさえ渡る円堂の元気な叱咤に、みなが背中を押される。

 

 そんななか、信じられないとばかりに無山は自分の手を睨む。

 止められなかった。

 心に響く衝撃は大きかった。

 彼のなかで自分こそ最強であるとの自負が揺らぎつつあった。

 

「どうしたんだ無山。元気ないぞ。……もしかして止められなかったこと、気にしてるのか?」

「…………」

 

 DFの円堂が、重たく思い詰める巨人を覗き込むようにして心配した。無山は無言のままであったが、ショックを受けているであろうことはGKのポジションに長くいる円堂だからこそ(わか)った。

 

「よし!!」

 

 円堂は自分の頭にあるバンダナをバンバンと叩く。

 彼の不可解な行動に、「……何をしている」と疑問を投げかける無山。それに対し円堂は、さも当然だろ、とでも言うように自信満々な表情で。

 

「今度あの強いシュートが来たら、俺のメガトンヘッドでばっしーんと止めてやるんだ」

「…………」

「無山、ゴールの前に立つのはGKだけじゃない。GKは孤独じゃないんだ。俺たちのこと、もっと頼ってくれ! サッカーはみんなで攻めて、みんなで守るんだからな!」

「そ、そうっす! 無山も先輩である俺たちにもっと頼ってくれていいっす!」

「壁山!」

「俺もいるでやんすよ!」「俺もだ、無山」

「栗松! 風丸! よおし、みんなで力を合わせて、絶対にゴールを守ろうぜ!」

「「「おおおおおおおおお!」」」

 

 再開の笛がなり、自分のポジションに帰っていく雷門のディフェンダーたち。彼らに無山は軽く、それこそ誰にも気づかれないよう薄く頬を緩ませた。

 GKは得点の最終防壁。背後は守らねばならないゴール。

 だがけして、孤独ではないのだ。

 

 

 後半残り4分、雷門は鬼道に回して、より慎重なプレイを心がける。鬼道の采配は鈍ることを知らず、武方三兄弟のボールを取ろうとする動きを完璧に読みきって、翻弄(ほんろう)していた。

 

 徐々に戦線をあげていく雷門。確実な得点のチャンスを逃すまいと、鬼道は木戸川の隙を虎視眈々(こしたんたん)と伺っていた。

 

 残り数分という現状は誰もが(はや)ってしまう。首もとを撫でる死神の鎌、焦りという悪魔を飼い慣らすことは困難だ。

 けれども鬼道は慌てなかった。天才ゲームメイカーたる彼は、自らの心の支配すら完璧なのだ。

 

「半田! 左だ!」

「マックスうしろに回せ!」

「風丸! 上がるんだ!」

 

 飛び交う鬼道の鋭い指示。

 一切のミスすら許されぬ展開に、彼は毅然(きぜん)と対応していく。

 

「させるかよぉ!」

「西垣、待つってワケ!」

 

 耐えきれず飛び込んだ西垣。消耗していく防御ラインは、木戸川のディフェンダー陣の精神をジワジワと(むしば)んでいた。

 当然ながらそれは罠だ。西垣は口を開けて待っていた怪物の懐へと飛び込んでしまった。

 

「『イリュージョンボール』」

 

 渦巻くように分裂するボール。

 西垣は鬼道のみせる強烈なボールキープテクニックに対応できず、難なく突破されてしまう。

 そして彼が突破されたことにより、木戸川ディフェンダーと雷門のフォワードの数が並んだ。

 ここだとばかりに攻め込む鬼道。

 

 豪炎寺のマークを外せない覚は、信頼できる片割れ武方統に指示を送った。

 

「『ボルケイノカット』ォォ!」

「……フッ」

 

 鬼道は冷静にパス。女川によってマークをされているツバキではなく、空いた染岡へと。

 

 やばい。

 

 と誰かが叫んだ。

 染岡の必殺シュートは強烈だ。統が鬼道に誘われ、必殺のスピニングウェイブが発動できない以上、覚と女川、大御所の三人だけでは止められない。

 

 ────覚が出るしかなかった。

 

 豪炎寺への隙を許すが、ここで確実に点を入れられるよりはマシだと。

 動きだそうとする覚。だが彼よりもはやく動いた人物がいた。

 

「うわあああああああああ!!」

 

 女川だ。情けない声を張り上げ、染岡の必殺シュートを身体を犠牲にして止めようと前に飛び込んだのだ。

 そうして自由になった一人の少女を、染岡は見逃さなかった。

 

「ツバキ!!!」

「わかってる!!」

 

 染岡の前に出されたパスに、走り出すツバキ。

 自慢の俊足によりオフサイドの網をくぐり抜けた彼女は、ボールを受け取ってすぐにサイドから正面へ。

 一点突破。これ以上ないフリー。

 

 体力も限界であった彼女は、血反吐に近いなにかを吐きながらも跳躍。黒き竜を背後に召喚し、大きく足を、そして竜の腕を振りかぶった。

 

「届け──────」

 

 オーバーヘッドの形で真下へ。

 竜の腕はボールに叩きつけられる。

 

「『ドラゴンクロー』ーーーーーーッッッ!!!」

 

 渾身の蹴りによって放たれた竜の爪は、五つに分かたれた。

 地面をえぐり抜く激しい衝撃波がゴールマウス、そしてGKの大御所を襲う。

 

 彼女にとって三度目。最後のシュート。

 大御所はパンチングでそれに応じるも、生半可な威力ではないツバキの必殺シュートを止めるには、ずいぶんと安いパンチングであった。

 

「ぢぐじょおおおおおおおお!」

 

 大御所の腕を弾いてゴールへと吸い込まれていくボール。

 入ったと確信するツバキ。

 だが、ゴールラインギリギリで飛び込んだ者がいる。

 

「「『スピニングウェイブ』!!」」

 

 突破された統。豪炎寺をマークしていた覚。

 彼らは限界を超えて、足の筋繊維(きんせんい)すらも犠牲にして、ゴール前へと戻ってきた。

 ツバキと戦うために。

 

 スピニングウェイブ。波打つような青い衝撃波を、ツバキは一度も破れていない。

 そんな事実もあり、歯ぎしりするツバキ。

 負けたくない。これ以上否定されたくない。

 想いが表出(ひょうしゅつ)してか、いつの間にかツバキの目からは涙がこぼれ、叫んでいた。

 

穿(うが)てぇえええええ!」

「ふざけんなってワケ! 俺たちはおまえに勝利して」

「自分たちの強さを証明するってコト!」

「「負けた借りは返す!!」」

 

 拮抗する両者。いささかツバキ側が劣勢。

 

 やがて勢いを失っていくドラゴンクローに、ツバキの表情が曇った。

 フラッシュバックするのは、父親の自分に失望した冷たい瞳。

 

「ぼ、ボクは、ヘタクソ、なんか、じゃ……」

 

 絶望寸前のツバキ。

 

 ドラゴンクローの勢いが完全にスピニングウェイブに負けたところで、勝負は決したかにみえた。

 

「くらいやがれ!」

「フッ」

 

 突如、絶望する彼女の背をそっと支えるように、二つの影が飛び出したのだ。

 豪炎寺と染岡。雷門を支える二人のストライカーが、同時にゴール前へとおどりでた。

 そして勢いを失ったツバキのシュートに重ねるように、自分たちの蹴りを叩き込んだのだ。

 

「「なにィ!?」」

 

 驚愕する武方親戚。

 押し込まれていく必殺技に、歯をならした。

 

「まだ終わってねえだろ諦めんな! 支えあってこそだろ、雷門は!」

 

 諦めつつあったツバキを叱りつけるように、染岡が叫ぶ。そして豪炎寺と合わせて、新たに生まれた青い竜と炎のエネルギーがドラゴンクローの息を吹き返す。

 

 雷門のフォワード、三人の力を合わせたシュートは、竜の噴き出す灼熱となってスピニングウェイブを越えていった。

 

「俺たちの必殺技が破れるってコト!?」

「ありえないってワケ……!」

 

 灼熱に包まれた武方親戚。そして炎と共に、ボールがゴールネットへと突き刺さった。

 後半29分40秒。雷門、最後の一撃であった。

 

『ごぉぉぉぉおおおおーーーーーる!

雷門、最後の最後、勝負を決める一撃でゴールを穿ったァァァァァァ』

 

 沸き立つグラウンド。

 雷門マネージャーたちはそれぞれ抱き合っては、やったと嬉しさを分かち合う。

 木戸川の面々も清々しい顔で結果を受け入れていた。

 ミッドフィルダー陣、女川や大御所、西垣すらも。

 

「まだ終わってないだろ……みたいな」

 

 ただ六人。監督と、武方三兄弟、武方親戚だけは、ホイッスルを(くわ)え、時間を見る審判こと雷門の先生を睨み、まだ負けていないと闘志を(あらわ)にする。

 決着はついた。誰もがそう思っていた。

 そんな浮わつき、勝利を称えあう空気にヒビを入れるために、残り20秒……木戸川ボールで開始を告げるホイッスルが鳴った瞬間、武方の五人は飛び出したのだ。

 

「木戸川の粘り強さを見せてやる、みたいな!」

「最後の最後まで諦めない!」

「くらいやがれ最強の!」

「俺たち木戸川の必殺シュート!」

刮目(かつもく)しろってコト!!」

 

 覚と統が上空に蹴りあげ、それをバックトルネードで打ち落とす友、努。

 エネルギーを保存したまま落下するボールに向けて、飛び込む勝は、先に披露したオメガペンタゴンの形とは違う。

 彼は炎を纏い、回転していた────。

 バックトルネードの構えではない。

 赤々と鋭く、激しく燃え盛る炎は、彼らにとっての憧れの極致。

 

「豪炎寺、しっかり見ておくと良いじゃん!」

 

 ファイアトルネード。

 武方兄弟の先を常に行く、目指すべき選手の形。

 諦めぬという想いが実を結び、この最終局面。武方たちはさらなる果てへと進化したのだ。

 

「「「「『オメガペンタゴン────』」」」」

「『イグニッション』ッッ!」

 

 黄金の流星から、赤く燃える軌跡が吹き出る。

 やがてそれは隕石の衝突もかくやといわんばかりの威力を持ち、無山に迫った。

 

「『スピニングカット』ォォ!!」

「『ザ・マウンテン』! うおおおおおおおお!」

 

 栗松と壁山が飛び出し、それぞれの最強の必殺技を向ける。

 わずかに拮抗するも、だがオメガペンタゴンはそれらを突破する。

 

「まだだ! ──────ぐあああああ!」

 

 次に風丸がボールに蹴りを放つ。が、勢いは衰えない。

 向かう先は無山と────前に立つ、円堂へ。

 

「へへ」

 

 楽しそうに笑う円堂の頭上には、黄金の右手が顕現していた。足腰を構え、地面を踏みしめると、右手は強く拳を握りしめて、グググと引き絞る。

 

「たああああああっ! 『メガトンヘッド』ッッ!」

 

 ヘディングと共に放たれる神の拳。

 イナズマのような衝撃波が大地にほとばしり、赤い軌跡を背負うオメガペンタゴンと衝突。

 

「「「俺たちが勝つんだぁぁっぁぁぁ!」」」

「負けるかあ、ああああ!!」

 

 輪っか状の黄金のエネルギーが収束したかと思うと、メガトンヘッドはさらに加速。この試合、最高峰のエネルギーを誇る『オメガペンタゴン・イグニッション』の威力を大きく減退させた。

 

「無山!」

 

 円堂が振り向かぬまま叫ぶ。

 任せたぞ、と。無山はそう言われた気がした。

 

「ぬううううう『隕石砲』ッッ!」

 

 小隕石が無山に落ちる。

 巨人の剛腕が隕石と激突、打ち返し、必殺シュートを砕かんと迫る。

 空間を引き裂いたような高い音。腹底を叩くような重たい音。あらゆる不協和音は鳴り響いたあと、爆発。

 

 

 ──────ホイッスルが鳴り響く。

 

 硝煙の中から出てきた無山の手には、ボールが握られていた。

 

 

 




あと少しで一章は終わりです。
ここから一気に世界を広げていけますね。


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十三話 希望の夕陽

 遠い。

 あまりに遠い。

 走っても走っても追いつけない。

 

 豪炎寺───────。

 

 オメガペンタゴンを進化させた勝。

 流星のようにゴールへと迫る軌道を睨み、なお彼はそれが完成であると思えなかった。

 武方勝の脳裏には刻まれているのだ。老若男女を沸かせ、魅了した炎の必殺シュートが。

 

 木戸川のエースストライカー。

 その座を奪うために、勝ち取るために武方は努力に努力を重ねてきた。

 だが、"彼の"目覚ましい活躍には、灼熱の闘志から放たれるシュートにはどうしても追いつけなかった。

 

 木戸川を決勝まで導き、そして雷門を世界一に導いた。

 世界の決勝の舞台。イナズマジャパンとコトアールの試合を中継で流すテレビに三人でかじりついたものだ。

 そして感じ取った。漠然とした差を。

 明確ではないにしろ、もう手の届かない距離を。

 

 "強くなりたい!"

 

 武方のその欲求の奥底には憧れが在るのだ。

 

 "並び立ちたい!"

 

 エイリアの脅威が去ったいま、豪炎寺のいない木戸川は武方が支えなければならない。

 

 全国で通用するように、木戸川を強くしなければならない。

 

 二年前はずっと背中を追いかけ、一年前は寂しくなった前を駆け抜け、そして今年は重荷を背負った。

 

 責任。誇り。期待。信頼。欲求。

 

 チームのために。木戸川のために。

 武方たちは多くのものを背負い、倒れそうになりながらも、必死に手を伸ばしたのだ。

 

「なあ、豪炎寺。

俺たち、強くなれたかなぁ──────」

 

 

■■

 

 

『試合終了~~~~~!! 得点は3-2で雷門が木戸川をくだしたぁぁぁ!』

 

 角馬が張り裂けんばかりの声量で宣言すると、観客席から熱のある歓声がふくれあがった。

 

 雷門を応援していた者は抱き合い、また冷やかしに来ていた者も狂うような熱気にあてられたか、興奮気味に感動を口走っている。

 

 まさに一体感が観客と、フィールド全体を包んでいた。

 

 

 一方で木戸川と雷門の、特に武方三兄弟と親戚、ツバキは呆然としている。お互いがお互いの勝敗に脳を痺れさせていた。

 

「負けた……?」

 

 信じられないとばかりに立ち尽くす覚。

 額や背中には洪水のような汗が流れていた。

 熱が消えていく身体に、その汗は無性に冷たかった。

 

 渾身のオメガペンタゴンが止められ、絶対防壁たるスピニングウェイブも突破された。木戸川はすべてを出しきった。

 新技を完成させ、限界を超え、みなが一致団結し、王者の背中を追い抜こうと走り抜けた。

 結果が、敗北だ。

 木戸川は負けたのだ。

 

 その事実が胸に込み上げてくると同時、理由の定まらぬ涙が頬を伝っていた。

 尖ったサングラスに隠れた瞳は赤く腫れ、喉は震える。

 

「俺たちは……負けたのか……」

 

 覚だけではない。勝も、友も、努も、統も。

 他の木戸川の面々も、同じく悔しさに拳を握っていた。

 辛い。完璧な敗北とはこれだけ辛く、悔しいものなのか。

 

 敗けは成長の糧であると。覚は知っていたはずだった。

 知っていたから、負けても涙を流すことはなかった。

 悔しさに唇を噛むことはなかった。

 

 だというのにこれはなんだ。

 

 この寒さは、この空虚さは、いったいなんだというのだ。

 

 そんな木戸川メンバーに近づいてくるのは、監督と、豪炎寺、円堂の三人。

 

「お前たち、よくやった」

 

 開口一番、二階堂監督はそう告げる。

 

「お前たちは、勝つために全力を出し、あの雷門から二点をもぎとったんだ。俺はお前たちを誇りに思う」

 

 噛み締めるように監督もまた告げる。二階堂の隈が刻まれた目元が、わずかに震えている。彼もまた耐えていた。己が心の内側に走る、ナイフで切られたような激情。それを吐き出してしまわないよう耐えていた。

 

「次は勝てる。お前たちなら勝てる。だから、頑張ろう。今度こそ負けぬために」

「監督……」

「武方」

「豪……炎寺……」

 

 豪炎寺は武方三兄弟の前に立ち、その浅黒く染まった右手を彼らに差し出した。

 武方たちが追い続けた人間の右手。それはしっかりと三人に向き合っていた。

 

「良い試合だった。次に戦える日を楽しみにしている」

「豪炎寺…………へっ、次はけちょんけちょんに負かしてやる、みたいな」

「覚悟しておいてくださいね」

「油断は禁物だぜ!」

 

 三人は同時に豪炎寺の右手を握った。

 一年前に行われた和解ではなく、同じサッカープレイヤーとして戦ったがゆえの、誇りある握手だ。

 

 憧れは捨てない。

 豪炎寺はどこにいようと彼らの目標であり、指針だ。

 追いつくために、隣に並ぶために、そして木戸川が強くなるために、武方たちはこれからもずっと、炎の幻影を追い続けるのだろう。

 

 けれども勝は無意識にだが笑っていた。

 すこしくらいは強くなれた。

 豪炎寺と握手を交わす自分たちに、そう思えたからだ。

 

■■

 

「武方覚と、統だよな?」

 

 円堂が泣いて立ち尽くす武方親戚に話しかける。

 二人は鳩が豆鉄砲を食ったように、口を開いたまま固まっていた。

 

「どうしたんだよ、その顔」

「俺たちに話しかけてくるとは思わないってワケ」

「一応因縁はあるけど、そこまでの仲じゃないってコト」

「そうか? 俺は友達だと思ってたぜ」

「は、ハァ!? なにいきなり距離を詰めてくるワケ!?」

 

 屈託なく笑い、さらに言い募る円堂に、嬉しさと涙を見られた気恥ずかしさから二人は同じタイミングでそっぽを向く。奇しくも双子らしい一面を見れたことに、円堂は頬を綻ばせた。

 

「だってサッカーを楽しんでるやつはみんな友達だ! だろ?」

「サッカーを楽しむって……こっちは負けて散々ってワケ……」

「でも、楽しかっただろ?」

「ま、まぁ……」

 

 機をみて涙を拭う武方親戚。すぐに手を差し出した。

 握手だ。ライバルとして、敵として、なによりサッカー選手として敬意を払って。

 

「今度は負けないってワケ」

「借りが出来ちまったってコト!」

「ああ! 次は……フットボールフロンティアだな! また戦おうぜ!」

 

 強く、固く握手をした三人は、言葉にせずとも友誼が結ばれていた。彼らは戦友だ。またいずれ、戦いの場で会うことを約束した友なのだ。

 気障な調子を取り戻した覚は、周囲を見渡してツバキがいないことに気づく。

 

 ────ひと言くらいは言ってやりたかった。

 

「なあ、あのちびっこに言っといてくれ」

「ツバキか?」

「ああ。今度は俺たちが勝つ……! ってな」

「フットボールフロンティアでリベンジするのが楽しみってコト」

 

 今のところ二敗。

 だがフットボールフロンティアで雷門に勝利することは、それ以上の"勝ち"だ。

 覚と統は少年らしく快活に笑顔をみせ、鼻をすすった。

 

「また、サッカーやろうぜ」

「当然ってワケ」

「足を洗って待ってろってコト!」

 

 暗礁に乗り上げつつあった木戸川。

 だが、わずかだが彼らの視界には映ったのだ。

 次なる目標、次なる試練。そして成長の可能性が。

 

 それは希望である。そして翼でもある。

 

 自分たちは世界にだって羽ばたける。

 背伸びすれば届くのだ。

 だから、これからも、サッカーボールを蹴るのだ。

 

 木戸川清修は、満足感を胸に帰りのバスへ乗り込む。

 

 彼らを照らす夕陽は、どこか悪戯に眩しかった。

 

 




次の投稿は明日です。


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十四話 わだかまり

 

 

 いつ辞めてくれるか見物だ。

 

 入部前、ツバキを叩いた少年────名を佐藤神影という、はひそかにほくそえんでいた。

 

 女のくせにいきがりやがって。

 

 プライドを傷つけられ、あの尊敬する鬼道からも冷たい言葉が投げかけられた。

 彼の思い描く薔薇色のサッカー人生。それがガラガラと崩れていくことを予感した。

 

 佐藤にとって自らのプランを邪魔した者は、仲の深さや性別に限らず敵であった。そうした完璧性こそが彼の性であるからにして、その否定がなされることはすなわち佐藤神影の死に近しいものであった。

 

 聖戦だ。

 

 佐藤は決意した。自らの生きることを肯定するために、人は戦わねばならない。すなわち雷門イレブンを貶めることが、彼のなかでの生存戦争に置き換わっていた。

 

 多くの工作をした。

 噂の流布を。

 別部への勧誘を。

 

 けれども雷門イレブンは手強く、あの一年の少女も才能なしにも関わらず、根気よく練習に参加しては荒波に揉まれていた。

 

 彼らは練習試合に賭けているようだった。

 サッカーで噂を払拭しよう、と。

 

 だから負けることを祈り、そして自身の戦いの行く末を見届けるために、あえて彼は練習試合の観客席に座った。

 

 木戸川清修。新しい技を開発した彼らは強く、一年との連携の定まらない雷門では、万が一で負ける可能性がある相手だと見定めていた佐藤。

 負ければ雷門はこの程度だったのだと吹聴し、もし大勝したとしても、その熱を冷まさせるような噂を流布させればいいと思っていた。

 

 いたちごっこにすぎない。戦いはまだまだ続く。この練習試合はただのきっかけなのだと。

 

 だが、佐藤神影は、いざ練習試合が始まると穴の空くほど見つめ、熱中してしまっていた。

 それぞれの闘志のぶつかり合い。

 戦術と戦術の交錯。

 緑のフィールドにはあまねく熱気と、情熱と、汗があった。

 

 ──────ひどい試合だ。

 

 自分が見下していたはずのツバキは得点に絡み、まあ負けるだろうと侮っていた木戸川は最後の最後まであがき、それぞれの中学校がチームをまとめ支えていた。

 

 佐藤神影の、子供の頃にあり、今はなくなってしまったサッカーへの郷愁というのがくすぶり始めていた。

 

 放課後に、夕暮れが照りかかる公園で、必死にボールを蹴っていた旧き狂熱を。友達と競り合い、そして満足していたサッカーの楽しさを。

 

 練習試合が終わったあと、観客が興奮冷めやらぬままに帰路につくなか、佐藤はしばらく観客席に居残っていた。

 まるで見えない何かが彼のシャツの裾を引っ張るように、その足を引き留めていた。

 

 すると一人の少女がその事に気づき、少女は少女がいるべきグラウンドから離れ、観客席へとやってきたのだ。

 

「おまえ、見てたのか」

「羽竜か……」

 

 白磁のごとき美しさを誇る白い髪を後ろでまとめ、夕暮れのオレンジに照りつけられようと主張し続ける印象的な紅の瞳。同年代では相当な小柄で体力もないが、足が速い少女。そして佐藤にとっての仇敵。

 

 無意識に佐藤は目つきを厳しくさせていた。

 ツバキの恨み言が飛んでくることを予測し、舌で口蓋の裏をなめた。

 が、仇敵たる当の本人はなにか気にした様子で、

 

「ずっと言えなかったことがあるんだ」

「なんだよ」

 

 身構える佐藤。

 そんな彼の虚を突くように、ツバキは頭を下げたのだ。

 佐藤は目を丸くした。稼働中であった彼の脳に空白が生まれる。

 

「……ごめん。ボク、君にひどいことを」

「ハァ? なにを言って────」

「サッカーは……独りじゃできないって、この試合で学んだんだ。だから、入団試験のあの時、君のやりたいことも考えず……」

「…………意味わかんねえって」

 

 少女は入団試験の排斥のことを言っているようだった。

 彼女は彼女なりに気にしていたのだろう。

 ワンマンプレイと、それに激昂した佐藤。

 それを解消したいがために、ツバキはわざわざ佐藤がいる観客席に来たのだと。

 

 佐藤の腹底に、並々ならぬ怒りの感情が、マグマのように湧き出てきた。

 

「なんだよそれ。なんでそんなにすぐ謝るんだよ」

 

 佐藤にとっては、この戦いは聖戦。負けてはならぬ生存のための戦い。

 

 だが、ツバキはその勝敗をあっさりと手放した。

 

 彼女にとって今回の出来事は聖戦でも、生きるための戦いでもなく、謝って心のしこりを解消できるほどの、人生の小さな痣にすぎないのだと、佐藤はまざまざと突きつけられた気分になった。

 

「ふざけんなよ、あんだけ啖呵きって、かっこつけて、それで"ごめんなさい"ってか。じ、じじ、自分のっ、ここに来たのもそういう、けじめを付けたいがために来たってのかよ」

「ごめん……」

「ふざけんな、クソッ、クソッ、俺はお前らの、悔しがる顔を、サッカーを、くそっ」

 

 呆れかえるような矮小さに反吐が出る。

 自身のちっぽけさに苛立つ。

 目の前の少女の根性に心を動かされたことがなにより情けない。

 

 佐藤は練習試合で改めて知ったのだ。

 自分はサッカーが好き"だった"と。

 

 きっと今日、この件に決着をつけたツバキは、すっきりとした気分で今後を生きるのだろう。

 明日から白紙になった羽竜ツバキは、自分の知らぬところまで飛んでいくのだろう。

 

 そんなことは許さない。許してはならない。

 自分の存在意義を壊した仇敵め。

 お前が雷門で活躍する限り、俺はずっと日陰で縮こまらなければならないんだ。惨めにならねばならないんだ。

 

 だから思い出させてやる。ずっと、ずっと、俺の姿を見れば嫌気が差すほどに、立ちふさがってやる。

 何年かかるかわからないが、お前の敵として。

 サッカーで。

 

「羽竜ツバキ……俺は決めたよ」

「え……?」

「サッカー、続ける。そして、お前を倒す。雷門ごと、ぶっ潰す。いいか、忘れるなよ。俺の名は佐藤神影。いつかお前の輝かしいサッカー人生を砕いてやる」

「それなら……ボクは、受けてたつよ。いつでも。砕けるものならやってみろ」

 

 燃えるような瞳に射ぬかれ、佐藤は沸き立つような歓喜に襲われた。

 そうだ、その瞳だ。

 俺を意識したその瞳、睨みこそ、俺の聖戦を賭ける価値があるのだ。

 

 サッカーで。

 いずれ強くなり、フォワードとして打ち倒す。

 彼の心に種火が灯る。

 聖戦だ。聖戦なのだ。

 それが唯一の勝利条件であるのだ。

 

 

 

 ツバキと別れた佐藤は、以後、雷門中から姿を消した。

 彼がどうしているかはわからない。

 ただ雷門中で蔓延していた悪い噂というのは、今回の木戸川戦の激戦も手伝ってか、徐々に鎮火していった。

 




次の投稿は明日です。


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十五話 忍び寄る足音

 

 響正剛は稲妻総合病院の休憩室にて、ある人物からの連絡を待っていた。

 

 響が病院を訪れたのは、ライオコット島で発病した心臓の病気の経過観察の引き継ぎと、予後治療の薬剤を受け取りにきたためだ。手術で回復したとはいえ、再発しないとは限らない状況は、繊細に扱うべき時期でもある。

 

 休憩室には患者────特に高齢の方がまばらに居たものの、響を気にする様子もなく、居心地がいいのが利点だった。

 

 彼は自動販売機から缶を購入し、若い頃に一気飲みをした懐かしさに駆られながらも、しばらくの余暇を味わっていた。

 

 それから30分ほど経った頃合いで、連絡待ちをしていた相手が直接病院に訪ねてきた。

 男は青のトレンチコートを着込み、サングラスをした出で立ちで、片方の目をその長い髪で隠している。

 

 看護師も男の風貌を見て、軽く二度身をする。

 

 なぜなら彼こそは、あのイナズマジャパンを世界一に導いた監督で、サッカー界では知らぬ者はいないほどの有名人であったからだ。

 

「響さん」

「久遠か。直接来るなら先にそう言え」

 

 休憩室に堂々と入ってきた彼を一瞥し、響は嘆息した。

 

 生来の無表情を貫く久遠。

 彼の思考、意図は読みにくいことこの上ない。

 だがこういう人間だからこそ、日本を率いる監督として常に己を貫けたのである。

 

 こうして直接伝えに来たことも、彼なりの理由があるのだと嚥下(えんげ)した。それだけ響は久遠を信用していたのだ。

 

「それで、どうだった」

 

 響の問いに、久遠は対面の席に座り、顔つきを険しくする。

 

「やはり偽名でした。国籍をどこから入手したのかまでは判りませんが、渡航歴は」

「そう、か……」

「彼の経歴は散逸していましたが、少なく残された記録は驚異的です」

 

 響が肘を乗せている白い机に、久遠は書類を数十枚、広げてみせた。ロシア語で記された文書の上には、久遠の翻訳した文字が走っている。

 

 一つを手に取り、内容を読み込んだ響は、黒い丸眼鏡の奥の瞳を大きく瞬かせた。

 

「信じられんな。これが13歳の記録か」

 

 内容は二年前の、小さなジュニアサッカークラブの記録。

 およそ1年分のみ綴られたそこには、他の子供たちと一線を画す大きさの巨体があった。

 

「無山力弥。現在の年齢は13歳、身長は2m30cm。

 その巨体からのワンハンド・キャッチが特徴的で、彼がゴールキーパーとして出た試合はすべて無失点。

 ロシアのジュニアクラブ界において《クリェームリ(要塞)》、または幻のゴールキーパーとも称される人物です」

 

「幻のゴールキーパー?」

「はい。どこから来たのか、なぜ一年しか活躍しなかったのか。すべてが謎に包まれた少年。

 出る試合は全て完封、勝利を呼び込むことから噂が噂を呼び、いつしかそう呼ばれるようになったそうです。ロシアジュニアサッカー界では寓話のようにも扱われていたようで」

「ふうむ……」

 

 響は顎に手を置き、唸った。

 まるで宙に浮かぶ綿のような情報の無さだ。

 この書類からは、無山力弥という少年について読み取れることは少なかった。読み込めば読み込むほど雲を掴むような感覚に襲われる。

 

 なぜ彼が日本に来たのか。

 一年前は何をしていたのか。

 そして雷門に入学し、偽名を名乗り、サッカー部に入部した意図はなんなのか。

 

 彼に確かな意図が存在していることは察せられる。

 偶然にも雷門の、それもサッカー部に入部することはありえない。

 

 だが、提示される情報は点と点でしかなく、それらを線に結びつけるにはまだ時期尚早であった。

 

「あの"事件"のこともあります。マークしておくべきかと」

 

 折り畳み式のパイプ椅子に深く腰かけた久遠は、続けざまに提案する。

 

 彼の云うあの事件とは、サッカー関係者でもごく一部しか知らない、ロシアでのスパイ事件だ。

 

 

 『ロシアからスパイが派遣されていた』という言いがかりに近しい文脈は、闇のなかで真実となった。

 

 ロシアのある高官────彼はサッカー界では有名人だ────が、日本やアメリカ、コトアール、イタリアなどのサッカー有力国の選手情報を、それこそプライバシーを侵害する勢いで保有していたことが明らかになった。

 

 スパイに集めさせたのだ、というのがこの事件の締めくくりだ。去年のFFIでロシアが早々に敗北していたのも、情報を極限まで絞り、明かさぬためだったのだろうというのが久遠自身の見解だった。

 

「ワールドカップに向けてロシアは入念に準備をしたかった。だからほうぼうの国の有力な選手の情報を集めた。半ば信じられん話だが、事件が事件だからな」

「はい。今回の無山の件も、そうなってくると偶然とは思えません」

「彼が"使徒"だと」

 

 情報を集めるだけには飽きたらず、有力な選手────特に日本の、豪炎寺や円堂といった極めて優れたプレイヤーを壊すために、直接派遣してきたのではないか。

 

 やや飛躍した推測ではあるが、そう深く考えてしまうのも、久遠が雷門の面々を大切に思っているからだ。

 

 自分の義理の娘、冬花。無意識にだが、久遠は彼女と並ぶくらいには、雷門に入れ込んでいた。入れ込むゆえに、その思考の冴えを鈍らせていた。

 

 これはいけないと睨んだ響は、結論を急ごうとする久遠を制止する。黒い丸眼鏡の奥の瞳がやや鋭くなった。

 

「……情報が足らん。今年の主催国がロシアだというのも、偶然かもしれん。断定するには早すぎる」

「しかし」

「久遠、俺は雷門と木戸川の練習試合を見たんだが、彼はサッカーを壊そうというよりは、雷門に馴染もうとしているようだった。……俺たちの見ている世界に、子どもたちを押し込むわけにはいかない」

 

 おざなりに立ち上がった響は、久遠が集めてきた書類をまとめ、脇に抱える。そして俯く久遠を諭すように、

 

「久遠、お前は冬花の父親であり、雷門の監督だ。たとえどんな理由があれ、子供のことは信じてやれ」

「…………」

「俺はまだ調べたいことがある。だから無山のことはお前に任せる。お前が、彼を見極めるんだ」

「…………わかりました」

「スパイかどうかといえど、まだ子どもだ。彼がサッカーを愛し、そして雷門に馴染もうとしているのなら、俺たちが干渉するべきじゃない。だが、危険には目を凝らさねばならん。子どもたちを守るのはいつだって俺たち大人の仕事だからだ」

「訓戒、痛み入ります」

「じゃああとは頼んだぞ」

「響さん、雷門にはもう監督として戻らないのですか?」

 

 白い無精髭がぐぐっと動いた。

 円堂大介のようなさっぱりとした笑顔だ。

 

「フッ、世界一に導いた監督は久遠、お前だ。お前以上の適任はいないだろう」

 

 ニヒルに笑う顔は年季があり、ラーメン屋の店主としてではなく、古き伝説のイナズマイレブンの一員としての表情が黒い丸眼鏡の中から覗いていた。

 

「まずは、FFですね」

「ああ、頑張ってこいよ」

 

 フットボールフロンティア。

 日本すべてのサッカー小僧が集う時間。

 雷門イレブンが世界を巡り、多くの出会いがあり、多くの戦いと成長があった中学。それらが切磋琢磨し、実力を競う場所。

 

 激戦の足音が、忍び寄りつつあった。

 

 無山力弥とは何者なのか。

 多くの謎を残しながら、フットボールフロンティア開催は近づいてきていた。

 

 




次の更新は未定です。
一章は一旦ここでおしまいです。
次は二章ですね。いよいよFF予選が始まります。

現代の情勢的にやや危ない内容ではありますが、作者には特にどうこうといった意図はなく、これらの設定も半年前に作られていること、そしてすべてフィクションの物語であることを宣言しておきます。

アレオリの敵組織がね……ロシアにあるのがね……下地になっちゃってますので……。


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十六話 監督を探そう!

ぼちぼち更新していきます。


 

 

 フットボールフロンティアは間近に備えて、雷門イレブンはよりいっそう、練習に育んでいた。

 目指す二連覇。けれどもそれを阻まんとする障害が去年よりも多いことは、誰の頭にも予想できることだ。

 

 白恋中。去年まで影山の陰謀によりフットボールフロンティアに出場できなかった北海道の中学は、その枷を解き放たれ、成長した吹雪というエースを添えて大会にエントリーしていた。

 

 陽花戸中。絶対的な守護神を迎えた陽花戸中学は、攻撃にこそ不安は残るものの、そのゴールを破れる者は全国でそうそういないだろう。天才立向居は世界大会より半年、より磨きをかけてくるのは自明だ。

 

 世宇子中。アフロディを中心としたレベルの高い選手の集まる中学。なによりフットボールフロンティアで決勝まで戦える実力は、たとえ神のアクアがなくとも保証されているだろう。

 

 そして地区予選で立ちはだかる最大のライバル、帝国。

 佐久間、源王に加え、あの鬼道にすら匹敵するだろうと謳われるトリックプレイヤー不動も在籍する。他中学と比較しても最も高水準にまとまった中学だ。

 

 他にも大阪ギャルズCCCや大海原といった、雷門に馴染みあるサッカーチームの出場も確認された。

 

 以前は仲間だった馴染みの顔ぶれ。

 だが、次に会うときは敵なのだ。

 

 吹雪の『エターナルブリザード』が。

 立向居の『マオウ・ザ・ハンド』が。

 アフロディの『ゴッドノウズ』が。

 帝国の『皇帝ペンギン』が。

 

 雷門のゴールを破らんと、また雷門のシュートを防がんと立ちはだかる。

 

 雷門の、それこそ全国を駆け抜けた面々は自然と笑みを浮かべた。特に円堂だ。彼はもともと元気な気質をより燃やして、懐かしいメンバーとの戦いを楽しみにしていた。

 

 だが、ここで一つ、雷門は問題にぶち当たった。

 それは朝練後に、音無を連れて教室へ訪れた雷門夏未が放った一言がきっかけである。

 

「あなたたち、監督はどうするの?」

「え?」

 

 間の抜けた声を発する円堂。対して夏未は、わなわなと震えながら徐々に顔色を青ざめさせていく。

 

「か、監督がいなきゃフットボールフロンティアは出られないのよ!?」

「わ、忘れてた! そういえば監督ってまだいないんだった!」

「もう!! 去年もそうだったじゃない。円堂くん、しっかりなさい!」

「いいい、今からまだ間に合うか!?」

 

 メモ帳を一枚めくる音無。

 

「申し込みは明日までですね」

 

 時間は一日。そう、去年に続き今年も、雷門サッカー部は監督不在という問題に直面したのだ。

 

 

 さしあたり雷門メンバーが監督について誰も憂慮しなかったのは、いくつかの理由がある。

 最たるものとして、新一年生の騒動があったからだが、他にも久遠の存在がそれに起因する。

 

 彼こそ雷門サッカー部の監督である。だが、久遠は数ヵ月前に姿を消し、冬花と共に音信不通となった。

 けれども円堂たちの頭の片隅には、監督がいるという安心感のみが残っていたため、このギリギリになってまた愚行を犯す羽目になったのだった。その安心感とは信頼であり、久遠監督ならまた戻ってきてくれるだろうとの期待であった。

 

 久遠への連絡は繋がらない。

 それは響も同様である。

 そのため雷門サッカー部は、響でも、久遠でもない、新たな誰かを監督として立てる必要ができたのだ。

 

 事は急ぎを要する。

 円堂はさっそく、別館である一年の教室に赴き、新入部員の二人に誰か心当たりがないか聞いてみた。

 まずは無山だ。彼は左端の教室にいる。

 

 他の生徒たちがおしゃべりに興じるなか、目的の無山は独り静かに読書をしていた。

 彼の巨体はあまりに目立つ。2mを超える体躯は伊達ではない。証拠に、その脚の太さが机をわずかに浮かせていた。

 

「無山!」

「……円堂か」

「それ、サッカーの本か?」

 

 読んでいる本は外国のサッカー雑誌だ。

 英語で書かれたそれは円堂にはちんぷんかんぷんな代物だが、かろうじて表紙にサッカーボールが描かれていることからサッカーの雑誌であるとわかったのだ。

 

「ああ。アメリカとロシアの親善試合の結果だ。中学サッカーの注目選手も載っている。アメリカならマークやディランだ」

「へぇー、一之瀬もいるかな?」

「フン、あの一之瀬か。たしか…………いや、待て。お前、ここに何しに来たんだ。まさかオレの雑誌を読みに来たわけではあるまい」

 

 無山の指摘により、円堂の思考が一気に現実へと戻される。いま、一之瀬のことを気にしている暇はない。監督の情報を聞き出さねば。

 

「ところでさ無山、なにか監督にふさわしい人って知り合いにいないか?」

「なにかと思えば監督の話か。……いるわけないだろう。オレは東京に来たばかりだ」

「あれ? そうなのか?」

「ああ……もともとは遠くにいてな。フン、お前には練習試合で世話になったからな、教えてやろう。オレの故郷の話だ。あれは半年も前か────」

「ごめん、その話はあとで聞かせてくれ!」

「…………ああ」

 

 無山の昔話をそこそこに切り上げて、円堂はツバキのいる真反対の教室へと走った。

 そこは図らずしも円堂が一年の時にいた教室であった。

 

 ツバキも無山と同様すぐに見つかった。同級生の女子に囲まれて、悲鳴をあげていたからだ。

 

 それを遠巻きで眺める男子生徒も何名かいる。

 

 朝練終わりの教室に香る、ほんのりとした制汗剤の匂いに、円堂はわずかに心地よさと懐かしさを覚えた。

 二年前の教室は、人こそ移り行くものの、なにも変わっていなかったからだ。

 

「ツバキちゃん今日もかわいい~」「小動物みたーい」

「やめろっ! はなせぇ!」

「きゃーー!」「おててちっちゃいね~」「ほっぺすっごく柔らかいよこの子~」

「ぐもぉむむぉぉ」

 

 ツバキはその脇に手を入れられ、抱えるようにして持ち上げられている。まるで人形かペットかに近い扱いだ。

 

 彼女はしばらく足をばたばたと暴れさせて抵抗していたが、二、三人の女子生徒にほっぺを揉まれ、髪を触られ、お腹を撫でられるという連携攻撃に晒された結果、なされるがままになっていた。

 

 そこは一種の聖域だった。

 女子生徒が集まると形成される領域は、思春期男子には近寄りがたい魔力を発する。

 遠巻きにて事を眺めている男子生徒は、その魔力に抗い、突き抜ける武器を持っていないのだ。

 

 だがそこは円堂。朴念仁の彼はまったく意に介さず、女子生徒の輪のなかへ入っていく。

 男子たちから小さな驚嘆の声が漏れた。

 

「ツバキ、なにしてるんだ?」

「おい! なにしてるんだ? じゃない! 見ればわかるだろボクを助けろ!」

「え、もしかして円堂先輩じゃない!? あのサッカー部のキャプテンの!」

「え、ほんとだ! キャア! 本物だ!」

「な、なんだ……?」

 

 女子の矛先は、突如現れた伝説のサッカー部のキャプテンに移る。円堂も一年前はそう女子人気も高いわけではなかったが、世界一に輝き、一際大きく成長して帰ってきてからは、一転して校内の女子の噂も増えつつあった。

 

 そして三年になると世界一のサッカー部のキャプテンとして彼を憧れの眼差しで見る後輩も急増し、誰にでも優しい気性も相まってか、一躍有名人となっていた。

 

 入部前後のトラブルこそあったものの、雷門サッカー部で円堂、豪炎寺、鬼道、風丸の人気は鉄板なのである。

 

 ツバキから円堂に女子の結界が敷かれると、彼は慌てたように取り繕いながら、なんとか包囲網を突破して、脇の下を撫でるツバキに詰めよった。

 

「なあツバキ、ここだとあれだからこっちに来てくれないか」

「……おい、ボクに用があったとしても変に場を整えるな。ようやく解放されたのに!」

「えっ、ウソ! ツバキちゃんと円堂先輩ってもしかして」

「ええ~~~~意外!!」

「ほらこうなるだろっ!!」

 

 中学生は男子女子に関わらず、基本的に恋愛脳でもあるので、かっこいい先輩とかわいらしい同年代の関係というのは否応なしにも首を突っ込みたくなるものである。

 

 たとえそれが同じ部活の仲間で、以下でも以上でもない関係だとしても、その脳内にはたくましいロマンスと混乱が生み出されるのだ。学校での恋愛とは、中学生にとって長く味のする大衆娯楽であり、要するに彼ら彼女は暇なのである。

 

 同級生の女子からの、スキャンダルを掴んだ記者のような、喜びと妬み、高揚の詰まった視線を背に、二人は廊下に移動する。

 

 まばらに登校する生徒がいるなかで、円堂は機嫌の悪いツバキに、雷門イレブンの監督がいないことで困っていることを言葉を選びながら簡潔に説明してみせた。

 

 わずかに納得の姿勢をみせるツバキだが、

 

「……なんで明日までなのに、キャプテンはそんな大事なこと言わなかったの?」

「うぐっ」

 

 ツバキに痛いところを突かれ、円堂はうめき声のようなものを喉から漏らす。

 ツバキの責めるような視線が痛かった。

 忘れていた、とは言えない雰囲気だった。

 

「まあ、監督になってくれそうな人は知らないけど。ボク、知り合いいないし」

「そっか、ありがとな。……と、とにかく、今日の部活動は急遽監督探しに変更だ! 集合は部室だぞ!」

「逃げるな!」

 

 と、慌てて言い立てた円堂は、自慢の瞬発力で廊下を走っていった。だが途中、階段を上るところで一年担当の教師に注意を受け、円堂は身体を強ばらせていた。

 大雑把でありながら繊細な彼の行動とその光景に、ツバキは呆れたように肩をすくめる。

 

「キャプテン、大丈夫か……?」

 

 

 

 放課後、ツバキと無山が部室に向かうと、雷門サッカー部のメンバーはほとんど揃っていた。

 マネージャーの音無と夏未だけが部室にいない。

 木野曰く、彼女たちは先んじて監督となる人物を探しにいってくれているようだった。

 

「全員で行動していては時間がかかる。そこでチームを三つに分ける」

 

 副キャプテン的立ち位置である鬼道が、方策を順序だてて説明する。

 まずチームを三つに分け、それぞれがテリトリーとなる範囲で捜索をするというものだ。

 

「Aチームが円堂、風丸、半田、木野、無山」

「Bチームが俺、豪炎寺、少林、影野、マックス」

「Cチームが染岡、目金、壁山、栗松、宍戸、ツバキ」

 

「Cチームだけ偏ってない?」

 

 メンバーの選出基準に意義のあるらしいツバキ。だが文句は議題に挙げられず、その不満も壁山の「まあまあツバキさん」という丁寧な対応に消化されていった。

 

 色物枠でくくられた、と彼女は勘ぐるが、むしろツバキという野良犬を制御するための鬼道の配慮である。

 

 ツバキのいるCチームは商店街担当だ。

 雷門の活躍により活気を取り戻した稲妻町の商店街は、往来する人々の数も多く、またイナズマイレブンにゆかりのある人物もいるため、そういうツテで監督の代わりとなる人物が見つかるかも、という希望的観測がなされた。

 

「アーケードの備流田さんのところとかに行くっすか?」

「ああ、あの人なら監督になってくれるかもな」

「スポーツショップで働いてるでやんすから、サッカーに詳しい人を紹介してくれるかもしれないでやんす!」

 

 壁山、染岡、栗松がかの伝説のイナズマイレブンである備流田の名前を挙げる。

 彼はアーケードのスポーツショップ、そこで働くインストラクターだ。精悍な顔つきは獅子のようで、凄めば熊すらも怯えて怯むことだろう。────だなんて噂されるくらいには、彼の顔は怖いものとして捉えられていた。

 

「備流田って誰のこと?」

 

 Cチームで唯一面識のないツバキは、首をかしげて皆の意見を聞いている。そこに彼女の教育係である壁山がすかさずフォローを入れた。

 

「備流田さんはあの伝説のイナズマイレブンの一人っす! 風丸さんと豪炎寺さんの連携技、『炎の風見鶏』の原型を披露してくれた人でもあるっすよ」

「うーん、よくわからないな。そのイナズマイレブンっていうの」

「あのイナズマイレブンを知らないとかツバキもまだまだでやんすね」

「なんだとっ!」

 

 ツバキはすぐさま栗松に噛みついた。

 彼女のなかで栗松という人物は、とくに生意気に映っていた。たとえ彼が二年生、ツバキより年上であろうと、ツバキにとって自分をバカにする相手は敬意を払わないでいい相手なのだ。

 

 そんな彼女のかわいらしい反抗に、一部の上級生はもう慣れてしまったのか、染岡も目金も肩をすくめるだけで割ってはいることはない。

 

 唯一、壁山だけが歯を打ちならして、ツバキの剣幕と血の気に年下ながら恐ろしさを感じていた。

 そこにあるのは女性としての恐怖だけでなく、後輩に向ける心配も含まれていた。

 

「ひいいいいでやんす!」

 

 壁山と同じく臆病である栗松は、13歳の少女の怒気に悲鳴を轟かせた。そのまま壁山の巨体に隠れ、窺うようにツバキを覗き見る。ツバキはそんな彼に興味を失ったのか、みるみるうちに怒りを消化し、フンと鼻を鳴らす始末だ。

 

「そ、それじゃあ早速商店街に向かいましょう!」

 

 場の雰囲気を変えるために、目金のしきりたがりが発揮される。そしてそれは見事に成功したようで、ツバキもそれ以上話を続けることはなかった。

 

 監督が見つかる以前に、このメンバーをまとめなければいけない上級生として、染岡と目金の心労は重くのし掛かっていた。

 



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