GATE 処刑人、彼の地にて斯く断罪せり (ドレッジキング)
しおりを挟む

プロローグ
帝国の皇女


銀座事件の犠牲者の遺族達って確実に存在すると思うんですけど、ゲートの劇中では彼等がクローズアップされる事は無かったような…。自分の中のモヤモヤを作品で発散させていきたいと思っております。


「嘘……、何でこんな所に…?」

 

 

 

気分転換を兼ねてアキバのメイド喫茶に入った由佳は外の景色を見ながらコーヒーを飲んでいたが、自分の前方数メートルの地点にいる少女を目にして、自分の筋肉と脳が静止する感覚を体感した。目の前でメイド喫茶の店員と話している赤髪の少女以外の人間が由佳の視界に入らなくなっているのだ。由佳の目の前にいる赤髪の少女は"帝国"の第3皇女にして、第10位王位継承権を持つピニャ·コ·ラーダだ。

 

 

 

ピニャはメイド喫茶の女性店員と何やら談笑しているが、由佳にはどうでも良い事だった。あの日、由佳の人生が激変したあの事件の根本の原因となった帝国の、しかも皇女が目の前にいるのだ。由佳は自分の体内を流れる血液が沸騰してくるのを感じた。由佳が目の前のピニャの容姿を知ったのは3週間前の事だ。由佳が所属している会の代表が「特別なルート」を経て入手した情報によるものだ。

 

 

 

由佳が見たファイルには帝国の皇帝や皇太子の顔写真やプロフィールが詳細に記されており、目の前にいるピニャの顔写真も掲載されていた。由佳は帝国の皇帝と皇太子、皇女の顔をしっかりと自分の脳裏に焼き付けた。

 

 

 

そして由佳はゆっくりと席を立つと、ピニャの方に向けて歩き出した。由佳はポケットにナイフを忍ばせつつ、ピニャに向かって一歩一歩歩み寄る。由佳の身体からは殺気が放たれており、ピニャと一緒においた伊丹と栗林はピニャに近付いてくる由佳に気付いた。

 

 

 

そして由佳はナイフを取り出すと、ピニャに向かって切り掛かる。が、栗林は間髪入れずにナイフを持っている由佳の右手首を掴み取る。しかし、その動きを読んでいたのか、由佳はすぐに左手で栗林の手を振り払うと同時に右脚を大きく上げて蹴りを放つ。

 

 

 

由佳の放った回し蹴りは見事に栗林の首筋に命中したのだが、栗林は全く怯んだ様子を見せない。それどころか、逆に由佳の方がバランスを崩してしまい、地面に倒れ込んでしまう。由佳は何が起きたか分からず混乱するが、すぐに立ち上がって再び攻撃を加えようとする。

 

 

「何よ貴方達!邪魔しないで!」

 

 

由佳は栗林と伊丹に対して怒鳴る。対する二人は全く動じていない様子だ。

栗林は由佳の目を見据えながらどうしてピニャを攻撃したのかを尋ねる。勿論、ピニャが帝国の皇女だという事実は伏せてある。

 

 

「貴女、どうして彼女にナイフで斬りかかったんです?理由を教えてください」

 

 

「うるさいっ!!︎」

 

 

由佳はそう叫ぶと栗林に再び殴りかかるが、今度はあっさり避けられてしまう。由佳は再び攻撃を仕掛けるが、それも簡単にかわされてしまう。

 

 

「落ち着いてください」

 

 

栗林は冷静な口調で言うが、そんな言葉など今の由佳にとっては無意味だ。

 

 

「黙れぇえ!!」

 

 

由佳は栗林に蹴りを放つが、またもやあっけなく交わされてしまい、そのまま地面へと転倒してしまう。

 

 

「お願いですから話を聞いて下さい」

 

 

栗林の言葉を無視して由佳は立ち上がり、再び攻撃を繰り出す。栗林はため息をつくと、懐に手を入れて拳銃を取り出した。

 

 

「これ以上続けるなら撃ちます」

 

 

栗林の冷たい声に由佳の動きが止まる。由佳はナイフを床に捨てるも、尚もピニャを睨んでいる。

 

「お前さん、何で彼女を攻撃したんだ?」

 

伊丹は由佳に尋ねる。

 

「…その女が"帝国"の皇女だからよ」

 

伊丹と栗林はピニャが帝国の皇女である事を目の前の由佳が知っている事に驚く。最も、ピニャを攻撃した時点である程度の予想はしていたが、ピニャが帝国の皇女である事を一般人が知っている筈がないのだ。

 

 

伊丹と栗林は由佳がアメリカかロシアのスパイか工作員ではないかと考えたが、すぐにその線は無いと断言した。気配の消し方や戦い方がスパイや工作員にしてはお粗末過ぎるからだ。由佳はピニャを護衛している伊丹と栗林に対して苛立ちを隠せていなかった。

 

 

「貴方達はどうしてその女を…帝国の皇女であるピニャを守るの!?」

 

 

由佳の問いに伊丹と栗林は顔を見合わせる。そして伊丹が口を開く。

 

 

「俺達は確かにピニャ殿下を護衛しているが、ピニャ殿下は帝国の特使としてこの

日本を訪れているんだ。俺達自衛隊がピニャ殿下を守るのは当たり前だろ?それに今は帝国と日本は講和条約を結んでいるんだ」

 

 

「講和条約が何よ…!帝国が先に日本を攻撃したって言うのに、どうして帝国と仲良くできるのよ!」

 

 

由佳は立ち上がると、ピニャ目掛けて突進していく。ここでピニャを殺さなければ二度とチャンスが来ないかもしれないのだ。しかし、由佳の攻撃はまたしても栗林に阻まれる。栗林は由佳の右腕を掴むと、そのまま背負い投げを決める。由佳は背中を強く打ち付けられ、一瞬呼吸困難に陥るも、すぐに起き上がろうとする。

 

 

「まだやる気ですか?」

 

栗林は冷徹な声で由佳に尋ねる。

 

「当然でしょ?その女を殺すまでは諦めない…!」

 

が、由佳は倉田と富田によって取り押さえられてしまった。由佳は暴れるが、2人の自衛官の力には敵わず、身動きが取れなかった。

 

「離してよ!そいつをぶっ殺さないと気が済まないの!」

 

「いい加減にしなさい!これ以上騒ぎを起こすようなら公務執行妨害で逮捕しますよ!」

 

由佳は必死に抵抗するが、2人の力ではどうする事もできなかった。

 

「ちょっと!放しなさいよ!」

 

由佳は暴れながら倉田と富田に叫んだ。結局、由佳は伊丹と栗林に連行される形でメイド喫茶を出た。その後、由佳は伊丹と栗林に厳重注意を受けた後、解放される事になった。

 

しかし、由佳は納得していなかった。何故自分がこんな目に遭わなければならないのか、自分はただピニャを殺したかっただけなのに、それが何でこうなるのか、由佳は目の前にいる伊丹と栗林に対して怒りを露わにする。

 

「私を警察に突き出さなくていいのかしら?」

 

由佳はまだ16歳であり、高校1年生だ。本来ならば警察沙汰になれば親権者に連絡が行き、由佳は保護者の迎えが来るまで警察署で事情聴取を受ける事になるのだが、今回は事情が違う。

 

「お前さん、どうして彼女がピニャ殿下だと分かったんだ?誰かから教えられたのか?」

 

「ハァ?知ってても貴方達に言うわないでしょ、バ〜カ」

 

「おい、こっち向け」

 

由佳は伊丹と栗林の方へ振り向いた瞬間、顔面に衝撃を感じた。栗林の拳が由佳の頬に命中すると、由佳はそのまま地面に倒れ込んだ。

 

「お前さん、少しは頭を冷やしたらどうなんだ?」

 

伊丹は地面に倒れている由佳を見下ろしながら言う。

 

「うるさい!あんたらだって同じでしょ!帝国の犬め!日本を守る自衛隊の癖に、何で帝国の皇女と仲良くしてるのよ!」

 

「…確かに私達はピニャ殿下と懇意にしてます。しかし、それは彼女本人と親しいだけであって、私達自衛隊が帝国に傅いているわけじゃありません」

 

「嘘つけぇ!!︎」

 

由佳は立ち上がって栗林に殴りかかるが、栗林は由佳の手首を掴んで捻り上げると、そのまま地面に組み伏せる。

 

「痛っ!何すんのよ!」

 

「貴方が大人しくならないからです」

 

「放してよ!」

 

由佳は暴れるが、栗林は由佳の両手首をしっかりと握り締めて拘束する。

 

「もう止めてくれ。これ以上騒ぐなら本当に逮捕するぞ」

 

「そうです。貴女は暴行未遂で現行犯逮捕されるんですよ?」

 

伊丹と栗林の言葉に由佳は悔しそうな表情を浮かべる。

 

「……クソッ!」

 

由佳は悪態を突く。帝国の皇女であるピニャが目の前にいるのに、自分は何もできない。伊丹は由佳に対して何故ピニャを襲ったのか理由を聞く事にした。

 

「なぁ、何でメイド喫茶でピニャ殿下を攻撃したんだ?理由を教えてくれるか?」

 

「…………」

 

由佳は黙ったままだ。

 

「黙っていたんじゃ分からないだろ。教えてくれないか?俺達が何か気に障る事をしたなら謝るから」

 

由佳はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「……別に大した理由じゃないわよ。貴方達だってあの事件の事は知っているでしょ?」

 

「銀座事件の事か。って事はお前さんは……」

 

「ここまで言えば分かるでしょ。私は銀座事件の生き残りよ……」

 

伊丹と栗林は由佳の言葉に絶句した。

 

「……そうだったんですか」

 

栗林は呟き、伊丹も言葉が出てこなかった。

 

「……ねぇ、貴方達は帝国を恨んだことはないの?帝国のせいで私の家族は死んだのよ?日本は帝国と国交を結んで講和をしたけど、私達遺族にはそんなの関係ないの!帝国が…帝国が私や他の遺族の人達の家族や友人を殺したって事実は未来永劫残り続けるの!!」

 

由佳は伊丹と栗林に叫ぶ。伊丹と栗林は由佳の叫びに何も言い返せなかった。

 

「…仮にピニャ殿下を殺したって貴女の家族の仇は取れないわよ?」

 

栗林は冷静な口調で言う。

 

「そんなの分かってるわよ……でも……それでも……!」

 

「アンタ達自衛隊は国から命令を受けて動いていればそれでいいんでしょうけど、私みたいな民間人の声はいつも政府に無視される!私達遺族が帝国との戦争再開を望んでも、政府は知らんぷりじゃない…!国会でデモをしたって…帝国への報復を叫んだって…私達はいつも泣き寝入りするのよ!」

 

「……確かに俺達は帝国との平和条約締結の為に動いている。ピニャ殿下は日本との講和の為に来られたんだ。俺達はピニャ殿下の護衛をしているが、俺達自衛隊がピニャ殿下に忠誠を誓っているわけではない」

 

伊丹は栗林に視線を向ける。栗林は小さく首肯し、伊丹は由佳に向き直ると口を開く。

「……俺達自衛隊は帝国と戦争をしたいと思っているわけじゃない。俺達自衛隊は帝国と友好関係を築きたいんだ」

 

「……!!」

 

由佳は伊丹の言葉に目を見開く。「この人は何を言っているんだろう?」由佳は心の中でそう思った。

 

確かに日本政府は帝国に対して銀座事件の賠償金を請求しているが、日本政府は金さえ貰えればそれで良いのだろうか?金さえ受け取れば銀座事件での大量虐殺行為は無かった事になるんだろうか?帝国の皇帝や皇族を裁判に掛けて責任を追及する事さえしない日本政府に対して、由佳は失意と怒りを抱いていた。会の代表から手渡された資料には「ピニャは講和派」と記載されてあったが、向こうが講和を望んだとしても、それを拒否する事もできた筈だ。

 

「……ねぇ、皇女のピニャは日本との講和を望んでいるんでしょ?貴方達自衛隊はピニャが持ち出した講和を拒否する事だってできた筈じゃない?何で講和を拒否しなかったの?」

 

栗林に抑えつけられた状態の由佳は、伊丹の目を見ながら言う。

 

「それは……」

 

伊丹は答えに窮する。

 

「伊丹さん、ここは私が」

 

栗林は由佳の問いに答える。

 

「確かに私達はピニャ殿下の申し出を受け入れました。しかし、それはピニャ殿下が日本と帝国との間に結ばれた講和条約の締結を望むと言った為です。私達はピニャ殿下の希望を叶えただけです」

 

由佳は栗林の言葉に絶望した。帝国との講和などせず、そのまま戦い続けて帝都を陥落させていれば由佳や他の遺族達の気持ちも幾らか晴れただろう。しかしそんな望みさえも潰えてしまった。この自衛隊員達は日本国民を守る事よりも、帝国との関係の方を重要視しているのだ。いや、それは日本政府も同じだが。結局帝国は銀座事件の賠償金を払わされる程度の「罰」で済まされる。理不尽だ、不条理だ、由佳の心は怒りで満ちていった。

 

「……貴方達は……貴方達は最低よ!!︎帝国との関係の方がそこまで大切なの!?」

 

「違う!!︎」

 

伊丹は由佳の言葉を否定する。

 

「俺達は帝国と仲良くなりたいとは思っていない。ただ、帝国の皇女であるピニャ殿とは良好な関係を築いているだけだ」

 

「講和派だろうとピニャは帝国の皇女よ!!心の中では日本と日本人を見下して、日本を植民地にしようと思っているんでしょ!?」

 

「そんな事は断じてない!ピニャ殿下はそんな方ではない!」

 

「嘘よ!現にピニャは私達遺族に謝罪すらしていない!ピニャは私達遺族の事なんてどうとも思ってないのよ!私と私の家族があの日…銀座でどんな目に遭ったかあの女は知らないのよ!!」

 

 

そう、全てはあの日から始まったのだ。全ての発端となった「銀座事件」の日から。




銀座事件の被害者の遺族達がアキバで遊んでる帝国の皇女のピニャを見たらと思うと…(;^ω^)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

追憶の銀座事件

パニッシャーさん登場回。結構グロ描写があるので注意。


20××年8月

 

気温が30℃を超える真夏日の銀座に、家族と買い物に来ていた。由佳の父である明彦は大手家電メーカーの常務であり、今日は家族サービスという目的で銀座に来ていた。

 

由佳は8歳になる妹の香織、兄である壮一と共に銀座にある店を巡っていた。久しぶりに家族揃って買い物に行けて、由佳は気分が良かった。由佳は壮一、香織と共に洋服売り場にいた。兄の壮一は女物の服売り場に来て退屈そうだったが、当の由佳は可愛い季節物の服をどれにしようか悩んでいた。

 

「ねぇ、由佳。これなんかどうかしら?」

 

由佳の母親である沙苗が由佳に声をかける。

 

「ちょっとお母さん、今は買うか決めかねてるんだから話しかけないでよ」

 

「あら、ごめんなさいね」

 

「お姉ちゃん、こっちも見てよ」

 

「はいはい」

 

由佳は母親の相手をやめて、妹の香織が着ているワンピースを見る。

 

「やっぱり私も女の子だからこういう服を着たいなぁ」

 

香織が手に持っているのは白を基調とした花柄のワンピースだった。

 

由佳は少し考えた後、口を開いた。

 

「……そういえばお父さんが新しいパソコンを買ってくれるって言ってたっけ?」

 

由佳は家族に聞こえないように小さな声で呟き、香織が持っていたワンピースを手に取る。

 

「じゃあ、このワンピを買うわ」

 

「えぇー?こんなの似合わないよぉ」

 

「いいのよ。私にピッタリだと思うし」

 

「ふぅん、分かった。ねぇ、ママ、私もこの白いワンピ欲しい!」

 

「はいはい」

 

こうして由佳は家族と一緒にショッピングを楽しんだ。兄である壮一と一緒に店を歩いていると、不意に壮一が由佳に尋ねてくる。

 

「由佳、お前は彼氏とかいるのか?」

 

「ちょ!?お兄ちゃん、何で急にそんな事聞くのよ!」

 

由佳は顔を真っ赤にしながら答える。

 

「別にいいだろ。で、いるの?」

 

「……いないわよ」

 

「へぇ、意外だな。由佳ならすぐにできると思ったんだけどな」

 

「余計なお世話よ!」

 

由佳は腕を振り回しながら壮一に抗議する。由佳のクラスメイト達は彼氏が誰とかそういう話題を直ぐにしたがる。年頃の少女なのだから当たり前だが、由佳はどうもそういった話が苦手であった。由佳は中学2年生になった頃から男子生徒に告白される事が多くなったのだが、由佳はどうしても恋愛感情というものが理解できなかった。自分が男と付き合う姿など想像できないし、そもそも由佳には好きな男性がいない。

 

「早く良い男を見つけて、嫁に行かなきゃな♪」

 

兄の壮一は由佳をからかう。

 

「う、うるさい!!︎」

 

由佳は顔をゆでだこのように真っ赤に染めながら兄の言葉を否定する。

そして由佳と壮一は店を出ると、店の入り口には父の明彦が待っていた。明彦の隣には先に出ていた母の沙苗と、妹の香織がいる。そうして家族5人で銀座の通りを歩いた。歩いていると、父の明彦は由佳に対して16歳の誕生日プレゼントは何が欲しいと言ってきた。由佳は迷わず、「パソコン」と答えた。すると明彦は「そっか、由佳ももう高校生だし、パソコンくらい持っておかないとな」と言った。

 

「ねぇ、パパ。今度新しいパソコンを買おうと思ってるらしいけど、幾ら位するの?」

 

「そうだなぁ……20万円前後じゃないか?」

 

「そんなにするの!?︎わ、私の小遣いじゃ買えないよ…!orz」

 

「ハハッ、大丈夫だよ。俺が買ってやるさ」

 

「ホント!?︎ありがとう、父さん!大好き!」

 

「お、おい!由佳!人前で抱きつくなって!」

 

「フッ……」

 

「ちょっと母さん!鼻で笑わないでくれます!?︎」

 

「ハイハイ」

 

由佳は家族と一緒に銀座の通りを歩いていると、300メートルほど前方に、大きな『門』がある事に気付く。周りの通行人も、突然出現した『門』に驚き、人だかりができていた。中にはスマホで撮影している者もいる。

 

「お父さん、あの『門』は何だろう?何かのアトラクションかな?」

 

「いや、あれは本物のようだぞ」

 

「えっ?」

 

「ほら、周りを見てみろ」

 

由佳は辺りを見回すと、周囲の人々が一斉にスマホを取り出して写真を撮り始めた。皆、突然現れた『門』に注目しているのだ。

 

由佳は家族と共に『門』の近くまで行こうとする。

その時だった。『門』から出て来た数メートルはあろうかという巨人が棍棒を持って『門』の近くにいた通行人を潰したのだ。

 

「え…?」

 

由佳は目の前で起きた光景に脳内の処理が追い付かなかった。『門』から出て来た巨人は、ファンタジー系の作品で見るオークやオーガだ。そして『門』から出て来たのはオークだけではなかった。昔風の西洋式の甲冑に身を包んだ兵士達が続々と『門』から出てくる。そして『門』から出て来た兵士達は周囲にいた通行人を手当たり次第に襲い始めた。目の前で起きた白昼の殺戮に数えきれない悲鳴が上がる。

 

「逃げろ!!」

 

「キャァアア!!」

 

「助けてくれぇ!!」

 

「イヤァー!!」

 

銀座大通りは一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 

「お父さん!!お母さん!!」

 

由佳は家族を捜して走り出す。しかし、家族の姿は見当たらない。

 

「お父さん!!どこぉ!!」

 

「由佳!!危ない!!」

 

父の明彦は、空から襲ってきた翼龍に腕を噛まれ、そのまま空中へと連れ去られた。

 

「お父さん!?」

 

「由佳!!逃げるんだ!!こいつはヤバい!!早く逃げろ!!」

 

明彦は空中から必死に娘の由佳に逃げるように叫ぶ。そして翼龍は明彦の腕を食いちぎると、明彦の身体は30メートル下のアスファルトの地面に落下した。明彦の身体は頭から叩きつけられ、即死していた。

 

「うわぁあああん!!おとうさぁぁん!!!」

 

「由佳!?」

 

母親の沙苗は娘である由佳の名前を叫びながら、パニックを起こしてその場から動けずにいた。沙苗は夫である明彦が殺されたショックで呆然としていたが、直ぐに我に返る。

 

「由佳、ここから逃げるわよ!!」

 

沙苗は由佳の手を引き、急いでこの場を離れようとする。周囲では『門』から出て来た兵士やモンスターが通行人を虐殺している。

 

「香織は…?お兄ちゃんはどこ…!?」

 

由佳は妹である香織と兄の壮一がいない事に気付く。

 

「香織と壮一はどこかで隠れてるはずよ!貴方は早くこの場を離れるのよ!」

 

「でも、香織が……!お兄ちゃんが……!」

 

「今は自分を心配しなさい!!︎」

 

「で、でも!」

 

「いいから行きなさい!!︎」

 

由佳は家族とはぐれてしまった悲しみと絶望感に苛まれるが、沙苗の言葉に従い、その場から離れて安全な場所を探した。

 

「お姉ちゃん助けて!!」

 

「香織!?」

 

由佳は妹の香織の助けを求める声に気付き、急いで周囲を見回す。そして香織の姿を見た瞬間、おぞましい光景がそこにあった。『門』から出て来たと思われるゴブリンの群れが香織の身体にかぶりつき、香織を食べているのだ。香織の全身は血まみれとなり、香織は断末魔の悲鳴を上げていた。

 

香織は必死にもがき、抵抗するが、ゴブリンの牙から逃れる事は出来なかった。

香織は由佳の方を見ると、必死に助けを求める。

由佳は怒りで頭がいっぱいになり、目の前の光景が信じられなかった。

由佳の中で何かが弾け飛んだ。

 

「私の妹を放せぇぇぇぇぇ!!!!」

 

由佳は落ちていた石を手に取り、ゴブリンの群れに向かっていく。

 

「オラァア!!」

 

由佳は石を投げた。その投げられた石は見事、一匹のゴブリンの頭に命中する。

 

「グギャ!?」

 

「うおりゃああ!!」

 

由佳はもう一匹のゴブリンに飛び掛かる。

 

「死ねぇええええ!!!」

 

「ゲェッ!?」

 

由佳は空手二段の腕前であり、素手でゴブリンを殴り殺した。そして由佳は近くにいる別のゴブリンを蹴り飛ばす。

 

「グアアッ!?」

 

ゴブリン達を全員殺した由佳は、変わり果てた妹の香織の姿を見て愕然とする。

 

「嘘…?香織?香織なの?」

 

由佳は妹の亡骸に近づき、そっと妹の頬を撫でる。

香織の目は見開かれており、口元には大量の血液が付着している。

由佳の目からは大粒の涙が流れ、やがてそれは滝のように流れ落ちる。

由佳は香織の遺体を抱きしめ、泣き叫んだ。

その時だった、『門』から出て来た兵士が由佳の腕を掴み、由佳を連れ去ろうとする。由佳はその手を払いのけると、兵士の顔面を殴った。

 

「離して!!︎」

 

「ぐっ!?︎」

 

「コイツ!!︎」

 

1人の兵士は拳で由佳を黙らせようとしたが、由佳は冷静に兵士の攻撃を避け、逆に兵士の顎に強烈な一撃を加えた。

 

「ガッ!?︎」

 

「許さない…お前達…許さない…!!」

 

「こいつ!!︎」

 

兵士は剣を引き抜き、由佳に斬りかかる。しかし、由佳は兵士の攻撃を軽々と避ける。

 

「当たらない……?」

 

「死ね……!!︎」

 

由佳は兵士の腹部に回し蹴りを放つ。

 

「ごはっ!?︎」

 

「まだまだぁ!!」

 

由佳は続けざまに兵士達を殴り続ける。しかし多勢に無勢。由佳は直ぐに劣勢に追い込まれてしまう。

 

「つ……強い……」

 

「大人しく我々についてこい」

 

兵士達はじりじりと由佳に近付いていく。が、そこに母である沙苗がモップを振り回しながら兵士達に向かっていく。

 

「私の娘に手を出すなァ!!」

 

娘である由佳を護るべく、母である沙苗は兵士達に立ち向かっていく。が、所詮は主婦である沙苗の力など鍛えられた兵士達の前では赤子同然だった。沙苗はモップをアッサリ取り上げられると、兵士達から殴る蹴るの暴行を受けた。沙苗の身体はたちまち傷だらけとなる。

 

沙苗は身体中から流れる血で真っ赤に染まりながらも、娘である由佳の事を心配した。

 

「嫌…お母さん…!」

 

由佳は兵士達に痛めつけられる母の沙苗を助け出そうとする。しかし沙苗は由佳に対して逃げるように叫んだ。

 

「由佳……逃げて……!」

 

「お母さん!!」

 

「いいから逃げなさい!!」

 

「で、でも!!」

 

「逃げてぇえ!!」

 

娘の身を案じる母の沙苗の叫びを聞き、由佳は全速力でその場を離れた。由佳の目からは涙が溢れ出す。

 

由佳は走る。ひたすら走った。しかし、後ろから追ってくる足音が聞こえる。

振り返ると、そこには由佳の後を追ってくる兵士達がいた。由佳は涙を流しながら走り続けた。

 

しかし途中でつまずいて転んでしまう由佳。由佳の背後には兵士達が迫っていた。もう駄目だ…そう思った時だった。由佳に迫っていた3人の兵士達は、横からきた黒いバンに跳ね飛ばされてしまった。

 

「え…?」

 

由佳は兵士達を跳ねた黒いバンを見る。そしてバンのドアが開き、中から漆黒のコートを纏った外国人が現れた。外国人が纏っている黒いコートの胸の部分には髑髏のマークが施されている。

 

「貴方は…誰…?」

 

 

 

********************************************************************************

 

 

パニッシャーは床に倒れている物言わぬ遺体にタバコの吸い殻をかけた。この遺体はわざわざ日本にまで追いかけた末にようやく仕留める事ができたヤクザの親分のなれの果てである。殺しても殺しても悪党や犯罪者は湧き出てくる。終わりの見えない作業の繰り返しでも、パニッシャーは自分のやるべき事を見失わない。

 

パニッシャーは部屋のテレビでやっているニュースを見る。テレビでは臨時ニュースをやっており、アナウンサーが慌ただしく情報を伝えようとしている。

「えー、番組の途中ですが臨時ニュースをお伝えします。今日の午後、銀座の通りで正体不明の謎の『門』から多数の兵士と怪物が現れ、歩行者天国となっていた銀座で大量虐殺を行っております。逃げ惑う市民達が『門』から出現した兵士や怪物に殺され、銀座は大パニックになっております。現場から中継でお伝えします」

そしてテレビの画面には、甲冑を着込んだ兵士や、ゴブリンやオークといったファンタジーなモンスター達が銀座にいる人々を蹂躙している様子が映し出される。その光景を見た瞬間、パニッシャーは即座に行動を開始した。

 

パニッシャーは窓から外へ飛び出す。そして建物の下に停車させていた黒いバンに乗って移動し始めた。パニッシャーが目指すのは銀座四丁目の交差点付近。そこでは今も尚、帝国軍による殺戮が行われているのだ。しばらくするとパニッシャーは目的の場所に到着した。そこはまさに地獄絵図であった。

 

地面には兵士やモンスターによって殺された人々の死体が散乱していた。そして辺りには血の臭いが立ち込めており、パニッシャーは顔をしかめる。パニッシャーは車の屋根の上に立ち、双眼鏡で周囲の様子を窺った。

 

そしてすぐに異変に気付いた。

 

「あれは……?」

 

パニッシャーは双眼鏡のレンズ越しに、複数の兵士から逃げている少女の姿を発見する。パニッシャーはすぐさまバンに乗り、少女の方へと車を走らせた。そして少女を追いかけていた3人の兵士達を横から跳ね飛ばす。兵士達はパニッシャーの乗るバンに跳ねられ、地面に叩きつけられた。

 

「貴方は…誰…?」

 

少女はバンから出て来たパニッシャーに尋ねる。

 

「パニッシャー」

 

パニッシャーは短く答える。そして周囲から兵士やモンスターが集まってきているのを見ると、バンから二丁のM16を取り出し、近付いてくる兵士やモンスター目掛けて連射した。

 

M16から放たれる弾丸は兵士達の着ている甲冑や盾を紙細工のように貫き、兵士達は次々と銃弾に倒れていく。そしてパニッシャーはバンから更なる武器を取り出した。大型の火炎放射器である。パニッシャーは迫りくるゴブリンやオーク目掛けて数千度にもなる炎を浴びせた。

 

炎を浴びたオーク達は瞬く間に消し炭となり、兵士達も次々に焼かれていった。しかし、それでも生き残った兵士達は剣を構えてパニッシャーに向かっていく。

 

「邪魔だ」

 

パニッシャーは素早く腰からナイフを抜き取り、兵士達の首筋を切りつけた。兵士達は悲鳴を上げる暇もなくその場に倒れた。

 

「これで全部か」

 

周囲に敵がいないことを確認すると、生き残っている兵士がいる事に気付く。パニッシャーは負傷して地面に倒れている兵士の胸を足で踏むと、質問をする。

 

「答えろ、お前等は何処から来た?」

 

パニッシャーは地獄の底から響き渡るような声で兵士に尋問を始める。

 

「我々は……帝国の兵士で…アルヌスの丘から…来た……」

 

「目的は?」

 

「皇帝陛下の命令で……この土地を…征服する…為だ……!」

 

「ふざけた真似を」

 

そう言うとパニッシャーは持っていたナイフで兵士の耳をそぎ落とした。兵士は絶叫を上げて地面を転げ回る。しかしパニッシャーは手を緩めなかった。いきなり現れ、銀座にいた民間人達を一方的に殺戮した兵士達に対して、パニッシャーは冷酷非情な顔を見せる。楽に死なせるわけがない、

 

そう言わんばかりにパニッシャーは兵士の耳にナイフを突き刺す。兵士はパニッシャーの残虐さに恐怖する。自分達はただ命令に従っているだけなのに、なぜこのような目に遭わなければならないのか? 兵士は涙を流す。しかし、兵士の苦しみは終わらなかった。パニッシャーは持っていたジャックダニエルの瓶の蓋を開けると、液体を兵士の身体にかけはじめる。

 

「な、何をする!?」

 

「こうするのさ」

 

パニッシャーは持っていたジッポーライターの火を付け、ライターを地面に置く。そして近くにいた由佳に視線を向ける。由佳はパニッシャーの言おうとしている事が理解できた。

 

由佳は立ち上がると、倒れている兵士の近くに行き、置かれている火が付いたジッポーライターを手に取る。

 

「な、何をする気だ…!?」

 

兵士はライターを持った由佳を見て怯えた目つきで言う。

 

「こうするのよ」

 

由佳は感情の籠らない言葉で火が付いたライターを倒れている兵士に投げる。そしてライターの火が先程パニッシャーが兵士の身体にかけたジャックダニエルに引火し、兵士の身体は炎に包まれる。

 

「ギャアァァァァ!!」

 

兵士は断末魔の叫び声を上げ、地面に転がりまわった。その様子を見て、パニッシャーは口元を歪める。

 

「これが俺のやり方だ。悪く思うな」

 

パニッシャーは火だるまになり、地面を転がり回る兵士を見下ろしながら言った。

 

「俺と一緒に来い。死にたくなければな」

 

パニッシャーは由佳に言うと、由佳はパニッシャーが乗っていた黒いバンに乗り込む。そしてパニッシャーはバンを発進させ、銀座から離れていく。

 

「私のお父さんも…お母さんも…妹の香織も…奴等に殺された。お兄ちゃんはみつからなかったけど…何でこんな事になったの…?」

 

由佳は目から涙を流す。

 

「悪いな。俺にはこれしかできないんだ。仇はいつか討ってやる。だから今は我慢してくれ」

 

パニッシャーは運転しながら助手席に座っている由佳に言う。

 

「貴方は……どうしてそんなに強いの?」

 

由佳は尋ねる。

 

「強くなんかねぇよ。俺は俺のやりたい事をしているだけだ」

 

窓からバンの外を見てみると、複数の陸上自衛隊のヘリコプターが銀座方面に飛んでいくのが見えた。

 

「ふっ、この国の自衛隊もようやく出動か。行動が遅すぎだぜ」

 

パニッシャーは鼻で笑い、バンのスピードを速めた。

 

「……ねぇ、一つ聞いていい?」

 

「何だ?」

 

「私がもし…もし『門』の向こうから来た連中に復讐するとしたら…貴方は私を悪人だと思う?」

 

「やめておけ、お前にゃそういう事は向いてない。復讐しようとしても返り討ちに遭うのが関の山だ」

 

「……じゃあ貴方は?」

 

「俺か?そうだな……」

 

パニッシャーは少し考えると、由佳の方を向いて言う。

 

「俺は悪党で結構。それでお前さんみたいな善良な人間が助かるなら、俺は喜んで悪役になる」

 

「…………」

「お前さんの気持ちは分かる。だがそれはお前さん自身の身を滅ぼす事になるぞ?」

 

「それでも…それでも私は…それでも私は家族の仇を討ちたい…!!あいつ等に復讐してやりたいの…!!どこから来たのかなんて知らないけど、私の家族や銀座にいた人達を殺したあいつ等は絶対に許せない…!!」

 

由佳は怒りと憎悪と殺意がこもった言葉を言う。つい先ほどまで何処にでもいる普通の女子高校生だった由佳が、僅か二時間足らずでここまで変わるのか。パニッシャーは由佳にかつての自分を重ねる。

 

「……それでもやめておけ。復讐ってのは麻薬や大麻と同じだ。一度嵌れば抜け出すのは至難の業だ。そして大抵は破滅する」

 

「それでも……」

 

「それでもだ。それに復讐するにしても、まずは生き残らなきゃ始まらん」

 

パニッシャーは由佳の頭を撫でる。

 

「お前さんはまだ若い。これからいくらでもやり直しができる。だから、お前さんはお前さんの人生を生きろ。それが今のお前さんにできる唯一の事だ。分かったな?」

 

「……うん……」

 

由佳は涙を浮かべながら返事をした。

 

「よし、良い子だ」

 

パニッシャーは由佳の頭に軽くチョップする。

 

「それと、俺の事はパニッシャーだ」

 

「変な名前ね。それが本名なの?」

 

「……元の名前はとうに捨てた」

 

「ふぅん……」

 

 

由佳は興味なさげに言うと、窓の外を見る。

(お父さん…お母さん…香織…お兄ちゃん……私…どうしてもあいつ等を許せない……。『門』の向こうはどんな世界なのか知らないけど、チャンスがあれば…チャンスがあれば仇を討ちたい…!)

 

由佳は自分の手を強く握りしめ、唇を噛む。由佳の身体は小刻みに震え、唇からは血が出ていた。

 

「怖いのか?」

 

パニッシャーが尋ねると、由佳は首を横に振る。

 

「そうじゃないわ。ただ……悔しいだけよ」

 

「そうかい」

 

パニッシャーはそれ以上何も言わなかった。




何かパニッシャーさんが優しめになっちゃったかも(-_-;)
原作ではもっと不愛想な感じなんだけどな


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一人ぼっちの由佳

やった側は忘れても、やられた側は覚えている。


銀座事件から数週間が経過した後も、由佳は銀座事件の悪夢にうなされていた。あの日、由佳達はいつものように銀座の街を歩いていた。しかし、突然銀座に『門』が出現し、『門』の中から甲冑を着た兵士やゴブリン、オークといったモンスター達が出てきて、銀座にいる人々を襲い始めたのだ。由佳は無我夢中で逃げ回った。父の明彦、母の沙苗、妹の香織、兄の壮一は何処にいるのか分からない。しかし家族を見つける為、由佳はひたすら銀座の街中を走った。周囲では兵士とモンスター達が通行人を殺しまわっている。夢なら醒めてほしい、悪夢なら終わって欲しい、由佳はそう願いながら走っていた。

 

すると、前方に見慣れた顔を見つけた。それは兄の壮一だった。

由佳は行方が分からなかった兄を見つけ、安堵する。しかし兄は周囲にいた兵士達によって身体を細切れにされ、バラバラにされて殺されてしまった。

 

「お兄ちゃあああん!!」

 

由佳は泣きながら叫ぶ。

 

「お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!」

 

そして今後は妹の香織が助けを求める声が聞こえてきた。

 

「香織!?」

 

由佳は急いで声がした方に向かうと、そこには血まみれになった香織の姿があった。

 

香織の四肢は食いちぎられており、香織の身体は血の海に沈んでいた。

 

「香織!!しっかりして香織!!」

 

由佳は必死になって呼びかけるが、香織の反応はない。

 

「そんな…香織…死んじゃやだよ…!お姉ちゃんである私より先に死ぬなんて認めないわよ!!!」

 

すると、今度は兄の遺体が目に入ってきた。

 

「嘘でしょ……?こんなのって……こんなのって無いよ……!!」

 

由佳は泣き崩れる。

 

「お願いだから目を覚ましてよ……!起きなさいよ……!寝てる場合じゃないでしょ……?ねぇ……?」

 

由佳の悲痛な叫びが部屋に響く。

 

「ゆ、夢…!?」

 

目を覚ますと、由佳は自分の家の寝室のベッドで寝ていた。由佳のパジャマは汗でびっしょりと濡れており、呼吸も乱れていた。

 

「またあの時の夢を見たのね……」

 

由佳は大きくため息をつく。

 

「お風呂に入ろう……」

 

由佳はシャワーを浴びて着替えると、朝食を食べる為にリビングに向かった。

いつもならリビングに行くと、見慣れた家族達の姿があるのだ。しかし、もう家には由佳以外残っていない。由佳は銀座事件以降、一人ぼっちになった。

 

「おはよう」

 

由佳は家族に挨拶するが、当然返事は無い。

 

「今日も学校行かなきゃ……」

 

由佳はトーストと目玉焼きを食べ終え、身支度を整えると、家を後にして登校する。

 

由佳は授業中も、うわの空で、教室の窓から景色を見ていた。クラスメイト達も由佳が銀座事件で家族をいっぺんに亡くした事を知っており、由佳に話しかける事は無かった。

 

昼休みになると、由佳は屋上に出て、給水塔の上で体育座りをして、昼食をとる。

 

「はぁ……」

 

由佳は大きなため息をつく。

 

(私はこれからずっと独りぼっちなんだろうな……。友達なんてできないんだろうな……。きっと高校を卒業すれば私は就職して、結婚するのかな?)

 

由佳は自分でも何を考えているのか分からなかった。銀座事件以降、世論では『門』を通って来た異世界の存在に対する報復が叫ばれていた。国会では連日万単位のデモ隊が集結し、政府に対して異世界への報復を叫んでいる。しかしデモなど所詮は単なる「要求」であり、政府という機関に対して異世界への復讐をお願いしているだけの「他力本願」ではないだろうか?由佳はできる事なら自分の手で復讐してやりたいと思った。だが軍隊まで出せるような異世界人にとっては由佳などちっぽけな存在に過ぎない。いくら復讐しても無意味なのかもしれない。それでも由佳は家族の無念を晴らすべく、復讐の機会を窺っていた。

 

「はぁ……」

 

由佳はもう一度大きなため息をつくと、後ろを振り向く。

 

そこには一人の女子生徒が立っていた。

 

「何か用?」

 

由佳は女子生徒に声をかける。

 

「えっと……その……由佳ちゃん、隣、良いかな?」

 

由佳の隣にはクラスメイトの雪奈が座った。

 

「由佳ちゃん…ご家族の事は残念だったね…」

 

雪奈も由佳に対してかける言葉が見つからないのであろう。

 

「別に良いわ。もう慣れっこだし」

 

由佳は素っ気なく答える。

 

「そっか……」

 

「それで、何の用?」

 

「あ……あのね……もし良かったら……私と友達にならない?」

 

「は?」

 

「だって……私達は同じ被害者同士なんだから……仲良くしようよ」

 

「……そうね」

 

そう、雪奈も銀座事件で弟を亡くしているのだ。

 

「……うん、よろしく」

 

由佳は微笑みながら言った。

 

「あ、やっと笑ったね由佳ちゃん」

 

「そう?」

 

「そうだよ。由佳ちゃんは笑ってた方が可愛いよ」

 

「そう?」

 

「そうだよ。じゃあ改めて、よろしく由佳ちゃん」

 

「こちらこそ」

 

「ねぇ、由佳ちゃん。あの事件で家族や友人を亡くしたのは私と由佳ちゃんだけじゃないの。『銀座事件被害者の会』って知ってる?」

 

「名前位は聞いた事があるけど…。まさか雪奈ちゃんはその会に入ってるの?」

 

『銀座事件被害者の会』とは銀座事件の犠牲者の遺族達が結成した団体である。会のメンバー全員が『門』を通って銀座に現れた兵士やモンスターによって家族や友人を失っており、自分達の身内を殺した異世界人に激しい憎悪と怒りを向けている。被害者の会の会員は事件以降、日に日に増加し続け、今では10万人以上の会員がいる。被害者の会のメンバー達は連日国会の前で銀座に現れた『門』を通って現れた異世界人に対する報復を政府に対して呼び掛けていた。

 

「うん、入ってるよ。自分と同じ苦しみを持っている人達と、痛みを共有できれば楽になれるよ。会の人達も由佳ちゃんみたく異世界から来た連中に家族を奪われているわけだし」

 

雪奈の言葉に、由佳の目からは涙が流れる。そう、辛いのは自分だけではないのだ。自分と同じかそれ以上の苦しみと悲しみを背負って生きている銀座事件の犠牲者の遺族達がいる。

 

「そう……だよね……ありがとう……!私、もっと頑張ってみるよ……!」

 

こうして、由佳は『銀座事件被害者の会』に入会したのだ。




何か書いていて悲しくなってきた…( ;∀;)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帝国への憎悪

プロローグの4話目です。というかプロローグ長くね?(^_^;)

書いてる時もMARVELとのクロスオーバーという事実を忘れる程に銀座事件の被害者である由佳ちゃんの描写に力が入っちゃう。


「それじゃお前さんは本当に米露のスパイじゃないんだな?」

 

「当たり前でしょ!私がそんなのに見える!?」

 

メイド喫茶でピニャに襲い掛かった由佳は、伊丹と栗林に厳重注意されるだけで済まされ、そのまま解放される予定だったのだが、由佳が銀座事件の犠牲者の遺族だという事を知った伊丹によって任意同行(強制連行)の元、ピニャが滞在しているホテルの部屋に入れられていた。由佳が入れられたのは和室タイプの部屋で、由佳は部屋の中央にあるテーブルに座り、由佳の正面には伊丹と栗林が座っていた。富田と倉田は後ろで立っており、いつでも由佳を抑える準備をしている。由佳は伊丹と栗林が自分の事をアメリカかロシアのスパイではないのかとしつこく聞いてくるので、呆れ半分、怒り半分だった。

 

それだけ帝国の皇女であるピニャが各国に狙われている事に神経質になっているのだろうが、由佳にとってはどうでも良かった。そして伊丹は銀座事件の生き残りである由佳に対して、ある質問をする。

 

「なぁ、お前さん……銀座事件の生き残りなんだよな?お前さんの親御さんは…」

 

「…いちいち尋ねなくても、今の私を見れば察しが付くでしょ?」

 

「……そうだな」

 

「それでお前さんはどうやってピニャ殿下の情報を入手したんだ?アメリカやロシアが銀座事件の犠牲者の遺族に対して情報を流しているっていう線も否定できないんだ」

 

由佳は自分が所属している『銀座事件被害者の会』の事を伊丹と栗林に話さなかった。あの事件の後、心の中にぽっかりと穴の開いた由佳にとって、自分と同じ苦しみを持っている人達と交流する事で幾らか心が晴れた。被害者の会に所属している人達の帝国に対する怒りと憎悪は尋常ではない。同じ痛みを共有する者同士、固い結束を持っていた。当然、由佳は伊丹と栗林に対して被害者の会の事を話す気にはなれなかったのだ。

 

「それは……言えないわ」

 

「何故だ?」

 

「……言える訳ないでしょ?もし警察の人がその事を知ったら……沢山の人に迷惑を掛けるから……」

 

由佳は被害者の会の人々に迷惑を掛けたくなかった。いや、元はと言えば由佳自身がメイド喫茶にいたピニャに襲い掛かったのが原因なのだが、あの時の由佳は自分を抑える事ができなかったのだ。あの日、銀座での出来事で地獄を味わった由佳にとって、侵略した土地である日本のメイド喫茶で楽しそうにしているピニャの姿が我慢ならなかった。帝国と講和した途端、帝国の皇女であるピニャが何の制限も受けずに日本の観光名所を巡っていると思うと腸が煮えくり返る気分だ。自分の配下の帝国兵達が銀座では大暴れしたというのに、それを咎めるどころか歓迎ムードまで醸成している始末。由佳はピニャが許せなかった。

 

「だから……悪いけど……これ以上私の家族の事は聞かないで……」

 

由佳の悲痛な叫びに、伊丹と栗林は何も言えなかった。

 

「分かった……すまねぇ……無理に聞き出そうとして……」

 

「ねぇ、一つだけ聞かせてちょうだい。皇女であるピニャは講和派だけど、仮に日本が帝国よりも圧倒的に弱くて、簡単に帝国に制圧されるような国でもピニャは日本と講和していたの?」

 

由佳の問いかけに伊丹達は押し黙る。ピニャとて帝国の皇女としての立場上、仮に日本を征服できていたとしたら、講和など結ばなかっただろう。ピニャは銀座の『門』を通ってアルヌスの丘に来た自衛隊の装備と技術を見て、帝国では自衛隊に勝てない事を悟ったからこそ日本と講和したのだ。だから仮に日本が帝国に簡単に征服されるような国だった場合、講和していたかどうか甚だ怪しい。

 

伊丹は答えた「あぁ、間違いなく講和を結んでいただろうな」。

 

「嘘言わないでよ…。自衛隊に勝てないからやむを得ず日本と講和したんじゃないの?」

 

「確かに、お前さんの言うとおりピニャ殿下は帝国の力では自衛隊に勝てないから日本と講和する道を選んだ。けどそれは自分の国である帝国を護る為にした事だ」

 

「やっぱりそうじゃない…」

 

日本は帝国と講和条約を結び、アルヌスの丘を『日本国アルヌス州』とする事を帝国に認めさせた。そして帝国に対して賠償金も請求している。しかしそんな程度の事で銀座事件の地獄を生き延びた由佳は納得しなかった。講和条約にしても『日本国アルヌス州』にしても結局日本政府が自国の「国益」を優先しているだけで、国民の安全など二の次ではないか。何より帝国の皇帝や皇族には銀座事件を引き起こした罪という意味で裁判すらも受けていない。銀座事件で五万六千人もの人々を虐殺しておいて、日本政府が帝国側に対して要求したのは「土地」と「金」なのだ。日本政府のこうした政策に対して由佳が所属している『銀座事件被害者の会』

の者達は絶望の底に落とされた。一から十まで上手く行くとは思っていなかったが、遺族達が予想した中でも最悪のシナリオである。由佳も政府の判断に対して深い憤りを覚えた。

 

「そんな……そんな理由で私達の両親は殺されたの!?ふざけんな!!」

 

「落ち着け!俺達も政府の対応に不満を持っているが、今は耐えるしかないんだ!もうすぐ政府と帝国の間で交渉が行われる!その時、帝国が今までの事を謝罪すればあるいは……」

 

「今更そんな事言っても遅いわよ!!結局日本政府が帝国に求めているのは土地と金じゃない!何が『日本国アルヌス州』よ!そんな物を手に入れる為に銀座の『門』を通って向こうの世界まで行ったの!?」

 

由佳は怒りのあまりテーブルを強く叩いた。

 

伊丹は頭を掻きながら溜息をつく。

 

「私は…私は銀座事件を生き延び、今日まで生きてこれたのは私の家族を奪った帝国がどんな結末を辿るのかを見届ける為なのよ…。自分の手で帝国に復讐なんてできない、せめて日本政府が自衛隊を使って帝国に「償い」をさせれば私の気持ちも幾らか晴れたかもしれない。なのに…」

 

「なのに…貴方達自衛隊と日本政府は帝国との「講和」を選んだ……。銀座事件で殺された人達よりも帝国との関係を優先したのよ…。何が自衛隊よ…、日本国民を守るのが使命じゃなかったの…?私は…私達遺族は帝国との「和解」や「仲直り」なんて求めてないのに…」

 

由佳はテーブルに顔を突っ伏したまま涙を流す。伊丹は由佳の言葉に何も言い返す事ができなかった。

 

栗林は由佳に慰めの言葉をかける。

 

「貴女が辛いのは分かります…でも、今は我慢しましょう……。憎しみと怒りに囚われていては前には進めません。それに、私達は講和に賛成です。帝国が今までの罪を反省し、賠償してくれさえすれば……きっと帝国とも仲良くなれるはずですよ」

 

「……犯罪しても反省したり賠償金を払えばそれだけで罪は「帳消し」になるの?」

 

「…………」

 

栗林は由佳の問いに対して答える言葉を持たなかった。

 

その時、部屋のドアが開き、ピニャが入ってくる。ピニャは靴を脱いで部屋に入ると、テーブルに座り、由佳に語り掛けてきた。

 

「ユカ殿、お主の気持ちは分かるぞ。妾も同じ立場であったなら、帝国を恨んだであろう。しかし、今は堪えてくれぬか?講和が成った暁には、必ずや帝国は謝罪する。だからそれまで待ってくれないか?」

 

「……ねぇ、貴女は何でそんなに楽しそうなの?」

 

「え……?」

 

「……自分の国の兵士達が民間人を大量虐殺をした国で観光できて楽しいの?日本の文化に興味があるの?」「そ、それは……」

 

「答えられないわよね……。だって貴女の国は銀座で大虐殺を起こしたんだからね……。帝国が侵略しなければ、あんな事にはならなかったのに……。」

 

「……」

 

「講和が成って帝国が謝罪するっていうけど、そんなの信じられる訳ないでしょ……。結局はまた帝国が侵略してくるに決まってるわ……。それに…」

 

「それに…貴女は今までに一度でも銀座事件の犠牲者の遺族や生き残りの人達と会った事はあるの?彼等があの日、銀座事件でどんなに人生を狂わされたのか貴女には想像できる?」

 

ピニャは言葉を詰まらせる。

 

「妾は……妾は……ただ……」

 

「帝国は私達に謝罪する気なんかないわ……帝国が本当に謝罪したいのはアルヌスの丘で暮らしている帝国の民に対してでしょう……?帝国は自分達の領土を広げたいだけ……だから講和が成ったら今度はアルヌスの丘に攻め込んでくるに決まっている……」

 

「だから……だから……お願いだから……講和なんて結ばないでよ…!!私は帝国との講和なんて望んでないのよ!!」

 

そう言うと由佳は立ち上がり、ピニャの顔面を殴りつける。ピニャは殴られた衝撃で倒れ込み、口元から血が流れる。伊丹は慌てて由佳を押さえつけ、栗林は由佳を羽交締めにする。

 

羽交い絞めにされた由佳は泣き叫んだ。今まで抑えていた激情が噴出したのだろう。

 

伊丹は由佳を落ち着かせようと必死に宥める。栗林は由佳を諭すように話しかける。そして栗林は由佳を抱きしめ、優しく語り掛ける。

 

「由佳さん…落ち着いて下さい。今ここでピニャ殿下を殺したら貴女はテロリストになってしまう。貴女は復讐の為にテロを起こすつもりですか?」

 

「私には…私達には帝国と戦う力なんてないのよ…。だから…だからこういう方法しかないの…。日本政府も自衛隊も私達を助けてくれないから…だからこういう方法しか無いのよ…」

 

銀座事件の被害者達がどれだけ声高に日本政府に対して帝国への報復を訴えても、日本政府は自国の国益を優先し、帝国に対して「土地」と「金」を要求した。被害者達とて所詮は一般市民の集まりである。強大な軍事力を持つ異世界の帝国相手に何ができるのだろうか?被害者達に出来るのは、言論を用いての政治運動か、今の由佳がしているような帝国の要人を町中で襲うしか戦う手段を持っていない。そんな被害者の一人に過ぎない由佳は余りにも無力であった。伊丹は由佳の肩に手を置き、静かに言う。

 

「お前さんの気持ちは痛いほどよくわかる。けどな、俺達は帝国軍に復讐する為に生きているんじゃない。生きていく為に、明日を生きる為にこうしてるんだ。」

 

「復讐は何も生まないなんて綺麗事を言うつもりはない。復讐に囚われた奴は視野が狭くなるからな。復讐に囚われて身を滅ぼした人間なんてごまんと見てきた。復讐に囚われた人間は、復讐に囚われている間は絶対に幸せになれないとな。」

 

「……私は幸せなんて求めてない!お父さんも、お母さんも、妹の香織も、お兄ちゃんも全員銀座事件で死んだ今、どうやって幸せになれるって言うのよ!?私の幸せは…全部帝国に奪われたの…」

 

そして伊丹は由佳の目を見据えながらゆっくりと語る。

 

「……なぁ、由佳さんよぉ。復讐ってのは確かに辛いし苦しいさ。復讐したい相手を殺すまで、延々と苦しみ続ける事になる。けどな、復讐に復讐を重ねても何も生まれやしないんだよ。復讐は復讐を呼び、憎しみの連鎖が生まれるだけだ。復讐の先に待っているのは破滅なんだぜ?」

 

由佳は先程自分が殴ったピニャの方を見る。そこには頬に赤い痣を付けたまま、心配そうにこちらを見ているピニャの姿があった。

 

「なんでそんな目で私を見るのよ…?私は…貴女を殺そうとしたのに…」

 

「妾は……ユカ殿に恨まれていても仕方がないと思っておる。妾はユカ殿の家族の仇だからな……」

 

「私は……私は……」

 

由佳は俯き、嗚咽を上げ、伊丹は再び由佳に語り掛ける。

 

「由佳さんよ、あんたが帝国を許せないのは分かる……でも今は堪えてくれないか?それにこのまま帝国が日本に対して再び悪さをすれば流石に日本だって黙っていないさ。政府だって何度も帝国の悪事を許す程寛容じゃないからな。」

 

伊丹は由佳の頭をポンと軽く叩く。

 

「大丈夫だ。俺達は日本を信じろ。今は堪えてくれ。な?」

 

「……」

 

由佳は伊丹の言葉に答える事ができなかった。

 

**********************

 

伊丹達の滞在しているホテルから解放された由佳は、銀座事件の現場となった銀座四丁目に来ていた。由佳は銀座事件の犠牲者を悼む慰霊碑の前に立っている。銀座に出現した『門』は自衛隊の管理下に置かれており、ドーム型のシェルターで覆われている為、外側からは『門』を確認する事はできない。由佳は慰霊碑に刻まれた父の明彦、母の沙苗、妹の香織、兄の壮一の名前をじっと見つめていた。ホテルで伊丹から「復讐」はやめておけと忠告されたが、簡単に割り切る事などできなかった。

 

(私がもし自衛官だったら、こんな事態が起きる前に対処できたかもしれない……。あの時、もっと早く自衛隊が動いてくれていれば、銀座事件は起きなかった……。)

 

由佳は「もしも」の話をするのが好きではなかった。しかし、「もしも」の話をせずにはいられなかったのだ。何故なら、自分はこれからどうしたら良いのか分からなくなっていたからだ。

 

その時、背後から声を掛けられる。振り返るとそこには『銀座事件被害者の会』の代表である坂東がいた。

 

「由佳ちゃん、ここにいたんだね」

 

「坂東さん…」

 

由佳は被害者の会を主催する坂東には大変世話になっていた。坂東自身も、銀座事件で妻と娘を亡くしており、自分と同じ苦しみを持つ者達を集めて『銀座事件被害者の会』を立ち上げた。そして被害者の会は今や全国で20万人もの会員を擁する程に成長。日本政府に対して帝国との講和の即時撤廃と、帝国への報復を呼び掛け続けている。

 

「……坂東さん、怒りや憎しみを抱くのって間違っているんでしょうか?復讐は何も生まないっていう言葉を聞く度に私は胸がモヤモヤするんです」

 

「そうだねぇ……復讐なんてのはただの自己満足に過ぎないのかもしれない。でもさ、やっぱり大切な人を失った悲しみはそう簡単に癒えるものじゃないと思うんだ。失った物は帰ってこない……だからこそ復讐という形で心の傷を誤魔化しているのかもしれない」

 

「……私達は何の為に生きているんでしょう?もう……復讐する事しか残されていないのに……」

 

「こうして由佳ちゃんが生き残った事にもきっと意味はあるんだよ。かくいう僕も家族を奪った帝国を憎んでいるんだ。人ってのは簡単に怒りや憎しみを克服できない生き物だからね。歴史を見てもそう思う。……僕はね、こう考えるんだ。怒りや憎しみだって、人間に備わっている素晴らしい感情の一つだって」

 

「え…?」

 

「怒りや憎しみっていうのはマイナスのイメージで語られる事が多いけど、とんでもない。世間では如何に怒りや憎しみを克服するかっていう話ばかりだけど、それは違う。人間は怒らなければ、憎しみを抱かなければならない。怒りも憎しみも忘れた人間なんて、それはもう人間じゃなくて別の何かだ」

 

「怒りや憎しみ、そして復讐を乗り越える事は美談にされがちだけど、本当に必要なのは乗り越えることじゃない。それを受け入れて、前に進むことだと思う。」

 

「まぁ……何が言いたいかっていうと、復讐を果たした上で前に進めばいんだよ。」

 

「……はい」

 

「だから怒ってもいいんだ、恨んでもいいんだ。それが由佳ちゃんが生きる為の理由になるんなら。無気力になって生きる希望も見いだせなくなる事の方が余程恐ろしいよ。」

 

「はい……」

 

「いいかい、復讐をしたいのならそれ相応の覚悟を持って進まなきゃいけない。少なくとも、他人にどうこう言われた程度で揺らぐ復讐心ならその程度のレベルって事さ」

 

坂東と由佳は深夜の銀座の街を並んで歩く。あの日、由佳は『門』から出現した帝国の兵士達やモンスターに家族を殺され、自分は逃げ回った。銀座の通りを歩いていると、銀座事件の日の事を思い出し、由佳の身体は震える。そして震える由佳の肩に優しく手を置く坂東。

 

「由佳ちゃんは今自分がどんな顔をしているか分かっているのかな?復讐に囚われて、まるで般若みたいな顔だよ。」

 

由佳は思わず頬に手を当てる。

 

「ふっ……冗談さ。由佳ちゃんは可愛い女の子なんだ。そんな怖い表情は似合わない。笑っている方がずっと素敵さ」

 

「あ……ありがとうございます……!」

 

数分程歩いた後、由佳は坂東と別れ家へと歩き出した。そして坂東は笑顔で後ろ姿の由佳を見守る。

 

 

 

 

坂東の身体が光に覆われたかと思うと、そこには坂東ではなく鹿のような長い二本の角が装飾された金色の兜を被った『邪神』がいた。『邪神』は由佳の後ろ姿を見ながらほくそ笑む。

 

「そうだ…憎め…怒れ…。お前達が望む帝国への復讐は私が叶えてやろうぞ」

 

 

――――――――このロキ・ラウフェイソンがお前達に復讐の機会をやろう。




「笑いの神」登場。けどこの作品に限っては全然笑えない事をするんですけどね。
銀座事件の被害者の遺族達って絶対に多い筈なのに、何で原作では描かれなかったんだろう…?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

売国奴

プロローグ5話目です。というかどんだけプロローグ長いんだよ(;^_^A

実際伊丹達自衛隊の面々が帝国への憎悪を叫ぶ銀座事件の遺族を見たらどんな反応するんだろう?伊丹自身も銀座事件の現場に居合わせているわけだから、あの事件の悲惨さは分かると思うんだけど…。



帝国からの特使であるピニャは総理大臣との会談を終えた後、伊丹達と共に有楽町を歩いていた。帝国と日本の講和が成功し、日本の帝国に対する賠償金の件についてもスムーズに進んでいる。

 

「伊丹殿、これで日本との交渉は上手くいきますな」

 

「そうですね。一時はどうなるかと思いましたよ」

 

「伊丹殿の交渉術には驚かされました。ニホンの方々は皆ああも巧みなのですか?」

 

「まさか。俺なんかまだまだですよ。今回も結構危なかったですからね」

 

「伊丹さんは交渉とか得意じゃないでしょ」

 

だがピニャには気になる点があったようだ。自衛隊が初めて『門』を越えて向こう側の世界に入った時、帝都のウラ・ビアンカにある帝国議会の建物が何者かの攻撃を受け、帝国議会の建物は半壊、元老院のメンバーが多数死亡した件について日本の総理は一貫して関与を否定していた。あの現場にいた兵士達の証言によると、犯人は単独であったようだ。何でも全身を黒い鎧に包んだ男で、身体から強力な飛び道具を射出し、何百もの帝国兵達が何もできずに殺されたのだという。そして事が終わると、空を飛び去って帝都から離れていったそうだが、皇帝であるモルトはこの襲撃を日本の自衛隊の仕業であると考え、日本との講和にスムーズに応じたのだ。日本政府と自衛隊としても帝都の議会を襲撃した覚えはないのだが、皇帝のモルトには日本の仕業だと思い込んでいてもらった方がかえって好都合だったのだ。伊丹と栗林は帝都にある議会を襲撃した犯人の特徴に心当たりがあった。

 

(……アイアンマンじゃないかそれ?いや、黒いアーマーだからウォーマシン?)

 

(隊長、ローズ大佐が秘密裏に銀座の『門』を通って帝国まで行ったんでしょうか?)

 

(そんな事は有りえない。米軍に所属しているローズ大佐が来るなんて事は一言も伝えられてないし、米軍との共同作戦なんて話も聞いていない)

 

伊丹と栗林はアベンジャーズに所属しているアイアンマンと、ウォーマシンの事を思い出す。しかしピニャはアベンジャーズの存在自体知らないので、アイアンマンやウォーマシンの事が分かる筈もない。それにウォーマシンの中身は米軍のローズ大佐である。もし米軍が日本政府にも秘密で銀座である『門』から特地へと侵入したのであれば米国と日本の外交問題にも発展しかねない。事実、総理はディレル大統領にこの事を尋ねたが、見事にはぐらかされたようだが。

 

「……?どうかしたのか?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

「ところで帝国が賠償として支払う金額はどれくらいなのだ?もしよかったら妾にも教えてくれないか?以前に提示した金額の場合、帝国ではとても払いきれないのだ…」

 

「えぇ、なるべく早く正確な金額をお伝えできればと思います。ですがもう少し時間を下さい。今はまだ確定していないので……」

 

「そうか……分かった。ではまた連絡してくれ」

 

「分かりました」

 

「それと…帝都にある帝国議会を襲撃した者と、あの時、イタリカに駐留していた妾の麾下たる薔薇騎士団のメンバーの半数以上を殺害したのは同一犯である可能性はあるのか?外見的特徴がハミルトンの証言と一致している。妾としても部下を殺した鎧の男を何とかしてやりたいのだが…。あの男が何者であるか分からない以上は下手に動けないな」

 

「そうですね……私も気になります」

 

「薔薇騎士団のメンバーを殺した鎧の男が自衛隊の関係者であるという事は考えられないか?その…ボーゼスとパナシュの二人は伊丹殿に対して酷い仕打ちをしただろう?その報復…という事も考えられるのだ。妾とて自衛隊がそんな事をするとは思えぬのだがな」

 

「「ピニャ殿下!我々は誓ってそのような真似はしません!」」

 

ピニャの言葉に対して伊丹と栗林は声がハモる。ピニャは思わず苦笑いする。

 

「殿下…その…ボーゼスとパナシュの事はお気の毒です」

 

「気にするな。あいつ等とて騎士だ。自分が死ぬ事も覚悟の上だっただろう」

 

謎の黒い鎧の男が帝国議会を襲撃した事で、主戦派だった帝国の貴族達も日本との講和派へと続々鞍替えした。単独であそこまでの損害を帝国にもたらせる日本の自衛隊の実力を見せつけられ、皇帝や主戦派の貴族連中も日本の力を思い知る事になった。講和派のピニャや日本政府にとっては皇帝や貴族達には黒い鎧の男が日本の自衛隊の仕業だと勘違いしてもらった方が好都合だったのだ。日本との主戦派の急先鋒だったゾルザルでさえも最近は大人しくしている。だがピニャとしては最近ゾルザルが妙に大人しいのが気がかりだった。

 

ピニャは伊丹と栗林に尋ねる。

 

「伊丹殿、あの黒い鎧の男が本当に自衛隊の者ではないとすれば、帝国や妾にとっては敵という事になる。伊丹殿はあの男をどうするつもりだ?」

 

「我々としては自衛隊ではない黒い鎧の男を国境侵犯罪、もしくは銀座にある『門』から特地へと侵入した不法侵入罪に問う事ができます。最も、黒い鎧の男は我々自衛隊を直接攻撃したわけではないので、そこまで重い罪に問う事はできませんが」

 

「つまり自衛権の行使として、黒い鎧の男を捕らえるつもりなのか?」

 

「はい」

 

「そうか……なら妾は伊丹殿に任せようと思う。」

 

「「「「!?」」」」

 

ピニャの発言に対し、伊丹と栗林、富田と倉田は驚愕する。ピニャは続けて口を開いた。

 

「あの黒い鎧の男が『門』を通って帝国に来たのだとすれば、伊丹殿達がいるこの日本か諸外国にいる可能性が高い。妾は伊丹殿達にあの黒い鎧の男の捜索を依頼する」

 

「分かりました。必ず帝都の議会を襲い、殿下の配下である薔薇騎士団のメンバーを殺害した犯人を俺達が突き止めます。」

 

伊丹はピニャに力強く答える。そして倉田が昨日、メイド喫茶でピニャを襲った由佳の事を調べ、由佳が所属している団体を伊丹達にはなした。

 

「伊丹隊長、昨日アキバのメイド喫茶でピニャ殿下を襲った由佳ちゃんは『銀座事件被害者の会』のメンバーです」

 

「『銀座事件被害者の会』?」

 

「はい。銀座事件の生存者のうち、帝国に憎しみを持つ者達で結成された市民団体です。彼等は日本と帝国との間に結ばれた講和条約の即時撤廃と、武力による帝国への報復を日本政府に訴えています。また、帝国に殺された被害者や遺族達の救済を求めています」

 

『銀座事件被害者の会』は伊丹や栗林もしょっちゅう耳にする市民団体だ。しかし、日本政府は帝国と講和を結んだばかりなので、過激な行動を取る彼等に頭を痛めていた。更に『銀座事件被害者の会』は帝国に対する憎悪を煽るヘイトスピーチまで行っている。

 

「昨日の由佳ちゃんの様子を見る限りじゃ、帝国に対して並々ならぬ憎悪と怒りを抱いているみたいでしたね」

 

「ああ、まるで般若のような表情だったな」

 

「『銀座事件被害者の会』は過激派の集まりなんですか?」

 

「はい、帝国だけでなく『門』の向こうの世界全てを敵視している位ですから。中には『門』を通って特地へ行って帝国兵を皆殺しにしてやるって言っている人すらいますよ」

 

「何とも恐ろしい話だな」

 

「今日は都内にある市民ホールで、『銀座事件被害者の会』の集会が行われているようです」

 

ピニャは倉田や伊丹に対して『銀座事件被害者の会』の集会に行き、彼等と直接話がしたい事を伝えた。

 

「伊丹殿、妾は『銀座事件被害者の会』の集会が開かれているホールに行き、彼等と直接話がしてみたいのだが……」

 

「…殿下は行かない方がいい。帝国の皇女である殿下が彼等と顔を合わせれば、彼等がどんな行動に出るか分かりません」

 

「そうか……」

 

ピニャは帝国の皇女として、銀座事件の被害者や犠牲者の遺族達と話を付けたいと考えた。ピニャ自身は今の今まで銀座事件の遺族達の事など特に気にしてはいなかったが、昨日メイド喫茶で自分を襲った由佳という少女の自分に対する憎悪の瞳を見て、このままではいけないと思ったのだ。

 

最も、仮にも帝国の第三皇女であるピニャが日本の民間団体である『銀座事件被害者の会』に頭を下げて謝罪した事が父である皇帝モルトや、兄のゾルザルに知られれば「弱腰」と誹りや叱責を受けかねない。ピニャは皇女として下手に出る事なく銀座事件の遺族達と話し合うつもりだ。

 

「伊丹殿の言いたい事は分かる。だが銀座事件の被害者の遺族である『銀座事件被害者の会』の者達とはどうしても会っておきたいのだ。元々銀座事件は妾の国である帝国が引き起こした悲劇だ。妾の立場上、完全に非を認めるというわけにもいかぬが、それでも謝罪すべきであろう?」

 

「それは確かに仰る通りですが……」

 

伊丹はピニャの意見に賛成しながらも渋っているようだ。栗林の方を見ると彼女も似たような顔をしていた。

 

「殿下の気持ちは分かりますし、私もその意見には賛成します。しかしですね、相手はテロリストの集団ですよ?何をしてくるのか分かったもんじゃないんですから」

 

栗林の「テロリスト」という言葉に伊丹や倉田は複雑な表情を浮かべる。確かに昨日アキバでピニャを襲撃した由佳は傍から見れば立派なテロリストだろう。だが…彼女がピニャを襲撃せざるを得なかった事情や状況を考えれば、一概に由佳をロリストだと糾弾する事はできない。

 

「伊丹殿、倉田殿、心配するな。妾はそのような者達に後れを取ったりはせぬ。それに万が一何かあってもお主達が守ってくれるだろう?」

 

「まぁ、そりゃあもちろん」

 

「はい、俺達が命に代えてでも殿下をお守り致します」

 

「ならば何も問題あるまい」

 

「俺達にはロゥリィがいるからな。各国の工作員連中が来たって負けないぜ」

 

こうして伊丹達は『銀座事件被害者の会』が主催する集会が開かれている千代田区の市民ホールへと向かった。

 

 

********************************************************************:

 

会場は満員であった。ホールに集まった『銀座事件被害者の会』のメンバーは千人近くいた。伊丹達は自分達の身分と素性を明かした上で受付に参加を希望した。伊丹やピニャの素性を知った受付は椅子からひっくり返る程に驚き、急いで会のお偉方と掛け合い、どうにか参加する事は許可された。そして伊丹達はホールの壇上の裏から、集会の様子を伺った。

 

司会らしき男がマイクを持って集まった聴衆に挨拶をしている。

 

「本日はお忙しい中、集まっていただきまして誠にありがとうございます。これより第二十五回『銀座事件被害者の会』の大会を開催致します。今回はゲストの方々をお招きいたしました。陸上自衛隊第三偵察隊所属の伊丹耀司二等陸尉、同じく栗林志乃二等陸曹、倉田武雄三等陸曹、そして帝国第三皇女のピニャ・コ・ラーダ殿下です」

 

司会の男がピニャの名前と立場を口にした瞬間、会場にどよめきが起こる。

 

「殿下ってあの?」

 

「え、あれが?」

 

「本物?」

 

「まさか」

 

「嘘だろ?」

 

「本当に?」

 

伊丹は周囲の反応に苦笑する。

 

「おいおい、いくら何でも有名人過ぎるだろ」

 

「そうっすね」

 

「殿下はご存知なかったようですが、世間一般では殿下の存在は認知されているんです」

 

そしてまず最初に栗林が挨拶をする事となり、裏幕からステージへと移動し壇上に上がると、マイクの前で聴衆に挨拶する。

 

「皆さん初めまして、私は陸上自衛隊第三偵察隊所属の栗林志乃です。今日は皆さんに会いにこの会場に来ました」

 

栗林は銀座にある『門』から特地に向かった自衛隊の中でも有名人であり、栗林の一騎当千とも呼べる格闘の腕前は世間に知られる事となった。最も、特地での栗林の活躍と彼女の強さを広めたのはピニャや伊丹だったりするのだが。聴衆の中には有名人である栗林が壇上に上がった事で拍手を送る者までいる。

 

「それでは早速始めましょうか。私達の銀座事件を語り合い、犠牲者と遺族の皆様の為に祈り、銀座事件の悲劇を忘れない為にも」

 

栗林はホールにいる『銀座事件被害者の会』のメンバー達に対して、帝国に対するヘイトデモを慎むように忠告する事にした。

 

「銀座事件を生き延びた方や、犠牲者の方の遺族の中には帝国を恨む者もいるでしょう。しかし日本は帝国と講和をしました。『銀座事件被害者の会』の皆さんが帝国の皇女であるピニャ殿下に直接危害を加えるような行動はくれぐれも控えてください」

 

栗林は続ける。

 

「皆さん方の多くは帝国に恨みを持っているでしょう。でも今は怒りに身を任せている場合ではありません。我々日本人は帝国と平和的に話し合い、お互いを理解しあい、平和的な解決を模索しなければなりません」

 

しかし栗林の演説に対して、一人の聴衆が席を立ちあがり、栗林に罵声を浴びせる。

 

「平和平和って言うけどな、俺達の国である日本に攻撃を仕掛けてきた帝国に対して譲歩してるだけじゃないか!!帝国との講和がその証拠だ!これがもしアメリカだったら帝国の帝都を爆撃して、帝国を滅ぼしてくれたかもしれない!その方が少なくとも俺達は帝国に対する憎悪は薄れていたんだ!」

 

「そうだ!!」

 

「帝国の奴等を許すな!!」

 

「戦争を続けろー!!!」

 

「帝国のクソ共を叩き潰せーッ!!!」

 

「「「「「殺せ―――っ!!!」」」」」

 

「帝国に死を!!!」

 

「「「「「帝国に死を!!!」」」」」

 

会場内は帝国に対する憎悪の籠った怒号で溢れた。

 

「ふざけんな!!お前らは帝国を恨んでいないのか!?」

 

「俺の親父は帝国軍に殺されたんだぞ!!」

 

「うちの旦那もよ……!あいつらに殺されなきゃ今頃子供も生まれて幸せに暮らしていたはずなのに……!」

 

「俺の親戚も銀座で死んだ……!なんで俺の家族が死ななきゃいけないんだ……!なんでだよ……!!」

 

栗林は罵声と怒号を浴びせてくる聴衆を宥めるべく、言葉を掛ける。

 

「皆さん、落ち着いてください。皆さんの怒りはわかります。ですが、ここで感情に任せた行動を取ってはならないのです」

 

「じゃあどうしろっていうんだよ!!?」

 

「このまま黙っていろってのか……??」

 

「そうだ……!何もせずにただ見てろって言うのか……?」

 

「政府は私達遺族や生き残りの訴えなんて聞き入れてくれないじゃない!!自分の国の領土を侵犯して、国民を万単位で虐殺した帝国に対して何で譲歩なんかしているのよ!?」

 

「賠償金の問題じゃないんだよ!!何でも金で解決しようとするな!!」

 

「私達の苦しみがわからないの!?」

 

「ふざけんじゃねえ!!俺達は被害者なんだぞ!!」

 

「賠償しろーっ!!」

 

「「殺せ―っ!!」」

 

「「「「「殺せ!!」」」」」

 

ホール内の空気はまさに一触即発であった。

 

その時、会場にピニャの怒声が響いた。

 

「えぇい……!うるさい……!静かにせんか……!!」

 

ピニャの怒声に、会場に溢れていたブーイングはピタリと止んだ。そしてピニャは栗林を下がらせて壇上に上がると、集まった聴衆に挨拶をする。

 

「皆の者、初めましてだ。妾は帝国の第3皇女にして第10位皇位継承者のピニャ・コ・ラーダだ。妾はお主達『銀座事件被害者の会』が主催する大会に顔を出したくなってな。どうしてもお主達を話を付けておきたかったのだ」

 

ピニャは続ける。

 

「お主達の中には帝国に憎しみを抱く者も多いだろう。しかし、今は怒りに身を任せるべきではない。まずは冷静になって話し合うべきだ。お主達の中には帝国の皇女である妾を不快に思う者もおろう。しかし、ここは耐えてほしい」

 

そしてピニャが演説をしていると、一人の聴衆が席を立つ。昨日、ピニャをアキバのメイド喫茶で襲った由佳だ。

 

「……私達の大会に顔を出すなんてどういう風の吹き回しかしら?」

 

由佳はピニャを睨みながら尋ねる。

 

「別に深い意味は無い。お主には一度会いたいと思っておったのでな」

 

「私に会いたかった?」

 

「ああ、昨日は大した話もできなかったからな。お主が所属している団体の大会に参加してじっくりと語り合おうと思っていたのだ」

 

ピニャの言葉に、由佳は身体を小刻みに震わせる。自分達銀座事件の犠牲者の遺族の集会に顔を出し、犠牲者の遺族達の前で堂々と演説をしているピニャに対する殺意が芽生えたのだ。

 

「貴女の国…帝国のせいで、私だけじゃなく今日この会場に集まった人達の家族や友人は皆殺にされたのよ?よく私達の前に顔を出すことができたわね?よっぽど面の皮が厚いのかしら?」

 

「それは済まなかったと思っている。だからこうしてお悔やみを言いに来たのだ」

「アンタにお悔やみの言葉を言われても嬉しくないわよ!!本当に私達に対して悪い事をしたと思っているのなら、帝国の皇帝であるモルトの首を私達の前に持ってきなさいよ!!」

 

「それは出来ぬ!皇帝陛下は妾の父上なのだぞ!父上の首など取れるはずがない!」

 

「なら反省も謝罪も後悔もしていないと見做すわよ?口先だけなら幾らでも謝れるんだからね」

 

「……確かに妾は帝国に非がある事を認めておる。しかし、妾は立場上、簡単にお前達に頭を下げるわけにはいかんのだ」

 

「だったら…だったら何でこの会場に来たのよ……」

 

由佳は目を細めて言う。由佳はピニャの態度を見て苛立ちを隠せない様子だ。銀座事件で大勢の日本国民が帝国兵やモンスター達に虐殺され、由佳自身も家族を全員失った。家族や友人を失った遺族達は喪失感と帝国への憎悪を募らせる日々を送っているというのに、目の前の皇女のピニャは自分の国の兵士達が大虐殺を繰り広げた日本で、日本政府から帝国からの特使という待遇を受けてアキバで観光など楽しんでいる始末だ。日本国民に対する虐殺に対しての帝国への罰則が「賠償金」とアルヌスという「土地」だけで済まされたという事実は銀座事件の遺族達の日本政府への失望感と帝国への憎悪を加速させる結果となった。ピニャの周囲にいる伊丹や栗林といった自衛隊の面々も口を開けば帝国との友好だの講和だのを口にするばかりで、帝国の皇女であるピニャと懇意にしている始末。一番の元凶である帝国の皇帝を裁判に掛ける事さえせず、「金」と「土地」さえ貰えれば文句すら言わない政府の弱腰ぶり、自衛隊の面々に至っては『門』の向こうの特地の文化に感化されている有様だ。

 

「ねぇ…家族や友達を殺された私達遺族の主張が間違いで、帝国との講和と友好を重視している貴方達の主張の方が正しいの…?ねぇ…答えてよ…」

 

由佳はピニャと、彼女の後ろにいる伊丹や栗林に尋ねる。

 

「……少なくとも、俺個人の意見としては講和も友好も必要だと思います。」

 

伊丹の言葉を聞き、由佳の中で何かが「壊れた」。そしてゆっくりと客席から、壇上に上がっているピニャへと近づいていく。壇上に続く階段を上がると、懐からナイフを取り出し、ピニャに襲い掛かる。

 

「死ね…!」

 

が、間一髪で栗林が止めに入る。由佳の持っていたナイフを弾き飛ばし、取り押さえる。由佳の行動に会場は騒然となった。

 

「放せ…!私は…私はコイツを…ピニャ・コ・ラーダを殺す…!」

 

由佳は目を血走らせた猟犬のような表情でピニャを睨みながら言う。由佳の豹変ぶりに、会場にいた参加者達は驚き戸惑っていた。ピニャも由佳の突然の凶行に唖然としていた。栗林は暴れる由佳を取り抑えながら言う。

 

「由佳さん、貴女は自分が何をしたのか分かってるんですか!?」

 

「うるさい!離せ!私の家族を返してよ!!」

 

「落ち着きなさい!今ここで暴漢行為を働いてどうなるか分かっているのですか!このままでは貴女のご家族が浮かばれませんよ!!」

 

「黙れ!アンタに何が分かる!!家族を皆殺しにされた人間の気持ちが!!」

 

その時、由佳の友人である雪奈が客席を立ち上がると、猛スピードで壇上まで駆け上がり、由佳を取り押さえている栗林に掴みかかる。

 

「由佳ちゃんを放して!!」

 

「なっ……!君は一体誰だ!!」

 

「いいから由佳を放しなさい!!」

 

「ちょっと!落ち着いてください!」

 

「放さないと警察を呼ぶわよ!!」

 

「やめろ!!暴力はダメだ!!」

 

由佳を押さえつけていた栗林は慌てて離れる。

 

「もう我慢ならないわ!!私もそいつらを許せない!由佳ちゃんが…由佳ちゃんがどれだけ辛い想いをしてきたか貴方達には分からないでしょ!?何が帝国との講和よ…何が…何が自衛隊よ…!貴方達自衛隊は日本国民よりも帝国との関係の方が大切なの!?」

 

雪奈は所持していた特殊警棒を取り出すと、栗林に殴り掛かる。が、栗林は雪奈の腕を掴むと、一本背負いを決めて床に叩きつけた。雪奈は背中を強く打ち付けたため、呼吸困難に陥ってしまう。

 

「ゴホ…!ゴホ…!ガハッ……」

 

「ゆ、雪奈ちゃん!?」

 

由佳は慌てて雪奈に駆け寄る。

 

「大丈夫?しっかりして!」

 

由佳の声に反応したのか、それとも酸素を求めて喘いでいるのかは不明だが、雪奈は何とか息を吹き返したようだ。雪奈は苦しそうな表情を浮かべながらもゆっくりと立ち上がった。しかし顔色は真っ青だ。雪奈は心配する由佳に「だ……大丈夫」と返事をした

 

「許さない…!」

 

由佳は再度ピニャに向かっていこうとするが、会場の裏でスタンバってたロゥリィが大ジャンプで壇上に着地し、由佳の行く手を阻んだ。

 

「どきなさいよ!」

 

「嫌よぉ」

 

「そこをどけぇ!!」

 

「い~やぁ」

 

由佳はロゥリィに殴り掛かるが、あっさりと受け止められてしまう。そしてロゥリィは持っていたハルバートを振り上げ、由佳に振り下ろそうとするが、伊丹に制止される。

 

「よせロゥリィ!その娘を殺すな!!俺達の目的はこの場を収める事だぞ!!」

 

「……分かったわよ」

 

ロゥリィは渋々といった様子で由佳を離す。

 

「……今回の事でよく分かった。アンタ達自衛隊は帝国に魂を売り渡した『売国奴』だって事が!!」

 

由佳は帝国との講和を重視する伊丹や栗林といった自衛隊の面々を『売国奴』と罵る。

 

「……俺達は帝国と講和を結ぶつもりだ。」

 

「それが『売国奴』だって言ってるのよ!!講和なんて結んでも帝国は賠償金と土地だけよこして終わりに決まってるじゃない!!帝国は私達の事なんかこれっぽっちも考えてないのよ!!そんな連中と講和を結んでも、また同じ事を繰り返すに決まっているわ!!そうやって『門』の向こうの特地に擦り寄ろうとしているのでしょう!?」

 

「違う!俺は特地の人達と仲良くしたいだけだ!」

 

「私達遺族にとっては特地も帝国も同じなのよ!!そこにいる特地から来たドブネズミみたいな連中を日本に連れてこないで!!迷惑なのよ!!」

 

由佳は憤怒の形相で伊丹達の後ろにいるレレイを指差しながら吼える。

 

が、その時栗林が由佳の頬を平手打ちする。パンッという乾いた音がホールに響いた。

 

「いい加減にしなさい!これ以上恥を晒さないでください!」

 

「何よ!?アンタには関係ないでしょ!?」

 

「関係あります!貴女はご家族の仇である帝国に怒りを向けるのは分かりますが、だからといって関係のない人まで巻き込むような真似はやめてください!それに、さっき貴女は自衛隊を侮辱しましたね!訂正しなさい!」

 

「誰が…誰が訂正なんかするもんですか…!日本国民の為に働けない自衛隊なんか存在する意味無いじゃない…!!」

 

「貴女の気持ちは痛いほど理解できます。ですが、帝国憎しで、帝国とは関係のないレレイまで罵倒するのは間違っています!彼女こそ、貴女と同じ被害者なのに……!それに彼女は帝国の刺客から命を狙われた事もあるんですよ!?貴女は、貴女の家族は帝国に殺されたのに、どうして帝国と関係の無い人を恨めるの!?貴女は家族の死を無駄にする気ですか!?」

 

「アンタ達自衛隊が私の家族を語るな…!」

 

由佳は栗林の胸倉を掴む。

 

「家族が殺されてからの数か月間、私はずっと苦しかった……!辛くて……悲しくても……誰にも相談できなかった……!アンタ達に分かる!?私の気持ちが!?」

「それは……でも、仕方のない事だったんです。」

 

「仕方なくなんて……無かった……!私の家族はみんな死んだ……!何で……何で私だけが生き残ったの!?」

 

「……」

 

「私も死にたかった!今すぐ死んでしまいたい!私も……私も……!」

 

「やめなさい!それ以上は言わないでください!」

 

 

その時だった、『銀座事件被害者の会』の代表である坂東が栗林の胸倉を掴む由佳を宥める。

 

「由佳ちゃん、君の気持ちは痛い程分かる。けど今は堪えて欲しい。そこにいるピニャ殿下や、自衛隊の方々に危害を加えれば、私でも君を守ってあげられなくなる」

 

「……!」

 

由佳は坂東の説得で、その場は引き下がる事になった。そして由佳は壇上を降りると、そのまま会場を後にする。

 

「申し訳ありませんでした栗林さん、伊丹さん、そしてピニャ殿下」

 

坂東は伊丹達に深々と頭を下げる。

 

「由佳ちゃんは銀座事件でご両親とご兄弟を一度に亡くしておりまして、色々と精神的に追い詰められている状態なんです。どうか彼女を許してあげてください」

 

「いやいや、こちらこそうちの隊員のせいで不快な思いをさせてしまいました。」

 

「そうですよ。私からもお詫びします」

 

「私もぉ」

 

「私も」

 

「私も」

 

「いえ、これは代表である私の責任です。今の由佳ちゃんには時間が必要なのです。…受け入れるのは辛いでしょうが…」

 

そう言うと坂東は再度伊丹達に頭を下げると、壇上を去っていく。そんな坂東の後ろ姿をレレイはじっと見つめていた。最年少で導師号を授与される程のレレイであれば、『坂東』の違和感に気付くのであろうか。

 

 

********************************************************

 

その頃、帝都ウラ・ビアンカの王宮の私室にいるゾルザルは、どうにかして日本と帝国を再戦させようとしていた。あの日、空から現れた黒い甲冑の男が帝国議会の建物を半壊させ、元老院のメンバーを殆ど殺し、駆け付けた数百名の兵士達をゴミのように殺しまわって以降、すっかり父の皇帝モルトは日本の軍事力を恐れるよになった。たった一人の手によってあそこまでやられたのだから無理もないが、あの黒い鎧の男のせいで主戦派の貴族達までもが講和派に鞍替えする始末だ。主戦派の急先鋒であるゾルザルにとっては面白くない話であろう。

 

そこで、講和反対派の貴族や元老院議員達を焚き付ける為、帝国と日本の講和を白紙に戻すべく、日本と戦争を再開させる必要がある。

 

そう思っていた矢先、ゾルザルの私室に『邪神』が立っていた。いつからそこに居たのか。部屋に入ってくる様子すらもなく、ゾルザルのベッドの横に立っていたのだ。ゾルザルは入って来た『邪神』を見ると、退屈そうに言う。

 

「ロキか…。なぁロキよ。日本との戦争を再開させる為に良い妙案はないか?」

 

そしてロキはゾルザルの傍まで行き、ゾルザルに耳打ちする。それを聞いたゾルザルは口元を歪ませて笑みをこぼした。

 

「…そうか、その手があったか。ロキよ、お前は何という邪悪な心の持ち主なのだ。流石は俺の右腕よ」

 

「いえ、貴方様が手を汚さずとも、自然と講和派の貴族共は日本との戦争再開を望むでしょう。そして貴方様のお父上である皇帝陛下も心変わりする筈です」

 

「まさかそのような手駒がいたとはな…いやはや、伊達に『姦計の神』とは呼ばれてはおらんようだな」

 

ロキはそう言うと、部屋を出ようとする。部屋の扉を開けると、そこにはテューレが立っていた。テューレはヴォーリアバニーの女王であり、現在はゾルザルの奴隷となっている。テューレは衣服を着ておらず、首輪を付けられていた。そしてロキはすれ違い様にテューレに耳打ちする。

 

『余り勝手な真似をされても困る。それに毒など初心者のする事だ』

 

ロキはそう言うと、テューレから離れていき、廊下で高笑いを上げながら去っていく。ロキの言葉を聞いたテューレは去っていくロキの後ろ姿を睨んでいた。




帝都の議会を襲撃した鉄の鎧の男って一体誰なんでしょうねー?(棒読み)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イタリカ事件(前編)

プロローグ長すぎィ!
考えられる限りで最悪の展開になっている件について(;^_^A

けど遺族達に残された道ってこれしかないわけだし…。


由佳は川に写った自分を見ながら、考える。一般市民に過ぎない自分が帝国をどれだけ恨み、憎んだ所で何も変わらない。自分には帝国と戦うだけの力などないし、『銀座事件被害者の会』のメンバーとして日本政府に対し、帝国との講和の撤廃を訴える事しかできない。……もしくは日本に来た帝国の要人であるピニャを襲撃する程度だ。所詮銀座事件の犠牲者の遺族に過ぎない自分や被害者の会のメンバーなど、日本と帝国という二つの国家のパワーゲームになんの影響も与えられない。

しかし、もし仮に帝国が講和を破棄し、再び日本と戦争を始めれば、それは由佳のような遺族達にとっては喜ばしい事だろう。だが……再度戦争をして日本が勝利した所で、皇帝や皇族達が銀座事件の責任を追及される事は無いかもしれない。どこかキリのいい所でまた講和でも結ばれるのが関の山だ。日本政府には帝国を滅ぼすという意思や考えは無く、自国の利益を最優先している。なんて自分は無力なのだろう、と由佳は思った。由佳はふと顔を上げると、川の水面に反射した夕日が目に入る。そして由佳の後ろから声を掛けた男がいた。

 

「ユカ、久しぶりだな」

 

「…!?」

 

由佳が振り向くと、そこには黒いロングコートに、胸に大きな髑髏のマークが描かれた欧米人の大男が立っていた。そう、目の前の男こそ銀座事件で由佳を救ったパニッシャーだ。由佳はパニッシャーの姿を見ると、彼の胸に飛び込んだ。

 

「パニッシャーさん……!また会えて嬉しいです……!」

 

「そんなに俺に再会できたのが嬉しかったか?」

 

パニッシャーの言葉に由佳は何度も「はい」と答える。今、由佳が生きていられるのはパニッシャーのお陰なのだ。彼が助けてくれなければ今頃由佳も銀座事件の犠牲者の名簿リストに名前が載っていただろう。数か月ぶりに会う命の恩人の胸で、涙を流す由佳。

 

「……泣いているのか?」

 

「……済みません、もう少し…このままでいさせてください……」

 

由佳はパニッシャーの胸の中で、大粒の涙をこぼす

 

「私……悔しくて……皆死んじゃって……私だけが生き残っていて……もうどうしようもなくて……お父さんもお母さんも香織もお兄ちゃんも……死んで……私だけ助かっちゃったんです……!」

 

銀座事件以降、由佳は何度涙を流しただろうか。銀座事件の生存者達はあの日以来、その心の傷を癒やす事なく生きてきた。そして、彼女も例外ではない。

 

「辛かったな……ユカ」

 

パニッシャーはそう言うと、由佳を優しく抱き寄せた。パニッシャーの胸に抱かれた由佳は子供のように泣きじゃくる。パニッシャーは彼女の頭を撫でてやった。

 

「お前は頑張って生きている。お前は立派な人間だ」

 

「……ありがとうございます!!」

 

三十分後、ようやく泣き止んだ由佳は、パニッシャーと一緒に神田川の河川敷にあるベンチに座った。由佳は自分が銀座事件の犠牲者や生き残りの者達が結成した『銀座事件被害者の会』に入会した事をパニッシャーに伝える。今こうして生きてこれたのは被害者の会の人間達と銀座事件での痛みを分かち合い、共有できたからだ。

 

「そういえばパニッシャーさんはどうして日本に?まさか観光ですか?」

 

「まぁそんな所だ。ところでお前はこれからどうするんだ?」

 

「そうですね……取りあえず一度家に帰ろうと思います」

 

「そうか」

 

由佳はパニッシャーに対して銀座にある『門』を通って銀座に現れ、銀座にいた人々を虐殺した帝国に対する憎悪の炎が未だに自分の中で燃え盛っている事をパニッシャーに打ち明ける。あの地獄のような場所で家族を全員失い、喪失感に襲われた事もあったが、それでも由佳は無気力になる事なく、帝国に対する憎しみを抱き続けた。だが幾ら帝国に怒りを向けた所で、幾ら恨んだ所で、幾ら憎悪した所で所詮一般人で、女子高校生に過ぎない由佳ではどうする事もできなかった。帝国という特地に存在する巨大な国家の前では由佳などただの羽虫以下の存在に過ぎない。帝国という巨大国家による暴力で蹂躙された銀座の人々の遺族は、帝国を、そして皇帝であるモルトを深く恨み、日本政府に対し講和の撤廃を求めていた。

しかし、由佳がいくら帝国を怨んでいても、彼女の力だけでは帝国に一矢報いる事もままならない。由佳は自分の無力さ、帝国への深い恨み、家族の仇を討ちたいという気持ちをパニッシャーに語った。

 

「ユカ、お前さんの気持ちは分かるがな、お前さんの力じゃどう足掻いても帝国には勝てんぞ。それに、お前さんは今の自分に何ができるか考えた事があるか?」

 

「それは……」

 

「戦う力の無い奴が自分の力の範疇を超えた復讐をしようとしても待っているのは破滅だけだ。お前さんもそんな事は分かっている筈だ。」

 

「……は……はぃ……」

 

パニッシャーの言う事は正論だ。しかしそんな事は由佳でも分かっている。このまま帝国に復讐する事もできずに、銀座事件で亡くなった家族との思い出の日々を懐かしみながら毎日を過ごす方が余程辛い。

 

「お前さんは今のままじゃ帝国には敵わん。お前さんがどれだけ努力しようともな」

 

「そんな事……分かってますよ……!」

 

由佳は帝国や、皇女であるピニャを倒す事さえできない無力な自分を呪いたくなった。

 

そして由佳はベンチを立つと、家路に向かって歩き始めた。そして去り際にパニッシャーに対して言う。

 

「パニッシャーさん……貴方の言う事は分かります。けど……けど今の私にはもう復讐しか残されていないんです……!大切な者を全て亡くした人の気持ちがどんなものか想像できますか!?」

 

由佳の言葉に対してパニッシャーは数秒沈黙した後、答える。

 

「大切な者の死なら俺も経験した……」

 

「え……?」

 

「お前が今言った通り、今のお前さんは復讐で頭が一杯だろうがな、少しは頭を冷やして考えろ。」

 

「何を……ですか?」

 

「今のお前さんは復讐で視野が狭くなっている。復讐で暴走すれば待っているのは破滅だけだ。」

 

「……!」

 

由佳はそのままパニッシャーから離れていく。パニッシャーは去っていく由佳の背中を見ながら呟いた。

 

「……あの娘が何か危ない事をしないか見張っておくか」

 

*******************************************************************************

 

パニッシャーと別れた由佳は真っ直ぐ家に帰り、自分の部屋に閉じこもる。父、母、妹、兄が消え、家にいるのは今や由佳一人だけだ。広い家にたった一人で暮らす由佳は、家に帰る度に喪失感に襲われる。由佳はベッドの上で仰向けに寝転がり、天井をぼんやりと見上げる。由佳はパニッシャーの言う事が正しい事を理解していた。自分がどれだけ帝国を恨んだ所で、帝国を倒す力も無ければ、一矢報いることも出来ない。帝国という巨大な壁を前にした由佳にはどうする事もできなかった。その時、由佳の携帯に着信メールが来た。

 

由佳は携帯を見てみると、『銀座事件被害者の会』の代表である坂東からのメールだった。開いてみると、こう書かれてあった。

 

『もしどうしても帝国への復讐をしたいという方は、〇月〇日の午後〇時に指定の場所に集合願います』

 

帝国への復讐を望む会員に向けてのメールだった。この日時に指定の場所に行けばどうなるのか由佳は興味を抱いた。

 

「……何もしないよりはマシね」

 

 

****************************************************

 

 

 

ピニャは特使としての仕事を終え、銀座にある『門』を通って帝国へ帰国する事となった。特使であるピニャを護衛するのは伊丹達陸上自衛隊第三偵察隊の役割である。

伊丹や栗林はピニャを自衛隊のジープに乗せ、銀座にある『門』の前まで来た。そして『門』へ車を通すべく、陸上自衛隊が『門』の周囲に建造した隔壁が開いていき、完全に開くと、

車はそのまま前進して通過する。そして暫く走行すると、アルヌスの丘へと到着した。アルヌスの丘の『門』の前には、ピニャの配下である薔薇騎士団の面々が皇女であるピニャを迎えにきていた。薔薇騎士団を率いているのはハミルトン・ウノ・ローだ。ピニャはジープを降りると、ハミルトンに近づいていき、彼女に労いの言葉を掛ける。

 

「よくぞ妾の迎えの務めを果たしてくれた、感謝する」

 

「勿体なきお言葉です、姫殿下」

 

「では行くとするか」

 

2人の会話が終わると、ピニャの部下達はピニャを囲むように整列した。そしてピニャは部下達に対して命令を下した。

 

「皆のもの!妾はこれより帝都へ戻る!ついてまいれ!」

 

「「「「「「はい!姫殿下!!!」」」」」」

 

薔薇騎士団の号令と共に、帝都へと向けて進みだす。伊丹達も自衛隊のジープに乗りながら、ピニャ達の後を付いていく。アルヌスを超えてイタリカまでピニャの護衛をする事となっている。アルヌスの丘に駐留している他の自衛隊の部隊も、伊丹達と共にイタリカを目指す事となった。それから丸一日掛けて、彼らは目的地のイタリカに到着した。

 

自衛隊が初めて『門』を通って特地へと赴いた際、諸王国軍敗残兵の盗賊にイタリカの街を襲撃された際に自衛隊の協力で撃退して以来協力関係にある。

イタリカの街の外は大規模な穀倉地帯となっており、街をぐるりと囲っている城壁は、自衛隊からもたらされた技術が使われており、非常に頑丈で高さは10メートル近くある。

 

街の正門には槍を持った衛兵が2名立っていた。兵士は門の両脇に立ち、通行人に身分証の提示を求めているようだ。ピニャは馬車を止めさせると、御者の兵士が城門に向かって走る。そして門が開き、イタリカの街へと通される事となった。そして街の中央に建てられているフォルマル伯爵家の屋敷へと向かう。伊丹達自衛隊とピニャはイタリカの街に数日滞在する事が決定した。

 

 

 

**********************************************************

 

 

 

伊丹は栗林達と由佳の事、そして由佳が所属している『銀座事件被害者の会』の事を話し合っていた。銀座事件によって万単位の市民が死亡し、『門』を通って銀座に出現した帝国の兵士達やモンスターによって家族、恋人、友人を奪われた者達が帝国への報復を訴える『銀座事件被害者の会』を結成した。今まで伊丹達は銀座事件の犠牲者の遺族達から目を背けていたのかもしれない。自分達が特地の者やアルヌスに暮らす人々と交流する内に、この世界の文化に感化されたのは否定できないからだ。親しい人、愛する人を失った銀座事件の犠牲者の遺族達にとって、伊丹達がいる特地という世界は忌まわしく、悍ましい場所に映るだろう。正直な話、伊丹や栗林とて家族や恋人を帝国によって奪われれば被害者の会の者達と同じ道を歩んでいたのかもしれない。

 

「憎しみっていうのは一種の『呪い』みたいなもんなんだよ。由佳ちゃんにしても、被害者の会の連中にしても、憎しみや怒りに囚われて前が見えなくなっているんだ」

 

伊丹はそう言って腕を組む。由佳の事情を知った栗林は、

 

「復讐かぁ……。まあ分からなくもないけどね」

 

伊丹の言う事が分かるのか納得した表情を浮かべて呟く。栗林の隣に座っていた富田も同じ気持ちなのか首を縦に振る。

 

「けど…やっぱりこのままじゃいけないと俺は思います。復讐や憎しみに囚われ続ければ、精神を病んでしまうかもしれません。そんな事になったら取り返しのつかない事になってしまうと思うんです。伊丹隊長は復讐の事は忘れろって言いましたが、俺は無理だと思います。俺も大切な人達を殺された苦しみは良く分かります。でもだからと言って復讐して良い理由にはなりませんよ?」

 

倉田はそう言って伊丹を見つめる。伊丹はその視線から逃れるように、顔を逸らす。

 

「まぁ、とにかく由佳ちゃんは自分一人で乗り越えなきゃいけないんですよ。外野である俺達が口出しした所で何にもならないんですから……」

 

「そりゃそうだとは思うけどねぇ」

 

倉田の言葉に伊丹も同意する。

 

***************************************************************************

 

その日、由佳はメールに記載されていた建物の地下に来ていた。建物の地下は非常に大きく、万単位の人間を収容できそうな程の空間があった。この地下の上にある建物はそこまで大きい建造物ではなかったのだが、地下にこれだけのスペースがあるとは由佳は思わなかった。広大な地下には由佳以外にも沢山の人間がいた。優に千人は超えているだろう。周囲にいる人間の中には見知った顔が何人かいるのだが、由佳や周囲の参加者達は自分達の目の前に聳える「物」に目を奪われていた。広大な地下空間の中央にあるのは銀座に出現した『門』と瓜二つの『門』があるのだ。なぜこんな地下に銀座に出現したものと同じ『門』があるのだろうか?精巧に作られたレプリカ?由佳と参加者達はそんな考えをしていると、被害者の会の代表である坂東が、由佳達に挨拶する。

 

「ようこそおいでくださいました。今日ここにお集まりいただいた被害者の会の方々は『選ばれし者達』です。老若男女、年齢も性別もバラバラですが、我々は同じ「目的」の為に行動している同志なのです」

 

そう言うと坂東は地下の中央にそびえる『門』の横に立つ。

 

「単刀直入に言いましょう。この『門』を通れば特地へと出ます」

 

坂東の言葉に集まった参加者達の間でどよめきが起こる。

 

「嘘だろ…!?目の前にある『門』を通れば特地に…自衛隊が出入りしている異世界に行けるのか!?」

 

「う、嘘じゃないよな…!?本当なんだよな…!?」

 

「けどもし特地に行けるのなら…銀座事件で死んだ家族の仇を討てるかもしれないぞ…!」

 

銀座事件で帝国兵やモンスターによって家族、恋人、友人を殺された被害者の会の面々にとっては願ってもないチャンスである。例えこれが夢であったとしても、彼等はそれにすがりたい心境なのだ。由佳は自分が復讐の炎に身を焦がしながらも、今のままでは復讐を諦めるべきだと思っていた。しかし、目の前にある『門』を通れば、自分は復讐の道へと踏み出せるのではないかと思った。もし仮に門を通れたとして、特地で帝国軍と戦う事になるだろう。それはつまり、家族の復讐を果たせるという事である。由佳は地下の巨大な空間中央にある、銀座に出現したものと全く同じ形状の門をじっと見据える。

 

「皆さん、皆さんは先日のホールにおけるピニャ皇女や、自衛隊の面々の言葉を聞いたでしょう。自衛隊の面々は帝国との友好や講和ばかりを重んじ、私達銀座事件の犠牲者遺族の主張を否定し続けた。日本国民を大量虐殺した残虐なる帝国との関係の方が我々遺族よりも大事だと言いました。そして皇女ピニャに至っては我々銀座事件の遺族に対して「申し訳ない」とさえ思っていない!奴らは所詮、自分達の都合しか考えていないのです!」

 

由佳の隣にいた男性が、拳を握りしめながら声を上げる。

 

由佳はその男の発言に耳を傾けながらも、視線だけはずっと門の方を向いている。

そして男性は続ける。

 

男は帝国に妻子を奪われた事を切々と訴える。

 

「我々は帝国と日本の講和など認めません!帝国は自分達が犯してきた罪を償うべきなのです!!」

 

男の演説が終わると、地下の空間は静寂に包まれる。そして坂東を皮切りに、地下空間に喝采が響き渡る。

 

「そうだ!帝国を許すな!」

 

「俺の娘は帝国兵の玩具にされて殺されたんだぞ!!ふざけんな!」

 

「帝国の奴等を殺してくれーっ!!!」

 

「復讐だぁあああっ!!!」

 

「復讐してやるぅうううううっ!!!」

 

地下空間の至る所で怒号が飛び交っている。そして由佳も自分の家族を奪った帝国に対する怒りを叫ぶ。

 

「殺せぇええええッ!!!」

 

「全員ぶっ殺してやれぇえええっ!!!」

 

帝国に対する怒りの声を上げる参加者達を見て、坂東の口元が歪む。そして坂東はスタッフに命令し、参加者達に持たせる『武器』を配らせた。集まった被害者の会のメンバー達が全員『門』の中に入ると、『門』そのものが次第に消えていく。そして坂東は『邪神』としての姿へと戻る。

 

「復讐者達よ、お前達の願いは確かに聞き入れたぞ。私はお前達に極上の舞台を用意してやった。好きなだけ復讐という名の美酒に酔いしれるがいい。ハハハハハハハ!!!!」

 

ロキは高笑いを上げると、魔術によって転移した。

 

そして誰もいなくなった地下空間に、一人の男が入ってくる。黒いコートに髑髏のマークが施されたシャツを着た男は軽く舌打ちすると、急いで建物の外へと出る。




次回、かなり精神的にくる回なので注意。次回でようやくプロローグ終了です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イタリカ事件(後編)

今回でプロローグは終わりです。もう五万文字以上書いている…(;^_^A

そしてピニャブキ切れ。流石に帝国領内のイタリカに住んでいる市民を殺されれば彼女も怒るでしょう。

被害者の会のメンバーに帝国兵でもない一般市民であるイタリカ市民を襲わせている辺り、ロキの陰湿さが分かります。


武器を持った参加者達はゆっくりと地下空間の中央にある『門』の中に入っていく。由佳も自分が持つべき武器を手にして『門』の内部を移動していく。一体どれ位長いトンネルなのだろうか?もう大分歩いた筈なのに一向に出口が見えない。トンネル内には照明こそないが、トンネル内の壁は薄く光っているので、トンネルの先まで見えている。由佳は多くの被害者の会のメンバー達と共にトンネルを進んでいく。

 

 

そして長いトンネルのような空間を進んでいくと、前方に明かりが見え、街の中に出た。

 

「……ここが……特地……なのか……?」

 

「ついに…ついに来た……」

 

「ここは街中…?」

 

『銀座事件被害者の会』のメンバーは、イタリカでも人通りが多い場所へと出た。被害者の会の面々はイタリカの事など知らないが、自分達が特地に辿り着けたという事実に喜んだ。イタリカの民衆は、急に出現した『門』から人が出てきた事に驚いている様子だ。

 

「門から人が出てきたぞ…?」

 

「あれはニホン人じゃないか?ほら、自衛隊の人達と顔立ちが同じだ」

 

イタリカの人々は被害者の会のメンバーを指さしながら言う。そして『門』から出てきた被害者の会のメンバー達に近づいてきた。

その時だった。

 

「殺せぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!異世界人は皆殺しだぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

被害者の会のメンバーの男が支給された武器であるバットを振り上げながら猛然と自分の目の前にいるイタリカ市民に殴りかかっていく。そして被害者の会の男性はイタリカ市民の男の身体を何度もバットで殴りつける。

 

男の行動を見ていた他の被害者の会のメンバー達も、俺もつづけと言わんばかりに各々の持つ武器を片手に周囲にいるイタリカ市民に襲い掛かった。突然の出来事にイタリカの住民は驚き、逃げ惑う。

 

被害者の会のメンバー達はイタリカの住民達を次々と殺害していく。帝国への復讐と憎悪に囚われた被害者の会のメンバーは、イタリカの住民たちに理不尽に暴力を振るった。イタリカの住民は抵抗したが、被害者の会の面々に次々と殺害されていく。

 

イタリカの住民たちが被害者の会のメンバーを制止させようとしても、彼らの耳には届かない。イタリカの街中は大混乱に陥った。あるイタリカの住民は被害者の会の男に何度も包丁で刺され、また別の住民はハンマーのようなもので頭を殴打される。

そして騒ぎを聞きつけた伊丹や栗林達は街で暴れている被害者の会のメンバーを見て驚愕する。

 

「隊長…!見てください!街の通りに『門』があります!銀座に出現した『門』と全く同じものです!あの『門』から次々と武器を持った連中が出てきて、イタリカの市民を襲っています!」

 

「『門』から出てきているのは日本人だ!間違いない!奴等は銀座事件の被害者のメンバーだ!」

 

伊丹と栗林は目の前で繰り広げられる地獄絵図のような光景に絶句した。

 

「何なんだこいつらは……!?」

 

「まるでゾンビ映画じゃないですか!」

 

「冗談言ってる場合か!早く止めないと大変な事になるぞ!」

 

「分かってますよ!」

 

栗林は双眼鏡で『門』の方を見ると、『門』の向こう側から続々と武器を持った集団が現れ、イタリカの住人を襲っている様子が見えた。『門』から出てきている集団が持っているのは鉄パイプ、角材、金属バット、シャベル、ツルハシ、斧といった打撃武器だ。

 

「隊長、彼等を…イタリカの市民を襲っている彼等を射殺しますか?」

 

栗林は冷静に隊長である伊丹に指示を仰ぐ。自衛隊の装備であれば鈍器や鋭利な刃物しか持たない者達などあっという間に制圧できるだろう。しかし伊丹はそうしなかった。

 

「いいや、やめとこう。俺達に彼等を殺す権利はない」

 

「どういうことですか?」

 

「よく考えろよ。俺達自衛隊員はあくまで『自衛官』だ。俺達自衛隊が特地で虐殺なんかしたら、世論が黙っちゃいない。それに『門』から出てきているのは日本人で、見る限り民間人だ!俺達自衛隊が日本国民を射殺するなんて事は絶対やっちゃいけない!これは自衛隊に対する国民の信頼に関わる問題になるんだ!だから奴等を拘束して、然るべき場所に連れて行く!」

 

「隊長……!正論ですけど、銃を使わずに彼等を捕縛するつもりですか!?そりゃ俺達は格闘訓練は受けてますけど…」

 

「馬鹿野郎、そんなんじゃねぇよ!使うのはこういうやつだ!」

 

伊丹は自分の腰に装備しているスタンバトンを手で指し示すと、栗林は呆れたような表情をする。

 

「こんなもんを使ったら、イタリカの住民が怯えるでしょう!もっと別の武器を使って下さい!」

 

「じゃあお前ならどんな武器を使うんだよ?」

 

「私が使うのは催涙弾と火炎放射器ですね」

 

「催涙弾はまだしも火炎放射器は論外だろ!」

 

伊丹は栗林が口にした「ファイヤースターター機能付きの軍用ライター」「燃料に可燃性ガスを使用」という文言が書かれた商品名の書かれたタバコを見て、額に手を当てながらツッコんだ。栗林は不満げに口を尖らせる。

 

「だってしょうがないじゃないですか!これ以外に適当な武器が無いんですから!」

 

栗林はイタリカで暴れ回っている被害者の会のメンバー達を指さしながら言う。イタリカの住民達は、暴徒と化した被害者の会のメンバー達の無差別攻撃から逃れていた。住民達は悲鳴を上げながら建物の中に入っていく。

 

伊丹と栗林がいる場所も例外ではない。イタリカの住民達が次々と建物の中に入っていくのを見た伊丹は顔をしかめる。

 

「あいつら、イタリカの住民を皆殺しにする気だぞ!倉田、イタリカにいる他の自衛隊員にも連絡しろ!イタリカの市内で暴れている被害者の会のメンバーを捕縛する!」

 

伊丹が叫ぶと、通りにはピニャ率いる薔薇騎士団の面々が隊列を組んで被害者の会のメンバー達の前に立ちふさがる。そして馬に跨ったピニャは、被害者の会のメンバー達に突撃した。他の薔薇騎士団のメンバー達もピニャに続いて被害者の会のメンバー達に攻撃を加え始める。

 

「見ろ!ピニャ殿下が薔薇騎士団を率いて『門』から出て来た被害者の会のメンバーを攻撃しているぞ!」

 

伊丹が指差す方向を見た栗林と倉田は驚きを隠せなかった。

 

「いけない…!ピニャ殿下は彼等を殺す気です!あれじゃ我々が捕縛するより先にピニャ殿下と薔薇騎士団が彼等を皆殺しにしかねません!」

 

「クソッ……!こうなったら仕方ない……!俺達も行くぞ!」

 

3人の自衛隊員は『門』の方へ駆け出した。被害者の会のメンバー達は薔薇騎士の面々に次々と薙ぎ倒されていく。

 

「今のうちに早く逃げろ!」

 

「わあああっ!!」

 

「ひぃぃ!!」

 

「助けてくれぇぇ!!」

 

武器を持ったとはいえ、正規の訓練を受けているわけでもない民間人である被害者の会のメンバー達では完全武装をした薔薇騎士団の面々に勝つ事はできない。騎士団達は被害者の会の者達を次々と討ち取っていく。しかしそれでも帝国への復讐に燃える一部のメンバーは死をも恐れぬ覚悟でピニャと薔薇騎士団に立ち向かう。

 

鉄パイプや角材を持って、完全武装の薔薇騎士団の騎士達に挑みかかる被害者の会のメンバー達だが、薔薇騎士団の面々の容赦のない攻撃に次々と返り討ちになっていく。そしてその様子を見ていた伊丹は顔をしかめた。ピニャは馬に跨り、自分に群がってくる被害者の会のメンバーを馬上から攻撃を加えて次々と切り捨てていく。

 

そんな中、一人の男の子がピニャの前に立ちふさがった。年齢は10歳くらいだろうか?男の子は手に持ったナイフを突き出し、ピニャに向かって言う。

 

「お前が…お前等帝国が僕のパパとママを殺したんだ…!あの日、銀座で僕のパパとママは『門』から来た帝国兵達に殺された!」

 

男の子の叫びを聞いた栗林と倉田は驚いた。特に栗林は年端もいかない少年まで武器を持って戦おうとしている事に動揺する。

 

「子供…!?まだ10歳位なのに……!いけない、止めなきゃ!」

 

そしてピニャは男の子を真っすぐ睨みながら言う。

 

「帝国領内のイタリカで民を襲う事の意味、知っているのだろうな?妾は戦場なら子供であろうと容赦はしない!貴様のようなガキを殺める事に何の躊躇もないのだぞ!」

 

「うるさい!僕はお前等に復讐するまで死んでも死に切れないんだ!僕は……!絶対に帝国を許すもんか!!」

 

男の子はナイフを振り上げて猛然とピニャに向かっていく。

 

「やめろぉ!!」

 

伊丹は思わず叫び、栗林は悲鳴を上げる。

 

「ダメだ!殺されるぞ!」

 

しかし伊丹の制止の声も空しく、男の子はピニャに切りかかる。

 

「うわあああっ!!」

 

「ふんっ!」

 

しかしピニャが跨っている馬が、前足で男の子を吹き飛ばす。

馬の前足で蹴飛ばされた男の子は地面を転がり回る。そして馬から降りたピニャは倒れている男の子の腹に蹴りを入れた。

 

「グフッ……」

 

「いい加減にしろ!よくもまぁぬけぬけと大層な口を叩けたものだな!そんなに死を望むのならば望み通りにしてやるぞ!!」

 

「ハァ、ハァ……僕は、僕にはもうこれしか無いんだ!!お前等を…お前等を殺すまでは…!」

 

ピニャはイタリカの市民が被害者の会のメンバーに襲われているせいですっかり頭に血が昇っている。今のピニャは特地の覇権国家たる帝国の皇女としての顔を見せていた。そしてピニャは剣を抜いて男の子を殺そうとする。しかしそこに伊丹が割って入る。

 

「ピニャ殿下!やめてください!相手はまだ子供です!!」

 

「どけ伊丹殿!そやつはイタリカの市民を襲った賊の一人だぞ!!帝国に仇なす反逆者だ!例え子供でも殺しておかなければならん!」

 

伊丹は必死にピニャを止めようとする。

 

「やめてくださ……!?クッ!誰か、ピニャ殿下をお止めしてくれ!」

 

伊丹は助けを求めるかのように周囲を見回すが、他の薔薇騎士団の面々も皆それぞれ市民の集団を相手に奮闘していて伊丹の救援に回らない。そもそも薔薇騎士団の面々がピニャを止めるとは考えにくいのだが。

 

「ここイタリカは帝国の領内だ!こやつ等が『門』を通ってイタリカで虐殺行為を働けば、裁く権利は帝国側にある!伊丹殿は黙っていてくれ!」

 

ピニャは剣を振り上げ、今まさに男の子を切りつけようとしていた。その時、栗林が男の子を庇うようにしてピニャの前に立つ。

 

「ピニャ殿下、伊丹隊長、ここは私に任せてください」

 

そう言うと栗林は男の子の前に立つ。

 

「誰だよお前…!僕は皇女のピニャを殺すんだからそこをどけよ!!」

 

男の子は目の前にいる栗林に怒鳴る。

 

「ダメよ、君じゃピニャ殿下に勝てるわけがない」

 

「僕は復讐するんだ!その為にここまで来たんだ!邪魔をするな!!」

 

「……君は復讐の為にピニャ殿下の命を狙うの?もしそうなら私達は敵同士よ。悪いけど見逃すことはできないわね」

 

栗林は男の子に警告した。

 

そして栗林はしゃがんで自分の目線を男の子に合わせると、彼の目見てハッキリと言う。

 

「このままピニャ殿下に挑めば君は殺される。君のご両親が亡くなった事は本当に残念だけれど、だからと言って罪を犯すことは許されない。君のお父さんとお母様が悲しむわよ?」

 

「僕のパパとママは…帝国兵に殺されたんだ……!それがお前に分かるのかよ!」

 

10歳前後であろう男の子は憎しみに満ちた目で栗林に怒鳴る。男の子は手に持ったナイフを握り締める。

 

そしてピニャの所に向かおうとするが、栗林に静止される。そして栗林は男の子を羽交い絞めにして拘束した。

 

「放せよ…!」

 

「君はもう十分戦った。これ以上戦う必要はないの。それにまだ子供なのに、復讐の為だけに生きるなんて間違ってる。これからは平和な世界で生きなさい」

 

「お前はどうしてそこまで他人の復讐なんかを気にかけられるんだよ!?」

 

「……」

 

栗林は黙ったまま男の子を抱きかかえると、彼女の腕の中で男の子が暴れる。

 

「僕は復讐を諦められない……!」

 

男の子は涙を流しながら栗林の拘束を解こうとする。

 

「嫌だ……!僕は絶対、ピニャを殺してやる……!あいつだけは……!あいつだけは……!!」

 

栗林はそんな男の子を見てため息をつく。

 

「しょうがないなぁ……」

 

栗林は男の子に優しく声をかける。

 

「ねぇ、君の名前を教えてくれる?」

 

「……優太。野坂優太だよ」

 

「優太君ね。優太君、何なら私が優太君のママになってあげましょうか?」

 

「はぁ!?」

 

栗林の余りにも突飛な言葉に思わず優太は素っ頓狂な声を上げる。優太は栗林の言葉に耳を疑った。

 

「どういう意味だよそれ!?」

 

「そのままの意味よ。私はまだ彼氏はいないけど、恋人もいないから。優太君にはママがいないのよね?だったら私がママになってもいいじゃない」

 

栗林は92センチにも及ぶ自分のバストを優太の背中に押し付ける。栗林の胸を背中に押し付けられた優太は思わず顔を赤らめた。

 

「え~と栗林?お前ショタコンだったのか?」

 

伊丹は栗林の優太をあやす言葉に思わずツッコむ。

 

「ちょっと!!そんなんじゃありませんから!!隊長は黙っててください!!優太君、ほ~ら高い高ーい!!」

 

栗林は大声で叫ぶと、伊丹を無視して優太を空中に高く投げ上げた。

 

「ウワアァ!!」

 

優太は悲鳴を上げた。

 

「フハハ!さぁ来なさい優太君!!お姉さんが受け止めてあげる!!」

 

栗林がそう言うと、優太は地上に落下するが、栗林は優しく優太を受け止める。優太は恥ずかしそうに栗林から離れた。

 

「何するんだよ!僕は子供じゃないんだぞ!」

 

「はいはいわかったわかった。いいからこっちおいで」

 

栗林は優太を後ろから抱きかかえる。

 

「お、お姉さん…名前は?」

 

「私?私は栗林志乃。陸上自衛隊所属よ。階級は二等陸曹。よろしくね」

 

「じえい……りくじょう?にい……ちよう?」

 

「まぁそれは置いといて……。ねぇ君、ここは危ないから私と一緒に行きましょ?」

 

そう言うと栗林は有無を言わさず、優太を抱きかかえてフォルマル伯爵の屋敷まで走っていった。

 

「ピニャ殿下、なんとかなったようですね」

 

伊丹は優太を抱きかかえて走る栗林の後ろ姿を見ながらピニャに言う。

 

「喜ぶのはまだ早いぞ伊丹殿。イタリカの街ではまだ賊共が市民を襲っている!」

 

そう言うとピニャは馬に跨ると、イタリカで暴れる被害者の会のメンバーの鎮圧に向かった。

 

 

 

 

*********************************************************

 

 

 

 

被害者の会のメンバーは所持している火炎瓶に火を付けて、イタリカの市民や建物目掛けて投擲した。火炎瓶が直撃し、建物は炎上する。炎に包まれる街の中で、逃げ惑う人々とそれを狩る者達がいた。被害者の会のメンバーである。被害者の会のメンバーは帝国と異世界人への憎悪から、イタリカの市民に対して残虐だった。

 

親子連れを襲い、子供から先に撲殺する。女は強姦した後、殺害する。彼等は復讐のために、復讐相手を殺すために生きている。復讐相手が死ぬまで彼らは復讐をやめることはない。

 

イタリカの市民の内、実に数百名が被害者の会のメンバーに殺害されていた。銀座事件で帝国兵により家族や恋人を奪われた被害者の会のメンバー達は、自分達と同じ苦しみを帝国の人間にも味合わせるべく、イタリカの市民を虐殺していく。

 

「殺せ殺せーーー!!異世界人は皆殺しだー!!」

 

「「「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せーーーー!!!」」」

 

「銀座事件を忘れるな!帝国は俺達の家族を…恋人を…友人を奪った!」

 

「今度は俺達が帝国に同じことをしてやる番だ!」

 

「そうだ!奴らを一人残らず殺してやる!」

 

「復讐だ!復讐だ!」

 

被害者の会のメンバーは完全に復讐という名の狂気に囚われていた。由佳の友人である雪奈は持っているマチェーテで次々とイタリカの市民を襲う。

 

「死ね…!死んでしまえ…!」

 

雪奈はイタリカの市民の女性の頭部目掛けてマチェーテを振り下ろし、即死した女性の身体を何度もマチェーテで切り刻む。

 

しかしそこに薔薇騎士団のメンバーであるハミルトンが駆けつける。ハミルトンは仲間の薔薇騎士団員と共に雪奈を取り囲む。

 

「大人しくしなさい!抵抗しなければ命までは取らない!」

 

「……煩い!帝国の人間は死ね!」

 

そう言うと雪奈はマチェーテを振り回し、ハミルトンに襲い掛かる。対するハミルトンも剣を抜いて応戦した。雪奈のマチェーテと、ハミルトンの剣がぶつかり合い、火花が散った。

 

 

 

 

 

************************************************************

 

 

 

 

由佳は帝国の皇女であるピニャを探そうとイタリカの街を駆け回っていた。

 

「どこ?どこに居る?あの赤髪の女……ピニャ・コ・ラーダは…!!」

 

他の被害者の会のメンバー達はイタリカの市民を襲うのに夢中だが、由佳が狙うのは帝国の皇女であるピニャだ。そしてようやく馬に跨っているピニャを見つける。

 

「見つけた…!ピニャ・コ・ラーダ!!」

 

由佳が叫ぶと、ピニャが由佳の方を振り向いた。

 

「お主は由佳…。そうか、お主も『門』を通ってこのイタリカまで来たか」

 

由佳は手に持った鉄パイプを構えて臨戦態勢に入る。あの日、銀座事件で父、母、妹、兄が死んで以来、由佳の心はずっと憎しみで満たされていたのだ。帝国という巨大国家には一般市民に過ぎない自分など無力だとばかり思っていたが、ようやく復讐の機会が巡ってきたのだ。ピニャも由佳をじっと見据えている。そしてピニャは由佳に対してこう言った。

 

「……由佳、お主も今イタリカの街を襲っている賊どもの仲間なのか?」

 

「そうよ、私達は帝国に復讐する為にこの街に来た…!お前に…帝国の皇女であるお前に復讐できるんだから…!」

 

「あの時、ホテルで少しでも貴様に同情した自分が恥ずかしい。由佳よ、妾は帝国の皇女として帝国に刃を向ける貴様を討つ!」

 

今はあの時とは状況が異なる。由佳は被害者の会のメンバー達と共にイタリカに侵入し、市民を標的に攻撃しているのだ。自国民であるイタリカ市民を大量に殺され、完全に頭に血が昇っている。

 

そして由佳は鉄パイプでピニャに襲い掛かった。

 

「帝国は滅びろ!!」

 

「黙れ!イタリカの民衆を狙う賊め!ここで成敗してくれるわ!」

 

ピニャは愛馬に跨ると、乗馬鞭を握り締めて馬を走らせる。そして剣を抜いて、迫り来る由佳に向かって振り下ろしたが、間一髪で回避されてしまう。

 

「おのれ!」

 

ピニャは剣を振るう速度を上げる。一方、対する由佳は鉄パイプを振り回してピニャに向かっていく。騎士としての正式な剣術を学んでいるピニャにとって、鉄パイプを闇雲に振り回すだけの由佳など相手にもならなかった。しかし由佳はピニャの隙をついて攻撃を当てようとする。

 

(落ち着け……!落ち着いてあいつを殺すことだけを考えればいい……!大丈夫……!出来る……!殺せる……!)

 

しかし実力の差は明確だった。由佳はピニャの攻撃を回避するのに精一杯だ。しかしその時、由佳は突然バランスを崩して転んでしまう。

 

由佳は何が起きたのか分からなかったが、地面に何かが落ちていたのを発見する。それは由佳がピニャに突き刺そうとした鉄パイプの一部分であった。由佳は立ち上がろうとしたが、その隙を逃すピニャではなく、馬から降りて由佳に蹴りを入れた。

 

「ぐぅっ……!?」

 

由佳は吹き飛ばされるが、何とか受け身を取った。が、ピニャの配下である薔薇騎士団のメンバーが由佳を取り押さえて拘束する。

 

「放せ!放してよ!この女ぁ!殺してやる!殺してやる!」

 

由佳は暴れて薔薇騎士団の束縛から逃れようとしたが、やがて諦めたのか大人しくなった。

 

「……殺すんなら殺せば?」

 

由佳はピニャを睨みながら言う。するとピニャは拘束されている由佳の前まで来ると、由佳の胸倉を掴んで立たせる。

 

「いいか?貴様はイタリカ市民を虐殺した賊徒共に加担した。このまま貴様を楽に殺してやると思うなよ?」

 

そう言うとピニャは部下に指示を出し、由佳を何処かへと連れていった。

 

 

 

 

*************************************************************************

 

 

 

 

ロキは自分の魔術で創造した『門』からイタリカの街に出て、イタリカの市民に対する虐殺行為を働いている被害者の会のメンバーと、彼等を制圧しようとしている自衛隊員達の様子をイタリカの建物の屋上から見物していた。そしてロキは独り言を呟く。

 

「自衛隊諸君、今イタリカで暴れている者達はお前達が生み出した『モンスター』だ。いや、正確にはお前達と日本政府が生み出した言う方が正しいか」

 

「彼等は本来戦う手段など持たん。どこにでもいる一般市民であり、あの事件が起きなければ普通の市民として一生を終える事になっていた者達だ。そう、全ては銀座事件が原因だ。彼等を『モンスター』に変えた決定的な要因がそれだ」

 

「日本政府は自国の利益を追求し、自衛隊は特地の文化や人々に感化され、その結果銀座事件の遺族達は復讐の鬼と化した。政府も、自衛隊も特地や帝国との関係を重んじるあまり、銀座事件の被害者達の現状や真実から目を背け続けた。最も、知りつつ見て見ぬふりをしていたのかもしれんがな」

 

「被害者の遺族達は日本政府や自衛隊が銀座事件で死亡した自分の家族や友人の無念を少しでも晴らしてくれるのではと甘い期待も抱いていたようだが、見事に裏切られた。日本政府が、そしてお前達自衛隊が彼等を裏切ったんだ。……違うとは言わせんぞ?」

 

イタリカの市民を襲う『銀座事件被害者の会』のメンバー達の間に統率や連携など無く、各々が帝国と異世界人に対する憎悪の念に駆られ、帝国人であり異世界人であるイタリカの市民に無我夢中で襲い掛かっている。一方、イタリカの市民を護るべく、伊丹が自衛隊員の指揮を執って被害者の会のメンバーの鎮圧に当たっていた。

 

被害者の会のメンバー達は伊丹達と同じ日本人であり、同時に民間人でもある為、自衛隊員である自分達が被害者の会の者達を射殺するわけにいかない。伊丹は隊員達に犠牲者が出ないよう、彼等を出来る限り無傷で捕縛するよう部下達に命令したのだ。しかしそんな伊丹の命令など関係ないとばかりに、ピニャと彼女の配下の薔薇騎士団の面々は容赦なく被害者の会のメンバーを次々と切り殺していく。

 

そしてロキはイタリカの街中に出現させた『門』を魔術で消し去った。被害者の会のメンバー達は自分達が特地に来た時の『門』が消失した為、動揺している。

 

「な、何で『門』が消えたんだ!?」

 

「どうして!?これじゃ日本に帰れないよ!!」

 

一部の被害者のメンバー達は『門』が消失した事で特地に閉じ込められる事態になった事に焦りを見せている。しかしロキにとってはどうでもよかった。元々被害者の会のメンバー達を焚き付け、イタリカを襲わせた時点で早々に切り捨てる算段だったのだから。被害者の会のメンバーに鈍器や近接用の武器ばかりを配って、飛び道具である銃火器を持たせなかったのも、ピニャを始めとした薔薇騎士団の面々に制圧されやすくする為だ。そして自衛隊は自国民である被害者の会のメンバーを射殺する事ができない。

 

「愚かな…。このイタリカの街に来た時点で日本への帰り道など存在しないというのに。失う物など何もないお前達にとっては、異世界人に復讐する事の方が大事であろう?」

 

ロキはイタリカの建物の屋上から『門』が消失した事に動揺している被害者の会のメンバーを見て呆れている。

 

 

 

**********************************************************************

 

 

 

元々正規の兵士ではなく、戦闘訓練など積んでいるわけでもない被害者の会のメンバーが鎮圧されるのは時間の問題であった。銃器類も持たず、持っている武器といえば鉄パイプや角材などの粗末なものである。異世界人への復讐心と怒りだけで薔薇騎士団と自衛隊に勝てるはずもなく、イタリカの街で暴れている被害者の会のメンバー達の多くは薔薇騎士団の手によって討ち取られ、殺害された。

 

そして数時間後、被害者の会のメンバー全員が完全に制圧された。薔薇騎士団の面々が自衛隊員に捕縛された被害者の会のメンバーの引き渡しを伊丹達に要求し、自衛隊員と薔薇騎士団の間でひと悶着が起きていた。

 

薔薇騎士団の面々にとって、被害者の会のメンバーはイタリカの市民に襲い掛かった賊徒であり、彼等を伊丹達に引き渡すつもりなど毛頭なかった。伊丹は薔薇騎士団員達の要求を突っぱね、自衛隊はイタリカの市街地で暴れた被害者の会のメンバーを全員逮捕したと発表した。

 

「あの…伊丹隊長、イタリカの市民の被害はどの程度なんでしょうか…?」

 

「……おおよそ四百人以上が殺された。負傷者の数はもっと多い」

 

イタリカの街中は薔薇騎士団によって殺された被害者の会のメンバーと、被害者の会のメンバーによって殺されたイタリカ市民の死体で溢れていた。伊丹は目の前の光景を見て歯噛みする。

 

「ちくしょう…なんでこんな事になったんだ…。異世界人が憎いからってイタリカの市民を襲うだなんて…!俺達は何をやってるんだよ!?」

 

伊丹の隣では栗林がイタリカの惨状を目にして、顔を青ざめさせている。

 

「伊丹さん……」

 

「栗林、お前は何も言うなよ?これは自衛隊の失態なんだ」

 

栗林が伊丹の服を引っ張るが、伊丹はそれを制止する。栗林も自分の目の前で繰り広げられた悲劇にショックを受けたのか、黙り込んでしまう。銀座事件では多くの民間人が帝国兵によって殺されたが、今回の状況とは違っていた。銀座に出現した『門』から出てきた帝国兵達は軍人であり、正規の兵士達であったが、今回のイタリカでの暴動は意味が違う。

 

イタリカの市民を襲った被害者の会のメンバーは全員民間人であり、被害者の会のメンバーに殺されたイタリカ人も民間人である。つまりこれは民間人が民間人を襲い、虐殺したという事態なのだ。

 

「……隊長、憎しみってここまで人を変えるんでしょうか?『銀座事件被害者の会』の人達は銀座事件で大切な人を失い、帝国への憎悪に囚われていた。でもだからといってイタリカの市民を襲う必要はなかったんじゃないですか!?イタリカの市民は兵士じゃなくて民間人なのに!」

 

倉田は市街地に転がる被害者の会のメンバーとイタリカの市民の亡骸を見て叫ぶ。

 

「そうかもしれないな。だが、奴等はもう引き返せない所まで来てしまったんだ。復讐に生きる事を選んだ以上、復讐に生きられるだけの力を手に入れなければならない。それが例えどんな手段であってもな」

 

伊丹がそう言うと、富田が慌てて伊丹達の方に走ってきた。

 

「伊丹隊長!今回のイタリカを襲撃した『銀座事件被害者の会』のメンバーの中に由佳ちゃんがいたみたいです!由佳ちゃんは今、ピニャ殿下によって牢に囚われているようです!」

 

「何だって!?」

 

 

 

 

********************************************************

 

 

 

 

薔薇騎士団に捕らえられた由佳は、イタリカの街の中にある薔薇騎士団の駐屯所に連れてこられ、冷たく位地下牢に閉じ込められた。由佳は着ていた衣服を全て剥ぎ取られ、一糸纏わぬ姿で天井から伸びる鎖に両手を繋がれている。ピニャは鞭を片手に由佳に対して尋問していた。

 

「貴様には聞きたい事が山ほどある。素直に答えれば命だけは助けてやる」

 

「誰が答えるもんか……。あんた達なんかに話す事なんて何もないわよ」

 

「……ふん、生意気な小娘だ」

 

そう言うとピニャは鞭を振り上げ、由佳の素肌に振り下ろした。

 

「きゃあああ!!」

 

ピニャは何度も由佳の体に鞭を打ち付ける。由佳の裸身はピニャの鞭によってミミズ腫れを起こしていく。

 

「うっ…… ああっ…… ぐぅ……」

 

由佳は苦痛の声を上げながら体を震わせる。

 

「さぁ、洗いざらい話してもらおうか。どうやってお前達はこのイタリカまで来た?以前、少しでもお前の境遇に情けをかけた妾が愚かだった。お前の仲間はこのイタリカの街に住む民を襲い、無慈悲にも殺した!!」

 

そう言うとピニャは由佳の身体に何度も鞭を打ち付ける。由佳は痛みに顔を歪ませながらも、毅然とした態度で言い返す。

 

「……先に攻撃してきたのは貴女達帝国でしょ?銀座に出現した『門』から沢山の帝国兵が出てきて、銀座にいた人達を大勢殺した。私の家族は銀座で帝国兵に皆殺しにされたのよ…!帝国さえ…帝国さえ来なければ今でも私の家族は生きていた…!!」

 

「お前の家族が殺された事は不幸な事故だ」

 

「ふざけないで!!貴女は……帝国は私の家族を殺しておいて、よくもそんな事が言えるわね!?」

 

「これは戦争なのだ。いちいち被害者一人一人の感情に流されていては戦争などやっておれん」

 

「貴女の都合なんて知った事じゃないわよ。いい?帝国がどんなに偉くて強くても関係ない。もしまた銀座の『門』が開いて、帝国軍が攻めてきたら、その時は私が殺しに行くから!覚悟しておきなさい!」

 

「ふん、貴様に何ができるのだ?無力な一般市民でしかない貴様が帝国に逆らおうなどと思い上がるな!!」

 

ピニャは由佳の顔面に拳を入れる。由佳は鼻血を流しながら顔を歪ませる。

 

「今回の事件で数百名ものイタリカに住む民が殺された。お前の仲間達は狂ったように武器を振り上げながらイタリカの市民を襲い、殺しまわった。よりにもよって帝国に暮らす民に手を出すとは…この意味が理解できていような?兵士ではなく民間人を殺しまわるという下種にも劣る行為、万死に値する」

 

「何言ってるのよ…。銀座の『門』から来た帝国兵達だって銀座にいた歩行者を…民間人を襲ったじゃない!!彼等は兵士でも軍人でもないのに…それなのに帝国の兵士は何の躊躇もなく殺した…!」

 

「あれは戦争だ。あの者達は敵を殺す事を職業としているのだ。奴等はプロフェッショナル。だが、お前達は違うだろう?お前達はあくまで民間人だ」

 

由佳はピニャの言葉を聞き、頭が沸騰しそうになった。

 

「あんなの戦争なんかじゃないわ!!ただの虐殺よ!!」

 

「何とでも言うがいい。いち民間人に過ぎんお前の怒りなど、国家間の駆け引きの前では無に等しいものと思え」

 

そう言うとピニャは地下牢を出ていく。去り際にピニャは「楽に死ねるなどと思うなよ?イタリカの街に土足で踏み入り、我が帝国の民に手を出した事を後悔させてやるからな!」と吐き捨て去っていった。

 

去っていくピニャを見て由佳はポツリと呟いた。

 

「あぁ……何て私馬鹿なんだろ……何の力もないのに復讐の為にこんな異世界に飛び込むなんてさ……」

 

由佳は暗い地下牢の中で一人、銀座事件で死んだ家族の事を思い出していた。翼龍に腕を噛まれ、高所から落とされて即死した父の明彦、多数の帝国兵達に殴る蹴るの暴行を受けて嬲り殺された母の沙苗、群がるゴブリン達によって身体を食われ、無惨な状態で絶命した妹の香織、行方不明になり、後日帝国兵による攻撃で死んだ事が明らかになった兄の壮一。

 

「お父さん…お母さん…香織…お兄ちゃん……私、もうすぐそっちに行く事になりそう……」

 

そうして由佳の意識は沈んでいった。

 

 

 

***************************************************************************

 

 

 

 

銀座事件以降、銀座に出現した特地へと続く『門』は完全に自衛隊の管理下に置かれていた。特殊なシェルターで作られたドームで『門』を完全に囲った上で、ドーム内部には厳重な警備体制が敷かれていた。

 

ドームの内部では常時十名以上の自衛官が警備に当たり、ドームの外には常に二十人以上の隊員が詰めて警戒に当たっていた。そして警備をしていた自衛官の一人が、前方から高速でこちらに向かってくる飛行物体に気付く。

 

「見ろ…!何か黒い物体がこちらに向かってくるぞ!?」

 

その声に反応した他の自衛官達が一斉に前方を見ると、黒いアーマーを纏い、足の裏からブースターを出して飛行している人型の物体が、『門』の方に向かって突進してきている。自衛官達は向かってくる飛行物体を止めようとしたが遅かった。黒い人型の飛行物体は『門』を遮蔽してる隔壁を突き破り、そのまま『門』の中へと消えていった。余りにも突然の事だったので、自衛官達もどうする事もできなかった。

 

 

 

 

*************************************************************************

 

 

 

翌日、由佳は両手を縄で縛られ、馬に跨って移動しているピニャに引っ張られながらイタリカの市中を引き回されていた。由佳は全裸のままイタリカの市中を歩かされており、周囲にいるイタリカの人々は引き回されている由佳の姿を見て眉を潜める。ピニャはイタリカの市民達に対して由佳がイタリカを襲撃した『銀座事件』被害者の会のメンバーである事を予め伝えていたのだ。

 

 

「生き恥を晒す気分はどうだ?妾は貴様を許さない。貴様には地獄を見せると約束しよう」

 

ピニャは引き回す由佳にそう言い放つ。由佳は屈辱と怒りに身を震わせ、歯を食い縛る。日本と異なり、人権意識の乏しい帝国ではこういった前時代的な刑罰方法が未だに存在しているのだ。覇権国家たる帝国の皇女であるピニャも、こういった罰を罪人に科す事を当然視している。地下牢でピニャに散々鞭で打たれた事により、由佳の全身にはミミズ腫れができており、彼女は涙を流していた。

 

「悔しいか?だが、お前がやった事は許される事ではない。貴様は我が帝国の民であるイタリカの住民達を仲間と共に襲ったのだからな。相応の報いは受けてもらうぞ?ハイッ!」

 

ピニャは乗馬鞭を振るうと馬は走り始め、両手を縄で繋がれている由佳は地面を引きずり回される。

 

「きゃあああぁっ!!」

 

由佳は悲鳴を上げるが、ピニャは気にせず馬を走らす

 

「さぁ、まだまだこれからだ!まだ序の口だと思えよ?」

 

ピニャはそう言って再び馬を走らせる

 

「嫌あああああっ!!誰か助けてぇっ!」

 

由佳は泣き叫ぶが、彼女の叫びを聞いても見物しているイタリカの市民は由佳に罵声を浴びせるだけである。

 

「まだ反省が足りないようだな!もっと打ってやるぞ!」

 

ピニャは馬を止め、馬を降りると、乗馬鞭で由佳の身体を叩く。

 

「痛いっ!止めてっ!お願いですからもう打たないで下さいぃ!」

 

由佳は泣きながら懇願するが、ピニャは聞き入れない。だが由佳を鞭で打つピニャを背後から伊丹が羽交い絞めにする。

 

「ピニャ殿下!もうやめてください!これ以上やれば由佳ちゃんが死んでしまう!!」

 

「ええい!離さぬか伊丹殿!この娘は仲間と共にイタリカの民を襲ったのだぞ!そもそもイタリカはニホンの法律が及ぶアルヌスとは違うのだ!!この娘がイタリカで犯した罪は重い!それに、こいつはまだ懲りていないようではないか!」

 

ピニャは暴れるが、倉田も栗林も必死に押さえる。

 

「落ち着いてください殿下!由佳ちゃんが銀座事件で家族を失った事は殿下も知っているでしょう!?」

 

栗林がピニャに言うも、当のピニャは聞き入れない。

 

「銀座事件と今回のイタリカ襲撃事件は別だ!帝国の臣民を手に掛ける事がどういう結果になるのか、その娘に教えてやるのだ!」

 

ピニャはイタリカの市民が被害者の会のメンバーに殺害された事に激怒していた。

 

「その娘の処遇は妾に任せてもらおう」

 

「ピニャ殿下…」

 

伊丹と栗林は由佳を救いたかったが、ピニャが聞き入れる様子はない。ハミルトンを始めとする薔薇騎士団のメンバーが、ピニャを羽交い絞めにしている伊丹を注意する。

 

「ピニャ殿下を放してください!早く!でないと私達が貴方を攻撃します!」

 

ハミルトンの言葉に従い、伊丹はピニャの身体から離れる。

 

「由佳よ、貴様は銀座事件で親兄弟を失った。貴様の境遇には妾も同情しよう。だがイタリカの民達を傷付けた罪は重い」

 

自分を見下ろしながら言うピニャを由佳は上目遣いで睨んでいる。

 

「何だその目は?まだ痛めつけられたいのか?」

 

そう言ってピニャは手にしている乗馬鞭を由佳に振り下ろす。

 

「うぐっ!」

 

由佳は顔をしかめて痛みに耐える。

 

「まだ懲りんようだな。なら次はもう少し強く叩いてやろう。」

 

ピニャは再び乗馬鞭を振り上げ、由佳の背中に叩きつける。

 

「きゃあああぁっ!!」

 

由佳は悲鳴を上げて地面に倒れ込む。人間が乗馬鞭で打たれれば皮膚が裂け、ミミズ腫れができる。由佳の全身は鞭で叩かれたことにより、ミミズ腫れだらけである。

そしてピニャは再度鞭を振り上げ、由佳を叩こうとする。

 

――――――――その娘から離れろ。

 

伊丹とピニャ達は声のした方向…上空に顔を向ける。そこには漆黒のアーマーを来た男が上空に浮かび、下にいるピニャ達を見下ろしていた。

 

「あれは…ウォーマシン!?」

 

「嘘…!?なんで特地にウォーマシンがいるの!?」

 

伊丹やピニャ達を見下ろしているウォーマシンのアーマーの胸部分には"髑髏"のマークが施されていた。

 

伊丹と栗林は上空を浮かんでこちらを見下ろしているウォーマシンを見て驚愕する。そしてウォーマシンの姿を見たハミルトンは身体を小刻みに震わせる。

 

「ひ…姫様…!あ、アイツです…!あの黒い鎧があの時薔薇騎士団の団員達を殺した犯人です!」

 

そう言ってハミルトンは自分達の頭上に浮かぶウォーマシンを指差した。

 

「何だと!?それではボーゼスとパナシュを殺したのも奴なのか!?」

 

「はい…!私はあの黒い鎧が二人を殺害する現場を見ました…!!」

 

ピニャは空に浮かんでいるウォーマシンを睨む。

 

『二度は言わん、その娘を解放しろ。さもなければ…』

 

 

 

 

 

『お前達を皆殺しにする』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――そして時間は自衛隊が最初に『門』の向こうに派遣された直後に遡る。




これにてプロローグは終わりです!

パニッシャーは原作でもウォーマシンアーマーを装着しているんですよねぇ( ̄ー ̄)ニヤリ

次回からは自衛隊が特地へと行った時の話になりますけど、パニッシャーさんはあんまり干渉できないかも…。

問題はパニッシャーがピニャを悪党認定するのかどうか微妙な所なんですよねぇ。ゾルザルとかモルトに関して言えば100パー処刑対象なんですけど。パニッシャーって善人は極力殺さないようにするし、間違って殺した場合は滅茶苦茶凹むわけですから(映画のウォーゾーンでも潜入捜査官間違って殺した事を引きずってたし)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特地潜入編
特地潜入の依頼


新章である特地潜入編開幕!!

パニッシャーは果たして特地で如何なる活躍を見せるのか?


銀座事件は日本のみならず全世界に衝撃を与えた。何せ、『銀座』だ。しかもあの辺りは日本有数の高級商店街なのだから。そして銀座といえば銀座三越デパート!あそこで働いている人間にとってみれば寝耳に水だっただろう。その被害は凄まじいものになった。日本国民は当然ながら政府に対して『門』の向こうに自衛隊を派遣する事を要求した。与野党間でも『門』の向こうに自衛隊を派兵すべきかどうかについて大いに議論紛糾が起こった。銀座は日本の国土の中にあるものの、肝心の『門』の向こう側の世界は日本の国土に入るのか?入らなかった場合どうするのか?また、仮に『門』の向こう側にも日本の領土があったとして、そこに駐屯させるべきなのか?そもそも『門』の向こう側がどういう場所か分からない以上、下手に手出しするのは危険ではないか?などなど……。結局結論が出るまで1ヶ月を要した。その間政府はあらゆる事態を想定しつつ対応策を検討していたのだが、そのどれもこれもが現実味を帯びないものばかりだった。そしてようやく銀座に出現した『門』の向こうへ自衛隊を派遣する事が決定したのだ。

 

日本国憲法 第二章 戦争の放棄 第九条

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、

国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

第二項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 

日本にはこの憲法があるが故に、『門』の向こうの世界へと自衛隊を派遣させるかどうかについての議論が長引いたと言ってよい。更に日本政府は国際平和維持組織『S.H.I.E.L.D.』による『門』への介入を拒否した。理由は日本国が『S.H.I.E.L.D.』による調査に猛反発した為である。日本の国土が異世界からの軍隊によって攻撃されたというのに、自分の国が保有する戦力である自衛隊を出動させず、国際平和維持組織である『S.H.I.E.L.D.』に頼れば軟弱な政府、他力本願だと誹りを受けるからだ。『S.H.I.E.L.D.』の長官であるニック・フューリーは内閣総理大

臣と会談し、総理はフューリーに対して『門』への一切の干渉をしないようにと釘を刺した。異世界からの軍勢という非現実的な事態においては『S.H.I.E.L.D.』の出番だというのに、総理は『S.H.I.E.L.D.』の協力を拒否した。当然ながらヒーローチームであるアベンジャーズも『門』の中に入る事を禁じられる事となる。総理は日本の問題は日本の力のみで解決すると言ったのだ。

 

 

 

*******************************************************************************************************

 

 

アベンジャーズの面々は、銀座に出現した『門』の前で、『門』の管理をしている自衛隊員から『門』の先へは行けないと言われた。

しかしその事に納得していないキャップは管理している自衛隊員に詰め寄った。

 

「そこを退いてくれ。私達は『門』の向こうに行きたいんだ」

 

「申し訳ありませんがそれは出来ません。お引き取り下さい。」

 

ヒーローチームであるアベンジャーズといえども、『門』を警備している自衛隊員達は断固として通さなかった。現在銀座に出現した『門』を管理しているのは自衛隊であり、彼らが許可しない以上、いくらスーパーヒーローチームとはいえど、勝手に中に入る事は出来ない。ハルクは不機嫌そうに周囲の物に当たり散らしている。クリントは『門』の横に設置された銀座事件の犠牲者達の慰霊碑の前まで来ていた。

 

「ここに犠牲になった人達の名前が刻まれてるのかい?」

 

「ああ……俺も初めて見たけどな……」

 

「ひどいものだね……。これだけ多くの国民が殺されているのに、なぜ日本政府は僕達の介入を拒むんだろう?」

 

「知るかよそんなもん。けどな、『門』の向こうから来た連中によってこの銀座に住んでいる人々が沢山殺されたんだ。何であれ『門』の向こうの連中は侵略者って事だ」

 

スパイダーマンとホークアイは慰霊碑に刻まれた犠牲者達の名簿を見ていく。銀座事件では万単位の市民、数千人もの警察官が死亡している。異世界からの明確なる侵略であり、絶対に認める事はできない。人々の為に戦うヒーローであるアベンジャーズの面々は『門』の向こうから来た異世界の軍勢に対する憤りを隠せていなかった。ソーは慰霊碑の前に佇む小さな少女を見つける。

 

「…お主にとって大切な者があの事件で亡くなったのか?」

 

ソーは少女に歩み寄って訪ねる。

 

「……お祖父ちゃんとお祖母ちゃん」

 

ソーの問いかけに少女はポツリと呟く。少女の祖父母は銀座事件で『門』の向こうから来た兵士達に殺されたのだという。自分達の孫である少女の誕生日プレゼントを買った帰りに巻き込まれたようだ。

 

「案ずるな、お主の祖父と祖母の無念は我が晴らそう。必ずや『門』の向こうにいる元凶に償いをさせる」

 

ソーは少女の頭を優しく撫でる。

 

「ありがと…」

 

少女はソーの気遣いに笑顔を見せた。

 

 

***********************************************************

 

 

パニッシャーはニューヨークのバーで酒を飲んでいた。テレビのニュースでは日本の銀座事件を受け、ようやく日本政府が『門』の向こうに自衛隊を派遣するという情報を伝えていた。パニッシャーは日本政府の対応の遅さに呆れている様子だ。これがアメリカであったなら派兵決定までに数日と掛からないだろう。日本のマスコミは連日連夜『門』の向こうの世界に関する報道を繰り返しているが、どのチャンネルも同じような内容ばかりしか放送していない。それはアメリカのニュース番組でも同様だった。それだけ銀座事件が世界に与えた影響は大きいのであろう。パニッシャーは銀座事件が起きた日にたまたま日本にいたのだが、『門』から襲来する兵士やモンスターに襲われていた由佳を助けた。あの少女が今何をしているのかは分からないが、異世界からの軍勢程度で今更驚くパニッシャーではない。宇宙にはクリー帝国、スクラル帝国、シーアー帝国といった列強種族がいるのだ。自衛隊に鎮圧される程度の異世界の軍勢の脅威度など知れている。

 

しかしパニッシャーが助けた由佳のような戦う力を持たない市民にとっては大き過ぎる脅威だ。もし銀座に出現した『門』がアメリカにも現れれば、パニッシャーは真っ先に『門』の向こうの世界に行くつもりなのだが。そしてバーで酒を飲むパニッシャーの隣に一人の男が座った。

 

「元気そうだなフランク」

 

「……フューリーか。何の用だ?」

 

『S.H.I.E.L.D.』の長官であるフューリーが来るという事は大抵がろくでもない案件を自分に押し付ける時だという事をパニッシャーは理解していた。そうでなければ街中のゴミ(犯罪者)を駆除しているだけの自分に用などある筈がない。

 

「今日はお前に頼みがあって来たんだ。実はな、日本の銀座に出現した『門』の向こうの調査に行ってもらいたい。報酬なら弾もう」

 

「……俺がか?潜入調査ならホークアイやブラックウィドゥ辺りで十分だ」

 

「いや、そういうわけにもいかなくてな。お前にしか出来ない仕事なんだ」

 

「『S.H.I.E.L.D.』でもアベンジャーズでもない俺に依頼した方が安上がりだからだろ?それに俺が死んだ所でお前の組織にはダメージなんて無いだろうからな」

 

パニッシャーはフューリーの魂胆を完全に見透かしていた。パニッシャー自身、他のヒーロー達からの評判は非常に悪い。法律を無視して勝手に犯罪者を裁くパニッシャーは法を犯す事はあっても極力殺人は控えるヒーロー達から煙たがられる存在だ。そんな自分が『門』の向こうに行って死亡したとしても他のヒーローチームや『S.H.I.E.L.D.』には何の痛手にもならない。

 

「数日後に日本の自衛隊の特地派遣部隊が『門』の向こうに行く。お前は彼等に遅れて『門』の向こうに行き、先に入った自衛隊の後を追う形で行け。言っておくがくれぐれも彼等に干渉したりするなよ?」

 

「ふん、努力はしてやるよ。だがそれが続く保証はないがな」

 

「装備はこちらで用意しよう。お前が持っている自前の武器だけでは心許ないからな」

 

 

*********************************************************************************************

 

そして翌日、パニッシャーはフューリーに呼び出され、アメリカ空軍基地の保管庫にある「装備」を見せられる。

 

「これはウォーマシンアーマーか?」

 

「そうだ。ウォーマシンアーマーモデル8。元々ウォーマシンのアーマーはスタークのアイアンマンスーツに比べて更新が少ないが、それでも戦闘力は十分に高い」

 

ウォーマシンアーマーには様々な攻撃兵器が内蔵されている。アイアンマンのアーマーと比較すると、ウォーマシンアーマーはかさばり、ほとんどの場合物理的に強いが、トレードオフとして速度が遅い。スタークのアイアンマンよりアップデートが

少ないため、ウォーマシンスーツは一般的にアイアンマンのものより最先端技術を持っていない。しかし ウォーマシンアーマーは非常に耐久性があり、膨大な量の攻撃にも耐えることができ、戦車の主砲の直撃を受けても無傷である。更に真空中や水中での運用を想定した完全密閉型の生命維持装置と、放射線に対するシールドを備えている。ウォーマシンのパワーセルはソーラーコンバーター、電気バッテリー、ベータ粒子吸収を燃料とするオンボードジェネレーターを組み合わせて、アーマーの動力源として使用する。

 

主な武器は掌のガントレットから射出されるリパルサー光線、左肩に装着された多数の弾丸を同時に発射するガトリングガン、右肩に装備されたレーザー射出砲、熱線を発する標的を攻撃するために設計された小型のヒートシークミサイル等だ。これ以外にも様々な武器が内蔵されており、単独で軍隊とも戦える程の火力を有している。更にこのアーマーはパニッシャー用に特別に改造されている為、より苛烈な攻撃が行えるように設計されている。

 

「……気に入った。それじゃこのアーマーにちょいと塗装をお願いできるか?」

 

「どんな感じがいい?」

 

「髑髏だ…」

 

パニッシャーの注文を受け、フューリーは部下に命じてウォーマシンアーマーモデル8に、パニッシャーのシンボルである『髑髏』の装飾を施した。アーマーの顔や胸には髑髏の塗装がされ、より凶悪かつ禍々しい雰囲気になった。




気になったんだけど、ロゥリィってアベンジャーズのメンバーと戦えるだけの強さなんだろうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もう一つの『門』

特地潜入編の2話目です。今回登場したキャラ達は固有名詞や名前こそ出していませんが、分かる人には直ぐに分かるでしょう。そして今後の展開の伏線にもなっております。(多重クロスのタグ必要かな…?(^_^;))


アベンジャーズは特定の国には属さない自警団のような存在だ。そんなアベンジャーズは各国の法律のしがらみに囚われず、世界各地に飛び、ヒーロー活動をしているのだ。しかし今回の銀座事件から端を発する一連の騒動で、日本政府はアベンジャーズによる介入を嫌った。それ故にフューリーはパニッシャーに『門』の向こうの特地の調査を依頼したのだが…。銀座四丁目交差点から少し離れたビルの屋上にウォーマシンアーマーを装着したパニッシャーとドクター・ストレンジが立っている。陸上自衛隊が銀座に出現した『門』を通って2日、頃合いだと踏んだフューリーはドクター・ストレンジの協力でパニッシャーを『門』の向こう側の世界へと移動させる手筈となった。

 

「ストレンジ、アンタまで俺の任務に協力してくれるとは驚きだな」

 

「私としても銀座に出現した『門』と、その向こう側の世界には興味があるのだよ。あそこに見える『門』は間違いなく魔術的な力によるものだ。魔術が存在する世界であれば私の出番というわけだ」

 

そう言うとストレンジは詠唱を始め、手を大きく動かし、『門』の向こう側のポータルを開く魔術の発動を始める。パニッシャーはその様子を黙って見守る。

そしてパニッシャーとストレンジの前の空間が歪み始め、大きなポータルが出現した。

 

「これで『門』の向こう側の世界に行ける筈だ。私は一度『門』を通ってあちら側の世界に行き、座標をあちら側の世界に固定しておいた。君が特地に行く準備は出来た」

 

「それじゃ行くか」

 

そうしてパニッシャーはポータルの中へと入っていく。ポータルの中に入った瞬間、パニッシャーはアルヌスの丘に出た。周囲見回してみると、パニッシャーが出た地点から1km先に日本の銀座に出現したものと同じ形状をした『門』があった。パニッシャーは初めて見るアルヌスの丘の周囲を見回す。

 

「ここが『門』の向こうの世界か」

 

『どうやら到着したようだねパニッシャー。くれぐれも無茶な事だけはしないでくれとフューリーから言われている。まぁ、君がそんな要求に素直に従うとは思えないがね』

 

ポータルを隔てている状態ではあるが、ストレンジが念話でパニッシャーの脳内に話しかけてくる。

 

「分かっているのならさっさとポータルを閉じろ。指定した日にこの地点にポータルを開いて俺をそちら側に帰らせるんだろう?」

 

そう言うとウォーマシンアーマーを装着しているパニッシャーは、足の裏部分から噴出するブースターで空中を飛ぶ。

 

そして前方に広がるアルヌスの丘の平原を見て、驚愕した。大量の死体だ……それも人間のものではない鎧を着た騎士や兵士の骸が大量に転がっていたからだ。まるで戦争でもあったかのような光景だった。そしてパニッシャーはある事に気づいた。この丘に転がっているのは全て西洋の騎士や兵士が着ていたような甲冑だ。見渡す限り死体が広がっている。ゆうに10万は下らないだろう。パニッシャーは目の前の状況を推測し、眼下の平原に広がる大量の死体は、自衛隊の仕業であろうと考えた。自衛隊は世界でも有数の実力を持つ軍事組織である。古代や中世レベルの装備しか持たない帝国の軍隊など物の数にもならないだろう。かつて新大陸を征服したスペインと、現地のアステカやインカとの間にもテクノロジーの差があったが、自衛隊と帝国との間に広がる差はそれ以上だ。ここまでくれば一方的なジェノサイド以外の何物でもないのだが、パニッシャーは帝国兵がいくら死のうがどうでも良かった。

 

ウォーマシンアーマーにはアイアンマンスーツ程の高水準のテクノロジーは備えられていないものの、それでも遠方を見通す望遠機能、暗い場所でも先が見える暗視機能、赤外線によるサーモグラフィ機能は備えられている。この機能さえあれば2日前に『門』を通った自衛隊を発見する事は造作もない。しかもウォーマシンアーマーは超音速で飛行できるのだ。

 

フューリーからは「自衛隊に感づかれるな」とは言われているので、遠方から自衛隊の行動を監視するだけに留める事にした。自衛隊の部隊に追い付く事は直ぐにでもできるので、パニッシャーはアルヌスの丘の周囲を探索する。暫くアルヌスの丘の周囲を見回った後、アルヌスの丘の付近の森の方を調べてみる事にした。

 

「てっきりモジョーワールドやダークディメンションみたいな所を想像していたんだが、案外普通の世界だな」

 

そしてパニッシャーは暫く森の上空を偵察していると、森の中にとある物を発見した。

 

「……あれはアルヌスの丘と銀座を繋いでいるのと同じ『門』か?」

 

森の中にはアルヌスの丘にある『門』と、銀座の四丁目交差点にある『門』と全く同じ形状をした『門』があった。精巧なレプリカなのかと思い、『門』の前に降り立つパニッシャー。目の前の『門』は開かれており、内部には闇が広がっていた。

 

「進んでみるか」

 

パニッシャーは罠の可能性を考慮しつつ、慎重に『門』の先へと進んでいく。『門』の内部を暫く進むと、行き止まりになった。

 

「行き止まりか」

 

そう言いつつ、何気なく前方の壁に手を触れると、自分の手が壁を透過したのだ。

 

「すり抜けるだと…?」

 

パニッシャーはそのまま前に進むと、自分の身体が壁を透過し、謎の廊下に出た。

 

「どこだここは…?」

 

パニッシャーが出たのは近代的な廊下だった。近未来的な雰囲気すら醸し出しており、床には埃一つ落ちてなさそうだ。

 

「……『門』から来た帝国兵の装備を見る限り、文明レベルは古代か中世のレベルかと思ったが、連中にはこんな建築物を建てる技術があったのか?」

 

「技術レベルが釣り合っていない」。パニッシャーはそう思った。あんな甲冑を着込んだ兵隊やオークといったモンスターが、こんな建物を建てられる程の知識があるようには見えないからだ。

 

しかし銀座に出現した『門』とアルヌスの丘にある『門』の事を思い出すパニッシャー。全く異なる二つの世界を繋いでいるのを考えると、この廊下がある場所は特地とはまた異なる世界なのだろうか?そう考えた方が自然ではある。パニッシャーは長居は無用と思い、立ち去ろうとするが、不意に後ろから声を掛けられた。

 

「おや?君は誰だい?」

 

何とも可愛らしい声だと思い、振り返ると、そこには青と赤を基調とした服を着た黒髪の少女が立っていた。手には装飾が施された杖を持っている。年齢は12歳かそこいらだ。

 

「……君も彼等の差し金かな?ウチの大事なあの子と所長にまた手を出されるのは勘弁…」

 

「おい待て、俺は怪しいもんじゃないぞ」

 

「いや、その恰好で言われても説得力ないんだけどね…」

 

少女は杖を構えて戦闘態勢に入っている。目を吊り上げており、怒った顔も可愛らしい。

 

パニッシャーはウォーマシンスーツを着ている事を思い出し、スーツを脱ぐ。スーツを脱いだパニッシャーは髑髏のマークが施された防弾チョッキと、黒い服を着ていた。

 

「うーん、如何にも殺し屋って雰囲気だよ君」

 

「戦う気はない…と言っても信じてはもらえないか?」

 

今のパニッシャーの恰好と面構えを見れば誰でも警戒はするだろう。

 

「――落ち着き給え、彼には敵意はないらしい」

 

その時後ろから声がした。振り返るとそこには昔ながらの探偵服を着こみ、手にはパイプを持っている若い男だった。世界的に有名な某探偵の真似事でもしているのだろうか?とパニッシャーは思った。

 

「森の中にある『門』を通ったらこの廊下に出たんだ」

 

「……どうやら嘘は言っていないらしい。最も、我々に敵意はないと言っても君自身は危険な人間である事に変わりはないようだが」

 

青年は恐ろしい程の観察眼でパニッシャーの危険性を見抜いている。パニッシャーは目の前の青年の見透かしたような目が気に入らないようだ。

 

「会ったばかりの人間の本質を見抜いた気になるんじゃねぇよ、Mr.エルロック・ショルメ」

 

パニッシャーの言葉に青年は眉を僅かにひそめた。

 

「君は彼等とは関係ないんだね?」

 

「彼等もなにも、ここが何処かも分からんのだ。それじゃ帰らせてもらうぞ」

 

「あ!まだ話は終わってないよ!」

 

パニッシャーは少女の声を無視し、そう言うとパニッシャーは置いていたウォーマシンアーマーを装着し、先程廊下に出た場所の壁に触れる。すると先程廊下に出た時と同じくパニッシャーの手を透過し、パニッシャーは壁の向こうに吸い込まれるように消えて行く。

 

「彼、行っちゃったね…。誰だったんだろう?」

 

少女はパニッシャーが透過した壁に触れるものの、彼のように手は透過せずにそのまま壁に遮られている。

 

「恐らく我々のいる世界とは別の世界から来たのだろう。これは私の推測だがね」

 

「まぁ、君の推理は大体当たるからね」

 

 

 

***************************************************

 

 

パニッシャーは森の中にある『門』にまで戻ってきた。一体あの白い廊下と少女、青年は何だったのかは気になるが、とりあえず自分の任務に集中する事にした。そしてパニッシャーはウォーマシンに内蔵されている時計を見てみると、時間が2日以上進んでいる事が分かった。あの廊下にいたのは精々10分未満だ。なのに何故ここまで時間が進んでいるのだろうか?パニッシャーは状況を整理しようとする。

その時、空が割れんばかりの咆哮が響き渡った。何か巨大な生物…怪獣の鳴き声に近い。

 

「何だこの吠え声は…?」

 

パニッシャーはウォーマシンに内蔵されている探知システムで周囲を探索する。そして上空を猛烈な勢いで飛ぶ生物を見る。赤い体色をした巨大なドラゴンだ。よく見るとドラゴンの左前足が失われている。

 

「……せっかくこのアーマーを着ているんだ。アイツで試しても罰は当たらんだろう」

 

そう思い、パニッシャーは両手足のブースターを噴射し、空中を飛ぶドラゴンを追いかける。ドラゴンは巨体であるにも関わらず、猛烈なスピードで空中を飛行している。恐らく音速に達しているだろう。

 

ウォーマシンアーマーモデル8の性能テストを兼ねて、パニッシャーは前方を飛ぶドラゴンを追跡する。

 

「何の罪も犯していないドラゴンを攻撃するのは心が痛むがな」

 

 

********************************************

 

 

パニッシャーが巨大なドラゴン…炎龍を追跡するべく空を飛び立った後、森にある『門』の傍から『邪神』が出てくる。

 

「……パニッシャーがこの世界に来るとは想定外だったが、私の計画の支障にはなるまい」

 

そう言うとロキは目の前の『門』の中を進んでいく。

 

「私は私の仕事をするとしようか」

 

 

***********************************************************

 

 

巨大なドラゴンは暫く飛行すると地上にある森へと降下して降りる。そしてパニッシャーも地上の森へと降りた。パニッシャーは巨大なドラゴンに気付かれないように慎重に森の中を進む。それぞれが森に降りた地点で言えばドラゴンとパニッシャーとの距離は1km以上離れており、この距離であればドラゴンに気付かれる心配はない。パニッシャーは暫く森の中を探索していると、大きな泉を発見した。

 

「……ここは静かだ」

 

パニッシャーはそう呟いて、巨大なドラゴンを追跡するという事も忘れて泉の畔に座り込む。この場所はまるで楽園のような空間だった。小鳥のさえずりと木々のざわめきしか聞こえてこない。

 

「……ここは天国か?」

 

パニッシャーはそう思う程だった。泉を見てみると、誰かが泳いでいる。そして泳いでいた女がパニッシャーの存在に気付いた。女の肌は褐色だった。耳を見てみると、一般的なファンタジーに登場する「エルフ」のものと似ている。この特地に来て最初に出会った人間が目の前の女だ。褐色の肌色をしているエルフとくればダークエルフだろうか。

 

ダークエルフの女はパニッシャーに近付いてくる。警戒心が現れているらしく、顔が険しい。そして女は泉を出ると、一糸纏わぬ姿で堂々とパニッシャーの前に立つ。

 

「御身は何者か?我が名はヤオ。ダークエルフ、シュワルツの森部族デュッシ氏族。デハンの娘 ヤオ・ハー・デュッシ」

 

ヤオと名乗ったダークエルフ?の女はパニッシャーの方を見据える。

 

「パニッシャーだ」

 

パニッシャーはヤオにそう答えた。




パニッシャーさんのラッキースケベ展開キタ――(゚∀゚)――!!
(※パニッシャーさんはこの時点で炎龍がコダ村を襲った事は知りません。アルヌスの丘の平原の死体も帝国兵だと勘違いしてるし)
アーマーの性能テストという名目でドラゴンを狙うパニッシャーもアレですがw

次回からは炎龍戦開始。まだこの時点ではヤオの村は無事なんですよねぇ。
けどパニッシャーとヤオの相性ってどうなんだろう…?(;^ω^)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。