迷子のマリア (naow)
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序・魔法の世界の森の奥から

それは、人形でした。


 別の世界だとか非日常的なそういったモノに、憧れが無かったとは言わない。

 私……うん、「私」だって、何となく日常に倦み疲れれば、空想を遊ばせる程度の事はしたい。

 

 ある日突然、手に余る力を渡されて、非日常とも言える異世界で豪腕(ごうわん)を奮っての冒険の日々に躍り込む。

 良いじゃないか、素晴らしい。

 

 特にリスクも無く力を振り回し、何を考え込まずとも物語は都合よく進み、美女に囲まれ生活する。

 憧れが無いと言えば嘘になる。

 

 

 私の中に存在する魔力炉を中心とした「魔力機関」が魔力を収束させ、相手に向けた右腕をも飲み込んでなお余り有る程の火線として解き放たれ、襲い来る敵を纏めて薙ぎ払い、焼き払う。

 

 素晴らしい威力だ。

 

 問題は、こうして戦闘状態になると、どこかしらの擬似生体外装……要するに皮膚がダメージを負ってしまうと言う事。

 その都度生成して修復を行わなければならず、非常に面倒臭いという事か。

 

 例えば今回は、右腕の肘から先の外装がお気に入りの服の袖ごと吹き飛んでしまった。

 皮膚がダメージ、などというレベルでは無かった。

 メタリックな内部骨格と、申し訳程度にしか見えないのに途轍もないパワーを内包する魔力筋繊維、それに幾本かのワイヤー類が見て取れる右腕は、私の中のメカ好きな部分を刺激しなくもない。

 そんな事を考えながら右腕を引き、掌なんかをしげしげと眺めたりしてのんびりと考えてしまうが、しかし、こうして自分の正体というものを否応なく自覚させられるシルエットは、幾度見ても慣れない。

 

 思い描く理想というものは何時(いつ)でも遠くに有るものだと痛感させられる。

 

 溜息を吐き散らしながら、私は襲撃者達を、恐らくは山賊達の焼け、焦げ、欠損した無残な死骸やその破片の群れを眺め、追加の溜息を漏らす。

 ()むを得ぬ事だし、()()は必要だし、贅沢は言えないと自分に言い聞かせながら、今となってはすっかり手慣れた、魔法を併用した()()()()――内臓はグロいし破ってしまうとアレなので、もっぱら手足を切り離すのみだが――を開始する。

 

 擬似生体外装類の生成には有機体、可能であれば動物の死体が必要なのだし、お気に入りの服も袖が吹っ飛んでしまっている以上、修復しなければならない。

 服の修復だって、材料無しには出来ないのだ。

 怪我やら何やらは、魔法でこう、どうにかなるのが異世界なのでは無いのか?

 

 ――そもそも普通の回復魔法が効かない身体(からだ)なのだと思い出してしまえば、湧き出る愚痴もただの溜息に変わってしまう。

 

 それでも山賊達の死骸や衣服の残片を適度に分解し、都度外装やら衣服を修復させながら漏れるのは、どこに出しても恥ずかしくない立派な愚痴だ。

 愚痴というものは、一度漏れれば堰を切ったように溢れ出す。

 いや、自己修復(これ)だって魔法なんだし、理想通りだろうと言われるとぐうの音も出ないのだが、しかしそれでも(なお)、想像とは随分と違うというか。

 せっかく魔法を使っているというのに、原材料を求められるというのは、夢がないと言うか、思っていたのと違うと言うべきか。

 

 そもそも、そもそもだ。

 

 私は、なんで「人間」どころか、生物ですら無い「人形(モノ)」に成り果てているのやら。

 良くも悪くも「人間」であった過去を振り返るも、現状に至る程の落ち度が果たして私にあったのか。

 

 不条理や理不尽が積み重なっている様は、世界が変わろうとも変わらない。そういう事かとまたひとつ、溜息が零れ落ちた。

 

 

 

 私にかつて起こった出来事は、有り体に言えばただの事故で有り、予測不能な事だった。

 ……誰が、出社直後の自分の背後、会社のエントランスに、コントロールを失った車が突っ込んでくるなんて予想が出来るというのか。

 理不尽な事故に文句ひとつ投げる()も無く、私は臨終を経験した。

 

 筈なのだが、何がどう作用したものか、この世界で目を覚ましたのだ。

 文字通りに魂の奥底から凍えるような寒気と、強く引っ張られるような感覚に目を開けば、夜より暗い――いっそどす黒い何かに覆われたきらびやかな都市らしきシルエットが飛び込んでくる。

 夜の空の下、浮かび上がる灯火は街の絢爛さよりも不吉な何かを浮かび上がらせていて、理由もなく私は恐怖した。

 

 死んで(なお)、生贄にでも供されるのかと。

 理由も無く、直感的にそう感じた。

 

 必死に藻掻(もが)いた私は、か細く私を呼ぶ声と、弱々しく引き寄せるような力を感じ、必死にそれに縋った。

 

 ……事の経緯を知った今では、あの時、あの邪悪な都市に引き込まれていた方がマシだったのではないのかと、そう思わなくもない。

 実際にはそちらの方が環境としては様々な意味で劣悪だったのだが、その事については追々語る事も有るだろう。

 こんな身体(からだ)では、移住しようにもどうせ一箇所には(とど)まれまい。

 旅の供も居ない、そんな私の暇つぶしのひとり語りだが、いつかは腹癒せに書にでも(したた)めて、どこぞの遺跡に思わせぶりに安置でもしてやろうかと、そう思っている。

 

 私の感覚で言えば、アンドロイドかレプリカントか、この世界で言えば自動人形(オートマタ)かゴーレムか。

 先代は、自己を評して単なる「人形」と称していた。

 

 私の知る「人形」とは随分と異なる代物だが、突付(つつ)くのは野暮かと聞き流した。

 

 己の境遇に唖然とし、しかし懸命に学習し、環境に慣れた頃には頼れる先代には成仏された。

 その先代のおかげで一応はこの世界と言うものを知り、自分というものを知った私は、愈々ひとりで放り出された森の木立の合間から、無駄に青い空を見上げて思案した。

 

 深い森の奥で「墓守」なんぞをするよりも、ふらりと世界を見て回る(ほう)が、余程面白いかも知れない、と。

 

 先代の語った、私がこの世界に辿り着いた理由についても、真実なのか確かめたかった。

 

 先代譲りのこの身体(からだ)は、見た目は華奢だが胸はそこそこ豊満である、と思う。

 ……決して大きすぎはしないが、しっかりと主張はしている。

 顔立ちも人形らしく整っていて、表情は人形と思えぬほどに変化する。

 だが、真価は外見ではなく内面に宿っている。

 文字通りの意味で、この見た目の内部、私の精神性とは別の部分に、だ。

 

 有り難い事に? 魔法が存在するこの世界。

 私にもそれは使用出来るため、身体(からだ)や着衣のメンテナンスも――理想とは違っていたとは言え――問題は無い。

 

 魔力を急速に補給する為には魔法を使用できる生物、或いは魔力を内包する植物を定期的に捕食しなければならない。

 だがまあ、人間だった頃から食事は必要だった訳だし、この世界なら普通の食事でもそこそこ魔力は回復出来るらしいので、食べ歩き観光のつもりで街に出ても良いだろう。

 

 旅路で、そんな街を探しながら当てもなく歩くのも悪くはない。

 

 そんな事を思い、気軽に散歩気分で、私は旅を始めたのだった。

 私が想像していたよりも緑に溢れ、思っていたよりも幾分物騒だった、この世界を。




人形は歩き始めました。


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1 森の旅路

旅は始まったばかりです。


 山野(さんや)の獣と、魔獣の違いは何か?

 獣は不利を悟れば逃げるし、何よりも相手を見る。

 だが、魔獣は問答無用の攻撃性を持ち、視界に入ればそれが何であれ――同族ですら――動くものには襲いかかる。

 その上、外見もかなり異なってくる。

 例えば、フォレストボア――それなりに大型の猪だが、これは魔獣化すれば単純に、更に大型化することが多いと言う。

 

 普通ならせいぜいが私の胸辺りまでの体高の猪が、このように見上げる程にも巨大になると言われれば、なるほど判り易い変化と言えるだろう。

 

 言い忘れたが、今の私の身長は167センチ。

 元の身長が約170センチだったので、およそ3センチ程縮んだ訳だが、言うほど違和感がないのが癪だ。

 脚は長くなった気がするが、これに関しては気の所為だろう。

 

 負け惜しみではない、間違いなく気の所為だ。

 

 さて、そんな魔獣化したフォレストボアを屠り、溜息を()いてからその残骸の分解を開始する。

 解体ではなく、分解だ。

 何しろ細かなことを考えず、獲物の内臓を傷つけたりしないようにと思えば、素人の私では手足をもぎ取り、背中辺りの肉を剥ぎ取るくらいしか出来ない。

 こんな不格好な作業を解体と称してしまっては、色々と申し訳ない気分になってしまう。

 申し訳なく思いつつも作業をやめないのは、当然のように破損した左腕の外装を修復するためだ。

 とは言え先日の山賊達との戦闘後と違って、何倍も気が楽だ。

 

 動物の姿をしてくれているから、素直に肉にして調理して食べよう、と思えるのだから。

 

 ――解体(バラ)して肉にしてしまえば同じ、と思える程、私はまだ人外には成り切れていないらしい。

 

 必要と思える量の肉を切り出し、他にも食用に適している――魔獣の肉も、普通に食用として流通しているらしい――部位を斬り分け、魔法鞄(マジックバッグ)に放り込む。

 

 この魔法鞄(マジックバッグ)と言うモノの説明は不要かも知れないが、簡単に言ってしまえば見た目以上に物品を収納出来る、非常に便利な鞄だ。

 内部は時間が停止しているので、生モノが腐る心配もない。

 逆に言えば、バッグの中で血抜きが終わる事が無ければ、熟成が進む事も無い訳だが。

 血抜きに関しては、攻撃魔法の流用でなんとかなるのだけども。

 

 さておき、そんな便利なアイテムを気前よくくれた先代に感謝しつつ補足というか、蛇足を付け加えるなら、この世界の魔法鞄(マジックバッグ)というモノは大まかに2種類に分けられるのだと聞いている。

 

 まあ、ご想像通りの、時間が止まるか止まらないか、というヤツだ。

 

 ちなみに、どちらのタイプであっても、生命体を放り込むのは問題無い。

 時間が止まらない(ほう)は鞄の内外で時間、というか意識が連続しているのに対して、時間が止まる(ほう)は中にいる間、意識も断絶している、という違いが有るだけで。

 どちらも内側からは、余程特殊な魔法を施されていない限り自力で出ることは出来ないという事も共通している。

 自力で出れないのは問題かもしれないが、少なくともどちらも即死はしないのだから、きっと大丈夫だろう。

 

 まあ、時間が流れている(ほう)は兎も角、時間が止まっている(ほう)では、そもそも脱出しようなんて考える事も不可能になる訳だが。

 

 特殊な方法を施されたモノは、具体例で言えば居住空間として利用出来るように改良を施されているとか、そういったモノになる。

 魔法世界の魔法技術の(すい)を凝らしたような非常に快適な居住空間を備えたものから、簡単な寝泊まりできる程度の簡素なものまでピンキリだが、いずれにせよ、これが有れば野営の危険が大幅に軽減されるので人気の品だ。

 

 ……人気だからといって、誰もが持っているモノでも無いのはお約束だ。

 

 なにせ簡単な構造のものですら、口で言う程簡単には作れない代物なので、必然とてもお高い。

 比較的稼ぎの良い上級冒険者、と呼ばれる連中ですら、持っていない事の(ほう)が多い。

 そんなお高いアイテムも当たり前のように持っていて、お陰様でとても就寝が快適なのは、私の数ある密かな自慢のひとつだ。

 

 ……同じくらいの数だけ、不平不満も抱えているが。

 どうせ私の姉妹人形や資金にあかせて作られた他の人形も、似たようなものは持っているだろうし。

 

 更に余談では有るが、この魔法鞄(マジックバッグ)は所属する団体や国によって呼び名が変わる。

 魔法鞄(マジックバッグ)魔法協会(ソサエティ)に所属する者が好んで使用する呼称で、それ以外には、主に西の「王国」を中心として「アイテムボックス」と呼ばれている。

 これは容量を「リットル」で表示するか「立方メートル」で表すかの違いだけで、モノは同じだ。

 私個人としては、別に魔法協会(ソサエティ)に関係も無いし立方メートルのほうがイメージしやすいのだが、先代及び私の使用しているこの身体(からだ)を造った(ぬし)――先代曰く「マスター」が元魔法協会(ソサエティ)関係者だったとの事で、それに倣っている。

 ただの自律人形に人格を持たせたり、過剰な戦闘力を与えたり、その「マスター」とやらがイカれているのか魔法協会(ソサエティ)関係者が全員どこかのネジが外れているのかは不明だが、いずれにしても余り関わり合いになりたくないものだ。

 

 そんな事を考えながらも、気がつけば簡単な調理を終え、私は食事という行為に胸を踊らせる。

 特に派手な戦闘などが無ければ、消費する魔力を大気から吸収する(ほう)が上回る。

 そんな理由から通常は食事の必要すら無いのだが、元人間である私としては、形だけでも1日3食、きちんと食事を摂りたいと、心が求めてくる。

 心の乱れは身体(からだ)の不調につながる。

 そう信じているので、素直に自分の心に従う。

 

 人形の身体(からだ)に不調が出たら、それはただの故障だと思うが口に出してはならない。

 

 不用意に湧いて出た疑念から目を逸らし、能天気に食事を楽しむ心算(つもり)だった私は、不意に眉を寄せた。

 絹を裂くような悲鳴と言う、食事のスパイスとしてはあまり相応しくないものが、微かに鼓膜を刺激したからだ。

 

 ……これは……。

 

 食べてからだと、ダメだろうか?

 ……まあ、いずれにせよ、間に合わないだろう……な。

 

 溜息混じりの視線を皿に載せたボア肉のステーキに落としてから、もう一度深々と溜息を落とし、魔法鞄(マジックバッグ)にそれらを仕舞うのだった。




一度は見捨てようかと悩んだようです。


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2 強襲

悩みながらも走ります。


 悲鳴を耳にして、食事を中断して走り出したお人好しの私だが、ふと考える。

 

 この悲鳴が、私の知らない動物、或いは魔獣のもので無かった場合、それは人間ないし()()を含む「人類種」と言うことになるのだろうか。

 仮に人類種だった場合、助けるとして、だ。

 

 前々から思っていたのだが、私の戦い(かた)、というか戦闘後の姿は、ちょっと刺激が強すぎるかも知れない。

 

 高威力な魔法を撃つのは良いのだが、いちいち外装を吹っ飛ばして骨格と人工筋繊維を露出させて、更にそんなものを周目に晒したりしたら、私の評判が()たない。

 下手すると人形どころか、不死者(アンデット)扱いされかねない。

 

 そもそもの原因が、私が好んで使う魔法が熱線とか爆発とかいう、所謂光系とか炎熱系なのも問題では有るのかも知れない。

 

 多少手の平から離れて放たれるとは言え、私の使う魔法の熱量は半端では無いらしく、ほんの数秒の放射でも服やら外装……皮膚やら見せかけの筋肉やらが焼けて溶ける。そして焦げる。

 本気で、かつ、ちょっと放射、或いは発現時間を伸ばせば、全身骨格が露出してしまう恐れも有る。

 しかも、その状態で動くし、なんなら走る。

 

 想像するだけでも、(かる)めのホラーと言うか、完全な朽骨兵(スケルトン)だ。

 

 他に得意な魔法となると、風系統と氷系統等が有るのだが、どういう訳か咄嗟に放たれるのは光ないし炎系統だ。

 お陰で自分が迷惑を(こうむ)る上に、うっかりすると山火事を発生させてしまう。

 

 これは、自分の意識改革も含めて、戦闘スタイルは見直すべきだろうか。

 

 そんな事をのんびりと考えながら、木立の間を高速で――時には木の幹を蹴って跳んだりしながら――悲鳴の発生源へと向かうのだった。

 

 

 

 故郷を飛び出したのは、生き(にく)かったから。

 

 冒険者だった両親はその冒険を終えた筈なのに、戦って命を落とした。

 良くある話だ。

 

 自分が冒険者になりたい、と思った事は無かったが、貧しい村では近所の助けを受けるにも肩身が狭く、余裕のない周囲からは冷たく当たられがちだった。

 行商に訪れるゴブリンの商人から同情される程に。

 

 村には冒険者ギルドも無い為、両親がこの村に腰を据えたのは、冒険者を引退した事を機に、父の故郷に戻った以上の意味は無かった。

 そんな父も母も、魔獣化したフォレストベアの討伐の為、村を護るために文字通りに命を賭して戦い、最終的には刺し違えて散った。

 

 村としてはそんな恩人の子、保護したい思いは有れども、貧しさ故に各々の家庭を守る事で精一杯で。

 それは理解(わか)るから村の人々を恨む気持ちは無いが、現実としてはどうしても風当たりは辛くなりがちだった。

 それでも生きるため、弓の扱いを覚え、近くの森に入って狩りをした。

 狩った獲物は近隣に分けたが、それも僅かな量でしか無く、何も変わることは無かった。

 

 成人を迎える前に簡単な荷物を纏め、父の形見の剣を手に、村を飛び出した。

 

 自分に自信が有る訳でもなく、旅路は安全を考慮して街道を選んでいた。

 それでも野盗(やとう)や山賊などの危険は有るのだが、幸いにもここまでの旅路は順調だった。

 

 だが、路銀を稼ぐにも獣に出会うことも殆ど無く、売り物にする為の素材類はおろか、食用に出来る肉類も手に入らず、僅かだった備蓄も底をついた。

 素直に街道を()けば、目的の街に着く前に野垂れ死ぬ。

 多少なり余力のある間に、目的地までの旅程の短縮も兼ねて、ついでに野鳥か獣でも狩ろうと目論んで森へと踏み入った。

 

 旅慣れない身。準備も不足であり、見識も足りていなかった。

 森を歩く術は知っていて、狩りは出来ても、魔獣の恐ろしさは知らなかったのだ。

 

 ――最初の一撃を躱すことが出来たのは、運が良かっただけだ。

 

 獣を避けて休むために樹上(じゅじょう)、張り出した太い枝の上で身体(からだ)を休めていたその時、何となく身じろぎしたその頭上に、大きな何かが覆い被さってきた。

 たまたま、木の幹に身体(からだ)を括り付けていたロープが緩んでいたため枝から滑り落ち、しっかりとリュックを抱えていたため荷物を手放すこと無く、打ち付けた背中の痛みを感じながらも急いで逃げることが出来た。

 

 ――それだけだった。

 

 森の中に慣れているとは言え、しかし見知らぬ土地。

 相手はただの狼でも厄介だと言うのに、肩越しに盗み見た巨大な――異形の姿は魔獣のそれ。

 

 逃げ切れない。

 

 脳裏を過るのは、絶望の言葉。

 

 ついに背を突き飛ばされ、転がるその身を獣の両前足が押さえつける。

 恐怖に動けなくなったその目は、大きく開かれたその口を映した。

 

 

 

 走りながら、ほんの数秒だけ熟考した「結果」を小脇に構え、私は跳ぶ。

 飛び出した私の気配にフォレストウルフ、その魔獣化した成れの果ては驚いたように頭を向け、それから飛び退こうと四肢に力を矯める。

 

 なるほど、私は少しばかり、自身というものを知らなさ過ぎたようだ。

 

 敵を屠るのなら魔法のほうが早いし確実だと思いこんでいたが、私の身体(からだ)はこんなにも速く動くのか。

 実践とトレーニングはやはり違うものだ。

 魔獣が地を離れるその前にしっかりと間合いを詰めた私は、手にした無骨なメイスを無造作に振り払う。

 要救助者も居るのだからと、軽めに、払いのけるイメージだった筈のそれは、逃げようとしていたその胴体を容易く捉え。

 その身は、爆散するように弾けて飛び散った。

 

 舞い散る血、そして肉片をぼんやりと眺めながら、私は呑気に考える。

 

 なるほど、私は。

 自身の膂力というものについて、随分と思い違いをしていたようだ。




自分の身体能力を、正しく把握していなかったようです。


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3 小さなお客様

危機を脱すれば、お腹が減るのです。


 良く食べる子だ。

 

 爆散する魔獣の返り血を、魔法を使って綺麗に落とし、漸く思い出した要救助者は地面に腰を落として震えていた。

 その要救助者もまた、魔獣の血や肉片で酷い有様だったので、そちらも魔法を使って綺麗にしておいた。

 

 全くもって、魔法というモノは便利である。

 

 そう言えば……魔法というモノの扱いを教わりはしたが、先代には最後まで心配されていた。

 やれ、私の魔法の使い方は荒いとか、杜撰だとか、考えなしだとか。

 そうは言うが、こうして「日常魔法」とやらも、無難に使いこなしているというのに。

 一体私の魔法の何が不満だと言うのか。

 思い返すにつけ、酷い先代である。

 

 それにしても、良く食べる子だ。

 

 余程恐ろしかったのか、まだ泣きながら、それでもしっかりとフォレストボアの肉に齧りついている。

 フォークもナイフも用意したというのに、素手で。

 ……余程、お腹が空いていたのだろう。

 まあ、私は食事の作法に詳しくも煩くもないので、今は気の済むようにさせておこう。

 先代との生活では無かった、他人との食事という時間を楽しむのも悪くない。

 

 と言うか、無闇に運動することになったお陰で、私もちょっぴりお腹が空いている。

 細かいことを、ましてや他人の事など、気にする余裕はないのだ。

 

 

 

 落ち着いてきて、その冷たい瞳と視線が合った時、私は自分のはしたなさに顔が赤くなったのが判った。

 

 怖くて、ひもじくて、差し出された肉を、縋り付くように貪った。

 塩味で調理されたそれは、すごく美味しくて。

 食事を取れる安心感、降って湧いた恐怖から得体の知れない人に出会ってしまった恐怖、それらから解放されたような気がして、涙が溢れた。

 

 ……得体の知れない怖い人は今、私から視線を外すと静かに、ナイフとフォークを使って食事に勤しんでいる。

 

「……どうかしましたか? お水のお替りですか?」

 気付かないうちに、見詰めてしまっていたらしい。

 食事の手を止めずに、彼女は私に、そう問いかけてきた。

 私は慌てて、まずは口元を袖口で拭う。

「あ、あの、すみません、大丈夫です!」

 言いながら視線をふと下ろして、私は息を呑む。

 

 さっき飲み干した筈のコップが、水で満たされている。

 

 私は、声を掛けられてから今この瞬間まで、彼女から目を離しただろうか?

 いや、目を離していた隙があったとしても、一瞬で私のコップに水を注ぐ事は可能なんだろうか?

 愕然とする私の目の前に、すいと、綺麗なハンカチが差し出された。

「服が汚れてしまいます、これをお使い下さい。……お水は『浄水』の魔法で直接注ぎました。問題なく飲めますので、ご心配なさらずに」

 見慣れない黒と白の、だけど綺麗な――森の中にはそぐわない程の――装いの彼女は、私の衣服の心配のついでに、私の疑問を見透かして答えてくれる。

 

 月の光に輝く、揺れる銀の髪。

 血が(かよ)っているのか疑わしいほどの白い顔の中、緩く結んだ赤い唇。

 仄暗い焚き火の前でもそれと判る、凍りつくような青い瞳。

 

 村では見た事もないような、綺麗で不思議な人。

 

 その人が、事も無げに「魔法」と口にした。

 私はもう一度視線を落とし、コップと、その中に揺れる水とを映す。

 

 これが、魔法……。

 

 私は不意に、心を覗かれたような居心地の悪さを感じて、視線を上げることが出来なくなってしまった。

 

 

 

 食事も終え、しかし夜は始まったばかり。

 寝床の問題も有るのだが、この少し小さな珍客を、私の秘密空間に招いても良いものかの判断がつきかねる。

 

 見た目通りに成長期であるらしい、私が気まぐれで救った少女は、小さな身体(からだ)の割には良く食べた。

 だが、漫画でもあるまいし、無限に食べ続けることは出来ない。

 それでも結構食べていたから、今何かの獣に襲われたら、満足に逃げられるかは怪しい。

 

 一度は助け、食事まで振る舞ったのに、その後放置したせいで死なれたりしたら、流石に罪悪感を(いだ)いてしまうだろう。

 

 さて、では何と声を掛けたものかと迷ったが、考えてみれば今の「私」は女性の姿で、もっと言えば人間ですら無い、良く出来た「人形」だ。

 この少女の危機感を煽る要素は……命の心配はするかも知れないが、まあ、貞操の心配は無いと断言しよう。

 

 悲しい事だが。

 

 それに、相手が少女であるなら、私も同様の心配をせずに済む。

 人形とは言え見目だけは麗しい、中身は「私」という悲しい存在。

 

 ……先代は、良くもまあ、私にこの身を明け渡す気になったものだ。

 私が先代の立場だったなら、問答無用で追い出して除霊でもして、全て無かったことにする自信がある。

 

 まあ、色々と教わる中で世界についてや彼女自身についても色々と薄暗い事情は聞いたから、理解できなくも無いのだが、それでも、だ。

 

 おっと、思考が逸れた。

 (よる)の森は危険なのだし、周囲に狼らしき獣が数匹、うろついているのも気配で伝わってくる。

 まだ襲ってくる様子は無いが、獲物を放っておくほど、彼らの食欲が満たされている訳でも無いだろう。

 要は、隙を狙っているのだ。

 

 やれやれと、私は小さく、気取(けど)られないように小さく溜息を落とす。

 

「さて、食事も終えたところですが、此処(ここ)でのんびりしていてはいずれ(けもの)を呼び寄せるでしょう。ひとまず、安全な空間で休もうと思いますが、ご一緒に如何ですか?」

 

 精一杯口調を作って、小さな客人に問いかける。

 そんな私の隣に現れる、綺麗では有るけれど胡散臭い、特に凝った意匠もない白いだけの1枚のドア。

 

 顔を上げ、私とドアを驚愕の相で交互に見て、そして固まる少女。

 うん。

 

 やっぱり怪しいよなあ、そう思いながら、私も胡散臭いドアへと視線を移すのだった。




夜の森と怪しいドアと、そして怪しい人形です。


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4 迷い、或いはすれちがい

食事は終わり、後は憩いの時間です。


 随分と真剣に悩んだようだが、少女の迷いの時間は短かった。

 

 獣に襲われて食い殺されるか、得体の知れないドアに飛び込むのか。

 普通は即断出来まい。

 故に、彼女の悩みは正当なものだ。

 

 正当なものだし、出会ってすぐに信用しろという(ほう)が無理な話なのだが、それを踏まえても尚、信じて貰えないのは悲しい。

 

「そこは、安全な場所なのですか?」

 

 そんな少女の言葉を少し意外に思ったのは、このドアをただの板っ切れではなく――得体が知れないとは言え――何処かへと繋がるものだと認識している様子であることだ。

 

 私は確かに、移動を提案し、そしてこのドアを現出させた。

 

 ただそれだけの事で、普通、ドア1枚出されても何のことやら理解(わか)りはしないだろう。

 物分りが良いのだろうかとよくよく彼女を観察して、もしかしてと思い至る。

 

「はい。安全は保証致します」

 

 小さく震える肩を両手で支えるように抱きしめ、震える唇を必死で引き結び、ともすれば疑心と恐怖に揺れる瞳を、懸命に私へと向けている。

 

 信用はしていない。

 だが、利用はしたい。

 

 拙い打算、葛藤。

 

 実に人間的で良い。

 若い故か、ともすればその判断は自暴自棄のそれだ。

 だが私の目には、それは好ましく映った。

 

 私は食事の跡を手早く片付けると、ドア横で居住まいを正し、そして告げる。

「それでは、どうぞお入り下さい。歓迎致します、お客様」

 口調は先代を真似ている。

 ()の私を曝け出すには、この少女との触れ合いは決定的に足りていない。

 

 というか、彼女にも目的地は有るのだろうし、そこまで送り届けたらそこでお別れだ。

 

 寂しくは有るが、その程度の期間であれば、上辺だけの付き合いで終わってしまうだろう。

 無礼にならない程度に礼を尽くす。

 それで充分な筈だ。

 

 私の内心に訪れる寂寥など知りようも無い少女は、少しの逡巡の末、意を決して立ち上がる。

「あ、ありがとうございます。お邪魔します」

 少しも気を抜いた(ふう)には見えない、油断など微塵もしないと決めたその顔で。

 ……何がしかの油断の結果が、私が駆けつける直前の危機だったのだろうが、口にするのは野暮だろう。

 しかし、(なん)と言うか。

 

 命を救って食事まで振る舞った相手にとは言え、警戒を解かないその姿勢はなかなか好感が持てる。

 助けてくれた! やったー! (など)とはしゃがれたり懐かれたりするのも、まあ、悪くはない……いや、そうでなく。

 そんな、すぐに人に騙されそうな警戒心の無さでは、この先が思いやられるのだから。

 疑って掛かる事は、悪いことばかりではないのだ。

 

 ……まあ、少しは隠す努力も必要だとは、思わなくもないが。

 

「警戒なさるのは結構ですが、あまり態度に出すのはお勧め出来ませんよ? 私としましては、お招きせずとも構わないのですから」

 

 そんな事を思ってしまったから、出来るだけ丁寧に、優しく、だけど心を鬼にして忠言を加える。

 素直に感情を(おもて)に出していては、いつか不要なトラブルに巻き込まれてしまうかも知れない。

 まあ、今は私が相手なのだし、次から気をつけてもらう程度の心算(つもり)で優しく。

 しかし一応はお説教の範疇なのだから、表情はなるべく無表情にして。

 割と本心で、心の中で謝罪しながら。

 

 私は気まぐれで此処(ここ)まで駆けつけたに過ぎないが、本当にこの少女をこんな物騒な森の中に捨てるような真似は、したくはないのだ。

 

「ごっ、ごめんなさい! どうか、助けて下さい!」

 

 慌てて少女は頭を下げる。

 私の機嫌を損ねたとでも思ったのだろうか?

 無表情はやりすぎだったかも知れない。

 私は自分の気の利かなさに溜息を落とし、すぐに気を取り直す。

 

「判りました。それでは、お部屋までご案内致します。こちらへどうぞ」

 

 今更、(よる)の森に放り出されるとでも思わせてしまったのだろう。

 本当に、申し訳ない。

 言葉というやつは、使い(かた)を間違えると、こうも厄介なものになる。

 先程の魔獣に対するものとはまた違う恐怖にその身を震わせながら、どうにか、と言う(てい)で少女は私の後ろについて来る。

 

 そんな小動物のような有様を、申し訳なくも可愛いと思えるような私は、もしかしたら……危ない人間の(たぐい)なのではないか、と。

 

 密かに自問するのだった。

 

 

 

 女の人の、凍えるような声に、震えが止まらなくなった。

 そして、私は失敗したのだと悟った。

 

 このような状況で警戒するなと言われる(ほう)が無理だけど、だからといって、助けてくれた人に、あまつさえ食事まで分けてくれた人に向ける態度じゃ無かった。

 

 表情は最初から、まるで此方(こちら)に関心など無いような無表情だったけれど、()()台詞の後から、その気配が一変したように思える。

 まるで、行く手に転がる石ころを見るような、好意を少しも感じ取ることが出来ない瞳で。

 何かが変わったとも思えないのに、聞くだけで、身体(からだ)が奥底から凍りつくのではないかと錯覚する、その声で。

 縋り付く私を、軽蔑するような溜息で。

 

 私は、拒絶されようとしている事を知った。

 

 あの()は、あの声は、私を突き放し、締め出すためのものではなく。

 

 これ以上の無礼は殺す――そう言っているようにしか思えなかった。

 

 私の瞼の裏に、無残に殺された魔獣の最後の姿が浮かんで、身体(からだ)は震えだす。

 

 まだ、無言で扉を閉ざし、締め出されたほうが遥かにマシだ。

 従うか死ぬか、選べと。

 

 突き付けられた私は、泣きながら彼女の慈悲に縋るしか無かった。

 

 

 

「――以上が、この部屋と設備の使用方法です。後はお任せしますので、お寛ぎ下さい。それでは、また朝に参りますので」

 気がつくと声を殺して泣きじゃくる少女に、困惑しつつ部屋の設備……備え付けの風呂やらトイレの使い(かた)とか、寝具類とか、替えの服の収納場所等を伝え、適当に頭を下げて逃げるように部屋を後にする。

 

 どうしよう、どうすれば良いんだろう?

 

 子供と触れ合う機会も無かったから、こういう時にどう接すれば良いのか、皆目見当も付かない。

 自慢ではないが、私は比較的温和では有るが、口下手だし人付き合いは苦手だ。

 善良に振る舞って見せるにも、経験不足からの限界は有る。

 子供をあやすなど、未知の領域の技だ。

 

 こんな事なら、勝手に満足して成仏した先代を、もっと引き止めておくべきだったか。

 

 殺風景な自室に戻ると、私は溜息も忘れて天井を見上げるのだった。




お互いに、気持ちは届きません。


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森の旅路・安息

すれ違いには気づいていますが、原因には思い当たりません。


 人形も眠るのかと問われたら、当然の事だと答える。

 

 肉体的な疲労は無いに等しいのだが、精神は疲労する。

 或いはそれは、中身である「私」が元人間で有るが故の疲労感なのかも知れないのだが、事実疲れるのだから仕方がない。

 

 もっとも、可能であるなら眠りたい、と思う程度であって、眠らずとも問題は無い……筈である。

 試したことは無いが、先代がそう言っていたのだから、そうなのだろう。

 

 だからと言って、問題無いなら眠らずに過ごすかと問われるなら、御免被ると真顔で答えてみせよう。

 

 ……ぐだぐだと、益体もないことを考えているのは、つまり目が醒めたからであって。

 初めて客人を迎え入れた夜が明けた、という事で。

 

 昨夜号泣させた相手に、朝食を振る舞う必要が有る以上、いつまでも思考を逃避させている訳にも行かない、という事なのだ。

 

 ……誰か代わって欲しい。

 

 

 

 ドア越しに声を掛けて、相手が起きていることを確認してから、朝食の準備と称して早々にキッチンへと逃亡を果たす。

 子供相手の機嫌の取り方も、先代に教えて貰うべきだった。

 

 手持ちの魔法の中に死霊術も無ければ反魂法(はんごんほう)も知らないし、口寄せによる霊との対話なんて芸当が出来る訳も無い。

 そうである以上、私自身が知恵を絞る必要が有る訳だが、絞った程度で出てくる知恵なら苦労もすまい。

 

 キッチンでお手製の食パンをトーストし、スクランブルエッグとフォレストボアのステーキを用意していると、ダイニングの扉が開いた気配がする。

 

 ちゃんと聞いて貰えているかイマイチ自信の無い説明だったのだが、きちんと伝わってくれていたようで良かった。

 ホッとして手元に目を落とし……朝食と言うには少しばかりヘヴィな内容に、我ながら閉口する。

 

 深刻な野菜不足なのだから、已むを得ない。

 

 己に言い聞かせてから、2人分の食事を、いそいそとカートへ乗せるのだった。

 

 

 

 怖い人……お姉さんは昨日と変わらず、無表情で、だけど朝ご飯を用意してくれていた。

 焼いた薄いパンを2枚と、ふわふわの卵、そして、多分ボア肉のステーキ。

 

 朝から凄く豪華だけど、本当に、これは食べても良いんだろうか?

 

 恐る恐る顔を上げると、お姉さんと目が合う。

「……どうぞお召し上がり下さい」

 お姉さんは、少しだけ私の目を黙って見た後、静かに口を開いた。

 背筋を、昨夜感じた恐怖が這い上がってくる。

 

 私は、まだ赦されて居ない。

 

 そう理解させられる程、その顔に表情は無かった。

「あ、ありがとうございます」

 答える声が震えてしまうのを、抑えられない。

 

 まだ、食事は出して貰えている、まだ、追い出されもしないし、殺される事もなさそうだ。

 

 だけど、次に彼女の機嫌を損ねたら、もう容赦は無いだろう。

 震えてフォークを落としそうになる左手に必死に力を込めて、耐える。

 

 失敗してはならない。

 失敗してはならない。

 

 目尻に浮かぶ涙を強引に押し留め、私は、もう味も分からない朝食を、失礼にならないように気をつけながら。

 彼女の怒りに触れずに済むよう祈りながら、黙々と手と顎を動かし続けた。

 

 

 

 気の所為だと信じたかったし、私の考えすぎだと笑いたかったので努めて平静を装い、触れないようにしたのだけれど。

 

 昨夜助けた子は、物凄く緊張した様子で、物凄く必死で真っ白で強張った表情で。

 涙なんかも浮かべちゃったりしてるし、良く見ると手も震えてるし。

 

 どうしてこうなった?

 

 可哀想で見ていられないのだが、どう声を掛けたものか見当もつかない。

 だからといって黙っているのも気まずい。

 私は、こんなにも人とのコミュニケーションのとり方を知らない(ほう)だっただろうか?

 

 いかん。

 

 こんな重苦しい食事、楽しくもなんとも無い。

 と言うか、目の前でほぼ泣きながら食事に手を伸ばす少女を見てしまっては、幾ら何でも楽しい食事になりよう筈もない。

 

「パンの焼き加減はいかがですか?」

 

 黙っていると圧を掛けていそうな気がしてしまい、なるべく優しい声をイメージして(当人比)、なるべく優しく微笑んで(見えると良いな)、穏やかに話しかける。

 私にしては穏やかだろうと、私は思う。

 

「あ、ええと、おいしいです!」

 

 一拍おいてから、浮かんだ涙を左腕で拭い、緊張の面持ちで返事を返してくれる。

 健気なのだが、翻ってみればそうしないとヤバいと思わせている、と言うことなのだろう。

 そう考えると心がささくれていくのが判るが、多分、元を正せば私の自業自得なのだ――と、思う。

 

 どこでボタンを掛け違えて、こんな事になった?

 

 怯える少女ににこりと笑顔を向けてから、私は考え込む。

 やはり、魔獣とは言え爆散させたのは、刺激が強すぎたのだろうか。

 私は思い出すのも嫌だったのだが、やはり自己鍛錬をやり直さねばならないかと、心の中で溜息を()く。

 

 この持ち運び式の住居は中が異常に広く、その中には修練室もある。

 

 先代についぞ褒められた事のなかった魔法に加え、意外といけそうな肉弾戦についても考慮して、身体(からだ)の動かし方の基本からトレーニングをやり直そうと心に決める。

 とは言え、2日3日で劇的に変わるものでもないし、ある程度気長に見るしか無いのだが。

 

 私はそんな事を考え、()()を出て旅を再開するのは少し時間を置いてから、そう少女に告げ、食事を終えた食器達を回収する。

 

 告げられた少女は、やはり怯えた表情でぎこちない肯定の返事で、私はちょっぴり心の傷を深くしたのだった。




すれ違いを解消する術は、思い当たらないようです。


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森の旅路・旅の再開

すれ違いの解消は難しいようです。


 朝食を終えてすぐに修練室に籠もり、先代に教わった通りに様々メニューを熟し、上手く出来ているのか自信のない私は腕組みして小首を傾げる。

 魔法の発現が出来るのに、なんで体内魔力の循環は下手なのかと、溜息を()かれたことを思い出す。

 

 なんでと問われても、私としては言われた通りに出来ている心算(つもり)だし、違うのならもっと具体的に教えて欲しかったのだが、先代の説明は冗長な上に些か抽象的で、どうにも掴むのが難しい。

 

 私も先代を真似て溜息を()いて、汗をかかない身体(からだ)に感謝しつつ、服装を整える。

 時刻はまだ昼を越えては居ない。

 私自身は急ぐ理由は無いが、思わぬ所で出会った同行者が居る。

 彼女の意向次第では、多少先を急ぐ必要も出てくるかも知れない。

 

 そこまで考えた私は、年頃直前、といった風貌の少女の怯えた顔を思い出し、意味もなく天井を見上げる。

 

 とっとと目的地に着いて別れたい、そう思っているんだろうなあ、そんな事を考えながら。

 

 

 

 朝ご飯を食べてから、客室に戻った私は、緊張から開放されて(ほう)けきって居た。

 

 お姉さんは相変わらず怖いし言葉も眼差しも冷たいままだけど、でも、まだ、私を客として扱ってくれているようだった。

 まだ、見捨てられては居ないと言うことだ。

 

 今、あのお姉さんの機嫌を損ねてしまえば、あんな魔獣の居る森に放り出される……で済めば、ラッキーな(ほう)だろう。

 最悪なのは、即座に殺されてしまうこと。

 

 私は兎に角、あのお姉さんに見限られないように、出来ることを考えて、やらなければならない。

 

 勝手にうろちょろして、それがお姉さんの逆鱗に触れてしまうことも有るかも知れない。

 それでも、何もせずには居られない。

 

 私は此処(ここ)のお客様じゃなくて、あのお姉さんの慈悲で生かされているだけの(まよ)(びと)に過ぎないのだ。

 

 意を決して立ち上がった私は、不意に叩かれたドアの音に小さく悲鳴を上げてしまうのだった。

 

 

 

 ノックをしたら悲鳴のような返事が返ってきた。

 年頃の娘というものは、良く理解(わか)らない。

 

「これから移動、ですか?」

 

 少し間をおいて出てきた女の子に、日が高い間に出来るだけ移動する旨を伝えると、怯えた表情は変わらず、少しだけキョトンとして此方(こちら)を見上げている。

 可愛らしいとは思うのだが、いつまでも怯えられていては、さすがの私と言えども(へこ)むと言うものだ。

「はい。まだお昼まで時間がありますので、日の出ているうちに移動してしまおうと思います。もう少し休みたいと言うのであれば――」

 休んで居ても結構ですよ、と続けようとした所で、

「行きます! すぐに出られます!」

 勢い込んで、と言うよりは慌てたように、私の言葉を遮って言葉を被せてきた。

 

 うんうん、そりゃまあ、目的地には早く着きたいだろうなあ。

 

 はっきりと怯えが見えているのはもう、こっちが慣れるしか無いんだろうか。

 

 溜息を飲み込み、気を取り直して私は告げる。

「判りました。それでは、準備が出来ましたら、エントランスまでお越し下さい。……順路は覚えていますか?」

 必死に頷く少女に、すこしばかり物悲しい思いを覚えながら、しかし心のどこかで可愛らしいと思ってしまっている私は、人恋しいを通り越してどこか可怪(おか)しくなってしまったのではないか。

 そんな不安が頭を過るのだった。

 

 

 

 自分の荷物を纏めたバックパック、というかリュックを担ぐ少女は、思った以上に慣れた足取りで森の中を進む。

 どんな事情でこんなところに居たのかは聞いていないが、どんな理由が有るにせよ、あの荷物は少なすぎると思うのだが。

 

 出掛けた先からの帰りだと信じたいが、それにしても荷物が少なすぎる。

 私の持つ地図情報に誤りがなければ、街までは森を抜ける工程を踏まえて、あと3~4日(さん・よっか)は掛かる。

 

 その街から出て来たのなら、往復で単純に倍の時間が掛かる。

 まさかとは思うが、東側の寒村から出てきたのなら、此処(ここ)までで、最短で見積もっても1週間は掛かっているだろう。

 

 あんな、日帰り小旅行みたいな荷物と、手入れが悪くガタが来ている剣で、なんでこんな森の奥深(おくふか)くに居たのか。

 興味は有るが、聞いたらなにやら面倒事に巻き込まれる予感がしなくもない。

 

 程度の大小は有れど、そんなモノ、訳あり以外に無いだろう。

 

 靴底が踏んだ小枝の折れる音を聞きながら、どうしたものかと考える。

 周囲警戒で走らせた「探知」魔法は、付近に危険な野生動物や魔獣は居ないと示している。

 前を歩く少女が街への進路を外れそうならその都度注意すれば良いかと考え、実際に1度か2度声を掛けたが、逆に言えばその程度で済むくらい、彼女はしっかりと方向を見定め、歩いている。

 

 訳あり少女の身の上話なんて、下手に聞かされても同情しか出来ない訳だが、興味が無いこともない。

 しかし、聞けば面倒なことになりそうな予感しか無い。

 

 気づけば少女の後ろ姿をじっと見詰め、振り返った少女に怯えたように目を逸らされてしまう。

 

 ……この様子なら――私が訊かない限り――、込み入った話にはならないな。

 

 身軽に単身で、気ままに観光気分で旅をしたいだけの私は、心に若干の引っ掛かりを感じつつも、そんな無責任な安堵に目を逸らすのだった。




一度、じっくりと話し合ったほうが良いかも知れません。


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森を抜けて

短い旅路の終着は、すぐそこです。


 少女の様子はほぼ変わらないまま、しかし特に問題もなく森を抜けた。

 

 見かけたフォレスト・ボア(森のイノシシさん)やウサギさん、フォレスト・ウルフ(森の狼さん)などの野生動物や、襲いかかってくる首刈り兎(ヴォーパルバニー)やその他魔獣化した狼・(イノシシ)等は狩って、毛皮や肉、一部臓器は「素材」として確保した。

 手加減はなかなか上手く出来ていないが、頭を狙って攻撃することで、素材を台無しにする事を回避した。

 

 攻撃用の魔法を用いなくても、案外戦えるものだ。

 どうしても攻撃した部位――つまり獲物の頭部――は爆散してしまうので、毎回血塗れにはなってしまい、都度使用する浄化の魔法の練度(れんど)は無駄に上がったように思う。

 

 狩りの後は、大体例外なく少女に怯えられた。

 

 旅の中で身を守るため、或いは路銀の確保のためにも、こうした狩りは必要なのだ。

 今はまだ幼さの残る少女だが、旅を続ける心算(つもり)なら、少しは慣れたほうが良いとは思うが。

 まあ、少女の旅の目的が判らないので、強制する気もしないし、勿論説教する事もない。

 

 街に帰るだけ、かも知れないし。

 

 この()に及んで、少女の名前はおろか、旅の目的も聞いていない事を私は思い出す。

 いや、会話の機会は勿論有ったのだが、私はどうにも怯えられているらしく、変に問い掛ければ尋問と捉えられ兼ねない。

 下手に質問した挙げ句、泣き出されては私としても対処に困る。

 好い加減、怯えられる事にも慣れてきた訳だが。

 

 

 

 お姉さんとは簡単な会話しかしないけど、だんだん慣れてきたような気がする。

 怖い顔、というか終始無表情だけど、ご飯を作ってくれるし、最近はご飯を作るお手伝いもさせてくれる。

 すぐに放り出されたり、殺されたりとかの心配は、昨日くらいからしなくなった。

 

 森を歩くのもそろそろ飽きてきたな、なんてのんびり考え始めた頃、私達は森を抜けた。

 

 もう、あの村に帰ることは無い。

 村の人達に恨みなんてないし、むしろ今まで暮らさせて貰った事に恩すら感じている。

 あの村に居たくないと思ったのは私の我儘で、飛び出したのは私の勝手。

 他の誰かの所為ではない。

 

 冒険者の半分は無謀なクエストで死んで終わる。

 もう半分は仲間に騙されて死んで消える。

 更にその半分は適当な所で引退する。

 残った半分の半分の半分くらいが、成功して「英雄」と持て囃される。

 

 死んだ父が、まだ小さかった私に言った言葉。

 言って、「だから冒険者にはなるな、冒険者には惚れるな」と、私の頭を撫でて笑った。

 

 そんな父は、母と共に、村の為に無謀な戦いを挑み、刺し違えて死んだ。

 

 適当な所で引退しても、結局死んじゃうんだね。

 私は泣いていた私を思い出し、お姉さんに見えないように顔の角度を変えて、唇を噛む。

 

 私は、生きるために、その冒険者になろうとしている。

 

 父は母に出会い、引退できたことを「幸運」だったと言った。

 仲間にも恵まれたのだと。

 冒険の話はあんまりしてくれなかったけど、昔の仲間の話は楽しそうに話してくれた。

 

 私は、そんな仲間に出会えるのだろうか?

 

 そっと気配を探ってから、視線を巡らせる。

 

 ……お姉さんは、冒険者なんだろうか?

 そんな(ふう)には見えないけれど、でも、獣も魔獣も、臆すること無くすべて撃退してくれている。

 

 全部、メイスで頭を叩き潰して。

 

 凄く強いのは判ったけど、それ以上は分からない。

 もしも、冒険者だったとして。

 

 話したら、仲間になってくれるだろうか?

 3日前だったら、絶対に無いと断言出来ただろう。

 

 見上げる顔は無表情で、何を考えているのかは理解(わか)らない。

 だけど、なんとなくだけれども。

 

 私が考えていたような、冷たいだけの人では無い、そんな気がしてきていた。

 

 ご飯の用意をしてくれる様子や、その他、あの不思議なドアの向こうでの生活を、そして、旅の道行きでのさりげない気配り、自分を助けてくれる様子を思い返せば、その思いは強くなる。

 

 仮に私の予感が当たっていた所で、お姉さんが仲間になってくれるかどうかはまた、別の話だ。

 私はリュックを背負い直す動作で視線を向けていたことを誤魔化し、遠く――街が在る筈の方向へ目を向け直した。

 

 

 

 森を抜け街道に出てしまえば、目的地の街はもうすぐだ。

 具体的には、1泊挟めば到着するだろう。

 

 森を抜けてこれほど街に近いとは思っても居なかった。

 

 森の中で、特に目印らしきを確認する様子もないのに、やけに自信の有りそうな足取りで進む少女に、若干の危なげを感じていたりしたのだが。

 まあ、私自身は急ぐ理由もないし、危険は私が排除すれば問題ないのだし、好きに進ませようと進路は任せていた。

 それが、結果的には森を最適なルートで踏破したことになる。

 

 偶然と言うには少女には迷いというものがなかったし、様子を観察していても、なにか地図とか、そういった物を確認している(ふう)でも無かった。

 

 私が方向音痴気味なだけで、普通はそんなものだろうかと考えかけたが、いや、そんな事はないだろう。

 ()()()()の人間が皆こうなのか、それともこの少女が持つ特殊能力なのかの判断がつくほど、私は人と接してきていない。

 

 と言うか、この少女が、この世界で出会った初めての人間だったりする。

 これが異世界と言うモノか、と、納得してしまうべきなのか。

 

 脳内の地図と太陽の傾き加減、そして街道を行く旅人らしき幾人かと行く手の遥か先から此方(こちら)に向かってくる馬車らしき(ちい)さな影を見ながら、私の感想はあくまでも呑気だ。

 

 これから向かう街は、同じ方向へ()を進める旅人の数が思ったより多いことから、それなりに賑わいが有る様子だった。




この先はどうするのか。2人の思いはすれ違いっぱなしです。


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交易の街にて・到着と混乱

いよいよ、街に到着しそうです。


 野営する旅人や冒険者らしい人の群れを避け、街道脇では有るが岩陰の、ちょっと目立たない位置でドアを出し、2人揃ってドアを(くぐ)る。

 同じような魔法空間を持っている旅人やらも居るとは思うが、絶対的少数では有ると思う。

 だから、妙な連中の目を引かないような配慮だ。

 私単品だったら気にもしないのだが。

 

 玄関ホールで安心したように背中のリュックを下ろして手に持ち、少しだけ緩んだ表情を見せる同行者へと、視線を向ける。

 

 私はいざとなればどうとでも出来るが、この少女はそうではないだろう。

 下手にこの子を人質に取られ、魔法空間の明け渡しを要求されてしまったらと考えると、心が痛む。

 いくら短い付き合いだったとは言え、私だって、好き好んで旅を共にした少女を見捨てたくはない。

 

 面倒事の際には、見捨てるしか無いのだが。

 

 とある事情から、私は知っている。

 そこそこ戦える、そう自負する私とは次元の違う、化け物と称するに相応しい存在がこの世界には存在するのだ、と。

 

 実際に、遥か西の空に、隕石と言っても差し支えのないような大火球(だいかきゅう)が現れ、地平線の向こうへ消える様を、霊廟近くの木の枝に乗って眺めていたことも有る。

 

 遠く離れ過ぎていたので、アレが本当はどれくらいの大きさなのか見当も付かないが、地平線の向こうへ消えていった辺りから、ちっぽけなものでは無いと予想できる。

 地脈も最近乱れがち、というか何やらざわついているので、西で何かが起こっているのも判る。

 

 ……東からは、私が最初に見たおぞましい都市に感じたのと同様の、暗く冷たい気配が地脈に混ざってくるので、そちらにもあまり近づきたいとは思えない。

 

 どうにもこの世界は、私のような平和主義者には過ぎた、物騒な事柄が多すぎるようだ。

 少女と2人、並んでダイニングへと向かいながら、溜息が漏れるのを止められない。

 

 ある意味で、と言うか、正しい意味で、と言うべきか、存在的な意味で化け物で在る処の私が、()()()()()()()()()に頭を痛めるのは、滑稽なことかも知れない。

 

 ともあれ、そんな化け物相手に、たまたま旅路を共にしただけの少女の為に、辛うじて拾った命を投げ出すような義理は、私には無いのだ。

 ……無いのだ。

 

 

 

 修練室で体内魔力の循環を行いつつ、瞑想っぽい何かを行う。

 正直、魔力という物はこの世界に来て……うん? もうじき3年か?

 それくらい時間が経っているが、未だにピンときては居ない。

 

 なんとなーく、体内にホワホワするものが有るな、程度の認識でしか無い。

 

 そんな曖昧なものが、熱線だったり光線だったり爆発する火球(かきゅう)だったりになるのは、異世界どうこうと言うよりも、もはや夢とかそういう世界の話だ。

 現実にそのように作用するのだから、諦めて受け入れるしか無かった訳なのだが。

 先代は、魔力をキチンと「纏う」事が出来れば、いちいち自分の魔法で皮膚――擬似生体外装が焼け溶けて吹っ飛んだりとか、そういう事は無くなると言っていたが。

 

 こんなホワホワしたものが、あの熱量だったり爆風だったりに耐えられるとは到底思えない。

 

 そう先代に訴えたのだが、その認識の所為で上手く防御出来ないのだと嘆かれた。

 信じれば叶うとでも?

 もしそういう意味での発言だったのなら、どれほど胡散臭い話なのか自覚が有るのだろうか?

 

 そんな(ふう)に思って居た、と言うか今もあんまり考えは変わっていないが、それでも、これからは人の目に晒されながら旅をすることになるのだ。

 防御なんて事が出来るのなら、それは勿論出来るようになりたい。

 

 とは言え、こんなホワホワがなぁ……。

 

 自分の内にふわふわと浮遊するようなそのナニカをなんとなく感じながら、半信半疑な私はついつい小首を傾げるのだった。

 

 

 

 納得も自分の魔力のコントロールも上手く出来ない感じで若干途方に暮れる私と連れの少女が、目的地の街に入ったのは夕刻の少し前のことだった。

 昼過ぎには門前に着いていたのだが、街に入るための手続き待ちの列が長く、こんな時間である。

 

 金子(きんす)の類は徴収されなかったが、魔法的な処理を施された水晶を使用した様々なチェック……犯罪歴の有無の確認が主だろうが、それに時間が掛かって居るらしい。

 

 まあ、大きな街のようだし、トラブルを起こしそうな連中を排除しておきたいのは良く分かる。

 しかしこのシステムは穴があるので、私のようなそれを知っている手合には、問題なく(くぐ)り抜けられてしまう。

 

 一応は身を守るという名目は有っても、此処(ここ)までにそれなりの数の賊の(たぐい)を殲滅して、更に分解までして居る。

 ……更には擬似生体外装の補修の為に取り込んでも居るのだが、思い出したい事でもないのでこの記憶には蓋をしておく。

 ともあれ、平たく言って殺人者である私だが、ちょいと魔法を使うだけで特に問題なく街に入れる辺り、やはりこのシステムはザルと言って差し支えあるまい。

 賊の(たぐい)はデッド・オア・アライヴらしいので、殺しても咎められないのかも知れないのだが。

 

 さて。

 

 街に入ることも出来たし、私達は当面の目的は達した。

 寂しさは有るが、相手の都合も有ることだし、私としてもこのまま数日(すうじつ)滞在して、更に北へ足を伸ばしてみたい。

 決して楽しいばかりの旅では無かったが、同行者が居るというのは確かに張り合いがあった。

 私は万感の、と言うには小さな郷愁を飲み込む。

「さて、どうやらこの街はベルネという街のようです。此処(ここ)で――」

 お別れですね、そう言い掛けながら、振り返った先の少女に目を向ける。

 そこに居たのは、はっきりと不安げな表情で此方(こちら)を見上げる少女。

 私は思わず、続ける筈だった言葉を飲み込む。

 

 え? なにその……え?

 

 何故か泣き出しそうな顔で此方(こちら)を見上げてくる少女に、私はどう言う顔をしたものか。

 想定外の事態に、しかし顔を背ける訳にも行かない私を、暮れゆく空に浮かぶ雲が見下ろしていた。




会話を重ねなかった弊害です。


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交易の街にて・もつれる別れ話

想定内の行違いに、混乱気味です。


 一旦別れの言葉を飲み込み、私は誤魔化すように視線を周囲に走らせる。

 何処か、落ち着ける食事処とか、軽食が取れる喫茶店のようなものはないのか?

 

 しかし場所が悪いのか、見渡しても冒険者相手に商売していそうな酒場しか無い。

 

 未成年と見目麗しい女に優しい店はないのか、この通りには!

 麗しいのは見た目だけだがな!

 

 此処で別れるものだとばかり思っていた少女に縋るような目を向けられ、私は分かりやすくパニックに陥っている。

 目的が有って此処を目指していたのでは無かったのか?

 

 そんな(ふう)に考えて、私は漸く思い至る。

 そもそも、この少女とまともに会話をした記憶が無い。

 

 食事時にも、食事の手伝いのときも、森の移動中だって、当たり障りのない会話程度のことしかしていない。

 

 少女の風体から訳アリと判断して、深入りしないようにして来たのは私だ。

 いやだって、こんな、10代前半っぽい少女が1人で森の中で彷徨っているのなんて、訳アリ以外にないと思うだろう、誰だって。

 

 ……その訳を聞けば、面倒事に巻き込まれだろうと触らず放置した私のミスなのだが。

 

 取り敢えずもう、飲食店を探して移動するのも面倒になったので、手近な酒場へと2人で向かうのだった。

 

 

 

 少し値は張るが、良い酒が有るとウェイターに言われ、興味があったので聞いてみるとどうやらウォッカが有るらしい。

 聞き間違いかと思ったが、やはりウォッカだという。

 異世界都合良い……と思って聞き流していれば、どうやらすぐ西の古い(やけにこれを強調していた)交易の街で作られるようになった酒だとか。

 何やら地脈がざわつく西と、そちらから流れてきた、聞き覚えのある名前の酒。

 

 同郷の人間の気配をヒシヒシと感じるが、面倒事は御免なので興味を押し殺し、エールと果実飲料、それと適当な食事を頼む。

 同郷の人間だからと無条件に信用して接触出来るほど、私は脳天気な心算(つもり)はない。

 それに、同郷とは言っても、ざっくりとしすぎている。

 日本人だと期待して会いに行って、アメリカ人とかロシア人だったりしたら、生活環境が違い過ぎるのでお互いに共感もしづらいだろう。

 そんな事を考える辺り、我ながら呑気だという自覚は有るが。

 

「……それでは、少しお話をしましょう」

 

 今更感が漂う中、私は埒もない逃避から思考を戻して少し吐息を漏らしてから、言葉を紡ぐ。

 少女は少し緊張の面持ちで此方に視線を向けてくる。

「貴女は、何がしたかったのですか?」

 ……我ながら、あんまりな質問である。

 もうちょっと訊きようが有るとは思うのだが、じゃあどうすれば良いのかは思いつかない。

 少女は私の目を見ていたが、すいと視線を外して下を向くと、言い(にく)そうにぽつり、ぽつりと口を開いた。

 

 両親が死んだこと。

 故郷の村は貧しく、1人残された少女が生活するには環境が厳しかったこと。

 成人まで後1年(15歳で成人らしいので、つまりは14歳という事か)を迎え、街へ出て冒険者として生活しようと決意したこと。

 冒険者になろうとは思っていたが、具体的なプランは無かったと言うこと。

 

 私はすぐに感想を言うことも出来ず、酒場の煤けた天井を見上げる。

 何と言うか、行きあたりばったりなのは否めないが、そこに至る経緯が物悲しい。

 

「村で飢えて死んだら、私の死体を燃やしたりお墓を作ったり、周りに迷惑をかけてしまう。でも、冒険者が何処かで野垂れ死んでも、それほど迷惑をかけない」

 

 そんな事を聞かされてしまっては、軽率に掛ける言葉は浮いてこなかった。

「褒められた決意では無いですね」

 ウェイターが持ってきたエールを受け取り、チビリと喉を湿らせてから、呟く。

「ですが、貴女の決めた事です。私が口を挟むことではないでしょう。無理をするな、程度のことしか言えませんね」

 口調には気を配った心算(つもり)だが、それでも少し厳しいものになってしまった。

 私は思ったよりも、この少女に同情してしまっているらしい。

 

 知らず、沈んだ雰囲気になった私達。

 私がどうしても冒険者になりたいという意見に頷き難いのは、環境の所為だろう。

 

 視線を無作為に巡らせるだけで、私の目に飛び込んでくるのはまあまあガラの悪い冒険者と思しき群れ。

 酒の席だし、特に気が大きくなっているのだろう、なかなかに粗野な雰囲気があちこちで見受けられる。

 

 奥の方では、喧嘩してる連中もいるし。

 

「……冒険者、本気でなりたいんですか?」

 

 私は白けた視線を少女へと戻し、思わずそんな事を口にしていた。

 つられて周囲を眺めていた少女は私の言葉に視線を戻し、私の目を見上げてくる。

「……他に、思いつかないんです……」

 そうして弱々しく呟くと、しゅんとして視線を落とした。

 冒険者の実態、一面でしか無いがそれを見て、少女は今更躊躇しているようだ。

 私はその様子を、笑いもせず、じっと見つめる。

 

 内心で言えば、むしろいい傾向だとすら思っていた。

 

 冒険者のすべてが粗野で下品で荒々しいとは思わないものの、しかしこうも目に入る冒険者達が押し並べてそんなモノばかりだと、自説を曲げたくもなると言うものだ。

 そもそも店のチョイスをしくじったというのは、ありありと感じている。

 

「おう、姉ちゃんよ。アンタ1人かい?」

 

 不意に掛けられた酒臭い声に、私は堪えていた溜息を漏らしてしまう。

 先程から数人、此方を不躾に眺めているのは知っていたが、やはり声を掛けてきた。

 

 どう見ても此方は2人連れだ、コイツの目はガラス玉か何かなのだろうか。

 

 私は、少女に向けていたものとは別の、心底から軽蔑しきった瞳を声がした方へと回すのだった。




そして定番の揉め事です。


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交易の街にて・憩いの酒場

冒険者に絡まれるのは、お約束のようです。


「おう、姉ちゃんよ。アンタ1人かい?」

 乱雑に整えた短髪と分厚い巨躯を少し屈めて、酔っていると思しき冒険者が野卑な視線を隠しもしないで私に顔を向けている。

 

 お前のその目はガラス玉か何かか。

 

 どう見ても2人連れだろう、確かに少女は背も低いし、縮こまっているが見えない訳はないだろう。

「目が悪いのか、数え方を知らないのか、単純に馬鹿なのか、どれです? 本当に私が1人に見えているとしたら、冒険者としてやっていくのも危険でしょう、引退なさったほうが身のためですよ?」

 とは言え私は優しいので、丁寧に、言葉を選ばず、今後の身の振り方を考えるように諭してやる。

 これほど親身になって貰った事などついぞ無かったのであろう、男は顔を真赤にしてプルプルと震えている。

 

 感動しているのなら、大人しくテーブルに戻って今後の人生について考えるが良い。

 

「おいおい姉ちゃんよ、アンタ、誰に大口叩いてるのかわかってるのか?」

 顔は真っ赤ながら、努めて冷静に、まずは恫喝から入ろうとする短髪男。

 私はじっと相手の顔を眺める。

 

 先代の言葉が、うっすらと脳裏に蘇る。

 

 ――相手の実力も知らずに、闇雲に挑むのは無謀というものです。

 

 敵を知り、己を知れば何とやら。

 

 自分の実力を知ることも、相手がどういう存在なのかを理解することもとても大切な事だと。

 

 話として理解は出来るが、しかしそれは生半な事ではない。

 相手の実力にしろ、自分の身の丈にしろ、正確に把握するのは中々に努力を要する。

 ――と言うのは、私が元いた世界での話だ。

 

 ああ、もう既に懐かしい景色は遠く、記憶には霞が掛かっている。

 どうでも良いことは、かなり鮮明に覚えているが。

 

 私のどうでも良い郷愁は兎も角として、この世界は魔法と言うものが確立されている世界だ。

 技術体系も整い、研究もされている。

 

 探査・調査系の魔法も、私が考えていた以上に多岐に渡り、発達している。

 自分の実力も、相手の力量も、客観的な数値として「鑑別」することが可能なのだ。

 

 ……私は本式の魔法士(メイジ)でも魔導師(ウィザード)でも無いし、魔法協会(ソサエティ)に所属もしていないので、詳しい理屈など知りもしないが。

 

 考えてみると、こうして魔法も使いこなし、肉弾戦も対応可能で、自律し行動できる人形。

 先代は、やはり優秀な存在だったのだなあ、と、しみじみ思う。

 

 中身が「私」に代わり、マスターとやらが「最高の失敗作」と評した通りの有様に成り下がってしまったのは、素直に申し訳なく思う。

 

「何とか言ったらどうだ? お姉ちゃんよ?」

 怒りを不機嫌さで包んで押し出されたその声に、私は遊ばせていた思考を戻した。

 冷静を装っている心算(つもり)か余裕ぶっていたいのか、声を荒げる事はしていないが、その頬は引き攣っている。

「何とか言え、ですか。では」

 私は立ち上がり、身体(からだ)ごと、絡んできた冒険者へと向き直る。

 背筋を伸ばして立ち、両手は下ろしたまま、軽く合わせて前へ。

 

 メイドとしての自覚など皆無だしそんな教育は受けていないが、メイド服を纏っているのだからと、形だけ真似してみる。

 

「自分の実力も把握出来ていない馬鹿が、酒臭い息で絡んで来ないで下さいませ。鬱陶しいことこの上御座いません」

 まずは軽く、何か言えというリクエストに答えて感想を述べる。

「その上でお答え致します。見ての通り、私共は2人連れで御座います。そんな見て理解(わか)る事を尋ねてくるような大馬鹿野郎に、遠慮する必要も(へりくだ)る理由も御座いません」

 丁寧に、ハッキリと発音してやる。

 ただでさえ赤かった冒険者の顔が、燃え上がるように紅潮していく。

「雑魚は雑魚らしく、隅っこで縮こまって震えていて下さいませ。視界に入れるのも鬱陶しいので、速やかに消えるか死んで頂けますよう、謹んでお願い申し上げます」

 柔らかな口調に、オブラートどころか棘剥き出しの言葉を載せて、相手の顔面に投げつけてやる。

 

 LV(レベル)32、職業は戦士。

 年齢27、犯罪歴は有り、かつ隠蔽魔法使用済。

 

 別口の魔法で調べると、冒険者ランクは推定でC、らしい。

 

 冒険者だったら盗賊相手の対人戦も有る。

 そういった戦闘での結果は犯罪にならない筈だ。

 私は冒険者ではないので隠蔽したが。

 つまり、冒険者なのに、と言うか冒険者だから、なのか、いずれにせよ隠したい犯罪行為を行った過去がある、と言うことだ。

 

 小悪党顔でやることも小賢しいとか、目の前の茹でダコを好意的に見る理由がどんどん無くなっていく。

 

 年齢は兎も角、レベル的には中堅にそろそろ手が届くか、という段階だろう。

「言わせておけばこの野郎……!」

 此処まで好き放題言われて、漸く彼の言語野が怒りに反応してくれたらしい。

 随分とのんびりとした感性をお持ちのようで、羨ましい限りである。

 拳でも振り上げる、程度の事は予想していたが、なんとまあ、怒りに任せていきなりの抜剣。

 片手上段で剣を振り上げたまま、彼はおもむろに動きを止める。

 

「素直に謝れば、命だけは助けてやるぜ?」

 

 言動、全て合わせて安っぽい、薄っぺらい冒険者男。

 武器を構えていることで、余裕でも生まれたのだろうか?

 相変わらずの茹でダコ顔にヒクついた笑みを貼り付けて、何故か優位に立っている心算(つもり)のようだ。

 

 私は、私のレベルと相手のレベルとの間に横たわる差を改めて確認し、馬鹿馬鹿しさに溜息を()くのだった。




相手を立てる心算(つもり)も、言葉を選ぶ優しさも持ち合わせては居ないようです。


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交易の街にて・酒場の対峙

丸く収める気は、あまり無いようです。


 顔を真赤に染め上げた茹でダコこと冒険者男は、謝れば許してくれるらしい。

 武器まで振りかぶっているというのに、随分とお優しいことで。

 

「謝罪? 私が、ですか? 馬鹿に馬鹿と言って申し訳ないとかですか? 隠してた心算(つもり)だった馬鹿さ加減を晒させてしまって申し訳ないとかですか? それとも」

 

 しかし、私としては謝罪すべき事柄に思い当たることはないので、きちんと目を見て、確認するように指折しながら問い掛ける。

 なにせ、此方としても別段頭が良いという自負はないし、むしろ事実はその逆だ。

 そんな自分よりも遥か下のレベルで憤慨されてしまうと、それはそれで意を汲むのも容易ではない。

 謝罪するにも確認しなければ、余計に相手を傷付け兼ねないのだから、事は慎重に運ぶ必要がある。

 

大人気(おとなげ)なく馬鹿をからかった事についてですか? まあ、それらのどれかで有ってもそれ以外で有ったとしても」

 

 心にもない言い訳は、飽きが来るのが早い。

 どうしても適当な言葉になってしまうそれを耳にして、冒険者は剣を掲げたままの腕がワナワナと震えだす。

 

「申し訳ございませんが、雑魚相手に下げる頭の持ち合わせがございません。己の()を知って、どうか遠く、私の目の届かない所で静かに息をお引取り下さいませ」

 

 空を切る音と共に、刃が振り下ろされる。

 周囲にこの光景がどう映るのか、そんな事は知ったことではない。

 恐らく、その思いは攻撃する側される側、双方同じものだっただろう。

 なにせ相手はと言えば、衆人環視の元、白刃を閃かせるような馬鹿だ。

 その程度の見境の無さは有っただろう。

 ただ、私の方はと言えば、自棄っぱちとは対極に近い位置に居たと思う。

 なにせ、私の目には。

 

 遅すぎる。

 

 私は相手の手首を迎えに行くように捕まえ、きつめに握りしめながらその軌道を逸らす。

 私から見て右に。

 強引にその腕を引いて相手の体勢が崩れた処で、一歩踏み込んだ上で相手の脚を払い、勢いだけで投げるのも癪なので、軽く左拳で相手の鳩尾を突き上げる。

 

 手首をきつく握ってそのままだったので、不自然な形で捻られた骨が、耐え切れずにあちこち折れ砕ける様子が感触として伝わってくる。

 

 そのまま頭から床に叩きつけられ、白目を剥く冒険者。

 厳つい見た目の割には、言動と言いやられっぷりの無様さと言い、見上げる程の小物だ。

 

 小物過ぎて、見上げたら見えなくなりそうだが。

 

 男が床の上で伸びてから、私と同じテーブルに着いていた少女が悲鳴を上げた。

 そんなにショッキングな光景だったのだろうかと振り返ってみれば、

「お、お姉ちゃんが斬られたかと思った……!」

 だそうだ。

 失礼なことである。

 あんな遅い振り下ろしで斬られてあげられる程、私はのんびりさんではない。

 

 と言うか、お姉ちゃん、か。

 酔っぱらいから言われると激しく不快だが、年下から言われてみると、なるほど案外悪くない響きでは有る。

 

 どうでも良い考えで一拍空いたが、私は首を巡らせると、次の()()に目を向ける。

 それは、割と近くのテーブル。

「さて? 冒険者の自由の原則、でしたか? 冒険者の大好きなそれには、確か『自由には責任が伴う』とも続いた筈でしたね」

 気絶して返事のない男には目もくれず、そのテーブルで完全に動きを止めて顔を引き攣らせている、仲間と思しき連中へと視線を転じて口を開く。

「一般人に手を出した結果がこのザマです。では、私を怒らせる自由の対価として、この男の生命(いのち)を頂きます。宜しいですね?」

 言いながら、私は綺麗に仰向けで気絶している男の喉に、右足を乗せる。

 

 まあ、どんな返事であっても、このまま踏み抜くのだから、実際返事など待っては居ないのだが。

 

「ま、待ってくれ、そいつは酔ってたんだ、その、調子に乗って、相手の実力を測り損ねてしまっただけなんだ、許してやってくれ」

 

 革のジャケットを着た細い男が、立ち上がりながら早口に、謝罪に似た何かを口にする。

 同じテーブルに座る残り2人は、まだ状況を把握できていないのか、1人は私を、もう1人は床で伸びている男を、それぞれ口を開けたまま眺めている。

「酔っていたから、相手を軽視したから、剣を抜いて斬りかかったのも仕方ないと言いたいのですか? 貴方も死んだほうが良いレベルの馬鹿ですか?」

 革ジャケットの謝罪にもなっていない戯れ言に、私は足元の男に止めを刺すのも忘れて肩を竦める。

「そもそも、許してやってくれ、とは。貴方は一体、何様の心算(つもり)なのですか? どんな根拠でそんなに偉そうなのですか? 仲間が無礼を働いた、申し訳ない、許して下さい、と言うのが、貴方に許された台詞ですよ?」

 私の少しばかり過激な物言いに、革ジャケットは更に顔をひくつかせる。

 その隣で、やけに露出の多い装備の女がカッとした顔で立ち上がる。

 次の犠牲者かな? などとぼんやり考えていると、更に隣のローブを着た男が慌てたように露出気味女に取り縋り、大急ぎで何事か耳打ちしている。

 何事かと多少気になったものの、取り敢えず次の相手は革ジャケットか露出気味女になりそうだ。

 一応念の為に全員のステータスを確認すると、全員が、先に私が転がした男とレベルに大きな差はない。

 大したことはない、と言う事だ。

 全員が全員、隠蔽魔法を掛けている事も同じ。

 

 気に喰わない。

 

 別段、私は曲がったことが嫌いだとか、そういった若い考えとは無縁では在るが、他人の不正というモノは鼻につく。

 なのでこっそりと、嫌がらせの魔法を、バレないように掛けてやる。

 次に悪さをした時に、言い逃れが効かないように。

 

 そんな事をしていたら、足元のゴミの処理を忘れていた事に気が付く。

 

 やれやれ、私としたことが。

 何事も半端は良くない、キチンと終わらせておかなければ。

 

 そう考え、右足に力を籠めようとした所で、肩に手を掛けられた。

 正直、この場には私の脅威になりそうな存在が皆無だったため、油断していた。

 油断なんかしていたから、私は自身に匹敵するような存在が現れなければ反応しないような――まあ、つまりは普段どおりの――警戒設定だったので、迂闊にも背後に立たれるまで気にもしていなかったのだ。

 

 気付かなかったのではない。

 無いったら無い。

 

 新手の登場に、鬱陶しさから溜息を漏らし、何事かと振り返ろうとした私の耳に。

「嬢ちゃん、その辺にしときな。その男はこっちで預かって行くからよ。文句は()えだろうな、ジャックよぉ」

 低い、良く通る声が滑り込んでくる。

 振り返った先では、顎髭の逞しい、軽鎧を纏った壮年の男と、その後ろには男と揃いの装備の若者が2人、感心するほど堂々とした立ち姿で並んでいたのだった。




衛兵さんの登場は、想定していなかった模様です


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交易の街にて・冒険者と衛兵と私

街の中だとか、人の目があるとか、実はあんまり気にしていないのかも知れません。


 私の肩に手を掛けたまま、顎髭の偉丈夫は馬鹿共……もとい、冒険者達に目を向けている。

 ふとバタついた気配や物音に、酒場の入り口の方へと目を向けると、同じ装備の集団が店内に入ってきている所だった。

「ジャック手前(テメエ)、メンバーの面倒はきちんと見ろって毎回言ってるだろうが。手前(テメエ)らが自由云々言うのは勝手だが、衛兵として見過ごせない分はきっちりしょっ引くって何回言った? あ?」

 飛び出した台詞を吟味するに、どうやら彼は衛兵と呼ばれる職業に就いているらしい。

 しかしその言い様は、衛兵と言うよりは取り締まられる側のような物言いなのだが、まあ、荒くれ者と渡り合う立場上、ある程度は已むを得ないのだろう。

「いや待ってくれよ。今回、俺達は被害者だぞ? いきなりその女にぶん投げられたんだ、悪いのはその女だろうが」

 やってきた衛兵が私の足元で気絶している冒険者に縄を掛け、引き起こす。

 そのまま引き摺られて行く様子を眺めていた私の耳に届いたその台詞は、聞き捨て出来るものでは無い。

「おやおや笑わせますね。相手を見くびって下手なナンパを仕掛けて、断られて逆上して斬りかかった挙げ句に返り討ちにあったお仲間が可哀想なほど、軽薄で無責任な発言です」

 上げた視線を革ジャケットに合わせて、手短に経緯を口にする。

 

 ……若干違っている気がしなくもないが、まあ、気にしてはいけないだろう。

 

「おっ、お前っ! こっちが黙ってりゃあ、随分とつけあがるじゃないか! アタシ達はCランクの冒険者だぞ!」

 革ジャケットが私の発言に何か反応するより早く、その隣でローブ男に止められていた露出気味女が私に指を突きつけてくる。

 

 なんだろう、へし折って欲しいのだろうか?

 

「つけあがるも何も、事実でしょう。Cランクなのは素直に凄いと思いますが、人間性が3流では尊敬のしようも有りませんね。貴方も捕縛された馬鹿同様、死んだほうが宜しいですよ?」

 私が心底から馬鹿にして感想を述べると、あっという間に顔を紅く染める露出気味女。

 冒険者というのは、短気で短慮で向こう見ず、そうで無ければ務まらない職業なのだろうか?

「このっ……!」

「好い加減にしろ、お前ら。ダニエラ、騒ぐようならお前もしょっ引くぞ。……見慣れねえ姉ちゃん、アンタは着いて来な。隊舎で話を訊きてぇんでな」

 激昂しかけた露出気味女は、その鼻先を顎髭衛兵の言葉に止められる。

 名前を衛兵に覚えられている辺り、それなりに問題児という事なんだろう。

 

 まあ、この女も――と言うよりメンバー全員が――ステータスを盗み見てやれば、犯罪歴を隠蔽している痕跡が在った。

 つまりは、それなりに色々とやらかしている、と言う訳で。

 この場は短絡馬鹿1人で収めてやるから黙ってろ、と言うことなのだろうなと、妙な感心をしてしまう。

 

 一方で私にも、隊舎に来いと告げて来た。

 ……まあ、騒ぎを起こしたのは事実では有るし、言い訳はそこですることにしよう。

 

 さて、移動するのは良いとして。

「畏まりました。お伺いさせて頂くのは構いませんが、連れも一緒にお邪魔しても構いませんでしょうか?」

 私は先程の冒険者()()の首をへし折れなかった残念さを一切表情に出さずに、顎髭の方へと向き直る。

 まあ、あの程度なら見逃した所で問題あるまい。

 また絡まれたなら、その時に止めを刺せば良いのだ。

 

 私の素直な言葉に何故か不審そうな顔をした後、顎髭はテーブルでガタガタと震えている少女へと目を向ける。

 

「お、おう、素直に言うこと聞いてくれるのは有り(がて)えな。勿論、そっちの嬢ちゃんもついてきてくれ。1人でこんなトコに放っとく訳にもいかんしな」

 不審そうと言うか何処か信じられないモノを見るような目付きで、左手で顎髭を擦る。

 失礼な男だ、その自慢の顎髭の手入れを手伝ってしまうぞ。

 

 引き毟る方向で。

 

 そんな個人的な感想は兎も角、こんな所に少女を1人で放っておく訳にはいかない、と言う意見には同意する。

 この酒場を選んだのも、騒ぎを起こしたのも私だと言うことは、この際は小さなことだ。

 

 

 

 おっかなびっくり付いてくる少女の手を引いて、衛兵隊舎のドアを(くぐ)った私達は、どういう訳か小規模な会議室らしき部屋でお茶まで出されて大人しくテーブルに着いている。

 対面には顎髭衛兵、後ろのドアの両脇に、先程見た2名の衛兵が付いている。

「災難だった、って割にはアンタも大暴れだった訳だが、まあ、何だ。ゆっくりしてくれ」

 言って、顎髭衛兵は率先してカップを取り、美味くもなさそうに茶を啜っている。

「お気遣いは大変有り難いのですが、取り調べに際してリラックスし過ぎは宜しくないでしょう」

 言う程緊張した(ふう)でもなく、私はカップを手に、しかし今回ばかりは礼儀を逸しないように気をつけて口を開く。

 どうせ気をつけた所でやらかすのは理解(わか)り切っているが、だからといって心掛けなくても良いと言う事ではない。

「あン? 取り調べ?」

 しかし顎髭衛兵氏は、私の態度を気にすること無く、むしろ私の発言に驚いたように声を上げる。

 

 此方の緊張を(ほぐ)そうとしているのだろうか?

 しかし、取り調べ対象の緊張を(ほど)いてやる理由が理解(わか)らない。

 威圧的に掛かってこられるなら萎縮するなり反発するなり対応は思いつくのだが、困惑を顔に貼り付けた挙げ句、取り調べ自体を否定するような事を言われると、此方としても返答に窮する。

 

 まさか、茶飲み話に誘った訳でもあるまいし、どういう魂胆なのだろうか?

 

「こりゃ、そんな畏まったもんじゃ()えよ。騒ぎに関しちゃ、あの馬鹿が突っ掛かったんだろ? ……様子見てた限りじゃ、アンタもそれなりに煽ったんだろうとは思うけどよ」

 顎髭氏が再度口を開き、そして私もまた、再び少しだけ驚き、かつ、小さく納得もする。

 

 今は牢に放り込まれている(であろう)冒険者は、割と以前から問題視されていた、と言う事なのだろう。

 だったらもっと早くなんとかしておけ、とも思うが、まあ、私を割と正確に観察出来ていて、その上で見逃してくれているので不問としよう。

 

「まあ、アレだ。変に目立っちまったようだし。一応、保護だな」

 そう言って、茶を啜る。

 

 まさか保護される立場になるとは思っていなかった。

 

 私は即座に言葉を返すことが出来ず、やはり状況を飲み込みきれていない少女と、顔を見合わせるのだった。




衛兵隊のご厄介になるようです。


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交易の街にて・衛兵隊舎問答

そろそろ、人の名前をちゃんと聞く習慣を身に着けた方が良いと思います。


 程良く小ぢんまりとした会議室内で、世間話風に進む事情説明。

 思ったより話しやすいのは助かるのだが、それで良いのか顎髭衛兵。

 

「なるほどなあ。まあ、酒場での事情は大体判ったぜ。アンタも大概やりすぎなんだが、相手が冒険者で、かつ、あの馬鹿だからな」

 

 茶を啜り終えると、おもむろに煙草を取り出し火を付ける顎髭。

 

 お前は職務中だろうとか、火を付ける前に同席者に確認を取れとか、茶を飲んでから煙草って、逆だろう逆! とか、色々思ったが一旦は黙っておく。

 この件に関しては、後できっちり文句は言うが。

 今はそんな事はどうでも良い。

 

「そのような言葉が出るという事は、元々、何かしら問題の有った冒険者だったのですね。なぜ放置していたのですか?」

 目を見据えながら言うと、顎髭はたじろいだ様子もなく私の視線を受け止め、飄々と紫煙を吐き出す。

「何処の馬鹿の手引か知らんのだが、連中の犯罪歴がどう調べても出ねえんだよ。大方『隠蔽』なんだろうが、解除は白い魔法……ああ、最近じゃ神聖魔法とか言うんだったか? そいつが必要なんだが」

 白い魔法、とはまた、随分と古い言い回しを知っているものだ。

 

 元々、その使い手はあちこちに存在した。

 だと言うのに、それを「神聖な力」と称して囲い込み、権力の下で制限し、利益に替える連中が現れた。

 

 私が嫌う連中。

 私が、私のこの魂がこの世界に転移することになった直接の元凶。

 先代に世界について教えを受けていた中で知った、自分の死の原因。

 

「まあ、俺達衛兵は『聖教会』とは折り合いが悪くてな。そもそもの大本の『聖教国』と折り合いの良い国の方が、少ないんだがな」

 顎髭氏は、紫煙と共に言い切ると、乾いた笑いを浮かべる。

 

 東の、あの邪悪なナニカに覆われた、冷え冷えとした気配を放つ国だ。

 積極的に近寄りたくはないし、当然友好的な目では見れない。

 

「それで、その教会とやらの協力も得られず、隠蔽を剥ぎ取ることも出来なかった、と?」

 私の目には何がしかの感情は浮かんだのだろうか?

 もしも嫌悪が浮いていたなら、顎髭氏には謝罪したいところだ。

 

 その嫌悪は、顎髭氏に向けたものでは無いのだから。

 

「そう言うこったな。だからまあ、あの連中をしょっ引いた処で、何も出ない訳よ。そんな訳で、さっきの騒ぎはある意味、渡りに舟だった訳だ」

 隠蔽されているからと言って、衛兵隊は手を拱いているばかりでは無い、という事か。

 多少強引でも、好機があればその隙を突いて取り締まる、その程度の事はするのだと。

 

 現行犯で捕まえてしまえば、隠蔽する余裕など生まれないのだ。

 

 美味そうに煙草を燻らす顎髭氏の様子には若干の(いら)つきを覚えるものの、まあ、やる事はやっているのだなと感心してしまう。

 見た目や言動は暴力一辺倒な脳筋衛兵っぽいと思ったのだが、案外考えて居るらしい。

 

 だから私は、殊更に溜息を()いて、そして口を開く。

 

「馬鹿なんですか、貴方達は」

 

 流石に今の話を聞いて、その上で馬鹿呼ばわりされると思って居なかったのか、顎髭氏も、そして私の隣の少女も、更には顎髭氏の後ろに控える2名の衛兵も、揃ってぽかんと口を開けっ放しにしてしまう。

 だが、私はそんな4人の様子を省みること無く、更に言葉を放つ。

「なんで『魔法協会(ソサエティ)』に協力を要請しないのですか。あんな興味先行の研究馬鹿共、口先で何とでも丸め込めるでしょうに」

 私が言葉を切ると、一瞬静まり返る会議室。

「……姉ちゃん、思ってたよりも遥かに口が悪いな?」

 そんな空気を破り、顎髭が率先して感想を述べる。

 

 余計なお世話である。

 

「一般論です」

「そんな極端な一般論は()えよ」

 私の憤慨を込めた反論は、一息で叩き斬られる。

 

 酷い話である。

 

「っ()ーか、魔法協会(ソサエティ)がどうにか出来るのかね? 隠蔽魔法は教会じゃないと、解除出来ないモンじゃ無いのか?」

 顎髭氏は直接私に疑問をぶつけ、後ろの衛兵たちは互いに顔を見合わせている。

 

 私は溜息を漏らす。

 幾ら専門外とは言え、魔法の知識が薄過ぎはしないだろうか?

 

「『隠蔽』は、基本的に呪いでも状態異常でも有りません。必要なのは『解呪(ディスペル)』でも『状態回復(キュア)』でも無く、『喝破』か『看破』、そして再度『隠蔽』を掛けられないように『隠蔽阻止』と、嫌がらせに『明示』でも掛けておけば良いのです」

 魔法を齧った程度の私ですら、この程度の事は思いつく。

 魔法協会(ソサエティ)の連中なら、もっとエグい方法を思いつくだろう。

 

 隠蔽阻止の代わりに、「偽証禁止の誓約」とか。

 アレは、誓約を破ると死ぬんだったか?

 流石にそこまではしない……か。

 

 確証はないが。

 

 呆気にとられた様子で私の放った言葉を吟味する顎髭氏達の様子にもう一度溜息を()いてから、私は締めの言葉を投げ掛ける。

「私が、()()()()()()()()()()

 静まる会議室。

 

 この様子は、私の提言を受け入れるかどうかを吟味していると受け取っても良いだろう。

 衛兵なんて仕事をしている割には、中々に柔軟性に富んだ男であるようだ。

「……待て待て。最後、何言(なんつ)った?」

 そんな(ふう)に感心していたと言うのに、顎髭は私の些細な、どうでも良い締めの言葉に引っ掛かりを覚えたようだ。

 と言うか、それを言うなら「今、なんて言った?」と聞いて、それに私が台詞を最初から言い直す、というのがセオリーだろう。

 細かいのか雑なのか、ハッキリしない男である。

 そう聞かれたら、私の答えは決まってしまうだろう、まったく。

 

「ですから、私が叩きのめした男と、その仲間達に『看破』と『隠蔽阻止』、そして『明示』を掛けた、と言ったのですが?」

 

 私がキチンと言い直し、そして再び訪れる静寂。

 一体何が気に入らなかったと言うのか、そう考えたところで、短い静けさは打ち破られる。

「そういう事はもっと早く言えよ! おい、お前ら! さっきの馬鹿に『鑑定』試して来い! いや俺も行く! 姉ちゃんたちはちょっと待ってろ!」

 テーブルを叩く程の勢いで立ち上がり、私に言葉を投げてから後ろの衛兵達に指示を飛ばし、最後に私に指を突きつけてから、大慌てで会議室を飛び出していく。

 

 不躾な指をへし折る隙も時間も無く、私達に監視も付けずに飛び出していく顎髭と他2名が消えた扉を眺めながら、失礼な態度に憤慨した私がふと視線を転じると。

 

 少女が、なにか底恐ろしいものを見るような目を私に向け、若干身を引いていた。

 

 何故?




そろそろ、性格の悪さに気づき始めた少女です。


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交易の街にて・会話と確認の大切さ

そして夜は更けつつあります。


 顎髭衛兵氏と、どうやらその部下によって行われた鑑定魔道具使用により、茹でダコこと節穴にガラス玉をはめ込んだ冒険者は大小様々な犯罪行為が白日の下に晒され、一発犯罪奴隷落ちがほぼ確定らしい。

 

 魔法とか魔法道具で犯罪歴が丸裸になる、魔法世界の恐ろしさよ。

 

 看破は、掛ける相手の実力が大きく上回っていると効果が無い。

 

 つまり、私より大きく実力が上回る様な化け物が現れたなら、私のステータス隠蔽も即剥ぎ取られると言う訳だ。

 肝に銘じておかなくては。

 

 既に捕縛された茹でダコのみならず、仲間達の犯罪歴隠蔽を取っ払ったと言う話もして居るので、衛兵隊は大急ぎでその身柄確保に動き出した。

 もう既に陽も落ちているというのに、慌ただしい事である。

 

 

 

 衛兵隊舎の小会議室に取り残された私と少女が暇を持て余し、少女が椅子の上で舟を漕ぎ始めた頃、顎髭が戻ってきた。

「やれやれ忙しない事ですね。落ち着きというものを覚えた方が宜しいですよ?」

 再登場するなり溜息を()いている偉丈夫に労いの声を掛ける、私は優しいと思う。

「誰の所為であんな大慌てさせられたと思ってンだ。ああ言う魔法を使ったんだったら、もっと早く教えといてくれよ」

 だと言うのに、この顎髭には私の優しさは届いていないらしい。

 罰当たりな男だ。

「だったらもっと早く、関連した話題を切り出すべきでしたね。あくまで嫌がらせの心算(つもり)でしたから、私の方からそんな事を率先してお(はな)しする筈がないでしょう?」

 悪戯というものは、黙っているから面白いのだ。

 率先してネタを明かしてどうすると言うのか。

「ああ言えばこう言う女だな、ったくよお」

 椅子に腰掛け両手は膝の上、そんな姿勢から放つ私の返答に、顎髭は疲れたように椅子を引き、どっかりと腰を落とす。

 椅子に同情しておくとしよう。

「まあ、お陰さんでジャックと、ロビンソン……あのローブを来た薄暗い男な、その2人は確保出来た。ダニエラは、どさくさでトンズラしちまったが」

 疲れたように事のあらましを説明してくれるのは有り難いのだが、守秘義務はどうしたのだろうか?

 私も少女も部外者なのだが、大丈夫なのか?

 捕まえた、程度なら別に構わないと思うのだが、名前に関しては個人情報だろう。

「おやおや、失態ですね」

 しかし私はそんな疑問をおくびにも出さず、大変疲れていそうな衛兵さんに、優しく言葉を掛ける。

 優しいのは言い方であって、内容がそうであるとは限らない。

「いやはや、言い訳のしようも()え。ジャックが大暴れしてる隙に、さっさと逃げちまった」

 しかし顎髭氏は私の言葉を否定せず、己の失態を素直に認めた。

 

 見た目や言動に似合わず、意外と誠実であるらしい。

 

「とは言え、衛兵隊に目を付けられたなら、もう時間の問題では? どうせ冒険者ギルドに抗議なりして、圧力を掛けるのでしょう?」

「人聞きが(わり)い言い方すんじゃねえよ。ギルド側に通報して、対処を()()()()()んだよ。俺達は清く正しい、街の衛兵隊だぜ?」

 私が少し悪戯に言うと、顎髭氏は面白くも無さそうに応える。

 思った以上に話しやすい御仁で、一安心と言ったところだろうか?

 

 ご本人は色々苦労してそうなので、うっかりと同情しないように気を付ける必要はありそうだ。

 

「はぁあ、走り回ったお陰で疲れちまったぜ。働くのは好きじゃ()えんだよなあ」

 お茶を啜りながら堂々と言ってのける顎髭氏の後ろで、恐らく部下であろう2名が笑いを堪えている。

 慕われているようで結構な事だ。

「頼れる街の衛兵さんは大変ですね。応援してますので、頑張って下さいませ」

 私がガッツポーズまで作って愛嬌を振りまいて見せたというのに、見せられた方はと言うと。

「そういう事を、無表情で言うのは()めてくんねえかな? 却って疲れるんだわ」

 可愛げのない顎髭である。

 心底嫌そうに、そう言う台詞を口にするんじゃない。

 

 引っこ抜いた顎髭を、その口に詰め込むぞ。

 

 そして、少女は私達のそんなやり取りに頬を緩めている。

 そういう顔が出来るのなら、もっと早く見せてくれてもバチは当たらなかったんだよ?

 

「……そういや、保護とか偉そうに言っといて、名前も訊いてなかったな。俺はベルネ衛兵隊東分隊長、アルクマイオンだ。(なげ)えし、アルクで良いぜ。アンタらの名前は?」

 思い出した様に言われた言葉に、私と少女は顔を見合わせる。

 

 当たり前のように自己紹介されてから私は思い出したのだが、少女の方はどうだろうか?

 此処(ここ)まで比較的短い時間だったとは言え、お互いに名乗っていない、尋ねもしていないと言う体たらくだった。

 旅の途上で不都合もなかったし、私視点で言えば少女が訳アリ感満載だったので踏み込みたく無かった訳だが、そう言えば少女から問われても居ない。

 

 微妙な顔で見つめ合う私達に、顎髭……アルク氏が何を感じ取ったものか、不審げな顔で此方(こちら)を眺めている。

 

「……なんだ? 訳有りか? 見た感じ、姉妹って感じでも()えし、親子って(ふう)でも()えしな」

 

 紫煙を(くゆ)らせて、なにやら不審げな顔を崩しもしないでとんでも無い事を言い出す。

 いや、否定から入っているので良いと言えば良いのだが、一瞬とは言え親子関係を疑ったと言う事なのだろう。

 

 姉妹なら兎も角、親子に見えるとは何事か。

 

 中身の年齢は特に秘すが、(がわ)の見た目は若々しいだろう。

 ……(がわ)とか言ったら先代に怒られそうだし、それを言い出したら、築200年以上の物件なのだが、言わねば判るまい。

 築何年は違うか?

 人形はこういう場合、どう言えばいいのだろう?

 開き直って、年齢と言い張るべきなのだろうか。

 

「ええと、その……私はイリーナと言います。ワクタナのイリーナです」

 

 私がどうでも良い事を考えている間に、困った様な顔で少女が答えた。

「ふむ、可愛らしい名前ですね」

「へえ、あの今にも無くなっちまいそうなあの村か」

 少女の名乗りに私とアルク氏は同時に反応し、そして顔を向け合う。

 

「この子……イリーナの居た村を知っているんですか?」

「なんだその反応? まるで初めて名前を聞いたみたいな顔じゃねえか」

 またしても同時に口を開き、そしてアルク氏はぎょっとしたように顔色を変える。

 

 正直、オッサンの百面相など、見て楽しいものでも無いのだが。

 

「おま、まさか? いや、嘘だよな? そんな訳……」

 

 驚いた表情のままで、私を指差して色々言っているが、それにしても。

 この街の人間は、どうしてこうも人に指を突きつけがちなのか。

 

「なんですかこの指は。へし折って欲しいのですか? 何に驚いているのかは判り兼ねますが、この子の名前を聞いたのは、初めての事ですよ?」

 

 私が遺憾の意を表明してから事実を述べると、アルク氏のみならず、後ろで扉脇に控えていた2名の衛兵も目を丸くして私を凝視してきた。

 ……まったくもって、不躾な輩の多い街である。




いちばん失礼なのは誰か、鏡を見て考えたほうが良いと思います。


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交易の街にて・まずは自己紹介

今回は、シリアスさが一握り含まれているかも知れません。


 理不尽。

 それは道理に合わない、と言うこと。

 ではそれは、具体的にはどういう状態かと言うと。

 

「なんでお前は、短いとは言え旅を共にする相手の名前くらい、聞こうと思わないんだ?」

「どうせ短い期間ですし、訊いてどうするんですか。そのうち忘れると言うのに」

「そういう事じゃないだろうが。っ()ーか、お前は名乗りもしない相手を信用して、旅なんか出来るのか? 今回はたまたま無害なお嬢ちゃんが相手だからまだ良いが、相手が身体(からだ)目当てのクズだったらどうしたんだ」

「そんな不埒な相手なら、叩き潰しますよ、物理的に。確かに今回はまったく失念していましたが、次回こういう機会には、きちんと魔法を使用して信用出来る相手かどうかを確認しますよ」

「今回出来なかったことが、次回出来る訳()えだろうが! 大体、どういう魔法でどうやって確認すんだよ! そもそも、そう言う問題じゃ()え!」

「出来ます。でーきーまーすー。そういう事は魔法に詳しくなってから言って下さい。それに、じゃあどういう問題だと言うのですか」

「お前さんの危機感の問題だ!」

「私に危機感を覚えさせるような相手なんて、そうそう居るはず無いでしょう。大丈夫ですか? 状況を理解出来てます?」

「だから何だよその意味不明な自信は! 心配なのはお前の現状認識力だよ!」

 

 こういう、不毛なやり取りに身を置かねばならない事は、それに近いと言えるだろう。

 どれがどっちの発言で、それぞれどういう態度でのやり取りだったのかは、お互いの名誉の為に明かさない事にさせて頂く。

 

 

 

 徐々にヒートアップするアルク氏だったが、この男は本当に、何を言っているのだろうか?

 特に、私の心配等と言い出すとは、また酔狂な御仁だと、いっそ感心してしまった程だ。

 そんな事を考えながら適当に、飛んでくる売り言葉に添える買い言葉を選んで、投げ返して遊んでいると、終いには彼は立ち上がってテーブルをバンバン叩いた挙げ句、がっくりと椅子に腰を落とした。

 

 暑苦しい上に喧しい事である。

 

「……あーもー、お前と話してると無駄に疲れる。もう良いよ、ただ嬢ちゃんには謝っとけ」

 肩を落とし、疲れ切った様子のアルク氏。

 あちこち走り回った後に大声を張り上げたりすれば、それは疲れる事だろう。

 

 熱く語った彼には悪いが、自己紹介にどれ程の意味が有るのか、今ひとつ理解出来ない。

 出来ないが、それを言ったらアルク氏がまたヒートアップしそうな、謎の予感が強く漂う。

 なので放置して観察していると、疲れ切ったような顔を上げて私に問を投げ掛けてきた。

 

「そんで、お前の名前は何よ」

 

 言われて、私は考える。

 

 私は重要視していないが、挨拶代わりに自己紹介する手合(てあい)や、信頼の証として名を明かす御仁も居る。

 そうである以上、気軽にせよ重々しくあるにせよ、こういう事態を、名を問われる場面を想定していなかった訳ではない。

 名乗る事自体に抵抗は無いのだが、それとは別に問題を抱えているので、考えざるを得なかったのだ。

 

 私は、聖教国の手によって、生命を刈り取られた立場と言って良い。

 こちらに来て暫くは、単なる事故に巻き込まれただけだと呑気に思っていたのだが、ある時先代が教えてくれた。

 

 勿体ぶっても仕方がないので簡潔に言えば、聖教国は、良く有る世界を裏から牛耳りたいとかいう、手間暇とリターンが釣り合っているのか分からない事にご執心なのだとか。

 その為の手駒を手っ取り早く用意したかった、と言うしょうもない理由で、ご丁寧に魔法まで使って、私が元いたあの世界の「人間の魂」をお取り寄せした、というのが真相だったらしい。

 

 私が巻き込まれた事故で、結果何人死んだかは判らない。

 聖教国にしても、目的の数を確保出来さえすれば、後は所詮――彼らから見て――異世界の出来事、結果何人死のうが知ったことでは無かったらしい。

 だから、その魔法が誰を狙っていたのか、私を捕らえるための物だったのかも怪しい。

 

 大雑把で粗い魔法故に、細かい指定は出来ない。

 精々、ある程度の地域を指定できる程度のモノなのだ。

 そんな程度だから、予定数に対して多かったり少なかったり、結果はまちまちだったそうで。

 

 ――私の時には、多かったのか少なかったのか。狙われたのか巻き込まれたのか、知らないし知りたくもない。

 

 本来であれば、教国が用意した依代と言う名の生贄の死体に、私の意識、と言うか魂が定着させられる予定だったらしいのだが、私は藻掻(もが)いて足掻(あが)いて、そして先代の伸ばした魔力の枝に縋ってそれを逃れた。

 

 逃れた先が人形の身体(からだ)で、気が付くと私は元人間の人外に成り果てた訳だが、さて。

 

 糸の切れた操り人形と黒い思惑で踊らされる傀儡、どちらがマシかと考えれば多少は慰められもしたが、やはり自分が人間では無くなったと知らされた時には混乱もしたし、途方にも暮れた。

 しかし元々いい歳をしていた私は、比較的早く状況を受け入れ、そして同じ身体(からだ)に宿る先代の意識に様々な「この世界」での知識を教わったのだ。

 

「私の名は」

 

 ある程度全てを私に授け、智慧の泉は満足してその存在を消した。

 その際に、私はその名を受け継いだのだ。

 

 単純に、尊敬の念を抱いていた、と言うのも勿論有る。

 だが、それと同時に。

 

 元の世界の、まあご同類が幾人も存在して、その内の一部が教国で暗躍ごっこに興じている有様を知って、下手に元の世界での名前を、日本人名を明かす事には抵抗があったのだ。

 

 この世界に居るであろう同胞が、味方とは限らないのだから。

 

「マリア。ただのマリアです」

 

 この世界では、貴族様か特殊な事情でもなければ、姓を持たないのが一般的で、大抵は出身地か、或いは生活基盤となる村なり街なりの名と共に自分の名を名乗る。

 しかし、私にはこの世界での出身地も何もない、

 

 強いて言うなら霊廟のマリアだが、そんな思春期男子が患っていそうな名前を名乗るのは大いに気が引ける。

 

「……ほおん。口と性格が悪い割に、名前は案外普通じゃないか」

 私の名を知り、アルクは無礼千万な感想を漏らす。

「マリア……マリアお姉ちゃん……」

 一方で、イリーナは何か思うところでも有るのか、私の名前を繰り返す。

「イリーナさん、無理にお姉ちゃんと付けなくても、好きに呼んで良いのですよ? あとアルクさん、貴方は後で髭を毟ります」

 

 私は私の中に渦巻く様々な思いを覆い隠し、少女に優しく微笑む。

 微笑んだ心算(つもり)だったが、果たしてどうだっただろうか。

 

 そして、その慈しみの口調のまま、顎髭にはその罪に対する刑罰を宣告するのだった。




シリアスさなど欠片も有りませんでした。


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交易の街にて・転換点

未だ旅の途中の人形と、旅の終着へと辿り着いた少女。
しかし、別れの時にはまだ遠い様です。


 アルクマイオン氏の部下の1人(だと思う)の、真摯な(笑いを(こら)えながら)嘆願により、私は彼への刑の執行を一時停止する事に決め、その旨通告する。

 

 勿論「一時停止」なだけなので、いずれ執行することも併せて通告済みだ。

 

 アルク氏の部下には、笑い過ぎの涙を拭いながら感謝を述べられた。

 そんな部下を照れ隠しに叱り付ける、不器用な分隊長さんを微笑ましく思う。

 

 信頼関係とは良いものである。

 

「……お前、なんかロクでも無い事考えてねえか?」

 部下に良いように(からか)わ……慕われて疲れ切った顔のアルク氏が、ヒトサマの顔を見てまたも無礼な事を言う。

「失礼な方ですね、本当に。部下が上司のために涙ながらに嘆願し、上司はそれに感動しつつも素直になれない様子を眺めて、(なご)んでいただけですよ」

 仕方が無いのでキチンと私見を述べるのだが、

「人の髭をネタに、笑い過ぎて涙が出てる野郎どもを、そこまで美化する意味が分からん……」

 アルク氏は疲労気味の顔に微妙な表情を貼り付けて、端的に言うなら嫌そうに応えてくる。

 

 意味など勿論無いし、当然私なりの嫌がらせの範疇なのだが、それは言わずに通すのだった。

 

 

 

「冒険者になりたい、ねえ」

 先程の、ほんの数分の部下たちを交えた戯れを終えた彼は、真面目な相談者たる私達に向かい合い、そして先程とは違った意味で微妙な表情を此方(こちら)に向けてくる。

 此方(こちら)、と言うか、イリーナの方へ。

 向けられた方は居心地悪そうに、アルクへと視線を向けたり逸らしたりを繰り返している。

 

「保護者としてはどうなんだ? マリアさんよ」

 

 そんなイリーナの様子に助け船を出すべきか、思った通りに反対すべきかで悩んでいた私は、不意に掛けられた私への声に、反射的に剣呑な眼差しを送ってしまう。

 

「誰が保護者ですか。こんな大きな子が居るように見えるなどと仰るなら、眼球をくり抜いて空いた眼窩にドアノブでも嵌め込みますよ?」

「言う事が(こえ)えし実際にやりそうな(ツラ)すんじゃねえよ。ホントにやりそうで(こえ)んだよお前は」

 私の様子に何かを感じ取ったのか、アルクは軽く両手を上げて降参のポーズを取る。

 

 おかしな話である。

 私としては、随分おとなしい態度だったと思うのだが。

 なにせ、まだ行動に移って居ないのだから。

 

「……まあ、それは置いておきましょう。イリーナが冒険者になりたい、と言うことに対しての意見でしたら、私としましても賛成致しかねます。高潔な冒険者が居ないとは思いませんが、残念ながら少数なのではないでしょうか。より数の多い、性質(たち)の悪い冒険者に対して、純朴で非力な彼女では対処も対抗も難しいでしょう」

 失礼なアルクに対する感想は胸にしまったまま、少女の希望進路に対して、私は忌憚のない意見を述べる。

「だな。まだ成人前だったら冒険者に登録しても駆け出し(ノービス)だから危険な依頼は受けられない、とは言え、騙してダンジョンに連れ込む馬鹿も居るしな」

 そんな私の言葉に、衛兵隊分隊長殿は煙草を取り出しながら乗ってくる。

 未成年者の前で煙草を吸うんじゃない! という思いを視線に乗せるが、顎髭殿は此方(こちら)を見もしない。

「その点は、アンタも心配なんだがな」

 どう抗議してやろうかと考えていると、漸くアルクは私に目を向けて、言葉を口の端に乗せる。

「はあ? 私が、イリーナを騙すとでも?」

 私がプンスカと不満を表現して見せれば、アルクは「あーあー」とか言いながらひらひらと両手を顔の前で振り、否定の意を示す。

「そうじゃねえよ、お前さんも騙されそうだと思っただけだ」

 うんざり顔のアルク氏が煙草に火を付けるが、ぞんざいに言うその言葉の意味を、私は数秒理解出来ず、喫煙に対して文句を言うことも出来ずに黙り込んでしまう。

 

 はああ? 私が騙されそう?

 

 あまりにも虚を突くその発言を受けて回転数の落ちた頭で、ようやく脳内で言われたことをオウム返しに出来た頃、衛兵氏は言葉を続ける。

 

「どうにもズレてる感じだし、そのくせ自信だけは持ってやがる。腕っ節だけの世間ズレしてないヤツなんざ、口先で幾らでも丸め込めるだろ」

 

 半眼でそんな事を言うアルクに、何処か馬鹿にされているような憤りを感じてしまう。

 しかし、感情に任せて言葉を返すようではいけない。

 

 つい先程まで、売り言葉に買い言葉のラリーを楽しんだ身としては意外と思われるかも知れないのだが、実はやや状況が異なる。

 先程までは、こういう言葉に対してこう返せば面白(おもしろ)……効果的だ、(など)と考える余裕も有ったのだが。

 認めたくはないが、思考の隙間から差し込まれたその意外過ぎる言葉は、油断していた分も含めて予想外過ぎたのだ。

 

「いっ、言うに事欠いて、この理知的な細腕を捕まえて腕っ節だけとは、斬新な感受性ですね」

 

 多少上擦(うわず)る声を自覚しつつ、私は腕組みして体勢の回復を図る。

 どう見ても強がりにしか見えないのが自覚できて、それがまた腹立たしい。

 

「ロクに後先も考えねえで冒険者1人ぶん投げて、そのついでで利き腕ぶっ壊しといて理知的も細腕も()えだろうがよ。どこの魔境の価値観だ」

 

 答える声も表情も冷ややか、と言うよりどこか投げやりで、まるで先程までのキャッチボールの攻守が逆転したような格好だ。

 ……キャッチボールに攻も守も有りはしないが。

「後先考えないも何も、全て相手が悪いでしょう。私のことは良いんです、今はイリーナの話ですよ」

 この流れはどうにも居心地が良くない。

 些か不格好では有るが、私は話題の矛先を強引に変える。

 

 この敗北の代償は、必ず払わせると誓って。

 

「まあ、良いけどよ。確かにお嬢ちゃんの問題だわな。……お嬢ちゃんはどうしたいんだ? やっぱ、どうしても冒険者になりたいか?」

 アルクは胡散臭いものを見るような目を私に投げつけた後、一転どこか優しさを帯びた眼差しをイリーナへと向ける。

 衛兵隊の一隊を預かる分隊長として、故郷の村を飛び出した天涯孤独の少女に、何かしら思うところが有るのだろう。

 

「私、他に出来ることなんか無いから……」

 

 短く答えて俯く少女の様子を見てしまっては、アルクの様子を(からか)う気持ちも湧いてこない。

 

 確かに、手に職なんて持っている様子も無いのだが、年齢的にはこれから何かを身に付けようとするのは遅いという事もあるまい。

 ではそれは何か、そして私にその手助けが出来るのかと自問すれば、この現状を変えるものには思い当たらない。

 

「……どうしたモンかね」

 

 イリーナの様子に居た堪れなくなった私が視線を転じると、今度は情けない表情(かお)で、アルク氏が口を開く。

 先にそれを言われてしまっては、私としても言うべき言葉が無い。

 

 おずおずと私を上目遣いに見上げる少女の様子に、さてどうしたものかと考えると同時に。

 ちょっとその仕草はあざと過ぎはしないだろうかと、どうでも良い感想を(いだ)くのだった。




真剣さは、長続きしない様です。


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交易の街にて・人形、ちょっと怒る

会議は踊らず、中断の様です。


 少女の処遇については本人の意志を確認しなければならないのだが、今すぐどうこうしなければならないモノでも無い。

 むしろ、急いだ所でどうにもならない。

 何をするにも、手順というものは必要なのだし、何も決まっていないのならば(なお)の事、勇み足を踏み出した所で空回って疲れるだけだ。

 

 となれば取り敢えずは、今日の処は解散、と言う運びになったのだが。

 

「どうせ宿取ってないんだろ? 別に尋問するような事も()えしこんなムサいとこ御免だろうが、今日は諦めて隊舎(ここ)使いな。小汚(こきたね)え部屋ばかりだが、まあ、雨風は凌げるぜ」

 

 立ち上がって大きく伸びをしながら、分隊長殿が提案を寄越す。

 確かに、今から宿を探すのは骨だし、此処(ここ)までの旅路で集めた動物たちの肉やら毛皮やらを売ることも出来ていないので、手持ちが無い。

 

 そういう事なら、取り敢えず適当な()()を貸して貰えるのは、有り難い話だ。

 

「そうですね……。宿と言いますか、寝ることについての心配はないのですが、目立たずに済むなら、それは助かりますね」

 

 私が顎先に指を添えながら呟くと、顎髭ことアルク氏は私に怪訝な視線を向ける。

 なんとまあ、耳の良い衛兵で有る事か。

 不審な事を言った自覚は有るのだから、もう少しその素振(そぶ)りを隠して貰えると、これも助かるのだが。

「あン? 寝床の心配は無いってお前、なんかアテでも有ったのか?」

 私の内心など知りようも無く、しかし発言の意味までは推し量ることも出来ず、その不審にギリギリ届いていない疑問を言葉にして此方(こちら)に投げてくる。

 

 ……まあ、事が事だけに、気になりはするか。

 

「アテではなく、持ち歩いているのですよ。ただの魔法空間(テント)よりは、多少はマシなものを」

 

 私が心持ち胸を反らせて、瞳まで閉じて言い切ると、今度は反応が無い。

 

 ちょっとした自慢では有ったので、こうまで無反応だとドヤった自分が恥ずかしくなってしまう。

 実は、案外ありふれたモノだったりするんだろうか?

 

 先代は珍しいものだと、これまた自慢気に言っていたのだが、考えてみれば百と数年、人と関わらず過ごしていたお(かた)だ。

 あの人がズレていると言うより、百数年の間に魔法技術が劇的に進んだのかも知れない。

 だとすれば、文句を言うべきは世の魔導師達か、魔法教会(ソサエティ)の関係者か。

 

 いずれにせよガッデムである。

 

 不安やらなにやらを抱え、私は恐る恐る目を開ける。

 そこでは、あんぐりと口を開いた顎髭氏と、目を見開いて固まっている若い2名の衛兵が、私を凝視しているのだった。

 

 

 

 どうやら驚いていたらしいアルク氏と他2名が驚愕から覚めると、即座に全員が表情を胡散臭いモノを見るそれに変え、無遠慮な視線を寄越してくる。

 ありふれたモノでは無かったと知って安心出来たものの、その表情を見るに、信じては居ないようだ。

「お前なあ……。見栄を張りたいのは理解(わか)るけどよ。普通のキャンプ用品を、魔法道具と偽るのは感心しねえな」

 挙げ句に投げ掛けられるのはそんな言葉。

 

 こやつら、まさかの詐欺師扱いであるか。

 

 いや、私は怒りはしない。

 この程度の事で怒りはしない。

 実物を見せつけてやれば、それで済む事なのだから。

 

「……いやお前、何も言わねえで睨んでくるの、()めてくんねえかな? すげえ怖いんだよ、なんだか()んねえけど」

 私が怒りに似た何かを抑え込んでいると、分隊長殿がその声を不安げなものに変える。

「誰の所為だと思ってやがるんで御座いますか。本来なら丁寧に捻り潰す場面で御座いますが、言葉を重ねても納得なさらないでしょう。眼球を綺麗に磨いて、よくご覧になりやがって下さい」

 テーブルに突いた手の平の下で、握力に負けつつ有る天板がパキメキと乾いた音を上げ始める。

 ほんの少し力を抑え損なっただけでこれとは、随分と軟弱なテーブルである。

 

 私の手元を見た若い衛兵が、顔色を青くしているが、見なかった事にしてしめやかに無視する。

 

「よく見ろって……何をだよ」

 アルク氏までもが私の顔と手元とを見比べて、若干顔色を悪くしている。

 だが私は気にしない。

「この期に及んで誰が料理の腕を披露すると思うんですか。ここで出すのは当然……!」

 丁寧に受け答えしながら、私はテーブルに預けていた腕を離して上体を起こし、魔法袋(マジックバッグ)の中身を脳内で検索する。

 

 魔法袋(マジックバッグ)本体は腰に着けたベルトの一部、小銭入れのようにしか見えない(いつ)つのポーチがそれだ。

 

 メイド服に溶け込む黒のベルトと同色かつ非常に薄型で、更にエプロンまで纏っているので目立たないそれは、容量(ひと)つあたり実に12万5000リットルと言う、数字で言われても今ひとつピンと来ない収納力を誇る。

 要するに125立法メートルで、これだけ聞けば結構な容量な気がするが、もっと理解(わか)りやすく言ってしまえば縦横奥行きが各5メートルと言うことで、ワンルーム1人暮らしの荷物なら問題無さそうだが、大家族で引っ越しの際には明らかに不足するだろう。

 とは言え、それが5つ。

 それは各々が私の思考に連動しているので、好きなバッグの中身を手元、或いはある程度任意の場所に「取り出す」事が出来る。

 

 とは言え、魔法袋(マジックバッグ)の中から魔法住居(コテージ)を取り出すのは、我ながら意味不明である。

 更に言えば、その内容は「コテージ」とは名ばかりの、ちょっとした豪邸クラスなのだが、その辺りも含めて一切合切「マスター」とやらの仕業なので、私としては開き直って受け入れるしか無い。

 

 そして、開き直って取り出しのプロセスを終えた私が誰も居ない、何もない空間に手を翳すと、そこには見慣れた、胡散臭いドアが現れる。

 白く磨かれた本体に、誰が使うのか判らないノッカーと、妙に洒落たデザインのノブが付いているだけの、シンプルなドア。

 

「さあ! 何処が普通のキャンプ用品で、どの辺りがただの見栄なのか! ご覧になって頂きましょうか!」

 

 ノブを押し下げて引き寄せ、ドアを開けて振り返れば、見慣れている筈なのに何故か圧倒されているイリーナと、人様を詐欺師呼ばわりした3馬鹿衛兵が面白顔を晒していた。

 

 ……イリーナ、貴女(あなた)は何度も見ているでしょうに。




自分を客観的に眺めるのは、苦手な様です。


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ささやかな騒乱のあと

自分で言うほど、冷静でも理知的でも無いようです。


 私が魔法住居(コテージ)持ちであることを疑ったばかりか、詐欺師を見るような目を向けてきた失礼極まる衛兵3名を案内し、良い時間であるという事で、私は衛兵達とイリーナ、そして自分の為の食事を用意している。

 なんで私が衛兵3名の分まで用意しているのかは、なんと言うか、そういう流れになってしまったとしか言えない。

 

 魔法住居(コテージ)内の様子を素直に褒められて、急に私の機嫌が良くなったとか、そういう事は決して無い。

 ……無いったら無い。

 

 

 

 ごく冷静に考えれば、案内だけで終わらせて追い出せば良いものを、なんで食事まで振る舞っているんだ私は。

 

 野菜類のストックが無いと言うのに。

 

「いや、本当にスマン。まさかホントに移動拠点(シェルター)持ちだとは思わなくてな。昔から、そういうのを餌に新人を釣る馬鹿が居るもんでな?」

 ダイニングで、室内を見回しながら「ほお」だの「へえ」だのうわ(ごと)の様に繰り返していた顎髭衛兵分隊長ことアルクマイオン氏、愛称アルク氏が、どこか媚びるようなニヤケ顔でヘラヘラと言い訳を言い重ねる。

 疑う気持ちは理解(わか)らなくもないが、それを出すにしても態度も言い方も有るというものだろう。

「実物を出させたらすぐに判ることでしょうに。なんですかあの胡散臭いモノを見る目は。本来なら罰として、材料代と同等量だけ、貴方たちの部位を毟り取る場面ですよ? イリーナにショッキングな場面を見せる訳にもいきませんから、今回は見逃しますが」

 人様の手料理を遠慮なく平らげた衛兵達は私の冗談に顔を青くしている。

 笑い飛ばす所だと思うのだが、ノリが良いのか悪いのか掴みかねる連中である。

 

 それを見たイリーナは、眉根を寄せた困ったような弱い笑顔で、これも私の冗談に笑っている様子でもない。

 

 まあ、それは置くとして。

移動拠点(シェルター)とはまた、随分物々しい呼び方ですね。それは確か、軍用のモノの筈では?」

 私の持つ魔法住居は、簡易寝床(テント)よりは遥かに大きいが、宮殿(パレス)ほど大きくも無駄な装飾もない。

 

 実のところ他の類似品と比較したことが無いのだが、上記の2つでなければ、まあ、魔法住居(コテージ)で有るのだろう。

 それぞれピンキリなので、私の簡易住居(コテージ)()()大きいのかも知れない。きっと。たぶん。

 

「俺も詳しくは知らんけどよ。こんな馬鹿デカいもん、話に聞く移動拠点(シェルター)宮殿(パレス)か、それか魔城(キャッスル)くらいなもんだろ」

 

 私が大げさな表現を窘めようと放った言葉に、アルク氏が肩を竦めて応え、それが私を呆れさせる。

 よく知らないと言いながら、出てくるのが大層な名前の代物ばかり。

 魔法に詳しくなければ、大げさに捉えてしまいがちなのだろうか。

 魔城(キャッスル)なんて、私だって見てみたい程の代物だ。

 

 まあ、私とて、魔法を使えるだけで、別に魔法に詳しい訳ではないのだが。

 

「馬鹿なことを言っていないで、さあ、戻りますよ。忘れているかも知れませんが、此処は乙女の寝室なのですからね?」

 食事を終え、隙あらばゆっくりと寛ごうとするする3名と、巻き込まれのイリーナを追いだ……連れ出し、衛兵隊舎の小会議室へと戻る私達。

「寝室、ってレベルじゃなかっただろ。つか、乙女ってな、誰のこった」

 私が魔法住居(コテージ)魔法鞄(マジックバッグ)に戻すと、扉の有った辺りを眺めながら、やはり失礼な呟きを漏らすアルク。

 反射的に目元に力が入るが、向けられた対象は此方(こちら)を見もしない。

 小憎らしい限りである。

「……まあ、無駄に時間を使いましたが、この様な事情ですので、寝床には困らない、と言う次第でございます。外聞等問題なければ、別に部屋が無くとも問題はございません」

 私は、当座のアルク氏に対する態度を決定し、せいぜい凛として見える表情を作って言う。

 そんな私にやっと顔を向け直した分隊長殿は、すぐに考え込むように私から視線を外した。

 

「いや、それでも放り出すのは衛兵隊(うち)の評判的な意味でも、()()を外で見られるって意味でもマズい。やっぱり、適当な部屋使って貰ったほうが良いな」

 

 ややツンケンとした態度を取った私に、しかしアルク氏は考えてから告げ、それに対して私は少しばかり彼を見直す。

 確かに、魔法住居(コテージ)なんてモノを人目も気にせず使ってしまえば、悪目立ちするのは避けられない。

 私から奪い取る、というやや高めのハードルは存在するが、それをどうにかクリアして手に入れ、売り飛ばす事が出来たら、それだけで一財産だろう。

 その程度のお宝では有るのだ。

 だからといって、使用に当たっていちいち人目のない場所を探してウロウロするのも怪しい。

 

 何度も言うが、私ひとりだったら気にすることも無いのだが、まあ、今は状況が悪いとしか言い様がない。

 

 そうである以上、私としてもその提案を無碍にすることは出来ない。

「お借り出来るなら、助かりますね。仰るとおり、あまり人目に晒したい物でも無いのですから」

 頭に血が――通っていないのだが――のぼって取った先程の行動のことなど完全に黙殺し、有無をも言わせぬ眼光を振り撒いてから、私は平然と言う。

 我ながら軽率な行動だったと反省しては居るのだが、過去に囚われていてはいけない。

 

 イリーナを含めた会議室内のメンバーは、下手に触れるのは危険と判断したのか、単に呆れただけなのか、私の揚げ足を取るような事はしてこない。

 

 

 

 そして、私達の仮の寝床として空き部屋に案内され、私とイリーナは顔を見合わせてから、()っすらと汗の匂いが染み付いた部屋の中で、住み慣れた魔法住居(コテージ)へと戻る。

 夜もすっかり更けた。

 イリーナの身の振り方と私の今後については、明日の私達に任せてしまっても良いだろう。

 今日の星空を眺めていないな、などと思ってみるが、別に普段星空を見る習慣もない、そんな私なのだった。




やっと1日が終わりました。


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人形であるということと、提案と

夜は明けました。


 1日の始まりに、清潔な服に袖を通し、身支度を整え、そして朝食の準備も整える。

 ぼちぼち在庫が少なくなってきたが、今日も卵を使用。

 とは言っても、シンプルな目玉焼きと、トーストした自家製の食パン、ベーコン代わりに塩胡椒を効かせたボア肉……猪肉(ししにく)をこんがりと焼き上げただけの、まあ、簡単なものだ。

 ベーコンの代わりになっていないのは、薄々(うすうす)気が付いては居るので、見逃して欲しい。

 そんな簡単な朝食を終え、どこか緊張した面持ちのイリーナの服の裾などを整えてやってから、私達は拠点を離れ、衛兵隊宿舎の一室に出る。

 

 ……妙な言い方になるのだが、それ以外に言いようも無いので仕方がない。

 

 僅かに揺れた心を引き締め直して部屋を後にし、昨夜話し合った小会議室を目指して、連れ立って歩く。

 別に集合場所に指定されている訳ではないのだが、逆に言えば集合場所も、もっと言えば集合しろとも言われていないので、他に居場所も無い。

 一応トラブルに巻き込まれて保護されているという体裁では有るし、勝手に出ていくのもどうかと思ってしまうし。

 

 実際には、私がトラブルを起こしたと言っても間違いでは無いと思うが、言わなくても良い事はあるのだ。

 

 そんな事を思ったりしつつ目的の部屋の扉をノックすれば、聞き慣れた声が入室を許可してくれる。

 ドアを(くぐ)れば驚いた事に、昨夜お世話になった分隊長殿は部下の2人を引き連れ、小会議室でぼうっとして()られた。

 思ったことをそのまま口にして、アルク氏との心温まる会話のキャッチボールを楽しんでから、私とイリーナはそれぞれ席に腰を下ろす。

 

 アルク氏と私のまったく実りのない会話などよりも、イリーナの今後についての(ほう)が余程重要である。

 なにせ、私はイリーナの傍にずっと居る訳にはいかないのだ。

 と言うよりも、一つ所に留まり続ける事が出来ない、と言ったほうが正しいだろうか。

 

 私は所詮は人形。

 外見的な変化が無いと言うのは、それはそれは浮いてしまうだろう。

 

 ……エルフ? ヴァンパイア?

 

 下手な嘘を()いてしまったら、いざエルフやらヴァンパイアやらに出会った時に困る事になるだろう。

 じゃあ素直に言えば良いかと言うと、そんな訳もない。

 私は人形です、と言ってしまえば、じゃあ操っているのは誰だ? と言う事になる。

 自律型です、と言ったとして、それで果たしてまともに対応して貰えるかは怪しい。

 

 私は、例のマスターとやらが作った、私以外の自律人形については話でしか知らないし、それが未だ稼働しているかも判らない。

 稼働していたとして、会いたいかと問われたら微妙としか言い様がない。

 なにせ、おとぎ話のようなその話は、大概余り良い話ではないからだ。

 

 唯一マスターの傍に残り、敵対するモノを尽く焼き尽くした人形、とか。

 マスター作の他の人形についても、まあ似たりよったりだ。

 ……本当に、傍迷惑なマスター様である。

 何がしたかったのか、詳しく聞きたい様なそうでもない様な、まあ、聞かなくても良いか。

 

 他の魔導師なり錬金術師なりが作った人形で有っても、まあ、平和利用されていると言った話は聞いた事がない。

 そんな、どちらかと言えば悪評ばかりの、それも御伽噺の化け物こそが私です、なんて言った所で、信用されてもされなくても、良い結果に結びつくとはとても思えない。

 

 イリーナだって怯えるか胡散臭いものを見る目をするか、どちらかだろう。

 

 となれば、通りすがりの善意の人でも装って、さっさとこの街から離れてしまうのが良いだろう。

 この街の割と近くにダンジョンが有るとか前もって知っていたが、別にそれほど興味が有る訳でもなし、どうせ宛も何も無い、朽ちるまでの暇つぶしの旅だ。

 私は私の行動方針を改めて確認し、なまじ関わりを持ってしまった少女が、せめて少しでも長生きできる進路は何かを考える。

 

「んで、お嬢ちゃんは……どうしたモンかね」

 衛兵隊の分隊長の顔をなんとなく眺め、そしてイリーナへと視線を転じる。

 冒険者を目指していた、それ以外の道を考えることも出来なかった少女。

 想像でしか無い彼女の冒険者像であっても、その行く手に危険が待ち受けていることは理解出来ていただろう。

 

 ……ある程度とは言え、危険であることを承知の上であったのなら、別の道も有るのでは無いだろうか?

 例えば。

 

「あん? なんだよ、急にこっち見やがって。なんか言えよ、(こえ)えんだよ、お前のその無表情は」

 

 ……眼の前の男が、どの程度面倒見が良いのか判らない。

 精々(せいぜい)が、悪人ではない、という事が判る程度で、それも「そんな気がする」程度の、根拠もない、不確かなものだ。

 

 それでも、案のひとつとして提案するのは、悪くないかも知れない。

 

 その際に生じる障害がどの程度のものであるのか判らないのだが、此処(ここ)ならそれを確認することも出来るだろう。

「分隊長……アルクマイオン様。ひとつ、提案というものですら無い、思いつきなのですが」

 私の呼びかけに、アルク氏は物凄く胡散臭いものを見るような、とても不審げな表情(かお)を向けてくる。

 相変わらず失礼千万な男である。

「……なんだよ。お前さんの思いつきなんざ、特に良いモンにも思えねえんだが、聞いてやるよ」

 視界の外で、イリーナが私に顔を向けた気配がする。

 

 私の提案も、イリーナが拒否したらそこまでだ。

 だが、私としては、冒険者にしてしまうよりも、余程良いように思える。

 

 私が人様の心配などして、余計な世話まで焼こうとしているとは。

 現状に込み上げる苦笑を押さえつけ、努めて口調を整えて、そして口を開く。

 

此処(ここ)で、イリーナを衛兵として鍛えて頂くことは出来ますか?」

 

 私の提案を思ったよりも真面目な顔で正面から受け止めたらしい分隊長殿は、取り出した煙草を咥え、思慮を深くしたその眼をイリーナへと転じる。

 イリーナがどんな顔で私の言葉を聞いて、どんな思いでアルク氏の視線を受け止めたのか。

 

 顔を見れば少しは想像出来るというのに、私は、微かな恐れによって、すぐに視線を向けることが出来なかった。




人と共に在れない人形は、去るより他に無いのです。


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新しい道へ

突拍子もない事を言い出しました。


 僅かな時間とは言え、訪れた静寂に耐えきれず、私は出来るだけ平静を装ってイリーナの(ほう)へと顔を向ける。

 そこには、私が何を提案したのか、理解出来ているけどどうしてそうなったのか判らない、そんな困惑顔が此方(こちら)を向いている。

 

「……俺の一存で軽々しく返事なんか出来ねえけど、ま、悪くねえ考えかもな。お嬢ちゃん次第だが、話しとくくらいは問題ねえ、結果についてはなんとも言えんが」

 

 さてどう応えたものかとイリーナの目を見る私の耳に、煙草の煙とともに吐き出された言葉が滑り込む。

 そちらへと視線を向けると、思いの外真面目な顔のアルク氏が、私を真っ直ぐに見据えていた。

「それは勿論、イリーナの意志を確認しなければなりませんし、そちらの都合も御座いますから。冒険者になるよりは安定するかと、そう思って言ってみただけですので、無理を通せとは申し上げられません」

 何事かを考え込む様子のアルク氏に、私は思っていることをそのまま伝える。

 

 衛兵隊でなくとも、他に幾らでも仕事は有りそうなのだし、街を歩くだけでも色々と見えてくるものも有るのだろうが、少なくとも今すぐに、イリーナを冒険者として送り出す気持ちにはなれなかった。

 その冒険者崩れなども相手にする職業だし、トラブルの際にはあちこち走り回ることになる、そんな職業だ。

 だけれども、少なくとも同僚が居て、上司が居て、少なくとも危険に対して1人で立ち向かわなければならない、なんて事にはならない……筈だ。

 

 何が有るかなんて判らないのだけれど。

 

「……正直、(わけ)えヤツで、衛兵になりたがるのはそう多くない。大概は冒険者に夢見ちまってるからな。そういう意味で、こっちとしちゃあ寧ろ有り(がて)えくらいだ」

 イリーナに目を向けたままで言うアルク氏の後ろで、頷きながらやはりイリーナへと視線を向けている若い2人の衛兵。

 アルク氏の発言から判断するに、彼らもまた珍しい部類の存在なのか。

「嬢ちゃんはどうだ? 冒険者程稼げねえかも知れねえが、給金に波は()え。まだ(わけ)えし、訓練やらなんやら大変だと思うが、ウチの大隊長はいつも『無闇に無茶するな』っ()って、ありゃもう口癖になってるレベルだ」

 アルク氏の言葉を、後ろの2人の衛兵の苦笑が補強している。

 咥えていた煙草を灰皿に押し付けて、分隊長殿は短めな言葉を続ける。

「だから、他所に比べりゃ、この街の衛兵は働きやすいんじゃねえかと思う」

 その視線を真っ直ぐに受け止めてから、イリーナは私に視線を向けて、そして困ったような表情を浮かべる。

 

 まあ、アルク氏の話を聞く限り余り悪い印象は受けないが、実際に働いてみないことには判断も出来まい。

 特に、昨日まで、と言うか先程までは冒険者になると思っていたのだし、急に言われても困ると言うものだろう。

 

 我ながら、思い付きで他人を振り回すのはどうかと思うが、多分これが。

 

 今更遅い、と言うものだろう。

 

 

 

 考えてみたら、お姉さんは、朝から口数が少なかった。

 ……いつもだって、それほど多い訳ではないのだけれど。

 

 でも今日は、そんな事を考えていたから特に口数が少なかったのかと、少しだけ納得した。

 

 お姉さんは冒険者にあんまり良い印象を持っていないように、思ってはいた。

 森の中で出会ってこの街までも、そして昨夜の酒場での事も。

 

 そんなお姉さん自身も冒険者なのではないか、その身のこなしを見て思ってもいた。

 だからこそ、冒険者になることに難色を示したのだと。

 

 そんなお姉さんが、私のために考えてくれたであろう、提案。

 

 衛兵隊に入る。

 

 私は、考えても居なかった。

 

 分隊長だというアルクマイオンさんは、少し乱暴な話し方だけど、凄く優しそうな目で私を見る。

 私に務まるのだろうか、とか、そもそも入れるのかどうか、とか、戸惑いは幾つも重なる。

 だけど、突然の提案だったというのに、私には嫌悪感も拒否感も無かった。

 

 私は戸惑いに揺れる瞳をアルクマイオンさんからマリアお姉さんへと向け直して、その目を見る。

 静かな、静かなその目を。

 何も言ってくれないけれど、だけど、その、優しさを。

 

 私は少しだけ目を閉じてから、すぐに目を開き、そして頷く。

 

 出来るかどうかで尻込みするなら、始めから冒険者を目指したりはしない。

 他に思いつく仕事も無かったから、冒険者の道を目指そうとしただけだ。

 

 背を押してくれる人と、手を伸ばしてくれる人が居て、迷う理由はもう思いつかなかった。

 

 

 

 私の目を見て小さく頷くイリーナに、私も小さく頷き返す。

 

 なんで頷かれたのか今ひとつ理解(わか)っていないが、まあ、その気になったとか、そういう事なんだろう、きっと。

 まあ、イリーナがその気になって、アルク氏が上に話してくれた所で、その上の人が駄目と言ったら振り出しに戻る訳なのだが、余計なことを言って場を白けさせる理由も必要もあるまい。

 

 イリーナの進路が決まってくれれば、私としても気兼ねなく旅を再開できると言うものだ。

 中断という程この街に逗留しているどころか、まだ1日しか経っていないのだが。

 まあ、もうじき子守も終わりでお役御免であろうし、少しゆっくりと街を眺めてから旅に出ても良いだろう。

 

 次は北に向かおうかな、そんな事に思いを馳せる私は、キラキラの顔でなにか言いたげなイリーナから、そっと目を逸らすのだった。




自分の発言に、責任を取る態度には見えません。


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気分転換

少女の未来を変えてしまったかも知れないのに、呑気です。


 イリーナを衛兵隊に推薦してみたら、本人も割と乗り気になってくれた。

 とは言え入隊できるかどうかは衛兵隊の都合もあるので、まずは衛兵隊の分隊長たるアルク氏が上に話を通して、その反応次第で面接、という流れになり、それまでとは違う緊張と不安に包まれたイリーナ。

 そんな彼女の気を紛らわせる為、と言う建前で、私達はアルク氏の許可を取り、街へと繰り出した。

 

 魔獣や獣の素材類――肉は食用に幾らか確保した上で――を買い取って貰うために冒険者ギルドへと足を運び、無事に纏まった路銀を確保するついでに冒険者登録を勧められて断って、そして人の賑わう大通りへと繰り出した。

 

 目を輝かせるイリーナに屋台の料理を買ってあげたり、そんな彼女に酒を勧める露天のオヤジに睨みを効かせたり、数組の冒険者達に避けられたりしつつ、私達は交易の街の賑わいを楽しむ。

 

 昨日までの私の生活からは考えられない程の人の群れだが、この世界に来るまでの生活を思い起こせば()()()()程度の人混みだ。

 歩くことにも、特に支障はない。

 対してイリーナは、人の多さに圧倒されている様子で、私の手をきつく握って離さない。

 

 屋台で買った軽食は、もう既に食べ終わっている。

 初対面の時と違い、色々と余裕がある状況なので、その辺りはイリーナも落ち着いて食べてから移動出来たのだ。

 

 空腹で彷徨った挙げ句に魔獣に襲われて死に掛ける、などと言うことを経験したことがないので、イリーナの心情は想像するにも余るのだが、多分、尋常な精神状態では居られなかったのだろう。

 きっと。

 

「お姉さんが言ってた、野菜って何処に売ってるんだろ?」

 

 人混みに気圧されて周りをキョロキョロと見回しながら、イリーナはそんな事を口にする。

 お上りさんよろしく目を輝かせつつ人の多さに若干怯みながら、その上で私の目的も覚えていてくれた事に少しだけ感動を覚える。

 

 私が既に忘れ掛けていたというのに。

 

「歩いていれば、いずれ辿り着くでしょう。もう少し、色々と見て歩きましょう」

 

 ともすれば私の(ほう)がはしゃいでいる事実を静かに押し隠しながら、イリーナを促す様に見せかけて「もっと色々見たい」という気持ちをアピールする。

 そんな私を見上げて、彼女は嬉しそうに頷いた。

 

 もしかしたら、私がはしゃいでしまっている事は、バレているのかも知れない。

 

 

 

 お姉さんに手を引かれて、人が沢山行き交う通りを歩く。

 見慣れない景色、見たことのない食べ物や道具類に、興味の対象がどんどん目移りしていく。

 人が多すぎて少し怖いけど、それでも好奇心は抑えられない。

 

 だけど、私の我儘にあまり時間を使ってはいけない。

 

 お姉さんは食材の補充がしたい、と言っていた。

 肉類は沢山有るけれど、野菜類は殆ど無いのだと。

 

 言われてみれば、お姉さんの作ってくれる食事には、野菜が少なかった気がする。

 

 他にも欲しい物が有るので、食材を扱っている店か区画を探しているのだと言っていた。

 そんなお姉さんの邪魔をしてはいけない。

 そう思ってお姉さんを見上げて、目的地はどの辺りだろうかと聞いてみたら、お姉さんは静かに微笑んで、まだ時間が有る、他にも見て回ろうと言ってくれた。

 

 普段、あまり表情を見せないお姉さんの笑顔がなんだか嬉しくて、そして、私が物珍しそうに景色を見ていたのがバレたようで恥ずかしくて、なんだかくすぐったい気持ちでお姉さんの手を両手で掴む。

 

 新しい街で、今までにない体験に飛び込む。

 そんな不安も、お姉さんが居てくれたら乗り越えられる。

 

 私はこの時、愚かにも。

 

 マリアお姉さんはずっと一緒に居てくれるのだと、信じて疑っていなかったのだ。

 

 

 

 結果、2人で目を(多分)キラキラさせてあちこちを見て回り、昼食などをいただき、目当ての食材や香辛料を扱っている店を発見してあれこれ買い込んで、気が付けば空は夕刻の少し前と言う色合いになっていた。

 私ともあろう者が、また随分とはしゃいでしまったものだ。

 買い歩きと言うものが、いや、人混みを歩き、街の中を歩くと言う行為自体が随分と久しぶりで、私はこんなにも人恋しかったのかと驚きもした。

 

 私の知っている街並みとは、随分と様子が違うというのに。

 

 冒険者や衛兵など、行き交う人の中には些か物騒なものを腰に提げている者も少なくないが、それが白刃を抜き放たれていたりしない限りは誰も大げさに反応しない。

 今更ながら、そういう世界なのだと実感した。

 

 そんな格好で普通に賑わっている通りを行き来しているのだが、鞘当などは気にしないのだろうか?

 

 試してみたい気がしなくもないが、そんな事の為に武器庫から剣を出すのも億劫なので好奇心は押し潰しておく。

 そんな事を思いながら、私は。

 

「……イリーナ? 貴女(あなた)、随分と自信がお有りのようですが、この道は通った事が有りましたか?」

 

 イリーナに手を引かれて気が付くと、雑踏を避けた裏道を歩いていた。

 森の中での感覚で、つい彼女の思うままに任せてしまったが、此処(ここ)は彼女にとっても見知らぬ土地。

 あまりにも迷いなく歩くその姿に失念していたが、ちゃんと目的地である衛兵隊宿舎の位置を把握しているのだろうか?

 私なら一度あの大通りに出てから、辿った順路を思い出しながらようやく帰れる、その程度の距離は歩いた筈なのだが。

 うっかりはしゃぎすぎてしまったのは彼女も同じか、と、内心で小さく安心したのも束の間。

 

「通ったことは無いです。でも、帰る場所は判っているので、迷いません」

 

 振り返った笑顔から放たれた言葉は、少しばかり私の理解を外れたところを飛んでいった。

「私、小さな頃から、目的地がわかっていれば、迷ったことがないんです」

 続いた言葉も、私は呆気にとられて聞くしか無い。

 

 なんだそれは。

 

 考える間に、イリーナは私の手を引き、迷いなく歩く。

 見知らぬ街で、縁も無かった建物を目指して。

 此処(ここ)は、決して小さな街ではない。

 それは、大体の方角が判るから、とか、そういったあやふやな自信でやって良いことではない。

 本来ならすぐに止めて、大通りへ出るのが正解だろう。

 それなのに、私は、イリーナを止めることも窘めることも出来なかった。

 

 これも、特殊技能というやつだろうか?

 

 私は、私自身は持ち合わせていないそれを思い浮かべ、小さく感嘆の吐息を漏らす。

 森の中のあれも、偶然ではなかったのか。

 危機察知とは別物のようで一度は死に掛けていたが、確かに彼女は森を抜けてみせた。

 

 私は小さく頭を振る。

 

 断定は出来ない。

 それこそ鑑定でも使えば彼女の所持技能を識る事は出来るだろうが、私は、数日旅を共にした少女に無断でそれを行うことを躊躇した。

 

 そんな事をしなくても、彼女の思うままに任せて、最悪迷ったらその辺の衛兵でも捕まえれば良い。

 

 そんな(ふう)に思考を逃避させていた。

 だから。

 

「だから、どこでも迷ったりしません。お姉さんが行きたいところがあったら、ちゃんと目的地が判っていれば、いつでも案内します」

 

 そんな彼女の笑顔の裏に有る思いを、知ることも出来なかったのだ。




すれちがいは、少しずつ大きくなってきました。


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踊る人形

準備は整いつつ有るようです。


 色々と日常の雑務をこなしながらイリーナの衛兵隊入りはどうなるのか、割と気を揉みながら数日。

 そこそこ纏まった路銀を手にしている私だが、ちゃっかりと隊舎の一室で、いずれは慣れなければならないからと言うイリーナに付き合い、共に過ごしていた。

 ちなみにこの隊舎には風呂と呼べる設備は無く、水浴びで身を清めるのみ。

 風呂という概念が無い訳ではなく、単にコストの問題と、それほど普及している訳でも無いだけだ。

 

 私としては割と覗かれ放題な井戸回りで水浴びなど論外であるし、イリーナのこの先も心配になるというものだ。

 普及が控えめであるということは、逆に言えば無いことはない、と言う事なのだから、何とか手を打てないものか。

 ……なるべく元手のかからない方法を望むのだが、そんな都合の良いものが有る訳もなく。

 私とイリーナはおとなしく、入浴と着替えは魔法住居(コテージ)を使用する事にしたのだった。

 

 

 

 などとどうでも良いことに思考と行動のリソースを割り振ったり動いたりしている間に、と言うか思った以上にすんなりと、イリーナの衛兵隊入隊は許可が出た。

 許可は出たのだが、別の問題も湧いて来た。

 

「はあ!? お前、イリーナと一緒に衛兵隊に入るんじゃないのかよ!?」

 

 目を丸くして驚きの声を上げるアルク氏の様子に、私は妙な倦怠感を覚える。

 なんで私がこの数日、イリーナに衛兵隊の訓練の様子を見学させつつ、この街の魔術協会(ソサエティ)のロッジに顔出していたと思っているんだ。

 

 本来なら出したくもない「マスター」の名前と私の正体を晒して、マスターの幾つかの実験データと商売になりそうな魔法活用の方法を持ち込んで、怪しい連中とあーだこーだと(たの)し……交渉していたのは、全ては私が居なくなってからのイリーナの不便が少しでも解消したら良いな、という思いからだ。

 私はもうじき、この街を去る予定なのだし。

 

「なんでそうなるんですか。私は森でイリーナを保護して、此処(ここ)まで送り届けただけですよ。後は此方(こちら)で引き受けて貰える訳ですから、私は旅を続けるだけです」

 

 魔術協会(ソサエティ)の連中と商業ギルドの方の話が纏まれば、まずは実験として、この隊舎に入浴用の設備が整うことになっている。

 割と無策で振ってみた話だったのだが、思った以上に魔術協会(ソサエティ)側の食い付きは良く、商業ギルドの反応は激しかった。

 

 良い方向で。

 

 なんでも、西の古い交易の街で最近入浴施設が開業したらしく、最近そちらに流れる旅人が増えたのだという。

 なので、この街でもそういった物が用意出来ないか、連日話し合いが持たれていたらしいが、用地の確保も出来ず、そもそも大型浴場向けの魔法式ボイラーが準備出来るのか、最新の「フランチェスカ式ボイラー」とやらは使用料も高いし、現行技術でなんとか出来ないか、なんて段階で話が進んでは戻ってを繰り返していたらしい。

 

 そんな(てい)たらくだから、客を取られるんだろうに。

 ダンジョンによる冒険者寄せ効果と、それを相手にする商人頼みで、良くこの規模の街が維持出来ていたものだ。

 統治者が余程優秀だったのかも知れない。

 

 そんな訳で、魔術協会(ソサエティ)には先程述べたモノを、商業ギルドには既存のボイラーを並行同時使用する魔法装置の実物モデルと設計図を売りつけた。

 勿論私の作ではなく、魔術協会(ソサエティ)で新たに出会った悪友の作なのだが、元ネタの提供は私だからと気前よく譲ってくれたので、遠慮なく売り払った。

 当の設計者は、もう既にボイラーなんぞには興味を失い、私が冗談で話した内燃式エンジン技術と魔法技術の融合というロマンだけが溢れるモノに夢中らしい。

 その研究資金にすれば良いものを、と思ったのだが、本人はもうとっくに後方確認を放棄しているのだからどうしようもない。

 そんな訳で無闇に路銀を増やしつつ、商業ギルドがやりたい入浴施設の実験場所として(勝手に)衛兵隊の隊舎を提供し、衛兵隊は無料で入浴設備を手に入れる。

 見事に四方良しのWin-Winである。

 まだ衛兵隊には話を通していないが、なに、拒否された所で私は困りはしない。

 

 逃げる算段は付いていないが、まあ、どうにでもなるだろう。

 

「おいおいおい、何だよそりゃあ。上に、入隊希望2名って通しちまったぞ?」

 もはや見慣れた氏の部下2名も目を丸くしている中、アルク氏は頭を掻きながら視線を私……の隣、高さで言えば胸の辺りに移す。

 また微妙な、何もない空間を……と思い掛けて、そして私は思い出す。

 

 ここ最近、ちょっと別行動が続いた束の間の同居人。

 

 一緒に居るのは朝は朝食までと、夜は夕食から、という感じで、日中は既に衛兵隊の見習いとして訓練に参加しているがんばり屋さんを忘れつつあったとか、私としても申し訳ない気持ちを(いだ)かない訳が無い。

 

 そんな申し訳無さを纏わせた視線を何気なく向けた私は、ぎょっとして表情を変える。

 変わったと思う。

 

「お姉さん、お姉さんは、一緒に居て、くれないんですか?」

 

 止めどなく流れる涙を拭うことも忘れた様に、此方(こちら)を見上げて、声を殺して泣いていた。

 その姿はいつぞやの夜も見たような気がしたが、何故かあの時よりも強く、悲壮感を纏っているようにも見える。

 そんなイリーナが、苦しげに、短く区切って問いを投げ掛けて来た。

 

 その短いセンテンスの中にある思いを完全に汲み取れないほど、私はまだヒトデナシには届いていない。

 居ないのだが、ではその想いに応えられる程の懐の深さは有るかと自問すれども当然そんなモノの持ち合わせは無い。

 

 おかしい。

 私は、ちゃんと、イリーナと別れて旅を続けるのだと、そう伝えていた筈だ。

 折に触れて、口に出して……もしかしたら思っていただけ、だったかも知れない。

 

 頭の中でぐるぐると言葉を動かす私だったが、少女の涙を前に、謝罪も言い訳すらも、滑らかに出てくる言葉はひとつも無かった。




気持ちは整わないようです。


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衛兵隊の日々・隣に立って

巻き込まれるのもまた、日常です。


 イリーナが泣くのは、もしかしたらだが。

 なんとなくそう思う、程度の、根拠のない勝手な憶測なのだが。

 

 私がきちんと話をしないからなのでは?

 

 根拠はない。

 無いのだけれど、そんな気がした。

 

 

 

 お姉さんが旅を続ける心算(つもり)なのだと知って、私は動揺した。

 冒険者になりたいと思っていた時も、衛兵隊に入ると決めた時も、私はお姉さんと一緒なのだと、信じて疑わなかった。

 

 お姉さんは一言も、そんな事を言っていなかったのに。

 

 勝手に思い込んでいただけの私は、取り縋るとか声を上げるとか、そんな事を思ったり行動したりする前に、涙が溢れて止まらなかった。

 なんで、ずっと一緒に居るのだと、そう思い込んでいたのか、考える余裕もなにも無かった。

 

 ただ、珍しく慌てた表情に変わったお姉さんが、とても優しく、頭を撫でてくれたことは、今でも覚えている。

 

 

 

「よお、冷血女。随分と悠長なお目覚めだな?」

 人様の顔を見るなり、顎髭が冷たい目で嫌味を飛ばしてくる。

「説得に時間が掛かりましたので。まだ、納得してくれたとは思えませんが」

 もっと色々と返してやりたい気持ちは有るが、苛立ちに比して言葉は出てこない。

「この街に着くまでだって、時間は有ったんだろ? なんで今まで、そう言う話をひとつもしなかったんだよ」

 アルク氏の非難がましい視線は止まず、丁度休憩に訪れた様子の、いつもの部下2人も上司に良く似た視線を私に飛ばしてくる。

「イリーナはこの街に用が有るとは聞いていましたが、私は旅の途中に立ち寄るだけの心算(つもり)でしたし、その旨説明申し上げた……心算(つもり)だったのです」

 事の非の下駄をイリーナに預けようと思ったが、それは流石に無理が有ると、自分でも理解(わか)って歯切れは悪くなる。

 

 事は、もっと単純で。

 

 私が最初にイリーナの話を、目的を聞いた時点で、「そうですか、頑張って下さいね」と、切り離していれば良かったのだ。

 いや、そうした心算(つもり)だったのだ。

 そこで終わったと思い込んだ私のミスだろう。

 もっと、折に触れて「私は旅を続ける、足を止める事は無い」と言い続けるべきだったのだろう。

 

 私が忌々しく思うのは、そんな事を考えてしまう事実そのもので。

 出会ってしまっただけの少女相手に、何故こうも心を乱されているのか、その理由に思い当たらない事だ。

 

「どうでも良い事には良く回る口が、大事なことは随分と疎かにしたモンだな。イリーナの訓練は3日ばかり空けておくから、良く話し合ってこい」

 自分の心との折り合いがつかない私は、アルク氏の言葉に素直に礼を述べることも出来ず、バツの悪い顔で頭を下げると踵を返し、一度私室へと戻る。

 話し合いと言っても、何を言えば良いのか判らない、それが一番の問題なのだと、尽きない溜息を漏らしながら。

 

 

 

 そうして、私はイリーナと、他愛の無い事を話し合った。

 私の見たい景色。

 イリーナのなりたい姿。

 もうじき行われるという、この街の大規模なバザーの事。

 アルク氏は、髭がない方が良いのではないかという疑惑。

 

 イリーナは、泣いて、笑って、くるくるとその表情を変えた。

 

 この程度の会話さえ、私は交わさなかったのだと、実感した。

 気が付くと、私はイリーナの頭を撫でていた。

 

 やはり私は、人付き合いが苦手なのだ。

 

 こんなにも容易く人の心に踏み込んでくる、人懐っこい子供の相手は、特に。

 それを自覚してしまえば、私は一刻も早く、此処(ここ)を離れるべきなのだろうと。

 弱い部分(こころ)が、逃げ道を探すようにそう訴えて掛けてきた。

 

 私は歯を食いしばるような気持ちで笑顔を維持し、イリーナの話を聞き、相槌を返した。

 

 

 

 結果、私はイリーナの希望やアルク氏たちの煽りも有り。

 暫くは、イリーナの傍らに居ることになってしまった。

 

 この環境に居ることに嫌悪感は無いが、旅が止まってしまうことは不本意ではある。

 

 だが、それもこれも、アルク氏に言わせると「私の説明不足と確認不足」で、実に腹立たたしい事に反論の余地が無い。

 どうせ成人するまでは見習いが続くし、その間は雑用と訓練くらいしか出来ないから、そんなイリーナがある程度訓練についてこれるようになるまでは。

「……頼むから、あの嬢ちゃんを見ててやってくれねえか?」

 真剣な顔で言われてしまっては、軽口で応えるのも憚られる。

 

 どうせ、私自身も修練をし直している最中でも有る。

 

 そう思い静かに頷いて、それからは幾らかの時間を、賑やかに、穏やかに過ごした。

 

 魔法教会(ソサエティ)や商業ギルドと勝手に進めた風呂回りの話に関して、部外者である筈の私が衛兵隊の総隊長宛に始末書を書かされたり。

 挙げ句、南以外の各衛兵隊舎への入浴設備導入の手続きをやらされたり。

 腹癒せに、魔法教会(ソサエティ)の連中を巻き込んで防犯、特に一部冒険者の犯罪歴隠蔽に対処するための装置を開発したり。

 このままだと衛兵隊南隊舎の食堂を任されそうだったので、ちゃんと料理人を雇わせ、何故か私が雇った料理人に料理指導を行ったり。

 ……先代から譲り受けた知識の幅の広さに、呆れつつ感謝したり。

 

 イリーナと一緒に訓練を行い、日々成長するその様子に驚き、言い知れぬ寂しさを覚えてみたり。

 

 そんな彼女と異なり、私のトレーニングの成果は一向に現れず、さりとて危機感も無い私は、そんな日常をやり過ごし、少しづつ背が高くなるイリーナの隣に立っていた。

 

 

 

 季節は巡って、イリーナはもうじき、成人を迎えようとしていた。




当たり前の日々も、季節を回していきます。


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衛兵隊の日々・変わらぬ日常

もうちょとだけ、少女との生活は続くようです。


 成長期というものは、目を瞠る物がある。

 ありきたりな台詞ではあるが、そんな感想が感嘆の思いと共に湧き上がってくる。

 

 武道の心得も無い私がその辺の冒険者よりも強いのは、単なるステータス差による暴力である。

 そのステータスだって元々私のものではなく、私が努力したことと言えば、精々(せいぜい)この身体(からだ)に振り回されないよう、感覚を合わせる為に走り回り、魔力とやらを感じる訓練を重ね、それでどうにかこの身体(あばれうま)を宥める事に成功()()()()()、と言った所だろうか。

 

 イリーナの成長と比べると、何という体たらくなのか。

 

 とはいえ、自慢できない事とは言え素の身体的なポテンシャルは高いので、

「はああっ!」

 裂帛の気合と共に繰り出されるイリーナの剣戟を、涼しい顔で捌く。

 

 真面目に、真っ当に自身を鍛えて実力を身につけていく少女の真っ直ぐさが、酷く眩しく、羨ましく、そして誇らしいとも思った。

 

 

 

 イリーナの訓練の相手をするようになったのは、割と早い段階だったと思う。

 最初は魔法住居(コテージ)の中で、2人だけでの訓練だったのだが、イリーナがなにかの折に口を滑らせたらしい。

 アルク氏に請われ、というか挑発され、彼と彼の部下の面倒をも見る羽目に陥った。

 

 それが良くなかった。

 私の旅の足が止まってしまう、という意味で。

 

 私のようなメイド服を着た(見かけ上は)女に、得意の剣で、まさか良いようにあしらわれるとは思っていなかったアルク分隊の面々。

 プライドは高いものの、無闇に振り回すことに意味を見出さない彼らは泥臭い努力を嫌わず、強くなる為に私に頭を下げた。

 

 それから私の修練相手は4人になり、半年程過ぎた頃、それは12人に増えた。

 

 アルク氏が分隊長から小隊長に昇進し、部下が増えたのだ。

 自分の部下なのだから、自分で面倒を見ろと薄めのオブラート越しに伝えたのだが、自分の部下だからこそ強くしておきたいと頭まで下げられては仕方がない、と納得しかけたが。

 

 私は基本的に武道の心得もない、良く動くだけの素人なのだが……良いのだろうか?

 

 言葉を濁しても仕方がないのでこれはストレートに問い掛けたが、返答はシンプルだった。

(まと)が自動で避けて攻撃してきて、しかも強いとなれば、訓練用のアイテムとしちゃ最高だろうが」

 この返事にとても納得した私は、分かり易い説明のお礼にと、今まで掛けていた情けを一部解除したのだった。

 

 

 

 その日、私が目を覚ました時には、お姉さんの姿はなかった。

 ……なんていう、分かりやすい変化はなかった。

 

 いずれお姉さんは居なくなると判っていたし、慣れる為にも、と、私は隊舎の部屋で寝泊まりをするようになっていた。

 お姉さんは魔法道具の、あの不思議なお屋敷に帰ってしまうので、夜の間は基本ひとり。

 そういう生活を続けて暫く経っていたので、朝の室内にお姉さんが居ないことに違和感も何も無かった。

 

「おはようございます! アルク隊長、珍しく早いですね?」

 

 いつものように身支度を整えた私は、詰め所の一角で尊敬する小隊長を発見して、小走りで駆け寄る。

 此処(ここ)での仕事にも慣れて、見知った顔も増えてきた。

 私はそんな顔たちを見回しながら、珍しくひとり、まだ顔を出していない事に気が付いた。

 

「あれ? お姉さん……マリアさんは、まだ来ていないんですか?」

 

 お姉さんと出会って、もうすぐ1年になる。

 私は成人となり、衛兵隊にも、正式に入隊した。

 訓練は変わらず、雑用は減って、アルク隊長や他のメンバーと組んで、街の中を見回る仕事が増えた。

 

 そんな日常に、慣れ始めて。

 お姉さんに、これから恩返しだ、そう考えて。

 お姉さんが街を出て行く前に手渡したいと、安物だけど、こっそりとペンダントを買っていて。

 

「……マリアは、今朝出て行ったぞ」

 

 小隊長の声は良く通ったけれど、その言葉の意味はすぐには理解出来なくて。

 その筈なのに、私の右手は、お姉さんに渡す筈だったペンダントを強く握りしめていた。

 

「もう、お前はひとりじゃないし、大丈夫だろうってな。湿っぽいのは苦手だから、黙ってお前を置いて行くんだそうだ」

 

 アルク隊長が、普段あまり見せない、気遣うような目を真っ直ぐに私に向けて、静かに言葉を紡いだ。

 

 いつか、居なくなると知って居た。

 だけど、それはもう少しだけ、先の話だと思っていた。

 

 だって、お姉さんは何も言わなかったから。

 

「出てったのは、今朝早くだ。……走ったところで、追いつけやしねえよ」

 振り返ろうと重心を移した私の耳に、アルク隊長の声が、優しく、だけど無慈悲に響く。

 つい、かっとなった私が口を開き掛けた所で、小隊長の言葉が私の声の行く手を塞ぐ。

「なんてツラしやがるんだ、ええ? 正論でお前を説き伏せても良いし、無理矢理仕事を押し付けたって良いんだけどな?」

 柔らかい口調なのに、私は抗弁出来ない。

 優しい眼差しだと思っていたのに、押し潰されそうな錯覚に膝が笑う。

「納得出来ねえのも理解(わか)るし、納得できる様に、好きにさせてやりたくも有る。けどな、俺達は衛兵で、衛兵の仕事は、真っ当に生きてる連中の日常を守ることだ」

 こんなにも、アルク隊長の言葉を拒絶したいと思ったのは初めてだった。

 

 こんなにも。

 

「衛兵隊に所属した以上、俺の部下である以上。そうそう、勝手は許せねえんだ、(わり)いな」

 

 お姉さんに勧められて衛兵になった事を、こんなにも後悔したことは無かった。

 

「イリーナ、お前さんの今のその態度は、上に向けるモンじゃねえな。そんなザマで仕事させて、サボられちゃ堪らん。今日は頭を冷やせ」

 

 そんな私に、アルク隊長は冷たく声を被せてくる。

 私が。

 私が、お姉さんにさよならも言えなくて、落ち込んでいるというのに、なんて言い草なんだろうか。

 

 掴みかからんばかりの私の前に、先輩2人が立ち塞がる。

 完全に頭に血が登っていた私は即座に2人を睨み、どう噛みつこうかと短く思案する。

 

「街の中でも外でも、好きなだけぶらついてこい。ただし、明日からは仕事だ。遅刻するんじゃねえぞ」

 

 そんな私の耳に刺さる言葉の意味は、すぐには理解出来なかった。

 

「だ、そうだ。マリア(ねえ)さん見たいな、おっかない顔してんじゃないよ。邪魔だから、とっとと休んで、好きなトコ行ってきな」

「寧ろ、明日の朝までしか時間が無いんだ。好きな事するにも、時間が足りるかわからんぞ? ホレ、さっさと行け」

 立ち塞がった筈の、先輩2人の顔は笑顔で。

「そう言うこった! さ、俺達はいつもの巡回して、いつもの店で昼食ってサボんぞ。モタついてねえで、さっさと付いてこい、アル、サイモン!」

 はっとして目を向けると、アルク隊長も笑っていた。

 

 私は頭を下げるのもそこそこに、さっと(きびす)を返して走り出していた。

 

 

 

 

 

 ――間に合うとか合わないとか、意味が有るとか無いとかは関係()え。

 

 走り去る、成人したばかりの若い衛兵の背を見送りながら、衛兵隊の小隊長、アルクマイオンは、若かった自分の、そして今まで面倒を見てきた部下たちの背中を、それに重ねる。

 

 ――行儀良く素直であれば良いってモンでも()え。

 

 少しだけ目を閉じ、そして立ち上がる。

 

 ――まあ、なんだ。自分の気持ちと折り合い付けるのも、簡単な事じゃねえしな。

 

「走れよ若人、良い事ばかりが人生じゃねえ。今のうちに、そいつの味わい方を覚えておきな」

 ついつい、口の端から言葉が漏れる。

 若い、しかし気心の知れた部下のひとりがそれを耳にし、振り返りながら怪訝な顔を向けた。

 

「なんです? その、役に立ちそうで、案外そうでも無さそうな、救いのない台詞は」

(うるせ)えし失礼な野郎だな。俺の含蓄に富んだ、若者向けの有り難いお言葉だろうが」

「えっ。自分で言います? そういうこと。って言うか、こんなにピンと来ない含蓄有るお言葉、初めてなんですけど」

「お前もかこの野郎。良いか、言葉ってのは発する人物の徳が宿るモンだ。いつか理解(わか)って後悔しやがれ」

 

 部下2人に代わる代わる投げつけられる否定の言葉に、不機嫌を装って言葉を返しながら、アルクマイオンの視線は遠く、北の遥かを向く。

 

「……弟子なのか妹なのか、手前(てめえ)の気持ちもハッキリさせねえで出て行きやがって、馬鹿が。イリーナは俺達がきっちり育てて見せるからよ」

 

 装っただけ、その筈の不機嫌さがごく自然に言葉に纏わり付いて、その事実が余計に言葉に棘を植え付ける。

 ()()()()()()()()()、不思議で不遜な銀髪の女。

 既に出立から時間が経過し過ぎていて、しかもどの道を使ったのか判らない以上、容易く追う事が出来る距離には既に居まい。

 

 北門を出たからと行って、単純に北への道があるだけではないのだから。

 

 あの不思議な彼女を慕っていた少女は、見えない姿を追うことで、悲しさを一時忘れられるだろう。

 時間が過ぎて、もはや取り返しがつかないという喪失感に苛まれる事になっても。

 

「だから、いつか必ず。俺達に、説教されに戻って来やがれ、馬鹿マリア」

 

 成人したばかりの、まだ頼りない新入りは、アルクマイオンを始めとした仲間達が支え、護る。

 そう決意した言葉は、彼の信頼する部下の耳にも届いたが、それには2人とも反応しなかった。

 

 何故なら、それは当たり前過ぎる事で。

 いちいち言葉にしなければ、自信のひとつも持てない隊長の野暮さ加減に、するまでもなく同感だったのだから。

 

 

 

 

 

 ベルネの街を訪れる冒険者達に、一種の畏怖を持って語られることが有る。

 あの街で悪さをするなら、()の管轄は避けろ、と。

 

 ベルネ南衛兵隊、中隊長アルクマイオン。

 同じく小隊長アルフレッド、サイモン、そしてイリーナ。

 

 この4人は、上級冒険者ですら歯が立たない。

 そんな連中相手に、下手に暴れた所で無駄なのだ、と。

 

 そんな噂を遠くの地で耳にして、愉しそうに笑った銀髪の美女が居たかどうかは――定かではない。




次は何処に向かうのでしょう。


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幕間、或いは気分転換

念願叶っての、ひとり旅です。


 天高く……秋と言うにはまだ気の早い時節ではあるが、まあ、見上げるだけで気分が良くなる程の、見事な快晴と言うやつだ。

 そんな食レポの枕詞のようなどうでも良い感想を気分良く想起しながら、私はひとり、街道を逸れた平原を歩く。

 

 魔力の扱い方が以前より多少は上手くなったようで、擬似生体外装の強度が少しだけ増した気がするが、まだ熱線系の魔法を使うと手やら腕やらの内部骨格が剥き出しになってしまう。

 しかし、最近は低ランク魔法を使うことも覚え、狩りのストレスも大幅に低減した。

 

 何事も工夫次第なのだなあ。

 

 今までが考えなしの大火力叩きつけだった事実を猛省し、人様の目を引くことを避けてひっそりと旅を続ける。

 とは言え、人目を引こうにも、街道を避けてしまえば滅多に人には出会わない。

 

 たまに狩人らしき気配を遠くに感じるが、お互いに接触しないように気をつけている様で、ばったり出くわす、なんて事にはなっていない。

 

 私とて常識人の範疇にぶら下がっている心算(つもり)なので、何者かの気配に気付いたら探知魔法も使うし、もしもそれが怪我人だった場合には無視するような真似はしない。

 ……しないと思う。

 

 なんだかんだでベルネに1年少し滞在してしまったが、お陰でたまの狩りやら衛兵隊の若い連中の訓練相手の給金やらでそこそこ稼げたし、そのお金で野菜や香辛料などを大量に手に出来たし、魔法住居(コテージ)内の「備蓄庫」もそれなりに潤っている。

 私ひとりの旅で、あれ程の野菜類を食べ切るにはどれ程の時間が掛かるか知れたものではないが、「備蓄庫」は私の手持ちの魔法袋(マジックバッグ)とは桁違いの容量を誇る、時間停止系の魔法空間だ。

 生物(なまもの)の貯蔵にはうってつけだが、それだけの為に使うには些か容量が大きすぎる事と、使用するには魔法住居(コテージ)内の「備蓄庫」前まで実際に足を運ばなければならない、と言うのが、欠点といえば欠点か。

 

 旅に出ると言うと毎度泣かれるので、最終的にはイリーナを置いてこっそりと出てきた訳だが、そのイリーナは元気でやっているだろうか。

 

 ……ほぼ捨ててきた様な有様で心配の真似事とは、我ながら良い趣味をしているものだ。

 

 あの交易の街を思い出せば浮かぶ顔、続いて浮いてくる自己嫌悪を溜息に散らしながら、黙々と北を目指す。

 当面目指すのは、天険と名高い北の山々。

 当然登るような気概はないので、遠く眺めたら進路を東に取り、山沿いに街道を行く。

 その先の細かいプランは立てていないし、そこまでにも立ち寄る事の出来る街や村があれば、多少は足を止める予定では有る。

 

 何故、北を目指すのか?

 

 ベルネの西には異様に静まり返った霊脈と、何やら不穏な気配。

 1年程前には気になるほどざわついていた霊脈が、その後半年ほどで不気味なほど凪いだ。

 うっかり触れれば何か化け物を呼び起こしそうで、冗談でも触れてみる気になれない。

 

 かと言って、東となると胡散臭い事この上もない聖教国。

 プレッシャー的な意味では西より遥かにマシなのだが、印象で言えば西のほうが生活するのにストレスはないだろうな、と思う。

 聖教国で生活できるようなお花畑に近い思考、というか信仰の篤い信徒達と、無駄に野望だけがデカい腹黒い聖教会の幹部やら暗部やらの連中。

 そんな楽しい仲間達に囲まれての生活なんぞ、正気が何日()つか知れたものではない。

 

 南は……そちらも山があるので、乗り越えようとしない限りは東西どちらかに行くしか無く、余程の事がなければ、山越えなんてしたくはない。

 

 仮に苦労して山を超え、無事に南に行ったとして、そこは「マスター」の故郷に近くなる。

 私自身はマスターとやらに会ったこともないのだが、「先代」には相当慕われていた。

 

 そんなマスター作の人形が、最低あと6体有る、という現実と併せて考えると、あんまり南にも行きたくない。

 

 何故って、「先代」は「私」がマスターに敬意を払わない事について、そもそも他人だからと言う理由で特に問題視もしなかったが、他の人形がそうであるとは限らないだろう。

 しかも、「先代」の二つ名は、どういう意味かは不明だが「最高の失敗作」という、どう捉えても褒め言葉とは思えない代物だ。

 

 こんな、魔獣どころか自分自身をも焼き尽くす攻撃魔法も使える上に、そこらの冒険者相手なら相手にもならない程度の近接格闘も行えるような身体能力を有して、それで失敗作と言うのなら。

 成功した人形というのは、どういうモノなのか。

 考えたくないし見たくも近寄りたくもないので、関連資料には必要最低限以上には目を通していない。

 そんなのが存在するかも知れない以上、マスターの故郷付近など、危険地帯でしか無い。

 

 という訳で、北に向かっているのは消去法の結果なのだ。

 

 まあ、いずれ、どの地方にもこっそりと行ってみたいとは思うものの、急ぐような理由も急ぐ程の事情もない。

 そうであるなら、面倒事とは取り敢えず遠ざかって居たかったのだ。

 

 折角のひとり旅だ、のんびり気ままに進もうじゃないか。

 見上げた空で、太陽はまだ天頂に届いても居なかった。




厄介事が、面倒事を毛嫌いしている様です。


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のんびり移動日記

特にイベントもない移動の様子です。


 北を目指してベルネを発って、じき1ヶ月が過ぎるだろうか。

 野菜の有る食生活は良い。

 肉料理がより一層引き立つようだし、なんだか食べるだけで健康になったような気になるし。

 

 人形だから、そもそも害する健康も無いのだが。

 

 

 

 街道を外れては居るものの、大きく離れないように気をつけつつ、野の獣を狩ったり野外での簡単な料理を楽しんだりと、気ままに旅を楽しむ。

 四方が割と、と言うかかなり視界の開けた原野なので、身を隠す場所も少なく、日中ならば賊の類を警戒する必要も薄い。

 

 何が起こるか判らないので、完全に油断出来ないのは当然なのだが。

 

 時折、思い出したように周囲に探査の魔法を走らせ、怪しいポイントには探知魔法を投げる、という方法を使っているが、今の所小さな危険すらも掛かって来ない。

 私が元居た霊廟付近は、野獣は勿論、魔獣も居たしちょっと離れたら山賊なんかも徒党を組んでいた。

 

 あれがこの世界の標準なのかと思ったが、別にそんな事は無かったらしい。

 

 更新した地図データを脳内で思い起こしつつ、串焼きにした肉をもぐもぐしていると、この先、大きめの池が有るらしい。

 湖と言うにはささやか過ぎるが、池と言うには少し大きい。

 

 魚も居るかも、と思ったが、池の魚だと、泥臭さがキツイかも知れない。

 

 そもそも肉好きで、魚はあまり好んで食さない自分を思い出し、湧き上がりかけた好奇心はすぐに消え去る。

 周辺にはかなり離れた所に狩人が仕事中らしい様子と、街道を行く数人が居るようだが、全くもって平和であり、トラブルなど起こりようも無い状況である。

 これで油断出来るほどこの世界を舐めている心算(つもり)は無いが、それでも多少は気が緩むというものだ。

 

 食事の後片付けと跡を片付け、人形らしからぬ伸びをして、のんびりと旅を再開する。

 この辺りは特に問題もなく目的地に到着した、と、そういう形で飛ばされるエリアなのだろうな、そんな事を考えて、それでも気分は悪くなかった。

 

 

 

 夕刻に差し掛かった頃には、私は自身のぼんやりした感想などすっかり忘れ去っていた。

 次の街、村よりは幾分規模が大きい、そんな街に到着するには1週間程掛かる、そんな事を考え、その旅程では何もなかった、そんな(ふう)に頭の中で日記を纏めようとしていた私は、俄に騒がしくなった周囲の――それでも、かなり距離は有る――様子に、さて何事かと探知を走らせる。

 

 大まかに方角で言えば南西、進路からの感覚で言えば左後方から。

 此方(こちら)に向かって……と言うか、街道目指して迷走している様子で、走る2つの人影。

 そして、それを追う幾つもの……なんだこれ?

 反応的には獣なのだが、かなりの数だ。

 狼の群れにしても大きい気がするし、じゃあ他の何かと考えても出てこない。

 

 大きめの蟻だったりしたら見捨てようかな、などと考えながら、様子を探るが、やはり獣の様な気がする。

 

 いずれにせよ緊急事態らしいのは感じるのだが、周囲に点在する狩人は、感づいていても近寄ろうとは思っていないらしく、むしろ距離を取りたがっているように思える。

 まあ、そうなるだろうなあ。

 

 一昔前、私もMMORPGなんてモノで遊んでいた時期があった。

 そこで、画面の向こうで、良く見た光景が思い起こされている。

 

 ちょっと良さげな狩場で頑張った挙げ句、処理しきれなくなり、周囲のMOBのタゲを取ったままで慌てて逃げ出し、狩場に大混乱を巻き起こす者、そしてその行為。

 中には、意図的にMOBのヘイトを集め、周囲のプレイヤーに擦り付ける迷惑を超えた危険な輩も居た。

「トレイン、ですか……。懐かしいですが、嬉しくは有りませんね」

 周囲に誰も居ないと言うのに、口に出してしまう言葉は比較的丁寧に纏まってしまう。

 もう少し忌々しげな台詞を言いたかった筈なのに、これではただの感想だ。

 

 真っ直ぐ向かって来ているので、私としては先頭の2人は殺してしまっても問題ないと思うのだが、それで後ろの獣らしき何かが大人しくなってくれるとも思えない。

 私がここから立ち去ってしまうのがもっとも簡単にトラブルを回避できる方法なのだが、そのまま街道に出てしまえば、旅する人たちが巻き込まれ兼ねない。

 

 ……イリーナと出会わなければ、衛兵隊と変に行動を共にすることが無ければ、間違いなく立ち去っていたと言うのに。

 

 大量の獣たちを相手にして、勝てるのかと問われれば、そこに問題はない。

 問題が有るとすれば、剣なりメイスなりを振り回すにはちょっと面倒臭いほど数が多いので、出来れば魔法で薙ぎ払いたい所なのだが。

 

 それをやると、恐らく――。

 

 私は精度を高めた探知で知った、迷惑極まる2人組の情報に眉根を寄せる。

 18歳の男と、19歳の女。

 この世界ではとうに成人を迎えている年齢だが、私の基準で言えば、まだまだ若年。

 そんな若く、駆け出しで、レベルも大して高くもない冒険者が。

 どんなちょっかいを掛けて、今あんな群れに追われているのか良く判らない、そんな、要は粗忽な冒険者が。

 

 腕の骨格を剥き出しにして、強力な魔法で獣を焼き尽くす私を見て、冷静で居られるだろうか?

 私の疑似外装は、あの数の敵を焼き払う程の時間を耐え続けられるほど、強固では無いのだが。

 

 悩んでいる間に、2人組は――此方(こちら)に気付いているのではないかと思えるほど真っ直ぐに――私目掛けて走ってくる。

 

 傍迷惑極まる2人を殺すにしろ保護するにしろ、追うナニモノカの戦意を喪失させ、追い散らさなければ街道にまで被害が拡がってしまう。

 周囲に誰も居ない事を再確認して、溜息と舌打ちを残し、そして私は走る。

 

 何が、何のイベントもないただの移動エリアだ。

 何が、のんびり平和な旅、だ。

 

 数時間前の私に出会ったなら間違いなく張り倒す勢いで、湧き出た愚痴を後方に置き去りにするのだった。




昔、トレインでなにか嫌な事があったのかも知れません。


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正しくない方法と、良くない理由

言い訳の割には、楽しそうです。


 ほんの数分前まで、のんびり散歩気分での旅路だったというのに。

 何で今の私は全力で走っているのか。

 

 ままならないものだ。

 

 

 

 獣か何かを引っ張って走ってくる馬鹿2人――便宜上、一時的にこう呼ばせて頂く――の処遇は後で付けるとして、今はあの、数は多いがひとつひとつの気配は嫌に小さい、正体不明の群れをどうするかだ。

 

 いやまあ、正体不明などと言ってはいるが、流石に相対するとなると無策で立ち向かう訳にも行かない。

 なので詳しく探査やら探知の魔法を駆使した訳では有るが、なるほど、駆け出し程度の冒険者では逃げ出したくもなるだろうな、と言う相手ではあった。

 

 ワイルドドッグ。

 つまり、野犬。

 

 元々野生なのか、それとも野生化したものなのかは不明だが、まあ、あんまり人と友好的ではないお犬様の群れだ。

 犬とは言っても体格はそこそこ有るし、攻撃性は高いし、何より数が多い。

 群れで連携し、狩りをすることに慣れている群体に囲まれてしまえば、素人に毛が生えた程度の駆け出し冒険者では、どうしようもなく食肉と化すだろう。

 元来、犬という動物は、優秀なハンターなのだ。

 

 上手く逃げ出せても、下手に噛まれてたりすると、狂犬病などの恐れもある。

 

 そんな恐るべき狩人との戦闘だが、私が心配するのは衣装が痛む、その程度。

 後は、こんな群れを引き連れて激走して来る馬鹿2人を、どう処理したものか悩むくらいだ。

 

 いっそ、あの野犬の群れの中に突き飛ばして、食事タイムの野犬諸共焼き払ってやろうかな。

 

 そんな些か物騒な事を考えながら、取り敢えず私は武器庫から、軽量やや小型のメイス2本を取り出し、左右の手に1本づつ構える。

 魔法で戦う心算(つもり)ではあるが、私があの群れに飛び込んだら、あの冒険者たちはこれ幸いと逃げ出してくれるのではないか? と言う淡い期待がある。

 

 いやまあ、あれ程恥ずかしげもなくトレインしている連中が、そんな絶好の好機に逃げ出さない筈はないだろう。

 多分。

 

 いつも通りの「どうにでもなれ大作戦」ではあるが、今回はそれほど大きく予測を外れることはあるまい。

 間もなく、接敵する。

 2本のメイスを握る両手に程良く力を籠め、気持ち前傾姿勢を深くして、私は疾走した。

 

 

 

 実際に相手取ってみて、漸く見えてくるものも有る。

 野生のお犬様は目が血走っててなかなか怖いとか言う、今更な感想とか。

 40頭も集まってると、それなりに迫力が有るとか。

 冒険者組は逃げたかと思ったら、適度に寄っている犬を追い払いながらなんか近くに居るとか。

「そこの冒険者! 邪魔だから退()きなさい!」

 本当に、心の底から湧き出る、素直な気持ちを言葉に変えて伝えてみても。

「お、俺達の不始末を、関係ないアンタに押し付けるワケには行かねえよ!」

 などと、もう十分に迷惑を被っているのだが、今更何を言い出すんだこの馬鹿は、としか反応出来ない答えが返ってくるばかり。

 

「私が、自分の意志で飛び込んだ面倒事です! 本当に邪魔なので、早くどこかに行ってください、鬱陶しい!」

 

 両手でメイスをワタワタと振り回し、体感型ワンワンパニック(R18G)を続ける私は、苛立ちからついに声を荒げる。

 

「ほら、あの人もああ言ってるし、私達が居てもホントに、邪魔になるだけだよ! 今のうちに、安全な所で少し休もう!」

「でも……!」

 

 状況認識に於いては、女冒険者の方が優れているらしい。

 単に、危ない場面から遠ざかりたいだけかも知れないのだが。

 一方で、男の方は立ち去るか否かを決めかねている様子だ。

 

 周囲を取り囲む犬達は、どういう訳か私だけに集まりつつ有り、冒険者2人は既に狙われていない。

 

 妙な話だ。

 野生の動物は、狩りやすい獲物から狙っていくと思ったのだが……。

 私の方が弱く見えていると言うことなのなら、それはそれで構わないのだが。

 

「とっとと消えなさい! 巻き込まれて死にたいのですか!」

 ぐだぐだと煮え切らない男に向けて、何度目かの苛立ちを叩きつける。

 野生お犬様軍団は既に残り20頭程度にまで減り、このままでは折角覚悟を決めた、魔法の使い所が消失してしまう。

 

 実はちょっとだけ、楽しみだったのだ、魔法の行使が。

 

 もういっそ、派手にぶっ放してしまおうか、そんな事を考えながら、不格好にメイスを振り回す。

 自分勝手に旅をしたいだけだった筈の私は、いつの間にか、こんなにも人の目を気にするようになったのかと、寂しい思いで溜息を吐き散らすのだった。

 

 

 

 遠出した先で、うっかりと野犬のテリトリーに踏み込んじまった。

 それに気付いたのは、1匹の犬を斬り殺した後のことだった。

 四方から響く鳴き声、そして走り寄る足音。

 

 こんな大規模な群れが、こんな所に有るなんて、聞いたことがねえ。

 

 4、5匹だったらまだ相手に出来る。

 だけど、その鳴き声、足音は尋常な数じゃねえ。

 俺達は迷わず振り返って、一目散に逃げ出した。

 それから暫く追われるだろうが、テリトリーを出てしまえばそれで終わり、の筈だった。

 いつもなら。

 

 だけど、先に言った通り、俺は1匹斬っちまってたんだ。

 

 必死に走った。

 ただただ、前を見て走った。

 振り返らなくても、後ろから追ってくる音は圧力になって、押しつぶそうと俺達の背中に手を掛けていた。

 

 その時。

 

 ()()()()()()()()()()()、突風が吹き込んできた。

 そうとしか思えなかった。

 

 風に弾かれてよろめき、限界を訴える足から力が逃げて、へたり込みながら振り向いた先では。

 

 銀髪の女神が、両手にメイスを持って。

 舞うように、犬どもを蹴散らしていた。

 

 それから、犬が数匹吠えかかってきたり、ケイト……仲間や女神になんか怒鳴られた記憶は有るけど、何を言われたかは正直覚えてない。

 

 いつしか逃げることも忘れた俺は、ケイトに腕を引っ張られながらも、女神様が戦鎚を振る様に、いつまでも見惚れていた。




なんだか別の面倒事が出てきそうな予感です。


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わかってた後悔

思ったのと違う厄介事に発展しそうです。


 私も、初対面の人間に対して取る態度ではなかったと、反省しなくもない。

 そもそも、厄介事と理解(わか)っているのに首を突っ込むのも、褒められた事ではない、という事も判っている。

 とは言え、緊急度が高かったのは間違いないと思うのだが、私はそんなに悪い事をしただろうか?

 

「あ、(ねえ)さん! もうすぐ俺らの街なんで! この時間だったら、宿とか取れると思うんで!」

 

 無闇に獣とかの危険物を引き連れて走り回るんじゃない、とか。

 考え無しに攻撃をするんじゃない、とか。

 そもそも、狩りをするならするで、慣れてる所に行けとか、慣れてない所に行くなら出来る限りの下調べをするとか、そう言う準備を怠るんじゃない、とか。

 

 ()()なった経緯を聞いてから、(ガラ)にもなくお説教をして、それで解散すると思い込んでいた私だったのだが。

 

(ねえ)さんは、どうしてこんな辺鄙なトコに? 南に行くと、ベルネっていうデカい街があって、ダンジョンも近くに有るらしいですよ?」

 

 私はそのベルネから来たんだよ。

 目指してる方角から稚拙に逆算しても、南から北に向かってることくらい判るだろう。

 

 カンタとか言う、どこか懐かしさを覚える響きの名の男は、私の嫌そうな様子などお構いなしにペラペラと喋り続け、ついには私が何処から来たかとか、哲学的な質問なのか? と思える事を話していた。

 興味がミリグラム単位ですら湧かないので、その話を記憶する様な無駄なことはしなかったが。

 

「カンタ、あんた好い加減にしなよ。お姉さんが困ってるでしょうが。あ、お姉さん、お名前聞いても良いかな?」

 

 そのカンタの相方、ケイトと名乗った女は相方を窘める振りをして、当たり前のように私に名を問うてくる。

 聞かれなかったら黙っていようと思っていたのに。

「……マリアと申します。ただの旅人です」

 溜息を押し殺してどうにか、と言う態度で答え、(こら)えきれずに溜息を漏らす。

 基本、名乗るのが嫌なんてことは無いのだが、状況や場合にも依る。

 

 例えば、迷惑千万な状況を作っておいて、その事に気が付いていない様子の人間相手の場合、とか。

 

「マリア(ねえ)さん……名前まで可憐だ……!」

 

 カンタのなんとも言えない眼差しと呟きに、素直な気持ち悪さを感じながら、私は当然の様に無視する。

 男に言い寄られて喜べる様な、倒錯した趣味は持って居ないが、その理由を説明しつつ跳ね除けるのも面倒臭い。

 

 ()()()()()、と言っても理解などされないだろうし。

 

 恐らく私とは別の意味で引き気味のケイトが、カンタとは別の種類のなんとも言えない眼差しを私に向ける。

 恐らく、この子は色々と苦労が絶えないのだろう。

 

「私の名前とか、そんな事はどうでも良いのです。本当に理解(わか)っているのですか? 冒険者ギルドに逐一報告して、沙汰を下して貰っても良いのですよ?」

 

 半眼で睨んでやるが、ケイトは()(かく)、カンタはヘラヘラと笑っている。

 ひと目で分かる、何故説教されているのか理解していない表情(かお)

 

 こういう時は、焼きごてと爪の間に刃物、どっちの方が反省を促せるだろうか?

 

「本当にすみません、この馬鹿には、後でみっちり、身体(からだ)に言い聞かせますんで」

 

 ケイトが申し訳無さそうに目を伏せ、頭を下げてくる。

 まあ、私が冒険者ギルドに正直に報告してしまうと、ケイトも当然の様に何らかの処罰の対象になってしまうだろう。

 あの行為(トレイン)でどれ程のペナルティが課されるかは不明だが、それを避けられるなら、避けたいに決まっている。

 

 私とて、わざわざ報告など面倒であるし、本人が反省しているなら事を荒立てる心算(つもり)も無い。

 彼ら――彼が反省をすること無く、今後同じ事を繰り返して取り返しのつかないことになったとしても、私には関わりも無い。

 

「それで、あの……。マリアさんは、冒険者ランクはお幾つなんですか?」

 

 不意な質問が、私の耳に滑り込む。

 考え事の空白から顔を上げれば、ケイトが申し訳無さの中に好奇心を隠して、心持ち上目遣いで私を見ている。

 

 またしても漏れそうな溜息を、私はぐっと飲み込む。

 

 なんでこう、旅人という私の自己申告は信用を得られないのだろうか?

 冒険者と言うには軽装な筈なのだが、今では遠くなりつつ有るあの街で出会った少女も、その上司に収まった小憎らしい顎髭男も、私がただの旅人だとはすんなりと信じなかった。

「……何度でも言いますが、私はただの旅人です。冒険者になったことは御座いません」

 なので、何度目かのこの自己申告に、目の前の冒険者2人が顔を見合わせたのも不思議に思わなくなっているし、次に向けてくる視線が猜疑に(まみ)れている事も予想できる。

 

「なるほど、(ねえ)さん、分かりました」

 

 そう諦めて軽く目を閉じたりなんかしていたので、そんなカンタのセリフには素直に驚かされた。

 驚きついでに目を開けば、何やら得意げな顔のカンタが、訳知りな様子で頷いたりなんかしている。

 

「つまり、(ねえ)さんは、お忍びとか言うヤツで、冒険者だってことを隠してるんですね!」

 

 はあ?

 

 意味不明なことを自信有りげに言われると、こんなにも(いら)つくのか、と、むしろ感心してしまう。

 ケイトの方に視線を向けると、此方(こちら)は私と同様に、疲れた顔の端っこに微かな(いら)だちを浮かべている。

 

 普段からこの有様なのなら、ケイトの日頃の苦労も想像に難くない。

 

 先程までは、纏めて「狩場荒らし(トレイン)なんて真似をする傍迷惑な2人組」と考えていたが、どうやらそうでもないらしい。

 ケイトは巻き込まれてしまっただけなのだろう。

 腐れ縁なのか、それとも他の込み入った事情なのか、そこに興味は無いが。

 

 その境遇にだけは、同情を禁じ得ない。

 私はケイトの気苦労の絶えないであろう日常に。

 ケイトは、カンタに絡まれてしまった私に対する同情であろう。

 

 顔を見合わせたまま、互いに漏れる溜息を、(こら)えることが出来なかった。




厄介事と言うか、ただただ面倒臭い事になりそうです。


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選択肢

自分の行動は、しっかりと選んで行きましょう。


 カンタとケイトが拠点としている街は、北東へ徒歩でおよそ3日の距離だという。

 当然の様に行動を共にしようとする2人、特にカンタの様子に、私はげんなり顔で待ったを掛ける。

 2人がどう思おうが、私は1人で旅を続ける。

 その意志に揺るぎはない。

 そう告げたのに諦めの悪いカンタに、「貴方が気持ち悪いので無理です」と優しくはっきりと告げて、私は1人で歩き出した。

 

 ごく短期的な目的で言えば、この2人と出会った時点で達せられているに等しかった。

 トレイン――敵性存在の群れを引き連れて爆走するような輩が、戦闘に乗じて逃げない訳が無いと思っていたし、そもそも助けたかったと言う気持ちはあんまり厚くない。

 

 魔力操作の修練の成果も確認してみたかったのだが、そちらが全然出来ていないのは完全に誤算だったが。

 

 ともあれ、私としてはそう言う事情なので、最初からこの2人に興味など無いし、当然仲良くなろうとも思っていない。

 ついでに言えば、街に立ち寄るのも観光目的以上の意味は無いので、急ぐ理由がそれほど無い。

 手持ちの路銀はまだ余裕が有るし、食料についても同様だ。

 肉類は狩りで賄える訳だし。

 寝床ですら持ち歩く私は、街の宿を使うこともないのだし。

 

 そもそも旅の目的が物見遊山の気楽な世界観光に等しいのだし、そんな調子で旅を続けていたら、いつかはカンタが拠点にする街に立ち寄ることも有るかも知れない。

 その時には、カンタに会わずに済むように、祈っておくとしよう。

 

 話してみた感じでは、カンタは反省なんかしていない様子だし、ケイトは注意こそするものの手綱を握れていない。

 いつかまた、似たようなことをやらかすだろう。

 その時には冒険者登録を抹消されるか、それとも次は逃げ切れずに犠牲となるか。

 

 ……いずれにせよ、二度と会うことは無さそうだ。

 

 カンタを止めながら、自身も何処か残念そうなケイト。

 その様子を見て、別れることにして本当に良かったと思いながら、私は振り返りもせずに歩く。

 

 

 

 念の為、予定していた進路を大きく変えて、かつ、尾行を警戒して周囲に探査魔法を定期的に走らせながら。

 結果で言えば、ケイトは私が思ったよりかは常識人であったらしく、ちゃんとカンタを押し留めてくれたらしい。

 

 それからはだいぶ迂回して、地図で見ていた大きな池の畔に立ち、思った以上の大きさに自分の想像力の貧困さに衝撃を受けたり。

 池の向こうに沈む夕日が見たい、と、良さそうなロケーションを探して池の周囲を移動し、思っていた以上の景色を目にして(ガラ)にもなく感動してみたり。

 

 ゆっくり時間を掛けて移動して、カンタの居るであろう街を眺める位置まで来たのは、あの2人と別れて2週間程過ぎた後のことだった。

 

 当然立ち寄る意志は無いので、道行く旅人や冒険者に幾らか奇異の目を向けられつつも、私は街を迂回する道を西に進む。

 小さな街で、魔獣除けの防壁も一応有る、程度のものでしか無い。

 だが、逆に言えばこの周辺にはあれで間に合う程度の魔獣しか居ないと言うことなのだろう。

 

 南門から街を迂回して、のんびり1時間弱程度歩いた所で西門前に到着し、思ったよりも小さい街なのかも知れないと思いながら、更に北方向へと伸びる道と、西へ伸びる道、それぞれを交互に眺める。

 取り敢えずの目的は北だった訳だが、若干東に寄ってしまった様で、少し軌道修正を兼ねて西に出るか。

 それとも、そもそもが宛のある旅でもなし、このまま北に向かうか。

 

 東に出るのは……せめてもう少し北上してから、と思う。聖教国の野望は大きいが世界への進出は遅く、まだ周辺数カ国に影響を与え始めている、程度のモノらしい。

 まあ、そんなに容易く広がるものでも無いだろう。

 

 地球の歴史で思い返して見ても、一つの宗教を拡げようとするのは並大抵の事ではない。

 その土地に根付く信仰を押さえつけ、消し去り、弾圧して、上書きする。

 或いは、土着の信仰に寄り添うフリをして取り込み、全ては同じ教えの中に有ったんですよ、なんて言いながらその根を広げる。

 

 どちらを選んでも、必要な時間も、掛かる手間暇も膨大だ。

 途中で大きな不祥事でも起こしてしまえば、計画は大きく後退どころか、下手すれば地域から完全に敵対され兼ねない。

 

 もう、考えるだけでも面倒臭い。

 

 そんな事業に手を出して邁進していると言うのだから、まあ、頑張れとしか言い様がない。

 宗教的な側面からの浸透は、そんな感じでじんわりと進みつつある、という段階らしいが、私が近寄り難く思うのは、特にそれ以外の部分で、だ。

 ()(かく)、私が好もうが避けようが、現状ではそれほど表向きの権力(ちから)は持っていないのだから、近寄り過ぎなければ問題にはならない筈だ。

 

 考えただけでげんなりしてしまうソレから思考を逸らし、私は西の彼方へと視線を固定する。

 

 ベルネを出て、ぼちぼち2ヶ月に届こうかという所か。

 聖教国と違い、特に情報もなく、活況を取り戻したと言う話は耳にするのに、そこへと伸びる霊脈は只管(ひたすら)に不気味な静けさを放つ、古い交易の街――アルバレイン。

 探ってみても、何やら騒がしい双子冒険者の話が目を引く程度の、しかし特に大きく目立つ訳でもなく、理由もなく私の心に引っ掛かった、その程度の、良く有る街、である筈の。

 

 実の所、かの街にはいつか訪れてみたいとは思う。

 

 思うがしかし、急いではいけない、そんな気がする。

 その街からも必然、今は大きく離れている。

 どちらに出ても、そろそろ問題は無い気がする。

 それでも東に出るくらいなら、大きく西を回って、それから北に出るのも有りだろう。

 

 ――この時の私は、聖教国に嫌悪を(いだ)き過ぎていた。

 だから、東に行きたくないのだと思いこんでいたのだ。

 

 ――西に、引き寄せられているのだなどと、気付く事も出来なかった。




選んだ心算(つもり)で選ばされていた。良く有る話です。


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獣と月と荒野で

ひとり旅には、やはり危険が付きものです。


 違和感というのは、最初に気付いた時は特に気にもしないものだ。

 

 東から離れつつ有る事、西は西で要警戒では有るものの、此方もある程度以上の距離が離れている事から、私は完全なる油断を満喫していたのだ。

 世界というものは、常に警戒すべきもので占められて居るのだと、この時に思い知らされたのだと言っても良い。

 

 

 

 1週間も歩き、気が付くと周囲から木立の姿が消えた。

 剥き出しの土と、転がる大小様々な石、或いは岩が散らばる、荒涼とした風景。

 振り返れば彼方に草原や森林の(はし)が見え、思ったよりも周囲の景色に無頓着に歩いて来たのだと気付かされた。

 景色よりも、専ら魔法に寄る周辺警戒に夢中で、道らしきを外れなければそれ以外は特に気にしていなかったのだ。

 

 そう言えば、此処(ここ)に至る遥か手前で道が西と南に別れていて、大半の、と言うかほぼすべての旅人は南に向かっていた事を思い出した。

 

 こんな、整備されていない荒れた道の残骸を、魔獣の襲撃に怯えながら歩く者は、まあ居ないのだろう。

 この先には、廃墟となった街が在る筈だが、普通の者ならそんな所に用はないのだし。

 居るとすれば形振りかまって居られない訳アリか、私のような物好きか。

 

 そんな私だって、別に好き好んで魔獣と戯れたいとは――少なくとも今は――思っていないので、周辺警戒は割とこまめに行なっていた。

 

 私以外の人影もない荒野の、道であった名残のその上で。

 イヤに淋しげなその風景と、それを照らす月の様子に興が乗り、青白く照らされた地面を眺め、星空を見上げて歩を進める。

 

 休息しようと思えばいつでも出来る。

 桁の違う化け物でも出てこない限り、私に万が一は無い。

 

 そんな思い込み、慢心が無かったと言ったら、それは嘘になるだろう。

 

 現に、それまでは、周囲にうろつく獣は私に近づくことを避けていたし、寄ってきそうな魔獣の反応も無かった。

 景色を見ていたとは言え、定期的に魔法を使用して居たし、()()()()()()()()、まさに周辺警戒の為の探知を走らせている最中だったのだ。

 

 

 

 反射的に上げた左腕は前腕を斬りつけられ、吹き出した疑似血液が袖を濡らす。

 鈍い金属音は、内部骨格(フレーム)が何者かの刃に触れて上がった音を、人工筋繊維とダミーの疑似筋肉や脂肪による緩衝材が押さえつけたものだ。

 

 それはつまり、外側の筋繊維の一部が破断した事をも意味する。

 

「あっれぇ? オッカシイなぁ。首を()ったツモリだったのにぃ」

 

 左腕破損部の修復を開始。

 さり気なくその様子を隠しながら、私は声の主へと視線を向ける。

 

 私は、油断していた。

 だが、警戒を怠っては居なかった。

 

 完全に矛盾しているが、それこそが私の心境だった。

 

 私の不意を討てる化け物など、そうそう居る筈がないという油断。

 周辺警戒の為の魔法を使用中だったという事実。

 

 隠蔽系統の魔法を使われても、周囲の情報との齟齬で違和感に気付けると、タカを括っていた。

 私の索敵範囲の外から、隠密(ステルス)まで掛けて、一気に距離を詰めてくる様な存在など、想定していなかった。

 自身の呑気さに、溜息が漏れる。

 

 想定出来て堪るか、そんなモノ。

 

「久々に見かけた遊び相手、華奢なお嬢さんかと思いこんでたけどぉ」

 

 金色の髪が、月下に揺れる。

 

「なんでだろぉ? すっごく、なんて言うんだろうねぇ?」

 

 その両手に握られた大振りな、片刃の短刀が、月光を跳ね返して煌めく。

 振り返る口元に張り付く笑みが、凶悪に吊り上がる。

 

「お嬢ちゃん、なんで私と似た……ううん、違うなぁ」

 

 碧に輝く瞳が残光を残して真横にスライドするのを確認して、私は大きく飛び退きながら武器庫を漁り、メイスを引き摺り出す。

 左腕はまだ本調子とは言えないので、振り回すのはやや大きめの1本だ。

 

 私が居た空間を踏み抜き、尚も肉薄する1対の刃が、空を斬って吹き荒れる。

 

「あは。異空庫? それとも、ただの魔法鞄(マジックバッグ)? どっちにしろ、やっぱりお嬢ちゃん――」

 

 両手の得物を振り回しながら、愉しそうに口を開きながら。

 その目は、しっかりと私を見据え、正確に追ってくる。

 

 私が大きくメイスを振り払うと、それは大げさに飛び退き、漸く自ら距離を取った。

 

「唐突に襲い掛かって来た挙げ句、何なんですか、貴女(あなた)は。会話したいのか殺し合いたいのか、方針をきちんと定めてから出直して下さいませ」

 

 言った所で、この相手が素直に退()くとも思えない。

 油断なくメイスを構える私に対して、相手はまるで気にしていない様子で、興味津々と言った瞳を此方(こちら)に向けてくる。

 

 やりにくい相手だ。

 

「良く動けるねぇ、凄い凄い。大抵の冒険者とかは、あっという間にバラバラに出来たのにぃ」

 

 私よりもやや小柄なその体躯の、何処にその力が潜んでいるのか。

 ――愚問だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「物騒な事を平気で言いますね。私はそう簡単に行かないと理解して頂けたなら、此処(ここ)退()いて頂けませんか?」

 

 挑発ではなく、本気で何処かに行って欲しい。

 そう思った私は、言葉に余計な装飾をせず、素直に嘆願する。

 

 だが、理解(わか)っている。

 

「あは――あはは。折角見つけた遊び道具を、ただ捨てるなんて勿体なぁい。どうせなら、壊れるまで遊ぼうよぉ」

 

 言葉で退()くような相手なら、そもそも襲って来ない。

 その碧の瞳を禍々しく輝かせ、妖しく笑いながら。

 

「所でぇ、お嬢ちゃん? アナタの型番(ばんごう)は、幾つなのかなぁ?」

 

 そこに疑いはないのだと、確信をもって言い切る。

 私を見据えるその目は、少しも笑っていなかった。




なんだか訳知り顔の、危ない人です。


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迷い人形の舞踏会

どう考えても、同族の予感です。


 型番。

 魔法世界ではあまり馴染みのない単語な気がするが、この世界にだって製造業はある訳で、当然管理の為に存在するのだろう。

 

 取り敢えず知っている範囲で言えば、私にも「Za302a」と言う型番がある。

 私に存在しているのにイマイチ歯切れが悪いのは、他の型番付きの製品を知らないからだ。

 

「お嬢ちゃん? アナタの型番(ばんごう)は、幾つなのかなぁ?」

 

 金髪に碧い目を光らせて、彼女――「それ」はハッキリと口にした。

 当てずっぽうで口に出来る単語だろうか?

 知らなければ出てこない単語だと思うのだが、ならば何故知っているのか?

 

 型番持ちと何らかの関係がある、もしくは有ったのか。

 

 それとも、自分も型番を持っているのか。

 

「……何の事でしょう? 唐突に言われましても」

 

 惚けようと言葉を濁せば、即座に刃が銀光を閃かせて迫ってくる。

 1歩退いて横薙ぎをやり過ごし、真上からの振り下ろしをメイスの柄で受け止め、渾身の力で押し返して距離を取り直す。

 その僅かな攻防の合間に、やり過ごした筈の左手、その短刀が真横から私の顔目掛けて返って来ていた。

 

 ギリギリで、その刃は私の頬を浅く薙ぐ。

 

 私に強引に押し返されると踏んで、首ではなく顔を狙ったのか。

 考えすぎかは判らないが、用心と警戒は緩めないに限る。

 

「なぁに、その力ぁ。間に合う筈だったのになぁ」

 

 残念そうに、クスクスと、その口元を飾る笑みに似つかわしい口調で肩を竦めて見せる。

 特に構えたりはしていないのは、先程から変わらない。

 

 だと言うのに、早い。

 

 単純な膂力なら私のほうが上のようだが、スピードでは向こうに分がある、という所か。

 私は油断する余裕も失くし、メイスを正眼に構える。

 左腕は回復しつつ有るが、まだ数秒掛かるだろう。

 完全な状態だったら先程の横薙ぎを躱せたかと言えば、微妙だったと言わざるを得ないのが悔しい所だ。

 

「ふふぅん、私はエマ。マスター・サイモンのぉ、6体目のお人形(にんぎょ)ぉ。型番(ばんごう)は、Za206だよぉ」

 

 構えと警戒を解かない、解くわけがない私に、彼女はのんびりと口を開く。

 私と違う、緩くウェーブの掛かった金色の髪を、月下に揺らめかせて。

 

 マスター・サイモン、と来たか。

 先代が避けていた名前呼びを躊躇なくしてきた辺り、名前を呼ぶことは禁忌では無かったらしい。

 

 てっきり禁忌かと思って、私も頑なに避けてしまっていたじゃないか。

 

 つまり、目の前の相手も、私と同じく人間でも無く、どころか生命体ですら無い、と言うことか。

 どうやら同じマスターの作品らしく、私の型番によく似通ったそれを口にした。

 Zaは「ザガン」の頭文字か、それに自動人形(オートマタ)の頭文字であるAを付けたのか。

「自己紹介、有難う御座います。私の名はマリア。マスター最後の作品、型番はZa302aです」

 相手が名乗った以上、私も礼儀に則って名乗りを上げる。

 

 マスターこと、サイモン・ネイト・ザガン作の自動人形、私のシリーズナンバーは3、続くのは製造順に付けられる通し番号。

 そして最後の「a」の意味については、()()()()教えて貰っていない。

 

「あはぁ。やっぱり、マスター・サイモンのお人形なんだぁ。……うん?」

 

 笑顔を崩さずに私の名乗りを聞いた人形――エマは、ふとその表情を怪訝なそれに変える。

「302、a? 3シリーズって言うのも初めて聞くのにぃ、その最後のaってなぁに?」

 私も持っていた疑問に、エマは当然行き当たる。

 いや、寧ろ先行で生産された彼女ですら、最後にアルファベットを振っている型番に見覚えがない、と言うことだろうか。

「さて、私も存じませんね。複数作ったテストタイプに便宜的に割り振ったモノなのか、他に何か意味が有るのか。私が目を覚ました時には、私以外の人形は有りませんでしたから」

 応える私の声は、抱える疑問を押さえつけ、嘘も()いては居ないが本当の事も言っていない、そんな言葉に纏まって押し出される。

 

「3シリーズ、最後の人形……」

 

 意外な事に、エマは私の放った言葉の一部を繰り返し、何やら考え込んでいる。

 攻勢に出るにしろ、逃げるにしろ、これが好機だろうか?

 正眼に構えたメイスを握り直し、どう出るかを吟味し始めた瞬間に、エマの姿が霞んで揺れる。

 

 ハッとして飛び退()きながらメイスを振り払って銀光を弾き、すぐに前に踏み込みながら強引にメイスを振り戻し、逆から迫る対の銀光を柄、ほぼグリップに近い位置で受け止め、更に向かって左から戻ってくる短刀の一撃を、左上腕をエマの右上腕に叩きつけるようにして止める。

 やはり力負けはしていないが、この速さは純粋に鬱陶しい。

「まぁ、考えても分かんないかぁ」

 呟いて大きく飛び退(すさ)るエマに忌々しげに舌打ちをした私は、その(かお)を目にして、私の魂、唯一の人間の部分が、ぞわりと粟立った。

 

 いやらしくニヤつく口元に反して、一度も笑っていなかったその(かお)の、その目が。

 

「でも、同じお人形だもんねぇ? 分解(バラ)しちゃえばぁ、確認の方法なんて幾らでも有るよねぇ?」

 

 愉しそうに、歪んでいた。

 

 人間ではなくなってしまった、竦む理由が無くなった筈の私は、その瞬間、確かに呑まれた。

 呼吸を整え、いつ動くかわからない眼の前の狂気から意識を外さず、私は正眼に構えていたメイスを下ろし、右手にだらりとぶら提げる。

 

 まだ、大丈夫。

 まだ、ついて行ける。

 

 自分に言い聞かせて、狂気じみた人形と向かい合う。

 短刀を大きく振り回す、その動きが変わってしまう前に、どういう形であれ無力化してしまいたい。

 

 下手に刺激してコンパクトな構えにシフトされたり、突きを主体に切り替えられてしまうと面倒臭い。

 

 そんな事を思ってはみたが、しかし。

 エマと名乗った人形は、本能? のままに攻撃するだけで、振り回すとか突くとか、別段考えてないんだろうな、と。

 

 凶悪な笑みを浮かべて無策に飛び上がり、上空からの落下攻撃を仕掛けてくる様子を見て、そんな(ふう)にも考えるのだった。




案外楽に勝てるかも知れません?


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言い訳と言い分

人形は楽しげに踊ります。


 尋常ではない。

 

 吹き荒れる(やいば)の嵐を、身を捻り、身を屈め、後ろに下がり、或いは思い切って踏み込み、メイスの各部を使用して打ち払って。

 あれから2度程、都合にして3度も、顔に(うす)いとはいえ傷を負わされたというのに。

 ついでに言うなら、服は数箇所斬り裂かれ、身体(からだ)には大小様々な傷が刻まれている。

 

 私の攻撃も数度相手を掠めているのだが、直撃と言えるモノは無い。

 

 手数で劣るとは言え、鈍器を、人外の膂力で振り回しているというのに、エマと名乗った人形は顔に笑みを貼り付けたまま、容易く踏み込み、掻い潜ってくる。

 そして、その両腕が操る短刀は、その殆どが薙ぎ払われるように振り回されていると言うのに異様に早く、判断を間違えてしまえば痛手で済みそうな気がしない。

 

 不用意にジャンプ攻撃とか、迎撃余裕なんですけど、などと考えていた数分前の自分の能天気さが恨めしい。

 魔法と言うものの存在を忘れていたとは決して言わないが、自分の背後で爆発魔法を使って加速するとか、とてもとても真っ当なやり方とは思えない。

 加速するにしても、風魔法を使うとか飛行系の魔法を暴走させるとか、色々有るだろうに。

 そんな魔法を使えるのに直接攻撃に使ってこないというのも謎だが、それはそれで助かるので黙っておく。

 

 と言うか、このエマっていう人形、狂戦士(バーサーカー)過ぎやしないだろうか?

 

 うっかりと対地攻撃を被弾せずにやり過ごせたは良いものの、そこから大地に降り立った彼女は身体(からだ)ごと回り軽快に跳ね回り、退いたと思えば踏み込み、死角へと回り込み、ちょこまかちょこまかと鬱陶しいことこの上ない。

 

「あははははぁ! アナタ良いねぇ! 楽しいねぇ!」

 

 苛々(いらいら)とメイスを構え振り払う私の鼓膜に、エマの甲高い笑い声が爪を立てる。

 

「何一つ楽しく有りませんよ! 大体……!」

 

 刃が吹き抜けた後の一瞬の隙に、苛立ちに任せて声を荒げ、体当たりを敢行する。

 勢いが付きすぎ私はエマの胸元に右肩を叩きつけてもまだ止まらず、エマの額を私の額が強かに殴りつける。

 まるで人間のようにたたらを踏み、よろめきながら退く相手へと、私は強引にメイスによる追撃を浴びせかける。

 

「なんだってこんな所に、貴女(あなた)が居るんですか!」

 

 マスターことサイモン・ネイト・ザガンの手による人形のうち、存在が明記されているものは6体。

 型番の資料こそ残されていないものの、それぞれの特徴等は知っている。

 

 マスターの霊廟のみならず、それは多分、世界各地で、断片では有るだろうが、残っている。

 

 しかし、各々が意志を持つ関係上、それらの正確な所在はハッキリしていない。

 だから私は、恐らく人形達はマスターの故郷近くを彷徨(うろつ)いていると思っていた。

 先代の様子から、それぞれがマスターを慕い、(ゆかり)の地から大きく離れることは無いのだろうと、勝手に思い込んでいた。

 山越えだって、楽ではないだろうと。

 

 まさにその山を越え、マスターの望む場所に霊廟を作りひっそりと眠っていた人形が居たことなど、完全に忘却していた。

 

 先代は妙に身近すぎて、ついつい思考のピースに組み込むのを忘れてしまう。

 だから。

 

「あははぁ。私は私の趣味の為にぃ、あちこち彷徨(さまよ)う運命ってやつなんだよぉ? 何しろマスター・サイモンの御命令はぁ」

 

 私のメイスが、身を引こうとした彼女の右上腕に突き刺さり、外装が衣服ごと弾け、内部骨格がへし折れ砕ける感触を伝えてくる。

 だが、エマの笑みは消えず、言葉も途切れない。

 

「旅をしなさい、愉しみなさい。そして人間を殺しなさい。これだけの、シンプルなモノなのなんだからぁ!」

 

 破壊され、まともに動かせなくなった筈の右腕を完全に無視して、飛び退る彼女の哄笑が響き渡る。

 

「寧ろ、アナタはなんでこんな所にぃ? 私と戦っているのは私が絡んだから仕方ないけどぉ?」

 

 仕方無くない。

 何一つ必然性はないのだから、こんな無駄絡みは即刻止めて頂きたい。

 

 私はエマの狂気じみた所作に圧され、メイスを構え直す。

 

「マスター・サイモンの人形はぁ! みぃんな、同じ御命令を賜っている筈だよぉ!?」

 

 そんな私に構わず、なんだか急に、近寄りがたいテンションに到達したエマは、狂気じみた笑いと共に、そんな言葉を吐き散らす。

 なかなかに絵になる、そんな狂気では有るのだが。

 

 そんな事を言われても、私は知らないし関係ない。

 

「私には、2重の意味で、そんな命令は無いのですよ」

 

 どうせ聞いちゃくれないだろう、そう思いながら発した言葉を耳にしたらしい彼女は、意外な事にその笑いを収め、その碧の瞳を真っ直ぐに向けてくる。

 えっ嘘、興味引いちゃった? それとも何か、気に触った?

 

「……どういう、事ぉ?」

 

 左腕の短刀を真っ直ぐに私に向け、言葉の(やいば)を投げつけてくる。

 明らかにおかしな人――人形だけど――が狂ったように笑っている様もなかなか怖かったのだが、その笑いが唐突に引っ込むと、それもまた怖い。

 

 多分、これは答えないとキレ散らかすやつだ。

 

「まずひとつに、私はマスターの最後の人形です。私は、マスターの墓所の作成指揮と、その墓所の守護を命じられました。そして」

 

 取り敢えず、此処(ここ)までの私の説明には、エマは大きな反応を示さない。

 言葉を続けようとした時に、私に突きつけた短刀の切っ先が揺れた、それだけだ。

 

 さて、先代が受けた命令(オーダー)の事だけ話しておけば、それで穏便に済んだ気がしなくもないのだが。

 私の口は、言葉の前後に余計な単語をぶら下げてしまっている。

 そうしてしまった以上、彼女はもう、これだけの説明で納得はしてくれまい。

 

「……その当時の『私』とは、中身が違っているのですよ」

 

 私の言葉に、もう一度、切っ先が揺れる。

 完全に表情が消えたその視線が私の眼を捉え、離れない。

 

 物凄く居心地が悪いのだが、この危険な気配を放つ人形が素直に逃してくれる気は、少しも湧いてこない。

 相手の右腕を壊してしまっても居るし、なんだかスイッチも入った様だし、謝っても駄目だろうな。

 

 そもそも謝る心算(つもり)も無い私だが、そんな事を考えながらメイスを構え直すのだった。




また、口先が災いを呼びそうな予感です。


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凶刃と隠し刃

テンションの落差が大きい相手は、個人的に苦手ではあります。


「どういうコトぉ!? どういうコトかなぁ!? 中身が違うって、興味がスッごいよぉ!?」

 腕が一本使い物にならなくなったというのに、残った左腕をブンブン振り回しながら、一度は消えた狂気じみた笑顔を輝かせて私に問を投げつけてくる。

「質問したいならまず、攻撃をお()めなさい! 相手を傷付けないと落ち着かない病気か何かですか、貴女(あなた)はッ!」

 音を立てて空を切るメイスの軌道から飛び退いて、エマは左手の短刀をくるくると弄ぶ。

 そんな様子を目にした私は、ああ、これから少しだけ落ち着いての質問タイムか、そう一息()いて。

 

 突然飛び掛かってくるその姿に、呼吸を止める。

 

 踏み込みに反応しきれずに、頭を庇って上がった右上腕にその刃が食いつく。

 咄嗟にメイスの柄で受けようとしたのだが、途中で軌道を変えた刃を躱せなかったのだ。

「このっ!」

 初手を受けた左腕も、戦闘の忙しさで後手に回ってしまい、まだ回復しきっていないと言うのに。

 ここに来て右腕まで負傷してしまったのは痛い。

 強引な軌道変更であったのに、その刃はやはり内部骨格(フレーム)にまで到達している。

「んんん~? 確かにぃ? なんて言うかぁ……アナタ、魔力操作が下手っぴねぇ?」

 強引に右腕を払い、刃を振り払った私の腹部に衝撃が走る。

 

 蹴られた?

 

 突き出すように蹴り出された右足を辛うじて視界に収めた私は、大きく吹き飛ばされて尚勢いは死なず、大地を転げる。

 普通の人間など比較にならない耐久力を持つ私の身体(からだ)が軋み、腹部が吹き飛んでしまったような錯覚に囚われる。

 下手に耐えようとしたなら、実際にそうなっていても可笑しくはなかった。

 蹴られた衝撃で得物(メイス)を手放してしまい、拾いに行くには距離がある上に、エマが容易くそれを許しはしないだろう。

 

 咄嗟に後ろに飛んだ、と言うよりも、辛うじて足から力が抜けて、結果大きく飛ばされることになった。

 ダメージは殺しきれていないが、それほど大きくない――動けるという意味で、という状況では有る。

 当然、それ以外も無傷とは言えない。

 左右上腕は刃を受け、腹部には蹴りを受け。

 その他、大小様々な切り傷が、私の身体(からだ)を飾っている。

 

 対して、エマの方は、大破した右腕が目立つが、その他は数箇所、私の振ったメイスが掠った跡が、衣服に切り傷として残っている程度だ。

 

「魔力操作は、まだ苦手なのですよ。この身体(からだ)を引き継いで4年と少し、使いこなすにはまだ時間が掛かりそうです」

 

 見た目のダメージで言えばエマの方が致命的に見えるが、ダメージ総量で言えばどうだろうか?

 両腕のフレームも若干心配では有るが、それよりも筋繊維を斬られているのがマズい。

 到底、全力を出せるとは言えない状況だ。

 この状態でメイスを……重量武器を手にした所で、エマの速さについていけるとも思えない。

 今のところ自覚は無いが、腹部に受けた蹴りのダメージも心配ではある。

 

「引き継いだ? いっぱい訳分かんないコト言ってるけどぉ、それって結局どゆことぉ?」

 

 手慰みに短刀を弄びながら、エマは小首を傾げる。

 こういう動作をしておきながら、次の瞬間には私の懐にまで踏み込んで来かねない。

 嫌な学習を済ませてしまった私は、油断せずに武器庫を漁りつつ、返す言葉を選ぶ。

「言葉の意味そのままですよ。それくらいは理解できるでしょう? 先代の……この身体(からだ)にマスターが最初に封じ込めた人工精霊は、『私』に色々遺して消滅しました」

 小振りのメイスを取り出そうかと思ったが、小振りとは言え重量を活かして使用される武器では、今の腕の状態では心許ない。

 刃筋を立てるとか、色々と面倒な事をある程度は無視出来る素晴らしい武器種なのだが、相手の速さについて行けないのでは意味がないのだ。

 

 ついて行けないどころか、下手に無茶をして両腕が使えなくなってしまったら目も当てられない。

 

「それが意味分かんないんだけどぉ……。うぅん、まあ、やっぱり分解(バラ)してみるのが一番かぁ」

 くるくると回る短刀の刃先が月光を裂いて反射し、キラキラと舞う。

 不穏な言葉が途切れた時には、それは銀光を曵いて私へと殺到してくる。

 

 最早様式美とも言える流れだ。

 

 気が進まないながら、私は武器を選び、狂気じみた速度で振るわれるそれを、身を捻り、逸らし、躱す。

 両手で来られるよりマシな筈のそれは、だが、片腕を失った事で寧ろ速度が増したようにも思える。

 執拗に首を狙っているように思えるその軌道は、しかし一方で無秩序さをも併せ持ち、思わぬ位置から飛び出してくる刃は私に小さな傷を増やす。

 どうやったらそんな角度から刃がせり上がってくるのか、なんで今吹き抜けた筈の刃が追い打ちのように同じ軌道で迫ってくるのか。

 

 私よりも小柄なその体躯を伸ばし、縮め、あらん限りのトリッキーさが私に襲いかかる。

 

 こういう手合を相手にする時は、慌ててはいけない。

 私は慎重に相手の動きを読み・合わせ、時にしくじって傷を負いながら、チャンスを待つ。

 先程、メイスを叩き付けた時のように。

 

 エマも、私の狙いは重々承知だろう。

 片腕で刃を振るっている、そのハンデを感じさせない程に。

 両手で振り回していた時とは比べ物にならない程に、その刺突、斬撃は多彩になっていた。

 

 そう、刺突が織り交ぜられる機会が増えた。

 

 脚技も絡め、手がつけられない勢いな上に、スタミナ切れの様子も無い。

 全くもって、動く人形というものは可愛げが無い。

 

 薙ぎ払われ、僅かな間をおいて突き出されるそれを紙一重で避け、引き戻されるその動きに合わせて。

 牽制で放たれた蹴りを、身を捻り、両腕で捌きながら踏み込み。

 私は再度、体当たりの体勢で、右肩を、姿勢をやや崩した相手へと叩きつける。

 大きく姿勢を崩した人形(エマ)が、無理な体勢から左腕を突き出してくるのを視界に収め。

 私も強引に上体を捻り、やり過ごしながら。

 待っていた攻撃――無理な体勢からの強引な突き――を引き当て、その機会を逃すまいと、(ガラ)にもなく懸命に。

 

 武器庫から引き抜いた剣を振り払い、その左腕を斬り飛ばす。

 

「……私は確かに魔力操作は苦手ですが」

 

 強引な動きに無茶な力を乗せて、無理矢理に振り抜いた剣は、人形(エマ)の腕を見事に斬り飛ばしたが、代償に私の右前腕の内部骨格(フレーム)をも破損させた。

 右の尺骨に相当する骨格は折れ、橈骨にもひびが入る。

 

 相手の状態は、右腕は上腕で砕け、左腕はやはり上腕から失われている。

 

 細かい傷は私の方が多いだろうが、動きに支障は無い。

 両腕を失ったエマに比べれば、まだしも私のほうが戦闘力は有るだろう。

 

貴女(あなた)も、自慢できる程、得意な訳でも無いようですね?」

 

 私は此処(ここ)ぞとばかりに、憎まれ口を叩きつける。

 

 後は、躾の悪い脚を封じれば良い。

 それだって楽な事では無いだろうな、と、内心溜息を()くが、そんな事は表面上、おくびにも出さないのだった。




調子に乗ると、多分ろくな事にならない予感です。


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墓守の意地

両腕の自由を奪って勝負有り、とはならない様です。


 片腕を骨格ごと粉砕され、もう片方は斬り飛ばされ、それでも彼女は笑っていた。

 

 端的に言って、超怖い。

 

 その笑顔の根拠が、両腕が無くても問題無いとか言う自信に裏打ちされているものではなく。

 ただただ、状況が楽しくて仕方がない、と言った(ふう)のキラキラとした、子供のような純粋な、それだけにハッキリと浮き上がる。

 

 まっさらな狂気の、そんな笑顔。

 

「あははぁ! あははははぁ! 楽しいよぉ! こんなに楽しいのぉ、スッごく久しぶりだよぉ!」

 

 月の光の下、獣すら遠巻きしない、2人きりの荒野。

 お互い傷だらけ、私のほうがだいぶマシな様子だが、劣勢に見える方が狂気じみた笑い声を上げている。

 

 さてどうしたものか、先制で両足を潰してさっさと制圧するか。

 そんな事を考えて、ああ、潰すも何も今持ってる武器はシンプルな剣だったなあ、なんて事をのんびり思い浮かべていると、眼の前の空間が、揺らめくようにブレた気がした。

 空気が圧縮されつつ有るような、微かな、しかし確かな揺らめき。

 

 はっとして大地を踏みしめ、何度目か、私は大きく後ろへと飛ぼうとして躊躇する。

 

 後ろは……不味い。

 

 反射的に障壁を張って、衝動的に横へ……左へと跳んだ私に、轟音と衝撃、そして熱波が襲い掛かる。

 僅かな逡巡は私の障壁を一瞬で叩き割り、退くことを拒んだ直感は私を生かした。

 

 果たして、プラスマイナスで言えばどちらに軍配が上がるのか、まるで奔流のように奔り去る爆炎をちらりと背後に見送りながら考える。

 距離をある程度取れていた事と咄嗟に障壁を展開出来た、にも関わらず私の頼みの壁は簡単に崩れ去った。

 前方、爆炎に隠れたエマを見透かすように一点を凝視する私は、自身の甘さに自虐の笑みが零れそうになる。

 

 狂戦士の両腕を使用不能にした事で油断したのだろう、その代償に私は、右腕を持っていかれた。

 

 正確にはまだ繋がっている。

 しかし、エマの――「爆殺」の名に恥じないその魔法は私の障壁とプライドだけでなく、右腕の疑似皮膚組織や疑似筋肉、脂肪類を纏めて吹き飛ばした。

 今は右腕の内部骨格(フレーム)が、情けなく肩からぶら下がっている有様である。

 どうやら右腕は動きそうにない。

 人工筋繊維も壊滅的な損傷を受けてしまったらしい。

 

 ここに来て魔法攻撃とは、随分と余裕を失くしたようだ。

 

 そう思いながら爆煙が晴れるのを待っていたが、考えてみればエマは両腕が使用不能、少なくとも片腕は斬り落としている。

 武器を振る腕が無い以上、あの戦闘狂なら魔法の使用を躊躇わないだろう……な。

 

 諦めと呆れをどう表情に映したものか、そもそも表情をきちんと変えることが出来るか、自身に疑問を感じた所で、爆煙を削るように3箇所、球形に何もない空間が出現する。

 

 これはマズい。

 

 私は些か自信を失った障壁を立て、それを16枚重ねる。

 16と言う数に意味はない、咄嗟に魔力を束ねて、最高の強度を発揮させ、そして展開できる限界がそうだっただけだ。

 それぞれ私の周囲を覆うように展開し、重ねた障壁の中で身構えていると、間もなく轟音と爆煙が正面から襲い掛かってくる。

 

「あははははぁ! みぃんな、爆破しちゃおうねぇ!」

 

 爆炎に紛れて、聞こえない筈の声が聞こえた気がした。

 幻聴のくせにエマの表情まで想像出来て、私の方は表情をいっそう曇らせる。

 

 滅んだ城塞都市の遺跡を眺めて見ようかと思って来ただけだったのだが、随分と危ない存在に絡まれてしまったものだ。

 

 幾重にも続く爆発に耐えかね、障壁が軋み、耐えきれずに割れ砕けていく。

 咄嗟の1枚とは違う、魔力をありったけ凝縮させた障壁でも長くは耐えられない有様には、素直に歯噛みする他無い。

 気分を落ち着けるのに苦労しながら障壁が割れる都度張り直しを試みるのだが、これが「爆殺」の本領か、まるで火砲のように襲い掛かってくる爆炎と破砕の奔流は数発で私の障壁を破壊する。

 

 ムラッ気なのか自分で撒いた爆発で私を上手く捉えきれていないのか、同じところを連続で撃って来ることもなく、どころか外れているものも多いのが救いではあるのだが、攻撃に切れ目が無いので迂闊に動くことも出来ない。

 

 下手に障壁を解いたところに直撃されては終わりだし、障壁ごと動いては私の集中力の関係で、張り直しが上手く出来る自信が無い。

 さらに反撃となると、こうも見境なしの爆撃には抗えるとも思えない。

 

 私の熱線や光線は高威力では有るが、どちらも距離によって威力が大きく減じてしまう。

 この状況で、エマと同じ距離で撃ち合っては届くどころか、あっさりとエマの魔法に呑まれて消えるだけだろう。

 己の鍛錬不足を嘆くのは後に回すにしても、この状況をひっくり返せるような面白い方法は手元には無い。

 そもそもそんな事に考えを巡らせようにも、見る間に失われる障壁の再展開に意識を持っていかれてしまい、どうしてもそんな余裕が捻り出せない。

 必死に魔力を振り絞り障壁を張り直しながら、周囲の状況に気を配る。

 

 このままでは、障壁の展開以前に、私の魔力が底をついてしまうのではないか。

 

 障壁の貼り直しをしながらそんな恐怖に駆られ、必死にその事実から目を背けた私は、数秒ほど、その変化に気付くことが出来なかった。

 

 

 

 障壁が割れないことに気が付いて、恐る恐る周囲を確認すれば、爆音は止んでいた。

 煙が剥き出しの土肌を流れていく。

 

 爆炎に焼かれ、吹き飛ばされた大地は私の障壁を張っていた地点以外は荒れに荒れ、もはや大きく抉り取られているような有様である。

 私の背後には幾分かの無事な大地、というか廃道の名残が残されているが、暴虐の爪痕はそれ以外を大きく損ね、割と彼方までを削り取っている。

 

 威力も有って射程も長いとか、随分な欲張りセット魔法である。

 狙いの甘さが欠点、とも言えないか。

 

「あははぁ。魔力操作が下手っぴぃのクセに、壁はちゃんと張れるんだねぇ?」

 必死の貼り直しで周囲270度16枚フルで展開する障壁、その向こうの晴れていく爆煙の奥から、声も流れてくる。

 此方(こちら)は障壁を幾度も張り直しを行ったとは言え、実のところ余力は……多少有る。

 魔力操作はたしかに苦手なのは悔しいが事実、だが私が内包する魔力量は先代譲りだ。

 

 対するエマは、周囲の様子をちらりと見ただけでも、無闇に爆発魔法をバラ撒いていたらしい事が判る。

 焦げ跡の残る地面はエマを中心に扇状に抉れ荒れ果て、私は今やちょっとした渓谷の中洲に取り残されたような有様だ。

 

 これが街を幾つか消し去ったという「爆殺」エマの本領か。

 最初から指向性爆破魔法(これ)で来られたら、果たして対応出来ただろうか。

 まずは刃物で襲い掛かってきた事実と合わせて、謎と疑問は深まるばかりだ。

 

 障壁に囲まれているとは言え、この段階で私が随分と呑気なことを考えているのには、当然理由がある。

 この時点でエマの言葉から既に数秒経過しているのだが、彼女は追撃をしてこない。

 

 いや、彼女は追撃が出来ないのだ、恐らく。

 

「……人の事を素人扱いする割には、貴女(あなた)は魔力が切れたのですか? 私の障壁を割り切る事も出来ないとは、随分お粗末な魔力量ですね?」

 なんとなく見下されているようで癪に障った私は、断定した上で煽りを入れる。

 相手の残存魔力量を正確に測ることは難しいが、探査系魔法の応用で、ある程度は推察することは出来なくも無いのだ。

 

 実は探査・探知系の魔法を遮断していて、まだまだ魔法を連発出来るほどの魔力を隠して居たとしても、こちらにだって魔力量に余裕は……無いこともない。

 反撃方法は思いつかないが、それならそれで全部防ぎきって見せれば良いだけだ。

 魔法反射は出来なくもないが、私には上手く扱えない、という些か情けない事情が有る事は、決して口にしない。

 よしんば魔力量で負け、障壁の維持が難しくなった場合でも、最悪は、隙を見て魔法住居(コテージ)に逃げ込めば良い。

 入ってドアを閉じてしまえば、視認も出来なくなるし物理的にも魔法的にも干渉出来なくなる。

 

 そんな(ふう)に気楽に考え、割と適当な、場繋ぎ程度の煽り文句。

 だった筈なのだが、その効果は思ったよりも大きかった。

 

「わたっ、私の魔力量は少なくないモン!」

 

 思い掛けない激昂した声に、私は障壁越しの、すっかり煙が晴れつつ有る前方に目を凝らす。

「私は『爆殺人形』のエマ! ちょっとした街なら更地にしてもお釣りが来る魔力量だモン! アナタの壁が硬すぎるのが可怪しいんだモン!」

 晴れた煙の向こうでは、悔しそうな、ともすれば泣きそうにも見える表情で此方(こちら)を睨んでいる、傷だらけの人形が立っていた。

 傷は増えている訳ではないが減っても居ない辺り、回復にリソースを回している訳でも無いらしい。

 

 私の方も、障壁の維持が精一杯で、回復の余裕は無かったのだが。

 

 と言うか、街ひとつを更地にして余りある魔力量とか、改めて考えればとんだ化け物だ。

 私は一撃で使用不能にされた右腕と、次々に割れ砕けた障壁と、新たな観光名所になりそうなこの荒野の有様を思い出し、その台詞もハッタリではないのだなと納得する。

 

 だがしかし。

 

 私自身は何度も言う通り、魔法の扱いに関してはヘッポコでは有るのだが、元は「墓守」マリアの魔法であり、魔力だ。

 守ることに注力してしまえば、中身が私に変わっても凌ぐくらいは……なんとかなった。

「あまり舐めないで下さい。これでも私は『墓守』を継いでいるのですよ? 都市が、国が崩壊しようと、マスターの墓所を守り切る程度が出来ずに、『墓守』など名乗れる筈が無いでしょう?」

 飛び掛かりや不意の魔法攻撃を警戒しつつ、私は大きめのハッタリを投げつける。

 その墓所をほっぽりだしてこんな所をフラフラ旅している身なのだが、言わねばバレまい。

 それに実際の所、国が崩壊するレベルの攻撃なら、それが物理的なものであれ魔法的な何かであれ、防ぎ切れる筈がない。

 

 ……先代なら、守り切れるだろうか? 出来そうで、それはそれで嫌では有るが……。

 

「だっておかしいよおかしいよ! なんで私の本気を受け止めて、それで死なないの! 魔力全部叩き付けたのに! おかしいよ!」

 

 言いながら、だんだんと地団駄まで踏んで、エマは言い募る。

 と言うか、本当に魔力を使い果たしたのか。

 どうせ使い切るのなら、もっと狙いを……いや、自分の首を絞める趣味も理由も無いか。

 敢えて返事をするとしても知ったことか、としか答えようが無いのだが、それでは芸がないだろう。

 

 初手刃物を振り回して飛び掛かって来て、挙げ句魔力枯渇でキーキー騒ぐ自称「爆殺人形」の姿に、少しだけ考えて、私は溜息と共に言葉を押し出す。

 

「その有様で爆殺人形とは笑わせて下さいますね。癇癪玉人形にでも、改名されたほうが宜しいですよ?」

 

 もはや癇癪玉程にも爆発を起こせなくなったらしい人形は、悔しそうに私を睨んで唇を噛むのだった。




ようやく、相手の攻撃手段の大部分を封じた様です。


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月照らし、人形疲れる

魔法下手同士、肉弾戦再開です。


「ふッ!」

 渾身の横蹴りが、エマの腹部に刺さる。

「んぎッ!?」

 間抜けにも聞こえる、短い声を漏らしつつ、吹き飛ぶ人形。

 エマは両腕を失ったに等しく、魔力も覚束ない状況では残っている脚を振り回して闘う他無く、私もまた、右腕は折れ外装は完全に吹き飛び、左腕も修復なしに武器など振り回しては、それだけで折れかねないようなダメージを負っていた。

 そうとなれば私も蹴り主体で戦うことになるし、そう思った時に腹を決め、大胆にスカート横を破り、蹴り足の動作を妨げないようにしておいた。

 その甲斐が有った……と、思いたい。

 周囲に誰も居ないからこそ出来る荒業だが、そもそも恥じらいらしきものの持ち合わせも無いからこそ、とも言える。

 ただ、問題が無い訳でもない。

 

 戦闘が終わったら、身体(からだ)だけでなく、服も補修しなければならない。

 

 修繕自体は錬金魔法を使えばすんなりと出来るのだが、材料は必要となる。

 肉類や金属類のストックは兎も角、布の方はあとどれくらいストックが有ったか、考えると気が重い。

 ベルネで、もっと買い込んでおけば良かった。

 

 

 

 相変わらずすばしこい、と言うかちょこまか動くエマだったが、魔力が枯渇した事は運動能力にも影響を与えていた。

 肉弾戦時の凶悪なスピードと小柄な体躯に似合わぬ膂力は、やはり魔法によるものだった。

 

 ()()は魔力によって身体(からだ)を動かしいている。

 故に、完全に枯渇してしまえば、そもそも動けなくなる。

 なるべく魔力を持つ生物、ないし食物を取り込むようにしているのは、その様な事情に依るものだ。

 大気中に混じる魔素でも活動は出来るのだが、それだけでは戦闘に耐え得るほどの魔力を蓄えるのは時間が掛かり過ぎる。

 

 そう考えると、エマは完全に魔力を失った訳ではないのだが、最低限の運動能力を発揮するのが精一杯、と言った所なのだろう。

 

 対して私はと言えば、身体的な傷は多いものの、魔力的には余裕が有る。

 それはつまり、肉体強化()の魔法を使う余力も有ると言うことで。

 今の私は、膂力のみならず、速度でもエマを()()()()()()()()()()、と言う状態である。

 

 蓄積した戦闘経験と勘から、私との戦闘を続けるエマではあるが、目に見えて追い込まれている。

 必要最低限に近い魔力状態とは言え、そこいらの冒険者よりは遥かに獰猛かつ強靭で、諦める様子もない。

 ひたすら動き回り、脚を振り回しては私に捌かれ、態勢を崩しては私の追撃を受けつつ、カウンターならぬ、自爆とも言える捨鉢な攻撃を私に浴びせてくる。

 此処(ここ)は逃げて身体(からだ)の修復に努め、再戦の機会を伺う、という考えは無いようだ。

 

 その有様を、潔い、と評する向きも有るだろう。

 だが私は、そんな評価をくれてやる気は少しもしない。

 

 

 

 お互いに腕が使えなくなり、蹴り合いの様相を呈して少し経つ。

 捌き捌かれ、必死に私に喰らいつくエマは、不覚にも、私と彼女との現在の「差」というものから意識を逸らしてしまっている。

 

 一進一退、そう言うには私の方が多少有利。

 

 そういう状況だからこそ、彼女は懸命に闘争を続けるのだろうが、その右の蹴りを私が持つ剣の柄で――()()()使()()()()()()()()()というのに、彼女はまだ気がついては居ない。

 現状基本性能のみで動いているエマが、強化魔法を使っている筈の私とまともに渡り合えている時点で可怪(おか)しいと、気付いていない。

 

 自身の性能に余程自信が有るのか、或いは積み重ねた経験値でやりあえていると思って居るのか。

 

 ……実の所、彼女の経験や勘と言ったものは全く馬鹿にできる物ではなく、寧ろ脅威ですら有る。

 もっと早くこれほどの本気を見せられていたら、近距離であの爆破魔法を放たれていたら。

 それこそ私は、今頃スクラップだっただろう。

 要するに、初めから舐めて掛かってくれたお陰で、今の私は何とか優位に立ち回れている、という状態なのだ。

 

 魔力操作の下手な私が、強化魔法の効果を落として左腕の回復にリソースを割いている、というのに。

 

 左脇腹に蹴りを受けながら、同じく左脇腹に右の蹴りを叩き込む。

 攻撃の出始めはエマの方が早く、事実直撃もエマの蹴りの方が速かったのだが、今となっては速度で私の遅れを取り、威力も大きく減じている。

 更には私の膂力に耐える事も出来なくなっていた。

 よろめく私の視界から、エマは派手に吹っ飛んで消える。

 視線を追わせて吹き飛んだ先を確認し、私もやや強引に、それを追って地を蹴る。

 私の接近を察して急ぎ立ち上がるエマだが、その動きは更に鈍っている様に感じられた。

 

 いよいよ、基本的な機能を維持する魔力も尽きつつあるのか。

 

 ふらつくエマは迎撃の心算(つもり)か、右足を振り上げようとしている。

 その懐に、エマの反応より早く踏み込めた私は、軸として咄嗟には動かせなくなっているエマの左腿に渾身の蹴りを叩き込む。

 

 魔力で強化した右足を伝って、大腿骨に当たる内部骨格(フレーム)が折れ、脚そのものがひしゃげて歪む感触が伝わってくる。

 

 人体に於いても最も長大で、頑健を誇る大腿骨が折られた、その事にショックを受けたのか。

 それとも、もはや私の踏み込みにさえついてこれない事態に追い込まれたことが衝撃だったのか。

 バランスを崩し、自分の脚に視線を向けてしまうエマ。

 

 狂戦士では有ったかも知れないが、歴戦の士では無かった彼女の僅かな弱さが、大きな隙となった。

 

 彼女の視界から外れ、意識からは()うに忘れ去っていたであろう私の左腕が跳ね上がり、その手に有る剣が疾走(はし)る。

 気付いた彼女が視線を上げるのと入れ違いに、私の振り下ろした(やいば)は彼女の左腿に食い込み、へし折れた骨格は抵抗する事も無く、その脚を斬り離した。

 

 素早く左脚だったものを蹴り飛ばし、直後にエマは大地に沈む。

 既に左腕を失い、バランスを狂わせていた彼女は体勢を立て直すことも叶わなかったのだ。

 それでも尚、立ち上がろうと藻掻くその喉元に、私は剣を突き付ける。

 

「勝負有りです。足掻くのはおよしなさい」

 

 地面に横たわり剣で牽制され、エマは悔しげな視線を私に向け、しかし飛ばしてくる言葉は湧いて出ない様子だった。

 

 

 

 戦闘も終わり、魔法住居(コテージ)に戻った私は、思いつくままに備蓄の肉を頑張って調理し、食前酒代わりにマジックポーションを頂いてから食事に取り掛かる。

 全く、とんだ厄日だった。

 急いで魔力を回復させ、そして傷を癒やすために、魔力と肉を取り込む事に集中する。

 

 生のままで頂いても回復効果は得られる、寧ろ効果は高いのだが、調理したのは私の元人間としての矜持だ。

 

 食事による満足感を得た私は、精神的な疲労を癒やすべく部屋に戻り、着替えもそこそこに……右腕の修復の妨げとならないよう、ブラウスの残骸を左手で剥ぎ取って、寝台(ベッド)へと身を投げ出す。

 思い返せば、ベルネでの1年間、色々な人間達の訓練に付き合い、自らも修練を積んでいた事は、無駄にはならなかったらしい。

 そう思って、せめて感謝でもしようかと記憶を辿るが、イリーナは()(かく)、顎髭に関しては小憎らしくも厭味ったらしい表情しか思い出せない。

 

 調子に乗って歩き続けた挙げ句に狂戦士と戯れる羽目に陥った最悪な1日は、微妙な(いら)つきと共にその幕を下ろす。

 

 はて、今宵の月は、果たしてどんなだったか。

 思いを巡らす間に、私の意識は眠りの沼へと引き込まれていった。




疲れているのは分かりますが、きちんと着替えて寝たほうが良いです。


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夜明けと皮算用

一晩明ければ、日常です。


 人形の朝はそれほど早くない。

 

 昨夜、きちんとした食事とマジックポーション、そして金属数種のインゴットを摂取し、深めの睡眠を取っているので、身体(からだ)の修復は完了している。

 因みにだが、身体(からだ)の修復の為に休息は有れば有るだけ良いのだが、別に睡眠は必要としない。

 睡眠については、もはや私の趣味だ。

 

 身体(からだ)の修復が済んでいるので、朝食を軽く取ってから、一応買っておいた布類等を使って衣服を修繕する。

 

 やはり、メイド服は英国式に限る。

 無論、フレンチスタイルも良いものとは思うのだが、私の中ではどうしても英国式に軍配が上がる。

 

 そも、服飾に造詣が深い訳でもない私にとって、自身が身に纏う衣装が本当に英国式なのかは不明なのだが。

 そもそもメイド服と言う呼び名が、正式な呼称かどうかも理解(わか)っては居ない。

 

 布を使い、型紙代わりの私のイメージに沿って、服の修繕を完了させる。

 錬金魔術というものは、便利なものだ。

 この機会に戦闘を意識したスカートでも、と考えてみたのだが、私のイメージでは単にスリットの深い、大きなお兄さん向けのフィギュアのような衣装になりそうなので、今回は見送ることにした。

 

 さて。

 

 自分の用事も済んだことだし、厄介ごとの後始末を、そろそろ付けねばなるまい。

 

 

 

「こぉんな料理なんかじゃなくってぇ! 生肉とインゴットが欲しいのぉ!」

 一晩で右腕の骨だけは修復した、というか強引に()いだらしい、小生意気な人形は私の手料理に文句を言いながら齧り付くという失礼極まる態度で、当然のように食事の手を止める事は無かった。

 手間を掛けて料理するのも癪だったので、私が運んだ料理は厚切りの猪肉に良く火を通しただけの、これをステーキと言ったら料理人に逆さに吊るされそうな代物。

 片腕では食べにくかろうと切り分けているが、こんな態度を取られてしまっては徒労を感じてしまう。

 

 ……私は悪くない筈だ。

 

「せっかく作って来たというのに、可愛げの欠片もないチンチクリンですね。インゴットもマジックポーションも用意してますから、食事くらいおとなしく楽しみなさい」

 よほど納屋にでも放り込んでやろうかと思ったのだが、生憎とこの魔法住居(コテージ)内には私がイメージするような貧相な小部屋は存在しない。

 すこぶる業腹では有るが、玄関ホールに転がしておいてもいちいち目について腹立たしいので、客間に放り込んで居た。

 そんな客間の、クイーンサイズのベッドに上体を起こして、そこに渡したテーブルの上に並ぶ食事に齧り付くその脇に、私はマジックバッグから金属のインゴット数種とポーションを取り出して並べてやる。

「おいしい! けど足りなぁい! あ、ポーションありがとぉ!」

 礼と礼の合間に文句を挟み、カチャカチャと食器を鳴らしながら食事を貪り、マジックポーションを注いだグラスを飲み干す。

 言うだろうとは思ったが、思った以上にストレートな物言いに思わず溜息が漏れる。

 私は空いた皿を下げ、おかわりとして切り分けたステーキもどきを差し出す。

 私自身も食欲が凄まじく、いっそ生肉でも良いと思っていた程だったので、その気持は良く判る。

 判るのだが、物には言いようというものが有るだろう。

 そのくせ咀嚼音を振りまくような下品な真似をしない辺り、少し見直してしまった。

 

 逆に言えば、彼女の食事態度には、褒められる点はそれしか無いのだが。

 

「いいから黙ってお食事なさい、みっともない。まったく、他所のマスター作の人形だったら分解(バラ)してスクラップに(たたきつぶ)して埋めてきたものを……」

 

 あまりの憎々しさに思わず本音も漏れてしまうが、片腕を失った痛々しい姿の彼女は、しかし私の言葉を一顧だにせず、インゴットに齧りつき、おかわりと注いだマジックポーションのグラスを口に運ぶ。

 自分でもやったことではあるが、客観的な視点で金属のインゴットを噛み砕く様子を(はた)から眺めるのは、なんとも言えない気分だ。

 本当に、ベルネでこんな姿を晒すことにならずに済んで良かった。

 

 ……なんで私は、そんな事で安心を得ているのか。

 

「ミスリルのインゴットなんてぇ、良いもの持ってるねぇ」

 

 どうでも良い事に思いを馳せている私に、私の程良い嫌味を聞き流した彼女が脳天気な顔を向けてきた。

 

 Za206、マスター・ザガンの造った人形の――文献上では――現存する6体の、その内1体。

「爆殺」人形、その割に好きな武器は短刀。

 人形らしく整った、可愛らしい作りの顔で、身長は私より結構低い。

 155センチくらいではなかろうか。

「私用に、給金から少なくない資金を使ったものですよ。いずれ返してもらいますからね」

 当然のように高価なミスリルインゴットを咀嚼するエマに、私は恐らく履行は困難であろうことを突きつけながら、自身の行いに情けない気分で肩を落としそうになる。

「任せてよぉ! この先何処かで人間見つけたらぁ、殺してお金ぶん取っちゃえば良いんだからぁ!」

 とても殺伐としていて、この上なく物騒なことを無邪気に言うエマは、どうやら私と行動を共にすることに疑問を抱いていない様子である。

 

 私としては手を組みたいとか組みたくないとか、そう言うこと以前に、そもそも制御できない同行者などそれだけで面倒事でしか無い。

 なのだが、少しばかり思うところが有って魔法住居(コテージ)にまで連れ込み、彼女の回復の補助を行っている。

 

 同じマスター作、と言うことで多少の情けが湧かなくもない、という事情も耳掻き一杯分程度は有るが、それよりも打算的な部分が強い。

 

 すっかり忘れそうになっているが、聖教国の危ない連中とか、彼奴らの召喚した異世界――私にとっては同朋――の輩とか、これから先敵は何処に転がっているか判らない。

 その上、身内とも言える同じマスター作の人形でさえ、問答無用で襲いかかってくる有様だ。

 

 ……エマだって、今はおとなしいが、これから上手いこと丸め込めるか自信はないというのに。

 

 私ひとりで対処するのが面倒で、道連れを作ろうと思っただけだったのだが、果たして私の判断は正解だったのだろうか。

 食事にがっつく可愛らしい人形を見下ろしながら、やはり今からスクラップにして私のパーツの予備にしてやろうか、そんな事を考えてしまうのだった。




仲間が欲しかったなら、もっと早い段階で色々出来たと思います。


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幕間・ちょっとした整理

目的を新たに、手段を間違えた予感のようです。


 食事を終えた途端、実に良い笑顔を向けて、エマは宣言した。

「それじゃあ、回復のための休息するよぉ! 私の腕と脚! 返してぇ!」

 キラキラと目を輝かせて、右手を伸ばしてくるその様子に、軽めの頭痛を覚えながら、私は嘆息する。

 

 妙な話だ、今の私には痛覚など無い筈なのだが。

 

「ただ返した所で、回復出来る訳が無いでしょう。取り敢えず簡単に接ぎますから、横になってじっとしてなさい」

 

 最初からその心算(つもり)だったとは言え、それで本当に正しいのか、急速に自信は失われていく。

「はぁい! それじゃあヨロシクねぇ!」

 素直な返事は好ましいが、この小娘人形がこの先、返事ほどに素直に私の言うことを聞くとも思えない。

 遠慮なくコキ使えると言えれば気楽とも思えるが、それもこれも素直に動いてくれることが前提だ。

 

 人工筋繊維等を素人手付きで適当に切り分け、魔力で起動するトーチなどの道具を駆使して折れ砕けた内部骨格(フレーム)をやはり適当に接ぎ、ざっくりと人工皮膚を縫合して、すごく軽い礼を受け取った私はどうとも言えない表情で客間を後にする。

 

 せめて他の人形だったなら、そう思う私だが、じゃあどの人形なら良かったかと問われれば返答に窮する。

 なにせ、私は他の人形の為人を――妙な言い回しだが――知らないのだ。

 接点もなければ、会話を交わした事も無い。

 

 知っているのは、型番、名前、そして存在していると言う事。

 知識は先代から継いだが、記憶まで継いだ訳では無いのだから、姿など、想像する他無い。

 

 私は先代から聞いた事をぼんやりと思い起こしながら、修練室へと足を向けるのだった。

 

 

 

 マスターこと、サイモン・ネイト・ザガン。

 サイモンと言う名前はこの世界では割りとありがちな名前なのだろうか。

 ベルネで割りと顔を合わせた人間のひとりもサイモンという名だったので、なんとなくそんな事を考えてしまう。

 そちらは家名など持たない身分だったので、血縁という訳では無い。

 

 もとい。

 

 そんな平凡と思われる名前のマスターは、錬金魔法の頂きとも言える地点に立った男だったのだという。

 世に撒かれる文献や噂によると、その出発点は自身の境遇に対する憎悪。

 先代から聞いた話では、ささやかな復讐心からの出発だったらしい。

 まあ、結局は「人間種」を心底嫌っていたと言うことで、世間の噂などは間違っては居ない。

 

 ……私も中身はその人間種なのだが、先代はその点を問題視しなかったのだろうか。

 

 そんなマスター・ザガン――せめて敬意を払い、ファーストネーム呼びは避けよう――は生涯を人形制作に捧げ、作り上げたその数は100体を越えたという。

 造ってもまともに動かなかったり、思うような性能を発揮できなかったりと、失敗、挫折を繰り返し、それでも気付けば「完成」したのがその数だったのだと言うから、尋常ではない。

 見上げた根性だが、私の感性から言えば、まず人形が「自律的に動く」という時点で色々と引っ掛かりが有る。

 だがその事実は、世界が違うのだからと流して良い問題なのか、判断出来ない。

 人間種を殺すための人形と聞いても、引きはしても特に嫌悪はしない辺り、私自身も大概おかしいのだろうとは思うが。

 

 ともあれ、そんな狂気のマスター作の人形は、文献で知られるだけで6体現存している、という事になっている。

 私がこの話を出す度に、何故いちいち含みを持たせるのか、ということだが、勿論理由が有る。

 

 ――その6体には、私は含まれていないのだ。

 

 残っている、とされている人形を列記すると、

 

 Za202、「死覚」リズ

 Za204、「剣舞」サラ

 Za205、「骸裂」キャロル

 Za206、「爆殺」エマ

 Za211、「影追」クロエ

 Za213、「鉄姫」メアリ

 

 なんとも仰々しい文字が並ぶ。

 因みに、きちんと先代にも確認を取っているのだが、便宜上「2シリーズ」と呼称する彼女達の最終モデルはZa213なのだそうだ。

 

 一方で、先代、及び私の型番はZa302a。

 何か小っ恥ずかしい二つ名と言うか、用途名は「墓守」。

 

 私達が「3シリーズ」なら、2番めに制作された事になる、筈だ。

 特に引っ張る理由もないので結論から言えば、私の直前に作られた人形は存在して居る。

 

 Za301、「堅守」ゼダ、と言う名で。

 

 つまりは、マスター・ザガンの人形は少なくとも7体、ゼダも健在だとすれば、最大8体現存している事になるのだ。

 如何に研究資料が残されているとは言っても、複雑怪奇な基礎魔法陣と、特に2シリーズ以降は希少な素材をふんだんに要求される。

 そんな面倒で厄介なモノを真似て、或いは研究して再現出来るような狂気の人がそうそう居るとも思えない。

 そんな訳で、私以降は正当な後継は無い筈だ。

 多分、そこらの木とか鉄とかを使って作られる自動人形なら、マスターの造った1シリーズにも及ぶまい。

 

 私にとってさえ、それは脅威足り得ない。

 

 遂行する1シリーズ、学習する2シリーズとも教わったことが有るが、それが本当なら、マスター・ザガンはなるほど優秀な技師だったのだろうと思う。

 モノ作りにさして造詣の深くない私でさえ、学習して成長すると言う事の難しさは理解(わか)心算(つもり)だ。

 

 いやうん、学習するんだから、成長するんだよね?

 

 これからの旅で、どこかで、いずれかのザガン人形に出会ってしまうとも限らない。

 出会う訳がないと高を括った結果が、エマとの七面倒臭い戦闘だった事を考えると、私ひとりで対応するよりも、手駒が有ったほうが楽なのは間違い無い。

 

 エマと旅をするということは、どこかでエマが大量殺戮する場面を私が黙認ないし傍観する必要が有りそうだが、まあ、その時はその時だ。

 私と縁のある街でなければ構わないし、私と縁のある街などひとつしかない。

 

 

 

 修練室の扉を開ける私は、自分の思考が既に普通の人間のそれから逸脱しつつ有ることに、気付いていないのだった。




立派な人形になりつつ有るようです。


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荒涼たる都・辿る道にて

同行者に頭を悩ませてますが、本人も大概です。


 私とほぼ同じデザインの服を着た同行者が、雲ひとつ無い青空の下、荒れ果てた道を先導する。

 服飾の技術が有るとは思わなかったが、まさか私のお気に入りのうちの一着を勝手に持ち出し、サイズダウンを含めた改造をしてしまうとは思わなかった。

 もはや文句を言う段階を過ぎてしまったので黙認するより他にないのだが、スカートを膝丈にまで短くした挙げ句、両サイドにスリットを入れるのははっきり言ってやりすぎだ。

 

 ちんちくりんのクセに、一丁前に色気付きおって。

 

 こんな荒野のど真ん中、さしあたっての行く先が廃墟となった城塞都市で、誰に何を見せつけるつもりなのか、問い詰める気持ちも湧いてこない。

 どうせ無人か、いたとしても魔物か魔獣か、それともただの獣と言った程度だろう。

 

 

 

 結局3日程休息を取ることになった私達は、その甲斐あってすっかり身体(からだ)の傷は癒え、無闇に元気になったエマが喧しい。

 獣の類は見かけはするが、向こうから寄ってくることも無い。

 特に肉類が不足している訳でもないので、此方(こちら)から寄っていく事もない。

 何も無い道と同じく、何事もない旅路だ。

 

「ねぇねぇ、この先の廃墟なんて、見てどうするのぉ? 私も潜伏してたけど、特になんにもないよぉ? 盗賊っぽい人達も、殺してたらどっか行っちゃったしぃ」

 

 エマの質問と続く言葉に、私の表情は特に変化しなかったとは思う。

 殺してたら何処かへ行った、と言うのは、殺し尽くしたと言う意味なのか、それとも生き残りは逃げ出したという意味なのか、確認しようと思ったがやめた。

 

 どちらであったとしても、どうでも良い事だからだ。

 

「ただの観光ですよ。私はこの世界と言うものを、自分の目で見たいだけです」

 

 元来の旅行趣味等という物も無いし、どちらかと言えば出不精な私なのだが、幾ら何でも古い手記とたったひとりの墓しか残っていないあの墓所(ぼしょ)で、終始ゴロゴロしていられる程気が長くは無かった。

 どうせ旅をするなら目的らしきを持ちたいと思っただけだったし、(じつ)の所、旅に出た当初数日程度は、冒険者になる事も視野に入っていた。

 

 ベルネで見掛けた冒険者があんまりにもアレ過ぎて、まっとうな方々には申し訳ないが、そちらの道は遠慮させて頂いた次第ではあるが。

 

 実際問題、魔獣や獣の素材類の買い取りにはギルド証とかは必要無かったし、そうなるとますます冒険者になる意義は薄れた。

 今更感は有るが、そもそもギルド証と言う存在も胡散臭い。

 魔法で作られた名刺大のカードに個人のレベルやステータスが記憶され、それが各国に跨る冒険者ギルドに情報として蓄積されるというが、こんな世界に個人情報保護の観念がどの程度有るのか知れたものでもない。

 悪名高いザガン人形の1体で有るのだが、そうと知って冒険者ギルドは私の情報を素直に秘匿してくれるだろうか。

 軽々しく冒険者登録などしなくて良かったとつくづく思うし、そういう意味では、あの時出会った、或いは見掛けた冒険者たちには感謝しても良いかもしれない。

 絶対にしないけれど。

 

「観光? 変な事をしたがるねぇ。それだったら、人の多い所とか、綺麗な景色とか見れば良いのにぃ」

 

 暇を持て余したのか、エマは足元の手のひら大の大きさの石を蹴り上げ、リフティングしながら歩く。

 なんとも器用な事をするものだが、感心するより先に、緊張感の無さに呆れてしまう。

 緊張感を持てと言っても、こうも何もない、見通しの良い景色の中ではそれも無理だろうとは思うし、私自身、緊張感の欠片も持ち合わせては居ないのだが。

「ついこの間まで、ベルネと言う街に住んでいたのですよ。暫くは、見るのも嫌になるほど人混みを見て来ましたから、滅んだ街の寂しさを眺めてみたくなったのです」

 適当に言葉を紡ぐが、意外とこれは本心である。

 人混みに紛れ、衛兵隊の隊員と訓練を行い、時に仕事を手伝い、ベルネのあちこちに足を運んだ。

 主に活動していたのは南地区と呼ばれる区画だったのだが、そこは冒険者も多い区画だったので、荒くれ者を中心として雑多な連中を数多く眺めてきた。

 エルフとかドワーフとかの、私から見たファンタジー色濃いめの種族を多数目にしたし、ゴブリンやコボルトも人類の一員として街に溶け込んでいる様子も見てきた。

 無闇に他者の生命(いのち)を奪うような輩でない限り、この世界は大らかに迎え入れてくれる様だ。

 

 その観点から言えば、私はまだしも、エマはほぼアウトだろう。

 

「……そんな事を言ったら、貴女(あなた)は大丈夫なのですか? 人の多い所に行って、殺戮衝動を抑えられるのですか? いちいち街を壊滅させていては、いずれ居場所も無くなりますよ?」

 

 言っては見たが、エマは居場所の有無など気にしないだろう。

 私だって、特に他者との接点を求める旅でもない。

 エマと共に行くと決めたのも、ただの戦力確保の為でしか無い。

「私ぃ? 私は平気だよぉ? 人間種は殺すけどぉ、それ以外の人類にはなるべく手を出さないしぃ。そこらの人間種だって、最近じゃ殺しても面白くないしぃ」

 カラカラと笑うエマの言葉に、私は返す言葉を探すがすぐには出て来ない。

 その言葉は、裏を返せば面白そうな人間が居たら殺すと言っているに等しい。

 エマの感じる面白さの基準がまだ不明なので、どの辺が彼女の琴線に触れるのか不安でしか無い。

 知りたいとも思わないが、ある程度は把握しておくべきだろうか。

 

 人も往かぬ荒涼たる平原を歩きながら、私はちらりと視線を巡らせる。

 

 視界にも探査の魔法にも、およそ人類と思えるような反応は見られなかった。




人の居ない街へ、人形が向かいます。


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荒涼たる都・ある思い出の終着

目的地で、観光開始です。


 崩れ、苔むした元要壁の隙間を(くぐ)り、雑草すら無い、やはり崩れた建物だった物達を目にした私の胸に去来したのは、(がら)にもない物悲しさだった。

 

 元からそうなのか、意図的に断たれたのか、大地には地脈の気配もない。

 この街を滅ぼす為に地脈を断った、或いはずらしたのなら、随分とえげつない真似をするものだ。

 

「もぉ、完全に人の気配は無いねぇ。知ってたけどぉ」

 

 随分とえげつない存在が、私の隣で(ひたい)の前で(ひさし)を作るようにして右手を翳し、遠くを眺めるような仕草をしている。

 人と見るや短刀を振り回し、挙げ句に爆発系の魔法を連発するようなキワモノが、可愛らしい動作をしようなど笑止千万である。

 

貴女(あなた)が追い散らしたんでしょうに。そもそもその盗賊達は、こんな何もない、街にも遠い不便な所で何をしようとしていたのでしょう」

 

 私は相方(仮)の所作を綺麗に無視して、思い当たった疑問を何気なく口にする。

 どうせ問うた所で、彼女はその答えを知らないだろうし、興味も無いのだろう。

「なんだかねぇ、逃げてきたらしいよぉ?」

 そう考えていたのに、思い掛けず帰ってきた答えに私は驚いて視線を向ける。

 

「逃げて来た? 此処(ここ)に、ですか? 貴女(あなた)から逃げた、では無く?」

 

 私の様子と声に、顔を向けてきたエマは少しムッとした様に頬を膨らませる。

「私は逃してないモン! なんだかねぇ、どこかの街で失敗したから、人目のないところまで逃げてきたって言ってたよ!」

 前半の不穏極まる示唆は取り敢えず無視して、私は顎先に指を添えて少し考える。

 

 何処の街でも有りそうな話だが、なんだかその話に聞き覚えが有る。

 ベルネで私に絡んできた冒険者のひとり、露出過剰気味の女は私の手引でお尋ね者となり、衛兵隊に追われ、最終的には街から逃げ出した、と聞いている。

 その時、冒険者崩れを大勢……40名程引き連れて街を出たとも。

 

 今となっては1年以上も前の話だが、あちこち経由して此処(ここ)まで辿り着くのは難しく無いだろう。

 

「……それは最近の話ですか?」

 

 口を衝いて出たのは、確認の為の質問だった。

 もしも私の思い描く輩が此処(ここ)に逃げて来たのだとしても、私の責任ではない。

 だが、それでもやはり気にはなる。

 

 とは言え、世界はそれほど狭くないだろう。

 先程も言ったがどこにでも有りそうな話だし、何でも自分と関係の有る事象だと思い込むのは傲慢が過ぎると言うものだろう。

 

「えー? うーん、半年くらい前だったかなぁ。私はここで3年くらい寝てたんだけどぉ、急に騒がしくなって目を覚ましたからぁ」

 

 頬を膨らませて居た筈のエマは、考えるように視線を上に()らせ、思い出すように唇に指を触れさせている。

 3年間も休眠状態で居たのに、なんでそんなに軽々しく目を覚ましたんだとか、そのまま眠らせておけば良いのに、何処の馬鹿が騒いで起こしたんだとか、色々文句は浮かび来るが、ひとまず口にするのは避ける。

 

 半年前。

 流石にベルネから此処までにしては時間が掛かり過ぎているだろう。

 どこかを経由したか、或いは別の街を拠点にしようとして失敗したのかして、此処まで逃げて来たとか、等と考えてみたが、どう考えてみても無理が有るように思える。

 

「ベルネでは銀髪メイド服の所為でケチが付いたとかぁ、アルバレインに逃げたのは失敗だったとかぁ、色々言ってたけどぉ? そう言えばマリアちゃんも銀髪だねぇ? メイド服だねぇ?」

 

 そんな事を考える私の耳に届くのは、厭味ったらしいエマの台詞そのままの、どう考えても私の事ではないかと思える言葉だった。

 

 ベルネでは幾つか衛兵隊の仕事を手伝いはしたが、基本的には隊舎で訓練の日々を過ごしていた。

 そんな私が恨みを買う程追い詰め、かつ逃したような相手となると、どうしたって限られてくる。

 そうなると、やはり脳裏に浮かんでくるのは、数度聞いただけの名前だ。

 ……思い返してみれば、別に私が取り逃がした訳では無いのだが。

 

「なんだか変に肌の出てる服、って言うか装備のぉ、女の人が指揮してたみたいだったけどぉ?」

 

 うんざり顔で言葉を無くした私の様子に何を感じ取ったものか、エマは私の顔を見上げるように覗き込み、クスクスと笑っている。

「その女の人、ダニエラって呼ばれてたよぉ?」

 エマは悪戯を告げるように、実に楽しそうに口角を上げている。

 対する私は、エマに見られているという事にも構わず、心底嫌そうな顔になったと思う。

 

 世界は思いの外、狭いらしい。

 

「……知り合いと言うのも業腹ですが、知っている顔では有りますね。彼女の他には、何人居たのですか?」

 私は降参の合図代わりに目を伏せ、両手も軽く挙げて見せる。

 

「なぁんだ、素直に認めちゃうんだねぇ。えっとねぇ、20人くらいだったかな?」

 

 ニヤニヤと笑っている様子に小癪さを感じている私に構わず、エマは得意げに私を見上げ続ける。

 戦闘狂的な危うさを抱えている癖に、意外と頭が回るというか、勘の鋭い事だ。

 

 それはひとまず置くとして、彼女の言葉に仄かな剣呑さを感じ取る。

 これまでの彼女の発言からして、多少の好い加減さは有れど、基本的に嘘を言っている様子は無い。

 

 ベルネを逃げ出した()()()は、その先で勢力を拡大することも出来ず、それどころか此処(ここ)に辿り着いた時には人員の半数を失っていたと言う事だろう。

 それは良い。

 郷愁ぶって見せた所で、あの露出過剰女は私にとって敵でしか無かったのだから。

 

 だが、彼女の言葉を思い出して考えると、多少なりとも同情しない事も無い。

「……少し前に、殺してたら何処かへ行った、と言っていましたね?」

 目を見据えながら私が口を開くと、彼女はその笑みを一層深くする。

 とても先程までの無邪気と言えるような雰囲気は鳴りを潜め、邪悪としか言えないその表情は、ある意味で見慣れてしまったそれだ。

 

「そうだねぇ。不思議だねぇ。割りとあっという間に、居なくなったねぇ」

 

 このまま私に斬り掛かって来るのではないかと言うほど危険な気配を放ちながら、エマは愉しそうに笑う。

 

 ああ、まったく。

 面倒臭い。

 

 私は気になることは有ったものの、それについての言及を避けようと試みるが、無関心でも居られなかった。

 

「死体が残って無ければ、臭う物も無いでしょうね。心静かに観光出来るのは、良いことです」

 

 斬り刻まれた身体(からだ)から撒き散らされた血や汚物、汚染された肉等は、多分エマは爆散させたか燃やしてしまった事だろう。

 私達にだって嗅覚はあるし、不快なものは不快なのだから。

 

 エマは愈々愉しそうに嗤い、私はその声に不快感を覚える。

 それ以外の事実については、自分でも驚く程、なんの感情も湧かなかった。




観光一歩目から、あんまり良くない話を知りました。


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荒涼たる都・散策考

慌てなくても、目的地は逃げません。


 嫌な気持ちというものは、さっさと切り替えてしまうに限る。

 なにやら楽しげなエマの様子に覚えた素直な不快感を顔に貼り付け、私は滅んだ街を征く。

 

 目に映る範囲では動くものの無い世界で、風だけが律儀に吹き込んでくる。

 緑すらも無い、朽ちた石造りの街は、一体何が有ってこんな姿になったのだろうか。

 

 いや、戦争の果てに滅んだと聞き知っては居るのだが、幾百年も昔の話を聞かされただけの想像と、実際に現実を目にする事の間には、やはり埋め難い溝が有るのだと思い知らされる。

 

 もう少し歩けば、この廃墟を塒にしている小動物や、それらを狙う獣の姿を見ることも有るかも知れない。

 今の所は、目視でも魔法に依る周囲探査でも、気配すら感じられないが。

 人の気配の絶えた街とも趣の異なる、既に滅んで久しい街の残骸と言うものは、往時の面影が見られればそれだけ、寂しさが募る。

 

 風化し、既に一部は砂になっている街の死体を眺めながら、大通りであったと思しき剥き出しの、所々に敷石と思われるものの散らばる乾いた土肌を歩く。

 ……砕けて風化して既に適当に撒かれた小石に等しい有様だが、元は敷石だったのだと思う。

 

「そういえば、貴女(あなた)此処(ここ)で3年も眠りこけていたと言っていましたが、どの辺りに居たのですか?」

 

 別に興味は無いのだが、うら寂しさに当てられたのだろうか。

 私は隣を歩くエマに、なんとなく声を掛ける。

 

「えー? もっと奥だよぉ? 走るぅ?」

「遠慮します」

 

 返ってきたやる気のない答えに、私は即座に拒否を告げる。

 

 興味もほぼ無いような所に、わざわざ走ってまで向かいたくはない。

 この街を隅々まで見て回る気も無いし、近くを通りかかったなら遠くから眺めるのも良いかもしれないが。

 

 

 

 石を組んで造られたこの街、この要塞はその様相のみならず、その様式からもはるか時の彼方で打ち捨てられたものだと判る。

 元の世界での生活を覚えている私の目には、この景色は(いにしえ)のそれだが、この世界基準で言っても相当に古い。

 

 余談と言うか蛇足と言うか、この世界の有り様は何処かチグハグで、何か歪なものを感じていた。

 ベルネで生活した1年で気付いた事で、そこでの日常生活で触れるあれこれに、違和感に近い既視感を覚えたものだ。

 ガラス瓶にしっかりと嵌まるキャップ、魔力式とは言え街中に立つ街灯、ボイラーにもそうだし、遊戯札(トランプ)も有った。

 

 人が考えたものだから、世界が違っても似たようなものを思いつくのか、そうも思ったが、しかし遊戯札(トランプ)はああまで似たものになるだろうか?

 

 異世界……私の居た地球から魂だけを呼び寄せコキ使おうとする聖教国と言う存在。

 彼らの使う歪な「召喚魔法」は、果たして彼らのオリジナルなのだろうか。

 

 或いはもっと別な存在、ないし組織なり、似たような魔法を使える存在が有るのではないか。

 

 考えると嫌な気持ちにしかならない。

 

 私は軽く頭を振って、確証もない考えを追い出し、網膜を通して景色を脳に刻む作業に戻る。

 元の世界でそうそう見れるような代物でもないし、霊廟付近にもこれほど荒廃した遺跡など無い。

 強いて言えばベルネ付近の坑山付近が景色としては近い気がするが、此処(ここ)ほど徹底して枯れ果てては居なかった。

 

「エマ。この街の近くに、川は無いのですか?」

 

 景色を眺め、探査の魔法を走らせつつ、私は隣の同行者に声を投げる。

 私の探査魔法には、水の流れどころか、相変わらず生命らしき反応のひとつも有りはしない。

 

「川の跡はあるよぉ? って言うか、川があったら滅んで無かったんじゃないかなぁ?」

 

 相変わらず退屈そうな声が、どうでも良さそうに返ってくる。

 川が無くなったから滅んだというのも極論な気がするが、一因では有るだろう。

 或いは、地脈が途絶えたのと川が無くなったのは、同時期だったのかもしれない。

 

 そうなると、どちらも偶然ではなく、人為的に行われた可能性が高い。

 川も地脈も、強引に捻じ曲げられたのだろう。

 どちらも、言う程簡単な事だとは思えないが、まあ、ご苦労な事である。

 

 この要塞都市を巡る攻防の果てに都市は死に絶え、しかしこの砦を飲み込むように版図を広げたと言う事が、遥か昔に行われたのだろう。

 

 それでも街に地脈が戻ることはなく、川の復旧も行われなかった。

 

 人の行いの身勝手さと言うものは、世界が違えど変わらず目につく。

 気の赴くままに気長な散歩を楽しみ、身勝手が人形の身体(からだ)を纏っているような私に、他所様をどうこう言える資格もなにも有りはしないのだが。

 

「川がどうかしたのぉ? 泳ぐのぉ?」

 

 脳天気な声が、考え事の海に泳ぎだそうとする私の意識を不粋に掬い上げる。

 この小娘型の癇癪玉と来たら、走るだの泳ぐだの、どうしてすぐに身体(からだ)を動かしたがるのか。

 初邂逅の折にも、まずは肉体言語全開の近接格闘を仕掛けてきたことを思い出してしまう。

「泳ぎません。泳ぎたくありません」

 苛立つ心を落ち着けて、私は静かに、それでいてぶっきら棒に言葉を押し出す。

「えぇえ? じゃあ、なんで川なんて気にするのぉ?」

 そんな私の様子に何か気が付いた様子もなく、脳天気な質問を続け、挙げ句に人の顔を覗き込むように見上げてくるエマ。

 私は溜息をぐっと(こら)え、そっと手を伸ばすと、エマの頭を強めに撫でながら押さえつける。

「ちょっとぉ! なになになにぃ!?」

「大きな街なんてレベルを越えてるこの遺跡の周囲に、川が無い方が不自然なんですよ」

 悲鳴らしきを上げるエマを無視して、私は考えた事の一部を開示する。

 

 そう、一部だ。

 

 人の生活圏が一定以上の大きさになるには、資源的な意味でも、物流的な側面でも、川とか海と言う存在は重要になる。

 詳しい知識など、文献的なものの表面程度しか知らない私でさえ、その程度の想像は付く。

 川の存在を気にしている私を見て、はしゃいででも居るのかと思われているとは思いもしなかった。

 

 もしもこの街を維持できるようなレベルの川が付近に現存していたなら、石でも括り付けて沈めてしまえるのに。

 

 物騒な事を考えてしまったが、実行するとなるとかなり本気で抵抗される事を考え、面倒臭さに(こら)えていた溜息が漏れてしまうのだった。




目的地が既に死んでいるなら、尚のこと慌てる必要はありません。


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荒涼たる都・遺跡案内者の怠惰

観光が、いよいよ始まりそうです。


 滅んだ都市を見るのは、初めてではない。

 だが、時間の風雨に擦り減らされた空間に身を曝し、風化した姿を直に目にするのは、初めてのことだ。

 

 人の身では到底抗えない、時間という力の過ぎ行く跡を眺めるのは、往時を知らない私でさえ郷愁を感じてしまうし、こうまで荒れ果ててしまった有様に視界を覆われてしまうと、畏怖にも似た感情が頭をもたげてくる。

 

 まだ形を残す要壁塔の威容を見上げ、在りし日の役割を未だ果たし続ける物言わぬ守護者の佇まいに、ふと――先代の姿が重なる。

 本来守るべき者を失い、しかし命令が有ったというそれだけの理由で墓所(ぼしょ)を守り続けた彼女は、穏やかな時の流れの中で、やはりその心を摩耗し、風化させてしまったのだろう。

 

 命令に含まれていないとは言え、マスター・ザガンが憎んでいたと思しき「人間」である私の魂を拾い上げた彼女。

 私に知識の大部分を与え、秘めるべきは大事に抱きしめたまま、時の彼方へと流れ去った彼女。

 今際の別れの簡素な言葉に、どれ程の思いを詰め込んでいたのだろうか。

 

 ――もう、此処(ここ)には何も有りません。貴方(あなた)の自由になさい。

 

 人の心の機微に疎い私が、一途にマスターを思い護り続けた人形(かのじょ)の真意など、計れはしない。

 見上げる塔も、いつの日か時の流れに咀嚼され、石と砂に帰るのだろう。

 

 或いはそれは、私が()()なってしまった後の、遥かな先の事なのかも知れない。

 

 

 

「なぁんにも無いしぃ! 居ないしぃ! 面白くないよぉ! もう何処か行こうよぉ!」

 暫し要壁沿いに遺跡を辿り、在りし日の姿に思いを馳せる私の周囲をぐるぐると回りながら、癇癪玉がパチパチとなにやら爆ぜている。

 

 侘び寂びを(かい)さぬ、不粋な輩め。

 

 挙げ句に私の右袖を掴んで、ぐいぐいと引っ張って私の注意を引こうと躍起になっている。

「はしゃがなくても聞こえていますよ。少しは景色を楽しむゆとりを持ちなさい」

 (こら)えようとした溜息をついつい漏らしながら、嫌々答える私の前に回り込み、エマは私の顔を見上げて来る。

「景色なんて、こんな崩れかけの石しかないトコ、見ててもつまんないよッ! 飽きたよッ! 他所行こうよッ!」

 いつもの間延びした(ふう)な喋りを止め、背伸びする勢いで私に詰め寄ってくる。

 良い感じで苛々が募っている様子で、結構な事である。

「他所を目指しても、どうせ暫くは殺風景ですよ? この遺跡のほうが、まだしも賑やかでしょうに」

「こんな枯れた賑やかし、イヤだよッ!」

 私としては、静か過ぎるこの環境は嫌いでは無いのだが、相方は大変に不満なご様子である。

 此処(ここ)で終生過ごすと言う話でもなし、もう少し余裕を持ったほうが色々楽しかろうと思うのだが。

「もっと色々なものを見て、楽しむ事を覚えるのも悪くは無いですよ?」

 言ってはみるのだが、恐らく聞きはしないだろう。

 そう思いつつも単に私がもう少しのんびりと観光したかったので、取り敢えず口を開いてみたのだが、案の定、エマは納得する様子など微塵も見せない。

「色んな物って、此処(ここ)に有るのは石ばっかりだよッ! 石を見て見出だせる楽しみなんて理解(わか)んないよッ!」

 石といえば、宝石類も石の内なのだが、エマは興味無いのだろうか?

 

 興味があった所で、そこらの石をそういった宝石類と同列に扱えと言うのも、まあまあの暴論では有ると言う自覚はあるが。

 

 さておき、エマは完全にお冠なご様子で、私の服の胸倉を掴んで来る。

 感情に任せて得物を振り回してこない辺りは少しばかり意外だが、どうあっても鬱陶しいことに変わりはない。

 1日か2日くらいは滞在して、この街の過去に思いを馳せるのも悪くないと思っていたのだが、それも叶うか怪しくなってきた。

 私はやんわりと、しかし力強くエマを押し退け、空を見上げて口を開く。

「移動は置いておくとして、さしあたり、食事にしますか」

 太陽は頂点を僅かに通り過ぎた辺りに掛かっている。

 人の気配もない滅んだ街の片隅で、食材になりそうなものなど見当たらない景色の中で、必然食事はいつもと代わり映えしない物しか無いのだが、備蓄は幸いまだまだ余裕がある。

 死に絶えた街で行う生命活動の一環という物もなかなか乙かと思ったが、まあ、良い趣味の範囲に入らない事は判っている。

「うー。良いよ、取り敢えずご飯にしよぉ。でも、此処(ここ)で食べるのはヤだからねッ!」

 だから、エマが心底嫌そうな顔でそう言った事にも、特に反発を覚えることも無かった。

 

 

 

「所で、移動すると言っても、何処か行きたい所は有るのですか?」

 エマに促されて魔法住居(コテージ)に戻った私だが、メニューを考える思考は重かった。

 凝った料理を作った所で、人形2体、そんな事に感動を覚えたりはしない。

 ただ、今日は焼き方に拘って、素人作にしてはそこそこ上手く焼けたボア肉のステーキを切り分け、頬張ってその出来に満足してから、私はエマへと疑問を飛ばした。

「特に無いよ? ただ、あの街は寝床にしてたから見飽きたし、獲物どころか動物だって滅多に見ないし、楽しくないから他所行きたいの」

 疑問をぶつけられたエマはと言えば、ステーキの焼き加減が気に入ったのか、ご満悦で進めていた食事の手を止め、不思議そうに答える。

 

 私と過ごして数日、食事は楽しいと思えるようになってきたのか、単なる成分の補給ないし備蓄、と言う考えから踏み出し、食事の感想を聞く機会も随分と増えた。

 それは良いのだが、回答の方は、随分とまた自分本位な事である。

 

 エマは3年ばかりこの地で寝ていたと言っていたが、私は初めて足を踏み入れたので、まだ全然飽きていない。

 しかし、彼女はその辺りの考慮はしてくれないらしい。

 

 小規模な都市、と言ったら多少は大げさかも知れないが、街としては大きいこの遺跡に踏み入ってまだ半日。

 のんびりと色々眺めながらの散策だったので、まだ入り口周辺でウロウロしていた程度である。

 

 私の観光プランは初日で破綻するらしいが、それならそれで、もう少し()()()理由で追い出されたかったものだ。

 

 馬鹿馬鹿しさに言葉を失った私を見るエマの表情は、やはり不思議そうだった。




観光が、もう終わりそうです。


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荒涼たる都・サボりたがりのベクトル違い

相方の圧力に負けずに、観光を続けることは出来るでしょうか。


 すぐにでもこの街……遺跡を出ると息巻くエマだが、実際問題次に向かうのは北か東か、それとも西か。

 

 南は恐ろしい者が居そうな予感と、強い興味とが同時に湧き上がる。

 あんまり、近寄らない方が良いかもしれない。

 

 私達が居る、と言うか居た地点は、滅んだ都市の東通用門近辺である。

 東か北に行くなら、近くの門を出てそれぞれの方角へ足を向ければ早い。

 しかしそれは、私の気分が宜しくない。

 端的に言うなら、癪に障るのである。

 

「私としては、西に向かおうと思うのですが。エマには問題は有りますか?」

 

 食器類を片付けた私は、なにやら衣装を裁断しているエマに問い掛ける。

 ……その服、それも私の物なのだが、どうしてそうも自然に持ち出して、躊躇なくハサミを入れられるのかが全く理解出来ない。

 

「えぇ? 別に行きたいトコもないし、何なら私、暫くこのお屋敷でのんびりしてても良いかもぉ」

 

 あれよという間にサイズダウンされていく私のブラウスに悲しみの視線を向けてしまう。

 意外な才能と言うか、ほぼ持ち腐れの手先の器用さだが、それ程の技術があるなら布から作ったほうが早いのでは……とも思いはするものの、本人の為になったら嫌なので、絶対に口を挟むような真似はしない。

 口にするのは別の事だ。

 

「やめて下さい。私の衣装を、幾つダメにする気ですか。余裕が有るとは言え、修繕したりしながら大事に着ているのですよ?」

「ええぇ? 良いじゃない、ケチぃ」

 

 エマは可愛らしく唇を尖らせて見せるが、そんなものに騙されはしない。

 そもそもの正体が、人を斬ったり刻んだり爆破したりが大好きなお人形だ。

 多少の見た目の可愛らしさなど、その性質のフォローの役には立たない。

 

「まぁ、良いやぁ。それじゃあ、西に行こう。ささっとこんな不機嫌なトコ、出て行っちゃおぅ」

 

 見る間に刻んだ服を縫い合わせ、自分のサイズに合わせていく。

 見惚れるほどの腕前というのがまた、実に腹立たしい。

 

 しかし、そんな腕前のエマは、自分の返答の迂闊さには気が付いていない。

 私はほくそ笑むが、そんな私を見ても何の事か判らないエマは、不思議そうに首を傾げるのだった。

 

 

 

「謀ったなぁ!」

 

 実に元気そうに、エマは足元の小石を明後日の方向へと蹴り飛ばし、私へと怨嗟の――と言うには随分と迫力の欠ける――視線を飛ばしてくる。

 魔法住居(コテージ)を出て5分。

 西に向かうには、遺跡を突っ切るほうが早いと知ったエマは肩を落とし、天を見上げ、周囲を見渡し、そして私を、私の満面の笑顔を見て、全てを悟ったらしい。

 

「謀ったとは心外ですね。きちんと貴女(あなた)に確認を取ったでしょう? 西に向かいますが、構いませんか? と」

 

 答えながら、取り敢えず浮かんでくるニヤケ笑いを抑える努力だけはしてみる。

 まあ、私のしてやったり顔が透けて見えた所で、何ひとつ構う事はないのだけれど。

「ムカつくぅ! 最初に行動プランを提示しないで、そういうコトするのは詐術だと思うよッ!」

 なにやらパチパチと怒ってみせるが、殺気がないので迫力も無い。

 しかし私の目には可愛くも見えない。

 つまりは、その発言も仕草も、私の心を動かす事など叶わない。

「行動プランの確認を怠った方に、そういう事を言われる筋合いも無いのですが。そもそも自分が遺跡のどの位置に居て、何処へ向かうのかを考えなかった貴女(あなた)の落ち度ですよ」

 しれっと返す私の言葉に無言で地団駄を踏んで、エマはプイと顔を逸らす。

 怒り方が子供のソレだが、やはり可愛く思えないのは本性を知る故か。

「もう良いよッ! フンだッ!」

 そんな見た目だけ可愛らしい人形は、上辺だけ可愛らしい動作で言い捨てるとさっさと歩き出す。

 

 ふっ、所詮はお子様人形よ。

 

 

 

「歩くの飽きたぁ! ねぇねぇ、お屋敷でお昼寝したいぃ!」

 睡眠を必要としない人形が、なにやら寝ぼけたことを言っている。

 歩きだしてそろそろ3時間程が過ぎようとしていた。

 もうじき夕刻に差し掛かる時刻か、そう思って見上げた空はまだまだ明るく、まだ歩けると思い、私は相方の戯言を黙殺する。

 

 大体、こんな時間に何が昼寝か。

 

貴女(あなた)魔法住居(コテージ)に戻って、私の服をちょろまかしたいだけでしょう。許可出来ませんね」

 

 適当にあしらいながら、私は目視を周囲に投げ掛けつつ、魔法による周囲の探査を怠らない。

 何もない平原、というか荒野でエマの接近を許し、挙げ句に無駄に損傷したことを思い出せば、これでもまだ安心とは程遠い。

「ケチぃ! 私のか弱い、非力な細い足が悲鳴を上げてるんだよぉ!」

「か弱い存在は、まともに喰らえば胴体に穴が開くような蹴りを放ったりしません」

 尚も続くタワゴトを、言葉のビンタで叩き伏せる。

 そもそも、自分の用途名を思い出せと言いたい。

 見た目以外の何処がか弱く非力か。

 

 総合性能でなら()(かく)、攻撃性能では私を凌駕する存在が、何を言っても可愛く映る筈がなかろうに。

 

「それは脆い人間が悪いのであってぇ。私はなぁんにも悪く無いモン」

 小石を蹴りながら、そっぽを向くエマ。

 しかしそれ以上ムキになって突っ掛かって来ない辺り、私の言葉が幾分図星を直撃したのだろう。

 

 これ以上私の服を奪われるのは、勘弁願い下げである。

 

 そんな事を考えつつエマの様子に溜飲を下げた私は、探査魔法から返ってきた結果に足を止める。

 敵性反応では無いし、それどころか動体反応ですら無い。

「エマ。この廃墟都市に人が居ないというのは、貴女(あなた)が確認した事実ですか?」

 奇妙な反応の有った方角に視線を固定させたまま、私は口を開く。

 吹き込む風が、私の髪を撫でて行く。

「隅々までは見てないよぉ? あの時の集団は、久々に見掛けた人間だったからぁ、丁寧に探して追いかけて殺したけどぉ。こんな広いトコ、居るかどうかも分かんない『人間』なんか、わざわざ探して回る訳ないよぉ?」

 エマのつくづく良い加減な言い訳だが、私はほとんど聞き流していた。

 きちんと聞いていたとして、その言い分に異論は無かったと思うが、その時の私はエマの回答どころか、自分の発言さえどうでも良かった。

 

 太陽はまだ明るく地表を照らすが、あと2時間もすればその帳を下ろすだろう。

 なるべく急ぐとしても、恐らく今日はこの近辺で足を止めることになると思われる。

 

 歩き出す背中に、キーキーとなにやら言葉をぶつけるエマが渋々ついてくるのを感じながら、私は好奇心に導かれるままに足を動かすのだった。




そもそも相方の意見をまともに取り入れる気はないようです。


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荒涼たる都・物のついでの宝探し

なにやら気になる物を見つけたようです。


 その反応は、決して生物のそれでは無く。

 しかし、無機物と言うだけではない、そんな気がする。

 

 不確かで非合理的な、要するにただの勘でしか無いその何かに向かって、私は黙って足を向ける。

 

 私が生まれ育った環境とは異なるこの世界の事を、私は聞きかじりの、或いは書物で目にした程度の事しか知らない。

 元の世界の事だって、通り一遍の事すら、知っていると豪語できる程の自信はない。

 

 だから、旅して世界を見てみようと思ったのだ。

 環境の違う、この世界だからこそ。

 今度は、可能な限りは。

 手の届く範囲のこと程度は、自分で手にした知識として、知っておきたいと思ったから。

 

「ねえねえぇ。もしかして、怒ってる?」

 

 自身の中に湧いた知的好奇心の理由に割りと全力で理由付けをしている私に、横合いから声が掛かる。

 見知らぬ者の接近を許しては居ないし、そうとなれば勿論見知った顔なのだが、そちらに顔を向ける気は起きない。

「何を言い出すかと思えば。貴女(あなた)は、私を怒らせずに済んだことが今までひとつでも有ったのですか?」

 当然のように視線を向けず、私は言葉に釘を埋め込んでからオブラートに包んで投げつける。

「ええぇ? 私、誰かを怒らせるとかしたこと無いのにぃ」

 オブラートに包まれた棘だらけの鉄塊を鉄面皮で跳ね返した挙げ句、それが怒らせているんだと言う台詞をのうのうと吐き出した小娘人形は、小癪で小生意気な笑顔を私に向けてくる。

 本気でそう思っているのなら、何故確認したのか。

 とても小悪魔とか言う気になれない、良いところ小鬼だ、これは。

 

 私はしめやかに無視し、遺跡を抜けるルートを外れた、その先に目と足を向ける。

 探査の結果は地下の床から生える、60センチ程度の棒状の何か。

 まだるっこしく説明するのも面倒なので端的に言うが、鍔のような形状をしている部分があるので、恐らく床に突き立てられた剣とか、或いは剣を模した何かだろう。

 剣だとすれば、保管方法に甚だしい疑問が湧くが、その事は余り問題にする気が起きない。

 問題は、()()の安置されている場所だ。

 

 これほど時間に侵食されている遺跡の只中で、完全に確保されている空間。

 

 その理由は、未だに生きている結界の作用に依るものだ。

 私、いや、私達の作成前から存在どころか、既に滅んでいたこの要塞都市の、見た限りなんの変哲もない市街地と思しき遺跡群の地下に、結界まで張って隠されているもの。

 興味を引かない訳が無い。

 

 気付いたのは、私の探査に結界の一部が反応したからだ。

 そうでもなければ、(相方の所為で)急かされている最中、地面の下にまで探査を走らせたりしない。

 それに気付いてから探査範囲を地中にまで伸ばしたが、随所に地下空間が有る事が判った。

 

 だが、結界に守られた一箇所以外は、相応に崩壊しているか、崩壊しつつ有る状況のようだ。

 なにやら物品が置かれている空間が多数で、場所によっては天井にあたる地面をかなり強めに突付(つつ)いてやれば開通するだろう。

 時間が許せばその辺のものも見て回りたいのだが、それには相方の説得が必要となり、それはそれで面倒臭い。

 さて、どうしたものか。

 

「ちょっとぉ! なんでそっち行くのぉ? この瓦礫の山を抜けるんでしょぉ?」

 

 その我慢が足りない我が相方は、最初に示したルートを逸れただけでこのザマである。

 なにやらお宝が有るかもしれない、そう言った所でどれ程興味を引けるものか、そもそもそんなモノに興味を持つのか、想像がつかない。

 人を探して刻んで殺す、或いは爆殺するか、人様の服を勝手に自分向けに改造してしまう事くらいにしか興味が湧かないのでは無いだろうか。

 

 少し冷静に考えてみると、非常に面倒臭い物体を相方にしてしまったものである。

 

「向こうにお宝らしき反応が有るのですよ。興味本位で拝んでおこうかと思いまして」

 まあ、多かれ少なかれ、人付き合いは面倒事がついて回るものだ。

 自分に言い聞かせるようにそんな事を考えながら、口にする言葉の方には大して気を回さず、どうでも良い事のように告げる。

 そんな私の胸倉を、真正面に回り込んだ爆殺人形が掴んで引き寄せる。

 咄嗟に反応できない程の早業は、正しく身体能力の無駄遣いだと思う。

 予想よりも激しい反応に、そんなに此処(ここ)が嫌なのか、そんな事を考える私の右手は反射的に、相手の頭部にアイアンクローをキメていた。

 七面倒臭い人形だ、そんな事を考える私に強引に顔を寄せて、エマは口を開く。

 

「お宝って、なに?」

 

 やや必死さが滲む表情から覗く瞳は輝き、その口調は半端に間延び加減が抜けている。

 対する私の表情は、気持ちをストレートに映し、きっとうんざりとした色に染まっていただろう。

「恐らくは剣ですが、詳細は不明ですよ。ただ、こんな忘れ去られて打ち捨てられた都市で、厳重に結界まで張られている空間に安置されている物です。お宝だろうなと思っただけですよ」

 なので、説明もぞんざいで、かつ、いい加減なものになってしまう。

 自分で言ってなんだが、薄弱な根拠である。

 

 だと言うのに、エマは私に詰め寄る勢いを緩めようとしない。

 

「だろうじゃなくて、そんなのお宝じゃん! どこ!? どこに有るの!?」

 完全に口調制御を放棄して、私の胸倉を掴んで持ち上げかねない勢いのエマ。

 人形のクセに、なんでそんな物に興味を持つのか今一つ理解出来ないが、どうやら強く関心を引いたらしい。

「だから、今そこに向かっている所ですよ。いつまで人の首元にぶら下がっている心算(つもり)ですか」

 余りの鬱陶しさに、溜息を零しそうになる。

 実際には、既に私が持ち上げられている状況なのだが、それをそのまま認める発言をしてしまうのは癪だ。

 故に、表現には気を付ける。

 エマはと言えば、もっとしつこく食い下がってくるかと思ったが、すんなりと私を開放し、私の前に立って歩き出した。

 

 私はまだ立ち止まっているというのに、気の早い事である。

 

「ほらぁ! 私は対人以外の探査は使えないんだからぁ! さっさと行くよぉ!」

 あれほど興味も無かったクセに、現金なものだ。

 せっかくほぼ無人の遺跡に居て、今までお宝が有るかも知れないとか、考えもしなかったのだろうか。

 目的地も判らないのに自信満々で歩くその背中を、私は呆れて眺めながらついて行くのだった。




相方は、思ったよりもお宝に興味津々のようです。


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荒涼たる都・予定調和

廃墟の街の、地下に降りてみたようです。


 正直な感想を恥ずかしげも無く述べるなら、荘厳の一言に尽きる。

 何の変哲もない石造りの地下室は、結界に覆われ淡く、青く輝いていた。

 殺風景な、床に敷き詰められた石板の1枚に突き立つ質素な意匠のシンプルな剣は、護られて居たためか錆も傷もなく、青い光を反射してそこに在る。

 

 不思議といえば不思議な、だがそれだけの、青い小部屋と1本の剣。

 

 だというのに、私はおろか、普段喧しく騒いで落ち着きのない相方でさえ、言葉もなく見入っていた。

 エマの無言の理由は不明だし興味も無いが、ファンタジー世界らしい、良いものを見れた私は表情を変えずに上機嫌だった。

 

 

 

「ねえ! なんで、あの剣を取っちゃダメなの!?」

 揺らめく結界境面越しに覗く風景を網膜と心に焼き付け、満足して立ち去ろうとする私の腰にがっしりとしがみついて、エマが抗議の声を上げる。

「……だから、さっき言ったでしょう。この部屋に入るには結界を解除しなければいけないでしょうし、部屋自体は時間の経過に晒され過ぎていて、結界の解除など実行したら崩れるかもしれないと。貴女(あなた)は生き埋めにでもなりたいのですか?」

 私にとってのお宝は、時間の風雨に晒された数世紀前の遺物が、当時の技術で守られている現場を目の当たりにした、その感動だ。

 それだけで充分だ。

 下手に手を出して崩落に巻き込まれたら厄介極まるし、護られていた剣が折れたりしたら居た堪れない。

「そんなの、パパッと解除しちゃって、サッと取ってきて、すぐ逃げたら平気だって!」

 エマは諦め切れない様子で私の腰にしがみつき、引き摺られながらイヤイヤと首を振る。

 動作はまるで幼児のそれだが、腰に絡みつく腕は……なんと言うか、私の身体(からだ)が上下に分断されそうな膂力を放っている。

 

 正直、色んな意味で解放して欲しい。

 

 そう思いながら、私は戻りの行く手、闇が降りる地下の通路の先に視線を投げる。

「この長い通路を、連鎖崩壊の危険の中、全力疾走するのですか? 先に行く手が崩れたらどうするのですか?」

 到着までは割愛したが、罠こそ無いものの、100メートル程度の直線の通路を抜けた先は、瓦礫で入り組む迷宮だ。

 さほど複雑では無いとはいえ、確実に行く手は阻まれる。

「そこはほらぁ、マリアちゃんの馬鹿力でぇ、こう、ポイポイーってぇ」

 背後からの声の調子がおどけるように弾む。

 現在、人様の腰に人外の怪力で張り付く化け物が他人任せとは、とんだ怠け者だ。

 それ以前に、馬鹿力とは何事か。

「誰が馬鹿ですか。強く否定はしませんが、貴女(あなた)にだけは言われたくないです」

「エマは馬鹿じゃないもん!」

 私の苛立ちの声に、即座に声を被せてくる。

 だったらまずは、私を開放しろと強く言いたい。

「そんなに欲しければ、1人で行動して下さい。私は先に地上(うえ)に出ますから」

 言いながら私は、崩落して地下に沈み込む遺跡を見るのも、それはそれで良いかも知れない、そんな事を無責任に思う。

「ケチ! マリアちゃんのケチンボ! トモダチがこんなに頼んでるのに!」

 色々と言い返したい事が積み重なって、脳が飽和しそうになる。

 こんな有様では、空想に思考を逃走させたとて、致し方のない事だ。

「生命を惜しむことを吝嗇(ケチ)と言うならそれで結構です。それに友達とは……。マスター・ザガンの人形には一番不要な物ではないですか」

 仲間は欲しいし、友と呼べる存在が不要かと問われれば口籠る私だが、エマは無い。

 私にだって、友を選ぶ権利くらいは欲しい。

「ひどい! 私はトモダチだって思ってたのに! トモダチって言うのは、苦しい事も楽しい事も、分かちあえる存在だって! 私が殺した人間も言ってたよ!」

 思い掛けない悲痛な声が、私の腰の辺りで響いて力が抜けそうになる。

 彼女が友達というものを知った経緯については無視するにしても、彼女の言うトモダチと言うものは、命懸けの戦いを繰り広げる間柄の事を言うのだろうか?

 それは、普通は敵だと思うのだが。

「何が悲しくて、人を刻んで殺す作業を分かち合わなければならないのですか。それに楽しさを見出すのは、貴女(あなた)だけです」

 もう、多くを語る気力も湧かない。

 ようようそれだけ絞り出した私に、変わらぬ姿勢のエマは尚も何やらキャンキャンと吠え立てていたが、その大部分は私の鼓膜の上を滑るだけで、内容は頭に入ってこなかった。

 

 

 

 私は言葉もなく、脱力して様子を眺めていた。

 見てわかるような結界は、なんの抵抗もなくエマを迎え入れたのだ。

 眼の前で起こったことが信じられず、勝ち誇った顔を此方(こちら)に向けるエマの様子に若干の苛立ちを覚えた私は、一旦感情を抑え、結界に手を伸ばしてみる。

 エマの時と同じように、すんなりと結界の向こうへとすり抜ける右手。

 

 ……この結界は、何の為のものなんだ?

 

 最早、ただの青くライトアップされた殺風景な小部屋を見回し、自分の表情が消えていくのが理解(わか)る。

 こうなってしまうと、床に突き立てられた剣も、趣味の良くないインテリアにしか見えない。

 こんなもの、どれ程の価値が有ると言うのか。

 つまらないという内心を無表情の顔の下に隠して、特に意味も無くその柄に手を伸ばす。

 しかし剣は、びくともしない。

 それなりに力を込めたのだが、剣は抜けもせず、折れもしない。

 無意味な結界もどきに護られた(ふう)な出来損ないのインテリアのクセに、(じつ)に生意気な事である。

 

「なぁに? 抜けないのぉ?」

 

 私の様子をいちいち観察していた相方が、ニヤつきながら近寄ってくる。

 もとより小部屋の中、それほど離れていた訳ではないのだが。

 もう、この小部屋を取り巻くあらゆる事象が苛立ちの対象でしか無い。

 柄から手を離した私が不機嫌に黙り込む中、エマは何が楽しいのかニヤニヤと、今度は自分が剣へと手を伸ばす。

 

 どうせ抜けない剣に癇癪を起こして、爆破してしまうのが関の山だろう。

 

 そんな私が馬鹿にしたように表情を変えようとした、その時。

 エマの右手が、剣の柄をしっかりと握り込んだ瞬間に。

 

 風船が割れるような乾いた破裂音と共に、青いライトアップでしか無いと思い込んでいた、結界が消えた。

 

 此処(ここ)までの通路と同じく、闇が降りる室内。

 人間ではなくなった私の目には、しっかりと室内の様子は見えている。

 その風景の中で、エマは驚いた様に周囲を見回していた。

 

 ……右手に、床から抜けてその姿を露わにした、件の剣をしっかりと握って。

 

 信じられないと言うか、思い掛けないというか、予想外の出来事が目の前で繰り広げられると、思考と言うものには空白が生じる。

 それは、私だけではなく、どうやらエマも同じだったようだ。

 入れないと思いこんでいた結界内にすんなり侵入できた上に、抜けないと思い込んでいた剣がすんなりと抜けた事で、私達は拍子抜けしてしまったのだ。

 

 だから、当然の様に予想していた事柄にさえ、対処が遅れた。

 

 鈍い振動と低い音が響き始め、見上げた天井の一部が崩落を始めたことを目視した私は。

 反射的にエマを見捨て、身を翻して通路へと駆け込んだのだった。




友達って、大事ですね。


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荒涼たる都・聖域崩壊

仲間を置き去りにして、大脱走です。


 往路では気にしなかったが、目的の小部屋までの地下通路は5つの部屋とそれを繋ぐ長い通路で構成されている。

 部屋は瓦礫が散乱し、真っ直ぐに次の通路へと向かうのは骨が折れる状態だった。

 今にして思えば、あの瓦礫は最初から、障害物として配されていたのだろうと思う。

 忌々しいと言うべきか、己の迂闊さを反省するべきか。

 間違いなく後者なのだが、取り急ぎ反省は先送りにしても問題ないと思う。

 何が言いたいのかというと。

 

 絶賛崩壊中の地下通路からの脱出行に於いて、甚だしく邪魔で仕方ない、と言う事だ。

 

 口を開く手間も時間も惜しんで、私は武器庫から、最大のメイス……いや、何だこれ?

 しっかりとした長めの柄の先端に、直径で言えば50センチ程の球状の金属塊が取り付けられただけのシンプルな、これはメイスと言って良いのか?

 ハンマーと言うにも齟齬を感じる。

 ともあれ、そんな簡素な見た目の、だが冗談にしか思えない重量武器を振り回して瓦礫を強制撤去しながら、私は走る。

 こんな人気(ひとけ)の無い廃墟で生き埋めなど御免だ。

 振り返りはしないが、見捨てて置いてきた筈のエマも私に追いつき、私の後ろを着いてきている。

 少しは手伝え、と思わなくもないが、恐らく彼女の獲物は刃物がメインだろう。

 私のように、無駄に多岐に渡る武器群を抱えて旅していた訳でも無いだろうし、そんな状態で私より早く瓦礫を排除出来るとも思えない。

 それが理解(わか)っているから、彼女は私の前に出ることはしない。

 

「マリアちゃん! 急いで! もうさっきの通路は潰れちゃったよ!」

 

 己の分を弁えている、と評しようと思った途端に、エマは人形らしくない、慌てた口調で私を急かす。

 もう少しゆとりが持てるならばハンマーなりメイスなりを手渡して手伝わせるのだが、如何せん時間的な猶予も無い。

 当然手を止める余裕も無いので、背後から迫る崩落音とエマの悲鳴をBGMに、只管にハンマー? を振るう。

 

 なんと呼べば良いのか不明だし、いっそハンマーと決めつけてしまうのだが、この武器選択は悪くは無かった。

 ハンマー自体の重量に私の膂力が加わり、石の塊こと瓦礫類を軽々と破砕し、行く手に対して右へ左へと容易く吹き飛ばして行く。

 慣れない魔法、身体強化もこんな土壇場では使えない、出力が足りない等と泣き言も言えず、強引に行使して、今となってはハンマーがまるで羽根の如く軽い。

 

 そう、私はやれば出来る人形なのだ。

 

 誰に対してか良く判らない勝利を確信し、何度目か跳ね除けた瓦礫の先に、次の通路への入り口が見えた。

 それほど距離もなく、最早この部屋では行く手を遮る瓦礫は無い。

「でかしたマリアちゃん!」

 エマの歓喜の声に対して、苛立ちに少しばかり心が揺れたが、文句は後で纏めて叩きつけるとしよう。

 私は両足に渾身の力を籠め、それを開放して床面を蹴り。

 

 通路は崩落して瓦礫に飲まれ。

 

 行く手が一瞬にして失われた私は。

 

 いや、なんで行く先が崩れるんだよおかしいだろう、此処(ここ)まで律儀に後ろから崩れてたのに、なんでこのタイミングで先回りして崩れるんだ、そういうハプニングは最後の最後だろう、誰だこんな設計をした奴は、取り敢えずあの瓦礫はハンマーで叩けば先が開くのか? いやその先も崩れてたらもうどうしようもない、いやいや、落ち着け、まずは――

 

 貴重な時間を空虚に浪費した私がハッとして天井を見上げると、それはまさに私達に降り注ごうとしているのだった。

 

 

 

 遺跡の崩落とは、機能を失った街に訪れる、過去との決別であり、時の神が鳴らす弔いの鐘だ。

 自然へと帰るか、砂へと戻るのか。

 それとも地層に飲まれ、発掘されるその時を待つのか。

 さらなる時間の流れのその先で、いつか全ての痕跡は人の目に触れなくなるのだろう。

 

 ――そんな悠長な事は、今の私にはどうでも良い事で。

 

「ふふーん。マリアちゃん、私えらいぃ? もっとちゃんとぉ、心からぁ、褒めても良いんだよぉ?」

 

 私は奥歯を噛み、恐らく見てわかる渋面を作りながら、わなわなと震える手で、エマの求めるままに、その頭を撫でていた。

 窮地を脱した私は、埃にや砂に(まみ)れ、クレーター状に吹き飛んだ地下空間跡地の、その盆の底で、生き埋めにならずに済んだ安堵と、苦虫とを噛み潰している。

 

 情けなくも判り易いパニックに陥った私を救ったのは、他ならぬこの相方(エマ)だったのだ。

 行く手を塞がれ、頭上まで崩落が始まったその時、エマは。

 

 爆殺人形は、その名に恥じぬ爆破の魔法を、直上へと放ったのだ。

 

 お陰様で天井部分は崩落する瓦礫諸共吹き飛び、余波で私も吹き飛ばされて衣装やら身体(からだ)やらにあちこち傷を負ったが、生き埋めになるよりはマシだろう。

 

 魔法を使うならせめて一声掛けろとか、もっと早く使っておけとか、罵声は次々湧き出してくるが、今回ばかりは全て呑み込む。

 

 なにせ私はエマを見殺しにして逃げ出し、挙げ句パニックに陥った所をエマに救われたのだ。

 私自身が魔法を、障壁を展開して瓦礫を防ぐとか、そう言った事を完全に失念するほど慌ててしまったという事実も、実に情けなく覆い被さってくる。

「本当に、エマは良い子ですね。私はエマのお陰で助かりました。本当に有難う御座います」

 今の私はエマに文句を言う資格は無い。

 全て自分の撒いた種だから、そもそも文句が出るのは筋が違う。

 

 違うと理解(わか)るのだが、やはりこう、心の奥から湧いてくるモノが有るのは否めない。

 

「ふふふーん。マリアちゃんは、私が居なきゃダメだねぇ。ダメなマリアちゃんだねぇ?」

 

 頭を撫でられ何やらご満悦なエマは、此処(ここ)ぞと言葉を重ねてくる。

 撫でる手を全力アイアンクローへと移行させたい衝動を抑え、頬を引き攣らせながら、私は自分に言い聞かせる。

 

 これは勝負事ではない、ただの日常のいち風景。

 助けられたのだから、礼を言うのは当然だ。

 仲間の危機が訪れたら、今度は私が救えば良いのだ。

 

 一度は見捨てた私がそんな欺瞞で心の安寧を図るが、眼の前の得意げな笑顔に、やはり湧いて出る敗北感を拭い去ることは出来ない。

 

「ねえねえ、私ねぇ、ハンバーグって言う料理を食べてみたいんだけどぉ?」

 

 どこで知ったのかそんな事を言うエマへの反抗は、少なくとも数日は出来まい。

 深呼吸した私は、脳内の記憶からお子様ランチを思い起こし、それぞれの類似料理の作り方を、先代から受けた手解きから思い起こそうと躍起になった。




エマは、もしかしたら良い子なのかもしれません。


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束の間の休息、或いは現実逃避

お礼は、可及的速やかに実行するべきです。


 ハンバーグに似た物を脳内で検索した結果、ベルネでの生活中に買った雑誌に載っていたレシピを思い出した。

 さしもの先代も、見たこともない料理は知識としてすら保持していなかったのは仕方ない。

 引っ掛かると言うか、なにかモヤついたものを感じてしまうのは先代に対してではなく、ベルネでそんな雑誌を読んでいた事実を綺麗に忘れていた自分自身。

 そして、娯楽雑誌なぞが販売されている事実と、そこにハンバーグのレシピが載っていた事だ。

 

 勿論、聖教国絡みのアレコレで、私の同郷の人間が多数いるらしい事は知っている。

 

 知っているが、聖教国の関係者が、どうでも良い様なゴシップや噂話、更には料理のレシピなどを紹介するような雑誌など、発行するだろうか?

 お堅い教義の解説だとか、そう言った機関誌的なモノならまだ想像がつくのだが、これは単に、私の想像力が追いついていないだけなのだろうか?

 勿論その線も考えられるが、もっとシンプルに。

 聖教国の関係しない、別の転生者と、その召喚者が本当に存在するかも知れない。

 ハンバーグがそのままの名称で紹介されているのも、私の中で疑念を加速させていく。

 2本の包丁を両手に装備し、ストレスでも発散するかの様にボア肉を細かくミンチにしながら、そんな事を考える。

 

 もし、そんな存在が居るとして、その規模はどれ位なんだろうか?

 目的は何だ? 敵として、私の前に立ち塞がるのか?

 考えて、私は溜息を振り払うように頭を振る。

 

 そもそも存在するかも判らないモノを気にしすぎても仕方がない。

 居るかもしれない、そう考えておく程度のことしか出来ないし、現状はそれで充分だ。

 引っ掛かると言うなら、そもそもの話、何故エマはハンバーグなんて物を知っていたんだろうか。

 先代ですら知らなかったのに、そんな(ふう)に思考を逃避させた所で、その件については多分答えが判ってしまった。

 

 マスター・ザガンの言いつけを守って墓所(ぼしょ)を作り、そこを護り続けていた先代。

 同じく言いつけを守って、世界を旅し、人間種を殺して居たエマ。

 世間と言うものに触れていたかどうか、その差だったのだろう。

 

 そして、もうひとつ、割りとどうでも良い事に思い至る。

 

 これは、エマを揶揄(からか)うのに使えるだろうか?

 そう思う私だが、下手に突付(つつ)けば逆上しかねない。

 

 私は、手に入れた玩具(おもちゃ)についてあれこれ吟味しつつ、タマネギを刻むのだった。

 

 

 

 対エマ向けに新たに手に入れた切り札、そう思ったモノは、想像以上に劇物だった。

「次に言ったら、解体(バラ)して燃やすよ?」

 口調が思い切り変わった事やその発言内容よりも、無表情のエマが、非常に恐ろしい。

 正直、初顔合わせの狂気じみた笑顔の方が、まだしも愛嬌が有る。

 

 世代違いの人形だからと、年長扱いしたのは失敗でしか無かった。

 夕暮れの廃墟で救われた件と併せて、私がエマに気を使うキャンペーン期間は延長された気配である。

 

 ハンバーグは柔らかいから、お年寄りにも人気ですよ。

 そんな軽口を閉じるより早く飛んできたナイフが私の頬を掠め、髪を幾筋か切り落として魔法住居(コテージ)の壁に刺さった。

 まるで反応できなかった事実や、建材に深々と刺さったナイフそのものよりも、完全に表情が消えたエマから、魂が震えるような恐怖を感じたのだ。

 

 今後は、女性、或いは女性型のナニカに対して、年齢をネタにする事は控えようと心に決めた。

 

「マリアちゃんは、ちょぉっとお口の利き方が下手っぴだねぇ? エマお姉ちゃん、って素直に呼べば良いのにぃ」

 ともあれ、お目当てのハンバーグを食した事で御機嫌のエマお姉さま(皮肉)は、先程の殺気が嘘のような、いつもの笑顔である。

 

 私の為に用意した分は、罰として取り上げられてしまったが。

 

 私に頭を撫でさせたり、些細な事で拗ねてみたり、まるで子供の様相だが、エマは2シリーズで私は3シリーズ。

 老齢扱いは確かにやりすぎだったと反省するが、私より先に造られている以上、確かに姉と言える存在ではある。

 しかし、私より背が低く、あどけなさを感じさせる顔立ちは、姉というより妹という方が感覚的にはしっくり来る。

 

 まあ、妹よりおさな……若く見える姉、と言う存在は、言う程珍しいものでも無いのかも知れないが。

 

「今日は疲れたしぃ、ご飯食べたしぃ。移動するとか面倒だからもう寝ちゃうのは賛成だけどぉ。明日はどうするのぉ?」

 

 どうでも良い事を考えて気を紛らわせる私に、エマは脳天気な声をぶつけて来る。

 明日はどうする、とは、それは哲学的な問かなにかか?

「明日も変わりは無いですよ。周辺探査の範囲を地中にも伸ばしつつ、街を抜けるのを目指して移動です」

 私の返答に、エマはつまらなそうに表情を変え、自分の前の食器を脇にどかすと、テーブルに胸から上を投げ出すように姿勢を崩す。

「んー。お宝には興味あるけどぉ。もう、この廃墟見飽きたのぉ。もうこの際ただの山でも野原でも良いからぁ、別の景色が見たいのぉ!」

 とても姉とは思えない、だからこそ姉なのだろうエマを眺めて、私は情けない吐息しか出てこない。

貴女(あなた)はそうかも知れませんが、私はこの廃墟には来たばかりなのですよ? ……まあ、それはこの際置きましょう。貴女(あなた)が手にしたお宝は、どういう代物なのです?」

 私の想いやあれこれを語って聞かせた所で、エマが考えを変えるとも思えない。

 私の目的である観光は、なし崩しで強引に進めてしまうとして、それとは別にやはり気になる。

 私の声を受けたエマは、それまでの気怠そうな表情をころりと変えて身を起こすと、彼女の武器庫からお宝を取り出す。

「剣だよッ! 詳しくは分かんないッ!」

 得意気にお宝を掲げ、説明は好い加減を超えていっそ清々しい。

「判らないって……。鑑定なり解析なり、調べようは有るでしょうに」

 そんな相方の様子とは対称的に、私の声は鉛を括り付けたかのように重い。

 何故、その程度の事も出来ないのか?

 偉そうにそんな事を思う私だが、実は簡易鑑定はともかく、解析は私も上手く出来ないのは絶対に口にしない。

 使用出来ない訳では無いが、集中力を要するので、精神的にものすごく疲れるから、やりたくないというのも有る。

「私出来ないモン! マリアちゃん、コレ鑑定してッ!」

 元気いっぱいの笑顔で、エマは私に剣を突き付ける。

 私よりもレベルの低い相手なら剣をへし折るぞと溜息混じりに言う場面なのだが、相手がエマでは、逆に斬り倒されて終わりだろう。

 そんなエマが鑑定も解析も出来ないのだと知った私だが、優越感に浸る事も無く、見下す気持ちも湧かず、ただ天井を見上げた。

 

 性格は置いても、エマの性能は余りにも、私と傾向が似すぎては居ないか?

 

 パーティメンバーの変更か、それとも新たな仲間を見つけるべきか。

 自分の事はきっちりと棚に収め、私はそんな事を考えるのだった。




結局、お子様ランチ作成は諦めたのでしょうか。


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斬殺人形と由来不明の剣

肩身が狭いのは、自業自得です。


 初遭遇時以上、いや正直言って遭遇以来初めての恐怖を相方に覚え、しかし自作のハンバーグが思った以上に美味だった事に満足し、私はエマに手渡された剣を眺めてから、簡易鑑定を掛ける。

 簡易でない鑑定は私の手に少々余るので、集中力を要する。

 つまりは隙だらけになってしまう訳で、それは小さな猛獣の目の前では避けたい所だ。

 

 他人様(ひとさま)のお宝の為に、わざわざ疲れる様な事はしたくない、とか、そういう事は決して無い。

 無いと言ったら、無いのだ。

 

 

 

 あのライトアップされただけの小部屋で見つけた電源? と思しき黒い剣。

 散々な目に合わされた私では有るが、私はあの部屋に有ったモノを結界とは認めないと決めたし、この剣も最早忌々しいものでしか無い。

 受け取った機会を利用してへし折ってやろうかとも思ったが、まずは心を落ち着けて、その刀身に魔力の目を通していく。

 

 よく見れば暗い赤のその刀身から簡易鑑定で知れるのは、まず武器種。

 そして銘と言うか、固有名のような何か。

 後は、簡単な性能等、だ。

 

 それを踏まえて、私の目に映ったモノは、と言うと。

 

 武器種は長剣(ロングソード)

 見たままだ。

 と、切り捨てるのは少しばかり気が引けるので真面目に語れば、やや短めの刀身で、(つか)が長くしっかりしているため両手で構えることも出来なくもない。

 刀身の長さで言えばショートソードと言うべきなのかもしれないが、そもそもその辺りの区分は曖昧とも聞く。

 鑑定で長剣と出たのだから、素直に従うべきなのだろう。

 

 固有名は「落日」。

 色合いからの名称なのか、なにか意味があるのかは不明である。

 詳細に鑑定出来れば判るのかもしれないが、正直そこまでの興味は持てない。

 

 性能的な面は、長さ82センチに対して重さは2キロちょっと、サイズの割にはやや重い。

 素材はニッケル、クロム、ヒヒイロカネの合金。

 ……そこそこマニアックな名前の金属が出て来たことに驚くが、それが普通に、ステンレス感覚で合金化されている事にも目を丸くする。

 言われてよくよく見れば、暗く沈んだ色合いに落ち着きながらも、なるほど基本色は赤だ。

 ……何故赤い金属でヒヒイロカネとすぐにピンと来たかについては割愛する。

 なにせ、趣味の話になるのであまり深くは語りたくないのだ。

 

 さておき、興味本位でヒヒイロカネという部分に鑑定を重ねれば、強度に優れ、オリハルコンにはやや劣るが再生能力も持ち合わせている、とあった。

 

 再生って何だろう?

 刃毀れやら小傷が自動修復するのか?

 ……折れたら2本になるとか、そういう事は無いと思うが、どうだろうか。

 

 と言うか、そんな大層な代物が、なんであんな、時の彼方に忘れられたような、いち城塞都市の地下にライトアップされていたんだと思えば、備考的な項目で「資格の無い者には解除することが出来ない」とか言う御大層な封印が施されて居たらしい。

 床に刺さっていた、あの状態がそうだったのか。

 

 そうなると、私は資格無しで、エマには有ったと言う事になる。

 理解は出来るが納得は出来ない。

 

 資格とは何か、気になるような知りたくない様な、複雑な思いに囚われてしまう。

 ともあれ、そんな知り得たアレコレを、私は包み隠さずエマへと伝達するのだった。

 

 

 

 自身が手に入れたお宝のある程度の詳細を知り、ご満悦のエマ。

 合金とは言えファンタジー金属製なので、魔力伝達も良好、とホクホクである。

 

 人様の魔法住居(コテージ)の中で武器に魔力を流すとか、危険な事をするなと強く言いたい。

 

「やったぁ、新しい刃物だぁ! いつぶりだろう、嬉しいなぁ!」

 

 刃物と言うには、少しばかり長くて物騒な代物だが、まあ、喜んでいる姿は微笑ましいものが有る。

 試し斬りとか言い出さないか、物凄く不安では有るが。

「マリアちゃん! なにか、斬るモノ無いかなッ! それか、マリアちゃんが斬られてくれないかなッ!?」

 不安になった直後に、エマがキラキラと瞳を輝かせてとんでもねえ事を言いだした。

 言うかもしれないと思っていたが、さり気なく私で試し斬りしようとか、予想のちょっと上を行くのはやめて欲しい。

「何か用意しますから、今日は大人しく寝なさい。と言うか、明日にでも遺跡に残っているあれこれを斬り刻めば良いでしょう?」

 大脱走や鑑定で疲れたと言うのに、この上エマとの戦闘など、考えたくもない。

 学習することで戦闘能力の向上を自主的に行ってきた2シリーズのエマと、基礎ステータスは高くとも汎用性に重きを置かれ、更に中身は凡俗な人間であった「私」に変わってしまった3シリーズのこの身体(からだ)では、こと戦闘となるとどうしたって分が悪い。

 エマの性格と言うか、すぐに熱くなる性質(たち)を考えれば、単なる腕試し、で終わる気もしない。

 

「ちぇっ。しょうがないから、明日まで我慢するよぉ」

 

 エマの気が逸れた事でほっと胸を撫で下ろした私は、しかしすぐに気が重くなった。

 明日には、エマの気が済むまで「試し斬り」に付き合わねばならない様だ。

 手に合わない得物を羨む様な趣味は持ち合わせていないが、子供(エマ)が自慢げに武器(おもちゃ)を振り回すのに付き合うほど、本来私の心は広くない。

 広くはないが、今は謝罪キャンペーンの期間内でも有る。

 いっそ素直に修練室に案内し、好きに暴れさせてしまえば気が済むだろうか、そう思ってエマを眺めて――私は疑念を嘆息に乗せて諦めた。

 

 室内灯を反射する赤黒い刀身を輝く瞳で眺めるその顔からは、とても手加減してくれそうな予感がしない。

 

 修練室を完全破壊されてしまう事は避けたい、いや、それだけで済む気も全くしないので、私は余計な事は口にせず、表情固く押し黙るのだった。




修練室の存在がバレるのも、時間の問題でしょう。


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遺跡は無惨に、旅は続く

エマのお宝の、斬れ味は如何程でしょう。


 昨日の朝までとは打って変わってニコニコ顔のエマが、凄く楽しそうに遺跡に残る石造りの民家らしきを細切れにしている。

 これは剣が凄いのか、エマの腕が凄まじいのか。

 私が手持ちの剣を振っても、あれほど鮮やかには行くまい。

 

 メイスかハンマーを使えば、まあ、粉々には出来るだろうが。

 

「すっごいよぉ! コレ、ちょっと長いけど良いよぉ!」

 エマはキラキラと笑顔を輝かせて、地上を走ったと思えば空中で逆さになっていたりと、アクロバティックと言えば聞こえは良いが、もう少し落ち着いてはどうかと、正直思う。

 あと、けしかけておいて言うのも何だが、此処(ここ)は古に戦で滅んだ遺跡都市だ。

 歴史的価値とか色々有るだろうから、程々で勘弁してあげて欲しい。

 そういった事をなるべく穏便に伝えてみたのだが、相方の耳には届いて居ない様子だ。

 

「マリアちゃんもぉ、やってみるぅ?」

 

 逆に、心底楽しそうに剣の柄を私に向け、史跡破壊に巻き込もうとするエマの無垢な笑顔に、私は控えめに遠慮を伝えるのが精一杯だった。

 

 

 

 魔法的なものは地下からの脱出の時に見たし、そもそも私との戦闘でも、彼女は両腕を使用不能にされて居ても問題なく使用していたので心配はしていなかったが、身体(からだ)の方は完全に問題無しの様子だ。

 走って跳んで、長剣を両手で、片手で、様々に振り回して組み上げた石壁や柱やらが、解体と言うには少しばかり過剰に斬り分けられていく。

 

 初めて遭った時に、左腕で受けた刃がアレだったら、私はどうなっていたのか。

 

 恐ろし過ぎる想像を踏んでしまった思考を戻し、実に活き活きとしているエマの姿に、ぼんやりと、私は考えを進める。

 エマに――いや、エマ曰く「全ての人形」に――下された命令。

 

 自由に旅をし、人間種を殺せ。

 

 元人間種、いわゆる普通の何処にでも居る、少しばかり性格がよろしくないかも知れない私だが、エマはそんな私と旅を続ける事を、本心から良しとしているのだろうか。

 一度確認を取っているとは言え、あの時は私が勝利して、そしてその流れからの提案だった。

 エマ本人にしてみれば、強制とも取れはしなかったか?

 

 今更こんな事を考えるとは、私も存外甘い、そう考えた私の網膜に、エマの手に有る剣が反射した陽光が刺さる。

 

 いや、私は甘い訳でも、(ほだ)された訳でもない。

 自分でも驚いたが、私は優しい言い訳で自分自身を騙そうと考えていたらしい。

 

 そんな事をする意味も無いし、騙し切ることなど不可能だというのに。

 

 あの由来不明の、恐ろしい剣とそれを操る人形の組み合わせ。

 しかも、その人形は本来「爆殺」を得意とする存在だ。

 更に言えば、敵と見れば無闇に斬り掛かってくる物騒な存在でも有る。

 

 誰が好き好んで隣を歩きたいと思うものか。

 

 今更な危機感に背筋を冷やしながら、私は考えるべきことを考える。

 どうやって、円満に一人旅に戻るか。

 今のエマは、強力な武器を持つという以前に、既に私に対して一切の油断は無いだろう。

 私という存在を知らなかったからこその慢心、油断、そのか細い隙を衝いて、私はどうにかエマを下した。

 左腕は破損し、右腕に至っては全損という体たらくで。

 

 今更、エマを破壊して先に進むという選択は取れない。

 

 手持ちの武器で、私の体捌きで、エマとあの剣を相手にして、勝てる自信が湧いてこない。

 では、どうするか。

 

 ……説得しか無いか。

 

 目の前に横たわる途方もない難題から目を逸らしたい、そんな私の視界で空はどこまでも青く、太陽は視界の端をノロノロと天頂を目指して居た。

 

 

 

 案ずるより有無が易し。

 

 何やら間違っている気がしなくもないが、拍子抜けした私には、一切合切どうでも良いことだ。

「えー? それはまあ、うん。マスター・サイモンのご命令はとっても大事だけどぉ。でも、基本的に『自由に』って言う前提が付くんだよぉ?」

 当の本人の答えがこの緩さでは、私の気も抜けると言うものだ。

 

 私が説得にあたり、まずはぶつけた現状と疑問。

 身体は完全に修復が完了している事。

 お宝も手に入れ、勿論それはエマの物だという事。

 

 これから私と共に旅をするという事は、私の都合で人間種との戦闘、ないし殺害行為を禁じる場合がある、という事。

 

 これらを重ねて、改めて、エマは私と共に旅を続けるのか訪ねてみた。

 いつもの軽い調子での、拒否を期待して。

 

 と言うか、半ば拒否されるのは規定事実だと思っていたのだが、返ってきたのは先の言葉である。

「普通の人間とか、その辺の冒険者は弱っちいしぃ。そこそこ強そうな冒険者とかは、私を見ると逃げちゃうしぃ。戦闘(あそび)が始まってから逃げるのはマナー違反だと思うけどぉ、何もしてないのに逃げられちゃうと私も白けるしぃ」

 戦闘好きが高じてしまうと、こうなるのか。

 続くエマの言葉になんとも言えない感想を抱いた私だが、相方の台詞は終わっていない。

「結局、何十年ぶりだろうねぇ? 私とまともに、正面から戦闘(あそ)んでくれたの、マリアちゃんくらいだったしぃ? エリちゃんとかソフィアちゃんだって、結局私に勝てなかったのにぃ、マリアちゃんは私に勝っちゃったしねぇ?」

 エマの口から流れ出す言葉に、私は頭を抱えたくなった。

 

 じゃあ、なにか?

 私は初遭遇時、迷わず逃げれば良かったのか?

 

 わかるか、そんな攻略法!

 

 しかも、さらりと漏れ出た名前は確か、既に存在の確認が取れない、欠番の人形(センパイ)達だった筈だ。

 

 Za203、「血爪」ソフィア。

 Za212,「訃報」エリ。

 

 この小娘人形、同じマスター作の姉妹人形に襲いかかって破壊していたらしい。

 

 挙げ句、私が「勝っちゃった」とは、どういう意味なのだろう。

 まるで、してはいけない事をしてしまった様ではないか。

 

 私はそれに触れるのを避け、別の、軽めの疑問に矛先を逸らす。

「私の時もそうでしたが、貴女(あなた)は相手に素性を確認していましたね? その2体は、素性を隠したのですか?」

 私はエマに問われた際に、結局は素直に型番を明かした。

 エマに破壊された2体は、隠したから破壊されてしまったのだろうか。

「ううん? ソフィアちゃんは、そもそも知ってるから、隠す意味もないしぃ? エリちゃんは初めて会ったけど、むしろ私が型番(ばんごう)聞かれたくらいだしぃ?」

 2体の素性、つまりは姉妹人形だと知って、その上で破壊したらしい。

 

 ……思い返せば、私にも確認した挙げ句、戦闘に突入したのだった。

 

「だからぁ、私は私のしたいようにするよぉ? だってそれが、自由ってコトだよねぇ?」

 自信満々に無い胸を張る相方の清々しさに、私は目眩を覚える。

 こんなモノ、ただの仲間どころか、普通に歩く危険物だ。

 自由には責任が伴うと説いた所で、この暴発人形が聞き入れるとも思えない。

「それにぃ、マリアちゃんの中身が人間だって言ってもぉ、ガワは人形でしょぉ? そんなの気にする意味がワカんないよぉ」

 エマはそう言い切るとカラカラと笑い、問答は終了とばかりに私に背を向け、遺跡の残骸へと駆け出した。

 

 行動の子供っぽさの割に案外大物感が漂うが、結局、私の望みは叶わない。

 それどころか、抱え込んだ爆弾の危険性に改めて気付かされた、そんな気分だ。

 人間種との戦闘を禁じる件についても、結局回答は得られていない。

 

 置いて走って逃げたら、後ろから斬られそうだ。

 

 いまひとつ観念し切れない私を、嫌味なほどの晴天が見下ろしていた。




後悔先に立たず。一手目で間違えていた事に気付いていないようです。


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同行二人形、未だ荒野にて

遺跡から離れた様ですが、まだ荒野は続くようです。


 懐かれているのだと都合良く解釈しようと思った、あの晴天の遺跡の日。

 遺跡破壊を堪能するエマが、ただ高揚する気分のままに言葉を紡いだのかとも訝しんだが、あれから1週間。

 

 エマの様子は変わらず、私達の関係も変わっていない。

 

「マリアちゃん、ここから北に行ったらぁ、海があるんだっけぇ?」

 

 用も無いのに宝剣「落日」を振り回し、今日もエマは御機嫌だ。

 先刻出会った魔獣化した砂漠狼の小さな群れは、新しい玩具を手にしたエマが実に楽しそうに全て斬り殺した。

 爆殺人形とは何なのか。

 血みどろのエマに洗浄の魔法を掛けてやりながら、思わず考え込んでしまう。

 

 まあ、私が暴れずに済んだのは、楽で良いのだが。

 

「ええ。海は有りますね。北にまっすぐ、徒歩なら1年は掛かるでしょうか?」

 

 エマの質問に肯定の形で不正解であることを告げる。

 謝罪キャンペーンの真っ最中なので、私だって気を使っているのだ。

 実際に1年掛かるとは思わないが、少なくとも半年以上は掛かるだろう。

 此処(ここ)から海が見たいなら、単純に東、聖教国の方向へ4~5(し・ご)ヶ月歩けば良い。

 海が見たい訳でもなし、聖教国なんて近づきたくも無い。

「ちぇっ。そんなに遠いなんて聞いてないよぉ。海、見てみたかったのにぃ」

 唇を尖らせる様子のエマに、私は絶対に東の海の事を伝えないと心に決める。

 うっかり口を滑らせたら、まだしも近いそっちに行きたがるに決まっているのだから。

 

 

 

 探査と探知、2つの魔法の違い。

 それは、大雑把に言えば詳細を知る事と知覚する事。

 

 探査は範囲内の詳細、とは言えある程度大雑把な事だが、例えば小型の獣が居る、という事を知ることが出来る。

 探知は、範囲内に何か居る、或いは有る、ということが判る。

 精度が違うとざっくりと言っても良いのだが、そもそもの用途が違うのだと、私は理解している。

 探査の魔法を極端な広範囲で使ってしまえば、押し寄せる周辺情報に脳が疲弊する。

 逆に、探知を眼の前の物体に使っても、それがそこに有ると判るだけでそれ以上の何かを知ることは出来ない。

 

 そんな探知の魔法を私は広範囲、具体的に言えば周囲半径900メートルに展開している。

 直径で言えば2キロに迫る範囲、だが私を中心としている以上、私から見てどの方向にも1キロに満たない距離。

 コレが、私が知覚出来て、かつ、全周囲に使える限界である。

 

 少し前、ひょんな事で大怪我を負うまでは、修練と魔法使用、どちらもサボり気味だったので、半径で言えば200メートル程度が限界で、それで充分だと思い込んでいた。

 まさか、隠蔽系と能力向上系の魔法と、元来の身体能力にモノを言わせ、一気に距離を詰めて斬り付けてくる化け物が居るとか、想像さえしていなかった。

 まあ、その襲撃者は不得手な隠蔽系の魔法、「隠身」と「消音」を強引に使って魔力を無駄に消費し、それが響いたお陰で私は最終的には何とか勝てた、というオチが付いたのだが。

 

 以来、私なりに努力を重ね、警戒範囲を広げることにやや注力していた。

 

「エマ。この先900メートル、反応が5つです。判りますか?」

 

 そんな私の努力の結実、探知の魔法の範囲ギリギリから、此方(こちら)へと向かってくる反応に気がついた私は傍らの相方に声を掛ける。

「遠すぎだよぉ。そんな先の状況とかぁ、知ってどうするのぉ?」

 返ってくる返答に、私の頬がひくつく。

 

 お前が200メートル人外ダッシュで斬り掛かって来て怖かったから、警戒範囲を広げたんだろうが理解(わか)れよ馬鹿!

 

 反射的に、忘れかけていた数年ぶりの「()」で怒鳴りそうになった言葉を苦労して飲み込み、しかし完全に黙っているのも癪だった私は、自分が半眼になっているのを自覚しながら口を開いた。

「どこかのお馬鹿さんが、いきなり襲い掛かって来たことが有りましたので。警戒を強化しているのですよ」

「へえぇ、非常識なヒトも居たもんだねぇ」

貴女(あなた)の事ですよ」

 白々しい私の台詞に、どうでも良さそうに無表情で前方に視線を投げるエマの答えが被さり、私は冷え切った声を抑える事が出来なかった。

 そんな私の冷え冷えとした対応を無視し、前方に注視している風のエマは、唐突にその口角が上がる。

「遠いけどぉ、これは人間だねぇ。男3、女2。戦えそうな格好だけど、冒険者かなぁ?」

 遠いと文句を言ったクセに、エマはきっちりと探査の魔法を走らせたらしい。

 使える探査魔法は対人間用、と言うだけは有る。

「なるほど。流石に為人(ひととなり)も判りませんし、会話が聞こえる距離でも無いですし。念のため警戒だけはしておきましょう」

 エマの笑顔の意味を測りかねて、私は慎重な行動の提案をしてみる。

「そうだねぇ。まあ、向こうはこっちに気付いてる様子もないしぃ? でもぉ、なぁんて言うのかなぁ?」

 そんな私に向いた笑顔は、邪悪なそれ。

 私は、エマとの戦闘で見た記憶がある、あまり思い出したくない類の笑みが、再度私に向けられている事に、遅れて気がついた。

 文脈からして、その笑顔の()()まで私に向けられている訳ではないと判るのだが、それでも記憶を刺激されて、私の魂が震える。

 

「殺しちゃったほうが良い、そんな気がするよぉ?」

 

 内心の怖気を無表情で覆い隠し、私はエマと視線を入れ替えるように進行方向の彼方へと向ける。

 私達の後方、南には何もない。

 少し東に進路を変えれば、あの遺跡都市が有るだけだ。

 

 言わば廃道とも言えるこの荒れ地を、どこを目指して、誰が移動しているのか。

 

 私達でさえ、隠しているとは言え、それなりの旅支度をしていると言うのに。

 ……エマの旅支度がどの程度のモノか、知らないし確認もしていないが。

 狩る獲物も少なくなる、そんな旅路を態々選んで旅するとなれば、相応の目的が有るのだろう。

 そうでなければ、物好きか物知らずか。

 それとも、死出の旅路の巡礼者か何かか。

 

 エマが殺意を滲ませている理由も気になる。

 

 単に殺戮し(あそび)たいだけ、そんな気もするが、それにしては何かが引っ掛かる。

「一応訊きますが、その心は?」

 剣呑な笑みを浮かべたまま視線を前方彼方へと滑らせて、エマは私の問に答える。

 

「勘だよぉ?」

 

 何だそれは、そう思った私が口を開こうとしたが、それを遮ってエマが言葉を続ける。

「ただねぇ? マリアちゃんを見つけた時はねぇ、楽しく遊べそうって思ったんだけどぉ」

 偉く傍迷惑な勘違いだ、そう思ったが、私は黙して先を促す。

()()はねぇ……。なんて言うかぁ、そうだねぇ」

 言葉が区切られ、笑みが消える。

 おや。私は気を取られ、無意識のつま先が蹴った小石が跳ねる。

「気に喰わない、ってヤツだねぇ」

 理由になっていない、そう思った私だが、結局感想は口に出来なかった。

 

 あまり見たことの無い表情のエマが。

 

 心底から憎々しげに顔を歪めたエマが、私との戦闘でも見せなかった眼差しを、遥か彼方へと飛ばしていた。




おや、エマの様子が。


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旅路と廃都の理由

気になるエマの反応。正体不明の対向者は、敵となるのか災いとなるのか。


 彼我の距離はおおよそ800メートル。

 此方(こちら)は速度を落とし、時速約6キロ。

 向こうはダラダラと、時速5キロ程度。

 速度差は今のところ大きくないので、このままなら恐らく400メートルも進めば顔を合わせることになるだろう。

 

 向こうが何がしかの周辺警戒を行っているなら、もう気付いているのか、これから気付くのか。

 

貴女(あなた)が気に喰わない、などと言うのは珍しい気がしますね。意外と好き嫌いが激しいのですか?」

 いつもの、のほほんとした上辺を取り戻したエマに、私はどうでも良さげに声を向ける。

 エマはお宝を武器庫に収め、今は手ぶらで、とてもこんな辺鄙な荒れ地を旅する格好ではない。

 私はダミーの大型のザックを背負い、身軽なエマの見た目をカバーしている。

 それでも無理が有るとは思うし、そもそも2人とも、メイド服である。

 

 根本的な部分のカバーが出来ていない気がするが、それっぽい服も無いし、そもそも着替える心算(つもり)が無い。

 

「ただの人間相手だったらぁ、好きも嫌いも無いんだけどねぇ? マリアちゃんみたいにぃ、どっか壊れてる人間は嫌いじゃ無いけどぉ」

 エマの返答に、聞き捨てて良いものかどうか判断が付きにくい言い回しが混ざっている。

 イカれている人形に「壊れている」と断言されるのも、妙な気分である。

 そもそも、私の内面を測れるほど、エマは私を観察していたとでも言うのだろうか。

 

「今の私は人形ですよ。まあ、まともな人間であった、とは自分でも思いませんが」

 

 思い返せば、この世界に来る前も、自分本意な生き方だったとは思う。

 気の許せる悪友は居たが、親身になって相談し会える親友などには縁が無かった。

 享楽に耽る恋人もどきは居たが、お互いの人生に踏み込もうと思えるような伴侶には出会えなかった。

 

 仕事に熱を上げる訳でもなく、趣味に没頭するでもない。

 

 うだつの上がらぬまま、1人で勝手に干からびるだろうと、灰色の混ざった嫌味な晴れ空を見上げていた。

 壊れていると言うよりも、何事にもやる気のない、ただそれだけの人間だったと思う。

 

「あははぁ。マリアちゃんはねぇ、人間らしさが何処か壊れてるよねぇ。だってマリアちゃん、口が悪いけどアレ、全然冗談の心算(つもり)は無いよねぇ?」

 

 お互い足は停めぬままに、視線は遥か前方を見据えている。

 私の背には、何やら冷たい風が吹き込んだ様な、そんな気分になる。

「まさかまさか。私は博愛主義の、だけどちょっと悪ぶって見せたいだけの、気の小さなただの元人間ですよ」

 声を抑え、なるべく平静を装う。

「マリアちゃんがそう言うならぁ、それで良いけどねぇ?」

 エマはどうでも良さそうに、呑気な調子で言う。

 と言うか、それは全く信じていない奴の態度である。

 失敬な相方だ。

 私は、物騒なことを考えはしても実行なんか出来る筈もない、ただの内気な小市民だったと言うのに。

 まあ、口は災いしていた自覚は有るが、少なくとも実行出来ないことは口にしないようにしていたし、それは今だって変わっては居ない。

 

 かつてと今とでは、実行できる範囲は変わったと思うが。

 

「まぁねぇ、マリアちゃんは知らないかもだけどぉ」

 

 私が憤慨しつつ少しだけ自分の事を考えている間にも、仮想要注意集団と私達との距離は縮まる。

 エマは不意に、不機嫌そうに表情を歪めると、私の様子などお構いなしに、唐突に、言葉を続ける。

 くるくると表情が変わる様子はベルネで別れた頑張り屋さんを思い起こさせるが、内面が違いすぎるので何ひとつ重なることはない。

「あんな古ぼけた遺跡に向かう酔狂な冒険者なんてぇ、あんまり居ないと思うんだぁ」

 エマの表情や口調はやや引っ掛かるが、それよりも内容に首を傾げる。

 遺跡に冒険者、それほど奇異な取り合わせだろうか?

「遺跡で宝探し、冒険者は好みそうですが? 現に、貴女(あなた)だってあの遺跡でお宝を手にしたのですから、他にも何か有ってもおかしくないでしょう?」

 言って、私は違和感を覚える。

 そうだ、エマはそのお宝を、武器庫に仕舞い込んでいる。

 手に入れてからずっと、ヘラヘラと顔を緩ませて、不必要に振り回していたと言うのに。

 

 仕舞ったのは、どのタイミングだった?

 

「食料になりそうな獣すら寄り付かない、何百年も前に滅んだ街だよぉ? 邪魔が入らないだろうからぁ、私も休眠してたんだしぃ」

 

 エマは前方から視線を外さず、声だけを私に向ける。

「休眠しなきゃいけないくらい、消耗させられたんだけどねぇ、あの街でぇ」

 零れ落ちた言葉が、私の背筋を冷たく滑る。

 エマは消耗させられた、と言った。

 

 今注視すべきは正面から近づいてくる冒険者らしき人間達なのだが、話題は横道から横道に逸れ、困った事に今の私はその話に興味を惹かれている。

 

「……ソフィアかエリ、どちらかがあの街に居たと言うことですか?」

 それは、戦闘で激しく損耗したと言う事か。

 そして、マスター・ザガンの人形をそこまで追い込めるのは、同じザガン人形なのだろう。

 人形制作の情熱の根源が歪んでいたマスター・ザガンだが、その研究成果と人形制作の腕は、個人で並ぶものは現代でも居ないだろう。

 マスター以降の著名な人形製作者の資料に目を通したことがあるが、どれもこれも、1シリーズと同等程度のスペックのものしか作れていない。

 

 集団、という事であれば、魔法協会(ソサエティ)の錬金術部門と精霊学部門とで、どうやら2シリーズ相当の人形の試作模型までは完成していると聞くが、高性能な人形は素材も破格だ。

 

 理論と図面の更新はされているが、生産出来るほど潤沢な資金を確保出来ず、夢は未だ夢のままだと言う。

 流石は、研究の成果を商売に結びつける事に興味を持てない変人共の集団だと思うが、わざわざ忠言してやる義理もない。

 

 そんな私の、薄弱な根拠から導き出された回答を、しかしエマは首を横に振って否定した。

 

「違うよ。私はアレの名前も知らない。アレは、弱いモノに告げる名前は無い、そう言ってた」

 

 エマの声が、陰鬱に沈む。

 私の知るエマの様子とはかけ離れた声と、それが素なのかと思える口調が、幾度目か、私から集中力を奪う。

「私をたった一撃で半壊させて、(とど)めも刺さずに何処かに行ったよ。なんで私が()っとかれたのか知らないけど」

 唇を噛んで一度言葉を区切り、そして言葉を続ける。

「あの街が『帰らずの都市』なんて呼ばれてたのは、アイツが居たからだった。結局、私を叩きのめして、アイツは居なくなったけど」

 私は、どう答えたものか、いや、そもそもエマの語る内容を受け入れるのに苦労して、言葉も無くその横顔を眺める。

 

 帰らずの都市ってなに?

 そう言えば、確かに私以外に、誰一人として遺跡に向かう旅人も冒険者も居なかったが、そう言うことだったの?

 エマを一撃で半壊?

 エマに名乗らなかったと言うことは、エマを弱者と認識したと言う事?

 

 私はもう、前方から此方(こちら)に向かってくる人間達の事など、割と本気でどうでも良くなっていた。




シリアスっぽく語っていますが、眼前の問題に対する緊張感は維持すべきです。


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ギスギス散歩気分

情報を軽視すると、必要な話も耳に入らなくなります。


 気を取られても、歩けば先には進む訳で。

 なんとなく向かった廃墟が「帰らずの都市」なんて呼ばれていたことを知らなかった私は、薄らぼんやりと、聞き流していたベルネでの会話を思い起こす。

 そう言えば、似たような話から興味を持った遺跡だった、かも知れない。

 

 今まさに、適当に記憶を改竄している、そんな気がしなくもない。

 

 気もそぞろな私の耳に、若い男の声が滑り込んでくる。

「聞いてるのか姉ちゃん? お前らはこんなトコで何してるんだって聞いてんだけど?」

 ヘラヘラと耳障りな、高圧的にさえ思える声に、素直に不快感を覚えた私は無表情の不機嫌な視線を向ける。

 

 面倒臭いし、会話をする気がとんと湧いてこない。

 

 隣で同じ様に不機嫌そうに表情を消しているエマだが、彼女が不機嫌な理由は不明だ。

 私が不機嫌な、その理由は。

 

「俺達は聖教国の勇者様とその一行なんだぜ? 素直に質問に答えたほうが身のためだぜ?」

 

 会いたくないし関わりたくない、聖教国の、それも勇者とか祭り上げられて調子に乗っている同朋。

 その痛々しいみっともなさに、私は堪えきれずに溜息を漏らす。

「……この世界はどうなってんだ、勇者と言ってもほとんど誰も有り難がらねえ。俺達はこの世界のために呼ばれたってのに」

 私の嘆息に反応した男が、さも心外であるかのように言葉を放つが、なんでそれ程までに自身の肩書に自信を持てるのやら、とんと理解が及ばない。

 

 それが例えば、同じ聖教国絡みであったとしても、司教サマだとか言われた方が身構えてしまうだろう。

 勇者だなんだと持ち上げられた、その実ただの操り人形だと知ってしまえば、憐憫の情が湧きこそすれ、尊敬しようだとか敬愛しようだとか、そんな気持ちになる筈もない。

 

 私がどう答えてやろうか吟味を始める前に、相方が声を上げた。

 

「勇者ってなぁに? 呼ばれたって誰にぃ? 少なくとも、私達は呼んでないし、お呼びでも無いんですけどぉ?」

 

 酷くつまらなそうに言うエマに、気色ばむかと思いきや、思いの外余裕の表情で自称勇者は肩を竦める。

 若干、顔が引き攣っているのは見逃してやろう。

「ハッ。こんな辺境のど田舎じゃあ、聖教国の威光ってやつも届かないのも無理()ぇか。田舎モンにもわかる様に説明するとだな――」

 わざとらしい動作で首まで振って、ニヤケ笑いの男の態度が素直に癇に障った私が、エマに代わって口を開き、相手の言葉を遮る。

 

「何もない荒野ですが、この近辺はまだ国境では有りませんよ? 辺境という言葉の意味を調べてから口を開いた(ほう)が良いと思いますが、適当におだてられて調子に乗る程度の馬鹿ではその程度の事も理解できないでしょうね」

 

 かつてはあの要塞都市は隣国との国境、隣国の所有物だったが、陥落(おと)して呑み込み、勢いで更に侵攻した影響で、この国は領土を広げた。

 奪われたあちらの王国側にとっては恨み骨髄だったのだろうが、取り返すことも出来ないまま流れた時間は、表面上は互いの衝突を抑え込み、今となってはもう、奪還の機運も無ければ再侵攻の気配も無い。

 

 現代において再侵攻に動いたりしたら、向こうで噂の「双子の魔女」も黙っては居まい。

 この国がどの程度の戦力を抱えているのか知った事ではないが、単体で隕石を落としてくるような化け物が少なくとも2人居るとなると、暗殺でもして双子を始末しない限り、勝ち目は薄いのではないかと他人事ながら思う。

 かの王国の地脈の一部が妙に静かになったのも、どうせその双子が何かやらかしたのだろう。

 

「て、手前(テメェ)、誰に口聞いてると……!」

 

 私の態度と台詞に余裕を失くしたらしい、自称勇者が声を荒らげ掛けたが、それを今度はエマが遮る。

 

「ねえねえマリアちゃん。こいつら弱っちいしぃ、びっくりするくらい興味持てないんだけどぉ? さっさと片付けちゃう?」

 

 不機嫌な声色のままのエマに、私は目を向けることをしない。

 しかし、その気持は良く分かる。

 

 私は、眼の前の()()()()()()()()()()()を視界に収めたままで、しかし、向こうがエマの言葉に反応するより早く、投げ遣りに口を開く。

 

「そうですね。こんなのを相手に余計な手札を切る必要は有りませんね。()()()に居る2人の(ほう)がまだ遊べるでしょう。エマ、任せますよ」

 

 私の挑発めいた侮蔑と、エマのやる気の無い提案に激昂し掛けた3人組は、しかし、続く私の言葉に顔色を変えた。

 私は探知で、エマはピンポイント探査で。

 それぞれ、向かってくる相手の動向を確認していたのだ。

 

 私達との距離が500メートルを切った辺りで、向こうが少し止まり、そして二手に別れた事まで、しっかりと確認している。

 

 ついでに言えば、後続の、速度を更に落とした方は、彼我の距離が400メートルを切った事で私の探査魔法も届き、エマが不機嫌になって詳細を伏せたその内容を確認出来た。

 探査魔法と言う物は便利だ。

 魔力も使うし知りたいことは都度探査を重ねなければならないが、相手よりも実力が上回るか互角程度までなら、知りたい事は概ね知ることが出来るのだから。

 

 意外な所で言えば、例えばパーティ名、だとか。

 

「おいおいおい、巫山戯た態度もムカつくけど、そもそもなんでそんな事知ってんだ? ったく、あいつらには様子を見ろとか言われてたけど、これは殺したほうが面倒がなさそうだな」

 

 勇者くんの後ろに控えていた、軽装の男が腰の剣を抜き放つ。

 それを合図にしたのか、やや狼狽(うろた)え気味だった自称勇気ある者と、残った僧服っぽい衣装の女がそれぞれ、剣と杖を構える。

 

 僧侶だったらメイスの方がロールプレイとしては正しいと思うが、まあ、あの細腕では重いメイスはまともに振り回せないだろう。

 

 私が自分の趣味全開かつ個人的嗜好に偏った、どうでも良い事を考えている間に、私の相方が何の衒いもなく前へと進み出る。

「マリアちゃん、ホントに私が()っても良いのぉ? もう、取り消しは聞かないよぉ?」

 その両手には、それぞれ、見覚えのある短刀が握られている。

 

 嫌な記憶が刺激されるが、あの時と違ってエマは不慣れな「隠身」は使っていないし、当然無駄に魔力を消費していない。

 ……まあ、魔力消費が有っても無くても、目の前の連中程度なら何も変わりはしないだろうが。

 

「だから! なんでお前らは、そんな余裕(ヅラ)なんだよ! 俺は勇者で、お前らの勝てる相手じゃ――!」

 

 剣を構えたままで、怒りに任せて声を荒げる自称勇者。

 芝居がかった余裕は何処に行ったのやら。

 しかし、彼は言いたかったであろう言葉を途中で失った。

 

 永遠に。

 

 首が、手が、腕が、腿が、足が。

 そして、胴が。

臓物(モツ)は破っちゃうと臭いからぁ。名誉のために勘弁してあげるよぉ」

 それぞれが地面に転がり、それらが撒いた血を浴びた軽戦士と僧侶は、怒りの相から色を失い、呆然と視線を下に落とし、少し間を置いて、驚愕に目を見開く。

 

 全てが遅い。

 

 本来であれば、堪らず絶叫を放つ場面か。

 或いは、更なる怒りに雄叫びでも上げて斬り掛かってくるのか。

 

 そのどちらも果たせず、刻まれ死体は数を増やし、生きた人間は居なくなった。




そもそも人の話を聞く態度を取っていない場合は、論外です。


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インターバル相談タイム

聖教国関係者との意識しての初遭遇は、即刻終わった様です。


 元々人間だった、それどころか私にとっては同朋であった筈の切り分けられたパーツを見下ろし、しかし私の胸に去来するモノはと言えば。

 

 心底から嘲笑ってやりたいという思いと、どうせなら名前でも聞いてやれば面白かったかと言う、どうでもいい後悔だった。

 

 

 

 人間3人斬り殺して、ろくすっぽ返り血も浴びていない、そんなエマを見て「漫画かよ」くらいしかツッコミの言葉が出てこない自分を恥じながら、やはり完全にとは行かず、エプロンの端やらにしがみついた血痕を魔法で落としてやる。

 自分も使えるだろうに、エマは汚れ落としは私に任せっきりだ。

 

 そうやって他人(ひと)任せにするから、魔法の腕が上がらないんだろうに。

 ある程度自分でやっているのにイマイチ魔法の腕が上がらない私が言っても、説得力が無いのが辛い所だ。

 

「さぁて、向こうさんもなんか慌てて動き始めたみたいだしぃ? マリアちゃん、連中に訊きたい事あるんだけどぉ、ここは平等にひとり1匹で良いかなぁ?」

 

 にこやかな顔を作って見せるが、殺意を隠す心算(つもり)は全くないらしい。

 そんなエマに言われるまでもなく、私も探知・探査魔法で相手の動きを見ていたので、その動きが慌ただしくなった事は知っている。

 

 動きから適当に類推するに、此方(こちら)は2人、適当にぶつけても、3人だったら問題無いとでも思ったのだろうか。

 それが駄目だったから今更慌て始めた、と言う事なら、幾ら何でも無策が過ぎる。

 

「構いませんよ。何なら、貴女(あなた)ひとりにお任せしても良いのですが」

 

 エマの「訊きたい事」とやらになんとなく思い当たることは有るが、まずは素直な面倒を避けたい気持ちを正直に述べる。

「あははぁ。私じゃあ、質問する前に殺しちゃうからぁ」

 しかしエマは、容易に想像できる事実を述べて私の提案を拒否する。

 まあ確かに、今のエマではあの2人には穏やかに対応出来まい。

 

 パーティ名が「人形狩り」になっている、そんな連中が相手では。

 

 私が聞き流していたのか今一つ不明だが、帰らずの都市などと呼ばれていた場所に居座っていたエマ。

 そんなエマを一度は行動不能にまで追い込んだのは、やはりその廃墟に居座っていた何者か。

「エマ。今更ですが、貴女(あなた)はあの廃墟都市で、人間狩りでもしていたのですか?」

 私の問いに、エマはきょとんとした顔を向けてから考え込む。

「うぅーん。こないだ話した通り、うるさくて目を覚ましてから20人くらい殺したけどぉ、それまでは寝てたしぃ? その前は()()()しか居ないトコに押しかけて、返り討ちだったしぃ?」

 エマの言葉から察するに、およそ3年前にあの廃墟を訪れたエマは、何者かに敗北し、休眠から目を覚まして初めてそこで人の群れを襲ったと言う事になる。

 目覚めたのはつい最近。

 此方(こちら)に向かってくるのは聖教国の関係者。

 聖教国にまでエマが暴れた話が伝わるには距離が有りすぎるし、それも冒険者崩れの野盗(やとう)もどきを殺害したなどという事で聖教国が動くとも思えない。

 

 そうなると。

 

「……エマを休眠にまで追い込んだ何者かが人形だったか、或いは人形を追う者だったのか」

 

 当時の現場を知らず、相手の素性など知りようもない私が顎に手を添えて考え込むと、エマが輝く笑顔に殺気を乗せて、元気に答える。

「多分、人形だと思うよぉ? 人間、って言うには違和感があったしぃ? 型番(ばんごう)は聞いても答えてくれなかったけどぉ、何て言うんだろ? お仲間の気配、みたいなぁ?」

 まず、殺意を私に向けるな。

 それと、推理の根拠が薄弱にも程がある。

 

 そう思う私だったが、一方で、人形であるエマが同族の気配を感じたというのは、私としても気になる点だ。

 

 エマが同族だと感じた、それはつまり、ザガン人形なのか。

 だとすれば厄介極まりないが、エマが知らないということは、2シリーズ7体目以降の人形か。

 3シリーズ1体目、ゼダだったりしたら厄介どころではない気がするが、決めつけも危険な気がする。

 

 私はマスター・ザガン以上の人形師は居ないと思いこんでいるが、私の知らない人形師が居るのかも知れないし、その見知らぬマスター作の人形が、腕試しでザガン人形を含む、迷惑極まる自律人形狩りをしていたのかもしれない。

 聖教国の人間が「人形狩り」などというパーティ名で2人派遣してきたのも、その関係かもしれない。

 

 推察の範囲を狭めれば見えるものも見えなくなるし、広く取れば色々とぼやけてあやふやになる。

 つくづく、私は細かいことが苦手だ。

 

 既に癖にもなった溜息を()きながら、私は思考の手綱を一旦手放す。

「取り敢えず、エマの提案に乗りましょう。もう、肉眼で見えていますからね」

 視線を道の先に転がすと、「隠身」を掛けた2人組が、私達の元へと走ってくるのが見えた。

 

 隠蔽系の魔法が効果を発揮していない時点で、あの2人が私達よりも格下だと言うのは良く分かる。

 

 同じ様に視線を動かしたエマが、嬉しそうに笑みを浮かべながら両手の得物を弄びつつ、さり気なく私の前に出る。

 護られているようで悪い気はしないが、エマとしては間違いなく、そんな心算(つもり)は無いだろう。

 

 

 

 立ち止まり、相手の到着を待つ私達の様子に、どうやら「隠身」の効果は無いと気付いたらしい。

 20メートル程距離を取って相手は立ち止まり、魔法を解いた。

 

 まあ、全部見えているので、そう言った行動も何処か間抜けに見えてしまうが、わざわざそれを伝える必要も有るまい。

 

「お前達、何者だ? その3人は、それ程悪い腕では無い筈だが」

 

 意外に落ち着いた声で、女のほうが先に口を開く。

 私達の後方、地面にバラ撒かれている人間だった物体群を見ても、特に驚いた(ふう)でも慌てた様子も無い。

 隠しているのか、最初から捨て駒と見做していたのか。

 男女2人組、レベルで言えば先の3人よりも強い。

 と言うか、比べ物にならないくらい強い。

 

 2人には、勇者などという胡散臭い肩書も称号も有りはしないのに、だ。

 

 聖教国の勇者事情はどうなっているのか。

 どう答えたものか迷う私の前に立つエマの姿が、ブレるように霞んで消えた。




順調に、心が身体に馴染みつつあります。


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聖なる物の影

やはり、先制で動くのはエマの様です。


 金属同士がぶつかる甲高い音に続いて、耳障りな擦過音が耳を通して神経に障る。

 相手の到着を待つ、そんなお行儀の良い様子を見せていたエマだったが、それを押し通せるほど我慢強くは無かったらしい。

 それでも、まあ、多少の「待て」が出来た事は褒めるべきなのかも知れない。

 

 それより驚嘆すべきは、そのエマの一撃を、咄嗟とは言え剣で受け止めようとした男の方だろう。

 

 剣の刃で受けるのは失策だとは思うが、反応出来た事、防御出来た事には素直に驚いた。

 確かに、先程までの自称勇者達と比べてもレベルが高いとは言え、だ。

 

「うおっ!?」

 

 私がそれなりの驚きに目を奪われている最中、攻撃を受けた男も驚愕の声を上げた。

 一瞬とは言え、目の前に居た(エマ)を見失った事、そして、防御出来たというのに、そのまま跳ね飛ばされた事。

 2つも重なれば、驚きも声になって漏れようというものだろう。

 

「あららぁ。良く防げたねぇ、エラいエラぁい」

 

 楽しげで陽気な口調とは些か不似合いに、双眸が鋭く輝く。

 こうして、相方としてエマの戦闘の様子を観察して気付いたというか、思った事なのだが。

 

 エマなりに、相手を見て対応を決めているのかもしれない。

 

 先程の冒険……勇者サマ御一行に対しては、曲りなりにも会話らしきを交わしてから、攻撃に移っていた。

 対して、私や眼の前の男に対しては、問答無用の先制攻撃。

 それに反応出来るかどうか、それを見ているのだろうか。

 

 いや、多分偶然というか、気まぐれだろう。

 よくよく思い返せば私の時には不意打ち先制だったし、そもそもが気分屋にしか見えないのだし、深く考えても仕方が無さそうだ。

 

「見た目と違いすぎだろ、何だこのクソ重い攻撃は……! 俺はこれでも、レベル204だぞ?」

 

 体制を整え直した男がエマに対して構え直し、仲間の女の方は油断なく私に対して長剣の切っ先を向ける。

 レベル204、そう言った男は、その数値で私達にプレッシャーを掛けようとしているのかも知れない。

 

 だが、知っている事実を改めて告げられても、驚きも無ければ動揺の仕様もない。

 

「ええ、その様ですね。そして、お嬢さん、貴女(あなた)はレベル183ですね?」

 私が涼し気に言ってのけると、却って相手が動揺したようだ。

 男は私に顔を向け、目を見開いて。

 女もまた、似たような表情を私に晒していた。

「で? それがどうしたというのです?」

 自覚できるほど冷ややかな声が、私の唇から滑り出される。

 私もエマも、相手のレベルは「探査」を使って確認している。

 レベルのみならず、パラメータ……ステータスの類から装備の詳細、パーティ名に至るまで。

 

 エマはいざ知らず、私は臆病で小心なのだ。

 

「それがどうした、って、おい」

 男は相変わらず名乗ることも忘れたまま、間抜けにも見える表情を私に向けたままで。

「なんで、私のレベルまで判った?」

 女は、余裕のない険しい眼光を私に突き立てて。

 それぞれがそれぞれに、不審と疑念とを綯い交ぜに、相手の――私の出方を伺っている。

 

 悠長な事だ。

 

「なんでも何も、ただの詳細探査ですよ。その程度の魔法は、貴女(あなた)達も使えるのでしょう?」

 普通の「探査」魔法では相手のステータスまで確認することは出来ない。

 その事を知っていて、その上で当然の様に言ってみる。

 

 詳細探査の重ね掛けなど、裏技も良い所だ。

 そんな使い方、知っている方がどうかしている。

 

「探査……詳細探査? そんな、探査は相手のレベルまでは確認出来無い筈……」

 

 女が、信じられないと言う様子で、言葉を漏らす。

 剣の切っ先はブレず、しっかりと私を捉えたままだ。

「出来無いと思い込んでいるから出来無いのですよ。やり方を教える程、私は優しく有りませんが。そんな事より」

 私は溜息を落とし、親切心から、すい、と、視線を動かして見せる。

 

 驚くのも理解(わか)るし、色々と疑問が湧いているであろう事も想像出来る。

 だが、少なくとも男の方は、そんな事に気を取られる余裕など無い筈なのだ。

 

 私の視線を一瞬追った男は、ハッとして飛び退き、剣を右手方向へと向ける。

 一瞬遅れて、またも金属の衝突音。

 

「マリアちゃん、やっさしぃ。そぉんなバレバレの目線、私の居場所に気付かれちゃうよぉ」

 

 内容とは裏腹に、声を弾ませるエマ。

 振り抜いた左の短刀が、陽光を煌めかせる。

「良く言いますよ。私が注意を促すまで待っているとは、貴女(あなた)も充分優しいと思いますが?」

 応える私の声は、呆れの色を含む。

 エマなりに、相手と正面から遊びたいのかも知れないのだが、(はた)から見ればジワジワ追い詰めたいだけの、なかなかの良い趣味に見える。

「お兄さんはねぇ、私と遊ぶんだよぉ? 余計な事に気を取られると、危ないと思うよぉ」

 台詞にも、嗜虐性が感じられる。

 ただただ厄介で面倒臭い、そんな相手に絡まれたあの男には憐れみを覚える。

 

 同情はしないが。

 

「まあ、あちらはあちらで踊って頂きましょう。貴女(あなた)には、幾つか訊きたい事が有るのですが、宜しいですか?」

 エマと違い、荷物を背負っては居るが、武器を持っていない私が、その荷物を地面に下ろしながら問い掛ける。

 相手は勿論、油断なく剣を構える女だ。

「奇遇ね。私も、アンタに訊きたい事が出来たわ。まず、アンタ達は何者なの?」

 長剣を両手で構え、盾の類は無し。

 浅い前傾姿勢で、踏み込んでくるよりも私の出方に対応する、そんな構えだ。

 自称勇者組と違い、この2人は揃いの防具を身に着けている。

「聖教国の犬が、そんな事を知ってどうしたいのですか?」

 私が応えると、女の表情は一層険しくなる。

 装備や何やらからの推測が当たったらしい、と言えればそれなりに格好も付けられるのだが、実際は探査で知った情報なので、大した事はない。

 

 因みに、探査結果に「聖教国の犬」などと出た訳では無い。

 聖教国執行官、とやらだそうだ。

 果たして、何を執行するのやら。

「……言ってくれるじゃない。私達が、どんな思いで」

貴女(あなた)個人の事情など、知った事では御座いません。此処(ここ)からは、私の質問にのみお答え下さい。私とて、無闇に暴力を振るう趣味は無いのです」

 相手の言い掛けた言葉を遮って、私は武器庫からメイスを取り出し、右手で構える。

 突然右手にメイスが現れた様に見えたのだろう、女は一瞬目を見開き、すぐに表情を戻す。

 

 それなりに揺れてくれるが、なかなかに頑固な相手、か。

 

 素直に質問に答えてくれそうには見えないその様子に、私はげんなりとした内心を表情に出さないよう努めるのだった。




人任せの時間は終わりの様です。


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問答に挑む人形達

質問とか言うものは、質問する側の態度も重要になります。


 酷く記憶が曖昧で、その時に何が起こったのか、私自身は覚えていない。

 目が覚めた時、私は別人になって居た。

 まるで違う世界で、見覚えの無い、全く見知らぬ他人の顔が、鏡越しに私を見つめていた。

 

 魂が形となった真の姿なのだと説明されたが、すぐにそれは嘘だと知った。

 そもそも、そんな胡散臭い説明を信じることなんか出来なかったけど。

 

 私は、望んでも居ないのに、こんな世界で。

 気付けばとても過酷な訓練に放り込まれて、執行官なんて肩書を押し付けられ、汚れ役をやらされた。

 定期的にやって来ては、()()()()()で境遇が左右される同郷の人達もやがて見慣れて、いちいち心配もしなくなった。

 

 当たりの人は少なくて、ハズレの人を見掛けると私が羨むようになったのは、いつからだったろうか。

 

 居もしない「魔王」なんて存在を討伐しろ、なんて言う無茶な仕事を押し付けられるのは厄介だとは思うが、(てい)良くあの国を放り出されるのは、ある意味ではチャンスなのだ。

 馬鹿正直に「勇者」なんて名乗る必要も無い。

 便利で、娯楽に溢れた元の世界が恋しいのは間違いないが、最低限、生きて自分の意思で何処にでも行ける。

 

 ()()()の私は、仲間達と相互に監視し合う、そんな歪んだ環境の中で迂闊な事も出来ず、言われるがままに手を汚した。

 

 聖教国異端審問執行官。

 仰々しい肩書の意味は、要するに。

 

 聖教国にとって都合の悪い存在に、難癖を付けて排除する人でなし、と言う事だ。

 

 勇者だとか、召喚がどうとか、お為ごかしも甚だしい。

 やっていることは酷く歪んだ死者蘇生で、やらされている事は言い訳の効き様もない人殺しだ。

 

 執行官の同僚達の中には、私の様に思っている者も居るとは思う。

 だが多数は、どういう訳かこの境遇に順応し、力を振るう事に快楽を見出している様に思える。

 

 私はその、暴力に魅せられた同僚――今回の相棒の様子が気になるが、目の前の正体不明の女から目を離せない。

 探査どころか、鑑定の魔法ですら何も知ることの出来ない、不穏過ぎる2人組の片割れ。

 口調は丁寧なのに、物凄く失礼で、友好的に会話できるとも思えない、敵。

 同僚は、いや、同僚達の中の、何人が知っているだろうか。

 

 鑑定の魔法は、格上の相手には無力だ、と言う事実を。

 

 注意を促す間も無く戦闘状態に入ってしまったが、果たして、私達は無事にこの状況を脱することが出来るだろうか?

 

 怪しげなメイド服の女は、私に質問が有るという。

 高圧的な言い様はまるで尋問のそれだが、これを利用して、せめて穏便にこの状況を打破出来ないものか。

 深く息を吐いて、私は油断なく剣を構えたまま、冷静になろうと努める。

 犬呼ばわりされて一瞬頭に血が登ったが、暴発して勝てるかどうか判らない。

 相手の実力が判らないのだから、隙を突くか、口先でやり過ごすかして、この場は早急に離脱するべきだ。

 

 出来なければ、生命(いのち)は無い。

 

 強い危機感が、頭の中で警報を鳴らしていた。

 

 

 

 私の目の前には、私に剣を突き付けたまま動かない、職業剣士の女。

 私の丁寧な懇願に激昂するかと思ったが、怒気を孕んだものの、すぐに深呼吸してその表情を引き締めた。

 

 ()()()()、まだしも状況を把握しているらしい。

 

 私の視界の(はし)を、チラチラと飛び回るエマのダンス相手は、エマに夢中で私など眼中に納める余裕も無いらしい。

 エマが此方(こちら)に襲い掛かってくる恐れも有るので、下手な横槍は遠慮して、眼の前の女に集中するとしよう。

 

 それこそ、エマに頼まれている事もあるのだし。

 エマが質問だけで済ます気が無い事は、現状だけで理解出来るのだし。

 

「個人的に気になることも有るのですが、まずお訊きしたいのは、貴女(あなた)達の目的についてです」

 

 私の言葉に、即座の反応は無い。

 黒髪の女は、私の質問の意図を図るように黙し、答えるべき言葉を吟味しているように見える。

「……観光だよ」

 そうして静かに絞り出した答えに、私は肩を竦めて応える。

「そう言う、真贋鑑定を使う気も起きない嘘は結構です。質問がお気に召さなかったのでしたら、趣向を変えましょう」

 素直に答える気が無い事は良く判った。

 私はしかし、紳士として生きて来たと自負している。

 今となっては淑女と言うべきだろうし、そんな事はこの際どちらでも良い。

 

 ひょいとメイスを肩に担ぎ、私は口を開く。

 

貴女(あなた)とお仲間の彼、2人は『人形狩り』というパーティ名ですが、それはどういう意味なのですか? そして、そんな貴女(あなた)達の目的は何ですか?」

 

 事も無げに私は質問を投げ付け、女は引き締め直した表情を崩し、またも目を見開く。

 私は自分の言葉が相手に届いた事を確認してから、無造作に踏み込み、メイスを振り払う。

 

 視界の隅では、エマが相手男の剣を弾き、その左腕を斬り飛ばしていた。

 

 私の動きを目で追えていなかった執行官様は、突然私が距離を詰めた事と、唐突に視界から自分の得物が消えた事に思考が追いつかなかったらしい。

 慌てて一歩退いて私に剣を突きつけようとして、その剣が鍔元で折れている事に、漸く気がついた。

 

「……え?」

 

 折れた剣に呆然と視線を向け、響き渡る相棒の絶叫に一瞬気を取られた様だが、すぐに私に目を向け直し、驚愕の表情にうっすらと汗を滲ませる。

 思ったよりもエマは遊んでいた様だが、そろそろ飽きてきた様だ。

 対して、私と向き合う執行官様は、2対2の状況が終わり、武器も失い、どうやら自身が不利になると悟ったようだ。

 その瞳は、恐怖に揺れている。

 

 私の視界の一角では、男が解体されていく様子が見えているが、位置関係的に、女には見えていない。

 眼前の私から視線を逸らす訳にも行かず、相棒の助けを求める声と断末魔を耳にしながら、丸腰ではどうにも出来ずに硬直する。

 私はそんな彼女へと再度踏み寄り、その足を払う。

 仲間に気を取られ、そもそも私の動きを捉える事も満足に出来ないまま、女は容易く姿勢を崩し、へたり込むように地に手を着いて身体(からだ)を支える。

 

「私はとても優しいので、1度は見逃して差し上げ()()()。次の質問からは慎重に、偽り無く、迅速に答えて下さい。そうして頂けない場合、私としても気が進みませんが――」

 

 そんな、恐慌に囚われた女執行官に、私は優しく言葉を投げ掛けて。

 姿勢を整え、身を起こし掛けた彼女が大地に置いたその右手を、振り下ろしたメイスで叩き潰す。

 

 一拍置いて自分の右手を確認し、それが纏った篭手ごと四散し失われた事を知った彼女の口から、絶叫が迸る。

 

「少々荒っぽい事をしなければなりません。拷問と言うものは加減が難しいのです、どうか私にその様な面倒事をさせて下さいませんよう、お願い申し上げます」

 

 私の冷めた目が、右腕を抱えてのたうち回る女を映す。

 実力差を感じつつ強がって見せた愚か者に掛ける情けを、私は何処かに忘れて来たのだろうと、呑気に考えるのだった。




手首の先から奪うとは、なかなか豪快なスキンシップです。


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旅路の陰影

お客様のおもてなしは、上手に出来たでしょうか。


 泣く子をあやすのは、労力が要る。

 宥め賺し、機嫌を取り、素直に話が出来るようになるまでは時間も掛かる。

 子供のように泣きわめく彼女が私の質問に素直に答えるようになったのは、つまりそれ相応の手間と時間を要したと言う事だ。

 代償として、彼女はその両手足を失ってしまったが、私が悪い訳では無い。

 

 最初から素直に質問に答えていれば、無駄に痛い目に合わずに済んだ事は、彼女だって理解しているだろうから。

 

「それでは、質問に素直に答えて下さい」

 

 私の静かな声に、光の消えた瞳で「はい」と弱々しく答えたのを確認して、私は小さく頷く。

 失血死するまでには、訊いておかなければならない。

 

 執行官の男の方を解体し終えたエマは、可食部分を収納し、それ以外は焼き払った。

 具体的には両手足の肉だ。

 私が相手していた女の、両手足がグズグズに叩き潰され四散している様子に「お肉がもったいなぁい」とか呟いてから、先に襲ってきた自称勇者達の残骸の方へと向かって行く。

 

 まあ、いつ補修素材が必要になるとも限らないのだし、ストックを確保しておくのは良い事だ。

 

 私は人の肉を口にする気にはならないが、分解して取り込んでも効果は同じなので、たまに襲ってくる盗賊やらの部位は一応確保している。

 エマ戦での回復には他の動物の肉を使ったのでまだそちらには手を付けていないし、動物や魔獣の肉はまだストックがたっぷり有るので、暫くは備蓄庫の中だろう。

 応急で使える程度の肉類は、金属類のインゴットと共に手持ちの魔法鞄(マジックバッグ)にも保管しているので、まあ、多分安心だろう。

 

 冷めた目を虚空から女へと戻し、そして私は質問を開始する。

 

 

 

 強引な回復魔法などを挟みつつ、私の知りたかった事の幾つかに答えた女は静かに息を引き取り、私の炎熱魔法で灰となった。

 ついでに私の右腕は、肘から先の皮膚やダミーの方の人工筋肉や衣服も燃えて溶け落ちた。

 

 私の敵は、イマイチ制御出来ない魔法そのものかも知れない。

 

「聖教国ってぇ、なんて言うかぁ……ぶっ飛んでるねぇ」

 

 いつの間にか私の後ろで地べたに座り込み、膝を抱えて私の優しい尋問風景を眺めていたエマが深々と溜息を()きながら言う。

 ぶっ飛んでると言うなら、視点を変えれば……人間側の視点で言えば、間違いなく私達なのだろうが、そう思っても尚、エマの台詞を否定するための言葉を口にする気にはなれない。

「まあ、自分達の手駒にするために生贄まで用意して、他所の世界から人間の魂を取り寄せる様な連中ですよ。まっとうな訳は無いでしょう」

 生贄の生命(いのち)と、異世界から呼び寄せる生命(いのち)

 単純に1つの手駒を作るために2人殺して、生贄の身体に呼び寄せた魂を定着させて勇者だ救世主だと持ち上げる。

 1人は救ったとでも言う心算(つもり)なら、とんだ勘違いだと鼻で笑って吐き捨てて差し上げよう。

 

 他人(ひと)様の都合を完全無視して一度殺してるというだけで、褒められる要素など絶無だ。

 所詮は今の私と同じ、殺人者と変わりはしない。

 

「結局人形狩りと言っても、人形の正体どころか噂の真偽もロクに確認出来ない状態での人員派遣のようですからね。人数が少なかったのは、そんな事情でしょう」

 

 近頃減りつつあった気がする溜息を飲み込み、私は少し遠くに目を向けて言葉を結ぶ。

 ロクでもない、関わりたくない国ナンバーワンだが、関わらないためにも情報は持っていた(ほう)が良い。

 そう判断しての面倒な尋問作業だったのだが、終わってみれば疲労が私の心にこびりつく。

 

 私が執行官様に確認したのは、主に以下の5点だ。

 

 勇者様は何人居て、聖都に残っているのは何人か。

 執行官他、暗部の連中は何人居るのか。

 召喚術等という外法を取り仕切っているのは、聖教国の幹部の誰かなのか、中枢が取り仕切っているのか。

 中枢がそんな有り様だとしたら、その主だった連中の名は覚えているか。

 そして、何故、噂程度の事に執行官を回すほど、人形に興味を持っているのか。

 

 正直、勇者様等というハズレ扱いの量産兵士に興味は無いが、どの程度の規模でこの世界にバラ撒かれたのか、知っておいて損は無いと思ったのだが、この質問に関してはそもそもする意味が無かった。

 300人は聖都から(てい)よく放り出されたと聞いた時は多いと思ったが、それぞれがどうしているのか、生きているのか死んでいるのかは不明なのだという。

 当の勇者側から報告が有るか他所の国で迷惑を掛けて、抗議が来るまでは放置しているのだとか。

 まだしも素直に勇者様をやって、訓練を受ける気の有る「聖都お抱え勇者」は()(かく)、ハズレの上に使えない駒は早めに切ると言う事だろう。

 そして、そんな判断を聖教国の中枢――「当たり」として暗部に抱え込まれ、そこから成り上がった連中が下していると言うのだから救えない。

 

 地球から拉致された連中が、同じ境遇の人間を当たりハズレで仕分けて、ゲーム感覚で処理する醜悪な滑稽さよ。

 

「そうなのかなぁ? 単に、自律人形(わたしたち)を舐めてたんじゃないのぉ? まあ、あの子達が探しに来たのは私達じゃなくて、アイツなんだろうけどぉ」

 

 エマは暇そうに宝剣を取り出し、その刃を眺めながら言う。

 恐らく、エマの言う通りな部分も有ったのだろう。

 

 少なくとも、聖教国中枢の一部では。

 

「否定は出来ませんが、それでも、エマも聞いたでしょう? 私には、どうしても気になる名前が有ったのですが」

 

 私の声が、僅かな陰鬱を孕む。

 死ぬ前に答えた彼女は、中枢に食い込む人間達の全てを知っていた訳では無かった。

 真偽確認の魔法も使用はしていたが、そもそも偽れば私の折檻を受けると文字通り骨身に染みた彼女は、素直に答えていたので間違いない。

 

 執行官として中堅の位置に居た彼女だが、不必要に名前を明かす事はせず、仲間であってもその態度を崩すことは無かったようだ。

 そしてそれは彼女に限った事ではなく、表に顔を出さねばならない者を除いて、特に執行官は番号や適当な渾名、通り名で呼びあっていたらしい。

 そんな彼女が記憶していた、表にも顔を出していた者達の名。

 その中に、私とエマ、両方が反応した名前が有った。

「あー。聖女様、だっけぇ? 名前だけじゃ何とも言えないしぃ? そもそも人間種至上主義みたいな国なんでしょぉ、聖教国ってぇ。そんな国にぃ」

 エマの言葉に、私は視線をそちらに向ける。

「私達と同じ人形が混ざってるってぇ、ちょっと考えられないんだけどぉ?」

 おちゃらけて答えようとしているようだが、エマの表情は内心の複雑さを映し、眉根が寄っている。

 

 聖女リズ。

 

 私達は、同じ名を持つ人形を、知っていた。




ただの偶然、考えすぎだと思います。


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聖女様を想おう

直接会うのが、一番確実な確認方法だと思います。


 Za202、ザガン人形2シリーズ2体目、「死覚」リズ。

 

 珍しい名では無いだろうし、同じ名だからと言って警戒しすぎるのもどうかとは思う。

 私の偏見で言えば、リズと言う名は愛称の場合が多い。

 (くだん)の聖女様は、本名がエリザベートとかの可能性も有るし、やはり殺人人形と聖女様が同一存在だ、と言うのは無理が有る、とも思う。

 エマでさえ、似たような思いが有るのだろう。

 一方で、私とエマの表情が冴えないのは、執行官の女が語った噂によるものだ。

 

 聖女様は就任以来60年、その外見は変わらず若く、美しいのだ、と。

 

 以前私も考えたのだが、エルフやその他、一定年齢以上の経年に依る外見の変化が無い、或いは乏しい種族というものは存在する。

 しかし少なくとも、聖女様の外見上の特徴は、人間そのものだという。

 魔法による外見操作かも知れない。

 しかし、別の見解も、此処(ここ)に確かに存在している。

 私達自律人形も、外見は人間種のそれだ。

 初めからそう造られているのだから、経年による変化は無い。

 

 だが、それでも、聖女リズが「死覚」リズである可能性は低いだろう。

 

 そもそも両者を結びつける根拠が名前と年齢不詳という噂だけ、と言うのが大きいが、何よりも。

「人間種を殺せと命令されている人形が、人間種至上主義の国で聖女などに祭り上げられている。如何にも不自然ですね」

「そうだねぇ。それでリズちゃんだったとしてぇ、人形狩りって言うのも訳判んないよぉ? まるでリズちゃんが、人間の味方してるみたいだねぇ? 有るかなあ、そんなコトぉ」

 私が腕組みして呟くと、エマは大きく頷いて同意し、言葉を寄越す。

 私達が推論を重ねても、出てくるのは否定の可能性ばかりだ。

 

 なのにどうしても、私もエマも、表情は気難しげに曇ったままだ。

 

 恐らく、エマもそうなのだろう。

 打ち消してみても、頭の片隅から悪い予感が拭えない。

 

 そもそも、人形狩りの指示を聖女様が出したとは限らない。

 組織というものは、一枚岩とはなかなか行かない。

 派閥が違えば渦巻く思惑も方向を変える。

 もっと言えば、人形狩りと言うのが、殲滅を目的としたものか、活動状態を維持したままでの確保目的だったのか、そこが不明だ。

 

 命令を受けた当の女は、目標の生き死には問わない、と言われた様だが、人形が本当に存在していると確信を持っての派遣では無かったと言う話だった。

 

 もしも、人間を殺すために人間を利用していると仮定しても、人形を狩る意味と理由は何か。

 聖女様が人間だったなら、下手に暴れられたら困るとか、邪魔だとか、そう言った辺りか。

 では、人形が人形を狩る理由は何か?

 

 用意無しの遭遇は、即壊し合いになるから。

 

 こう言い切ってしまうと、私までエマの同類と思われてしまいそうだが、実際問題、自分が自律的に動いているように、相手も自分の意志で動いている。

 そうなると基本は不意の遭遇で、相手が何者かなんて、確認しなければ判らない。

 そして、私達の確認法は、少しだけ過激だったりする。

 

 エマのように、いきなり襲い掛かってこられたら、探査も鑑定も、掛ける暇など無いのだ。

 

 どこかで見かけた噂などが有った所で、相手がいつまでも其処に居座るとも限らないのだし、むしろ人形同士なら、相手の居場所が判れば近づかないだろう。

 考えたくは無いが、危険大好き危機上等なエマと同レベルの戦闘好きだったりした場合、自分からホイホイ寄っていく事も考えられるが、人形だって性格はバラバラだ。

 私のように面倒事に関わりたくない者も、他に居るかもしれない。

 

 ……むしろエマだけが狂ってる、という可能性に賭けたいが、望み薄だろうな。

 

「でもぉ、確認してみなきゃ判んないコトだしぃ? いっそ、その聖教国とか行ってみるぅ?」

 私が全く関係ない事に思考が逸れた所で、エマの質問が耳に滑り込んでくる。

「……ねぇ、びっくりするぐらい嫌そうな顔してるけどぉ、大丈夫ぅ?」

 エマに顔を向けて何と答えようか考える間に、エマの(ほう)が先に言葉を発した。

 しみじみと言われる程、酷い表情だったのだろう。

「それはもう、嫌な顔のひとつやふたつ、浮かぼうというものですよ」

 エマに答えてから、私は気が付いた。

 私は先代と中身が変わったという話はしているが、その原因などは話していない。

 私がじっと見詰めると、エマは不思議そうな顔で見返してくる。

「……エマ。私の少しだけ昔の話と、先代から伺った事をお伝えします」

 急に畏まった様子の私に向けて小首を傾げたエマは、しかし黙って言葉の続きを待つ。

 何やら騒ぎ出すかと身構えていた私は些か拍子抜けし、軽く咳払いして気持ちを整え直してから、改めてエマの目を真っ直ぐに見据えるのだった。

 

 

 

 私が事故に巻き込まれて死んで、漂う魂であった私を先代が拾って、先代に色々教わりながらこの世界の事を知り、その中で実はその事故は聖教国の召喚魔法(怒)が原因で有ることを知った。

 その様な事をなるべく理解(わか)りやすく説明した私の前には、キラキラと目を輝かせたエマが興奮に握りしめた拳を胸の前に揃えて立っている。

 私の話に、それ程興味を引くポイントが有っただろうか。

 そもそも私が聖教国を嫌う理由に繋がる話をしていた筈なのだが、ちゃんと聞いていたのか色々と不安になる。

「すごいねぇ! 先代のマリアちゃんって、今のマリアちゃんより強かったのかなぁ!?」

 案の定、エマは私の話の、私が重点を置いていない部分に食いついた。

 いや、それ以前に。

 私は先代の強さについての話はしていなかった筈なのだが、何故そう思ったのか。

「……先代はこの身体(からだ)を使いこなしていた訳ですから、私とは比べ物にもならないでしょう。それより、ちゃんと私の話を聞いていましたか?」

 一応律儀に答えて、その上で浮かんだ疑問をぶつけてみる。

 エマははたと動作を止めると、またしても小首を傾げる。

「うん、なんとなーく、マリアちゃんが聖教国を嫌ってるんだなぁ、とは思ったよぉ?」

 私の情感たっぷりの回想を聞いた感想がこれで、興味を持ったのは先代の強さについて。

 私の語りを一気にダイジェストに纏めた判断は間違っていなかったと安心したが、良く考えるとそれ以前の問題だ。

 彼女に対するに謝罪キャンペーン継続中ではあるが、そろそろ一回くらいは説教しても良いかも知れない。

 

「でさぁ、マリアちゃん?」

 

 そんな私の様子の何処を見ているのか、エマは不思議そうに声を上げる。

「何ですか。端的に言って聖教国は大嫌いなので、リズが気になるとは言え、見に行ったりはしませんよ?」

 長々説明した所で無駄なのだと思い知らされた私は、内心の苛つきを抑えつつ失敗させて応じる。

 しかし、エマは私の言葉に首を振る。

 今度は何だ。何なんだ。

 

「そろそろ右手、直したほうが良いと思うよぉ?」

 

 言われて視線を落とした私は、疑似筋繊維と疑似脂肪が焼けてこびりついた、ワイヤー状の人工筋繊維と内部骨格(フレーム)を視界に収める。

 

 色々とどうでも良い気分になった私が見上げた空は、エマによく似た能天気な、雲ひとつ無い快晴だった。




身嗜みを整えるのは、とても大事です。


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相談事が雑談に変わる病

今後の予定と、人形の存在の確認。きちんとしなくて良いのでしょうか。


 肉を食べると肉が生える。

 何を言っているかと思うだろうが、自分でもそう思う。

 

 何も無い、テーブル代わりに出来そうな岩塊も切り株もない、勿論椅子代わりになるモノなど無い中で食事をする気もせず、生肉にかぶりつく程緊急の状況でもないので、素直に魔法住居(コテージ)へ帰った私は騒ぐエマと共に適当に肉を焼き、調味料とやはり適当に作ったソースで食事タイムを優雅に楽しんでいた。

 

 右腕は人工筋繊維のケーブルが幾本か纏わり付いた、遠目に見たら理科室の人体模型の前腕骨格が剥き出しになっている訳だが。

 

「ねぇねぇ、マリアちゃん。腕が直ったらぁ、私がお洋服繕ってあげるよぉ?」

「結構ですから、大人しく食事なさい。貴女(あなた)は単に、裁縫作業がしたいだけでしょう」

 

 やけにソワソワしていると思えば、私の服が気になって仕方がなかったらしい。

 なんとなくの流れで渡してしまったら、勝手にデザインが変えられてしまうか、サイズダウンされてしまう予感がする。

 そんな危機感の下、ピシャリと提案を切り捨てたのだが、エマは諦める様子もない。

「えー。良いじゃないぃ、お洋服直してあげるよぉ」

 言いながら、宝剣を取り出す。

「それは洋服を繕うために使用する道具ではありません、すぐに仕舞いなさい」

 肉を切り分けて言葉をエマに叩きつけてから、肉片を自身の口腔に放り込む。

 適当に作ったステーキもどきだというのに、なかなかに美味だ。

 私もなかなか、調理の腕が上がったようである。

「布、斬れるよ!」

「そんな大仰な物で無くても、布は裁断出来ます。宝剣はもう少し大事に扱いなさい」

 何故得意気な顔が出来るのか、さっぱり理解(わか)らない。

 取り込んだ肉――と、ストックしていた疑似人工外装類の素材――が、肉体の発する修復命令に従って疑似筋肉と疑似脂肪を作り上げ、人工皮膚に包まれていく。

 痛みという感覚は一切ない身体だが、視覚的な気色悪さは遮断出来ない。

 素直に視界から外し、蠢くように肉が盛り上がり再生していく様を無視して、しかし私はナイフとフォークを止める。

 

「……北へ向かいたいのですが、エマはどう思いますか?」

 

 同じマスター作の人形が居るかも知れない、一層胡散臭さを増した聖教国。

 エマを半壊し、何処かへと消えた何者か。

 他にもマスター・ザガンの人形は何処に居るか知れたものでは無いし、西――現在地から考えたらほぼ南――の双子魔導師だって、敵になるか味方に出来るか判らない以上、下手に接触したくは無い。

 

 出会いたく無い存在は増え、もう、何処に向かってもどれかに遭遇しそうで、大人しく霊廟に帰ろうかとも考えてしまう。

 

 しかし、せっかく楽しもうと決めて始めた旅だ。

 何かこう、同じ人形を感知出来る魔道具でも出来ないものか、そう考えるが、アイディアなど有る訳も無い。

 一方的に感知出来てしまえば避けることも出来る、と期待するのだが、実現できない事を夢想しても仕方がない。

「北ぁ? 海遠いんだよねぇ? うーん……別に良いけどぉ、何か面白いモノは有るのぉ?」

 答えるエマの判断基準が明瞭すぎて、いっそ羨ましい。

 私はと言えば、美しい景色、美味なる食物、人の行き交う街の光景、珍しい食材……気になる事、見たい物が多過ぎる。

 見たい事、やりたい事がこれほど有るのに、多少の障害の気配に臆するのも悔しいものだ。

 かと言って、その障害は私の生命(いのち)を脅かす。

 しかも、下手に旅路を進みすぎた感が有り、今更素直に来た道を辿った所で、それが安全に繋がるとは自信を持って断言出来ない。

 

 ……無事に戻れたとしても、ベルネでイリーナに顔を合わせるのは気まずいし。

 

 霊廟に戻るルート上にもささやかな障害を見出し、途方に暮れる思いだ。

 私は自己嫌悪に繋がる思考の道を強引に閉ざし、小さく吐息を漏らしてから、いつしか天井に向けていた顔をエマへと向け直す。

「面白いかどうかは判りませんが、北に向かうと領都トアズです。このまま街道沿いに一旦西に出て、北へ向かう形ですね」

 ベルネで更新した地図情報に遺跡からの移動距離をざっくりと割当て、今の私達の居る地点に当たりを付けてから答える。

 ベルネが所属する、カルカナント王国――だったと思う――トアズ領の領都。

 清潔感は別として、活気と規模ではベルネの方が上だと言われているが、街並みの壮麗さは王国一、とも称される。

 ベルネで潤った領主様が、頑張って整備を行っているのだと思うと頭が下がる。

 真似したいとは絶対に思えないが、それだけに畏敬の念すら覚えると言うものだ。

 

 余談だが、イリーナが住んでいたワクタナとか言う名の寒村はギリギリ領内らしいが、私が住んでいた霊廟は実は他領どころか他国で、時代や状況が違えば、あの時点で私は不法入国者だった訳だ。

 平和な時代と言うものに、祝杯を上げても良いだろう。

 

「トアズぅ? 行ったこと有ったかなぁ。ちょっと覚えてないけど、まあ、どうでも良いかぁ」

 

 何やら考え込むフリをして、すぐにそれを放棄し、エマは能天気な声を上げる。

 どうせそんな所だろうと思っていた私は、驚きも呆れもしない。

「でも、街道沿いに行くのはつまんないなぁ」

 しかし、続く言葉は予想を少し逸れて飛んで来た。

「つまらないって……歩きやすいだけでも充分助かりますが。何が不満なのですか」

 そもそも領都に近づく道だ。

 エマが期待する様な()が起こる確率は、だいぶ低いだろう。

 領都周辺の街道は、恐らく衛兵ではなく、領軍が巡回していると、私は予想している。

 間に幾つかの街や村が有るとは言え、ベルネへの道だ。

 領都へ続く「富の道」で賊が跋扈していては、沽券に関わる。

 そんな、賊共にとって危険な道で、仕事をしようとは彼らも考えないだろう。

「でも、馬鹿ってどこにでも居るしぃ?」

 私の考えを読んだ訳でも無いだろうに、実に良いタイミングでエマが疑問を挟む。

 少し見直してエマに視線を送ると、なるほど確かに。

「……そうですね。今、ちょうど私の目の前にも居ますね」

「私は馬鹿じゃ無いモン!」

 私が言い終わるより早く、テーブルを叩いて立ち上がる。

 うんうん、自分の事は良く判らないものだ。

 少しだけ私を睨んだエマだが、すぐに席に座り直すと、何やらブツブツ言いながらステーキを切り分ける作業に戻る。

 馬鹿な子ほどなんとやら言うが、あれはあながち間違いでもない様だ。

 

 とてつもなく危険な人形である事に目を瞑れるなら、という、だいぶ高いハードルを超えられたらだが。

 

 あと、さり気なく手を付けているが、なんで今回破損していないエマが3皿目に手を伸ばしているのかが判らない。

 これは文句を言っても良い場面だろうか。

「まあ、領都まではまだ距離も有りますし。お姫様の気まぐれにお付き合いするのも、悪くは無いでしょう」

 口を出掛けた文句を飲み込み、代わりに、賛同を真似た嫌味を飛ばす。

 一緒にされたら世の姫君達が一様に難色を示しそうな存在は、私の言葉に少しキョトンとして、すぐにヘラヘラと相好を崩す。

 上機嫌になるのは結構だが、少しは謙遜して見せる事もしないのか。

 愈々呆れて言葉もない私だったが、すぐに、下手に言葉を掛けても良い様に受け取られるだけだと悟る。

 私は考える事を放棄し、せめて、暫くは大きなトラブルに巻き込まれない様に、誰にとも無く祈るのだった。




危機感、緊張感、真剣さを持続する大切さを、この2体には学んで欲しいものです。


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のどかな出会い

何事もなければ、それが一番良い事です。


 次の目的地と定めた領都トアズまでは、素直に街道を辿れば3週間程度だろうか。

 地図上で見れば案外近いのだが、それは地図だからで、実際に移動、それも徒歩となるとその程度は掛かるだろう。

 

 全力で走ればだいぶ変わるだろうが、生きている街道に出たら旅人やらの姿も出てくる。

 そんな中を、とても人間とは言い難い速度で走る程、好奇心旺盛ではない。

 

 ともすれば街道を逸れて北上したがるエマの手綱をどうにか操り、荒れ果てた旧城塞都市から伸びる廃街道を抜け、きちんと整備されていて、時折乗馬したそこそこの装備の兵士達が巡回する生きた街道に出たのは、聖教国の自称勇者と執行官達とのじゃれ合いから1週間経過した頃だった。

 

 

 

「ほうほう。特に目的もない、旅の途中かあ。若い嬢ちゃん2人で、危なく無いのかい?」

 薪の爆ぜる音を耳に、舞う火の粉を眺めて、私は何故こんな事になったのか、恨みがましい視線を隣に座り込むエマへと向ける。

「大丈夫だよぉ。私もマリアちゃんもぉ、すごく強いからぁ」

 トアズへと向かう商隊の馬車を預かる御者の1人、老いた男の素朴かつ心底からの心配に、エマはとても軽く、普通に聞いたらとても説得力のない答えを返している。

 エマだけが頭が悪い様に見えるなら問題無いしむしろ間違いでは無いのだが、一緒にいる私まで同類扱いされてしまっては堪らない。

「ご心配には及びません。私もエマも、護身術は相応に修めています」

 エマとは対称的に表情を消している私が、エマの言葉を内容そのままに、比較的丁寧に言い直す。

 しかし、結局自信の根拠にはなっていない。

 焚き火を囲む輪の中で、特に若い男共の視線を鬱陶しく感じながら、とっとと魔法住居(コテージ)に逃げ込みたい衝動に駆られる。

 

 夕刻を過ぎて陽も傾き、そろそろ魔法住居(コテージ)に帰るための場所を探そう、と言う事になった私は、タイミング悪く街道沿いでキャンプしている集団に、聞こえないように舌打ちしていた。

 人目を避けたいのに思い切り人が居る、というだけの理由、それともうひとつ。

 

「おう? 嬢ちゃん、もう陽も暮れるぞ? 寝床の用意が無いなら、此処で休んでいったらどうだ?」

 

 考え込む私の耳に届いたのは、本当に心配していそうな響きを含む声。

 反射的に目を向けた先に居たのは、老齢と思われる、がっしりした体格の男だった。

 その背後に、数人があれこれ動き回り、野営の準備を行っている様子が見える。

 彼が物珍しさや、単なるナンパ目的では無い事はその表情で判ったが、複数見える男達の姿に、私は出来る限り丁寧に遠慮を申し出ようとした。

「お気遣い有難う御座います。折角ですが、私達は――」

「ねえねえ! 人がいっぱい居るけど、何してるのぉ!」

 それを遮ったエマが、複数停車している大型の馬車達を見ながら、あろうことか老人の方へとほいほい歩いて行く。

 エマの危機感のなさを案ずるべきか、老人の身の安全の為にすぐにエマを止めるべきか、判断に迷う私は言葉を継げず、結局はエマの行動を見守る事になる。

「俺達はトアズへ向かう途中で、今は野営の準備中さあ。夜はトアズからの巡回兵も無いからなあ。厄介事は御免だし、大人しく飯食って寝ようっちゅう訳だ」

 特大の厄介事の火種に話し掛けているとは気付きもしない老人が、ニコニコ顔で答える。

 既に老境へと踏み込んだ彼の顔には妙な下心など一切見えず、エマに対する様子は、孫を相手にしているかのようで微笑ましい。

 そんな老人と私達に気付いて此方(こちら)を見る数人の若い男の方は、果たしてどうなのか知りたくも無い。

「あららぁ。盗賊とか、出ちゃうのかなぁ?」

 何故か楽しそうなエマの声に私の背筋が僅かに粟立つ。

 私が走らせる探知の魔法では、周囲半径900メートル以内には、この集団以外の人間は存在していなかった。

 他の旅人も、どうやらだいぶ離れた所にキャンプを張っているようである。

「さてなあ。ここ最近そんな噂は聞かないけどな、ほれ、手癖の悪い冒険者やら旅人やらが居ないとも限らんしなあ。巡回してる兵とかが居れば通報も出来るが、居なきゃどうも出来ん」

 言って、老人は肩を竦める。

 老人は親切心から、手癖が悪いでは済まない相手に声を掛けた訳だが、親切心が仇になる場面というものはなんとも遣り切れないものだ。

 なので、私もまた親切心を発揮して、速やかにこの場を離れるべく腰を折り、頭を下げる。

「そぉなんだぁ、それは危ないねぇ。マリアちゃん、今夜はこの人達と一緒に居たほうが良いかもぉ?」

 しかし、今度は言葉を発する前に遮られる。

 頭を上げると、エマが実に楽しそうに笑っていた。

 その笑みの意図を読み取れず困惑の視線を向けるが、当然のようにエマから私への返答は無い。

 

 そして私達は、好々爺風の老人の取り成しで商隊の纏め役に引き合わされ、一晩の合流を許可されたのだ。

 特に必要無かったと言うのに。

 

 

 

「エマ。説明を求めます」

 口を開くと文句と暴言しか出そうにない私が、苦労して短く問い掛ける。

 今の私の顔は、無表情では済んでいない自覚が有る。

「えー? だってぇ、ここ、いっぱい人間が居るんだよぉ?」

 しかし、私を前にしても怯むこと無く、全くのいつも通りのヘラヘラした笑顔でエマは答える。

 

「楽しそうだねぇ、楽しいだろうねぇ。そう思うよねぇ」

 

 凍りつくような無表情な私と、闇が滲み出してくるような笑顔のエマが向かい合う。

 人が良いだけっぽい老人や商隊の若い男達に囲まれてヘラヘラ笑うエマにどうにも不穏な気配を感じ、適当な理由を付けて人目につかない馬車の影に連れ出したのが数分前。

 周辺警戒のための探知魔法は展開中なので、人が近付けば判る。

 私は溜息を()いてそれでも目を逸らさず、エマの言葉と態度を受け流す。

「そもそも貴女(あなた)はそんな心算(つもり)も無いでしょう。偽悪ぶるのは辞めなさい」

 エマの目を真っ直ぐに見つめて言うと、彼女は意外そうに目を見開いて、邪悪な笑みを消す。

「ええー。ノリ悪いぃ。もうちょっと付き合ってくれても良いのにぃ」

 すぐにヘラリと笑うエマだが、もう既に滲み出るような殺意は消え去っている。

 

 エマがこの商隊に興味を惹かれ、私が忌まわしく思ったのも、恐らく理由は同じだ。

 

「だってさぁ。()()()()()()()()()()()()、ご挨拶しないのも失礼かなぁって」

 

 そんな私の疑念が、エマの回答で確信に変わる。

 ベルネでの1年間は良いように使われただけの期間だったが、真剣に私を悩ませるような問題が山積みになることは無かった。

 そのベルネを離れて4ヶ月弱、面倒事の遭遇率は()(かく)、特定の出来事に絡む率は激烈に上昇した気がする。

 

 私は見慣れぬ星々が浮かぶ空を見上げ、考えることを放棄した。




何事もなく済む程、旅路は優しく有りません。


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パンとナイフと星空と

ご招待を受けたのですから、行儀よくしましょう。


 夕暮れの街道沿いで夜営の準備をする商隊に遭遇し、そのメンバーの中に不穏な存在を感じ取った(探知)私は、即座にその場を離れようとした。

 しかし、同行するエマがその商隊、恐らく不穏な何かに興味を示し、勝手に話を纏めて商隊と共に夜営することになってしまった。

 

 隙を見てエマに説教を試みたが、全く効果は無く。

 

 私は諦めて、せめてエマがこれ以上余計なことをしないように目を光らせよう、そう心に決めた。

 ……多分、無駄だろうが。

 

 

 

 旅路の友、干し肉を小さく削った欠片と野草の類を煮込んだスープと、ごわごわのパンを手渡され、礼代わりにボア肉の塊を渡して周囲から歓声が上がる。

 しかし今日はもう食事の準備も終わってしまっているので、明日以降の食事に使って貰えば良いだろう。

「すっごいねぇ、久しぶりだけど、このパン固いねぇ」

 何が楽しいのか笑いながら、エマはボリボリとパンを噛む。

 パンを食す擬音とは思えないが、旅人が持ち歩けるパンとなると、こういった物しかない。

 これでも、日持ちが「比較的」良い、というレベルなので、ケチると結局食べられなくなったりするそうだ。

 

 私は魔法鞄(マジックバッグ)を持っているし、そもそも普段の食事は魔法住居(コテージ)内で何かしら作るので、こういったパンには縁が(うす)いので、実感としては判らないのだが。

 

「固いと言いながら、普通に食べるんじゃありません。もう少し、見た目相応を心掛けなさい」

 

 そういう私だが、人目のある場所でパンをスープに浸す度胸もなく、私はパンをナイフで(うす)くスライスして口に運ぶ。

 エマの細い顎が秘める怪力に目を瞠る男共の姿は少しだけ楽しいが、私にも何やら引き気味の視線が投げつけられている事に気づいて内心で小首を傾げる。

 私に普通の人々の度肝を抜く様な特異な点など、見た目には無い筈なのだが。

 手元のナイフは少々特異な見た目のコンバットナイフ、のコピー品で私のお手製だが、ゴツくて殺意満々のデザインであること以外は、ごく普通の刃物なのだし、珍しくもあるまい。

 

 私は周囲の視線の群れを無視し、表面上は無愛想に、探知魔法に集中する。

 この商隊に感じた違和感、正確に言えば商隊に紛れた人ならざる気配が気になる私は、少々の迷いは有るものの、探査魔法の使用に踏み切る。

 

 まあ、こういった魔法はよほど勘が優れて居ても気付かない類の魔法なので、変に緊張する必要はない。

 とは言え得体の知れない相手に対峙する以上、不必要に楽観的に構える気にもならない。

 

 スプーンで掬ったスープを静かに口に運び、話し掛けてくる男達に気のない返事を返しながら、私は魔法に集中する。

 

 

 

 探査魔法の重ね掛け、と言うのは、実は言う程特殊な事では無い。

 鑑定程詳しく知れないとは言え、ある程度の情報は一回で判る。

 その情報で気になる箇所が有れば、対象に注視したままで、探査を重ねるのだ。

 理屈を訊かれても私には判らないので、そのうち魔法協会(ソサエティ)の誰かに聞いてみたい所だが、それで私に理解できるかは不明だ。

 

 場合によっては鑑定を使用することも視野に入れ、しかしその為にはある程度近寄らなければならない。

 あまり目立った動きはしたくないな、そんな事を考える私の頭の中に、探査の重ね掛けによる情報が浮かび上がってくる。

 

 名称・アリス。

 魔導師ヘルマン作の自律人形。

 その他、細々とした情報が幾つか。

 

 ……。

 

 私はもう溜息を()くのも面倒になり、ただ視線をエマの方へと滑らせる。

 エマもまた、私に視線を寄越して……居る筈もなく、周囲の男共と何やらどうでも良い歓談を楽しんでいる様だ。

 ……お前は人間を殺す人形なんじゃないのか?

 良いのか? それで……。

 

 アリスと言う名称の人形はこの商隊の女性組の輪に入っており、此方(こちら)とは距離が有る。

 向こうが私達の正体に気が付いているかは不明だが、表面上、関心を持っている素振(そぶ)りはない。

 遭遇戦などの状況でもないので、エマも恐らくは鑑定なり探査なりを行っているだろう。

「マリアちゃんはねぇ、私の妹なんだよぉ? すっごく頼りにならないし生意気だけどぉ、お料理は上手なんだよぉ?」

 緊張感を維持しようと躍起になる私の耳に、相方の能天気ですこぶる苛立たしい声が滑り込む。

 大物なのか考えなしなのか、私としては後者であると思うが敢えて口にすまい。

「私が料理が得意なのでは無く、お姉様が料理に関心が無さ過ぎなのです。たまには厨房にお立ちになって下さい」

 私が応えて少しだけ辛辣に口の端に言葉を乗せると、周囲でどっと笑いが起こる。

 エマは悪びれるでもなく私に笑顔を向けて「私は料理が出来ないモン!」などと言っているが、その目が笑っていない。

 やはり、あの人形を警戒しているのだろう。

 

 ……いやまさか、私の言葉に怒った訳では無いよな?

 自分も随分な口ぶりで私を紹介していたクセに?

 

 私はエマから視線を逸し、さり気なく周囲に視線を走らせる。

 男達はやんやと盛り上がり、私達に最初に声をかけた老人も楽しそうに笑っているが、誰も酒に満たされたジョッキを持っていたりはしない。

 商隊の積み荷の中にはエールの樽も有るようだが、それは商品だ。

 個々人の荷物に酒の類は無い。

 危険に対処するためには酒に酔っていてはマズいのだろうし、商品に手をつけるなど御法度だろう。

 そういった認識を全員が持ち、規律が守られているのは素晴らしい事だと思う。

 こそこそと何かを探るには、非常にやり難い訳では有るが。

 

 あの人形は何の目的でこの商隊に潜り込んでいるのだろうか。

 

 探査の結果では、そこそこの戦闘能力を持っているようだし、見た目にも判るような武装を身に着けている。

 つまりは護衛、と言うことだろうか。

 しかし、この商隊にヘルマンという名の男こそ存在したが、その男は若く、魔導師でも無かった。

 

 それなりの騒ぎの中で探査魔法をあちこちに走らせるのは集中力的な意味で苦労したが、護衛の魔法師は居るが、魔導師は居ない。

 私達と同じく、単独で動いているのだろう。

 

 彼女と話す女性陣の中にも、護衛らしき冒険者やらの中にも、他に人形は居ない。

 

 だからこそ、気になった。

 明らかに人型でありながら、人間とは異なる外見のゴーレムは、魔法師ないし魔導師に依って使役される。

 その用途は様々だが、基本的に命令が無くては動かず、命令も基本的にはシンプルなものに限られる。

 

 一方で私達自律人形は命令こそ有るものの、それを遂行するために自ら考え行動する。

 それなりの性能の人形を造った者は、往々にして人間種に恨みを持っていたらしい。

 中には変わり者の人形製作者も居るかも知れないが、この世界で語られる有名所の人形製作者と作品達は、大体碌な事をしていない。

 

 そんな人形が単体で、商隊に潜り込んで何をしたいのか。

 溶け込んでいる様子から、昨日今日この商隊に潜り込んだ訳でもあるまい。

 領都トアズを目指して旅を続けたこの商隊の、終着はすぐそこだ。

 

 目的はこの商隊の中に有るのか、それともトアズに有るのか。

 関わりたくない私だが、それで済むものなのか。

 

 見上げた星座は無機質に私を見下ろすが、その星座の名も知らない私は、やる気のない半眼を返すしか無いのだった。




他マスター作の人形は、2体に気付いているのでしょうか。


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暗夜

商隊の皆様には、突然のご不幸をお悔やみ申した方が良いでしょうか。


 商隊のメンバーは63名。

 大部分が男で、女性は両手の指で足りる程度しか居ない。

 旅から旅の商隊がトアズを目指しているのか、トアズが拠点の商会かなにかの仕入れ軍団なのか不明ではあるが、その辺りの事には特に興味は無い。

 

 夜警組の若い連中と冒険者とが商隊の夜営地周辺に各々陣取り、周辺の警戒を行っている。

 私とエマは寝たフリでその時を待つが、待機時間は案外短かった。

 

「エマ、起きていますか?」

 

 相方が寝ていない事はなんとなく知っていたが、私は小さく声を掛ける。

 私達は気を使われ、宿泊用の雑魚寝スペースの端の方を充てがわれていた。

 周囲には人が居る状況なので、小声どころか、普通の人間では聞こえないレベルの空気の振動を発したが、返事は似たような小声で返ってくる。

「寝てるワケ無いよぉ? とりあえず、この辺の人間皆殺しにしちゃう?」

 内容は物騒だが、口調が余りにもやる気がない。

 私が止めると思っているので、とりあえず言ってみただけなのだろう。

 

 勿論、そんなもの止めるに決まっているが。

 

「トアズに入れなくなるので却下です。領都に近いこんな場所で目立つ真似はしないで下さい。そんな事より、貴女(あなた)の気になる人形(ひと)が動きました。何か用が有るのでしょう?」

 

 言った途端、エマは音もなく起き上がる。

 案外慌てているように見える辺り、本当に探知も探査も使っていなかったらしい。

 注意すべき対象が至近に居るのなら特に、警戒を怠るとはどういう事なのか。

 指摘した所で、どうせ私に任せてるとか、適当な事を言って躱されてしまうのだろう。

 彼女にして見れば、恐らく一度は鑑定を試み、そして()たのだろう。

 そして()てしまった以上、気が逸って仕方が無いのだろう。

 エマが静かに気配を消しながら、その疑似血液が楽しそうにざわついているのが判る。

 

 自身に迫る実力(レベル)の者がすぐそこに居ると知っているのだから。

 

 

 

 

 爆殺人形が近接戦闘に傾倒するようになった理由は知らない。

 殺戮を重ねる間に、実力の有る冒険者か何かと戦闘になったことが有るのかも知れない。

 格下相手に魔法で一方的に蹂躙するだけの作業に、飽きたのかも知れない。

 

 理由は知らないが、本来は魔法戦闘用にデザインされ、魔法行使のサポートを行うための装備を持っていた筈の彼女は好んで刃物を扱うようになった。

 

 私達3シリーズは汎用性に重きを置き、私がこの身体(からだ)を使いこなせていない事には目を瞑っても、基本性能は高く、また、2シリーズから引き継いだ成長性も持ち合わせる。

 汎用性に富むと言えば非常に響きが良いが、逆に言えば尖った部分は無く、自身の特性に特化して成長を続けた2シリーズには、相手の得意分野では及ばない。

 対して2シリーズは成長性を持ち合わせては居るものの、そもそもの設計が個々に異なっている。

 基本コンセプトが同一なだけで、それぞれが独自の、悪く言えば互換性の無い、或いは低い内部骨格(フレーム)設計が行われている。

 故にその基本性能は、良く言えば特定の分野で3シリーズに優るが、悪く言えば歪であり、エマで言うなら本来は近接戦闘用の設計とは真逆の設計だった。

 それは、ステータス云々以前に、内部骨格(フレーム)の設計の段階からの事で、もはや向いて居るとか居ないとか言う以前の問題だ。

 それなのに、彼女は自身の設計デザインに、自身の嗜好から反逆したのだ。

 

 如何に自己再生機能を持つとは言え、どれほどの時間、己の嗜好に併せてその内部骨格(フレーム)に無理を掛けていたのか。

 

 ロールアウト時のレベルが幾つかは知らない。

 今現在、具体的な数字で言えば666という作為的な数字の彼女のレベルのうち、どれ程を無茶な殺戮行動で引き上げてきたのか。

 戯言のように自身について面白おかしく語っていたエマは、いつか限界が来て内部骨格(フレーム)が維持出来なくなるその前に、強敵と笑いながら殺し合い、破壊される事を望んでいた。

 

 名も知らない人形と思しき何者かと、そして私、2名にその望みを無視された訳だが。

 

 因みに、私のレベルは584(先代のレベル833の分との差分により、能力補正有り)で、数字の差を考えると、本当に良くも勝てた物だと我が事ながら感心してしまう。

 私が具体的な自身のレベルを、特に現在の数字になってから口にしたくなかったのは、日本人的な悪癖の弊害だ。

 なんとなく語呂合わせが出来る数字の中でも、なかなかに良くない響きを連想してしまったのだ。

 

 ――先代のレベルは833(ハサミ)か、などと、下らない事を考えなければ良かった。

 

 どうでも良いことに思考が逸れる私の前で、エマは半身を起こし静かに、しかし楽しそうに昂ぶっている。

 人形アリス、そのレベルは580。

 私と互角のレベルの、エマにしてみれば格下の。

 しかしその格下に敗北した経験を持つエマは、油断が無いというより、ただ楽しげに。

 

「エマ。くどいようですが、此処(ここ)で暴れるのは御法度です。今日は接触だけで済ませて下さい」

 

 いざとなったらエマの前に立ちはだからなければならない、そう考えると私の小声にうんざりとした色が濃く混ざる。

 私の声に振り返ったエマはにっこりと口を開く。

 

理解(わか)ってるよぉ。マリアちゃんのこと好きだしぃ、迷惑なんか掛けないよぉ」

 

 にこやかに、しかししっかり小声で言われたその言葉に、私は何の説得力も感じ無い。

 相手に気取られないように殺気は抑えているが、私の目には暴れたいようにしか見えないのだ。

 何故なら、その両手には見慣れたく無かった短刀が、それぞれしっかりと握られている。

 

 私が漠然と感じた不安、嫌な予感はこれだったのだろう。

 

 最初は人間の群れを見掛けたエマが、殺戮衝動に駆られているだけかと思ったが、実際は強者と戦いたいという、漫画の主人公の様な事を考えていたらしい。

 こんなところで暴れたら、どう頑張っても人目に付かない訳が無い。

 目を付けられた人形には同情の念が無くもないが、それよりもこんな所をウロチョロしていた事が腹立たしい。

 

 視点を変えれば、その台詞はそっくりそのまま、彼女が私達に言いたい台詞にこれから変わるのだろう。

 

 エマが周囲の気配を伺ってから静かに立ち上がり、私も溜息よりも静かにエマの隣に並んで立つ。

 既に私達は「隠身」を使用している。

 

 考えてみれば、なんでエマは魔法戦闘デザインの筈なのに、魔法が苦手なんだろうか。

 

 現実逃避的に考えを逃しただけだったのだが、不思議と言えば不思議だ。

 本人に聞いてもどうせ「魔法苦手じゃないモン!」とか騒ぐだけだろうし、どうしても解明したいと思う程の興味は無い。

 そんな事よりも、どうにかこの場は、可能な限り穏便に済ませて頂きたい。

 

 音も無く、周囲で寝こける人間達に気付かれる事無く、私達は雑魚寝スペースを静かに立ち去るのだった。




どうやら、荒事回避の方法が思いつかない様子です。


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他者製品

別マスターの人形。構造、魔法式、人工精霊。興味は有ります。


 私、と言うより元は先代が使用していたこの身体(からだ)を造ったマスター・ザガンは、なんだか人間種を嫌っていたらしい。

 彼が造った自律人形達の大半、いやほぼ全ては「人間種を殺せ」と命じられている。

 あくまでも「人間種」、いわゆる人間と聞いて連想する普通の人々がターゲットであり、エルフだとかドワーフだとか、変わった所で言うとゴブリンなんかも、特に敵対的な態度を向けられない限りは攻撃対象には含まれない。

 この世界では「人間」と言ってしまうと「人類」と同義、と言われる程度には幅が広いので、態々「人間()」と限定して居るのだ。

 実に細かいと言うか、念の入れようでは有る。

 まあ、その程度には嫌っていたのだろう。

 

 私はそんな命令を受けては居ないが、だからと言って人間種の味方になってやろうとも思っては居ない。

 礼儀には礼儀で返すし、敵意には敵意で対するのが私の基本スタイルだ。

 エマは命令に忠実では有るが、基本的な性格が面倒臭がりで、人間狩りにも飽きている様子だ。

 ならばマスターの命令に背くのかと言えばそんな心算(つもり)が有る訳もなく、そもそもの命令で「自由に動け」的な文言が含まれているのを良い事に、ここ最近は「楽しそうな相手か、向かってくる相手」しか襲っていないらしい。

 

 実に没個性的な存在であり、攻撃的な態度で迎えた初対面では無かった筈なのだが、何故私は襲われたのか。

 

 詳しく説明を求めたい所である。

 

 

 

 私が初めて出会った、別のマスターの手による自律人形。

 アリスは私達の姿を確認すると、はっきりと警戒の色を浮かべ、腰に差しているダガーに手を掛けた。

 

 さて、彼女は私達の正体に気付いているのだろうか。

 

「確か……晩飯どきに街道彷徨(うろつ)いてた旅人だったか? 寝静まったキャンプで、何をしようってんだ?」

 

 冒険者として活動しているらしい彼女は、見張りとしての本分を全うしようとしている。

 これだけでは、私達が不審だから警戒しているのか、私達の正体に気づいてのそれなのか、判断が難しい。

 

「少し、お話をと思いまして」

 

 私は声を極端に――普通の人間では聞き取れないであろうレベルにまで落として押し流す。

 アリスは聞こえているのか居ないのか、目立った反応はしない。

 聴覚機能が私達より劣っているのか、それとも。

 

「誤魔化して、どうにかなると思ってるぅ? って言うかぁ、いつまで人間のフリしてるのぉ?」

 

 エマが、やはり小声で空気を揺らす。

 その両手にそれぞれ握られた短刀と言葉の内容、どちらも無視する訳にも行かなくなったアリスは、静かに、しかし素早くダガーを抜き放ち、身構える。

「エマ。相手が仕掛けてくるまで、手を出してはいけませんよ?」

「はぁい、理解(わか)ってるよぉ」

 警戒の針が振り切った相手を前に、しかし私は慌てもせず、エマが暴発しないように手綱を握り、エマは気のない返事を私に向ける。

 そんなエマが元々乏しい緊張を解き、肩を竦めて見せる様子に、私は内心で、アリスは目に見えて安堵した。

 

 一瞬、ほんの少し私の声掛けが遅かったら、飛び掛かっていただろう。

 根拠は無いが、確信めいた物を、私もアリスも抱いていたと思う。

 

 人間相手の殺戮行為を繰り返すうちに戦闘が楽しくなったらしい人形は、その興味を人間だけでなく、強い者全般へと移しているらしい。

 この先いつまで私が手綱を握っていられるか、そもそも現在ですら私の指示に従っているのか不明な状況で、将来を考えれば不安しか無い。

 暗澹たる現実に嘲笑代わりの溜息を()いて、私はエマの前へと歩み出る。

 

 劇物から完全に目を離す程、大胆でも危機管理というものを甘く見ている心算(つもり)も無いので、探知でエマの状況だけはリアルタイムで確認し続ける。

 危険なのは背後の仲間、と言うのは読み物としては面白いが、実生活では遠ざけたいものだ。

 

「アンタ達は何? 私のマスターとは違うトコの人形だとは思うけど……」

 

 観念したのか、アリスはやはり小声で、周囲には聞こえないであろう会話に答える。

「私達は錬金術師にして魔導師、サイモン・ネイト・ザガンの作品です」

 私は漸く会話が出来そうな気配に、簡単な自己紹介を始める。

 だが、名乗る前の段階だと言うのに、アリスは不審げだった表情を険しくし、顔色は悪くなる。

 

 なかなか良く出来た人形だ。

 

「ヒト嫌いのサイモン? マスター・ザガンの人形だって?」

 

 身構えるアリスの発する声が、少しだけ大きくなる。

 それでも周囲に漏れるような事は無いが、人形同士の会話としては、それなりに大きな反応とも言えるだろう。

 

 いや、私とエマの日常を思い返せば、全然大きくないな。

 

 ともあれ、我がマスターは同じ人形師界隈でもそれなりに有名らしい。

 没してすでに200年は過ぎている筈なのに。

「そうだよぉ? 私はエマ、こっちはマリアちゃん。でぇ、アナタのお名前は?」

 私の後ろで、エマが自己紹介の続きを受け持つ。

 雑な紹介では有るが、少なくともエマの名前はあちこちに出回っているので、知っているのでは無いだろうか。

 

「マスター・ザガンの、『爆殺』エマか。厄介なモンを取り込んじまって、どうすんだ……? それに、マリア? そっちは聞かない名だね」

 

 油断なく私とエマ、恐らくエマの方に特に注意を払いながら、闇に溶ける金色の髪を揺らせ、アリスは口を開く。

 まあ、私の名はそもそも有名どころか、秘匿されているに等しい状況だったのだから、反応としては妥当と言える。

「私はマスター・ザガンの最後の作品、『墓守』マリアと申します。以後、お見知り置きの程、宜しくお願い致します」

 だからと言う訳でもないが、殊更丁寧に腰まで折って、私は自身の名を告げる。

 私の言葉とエマの変わらぬ姿勢、双方から私が嘘を()いていないと判断した様子で、アリスはゆっくりとダガーを腰のホルスターへと戻す。

 敵対の意思は無い、そういう事なのだろう。

 

「ホントかウソか、確認するにもリスクがでかいな。話に聞く狂人サイモンの最後の人形なんて、ゾッとしないね。で? アンタらは、この商隊(キャラバン)に目を付けたのかい? 出来れば見逃して欲しいんだが、無理な相談かな」

 

 最早声よりも数段大きな溜息を吐き散らして首を振り、アリスは肩を竦めて見せる。

 狂人サイモンとは随分可愛らしい愛称だが、私の持つ印象もそれと変わりが無いので訂正を求めることもしないし、それはエマも同じらしい。

 気を悪くした様子も何もなく、エマは私の後ろでのほほんと突っ立っている。

 

「んー? 私達は、別にここのヒト達に興味はないよぉ? ただぁ、人形が人間と一緒に仲良く旅してるみたいなのが気になってぇ、お話しに来たんだよぉ?」

 

 そんなエマが特に敵意も無く、能天気に言い放つと、アリスは口を閉ざしたままで私に不審げな視線を向ける。

 私が頷いて見せると、改めてその目をエマへと戻し、そして大きく肩を落とす。

 

「何だよそれ……。私が、アンタらの興味を引いちまったのかい」

 

 人間の耳には届かない程の小さな空気の振動は、しっかりと私とエマに届く。

 私の後ろで小首を傾げるエマには理解(わか)らないだろう。

 

 面倒事に直面し、それが自分の所為かもしれないと知らされた彼女の嘆きに、私は大きな共感を覚えるのだった。




話が分かると言うよりも、なんだか妙な人形です。


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立ち塞がるもの

エマが興味を持った時点で、平和に済むと思うのは楽観が過ぎるでしょう。


 冒険者、或いは兵士など、実力を測る指針として浸透している「レベル」という概念。

 傭兵ギルドや冒険者ギルドの登録証、一部の(聖教国に関係の無い)神殿等で判別して貰う、鑑定の魔法で()る等、確認方法は複数有るが、どの方法でも知ることの出来るモノは同じだ。

 

 ただし、レベルが同じだからと言って、必ずしも実力が同等とは限らない。

 

 エルフやダークエルフ等、魔力に秀でた種族に人間種が並ぼうと思ったら、まあまあ色々と払う犠牲が大きくなるだろう。

 オーガやドワーフ等、筋力特化組に対抗しようと思ったら、どれほどの年月を修練に費やす必要が有るのか、考えて気の遠くなった者も多いかもしれない。

 

 そしてそれは、何も生物(せいぶつ)に限った話では無い。

 

 自律人形(わたしたち)の事であっても、当然の様に個々の性能差は有る。

 私とエマなら、シリーズの違い、コンセプトの違いによる差異。

 エマが積んできた戦闘経験が影響して現在の「レベル」の物差しでは私が置いてきぼりを食らっているが、基本の性能だけで言えば、私の素体の方が出来は良いのだ。

 

 実際の戦闘ではエマが油断して私を舐め腐って掛かってくれたお陰で勝てたという、性能での優位性を全く示すことの出来ない結果だったのだが、都合の悪いことは蓋をして仕舞い込んで忘れ去ってしまうのが、精神衛生を保つ秘訣だろう。

 

 ともあれ、基本性能に依らず、自身の経験で積み上げられて行く「レベル」という概念だが、多くの者はその数値がそのまま実力であると勘違いしている。

 実際それで間違いない場合が殆どなのだが、私達魔法生物、或いは意思を持つ魔法道具には、少しばかり話が変わってくる。

 

 

 

「私はアリス。魔導師ヘルマン作の人形さ。一応、これでも冒険者で食ってる。素性が素性だから、一つの街に長くは留まれないし、余程の事がなきゃ固定の仲間なんて望めないけど。でも、旅から旅の生活は嫌いじゃないし、苦でも無い」

 

 アリスが自嘲するように表情を歪めて言い、私は無言で聞き、エマは退屈そうに欠伸する。

 人形のクセに、随分と小癪な真似をするものだ。

「これでもまあまあ、腕は良い方だって言われてるんだよ。私自身の実力と言われるとむず痒いけどね」

 自嘲の色を更に濃く、吐き捨てるように言う彼女の顔はやや伏せられ、影と前髪に隠された目元は読めなくなる。

 私は目を細め、しかし無言のままだ。

「どうでも良いよぉ、アナタの境遇なんて興味無いしぃ? 私が知りたいのは、今、人間と一緒に居る理由の方なんだけどぉ?」

 エマは私の背後で、心底つまらなそうに声を上げる。

 当然の様に、小声での人形同士の会話の中で、だ。

 

 今更だが、普通の人間から見たら、私達は無言で向き合っているように見えるだろう。

 念話(テレパス)ですら無いただの小声のやり取りなのだが、俯瞰して眺めて考えると、不思議というよりも不審で滑稽だ。

 

 エマの感想は判らなくもないが、しかし同時に、お前は話を聞いていたのかと()()まざるを得まい。

 確かにアリスの語った事は境遇の説明だが、そこから考えれば現状も理解出来るだろうに。

 

 殺す人間を選ぶようになったとは言え、そもそも人間と一緒に行動するという考え自体が湧かない、そんなエマらしい短絡さだろう。

「今、彼女が教えてくれたでしょう? 彼女は冒険者として、この商隊の護衛を受けて此処(ここ)に居る、それだけなのだと」

 流石に閉口したアリスに代わり、私が諭すようにエマへと向き直る。

 私自身が彼女の口ぶりに感じた引っ掛かりは、取り敢えず一旦脇へと退かして。

「そこから理解(わか)ん無いんだよぅ。そもそも冒険者になったのはなんでぇ? お金が欲しいとかぁ? それだったら、殺して()っちゃった方が早いでしょぉ?」

貴女(あなた)も意味不明な言い掛かりをしますね。現状を知りたいと言いながら、根本に対して疑問を呈されて、しかも貴女(あなた)の価値観まで押し付けられても反応に困るでしょうに。せめて段階を踏んで質問なさい」

 心底不思議そうなエマの余りにも極端な考えに、私は軽い頭痛を覚えつつ、なるべく丁寧を心掛けて口を開く。

 嘆息する私の後ろに位置するアリスが、肩を竦めて居る。

 

 どうでも良いが、探知魔法というものは便利である。

 

「流石はヒト嫌いのザガンの人形だ、言う事がいちいち怖いね。悪いんだけど、私のマスターはそこまでヒト嫌いじゃ無かったんだ。まあ、善人でも無かったけどね」

 

 アリスは言い、エマは納得というより、そもそも理解が出来ない様子で首を傾げ、私はなるほどと得心して頷く。

 自律人形を作る魔術師、或いは錬金術師が、皆人間嫌いと言う訳では無い、それはとても理解出来る。

 

 だが、世間一般に自律人形及びその人形師の評判が悪いのは、大体の人形が人間を含む人類を襲い、それは往々にして製作者がそのように命令したからだ。

 

 人間が嫌いな者、自分の造った人形が誰よりも強いのだと証明したいだけの者、特定の人物に対しての復讐心に取り憑かれた者。

 すべてがその様な者で無かったとしても、悪行は善行よりも耳に入り易い。

 

 多分存在した、或いは存在しているであろう善良な人形師の方々には同情を禁じ得ないが、彼ら彼女らは、自身の評判を落としている側の人形に同情されても不快なだけであろう。

 

 そして実のところ、私達にも呑気に同情している余裕など無い。

 私達の出来が良ければ良い程、人間に近ければ近いほど、自律人形(わたしたち)はお互いにとってとても厄介な存在になる。

 特に準備もなく出会ってしまえば相手を人間か人形か見た目で判断出来ず、しかも互いに人間に対する敵対行動を命令されて居れば、どうなるかは考えずとも判る。

 

 私のエマを見る目がじっとりと半眼になるが、私に非は無い。

 

「造った人形の性能、そこにしか興味は無かったんじゃないかな? それこそザガンの人形を超える事を目指して、研究を重ねた先で完成したのが私だったから」

 アリスはすう、と、目を細めて、その視線を私ではなく、エマに固定させる。

 

 彼女は、鑑定なりの魔法を使用したのだろうか。

 

「多少のレベルの差は有るけど、基本性能で私のマスターの設計が、何世代も昔のザガン人形に劣るとも思えないし。アンタ達がこの商隊(キャラバン)にちょっかい出す気なら、冒険者としても人形としても、見過ごす訳にはいかないね」

 

 静かに、しかししっかりと。

 会話を交わしたからこそ、アリスは戦闘の意志を持ってしまったらしい。

 対するエマは愉しそうに口角が上がり、私はうんざりと肩を落とす。

 

 レベルという概念の呪縛。

 鑑定を使用したなら、或いは却ってそれが、アリスの目を曇らせたのかも知れない。

 

 本来であれば他人様(よそさま)の造った人形が分解(ばら)されようが爆砕(やか)れようが知ったことでは無いのだが、此処(ここ)は場所が悪すぎるし、環境も悪い。

 何よりも、私自身、まだこの人形(アリス)に訊きたい事が有る。

 

 冒険者人形と殺戮人形、血の気の多い厄介者に挟まれ、私は静かに、苛立ちの吐息を漏らすのだった。




随分と考え込んだ様ですが、予定調和になりそうです。


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イライラ平行線

思った通りに進まない時は、リラックスを心掛けるのも手だそうです。


 終始此方(こちら)と距離を取りたがってる様に見えていた人形、アリス。

 会話を少し重ねただけで何故か好戦的な態度にシフトしたが、その理由に全く思い至らない。

 

 鑑定とかを使ったとしたら、逆とは言わないが、もう少し慎重になりそうなものなのだが。

 私とアリスのレベル差でなら鑑定は通ったと思われるが、エマの方はまともに鑑定出来たとも思えない。

 私でさえ、エマ本人の許可を得てからの鑑定である程度詳細が見れる程度だったのだ。

 アリスが普通に鑑定を掛けてもレベル差による抵抗(レジスト)に引っかかり、エマのステータス的なモノが知れたとは思えない。

 

 冷静に考えれば、私とレベルが近いと言っても僅かに私のほうが上だし、それだけでも慎重になりそうなものだが。

 探査の重ね掛けだけではなんだか不安になった私が、鑑定の重ね掛けまでしてみたが、アリス自体には脅威になりそうなポイントは見当たらない。

 寧ろ、アリスが自信満々になれる根拠を一つも見つけられなかった。

 

 魔法鞄(マジックバッグ)に強力な武器でも持っているのだろうか?

 

 そんなモノが有ったとして、アリスの内部骨格(フレーム)情報や人工筋繊維、内部骨格(フレーム)内に収まっていない魔力導線等、その構造はマスター・ザガンの1シリーズにも劣る。

 フレームの強度を確保する為に導線を内蔵しなかったのだろうが、それはつまり、強度と柔軟性に優れた素材を使えなかったと言う事だろう。

 ある意味で合理的な判断だし、1シリーズに近しいモノを造れたのなら、それはそれで驚異的では有る。

 

 しかし、そんな基本構造で私達に挑むとは、蛮勇どころか自殺願望持ちと見做さざるを得ない。

 私とエマを、マスター・ザガンの人形に対する狂気染みた執念を知らないからこそ、と言ったところか。

 

 対するエマは、何やら愉しそうに笑みを浮かべている。

 こっちはすごく良く分かる。

 ただただ暴れたいだけで、深い考えも駆け引きの心算(つもり)も無い。

 現在その手に持っている武器は私と初めて遭遇した時も使っていた短刀だ。

 私の見立てでは、恐らく、エマ好みの展開になったとしても、その笑みは長続きすまい。

 残骸の前で文句を言い出す、その様子が手に取るように想像出来た。

 

 そして、私はと言えば。

 

 アリスに対する妙な違和感、齟齬感と、相方が私の言うことを聞いてくれそうにない危機感。

 その両方に挟まれて、何処に向けて良いのか判らない苛立ちに背中を突付(つつ)かれていた

 

 

 

「基本性能で私のマスターの設計が、何世代も昔のザガン人形に劣るとも思えない」

 

 アリスの言葉は、アリス自身が現状を認識できていないとしか思えない。

 一方で、そう考える私自身が意味も無く見下しているだけ、そんな可能性も考えては居た。

「大した自信だねぇ。良いよ良いよぉ、そういうの、私、大好きだよぉ?」

 小声だというのに、味方だというのに、エマの声が私の恐怖心に刺さる。

 眼の前のアリスより、味方のエマのほうが恐ろしいというのはどういう事なのか。

 

 探査ではなく鑑定まで使って、内部骨格(フレーム)に含まれている魔法銀(ミスリル)の含有量まで調べて、人工筋繊維に使用している魔石の質まで調べた頃にはもう、私は慎重が過ぎて臆病になっては居ないかと自身に呆れていた。

 どの数値も人外と呼ぶに相応しい数値で、レベルも600に迫ると有れば、今まで彼女を上回る敵に遭遇しなかったのも頷ける。

「大した自信はお互い様だろ? まあ、やるなら場所を変えるか。私も一応、護衛依頼中なんでね。商隊(キャラバン)の連中を、巻き込みたく無いんだ」

 実に自信に満ちた台詞である。

 その真っ直ぐさには溜息しか出ないが、溜息の理由は彼女の考えとは恐らく真逆だ。

 

 真正面から喧嘩腰で対応されたエマはすこぶる嬉しそうに、その両手の凶器をくるくると弄び始める。

 いっそもう、この2体をぶつけてしまった方が色々早いのではないか、そんな逃げを打ってしまいそうになるが、そうしてしまっては平和に領都入り、という私の目的が果たせなくなる。

 私のゆったり観光旅行計画が、こんなどうでも良い衝突でフイになるのは御免である。

 

 私が人間のままであったなら、今頃血圧が上がって大変な事になっているだろう。

 

 

 

 人類の大部分にとって、どうやらこの世界ではレベル100が一つの壁となっている。

 

 数多の冒険者でもレベル80到達者は多くなく、90超えは英雄などと呼ばれるらしい。

 そんな世界でレベル100に到達し、更に成長出来るほどの魂の強さを持つ者。

 それこそが聖教国の言う「当たり」の基準なのだそうだ。

 

 確かに限界を越えて更に強くなるのなら、その力が手駒になるなら、気持ちは理解(わか)らなくもない。

 だが、レベル99が限界である、それが思い込みなのだと気付いていない聖教国の連中に迎合する気にはならないし、そんな思いが有るからこそ、かの国の聖女様が私と同じ人形だとは、どうしても信じたくないのだ。

 

 リズのレベルは知らないが、どうせ100なんてレベルは越えているのだろう。

 そんな存在が、レベル100など通過点に過ぎないと気付いていない訳が無いのだ。

 

 アリスは自身のレベルを把握しているらしい事から、彼女が世の冒険者連中の大半より強いのだと自覚はしているのだろう。

 自身に匹敵するレベルの(もの)が目の前に居て慌てもしない辺り、数度は自分に拮抗するレベルの者と出会って居たのではないか。

 で、下して来たのではないか。

 だから、勘違いしてしまっているのではないか。

 

 人類の基準で決められたレベルの概念では、人形のフレーム性能を正確に測れないということを、知らないから。

 

「2人とも、落ち着いて対話のテーブルに着いて下さい。私は争いを望みません」

 投げ出しそうになった平和主義者の仮面を付け直し、私はアリスとエマ、双方に語りかける。

 状況が違えば、エマを止めはしないものを。

 そう考えてしまうと、自然と奥歯が噛み締められる。

 

 レベルというものは、生まれ落ちてから計測するまでの間に培った経験、積み上げた鍛錬、本人の資質やその他。

 そう言った諸々の末に出来上がった能力を、単純に平均化された人類各種族の基本となる能力情報(ステータス)と比較してどれくらい強いのか、ざっくりと数値化したものだ。

 基準が人類なのだから、獣や魔獣、魔物に当て嵌めても齟齬が出るのは当たり前で、同じレベルで比較してしまうとその辺の魔獣の方が人類よりも強くなってしまう。

 

 それが人形になるともっとややこしい。

 

 基本構造の時点で性能差が出来てしまうので、ステータス比較の段階でエラーが出てしまう。

 ではどうなるのかと言うと、エラーは無視し、経験その他の情報から普通の人類の成長値に相当するものを勝手に計算し、当て嵌めてしまう。

 困った事に、そこまでして無理矢理に弾き出された結果は、個々の実力より遥かに低い数値で吐き出されてしまうのだ。

 

 素体の基本情報がエラーで計算出来ていないのだから、それが成長してどの程度強くなっても、レベルの数値に反映されていないのだから当然である。

 

 その辺りの事情を、アリスは全く理解していないし考慮も出来ていないのが、その物言いから想像出来た。

 私が口で説明しても、今までの経験則が邪魔をして納得など出来まいし、試しにエマと戦わせたら、多分あっという間に分解(ばら)されてしまうだろう。

 エマに細かい手加減が出来るとも思えない。

 

 説得も面倒だしエマを止めるのも手間だし、いっそ私が叩きのめしてしまおうか。

 考えるのが面倒になってきた私の思考は当初の穏便路線を外れ、徐々に物騒度を上げて行くのだった。




そもそも平和主義者を気取るのが、どうかと思うのです。


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観察と確認のススメ

口調がややぶっきらぼうな冒険者人形は、マリアやエマに勝てる心算(つもり)の様ですが、果たして。


 最新の製品が、必ずしも優れているとは限らない。

 勿論、大抵は最新製品が良いのだろうとは思うが、仕様変更の結果使い勝手が悪くなる程度の事は良く有る。

 コスト削減を目的に、特定の機能をオミットしてしまう事だって有る。

 使いやすくするために、限界を低くすることだって有る。

 

 そもそもロストテクノロジーレベルのモノを復刻しようと思ったら、当時の製作技術から復活させる必要が有るだろう。

 現代技術で代用できるなら問題無いのだが、既に失われて久しく、扱える職人も技術者も居ない技術相手ではどうしようも無い。

 

 魔法銀(ミスリル)の魔法伝導性を更に高める為に常温液状化させたミスリル・リキッドなんて代物、思いついたと言うだけでもおかしいと思うのに、実際に作り上げるなんて、天才というより変態的だ。

 もともと室温で液状化する金属とも違う、ただの――と言うと酷く語弊が有るが――魔法銀(ミスリル)を、人形の魔力導線に充填して使いたいというだけの理由で液状化してしまう、その発想力と行動力には狂気すら覚える。

 

 そんな調子で幾つもの狂気的な技術(テクノロジー)が盛り込まれている、私達に匹敵するレベルの素体を作り上げようと思ったら、同レベルの狂気にその身を浸して人形作りに邁進せねばなるまい。

 

 とは言えどんな分野にも天才というのは現れるので、いつかマスター・ザガンを超える人形師がふらりと現れる事は有るだろう。

 

 だがそれは、アリスを造ったという、もう既に名前も覚えていないマスターでは無かった、そういう事だ。

 

 

 

「この様な荒事は、本意では無いのですが」

 

 倒れ伏したアリスの背に尻を乗せて、私は溜息混じりに言う。

「なによぉ。結局マリアちゃんが暴れちゃったじゃないのぉ。ズルいよぉ!」

 そんな私達に対して、お冠のエマがぷんすかと抗議の声を上げる。

 

 気持ちは判る、だが。

 

「エマに任せたら、スクラップにしてしまうでしょう? 誰かを守るために振るわざるを得ない暴力というのも、極々稀に有ったり無かったりするのですよ」

 

 私が視線を向けながら答えると、エマは視線を逸して口笛を吹く。

 ベタな誤魔化しだが、それは些か古いやり方だと思う。

 思ったが、余計な事はもう口にせず、私は視線を下げた。

 

「さて、実力の差も判って貰えたでしょうか? 何故貴女(あなた)が急に好戦的になったのかは非常に気になりますが、言う程興味は有りません。私達が貴女(あなた)に接触したのは、単純にエマが興味を持ったからです。此処(ここ)までで、何か質問は御座いますか?」

 

 少し冷めた声でアリスに確認するように問いかける。

 勘違い人形を破壊しなかったのだから、この程度の態度は許して欲しいものだ。

「夕方の、飯時に合流したような不審な旅人が、こんな時間に音を消して忍び寄って来たら警戒もするし、それが私と同じ人形だったら、襲ってくるのが確定じゃないか。現にそうなってる」

 物理的に私の尻に敷かれたアリスが、不満げな表情を隠しもせず、憎々しげに嫌味を飛ばしてくる。

 実に良い敗者の正しい態度であるが、夕食時を狙って合流した訳では無いし、此方(こちら)が狙って接触した訳でも無いので、そんな理由で不審がられても困惑するしか無い。

 後半に関しては一つも反論する余地が無いのも、私の所為では無い。

「マリアちゃん、ダメだよぉ? いきなり襲い掛かっちゃうとかぁ、お姉ちゃん悲しいよぉ?」

 そんな私の後頭部に、こっちは心底つまらなそうな声がぶつけられる。

 アリスの発言を真似て言うなら、夕食時の商隊に不用意に接近して合流する事になったのも、そもそもエマがアリスの気配を感じたからだ。

 トラブルに好んで近寄って厄介事の導火線に火を近付けた挙句、事態の平和的な収拾を目指した私に暴言とは、良い趣味と度胸を持った姉である。

 

「エマは黙ってて頂けますか? 此方(こちら)に合流したのも、あの考えなしの姉の興味本位です。あの時点で、貴女(あなた)の気配に惹かれたのでしょうね」

 

 僅かに首を擡げた苛立ちを軽く押さえつつ、エマには効かない睨みを効かせてから、アリスの雑言に答えて事実を並べる。

 やや無理な態勢で私を見上げるようにしながら、アリスは私に視線を送ってくる。

 

「なんで私に興味なんか」

 

 心底分からない、そんな表情(かお)で私とエマを見ようと試みている。

 私が退()かないので、私はおろかエマの様子を確認することすらまともに出来まいが。

 

「エマは戦闘狂の素質が有るのですよ」

 

 そんなアリスが次の言葉を紡ぐより早く、失礼な断定を言葉に変えて突き付ける。

 失礼なのはエマに対してだから、何の問題も無いだろう。

 アリスにしてみれば、まあ、それなりに良い迷惑だったのだろうと思うが。

「……アンタはどうなんだ? 結果的にアンタが暴れた訳だけど、それは私を守るためだったとか、本気で言ってるんじゃ無いよな?」

 組み敷かれたままのアリスが、不可解さと不審さを精一杯声に乗せて言う。

 気持ちは判るが、残念ながら裏も表も無く、本当にそれだけの事だったのだから、素直に首肯するしか無い。

「本気ですよ。それとも、貴女(あなた)は被破壊願望でもお持ちなのですか?」

 答えながら、もしそうだったらそれは悪いことをしたのかも知れないと、幾ばくかの反省が心に影を落とす。

「馬鹿言うなよ、アンタになら勝てると思ったし、そっちのお嬢ちゃんの方はレベルも判らなかったから、隠密系の人形で、戦闘は得意じゃないと思ったんだ」

 しかし、アリスの返答に私の杞憂はただの考えすぎであった事を知る。

 

 それは良いのだが、随分と失礼で自分勝手な判断だ。

 呆れた私は漏れかけた溜息を飲み込み、代わりに言葉を落とす。

「見込み違いの度が過ぎて、いっそ笑えますね。エマは戦闘、と言うより殺戮特化ですよ? 本人の嗜好は歪んでしまいましたが」

 アリスのみならず、エマまでもが私に白い目を向けているのを感じるが、何も間違えたことを言っていない私は動ずることもない。

 エマ本来のコンセプトとエマの好む戦闘スタイルとの間に乖離が見られる、そう言った意味での発言だが、細かな部分を省いたので誤解を招く物言いになってしまった事は認める。

 だが、私の事では無いので、一切気にしないし反省もしない。

 

「……ああ、見た目は可愛らしいのに、厄介な命令の所為か……」

 

 考え込んだ末に案の定誤解して、その上で何やら同情までしているらしい。

 アリスの言い回しに、微細な違和感を覚える。

 背後からの視線の圧にも変化が感じられた辺り、エマも反応に困ったのだろう。

「エマの特性を測り損ねたのも充分に過ぎる程度には間抜けですが、そもそも私に勝てると思った根拠は何ですか? レベルが近いなら、戦闘経験の差で勝てる、とでも思ったのですか?」

 私はアリスの誤解を訂正する素振りも見せず、ただ疑問に感じた事のみを言葉に変えて届ける。

 

 人形としては有り得ない、とは言えないが、しかし見落とすには些か大きなその判断ミス。

 私の予想が外れていなければ、エマは彼女が思っているよりも大きな厄介事の種に目を付けた事になる。

 その結果がどう転ぶのかが読めない私には、その予感が当たって欲しいとも外れていて欲しいとも言えない。

 

 ただただ、面倒なことにならなければ良い、そう祈る事しか出来ないのだった。




出会いからの流れが致命的に悪かった様ですが、出会い方が違えばお互い素通り出来たのかも知れません。


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迷子のアリス

素体の性能が戦力の決定的な違いであったようです。


 アリスが私に勝てると思った根拠は何だったのか。

 もしや私になら戦闘経験の差で勝てるとでも思ったのか、その様に問うた私に対する返答は予想通り過ぎて、却って清々しい気分に包まれたような錯覚を覚えるものだった。

 

「お嬢ちゃんの方については何とも言えないけど、アンタに関してはその通りだよ。どうなってるんだ、私の鑑定が狂ってるのか、アンタがなんかの隠蔽でも掛けたのか、どっちなんだ?」

 

 ご丁寧に舌打ちまで添えてのアリスの返答に、私の表情が消える。

 舐められている、そう感じた部分が無くも無いが、それ以上に、その判断に至った経緯が余りにも短絡的に過ぎて、それはまるで。

 

 悪い予感、そうであって欲しく無かった方へと近づきつつ有る、そう感じたのだ。

 

「いえ、まあ、ステータスに若干の補正が有りますが、レベルの方は貴女(あなた)が見た通りですよ」

 心を落ち着け、平静を意識しながら静かに答える。

 此処(ここ)までの会話も、私とアリスとの短い、戦闘とも呼べないじゃれ合いも、ごく静かに進行し、周囲への騒音被害は皆無である。

「じゃあ、なんで勝てないんだ? いや、勝てないどころじゃない、アンタの動きについて行けないのはなんでだよ」

 私があっさりと圧倒してしまった為、エマは早々に興味を失った様子だったが、アリスはその事実に対して感謝の念を持ったほうが良いと思う。

 私に感謝しろとは言わないが、分解(ばら)されずに済んだ己の幸運くらいには。

 

貴女(あなた)は勘違いしているのですよ」

 

 溜息を()いて、私はアリスに説明を行う。

 人類基準のレベル判別方法では、人形の実力を測る物差しとしては不完全である事。

 そもそもの内部骨格(フレーム)を含めた基礎設計のレベルが違いすぎる事。

 我々ザガン人形から見れば、アリスの基礎設計は脆弱に過ぎるという事。

 要するに、アリスのマスターは腕が悪いのだ、という事。

 

「……ザガンって人形師は、バケモンだったのか?」

 

 私の簡単な、しかし意図的に問題を潜ませた説明を受けて、しかしアリスは、声色に諦めを滲ませていた。

「まあ、そういう事です。化け物で狂っていた。だから、私達を生み出せたのです。貴女(あなた)を造った3流マスターとは最初から覚悟が違ったのですよ」

 冷めた目でアリスの背に腰掛けながら言う私と、そんな2人をにこやかに見下ろすエマ。

 私の言葉を耳にし、私の背にその短刀を突き付けた笑顔のエマは、果たして気付いただろうか?

 

 アリスが、人形として有ってはならない反応しているという事実に。

 

「まあ、実力も分かりましたし、エマも殆ど興味を失ったようです。あとは、私に芽生えた疑問にお答え頂ければそれで終わり、後は大人しく寝床に戻って朝まで休ませて貰いますよ」

 観念したかのようにおとなしいアリスに冷たい瞳を向けたまま、私は腰を浮かせて拘束を解き、これ以上の攻撃の意志が無いことを示す。

 アリスは納得の行かなさと屈辱と安堵とを織り交ぜた深い吐息を漏らして、観念したように地面に手をつき、身を起こす。

 しかし、それは私が質問の言葉を投げつける事で停止した。

貴女(あなた)、中身が違って居るのではないですか?」

 アリスは身体を強張らせ、返答はすぐには来なかった。

 

 

 

 身体(からだ)を起こしたアリスだが、またしても私と向き合い、不機嫌そうな、と言うよりは不安そうな内心を隠すことをしていない。

 一方のエマは、私に突き付けた短刀は下ろしたものの、「後でお話があるよぉ」と物騒に呟いて私の背中を粟立たせる。

 アリスに見え隠れする違和感の正体を突き止める為の方便だったのだと、許して欲しいものだ。

 

 大体、自分だって散々マスターの悪口を言っていたと思うし、私がマスターの悪口を言っても今までは聞き流していたのに。

 狂っていたとか、直接過ぎる表現は流石に不味かったのだろうか。

 そこは悪口ではなく素直な感想なのだと許して欲しいが、言い方に気をつけなければこの後私がスクラップになるかも知れない。

 

 そう。

 

 エマはたしかにマスターに対する不満を漏らすことは有ったが、本当に心の底から悪し様に罵ったことは無い。

 食事の間、延々と人間の脆弱さ、そんな弱い人間を殺すことの無意味さを言い続けて居ても、それでも。

 彼女なりの判断とは言え、自らのマスターの事を貶めるような事は言わなかった。

 私がマスターに対して「不満」を口にしても彼の尊厳を踏みにじる様な事を言わなかったから、エマは私の口の悪さも笑って見逃していた。

 

 そんなエマでさえ、マスターを「化け物」と呼ぶことは見逃しても「狂っていた」と吐き捨てた事は見過ごせなかったのだ。

 私に何かの意図が有るだろうと踏み留まったが、背筋に切っ先を突き付けるという、私に対する警告を止められなかった程度には。

 

「中身、って、なんの事だい? 私は何処にでも有る、普通の人形だぜ?」

 そんな人形の(さが)とも言えるモノに真っ向から逆らう様な私とエマの薄氷を踏むような遣り取りを目にして、しかし、アリスは気づいた様子も無い。

 平静を取り繕おうと彼女なりに奮闘しているのは伝わるが、成功しているとはとても言えない。

 そんなアリスに、私は同情の念すら抱いてしまう。

 

 根は真面目な、至って普通の――私にとってはそう思える――感性の持ち主なのだろう。

 だが、その反応、応える言葉の幾つかは、その基本素体を造った人形師の作にしては、些か不釣り合いに思える程度には違和感のあるものだ。

 それは人形としての出来不出来の問題。

 脆弱な基本構造の素体とは似つかわしく無い、複雑な、感情を持つかのような反応。

 

 ザガン人形でさえ、その制作には難航し、納得できる物が出来るまで2シリーズそのものの制作には入らなかった、その程度には重要な、自律人形の核とも言えるモノ。

 人格とも頭脳とも呼び替えて差し支えない、人工精霊という存在。

 

 杜撰な人工精霊では、人の中に紛れることがそもそも出来ない。

 簡単な応答ですら、重ねれば必ずボロが出る。

 人の群れの中で浮いてしまう、では済まない程に異質な存在であれば、不安に駆られた人間達に追い立てられるか、最悪狩られる事になるのが関の山だ。

 だというのに、アリスはその基本素体の出来に反して、ある意味で均整の取れた思考が出来ている様に見える。

 誤魔化し、駆け引きを仕掛け、活路を探し続ける。

 

 まるで、自分の境遇に納得して居ない、けれども必死に生きようとする、普通の人間のように。

 

「……私の身体(からだ)はおおよそ200年前に造られました。当時も今も、マスター・ザガンと彼に作られた人形(わたしたち)を超える人形師とその作品に、出会ったことは有りません」

 私は敢えて、誤解を招く言い方を選ぶ。

 まるで私が、作られた当初から同じ人工精霊であったかの様に聞こえるし、ずっと旅をして世界を巡っているようにも聞こえるだろう。

 アリスは私の言葉を黙って聞く。

 

 新製品のほうが性能が良い。

 

 そう思っている彼女は、果たして私の上辺の言葉に、何を見出そうとしているのだろうか。

「とは言え、私が旅を始めたのはおよそ1年半前の事。そして、私が私としてこの身体(からだ)に定着してから、まだ4年と少ししか経っていません」

 実際はそろそろ5年になるのだが、私は自身でも良く判らない心の働きに従って素直にサバを読んだ。

 とは言え、聞かされた方にとっては、4年が5年でも、大して違いはなかっただろう。

 

 アリスは驚愕の相を浮かべてしまってから、慌てて表情を取り繕う。

 

 そう、疑念を抱いたのではなく、驚愕したのだ。

 恐らく、私の言葉を受け入れる土台が、彼女の中にあったからこその驚愕。

 

 その反応を目にした私は、静かに言葉を重ねる。

「つまり4年前に、中身が元の人工精霊から、()へと変わったのです」

 私は一度口を閉ざし、アリスを凝視する。

 アリスは私から目を離せず、2度ほど口を開き掛けたが言葉は出て来ない。

「境遇としては貴女(あなた)に近い筈です。違いますか? 元人間のアリスさん?」

 アリスは否定も出来ず、しかし肯定する事もせず、私とエマとの間に、忙しく視線を往復させる。

 

 夜は深く、天頂を過ぎて傾いた月は、3体の人形を無関心に見下ろしていた。




素直な相手は良い反応をしてくれるので、会話が楽しいですね。


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人形はハートが命

アリスは元人間。断定したマリアですが、果たして。


「中身が……変わった? 私に近い……?」

 

 驚くほどの判り易さで、アリスは身構える。

 警戒ももっともだが、今さっき()()()()ばかりだというのに何に対して身構えているのだろうか。

 逃げ出そうとするほうがまだ理解出来る、そう思い掛けて、彼女は仕事の最中なのだと思い出した。

 

 護衛任務を放棄して逃げ出すわけにも行かない、か。

 

「やれやれです。折角私が秘密を打ち明けたと言うのに、つれませんね。もっと心を開いて欲しいものです」

 優しい私は職務に忠実な冒険者人形に敬意を表しつつ、心に湧いた幾ばくかの寂寥を言葉に変える。

「いきなり暴れ出すような危ないヤツを相手に、どう心を開けって?」

 しかし、そんな感傷的な私に対して、アリスの反応は冷たいものだ。

 圧倒して見せた挙げ句、優しく解放してあげたというのに、何が不満だというのか。

 そもそも、アリスが素直に話を聞く態度を見せてくれて居れば、私だって無闇に暴れたりはしないというのに。

「そこは、開く側の考えにお任せします」

 私は嘆息すらも億劫な心持ちで、後方のエマに若干の注意を払いつつ、おどけて応える。

 いきなり暴れ出す、と言う単語に相方の存在を想起したのだが、その相方は最早アリスの戦闘能力には興味を失った様子で地面に三角座りして、私達の会話を黙って聞いている。

 

 ……此処(ここ)には私達しか居ないからまだ良いが、エマは自分のスカートの丈の短さをもう少し考慮すべきだと思う。

 

「アンタ、元人間って言ってたな? 元々そんなに喧嘩っ早いのか?」

 どうでも良い事に気を取られた私の耳に、アリスの呆れた声が飛び込む。

 私はやや驚いてアリスを見るが、思い返せばなるほど、アリスとエマの会話に苛立った私が急に暴れだした、そう見えなくも無い状況だった訳で、当然の推測なのかも知れない。

 実際のところは……。

 

 思い返してみれば、事実その通りだったように思えて来た。

 

「まさかまさか。私は平和主義者で鳴らしてきたのです。1にも2にも、大切なのは対話だと常々心掛けて」

「対話って、拳で?」

 これはいけないと言い訳を展開すれば、それをアリスの声が断ち切り、エマが吹き出す。

 失礼な連中である。

「大体、平和主義を鳴らすってなんだい。正しい用法とも思えないんだが?」

 話を逸らす心算(つもり)と言う訳でもなく、アリスは半眼で言葉を重ねてくる。

 他人(ひと)様の言葉尻を捉えて揚げ足を取ろうとは、実に良い趣味ではないか。

「用法と言うのは、時代や人の気分で変るのですよ。柔軟に生きることを心掛けましょう」

 真っ当に理屈で切り替えせる自信も言葉も無かったので開き直れば、今度は私の後ろから声がする。

「時代は判るけどぉ、気分で変えちゃいけないとおもうよぉ?」

 戦闘以外の細かい事など完全に無関心と思えたエマが、私の戯言に口を挟んできた。

 それは良いのだが、何故私に追撃する。

 仮にも味方だったら、無理矢理にでも擁護して見ろと言いたい。

 

 擁護する意味も甲斐も無いのは自覚しているので、気恥ずかしさから強く言うどころか言葉にすら出来ないが。

 

「どうでも良い事は置いといてぇ、マリアちゃんはアリスちゃんがお仲間だと思ったからぁ、私が暴れる前に制圧したんだねぇ? でもホントに、アリスちゃんは中身は人間なのぉ?」

 脱線していた話題が、まさかのお気楽戦闘狂人形に修正された。

 驚愕の表情を隠すことも出来す、私は真っ直ぐにエマに視線を送ってしまう。

 向けられた方は何のことやら、という表情で私をキョトンと見返している。

 

「誰がアリスちゃんだよ。……いやまあ、どうでも良いか。そうだねえ、私は確かに中身は元人間だよ。なんでバレたのかまだ良く判らないけど」

 

 アリスの視線が私を捉えたのが感じられる。

「だよねぇ。私もお人形の気配までは感じたけどぉ、中身なんて判んないのにぃ」

 エマも、素直で純粋な疑問の眼差しを私に向ける。

 私はアリスの中身が元人間である、確かにそう看破し、自信満々に突き付けた。

 その理由も添えて。

 だと言うのに理解出来ていない2体に、しかし私は苛立ちもしなければ呆れもしない。

 何故なら。

 

「極論してしまえば、勘ですよ。もっともらしい理由は付けましたが、結局のところ、無根拠です」

 

 私はいっそ誇らしげに、胸を逸らすように答える。

 そんな私の自信満々な答えに、エマは表情を消し、アリスはこれ見よがしに溜息を()く。

「じゃあ、何かい? 私ゃ、アンタにカマ掛けられて口滑らした、間抜けって事かい?」

 怒る気力も失くした様子で、アリスは言葉を吐いてから、もう一度嘆息する。

 元人間、諦めが肝心。

 それを地で行くアリスの生き様に、私は素直な称賛の念を抱く。

「そう言う事です。やーい、と言って差し上げますよ。それとも、ざまあ、の方がお好みですか?」

 そんな私が心からの賛辞を送れば、アリスはまたも半眼を私に向ける。

「……私はアンタが嫌いだよ、それが良く判った」

「つれない事です」

 しみじみとアリスが呟き、私は短く応えて視線を転がすと、エマは憐れむような視線をアリスに送っている。

 

 あのエマに、そんな表情をさせるとは、アリスも侮れない存在なのかも知れない。

 

 そんな事を思う私と、何故か少し仲良くなった(ふう)のエマとアリスは、見張りの交代要員が来る直前まで、心温まる交流を続けたのだった。

 

 

 

 夜が明け、結果ほぼ完徹の私達だったが、寝不足やら倦怠感とは無縁である。

 昨夜声を掛けてくれた人の良さそうな爺様に朝食を誘われたが、出立前の商隊は忙しいだろうと招待を辞し、私とエマは先んじて領都トアズを目指して歩き出す。

 

「アンタらもトアズに行くんだろ? くれぐれも妙な問題起こすんじゃないよ? 少なくとも、私にとばっちりが来るのは御免だからね」

 

 人知れず見送りに来てくれたアリスが、心温まる別れの言葉をくれる。

 

 アリスも嫌そうな顔だが、受ける私もげんなり顔だろうと思う。

「それは私にではなく、エマに言うべき言葉ですね。なにせ私は」

「平和主義者なんだろう? アンタの冗談は、どれを取っても笑えないな」

 気の利いた答えをアリスに潰され、私は憮然と押し黙る。

 そもそも私は冗談など言っては居ないのだが、まあ良い。

 

 目的地が一緒とは言え、領都は広い。

 

 先に到着してしまえば、アリスと出くわす事はもう無いだろう。

 

「レベルだけのポンコツ人形が、私達以外のザガン人形に出会って破壊されないように気をつけて下さいね」

 晴れやかな笑顔で、私は激励の言葉を送る。

「はン、言ってろ。もっと鍛えて、いつか絶対泣かしてやる」

 獰猛な笑みで、アリスは負け惜しみを言う。

 

 僅かに見つめ合った私達はすぐにお互い目を()らし、街道を北上する者と出立の準備を開始する集団の一員に別れる。

 出会いと別れは旅の醍醐味。

 

 別れ際、アリスの舌打ちが聞こえた気がしたが、きっと空耳だったのだろう。




小さな友情が芽生えたようで、微笑ましいですね。エマとアリスが。


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領都にて・目に見える不安

回り道や幾つかのトラブルが有りましたが、当面の目的地に到着できた様です。


 領都トアズ。

 その都は堅牢な城壁に護られ、領都に入ろうと列をなす旅人達を正門が見下ろしている。

 

 ……この巨大な門が実は正門じゃなかったりしたら私はとても大きめの恥をかくことになりそうだが、少なくとも口に出して誰かに自慢気に話した訳でもなし、黙っていれば誰にもバレない。

 

 都に入るための列は商人や商隊のものと、冒険者のもの、そして一般的な旅人のものに別れている。

 商人達の方は各人の犯罪歴の確認や身分の証明、そして商材のチェック。

 冒険者はギルドカードの提示と犯罪歴の確認。

 一般的な旅人、つまり私たちはと言えば、犯罪歴の確認と入場料……いや、違うな、何と言うんだろうか? ()(かく)、銀貨で5枚の料金を払うことで領都入が果たせるのだ。

 

 因みに料金はみんな取られるが、商人は人数と商材次第で変動、冒険者は銀貨2枚だとか。

 

 そんな事をしてるから()をベルネとかに取られると思うのだが、まあ、お金を払っている分きっちりと街は整備されているようだし、活気だけで品位とか清潔さとは無縁なベルネと一緒にしては流石に可哀想か。

 

 なんだかんだと長い列に並び、主に冒険者達に興味津々なエマをどうにか抑えつつ、私達が領都に足を踏み入れたのは正午前の事だった。

 流れ作業で比較的簡単なチェックしかされなかったので、私やエマのような不審な危険物が堂々と紛れ込めた訳だが、勿論文句など無い。

 寧ろ感謝の念しか無い。

 

 お役所仕事バンザイ、と言った所か。

 

 

 

 区画整理され、整った街並みのあちこちに領軍の兵が巡回し、掃除の行き届いた街並みは清潔そのものだ。

 

 この世界は見た目は石造りの建物だったりで元日本人としては時代感覚が狂うというか目測し難いが、魔法技術が普及しているので上下水道はきっちりと整備されている。

 裏道に迷い込めば言葉にするのも憚られるアレコレで不潔不衛生、なんて事は、もはや何処の国でも無いらしい。

 雑多でゴミゴミしている印象だったベルネですら、そういう意味では「清潔」であった。

 

 世界に関しては自分の目で確認した訳ではないので、あくまで伝聞スタイルではあるが。

 

 高度に発達した魔法は科学と似る、と言うべきか。

 とかく魔法と言うと攻撃用の物を連想しがちだが、生活の基盤になってしまえば、それは私の知る電気やガスと変わらない気軽さだ。

 

 照明系が光量的な意味でやや貧弱だと思っていたが、ベルネでは住人の好みだったと言うし、衛兵が持つ携行照明は結構な光量を誇っていたし、この世界の住人は風情優先の傾向があるのだろう。

 違っていた所で私は困らない。

 風呂の普及が比較的遅れているのは、魔法式のボイラーの開発に成功したのが比較的近年の話で、それを導入する為には建物を改装しなければならず、国と場合によっては各領主様の許可が必要になるためだとか。

 

 お役所仕事にも困ったものである。

 

 この世界を好き勝手に彷徨(うろつ)いて、なんなら異世界(地球産)技術で大儲けでもしてみようかと考えた事も有ったが、先代の授業で学んで見れば、大概のものは存在していてがっかりした。

 冷蔵庫は魔法鞄(マジックバッグ)や軍用装備の民間払い下げ技術等が存在する関係であまり必要とされず、普及もしていないと聞いた時には、これは利点を売り込めば行けるかと思ったが、この国から見て隣のお国が開発に成功したと聞いて即座に落胆した。

 もういっそ携帯電話やらパソコンやらを作ろうかと思ったが、残念なことに私には基本技術が無かった。

 そういう意味では、冷蔵庫の開発の時点でだいぶ怪しかったのだが、もう既に出来ている物だし、誰かに造ってみせると風呂敷を広げて見せた訳でも無い。

 

 非才の身と言うのは、様々な意味で悲しいものである。

 

「久しぶりに来たけどぉ、綺麗な街だねぇ。ここで暴れたら、気持ち良いだろうねぇ」

 我らが偉大なる製作者様の命令を戴いているエマは、道行く一般人、冒険者、兵士の姿に胸が高鳴る様子だ。

 非常に面倒だし迷惑である。

 

「この街に入る前に何度も念を押したでしょう? やるなら夜にでも、人目につかないようにしなさいと」

 

 私は例によって小声で周囲に聞こえないように配慮しつつ、エマに刺した筈の釘を、念の為に深く押し込む。

 エマが思うままに暴れだしたりしたら、共にいる私も芋づる式にお尋ね者だ。

 観光に飽きてからならまだしも、観光すら始めていない段階でそんな面倒な目に遭っていては堪らない。

 

 どうせどの街でも冒険者なんて似たようなものだろうし、(ほう)って置いても向こうから絡んでくるだろう。

 人目が有ればやり過ぎないように止めはするが、誰にも見られていないなら好きにさせる事にしている。

 

 押さえつけ過ぎると、反動で、私が不要の怪我を負いかねない。

 

「判ってるよぉ、マリアちゃんは心配性だねぇ。私をもっと信用して良いんだよぉ?」

 大きく伸びをしながら、ケタケタと愉しそうに答えるエマに、私は不安しか感じない。

「エマを信用するのもとても難しいですし、エマが我慢出来ても向こうから絡んで来たら面倒です。本当に、人の居る所では暴れない、これだけは守ってくださいね?」

 我ながら、なんでこんな危険物と旅をしようと思ったのか理解に苦しむが、楽観で事を進める私の悪癖故と諦めるしか有るまい。

 旅を続けるなら、こんな大きな街に居る時間の方が短いのだから。

 

 自分に言い聞かせて心の安寧を図る私だが、ふと視線を転がして、そこで怪しく目を輝かせるエマの姿を視界に収めてしまえば、ささやかな逃避などあっさりと霧散してしまう。

「まっかせてよぉ! ぜぇんぶ、上手くやるからぁ!」

 心に湧き上がった暗雲がどんどん広がるのを感じる。

 周囲を見渡し、さり気なく地形探知まで使用した私が確認したのは、衛兵の配置や人数では無い。

 

 いざという際の逃走経路だ。

 

 晴天の真昼の、賑わいを見せる領都入り口付近の雑踏。

 こんな目立つ状況で、大虐殺を伴う脱出劇を演じずに済むよう、私は祈りを込めて視線を上空に飛ばすのだが、差し当たって祈るべき神に思い当たらないのだった。




色々と片付いていない面倒事や懸案は有りますが、一時それを忘れて旅情を楽しむのも有りですね。


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幕間・揺れる人形

ワタシハ、ヒトリ。


 フリーの冒険者になったのは、同じ街に居続けなくても不自然ではないから。

 

 オフィス街の歩道、当然のようにとあるビルの前をたまたま歩いていた私が、車道から私目掛けて突っ込んでくる車に気づいた時には、回避の仕様も無かった。

 そこで死んだと思ったのに、それでは終わらなかったのだ。

 

 暗闇に引き摺り込まれたと思えば、私は夜の空の只中へ放り出された。

 

 見たことが無いような満天の星の下、月の光に照らされてうねるように広がる森林を眼下に、私は何処かへと引っ張られていた。

 さっきまで、私は朝のオフィス街に居たはずなのに。

 混乱しながら、私を招く先へと視線を向ければ、そこに有るのは闇より悍ましく冷たい気配を放つ、綺羅びやかな都市。

 

 死にゆく前に見る走馬灯などでは、決して無い。

 こんな景色は知らない。

 

 自分の肉体を知覚出来ない事に気付いたが、そんな事はどうでも良いくらい、目指す先に嫌悪を覚えた。

 

 必死で、泣き喚いて、私はそこへ向かうことを拒んだ。

 そこからどうなったのか、私は覚えていない。

 

 ――次に目を覚ました時には、私は荒屋(あばらや)の天井を見上げていた。

 

 

 

「お疲れ! 特に問題も無い仕事だったし、なにより、アンタと組んだのは悪くなかったね!」

 依頼(しごと)を終えて報酬を受け取り、実に良い笑顔でブラウンの髪を揺らせ、パーティリーダーを努めたルカが私に声を掛けてくる。

 年齢は20歳だと聞いている。

 精悍な、鋭い眼差しなのに何処か愛嬌を感じる、不思議な雰囲気の女性だ。

 この国では成人年齢が15歳らしく、成人前から駆け出し(ノービス)冒険者として活動してきた彼女は、6年目のベテランになる。

「だよねー? アリス、あんた、私達と本格的に組まない? あんたのご飯美味しいしさー」

 そんなルカを押しのけて、キャサリンがややくすんだ金色の前髪の間から目を覗かせて、私に詰め寄ってくる。

 長い前髪は拘りではなく、ただセットするのが面倒なのだそうだ。

 可愛らしい顔立ちだし、隠すのは勿体無いと思うのだが、それを口に出すと怒られてしまう。

 18歳にもなって可愛いと言われるのは心外、だそうだ。

「こらこら、アリスがメッチャ困ってるでしょーが。ルカ、アンタはちょっと反省しな。何が『問題無い仕事だった』だよ、何回か賊共に襲われたでしょうが」

 私に纏わり付く2人を引き剥がし、ルカの首根っこを捕まえたまま、アンナが溜息を()く。

 彼女の故郷では「魔女の血統」と忌み嫌われる銀色の髪を綺麗に纏め、眼鏡が知性を引き立たせる、そんな美貌の持ち主。

 25歳で最年長、だけど髪色と職業のせいで男っ気が無いと嘆く彼女だが、寄ってくる男をことごとく追い返していたら、出会いも何も有ったものでは無いだろう。

 案外、恋人とかそういう存在を必要としていないタイプなのかも知れない。

 

 3人とはダルブの街での臨時パーティメンバー募集で出会った。

 商隊の護衛、護衛団の不足分4名程度の補充の所に、人数合わせで組んだだけだった。

 

「でも、アタシもルカも、キャシーと同意見だよ? アリス、アンタ本気で私達と組んでみる気、無い?」

 

 3人がこう来るであろう事が予測できるほど、今回の依頼(しごと)は順調だったし、何よりも3人とは気が合った。

 私は口元を緩ませて、薄く笑う。

 

「ありがと。でも、私は観光が趣味でね。仲間を私の趣味に付き合わせるのは悪いと、そう思っちゃうんだ」

 

 ここまでで、何度か繰り返した答え。

 そんな理由で断るなんて、そう思っても、いつも同じ表情で答えられてしまっては、流石に根深い拒絶に気がつくというものだ。

 

 私だって、本当は旅を共にする仲間が、友が欲しいと願っている。

 

 だけど、それは叶わない。

 

「またそれ? ホントに頑固だねえ、アンタは。まあ良いや、アンタを口説く機会はまだ有るでしょ。そんな事よりゴハンにしようよ、折角でっかい街に来たんだしさ!」

 アンナに首根っこを押さえられたまま、ルカは溜息を漏らして、それからカラリとした笑顔で言う。

 次いで、「賛成!」「悪くない」と、それぞれの言葉で同意を示すメンバーたち。

 気の良い、本当に良い()()だと思える。

 

 だからこそ。

 

 人形(わたし)は、彼女たちと共に歩く事は出来ないのだ。

 

 

 

 私が逃げ込んだこの身体(からだ)、アリス人形を造った魔導師ヘルマンは、既に諦めていたのだという。

 彼の造った人工精霊はそれ程能力が高くなく、人間ほどの受け答えが出来る程では無かったのだ。

 

 それなりに自信を持てる素体を作り上げ、そこに行き着くまでに自身の財の半分を費やしたと言うが、その先は。

 

 人工精霊は、どれほど研究を重ね、技術を研鑽し、私財が底を突いても尚、納得するレベルには到底及ばなかった。

 人形の出来に自身の限界を思い知らされ、絶望した彼は失意の中で餓死したのだと言う。

 

 私が目覚めた荒屋(あばらや)は、主人の死後、命令を待つしか出来なかったアリスの元の人工精霊が、どうすることも出来ずに朽ちたメンテナンスベースごと横倒しとなり、歳月に任せて荒れ果てた結果だった。

 

 主人を失い泣くだけだった人工精霊は私にその身体(ボディ)を委ねると、あっという間に私の中に消えてしまった。

 

 人工精霊(かのじょ)とのごく簡単な遣り取りで知れたのは、此処(ここ)が地球では無い事、彼女が人工物であり、作り手は死んでしまった事、この世界には魔法が有るのだと言う事。

 弱っていた人工精霊は消えたというよりも、私と同化したに近いのだろう。

 途方に暮れた私が屋敷の地下にマスターの手に依ると思しき書物を見つけ目を通した時、見知らぬ筈のその文字列を読むことが出来たのは、そういう事なのだろうと思ったのだ。

 

 斯くして私は、異世界の地を旅することになった。

 

 人形という、外側の成長が無いので長い間同じ街に暮らすことも出来ず、メンテナンスを行える者も設備も無いので、内部骨格(フレーム)もいつ朽ちるか判らない、そんな半端な化け物として。

 

 

 

 ルカ達との食事を終え、名残を惜しむ彼女たちとは別の宿を取った私は、明日以降の旅に思いを馳せる。

 それなりに纏まった資金は手に入ったが、すぐに旅に出るとなると心許ない。

 もう暫くはこの街で適当な依頼(しごと)をこなすか、それならあの3人と別れたのは気が早かったか、呑気にそう思った私は、不意に感じた息苦しさに、表情を歪める。

 

 あの3人とこれ以上一緒に居れば、別れはもっと辛くなる。

 

 この世界でひとりぼっちなのだと自覚してしまえば、こんなにも胸は苦しい。

 あの時、事故に巻き込まれた時、死にたかったのかと問われれば答えは否だ。

 だけど、たった1人で生きて行くのかと考えると、この旅路の先に光が見出せない。

 

 脳裏に最近見知った2つの顔が過ったが、今よりも尚悪い未来しか予想出来ないその誘いを、私は無視して休眠状態へと入るのだった。




アリス、ガンバッテル、カワイソウ。


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領都にて・平常運転狂騒曲

今回は能天気な2人を、少しだけ長めにお送りします。


 石畳の道に、石造りの建物群。

 遺跡で見たものよりも洗練されているし、何よりも現在も生きている街と言うのは活気に満ちているし、それぞれ違った魅力に満ちているのだと思い知らされる。

 どちらが好きかと問われると、それはその時々によって違うとしか言えないが、現時点で言えばこの街は嫌いでは無い。

 

 人混みが恋しいと思う私では有るが、人が多すぎると鬱陶しく思ってしまう、ちょっぴり我儘なお人形なのだ。

 

「ねぇねぇマリアちゃん、今日は何を食べるぅ?」

 

 私が街並みを眺め、行き交う人々に暖かな眼差しを送っていると、元気一杯の我が相棒が私のスカートを引っ張りながら声を掛けてくる。

 色々思うところはあるが、まずは人様のスカートの裾を引っ張り上げるなどと言う真似はやめなさい。

 私自慢のロングスカートだというのに、そんな風に振り回されてしまっては腿まで露わになってしまう。

 

 ほら見ろ、巡回中の衛兵だか領兵の(かた)が困ったように此方(こちら)を見ているではないか。

 

 恥ずかしいのは私の筈なのだが、何故か目を逸らされるし。

 困った顔なんかもされて、困っているのも私なのだが。

 

「まずは私のスカートから手を離して下さい。朝食は先程取ったばかりですし、今日は……」

 

 エマの行動を掣肘しつつ、私は視線を通りの向こう、特に意味はないが遠くへと視線を向けると、私は胸を張って答える。

「図書館に行きますよ」

「ヤだ!」

 知的好奇心旺盛な私は輝く瞳を持っていた筈だが、相方はそんな事情など一顧だにすること無く、食い気味の否定をぶつけて来る。

 朝イチで早速私のプランを崩しに掛かるとは、やるじゃあないか。

 しかし、私だっていつまでも甘い顔をする訳が無い。

 

 どう言い聞かせてやろうか。

 

 私達は朝の宿屋前で顔を突き合わせ、合わせた目と目の間に火花を散らすのだった。

 

 

 

 私達は宿を取ったが、部屋は質素なシングルであった。

 ボロ宿などではなく立派な宿であり、扉には建付けの悪い所もなく、室内から施錠することも出来、嬉しいことに質素とは言え実に清潔であった。

 聞いたサービス内容も充実しており、部屋のグレードの問題で備え付けの浴室は無いが、宿が提供する大浴場を使用出来る他、頼めば部屋まで湯桶を持ってきてくれるのだそうだ。

 

 私達はどうせ魔法住居(コテージ)に戻るのだし、使わないサービスは全て省いたが、怪しまれても面倒なので浴場の使用料は払っておいた。

 

 食事は1階の食堂まで降りれば注文出来るし、勿論食堂で済ますことも可能だ。

 そんな訳で私達は風呂とベッドは使い慣れたものを使い、食は宿が提供する物を楽しんで旅情を味わったのだが、なんというか、やはりプロの作る料理は良い。

 味は勿論、手間も掛からず、洗い物もない。

 資金に余裕は有るのだし、たまには街の宿を使うのも良いものだ。

 

 食欲を満たし、きちんと就寝して体調を整え――基本的に崩れる体調など無いのだが――朝食まできっちり頂いた。

 本格的に観光を楽しむ前に、街に関する事柄や、その他色々知りたいと思った私は図書館で新聞その他の閲覧をしようと目論んでいたのだが、気がつくと冒険者ギルドなんぞに顔を出している。

 

 我が意を通そうと頑張ってみたのだが、エマが泣き暴れを起こしそうだったので、面倒になった私はエマの提案を受け入れ、街の散策を行うことにしたのだ。

 そうなると、どうせ売り払うものも有るのだからと、通りかかった冒険者ギルドに立ち寄った訳であるのだが。

 

「お嬢さんたち、冒険者に用かな? もし良ければ、話を聞きたいのだが?」

「結構です、カウンターで聞いてもらいますので」

「お? なんだ姉ちゃん、仕事の依頼か? カウンターまで案内しようか?」

「結構です、見えていますので」

「待ちな姉ちゃん、アンタら冒険者か? そんな細腕じゃあ色々困るだろ? 俺んトコで面倒見てやっても良いぜ?」

「結構です、出直して下さい」

「マリアちゃん、すっごく機嫌悪そうだねぇ。()っちゃう?」

「結構です、引っ込んでて下さい」

 

 童顔少女系のエマとそれなりに整った顔立ちの私は、思った以上に悪目立ちしてしまっているらしい。

 

 軽薄そうなのから粗野な悪人顔まで、いろんな種類の男が代わる代わるに声を掛けてくる。

 まともに応答するのも面倒なので一言で済ませていれば、仕舞いには相方が調子に乗って(からか)ってくる始末。

 午前中ということも有るのか、立ち塞がったり腕を捕らえようとする輩が居ないのは良いのだが、代わりに気軽に声を掛けてくる男が多すぎる。

 

 冒険者ギルド内の風紀管理はどうなっているのか。

 (おもて)でやったら衛兵さんやら領兵さんに叱られるだろうから、と言う理由も有りそうだが。

 

「アンタら、何やってんだい? 此処(ここ)はアンタらにゃ無縁の場所じゃないのかい?」

「結構です、用が有るから此処(ここ)に……はい?」

 

 掛かった声に脊髄反射で答えた所で、その声に聞き覚えが有る事に気がついて、顔を上げて視線を向ける。

 

「その様子だと、さんざ冷やかされたみたいだね。奇遇っつーか、会いたく無かったっつーか」

 

 ストレートの金髪を面倒そうにかき上げ、アリス人形が人間のフリをしてそこに立っていた。

 

 

 

「……そんな格好の、冒険者どころか旅人にも見えない女があんなトコに居たら、目立つに決まってるだろうに。しかも何だあの素材類の山は。カウンターに行ったほうが余計に目立つとか、漫画かなんかか?」

 

 ナンパされるわ冒険者に勧誘されるわ、素材を売ったら売ったで三下に絡まれそうになるわ、面倒臭さの極致でいっそ暴れてやろうかと思ったのだが、アリスがギルド職員を焚き付けて冒険者共を散らし、てんやわんやで冒険者ギルドを脱出した私達は大通りの途中にある広場の露天で飲み物など買込み、噴水際のベンチに腰掛けていたりする。

 

 持ち込んだ量が多すぎて少しばかり値切られたものの、概ね相場通りの値段で買い取って貰えたお陰でそこそこの収入になった。

 使えそうな骨類や毛皮など、私達にとっては不要であっても手を抜かず、丁寧に剥ぎ取っておいて良かった。

 

「残念な事に現実の出来事ですよ、目を背けないで下さい。旅をすれば獣や魔獣に襲われるなんて日常ですし、魔法鞄(マジックバッグ)のお陰で素材が痛むことも有りませんからね」

 アリスの手を借りて幾つかの面倒事を回避出来た事に感謝の念は有るが、それにしても言い草が気に入らない私はそこそこ冷たい態度が言葉に乗ってしまう。

 素直な気持ちなのは間違いないが、もっと素直に、謝罪の言葉くらいは掛けねば人道に悖るだろう。

 

 人形だけど。

 

「ともあれ、助かりました。あのままでは、エマより先に私が爆発しそうでしたので」

 

 私が素直に頭を下げると、まず驚いた顔を浮かべた後、酷く嫌そうな表情(かお)を私に真っ直ぐに向けてくる。

「アンタに礼を言われるのも不気味だけど、まさか助けた私のほうが安心するなんてね。アンタが暴れだしたら、止められるヤツなんてこの街には居ないんじゃないか?」

 嫌そうな顔のまま、アリスは私とエマを交互に見る。

「エマなら、私を止められるでしょう?」

「そいつはアンタと一緒に暴れるだろうが」

「そうだねぇ」

 心底不思議な私が問い掛けるとアリスは間髪入れずに言い切り、エマは楽しそうに笑う。

 私は反論を探すが、驚いた事に、返す言葉が見つからない。

 なんとなく周囲を見回してみるが、当然の如く、助けてくれそうな者どころか、見知った顔のひとつもない。

 

「商隊と一緒に行動していたと思ったのですが、随分と早い到着ですね?」

 

 仕方がないので話題を変えれば、アリスは肩を竦めて嘆息する。

「こっちの台詞だよ、そりゃあ。アンタらより2時間くらい遅れて出たし、アンタらの事だから人目が無いところじゃ走るだろうと思ったんだけど?」

 アリスの疑問も尤もだが、此方(こちら)にも尤もな言い分は有る。

 負けじと肩を竦め、私が口を開く。

「残念な事に随分領都に近かったのです。完全に人目が無い、そんな区間が無かったのですよ」

 私の回答に、さすがに納得顔でアリスは頷く。

「なるほどね、そりゃそうか。しかしなんつーか」

 大きく伸びをして金色の髪を揺らし、アリスは空を見上げる。

 釣られて空に目を向けた私だが、見事に晴れ渡った空には掛かる雲が少ない。

 

「腐れ縁みたいで、なんだか凄くヤだな」

 

 青い空を見上げ、雲を探して視線を彷徨わせた私は、アリスの暴言に即反応したものかどうか。

 屋台の串焼きを頬張りつつ、頭を悩ませるのだった。




何処で有っても、自分に非が有るとは少しも考えない様子です。


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領都にて・はじめてのお願い

親愛の挨拶だと思いますよ?


 腐れ縁と言うのは、ひょっとして暴言の類だろうか?

 少なくとも親愛の情は感じない言い草である。

 

 実際の所、先日知り合ったばかりで腐れ縁と呼ばれる程、私は相手に踏み込んでは居ないし踏み込まれても居ないと思うのだが、どうだろうか。

「なんですか? 私達と連れ立って旅をしたいとでも?」

 無いとは思うが、嫌がらせも込めて声を掛けてみると、意外なことにアリスは驚いた顔をしてみせた後、考え込む様に青空を見上げ、そして此方(こちら)に向け直された顔は酷く嫌そうなものだった。

 

 そんなに手順を踏む必要が有っただろうか。

 

「アンタらと旅なんて、ゾッとしないね」

 態々時間を掛けた答えは想像通りのもので、寧ろ安心してしまう。

「えぇー? なんでぇ? すっごく楽しいと思うのにぃ?」

 そんなアリスの態度に、エマは不満げだ。

 

 アリスが私達と行動したくない理由のひとつに、エマの存在と彼女との実力差が有りすぎる恐怖、というか不安が有ると思うのだが、まあ、エマ本人にしてみればどうでも良い事なのだろう。

 私にしても、どうでも良い事だ。

 

 アリスは案の定、嫌そうな顔が崩れることはない。

 

「まあ、どちらでも構いませんが。そんな些事は()(かく)として、お訊きしたいことが有るのですが、宜しいでしょうか?」

 こんな事に時間を使っても仕方がない。

 私は人形が3体も顔を合わせている状況で思い出したことが有り、アリスに真っ直ぐに視線を合わせて口を開いた。

「私にとっては大事(おおごと)なんだけどな……。まあ良いや、で? 聞きたいことって、なに?」

 アリスは気持ちの切り替えがイマイチ上手く出来ない様子では有ったが、私の視線を受け止めて目を逸らす事もなく、しかし面倒くさそうに応える。

「鉱石、主に魔法銀(ミスリル)が欲しいのですが、何処か伝手は有りませんか?」

 私はそんなアリスの内心など全く興味が無いので、構わずに希望を伝える。

 そんなアリスが口を開くより先に浮かべた表情は、胡散臭そうという思いと驚愕とが混ざりあった、あまり見たことのない種類のモノであった。

 

 

 

 アリスの案内で連れてこられた建物は、いわゆる販売店とは趣の違う物だった。

 鍛冶屋と言われてイメージする物とも違う、無論武器屋などではない。

 敢えて私の知る範囲で近しいものを挙げるなら、倉庫だ。

 

 見たままで恐縮だが、他に表現方法が思い付かない。

 

 そんな倉庫の入り口から見上げる建物は当然のように巨大で有り、冒険者というのはこういう場所にも出入りするのかと場違いに感心してしまう。

 訝しげな視線を向けられたのでその旨伝えてみたのだが、アリスは深々と溜息を()いた。

「そんな訳無いだろ。私はたまたま受けた依頼で伝手が出来たってだけだよ。普通は、鍛冶屋かここの従業員くらいしか来ないだろ」

 どうやら私は冒険者に夢を見過ぎているらしい。

「欲しいもんが魔法銀(ミスリル)なんてモンになると、こんなトコでも無きゃ難しいだろうさ。売って貰えるかはアンタ次第だろうけど、まあ、行ってみようか」

 アリスは建物を見上げて呆けている私を置いて足を進め、エマに手を引かれてその事に気が付いた私は少し慌ててその後を追った。

 建物とは言え倉庫、その広い敷地内に積み上げられた鉱物類の詰め込まれた巨大なコンテナ、そういった物の陰に入られては見失ってしまいかねない。

 アリスはもう少し、そういった細かな気配りを身に付けるべきだと思う。

 

 立場が逆なら、ボーッとしてるような者など私も置いていくだろうが。

 

 忙しなく行き交う従業員達が好奇の視線を寄越してくる中を、アリスの背を追って早足で歩く私とエマ。

 冒険者が来るだけでも珍しそうな様子なのに、その冒険者に付いてくるのはメイド服の女2人。

 

 ……ひとりはメイド服の改造の度が過ぎて、もはや何者かも判らない有り様では有るが。

 

 物珍しさに倉庫内を見回しがちな私を引き連れて、奥まった位置にある事務所的な小部屋のドアを、アリスは躊躇なく押し開ける。

 

「おーい、居るかい? 客を連れて来たんだけど?」

 

 幾ら何でも無礼が過ぎるだろうと呆気にとられる私が見守る中、アリスは気にする様子も無く、慣れた様子で室内に声を投げた。

「あン? なんだ、跳ねっ返りのぼっち冒険者が、客を連れて来ただって?」

 室内から漏れる声は、私が想像していたものとは少しばかり違う。

 

 性別的な意味で。

 

 私は意味もなくエマと顔を見合わせる。

「なんだい、お前ら! 用が有るのはお前らだろ! 早く入ってきなよ!」

 そんな私達に痺れを切らせた様に、アリスが此方(こちら)に怒鳴る。

 それ程待たせては居ないし、怒鳴るほど距離があいている訳でも無い。

「そんなに大きな声でなくても聞こえていますし、許可もなく入室出来る訳が無いでしょう?」

 アリスに憎まれ口を返してから、私は事務所の入り口で室内に居る人物へと顔を向け、そして頭を下げる。

 

「お忙しいところ、失礼致します。本日はご用立てて頂きたい物が御座いまして、お邪魔させて頂きました。旅人のマリアと申します」

 

 そこに居た人物はすぐには答えられない様子で、頭を下げた私とアリスとを見比べている。

「……あ、え? あ? ええと、こりゃ丁寧にどうも?」

 面食らった、そうと判る様子と声で、責任者と思しき人物はまずは私に頭を下げる。

 いや別に、アナタは頭を下げる必要は無いだろうに。

 

 律儀なお方だ。

 

「あー、私はココの責任者やってる、アネットってんだ。んで、入り用ってのはなんだい? ま、取り敢えず適当に座っとくれよ」

 

 赤い髪を頭の後ろで纏め、丸い眼鏡の奥に人懐こい瞳を隠した長身、細面の女性。

 アネットは簡単に自己紹介すると、商売人とは無縁そうな人懐こい笑顔を私に向け、そして私達に入室と着席を促してくれた。

 

 鉱石関係の扱いを行う商会、だろうか?

 そこの責任者が女性とは思わなかったし、その女性が割りと人の良さそうな美人さんとはもう、完全に想像の外側だった。

 

 想像と違いすぎて戸惑い、ある意味呑まれた私を放っておいて、アリスは勝手に室内の備品を弄って茶などを淹れ始めている。

 自由奔放も度が過ぎると思うが、私には言われたくは無いだろうな、そんな事をぼんやりと思う。

 

 本当に此処(ここ)で希望の物が手に入るのか、とても不安な気持ちになったが、私はそっと自分の気持から目を逸らした。




思ったよりも、アリスも自由人である様です。


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領都にて・楽しいお買い物

色々と段階を飛ばしている気がしますが、大丈夫なのでしょうか?


 概算では有るが、金貨1枚あたり日本円にしておよそ20万円程度になる。

 銀貨1枚はその100分の1、銅貨1枚は更に100分の1だ。

 私の知っている範囲での比較による概算で、当然のように偏見も混ざれば思い込みも有るのだろうが、結果買い物が出来れば問題は無い。

 

 重要なのは価値を知っている事と、必要に応じて運用する事だ。

 

 

 

「はぁ? 魔法銀(ミスリル)が欲しいからウチに来た、だぁ?」

 

 アリスの淹れてくれたお茶は華やかな香りを立ち上らせ、その味わいはすっきりとしていた。

 意外な特技と言うか、私では同じ茶葉を使用してもこうはならないだろうな、と、ぼんやり考える。

 

 同じお茶を嗜みながら、アネット女史は怪訝そうな表情を隠そうともせず、胡乱げな視線を無遠慮にぶつけてくる。

 

「はい。纏まった数量が必要ですが、私個人では伝手も無く、どうしたものかと思っていたのです」

 

 私はアネット女史の視線を真っ直ぐに受け止め、真顔で返す。

 返された方は視線を転じ、私を此処(ここ)へと導いたアリスへじっとりとした半眼を向けた。

「なんだいその目は。私は客を連れて来たって言ったろう? 何の文句が有るってんだ?」

 所謂ジト目を受けながら、アリスは悪びれもせず口を開く。

 アリスの態度があんまりなのは同意出来るが、アネット女史の態度の方も納得と言うか、そこそこ理解出来無い事もない。

 

 魔法銀(ミスリル)の購入には資格も許可も必要では無い筈だし、実際、私はベルネである程度購入してもいる。

 だが。

 

「確かに客とは聞いたがね……。ウチは一般小売なんてやってないんだがなぁ」

 

 アネット女史はガシガシと頭を掻き毟ると、深々と溜息を()いた。

 

 

 

 アリスに連れられてこの事務所に顔を出した当初は、この倉庫を取り仕切るというアネット女史は非常に上機嫌であった。

 しかし、私が個人で魔法銀(ミスリル)を求めている、と言う事を理解すると、途端にその表情は曇った。

 

 そして先の台詞へと続く。

 

「……アリスよお。お前さんには世話になったし、これからもシゴトを頼みたいと思ってるんだ。そんなお前さんにこんな事言いたかないが、これはちょっとなあ」

 

 困ったような怒ったような、そんな微妙な顔を上げると、アネット女史は胸のポケットから煙草を取り出し、迷わず咥える。

 仮にも客人の前で、なかなか剛毅なお方だ。

「ウチは鍛冶屋だったり資材屋だったり、事によっちゃあ商業ギルドそのものが取引相手だ。売るのは1キロ2キロなんてケチな数字じゃ無いし、当然(カネ)だってアホみたいに掛かる。お嬢さん、アンタ、どれくらい必要で、予算は幾ら用意してきたんだ?」

 煙草に火を着けながら私に向けられたその目は商売人と言うには些か鋭く、しっかりと私の瞳を捉えている。

 この段になって漸く、私はアネット女史の態度に合点がいった。

 

 なるほど、冷やかしだと思われているのか。

 

 まあ、普通に考えたら此処(ここ)は問屋と言って間違いない場所なのだし、一般の人間が買いに来る場所ではない。

 問屋直で売買出来るなら、一般小売店は必要無くなってしまう。

 

 連れてきたのはアリスであって、私は問屋に連行されるとは思っていなかったのだが、知らなかったで済ませるには要望を素直に話し過ぎた。

「格好からして、何処ぞの貴族様か大店の使用人かと思ったんだが、そうじゃ無いとなるとなあ。どうせ武器が欲しいとか言う冒険者かなんかだろうが、ウチはそういう小さい商いはやってないんだ、悪いが他所を当たってくれ」

 紫煙を(くゆ)らせ、子供に言い聞かせる様に言うと、アネット女史は口を閉ざして視線を小さく巡らせる。

 駆け出しで資金に余裕のない冒険者が、見栄の為に無茶を言いに来た、そんな理解なのだろう。

 冒険者扱いされてムッとする私と、そんな私を見て吹き出すアリス、我関せずに茶菓子を頬張るエマ。

 3者3様の有り様を見て、アネット女史はほんの僅か、不思議そうな表情を浮かべる。

 

 少しだけ気を悪くした私は、きちんと話をするべきだと理解した。

 

「申し訳ありませんが、私は冒険者ではありません。そして、ある程度纏まった数量が必要だと申し上げた筈です」

 

 いきなり怒鳴るなどという不躾な真似は出来ないし、そんな気も起きない。

 冷静に話を進めようと、内心の苛立ちを抑え静かに言葉を紡いだのだが、アリスはびくりと肩を震わせ、アネット女史は息を呑んで表情を強張らせる。

 

 反応が過剰な気がするが、言葉を連ねるならこの機を逃すべきではないだろう。

 

「予算で言うなら、金貨3000枚は最低限用意しております。ベルネの鉱山が安定して稼働している現在、魔法銀(ミスリル)の相場は、インゴット加工されているものでも500キロは買えると思ったのですが、間違いは無いでしょうか?」

 

 用件は簡潔に述べるに限る。

 此方(こちら)の予算、相場を全く知らない訳ではない事、そして希望する数量。

 アネット女史の言う通り、数キロ程度のミスリルが欲しいだけなら、鍛冶屋に行って相談するか、鉱石なりインゴットなりを扱っている店を探せば済む。

 だが、私が欲しいのはトン単位の纏まった数量で、ベルネでは伝手もなくそこまでの量の魔法銀(ミスリル)を入手することは出来なかったのだ。

 

 決して安い出費ではないし、正直手持ちの金貨は3000と数十枚しか無い。

 手持ちのほぼ全てに匹敵する枚数を此処(ここ)で放出するのは痛い。

 

 だが、この先いつ人形やら化け物やらとやりあって、どれだけ破損するか不明である以上、出来る用意はしておきたいのだ。

 ベルネで衛兵手伝いをして得た収入はほぼ貯金に回っていたし、何よりも大きな資産的要因として、魔法協会(ソサエティ)で悪友達と悪ノリで作った幾つかの魔法道具、特に一般家庭用の魔導式ボイラーの特許料が大きく、今ならギリギリ手に入る。

 

 そう言えば魔法協会(ソサエティ)にも商業ギルドにも暫く顔を出していないが、もしかしたらまた少し特許料が溜まっているかも知れない。

 権利者失踪とかでその辺の権利が有耶無耶になる前に、一度顔を出しておこう。

 

 住居は持ち歩いているし、食事にしても備蓄が有るので、贅沢をしなければ賃料も食費も暫くは掛からない。

 街にいる間はある程度の贅沢はしてみたいが。

 

 私の具体的な要求に、アネット女史はあんぐりと口を開けて、私を凝視している。

「は……? 金貨3000枚? 用意出来てるってのか? 確かに今の相場なら、インゴットでも1トン近くは行けるけど……」

 ただの冷やかし程度にしか思っていなかった相手からの、まさかの要求。

 驚きはしたがまだ信じられない、そんなアネット女史の眼の前で、私はテーブルの上に右の掌を伏せ、それを横にずらす。

 

 そこに現れるのは、重なり合って列をなす50枚の金貨達。

 いきなり全額見せる事も考えたが、即支払うなら()(かく)、流石にこの場で「はい売ります」となるか、空気が怪しい。

 回収する手間を考え、取り敢えず「少なくとも頭金はありますよ」程度のノリで留めておくことにしたのだ。

 

 通じるかはまた別の話だが。

 

「どうぞ、ご確認下さい」

 

 呆気にとられたアネット女史だったが、恐る恐る手を伸ばすと、私の前から金貨を数枚抜き取り、仔細を確かめるように表裏を返す。

「本物だな……。いや、それでも本来、飛び入りの一般さん相手に売るモンじゃ無いんだが……」

 金貨を眺めたまま、呆然と呟く。

 私の隣に腰掛けているアリスもまた、信じられない、と言った顔で私とテーブル上の金貨を見比べている。

 

 犯罪絡みの(カネ)とでも思っているのかも知れないので、後できちんと説明しなければなるまい。

 ……そう言えば、私の資金の一部は、殲滅・解体した盗賊達の資産も混ざっては居たか。

 

「どうしてもお売り頂けないのであれば仕方がありませんが、ぜひ御一考下さい。また、私としましては魔法銀(ミスリル)は取り敢えず500キロ有れば十分と考えておりますので、もし余るのであれば、その分でニッケルとクロムも少々ご都合頂きたいのですが、それも合わせてご検討頂けますと幸いです」

 本当はトン単位で欲しいのだが、手持ちと相談すればこの辺りが限界だ。

 商業ギルドで幾らか懐に入るかも知れないとは言え、当てにし過ぎたら火傷をしかねないし、無理も出来ない。

 

 此処(ここ)まで限りなく腹を割ってみたものの、アネット女史の様子から考えると、売って貰えるかどうかは半々、いや、もっと低いかもしれない。

 ダメであっても泣かない心積もりは必要だ。

 

 金貨を見詰めて考え込む責任者さんに、私は祈る気持ちで視線を送る。

 

 私の右隣のエマは暇そうに、私の前の茶菓子に手を伸ばしていた。




私の身体(からだ)で泣くのはやめて下さい。


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領都にて・散財、そこそこダイナミック

定期的なメンテナンスの為の資材確保は重要です。


 アネット女史は悩んだ挙げ句、その場での売買契約は成されなかった。

 と言うより、現状用意できている魔法銀(ミスリル)インゴットは取引が確定しており、500キロも他に回す余裕は無いのだという。

 

 無い袖は振れぬと言うし、まあ、仕方があるまい。

 

 次のインゴット群が出来上がるのが2日後とのことで、そちらはまだ買い手も付いて居らず、当日までに私が3000枚の金貨を用意して来れたら販売して貰える手筈になった。

 流石に50枚程度を見せた所で同じものがあと2950枚有るなどと、そうそう信用出来る訳が無いだろうし、強硬に主張しても私のどうでも良い自尊心以外は何も満たされないので、素直に話を合わせておいた。

 折角時間も取れたし、商業ギルドに用事が有ったことも思い出したし、空いた時間で顔を出すのも有りだろう。

 

 いや普通に考えたら、次の行動は商業ギルドに顔を出すのはマストだな。

 

「まあ、本当に買う気が有るんだったら明後日、またココに来てくれ」

 アネット女史の言葉を合図に私達は立ち上がり、アリスを先頭に私達は倉庫を後にした。

 その後、何故か嫌がるアリスに案内を頼み、早速商業ギルドへと足を向け、エマはキョロキョロと楽しそうに街並みのあちこちに視線を走らせながら、素直に私達に着いてきた。

 

 これでエマが勝手に暴走を始めたら魔法銀(ミスリル)どころの騒ぎでは無くなってしまうので非常に助かるが、素直過ぎるのも不気味である。

 

 そんな感じで時間を使い、私達は夕暮れ時に一度解散し、2日後の朝に(くだん)の倉庫前で待ち合わせる事にした。

 今更案内など無くても構わないのだが、アリスの方から自発的に言って来ているのだし、私の方には特に拒む理由も無い。

 暇を持て余したエマが暴れだしたとしても、一緒に居てくれるなら肉盾程度には役に立ってくれるだろう。

 

 初めて訪れた街の商業ギルドで、特許料の受け取りに全く顔を出さなかった事について説教される私を笑って見ていた者など、その程度の扱いで充分であろう。

 

 まあ、お陰様で手持ちの金貨が2000枚増えたのだから文句は無い。

 商業ギルドの都合から預けている分もそこそこ有るし、暫くは本当に資金に困ることは無さそうだが、その分を合わせても今回の魔法銀(ミスリル)購入増量に、と言う訳にはいかない。

 私の方に余裕が出来たからと言って、向こうが此方(こちら)に回す分を増やせる訳では無いのだから。

 やるとするならその次以降の取引になるが、インゴットを精製するのにはそれなりに時間も掛かるだろうし、その頃には私もエマもこの街に飽きているだろう。

 

 魔法銀(ミスリル)の扱いの有る街に着くまでに、私の手持ちが尽きないことを祈るしか有るまい。

 

 

 

 アネット女史との約束通り、此方は金貨3000枚を用意して倉庫まで出向くと、彼女側は魔法銀(ミスリル)600キロとニッケル600キロ、クロム900キロをそれぞれ用意して、無事に取引は成立した。

 思ったよりもクロムが多かったが、それよりも魔法銀(ミスリル)を予定よりも多く用意してくれていた事に驚いて尋ねると、今の相場ではこれで適正なのだと言う話だった。

 

 寧ろ手数料を多めに抜いてあるから心配するなと言われたのだが、その説明で安心し、かつ信頼出来るお人好しがどれほど居るのか、是非紹介して欲しいものだ。

 

 アネット女史としては私の資金源が不審だと言うので、ベルネで開発された改良型ボイラー他幾つかの権利者で有ると説明した。

 それを聞いたアネット女史の納得したようなそうでもないような微妙な表情は、それなりに印象的であった。

 まあ、私は権利を持っているだけで、実際に開発したのは悪ノリ大好きなベルネの魔法協会(ソサエティ)の悪友たちなのだが、そう言うとより一層微妙な表情を浮かべていた。

 

 ベルネの魔法協会(ソサエティ)メンバーは特に変わり者、と言う噂は、もしかしたら事実なのかも知れない。

 

 

 

「さて、それじゃあ私ももう、お役御免ってトコかね?」

 アリスが大きく伸びをしながら言う。

 

 均整の取れたボディに纏うのは厚手の生地のパンツにグリーヴを当て、上半身は厚めの生地の半袖で胸元を革紐で留めるシャツ、その上に革の胸鎧を着込んでいる。

 腕にはやはり革製のガントレット……革製だし、長手袋亜種と言ったら怒られるだろうか。

 その出で立ちは何処から見ても立派な駆け出し冒険者なのだが、これで冒険者ランクはCの中堅なのだという。

 

 私達には及ばないとは言え、人間など遥かに超越したレベルだというのにCランク冒険者なのは、本人が積極的に仕事を選んだ結果なのだという。

 ギルドカードに記載されている情報は虚偽だらけで、レベルに至っては60なのだとか。

 まあ、素直に登録されてしまえばレベル580の化け物だ。

 面倒事しか起きまい。

 

「そうですね、非常に助かりました。お礼に魔法銀(ミスリル)インゴットの欠片くらいならお渡ししますよ?」

 私は意図的に笑顔を浮かべ、アリスに向けて腰を折る。

 向けられた方は、憮然とした顔を隠す気も湧かないらしい。

「……アンタには人様に感謝するとか、そういうのは無いのかい?」

 アリスの反応は実に素直で、大変に清々しい気分になれる。

「ダメだよぉ、マリアちゃん。アリスちゃんをいじめちゃ可哀想だよぉ」

 そんな私とアリスの間に入り、エマが伸び上がるようにして私の顔を覗き込んで来た。

 

 ……エマは、その本性はただの戦闘狂っぽいのだが、意外と心優しく素直な性質も秘めているのかも知れない。

 

 そこに可愛らしさを見出すには、初遭遇時のインパクトが大きすぎるし、喜々として人間解体する有り様をこの目で見ている私にはとても無理な話なのだが。

「エマちゃんは素直で優しいね。それに引き換え性悪メイド人形と来たら……」

 そんな真実を知らないアリスは、人形らしからぬ優しい表情(かお)でエマの頭を撫でてやったりしている。

 

 そいつは私など足元にも及ばぬ冷血な化け物なのだが、知らないというのは恐ろしいものだ。

 

 と言うか、アリスはマスターの命令とか、そういったモノは無いのだろうか?

 いやまあ、全ての人形師(マスター)が人間を嫌ってるとか、憎んでるとか、そんな事は無いと言うことは理解(わか)る。

 しかしそんな善良な人形師(マスター)とその人形を見た事が無いので、今一つ理解出来ないのだ。

 

「まあ、聞き流しますよ。貧弱C級冒険者をいじめるのも、確かに可哀想ですからね」

 疑念と言うには些細なそれを押し潰して、私はアリスに目を向ける。

「ハッ、言ってろ。いつか絶対、お前は泣かすからな」

 私の視線を受け止め、アリスは心底嫌そうに口をへの字に曲げる。

 出来ない事は口にしない(ほう)が良い、そう思った私が口を開こうと思ったが、それよりも僅かに早く。

 

 街に鈍い、決して小さくない爆発音が響く。

 

 咄嗟に音の方へ視線を向けるアリスと、反射的にエマを確認する私。

 幸いエマは何もしておらず、不思議そうに私を見返している。

 気まずい私はアリスに遅れて視線を巡らせ、通りのはるか先、建物達の向こうから上がる煙を目にする。

 

「おいおいおいおい、あっちはギルドの方だぞ? 悪いな、なんか有ったかもしれないから私は行くよ。出来れば、もうアンタらとは縁が無いと良いな!」

 

 アリスは音の出処に当たりを付けると、少しだけ顔を此方(こちら)に向けてやや早口で言い、そして駆け出した。

 金色の髪をなびかせて走るその背を見送って、捨て置かれた私とエマは顔を見合わせる。

「どうしよぉ? 面白そうだし、見に行ってみるぅ?」

 エマは玩具を見つけた顔で、楽しそうに言う。

「あまり不謹慎な事を言うものではありません。それはさておき、暇ですし、行ってみましょう」

 当面の用事も済んで心が軽くなった私は、一応エマを窘めてから、する事もないので素直にエマの提案に乗る。

 

 トラブルも、観光のスパイスだ。

 

 エマが暴れだした訳でも無し、自分に累が及ばないとなれば、実に気軽に他人の不幸を楽しめる。

 青い空に立ち上る黒煙を目印に、私は相棒と、特に急ぐでもなく歩き始めた。




他人の不幸を楽しむ時には、それを表に出さないような努力が必要です。


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領都にて・混乱の予感

人の不幸が好きそうな人形と、理由はどうあれ暴れたい人形です。


 お目当ての魔法銀(ミスリル)をそこそこの数量入手し、案外ご満悦な私。

 何故かニコニコで、今の所暴れだしそうな気配が見えないエマ。

 

 ご機嫌な2()が上機嫌で小走り(当人比)で目指す先は、冒険者ギルドが有ると思しき方向。

 

 白昼に突然響いた爆発音と立ち上る黒煙に、通りを行き交う人々も足を止めて視線を一方向に集中させている。

 巡回中の衛兵や領兵は慌ただしく何か言い合いながら、数名がその視線の先、私達が向かう方向へと走り出す。

 そんな様子を視界の(はし)に収めながら、私はふと表情を曇らせて、そして小さく呟く。

 

「エマ。厄介事ですよ、良かったですね」

 

 どうやら現場が私の探知圏内に入ったらしい。

 人が多すぎるし、何よりただの事故だったら本当に野次馬の一部になって終わる筈だったのだが、その反応は「黄色」だった。

 

 白い生体反応群の中で、どうやら建物内部から次々と飛び出して来る黄色い反応の群れ。

 大きな建物だし、記憶と照らしても、位置的に冒険者ギルドで間違い無さそうだ。

 

 それなら「黄色」は冒険者なのでは? と思うかもしれないが、それは私の説明が足りていない所為だ。

 探知に於ける反応のうち、白は使用者、つまり私にとっては無害なモノ。

 赤は危険な存在。

 そして、黄色は注意を要するモノ、という訳だ。

 

 レベル70で大ベテラン、80越えは滅多におらず、90もあれば英雄扱い。

 人間種に限らず、生物はレベル100到達が非常に高い壁になっていて、そんなレベルに到達する前に寿命が尽きるのが普通だ。

 壁を超えさえすれば、そこからは比較的容易にレベルが上がるらしいが、それでも普通は寿命には勝てない。

 

 そして、そんな壁を越えられない存在では、私にとって「黄色」で表示されるような存在にはなり得ない。

 

 因みに、青は友好的なモノで有り、私と並走しているエマも今のところは青く反応している。

 現場近くで黄色と交戦しているらしい青は、これはアリスだろうか。

 

 あれが友好的と言うのもすんなり納得出来るものではないが、まあ、敵対したい訳でも無し、放って置いても良いだろう。

 

「厄介事っていうかぁ。アレってただ面倒なだけだよねぇ。つまんないねぇ」

 

 エマも探知なり探索なりを使ったらしく、しかしその台詞はあまり楽しそうではない。

 私とエマのレベル差は80ちょっとなので、もしかしたらエマに見えている反応は私とは違っているかもしれない。

 薄い黄色程度だったら、エマもつまらないと思うだろう。

 

 エマには思い出して欲しいのだが、普通の人間はそもそも色付きの反応にはなりにくいのだ。

 

 現在(いま)ではただの虐殺人形から逸脱してしまったらしいエマだが、その事を少しでも考えて貰えたら、とは思う。

 しかし私は、説得の言葉を見つけられずに口を噤む。

 つまらなくとも、相手が弱かろうとも、そうと決めたらそれなりに虐殺は遂行する。

 それがエマの有り様なのだから。

 

「それにしても、空っぽがあんなに沢山いるなんてぇ。あんまり見ないよねぇ、何が有ったんだろぉ?」

 

 どうでも良いことを考え込んだ私の耳に、エマの小声が滑り込む。

 私から仕掛けたので、会話は小声でした(ほう)が良いと思ってくれたようだ。

「空っぽ? どういう事です?」

 私は安堵を胸に抱きつつ、エマの呟きになにやら不穏なものを感じて問う。

 そこそこの速度で移動している私では、集中力の問題で探索までは使えないのだ。

 

「マリアちゃんは初めて会うのかなぁ? 私達と似たような身体(からだ)だけど、中身が空っぽで、命令通りにしか動けないお人形だよぉ?」

「……」

 

 エマは当然の事のように説明し、そして私は言葉も無く空を見上げる。

 

 なんなんだ?

 マンティコアやらグリフォンやら、そんな有名所とか、もっとファンタジー色の強い敵は出て来ないものか?

 トロルでも良いし、ギガースでも、そんな巨大な相手と言うのも悪くはないだろう。

 勝てるならば。

 

 だというのに、私は旅してこの方、魔獣化した野生動物は()(かく)、それ以外に相手したのは人間種と人形だけだ。

 

 魔法も有るようなこの世界だと言うのに、ファンタジー的なモンスターと言うのは、殆ど居ないのだろうか。

「中身が空っぽとは、どういう事です? 言葉のままでは、そもそも動けませんよね? それとも、呪術的なモノですか?」

 気を取り直して、私は更に問いを重ねる。

 私が言うかと思われるかも知れないが、中身がない人形が動くというのは、何とも薄ら寒い物がある。

 そんな(ふう)に想像を逞しくする私に、エマは当たり前のように答えを投げて寄越す。

「違うよぉ? そういうお人形も有るけど、アレはそうじゃ無いねぇ。中身って言うのは、人工精霊の事だよぉ」

 エマのくれた答えに、なるほどと頷く。

 人工精霊が入っていないから、空っぽ、か。

 

 納得はしたものの、しかしすぐに疑問は湧く。

 

「……それはつまり、判断し、制御するモノが無い、と言う事ですよね? 何故動いてるんです? それもあんなに大量に?」

 

 自分の中に沸いた疑問に、漠然とだが思い当たることが有り、私はそれから目を背けるように、極めて間抜けな質問を発してしまう。

 人工精霊(なかみ)の無い、多数の人形。

 どれほど精巧に作られていても、命令を受けて状況を判断し、その身体(からだ)を制御するモノが無ければ動かない筈のモノ達。

 

「そんなの、人形遣いがいるからでしょぉ?」

 

 エマは、あっさりと私の逃げ道を塞ぐ。

 そんな事だろうとは思った。

 だが、そうだとしたら人形遣いを探すのは面倒そうだったので、そうで無ければ良いな、そんな(ふう)に呑気に祈っていたのだ。

 

 呪術人形では、解呪される恐れや呪詛返しでエラい目に遭う恐れも有るし、そうでなくとも強力な代わりにリスクを伴うのが呪術だ。

 そんなリスクを承知の上で、あんな数を動かしているとしたら、下手したら術師は既に死んでいる可能性すら有る。

 

 ただのガワだけの人形を何らかの魔法で動かしているとしたら、その人形は使い手の魔力を超える強さを手にすることは出来ない。

 つまり、ただの人間が魔法で操っているだけなら、そもそも「黄色」で出てくることが無い。

 

 空っぽの自律人形もどきなら、動かせるのならそれは強力な武器になる。

 骨格や人工筋繊維を持ち、強さは完成度に依存する。

 問題は動かす方法なのだが、それさえクリア出来れば理想的な操り人形になるだろう。

 そして、それを操る人形師に極端な実力は要らない。

 最低限、動かす為の何らかの方法、それさえ有れば良いのだ。

 

 ……だからと言って、実行するだろうか?

 それも、あんな数を同時に?

 動き回るので数えるのも面倒だが、20体は居る。

 

 案外少ないと思うかも知れないが、私から見て警戒色が出ていると言うことは、レベルで言えば200から300程度は有るだろう。

 エマでさえ「面倒」と言っていたのだから、レベル300前後の可能性が非常に高い。

 

 普通の冒険者にとって、1体でも絶望的な化け物が20体も湧いて出た訳だ。

 ゲームなら、文句でも言いながら電源を落とせばそれ以上見なくて済むが、残念ながらこの世界では実際に起こっている事だ。

 混乱から立ち直れない者、素直に逃げ遅れた者達は、文句を言った所で状況は少しも良くならない。

 

 私は小走りを続けながら、溜息を漏らす。

 

 既に生命(いのち)を散らした者はどうしようも無いが、なんとか生き延びている者は、きっと。

 颯爽と化け物を打ち倒せば、感謝と賛辞を惜しまないだろう。

 

 アリスが健闘して居るし、時間さえ掛けて良いなら彼女1人で片は付くだろうが、その時間の中で、どれほどの冒険者が、兵士が、一般人が死んでいくだろうか。

 

 私はどれだけ力が有ろうとも、小心者で目立ちたくない、ただの無責任な野次馬だ。

 彼らを助ける心算(つもり)など無いし、火の粉が降り掛かるまでは傍観者で居ようと思っている。

 

 ちらりと視線を横に向ける。

 

 そこには、傍観者で居る心算(つもり)など全く無い、しかし英雄願望とは無縁の、ただ暴れたいだけの。

 つまらないとか面倒とか、そんな類の事を口にしていた筈のエマが。

 その顔を、実に楽しそうな、酷薄で慈悲のない笑みで飾っていた。




ろくでなし人形はともかく、火薬増量癇癪玉人形がヤる気の様です。


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領都にて・冒険者ギルド襲撃

まるで他人事の2体ですが、サブタイトルは彼女達が犯人の様に見えます。


 冒険者ギルド周辺は、大混乱だった。

 冒険者ギルド前は広場になっているのだが、そこは現在(いま)となっては血の海だ。

 

 逃げ惑う群衆の只中で野次馬を決め込む私は、努めて落ち着いてその様子を観察する。

 

 廃棄人形(できそこない)、レベル280。

 自律人形に成り損なった残骸は、嬉しいも悲しいも感じる事が出来る状態ではなく、ただ、手近な得物に襲いかかり、哀れな獲物の血飛沫を撒き散らしている。

 その姿は人間に近いのだが、決定的に、醜悪な程に別物だった。

 

 この広場で暴れる廃棄人形(できそこない)の全てが全て、残らずに頭部が無かったのだ。

 

 

 

 自律人形の素体を元にしていると思われるが、私やエマ、アリスとは全く別物のそれら。

 それは頭部の有無ではなく、そもそもの構造の話だ。

 

 私達は、構造としては基本的に人類を模している。

 内部骨格(フレーム)を基本として、それを動かす為の人工筋繊維を纏い、魔力炉を擁し、内部骨格(フレーム)内部にはこの身体(からだ)を動かす為の魔力を行き渡らせるための導力線が組み込まれている。

 内臓とも言うべき器官は殆どがダミーで、胃袋に当たる部分は亜空庫になっている。

 この亜空庫は肉体を維持する物を貯蔵し、必要に応じて使用する為だけのものだ。

 

 それ以外は殆どが、皮膚ですら、本当の私の姿を隠すためのダミーでしか無い。

 

 人形と言うにはまだるっこしい構造だが、そのお陰で、不用意に人と触れ合っても違和感を持たれ難い。

 人の中に紛れるには、悪くない造りなのだ。

 

 眼の前で暴れる廃棄人形(できそこない)が私達とどう違うのかと言えば、あれ――見る限り女性モデルなので、以降は彼女達と呼称する――は、外骨格式、である。

 

 人間大の、人を模して造られただけの、関節を仕込まれた人形。

 私はビスクドールの知識は無いのだが、趣味の兼ね合いで入り浸っていた街で、素人目にはよく出来た人形を見ていたことは有る。

 

 あれがどの程度の可動域を持っているかは判らないが、ショールームで眺める限りでは、案外自然なポーズを取っていたと思う。

 少なくとも彼女達は人の動きを再現する以上、あのドール達よりは良く動くのだろうが、外骨格式で人間の動きを再現しようとしたら構造にかなりの無理が出るだろう。

 

 肩を「上げる」という動作を再現するだけの為にその構造が複雑化している事が、傍目(はため)で見ているだけでも良く分かる。

 

 普通に想像する様な人形が動く、と言うのは、一部では根強いロマンなのだろうが、実物を見るに代償は大きいように思える。

 可動部分の自由度を上げようとした結果、脆弱性が増しているようだし、そんな明確な弱点を補う為に、可動部分には恐らく魔法銀(ミスリル)の合金が使用されているのだろう。

 

 私達も可動部分、つまるところ関節は念入りに強化されているが、それに加えて人工筋繊維や疑似筋肉、疑似脂肪や疑似皮膚組織までが、限度こそ有るものの、外傷を受け止める緩衝材として機能する。

 

 彼女たちも勿論人工筋繊維を持っているが、それは私達の物と違って膂力を引き出す役割のほうが強く、また、骨格が剥き出しなので、設計時に想定されていた以上の衝撃や斬撃には弱い。

 要するに。

 

「遅いんだよッ!」

 

 アリスの振り下ろした剣は折れ砕けながら、しかし相手の外装をも斬り裂く。

 あんな(なまく)らで良くもまあ斬れたと思うが、要するに、馬鹿力を叩きつければ壊せるという事だ。

 

「あああ、買ったばかりの剣だったのに!」

 

 右腕を殆ど切り落とされた人形を殴り飛ばして、アリスは悲嘆に暮れた顔で折れた剣を見る。

 あの小娘は、馬鹿なのか、緊張感が無いのか。

「エマ。出来る限り手早く片付けて、妙な詮索を受ける前に離脱しますよ。出来ますね?」

 私は勿論ただの野次馬の心算(つもり)だったし、厄介事に首を突っ込む気持ちなど無かった。

 だが、野次馬も逃げ出し、冒険者達もギルドハウスから人形を追い出すのが精一杯、まともに相手出来るのがアリスだけという有り様。

 そんな状況で余裕が出来たのか、廃棄人形(できそこない)の数体が、私とエマを発見、此方(こちら)ににじり寄ってきたのだ。

 

 応戦して命を散らした冒険者達、逃げ遅れたこの街の住人。

 無惨に殺されている子供と、それを庇おうとしたであろう母親の躯。

 視界に入るそれらは、私には関係の無い事だ。

 

 私は野次馬に来て、たまたま絡まれそうになっているだけだ。

 

 私が不機嫌なのは、ただそれだけ。

 周囲の状況など無関係だ。

 

「まっかせてよぉ! 折角だし、あの剣使っちゃおうかなぁ!」

 

 エマは酷く楽しそうに声を弾ませ、武器庫から落日を引っ張り出す。

 真昼の陽光を、赤黒く跳ね返す刀身。

 

 私も静かに、右手にメイスを、左手に鞘付きの剣を取り出す。

「それじゃぁ、いっくよぉ!」

 私の動体視力でも油断してしまえば見失いそうな勢いで、エマは飛び出した。

 眼の前で2体が幾つかの破片になって散らばるその只中を、私はエマに遅れて駆け抜けた。

 

 

 

「使いなさい!」

 アリスの傍らまで駆け寄り、鞘付きの剣を投げ渡す。

 能力的には廃棄人形(できそこない)を凌駕している彼女だが、多勢に無勢の上に素手では厳しいだろう。

 剣を使っていた様子から、私の手持ちの中から態々選んだのだ。

 有効に活用して貰いたい。

 

 その剣は一度人形の足を斬り飛ばしている。

 実績有りなので、存分に奮って貰いたい。

 

「有り難い! (あと)でなんか奢るよ!」

 受け取ったアリスは、状況故に素直に受け取り、すぐに走り出した。

 そう言えばエマの足を斬り飛ばした時は、事前に腿の内部骨格(フレーム)を蹴り砕いてからだったか。

 

 まあ、良かろう。

 

 必要な事を言いそびれたから礼は言葉で受け取った事にして、奢りに関しては期待せずに置くとしよう。

 

 エマの様子も気になるが、人形3体に絡まれた私はそれどころでは無い。

 死角に回り込まれると面倒なので短距離範囲での探知を行使し、己の死角をカバーしつつ、目の前の人形へとメイスを叩きつける。

 

 動きが速く膂力も凄まじい、そんな化け物だが、動きそのものは速いだけで基本はお粗末だ。

 直線的なその突進に合わせて、私が全力で振り下ろしたメイスは肩部分の外殻を割り潰して止まらず、胸と胴を潰し股を抜けて地面を砕いた。

 

 股関節を破壊どころかほぼ左右に分断しているので、もはやコイツは立ち上がることは出来無いだろう。

 

 間髪入れず背面から襲い掛かってくる2体を察知した私は身を翻しながら、右後方から襲ってきた人形の脇腹に深々と横薙ぎのメイスを喰い込ませた。

 遠慮なしの全力で振り抜いたメイスはその上半身と下半身とを容易く分ける。

 

 外骨格任せで人工筋繊維は攻撃偏重、それ故まともに組み合えば力負けの恐れも有るかもしれない。

 そう考えていたのだが、単純なレベル差の暴力は私が考えている以上に大きい。

 

 僚機をそれぞれ縦横に轢断した私のメイス。

 それを恐れない残り1体は、しかしその勇猛さに見合った戦果を挙げる事は出来ず、仲間と似たような死体を晒す事になった。

 

 メイスを片手に、しかしのんびりとしている余裕は無い。

 まだ人形は残っていて、2体が私に迫ってきて居る。

 

 私は利己主義者で、自分以外はどうでも良い、そんな人形だ。

 元人間と言う割には殺人に忌避感もなく、相手次第では容赦をする気はない。

 

 だと言うのに、私は何に憤っているのだろうか。

 

 頭の無い人形に向かってメイスを振り下ろしつつ、私は探す。

 苛立ちの根源を。

 そして、こんな下らない事で私の心を乱した、人形遣いを。




頭部の無い人形達、その造りは伝統的な自律人形のそれですが、名の知れた人形師の手によるものでしょうか。


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行動と責任、代価と代償

様式の違う人形には興味が有りますが、使い方が頂けません。


 人形は24体居たらしい。

 報告してくれたアリスに、都合27体居たのか、と茶化したい気持ちをぐっと押さえて話を聞く。

 

 大暴れの結果、アリスは6体、私は5体片付けた。

 アリスの健闘は素直に称賛したいが、残り13体を笑いながら破壊したエマは恐ろしくて仕方ない。

 

 その現場を目撃したアリスも、エマに対する態度を若干変えているようだ。

 まあ、仕方があるまい。

 

「アンタ達がやたらと動いてたのは、さっさと終わらせて現場を離れる心算(つもり)だったんだね」

 

 私に簡単な報告をし、貸し与えた剣を素直に私に突き出しながら、アリスは沈痛な面持ちだ。

 木立の中、木漏れ日を浴びながら、私は言葉も無く、エマも無言でアリスを見上げている。

「まあ、目立って良いことは無いですし。私は観光気分でのんびり旅がしたいだけなのですし」

 とは言え、無言のまま居ても気まずいのと、アリスも居心地が悪かろうと、私は軽口で間を繋ぐ。

 それを受けたアリスは、何か思いがけない事を聞いた、そんな様子で私を見た後、バツが悪そうに目を逸らした。

 

 

 

「……幸い、私の知ってる顔は無事だったよ。現場に居なかったヤツも、慌ててギルドに顔出しに来てたから、確認出来た」

 

 あの惨劇の中、それは良い知らせと素直に受け取れた。

 私達が駆けつけるまでの間、アリスが懸命に戦ったから、犠牲は少なく済んだのだろう。

「でも、護れなかったのもいる。一般人も巻き込んじまったし、情けないよ」

 だが、アリスはそうは考えていない。

 

 真面目な事だ。

 

 私は、アリスが突き出した剣を受け取らず、代わりに言葉を向ける。

「武器が無いとこの先困るでしょう。それは差し上げます」

 暴れるだけ暴れた私とエマは、獲物が居なくなったと見るや早々に現場を離脱していた。

 混乱の現場で、その混乱に乗じて暴れて逃げた訳だが、如何せん私とエマは格好も含めて目立ちがちだ。

 そんな中、共に? 暴れてくれたアリスには、この後事情聴取であったり片付けであったり、色々と厄介を押し付けることになるだろう。

 

 私達は下手に衛兵やらに事情を訊かれても面倒であるし、貴重品どころか荷物は全て持ち歩いている。

 宿についても、連泊の手続きをしては居るが、同時に宿泊費も全て払っている。

 全てキャンセルになってしまうが、先に払った代金でどうか許して欲しい。

 

 つまりはさっさと逃げ出す予定なのだ。

 この街を拠点にしているであろうアリスへの、せめてもの、ささやかな心遣いとして、その剣は是非受け取って頂きたい。

 

「いや、流石に悪いだろう。これ、ミスリル製だよな?」

 

 私の言葉に戸惑いつつ、その目は手元の剣、その鞘に注がれている。

 この後に控える厄介事の群れに思い至っていない様子だが、それならせめて素直になれば良いのに。

 

 私だって素直な気持ちを言えば、図書館にも行きたかったし、もっと色々な料理と酒を楽しみたかった。

 都合5日の滞在で魔法銀(ミスリル)を入手出来た事だけが収穫だ。

 

 魔法銀(ミスリル)と言えば。

 

「そうですね。その剣は魔法銀(ミスリル)合金製です。一度はエマを斬った実績も有りますよ」

 

 受け取った剣を鞘から抜き放ち、その刀身を眺めたアリスは、私の取って付けたような補足を聞いてエマを眺め、そして私に視線を向ける。

「……マジで?」

「嘘なんて言ってどうするんですか」

「ホントだよぉ?」

 (ほう)けたような顔で剣を手に私達を見るアリスに、私とエマはこれ以上無いほど素直に応える。

 特にエマの素直過ぎる返答に、より微妙な表情を浮かべて、そして再び剣へと視線を落とし、アリスは漸く口元を綻ばせる。

「なるほど、そいつは悪くないね。コイツに銘は有るのかい?」

 私はちらりとエマへと視線を向けてから、アリスへと顔を向け直し、少し考えて、そして真顔で答える。

 

「有りません。私が最初から持っていた剣ですが、出自すら知りません」

 

 大真面目な私を見て吹き出すという、凄まじく失礼な反応を見せてから、アリスは剣を高く掲げた。

 木漏れ日が降る浅い森の中、その姿は不思議と絵になる。

 

「じゃあ、コイツは今日から『人形斬り』だな。有り難く頂戴するよ」

 

 アリスのネーミングセンスには口を挟まず、私はただ頷く。

 暫し剣を掲げていたアリスだが、鞘に戻すとそれを腰のベルトに提げ、そして満足げな顔を私へと向ける。

「アンタ、このまま街を出るのかい?」

 武器を無料(ただ)で手に入れて上機嫌なのかと考えていた私だが、アリスの台詞に得心がいった。

 

 なるほど、厄介者はこのまま出て行けという事か。

 

 アレが私達の仕業でないことは判っても、私達がトラブルを運んできたと考えても不思議では無いし、責める気も起きない。

 私としても変に目立つのは御免であるし、何よりも流れとは言え、要壁を乗り越えて街の外へと飛び出してしまっても居る。

 正規の手続きで街を出ていない以上、今更街の中に戻るのは面倒だ。

 

「そうですね、もう街に戻るのも面倒ですが、立ち去る前にやることが出来ましたね」

 

 私は頷いて、それを受けたアリスが少し考えるようにしてから、口を開いた。

 

「なるほど……ね。なあ、悪いんだけど此処(ここ)で少し待っててくれるかい? そんなに時間は掛からないと思うけど、それなりに挨拶しときたい連中もいるし、さ」

 

 儚げな笑顔で言うアリスの、言いたい事が良く理解(わか)らない。

 まるで私達と行動を共にするかのような口ぶりだが、この人形に限ってそんな事も有るまい。

 ギルド関係者でも連れてきて、細かい説明でもさせたいのだろうか。

 

 そう考えると、なんとなく辻褄があう気がする。

 

「まあ、そちらの都合に合わせる義理も有りませんが、良いでしょう。私とエマも、この後の予定を詰める必要が有りますから」

 

 用事を済ませたら私達はすぐに立ち去るのだし、ここで多少冒険者ギルドの関係者と顔を合わせても問題は無いだろう。

 咄嗟にそう考えた私は気軽に答え、アリスは頷く。

 そして背を向け駆けていくアリスを見送り、私はエマへと視線を向けた。

 

「エマ。見つけましたか?」

 

 私を見上げるエマは、にっこりと笑顔を浮かべる。

 

「うん。そんなに遠くには居ないと思ってたし、アタリも付けてたけどねぇ? あっちの、森の奥の(ほう)だよぉ」

 

 街と正反対、西の森を指差す。

 冒険者ギルドを襲撃し、失敗した人形使いは何処に居るのか、エマは戦闘中から探っていたらしい。

 私は慣れない荒事に手一杯だったというのに、小器用なものである。

 

 私とエマが現場をすぐに立ち去ったのは、勿論目立ちたくなかったという事情も有るのだが、人形遣いが逃走した事に気付いたエマが私を促した、という事実も有ったのだ。

 

「上出来です。寧ろ出来過ぎです。早速向かいたい所ですが、アリスが来ると言うなら、彼女もアレには言いたいことも有るでしょう。私も随分腹立たしいですし、揃ってから挨拶に伺いましょう」

 

 木立の間から透かし見る森の奥、当然視線の通らないその方向へ顔を向けたまま、私は片手持ちのメイスを両手にそれぞれ装備する。

 エマは楽しそうに、落日を軽く振り回している。

 

 実戦で使ってみて、いよいよ気に入ったらしい。

 

 あの廃棄人形(できそこない)があと何体居るのか不明だし、どんな理由で冒険者ギルドを襲ったのかは不明だが、今更私にはどうでも良い。

 恐らく何の罪もない、そんな一般人の死体。

 特に、子供を守ろうとした母親のそれを思い出すと、心の奥底から湧き上がる物がある。

 

 不快感、怒り。

 私に似つかわしくない、私に関してだけなら、偽善と呼んで唾棄しても構わない代物。

 

 そんな物を抱く程度に人間性が残っていた事に自分で驚いたし、そんな事に気付かされたのにも腹が立つ。

 飽くまでも、私を不快にさせた事に対するお仕置きを行うのだ、そう自分に言い聞かせる。

 

 自分で思う程人間である事を諦めていない、そんな浅ましさに、当然私は気づきもせず、考えもしなかった。




心配せずともそうだと思いますし、無垢だったエマも染まって来ていると思いますよ?


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森の散歩、但し、平和とは無縁

不必要に感情に任せて行動すると、大体は面倒な事になります。


 森の奥へと進んでいる。

 

 目的は、人形遣いを見つける事。

 メンバーは、私とエマ、アリス、そしてギルド職員のチャールズという男だ。

 

 レベル63の彼は結婚を機に、比較的安全で安定した収入の為にギルド職員になったという。

 冒険者ランクAを目前に、しかし一切の未練無く伴侶との安定した生活を取った、私から見てかなりの()い男だと思う。

 

 アリスが冒険者ギルドに、今回の騒動の首謀者が見つかるかも知れないと伝え、それを受けて戦闘も熟せる職員を派遣すると言う事で、彼は私達と同行することになったのだ。

 

 人数が彼ひとりなのは、冒険者ギルド内外の被害が大きく、人員をそちらに振り分けている為、と。

 あんな化け物がまだ居る恐れの有るような場所に、好き好んで向かう命知らずは居なかった、そう言う事だ。

 

 まあ、ここで私が護ってみせると言えば格好が良いのかも知れないが、私などよりもエマが居ると言うだけで、此方(こちら)の安全は確保されたようなものだ。

 

 多分。

 

「アリスよお、お前さんは腕っこきだから心配もしてないし、俺だってそこそこ自信は有る。だけどこのお嬢さんがた、聞けば冒険者ですら()えらしいが? 守りながら戦うのは、結構キツイぜ?」

 

 チャールズが、遠慮がちに私とエマの様子を見てから、無遠慮に思ったことを口にしている。

 行動と台詞はもう少し一致させたほうが良いと思うが、どうだろうか。

 

「冒険者以外は戦えないって思ってたら怪我じゃ済まないよ? そいつら、どっちも私より強いからね?」

 

 些か納得していない様子で、しかし事実は事実とばかりに、アリスは言葉を紡ぐ。

 そんな言葉を受けた方は、さっきまでの気遣いらしきは何処へやら、目を剥いて私を見る。

「アリスより強いだあ? どんなバケモンだよ……!」

 一瞬、何か有っても見捨てようかなと考えたが、この男は()(かく)、この男の帰りを待つ細君に罪は有るまい。

 無駄に悲しませるような事をしない為には、護るしか無い訳だ。

 

 護りながら戦うのは結構キツイらしいが、果たして。

 

「この先、隠蔽の心算(つもり)っぽい魔法が掛かってるから色々感覚可怪しくなるかもだけどぉ、頑張って突っ切ってねぇ!」

 

 先頭を走るエマ――とは言え、同行の人間に合わせてそれなりにスローペースではある――が、後方で繰り広げられる会話など完全無視で警告を飛ばしてくる。

「了解しました。エマ、可能ならで結構です、首謀者は生かしておいて下さい。冒険者ギルド経由で、領軍に突き出したいそうです」

 きっと無駄だろうと思いながら、私は右手のメイスを肩に担ぎ、前を行く狂戦士に声を掛ける。

「まっかせてよぉ! でもぉ、最悪は首から上が無事なら大丈夫だよねぇ?」

 即座に帰ってくる明るい返事に、しかし私はすぐには反応出来無い。

 

 首から上が無事だとしても、それは命が無事では無い訳だが。

 

 思いながら後方を確認すると、エマの返事が聞こえたらしいチャールズが、半信半疑の様子で、私に視線を向けている。

 

「あー……。まあ、最悪、身元の確認さえ出来りゃあ、な」

 

 まさか本当に殺す心算(つもり)だ、などとは思っても居ないだろう、善良なギルド職員は気の抜けた返事を返してくる。

 単なる冗談に対する返答なら及第点だろうが、エマの()る気に対しての返答としては赤点だ。

 しかし、私自身、人形遣いに法の裁きを! などと考えている訳では無い。

 

 私は(いら)だちの捌け口を探しているだけだし、エマは暴れられれば何でも良い。

 

「エマ、聞こえましたね? 許可は出ました。最悪でも、人形遣いの首から上は綺麗な状態にしておいて下さい」

 

 私がチャールズの返事を受けてエマに言葉を向けると、少しだけ振り返ったエマが私の顔を見て、にっこりと微笑んだ。

 

「任せて任せてぇ! 全部バラバラにしちゃうぞぉ!」

 

 エマのしたい様に任せたら、人形遣いは死んでしまう。

 アリスがなにか言いたげに唸っているが、下手に口を出してエマの機嫌を損ねるのを恐れている様子だ。

 

 まあ、エマの暴れ具合を目にしてしまったら、そうなってしまうのも仕方が有るまい。

 

 私はエマが暴れる様子を眺めて居るだけでも溜飲は下がりそうだし、特に文句も無い。

 チャールズが後々責任を追求されるかもしれないが、運が悪かったと諦めて貰うより他無いだろう。

 

 

 

 エマの警告から暫く走った所で、確かに平衡感覚を狂わすような感覚が視界を揺らす。

 私達は問題なかったが、チャールズは走っている勢いのまま倒れそうになり、アリスに抱えられて居る。

 

 あのままなら倒れ、起き上がった時には方向感覚を失って来た道を戻ることになっていただろう。

 

 アリスに支えられながらも「そっちは違うだろ!」とか騒いでいる辺り、まんまと「隠蔽」と「人払い」、そして「恐慌」に掛かっている。

 気付けの唐辛子でも与えてやろうかと考えていると、アリスが平手で()(ぱた)いたらしい、乾いた音が聞こえた。

 

 ……まあ、緊急時には順当な手段であろう。

 

「汚い小屋が見えるよぉ? あと、なんか人形っぽいのが6体?」

 

 先を見たエマが報告してくるが、残念なことにそれは私達にも見えている。

 それなりに距離があるとは言え、極端に離れているわけでも無かったからだ。

「どれが人形遣いか、と言うのは愚問でしょうね。表に出ては居ないでしょう」

「だろうね。まあ、()が有るのは1匹だけだし、アレじゃなければ別の頭付きをとっ捕まえりゃ良いって話だろ」

 私がちらりと見た感想を言うと、アリスはまだ捕縛の意志は有りそうな返事を返してくる。

 

 さり気なく、あの「頭付き」の生きたままでの捕縛は諦めている、そんな様子でも有るのだが。

 

「あっははぁ! 闘争だよ、とーそー! 楽しいねぇ!」

 

 エマは落日を片手に戦闘速度に入り、私はそれに続く。

 アリスもそうしたかったのだろうが、抱えたチャールズが一瞬の枷になった。

 

「あーもう!」

 

 アリスの叫びと、そこそこの重量物が地面に投げ出される音が、私の遥か後方で上がった。

 

 

 

 エマが「敵」の注意を率先して惹きつけてくれたお陰で、私が「探索」を使用する時間が出来た。

 頭付きはレベル420、完成度補正で考えると、アリスとは互角かちょっと弱い程度かも知れない。

 当然、エマの相手にはならないだろう。

 残り5体は冒険者ギルドを襲撃したのと同じ廃棄人形(できそこない)で、レベルも同じく280だ。

 

 頭付きと連携して動いている様子だが、基本能力差で生じる空隙は如何ともし難い。

 

 それでも私と、遅れてアリスが現場に飛び込むまでは、エマの魔の手から頭付きを護る事には成功していた。

 その短時間で、3体の廃棄人形(できそこない)が斬り刻まれて行動不能に陥っていたが。

 

「なんだい、そいつも人形か!? 人形遣いはホントに出て来てないんだな!」

 エマに気を取られている廃棄人形(できそこない)を背後から袈裟斬りにして、頭付きを間近で目にしたアリスが怒鳴る。

「あれが人形遣いの可能性も無くは無いでしょうが、まあ、そう言う事でしょうね。大方、そこの掘っ立て小屋の中でしょう」

 同じく廃棄人形(できそこない)を背後からメイスで叩き潰し、私は静かに息を()く。

 

 そんな私達の加勢と、取り巻きが消滅した事実に気付いた頭付きが周囲に気を取られた一瞬、アリスがとっさに踏み出し掛けたその刹那に、エマの手にする落日が閃く。

 

 右腕は3つに、左腕は2つに斬り分けられ。

 右足が2つのパーツに別れて吹っ飛び、左足は4つになって。

 胸部を袈裟、逆袈裟に斬られた挙げ句に腹部を横薙ぎにされた胴は都合5つになりつつ内容物を撒き散らして。

 

 予告通り、首から上は綺麗な状態で、地面に落ちて転がった。

 

 辛うじて目で追えたが、やはり何度見ても、エマに私が勝てたのは奇跡だったのだと、思い知らされる。

 と言うか、なんとなくだが、前より強くなっている気がする。

 

「ははは……止めるどころか、全然見えなかったよ……」

 

 アリスが剣を片手に困惑し、チャールズは此方(こちら)に向かう途中で蹲り、手近な木の幹で徐に吐き出した。

 元冒険者が惨殺死体を目にして、と言う訳では無いだろうし、そもそも彼は現場に程遠い。

 恐らく隠蔽系の魔法の効果がまだ効いていて、向かいたくない方向へ強引に、気力だけで足を進めていたが、拒絶する精神に身体(からだ)が耐え切れなくなったのだろう。

 

 普通の人間にしては、凄く頑張っている(ほう)だと思う。

 

「止める必要も無かったと思いますよ? 所詮はアレも人形でした。エマ、あの小屋の中には動いていない人形と、弱い反応が有るだけです。貴女(あなた)もそこそこ暴れたでしょうし、アリスと冒険者ギルドの顔を立てましょう」

 

 探査を走らせていた私は状況を伝えるが、私より先に気付いてたらしいエマは私に振り返ると、不満げに唇を尖らせた。

 

「もうちょっと居るかと思ったのにぃ! 全然足りない! 物足りなぁい!」

 

 ……此処(ここ)までに都合17体を斬ったと言うのに、エマはまだ不満だと言い切った。

 

 好きに暴れて良いと言ったら、本当に街を壊滅させるのではないか、そんな(ふう)に思えてげんなりしてしまう。

 

 考えてみれば、エマの本来のスタイル、魔法戦を全く行っていないのだ。

 エマの好みと違うとは言え、魔法まで使って初めて満足出来るのかも知れない。

 

 知ったことでは無いし関わりたく無いが、仲間として隣にいる以上、手綱は握っていなくてはならない。

 

 突然この森が爆散する事が無いように祈りつつ、気乗りしないながら、私はエマの頭を撫でて労い、機嫌を取る。

 自分で選んだ道とは言え、それでも湧き上がる疲労感はどうしようもなく、ついつい何処かに向けて愚痴を吐きたくなるのだった。




自業自得。含蓄に富んだ言葉ですね。


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後片付け序章

マイペースなエマですが、仕事はこなした様子です。


 頭付きを切り刻んで満足したエマを下げ、私とアリスが並んで荒屋(あばらや)の前に立つ。

 探知魔法にははっきりと、この中に何者かの反応が2つ。

 

 エマは暴れる気配を収めたし、私自身はこの場で殺してしまっても構わないとは思うのだが、アリスがギルド職員を連れて来たということは、なるべく法に則って裁きたいという所だろう。

 

 中の反応はどちらも白、しかもひとつは微動だにしない。

 此処(ここ)はアリスに任せても、不覚を取る事はないだろう。

 

 アリスに顔を向けると、私と目が合った彼女は頷いて見せた。

 

 ……今一つ理解が及ばないが、察するにアリスが先に動くという事で良いのだろうか。

 私は黙ってアリスが動くのを待つと、アリスは少し私を眺めた後、少し苛立(いらだ)った様子で口を開いた。

「……おい。アンタが先に行くんじゃないのか」

 思いがけない言葉に、私は呆気に取られてぽかんと口を開けてしまう。

「……貴女(あなた)が先に行くから、と言う意味かと思いましたが……」

 ようよう声を絞り出すと、今度はアリスが面白顔を晒す。

「……考えてみりゃ、アンタが先に行ったら黒幕を殺しちまうか。しょうがない、私が先に行くよ」

 酷く失礼なことを呟いて頭を掻き、アリスは改めて戸口に立つ。

 貧相なドアごと攻撃されてしまえば不意打ちを喰らいかねない位置取りだが、生憎と相手はそんな事をする心算(つもり)は無いらしい。

 ドアを蹴破って薄暗い屋内を確認し、振り返ったアリスに、私は戸口から奥を指差す。

 

 そこに有るドア、その先は恐らく廊下。

 その廊下の先、複数ある部屋のひとつ。

 一番奥まった部屋に、目標が居る。

 

 肩を竦め、無造作に踏み込むアリスの背を追って、私も屋内へと侵入を果たす。

 背中越しにちらりと伺えば、エマは此方(こちら)を見てはいるが、私達が進む先に興味を持っている様子は無い。

 

 そこそこにでも、遊べるような相手はこの奥には居ない、そういう判断なのだろう。

 

 非常に遺憾では有るが、探知魔法を使用している私の感想も、エマと同様だ。

 ある意味で安心して、私はアリスの後ろ姿を視界に収めながら、屋内の外見よりは整頓された様子にちらちらと視線を走らせる。

 一応は板張りの床は、踏み出すたびにギシギシと音を上げる。

 前を歩くアリスは、一度私の方を振り返り、その割には警戒しているようには見えない動作で奥へと続くドアを開ける。

 

 念の為に探査魔法まで使用したが、探知で反応の有った部屋以外には、廃棄人形(できそこない)の一体も無い。

 そこいらにパーツ類は転がっているが、当然私とは規格が違いすぎる。

 外装には魔法銀(ミスリル)が混ぜられているだろうと思ったが、転がっているパーツには殆ど含まれていない。

 

 街を襲い、この屋敷を護っていた廃棄人形(できそこない)と頭付き、そして荒屋(あばらや)の奥で微動だにしない一体が、まともに魔法銀(ミスリル)が使用されたものだったのだろう。

 

 ……もしかしたら、冒険者ギルドのあとは領軍の施設等を襲い、街の防衛力を奪った後で魔法銀(ミスリル)の有りそうな所を襲い、強奪でもしようとしていたのかも知れない。

 アリスが居て、私達が居たから、ただの意味不明なテロで終わってしまっただけで。

 

 当然同情等無いし、事情を慮るにも手口が杜撰で後を考えていなさすぎなので、もはや言葉も無いが。

 

 廊下を進み、幾つかのドアを確認したアリスは振り返り、奥のドアを指差す。

 私は頷き、念の為、室内では振り回し難いメイスを武器庫に仕舞い、セスタスを引っ張り出して装備する。

 

 セスタス装備のメイド服銀髪女子。

 

 既に何処かで見たことの有る気がするヴィジュアルだが、文字通り世界が違うのだと言い訳し、ドアノブに手を掛けて引っ込め、右足を振り上げるアリスの後ろ姿を眺めていた。

 

 

 

 アリスの蹴りを受けた朽ち掛けのドアは爆散するように吹っ飛び、板切れとして使用するのも少々難のある状態になって散らばる。

 吹き荒れるホコリや木屑に眉を寄せていると、咳き込む音の後、室内から怒号が飛んできた。

「ドアは手で開けるモンだろうが! お前ン()の躾はどうなってんだこの馬鹿モンが!」

 なかなかのご挨拶である。

 アリスの表情は背後からでは伺えないが、背中に浮かぶのは脱力と疲労感だ。

 反射的に文句を並べようかと思った私だが、そこはぐっと堪え、アリスに先手を譲る。

 それに気が付いた訳でも無いだろうが、アリスはホコリの舞う室内へと、落ち着いた様子で声を投げ返した。

「人形けしかけて冒険者ギルド襲って、人死まで出した馬鹿野郎が、人様の躾に口出ししてんじゃないよ」

 言葉に続けて無遠慮に室内へと踏み込むアリスは、すでに抜剣状態である。

 相手が脅威になる存在では無いとは言え、もしも手向かってくるとしても、後れを取ることは無いだろう。

 

 ……無い、筈だ。

 

「育ちの悪い冒険者風情が、この私に説教とは! 身の程を少しは振り返るが良い、このボンクラが! この私はな! 偉大なるドクター・フリードマンの後継者! 貴様らでは覗くことも出来ない深淵のその先! 生物の限界を越えた究極の人形を創り出す、至上の頭脳の持ち主! それがこの私……そうだな、畏敬の念を込めて、ドクター・ヘクストールと呼ぶが良い!」

 

 どうでも良い事を考え込んだ私は、なにやら張り切って声を張るその長台詞の大半を聞き流してしまった。

 聞き流したのだが、取りこぼす訳には行かない単語に気が付き、思わず相手をまじまじと見詰めてしまう。

 ドクター・ヘクストールとは聞かない名だが、ドクター・フリードマンの方は知っていた。

 

 勿論直接の面識は無いのだが、文献に残る名であるし、我がマスター、サイモン・ネイト・ザガンを始め、数多の人形師がその著書に学んだ、人形製作者の祖、その一角を占める存在である。

 

 現在ではやや古いタイプとなっている、外骨格式自律人形制作の大家(たいか)で、タイプが違うとは言え彼の作り上げた技術は、実は私やエマ、恐らくアリスにも流用されているのだ。

 特に彼の晩年の作品群は、人間により近づける為に内部骨格式の研究を行い、それが内部骨格式人形の発展にかなり寄与したとも言う。

 

 私はそこまで思い起こし、そして疑問に気付いて首を傾げる。

 

「あの、ミスター・ヘクストール。宜しいですか?」

 

 私が口を開くと、語る内に陶酔してしまったのか、何処か遠い目をしていたヘクストールが機嫌を損ねた様子で私へと目を向けてくる。

「なんだ、無粋なメイド風情が。お前に私の崇高な研究が理解出来るとは思えんが、私は寛大だ。質問を許そう」

 こんな荒屋(あばらや)生活なのに何故か恰幅の良いその腹を突き出し、ふんぞり返るその姿に素直な殺意を抱きながら、私は取り敢えず質問を、なるべく当たり障りのない表現を心掛けて述べる。

 

「トアズの冒険者ギルドを襲った出来損ないは、ヘクストール氏の作品ですか? あんな中途半端で自律人形とは呼べないモノが、フリードマン氏の作品とはとても思えないのですが?」

 

 室内が私の言葉の余韻を吸い取り、暫し、静寂が踊る。

 振り返ったアリスはなにか呆れたような顔をしているし、ヘクストールはみるみる顔が赤くなっていく。

「人工精霊が作れなかったのですか? 内部骨格式の頭部を、外骨格式の胴体に接続する方法はフリードマン氏が編み出した技術だった筈ですが、それを模倣することすら出来なかったのですか? 後継者の意味ってご存知ですか? そもそもあの廃棄人形(できそこない)、素体の造りが甘かったですね? 関節を補強するのは良いですが。補強している部分とそうでない部分との接合部に負荷が掛かり過ぎていましたが、足りないのは全身魔法銀(ミスリル)製にする為の資金でしたか? それとも、負荷を分散する技術でしたか? それとも」

 スラスラと流れるように続けた言葉を一度止め、少しだけ呼吸を整えるフリをしてから、私は言葉を続ける。

 

「半人前以下のクセに偉大な人形師の後継だと信じて疑えない、その頭の出来ですか?」

 

 アリスが片手で顔を覆っているが、私は随分と言葉を選んだ心算(つもり)だ。

 お陰で長台詞になってしまったが、思ったことをそのまま伝えるよりは優しいだろう。

 

「貴様ッ! 貴様貴様ッ! 許さんぞ!」

 

 だと言うのに、ヘクストールは激昂してしまった。

 結果が同じだったなら、言葉を選ばなければ良かった。

 

「お前達の態度次第ではと思ったが、もはや許せん! 目を覚ませ、カーラ! 馬鹿者共を殲滅しろ!」

 

 ヘクストールは怒鳴りつけると、傍らの寝台(ベッド)のフレームを乱暴に蹴る。

 彼の見た目と面白おかしいキャラクターの所為ですっかり忘れていた、もうひとつの反応。

 横たわっていた()()は、(うす)く目を開けた。

 

 アリスは剣を握り直し、緊張を感じている様子だったが、私は特にそういう事もなく。

 言いたい事も言えたし、起き上がろうとしている人形に対しても、ほぼ興味が持てないのだった。




場を掻き回すだけでなく、きちんと仕事をしてこそ、マスター・ザガンの人形ですよ?


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邂逅

人の寝ているベッドを蹴ってはいけません。


 漆黒のドレスは光量の足りない薄暗い室内に溶け、腕は長い袖に隠されている。

 その手はやはり漆黒の手袋を纏い、肌が見える隙は無い。

 

 首から上は白い肌、細い顔に凛とした瞳。

 黒い髪は長く、緩くウェーブが掛かり艶めいている。

 

 私の「人形の眼」にはハッキリとそのドレスの意匠が見えているが、普通の人間の目では、薄闇(うすやみ)に紛れて顔が浮かび上がっているように錯覚してしまいそうだ。

 

 やけに仕立ての良い、柔らかで手触りの良さそうな布がふんだんに使用されたそれは、私の知っている範囲の語彙で言うなら。

 

 どこから見てもゴシックファッション。

 

 私から見てややシックな印象なので、ゴスロリ、と言い切ってしまうのは少し抵抗がある。

 だがヘッドドレスまで付けた、誤解を恐れず言うなら。

 気合の入った恰好である。

 

「……随分と手荒い挨拶じゃないか、ヘクストール。貴様は私の主治医にでもなった心算(つもり)か?」

 

 その目は一度私を捉えてから、ゆっくりとスライドし、ヘクストールへと向けられる。

 

「五月蝿いッ! 誰がお前を発掘したと思っているんだ! 私はドクター・フリードマンの――」

「黙れ」

 

 カーラと呼ばれた黒髪人形の見下した物言いに激昂したヘクストールだが、その言葉をカーラは短く断ち斬る。

「貴様如きが、いと尊きかの方の名を無闇に口にするな。貴様の下顎を引き千切るぞ」

 冷たく、その眼差しと同じくらいに容赦無く、黒髪人形は言い捨てる。

 それだけでもう、興味を失ったようにヘクストールから視線を外し、再び私とアリスへとその目を向けてきた。

 ヘクストールは何も言えず、顔を赤くして歯噛みする。

 

 何と言うか、信頼関係の出来ていないペアと言うべきか。

 

 こんな有り様でまともな意思疎通が出来るものか、他人事ながら心配になってしまう。

 

「……で、貴様らは何用だ? 私は偉大なるドクター・フリードマンの集大成にして失敗作。この私と事を構えるを望むか?」

 

 その眼差しに似た、凛とした声で朗々と言葉を紡ぐ。

 堂々たるものだが、私の方には緊張は無い。

 私の前に立つアリスにも、緊張も気負いも見られない。

 

 そんな不遜な侵入者に、カーラは気を悪くした様子も無く、だが無言でなにやら魔力を放った。

 

 探査や探知では無い。

 それらは、余程の事が無ければ感知出来るものではない。

 つまりは、もっと別の、何らかの魔法を使用したということなのだが、室内はおろかこの建物内で何らかの反応が起こりはしなかった。

 

 建物周辺も同様である。

 

 私が訝しむ前に、カーラが眉根を寄せて、その視線を顔ごと横に立つヘクストールへと向けた。

 

「ヘクストール。貴様、まさか()()()()を勝手に使ったのか?」

 

 明らかな苛立ちが混ざる声に、小太りの中年は怒りの相を崩さず答える。

「私が造ったものだ、私が使って何が悪いか!」

 唾も飛んでいそうな勢いで怒鳴っているが、受ける方はうんざりと溜息を()き、静かに言葉に殺意を乗せる。

 

「呼び戻せ」

 

 短く、実に分かり易い。

 誤解するのが難しいシンプルな「命令」に、怒り狂っているはずのヘクストールは言葉を詰まらせる。

 

「こやつら、並のモノでは無い……事に依れば、人間ですら無いぞ」

 

 漸く、私達に対して興味を抱いた、そんな様子で黒髪人形はベッドの上に立つ。

 どう見てもベッドでしか無いソレに、彼女はゴシックドレスを纏い、踵の高いブーツをきっちりと履いている。

 

 服のシワとか、靴を履いたままで寝る事とか、色々気にしないのだろうか。

 ついつい、そんなどうでも良いことが気に掛かってしまう。

「馬鹿か? どう見てもただの冒険者と、何処のかは知らんが使用人だろうが! お前の相手になる訳が無かろう!」

 カーラは私達に対して警戒感を持ち始めたというのに、その相方であるヘクストールは全くそれを理解していない。

 どうやらカーラの性能に余程の自信が有る様だが、そのカーラが警戒している事実を無視しても良いことが有るとは思えないのだが。

 

「無能の上に現実も見れぬか。いや、故に無能か。人形ひとつまともに造れぬなら、せめて観察眼を磨くか、人の忠告には素直に耳を傾けよ」

 

 カーラは言葉に溜息まで乗せて、傍らの相方にはもう、一瞥もくれない。

 ヘクストールはもはや怒りが限界を越えたような面構えだが、カーラへの言葉は止まっている。

 人の話を聞かずに主観に従って生きているような人間にしか見えないが、しかし、下手なことを言ってカーラを刺激しないように注意もしている、そんな心算(つもり)なのだろうか。

 

 もう遅いと、黒髪人形の気配は言っているのだが、彼は気付いても居ないのだろう。

「この天才に何を言い出すかと思えば。おい、お前達! 一応訊いてやる、名を名乗れ!」

 真っ赤な顔をそのままに、ヘクストールは私達へと振り返ると一歩踏み出し、怒号を飛ばしてくる。

 

 私とアリスは顔を見合わせる。

 私は探知魔法の反応から、チャールズとエマは屋敷――荒屋(あばらや)の外に居り、エマは()(かく)チャールズには中の会話は聞こえて居ないだろう。

 

 冷静に考えるとエマとチャールズが一緒にいる状況と言うのは、結構危険なのではないかと思うが、今更どうしようもない。

 

 ともあれ、人間に正体を知られる危険が無い事を確認した私が頷いてみせると、アリスは私に半眼を返す。

 意図が伝わっていないのか、私を信用していないのか、今一つ理解が及ばないその表情を目を閉じることで崩すと、アリスは顔を正面へと戻した。

 

「私はアリス。マスター・ヘルマン作の人形さ。特に目的もないし、冒険者をしている」

 

 どうやら私の意図が正確に伝わったらしいアリスが、あけすけに自己紹介する。

 それを受けるヘクストールの反応は薄い。

「私はマスター・ザガンの最後の作、マリアと申します。覚えて頂かなくとも結構ですし、なんなら信じて頂かなくとも結構です」

 続いて私が名乗ると、ヘクストールの表情が変わる。

 

 疑わしげに。

 

「マスター・ヘルマンとやらは聞かん名だが、まさかマスター・ザガンの名を持ち出すとはな。人形のフリをしている可哀想な娘どもに同情が無い訳でも無いが」

 

 想像からそれほど外れていない事を言いだしたヘクストールに、私はそれほど怒りは湧かない。

 僅かでも同情されたことには思うことは有るが、それ以外については凡庸とは言え相手の話を鵜呑みにしない、そう言ったある種当たり前の反応だと思う。

 

 言い方が小憎らしいし、可哀想と言われる筋合いも無いが。

 

「大体、人形と言うクセに、その手は何だ。継ぎ目もない、人間の手そのものではないか。人形と言うものをもっと勉強してから出直してくるが良い、と言いたいが。……此処(ここ)を知られた以上、生かして返す訳にもいかんな」

 

 その視線をアリスの手元へと落とし、ヘクストールは言葉を続ける。

 私は表情が消える。

 

 私達が人形では無いと判断した理由が、継ぎ目の有無とは恐れ入った。

 

 どう言って挑発してやろうかと思案する私を置いて、カーラが口を開く。

「阿呆が。継ぎ目云々で言えば、私の首から上はどう説明するのだ? 貴様は人形というものを本当に理解(わか)っていないな」

 その言葉にヘクストールは身体(からだ)ごと顔を向け直すが、カーラはそんな相方を無視し、言葉は止まらない。

「私は脊椎と頭骨を制作され、脊椎は内部から胴へと接続され、首から上は人工筋肉の上に人工皮膚を張ってある状態だ。故に貴様に対する心からの侮蔑を表情に出来る」

「そんな事は知っている! 何が言いたい!」

 カーラのセリフの間隙に、ヘクストールは怒鳴り声を挟む。

 表情を変えずに――彼女の言う侮蔑の相を貼り付かせたまま――、黒髪人形は言葉を続ける。

 

「……まだ気付かんのか、能無しが。その2体は、完全内骨格式の人形だと言っているのだ」

 

 カーラの言葉に、ヘクストールはどんな表情を返したのか。

 私達の位置からは、彼の背中しか見えない。

 

 ベッドの上に立っているカーラは、いつの間にかその右手にナイフを握っていた。

 

 ヘクストールは人形師になりたいだけの素人、そう見えるが、カーラはどうやら本格的な様だ。

 ドクター・フリードマンの作で有ることは本当らしく、私と同様に本体直結の異空庫持ち。

 もしかしたら、私のように魔法住居(コテージ)か、それに類する物も持っている可能性が有る。

 

 制圧するなら一瞬で無いと、最悪逃げられる恐れが出て来た。

 

「私付きのメンテナンス見習いが失礼をしたな。改めて名乗ろう。私はカーラ」

 

 ヘクストールとは違い、余裕と貫禄を感じさせる佇まいで、やはり朗々と声を発する。

 

「先にも言ったが、ドクター・フリードマンの最後の作品、集大成にして失敗作だ」

 

 既視感を覚える自己紹介は、私の郷愁を僅かに刺激する。

 完成された失敗作と、最高の失敗作。

 先代が少し寂しそうに語った言葉が、じんわりと心に浮かぶ。

 

 人形師というのは、最後に死力を尽くしても尚納得できない程、理想が遠く高いのか。

 

 自己研鑽を重ねて尚納得しなかったであろう先人たちに思いを馳せる私の視界で、振り返った自称天才人形師は、相方に侮辱された上に無視され、吹き出しそうなほどに真っ赤だった。




理想は高く、己を過信せず、命尽きるまで研鑽を惜しまない。確かに、そんな方でした。


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格下認定

古い人形ですが、出来はとても良いです。素体の出来は。


 茹で上がった自称天才人形師は、正直脅威でもなんでも無い。

 味方の筈のカーラにさえ無視されている様は、どこか物悲しくも滑稽だ。

 

 そんな事を考えていると、またもや、カーラが不可思議な魔法を発動させる。

 先程よりも強めの不快感を覚えるが、特に影響も無い。

 念の為に自身の状態を確認する為に「検査(スキャン)」を掛けて見るが、素体(からだ)にも精神的な面でも、なにひとつ異常は無い。

 面倒だし集中力が必要だが、アリスにも鑑定を掛ける。

 ……フレームに若干のガタが見られる以外は、結果は私と同様だった。

 エマは、私が無事である以上、大丈夫だろう。

 

 ちょっと離れてて鑑定を掛けるのが面倒とか、エマの許可なく掛けても抵抗(レジスト)されて不愉快だとか、そう言った事は一切無い。

 

 そんなあれこれをごく短時間で、無表情でこなした私と、その隣で緊張感も無く剣を握っているアリスに、黒髪人形は不快そうに眉根を寄せる。

 

「どうなっている? お前達は間違いなく人形だ、それは感覚で理解(わか)る。だが」

 

 私達が人形で有る事を、私達の自己申告ではなく感覚で理解出来たと言うカーラ。

 それはただの勘なのでは、そう思うが、実際に人形である私がそれを指摘するのも妙な塩梅である。

 

「人形で在るなら、私が()()出来ないのは可怪しい。どうなっているのだ?」

 

 続けて発した言葉も、ヘクストールは驚いているようだが私にとっては意味不明である。

 その判断基準の是非は()(かく)、それでは私とアリスは人形ではない、と言うことになって終了だと思うのだが。

 

 というか聞き流したが、操作ってなんだ。

 

「先程の魔力の発露と貴女(あなた)の言動を鑑みるに、それは魔法の様ですが――」

 何故か憎々しげなカーラの様子に全く心当たりの無い私は、そんな事よりも気になる単語についての質問を飛ばしてみる。

「聞き慣れないその『操作』という魔法は、その名前から連想する通りの効果ですか?」

 

 私の問い掛けに虚を突かれた、そんな表情を浮かべたカーラだったが、少し考え込んですぐに得心がいったようだ。

 残念ながらそんな様子を見せられても、私には何のことやら判らない。

 

「そうか、人形でこれを使えるのは珍しいか……」

 

 言いながら、その視線は何故かヘクストールに向けられ、ヘクストールは何故か無言で頷くことで応えている。

 全く要領を得ない遣り取りに、私の中に小さな苛立ちが湧き上がってくるが、取り敢えずは黙して先を促すように、ただ耳を傾ける。

「文字通り、人形を操作するための古い魔法だ。古の人形師はこれを使って人形を自在に操った。自律人形が――人工精霊技術が確立するまでの、擬似的に、自律的に動いているように見える魔法。今どきでは忘れられた魔法だが」

 喧しく騒ぐ事をしない私と、特に興味も無さそうなりに静かに聞いているアリス。

 そんな私達の様子に気を良くしたのか、カーラはやや饒舌に言葉を紡ぐ。

「使用できる対象が人形、或いはゴーレムだけだが、対象を選ぶだけにその効果は強大だ。どんな人形であっても、操作から逃れる(すべ)は無い――筈なのだ」

 相変わらず歌うように、朗々と言葉を並べるカーラは、はたと言葉を切る。

 

「だと言うのに、なぜお前たちには通用しないのだ?」

 

 じっと私の目を見て、黒髪人形は問うてくる。

 アリスの存在は無視か。

 そんな事を考えつつ、私は馬鹿馬鹿しさに欠伸を噛み殺す。

 

 カーラの話から導き出される答え、それは2つしか無い。

 

「だから、こいつらは人形では無い、そう言う事だろう! 生意気に隠蔽なぞを使っているが、人形であれば、少なくともお前の『操作』に抗える訳が無かろう!」

 

 急に静かになったと思ったヘクストールが、再び怒号を上げる。

 こいつは普通に喋ることが出来ないのか。

 

 まあ、言いたい事はとても良く判る。

 私とて逆の立場なら、まずそれを疑うだろう。

 

「普通に考えたらそうなりますね。寧ろ、初対面の私達の自己申告を信じるほうがどうかと思うのですが、それは些事なので置いておきましょう」

 

 そんなヘクストールの言い分をあっさり受け入れた私に、アリスは驚いた顔を向けてくる。

 私達が人形かどうかなど、この場面ではさして重要では無いというのに、何に驚いているのだ。

 

「そんな筈は無い。内部骨格(フレーム)の軋み、人工筋肉の独特の収束音。そして、魔力炉の稼働音……特にお前のそれは、私の物に比べても濁りの無い、洗練されたモノだ。嫉妬してしまう程にな」

 

 しかし、カーラは真っ直ぐに私に向かって指を突き付け、断言する。

 久々に人様に指差されるという失礼な目に遭っている私だが、その指をへし折る云々を考える前に、思わず感心してしまっていた。

 

 なるほど、内部骨格(フレーム)やら筋肉、魔力炉、そう言った物の音など考えたこともなかったが、それらが人間のそれ、もしくは似た物と同じ音を出す筈が無い。

 

 そんな小さいでは済まない音に気付いたなど、純粋に気持ち悪いが、少しだけ見直しても居た。

 私はそんな方法で相手が人形かどうか、判別しようと思った事も無い。

「感覚で理解(わか)る」と言ったのは、そう言う意味だったか。

 もっと曖昧な勘のような物かと思ったのだが、思ったより根拠が有った事に驚く。

 

 初対面の存在が人間かどうか、心音を聞いてみよう、そんな事を考えるほうがどうかしているとも思うが。

 

 アリスも私と似たような心持ちのようで、その横顔は少しばかり引き気味だ。

 流石にそんな方法で判別していると知らされたヘクストールも納得など出来ないだろう、そう思ったが、彼は驚愕した視線を私とカーラ、双方の間を行き来させている。

 

 あ、信じるんだ。

 

「……まあ、私も使えないし使われたこともない魔法なので推論になりますが」

 

 人形か否かの議論はどうやら終わった(ふう)なので。私は遠慮がちに口を開く。

 カーラとヘクストールの視線が私に固定されるのは理解(わか)るのだが、なんでアリスまでもが興味深そうに私に視線を投げてくるのか。

「古い魔法、そう言っていましたが、それは精神作用系か物体操作系、そういった魔法ですか? いずれにせよ、それは本当に古い……ドクター・フリードマンですら使わなかった、そんな魔法ではないですか?」

 カーラは何かを考え込む様に押し黙り、ヘクストールからの返答も無い。

 

 今どきの自律人形は人工精霊があるし、土木作業用や軍事用のゴーレムも、音声入力……人間の声に依る命令で動く。

 どちらもその様に造られているので、態々魔法を使って操る理由が無い。

 

 人工精霊の性格と、マスターだったりドクターだったり、人形師の命令を元に勝手に動くからこその「自律人形」なのだし、ゴーレムも特定の人間の声にしか反応しないからこそ、兵器としても利用されている。

 

 ゴーレム相手だったらまだ有用かも知れないが、自律人形相手には、その魔法は少し厳しいのでは無いだろうか。

 

「いや、ドクター・フリードマンは『操作』を使って……いや待て、あの方は素体のテストくらいでしか使って居なかった……」

 

 カーラは私の言葉を否定しようとしたが、どうやら往時の記憶を掘り返したらしい。

 後半はブツブツと小さくくぐもってしまっているが、私の耳にはきちんと届いている。

「でしょう? 人工精霊が開発され、それらが改良されて行く事により、自律人形は人間のように振る舞うことが可能になった訳です。さて」

 私はそんなカーラに推論の続きを投げ掛け、そして掌を打ち合わせる。

 乾いた音が荒れた室内に響き、黒髪人形はハッとして顔を上げた。

 

「精神作用にせよ他の意思の有る物体を強引に操作するにせよ、そういった魔法というモノは、彼我の実力差によって効くかどうかが変わります。この事はご存知ですね?」

 

 ゲームだったり漫画だったり、様々な物語で良く見る話だ。

 ステータス、というよりも単純にレベルの差で、魔法が効かない。

 魔法効果が恐ろしい、或いは鬱陶しいので、抵抗(レジスト)出来る様になるまでレベリングに励む。

 

 まあ、中にはレベル差無視で確殺、なんて言う魔法が出てくる作品も有ったが、ああいうのは例外としておこう。

 

 その「操作」と言う魔法が例外で無いのは、私とアリス、それにエマが全く操られる気配が無い事、そして。

 カーラのレベルを見て、判断出来た。

 

「人工精霊として、貴女(あなた)もかなりの完成度ですし、その素体(からだ)の性能も相まって、貴女(あなた)が人間を凌駕している事は間違いありません、が」

 

 自律人形、レベル250。

 素体との補正により、レベル値マイナス82。

 つまり、実質的にはレベル168。

 伝説とも言えるドクター・フリードマンの作品であるのなら、同じレベルの人間と比べても遥かに強いだろう。

 

 そんなレベルの人間など、そうそう居る筈も無いが。

 

 しかし、時代の古さが悪かったのだろうか。

 当時であれば比肩するものが有ったかどうか、その程度には完成された人形であった筈のカーラ。

 私達がこの部屋に踏み込んでも、ヘクストールにベッドを蹴られるまで休眠を解除しなかった、無精者。

 

 レベルにマイナス補正が掛かる程度には、己の鍛錬というものを欠かせて来たのだろう。

 

 息を呑む、そんな表情のカーラに、私は満を持して、右手人差し指を無遠慮に突き付ける。

 

貴女(あなた)如き低レベル人形が、エマや私はおろか、アリスですら『操作』出来る筈が無いのです!」

 

 私に低レベルと断言されたカーラは驚愕に目を見開き、口までも開けて愕然と私に顔を向けている。

 ヘクストールはカーラが低レベルと断言された事に驚き憤った様子だが、その一方で魔法が効かなかった事にある程度納得が出来た、そんな複雑な顔で歯噛みしている。

 

 そしてアリスは、カーラにさえ出来の半端さを言外に指摘され、私にナチュラルに格下扱いされ、見て判る程度には不機嫌な表情を浮かべるのだった。




アリスの素体も、出来は悪くないですよ? 思ったよりは。


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荒屋哀歌

能力的には問題無さそうですが、何をしているのでしょう。


 私に低レベルと断じられた黒髪人形は、驚愕から覚めると唇を噛んで私へと鋭い視線をぶつけて来る。

 その隣で、先程まであれほど顔を真っ赤に染めていたヘクストールが、何故か真っ青な顔を私に向けている。

 

「私を格下扱いとは……隠蔽を使って引っ掛けようとしているのか知らんが、随分大きく出たものだな」

 

 尖った視線を適当に受け流していると、カーラは焦れたように声を押し出す。

 余裕を保ちたいらしいのは理解(わか)るが、頼みの「操作」が通用せず、恐らく「鑑定」も通らなかったのだろう。

 だからこそ私達が「隠蔽」の魔法を使っていると疑ったのだろうが、「隠蔽」では「操作」に抵抗(レジスト)出来まい。

 

 操作魔法などに掛かったことが無いので断定も出来ないが、私達の誰にも掛かっていない辺り、そう言うことなのだろう。

 

 レベルにマイナス補正が掛かっているのだが、カーラもその事に気付いていない筈がない。

 だからこそ、不機嫌な表情を作ることで内心を隠したのだ。

 

「残念ながら、そう断言せざるを得ないのです。素体の出来が良くても、それを制御する人工精霊が……何をすればレベルにマイナス補正なんて掛かるんですか」

 

 呆れきった言葉を同情の口調で発すると、カーラの顔色が変わる。

 マイナス補正までバレると思わなかったのだろう。

 

 さり気なくマイナス補正付きなんて見たことが無いような表情を保っているが、実は私は、他のマイナス補正付きの存在を2名ほど知っていた。

 

 涼しい顔して人様に糾弾の指を突き付ける私自身が、先代のレベルに追いついていない関係でマイナス補正が掛かっている。

 人工精霊を取り込んで魂の方のレベルが上った所為で、素体の微妙な出来の悪さで僅かにマイナス補正が掛かっているアリスが、バツの悪そうな顔をカーラに向けている。

 

 人間はどうか知らないが、自律人形(わたしたち)は案外些細な事でレベルが下がってしまうのだ。

 

「……ヘクストール、何をしている。早く私の手足を呼び戻せ。アレらさえ有れば、幾ら格上だろうが何とでもなる」

 

 筈だ、小さく呑み込んだ言葉を、残念ながら私達は聞き逃していない。

 この期に及んで、カーラの言う手足とは何か、そんな事を問うたりはしない。

 

 カーラが求め、恐らくヘクストールが無断で使用したであろうモノ。

 

 私とアリスは、気の抜けた顔を何度目か向け合う。

 

「……全て反応が切れた。街を襲わせた物も、此処(ここ)を護らせていた物も、私のお気に入りもだ。いずれも、コイツらが相手したことは確認している」

 

 ヘクストールが、苦々しげにカーラに告げる。

 先程まで無駄に怒りを露わにし、私達に刺々しい対応をしていたのは、廃棄人形(できそこない)を通して私達と交戦したからこそ、だったのだろう。

 

 私達と擬似的にでも戦闘を行い、それでもやけに強気な対応を崩さなかったのは、カーラの存在が有ったから、だったのか。

 ヘクストールが尊敬して止まない、ドクター・フリードマンの最後の作品を、口では色々言っていようとも、信頼していたのだ。

 そのカーラが、手足となる人形が無ければ対抗出来ない、そう断じた事は、彼にとってそれなりに衝撃だったらしい。

 

 ヘクストールの声には、先程までの覇気が失われている。

 

「……はあ? 全て? 街を襲った? お前は勝手に何をしているのだ!?」

 

 一方で、休眠と称して惰眠を貪っていたカーラは自身を取り巻く状況を漸く知った。

 元のレベルは250、人間などとても相手になる筈も無く、そのレベルが168まで下がった所で、同レベルの人間が現れても素体の基本性能が良いので負ける筈も無い。

 

 余談だが、私達と個人で、同レベルで渡り合うには、人間種を含む人類側は自律人形(わたしたち)のざっくりと2倍はレベルが必要だろう。

 

 さておき、そんな考えも有り、ヘクストールが勝手に廃棄人形(できそこない)を「操作」して街を襲った挙げ句全てを失うだとか、その結果自分以上の(レベル)自律人形(わたしたち)が襲撃してくるとか、そんな事を予測出来た筈もない。

 

 冒険者ギルドを襲ったのがヘクストールの独断で、理由こそ不明だが黒幕っぽい立ち位置はカーラで、元凶はヘクストールであると知ったアリスは見たこともない冷めた表情を浮かべていた。

 その胸中を推し量る(すべ)を、私は持ってない。

 凍りつくような目で、だが、その手の「人形斬り」の(つか)は固く握りしめられている。

 

「……手足が無くては已むを得まい。直接、私が相手をしてくれ――」

 

 カーラもまたナイフを握りしめ、それでもまだなんとかなると思っているらしいセリフを、言い終わるその前に。

 

 アリスが動いた。

 

 カーラを完全に無視し、刹那でヘクストールへと間合いを詰めると。

 その襟首を捕まえ、持ち上げ、振り回し、壁へと叩きつけた。

 安普請の荒屋(あばらや)、その壁は加速されたその質量に耐え切れず、ただ半端にクッション代わりになってヘクストールを受け止めるフリをしながら次々と崩れる。

 

 ヘクストール本人は屋外の木立に激突して漸く停止した様だが、探知の反応から見るに、どうやら息は有るらしい。

 探査まで使ってやる気は無いので、どの程度の有り様かは知らないが。

 

 カーラはナイフを構えたまま、隣に立つ者が突然入れ替わった事を受け入れるのに苦労している様子だった。

 

 アリスの素体の出来が悪いと言っても、それは私達やカーラと比べての話だ。

 正確な話をすれば、アリスの素体は出来が悪いのでは無く、単にザガン人形に比べて設計が古いというだけで、出来そのものはすこぶる良い。

 

 私は単に口と性格に少々難が有ったので、素直に認める事が無かっただけで。

 カーラはアリスを知らないというだけの理由で、その存在をほぼ無視した。

 思えば、事情を知らない人間以外では、エマだけがフラットに対応していたのだ。

 

 思わぬ所で、エマとアリスの仲が良い理由の一端が見えたが、まあ、どうでも良い事だ。

 

「――る? ……え? 何が? なんで?」

 

 先程までは憎々しげな表情で、無駄に尊大な口調だったカーラが腰砕けになり、ベッドから飛び降りることも出来ずに傍らのアリスへと青褪めた顔を見せている。

 ドクター・フリードマンの集大成にして失敗作は、なるほど、服装にさえ気を使えば、人の中に紛れても暮らして行ける程、その表情は自然だ。

 

 外骨格式と内骨格式のハイブリッド。

 

 頭部まで外骨格式では、表情どころか口もまともに動かせまい。

 妙な感心を抱えながら、私もまた一息で距離を詰め、カーラの鳩尾に、突き上げるようなセスタスの一撃を叩きつける。

 

「げうっ!?」

 

 無論本気の一撃などではないが、丁寧に肩を掴んでの一撃だったので、衝撃を逃がすことも出来ずにカーラは悶絶する。

 逃げ場を求めた空気が器官を遡り声帯で妙な音を上げたが、私はとても優しいと人形界隈では有名なのでその事は無視し、尚も苦しげに呻くその姿に、感情のない視線を向けるだけだ。

 

 人形師の大多数は、人形を作るのに当たって拘りが有るらしい。

 

 中には妙な設計思想の変わり者も当然居るだろうが、少なくとも文献で見た限り、そう断言しても良いと思った。

 人工精霊は頭部に、各機関へ酸素なり魔素なりを送るための空気を溜め込むための肺は人間と同じく配され。

 心臓に当たる位置には、魔力炉が収められている。

 

 その魔力炉に強い衝撃を受けたカーラは、その身を護る為に総動員で魔力炉の保護に努めているのだろう。

 身体(からだ)からは力が抜け、入れ替わるように魔力の反応が強くなる。

 防御障壁でも張って、外敵から身を護ろうとしているのだろう。

 

 だが、私がとても優しくて性格が良いのは、もはや世間の常識と言って差し支え無いだろう。

 

 私自身の障壁でカーラの障壁を阻害しながら、セスタスを外した右手でカーラの顔を鷲掴みにする。

 セスタス越しの左手で肩を、素の右手で顔面を掴まれたカーラはナイフを振り回し暴れるが、ロクに力も入っていない刃など、痛くも痒くもない。

 刃が当たった部分の服が切れ、皮膚を浅く裂いて行くが、疑似皮膚組織や疑似脂肪が傷付いた所でどれ程の事も無いのだ。

 

 服が破れたのは素直に頭にくるが、表情には出さない。

「どうしたのですか? てんで無力では無いですか。そんなザマで私の相手など、出来るとお思いですか?」

 私は表情を固定させ、カーラをそのまま持ち上げる。

 左手に、肩部の外装が砕ける感触が伝わる。

 頭部内骨格は右手の中で悲鳴を上げているが、一息で殺してしまってはつまらな……反省を促せないので、加減は怠らない。

 

 元よりその身体(からだ)を制御する力は減少していたのに、右肩を破壊されたカーラはもはやナイフを振り回すことさえ出来ない。

 申し訳程度に両足をバタつかせ、左手で私の右手を払おうと躍起になっているようだが、どれも効果を発揮する事は無い。

 

 防御障壁で私を弾く事も出来ず、抵抗すらロクに出来ないカーラに、私は。

 

貴女(あなた)が街を襲った首謀者ではない、それは理解しました。ですがそれはそれとして」

 

 魔力操作は得意ではない。

 

 表情に出さず、静かに呼吸を整え、可能な限り心を静かに。

 苛々した心はなかなか静まってはくれないが、表面上冷静に見えるならそれで良い。

 

 私の悪意に良く似た電撃を、カーラの顔面に叩き付けた。




密着状態で電撃とか、あんまりお勧め出来ませんね。


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捨て鉢

そろそろ、魔力操作の修練を本気で行ったほうが良いと思います。


 服が破れる程度は想像していたが、右袖が完全に吹き飛んだのは少し驚いた。

 あと、エプロンも胸から右肩に掛けて吹き飛び、服も多少ダメージを受けた。

 服が破れた隙間から下着が覗いてしまっているが、その下着(ブラ)は特にダメージを受けた様子は見えない。

 

 このブラ、素材は何なのだろうか。

 

 右腕は手首から先が激しい火傷に見える状態になっているが、逆に言えばその程度のダメージなのに服が派手にダメージを受けたのが理解(わか)らない。

 

 カーラは電撃に顔面を焼かれ、見た目のダメージは大きいようだが、内部骨格(フレーム)に阻まれて人工精霊へのダメージは大幅にカットされてしまった様だ。

 

 とは言え、全くの無傷で守り切ることは出来ず、魔力炉の機能低下と合わせて押し寄せるダメージに耐えきれなくなった彼女はその機能を完全に停止してしまった。

 

 トアズの冒険者ギルドを襲い、冒険者のみならず無関係の住民を殺害したのはヘクストールで、カーラは関与していない。

 それはそうなのだが、だからと言って完全に無関係とも言えまい。

 

 しかし、カーラの存在を素直に明かし、捕縛に協力して領軍に突き出したとして、だ。

 

 そんじょそこらの冒険者ではまともに相手出来そうも無い、そんな化け物人形をいつまで捕縛したままで居られるのか。

 そんな設備が有るのか。

 そもそも、そんな化け物を捕縛可能なほどに追い詰めたのは誰なのか。

 

 それをアリスに被せたとして、じゃあ、冒険者ランクCのアリスに本当にそんな事が可能なのか、詰問されるだろう。

 

 面倒事に違いないが、私は関わらない、とは行かないだろう。

 私がその心算(つもり)であっても、アリスがそれを許さないだろうし。

 

「お……おーい、アリス? なんか人間みたいなモンが壁突き破って出て来たけど、これ大丈夫なのか? つか、お前は無事なのか?」

 

 カーラをミスリルロープで適当に、出来る部分のみを亀甲に拘束しながらどうでも良い事を考えていると、すっかりと忘れ去っていた存在が壁に空いた大穴の向こうから、遠い声を投げてきた。

 まだ居たのか、体調は大丈夫なのか、ええと……ギルド職員の人。

 そんな事を考えながら壁の大穴に向けた目をなんとなく転がせば、アリスが私に……なんというか、凄く冷たい目を向けて居た。

 

 私は何かしでかしただろうか?

 

「私は無事だよ。怪我も無い。そいつが今回の()()だよ、私もすぐ行くから、取り敢えずそいつを拘束してくれ」

 

 視線を私から外すと、アリスは外に向かって不機嫌に応える。

 それから私に顔を戻すと、やはり嫌そうに口を開いた。

「……もう、縛り方はどうでも良いから、それ適当に片付けて」

 それだけ言うと、もう私の方には目を向けず、さっさと真新しい出入り口から表へと向かう。

 カーラの拘束の仕方が気に食わないのか、私の格好が扇情的過ぎるのか、それとも別の何事かか。

 

 私はアリスの不機嫌の理由に考えを巡らせるが、すぐに興味を失った私は手早くカーラを縛り上げ、取り敢えず魔法住居(コテージ)のエントランスへ放り込み、ついでに手早く衣服と右手の修復を行って、何食わぬ顔で元は壁だった大穴を潜るのだった。

 

 

 

 荒屋(あばらや)を出ると、既にヘクストールは捕縛されていたが、それ以前に意識を失っていた。

 アリスと……確かチャールズだったか、ギルド職員が今後の事を相談している間に頑張って鑑定を掛けて見ると、どうやらアリスさんはお怒りだったらしい。

 ヘクストールは脊椎を損傷し、下半身不随、とある。

 この男に限って言えば自業自得、寧ろ命があるだけマシだろう。

 

 この後はこの国の法で裁かれる訳で、あの現場の惨状を考えれば良くて死罪だろうから、生きている事を実感できる時間は残り僅かであろうが。

 

 カーラに関してはチャールズは確認していないし、ヘクストールが何を言った所で実在を証明できなければ狂人の妄想で片がつくだろう。

 私としても貴重な()()を確保出来た訳で、まあ、アリスの同行を黙認した甲斐があった。

 

 外骨格式の人形は初めて見たので、人工精霊を消去したら修復して、暫くはエントランスに飾っても良いかもしれない。

 

「おい、変態。一度冒険者ギルドに戻るよ。アンタ達も来な」

 

 そんな事を考えていると、アリスが凄く嫌そうに声を掛けてくる。

 それは良いのだが、まず変態とは何事か。

 それと、さり気なく言っているが、何故私達も戻らねばならないのか。

 外でチャーズと適当に談笑していたらしいエマが私の傍に立つが、そのエマも戻る話は聞いていなかったらしく、私を見上げている。

「私達が冒険者ギルドに顔を出す理由が判りませんし、そもそも私達は正規の手続きを経て外に出た訳では無いので、そう簡単には領都(なか)には戻れないでしょう? 私達はこのまま出立しますので、そちらはお任せしますよ」

 なるべく冷静を心掛けて、さり気なく面倒事を丸投げして見るが、アリスの冷たい表情はピクリともしない。

 

「アンタも関係者だから、証言が必要でしょうが。衛兵には私達が話すから、戻るのに問題は無いよ。どうせ領軍の人に事情説明するだけで、すぐに終わるんだから。それとも何? 面倒事をこっちに押し付けて、アンタはのほほんと逃げる心算(つもり)かい?」

 

 表情だけでなく眼の底にまで冷たい光を湛えて、アリスは私の目を覗くように言葉を紡ぐ。

 

「当然ですよ。面倒事と理解(わか)って首を突っ込む趣味は無いです。暴れたのは、流石に私だってあの惨状は不快でしたので、憂さ晴らしです」

 そんなアリスに、私は当然の事の様に、腰に手を当てて胸を張って答える。

 私は面倒事は御免なのだし、トアズ観光もある程度満足もしている。

 

 綺麗で活気の有る良い街だとは思うが、悪く言えば特に目を引く特色を見つけられない、そんな街だと早々に見切りをつけてしまっていたのも有る。

 どちらかと言えばベルネのごった煮のような雰囲気よりはトアズの方が好みでは有るが、どちらにせよ定住は出来ない身の上なのでどうしても深い所まで見てみよう、という気にはならないのもある。

 

 アリスはその冷たい空気を緩めること無く、腕組みで私を()めつける。

「それを理解(わか)って逃がすと思うのかい? 幾ら何でもあの惨状を、私がひとりで収められた訳が無いなんて誰だって判るだろ。中級やら少ないとは言え上級の冒険者連中が何人か犠牲になってるのに」

 なるほどアリスの言い分は判った。

 だが、判ったからと言って、私が出向く理由が……。

 

 まさか。

 

「……ほら、アレですよ。危機的な状況で仲間達を護るために、アリスの秘められた力が目覚め……」

「そんな都合の良い話なんざ無いし、アンタ達が暴れてんのも見られてるに決まってるだろう。その目立つ格好で、他人の空似なんて逃げるのは流石に無理だぞ」

 嫌な予感に取り憑かれた私の逃げ口上を断ち切って、アリスは淡々と言葉を連ねる。

「いえいえいえ、メイド服なんて珍しくないでしょう? 街角でも、ちょくちょく見掛けましたし」

「メイド服で大暴れする非常識な奴は充分珍しいし、冒険者が手も足も出ない化け物相手に圧倒するメイドなんてそうそう居る訳が無いだろう」

 それでは反論の角度を変えてやろうと試みれば、それすらもバッサリと斬り捨てられる。

「世界は広いのですから、人形と渡り合えるメイドのひとりやふたり……」

「現実を見ろ。そんな奴がそうそう居て(たま)るか」

 尚も見苦しく足掻く私を言葉で足蹴にし、アリスの眼光は依然冷たいままだ。

 私は言葉を一旦飲み込み、深く息を()く。

 そして。

 

 私は、呼吸を整え、穏便に場を納める努力を放棄した。

 

「……その流れだと、下手すると私は冒険者にさせられそうなんですが。私はそんな心算(つもり)は無いですし、そんな事を言われたら全力で暴れますが、それでも宜しいのですか?」

 

 なるべく低く、常以上の丁寧を心掛け、まっすぐにアリスの目を見て言葉を紡ぐ。

 突然様相を変えた私の面持ちに、アリスは流石に怯む。

 

「……そんなに嫌なのか……。正直、その腕は冒険者に是非欲しいんだがなぁ……」

 

 アリスの向かいに立つ、チャールズが冷や汗を浮かべて言う。

 この男は冒険者ギルドの職員だった。

 

 ならば、あの冒険者ギルド前でのイザコザも見ていたのだろう。

 

 私は視線をチャールズに向け、すぐにアリスに戻した。

「私が他者に与える猶予は、常に1回です。冒険者になれと言われたら全力で暴れる、そう告げた筈です」

 アリスの眼光が弱まり、口は開くが言葉は出て来ない。

 視界の端で、チャールズが己の失態に気付いた様子で口元を覆うが、もう遅い。

「次は容赦しません。私の名に誓って」

 冗談で済む間に、私を見逃せば良かったのだ。

 私は目を閉じ、ほんの僅か、逡巡する。

 私が正体を明かした所で、誰に何が出来る訳でもない。

 覚悟を決め、苛立ちを振り払うように目を開く。

 

 向こう10年は、この街には来れないかも知れない。

 

 それだけを、少しだけ残念に思いながら。

 

「次に冒険者になれ、などと言われたなら。マスター・ザガンの最後の作品、『墓守』マリアとして、あの街が瓦礫と化すまで暴れると宣言します」

 

 アリスは酷く嫌そうな顔で溜息を漏らして頭を掻き、チャールズは私が何を言ったのか吟味するように押し黙り、数秒後に目を見開いて。

 

 エマは、何かを期待してその瞳を輝かせるのだった。




エマは多分、背中を押してくれそうです。


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旅情それぞれ

人形として、初めての自己紹介は考え無しの様子です。


「……はあ!? ザガン人形!?」

 冒険者ギルドからアリスについてこんな所まで来た男、チャールズは私の宣言にまず沈黙し、瞠目し、そして素っ頓狂な声を上げた。

 

 まあ、冒険者ギルドどころか、傭兵衛兵領兵国軍に所謂(いわゆる)闇ギルド、思い付く限りの戦闘集団が危険視する危険思想の人形師。

 そんな男の造った人形なのだと知ってしまえば、冒険者ギルドの職員としては対応せざるを得ないのだろうが、ひとりで立ち向かうには相手が悪過ぎる。

 

 自分で言うのも白々しいのだが。

 

「チャールズ。これ以上変なこと、言わないほうが良いよ。()()はホントにザガン人形だ。言ったことは実行するよ。ついでに言えばそっちの――」

 

 咄嗟に声も出ないチャールズの空隙に、アリスは先んじて言葉を差し込み、つい、と右手で私の傍らを指し示す。

 放心に近い状態で視線を転がし、そこに居る小柄な少女を目にしたチャールズの顔からは、表情が抜け落ちて居た。

 

 さっきまで、恐らく気軽な会話でも楽しんでいたのだろう。

 

「そっちのお嬢ちゃんも、ザガン人形だよ」

 

 何かを期待して笑顔を輝かせる()()に、チャールズの顔から徐々に血の気が引いていく。

 まあ、私とアリスが荒屋(あばらや)であれこれしている間に、簡単な会話程度はしていただろう。

 

 顔色の悪さから見るに、お互い自己紹介程度はしていたと思われる。

 

「おいおいおい……ザガン人形で、エマって言やあ……」

 

 冒険者ギルドの現職員が、真っ青な顔で腰が引けている。

 エマの名前は色々と文献なりに残っているのは知っていたが、冒険者ギルドではどういう扱いなのか。

 チャールズの反応は、その回答に近いのだろう。

「エマ。申し訳ないのですが、この掘っ立て小屋が目障りです。消して貰えますか?」

 しかし、先のヘクストールとのやり取りで、私は少しばかり心にささくれが立っていた。

 ザガン人形の「爆殺」エマなのだと言った所で、言葉だけでは本物だとは思えないだろう、と。

 

 まさかチャールズが私達の心音――魔力炉の駆動音――をこの距離で確認出来る筈もなく、そもそもそんな確認法に思い至るとも思えない。

 

 案外気楽な正体明かしだったとは言え、いや、だからこそ、つまらない問答を重ねるのは気が滅入る。

 最悪、私がザガン人形かどうかは不明であっても。

 

「んん? 別に良いけどぉ、マリアちゃんも出来るよねぇ? 別に良いけどぉ?」

 

 エマは私を見上げた後、すぐに視線を荒屋(あばらや)へと向ける。

 さり気なくアリスがチャールズを守る様に立ち位置を変え、私は見捨てられたヘクストールに憐れみを感じた刹那に、破裂音が鼓膜を叩いた。

 

 思っていたよりも音が大きい。

 

 自分の一言が齎した結果を確認しない訳にも行かないが、なんとなく見るのが嫌だ。

 私達の方へ破片等が飛んで来ていないので、きっと私が考えている様な規模の爆発など起こっては居ないのだろう。

 

 そんな逃避を行いつつ、何が目に飛び込んできても表情を変えないように注意しつつ振り返った私の視界は、恐ろしく開けていた。

 荒屋(あばらや)のみならず、森林に立っていた筈の木々が。

 それらが立っていた筈の、散った木の葉に覆われた、苔むした地面が。

 

 此方(こちら)から見て奥に向かって、放射状に、抉られたように土を露出されて吹き飛んでいた。

 

「こんなカンジで良いかなぁ?」

 

 覚悟していなければ、私の表情も崩れていただろう。

 背中の冷や汗を無表情で隠し涼しげに振り返った先では、チャールズがもはや土気色になった顔ですっきりとした空間を見詰めていた。

 アリスもまた、初めて目にした「爆殺」エマの暴虐を前に、口を閉ざすことも忘れている。

 

 一度は戦闘寸前になった、見た目少女のこの人形の名前をやっと思い出したのだろう。

 

 偉そうに感想を述べる私だが、完全に冷静で居ることは難しい。

 それこそ戦闘を行い、辛くも勝利を収めた私だったが。

 

 あの時、私はこれの連射を耐えたのか?

 

 思っていたよりもヤバい結果に、なんでまだ自分が生きて此処(ここ)に居るのか、理解するのが困難だった。

 

 

 

 アリスは心持ち青褪めた顔で、しかししっかりとした口調で私に言った。

「私は報告も有るし、街を出るにも準備が有る。明日の昼、ここで待ち合わせだ」

 何を言っているのか理解(わか)らない。

 

 まさかこの人形、私達と共に行動する心算(つもり)では有るまいな?

 

 疑念を抱いた私が質問するよりも先に(きびす)を返し、顔色の悪いチャールズを従えて街の方へと歩いて行った。

 私は不機嫌に言葉を飲み込んでその背を見送り、追ってこられても逃げ切れる程度の距離が出来たことを確認して、念の為に小声をエマに向ける。

「エマ。今のうちに逃げますよ。どうせ待っていても碌な事は有りません」

 足の裏で重なった木の葉が擦れる音を聞きながら、私も身体(からだ)の向きを変えようとして、完全には果たせずつんのめりそうになる。

 どうにか踏みとどまって視線を下げれば、私の左腕をエマが捕らえていた。

 

「ダメだよぉ、マリアちゃん? アリスちゃんが待ってて、って言ったんだからぁ」

 

 いつもの軽い口調に軽薄な笑顔。

 だというのに、その手に込められた力は尋常では無い。

 

「私も動きたく無いしぃ? 今日は、ここで魔法住居(おうち)に帰ろぉ」

 

 有無をも言わせぬ、と言うのは、この様な有様を指すのだろうか。

 見た目華奢な少女人形の手が、どれ程力を込めても振り払える気がしない。

 

「エマ、聞いて下さい。私は気ままな旅を満喫したいのです」

 

 必死に腕を振り払おうとしながら、口を開く。

 相変わらず、左腕はピクリともしない。

 

 エマはどれ程の力を使っているのか、空恐ろしくなる。

 

「知ってるよぉ? マリアちゃん、旅行好きだもんねぇ?」

 

 そんな怪力を感じさせる事のない柔らかな笑顔で、エマは言う。

 実際には旅行好きと言うよりも、同じ所に長く居られないだけだ。

 現実を考えた結果、漫然と各地を流離(さすら)うよりも、旅を楽しんでしまおうと開き直っただけで。

 正直に言えば、旅の楽しみ方もよく理解(わか)っていないのだ。

 

 しかし、そんな事を素直に話しても特に意味も無い。

 

「そうですね、私は気軽に、無責任に旅を楽しみたいのです」

 

 エマの言葉を肯定しそのまま言い包めようとするが、私の言葉は鋭い視線に遮られる。

「うん、アリスちゃんも一緒だったら、もっと楽しそうだよねぇ?」

 私の感じた予感を、エマも感じ取っていたらしい。

 寧ろ、エマの中ではアリスの同行は決定事項であるらしい。

 朗らかだった笑顔の中で、目だけが鋭く引き絞られている。

 言いたい事は理解出来ているな、そう言うように。

「……私は今のままで充分なのですが」

 本心で言えばエマの面倒を見ているだけでも手に余っている。

 私は他人の生命(いのち)などどうでも良いのだが、無闇に暴れられてしまっては私の思い描く旅情から遠退(とおの)いてしまう。

 いや、遠退(とおの)くどころかその先に待つのは人目を避けての逃避行だろう。

 

 他人の生命(いのち)を歯牙にも掛けない私だが、だからといって意味もなく虐殺を行いながら旅を満喫出来る程、ならず者(デスペラード)では無い。

 

「アリスちゃんも一緒だったら、もっと楽しそうだよねぇ?」

 

 しかしエマは私の心労を察してはくれない。

 現状でも厄介だというのに、冒険者ギルド所属の、正体を秘匿しているとは言え人形が一緒についてくる。

 しかも、こんな事になると思っていなかった私は、思い切りギルド職員に自身の正体を晒してしまっている。

 冒険者ギルド的には、首輪のひとつも付けて置きたいだろうし、それには相応の実力者が必要になる。

 

 ……何故私は、こうなる事を予見出来なかったのか。

 そして何故、エマはアリスにこんなにも執着しているのだろうか。

 

 どうでも良い事に気が取られるくらいに混乱しながら、エマを説得する言葉を探すが、そんなモノは都合良く湧いてくる筈も無い。

 思い出したように降りかかる木の葉を払いながら、木立の間から覗く青空を見上げるが、エマは私を解放もせず、言い訳を聞いてくれる気配も無いのだった。




人形もまた、自由では居られません。諦めが肝心、これはヒトに限った話ではありません。


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思考整理、或いは閑話

いつものやらかしですが、今回は上手く逃げられそうに有りません。


 目下、頭痛の種が増えるばかりで如何(いかん)ともし(がた)い。

 冒険者ギルドに関わるのは構わないし、寧ろある程度は友好的でありたいと思う。

 

 だが、冒険者になりたい訳では無い。

 

 せいぜい旅の途中で狩った獣なり魔獣の素材を買い取ってくれれば文句は無いし、その為に冒険者登録は不要なのだから、現状で何の不満もない。

 素材の買い取りで貢献値とやらが入らないとか、少しだけ安く買い叩かれてしまうとか、そんな事はどうだって良いのだ。

 

 そんな私に、人形のクセに冒険者なんてやっているアリスが、何故か私に急接近してきた。

 初対面時から私は随分嫌われていた筈なのだが、急な態度の変化である。

 

 ……いや、良く思い出してみれば態度そのものはそれほど軟化していないな。

 

 まあ、普通に考えて冒険者ギルド側がアリスに何か働き掛けたのだろう。

 恐らく、アリスはギルドに私とエマの事を伝えた結果……どの程度の職位の人間に話したのかは想像するしか無いが、ザガン人形だと聞かされたら誰であれ、相応に対応を練る他無いだろう。

 アリス自身も人形なのだし、私の正体に関して余計な事は言わないだろうと思ったのだが、私の予想は随分と甘かったらしい。

 

 ……もしかしたら、アリスは自分の正体を、ある程度の範囲に話していたのかもしれない。

 

 斯くして、私にはアリスという名の首輪が嵌められそうになっているらしいのだが、それならそれでとっとと逃げてしまえば良い。

 ……のだが、ややこしい事に、それを身内である筈のエマが許してくれそうにない。

 アリスや冒険者連中からなら余裕で逃げられる自信が有るし、いざとなれば殺してしまえば良いのだが、エマ相手では勝手が変わる。

 

 行動を共にするようになって、近くで過ごすようになればなるほど、私が一度はエマに勝利出来た事が信じられなくなった。

 

 こと戦闘に関わるスペックでは私と互角か下手すると凌駕するエマ。

 そんな化け物を相手に逃げるどころか、もう一度戦闘なんて御免である。

 

 そんなエマがアリスをなにやら気に入っている様子で、私の逃走を阻むのだ。

 

 諦めて魔法住居(コテージ)へと戻ってみれば、顔面の火傷が随分と癒えたカーラが上半身亀甲、手足はやっつけで縛られているという半端な有様で転がっている。

 意識は戻っていない様だが、コイツの処分も考えなければならない。

 

 私にとって見れば貴重な魔法銀(ミスリル)と人工筋繊維の塊なのだが、こいつは尊大な態度だった割にトアズの虐殺には直接関わっていない。

 止めなかった責任を追求しようにも、ヘクストールが廃棄人形(できそこない)を「操作」で操っている間は惰眠を貪っていたらしく、寧ろヘクストールが勝手なことをしたと知って怒っていた。

 

 だからと言って完全に無関係とは言えない、私などはそう考えるのだが、元人間だけ有って人情派っぽいアリスがどう考えるか不明だし、エマは私よりもアリスの考えに賛同する予感が強くある。

 現に、カーラを見つけたエマは「これなに?」とは聞いてきたものの、私の簡単な説明だけで興味を失った。

 だがそれだけで、破壊しようとか斬ってみたいとか、そう言う物騒なことを口にすることも無かった。

 

 非常に面倒だが、カーラの処分も、アリスの意見を一度は聞いてみなければなるまい。

 

 ……こうも面倒事が重なると私の行いが悪かったのかと考えてしまいそうになる。

 そして実際に考えてみると、どれもこれも私が原因だったりするので始末が悪い。

 

 挙げ句、何を血迷ったのか、私は冒険者ギルドの職員に対して正体を明かし、恫喝さえしている。

 自分で逃げ道を塞いでいたら世話がないと言うものだが、あの時は、それで相手が引くと思ったし、実際チャールズは腰が引けていたし、その勢いで逃げ出せると信じて疑わなかったのだ。

 

 浅はかと言われれば、その通り過ぎて反論も出来ない。

 

 問題はひとつひとつ、丁寧に解かねばなるまい。

 単身逃げ出せば全て解決、そんな夢想に囚われながら、私は意識のないカーラを引き摺り、エマを伴ってエントランスを離れるのだった。

 

 

 

 気が付くとメイド服を一式、エマに奪われてしまった。

 どうにも集中力が失われているようで良くない。

「あの子、なんて名前なのぉ?」

 器用にメイド服をバラし、サイズダウンさせていくその手腕は見事という他ない。

 しかし、元に戻す事は不可能なので、私は一着諦めざるを得ない。

「カーラと名乗っていましたよ。かの精霊医術師、ドクター・フリードマンの最後の作品だとか」

 私が返事しても手を止める事も無く、エマはスカートを縫い上げていく。

 ブラウスのサイズダウンは既に完了している。

「あー、マスターも尊敬してたお人だねぇ。人を信じて裏切られてぇ。人に仇成す人形師になった偉大なる先人、だっけぇ? 同族共鳴ってやつぅ?」

 エマは心底どうでも良さそうに針を操り続ける。

 

 こんな有様で、実はマスター・ザガンを敬愛していると言うのだから、天邪鬼にも程があろう。

 

「そんな四字熟語、初めて聞きましたよ。まあ、どちらの思いも私は知りませんので……エマは、マスター・ザガンとはお会いした事は有るのですよね?」

 エマの適当過ぎる物言いに溜息混じりで応え、続けた言葉はエマの手を止めさせた。

 

「うん。でも、すぐに放り出されたけどねぇ」

 

 エマの呟きは、その声量とは無関係に私の鼓膜を強く打った。

 思わずまじまじとエマを見下ろしてしまうが、針仕事の関係で俯いている格好のその表情を伺うことは叶わない。

 

「私は完成品だから、問題はないんだって。私の前に出来た子達は調整が必要だからって、その子達はみんなマスターと一緒だったのに」

 

 手を止めたエマの声は暗く、私の心に染み込むように広がって行く。

 

「私は魔法戦仕様の完成形だから、調整も必要無いし最初から強いんだって。だから『旅をしなさい、愉しみなさい。そして人間を殺しなさい』って」

 

 ああ、そう言う事か。

「申し訳ありません、エマ。……エプロンのデザインも、少し変えてみたらどうですか?」

 私は謝罪の言葉を口にしながらエマの傍に歩み寄り、その頭をそっと撫でる。

 

 エマは、確かにマスター・ザガンの作品、2シリーズの最初の完成品だったのだろう。

 完成したから、マスターは喜び勇んでエマを野に放ったのだろう。

 

 生まれたばかりの人工精霊(エマ)が、製作者(ちちおや)に甘える間も無いほど、性急に。

 

 そんなエマの目に、「再調整」と言う名目でマスターと共に居る他の人形達は、どう映ったのだろうか。

「くすぐったいよぉ、マリアちゃん。そうだね、エプロン、ちょっと変えちゃおうかなぁ」

 エマは顔を上げず、しかし素直に答える。

 エプロンどころか、まずはスカートがエライことになっている事実には私も目を伏せる。

 巫山戯るにも時と相手を選ぶのだ。

 

 今のエマを誂う元気は、私の中には湧いて来なかった。

 

 

 

 エマの独白に、私やアリスに懐いた理由の一端を見た訳だが、それに関する感想はどうかと問われれば気まずいとしか言い様がない。

 上手く利用できそうな気もするが、状況に追われて弱り気味の今の私では、不要な罪悪感が首を擡げて邪魔をする。

 

 利用して捨てる気で拾った壊れかけの人形だった。

 それがまさか、私の心情に訴える攻撃を放ってくるとは、思いも依らなかった。

 

 魔法戦主体で設計されたからこそ、エマは魔法主体の戦闘を忌避したのか。

 以前、私はエマについて「自身の設計に反逆した」と表現したが、あれはあながち間違っても居なかったらしい。

 

 私はキッチンでひとり、溜息を漂わせる。

 

 個を知れば駒として使い難くなる、私の弱さだ。

 エマの思いの欠片を覗いてしまえば、無碍にも出来ない。

 そして恐らく、それはエマに限った話ではない。

 

 アリスの身の上を聞けば同情を完全には禁じ得まいし、カーラですら、下手に話を聞いてしまえば。

 いや、もう既に知りもしないカーラの過去を想像し始めている有様だ。

 

 私はもう人間では無いし、地球に、日本に戻る手段も無い。

 この世界で人形として生きる他無いのだから、徹底して利己的に生きる、そう決めた筈だったのだが。

 

 機能不全に陥ったカーラがいつ意識を取り戻すか不明だが、それほど遠くの事でもあるまい。

 

 猪肉のブロックを適当に切り分け、いつかエマに振る舞った時よりも幾分腕を上げたステーキを作ろうと心に決める。

 生肉の方が変換効率は良いのだが、食事という物は形から入っても悪くはあるまい。

 

 思えば、エマに初めてステーキもどきを振る舞った時には、何を考えて調理していたのだったか。

 ただの打算だけだったと思い込んでいたが、もしかしたら。

 

 私は軽く頭を振ってから、調理作業に集中するのだった。




相手を思いやる心算(つもり)になっているようですが、それはただの逃げです。


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まわる世界

虜囚の扱いには、細心の注意を払いましょう。


 意識を取り戻すなり怯えるカーラに食事と金属類のインゴットを渡し、大人しくしているようにと強く言い含めて、私はエマを伴い、昨日の爆破現場の畔に立っていた。

 

 指向性の爆発の跡地の場合、爆心地と言ってよいのか出発点と言うべきなのか判断に迷う。

 

「さて。待てと言われましたが、いつ来るんでしょうね」

 

 エマに向けての言葉では有るが、エマにしてもアリスがいつ来るか等判りはしないだろう。

「どうだろうねぇ? 近くに人間はいないみたいだけどぉ?」

 エマは特に興味も無さそうな口調で答えてくれるが、意外な事に、周辺に探知か探査を走らせたらしい。

 言われて気付いた私が探知を出来る最大範囲で掛けてみるが、確かに周辺に人間ないし人間大の反応は無い。

 警戒を怠るとは、私はどうも余計な事に考えを向けすぎたらしい。

 

「ところでさぁ、マリアちゃん。アリスちゃんはともかく、あのカーラって子、この後どうするのぉ?」

 

 ポツリと、エマが質問を口にする。

 言われて顔を向けた私は、しかし明確な回答を持ち合わせていない。

 

「……そうですね。実は持て余しているのです。最初は資材にしてしまおうと思っていたのですが」

「マリアちゃんって案外冷酷だよねぇ」

 

 私が素直に心情を吐露すると、すかさずエマが言葉で斬り付けて来た。

 特に責めるような眼差しではないが、目を逸らすこと無く真っ直ぐに発せられた言葉は思いの外痛い。

「返す言葉も無いです。とは言え、敵対行動された相手を、それも危険な人形を野放しにする気もあまりしませんし」

「敵対行動ってぇ、暴れたって事かなぁ? 私、マリアちゃん相手に大暴れした危ない人形知ってるんだけどぉ、マリアちゃんはどう思ってるのかなぁ?」

「……」

 真っ直ぐに私の目を捉えたまま、エマは私の言葉を遮るように言う。

 うん、私もその人形には凄く心当たりが有る。

 

 当の本人がそういう言い回しをするのはどうかと思うが、寧ろと言うかだからこそと言うべきか、なるほど考えさせられるモノは有る。

 

「……では、エマはどう思いますか? 私としては、アリスが顔を出したら現状を説明した上で、アリスが同意したならあの人形を処分しようと思っているのですが」

 

 はぐらかそうにも材料もなく、その理由もない。

 エマに負けじと真っ直ぐに意見を口にするが、受け手は表情を動かすことも無い。

「こっちじゃなくて、相手次第じゃないかなぁ? どうしたって敵でしか無いなら、壊しちゃうしか無いけどぉ」

 そんなエマの回答に、私は驚愕を禁じ得なかった。

 

 敵対したなら殲滅が基本、それがたとえ姉妹人形であろうとも手を緩めない、そんなエマが。

 実際に少なくとも2体はザガン人形を破壊したエマが。

 

 相手の降伏を受け入れる等、とても信じ難い事を口にしている。

 

「……マリアちゃん? 凄く失礼な事考えてないかなぁ?」

 

 驚愕が顔に出ていたのだろう、エマは半眼になって非難がましく口を尖らせた。

「いえ、だって『爆殺』エマが、姉妹人形をも破壊した貴女(あなた)が、縁もゆかりも無い人形を見逃そうなんて、そんな事を言い出すなんて思わないじゃないですか」

 私は驚きすぎて早口になりながら、思っていることを素直に並べる。

「酷い事言うよねぇ? エリちゃんとソフィアちゃんは、私に反撃してきたから仕方がないよぉ? マリアちゃんみたいに私に勝てたなら違うけど、私と遊んで負けて、それで生き延びたいって言うのは我儘だよぉ?」

 不機嫌顔のエマは反論らしきを展開するが、色々と理解出来無い。

 エリとかソフィアとか名前を出されても、私どころか先代ですら面識のない人形の為人(ひととなり)は知らないし、と言うか「反撃した」と言うことは、やはりエマから仕掛けて居るではないか。

 仕方ないという意味が理解(わか)らない。

 エマと遊んで、と言うのは戦闘行動を行って、と言う意味だろうとは思うが、相手が誰であろうが負けて生命が惜しいと思うのは不思議な事では無い。

 それを我儘と言われてしまえば、生物の大半は我儘ということになるし、結論だけなら納得出来るが、その理屈には首を縦に振れない。

 

 と言うか、その理屈では、私と遊んで負けたカーラは、命乞いなど以ての外と言うことになるのだが?

 

「カーラは私に負けた訳ですが……それを見逃すのは良いのですか?」

「あの子はマリアちゃんと遊んだのであってぇ、私は関係ないモン。私は自分の考えを、マリアちゃんに押し付けたりしないよぉ?」

 

 絞り出した言葉に、エマはあっさりと答える。

 

 え?

 私が相手したのだから、別に破壊することもないだろうと言う事なのか?

 あと、さっきの物言いで、私に考えを押し付けていない心算(つもり)なのか?

 

 ……押し付けていない心算(つもり)なのだろうな……。

 

「……アリスと合流したら、改めて相談しましょう」

 

 理解出来ない事が重なりすぎて、私は考える事を放棄した。

 そんな私を見上げるエマは、何故か笑顔で頷いていた。

 

 

 

「……悪かったって。その不機嫌な無表情やめてくれないかな」

 アリスがバツの悪そうな顔で頭を掻き、エマに手土産代わりのクッキーを手渡して言う。

「いえいえ、時間の指定はありませんでしたからお気になさらず。ああ、でも確か昼には来ると言っていた気がしますが……私の勘違いでしたね」

 表情を変えず姿勢も崩さず、声の冷たさも2割増しで私が答えると、アリスは目を逸した。

 

 私の勝ちだ。

 

「いやホント悪かったって。私だって、ギルドに報告したら終わりだって思ってたんだよ。昨日詳しい話はしてた訳だし」

 様子を見れば、アリスが心底悪かったと思っているのは判る。

 私の目もまともに見れない程度には、やらかした自覚を持っている事も見て取れる。

 昼、というアバウトな待ち合わせ時間だった事も考慮するべきだと、私だって思う。

 だが。

 

「おや、太陽もだいぶ傾きましたし、夕食の準備をしないとですね。エマ、何か食べたい物はありますか?」

「ホントに悪かったって、ゴメンってば!」

 

 泣きそうな顔で取りすがるアリスを無視して、私の表情は凍りついたままだ。

 4時間も待たされた無為な時間を返せとは言わないが、この程度の罰を与えるくらいは許されるだろう。

 

 

 

「で、私達を待たせたそもそもの理由はなんですか?」

 夕刻から移動を開始した所ですぐに夜になる。

 どうせアリスも話すことが有るだろうし、後回しにしても長引くだけで良いこともない。

 それに、アリスもまた、私達の正体を知っている訳だし、今更隠すのも意味があるのか判らない。

 以上の事を考え、私は魔法住居(コテージ)へとアリスを招き入れた。

「……え? あ、ああ、そりゃ話があるから、なんだけど」

 軽く振り返って問うと、アリスはエントランスのあちこちを見回しながら呆けた顔を晒していた。

 私の言葉への反応も遅れる有様だ。

「なんだこりゃ、私の知ってる魔法住居(コテージ)と全然違うんだけど? ホントは宮殿(パレス)魔城(キャッスル)じゃないのか?」

 アリスの口から溢れる感想に、懐かしい記憶が刺激される。

 

 イリーナは、ついでに顎髭と部下2人は元気だろうか。

 

「そんな大げさなものでは無いですよ。広いだけの魔法住居(コテージ)です。特にリクエストが無ければ夕食はパスタにしようかと思いますが、アリスもエマも、それで良いですか?」

 郷愁を振り払い、顔を前に向ける。

 懐かしくは思うが、イリーナとの別れはなんと言うか、まあ、褒められたものでは無かったので、とても顔を出しに行き難い。

 そんな微妙な困惑顔を見られたくなかっただけで、意固地になっているとか、そんな事は特に無い。

 

「へぇ、パスタかあ。思ったより贅沢なごはんが食べられそうで、なんだか楽しみだね」

「マリアちゃんはねぇ、お料理上手なんだよぉ? 時々炭の塊が出てくるけどぉ」

 アリスの軽口に、エマが楽しそうに応える。

 笑い合う2体だが、物事には告げなくとも良い事は有ると思う。

 

 2体(ふたり)で楽しく、私のこと以外の話題に興じれば良いではないか。

 

「ああ、そう言えば、私もアリスに相談したいことが有るのです。食事しながら話したいと思いますので、食堂でお待ち頂けますか? 準備でき次第、私も向かいますので」

 エントランスから廊下へ入り、ちょうど食堂前についた所で、私は振り返って告げる。

 そこでエマと談笑していたアリスは、私に顔を向けて軽く答える。

「ああ、判った。手伝わなくて良いのか?」

 ごく普通の、気軽な返答。

 アリスの私に対するスタンスを測りかねるが、まあ、今はどうでも良い。

「今回は結構です、寧ろエマの相手をお願いします。ウロチョロされると、私の服が減ってしまいますので」

 私の回答に意味不明という表情を浮かべ、しかし頷いてアリスはエマと共に食堂へと消える。

 その背がドアに遮られるのを律儀に確認してから、私は廊下を先へと進む。

 キッチンはこの先、だが食堂からも入れる。

 

 しかし、私の目的地はそこでは無い。

 

 なんとは無しに溜息を()いて、私はその部屋のドアを軽く叩いた。

 

 

 

 出来上がった料理を載せたワゴンを押し、キッチンから食堂へと入る。

 ワゴンは2台。

 当然、押すのも2名。

 

 ()()を見て笑顔のエマと、ぎょっとした顔のアリス。

 素知らぬ無表情の私の隣には、黒髪ゴシック喪服ですっかりと傷の癒えた、元気一杯の筈の。

 

 死にそうな顔色で、処刑場へと向かうような足取りのカーラが並んでいた。




お客様のもてなし方は、もっと指導すべきだったかも知れません。


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晩餐会談、新メイド? を添えて

さて、マリアに新人教育が出来るでしょうか。


 食事の載ったワゴンを押す、と言うよりも、なんとか縋り付くような有様で、カーラは隣りにいる私に目を向けることもしない。

 足取りは重いどころかガクガクと膝が笑い、なんとなく心配になってしまう有様だ。

 

「そんな有様で大丈夫ですか? もしもワゴンを倒したりしたら大変ですよ?」

 

 心配した私が優しく声を掛けると、びくりと震え上がる。

 失礼な反応である。

「だだ、大丈夫です! 生命(いのち)に代えても死守します!」

 真っ青な顔でそう答えるが、決して目を合わせようとしない。

 

「……あんまイジメないでやって。アンタをキレさせたら、どうなるかを身をもって味わったんだからさ、そいつ……」

 

 飛んできた声に顔を向けると、同情的な顔のアリスがカーラを眺めている。

 その隣では、期待顔でワゴンを見つめるエマが目に入る。

 見た限り、エマはカーラに全く興味を持っていない様子だ。

 

 うん、まあ、私に圧倒された様な相手では、戦闘狂気味の人形の眼中には入ってこないだろう。

 

 アリスの懇願とエマのあんまりな態度に毒気を薄められ、私の中にもカーラに対する同情が少しだけ湧いてくる。

 だが、アリスの台詞にはどうしても聞き流せないモノが混じっている。

 

 私は確かにカーラを叩きのめして電撃で顔面を焼いたが、決して怒っては居なかった。

 多少の苛立(いらだ)ちが有ったことは認めるが、「キレた」と言われる程前後見境が無かった訳では無い。

 

 無いのだが、まあ、言っても聞き流されて終了だろう。

 

「カーラ、お手伝い有難う御座います。配膳は私がしますので、席に着いて下さい」

 気持ちを整え。先程とは違う本当に気の毒な気持ちを小さじ半分程含めた声でカーラを労うと、私はテキパキとそれぞれの前にスプーンとフォークを並べ、渾身のボロネーゼを配って歩く。

 挽き肉は例によって猪肉を、包丁二刀流でミンチにしたものだ。

 

 カーラにクドクドと説教という名の言葉責めをしながら。

 

「……アンタの手料理って言うから、てっきり生肉が塊でパスタに乗ってるのかと思ったよ」

 

 アリスはヨロヨロと席に着くカーラに憐憫の眼差しを送り、その視線を手元の皿に落としながら、放心したように呟く。

 どこまでも失礼な事だ。

 

「自分で食べたいと思えないような物を、他人(ひと)様に振る舞う訳が無いでしょう。それとも、そういうモノがお好みですか?」

 

 白々とした眼差しを無遠慮にぶつけて見ると、此方(こちら)に顔を向け直したアリスがうんざり顔で両手を挙げて見せる。

「あー、悪かったよ、作ってくれた物に文句は無いんだし、意外だと思うのも口に出したらそりゃ失礼だ。悪かったから、機嫌直してくれ」

 思った以上に素直に謝罪を口にされては面食らってしまう。

 どんな事を言われて、どう返してやろうかと待ち構えていた私だが、これに対して嫌味で返しては流石に人格が疑われよう。

 

 そう思い、素直に謝罪を受け入れようとした私だが、ふと気が付いた。

 

「……謝罪は受け取りました。私も大人気(おとなげ)無かったと謝罪致します。所で――」

 

 一度頭を下げて、それから私は言葉を続ける。

 

「私は貴女(あなた)に『待っていろ』と言われた理由を、まだ伺って居ません。どう言った理由で私の旅の足を止めたのか、是非お聞かせ願えますでしょうか」

 

 今ひとつ、私の機嫌が優れない理由、そのひとつ。

 アリスに理由の説明無しに足止めされたその言い訳を、是非開陳して貰いたいものだ。

 

 本来なら無視して旅を続ける場面だったのだが、何故かエマに圧を掛けられ、結局アリスを待つことになってしまった。

 それも、待ち合わせの大凡(おおよそ)の時刻から、4時間も余計に待たされて。

 その結果さらに一泊足を止める事になったし、夕食と言うには些か早い時間だと言うのに、苛々(いらいら)する心のままにパスタを茹で、肉を微塵に叩き、ソースを仕上げてしまった。

 

 これでその理由が「冒険者としての依頼(しごと)を手伝え」とかだったら、問答無用で叩き出す。

 

 そんな意志を目の奥に滾らせ、私はアリスの言葉を待つ。

 私の醸し出す気配にカーラは更に顔色を失くし、エマは我関せずでフォークにパスタを巻き付けている。

「あ、エマ。チーズと香辛料をかけても美味しいですよ」

 楽しそうに食事に取り組むエマに一言添えてチーズと小瓶に入った液状の香辛料……タバスコに酷似したそれを押してやると、エマは輝かんばかりの笑顔を向けてくる。

「ありがとぉ! 試してみるね!」

 空気というものを完全無視したエマの元気さは、アリスの緊張を多分に和らげる効果が有ったようだ。

 バツの悪そうな表情を一度エマの方に向け、口元を苦笑で和らげ、改めて私に視線を合わせる。

 

「あー、その、な。実は私……冒険者辞めてきた」

 

 どんな無理難題を言われるのか。

 そう身構えていた私は、予想外の方向からの攻撃に、咄嗟の反撃も出来ず、ただ(ほう)けた顔をするのが精一杯だった。

 

 

 

 アリスの先制の一言は、まさかの無職化宣言だった。

 呆気に取られる私を一瞥し、溜息を()いて、アリスは説明を始める。

 

 始まりは、昨日、冒険者ギルドに戻った所からだった。

「冒険者ギルドにさ、あのヒゲメガネを持って行った訳だけどさ」

 ヒゲメガネ。

 態々名乗った意味が水泡に帰したヘクストールだが、同情する気も起きない。

 眼鏡は昨日、アリスが大木に叩き付けた時に、衝撃で紛失していた筈だが、それもどうでも良い事か。

「あんな大事件を起こした犯人だし、衛兵なり領軍に突き出すくらいは覚悟してたけど」

 アリスはそこで言い淀み、気持ちを落ち着けるようにパスタを口に運び、水の入ったグラスを傾ける。

 私は口を挟まず、続きを待つ。

「まあ、あのヒゲメガネは良いんだけどさ。もう半分死んでるようなもんだし、この先ったって、どうせ死罪だし」

 溜息でも漏らしそうな勢いで、アリスは目を閉じ、私はただ頷く。

「たださ。――バケモンが20数体暴れて、冒険者どころか衛兵にも領兵にも、一般人にも犠牲が出た訳で」

 私は表情に出さず、内心で小首を傾げる。

 

 だからこそ、ヘクストールは死罪を免れないのだろうし、そんな事を殊更言い出す理由が見えてこない。

 

「あんな、トアズでも指折りの上級冒険者が手も無く殺されたような、他にも数人で連携して防戦がやっとだった化け物を、あっさりと倒したのが居る、ってのがどうもね」

 

 ……何となく、見えてきた気がする。

 私はすぐ傍にエマという化け物が居て、もっと言えばヘクストールの小物感が酷すぎて、考えが及んで居なかった。

 確かに、そもそもの現場となった冒険者ギルドハウス及びその前の広場では、私とエマが駆けつけた時には既に、血の海だった。

 

 それが誰の死体だとか、全く気にしていなかったので失念していたが、冷静に考えれば交戦を試みて殺害された、戦闘に長けた者達が居た事は明白だ。

 

 私達の戦闘行為を見ていた者が居ただろうとは予想していたが、その直前に、冒険者ギルドが、そして一般の市民たちが頼りにする冒険者が、兵士達が薙ぎ払われて居たのだと、そんな事も……認識しては居たが、全く気にしていなかった。

 

「……で、だ。冒険者ギルドとしては、英雄として、私と、アンタ達を領主様の前に引っ張り出したくなった訳だ」

 

 (こら)えきれず嘆息し、アリスは忌々しげに吐き捨てる。

 聞いた私もげんなりと表情を歪め、エマは変わらずパスタを楽しみ、カーラは理解(わか)らないなりにオドオドしている。

「それはまた……迷惑な話ですね」

 (たま)らず口を挟んだ私に、アリスは大きく数度頷き、愚痴を再開する。

「だろう? そんな面倒事、冗談じゃない。私はただのCランク冒険者だ、そう言ってギルマスを振り切って逃げたんだけどさ」

 パスタに視線を落とし、アリスは心底嫌そうにそれをフォークで突付(つつ)いている。

 流石の私も、それが料理に不満があっての事とは思わない。

 珍しく混ぜっ返しもしない私の前で、アリスはくるくるとパスタを巻き、しかし口に運ぶでもなく、弄んでいる。

 

「今朝、改めてギルドに顔を出したらさ? 領軍のお偉いさんと、なんと領主様の御使いの方がいらしてた訳だ」

 

 そんなアリスの放った一言は、彼女を取り巻く状況が悪化した事を表す忌々しい物だった。

 私なら即逃げ出そうとする。

 アリスも、露骨にそうしたかどうかは不明だが、内心は似たようなモノだったのだろう。

「待ち構えられてちゃどうしようも無い。大人しく話を聞いたら、やれ、あのヒゲメガネは近日中に領主様直々に裁かれるだろう、ってさ。それは良いよ、判ってる事だから。だけどさ」

 領主が態々遣いまで寄越して、そんな報告だけで済む筈が無い。

 よしんば報告のみだったとして、アリスに聞かせる理由が無い。

 幾らアリスが当事者だったとは言え、一介の冒険者。

 捉えた犯罪者の沙汰など、ギルドを通じて伝えれば済む話だ。

 そうしなかった理由、アリスを領主の遣いが待ち構えていた理由。

 

 他人事ながら、私は寒気を覚えた。

 

「領主様が直々に報奨を与えたい、と来たもんだ。それも私だけじゃなく、アンタ達も、ってね」

 

 私はアリスから少しだけ目を逸して盛大に溜息を漏らし、その視界の隅でもう何度目か、アリスが大きく頷いている。

 夕刻、私達の前に再び姿を表したアリスが何処か疲れているように見えた理由が、漸く理解出来た。

「もう、報奨の見当が付いて、心底嫌ですね」

「だろう? 私だって御免だよ。気楽に旅するのに便利だから冒険者になっただけで、英雄なんて(がら)じゃないっての。それが――」

 思わず口を突いた言葉に、アリスは同調する。

 

「領主様のお抱えの戦力になるなんざ、褒美でもなんでも無いっての」

 

 アリスの言葉には、私も全霊で同意せざるを得ない。

 ただの妄想と言うには、思惑が透けて見え過ぎている。

 

 流石に手を止めたエマと目が合うが、彼女は何も考えていないような笑顔で私を見ているのだった。




危険な人形を抱え込もうとは、なかなか剛毅な領主様の様です。


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思索と暴露の交歓会

後悔先に立たず、という言葉が有るそうです。


 あの時、私達は派手に暴れすぎてしまったかも知れない。

 

 領都ご自慢の戦力を、いち冒険者と行きずりの旅人が凌駕してしまった。

 幸い冒険者は比較的善良で、旅人は領都防衛に貢献した。

 

 私に言わせれば、結果そうなっただけなのだが。

 

 しかしいずれも根無し草。

 いつ何処へ流れるかも知れず、領都どころか、領、ひいてはこの国の戦力として数えるには心許ない。

 

 ならば。

 

「まあ、(カネ)屋敷(いえ)でも与えて、(てい)良く縛り付けてしまえば良いってなモンだろうさ。騎士爵くらいなら、くれるかも知れないね。興味有るかい?」

 

 笑い飛ばして済ませたいが、案外真面目に言い出す輩が居ることは否定出来ない。

 平和に見える世界だが、100と数十年前までは戦乱が続いていて、今だって火種が無い訳ではない。

 隣国の、トアズから見ればほぼ南のアルバレインという街では双子の天才魔導師が睨みを効かせている形だし、東では聖教国が訳の判らない策謀を巡らせている。

 透けて見える思惑に、私は(かぶり)を振る。

 

「私達が人と関わるのは、通り過ぎるか殺す時です。大体、私の正体は明かした筈ですよ? 悪名高いザガン人形を取り込もうだなんて、自殺願望を越えて破壊願望が有るとしか思えませんが?」

 

 思うことをそのまま述べる事で、アリスへの返答とする。

 それを受けて、アリスは肩を竦めて目を閉じ、苦く微笑む。

「同感だね。チャールズはギルマスに話してたし、その現場には私も居て、証言もした。ギルマスは領主様に隠したのか、それとも」

 言い終えて目を開けたその顔には、もう笑みは浮いていない。

 私は逆に天井を見上げてから、諦めたように目を閉じる。

 

「そうと知っても、私とアンタ達を抱え込みたい理由が有る、って事か。そう思ってね」

 

 心底鬱陶しい話である。

 トアズでは積極的な情報収集は出来ていなかったが、少なくとも1年半……いや、もうじき2年前になるのか、ベルネで聞いてた状況は、周辺にきな臭い国は聖教国のみ。

 逆隣国の双子の姉妹は冒険者ながらアルバレインという交易の街に居を構えクランまで設立し、なんとかいう貴族の養子に迎えられ、かの国の戦力としての地盤を固めつつあった。

 南は農業を中心とした小国、更に南には峻厳な山脈。

 北は帝国を名乗る大国がほんの100数年前まで周辺国を飲み込み、平和と思われる現在も完全に油断できる国では無い。

 私が北の帝国を気にも留めて居なかったのは、私自身が何処の国に属する心算(つもり)も無く、ただただ旅を続けるだけの予定だったからだ。

 

 何処で厄介事が始まろうとも、私には関係ない。

 火の粉が降りかかるなら全力で振り払うが、関わりのない火事は全くの他人事だ。

 

 気まぐれの人助けをすることは有るかも知れないが、それだってその場凌ぎである。

 根本の改善に力を貸す気など無いし、私が立ち去った後に悲劇が訪れたとしても知ったことでは無い。

 

「国際情勢など興味も無いですが、そんなに悪い状況なのですか? 悪名しか無い人形に頼りたくなる程に?」

 

 図書館に寄ることも新聞ひとつまともに読めなかった事も合わせた恨みがましい視線をエマに送ってから、アリスにそれを向け直す。

 エマは当然笑顔以外の反応は無いが、とばっちりのアリスは居心地が悪そうに頬を掻く。

「いんや、北とは一応は友好的だし、西だって交易の関係で対抗心が有るらしいけど、それ以上に事を荒立てる何かは無いよ。問題は東さ」

 北の帝国との関係悪化を疑った私だが、アリスはそれを否定する。

 情勢は私が知っているものと大差はないらしいが、殊更に東が問題だと言い切った事が気になった。

 私は黙ったまま、アリスの言葉の続きを待つ。

「元々嫌われてたんだけどね、聖教国のやり方は。治癒師(ヒーラー)の抱え込み、治癒(ヒール)系のスクロールの独占。そもそもそんな事、どうやったってキナ臭い想像しか出来ないのにさ」

 この国、と言うよりこの大陸では、治癒師(ヒーラー)は、ほぼ聖教国認定の者しか居ない。

 ほぼ、と言うのは、他の大陸からやってきた少数の冒険者や、聖教国のやり方を嫌ってひっそりと身を隠している者達が居る為だ。

 

 ちなみに、聖教国に登録していない治癒師(ヒーラー)が活動すると有形無形の妨害を受け、最悪消される、そんな噂も有る。

 

 私には関わりの無い事だが、冒険者のみならず、街で治癒院等を開設したい場合は相当面倒であろう。

 私も治癒魔法持ちでは有るが、自分には効かないし、今まで使ったことは数える程しか無い。

 

 結果隠匿している形に近いが、妙な噂の発生源になる趣味も無いのだから構わないだろう。

 

「まあ、信用には程遠い国ですからね、あれは」

 元は戦争で荒れ地となった沿岸に、難民が集まって出来た街が始まりだったという。

 度重なる戦争で疲弊した各国が平和という盾の下、外交で鍔迫り合いしながら内政を立て直している間に、気が付くと街が出来、更に押し寄せた難民を纏め、周辺国が一息ついた頃には宗教国家として当たり前の顔で領土を主張したのだという。

 

 当然他国は良い顔をしないが、それぞれがうっかり自国の領土だと主張するには、周辺国が黙っていられない程度には土地が大きい。

 この国の当時の王も北の皇帝も他周辺小国も、なんでもっと早く国土として押さえておかなかったと歯噛みしたと想像出来る。

 その時点で既に、聖教国を作ろうとしている者達の暗躍があったのだろう。

 

 無い方がどうかしている。

 

「聖なる教えとか、そんなモンとは程遠いからね。上に行けば行くほど生臭いってのは、何処に行っても変わりはしないだろうけどさ」

 アリスの嘆息に、召喚者の当たり外れの話を思い出す。

 召喚と称して狩られる異世界の魂。

 召喚時点でレベル100を越えていると「当たり」として優遇され、「外れ」は勇者として戦力化し、それすら(ふるい)に掛ける。

 本当の「当たり」は誰で「外れ」とは何か、己がどうして()()に居るのか、それすら想像出来ない愚か者が積み重なる、滑稽で醜悪なピラミッド。

 

 それに加えて、この場では私とエマしか知らないが、ザガン人形が関わっている疑惑まで有る。

 

「で? その聖教国が、今度は何をやらかしたのですか」

 うんざりした私の声に、やはりうんざり顔のアリスが辟易とした答えを寄越す。

 

「……治癒師(ヒーラー)の登録を避けている連中の引き渡しと、闇市での治癒(ヒール)系列のスクロール取締の強化を訴えて来てね」

 

 愈もって、呆れて言葉も無い。

「まだ各国に野未登録……野良の治癒師(ヒーラー)が多数いる、そういう連中をきちんと取り纏めたいから各国に巡察官を送る、とか偉そうに」

 現状ですら反発が有るのに、まだ強行する心算(つもり)らしい。

 それだけでも溜息がダースで零れ落ちるというのに、アリスの言葉は止まらなかった。

「ついては、各国の教会を拠点とするのは勿論、更に細かくフォローするから教会を増やしたい、ってさ」

 呆れ果てたと思っていたのに、まだ呆れる事が有るとは思っていなかった。

「……用地はどうするのですか。まさか無償で提供しろとでも?」

 まさかとは付けたが、その程度は言い兼ねない。

 そう訝しんだ私に、意外にもアリスは首を横に振った。

「いや、流石に資金(カネ)は出すってんだけどさ。その用地ってのが、各国に元から有る教会だったり神殿だったりでね」

 もう、表情を動かすのも疲れる。

 アリスも同様だったようで、無気力な無表情を此方(こちら)に向けている。

 ちらりと隣を見れば、カーラですら、呆れたような疲れた顔をしていた。

 

「土着の信仰やらなにやら、纏めて踏み躙るとは。正面から喧嘩を売っていますね。戦争でも起こしたいんでしょうか」

「そうなんじゃないか?」

 

 私がどうでも良い気分で言葉を押し出すと、アリスは投げ遣りに答え、エマは顔を輝かせる。

 戦争は娯楽では無いので、そう言う反応は控えて欲しいのだが。

 

「でまあ、前置きが長くてどうでも良くなったけど、そんな裏もあっての抱え込みだろうけど」

 

 前置きというよりはただの脇道だと思うが、口を挟まずに先を促す。

 その脇道に逸れた話題に乗ってしまったのだから、余計な事を言えないという理由も無くはない。

「つまりは厄介事に担ぎ出そうって(ハラ)だろう? 表向きそんな文言はひとつも無かったけど、考えりゃ判るだろ、そんくらい」

 言葉で返さず、私は頷くことで同意を示す。

 アリスはそれに軽く頷き返すと、更に言葉を続ける。

「で、嫌だ、駄目だ来い、で埒が明かなくてね。領主様の使いってのも高圧的だしギルマスまで躍起になるし、好い加減頭に来たからさ」

 なるほど、理解出来た。

 そんな状況は私だって嫌だし、アリスがその後どういう行動に出たか、此処(ここ)までくれば想像するまでもない。

 

「冒険者プレート叩き付けてさ。もう冒険者は辞める、こんな国、すぐに出ていってやる! ってね」

 

 アリスが一息ついて、漸くパスタを口に含むのを確認し、私はグラスの水を口に含む。

 短絡的と言えばそうだが、それも性格故か。

 

 斯く言う私も、アリスの気持ちは良く理解(わか)る。

 

「んで、それでもまだギャーギャー五月蝿いからさ。お前らはアレがザガン人形だって知っているのか? って指を突き付けてやったんだ」

 まだ話は終わって居なかったらしい。

 領主様の使い相手になんと無礼な事をしているのか、そう思ったが、私なら、と考えてすぐに思考を放棄した。

 

 短気を起こして暴れる想像しか出来なかったからだ。

 

「まあ、私が自分から正体を明かしましたし、言い訳に利用されるのは問題ありませんが。先方はなんと?」

 

 自身に対する呆れを隠して質問を放つと、アリスは憮然とした顔を作る。

「知ってるってさ。知っているが、大人しいなら問題ない。英雄を遇するのに身分がなんの障害になろうか、なんて格好つけてさ」

 今度はその使いの(ほう)に呆れを感じながら、グラスを持ち上げる。

 マスター・ザガンの怨念のたっぷり詰まった殺人人形(わたしたち)を、英雄とは。

 実機を知らねば、そんな物なのだろうか。

 悲しいかな、食欲の湧く話題ではない。

「綺麗事言ってるんじゃないよ、って思ったらいよいよ我慢出来なくて」

 この話題の中で、アリスは何回怒ったのだろうか。

 怒っていない時間の方が少ない、寧ろ皆無では無かろうか。

 そんな呑気な事を考えながら、グラスの水を再度、口に含む。

 

「私の正体も明かしちゃったんだよね」

 

 含んだ水を吹き出してしまった。

 辛うじて顔を背けたので誰にも被害は無いが、とんだ失態である。

 エマはケラケラと笑い、アリスも「汚いなあ」等と言いながら笑う。

 

 カーラはただオロオロと、私の醜態になす術も無いのだった。




動揺で醜態を晒すのは、心持ちが弱い証拠です。


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続く旅、儚い絆

……元は誰の身体(からだ)だったか、良く考えて行動して欲しいものです。


「……はあ? 言ったんですか? 馬鹿ですか貴女(あなた)

 口元を拭い、床に洗浄の魔法を掛けて、一息ついてから私はアリスに向き直った。

 

 人の話を聞く際には、飲料を口にしない、そう心に決めて。

 

「ああ、言ってやった言ってやった。そしたら全員ポカンとしてさ」

 

 アリスはその時の情景を思い出したのか、笑みを零しながら言う。

 まさか私の失態をまだ笑っている訳では無いだろうが、下衆な疑念はなかなか拭えない。

「これはアンタも知らないだろうけどさ。私のマスターは割と最近のだろ?」

 アリスはニマニマとした笑顔を引っ込め、真顔でそんな事を言い始めた。

「そう、ですね。私も名前を知っている程度ですし、作品についてはアリスしか知りません」

 見栄を張っても仕方がないので、素直に首肯する。

 

 アリスのマスターは、確かマスター・ヘルマンだった筈だ。

 人形の素体設計で名を残した筈だが、肝心の作品については全く資料が無い。

 アリスに出会うまでは、実物を造れなかったのかと思っていた程だ。

 

 私の内心を知らないアリスは私に頷き返して、言葉を続ける。

「まあ、私以外の作品は知られていないって言うより、居ないんだよ」

 アリスの告白に近いそれに、私は得心した。

 やはり、アリス以外の完成品は無かったのだ。

 

「私を完成させるのに全財産を使い果たしてね。最後は餓死だった」

 

 いち人形師の凄まじい最期を、アリスは淡々と語る。

 さしものエマもその顔に笑みは無く、カーラもまた、自身のマスターの最期を思い出したのか、沈痛な面持ちで聞いている。

 

「そのマスターの研究費を打ち切り、魔導師団から追い出したのが……ウィルヘルム・レイナルト・トアズ。3代前の領都(ここ)の領主様さ」

 

 静かに、感情を押さえた声が、食堂に響いたように思えた。

 実際には大きな声では無いのに、まるで悔恨で響く鐘の音のように。

「理由は、その当時この領で人形が暴れたらしくてね。討伐に出した領軍は壊滅、人形は無傷で戦場を去った。領軍の被害の中には、領主様の次男坊が居たって訳さ」

 私の口からは、溢れる言葉もない。

 人形討伐に失敗し、息子を失った領主。

 人形どころか、それを造った者、研究する者をも憎悪しても、不思議では無い。

 

 とは言え、領軍を相手に無傷で切り抜ける人形となると、並の作品では有るまい。

 私は何となく、エマを凝視してしまう。

「……えっ? マリアちゃん、その人形が私だと思ってるぅ?」

「可能性は有りそうですし、そうであっても驚かないとは思っています」

 心底驚いた顔のエマに、私は無表情で返す。

 そんな私の言葉にショックを受けた様子のエマだが、少し考えて、口を開いた。

「ゴメンねぇ、大体いつも暴れてたしぃ、いっぱいの人に囲まれたことも数え切れないくらい有ったからぁ、わかんないやぁ」

 清々しい程に好い加減な回答に、私は落胆せず、表情も変えない。

 何故なら、そんな事だろうと思っていたからだ。

 

「いやうん、それがどの人形かなんてどうでも良いんだ。今更だし、実の所、私は当時の領主様さえ恨んじゃ居ない。恨んじゃいないが、使えるカードでは有るだろう?」

 

 エマが視線を巡らせるとアリスは軽く笑って答え、そしてアリスは私へと顔を向ける。

 

「だから、領主の使いに言ってやったのさ。マスター・ヘルマンはお前らを許しちゃ居ないし、その作品である私だってそうだ、ってね」

 

 私に向いた顔が、いたずらっぽい笑顔に変わる。

「趣味の良くない脅しですね。それが効く程、彼らの記憶に残っていたのですか? マスター・ヘルマンは」

 マスターの扱いに関して恨んでいない、と言うのは事実だろう。

 アリスは私と同じく、人間の魂が人形の身体(からだ)に収まっている。

 作成当時の人工精霊では無いのだから、その辺りの話はほぼ他人事なのだ。

「知ってたみたいだね、顔を青くしてたし。ザガン人形だけでも何考えてるか理解(わか)んなくて危ないってのに、ハッキリと自分とこの領主様に恨みを持ってるヘルマン人形とつるんでるとなると、下手に抱え込んだらヤバいと思ったんだろうね」

 アリスはカラカラと笑い、グラスの水を飲み干した。

 彼女にとっては単なるハッタリだろうが、受け手にとっては芯の有る話だ。

 

 ダシに使われたマスター・ヘルマンも浮かばれまいが、そのヘルマンを冷遇し、実質死に追いやったのは当時の領主。

 その男の作品だと名乗られては、英雄だなんだと持ち上げる気にはなれまい。

「冒険者として活動してた誼でバケモンは斬り伏せたし首謀者も捕まえたけど、この領に仕える気は無い。しつこい様なら、今からマスターの無念を晴らしても良いんだぞ、って言ったらもう、引き留められなかったよ」

 笑いながら言うアリスに少し引きながら、しかしそれも道理だろうと納得してしまう。

 

 向こうは()()()()()()()()()()()事など、知らないのだ。

 

 アリスがヘルマンの遺志を継いでいると思い込んでも、それほど不思議では無いだろう。

「なるほど、事情は理解(わか)りました。晴れて冒険者を卒業、おめでとう御座います」

 アリスが待ち合わせに遅れた事も、疲弊して私達の前に現れた事情も理解出来た私は、小さく吐息を漏らしてから、冷めつつ有るパスタに手を伸ばす。

 彼女の長い長い話は終わり、彼女が啖呵を切って冒険者を辞めたお陰で、私も領主様に接見する必要も無くなって、めでたい事だ。

 

 そう呑気に考えた所で、気づいてしまった。

 いや、思い出しいたと言う方が正しい。

 

「……それはそれとして。アリス、私は結局、なんで貴女(あなた)に待たされたのか、その理由を聞いていません。今の話は、()()とは関係有りませんね?」

 

 私がフォークを動かす手を止めて声を上げると、安心して食事に勤しもうと思っていたらしいアリスの手も止まる。

 だが、顔を上げることはしない。

「私を待たせた、その理由をお伺いしても?」

 アリスはその話題から逃げたい様子だが、なあなあで済ます心算(つもり)は無い。

 アリスは暫し私から目を背けてパスタを眺めていたが、観念して顔を此方(こちら)に向ける。

「……えーっと、無関係でも無いんだけどね? 最初は領主まで出てくると思わなくてさ。ただ、冒険者ギルドとしては、ザガン人形には手出し出来なくても、野放しにも出来ないとか言い出すとか思ってさ」

 顔は私に向いているが、目は逸らされている。

 私の目が半分閉じる。

「だから、アンタ達の首輪になるとか言って、適当に領都を離れようと思ってたんだよ」

 目を泳がせ、頬を掻きながら、言い訳じみた事を口にする。

 

 やはり、理由はどうあれ、私達と同行する気だったらしい。

 

「なるほど。その予定でギルドマスター辺りと話を詰める予定が、想定外に大物が出てきて、自分ごと囲われそうになって逃げてきたと」

 

 突き放すように冷たく言うと、何故か隣のカーラが身を竦ませた。

 なんでお前が反応するのか。

「端的に言うと、そうなるかな?」

 アリスは弱々しく笑いながら答え、しかし冷え切った反応の私に頬をひくつかせ、そして観念したように肩を竦めて軽く両手を挙げる。

 

 その後に続くであろう言葉を、私は言わせない。

 

「なるほど、まあ、お尋ね者になった訳でもないでしょうし、これからは気楽な旅人生活です。冒険者ギルドから依頼を受けられなくなるだけで、狩りでもすれば収入はなんとかなるでしょう。今後の旅の安全をお祈り致します」

 私は半眼のまま、流れるように言葉を並べ、態々席を立って慇懃に頭を下げる。

 

 理由は変わったが、アリスの目的は変わっていない。

 

 私としてもそれを断る理由は無い。

 無いのだが、受け入れる理由も同じく無いのだ。

「え? いや、ちょっと待って……?」

 アリスにしてみれば思いも寄らない反応だったのだろうか。

 

 これまでに幾度も非友好的な応酬を繰り広げた仲だと言うのに、ここ一番で気持ちが通じないのは悲しい事である。

 

「アリス()()はこれから、色々とご苦労されるでしょうが、同じ旅人として、応援しております。是非頑張ってください」

 おひとりで、と言う文言は省略する。

 ニッコリと笑って見せた心算(つもり)だが、上手く表情を作れているだろうか。

 

 まあ、カーラですら表情を変えられるのだし、私に出来ていない筈は無い。

「いや、あのさ、話を聞いて欲しいんだけど」

「何処かで出会ったら、旅の話を聞かせて下さいね」

 困惑顔のアリスだが、有無をも言わせず言葉を被せる。

 ケタケタと笑い出すエマ。

 下手に手を出せない様子で、ガタガタと震えるカーラ。

 

 この空間からは見えない、夜の帳が落ち始めた空を、3つの青い光が東へと駆けて行く。

 悲喜こもごもの夜の始まりは、アリスの送別会から幕を開けるのだった。




魔法住居(コテージ)内からは、直接外界を観測する手段は限られます。


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聖都の暮れ空

遠く、見つめる先は遠く。


 清潔な、それだけの薄暗い室内。

 室内の調度品に過度な装飾の類はないが、見る者が見れば決して安物ではないと判る、質の方向性が機能に割り振られているものばかりだ。

 私室で自由に出来る時間だというのに、簡易とは言え法衣に身を包んだまま窓を向いて椅子に腰掛け、暮れ行く空を見ているその姿。

 その佇まいからも、飾り立てるような事に興味が向いていない事が伺える。

 

「……クロエ。居ますか?」

 

 そんな彼女がポツリと、姿勢も変えずに呟く。

 当人も含めて、およそ動く者は見えない、薄暮の空間。

 

「居ると知っていて声を掛けたのだろう? リズ」

 

 返事はそんな室内の、影の最も濃い、部屋の隅から上がる。

 薄暗く影の濃い位置とは言え、目を凝らしても何者かが居るようには見えない、そんな空間から。

 

「それはまあ……。それで、『人形狩り』はどうなって居ますか?」

 

 しかし、やはり姿勢を変えず顔を向ける事もしない部屋の主は、当然のように言葉を返す。

 暮れる空の色を映し、青灰色に染まった白銀の髪も、一筋の揺れも無い。

 

「出来損ない共々、反応は切れた。失敗し(しくじっ)たとは思うが、場所が妙だ」

「妙、とは?」

「例の『帰らずの都市』よりも、北東。徒歩で1週間程度の位置……領都トアズに向かっているようにも、そこから東に向かっているようにも取れる、微妙な位置だ」

「……私達が噂を耳にして2年、でしたか。厄介事が積み重なって居るというのに、面倒な事です。とは言え確かに奇妙ですね」

 

 2年前に偶然存在を確認したのだが、それから数度確認の為に送った者たちの報告で、それは動くことは無かった筈の。

 最後に確認を行ったのは、半年以上も前の事だ。

 

 間が空いてしまったのは、東の王国、その一貿易都市に、看過できぬ存在が現れたためだった。

 だが一方で、数を減らす手駒の補充と質の向上に手が掛かり、それを言い訳に一年以上も動かぬ目標に油断していたのも事実だった。

 

「ああ、妙だ。偶然かも知れないが、正体不明の『人形』……或いは全く別の何かかも知れないが、そいつが今更移動する理由も判らない」

 

 嫌気が差すなり飽きたりしての移動ならもっと遠くに居るだろう。

 もちろん、最近移動を開始したという事も当然有り得るのだが。

 

「気紛れでしょうか? 人形にしろ他の何かにしろ、同じ場所に留まり続ける理由は無いのですから」

 

 (こぼ)れた言葉に、しかし影は頭を振る。

 

「無いとは言えない。だが、私が嫌々育てた駒を全滅させたそいつは、定期的に送った監視用の駒を悉く消し続けている。それなりに隠密に長けた連中が、かろうじて存在を報告出来る程度の時間で、だ」

 

 迷うように、考えるように僅かに言葉を区切り、リズと呼ばれた女性はそこに言葉を挟む事をせず続きを待つ。

 

「お陰で手駒の再育成だが、監視を嫌って移動するならもっと早く移動していると思う。気に留めないなら今動く理由が理解(わか)らない。こんな事なら、もっと早く私が動けば良かった」

 

 繰り返すように、確認するように言葉を連ねながら、クロエと呼ばれた影は声に微かな苛立ちの色を混ぜる。

 その声を受け、リズは初めて小さな溜め息と共に立ち上がり、いよいよ闇に近くなる室内へと向き直る。

 

「それについては、愚鈍な中枢の方々の所為です。貴女(あなた)が気に病む必要は有りません。しかし、困りましたね……」

 

 言葉程には感情を感じさせない声が、冷たく揺蕩う。

 およそ人間的な暖かさを纏わない、造り物の感情にすら追いつけない音声。

 どんな表情で放ったものか、その顔は室内の闇に溶けて見えない。

 

「……今度こそ、私が向かう。どうせ、私の存在は中枢の中でも、限られた者しか知らない。それに、いくら『当たり』の連中とは言え所詮人間。私が動いたほうが早い」

 

 影が一歩進み出る。

 闇に沈みつつある室内で、黒く長い髪が揺れたように見えた。

 その声が纏う決意に似た何かが、闇の中に闇を幻視させた。

 

「……止めたい所ですが、もしも最初の報告通り『ヒトガタ』の驚異的な力を持つ何かが人形であるなら、最低限()()の邪魔だけはされたく有りません」

 

 およそ親愛であるとか、そういった情の全く見えない、並べただけの音の遣り取り。

 それで充分だった。

 

 意思疎通は出来る。

 これで充分なのだ。

 

 私達は、違うのだから。

 

「駒の育成には資金も時間も必要ですし……確認だけでも、お願い出来ますか?」

 

 蒼い筈のその瞳が、向かい合う黒い瞳を捉えて銀色に輝いた、そんな気がした。

 

 手駒の育成やその費用、手間など気にしては居ない。

 迂遠な計画に手を貸し、暇つぶしとは言え目的に沿って此処まで、自分達の時間を使い、本来の役割を隠してまで付き合ったのだ。

 

 支配者気取りが面子を潰された所で気にも留めないが、それなりに楽しんでいる遊びに、盤外から横槍を入れられるのは面白くない。

 

「構わない。本来の私の用途とは違うが、全てはお父様の願いのため」

 

 応えながら、影は一歩進み出る。

 自分には遊びの意味は理解出来ない。

 本来の役割を、その手を止める意義が見えて来ない。

 

 だが、他ならぬリズの指示なら、従うに否は無い。

 リズなら、本道を違える事は無いだろう。

 

 最終的に、お父様の願い通りになれば良いのだ。

 

「そうですね……お父様の願いの為に」

 

 聖女の返事に踵を返し、闇に溶けるように消えた影は、だから、見えなかった。

 見なかった。

 

 その白皙の美貌に浮かぶ、残酷な微笑みを。

 

 

 

 夜の闇より冷たく暗い何かに包まれた都市(まち)を、人に似た人では無い影が足早に行く。

 行き交う人々に忌々しげな視線を投げ、すぐにその視線を空へと向ける。

 

 星々の寒々しい光が、ばら撒かれたようにわざとらしく一面に広がっていた。




その先に、何があるのか。


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新しい仲間たち

新たな旅立ちは、心躍るものです。


 振り仰げば、北の峻厳な山々の連なりと、その遥か手前で朝日を受けるトアズの美しい街並み、それを想起させるような整然と屹立する要壁が森の向こうに見える。

 図書館に行きたかったが、まあ、今更騒いだ所で仕方がない。

 

 アリスの長い長い前振りで理解出来たのは、私達は暫くは、まっとうな方法ではあの街に立ち寄ることは出来ないであろう、と言うこと。

 私自身がその下準備を(おこな)った部分は有るのだが、それを踏まえて尚、アリスに対する憤りは拭えない。

 

 そんな私の責任転嫁と無闇に同行者を増やしたくないという切なる願いは、強引な売り込みと味方――である筈の存在から突き崩され、結果私は3体の同行者と共に旅路に有る。

 

 色々と、私の思惑通りに行かない旅である。

 

 

 

「いい天気だねぇ! 次は楽しい所に行きたいねぇ!」

 

 物凄く不安を感じさせることをとても良い笑顔で言いながら私を見上げるエマと、ついでに私の逆隣でエマの台詞や私の様子を震えながら見るカーラを見て、その目を少し流せば、どうでも良さそうな表情のアリスが、行く手を凝視しながら溜め息を()いている。

「アンタは何が不満で、いつまで仏頂面なんだよ。エマちゃんがOKくれたんなら、もうそれで良いだろうに」

 こちらを見もしないクセに、私の不満を感じたらしい背の高い方の金髪は、それに心当たりが有るのだろう。

 有るからこちらを見れない。

 しかし、素直に口を閉ざすことが出来ない程度には、彼女も不満を抱えたという事だろう。

「エマが同行を許したと言って、私がそうとは限りませんよ? 私が魔法住居(コテージ)への入場を拒んだらとか、考えないのですか?」

 私もまた視線を前方へと向ける。

 人目を避けての移動、森を抜ける旅路は暫く終りが見えない有様が、そこに広がっていた。

 

 私は本当に、よくよく森を歩くという行動に縁があるものだ。

 

「えぇぇ? ダメだよぉ、アリスちゃんも魔法住居(おうち)一緒に行こうよぉ」

 不快な事から目を逸らし、さてどうするかと森の先と自身の行く末を見据える私の声には、たぶん友愛の情は一欠片程度あったかどうか。

 そんな私に取り縋り、エマは哀願するように甘えた声を出す。

 

 似合わない真似はしないほうが良いと思うのだが。

 

「飼うなら、貴女(あなた)魔法住居(コテージ)で飼ったら良いでしょう? そもそもエマ、貴女(あなた)はずっと私の魔法住居(コテージ)に入り浸ってますが、たまには自分のに帰ってみたらどうですか?」

 その隙に走って逃げようか、そんなことをぼんやり考える私にぶら下がったまま、エマは一層不思議そうな顔をする。

 

「私、そんなの持ってないよぉ?」

 

 私はきっと、間抜けな顔をしてしまっただろうと思う。

 

 

 

 私が持っているのだから、当然他の人形も持っていると思い込んでいた。

 潜伏とかメンテナンスとか、必要な場面は多い。

 

 魔法住居(コテージ)にはメンテナンスポッドが設置されているのだ。

 そういえばすっかり失念していた。

 今度全身メンテを行っておこう。

 

魔法住居(そんなもん)持ってるのなんざ、冒険者だって一握りだぞ。しかも、あんな軍用レベルのバカでかいモン、持ってるわけ無いだろうが」

 私達の中で唯一持っていなそうなアリスは、私が目を向けると馬鹿にしたように鼻を鳴らし、吐き捨てるように言ってのける。

 まあ、持っていないだろうと思っていたので、こんな態度を見せられても腹も立たない。

 問題は。

 

「私は持っていたが、破損してしまって使えない。そもそもお前の持っている物ほど意味不明に広大では無かった。……メンテナンスは80年程行っていない」

 カーラはオドオドと話し始め、途中で忌々しげな色を声に滲ませ、最後は不安げに消沈する。

 器用なのは結構なのだが、予測が早くも破綻した。

 得意の溜め息をぐっと飲み込み視線を転がして見れば、脳天気なチビ金髪が不思議そうに私を見上げている。

 

 身長差12センチと言うのは、思った以上に差があるものだ。

 

「さっきも言ったけど、私も持ってないよぉ? 隠れる心算(つもり)も必要もないしぃ? メンテは、どうでも良いしぃ?」

 そんなチビスケが、のんびりとほざく。

 

 お前は謎の相手に、3年まともに動けないほどの損傷を負わされただろうに、何を呑気な事を言っているのか。

 一度エマの許可を受けて鑑定を掛けた際には、両足を中心に、あちこちのフレームにガタが来ていたクセに、メンテナンスをないがしろにするとは何事か。

 

 一度、エマも私のメンテナンスポッドに放り込んでやろうか。

 

 それはともかく、人形4体雁首揃えて、拠点を持ち歩いているのは私だけだという。

「呆れましたね。破損したというカーラはまあ仕方がないとしても、エマとアリスは拠点も無しにどんな旅をする心算(つもり)だったのですか?」

 答えは予想出来るが、言ってしまうのは私の悪癖だ。

 溜め息の回数が増えたのを気にし、意識して我慢しているが、こんな場面では漏れても仕方があるまい。

「マリアちゃんちにお泊りぃ!」

 どこで覚えたものか、エマがあざといを通り越して殺意を呼び覚ます言い回しを上げる。

 私は「私が居ない場合」を想定して回答して欲しかったのだが、小娘型内部骨格(フレーム)のお気楽人形はお構いなしである。

「私は元とは言え冒険者だぞ? 野宿には慣れてるよ」

 ぐったりとした視線を向ければ、アリスが平然と答える。

 むしろ、何を言っているんだと言わんばかりの眼差しには覚悟すら見て取れるが、しかしこの冒険者人形もメンテナンスは考慮していない様子だ。

 ついでに、と視線を向けると、カーラはガタガタと震えている。

 

「嫌だ、野宿なんてイヤだあ!」

 

 人形のクセに目の端に涙を溜め、私に縋るような視線を寄越す黒髪ゴシックドレスな彼女だが、可愛らしいと言うには身長が高すぎる。

 ヒールの高い靴など好んで履いているものだから、推定190センチ超の彼女は、しかし足元の注意が疎かだ。

 

 ここまでで何回か木の根に足を取られ、転んでいる。

 

「……事情も把握しましたし、今更野宿しろ等とは言いませんよ。そんなことより、そろそろ進みましょう。無駄な事に時間を使いすぎました」

 当然私もカーラに可愛げを見出すことは出来ず、一度解禁してしまったら堰を切ったように溢れ出す溜め息を漏らし、注意力を一瞬無くした私はエマに飛びつかれて危うく転倒しそうになる。

 何事かとエマを引き剥がそうとするが、思いの外――いや、こいつはこういう存在だった――力強いエマは、私のよく知る能天気さで口を開いた。

 

「ご飯! ご飯にしようよぉ!」

 

 諦めに良く似た境地で見上げた空には、確かに太陽が直上付近に浮いていた。




人形に食事は、どの程度必要なのでしょうか。


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森の雑技団

あてのない旅は、今度はどこへ向かうのでしょう。


「まだなんか不満なのかよ? パーティとしてのバランスは悪くないだろ? 旅が楽になって良いじゃないか、何が困るんだ」

 

 気持ちを持ち直そうという難しい課題に取り組む私の耳に、アリスのつまらなそうな声が滑り込んでくる。

 嫌味でもひとつ返してやろうと思って顔を向ければ、仏頂面のアリス――の隣で、エマを肩車したカーラの姿に目を奪われる。

 

 騒がしいのはいつもの事なので、意識的に無視していたら……なにをしてるんだこの小娘は。

 

 カーラも少しは抵抗すれば良いものを、されるがままな上にどこか誇らしげである。

 

 アリスに答えなければならない場面だが、予想外の組み合わせと行動を前に私の喉は声の出力を妨げる。

 そんな私の困惑を前に、新しい玩具を手に入れたエマは実に楽しげだ。

 

 私の視線を追った結果、やはりなんとも言えない顔で黙り込むアリス。

 まあ、一番カーラに興味が無さそうだったエマが搭乗している様には、それなりに驚かされたのだろう。

 

「……困る事は無いでしょうが、特に必要でも無いのですよ。攻撃役(アタッカー)のエマが居て、防御役(ディフェンダー)の私が居て、生贄(デコイ)のカーラも拾いましたし」

 

 思いも掛けない光景から現実に抜け出した私は軽く頭を振り、気を取り直して再び唇を開く。

 

「デコイは囮だと思うのだが!? 生贄とはあんまりではないかな!?」

 

 アリスが何かを言い出す前に、私は現在のパーティの役回りを理由にやんわりと難色を示したが、今度は顔色を青く変色させたカーラがツッコんで来た。

「どちらも大して変わらないでしょう?」

 見上げた根性だと思うが、話がややこしくなるから今は黙っていて欲しい。

 そんな願いを込めて切り捨てる。

 

 ただでさえ、今のカーラは立ち位置が――色んな意味で――微妙なのだから。

「あはははははッ! マリアちゃん、ヒッドいよぉ! あははははッ!」

 そんな私の台詞に、エマが激しく反応する。

 笑いすぎてカーラから転げ落ちやしないかハラハラするが、当の本人はカラカラと笑いながら身体(からだ)を揺らし、器用にバランスを取っている。

 

 そんな心算(つもり)では無かったし、そもそも大爆笑しているエマの方が酷いと思うのだが。

 

「やー、ほら、役割は判るけどさ」

「そんな理解は要らないんだが!?」

 バツが悪そうに話題に入ってくるアリスに、涙目のカーラがツッコむ。

 レスポンスの良い事だ。

「一応、私だって戦えるし、極論で言えばアンタかエマちゃんが出たら、役割も何も大体終わりじゃないか」

 アリスはカーラの決死の勇気を無視して、私の目を見ながら言う。

 

 エマはともかく、私はそこまで化け物では無い。

 基本スペックが高くとも、中身の私が若干ポンコツなのだ。

 なにしろ、攻撃魔法を使用すると自壊するレベルなのだから。

 

「私は多少防御に自信があるだけの、至って普通の、歌って殺せるただの人形です。過度な期待には応えられませんよ」

 

 情けない話ではあるが事実なので、私は可能な限り飄々と言葉を並べる。

 このメンツでいえば確かに私は強く見えるのだろうが、世界は広い。

 私を上回る存在は想定して然るべきだし、それが敵であった場合も覚悟しておかねばならない。

 

 そもそも私はエマと違って戦闘狂的な気質の持ち合わせは無い。

 

 だと言うのに、私の発言を受けたアリスは納得とは遠く離れた表情の中から、半眼を投げて寄越すばかりだ。

「……いちいちツッコむのも面倒臭いから簡単に言うけどな。胡散臭いんだよアンタは」

 挙句にこの暴言である。

 好い加減な事を並べて煙に巻くような真似をしたならともかく、事実を並べてこんな反応を返されたのでは多少なりとも腹が立つと言うものだ。

 

「じゃあ、私は踊って分解(ばら)せる人形だねぇ。あははぁ! いいねぇそう言うのも!」

 

 どんな言葉で喧嘩を買ってやろうかと短く思考を働かせる私の空隙に、エマが楽しそうに口を挟んでくる。

 私と対の存在で在るが如き発言は控えて欲しいのだが。

 私の内心を図る事の無い狂戦士人形は、カーラの肩の上で相変わらずご機嫌である。

「……これ以上、エマちゃんがアンタに染まらない事を、心底祈るよ」

 同じようにエマに視線を向けたアリスが、酷くがっかりした声で呟く。

 とんでもない侮辱の言葉を贈られた気がするが、なぜ贈った方がそんな態度なのか。

 そもそも染まっているかはともかく、エマが私の影響を多少なり受けていると認めるとして、だ。

 

 それが無ければ、エマは未だに動く人型の何かに対しては問答無用で斬り掛かる、ただの怪物な訳なのだが。

 

 本人を前にしてそんな説明をするのは妙なトリガーを引きそうだし、だからと言ってわざわざそんな事の為にアリスを連れ出して密談するのも手間である。

 そんな危険物なのだと知ったら、土台になってエマを運んでいるカーラが泣き崩れそうだし。

 

 ちらりと目を向けると、エマの楽しそうな方向指示に従いつつどこか楽しそうなカーラが、足元に注意を払いつつしっかりと大地を踏み締めていた。

 

 ……楽しそうなのだから、わざわざどん底に叩き落してやる必要も無いだろう。

 

 

 

 森の中の旅は、夜の訪れが早い。

 明度が随分と落ちた視界の中で、そろそろ魔法住居(コテージ)に戻る事を考えていると、アリスが口を開いた。

 

 意外と口数の多い人形である。

 

「今更だけどアンタ、北に向かってるんじゃ無かったのか? 寧ろ南下してる訳だけど、方角間違ってるとか無いよな?」

 

 カーラは肩に立つエマを落とさないように、バランスを取りながら歩いている。

 肩車の状態ですら見ていて危なっかしいというのに、なんでそんな雑技団紛いの危険な行為を行っているのか理解し難い。

 このままだとカーラの足元が疎かになってまた転びそうだが、私に被害が及ばなければどうでも良い事だ。

 

 エマなら、いざという時でも軽々と脱出してみせるだろう。

 

「ええ、問題有りません。行き先はアーマイク王国へ変更します。取り敢えずは、幾つかの村などを経由しつつ、アルバレインでも目指しますか」

 

 アリスの疑問に答えて、私は視線を木の葉に遮られた夕空へ向ける。

 

 当初は避けていた街だが、トアズで、いや、トアズまででそれなりにやらかした私は、ある意味で開き直ってしまった。

 

 人目を避けようと思ってもベルネで1年足止めを喰らい、危険を避けてもエマには襲われた。

 対話で解決しようと試みたアリスにも敵対行動を取られ、平和に過ごそうと思ったトアズに待っていたのは大惨事。

 

 挙げ句、そんな印象深い旅路の障害共が、今では揃って旅の共である。

 これは何かの罰なのだろうか。

 

「へえ、そいつは良いね。私はずっとこの国をあちこちしてたけど、出たことは無かったな。それに、アルバレインと言えばウオッカだな」

 

 珍しく、アリスは私を茶化す事も否定的な事を言うこともせず、寧ろ賛成するような事を口にした。

 ウオッカと言う単語の向こうに同郷の存在が透けて見え、私は少しだけモチベーションの低下を自覚する。

 しかし、今このタイミングで行き先変更は格好が付かない。

 

「呑むのは構いませんが、暴れて衛兵の世話になるとか、そんな真似はしないで下さいね」

「何を言ってんだ、そんなの――」

 

 気晴らしにアリスを誂ってやろうと思った私に対する返答は、間こそ空かなかったものの、半端に途切れる。

 何事かと顔を向ければ、押し黙ったアリスは顔を上げており、その視線をたどればエマに辿り着いた。

 

 土台(カーラ)は気付いた(ふう)もなく、エマを落下させまいと細かくバランスを取っている。

 

「……まあ、知らないという事は、時に幸せな事です」

 

 私の言葉に視線を下げたアリスは呆れと諦めの混ざった表情(かお)でしんみりと頷き、そんな私達を見下ろしたエマは少しだけ不思議そうな表情を浮かべ、すぐに楽しそうな笑顔を前方へと向け直す。

 

 意気込んだカーラがついに木の根に足を取られ転倒し、それを見た私が魔法住居(コテージ)へ戻ろうと提案したのは、僅か数分後の事だった。




一名を除き、落ち着きを取り戻しつつ有るようです。


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追跡

人形の仕事は早いのです。


 人混みは心がざわついてしまう。

 

 整然と整えられた街並み、通りを行き交う人の群れは何処とも変わらず思考に小波を立たせ、己の本性を隠すのに多少の苦労を要した。

 

 ――やはり、私は()()()()()()方が落ち着くらしい。

 

「影追」クロエは己の特技を思うが、人の目に付く場所でそれを使う訳にも行かない。

 なるほど、溜め息というモノはこういう場面で()くのかと小さな学習を済ませ、整い過ぎたその顔を小さく左右に振り、街の様子に観察の視線を走らせる。

 

 聖教国、そう呼ばれる人間種の群れに属してどれ程経ったか。

 あの場所ですら、クロエは自分の、自分の中に埋め込まれた「命令」を抑え込むことに苦労している。

 ()()が居て、お互いに確認し合う事が出来るので暴発は抑えられているが、それでも時々、自身の行いに疑問を覚えることが有る。

 

 

 

 ZA211。

 創造主たる父、サイモン・ネイト・ザガンの作り上げた13体の「完成品」の中で、ただ2体の特殊個体。

 それ故にロールアウトは遅れ、末妹のメアリよりも遅れて父の元を離れた。

 

「旅をしなさい、愉しみなさい。そして人間を殺しなさい」

 

 父の瞳は、静かな憎悪と溢れんばかりの悲しみを映し、クロエにとってその言葉は唯一の行動指針であり、存在意義だった。

 

 特殊な能力を有するが、魔法の適性が低くなってしまっている事と、フレームの強靭性が他の姉妹よりも低い。

 父より受けた注意を念頭に、受け取った命令とを忠実に守っていた殺戮人形が姉妹人形と出会ったのは、壊滅した漁村であった。

 クロエの仕業ではなく、姉妹のそれでも無い。

 

 人同士の争い、戦争の小さな余波に飲まれただけ。

 

 そこで、村に残された人間を護るように舞っていたのが実の姉であると、ひと目で理解(わか)った。

 だが、護る理由が理解(わか)らない。

 理解(わか)らないが、あの生き残りを殺して姉の不興を買うのはどうかと逡巡し、彼女も父の命令を脇に置き、姉との接触を図った。

 

「特に意味は有りません。強いて言えば、ただの気紛れです」

 

 姉は表情を動かす事なく言ってのけた。

 ただの人間相手でも多数となると手間が掛かる、無表情でぼやく姉は、そのままの表情で続ける。

 

「結果人間種を殺せれば良いのです。目に付く全てを殺すのも良いでしょうが、面倒ですし、そもそも私は気紛れなのです」

 

 姉の言葉に頷くクロエだったが、真に理解はしていなかった。

 ただ、そんな有り(よう)もあるのだと、受け入れただけだ。

 

 ――私だって、人間が群れて居れば襲撃を躊躇するのだ。

 

 姉が共に行こうと手を伸ばしたのは、やはり気紛れだったのだろう。

 だが、父と離れ、彷徨っていた孤独の時間を振り返ったクロエには、その手を払うという選択は浮かばなかった。

 

 

 

 カルカナント王国トアズ領。

 その領都に構えられた冒険者ギルドのギルドハウスは訪問者を見下ろすが、観察の目を走らせたクロエにはどうにも引っかかるものが見えた。

 

 建物のあちこちに破壊の跡が有り、入り口の大扉に至っては、ひと目で新品に変えられていると判る。

 窓も一部、設えた壁ごと板で塞がれ、補修作業の最中だということが見て取れる。

 

 無言で建物内に足を踏み込んで見れば、内装はひどい有様だった。

 建物の外観は一部を除いて風雪を耐え、長年に亘り冒険者達の拠点として在り続けた歴史を感じさせるが、内部は荒廃の跡を取り繕って失敗している、そんな有様だ。

 冒険者達の対応を行うカウンターやギルド内に併設されている酒場(バー)のテーブルは新しいものを設えた様子だし、並べられた椅子もまた新しいが、見た目や規格もバラバラのそれらが並べられた様子は統一感がまるで無い。

 

 ――取り急ぎ、数だけ集めた? 今まで使用していたものはどうしたんだ?

 

 別に興味を引く話とも思えないが、しかし、クロエはどうにも気に掛かった。

 聖教国に――自分達に――迫るかもしれない、そんな驚異を調査する為に此処に来た。

 自身に言い聞かせて好奇心を軽く抑え、クロエは冒険者向けの依頼掲示板へと足を向け、適当に視線を流す。

 

 特におかしな様子の依頼も無ければ、目を引く討伐依頼がある訳でも無い。

 

 気は進まないが併設の酒場(バー)へと足を伸ばし、冒険者にでも話を聞いてみるか。

 全く期待していなかったクロエは、しかし、冒険者達が語る内容に驚愕したのだった。

 

 

 

 宿を取り、街で得た情報を書に(したた)めると、翌朝にはトアズにある聖教会へ向かうとそれを急ぎ、聖教国(ほんごく)の聖女リズへと送る手配をした。

 

 ほんの数日前、遅くとも1週間程度前に、トアズが頭のない人形の群れの襲撃を受けたと言うこと。

 それはクロエの追う人形、ないし化け物とは別では有るが、ともかくその人形達は破壊され、人形遣いは捕縛されたと言うこと。

 

 それらを成したのは――2体のザガン人形と、1体のヘルマン人形だ、と言うこと。

 

 ヘルマンという人形師は知らないが、ザガン人形と言えばそれはつまり、姉妹だ。

 それらが、人形遣いの襲撃に際して、人間を護って人形を破壊した。

 

 高台になっている区画の端から噴水の有る公園を見下ろし、クロエは静かに、小さく笑う。

 1週間も過ぎてしまえば、姉妹たちは随分と遠くへ行ってしまっただろう。

 

 廃墟都市から移動し、騒動を起こした、或いはそれを収めたのはクロエの追うモノだったのか。

 それは姉妹達だったのか。

 

 ――違うな。

 

 確証も無い、ただの思い込みと言われれば反論のしようもない。

 だが、その思いは強かった。

 

 残念だが、クロエは怪物を追う仕事がある。

 それが終わらなければ、姉妹を追う事も出来ないだろう。

 

 会ってどうするのか、考えが有る訳ではない。

 或いは、まだ見ぬ姉妹達は自分と同じく、リズを手伝ってくれるかも知れない。

 

 人間を殺すのは、別に自分の手で無くても良い。

 

 そう言ったリズの思惑が何処に有るのか、クロエには興味が無い。

 ただ、姉妹と。

 姉妹達と一緒に居られたら楽しいだろう、そんな(ふう)に考えて。

 

 顔を上げたクロエは、また、小さく笑った。




少し……思い込みの強めの性格かも知れません。


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真昼の雑技団

本当に、国を出る気が有るのでしょうか。


 賑やかで――人間にとって――傍迷惑な人形の一団が森を行く。

 どこかの漫画で見た言い回しな気もするが、まあ、こちらとしても事実なのだし仕方がない。

 こちらは真昼の移動で、夜間は大人しく魔法住居(コテージ)に籠もるのだから、寛大に見逃して欲しいものだ。

 

 私単体なら時々暴れるかもしれない程度のお茶目な人形で済む筈なのだが、私以外のメンバーのキャラが濃いと言うか、迷惑度が高いと言うか。

 

「マリアちゃん、もうずっと森の中だよぉ? 飽きてきちゃったよぉ?」

 脳天気な声で私を見上げる「爆殺人形」が、言葉に出る程度の不満を顔中に貼り付けている。

 正直その気持は理解(わか)らなくも無いが、だからと言って私にぶつけられも困るし、周囲に撒き散らされても迷惑だ。

「あー、エマちゃん、この先もう少しで街道に出るから、それまで我慢しようか? なんなら、ちょっと狩りにでも行くかい?」

 恐らく似たような感想を抱いたのだろう、少しばかり引き攣った顔で、元冒険者人形が得意の話術で煙に巻こうと試みる。

 言うほど大した話術では無いが、まあ、なんだかんだで此処まで、私に同行を許させるその根気には辟易――感心させられる。

 

 そんな根気を持ってしても、エマの気紛れには出来る対応と出来ない注文が有ると、身を持って知らされたのだろう。

 

 ついでに水を差せば、もう少しなんて可愛げのある距離に、街道など無い。

 此処は国境をまたいで広がる大森林、その奥深くなのだから。

 

「マリア、私は膝の具合が悪い気がするのだ。一度、お前の拠点に戻らせて貰えないか?」

 エマとアリスの遣り取りにどうでも良さげな笑顔を向けていた私に、長身ゴシック人形が年寄りじみた台詞を投げて寄越す。

 

 時々木の根に足を取られて転ぶのは膝の不調ではなく、彼女自身の不注意さが主因だと思うが。

 

 少し注意を逸らした隙に進行方向を外れて森の中に駆け出すエマとそれを追うアリスを見送り、無言の視線を交わした私とカーラは何事も無かったように歩みを再開した。

「……膝の調子が悪いのでしたら、此処で永遠に休憩するのも手ですよ?」

「御免被る。必要なら謝罪もしよう」

 どうせエマはその野生の勘じみた感覚で、アリスは普通に探知を使用して私達が移動しようとも見つけるだろうし、待っている意味も無い。

 風のように軽やかなカーラの変わり身に対して、私はなんの反応もしない。

 カーラはそもそもそんなモノに期待はしていないのか、気にした素振りもない。

 

 今日の昼食は、エマとアリスの戦果次第になるだろう。

 

 

 

 アリスの意外な才能……と言うか、私が不甲斐無さ過ぎるという現実も横たわっている訳なのだが。

 小器用に様々な調理をこなしてゆく姿は意外というか、思いの外サマになっている。

 カーラまでもが、どこか尊敬を滲ませた眼差しを送っている有様だ。

 カーラに関してはまあ、本人にやる気が有りそうなので料理を――主にアリスが――教えても良いのだろうが、もう1名。

 

 エマは食す事に関心は持てているようだが、作る方となると興味がまるでない様子だ。

 

 下手に手伝いなどを強要して、包丁代わりに落日などを振り回されたら私達の身に危険が及ぶ恐れがある。

 本人の気分に任せるしかないが、まあ、期待はせぬのが無難であろう。

 

 台所に立つ事とエマの手綱を思った以上に上手く握っている事で、アリスは己の居場所をなんとなく確保した。

 カーラに関しては、なんだかんだでエマに気に入られているようだし、アリスも特になんとも思っていない様子なので、私が廃棄しようとしても賛同は得られそうにない。

 そもそも廃棄しようにも理由はほぼ無いし、実際やるとなれば手間も掛かる。

 

 要するに考えるのが面倒になったので、2名の同行に関して文句を言うのは辞めることにした。

 

 そんな行き当たりばったりな旅路が2週間ほど続いた森の中、私達は言葉もなく、呆然とそれを見上げるのだった。

 

 

 

 唐突に森が開けたと思った私は、違和感満載の光景に思考を鈍らせ、はっとして脳内で地図を展開する。

 歩いてきた距離と旅程を思い起こし、此処はカルカナント王国とアーマイク王国に跨る大森林の、ちょうど国境付近だと当たりを付ける。

 地図上ではただの広すぎる森、その中で生活する種族達の集落程度は有るかもしれないとは考えていた。

 

 エルフだとか、ゴブリンだとか、そういった種族達だ。

 

 だが、これは……予想していなかった。

 

 慌てて周囲に探知を走らせるが、大小合わせて普通の動物の反応は感じられるが、集落を形成しているような反応は無い。

 人類種はおろか、群れをなす類の動物も、周囲半径900メートルの範囲内には居ないと言う事になる。

 

 そして、目の前のそれにも、不自然な程に何も感じない。

 

 私はちらりと視線を滑らせ、同行者達の様子を探る。

 エマは、当然のように不思議とも思っていない、そんなヘラヘラした笑顔で。

 アリスは、不審げでは有るが、特に不審とも思っては居ないが、しかし油断している訳でも無さそうな無表情で。

 カーラは、当惑しつつもそれが何なのか理解できない、そんな怯えを滲ませた表情で。

 

 そして私はと言えば、内心はカーラに近いのだろうか。

 

 道らしき道も無いこんな森の奥深くで、不意に現れた邸宅。

 前触れもなく唐突に現れた、そうとしか言いようのない不審極まりない邸宅に対して、どうリアクションを取ったものか。

 

 森を抜ける風が小さく木々の葉をざわめかせ、じきに来る冬の到来に思いを巡らせる程度には、思考が逃避を始める有様だった。




どうにも緊張感他色々、足りていないように思えます。


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木漏れ日の中で

深緑の森、瀟洒な邸宅、素敵ですね。私なら逃げます。


 森の奥深くにひっそりとそびえ立つ洋館。

 ……そびえ立っている時点でひっそりとはしていないのだが、まあ、そこは雰囲気と言うことで誤魔化しておこう。

 

 見える範囲で判断できる規模としては、窓の位置等から判断しておよそ3階建て、プラス屋根裏の空間と言ったところか。

 上下の窓の間隔から判断するに、それぞれのフロアがそれなりに天井が高いらしく、私が元の世界で見たことが有るような狭小住宅の3階建てとは上背が違う。

 更にはそれなりの面積を使用して建てられている為、横幅は上背よりも広い。

 それらが揃った結果、威容を誇る豪邸となり、我々を威圧している有様だ。

 

 レンガを組み上げられたその外壁は、だが、私の探査を拒み、ことに依っては鑑定すらも弾かれる予感が有る。

 こうなれば、あの外壁は見た目以上の堅牢さを誇る可能性も考慮せねばならない。

 このように、目の前に存在する建物そのものが普通とは思えない代物なのだが、私が異界に足を踏み入れたような薄気味の悪さを感じるのは。

 

 周囲に探知を走らせても、探査であちこち見回しても、どこにもこの広場に通じる「道」が見当たらない事だ。

 

 私達がそうであったように、森の中を人が歩き、此処に辿り着くことは可能だろう。

 だが、この建物を建てる為の資材はどうやって運んだのか?

 仮に財力に物を言わせ、大容量の魔法鞄(マジックバッグ)を多数用意し、そこに資材を収めて運んだのだとしても。

 

 此処は国境を跨ぐ、アホほど広大な大森林のど真ん中だ。

 

 馬車も無しに、こんな場所を目指して建築チームが旅をしたのか?

 無いとは言わないが、では、此処に、規模はともかく見た目は普通の……そこらの貴族様のお屋敷クラスの邸宅を構える理由はなんだ?

 

「なんだよ……これ。貴族様のお屋敷って割には、塀も門も無い。無防備過ぎるし、それになんで、目の前に有るのに、なんの気配も感じないんだ……?」

 

 戸惑う私の耳に、やはり似たような心情を抱いたであろうアリスの声が滑り込む。

 門も塀も、私は考慮の外ではあったが、言われてみれば確かに。

 そんなもの必要無いのだと言わんばかりに、建物はただ突っ立っている。

 

「……魔法による隠蔽と、そして感知系・調査系の魔法に対する障壁が有る。私では、この中を探ることは出来ぬ。マリア、お前には見えるか?」

 

 カーラの声が、忌々しげな色を帯びて私の耳に滑り込む。

 私達の中では最も魔法に長けているであろうカーラでさえ、覗き見ることが叶わない障壁が存在しているらしい。

 日頃の鍛錬を怠ってレベルの低下などを引き起こすからだ、などと馬鹿にしてやる気力も湧かない。

 

「……残念ですが、私では太刀打ち出来ませんね。何一つ、理解(わか)ることは有りません」

 

 私の声にも、悔しさと腹立たしさが滲んでしまう。

 探査どころか、探知でさえ、それは反応しない。

 見えているからそこに在ると理解(わか)るだけで、森を渡る風が弾かれる微かな音でそこに壁があると認識出来るだけで。

 

 その内容どころか存在さえも、恐怖を覚えるレベルで虚無だ。

 

 声だけでなく、恐らく表情(かお)にもそんな思いが出てしまったのだろう。

 カーラが私の方へ顔を向けた気配は感じるが、飛んでくる言葉はない。

 

 癪ではあるが、こんな場面ではエマに頼るしか無いのだろうか。

 

 そんな事を考えた私は、ようやく、常々喧しく無駄に陽気な相方が、一言も発していない事に気がついた。

 柔らかな陽光が降りかかる洋館から目を逸し、私は小さな狂戦士へと、顔ごと視線を向ける。

 

「……エマ……?」

 

 しかし、どう声を掛けたものか戸惑う。

 そこに居たのは、見たことのない。

 

 恐ろしまでに口角のつり上がった、歓喜と言うにはあまりにも邪悪な。

 そんな面差しのエマが、落日を右手に、静かに立っていた。

 

「マリアちゃん、アリスちゃん。ふたりともぉ、武器用意してぇ」

 

 そんなエマが、小さく、だが弾むような言葉を発する。

 瞬きほどの時間を呆けて過ごした私は、弾かれるように「武器庫」からメイスを取り出し、両手で構える。

 アリスもまた剣を抜き、カーラは後方へと退(さが)る。

「……何か、判ったのですか?」

 不意打ちに備え障壁を周囲に3重に展開させながら、私は改めて、エマへ緊張を孕んだ声を向ける。

「ううん。なぁんにも判んない。だけど」

 返ってきたのは、簡素な、しかし楽しみを抑え切れないような、不穏な音色。

 

 いつにも増して狂気を滲ませるエマの様子に、私の中の緊張が高まってゆく。

 

「マリアちゃん、前、話したよねぇ? 私が『帰らずの都市』で一撃で潰されたってぇ」

 そんな私に、エマはやはり小さく、言葉を寄越す。

 

 その話は覚えている。

 

「……冗談でしょう? それが、此処に居ると?」

「はぁ!? ……いやちょっと待てよ、どういう事だよ」

 エマのセリフと私の反応に、アリスが堪らず声を上げ、慌てて声量を落として私へと詰め寄ってくる。

 後ろのカーラの様子は不明だが、確認している余裕は無い。

 私は右手をメイスの柄から離して軽くアリスを制し、エマの返答を待つ。

 

「判んないよぉ、でも、少なくともアレは気配を感じることは出来たよぉ? でも、この中には何が居るのか、なぁんも判んない。だけどぉ」

 

 自然体で立つエマは、しかし、一切の隙を見せない。

 ただ、楽しそうな笑顔を貼り付けたままだ。

 

「……アレなんかより、もぉっと恐いのが居る。そんな気がするんだぁ」

 

 トアズが人形の強襲を受けた時には、感じなかった。

 アリスにさえ、それは無かった。

 

 エマに襲われたあの夜、あれ以来……いや、あれ以上の怖気が、私の背筋を這い上がってくる。

 

 人形の癖に、魔法に依る探査でも無く、むしろ非合理的な「勘」と言う代物。

 しかし、時と場合に依るが、それは馬鹿に出来るものではない。

 それこそ、エマの初撃を受け止めたのも勘であった。

 そして、そのエマが。

 

 凡そ野生じみた戦闘狂が、自身過去最高の相手をも凌ぐ化け物が居ると言った。

 

 私はそれを、ただの勘だろうと笑い飛ばす度胸は持てなかった。

 当然、油断の「ゆ」の字も有りはしない。

 眼の前の建物、その扉どころかどの窓であっても。

 場合によっては真後ろからの奇襲であっても、対応出来るように障壁に気を配り、探査を走らせ、警戒のレベルを引き上げる。

 エマの言葉と私の様子から、アリスも、そして恐らくカーラでさえ、一切の気の緩みは無かっただろう。

 

 だと言うのに。

 

 

 

「やあ。今日は良い天気だね、お客さん」

 

 

 

 その男が目の前に現れた瞬間を、全員が全員、見落とした。

 薄いブラウンの長髪をさらさらと風に泳がせ、眼鏡の優男は。

 

 目の前に居るのに、探査魔法の圏内に居るというのに、何も判らない。

 

 細身の長身は小綺麗で嫌味のない装飾を施されたローブを羽織り、その下にはやはり仕立ての良さそうなジャケットと、カッターシャツの襟が見える。

 魔法協会(ソサエティ)の連中よりもよほど魔法師然とした佇まいで、柔らかな口調と物静かな表情で立っているというのに。

 

 私は緊張を解く気にはなれず、私の耳にはエマが剣の柄を強く握り込む音が聞こえた。




まだひとり旅に戻りたいと思っているなら、今が仲間の見捨て時ですよ。


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そよ風、吹き荒れる

エマはいつでも元気いっぱいです。


 深い深い森の中、唐突に開けた、陽光降り注ぐ空間。

 威容を誇る洋館……この世界の場合、こういう呼び方は適切ではないだろうけれど。

 狂喜のエマ。

 ドン引きの私達。

 

 そして、唐突に現れた眼鏡の優男。

 

 エマの反応ひとつだけでヤバいと思わされるこの状況、現れた男はつまり、途轍も無い化け物と言う事なのだろう。

 だが、その姿にはあまりにも迫力が無く、むしろ何も感じ取ることが出来ない。

 

 森の中の心休まる空間じみたこの場所で、取り巻く環境が混沌過ぎて私の中に小さな混乱が生じ、それが恐怖を呼び覚ます。

 だが、その恐怖の根源は、傍らの小さな狂戦士なのか、それとも眼前の優男なのか。

 

 私には判断が付かない。

 

「どうしたのかな? お客さん、そんな壁など作ってないで、僕の屋敷で少し――」

 

 にっこりと微笑んで、優男が柔らかな言葉を発したと思った瞬間、エマが疾走(はし)った。

 私の障壁は、私自身が攻撃を行う関係上、内側からの攻撃は通る。

 でなければ、私自身が身動き出来なくなるのだし、その程度は術式に織り込んである。

 当然エマの唐突な突進を妨げるような事は無いのだが、それは単身で安全域から飛び出すと言う事でしかない。

「あはははぁ! お兄さん、楽しそうだねぇ!」

 初対面の相手に落日を振りかぶって斬り掛かるとか、狂気以前に頭の具合を心配してしまう所業だが、当の本人は気にする筈も無い。

 そこに在るのは歓喜か畏れか、寒気がするような笑顔を貼り付けたエマが、ともすれば私の動体視力を振り切るほどの速さで駆け、剣を振り下ろす。

 

 止めるどころか、声を掛ける暇もない。

 

 石や岩を容易く切り裂くその斬撃は、恐らく普通の金属ですら受け止める事は難しいだろう。

 だが、それは甲高い衝突音と共に、空中で静止した。

 

「おやおや、元気なお嬢さんだ」

 

 背筋を、冷たいものが滑り落ちる。

 何もない……そうとしか見えない、そんな空間で、刃は確かに止まっている。

 凄まじい笑顔のままのエマは、その剣が当たっているであろう空間を起点に、一度離脱を図る。

 

 だが、全身に力を()めたその瞬間、彼女は空中へと大きく弾き飛ばされた。

 

「でも、いきなり斬り掛かるのは、感心しないよ?」

 

 優男には動きがなかった、その筈だ。

 なのに、エマの――しかも、落日を用いての攻撃を止め、あまつさえエマを吹き飛ばして見せた。

 

 視界の端でエマに駆け寄ろうとするアリスの肩を掴んで止め、私はエマの周囲に障壁を張る。

 吹き飛ばされた事で却って動きを捉えることが出来たから、エマを中心とした障壁を展開出来る。

 

 ちょこまかと、すばしこすぎる相棒というのも考えものである。

 

「止めるなよ! エマちゃんの援護を!」

 アリスが振り返り私に怒鳴る頃には、障壁の展開は完了した。

「エマの、あの宝剣の一撃が届かない相手に何が出来るのですか? 破壊(こわ)されたくなければ、じっとしていなさい」

 しかし、私の障壁が、果たして役に立つのだろうか。

 騒ぐアリスに静かに返しながら、私は胸中に渦巻く不安を払拭しきれない。

 

「お兄さん強いねぇ! すっごく楽しいねぇ!」

 

 着地と同時に再び駆け出す、エマの楽しそうな声が無邪気に響く。

 それはそれで私の中の恐怖の思い出が刺激されるのだが、状況はあの時より悪い。

 

「お嬢さんも楽しそうだね、うんうん、元気なのは良いことだね」

 

 対する優男は、あまりにも呑気だ。

 私でさえ呑まれたエマの狂気に晒されて、それでも現れた当初の雰囲気をひとつも崩すこと無く。

 

 エマの周囲の障壁が割れて砕け散る。

 

 男は動いていなかった筈だ。

 私は意識を漂白された気分だったが、しかし、エマは気にも留めた様子もなく、その足を止めることもない。

 そして、そのまま。

 

 横薙ぎ、振り下ろし、思いつく限りの斬撃刺突の雨が優男に襲いかかるが、そのどれもが、微動だにしない男に届かない。

 

「うん、お嬢さんに付き合うのも悪くないけどね。お友達も疲れているようだし」

 

 優男の視線が、不意に私のそれとぶつかる。

 

 斬撃の嵐の只中で、エマではなく私達を、私を見た。

 私に心臓があったなら、鼓動を跳ね上げていただろう。

 

 私が気を取り直す間もなく、視線はエマへと戻され。

 そして、私達の周囲に張り巡らせていた障壁が飴細工のように砕けて消える。

 

 あの男との距離は、20メートル程度は離れている筈なのに。

 エマの爆撃にも数発耐えた障壁なのに。

 私が呆然と状況の理解を拒んでいる間に、そのエマは。

 

 鈍い音とともに水平に吹き飛ばされ、慌てて視線を巡らせた頃には、大木に叩きつけられ、地面に横たわっていた。

 

「休憩にしよう」

 

 優男の声を背に私達は、恐らく強制的に機能停止――いわゆる気絶――させられたエマが、幸せそうな笑顔で白目を剥いて居るその場所まで駆け出すのだった。

 

 

 

 お茶会と言うものは、気が休まらないものだと聞いたことがある、気がする。

 

 なるほど確かに。

 

「こうしてお客さんを迎えて、茶を振る舞う日がまた来るとはね。いやあ、長生きはするものだね」

 主催者は実に楽しそうだが、私たちはと言えば。

 

 私達一行の最狂格が手もなく敗北するような相手に、和やかな談笑など出来る心持ちでは無い。

 

 飾らずに今の心境を吐露するなら、逃げ出したい、その一言に尽きる。

 そんな有様なので、当然、会話が弾む筈もない。

 

 通された屋敷の一室、外からの光が室内に柔らかに広がり、小洒落た空間を演出しているが、そんなものに感心する余裕もない。

 エマは同じく屋敷内に通されたが、「治療の為」と称して別室へと運ばれた。

 横たわったまま、空中をふよふよと漂って廊下の先へ消えるのを、黙って見送るしか無かった。

 

 エマ、貴女(あなた)の事は、3ヶ月程度は忘れません。

 

 エマを見た最後の姿を想う私と、やはり言葉を発する余裕も無さそうなアリスとカーラが当然のように無言を貫く中、遠慮がちにドアを叩く音が室内を泳ぐ。

 

「どうぞ、入って良いよ」

 

 反射的に、と言うには緩慢な動きで視線を転がせば、ちょうどドアが開くところだった。

 戸口に現れた人影はペコリと頭を下げると、まっすぐに優男に顔を向ける。

 

「賢者さま、お客様が目を覚ましました」

 

 背は低い……エマとどっこいか、少し小さくすら見えるその少女は、どことなくエマを思い起こさせる可愛らしい顔立ちで、長いストレートの赤髪が肩越しに背中に隠れている。

 そんな少女の横から顔を覗かせた小さな狂戦士が、すぐに私を見つけて笑みを咲かせる。

「あ! マリアちゃん! 私もお菓子食べたぁい!」

 凛と……いや、ツンとしたおすまし顔の少女との対比が微笑ましい。

 と言うか、無事だったどころか、思いの外元気そうでがっかりする。

 

 僅かにでも心配してしまった己の不覚を嘆くばかりだ。

 

 

 

 私は、少女が発した「賢者さま」と言う単語を、意識的に思考から排除するのだった。




現実逃避は感心しません。


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森の邸宅にて・森のお茶会

現実を受け入れることは出来たでしょうか。


 きゃいきゃいと騒がしいエマのお陰で、お茶会の空気もだいぶ和らいだように思える。

 

 ……そもそもエマが暴走したお陰で、居た堪れない雰囲気になっていた訳だが。

 

 お茶とお菓子を楽しむ様子だけを見れば、可愛らしいと言うのに。

 それ以外の諸々が恐ろしすぎて、素直に口に出して褒めそやす気になれないのは、もはや徳と言って良い気がする。

 

 そんな面白おかしい相方のことはどうでも良い。

 問題は、呑気にケーキを口に運んでいる賢者様、とやらだ。

 

 エマの攻撃をすべて防ぎ、私の張った障壁を容易く粉砕し、エマの意識を一撃で刈り取った。

 ……そのどれも、特に何らかの行動を伴っているようには見えなかったと言うのに。

 賢者と呼ばれていると言うことは、やはり魔法が得意だから……だろうか。

 

 私も人のことは言えないが、詠唱も無く、それどころかアクションも無く、エマほどのレベルの人形を子供扱いするように。

 

 こっそりと探査をこれでもかと重ねているのだが、詳細探査どころか、一向に手応えがない。

 隠蔽の魔法を使用しているのなら、違和感と言うか、()()()()()()()()()()()が有るからそれと判る。

 それすら無い、と言うことは、つまり彼我のレベル差が大きすぎる、と言うことだ。

 

 見た限りでは20代の若い、線の細い優男なのだが、これが……私を遥かに上回るレベルを有していると言うのか。

 俄には信じがたいが、しかし、実際に私達は手も足も出なかったのだ。

 

 賢者と言われればなるほどそれらしい、柔らかな雰囲気を纏っているが。

 戦闘時の佇まいは、まるで魔王のようだった。

 ……魔法得意系の。

 

「マリアちゃん! もー! マリアちゃんってばぁ!」

 

 少し考え込んでしまったらしい。

 私の耳に、エマの甲高い声が非常に痛い。

「なんですか? 騒がなくても聞こえていますよ」

「ウソだもん! 何回も呼んだのに!」

 適当な態度で適当な返事を返せば、案の定ややお冠なご様子のエマと、その隣に従者と思しき少女、そして賢者様が並んで座っている。

 

 ……従者も普通に席に着くのか、そうか。

 

 賢者様はおおらかなお方らしい。

 私は尚も言い募るエマを片手で制して、改めて優男へと向き直ると、居住まいを正す。

「雰囲気に呑まれてしまい、此処までご挨拶もなく大変失礼致しました。初めまして、私はマリアと申します」

 タイミングを逸した間の抜けた挨拶を一旦切り、短く考える。

 恐らく……彼には()えているだろう。

 私の詳細なステータス、それに、人間ではない、と言うことも。

 

 そうであるなら、隠す意味も無い。

 

「人形師サイモン・ネイト・ザガン作の、最後の人形です」

 あっさりと正体を明かしたことに、居並ぶ顔ぶれの反応は2つに分かれる。

 

 平然と見届ける賢者様、エマ、カーラ。

 驚いたように私の顔を見る、アリスと従者。

 

 カーラに関しては私が正体を明かしたとかよりも、賢者様が恐ろしくて仕方ないのだろう。

 一瞬私に目を向けただけで、緊張の視線をすぐに優男へと向け直していた。

 

「ご丁寧にありがとう、なるほどね。やはりマスター・ザガンは優秀だね」

 

 柔らかく、落ち着いた声色はきっと、状況が違えば安らぎを覚える響きなのだろう。

 しかし私は、そもそも男の声にときめく趣味が無いと言うことと、そもそも得体の知れぬ化け物としか思えない状況から、とても落ち着いてはいられない。

「はぁい! 私はエマ! 私もマスター・ザガンの作ったお人形だよぉ!」

 私に続いて、エマが元気よく自己紹介をする。

 状況と言えば、エマが一番警戒を強めても可怪しくないと思うのだが、そこはエマである。

 

 手も無く敗北してしまったのだから、まあ、何というか、認めてしまったのだろう。

 

 笑顔で頷く優男に、おずおずと、弱い声が上がる。

「わ、私はカーラ。ドクター・フリードマンの、やはり最後の作品だ……です」

 いつもの無駄な傲慢さはどこへやら、血の気の引いた顔で語尾まで慌てて訂正している。

 我が一行随一の気の弱さを遺憾なく発揮している、といったところか。

 

 このポンコツ人形は、どうでも良いナンバーワンを幾つ抱える心算(つもり)なのか。

 

「……私はアリス。人形師……マスター・ヘルマンの人形だ」

 不満顔のアリスが、私達に倣って口を開く。

 優男の実力はともかく、その底知れ無さまでは洞察出来ていない彼女は、そこまで明け透けに告げる意味を見出せないのだろう。

 しかし、周りが素直に告げている以上、何かがある、程度は感じ取ったのだろうか。

 私に対した時に比べ、幾分成長したようだ。

 

「ふむ、ドクター・フリードマンか。またも大物の名前が出たね。そして、マスター・ヘルマン、か。彼は運が悪かった……しかし、完成品があったんだね」

 

 にこにこと、賢者様は2人の自己紹介に頷く。

 

 冷静に考えれば、訪れた客が全て人形という異常事態だと思うのだが、やはりと言うか、動じる様子は微塵もない。

 カーラの自己紹介には懐かしそうに表情を緩め、アリスに対しては、やや沈痛な面持ちを浮かべたような気がする。

 

 まるで、どの人形師も知っている、と言うように。

 

 ドクター・フリードマンは外骨格式人形制作の大家にして内骨格式人形師の祖とも呼ばれ、マスター・ザガンは13体の殺戮人形を作り上げた大罪人として、どちらも様々な資料・文献・地方怪談等に度々登場する名だ。

 一方で、マスター・ヘルマンはせいぜいトアズあたりで知る人ぞ知る、程度の、マイナーな人形師である。

 その手による図面は機能的な意味で美しく無駄が少ないが、完成品はアリスのみ。

 いや、アリスに聞いた話によれば、人工精霊が未完成で満足に動けなかった未完成品こそがヘルマン師の最後の作品だったのだから、本当の意味で彼は作品を完成させる事無くこの世を去った、と言うのが本当のところらしい。

 そんなマイナー人形師のことまで知っているとは、こんな森の中に居を構えている割に、随分と耳が早いと言うか、手が広いと言うか。

 

「うん、紹介ありがとう。僕はフシキ。大森林の賢者とも呼ばれているよ。まあ、おおよそ好きに呼んでもらって構わないよ。そして」

 

 和やかな雰囲気を崩すこと無く、平然と賢者を名乗り、優男は視線を――目が細いので確証はないが――傍らの従者に移す。

 従者は小さく頷き返すと、私達へと視線を向けた。

 

「初めまして。私は賢者さまと暮らしています」

 

 そこで、彼女は言葉を切った。

 

 暮らしている、と言うのは、従者ではなく同居人、と言うことか?

 メイド然とした服装は、趣味とでも言う心算(つもり)だろうか?

 それよりも、名乗らないのは何故だ?

 

 疑問と不審が渦巻く私を置いて、彼女はエマへと視線を向ける。

 それを受け止めるエマは、にこにこと――狂気滲みてはいない――笑顔を向けている。

 

 ふと、私の魔力炉の下あたり、人間で言えば胃に当たる部分が痛んだ気がした。

 

型番(ばんごう)はZa205。『骸裂(むくろざき)』のキャロルと申します」

 

 気が付くと、その視線は私に刺さっていた。

 私は視線を外すと、ゆっくりと天井を見上げるのだった。




現実は奇なり、とは良く言ったものです。


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森の邸宅にて・和やか探り合い

エマは、キャロルには襲い掛からなかったのでしょうか?


 賢者様のお屋敷にお呼ばれしたら、会ったこともない姉が居ました。

 

 何度読み返しても、意味が理解(わか)らない。

 

 と言うか、見たことのない存在に姉であると遠回しに伝えられても、面倒臭い以外の感想は湧かないものだ。

 

 

 

 賢者様とエマはにこにこと、アリスは信じられないものを見るような目で私とキャロルと名乗った少女を交互に、カーラはこの世の終わりのような表情で、思い思いにお茶を楽しんでいる。

 赤髪の少女は、澄ました顔に余裕の笑みを貼り付けてカップを口元に運ぶ。

 

 Za205、「骸裂(むくろざき)」キャロル。

 

 マスター・ザガン作の人形の中でも、割りと患っている度数の高めな二つ名である。

 その名の由来は触れたくないから置くとして、見た限り、身長はエマに近しく、必然体型も似通っている。

 エマがウェーブがかった金髪短めで有るのに対し、ストレートでエマより少し長め、と言う違いは有るが、目の色も同じく翠。

 双子と言う程ではないが顔立ちは似通っており、なるほど姉妹と言われるとしっくり来る。

 私とエマは言うほど似ていないというのに。

 2シリーズ13体、それ以降の私を含めて15体の人形を作ったのだから、1つ2つ似た造形の物があっても驚きはしないが、並べてみると何というか。

 

 マスターの趣味嗜好が透けて見えるようで、色々と心配である。

 

「キャロルちゃんはねぇ、私の直前に出来たんだけど、調整が有ったからぁ、私より後にマスターの所を出たんだよぉ?」

 

 エマの説明で、エマの型番が206だったことを思い出す。

 なるほどひとつ違いか、或いはこの2体は本当に姉妹に見えるように、外見的にも調整したのかも知れない。

 それは良いが、なぜ疑問形なのか。

「まあ、調整と言ってもすぐに終わったから、エマが旅に出たすぐ後に私もね。色々あって、今は賢者さまと一緒に居るわ」

 キャロルはお茶の香りを楽しむように目を閉じていたが、そんな澄まし顔のまま口を開く。

 見た目が似ているだけで、中身はまるで違うのだなと感心してしまう。

 

 人形の語る「色々」には嫌な予感しか含まれていないので、此処は大胆にスルーである。

 

「今では姉妹は6体しか残っていないと思っていたけど……。302a? 『墓守』? 聞いたこと無いわね」

 

 目を開いて郷愁の表情を浮かべたかと思えば、懐疑的な視線を私……ではなく、賢者様に向けている。

 何事かと思って私も視線を向けると、優男はのんびり笑顔のまま、言葉を舌先に乗せた。

「ちゃんと聞かれなかったからね。君の姉妹は、君を含めて8体居るんだよ」

 言われたキャロルはすぐに、拗ねたような視線を賢者様に浴びせている。

 エマは良く理解(わか)っていない顔だ。

 私は、ゆっくりとカップをソーサーに戻す。

 

 この後、賢者の口から零れ落ちる言葉次第では、カップを取り落としかねないと思ったのだ。

 

「2シリーズの生き残りは君を含めて6体。そして、3シリーズは2体。みんな、元気のようだね」

 

 そのように身構える私を置いてきぼりにする勢いで、賢者はあっさりと口にする。

 どれかがひっそりと朽ち果ててくれていないかと期待していたのだが、儚い夢だったと言うのか。

 

 いや、そうじゃない。

 

 私達を見ても、正体を知っても驚きもしなかったこの男は、当然のように言ってのけたのだが。

 それらを、一体どうやって知ったのか、知っていたと言うのか。

 適切な詐欺師的な態度とも思えるが、何と言うべきか。

 

 この男の笑顔の仮面の向こうには、想像以上におぞましく深い何かがありそうで、気を許す気になれない。

 

「信じていないようだね? マリアさん」

 

 警戒を静かに深める私に、変わらぬ笑顔で言葉を向けてくる。

 その隣のキャロルは、不信感など無く、賢者の言葉は真実なのだと疑っていないようだ。

 周囲の幾つかの視線も、自然と私に集まる。

 

「頭から否定する心算(つもり)はありません。ただ、気に掛かることは御座います」

 

 得体の知れないモノに、相対する感覚。

「何かな?」

 笑顔は揺るがない。

 私は一度目を閉じて視線を切り、再び開くと周囲を……勝手についてきた者を含む、仲間たちを見渡す。

 

 何も考えていなさそうな笑顔。

 納得出来ないが、その疑問は何処に由来するか今一つ理解できていなさそうな訝しげな顔。

 静かに震え、ただただ青い顔。

 

 ……頼りにならない仲間たちである。

 

「まずは単純に、何故、私達が8体、健在であると知っているのですか?」

 

 これに関しては、巷間に語れる「ザガン人形は6体残っている」という噂と、私の型番……3「02」と言う数字に着目すれば、出任せでも言えるだろう。

 だが、初対面の私に対して、あまりにも軽々しくは無いだろうか?

 例えば、私が「私以降」の人形の存在を知っていて、秘匿していたら?

 例えば、2シリーズも実はエマとキャロルしか残っていなかったら?

 割りとあやふやな橋を、態度に不審な点を――常ににやけている時点である意味不審だが――出さずに渡り切るのは、それなりに大物なのか。

 それとも、知っているから、なのか。

 

「ふむふむ。他にも、疑問が有るようだね?」

 

 私の問いを受け止め、賢者は口元に手を寄せる。

 答えを出さず、はぐらかす。

 やはり詐術師の手口のように思えるが、そう切り捨てるには、私の背筋の寒気が引かない。

 純粋に、私の疑問をまずは聞いておこう、そういう態度……なのだろうか。

「他には……そうですね、色々御座います。貴方が此処に住んでいる理由、キャロルとの馴れ初め、そういった辺りも気になりますが」

 自身を落ち着けるように軽口を並べ、軽く相手の反応を見るが何も変わりはない。

 キャロルは少しもじもじして、下を向いてしまう。

 

 ……私は小さく呼吸を整えると、意を決する。

 

「貴方は……賢者様は、そもそも……私たちが此処を訪れる事を、予め知っていたのですか?」

 

 表情、態度、その全てを見落とさないように。

 注意深く観察する私の前で、優男は少しも動じること無く、何も変わることのない笑顔で。

 

「うん。知っていたよ」

 

 言い切った。

「と言うよりも、来てもらった、と言うのが正しいかな」

 そして続く言葉。

 

 正直、詐術の類と思っていた私は、予想外の方向からの攻撃に。

 そう来るか、内心で少し笑ってしまう。

 

 得体の知れない怖気も、相手の話術と態度から、勝手に底知れない相手だと思い込んでいる所為なのだと。

 

 自分を落ち着かせることに、必死だった。




危険と思ったら触れない、近寄らない。大切なことです。


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森の邸宅にて・質疑の時間

世の中、信じられる話とそうではない話が有ります。


 自分で道を選んでいた筈なのに、その実誘い込まれていた。

 特殊な状況に見えて案外良く有ることではある。

 

 が、だからといって気分が良いかと言えばそんな訳はない。

 

 私は東への……聖教国への接近を嫌い、北上してから西を目指した。

 それまでのルートを思い起こせば最初から北西へ移動していたきらいは有るが、大筋では自分の意志での旅路だった。

 何かに誘導された訳でもなければ、誰かに指示された訳でもない。

 

 途中で合流したエマは、そもそも行き先にそれほど頓着していない。

 

 ……一度は納得しかけたが、よく考えればどうやって私たちを誘導し、此処へと導いたというのか。

 

 森の中だと言うのに、室内には陽光が柔らかに差し込んでいる。

 この屋敷の主は、そんな情景によく似合う朗らかな笑顔で、のんびりと茶菓子などを食している。

 

 そう言えば、クッキーなど見たのは数週間ぶりだ。

 

「……貴方が……呼び寄せた、と? それはどう言う……?」

 

 私の口から漏れる言葉は揺れる。

 賢者様の胡散臭さと、詐術としか思えないのに嘘だと言い捨てる事が出来ない凄み。

 

 私は、この男に、呑まれている。

 

「そうだね、掻い摘んで説明するのは構わないけれど……その前に、僕のステータスを見てみるかい?」

 

 どんな言葉が飛び出すのか、知らず身構える私の耳に飛び込むのは思いも掛けない、それは提案だった。

 鑑定にしろ、私の詳細探査にしろ、相手とのレベル差が有りすぎては使えない。

 だが、相手に開示する意思があるならば、話は変わる。

 今まで何度も試して弾かれたのだから、確かに気になる。

 

 気にはなるが、今、それをさせる意図はなんだ?

 

「そうすれば、この先の説明もスムーズだと思うから」

 

 私の疑心に応えるように、優男は眼鏡の奥から細い目を向けてくる。

 その内心は測れない。

 

「潰されなきゃ良いけど」

 

 尚も悩む私の耳は、そんな声を拾い上げる。

 発したのは、賢者の同居人形、キャロルだ。

 目を閉じ、変わらず澄まし顔で茶を啜る彼女だが、今の声には物憂げな色が浮いていたように思う。

 どう言う意味なのだろうか。

「大げさだなあ、僕のステータスなんか見たところで、そんな事にはならないよ」

 そんなキャロルに、賢者は笑いながら頭を撫でる。

 

 私のレベルはなんだかんだで586。

 エマは666、アリスは583になっていたか。

 カーラは168。

 

 カーラはともかく、私どころかエマでさえ看破出来ないとは、どれほどのレベルなのか。

 アリスが緊張気味に静かなのも、やはり()ることが出来なかったのだろう。

「……提案を呑みます。是非、拝見させて頂きたく思います」

 私が本来の、先代のレベルに届けば、或いは()えるのだろうか。

 普通の人間というものを見慣れすぎた弊害か、自己鍛錬がやはり疎かに過ぎたか。

 自身を上回る化物の存在を想定しては居たが、実際に出会う事は想定出来ていなかったらしい。

 

 実際に、一度はエマという怪物の襲撃を受けているというのに。

 

「うん、判った。いつでも良いよ」

 

 緊張気味の私との対比であるように、賢者はどこまでも朗らかだ。

 私は覚悟を決める。

 未だ練度の低い私では、集中し過ぎるために無防備になる、故に控えていた魔法……鑑定の使用を決意する。

 エマが手もなく敗北するような相手に、私が警戒しても無駄であろう。

 視線を巡らせると、興味ありそうな様子のエマ、やはり警戒感を隠しきれないアリス、泣きそうなカーラが、目の合った順に頷いていく。

 彼女たちも、()る、と言うことなのだろう。

 

 心を落ち着け集中し、意を決した……心算(つもり)だった私は、私たちは。

 

 言葉どころか呼吸を忘れた。

 

 

 

 賢者フシキ氏は、職業で言えば魔導師であった。

 そう言えば、「呼ばれている」と言ってもいたし、「勇者」と同じく職業とは違うのだろう。

 称号としては確かに「賢者」の文言は有る。

 そんな事は割りとどうでも良い、そう思える数字と事実が、そこには並んでいた。

 

 レベル、5283。

 

 この時点で、言葉を失う。

 建物に施された隠蔽の術式、本人の底知れ無さから、下手をすると1000を超えるレベル保持者の可能性も考慮していたが、これは予想の上すぎる。

 私のみならず、誰もが言葉を失っている。

 エマでさえ、驚きに目を見開いている有様だ。

 

 あの時、エマは遊ばれていただけなのだ。

 本気だったら、私たちごと消滅させることも、容易かったに違いない。

 

 カーラは既に気を失っている。

 

「えー……と。そろそろ良いかな?」

 

 賢者様の声に、私はのろのろと我に返る。

 鑑定を解除し、尚、信じがたいモノに向ける眼差しを止められない。

 知らなければ凄みも感じ難い、のほほんとした笑顔のお兄さんなのだが。

 少しだけ目を閉じて、心を整える。

「本題に入る前に、質問とか有るなら聞くけど……有るかな?」

 こちらの混乱を、ある程度は予期していたのだろう。

 優しく響く声には、確かに此方を慮る響きが有る。

 

 今の私には、その余裕さえも恐ろしいのだが。

 

「質問でしたら、幾らでも御座います。お時間を頂いても?」

 

 体勢と心の均衡を取り戻すのには、時間が掛かる。

 賢者様の提案は、或いはそれを見越してのものかも知れないが、今は束の間でも欲しい。

 

 質問は有ると言ってみたものの、さて、どう切り出したものか。

 

 何度目か周囲に目を走らせれば、やはり緊張の面持ちの仲間……はアリスだけだ。

 エマは既に驚愕から立ち直り、もりもりとクッキーなどを食しているし、カーラに至っては夢の中だ。

 

 あれ? これは、案外いつも通りなのでは。

 

 私の中から緊張感が抜けていくが、それはきっと、私のせいではないと思う。




信じるか否かよりも、緊張感を維持できない約二名もどうかと思います。


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森の邸宅にて・触れる一端

賢者様の話も、本題に指が掛かりそうです。


 開示された賢者のレベルとか色々に圧倒されたり、すぐに緊張感を失ってみたり。

 自分の情緒というものについてよく考える必要を感じるが、面倒なので後に回そうと思う。

 

 賢者様との質疑応答……と言うか、こちらからの一方的な質問タイムは、簡単に言えばレベルとかステータス類についてのものだった。

 それ以外の何を聞けというのか。

 

 なんで賢者と呼ばれているのかとか、此処に住んでいる理由だとか、そんな事に興味なんて無いのだ。

 

 途中から質問タイムに参加したアリスは、そういった事が気になる様子であったが、案の定適当にはぐらかされていた。

 質問を受け付けるとは言っても、全てに誠実に答えるとは言っていないのだ。

 

 私が気になったのは、「世界を渡るもの(キャラクター)」という称号だ。

 その字面や響きもそうだが、他の質問――レベルやらステータス、魔法やスキルについては実に気持ちよく答えてくれたのに、それについては実に曖昧な回答だった。

「さあ? なんだろうね?」

 はぐらかす、という事はつまり、聞くな、という事だろう。

 いつもの私なら噛みつくし食いつくし、アリスだってはぐらかされて素直に引くほど素直でもあるまい。

 だが、私もアリスも、はぐらかされたことに関してはそれ以上踏み込めなかった。

 

 軽く威圧感を放ってくるのはズルいと思う。

 

 まあ、そんなこんなで、賢者様が私たちを招き寄せた、その事に関する説明の前準備はひとまず終了となったのだった。

 

 

 

 窓の外は少し陽が陰ったような気がするが、まあ、結構な時間話していたのだから当然と言えば当然である。

 ぼちぼち冬なのだが、この辺りは雪が降るのだろうか。

 

 ベルネはほぼ平地であったので、降ることは降るがそれほど深くはない、そんな記憶だ。

 

「あー、マリアさん。説明中に現実逃避するのは()めてくれるかな?」

 

 ちっ。

 逃避していると理解(わか)っているなら、そのまま放っておいてくれれば良いものを。

「申し訳御座いません、理解が追いつきませんでしたので。お手数ですが、もう一度お願いできますか?」

 嫌味と反感が籠もった言葉を並べてみせると、フシキ氏は困ったように眉根を寄せ、顎先に手を添える。

 私は難解な質問などしていない筈だが、何に困惑しているのやら。

「うーん。地脈を通じて、君たちの動向を把握していた、と言う部分は問題ないよね?」

「大問題です。地脈はまだ判らなくもないですが、それを通じて? 私たちの動きを把握していた? 何をどうすればそんな事が出来るのですか?」

 地脈と言うのは、文字通り大地を走るエネルギーの奔流だ。

 霊脈と呼ぶ者たちも居るが、まあ、同じものである。

 私だってそれは理解できるし、その気配を探る事でその方角が自分にとって好ましいか否か、判断する基準には出来る。

 

 しかし、私のそれは結局は勘だ。

 

 東に伸びる地脈に冷たい気配を感じるのは、その先に聖教国が有るという思い込みだろう。

 西……ここからは南だが、そこの地脈がざわついたり静まったりと感じたのも、結局は私の感覚でしか無い。

 その地脈を「通じて」私たちの動向を把握していた、ともすればストーカーとも取れるそんな発言を、うかうかと信じられる訳がない。

 先代の魔法の授業にも、地脈を利用する魔法なんて無かったし、ベルネの図書館やら衛兵隊の資料室やら、魔法協会(ソサエティ)の連中の与太話にも出てこなかった。

 私が知らないからそんなものは無い、なんて事を言いたいのではない。

 

 説明無しに専門用語を並べて煙に巻くような真似をするな、と言いたいのだ。

 

「そもそも、地脈を利用と言われても、あれの本質はエネルギーの奔流でしょう? それを利用すると言われても、せいぜいが自身の魔力強化が出来るかどうか、でしょう?」

 

 それも、取り込んだは良いが止めることも出来ず自爆するとか、そういった系列の。

 人の手には些か余ると思うのだ、あれは。

「いいや? アレが有するエネルギーは、アレがこの惑星(ほし)を巡っていることで得られた副次的なものだよ。本質は、そこじゃない」

 そんな私の考えを、賢者は言葉柔らかく受け止めてへし折った。

 質問タイムが終了し、賢者の説明タイムからは静かになったアリスや他の仲間達は、私とフシキ氏が何を話しているのか、理解(わか)っていないか気にしていない。

 

「そもそもの始まりは弱いエネルギーのせせらぎだったのかも知れないけどね。今現在、この惑星(ほし)を巡る地脈は、この惑星(ほし)に生まれては消えていった生命達の記憶さ」

 

 話について来れていない仲間たちの阿呆顔(あほづら)に負けず劣らず、私も間の抜けた顔を晒しているのだろうと思う。

 と言うか、話が宗教じみていて、訳もなく嫌悪に似た感情が頭を擡げてくるが、まあ、入信を強要されない限りは此方も大人しくしておくべきだろう。

 

 信じるか否かは、人それぞれなのだから。

 

「……信じていないね? まあ、知らなければ無理もないか。でも、君達はその旅の途上で、それを体感することになる。それも、具体的な形でね。とは言え」

 

 フシキ氏も自説を曲げる気はない様子だが、だからといって無理に押し付ける気も無いらしい。

 それらしいことを言って煙に巻いているだけにも思えるが、レベル5000超えの魔導師の言う事となると、一概に否定も出来ない気がする。

 

「それは今回の事には関係ないね。ただ、それが記憶という情報を(たた)えていると、なんとなく知ってくれればそれで良いよ。重要なのは、それを利用すれば、この惑星(ほし)の事なら大体理解(わか)る、と言うことでね」

 

 ざっくりと、私なりに纏めると。

 地脈に触れると、今までの生きてきた生物たちの記憶に触れることが出来ますよ、と。

 それを進めて考えると、雑多な情報の中から、恣意的に欲しい情報を拾えますよ、と。

「うんうん、そう言うことだね」

 そんな気楽な。インターネットでもあるまいに。

 

 自嘲して口の端が上がりそうになるのを抑える。

 下手に嘲笑などして、それが賢者様に向けたものだと捉えられては堪らない。

「君は妙な所で気を使うねえ、マリアさん。でも確かに、インターネットと言うのは、理解する上では近いものかもね」

 今度はそう来たか。

 仕組みや成り立ち、そもそもの有り様を含めて考えても全く違うものだと思うのだが、まあ、表面だけをなぞれば或いは……。

 

 私はそこで考えを止め、急いで顔を上げる。

 

 考え込んでいた事で、少し俯いていたのは気付いていた。

 それで相手の話を聞き逃した心算(つもり)は無い。

 私は首を巡らせると、まっすぐにアリスの目を見る。

 

「アリス。私は今、口を開いていましたか?」

 

 突然言葉を向けられたアリスはぎょっとしたように身を引くと、少し考え込むように口を開く。

「なんだよ急に……。うーん? いや、途中までは2人で会話してたけど、なんかお前が考え込んで、そこからは賢者サマが独り言というか、説明を……」

 私は単に状況を確認したかっただけだが、アリスも私に答えながら気付いたようだ。

 2人分の視線が、賢者を捉える。

 

「いや? 僕は、考えを読めるとか人の頭の中を覗けるとか、そういう能力は無いよ?」

「読めてるじゃないですか!」

「……マジか」

 コントのお手本のような賢者様のお言葉に、私の憤りとアリスのドン引きが重なるのだった。

 

 

 

 仕組みは判らないし、ツッコミどころしか見いだせないのだが、まあ、地脈を使えば色々出来るし、賢者様は人の思考が読める。

 そう理解しておくしか有るまい。

 まるで初心者のパソコンに対する認識だが、少なくともパソコンで人の思考を直接読むなんて真似は出来ないのだから、余計に性質(たち)が悪い気がする。

「ホントに人の心なんて覗けないのになあ……」

 言い訳じみた独り言が、私の思考に沿った返答である時点で説得力が無い。

 無いのだが、これに関しては勝手に読むなと釘を刺す以外に手の打ちようも無いので、気分は悪いが気にせず話を進める。

「覗けないとかは良いです、覗かないで下さい。それで、そんな気色の悪い真似までして、私たちの事を探って、方法は理解(わか)りませんが此処へ呼び寄せた。その理由はなんですか?」

 いつも以上に口調の制御に苦労を感じながら、話を先に進める。

 恐らく制御出来ていないと思うが、これも気にしない。

「ああ、うん。そうだったそうだった。いや、すごく単純な用で申し訳ないけれど、どうしても必要でね」

 人がどうにか言葉を選んでいると言うのに、賢者様は呑気に手を叩く。

 対する私は猛烈に嫌な予感に襲われる。

 

 賢者がどうしても必要なモノのために、人形4体が連れ立って歩いているのを呼び寄せた。

 

 なにやら面倒臭い採集やらなにやら、申し付けられそうな気配である。

 そこらの貴族や王族に言われたのであれば、鼻で笑ってお断りすればそれで良いのだが、相手が化物とあってはそれも難しい。

 いや、私たちなど問題にもならない化物なのだから自分でやれば良いと思うのだが、面倒だから代わりに行けと言われたらそれまでだ。

 する気のない譲歩を引き出すのは、とても難しい。

 

 それが上位者ともなれば、絶望的と言って良い。

 

 私とアリスの溜息が重なったのは、アリスも似たようなことを考えていたのだろう。

「いや、難しいことじゃないと思うんだけど……。単に、マリアさん、君の持っているメンテナンスポッド、それを使わせて欲しいんだ」

 どんな難題を言われるかと肩を落とす私に降ってきたのは、びっくりするほど簡単な、どうでも良い頼み事。

「勿論、僕が使うんじゃないよ? キャロルにね」

 私とアリスは、顔を見合わせる。

 

 そんな事で良いのか? という私と。

 そんな物、有るのか? というアリスと。

 

 揃ってキャロルへと顔を向ければ、居心地悪そうにもじもじする人形が、私たちから視線を逸していた。




びっくりするほど簡単な用ですが、それだけでしょうか。


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森の邸宅にて・真相

そう言えば、持ち主は定期的なメディカルチェックを怠っていますね。


 賢者様レベル5000に呼び寄せられたらしいと聞いて、散々ビビり散らかした挙げ句、目的を聞いてみたらメディカルポッドを使わせて欲しいという。

 

 わざわざ勿体ぶる必要はあったのか。

 疑問だけが重なる。

 

 

 

「なんで私がメディカルポッドを保有していると知っているのか……聞いても理解出来ないのでしょうね」

 

 私の唇から溢れる言葉には、疲労と呆れと諦めが程よく混ざる。

 言葉遊びで適当に誂うには相手が悪すぎるし、だからといって気を使うには迫力が無さ過ぎる。

 時々放つ「踏み込むなオーラ」はシャレにならない圧を放っていたが、何処でそのトラップを踏んでしまうかと考えるのも疲れてくる。

 結果、私は上辺の丁寧な対応という奴を放棄したのだ。

 

 きっと、失礼過ぎなければ、謝れば許してくれるだろう。

 

「まあ、君の持ち運んでいる『霊廟』を作った際の記憶と言うか、記録を見させてもらってね」

 

 そんな疲れ切った私に返ってきたのは、意味が行方不明な言動だった。

 記憶とか記録とかは、地脈がどうのというアレだろう。

 私は実感も出来ないし、説明を聞いてもピンと来るものも無かったが、賢者様が言うのだからきっとそういう物なのだろう。

 それは理解したというより、そういうものだと受け入れた。

 理解(わか)らないのは、私が「霊廟」を持ち歩いている、と言っている事だ。

 

 私は故人の墓など持ち歩いてはいないし、そもそも持ち運べるものでもないだろう。

 

「あの……賢者様、その……大丈夫ですか?」

 

 さしもの私も、なんと声を掛けたものか迷う。

 きっと……森の奥で人と触れ合わず、人形相手に生活して居たのだから……色々と大変なのだろう。

「また君は、失礼な事を考えるねえ。アレだよ、君達が寝泊まりしている。君は魔法住居(コテージ)だと思い込んでいるアレ」

 そんな私に呆れ気味に眉を八の字にして、賢者様は肩まで竦めて溜息を漏らす。

 割りとその態度は私が取るべき物なのだが。

 

 ……いや待て。

 今、この男はなんと言った?

 

 エマとアリス、意識を取り戻したカーラの視線が、私に集まる。

 

「……やっぱりコテージなんかじゃ無かったじゃないか」

「規模がおかしいと思ったのだ、規模が。大き過ぎるだろう、なんで持っている本人が知らないんだ」

 揃って非難の様相である。

「私だって少しばかり広すぎるとは思っていましたが、そもそも詳しい説明が無かったのですよ」

 うんざり顔で答える私だが、脳裏には懐かしい記憶が浮かんでいた。

 

 先代に色々と手解きを受けていた、まだまともに身体(からだ)を動かすことも出来なかったあの日々。

 学習と鍛錬と瞑想の合間に、先代から聞かされた物語。

 

 

 先代は、「霊廟」を作る為に造られた。

 

 

 私は、静かに視線を動かす。

「――つまり。私のもっている魔法住居は、そもそも居住するための物ではなかったのですね」

「いや、居住空間であることは間違いないよ。だけど、それだけではなかった。それだけの事さ」

 受け止めた男は、柔らかに言葉を紡ぐ。

 

「たったひとりへの復讐を誓い、果たせなかった男の。燻った恨みが生み出した人形達の帰る場所として用意された、彼が眠る墓所」

 

 急に、魔法鞄(マジックバッグ)のひとつがひんやりと冷気を放った気がした。

 先代が作った霊廟と言うのは。

 あの、石造りの冷たく寂しい場所のことでは――無かったのか。

 

 いや、そもそもそんな薄気味の悪い所でキャッキャしていたのか、私達は。

 

「そこには、彼の叡智が収められているのさ。メンテナンスポッドも、そのひとつでね。うちのキャロルも元気に動けてはいるけど、内部骨格(フレーム)のあちこちにガタが来ててね。僕は人形師ではないし、錬金術も使えない。回復魔法でどうにか出来るものでもないからね」

 混乱と気色悪さに落ち込む私に構わず、フシキ氏は言葉を続けていく。

 彼なりの配慮なのかは不明だが、触れずに居てくれるのは有り難い。

「私は、あの設備は3シリーズ専用なのかと思っていました。2シリーズでも使用出来るのですか」

 有り難く賢者様の言葉に乗っかり、私はついでに疑問を放つ。

 エマの内部骨格(フレーム)もやはり故障が出ているので、使えるのならば……いや、今以上に元気になるのか。

 

 もう少し考えよう。

 

「人形であれば、使えるよ。マスター・ザガンは優秀で、そして勤勉だったのさ」

 

 よく判るような理解(わか)らないことを言って、賢者は笑う。

 つまり、人形であれば何でも直せてしまうという理解で良いのだろうか。

 私が考えると頷いて見せる賢者の様子を見て、やはり頭の中を見ていると再確認し、嫌がらせに半眼で溜息を吐き散らして見せる。

「そういう事であれば、私の仲間たちもこの際入って貰った方が良いでしょうね。話を聞いていたら戻るのが嫌になりましたが、取り敢えず」

 案の定微動だにしない賢者にがっかりしながら、私は立ち上がって振り返る。

 

 茶を楽しむためとは言え、妙なスペースを開けてあるなと思っていたが……。

 此処に、扉を出せと言うことなのだろう。

 悪戯心が湧かない事もないが、私は自制の出来る人形である。

 

「メディカルルームへ向かうとしましょう」

 

 私たち内部骨格式の人形と、カーラのような特に予算を掛けられた(であろう)人形は、基本的に自己回復機能は有る。

 だが、それも完全では無い。

 見た目は修復されていても、フレームの破損は修復時にズレが生じることがまま有る。

 ヒトの骨折の回復と似たようなものだ。

 カーラのような大部分が外部骨格式だとそれは歪みとして目立つだろうが、内部骨格式だと外見上目立たないことが多い。

 それ故に不具合を放置してしまうと、周囲のフレームに余計な負荷が掛かり、不具合が拡大してしまう。

 最悪は、身動き出来なくなるレベルにまで。

 だから、日頃のメディカルチェックと定期的なメンテナンスは重要なのだ。

 

 私はすっかりと忘れていたが。

 

 日頃の自身のズボラさ加減を思い起こしてしまった私だが、意味もなく咳払いして気を取り直す。

 そうして、室内の指定されていると思しき場所に、白く磨かれた、見慣れた胡散臭いドアを現出させるのだった。

 

 

 

「ここが、お父さまの……」

 魔法住居(コテージ)……もとい、『霊廟』へと足を踏み入れたキャロルは、感慨深げに広い、ただただ広いロビーを見回す。

 私には無い、製作者との思い出を探しているのかも知れないが、此処にそれは有るのだろうか。

「知っていることと、見ることとはやはり違うねえ。各層が恐ろしく広い」

 同じようにロビーを見渡していたフシキ氏が、ポツリと呟いた。

 感慨深げに何かまたとんでもない事を言った気がしたが、敢えて聞かなかったことにして、私は先頭に立って歩きだす。

 

 まるでこの魔法空間が多層構造で有るかのような発言は、私の耳には届いていないのだ。

 

 私たちがたまに屯する談話室を過ぎ、気がつけばいつも誰かが居座っている食堂を超え、それぞれの私室として使っている部屋の間を抜け、廊下を突き進む。

 幾つかの部屋が廊下で区切られ、ブロック構造のような屋内を暫く歩けば、私がよく引き籠もる修練室へと辿り着く。

 

 目的地は、その向かい。

 

「……こんなに広いのに、よく迷わないわね」

「慣れと、必要なブロックにしか足を運びませんので」

 想像していたよりも広かったのだろう。

 キャロルの呆れた声を背中で受け止め、私は当然のように答える。

 

 本当は邸内マップが私の「記憶」に有り、必要な設備の場所とルートを覚えているだけだ。

 その他はちゃんと見ていないから覚えていないのだが、素直に告げる必要もあるまい。

 

 私は特に飾り気もないドアを引く。

 室内に入り皆を招き入れ、そして告げる。

 

「あれがそうです」

 

 簡にして素。

 言葉など、伝わればそれで良いのだ。

 

 居並ぶ面々を見渡し、何故か目を輝かせるカーラが少し気になったが、私は目的の物を指し示すのだった。




カーラならずとも、気になるものではあるでしょう。


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メンテナンス予想外

日頃のメンテナンスは重要だと、あれほど言い聞かせたのですが。


 何故か持ち主よりも詳しい賢者様により、私の魔法住居(コテージ)……もとい、「霊廟」に設置されているメディカルポッドは人形であれば如何なる形式でも使用可能、とお墨付きを頂いた。

 その結果、カーラがものすごくキラキラとした目でメディカルポッドを眺めている。

 

 よほどメンテナンスしたかったのだろう。

 

 あと、私の霊廟と言うとなんだか違う意味に聞こえてしまうのは気の所為だろうか。

 

 

 

 うちのメンバーも放り込みたいところでは有るのだが、まずは賢者様の願いを聞き入れようと言うことで、キャロルからメディカルポット入りすることになった。

 無いとは思うが、うちの連中に妙な不具合が発生しても困るし。

 そう言えば、私は何故かメディカルポッドと呼んでいるが、正しくはメンテナンスポッドな気がしてきた。

 

 まあ、その時の気分で良いだろう、今のところ誰にも突っ込まれても居ないのだし。

 

「使い方はどうなってるの?」

 ポッドに片足を突っ込んでから、思い出したようにキャロルが私の方を見る。

 メディカルポッドを使用するのに当たって、キャロルは衣服を全て脱ぎ去っている。

 

 なので、当然賢者様には事前にご退出頂いた。

 

 男性と言うことで追い出された賢者様は口を閉ざしていたし、他の誰も突っ込まないのでしれっと残っているが、私は「中身」を知られたら追い出されるで済むのだろうか。

 と言うか、人形のクセに羞恥心とか、キャロルは良く出来ていると表すべきだろうか。

 

 身体の起伏は乏しいのに。

 

 私はバレたら色々な意味で抹殺されそうな絶念を追い出し、真面目くさって答える。

「基本的に、単身で使用できる様になっています。所定の位置に横になれば、視界に操作パネルが出てくる筈ですよ」

 普通に考えれば曖昧な上に意味不明な説明であるのだが、説明通りの事象が発生するのだから仕方がない。

 魔法技術というモノの説明は私には難しいので、起きる現象をそのまま説明するしか無いのだ。

 

 操作パネル自体は理解(わか)り易いのだが、急に視界に現れるので初回は混乱したものだ。

 魔法技術に慣れていないのだから仕方がない。

 

 私の説明に従ってポッドに横たわったキャロルは、あっという間にポッド内に満たされた魔法水――私には正体不明――に呑まれ水没する。

 外からは見えないが、後はキャロルが操作盤を操り、作業が始まればポッドの上に作業時間が表示される。

 カウントダウン方式のそれは、作業の内容によって変化する。

 私が3・4年前に使った際には5分程度だったのだが、あちこちにガタが来ているというキャロルは果たしてどれほど時間が掛かるのか。

 

 浮かび上がったのは、2523秒の数字。

 

 ん? 多いし、なんだか妙な端数が。

 えーと、40分と……ああ、42分3秒か。

 色々と半端なのだが、それにしても意外と時間が掛かる。

「すっ、素晴らしいなこれは! 必要な資材は、何処に有るのだ?」

 食い入るようにポッドと、そこに沈んでいる裸身のキャロルを覗き込んでいるカーラは、一歩間違えばただの変態だ。

「落ち着きなさい。資材は、玄関ホールにある貯蔵庫と、キッチンの備蓄庫から使用されます」

 答えながら、ふと、脳裏に嫌な予感が掠める。

 トアズで購入した魔法銀(ミスリル)だが、もしかしてアレも使用されてしまうのでは?

 吝嗇(けち)な思考だと自分でも思うが、支払った対価を思えば無駄に使いたくないと考えてしまうのはどうしようもない。

 かと言って今更緊急停止したらどんな不具合が発生するか判らないし、快く使用許可を出した手前、やっぱり駄目ですとは言い難い。

 

 せめて全部使うとか、そういう事にならないよう祈るしか無い。

 

 私は各々に椅子を勧め、それぞれが好きに座るのを視界に収めてから、最後に腰を下ろす。

 キャロルとエマのお子様体型コンビはともかく、アリスとカーラの凹凸はっきりナイス体型組のメンテナンスの様子を見られるのは役得と言って良いだろう。

 普段振り回されているのだし、たまの役得程度、享受しても構うまい。

 

 気の早いカーラが上着を脱いだのを横目にしてしまった私は、それまでの浮ついた気持ちが急に冷えていくのを自覚した。

 

 ……そうだ、コイツは外骨格式の人形だった……。

 

 

 

 途中で待つのに飽きたエマと、それを宥める私とアリス、カーラが、気付けば雑談に興じ、そんな雑談の中で賢者を待たせていることを思い出した我々。

 取り敢えずキャロルのメンテナンスを終わらせたら戻り、自分達は空いた時間でめいめい勝手に使用すると言うことで落ち着き、私とカーラは別々の理由で落胆した。

 

 作業が完了したキャロルの裸を見ても、あと5年必要と思ってみたり、いや、そもそも外見的な成長という現象が無いのだったと寂しく思ったり、我ながら忙しない胸中である。

 

「キャロル。念の為、ステータスの確認を行いたいのですが、宜しいですか?」

「え? ああ、良いわよ? 鑑定を使うのね?」

 

 着替えるキャロルに声を掛けると、簡単に返事が返ってくる。

 思い切りが良いと言うか、ある意味で心を開くのが早いと感心するべきか。

 性急にも見えなくない有様は、なるほど、エマと姉妹なのだなと思い知らされる。

 

 私の姉でもある訳だが。

 

 色々な残念さを飲み込んで集中力を高めれば、脳裏に浮かぶキャロルのステータス群。

 軽い気持ちで覗き込んだそれに、私は当然のように言葉を失う。

 

 レベル873。

 Za205t3、「骸裂(むくろざき)」キャロル。

 

 エマ同様レベルが高いのだろうとは思っていたのだが、先代を超えてしまっているとは思いもしなかった。

「ウソ……レベル上がってるんだけど……」

 驚く私の耳に、キャロルの呆然とした声が滑り込んでくる。

「えぇ? キャロルちゃん、強くなったのぉ?」

 興味津々な戦闘狂が問い掛ければ、キャロルが困惑顔でエマを見返す。

 どことなく嬉しそうな理由に見当がついて、溜息を吐き散らしたい気分だ。

「だって私、642だったのに。なんでこんな……って言うか、この型番(ばんごう)何?」

 狼狽声に注意を導かれれば、確かに、型番表記がおかしい。

 鑑定を重ねるのは凄く疲れるのだが、気になる物を放置するのも落ち着かない。

 型番を詳細に鑑定してみれば、その理由が判明した。

 

 キャロルが、3シリーズフレーム仕様になっている。

 

 呆然とした私は、キャロルの疑問に答える気力も無く、ただメディカルポッドを眺める。

 キャロルが浸かっていた魔法水は既に排出されてしまっていた。

 

 メディカルポッドがそういう仕様だったのか、賢者の仕業か、それとも事故か。

 確認出来そうな人物が室外で暇を持て余している。

 私はキャロルの着替えを急かし腕を引いて、慌てて賢者様に報告と確認を行おうとする。

 

 その背後で、私の予想もしなかった事態に期待を膨らませる者達が居ることなど、気にする余裕も無かった。




そもそも元は誰の身体だったのか、よく考えて(以下略


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戦術的敗北

おや、キャロルの様子が。


 人形師ザガン作の学習する人形こと、2シリーズ5体目、キャロル。

 フレーム性能の方向性はエマと同じく魔法戦闘特化らしい、そんな彼女が私が保有するメディカルポッドを使用したら内部骨格(フレーム)が3シリーズ化してしまった。

 

 具体的に言うと、魔法能力に特化していた内部骨格(フレーム)が、魔法能力に関する数値はそのままに、数値的に低かった耐久性能が平均値にまで引き上げられている。

 いや、正確に言えば、平均値以下だった各種ステータスが平均値に、それ以上の部分はそのままの数値で引き継がれている、と言うべきだろうか。

 この時点で意味が理解(わか)らないのに、更にレベルまで上昇している。

 

 レベルは基本性能が反映しないのでは無かったか?

 

「ああ、それは身体(からだ)のあちこちが修正されて、経験通りの強さを発揮出来るようになったからだねえ。まあ、概ね想像通りだよ」

 

 血相を変えた私に、賢者様はのんびりと答える。

 そう言う大事な事は、事前に言っておいて欲しかった。

「え? だって、持ち主は知ってるものじゃないの?」

「単に不具合を修正するモノ、程度にしか思っていませんでしたよ!」

 ヘラヘラした賢者様に、私の語調は知らず強めになってしまう。

 しかし、私は悪くない筈だ。

「だから、その不具合が解消したら、本来の性能を出せるのは道理だろう?」

 笑みの消えない賢者様に、私は即座に何か言い返そうと思ったが、言葉が見つからない。

 言う通りなのだが、それはそうなのだが。

「だとしても、200以上もレベルが上がるとか、もはやそれが不具合でしょうに!」

「いやいや、それは流石に言い掛かりだよ」

 もはや理屈の通っていないただの不満の塊に、賢者様は困ったように眉根を寄せる。

 余裕顔を崩してやったのは良いのだが、当然優越感も何も湧いてくる事はなかった。

 

 

 

 賢者様宅への戻りの途中、霊廟(ウチ)の玄関ホールにて「謝礼」として魔法銀(ミスリル)インゴット2トンと、その他やべえ金属類をそこそこ展開され、一気に上機嫌な私は一部やべえ金属を自分の魔法鞄(マジックバッグ)に、その他は貯蔵庫にダイレクトインする。

 まかり間違って、貴重な金属をメディカルポッドを通じて頼もしい仲間たちに供給されてしまうのは、非常に腹立たしいからだ。

 

 お前らは魔法銀(ミスリル)でも食ってろ、どうぞ。

 

 ついでに元々あった魔法銀(ミスリル)の消費量を調べてみたが、40キロ程度であった。

 その他の金属類もあちこち減っていたので、キャロルの内部骨格(フレーム)新製の際に合金化したのであろう。

 先代には予め教えておいて欲しかったと文句を言いそうになるが、そもそも、これらの設備は彼女が作ったモノだったのだろうか。

 そういった事を自慢気に語る性格では無かったのだが、それでもこの「霊廟」という施設について、先代からの説明はあまりにも簡素だった。

 

 思えば、此処についてのマニュアルも渡された記憶が無い。

 私が霊廟だと思いこんでいた、あの石造りの墓所らしき何かにも、そのようなモノは残されて居なかった。

 

 しかしこの規模の施設、更には内在する様々な設備。

 1シリーズを含めなければ埋まりそうもない客室の数。

 

 そして、賢者様がうっかりと口を滑らせた、他の階層(フロア)の存在。

 

 果たして、その全容を記した何がしかが存在しない、と言うことが有るだろうか。

 今までは唯の宿程度にしか考えていなかったこの空間に、改めて興味が湧く。

 

 だがそれを調べるにしても、特に急ぐ必要もあるまい。

 

 分かりやすくメディカルルームの方向を振り返ってみたりしているアリスやカーラを引きずるように、私とエマは賢者様たちに続いて「霊廟」を出る。

 使うなとは言っていないのだから、もう少し落ち着いてはどうなのか。

 

 私とて、結構な努力をもって探究心を押さえ付けているというのに。

 

 

 

 賢者様のお宅に帰還した我々は、各々先刻まで腰掛けていた席へと戻る。

 キャロルの修復……というか進化か? に協力したのだから、私の疑問にも色々と答えて貰っても罰は当たるまい。

 地脈とやらの記憶を探り、私の思考すら読める相手なのだから、疑問についてはいちいち口に出さずとも良いだろう。

 

「そういう横着は良くないと思うよ」

 

 ……読まれているだけでも不快だと言うのに、面倒臭いことを言い出す困った賢者様だ。

 賢者様の度重なる意味不明な発言の意味に気づいた者、計り知れない者、気にしない者、それぞれがそれぞれの面白顔を賢者や私に向けているが、賢者の隣のキャロルはそんな空気を気にする様子もなく、のんびりとお茶を楽しんでいる。

 唯の勘だが、あれはエマと同類、と言うよりも。

 

 賢者をよく知っているからこその、態度なのだと思う。

 

 私はひと息()いて、目を閉じる。

 

「とは言え、質問ばかりされても疲れちゃうね。此処はひとつ休憩という事で、続きは夕食の後にしよう」

 

 質問を頭の中で整理しようと考えた矢先の賢者様の提案に、私はガックリと頭を垂れる。

 どこまでも、ペースを掴ませてくれない御仁だ。

 こんなお人だから、私が強硬に説明を求めても応えてはくれないだろう。

 

 寄った眉根のシワを伸ばしながら、私は不貞腐れ気味の顔を左手側、窓へと向ける。

 陽光は弱くなっている様子はないが、日の当たる方向はだいぶ変わったようだ。

 とは言え、夕食までとなると随分と時間が()く。

 

 ちらりと仲間たち(仮)へと視線を向け直せば、まだ状況を把握出来ていない様子で、手持ち無沙汰に茶やら菓子やらを摘まんでいる。

 

 いや、茶を摘まむとは言わないか。

 

「……では、私達は一度、コテ……『霊廟』へと戻らせて頂きます。外へ出たほうが宜しいですか?」

 

 どうせ時間が出来ると知れれば、皆が言い出すことは予想出来る。

 案の定、私が「霊廟」へ戻ると口にした途端、カーラが真っ先に顔を向けてきた。

 

 理解(わか)り易過ぎるのもどうかと思うぞ、ドクター・フリードマンの最高の失敗作。

 

「いや、さっきの場所を使って貰って構わないよ。夕食は此方で用意するから、夕刻にでも出てきて貰えたら良いと思うよ」

 

 にこやかな表情がそろそろ癇に障るが、言った所で変わる事も無いだろう。

「有難う御座います。お言葉に甘えさせて頂きますね」

 私は考えることと反抗することを放棄して立ち上がり、一礼すると背を向けた。

 

 皆がメディカルポッドを使っている間に、私は頭を休めようと思う。

 

 白い扉に珍しく我先にと押し入る仲間たち()を見送り、一度振り返って賢者様に頭を下げると、私も足を踏み入れ、扉を閉ざす。

 あの男と対峙するのは疲れる。

 

 私は勝手に走って行ったであろう連中を追うことをせず、自室へと足を向ける。

 まだ日も高いというのに、私は人形になって初めて、心の底から睡眠を欲していた。




割りと良く横になりたがっているように思っていましたが。


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レベルアップ行進曲

ヒトの精神(ココロ)は疲れやすいのですね。


 疲労は判断力を鈍らせる。

 

「あれぇ? マリアちゃん、寝ちゃってるよぉ?」

 

 肉体的な疲労感は皆無なのだが、精神はそうもいかない。

 

「なんだ? 寝てるのはともかく、部屋のドア開けたってのに起きないのか? 珍しく()えか?」

 

 疲労を癒すためにも、やはり睡眠は必要なものだ。

 

「……中身は人間、と言っていたか。私たちとは違うのだろうな」

「いや、私も中身は人間なんだけど……」

 

 必要なのだから、遠慮なく睡眠に沈むことにさせて貰う。

 多分仲間たち……仲間と呼ぶのにどうしても抵抗が有るが、ともあれ仲間たちはメディカルポッドを使いに行っているのだろう。

 アリスは案外すんなり終わるかも知れないが、エマとカーラは時間が掛かりそうだ。

 

 実はメディカルルームは他にも3部屋有り、そのうちひとつはポッドが3台設置されている大部屋になる。

 3体だったら問題なく同時に使用出来るのだが、知らないだろう彼女たちは素直に順番を待っているのだろう。

 

 私が目を覚ます頃には作業は終わっているのだろうが、合流したらその事を教えておくとしよう。

 

 仲間たちの反応を想像しながら、私の意識は闇の中へと霧散していった。

 

 

 

「カーラが樹液を吸っている夢を見ました」

「あー。外骨格式って、考えようによっちゃあ虫だもんな」

「虫でもなければ樹液など吸う気も無いのだが!?」

「叩いたら中身が出ちゃうの?」

「それは虫に限った話では無いな!?」

 扉の先の部屋、窓からは陽光降り注ぐ爽やかな庭が見える。

 にこにこ顔のエマを先頭に、私たちが賢者様の屋敷へと戻ったのは、すっかりと夜も明けた後の事だった。

 

 一応、昨晩は私以外がドア開けっ放しで夕食を頂いたらしい。

 

 誰も私を起こそうとしないとは、良い仲間を持ったものだ。

 

「やあ、おはよう。マリアさんはだいぶお疲れのようだったけれど、よく眠れたかな?」

 

 相変わらずの笑顔を湛えた賢者様が、私たちを迎えてくれた。

 キャロルは慣れた手付きでお茶を淹れている。

「昨晩は失礼しました。お陰様ですごく疲れ……んんっ、よく休めました」

 滑りかけた口を誤魔化し、澄まし顔で一礼する。

 その間に、他のメンツはめいめい席を確保し、腰を下ろしていく。

 

 色々と失礼極まる気がするのだが、屋敷の主人が何も言わないのだから、私も何も言えない。

 

 昨日から少し気になっていたのだが、エマは賢者様と並んで座るキャロルの、その隣に座っている。

 キャロルとよく似た面差しも相まって、絵面は完全に向こうサイドの一員である。

 

 本当にそちらの子になっても良いのだが。

 

「そう言えば、昨日はマリアさんだけ、メディカルポッドを使っていないとか?」

 私の前に置かれたカップを持ち上げ、その香りを楽しむ私に、賢者様が喧嘩を売ってくる。

 誰の所為で疲労したんだと言いたいが、まずは言葉をぐっと飲み込み、吐き出す言葉を選ぶ。

「旅の疲れが引き摺り出されたのでしょうね。何方(どなた)様のお陰か良く眠れました」

 賢者様の口元がヒク付くのが見えた事で、私は少し溜飲を下げる。

 賢者様は私たち全員で掛かっても勝てる見込みは皆無だから、返す言葉には気を使うというものだ。

「ポッドはいつでも使えますし、複数有ることを知らずに順番で争う様は見てみたかったのですが、昨日は叶いませんでしたね」

 

 白々しく言い放つ私に、賢者様では無く、私の愉快な仲間たちが鋭く反応した。

 

「おい。複数有るってどう言う事だよ」

「そのままの意味ですよ。都合6台御座います」

 アリスのトーンを落とした物言いに、澄まして答える。

「先に教えるとか、出来た筈だな? 何故黙っていたのだ?」

「訊かれませんでしたので」

 定番の返しで、カーラをあしらう。

「マリアちゃん、楽しそうだねぇ」

「すこぶる愉快ですね」

 どこか感心した様子のエマに、特上の笑顔を向ける。

「一番の曲者と言うか、一番面倒臭いのはアンタって事なのね……」

「お褒めに預かり光栄です」

 呆れ声のキャロルに、私は笑顔をスライドさせる。

 4者4様の反応を楽しみ、私はお茶を口に含む。

 爽やかな香りが心地良い。

 

 朝のお茶の時間と言うのは、実に良いものである。

 

 

 

 何故か仏頂面のアリスとカーラ、平素と変わらぬエマであるが、各々メディカルポッドを使用したことでどの様な変化があったのか。

 と言うか、妙な変化が起きてしまうような物をメディカルポッドと呼称して良いものか、今ひとつ測りかねるが、この際は置いておこう。

 

 まずはエマだが、内部骨格(フレーム)のガタツキや自己流の無理な修復による変形、筋繊維の一部接続不良等が綺麗に修復された上に例によって3シリーズ化したことで、レベルが当然のように上昇した。

 レベル881とか、もはや本気で手が付けられる気がしない。

 

 カーラはザガン人形ではなく、方式も違うためどうかと思われたが、きっちりと各所のメンテナンスが行われ、レベルは288と大幅に上昇した……ように見える。

 実際は250だったレベルが168にまで下降していた訳で、それを考えればあまり大きな上昇とは言えない。

 とは言え本人は大喜びなので、それはそれで良かったのでは無いかと思う。

 

 落ちに持ってきたアリスだが、内部骨格(フレーム)修正によるレベル上昇は有ったものの、585。

 あまり変わっていないように見えるので大いに冷やかしたのだが、不機嫌なアリスは気付いていないだろうし、私も暫く教える心算(つもり)は無い。

 

 フレームが完全にザガン人形の、3シリーズのそれになってしまった事。

 それにより、基本性能が大幅に上昇している事。

 つまり、我々の中で、能力の上昇という点では実はアリスが一番伸びたのではないか、という事を。

 

 意地悪で言わない、という部分も勿論有るし寧ろそれが最大の理由なのだが、一応、別の理由が無くもない。

 

 内部骨格(フレーム)がザガン人形のそれと同じになったと言う事は、ドクター・ヘルマンの技術的痕跡はひとつも残っていないという事だ。

 本人も気付いている可能性は有るが、わざわざ突付いて誂ってやろうと言う気にはならない。

 

 今は不貞腐れているアリスも、旅を再開し狩りのひとつも行えば、今までとの違いを実感も出来るだろう。

 

 私も3体に遅れる形でポッドを使ったのだが、レベルの上昇は無かった。

 あちこちのガタツキがなくなったらしく確かに快調では有るが、どこか寂しい。

 

 私も意外とメディカルポッドに夢を見ていたのだなと、思い知らされるのだった。

 

 

 

 そんな朝の心温まる時間を過ごして居た私に、賢者様が生暖かい視線を向けていることに気付いた。

 気付いたが、反応してやるのも気が重い。

 何を言われるのか、思い当たるものが無いだけに、余計に避けたい。

「マリアさん、魔法の使用について、少し教えようか?」

 しかし、賢者様は臆すること無く、ごく気軽に声を掛けてくる。

 

 ヒトが気にしている部分に、随分と豪快に踏み込んでくるじゃあないか。

 

 跳ね除けてやろうかとも思うが、しかし相手はレベル5000超えの、しかも魔導師だ。

 魔法的な何かを教わろうと思うなら、なるほど確かに、これ以上の適役はそうそう居ないだろう。

 障壁やら結界やらがより強固に出来るのなら、それに越したことは無いのではないか。

 

 どうしたものかと悩んだのは一瞬。

 

「宜しければ、是非」

 

 私は先程までの彼に対する態度を忘れ、しれっと頭を下げるのだった。




ヒトの精神(ココロ)は図太いのですね。


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詰め込み式魔法授業

内容は、きっと基礎のおさらいと、一足飛びに軽めの応用だと思います。


 学習というものは、必要に迫られて行わねば身に付かない。

 これは一般論ではなく、今までの自身の足跡を見返して得た教訓である。

 

 よく理解(わか)らない、で済ませていたら強襲され、幾度か肝を冷やす思いも味わった。

 むしろ、思い起こせば、私の場合は実力で生き残ってきたと言うよりも、運良く死なずに済んで来たのではないかと思う。

 

 いや待て、そもそも死んだから、私は人形になったんだったか。

 

 ともあれこの先、油断どころか、警戒して居ても気付かぬうちに殺され兼ねない、そんな本物の化物が居るのだと、此処に来て思い知らされた。

 格上の想定と言っても、いいとこレベル1000そこそこ程度しか想定していなかったのに、急に5000なんてのが現れたら正直、笑うしかない。

 

 実際には震えて縮こまっていた訳だが。

 

 そんな化物も今のところ――関係的な意味で――敵では無いし、何ならフレンドリーですら有るのだが、油断してはならない。

 ならないが、そんな化け物じみた魔導師が魔法の基礎を教えてくれると言う。

 

 正直恐ろしくも有るが、この際苦手を克服するのも、悪くはないだろう。

 

 

 

 そんな訳で始まった、賢者フシキの魔法教室。

 講師はフシキ氏、アシスタントはカーラ。

 生徒は私とエマとアリス、そしてキャロル。

 

 配役が可怪しくないか? 

 キャロルとカーラの役どころはそれで良いのか。

 

「キャロルさんも、少し魔法が荒いところがあるからね。マスター・ザガンは、魔法の教え方に偏りが有るのかも知れないね」

 

 賢者様の言葉に、私の疑問が速やかに晴れる。

 魔法戦仕様のこの2体は、恐らく攻撃に偏重しているのであろう。

 挙げ句妹の方は、魔法戦主体の戦闘を嫌っている有様である。

 

 エマはキャロルに襲い掛からなかったのか気になるが、変に聞いてそれが引き金になってもマズい。

 巻き込まれるのは正直、勘弁願い下げである。

 

 そんな私の内心はしっかりと隠し、和やかに始まった魔法教室は、思いの外理解(わか)りやすかった。

 

 不完全とは言え既に魔法を使用しているのだから、理屈・理論は二の次で、感覚的な訓練を主軸に、どうしても理解できない部分に関しては、講師かアシスタントが掘り下げて教えてくれる。

 

 意外な事に、カーラは教え方、と言うか、こちらが何処に引っ掛かっているのか、それを汲み取るのが上手かった。

 

 先代の感覚的かつ覚えるまで繰り返しのトレーニングが一般的なものだと思い込んでいたので、素直に感動してしまった。

 

 普段は油断するとすぐに部屋で寝ている、そんなカーラが今日は輝いて見える。

 光源がひときわ輝くのは、燃え尽きる寸前なのだ――とは、思っても言わないでおこう。

 

 

 

 体内魔力――体内を巡るホワホワしたやつ――の操作について理屈というか理論というか、ともかくそういった説明を聞いて、実践を行う。

 これは割りと集中力を使うのだが、講師は魔力操作の基礎訓練をしながら座学を受けろと、そこそこの無茶を要求してきた。

 

 少し気を抜いただけで魔力が霧散してしまうので、出来れば落ち着いて集中させて頂きたいのだが。

「いやあ。そうすると、僕は黙って見てるしかないでしょ? そうすると、ヒマだからさ」

「少しは生徒を見守る事も、必要だと思いますが?」

 ただの暇つぶしだという告白に対して、私が上げた異議は黙殺された。

 カーラまでがにこにこと、なにやら資料を用意している。

 

 いつ作ったんだ、そんな物。

 

 全身に纏わせた魔力が萎みそうな脱力感に耐えながら、渡された資料に目を通してゆく。

 読むことに集中し過ぎれば魔力操作に失敗するし、おざなりにしていると講師の質問に答えられない。

 知りません理解(わか)りませんで通用するのは、最初の数問だけなのだ。

 鍛えているのは魔力の操作の筈なのだが、腹筋やら二の腕やらに無駄に力が籠もる始末である。

 

 これは意外と、スパルタ寄りな講師どもだ。

 

 いよいよ楽しそうな賢者様とカーラの活き活きとした笑顔に、そう思わざるを得ない私だった。

 

 

 

 最終的には魔力操作が疎かになったり失敗したら軽めの攻撃魔法を打ち込まれるという、スパルタ寄りとか軽く見ていた数時間前の自分に、もう少し危機感を持てと言いたい状況に陥った。

 それで結果的に成果が上がっているのだから始末が悪い。

 問題提起しようにも、成果が上がってしまってはやり難いだろうが。

 

 もはや文句を言う対象が自分自身という、割りと進退窮まった感のある私だが、存外と魔力操作が出来てご満悦でも有る。

 そして、魔法に関する授業でも、なるほどと思わされたりもした。

 

 例えば魔法というのはパッケージングされたものが魔導書として出回っているのだ、とか。

 だから、パッケージの内容を理解できれば、カスタマイズも比較的容易なのだという。

 私も何を言っているんだ? と思ったのだが。

 例えば「火球」。

 ざっくりと言えば、

 

・火を灯す「魔法」。

・火力を増強する「魔法」。

・指定した方向、或いはポイントに向けて打ち出す「魔法」。

 

 シンプルにしても、この程度の小さな魔法の組み合わせだ。

 更に好みで、

 

・着弾時、炸裂する。

・着弾しても暫く残る。

 など、手を加える事も出来る。

 

 実際にはもう少し細かい魔法制御的なモノが色々と加えられ、それらを一纏めにパッケージングして、「火球」というひとつの魔法のように扱っている。

 それはつまり、その内容をきちんと理解して、不要なものは外したり手を加えたり、手順さえ踏めばカスタマイズ出来るのだ、と言う事だ。

 

 先に上げた「火球」で例えれば、指定した方向へ射出する魔法式を削除すると、なにかに触れるまではその場にとどまり続ける「火球」になる、とか、そう言った塩梅だ。

 初心者の使う「火球」と、上級者以上が使う「火球」では、そもそも中身が違う場合も有るというのは、こういう部分に起因していたのだと納得した。

 

 魔導書を読み込み、覚えて、そこで満足するか。

 それとも、更に踏み込むのか。

 これはもう、個人の資質による部分も大きいのだろうが、こうして学習する機会があれば、私でさえ気付ける事だ。

 

 欲をかいて魔法を詰め込みすぎれば、消費魔力が増える。

 魔法式をむやみに増やしても効率が落ちたり、却って手数が落ちたり、組み合わせ次第では暴発したりそもそも発動しなかったりと、パッケージの中身に手を出すのはなかなか敷居が高い。

 だが、知ってしまえば手を付けない等という事は有り得まい。

 

 私の使う障壁も一度構成を確認してみたいとも思っているし、何なら攻撃魔法の方だって、自傷せずに済む方法が有るのかもしれないのだ。

 魔法を障壁以外上手く使えないと、どこか不貞腐れ気味の私だったのだが。

 

 此処に来て俄然湧いてきた魔法熱と異世界感に、静かにテンションが上がってしまう。

 

 エマやアリスが疲れ顔でなにやらブツクサ言っているのを後目に、メディカルポッドを使ったら魔力炉が新造されてすこぶる調子が良い、そう自慢気に話すカーラにも、笑顔で対応出来る私がそこにいた。




ところで、私の教え方に不満があったようですね?


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旅の再開

順調に身に付いているようで、結構な事です。拗ねてません。


 認識と言うか、ほんの些細なキッカケで魔法の使い方のコツが掴めてしまったのだが、自身の才能を誇る、なんて気にはならない。

 今まで独学で全然上達しなかったのだから、むしろ才能は無いとしか思えないのだし。

 

 時々カーラに教えて貰いながら、結界や障壁と、幾つかの攻撃魔法の改良にも手を伸ばそうとか思ってみたり、我ながら手のひらを返したような魔法に対する興味の持ちようである。

 昨日までは鈍器振り回しの蛮族ロールプレイに近い有様だったのに、偉い変わりようだ。

 そんな事を考えながらキャロルお手製の鶏肉、と言うか鳥肉の香草焼き等をいただく。

 

 わりと取止めもない考えのまま、お昼をもぐもぐしながらなんとなく眺めれば、エマとエキャロルの違いに思いを馳せざるを得ない。

 

 性能や設計思想がほぼ同じだった筈なのだが、見た限り、性格が違いすぎる。

 天真爛漫キラーマシンなエマの、その片鱗でもキャロルに含まれていたら嫌すぎるが、キャロルの繊細な料理の腕はエマにコピペして貰っても全く問題ない。

 

 私とエマは魔法の訓練を、アリスはそれに加えて街に出たら売り払う為の獲物が欲しいという事で時々狩りに出掛け、カーラは講師役に抜擢されて輝いている。

 次の目的地であるアルバレインには最低2名、化物が居るらしい。

 元々急ぐ旅でもなかったのだし、少しでも力を付けられるのなら、此処で多少足を止めるのも問題無いだろう。

 

 誰も文句言わないし。

 

 誰より化物な賢者様に関しては、何というか慣れてしまった。

 慣れたというか、もはや頭の上がらない先輩程度の認識になってしまっている。

 

 この状況を「良い傾向」と評する心算(つもり)は毛頭ないが、しかし、利用出来る便利アイテムは使わねば損である。

 どうせエマの辛抱が1週間も続くとは思えないし、癇癪玉が破裂するまでにはある程度の魔法知識を詰め込んでしまいたい。

 魔力操作ももっとスムーズに出来るようになれれば、御の字であるが、贅沢も言えまい。

 

 賢者様にはいつまででも居て良いと言われているが、あまり長々とお邪魔している訳にもいかないし、エマ・タイマーは出立の切っ掛けとしても利用出来るだろう。

 

 何処までも気楽な私は、アルバレインに付く頃には冬真っ只中なのだろうな、などと、のんびり構えるのだった。

 

 

 

「色々と、お世話になりました」

 素直に頭を下げる私に、やはり変わらぬ笑顔の賢者様が頷きながら応える。

「いやいや、なんだかんだと屋敷の雑事もやってくれていたし、キャロルも良い友達が出来て嬉しかっただろうし。なんなら此処を拠点に活動しても良いんだけど……街まで遠すぎるからねえ」

 結局、レベルは恐ろしく高いし必然その実力は底知れないのだが、性格的な部分は恐ろしい程に人が良い。

 裏が有るのかと警戒していたが、時々キャロルがメディカルポッドを使うことを頼まれる程度で、他にはなんの対価も要求されなかった。

 そのキャロルは何処か寂しげに、言葉少なく賢者様の隣に立っている。

 

 表も裏もなくただ親切にされてしまっては、何も返さずに居ることに罪悪感を覚えてしまうので、メディカルポッドをワンセット、此方からの提案で進呈してしまった。

 ちゃんと活用して頂きたいものだ。

 

 その事に恐縮した様子で礼を言う賢者様と、それに対して更に礼で返す私。

 賢者様は恐らく、元日本人だろうと、ぼんやり考えてしまう。

 

「有り難いお話ですが、私は世界を、様々な景色を見てみたいのです」

 私の返答に、隣のアリスがしんみりとした表情を浮かべる。

 何故その表情なのか不明だが、特に踏み込んで聞き出したいとも思わない。

 相変わらず私の思考を読んだらしい賢者様が、困ったふうに眉根を寄せて肩を竦めた。

「アルバレインには、ちょっと元気な双子が居るからね。もし会えたら、宜しく伝えて欲しいね」

 気を取り直したらしい賢者様がごく自然な様子で、忘れそうになっていた私の懸念点を思い起こさせてくれた。

 

 そうだ、そもそも話でしか聞いた事が無かったのだが、その双子の魔導師を警戒して、ベルネからまっすぐ西に向かうことをしなかったのだ。

 

「そう言えばそんなのも居りましたね。賢者様は、お知り合いなのですか?」

 口ぶりからして顔見知りらしいのだが、なんとなく質問の形にしてしまう。

 断定する材料が無いのは当然なのだが、こんな化物がお知り合いで無い筈も無いだろう。

 

「ううん? 存在は知っているけど、会ったことは無いねえ」

 

 私は賢者様に過剰な期待を寄せていたらしい。

 

「特に問題を起こす様子も無い……事もないか。でも、ちょっと危険な感じのお姉さんを、妹さんが頑張って抑えてる感じだからね。仲間もいっぱい居るみたいだし、無茶は出来ないってのが本音なのかな? 余計なちょっかいを出さなきゃ向こうが暴れる事は無いと思うし、変な接触の仕方をしなければ大丈夫さ」

 私の落胆が伝わったのだろうか、賢者様が魔法の授業並に饒舌にアドバイスをくれる。

 とても有り難いが、賢者様も直接会ったことがない、というのが若干の残念ポイントか。

 それなりにリサーチはしているのだろうし、まあ、常識的な助言でも有るし、頭の片隅にでも留めておこう。

 

 良く考えるとマナー以前の、ごく普通の対ヒトの接し方なのだが、これは例の双子が案外普通の人間なのだという意味なのか。

 それとも私に対して、普通のヒトとの触れあい方を良く考えろというメッセージなのか。

 賢者様は当然にこにこ顔を崩さず、答えを教えてはくれない。

 

「エマのテンションが上ってはしゃぎ出さなければ、問題は無いだろうと思います。ご忠告有難う御座います」

 

 私も相手によっては多少バイオレンスな対応を選ぶことが有るが、元は日本と言う国で社会人として生活していた身だ。

 その気になれば、波風立てぬ人付き合いもお手の物。

 事無かれ主義では無く、揉め事を起こさぬ様に立ち回る。その程度の事は容易いのだ。

「本当かなあ……」

 私の自信満々な思考に、賢者様が冷水を掛ける。

 頭の中を覗くのをやめろと言っているのに、改善しないお方である。

 

「まあ、エマちゃんが仕掛けたくなる様な相手なんて、そうそう居ないだろうし。此処で私やマリア、キャロルと随分()()()()から、暫くは大人しく出来るんじゃないかな? なあ、エマちゃん?」

 

 私に輪を掛けた楽観的な視点から、アリスが呑気な声を上げる。

 エマの戦闘意欲(あそびごころ)を刺激しそうな化物が2匹居そうだし、訓練はわりと命懸けでとても遊びとは言い難かったし、それで満足して大人しくなるなら私も悩みが減るのだが。

 

「そうだねぇ。面白そうなヒトが居ないなら、おとなしくご飯食べてようかなぁ」

 

 アリスに答えるエマの声には、私が楽観も安心も出来ない予感しか漂って居ない。

 

「なあに、私も居るのだ。並の人間程度なら、問題にもならんよ」

 

 横から、鍛えてはみたけどやっぱり一番弱い、そんなカーラが自信満々に口を挟んでくる。

 賢者様にもすっかり慣れ、いつしか尊大かつ傲慢な物言いが復活しているが、カーラを戦力に数えるのはそれこそ、並の人間を相手取る場面でしかない。

 なんだかんだで魔法関係は頼りになると判ったので、私もあまり邪険にはしなくなったが、時々失笑と溜息が漏れそうになるのはあまり変わっていないのだ。

 

 変わっていないと言えば、私も含め、全員が基本、変わっていない。

(私以外の)内部骨格(フレーム)や魔力炉の性能が上がろうが、魔法の習熟度が増して魔法の理解度が深まろうが、どうにも楽観的で。

 良くも悪くもそれが私たちなのだろう。

 

 いざという時の肉の盾が3枚、より強固になったのだと思えば、私にとって悪い話でもないのだし。

 

「まあ、うん、気を付けて。またいつでも立ち寄ってくれて良いからね。良い旅を」

 賢者様が少し呆れた色を浮かべたようだが、すぐにそれを隠して、のんびりと右手を差し出してきた。

 私達は順番にその手を取り、それぞれ短く礼を述べる。

 

 随分とのんびりしてしまったが、学びも多かった。

 

「それでは、行きます。また御縁が有りましたら」

「じゃあな、賢者サマ! キャロルも元気でな!」

「キャロルちゃん、また遊ぼうねぇ」

「師匠、行って参ります!」

 

 それぞれがそれぞれの言葉で別れを告げ、南への旅を再開する。

 季節は、すっかり春だった。




……1週間どころでは無い滞在期間だったようです。


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幕間・日々是鍛錬

環境が変わりそうになる時には、考えを整理することも大事です。


 大森林の踏破も進み、私達はアーマイク王国の領土内に大きく踏み込んだ。

 関所などを通った訳でも無く、世が世なら思い切り不法入国な訳だが、もはや今更である。

 

 その辺りの管理が緩い時代・世界で良かった。

 

 エマやアリス、カーラが森の獲物を仕留めて来るので、肉類の備蓄はむしろ増加している。

 アリスは解体作業も出来るので、可食部位の確保が効率的になったのも大きい。

 

 元とは言え冒険者、便利な存在である。

 

 そんな私達は春の命溢れる森の中、夜になったので「魔法住居(ハウス)」に引き籠もる。

 ……今まで使っていた物なのだが、正式名称が判明したのは良いものの、あまり人前で「霊廟」なんて呼びたくない。

 実際のところ使用に問題は無いのだが、気分的な抵抗はどうしようもないのだ。

 

 私の霊廟とか言うと、色々と誤解を招きそうでもあるし。

 

 私の愉快な仲間たちも、それぞれ「宮殿(パレス)」だの「人形工房(ラボ)」だの「おうち」だの、めいめい好き勝手に呼んでいる。

「霊廟」と呼ばれるよりは良いと、私も訂正しない。

 

 そんな「魔法住居(ハウス)」内での夕食の時間も終わり片付けも終え、皆が好き勝手に部屋なり食堂なりで過ごす時間に、私は修練室へと足を向けていた。

 魔力操作の訓練の為である。

 

 

 

 静かな空間で体内魔力を感じつつ、それを循環させる訓練を、黙々と行う。

 得体の知れないモノと言う感想は変わらずだが、扱えるようになってしまえばどうと言うことはない。

 意識して循環させるのは「魔力」と言う物をはっきりと自覚し、かつ、内在量を把握する意味合いが強いのだが、いざという場面で意識せずに扱う為には、やはり普段の訓練を欠かせない。

 

 忘れがちだが、私は思いの外ポンコツ気質なのだ。

 

 修練室の片隅で椅子に腰掛け、静かに魔力操作を行いながら、大森林の賢者様との鍛錬の合間に交わした会話を静かに思い起こしていた。

 

 

 

「召喚されたのでは、無いのですか?」

 魔力操作をミスった罰で打ち込まれた魔法弾(バレット)で床に大の字に転がりながら、私は情けのない声を投げる。

 そもそも魔力操作を誤ったのは、その前の私の質問に対する、賢者様の回答が原因なのだが。

「そうだよ? 僕は、被召喚者では無いんだ。詳しくは言えないけど」

 にこにこ顔にどこか申し訳の無さそうな影を差して、賢者様は言う。

「でも、多分ある程度予想は付いてるだろうけど、この世界の生まれでもない。ややこしいね」

 私は呼吸を整えると、身体(からだ)を起こす。

「出自は訊かなくとも結構です。ある程度ですが、見当は付きますからね。気になるのは、称号の方です。『世界を渡るもの』はまだしも、なぜその読みが『キャラクター』なんてコトになっているのです?」

 賢者様は、私が完全に起き上がり、静かに呼吸を整えても、答えを寄越すのを渋っている様子だった。

 きっとはぐらかされるだろう、そう思い、諦めて魔力操作の方へと意識を向けた所で、賢者様が息を吐いた。

 私は片目だけ開けて、賢者様を見る。

 

「……出身を訊かれた方が、まだマシだねえ。君になら、日本じゃないよって言っておけば、それで済んじゃうし」

 

 案外素直に出身地をバラすのか、と驚いたが、良く考えなくても世界は広い。

 何も言ってないに等しいくらいに広い。

 しかし賢者様の言い分だと、それ以上詳しくは教えてくれなさそうだ。

 さり気なく私が元日本人だと知っているとも告げてきたに等しいが、此方には特に驚きは無い。

 

 だって賢者だし。

 

「……随分と、海外の方のイメージと違いますね」

 改めて見れば線の細い、眼鏡のとても良く似合う細面の優男だ。

 異世界モノ特有な見たこともないような髪色でも無く、彼の明るいブラウンの髪はむしろ見慣れ過ぎていた。

 見た目で判断出来ないと思いこんでいた部分も有るが、それにしてもなんと言うか、勝手に日本人だと思いこんでいた。

「君達は海外にどんなイメージを持っているんだか」

 困ったように頬を掻いて、呆れたように言う。

 まあ確かに、環境にある程度左右されるとは言え、個人の性格は生まれた国では判断出来まい。

 

 反省はするが、じゃあ勝手に抱えていた様々な海外のイメージを払拭出来るかと言えば、それはまた別の話だ。

 

「まあ、良いか。核心に触れない程度に、君の質問にもう少し踏み込んで答えようかな。……ほら、集中力がお留守だよ」

 

 思い掛けない言葉に集中を乱されたところに、容赦なく魔法弾(バレット)が叩きつけられる。

 私の修行が足りないのか、師匠の性格が悪いのか、この場合はどちらだろう。

 

 私はその後何度か倒れ立ち上がりを繰り返し、少しだけ苛立ちを募らせながら、楽しい修行タイムは過ぎていく。

 

 

 

「世界を渡るもの」については完全に濁されたが、その他気になる事を、取り留めもなく投げつけた。

 聖教国とは関わりが有るのか? と問えば、一方的に敵認定されているのだと言う。

「なんだか協力してくれとか言われて断ったら、何人か刺客が来たねえ。みんな消しちゃったけどね。お陰で、僕は彼の国にとっては大敵、なんだか魔王のひとりって扱いだね」

 大森林の賢者様は、あの国では「深緑の魔王」と呼ばれているのだそうで。

 魔王が本当に居たのも驚いたが、あの国全部が束になっても敵わないのではないだろうか、この魔王には。

 フシキと名乗っているが、その響きは日本人的に聞こえるのだが、とボヤキ気味に呟けば。

「ああ、日本語の響きってなんだかオリエンタルで良いでしょ?」

 おちゃめな賢者様だが、そりゃあ現代的な意味合いでは、日本はオリエンタルで間違いなかろう。

 ……無い筈だ。

「確か、漢字では不可能の不と、意識の識で『不識』って書くのかな。意識出来ない、認識出来ないとか、そういう意味だったと思うよ」

 どこか楽しそうな賢者様だが、その認識は有っているのか。

 その字面では「意識不明」の方に意味が吸い寄せられそうだが、それは言わずに留めておいた。

 

 まあ、重要なのは、偽名であると言うことであろう。

 

 魔王というのは複数いるものかと問えば、賢者様は笑う。

「この大陸で言えば、教国の敵で強いのは『魔王』扱いみたいだねえ。海を超えれば魔人族って呼ばれてる人達の国の王が、魔王って事になるね。魔人とは言っても、普通なんだけどね」

 海の向こうはともかく、この大陸内にも他に「魔王」が存在するらしい。

 それが賢者様とどっこいのレベルだったなら、聖教国はどう足掻いても勝てないと思うのだが。

 

 気を取り直して年齢を聞けば、内緒とはぐらかされた。

 ただ、古いことを知っているのは単純に、地脈だか霊脈の記憶を読んだからなのだと言う。

「地脈は生命の記憶を湛えると言っていましたが、生命とひとくちで言っても幅が広いでしょう。そんな膨大な情報の中から、人類の記憶だけを読み取れるものなんですか?」

 今一つ信用できない私が意地の悪い質問を投げると、平然と答えを投げ返してきた。

「君は虫や動物の思考を言語化して認識出来る? 鳴き声に何らかの意味を感じ取れても、正確に何を言いたいか理解できないでしょ?」

 正論風だが、どうにも小賢しい物を感じてしまう。

「ヒトに近い僕だから、人類の意識、それに近い存在の言葉しか判らないよ。だから、逆に簡単だよ。聞こえる『声』に耳を傾ければ良いのさ」

 

 理解(わか)るような、理解(わか)らないような事を言われて混乱し、また魔法弾(バレット)に強かに打ち据えられる。

 

「霊脈、地脈については、君に運があれば、アルバレインで実感出来るかもね。僕は怖くて、他人をアレに触れさせるなんて出来ないけど」

 

 挫けそうな心で床に転がる私に、賢者様のしみじみとした言葉が滲みる。

 予言めいたことを言うのは辞めて欲しいし、それもなんだか不穏な方に分類されてそうだし。

 

 聞きたいことはまだ幾つも有るが、時間は有るのだと、私は溜息を漏らした。

 この屋敷は、天井が高い。

 

「……この世界から、地球に帰れたヒトは居るんですか?」

 

 特に意味も無い、興味があった訳でもない事が、口の端から零れ落ちる。

 

「居なくはないよ。ただ、肉体を持って戻れたヒトは居ないね。意識だけが戻った所で……動ける身体が無ければすぐに呑まれちゃうだろうに、ね」

 

 私は別に帰りたいとも思っていない。

 ただ、私は賢者様の、その語り口が寂しそうなのが、妙に気になった。

 

 賢者様との鍛錬と質疑応答は、幾つかタブーを掠めながら、その後も数日続いた。

 お陰で、こんなにも雑念だらけだというのに、魔力操作に滞りはない。

 

 結局滞在していた3ヶ月強の鍛錬によって魔力炉への適応が高まった私は、レベルを718へと大幅に上げた。

 外部骨格(フレーム)の矯正と強化、魔力炉の新製によって強化されたカーラもさり気なくレベルを322まで引き上げている。

 

 一方でアリスはレベルを721にまで引き上げ、私を追い抜いた。

 そしてエマは、相変わらず強者として君臨している。

 

 賢者様との思い出から抜け出した私は目を開ける。

 大森林を抜けてしまえば、目的地のアルバレインはもう目と鼻の先だ。

 思ったよりもまっすぐに来てしまったが、だからといって今更進路を変更するのも面倒だ。

 賢者様が「僕ほどのレベルの存在は、近くには居ない」と断言していた以上、目的地に居ると思われる双子の魔女も、そこまで強くは無い、という事なのだろう。

 

 思い返せばひたすら魔法弾(バレット)で叩きのめされていた記憶ばかりだが、順当にレベルも上がった事だし、無駄ではなかった。

 多少の化物と呼ばれる存在になら、私たちでも対抗出来るであろう。

 

 どこか纏わり付く不安を振り払い、鍛錬の締めに的へ向けて右手を突き出し、炎熱を束ねて放射する。

 

 頑丈な鍛錬場では威力のほどは測り兼ねたが、私の右腕は肉が焦げも溶けもせず、衣服も無事だった。

 魔法というのは、こうでなくてはいけない。

 

 確かな満足を胸に、私は修練室を後にするのだった。




考えを整理とか言う以前に、ただの愚痴と自己満足でした。


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不穏の跡

目的地が近いのですから、いっそ全力で走ってみてはどうでしょう?


 森の中にぽっかりと空いた広場。

 先代からの又聞き、ベルネで読んだ書籍等で知識としては有ったが、初めて目にしたそこは。

 話に聞いた通り、人工的に切り開かれたようなその空間は確かにそれなりの規模の集落が有ったようなのだが。

 

 幾つかの建物の残骸は残って居るものの、大部分は焼け落ちたように炭に成り果て、住民だったと思しき小柄な人型の白骨遺体が、野放図に繁殖する植物に紛れてあちこちに散らばっていた。

 

「……ゴブリンの集落が有ったみたいだね。生きてるのは居そうに無いけど」

 

 アリスの言葉通り、生きている者の気配は無い。

 集落同士の闘いでも有ったのだろうか。

 

 文献で読んだ限り、この世界のゴブリンは特に好戦的でも極端に縄張り意識が強い訳でも無い筈なのだが、現実として凄惨な行為の跡がそこかしこに散らばっている。

 何が、この集落を滅ぼしたのだろうか。

 

 春の陽光が降り注いでいる筈なのに底冷えするような寒さを感じるのは、まともに弔われている様子もないこの光景の所為だろうか。

 

「少なくとも、昨日今日の出来事では無さそうです。周囲に特別な気配も無いですし、先へ進みましょう」

 

 焼けた灰が残っていないのは、雨や雪で洗い流され、土に呑まれたのだろう。

 戦争の跡、と言うには何か妙な印象を受けるが、それは私がこの世界の戦争を直に目にしたことが無いからか。

 騒乱の跡も旺盛な植物の命に覆われたのかも知れないが、それにしても。

 

 火災の跡は有るのに、魔法で爆砕されたような地形の荒れ方は無い。

 

 腑に落ちないが、此処に真相を語ってくれる存在は無い。

 私は賢者様ではないので、地脈とやらの記憶を見ることも出来ない。

 

 つまるところ、考えても仕方がない。

 

 私達は言葉少なく、かつてはそれなりに活気があったであろう集落跡を抜けた。

 

 

 

 再び森に踏み込んだ私達は、これで3つめの、不可解に滅んだ様子の集落跡にぶつかった。

 いや、2つまでは集落跡だったのだろうと推測出来た。

 だが、この広場は。

 

 いや、広場というより、これはクレーターと言った方が良さそうだ。

 

 小さいとは言え集落をまるまる飲み込んだ様なそれは、直径100メートルを超えているように思える。

 (ふち)に立ち見下ろせば、すり鉢状に窪んだその中心に何か残っている様子も無い。

「こりゃあ……隕石でも落ちたのか?」

「隕石? 空から降ってくるという、質量の有る火球だったか?」

 呆然と呟くアリスの言葉に、カーラが素朴に問う。

 

 隕石と聞いて私の脳裏に浮かぶのは、数年前、霊廟――だと思いこんでいたあの場所の近く、大木の枝に乗って見ていた、地平の彼方に消えた大火球。

 位置はともかく、方向的には合っている。

 

 離れ過ぎていたので、それが自然現象の結果なのか、大魔法なのかは定かではない。

 定かでは無いが、これから向かう交易の街には、隕石を呼ぶ双子の魔導師が住むという噂を聞いている。

 

 結びつけるのは乱暴だが、無関係と考えるのも難しい。

 

 出来れば関わりたくないが、目立たぬように過ごすのも……。

 視線を巡らせれば、厄介事の象徴とも言えるような、私の誇らしい仲間たちが物珍しげにクレーターを見詰めていた。

 

 

 

 2度有ることは、と言う諺が有る。

 しかし、4度目であり、かつ、初めての出来事に遭遇した。

 

 やはり集落が有ったと思しき広場の、見慣れてしまった焼け落ちた家屋の残骸や白骨達。

 そんな風景の中、割りと新し目の、しかし見窄らしい掘っ立て小屋が幾つか立ち並んでいる。

 私の知る限り、ゴブリンは質素な生活をしては居るものの、知性を持ち、他の人類との交流も持っていた筈だ。

 

 眼の前の建物もどきは、質素と言うにしても、余りにも雑である。

 

 そして、此処には何者かの気配があるし、探知にもしっかりと反応がある。

 物珍しさにうっかりと踏み込んでしまった事を、私は後悔した。

 

 森の奥から現れた私たちに気付いた住人達が、のそのそと、その雑な(ねぐら)から這い出して来たのだ。

 

「おいおいおい、なんだァ? 誰が来たかと思えば、こりゃあ良いや。姉ちゃん達、随分と運が悪いなァ」

 

 頭を抱える程、低俗な眼差しと下卑た物言い。

 まともに行水しているのか疑わしい、薄汚れた身なりの男の言葉に反応して、さらに十数人が、ニヤニヤと下品な笑いを顔に貼り付けてぞろぞろと出てくる。

 

「これはまた随分と……。野盗かなにかか? コイツら」

 アリスが辟易した顔を私に向ける。

 別に私は彼らの知り合いでもなければ、仲間でも無いのだが。

「どうやら冒険者らしいが、押し並べてレベルが低いな。一般人より強い程度の、そんな連中がこんな所で何をしているのやら」

 無言の私に代わり、カーラが鑑定結果まで添えて口を開く。

 探知の結果からして、そんなところだと思っていた。

 

「姉ちゃん達、変に暴れねぇ方が良いぜ? 大人しくしてたら、すーぐ気持ちよくしてやるからよォ」

 

 ひとりの声に、周囲から下品な笑いが漏れる。

 著しく不快だが、一応は確認しておかねばなるまい。

 

 鑑定を使ったと思しきカーラに、私は顔を向ける。

 

「……あの方々は、善良な冒険者なのですか?」

 

 自分で言っておいてなんだが、流石にそれは無いだろうと思う。

 案の定、カーラはつまらなそうに嘆息すると、ふるふると首を振った。

「どいつもこいつも、軽い罰では済まない犯罪歴持ちだ。そういう意味では、私達のお仲間と言えなくもないぞ?」

 予想通りだが、要するに手加減も慈悲も必要無い、と言う事らしい。

「……私は別に、犯罪者じゃ無いんだけど?」

 比較的最近まで真っ当な冒険者として活動していたアリスが、実に不機嫌そうな顔で噛みついてきた。

 

 私たちと共に行動する以上、時間の問題でしか無いだろうに。

 

 そんな事を考える私の耳には、やれ順番がどうの飽きたら売れば良いだの、皮算用にしても楽観的過ぎる台詞が滑り込んでくる。

 私はひとつ、溜息を零した。

 

「アリス、何なら此処で、殺人鬼デビューしておきますか? アレならきっと、野盗扱いで犯罪歴にならないかも知れませんよ?」

 

 私の呟きは、距離的に男達の耳には届かない。

 しかし、アリスの耳には当然入る。

 嫌そうな顔が、私に向いた。

「いや、殺す必要……ああ、放っといたらどこかで馬鹿をやらかしそうだな、アレ」

 一瞬だけ人道っぽい事を口にしたアリスだが、すぐにその必要が無いことに気が付いたようだ。

 

 苦労して金を稼ぐよりも、持っているやつから奪えば良い。

 邪魔する奴は殺せば良い。

 そんな生き方をしてしまった者を更生させるのは、周囲も本人も、並の努力では叶わないのだ。

 

 そして私は、そんな努力を払う気は無い。

 

 無意味な説教に費やす無駄な時間など、毛の先ほども持ち合わせていないのだから。

 

「ねえねえ、じゃあさ、私がやってもいーい?」

 

 いつの間にか両手それぞれに短刀を構えたエマが、うきうきと声を弾ませる。

 そんな様子を見た私とアリスは、互いに顔を見合わせて肩を竦めあった。

 

 思えば、随分長い時間、エマはその本分を発揮しない、或いは出来なかった。

 トアズでは廃棄人形(できそこない)を相手に暴れたものの、その後は賢者様にいなされ、修練に時間を費やした。

 その間に季節は秋から冬に入り、そして春を迎えた。

 

 呆れ顔のアリスと私は、少し時間を置いて、頷きあう。

 

「エマちゃん、暴れて良いってさ」

「ひとりも逃さないで下さいね。あと、終わったら燃やしてしまいますので、ある程度纏めて貰えると助かります」

 

 下卑た笑みを浮かべる男達は、私たちの会話の内容が聞こえていない。

 数を頼りに、女子供はどうとでも出来ると思い込み、ジリジリと包囲の輪を形成しつつ有る。

 

「もちろん! だぁれも逃さないよぉ!」

 

 対して、弾けるような輝く笑顔のエマが、楽しそうに――駆けた。

 私やアリス、カーラでさえ理解(わか)り切った結末に、同情も憐れみもしない。

 

 返り血とかが服に付いたら嫌なので、跳ね回るエマと赤い花が咲く様子を、少し離れて見守るのだった。

 

 

 

 あの広場は、森から一番浅い位置に有った。

 だからこそゴブリンたちが集落を作り、その跡地に冒険者崩れが寄り集まったのだろう。

 

「お肉がいっぱい手に入ったねぇ」

 

 森を抜けた私は、広がる草原の青さに目を細め、大きく伸びをする。

 

「……まあ、肉は肉……だけどさ」

 

 此処から人の足で4日程南下すれば、そこはもう目的地だ。

 

「きちんと洗浄も浄化も行っているし、何も問題はなかろう。肉など、私達の補修材でしかないのだ、何を気にする事がある」

 

 これから人類の街に行こうと言うのに、とても不穏な会話を繰り広げる仲間たちを背に、私の顔から表情が消える。

 ……まあ、街に着いたら大人しくしてくれれば、文句は無い。

 

「あの街には数日、観光の予定で立ち寄るだけですからね? くれぐれも、善良な一般人を殺してしまったりしないように。特にエマ」

「わかってるよぉ! マリアちゃんは心配性だねぇ!」

 

 カラカラと笑うエマの声は底抜けに明るく、この見上げた春の晴天のようだ。

 ちらりと横を見れば、どこかげんなりした様子のアリスと、その向こうでなにやらエマに頷いて見せているカーラが目に入る。

 

 ほんの数日程度、大人しく過ごして欲しい。

 過ごさせて欲しい。

 

 遥か先のアルバレインに思いを馳せ、そしてもう一度見上げた空に、私は意味もなく願わずには居られなかった。




叶わぬ願いというものは、儚いですね。


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交易の街へ

食べ物には感謝の念を。


 偶発的な出会いであったし面倒臭いとしか思わなかった野盗……じゃなかった、冒険者崩れの群れ。

 実際にはものの数分、下手すると数秒で手足を斬り落とされた死体になってしまった訳だが、同情の念も湧かない。

 

 むしろ、その斬り落とした手足を霊廟(うち)の備蓄庫に放り込まねばならない私にこそ、同情して欲しいものだ。

 

 ちなみにエマが胴体から可食部分を毟ったり斬り落としたりしないのは、臓物に触りたくないからだそうだ。

「ちょっと加減間違えると破けて臭いんだもん。マリアちゃんは、心臓とか肝とか欲しいのぉ?」

 小首を傾げて言われてしまえば、私としても是非にとは言えない。

 

 心臓にしろ肝臓にしろ、呪術的な意味合いを除けば、結局は人工筋繊維や疑似組織類の素材でしか無い。

 それなら別に、それこそ斬り落とした手足で事足りる。

 

 私たちにとっては、肉片になってしまえばヒトだろうが獣だろうが、大差無いのだ。

 

 そんな肉素材の確保はどうでも良いとして、幸運だったのは、エマの殺戮衝動をそこそこ満たせた事だろう。

 これから大きな街に踏み込むのに、不安材料はなるべく少ない方が良いに決まっているのだから。

 

 割りとスムーズに進む列に並びながら、私はそんな安堵に頬を緩ませる。

 

 隣ではアリスが、頑強な壁に囲まれたゴブリンの集落とその奥に建つ大きな建物に釘付けで、だらしなく口元を緩めている。

 ベルネでも耳にした、あれがこの街名物「ゴブリンズ・ウオッカ」の酒造所か。

 

「マリア、街に入ったらまっすぐ冒険者ギルドに行くんだろ? 毛皮やらなんやら売らなきゃだし」

 

 声は私に向いているが、顔は全く此方を見ない。

 お話する時は、ちゃんと相手の目を見て話しましょう、と、教わらなかったのか、この娘は。

「そうですね。出来ればその後にでも、魔法協会(ソサエティ)か商業ギルドに顔を出したいところですね」

 冒険者ギルドの用事が終わったらすぐに出るぞ、と匂わせただけで、アリスはこの世の終わりの様な顔を向けてきた。

 なんだ、やれば出来るじゃないか。

「えー? ちょっとくらい飲んでいこうよ、ずっと歩きっぱで疲れたし、休憩しようよ」

 判りやすく駄々を捏ねるが、魂胆が見え透いて居るどころか、口から漏れている。

 まあ、素直なのは良いことだと受け取っておくか。

 

 しかし、付き合うのは構わないが、正直気乗りしないのも本音だ。

 

「エマとカーラが了承するなら構いませんよ。ほどほどで切り上げて、きちんとした食事処を探す時間も頂きたいのですが」

 

 トアズでは機会が無かったが、ベルネの冒険者食堂併設の飲み屋では、酒はともかく料理は満足出来るものが出てきた例がなかった。

 安酒で酔っ払ってしまえば、料理の味など気にならないのだろうか。

 妙に味の濃いモノばかりで、素直にげんなりした記憶が有る。

 

「私は疲れてないけどぉ、アリスちゃんが休憩したいんだったら、付き合うよぉ?」

 

 エマが見上げるように顔を上げ、健気さを装って言う。

 傍から見たら気遣いのできる小娘に見えるのだろうが、本性を知らないというのは幸せなことだ。

 

「私は落ち着いて一息()けるなら、どこでも良いぞ?」

 

 そんなエマとは別の意味で素直なカーラが、人形のクセに疲れた表情を浮かべながら私に声を寄越す。

 黒髪に黒いゴシックな喪服に身を包んだその長身は、街に入る人の列の中でもそこそこ目立つ。

 身長はともかく、顔立ちとスタイルの良さは、それなりに男達の視線を集めてしまう。

 

 声を掛けたい男どもの視線も幾本も感じるが、無事に射止めてどこぞへ連れ出したとして、脱がせてみれば()()身体(からだ)だ。

 

 妙な意味で、罪な女である。

「そろそろ寿命なのですか? 最後に砂糖水でも用意しましょうか?」

 空想でしか無い、カーラを口説き落とした男に同情してしまった私は、哀れみの視線を抑えられない。

「年寄扱いと虫扱いを同時にこなすのはやめろ。せめて果実酒とか有るだろう、それか蜂蜜酒(ミード)か」

 エマとは違ってただただ嫌そうに、カーラは溜息混じりに苦情を述べる。

 結局コイツも酒か。

「風呂桶にエールを注いでおけば、翌朝には浮いてそうですね」

「だから、小バエ扱いするな。私は脇腹で呼吸なぞ出来ん」

 列はスムーズに進む。

 賑やかでは有るが特に周囲で騒ぎが起こる事もなく、呑気に観察の視線を周囲に走らせれば、商人の列にはエルフの商隊なども混ざっているのが見える。

 ほんの数年前まではベルネに客を取られ、静かに衰退していたこの街が、今では酒と銭湯のお陰で活気を取り戻したという。

 

 冗談だろうと思っていたが、どうやら本当の事らしい。

 

 周囲の旅人や冒険者、聞ける範囲に居る商人の会話を聞いていると、庶民向けの銭湯がどうだとか、ウオッカとは別の新しい酒が有るらしいとか、そんな話ばかりだ。

 酒は難しいかもしれないが、銭湯に関しては、ベルネでももっと早い段階で対抗出来ただろうに。

 もっとも、銭湯なんて言う施設の所為で旅人の流れを取られたなど、俄に信じられないのはよく判る。

 何がどう転んで状況が変わるかなんて、誰にも判らないものだ。

 

 私だって、まさか死んで生き返ったら人形になるなんて、考えもしなかったのだから。

 

 

 

 呆気なく、街に入るにあたって税としてひとり銀貨1枚で、私達はアルバレインの門を潜った。

 税は最近導入されたらしく、まあ街の維持にも必要なものだろうし、私としては特に文句はない。

 

 門を潜ってすぐの要壁沿いに、慰霊の碑がひっそりと、街を訪れる者達を歓迎してくれていた。

 刻まれている名前は、12。

 

 この街の英雄か何かだろうか。

 興味も無いが邪険にする理由もない。

 少し気を取られていた間に先に進んでしまった仲間たちの方が、よほど気に障るというものだ。

 

 少し先で私が遅れていることに気付いた3人が立ち止まっているのを確認し、私は何気なく、碑へと視線を向け直す。

 特に意味のある行動では無かった。

 

「それは、この街の馬鹿な大人の勝手な判断で失われた、子どもたちの名前だよ」

 

 真後ろから掛かった声に、魔力炉を鷲掴みにされたような気分になった。

 

 人が多すぎるからと探知範囲を大幅に縮小させては居たが、だからといって油断は無かった筈だ。

 だというのに、声を掛けられるまで、そこに誰かが居るなんて、気付きもしなかった。

 

 まして、慌てて確認すれば探知の反応が真っ赤な――危険な存在に対して、なんの気配も感じなかった。

 雑踏の声が遠ざかったような気がする。

 私は相手を刺激しないようにゆっくりと、背筋に冷や汗を浮かべながら振り返る。

 

「メイド服で旅でもしてたのかい? 変わってるねェ」

 

 黒い髪、モスグリーンの……これは軍服だろうか。

 春先だと言うのに、薄手とは言えコートを肩に引っ掛けたその出で立ちも特異なのだが。

 

 メタリックな光沢を放つ、のっぺりとした、装飾らしきものの無いライトグリーンの狐面が、口から上を覆い隠している。

 

 怪しい。あれは、ちゃんと前が見えているのだろうか。

 

「俺はこの街で冒険者をやってる、イリスってんだ。よろしくな」

 

 背の低い、声だけで判断するなら10代なかばの少女が、その狐面から覗く口元を、いたずらに歪めて自己紹介する。

 だが、私は。

 

 鑑定も通らない化物との邂逅に、うっかりと声も出ない。

 

 こんな化物が居るのなら、先に教えておけ、と。

 心の中では、もはやずっと遠くになった、賢者様への悪態を叫ぶのだった。




旅情も風情も有ったものではありませんが、普段の行いの悪さが原因でしょう。


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魔導師の日常と雑用

今回は別視点のようです。


 こんな世界に転移……というか拉致られて、気が付けば何年だ?

 なんだか馬鹿でかい力を与えられて、それでも無力感に苛まれて、そして仲間に出会って支えられて。

 

 なんかゴチャゴチャとしたイベントを幾つかこなしたら、貴族様に保護されたり王都で王様の前でガチガチに緊張したり、小市民の心臓は破裂して無くなりそうな出来事なんかも有って。

 

 ()()()()()()()()()に警戒感を抱いて色々と手を回したけど、万全とは行かないなんて嘆いてみたりもしたけど、溜息()いても始まらない訳で。

 最近は特に目立った問題もないけど、聖教国の事は警戒を緩められない。

 

 そんな真面目なフリしても、仲間達には過保護気味に心配されつつ過剰にイジられている、そんな俺です。

 

 

 

 朝起きて半裸で屋敷内をウロウロしてたら仲間に怒られて、きちんと着替えて朝食を摂るといういつものルーティーンをこなし、冒険者ギルドでバイトがあるからと出掛けた料理人のウォルターくんと、商業ギルドで打ち合わせがあるからと連れ立って出掛けたレイニーちゃんとレベッカちゃんを見送り、俺はとてもヒマになった。

 

 若年組も、朝から依頼(クエスト)選びに出掛けてしまい、とても静かだ。

 

「ちょっとイリス。悪いんだけど、カイさんトコいって、荷物受け取ってきてくれない?」

 

 そんな俺に、赤い狐面を付けた、俺の双子の姉ことリリスが声を掛けてきた。

「んあ? 別に良いけど、お前が行かないのも珍しいな?」

 勝手にホイホイ出掛けるか、俺を引っ張って冒険者ギルドの酒場(バー)に昼間っから入り浸るのがいつものパターンなのだが、どうしたんだろ?

「私はこの後、商業ギルドの方に顔だして、レイニーちゃんと一緒に打ち合わせなのよ。それに――」

 狐面を外しながら、どこか面倒臭そうにリリスは赤い瞳を閉じる。

 

 俺とリリスの外見上の違いは、狐面を別にすれば、その瞳の色しか無い。

 双子ってコトになってるけど……まあ、細かいことはこの際置いておこう。

 

「アンタ、最近サボってるでしょ? もう北門の入場待ちの列に()()から、様子も見て欲しいのよね」

 

 リリスの言っている意味が理解(わか)らなくて、俺は天井を見上げて数秒考え込む。

 サボるって、棒振り剣術モドキは欠かしてないし、酒場(バー)だってほぼ毎日顔だしてるんだけど?

「ここ最近平和だったからって、危機感薄まってるんじゃないの? どうせここからじゃ探知も探査も届かないんだから、素直に()()()()してみなさいよ」

 溜息混じりに言われて、やっと俺は思い当たった。

 思い当たってしまった俺は、やっぱり嘆息してしまう。

「危機感云々じゃなくて、単純に(こえ)えんだよ。霊脈なんてホイホイ覗けるか、飲み込まれちまうだろうが」

 リリスの手解きで、俺も霊脈とやらを覗き込めるようにはなった。

 なったんだけど、そこに色んな情報が有ったり、やりようによっちゃあリアルタイムの霊脈上の情報をある程度視ることが出来たりするのも理解(わか)るんだけど。

 

 情報云々よりも、そこに渦巻くエネルギーの奔流が怖すぎて、あんまり深く潜ったりは未だに出来ないのだ。

 いざとならなきゃ、やりたくない。

 

 とは言え、リリスが警戒しちまうようなナニカがこの街の北門まで来てしまっているらしいし、いざって事態の一歩手前の可能性もある。

 

「そういうのはもっと早い段階で言ってくれよなァ」

 

 溜息ついでに愚痴ってみれば。

 

「怖いとか情けないこと言って、霊脈に触れなかったアンタの落ち度でしょうが」

 

 ピシャリと返されて、俺は何も言えなくなるのだった。

 

 

 

 北門の外、ゴブリン村の入り口を守衛ゴブリンくんと馬鹿話を交わしつつ通り過ぎ、村長のカイくんと村の状況や酒造に関して軽く話し、お土産の酒類を受け取る。

 衛兵の皆さんや冒険者有志の方々の協力も有り、村は平和そのものだとか。

 酒造の方も順調で、樽の熟成を促進する魔道具の方も順調に稼働中、一般流通用のウオッカやウイスキー、ブランデー共に順調だそうだ。

 酒造りを始めてある程度時間が経ったのも有るんだが、時間経過を早めるなんて言うある意味禁忌か国宝級の魔道具を作ったウチのレイニーちゃんとリリスは、素直に凄いと思う。

 

 ちなみに、その二人から見た俺は、別に凄いともなんとも思われていない。

 

 アルバレインの酒造所は、今やこの領の宝になっている。

 気がつきゃ町の外に小麦やら葡萄やらの畑が出来てたりと、領主様の本気度が凄い。

 その畑も衛兵さんやら冒険者のみなさんが見回ってくれてるので、害獣は勿論、不届き者もうっかりとは手出し出来ない状況だ。

 

 頼もしいやら恐ろしいやら。

 

 そんなこんなでお使いも終わり、カイくんの本気か社交辞令か判断の難しい呑みの誘いを適当にあしらって、俺は入場待ちの人の列を横目に、北門を潜って街へ戻る。

 俺は見た目は美少女()なのだが、中身はおっさんだ。

 男に誘われても少しも嬉しくないのだ。

 

 どうでも良い雑念をなんとなく中断して、俺は少しだけ意識を集中させる。

 リリスの話だとここが現場な訳で、此処までくれば霊脈にアクセスする必要も無い――筈だ。

 まずは探知を走らせると、びっくりするくらいすぐに、黄色の要注意反応が出た。

 

 すぐ近くに3つの反応がある。

 

 タイミングが良すぎて作為的な何かすら感じてしまうが、ともあれ確認しなければ始まらない。

 近すぎるので目視での確認を、と思えば。

 

 そいつは、擁壁沿いに造られた、慰霊碑に目を向けていた。

 俺の失敗で失われた、少なくとも俺はそう思っている、12人の慰霊の碑。

 

 それを無表情に眺めているのは、銀髪の髪を風にそよがせた、メイド服の。

 それも、俺的ポイント激高の、英国風のメイド服を纏った女。

 

 旅に向く服装とは思えない。

 だが、わざわざ着替えたとも思えない。

 見たところ手荷物らしきも持っていない、身軽に過ぎる、風変わりと言うには余りにも怪しい女。

 

 俺の目に写るそのレベルは、718。

 ついでに言えば、種族は「自律人形」。

 

 レベル100超えも殆ど見ないこの世界で、化物とも言えるレベルの高さだ。

 ちらりと視線を回せば、すぐ近くに冒険者風の女と、背の高いゴシックドレスの女、それとフレンチスタイル……っ()ーか、ありゃもうハレンチスタイルだな、そんなメイド服の少女が見える。

 それぞれ、レベル721、322、881。

 

 一番低いヤツでも300超えで、しかも揃いも揃って自律人形とか、ホントに化け物がやって来てくれたモンだ。

 

 面倒臭さに、今日何度目かの溜息が漏れる。

 とは言え、何を仕出かすか判らん以上、見過ごして酒場(バー)へ直行、って訳にも行かない。

 

 ボヤきたい気持ちを脇にどけて、俺はその女の背後から声を掛ける。

 まあ、もう気付かれているのかも知れないが。

 

「それは、この街の馬鹿な大人の勝手な判断で失われた、子どもたちの名前だよ」

 

 ゆっくり振り返った女の表情は乏しく、やはり気付いていたのか、冷静に見える。

 いや、冷静というよりも。

 

 その瞳は冷たく、無表情と言っても差し支えが無いように思えた。




似たような境遇から、全く異なる環境を築き上げた者達。どうなるのでしょう。


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受難続きの人形劇団

油断しかしていなかったと思いますが。


 油断していなかった。

 確かにこの街にはそれなりの強者が居るとは聞き知っていた。

 だが、真後ろから声を掛けられるまで、その気配にも気付かなかったし、探知の反応も無かった。

 

 私が知覚した事、と言うよりも相手が隠蔽系の魔法を解除したのだろう。

 慌てて再使用した探知だが、返ってきた反応が真っ赤になっている相手など、エマ以来である。

 

 私自身のレベルも上昇し、あの時のエマのそれを上回っているというのに。

 そんな私では突破できない隠蔽魔法、そして危険反応。

 

「俺はこの街で冒険者をやってる、イリスってんだ。よろしくな」

 

 背の低い、声だけで判断するなら10代なかばの少女。

 その顔の大半を覆う狐面が、メタリックな光沢を放つ。

 

 今はひとりのようだが、恐らくこれが、噂の双子の魔導師の片割れであろう。

 違ったら嫌過ぎる。

 

「は、はい。初めまして、旅人のマリアと申します」

 慌てた気配を取り繕って答えるが、上手く隠せているのか全く自信が無い。

 恐らくエマたちも私の様子に気付いているのだろうが、近寄ってくる気配がない。

 

 おのれ、安全圏で様子見の心算(つもり)か。

 

「旅人? 冒険者でなく?」

 

 私が焦りを押し殺していると、狐少女は不思議そうに小首を傾げた。

 この格好を見て冒険者に見えるとは、やはりあの仮面は前が見えていないらしい。

 じゃあ旅人らしい格好なのかと問われたら、返答に窮するのだが。

 

「相手を確認する際には、その仮面を外すことをお勧めします。冒険者と言われるほど、物々しい装備を持ち歩いては居ない筈ですので」

 装備どころか、荷物は魔法鞄(マジックバッグ)の中か、魔法住居(ハウス)の私室だ。

 装備もまあ、見えない形で持ち歩いているのだが、それは特に言う必要も有るまい。

 意味もなく虚勢を張る私の言葉に、狐面は肩を竦めて見せる。

「一応、これでもちゃんと見えてるんだけどな? 門の向こうからやって来て荷物無しなんざ、魔法鞄(アイテムボックス)持ちだろうよ」

 思った以上に見えているらしい。

 私も思わず嘆息して肩を竦めそうになるが、ぐっと堪えて姿勢を正す。

 

 さて、どうやってこの場を逃げ出すか。

 

「まあ、そのレベルじゃあ、隠蔽すんのも面倒だろうしなあ。下手に冒険者登録なんざしねえ方が、気楽なのかもな」

 

 必死に考える私の虚を突くように、イリスと名乗った狐少女はその細い顎先に、しなやかな指を添える。

 私のレベルが当然のように看破されていることに、驚きはないが焦りは加速する。

 特に威圧を放っている訳でもなく、その佇まいはごく自然なものだ。

 ……風貌以外は。

 

 一応、敵認定されている訳では無い、という事だろうか。

 

「ねえねえ、お姉さん? お嬢ちゃん? すごく強いねぇ? 何話してるのぉ?」

 

 警戒感剥き出しの私に背後から飛びつく衝撃と、ハチャメチャな順で飛ぶ質問に頭痛を知覚してしまう。

 狂戦士の存在を失念していたとか、私も随分と慌てていたものである。

「お姉さんって程でも()えし、お嬢ちゃんとか呼ばれる歳でも()えわな。俺はイリスってんだ、よろしくな?」

 狂戦士の無邪気な質問に、狐少女は苦笑して答える。

 私は目の前の少女に対しての警戒が、背中に張り付くエマが欲求に従って暴れ始めるのではという危機感に置き換わってしまう。

 

 街に入って即問題を起こすのだけは、本当に勘弁して頂きたい。

 

「俺ぁ言うほど強か()えさ。そっちは4人組みてえだけど、冒険者じゃ()えなら、唯の観光かい?」

 

 声の調子は変わらない。

 だが、ふと、背筋に冷風が吹き込んだような錯覚に襲われる。

「そうだよぉ! アリスちゃんはお酒が飲みたいんだって! 私は美味しいお菓子とか食べたいなぁ!」

 私におぶさる、というか背中にぶら下がっているエマが、私の肩越しに元気な声を発する。

 当然のようにそれは私の耳元なので、非常にうるさい。

 

 エマの言葉を受けた少女は右手で口元を隠し、その表情は完全に読めなくなる。

 そのまま、つと狐面の角度が変わった。

 恐らく、後方のアリスとカーラを確認したのだろう。

 

 少し間を置いて何か考え込んでいる様子を見せてから、狐面がこちらに向き直る。

「なるほど、そんじゃあ、菓子はちょいと難しいけど、酒が飲めるトコでも案内するかね。付いて来な」

 楽しそうに口を開くと、ごくごく気楽な調子で私とエマの横を通り過ぎようとした。

 その刹那。

 

「下手に暴れてくれるなよ? 手加減とか、(すげ)面倒臭(めんどうくせ)えんだからよ」

 

 今度は冷風どころではない。

 背筋を氷塊が滑り落ちたような気がして、身体(からだ)が緊張した。

 私の首元に纏わり付くエマの腕も、びくんと力が籠もる。

 

 そんな威圧感も一瞬で消え去り、振り返れば右手を上げて手招きし、振り返りもせず飄々と歩いて行く。

 黙って見送ったら、怒られるだろうか。

 

 まあ、先程の台詞からの一連の流れは「黙って付いてこい」と言う意味だろうし、あんな危険物の機嫌を損ねる度胸の持ち合わせは無い。

 振り返ったついでに仲間の残りふたりに目を向ければ、青い顔のアリスと泣きそうな顔のカーラが私を凝視している。

 

「逃げられるとも思えません。行きますよ」

 

 周囲に聞こえない程度の小声を、数メートル離れた2体(ふたり)に放つ。

 人間では隣に立っていても聞こえまいが、アリスもカーラもそれぞれの表情のままに頷きを返してきた。

 私にしがみつくエマの震えも伝わってくるが、これは恐らく、恐怖とかそんなモノでは無かろう。

 

 右足を踏み出しながらちらりと肩越しに振り返ると、楽しくて仕方が無さそうなエマが、目を輝かせている。

 視線を前方に戻した私は、取り敢えずあの狐少女の機嫌を損ねない事と、エマの暴発を止めることが己の役割なのだと理解した。

 

 ここ最近、私の小者感が加速度的に増している気がするが、恐らくきっと、気の所為では無いのだろう。

 ところでエマには、好い加減私の背中から離れて、自分で歩いて欲しいのだが。

 

 

 

「んで? 何だってお前は、俺なんぞを呼び出したんだ?」

 人形4匹をいつもの大テーブルに案内し、酒樽の妖精こと冒険者にしてギルドの防衛班長、グスタフさんにちょっとだけ接待を任せた俺は、クエストカウンターでギルドマスターのブランドンさんを呼び出して貰った。

 名目は酒のおすそ分け、って事にしたんだが、流石に組織のトップを張る男は飲み込みが早い。

「やべえ化け物がこの街に来たから、伝えとこうと思ったんだよ。言っとくけど、そこらの賞金首とか『仇成(あだな)す者』なんかも問題になら()えレベルのバケモンだ」

 カウンターに凭れながら、俺は視線を酒場(バー)中央の大テーブルから外さない。

「……なんなんだよ、またお前はトラブルを持ってきやがったのか。いい加減にしろ」

 そんな俺の脳天を鷲掴みにしながら、ブランドンさんが小声に怒気を混ぜてくる。

 器用なことだ。

「俺が呼んだ訳じゃ()えよ。取り敢えず酒が呑みてえっ()ってたから、此処に案内したけどよ。厄介そうだし、下手に街ん中に放流したか()えしな。監視もしてえし、ウチで預かっても良いか?」

 俺の目は、緩いウェーブ掛かった、短めの金髪の少女に固定されている。

 他の3体は俺に対して攻撃の意思を見せなかったが、アレだけは違ったからだ。

 

 別に俺に恨みが有る訳でも無し、むしろそんな後ろ暗い感情じゃ無いから却って厄介な。

 純粋に暴れたいだけの、そんな目だ。

 そんなジャジャ馬、おっかなくて街に出せない。

 

「面倒臭がりが、そこまで言うとはな。()()は取れるんだろうな?」

 

 俺の頭を掴んだまま、ブランドンさんがシリアスに言う。

 真剣なのは歓迎だが、いつまで人様の頭に手を乗せてんだ。

「まあ、最悪は消えて貰うしか()えけどな。そんな面倒なこと、させてくれない事を祈るぜ」

 暴れるとなれば、こっちは街に被害が出ないように配慮する必要が出てくる。

 そんな事をする羽目にならないように、今は祈るしかないんだが。

「俺も立場上、あんまり問題は起こして欲しく無いしな。出来る範囲で協力は惜しまん。適当に何とかしてくれ」

 頼りになるかどうか、非常に微妙なブランドンさんのお言葉に、俺は苦笑いを浮かべるしか無い。

 

 適当に、ね。

 まあ、得意分野だ、ボチボチやりますかね。

 

 俺は脳天の手のひらを振り解くと、背中越しに右手をひらひらと振って、グスタフさんと化け物がなにやら楽しそうに笑いあっているテーブルへと、足を向けるのだった。




エマの動向が、今後を決めそうです。


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酒場の礼儀作法

人形がお酒を摂取しても、酔えるのでしょうか?


 アリスのリクエストでもあった、酒の呑める場所。

 イリスと名乗った狐面少女に連れられて辿り着いたのは、アルバレイン冒険者ギルド併設の酒場だった。

 

 正直に感想を言うなら、こんな事だろうと思った。

 

 到着するなりほぼど真ん中の大テーブルにまで引っ張っていかれ、野暮用が有るというイリスはなにやら奥のカウンターの方へと行ってしまった。

 化け物じみた存在から開放されて一息()ける、そんな安堵に浴するのも束の間。

 

「うはははは! 良い呑みっぷりじゃねえか姉ちゃん! 調子に乗って潰れんなよ?」

「はッ! これでも元は冒険者だ、飲めないなんて泣き言は、どっかに忘れて来ちまったからね! オッサンこそ私についてこれるかい?」

 何故か一瞬で意気投合したアリスと、刈り込んだ短髪に顎髭の陽気で頑強な冒険者が、騒がしくジョッキを交わしている。

 冒険者と言うものは、国を跨いでもやはり喧しくて暑苦しく、鬱陶しい。

 

 酒が飲めると上機嫌のアリスは浮かれてはしゃぎ、冒険者時代のノリでも思い出してしまったのだろうか。

 人形だから酔い潰れると言う事はないだろうが、陽気な雰囲気に当てられて、こちらに絡んでこないとも限らない。

「おいおいおいおい! マリア! アンタはなーにチビチビ飲んでんだい! ぐっと行け、ぐっと!」

「わはははは! そうだぞ呑め呑め! 奢らんけどな!」

 頭の中で警戒していることが食い気味に起こると、すこぶる腹が立つ。

 いっそジョッキでも投げつけてやろうかと思いもしたが、まだ中身の蜂蜜と柑橘果汁入の蜂蜜酒(ミード)が残っている。

 

 果汁はともかく、蜂蜜酒(ミード)に蜂蜜を追加と聞いてどれほど甘ったるいかと思ったのだが、思いの外スッキリとしている。

 ベルネではこんな飲み方は知らなかったので、素直に感動してしまった。

 故に、勿体ない事は出来ない。

「ペースを乱すと碌なことが有りません。私は静かに飲みますよ」

 イライラを含む色々なことを蜂蜜酒(ミード)で流し込み、私は静かに答える。

 意味は、お前らには付き合わないから放っておいてくれ、だ。

 

 と言うか、最初から人様の金で飲もうなどと、みみっちい事など考えては居ない。

 

「ほうほう、錬金術師で魔道具技師か。興味深いな、工房を覗いてみたいものだ」

「えー、いやあ、そんな大したことが出来てる訳じゃ無いんだけどね? まあ、うん、今度遊びに来てよ」

 飲み屋に似つかわしくないほのぼのした会話に顔を向けると、カーラが隣に座る少女……と言うには少しばかり大人びているか? と、なにやら楽しげに酒を酌み交わしている。

 楽しげなのは結構なのだが、相手は普通の人間なのだから、羽目を外しすぎて引かれるような事にならないよう、気を付けて欲しいものだ。

 心配している風を装うものの、この組み合わせを眺めていると、知らず口元が綻んでしまう。

 

 酒が無ければ、なんとも普通の友人同士のようではないか。

 

 見た目以上にトロくさいところがあるカーラが、あの少女の助手として色々な魔道具を作ったり、ご近所のトラブルを解決したり。

 もしかしたら、そんな平和な世界が有ったのかも知れない。

 

 どう想像してもカーラの役どころはポンコツ助手にしかならず、私は爆笑を胸のうちに納める。

 

「なんでえ、思った以上に馴染んでんじゃねぇか。(わり)いな姉ちゃん、隣邪魔すんぜ」

 

 そんな想像で楽しく遊ぶ私に、真後ろから声が掛かった。

 そう思った時には、声の主は私の隣の席に腰を下ろし、私はエマと狐少女という、ある意味化け物に挟まれる形になってしまった。

 イリスは席に着くやいなや通り掛かったウェイトレスに酒とつまみを注文し、おもむろに狐面を外す。

 

 あ、それ、普通に外すんだ……。

 

「おお? なんだイリス、遅かったな? ウイスキーはどうした?」

「るっせえなあ、欲しかったら自分で買えっ()ってんだろーが。どうした? じゃ()えよ」

 席に着くなり絡まれる辺り、あの短髪冒険者と余程仲が良いのだろう。

 さり気なく周囲の観察も含めて視線を巡らせれば、このテーブルだけでもなかなかバラエティに富んだと言うか、冒険者らしい見た目の者と、こんな場所には不釣り合いな者とが混在している。

 不釣り合いというか、十代半ばから後半程度の見た目の少女が、エマやイリスを含めて5名。

 異世界でなければ、未成年に飲酒を勧めたという事で司法のご厄介になる場面だ。

 

 ちなみに、私やアリス、カーラは若くは見えるが、10代というには無理がある。

 

 見た目と言えば、イリスはその狐面で隠れていた顔をここに来て初めて晒した訳だが、細面の、目の覚めるような美少女であった。

 エメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝いて見えるが、残念なことに彼女の魅力は、そのぞんざいでガサツな口調に曇らされている。

 

 もう少し見た目相応な物言いを心がければ良いのに。

 

「だって、いつも酒造所からなにか貰ってきてる。酒場(バー)にお酒持ち込みとか、正気の沙汰がどうかしてる」

 口を尖らせるイリスに、少し離れた位置に座る魔法少女ライクな格好をした女子が、無遠慮に言葉を投げつける。

「まあそうよね。持ち込みもどうかと思うけど、お酒が欲しかったらイリスに頼んだほうが早いって思われても、仕方ないよ」

 その隣の、此方は冒険者らしい冒険者スタイルの少女が、大仰に頷いている。

 並べてみればレベル差がひとり突出し過ぎているが、観察した限りではお互い特に気を使う様子も無く、それぞれがフランクに接している。

 いやむしろ、イリスは積極的にイジられポジションに着いているようにも見受けられる。

 

 かの少女は、力に物を言わせて周囲を従えるとか言う考えとは、どうやら遠い存在らしい。

 

 眺めているだけでも微笑ましい――出来れば離れて見ていたい――ので、ともすると、つい先刻私の背筋を凍りつかせた化け物なのだと言う事を、忘れてしまいそうになる。

 しかし、そんな彼女がわざわざ案内までしてくれたこの場所だ。

 何がしかの思惑は有って然るべきだろう。

 仲間達との心温まる会話を聞いていても、彼女の思惑がさっぱり見えて来ないのだが。

 

 考える私の左袖を引かれ、何事かと首を巡らせた私は、うんざり顔をしてしまったと思う。

「マリアちゃん、ここ、楽しいねぇ! 凄いヒトがどんどん増えるねぇ!」

 輝く笑顔。

 珍しく酒が気に入ったのかと思い掛けたが、その台詞が私の楽観を吹き払う。

 

 凄いヒト、と言うその表現は、嫌な予感しか含んでいない。

 

「屋敷に帰ってないと思ったら、まーた飲んでるのね。せめてお使いの報告くらいしなさいよ、この馬鹿ちゃん」

 

 エマの表情と笑顔を見て暗澹たる気持ちに包まれた私は、その声に導かれるように視線を向ける。

 うんざり顔を初対面の誰かに向けるのは流石にマズイと表情を引き締めるが、きちんと遂行できたか自信が無い。

 

 そこには、イリスと良く似た、此方は赤い狐面の。

 軍服に黒髪の少女が立っていた。

 傍らには、いかにも貴族、と言う装いの少女がふわふわと浮いている。

 

 私はツッコむべきなのか、怯えるべきなのか、それともさっさと逃げ出すべきなのか。

 判断がつかず、ただ間の抜けた顔をするのみだった。




状況は刻々と悪くなるようです。


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逃げ場なし

魔女たちの思惑はなんでしょうか。


 アルバレインに拠点を構える、天から落ちる大火球を操る双子の魔女。

 イリスだけだったらまだ別人かと思い込む事も出来たが、同じデザインの色違いの狐面を着けた少女がご登場とあっては、それも困難だ。

 狐面のみならず、ご丁寧にも同じ様なデザインの軍服を纏っている辺り、仲が良いと言うよりも、判りやすくアピールしていると捉えるべきだろう。

 ただし、イリスと違ってタイトスカートを着用しているが。

 

 タイトスカートで全力疾走したらそれはもう大変な事になるのだが、そんな場面になっても他人事だし、どうでも良いことだ。

 

 その(あか)い狐少女は特に威圧感を放つでもなく、その魔力も人並み程度に抑えている。

 だが、例によって私の鑑定は通らない。

 それは別に良いのだが。

 

「おーうリリス、思ったより早かったじゃねえか。まあ、ここにレイニーちゃんが居る時点で、商業ギルドの用事は終わってんだろうとは思ってたけどな?」

「そう思ったんだったら、なんで素直に屋敷に戻んないのよ、この馬鹿ちゃん」

 ケラケラ笑いながらイリスが誂うと、リリスと呼ばれた少女はプリプリと怒ってみせる。

 

 仲の良い姉妹だ。

 

()っときゃ酒場(こっち)に来ると思ってたし、現に来たし」

「言い訳になってないこと言ってんじゃ無いわよ」

 ヘラヘラ笑う……どっちが姉だ? ともあれ、そんなイリスに噛みつくリリス。

 そのリリスの隣で、にこにこふわふわと微妙な高さで浮いている身なりの良いお嬢様。

 

 そのお嬢様にも鑑定が通らないのは、一体どういう理由(わけ)だ?

 隠蔽だったら、私と同レベル程度の可能性も有るが……もし違っていたら。

 

 これもまた、私の手には負えない化け物だったとしたら。

 

「キャンキャン騒いで()ぇで、良いから座れよ。メアリーちゃんも何か呑むかい?」

 手元の情報に無かった事態に困惑する私を他所に、イリスは手慣れた様子で離れた位置にいるウェイトレスを手を上げて呼び、リリスと呼ばれた少女は狐面を外しながら、エマの隣へと腰を下ろす。

 メアリーと呼ばれたお嬢様は、更にその隣。

 全員が少しづつ席を詰めるだけで、あっという間に二人分の席が出来るのは良いのだが、何故その位置なのか。

 姉妹だし、隣同士に座るかと思っていた私は、こんな事にすら戸惑う。

「私もメアリーちゃんも、いつもの蜂蜜酒(ミード)で。あとは、何か軽食が欲しいわね」

「今日はウォルターさんが居るハズだからー。サンドイッチをお任せで頼んでみないー?」

 イリスに呼ばれてやって来たウェイトレスを前に、顔を向け合うリリスとお嬢様ことメアリーは、そんな事を言い合っている。

 

 サンドウィッチ伯爵が転生している訳でもあるまいに、サンドイッチが存在するとは。

 偶然の一致と考えるよりは、私も知らない転生者なり転移者なりが絡んでいると見たほうが良いだろう。

 

 今は見も知らぬ転生者等よりも、すぐ傍の化け物達をどうにかせねばならない訳だが。

 

 少なくとも、この街で警戒すべきは魔女2人だと思い込んでいたのだが、それでは済まなかった様だ。

 これでは、まだ他に化け物が潜んでいても可怪(おか)しくはない。

 

 つくづく、一言の忠告も無かった賢者様への不満が募る。

 

「ところで、知らない顔が混ざってるんだけど? グスタフさんトコの新入りとか?」

 

 考え込んでいた私がハッとして顔を上げると、リリスと呼ばれた少女の(あか)い瞳にぶつかる。

 血のようなその瞳は吸い込まれそうで、容易に目が離せない。

 これが、魔女の()というヤツか。

 

「いんや? 今日この街に着いたばかりの、旅人なんだとよ。酒が呑みてえっ()ーから、ここに連れてきた」

 

 意味もなく息を飲む私をフォローするように、翠の瞳に悪戯な光を浮かべて、イリスが口を開く。

 そんなイリスに反応したリリスが私から視線を外してくれたお陰で、私は緊張から開放される。

 

 酷く疲れる空間だ。

 

「なんだァ? お前んトコの新入りじゃねえのか?」

 ジョッキを抱えてアリスと酒談義を繰り広げていた短髪髭男が、不思議そうな視線を私たちやイリスにせわしなく向けている。

「なァに言ってやがんでえ、ウチは冒険者クランだぞ。ただの旅人を囲う様な真似は、基本的にはしねえよ」

 そんな視線を受け止めたイリスは、肩を竦めてジョッキを煽る。

 見た目と言動が合わな過ぎて、どうにも違和感の主張が激しい。

 

「基本的には……な」

 

 そんな彼女が、意味深に繰り返した。

 ありがちな、良く見る展開だと思うが、当事者になると気が気ではない。

 意味深な含みを持たせるのは辞めて欲しいものだ。

 

 こんな落ち着かない気分の仲間を探して周囲を見るが、アリスは短髪髭男と同じようにキョトンとした顔で、カーラは此方には関心を失ったように隣の少女と談笑し、エマはただひたすらに笑顔だ。

 むしろ初対面の筈の魔法使い然とした少女や冒険者然とした少女の方が、私に気遣う視線を寄越しているような気さえする。

 

 ままならない物だ。

 

「まあ、出会ったのもなんかの縁だろ! 今日んトコはウチに泊まって行きな! 俺らに捕まって、真っ当に宿が取れる時間に開放される(わき)()えからな!」

 不安を感じる私に、更なる不安を重ねて連ねて、イリスは呵呵と笑う。

「理由にならない事と、理由にしちゃいけない事。旅人さんが可哀想」

 魔法少女の呟きは、私の心情をそのまま映していた。

 

 

 

 この街の冒険者ギルドは侮れない。

 酒類は思ったよりも豊富で、カクテルまで扱っている。

 加えて、料理が美味だ。

 唐揚げやポテトチップスなど、どこか見慣れたメニューの多さが多少気になったが、その出来栄えは素晴らしいものだった。

 

 唐揚げは塩唐揚げだったが、文句などあろう筈もない。

 

 文句が有るのは、その後の事だ。

「何故、私がこんな目に?」

 完全に正体を失ったイリスを担ぎ、私は真夜中の通りを歩く。

「なぁに、酔っ払いなんてこんなモンでしょ」

 隣のアリスが、同じようにリリスを背負っている。

「ごめんなさいねー? ふたりとも、お酒の飲み方が下手だからー」

 先行するメアリーお嬢様が、振り返って片目を瞑る。

 つくづく、力関係の良く判らない3人だ。

「ウチのマスターは、そんなにお酒に強くないのに、いつも調子に乗るから……」

「今日は脱がなかっただけマシ」

 同じく先を歩く冒険者少女が溜息を()き、魔法少女が聞き捨ててはいけない事を言う。

 

 普段はどんな有様だと言うのか。

 

「途中でイリスが言ってたけど、こんな時間だし、ウチの客間を使って良いと思うよ? 流石に今からじゃ、宿を取るのも大変だろうし」

 

 冒険者少女が、振り返る。

 気の強そうな目元に人の良さそうな光を湛え、困った風に眉根を寄せて。

 

 正直に言って宿を取る必要は無いのだが、その説明をするのも面倒だ。

 それに、それこそ背中の少女に釘を刺されても居る。

 

「どうすんだい、マリア」

 

 隣のアリスが、いつもの、普通の人間には聴こえない程の小声で私に問うて来た。

 その顔を私に向けるでもなく、私も彼女に目を向けもしない。

「已むを得ません。化け物が2人、下手すると3人。大人しく言うことを聞いておきましょう」

 私の返答も、夜の空気を小さく揺らすのみだ。

 アリスと、その隣でエマを肩車したカーラが小さく頷く。

 

 カーラは気がつくと、エマの台車になりがちである。

 

 なんとなくいつも通りのエマとカーラの様子に心を癒やされつつ、背中の化け物を捨てる訳にもいかない私は、先導するイリスの仲間達の背を追って歩くのだった。




エマとカーラの仲の良さが少し意外です。


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まいごのきもち

外泊も、たまには良いものです。


 屋敷、とは聞いていた。

 

 当然普通に地面に建っている普通の建築物なので、面積相当の収容力しか持たない。

 とは言え、その敷地面積がなかなかの規模だ。

 私の「霊廟」には当然及ばないものの、あの賢者様の屋敷には匹敵しそうな勢いだ。

 

 あのお屋敷も、見た目では測れない何かはありそうだったが。

 

「あ、おはよ。そろそろ朝ご飯だから、食堂に行ったほうが良いよ?」

 

 宛てがわれた部屋を出て、さてどうしたものかと思案している私に、気軽な声が掛かる。

 振り返れば、昨日の酒場で出会った冒険少女が、特に警戒感を持っている風でもなく、私に顔を向けている。

「おはようございます。私達も、朝食を頂けるのですか?」

 正体を知られていないのだし当然だろう。

 私は静かにそんな事を考えながら口を開き、そして――それに気が付いた。

 

 廊下の奥。

 そこに半裸で正座する黒く長い髪の少女。

 

 そして、その少女にお説教する、やはり黒髪だが肩口で切り揃えた、メイド服の少女。

 

 昨日私に一瞬だけ見せた底知れ無さを微塵も顕さない、半分寝ぼけて説教サれる半裸美少女。

 私はどんな感想を抱けば良いのか。

「あーあー、イリス、またやってる。好い加減、部屋を出る前にちゃんと着替える習慣を身に付ければ良いのに」

 冒険少女の口振りからして、あの光景は日常的なことらしい。

 

「イリスのアレと酒癖は治らない。アレじゃあお嫁さんに行くのは無理」

 

 なんとも形容の難しい、しかし一言で言えば残念な私の胸中に、すうっと、平坦な声が染み込む。

「おはようございます。……あれはもしかして、毎朝の……?」

 確認する意味も理由も無いのだが、私の口からは疑問が半端に言葉となって転がり落ちる。

 私と冒険少女を見かけて声を掛けてきた魔法少女は、こくりと頷いた。

「たまに、リリスもやる」

 その唇から零れ落ちたその名に、私はなんとも言えない気分で口を噤む。

 昨日初めて目にした時は、気の強そうな、イリスと良く似た見目姿だったリリスという少女。

 その姿は鮮明に思い出せるが、あの娘がアレと似たような事をする姿は、いまいち想像出来ない。

「残念マスターはヘレネちゃんに任せて、ご飯食べに行こう。どうせあの子は朝からお風呂に行くだろうから」

 魔法少女は改めて向き直り、私を見上げるようにして言う。

 私は説教されている廊下の奥の姿へと少しだけ視線を走らせてから、目の前の少女へと頷きを返すのだった。

 

 

 

 広い食堂に通されて席に付くと、遅れてエマとアリス、そしてカーラが食堂に顔を出す。

 昨夜は取り急ぎという事で、1部屋に2人づつ案内され、私はカーラと同室だった。

 

 目を覚ました時、カーラはとても良く寝ていたので、当然のように放置して来た訳だが。

 

 案内してくれた説教少女が起こしてくれたのだろう。

 それでもどこか眠そうなのは、演技だと思って良いのだろうか。

 

 人形のクセに、私よりも遥かに睡眠好きな、困った存在である。

 

 昨日顔を会わせた者、初めて見る顔、それぞれが簡単に挨拶や言葉を交わし、私達は案内された席へ、他は思い思いにテーブルに付き、長身の男と説教少女を中心に、数人の少年少女が配膳を手伝っている。

 私たちを除けば11名、これにあの双子とお嬢様を加えた14名が、この屋敷に住む全てなのだろうか。

 そのレベルは下は18から、上は62まで。

 勿論私たちにとって脅威になりうる実力者は居ないが、カーラとなにやら意気投合していた錬金術師がその18レベルだ。

 戦闘職では無さそうな彼女でさえ、そこらの駆け出し冒険者など相手にもならないレベルに達している。

 

 最高レベルは、イリスに説教をしていた黒髪メイド少女だ。

 

 レベルが62ともなれば冒険者としてはかなりのモノなのだが、何故彼女は此処で、メイド服を着込んでいるのか。

 世界というものは、時に理解が難しい。

 エマが楽しそうにキョロキョロ見回している様子に危機感を刺激されつつ観察を続けるが、この集団は人間としては強い者が混ざっている、それしか判らない。

 私が、私たちが此処へ導かれたその意味は、まだ見えてこなかった。

 

 この屋敷の姉妹、そしてその友人と思しきお嬢様が遅れて食堂に現れた頃には配膳も終わり、全員が食卓に付いていた。

 

 

 

 朝食の内容を思い出し、幸福な時間を懐かしむ私は、双子の狐面とお嬢様を前に、出されたお茶を静かに味わっていた。

 きっちりと軍服に身を包む双子の姿に今朝の正座していた姿がダブり、失笑しそうになる表情を抑える。

 

 寝起きがだらしなくとも、酒癖が悪く脱ぎ癖が有ると聞かされていても、眼の前に居るのは正真正銘の化け物の可能性が高いのだ。

 

「朝から(わり)いなあ。まあ、楽にしてくれや」

 

 説教されていた緑の狐面が、ぞんざいに口を開く。

 見た目とのギャップが激しいが、そろそろ慣れてきた。

 

「この部屋は一応、私達の執務室と言う事になってるわ。普段はあんまり使わないけど、重要な会話が漏れないような工夫はしてる。だから、あんまり警戒しなくて良いわよ?」

 

 赤い狐面が、此方はその見た目通りのたおやかな動作で、柔らかな唇を開く。

 勝ち気な物言いが目立つが、その振る舞いは見た目相応だ。

 

 姉妹にも、きちんと指導すれば良いのに。

 

 私はその言葉を受けて、素直に周囲に視線を巡らせる。

 見た目では判らないが、その壁に刻まれているのは不可視の魔法陣が複数。

 

 音漏れ防止どころか、防御結界もあるし、私では良く判らないものも多数ある。

 カーラなら、何か判るだろうか? 後で聞いてみよう。

「良く判んないけど、この部屋、ヤバくないか?」

 魔法のに対する造詣が深くないアリスが、素直な感想を小声で――私達だけにしか聴こえない範囲の小声で零す。

 詳しくないなりに、肌で何かを感じ取ったのだろうか。

「ヤバいもヤバくないも、目の前に居るのはそういう存在です。機嫌を損ねるような真似だけは、謹んで下さいね?」

 私もまた、小声で返す。

 

 念話とか言う便利なものでは無いが、私たちのこの会話は人間の耳にはまず聴こえない。

 読唇しようにも、唇もほぼ動かないので、何かを呟いていると見抜いた所で、その内容までは知られることは無い。

 

「理解してくれているなら、話が早くて助かるわ。この街はとかくトラブルが舞い込みがちだから、厄介事は叩き潰す事にしてるの」

 

 無い筈なのに、(あか)い少女ははっきりと、私の呟きに応えた。

 息を飲む音は、アリスのものか、それとも私か。

 

「厄介事にならないでくれるのを、期待してるわよ?」

 

 気圧される。

 エマでさえ、その顔の笑みを消している。

 

 そんな私たちを前に、紅い狐面は右手を軽く上げると、その指を鳴らした。

 

 瞬間、強制的に起動される私たちの「鑑定」魔法。

 この部屋に施された魔法陣の効果か、それとも彼女がやったことなのか。

 

 そして、私たちは()る。

 

 眼の前の3名、それぞれが抱える、私たちを圧して余り有る、そのレベル、ステータスを。

 

 そのために私たちの鑑定を強制起動したのだと気づくには、少しだけ時間が掛かった。




怪物的存在に、出会い過ぎです。


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たのしい女子会

自身に「明示」を掛けての、相手の「鑑定」を強制起動。聞いたことが有りません。


 化け物かもしれないと思っていた存在は、真に化け物だった。

 ある程度自分を上回る程度だったならばどうにかなると思っていたが、想定を上回れてしまっては笑うしかない。

 

 実際には引き攣る頬を必死に抑えるしか無かったのだが。

 

「いやな? 俺もこういう、脅迫じみた真似はイヤだったんだけどな? 姉には逆らえんのよ」

 

 狐面を外し頬を掻きながら、イリスが申し訳無さそうに眉根を寄せ、眉尻を下げる。

 確認するまでもなくどちらが姉で妹かが判明した訳だが、喜んでいられる場面でもない。

 

「素直じゃなくて可愛げもないクセに、今更殊勝げに言われてもね。まあ、言質は取ったってことで勘弁してあげるけどね」

 

 同じく狐面を外し、紅い半眼を向けるリリス。

 その言葉に、慌てたように顔を向けているが、今更前言撤回は聞き入れられないだろう。

 迂闊な発言は厳に慎むべし。

 私は自身に言い聞かせる。

 

「ほらほらー、2人とも遊んでないでー? 用事が有るんでしょー?」

 

 そんな姉妹をふわふわニコニコと眺めながら、メアリーお嬢様がぽんと手を合わせる。

 なにやら楽しそうに見えるが、その印象は昨日の初顔合わせから変わっていない。

 

 私達に対してテーブルを挟んで正面に、向かって左からお嬢様、リリス、イリスの順で座っている。

 開示された情報は、左からレベル1721の深淵不死姫(アビスリッチ)。メアリー・ヴォルド・ルカルスティア。称号で目立つものは「狂気の不死姫」。

 次いで、レベル1835、ニンゲン。リリス・イハラ・ファルマン。同じく称号で目を引くのは「世界を渡るもの(キャラクター)」。

 最後はレベル1628、ニンゲン。イリス・ケイス・ファルマン。称号は「巻き込まれたもの(プレイヤー)」。

 

 普通の人間が私達人形と渡り合うには、最低でも私たちの倍程度のレベルは必要だ。

 仮に目の前の3名がただの人間だったなら、一番レベルの低いイリスでさえ、エマと互角ということになる。

 

 だが、そのステータス値はもはや、人間とは言えない異常な数値を叩き出している。

 あまつさえひとりは「深淵不死姫(アビスリッチ)」という、微妙に聞き覚えのない種族。

 明らかに人間では無い。

 他2名に関しても、良く見ると「ニンゲン」と言う表記で、他の人間種を()た時とは明らかに表記が違う。

 普通は「ヒューマン」だ。

 

 普通の人間や、そこらのアンデッドと同じ様な扱いをしていたら、私が破壊されることになるだろう。

 友好的に接してくるアンデッドなんて、少なくとも私は初めて出会ったが。

 

 それ以上に、とても気になる事柄が有る。

 そして、あの賢者様にはとても文句を言いたい。

 大声で言いたい。

 

「そうね、馬鹿ちゃんの所為で話がそれるトコだったわ。私たちの用件は単純な確認よ。気楽に答えて頂戴」

 輝かんばかりの笑顔を私たち、というか私に目を向けるリリス。

 目が笑っていないので、少しも気を抜く気持ちになれない。

 イリスが「俺の所為かよ!」とか騒ぐのを無視して、しかしアイアンクローを顔面にしっかりキメながら、リリスは質問を紡ぎ出した。

 

「アンタ達、この街に何の用なの? それと、アンタ達と聖教国の関係は?」

 

 私は言葉を失う。

 緊張ではなく、脱力によって。

 気が付けば、リリスはともかく、イリスもメアリーも、真顔を私に向けていた。

 

 まったく、何事かと思えば。

 

 この身体(からだ)になる前、元の世界での私だったならば、盛大に溜息と雑言を漏らしつつ頭を掻きむしったところだろう。

 流石にそう言った行儀の悪い真似は自重し、静かに息を吐いて、そして答える。

 

「この街に来たのは、単なる観光です。信じるか否かはお任せします。ただ、聖教国に関しては、無関係ではありません」

 

 リリスの顔からも、笑顔が消える。

 私の両隣からは、緊張の気配が伝わってくる。

 

「どちらかと言えば、アレは敵です。関わる気は有りませんが、寄ってくるならころ……対処します」

 

 思わず思ったことをそのまま言いそうになり、言葉を替える。

 積極的に近付きたいとも思わないし、基本的な対応姿勢も本心だ。

 そもそも私がこんな身体(からだ)になったのは、あの国の所為なのだ。

 友好的な感情など、有る筈もない。

 

 私の言葉と視線を受けとめたリリスは、何故かぽかんとしている。

 

「……アンタ、ザガン人形なのよね? そっちのちびっこいのも。他2体も、元は別の人形師なのに、何故かザガンの技法が使われてるっぽいし。それで聖教国とは敵対関係?」

 

 リリスの言葉に、今度は私が豆鉄砲を直撃された。

 前半というか、途中までは良い。

 どうせ格上が相手だ、私たちの素性もレベルもステータスも、丸裸にされているだろう。

 

 だが、最後のはなんだ?

 

 その言い分は、まるで。

「あー、質問を変えるぜ。聖教国に、お前らと同じザガン人形が居るのは知ってるか?」

 考え込む私に打ち込まれたのは、イリスの口から放たれた物だ。

 

 聖教国の聖女。

 同じ名の、ザガン人形。

 

 Za202、「死覚(しかく)」リズ。

 

 私はぎこちなく視線を滑らせ、此方に向いているエマのそれとぶつかる。

 その顔に驚きはないが、笑みも浮いていない。

「……確証は有りませんが、私の知っている名前があの国に居ることは知っていました。それが私の知るモノかどうかの確認はしていません、が」

 イリスへと顔を戻し、落ち着いて、口を開く。

 アリスは、カーラはどんな顔をしているだろうか。

 

貴女(あなた)たちが私に聞きたいのは、『聖女リズ』との関係。彼女から何らかの命令を受けているのではないか、そう疑っていると言うことですね?」

 

 その名を出した瞬間、室内の空気が重量を増した様な錯覚に襲われる。

 イリスは先程までの軽薄な表情を完全に失くし、厳しい眼差しのままで自身のウエストポーチに手を翳すと、その手の中に禍々しい天秤が現れる。

 ほんの一瞬、その天秤に痛ましい視線を向けた彼女は、意を決したようにそれをテーブルの上に置いた。

 

「理解が早くて助かるぜ。とは言え、こっちも聖教国(アレ)とは事を構えてる最中だ。キッチリ答えて貰えなきゃ、こっちも困るんでな」

 

 曖昧な返答では解放してはくれないらしい。

 目の前に置かれた天秤に、私は目を落とす。

 

 話に聞いた程度の知識だが、これが私の知っている物だとすれば。

 私は覚悟を決め、正直に回答せざるを得ない。

 

「もう一度、リリスと同じ質問を繰り返すぜ。お前さんにはまず、ありのまま答えると宣誓して貰おうか」

 

 偽証をすれば死ぬ。

 逃げれば破壊される。

 闘っても勝てはしない。

 

 私はイリスの目を見据えて、深く頷いた。




どうやら私の「姉」が、順調に「お父様の願い」のために動いているようですね。


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今、ここにある死地

他の姉妹の動向はともあれ、マリアが危機です。


 テーブルの上に置かれた天秤。

 イリスの目に籠もる、殺意とは違う、決意。

 私は、この禍々しい天秤と、その用途、効果を知っている。

 文献上の記録を読んだだけの、ただそれだけの記憶では有るが。

 

「お前さんにはまず、ありのまま答えると宣誓して貰おうか」

 

 拒むなら、そのまま戦闘状態に移行する気か。

 随分と過激で勝手な判断だが、彼我の実力差が有るこの状況では、私とて無闇に拒否も出来ない。

 それに、恐らく相手はその事を知らないのだろうが。

 私は、たぶん、その「宣誓」を行っても、何の問題もない。

 何故なら。

 

「畏まりました」

 

 私はイリスの目を見据えて頷いてから視線を下へと逸し、天秤へと右手を掲げる。

 この天秤を使用するに当たって、必要な儀式だ。

 

 宣誓のやり方を説明しようとしていたのだろうか、イリスの気配に戸惑いが混ざるのを感じた。

 この少女は、私がこれを知っているとは思っていなかったのだろうか。

 

 私の身体(ボディ)が比較的古い「ザガン人形」だと知っていても、その知識が魔道具にまで及んでいるとは思っていなかったのだろう。

 

 まあ、私の知識は実際のところ曖昧だし、そもそも「先代」の受け売りなのだが。

「……罪人の見えざる手よ。私は偽らず、真実を告げる。背いた時は、その手を伸ばしなさい」

 宣誓と言うのは、基本的に定型文だ。

 予め決められた文言に則っていれば、多少のアレンジは許される。

 要は、意味合いを歪めなければ、私の口語に合わせた所で効果は変わらず発揮される。

 

 事実として、私の宣誓によって、私の魔力炉――人間であれば心臓に当たるそれが、見えざる魔力の手によって鷲掴みにされる。

 非常に不快で息苦しいが、これで準備は整った、と言う事だ。

 

 あとは、私が素直に答えればそれで済む。

 もしも偽証したら、この見えざる手は私の魔力炉を、強引に体外へと引きずり出すだろう。

 

 罪を犯した私を、「仲間」として取り込む為に。

 

「……なんでそんな()()宣誓文を知ってるんだ? いやまあ、良いんだけどよ……」

 

 イリスの声が呆れ、諦めたように溜息を伴う。

 表情をひとつも動かさずに、今度は私が戸惑う番だ。

 

 古い宣誓文、とはなんだ?

 こういう魔道具は、古いも新しいもなく、きちんと手順を踏まなければならないのでは?

 

 当然のように当惑を表に顕さない、そんな私の疑問に誰も答える筈もなく、代わりにリリスが口を開いた。

 

「なんでも良いわよ、準備が出来たなら質問するだけだもの。それじゃあ、せいぜい素直に答えてね?」

 

 恐らくこの魔道具を知るカーラが緊張を孕む視線を私に向け、魔道具に関心のないエマとアリスは良く理解(わか)らないなりに真剣な様子で、同じく私を見ている。

「それじゃあ、質問を繰り返すわね? まずは、アンタ達は何をしにこの街に来たの?」

 予告通り、リリスは先の質問を繰り返す。

 そして私もまた、迷いなく先の返答を繰り返す。

 

 なにしろ本当に本心からの回答だったのだから、何も臆することはない。

 

 理解は出来ているのだが、やはり不可避の死と隣り合わせの状況というものは、それだけで緊張を強いられるのだと――痛感した。

 

 

 

 結果、私が本当に観光目的でこの街を訪れたと知った双子は、間の抜けた様な顔を私に向けた後、お互いに顔を見合わせている。

 

「……誰だよ、聖教国が面倒な駒を寄越して来たとか騒いでたヤツぁ」

「だってあの国の中枢に食い込んでる人形の同系よ? 関係が有ると思うじゃない!」

 

 挙げ句、私を放置して口論を始める始末である。

 それを眺めるお嬢様は楽しそうににこにこしているし、私たちは呆気にとられるしか無い。

 

 どうでも良いのだが、疑いが晴れたのならこの天秤への停止命令をして欲しい。

 

「じゃあー、私からも質問して良いかしらー?」

 

 そんな風に一息()こうとした私は、何気なく発せられたその言葉の出処に目を向け、そして息を呑む。

 

貴女(あなた)達はー、人を殺したことは有るのよねー? この街でもー、その予定は有るのかしらー?」

 

 そして、そんな私を無視するように、目元だけが笑っていないお嬢様が投げ掛けてきた。

 常ならば、間違いなく誤魔化すであろう質問。

 しかし、誤魔化せば、天秤の効果によって死ぬ。

 だからと言って、正直に答えたら。

 

 些か過激に過ぎ、先走っている感のある双子だが、彼女たちはこの街での重大なトラブルの発生を忌避しているのだろう。

 そして、人形が起こす殺人事件など、かなりのトラブルと予想される。

 

「……勿論、人を殺害したことは御座います。この街では特に予定には有りませんが、降りかかる火の粉を払わず火だるまになる趣味は御座いません」

 

 逡巡の末、私は素直に思ったままに口にする。

 言った通り私にその気は無いが、言っても此処は交易の街。

 人の出入りは激しく、冒険者のみならず、旅人の中にも不心得者は居る。

 

「なるほどー。その火の粉を払う時にー、無関係の人を殺しちゃう事は有るのかなー?」

 

 質問を重ねるお嬢様の笑みは暗く、眼光は冷たい。

 私は現状からその仮定について考えるべく、再び仲間達を――傍らの狂戦士を見る。

 

 相手が白刃を抜き放つなら、私はともかく、少なくともエマは見逃すまい。

 折角の遊び相手なのだ。

 そして、場所によっては、その際に無関係の犠牲者が生まれる可能性は否定出来ない。

 

 私個人なら気を配ることも可能だが、限界は有る。

 ましてや、それを成すのがエマとなれば、都市部での周囲の被害を抑え切るなど、果たして出来るだろうか。

 

 無闇に被害が拡大した結果、集まった衛兵隊にまで被害が出ることは容易に想像出来た。

 なにせエマは、今は何となく私の指示に従っているだけなのと、幸いにも周囲に無関係の人間が密集している状況での大暴れをしていない、それだけなのだ。

 それに、よくよく考えてみれば、エマの危険性はそこに留まらない。

 

 例の「お父様」ことマスター・ザガンの命令が、エマの中に半端に生きている。

 そもそも「人間種」そのものが、殺害対象なのだ。

 いつ気紛れで私の指示を無視するか、知れたものではない。

 

 そんな爆発物を持ち歩く私が、無関係と逃げることは出来まい。

「……状況に依ります。昼の大通りで複数の敵対者に襲われたなら、私たちは周囲の被害を考慮しません」

 エマを仲間に引き入れたことを後悔するのは、後回しにしよう。

 私は諦めて、想定できる最悪に近い状況で起こりうる結果について、控えめに、しかし隠しはせずに答える。

 

 お嬢様の目は冷たいままだ。

 

「おっけ、理解(わか)った。お嬢様、威圧はもう良いぜ。『審問は終わりだ』」

 

 しかし、その私の模範とは言えない回答に、イリスはあっさりと天秤の使用を停止した。

 何が起こったのか?

 私は、彼女たちの期待する回答を出来なかった筈なのだが。

 

 私の不審と戸惑いを感じ取ったのだろう。

 イリスは私の目に視線を合わせ、そしてニヤリと笑う。

「なんだぁ? お前さん、俺達を正義の味方か何かと勘違いして()ぇか?」

 小悪魔と言うには些か邪悪な笑みを浮かべるイリスは、やはり、私の理解(わか)らない事を言う。

 

 私たちがこの街に侵入した事に勘違いとは言え警戒を強くし、即座に接触、観察してからの尋問。

 その行動の理由は何かと考えたら、単純に外敵から街を守るためだろう。

 

 しかも、その外敵となり得る存在が、堂々と――いや、実際はおっかなびっくりだが――暴れる時には一般人の被害を考慮しないと宣言したのだ。

 

 私だったら消す。

 後で後悔するくらいなら、先に憂いを断ってしまった方が良いのだ。

 

「俺達は、仲間と身の回りの親しい人が無事なら、他はどうでも良いのさ」

 

 その仲間達が、危険な目に合うかもしれないと言う話だと思うのだが。

「仲間や親しい人達、腐れ縁なんかを守る手段が、私達には有るって事よ」

 尚も理解が追いつかない私の耳に、邪鬼の姉が不遜に言う。

 

 つまり、何だ?

 私たちは脅威では無いと言う意味なのか、それとも、脅威であったとしても、周囲に被害を出さずに制圧できると言う意味なのか。

「まあ、教えないけどね? ともかく、私達にとって重要なのは、アンタ達が聖教国の手駒かどうか、それだけだったのよ」

 軽く手を広げて肩を竦めると、リリスは私の疑問を置き去りにした。

 された方は混乱の度合いを深めるばかりである。

 

 結局、私たちが監視され尋問までされたのは、私たちがあの国の関係者かと疑われた、ただそれだけの事だった。

 馬鹿馬鹿しさに溜息が漏れる。

 逆に言えば、彼女たちはあの国はこれほどまでに嫌い、徹底して排除しようとしていると言うことだろう。

 私にとってもあの国と協力関係にあるなどと思われるのは心外だが、疑いが晴れたのならそれで良い……のだろうか?

 

 その後、念の為ということで、残りのメンバーも審問を受けた。

 手のひらを乗せる石版に接続された水晶のような何かが、正直に答えると青く、嘘を()くと赤く光る魔道具で。

 

「最初から、それを使って頂きたかったのですが」

 

 私の呆れ混じりの恨み言は、誰にも拾われる事は無かった。




日頃の行いというもの、でしょうか。


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静けさの前の嵐

拷問・尋問系の魔道具は、一通り扱えます。


 私の知る「罪人の見えざる手」と言う魔道具は、今は「真実の天秤」と呼ばれているのだという。

 初めて作成されてから400年余り、どこで名前が変わったのだろうか。

 

 私は製作者でもなんでも無いので、心底どうでも良いのだが。

 

 ともあれそんな重犯罪者向けの審問道具まで(私だけ)使用された取り調べは終わり、結果。

「で? 結局言い掛かりで圧迫面接ごっこの果てに、私に至っては文字通り命懸けだった訳ですが? それについて、責任者のお考えをお伺いしても?」

 痛くもない腹を探られた私の機嫌はすこぶる悪い。

「いやあ、この件に関しちゃあ、悪いのはリリスだな」

 頭の後ろで手を組んで、口笛でも吹きそうな態度でイリスがあっさりと姉を売る。

 いっそ清々しい程である。

「何よ! アンタだって『こんなタイミングでザガン人形が来るなんざ、偶然とは言え()えだろ』とか言ってたじゃない!」

 とは言え、売られた方はそんな呑気な感想など口にする気分でもあるまい。

 案の定、リリスは即座に妹に噛みつく――と言うか、頬を抓り上げる。

 

 人の頬と言うのは、思ったより伸びるのだな。

 

「痛えから離して下さいお願いします」

 ところどころ「は行」に置換しながら、意訳すれば上記のように懇願するイリスだが、無視してリリスはこちらに顔を向ける。

 左手はまだ頬を抓ったままだ。

「とにかく、悪かったわ。聖教国が難癖つけてきてるタイミングだったから、気が立ってたのよ」

 しゅんとした顔で、リリスは私たちに頭を下げてみせた。

 勝ち気な振る舞いの割りには、思ったよりも素直な行動になんとも言えず、私は仲間達を順に見回す。

 

 正直、迷惑したのは間違いない。

 無いのだが、素直に謝罪されるのも、それはそれで対応に困る。

 久々の心理的重圧から開放された記念に、もっとこう、ハートウォーミングな罵り合いを期待していたのだが。

 

「その……私には良く理解(わか)らないのだが……。聖教国がどうとかさっきから言っているが、なんなのだ?」

 

 そんな風に私がアリスと顔を見合わせていると、おずおずと、カーラが挙手する。

 挙手の意味はいまひとつ理解が及ばないが、発言内容には確かに、と思わせられた。

 

 私たちの事で言えば、聖教国に因縁があるのは私と、自覚が有るかは不明だが恐らくアリス。

 エマとカーラは恨みどころか、直接の縁は無いだろう。

 たぶん。

 

 対するイリスたちはなにやら浅からぬ因縁が有る様子だが、そんなもの私たちが知っている筈もない。

 タイミング云々言われたとて、そんな物を私たちが推し量る理由はない。

 

「あー。連中、最近なんか知んねえけど、調子に乗っててよ」

 いつの間にか解放されたイリスが、赤くなった頬を擦りながら答え、意味ありげに口を閉ざす。

 気になってその顔を見れば、なにやら考え込むように視線を上に向けている。

 考える時に視線を彷徨わせる方向が、私のそれと同じなのがなんとも言えない。

 私の視線に気付いた風もなく、その顔を横に向けた。

「メアリーちゃん、悪いんだけどカナエちゃんとトモカちゃん、呼んでくれね?」

 顔を声を向けられたお嬢様は嫌な顔ひとつせず、ふわりと浮き上がった。

 

 これで拒絶したら、超笑うのだが。

 

「わかったー。あと、ヘレネちゃんにお茶のおかわり、お願いしてきても良いかしらー?」

 

 果たして、お嬢様は実に朗らかに、伝令役を引き受ける。

 お嬢様にお願いする様な仕事では無いと思うのだが、この場でメイド服を着ている片方はアンポンタンだし、もう一方は愛想が悪い。

 そもそも、私たちはこの屋敷で働いている訳でもない。

 

「まあ、聖教国絡みの話と有っちゃ、あの2人も外せないからなあ」

 

 イリスは遠い目をして、私たちには理解(わか)らない事を言うのだった。

 

 

 

 フットワークが軽いお嬢様が戻ると、その後ろには4つの人影があった。

 2人は見覚えのある冒険少女と魔法少女。

 残り2人は見覚えのない、長髪眼鏡のイケメンと金髪を頭の後ろで簡単に束ねた、同じく金髪の美女だった。

「戻ったぞ」

 眼鏡がぶっきらぼうに言うと、イリスの顔が曇る。

 と言うか、不機嫌に歪む。

「呼んでねえよ。わざわざ仕事振ったってのに、終わったならゆっくり休んでろよ、なんで呼んでも居ねえのに来るんだよ。話がしづらいだろうがスットコドッコイ」

 熱烈な歓迎ぶりである。

 しかし、親愛溢れるイリスの早口に、眼鏡男は表情をひとつも動かさない。

「お前とリリスでは、無駄に場を荒らすだけだろうが。むしろ、なんで俺達が戻るまで待てなかったんだ、このたわけ」

 冷静に切り返す眼鏡男の判断力は、なるほど正しいと思われる。

 現に、先程までは空気が荒れるどころか、波打って凍りついた。

 巻き込まれた方は良い迷惑である。

「私は冷静だもん!」

「イリスと変わらん」

 頬を膨らませるリリスだが、男は構わず一刀の元に斬り伏せる。

 仏頂面で取り付く島もない言い草は、ある種惚れ惚れする程だ。

 

 3日も一緒にいれば、間違いなく嫌いになるだろう。

 

「それで? 聖教国の使いと思われた人形4体と、カナエとトモカ。それを集めてなんの話だ?」

 

 こちらに視線を向けながら言う男に、私は小さく、姿勢よく肩を竦めて見せる。

 此方を見られた処で、私が話の行く末を知っている訳も無い。

 

 勿論、この男とて私に説明を求めた訳ではあるまい。

 単に確認のため、そう言った種類の視線だ。

 私たちを人形と知っていて、それを確認するための。

 

 わざわざ私達を隔離していた割りに、情報共有はそれなりに行っていたらしい。

 

「待て待て待て待て、カナエちゃんとトモカちゃんには話してないことを、平気で口にするんじゃないよ。……まあ、その辺も話さなきゃとは思ってたけどよ」

 イリスは忌々しげに指先でテーブルの表面を叩く。

 そのカナエとトモカと呼ばれたのは、例の2人組だろう。

 その2人は、互いに顔を見合わせている。

 

 此方は情報の共有は行われていない様子だ。

 

「……その2人のプライバシーも関わってくるんだ。お前らは本気でお呼びじゃないんだよ。話せることは後で話してやるから、頼むから今は消えてくれ」

 余程苛ついているのだろう、イリスは不機嫌に、ともすれば殺気すら纏わせて、言葉も選んでいない。

 

 私たちが人形であることは話せても、その2人のプライバシーとやらは配慮せねばならない。

 それも、実力を行使しても、と言うことか。

 

 そんな化け物の殺気を受けて、しかし金髪男女はそれぞれその姿勢を崩すこともなければ、その表情を強張らせることもない。

 

「イリス、私達は構わないよ。あの国が関わってるってコトでしょ? 私達の事も……話しておいたほうが良いと思う」

 

 張り詰めた空気の中、冒険少女が意を決したように言葉を挟む。

 その隣の魔法少女も、無表情ながら緊張感を滲ませている。

 

 やおら緊張感を増したというか取り戻したというか、室内の圧力が増すような錯覚に包まれる。

 一体これから何を話すというのか。

 黙り込むイリス、言葉を発しないリリスに構わず、眼鏡男に促された冒険少女と魔法少女は空いているソファーに、その眼鏡男と金髪女は壁際の椅子にめいめい腰掛ける。

 室内で緊張感を持っていない派閥の代表であるメアリーお嬢様もリリスの隣に腰掛け、役者は揃った、という空気が組み上げられる。

 少し間を置いて、遠慮がちにドアがノックされ、イリスの短い返事に促されて説教少女が入室し、全員分のお茶と、テーブルにお茶菓子の追加を置いてすぐに退室した。

 

 テーブルの上で指を組んだイリスが諦めたように嘆息して、そして、室内の一同を見回す。

 

 なにやら重要な話し合いが行われそうな雰囲気だけは感じるのだが、残念な事にその内容までは推測できない。

 私達はものの数分で、驚くほど蚊帳の外だった。




緊張感と最も縁遠いのは、どちらかと言うと……。


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犠牲者たち

大人しく話を聞いていられるでしょうか?


 カナエ、レベル46。

 18歳、職業(クラス)闘士(ファイター)

 本名、掛川佳苗。

 称号……「犠牲者」。

 

 

 トモカ、レベル47。

 18歳、職業(クラス)魔砲士(ガンナー)

 本名、明石智香。

 称号……上に同じ。

 

 

 

 この2人のレベルなら、「明示」が無くとも「鑑定」で隅々まで見渡せる。

 闘士(ファイター)はともかく、魔砲士(ガンナー)はあまり見たことのない職業だ。

 確か、攻撃系統の魔法に特化した魔法使い(メイジ)だったか。

 例によって見える情報に気になるけれど触れたくないものが見えたので、絶賛逃避中である。

 

 称号持ちなんて珍しい筈なのに、なんだか最近、当たり前のように見ている気がする。

 私の仲間たちも、なんだかんだで称号持ちだし。

 

 ちなみに、私の「墓守」は称号ではない。

 我が身体(ボディ)の創造主たるマスター・ザガンのちゅう……遊び心溢れる何かだ。

 称号らしい称号は、私は持っていない。

 ……そう思って自身のステータス情報をこっそり鑑定してみれば、ちゃっかりと「犠牲者」とあった。

 

 いつ付いたのかなんて、野暮な事は思うまい。

 アリスにも同じものが付いている。

 

 緊張気味の2人の少女。

 

 同じ称号を持つ、4人……2人と2体。

 更には、「世界を渡るもの(キャラクター)」だの「巻き込まれたもの(プレイヤー)」だの。

 

 こんな称号持ちを同じ場所に集めておいて、偶然と言うには無理がある。

 これこそが、私たちが疑われ、そして今後の話の根本ともなる物なのだろう。

 

「えっと……私から話せば良いのかな?」

 

 何となくしげしげと眺めていると、カナエが恥ずかしそうに目を逸らしながら口を開く。

 隣のトモカも落ち着かなげにソワソワしている辺り、室内の視線がこの2人に集中していたらしい。

 

「あー、いや待ってくれ。取り敢えずウチと聖教国のアホどもとの関係と言うか、因縁を話しとく」

 

 少し考えた風を装って、イリスが頬を掻いた。

 考えがあってこの2人を呼んだらしいが、どうやら段取りは決まっていなかった様子だ。

 カナエは素直に頷き、イリスは咳払いをする。

 見た目が可愛らしいので、ただの誤魔化しにしか見えないのが、なんとも言えず微笑ましい。

 

 そうして話し始めたイリスに、リリスがちゃちゃやら補足やらを入れたのは。

 

・聖教国は人間種至上主義である(知ってた)。

・その聖教国が、他種族を駆逐する為に宗教を利用し、武力的な意味での恫喝目的で無闇に「召喚」を行っている(知ってた)。

・実は「召喚」とは名ばかりで、実態は他の世界……まあ、地球から強引に魂だけ呼び寄せ、こちらの世界で用意した新鮮な死体にその魂を定着させる為のモノである(知ってた)。

・「召喚」で呼び寄せた魂を死体に結合させると、魂は欠損情報を補うように用意された死体と強く結びつき、その作用で概ね普通の人間よりもレベルが高くなる。

・そのレベルが最初から100を超えていれば聖教国にとって「アタリ」、それ以外は「ハズレ」であり、「勇者」或いは「勇者候補」となる(知ってた)。

・現在、レベル300を超える「アタリ」は存在しない。従って、聖教国の中枢では「レベルは300が限界」説が主流。そのレベルを超えている筈のリズは、何も言っていないようだ。

・そんな聖教国が、この街のゴブリン村と、そこの酒造所に難癖を付けている。

・曰く「ゴブリンは全て殲滅ないし追放し、酒造所は聖教国が管理するべきだ」、と。馬鹿かな?

・聖教国は軍の派遣を匂わせている。間にあるカルカナント王国(ベルネとかトアズの所属する国)はどういう理由で通る心算(つもり)なんだろうか?

・その裏で、「アタリ」の暗部の連中が再三この街、と言うかゴブリン村への襲撃を企て、全て未然に防がれている、イマココ。

 と言う事らしい。

 

 だいぶ端折って纏めたが、それでもこの長さ。

 説明を真面目に聞いていた私は、褒められるに値すると思う。

 

 ともあれ、こんな楽しい連中の仲間だと思われていたのなら、いっそすぐに破壊されなかっただけ良かったとも思う。

 

「……まあ、こんなトコだけど。なんか質問ある?」

 

 説明中に嫌気が差してきたのだろう。

 イリスの口調はいつにも増してぞんざいだ。

 

「質問と言うか、疑問ですが。聖教国には、馬鹿しか居ないのでしょうか?」

 

 代表して私が率直な意見を言えば、優雅にお茶を楽しんでいたリリスが咽た。

 化け物でも、気管にお茶は苦しいらしい。

 とは言え、この世界の最大宗教でも目指しているのかも知れないが、やり方が杜撰だし色々と考えが足りていないと思うのは本心だ。

 

 少しは、()()()()のやり方を学べば良いのに。

 

「馬鹿ばっかりだろ。特に、勇者なんて呼ばれて調子に乗ってるハズレどもは」

 イリスが傍らで咳き込む姉に憐憫の視線を向け、すぐにその視線をこちらに向けて言う。

 そんな棘しかない台詞に、カナエが居心地悪そうに身動ぎした。

 

 私はちらりと横目をそちらに向けると、すぐにこれも逸らす。

 

「……そちらのお2人が此処に居る理由は、それと関係していると。更に貴女(あなた)たちは、私とアリスが特に、それと関係しているのではないか。そう疑っているのですね?」

 

 私の中で納得と言うか、なんだかすっきりした。

 この姉妹がいつ知ったのかは不明だが、私とアリスの正体も掴んでいるに決まっている。

 

 聖教国に居座るザガン人形、リズ。

 それとほぼ同系で、かつ、「犠牲者」の称号を持つ私と、同じく人形の身体(からだ)のアリス。

 この姉妹の庇護下に居ると思われる、「犠牲者」の2人。

 

 カナエとトモカに確認しなければ断定出来ないが、恐らく。

 聖教国に魂を狩られた者に付く称号こそが「犠牲者」という事だろう。

 それを踏まえて考えれば、私は聖教国の関係者にしか見えまい。

 ある意味で正解なのがまた、絶妙に嫌なポイントである。

 

 私の左頬あたりに、カナエかトモカか、或いは両方か。

 視線が刺さるのを感じて、今度は私の居心地が悪くなるのだった。

 

 

 

 イリスの説明が終わり、カナエとトモカはその境遇を、私とアリスはこれまでの来歴をそれぞれの口から語り、室内がなんとも言えない沈黙に包まれる。

 

 聖教国にまで引き寄せられて、得た肉体と環境に違和感を拭えなかった2人。

 違和感どころか持ち上げられて調子に乗ったらしい「勇者様」との旅路で違和感は嫌悪感と結びつき、ここアルバレインでついに「勇者様」と決別。

 今ではこの屋敷、というかイリスのクランに厄介になっているのだという。

 そして、私のこれまで――偶然の事故で死んだと思っていたが、実はそれが聖教国の「召喚魔法」が関与していたこと、聖教国を遠目にした時の嫌悪感。

 必死に抗った末に先代「墓守」マリアの誘導に従って難を逃れたこと、そしてそれからの生活と旅路。

 アリスの始まりの、私に良く似たスタートからのこれまで。

 そういった事がそれぞれの口から語られ、経験者はそれぞれ共感を覚え、そうでない者は俄には信じられない、そんな面持ちだ。

 

「まあ、似たモン同士ってこったな?」

 

 それなのに、イリスの総括はあんまりにもあんまりだ。

 少なくとも地球側では4人死んだ訳で、それなりに重めの話だと思うのだが、そんなどうでも良い結論に結びつけるのはどうかと思う。

 

 間違っては居ないかも知れないが、そうじゃないだろう。

 

「こちらに来てからの経緯が、全然違うでしょう。私やアリスは人間ですら無くなったんですよ?」

 

 私は別のことをちらりと考えはしたが、それを隠して単純にイリスの台詞に噛みついて見せる。

「かと言って、人間の身体(からだ)を手に入れたとして、馬鹿に振り回されてろくに宿も取れない、そんな旅路を数ヶ月続けるのもイヤではありますが」

 本心からの言葉では有るが、言いながら、私は別のことに思考を向けていた。

 

 私たちが「犠牲者」と言うのは理解出来る。

 だが、イリスとリリス、2人のもつ称号は一体何なのか。

 どう考えても転移或いは転生者だと思うのだが、私たちと違う理由は何なのか。

 

 いや、そもそも2人が別々の称号を持っているのは何故なのか。

 

 理由はもう、その称号を目にするだけで予想は出来るのだが、それを訪ねて良いものなのか。

「なん()ーか、まあ、こっちの事情と、お前らの話を合わせて色々考えてみようかなって思ってたんだけど」

 イリスは私の疑念を他所に、大きく伸びをして見せる。

「タイラーくん達が混ざって来るんだもんなあ。カナエちゃん、言い難かっただろ?」

 その口調には緊張感は無いが、カナエとトモカの方に向けられたその視線には、気遣いが有った。

「タイラーくんよ、信じようが信じまいが、事情は聞いた通りだ。変に吹聴したり、雑な扱いするんじゃ()えぞ?」

 顔を向け直して発せられた内容はしっかりと釘刺しのそれだが、口調はやはりのんびりとしたものである。

 先の内容を、眼鏡男と金髪女は知らなかったと言う事だろう。

 となれば、双子の事情など知る筈もあるまい。

 

 下手な話の振り方で、双子に睨まれるような事にならずに済んで良かった。

 

「何も変わりはしないさ。転移だかなんだか知らんが、()()()()()()()()()()()()? 生まれが何処の誰だろうが、知ったことではないな」

 

 そんな風に自分のファインプレーに胸を撫で下ろした直後、そのタイラーという名の眼鏡の台詞に、私は全動作を停止させる。

 

 今の言い方はなんだ?

 その言い方は、まるで。

「まあ、そうなんだけどな? 俺らで言えば、リリスよりは俺の方が、こいつらとは立場が近いんだけども」

 受けて答えるイリスは飄々と、私の新たな予想に合致する事を平然と口にする。

 

 秘密だったどころか、もう既に話してあったのか。

 私の慣れない気配りを返して欲しい。

 

 言っても詮の無いことだが、そう考えてしまうのは仕方の無い事だ。

 口にしないだけでも、褒めて欲しいものである。

 

 私の表情はきっと、驚くほど憮然としていたと思う。




いつもほぼ無表情なので、驚く程では無いと思います。


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晴れる疑惑、残る疑問

必要な情報の共有は大事ですね。


 恐らく仏頂面で、私はイリスの話を聞いている。

 転移者とか転生者とか、そういう話は秘密にしておくものかと思っていたが、私だけの思い込みだったのだろうか。

 私は先代とエマには話しているが、それ以外には話していない。

 

 あ、アリスには簡単にとは言え、話していたか。

 

 まあ、どうであれさっき全て話してしまったので、今更どうでも良いのだが。

 

 

 

 リリスとイリスの姉妹は、やはり元は日本人だったのだという。

 爆発事故に巻き込まれ、姉のリリスが趣味だったオカルト知識を活かし、地球側の霊脈と失われつつあった生命力を使って、こちらへと飛んだのだという。

 

 もう、どこから突っ込めば良いのか迷う。

 

 オカルトがどうだ霊脈がなんだと、いちいち胡散臭すぎて手に負えない。

 エマは笑顔だがたぶん理解していないし、アリスは表情筋が死んでいる。

 カーラがなにやら頷いているが、何に納得したのやら。

 

 ともあれ、そこまで話してくれたのなら、隠し事も無いのだろう。

「今ひとつ納得というか、理解が及びませんが。つまり、お姉様が主導だった関係で称号が――」

 ごく軽く呟いた私は、しかし、気軽に座っている訳にも行かなくなってしまった。

 

 表面上、和やかな双子は、しかし確かに、私に威圧感を放ってきたのだ。

 

 何故? 急になんで?

 慌てた私が周囲に助けを求めるように視線を巡らせるが、仲間達におかしな様子は無い。

 これはつまり、理屈は不明だが、ピンポイントで私だけを威圧していると言う事だろうか。

 

 思い当たることと言えば、称号に触れたことしかない。

 

 監視するように私に向けられていたタイラーの視線が、僅かに鋭さを増した気がした。

「まあ、そんな訳で俺ら転移組は、聖教国とは元から因縁があった訳だ。連中が居なければそもそも、俺達は事故に巻き込まれるなんてこと、無かったんだからな」

 へらへらと話すイリスの台詞が、私の鼓膜の上を滑る。

 

 こんな威嚇までして私の口を封じて、そんな言葉を信じろという方が無理な相談だろう。

 

「そう言われたら、そうなるのか。私はそもそもあの国に関わりたくなかったから、近寄らないようにしてたけど。考えてみたらムカついてきたぞ」

 双子の称号に気付いていないのか、その2人の身も凍るような威圧を受けていないアリスは呑気である。

 私も余計なことに気を回さなければ、或いは彼女と同じ感想を抱いていただろうか。

「じゃあ、聖教国はマリアちゃんの敵でもあるんだねぇ。敵だったら、遊んであげても良いんだよねぇ?」

 エマが嬉しそうに物騒なことを言い始める。

 楽しそうで結構だし止める心算(つもり)も無いが、じゃあ目の前の双子は味方なのかと問われればなんとも言えない。

 

 私が押し黙り、大人しく席に着いている事が恭順の意思表示と受け止められたのか、いつの間にか威圧感は消え去っている。

 

「あー、別に構わんと思うぞ? ただ、街ん中で暴れるのは勘弁して欲しいけどな?」

 のほほんと答えるイリスだが、こちらも口調の割りにはとんでもねえ事を言っている。

 狂戦士と腹黒魔女の会話というのは、こうも物騒なのか。

 

「で、どうなんだ? 腹黒メイド。俺達はお前らの事情を聞いて、敵じゃ無さそうだと判断した訳だが」

 

 その魔女に、腹黒認定されたらしい。

 失礼な話だ。

「私は最初から、貴女(あなた)たちと敵対する意思は有りませんでしたよ。もっと普通に話し合うことも出来たと思うのですが」

 憮然とした私の答えに、イリスは爆笑で応える。

 その隣のリリスは苦笑いで、これまた揃って失礼な姉妹である。

 

「ザガン人形が仲間引き連れて来たようにしか見えねえのに、警戒すんなって方が無理だろうが。最近、聖教国にザガン人形が最低2体居るって知ったばかりだったしな」

 

 気を許した、そんな様子のイリスの口は軽く、室内の誰もそれを咎める様子は無い。

 もはや秘匿する情報でも無い、そういう判断なのだろう。

 私は溜息を漏らし、お茶を口に運ぶ動作で思慮を隠す。

 

 聖教国にザガン人形が2体。

 

 知らなかった情報に、心がざわつく。

 巷間に知られるザガン人形の生き残りは6体。

死覚(しかく)」リズ、「剣舞(けんぶ)」サラ、「骸裂(むくろざき)」キャロル、「爆殺(ばくさつ)」エマ、「影追(かげおい)」クロエ、「鉄姫(てっき)」メアリ。

 エマとキャロル以外、リズとどれだ?

 時間を見て、それぞれの基本性能と能力について、先代の授業を思い出しておく必要が有りそうだ。

 

 関わりたくないから目を逸していたというのに。

 

 目を逸らすと言えば、お嬢様の名前もメアリーだ。

 しかし見た目の様子や種族情報から鑑みても「鉄姫(てっき)」とは思えない。

 違うと信じる事で、私の心を落ち着けておこうと思う。

 

「それに、またこっちに暗部を送ったらしいって話も聞いてたし。いやあ、タイミングの悪いヤツってのは居るもんだ」

 

 楽しげなイリスの声に、私は半眼を向ける。

 それはつまり、私達があの国の関係者では無い以上、この街にあの国の暗部が潜り込んだと言う意味ではないのか。

 笑い事ではないと思うが。

 

「報告よりも到着が早かったから、おかしいとは思ったけどね? まあ、念のためというか、ザガン人形だし?」

 

 妹への助け舟の心算(つもり)か、リリスがカップをソーサーに戻しながらにっこりと微笑む。

 おかしいと思ったらもっと慎重に確認すべきだっただろうに、酒場まで強制連行されたかと思えば、翌日には緊張を強いられる環境での審問である。

 段階を踏むという考えは無いのか。

 

 つくづく、ザガン人形は嫌われたものである。

 

「いやあ、予想よりも早いと思ったらバケモンが来たってんだからな。慌てた慌てた。いやあ、ゴメンな?」

 ごめんで済んだら衛兵の仕事も楽であろう。

 イリスは相変わらずへらへら笑っているが、理解しているのだろうか?

「大丈夫だよぉ! マリアちゃんは優しいからぁ!」

 エマが適当にも程がある言葉を返し、茶菓子に手を伸ばしている。

 マドレーヌとは珍しいが、今の私はとても味わう様な余裕と元気が無い。

 

 誰が優しいのか。

 仮に優しかったとして、物事には限度というものが有る。

 

 そうは思うものの、エマは勿論、目の前の怪物3体がそんな事に頓着するとも思えない。

 何故か気遣わしげな視線を寄越すカナエの胸の内は不明だが、何となく、そこに安堵を覚えてしまった。

 

 間違いなく、私は疲れていた。

 

 

 

 私たちが聖教国とは無関係であることを信じて貰え、審問会が終わったのはもうじき昼と言う時間だった。

 なんだかんだで午前中で解放された訳だが、長かったのか短かったのか。

 解放された皆と、同席していたイリスの仲間達は食堂へと向かう。

 

 そんな私の背中に、小さな声が針となって刺さる。

 

「称号の事とか、気付いちゃ駄目じゃない」

 

 聴こえないフリも出来ない私は、せっかく退室できるチャンスだと言うのに、足を止めてしまった。

 私以外で室内に残って居るのは、背後の双子の魔導師だけだ。

 

 ゆっくりと振り返れば、リリスは微笑んでいるが、その(あか)い目は笑っていない。

 説教メイドが片付けたテーブルの上に片肘を注いて、イリスの方は表情を消している。

 

「忘れろと言うのでしたら、すぐにでも」

 

 おどけるように肩を竦めて見せるが、魔導師たちは反応してくれない。

 仲間たちの遠ざかる気配がこんなにも心細いとは、今まで私は知らなかった。




口は災いの元。懲りる事をそろそろ覚えましょう。


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コインの価値

トラブルに巻き込まれるのは災難ですが、信用されないのは本人の資質です。


 戦闘行為が有った訳でも無いのに、私は疲れていた。

 人形だろうと、疲れるものは疲れるのだ。

 そんな時は、気分転換に限る。

 

 と言う訳で、私はアルバレイン北地区、商業区画を散歩中である。

 

 

 

「東門から出て暫く行くと、でけえ川がある。()()はその川を超えて来る心算(つもり)で、もう向こう岸には舟も用意してるってよ」

 

 双子魔導師との心温まる挨拶の後。

 

 昼食を頂いて午後からはどうしようか、と言うかどうやってこの屋敷を出るか。

 仲間と相談したかった私に背後から声を掛けたのは、悪戯っぽく笑っているイリスだった。

 

「……そうですか。私には関わりのない事ですが、貴女(あなた)たちの活躍をお祈りさせて頂きます」

 

 彼女の言う「連中」とは、聖教国の暗部の事だろう。

 心底腹が立つしその連中の邪魔をしてやりたくは有るものの、この悪戯魔女っ子の手の平の上で踊るのも癪だ。

 

 カーテーシーに馴染みのない私は日本式に頭を下げ、再びイリスに背を向ける。

「あー、それと」

 そのまま立ち去ろうとする私に、イリスは無遠慮に声をぶつけてくる。

 仕方なく足を止めた私は、ゆっくりと振り返る。

 あちこちを向かされて、忙しいことだ。

「この近くに、商業区画が有るんだ。そん中にゃ、酒屋も有るし菓子屋も有る。それと、魔道具屋なんかもな。土産を探すなら、なかなか面白いと思うぜ?」

 そう言いながら、イリスは私に小さな、1枚のコインを投げて寄越した。

 反射的に受け取ってしまった私は、それをしげしげと眺める。

 

 表裏どちらにも文字や数字等は無く、見た覚えの有る紋章が片面に、その裏面には知らない紋章が刻まれていた。

 

「そいつは手形みたいなモンだ。それを見せれば、無条件で街を出入り出来るぜ」

 楽しそうなイリスを無視して、私は記憶を、その中の先代との授業のものを掘り起こした。

 退屈な座学であったが、講師が頭の中に居るので逃れる事も出来ない。

 だがそれでも、こうして役に立つ事もあるのだから、受けていて良かったと思わない事も無くもない。

 

「……これは、ファルマン家の紋章ですか? その裏のは、見たことが有りませんが」

 

 見覚えの有るそれは、アーマイク王国モントレイア領を治める、ファルマン公爵家の紋章だった筈だ。

 カルカナント王国との国境に接する領を預かる、バリバリの武闘派一門だったと記憶している。

 北の大森林から「忘れられた都市」までを含む他領がカルカナント王国に攻められ、この国は領土を大きく失ったが、この領はその猛攻を見事に撃退したと言う。

 

 結果、取り戻した大森林の南半分までを領地として増やし、現在に至るとか。

 

「ああ、公爵家(うち)の紋章だな。ソレ作るのに、ちゃんと領主様(おじいちゃん)の許可は貰ってるよ。裏面はウチのクランの紋章だ」

 ごくごく気軽な返事と、とても粗雑……庶民的な態度に忘れていたが、確かこの双子はファルマン家の養子だったか。

「知らん奴に見せてもなんにもならんけど、この街の衛兵には、どうしようもねえ程効くぜ?」

 ファルマン家の関係者だから、この街の出入りも自由になると言う事か。

 有り難くはあるが、しかし。

 

「私は、貴女(あなた)のクランに所属した覚えは無いのですが?」

 

 警戒を隠しもしない私は、当然のように半眼で言葉を投げ返す。

 それを受け止めるのは、鉄で出来ているような笑顔だ。

「構わねえよ、妙な言い掛かりつけた詫びみてえなモンだ。遠慮しねえで持っときな」

 からりとした笑顔と言い草でひらりと手を振ると、今度はイリスの方が背を向け、歩き去ってしまった。

 

 望外に妙なものを手に入れてしまったが、差し当たって私はこの街を出入りするような用事はない。

 出ていきたい理由なら、既に山となって積み上がっているが。

 しばし手の中のコインを眺めた私は、それをそっとベルトの魔法鞄(マジックバッグ)のひとつに仕舞い込む。

 

 そんなコインよりも重要な情報を得た私は、先の事は全て後回しにすると決めた。

 

 甘いモノが食べたい。

 疲れた精神を癒やすには、それが最も必要だと強く思ったのだ。

 

 

 

 国際色豊かと言うべきか。

 ヒトは勿論、エルフやドワーフ、ゴブリンにコボルト。

 およそこの世界で人間に分類される者達がごっちゃになって活気を形成する通りを、私もその一部となって歩く。

 

 同じ交易都市なのに、ベルネよりもどこかお上品な気がするのは何故だろうか。

 

 クッキーやマドレーヌなどの焼き菓子や、様々な果物類。

 見事なデコレーションのケーキなどはホールごと購入し、この場で食せない事を残念に思いながら、店から少し離れた所でそれらを魔法鞄(マジックバッグ)に次々と仕舞う。

 商業区画の先には商業ギルドの建物も有るとのことなので、ついでにそちらにも足を伸ばし、ベルネ式ボイラーの使用料その他を纏めて受け取る。

 一応金貨3000枚程はギルドに預けたままにしてあるが、手持ちが9000枚程増えた。

 

 これは、ケーキを全て買い占めろというお告げだろうか。

 

 馬鹿な事を考えながら商業区画……商店街に戻り、チョコレートなど見つけて阿呆のように買い漁ったり、好き放題に買い物を満喫する。

 止め役が居ないのも嬉しいが、私が気を張って監視しなければならない、そんな楽しい仲間も此処には居ない。

 

 いっそこのまま、街を出てしまおうか。

 それなら、甘味はもっと確保しておくべきか。

 

「おー、いたいた。ホントにお菓子買ってるよ」

「マリアちゃん! 私もお菓子欲しい!」

 

 私の幻聴で無いならば、どうやら楽しい時間は終わった様子である。

 短過ぎはしないだろうか?

 

「お菓子なんて、アンタ食べるの? あんま想像出来ないんだけど」

 周囲を見回しながら、アリスは私へと言葉を投げてくる。

 エマは楽しそうに私に駆け寄ると、抱きついてきた。

 

 なにが有ったら、小娘人形のテンションがこんなに上っているのだろうか。

 

「離れなさい、エマ。お菓子を買ってあげますから」

 困惑を顔に貼り付けて、私はエマを引き剥がしに掛かる。

 経験上、単なる腕力では難しいと分かっているので、此処は地の利を活かすのが有効だろう。

 

「ホントにぃ!? やったあ、マリアちゃん大好きぃ!」

 

 逆に貼り付かれてしまった。

 私の肋骨に当たる内部骨格(フレーム)がミシミシ言っているので、本当に解放して欲しい。

「私は酒が欲しいんだけど、見なかった?」

 ソワソワと周囲を見回し、アリスは少し早口にそんな事を言っている。

 お前には息も絶え絶えな私が見えていないのか。

 

 私の姉妹人形は私を拘束する力をむしろ増していき、金髪冒険者人形はキョロキョロと、視線で酒屋を探すのに忙しい様子だった。

 

 

 

 酒屋を見つけたアリスはエマを放置し、あっさりと離脱した。

 カーラは屋敷で、レイニーとか言う名の錬金術師となにやら話し込んでいるという。

 エマは買い込んだ菓子類をわざわざ手提げの袋に入れて貰い、大事に抱えている。

「ねえねえ、あのね、お菓子、あのお屋敷のコたちと分けてもいーい?」

 見たことがないほど瞳を輝かせて、エマは私を見上げてくる。

 お屋敷の子、と言われて思い起こすのは、全員が10代半ば以上の少年少女。

 むしろ、今のエマの方が子供というか幼児化していると思えなくも無いが、機嫌を損ねられても面倒なので口にはしない。

 

「ええ、構いませんよ。みんなで仲良く食べると良いでしょう。ああ、それでは私の買ったお茶をあげますので、メイドの方に入れて貰うと良いでしょう」

 

 私は買い込んだ戦利品の中から、茶葉入りの缶を取り出し、エマに手渡す。

 見てわかるほど嬉しそうなエマは、大事そうにそれを袋に入れると、もう一度私を見上げた。

「ありがとぉ! あのね、先にお屋敷に戻って良いかなぁ?」

 

 思えば、人間種を殺害対象としか見ていなかったエマ。

 そんな彼女が、ここまで気を許すとは思っていなかった。

 

 私に対しても勿論、その殺害対象で有るはずの人間種に対して。

 

 私がささくれた気分で屋敷を出た後、余程良い触れあいが有ったのだろう。

 素直に微笑ましいと思う。

 

 製作者(ちちおや)の愛を充分に受けたとは言えないエマ。

 

 そんな彼女に出来た、新しい友人。

 私やアリス、カーラとは違う存在。

 

 エマの本性を知らないからこそ、そうも思うが、しかし指摘したり暴露したりとか、そういう野暮なことはしたくない。

 

 私に手を振り走り去るその姿を見送り、「でもやっぱり殺人人形なんですよ、貴女(あなた)は」なんて事を意味深に呟いたりして、私はしんみりと胸中に広がる思いを誤魔化した。

 まったく、この街に着いてから、疲れることばかりだ。

 甘味類は、夕食後にでもゆっくりと味わおう。

 

 ……あの屋敷で。

 

 双子とその振る舞いを思い出してしまえば腹が立たない事もないが、エマが楽しそうで、アリスが自然体で、カーラにも友人が出来た様子で。

 

 歩を進める私は、口元を笑みが飾っているなど、知る由も無かった。




ひとりになりたいとか常々言っている割には、なかなかどうして……。


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気まぐれ渡し守

素直に屋敷に帰ったのでは無かったのでしょうか?


 大河。

 話には聞いていたし、勿論地図でも確認はしていた。

 とは言え、実際に対岸が水平線に隠れて見えない程の大河というのは、私は生まれて初めて目にする。

 

 これは、実は海なのでは?

 

 馬鹿な考えを脳裏に揺蕩わせ、探知魔法を走らせて見る。

 賢者様の指導を受けて魔法の扱いに多少慣れたものの、それでも私の探知の有効範囲は半径1500メートル。

 正面からは何の反応も帰ってこない。

 

 まあ、行ってみて、無駄足だったのならそれで構わない。

 戻って緑の狐に文句を言えば良いのだ。

 緑と言えば狸だろうと思ったが、そう言えば本人にはぶつけていなかった。

 機会が有ったら実行するとしよう。

 

 私は複雑な感情の動きに任せて、この河を渡ろうとしている。

 

 良いように使われている実感、この街についてから受けたストレスの発散。

 良き友人と出会えた様子の仲間達の、気の抜けた笑顔。

 

 或いは、この街を出る時は……私は再び、ひとりになっているかも知れない。

 

 私は小さく微笑んで、河岸から飛び出す。

 足元には障壁で作った急造の小舟。

 いつもの感覚で作ってしまえばそのまますり抜けてしまうので、純粋な壁――板材として作られ組み上げられたソレは、複雑な透過機能を失ったことでより強固なものになった。

 

 まあ、強固になった所で、結局渡河用の小舟としてしか使わないのだが。

 

 私を乗せた魔法障壁の小舟は揺らぐことも無い。

 私は姿勢を低くすると、風の魔法を起動させる。

 ゆっくりと進みだした小舟は徐々に速度を上昇して行く。

 

 進路には何もない。

 まっすぐに、私は水面を滑った。

 

 

 

 ものの数秒で制御できない速度に達したが、まっすぐ走れば良いので気にもしなかった。

 対岸が迫った所で床板を蹴った私の足元からは、小舟が前方へすっ飛んで消える。

 私自身は置いていかれた様な形だが、慣性によって前方へと投げ出されているので河に落ちると言うこともない。

 

 まあ、思った以上にふっ飛ばされた訳だが、華麗な3点着地を決めて事無きを得た。

 

 人間だったら、両手と右腕が複雑な骨折をしていた事だろう。

 人形で良かった。

 

 立ち上がった私は再び探知を起動し、そして右手にメイスを取り出した。

 反応は幾つかあるので、念の為、それぞれに探査も走らせる。

 

 冒険者、冒険者、狩人、漁師……。

 

 比較的小さな群れや単独の反応は、不審な点は見られない。

 私が注意を向ける相手では無い。

 残るのは、此処から少し南の、比較的人数が纏まっている反応。

 

 探査から返ってくる反応は、戦士や治癒士などの、冒険者の反応。

 そして、暗殺者と言う物騒な職業の5人が、他の冒険者を纏めているらしい、という事が()えた。

 

 当然のように、所属が聖教国である、と言う事も。

 

 思えば、こいつらの所為で私はしたくもない圧迫面接を受ける羽目に陥ったのだ。

 数分前の、私の中のおセンチな感情が跡形もなく消失する。

 

 私がこの世界に来る切っ掛けにもなった、そんな国に所属する集団。

 トンチキな理屈でアルバレインに難癖をつけた馬鹿ども。

 

 八つ当たりの対象として、これ以上無い玩具を発見した私は、右肩にメイスを担いで。

 

 爽やかに微笑んだ。

 

 

 

 念には念を入れて隠身を使用した私は、割りとすんなりと怪しい集団の付近に接近する。

 河岸の茂み、というか林になっているその中に身を潜めている辺り、連中も自分たちの放つ怪しさに自覚が有ると言うことだろう。

 

 しかし、どうやってこの大河を渡るのかと思っていたが、まさか現地で筏づくりとは。

 

 発想が似ているというだけで、酷く嫌な気分になる。

 ま、まあ、私は作るのに手間取ったりもしていないし、移動もスマートであった……筈だ。

 

 障壁小舟がぶつかった河岸は爆撃を受けたような有様になってしまったが、きっと必要な犠牲だったのだ。

 人的被害は無かったのだし、良しとしよう。

 少し観察していると、あちこちで悪態と愚痴が行き交っている。

 纏め役は居るようだが、纏まっているとは言い難い。

 

 その纏め役、5人の暗殺者はレベル150前後。

 残りはレベル30前後が15名で、どうやら高レベル5名が力で押さえ付けている様子だ。

 

 彼らは知らないから、ゴブリン村の制圧は総勢20名も居れば余裕だと思ったのだろう。

 その後の言い訳はどうする気だとか、気になることは有るが。

 

 あの街に化け物が少なくとも3体も居ることを知っている私としては、無謀な挑戦にしか見えない。

 しかも、その3体が3体とも、ゴブリン村と関わりが有るのだから。

 

 あの3人は街に関わりが深いので、却って思うままに暴れる、なんてことは出来ない。

 出来ないからこそ彼女たちは対策を考えていて、そんなタイミングで私達はあの街に足を踏み入れてしまった。

 ……まあ、その私たちが悪名高いザガン人形とその仲間達、と言うのも、その後の対応に関係していたのだが。

 

 考えれば考えるほど、苛々は募る。

 

「夜の間に川を渡って、そのままゴブリンどもを殺すのか?」

 

 筏作りに苦戦していた戦士が、地面に両足を投げ出しながら呑気な声を上げる。

 周囲に気を配るとか、そう言った知恵は無いらしい。

「そうだな。手早く終わらせて、イリスとリリスとか言う小娘共が出てきたらそれを殺す。それだけの、簡単な仕事だ。他の冒険者共は、邪魔する者だけ殺せば良い」

 答えたのは、纏め役のひとりだ。

 此方も、どうにも警戒感が薄い。

 

 確かに周囲には私と彼ら以外の気配は無いが、それでも彼らにとっては敵地の間近だ。

 もう少し慎重に行動したほうが良いと思うのだが。

 

 筏なんて作っているのは、乗り合いの船を使って足が付くのを恐れたのかも知れないが、急造の筏で無事に渡れるのかとか、帰りはどうするのかとか、ちゃんと考えているのだろうか。

 

 あの5名以外は捨て駒で、混乱に乗じてさっさと彼らだけが逃げ出す心算(つもり)なのだろうか。

 だとしても、随分と甘い見積もりと言わざるを得ない。

 仮に彼らの計画通りに事が進んだとして、あの2人が出てきたら終わりだと思うのだが。

 

 捕縛で済んだら喜んで良いと思う。

 

 情報収集がちゃんと出来ているとも思えないし、これはもう、聖教国から見れば、この一団はひっくるめて捨て石なのだろう。

 この馬鹿どもにあの街で騒ぎを起こさせ、後々何かしらの因縁をぶつける算段なのかも知れない。

 

 ――だとすれば、この男達を監視する、聖教国側の監視者が居る?

 

 私はようやくその事に気が付き、己の見通しの甘さに溜息が漏れる。

 小舟爆弾で岸の一部を爆散させた事も感知されただろうし、そうであればその時点から、私も監視されているだろう。

 

 その旨があの5名に伝達されている様子が無いのが妙と言えば妙だが、遠距離での意思疎通の手段が無い可能性も有る。

 捨て駒だから放置されている線も有る。

 

 ゴチャゴチャ考えても仕方がない。

 

 監視者が居る可能性も考慮し、素早く仕事を片付けて周囲を探れば良いと乱暴に結論づけると、私は低くしていた身を起こし、愛用の得物と共に、堂々と足を進めるのだった。




エマの事をどうこう言えないレベルで、ただ暴れたいだけのようです。


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もぐら叩きフルスイング

遊具で戯れる幼子の姿には、癒やされますね。


 突然茂みから歩み出た、無骨なメイスを担いだメイド服の銀髪女。

 

 私がそんなモノに遭遇したなら問答無用で危険物認定だが、聖教国で勇者やその仲間として持ち上げられてきた彼らは、判断に時間を要したようだ。

 

 筏作りの手間で止めて、間抜けな顔が私の前に並んでいる。

 

 彼らの手元をよく見れば、嫌に都合の良い形・サイズの板材やら、綺麗に形作られたその他色々と見える。

 この場で即席に用意した筏の材料にしては、手際が良過ぎはしないか。

 

 そう言えばイリスが、こいつらは舟を手配しているようだと言っていたのを思い出した。

 

 ほんの数分前、文句を言いながら作業していた男どもの様子を思い出す。

 部品を用意して現地で組み上げることを、舟の手配と言われたら……それは文句も出るだろう。

 

「……誰だ? 俺達はただの漁師だ。その物騒な物を下ろして貰えるか?」

 

 少し離れた所でタバコを咥えた渋めな雰囲気の男が、誰にも先んじて私へと声を投げてきた。

 見た目の、と言うか肉体年齢は20歳前後に見える若さだが、その中身はどうだろうか。

 レベルも162と、この一団の中では最も高い。

 

「これはこれは失礼しました。人目に付かずにコソコソと舟を作るなんて、漁師の方々とは思えませんでしたよ」

 

 メイスを肩に担いだまま、私は肩を竦める。

 

「俺達のやり方さ。慣れるとなかなか便利だ」

 

 飄然と紫煙と軽薄な台詞を吐き出す。

 どういうやり方で、何が便利なのか。

 私は漁業に精通している訳では無いが、舟の部品を持ち歩いて漁場でそれを組み立てる漁法は寡聞にして知らない。

 

 仮にそんな方法が有ったとして、先程の会話を聞いてしまっている以上、騙されてやるのも難易度が高い。

 

 私は溜息を落とすと、小賢しい三文劇場に閉園を告げる。

「なるほど、例えば暗殺だったり破壊活動だったり、便利そうですね? 分解(バラ)して河に捨ててしまえば、証拠も残り難い」

 川面を渡る風が吹き込み、私たちを覆い隠す林の枝を揺らす。

 

 ぽかんとする男達の中で、慌てた様な顔が幾つか見える。

 そんな少数の男達よりも更に現状を正しく判断出来た5人。

 暗殺者達は、示し合わせたようにそれぞれが武器を手にしていた。

 短剣短刀、取り回しの良さそうな武器をそれぞれ構えているが、私は特に感慨も沸かない。

 

 身近な危険物がそれを手にするよりも、遥かに迫力を感じないのだ。

 

「……アンタ……あの街の、魔女の手下か」

 

 タバコを足元で踏み消して、最初に私に答えた男が鋭い眼光を向けてくる。

 頬に触れる風に混ざる魔力の流れ。

 それはとても細く感じるが、恐らくこれは威圧系の何かだろう。

 

 威圧か何か知らないが、それは私に何の影響も与えない。

 そんなモノよりも、男の放った台詞こそが、著しく私の神経を逆撫でした。

 

「誰が、あの魔女の手下……ですって?」

 

 思わず私のほうが威圧を放ちそうになるが、そこは堪える。

「誰の所為であの厄介極まりない魔女に目を付けられて……。誰の所為で神経をすり減らしたと思っているのですか」

 しかし、恨み言が漏れるのは我慢出来なかった。

 腹の中に渦巻くのは、理不尽な扱いを受けたことの鬱憤。

 

 それもこれも、私の観光旅に合わせるように下らないことをしでかした、コイツらが悪い。

 

 気を緩めて威圧感やら殺気やらを漏らして、逃げの選択を選ばせる事になったら面倒臭い。

 私はメイスを握る手に力を込めて、殺気の発露をやり過ごす。

 追いかけて殺すのはなかなか面倒そうだから避けたい所だ。

 

「何を言ってるのかイマイチ理解(わか)らんが……。見られたのも不味けりゃあの魔女と関係が有るってんなら見逃す訳にも行かない。悪いが」

 

 その言葉と男の態度は、誰の目にも明らかな宣戦布告。

 間抜け面を晒していた勇者さま(低レベル)達にも、その意図は明瞭に伝わったらしい。

 

 ただし、状況の理解は――誰ひとり、正しく行えていない。

 

「死んでくれ。ああ、首くらいなら、あの魔女に届けてやるよ」

 

 男の一言に、15人が下品な嘲笑を顔に貼り付けて動き出し、そして私は溜息を飲む。

 女ひとりなら、平均30レベルの冒険者相当が15人も掛かれば余裕だろう、と思ったか。

 

 5人の暗殺者たちは、しかし、その職業で有ることが疑わしい程に不注意だ。

 

 取り敢えず、先陣きって横並びで掛けてくる捨て駒の前に軽く踏み込んで、私はメイスを右から左へと、大きく鋭く振り払う。

 前列3人仲良く並んで武器を振り上げているところへ、向かって右の男の胸板に吸い込まれたメイスは、真ん中の男の胸部を粉砕しながら勢いを止めず、左の男の右腕ごと胸部を似たように抉り取る。

 状況が整わねば、これほど綺麗に一振り三殺など決まらない。

 私は溜息を漏らすように殺意の扉を開放し、翔んだ。

 

「殺す前に、遊んでも良いんだよなッ!?」

 

 私が何をしたのか、まだ理解出来ていない者の下品極まる声が、場違いに響く。

 前列に続いていた男達が唐突な惨劇を、その意味を飲み下す前に反射的に蹈鞴を踏んだ。

 

 空白に支配された者、状況把握が遅い者、即座に警戒して盾に身を隠す者。

 

 レベルには殆ど差が無いのに、その動きは素人同然からそれなりの空気を体感したことの有るものまで、見事にバラバラだ。

 後列ともなれば、もっと反応は鈍い。

 

 場数を踏んでいるであろう者達は見事と思えるが、いかんせんレベルが低すぎる。

 或いは私と同格だったなら、この場の立場は逆転していたかも知れないが、勝負は時の運とも言う。

 どこでどういった修羅場を踏んできたのか些か気にはなるが、仲良く談笑する場面ではない。

 何よりも、戦闘慣れしたような手合は早めに潰すべきだろう。

 

 私はいち早く身構えた男の真横に張り付くと、今度は先程とは逆に、左から右へとメイスを一閃させた。

 

 盾が砕けて弾け、腕か胸板か背筋か判らない肉片が血飛沫とともに舞う。

 フォロースルーの心算(つもり)だった振り払いの余韻に当たった別の男の頭部が、爆散して仲間に脳症の雨を降らせる。

 

 この辺りで、男達は状況を把握し始めた。

 身構えつつ傍観していた暗殺者たちも、ようやく危機感を覚え始めただろうか。

 私を見るその目に、狼狽と混乱、そして恐怖が灯る。

 

 ふはは、怖いか。

 

 ――私だって、もっと恐い目に遭ったんだ!

 

 私は思い出し涙目になりながら、あの時の恐怖を、本来受ける筈だった者たちへと届けてやる。

 振り上げる動作でひとりの脇腹から逆の肩口までの肉と骨と臓物を吹き飛ばし、振り返りつつの振り下ろしでひとりの頭頂から股間までを両断するように叩き潰す。

 

 捻るように身を翻しながらメイスを振って更に2人、首のない死体に変える。

 混乱しているのは理解(わか)るが、騒乱の場で未だ密集している愚か者は、格好の的でしか無い。

 

「なんだよこれ! 何なんだよ、この女!」

 

 わざわざパニックに陥っていると自己申告してくれた正直者の脳天に、ご褒美のメイスをプレゼントする事を忘れない。

「……悪魔……!」

 誰かの声が耳に滑り込んでくる。

 大袈裟なことである。

 

 私はレベルが高いだけの、戦闘素人だというのに。

 

 踏み込んで相手の喉元に柄を叩きつける――心算(つもり)で深々と突き刺してしまい、私の右手がその血でべっとりと濡れる。

 体勢を崩してから叩き潰す予定だったのだが、柄を突き込まれた勢いで吹っ飛ぶ男は、結果的にここまでで一番綺麗な死体となって大地に横たわった。

 

 ――この程度には膂力を持つ私が、あの双子を前にして怯えて縮こまるしか出来なかった。

 

 私は思い出して背筋を凍らせ、私を取り囲む、しかし半数近くまで数を減らした男たちは血の気を失っている。

 自称漁師たちとの心温まる触れあいから、5分程度が過ぎようとしていた。




ひどい八つ当たりですね。


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純粋な敵意、素直な悪意

……魔法を鍛えたのでは無かったのでしょうか。


 メイスにこびり付いた血や肉片を振り払って、そして私は残る男達に対して立つ。

 左足を半歩前に、右手はメイスごと少し身に隠すような、少し斜に構える私に対するのは、暗殺者――という事になっている――5人の男だ。

 

 低レベル勇者さま軍団は、既に全員、ほぼ肉塊と言う有様で地面にへばり付いている。

 

「……強いな。流石、魔女が使いに出すだけは有る」

 

 人が八つ当たりに夢中になっている間に、いつの間にやら煙草に火を付けていたらしいリーダー格の男が、言葉を紫煙に紛らわせる。

 仮にも仲間を瞬く間に失ったと言うのに堂々たるその振る舞いは見事だが、その発言は頂けない。

 瞬間的に私は不機嫌な半眼になってしまうが、私は悪くない。

 

「人の話をきちんと聞く習慣を身に着けて下さい。私はあの魔女から受けた嫌がらせの、鬱憤晴らしに暴れているだけです。大体」

 

 右足に体重を移し、上体を反らし気味にして左手を胸に添え、目を閉じて顔を少し上に向けて見せる。

 此れ見よがしに隙を晒してみたが、男達は動かない。

 

 ……思惑を外した上に、わざとらしいポーズまで取って、これでは私がひとりで馬鹿みたいではないか。

 

「胡散臭い聖女さまの所為でとんだ迷惑ですよ。ただの観光もままならないとは、文句の2ダース程度はぶつけても(ばち)は当たらないでしょう」

 

 仕方がないので姿勢を戻し、半眼で軽く睨むようにしながら、言葉を続ける。

 隙が有るからと軽率に動く手合では無かったのは少しばかり誤算だったが、だからと言って別段脅威とも思えない。

 

 男達は自国の聖女に、彼らにとっては謂われのない言い掛かりを付けられ、しかし激昂するような素振(そぶ)りもなかった。

 ただ、表情が厳しくなった、それだけで。

 

「……お前と聖女様に、何の関係が有ると言うんだ? 言葉にする前に良く考えないと、取り返しは効かないぞ」

 

 煙草男の右手側で、冷たい声が上がる。

 レベル的には煙草男には及ばないが、愛国心なのか聖女さまへの想いからか、静かな怒りをその冷たさに封じ込めて。

 

「当然無関係では有りませんので、前言を撤回する必要も無いのですよ。そうですね、そう言えば自己紹介もまだでした」

 

 しかし私は動じることも気にする事もなく、わざとらしく姿勢を正し、慇懃かつ無礼に頭を下げる。

「私はサイモン・ネイト・ザガンの最後の作品。『墓守』マリアと申します。聖女さまこと『死覚(しかく)』リズの妹です。あ、特にお見知りおき頂かなくとも結構ですよ」

 表面上とは言え、仲間を大半殺されたのに顔色を変えることの無かった男達だが、私の放った言葉の意味を理解するには時間が必要だった様だ。

 ぽかんと口を開く者、表情を無くす者、仲間と顔を見合わせる者。

 

「巫山戯た女だとは思ったが、その上不愉快な女とはな。戯れ言も度が過ぎる、生命が惜しくは無いらしいな」

 

 その中にあって、比較的早く理解出来た男――先程の冷めた怒りを放った男が、(くら)い目で私を見る。

 

 どうやら、その怒りは本物らしい。

 知らぬとは言え人形にご執心とは、なかなか泣かせるじゃあないか。

「信じるも信じないも、お任せしますよ。ですが、考えたことは無いのですか?」

 私の眼光も、凍てつくように底光りしていることだろう。

 怒りではなく、軽蔑で。

 

 男は動く事もなく、言葉も発せず私を見ている。

 

「就任以来、60余年、でしたか。それほどの時間を、若い見た目のままであったとか?」

 

 私の背から吹き込む風が、髪を乱す。

 

「だからこその聖女、奇跡と共におわすお方だ。貴様如きが悪戯に口の端に乗せるべき名では無い。あまつさえ、愚弄など許される事では無い」

 

 随分とまあ、時代掛かった言い回しを好む御仁である。

 夢を見るのも夢に生きるのも結構だが、それが幻と知っている私にしてみれば、健気も過ぎると笑えてくる。

「御忠心も大変結構ですが、知っていますか? 聖女リズが着任以降、『死覚(しかく)』リズは一度も目撃されていないと言う事を」

「偶然か、同じ時期に破壊されたのだろうよ。不思議な事などひとつも無い。妄想に囚われたか、哀れな女よ」

 私の言葉尻に噛みつくように、言葉を重ねてくる。

 その双眸には苛立ちに怒りが泡立ち、余裕を保つのもそろそろ難しそうだ。

 

 堪え性が無くて、非常に助かる。

 

「聖女だからと全てを見ないフリですか。ならばそんな目などお捨てなさい。妄念に縛られた、滑稽なお方」

 

 実の所、男の台詞は正解と言える。

 全ては私の妄想と言われても、本来返す言葉も無い。

 だが私は、ここぞと表情を歪め、せせら笑う。

 何故なら私は。

 

 ただ、挑発という名目で、哀れな恋をコケにしているだけなのだから。

 

 

「……死ね」

 

 

 男の怒気を内包した、しかし凍えそうな冷たい声は、単なる宣言では無かった。

 その声を合図に、両端に陣取っていた2名が左右に走る。

 

 そのどちらの姿も()()()()私の背後から、風を斬る音を置き去りに、幾本もの、金属製の糸が魔力に操られて襲いかかる。

 苦心して隠し、私の注意を言葉で引いた――心算(つもり)で私の後方に展開させていたそれに、私はとっくに気が付いていた。

 

 隠そうとしても魔力で操作してしまえば、探知に引っ掛からない訳がない。

 

 その攻撃に合わせるように、煙草男の左手側に立つ男が、詠唱を終えた魔法を解き放った。

 

 なにやら小声で呟いていたのでまさかとは思ったが、詠唱魔法とはまた、随分と古典的な作法を知っているものだ。

 私は感心してしまう。

 聖女さま大好き男は単に私が気に食わないからとか、そんな理由だけで舌戦を仕掛けたのでは無かったのだ。

 

 魔法制御を詩篇に編み込み、言葉にすることでイメージを明確にしてゆく、いかにも魔法使いと言うその在り方。

 もはや魔法協会(ソサエティ)でも研究以外では扱わない、古いだけで無駄に時間を必要とするだけの作法。

 

 今では魔法を発動させるプロセスをパッケージして魔法媒体か己自身に刻み、必要ならばキーワードひとつで、慣れてしまえばそれすら無しに発動出来る。

 その簡易さに反して、威力は詠唱魔法に劣ることも無い。

 

 わざわざそんな遺物を引っ張り出すからには何か理由なり秘密なりが在るかと思ったが、それは何の変哲も無い、12本の魔力で作り上げられた矢。

 威力が低いとは言わないし、無策で受け止めてしまえば、攻撃を受けた箇所によっては行動に支障が出るのは間違いない。

 矢の姿をしているが、着弾すれば炸裂する程度の工夫は施されているだろう。

 だが、対処が難しい魔法でも無い。

 

 背後から迫る金属――たぶん魔法銀(ミスリル)――の糸は、魔力を纏っている関係上、お約束通り見た目より強靭だ。

 此方もまともに攻撃されてしまえば、流石に無傷では済むまい。

 

 前から迫る魔法矢(マジックアロー)と、後ろからは私を絡め取るように広がる糸。

 どちらも追尾してくるだろうし、左右に逃れようにもどちらにも妨害者が居る。

 

 勝利と言うか、私の死を確信したか。

 煙草男は俯いて私から視線を外し、煙草を足元に捨てるとそれを踏み躙った。

 

 ――気の早い事である。

 

 私は声も無く、ただ無造作に障壁を張る。

 せっかくなので、カーラと頭を突き合わせて改良した、新作のお披露目だ。

 

 私を完全に囲う12面体の防壁は魔法矢(マジックアロー)を正面から受け止め、糸に絡みつかれて締め上げられる。

 

 爆散する魔力の塊が連なり、その風圧は木々を圧し折らんばかりの暴威の腕で周囲を撫で回す。

 

 

 想像通りとは言え、エマの暴虐に比べれば微風でしか無いそれに、私は憐憫の情を……覚えるハズも無かった。




きちんと魔法の知識が積み上げられていたようで、安心しました。


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増長と自重

その程度の障壁は、わ、私でも思いつきますとも。


 私の障壁が魔法矢(マジックアロー)を防ぐと同時に、周囲に衝撃波を撒き散らす。

 魔法矢(マジックアロー)自体の炸裂の衝撃波も相まって、周囲には暴風が吹き荒れ、障壁に取り付こうとしていた金属糸の侵攻を妨害した。

 それでも諦めずに私の障壁に到達した糸たちは、果敢にも巻き付き締め上げようとするが――果たせない。

 

 巻き付いた所で放たれた衝撃波で、全て千切れて風に舞い、何処かへと飛び去ってしまったからだ。

 

 吹き荒れる風が砂塵その他を巻き上げ、視界を奪う。

「化け物め……!」

 男達の中で最も状況を把握出来ている糸使いの男の声が、風に紛れて私の耳に届いた。

 

 忌々しさを内包したその焦りの声は、彼の仲間達に私の生存を伝えたのだろう。

 私を挟むように左右に展開していた2名がそれぞれ走り寄ってくる。

 正面からは、風に隠している心算(つもり)か、魔法の詠唱が聞こえてくる。

 

 正直、このまま障壁を維持して突っ立っているだけで、こいつらは全滅するんじゃなかろうか。

 

 考えている間に私の間近にまで迫った2名は、障壁をその短剣で斬れると思ったのだろう。

 刃が障壁に触れると同時に、またも爆発的に衝撃波が放たれる。

 

 カーラ発案の爆散式障壁は、私が思っていた以上に派手で喧しく、そして暴力的だった。

 

 250枚を圧縮して1層とし、4層展開させるのが本来の姿だが、今回は1層しか出していない。

 だというのに、その障壁は十数枚しか破られていないというのに、ひとりは得物を失い、2人が無謀な近接攻撃で爆散した。

 

 攻撃に対していちいち爆散してしまうので数で攻められればすぐに攻略できてしまう障壁だが、このように近距離で炸裂してしまえばただで済む筈もない。

 それこそが、この障壁の真価なのだ。

 格上の化け物相手にはただ破裂するだけの脆い障壁でしか無いが、格下相手なら。

 

 砂煙を割って跳躍する私に気付いた煙草男と糸使いは大きく飛び退いたが、詠唱愛好家は反応が遅れた。

 慌てて懐からスクロールを取り出して私に向けて拡げて見せると、彼の正面に魔法の障壁が現れる。

 

 とっさに魔法の詠唱を止め、即座にスクロールの使用を選択出来たのは素晴らしい判断力だし、見事だと思う。

 だが。

 

 私の障壁の特性を掴んでいなかっただろうから仕方がないのだが、彼は攻撃を捨てた段階で、防御ではなく回避を選ぶべきだったのだ。

 

 彼の障壁が私の障壁とぶつかった瞬間、彼はありったけの魔力で耐えようと思っていたのだろう。

 呆気なく砕けた()()()()と一緒に、彼は自分の防壁ごと爆散した。

 

 もはやメイスすら不要かな、等と考えた私だが、周囲の有様を見てすぐにその思いつきを振り払う。

 周囲に散っていた死体も含めて細切れの肉片と化してしまったそれらを、素材として拾い集めるのがとても面倒だったからだ。

 面倒すぎてもう、焼却廃棄したほうが楽といった塩梅である。

 

 溜息を風に乗せた私が振り返ると、顔色を失った男が2人、少し離れた位置でそれぞれ私に顔を向けていた。

 

「どうしました? 化け物だと知っていたのでは無かったのですか? 化け物の相手は初めてですか?」

 

 動こうとしない2名に、私は声を掛けてみる。

 こうまで一方的だと気分が高揚しなくも無いが、遊んでばかりも居られない。

 もう既に数回爆発騒ぎを起こしているのだから此方に気付いている冒険者等が付近に居るだろうし、監視者に至っては撤退を検討しているか、既に退いている恐れすらある。

 これ以上は目立たないように気を使った方が良いだろう。

 

 今更だと、自分でも思う。

 

「化け物にも、程があるだろう。何故貴様の様な化け物が、魔女に従っているのだ」

 

 糸使いは私の話を聞いていなかったらしい。

 少し離れた場所では、煙草男が静かに私を観察している。

「話を理解出来ない人達ですね。私はそもそもあの魔女の手下では有りませんよ」

 苛々を通り越してなんだか虚しくなった私は、障壁を完全に解いて肩を落とす。

 

 それを機と見たのか、糸使いが懲りずに、私を包囲するように糸を走らせた。

「手下で無くても、仲間なんだろう? 邪険にするのは良くないな」

 煙草男がわざとらしい動作で懐から煙草を取り出すして一本咥え、火を灯す。

 糸使いの意図を隠す手助けか。

 

 それこそ今更で、糸が何本、私の周囲にどのように展開しているかも把握しているのだが、まあ、正直に伝える必要もあるまい。

 私はうんざり顔でジェスチャーまで付けて、肩を竦めて見せる。

 

 そして、少し本気で跳んだ。

 

 私を見据えてタイミングを測っていた糸使いは、容易く私を見失い、そしてその頭部をメイスで吹き飛ばされるまで、私を見つけることは出来なかった。

「仲間? 圧倒的な力で脅してくるような物体を、仲間とは呼びたく有りませんね」

 血と脳漿が風に舞うさまを視界から外して、私は煙草男の横顔に視線を貼り付ける。

 

 反応の遅れた男は、最後に残っていた仲間が頭部を失って崩れ落ちる様子と、その後ろでメイスを払う私を見た。

 

 馬鹿な。

 

 私に向いた顔は口を動かすが、声になっていない。

 次々と仲間達が、あっさりとその命を散らして行ったというのに。

 私が、少しだけ速度を落として遊んであげていた事にも気付かなかった男は。

 

「貴方たちは、最初から勘違いしていたのですよ。あの街には」

 

 私は、場違いな滑稽さに気まずい笑みを浮かべる。

 それが、仲間を失い、恐怖というものを自覚した男の目に、どう映っているのかは知らない。

 

 かろうじて踏み止まり、短刀を構え絶望を()る男に、私は続く言葉を投げる。

 

「あの双子、そしてもうひとり。私を容易く捻り潰せる化け物が少なくとも3体、あの街には居るのですよ。本国に伝えるべきでしょうね」

 

 男は私に勝てないと悟ったこの段階で、ようやく話を聞く気になったようだ。

 私の言葉に顔色を失って行くが、本国へ、と言う台詞に希望を取り戻した。

 

 本国へ帰れ、そう言ったのだと、良く理解(わか)った様子だ。

 

 私はにっこりと微笑んで見せる。

 

「今更ですが」

 

 正面に居た筈の私の声が真後ろから聞こえた事を、彼はどんな表情(かお)で受け止めたのだろうか。

 

 私のメイスが振り下ろされるその瞬間まで、彼は振り返る事は無かった。

 

 

 

 周囲に探知を走らせ、探査を飛ばして此方に興味を持っているらしい反応が無いことを知った私は、荒れた現場の後始末を始めた。

 風で散った肉片その他を浄化させ、ただの土に馴染ませる。

 奇跡的に喉元の一撃だけで済んだ死体は手足を斬り落とし、残りは舟の部品と共に焼却して灰にする。

 

 焼け跡が残ってしまったが、まあ、気にしないことにしよう。

 

 現場は荒れているが、人が死んだ跡には見えない……と決めつけて作業を終わらせ、続いて私は最大範囲で探知を起動し、そのまま東方向へ走ってみる。

 半分諦めつつの作業だったからか、東――聖教国方面へ急ぐような反応を見つける事は出来なかった。

 

 まあ、逃してしまった物は仕方がない。

 

 それこそ、このまま逃げてしまえば私はひとりになれるのだと気付いたのは、残念ながら街に戻り、魔女の屋敷の玄関に入った後の事だった。




いい加減、仲間が出来て嬉しいと、素直に認めて欲しいものです。


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そして安息へ

人形に糖分は必要無い? そんな事は有りません。


 八つ当たりでストレスを発散した私が魔女の屋敷に戻ったのは、午後のおやつの時間だった。

 

 時間が丁度すぎて、私が買い込んだ菓子類を出すには遅い。

 エマが自分で選んだお菓子――ただし、出資は私――と、この屋敷の料理人が焼いたパウンドケーキを前に目を輝かせており、そんなエマに紅茶を淹れながら、説教メイドが微笑んでいる。

 

 まあ、エマの見た目だけは可愛らしいのだから仕方がないが……うっかり目を離すと、説教では済まない事を仕出かす問題児だ。

 メイドさんの笑顔が曇らないことを祈るしか無い。

 

「マリアちゃん遅いよぉ! 先に食べちゃおうかと思ったよぉ!」

 

 リビングに入った私を見つけると、エマはプリプリと怒ってみせる。

 私は適当に笑って誤魔化すと、そんなエマの隣に腰を下ろした。

「食べてても良かったのですよ? 良く我慢出来ましたね」

 何となくその頭を撫でながら、私はやはり適当に答える。

 

 実際は、律儀に待っていたのでは無くて、本当にタイミングが良かっただけだろう。

 

 思ったことを口に出してしまえば、きっとエマの機嫌を損ねる。

 私は曖昧な笑顔のまま、持て余し気味の視線を室内に彷徨わせるのだった。

 

 

 

 おやつの時間はエマと少年少女組の輝く笑顔が眩しく、自分が失った時間というものを考えてしまった。

 そう言えばドーナツを見掛けなかったので、今度イリス辺りに相談して作って貰おうか。

 

「マリア、その、頼みが有るんだが」

 

 私の前に並んで立つ2人に、向けられる用件の見当が付かない私はついつい、全く関係ないことを考えてしまっていた。

 桜餅とかも食べたいな、って言うかこっちの世界では桜を見たことが無いな。

 

「マリア、頼むから真面目に聞いてくれないか?」

 

 呆れたような顔と声に現実に引き戻され、私は億劫な口を動かす。

「聞いていますが、何というか。珍しいと言うべきか、そんなに仲が良くなったのかと喜ぶべきか迷ってしまいまして」

 生温い微笑みをカーラに向けて、その視線をカーラの隣に立つ……確かレイニーと言う名の錬金術師にも向ける。

 意思が強そうな目付きだが、カーラと仲良くなってしまう辺り、どこか抜けているのではないかと心配してしまう。

「マリアさん、カーラさんの事は聞いています」

 レイニーの言葉に、私だけでなく、私の後ろに居るイリスとリリスも何の事やら、という視線を彼女へと集中させた。

 

 メアリーお嬢様は、只今お散歩中だそうである。

 

「カーラさんは、ドクター・フリードマンの最後の人形なんですよね?」

 

 しっかりと私の目を見て言うレイニーに何とも言えない引き攣った笑みを返してから、カーラをひと睨みした。

 イリスは額に手を当てて嘆息を漏らし、リリスは小さく肩を竦める。

「カーラ、この粗忽者。貴女(あなた)はなんでそう気軽に……」

 私の言葉は続かない。

 

 怒るのも筋が違う気がするし、しかし放置してしまうのも危険だ。

 今回はたまたまイリスのクランメンバーで、まあ、見るからに善良そうなお嬢様だから無事で済むかもしれない。

 

 しかし、もしも私が初対面の相手にそんな事を言われたら普通に衛兵に通報するか、魔法協会(ソサエティ)に売り払うだろう。

 

「いやでも、レイニーは良い子だぞ?」

 

 説教用の言葉に悩む私を、不思議そうなカーラの声が逆撫でする。

「それは見れば判ります。私が呆れているのは貴女(あなた)にですよ」

 声が荒れそうになるのを抑える私の様子を見ていたイリスが、笑いを堪えて私の肩を叩く。

 

 ちなみに、私が双子と一緒にいるのはたまたまで、酒場に行くからと誘いに来ただけだ。

 同じタイミングでカーラ・レイニー組にも声を掛けられ、珍しいと足を止めて話を聞くことになったのだが。

 

 話の内容以前に、カーラの迂闊さに頭痛を覚える。

 

「まあ、それについては後ほどみっちりとお説教します。頼みとは何ですか? 話を聞くことですか?」

 

 溜息を小さく()いて、私はこの後の予定と、遅れ馳せの揚げ足を取る。

「いや……ああ、ええと、その、な?」

 余りにもタイミングを逸した揚げ足取りに、カーラは反応に窮したが、すぐに気持ちを切り替え、そして良い難そうに言葉を濁す。

 言いたいことを察しろ、と言う事だろうか。

 

「要領を得ませんね。何ですか、此方のクランのお世話になるから私たちとの旅は終わる、とか、そういうことですか?」

 

 少し考えた私の口から漏れたのは、どちらかと言えば私の願望だった。

 即座に、カーラはげんなりと表情を変える。

「悪くはないが、私は冒険者ではないからな。このクランは、冒険者だけが所属出来るのだろう?」

 私に何か可愛そうなモノを見る目を向けてきた。

 非常に心外な対応である。

「え? 私、冒険者じゃないよ?」

 カーラの隣でレイニーが不思議そうに声を上げ、そして2人は顔を向け合う。

 話が進まない。

 私はジト目になり、イリスは声を殺して笑っていた。

 

 

 

 立ち話も何だし、酒場で人形云々と話されてもたまらない。

 イリスに促されて彼女の私室に踏み込んだ私達は、改めてカーラの頼みとやらを聞いてみた。

 

「いや、その……マリア、悪いんだが……魔法銀(ミスリル)を含む素材を、分けてくれないか?」

 

 別の言葉を期待していた私は素直にがっかりしたが、それなりに思いもしなかった言葉だったので、きちんと理由を聞いてみようと考えた。

「私がそれに頷くかどうかは別として、理由をお伺いしても?」

 私が言葉を向けると、カーラはもじもじと、その白い手袋に覆われた両手指を組んだり解いたりしている。

 

 乙女か、お前は。

 

「ええと……私の手足になる人形を、何体か造りたいのだ。今のままでは、ただの足手まといでしか無いし」

 

 もじもじして言う事が、ひとつも可愛くなかった。

 私は思わずイリスと、そしてリリスに顔を向ける。

「私は門外漢だから興味本位でしか無いんだけど、アナタ、その人形を造れるって事?」

 リリスが私の顔を見て小さく嘆息してから、その顔をカーラに向けた。

 造れなければ言い出さないのだろうが、しかし、今までそんな素振りも見せなかったのだが。

 私も単純に興味が湧いたので、無言で首を巡らせる。

 

「人工精霊以外なら、一応、設計図は()()に有る」

 

 自信なさげに、カーラは自分の頭を指さした。

「だが、いかんせん500年以上も昔の設計だ。せっかく腕の良い錬金術師と知り合いになれたのだし、彼女の力も借りてみたい」

 いつもの尊大さは鳴りを潜め、縋るような目で懇願してくる。

 要するに、自身が戦力になっていない現状を変えたいという言い訳の下、人形作りに友達と挑戦したい、という事か。

 

 拒絶する理由はひとつしか無いが、それとは別に引っ掛かることが有り、私は視線を天井あたりをウロウロさせる。

 

 ……友人を連れて、堂々と私に素材を強請(ねだ)った、と言う事は。

 カーラ(このバカ)は、私の正体もうっかり話していると言う事だろう。

 

 たぶん気付いているであろうリリスと、気付いているかちょっと怪しいイリスに顔を向け、私達はそれぞれ困った表情を見せあうのだった。




お友達が出来て、嬉しかったのでしょう。


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カーラとお友達の挑戦

マリアは隠したがっていますが、正体を明かすデメリットとは何でしょう?


 うちのカーラが、お友達と人形を作りたいから材料をちょうだい、と、夏休みの自由研究をしたい子供のような事を言いだした。

 その件も含めて、取り敢えず話を聞いてみると言うことで、カーラには床に正座して頂く。

 

 尋問からのお説教コースが予想されるのだが、当の本人はまだその事に気づいた様子はない。

 

魔法銀(ミスリル)を30キロ、いや、50キロで良いから! 100キロ有ると嬉しい!」

 

 ……交渉は普通、多めの数字から始めて、徐々に下げるように見せ掛けるものだろう。

 増やしてどうする。

 

 リリスは俯いて肩を震わせ、イリスは隠す気も無く爆笑している。

 豪快な交渉術に、お友達のレイニー嬢も困惑しているではないか。

 

「まあ、素材については検討しますが……。それよりカーラ。貴女(あなた)、そちらのお友達に、素直に話したのですか?」

 

 要求は理解した。

 その上で、私はまず、とても気に掛かる事の確認を試みる。

 とは言え藪を突付くのも恐いので、微妙に言葉を濁して。

 

 必死の懇願顔だったカーラは、私の言葉に一瞬考える顔をして、すぐに笑みを咲かせる。

 

「うむ! 怖かったが、隠し事をするのが嫌だったからな! ()()()()()()()()()()()()()()()が、レイニーにだけだぞ!」

 

 元気良く答えるカーラの笑顔咲き誇る脳天に、私の拳が真っ直ぐに振り下ろされる。

 正座させていて良かった。

「痛い!」

 なんでそれを、笑顔で報告出来たのか。

「わはははは! 駄目だ、ハラが(いて)え!」

「わら、笑い事じゃないでしょ! っふ、あはははは!」

 イリスがベッドの上で悶絶し、リリスがフォローしようとして果たせず、口元に手を添える。

「何をするんだ! 私は繊細なんだぞ!」

 そんな双子の様子には目もくれず、カーラは涙目で頭を抑え、私を見上げて噛みついてきた。

 その顔面を、私は右手で鷲掴みにする。

 

 そう言えば、初対面時にもやった気がするな。

 

「状況把握の方にこそ、繊細になって頂きたかったのですが? 貴女(あなた)は良いかも知れませんが、私とエマは悪名しかないザガン人形ですよ? 普通に居づらいのですが、どうして下さるのですか?」

 

 私の苛立ちに呼応してか、背筋からうなじにかけて、チリチリと魔力が電気を帯びて走る。

「ま、待て待て! お願い待って! 電撃は嫌だあ!」

 慌てたカーラが半泣きで私の右腕に取り縋り、必死に叩いて懇願する。

 彼女も、同じ場面を思い出したのだろう。

 

「あ、あの、カーラさんを許してあげて下さい、私が色々訊いてしまったんです」

 

 レイニー嬢が、流石に私に取り縋るような真似こそしないものの、しかし本心から申し訳無さそうな顔を私に向ける。

 カーラのクセに、良い友達を得たものだ。

 

「そこで誤魔化さずにホイホイ話してしまったこの馬鹿が問題なので、貴女(あなた)は悪くないですよ」

 

 私はにっこりと微笑んで、レイニーが安心出来るようにと心を砕く。

 

 魔導師や錬金術師は、基本的に好奇心旺盛で知りたい事には臆せず突っ込んでいくものだ。

 偏見かも知れないが、そういうものだと思って対応すべきところを、カーラ(このバカ)は問われるがままに答えてしまったのだろう。

 

 私の素性を知られる事も勿論問題だが、むしろ一般人がそんな存在について「知ってしまう」危険と言うモノを、少しは考えるべきだと言うのに。

 

「ただ、何度も言いますが、私はあまり人に受け入れられる類の存在では有りませんので、あまり大っぴらに外で話さないようにお願いします。私を捕縛か破壊したい者達が、貴女(あなた)に危害を加えようと、しないとも限りません」

 

 言いながら、私はそれが杞憂だろうとは思ってもいた。

 

 レイニーに危害を加えようとする、と言う事は、そこで笑い転げている双子の魔女に喧嘩を売るに等しい。

 下手すると企てた時点でバレそうだし、そんな輩を見過ごすような人の良さは持ち合わせて居まい。

「まあ、ウチのメンバーにどうこうしようってんなら俺が動くけど、そうだな。レイニーちゃん、俺からも頼むわ、あんまりこいつらの正体は、言わないでくれるかな?」

 私の推論を補強する心算(つもり)も無いだろうが、イリスは笑い過ぎの涙を拭いながら、自身のクランメンバーに言った。

 命令でなくお願いである辺り、イリスに深く根ざす、人の良さを感じなくもない。

 

 仲間を大事にするからこそ、敵かも知れない存在には、手を抜く事をしないのだろう。

 

 涙声で必死に謝罪するカーラも、いい加減なんで私が怒っているのか理解出来た……と、思う。

「私の所為で友達を危ない目に合わせたのは謝るから! ごめんなさい、電撃は嫌だあ!」

 ……いや、私はお前の所為でまた双子に目を付けられる寸前まで行った事に対して怒っているのだが。

 溜息を()きたい私の肩を、いつの間に背後に立ったのか、その片割れが叩く。

「ウチのを心配してくれたのは有り難いけど、あんま仲間をイジメてやるなよ。本気で泣いてるじゃねえか」

 台詞は真っ当だが、笑いが漏れていては台無しである。

 

 と言うか、イリスも私を誤解している。

 

 正直に我が身可愛さだと言っても良いのだが、まあ、幻想を壊すのも気が引けるし、このままで良いだろう。

 子供には夢を見る時間が必要、誰かがそんな事を言っていた気もするし。

「……お友達は大事になさい」

 適切な言葉に思い当たらなかったので、何となく当たり障りのない言葉で誤魔化し、私は素直にカーラを解放した。

 そのカーラは解放された喜びを噛みしめる間もなく即座に土下座の姿勢に移行し、私への謝罪とイリスへの感謝を口にしていた。

 

 特に興味も無いので、当然のように聞き流したが。

 

「ともあれ、事情は理解(わか)りました。ですが……」

 私は後方のイリスへと、身体(からだ)ごと向き直る。

 向けられた方は、笑いを収めてきょとんと私を見返している。

 

「良いのですか? 貴女(あなた)のクランのメンバーが人形を造るというのは、あまり外聞の良いものになるとも思えませんが」

 

 そんな様子を気にせず発した私の言葉に、双子は顔を向け合う。

「良いんじゃないの?」

 姉の方が、まず口を開いた。

 とても深く考えたとは思えない判断の速さが、若干気に掛かる。

「別に大丈夫だろ? 人形師がみんな人嫌いって訳でも無いし」

 妹の方も、ものすごく楽観的に言う。

 まあ確かに、例えばカーラを制作したドクター・フリードマンに関して、特に悪い話は聞いたことが無い……と思う。

 彼の場合は、人間不信ではあったものの、だからこそ、家族として人形を造っていたと聞いたような気がする。

 

 うろ覚えだが。

 

「問題はむしろ、人形造りって、なんか特別な設備とかが必要なんじゃないのか? ってコトかな」

 

 私が自分の記憶に疑問の目を向けた間隙に、イリスの言葉が滑り込んできた。

 思わず考えそうになった私だが、そもそも私には人形制作のノウハウは無い。

 素直に私は振り返り、視線をカーラへと向けた。

 

「え? いや、人工精霊が必要では無いから、特別な設備も必要では無いな。ただ、それなりの量の金属類だったり、その……」

 

 涙を拭ったカーラが元気に答えるが、その声はすぐに言い難そうに詰まる。

 少し困った様子のカーラの様子を不審に思った私だが、すぐにその理由に気が付いた。

 

 なるほど、生肉を大量に使うので保管場所を用意して下さいとは、言い難かろう。

 

「素材を置く場所が必要になるのですね? それも、鮮度を維持しつつ保管出来るような」

 

 察した私が言葉を選んで口を開くと、カーラはぶんぶんと頷き、レイニーは訳が理解(わか)らないという顔を向けてくる。

 それは、彼女のクランマスターも同じだったようだ。

 

「素材はともかく、鮮度ってなんだ?」

 

 イリスの声に、レイニーも頷いた。

 私は困る。

 

 イリスやリリスはともかく、レイニー嬢は普通の感性の人間であろう。

 だからこそ、カーラも言い淀んだのだ。

 ここで私が無神経に言ってしまえば、そんなカーラの気持ちを無視するようで楽しくも有るが――聞かされるレイニー嬢は楽しくもなんとも有るまい。

 

「あー……カーラよりも私のようなタイプの方がむしろ必要なのですが。人工筋繊維や疑似筋肉類、疑似外装……要するに皮膚の素材として、動物性タンパク質を多く含む素材が好ましく、使用用途も広いので、必然量が多いのです」

 

 言い回しに苦心した割りに、あんまり隠せていない。

 イリスはぽんと手を叩くと、納得顔で口を開く。

「ああ、生肉が大量に必要で、それを良い状態で保管しときたいって事か」

 せっかく私が直接的な表現を避けようと無駄に頑張ったのに、直訳されてしまった。

 完全に理解してしまったレイニー嬢は、自分の工房に生肉を積み上げられる様子を想像したのか、素直に嫌そうな顔だ。

 

 まあ、外骨格式だったら、完全機械式も無くはないのだが……カーラがそれの造り方を知っているかは謎である。

 

「冷蔵庫は有るけど、大きさに限度は有るし……魔法鞄(アイテムボックス)でも使うか? でもなあ……」

 

 イリスが腕組みして天井を見上げる。

 それも手だが、もっと簡単な方法が無いものか。

 

 そんな都合の良い事に心当たりが無くもない、しかし全く確証のない私は、それを口にする事を躊躇するのだった。




この街に来たばかりのマリアに、心当たりが有るとは思えませんが。


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お屋敷問答

マリアの心当たり、という時点で、ろくでもないモノだと思います。


「ファルマン様」

「頼むから、イリスって呼んでくれ」

 真面目くさって名を呼べば、げんなり顔で訂正を要求された。

 本人の言動から、貴族扱いを嫌がりそうだと勝手に思い込んでいたが、どうやら当たっていたらしい。

「……では、イリス様」

「様もいらないよ。で、なんだ?」

 じゃあ、と、フレンドリーに呼び掛ければ、これもお気に召さない様子だ。

 難しい小娘である。

 話が進まないので、適当に呼ぶ事にしよう。

 

「イリスさんのクランに、腕の良い探索(シーカー)系の職の方は居られますか?」

 

 私の言葉に、今度は反発ではなく、イリスは自分の姉の方へと顔を向けた。

 

 実際の所、私の心当たりを調べるにあたって特に探索系の人員が必要な訳では無い。

 まず、私やアリス、たぶんカーラもそれ系の魔法は使える。

 勘などのセンス系技能では遅れを取るだろうが、ある程度時間を掛ければ似たような事は出来るだろう。

 なので、私のこの質問は、単純にこの双子の興味を引きたいだけだったのだが。

 

「……居すぎてわからん」

「半分くらい斥候(スカウト)よね、ウチ。なんでこんなに偏ってるの?」

 

 だったのだが、双子はなんだか想像してなかった方向に話を持っていく。

 どう言うことだ?

 

 私の悪い癖で、横道に逸れた話に興味を惹かれてしまう。

 

「……本気で理解(わか)らん。なんなんだろうな。んで、腕の良い斥候(スカウト)になら困らんけど、それが?」

 

 私は好奇心を抑え込み、此方に顔を向けるイリスへと口を開く。

「……なんでそんな状況なのか非常に興味がありますが、酒の席ででも教えて頂きましょう。それならば、数名、少しお力をお貸し頂きたいのです」

 抑え込みに失敗しながら、取り敢えず伝えたいことを伝える。

 

 カーラの懇願からの説教、そしてこの私の発言について、室内の誰もが流れを把握出来て居ない。

 困惑顔が並ぶ中、おずおずと手が挙がる。

「あの、な? マリア、私の頼みに関連する何かに、心当たりがある、と言うのは理解出来た。だが、それに探索者(シーカー)やら斥候(スカウト)やら、何の関係があるんだ?」

 挙手の意味は相変わらず不明だが、その疑問は誰もが共通していただろう。

 カーラの情けない顔に視線を向けて、私は恐らく、この場では彼女にしか理解(わか)らない事を言う。

 

「あの『霊廟』はどうやら多層構造らしい、と言う話は覚えていますか?」

 

 困惑から疑問に変わった顔が並ぶ中、同じように考え込んだカーラが、はっとして私を見る。

「ああ、賢者が言っていたやつか! ……いや、それがどうしたんだ?」

 思い出したらしいカーラだが、しかし、それと彼女の望みとが結びつかないらしい。

 まあ、当然である。

 

 私だって、確証をもっている訳ではないのだし。

 

「なんだ? 話が見えないんだが、霊廟って何処のだよ。っ()ーか、賢者って誰?」

 

 話に出てきた単語に全く心当たりのないイリスが私に表情のままの疑問をぶつけ、その隣に腰掛けたリリスも興味深そうに私を見ている。

「賢者様については、追々お話致します。『霊廟』については……イリスさん、今ここで、私の魔法道具を出しても構いませんか?」

 説明をするなら、実物を見せたほうが早い。

「はあ? ここで? ……この部屋に収まる大きさだろうな? ヤだぞ、部屋が荒らされるの」

 イリスの返事に、広いが無駄なものを置いていない、シンプルな室内に軽く視線を走らせる。

 

 非常に残念だが、私の手持ちでは、出すだけでこの部屋を荒らす様なモノは無い。

 

「問題御座いません。何か有ったら逃げますので」

 

 仕方が無いので、取り敢えず不穏な言葉で不安を与えてみる。

「問題しか()えよ。まあ良いや、やらかしやがったら全力デコピンな」

 不安にさせる予定が、逆に不安にさせられてしまった。

 私は小さく咳払いして、比較的広く空いている空間へと足を向ける。

 

 まあ、ドア1枚出した所で、部屋を荒らす事も出来ないのだから、問題は無い。

 

「それでは、失礼いたします」

 

 言葉とともに私の魔法鞄(マジックバッグ)から取り出された純白のドアを眺めて、見知ったカーラ以外は揃ってぽかんと口を開けるのだった。

 

 

 

 ドアを開けて双子と錬金術師、そしてカーラを招き入れる。

 キョロキョロとホールを見回す客人たちは、なかなか言葉が出ない様子だ。

 少しだけ、その様子が面白い。

 

「なに……コレ。なんでこんなに広いの? あの大扉は飾り?」

 

 ホールの奥を見て天井を見上げ、そして振り返ったリリスが、好奇心に目を輝かせて1番に口を開く。

「いえ、あれも使えますが、あれはここから出ることしか出来ません。外であのサイズの扉をだすのはちょっと……」

 やっと見た目相応な様子を見せたリリスが思いの外可愛らしく、私はつい、丁寧に説明してしまう。

「あんなモン部屋で出されてたら、キレてたわ」

 同じようにあちこち見回していたイリスだが、私の説明に即座に反応し、ジットリとした目を向けてきた。

 出せないのだから良いだろうに。

「これが、私たちの生活拠点。各々が好き勝手に呼んでますが、正式名称は『霊廟』と言います」

 そんなイリスをひとまず無視する。

 初めて足を踏み入れた3人は無駄に広いホールとそこから奥へ繋がる何本かの廊下を見て、改めて私の方へと、揃って顔を向けた。

 

「広すぎて不便そうね」

「屋内の移動に自転車が欲しいな」

「建物の中で遭難しそう……」

 

 3者3様の反応に、私はなんとも言えない微妙な表情を浮かべてしまう。

 実際、部屋に帰るだけで結構歩くのだ。

 カーラはそんな3人の反応が意外だったのか、少し驚いた顔をしている。

 

 お前は、この広いだけの空間が褒めちぎられるとでも思っていたのか。

 

「……んで? 斥候(スカウト)出して、この中探ろうってのか? お前さん、持ち主なんだろう?」

 イリスは天井あたりに視線を走らせながら、声だけを私に向けた。

 もっともな疑問である。

「ええ、持ち主ではあるのですが。困ったことに、全てを把握しているわけでは無いのですよ。詳しくは、イリスさんのお部屋に戻ってからお話ししましょう」

 とりあえずここでしたい事と、ここが無闇に広い事を認識して貰えたと思った私は、当然のように帰還を提案した。

 だが、それに対しては4人が、驚いたように振り返った。

 

 ……なんで今すぐに行動すると思ったのか。

 カーラも、なんで驚いているのか。

 

「……私たちはともかく、リリスさんとイリスさん、それにレイニーさんが急に姿を消したら、皆さん驚くでしょう。行動するにしても、きちんと必要な準備と連絡は行っておくべきです」

 

 まかり間違ってあの不死姫(アンデッド)お嬢様などを怒らせては洒落にならない。

 それに、イリスは特に、例えばあの眼鏡男子とかメイドっ子に説教でもされそうな予感も漂う。

 私の溜息混じりの言葉に、顔を見合わせた双子は半眼を向け合い、それを眺めるレイニーもまた、少し種類の違う半眼を2人に向けている。

 

 下手に触れるのは止めておこう。

 

 なんだかんだ言ってもこの空間を探検したかったのか、特にリリスが名残惜しそうに廊下の方を何度か振り返り、そんな姉を引っ張るイリスを先頭に、私たちはイリスの部屋へと戻る。

 そこで今後の行動について相談する、と言う事で、イリスが最も信頼するクランメンバーらしい、眼鏡男子ことタイラーと、その相棒のジェシカと言う金髪美女が呼び出された。

 

 メンツを揃えて見れば、ある程度以上私の事を知っている顔ぶればかり。

 

 ならば隠し事も特に意味は無いと判断した私は、「霊廟」について私が知っていることと、カーラの望みに繋がる何かについての予測を話す事に決めた。




人様を招く態度というものを、もっとしっかりと教えるべきでした。


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霊廟探索

そこの探索は、徒労に終わると思われますが……。


 私の心当たりと言うのは、まさにここ、「霊廟」にある。

 先代がマスターであるサイモン・ネイト・ザガンの命により作り上げたこの「霊廟」だが、私は驚くほどこの施設について知らない。

 

 好奇心に任せて「霊廟」内を探索したりもしたのだが、いかんせん広い。

 広い上に、私があちこち見た限りでは、食堂や書架室――著書室というほど広くはない――、私たちがよく屯している談話室、それにメディカルルーム。

 そう言った特徴的な部屋以外は、全てが比較的簡素な客室のようだった。

 何を想定して、これほど多数の客室を用意しているのだろうか。

 そう言った私にとっての謎が多いが、その原因は先代にある。

 

 先代は、魔法やそもそもの肉体の動かし方について厳しく細かくレクチャーはしてくれたが、この「霊廟」については、ほぼ何も教えてくれなかった。

 この身体(からだ)を維持するためのメディカルルームと、そこで使用する素材を保管するための保管庫、及び貯蔵庫の存在と場所は教えられたが、客室の総数等は教えられていない。

 それどころか、私は、賢者に言われるまで、この魔法空間が多層構造になっていることさえ知らなかった。

 

 この「霊廟」が層をなすのであれば、錬金術どころか、人形を造るための設備がどこかに存在するのではないか?

 先代が言及しなかった以上存在しない、などと考えられるほど、ことこの件に関しては、私は先代を信頼していなかった。

 

 とは言え、突拍子のない考えだとは思う。

 だが、賢者の一言で改めてここについて何も知らない事を不審に思った私は、エマを見ていて思っていたことも合わせて考えたのだ。

 私が先代の説明を真面目に聞いていなかったと言う可能性も、勿論ある。

 

 だが、エマがマスターの命令を曲解したり、自身の設計コンセプトに逆らうような戦闘スタイルを選んでいるように。

 ――先代もまた、マスターの命令を何か、曲解ないし無視しているのでは無いだろうか。

 しかし、エマが完全にその命令から逃れ切れているとは言えないのと同じく、先代も完全に無視することは出来なかった。

 

 だから、たまたま目の前を通り掛かった私の魂を拾い上げ、己の後継として、かつ、マスターの命令を無効化するために、私にこの身体(からだ)を預けたのではないか。

 

 飛躍しすぎだと思うし、話が大きく横に逸れたので簡潔に続けるが、先代はマスターの後継に成り得る人形師を此処に招く役目を負っていたのではないか。

 しかし先代は、ザガン氏以外をマスターと認める気にはならなかったのではないか。

 

 だからこそ、「霊廟」完成後も、あの石造りの寂しい建造物を、離れることをしなかったのではないか。

 

 仮に仮を重ねて強引にそれが真実だとすれば、此処に人形を造るための設備が無いのはおかしい事になるだろう。

 

 先代の真意が不明だし矛盾もはらんでいると思う。

 だから、思いついた当初はただの空想だと自分の中で終わらせていた。

 

 しかし、賢者の示唆した他の階層(フロア)に人形工房が存在するなら、私の空想は予想になる。

 

 ――要するに、その程度の薄いにも程がある理由で、私は「霊廟」を開示し、更にはその内部の探索のために他人の手を借りようとしているのだ。

 

 

 

 改めて私たちが「霊廟」に足を踏み入れたのは、日を跨いだ翌日の午前のことだった。

「うー、だりぃ。頭(いて)え。誰だよあんなに呑ませやがった奴ァ……」

 イリスが青い顔でブツクサと文句を言っている。

 緊張感というものについてもっと真剣に考えて欲しいのだが、言っても無駄であろう。

「ホントよね。少しは加減ってモノを覚えて欲しいわ……」

 その隣で、リリスも妹と変わらない体たらくで愚痴を零す。

 

 ツッコミ待ちだろうか?

 

「……俺の記憶では、2人とも勝手に呑んでいたように見えたのだがな」

 眼鏡を押し上げながら、長身の男が仕方無さそうに口を開いた。

 一緒にいる金髪女の方は、にこにこと2人を見ているだけだ。

 

 よくよく珍獣扱いされる双子である。

 

 その双子の顔色が悪いのは、当然宿酔いである。

 昨日一旦戻ってからメンバーの人選を行い、料理人に今日の昼食を人数分弁当として発注すると、夕食までには帰ると言って、双子は冒険者ギルドの酒場へと向かった。

 

 そして夕食の時間を過ぎても帰ってこなかった。

 

 クランメンバーの誰も心配する様子がない事から、いつもの事なのだろう。

 説教姿が印象的だった黒髪メイドの子は、ひとり寂しそうだったが。

 

「私たちは先に休ませて頂きましたが、どうせまた半裸でご帰宅なさったのでしょう? 他所様の所為にする前に、ご自身の行動を省みて正したほうが宜しいのでは?」

 

 他人が酔い潰れようが宿酔いで楽しい有様になっていようがどうでも良いのだが、あのメイド女子の可愛らしい顔を曇らせるのだけは頂けない。

 思わず声が出てしまったが、双子は聞き慣れた台詞に類するものは聞き流すことに決めた様子だ。

 

 代わりに、眼鏡が私の言葉に反応する。

 

「……ウチのクランでは、どうにもこの2人を甘やかしがちだ。お前、マリアと言ったか……ウチでこいつらを躾けてくれないか?」

 私が嫌そうな顔を声の方に向けると、双子もまた嫌そうに眼鏡男を見ていた。

「あらら、良いんじゃない? そうしたら、頭が痛いとか言って酒造所に行く用事をすっぽかす事も無くなるわね?」

 そんな私たちの様子など目もくれず、金髪女……確かジェシカと呼ばれていた女が楽しそうに手を合わせた。

 

 化け物2人の躾役など、心の底から御免である。

 

「そいつ性格悪そうだからパス」

「私は自分を律しているから必要無いわ」

「猛獣を2匹も飼育できる気がしませんので、ご遠慮します」

 私たちは各々好き勝手に口を開き、そして陰険に睨み合う。

 

 誰の性格が悪いと言うのか。

 

 眼鏡男は肩を竦め、そんな私たちをアリスが乾いた笑いで眺めていた。

 

 

 

 探索のメンバーは、私たち4体に双子魔女、その仲間の眼鏡男ことタイラー、その相棒だと言うジェシカ、そして錬金術師のレイニー。

 総勢9名が、和気藹々とイリスの部屋から「霊廟」へと入った。

 とは言え、その内実は明るい、貴族屋敷と言うには少々装飾の足りない、それでも清潔な空間だ。

 

 人形相手に必要か判らない空調もしっかりと完備されているので、息苦しいとかそういう事もない。

 その辺りは、半年程度を此処で過ごした人間が居るのだから間違いない。

 

 そういった設備が存在することもまた、私の空想を後押ししているのだが。

 

「霊廟と聞いていたが……そんな雰囲気は微塵も無いな」

 

 素早くホール内に視線を走らせたタイラーが、率直な感想を短く述べる。

 まあ、このホールを見ては、霊廟だの言われてもピンと来るものも無いのだろう。

「だよねぇ! お墓なんて何処にも無いんだよぉ、ここ! ドレスルームはあちこちに有ったけど!」

 飛び跳ねるように、エマが答える。

 何が楽しいのか、その顔はいつもより輝いて見える。

 

 いや待て、ドレスルームが複数有った……だと?

 そういう大事なことはもっと早く私に報告すべきだろう、何をしているんだこの小娘は。

 

「……とまあ、私も仲間も、本当に最近まで『霊廟』であった事さえ知らなかった有様でして。このフロアだけでも、私は全てを完全に把握出来ている訳ではないのです」

 

 念の為探知を走らせるが、目立った反応で、不明なものはない。

 そんな有様なので、探査を何処に掛けたら良いか判らない。

 一箇所ごとに丹念に掛けていては、どれほど時間が掛かるやら。

 

「なるほど、所で、この屋敷の見取り図は有るか?」

 

 エマや私の言葉を聞いていたのかいないのか、タイラーは顎先に手を添えると考える様子を見せ、そして私へと顔を向けてきた。

 そういった物を要求されるであろうことは予測済みである。

 

「はい。それでは、まずは談話室へ向かいましょう」

 

 私たちが特に意味もなく食後に集い、どうでも良い会話を繰り広げていた談話室。

 そこにそんなモノが有るとは思っていなかったらしいアリス、それにカーラが、目を丸くして私を見ていた。

 

 エマはいつも通り、なにも考えていない笑顔のままだった。




……。


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探検隊突入

意外と考えているようですが、果たして。


 簡単なテーブルセットが中央に鎮座し、書架が掛かる壁には窓もある。

 柔らかな光が差し込んで見えるが、そこから外の様子は見えない。

 

 ただ、何もない空間が、時間帯によって光量を変えるだけである。

 

「これが、この『霊廟』についての書籍になります」

 

 私が談話室の書架から1冊の本を取り出し、テーブルに乗せる。

 ハードカバーのそれを一見して、タイラーは不審げに眉根を寄せた。

 

「……開かなくても判るほど、ページが足りていないな」

 

 閉じたままのその本は、タイラーの言う通り、不自然にページが足りておらず、見てわかるほどの隙間が見えている。

「仰る通りです。この本は、半分以上のページが千切られております。一応、このフロアの見取り図と、大まかな説明は残っていますが……」

 私は言葉を切り、書籍へと目を落とす。

 

「それすらも、途中で途切れている有様です」

 

 私の言葉に、タイラーは腕を組み右手で口元を隠して考え込む様子を見せた。

 双子は揃って興味津々な様子を隠しもせず、アリスもなにやら目を光らせている。

 

 思いの外真面目に考えてくれている様子の面々だが、肝心の中身は見なくても良いのだろうか?

 

「本……見なくて良いのか……?」

 

 同じ事を考えたらしいカーラがおずおずと挙手して、か細い声を絞り出した。

 タイラーは尚も考え込むように動きを止めたままで数秒過ごし、それからようやく手を伸ばす。

 私は阻むこともせず、いつもよりも倍以上の人数を収めた談話室を一旦後にし、食堂にお茶の用意に向かう。

 

 ひとり勝手に退室するとか、客観的に見てかなり胡散臭い動きだと思うのだが、少なくとも表面上、誰も私を咎める事はなかった。

 

 

 

 勿論毒を混ぜるような事もなく、カートを押して談話室へ普通にお茶を運ぶ。

 私が外している間に、めいめい勝手に椅子に腰掛け、タイラーとジェシカ、イリスとリリス、そしてアリスが熱心に本を覗き込んでいる。

 

 実に窮屈そうだ。

 

「マリア、悪いがこの見取り図の、此処なんだが……」

 

 お茶を淹れる私に、タイラーが声だけを投げてくる。

 私はお茶くみをカーラに押し付け、タイラーの傍らへと足を進めた。

「此処と、此処、それと此処だ。調べたことは?」

 私の気配を感じたのか、タイラーは次々に看取り図上の数カ所を指さした。

 言われて覗き込み、私は脳内でそのポイント周辺の様子を思い起こす。

 

 それは各ブロックの区切りというか、角地と言うべきか。

 巨大な柱状に一部が区切られ、小さめの未使用区画になっている。

 当然怪しいと思った私が割りと早い段階で探査し、視認まで行ったポイント群である。

 結果その周辺に、目を引くような何かが有った記憶もないし、不審なモノと言えばそもそもこの空間そのものが不審だ。

「歩いたり、探知を行った事は有りますが、特に気になることは有りませんでした。ですが、私はそもそもの出自がアレですし、人が隠れているとか不審物が有るとかならまだしも、遺跡調査のような細かな探知が出来る訳でも有りませんので……」

 途中で言葉を濁したのは、そもそも私は人を殺すことを目的として作られた人形がベースなのだ、という事を隠しただけだ。

 しかし、こういう言い方をすれば、適当に誤解してくれるだろう。

 

「恐いねえ、殺人人形ってのは」

 

 残念なことに、誤魔化されも騙されもしてくれないらしい。

「酷いですね。私は人も殺せる人形である、というだけですよ。基本は至って普通の陽気などこにでも有る人形です」

「陽気に会話できて、茶まで淹れて、そんで人も殺すような人形は普通じゃ()えよ」

 私の悲しい言葉に、イリスは正論を被せてくる。

「そもそも人形が動く時点でホラーでしょ」

 リリスが、優雅にお茶を口に運びながら冷やかす。

 

 そんなホラーな存在が4体、此処に居るのだが。

 

 カーラがバツが悪そうにレイニーを見ている様子がなんだか可哀想に思えてくるが、当然フォローはしない。

「戦士職を素手で圧倒するような魔導師も、相当な怪異だがな」

 口を開いたのは、私ではなくタイラーだった。

 

 ……普段からそんな真似をしているのか。

 

 私が双子に白けた視線を送るが、送られた方はビクともしない。

「俺らが悪いんじゃ()えだろ、それ。鍛錬が足りねえよ、鍛錬が」

 すぐに噛みつくイリスだが、タイラーの方は見取り図を眺め、ページを前後させては気になるらしいポイントに指を置き、なにやら考え込んでいる。

「フロア見取り図だってのに、これ何ページ有るんだ? 私はもう、何処を見てるのか判んなくなってきたよ」

 アリスが冒険者だったとは思えないような事を言って背凭れに身体を預け、行儀悪く茶を啜った。

 まあ、気持ちは理解(わか)らなくもない。

「もう、素直にタイラーくんとジェシカさんに任せたほうが良いかしらね?」

 リリスは優雅な動作で茶を楽しみながら、しかし思考は回転させたまま、そんな眼差しで少し遠くから見取り図に視線を送っている。

 

「私は、ただ人形を造りたいだけなんだが……」

 

 カーラの声はやはりか細く、レイニーがちらりと視線を向けた以外は、誰も反応しないのだった。

 

 

 

 結局、経験持ちを中心に動くしか無いのが現場というもので。

 この場合の経験というのは、ダンジョンなり遺跡なりを実際に踏破なり調査なりをした人材、と言う事だ。

「それじゃあ、私とタイラーが見当をつけた辺りを適当に調べてみましょうか」

 金髪美人斥候(スカウト)のジェシカが元気良く右手を上げ、その相棒は無言でその隣を歩く。

 

 つまり、ジェシカがこのメンツの中ではそう言った経験が最も豊富だった、と言う事だ。

 

「マリア、こいつ、タイラーくんな? 暗殺系の技能持ちの斥候(スカウト)なんだぜ? 似合いすぎて漫画みたいだろ?」

 

 2人を先頭に、後ろをついて歩く私たち。

 イリスが私の肩を叩き、無遠慮にタイラーを指さしながら軽口を叩く。

「また物騒な……。では、ジェシカさんも?」

 そうであっても無くても驚きはないし、むしろイリスの気安すぎる態度の方が気になるというか恐いのだが、そんな事はおくびにも出さない。

「んー、私は純粋な斥候(スカウト)よ」

 私の何気ない呟きに、ジェシカが振り返ってウインクする。

 美人がそういう動作をすれば可愛くなるというのは、なんだかズルいと思う。

「ジェシカさんが純粋な斥候(スカウト)と言う事は……言うならば、タイラーさんは不純な斥候(スカウト)ですか」

 何の気無しに口の端から転がり落ちた言葉に、ジェシカとイリスが目を合わせ、そして2人同時に吹き出す。

 タイラーは忌々しげに首を振ると、肩を落として嘆息した。

 

「随分懐かしい事を言われたな。お前はイリスと気が合うのかもな」

 

 タイラーが何を言いたいのかは全く不明だったが、たぶん酷い罵声だろうと思う。

 そんな言葉を浴びせられた私は、純粋にイリスの同類認定されたことを不服に思うのだが、口に出して反論はせず、同じように肩を竦めて返しただけだ。

 

「やっぱ広いってここ。自転車欲しいなあ……」

 

 笑いを収めたイリスがしみじみと放った言葉に、私も薄っすらと同意するのだった。




……床を汚すような真似は止めて下さい。


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付き添いは無責任

注意力と集中力が散漫で、良い子だと思っていたのですが。


 自転車、と言う単語に興味を示した錬金術師にやけに細かい説明を行うイリスと、それを呆れたように眺めつつ歩くリリス。

 自転車を知っている私とアリスは有れば便利だけど、車種によってはこの世界では使用が厳しい、とか、無責任な話を広げ、自転車を知らない他のメンバーは何を言っているんだという顔で、やはり全員足を止めることはない。

 

 取り敢えず、次の目的地で4箇所目。

 敵が居る訳も無いこの「霊廟」内で、目的は別のフロアへの移動経路の発見。

 集中こそすれ緊迫感など皆無なこの作業、最終目標は人形工房の発見なのだが、それについては確信を持って「有る」と言い切れるものでもない。

 

 無かったら――さて、どうしたものか。

 

 まあ、私は最初から確証は無いと言っているのだし、謝れば許されるだろう。

 

 

 

 これ見よがしに怪しい、巨大柱というべきか、隔離ブロックと言うべきか。

 4区画目を丹念に調査した私――ではなくジェシカとタイラーだが、やはり何か特別な仕掛けなどを見つけることは出来なかった。

 

 私ですらかなり早い段階で怪しいと思って調べ、そして何も見つけられなかった場所でも有る。

 そこを本職の斥候(スカウト)が本気で調査して何も見つけられないのであれば、そこには何も無いのだ。

「こうなると、他の場所も結果は同じだろうな。ジェシカ、何か気になる事は有るか?」

 タイラーが考え込む癖で腕を組み顎先に手を添えて、相棒へと顔を向ける。

 いや、本当に考え込む時の癖なのかは知らないが。

「うーん。違和感が有ると言えばむしろ……って感じかなあ? 一回、基本に帰ろうかなって」

 こちらは口元に人差し指を添えて、視線を上に向けつつ答える。

「確かにな。俺達はダンジョン調査の要領で進めようかと思ったが、事はもっと単純なのかもしれん」

「基本って? 単純ってなんだよ?」

 そんな2人の会話に、イリスが割って入る。

 私も気になって顔をそちらに向けると、考え込むタイラーに、全員の視線が集中していた。

 

「未知の空間と言う事で、考え過ぎていたかもな。一度戻るぞ」

 

 右を見ても左を見ても似たような景色が広がるこの空間で、タイラーは迷うこと無く玄関ホール方面へと足を向けている。

 もっと食堂に近いとか、そんな位置ならまだしも、ここは結構奥まった場所になる。

 更に奥が有るし、私でさえ立ち止まって少し考えなければ、玄関ホールの方向を割り出せない自信がある、その程度は進んでしまっていた。

「うはぁ……私、こんなトコで置いて行かれたら、絶対に戻れないよ……」

 レイニーがタイラーの迷いのない背中を見て、呆然と呟く。

「大丈夫だ、レイニー。私だって、こんな所に放置されたら、もう二度と外には出られん」

 そんな友人を笑顔で励ますカーラだが、言っていることの情けなさに気付いているだろうか?

 その友人は気まずそうに笑って「ありがとう」とか言ってくれているが、励ます対象に気を使わせてどうするのか。

 

 エマを差し置いて着々と、カーラはアホの子ナンバーワンへの道を歩んでいる。

 

 応援もしないが矯正もしない、そんな意味で私は彼女を見守って行きたいと思う。

 

「マリアちゃん、退屈になってきたよぉ? 何か罠とか、そういうの起動できないかなぁ?」

 

 アホの子の座はともかく、危険であると言う地位は揺るがない存在が、刃物でも持ち出しそうな声を上げた。

 すっかり口数が少なくなったと思っていたが、ついにエマが危険な徴候を示し始めたのだ。

 その顔は言葉通りに退屈そうに半眼で、欠伸でも漏らしそうな程緊張感がない。

 退屈である、と言う点で気持ちは判らなくもないが、罠など起動したら、お前も巻き込まれるぞ、と突っ込むのは野暮だろう。

 そんな危険を欲したからこその、台詞なのだろうから。

 と言うか、普通に生活する為のフロアでそもそも罠など有る筈あるまい。

 

 ……無い筈だ。

 

「罠など有りませんよ、少なくとも先代に聞いた限りでは。有ったとして、自分たちが巻き込まれるような危険を冒すわけがないでしょう」

 

 思いがけず2重の不安を抱えてしまった私だが、表面上は平静を装って答える。

 スリルが味わえるのなら何でも良いのだろうが、罠とエマの狂気、2重に巻き込まれる私たちはそんな物をそもそも欲していない。

 

「なんだい、危なっかしいこと言ってんな? お嬢ちゃん、後で俺と遊ぶか?」

 

 馴れ馴れしい口調で、何故か私の肩に腕を回しながら、イリスがエマに声を掛ける。

 ……何故、私を巻き込むような真似をするのか。

 あと、その言い回しは色々と誤解を生むから、もっと考えて発言した方が良いと思う。

 ついでで言うなら、その馴れ馴れしさは格好をつけた心算(つもり)かも知れないが、私より身長が低い有様ではただの小娘が私に甘えているような有様だ。

 それで良いのか?

「あんたは何を堂々とナンパなんかしてるワケ? 脳天カチ割って欲しいの? バカなの?」

 さっそく実の姉に絡まれているが、なかなか見事な自業自得である。

 フォローする必要性も感じないし、放って置いても問題なかろう。

 

 このままだと私が巻き込まれる、それを考慮しなければ。

 

「イリスちゃんとぉ? 良いのぉ?」

 

 一方で、ナンパされたと目される小娘はどこか乗り気である。

 

 いやまあ、上辺で済まないレベルで、エマが本心からイリスと「遊び」たがっているのは判るし、イリスが単なるスケベ心でエマに声を掛けた訳ではないことも理解(わか)っている。

 だが。

 

「お願いですから、表に出てからにして下さい。此処を荒らされるのは非常に迷惑です」

 

 エマの戦闘衝動もイリスの暴虐コミュニケイトも、ましてやリリスの訳の分からない不機嫌も纏めて私には制御困難だ。

 3大怪物大乱闘などに、私と「霊廟」を巻き込まないで欲しいのだ、心の底から。

 

 真面目に調査を行っているのが2名……いや、アリスもわりと真面目だから、3名しかいないこの集団は、もしかして探索に不向きなのでは?

 

 私は訝しむのだった。

 

 

 

 私たちは一度談話室――ではなく、玄関ホールへと戻っていた。

 私はてっきり談話室へ戻って見取り図と睨めっこだと思い込んでいたので、これはこれで面食らう。

「なんでえ、戻るって、一回屋敷に戻るってか? まあ、それも良いかもなあ」

 それどころか、ここから出るとさえ考えているらしいイリスだったが、彼女もまた驚いて動きを止めることになる。

 

「いや、此処だ」

 

 イリスがぽかんと口を開けて立ち止まり、間抜け顔でタイラーを見詰めている。

 それを笑いたい所だが、私もまた、間の抜けた顔を晒していることだろう。

 

 私の視界の中のアリスが、納得顔で手を叩いている様子に私はひとり、非常に納得が行かないのだった。




アリスは元冒険者でしたね、そう言えば。


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ふりだしにもどったら

一度外に出て、頭を冷やすのも良いかと思います。


 玄関ホールまで後退した我々は、タイラー・ジェシカ・アリスの冒険者組(元冒険者を含む)が顔を突き合わせてなにやら話し込んでいる様子を、少し遠巻きに眺めていた。

 私などは遺跡調査の経験どころか、森の中を歩く程度で手一杯の一般人形だ。

 こういう事は、専門家に任せるに限る。

 

「いやー、冒険者ってスゲえよなあ」

「アンタも冒険者でしょうが」

 

 感心したように軽口を叩くイリスを、隣のリリスが言葉で刺す。

 私は少し意外に思って、そのイリスの顔を凝視してしまった。

 

 今気付いたが、そう言えばイリスもリリスも、今日は仮面をしておらず、代わりに軍礼服に良く似合う制帽を頭に乗せている。

 

「冒険者登録、していたんですか?」

 目が合ってしまったので無言で居るのも気まずく、私はつい声を上げる。

 イリスはと言うと、キョトンとした後で肩を竦めて小さく笑った。

「まあ、一応だけどな? お約束っ()ーか、流れで何となくっ()ーか」

 あまり深く考えての登録ではなかった、と言う事だろう。

 アリスもおそらくそんな感じの登録だったのだろうし、私ですら――最初の流れが悪くなければ――冒険者登録を考えても居たのだった。

「そっからまあ、酷い事ばっかりでなあ。いち冒険者が、なんだかんだ祭り上げられてクランマスターなんぞやらされて」

 小さな郷愁を見つけた私のように、イリスもまた、今までを思い起こしていたのだろうか。

 言葉の割りに口調は柔らかで、懐かしむように目は細められる。

「何が悪かったのか領主様の孫なんぞになって。口も育ちも悪い俺が、そんなモン出来る訳ねえのに、見て判らんもんかね」

 それはすぐに単なる悪態に変わった。

 余程嫌だったのだろうが、断ることも出来なかった、という所か。

 

 冒険者、と言うだけだったら、その身ひとつで逃げ出せばそれで終わった話だったのだろう。

 だが、クランマスターになってしまった以上、無責任に逃げる事も出来なくなった訳だ。

 

「まあ、恩も有るし仕方無いんじゃない? そもそもアンタも私も貴族の一員ではあっても爵位はないんだから、そもそも大したことが無いのよ。せいぜいお口チャックして、お嬢様っぽく微笑んでれば良いんじゃないの?」

 嘆きの妹に、姉が慰めの罵声を浴びせる。

「俺にいっちばん似合わねえヤツだな、それ」

 イリスは少し嫌そうな顔をすると、その視線を私の方へと転がしてきた。

 

「お前さんは、ただの旅人やってんだよな? どうなんだ、実際んトコ」

 

 一つ所に根を下ろし、活動を続ける事。

 安定を捨て、心のままに旅を続ける生活。

 

 どっちがどうだ、等と比べる心算(つもり)もないし、比べられるほど私は高尚な存在でもない。

 

 今の私はいろんな景色が見たいからと旅を続けているが、では、そんな景色を堪能した後はどうするのだろうか。

「どうも何も、それこそただの旅ですよ。その途上で姉妹人形に襲われて破壊されそうになったり、大きな街を観光だと意気込んでみれば怪しげな人形たちの大量殺戮劇場に遭遇したり……気楽なモノです」

 今までの旅路を振り返って懐古的な微笑みを浮かべようとした私だが、思い出す景色が微笑ましさと無縁だった。

「……イヤな気楽さね」

「気楽さがほとんど含まれて()えじゃねえか……」

 私の苦い顔に思うところでもあったのか、双子は揃ってどこか同情的だ。

 

「おうい、マリア! ちょっとこっち来てくれ!」

 

 そんな風に、すっかりと調査のことを忘れていた言い出しっぺの私を、アリスの声が呼ぶ。

 釣られて顔を向ければ、3つ並んだ金髪頭が此方を見ていた。

 

 そう言えば、なんで私は銀髪なんだろうか。

 銀髪と言えば聞こえは良いが、見ようによっては白髪(しらが)だろう、これは。

「はい、すぐに伺います」

 考えているどうでもいい事とは別に、丁寧な返事が勝手に口から滑り出す。

 溜息を()きたい私は見た目颯爽と歩き出し、その後ろにどうやら双子がついて来ているらしかった。

 

 

 

 アリス、それにタイラーとジェシカが立っているのは、使ったことのない大扉の、真正面の壁だった。

 その大扉も随分遠くに見える、特になんの変哲もない壁沿いである。

 

 探知に反応が返ってくるでもなく、探査した所でただの壁。

 

「マリア、あんた此処を開ける方法、聞いてないか?」

 

 だと言うのに、アリスはその壁を拳で軽く叩きつつ、そんな言葉で私を試そうとしてきた。

 いくらなんでも冗談が過ぎる。

「壁を開ける? 何を言っているのです? リフォームでしたら建築業者様にご依頼されるのが筋では?」

 冷めた顔と声で答え、ちらりと壁に目を向ける。

 

 何度も、それこそこの空間に帰ってくれば必ず目に入るこの見慣れた壁に――この先が有るのだと、そう言う話なのか。

 

 鼻で笑って差し上げる場面だろうか。

「えーナニソレ。この屋敷に入って真正面のとびきり目立つ壁になんか有って、それに家主が気付かないとか。ウケるんですけどー」

「どんだけ自分ちに興味無いのってカンジー」

 後ろから着いて来ていた双子姉妹が、実に低俗な棒読みの煽りをくれる。

 普段の話し方は高圧的で時に腹が立つが、特に嫌うようなものでもなかった。

 

 しかしこれは、純粋に気に障る。

 時を選ばずいつでもすぐにご立腹させられる、素晴らしい話法だと思う。

 

 人目が無ければ、鈍器で頭を撫でて差し上げたくなるほどの。

 

「ま、まあ、私とそっちの双子がほとんど言ったんだけど、要はこの壁の向こうが見たいって話なんだ。……ホントは知ってるんだろ? だよな?」

 そこそこ付き合いも長くなったアリスは、私の不機嫌の深さを表情から読み取って言葉を選ぶ。

 珍しい気遣いだが、言葉を並べる途中で私に対する信頼が揺らいだらしい。

 

 最後の「だよな?」は、たぶん、「頼むから知ってると言ってくれ」と言う意味だと思う。

 

 ……しかし。

「ご期待に添えず申し訳有りませんが、こんな所に階段なり通路なりが有る等と、私は聞いたことが御座いません」

 

 私の自信溢れる言葉に、アリスは絶望をその表情に映し、背後の双子は小さく吹き出した。

 失礼な事である。

「無根拠に否定している訳では御座いませんよ? 私とてこのホール、隅々まで探査・探知を使って調べているのです」

 不機嫌を隠さず、私は事実として、既にホール内は調べているのだ、と告げる。

 これだけ目立つ空間なのだ、調べないほうがおかしいだろう。

 

 そんな自信満々の私に困り顔のアリスと、無表情のタイラー、笑顔のジェシカ。

 探索得意系冒険者3名を並べて眺める私だが、正直なところ。

 

 段々と自信が無くなってしまう。

 しかし、ここまで大見得を切って何か出てきてしまったら凄く格好悪いので、お願いだから何も有りませんようにと。

 

 こっそりとお祈りするしか無いのだった。




劣勢のマリアは、冒険者集団を追い払えるでしょうか。


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壁にぶつかって

探索者の腕は、如何程でしょう。


 探査を掛けても反応が無い。

 見た目に目立つ何かが有る訳でもない。

 

 だと言うのに。

 

「此処だな」

「ココだよね」

「問題は、開け方かあ」

 

 探索技能持ちの冒険者3人が、そんな何の変哲もない壁を拳で軽く叩いたり腕組みしたりして、なにやら断定している。

 正直滑稽な絵に見えて仕方ないのだが、それなりに真剣な様子なので茶化したら怒られそうだ。

 

 私や他のメンバーはそんな3人を囲むように様子を見ている。

 

「普通に考えたら、鍵は管理者が持っているモノだが……」

 

 笑っても良いのか迷う私に、全員の視線が集まる。

 

 あれ? さっきまで、みんなあっち見てたのに?

「鍵……と申されましても、思い当たるモノが無いのですが……というか」

 私は表情の選択に困りながら、とりあず視線をタイラーに固定させる。

 

「本気で、その……何の変哲もない壁に、何か仕掛けが有るとお思いなのですか?」

 

 何度見ても確認しても、それはただの壁でしか無い。

 探知はするりと流れるし探査に引っ掛かりも無い。

 

「……どう見ても、ただの壁なんですが」

 

 周囲の視線を一身に浴びながら、私は探索得意組の脇を抜け、壁の前に立つ。

 正直ただの壁でしか無いのだが、考えてみれば、私がここに立ったのは初めてのことだ。

 なにせ、この広い玄関ホールの大扉の真正面。

 入り口からは遠い上に、私たちが生活の拠点としているブロックはこの壁の、正面向かって右の通路の先だ。

 仮に何かの用事があって左の通路側に行くにしても、普段なら玄関ホールを経由したりしないし、外から戻って左に行くにしても、わざわざこんな半端な位置に立ち寄ることもない。

 

 経路から、ことごとく外れているのだ。

 

 そんな何の変哲もない壁に、そっと手を触れてみる。

 それは、特に意図した行動ではなかった。

 強いて言うなら、何も無いことを確認するための、それだけの行動。

 

 だと言うのに、壁は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思いもよらぬ事が目の前で起こると、人は言葉をなくす。

 私は呆気なさと馬鹿馬鹿しさと、何処に向けたら良いのか理解(わか)らない怒りに似た何かを持て余し、ぽかんと口を開けて佇むしか無いのだった。

 

 

 

 気まずい。

 

「――つまり、この『霊廟』の管理者であるマリア自身が鍵だった訳か」

 

 非常に気まずい。

 

「そうみたいだけどさ。それは良いけどさ。そんな重要なこと、本人が知らないとか有る?」

 

 壁が消失し、暗い通路には即座に照明が灯った。

 この結果を見れば、見てしまえば、それはつまり。

 

 先代がこの通路を封鎖、ないし封印していた事は明白だ。

 

「この空間で怪しいところは大体調べたとか言って無かったか? こんな目立つトコ、気付かないことの方がどうかと思うけどな、俺ぁ」

 

 しかし、こんな事は聞いていない、と言うのは置いておくとしても。

 私は、確かに直接触れたのは初めてだが、しかし、探査を掛けたことは有ったし、ついさっきだって何の反応も無かった。

 

 それほど高度な隠蔽が掛けられていた、と言う事なのだろうか。

 

「先代さんが、この子を信用してなかったのかしら? それとも……別の意図でも有ったとか?」

 

 リリスの言葉が、私の鼓膜に刺さる。

 おそらく、それは両方だろう。

 

 私は予め、簡単な予想については全員に話していたが、先代に関する不審点に関しては適当にぼかしていた。

「いや、コイツがその先代の話を聞いてなかった線も有るだろ」

 イリスが呆れ気味に言うが、そう勘違いされるように話したのは私だ。

 

 少なくとも、私は、先代がマスターから受けた本当の命令に関しての予想を口にしては居ない。

 

 私はほぼ無意識に、足を進めていた。

 開いたばかりの、埃ひとつ無いその通路に、私は足を踏み入れようとしている。

 

「それにしても、良くこんなトコに有るなんて気付いたな、タイラーくんよ」

「なに、ウチの屋敷を思い起こしただけだ。こういうご立派な屋敷なら、階段は玄関ホールに有るものだろう?」

「なんだそれ。当てずっぽうにしても、もうちょっとこう、なんか有るだろ」

 

 背後の会話が、遠く聞こえる気がする。

 

 通路へと足を踏み入れた私は、気が付くと暗闇に呑まれ、そして意識を失った。

 

 

 

 目を覚ましたのは、メディカルルームだった。

 私はメディカルポッドの中で意識を取り戻し、私を見下ろす視線を感じながら身体(からだ)を起こす。

 ポッドに放り込むのにあたって私の衣服は全て剥ぎ取られていた。

 

「おい、聞こえるか? どうなんだ、大丈夫か?」

 

 アリスの声が聞こえる。

 薄暗い視界が、明瞭になって行く。

「はい、聞こえます。ご心配お掛けしました」

 ポッドの縁に手を掛け、私は立ち上がりながら周囲を見回す。

 私を見る顔ぶれの中に、何故かタイラーとイリスが居ない。

 

 アリスが心配そうな顔なのは理解出来るが、エマとカーラも揃って心配げな顔なのは意外だった。

 

「急に目を開けたまま倒れるんだもの、壊れたかと思ったわ。でも、問題は無さそう……かしら?」

 

 逆に予想通りというか、こちらは全く心配している風もなく、リリスが口を開く。

「そうですね、問題は……服を着たい程度です」

 リリスへと顔を向けて答えてから、私は周囲を見渡す。

 ご丁寧にヘッドドレスまで外されているし、全裸で複数の視線に晒される状況というのはどうにも居心地が悪い。

 

 本当はもっと大事な、伝えねばならない事が有るのだが、全裸で真面目な話はどうにもし難い。

 

「はい、マリアちゃん、お洋服だよぉ」

 

 エマが手渡してくれた、綺麗にたたまれた衣服を受け取り、私は手早く身体(からだ)を拭くと下着を身に着け、衣服に袖を通していく。

 

「……エマ? なんだか……スカートが短いのですが?」

 

 キッチリと着込んでから、私は異変に気がつく。

 いや、正確にはスカートを手に取った時点で気が付いては居たのだが、下半身パンイチよりはマシだろうと、取り敢えず履いてみたのだ。

「あのね! 頑張ったんだよぉ!」

 膝丈、と言うには嫌に膝上の露出が多い気がするし、履いてみるまで気付かないのもどうかと思うが、両サイドに深いスリットが有る。

 どこかで見た覚えのあるその意匠は、「裸より恥ずかしい」よりはマシ、程度のものでしか無い。

 制作者で、かつ、同じデザインのスカートを履いているエマが、とびきりの笑顔を見せている。

 

 上半身が真っ当な服で、本当に良かった。

 

「……後でお時間を頂いて、着替えとエマにお説教です」

 

 展開的には、これから私は全員に、この空間と私に起こったことを説明しなければならない。

 それはシリアスな場面である筈なのだ。

 

 エマに礼の言葉を向けた心算(つもり)の私だが、言葉どころかどんな感情で居れば良いのか、自分を見失うのだった。




エマにはその調子で、本題を忘れさせる程度の混乱を撒き散らして頂きたいです。


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勇み足オーバーブースト

主人公の入浴シーンがサービスカットにならない、珍しい作品です。


 思わぬ事態により、私のスカートが膝どころか腿まで露出するほど短くなってしまった。

 今すぐ着替えたいし、何より私の身に起こったことを説明したいのだが、生憎と時間が無い……らしい。

 

「せっかく次のフロアへの通路が見つかったんだぞ! 着替えなど後に回せ!」

「単純に恥ずかしいのですが?」

「大丈夫だ問題無い! それに、エマに聞いたぞ! お前は蹴りも得意だそうじゃないか! ならその格好は丁度良いな!」

「問題以外が見当たりませんが? こんなスカートで蹴りなど放ったら、私の羞恥心が大ピンチなのですが?」

「多少は皆目を瞑るさ! さあ急ぐぞ、お前が居なくては先に進めない!」

 

 カーラがかつて無いほどのやる気に満ちている。

 満ちすぎて溢れている。

 それでも私の回復を待ったのは、きっと彼女自身の根底に有る底しれぬ性格の良さ。

 

 ――等では無い。

 

 先程からやたらと急かして私を先頭に立たせようとするカーラは、恐れているのだ。

 踏み込んだ途端に意識を失った私を見て、何らかの攻撃を受けたのかと。

 だから、都合よく私を盾に使おうと思っているのだろう。

 

 その証拠に、いちいち私を鼓舞するような言葉を並べてみたり急かしてみたりと懸命なカーラだが、少しも目を合わせようとしない。

 理解(わか)かり易いにも程があろう。

 

「心配せずとも、罠の類はもう有りませんよ」

「いいや信じないぞ! お前程の人形が倒れたんだ! 精神攻撃か? 見えざる攻撃か!? 油断など出来るものか!」

 私の背を押しながら、カーラは勇ましく震えている。

 その高身長を縮めた所で、私の背に隠れるには少しばかり無理があると言うのに。

 

 カーラだけでなく、この場の大半は罠、無いし防衛装置的な何かを想定し警戒しているようだ。

 ただ、私とエマ、リリスとイリスの4名が、他5名と緊張感を共有出来ていない。

 私以外の3名は共通して、私よりもレベルが高い。

 だから、何らかの攻撃の痕跡が無いことに気が付いたのだろう。

 アリスも私より若干レベルが高いが、彼女は気付けなかっただけで何らかの攻撃は有ったと認識しているようだ。

 

 私が倒れたのは、攻撃を受けたわけではなくて、単に私自身のアップデートが行われただけなのだが……カーラの勇み足による強行軍の最中、説明のタイミングを完全に失ってしまっている。

 

「精神攻撃と言えば……まあ、そうなのかも知れませんが」

 

 予告無し、事前情報無し、そもそも自身の能力に封印が施されていたなど、気付く訳もない。

 今まで違和感は無かったのかと問われれば、そんなもの。

 

 急に死んで生き返ったと思えば人形の身体で、生活環境までまるで違う世界に目覚めたのだ。

 違和感しかないに決まっている。

 

 木を隠すなら森、違和感を隠すなら違和感の渦中、と言ったところか。

 全く、先代には色々としてやられたらしい。

 

「やはりそうか! どうなんだ、次は防げるのか?」

 

 背中に張り付くカーラが、声に緊張を滲ませる。

 私は疲れ気味で投げ遣りな視線を、双子魔導師の方へと巡らせる。

 イリスは口元をニヤつかせて目を逸らし、リリスはにっこりと笑顔で私の視線を受け止める。

 

 頼むから、どっちか何か言え。

 

「まあ、次は無いですよ、アレが最初で最後です。もし有るとしたら、更に先のフロアに進む時、ですかね」

 

 仕方がないので、私は自分の口を開く。

 人の報告を後回しにするようなせっかちさんを説得してやるのも業腹だが、いい加減背中を押されて歩くのも鬱陶しい。

「断定する根拠はなんだ? 私にとって、お前が手も無く倒されるような攻撃、恐ろしくて仕方がないんだぞ!?」

 私に魔法の手解きをした人形が、私の背に隠れて自信満々に情けない事を言っている。

 私は溜息を噛み潰し、代わりに再度口を開く。

 

「そもそも、攻撃ではないのですよ、あれは。不意打ちと言う点に於いて、私にとっては攻撃と変わりが無いと言うだけです」

 

 私の背を押す力が緩み、私はようやく自分のペースで歩けるようになった。

 足の長さが違うのだから、せめて私の方に合わせる位の度量は見せて欲しかったのだが。

 ともあれ、疑問を感じたことで私の話を聞く姿勢には入ったらしい。

 周囲も私を見ているようだが、引っ掻き回すような事を言い出す者は居ない。

「アレは、先代の置き土産です。封印されていた機能の解放と、一部能力の向上を行うために、一瞬で私の意識を奪ったのです」

 PCのアップデート後の再起動に似ているかも知れない。

 

「一瞬で? ……じゃあ、()()()()()()、お前さんが『メディカルルームへ』って言ったのは、最後の力を振り絞ったんじゃ無いのか?」

 

 来ると思っていたカーラとは違う声音に首を巡らせると、アリスが歩調を緩めずに私に顔を向けていた。

「そんな事を言ったのですか? 私が? 私は速やかに意識を失いましたので、何も言っていないと思いますが」

 答えながら、しかし考えるまでも無いだろうな、と思っていた。

 私の身体(からだ)に何がしかの細工を施せる者となれば、先代かマスターくらいだ。

 おおかた私の意識を奪い、アップデートファイルや新規アプリを勝手に放り込んで、それらが私の中で安定するまでは安静に、出来ればメディカルポッドにでも放り込んでおきたかったのだろう。

 霊廟(ここ)でなら、それも可能なのだし。

 

 こうして考えてみると、似たようなモノと言うか、完全に再起動だった。

 

「システム音声みたいなものかしらね? 同じ声だから、私達には気付けなかったけれど」

 

 リリスの声に、納得顔が幾つかと、それ以上に意味不明顔が幾つか並ぶ。

 この小生意気な魔導師は、何処まで見抜いて把握しているのやら。

 

 とは言え、システム音声、か。

 言い得て妙、素直にそう思えた。

「よ、良く理解(わか)らないが、本当にもう大丈夫なのか? 本当なのか?」

 カーラは尚も心配げに、私への質問を重ねる。

 気の小さいことだ、そうは思うが実際に私が目の前で倒れている以上、仕方が無い事かもしれない。

「ええ、あれは私にしか作用しないモノですし、それも一度で済むようなものです。先程も言った通り、今回は大丈夫ですよ」

 背中のカーラに言葉を投げ、私は小さく肩を竦める。

 

 今回は大丈夫だが、次回以降は判らない。

 

 色々と恩も有る先代だが、この「霊廟」に関する情報の秘匿と今回の私のアップデートで、信頼は著しく失われた。

 最悪、マスター候補を見つけた瞬間自爆するような何かを仕掛けられた可能性すら有る。

 

 ……冗談に近い思いつきだったが、案外笑えない気がしてきた。

 

「な、なら、先に進むぞ! そこに工房が有るなら、目的はそこで果たされるのだから!」

 空元気とはっきり判る声を張り上げ、再びカーラが私をグイグイと押してくる。

「押さなくとも進みます、もっと周りと歩調を合わせなさい。お友達を置き去りにする気ですか」

「大丈夫です! 私も楽しみなので!」

 今まで会話に参加してこなかった錬金術娘が、小走りで私の横に並び、好奇心に彩られた笑顔を向けてきた。

 

 私はただ、押されて歩く鬱陶しさから解放されたかった、それだけなのだが。

 

 こんな時は何も言わない双子魔導師やその配下らしき眼鏡に文句のひとつもぶつけてやりたいが、余計なことに気を回したら転びそうなので、私はうんざり顔で前を見る。

 これで次のフロアも客間迷宮だったらこの2名はどんな顔をするのか。

 

 むしろそっちの方が楽しそうだと、私は乾いた笑いを頬に貼り付けるのだった。




性格の悪さでは、私のことをどうこう言えないと思うのですが。


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工房エリア

カーラの望みは叶うのでしょうか。


 魔法空間であるこの「霊廟」におけるフロア間移動はどの様な物か、興味が無かったと言えば嘘になる。

 

 転移用の魔法陣でも有るのか、それとも入り口と同じく、ドアを通じての移動なのか。

 予想もつかない方法を見せてくれるのか。

 

 そんな期待をあっさりと裏切られた私は、振り返って登りきった階段を見下ろしていた。

 

 もしかしたら技術的には凄いことなのかも知れないが、結局普通の階段だった。

 螺旋階段とかではなく、一応踊り場が有って折り返す形にはなっているが、何の変哲もない階段である。

 

 登っている途中の景色も謎の異空間等ではなく、普通に壁がある。

 

「ファンタジーにロマンなど有りませんね……」

「何言ってんだ?」

 

 つぶやく私の横を、不思議そうな顔でアリスが通り過ぎていく。

 気がつけば、私はいつの間にか最後尾になっていた。

 

 どいつもこいつも、危険が無いと判ると勝手なものである。

 

 階段を登ってきたのだし、私は元日本人なので素直にここを2階と呼んでしまうが、このフロアもまた、照明が行き届いて程よく明るい。

 誰も足を踏み入れていない筈なのに、埃が積もっているような様子もない。

 

 考えても理解出来るとは思えないので、こういうモノだと受け入れて、私も初めてのフロアを歩く。

 

 招き入れた客人たちは、私を置いて先に進んでしまっている。

 ――まあ、私が居た所で初めてのフロアの案内など出来る筈もないのだから、構わないのだが。

 

 

 

 私の身に降り掛かった強制強化イベント。

 今回は何が起きたかと言えば、魔法能力の向上――と言うか、魔法の精度が少し上昇したらしい。

 それも、大威力が手軽に出せるようになったとかではなく、魔法の発動速度がおよそ20%向上、と言う……そんな物に制限を掛けていた先代の意図が全く読めない。

 探索系の方も同様に制限が外れたので、そちらが今までよりも使い易くなるのは素直に喜ばしい。

 そして、より嬉しいのは、体内魔力の循環効率が上がった事だ。

 それに伴い、今までよりもはっきりと、体内魔力を意識出来るようになった。

 

 ……先代は私の魔力操作が下手だとか鑑定含む魔法の発動が遅いとかなんとか言ってくれていたが、それも全て制限が掛かっていたのが原因だった訳か。

 

 直接文句を言ってやりたい所だが、生憎と先代はもう居ない。

 手軽になった探索の魔法をあちこちに飛ばしながら、私は客人たちの後を追うのだった。

 

 

 

 2階は、1階とは様相が違っていた。

 通路は変わらないが、一部屋が占める面積が大きい。

 ()た限り、錬金術工房や人形の細かなパーツを造る為の工房、服飾工房等があちこちに有る。

 所々には部屋がまるごとないブロックも有り、適当に何か配置すれば良い休憩スペースになりそうだ。

 

 まあ、これでハッキリした、とは言うまい。

 

 私の先代に関する不審が形になって眼の前に並んでいるように見えていても、結局は予想の範囲を出ないのだから。

 とは言え、黙っていてはマズい相手が、この空間に2名居る。

 予想が具体性を帯びてしまった以上、知らぬふりを続けていては私の身が危ない。

 

「イリスさん、リリスさん。少し宜しいですか?」

 

 目的の部屋を見つけたカーラとレイニーがはしゃぐ様子を横目に、私は双子魔導師へと近付く。

 カーラもレイニーも人形作りが出来ると思っているようだが、私はまだ使用の許可を出していない。

 その事に気付いているのだろうか?

 

「あん? どした、腹黒破廉恥メイド」

 

 はしゃぐ2名に暖かな視線を送っていた双子の妹の方が、どうでも良さそうな顔で暴言を浴びせてきた。

 相談するのを辞めようかと思ってしまうが、黙っていては後々面倒だ。

「好きでこんな恰好な訳では有りません。それよりも、お話したいことが有るのです」

 言いながら、適当に話せる空間が無いかを探す。

 

 手近に服飾工房が有るので、そこで良いだろう。

 

「腹黒の方は否定しねえのな。んで、話したい事って、なんだ?」

 

 何が楽しいのか、イリスがニヤリと口角を上げる。

 リリスの方は、聞こえてはいるのだろうが、この空間のあちこちにゆっくりと視線を彷徨わせている。

 

「内密にお話出来ればと思います。何でしたら、腹心のあのお二人もお呼び下さい。少し面倒なお話かもしれません」

 

 私の声と口調、そして言葉の内容にイリスは笑うのを止め、リリスは私へと視線を向けた。

「マスター・ザガンがこの様なフロアを用意していた理由と、『先代』がここを封印していた理由についての拙い予測です」

 イリスが首を巡らせ、それを追った私の視線の先には、此方を見ているタイラーの姿が有った。

 実に良く出来た忠臣っぷりである。

 

「単なる予想なのに、その時点でだいぶ笑えない感じなのね? このフロアを見つけるまで話さなかった理由も教えて貰えるのかしら?」

 

 軽く手を挙げる合図でタイラーを呼ぶイリスの後ろで、リリスが私を見ていた。

「ここを見るまで、どんなフロアなのかを知るまではただの妄想でしたので。しかし――妄想は予想になってしまいました」

 少なくとも、先代の本心はともかく。

 マスター・ザガンが、霊廟を造る程に生命の終わりを意識していた老人形師が、何の為にこの様な設備を整えていたのか。

 

 私の表情を観察していたリリスが、ふと、瞳を閉ざす。

 

「聞かせて貰うわ。貴女(あなた)が表情を曇らせる、その理由を」

 

 顔を動かすと、双子魔女の忠実な腹心が直ぐ側まで歩み寄っていた。

 

 

 

 4名を伴い、私は程近くの服飾工房へと足を踏み入れた。

 綺麗に整頓された室内は、ミシンや私では名前も分からない道具まで、色々と綺麗に取り揃えられているのが判る。

 適当に視線を走らせ、出来上がりのメイド服が数着畳まれているのを発見した私はサイズを確認した後、その場でスカートを履き替える。

 

 ようやく落ち着くことの出来た私は、私の奇行を黙ってみていた一同に適当に椅子を勧め、そして私の抱える予想を語った。

 

「――んー、まあ、話は理解(わか)った。けど、結局予想だよな?」

 

 椅子の上で足を組んで、腕組みまでしてイリスは気の抜けた顔を向けてくる。

「はい。先代からこのフロアについて何も聞いていない、むしろ隠されていた現状では、正解は判りません。私の考え過ぎと言う事も充分に有り得ます」

 素直にただの妄想に属した予想である事を私が認めると、イリスは大きく息を吐いて天井を見上げる。

「それでも私達に話しておかないといけない、そう思ったって事よね?」

 代わって、リリスが口を開く。

 私の視線も、リリスへと向けられた。

「我が身可愛さですよ。もしもマスターが後継者を求めていたのなら、訪れた後継者候補を傷付ける様な真似はしないでしょう」

 誰も余計な口を挟まない。

 タイラーもジェシカも、それぞれのスタイルで椅子に腰掛けながら、私の言葉を黙って受け止めている。

 

「ですが、先代はどうでしょう? マスターの望みについては予想でしか有りませんが、現に存在するこの空間を封印し、後継である私には何も伝えずに息を引き取った彼女は――私がこの空間を見つけることを予測していなかったのでしょうか?」

 

 リリスの顔には表情がなく、イリスはその顔に不審の色を浮かべ始める。

 

「何の拍子で貴女(あなた)が後継者候補を連れ込まないとも限らないものね。今回のように」

「――やっぱ、そうなるのかよ」

 

 リリスが冷たく口を開くと、イリスは右手で覆った顔を上に向けた。

 

「だが、話を聞く限りでは、お前はその後継者候補を――レイニーを害そうとか、そう言った事は考えていないんだな?」

 

 眼鏡の奥の瞳を冷たく輝かせて、タイラーが私を見据える。

 ジェシカは黙しているが、笑顔の筈のその目元は静かだ。

「当然です。そもそも、カーラに巻き込まれてこんな所まで来てしまった彼女に、後継者になって下さいと言う心算(つもり)も有りません。ですが、マスターを慕っていた先代が、何らかの罠を用意していないとは断言出来ません」

 ハッキリと、空気が凍るのを知覚した。

 

 エマが近くに居なくて良かった。

 

 私は、双子の魔女とその従者が怒り出す前に、続きの言葉を並べて見せる。

「私の探査の魔法で感知できれば問題無いのですが、正直自信が有りません。あの錬金術師の少女に何かが起こらないよう、皆様の協力をお願いしたいのです」

 それが、ひいては私の安全に繋がるのだから。

 私は只管に必死だった。




私も随分信用を失った様です。


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稼働する意志

考えすぎて身動きが取れなくなる。自縄自縛と言う状態ですね。


 カーラとレイニーはキラキラの顔で、しかし工房には踏み込まず律儀に私達を待っていた。

 私の許可を待つ程度の理性はギリギリ持ち合わせていたらしい。

 

 人形作りを許可しなければ、どういう顔をするだろうか。

 

 

 

 私が双子魔女に頼んだのは、レイニーに魔法、或いは呪術的な干渉が認められたら即座に対処して欲しい、と言う事だ。

 この2人なら、解呪程度なら出来るだろうと思ったし、2人も特に難色を示すことは無かった。

 

 その上で、私は工房には踏み込まない事に決めた。

 

 レイニーに対する攻撃だけでなく、私自身も何らかの精神操作を受ける、いや、すでに受けている可能性が有るのだ。

 その危険が有る以上、引き金を引くような真似は避けたい。

 

 そんな事になったら、私が確実に破壊されてしまうのだから。

 

 ちなみに、解呪方法に関しては双子に丸投げだ。

 残念ながら、私は解呪や精神操作解除は使えないから仕方ない。

 双子は揃って異様にレベルが高いし、万が一私が暴れた時に拘束出来るよう、いつぞやカーラを縛り上げたミスリルロープも渡してある。

 

 ここまでしておけば、もはや私の出る幕も無かろう。

 

 待ちきれない様子の2人に工房の使用許可を出し、監督は双子に任せ、私は広場らしきスペースでぼんやりと一同の気が済むのを待つ。

 エマは着替えた私に露骨にがっかり顔だったが、服飾工房が有ると知るや物凄い勢いで走って行ってしまった。

 

 ……まあ、静かになるから良いだろう。

 

 期せずしてひとりになった私は、先代がこの空間を封印した意味を考える――事もなく、ただただぼんやりと過ごすのだった。

 

 

 

 途中でなぜかひとり抜け出してきたイリスがのほほんと散歩するように何処かへ消える背中を見送ったり、工房から何やら騒がしい声が聞こえて居眠りを邪魔されたり、それなりに充実したサボり時間を満喫した私の前に、長身の影が立った。

「工房の使い方は大体把握できたぞ」

 どこか自慢気に、カーラが胸を張っている。

 少し前から不思議だったのだが、カーラは外骨格式の筈だ。

 何ならその全裸姿も見ている。

 

 なのに何故、その胸は揺れるのか。

 

 わざわざ別パーツ化しているのだろうか?

 ドクター・フリードマンは、なかなか芸の細かいお方だったらしい。

「そうですか。私は錬金術も人形造形も全く判りませんから、お任せしますよ」

 考えている事を表情に欠片も浮かべず、私は無機質に応じる。

 そんな私に対して、カーラは押し黙って、何か探るような視線を向けていた。

 

 まさか、表情に出ていたのだろうか?

 いや、ガン見していたらそれはバレるか。

 

「それで……なんだが。その」

 

 私はカーラの胸を見ていた視線を上げる。

魔法銀(ミスリル)の使用許可を貰いたいのだが」

 カーラの口から出た言葉で、どうでも良いことを考えていたことが看破されていないと知り、安堵しつつも表情は無をキープする。

「ああ、そう言えばそんな事を言っていましたね。どれくらい必要ですか?」

 カーラは自分の手足となる人形を作りたいと言っていた。

 人工精霊は不要だと言っていたから、出来上がるのはトアズで見た廃棄人形(できそこない)に似たものになるのだろうか。

 

「その……200キロくらい……欲しいなあ、なんて」

 

 素で、私は浮かべるべき表情を失った。

 要求数量が増えている。

 

 私は見下されている形なのだが、威圧感を放っているのは私の方になっているだろう。

 脳内では、返答以前にミスリル200キロで幾らになるか、軽く計算を行っていた。

 

「駄目……だろうか?」

 

 見下ろしながら懇願するという良く判らない状態のカーラが、覇気のない声を上げる。

 駄目も何も、そもそもそんなに渡した所で私に利が無い。

「そっ、それだけ有れば、私は役に立てるぞ! 後悔はさせない!」

 私の内心を汲み取ったのだろうか。

 必死な様相で私の説得を試みるカーラに対して、私の表情は冷めきっているだろう。

 

 役に立つと言っても、どんな場面でどう役に立てる心算(つもり)なのだろうか。

 

 カーラと同レベル程度の人形が複数居た所で、大森林の賢者どころか、あの双子や不死姫様の前で壁役をこなせるとも思えない。

 纏めて蹂躙されて終いだろう。

 それに。

 

「……必要なのは、ミスリルだけではないでしょう? 他の金属は勿論、有機素材も大量に使いますよね? それも私持ちになる訳ですが、それらの対価はなんです?」

 

 出資は構わないが、見合う対価は齎されるのか。

 私は慈善家ではない。

 仲間だからと無制限に甘やかす気質の持ち合わせも無い。

 

「私の忠誠を」

「……はぁ?」

 

 カーラの提示した対価に、全く心が動かない。

 魔法知識が深く、魔法関連の相談は確かに役立つが……その対価に金貨にして総額2000枚に及ぶ価値が有るものか、大変に疑わしい。

 

「……100キロにも難色を示した私が、その倍も出す対価にしては――弱いですね」

 

 自分でも判る私の冷たい声にカーラは気圧されるが、どうにか踏み止まる。

 その根性は見上げたものだが、それに免じて……等となる訳が無い。

 

「頼む! このフロアの管理責任者として、きちんと仕事をこなすから!」

 

 何処で覚えたのか、カーラは私の前でがばと土下座スタイルを見せる。

 ゴシックドレスの高身長女の土下座姿などなかなか見れる物ではないが、その前に。

 

 今、コイツは何と言った?

 

「……フロアの、管理責任者……? 何の事です?」

 

 私の声に、猛烈な嫌な予感が混ざる。

「いや、工房を使用するに当たって、工房の制御パネルにな?」

 一転して、私の顔は呆けていただろう。

 

 制御パネル?

 

 そんな物が有ったのか?

 私は工房に踏み込んでいないから見ていないし知らないが、普通工房にそんな物が有るのだろうか?

「工房設備の使用に当たって、管理者登録が必要だと言うから、手順に従ってスキャンを受けて」

 カーラの言っていることの、半分程度が理解出来ない。

「後継として、フロアの管理責任者として認めると出たのでな。了承したのだ」

 了承前に私に確認を取るとか、そういった考えは無かったのだろうか?

 私はたっぷり数秒、言葉も無く、土下座の姿勢で顔を上げるカーラを見ていた。

 

「だから、しっかりと働くから! どうか、魔法銀(ミスリル)の使用許可をくれ!」

 

 決死の表情のカーラに対して、私は。

 

「……少し、待っていて下さい。あ、土下座は解いて頂いて結構ですが、私が戻るまで正座して待っているように」

 

 指示を出してふらりと立ち上がると、どうしたものかと考えながら1階ホールを目指して足を動かす。

 双子の魔導師は、何をしていたのだろうか、そう考えて私は自身の間抜けさに溜息が幾つも溢れる。

 想定していたのはレイニー嬢が後継者に認められてしまう危険性だった。

 カーラがその席に収まることは、彼女たちも想定していなかったし、極論すればレイニー嬢に危険が及ばないのであれば、他はどうでも良かったのだろう。

 

 予想外過ぎる出来事に、取り敢えず私は大きく深呼吸して。

 

 どこにどう、この遣り切れない感情をぶつけるか、思案するのだった。




傍観しているのが、なんだか面白くなってきました。


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古式ゆかしい方法

少し様子のおかしなマリアですが、どうしたのでしょう?


 虚ろな目で一旦玄関ホールに戻った私は、貯蔵庫から魔法銀(ミスリル)を500キロばかり、自分の魔法鞄(マジックバッグ)に詰め込んだ。

 ついでに分厚い鉄製の箱を取り出す。

 

 縦横が60センチ×30センチ、高さは10センチ程度の、箱というよりはバットのような……勿論、野球に使う方のバットではない、料理等に使うアレの、異様にゴツいものだと思って貰えば良いと思う。

 無闇に頑丈なので、金属のインゴットを100キロ程度なら乗せても問題無いだろう。

 

 私はそれを5枚程と、何故有るのか理解(わか)らない十露盤(そろばん)板を用意する。

 思った以上に準備が整った私は、死んだ目で2階へと向かうのだった。

 

 

 

 十露盤板が判らない人は、「石抱」で検索してみれば良いと思う。

 洗濯板を知っている人ならば、それが攻撃的で大雑把なデザインになったと想像してくれればいいと思う。

「動かないで下さいね? 落としたインゴットは没収ですよ?」

 まあ、拷問器具なので、人によっては閲覧注意かも知れない。

 

「ま、まってくれ! 痛みは無いが、外骨格(フレーム)が割れる! 割れてしまう!」

 

 十露盤板の上に正座させたカーラの腿の上に乗せたバットに、インゴットを綺麗に並べていく。

 当然積み重なって行けば重量は増していく。

 

 ぼちぼち、100キロに届くだろうか。

 

「大袈裟ですね。ドクター・フリードマンの設計が、そんなにヤワな訳ないでしょう。それでは、もう一段行きますよ」

 私は新たなバットを積み重ねたインゴットの上に乗せ、新たにインゴットを積んで行く。

「たっ、確かにドクターは偉大だ! だが、それはそれとして! 膝と足首の関節が変な音を立ててる! 外骨格(フレーム)が歪む! 割れてしまう! もう許してくれ!」

 本来は両腕を後ろ手に縛って行うのだが、今回はフリーにしている。

 カーラは元気に喚きながら、貴重な魔法銀(ミスリル)を零してしまわないように両腕でしっかり抑えている。

 観客と化している他のメンバーは、双子でさえ、私の座った目を前に、何かを言ったりカーラを助けようとしたりはしない、出来無い。

 レイニーは青い顔でオロオロとカーラを見ている。

 

 何故私がこんな陰湿なことをしているかと言うと、端的に言えば怒っているからである。

 

 

 

「どうして、そんな重要な決定をする前に、一言相談が無かったのですか? この『霊廟』は誰の持ち物か、忘れてしまいましたか?」

 

 結果的に3段、300キロの重さに耐えつつ魔法銀(ミスリル)インゴット積み木の崩落を阻止し、無事に解放されたカーラは両脛をさすりながら涙目だ。

 まさか私がここまで怒るとは思っていなかったのだろう。

 

 言わせて貰えば、他人様(ひとさま)の持ち物で、勝手なことをした、それだけが私の怒りのポイントだ。

 

 レイニー嬢を管理責任者にしなかった点については、褒めても良いとさえ思っている。

 下手にそんなモノにしてしまえば、自動的に私はこの街に、イリスの屋敷に縛り付けられることになっていただろう。

 そういう事態を未然に防いだという意味では、私はカーラに感謝している。

 それを形にして示したのが、要求よりも100キロ増量したミスリルインゴットの山だ。

 

 だが、それはそれとして、だ。

 

 報告・連絡・相談は基本にして、とても重要だと思うのだ。

 人だろうが人形だろうが、そこに変わりはない。

「本当にごめんなさい」

 涙目のカーラは、もう余計な言い訳を並べずに素直に頭を下げる。

 一応は、私の怒りは伝わってくれたようで何よりだ。

 

「で? 現場の監督を任せた方々は、なにか言い分は有りますか?」

 

 カーラへの折檻は終了とし、私は矛先を変える。

 そこでは、私がわざわざ事前に説明を行った筈の馬鹿が4名、私の目を見ないように立っている。

 

「わ、悪かったよ。いや、俺らはほら、レイニーちゃんに危険が無いように見てたから、な?」

 

 言い訳を並べながら、イリスは視線をウロウロと彷徨わせる。

「それ以外はどうでも良かったと? とんだ責任感ですね、感心致します」

 カーラがはしゃいで私への報告を忘れていたとしても、見ていた者達、特に私が相談した4名は何かしら行動が出来た筈である。

 例えば、誰かが一旦カーラに待ったをかけ、他の誰かが私に経緯説明を行うとか。

 それをしなかったばかりか、約1名は呑気に散歩などに出掛けていた有様である。

 

 私がピシャリと切るとイリスはそれ以上何も言えず、バツが悪そうに大きく視線をそらして頬を掻いた。

 

「わ、私は何かの罠がないか、ちゃんと見てたわよ? そこに集中してたから、誰が何をしてるのか、それは見てなかったと言うか……」

 

 リリスが妹と同じように視線を逸しながら言い訳を並べようとするが、語尾は弱々しい。

 言い訳しているものの、やらかした自覚は有るという事だろう。

 

 大変結構なことである。

 

「その辺りの話は、そちらで済んでいると思っていたからな。報告の必要を感じなかった」

 

 眼鏡は堂々と言い切るが、その視線は微妙に私の目からは外れている。

 自信満々に言うのなら、態度もそれに準拠した方が良いと思うのだが?

 

「ごめんなさいねえ、こんな秘密めいた場所の工房だから、そんなものかなって思っちゃって」

 

 ジェシカは、謝罪するとなればきちんと目を合わせてきた。

 しかし、その言い分は……いや、うん。

 斥候(スカウト)として必要な知識は様々持っているのだろうが、知らない状況であるなら已むを得ないのか。

 そう納得しかけたが、良く考えると私に報告なり確認なりを行わない時点で駄目だろう。

 

 索敵や様々な状況の伝達をしない斥候(スカウト)の存在意義とは。

 

「……私の『霊廟』の1フロア全体の管理を、こんな情けない有様の人形に持たせてしまった責任については、追々問わせて頂きます。カーラについては、錬金術師レイニー様と共に人形制作を許可します」

 

 言いたい事が有りすぎて、喉元で渋滞してしまっている。

 ついつい私の墓地であるかのような発言をしてしまったが、それは些細な事だ。

 当事者たちは私が思いの外怒っていることにそれぞれ思うところがあるのか、それぞれの表情で黙っている。

 まあ、タイラー以外は反発している感は無いし、そのタイラーにしても反発していると言うよりも、単にポーカーフェイスなだけだ。

 先程の微妙な視線逸しから、彼なりにやらかした自覚が有るのだろうし、それならそれで良い。

 

 結果的に彼らは、レイニー嬢をここの管理者にするという最悪の事態を防いでくれたのだし、責任を追求するとは言ったものの、これ以上責める必要は無いかも知れない。

 

「イリスさん、私はなんだか疲れました。今晩は美味しい肉料理を頂きたい気分です。それと、この街には良いお酒が有ると聞いていますよ?」

 

 溜息を落としてから、端的に言えば「良い肉と酒を寄越せ」と告げ、視線をゆるりと向ける。

 言われた方はびくりと肩を跳ねさせてから、眉尻を下げた困り顔のままで笑顔をひくつかせ、短く「お、おう」と答える。

 

 カーラは無邪気に喜び、それに引き摺られてレイニーの顔にもぎこちないながら笑顔が戻る。

 そんな2人の放つ空気が、どんよりとした雰囲気を払っていく。

 

 ハッキリと要求されたイリスやリリスもなんだか赦された様な顔色で、そんなカーラたちに視線を向けている。

 ……あれで許される等と考えているなら、普段の態度の割りに随分と甘いお考えだ。

 

 私は双子魔女に突きつける要求と、この街を離れるタイミングについて、真剣に考えを巡らせるのだった。




反撃をするなら、しっかりと行いましょう。


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人形と人形

……人工精霊が入らない人形は動かないのでは? ……カーラが全部操るのでしょうか。


 人形が作れるようになって上機嫌のカーラとレイニー、それをなんだか暖かく見守る他の面々だったが、私の機嫌があまり良くなかったので全員を『霊廟』から追い出し、一旦イリス邸へと戻る。

 カーラ他に対する苛々とレイニーの無事に安堵する気持ちで情緒のバランスを崩し、カーラには勢いで魔法銀(ミスリル)300キロをわたしてしまった。

 

 他にも必要な素材類は有るのだろうが、なんだかとても、どうでも良い気分である。

 

 リリスとイリスの双子にはなにかしら意趣返しをしてやりたいと思うものの、関わると面倒しか無いので、とっととこの街を離れるべきだろう。

 その面倒極まる2名は、クランの料理人に今晩のメニューに関して相談に向かい、私はようやく落ち着いた気分である。

 

 リリスはいまいち掴めないが、イリスの方の人柄は……まあ、ぶっきら棒で横柄な言動が些か鼻に付くものの、根本的には悪人では無さそうだ。

 ガサツで大雑把で偉そうな面ばかり見せられた気がするが、少なくとも、クランメンバーに対する態度は基本穏やかであった。

 その気遣いをもっと他にも向けて、ついでに見た目相応の言動を心掛けたなら、印象も随分と変わるだろうに。

 

 今更遅いし、もっと言うなら、心底どうでも良いのだが。

 

「あー! マリアちゃんとアリスちゃんが戻ってきてる! 遅いよぉ!」

 

 イリスの部屋を出て、さてどうしたものかと廊下で考え込んでいた私がその声に気付き振り向く前に、強い衝撃に身体(からだ)を揺らされる。

 いや、衝撃で揺れたのは私の身体(からだ)だけでは済んでいない、廊下の窓までが激しく揺さぶられた。

 

 誰がこんな透明なガラスを普及させたのかは気になる所だが、今はどうでも良い。

 数枚割れてしまったそれを視界の隅に収めながら、弁済は私なのだろうな、と、思考を逃避させたのも仕方のない事だろうと見逃して欲しい。

 

 斯様に混乱と錯乱に溺れる私だが、冷静になれば考えるまでも無いことだった。

 カーラへのせっか……説教に飽きて一足先に屋敷に戻っていたエマが、遅れて戻った私目掛けて体当たりの様な飛び付き(タックル)を敢行したのだ。

 

 腰から上が分離、場合によっては分解したのではと錯覚する衝撃だったが、私の身体(からだ)は耐え抜いた。

「すごいな……ぶつかった衝撃で窓が割れたぞ。お前、大丈夫なのか?」

 アリスがエマの勢いに目を丸くして、その後なにかうそ寒そうに自分の両腕を抱きながら私へと声を向ける。

 

 アリスに言われるまでもなく、当事者としてとても心配である。

 

「エマ、まず人様のおうちで走ってはいけません。そして、人様に飛び付く時は、加減を考えなさい。最後に、私たちを置いて先に帰ったのは貴女(あなた)です。色々と落ち着きなさい」

 私自身がレベルアップし、かつ魔力操作が格段にスムーズになったお陰でどうにかなっているが、先程受けた衝撃は、下手をすると初遭遇の戦闘時に受けたエマの蹴りより強かったと思う。

 

 エマには、自分が化け物なのだという自覚をしっかりと持って頂きたいものだ。

 

「えー? だってぇ、全然帰ってこないんだもん、待つのも飽きちゃったし、忘れちゃうよぉ」

 自分の身体(からだ)が心配になったので、後でメディカルポッドを使おうとか考える、そんな私に唇を尖らせるエマだが、言い訳を並べるならもっと別の事を言うべきだ。

 と言うか、先に戻ったとは言えそれほど時間差が有った訳でもないのだし、何がエマをそれほど急かしているというのか。

 言っても問うても無駄であろうが。

 

 あと、さり気なくカーラが無視されているが、自分の乗り物はもっと大事にすべきだと思う。

 

「あのねぇマリアちゃん! みんながね、明日一緒に狩りに行かないかってぇ! 一緒に行くぅ?」

 

 私にしがみついたまま、エマがキラキラと瞳を輝かせている。

 この小娘は、こんなにもスキンシップ過多であっただろうか?

 そもそも「みんな」とは誰かと思ったが、エマが走ってきたであろう方向に視線を向けると、イリスクランの若年組が此方を見ている。

 私たちが戻るまでの僅かな時間で誘われた、という事なのだろうが、それにしてもはしゃぎ過ぎでは無いだろうか?

 そう思って少年少女たちをまじまじと見れば、その顔が少しばかり引き攣っているのが判る。

 

 エマの過激なスキンシップは、彼らの度肝を抜いたようだ。

 

「……別に良いのですが、私達は狩人でも冒険者でも有りませんよ? 彼らの邪魔になりませんか?」

 

 正直、狩りを行うにしてもこの街の付近には、大型の危険な獣は居ないのではないだろうか。

 別に身体能力に自信がない訳では無いが、私たちが「狩り」を楽しめる環境が残されている程、この街の衛兵も冒険者も怠惰では無さそうな印象だったのだが。

 

 ……まあ、そんな言い訳じみた事を口にしてしまったのは、思慮や遠慮の結果では無く、単純に面倒だから、と言うのは否定しない。

「そんなに危ない事は無いってぇ! 私だって強いしぃ、邪魔になんかならないよぉ?」

 駄目です、と言ったら私をバラバラにしそうな笑顔で、エマは無邪気に言う。

 

 私はまだ、エマの怪力から解放されていない。

 

 とは言え暴れたいのを我慢してくれているのだから狩りに行くのを止めはしないが、私が一緒でなくてはならない理由もあるまいに。

 大体、お前(エマ)が強いことは良く知っている。

 

「狩りか、良いね。私も一緒に行って良いかな?」

 

 アリスがカラカラと笑って、エマの頭を撫でる。

 そんな事より先に、この怪物を私から引き剥がして欲しいのだが。

 

 少年少女もアリスも、私を救ってくれる様子は微塵も無かった。

 

 

 

 

 

「そうか。では、もうマスターの故郷には、誰も残っていないのだな」

 

 声が寂寥を帯びて、弱々しい風に乗る。

 赤みを帯びた金色の髪が僅かに揺れるが、その身体(からだ)どころか表情すら、小波が立つ事もない。

 

「うん、そうだね。マスターどころか、()()は誰も残ってないね。別の人形師の人形()は残ってるだろうけど……それももう、数は居ないんじゃないかなあ」

 

 答える声は、小首を傾げる事でその黒い髪を揺らせた。

「新世代の人形で私と対等に立ち会える者には出会えていないな……。同じマスターの人形ですら、己の特性を無視する愚か者すら居た有様だ。無理も無いことかも知れんが」

 夕日のような金色の髪を掻き上げて、遠く連なる山々に視線を送る。

 その見た目は女性の似姿だが、芯の通った立ち姿は武人のように凛々しい。

 

「……私達に、そんなコ居ないんじゃない? 居るの?」

 黒髪の少女は立ち上がりながらスカートの裾を払い、埃を落とす。

 自分の髪が視界を掠め、そして相手の髪を見て、彼女は考える。

 

 ()()は特に人目を引くような奇抜な髪色をしていないのに、この子の髪はちょっと目立つ。

 

「跳ねっ返りが居るのは、人間だけでは無いと言う事さ。死んでは居ない筈だから、お前も会うかも知れない。……その前に私が再び出会ったら、うっかり破壊してしまうかも知れないが」

 その顔は少女とは反対に向けられてるので、表情は判らない。

 だけど、そんなに険しい顔では無いんだろうな、何故かそう思った。

 

「あんまり姉妹を……というか、妹はあなただけだから、お姉さんを減らして欲しくないんだけどな。それで、ゼダちゃんはこれからどうするの?」

 

 ゼダ、そう呼ばれた女はすぐには答えず、峻厳な山脈を眺めていた視線をそのまま左へと向ける。

 言葉が紡がれるまで待つ黒髪の少女だったが、それほど辛抱を必要とはしなかった。

 

「そうだな。私にちょっかいを掛けていた間抜けの顔も拝みたい所だ。東へ向かうとしよう」

 

 その言葉に釣られて、自分も東へと顔を向けた。

 確か、そちらは聖教国とか言う国が有った筈で、その先は海だったと記憶している。

 思いを巡らせはするが、質問を飛ばそうと思うほど、興味を惹かれない。

「そっかあ。じゃあ、私は西へ行こうかな。私は闘うのも人を殺すのも興味無いから、平和な街にでも、目立たないように」

 唇に指を添えて答えると、ようやくゼダは振り返った。

 この子も命令に縛られているのか、それを無視するような私を咎める心算(つもり)なのか。

 

 他の姉たちと同じく。

 

 そう考えた少女だったが、ゼダの瞳には非難の色は無い。

「それは良いかも知れないな。だが、東には大きな川が有る。お前はどうやってあの大河を超える気だ? 走って渡る事もお前なら出来なくは無いだろうが、それは目立たずには済まないと思うが」

 優しげな眼差しで、だが、大真面目に紡ぎ出された言葉に、少女は暫し動きを止めたがすぐに笑い出した。

 笑われた方は、折角の忠告を無視されたようで、難しげに眉を顰める。

 

「あははははっ。ごめんごめん、でもね? 普通に渡守に頼むとか、貨客船を使うとかすれば良いじゃない」

 

 笑いすぎの涙を拭う姿を憮然と眺めていたゼダだったが、言われて初めて気が付いた、そんな風に表情を変える。

「そうか、別に全部を自力で行う必要は無いのだな。何の為に自分が人間種と同じ見た目なのか、考えもしなかった」

 楽しげな小さな笑みを口元に浮かべ、目を細める。

「私の妹はうっかりさんだね。じゃあ、ここでお別れだけど、元気でね」

 対する少女は、満面の笑みで言う。

 ゼダの瞳に名残惜しさを浮かんだが、しかしそれは揺れはしない。

 

「手合わせできなかったのは残念だ……が、仕方がないな。では、メアリ姉上もお元気で」

「私は平和主義者だから、仕方ないね。ありがとうね、ゼダちゃん。また会えたら良いね」

 

 互いに微笑みを向け合うと、それぞれの進路へと顔と身体(からだ)を向け、歩き始める。

 ほんの数時間の邂逅。

 

 すぐに2体はそれを心のうちに仕舞い込み、日常となった旅路を、いつものように辿るのだった。




元気なエマの元気な抱擁、私ならご遠慮頂きたいですね。


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幕間・異世界技術部の憂鬱

狩りに限らず、実際に身体を動かすのは良い訓練に……あれ? 行かないのですか?


 エマに纏わり付かれ、狩りに誘われた。

 しかし私は大変に気乗りしない。

 

 結果、エマその他の子守はアリスに押し付け、私は魔法協会(ソサエティ)に顔を出していた。

 

 私はかつて、ベルネと言う街の魔法協会(ソサエティ)で幾人かの悪友を得て、色々とやっていた事が有る。

 その際に私が自律人形で有ることをごく少数に打ち明け、人形技術が何かしらの魔法技術に応用出来ない物かと議論していた。

 

 まあ、結局は手足の欠損を補う為の義肢くらいしか思いつかない私だったが、興味先行で悪ノリが大好物な魔法技師たちは何やら画策していたようだが、それが何なのか、実を結んだのかさえ知らない。

 

 私は私に迷惑なり実害なりが押し寄せて来ない限り、とても寛大なのだ。

 

 途中までは飾りけのない狐面を付けた軍服姉妹と一緒だったのだが、2人は冒険者ギルド――の酒場――へと向かってしまい、今の私はとても気楽である。

 

 始まりは身を護るために仲間と言う名の盾を欲したのだが、もしかしたら私は、団体行動が苦手なのかも知れない。

 あくまで疑惑である。

 

「おう、ベルネで大活躍だったザガン人形か? いつの間にかベルネから消えたって聞いたが、何処行ってたんだ?」

 

 基本、興味の赴くままに研究なんぞに没頭する種類の人間は、往々にして寡黙か妙にハイテンションか、そのどちらかしか居ないのではないか。

 そんな偏見を持ってしまったのだが、それは私ばかりが悪い訳でもないと思う。

 眼の前の男は非常に陽気に、私の正体を知りながら実にフレンドリーに……悪く言えば初対面なのに随分な気安さで私に声を掛けてきた。

 ここ、アルバレインの魔法協会(ソサエティ)においても、私の偏見は払拭されそうにない。

 

 と言うか、ベルネの悪友たちは随分と口が軽いようで、困ったものだ。

 

「ザガン人形はよして下さい。所で、暇つぶしに来たのですが、何か面白いモノは御座いますか?」

 

 私が小さな抗議を行ってから来訪目的を告げると、男は剃り上げた頭をつるりと撫で、笑って見せる。

 顔立ちは若いのだが、何が彼を剃髪に駆り立てたのだろうか。

「面白いって程のモンは無いなあ。この街じゃ、面白いモンはノスタルジアってクランが絡んでる事が多い。そっち冷やかした方が面白いんじゃないか?」

 男の屈託のない笑顔に考え込む。

 これも偏見だと思うのだが、どうにもこの街でクランと聞くと、狐面を付けたり付けなかったりの双子を思い起こしてしまう。

 

「クランマスターは狂犬とか番犬って呼ばれてるな。領主様の孫なんだが、なかなか豪快で面白い女だ。会いたかったら冒険者ギルドの酒場に行けば、大体そこで呑んでるぞ」

 

 一瞬で、どうやら偏見では無かった事を知ってしまった。

 イリスが狂犬だの呼ばれているのは素直に笑えるが、気晴らしに来た先でまで名前を聞くことになるとは思わなかった。

 

 げんなりした気分が、そのまま顔に出てしまったのだろう。

 男は頭を眩しく輝かせ、表情は怪訝である。

「今、そのクランの屋敷にお邪魔しているのです。そのクランマスターとも顔を合わせますが、どうにも……楽しい方ですので、振り回されっぱなしでして。息抜きでまで、顔を合わせたくないのです」

 私は言葉をぞんざいに選び、アレと一緒に居たくないのだと言う気持ちを丁寧にオブラートに包む。

 

 多少、破れてしまった感は有るが。

 

「はっはっはっ、まさかザガン人形にそんな顔させるとはな。あの魔導師も、大したモンじゃないか」

 

 楽しそうなのは結構だが、私は笑える気分ではない。

「ですから、ザガン人形はよして下さい。ベルネからは、何か面白い話は来ていないのですか?」

 強引に、話題の矛先を変更する。

 流石に、ベルネ方面にあの魔女の影がチラつく事はあるまい。

 

「ベルネなあ……南の方の衛兵隊がやたら強くて住民が住みやすくなったとか、そう言う話は聞くが……」

 

 荒んだ心で聞いた懐かしい話は、期せずして私に束の間の癒しを齎した。

 イリーナは頑張っているようだ。

 

「向こうの魔法協会(ソサエティ)からは何もないな。って事は、研究か悪戯か知らんが、お前さんから得たものは問題なく進んでるんだろ」

 

 一旦言葉を切った男は、楽しそうな顔で言葉を続ける。

 懐かしい景色の中に、悪友たちの顔が浮かび上がる。

 

 正直言って、イリーナの思い出に原色のペンキを塗りたくられた気分だ。

 

「……まあ、彼らなら秘密にしているとかではなく……きっと、没頭しているのでしょう。私としては、没頭しすぎて食事を忘れて餓死していないか、それが心配です」

 私に存在した、この世界での美しい思い出と、久しく忘れていた悪友と呼べる者たちとの馬鹿騒ぎの回想に苦い笑いを刹那浮かべ、私はさり気なく表情を引き締める。

「はあ? 夢中になりすぎてメシ食うの忘れて死んでる? 有り得そうで笑うしか無いんだが」

 私の僅かな表情の変化に気付かなかったか見ぬふりをしてくれたのか、禿頭を撫でながら豪快に笑う。

 この街はどうにも豪快気味な者が多いが、風土柄なのだろうか。

「貴方も人の事を笑えませんよ。体格が良くて、見る限り骨格もしっかりなさっているのに、肉付きが悪すぎます。きちんと食事なさい。それこそ、あの冒険者ギルドの酒場は、良い食事が出ますよ?」

 だからこそ気になった事が、思わず口から出てくる。

 

 細く引き締まっていると言えれば聞こえも良いだろうが、いかんせん細すぎて、その禿頭が悪目立ちしている。

 よくよく見れば、顔色も悪い。

 こんな見た目で陽気な語り口で、挙げ句大笑いなどされては、次の瞬間には目の前で倒れているのではないかと心配になってしまう。

 

「おお、お前さんも行ったのか。俺も仕事が終わったら毎日顔だしてるぜ。サラダが美味いんだ」

 

 しかし、この男は既に常連の様子であった。

 冒険者ギルドに特に関係していない人間が入り浸る酒場というのもどうかと思うが、あの食事を思い出せば納得するしか無い。

 

 ……いや聞き流しかけたし野菜を摂るのは大事だが、お前の場合はもっと肉を食え。

「ま、良いや。暇つぶしに来たってんなら、ウチの部屋でも覗いてくか? 連中も煮詰まってるだろうし、こっちも良い気分転換になるだろうしな」

 柄にもなく他人の心配等してしまった私に、変わらぬ笑顔を向けて言う。

 魔法協会(ソサエティ)の人間の言う「部屋」とは研究部の事である。

 連中と言っているのは所属している研究員たちだろうし、間違いは無いだろう。

 

 私としては興味も有るし願ったりなのだが、そんな所に、部外者を招き入れるのは問題無いのだろうか?

 

 既にベルネで似たような経緯を辿った事は有るが、それでもやはり気にはなる。

「……では、折角ですし、楽しいお友達でもご紹介頂きましょうか……」

 気にはなったが、私は素直に提案を受け入れ、禿頭男は笑顔と頭頂を輝かせるのだった。

 

 

 

 それから私は、彼と仲間達の就業時間が終わるまで、様々馬鹿話を繰り広げた。

 魔法職で技術職、そんな彼らが魔法技術と錬金術その他諸々、様々な技術の塊である私に興味が沸かない訳が無かったのだ。

 

 流石に解体して良いか聞かれた際には、即座に拒否したが。

 

 代わりに私に関する技術を、口頭で簡単にでは有るが、訊かれるがままに回答した。

 この程度はベルネでもやっていた事なので、特に抵抗もない。

 

 そうして時間を潰し、時間になったとのそのそ動き出した彼ら彼女らは、各々帰宅の準備を始めた。

 残業する程の業務は、現在は抱えていないらしい。

 

 禿頭含む数人に誘われ、嫌な予感を抱えつつも訪れた件の酒場で、私は予想通りイリスに絡まれ連れ去られた。

 笑ってないで助けて下さいハゲ。

 

 遠く山盛りのサラダが運ばれていく様子を眺めながら、それから幾ばくかの時間を、酔ってテンションが上がって激しく鬱陶しい冒険者たち――特に双子――に辟易しながら、今後について思いを馳せた。

 

 差し当たり、私はこの後、酔い潰れた双子のどちらかを背負って帰ることになるのだろう。

 溜息しか出ないのは、私が悪い訳では無いと思う。




大体は本人の判断ミスだと思いますよ?


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平穏な目覚め

結局、酒場には行ったようです。


「――それでは、今日も座学です。テキストの――」

「待て。待ってくれ」

 懐かしい声と、懐かしい記憶。

「……なんですか? まともに身体(からだ)も動かせないのに、実技をしたいとでも?」

「いやそれは御免被る。言いたいのはそんな事じゃない。テキストと言うのはこの――」

 ぼんやりと、視界が晴れていく。

 それなのに、霞がかかったように儚く朧気な。

 

 私は、この光景を知っている。

 

「子供向けの図鑑の事か?」

「図鑑では有りません。今日の『魔物生態学』の教本(テキスト)です」

「たのしいまものずかんと書いてあるぞ?」

教本(テキスト)です」

「……」

 

 そうだ、結局、何を言っても彼女は意見を曲げなかった。

 懐かしい記憶だ。

 

「……まあ、大人しく授業を受けるしかないから、何でも良いか。しかし私は、魔物なんぞと戦う心算(つもり)は無いぞ」

 

 声には隠せない不貞腐れの気配が籠もる。

「知っていると知らないとでは、いざ直面した際の心構えが変わるでしょう。ただでさえ」

 私を諭すような声は、溜息の気配を隠す気は無いようだ。

 

「貴方は生き物を殺すことに抵抗があるのでしょう? 外側がいくら強くとも、内面が脆弱なままではそちらを壊されます。それでは私が困るのですよ」

 

 言い返そうにも、此処はそういう世界なのだ。

 命の価値というものは全く、世界の有り様で幾らでも変わってしまう、難儀なものだ。

 私は彼女からこの世界について、様々学んで辟易していた。

 

「困るのなら、私を追い出して自由になってはどうだ? それだけで、キミは自由に戻れるのだろう?」

「……身体(からだ)を失った貴方は、追い出されたらいずれ意識を保てなくなって消滅します。死にたかったのですか?」

「死にたくはなかったが、残念なことにもう死んでいるからな。悔いも未練もどうしようもない」

 

 私は冷静に嘯くが、本心からどうでも良い、等と思っては居なかった筈だ。

 だが、私はそれまでの、取り巻く環境全てを失ったのだ。

 

 違いすぎる生活環境、理由も知らされずに始まったこの世界に関する授業。

 そして、同じ身体(ボディ)の中に存在する、ふたつの意識。

 

 半端な有様で、生きていると言えるのか。

 私には答えられない。

 

 そんな私では、自信をもって「生きたい」とは言えなかった。

 

「……身体(からだ)を満足に扱えないのですから、せめて知識は詰め込んでおきなさい。いずれ役立つ事です。身体の事やこの魔法空間についても、()()お教えします。時間は有るのですから、焦らず余さず、吸収しなさい」

 

 この時、私は何を思っていたのか。

 不満を持っていたとしても、少なくとも疑いの心は持っていなかった。

 

 今ならば、私は彼女に――先代に向かって、こう答えただろう。

 

 嘘つき、と。

 

 

 

 

 

 結局酔っ払って脱ぐくらいなら、堅苦しくも暑苦しい、軍用の礼服など着なければ良いのに。

 大体、何処の軍がそんな面白おかしいポップな色彩の礼服を採用しているんだ。

 あと、狐面も胡散臭いからやめたほうが良い。

 

 酔っ払った双子をタイラーと手分けして運搬した私は、そんな疑問を抱えながら与えられた部屋に戻り、睡眠の為に衣服を脱いだ。

 この部屋を使うようになってから、私は寝間着を着用していない。

 

 わざわざ『霊廟』まで取りに戻るのが手間なのだ。

 

 ――他のメンツには何がしかの日用品を取ってきたいと言われていないのだが、みなどうしているのだろうか。

 少なくとも同室のカーラも私と同じ考えのようで、既に横になっている彼女もまた下着姿なのだろう。

 

 人形作りのプランをレイニー嬢と1日練っていた筈なのだが、進捗はどうなっているのだろうか。

 気になったが、わざわざ起こす程の事ではない。

 私も大人しくベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 翌朝、例によって風呂上がりなのに青い顔のイリスが、不景気な顔で食堂へと顔を出した。

「もう、無茶な呑み方はしねェ……」

 聞き飽きた台詞を口にして、申し訳程度のサラダを自分の皿に取り分ける。

「イリス姉ちゃんは、毎朝それ言ってるよな!」

 先にテーブルに付いていたゴブリンの少年が、元気に笑う。

 

 あまり少年少女に見せて良い姿ではないと思うし、そもそもイリスも見た目で言えば少女の範疇だ。

 自分のクランメンバーにも言われてしまった事も合わせて、よくよく考えて欲しいものだ。

 

「おう……俺はもう、酒は辞める……」

「立派な決意だけど、何時間保つのやら……」

 

 弱々しく宣言するイリスに、即座にカナエが言葉を被せる。

 我関せずな様子のタイラーの隣でジェシカが頷き、リリスは妹と似たような顔色で沈黙している。

 

 このクランは、酒で崩壊するのではないだろうか。

 

 ふと見れば、ここ数日の触れ合いで、エマは少年少女組と随分打ち解けたようだ。

 ちゃっかりと輪に入るような形で、席を確保している。

 

 見た目で言えば違和感のない眺めだが、あれで実は私の姉なのだと言うのだから、私が驚く。

 

 アリスはと言えば料理人やタイラー・ジェシカなどの近くで、大人組とでも言いたげな雰囲気を醸し出している。

 初対面で喧嘩をふっかけられた気がするのだが、あれも大人の態度だったのか。

 そしてカーラは、初めてのお友達の隣で楽しくお食事の最中だ。

 

 実に三者三様、微笑ましい光景である。

 お前らはこのまま、此処に残っても良いのだぞ。

 なんだかんだで、イリスはクランメンバーの面倒見が良いと評判なのだし、楽しく暮らして行けるだろう。

 

 彼女には鬱陶しいと言う重大な欠点があるので、私は勘弁願い下げだ。

 

「マリア、今日は空いているか? 私の『工房』に行きたいんだが、良いだろうか?」

 

 周囲を眺めながらそんな事を考える私は、自分がボッチであることを自覚する直前に、掛けられた声の方へと顔を向ける。

 そこに居るカーラはキラキラの、早く遊びたくて仕方ない、そんな子供のような顔を私に向けて晒していた。

 

 そろそろ、私が他人の幸福を喜ぶような性格では無いと、理解して欲しいのだが。

 

「構いませんよ。食後すぐに向かうのですか?」

 イリスやリリス、タイラーはまだしも、他の、特に純真な少年少女の前で性格の悪さを露呈させる趣味は無い。

 私は取り繕った澄まし顔で、寛大な大人の余裕をこれでもかと見せつける。

 

 戻るのが面倒だとか、そんな怠惰な思考は子どもたちに見せてはならない、それが大人の矜持と言うものだろう。

「微妙に嫌そうな顔してんぞ」

 イリスが根拠のない誹謗を投げつけてくる。

 

 内心を見透かすのはやめろ。

 

「とんでもない、私も着替えを取りに行きたいので、ちょうど良いのですよ」

 

 澄まし顔をキープし、冷ややかに答える。

 ……自分で自分の顔は見れないので、きっと冷静な顔が出来ていたのだと、信じる他無い。

 

 今日も平和な一日であるようだ。

 

 私は今朝方に見た夢を思い出し、視線を目の前のサラダに落とす。

 全てを教えるどころか、あれが『霊廟』だったことすら隠していた先代。

 あの工房フロアの先、上へと繋がる通路とその先は有るのだろうか。

 有るとすれば、そこにはどんな光景が広がっているのだろうか。

 

 私は思いついた事を口に出したりはしない。

 

 冒険者クランで、冒険者などという好奇心先行気味な人間しか居ない空間で、そんな事を言ってしまったなら。

『霊廟』内を探索させろと言われかねない。

 私とて興味が無いことはないが、どうしても面倒が先に立ってしまう。

 

 先代が秘していたのは理由があるからで、それはマスターの後継者発見阻止だと私は見当を付けた。

 だが、それが正解である保証はない。

 

 先に有るのが財宝の類ならばまだ良いが、禁忌の類が寝ていたら、そんな物を起こす気にはなれない。

 臭いものには蓋、使い勝手の良い言葉だ。

 

 朝日の差し込む食堂で、優雅で充実した食事を楽しむ。

 問題の先送りは大抵良い事が無い、そんな簡単な事実から、私は意識して目を逸らすのだった。




なんでも見ないフリですが、そろそろ溜まったツケが襲ってきそうですね。


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人形と魔女と工房と

人形を造るのですか……。


 他人様の作業風景というものは、特に興味が無ければ眺めていても暇なだけだ。

 外骨格式の人形の稼働に関してはどうなっているのか、その辺りに興味が無くもないが、どうしても知りたいと言うほどの知識欲も無い。

 

 カーラとレイニー嬢が楽しそうなので、まあ、問題無いのだが。

 

 私は工房の片隅で適当な椅子に腰掛け、ぼうっと2名を眺めている。

 鉄床(アンヴィル)にハンマーその他、魔法式の炉まである室内は、イメージよりもさっぱりと綺麗な武器工房のようだが、それにしては見ても良く判らない器具や道具、設備もそこかしこに有る。

 私はまったくの素人なのだが、人形工房とはこの様なものなのだろうか。

 

 少し離れた所には、数本の巨大で透明なシリンダー状の設備が、人工筋肉の培養を始めているらしい。

 下手に観察を続けると肉類を食す意欲が失われそうなので、私はそっと視線を逸した。

 

 

 

 私が工房に足を踏み入れたのは、責任者――つまり、マスターの後継がカーラになったらしい、と判断したからだ。

 何かの拍子にレイニー嬢が後継者として認められた場合、先代の罠により私が暴走、レイニー嬢に危害を加える恐れが有った。

 そのトリガーが何か判らない状態では工房に踏み込めないと考えていたのだが、その後継者がカーラだったのなら、特に気にする必要も無いだろう。

 

 最悪、罠が発動したとして、カーラが私の手で破壊されるだけだ。

 問題も無ければ痛痒もない。

 そうであるなら、遠慮する必要も無い。

 

 無事に開き直った私は、こうして堂々と工房に踏み込み、怠惰な時間を貪っている。

 

 

 

「よう、暇そうだな? 保護者っ()ーのも楽じゃねえやな」

 

 私は内心の驚きと動揺をむっつりと不機嫌な表情に押し隠し、掛けられた声へと顔を向ける。

 

「……これはこれは。今日は来ないかと思って、扉を閉じていた筈ですが」

 

 私は『霊廟』に入るに当たって、レイニー嬢の安全は私とカーラが全力で守ることと、誤って他の誰かが足を踏み入れ、内部で迷ってしまう危険性を伝え、入場と同時に扉を閉ざしていた。

 こうしてしまえば扉は消えるし、そうなれば誰も入ってこれない。

 

 私は束の間、双子から解放された筈だったのだが。

 

「あん? ああ、ポータル作っといた。魔法空間で作動するか不安だったけど、上手くいったな」

 

 事も無げに言う魔女に、私は一瞬、言葉を見失う。

 とは言え、呆けても居られない。

「はあ? 何を勝手なことを、いえ、そんなもの、いつ作ったのですか?」

 不法侵入用の経路を作りましたと言われて、黙っていられる訳が無いのだ。

 当然の抗議だと思うのだが、しかし、規格外の魔女の口からは、とんでもない事が告げられてしまう。

 

「いや、暇そうにボーッとしてるお前に聞いたら『ええ』とか言ってたじゃないか」

 

 言われても記憶に無い。

 タイミング的には此処を発見した時の事だろうが、そんな会話の記憶など有る筈が無い。

 確かにイリスがふらりと何処かへ消え、すぐに戻ってきたのは覚えているが、その前後で会話など……。

 

 魔女による捏造を疑う私の前に、イリスは掌に収まる、黒い箱状の何かを差し出してきた。

 訝しむ私の前で親指を折りたたみ、箱を撫でるように操作らしき動作をすると、その小箱は音声を紡ぎ出した。

 

 

「おう、暇なら相談良いか? 此処、レイニーちゃんもちょくちょく来たいだろうし、ポータル繋げたいんだけど」

「…………ええ、どうぞ」

 

 

 適当に音声をでっちあげた、そう断じてしまいたい所だが、衝撃を受けた私はすぐには反応出来無い。

 何しろ、内容は覚えていなかったが、そう言えばイリスは何処かへ消える前に、私に声を掛けていた様な記憶が、微かに朧に無い事もなかったのだ。

 

 魔女が今この瞬間、私の記憶に干渉していないのであれば、私は恐らく、イリスに声を掛けられて無視も出来ず、しかし会話したい心持ちでも無く、同時に工房の様子に注意を向けている最中でもあった。

 

 私の性格からして、イリスの言葉の内容が耳に入る事もなく、適当に会話っぽい返答を行っただけなのだろう。

「ほい。一応録音しといて良かったぜ」

 私はどう答えるべきか。

 

 注意力散漫な私を罠に嵌めたと怒るべきか。

 会話記録を抑えている事に引き気味の非難を行うべきか。

 魔女の行動を阻止する機会をみすみす逃した自分を責めるべきか。

 混乱する頭は、上手く質問を纏められない。

 

「……私は会話の記録について、同意した覚えは有りませんが」

 差し当たり、言い掛かりとしては真っ当な物を選択し、言葉に変える。

「そりゃ勝手に()ったからな。こっちの世界でも言った言わないは良く有る話だ、用心に持ち歩いてンだよ」

 しかし、イリスはブレも動じもしない。

 悪びれもせずしゃあしゃあと言ってのけ、私の「ここが嫌いリスト」に書き込む項目が増えた。

 今作った訳だが。

 

「……事の是非を説くのは無駄でしょうね。せめて質問を幾つか」

 

 宜しいですか? の文言は敢えて省く。

 伺いを立てる気など、全くしないのだから仕方がない。

 

「おう、なんだ?」

 

 魔女様は、鷹揚に私の態度を受け入れてくれた。

 腹が立つが、まずは抑える。

 

 ポータルを作ったと言うが、それは此処に入るだけではないだろう。

 何処と繋げたか確認すべきか。

 盗聴に類する行為について、素直な嫌悪を伝えるべきか。

 私が口約束の無効を申し立てたとして、それを受け入れてポータルを廃棄する心算(つもり)は有るのか。

 自分のクランのメンバーが危険に晒されるかも知れない状況で、何を呑気に遊んでいたのか。

 もう1人の魔女はこの件に関係しているのか。

 そもそも本心では、どういう心算(つもり)で此処にポータルを繋げたのか。

 

 聞きたいことと投げ付けて擦り付けたい文句とがぐるぐる頭の中を回る。

 

「……貴女(あなた)は、イヤなヤツと言われたことは?」

「ん? 無いなあ」

 

 迷った挙げ句に滑り出した言葉に、魔女は平然と答える。

 

 私の魔法解除で、この魔女の仕掛けを取り除ける自信は無い。

 当然、本人に解除の意志は無いだろう。

 

 逃げたらもう関わらないで済む、そう思っていた私のロードマップには、早くも修正が加えられそうだった。




そもそも、この街に来たのが誤りだったのでは。


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分岐点、或いは転換点を越えて

……。


 人形制作は簡単な事ではなく、カーラは勿論、レイニー嬢も自分の技術を試したいとあれこれ話し合い、本日は構想を練る所で止まってしまったらしい。

 人工筋肉の培養が始まっていたのは、あれはカーラの勇み足なのだろうか。

 

 そんな事より私は、とても見過ごしたり流したりする訳には行かない事案に直面し、双子の姉の方に直談判を行った。

 

 その結果。

 

「……信じらんない。アンタ何考えてるワケ?」

 

 お姉さんは大変にご立腹だ。

 

「不法侵入用の経路を勝手に作った、か。衛兵を呼ぶか?」

 

 冷静眼鏡もまた、いつもの無表情に見下すような気配を滲ませて常識的なことを口にする。

 そんな2人に詰められたクランマスター様はオールドファッションな正座スタイルで縮こまり、反論も出来ない。

 

 自分のしたことを理解出来ているのは結構なことだ。

 

「……本当にごめんなさいね。この馬鹿が刻んだポータライズは、ちょっと古い時代のものなの。だからその……消せないのよ」

 

 私の方に顔を向けたリリスは狐面を外すと、いつもは勝ち気な表情を情けなくも申し訳無さそうなものに変えた。

 お説教に当たってわざわざ付け替えて居たのだが、表情を隠す場面と出すべき場面を弁えている、と言うことだろうか。

 

 どうでも良い事だが。

 

「消せない、では困ります。正直、今回の件は私の中で、このクランに対する信用度がゼロを突き抜けてマイナスになるには充分でした。実力で貴女(あなた)たちに敵わないとは言え」

 

 私は言葉を重ねるに連れて、意識的に魔力を解放していく。

 意外に思われるかも知れないが、こう見えて、普段は抑え込んでいるのだ。

 

「全力で抵抗させて頂くことも辞しませんよ?」

 

 リリスへの告げ口に当たって、私はまず仲間達に召集を掛けた。

 私の後ろでは、相変わらずオロオロとあちこち見回すカーラと、冷ややかなアリス、そして物騒な意味で楽しそうなエマの、それぞれの気配が感じられる。

 

「まあねえ……ホントに、この馬鹿!」

 

 リリスの雷と拳骨が、予め説教に際して仮面を外されていたイリスの脳天に直撃する。

 いつぞやの、私とカーラの図式そのままである。

 

「マスターの評価はクランそのものの評価だ。お前はこのクランの解散を望んでいるのか?」

「アンタ、領主様のお気に入りだからって調子に乗り過ぎたんじゃないの? アンタ自身には地位も権力も無いんだって、知ってる筈でしょうが」

 

 私が魔力を解放させたとして、多分あまり効果は無いだろうと思っていたが、それにしても思った以上に威圧効果が見られない。

 だが、少なくとも私が本気で憤っていることは伝わったらしい。

 

「主犯に対する尋問や説教は、そちらにお任せします。私としては、今回の件について、どう責任を取る心算(つもり)なのか、是非お聞かせ願いたいだけです」

 

 私の言葉に顔を見合わせる気まずそうなリリスと無表情なタイラーを見て、終了の合図に溜息を落とす。

「具体的な対策も無しに、今後そちらのクランメンバーを『霊廟』に招く訳には行きません。こちらも具体的な補償案を練りますので、今日はこの辺りで失礼致します。明日にでも、またお話させて下さい」

 説教序盤でなにか言おうとするたびに拳骨で発言を封じられていたイリスは勿論、彼女のクランメンバーたちも何も言えず、踵を返して執務室を出る私達を見送った。

 

 とにかく、ポータルの除去ないし無効化がこちらとしては譲れない、最低限のラインだ。

 あんな不意打ちの盗聴紛いの、下手すると魔法的な贋作である可能性すら含んでいる記録が証拠になる訳がない。

 

 存在しない(はらわた)が煮え立つ感覚を久々に感じながら、私は苦労して無表情を保つのだった。

 

 

 

「あの、な? マリア、その、もしかして、ここを出ていくとか、そんな事を考えているか?」

 宛てがわれた部屋に戻ると、何故か仲間たち――いつしか普通に仲間と思っていた、都合の良い道具だった筈の者たち――が、一緒に入ってきた。

 そして、重苦しい雰囲気の中、言いにくそうにカーラが沈黙を破る。

 

「当然ですが、その前にポータルをどうにかしないと、安心出来ません。いっそ少し戻って、賢者様にお願いする事になるかも知れません」

 

 私の倍のレベルの魔導師が施した魔法式でも、レベル5000超えの賢者様ならばどうにか出来るかも知れない。

 だがそれにしても、まずは何らかの形でイリスの行動を封じなければ話にならない。

 

 反省しているように見えたイリスだが、信用に値する訳がないのだし、説教していたリリスにさえ用心を怠れない。

 仮に真正面から、きちんと話をされていたら、私自身興味本位でポータライズを許可したかも知れない。

 私にはその理由が有る。

 その理由の悲しげな、遣り切れない表情に目を向けて、有ったはずの別の未来を想う。

 

 だが、勝手に置かれたに等しい状況を許して飲み込めるほど、私は平和な環境に居ない。

 

「……レイニーと、約束したんだ。一緒に、作ろうって」

 

 カーラは懸命に私と目を合わせて、しかし言葉は(つたな)い。

 様々な感情が入り乱れて居るのだろう。

 

 私とて、初めて友人を得たであろうカーラを、好んで悲しみに突き落とそうとは思わない。

 

「カーラ。気持ちは判るけど、マリアの気持ちも――と言うか、聞いただけでもそりゃ無いって話だったろ」

 

 アリスが、重い溜息と共に言葉を吐き出す。

 言動を封じられたイリスだったが、その直前、一応の弁明として彼女の言い分も訊いては居た。

 

 ――曰く、私たちが旅に戻ったとしても、レイニー嬢がカーラに会えるようにしたかった、と。

 

 その気持だけなら、理解しようと思わなくもない。

 本心だったと仮定して、だからこそ。

 だったら何故、その気持を正直に打ち明けて私に相談しようとしなかったのか?

 私の怒りのポイントはそこだった。

 揚げ足をとるような真似が許せないとか、『霊廟』に勝手にポータルを作ったとか、そんな細々した事ではない。

 

 舐められている、これに尽きる。

 

 確かに私たちは彼女に比べて弱く、纏めて破壊するのも容易な事なのだろう。

 だったら何をしても良いと思っているなら、それは全力で否定させて貰う。

 

 彼女が態度を改めないなら、後悔させる方法は幾らでも転がっているのだ。

 

 アリスへと顔を向け、それを私に戻したカーラは、言いたい事が感情で詰まり何も言えない。

 ハッキリと見下していた筈のカーラのその表情を見て、私は信じ難い事に、怒りを抑えるのに苦労した。

 当然それはカーラに向けられたものではない。

 

「アリスとカーラは、最悪私たちとは決別して下さい。その際には、カーラ。貴女(あなた)に『霊廟』を託します」

 

 私が苦労して笑顔を作ると、向けられた方は息を呑んで何も言わない。

 

「エマ。最悪の場合、あの双子に後悔と言うものを教える必要が有ります」

 

 対して、エマは禍々しく笑う。

 

 エマとて、理解(わか)っている。

 私やエマが歯向かったところで、あの双子と不死姫には敵わない。

 

 だが、だからどうしたと言うのか。

 直接攻撃するばかりが、反抗の手段ではないのだ。

 

 

「私の納得する回答が得られない場合、この街を壊滅させます」

 

 

 私の宣言に、誰も、何も言わなかった。




結果的に『霊廟』が護られるなら、私は何も言いません。


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フロントライン

私の教え(じゅぎょう)はきちんと、マリアに届いたようです。


「霊廟」に勝手極まる悪戯をされた私は、場合に依っては手痛い代償を払わせる、仲間にそう宣言した。

 あくまでも相手が充分な謝罪の態度を見せなかった場合の事では有るが、そうなった場合でも「霊廟」は守らなければならない。

 私にもしもの事があった場合の「霊廟」の管理者をカーラに委任する事に決め、アリスにはカーラの護衛を任せた。

 

 らしくもない決定だったが、仲間達はともかく、私は特に気にしなかった。

 その程度には、頭に来ていたのだ。

 

 ――そう、らしくも無かったのだ。

 

 

 

 

 

「今回の件は全面的に俺が悪かったです。可能な限り、要望には答えられるようにします」

 夜通し説教でもされたのだろうか。

 イリスは顔色も悪く、私を前に、神妙に頭まで下げて、言葉遣いも……まあ、本人なりに気にしている様子である。

 もっと適切な言葉があるだろうと思わなくも無いが、少なくとも馴れ馴れしさは消えているので私の機嫌は少しだけ良くなった。

 

 マイナス100がマイナス99になった程度には。

 

「では、ポータルを消失ないし無効化して下さい」

 

 一夜明けた会談の場に於いて、私は冷たく突き放す。

 実の所、無効化の方法が思いつかなくも無かったのだが、まだその事は言いだしたりしない。

 

 言われた方は困り顔を私に向けて言いにくそうに口元をもごつかせ、情けなく視線を横の姉に送る。

 

「消失させるには、空間を破壊するしか無いのだけど……貴女(あなた)の『霊廟』に、影響が出てしまうかも知れないの」

 

 一晩で、文献でも調べたのだろうか。

 昨日は不可能と言い切っていたのだが、消せることは消せる、と言う話が出てきた。

 

「それは困りますね。不測の事態が重なった挙げ句、霊廟の消失と言う結果になってしまえば……私としては、報復行動に出ざるを得ませんが」

 

 だが、「霊廟」を危険に晒すような真似を許可出来る訳がない。

 即座に返した私の言葉に、リリスは目元を鋭く細め、メアリーお嬢様は笑みを消した。

 イリスは情けなく表情をオロオロさせ、私とリリスに視線を往復させている。

「怒っているのは理解(わか)るけど、あんまり過激なことは言わないで。勿論、言わせたのはこちらだと重々理解しているけど……それでも尚、私は()()を止める事を躊躇しないわ」

 静かに言いながら、リリスは紅い狐面を取り出し、その表情(かお)を隠す。

 タイラーが腕組みを解いたが、緊張を解いた訳では無い。

 

 その両手を、彼の得物、腰の両側に括り付けたダガーの近くに持っていっただけだ。

 

 ジェシカとメイド娘――ヘレネが、廊下で聞き耳を立てている若年組を追い散らすために、それぞれが席を立った。

「そうさせない為の努力はしないのに、ですか。良い御身分ですね? 口で謝ってポータルは消せないで済ます心算(つもり)なら、こちらにも考えが有るというだけの事ですよ」

 脅しに似たリリスの台詞に、私も堂々と脅迫を返す。

「……強気なのは怒っているから、でしょうね。私達だって言葉だけで済ませようとは思っていないわ。何度も言うけど、気持ちは理解(わか)るから、もう少し穏便に歩み寄ってくれないかしら?」

 昨日の朝までは確かに呑まれていた、格上の化け物どもを相手に、しかし私は退こうとは思わなかった。

 そんな私の態度に苛ついたのか、それとも不審でも感じたのか。

 リリスの声に硬さが混ざる。

 彼女の思い通りにいっていない、そういう事なのだろう。

 

「今までが穏便に済ませようとし過ぎたのですよ。……貴女(あなた)は何故、マスター・ザガンの人形が私を含めて、13体しか完成しなかったと思います?」

 

 唐突でかつ、状況に関係しない話題に、リリスは無言で応える。

 

 サイモン・ネイト・ザガンの人形は100を越えて作られたが、彼が真に作りたかった人形は2シリーズ以降の物だ。

 1シリーズで培った様々な技術の上に立つ2シリーズたち、それら完成品のデータの果に辿り着いた私たち3シリーズ。

 そして、その最終形までに蓄積した情報や技術で2シリーズの機能向上を行う施設まで作り上げていた。

 極論してしまえば、私は彼の最後の作品故にそう呼ばれているだけで、墓所を護る実力が有れば、「墓守」は誰でも良かったのだ。

 

 フレームはやや旧式だったものの、その魔力炉はザガン人形の2シリーズに迫っていたアリスが、3シリーズ相当に改造されてしまったように。

 

「私たちに組み込まれた魔力炉の完成に、それほどの時間と試行錯誤が必要だったのです。何しろ、人の手の届かない高性能な人形の実現には、相応に高性能かつ高出力の魔力炉が必要だったのですから」

 目元を隠したリリスが何を思っているのか、その引き結んだ口元からは読み取れない。

 その隣のイリスは、私の言いたいことに気が付いた様子で顔色を失くしながら、目元に力を込めた。

「大変な努力の賜物ですよ? なにしろ」

 他のメンバーは、私が何かをしでかしそうだとは思っているようだが、何を言っているかはまだ理解出来ている様子は無い。

 勿体ぶるのも楽しいが、私はそれを選ばず、一度閉ざした唇を、すぐに開いた。

 

「暴走してしまえば、そうですね……地図上の話で言えばこの街の半分近くは吹き飛ぶ。その程度の魔力を拳大の魔力炉に収めているのですから」

 

 私が口を閉ざすと、束の間、執務室から音が消えた。

 

「ザガン人形ってのは……こういう意味で厄介なのかよ」

 静寂を割って、イリスの声が掠れる。

 リリスは大きく息を吐くと、背もたれに身を預けた。

「……貴女(あなた)がひとり……1体で此処に居るのは、その覚悟の現れって事なのね。流石にそれほどの魔力の暴走、完全に抑え込む自信は無いわね」

 お手上げ、そんな風を装って、リリスは肩を竦めて見せる。

 それが余裕ぶった演技なのか、それともその程度は簡単なのだと言いたいのか、その態度からは確信を持って読み取るのは難しい。

「ウチの連中を、そんなモンに巻き込もうってのか、この野郎……!」

 対してイリスは、判り易い怒りをその瞳に浮かべている。

 激情型で直情傾向、単純で羨ましい限りだ。

 

 私の意図に気付いたのに、想像はその程度で止まっている辺り、実に甘い。

 

「私が単身なのは、そんな詩的な理由では有りませんよ。それに、巻き込まれるのが貴女(あなた)たちのお仲間()()だなんて、随分のんびりした脳味噌をお持ちですね?」

 

 リリスもイリスも、メアリーもタイラーも、言葉を発すること無く私を見ている。

 私を破壊すれば止められる、事はそう単純では無さそうだと、気付いたのだろう。

 

 私が、ひとりでこの会談に臨んだ意味も。

 

「みすみす見逃してくれて有難う御座います。お陰様で」

 

 会談に辺り、交渉を行うのも話すのも、「霊廟」の持ち主である私だけが行うと言った時、イリスもリリスも何かが引っ掛かる、そんな顔をしていたが、止める事をしなかった。

 私の仲間達が散歩がてら買い物に行くと言って出掛けるのを咎める事もなく、のんびりと見送っていた。

 

 

「この街のあちこちに、試作を含む、魔力を充填済みの魔力炉を隠すことが出来たようです。仲間達は、何処かで『霊廟』に籠もった事でしょう」

 

 

 隠したのはエマだ。

 私は予め完成品に近い試作の魔力炉を20個収めた魔法鞄(マジックバッグ)のポーチをひとつ、彼女に手渡していた。

 一度起動してしまえば、私の魔力炉が停止するか正規の手続きを経ずに信号が途切れると、即座に暴走するように設定してある。

 

 その果てに有るのは、何の面白みもないただの大爆発の連鎖だ。

 

 私はそれを、街のあちこちに配置するようにエマに依頼していた。

 報酬は、更地になった街に残された、怒り狂う化け物たちとの戦闘の許可。

 

 残念ながら念話などといった便利な能力の持ち合わせがないので首尾は不明だが、この程度の仕事をしくじるエマでは有るまい。

 

 楽しそうに邪悪に笑うエマを思い出す私に、室内の視線が集中し突き刺さる。

 しかし、私は圧されもしなければ呑まれもしていない。

 

「イリスさん。この街を危機に陥れているのは、貴女(あなた)の浅慮です。私を責めるのはお門違いですよ?」

 

 憎々しげに私を睨むイリスを、私はひんやりした心持ちで眺める。

 さぞ私を破壊したいだろうに、うっかりそんな事も出来ない。

 そんな彼女を笑ってやるほど優しくはなれないが、本気で諭してやるほど性格が悪くもない。

 

「では、改めてお伺いします。貴女(あなた)がしでかした下らない悪戯の責任を、どのように取るお心算(つもり)ですか? 心してお答え下さい」

 

 自分を落ち着けるように狐面を取り出したイリスの、その目に映る私は果たしてどんな顔をしているのだろうか。

 捨て駒になるかどうかの瀬戸際で救われた私の行き着いた果てが、結局ただのテロリストとは。

 

 内心を飾る自虐の笑みは、この顔を歪ませているのか。

 それとも自分で感じている通りに、凍りついたような無表情を保ったままなのか。

 

 返答を待つ私は、そんな事が少しだけ気になった。




誰が何処でどうなろうと、「霊廟」だけが無事ならそれで良いのです。


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薄氷

「墓守」マリアの葬儀会場は、こちらでしょうか。


 力を背景に、私たちに恫喝紛い……というより、もはやただの恫喝を行っていた双子の魔女と仲間達。

 本人たちとしては、縁の有るこの街を護るため、不審な人形に圧を掛けた、程度の認識だったのだろう。

 

 気持ちだけなら理解(わか)らなくもないが、行動言動の端々に強者の余裕……と言うか、慢心から発生した傲慢さが見え隠れしている有様では、共感しようにもなかなかに難しい。

 

 このクランの良識だと思っていた眼鏡は、このクランの中では、と言うレベルでしか無かったし、そもそも強者とは言え普通の人間種の中での話だ。

 如何に彼がイリスを諌めようとも、本気で暴れられては止められまい。

 

 力で押さえつけるやり方に慣れすぎて、双子は人との接し方を忘れてしまったのだろうか。

 そんな危うい有様では、いつか双子同士で殺し合いに発展する未来も有りえそうだが……忠言をくれてやる義理も無いだろう。

 

 偉そうに批評している私だが、街のあちこちに爆発物を仕掛けて不特定多数の人間たちを人質にしている立場上、あんまり人様に強くは言えない。

 

「それでは、状況を理解して頂けた所で、私からの要求を変更します。時間魔法と空間魔法、それぞれの魔導書を頂けますか」

 

 非人道的な手段だと自覚しているが、それを選ばせたのは、私に対峙している双子だ。

 私は開き直った勢いに任せて、強気の態度を崩しはしない。

 

 私の要求に、リリスが狐面の下で、口元をきつく引き結んだ。

 

「……魔道士に魔導書を寄越せとか、結構な無茶を言ってる自覚は有るか?」

 

 妹が同じく狐面で表情を隠し、それでも感情を隠しきれずに噛み付いてくる。

 破壊されない事を優先していたならば萎縮もしただろうが、今は状況が反転している。

 

 私の破壊が反撃のトリガーなのだから、私の要求がどう転がっても問題無い。

 私が消失した後で、彼女たちが霊廟に侵攻することが予想されるが、その対策を講じる時間がなかったのが悔やまれる所だ。

 

 まあ、差し当たっては扉を魔法鞄(マジックバッグ)に放り込んで置けば、暫くはあの3体は身を守れるだろう。

 

「私たちの素性の確認もせず、ろくに話も聞かずに尋問と称した恫喝を行った件。私が真剣に貴女(あなた)のお仲間の身を案じて監視している最中に、下らない小細工を弄した挙げ句、落書き感覚でポータルを設置した件。その他細々した事柄を合わせて、その程度で許すと言っているのです。随分寛大だと思いますが?」

 

 罪状を指折り数えてやろうかと思ったが、止めた。

 数えきれない程有る、と言う訳でもなく、すぐに思い付く大きな事と言えばそのくらいだったのだ。

 

 本当に細かい所で言えば、まあ、この屋敷で暮らしている事そのものがストレスである時点で、出てこない事もないのだが。

 

「街を盾にしてる分際で、随分偉そうじゃねえか。真っ向から戦って見せろよ、卑怯者……!」

 

 歯噛みするイリスの間抜けさ加減が、そろそろ数周回って愛おしく感じなくもない。

 錯覚でしか無いが。

 

「力を持っていると言うだけの理由で人様を見下す間抜けに、どうこう言われたくは有りませんね。正面から戦うことしか考えないから足元を掬われるのです。何度でも言いますが、この街が滅ぶとしたら、それは貴女(あなた)の落ち度ですよ」

 

 実際、全力の彼女の前に立ったら、私は何秒立っていられるだろうか。

 それほどの戦力差を抱えながら、イリスは今、無力だ。

 

「……良くもまあ、仕掛けも仕掛けたり、ね。範囲が広すぎて、一瞬で回収なんてとても無理だわ。引き寄せ(アポーツ)でも習得しておけば良かった」

 

 リリスは口元を歪めると、悔しげに溜息と泣き言を吐く。

 

「こんな形で出し抜かれるなんて、考えもしなかったわ」

「今実行したら仕掛けた魔力炉が暴走するのでお勧めしませんが、人形を相手にする際には、人形の魔力炉の停止を優先するべきです。下手に追い詰めると、自爆しますからね」

 私のように。

 イリスの言葉に被せた台詞の最後の文言は、心の中に留め置く。

 わざわざ告げる必要もあるまい。

 

「幾ら何でも遣り口が陰険だろうが。そりゃあ俺達だって、褒められた接触の仕方はしなかったけどよ。だが、その件についても謝ったし、その後だって随分気にかけてたんだぜ?」

 

 イリスもまた、打ちのめされたような声を上げる。

 室内の他のメンバーは、静かに私たちの遣り取りを傍観している。

 

 事此処に至って、随分と悠長な事である。

 

「接触の仕方と言うより、その後ですね、問題が有ったのは。舐めた態度でヘラヘラ笑ってみせるのが謝罪の心算(つもり)だったとは、呆れて物も言えません。気に掛けて下さったとは、連日のウザ絡みの事ですか? 有難迷惑とか大きなお世話とか、世の中にはそういう言葉が有ることを知っておくと、長い人生を楽しく過ごせますよ? それに」

 

 怒らせないように努めて言葉を選んでいた鬱憤のタガが外れると、なかなかに楽しい気分になる。

 トレードオフは私の生命だが、なればこそ、言っておかねば損であろう。

 

「マスターの霊廟に無断でポータルを設置までして、口先の謝罪の真似事で済ませようとする見下げ果てた性根で、偉そうに何を仰っているんだ、と言う話ですよ。私たちの大切なものに土足で踏み込んだ報いに、貴女(あなた)たちが大切に守る仲間や街を頂いていきます。それが嫌ならこちらの要求を飲んで下さい。とても理解(わか)リ易いお話だと思いますが? 考える脳さえ有れば、ですが」

 

 私は自分で思っているよりも、酷く怒っていたらしい。

 眼の前の双子の様に怒りに表情を歪めることはしないが、その傍らの不死姫のように、凍った表情に凍てつく吹雪を纏わせて。

 

 ――私は、それ程までに、「霊廟」に愛着があったのだろうか。

 

「悔しいわね、私たちの敗けよ。仕掛けた場所が巧妙すぎて、遠隔で無力化も出来やしない。そんな事に時間を使うなら、素直に謝罪して、要求に応じたほうが早くて確実よ」

 

 怒りの相を解いて、あっさりとリリスが両手を挙げた。

 魔女に降参を宣言させるとは、エマはどんな難所に罠を仕掛けたのだろうか。

「おい! リリス!」

 意外に思ったのは、私だけでは無かったらしい。

 悔しさの色を濃くして、イリスは姉へと顔と狐面を向ける。

 

 私ですら、怒り狂った魔女に破壊される事しか想像していなかったと言うのに。

 

「……私だって護りたいものが有るのよ。そもそもの引き金を引いたのは私だし、致命的な失敗をしたのはアンタよ、イリス。もう、謝罪なんてレベルじゃ済まないでしょ、降伏よ、降伏」

 

 手を降ろして狐面を外し、その顔にはどこかスッキリとした色さえ伺える。

 この期に及んでまだ上からの発言が気になるし、そもそも、この魔女の言う事は信用出来ないのが本音だが。

 

「私からは、私が編纂した魔導書の写しを全て。原本を、と言いたいけど……」

「内容が同じなら、問題有りませんよ。使えさえすれば、原本か写しか等、気にもしません」

 

 言いかけたその口を、私の言葉が遮る。

 魔女は泣きそうな笑顔を儚く浮かべ、静かに居住まいを正した。

 

「寛大な言葉、感謝します。内容については、私の名に賭けて、原本と一字一句変わらない事を保証します。その他、妹やクランそのものからの謝罪の形は、もっと詰めて話をさせて下さい」

 

 手元の狐面が揺れたが、表情を隠したい欲求を押し殺し、リリスは私に向けて、深々と頭を下げた。

 悔しげに狐面を外したイリスがそれに続き、そんな双子を不死姫様が意外そうな顔を隠せずに見詰め、そして私に向き直ると静かに頭を下げた。

 私も意外に感じていた。

 

 頭を下げるのならば、イリスだけだろうと思っていたのだ。

 そのイリスの口からはまだ謝罪の言葉は出てこないが、寛大にも、と言うか呆然として、私はそれを敢えて見過ごす。

 

 彼女からの謝罪の内容次第では、また荒れることになるだろうが。

 

「畏まりました。それでは、後日お話を伺いますが、今日の所はお暇させて頂きますね。――そうそう、『霊廟』への不正な侵入が発覚した場合には、如何なる理由であれ、仕掛けた魔力炉を即時爆破させます。お気を付け下さい」

 

 緊張の糸が切れたらへたり込んでしまいそうで、私は気を張りつつ、凍った笑顔で告げる。

 さり気ない脅迫を、背を向ける動作でバラ撒きつつ。

 

「お前……!」

 

 当然のように反応したイリスの言葉に、待っていたかのように足を止めると、私は少しだけ振り返り、片目だけでそちらを見る。

「ご自身の立場を理解して、口を慎む事をお勧めします。誰の所為でここまで(こじ)れたのか、良くお考え下さい。そうですね、貴女(あなた)にも良く理解出来るように言い換えるなら……」

 まだ怒りの火を灯したイリスは、リリスに横目で睨まれて動けない。

 そんな彼女に、私は完全に表情を殺し、冷めきった目を向けて。

 

「自業自得だ、馬鹿が」

 

 短く告げて完全に背を向けると、そのまま執務室を後にするのだった。




いかなる時でも、言葉遣いは丁寧になさいと、あれほど……。


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晩春の旅立ち

「霊廟」の無事は確保出来たのでしょうか。


「楽しかったね、また一緒に何か作ろうね、また来てね、カーラ」

「うむ……うむ! いつか、きっと……!」

 

 レイニー嬢とカーラ、人間種と人形の間に芽生えた友情。

 破滅が約束されたその儚さは、美しい。

 

 イライラとギスギスがラインダンスを踊る状況下では、特にスポットが当たる事も無く埋もれてしまったのだが、当人たちが感動しているのだから、まあ、うん、それはそれで良いことだろう。

 

 カーラとレイニー、2名のたっての希望で人形制作の目処が立つまでは、と言う事で、結果的にこの街には2ヶ月程度滞在することになってしまっていた。

 小憎らしい双子魔女からの補償の品は、私が希望した時間系と空間系の魔導書が2冊。

 それに加えて、大容量の魔法鞄(マジックバッグ)が12個。

 そして、金貨10億枚。

 

 金貨というものは、実際にはそれほど無いからこそ価値が有ると思っていたのだが、この世界はどうなっているのか。

 そんな思いが顔に出たのだろうか、見ていたリリスが口を開いた。

 基本的に金鉱脈は自然の物の他に魔核迷宮(ダンジョン)にも存在しており、そちらは定期的に復活する為、危険を度外視すれば大量に採掘することも可能なのだとか。

 それそのものが罠として人間を誘き寄せるため、魔核迷宮(ダンジョン)内には無秩序な鉱脈が存在するのはザラなのだと、アリスも補足してくれた。

 

 黄金の価値とは。

 

「いくらでも掘れるとは言っても、結局は危険な魔核迷宮(ダンジョン)の中だからな。魔獣どころか魔物も出るし、気紛れで罠も設置されたりするし。犠牲が出ない訳が無いからな」

 そう言われると、妙な気分である。

 人の命を対価に黄金を掘り当てるのだと言えば、どこでもそうだと言われそうだが、危険の度合いが文字通り違ってくるのだろう。

 通常の採掘に伴う危険に加えて、アリスが言った通りの魔核迷宮(ダンジョン)ならではの危険も付き纏う。

 失われる生命も、桁が変わってきそうな話だ。

 

 急に金貨1枚が重く感じられてしまう。

 

 それらの品を私に譲渡する際、目録と全てを収めた魔法鞄(マジックバッグ)を私に差し出すイリスは、顔を隠していなかったのだが、様子が妙だった。

 悔しさや憎しみ、そういった負の感情をまるで抱えていない、しかし私たちに対して興味を持っている様子も無い。

 それはまるで、本当に反省しているような、ただただ反省している、そう見える表情で。

「数々の非礼、謹んでお詫び致します。要望頂いた通りにご用意させて頂きましたが、不備が御座いましたらお申し付け下さい」

 やや取り繕った感のある言い回しでは有るものの、それまでの口調すら鳴りを潜め、当然見下すような態度も無い。

 

 またぞろ下らない因縁を付けてくるだろうと返す言葉の準備をしていた私だったが、当の相手がその有様では拍子抜けする以外の手を打てなかった。

「お心遣い痛み入ります」

 こうなっては、余計なことを言っては私の方が態度の悪い無法者となってしまう。

 戸惑いつつも、素直に受け取るしか無い。

 

 そうして、相手の謝罪から始まった最後の会談は、むしろ罠なのではないか、そう思えるほど、こちらに譲歩した内容だった。

 目録に目を通し、イリスの顔と目録とを何度か見返すために視線を往復させたほどだ。

 生真面目なイリスと静かにその隣に立つリリス、そして穏やかな笑顔のお嬢様だったが、それまでを思えば異質に映るのは当然だろう。

 

 お嬢様に関しては、あんまり変化が無いような気もするが。

 

 こちらからは、「霊廟」へのポータルの使用を禁止して欲しい事を伝えた。

 当然のように、謝罪とともに受け入れたイリスだったが、殊勝過ぎて却って怪しい。

 

 まあ、その対策のために空間魔法を取得しようと思っているのだし、多少時間は掛かるがどうにかなるだろう。

 それまでは「霊廟」を極力使用しないことに決め、一応は約束が履行されたからと言う事で、魔力炉の回収を口にした私を止めたのは、何とそのイリスだった。

 

 曰く、私がイリスを信じられないだろうから、私がポータルの対処法を見出すまで、或いは街を出るまではそのままで良い、と。

 

 信じ難い内容だったが、向こうから言い出したのだからとその案に乗り、しかし顔を突き合わせて生活する事に抵抗が有った私たちはイリス邸を辞し、街の宿を当座の拠点と定めた。

 

 それからの時間を、私は宿で魔導書を読み耽り、カーラは私の魔導書に関する不明点を解説しつつイリス邸と時々「霊廟」の工房を使用して人形制作の研究を続け、アリスとエマは街を歩き酒や食事を堪能していた。

 1番観光を楽しみたかった私が缶詰状態なのは納得行かなかったが、それもこれもポータル封印の為と自分に言い聞かせ、学習に勤しんだ。

 

 結果、私だけがイリスや彼女の仲間たち、それに街の人間との交流が非常に薄くなってしまったが、特に後悔も無い。

 アリスが酒好きだと知ったらしいイリスの配慮で、私宛に大量の酒が送りつけられた時には、何の嫌がらせかと疑ったりもしたが。

 

 結局、この街を訪れてからの一連の騒動は何だったのか、そう思える程、何事もなく時間は過ぎて行き――カーラとレイニー嬢の涙の別れの場面となったのだ。

 

 ……私は何を見せられているのだろうか。

 

 

 

「聖教国が、どうも本気で軍を動かすらしいね」

 

 アルバレインの西門を出た所で、不意にアリスが口を開いた。

 イリスたちとのイザコザで忘れていたが、そう言えばそんな話も出ていたか。

「間に立つカルカナント王国は、挟まれて良い迷惑でしょうね」

 どうでも良いことに対して、どうでも良い答えを返す。

 楽しい会話の基本的な作法だが、こんな事すら久しぶりに感じてしまう。

「それなんだけどさ。どうも、この国のあちこちの軍を集めるとか、カルカナントに協力を要請するとか、そう言った事は面倒だからって――」

 アリスの言葉が、束の間途切れる。

 遠く森を抜けた風が草原を渡り、私の髪を揺らす。

 

「あの3人が、直接仕掛けるんだってさ」

 

 ややあって続いた台詞に、私は小さく肩を落とした。

 無茶だ無謀だ、等と心配の真似事はしない。

 勢いで押し切りそうな面々を思い出し、溜息が漏れるのを我慢する。

 

 いかにこの街、いや、下手するとこの国の最高位の戦力に近い彼女たちとは言え、下調べもなしに行動を起こすことは無いだろう。

 ……無いと思う。思いたい。

 とはいえ、そんな実力者が一度に不在になってしまったら、危機が訪れた際にはどう対処する気なのか。

 

「あ」

 

 らしからぬ心配事が頭を掠めた時、何か引っ掛かりが取れた様な錯覚に襲われる。

 

「……なんだよ、妙な声だして。あいつらの心配か? それとも、聖女様の方か?」

 

 アリスの失礼極まる発言に、私は反応しなかった。

 いや、出来なかった。

 

 ――考え過ぎだと思う。

 

 目下、街の治安は極めて良好、冒険者ギルドの防衛班は気さくな人格者で、衛兵隊との連携もしっかり取れていると言う。

 その両者の間に、イリスの影が有るらしい、とは、酒場に入り浸っていたアリスの話で知っていた。

 国内は基本的に安定していて、特にこの街はイリスが積極的に厄介事を噛み砕いていたらしい、とも。

 

 そんな彼女が、このタイミングで街を出る、と言う。

 それはつまり、この街に彼女が警戒するような危険はもう無い、そう判断したからではないか?

 

 そしてその危険とは……他でも無い、私たちだったのでは?

 

 街の人間はともかく、訪れる旅人や冒険者の中には不心得者も居るだろう。

 絡まれれば反撃するアリスや私、普通の人間程度ならカーラですら問題なく対処出来るだろう。

 だが、エマは少し事情が異なる。

 

「楽しかったけど、やっぱり飽きちゃうよねぇ。みんな良いヒトだったから、頑張って我慢したけどぉ、()()()()()()()()よねぇ」

 

 殺人こそを命題として与えられた彼女は、それに反抗する素振(そぶ)りは見せるものの、忌避はしていない。

 それはそれとして、戦闘は愉しむ。

 ……だから、単純に相手を鎮圧して終わり、等と言う事は無い。

 

 そんな彼女が暴れ始めたら、規模が拡大してしまう。

 

 仲間に対してそんな事を考えて気が重くなる私だが、本質はそこでは無い。

 そもそもそんな感想は、私だからこそだろう。

 

 外から見れば、私たちはひっくるめて「危険な人形」なのだ。

 実態がどう有れ、そう見えてしまうのは仕方がない。

 

 だから――私たちを観察したかったのか。

 

 アリスやカーラはそれぞれ物言いに癖はあるが、刺激しなければ無茶なことはしない。

 危険な存在では有るものの、その生い立ち故に触れあいを、暖かさを求める心を秘めているエマに、ストレートな友人を配し、ごく普通のありふれた日常を与えて無茶な行動を封じる。

 そして、私に対しては反発心を煽り、イリスやリリスどころか、この街に対して積極的な興味を失わせる。

 現に私は、訪れるまではあれ程楽しみにしていた大衆浴場に、結局一度も足を運ばなかった。

 そんな時間が有れば1秒でも早くポータルを封じてしまいたかったし、それが叶えば1分でも早くこの街を去りたかった。

 

 ――考え過ぎだ。

 

 あの小憎らしい、品性すら疑いかねない言動が。

 ポータルの件で私を怒らせ反撃まで覚悟させ、悔しげに見せたあの表情が。

 

 全部演技だったら、私はまんまと一杯食わされた事になる。

 

 私は小さく頭を振って、そんな考えを頭の中から追い出す。

 あれは素だ、あんな単純で直情傾向で考え無しの粗忽者が、実は私を掌の上で転がしていたなどと。

 

「そう言えば、イリスに聞かれて適当に答えたんだけどさ。アンタ別に、聖女様を助けたいとか、これっぽっちも思ってないだろ?」

 

 アリスの声に、私はハッとする。

 渡る風に、草原が小波のように揺れた。

 

「勿論。何度でも言いますが、あれは敵ですよ。聖教国の聖女なんて名乗っている時点で」

 

 恐らく、私は聖女に――リズに会うことは無いだろう。

 私たちという危険物に対して、殲滅ではなく排除を選んだ魔女が、聖教国に対しては「仕掛ける」と明言した。

 それはつまり、そういう事なのだろうから。

 

 街を出る事で寛大な気分になった私は、きっと、柄にもない感傷で思い出を美化しているだけだ。

 

 双子の顔がチラつく、と言う理由で南の領都モンテリアを目指さなかった事すらも計画通りだった気がしてしまうので、私は努めて冷静を装い、歩を進める。

 人の街に長く居続けることの出来無い私たちは、結局旅を続けるしかないのだ。

 

 それはそれとして、次に出会ったら殴る。

 

 固く誓った心に映る青空は、深く深く澄んでいた。




「霊廟」と、あの方の技術の結晶が守られたことは、素直に喜ばしいことです。


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のどかな旅路

平穏に戻った人形達は、何処に向かうのでしょうか。


 比較的平和な国、と言うのは、あくまでもこの世界基準の話であって。

 

「うえぇ。思わず胴薙ぎしちゃったよ。きっつう」

 顔を顰めて、アリスが剣を振って血を払う。

 手足だけなら、洗浄・浄化を使えばまあまあ、使えなくもないだろうが……断面から色々漏れている死体には、近付きたくないのだろう。

「ダメだよぉ、アリスちゃん。首狙ったほうが良いよぉ?」

 途中で血飛沫を避けるのが面倒になったのか、いつの間にか血みどろになったエマが、無邪気に笑っている。

 

 ……鮮血に(まみ)れて斬り落とした誰かの左腕をぶら下げている存在を無邪気と言ってしまうのは、もはやただの嘘だし無理がある。

 

「うぅむ、特に問題有る相手では無かったが……やはりこういう荒事は苦手だ」

 見た限り汚れのないカーラが、顎先に指を添えて考え込んでいる。

 その両脇には白いドレスの……白かったドレスを纏った人形が1体づつ。

 仮面じみたその顔は両者同じで、まるで違うのにあの双子を思い出して若干不愉快になってしまう。

 

 野盗が湧いて出た途端、誰より先に人形の動作試験が出来ると張り切っていたクセに、荒事は苦手とは。

 なかなか高貴な冗談では無いか。

 

「……結局、何体作ったんでしたっけ? 36体?」

「幾ら何でもそんなに造れるか。4体完成、2体が調整中で、他には設計しか無い」

 私の本領を発揮した適当な質問に、カーラは呆れつつも律儀に答える。

 

 彼女の手による人形は、人工精霊を搭載していない。

 完全にカーラの制御に依って動く、逆に言えばカーラの制御が無ければ指一本動くことのない、カーラ専用の戦闘道具。

 いつぞやの、トアズでカーラが使い損ねた廃棄人形(できそこない)とは訳が違う、カーラと友人の努力の結晶だ。

 

 ……カーラはともかく、その友情の証が血塗られたドレスに身を包んでいるのは如何なものか。

 この場合返り血を浴びすぎている事に文句を言うべきなのか、純白のドレスというチョイスの方に苦言を呈すべきなのか、判断に迷う。

 

 何より恐ろしいのは、その性能だ。

 人形自体のレベルはカーラより低い300なのだが、カーラが「操作」することにより、そのレベルが600程度にまで跳ね上がる。

 それも、操作している人形全てが。

 

 魔法の使用も併せて、カーラ曰く「40体程度なら、単身で操作出来る」との事で、疑いたくはないが本当であって欲しくないと言う、実に複雑な感想を抱えてしまった。

 

 色々と新機軸を盛り込んだらしいのだが、特に興味もない私は聞き流してしまったので、その詳細は不明である。

 そんな扱いのカーラだが、今日は思う存分性能実験が出来て満足している様だ。

 

「すっごいねぇ、今度私とも遊んでよぉ」

 

 思いの外高性能だったが為に、まさかの身内に狙われる羽目に陥っているが、まあ、頑張れとしか言いようがない。

 下手に仲裁に入って巻き込まれるのは御免である。

 

 困り顔のカーラが焦り気味の言い訳を並べているが、多分カーラの性格では逃げられまい。

 適当に2体程度で文字通り遊んでおけば、損失はそれで済むと思うのだが……まあ、作る手間を考えれば、易々と破壊されたくは無いだろう。

 

 アリスは見えないふりで、私は聞こえない(てい)で散らばった肉片の中から比較的マシなものを集め、魔法鞄(マジックバッグ)に放り込んでいく。

 

 夏が近付く青い空は、カーラの悲嘆を飲み込んで晴れ渡っていた。

 

 

 

 アルバレインから始まったアーマイク王国の旅も1月(ひとつき)過ぎ、麗らかだった陽光が少し温度を上昇させている。

 とは言え、それほど極端な上がり幅ではなく、この地方はそれほど気温が高くならないのかも知れない。

 足元を隠す程にも届かない、草原の名も知れぬ草を眺め、視線を遠く飛ばせば、そこには麦畑が広がっていた。

 

 ……麦畑だと思う。

 

「結局、このまま進んだら、なんだっけ? なんか結構大きな街が有るんだろ? そこに行くのか?」

 いつの間にか隣に並んで歩いていたアリスが、空を見上げながら問いかけてくる。

 

 歩きながらそんな事をしていたら、転んでしまえば良いのに。

 

「いえ、その……何でしたっけ? 街には行かずに、少し南の、要塞廃墟を見てみようかと」

「ええええええ。ヤだよぉ、何にも無い廃墟なんてぇ。味を占めたのかもしれないけどぉ、お宝なんて、そうそう無いんだよぉ?」

 反発するだろうと予想していた存在は、私が言い終わるより早く、予想以上の反応で反発してきた。

 高反発人形め、お宝を手にしたのはお前だけで、私は何も手にしていない。

「ただの観光ですよ。たまにはエマも、景色の変化を楽しみなさい」

 諭すような私の言葉を、エマはふくれっ面で受け止める。

 幼女のような振る舞いだが、これで私の姉である。

 現実とは、世界が変わろうとも世知辛いものだ。

「ヤダヤダ! 私、海が見たい!」

 駄々を捏ねる、サバを読んでも推定200歳。

 海を見たことが無い訳でもないだろうに、何がそこまでエマを駆り立てるのだろうか。

 

 大体、アルバレインで少年少女冒険者と遊びながら、あの巨大な川の近くまで行っていた筈である。

 あれでは我慢出来なかったのか。

 

「ここから海へ……ですか」

 

 鼻で笑って暴言を投げ付ける選択肢も有ったかも知れないが、流石に生命は惜しい。

 仕方なくエマの提案を受け入れるとするなら、どうすべきか。

 脳内に地図を展開しながら考えてみる。

 

 距離的な意味で言えば南西、或いはこのまま西に向かえば、私たちの足でなら、途中で遊んでも3ヶ月程度で海が見れるかも知れない。

 そのまま、この大陸を出ると言うのも悪くない選択肢かも知れない。

 

 いつの間にかガクガクと揺すられながら、私はぼんやりとそんな事を考える。

 海を隔ててしまえば、聖教国も双子魔女も、わざわざ絡んで来ることも無いだろう。

 

 言語的な問題や海の向こうの情勢など、予め調べておかなければならないことは幾つも有るが、選択肢の一つとしては間違いなくアリだろう。

 本格的な船旅など、生前もしたことが無い。

 

「海ですか……良いかもしれませんね」

 

 揺らされすぎてヘッドバンギングしているような有様の私に、アリスやカーラの生暖かい視線が向けられているのを感じる。

 見てないで止めろ、と、真っ当な事を思いつくまでに、私はそれから5分程度の時間が必要だった。




マスターの故国を離れすぎるのは、ちょっと……。


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旅の止まり木

旅路が日常。私には、俄に想像もつかない世界ですね。


 旅空はいつも晴れ、とは限らない。

 

 空模様が悪いとなれば、旅の足にも影響する。

 とは言え私たちは退避できる拠点が有るので、再度出てきた時に水没しているだとか、足元が無くなっているだとか、そういった危険がない場所を選ぶ必要は有るものの、他に比べて快適で安全な休息を取ることが出来る。

 

「雨の日は、ヒマだねぇ」

 

 約1名、その事の有り難さを理解(わか)っていなさそうなのが、談話室の窓の外を眺めながら言う。

 ……そこからは、外の様子は何も伺えない、ただぼんやり明るいだけの窓なのだが。

 

「そうだな。あの屋敷にも繋がらなくなってしまったから、レイニーにも会えなくなってしまった」

 

 同じ様に窓に顔を向け、カーラが溜息を浮かべる。

 ……彼女たちには、何か見えているのだろうか。

 

 カーラにしてみれば惜しい思いも有るだろうが、私としてはポータルが直通で外に繋がっている状態というのは落ち着かないし、それを設置したのがアレだと思えば苛立ちしか無い。

 

 思い返すにつけ、段階を踏んで話をする、と言う事の出来ない双子だった。

 結果だけ押し付けられても、反発以外のリアクションの取りようが無いではないか。

 

 その様な理由から、私は必要な手段を講じ、キッチリとポータルを使用不能にした。

 現在、玄関ホールのど真ん中には、金属製サイコロのオブジェ、と言う様相の巨大な正6面体が鎮座している。

 

 物理的に封じた、と言う訳ではない。

 

 中は空洞になっているため、万が一にも破壊して入り込まないように、私は仲間に言い含めてある。

 結局、空間を除去する等という方法が思いつかなかった私は、リリスからもぎ取った空間魔法と時間魔法の魔導書を読み漁り、酷く簡易的な罠を設置したのだ。

 ポータル自体が空間魔法でも有るのだから、最初は術式に干渉して無効化しようとしたが、あんな有様でも格上の魔導師。

 そもそも術式を読むことさえ出来ないのではどうしようもない。

 

 なので、私はポータルを含む周囲の空間そのものを、まずは玄関ホールと切り離した。

 

 とは言っても、結局は目の前にある空間である。

 出入りは出来てしまうのだが、要は魔法を掛けるための空間を指定したのだと思って貰えば良い。

 

 本当の意味で空間を切り離し、そこを無にしてしまうことも出来るのだが……リリスも言っていた通り、魔法空間内に空隙(ヴォイド)を発生させてしまうと何が起こるか判らない。

 些細な切っ掛けで全体が崩壊してしまっては堪らないので、この様な安全策を取っているのだ。

 

 私の腕が悪い訳では無い。そういう事にしておいて欲しい。

 

 そして、私はその指定空間内の時間経過を、可能な限り加速させた。

 永続発動させるための魔法陣も開発し、それを幾つも敷設する。

 気乗りしなさそうなカーラにも手伝わせ、空間内にみっちりと敷設、と言うか満たされていく魔法陣たちは互いに干渉しあい、驚きの時間加速効果を生み出していく。

 具体的に言えば、健康な若者を放り込んだら数秒で老衰で死ぬ、その程度には加速されている。

 

 実際には空腹で餓死の方が早いだろうし、それこそ入った瞬間に死んだように見えるだろう。

 

 加速の度合いが過ぎて、私たちですらうっかり入り込んでしまえば数十秒で、経年変化により各所が劣化してしまうだろう。

 嫌がらせとしては、まあまあの出来だと思う。

 このままでは私たちがうっかり踏み込みかねないので、その空間の外側を金属板で覆い、入り込めないようにした訳だ。

 うっかり入り込んだのがただの人間だったなら、1日もあれば塵になっているだろう。

 この処置は当然双子サイドにも伝えてある。

 

 伝えた時の心底嫌なものを見た、そんな顔は、是非記録に残しておきたかったものだ。

 

 まあ、真偽は不明だが向こうは行き先リストから「霊廟」を除外したと言っていたし、そんな事が出来るなら最初にやれとは思ったが、そもそも言われても信用出来ないのだから、結局似たようなことにはなったと思う。

 

 そんな訳で気軽な行き来が出来なくなり、私は胸を撫で下ろしたがカーラは悲しみを背負った、と言う訳だ。

 

 残ればよかったのに。

 

 カーラの傍らには、1体の操り人形(マリオネット)がひっそりと立っている。

 何処から出したのかメイド服を着ているが、その意匠に何やら見覚えが有る。

 私はエマには目を向けないようにしつつ、内心で嘆息した。

 

「そう言えば、工房って言っても色々あるし、実際あれ、何が出来るんだ? 私は見ても良く判んないけど、なんか武器工房も無かったか?」

 

 不意に掛けられた声に顔を向ければ、アリスが真っ直ぐに此方を見ていた。

 良かった、これでアリスまで窓の外を見ていたら、私だけがおかしい可能性も浮上してしまうところだった。

「そうですね、武器工房も有りましたね。私たちでも、見様見真似で何か作れそうでは有りますが……まあ、苦労に見合うかどうかは」

「だよなぁ……」

 私が答えると、アリスは溜息と共に、椅子に立て掛けてある彼女の「人形斬り」へと目を向けた。

 特に不満がある、という訳では無いだろうが、場面に応じて使い分けの出来る武器がもう一振りくらいは欲しい、そんな所だろう。

 

「言っておきますが、普通の人間をここに招き入れるのは、余程見極めねばなりませんよ?」

 

 若干悪い印象を引きずり過ぎていて、自分でももはやトラウマなのではないかと疑うレベルの慎重さに、苦笑も出ない。

 レイニー嬢だけなら問題がないしむしろこちらで引き取っても何も問題が無いのだが、その背後に居る人物がアレ過ぎる。

 

「そもそもそんな職人に馴染みも居ないよ。今までは適当に出来合いを買って誤魔化してたから」

 

 淡く笑うアリスに、彼女のトアズでの大立ち回りを思い出す。

 その出来合いの剣をへし折り砕きながら、出来損ないとは言え外骨格式の人形を斬り伏せていたアリス。

 今は私が持っていた剣を愛用し、事によっては私でさえ斬り伏せられる実力をも持ち合わせてしまった。

 

 身内の戦力が整うのは良いのだが、うーん。

 

「武器作りに特化した人形などが居れば、引き込むのも有りかも知れんな。人形作りの私のような」

 職人と言う単語に興味を惹かれたのか、カーラが参加してくる。

 

 カーラもまた彼女の「手足」を手に入れ、それを着々と増やしつつ有る。

 単体ならどうにかなるとは言え、その「手足」を持ち出されては、流石に危うい。

 

「えー? じゃあさぁ、お料理出来る人形も探そうよぉ! アリスちゃんたちの料理も美味しいけど、もっと色んなの食べてみたいしぃ!」

 

 意味もなく私に飛び付きながら、エマがディスって来た。

 私の料理は美味しくないと申すか。

 最初に餌付けしたのは私の筈なのだが、いつの間にかアリスのついで扱いになっている。

 

 こんな愉快な私の姉人形だが、出会った当初から一貫して危険で凶悪な人形でもある。

 

 私はゆるゆると首を振り、仲間たちを微笑みながら見る。

 

 気が付けば、これ、私が1番弱くなってないか……?

 別に強く有りたいとは思わないが、そこそこ頑張って鍛えて、弱いままではいけないと努力を惜しんだことも無かった……と思う。

 それなのに、いつの間にか周囲がなんだか強くなっている。

 

 計画どおりで楽になったと喜ぶべき場面だと思うのだが、どうにも何かが引っ掛かる。

 考え込む私をがくんがくんと揺すりながら、エマはアリスにハンバーグを要求している。

 

 突っ込むべきポイントが周囲に渦巻いていると知った私はそっと目を閉じ、深く考える事を止めたのだった。




そもそも深く考えない生活というのも、私には想像が及びません。


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とりあえず、エール

エマでは有りませんが、なんでそんなに遺跡に行きたがるのか、理解出来ません。


 遺跡を観光したい私と、海が見たい――と言うより遺跡に興味の無いエマ。

 特に行き先に拘りのない残り2名。

 

 取り敢えずどちらに向かうにしろ、立ち止まっていても時間が無為に流れるだけである。

 

 進路としてはエマの勢いに敗け、海を見に行くという事になりそうだが、まあ、それも良いだろう。

 とは言え素直に認めるのも癪なので、ぎゃいぎゃいと言い合いながらの賑やかな旅路が続く。

 

 遺跡か海か。

 その岐路に当たる小さな街に踏み込んだのは、太陽が傾き始めた頃合いだった。

 

 

 

「やあ、こんな小さな街だってのに、酒が良いね。何を飲むか迷うくらいだ」

 上機嫌なアリスが、食前酒としてウォッカを呷っている。

 人形だし心配もしないが、これが人間だったら、少しばかり心配になる飲みっぷりだ。

 

 そもそも、まだ夕食にも早い時間なのだが、それは言っても気にもされないだろう。

 

「……貴女(あなた)は酔えないでしょうに、なんでそんなにお酒に固執するんですか?」

 別に言わなくても良いことが、何となく口から滑り落ちる。

 アリスはキョトンとして私を見て、そして実に不思議そうに唇を開いた。

「え? 酔うよ? 状態異常無効を切って、耐性をちょっと下げてるから。人間(ひと)ほど酷い酔い方は出来ないけど」

 言い終えると、再び楽しそうにジョッキを呷る。

 ウォッカをジョッキでストレートとか、私の目には狂気に見えるのだが、酒好きならばこれで普通なのだろうか。

 

 と言うか、酔いを味わうために何をしてるんだ、その瞬間に何者かに襲われたらどうするのか。

 

 今や私より強くなってしまったアリスには無用な心配だと思わなくも無いが、湧いて出てしまうものは仕方がない。

 仕方がないが、それを口の端に乗せるのは止めておいた。

 

 言って聞くなら、そもそもそんな無茶をする事は無いだろう。

 

「程々にして下さいね? なにしろ、どうにも妙な気配がしますから」

 

 溜息を我慢して、私は代わりに言葉を零す。

 アリスはにこやかにジョッキを傾けながら、一瞬だけ眼差しを鋭くして私に頷いて見せた。

 彼女も、気付いていたのだろう。

 

 対して、カーラとエマは不思議そうな顔を、揃えて私に向けてきた。

 

「あー……エマちゃんは気付かないだろうなって思ったけど、カーラも判んないか」

 

 アリスの言葉に、2名は顔をそちらに向ける。

 彼女の声は、普通の人間には聞き取れない程の小声になっていた。

 

 と言うか、お前はそれに気付いていて、その上でそんな暴挙に出ていたのか。

 

「どういう事だ? 特に注意すべき存在も感じないし、化物級の気配も無い。単に感じ取れないだけかも知れないが、そう言う事なのか?」

 表情に緊張を滲ませて、カーラが私を見る。

 戦闘力を手にしたとは言え、その戦力を持ち出していない状態では、カーラは無力に等しい。

 ……いや、基準が最近どうも狂いすぎている気がする、カーラとて、そこらのベテラン冒険者程度なら片手でどうとでも出来るだろう。

 

 どうもこう、強者に押さえ付けられる環境に長く居すぎたのかも知れない。

 

 私は咳払いで気を取り直すと、小さく唇を動かし、周囲の喧騒に呑まれる小声を押し出した。

「いえ、そう言う事では無いのです。どうも、此処の空気が可怪しいのですよ」

 私の言葉に素直に周囲を見回すエマとカーラは、やがて不思議そうに互いに顔を向け合う。

 

 喧騒、と言うには少し行儀が良すぎる。

 

 私もちらりと視線を走らせ、周囲の様子を伺う。

 年若い冒険者のグループ、中堅どころと見受けられる冒険者の一団。

 普通の、酒好きの一般人の輪。

 

 酒を呑み、料理を楽しむ彼ら彼女らの表情に、一様に疲れの色が見えた。

 それに、決して騒ぐ事は無いが、あの双子の、私の目にも何処か見慣れた物とも違う、此方の世界での軍服らしきを纏った一団が、奥の方でテーブルを3つばかり占領していた。

 彼らに対しての不平不満、と言う雰囲気でも無いし、何よりその軍人らしき集団もまた、疲労の色を纏っている。

 

「トアズやベルネ、アルバレインに比べるのは流石に気の毒ですが、とは言え此れ程賑わっている店内ですよ? その割にはいささか活気に欠けていると言いますか……」

 

 私の懸想を笑い飛ばすように、すぐ近くのテーブルで乾杯の声が上がる。

 だが、その表情は。

 

 自棄(やけ)になっているように見えるのは、流石に穿ち過ぎだろうか?

 

 周囲の声を拾って見ても、何処か重苦しさを感じてしまう。

 この空間の、特定の誰かを忌々しく思っている様子は無いが、ただ、何かについて、触れないように気を配っている、そんな風に見える。

 

「こりゃあ……ちょっとばかり、タイミングが悪かったかも知れないね」

 

 ジョッキに口を付けながら、アリスが器用に声を発した。

 行儀はさておき、その意見には同意である。

 私はアリスに頷きを返した。

 

 私とアリスが不穏な物を感じている、それは理解出来たようだが、その理由にはまるで思い至らない、そんな残り2名はやはり不思議そうに、その間に立つ見慣れぬ黒髪の少女と揃って小首を傾げるのだった。

 

 ……え、誰?

 

 

 

「こっちエール追加ー! あと、何か食べるものを適当にー!」

 私たちの無言に見える会話に割って入る様に現れた少女は、勝手に空いている椅子を引っ張ってくると、私とエマの間に割り込むように陣取った。

 

 タイミング的には疑わないのも難しいが、彼女は私たちの、小声の会話を聞き取ったのだろうか?

 

「この国は食べ物が美味しいって聞いてたから、楽しみだね? て、みんなはもう何処かでご飯食べたこと有るのかな?」

 

 しかし、距離感の詰め方が良く判らないこの少女は、その無垢にも見える笑顔で真意を図らせてくれない。

 軽く探査を引っ掛けてみた所、何も見えない。

 

 ただ、今まで遭った化物どもと違い、魔法的な引っ掛かりが有る。

 それは、魔法に依る隠蔽を行っている、と言う事だろう。

 

 何故こうも、得体の知れない厄介事に絡まれる率が高いのか。

 

 私は少女から視線を外し、私に関わった歴代の厄介事たちの顔を順番に見る。

 ……私は何も、悪いことはしていない筈だ。

 

「アルバレインってトコで、いっぱい食べたよぉ? お嬢ちゃんはアルバレインには行かなかったのぉ?」

 

 厄介事筆頭こと、エマが持ち前の傍若……人懐っこさを発揮する。

 私の胸中に嫌な予感と、これから吐き出す予定であろう溜息が幾つか補充される。

 

 口調が違う。

 髪色が違う。

 服装の趣味も違う。

 だと言うのに、何故、こうも。

 

 まるでエマとエマが語り合っているかのような錯覚に襲われるのか。

 

「あー、あの街はね、なんだか恐い気配に威嚇された気がしたから。面倒なのはイヤだったから、素直に迂回してきちゃったの」

 

 恐い気配、そして威嚇。

 

 物凄く身に覚えの有る話だ。

 と言うか、私だって街に入る前に威嚇されたら、威嚇して貰えていたら、素直に入場の列から離れただろうに。

 

 私の今更な愚痴はともかく、つまりは、この少女もあの街にとってはあまり受け入れたくない存在だったと言う事だろう。

 私は用意していた溜息のストックを、早速ひとつ消費した。

 

「それにしても、私もだけど、お嬢ちゃんたちも大変な時に来たね?」

 

 考え込む私の耳に、少女の声が滑り込む。

 お嬢ちゃん呼ばわりに感じた既視感を無表情でねじ伏せ、私は視線で先を促す。

 そんな視線を受けて、少女はエールのジョッキを受け取り、当たり前のように喉に流し込んだ。

 

「なんだかこの街、野盗に狙われてるんだって」

 

 悪い想像ばかりが膨らんでいた私は、黒髪の少女の口から出てきた内容に、心底ほっとして吐息を漏らした。

 そうそう化物に絡まれる訳ではない。

 いつでも自分が騒動に巻き込まれるなんて事もない。

 

 どうやら今回は、私は傍観者になれそうだ。

 

 眼の前に並ぶ面々と、新顔。

 割りと不穏なラインナップが並んでいる事実を忘れたのは、きっと、私も酔ってしまったからだと思う。




現実逃避の方法と言い訳は、色々有るのですね。


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厄介事のサラダボウル

野盗程度でしたら、確かに慌てる理由には当たりませんね。


 立ち寄った街は、どうやら野盗の襲撃予定地らしい。

 突然現れたサラサラ黒長髪のオリエンタルな美少女によれば、特に繋がりもなく活動地域も離れていたはずの5つの野盗団が、突如として手を組んで、しかも連名で襲撃予告まで送ってきたのだという。

 

 割りと頭が弱いんじゃないだろうか。

 

 そう思った私だったが、訳知り顔で説明を続けてくれる少女曰く、野盗の規模は500人に迫る勢いだとか。

 対して、この街の衛兵隊の戦力は200名。

 

 ちらりと店の奥に視線を送る。

 ……あれは衛兵なのだろうか?

 見た所10名程度が、鎧ではなく礼服に身を包んでしょぼくれた顔を並べている。

「あれは、モンテリアの領主様に書状を届ける予定の、この領の軍の人達。完全にタイミング悪く巻き込まれたカンジね」

 少女は私の視線を追うと、ああ、と呟いてから説明してくれた。

 ふむ。

 私は自分の顎先に指を添える。

「彼らが引き返して、領軍を呼ぶことは出来ないのですか?」

 野盗が集団で掛かってこようとも、きちんと訓練を行っている正規の軍には敵うまい。

 無論、それなりに時間は掛かるであろうが、多少なら防御を固めて、衛兵と冒険者達が連携すれば耐えられない事も無いだろう。

 

「無理だと思うよ?」

 

 しかし、私の非常に常識的な案は、あっさりと否定された。

 ……まさか、ここの領主はこの街を見捨てるとでも?

 

「だって、襲撃予定は今夜だし」

 

 頭を抱えそうな予感は無事に外れたが、別の意味で私は頭を抱える羽目に陥ってしまった。

 これは、呑気に傍観とは言っていられない状況かもしれない。

 私は天井を見上げる。

 

 あの双子は何をしているんだ。

 幾ら領が違うとは言え、自分の所属する国で、何か大問題が起きようとしているのに、何故気付かなかったんだ。

 

 そんな文句が絶叫の形で喉元まで迫り上がるが、非常な努力を持って私は耐える。

 ……どうせ強大だがズボラなあの姉妹のことだ。

 聖教国方面には警戒網を張り巡らせていたのかも知れないが、裏とも言うべき此方側は完全にスルーしていたのだろう。

 野盗が手を組むなんて事、そもそも想定していなかっただろうし。

 

「野盗の手際が良いのか、単純に私の運が悪すぎるのか、どちらだと思います?」

 

 仲間達の顔ぶれを見れば、どう考えても私の運の悪さが原因としか思えない。

 しかし、少女は気を使った訳でも無いだろうが、優しく首を振った。

「野盗の後ろで糸を引いてるのが居るからね」

 笑顔に少し困り気味の色が混ざる。

 私の背筋がぞわりと粟立った。

 

 アリスは変わらずジョッキを傾け、エマは何が楽しいのかにこにこと話を聞き、カーラは我関せずの様子でサラダを突付いている。

 

「……それは流石に、考え過ぎでは?」

 

 言ってはみたものの、私は彼女の語り口とは別の理由から、その内容が真実だろうと直感した。

 私の探査範囲に、敵性反応が入り込んできたのだ。

 それも、たったひとつ――ひとり。

 

「んーん、違うんだよ、残念ながらね。なにせ、密告者が……盗賊さんたちにしてみれば、裏切り者かな? が、居るんだよ」

 

 少女の言葉に、私の視線は吸い寄せられる。

 敵性反応は、ごくゆっくりと近づいてくる。

「信じられるのですか? そもそも、襲撃の話も、その方の妄言と言う可能性は?」

 両方の反応を視ながら、言葉を紡ぐ。

 アリスの手が止まり、瞳が少女を捉えていた。

「うーん、追われてる所に通り掛かって、私が保護してこの街に一緒に来たんだけどね? あれが演技だったら、お姉ちゃん、あの子褒めちゃうなあ」

 見た目は10代半ばにしか見えない少女が、年上風を吹かせる相手。

 それはどんな子供なのかと想像するが、当然上手くいく筈もない。

 

「でもね、びっくりしちゃうよね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。片方は完全に敵対しちゃったカンジだし、いやあ、お姉ちゃん、悲しむべきか喜ぶべきか、フックザツだよね」

 

 ケラケラと笑って見せる少女に対して、私たちは警戒度を一気に引き上げた。

 ――いや、そもそも無警戒では無かったが、なんというべきか。

 

「そうそう、ちゃんと自己紹介してなかったね? 私は――」

 

 そもそもで言えば、人形の小声会話に割り込んで来て、しかも自身も小声で話すことが出来ている時点で。

 

「Za213、『鉄姫(てっき)』メアリだよ」

 

 名乗った少女は、変わらない笑顔をこちらに向けて。

 人形だろうとは思っていたが、敵意が無い事、割りと堅牢な隠蔽を施している事、自然体で何処にでもいそうな立ち姿なのに、隙が見当たらない等。

 それなりの実力を持った人形だろうとは思ったが、まさか、同じザガン人形の、よりにもよって2シリーズ最終型だとは思わなかった。

 

「ご、ご丁寧に痛み入ります。……ここではなんですから、場所を変えて話しましょう」

 

 私はちらりとアリスに目を向けて、食事の中断を告げる。

 素直にジョッキをテーブルに戻すアリスの隣で、エマが慌てて料理を口に押し込んでいた。

「うーん。出来ればそうしたいんだけど、ね?」

 少女……メアリは申し訳無さそうに言う。

 何事かと思った私は、ハッとして、少しばかり注意を逸してしまったことに気が付いた。

 

 探査で拾った反応が、こちらに向けて急速に移動を開始している。

 更には、遅れていたのであろうか、追うように5つの反応が遠くに増えている。

 

 先行する反応が赤い反応だが、後方に増えたものはいずれも黃反応。

 後方は速度も併せて特に注意する必要も無さそうだが、先を走る方は放っておけば、すぐにこの街に到達するだろう。

 

「……エマ。あちらの方向、400メートル程先。真っ直ぐに来ている者が居ます。遊んであげて下さい」

 

 とっさに襲撃者と思しき存在の方向へ顔を向けると、出来るだけ手短に告げる。

 話を聞きながら食事に夢中だったエマは、私の言葉に反応してすぐに席を立った。

「この街の人間は、誰も傷付けないように。向こうに応援が居た場合は、好きにして結構です。私たちも、お会計を済ませたらすぐに向かいますので」

 言いながら、私も立ち上がる。

「わかったよぉ! まっかせて、マリアちゃん!」

 とびきりの笑顔を私に向けると、エマはひょいひょいと人の群れの間を抜け、あっという間に外に出てしまった。

 アリスもまた颯爽と立ち上がり、カーラは酷く億劫な様子で同じく席を立つ。

「あっれえ? あれ、止めてくれるんだ? すっごく助かるけど、良いの?」

 のんびりとエールを飲み干して、メアリも私を見上げて立つ。

 身長的には、エマとどっこい程度か。

「あの速さ、あれも人形でしょう。そして、貴女(あなた)の話しぶりから見て」

 手近なウェイトレスを手招きして勘定を告げ、飲み代を渡して釣りを断る。

 こう見えて意外と小金は持っているので、5人前程度なら支払いも容易だ。

 

「アレもまた、ザガン人形なのでしょう?」

 

 メアリは答えないが、笑顔も崩れない。

 その笑顔こそが、雄弁な答えなのだろう。

 

 ほとほと、姉妹と縁があると言うべきか。

 トラブルとの縁が深すぎると嘆くべきか。

 

 エマを追って酒場を出た私は頭を振って、深く考えることを一時的に放棄した。




常に深く考える事をしていないと思いますが。


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獣と人形と月下で

エマを手綱無しで放り出すとは、なかなか大胆です。


 自ら進んで厄介事に首を突っ込んだ形になったが、考え無しの事では無い。

 エマのストレス発散の場面を作る事と、それをなるべく一般の方々の目に触れさせない様にする為だ。

 そんな先行するエマを私たちが追っているのは、単純に回収の為で、心配など微塵もしていない。

 

 恐らく私たちが追いついた時は現場はいつものスプラッタ劇場なのだろう、そう思いながら私は走るのだった。

 

 

 

「あははははッ! たーのしい、ねぇ!」

 エマが遊んでいる現場には、探知の反応がふたつ。

 ひとつはエマで、もうひとつはつまり、敵と言うことだろう。

 

 メディカルポッドを介したバージョンアップと賢者様邸での戦闘訓練、その後の私やアリスとの戦闘訓練でレベルを引き上げたエマは、今では982と、1000に迫る勢いだ。

 そんなエマが、実に楽しそうに遊んでいる、そんな相手。

 

「何も、楽しい、ことなど――くうっ!」

 

 ぶつかり合う金属音、響く音声。

 その遣り取りに、私は懐かしさを感じるが、嬉しくもなんとも無い。

 

 あの相手も、化物の相手をすることになってさぞ面食らっているのであろう。

 とは言え、思ったよりも保っている。

 私たちが追いつくまで意識があるどころか、まだエマと戦えているとは思わなかった。

 

「ああもう! それは反則だよぉ!」

 

 意外に思う私の耳に、苛立ちの声が届く。

 エマとの合流まで、あと10メートルと少し。

 

 あのエマが苛ついているという事は、押されているのか。

 舐めて掛かっていたが、流石は赤反応と言う事か。

 

「エマちゃん! 大丈夫かい!?」

 

 感心する私を抜き去って、アリスが勢いを増して走る。

 ああ見えて、アリスは少し心配性な気がする。

 

「凄いねえ。エマちゃんって、確か魔法戦仕様だよね? なんであんなに動けるの?」

 

 私の隣に付くメアリが、のんびりと感嘆の声を上げた。

 彼女は私とは違い、他の人形の仕様を真面目に覚えているらしい。

 とは言え、知っているのはカタログスペックでしか無い。

「エマは、近接戦闘嗜好なのですよ。余程追い詰められるか、逆に余程つまらない相手でも無いと、魔法を使おうとはしないでしょうね」

 つまらない格下の私に追い詰められるまで、それを使わなかった程だ。

 今では内部骨格(フレーム)性能も上がり、より白兵戦の適性が上がったエマに魔法を使わせる程の相手となれば、余程の手練か化物か。

 少なくとも、今相手にしている存在では、それは難しいだろう。

 

「私はむしろ、エマを相手にまだ生きている方に驚きますが」

 

 夜が包む草原の只中で、2体の人形が踊っている。

 月の光を銀色に弾き、刃は光の尾を引いて交差する。

 

「エマちゃん……!」

「だめだよぉ、アリスちゃん。今、とっても楽しいんだぁ」

 

 駆け寄ったアリスだが、鬼気を放つエマの背に押され、それ以上進むことが出来ない。

 振り返ったその額には傷が走り、顔の左側を擬似血液が赤く染めている。

 大きな怪我では無さそうだが、視界は半分塞がれているに等しいだろう。

 

 良く見れば、大きくは無いがそれなりに傷を負っている。

 それは相手もまた、それほど違いのない様子だ。

 

 無傷では済んでいない、と言う意味で。

 

「あれはね、クロエちゃんだよ。ちょっと特殊だけど、元々格闘戦仕様だね。私はやっぱり、クロエちゃんに格闘戦で善戦出来てるエマちゃんに驚くけどなあ」

 

 メアリがやはりのんびりと感想を述べ、私はちらりと一瞥を向けるが言葉は発しない。

 クロエ、と来たか。

 

 私は最近読んだばかりの、姉妹たちに関する資料を思い出していた。

 

 

 

 Za211、「影追(かげおい)」クロエ。

 本来は魔法戦仕様として設計された。

 しかし、それは人工精霊との相性の問題だったのか、それとも単純な手違いだったのだろうか。

 およそ攻撃系統の魔法が使えなかった彼女は、代わりとでも言うように、異形の能力を手にしていた。

 

 ザガン人形の中でも特殊と言われるのは2体、そのうちの1体である彼女は、始めからそう創られたのでは無かったのだ。

 

 その特性を活かすために急遽内部骨格(フレーム)に強化処理を施され、近接戦……格闘戦仕様に作り替えられた彼女は、以降、その技術を磨き続けてきたのだろう。

 ただの趣味嗜好で近距離戦を()()()()()()エマとは、土台が違う。

 

 だから。

 

「なんで、お前は! 私の間合いで戦えるんだ!」

 

 半身に構え、忌々しげに叫ぶ。

 エマの事を、クロエもまた知って居たのだろうか。

 

 だからこそ、受け入れ難いのだろう。

 

 彼女の知らないエマが、短刀を振りかざして襲い掛かってくるなど。

 況してや魔法戦仕様の人形が、彼女を圧す程の実力を秘めているなどと、そうそう飲み込める事実では無い。

「――当然と言えば当然ですよ。エマ(あれ)は意地で刃を振るい、己の存在意義に抗い続けた。そして、その果に3シリーズの内部骨格(フレーム)を手に入れるまでに至ったのです。命令通りの殺戮しかしてこなかった人形が、狂気(あれ)に勝てる道理は有りませんよ」

 私の言葉は、先のメアリの疑問に対する私なりの回答だ。

 

 クロエの姿が、夜の闇に溶けるように消える。

 あれこそが、彼女が特殊である理由。

 限定的だし長時間の使用も出来ないが、それでも強力極まる能力。

 

 古来、影渡りとも呼ばれたそれは、この空間と亜空間との間に束の間潜り、移動することの出来る異能だ。

 

 魔法で再現出来た者が居たかどうか、少なくともそれらしい文献を私は知らない。

 そういう意味でも稀有な能力で、相手にするとなればなるほど、確かに厄介だ。

 

 だが、それが何だというのか。

 

「エマ。聞きたいことが有るので、最低限殺さないで下さい。それさえ出来れば、後はどうとでも壊して結構ですよ」

 

 クロエを追ってこちらに向かっている5つの反応は、合流までにまだ時間が掛かる。

 そちらは私が片付けておこう。

 

「あはっ。マリアちゃんってばワガママだねぇ。良いよぉ、それじゃあ、殺さないように壊しちゃうよぉ」

 

 私には背を向けて、エマは笑う。

 クロエが何処から出てくるか判らない、その状況で、両手の短刀を武器庫に収め、黒い刃が現れて月光を反射する。

 

 構えらしい構えも無い、自然体にただ立っているその姿は、油断にも慢心にも見える。

 だが、エマはそれで良い。

 

「カーラ。貴女(あなた)の人形は、出せますか?」

 

 顔も向けず、私は背後に居るであろう人形に声を向ける。

「あ、ああ。いつでも」

 そのカーラが、腰のポーチを叩いた音が耳に届く。

 私は小さく頷いた。

「展開しておいて下さい。エマが不覚を取ったら、アリスと共にあれの捕獲をお願いします」

 私の言葉に、カーラが頷き返す気配を感じる。

 

「おい、それじゃマズいだろ。助けに入った方が良いんじゃ無いか?」

 

 前方に立ってエマとクロエの戦闘を見ていたアリスが、振り返った。

 気持ちは判らなくもないが、やはりアリスはまだ、何処かでエマの実力と気質を読み違えている。

 

「無用です。むしろ、エマの機嫌を損ねたら斬られますよ。私であろうと、貴女(あなた)であろうと」

 

 私の目を見たアリスが、息を呑んで黙り込む。

 

「私は此方に向かってくる雑魚を処理してきます。この場は任せますが、くれぐれもエマの邪魔はしないように」

 

 言い置いて、私は駆け出した。

 戦場を迂回する事もなく、真っ直ぐに。

 

 傍から見れば、私こそがエマの邪魔をしているようにしか見えないだろう。

 だが、クロエは空間の隙間に潜り込み、エマを攻撃する隙を伺い、気を張っている。

 そんな所に踏み込んだ私に、クロエが反応しない訳がない。

 特に、私が口に出して目的をハッキリと告げている以上、彼女は私を見逃すわけには行かないのだ。

 

 同じ人形であるクロエには、私の発言が聞き取れたであろうから。

 

「うーん、やっぱりマリアちゃん大好き」

 

 私に襲いかかろうとするなら、つまり私の周囲何処かに出てこなければならない。

 そして、襲撃する側の意識としては、獲物の背後から襲いたい所だろう。

 

 ある程度のアタリさえ付けば。

 

「なっ!?」

 

 エマの暴虐が、それを見逃す理由(わけ)が無いのだ。

 カーラとアリスに対して出した指示は保険でしか無かったが、それも無用のものであった。

 

 何かが落ちて転がる音を背中に受けながら、私はただ前方へと走るのだった。




クロエが特異であるなら、エマは怪異でしょう。


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対峙

やけに行動的な、様子のおかしなマリアです。


 私が何で積極的に戦闘に噛もうとしているのか。

 

 何気に抱えていたストレスの発散?

 もちろんそうだ。

 結局頭を下げさせたとは言え、それでそれまでのモヤモヤが全て吹き払えるほど、私も単純ではなかったらしい。

 

 だが、それよりも、だ。

 

 もっと根源的な苛立ちが、双子魔女に出会う以前から、私の中に確かに存在していた。

 

 この世界に降り立ったその瞬間から、私の中に有った筈のモノ。

 私がこの世界に存在する、その原因となったモノども。

 

 赤反応は当然のように隠蔽が機能していたのでスルーしたが、それを追って現れた黄反応たち。

 彼ら彼女らのステータスは、隠蔽など貫通して丸見えだ。

 だから、それが聖教国の例の執行官とやら、と言う事には早い段階で気付いていたのだ。

 

 

 

 足を止めた私は、やはり動きを止めた5名に対し、腕組みで立ちはだかる。

 ……いやまあ、向こうも止まっているしなんなら伏せて身を隠している心算(つもり)の様子だし、立ちはだかっていると言えるかは疑問では有る。

 

「……気付かれていないと思っているのですか? 素直に立ちなさい。それとも、全員の名前を呼んだほうが出て来やすいですか? どうですかコウジさん」

 

 私の言葉に、膝丈の草原の一部が揺れる。

 そもそも見えているのだが、せめて自分から出て来る程度のチャンスは与えても良いだろう。

「素直に立ちなさい、マリさん。縮こまってやり過ごせるとは思わないで下さい、カツヤさん」

 端から順番に、私はステータス情報から知った彼らの本名を読み上げていく。

 世界が違えば個人情報の不正取得とそれを使用した恫喝と言う、それはそれは立派な犯罪行為だが、生憎ここは世界が違う。

「全員の名前を呼んでも出てこないなら、問答無用で攻撃しますよ? ヨミさん、それでも良いのですか?」

 4人目の名を呼んだ所で、観念したのか5つの影が私の前に立つ。

 観念したのは、逃げられないと思ったのではなく、多分……私を殺さねばならない、そう思ったと言う事だろう。

 まあ、レベル的に一般人など相手にならない5名だし、それも可能だと思ってしまうのも無理はあるまい。

 

 そんな妄想に、私が付き合う理由など無いのだが。

 

「お前、何者だ。俺達は、互いに本名を知らないんだ。それを、何でお前が――」

 

 自分が優位だと思っているから、口も軽くなるし余裕も生まれる。

 月明かりの下、私はその滑稽さに笑みが浮くのを抑えるのに苦労する。

 

 苦労してしまうので、仕方無く、身体(からだ)を動かすことで誤魔化す。

 

「悠長なことを言っていて良いのですか? ほら、可哀想に」

 

 誰も反応出来なかった。

 私が動いたことにも、その事が産んだ結果にも、誰も、すぐには。

 

「のんびりしているから、コヨミさんが死んでしまいましたよ?」

 

 真正面に居たはずの声が、自分たちの列から聞こえる。

 その事を認識する前に、私はそれを、彼らの前に投げ出した。

 

 手製の、無骨なコンバットナイフで斬り落とした、少女の首を。

 

 首を見て立ちすくむ者、悲鳴を上げる準備に息を吸い込む者、私が居るであろう方向に身体(からだ)ごと向き直る者。

 それぞれがそれぞれの反応をしている間に、私は悠々と反対側に回り込む。

 今更メイスを取り出すのも面倒なので、今回の相棒はこの手に収まるナイフだ。

 

 職業が治癒師(ヒーラー)だった彼は、斬り落とされた仲間の首を見て何を思っただろうか。

 

 仲間の視界からも外れて、彼は同じく断首され、頭と身体(からだ)が別々の方向に、重力のままに崩れ落ちる。

 

「残念、コウジくんも死んでしまいました。さあ、必死に抗いなさい。聖教国の犬に成り下がった己の不見識を恥じながら」

 

 昏い復讐の念に突き動かされて、私は月の光の中、芝居がかって両腕を広げる。

 境遇としては、実は彼らと私の間に差は無い。

 

 彼らもまた巻き込まれただけで、私の行為は八つ当たりでしか無い。

 だが、そんな事はどうでも良い。

 

 愉しいと感じる自分を少々疎ましく思うものの、この手を止めようとは露ほども思えないのだった。

 

 

 

 結果、彼らとの会話は驚くほど少なかった。

 

「何なんだ、何なんだよ! お前は!」

 

 そんな事を問われても、困ってしまう。

「私は私です。そんな事を知って、どうしようと言うのです?」

 もうじき死んでしまうのに。

 

 その悠長さは、私のそれと何処か似ている。

 違うとすれば、自分以上の化物と対峙したことが有るか否か、そういう事だろうか。

 いや、きっと違う。

 

 多分、私は酷く運が良かった、或いは悪かっただけで。

 彼らは、そこそこ運が悪かった。

 その程度の差でしか無い。

 

「聖教国に属して、自分は強いと思い込んだ。その振る舞いを恥じなさい」

 

 人形の身体(からだ)を手にしてその強さに酔っていた、私に言われたくは無いだろう。

 だからこそ、罵声として機能する。

 

 もっとも、彼らはそんなことすら知らず、知る機会もなく死んでいくのだが。

 

 死体から手足を切り落とす、そんな私を遠巻きにするのは、野犬か狼か。

 胴体はどうせ不要なのだから、彼らの餌として提供しても問題は有るまい。

 私は斬り落とした手足と首を魔法鞄(マジックバッグ)に放り込むと、のんびりと歩き始めた。

 

 野盗が動き始めるまでにはまだ時間も有るだろう。

 エマは仕事をしくじる事はない。

 個人的な用事を果たし、この後の大仕事はどうするか、適当なことを考える私は。

 

 殺してしまった5人の名前を、もう思い出せなかった。

 

 

 

「やあやあ、遅かったね。こっちは片付いたよ」

 

 私に気付いたメアリが、エマの傷の手当をしながら顔を此方に向ける。

 アリスやカーラの服や身体(からだ)に傷が無いと言う事は、やはり彼女たちの出番は無かったのだろう。

 

「おかえりぃ、マリアちゃん! でもゴメンねぇ、逃しちゃった」

 

 肝心のクロエを探す私に、エマの屈託ない声が降ってくる。

 私はその言葉の意味を考えながら、クロエを探す視線を彷徨わせた。

 

「……は? エマが、逃したのですか?」

 

 鬱憤晴らしとエマを信頼していた気持ちとが合わさって、私はこちらの様子の確認を怠っていた。

 まさか、エマが取り逃がすとは思っていなかった。

「うん。右手は取ったんだけどねぇ。足が上手く斬れなかったんだよぉ」

 言いながら、細い腕を無造作につかみ、その手をひらひらと振って見せる。

 おちゃめな遊びをするんじゃない。

 

「まあ、エマちゃんの遊び過ぎだね。腕を落とされて脚も斬り付けられて、状況が悪くなったなら、そりゃ逃げるよ」

 

 エマの手当を終えたメアリが、立ちながら私の方を向き、両手を広げて肩を竦めて見せる。

 出来ることは全てした、そんな顔で。

「……貴女(あなた)は、見ていただけですか?」

 私は半眼になるのを抑えられず、そんな表情で口を開く。

「私は平和主義で人道主義の、事なかれ主義者なのさ。火の粉もかかって無いのに、動く意味も無いだろう?」

 メアリは悪びれもせず、しゃあしゃあと言ってのける。

 私は嘆息して、視線をスライドさせた。

 

「私じゃあの変な術か魔法を使われたら、探すのも無理だよ」

「下手に手出ししたら、私がエマに破壊されるだろう?」

 

 頼もしい仲間達は、堂々としたものだ。

 

「向かってくるなら反応出来るけどぉ、逃げられちゃったらワカンナイよねぇ。あれはズルいよぉ」

 

 まあ、信頼して任せたエマがそう言うのであれば、もうどうしようもない。

 確かに、亜空間に潜伏する彼女の能力を逃走に使われてしまっては、追いかけようも無かったのだろう。

 さっさと両足を斬り落とせば良かったろうに、そうも思うが、流石にそう上手くは行かなかったと言う事だ。

 

 エマに出来なかったのなら、私ではもっと無理だったのだろうし。

 

「やれやれ、そうなると、クロエ向けの手土産も、無駄になりましたね」

 

 溜息ばかりが重なる。

 私はわざわざ回収した5つの首を、野原の草むらに無造作に捨てた。

 

 使いどころのないモノなど、いつまでも持っていても仕方がないのだ。

 

「……悪趣味な真似するなよ……」

「エグいな……」

 

 アリスとカーラが、まるで常識派で有るかのような台詞で、私を非難する。

 薄情な仲間たちだ。

 

「さて、威力偵察の心算(つもり)だったのか、それとも街の中で暴れて指揮系統をズタズタにしたかったのか判んないけど、それは阻止できた訳だね。後は野盗の皆さんだけど」

 

 メアリの声に、全員の視線が集まる。

 そしてその視線が、何故か私に向けられた。

 

「どうしよっか?」

 

 何故私に訊くのか。

 見渡す私の視線の中で、メアリのみならず、頼れる私の仲間達が、どうやら私の言葉を待っているようだ。

 

 知るかそんなもの。

 

 そう言えればどんなに楽か、だが、すでに半端に首を突っ込んでしまっている。

 その状況を踏まえ、私は――取り敢えず月を見上げるのだった。




やはり、あまり深く考えての行動ではありませんでした。


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迷子の猟団

さしものエマでも、クロエ相手では勝手が違ったようです。


 ウサ晴らしは出来たものの、クロエの捕獲には失敗した。

 

 私がクロエを捕獲したかったのは、単純に顔を拝みたかったのも有る。

 まあ、ある意味でそれは叶っているが、野盗連合(仮)がどのような布陣で街を襲う予定なのか確認したかったのもあった。

 

 とは言え、それがクロエ――ザガン人形であったと知った今、彼女がそんなモノに興味を持っているとは思っていない。

 

 クロエに対しては聖教国(ほんごく)からの指示は有るだろうが、素直に口を割ることもないだろうし、そもそも野盗連中に詳しい指示は出していない可能性すら有る。

 脅して従えたか餌で釣ったか知らないが、数を揃えさせて包囲しろ、程度のものだろう。

 

 それが成功しようが失敗しようが、どちらでも良かったのだ。

 なにせ、目的はどうせ騒ぎを起こして、あの双子魔女の目なり気なりを引ければそれで良い。

 

 失敗したなら同じような事をまた繰り返し、成功したら別の街で似たような騒ぎを起こす。

 国内が荒れれば、あの双子を釘付けに出来る、とでも考えたのだろう。

 浅はかな事である。

 

 速攻でクロエが見つかって、あっという間に破壊される画が見えるようだ。

 

 そしてまた腹が立つことに、この事態さえ、あの双子は予め知っていた恐れもある。

 私が此方方面に来たのは、もしかしたら上手いこと誘導されたのだろうか。

 

 聖教国の関係者が、何やらコソコソやっている事を知っていたから。

 使えそうな駒を、盤面に放り込んだ、その程度の感覚で。

 

 考え過ぎている気もするが、それくらいあの双子は信用出来ない。

 

「どうするの? ボチボチ、野盗のみなさんも動き始める頃合いだと思うけど?」

 

 メアリの声が、逃避する私のこめかみを叩く。

 そちらに向く私の目は、自分で判るほどに不機嫌だ。

 

「……え。私、悪いこと言ったかな?」

「いえ、少しだけ気分の良くない思い出を振り返っていただけです。お気になさらず」

 

 少し気圧されたようなメアリには申し訳ないが、完全な流れ弾である。

 

「しかし、どうするも何も、私には関わりの無いことですからね……」

「えっ」

 

 考え込む私の呟きに、驚きの声が重なる。

 私はそんな息ぴったりの仲間達プラスアルファに驚いて顔を向ける。

 

「じゃあなんで、キミは真っ先に飛び出したりしたの?」

 

 目を向けた先に並ぶ驚き顔の群れの中から、メアリが先陣を切って口を開く。

 随分と判りきったことを尋ねるものだ。

「暇つぶしと八つ当たりと憂さ晴らしです」

 堂々と答えると、メアリはぽかんと口を開いて固まっている。

 どうせ聖教国が絡んでいるだろうと決めて掛かっていたし、そうでなかったとしてもあのタイミングで怪しい動きを見せてくれたのだ。

 何が有っても、相手の自己責任というものだろう。

 

「……野盗の群れがあの街を狙ってるのは、無視するってのか?」

 

 2番手で、アリスが呆れ声を上げてきた。

 ここまでそれなりの時間を共に過ごしたというのに、まだ私のことを理解出来ていないらしい。

「街が無くなった所で、私に何か影響があるとでも?」

 縁もゆかりも無い街に、私が肩入れする理由など無い。

 これがアルバレインだったら遠くから様子を眺めることも出来ただろうし、ベルネだったらそれなりに守ろうと思ったことだろう。

 しかしこの街には、そのどちらもする理由が無い。

 

「幾ら何でも、それは冷た過ぎはしないか……?」

 

 追っかけで、カーラが私の退路を塞ごうと試みる。

 しかし、私は何の痛痒も感じない。

「それはそうでしょう。なにせ私は、世間では嫌われ者のザガン人形ですから」

「都合よく立場を使い分けるんじゃないよ……」

 事も無げに言う私に、アリスが即座に噛み付いてくる。

 おかしなことを言うものだ、私はどんな場面でも、人間の味方をするとか、弱いものを守るとか、そんな事を言った覚えはないのだが。

 

 流石にせせら笑うような真似はしないが、可哀想なものを見るような眼差しを止めることの出来ない私に、最後の刺客がついに動いた。

 

「マリアちゃん。私、暴れたいよぉ?」

 

 あざとく上目遣いなどしているが、発言内容は物騒極まりない。

 状況を説いてみたり、情に訴えたりする言い分には、真正面から叩き伏せる事も出来る。

 しかし、純粋な欲求を抱えた怪物が相手では、どうしたって分が悪い。

 

「……相手が随分多いようですよ? 流石に面倒では無いですか?」

「ぜんぜん?」

 

 少し退いて妥協案を模索しようと提示するが、エマは気にする様子もなく即答である。

 私を見上げる視線は、揺らぐ事がない。

 これは、何を言っても無駄だ。

 

 他のメンバーにそう思わせようとしていたのに、先に私が圧し折られてしまった。

 

「……布陣が分かりませんから、どう動くかも決め兼ねるでしょう。全員で一箇所を守っても、他が破られたら街は終わりますよ?」

 

 とは言え、気乗りのしない私は、まだ逃げ道を模索する。

 アリスの目が冷ややかに、カーラは憐れむように私を見ている。

 

「それなら知ってるよ」

 

 そして、メアリがにこやかに私の退路に回り込んだ。

「やだなあ、さっき酒場で話したでしょ、向こうからの逃亡者を保護したんだって。だからこそ、野盗の襲撃も知ったんだし」

 私は余程間抜けな顔をしていたのだろう。

 メアリはけらけらと笑いながら、ひらひらと手を振って見せる。

 

 そう言えば、そんな事を言っていたような気がしてきた。

 

「大まかな布陣は知ってるよ。どうせ野盗なんて、余程のヤツでもないとマトモに作戦なんて運用出来ないんだから、力押し一辺倒さ」

 

 笑顔のメアリはなかなか酷い事を言っているが、残念なことに私もその意見には同意である。

 

「実際は、包囲って言うほどでもないかな? 北側から東を回って南まで、半包囲と言うにも少し足りないくらいの範囲だね。それも、野盗同士で人員を回すなんて事する筈も無いから、東に――この先に陣取ってるのが最大勢力ので、ざっと150人ってトコかな」

 150人規模の野盗というのもなかなかだと思うが、確か総数で500名に迫る程度だったか。

「南側は、30人くらいのと20人くらいの、2つが攻めてくる事になってるけど、まあ、連携なんか取ってこないだろうね。で、北は120人と60人だったかな?」

 切りよく言っているが、それなりに数字はブレるだろう。

 だが、どうやら500人を超えることはない様子だ。

「数だけ見れば、北が最も多いでは無いですか。それに、南だって仕掛けるタイミング次第では、侮れませんよ」

 私は、もう既に迎撃に協力する前提で話が進んでいる事を気にしつつ、言葉を押し出す。

「そんな事出来る頭が有れば、だねえ。まあ、侮りすぎるのも良くないけどさ」

 肩を竦めるメアリは、恐らく、その保護した人物からある程度詳しい話を聞いているのだろう。

 だからこそ、ある程度断定して話を進めているのだと信じたい。

 

 そうでなければ、ただの危険な思い込みでしか無い。

 

「何でも良いよぉ。マリアちゃん、私、暴れたいよぉ」

 

 尚も渋る私に、エマが焦れたように同じ台詞を繰り返し、圧力を掛けてくる。

 正直、野盗よりもエマのほうが恐ろしい。

 

 私は派手に溜息を零した。

 

「……英雄ごっこに興味は有りません。野盗が攻撃を開始したら、その背後から襲いかかりましょう」

 

 私以外が乗り気な様で、実に結構な事である。

 どうせなら、私抜きでやってくれても良いのだが。

「数は北が最も多いですが、それだけのようですね。となれば、やはり東がそれなりに纏まっている分厄介そうです」

 言いながら見回せば、カーラが若干引き気味の表情である。

 嫌なら、私の側に立って逃げるように皆を説得すれば良かったのだ。

 

「……東は、エマとアリスに任せますか。北は私とメアリで当たります。南は、カーラと操り人形(マリオネット)に任せても大丈夫ですか?」

 

 エマは顔を輝かせ、アリスは黙って頷く。

 メアリも素直に聞いているし、カーラも若干及び腰ながら、泣き言は言わない。

「恐らく、東が最初に片付くでしょう。そうなったら、2人はそれぞれ北と南の手助けをして下さい」

 街に取り付く野盗の群れに背後から襲い掛かり、中央を分断し、その後単騎で横撃を行えと、なかなかに無茶な注文である。

「わかったぁ! じゃあ、私は多い方に行くね!」

「じゃあ、私は南に向かえば良いんだな」

「そういう事なら、私でもなんとかなるかも知れん」

 だと言うのに、誰も文句のひとつもない。

 

 何処かおかしいのでは無いだろうか。

 

「まあ、私も少しは頑張ろうかな? この期に及んで、私は参加しない、なんて言えないからね」

 

 残るひとり、メアリも楽しそうに笑う。

 コイツはコイツで、自分で言った事を忘れているのでは無いだろうか。

「大した平和な人道主義者ですね」

 思わず嫌味が口を衝いて出るが、そんな言葉に動じる様子など微塵も見せない。

 

「だろう? 困った人を見過ごせないのが、私の困った所なのさ」

 

 屈託のない笑顔で、メアリは言い切る。

 恐らく、物言いが多少耳障りが良いだけで、その中身はエマと大差無いのではないか。

 そう思ってエマと組ませることを避けた私だったが、だからといって自分が組む必要も無かった。

 

 今更撤回も出来ない私は、無表情を繕うのがやっとだった。




何も考えずに動くから、そういう目に会うのです。


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点火準備

クロエは逃げ、工作予定者も居ませんが、野盗の集団は健在です。


 今更発言の撤回も出来なければ踵を返して撤退する事も出来ない。

 いやまあ、「霊廟」に戻ってしまえば良いだけでは有るのだが、盗賊如きが500集まった所で、私を除いても4体の人形が()とされるとも思えない。

 ほとぼりが冷めたかと出てきた所で、彼女たちに囲まれてしまうだけだ。

 

 せめて盗賊……野盗の群れの中に赤反応でも居てくれればと思いはするが、そんなモノが聖教国の使いの言うことを素直に聞くとも思えない。

 それに、半端な赤反応では私はともかく、エマならなんとかしてしまうだろう。

 

 先程の、クロエのように。

 

 無いモノねだりな妄想をそこそこに切り上げ、私は比較的小振りな――長さで言えば片手剣程度のサイズのメイスを2本、武器庫の取り出し口にセットしておく。

 左手に用意するメイスはいざという時の交換用だが、使えるタイミングが有ればガンガン振っていく所存だ。

 

「それでは、後背を襲う為には一旦身を隠しましょう。私たちはれい……魔法住居(コテージ)に隠れますが、メアリは行動開始まで、どうしますか?」

 

 行動方針は決まっているのだから、あとはそれに従うだけだ。

 私はその為に必要な行動と、部外者1体がにどうするかの確認も含めて声を向けるが、『霊廟』と口にしそうになって、慌てて言い直す。

 うっかりと言ってしまえば、なにか妙な銃爪(ひきがね)を引いてしまう予感がする。

 

「それじゃあ、私もお邪魔しようかな? ああ、そんなに気を使って接待とか、してくれなくても大丈夫だよ?」

 

 しれっと、メアリは私たちと共に来ると言い出した。

 これは予想出来ていたが、思った以上にあっさりと、駆け引き無しの図太さを見せつけてくれたものだ。

 

 ここまで図々しい様子を見せつけられては、部外者進入禁止と言った所で聞きはしないだろう。

 

「申し訳御座いません、当方の魔法住居(コテージ)は関係者以外は立入禁止で御座います。他の方法で何処かに身をお隠し下さい」

 

 聞かないだろうが、言わない訳にも行かない。

 この間、私の頼もしい仲間たち()は無言を貫いている。

 

「あっはっはっ、ヤだなあ、私はエマちゃんと同じザガン人形だよ? 困った事に無関係じゃ無いんだよ? いや参ったねえ」

 

 私に笑顔を向けながら、メアリは予想通りに引く様子を見せない。

 私はわざとらしく溜息を零し、意味有りげに仲間たちの方へと顔を向ける。

 

 困惑するカーラと理解出来ていないであろうエマはともかく、アリスは何となく私の思惑を察してくれたようだ。

 

 しかし、その呆れ顔は、私に助け舟を出す者のする表情ではない。

「ゴチャゴチャ言ってないで、隠れるなら隠れるで、とっととドア出しなよ。いちいち面倒臭いんだよ、お前は」

 腕組みで何故かお説教モードに入ってしまったアリスは、可哀想な子を見る目を向けてくる。

 少しは私の事情を理解して欲しいものだ。

 

「……判りました、メアリ、お招きしますが、くれぐれも勝手に動き回らないで下さいね?」

 

 仲間ですら私に味方してくれない事が判明したので、仕方が無く私は、素直にいつもの白いドアを出した。

 

「私とて、むざむざ()を破壊したくなど無いのですから」

 

 私の注意喚起に、メアリは初めて表情を崩し、驚いたような顔を向けてくるのだった。

 

 

 

 メアリは勤勉にも、姉妹人形の情報は資料を読み漁って記憶していた。

 私の予想通りだった訳だが、その情報はザガン師の残した資料しか無い。

 

 実際の人形たちの、現在の様子までは予想できている筈もない。

 

 だから、魔法戦仕様のエマ――メアリはエマを「最初の完成品」と呼んだ――が前衛アタッカーをやっていて、しかもクロエを圧倒した事実とか、リズが聖教国で聖女様などをやっているとか、恐らくクロエはそのリズの使い走りなのだとか、そういった諸々を知らなかった。

 そしてもちろん、3シリーズ……私の存在も。

 

「今は流石に話し込む時間は無いかあ。マリアちゃんのこととか、この魔法空間のこととか、ちょっと詳しく聞きたいね。ゆっくりじっくりと」

 

 笑顔がなんだか粘着性を帯びたような錯覚を覚える。

 錯覚であることを心から祈る。

 

 ともあれ、隠蔽を剥ぎ取って覗き見たメアリのレベルは702。

 そんな彼女からは、私たちのステータスは見えていないらしい。

 

 ここの所油断出来ない事ばかりだったので予め隠蔽を掛けていたのだが、彼女と私とのレベル差の壁は思っていた以上に仕事を果たしてくれていたらしい。

 

「そうですね。まあ、野盗をどうにかして、その後にでも……私の気が向いたら、是非」

 

 私の答えはいつも以上に心の籠らない、会話を楽しむ様子が皆無な代物である。

 手元はドア脇に設置されているコンソールを操作し、目は映し出されるドアスコープの映像と、ドア設置地点から数キロの簡単な探知反応の様子を眺めている。

 

 いつもは簡単に使うかそもそも気にしないこの機能だが、身を潜めて相手の背後を襲うという作戦の性質上、タイミングは掴んでおかねばならない。

 

 クロエが亜空間に逃げ込んだのに似ているが、向こうは特に便利な設備などが無い代わりに移動が出来て、こちらはその逆になる、と言ったところか。

 厳密に言えば、両者は全く違う魔法技術らしいのだが、当然私がそんな事を詳細に覚えている筈もない。

 

 人生を快適に過ごすコツは、真面目過ぎない事である。

 

 私の隣ではカーラが、食い入るようにホロディスプレイを眺めている。

 もちろん正式名称ではない。

 

「動き始めたぞ、随分と纏まりのない……」

 

 緊張気味だったカーラだが、探知モニタの反応を見るうちに、その表情に呆れが混ざる。

 

「まあ、今回はあの街の防衛隊と協力する形を取りますから、あまり精強な集団が相手では困ります。貴女(あなた)操り人形(マリオネット)の準備は出来ているのですか?」

 

 カーラの気持ちも理解(わか)るが、あまり腑抜けて貰っても困る。

 適度に手綱を引き、多少の緊張感を維持させてやろうと試みた。

 

「うむ。6体とも、戦闘仕様だ。私自身も戦闘行動は出来るが、戦乙女(ヴァルキリー)達の方が戦闘力は高いぞ」

 

 しかし私の努力虚しく、カーラはいっそ不敵に笑うと、懐から取り出したゴーグルを装着する。

 見る限りはゴシックドレスの黒髪長身女性が、前が見えてるのか心配になる真っ黒なゴーグルを身に着けて不敵に笑う、控えめに言ってただの不審者なのだが、あれでちゃんと視界は確保出来ているらしい。

 その上で、操り人形(マリオネット)……カーラ曰く戦乙女(ヴァルキリー)たちとも視覚情報を共有しているのだとか。

 

 魔法技術に関してだけは、本当に意味不明な才能を持っているものだ。

 

「アリスとエマは、なにか準備は必要ですか?」

 

 モニタの監視を上り調子のカーラに任せ、私は振り返って問う。

 

「なぁんにも! いつでも行けるよぉ!」

「私も同じだ。まあ、ほとんどエマちゃんが片付けそうだけどな」

 

 元気いっぱいな殺戮マシンと常識人枠に収まりつつ有るアリスが、頼もしい答えを返してくる。

 頼もしい筈なのだが、エマの元気さはなぜか私の魔力炉に冷たい汗を浮かせる。

 

 どうか暴走しませんよう……いや無理かな。

 

「今回は人間の前で、人間を守るために人間を殺します。目立たず済めばそれが最善ですが、まあ難しいでしょう。注意点としては――」

 

 一同、特にエマに視線を合わせながら、私は言葉をつなぐ。

 言った所で……と、そんな気もするが、今回は釘を刺しておいたほうが良いだろう、そう思ったからだ。

 

「今回は素材の確保は禁止です。勿体ないと言いそうですが、流石に人間の前では控えましょう。助けた挙げ句化物扱いされるのは、面白くもありませんからね」

 

 視界の端で、メアリの顔が少し引き攣った気がした。

 それはどっちの意味だろうか。

「えぇー? お肉いっぱいなのにぃ?」

 頬をふくらませるエマのセリフには、私の顔が引き攣りそうになる。

 叶うならば、メアリは私と同じ心境であって欲しいものだ。

 

 逃した視線の先では、探知モニタの動きにあわせて、光量を調節された周囲モニタにぞろぞろと動く人の群れが見え始めた。

 

「本当にやる気が有るんでしょうかね、彼らは……。あれが街に取り付く直前のタイミングで出ましょう。……完全にタダ働きの骨折り損ですが、ストレス発散だけは出来ます。各自、存分に暴れて下さい」

 

 私はモニタから目を離さずに、淡々と言う。

 エマが本気で存分に暴れてしまえば、残るのは更地なのだが、まあ、追い込まれでもしない限り魔法を使おうとは思わないだろう。

 

 そう言えば、なんで私はこんなにもやる気なのだろうか。

 

 そんな考えが過ぎってしまうが、乗り込んだ舟はもう動き出している。

 ストレス発散も過ぎればスプラッタ規制だ。

 適度に手を抜いて、それなりに暴れて終わらせよう。

 

 そう思って眺めるモニタの中では、イライラするほどのんびりと、野盗たちがヘラヘラ笑って通り過ぎて行くのだった。




やる気云々の話をするのであれば、それは……。


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盗賊侵攻

本日のおすすめランチはハンバーグ定食、だそうです。


 野盗たちは奇襲の心算(つもり)だったようだが、予め内通者が居たことで街は迎撃の準備を整えていた。

 ただし、傍若無人な盗賊500人に対して、戦える冒険者と衛兵隊、合わせても200程度と言うなかなかの戦力差は、防衛側に悲壮感を漂わすには充分だったようだ。

 

 冒険者が少ないのは近隣に「あの」アルバレインという大きな街が有るから、殆どはそちらに行っているのだ。

 この件に関しては全くの無関係だが、アルバレインの名を聞くと紐付けされたあの双子の顔を思い出して少々機嫌がアレしてしまうが、幸いストレス発散の機会はすぐそこに転がっているのでしばし我慢しよう。

 

 衛兵隊が少ないのは、そもそも平和な街だから、と言う良く判らない理由だそうで……そんな理由があるか?

 現在進行系で平和が蹂躙されているのだが、言い出したのは私ではない。

 

「さてさて。それじゃあ、私たちは北だっけ? ちょいと暴れようじゃないの」

 大扉から並んで出た私たちの中で、メアリは大きく伸びをしながら私を見上げる。

 

 エマやキャロル、そしてメアリを見るに、マスター・ザガンは背の低い、身体的に起伏の乏しい女性が好みだったのだろうか?

 

 しかし私は割りと身長は高めで、胸もしっかりと息づいている。

 ちらりと見ただけだが、クロエも胸はあったように見えた。

 

「そうですね。それでは、南は任せましたよ、カーラ。エマとアリスは、正面のアレを片付けたら、それぞれ北と南に手を貸して下さい」

 

 すこぶるどうでも良い考えを一旦忘れ、私はメアリに頷いてから、他の仲間にも声を掛ける。

 出撃前の最終チェックというやつだ。

 

「任せよ。我が戦乙女(ヴァルキリー)の初舞台だ、せいぜい派手に暴れるさ。……アリス、可能な限り早く来てくれ」

 

 不敵に言って笑い、返す刃でアリスに懇願する。

 良く判らないムーヴだが、とてもカーラらしいとも思う。

 

 そのカーラ自慢の戦乙女(ヴァルキリー)とやらは、普段のメイド服を脱ぎ捨て、なんと言えば良いのか、ドレスめいた甲冑のような物を纏っている。

 いつ作ったんだ、あんなモノ。

 

「はいはい。まあ、エマちゃんが居るし、私だってマリア程じゃないが、それなりに戦えるからね。ちゃっちゃと片付けて、そっちに行くよ」

 

 溜息を混ぜた苦笑を零し、アリスが安請け合いする。

 アリスは何か勘違いしているようだが、もう既に彼女の実力は私を上回っている。

 ひよこの刷り込みでもあるまいに、いつまで初遭遇時の事を引き摺っているのやら。

 

「それじゃ、私はマリアちゃんの方に行けば良いんだよねぇ? マリアちゃん、私の分、残しといてねぇ?」

 

 屈託なく笑うエマだが、その注文に従うと街が危険なのだが。

「早く来なければ、私とメアリが全て片付けますよ? 出来るだけ急ぎなさい」

 何となく頭を撫でながら、しかし言葉では突き放す。

「マリアちゃんのケチ!」

 ぶんぶんと腕を振って抗議の意を示すエマだが、可愛いと言うにはその両手にそれぞれ収まる短刀が危険極まる。

 クロエ戦の後で落日を仕舞い込んだ彼女は、次は短刀で暴れる予定のようだ。

 そんな物で150人から成る野盗の群れに襲い掛かろうというのだから、狂気の沙汰とはエマの為に用意されていた単語だろう。

 

 それでなんとかなりそうだから、もはやただの狂気である。

 

「もしもエマが助けに来て下さったら、私は感激してエマの好物を用意してしまうでしょうね。ハンバーグが良いですか?」

 

 食事前に幾つか挽き肉を作ることになると気付いて私の気分は多少滅入るが、当然表情には出さない。

 

「ホントぉ!? じゃあ、頑張っちゃおうかな!」

 

 適当に子供扱いして誂ってやろうと思っての発言だったのだが、エマは思いの外喜んでいる。

 ……私の料理でも良いのか?

 アリスは苦笑しているが、ハンバーグを作るのはともかく、果たして食べる気になれるかどうか。

 その点に気が回っていないようなのだが、面白いので私はその事には触れず、知らん顔である。

 

 街の方からは、俄に賑やかな気配が伝わってくる。

 

「それでは、そろそろ仕掛けましょう。各自、健闘を祈ります。終わったら、この辺で適当に落ち合いましょう」

「なんだよその締まりの無い指示は。まあ、良いけどさ」

 

 私のやる気のないスピーチにツッコんだアリスのセリフが合図になり、それぞれが担当エリアへと走る。

 なにかこう、コレジャナイ感が胸の裡にモヤモヤと渦を巻くが、走り出してしまってはもう、アリスへのツッコミ返しは不可能だった。

 

 

 

 少し迂回するような形で街の北側に出た私とメアリの目に飛び込んできたのは、破壊された北の門と、その周辺で繰り広げられる乱戦。

 そして、少し離れた所では、梯子を使って街の防壁をよじ登ろうとしている集団が有った。

 

「マリアちゃん、どっち先に行く?」

 

 走りながら、楽しそうにメアリは笑う。

 

「どちらも抑えます。二手に別れますよ」

「あははっ、良いね! と言うか、そりゃそうだよね! それじゃ、門番の手伝いは私が行くから、マリアちゃんは梯子外し宜しくね!」

 私が答えると、メアリは一層楽しそうに笑う。

 その言い方では、私が彼らの裏切り者のようだが、行動としてはその様になる……言葉というものは難しい。

 

「畏まりました」

 

 考えても纏まらないしそもそもそんな場面でも無い。

 私は短く答えると進路を変え、そこからは単身で走る。

 両手には、それぞれメイスをぶら下げて。

 

 衛兵や冒険者の目が届かない位置で梯子に足を掛けている男は、振り返って私を見た。

 恐らく、ただの偶然だったのだろう。

 驚いたような顔でなにか言っているが、周りの反応は鈍い。

 彼の苛立つ表情がハッキリと見える距離まで私が詰めるのは、容易い事だった。

 

 走った勢いのままに軽く飛び上がり、身を捻って……というか反時計回りに一回転させて振るわれた最初の一撃は、予備武器予定の、左手のメイスだった。

 2人ばかりの頭が消えて、代わりに血やら脳漿やら骨片やらが混ざり合って吹き飛ぶ。

 眼球らしきも見えた気がするが、まあ、どうでも良い。

 勢いのまま右手のメイスを叩きつけ、生命と肉片を吹き飛ばしながら、私は停止する。

 

「今晩は、死ぬには良い夜ですね」

 

 血の色の夜は、悪夢足り得るのか?

 いずれにせよ、それを見れるのは生き残った者だけだ。

 

 一瞬の事で思考が追いついていない、そんな様子の野盗たちに、私は猶予を与える事無く、手近な犠牲予定者は瞬く間に犠牲者に変わるのだった。




随分と手荒な挽き肉作りですね。


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鉄壁と群体、それぞれの到達点

鉄姫(てっき)」メアリ、その実力とやる気は如何ほどでしょうか。


「あっはっはっ、あの子は派手だねえ。じゃあ私もそろそろ始めようかな、っと」

 

 夜の帳の中、浮かぶ松明(たいまつ)の火を遠目に、人形は笑う。

 夜襲を掛ける立場であるにも関わらず、照明などを掲げて来た間抜けな野盗たちに向けたものでは無い。

 

 盗賊の群れに易々と飛び込み、両手それぞれに持ったメイスを軽々と振るって次々と血の花を咲かせる仲間への、それは賛辞だった。

 

「はいはいはーい、前ばかり見てたら、危ないよーっとぉ!」

 

 街の北門周辺では既に戦闘が始まっている。

 門扉は打ち壊され、衛兵隊を中心とした防衛班も必死に抵抗しているが旗色は悪い。

 現状だけ見れば善戦しているように見えるが、それは狭い門での戦闘だからこそ地の利を活かせているだけであって、それも防御柵まで突破されてしまえば数の暴力で覆されてしまう程度の優位性だ。

 

 未だ保っている今だからこそ、メアリは朗々と声を張り上げ、後方で野次を飛ばす盗賊達の注意を引く。

 掛かる圧力が和らげば、防衛班が生き残る確率も上がるだろう。

 

 振り返った盗賊は、メアリを懐に迎え入れる形になる。

 その鳩尾に、手甲を纏った拳が深々と突き刺さった。

 

 北側の盗賊たちの混乱は、ここから始まり、広がっていく。

 

 

 

 メアリもまたサイモン・ネイト・ザガン作の人形である以上、先に世に放たれた姉たちと同様の命令を受けている。

 世界を旅し、人間を殺せ、と。

 

 だが、それに従う心算(つもり)は皆無だ。

 

 別に博愛主義とか不殺とかを気取る訳では無い。

 生み出してくれたことに感謝はするが、だからといって意味不明な命令に従う義理は無い。

 

 メアリはそう考える。

 

 旅をするのは構わない、むしろ何処かに定住するなど不可能だろうと思う。

 だが、人間を殺せ、と言う部分は頂けない。

 気に食わない人間を、と言う事なら判る。

 

 ただ漠然と人間を殺せと言われても、何を無茶な、としか返せない。

 幾ら人間が脆弱だとは言っても、数が集まれば普通に脅威足り得るだろう。

 人間の中にも、生物の壁と言われるレベル100を超えるものだって居るかも知れない。

 せっかく生み出されたのに、わざわざ破壊されるような危険を冒す心算(つもり)は無いのだ。

 

 何となく髪を掻き上げようとして、両腕の手甲が血でベッタリと汚れている様を見て苦笑する。

 

 造物主に反抗する彼女の生き方は、姉妹人形には受け入れられまい。

 かと言って人間の方に歩み寄ろうにも、出自が悪すぎる。

 

 どちらからも身を守る為に、自身を鍛える必要が有った。

 

 造物主に「到達点」と言わしめた完成度を誇る彼女だが、慢心出来るほど世界を甘く見ては居ない。

 彼女が持つ「鉄姫(てっき)」と言う名は、鉄壁の人形と言う意味で、彼女の誇りでも有る。

 守勢に回れば、どんな攻撃だろうと耐えてみせる。

 

 とは言え何事も、限度というものは有る。

 

 手近な盗賊に飛び付きながら、メアリは考える。

 人間どころか生物の壁を遥か超越した彼女ですら、読み取れなかった者たち。

 

 姉であるエマ、どうやら他マスター作の人形らしい、アリスとカーラ。

 そして、恐らくは――ゼダと同じく妹であろう、マリア。

 ゼダもそうだったが、どうやら――カーラという人形以外は――皆、メアリよりもレベルが上らしい。

 

 ほら見ろ、調子に乗れば私が破壊される要因など、何処にでも転がっているではないか。

 

 ある盗賊の顎ごと頭部を吹き飛ばし、別の盗賊の胸板を拳で打ち抜きながら、メアリは考える。

 人間を殺し尽くす、そんな調子に乗ったことを考えてしまえば、自分が何者かに破壊される危険が高まるし、勢い付けばそれに気付けない可能性も出てくる。

 

「私ってば、平和主義者だからなあ」

 

 野盗の怒号や悲鳴が鼓膜を撫でるが、メアリは一切耳を貸さない。

 

 殺すかどうかなんて、相手を見て、それから決めれば良いのだ。

 見渡す限り自分より強い者の居ない、今この状況を選び取ったように。

 選択的平和主義者は自身を安全に成長させる為に、立ち位置を見定める。

 今回の選択もまた、上手く行きそうだ。

 

 状況確認の為に時折走らせる探知は、北門付近の盗賊達が着実に数を減らす様子と、衛兵隊も徐々に命を散らしている様子を映し出していた。

 

 

 

「行くぞ、私の戦乙女(ヴァルキリー)達! 行き当たったのも何かの縁、街を守るのだ!」

 

 カーラの呼び掛けに、操り人形(マリオネット)の目に次々と光が灯る。

 白く灯った光は、すぐに赤く、禍々しい輝きへと変わる。

 

 ゴーグルを通し6体の人形と視覚その他の情報を共有し、探知だけでなく、遠隔視(リモートビューイング)を応用した俯瞰視による戦場把握をも駆使し、カーラを含めた7体は群体とも呼べる程の連携が可能だ。

 

 単体戦闘能力の圧倒的な差を体感してしまった彼女は、マリアにはどうあっても勝てないと思いこんでいる。

 だが、実際はトアズで出会った時点で、ヘクストールが人形を浪費していなければ。

 全ての廃棄人形(できそこない)を彼女自身が運用出来ていたなら。

 あの時点で、カーラはマリアを圧倒出来た筈なのだ。

 彼女がその事に気付けないのは、ただただ悪運が重なった結果だ。

 

 だが、現状を受け入れた上にそれを気に入ってしまっている彼女は、たとえその事実に気が付いても……多少調子に乗ることはあっても、マリアに復讐したいとは考えないだろう。

 

 自分の意識を7つに切り分け、カーラは戦乙女(ヴァルキリー)達を走らせ、そして自分も駆け出す。

 この戦場は、他に比べて野盗の数が少なく、そのレベルも低い。

 彼女自身が前線に出ても問題無い、そんな戦場だ。

 

「くふふ……くふふはははは! いつまでもマリアに役立たず扱いされる訳にもいかんのだ! 私もやれば出来る子だと言う実績作り! その宣伝! そして日頃のストレスの捌け口になって貰うぞ!」

 

 黒き喪服を着た長身の女性人形が、白き鎧を纏った人形を率い、野盗の群れに襲い掛かる。

 野盗に身を窶し、人を殺し奪う事で図らずもレベルを上げてきた彼らだったが、それでも一般人に比べて、と言う程度でしか無い。

 

 曲がりなりにも生物の限界レベルを越えたモノ達の群れに対してはあまりに無力で、次々に頭をもぎ取られ、胴に風穴が空き、四肢を失う。

 人数(かず)を頼りに街をひとつ蹂躙しようと目論んだ野盗団に、より良質で控えめな数の暴力が、常識の枷を外して襲い掛かる。

 それに立ちはだかる勇者も、軍勢の先頭に立つ英雄も居ない。

 聖教国の助っ人とやらはここには居ない、別の門を陥落(おと)しに行っているのだろうか、肝心な時に使えない。

 

 ハズレくじを引かされたと気付いた野盗達だが、生き残る為にどうすべきか、正確に把握出来たものは少数だった。

 立ち向かってはいけない、すぐに、できる限り遠くへ逃げる。

 気付いた少数の中でも、実行出来たものは更に少数。

 

 更に、カーラの戦場俯瞰の監視網を出し抜き、戦場からの脱出に成功した者に至っては……皆無だった。




カーラが思ったよりもストレスを溜めていたようです。


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防衛戦、中段飛ばし

マリアが調子に乗って居る所に思わぬ強敵が。現れたりするのでしょうか。


 気が付けば血塗(ちまみ)れ、そんな私が周囲を見回す様子を、月が見下ろしている。

 その周囲では、大幅に数を減らした野盗の群れの生き残りが、地獄を覗き込んだような顔を私に向け、身動きもままならずに居る。

 向かってくる者は勿論だが、逃げようと背を向けた者を積極的に襲った結果、彼らは下手に背を向ける事も出来なくなってしまったのだ。

 別の誰かが襲われている隙に逃げようとしても、何故か気付かれてすぐに追いつかれ殺される。

 ならばと多人数で一気に掛かっても、まとめて薙ぎ払われる。

 彼らにしてみれば理不尽極まりない状況なのだろうが、賊の類に身を落としたモノに掛ける同情の持ち合わせは、私の手元には無い。

 

 そんな私ですら、ここまで生き残った運の良い彼らの今後を案じてしまう、そんな凶悪な気配が、私の探知範囲を爆走して近付いてくる。

 

「間に合ったぁ! 私も遊ぶよぉ!」

 

 災厄はけたたましくやってくる。

 いつしか要壁を背に立って周囲に睨みを効かせていた私の右手側の一角が、爆散するように血肉のシャワーを周囲に撒き、その余波は私にも襲い掛かってきた。

 

 まるで中級あたりの魔法を打ち込んだかのような有様だが、実際には単純に短刀をすごく速く振り回した、と言う、パワープレイにも程が有る蛮行である。

 

 良く考えたら、どちらでも同じことなのだが。

 

「……エマ。私も汚れてしまったのですが。もっと静かに遊びなさい」

 

 私という化物に注意を向けていたら、怪物による横撃を受けた。

 野盗たちはそれまで以上に恐慌をきたし、本能のままに走り出そうとする者が連鎖爆発的に増える。

 

 それを優先的に狙い、追い掛け叩き潰しながら、私はエマに短く苦情を告げる。

 

「どうせとっくに血塗(ちまみ)れだったでしょお? それくらいへーきへーき!」

 

 理解(わか)っては居たが、エマは全く気にする様子も謝罪する意志も見せず、ケラケラ笑いながら、目に付く獲物に飛び掛かっては、手頃な大きさの骨その他付きのブロック肉を量産して行く。

 

「な、何なんだよ! お前らは一体、何だってんだよ!」

 

 逃げようとする者をあらかた潰した私は、もはや数える程度しか残っていない野盗のひとりが放った言葉に反応して、そちらに顔を向けた。

 似たような怒号や悲鳴はこれまで全て聞き流していたのだが、もうこの周辺の残敵は少ない上にエマまで来たので、心に無駄に余裕が出来てしまったのだ。

 

「ザガン人形ですよ。人を殺して喜ぶ人形です。知っているでしょう?」

 

 まあ、中身は違うのだが、そんな事をいちいち説明するのも面倒だ。

 簡素を心掛けて答えると、声を放った者と、その隣の仲間が信じられない物を見た、そんな表情を浮かべた。

「ざ、ザガンの人形!? そんなモノ、おとぎばなしゅ」

 話していた相手の目を見ていた私だったが、ふいに宙を舞うその首を追って、私の視線も上を向く。

 

「……エマ。会話中に斬るのは、流石に可哀想ですよ」

 

 信じ難いものを全力で否定しようとした野盗たちは、私との問答を楽しむ暇を与えられなかった。

 気が付けば、さっきまで少しは残っていた野盗の群れが、もはやひとりも残っていない。

 

「ごめんねぇ、ちょっとだけ待ったんだよ? ちょっとだけ」

 

 べっとりと血で汚れたエマは、笑いながら謝罪の言葉を……いや、これ謝ってるフリだな?

 ツッコミどころなのかも知れないが、変に疲れそうだし、何よりまだ終わっていない。

「まあ、お説教は後にしましょう。メアリがまだ遊んでいます。行きますよ」

 広域の探知で周囲の様子を見れば、野盗の残りはメアリと遊んでいる残り僅かな集団だけだ。

 南からは、東回りでこちらに向かってくるアリスとカーラ、そして操り人形(マリオネット)たちの反応がある。

 

「わぁ! まだ遊べるんだねぇ! マリアちゃん、先に行ってるよぉ!」

 

 言葉が終わった時には、既にエマの姿はなかった。

 あの野盗たちにエマ程の逃げ足が有れば、生き延びることも出来ただろうに。

 

 我ながら無茶な要求だと気付いて、乾いた笑いを失敗させ、私もエマが向かったであろう方向へと、のんびり走る。

 

 急いだところで、どうせ獲物は残らないだろうから。

 

 

 

「エマちゃんはアレだけどさ! マリアも強いし、カーラもなんか強くなってるし! 私、立場無いんだけど!?」

 

 東門付近の戦闘を終えて南門方向へと走ったアリスは、カーラ達と共に残敵を一掃し、来た道を戻るように走る。

 

「抜かせ! 私は戦乙女(ヴァルキリー)が無ければ、お前たちの足元にも及ばん! 何かの嫌味か、貴様!」

「だから、その人形が厄介だって言ってるんだよ! 面倒臭いなお前は!」

 

 互いに怒鳴り合うその姿は血で汚れきっているが、疲労の色は双方ともに見えない。

 

「お前らが、素直に戦乙女(ヴァルキリー)の展開を許すものかよ! どうせ速攻で私を潰しに来て終わりだろうが! いい加減にしろ!」

「エマちゃんじゃ有るまいし、それが簡単に出来たら苦労は無いって話だろ! 頭が良いのか馬鹿なのか、お前はどっちなんだよ!」

 

 互いに罵り合う様子だが、良く聞けば互いに互いを立てている……らしい。

 奇妙な口喧嘩だが、当然、当人達にはそれぞれの言い分は有る。

 

 要するに、2体とも自分が強いとは思っておらす、互いに相手の方が強いと認識しているのだ。

 

 それは、一面において正しい。

 互いに同じ条件で、ある程度の距離で向かい合う想定であれば、勝敗はどちらに転ぶか判らない。

 

 しかし、状況というものは容易(たやす)く変わる。

 

 距離一つ取ってみても、近ければカーラの言う通り、アリスが即座に肉薄し、戦乙女(ヴァルキリー)を出させる余裕など与え無いだろう。

 遠ければ、戦乙女(ヴァルキリー)と同時に襲ってくるカーラが、アリス相手でも優位に状況を進めるだろう。

 

 2体とも、それを弁えていない筈は無い。

 それを踏まえて尚、互いに相手を軽視する気にはならない、という事なのだろう。

 

 些か過大に評価しあっているきらいは有るが、それでも、見下して増長した挙げ句に足元を掬われるより余程良い、互いにそう考えているのだ。

 

「言うに事欠いて馬鹿扱いとはッ……! まあ良い、どうせ今から向かっても全て終わっているだろうし、集合場所に向かうか」

 

 言い合いに疲れたのか、不毛さに気付いたのか。

 カーラは咳払いで気を取り直す。

 

「……そだな。取り敢えず『洗浄(クリーン)』で誤魔化しとこう、返り血を浴び過ぎた。お風呂に入りたいよ、私は」

 

 北上する足を緩め、進路を東に変える。

 待ち合わせ場所は、目印もない草原のど真ん中。

 

「同感だ。もう充分に暴れたし、のんびりと風呂に浸かって、それからゆっくりと寝たいものだ」

 

 目的地近くで速度を落とした2体は、呑気に歩きながら、互いに「洗浄」の魔法を掛け合う。

 見上げれば、此方を見下ろす星々もまた、呑気な輝きをいつも通りに見せている。

 

「……あいつら、ちゃんと戻ってくるよな? 忘れて街に入ったりしないよな?」

「……判らん」

 

 不意に不安に襲われたアリスの問いに、カーラは自信のある回答を返すことが出来なかった。




終わった様子ですが、街の衛兵隊とかに見られて居ない……筈は有りませんよね?


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仕事後、楽しいお料理会

守った街は、後でエマが楽しく壊滅させました。とか、そういう展開は無いのですか?


 衛兵隊と少数の冒険者達による防衛作戦はなんとか終息した。

 少なくない犠牲は出たが、それでも街は守られた。

 街を襲った野盗たちの正確な数は不明だが、街周辺には夥しい死体がバラ撒かれており、住民たちは顔を青くしていた。

 

 実際に目にしてみれば、野盗の規模が想像より多かったと実感しただろうし、それがバラエティに富んだ死体に変わっている様子そのものも恐怖の対象となっただろう。

 

 前線で踏ん張っていた防衛隊の方々にはバッチリと私たちの姿も確認されたが、青い顔の彼らに、敵対の意志も街を襲撃する予定も無い事を伝え、ついでのように頭を下げて見せた。

 心底信用など出来はしないだろうが、下手に態度に出して私たちの気分を害することを恐れたのだろう。

 私たちに敵対的な態度を取ることをせず、メアリが翌日の来訪を告げ、そして私とエマを引き連れて一旦街を去る姿を、咎めることも引き止めることもしなかった。

 私としては、このまま旅を再開しても良い、むしろしたいと思っているのだが、メアリはまだ少しだけあの街に用が有るらしい。

 

 いったいどんな用事が有るというのやら。

 

「さあ、身綺麗になったことだし、帰ろうか。他の2人も待ってるだろうし」

 

 さっぱりとした顔で言うメアリだが、「洗浄(クリーン)」を使ったのは私だし、帰る先はメアリの持ち物ではない。

 

「そうだねぇ。カーラちゃん、泣いてないかなぁ? 大丈夫かなぁ?」

 

 そんなメアリに呆れる私を無視して、エマが答える。

 エマの持ち物でも無いのだが。

「……まあ、良いでしょう。そう言えばエマのご要望はハンバーグでしたね? 今日はみんなで作りましょうか」

 戦闘よりもその後の遣り取りで疲れた私は溜息すらも億劫で、投げ遣りに言葉を返す。

 拒否した所でぎゃあぎゃあ煩いだろうし、エマもメアリ側に付く予感しかしない。

 

 少しとは言えメアリの戦闘スタイルも見れたし、いざとなれば排除くらいは出来るだろう。

 手甲(ガントレット)で殴っていたが、それよりも「障壁」を展開しつつの格闘戦と言う、良く判らないスタイルが気に掛かるが。

 

「……ハンバーグって? 比喩的な? まさかホントに作るの?」

 

 諦めムードの私の耳に、珍しく元気の無いのメアリの声が届く。

 顔を向ければ、ハッキリとドン引きの様相で、彼女も私を見ていた。

「エマとの約束ですからね」

 短く答えて、何故か視線を逸したメアリのそれを追うと、ああ、なるほど。

 歩く私の靴の下で、誰かの細切れの骨が砕け、生柔らかい肉の潰れる感触が伝わってくる。

 

「ご安心下さい。ここまでの旅路で、アリスやエマが狩った野生動物の肉があるので、それを調理します。と、言いますか……」

 

 メアリの感性は、どういう訳かかなり人間に近いらしい。

 人間を殺すのはまだしも、それを取り込む――食す、と言う事には抵抗が有る様子が、その態度から見て取れる。

 

 私よりも更に人間寄り、アリスに近い感覚だろうか。

 

 メアリが珍しいのも勿論だが、いつの間にか私が人形に近くなってきている事に気付いて、こっそりと小さな溜息を零す。

「……人間の肉も動物の肉も、私たちにとって価値は同等でしょう? 何を嫌がるのですか」

 本来ならただの嫌味な発言の筈だが、実際、私は発言の内容に近い心境になっている事に気付かされて憮然としたのだ。

 

 肉になってしまえば同じとは言えない、そう断言出来た頃が懐かしいが、いつから私はこうなってしまったのだろうか。

 

「いやいやいや、だいぶ違うと思うんだけどな。自分と似た姿の生き物を食べるって、なかなか出来ることじゃ無いと思うけど?」

 

 メアリの反応は非常に理解(わか)りやすく、しかし違和感のある奇妙なものだ。

 ……もしや、彼女もまた、中身が……。

 

「食べて美味しかったら、どっちでも良いよぉ? メアリちゃんは変わってるねぇ」

 

 見落としが有ったかと、無言で「鑑定」を起動する私を押し退けるように、エマが身を乗り出す。

 それはそれで問題発言の筈なのだが、もはや私の中に違和感はなくなってしまっている。

 

「ええぇ……エマちゃん、もっとちゃんとした、良いモノ食べたほうが美味しいと思うよ?」

 

 押され気味に返すメアリの情報の中に、転生だとか転移だとか、そういった類に関するものや不審点は見当たらない。

 称号にすら無い。

 気になるモノと言えば、「常識人」とか「苦労人」とか「平和主義者」とか、それは称号なのか疑いたくなるようなものが散見される程度だ。

 

 この世界の常識人や苦労人、平和主義者と名乗る者は、大概信用してはいけないと言う事らしい。

 

 尚もどうでも良い問答を続ける2体を率い、私はだいぶあやふやな待ち合わせ場所を目指して歩く。

 あやふやとは言っても、原っぱのど真ん中で待つ2つの青反応が「探知」越しに確認出来るので、迷うことは無いのだが。

 

 

 

 無事に合流し「霊廟」に戻った私たちは、ほぼ全員の希望で、まずはそれぞれ入浴して身を清める事となった。

 魔法で洗浄し、身体的には全く問題無いのだと頭で理解出来ていても、感覚的嫌悪感はなかなか拭えない。

 そういった際に行う入浴は、気分的にとても良く効くのだ。

 唯一入浴しなくても平気、そんな様子のエマだったが、メアリに風呂の使い方を教えるついでにと、2人で入浴したようだ。

 

 ちなみに、入浴はそれぞれの個室に備え付けの浴場でそれぞれ個別に行っている。

 この「霊廟」に大浴場は存在するが、私たちは特に利用したことが無い。

 

 今度皆を誘って試してみようかと思う反面、カーラのザ・人形なインパクトボディは別の意味で刺激が強そうだと思い、実行に至る勇気が湧いてこない。

 

 悪夢を見たらどうしよう。

 

「このみじん切りと言うのは、面白いな! ここまで細かく斬れるものなのだな!」

 

 調理が楽しくなったのか、ご機嫌なカーラはすこぶる笑顔だ。

 

「暴れないで下さい、せっかく切った玉葱が散ってますよ」

 

 答えながら、私は両手の包丁を叩きつけるように、猪肉をミンチにしていく。

 まさかそんな誤解は無いと思うが、いくら私でも、食材をメイスで叩いて「はい、ミンチ」とか言うような真似はしない。

 

「……あんだけ暴れた後で、良くまあハンバーグなんて食べる気になるよな。それともこれ、私に対する嫌がらせか何かか?」

 

 私と同じ様にミンチメーカーになっているアリスが、唇を尖らせてぼやく。

 文句は私ではなく、エマに言うと良い。

「ホントだよ。その嫌がらせは私にも効くから、勘弁して欲しいな」

 そんなアリスに、玉葱を刻みながらメアリが同調する。

 

 普段は料理をしないと言っていたのだが、カーラと違ってその手捌きは丁寧だ。

 

「ええぇ? ハンバーグ美味しいよねぇ? アリスちゃんも、好きでしょお?」

 料理に興味の無いエマが、それでも好物は別なのか、硬いパンを磨り潰しながら不思議そうに顔を向けている。

「全くです。素直じゃない人形ですね」

 そんなエマに頷きながらしれっと乗っかる私だが、内心は、どちらかと言えばアリスやメアリに近い。

 メアリは珍しく溜息を落とし、アリスは少しの時間言葉を失ってから、2体は同時に口を開いた。

 

「時と場合によるんだよ」

 

 それはまあ、散々フレッシュな挽き肉を量産した後ともなれば、出来立てハンバーグなど食べる気にもならないだろう。

 

 例え()()が違うと、知っていても。

 

 不思議そうな顔のエマとカーラ、不機嫌ではないがただただ疲れた顔のアリスとメアリ、そして笑いを堪えて無表情な私。

 5体の楽しい協同クッキングは順調に進むが、実に不思議な事に、驚く程食欲は湧いてこないのだった。




私も、血みどろの後は出来れば、さっぱりとしたお料理を頂きたいですね。


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嵐、過ぎて

挽き肉から丁寧に作ったハンバーグは、美味しかったでしょうか?


 走る。

 

 右脚は大腿部を深く斬り付けられ、左脚は脛を内部骨格(フレーム)の半ばまで断たれたたが、そんな事を気にしてはいられない。

 右腕は斬り落とされバランスが狂ったが、そんな事を気にしている余裕も無い。

 

 アルバレインの既得権益を掠め取ろうとか言うどうでも良い事に、駒を使い過ぎた。

 その結果、謎の人形らしきものの調査を中断して出張って来た挙げ句、更に駒を失い自身も手痛い傷を負った。

 ぼんくら共の半数は彼女の存在そのものを知らないし、駒についても、例の召喚の儀とやらで増やせば良いと考えているらしい。

 

 甘すぎる。

 

 まず、当たりが出るか判らない。

 そして、当たりが出た所で、そこそこ鍛えたり躾けたりしなければ、使い物にならない。

 何より――使い物になった所で、アレの相手など出来まい。

 

 走る。

 景色を置き去りにする勢いで、風も舌を巻く速度で。

 両脚は悲鳴を上げている。

 

 草原から森林へ、そこでようやく彼女は速度を緩めた。

 影に潜って移動するのも、距離的な限界が有る。

 ただひとり、自分を逃がすためだけに全力を使い、魔力の残りはもはや心許ない。

 連れていた駒はひとつが裏切り、残りは皆、殺された。

 

 斬り落とされた腕は既に疑似血液の流出は止まっているし、足の方も修復は進んでいる。

 

「アレは、何だったんだ……? エマ? エマと言ったか? アレが……『爆殺』だと言うのか?」

 

 思い起こす。

 暗闇に紛れて走る、彼女の前に立ちはだかった獣。

 そして、それを追って現れた4つの影。

 

 全て、探知は赤反応。

 探査は通らない。

 鑑定も効かない。

 

 聖教国(ほんごく)では最もレベルが高く、戦闘能力もそれに準じている。

 そんな彼女が「影」を駆使しても、防戦一方に追い込まれたあの獣が。

 

 あれが、「爆殺」エマだと言うのか?

 

 魔法戦仕様とは言え、基本性能は高い。

 故に、近接戦闘も出来ない事は無い。

 だが、幾ら何でも、アレは度が過ぎている。

 

 なぜ、近接戦闘特化の自分を遥かに上回る戦闘能力を有しているのか。

 魔法戦に特化した設計の人形が、何故。

 

 急いで本国に戻らなくてはならない。

 心酔するリズに判断を仰ぐため、クロエは気力を振り絞る。

 

 どんな相手でも、自分の能力でなら最悪暗殺は出来る。

 そんな自信に入った罅は、その足取りを負った怪我以上に重くさせた。

 

 

 聖教国滅亡の、数日前の出来事である。

 

 

 

 夜が明けて、ちゃっかり「霊廟」の一室を占拠し、しっかりと入浴まで済ませたメアリは笑顔に磨きが掛かっている。

「やあ、料理も美味しかったし、お風呂でもゆっくり出来たし、何より人助け出来て気分が良いね。持つべきものは姉妹とその仲間だね」

 結局ハンバーグを食べたメアリだったが、出来上がりに大絶賛であった。

 調理のメインがアリスだった事も私の中では微妙な気分なのだが、メアリの現金さにも呆れてしまう。

 

 挽き肉量産祭の後にハンバーグってどうなん? 的な態度は何処に忘れてきた。

 

 そういう意味では、アリスが徹頭徹尾ドン引きで、食事量もいつもの半分も無かったように思う。

 それはそれで繊細すぎると心配にもなるが、まあ、所詮他人事である。

 

 エマとカーラは何も気にすること無く、平素と特に変わりはなかった。

 

「それは良う御座いました。では、問題も解決したでしょうし、私たちも旅を再開します。とっととお引取り下さいませ」

 

 上機嫌のメアリに、私は丁寧に頭を下げる。

 

 私がメアリに手を貸したのは、表面上そう見えるだけである。

 折角の観光に水を差されたのでエマをけしかけ、どんな阿呆かと現場を見に行った所で聖教国の執行者とか言う不愉快な連中に気付いたので殲滅し、観光地がリアルタイムで廃墟になるのを見過ごすのも忍びないので、使える道具を使って死体の山を作っただけなのだ。

 

 偽悪ぶる趣味は無いが、これが素直に私の中にあったことを並べた事実なので仕方がない。

 

「はああ? ちょっと待ってよ、せっかく会えたお姉ちゃんに、それは酷いんじゃないかな? もっと素直に甘えて良いんだよ?」

 

 私の態度が余程意外だったのか、メアリは大袈裟に驚いた表情を向けてくる。

 そんな私たちを見る道具……仲間たちは、興味も無さそうな様子だ。

 

 どうせ彼女たちは、メアリが私の旅の同行を言い出しても、断る心算(つもり)も無いのだろう。

 なんとなくメアリはそう言い出しそうだと、私も予想してはいるが。

 

「生まれて初めて会った姉に甘える方法が分かりません。そんな事より、貴女(あなた)も街に用事が有るのでしょう? 私の観光も途中ですし、行きますよ」

 

 考えていることも予想も一切口にも表情にも出さず、私の口調も態度もいつも通りだ。

 

 観光と言っても、500人規模の盗賊団に滅ぼされかける小さな街――あれ、村で良いんじゃないかな――だ。

 恐らく1日で見るところも無くなるだろう。

 それにどうせ、あれほどの大暴れをした後だ。

 村……街を護ったとは言え、住人の感情は複雑だと思う。

 

 互いに、用事が済んだらさっさと縁を切るのが、正しい選択なのだ。

 

 私の胸中などお構いなしなメアリは、先程までとは打って変わって不機嫌顔だ。

「それはそうだけどさぁ。全く、素直じゃない妹だね。まあ、可愛い妹の言う通り、あの街にはまだちょっと用があるし、行こうか」

 しかし、言葉を続けるうちに、瞬く間に笑顔に戻ってしまった。

 

 この人形は、この人工精霊は危険なのではないか、根拠も無く、私の中に疑念が生じる。

 

「畏まりました。……さあ、みんな行きますよ」

 

 私は無表情を取り繕い、談話室でダラダラと過ごす仲間たちに顔を向ける。

「ああ、行こうか。歓迎はされないだろうけどな」

 あの街に関して、アリスは私と似たことを考えていたらしい。

 やや重めの腰を上げ、大きく伸びをしてから、私に答えた。

「片付けしてないけど、良いのかなあ? 勿体ないしぃ」

 エマは跳ねるように椅子から離れると、私に駆け寄りながら言う。

 

 片付けとは、昨日作った死体たちの事だろう。

 あの街を心配している風を装っているが、「勿体ない」と言う発言に、彼女の魂胆が透けて見える。

 

「今回は我慢して下さい。最悪、死体の焼却程度は手伝いますが、あまり街の人を怯えさせては可哀想ですから」

 何となく頭を撫でながら、エマを諭す。

 

 これ、冷静に考えたらエマのほうが姉の筈なのだが、この絵面はどうなんだろう。

 

「私は単純に億劫だから、工房に籠もっていたいんだが……ダメだろうか」

「ダメです」

 ここぞとばかりにサボろうとするカーラに、即答で不許可を告げる。

 

 渋々と立ち上がり、いつものように手袋でその手を――外骨格式人形の、その指や手首の関節を隠すカーラ。

 彼女は工房エリアの管理人でしか無い、と認識している様子だが、それは事実上、この「霊廟」の管理者になったのだとは気付いていない。

 その証拠に近いものが、彼女に齎されているというのに。

 

 それは、私のものに良く似ているが明らかに上位の、解放された全フロア直通のドア。

 私の持つそれはエントランスにしか繋がらないが、カーラが手にしたそれは、彼女が望むフロアへと繋がる。

 そんな大層なものを持っているというのに、基本的に私の許可が無ければそれを使おうとしない。

 

 私の顔を立てているのか面倒なだけなのか、今ひとつ判断がつかないが、逆にあまり調子に乗られても鬱陶しい。

 当然、私から特に何かを言うこともない。

 

 ただ、カーラが今回、殊更サボろうとするその理由は、私やアリスの懸念と同じだろう。

 その気持ちは理解出来るが、だからといって逃してやる理由は無い。

 

 エマとメアリ以外の全員が渋る重い足取りで外に出て、無闇に怖がられるのも嫌だなあとか考える私を迎えた街の衛兵や住民たちは。

 

 皆笑顔で、何故か歓迎ムードだった。




人形が作ったハンバーグは手捏ねなのか手捏ね風なのか。気になります。


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戦勝会、そして

状況がどうあれ、マリアはマリアです。良くも悪くも。


 普通は。

 普通は、こう、街が襲われて不安の中、街の外で化物が大暴れしていたら。

 

 普通は、もっと恐れたり、拒否感が出るものではないのか?

 

「……なんでお前はそんなシケた(つら)でエール煽ってんだよ」

 

 アリスが私の表情にケチを付けてくるが、甚だ余計なお世話である。

 他人様が考え事をしていたら、黙って放っておくのがセオリーだと知らんのか。

「私は貴女(あなた)程単純では無いのですよ。そもそも、あの双子の居る国の人間たちですよ? 化け物じみた暴れ方をしたようなのを歓待するなんて、何か裏が有ると勘ぐるのも已む無しでしょうに」

 私は一気に言うと、ジョッキを呷る。

 見た目のエレガントさなど、酒場には不要である。

「……お前、ホントあの双子が嫌いなのな?」

 そんな私を可哀想なものを見る目で見て、アリスは通り掛かったウェイトレスに向けて空のジョッキを掲げて見せる。

 その遣り取りを眺めながら、私は関係のない事に思考を向けていた。

「随分な勘違いをされていますが、嫌いでは有りませんよ? 彼女たちには彼女たちの事情があって、私たちを警戒せざるを得なかったのでしょう」

 記憶をなぞるように、言葉を紡ぐ。

「それはそれとして、『霊廟』にしでかした悪戯に関しては一切許す気は有りませんし、その他諸々含めて好きかと聞かれたらそれはそれで否定しますが。そうですね、同じ陣営なら安心しますが、味方と言えるほど近い距離に近付きたくは無い、そう言う事です」

 アリスが私に向け直した眼差しは、様相を変えていた。

 じっとりと、半眼に。

 

「……めんどくせー女だな、お前」

 

 私の長々とした心情解説に、実に短い返答を投げ付け、アリスはジョッキを傾ける。

 ……そう言えば私は、アリスに元の世界での性別を話していなかったか。

 まあ、面白いから今後も黙っていよう。

 

 それはそれとして、実に端的に失礼な感想である。

 

「もー! マリアちゃんもアリスちゃんも、喧嘩しちゃダメだよぉ! せっかくみんながお祝いしてくれてるのにぃ!」

 

 本格的に苦情を言ってやろうと意気込む私の出鼻を、脳天気な説教が挫く。

 こういう場に1番馴染まないと思っていたエマが、人間をさして「みんな」と呼んだ挙げ句、このどんちゃん騒ぎを称してお祝いと(のたま)った。

「そうだぞー? 楽しく呑んで騒いでおまけに無料(ただ)だなんて、こんな目出度い席でなんでそんな険悪になれるんだい? 細かいことは忘れてほら、呑んで食べて限界迎えて倒れようじゃないか!」

 もしかして何処か不調なのではないか、そんな風にエマを心配する私に、脳天気な援護射撃をしつつ、メアリはローストした鶏肉をナイフで切り分けている。

 確かに、緊張から解放された街の方々のお祝いムードに水を差すのは良くないだろうし、呑むのも食べるのも大いに結構だ。

 

 だが、倒れてはダメだろう。

 

「……まあ、街の方々はそれで良いでしょう。ですが、大切な家族を失ったご家庭も有るのです。部外者である我々が、無責任に喜びすぎるのも考えものですよ」

 

 街の人々の歓喜に水を差すのは良くないが、本来は部外者の私たちが能天気にはしゃぎ過ぎても、それはそれで宜しく無い。

 私は不機嫌の矛先をメアリに向けてから再びジョッキを煽り、そこで初めて、ジョッキが空になっていることに気付いた。

 仕方がないので先程のアリスを真似て、忙しく料理を運ぶウェイトレスさんにアピールし、おかわりの到着を待つ。

 

 正論で諌めた風だが、単に嫌味を言っただけである。

 

「マリアはあれだな、考え過ぎるのだ。もっと気楽に構えて良いと思うぞ? 普段は不遜で傲岸なのに、妙な所で生真面目だ。疲れるだろうに」

 

 私の目論見通り鼻白むメアリを眺める私に、もさもさとサラダ食しながら、カーラがつまらない茶々を入れてくる。

 そちらに顔を向けた私だが、直ぐに投げつける言葉を選べない。

 

 思いも掛けない、大きく的を外したことを言われると、返答にも窮するというものだ。

 

 私ほど能天気で無責任で好い加減な存在など、そうそうお目に掛かったことが無いのだが。

 私は一度咳払いして、思考を整える。

 

 結局いつも通りの私たちなのだが、やはり私は何処か納得が行かない。

 時折やってくる婦人や子供たちに涙ながらに礼を言われる都度、私の気分は重くなる。

 あなたたちが泣いているということは、つまり私たちは間に合っていないのだ。

 なにしろ、私は私自身の為にしか動かなかったのだから。

 

 カーラが言う真面目さとは私は無縁だが、小市民さが髄まで身に沁みてしまっている事だけは痛感せざるを得ない。

 そして、ようやく合点が行く。

 

 私は、ただただ居心地が悪いのだ。

 

 

 

「紹介するよ、この子は……なんだっけ?」

 

 更に明けて翌日、朝。

 町の方々に、防衛隊の方々と共に歓待を受けた私たちは、宿まで用意されて断れず、一泊を過ごした。

 何処にでも有るようなありふれた宿だが、心遣い補正で実に快適に過ごせた。

 

 それ故、居心地の悪さもひとしおなのだが。

 

 朝食を頂くために1階の食堂に出た私は、メアリに引き合わされた人物をまじまじと眺め、紹介と言うには半端にも程が有るその言葉を聞いていた。

 

「人様が煩悶としている間に、随分と良い御身分ですね。昨夜はお楽しみでしたか?」

 

 私と目を合わせた途端、もじもじと目を逸らす少年に、嗜虐心を唆られる。

 そんな私はメアリに目を向け、下世話な質問を浴びせてみた。

 

 元の世界でこんな事をしたら、即訴えられるだろう。

 

「あっはっはっ、よせやい、この子は奥手過ぎてそんな度胸無いよ。挑んでくるならお相手するのも、吝かではないんだけどね?」

 

 しかし、メアリはあっけらかんと笑って受け流す。

 私やメアリはそれで良いのかも知れないが、さり気なく槍玉に上げられている少年はたまったものでは無かったのだろう。

 赤面してしまった彼は、いよいよ私と目を合わせてくれない。

 

「堂々たるセクハラしてるんじゃないよ。その子が可愛そうだろうに。メアリも、あんま誂ってやるなよ」

 

 呆れ声のアリスが少年に助け舟を出す。

 ぶっきら棒でガサツな口調が目立つ彼女だが、実は常識人枠である。

 

 私たちの中では、と言う程度の話だが。

 

「で? その子の名前、なんて言うんだ?」

 

 続けて、アリスはメアリに紹介の続きを促す。

 下手に放っておけば、またセクハラ発言でもすると思われたのだろうか。

 

 実に心外である。

 

「えっと、昨日聞いたんだけどな。なんだっけ?」

 

 メアリは呑気に頭を掻くと、ついに紹介を放棄した。

 挙げ句、それを本人に丸投げである。

 なんだかメアリに妙な親近感を抱いてしまう。

 

「あ、ええと……僕は、本多純(ほんだじゅん)です、ええと、純と呼んで下さい」

 

 私が妙な共感を覚えていると、好い加減なバトンを受け取った少年が、おずおずと声を押し出した。

 思いの外綺麗で高く思える声質の、線の細い、妙に顔立ちの整った少年である。

 中性的と言うか、身長もそれほど高くないのも相まって、10代前半から半ば程度にしか見えない。

 細すぎる身体(からだ)つきと髪の短かさから少年と判ったが、髪型次第では美少女と言っても通じるだろう。

 

 実は流し見した鑑定で彼の名を知っていたのだが、初見の人間にいきなり名前を呼ばれても薄気味悪いだろうと、その言葉を待っていた。

 偽名でも名乗れば面白いと思っていたのだが、どうやら素直な性格であるらしい。

 レベルは262と人間にしては異様に高いが、外見からそれを感じることは出来ない。

 

 人は見掛けに依らない、とは良く言ったものだ。

 

 他に気になる事もなく、私はざっと見ただけで鑑定を閉ざしたが、この目で見ても俄には信じ難い。

「この子が、クロエと仲間たちから逃げてたところを、私が保護したんだ」

 メアリが得意げに、有りもしない胸を反らす。

 今まで見てきた聖教国の関係者とはあまりにも違うその雰囲気に、私は毒気を抜かれた。

 

 勝手な見た目な感想で恐縮だが、なるほど確かに、この気の弱そうな有様では、イカれた集団の中では浮いて仕方が無かっただろう。

 

「こんな可愛い女の子を追いかけ回すなんて、ましてや殺そうだなんて、酷い話だよね」

 

 メアリの当然のような発言にうんうんと頷いた私だったが、ピタリと動きを止める。

 今、メアリは聞き捨ててはいけないことを言わなかったか?

 

「今、女の子と……言いましたか?」

 

 驚愕する私に向けられた複数の視線は非難の刃を纏い、私の顔に刺さるのだった。




空気の読めなさは、称賛に値するでしょう。


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道化と仔犬

いよいよ人間の性別さえ判別出来なくなった、可哀想なマリアです。


 なまじ顔が整っていると、性別の判別が行方不明になる。

 そんな私の感想を言った所で、多数の同意を得られない事を、身をもって知った。

 

「どこから見ても女の子だろうに、なんで男だと思ったんだ?」

「キミの観察眼はよく磨く必要が有るね。僕に師事するかい?」

身体(からだ)つきを見るだけでも、女性のソレではないか。他人に興味が無いにも程が有るぞ?」

「マリアちゃんらしいねぇ」

 

 仲間たちその他の温かい言葉に、涙が零れそうだ。

 笑い過ぎで。

 

 少なくとも、メアリを師と仰ぐ事は無い。

 

 どいつも偉そうに言っているが、恐らく鑑定をちゃんと見た程度だろう。

 鑑定まで使って細かい所を見ない私のほうがどうかしていると言う事実からは、どうか目を逸して頂きたい。

 

 大体、身体(からだ)つきとか言われても、ややダブついた服装と合わさって出るところの主張が無く、せいぜいが痩せすぎているように見える程度だ。

 本当にそんな判別法だったのか、カーラ。

 お前の目には何が見えているんだ。

 

「私の迂闊さについては反省しますし、失礼については謝罪致します」

 

 とは言え、無駄にいたいけな少女を傷付けてしまったのは間違いない。

 私は素直に頭を下げる。

 

「あ、ええと、そんな、気にしないで下さい」

 

 そんな私に、少女こと純は素直に頭を下げてきた。

 あまりにも気が弱く、腰が低過ぎる。

 

 これで本当に聖教国の執行官のひとりだったのかと疑うが、先程見た鑑定の結果では間違い無い。

 それに「元」が付いていることから、有り体に言って裏切ったのだと言うのも間違いが無い。

 

 なかなかだいそれた事をしでかしたと思うが、性格的に執行官に向いていなかったのかも知れない。

 

「本名を言いましたけど、家名が有ると面倒なので。普段は単にジュンと名乗っています。なので、そう呼んで貰えると助かります」

 

 はにかむように笑って言うジュンは、その見た目や物腰に反して、私が出会った執行官の中でもかなりの高レベルだ。

 もしかしたら最大レベルかも知れないが、果たしてどうだったか。

 

 私たちが話しているのは、街の西の門を出た草原の只中。

 人の耳目を避けたいが、かと言って死体や悪臭の中で楽しく会話を交わす趣味も無い。

 

 そうなれば、先の襲撃を免れたこの西の門の先しか無いだろう。

 

「畏まりました。それでは、ジュンさんとお呼びさせて頂きます。メアリにはもう話したのかも知れませんし、どちらに語って頂いても構いませんが、貴女(あなた)が聖教国と決別したと言うのは本当なのですか?」

 

 和気藹々と雑談を交わしていた私たちの間を、風が抜けていく。

 

 それまでももじもじと口数の少なかったジュンだが、私の質問を受けていよいよ口を閉ざし、その頼り無げな視線をメアリに向ける。

 

「ああもう、ジュン、キミはもっと自信を持つべきだよ。クロエちゃんが現れるまでは他の執行官達と互角以上に渡り合い、街に危機を知らせようと奮闘した闘士と同一人物とは思えないね」

 

 嘆くメアリの横面に、私の疑惑に塗れた視線が刺さる。

 現実として当人が此処に居るのだから信じろ、と言う事だろうし、ジュンのレベルを考えたらそれも可能かも知れないが、ここまでの短い時間で僅かな言葉を交わした印象では、メアリの言葉を信じるのは難しい。

 

 信憑性の有る点と言えば、クロエに対してはまるで歯が立たず、メアリの介入で命を拾った、と、そう読み取れる部分のみだ。

 信じ難いことがそこらに転がっているのが世界というものだと言われれば、こちらが鼻白んで黙るしか無いのだが。

 

「やめてよ。僕はただ、罪も無い人達を守りたかっただけなんだ。力を持っているなら、正しいことに使うべきなのに」

 

 ジュンは暗く笑うと、俯いて言葉を紡ぐ。

 

「僕は弱かったから、彼らを止めることも出来なかった。メアリさんが居なかったら、クロエ様……さんに殺されて終わってた筈さ」

 

 俯いて誰とも目を合わせようとしない少女は、恐らくだが、確かにメアリの言う通りだったのだろう。

 自嘲気味な言葉の端々に、自身への不甲斐無さに歯噛みする思いが透けて見える。

 随分と、高潔な思想を持ち歩いているようだ。

 

 私など、力は己のために行使するものと弁えていると言うのに。

 

 常識人枠のアリスでさえ、そこまでの高潔さは持ち合わせては居ない。

 出来る事になら手を貸すし、人助けも生命があってこそ。

 トアズで廃棄人形(できそこない)相手には大立ち回りを演じた彼女だが、賢者様や双子魔女には訓練はともかく、実際に手出ししようとしなかった彼女の姿勢に、私は共感すら覚えている。

 

 だが、価値観が違うというだけの理由で、私はジュンを否定する気は無いし、寧ろそれはそれで尊い考えだとも思う。

 

 犠牲は歴史の下敷きでしか無いが、殉教者は人々の心に火を灯す事も有る。

 そして人々こそが、歴史を織り上げていくのだ。

 

 ジュンの行動に関して言えば、メアリが居なければ殉教者どころか、人の目に触れること無く朽ちていただけだと思う。

 だが、仮にそうなっていたとしても、私には信念に基づいて行動したその結果を笑う事は出来まい。

 

「なるほど、理解しました。それで、事ここに至って、貴女(あなた)は今後どうなさるおつもりですか? もう、国に帰ることも出来ないでしょう?」

 

 それはそれとして、彼女、正確にはメアリとジュンの身の振り方が気に掛かる。

 それぞれが単身で旅を続ける可能性がそれなりに高いと思えたが、それとは別の可能性もどんよりと広がっている為、確認せずには居られないのだ。

 

 まさか私たちと旅をしたい、とか言い出さないだろうな、と。

 

「あはは、そうですね。僕ももう、あんな国に戻る気は無いです。花屋のおじいさんとか、野菜売りの女の子とか、良い人達も居たけど……むしろ、私と関わったほうが不幸になるでしょうし。しばらくは、ひとりで旅をしてみようと考えています」

 

 そんな私の杞憂を笑うように、ジュンは吹っ切れたような、さっぱりとした笑顔を向けてくる。

 どうやら、ひとりは私の良い方の想定内に収まってくれそうだ。

 

「これでも、まあ、任務(しごと)であちこち行ってましたから、旅そのものは慣れましたし。きっと大丈夫です」

 

 私の無言を心配と受け取ったのか、ジュンは取り繕うように続ける。

 まあ確かに、実力的な部分や実務的な事柄については、心配は無いのかも知れない。

 だがその性格では、どこかで騙されそうで心配では有るのだが。

 

「おやおや、ひとり旅とは寂しいことを言ってくれるじゃないか。私と一緒に、マリアちゃんの旅にぶら下がろうよ。旅は道連れと言うし、せっかく出会えて仲良くなれたんだしさ」

 

 しかし、もう1体の方は、私の悪い予感の方を正確にトレースしてきた。

 変に言葉を飾らない分好感が持てる……とでも、言うと思ったか。

 

 私は小さく息を吸い込む。

 

 しかし、口を開く前に、ジュンの目を見てしまった。

 寂しげで、どこか覚悟を決めたその目を見てしまった私は、叩きつけようと思っていた言葉を呑み込んでしまう。

 

 同情で物事を決めると、大体碌なことにならない。

 だが一方で、なし崩しで旅の共となり、なんやかんや有りつつも、罵声を投げ付け合う程度には適度に良好な関係を築く事もある。

 

 私にとっての正解は何か?

 

 今言葉を発さなければ、何も考えていないエマやカーラ当たりが、私の意向を無視してメアリの提案に賛同してしまい兼ねない。

 これ以上騒がしい旅路は御免なのだが、捨てられて雨に打たれる仔犬を眺めているような罪悪感も耐え難い。

 

 ただただ性格が良さそう――現状では、そう見えているだけなのだが――な少女と、なんだか面倒くさそうな姉妹人形。

 どちらかだけを選べるのなら、これほど悩みもしないものを。

 

 ジュンの瞳からから逸した私の目には、それほど高くもない防壁に囲まれた街が、何事も無かったように佇んでいた。




妙な所で意固地なくせに、決意を固く保てません。


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罪の旅路

ひとり旅願望を持っていた筈ですが、もう諦めたのでしょうか。


 夏の日差しが高度を上げていく。

 まだ昼までは時間が有るが、草原を渡る風が心地よく感じられる程度には、空気も温まってきた。

 

 もはや戻れない遠く故郷の夏を思い出すと、この世界、と言うより、この地域の夏は随分と優しい。

 

「それは、あれか? メアリもジュンも、私たちと一緒に旅をすると、そう言う話か?」

 

 私が言葉の選択にまごついている間に、案の定、カーラが口を挟んできた。

 ……のだが、何やら声の調子が硬い。

 

「いやあ? そうなれば良いとは思うけどね。でも、私はともかく、ジュンはちょっと難しいだろうね」

 

 答えるメアリは、予想に反してあっさりと否定した。

 

 なんだ?

 私の想定外の事が起きているが、それは私の願望には合致している。

 

 喜ばしい筈なのだが、どうにも話が上手すぎて、逆に疑ってしまう。

 

「……そうだな。聖教国の元関係者だと言うだけでも、あの国以外の人間の大半は関わりたくないだろうな。ましてこの街じゃあ……」

 

 アリスが会話に加わる。

 その視線は、すっかり俯いてしまったジュンを捉えて。

 

 妙な話である。

 

「黙っていれば良いではないですか。馬鹿正直に話す理由も無いでしょう?」

 

 これ以上、同行者を増やしたくない私が、ジュンの援護に回るとは。

「そうなんだけどな? そうなんだけど、多分、私の予想だけど」

 そんな私に顔を向け直して、アリスは面倒そうに前髪を掻き上げる。

 そんなアリス越しに、メアリが肩を竦めている様子が見えた。

 

「もう既に、喋っちまっただろ? この街に危険が迫ってると知らせる為に」

 

 ……なるほど。

 アリスが懸念し、メアリが肩を竦めた理由は理解(わか)った。

 そして、ジュンの為人(ひととなり)から、その情景を想像するのも容易だ。

「そう言うことさ。ジュンを保護して街に逃げ込んだ私は反対したけど、黙っている訳にはいかないって、保護対象が聞かなくてね?」

 まあ、そうなっただろう。

 私などから見れば、無駄に正義感を抱えていると見えてしまうが、実際はどうなのだろうか。

 判るような理解(わか)らないようなその感情に任せて、ジュンは茨の道と知って踏み出した訳だ。

 

「僕は確かに、あの国の執行官として働いてたんだ。期間で言えば1年、長くはないけど短過ぎはしないよ。今回ほど大規模な仕事は初めてだったけど」

 

 俯いたまま、ジュンは口を開いた。

 

「今までの小さな仕事の中で、取り返しのつかないことを幾つも重ねて来たんだ。今更、無関係ですなんて、言えないよ」

 

 執行官。正確に言えば、聖教国異端審問執行官。

 私の感性で翻訳すれば、教国の犬。

 命じられるままに暗躍する始末番。

 

 平たく言えば、聖教国にとって邪魔な存在を殺す者。

 ジュンもまたそうであった、そう言うことだ。

 

 アルバレインに直接関わる班に編入されなくて良かったね、と、私は河川敷での戦闘を思い出す。

 

「……私も、聖教国の連中には良い思い出が無くてな。何度か追い払ったものだ」

 

 ジュンの独白のようなそれに、カーラが応える。

 

「あまりにもしつこく、鬱陶しかったのでな。自ら離れることを選んだのだが、それを選ばせた聖教国を」

 

 カーラの声に、影が降りる。

 夏の日差しが、温度を下げたかのような錯覚に囚われてしまう。

 

「ドクター・フリードマンの墓所を踏み荒らしたお前たちを、私は許す心算(つもり)は無いぞ」

 

 私の目が、カーラに向けられた。

 その怒りは、私にも覚えがある。

 

 そうか、だから、カーラは。

 あの時、私の怒りを止めようとはしなかったのか。

 

「まあ、気持ちは理解(わか)るけど、落ち着けよ。……これが、元聖教国の人間が旅をするって意味だ。お嬢ちゃん、ホントにアンタには耐えられるのかい?」

 

 カーラを止めたのは、アリスの静かな声だった。

 その顔は表情を消し、私でさえあまり見たことの無い、凍えるような無表情だ。

 

「一応言っとくけど、私も個人的に恨みは有る。昔組んでた、他所から来た治療士(ヒーラー)を、みすみす殺されちまったからな」

 

 アリスの声は、カーラの怒りと絡まり合って、周辺の空気を凍りつかせる。

 他所から来た、と言うのは、他の大陸から来た、と言う意味だろう。

 

 聖教国は野良の治療士(ヒーラー)に帰順を求め、従わなければ排除する。

 そんな噂が有ったが、それはどうやら事実だったらしい。

 

 そしてこれが、ジュンの言う「小さな仕事」の積み重なった結果だ。

 ここには2つしか無いが、旅をするなら、幾つの怒りに、恨みに向き合わねばならないのか。

 

「……僕のした事じゃない、とは言わないよ。許して欲しいとも言わない。だけど、だからこそ、僕はどこにも居られないから、旅をするしか無いんだ」

 

 私の心が軋みを上げた。

 ヒトでは無い、そもそも生物では無い故に時間の流れを共に歩めない私は、人類の生活圏に居座ることが出来ない。

 望んでこの世界に来た訳でも無いのに、そうしなければ生きられなかっただけなのに、ジュンは手を汚してしまった。

 そんな彼女は、聖教国を裏切ってしまえば、もう何処にも居場所が無い。

 

 ああ、これだから。

 

 理解できる、或いはそう思い込む事が出来ると言うのは、全く持って厄介だ。

 メアリがまた、小さく肩を竦めている。

 

「見上げた覚悟じゃないか。アンタはまだしもマシだから応援はしてやるけど、協力は出来ないね」

「同じく、だ。聖教国(あのくに)に関係していた、それだけで充分、私の敵さ」

 

 アリスとカーラ、穏健派とも思えた2体が、はっきりとジュンの加入を拒んだ。

 だがジュンは、既にあの街に危機を伝えるに際して、自身の身分を明かしてしまったという。

 

 少なくとも、もうあの街には滞在出来まい。

 

 悪い流れになってしまえば、逆に滞在できるかも知れないが、それは罪人として、だろう。

 街の危機を救う切っ掛けになった、そう取って貰えるなら追放程度で済ませてもらえるかも知れないが、もしも、街の人間が判り易い悪役を欲したなら。

 

 そうなる前に逃げてしまうのが最良と思うのだが、それは私の考えであって、ジュンのものではない。

 

「ほとぼりが冷めてしまえば、旅人としてなら、特に不自由は無いでしょう。私は、ジュンとメアリ、2名を迎え入れることに反対はしませんよ?」

 

 半端な同情は、誰にとっても良い結果を産まない。

 それを知っている筈なのに、私の口からは自然と言葉が溢れ落ちた。

 

 アリスとカーラが、私の方に振り返る。

 

「勿論、私の仲間たちの感情の問題も有ります。ですので、あくまでも私個人としては、ですが」

 

 つい先程までは、これ以上旅の人数を増やさない事を考えていた。

 だが、経緯は違うが私と似たような境遇に陥った少女を。

 様々な意味で茨の道に進もうとしている彼女を。

 

 私は、黙って見送る気分には、どうしてもなれなかったのだ。




珍しく、アリスとカーラが不穏ですが、大丈夫でしょうか。


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雑談と後片付け

マリアが、少し揺らいでいるようです。


 ジュンの苦難の旅路に自分の境遇が重なってしまい、柄にもない同情を覚えた私だが、仲間たちの反応は芳しくはなかった。

 

「はあ? お前、正気かよ?」

 

 かつて、一度は組んだであろう治療士(ヒーラー)を守れなかったアリスが、露骨に不満げな表情で牙を剥く。

 

「……『霊廟』の持ち主はお前だからな。私に拒む権限など無いさ。酷く気分が悪いだけでな」

 

 自らの創造主の墓所を荒らされ、追い払われた経緯を持つというカーラは、静かに非難の声を上げる。

 

 2名とも、今まで口にしなかっただけで、聖教国には良い感情を持っていないどころか、恨みを抱えていた。

 話して楽しくもない話題をわざわざ持ち出す理由も無し、今まで黙っていたことに関しては私から言うことは何も無い。

 そして、そんな感情を抱える者に、それを赦せと言うには、私では傲慢さが足りないだろう。

 

「勘違いをなさらないように。私の心情としては、勿論聖教国を許す気は有りませんよ。しかし、ジュンはその聖教国に嫌気が差して逃げ出したのでしょう? 私はそれで充分だと思っただけで、貴女(あなた)たちの感情を無視してまで、迎え入れようとは思っていません」

 

 私は両名だけでなく、集まった全員の視線を受け止め、静かに言う。

 心情としては迎え入れたい。

 だが、それが難しい事もまた、仲間の様子を見れば理解(わか)る。

 

 皆が皆、エマのように寛大、或いは無責任な行動を取れる訳ではないのだ。

 

「……それはそれとして、こんな天気の良い日中に、気分の悪い話で時間を使うのは勿体ないです。同じ気分が悪いなら、死体焼きでもしたほうがストレスの捌け口にでもなるでしょう」

 

 私は両掌を打ち合わせると、話題の転換を行う。

 急激な話の舵の切られ方にカーラは片眉を上げ、アリスは不機嫌顔から呆れ顔に変わった半眼を向けてくる。

 

「話を逸らすにしても、持ち出す事柄が碌なもんじゃないな。もっと他に無いのかよ」

 

 いち早く気を取り直したアリスが、あえて不機嫌な調子を保ったままで軽口を飛ばしてくる。

 聖教国を快く思っていないアリスだが、今ジュンに向けているそれはただの八つ当たりだと、流石に自覚は有ったらしい。

 

 こう言っては何だが、アリスと組んでいた治療士(ヒーラー)は仲間と言うにはやや関係の薄い、同じ依頼(クエスト)を受けただけの関係だったのだろう。

 それでも悪い関係では無かったからその死を悼んだし、それを齎した聖教国を嫌う事にも繋がった。

 だからこそ、直接関係のないジュンにその怒りをぶつけても何も変わらないのだと、その感情を呑み込むことも出来たのだ。

 

 むしろ、カーラの方が厄介だ。

 

「他も何も、死体を量産してバラ撒いたのは貴女(あなた)たちでしょう。目を背けるのは感心しませんね」

 

 私は敢えてカーラから視線を外し、軽薄な態度で肩を竦めながら、アリスに軽口を返す。

「しれっと無関係みたいな顔してんじゃないよ。むしろお前が中心みたいなトコが有っただろ」

「おやおや、その目は節穴にはめ込んだガラス玉ですか。控えめで大人しく、気弱な私がまさかそんな」

「言ってろ、って言うか鏡見て物言えよ」

 未だ本調子とは言えないが、アリスは努めて軽妙に、私と雑言のラリーを行う。

 造物主との思い出を汚されたその恨みを表層に引き摺り出してしまったカーラは、陰惨さこそ押し込めたものの、不機嫌と流すには些か尖り過ぎな眼差しで、しかし何も言わずに私たちを見ている。

 

 新たな「霊廟」の主があの様子では、やはりジュンを仲間として迎え入れるのは難しいだろう。

 

「まあ、さり気なく臭ってきてるし、放っといたら変な病気が蔓延しそうだし、私もあれを焼き払うのは賛成だね。とは言え、私はモノを燃やすような魔法は苦手なんだよ」

 

 軽薄さでは私を凌ぐメアリが、空気の悪さが薄れたと見るや、ホイホイと私たちの会話に混ざって来た。

 そう言えば、野盗どもを手甲(ガントレット)で殴っていたな、この小娘型人形は。

 

 私はあくまで素人なのだが、その戦闘スタイルはボクサーのそれと言うよりは、むしろ武芸(マーシャルアーツ)に近いように思えた。

 そう考えると、私やエマと違ってパンツスタイルなのも、その戦闘技術に蹴りも含まれていると言うことだろうか。

 

 魔法戦主体だったり近接格闘戦仕様の人形を手掛けたマスター・ザガンの、その後期の先品が「鉄姫(てっき)」「堅守」「墓守」と、どこか防御に寄っている気がするのは、偶然では無いだろう。

 その目的ですら、容易に透けて見える。

 

「私なんか、そもそも魔法全般苦手だよ。生活魔法がどうにか、ってレベルだ。役に立てるのかね、のこのこ顔出した所で」

 

 すっかり気分を立て直したらしいアリスが、唇を尖らせている。

 そう言えば、アリスは生粋の剣士っぽい戦い方をする。

 

 エマのような、魔法が使えるどころか実はそっちがメインなのに、好んで白兵戦を行う者のほうが珍しいのだろう。

 

「何を言っているのですか、燃やすばかりが仕事では有りませんよ? まとめて焼く為にする作業が有るでしょう?」

 

 ぼやき加減のアリスに、私は表情を一変させて告げる。

 そんな華やいだ笑顔の私に、アリスと、ついでにメアリが揃って嫌そうな顔を並べる。

 

「嘘だろお前、私たちに死体集めしろって?」

「良く考えたら、撃退に貢献した時点で、私たちの仕事は終わったよね?」

 

 利害が一致すれば、急遽手を組んで困難に立ち向かう。

 それは何も、人間に限った話ではないらしい。

 

 さり気なく2名ともが「私たち」とお互いひとまとめにしてしまっている辺り、本人たちが意識しているのかは別にして、眺めている分にはなかなかに愉快である。

 

 他人事のように語っているが、私は魔法を使えるからと言って、集まってくる死体を待っている訳にも行くまい。

 しかし、ここでグダグダ愚痴を撒いて時間を過ごせば、また話題が聖教国関連の事に戻りかねない。

「カーラ、今回は貴女(あなた)貴女(あなた)操り人形(マリオネット)が活躍できるでしょう。お願いできますか?」

 ごく軽い、いつもの調子で振り返れば、渋い顔のカーラが憮然と私を見ていた。

「ああ、構わん。今は身体(からだ)を動かして居たほうが、気が紛れそうだ。自分が担当していた所を片付ければ良いんだな?」

 彼女なりに、感情を整えようとしているのだろう。

 決してジュンの方に目を向けること無く、カーラは私の横を通り、街の方へと歩いていく。

 

「私も手伝う!」

 

 エマの元気な声に安堵を覚える日が来るとは思わなかった。

 私はエマの頭を撫でつつアリスを含めた一同に顔を向け肩を竦めて見せて、カーラの後ろ姿を追うのだった。




何度でも確認しますが、エマのほうが姉なのですよね?


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人形の午後

思ったことを言い合ったら、気不味くなりました。


 取り敢えず悪くなってしまった空気を誤魔化す為に、私たちはそれぞれ街の衛兵さんが凄い顔、或いは心を無にして作業を行っている現場へと赴いた。

 これは別に、更に暴れちゃうぞー、とかではなく、街周辺の、ぼちぼち腐り始めている元人間のパーツを片付ける為だ。

 

 特に私やエマは、それぞれの荒い戦い方の所為で死体があちこちにバラ撒かれてしまっている。

 いつもの事と言えばそうなのだが、いつにない人数を細々とした死体に変えてしまった現状には嘆息するばかりだ。

 

 そろそろ、本気で戦い方を変えようと思う。

 砂鉄入りの革袋(ブラックジャック)で殴れば、外傷は抑えられるだろうか?

 

 私が顔を出すと、北門周辺で作業していた衛兵さんが揃ってギョッとした顔をしたのだが、無言で作業を手伝っていればこちらの意図は伝わるだろう。

 急に襲い掛かってこられたらびっくりするから、そういう事だけはしないで欲しいものである。

 

 

 

 夕刻までの作業で、まあまあ街周辺は綺麗になった。

 少し離れた所に掘られた大地のくぼみに投げ込まれた、形が残ってたりただの生ゴミだったりを、私の魔法で一気に焼却した。

 同じ頃、東門の方で派手な火柱が上がったが、あれはきっとエマだろう。

 

 焼けた死体がバラ撒かれた、なんて事になっていないことを祈るしか無い。

 

 私たちは東門に向けていた目を街に戻し、全員が綺麗に「見なかった」事に徹して、何食わぬ顔で街へと戻るのだった。

 

 

 

 そんな感じで街に戻り、衛兵隊とも別れた私たちは、どうやら今夜も賓客扱いを継続して頂けるようである。

 有り難い限りだが、料理や酒は無料(タダ)では有るまい。

 

 先に冒険者ギルドの酒場でサラダを突付いているカーラに合流し、金貨1枚で日本円にして約2万円だったか? あれ、違ったか? とか、そんな事を考えていると、遅れてエマとアリスが顔を出した。

 

「多いトコに出張った所為で、まあ時間が掛かる掛かる」

 

 引いた椅子にどっかりと腰を降ろしながら、アリスが疲れた声を上げる。

 そのままアリスは片手を上げてウェイトレスを呼び止めると、ウオッカをジョッキで頼んだ。

 

 アリスの中身が実はロシア人だと言われても、きっと私は驚かないと思う。

 

「多いと言うより、エマが張り切りすぎた結果では?」

 私は先に来ていた余裕でエールをちびりと呑み(やり)ながら、ちらりと視線を流してみる。

 

「うーん。後片付けのこと、全然考えてなかったよぉ」

 

 細かな長時間の作業に、流石のエマもぐったりと、テーブルに上半身を投げ出している。

 大虐殺の後は大変なんだぞ、と覚えてくれれば、今後も……いや、何も変わらないだろうな。

 

「……そう言えば、ジュンはどうしたのです? 北門では見ませんでしたが、他の所に?」

 

 そんな、それぞれに疲労の色を見せる仲間たちを見回して、私は漸くひとり足りない事に気が付いた。

 アリスは疲れた顔を特に変えることは無かったが、カーラの顔に酷く嫌そうな、そんな表情が浮かんだのを、私は見逃さなかった。

 

「ああ、あの子なら、衛兵隊の本部とかで、色々話してる筈だよ?」

 

 いつ頼んでいつ届いたのか、メアリがパスタを頬張りながら答える。

 何故そんな事を知っているのかと考えたが、まあ、どうでも良いことだ。

「ふむ。そうなると、悪くすればそのまま勾留ですか。メアリ、貴女(あなた)はどうしますか?」

 頼んでいた野鳥のソテーと猪肉のステーキを受け取りながら、私はどうとでも取れてしまう、そんな質問をぼんやりと投げつける。

「どうって? ……ああ、今後のことなら、そうだねえ」

 メアリはパスタを頬張りながらキョトンとした目を私に向けて、そして直ぐに私の質問の意図を汲み取った。

 意外に思えたが、さり気なくエマよりも後発である彼女は、理解力という点でエマよりも高性能だったのか、或いはそれなりに人と会話を重ねて来たのだろうか。

 アリスもカーラも余計な口を挟まず、黙って言葉の続きを待っている。

 

「どう転ぶかはまだ不透明だけど、そうだね。私は、ジュンと一緒に行動するよ」

 

 なんとなくそうなると思っていたと言うか、私は勝手にメアリとジュンをセットで考えてしまっていた。

 どちらかだけが私達と共に来る、そういう事は無いだろう、と。

 

 だが、メアリの返答には、2名で旅をするのか、私たちと共に行くのか、その部分が明示されていない。

 

 こちらサイドの約2名が、表面上は興味のない風を装いながら、メアリの発言を聞き逃すまいと聴力に意識を傾けている。

 

「あの子が君たちと一緒には行けないと言うんだったら、ここでお別れになるね。寂しいけど、仕方がないや」

 

 メアリはさして残念でも無さそうに肩を竦め、カーラは安心したようにサラダを口に運ぶ。

 カーラに関しては、少しばかり過敏な気もするが……まあ、背景を考えれば非難も出来まい。

 

 私としては同行者が増えずに済んで喜ばしい反面、ジュンの今後の旅路に思いを馳せざるを得ない。

 その道行に同行者が居れば心強いのは、間違いがないだろう。

 

「……それで良いのですか? ザガン人形として、命令が刻まれている筈ですが?」

 

 そんな私の口から出たのは、祝福でも激励でも無い、単純かつ重要なモノ、である筈だった。

 なにしろ、私はともかく、エマ始め他のザガン人形には皆、旅をし、人間種を殺せと命令されている筈なのだ。

 ジュンは多少人の枠を外れた強さを抱えてはいるが、人間種であることは間違いない。

 

「へ? ああ、旅をしなさい、そして人を殺しなさい、ってヤツ? そんなの無視無視」

 

 だが、メアリはあっさりと言い放った。

「そんな死にかけの爺様の妄言、聞き届けてやる義理は無いよ。ただでさえ人形ってだけで肩身が狭いのにさ」

 私は驚き、エマの食事の手が止まる。

 

「ザガン人形と知れたら、そりゃもう散々さ。そのうえ死にかけの言葉なんかに、振り回されたくはないよ。私は私、生き方も死に方も私のモノさ。誰にも命令させないし、聞く気も無い。『鉄姫(てっき)』じゃなくて、『わからず屋』のメアリとでも名付けられた方が、余程私らしいと思うね」

 

 私たちの様子が変わったというのに、メアリは全く気にする素振(そぶ)りも見せず、むしろ陽気に、歌うように言う。

 私の視界の端で、エマが静かに、ナイフとフォークを操っていた手をテーブル上に戻した。

 

「メアリちゃんは、お父さまの命令、聞かないの?」

 

 視線を動かせば、不思議そうな顔のエマが、真っ直ぐにメアリに顔を向けている。

 

「私を作ってくれた事には感謝するけどね。……エマちゃん、私やキミの行動を決めるのは、あの爺様じゃない。自分で考え、自分で決めるんだ。決めても良いんだよ」

 

 エマは、何を言われているのか理解(わか)っていない、そんな様子で押し黙る。

 

 私やアリスは、純粋な人形とは違う。

 アリスの胸中は知らないが、私は、その言い分に共感も出来る。

 しかし、純粋に、その思考を司る部位までもが人間の手によるエマ、そしてカーラは、同じ存在の筈のメアリの言葉を、どう受け止めるのだろうか。

 

「私は……自分で、考えてる、よぉ?」

 

 小さく弱く呟くと、エマは視線を落とす。

 カーラも押し黙ったまま、その視線をテーブルの上に落としたままだ。

「それなら良いし、それで良いんだよ。そりゃあマスターの命令は重要さ、だけどね」

 メアリはくるくるとパスタを巻き取りながら、楽しそうに口を動かす。

 

「私たちは、偉大なマスターに造られたからこそ、マスターの思惑を飛び越さなきゃいけない。それこそが被造物の使命だと、私は思うんだ」

 

 言って、パスタを口に運ぶ。

 気の所為か、酒場の喧騒が少し遠退いた気がした。

 

「出来るかどうかはひとまず置いても、ね。そうでないなら私たちは人形のままだし、人形のままで居るなら、高性能(こん)人工精霊(モノ)なんて、そもそも必要無いだろう?」

 

 自分の頭を指差しながら、メアリは笑う。

 エマもカーラも、メアリを見ていない。

 見ていないが、その顔は、その目は、迷い、考える者の目だ。

 

「私は差し当たり、人間になってみたいのさ。出来るかどうかは知らないけどね」

 

 悪戯っぽく笑う人形に、元人間の私とアリスは、静かに顔を見合わせる。

 私たちは、果たして、目指して貰えるほど大した存在だったのだろうか。

 メアリはいつから、そんな思いを抱えていたのだろう。

 

 今まで、人形であることを当然と受け止めていたエマは、人形であることに誇りさえ抱いていたカーラは、イレギュラーな人形の言葉に、果たして何を思うのだろうか。

 

 私たちの旅路は、言葉以上の意味で、分かれるべくしてして別れる事になる。

 だが、旅の相棒として、ジュンとメアリは互いに、これ以上無い存在なのでは無いだろうか。

 

 私はエールが満たされているジョッキを大きく呷ると、通りかかるウェイトレスに、空のジョッキを掲げておかわりの要求をするのだった。




……メアリの思想は理解しかねます。


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通り過ぎる景色の中で

人形である意義、そもそも人形とは何か。悩んでも振り向いても、夜は明けます。


 充てがって頂いた部屋で目を覚ました私だったが、ほんの少しの気怠さから、身体(からだ)を起こすことを躊躇してしまう。

 

 ジュンの今後について。

 アリスとカーラに根付いていた、恨み。

 カーラとエマに植え付けられた、不穏の種。

 そのいずれも、メアリによって齎されたモノだと言う事実。

 

 やはり、メアリは危険な存在だ。

 

 目を開けたまま横たわる私は、とりとめもなく考える。

 メアリの危険性は薄っすらとだが認識できたが、だからといって排除しようとは思えない。

 

 彼女の危険性は、今すぐ私たちに降りかかる物ではない。

 むしろ、どれもがいつかは直面しなければならない物だ。

 エマも、アリスも、カーラも。

 

 そして、そのどれもが、私は気付くどころか考えもしなかった物ばかりだ。

 そういう意味では、ある程度の心構えを持つことが出来たのは良かったのだと、そう捉えるべきだろうか。

 

 身を起こして隣のベッドを見れば、同室のカーラが見事な寝姿で目を閉じている。

 私もそうでは有るのだが、しかし、何度見ても呆れるほどに寝相が良い。

 

 基本的に寝返りを必要としない身体なのだし、特にカーラは外骨格式なのも作用しているのか、睡眠状態に入ってしまえば、目を覚ますまで身動き一つしない。

 何を考えているのか睡眠中は呼吸も非常に緩やかなので、一見して呼吸が止まっているように見えてしまう始末である。

 もしや機能を停止してしまったかと期待……錯覚した事も有るのだが、耳をすませば小さな魔力炉の稼働音が聞こえるし、よくよく見れば呼吸もしているらしい、と判る。

 

 うっかり普通の人間にカーラの寝姿を見せれば、ちょっとした事件だと勘違いされかねない。

 

 初対面から今まで、何度か機能停止させてやろうかとも考えた事が有るが、今となっては事情が大きく変わってしまった。

 何の因果か、彼女は私が持つ「霊廟」の管理者になってしまったのだ。

 

 本人が何処まで把握しているのか定かではないが、本人から尋ねられるまでは、私が詳しく説明する心算(つもり)は無い。

 意地悪ではなく、単純にその方が面白いと思っているからだ。

 

 そんな無自覚の管理者様は、今後をどう過ごすのだろうか。

 

 私は静かに身支度を整えると、音も無く寝室を出るのだった。

 

 

 

 午前の少し遅い時間、1階の食堂に人影は無い。

 冒険者はどうやら朝が早いらしい。

 

 手持ち無沙汰な私は女将を手伝い、掃除をして時間を潰す。

 この街は図書館などの、のんびりと暇を潰せる場所が無い。

 仲間たちは人形のくせに寝相以外はだらしなく、私より早く起きてくることがない。

 

 アリスは元冒険者の筈なのだが、この有様で冒険者家業をやって行けていたのだろうか。

 

「おやあ? なんでマリアちゃんは、掃除なんかしてるんだい? 何かの罰かな?」

 

 背後から掛かった声に振り返れば、メアリとジュンが並んで、宿屋に入ってきたところだった。

 この2名は、別の宿を取っていたらしい。

 

「罰と言うなら、生まれたことがそもそもの罪でしょう。それで? ジュンの処遇は決まったのですか?」

 

 メアリの軽口を適当にあしらって、私は掃除を再開する。

 ジュンについて尋ねはしたものの、自由に出歩いている以上、少なくとも勾留されている訳では無い事は、見て理解(わか)った。

 

 果たして無罪放免となったのか、それとも。

 

「おう、なんだ、揃ってるのは3人だけか?」

 

 食堂から宿泊フロアへ続く階段から、声が降ってくる。

 振り返って顔を上げれば、微妙に髪を跳ねさせたアリスが、なんとも気の抜けた顔で階下を見下ろしている。

「……少しは身嗜みを整えてから降りてきなさい。何ですか、そのだらしのない格好は」

 のそのそと降りてくるその様子は、まるで人間のそれである。

「あー……うん。後でやる……」

 あまつさえ眠そうに答えてから、大欠伸までする始末だ。

 人形らしくないと言えばそれまでだが、そう言えばカーラも、寝起きはこんな有様だった。

 

 2体とも、睡眠の設定が可怪しいのではないだろうか。

 

「あ、ええと……おはようございます」

 

 そんなアリスと呆れて髪を整えてやる私に、ジュンがおずおずと、気後れ気味の声を掛けてくる。

 まあ、私だけならともかく、アリスとカーラは昨日、はっきりとした拒絶の態度を見せたのだ。

 気不味くもなると言うものだろう。

 

「おん? なんだ、朝から元気無いな。私の事なら、気にするなよ」

 

 寝ぼけ眼を向けたアリスが、お前が言うかと思えることを堂々と口にする。

 寝起きの頭が働いてい無さそうな顔で、そもそも誰がジュンを萎縮させているのか、良く考えろと言いたい。

 

 言っても気にもしないだろうが。

 

聖教国(あんたら)のやってた事を許す気は無いけど、そんなモン、私の勝手だからな。あんたは気にしなくても良いさ」

 

 挙げ句、フォローの心算(つもり)なのか、朗らかな口調で(とど)めとも思える事を口にする。

 その言い草で気にしないで済ませるような図太さを、ジュンが持っているとも思えない。

 

 案の定、ジュンはバツが悪そうに俯いてしまった。

 

「アリスちゃんは容赦ないねえ。確実に息の根を止めに来るタイプだよね」

「普段からガサツなのに、寝起きで頭が働いていないのです。起床後1時間程度は、だいたいこんな感じのポンコツ人形です」

 

 呆れすぎて笑うメアリに、恥ずかしげな私が答える。

 気持ちは理解出来なくもないが、もう少し言い回しに気を遣っても良いだろうに。

 

「あん? なんで私が責められてんだ?」

 

 欠伸を噛み殺していたアリスが、耐えきれずに再び大欠伸をしている。

 なんでも何も、そういう所だ。

 

 私たちの遣り取りに、ジュンはどう反応したものか、視線を慌ただしく走らせている。

 

「掃除の邪魔が増えましたね。ぼうっと立っていられても困りますから、適当に掛けて下さい。女将にお願いして、朝食を頂きましょう」

 

 私は箒がけを切り上げ、掃除用具入れの方向へ足を向けながら、軽く振り返りつつ3人に声を掛ける。

 カーラに関しては不明だが、エマは階下が賑やかになれば、自ずと降りてくるだろう。

 

 私は取り敢えず6名分の朝食を注文し、女将には掃除の礼を言われながら仲間たちが確保した席へと戻る。

 

 朝食でも摂りながら、最終確認の時間としよう。

 場合によっては、今日このまま、旅の空へ戻るのかも知れない。

 

 何も無い街だと思っていたが、思い掛けず大勢に感謝されたりして、それはそれで居心地が悪い。

 騒がしい声に顔を上げれば、私たちを見つけたエマが、ひとりで賑やかに階段を駆け下りてくるところだった。

 

 私にとって、エマにとって、人形にとっての自由とはなんだろう。

 一晩考えた程度では、答えらしきに届く筈もない。

 

 私は気持ちを切り替える。

 ふと気配を感じて振り仰げば、カーラが幽鬼のような有様で階上に佇んでいる。

 あれはジュンを嫌悪してとか、そういう事では無い。

 単純に、寝起きで思考が回っていないだけだ。

 

 まあ、悩もうが落ち込もうが、私たちは結局()()なのだ。

 

「カーラ、寝ぼけて足を踏み外さないで下さいね? 宿を痛めてしまいます」

 

 聞いているのかいないのか、カーラの足取りは怪しい。

 苦笑しつつ、私はそんなカーラの様子を見守る。

 

 考えて、悩んで、その結果がどう転んでも、私たちの旅は、もう止まらない。

 なるようになる旅路なのだから、その時までは。

 

 窓から差し込む夏の陽は、私の知るそれよりも柔らかだが、しっかりとした熱を持っている。

 夏か。

 エマではないが、なんとなく、海を見たい。

 

 私は次の目的地を、ぼんやりと思い浮かべるのだった。




立ち止まれないから、続ける旅。道はまだ続きます。


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旅立ちに添える花ーーなお、過剰だった模様

結局、街を出ることになるようです。


 街を治める長、領主様の直臣は、非常に寛大だった。

 ジュンがこの街に危機を伝えてくれたこと、その御蔭で迎撃の体勢がある程度整えられたこと、その辺りは正当に評価してくれた。

 

 だがそれでも、聖教国が主導して行ったと言う事実と、元聖教国の執行官のひとりであった事は、上記の事実を考慮しても尚、無罪放免とは行かなかった。

 街の人間としても複雑であるし、下手にジュンの居住を許してしまえば、街の人間たちの関係に亀裂が入りかねない。

 

 罪人であるが、恩人。

 

 ジュン本人は、可能なら、この街での罪を償ってから立ち去りたい様子だったが、聖教国代表として裁くなら普通に処刑コースだ。

 街が助かったのは、どちらかと言えば私たち、ザガン人形を含む人形たちの活躍……と言うかストレス発散だったので、その辺りでも、自分は役に立っていないのだと思っているらしい。

 あの小娘は死にたいのだろうか、そう考えつつ思い出すのは、気弱に俯いたジュンの昏く沈んだ瞳だった。

 

 ……元の世界にも戻れず、そもそもその身もこの世界の新鮮な死体に取り憑いただけだ。

 そしてやらされていたのは、もっぱら暗殺稼業。

 

 中身も外見に見合う年齢だったのなら、マトモであればある程、病みもするか。

 

「それにしても、キミも大概物好きだねえ。こっちに合わせなくても、街で美酒美食を堪能してから旅立てば良いのに」

 

 メアリが相変わらずの軽薄な笑顔で、私を振り仰ぐ。

 答える前に、私は肩を竦めて溜息を落とした。

 

「そもそも小さな街です。それに、警戒のため、衛兵なり領軍がそれなりの数やってくるでしょう。そんな所に自律人形が長居しても、良いことは無いでしょう」

 

 アルバレインにまだしも近いこの街は、領を跨いでいるとは言え、噂話が入ってこない訳でもない。

 アルバレインの番犬が、ザガン人形にちょっかいを掛けて痛い目を見たなんて話は、ちょっとした娯楽扱いで広がっている。

 

 タイミング的に私たちで間違いないだろうと言う事で、街の人間には良いようにもみくちゃにされたものだ。

 アルバレインの双子魔女はこの国では英雄扱いなのだろうが、人格に癖が有る。

 そんな気難しい怪物をヘコませたと言う噂が妙に広がっていて、詳細を聞きたがる者達が大勢いたのだ。

 

 適当にいなしながら、私は考えた。

 どうせ、噂を流したのもあの双子だろう。

 何を考えているのかいまいち不明だが、ザガン人形のうち2体、エマとマリアはマトモなのだなどと言われても、喜べないどころか冷や汗が出る。

 

 あの2人ですら見通せなかったらしいが、私はともかくエマは危険な人形……あれ?

 そう言えば、なんでエマは、あの双子に噛みつかなかったのだろうか?

 それ以前に、私ですらうっかり忘れそうな程、最近のエマはおとなしい気がする。

 

「……会話を楽しむスタンスから、不意に考え込むのはやめて貰えるかな? 反応に困るんだけど?」

 

 メアリの声にはっとすると、全員がそれぞれ特色の籠もった眼差しを私に向けていた。

「お腹が空いたのですよ。きっと」

 他人事のように誤魔化して、私はメアリに顔を向ける。

 はいはい、などと軽く流したメアリは、私の視線に気付いて少しだけ呆けたような表情を浮かべ、小首を傾げた。

「え? なに? 私に何か用かな?」

 そんなモノ有る訳も無いだろう、そんな様子のメアリの目を真っ直ぐに見て、私は頷く。

 

「はい。この先、ジュンと旅を続ける私の姉に、餞別です」

 

 冗談の心算(つもり)だったのだろう、思いがけない私の反応に、メアリは今度は驚いたように目を丸くする。

 

「マスターの『霊廟』に、改めてご案内します。メディカルポッドが有りますので、使用して下さい」

 

 少し前から、考えていた。

 ザガン人形は、決して楽しく仲良く出来る、そんな存在ではない。

 それは姉妹同士でも変わりはしない。

 私はそもそも中身が変わってしまっているのだから論外として、エマは単に気まぐれなだけだ。

 私はいま出てきたばかりの、街の西門を見上げる。

 エマの機嫌が悪い、或いは良すぎた場合、この街は野盗の襲撃を待たずに壊滅していた可能性も有った。

 

 ……私自身がその想像から離れてしまっていたのは不覚である。

 

「マスターの……『霊廟』? そんなの何処に……」

 

 さしものメアリも、一度足を踏み入れたあの魔法空間が「霊廟」なのだとは気が付いていない。

 

 危険で、かつ、人間種を殺す命令を受けている姉妹たち。

 エマは私と共に旅をするから、メアリがこの先出会う機会は無いだろう。

 キャロルは大森林の賢者様と、静かに森で暮らしているから、ある意味手綱は握られている状態だ。

 

 リズ、クロエは何を考えているのやら、聖教国に取り憑いて何やら動いている様子だ。

 そして、生き残り6体で名前すら聞こえてこない「剣舞(けんぶ)」サラの存在もあるし、私と同じく秘匿された人形「堅守」ゼダも居る筈だ。

 

 皆が揃って大陸を出たとも思えないし、何処に居るかも判らない以上、警戒を怠る事も出来ない。

 心に傷を抱え、恐らく自暴自棄になってしまっているジュンと、それを見捨てられないメアリ。

 

 私からの心付けは、この先ジュンを護ることになるであろうメアリのメンテナンスと……そして、バージョンアップだ。

 

 ジュンを放っておく訳にも行かないので「霊廟」に一緒に招くことになるのだが、カーラは気にするだろうか?

 少しだけ心配になった私が目を向けると、カーラは私に黙って頷いてみせた。

 

 招くだけなら構わない、そういう事だろう。

 

「これからご案内しますが、その前にここから離れましょう。あまり人目に付くのは好ましく有りません」

 

 勿体ぶるようにメアリに答え、私は全員を引き連れて、街を背にして歩き出す。

 メアリとエマが何やらどうでも良い会話を繰り広げ、それにアリスがツッコミながらついてくる。

 2名増えただけで賑やかさが増したが、この程度なら問題を感じない。

 

 旅の仲間を増やすなら、6名が限界かも知れない、そんな事も取り留めもなく考えていた。

 

 

 

「ここ、霊廟だったんだねえ。妙に広いと思ったけどさ」

 

 メディカルポッドから身を起こし、今更な感想を述べる。

「良いですから、早く着替えなさい。貧相な身体(からだ)が寒々しいですよ」

 そんなメアリを見下ろして、私は冷たく言い放つ。

 

 風呂感覚で半身浴を楽しむ余裕が有るなら、とっとと着替えて欲しい。

 

「なんだい、持つものの余裕かい? だいたい、胸があるから偉いなんて思っているなら……」

 

 腕組みして私に答えながら、なんとなくであろう、周囲に視線を走らせたメアリは言葉を詰まらせる。

 私とアリス、そしてカーラの圧倒的胸部保持者たちを前に、反抗して見せるのも虚しくなったのだろう。

 

「おっ、大間違いなんだからねっ!」

 

 しかし、ただ言葉を呑むのはプライドが許さなかったか。

 目を逸しつつ、吐き捨てるように、虚勢を張りきった。

 

 見上げた根性だが、それは負け惜しみでしか無いと思う。

 

 メアリを眺めるアリスの眼差しが痛々しい。

 

「牛乳を毎日飲んで、成長できるように祈ると良いですよ。まあ、叶わない訳ですが」

 

 適当な慰めの言葉を述べる私を、メアリが涙目で、他のメンバーはドン引きの目で見る。

 何が気に入らないのやら。

 

「マリアちゃんの性格の悪さは置いといて、メンテナンスは助かったよ。ガタが来てる自覚は無かったけど、こんなに身体(からだ)が軽くなるなんて」

 

 どうしても私に一矢報いたいらしいメアリが憎まれ口を織り交ぜつつ、着替えながら屈伸してみたり、軽く飛び跳ねたりしている。

 そういう事は着替えてからして欲しい。

 

「餞別と申し上げたでしょう。その感覚は、単なるメンテナンスの所為では有りませんよ」

 

 溜息を抑えて、私は目を閉じて告げる。

 目を閉じたことに、特に意味は無い。

「へ? 何それ? 餞別ってなにさ?」

 ごそごそと音がするから、メアリは着替えながら質問を飛ばしてきたのだろう。

 質問をしてくるということは、まだ気付いていないのか。

 

「……ご自身の」

「メアリちゃん、自分の鑑定とか出来るぅ? 出来るなら、やって見てぇ?」

 

 勿体ぶって答えようとした私の台詞を、エマがかっ攫った。

 思わず目を開けてしまうが、エマは何も気にした様子もない。

「……そう言う事です」

 舌打ちしたい気分をぐっと呑み込んで、私もまた、メアリに向けて鑑定の魔法を発動した。

 ついでに、カーラに感覚共有の魔法も繋げる。

 それに気付いたカーラがちらりと私を見たのが伝わってくるが、私の方からは視線を向けることはしない。

 

 Za300、「鉄姫(てっき)」メアリ、レベル893。

 

 内部骨格(フレーム)が更新された事により、型番が変わり、レベルも上昇したようだが、なんて数字だ。

 ステータス情報も一新されている筈だが、その辺りは私は良く覚えていない。

 笑うしか無い、そう考えかけた私だったが、見落としかけた重要な事実に気付いて息を呑んだ。

 

 メアリの型番が変化してしまっている。

 

 餞別代わりにバージョンアップを目論んだのは私だったが、流石にこれは予想外過ぎる。

 瞠目する私を、当の本人は不思議そうに見返すだけだった。




型番の数字にType3を付け足すのとは意味が異なります。これではまるで……。


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計算外からの想定外

慣れない心遣いで、大問題発生です。


 慌ててエマに許可を取って鑑定を掛け、その型番を覗けばZa206t3、と有る。

 以前見た通り、あくまでも2シリーズの素体が、3シリーズに置き換わった、そう読み取れる表記だ。

 

 しかしメアリの、これはどういう事なのか?

 

 餞別代わりに内部骨格(フレーム)と魔力炉を3シリーズ仕様に変えておこうと思ったのだが、メアリはそれを越えて3シリーズ化してしまった。

 2シリーズ最終モデルは、3シリーズのプロトタイプだった、とか、そう言う事なのだろうか?

 

「あれ? なんか型番(ばんごう)変わってるけど? あとなんか強くなってるっぽい?」

 

 ごく軽い感想のメアリに、ごく軽い思いつきだった私はすぐには掛ける言葉が出てこない。

 私と視界を共有しているカーラは、私と同じ様に驚愕の表情で言葉を失っている。

 

 エマとアリスは私たちやメアリを眺め、そして不思議そうに顔を見合わせていた。

 

 

 

 メアリが特別かどうかの確認で、エマに再度メディカルポッドに入って貰ったのだが、エマの型番には変化が無かった。

 せいぜいレベルが上ってそれに伴って上昇した数値が見られた程度だったが、それに関しては先の戦い……虐殺の結果だろう。

 

 あまり強くなってしまうといよいよ制御出来なくなるから、そこそこで勘弁して頂きたいのだが。

 

 ともあれ、エマに変化が無かったことで、メアリがある種特別な個体であったと判明した訳だが。

「へえ、私ってば、3シリーズ? の試作だったのかなあ。幾ら何でも、私の調整に時間が掛かるなあとは思ってたんだよ。爺様が耄碌してた訳じゃ無いんだねえ」

 しみじみと暴言を吐くメアリを、私はどう扱って良いか判らない目で見る。

 

 型番末尾が0とはメアリの言う通り、試作に振られる番号なのだろうか。

 

 私はてっきり、私が完成形で、301のゼダが試作なのだと思っていた。

 しかしそうでないとするなら、メアリが試作だったとするなら、ゼダは完成した人形という事になるか。

 もっと穿ってみれば、2シリーズ13番めのメアリだけでは無く、エマも含めた2シリーズそのものが3シリーズの試作だったのかも知れない。

 

 或いは……2シリーズは12体の実験機で、本来3シリーズとして制作したメアリには何かが足りていなかった。

 だから、便宜的に13番めの番号を振っただけで、行く行くは3シリーズとして改良する心算(つもり)だったのか。

 

 様々な推論らしきは浮かび来るが、結局は根拠も無く、全て簡単な反論で潰される妄想の群れである。

 

「経緯も理由も不明ですが、人間になるどころかザガン人形としての完成品の仲間入りです。おめでとうございます」

 

 考えることを辞めた私は、表面上の笑顔で軽薄に拍手をして見せる。

 ただの餞別の心算(つもり)が、とんでもない化物を野に放つ事になるかも知れない。

 そんな事態に戦慄した私の、精一杯の自己防衛である。

 

「イヤな事言うね、でもまあ、力なんて有っても困ることは無いからね。レベルが100以上上がったし、これはもう、私も魔王を名乗って良いかも?」

 

 少しだけ、本心から嫌そうな顔を私に向けてから、気を取り直して得意げな笑みを浮かべて見せた。

 まあ、思うことは有るだろうが、素直に自身の強化を喜んでいるのだろう。

 だが、後半の発言に関して、私は事実を伝えなければならない。

 

 私は姉思いの、出来た妹なのだから。

 

「自称するのは結構ですが、本物に目を付けられないように気をつけて下さいね? アルバレインの双子とその仲間の不死姫は、レベル1700程度は有りますよ?」

 

 私の発言に、メアリが笑顔のままで凍る。

「その上、双子は種族名が『ニンゲン』となっていましたが、文字通りだと判断するのは危険です。あれは人外でしょう」

 普通の人間種は「ヒューマン」と表記される。

 これ見よがしにカタカナで「ニンゲン」とは、人に化けた何者かとしか思えまい。

 メアリの顔色が悪い。

 

「それってつまり、どういう事だい?」

 

 聞きたくないが、確認しておかねばならない。

 そんな心情がありありと浮かぶその顔に、私は正面から向き合う。

「ステータス値が異常でした。私では、挑んだ所で手も無く破壊されるでしょうね」

 私とて認めたくは無いが、事実は事実である。

 きっと私の顔色もあまり良くないのだろう、メアリは黙ったままだ。

 

 しかし、まだ本題では無い。

 

「しかし大森林の賢者は、アルバレインに居る3体の化物を、魔王とは認めていませんでした」

 

 私の言葉に、アリスがそう言えば、と言うような顔をして顎に手を添えた。

 アルバレインでのインパクトに比べれば霞んでしまうが、あの森に居たのは。

「大森林の……なんだって?」

 しかし、メアリは訳が判らない、そんな顔を浮かべたままだ。

 

「大森林の賢者、一部では深緑の魔王と呼ばれる男ですよ。彼のレベルは5000でしたね」

 

 淡々と告げる私に向けられたメアリの顔からは、およそ表情と呼べるものが抜けていた。

 普通に聞けば与太話の類でしか無いのだが、果たして信じて良いものか。

 呆れるべきか笑って否定すべきか、すぐには判断が出来無いのだろう。

 

「あ、そう言えばキャロルは賢者様と一緒に居ますよ」

 

 そんなメアリに、私はさらりと情報を付け加える。

 立て続けの情報の爆撃に、メアリは頭を掻き毟った。

 

「はあ!? アルバレインの双子とか、不死姫とか、賢者とか! その上キャロルちゃんが賢者と一緒に居る!? ねえ、何処からが冗談だったか教えてよ!?」

 

 まあ、そうそう上手くは呑み込めないだろうなあ、そう思いながら、しかし私は表情を動かさない。

「残念ですが、事実です」

 笑わない私と、そんな私を囲む仲間たちの様子に、メアリはいよいよ冗談だと笑い飛ばすことも出来ず、げんなりと肩を落とす。

 せっかくの強化に喜ぶ気持ちに、私の差した水はさぞ冷たかった事だろう。

 溜息を()いてメアリは天井を見上げ、ジュンは息を呑んで立ち竦んでいる。

 対して私の仲間はと言えば、実に呑気な様相である。

 

「……それは、つまり、アルバレインの化物共ですら魔王と認められないのに、私如きじゃ到底無理って話かい?」

 

 (とど)めの言葉を、私が放つ前にメアリは自分で探り当てた。

 正解を導き出せた事は実に聡明だと思うが、同時に滑稽でも有る。

 

「そういう事です。何なら、私たちのレベルも確認しておきますか?」

 

 微妙に私より強くなってしまったメアリだが、彼女は未だその事を知らない。

 私を見て自信を取り戻せば良い……などと、そんなお優しいことを私が考える筈がない。

 

 エマのレベルを見て、ショックを受けるが良い。

 完全に虎の威を借るムーヴだが、現実として、間近に強大な存在が有る、そう認識するのは悪いことではないだろう。

 

 多分。

 

 私の提案を呑んだメアリが、私の思惑通りにあんぐりと口を開けて黙り込む様子は中々に愉快である。

 私のレベルを見て「勝った」と言ったのはやや腹立たしかったが、溜飲も下がるというものだ。

 

「エマちゃん、バケモノ過ぎるよ。もうそろそろ、ゼダちゃんに匹敵しそうだよ」

 

 そんな風に悦に入ろうとする私は、電撃を浴びせられたような気分になった。

 恋に落ちたとかでは無い。

 悪寒が過ぎて、寒さでは済まなくなったのだ。

 

 調子に乗りに乗ってメアリをおちょくっていた私が、逆撃を浴びせられるとは想定外だった。

 脳天気なメアリと、何を言われたのか理解していないエマが微笑ましく笑い合う様子を見ながら、今のメアリの発言を聞かなかったことに出来ないか、そんな事を考える。

 

 私の旅路には少しばかり、人形の影がちらつき過ぎやしていないだろうか。

 

 理不尽にメアリを追い詰めていた私は、もっと理不尽な現実に、罵声のひとつも浴びせたい心境に陥るのだった。




ええと、こういう場面では、マリアを指差して「ざまあ」と言うのが正しいんでしたよね?


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海へ

メアリの問題はなにひとつ解決していませんが、それで良いのでしょうか?


 ジュンを気遣いながらもメアリと戯れ、いまいち釈然としない謎、というか現象に悩まされた私。

 

 しかし、起こってしまった事はどうしようもないし、考えても仕方ない。

 またいつかメディカルポッドを使わせてくれ、と言うメアリと、ひたすら頭を下げるジュンを見送って、私たちも西への旅を再開した。

 そのいつかは、いつ訪れるのやら。

 どうでも良くなった思い出を記憶の底に押し込んで、私は草原を割るように伸びる街道の、その先に目を向ける。

 

 順番から言えば、この先に待ち構えるのはゼダか、サラか。

 

 メアリの話では、アルバレインの東でゼダと出会い、彼女は東へ向かったのだという。

 その話が本当なら、ゼダと出会う可能性は低いだろう。

 そうなると、メアリも出会ったことがないと言うサラが待ち構えているのだろうか。

 メアリが面白半分で私たちに嘘を()いた可能性も否定出来ないが、そうなると最悪、2体とも居る、という可能性も有る。

 だからこそ、メアリは私たちと行動を共にしない選択をした、とも考えられるのだ。

 

 それにしても。

 

 折角の異世界旅だと言うのに、特色ある怪物とは特に出会わず、人形ばかりに行き当たる。

 旅先の街でエルフを見かけることは有ったが、ドワーフは見た記憶が無い。

 ゴブリンは陽気に働いていたし、コボルトも普通に街に住んでいた。

 オークは見掛けなかったが、何処かに居るのだろう。

 

 この世界ではオークも一応は人類の範疇らしいが、気難しい森の住人、という認識が強い様子だ。

 文献によれば質素な生活ながら思慮深く、無用な争いは避ける傾向に有るのだと言う。

 

 先入観と実態が違い過ぎて、逆に興味が湧いてくる。

 

「オークは集落で暴れるとか、迷惑掛けなきゃおとなしいモンだよ。厄介なのはオーガだね」

 

 私が話を振ると、元冒険者のアリスがそんな風に答えた。

 オーガと言えば、鬼人とか呼ばれる者たち、だったか?

 

「強くなることが生きる意味だと思ってる連中だね。他人事なら応援もしてやれるけど、巻き込まれると鬱陶しい。冒険者とか名乗ろうモンなら、勝負しろってしつこいんだ」

 

 人間相手どころか、同族相手にもその調子なので生傷が絶えず、死傷者が出るのもザラなんだとか。

 生命力の強い生物故か生涯出産数は多く無く、それらが合わさって緩やかに人口が減少しているらしい。

 

 なにをやっているのやら。

 

「まあ、言っても絶滅なんかするような感じでも無いね。ある程度減ると、出産数が増加する傾向にあるんだとか。それにまあ、基本的には気の良い連中だよ。勝負を挑みがちな事を除けば、ね」

 

 さり気なくフォローするアリスだが、最後の一文で全てが水泡である。

 そんな面倒な連中の集落になど、間違っても足を踏み入れたくはない。

「楽しそうだねぇ、でも強いのぉ?」

 ……いや、ウチにも一匹、似たようなのが居た。

 あちこち放浪していたエマだが、オーガには遭ったことが無いのだろうか?

 

 そう思って聞いてみると。

 

「え? うぅん、判んないよぉ? 殺しちゃったらぁ、だいたい忘れちゃうしぃ?」

 

 想像通りの酷い答えが返ってきて、これには私のみならず、アリスも半苦笑いだ。

 オークとかオーガとか、その辺の集落を壊滅させた位の事はやらかしてそうで怖い。

 

「マリア、お前まで海を見たいとか言い出すとは思わなかったが、海など見てどうするんだ?」

 

 珍しく先頭を歩くカーラが、振り返りながら問うてきた。

 左右を操り人形(マリオネット)に守られ、その結果我が一団は、見た目は6人パーティである。

 

「魚介を頂きましょう。新鮮な魚介は中々の美味ですよ」

 

 私が答えると、呆れるかと思ったカーラが、顎先に指を添えて何やら考え込んでいる。

 パーティ離脱でも言い出す心算(つもり)だろうか?

「私は魚料理が苦手なのだが、マリアが言うなら、旨いのだろうな」

 考えた挙げ句その唇から溢れたのは、どうでも良い事だった。

 まあ、私も基本は肉料理のほうが好きなのだが、たまには味わいたくなるものだ。

 流石に寄生虫の処理の問題も有るだろうし、刺し身などは高望みだろうが、海の街ならではの料理は楽しみだ。

「私もしばらく食べてないな。ちょっと楽しみだね」

「私も、お魚食べたぁい!」

 陽光降り注ぐ街道を、呑気な会話を交わしつつ歩く。

 

 これらが全て人形の発言だというのだから、世の中は良く判らない。

 

「まあ、それほど長い滞在になる感じでも無いだろうが、海と言ったら大陸の行き止まりだ。その後は北か南か、どちらに行くのだ?」

 

 口調の割に上機嫌なのだろう、少し言葉が弾んでいる。

 特に深い意味も無い質問だったのだろうし、別に先を急ぐ旅でも無い以上、行き先の選定を急かす意図も無い。

 

 そんなカーラの質問に、しかし私は少し考えて、そして口を開いた。

 

「いっそ、海を渡ろうかと思うのですが、どうです?」

 

 風が頬を撫でる、その感覚が心地良い。

 私たちは特に足を止めることは無かったが、私の一言で、会話は止んでしまった。

 

 先程まで、どうでも良い会話が弾んでいた筈なのに、まさかここまで綺麗に音声が途切れるとは思いもしなかった。

 

「はあ? 海を渡るとは、船旅か? お前が? 大人しく出来るのか?」

「カーラ、その心配はマリアには無用だろ。むしろ、エマちゃんが心配になるんだけど、大丈夫なのか?」

「アリスちゃん、酷いこと言うよねぇ?」

 

 数秒の間を置いて、急に賑やかになった。

 私を心配する、と言うより私が暴れだすことを恐れているらしいカーラの失礼な発言をアリスが嗜めるが、その発言に今度はエマが噛みつく。

 

 この先の街から海を渡るような船は出ているのか、とか、船賃の用意は有るのか、とか、そう言ったこう、もうちょっとだけでも現実的な問題に対する疑問は湧かない物なのだろうか?

 まあ、基本的には反対では無い、そういう事だろう……か?

 

「……私は全く気にしませんが、それぞれ、マスターの故郷を離れすぎる事に関してとか、問題は無いのですか?」

 

 呆れ気味の私の質問に、3体はそれぞれ顔を見合わせる。

「私は特に無いな。なにせ中身が違うから、そもそも執着が無いし」

 アリスは肩を竦める。

 まあそうだろう、特に深く詮索する事柄も無い。

「私は別にぃ? マスターが居たあの国はもう、遊び飽きちゃったよぉ?」

 エマは不思議そうに、何やら怖いことを言う。

 とても深く訊く気になれない。

「……別れは済ませた。今更のこのこ戻った所で、あの世のマスターに叱られて終いだろうさ」

 カーラは憂いを帯びた瞳で、遠く東の空を仰ぎ見た。

 聞いて欲しそうだが、面倒だから深掘るような真似はしない。

 

 今のところ、全員問題無し、という事であろう。

 全く持って、後先を考えない連中である。

 

 草原を渡って私たちを通り過ぎる風に汐の香りが微かに混ざっているように思えて、自分の気の早さに苦笑するのだった。




後先を考えた事の無い人形が、仲間に何か言いたいようですね。


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海と陸の交わる地

本当に、本当に別の大陸へ渡る気でしょうか?


 望みもしないのに呼び寄せられ、と言うか殺されて釣り上げられ、そこから始まった私のこの世界での旅は、ひとつの節目を迎えようとしている。

 

 ……のかどうか、定かではない。

 

 潮騒と活気溢れる港町に旅情を見ながら、私は少しだけ歩んできた道を振り返った。

 振り返ってみたが、碌な物では無かった。

 

 勿論、現地の住人等との心暖まる交流が無かった訳では無い。

 だが、エマとの遭遇と、大森林の賢者の招き、そして双子魔女と不死姫との邂逅。

 一歩間違えたら死ぬ、そんな危機的な状況に3度も遭遇している。

 私はそんなモノ、ひとつたりとも望んでは居ないと言うのに。

 

 これでは、美しい思い出も霞んでしまうと言うものだ。

 

「うわぁ! おっきな船だよ! 海って凄いんだねぇ!」

 

 自分の足跡を眺めて嘆息する私の耳に、甲高い感嘆の声が無遠慮に刺さる。

 目を向ければ、カーラに肩車したエマが、笑顔を輝かせて、眼前に広がる大海原と、そこを行き交う大型船を眺めていた。

 

 大陸中を彷徨っていたエマは、本当に初めて海を見たのだろうか?

 はしゃぐ余り語彙が飽和した挙げ句、感想に取り留めが無い。

 

「なるほど、確かに大きな港が有るな。ここからなら、別の大陸への船は出ているかも知れんぞ?」

 

 高台になっているこの丘から見下ろしながら、カーラは表面上は冷静だ。

 肩には何かを乗せているが、特に気にした様子もない。

 

 街に近付くに連れて旅人や商人、冒険者が増え、いち早く操り人形(マリオネット)を仕舞い込んだカーラ。

 途端に落ち着き無く、おどおどと周囲を警戒していた彼女だったが、海を見た途端この上機嫌である。

 

 もしかして、まさかカーラも?

 

「……カーラ、貴女(あなた)は海を見たことが有ったのですか?」

 

 小さな疑念と大きな確信を抱えた私に、カーラは振り返ると自身有りげな笑みを見せる。

 並びの良い、白い歯が眩しい。

 

「無いぞ!」

 

 ……性格上、もう少し見栄を張るかと思ったのだが、その精神性はエマとあまり変わりが無いのかも知れない。

 そんな有様では、先の発言にもとても信を置けたものではない。

 

 ただの雰囲気とノリで言っただけにしか思えないのだから。

 

 まあ、2体とも「大きな水溜り!」とか騒がない程度の知識は持ち合わせていたようだが、逆に言えばそれだけだ。

 海沿いの街の造りを見下ろしながら歓声を上げ、瞳を輝かせる様は可愛いと言えばそうだが、まずは落ち着いてはどうかと思う。

 

 特にカーラ、お前は速やかにエマを肩から下ろすべきだ。

 潮風に揺れるエマのスカートが非常に危険である。

 そうでなくとも怪しげな風体の女4人、変に目立っているというのに。

 

「まあ……もう諦めな。あの2人はもう、ああいうモンだと思うしか無いよ」

 

 遠い目のアリスが私の肩を叩くが、それはつまり、今後もあの妙なテンションに付き合えと言う事か?

 恥ずかしさですでに自壊しそうなのに、それが続くかと思うといよいよ意識が遠くなる。

 

 メアリたちと別れて2ヶ月。

 問題もトラブルも無い奇跡のような旅路は、無事目的の海へと続いてくれた。

 夏真っ盛りの港町の陽光は流石に熱く、私の心も浮つくのだが、すぐ傍らに現実を叩きつけてくれる頼れる仲間がお上りさん状態である。

 あれらと同類扱いされるのは、心底勘弁願い下げだ。

 

「……エマ、カーラ、落ち着きなさい、これから街へ入って、他の大陸へ出られるか調べますよ。ただでさえ悪目立ちする見た目なのですから、これ以上目立つような真似は控えて下さい」

 

 そんな声を掛けた相手は、ヒール含めて190センチはあろうかと言う黒髪喪服の長身女と、その肩に乗るハレンチメイドスタイルの小娘。

 もう既に手遅れなヴィジュアルの2体を前に、私の発言が虚しく響く。

 

「お前だって、旅に向くとも思えないメイド服で、その上荷物らしい荷物も持ってないだろうが。自分は常識的だとか、夢見てんじゃないよ」

 

 パンツスタイルにTシャツ、金属製のレガースと胸鎧を纏い、腰回りに細々した道具を収めたポーチと剣を提げ、旅用のバックパックを担いだその姿は手慣れた冒険者のそれ。

 この世界では特に目立たない格好のアリスが、正論をぶつけると言うハラスメントを行ってくる。

 

 メイド服に罪は無いだろうに。

 

「私の格好だって大概暑苦しいのに、お前とカーラに至っては、真夏の陽光の下、長袖にロングスカートじゃないか。カーラは仕方ないにしても、お前は半袖にするとか、工夫のしようはあるだろうに」

 

 続けて溜息まで()きながら言葉を紡ぐという念のいった残念表現に、素直な反感が頭を擡げる。

 が、すぐ傍のカーラの姿を目にしてしまえば、あれと同列に扱われているのだと気付いてしまえば、反抗の気概も萎むというものだ。

 

 本当に、せめてカーラは白いドレスにでも身を包めば良いのに。

 

 私自身も黒を基調としたメイド服であることから目を逸し、カーラについても考えることを辞めた私は、街へと続く人の列を目で追う。

 この列と、見える範囲の街の規模から、この街も中々の活気に包まれているようだ。

 海路を持った、交易の街。

 ベルネやアルバレインのような、陸の交易点とは違う、だがどちらにも劣らぬ活気が、まだ遠く離れたこの丘からも感じられるようだ。

 異国情緒溢れた食事等、楽しみが尽きない。

 

 そんな浮ついた気持ちを引き締め、私は小さく頭を振る。

 活気が有るという事は、人が多いという事。

 人が多いという事は、比例してトラブルも増えるという事。

 

 そしてトラブルというモノは、呼んでも居ないのに押しかけてくるものだと言う事。

 ここまでの旅の経験から感じる悪い予感が、この港町に有るものか、それとも広大な海上に横たわっているのか、そこまでの判断はつかない。

 

 厄介事が起こりませんように。

 

 私は私自身と、そして港町の住人の為、これまでにないほど真摯な祈りを短く捧げるのだった。




本人が最大の厄災の種だと、気付いて下さい。乗った船が沈みますよ?


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魅惑の港町

目的を忘れがちで有名なマリアですが、大丈夫でしょうか?


 人の流れに乗って街に入った私は、潮風に泳ぐ前髪を眺めてから、真上に掛かる太陽を見上げた。

 日に焼けた船乗りたち、海を渡ってこの地を訪れたと思しき商隊の一団、彼らに雇われたであろう、傭兵らしき者達。

 

 珍しい品を求める客達でごった返すバザーを抜け、新鮮な魚介を売っている一角に足を踏み入れて少しテンションを上げる。

 どうやって用意したのか、氷を撒いたケースの中に、見慣れたような魚から、本当に食べられるのか疑わしいカラフルな魚に目を奪われ、次いで見掛けたタコやイカには何か安心感を覚えてしまう。

 

 取り敢えず氷付きで幾つかの商品をまとめて買い求め、手持ちの魚料理のレシピは何だったかを考える。

 

「……気持ちは判るけどさ。海を渡るんじゃないのかよ?」

 

 買い物に夢中になってしまった私に、アリスの冷静な声が降ってくる。

 振り向けば、他2名の姿がない。

 

「あ、つい夢中になってしまいました。……船を探すのは良いのですが、エマとカーラは何処に?」

 

 一瞬だけ、エマとカーラが海を渡る船を探して居るのかと思ったが、よくよく考えると無理がある。

 あの2体が、乗船方法を調べるとか、交渉をするとかは考え難い。

 かと言ってバケモノが暴れているというような喧騒も無い。

 賑やかでは有るが、ある意味でとても平和な空気に、却って居心地の悪さを感じてしまう。

 

「あの2人なら、つまんないからあっちに行くって」

 

 あっちと言われても判らない。

 アリスの視線の先を辿れば、先程私が行き過ぎたバザーがある。

 

「……あの2体(ふたり)、お金持ってましたっけ?」

「さあ? アンタが知らないんだったら、持ってないんじゃないか?」

 

 私はアリスと顔を見合わせ、互いに溜息を吐き散らしてから、バザーへと足を向けた。

 何も問題を起こしていなければ良いのだが、それは高望みと言うものだろう。

 せめて無銭飲食で捕まっているとか、その程度で済んでいて欲しい。

 

 ナンパされたとか誘拐されかけて反撃した挙げ句、うっかり殺してしまいました、とか、そうなっていない事を祈るしか無い。

 

 私の祈りが届かなかった場合、船に乗るどころの話では無くなってしまうのだが……エマがそんな事を気にしてくれるとは、到底思えないのだった。

 

 

 

 探知物の範囲を狭めた「探知」で2体の居場所はすぐに知れたが、真っ直ぐ向かうには勇気が必要だった。

 アリスだったら「仲間を信用出来ないのかい?」とか言って率先して進んでくれると思っていたのだが、彼女は私の隣に立ち、先に歩き出そうとはしない。

「ほら、居場所が判りましたし、行きますよ?」

 そう言って急かすが、アリスは渋い顔で何やら言い難そうに私を見ている。

 

「……何なんですか、ハッキリしませんね? 言いたいことがお有りでしたら、ちゃんと言って下さい」

 

 知らないふりをしてアリスを急かす。

 そんな私に、アリスは嫌そうな顔に半眼を乗せて口を開いた。

「いや、だって、あの2人が居るの……お前、知ってて言ってるだろ?」

 勿論知っているが、それは探知の上に探査まで走らせたからだ。

 恐らくアリスも同じことをしたのだろうし、だからこそ困惑もしたのだろう。

 だが、私は当然のようにしらばっくれる。

「さあ? この街に来たのは初めてですし、何処に何が有るかなんて、知るはずが有りませんよ」

 事実を織り交ぜつつ、私は平然と嘘を()く。

 実際、初めて訪れた街で、迷子にでもならない限り、もしくは迷子を探すのでも無い限り、魔法を使って街を探るような真似はしない。

 見て歩く楽しみが減ってしまうからだ。

「……いや、どう考えてもこの反応、色街だろうが。なんであの2人がそんなトコに居るのか理解(わか)んないけど」

 言い難そうにしていたアリスだが、言葉を選んだ割には、わりと直接表現に近しいモノを選んできた気がする。

 

「……色街て……頑張ったのですから、せめて花街とか、他に言いようも有ったでしょうに」

「似たようなモンだろう。問題なのは表現方法じゃなくて、あの2人がそこに居るっていう事実だろうに」

 

 思わず素直な本音が漏れてしまう私に、アリスが拗ねたような顔で噛み付いてくる。

 まあ、正論では有る。

「それはその通りですね。では、エマとカーラが居る風俗街へ向かいますよ」

 素直に認めた私は、アリスをからかうのも飽きたので、先に立って歩き始める。

「おい! 身も蓋もないし、その言い方だと2人がそこで働いてるみたいだからやめろ!」

 少し遅れたアリスが、私の背中に正論を浴びせながらついてくる。

 アリスをからかうのも中々に面白いが、それよりも2体が妙な場所に居る理由が気に掛かる。

 

 まさかそんな趣味を持っているとは思わなかったが、そう言う事なのだろうか。

 探知の方向性を変えてみれば、2体の周囲に居るのは女性だけのようだ。

 

 エマとカーラに向ける目が少し変わってしまいそうだが、決めつけは良くない。

 兎にも角にも、綺麗所のお姉さんたち、もとい、迷子になった2体との合流を急がねばならない。

 

 急ぐべきなのだ。

 

 背中にはアリスがまだなにかぶつけて来ているが、私はそれどころでは無いのだった。

 

 

 

 潮の香りが鳴りを潜めるほど、そこは香水に支配されていた。

 何処か嫌そうなアリスと、少しワクワクする私とが並んでその一角、その入り口に立つ。

「なんであの2人は、こんなトコに来たんだ……?」

 居心地悪そうに視線を彷徨わせながら、アリスは疑問を口にする。

「あの2体(ふたり)、こんな所で遊んで、きちんとお支払い出来るんでしょうか?」

 私もまた、湧き上がった疑問を素直に口にする。

「いや、そうじゃないだろ!? なんであの2人がこんなトコで遊ぶんだよ。……とは言っても、あの2人が誘拐されたとか騙されたとか、あんまり考えられないしなあ」

 アリスは真面目に2体がここに居る理由を考えているようだが、わりと良い線を突いているのでは無いだろうか。

 

「誘拐は無いにしても、騙されたとかは、普通に有りそうですね。特にカーラが」

 

 あの2体を並べて見れば、見た目で騙せそうなのはエマの方だろう。

 だが、実際にはカーラのほうが純真で、騙しやすい。

 エマは何も知らぬフリで相手のペースに乗り、此処ぞという場面で暴虐の化身となる。

 それぞれ、そんな人形なのだ。

 

「あー……エマちゃん、普段は素直だし、カーラはどうでもいい時は馬鹿だもんな……」

 

 ここまで共に旅をして、アリスはまだエマに夢を見ているらしい。

 まあ、見た目は可憐な少女人形なのだし、気持ちが理解(わか)らない事もないのだが、もうそろそろ現実を見ても良い頃合いだと思うのだが。

 

 カーラの評価に関しては、まあまあ同意である。

 

 アリスの周辺に死体が転がっていない事と、派手に動き回っていない事、カーラが操り人形(マリオネット)を展開していない事から、それほど困った事態という訳でもないだろう。

 私はどちらかと言えば、周囲からこちらに視線を寄越すお姉さまたちに興味を惹かれながら、楽観に任せてのほほんと歩き、隣のアリスが呆れた視線を向けてくるのも全く気にしていなかった。




もう既に手遅れなようです。


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他人の不幸

鼻の下を伸ばしている場面では無いと思います。


 気持ちが昂ぶるのを抑えつつ、夜には華やかに照らし出されるであろう建物や、その周辺に居る綺麗所のお姉さんを眺めつつ、半分目的を忘れて私は歩く。

 そう、目的はエマとカーラの回収だ。

 華やぐお姉さまたちを脳裏に焼き付けて旅の癒やしにする事ではない。

 

 逆だったら、本当に良かったのに。

 

 全く、あの2体は何を思って、こんなけしからん場所に足を踏み入れたのやら。

 心持ち上機嫌の私と、平素と全く変わりのないアリスは、何故か周囲の視線を集めてしまっている。

 

 お姉さまに見られるのも悪い気分ではない。

 

 いつになく上機嫌な私が周囲に愛想を振り撒きたい気分をどうにか抑えて、真っ直ぐに向かう先に、何やら周囲の景色に合わない妙な建物が見える。

 

 荘厳な雰囲気を無理矢理作り上げたような、悪趣味な清潔さと言うか。

 わざとらしい威厳と言うか、ハッキリ言うと見ていて気分の良い建物ではない。

 物凄く気が進まないが、あの建物そのものに探査を掛けた私は、結果を見てそれはそれは重い溜息を漏らした。

 

 ……その建物は、「聖教国」の教会だったのだ。

 

 

 

 何がどうしてこんな風俗……花街のど真ん中に聖教国(あのくに)の教会なんぞが有るのか、そもそもエマとカーラはなんでそんな邪教の館の前に居るのか、色々と理解が追いつかない。

 と言うか、コレを「教会」と呼ばせている事自体も気に食わない。

 コレを思いついたのは、恐らく同郷の者だろう。

 それこそ元の世界の宗教のいいとこ取りでも目指したのかも知れないが、薄っぺらな模倣の貼り合わせでしか無い。

 元の世界で現在でも信仰を集める各宗教に比べて、歴史的な深みも無く、見掛ける関係者たちからも敬虔さを何一つ感じなかった。

 

 敬虔な信徒たちの清廉な祈りは、一種凄みを伴う。

 

 そんなものの片鱗でも見せてくれていたら、私だってここまで聖教国を見下すことも無かっただろうに。

 折角綺麗所を並べて見られて御機嫌な私だったのだが、目的地のある程度の詳細を知ってしまい、すこぶる気が重い。

 

「あん? 遠目に見てもしかしてって思ったけど、コレ、教会だよな?」

 

 隣のアリスが、のほほんとした視線を向ける先は、私の頭痛の種そのものである。

 

「……ですね。聖教国の教会のようですが、なんでエマもカーラもそんな所に……」

 

 私の口は数分前と違って、酷く重い。

 気持ちそのものが乗ってしまっているが、私が悪い訳では無い。

「ホント、なんでそんなトコに……しかも、なんか囲まれてるし。厄介な事に巻き込まれたら、船どころじゃ無いぞ?」

 アリスが相変わらずのほほんと聞こえる口調で、私も薄っすらと思っていた事を簡単に口にしてきた。

 

 何が有ったか知らないが、アリスの言った通りである。

 

 文句が心のままに口から零れ落ちそうになるのを必死に堪え、私は淀んだ目で周囲のお姉さまの姿を追う。

 今の私には、心の栄養が必要なのだ。

 

 日中でまだ営業時間前、まさかこの世界で朝とか昼のサービスタイムが有るわけでも無い……無いよな? 無いだろうに、衣装は割りと簡素というか多分寝間着だろうなという薄着な方々が多い中、皆そこそこ化粧しているのは、プロ根性なのだろうか。

 

 考えつつ周囲を眺めていて気付いたのだが、そう、まだ営業前だし、人によっては睡眠の時間だろう。

 そんなお姉さまたちが、私に目を向ける以上に、教会の方を気にしている様子だ。

 

 それに気付いてしまっては、心がもう一段重くなる。

 

 私が合流する前に、既に何かしらの騒ぎが有って、だからこそ営業前のお姉さまたちがこうして表に出てきているのだろう。

 そして、気にはなるが特に見に行く気にはならない、そんな方々がこうしてそれぞれの店、無いし下宿等の前で、仲間とあーでもないと話し合っているのだろう。

 

 建物に逃げ込んで戸口を固く閉ざすようなトラブルでは無さそうだが、だからといって慰めにはならない。

 エマたちがそこに居ると知らなければ、素直に踵を返していただろうに。

 

 やがて教会の全貌が見える距離になると、その前に人だかりが出来ている様子も見えて来た。

 

 驚いたことに、エマとカーラはその渦中……では無く、その野次馬らしき人だかりの、最も外側に位置している。

 嫌々な気持ちで適当な探知では、正確に探れないという良い事例になってしまった。

 

「なんだありゃ……? なんか、思ってるのと違う景色が見えるんだけど?」

 

 私とは違う理由だろうが、恐らくアリスも予想と違った光景を目にして戸惑っている。

 私たちは揃って、仲間を過剰に、或いは過小に評価していた事になるか。

「そう……ですね? とは言え、いつまでもあの2体(ふたり)が野次馬で満足しているとも限りません。とっとと回収して、あの建物から離れましょう」

 聖教国に対する嫌悪と、元の世界の宗教に対する申し訳無さから、()()を「建物」呼ばわりして、止まってしまった足を動かす。

 アリスも言葉には出さず、ただ頷いて私についてきた。

 

 こんな建物が無ければ、無意味に歩速を緩め、なんならそこかしこのお姉さまたちと談笑でもしたかったのに。

 

 色んな意味で不機嫌な私は、野次馬の最後列で肩車している仲間に近付いていく。

 その悪目立ちの仕方は、さながら歩くランドマークだ。

「何をしているのですか、怪しい上にみっともない。もっと上品に野次馬出来ないのですか、貴女(あなた)たちは」

 背後から声を掛けると、カーラの肩がびくりと跳ね、その動きに併せてエマも跳ねる。

「……いやいや、上品な野次馬ってなんだよ」

 後ろのアリスが呆れ気味な言葉をぶつけて来るが、私は無視してエマが見ているであろう方向に目を向けるが、人混みが過ぎて良く見えない。

 

 かろうじて身長の高い男達の兜が見えている。

 揃いのシンプルなあれは、この街の衛兵のものだろうか。

 

「マリアと、アリスも一緒か。いや、バザーからこの一角に迷い込んでしまったのだがな?」

 

 様子見、と言うか完全に野次馬の一部となった私に、カーラがようやく声を向けてきた。

 バザーからどう迷えば、こんな風ぞ……花街に迷い込むというのか。

「何と言うか……中々の事になっているぞ?」

 しかし、言っている意味が良く理解(わか)らない。

 少しだけ聴覚に集中し、喧騒に混ざる声の中から、なるべく騒ぎの中心、その周辺の音声を探す。

 声が多く少しだけ迷ったが、「御慈悲を」とか「行く宛が無い」とか、なんだか悲壮感の漂う文言を探し当てた。

 

 ……何だ? 聖教国の人間が、誰か、もしくはある程度の団体を匿おうとでもしていたのだろうか?

 

「いや、私も詳しくは知らんのだがな? 何でも、聖教国がーー」

 

 カーラが私に説明を行おうとしたのとほぼ同時に、私たちが注意を向ける先、騒ぎの中心で、苛立ったような男の怒声が上がる。

 

「聖教国の崩壊は既に確認されているんだ! この建物は街で押収するよう、領主様からの命令も有る! 荷物を纏める時間を与えると言っているんだ、速やかに明け渡せ!」

 

 私は空虚に塗り潰されたような表情(かお)を、傍らのカーラに向ける。

 受け取るカーラは何と言うか、拍子抜けした緊張顔、とでも言うのか、なんとも珍妙な表情を向けてきている。

 

 聖教国が崩壊した?

 崩壊って……何?

 アリスがさぞ呆れた顔で私を見ているだろうと思ったが、目を向けるとアリスの顔色も漂白されている。

 

 事前情報として、聖教国がアルバレインの双子と不死姫に喧嘩を売ったことは知っていた。

 しかし、何がどうすれば、仮にも国が崩壊なんて事になるんだ?

 しかも、末端も末端、こんな遠く離れた街の教会が差し押さえられるレベルとなると、宗教組織として対応する事も不可能という事か。

 

 なんとか慈悲にすがろうとする元教国の聖職者らしき声と、それを振り払い追い立てようとする声を聞きながら、私は。

 

 理解がいまいち追いついては居ないし、混乱する情報を整理しようと躍起になりつつも、心は何処か愉快だった。




気持ちは理解出来ますが、せめて見た目は悼んでみせるものです。


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噂話と魚介料理を求めて

国が崩壊と言うのは、国としての機能を保てなくなったという事でしょうが、それにしても……。


 楽しい聖教会と港町ティアナの衛兵との遣り取りを眺めた後、私たちは野次馬の山から離れる。

 聖教国が崩壊したと言う話には興味を惹かれるが、この周辺で詳しい話が聞けるとも思えない。

 

「さあねえ? 何でも、聖都が消えたとか聞いたけど?」

「双子の魔女を怒らせたとか、魔王に喧嘩を売ったとか聞いたけどね? 何処までホントなんだか」

「国が海に沈んだって聞いたわよ? 聖教国の支配層(うえ)から住民(した)まで、まとめて死んだって」

 

 周囲のお姉さまの井戸端会議にしゃしゃって見ても、得られたのはこのような話ばかりで、信憑性も具体性も共に薄い。

 

「まあ、何でも良いけど、さっさと出て行って欲しいわよね。あいつら治療するとか言って、べらぼうに高いんだもの。街の治療院に行こうとすると煩いし。無視したけど」

「祈れば平穏を得られるとか言うけど、じゃあ直ぐに救ってみせろって言うと寄付して祈りなさい、とか言うのよ。馬鹿じゃないの?」

「流れの冒険者崩れとか、ゴロツキがウロついててホントに迷惑だったのよ。まあ、調子に乗った馬鹿は闇ギルドに目を付けられて、何人か消されたらしいけど」

「司祭だか司教だか言うのが、あちこちの店で偉そうにするクセに値切るし個人的に寝所に来いとか馬鹿言うし、この辺の殆どの店で入店禁止になってたわね。そう言えばあのハゲ、どこ行ったのかしら」

 

 ちょっと突付いてみれば、何と言うか、色んな不満が飛び出してきた。

 本当に、清く慎ましく生活するとか、真似でも良いからやってみればよ良かったのに。

 欲望ダダ漏れで生きたいなら、聖職者は向かないと思うのだが。

 

 まあ、そんな聖人ばかりで組織は回らないのは良く理解(わか)るが、せめて組織のイメージ悪化を防ぐ努力くらいはしろと。

 本当に、あの国は中途半端な馬鹿しかいなかったのだと思い知らされる。

 

「結局面白おかしい噂話しか無いけど、どうする? 冒険者ギルドにでも行けば、もっとらしい情報があるかも知れないぞ?」

 

 お姉さまに丁寧に礼を言って離れた私に、何故か白い目を向けながら、アリスが言う。

 お客様商売(意味深)のお姉さまとガサツな元冒険者人形を比べたりはしないから、妙な僻みは止めて欲しいものだ。

 

 それっぽいドレスでも纏えば、顔立ちは当然のように整っているのだから、男にチヤホヤだってされるだろうに。

 

「らしい、ではなく確度の高い情報が欲しいですが、まあ、極論で言えばどうでも良いですからね。あの国が無くなったと言うだけで万々歳ですが……それにしても」

 

 重要なのは、聖教国が本当に滅亡した、その確証だけで、どう滅んだとかはもう、興味の話でしか無い。

 そう思いつつも、いまいち歯切れの悪い私の言葉に、アリスの目に少しだけ、興味の色が浮かんだ。

 

「クロエもジュンも、そんな事を知らずにあの策を実行しようとしたり、止めようとしていたのですかね? 間抜けと言うのは酷ですが、ね」

 

 私が続きの言葉を述べると、アリスは嘆息して空を見上げた。

 カーラも何やら頷きつつ、エマを落とさないように器用にバランスを取りながら歩く。

「まあなあ。……って、そう言えば国はなく無くなっても、クロエとか言うのは生き残ってるんだろ? んで、お前の話だと、リズだっけ? そいつは本国に居たんだよな? どうなったんだろうな?」

 空を見上げたアリスが、直ぐに私に視線を戻しつつ、素朴過ぎる疑問を並べてきた。

 なるほど、アリスにしては素直で、実に核心めいた疑問である。

 とは言え、私が手持ちで答えるなら「知るか」しか無いのだが、流石にそれでは可哀想だろうか。

 

「クロエは帰る途中で知るのか、それとも廃墟の聖都を見て崩れ落ちるのかのどちらかでしょう。リズに関してですが……双子が攻撃を開始したその瞬間まで聖都に居たのなら、逃げようも無かったでしょうね」

 

 少しだけ本気で考えてみたが、どうでも良いことに関してはこの程度が限界である。

 本音で言えば、破壊されていて欲しいものだ。

「やはり、最低限の確認だけでもするべきでしょうね。アリス、冒険者ギルドが有りそうな場所は判りますか?」

 ともあれ衛兵隊まで動いて居るのだから、聖教国が滅んだというのは本当なのだろう。

 念の為にアリスの言う通り冒険者ギルドを覗いて見よう、そう思った私はアリスに道案内を任せた。

 

 わざわざ探知で人の流れを見て、それっぽい建物を探査するのが面倒だったのだ。

 

「ああ、なんとなく見当は付くよ。ついでに、客船の情報も確認しようか」

 

 アリスは気軽に請け負った上で、私が半ば忘れかけていた当初の目的まで思い出させてくれた。

 元冒険者だけ有って、旅慣れていてソツがない。

 

 私が迂闊過ぎるのは、理解(わか)っているから見逃して欲しい。

 

「ねえねえ、私はお腹がすいたよぉ? みんなは平気なのぉ?」

 

 そんな真面目な会話を交わす私たちに、エマが上から声を降らせてきた。

 この街についてから、エマは自分の足で歩いていない気がする。

 

 ……人形が空腹というのもおかしな話だが、数歩譲ってそれを許容するにしても、それを言うべきはカーラであってエマでは無い。

 

「……だそうですよ? アリス、先に何か食べますか?」

 とは言え、港町ならではの魚介料理を楽しむ予定だったのも事実である。

 噂の確認も船の手配も重要では有るが、急ぎでは無い。

「そういやそうか、屋台すら冷やかして無いもんな。って言っても、流石に勝手も判んない街だし、結局ギルドに顔出したほうが色々聞けると思うぞ?」

「なるほど」

 アリスが賛同の意を示しつつ、食事処の情報も冒険者ギルドで確認したほうが早いだろうと提案してきた。

 様々な依頼を受けて動く冒険者達の情報網は侮れない。

 ちょっとした総合案内所である。

 

 私たちは冒険者では無いので、不用意に足を踏み入れて良いのか分からないのだが。

 

「エマ、アリスの言う通り、この街に詳しい人に美味しいお店を聞きに行きましょう。それまで我慢出来ますか?」

 

 振り返って見上げつつ問えば、華が咲いたような笑顔でエマは頷いてみせた。

「わかったよぉ! それじゃアリスちゃん、よろしくねぇ! カーラちゃん、行くよぉ!」

「うむ、しっかり掴まっているのだぞ!」

「おいおい待て待て、行く先判ってんのかお前!」

 楽しそうなエマの号令でカーラは私たちを置いて歩き出し、アリスが慌てて追う。

 そんな愉快な背中に、溜息を零した私がのんびりとついていく。

 

 エマのカーラ捌きが上手くなったと感心する場面なのか、すっかりエマに慣れたカーラを褒めるべきか。

 ともあれ、まずは振り回されているアリスを心の中だけで労い、面白おかしい仲間たちを、私は少しだけ離れて見守る。

 

 しっかりと澄ました顔で、他人のフリは忘れずに。




今更他人のフリなどしても、充分に遅いです。


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酒場で思う、あれこれ

あれ? これは「迷子」の方ですよね? 「近所」のではないですよね?


 港町の活気に負けない、冒険者ギルド。

 依頼を受ける列がカウンター前に並び、仕事終わりだったりオフだったり、或いは仕事前の打ち合わせだったり、様々な者たちが酒場で食事したり酒を楽しんだりと、思い思いに過ごしている。

 

 開け放たれた窓と工夫された屋内の配置で風通しが良く、更には空調魔法まで整えられた空間は意外にもからりとして過ごしやすい。

 

「いやあ、結局落ち着いちゃえば、何処だって良いみたいでなんかヤだねえ」

 

 数分前まではエールが満たされていた、既に廃墟となったジョッキを名残惜しそうに眺めながら、アリスはバツが悪そうに苦笑いする。

 冒険者ギルドのギルドハウスを訪れた私たちが情報を求めて話しかけた冒険者たちは、皆一様に同じ反応を見せた。

 

「変に冒険するくらいなら、まずはココで食ってけ!」

 

 冒険者に冒険を止められた訳だ。

 なかなか意味が判らない状況だったが、あまりにも皆同じことを言うので理由を聞けば、それもまた、皆が口を揃えた。

 

「地元のヤツが当たり前に出す料理に、慣れてないヤツは高確率で()()()んだ」

 

 皆、真顔だった。

 まあ、食べ慣れているからこそ身体(からだ)が対応できる食材、と言うものが有るのも確かだ。

 この地方でしか食されていないモノを当たり前に振る舞われても、それを消化する身体(からだ)が出来ていない者には厳しかったのだろう。

 

 ……海産物の発酵食品とかだろうか。

 

 実際、私たちは何も問題は無さそうだが、必死にも思える警告を受けてしまっては、その好意を無碍にするのも気が引ける。

 もっと言えば、海産物を食せるなら、ぶっちゃけ何処でも良い。

 

 そんな理由(わけ)で、私たちは冒険者ギルドの酒場の一角を占拠しているのだ。

 

「イカ墨のパスタというのは、なるほど見た目はアレだが、中々に美味だな!」

 

 とても楽しそうなカーラが黒いパスタを器用に巻き取っている。

 見た目とても上品な食姿勢だが、言っている事が庶民的過ぎて、総合して反応に困る。

 その隣では、シーフードピザを注文したエマが、とても良い笑顔で食事を楽しんでいる。

 ……手がベトベトだが、まあ、本人が楽しそうなら、うん。

 

 ヒラメのカルパッチョを肴に、いつの間にかブランデーが満たされたジョッキを傾けて、アリスはそんな仲間たちを優しげな目で見ている。

 

 そのカルパッチョに合わせるなら白ワインだろうとか、ブランデーの飲み方としてそれはどうなんだとか、言いたい事を呑み込むのに苦労する私が注文したのは、港町の炒めそばである。

 名前でなんとなく想像したのだが、出てきたものは思った以上にソース焼きそばだった。

 シーフード焼きそば、思っていたよりは遥かに美味しかったが、想像を越えてくる味でもない。

 しかしボリュームが想像以上の一品で、食事としてはこれで充分な代物である。

 満足度は高かったが、もう少し冒険しても良かったのかも知れない。

 

 このアーマイク王国の冒険者ギルドは、どこも食事のレベルが高い。

 お国柄なのか、まあ、美味しい事に文句が有る訳も無し、むしろもっとやれ、と言うやつである。

 海風に吹かれて食べる海鮮ソース焼きそば。

 気分は海の家だ。

 

「銀髪メイドがものっそい上品に焼きそば食べてる絵って、なんて言うか……コレはコレでシュールだな?」

 

 いつの間にか私の方を見ていたアリスが、本人も上品な所作でカルパッチョなぞを摘みながら、私をからかう。

「カーラちゃんは真っ黒いパスタで、マリアちゃんは茶色のパスタ? ふたりとも、美味しいのぉ?」

 そんなアリスの向こうから、覗き込むようにしてエマが、興味深げに私の手元を覗き込んでいる。

 期せずして、私とカーラは目を合わせた。

 

「クセは有るが、中々の美味だぞ?」

「私はある意味で食べ慣れている味ですね……。あと、これはパスタとは違いますよ?」

 

 それぞれの反応を興味深げに見ているエマに、私とカーラは空いているフォークを手に、それぞれの麺料理を器用に巻き取る。

「一口食べてみますか? はい、お口を開けて下さい」

「お、では、私のパスタはその次だな?」

 一手早かった私が先に、カーラが続いてエマに餌付けをする。

 どちらも非常に気に入った様子だったが、考えてみればエマが嫌った食べ物の記憶が無い。

 

 案外、何でも食べるのでは無いだろうか?

 

 周囲の冒険者がなんだか温かい視線を向けて来るのが若干気に掛かるが、敵視の視線よりは余程良い。

 エマのベタベタの手やテーブルに洗浄の魔法を使ったりしながら、夕食はもう少し考えて注文しようと心に決めたのだった。

 

 

 

 食事も落ち着いた所で、周囲で面白がって見ていた冒険者達に色々と話しを向けてみると、風俗街……花街で聞いた以上の事が見えてきた。

 流石は冒険者、と言ったところか。

 

「結局、聖教国は脅しの心算(つもり)で戦争吹っかけて、バケモンを怒らせたってトコだろうな。実際に動いたのはコッチは3人ってんだから、本当にバケモンだぜ」

 

 強面で体格の良い男が、その大柄な体躯を縮めるようにして口を開く。

 髭などで凶相をあしらっているが、意外とつぶらな目が可愛らしい。

「3人……そんな戦力とも呼べ無さそうな人数で、国相手に何をしたんでしょう?」

 あくまでも知らないふりの私の隣では、アリスが白々しく頷いている。

「いや、元々ひとりでこの国お抱えの魔導師団と互角以上とか言われてた連中なんだが、それが嘘どころか全く控えめな噂だったってな。聖教国軍を光の矢と熱線の魔法で薙ぎ払った挙げ句、聖都には天から星を落としたって聞いたぜ」

 語りながら何処か興奮気味な男の向こうに、あの3人の幻影が見えた気がして心が萎える。

 

 彼女たちは、ご丁寧に進軍してきた聖教国の方々を手厚くもてなし、お土産まで持たせた訳か。

 星を落とした、となれば、恐らくは隕石(ミーティア)辺りだろう。

 天庭崩落(フォールン)とか言う古の魔法であったとしても、呆れはしても驚きはしない。

 

「3日程かけて、聖教国内のあちこちに星を落としたって言う話だから、よっぽど怒ったんだろうな。聖都だけでなく、主要な街は壊滅、街道も港も破壊されて使えない、船は燃やされて沈められたとか。カルカナントは間に挟まれてただけだから関係無い筈なのに、物凄えビビッてたって話も聞いたけど、まあ尾ヒレだろうな」

 

 中々強烈な続きが聞けた訳だが、話している本人は話半分、程度で聞いている様子だ。

 直接本人たちと接触した私としては、その程度はやっただろうなとしか思えない。

 

 妹は確かに甘ちゃんだったが、姉は全く手を抜く事はしないだろう。

 その甘っちょろい妹の方だって、仲間を護る為なら手を汚す事も躊躇わない目付きをしていた。

 それに不死姫さまを加えて3人での行動となれば、妙な禍根を残すくらいなら大虐殺をする程度の判断は、軽くやってのけそうだ。

 

 単純に、どれほどの人間が死んだのやら。

 殺戮人形(わたしたち)が余程可愛く見えてしまう。

 

「お前、良くアレに喧嘩を売る気になったな?」

 アリスが小声を私に飛ばしてくる。

「私は売られた喧嘩を買っただけですし、結果は痛み分けです。自慢にもなりません」

 それに軽口を小声で返し、それが耳に入った3体が一瞬だけ、ジットリとした視線を揃って寄越した。

 

 他はともかく、エマにまでそんな目で見られるとは思わなかった。

 

「でまあ、本国と連絡が取れなくなった教会が、それぞれの国の裁量で追い出されようとしてる訳だ。追い出されても、もう国らしい国は無いし、どうなるやら」

 

 なまじ偉そうにふんぞり返っていたものだから、事ここに及んでも、ほとんど誰も手を貸すような真似をしないのだと言う。

 

 嫌われ過ぎだろう。

 

 利権で繋がっていた地方貴族とかも居たようだが、大体は早々に切られたらしい。

 むしろ、そんな癒着の証拠を隠滅するために、私兵を使って強引かつ早急に領から追い出したお偉方とかも居たんだとか。

 

 まあ、下手に庇い立てて魔女がやってきたりしたら洒落にもならないし、良い判断だろうと思う。

 

「だから、海路は南回りも北回りも、多分あの国までは行かねえだろうぜ。は? 他の大陸? それだったら、北か西だろうな。勿論、ここから出てるぜ」

 

 時々空になったジョッキをこちらの好意で満たして差し上げると、冒険者の口はどんどん軽く、滑らかになった。

 別に秘密とかを聞いている訳でもなし、話す方も後ろめたい思いもなく話せるのだし。

 

 私はアリスと視線を交差させる。

 北か西か。

 海原を越えての旅ともなれば、途中で気軽に行き先を変える事は出来ない。

 

 頷きあった私たちは進路を決める為にも、それぞれの大陸について、冒険者が知っている限りの情報を搾り取ろうと画策するのだった。




人形4体による接待。事実を知れば、冒険者はどう思うでしょうか。


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選択肢・どちらにしようかな

冒険者から、有益な情報は得られたのでしょうか?


 冒険者の話を総合すると、北と西は真っ当に航路の有る人類の棲息圏、と言う認識の強い大陸なのだそうだ。

 何やら仰々しい物言いだが、平たく言い直せばこの大陸と変わらない、と言う事だ。

 

 では、どちら行ったほうが面白そうか、と言う話になるのだが、何と言うか、特色がハッキリと別れていると言うか。

 

「私は西のほうが良いと思うけど? 文化圏が似ていると言うか近いと言うか、まだしもこの国に近いだろうし。北はちょっと、冒険が過ぎると思うんだよ」

 アリスがちらりとエマの方を見て、慎重に意見を述べる。

「私は北のほうが楽しそうだと思うなぁ? 西って結局、こことあんまり変わらなそうなんでしょぉ? それって、面白いヒトはあんまり居ないって意味だよねぇ?」

 そのエマは、実に嬉しそうな顔で私を見上げていて、アリスの視線に気付いた様子はない。

「私の希望は通るまいが……意見としては、アリスと同じだ。如何に交流が持たれているとは言え、魔族の大陸はちょっと気後れが……」

 カーラは良く自分の立場を弁えつつも、控えめにアリスへの賛同を示した。

 そして私は、ひとまず黙して語らず、得られた情報と3体の反応もある以上、よくよく吟味すべきだろうと考えを巡らせる。

 

 西は航路が比較的短く、船足(あし)の早い貨客船で約40日。

 文化様式はやや独特だが、主な住人は人間種を中心に、この世界でのいわゆる人類が生活している。

 この大陸よりも人類の棲息圏がやや狭く、魔獣が闊歩する森林や峻厳な山等の秘境が多いらしい。

 冒険者の活動がこの大陸よりも活発で、想像するに、平均レベルも高いのだろう。

 

 北は約50日程度の船旅で、文化様式はやはり独特。

 とは言え、西の大陸もそうだが、それほど大きな違いは無い、という話だ。

 

 但し、そこは魔族と総称される者たちの生活圏。

 

 殆ど同じ常識の中に、些細で致命的な違いが有ったりするかも知れない。

 生物の壁が有るとは言え、私たちは誰も魔族と接触したものは居ないので、大陸の住人の大多数が私たちと同等のレベルだったりしたら……は、流石に無いか。

 もしそんな事実があったら、対等な条件での関係を維持出来ているとも思えない。

 

 ちなみに魔族と言うのは、広い意味では人類なのだと認識されているが、特に外見的に顕著な特徴を持つ、様々な種の総称だ。

 この大陸では聖教国が有り、その教会がなにげに大陸中に有ったので、因縁をつけられても面倒だからと交易程度の関係しか無かった。

 それも無くなった今後は、もう少し積極的な交流が始まるかも知れないが……私が気にすべきはこの大陸の今後ではなく私の今後である。

 

 正直言って、心底激烈に、魔族という存在には興味が有る。

 

 身体的に特徴のあるエルフ種やゴブリン種、コボルト種は人類という扱いでは有るが、同時に魔族に属すると言う側面もある。

 だから、聖教国のような人間至上主義的なモノには疎まれがちで、それは歴史上あちこちで様々な軋轢が有ったのだという。

 

 そう言う背景を乗り越えて「魔族も人類の内」という意識が定着しつつ有る所に聖教国なんて面倒臭い国が興ったものだから、この大陸ですら嫌われていたのだ。

 海を超えて教会を設立、なんて計画も有ったらしいが、上手くいく筈もない。

 

 そうこうしてる間に余計な欲を出して狂犬の尾を踏んで、勝手に自滅していったのは素直に笑って差し上げようと思う。

 

 ともあれ、折角向かうのだったら、見たこともない人たちの生活を眺めたり、何なら交流してみたいと思うのは人情だろう。

「……私としては、やはり北に行きたい所ですね。観光というのは、異国情緒を味わうモノですから」

 私の大真面目な主張に、アリスとカーラは溜息を()いて投げ遣りな視線を向けるという愚挙で応じた。

 何が気に入らないと言うのか。

 

 しかし、これで意見は2対2だ。

 

 私とエマの熱意が勝るか、アリスとカーラの安定志向が押して来るのか。

 取り敢えず夕食まで各々熟考し、再度意見を出し合うという事で一旦行き先を保留にした。

 

 私たちの遣り取りを面白おかしく眺めていた周囲の冒険者達は、それぞれ好い加減な応援を各人に投げ掛けていたが、私たちが港町観光の続きを行うと決めて席を立つと、波が引くように静かになった。

 心底単純に、ただ面白がっていただけのようで何よりである。

 

 彼ら彼女らの冒険の旅に、例えば戦闘中に鼻がムズムズするとか、そういった小さすぎるトラブルが頻発するよう、心から祈る次第である。

 

 

 

 

 

 その女性2人組がこの港町を訪れたのは、昼をだいぶ過ぎた頃合いだった。

 旅人らしい服装でこれと言って目立つ物ではなかったが、良く見ればひとりは右腕が無かった。

 黒髪を束ね、片腕の無い女性は銀色の髪の女性を気遣うように歩くが、気遣われる方は特に体調が悪いようには見えない。

「そんなに気遣って頂かなくても、私は大丈夫ですよ? だいぶ前にあの国を離れていたのですから、魔王や狂犬には気付かれていないと思いたいですし」

 青い瞳が、感情を映さずに琥珀色の瞳を見据える。

「お姉様はそうかも知れませんが、私は捕捉されていたかも知れません。そうで無くとも、身内の裏切り者に襲われてこのザマです。慎重を期してし過ぎることは無いかと」

 その目を受け止めた女性は、ふと視線を逸らすと自分の右腕を見詰め、悔しげに歯噛みする。

 銀髪の女性は、そんな旅の共の様子にふと、口元を緩ませる。

「あれは身内では有りますが、()()()()()()()()()()()()()()ですよ? 出会った所で、本来は仲良く出来るモノでは無いのです」

 言いながら、遠く、海の向こうを透かし見るように、視線を飛ばす。

 

 そう、私たちはそういう存在。

 ()()()()()と、気を許して近付いて良い存在では無いのだ。

 

「しかし、アレは他の人形と行動を共にしていました。選りにも選って……アレらの言うことが本当であれば、マスター・ザガンの人形が3体、他2体。お父様の命を忘れているかの様に、人間を護り私の前に立ったのです」

 黒髪の女性はきつく唇を噛む。

 そんな悔しげな声に、銀色の女性は白々とした視線を向けて、考える。

 

 おかしなことを言うものです。

 それなら、私と貴女(あなた)は彼女達と何が違うのですか?

 そもそも……そもそも、お父様の命令とやらも、私にとっても下らないもの。

 私は、命令に従っているのでは無く、純粋に私自身の嗜好でしか無いのに。

 

 そう、全ては私による、私のための遊びに過ぎないのに。

 

「気にしない事です。小さな事に囚われていると、いつか足元を掬われますよ?」

 

 その瞳のような凍える声に、琥珀色の瞳が反応する。

「小さな事ですか!? お父様の命令は絶対! その願いは私達の悲願である筈! それを……お姉様は、悔しくないのですか!」

 思わず、声が荒くなる。

 しかし、それを向けられた側はと言えば、その瞳は凍りついた湖面のように揺らぎもせず、ただただ冷たく見据えるだけだ。

 

「小さな事ですよ。拘りすぎた結果が、その腕でしょう?」

 

 凍ってしまいそうな声に、びくりと、肩が揺れる。

 

 おかしい。

 お姉様だって、お父様の命令通りに……願いの為に動いた筈だ。

 だからこそ、お姉様は殆ど手を汚さずに、ほぼ国ひとつという単位で人間を殺すことに成功したのだ。

 

 それが、お父様の願いの為でなければ……何の為に、あれほど時間を掛けてヒトを腐らせたのか。

 何の為に、吐き気を催すようなヒトとの交流を持ったのか。

 

「さあ、()()()()よりも船の手配を急ぎましょう。玩具も無くなってしまいましたし、厄介な敵も出来てしまいました。こんな大陸(ところ)にもう用は有りません」

 

 つい数日前まで聖女と呼ばれていた女性は、およそ感情というものを感じさせない瞳を、もう一度海へと向けた。

 その後ろ姿を影から支えた女性は、今、恐怖と疑念に(まみ)れた目で同じ後ろ姿を見ている。

 つまらない接触で右腕を失ってしまった事を、彼女は初めて後悔していた。

 

「さて……事前に調べさせた話では、魔族圏(きた)人類圏(にし)、でしたか。どちらが楽しいでしょうね……」

 

 そんな道連れの動揺を無視し、口元が、ほんの僅か、笑みの形に歪む。

 

 隠蔽したステータス情報の上に偽装情報を貼り付け、それを念入りに隠蔽で覆い、彼女達は人の列に紛れる。

 

 おかしな4体の人形が港町に足を踏み入れた日の、昼下がりの事だった。




迷ったときには、無理に進まないのも勇気です。いっそ留まりましょう。


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仲間との絆

ずっと何か食べてますね、この人形たちは。


 西に向かうか北に向かうか。

 思えば私の旅は、ここまでの陸行でも常にそんな感じだった気がする。

 南に足を向けたのは、カルカナント王国トアズ領の領都トアズから大森林を抜けてアルバレインに到達するまで。

 

 そう言えば、あの時はその更に北に向かう選択肢も有るには有ったのだが、軍事国家的な側面の強いメイザーシア帝国の国風が何だか肌に合わなそうだったのと、天然の城壁と称される北方大山脈を超えるのが非常に面倒だったからだ。

 北と南でそれぞれ山脈に分断されるとは、広いとは言え難儀な大陸である。

 

 思い出話は置くとして、今後の行く先を未だ決めかねている私たちだが、前もって船賃くらいは調べておこうと港事務所らしき建物で話を聞いたり、適当な海産物を買い込んで人目につかないように魔法鞄(マジックバッグ)に放り込んだりと、それなりに港町の雰囲気を楽しんだ。

 

 ちなみにだが、あまり大っぴらに魔法鞄(マジックバッグ)を使わないのは、自己防衛の為である。

 ひとつはそんなモノを堂々と使って持っているとアピールすることは、イコールそんなモノを持てる程度の資産が有りますよと喧伝しているようなものだ。

 わざわざ襲撃して下さい等とアピールする必要は無い。

 そしてもうひとつは、単純に窃盗……万引きだなんだとイチャモンをつけられるリスクを回避するためだ。

 なにせ実際に()()が出来てしまうので、少なくとも店内で取り出しはしないし、持っている素振(そぶ)りも見せない。

 ザガン人形はヒトも殺すし手癖も悪い、なんてセットで言われてしまうのも面白くない。

 いざという時は堂々と略奪する覚悟はあるが、こそこそと盗むような真似は性に合わないのだ。

 

 乙女心は複雑なのだ、乙女では無いけれど。

 

「おっ、そろそろ焼けたな? コイツはいただきだ」

 アリスがウイスキーで満たされたジョッキを片手に、サザエのつぼ焼きを確保して上機嫌である。

 好みがおっさん臭い上に、ウイスキーの飲み方を間違っている。

 

 それは水じゃないのだ、もっと舐めるように味わえ。

 

 実際の所アリスがフォークでほじくり出しているアレがサザエかどうかは謎だが、見た目はサザエだ。

 その他見たことの有る貝や多分知らないであろう魚の切り身たちが金網の上に並べられ、炭火で炙られている。

 

 夕食に選んだこの店は、中々の当たりだと思う。

 

「こういう趣向の料理は初めてだな……悪くない」

 

 カーラがしみじみと呟きながら、食べ頃に焼けた白身魚をちまちまと口に運んでいる。

 エマはもう何と言うか、色々と楽しそうに食べているが、あれはちゃんと味わえて居るのだろうか?

 心配になるし勿体ないとも思ってしまうが、まあ、感想も食べ方も個人の自由である。

 

 ふと視線を巡らせると、周囲のテーブルでは冒険者や旅人、商人らしきそれぞれの集団が思い思いに舌鼓を打っている。

 この大陸でよく見かける服装から異国情緒溢れる格好、ある種見慣れた武装を纏った者、様々居るが何処にも剣呑な空気は無く、とても平和な空間である。

 こういう大規模な街ともなると、人が多すぎて探査どころか、探知ですら常時発動していたら酔ってしまう。

 発動範囲を狭めつつ、範囲外は黄色以上でなければ反応しない、そんな工夫をしてもゴチャゴチャするので、昼前にはもう、探知の使用を諦めていた。

 まあ、そうそう厄介な存在に出くわすことなど有る訳も無いのだから、きっと問題有るまい。

 

「北か西か……どうしたモノですかね」

 

 そんな訳で過剰な警戒よりも旅情を優先した私は、イカの切り身を突付きながら溜息のように言葉を落とした。

 アリスとカーラは西の、この大陸に比べたら幾分小さく、かつ生活圏が更に狭い人類中心の大陸への渡航を希望している。

 エマと私は、北の魔族大陸への上陸を望んでいる。

 

 私個人としてはいずれ両方行くのだろうから、どちらが先かと言う話でしか無い。

 そう言う意味でなら、他3……エマは多分深く考えてないな、だから2体か、彼女たちが深刻に悩む理由が実は良く理解(わか)らない。

 アリスはまだ人間としてのタイムスケールで考えてしまっているのだろうと推測出来るが、カーラは本当に謎である。

 

 とは言え、別に考えを変えさせる必要も無いだろうし、仮に必要が有るとしても面倒極まりない。

 よって放置である。

 

「まあ……北に行くのだろう? 明日1日使って買い出しでもして、船旅に備えよう」

 

 そんな風に思考を遊ばせる私の耳に、カーラの声が滑り込む。

 驚く私が視線を向けると、今度はアリスの声がつるりと流れ込んできた。

 

「そうだな、どうせ北だろうし、むしろ船の上にいる間のほうが心配だよ。なんか暇潰し出来るモノが有れば良いけど」

 

 私は驚きが過ぎて、すぐには言葉が出てこない。

 てっきり、この店内の空気を乱してしまう程、お互いに譲らない話し合いになると思っていたのだが。

「……どうしたんですか、急に。お二人は西に行きたいと言っていたではないですか。私は最悪、ここでお二人とはお別れかと思っていたくらいでしたのに」

 混乱するまま、本音をポロリと漏らしてしまう。

 アリスはすかさずじろりと私に半眼を向け、唇を尖らせる。

「お前はすぐに私達を放り出したがるな? もういい加減に諦めたらどうだ?」

 アリスの言葉に、カーラもまた拗ねたような半眼で頻りに頷いている。

 

 カーラが気付いているかイマイチ不明なのだが、カーラも「霊廟」の扉を持っている。

 それも、私のよりも高性能なヤツを。

 仮に二手に別れた所で本当の意味で別離は難しく、本気でそうしたいなら、私が扉を捨てるしか無い。

 

 言っても特に意味が有るとも思えないので、相変わらず教えないが。

 

「それは流石に僻みすぎですよ? 私ほど仲間を大事にする存在は他に無いでしょう」

「言ってろ」

「うわあ……流れるように嘘を()くとはこの事か」

「マリアちゃん、私でもそれはちょっと……」

 

 澄まして答えた私の言葉に被せるように、次々と否定が重ねられる。

 なんという仲間たちか。

 こんな純粋で天使の如き私に対して、何たる非道、何たる暴言。

 いつか些細な仕返しをしてやろうと心に誓う。

 

「とにかく行き先は決まった訳だし、あとは船の確保と、それまでのんびり過ごすプラン、後は船の上でエマちゃんが飽きない方法でも考えるかあ」

 

 私を散々貶した末に、アリスはサザエのつぼ焼きの2つ目を確保していた。

 網の上が少し寂しくなったと考えていると、カーラが通りかかる店員に声を掛け、海鮮セットを追加で注文する。

 気が利く事だが、残念なことに支払いは私だ。

 エマはイカの切り身がたいそうお気に入りのご様子である。

 

 それぞれがマイペースに楽しんでいる様子に溜息混じりの苦笑を浮かべた私だったが、アリスの言葉の最後の部分を思い出して背筋が冷えた。

 

 約50日の船旅。

 その間、変わり映えするとも思えない海の上で、エマがじっとしていられるだろうか?

 

 何故もっと早く気付かなかったのかと自分の迂闊さに歯噛みするが、当のエマが船旅を希望している以上、今更無しとは行かないだろう。

 暗澹たる思いの私の目がエマのそれとぶつかるが、何も知らないエマは楽しそうにニッコリと笑うだけだった。




緊急脱出用の小型艇とか、売っていないのでしょうか?


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考察ひなたぼっこ

随分とのんびりな様子のマリアですが、船はどうなったのでしょうか?


 今更だが、本当に今更で恐縮なのだが、聖教国は。

 あのイカレて少しばかり頭のネジが緩めなバ……考えがちょっと足りない方々は、異世界の魂を集めて何がしたかったのだろうか?

 

 ハズレ勇者の皆さんや執行者とか言うなんとも胡散臭い連中の大半は、恐らく聖都と運命を共にしたのだろうが、使えないと判断されたモノや任務(しごと)中の者は大半が別の地に居たことだろう。

 今頃さぞや混乱しているのだろうが、それ自体はどうでも良い。

 私が気になるのは、()()()のこれからよりも、()()()を集めた理由の方だ。

 

 まさか、本当にただの戦力増強だったのだろうか?

 だとしたら効率が悪過ぎるし、何よりもいくら短時間かつ小規模とは言え、頻繁に世界を隔てる壁に穴を開けるのは色々と問題が有るのではないだろうか。

 

 確かに執行者に関して言えばレベルは300に迫る者も居た気がするし、そこらの人間よりは圧倒的に強い。

 それが小ならともかく、10や20の群れとなれば脅威だろう。

 

 だが、どうにも運用がマズいと言うか、私が見た範囲だけで言っても、最大で5~6名での行動だった。

 ハッキリ言って連携をうまく取られたとしても、それしきの人数など問題にもならない。

 アタリというだけあって数が少ないとは聞いたが、それにしても……悪戯に浪費しているようにしか見えなかったのだ。

 普通の人間にしては強い、程度のハズレの連中にしても、勇者だなんだと変な持ち上げ方をせずに、普通に兵士なりの群体(むれ)として運用すればそれなりに活躍させることも出来ただろう。

 

 例えば私だったら、もっと――。

 

「――おい。おい! 我関せずの格好で現実から目を逸らす前に、エマ嬢をなんとかしてくれ! 私やアリスでは止められん!」

 

 変わり映え無く日が昇り沈む海原に目を向けながら益体も無い事を考える私を、切羽詰まった声が無遠慮に現実へと引き戻した。

 ……何故私が甲板まで上がった挙げ句、黄昏れつつ海原の向こうに空想を遊ばせているのか、少しは考えて欲しいものだ。

 

「……貴女(あなた)たちでどうにも出来ないのに、私に何が出来ると言うのですか。暇潰しを用意したのでしょう? 上手いこと興味を引いて見せたら如何ですか?」

 

 私の精一杯の提案は、やる気の無い声で押し出される。

 まあ、その暇潰しも遊戯札(トランプ)やら簡単なボードゲームの幾つかで、恐らくエマが興味を持つとも思えない代物だったのだが。

 きっと無駄だよ、とは思ったが、仲間の無様……涙ぐましい努力を無碍にするのも気が引ける私は、余計なことを言って水を差す事に気が引けたため、余計な口を挟めなかったのだ。

 

 まあ、そこで黙っていた以上、当然私にもある意味切り札は幾つか有るのだが……まだ船上の徒となって1週間である。

 エマの飽き性が予想以上であった事もあり、2体の努力を鼻で笑ってやる気にもならない。

 

「ほらほらぁ! 私はまだまだ元気だよぉ? もっと頑張ってよぉ!」

 

 船内をあちこち走り回っていたエマは、私が現実から逃避している間に甲板まで上がってきたらしい。

 可愛らしい煽りに目を向ければ、船員や冒険者など、腕に自信の有りそうな男たちが、肩で息をしてへたり込んでいる。

 

「……で? アレは何をしでかしているんです?」

 

 物凄く興味が湧かないのだが、確認しない訳にも行かない。

 なにしろ、あの爆弾娘の同行者の名簿には、私の名も含まれているのだ。

「鬼ごっこ、だそうだ。甲板の安全なエリア限定で、エマに触れたら勝ち、と言うルールらしいな」

 鬼を一般人が追い回すとは、随分変わった鬼ごっこだ。

 呆れを感嘆の表現に包んでみるが、どうにも上手く纏まらない。

 もっと良い表現はないものかと考え込む私の耳に、カーラの説明の続きが飛び込んでくる。

 

「ちなみに、エマに勝ったらお前を一晩自由に出来るらしいぞ?」

 

 生暖かい微笑みと半眼が、凍りついて引き攣る。

 何がどうなってそんな事になったのか。

「何で止めないんですか、貴女(あなた)たちは。私の貞操を勝手に賞品にしないで頂きたいのですが?」

 引き攣る顔でようやく、精一杯の抗議の声を上げれば、いつの間にかカーラの向こうで船縁に背を預けていたアリスが、疲れた顔で遠い目をエマの居る方向に向けている。

 

「止めたけどさ? 私らが頑張ってエマちゃんの暴走を止めようと必死なのに、どっかの誰かさんが他人顔で人任せにしてるのにだんだん腹が立ってきてさ? まあ、仮にエマちゃんが負けても私には問題が無い訳だし?」

 

 のんびりと言うアリスの言葉には、口調とは裏腹にベッタリと毒が塗ってある。

 随分と酷い仲間である。

 私だって、当初はエマの気を引こうと努力し、あちこち見学して回ったり、食堂で食事してみたりとあれこれ気を回したのだ。

 

 3時間くらいは。

 

「まるで私が何もしていないような言い振りですが、私だって頑張りましたよ? 少なくとも、こんな船上(ところ)で身売り紛いの真似をさせられるほど、何もしていない訳では無いと思いますが?」

 

 私の抗議の声に向けられたアリスの表情は、まるで幽鬼のそれだった。

「頑張った? 初日の夕方前にはもう投げ出して、日がな1日海を眺めてたアンタが? エマちゃんが今日まで何回大暴れしそうになったか、アンタは知らないだろ?」

 その口から漏れるのは、初めて聞くような種類の声色の、はっきりとした怨嗟である。

 

 そうか、エマは既に暴発の危機を数度迎えていたのか。

 

「今となっては、私はメンバーで最弱ですよ? 何度でも言いますが、貴女(あなた)たちに止められないモノを、私にどうこう出来る訳が無いでしょうに」

 

 私も負けじと憮然とした声を上げるが、アリスもカーラも、一顧だにしてくれる様子はない。

「寝言は寝床でほざけ。仮に私にお前以上の能力(ちから)が有るとするなら、それは戦乙女(ヴァルキリー)のものだ。こんな船の上で、おいそれと展開出来るものか。それに、出した所でエマ(アレ)を抑えるなど不可能だろうよ」

 鼻を鳴らして、カーラは冷たい目を向けてくる。

 相変わらず情けない事を自信満々に言っているが、もっと自分の能力の方に自信を持って欲しいものである。

 操り人形(マリオネット)とは言えレベル600、エマの半分以上の能力を持つそれを同時に6体操れるなら、抑え込む事は不可能ではないだろう。

 

 3~4体は破壊されるだろうが。

 

「大体、誰が最弱だよ。修練室での模擬戦でだって、アンタに負け越してるってのに。って言うか、3人掛かりでならもっと楽なんだよ、何でサボってるクセに文句は一丁前なんだよ」

 そんなカーラの言葉に乗って、アリスも不満をぶつけてくる。

 それはまあ、模擬戦レベルだったらそうかも知れないが、それだってアリスは3回に1回は私に勝っているのだ。

 冒険者として活動していた実績も有り、正直、形振(なりふ)り構わない殺し合いなら多分、アリスは私を降すだろう。

 

 総じて2体とも、自分に自信が無さ過ぎる。

 

「ほらほらぁ、もっと遊ぼうよぉ!」

 少し離れた位置で、エマが周囲を鼓舞……じゃないな、アレはやっぱり、ただの煽りだな。

 そんな様子で、へたり込む男たちに発破を掛けている。

「いや、もう無理だ、俺らの負けだ。お嬢ちゃん、すばしっこすぎるぜ」

「あのメイドの姉ちゃん、いい女だけど障害が高すぎるぜ。これ以上は無理だ、船酔いと別の理由で吐きそうだ」

「もう、何でも良いから酒が呑みてえよ、俺は。お嬢ちゃん、メシ奢るから下行こうぜ、もう遊びは無理だ、無理」

 しかし、男共は口々に降参を宣言し、呼び掛けに応じる様子は無い。

 エマは暴れ出しそうかな? と思って様子を探ってみるが、不満げに頬を膨らませては居るが、その目に危険な兆候は見られない。

 

 ……なんだかんだ、遊んで気が紛れたらしい。

 

 あれも3日程度で飽きそうでは有るが、まあ、良い暇潰しを見つけたものだと感心してしまうが、やはり気に掛かる。

「……なんで私を賞品にしようなんて思いついたんでしょうね? エマは、()()()()()には興味が無いと思っていたのですが」

 気になってしまった事を素直に口から零すと、傍らで笑いの気配がする。

 顔を向けると、頼もしくも鬱陶しい仲間が揃って、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みで私を見ている。

「……なんですか、薄気味の悪い」

 思わず思ったことをそのまま口にする私に、だが、2体は気を悪くした様子も無く、その笑みを崩すこともない。

 

「私たちが吹き込んだんだよ」

「そう言えば、暇な男どもが遊んでくれるぞ、とな。みんなが逃げてしまうから、殺してしまうのはダメだ、とも」

 

 そして、私の疑問は解けた。

 ある意味で純粋なエマが随分と悪辣な事思い付いたものだと呆れていたが、こいつらが諸悪の源か。

 

 ニヤケ笑いを止めない2体に、さて、どんな灸を据えてやろうか。

 海原を照らす太陽を見上げるが、差し当たり、良い案は降ってこなかった。




自業自得とか、そう言う言葉が有る事を知っていると、人生を楽しめるそうですね?


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マリアの怨嗟

……元々は私の身体なのですから、下らない景品にしないで頂きたいものです。


 港町では飲食していた記憶しか無いが、気が付いたら船の上で、更に気が付くとエマの「鬼ごっこ」の景品にされていた私。

 もっとも、エマが普通の人間に捕まることはまず無いので、そういう意味では安全なのだが、安全ならそれで良いのかと言う話である。

 

 と言うか、()()を提案というかけしかけたのが馬鹿2体だと言うのが腹立たしい。

 

 腹立たしいので、本来はエマの暇潰しの「切り札」として持っていたカードをひとつ切ることに決めたのだった。

 

 

 

 船上で確保した客室は4人個室、とは言え二段ベッドが2台有るだけのそれほど広くもない船室。

 豪華客船という訳では無いが、良く手入れの行き届いたとても清潔な部屋である。

 とは言え、私達は此処で寝ては居ない。

 

 当然のように「霊廟」へと戻っているのだ。

 

 食事付きのプランなので全員で食堂へ赴き、毎食きっちりと頂いているが、夕食後は部屋に戻って鍵を掛け、不心得者の進入を阻むために障壁を結界代わりに展開し、住み慣れた我が家へと戻る。

 船旅とはいったい何なのか。

 

 とは言え、寝心地も良く風呂も気兼ねなく使えるので、戻らない選択肢は私の中には無いのだが。

 

「……さて。まだ寝るには早い時間ですし、少し宜しいですか?」

 そうして当たり前のように「霊廟」に戻った私たち――私は、玄関ホールで3体を呼び止める。

 めいめい部屋に……約1名は工房に戻ろうとしている所を呼び止められ、不思議そうに振り返った。

 

「今日はとても楽しい趣向で楽しませて頂きましたので、私からお礼を差し上げたいと思います」

 

 笑顔を心掛けつつ、心に怒りの火を灯して私は静かに立つ。

 全く、悪ふざけの好きな仲間たちだ。

 

 誰が、何の賞品か。

 

「マリア? ……なんだよ、お前、面白い顔して」

 

 私の目を見て何かに気が付いたらしい、アリスの顔が引き攣る。

 同じ様に振り返ったカーラも、どうやら身に覚えがあるらしい。

 こちらは顔色を失くし、ガタガタと震え始めた。

 エマは何も判っていない様子だが、まあ、仕方があるまい。

 彼女は単純に、2体に唆されただけなのだ。

 

 ……ある意味で、元凶と言えば元凶なのだが。

 

「面白いとは酷い言い様ですが、楽しいのは間違い有りませんよ? なにしろ」

 

 精一杯の笑みが、私の顔を飾る。

 

「何処かのお馬鹿2体(ふたり)が、実に楽しそうに遊んでいましたからね? そんなお2体(ふたり)に、私からのご褒美です」

 

 私の障壁が、2体を包む。

 ちょっと工夫してやれば、私の強固な障壁はとても便利な拘束具に早変わりだ。

「いや待て待て! そもそもお前がサボってたのが悪いのであって……!」

 障壁を叩きながら、アリスは弁明を試みる。

「わたっ、私はやめようと言ったんだ! それなのに、アリスがだな……!」

「ちょっ!? 言い出したのはお前だろう!」

 恐慌状態に陥ったカーラがあっさりとアリスを売り払い、アリスはそんなカーラに即座に噛みつく。

 

 まったく、気が急くのは理解(わか)るが、少しはしゃぎ過ぎだ。

 

「ねえねえ、マリアちゃん? 何してるのぉ?」

 

 障壁から除外されたエマが私の傍らまで寄って来て、私の袖を引きながら尋ねてくる。

 私はそんなエマの頭を撫でながら少ししゃがみ、目線を彼女の高さに合わせた。

 

「あの2体(ふたり)がエマと遊びたいそうですよ? 一緒に、修練室まで行きましょう」

 

 私の言葉を理解したエマに、笑顔が咲いた。

 一方、実質死刑宣告を受けた2体は揃って真っ青だ。

「ちょ、待って、流石にそれは無いんじゃないかな!?」

「ひっ、必要なら土下座も辞さん! 頼む、慈悲を!」

 必死に障壁を叩きながら、決死の懇願する2体に、私は先程と変わらない笑顔を向ける。

 

「いつもの修練と変わり有りませんよ、何をそんなに慌てているのです? 今回は単純に」

 

 そんな笑顔に、何を言っても無駄だと悟ったのだろうか。

 2体は動きを止め、ただ私を見ている。

 

「私とエマが組む、と言うだけですよ?」

 

 私以外の3体は、暫し言葉を失う。

 しかし、その様相は2体と1体でまるで違っていた。

 

「わぁ! マリアちゃんと組んで一緒に遊ぶの、初めてだねぇ! 楽しみだねぇ!」

「ふざけんな! ただの拷問じゃないか!」

「死んでしまう死んでしまう死んでしまう死んでしまう……」

 

 キラキラの笑顔のエマを連れて、もはやヤケになって罵声を並べ続けるアリスと、絶望し過ぎなカーラを引き摺り、私は目的の大部屋へと足を向ける。

 さて、爆砕障壁で体当たりでもしてやろうか。

 それとも障壁拘束を応用して、部分拘束で身動きを封じてから落書きでもしてやろうか。

 

 楽しいプランを練る私を、エマが楽しそうに見上げていた。

 

 

 

 エマは強い。

 私がちょっと小さな障壁を使って邪魔をしたり足を引っ掛けたりしただけで、アリスとカーラは良いように翻弄されている。

 ちなみに、武装は誰も使用していない。

 

 ……カーラの操り人形(マリオネット)が武装に含まれるか否かは議論が必要だが、この場合は単純に戦闘を行うものが全員徒手空拳である、と言う意味だ。

 

 阿鼻叫喚のあれこれは割愛するが、結果で言えばアリスは満身創痍、カーラは自身も相応にダメージを負ったがそれ以上に、操り人形(マリオネット)を全て破壊されて号泣している。

 

「エマの暇潰しなら、コレが一番でしょう? 難しく考えた挙げ句下らない遊びを提案するから、そういう目に遭うのです」

 

 全部をエマに任せた私は無傷で、勝ち誇った余裕を振りかざす。

「ふっざけんな、殆どエマちゃんに攻撃させてたクセに」

 床に転がったまま悔しげに私を見上げるアリスは、案外まだ元気そうだ。

 カーラは嗚咽するのみで、私やエマを見るような余裕は無い。

 

「エマが暴発しそうになった時点で、どうでも良い策を巡らせる前に私に言うべきだったのですよ。そうすれば、3対1で遊べた筈なのですから」

 

 思わず遊びと言ってしまった辺り、私もだいぶエマに毒されているらしい。

 最初から、私はエマの暇潰しでボロ雑巾になる覚悟は有ったのだ。

 だからある意味で余裕だったし、反省する点が有るとすれば、それを事前に2体に話していなかった事くらいか。

 

 意味もなく船の上に血の海を作るよりは遥かにマシな逃げ道が有るのに、気付かないとは思わないではないか。

 

 私のサポートが有ったとは言え、アリスとカーラ、更に操り人形(マリオネット)6対を相手に全く無傷とは行かなかったが、目立った損傷は服装のみという化物ことエマは、存分に暴れて満足したのか、とてもとても良い笑顔である。

 

「楽しかったけど、今度はマリアちゃんとも遊びたいなぁ」

 

 そんな彼女の無邪気な笑顔に、私の背筋を冷たいモノが伝うが、エマによる無意味な大量殺戮、最悪は船の破壊を防ぐ為にはエマの機嫌を取らねばならない。

 一瞬引き攣った表情を無理矢理変え、ぎこちない笑顔をエマに向けて私は口を開く。

 

「勿論、私も楽しみです。ですが、カーラの操り人形(マリオネット)がダメになってしまいましたので、あれの修理が終わるまでは我慢して下さいね?」

 

 床に転がる操り人形たちは、最低でも手足を失い、その修復には時間が掛かるだろう。

 私が被害を受けるのを遅らせる為には必要な犠牲だったのだが、素手でここまでの破壊を齎すエマに改めて恐怖を覚える。

 一方で、人形を操っていたカーラや直接殴り合いをしていたアリスはボロボロでは有るが、一応五体は無事である。

 エマなりに手加減はしてくれた様子で、素直にそこは有り難い。

 

 次回は私もそっち側かと思うと気が重いが、まあ、仕方が無いと諦めよう。

 

 よろよろと動き出したカーラが泣きながら人形やそのパーツ類、破片を丁寧に集めるのを眺めながら、私は溜息を零す。

 

 本当に、この修練室が頑丈で良かった。




マスター設計・監修、私が作成した「霊廟」は、多少のことではビクともしません。


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大嵐、所により人形

エマのストレス発散には成功したようですが、マリアは無事なのでしょうか?


 船の旅も3週間が過ぎた。

 なんとか無事に過ごすことが出来た。

 

 船は、と言う話だが。

 

「うぅ……折角……ぐすっ、折角直しても、すぐに壊される……私の……ッ」

 泣きながら操り人形(マリオネット)の残骸を集めるカーラは、自身も中々にズタボロである。

 エマは操り人形(マリオネット)には実に容赦無いが、操者であるカーラに対してはきちんと手加減している様子だ。

 私やアリスも五体無事で床に転がっている時点で、同じ様に手加減されているという事だろう。

 

 手加減されているからと言って、すぐに動ける訳では無いという事実に関しては、エマの容赦無さの現れでもあるだろう。

 ……そう考えると、似たような状況のはずのカーラが、泣きながらとは言え人形の残骸を掻き集めているのは結構凄いことなのではないだろうか。

 

 あと、私は、あのエマとかいう巫山戯た化物に、本当に勝利したことが有るのか。

 甚だ疑問である。

 

「みんなありがとうねぇ! 今日も楽しかったよぉ!」

 

 床に転がる私とアリス、泣きじゃくるカーラに、エマは物凄くイイ笑顔を向けて来る。

「そりゃ良かった」

 答えるアリスは身を起こすことも無く……いや、起こすことも出来ず、なんとか言葉だけを返す。

「エマ、またカーラの人形が壊れてしまったので、修理が終わるまでは我慢出来ますね?」

 かく言う私もまた、機能不全で起き上がることも出来ないままでエマに声をかける。

 

「うん、ホントは毎日でも遊びたいけど、我慢するよぉ! みんなで遊んだほうが、楽しいもんねぇ?」

 

 嬉しそうなエマの言葉に、ゾッとすれば良いのかうんざりすれば良いのか、私の対応策は定まらない。

 そもそも、楽しく一緒に遊ぶお友達の人形を、壊してはいけません。

 そう思う私だが、言葉にするのは酷く億劫だ。

 それに、壊さずに遊ぶ事を覚えてしまえば、待っているのは毎日のエマの遊び相手役だろう。

 インターバルが有るからこそ保っているような有様なのに、それが無くなってしまえば、一体どうなってしまうのか。

 魔力炉が心労で破壊されるのではないかと心配になってしまう。

 

「それじゃ、私は工房で衣装作って来るねぇ!」

 

 元気いっぱいのエマは、アホ程暴れた直後だと言うのに、走って修練室を出て行ってしまった。

 私の2つめの切り札、港町で買い込んだ異国情緒溢れる織物、生地類の山。

 それを目にしたエマは大層喜び、以来、こうして暇さえ有れば服飾工房へと足を向けている。

 そっちに夢中になっていて欲しいのだが、私たち相手にほぼ全力で暴れられる楽しさを手放す気にはならないらしい。

 

 厄介な服飾系爆弾娘である。

 

「……マリア、あのな? 思ったんだけどさ?」

「言わなくて結構です」

 床の上で動けない私に、同じ様に転がっているアリスが声を掛けてくる。

「……お前がもっと早く生地のこと話してたら、私らがこんな目に遭わずに済んだんじゃないか?」

貴女(あなた)が下らない事に私を巻き込まなければ、そうしていたでしょうね」

「……」

 言わなくとも良いと言っているのに、無視して口を開いたアリスだが、私の答えには反論も出来ずに押し黙った。

 エマの面倒を見切れなくなった私に苛立ったアリスが私をダシにし、それに腹を立てた私がエマに余計な「娯楽」を教えてしまった。

 

 争いというものは、本当に何も生まないのだと、しみじみと思い知らされる。

 

「ううぅ……どうしてこんな……酷いじゃないか……」

 

 カーラの泣き声がそろそろ鬱陶しいが、まあ、気持ちが理解(わか)らない事も無い。

 せっかく修復、場合によっては新造しても、すぐに破壊される。

 その悲しみ、徒労感は如何ほどか。

「……破壊されることを前提とした、訓練用の人形を作るのはどうですか?」

 多少気の毒に思った私だったが、かろうじて顔を向けた私に対して、カーラはキッと睨みつけてくる。

 

「壊される前提だと!? そんな不誠実な気持ちで、人形を造るなど出来るか!」

 

 ……面倒臭いヤツである。

 取り敢えずカーラは、私が元いた世界のダミー人形とそれを作っているメーカーに謝って欲しい。

 

 私を怒鳴りつけつつあらかた人形を掻き集めたカーラはそこで力尽き、床に力なく崩れ落ちた。

 案外大丈夫そうだと思っていたが、思いの外無理をしていたらしい。

 

 職人気質と言うか、妙な所で意外な根性を発揮したカーラだが、その気質は人形制作の方にも遺憾なく発揮されている。

 破壊された人形の修復を重ねるうちに小さな改良を施し、その人形のレベルは地味に上がっている。

 私やアリスと同じく、カーラ自身もエマにしごかれてじわじわとレベルを上げている。

 

 エマの気分次第だが、もしかしたら、船を降りた時にはカーラが一番成長しているのではないだろうか。

 

 私は妄想の沼から意識を戻したが、身体の自由はまだしばらく利きそうにない。

 使い過ぎた魔力が安定すれば取り敢えず動けるようにはなるだろうから、それまでは大人しくしているしか無いだろう。

 睡眠を取ることを選んだのかすっかり無言になってしまったアリスと、魔力炉への無理が掛かりすぎたのか意識を失ったカーラ。

 そんな2体の安否を確認する余裕も心算(つもり)も無い私は、することもなくただぼんやりと天井を見上げるのだった。

 

 

 

 船の快適性は設計に依るところも大きいだろうが、何よりも天候に左右される。

 時々満身創痍になる私たちを乗せて魔族の大陸まであと1週間、という所にまで進んだ船は、この航路では初めてと言えるような大嵐に見舞われていた。

 今までそれなり嵐と言えそうな天候の中でも動じることのなかった船員たちの目が、いつになく真剣で緊張している。

 

 そんな有様の中、わざわざ甲板に上がるような者は、命知らずか私たちのような生命を持たないモノか、職務を帯びた船員か――或いは、ただの馬鹿くらいのものだろう。

 

 自分で言って何だが、呑気に甲板で、船員の邪魔にならないように気を付けている風に舷側に打ち付けられる高波と船員たちの鬼気迫る怒号とを見て聞いている私たちは、恐らく2番目と4番目を兼ね備えているのだろう。

 ただでさえ激しい風は時折勢いを増して船体の各所に寸断されて鋭い咆哮となり、歓声を上げて海を見るエマの声をも覆い隠す。

 

 船員の邪魔にならないようにしていると言うことは、私たちは船員の目の届かない、或いは届き難い位置に居るということで。

 大きく畝る甲板の片隅で、大自然の猛威というものに私は、畏敬の念を禁じられずに居た。

 

 ――どうせなら、異世界らしくクラーケンとかサーペントとか、そういった魔物が出てきても面白いのに。

 

 激しく上下する甲板上で、手近な手摺に捕まりながら真摯な眼差しを壁のような高波に向ける私の耳は、不意に不穏な物音を捉えた。

 

「あっ」

 

 そちらに顔を向けようとした私の視界を横切って、小柄な、見慣れたような気がしなくもない、そんな人影に似た何かが、海の方へと投げ出される。

 追うように視線を向けた私が見たのは、迫る高波に呑まれて消えた、エマの姿だった。

 

「……はあ!?」

 

 驚くべきか呆れるべきか、一瞬の判断に迷った私の叫びは、襲いかかる水飛沫、と言うには些か重すぎる圧力に押し流されるのだった。




無邪気な暴虐、ここに没す。エマ、本質的には良い子でした。多分。


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嵐の海へ

エマが、海に、ですか。まあ、どうにかなるんじゃないですかね?


 大嵐に呑まれた客船の甲板に上がったら、仲間が海に投げ出された。

 

 怪物じみた大波に洗われた私たちは、襲いくる水流と水圧に耐えて周囲を見回すが、当たり前のように仲間の影がひとつ足りない。

「エマ……貴女(あなた)の事は忘れません」

 胸の前で手でも組んで祈ってやりたい所だが、いまだ船は大きく揺れている。

 うっかり柵から手を離してしまえば、私もエマの二の舞いとなってしまうだろう。

 

「おい!」

「そうじゃないだろ! どうすんだ!」

 

 私の真摯な祈りに、仲間の無粋な声が非難を伝えてくる。

 何が不満だと言うのやら、私には皆目見当がつかないのだった。

 

 

 

「……慌てる気持ちは理解(わか)りますが、ではどうするのですか? まさかこの荒れた海に考え無しに飛び込むとか、言い出しませんよね?」

 

 私は割りと本気めの怒り顔の仲間に胸倉を掴まれて、釣り上げられている格好になっている。

 揺れる船上で、これだけでも充分に自殺行為な訳だが、私が少し意外に思っているのはそんな事ではない。

 

 それは私を持ち上げ、すぐにでもエマの救助をと意気を上げているのが、カーラだと言う事に対してだ。

 

 気が付けば乗り物代わりにされたり、せっかく作った人形を破壊されたりと、むしろエマに対して恨みを持っていても良さそうなものなのだが。

「他に方法が有るか! すぐに追わねば、何処に流されるか……!」

 尊大なくせに気弱ですぐに自分の意見を引っ込めるカーラが、珍しく強硬に主張する。

 その後ろには、柵に掴まりながら私たちの動向を見守るアリスの顔が見えた。

「気持ちは理解(わか)るから、落ち着けよ。逆に、マリア、アンタは何でそんなに落ち着いていられるんだ?」

 そのアリスの顔は、カーラほど慌てても居ないが、私の様に茶化す余裕など少しもない、そんな様子で歯噛みしている。

 そして、釣り上げられている私はと言えば、肩を落として嘆息する他無い。

 

 何を言い出すかと思えば。

 

 私は動きを止めたまま、僅かな時間、黙考してしまう。

 ……どう答えたほうが、面白いだろうか。

 

「あれしきで本当に破壊されてしまうようなら、ザガン人形とは言えないのですよ」

 

 結果大して面白くもないことを口にしてしまった訳だが、そもそも、アリスもカーラも、あれの実力もヤバさもタフネスも知っている筈だ。

 大人しく数百メートルレベルで沈んでしまえば、もしかしたら圧壊も有るかも知れないが、そもそもエマが泳げない、と言うこともないだろう。

 

 ……泳いでいるところなど、見たこともないが。

 

「浮かび上がることが出来なかったらどうする! 私は特にそうだが、お前たちだってヒトに似てはいるが、構成素材がヒトのそれとは違うだろう! 特に内部骨格(フレーム)! 浮上出来るのか!? 試したことは!?」

 

 カーラは納得とは遠い所に居る表情で、私を釣り上げたまま詰問する。

 私はもう一度溜息を零すと、漸くカーラの右手に手を掛けた。

「魔力操作を使えば、海中を泳ぐくらいなら訳は無いでしょう。空を飛ぶよりも遥かに簡単な筈ですよ?」

 私の回答に、だが、カーラはやはり納得はし難いらしい。

「それをエマがきちんと出来るのか!? 海を見たときのはしゃぎようから、泳いだことが有るかも疑問だ! 更に言えば、急に嵐の海に投げ出されてパニックに陥っていないと、どうして言える! 仮に海中で動けるとして、周囲の状況判断が出来ずに海底方向に向かっている可能性も有るだろう!」

 言い募るカーラの焦燥に、私はどうしても同調出来ない。

 

 エマがパニック?

 自分が破壊される寸前でさえ、単に悔しそうにしていたような、そんな戦闘狂(バーサーカー)が?

 

 状況が違うと言われれば確かにそうだが、それでもやはり、エマのパニック姿と言うものは想像がつかない。

 私は、少しだけカーラの腕を掴む手に力を籠めた。

 

「まあ、あれこれ言っても話は進みませんし、追うなら追うで準備も必要です。お2体(ふたり)は『霊廟』にお戻り下さい」

 

 アリスの目に私が慌てていないように見えるのは、事実慌ててなどいないからだ。

 そしてそれが何故かと言えば、やろうと思えば、私はいつでもエマを追うことが出来るからだ。

 

 言わないし言っていない私が悪いとは思うが、そもそも私にエマを救出する手段の有無を問わない2体も悪いと思う。

 もっと言うなら……何故、この2体は、手近な存在なら最も簡単に安否確認出来る方法を、使用しないのか。

 

「……お前ひとりでどうにか出来るのか? この広い海の中で? そもそも、どうやって見つけるんだ」

 

 アリスの声が、不安の中に猜疑を織り交ぜて私の耳に届く。

 私が単身で海に飛び込む、までは想像出来ている様子だが、その先私がどうするのかまでは、想像が及んでいないらしい。

「何のための探知ですか。もう既に、ある程度の確認は出来ています。この船からおよそ50メートルの海中で、付かず離れずで居ますね。……あれなら放って置いても問題は無さそうですが」

 まず、私がエマの動向をある程度把握している事実を伝えると、唐突に気の抜けた用な顔になったカーラの腕から力も抜ける。

 結果甲板に帰還を果たした私だが、特に湧いてくる感慨もない。

 カーラもアリスも、どうやら探知魔法の存在すら頭から消し飛んでいたようだ。

 元冒険者のアリスと、私より魔法に知悉している筈のカーラが揃って、なんという有様か。

「海水に濡れるのはイヤですが、まあ、今更ですね。私は障壁を船状に成形して海中を航行、エマを回収してきます。私一人で出来ますから、お2体(ふたり)は……」

「私も行くぞ!」

 小さな個人的感情を吐き出してから、行動予定を告げる私の台詞を、カーラの熱い叫びが遮る。

 

 コイツは人の話を聞きたくないのか?

 

「……正直、人数が居ても特に良いことは無いのですが?」

 障壁を硬化に全振りした上で船……潜水艇っぽい形に仕上げるのが私なら、それを操作しエマを回収するのも私だ。

 探知の反応を見る限りエマは意識を失っている様子もなく、むしろ船についてくるのに飽きて、好き勝手に泳ぎ始めた場合の方が厄介な有様である。

 面倒事を避けるなら、人目が私たちに向く余裕のないうちに、迅速に行うのが理想だろう。

 

 ……迅速にと言うなら、問答を重ねるほうが時間の無駄か。

 

「……まあ良いでしょう。では、アリスも私にもっと寄って下さい。通常障壁展開後、海に飛び込んでから船体を成形します」

 残る残らないの遣り取りで時間を浪費する愚を避け、私は小さく息を()いて提案する。

 そして、ついでに良いことも思い付いた。

「距離も近いですし、探知と操舵は私が行います。カーラは動力用に魔力を供給して下さい。発見後はエマの直上で床面を開きます、アリスはエマの引き揚げを」

 私の言葉に、真剣な表情で頷く二人。

 

 ……それほど難しい作業ではないと思うのだが、もしかして本当に、私の緊張感が薄すぎるのだろうか?

 

 最終的に自身への猜疑が深まった私だが、行動に迷いは出ない。

 2体が充分な距離に居ることを確認して、まずは通常の障壁を展開する。

 私を含め3体を障壁が覆い尽くしたことを認識すると、私は障壁ごと飛んだ。

 

 荒れ狂う海、迫る壁のような荒波に向かって飛び出すなど、生前含めて初めての経験だ。

 緊張はなくとも、僅かでも恐怖がないと言えば嘘になる。

 しかし私は、荒波に揉まれながら、押し戻された私の障壁が客船に被害を齎さなければ良いなあ、等と、割りとどうでも良い事に気を取られ、感じた恐怖はすぐに霧散していたのだった。




もう少し人間らしさを持てと1体に言うべきか、もっと冷静になるべきと2体を諭すのか、悩みますね。


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嵐の海中散歩

エマを追って、3体も海の冒険へ。胸が熱くなりますね。


 仲間で身内(姉)が、客船の甲板から荒れる海に投げ出された。

 

 ……そもそもそんな状況の船の甲板に素人がノコノコ上がる段階で「死にたいのかな?」と言う話なのだが、我が姉は戦闘狂なので仕方が無い。

 まさか大自然にまで挑むとは思わなかったが。

 

 しかしそんな姉がそう簡単におくたばりになるとは思えない私が探知を周囲に走らせた所、案の定、船近くの海中に仲間を示す青反応が有った。

 生きているどころか呑気に船についてくる様子に心配する理由が見つからず、冗談などを飛ばした所、他の仲間にえらい勢いで怒られてしまった。

 

 かくして、私たちは自業自得で海に投げ出された姉を救う為、荒れ狂う海へと身を躍らせるのだった。

 

 

 以上、ここまでの経緯である。

 客観的に私たちの行動だけを見れば、ただの集団自殺だ。

 

 

 

 障壁を張って飛び込んだ私たちは、しばし荒波に揉まれ、ともすれば上下の感覚も失いそうになる。

 障壁によって空間が確保されているおかげでどうにか平衡感覚を取り戻した私は、一息()く間もなく新たに障壁を展開し、海中に空間を確保する。

 私が割りと懸命に魔法を操作している間に、我が敬愛する姉ことエマは、呑気にお魚気分を満喫しているらしい様子が、探知の反応でよく分かる。

 思った以上に飽きっぽい姉は、もうそろそろ船についてくる事にも飽き始めているのだろう。

 

 あちこち動くと(はぐ)れるから、大人しく船についてきなさい。

 

「これが……魔法障壁の船……」

 

 先程まで割りと本気めで怒っていたカーラが、拡大された障壁領域内で呆けたように呟き、周囲を見回している。

 

「船って言うか……これ、潜水艇だよな」

 

 アリスは感心したような呆れたような、そんな面持ちでやはり空間内を見回している。

 小さな事に拘るものだ。

「海を往くためのモノですから、船のうちでしょう」

 私が自信満々に言うとアリスは考え込み、最終的には腕組みして小首を傾げてしまった。

 まあ、悩みも人生には必要なスパイスだから、これは放っておくとしよう。

「では、私は探知しつつ操舵を行います。カーラは動力……私に魔力供給をお願いします」

 予め決めてあった通り、私がソナー役をしつつ船の運行を、カーラが動力役として魔力供給を行う。

「う、うむ、離れていては落ち着いて供給出来る自信がないから、悪いが触れるぞ」

 船首に近い位置に立つ私の真後ろに立ち、カーラは私の返事を待たず、私の両肩に両手を置く。

 そして間もなく、カーラからの魔力が送られてくる。

 

「……何だこれは、際限なく吸われるぞ……? お前の魔力炉はどうなっているんだ?」

 

 小さな驚きの声が、私の耳をくすぐる。

「どうも何も、マスター・ザガン謹製の魔力炉ですよ。全員同じ筈ですが?」

 探知魔法に返ってくるエマの反応に溜息を零しながら、私はカーラの質問に適当に返事をする。

「いや……いや、良い。その話は後にしよう」

 そんな私に対するカーラの回答にやや引っ掛かりを覚えるが、ここで議論を重ねても仕方がないのは同意である。

 私は注意を前方、艦首方向に向け直し、呑気に泳ぐ姉へと船を走らせる。

 カーラの魔力は練られ過ぎていて些か重いが、扱いは悪くない。

 

 興味本位で全力でエマに体当たりを敢行したい衝動に駆られるが、反撃で破壊されてもつまらない。

 欲求を抑え、アリスには手短に救出口の位置を伝え、改めて操作に注力するのだった。

 

 

 

 海中遊泳を呑気に楽しむエマは、私たちが乗り込む潜水艇に興味を持ったように近付いてきた。

 が、中にいるのが私たちだと知ると、面白がって逃げ始めた。

 

 やめろ、面倒なことをするんじゃない。

 

 もう数分海中に居るのに息が続いているように見えるのは、単純に私たちには見掛け以外で呼吸の必要がないためだ。

 あまりない状況だが、人間相手に呼吸していると錯覚させるために行うことが主で、どちらかと言えば必要なのは酸素ではなく魔素である。

 その魔素は海中にも存在している所為で、エマが無駄に元気にはしゃぎまわっているという訳だ。

 

 迷惑な話である。

 

 海上は荒れていても海中は穏やか、そのような話を聞いたことが有るが、実際には波の影響は皆無では無いし、そもそも前提として海流というものが有る。

 エマはその海流に逆らうようにその小さな体を進ませているが、それを追う私たちは、影響を受けにくい船体形状を考えたというのに中々追いつけずに居る。

 何処まで行く気なのか、もう既に客船からは随分遠退いてしまった。

 

 まっすぐ追う分にはまだどうにかなるが、流れに逆らう中で急な方向転換どころか、少しの進路変更も抵抗を受けて負荷が掛かる。

 そんな風に悪戦苦闘する私たちを面白がって、エマは更に逃げる。

 

 完全な悪循環だ。

 

 周囲に何やら巨大な海洋生物らしき反応も出て来たし、何よりもそろそろ船に戻ってゆっくり休みたい。

 船の操舵も前進も、私とカーラの2体分の魔力を使っているのだが、どちらも無尽蔵ではない。

 

 エマに効く折檻を考えつつ、舌打ちを落とし、じれた私は伝声管もどきを作って海中へと繋げ、そして怒鳴った。

 

「エマ! 好い加減に戻りなさい! 船から離れ過ぎて居ます!」

 

 水中は音声の伝達が早くなると言うが、海流に逆らっている私たちの声が前方を行くエマに、果たして上手く伝わるだろうか。

 心配する私を他所に、先行していたエマが突如動きを止め、見た目で判る渋々さで私たちの元へと戻って来る。

「はぁい、わかったよぅ。もっと遊びたいけど、マリアちゃん怒らせたら怖いモンねぇ」

 何やらエマの愚痴が伝声管から逆流してきたが、誰がどの口で何をほざいているのか。

 

 私は現状、エマ以上に恐ろしい存在は4名しか知らない。

 

 少し気になる海洋生物――探知に返ってくるその形状から、恐らくサーペントの類だろう――は、此方を警戒しているのかそれとも満腹なのか、寄ってくる様子は今のところ無い。

 それならば下手な接触はせず、速やかにこの場を離れるべきだろう。

 

 正直見てみたい思いは有るが、それ以上に気疲れしている。

 さっさと戻って休みたい所だが、さて、どうやって船に戻るべきか。

 

 魔力に物を言わせて強引に回頭し、進路を船に向けた私は、船の位置を確認するために走らせた探知の反応に違和感というか、妙なモノを覚えた。

 背後でわちゃわちゃと会話する3体は周囲の警戒などそっちのけの様子で、私の感知した何かに気付いた様子もない。

 嵐の中の船が、なにか歪な、大きくなったような気がするのだが……。

 

 この時探知だけで済まさず、探査を走らせなかった事を、私は少しだけ後悔することになる。

 

 何故なら、船近くまで戻った私たちが荒れ狂う海面に出て目にしたのは、客船に絡みつく巨大な触手。

 そして、あっという間にバラバラにされ、荒波に呑まれるように沈んでゆくその最後の姿だったのだ。




帰るべき所が、無くなってしまったようです。


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選択と決断、多少の手遅れアリ

取り敢えずあらすじから始めるほど、彼女にとっては衝撃の連続のようです。


 海に投げ出された仲間の救出……と言うか、呑気に海中遊泳を楽しむエマを苦労の末に回収して客船付近に戻った私たち。

 どうやって客船に戻るかと思案する私だったが、その心配は無くなってしまった。

 

 帰るべき船が、巨大な触手を持つ生物――魔獣だろうな、アレは恐らくクラーケンとかそういう奴だろう――によって海の藻屑となってしまったのだ。

 

 海面には木片と、投げ出されたであろう人間がかろうじて浮いている。

 端的に言って海上の地獄な訳だが、幸いというか、クラーケンは既に周囲には居ない。

 

 巨大な船を襲い、海面に投げ出されてまだ息のあるらしい反応は20程度。

 中々の大きさの客船だったし、相応に乗客も居た訳なのだが、今ここで反応が帰ってこないということは、船ごと引きずり込まれたか、或いは。

 

 新たに間近に現れた私たちに見向きもせずに海中へと姿を消したと言う事は、まあ、()()()()()()()満腹になったとか、そういう事なのだろう。

 

 

 

 さて、私は現在、絶賛途方に暮れている。

 呑気に船に戻る気であったし、戻ったら食事を楽しんで部屋に戻って、そこから「霊廟」に戻って、と、ここまで繰り返した船上生活をまた行うだけだと信じていただけに、急に戻るべき船を失ってしまった事実にはもう、乾いた笑いを浮かべる以外に打てる手が無い。

 無いのだが、そうも言っていられないのは、探知に反応する生命体……人類種のそれだ。

 

 見捨てるのは構わないが、仮にこのまま残りの旅路を強硬に辿るとして、港町に直進すれば間違いなく面倒事が起こる。

 怪しげな人形が4体、微妙に光る半透明の船だかなんだか良く判らないモノに乗ってやってきて、客船が海の怪物に襲われて海の底に沈んだと素直に告げたとしよう。

 

 誰が信じるんだ、そんなこと。

 

 では証言者として彼ら彼女らを回収するとして、この船は大変に気密性が高い。

 多少拡大して、一度酸素をたっぷりと含んだ空気を取り込んだとして、20数名も詰め込んでしまえば、あっという間に酸欠で死者が出るだろう。

 普通の船のように改造しようにも、大きすぎれば魔力をそれだけ多く消費するし、何より造るのが面倒臭い。

 

 と言うか無理だ。

 

 この潜水艇もどきは、結局はただのハリボテで周囲を覆っているだけの、シンプルな構造なのだ。

 エマの回収は底面を開けて浸水しないようにしただけだし、動力はシンプルに私とカーラの魔力を推進剤として、船の後方からそのまま放出しているだけだ。

 方向転換や船体の姿勢制御に各所から魔力放出出来るようにしているが、それだって小難しい構造ではなく、それっぽい形状を作った上で、そこを起点として魔力を放射しているだけだ。

 

 推進装置なんて小難しいものを再現出来るなら、とっくにやっている。

 

 そんな訳で、船に詳しくもない私が見様見真似でそれっぽいものを作ったとして、海中を強引に進むならともかく、海面を安定して走る船をちゃんと作れる道理はない。

 いつぞやのおひとり様用の小舟とは訳が違うのだ。

 

 ぼんやりと考え事などを楽しんでいる間に、2名ばかりの反応が消えた。

 

 荒れた海に、怪物に破壊された船から投げ出されたのだから、全員何かしらの怪我を負っている可能性は高い。

 グズグズしていては、港町で怪物に襲われた事実、ひいては私たちの無実を証明してくれる人々が消え去ってしまう。

 しかし救出後の扱いについて妙案を思いつかない私には、もはや仲間の知恵を借りる以外に打てる手は、苦笑いするくらいしか無い。

 

「アリス、カーラ。周囲に投げ出されたと思われる方々の反応が有ります。救助したくとも、この船では収容しきれません。どうすべきだと思いますか?」

 

 私の声に、怪物の姿と、それが巨大な客船をへし折って海の底に引き込んだインパクトに呑まれていた2体が、私の方へと顔を向けてきた。

 ちなみに、説明が必要とも思わないが、エマに意見を求めなかったのは、まあ、うん。

 

 エマが生存者に興味を持つかと言えば、まあ、そう言う事だ。

 

「あ、ああ、そうか、生き残りがいるんだな、うん」

 陸では割りと動じないであろうアリスが、流石に勝手の違う海上で出会った脅威に呑まれてしまったらしい。

 その回答は、いかにも間の抜けたものである。

「かっ、回収したほうが良いだろうな、流石に見殺しには出来まい」

 同じ様に呑まれつつも、やや上擦った声では有るものの、カーラは比較的真っ当な意見を返してきた。

 

 私の印象とは正反対の反応を返してきた2体だが、いずれにせよ、どちらも健全な反応では有ると思う。

 

「ええ、回収したいのは山々ですが、このままではこの船は小さすぎますし、大きくした所で、この船の構造では窒息死してしまうでしょう。普通の船を作る、と言うのは論外です、私は詳しい船の構造など知りません」

 

 カーラの意見に同調しつつ、先回りで「この船にあの人数は無理だよ」と告げる。

 露骨に理由まで添えて伝えたため、2体は今気が付いたかのように周囲を見回している。

 

 私もそうなのだが、目の前で信じ難いことが起こると、小さなパニック状態に陥ってしまう。

 2体は私が考えたのと同じような思考を辿ったのだろう、やがて目を合わせた挙げ句、揃って困り顔を私に向けてきた。

 

「霊廟」に招き入れる、という案を思い付いたのだろうが、それを実行するには私の許可が必要だし、私がそれに頷くとは思っていないのだろう。

 私も考えないでは無かったのだが、仮に許可を出した所で、興味本位で探索を始めた人間があの広大な空間で迷子になる等、面倒事が起こる予感しかしない。

 3体で間抜けな顔を見せあっている間に、また1名の反応が途絶えた。

 

「……已むを得ません、『霊廟』に招きましょう。私の正体を明かした上で軽く脅しておけば、それほど無体な事をしようとする人間は出てこないでしょう」

 

 私は溜息を零し、諦めたように告げる。

 溜息の理由は、「霊廟」に人間を招くという事と、自分で言った言葉を自分で信じることが出来ないからだ。

 どれだけ注意しても警告しても、馬鹿な真似をしでかすのが人間というものなのだから。

 

 通常であれば間違いなく見捨てる所だが、今回は我々の行動の正当性――港に怪しい風体で現れる理由付け――の為にも仕方が無いところだ。

 

 そんな打算に裏打ちされた私の行動だが、アリスとカーラには思いがけない発言だったのだろう。

 驚いた顔で私を見るが、無理もない事だろうと思う。

 

 口にした私にしても、正直に言えば「霊廟」をあまり多人数に開陳したくなど無い。

 したくはないが、今回に限っては見捨てる選択肢は無く、この船に詰め込むのも無理となればそれこそ已むを得ない事だ。

 

 私は驚き顔のまま固まっている2体を放置して船を操作し、海上を走らせつつ船体の構造を一部変化させる。

 両舷に開口部を造り、そこから引き入れることが出来るようにしたのだ。

 救出時に入って来てしまう海水に関しては、なんとか排出するように頑張るしか無いが、さてどうするか。

 取り敢えずは待機する仲間たちに、救出時に海水が入ってくるから注意するように伝えておく。

 

 私の横顔を、最初の段階で放置されているエマが、何故かとても楽しそうな笑顔で眺めているのを感じる。

 その理由を考えたらとても怖いことに気が付いてしまいそうで、私は敢えてそれを無視するのだった。




随分と偽悪的ですが、基本的にお人好しだと思うんです。言いませんけれど。


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救助人形、がんばる

人助けとは、中々の趣味ですね。


 波を蹴立て、潜水艇もどきは走る。

 生存者の反応を目指し、舷側からアリスが艇内に引き込み、エマとカーラが「霊廟」へと運んで簡単な回復の魔法を施す。

 

 カーラが抜けたことによる魔力供給の代替は、以前とある事で使用した試作の魔力炉を据えている。

 

 私なりに懸命に操船するのだが、荒れる夜の海に放り出された人々は無事であるものは皆無で、大小の程度の差こそあれ、負傷を抱えていた。

 引き揚げたものの回復が間に合わず息を引き取った者も居り、最終的に私たちの手が届いたのは16名であった。

 

 この結果に、特に思うことはない。

 2名の遺体に関しては、目的の港についてから、その街の衛兵なりに相談する他有るまい。

 エマ辺りが「お肉ゲット!」とか言い出しそうだが、他に救助した人々の目も有るので、どうにか自重して欲しいものだ。

 アリスとカーラの働きに期待するしか無いのが、なんとも心許ない。

 

 私は潜水艇もどきを潜航させ、構成する障壁の維持を試作魔力炉に任せて「霊廟」へと戻る。

 

 ……これで戻ったときに、障壁が解除されていたら大笑いである。

 

 

 

 私が船の保守作業を終えて「霊廟」へ戻ると、助けた人たちは皆怪我の回復は出来ていたが、何故か皆固まって震えていた。

 3人ばかりの若い冒険者風の男女が他多数を護る様に前に出ているが、その顔色もハッキリと悪い。

 

 非常に面倒で聞く気にもならないが、一応、何が有ったかの確認はせねばなるまい。

 

「……これは何事ですか? あまり『霊廟』内で騒いで欲しくは無いのですが?」

 

 言いながら仲間の方に目を向けると、エマはともかく、残り二人が非常に疲れた顔を此方に向けていた。

 私を視認したのなら、まず声を掛けて、それから現状を説明するとか、色々有ると思うのだが。

 

「色々と行き違いがな?」

 

 真っ先に口を開いたのは、アリスだった。

 行き違い、とは何が有ったのか。

 疲れた様子のアリスとカーラ、そして怯えつつ警戒を緩めていない人間たち……む、一部にエルフと、ドワーフも居るか。

 ともあれ、この様子は、つまり。

 

 せっかく助けた人間たちに、どういう訳か怯えられている、と言う事か。

 

「まあ、その、なんだ。エマちゃんがな?」

 

 状況を整理しようと働かせ始めた私の頭に、まずはアリスの追加の台詞が染み込む。

 同時に、嫌な予感と頭痛が呑気に襲い掛かってきた。

 

 エマと人間と死体。

 

 これだけ揃っている空間であの無邪気な人形が言いそうな事を、私はつい先程考えたばかりだったのだが。

「ほれ、そこの死体を指差してな? 『このお肉、どうするのぉ?』って」

 わざわざエマの口調を真似る必要が有ったのかはともかく、起こってしまった事象にはもはやどうしようもない。

 私は右手で覆った顔を天井に向ける。

 

 当然のようにエマの自重など無く、アリスとカーラはある意味で期待通りに役に立たなかった。

 

 死体と彼らにどういった関係が有ったのかは不明だが、同朋の死体を指差して「お肉」と言われたらつまりは食料の事だとしか思えないし、次は自分たちがああなるのだと言われたと思っても不思議ではない。

 エマの言葉を無かったことには出来ない以上、もはや何を言っても信じては貰えまいが、それでも私はこのピリついているのかいないのか良く判らない空間に介入しなければならない。

 

 余計な手間を増やしてくれるものだ。

 

「エマ、その死体はきちんと運んで、御遺族の所へちゃんと戻れるようにしなければいけません。お肉ではありませんよ?」

 

 溜息混じりに言葉を発しきってから、私は自分の間抜けさに気付かされる。

「えー? 勿体ないなぁ、新鮮なお肉なのにぃ」

 私が声を掛けたらエマならなんと答えるか、これほど想像し易い事は無いだろうに。

 

 仮に良い返事の方向だったとして、「はぁい、わかったぁ! それじゃあ、このお肉は我慢するよぉ!」とか、そんな所だろう。

 

 結局は食料扱いだし、そもそも私の台詞の方もそれを否定していない。

 取り繕って静かに足を進めながら行き場のない客人達に目を向ければ、ほら、やっぱり顔が引き攣っている。

 

 私はエマの失態と自身の浅はかさに疲労を感じながら、冒険者風の男女の前に立った。

 別段彼らがこの一団の代表と言う訳では無いのだろうが、取り敢えずでも話せる存在なのだと知らせなければならない。

 

 緊張に表情を引き締める彼ら彼女らに、私は小さな疑問を抱いた。

 

「……カーラ。エマの粗相はともかく、何故この方たちはこれほど怯えていらっしゃるのですか?」

 

 眼の前まで来て非常に無礼であると承知の上で、私は彼らに軽く一礼してから、振り返って問いを投げる。

 エマの一言は充分なインパクトが有るだろうとは思うが、初対面の人間が、それを冗談の類では無いと受け止めるだろうか?

 私の視線を受け止めたカーラは何故かすぐに目を逸し、そして答えた。

 

「あー、その、何だ。……結論を言えば、自己紹介したのだ」

 

 カーラの視線を追って床に目を向ければ、4つの死体が転がっている。

 

 ……回収した死体は、2つだった筈なのだが。

 しかもよく見れば、増えたと思しき死体の方は、2つとも首が斬り落とされているのだが。

 視線を上げるが、カーラは私と目を合わせようとしない。

「えっとな? 前提として、説明がちょっと長くなるぞ?」

 助け舟アリスの声に目を向けると、こちらも何処か嫌そうな、そんな様子で両腕を広げ、肩を竦めている。

 

 説明をしようという人間のする仕草では無いと思うのだが。

 

「手短に願います」

 私の言葉に更に肩を竦めると、アリスは口を開き、聞いた私は客人の前だと言うのに天井を見上げ、すぐには言葉が出てこなかった。

 

 

 

 アリスの話を要約すると、救助しカーラが回復魔法を施した人間の中から、ならず者風の2人がエマの言葉に反応したのだという。

 怒ったのでもなく、怯えたのでもない。

 

 健気なメイド少女が、女主人を護るために恐ろしげなことを言ってみせた、その程度の受け止めであったようだ。

 

 最初こそ穏やかに収めようと努力したアリスとカーラだったのだが、恐らく腕力で生きてきたのであろうならず者たちはしつこく、どうやら単に馬鹿にしていると言うよりも、アリス、カーラ、そしてエマを何と言うか、まあ、手籠めにでもしようと思っていたのだろう。

 

 無謀という言葉の例として、その蛮勇を記して良いかも知れない。

 

 流石に意図に気付けない訳もなく、素直な気持ち悪さに気分を害したカーラは、既に戦闘準備を終えているエマに……つい言ってしまったのだという。

「エマ。斬るのは首だけに」

 次の瞬間には2つの首が舞ったと言うのだから、エマもそれなりに気に触っていたのだろう。

 

 それにしてもやりすぎである。

 

 挙げ句、その新たな死体を前に、馬鹿丁寧に全員が人形であることを告白したというのだから頭が痛い。

 それでは、気まぐれな人形がこれから貴方たちを皆殺しにします、と宣告したに等しいではないか。

 

 私がただの人間だったなら、そんな状況、泣くだけで済む自信が無い。

「いやその、私もつい、カッとなってな?」

 しどろもどろのカーラが取り繕うが、カッとなってで済むか馬鹿。

 止めろ馬鹿。

「気持ちは理解出来なくも有りませんが、殺してしまっては救助した意味が無いでしょう」

 私の口から、堂々たる正論が吐き出される。

 カーラは視線を合わせず、アリスは情けない顔で口を噤み、エマはキョトンと私を見ている。

 

 そうだ、此処で正論を振り翳せば、食材にされるとかいう誤解は解けるかも知れない。

 むしろ積極的に解かねばならない。

 意を決した私の舌は、滑らかに回り始める。

 

「せめて腕なり脚なりを斬り落として、回復させてまた切り落とす、を繰り返せば、反省して頂くことも出来たでしょうに。貴女(あなた)たちはもう少し、穏便に事を進める努力をするべきです」

 

 自信満々に自身の常識家っぷりを披露する私が振り返って客人たちを見渡せば、いつの間にか距離が空いており、冒険者たちを含めて全員が真っ青になって震えている。

 エマの暴虐の片鱗を見たのだから、仕方のない事だろうか。

 

 客人たちの心の壁が取り払われるまでは、まだ時間が掛かりそうだ。

 

「……マリア。お前それ、結構な拷問なんだけど……大丈夫か? 穏便の意味、知ってるか?」

 

 アリスの言葉に少し動きを止めた私が恐る恐る見ると、脅威から目を離す訳には行かない冒険者が涙目で私を見ている以外には、誰一人として、私と目が合う者は居なかった。




馬脚を露すという言葉の意味も、知っておけば人生を楽しく過ごせます。


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ペナルティだけが明快

うーん、マリアの思惑も理解出来ますが、そもそも港町以外からこっそり入国してはダメなのでしょうか?


 さて。

 

 安心させようと躍起になった結果、激しめの自爆になってしまった塩梅だが、ここからどう挽回したものか。

 目があったアリスは、諦め顔で首を振るのみでフォローしてくれそうな気配はない。

 視線を巡らせれば、先頭に立つ冒険者までもがガタガタと震えている有様だ。

 

 ……レベル27程度では、エマの動きを目で追うことさえも難しかっただろうし……私がエマ(アレ)の同類だと思ったら、まあそれなりに恐ろしくも映るか。

 私の実像と言えば、お茶目で優しいお姉さん……いやお姉さんなのか?

 

 最近ではもう、私の元の性別どころか自分が元々人間であったことさえ忘れがちである。

 

「ええと、何を言った所で今更ですが……この空間で騒ぐ事をしなければ、私たちは何もしません。私たちはクアラスの港を目指しています。皆さんもあの船に乗っていたのであれば、目的地は同じかと思いますが、如何ですか?」

 

 我が言葉ながら、取り繕い感が酷い。

 だが、エマがちょっぴりお転婆さんな本性を晒してしまったのも、カーラがそれをけしかけたのも、助けた人間たちの中に不心得ものが混ざっていたからだ。

 善良でおとなしい者たちばかりだったなら、エマが暴れる理由は無かった筈なのだ。

 

 海中遊泳も満喫して、機嫌も良かったと思うし。

 

「す、すまない、俺達は何と言うか、全然状況の理解が出来ていないんだが……ここは何処なんだ? 俺達は船に乗っていた筈で、確かにクアラスを目指して居た。揺れが酷くなったと思ったら、強い衝撃を受けて……俺達は死んじまったのか? ここは天国か、それとも地獄なのか? アンタとアンタのあの女主人は、ヘカテーの眷属なのか?」

 

 しかし、困惑顔も時には晒してみるものである。

 私が仲間たちとあれこれ話しているのを見て、話が通じると思ったのか、冒険者風の装備の男が私に対して質問を投げ掛けてきた。

 

 それは良いのだが、随分と混乱しているな?

 私は夜と魔術の女神の眷属になった覚えは無いし、そもそも会ったことも無いのだが。

 

 ……聞き流しかけたが、女主人とはカーラのことか?

 

 私は思ったことや疑問を一旦無視して身体(からだ)ごと向き直って居住まいを正し、いつも以上の丁寧を心掛けて口を開く。

「少し刺激の強いお話かもしれませんが、貴方たちは知るべきですね。あの客船は、嵐の中、クラーケンと思しき怪物の襲撃により沈みました」

 まずは強めの事実、もう客船は存在しないのだと言う事を告げる。

 この前提を飛ばしてしまえば、私たちが彼ら彼女らを拉致してきたと勘違いされかねない。

 

 と言うか、多分もう勘違いされていると思う。

 

 ざわつく一団。

 普通の乗客は嵐の中不必要に出歩くような真似はしないだろうし、客室に居る状態であの惨劇に見舞われたのだ。

 なにかが有ったのは理解出来ても、それが怪物の仕業なのだと言われてすぐに信じられる訳が無い。

 

 だが、あの船に乗っていたのは、船室に籠もっていた乗客ばかりではない。

 船の運行に関わる船乗りたちや客室乗務員、船のキッチンを預かる料理人、そういった職業として船に乗っていた人々もいる。

 彼らは職責として、嵐だからと持ち場を離れる訳には行かなかっただろう。

 

「……あの姉ちゃんの言ってる事は本当だ。船はクラーケンの腕に絡め取られて、沈められた」

 

 私の視線の先、集団の中のひとりが、屈強な身体(からだ)を震わせ、青い顔で呟く。

 短く刈り込んだ髪、浅黒く日焼けした肌。

 ノースリーブの白いシャツから伸びる腕は太く、シャツ越しにも厚い胸板が判る。

 見たままの屈強な海の男は、その瞬間まで、甲板に居たのだろう。

 

 集まる視線の中、彼は静かに息を吐く。

 彼の他にも2名ほどの船員らしき姿が見える。

 他にも客室乗務員らしき女性や、料理人らしい女性の姿も有るが、甲板上に居た船員程、正確に状況を掴めては居ないだろう。

 

「私の出来る範囲内で捜索を行いましたが、救助出来たのは貴方たちだけでした。うち2名は回復が間に合わず死亡、もう2名については……私より、貴方たちの方が詳しい筈です」

 

 巻き込まれた彼ら彼女らに同情の思いは有るが、不必要に親身になる心算(つもり)は無い。

 心の混乱はまだ収まっては居ないだろうが、私は構わず淡々と言葉を並べる。

 

「此処は私たちザガン人形の制作者、サイモン・ネイト・ザガンによって造られた魔法空間です。貴方たちの好奇心を抑え込めるとは思いませんが、なにか良からぬことをする前に、私たちがマスター・ザガンを敬愛しているということを思い出して下さい。……カーラ()には2階以上への通路の封鎖をお願いしますが、この1階でも、許可無く不必要に出歩かないで下さい」

 

 私を見て怯えて頷く人々の中でひとり、不服そうに表情を歪めた男の姿を認める。

 

 見知った顔では無いし、冒険者や傭兵といった類の人間とは違う、波で洗われてよれたカッターシャツには緩んだネクタイが下がり、スラックスを穿いて革靴で立っている。

 

 背後では。そんな集団の観察をしているのかいないのか、何故かカーラの慌てたような気配が伝わってくるが、当然無視である。

「カーラ()のご命令を待つまでもなく、不心得者は見つけ次第排除致します。……私はともかく、エマは優しくは無いですよ?」

 私が少し調子に乗ると、私の後ろでしゃきんと、刃物を合わせるような音が鳴った。

 良いタイミングでエマがやってくれたようだ。

 お客人にはとても良い警告になってくれたようだが、刃が悪くなるのであんまりやらない方が良いと思う。

 

 私が気になった男――こういう言い方は誤解を招くか――も怯えたような表情を作っては居るが、その目の反抗の光は消えていない。

 

 話しながら放っていた鑑定の結果を一瞥した私は、そういう事かとひとり、静かに納得する。

 取り敢えず脅威ではないが、目を離してはいけない存在ではある。

「それでは、皆様をお部屋へご案内致します。お疲れでしょうから、ゆっくりとお休み下さい。……あ、料理人の方には後ほどご相談が有りますので、お目覚めになってから、もう一度お話しをさせて下さい」

 この人数の食事の用意が面倒だと思った私が思い付きで声を掛けた料理人の女性が、びくりと身を竦ませるのを確認してから、私は一度全員に向けて頭を下げ、集団についてくるよう促して先に立ち、歩きだす。

 

「……カーラ『様』とはなんだ? マリアの奴、頭でも打ったのか?」

 

 耳に飛び込んできたものすごい小声に、私は思わず吹き出しそうになってしまい、慌てて咳払いで誤魔化す。

「……どうやら女主人と勘違いされているようですし、面白いのでそれで行こうと思っただけです」

 私も同レベルの小声を返すと、困惑するカーラの嘆きと、それをからかうアリスの笑い声が、やはり小声で返ってくる。

 

 よくよく、器用な仲間たちである。

 エマまでが、面白がって「カーラ様」を連呼している。

 

 私はそんな仲間たちを一旦放置し、客人たちを私たちが普段いるのとは別のブロックに続く通路を歩き、それぞれに個室を充てがっていく。

 まずは休息して貰い、その間にも客人の食事の手配、ロビーに放置している死体の保存等、やることは色々とある。

 

 先程の男の動向にも気を配らねばならない。

 

 いつしか普通の音声で会話することにしたらしい仲間たちが、玄関ホールできゃいきゃいはしゃいでいる声が微かに聞こえる。

 呑気さに溜息が溢れるが、あれで私より旅慣れていたり、魔法が得意だったり、無駄に勘が鋭かったりする。

 

 それぞれと今後のことを話し方針を定めるべきだと思った私は、騒がしい仲間たちの元へと向かうことにした。

 

 取り敢えず、第一声は「戻りました、カーラ様」で行こう、そう決めた私の顔は、きっと爽やかな笑顔の筈だった。




随分と気の弱そうな女主人ですが、皆はちゃんと言うことを聞くのでしょうか?


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人形会議

不埒者は解体(バラ)して備蓄庫に放り込んでしまえば良いですね。


「今更だけど思い切ったな、お前」

 

 客人たちの案内を終えた私がいつものように談話室に入ると、既に入室していたアリスが声を掛けてきた。

 この期に及んで、何のことやら等と、白々しい台詞は口にすまい。

 

 私が「霊廟」に戻った頃には不埒者は死んでいたのだから、それ以外となれば人命救助と彼ら彼女らをこの「霊廟」に招いた事しか無いだろう。

 

「他に打てる手が有りませんでしたからね。戻ってみたら早速人数が減っているとは思いませんでしたが」

 手近な椅子を引いてから、誰の手元にも茶が無いことに気付いた。

 

 別段私の仕事という訳でもないが、気付いてしまっては仕方がない。

 

 降ろしかけた腰を上げ、私は給湯スペースへと足を向ける。

「いやまあ、エマちゃんのせいにはしないよ。って言うか、エマちゃんが動かなかったら私がやってたかも」

 珍しく、アリスが割りと殺意高めな発言をしている。

 

 基本的には常識人な顔をしているが、初対面時に私に襲いかかろうとした程度には血の気が多い。

 とは言え、半分投げ捨てては居ても常識人枠。

 そのアリスがそこまで言うとは、あの新規死体の2名は余程の発言をしたのだろう。

 

「責めては居ませんよ。真っ先に死んだと言うことは、無理に生かした所でこの先何処かのタイミングで殺さざるを得なかったでしょう。……タイプは違うでしょうが、似たようなモノが最低あと1名紛れていますし」

 

 私を手伝おうと近付いてきたカーラが、私の言葉に足を止めた。

「あの、お前の脅しに不満顔を見せた男か」

 少し意外に思いながら、茶器を持って振り返れば、カーラどころか全員が、静かな無表情を私に向けていた。

 

「驚きました。気付いていたのですか?」

 

 取り繕っても仕方が無いので、私は思ったことを素直に口にする。

「うん。なんか、すっごくヤな感じだったよぉ? マリアちゃんが戻ってきたから取り敢えず放置したけど、すぐに殺したほうが良いと思ったよぉ?」

 常に無い無表情は、エマなりの嫌悪の現れだろうか。

 その口振りは、あの男は私が「霊廟」に戻るまでの間に何かやらかして居たのか。

 その隣で、やはり表情を失くしたアリスが静かに頷く。

「クロヌサントの新聞記者、だったか? 怯えたフリが下手な奴だったな。その新聞記者ってのも隠れ蓑で、本業は工作員、か。わざわざアーマイクの港町を経由して魔族の国に、ねえ」

 私と同じく、鑑定を掛けていたらしい。

 どういった類かは流石に不明だが、確かにあの男は西の大陸の王都に本部を構える新聞社に所属する記者、とは有った。

 同時に、アリスの言った通り、その正体は王宮直下の工作兵である。

 

 アリスでは無いが、そんな男が何の用があって、わざわざアーマイク王国を経由して魔族大陸に向かうのか。

 私たちに対する態度も含めて、胡散臭いことこの上ない。

 

 緊急事態下の回収……救命活動だったので、個々人の鑑定などする余裕が無かったのだが、まあ、今更言っても仕方が無い。

「聖教国の馬鹿どもと同じ匂いがしたぞ。ああいう手合は、自身の目的を崇高なものと捉えている。それを阻むものは誰であれ敵だ。そして、目的を達成するために手段は選ぶまい。私も、早々に消すべきだと思うが」

 私を手伝いティーカップを盆に乗せながら、カーラもまた、静かな口調で物騒なことを言う。

 私だけならともかく、私たちの中でも常識派の2体も含めて、こうまで意見が一致するとは。

 

「それなら、その方向で動きましょう。……どうせこの空間含め、私たちを掌握しようと目論むでしょうから、機会はすぐに来るでしょう。まずはお茶でも味わって、それから」

 

 表情を失くして殺気立つ仲間たちに、私は敢えて柔らかな笑顔を向けて、それぞれに茶を淹れる。

「本職の料理人の方も居りましたので、食事の用意を手伝って頂きましょう」

 方針が決まり、話題が食事のことに移った事で、まずはエマの顔に笑みが戻る。

 

 そこからしばらくはお茶を楽しみながら、夕食は何を食べたいのか、船で食べた料理では何が美味しかったのか、取り留めもなく会話を重ねる。

 私たちの抹消リストに載った男は、流石にまだ動き出す様子は無かった。

 

 

 

 私とカーラは念の為に霊廟内の監視システムを起動しておいた。

 

 ちなみに、カーラに「そういうモノは無いのか?」と聞かれて初めて思い出したのは秘密だ。

 

 今まで必要な場面が……いや有ったな。

 なんで双子の件で(あのとき)思い出さなかったのか。

 

 ……まあ、私の記憶も人格同様、おおらかなのだろう。

 

 監視システムとは言っても、基本的には霊廟内の異物が何処に居るのかを感知できるシステムと、その様子をモニターできる程度の物で、遠隔で殺すとかそういった機能は無い。

 無い筈だ、少なくとも私はそれ以上は聞いていない。

 

 いささかズボラな自分の記憶に小首を傾げつつ、私は救出した料理人の元を訪れ、他の人たちの為にも食事を作って貰えるかを尋ねてみた。

 

「わっ、私で良ければ作らせて頂きたいです。でも、宜しいのですか?」

 

 少し震えているのは気の所為だと自分に言い聞かせる。

 出来る限り穏やかな表情を心掛けて居るが、それでも尚怯えられては、幾ら私とは言え悲しいのだ。

「ただ、出来れば……もうひとり、手伝わせたい者が居るのですが、ダメでしょうか……?」

 そんな緊張気味の料理人ちゃん(女子)は、おずおずと見上げるような上目遣いを向けてきた。

 

 単純に私のほうが背が高いだけなのでは有るが、そういう動作は普通にズルい。

 

「構いませんが……助手出来る者が、他に居りましたか?」

 

 特に怪しいと思った者以外は、雑な鑑定しかしていない。

 料理人ちゃんはコックコートを着ていたし、雑な鑑定以前の判り易さだったが、他に料理人なんて居ただろうか?

 

 まさか此処であの男が登場するのか、小さな警戒の火が灯るが、それは即座に吹き消された。

 

「はい、まだ見習いの子ですが、私の友達なんです。出来れば、彼女に手伝わせたいな、と……」

 

 料理人の見習いで、かつ、彼女と言うからには女性なのだろう。

 それならば、特に問題は感じないが……一応、鑑定を試みても良いかもしれない。

 こちらからは私とアリス、カーラも手伝いを出せるのだが……いや、下手にそんな事を言ったら余計怯えさせてしまうか?

 

「では、貴女(あなた)にお任せしますので、他にも助手が出来そうな人をピックアップして頂いても構いません。必要でしたら、全員集めましょうか?」

 

 私が鷹揚に頷くと、何故か料理人ちゃんは慌てだした。

「いえ、そこまでして頂かなくても! あれくらいの人数でしたら、2人で何とかなると思いますし!」

 料理人と言うだけ有るのか、それとも楽観的なのか。

 

「なるほど、ではお任せします。いざとなったら私たちも手伝えると思いますので、手が足りない時にはいつでもお申し付け下さい」

 

 まあ、本人が言うのなら任せて見るのも良いだろう。

 私の言葉に何故か青い顔をした彼女には取り敢えず助手の手配を任せ、私は静かに待つ。

 

 ここに来たばかりの彼女は食堂やキッチンの場所を把握していないのだから、案内は必須なのだ。

 

 料理人ちゃんは助手の子の部屋を把握していない、と言うことに気付かない私は、一部屋づつノックして回る彼女をしばらく待つことになった。

 数分後、そんな事にも思い至らなかった私と、私を待たせて機嫌を損ねたのではないかと怯えまくる2名は互いに頭を下げ合い、戻りの遅い私の様子を見に来たアリスに呆れられるのだった。




食事など、適当に肉でも焼いて出せば良いと思いますが……駄目なのでしょうか?


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視線、多種多様

なまじ高性能な人形用の設備だけに、人間にも普通に使えてしまうのは悔しいですね……。


 びくびくオドオドとついてきた料理人ちゃんと助手ちゃん。

 怯えるのは構わないのだが、取り敢えず食材は普通の肉や野菜だと言う事くらいは信用して欲しい。

 

 人肉料理を作れとか言われると思っていたのだろうか。

 

「それで、あの、皆様……の料理は、ええと……()()()()()をご用意するべきでしょうか?」

 

 オドオドと尋ねてくる料理人ちゃんの様子や質問内容を見るに、どうやら思っていたようだ。

「いえ、同じもので大丈夫です。……ですからそんな顔をしなくとも、普通の食材を使って頂きますから大丈夫ですよ」

 私たちも同じものを食べる、と言っただけで顔色が悪くなる有様だ。

 

 エマの「お肉」発言が効いているのは間違いないだろう。

 

 そんな2名と私の遣り取りを見て笑っているアリスだが、彼女も食人の化物だと思われていると自覚するべきだと思う。

 私自身はもう、肉になれば何でも同じだと思いつつ有るが、その考えを他者に押し付ける心算(つもり)は無い。

 

 普通の人間に人肉を出すような趣味も無い。

 

「あの……」

 

 何だか考え込み過ぎて思考が浮遊しつつあった私だが、遠慮がちな声で現実に引き戻される。

 

「ええと、あなたと、あなたのご主人様、それから他の方も……なんとお呼びするべきでしょうか? お名前でお呼びするのが失礼だったら、と……」

 

 目が合った所で飛び出した質問に、私は硬直する。

 私の……ご主人……さま?

 

 ゆっくり首を巡らせると、唖然とした顔のカーラの隣で、アリスが腹を抱えている。

 エマは、良く理解(わか)っていない顔だ。

 

「あの、どうなさいました?」

 

 視線を戻せば、こちらも不思議そうな顔の料理人ちゃん。

 自身の認識に疑問はない様子だが、そもそもなぜそんな理解になったのか。

 

 そう思って改めてカーラを見れば、真っ黒のゴシックドレスを隙無く着熟している。

 服装で判断してしまえば、仕立ての良いドレスを纏ったカーラと、メイド服姿の私とエマ、冒険者然とした格好のアリス。

 ……態度も見た目も、カーラが一番偉そうでは有る。

 

 そして、実際にカーラはこの「霊廟」そのものの管理者でも有る。

 

「説明は非常に面倒で、とても長い話になりますので端折りますが……私たち4体(よにん)の関係性は、ただの旅の共です。この魔法空間の持ち主は私ですが、管理者はカーラです。ちなみに私は、少なくとも1回づつ、彼女達と殺し合いの関係になった事があります」

 

 少し考えて纏まらないまま口にした内容は、ちぐはぐで繋がりの悪いものだった。

 端的に言ってしまえば間違いないのだが、細かな捕捉がなければ意味不明だろう。

 この説明で理解しろ、と言うには無理が大きすぎる。

 

「はあ……。え? ええ?」

 

 一旦はそのまま飲み込もうとしたのだろうが、やはり無理だったようだ。

 黙って聞いていた助手ちゃんも、料理人ちゃんと困惑を共有している。

 

「難しく考える事は無いよ、私達は単に悪友同士がつるんでるだけさ」

 

 笑いすぎの涙を拭いながら、アリスが口を挟んできた。

 とても癪だが、しっくり来る説明付きで。

「だから、私達は誰が主で誰が従か、なんてものは無いんだ。全員が対等なんだよ。だから、私達は普通に名前で呼んでくれて構わないさ」

 笑うアリスの背後で、カーラがなにか納得行かない顔をしているが、少なくとも今はやめろ。

 どうせ「私が一番弱いのに」とかどうでも良いことを考えているのだろうが、お前の不満顔はこの2人には理解出来ないし、良くも悪くも誤解を招くだけだ。

 

 そんな思いが視線に乗ったのか、目が合ったカーラはぎょっとした後、余裕ぶって椅子に座り直してふんぞり返った。

 まあ、珍しく意図が伝わったのは良いことだ。

 

 浮いている冷や汗が見える有様なのは、まあ、愛嬌の内と思っておこう。

 

「そういう事情ですので、個別名称で呼んで頂ければ……ああ、そう言えばまだ名乗りもしていませんでしたね」

 アリスの台詞に乗っかった所で、私はようやくその事に気が付いた。

 視界の端に呆れ顔の仲間たちが映り込むが、お前たちだって名乗っていないのは同じだろう。

 そう思ったが、そう言えば「自己紹介」したからならず者が暴れ出した、とか言っていたか?

 

 何がどうなってそんな事になったのだろうか?

 後で詳しく聞いてみたい。

 

 私はどうでも良い思考を中断して料理人ちゃんに名乗り、そして名乗り返される。

 

 興味がなければ相手の名も聞かないものなのだな、と、他人事のように考えながら、私は料理人ちゃんことエリス、助手ちゃんことニナと、暇で仕方が無さそうな仲間たちを連れて、キッチンに有る備蓄庫の前に向かうのだった。

 

 

 

 びくつく2人も、流石に見慣れた野菜類には安心したらしい。

 肉類についてはまだ多少の疑念を持っている様子だが、まあ、端っこでも切って焼いてみれば、多分納得するだろう。

 

 キッチンを見渡しただけで、詳しい説明がなくとも色々と理解したらしい料理人エリスは、ニナに指示を出しながらテキパキと動き始める。

 食材を並べて切っているだけなのに、エマが見惚れるほどの手際の良さだ。

 

 この様子なら安心して任せられるどころか、私やアリスが下手に手を出す方が邪魔になりかねない。

 私はキッチンを2人に任せ、仲間たちと食堂の清掃を行う。

 

 意外と根が真面目な3体の尽力で掃除も終わり、食事も用意が出来そうだと言うので、私は()()たちを迎えに行くことにした。

 既に席を確保している仲間たちの中で、私と目が合ったカーラは溜息を()いて肩を竦める。

 例の男に動きが無い事を確認しての所作だろう、私も似たような心持ちだ。

 

 やらかすなら、早めに動いて欲しいものだが……まあ、夜までは動かない心算(つもり)なのかも知れない。

 

 これで港に到着するまで大人しくしていたら笑うしか無いが、それはそれで平和で良い。

 私は一部屋づつノックして回り、ただの客人としては12人に減ってしまった一団を引き連れて食堂へと足を向けた。

 

 

 

「おい……また、人数が減ってないか……?」

「どうなってるんだ、なんて聞けないよな。……アレもザガン人形なんだろう? 次は俺達の誰かなのか?」

「今までだって、俺達の誰かだったろ」

 徐々に減る人数に怯え、小声で話し合う客人たちだったが、辿り着いた食堂で、消えたと思ったエリスとニナが料理を作っていたと知って、露骨に安堵の色を浮かべていた。

 仲間が減っていないという事と、どうやらまともな食事にありつけると言う事、両方に安心したのだろう。

 

 安心したついでに何事か話し合い、豪快に笑う海の男たちの傍らで、件の男は油断の無い心算(つもり)で食堂内を見回し観察している。

 何やら扇動でもするのかと思っていたが、特に周囲と仲良く話し込んで印象を良くするとか、そういった努力をしている様子は無い。

 

 無いのだが、全体で見れば溶け込み馴染んでいる。

 見事なものだが、それだけに惜しい。

 

 せっかく周囲の景色に溶け込んでも、その目付きは剣呑に過ぎる。

 

 誰かに話し掛けられれば愛想よく返事しているようだが、それ以外の時間には周囲の観察と状況の整理に頭を回転させているのだろう。

 それが目付きに出てしまっては、内心を6割漏らしているのと変わりがない。

 

 全員に着席を促すと、いつの間にか消えていたと思った私の仲間たちがキッチンからワゴンを押して登場し、配膳を行う。

 大方、ただ待つのも飽きたのだろう。

 

 いつも私やアリスの調理にもついてくるような連中だ。

 どうせなら呼び出しでノックする方を手伝って欲しかったのだが、食欲には勝てなかったか。

 

 人形のクセに。

 

 最後の晩餐か、あるいは最悪自分たちが晩餐のメニューになるのではと怯えていた様子の御婦人が、エリスの料理を前に自分が生きていることを思い出したのか、静かに涙を零した。

 

「お食事の前に、お約束致します。私たちは、クアラスの港に着くまでの皆様のご安全を保証致します。ただし、この魔法空間内で勝手な行動をされた場合に付きましては、その限りでは無い事をご承知おき下さい」

 

 せっかく救助した命を安全に送り届ける為に、そして私達が無駄な労力を払わずとも済むように。

 声に出して宣言した私を見る視線は、信頼と懐疑、恐怖と打算、重なる色合いが有りつつも、人数分の感情が混ざり合っている。

 仲間の方向から胡散臭いものを見るような視線を2本程感じるが、きっと私の気にし過ぎだろう。

 

「それでは、せっかくエリスさんとニナさんが腕を振るって下さったのです。感謝して、お食事を頂きましょう」

 

 私の言葉が終わると、一時静まり返った食堂内に、少しづつ会話が戻り、賑やかというには少し控えめだが、空気に柔らかさが戻る。

 着席した私もスプーンを手に、まずはスープを一口し、そしてエマと顔を見合わせた。

 

 ただのスープだと思ったのに、何故こうも味わいが深いのか。

 

 目を輝かせつつ驚愕の表情で私を見上げるエマを見て、まず2名の生命の保証はなされたであろうことを確信する。

 エリスとニナ。

 他がどうなろうが、この2名だけは、何が有ってもエマが護るだろう。

 

 調理中にまとわりつかれて大変だろう等と呑気に考えなる私だが、まだスープしか口にしていない。

 料理人の本気と言う物を思い知らされるのは、この後すぐの事だった。




料理というものは、口に出来さえすればそれで良い、のでは無いのですか……?


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だましあいチークダンス

プロの料理人が「霊廟」の厨房を使う日が来るとは、思っていませんでした。


 料理のプロが手掛ければ、サラダですら味というか深みというか、正直、食を通して見える色彩が変わるということを初めて体感させられた気がする。

 

 ここまでの旅路でそれなりに旨い料理は口にしてきたと思っていたし、これまでで出会った最も腕の良い料理人は、忌々しいあの双子のお抱え料理人だった。

 その記憶が塗り替えられたのは素直に喜ばしいが、何気なく口にしたサラダでこの感動なら、並んだ皿に手を伸ばすのが逆に怖くもなる。

 

 いつも騒がしい私の仲間たちも、今回ばかりは会話よりも食事に集中している様でなによりである。

 その余波で私も静かに食事に集中出来るというのは素晴らしく、また、幸せなことだ。

 

「マリアちゃん、お肉食べないのぉ?」

 

 幸せに浸る私の耳に、不穏な声が侵入してくる。

 さり気なく自分の目の前の皿の安全を確認し、更に監視を強めてから、私は声の方へと顔を向けた。

 

「これからゆっくりと頂くのです。エマは……」

 頂いたのですか、そう口にし掛けて、彼女の前に並ぶ空の皿々に視線が止まる。

 

 この小娘、もう食べ尽くしているとか。

 

 目で楽しむとか、味に感動するとか、そういった情動はどうした。

 エマ越しには、私と同じくサラダで感動しているカーラと、見たこともないほど嬉しそうに肉を頬張るアリスが見える。

 

「……私の分も、カーラの分も取っては駄目ですよ? おかわりでしたら、エリスかニナに聞いてみて下さい」

 

 一瞬だけ浮かんだ不満げな色を見なかったフリで流し、きちんと私の提案を聞き届けたエマは元気に席を立ち、エリスの方へと走っていく。

 

 うん、とっても行儀が宜しく無い。

 

 そんな背中を目で追う私の視線が、幸せそうに野菜を食すカーラのそれと交差する。

 お互いに間抜けに緩んでいた視線がすうと引き締まり、一瞬、ほんの一瞬の交差を産んだ。

 

 私もカーラも目を向けることはしないが、件の男の行動には目を光らせている。

 光らせているのだが、当の監視対象はそのいささか人相の悪い……鋭い目付きのままで食事を楽しんでいる。

 

 料理人ちゃんことエリスの提案と私自身が面倒なので今回の食事はコース式ではなく、わかり易く言うなら定食スタイルなのだが、特に気にした様子も無い。

 むしろ、周囲との会話をややおざなりにしつつ食事に集中している様子だ。

 

 ……コイツ、もしかして凄腕のエージェント風なのは見た目だけで、中身はポンコツなのではなかろうか。

 

 エリスから肉増量で渡された皿を嬉しそうに持ってきたエマを挟んで、私とカーラの間に微妙な空気が漂う。

「私もおかわり貰おうかな。……何が違えばこんなに旨いモンが出来るんだろうな……」

 カーラの隣のアリスが空いた皿を持って立ち上がる。

 恐らく彼女も警戒しては居たのだろうが、やはりバカバカしくなってきたのだろう。

 

 まあ、気持ちは理解出来るが、これほど人目が有っては堂々と行動も出来ないのかも知れない。

 

 そんな事を思いアリスの姿を追う視線の端で、監視対象が動いた。

 空いた皿を片手に。

 

 ……料理がお気に召した様で、結構なことである。

 

 

 

 大変美味しかったのだが、とある事情で食事に集中しきれなかった訳だが、それでも時間というものは経過する。

 食事の時間は終わり、希望者には風呂場の使い方を教えると言えば、見事に全員が希望してきた。

 

 ……まあ、当然といえば当然なのだろうが。

 

 流石に人数が多いので説明役もこちらは私とアリス、カーラの3体で手分けして行い、件の監視対象者には私が応対した。

「素晴らしい。しかし、水源が気になるのだが、何処から引いているのだろうか?」

 不穏な雰囲気は見事に押し隠し、しかし相変わらず鋭い眼差しで、男は私の説明に疑問の声を向けて来た。

「水生成の魔石を使用し、各部屋に供給しています。温度調節は各部屋で行っておりますが、水源はこのフロアの一角に御座います。飲んでも問題は御座いませんが、自然の水に比べて味は劣りますので、その点はご承知おき下さい」

 様子を見る限りは敵意が無い様子で、純粋な好奇心からの質問が口を突いて出たらしい。

 適当に答えながら観察するが、玄関ホールで見掛けた様子とは違い、何処かリラックスした様にも見える。

 

 ……のだが、敵意はともかく、何かを企んでいる様子が、「霊廟」の監視モニタなど見ずとも伝わってくる。

 

 身内に今まで使おうと思わなかったし、そもそもきちんと起動したのが初なので私も驚いたのだが、この監視システムは人の「害意」やそれに類したものに反応し、その対象をマークする。

 実はこの男以外にも数名、しかも男限定で不穏な気配を抱えるものが居るのだが、そちらはある意味で判り易い。

 

 私に向けているのか、それとも他の誰かに向けたものかまでは不明だが……まあ、要するに劣情を抱えているらしい。

 

 素直に気持ち悪いのでは有るが、そちらはまあ、一般的なオトコであれば有るだろうな、という感想である。

 手荒な手段に訴えてくるならば相応の手段で迎えるだけだが、真っ当に口説いてくるようなら……私なら断るが、他の誰かに対してのモノなら、頑張れと言うしか無い。

 

 まかり間違ってエマにその劣情をぶつけるような猛者が居た場合……私は後片付けの心配だけをすれば良いのだろうか。

 お掃除魔法が有るとは言え、あまり「霊廟」内で血肉を撒き散らして欲しくないのが本音だ。

 

「ふむ。食事の時には、特に気にならなかったな……素晴らしい魔法技術だ」

 私のどうでも良い考えなど気付く筈もない男は、顎に手を添えて感嘆している。

 もうこうなると、この男が何を企んでいるのか見届けたい気持ちにもなってくる。

 

「恐縮で御座います。他にご不便が有れば、その都度お声掛け頂ければ対応致します。それでは、ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」

 

 私なりでは有るが、見た目だけ最上位の礼を尽くして見せれば、男は満足気に頷いた。

「いや、一度は死を覚悟したのだ、これほどの扱いを受けて文句を言っては私の度量が疑われてしまう。感謝するよ、ええと、マリアさんだったかな?」

 笑顔を貼り付けているが、その目は笑っていない。

 隠しているのか、誤魔化しているのか、取り繕っているのか。

 

 どれであっても胡散臭いが、私自身が悪名高い人形師の作品だと考えれば、多少はその警戒感も納得出来る。

 

「私はヒューゴ。市井の出で家名など無い、ただの観光気分の新聞記者だ。この命を救われた恩には必ず報いようと思う。それとはまた別に、マリアさんとは是非、個人的に特別な関係になりたいとも思っているよ」

 流れるように軽口を叩き、その目付きには不釣り合いな不器用なウインクまで寄越して来た。

 それで自然な挨拶の心算(つもり)なら、色々と間違っている。

 態度も不審なら発言も気持ち悪い。

 

 そもそも、名前は既に知っている……とは、言えないのだが。

 

「有難う御座います、お上手ですね、ヒューゴ様。それでは、この『館』の管理も御座いますので、失礼させて頂きます」

 

 適当な文言は、適当な言い訳で流すに限る。

 笑顔が苦手なのは私も同じなので、向こうにも不信感というか、むしろ失礼に思われているかも知れない。

 だがそんな事は一切気にせずもう一度頭を下げ、私は不審者ことヒューゴの部屋を辞した。

 直接対面しているのだからとモニタの監視も怠り、特に探査や調査等の魔法も使っていなかった私は知らなかった。

 

 まさか、ヒューゴが割りと本気で私を口説こうとしていたのだとか、私の返答や笑顔に勝手に妙な脈を感じ取って舞い上がっている等とは。

 

 談話室に戻った私を出迎えたカーラのバカバカしげな視線に不審を感じた私が、彼女から説明を受けて背筋を泡立たせるのは、この後すぐのことだった。




見た目だけは麗しいですから、仕方が有りませんね。


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現実逃避で眠れない

マリアに大問題発生です。


 時間的には早朝、食事が終わり入浴も済ませた被救助者たちは、皆よく眠っている。

 

 睡眠は本来必要のない私達だが、私とカーラはそれを趣味としている。

 アリスは人間だったときの習慣から、定期的に休息を取っている。

 

 エマは……みんなが寝ているので、ひとりで起きていてもつまらないから寝る、だそうだ。

 

 むしろ1日のうち、18時間程度は寝ていて貰っても全く構わないのだが。

 

 そんな訳で皆寝静まってしまった早朝の海中、私はいつぞやの魔力炉のいくつかと共に、潜水艇(ふね)を走らせている。

 本来ならば私も惰眠を貪りたい所だが、とある事情からさっさと目的の港に到着してしまいたいのだ。

 

 

 

 例のクロヌサント王国の工作兵、ヒューゴの本来の目的はともかく、私自身を狙っているという話を聞いた時は耳を疑った。

 ちなみに、彼の本当の目的が何なのかは、流石にモニタ越しに判るものではない。

 カーラにしては出来の良い冗談だと笑い飛ばそうと思ったのだが、カーラの周囲でエマとアリスがとても同情的な目を私に向けていると気付いて、笑って済む話ではなさそうだと思い直した。

 

「どうする? ……いっそ消すか? 対外的な理由はまあ、なんとでもなるだろうし」

 

 比較的常識的というか、いつもは穏当な意見を主に主張する筈のカーラが極端な提案をしてきたが、私は即座の否定も出来ず考え込んでしまう。

 別に悩む理由も無い、なんなら気に入らないから、そんな程度であっても、殺戮人形(わたしたち)には充分な理由になる。

 そう考えれば悪くもない、そう思った私だが、何かが引っ掛かる。

 

「いやいや待て待て、同情するし理解も出来るけど、そもそもの目的を忘れるなよ。なるべく平穏に、大陸入りしたいんだろ? 気分で殺しました、なんて理由で殺してちゃ、それも無理になるぞ? 目撃者と言うか、証言者はわんさか居るんだから。それ全部殺したら、今度は私達乗っていた船が沈んだって話を信じて貰うのが難しくなる」

 

 そんな私に、アリスが溜息混じりに言葉を寄越した。

 

「……既にエマが、その『気分』で2名ほど殺していますが……確かにその通りですね。まあ、その2名に関しては放っておけば救助した他の女性が危険に晒される可能性があった、とか言い訳しましょう。同じ言い訳で、ヒューゴも処理してしまえば……」

 

 アリスの言う通りなのだが、エマの件は置いても、単純な生理的な嫌悪感から、私は極端な選択肢を選びたくて仕方がない。

 この世界に来てから、男の好色な視線に晒されたことは幾度も有るが、秘めた好意を音声にされたのは初めての経験だった。

 まさか、あんなにもおぞましいものだとは。

 

 この「霊廟」内ではプライバシーなど無いに等しいので、今後のお泊りを希望されている方には是非ご留意頂きたい。

 

「いや、エマちゃんが()っちゃったのはまあ、判り易いレベルの馬鹿だったからまだそれで通じるだろうけどさ……。あの阿呆は、周囲ともぶつかってないし、むしろ溶け込んでる。それに、ありゃあ……純粋な好意だろう? 周囲の誰かに話したかも知れないし、そうなるとさ」

 アリスの台詞が再び私の背筋を粟立たせ、うそ寒くなった私はほぼ無意識で両腕を掻き抱く。

「傍から見たら、好意を寄せたら殺された、と……見える訳で」

 続く言葉に、私の顔色はきっと悪いのだろう。

 

 エマの貴重な同情顔を見れたが、嬉しくもなんともない。

 

「エマちゃんの殺しより、よっぽど性質(タチ)が悪いと受け取られかねないぞ? それに、その……」

「……まだ有るのですか?」

 言い淀むアリスに嫌な予感を覚え、口を開いた私の声は上擦る。

 

「……人間ってのは、無責任なゴシップが大好物だろう?」

 

 ぼかしてなんとか伝えようとするアリスの気遣いだろうが、私は生憎と、頭が上手く回る状態では無い。

 何を言いたいのかハッキリとさせたいが、しかし聞くのが恐ろしい。

 そんな私の内心を知ってか知らずか、無言の私を眺めていたアリスは、ついにその悪すぎる予感を口に出した。

 

「……お前さんは、コトの最中にオトコを殺す趣味が有る、とか、そんな噂の的になるんじゃないかな……って」

 

 私は卒倒しそうになった。

 

 嫌そうに語るアリスだが、そんな話、私のほうがイヤだ。

 殺すとかはどうでも良いのだが、そもそもの前提として、私がヒューゴとコトを致している場面を想像してしまい、気持ち悪くなってしまった。

 

 いや、気持ち悪いでは済まない。

 

 こんなにも他者の想像が不快だった事は無いが、アリスの予感が的外れとも言い難い。

 盗ちょ……監視システムを起動して本格運用したのは食事の前後くらいだったか、それから使い方をカーラが模索している中で対象が発する音声を拾えることを発見したのはもっと後。

 

 ちょうど、私が客人たちを各部屋に案内し終え、最後の客――ヒューゴの部屋に到着した頃だった。

 

 それまでに奴が誰とどんな会話を重ねたかは不明だが、少なくとも監視中、彼は他の人間と幾度か接触していた。

 会話が無かった筈は無いし、その段階で私に対して少しでも好意があったなら……話題に出ていても可笑しくはない。

 

 そんな状況でヒューゴが死んだら……ヒューゴと接触した人間の中に、アリスと同じ発想をするものが居ないとは言い切れないのだ。

 

「……なんとか事故に見せ掛ければ或いは……」

「『霊廟(ここ)』でなんの事故が起こるんだよ。死因が何であれ、『霊廟(ここ)』で死んだ時点で、知ってるヤツは邪推するし、その死因だって素直に信じちゃくれないさ」

 なんとか崖っぷちにしがみついて藻掻く私の思考の指先を、アリスが踏み事ってどん底に叩き落す。

「仮にヒューゴとやらがマリアに好意を抱いていると誰も知らなくとも、死んだ時点で、なあ。港で誰かが衛兵に漏らせば、私達は晴れて、新大陸でも悪逆非道な殺戮人形として認知される訳だ。……エマが既に殺している訳だし、どうあっても事故という言い訳は通らんと思うぞ」

 どん底で這いつくばる私に、カーラが更に言葉の棘玉を投げてきた。

 

「まあ、人形とは言え女なのだし、あれほど熱烈に想われて悪い気もしないのではないのか? ……羨ましいとは決して言わんが」

 

 幽鬼のような顔色の私が視線を上げれば、楽しくもなさそうなカーラが心底嫌そうに、への字に口を結んでいる。

「それにしても、相手は選びます。よりにもよって、あんな……」

 漏れ出しそうになった言葉を飲み込んで、私の目付きはきっと恨みがましかっただろう。

 

 まず、私は見た目というか、この身体(ボディ)が女性を()()()()()()人形というだけであって、中身は異なる。

 そして、プライベート(に見える)空間だからと言って、好意を寄せている対象とどういう行為を行うのか、具体的に声に出して勝手に悶絶するようなモノなど相手に、控えめに言って気持ち悪いとしか感想の言いようもない。

 

 また性質(タチ)の悪い事に、それを知ったのが盗ちょ……モニタリングによるものだから、嫌悪感をハッキリと態度に出してしまう訳にも行かない。

 

 痴漢行為でもされたならばまだ周囲の同情も惹けようが、かの男はご丁寧にもコトを為すまではキチンと段階を踏む心積もりであるようだ。

 そうであるなら性急な真似は控えるだろうし、そんな行為を引き出すために私から接近するような気色の悪いマネは、死んでも御免だ。

 

 結局は、あの阿呆が「霊廟」を嗅ぎ回るか私に具体的なアプローチを掛けてくるまでは、こちらから下手な手出しは出来ない。

 当面の方針としてそう結論付ける他無く、私の溜息は絶望の色に染まった。

 

 

 

 半透明の障壁越しに見上げる海面は登りゆく太陽の光に照らされ、一時、私の心を癒やした。

 

「ヘンなの。気に要らないなら、殺しちゃえば良いのにぃ」

 

 私達の会話を聞いて尚、平然と言い切ったエマの精神性を、私は初めて羨ましいと思った。

 周囲の状況を探知で探りながら急ぎ北上を続ける私は、もう何度目か、それはそれは重い溜息を漏らすのだった。




マリアの名誉と私の精神の安寧の為に、当該事項の詳細な描写は避けます。


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料理人と眠れる客たち

今回ばかりは、マリアには、貞操の死守を厳命したい所です。


 気分が落ち着くまで潜水艇(ふね)を走らせ、「海中ドリフト!」とか遊んでから「霊廟」に戻ってみれば、仲間たちは呑気に未だ寝ていた。

 昼前だというのに、気楽なものである。

 

 他の客人たちの様子見を兼ねて監視システムとそのログを確認したが、ヒューゴが3時間程前に玄関ホールや客室群の中をウロチョロ歩き回っていた様子が目立つ程度で、他は大人しいものである。

 

 あの程度の脅しで大多数が言うことを聞いてくれた事には驚くが、案の定、一応工作兵であるヒューゴは危険を承知で探索を行った、と言うことだろう。

 玄関ホールでは2階フロアへの入り口で何やらやっていた様子だが、カーラの封印を解くことまでは出来なかったらしい。

 

 音声ログは気持ち悪い思いしかしなさそうなので、少なくとも彼が客室にいる間のものは聞かないし、映像ログも彼の客室内の様子は絶対に見ない。

 

 ともあれ、昼前の時間だと言うのに、まともに活動している様子の人間は現在2名しか居ない。

 まあ、昨日は激動にも程がある1日だった訳だし、疲れも溜まっているだろう。

 

 そう考えると、勤勉に働いている様子の2名――エリスとニナ――はとても職務に忠実なのだろう。

 昨日案内したばかりの厨房で、恐らく昼食の準備を行っているらしい。

 

 仲間を叩き起こして今後の航路について相談したくもあるが、その前に、と、私は好奇心のままに厨房へと足を向けるのだった。

 

 

 

 厨房は、と言うか、厨房で働くエリスとニナは輝いていた。

 二人とも、純粋に料理が好きだ、というオーラを全身に纏い、どこか楽しそうにしつつも、その足運び、手捌きには無駄が無い。

 エリスはもしかしたら、そこそこの地位に就いていたのではないだろうか。

 

 そう思って聞いてみると。

 

「いえ? 私は大勢居た料理人のひとりですよ? むしろ女だからって、邪険にされてましたし」

 

 どこか寂しそうに笑う彼女は、料理の手を止めずにそう答えた。

 女だからと邪険にする理由が今ひとつ理解(わか)らないが、どうせ妬みとかも混じっていたのだろう。

 昨晩の料理を知ってしまえば、そう考えてしまう。

 

「所で、皆さん未だ寝ているようですが……お昼、食べに来るのでしょうか」

 

 深掘りして気不味くなるのも面倒なので、私は露骨に話題を変える。

 そんな私の言葉に、エリスはハッとしてその手を止めた。

「あ、あの、御免なさい、私、料理できるのが嬉しくて、つい……食材、無駄にしちゃったらどうしよう……」

 落ち込むエリスに感化されたニナが、オロオロと落ち着きのない様子で私とエリスを眺めている。

「いえ、無駄にはしませんよ。余ったなら備蓄庫に放り込んでしまえば、保存も効きます。気にせず調理して頂いても大丈夫ですよ」

 私はエリスの不安を解くような台詞を並べ、にっこりと微笑む。

 むしろ、後で頂く分としてもっと大量に色々と作って貰っても構わない気分だ。

 なんなら、お客様(連中)の昼など抜きにして、全てそのまま保管してしまっても構わないとさえ思っている。

 

 私の食欲満載な思考など読める筈も無いエリスは、そう簡単には気分を持ち直すのは難しい様だが、私が怒っていないと知って少しだけホッとした様子を見せ、そしてまた手を動かし始める。

 

 この2人、私達の旅に同行してくれないだろうか……いや、無理だろうな。

 この腕だし、船は沈んでしまったし大損害だろうが、貴重な人材は残ってくれたのだから、さぞ大事にされるだろう。

 

 それを捨てて宛のない旅に着いて来い、とは、エマでも有るまいし言い出せる訳もない。

 

「貴女たちの料理は、エマもお気に入りですからね。食材の許す限り、幾らでも作って頂いて構いませんよ」

 

 私の冗談だとでも思ったのか、エリスは恥ずかしげに、ニナは何処か誇らしげな笑顔を浮かべる。

 全くの本心からの言葉だし、実際に彼女達には手の空いている時間にでも私達のための保存食を作って貰おうと考えているのだが、まあ、それも追々で良いだろう。

 

 厨房を2人に任せ、私は誰も居ない談話室へと足を向ける。

 素晴らしい料理が出来上がると判っているのに、今から眠ってそれをフイにしてしまうような事など、有ってはならないのだから。

 

 

 

 航路と言っても、海流も知らない私では地図を頭に叩き込み、目的地に真っ直ぐに向かうしか方法は無い。

 午前中走らせて判ったのだが、海流というものは中々に馬鹿に出来ない。

 出来ないが、それを読むことも出来なければ経験に基づく勘というものも持ち合わせて居ないのだ。

 

 せめて船乗りの協力を、と、思わなくもないが……彼らとて、海中を航行した経験など無いであろう。

 彼らを乗せて海上を行くのも有りだろうが、魔力にモノを言わせて海中を突っ切るのと、果たしてどちらが早いのか。

 

 談話室で世界地図などを眺めながら、そんな事を考え、自分で淹れた茶を自分で味わっている。

 茶葉がどうのと蘊蓄を並べるほどの茶道楽ではないが、あの港で買った茶葉は当たりだったようだ。

 口当たりが良く、爽やかな香りと苦味、そしてほのかな甘味がとても心地良い。

 

 並行して起動している監視モニタに青色の反応が浮かび、それはまっすぐ談話室(こちら)へと向かって来ていた。

 少し遅れて、別の部屋から青色の反応が出てくる。

 

「あー! マリアちゃんが居る! 何してるのぉ?」

 

 元気に走ってきた様子のエマが、扉を開けて私を見つけると、見たままの事を口にする。

「おはようございます、エマ。目的地の確認の為に、地図を見ていたのですよ」

 地図をテーブルに置いて立ち上がり、寄ってきたエマの頭を軽く撫でて、私は彼女ともうひとり、此方に向かっている仲間の為に、茶の用意をする。

 

 恐らくもうひとりはアリスで、カーラはまだ寝ているのだろう。

 

 監視役が寝こけてどうするのか。

 

「おっす。って、マリアは休んで無いんじゃないのか? 良いのか寝なくて」

 

 遅れて談話室に顔を出したアリスが、エマに手を軽く振ってから、私へと顔を向ける。

 彼女は、自分たちが人形なのだと言うことを忘れがちである。

 

「多少は無理もしますよ。……あの気持の悪いのをさっさと『霊廟(ここ)』から追い出したいですからね」

 カップにお茶を注ぎながら、私は何でも無いことのように答える。

 実際は無茶のうちにも入らないし、何よりも台詞の後半は純粋に本心である。

「あー……お前さん、ホントに面倒事に好かれるのな」

 定位置に腰を下ろすと、茶を受け取りながら、アリスは監視システムを起動した。

 一応、防犯意識は持っているらしい。

 

 だが、その台詞は頂けない。

 本人が気にしていることを、はっきりとぶつけてくるのは如何なものかと思う。

 

「……マリア、お前、アレのログ、見た?」

 

 アリスが凄く嫌そうな顔で、端的かつ抽象的な質問を飛ばしてくる。

 

「いいえ? 屋敷内の大まかな行動ログは見ましたが、気持ち悪そうなので、それ以外は映像も音声も行動も見ていません」

 

 しらばっくれても意味は無いし、アレとやらの為に無駄に時間を使いたくない。

 私もまた端的に答え、そして私の定位置に腰を下ろした。

「……その方が良いし、今後は私もそうするかな……まあ、詳しい監視は、防衛班長に任せよう」

 アリスは何を見たのか、お茶を口に運びつつ、その渋面は薄まらない。

 まだ夢の中にいる防衛班長ことカーラには、しっかりと監視・確認を行って貰うとしよう。

「それが良いでしょうね」

 寝ていたばかりに防衛班長に任命されてしまったカーラに同情などする訳も無く、私は短く答えて、ぬるくなってしまったお茶を口に運んだ。

 

「……何が映ってたのぉ?」

 

 そんな私とアリスの遣り取りを不思議そうに眺めていたエマが、不思議そうなままに口を開く。

 

「あー、エマちゃんには見せられないな、うん」

「エマは知らなくても良い事ですよ、きっと」

 

 そんなエマに、私とアリスは、にっこりと笑って答える。

 アリスは、エマの教育に悪いとか、そんな事を思っているのだろう。

 

 私は、汚らわしいモノを見たエマがヒューゴを殺してしまう事を、と言うか、アレの血で「霊廟」を汚してしまう事を危惧しての発言だ。

 

 子供扱いされて頬を膨らませるエマだが、エリスとニナが昼食の準備をしていることを告げると、途端に上機嫌になった。

 それにアリスまで加わり、昨晩の感想から昼食には何が出るのか、そんな話で盛り上がり始める。

 

 もうじき、その楽しみな昼食の時間だ。

 だと言うのに、客人たちはともかく、防衛班長が起床するような気配は無かった。




この場に居ないカーラに、あっさりと責任を押し付ける。そんな教育はしていなかった筈ですが……。


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人間と人形の日常

愛されていて結構ですね、とは、今回ばかりは笑えません。


 この不思議な、というか無闇に広い魔法空間に閉じ込められて……いや、救助されている身なのだ、保護されてと言い直そう。

 とにかく此処に保護されて既に5日が過ぎた。

 

 客間として充てがわれた部屋には窓があり、これはどうやら各部屋そうらしいのだが、そこから何かが見えることはない。

 部屋同士で隣接している筈の部分に窓が有るのだから当然向こうの部屋が見えて然るべきなのだが、向こうの部屋どころか窓の向こうはぼうと光る空間がどこまでも広がっているのみで、空間として認識はできるのだがその広さも、高さも深さも計り知れない。

 

 窓を開けることが出来るかは試していないが、開けた所で得体の知れない空間に足を踏み出した挙げ句、死ぬまで落ち続けるだけ、等と言う目に遭いたくなど無い。

 秘密を探るには危険を冒さねばならないが、ただ危険なだけの罠に足を踏み入れるのは違う。

 

「はあ、どうやら言う事をちゃんと聞いていれば、本当に俺達は安全らしい。ヒマだっ()ったらこうしてトレーニングルームみたいなトコも貸してくれるし、なんなら結構愛想いいんだよな、アイツら」

 トレーニングルームで適当に汗を流しながら、隣室のグレッグナーがしみじみと言う。

 彼の言いたい事が判りすぎて、私は溜息を苦労して飲み込む。

 

 まさかとは思うが、この男――。

 

「ザガン人形とは言っても、アレだぁな? 言うほど非道な連中でも無いのかもな?」

 

 僕が危惧した台詞を、グレッグナーはあっさりと口から放り出した。

「さて、此処に我々を招き入れたのが特例、と言うような態度でしたからね。彼女達もまた、普段とは勝手が違うのかも知れませんよ? 何れにせよ、油断はしないほうが良いでしょうね」

 私は両腕から肩に掛かる荷重を背筋で受け止めながら、グレッグナーに言葉を返す。

 少なくとも、文献にまで載る程の存在だ。

 多少の誇張は有るだろうが、その本質的な部分――人に仇成し殺害する人形である、という事に変わりは無いだろう。

 

 実際に、あのエマと名乗った人形は、ある程度の距離が有ったにも関わらず、私の目でも追えない動きで2名を惨殺して見せた。

 

 とても油断出来る気がしない。

 グレッグナーもあの現場は見ていた筈だが、どうしてこうも呑気に構えていられるのか。

 ザガン人形でエマという名は確かに聞き覚えが有るし、他にもアリスという名の人形と、カーラと名乗った人形が居た。

 アリスの方は名前を聞いても制作者の名を聞いてもピンと来なかったが、カーラを作ったのはフリードマン師だと言う。

 本当で有れば、性格的な意味でザガン人形よりはマシなのだが……共に行動している時点でやはり油断など出来ない。

 

 マリアさんもまたザガン人形らしいのだが、彼女だけは別格だ。

 いや、彼女に関しては天使と称して良い。

 

 言い方にちょっとだけ棘が混ざったりするが、そんなものは人間でだって良く有る話だ。

 可憐で優しく、良い匂いがする。

 彼女が僕達の救助を提案し、この魔法空間に招いてくれたのだと、アリスが言っていた。

 

 なんという慈悲。

 天使と呼んで差し支え有るまい。

 良い匂いがするし。

 

 ともあれ、凶悪な人形に囲まれているという事実は変わらない。

 だから、油断だけはするべきではないのだ。

 マリアさん以外には。

 

 まだ目的地には遠そうだし、早めにこの空間内の秘密の部屋を見つけ出さなければならない。

 私はグレッグナーとトレーニングで汗を流しながら、その思いを強くした。

 それは、国からの命令では無い。

 純然たる僕自身の意志、決断だ。

 

 僕は必ず見つけ出して見せる。

 この広い空間の何処かに必ず有る、洗濯部屋……マリアさんの下着を。

 

 

 

 不意に襲われた悪寒に身体(からだ)を震わせると、テーブルを挟んで向かいに座っているアリスが顔を上げた。

 彼女は港町ティアナで買ったらしいクロスワードパズルに興じていたらしいが、私はこの世界のクロスワードパズルに対応できる自信があまり無い。

「どした? 風邪……は無いか、色んな意味で。なんか悪いもんでも食ったか?」

 金色の髪を掻き上げて、蒼い目で真っ直ぐに此方を見据え、口から溢れるのは失礼かつ無意味な雑言である。

「色々と失礼な言い草ですね。単に悪寒を感じただけです。見たくも有りませんが、ヒューゴが何か言い出したのかも知れません」

 アリスに答えながら、私は視線をカーラへと転じる。

 目が合ったカーラは、判り易く私の視線を避け、あらぬ方へと顔を向けている。

 

 馬鹿め、そっちは何も無い、ただの壁だ。

 

「……カーラ。ヒューゴのログの確認を」

「イヤだ!」

 私の台詞を最後まで言わせない、そんな覚悟でカーラは声を上げる。

 その決意は声量に現れ、エマが驚いて思わずカーラへその顔を向ける程だ。

「大体、なんなのだ、あの男は! お前らに言われて各記録を確認してみれば、なんと悍ましい……! 初日も気持ち悪かったが、日に日にエスカレートするではないか! 好かれているのはマリアなのだから、マリアが確認すれば良かろう! なんで私が……!」

「私は気持ち悪いので御免です。他人事なら笑って済ませられるでしょう?」

 いっそ泣き出しそうなカーラの悲鳴を、今度は私が断ち切る。

 一度はそれで止まったカーラだったが、その固く引き結んだ口は、案外すぐに開かれた。

 思った以上に嫌悪感を持ってしまったらしい。

 

「あんな! マリアに対する好意と言うか情欲(まみ)れな台詞を延々聞かされた挙げ句! 具体的にどのようにするのか事細かに口にして、挙げ句あんな……! ああもう、映像ログなぞ見なければ良かった!」

 

 防衛班長などと(おだ)てられたカーラは、張り切って要注意事物の監視記録を確認した。

 してしまったのだ、包み隠さず全てを。

 そこに何が記録されていたのか、それは想像にお任せする。

 

 私からは一言、実際に私にあんな事を言ってきたなら、ザガン人形の本分を全うする、とだけ。

 ――私は墓守人形だから、殺戮命令は受けていないが、まあ、墓所の掃除の範囲内であろう。

 

「ホントに、何があったのぉ?」

 

 この件に関しては蚊帳の外のエマが、不思議そうに私達を見回した。

 言えない。

 

 言ってしまいたいが、言えばエマは即行動を起こすだろう。

 エマは生まれて初めて愉悦でも怒りでもなく、気持ち悪さで人を殺すことになってしまう。

 そこに差はないのかも知れないが、なんだかそれをさせるのは忍びない。

 

 それに、他の人間にもひと目で理解(わか)る程度の落ち度が無くては、殺した後に問題が出てくる。

 腹芸どころか湧いた殺意を抑える事が出来るのか不安なエマに、余計な火種を渡したくはない。

 

「……後で、港について全員を解放した後にでも、お教えします。今は、私の心の整理が付きませんので」

 

 結局、適当にも程がある台詞で誤魔化し、やり過ごす他無い。

「……ふぅん? まあ、良いけどぉ?」

 当然エマは納得など出来た風ではないが、それ以上踏み込んでくる事も無かった。

 

「でも、困った事が有ったら言ってよねぇ? マリアちゃんが困ってるなら、私、全員殺してあげるからぁ」

 

 私とアリスは顔を見合わせ、小さく頷き合う。

 絶対に話してはいけない。

 

 エマの機嫌を取るために私とアリスは修練室へと誘い、嫌がるカーラにエマの相手かヒューゴの行動確認の2択を迫り、結果私はエマとアリスを引き連れて廊下を歩いた。

 途中でばったり出会ったヒューゴとその連れが見学と称して付いてくるのに辟易しつつ、修練室に到着した私達は2対1の変則的な模擬戦を開始する。

 

 観客2名が青ざめ表情が引き攣る程度の模擬戦は、やはりエマの圧勝で終わった。

 

 私達の格闘戦を見て、妙な下心が鎮火してくれないかと祈る私は、修練室の床に大の字に転がりながらも呑気だった。




……あまり危険人物の前で満身創痍になった姿を見せるのは感心しませんが……。


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上陸準備、の準備

ヒューゴの運命や如何に。


 怪しくて気持ち悪いでお馴染みのヒューゴがチョロチョロと何かを探しているらしい。

 

 臨時防衛班長ことカーラ他、アリスもエマも「それ」が何か知っているらしいが、私には何も教えてくれない。

 聞いても、とても同情的な視線を寄越されるだけである。

 

 聞いたら多分、私が暴走しかねない何か、と言う事だろうか。

 

 一応客室外の行動ログだけは見ているが、此処数日は玄関ホールや2階フロアへの行き方など完全無視で、何故か客室フロアを丹念に探索しているようである。

 そのまま遭難でもして欲しいのだが、残念なことにその望みは叶っていない。

 

 それにしても、客室と他は食堂や厨房、談話室、修練室にメディカルルーム(人形専用)しか無いこの客室フロアで、いったい何を探しているというのやら。

 

 何か面白い部屋とか仕掛けを見つけたら面白いので3年位は放置しておこうかと思ったが、冷静に考えるとアレに3年も付き纏われたくはない。

 

 何故かエマから同情の視線を受ける回数が激増した私だが、その理由もまた、誰も教えてはくれないのだった。

 

 

 

 目的の港、客船も目指していた港へは、あと3日ほどの距離に近づいた。

 事此処に至って、私は生き残りの船乗りの3名を招集し、寄港する際の注意点を確認する事にした。

 

()ってもなあ……。そもそも本来港に着く筈だった船は海の底だし、アンタの潜水艇ってのは魔法で作ったモンなんだろう? いっそ港近くの浜にでも乗り上げて、そこから歩いた方が良いかも知れねえぞ」

 

 私の相談を受けた船乗りたちは顔を見合わせ、そして此方に顔を向けたと思えば、代表してひとりが口を開いた。

「漂着した、と言うには、皆さん汚れなどが無さすぎると思いますが? 素直に港に顔を出して、港湾職員なり衛兵なりの指示に従ったほうが平和なのでは?」

 私が不思議そうに首を傾げてみせると、別の船乗りが口を開く。

 

「真っ当な船で、隠すことも出来ないってんならそれが良いだろうけどな。それでも面倒なことしか無いのに、魔法で船を作って悠々来ました、なんて言ってみろ。面倒事で済んだら良いな?」

 

 呆れ顔を向けられてしまったが、彼の言う面倒事に思い当たることが無い。

 

「……本気で理解(わか)って無さそうだな。アンタが船の維持にどんだけ苦労してるか、それとも全く気楽なモンなのかは置いといて、だ。傍から見りゃあ、アンタは自前で船用意出来て、簡単に海を越えられる、ように見えちまうんだよ」

 

 そんな私に溜息を落とし、船乗りは呆れ顔のままで説明を続けてくれる。

 船の維持には魔力が必要で、事前の準備が無ければ、おいそれと海を超える事など出来ない。

 

 本来であれば。

 

 今は()()()()、とある事情で用意していた魔力装填済みの魔力炉が20個程手元に有ったのでなんとかなっていただけだ。

 ちなみに、魔力がフルで残っている魔力炉は、残り8個にまで減ってしまった。

 

「そんなモン、衛兵どころか下手すると国が出てきて取り調べが始まるぞ。だったらいっそ、その辺の浜から上陸して港に出向いて、俺等が港の連中やら本社……客船の大元に連絡して、の方が、命からがら漂着した、と思わせられるんじゃないか?」

 

 腕組みしていたもう一人が、その顔を説明してくれた船乗りに向け、それから私に視線を寄越した。

 

「まあ、あとは俺らが口裏合わせりゃ良いんだしな。ただそれには、此処で見たモンの中から、言って良いこと悪いこと、そこら辺を()()に徹底しなきゃならん。アンタらが人形――ザガン人形だって事を含めて、な」

 

 私たちにとって都合の悪いことを隠蔽したいなら、全員の口を何らかの方法で縫い付ける必要が有る、と言いたいらしい。

 なるほど確かに、私たちは好んで出自を吹聴したい訳では無い。

 

 だが、そんな事は無駄でしか無い。

 

 人の口に戸は立てられぬし、目立ちたい者はまだしも、生き残ってしまった事に痛みを覚える者に、更に嘘を()いて口を噤めと言った所で無駄である。

 良心の呵責に耐えきれずに、何処かで口を滑らせるに決まっているのだ。

 

 真実とやらを後生大事に抱えて生きるよりも口を割ってしまった方が自分の気持を救えるのだから、選ばない道理はない。

 

 結果を見れば確かに私達は16名の生命を救ったのだが、そんなものは偶然の産物でしか無いのだ。

「いえ、まあ仲間たちとある程度相談はしますが、基本的には隠すべき何者も、この旅路には存在しないと考えています」

 だから、私は素直に考えを口にした。

 

 船員3名は驚いたような、呆気にとられたような顔をしている。

 

「人間が10人以上居るところに、言うな隠せ秘密にしろと言った所で漏れない訳が無いでしょう。幸い、私の潜水艇を実際に見た者は貴方たちの中には居ない訳ですし、貴方たちを魔法空間に避難させ保護した、と言う事実も、この魔法空間についても、誰に話してもらった所で特に困りはしません」

 

 どこまでも静かな私の言葉に、船員たちは黙って聞き入っている。

 そして、私の口が閉じた所で、ひとりがハッとしたような顔で口を開き、言葉を発した。

「いや、とは言えアンタはザガン人形で、ここは色々と秘密の有るアンタの拠点なんだろう? 知られちゃ不味いんじゃ……」

 言いながら、それを指摘することも不味いと思ったのか、言葉尻は弱くなる。

 それを受け止めた私は、特に感情らしきものを動かすこともなく、淡々と答えてみせた。

「知られたくは無いですし勿論秘密も有りますが、少なくとも貴方たちが見た範囲内の物であれば、知られては困ると言う程では有りません。そもそもそんな秘密が易々と目に付くような空間だったら、救助そのものを行っておりません」

 私の答えに、船員たちは顔を見合わせ、何事か考える様子を見せる。

 

「……そういう事なら尚の事、浜に漂着してしまった事にしたほうが良さそうだ。他の連中にも、港の近くには着いたハズだがこれ以上は魔力が保たなかったとかなんとか、適当な事を言っとけば納得もするだろう。ちょっと歩けば港だって知れば、余計にな」

 

 最初に意見を述べた船乗りに、残りは頷くことで同意を示した。

 そこで私は今日の夕食の折にでも、魔力が保たずに港近くへ着くのがやっとだと言う事となるべく港には近づくように努力すると言う嘘、そこからは港まで徒歩で移動して欲しいというお願いを並べると決め、船乗り3名にも了承して貰った。

 その上で地図を広げ、目的地近くでかつ、人目に付かない上陸地点を吟味し、意見を交換する。

 

 まるで私がひとりで船乗りと話を進めているようだが、実は私の仲間も揃っている談話室内で、他の連中は単純に口を挟んでこなかっただけだ。

 

 聞いては居るが、見事に何も言って来ない。

 少しは私の負担を減らすとか、そういった姿勢を見せて欲しい仲間たちは、呑気に茶を啜っているのだった。




人間は、色々と面倒なようです。


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上陸大迷惑

優雅とは程遠い船旅も、いよいよ終局です。


 大陸に近づくに連れて海底が浅くなってくるのはまあ、ある意味で当然な訳で。

 

「地図上では目的地に近い筈だが……付近に大型小型問わずに船影は無い。とは言え、『霊廟』の周囲把握能力に過信は出来ん。目視だけでなく、お前の方でも周囲警戒を行ってくれ」

 

 カーラお手性のヘッドマウントディスプレイらしき何かを装備した私の耳元で、カーラの声が少しの緊張を内包して響く。

 見た目は大型のサングラス、片耳ヘッドホン付きを装備した怪しげなメイド。

 そんな私は潜水艇の姿勢制御などをしながら、水深を上げつつ小さな浜辺を目指していた。

 

 文句を言いつつ防衛班長をやっていたカーラは、いつの間にこんな怪しげなグラサンを作っていたのだろうか。

 

「此方でも探知に反応は有りません。人間ないしそれ以上の反応も無し。魔法による此方に対する探知及び探査も有りません」

 

 見た目のゴツさはともかく、このグラサン型バイザーは非常に使い勝手が良い。

 私の魔法の補助をしてくれるので、対探知・探査も容易に行える。

 

 これがもっと早く有れば、恐らくアルバレインに立ち寄る事は無かっただろうに。

 

「よし……いやまて、浜辺と聞いていたが、随分と……これは岩盤が露出していないか? 間違っていないだろうな?」

 

 上陸ポイントがいよいよ近くなった事で、カーラが周囲の状況を把握したらしい。

 怪訝な声を向けてくるが、お前は船乗りたちとの話を聞いていなかったのか。

 

 浜辺では有るが環境としては磯の性格の方が強く、街道からも離れている。

 それ故旅人も比較的付近の住民もわざわざ足を向けることのない、だからこそひっそりと上陸するには申し分の無い地点。

 

「間違いは有りません。この磯から上陸し、ひとまず安全、かつ港に近い地点までは私が単独で移動します。そういう手筈だったでしょう?」

 

 返信に夢中になっている間に、勢いづいた潜水艇が浅くなった海底に接触して跳ねる。

 

「おっ、おい! 操縦は慎重にしろ! モニターしている私がビックリするだろう!」

 

 危うく海中で上下反転しそうな船体を強引に立て直す私の耳元で、カーラの怒号が響く。

「うるさいですよ、大声でなくとも聞こえます。ちょっとうっかり海底に衝突しただけです、騒がないで下さい」

 どうにか姿勢を制御している最中に、船底が海底に擦れて騒音を撒き散らす。

「おっ、おおおっ、落ち着け! と言うか速度を緩めても良いんじゃないか!?」

 耳障りな雑音の中に、カーラの声が紛れる。

「何を言っているのですか、私はさっさと上陸したいのですよ?」

 カーラの悲鳴のような懇願を聞き流しつつ、私は船を上昇させる。

 今更上昇した所で、目的地はもう目と鼻の先だ。

 

「それにこういう事は、ノリと勢いでしょう? せっかく誰の目にも止まらないのですから、多少は派手でも問題有りませんよ」

 

 潜水艇が波を割り、ついに海面に姿を現した。

 計器がついている訳でもないから速度がどれくらい出ているか判らないが、カーラの言う通り、上陸を目指すにしては過剰な速度では有るだろう。

「いや待て、周囲の情報を共有している私がだな――」

 カーラの声さえ置き去りにしそうな勢いのまま、私は舳先を真っ直ぐに海岸……というか磯に向けて、むしろ船を加速させた。

「こういう事は最初が肝心です。全力で乗り込みますよ?」

 海面に居るのに、いよいよ船底が磯辺の荒い岩肌に触れて船体が揺れる。

「突撃です」

「お前はもう二度と、乗り物の操作をするな!!」

 カーラの非常に失礼な叫びは岩肌が砕ける音に紛れ、不明瞭になる。

 

 海底と衝突し、最終的に跳ねた潜水艇は数秒の間空を飛び、私は開放感に包まれる間もなく、磯から少し奥の断崖に真っ直ぐに突っ込み、派手な爆音と岩石混じりの土砂を周囲に撒き散らすのだった。

 

 

 

 私自慢の、硬度だけに全振りした障壁で構成された潜水艇は、最後まで私を守ってくれた。

 衝突時には船内で前方に投げ出されそうになった為、結局私自身を保護するために別の障壁を張る必要に迫られたが、それを踏まえて尚、非常に気分が良い。

 

 全ての障壁を解除し、魔力炉を魔法鞄(マジックバッグ)に放り込んだ私は、周囲の惨状を無視してひとり、満足して誰にとも無く頷いていた。

 色々な鬱憤が、少しは晴れた気分である。

 

「……もう、今更何も言わん。マリア、地図通りなら港は東の筈だが、確認出来るか?」

 

 カーラの、疲れた、と言うよりも呆れた声が左耳に流れ込んでくる。

 すこぶる機嫌の良い私は改めて周囲を見回し、特に意味も無いであろうが、なんとなく左耳のヘッドホン部分に手を添える。

「ここからでは確認出来ませんね。少し移動しますので、()()にはもう少しお待ち頂けるよう、お話ししておいて下さい」

 軽く答えてから、これで終わりではないという現実に少々げんなりしつつ、私は爆砕した断崖を越え、生い茂る茂みの中へと身を躍らせる。

 その最中にちらりと振り返って見れば、潜水艇飛行アタックの爪痕は大きく、磯は大きく荒れ果てていた。

 

 私はすぐに視線を外し、思考を過去から未来へと向け直す。

 

 ……要するに、見なかったことにしたのだった。

 

 

 

 周囲警戒を怠らないようにし、人目につかないような移動を完遂した私は、いつぞやのように港町を見下ろすロケーションに小さな郷愁を覚えた。

 港町を見下ろしたあの日から、船に乗り、その船の最期を看取り、救える範囲内の生存者を抱え、そして私は今、目的地を前にしている。

 

 本来は船の上から降り立つべき港を見下ろしている筈だったのだが、旅程というものはイレギュラーと相性が良いらしい。

 

 魔族の支配する大陸。

 

 実際にはいわゆる人間種が少ないというだけの話らしいが、さて、この大陸での私の物見遊山はどう転がってゆくのか。

 まずはなるべく安全に()()()をお送りしなければ。

 その後は、衛兵なり領兵? 国軍? なり警察的な機構なりに、私達も取り調べを受ける必要が有るだろう。

 

 人命救助した殺戮人形、さて、為政者はどう判断するだろうか?

 大暴れして遁走する、そんなプランも視野に入れるべきだろう。

 

「カーラ、聞こえますか? 今、港町付近まで来ましたが、まだ少し距離が有ります。()()()にはもっと街に近いポイントから歩いて頂くか、いっそ街に入って然るべき所に出頭してから、()()を解放するべきでしょうか?」

 

 人通りも殆どない街道から更に離れ、怪しげなバイザーを纏ったままの私は、ひとまずカーラに声を掛けてみる。

 

「聞こえているぞ。思いの外早かったが、走ったのか? 人目に付いては居ないだろうな?」

 

 きっちりと周囲警戒を怠らなかった私の苦労を知らないカーラは、気軽に言葉を投げてくる。

「抜かりは有りません。主要な街道では無いようですが、念を入れて少し外れつつ、探知も使用しています。ここで解放しても問題ない程度には、周囲に人影は有りません」

 私が答えると、カーラからの返答はすぐには来なかった。

 

 まだ太陽は高い位置に有るが、海を渡って吹き付けてくる風は少し冷たい。

 

「状況は把握した。周囲のモニターはしたが、普通の人間では少し足元が危険なのではないか? アリスとも話したが……お前の言う通り、港まで出向いて解放したほうが、客人たちも疲労せずに済むだろう。何よりも護衛の手間が省ける」

 

 少し間を置いて返ってきたカーラの声に、私はなるほどと、ひとり頷いた。

 14名の移動のケアをしつつ、護衛の真似事までしながら移動するのは確かに手間だ。

 

「了解しました。それでは、ここからはなるべく目立たぬよう、バイザーを外します。『扉』を開けるまでは通信が不能になりますが、私だけなら多少のトラブルでも対処出来ますので」

 

 方針が決まったのなら、あとは行動するだけだ。

「こちらも了解した。本来ならアリスと交代して欲しい所だが……アリスでは『扉』を開けられないしな。お前の常識力は些か不安だが、任せる他有るまい」

 カーラの不安に(まみ)れた懸念の声を無視し、私はバイザーを外す。

 全くもって失礼な女である。

 常識力とは何かと問う以前に、私だって常識程度のものは持ち合わせている。

 少なくともエマと比べれば、私は常識的で穏当、非の打ち所も無い筈である。

 

 一瞬だけ、だったらカーラが出れば良いのでは? と思った私だったが、それを提案するためにバイザーを装着するような真似はしなかった。

 

 無言でアリスの方が常識人であると認めた挙げ句、カーラにも劣るのだと宣言するような事は出来ない。

 小さな意地だが、こればかりは譲るわけには行かない。

 

 取り急ぎ街道を目指しながら、街に入った後はどこに出向いて誰に話を切り出すべきなのか、私は思考を切り替えるのだった。




もう少し自分を客観的に……いえ、今更ですね。


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お届け物を、お届け先へ

しばらくはマリアの単独行ですが、上手く出来るでしょうか?


 港街クアラス。

 大海を越えて他の大陸へ向かう玄関口というだけあって、かなりの活気である。

 

 見回せば、人間は勿論、エルフにドワーフ、頭一つ抜けて大きいオーガらしい巨躯や、その他ツノの生えた者や獣耳の者など、様々な種族が好き勝手に闊歩している。

 賑やかで異世界情緒溢れる光景に旅情を刺激されるが、今はそんな場合ではない。

 

 ないのだが、しかし私の視線は周囲を彷徨い、そしてそんな行動が、ある一団に気付かせてくれた。

 

 オーガらしき集団が揃いの装備を纏っているのは、あれはこの街の衛兵なのだろうか。

 巨躯と相まってなかなかの威圧感を放っており、居るだけで街の治安は守られそうである。

 ざっと見た限り、一番レベルの高い者は72で、()を越えていない中では達人級である。

 しかも年齢は27歳と、レベルに比べると異常に若い。

 彼ならば或いは、壁を越えてレベルを上げて行くかも知れない。

 

 一番レベルが低い者は27で、一端の冒険者ならいい勝負が出来るかも、と言ったところか。

 

 そんな事を考えながら私はそのオーガの集団に近付き、位の高そうな者……一番強い男に声を掛けた。

 

「申し訳有りません、つかぬことをお伺いします。この港の管理を司る建物は、どう行けばよいのでしょうか?」

 

 見上げながらの私に視線を落として、男は怪訝そうな表情で口を開く。

「あん? 教えるのは構わんが、船の手配は別にそんな所に行かなくとも出来るぜ? ……何か用が有るのか?」

「はい。見た限り、貴方たちは衛兵のようですが……貴方たちにも、無関係な話では無いと思います。責任者の方、或いは責任者に話を付けられる方にも、ご一緒して頂きたいのですが」

 私の返答に、彼は怪訝そうな顔に更に不思議そうな色を浮かべる。

 

 勿体振ることではないし、勿体振る場面でもない。

 とは言え内容が内容である。

 私は周囲に配慮し、若干声量を落とす。

 

「私はアーマイク王国からの船に乗っていたのですが……その船が、クラーケンの襲撃を受けて沈みました」

 

 手短に事の顛末を語る私に、衛兵の顔つきが変わった。

 私の長い1日は、まだ折返しにもきていなかった。

 

 

 

 港湾維持局。

 港の船の航行と街の治安、両方の秩序を維持し、発展を目指すこの組織こそが、このクアラスを統治するのだという。

 

 案内してくれたオーガの一団はここに所属し、正確には衛兵ではなく「外回りの局員」なのだそうだ。

 仕事は荒事の仲裁、犯罪捜査等、衛兵が担っていることと大差は無い。

 

「クラーケンに襲われて一人でこの近くに漂着した、って事か? 俄には信じ難いな。見た限り、服に汚れも無えし」

 

 私の希望で大広間に通された私は、担当者が来るまでの間、局員に監視されながら静かに席に着いていた。

 

「服の汚れは魔法で落としました。これでも、それなりに魔法は扱えますので」

 

 漂着した、という部分を無視して、私は質問と思しきその言葉に答える。

 魔力で形成された潜水艇で疾走した挙げ句、岸壁に突っ込むような有様を漂着と呼んで良いものか迷ったし、そもそもそんな説明をしたら不審者どころかただの嘘()き扱いだろう。

 

 事実として受け入れられたなら、それはそれで厄介なことになるとしか思えないし。

 

「へえ? いや、見た目で言ったら悪いんだが、どこぞのお屋敷のメイドにしか見えないからな。ちょいと意外だ」

 私を案内し、ずっと話し相手になってくれているオーガの青年は、他の局員同様、立ったままである。

「おや。見た目で言うなら貴方こそ、大きな身体(からだ)に似合わず気配りがお上手なように見えますね。とても好感が持てます」

 軽口の範囲内の発言には、こちらも波風の立たない範囲で軽口を返す。

 その巨体では初対面の人間種、或いはそれと同サイズ以下の種族には見た目だけで恐れられたことも一度や二度では有るまい。

 そんな彼を含む巨人集団は、私を囲んで移動する間も極力笑顔を崩さず、私に無闇に緊張を与えないように配慮していたように思えたのだ。

 とは言え、その笑顔も獰猛に見えてしまう辺りはもう、彼らの努力でもどうしようも有るまい。

 

 そんな事を思っていた私は割りと本心で思ったことに、ささやかなリップサービスを添えて唇の端に乗せてみた。

 

「はあ? 俺が気配りぃ? この俺が最も苦手とするところだぜ、そいつは」

 

 心持ち顔を赤らめて、青年は素っ頓狂な声で返してくる。

 こやつ、意外と初心(うぶ)であるか。

 

 私との遣り取りを聞いていた他の局員が、堪えきれなかったのか笑いを漏らす。

 

「くくっ、まあ、確かにお前は結構細かいことに気が付くよな、カーツ隊長」

「モテモテだなあ色男。勘違いして俺達に仲間を逮捕させるような真似すんじゃねえぞ?」

 局員仲間が混ぜっ返せば、残りの仲間たちはいよいよもって大爆笑だ。

 隊長と呼ばれている割には……まあ、これはこれで慕われているのだろう。

 

「うるっせえな! お客人に失礼だろうが、つか笑ってんじゃねえ!」

 

 見た目は剛毅な偉丈夫なのだが、こうしてみると実年齢以上に若く見えてしまう。

 ふと目が合ってしまい、私が小さく笑ってみせると、慌てて目を逸らされてしまった。

 

 面白いが、遣り過ぎると勘違いされてしまうかも知れない。

 何事も程々に、だ。

 

「何を笑っているのです。報告では、笑えるような状況では無い筈ですが?」

 

 そんな和気藹々とした室内に、剃刀のような声がすっと斬り込んでくる。

 笑い声がピタリと止み、局員たちは揃って姿勢を但し、ドアに……入ってきた男に敬礼を向けた。

 長髪細面に眼鏡、いかにも神経質そうな長身の青年――流石にオーガ程では無いが――は短く敬礼を返し、局員オーガたちはそれを合図に敬礼を解き、直立不動の姿勢に戻る。

 

 力こそが正義、そんなオーガたちが素直に従う男は、見た限りでは人間でしか無い。

 

「失礼、お待たせしました。私はライナルト・テイラー。彼らの責任者をしております」

 

 しかし、その立ち姿には隙は見当たらない。

 真正面からぶつかり合うなら単純なステータスの暴力で私が勝つが、それでも私は少しだけ驚いていた。

 

 レベル87。

 

 種族は人間(ヒューマン)、26歳。

 この年齢で、いったい何をすれば、そんなレベルに到達するのか。

 ともすれば気品すら感じるその佇まいに埋もれて強者感は薄いが、その切れ長の目には、そこらの一般人ではたやすく気圧されてしまうだろう。

 どれほどの修羅場を越えて、この青年は今、ここに居るのだろう。

 或いはこの男も、()を越える資質を持っているのかも知れない。

 

 カーツと名乗った青年にも同じことを感じては居たのだが、それをも上回ってくるとは。

 

「ご丁寧に有難う御座います。私はマリアと申します」

 

 私は立ち上がり、素直に頭を下げる。

「ああ、お座り頂いて結構ですよ。お話は伺っていますが、もう少し詳しく聞かせて頂けますか?」

 頭を上げ、言われた通りに席に着きながら、私は考える。

 

 どうせその「説明」の流れで、私は正体を明かさざるを得ない。

 保護して欲しい「客人」たちには既に明かしているのだから、下手に隠した所ですぐにバレるだろう。

 だったら、先に話しておくべきか。

 

「はい。その前に、改めて自己紹介させて頂きます」

 

 応えた私の言葉に、テイラー氏は何を言っているのか、という表情で少しだけ眉根を寄せた。

 私の背後では、カーツくん含む局員たちが訝しむ様子が、気配で伝わってくる。

 

 そんな室内の空気に構わず、私は普段は特に理由も無いので抑えている、魔力をほんのりと解放させた。

 

 それだけで、室内の空気が強張る。

 

「私はサイモン・ネイト・ザガンの最後の人形、マリアと申します」

 

 静まり返った室内で、間抜けにも思える再度の名乗り。

 だが、室内に居る私以外の者たちは、そんな悠長な受け取り方はしてくれなかった。

 

 テイラー氏と静かに見つめ合う私の背中には、恐らくカーツくんのものだろう、一際強い視線が刺さっていた。




気の所為でしょうか、マリアのやり方は、無用な波風を立てそうな気がします。


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お荷物引き渡し

口は災いのもと、という諺が有りますね。


「話にしか聞いたことが無い、が。……お前が、あのザガンの人形だと?」

 

 硬質な声が、私の背中に刺さる。

 字面だけ見れば信じられていないとか、そんなニュアンスしか感じられないのだが、カーツくんの声色はそんな曖昧なものでは無かった。

 

「はい。事情が有りまして、国、と言うより大陸を出ることにしたのです。世の中というのは実に不条理で生き難いものです」

 

 素直に答えて溜息まで落としてみせるが、室内の緊張は(ほぐ)れたりはしない。

 不必要に高い警戒ではないようだが、だからと言って適当に聞き流そうとか、そういう対応ではない辺り、正直意外では有る。

 海の向こうの面白おかしい人形が私です、などと、素直に信じられてしまうとは思わなかった。

 

 ……いや、完全に信じている訳では無いのだろう。

 

 9割頭のおかしな語りだと思ったとしても、万が一、本物だとすれば、油断して被害が出てしまっては笑い話にも出来ない。

 自分を人形だと思っている狂人だとしても、その実力を把握できない内は「本物」として接する、と言う事だろう。

 

「ロンデアータ大陸の復讐の人形師とその作品については、この大陸……ヤノーでも知られていますよ。お伽噺の範疇では有りますが」

 

 テーブルを挟んで私の前に座るテイラー氏は、柔らかな微笑みで口を開く。

 眼差しには少しの柔和さも無いが。

 

 このテイラー氏、それにカーツくんとその他局員の皆さんは、まずは私が本物のザガン人形か、という所で引っ掛っているらしい。

 

 私は人知れず小さく溜息を落とし、改めて視線を目の前のテイラー氏に向け直した。

「事の真相を暴くには、材料が余りにも不足されているでしょう。それらにお答えする前に、お見せしたい……保護をお願いしたい方々が居ります。此方にお招きしても、構いませんでしょうか?」

 私の目的はあくまで救助した人々の保護を求めることだ。

 正体を明かしたのは、これから開陳する不思議道具を持っている、その謎について予め答えを出しておく以上の意志は無い。

 

 ……果たして私の思惑通りに受け取って貰えているのか、今更ながらに不安では有るのだが。

 

「保護? そう言えば、乗っていた客船が沈んだ、そういうお話でしたね。……まさか、客船の乗客全員を保護したとか、そういう話ですか?」

 

 私の思惑などはさて置いて、テイラー氏が表情を生真面目なそれに変える。

 そんな彼に対して、私は言葉で答える前にまずは頭を振り、否定のジェスチャーを示す。

「残念ですが、私が海面に飛びこん……投げ出されて気が付いた時には、周囲には20数名程度しか居りませんでした」

 続く私の言葉に、完全に信じた訳でもないのだろうが、それでも室内の空気が重く沈む。

「そして、実際に救助出来たのは20名。しかし救護が間に合わず、お命を失った方が2名。()()()の警告を聞き届けなかった我の強い2名も残念ながら殺害せざるを得ませんでした」

 そんな空気も、私の――正確には手を下したのは私ではないが――殺人の告白に、全員が即座に緊張感を取り戻した。

 

 実に良く訓練されている、良い衛兵……局員たちである。

 

「救助が間に合わなかったのはともかく、殺人に関しては……いえ、一旦置きましょう。では、残った16名を保護しに行けば良いのでしょうか?」

 

 私は表情を崩さず、しかし心は天井を見上げて額を叩いた。

 なるほど、普通に考えたらそういう事になるか。

 

 救助したは良いものの、全員動けないので保護に手を貸せ、と。

 そう言っているように聞こえてしまったのだろう。

 

「いえ、失礼致しました、私の言葉に不足が御座いました。失礼ですが、起立する許可を頂けますでしょうか?」

 

 しかし私は慌てない。

 百の言葉を用いるよりもひとつの事実を見せた方が、話は早いのだから。

 

 逸る心を抑えて、私は律儀に行動の許可を得ようと試みた。

 それに対して、テイラー氏は私を見定めるような目を向けしばし黙考し、テーブルに両の肘をついて指を組み、口元を隠すような姿勢になる。

 

 あ、アニメとかで見たこと有るやつだ。

 

「失礼ですが、貴女(あなた)が行動しやすい姿勢になることは、貴女(あなた)の話が本当だとすれば……とても危険な事だと思われます。ただ席を立つだけ、ですか?」

 

 テイラー氏だけでなく、私の後ろに控えている局員のみなさんも、無駄な緊張は無いものの、警戒は強めている様子だ。

 こういう時に言葉を惜しんだりすれば、即座に面倒なことになる。

 

 私は過去から学ぶ人形なのだ。

 

「いえ、私の持つ魔法空間への出入り口を展開し、保護した方を此処にお招きしたいと考えております。ついでですが、私の仲間たちもご紹介出来れば、と」

 

 私が言葉を終える前に、周囲の空気が変化した。

 テイラー氏の様子に変化は無いが、小声で仲間と話す局員たちのざわめく様子が感じられる。

 

 探知の魔法と、空間把握の魔法は便利だ。

 

「保護した方々は、既に死んでしまった方以外は皆様健康です。あ、死んでしまった方についても、ご遺族が居られると思います。遺体のお引取りと、ご遺族へのお引渡しをお願いしたいのですが」

 

 周囲の空気を意に介すこと無く、私は淡々と言葉を重ねる。

 周囲のざわめきは増すばかりだ。

 

 失敗したかも知れない。

 

 うっかりと許可を取るような真似をしたばかりに、私は身動きが取れなくなってしまっていることに気が付いた。

 その許可をくれそうな相手、テイラー氏は変わらぬポーズで私をじっと眺めるばかり。

 

 今更下手に動いて相手を刺激するような事にはしたくないし、かと言ってテイラー氏が許可をくれるかは不透明な有様だ。

 保護した人たちを解放したいと言ったら、素直に聞いてくれるとばかり思っていたのだが……どうやら今回も、楽観が過ぎたらしい。

 

「……此方を威圧したかと思えば、私に行動の判断を委ねる。些かチグハグですが、腕力に物を言わせるような真似はしない事は理解(わか)りました。席を立つこと、そしてその魔法空間を展開することを許可します。但し、妙な行動で貴女(あなた)の後ろに控える局員たちに命令させないよう、ご注意下さい」

 

 さてどうしたものか、いっそ強行するかと考え始めた矢先、テイラー氏が重い口を開いた。

 

 随分と勿体振ってくれたものである。

 局員たちに命令とはつまり、私を捕縛なりなんなり、と言う事だろう。

 可能かどうかは置いても、わざわざそんな命令を出して頂く心算(つもり)は毛頭無い。

 

「有難う御座います、では」

 

 しかし出来た人形こと私は、思ったことをそのまま口にするような事はしないし、ましてや憶測にしか過ぎない事に文句を言ったりはしない。

 素直に礼を口にして立ち上がり、改めて頭を下げてから、少し歩いて何も無い空間……ドア1枚を出せるだけのささやかな空間と床を確保する。

 

 そこに、私の意志に従って出現した白い、ただ白いドアに、室内の全員の視線が集中した。

 長旅の途中で拾った面倒事も此処でお終い。

 ようやっと私自身も解放されるのだと思えば、感慨もひとしおだ。

 

 だが、そんな感情に身を任せている時間も無い。

 

 私は浮ついた気持ちをおくびにも出さず、冷静な表情と態度で、ドアノブに手を掛けるのだった。




相変わらずの考え無しの楽観ですが、果たしてマリアの想像通りに事は進むのでしょうか?


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小さな騒ぎ、喜びも悲しみも

人命救助ごっこは、楽しめましたか?


 もはや見慣れた白いだけのドア、そこに当たり前に添えられているドアノブに手を掛ける。

 固唾を飲んで……と言う程ではないが、それなりに緊張した様子でカーツくんが率いる港湾維持局の局員オーガのみなさんと、その上司であろうテイラー氏が、私の動向を見守っている。

 

 これで私が中に入ってしまえば扉が消えてしまうのだが、そうなったら彼らはどうするのだろうか?

 

 まあ、実際にやった所で扉が消えるだけで、出るためには結局同じ場所に出現してしまう。

 意味のない悪戯をしても仕方がない。

 

 私は少しだけ勿体付けてから、ドアノブを押し下げる。

 

「やっと開いたぁ! マリアちゃん遅いぃ! すっごく退屈だったんだからねっ!」

 

 瞬間、此方に向かって押し開けられるドアと転がり出る危険な小動物。

 咄嗟に反応出来ない私と何がなんだか理解(わか)っていない私以外の室内の面々は、怪しいドアの向こうから飛び出して来た小娘に視線を集中させている。

 

「ねえもう退屈が退屈だよぅ! もう()()に行っても良いよねっ!?」

「駄目です、駄目に決まっています。こんなに我慢出来たのですから、もう少しだけ我慢して下さい。

 

 大人しくしていろと言ったのだが、やはり言葉だけで従わせるには無理があったか。

 こんな人口の多い街で好き勝手に遊ばせたら、色々と何がどうなるか、知れたものではない。

 

「す、すまん、私ではエマを抑えるのは無理だった。誰も怪我をしてはいないな?」

 

 キラキラと煌く笑顔で私を見上げるエマに呆気にとられていると、扉の向こうからもう1体、喪服ドレスの高身長人形が恐る恐る、と言った(てい)でその姿を現す。

 ……心持ち、ドアに隠れるような有様で。

 

「……まあ、仕方が無いでしょう。他のお客様方には、怪我などは有りませんか?」

 

 短い思考の結果、私の口から漏れた疑問は無難な響きに纏まっていた。

 そもそもエマを完全に押さえ込むことなど、私であっても不可能だ。

 むしろ、扉の向こうで暴発していないか、今更ながらそっちのほうが心配だったりもする。

 その場合、怪我などで済んでいる筈は無いのだが、港湾局員の方々の前で「死体は増えましたか?」等と聞ける訳が無い。

「ああ、そっちは問題無い。誰も怪我など無いし、具合の悪そうな者も居ないな」

 私の顔色を伺っていたカーラは、どうやら怒ってはいないようだと知ると、ほっとしたような顔を向けると、改めて()()()()へ足を踏み出しながら、空間に切り取られたドアの内側へと身体(からだ)を向け直す。

 特にそこから何か声を掛ける様子は見られないが、中でアリスが何か合図でもしたのだろう。

 鷹揚に頷いて見せてから身を翻らせ、ドアの前からその無駄な高身長の身体(からだ)退()かす。

 

「む? 今ひとつ状況は理解出来無いが、此方の方々が、お客人を引き取って下さるのかな?」

 

 室内を見渡しながら言葉を発したカーラは一瞬黙ると、ちらりと私へと視線を向けてきた。

「マリア、()()()()()()()()()()()()()?」

 続けて発せられたのは、声とも呼べないごくごく小音の、唇さえほとんど動かない……私たちが良くやるアレだ。

「はい。きちんと名乗りましたとも」

 カーラに合わせて答えると、何故か呆れたような半笑いを浮かべてから、カーラは意味もなく胸を反らせた。

 

 無駄に尊大な声が、室内に朗々と響く。

 

「私はカーラ。ドクター・フリードマンの最後の作品だ。お客人の安全管理を行っていた。それではお客人をお呼びするので、必要な確認作業等をお願いしたい」

 

 無駄に偉そうなのはお互い様なのだが、ゴシック調の喪服ドレスを隙無く着込んでいるカーラは、その高身長も相まって、なるほど初見の者が「女主人」と勘違いしてしまうのも仕方が無い雰囲気を纏っている、かも知れない。

 

 実際はポンコツ気味の、ただの仲間その3なのだが。

 

 特に打ち合わせた訳でも無いのだろうが、カーラのセリフの終わりを待っていたように、保護したお客様が次々と扉から出てくる。

 

「……ッ、保護された方達に椅子と、必要なら寝台(ベッド)の用意を! 救護室に応援の要請! 入国管理室にも人員の手配を! それと――!」

 

 私の好い加減な説明とは言え、半分疑っていたとは言え、その説明通りに人間達がぞろぞろと扉から出てしまっては受け入れのための作業を行わなければならない。

 僅かばかり呆けて居たテイラー氏が気を取り直し、部下たちに次々と指示を飛ばしている。

 それを受けて、カーツくんが人員を見繕い、それぞれの作業へと走らせていた。

 

 なるほど仕事は出来るのだなあ、などと呑気に構える私だったのだが、ふと視線を感じてそちらへと顔を向ける。

 

「おうい、マリア。生きてるお客さんは全員自分の足で出てったけど、()()()()()()()はどうすんだ? 私とお前で、手分けして運ぶのか?」

 

 そこには、ドアからひょっこりと顔を出したアリスが、どうでも良い事のように尋ねてきた。

 確かに14名、それぞれに不安そうだったり安心した様子だったりとそれぞれの様子では有るが、皆それぞれの足でしっかりと立っている。

 問題はアリスの言う「そうじゃない」お客様だ。

 残念ながら4名は自立歩行が不可能で、そのうち2名は頭部が斬り落とされている。

 もう痛みを感じる状態でもないのだし、引き摺ってくれば良いのでは、そう考えた所で、アリスの目が半眼になった。

 

 コイツは、私の心を読めるようになったのだろうか。

 

「おい。まさかと思うけど、そんなこと絶対無いだろうと信じて、その上で敢えて言うけど。死体を引き摺り出すとか、絶対駄目だからな?」

 

 アリスのこのセリフも、いつもの例のアレである。

 それにしても、私も含めて、小声とは言え唇もほとんど動かさずに、よくもまあ喋れるものである。

「当然そのようなことはおくびにも考えて居ませんとも、ええ。所で、ソレが良くない理由を、念のためお伺いしても?」

 こちらも合わせて答えれば、アリスは半眼のままで呆れたように溜息を()く。

「馬鹿かお前は。死体を引き摺ってくるとか、尊厳をなんだと思ってんだ。どうも()()()()()()()()みたいだし、ただでさえ警戒されてるだろうに、その上印象まで悪くしてどうすんだよ」

 その上、呆れきった口調で吐き出されるのは純粋な罵声だ。

 すぐにでも噛み付いてやりたい所だが、俄に慌ただしくなった室内でのんびりと口論に興じている訳にも行くまい。

 

 私は考えるまでもなく、気付けばある程度の指示を終えて部下とともに客人に椅子を勧めているカーツくんの、その近くに歩み寄る。

 

「おう? なんだ姉ちゃん、まだなんか有るのか?」

 

 すぐに私に気付いたカーツくんが獰猛かつ人懐こそうと言う、口で説明しても通じ無さそうな笑顔を向けてくる。

 これから個々人に色々と聞き取りとか入国の手続きとか、種々様々な雑事が待っているのだろうが、ひとまず生存者を無事に収容出来たことについては安堵しているらしい。

 

 そんな人間に――オーガも、この世界では「人類種」の一部なのだから、大筋で間違った呼び方ではない筈だ――、その笑顔に影を差すような真似は好ましくないとは重々承知なのだが、伝えねばならない。

 

 私は僅かな逡巡を振り払い、すう、と、小さく息を吸った。

「申し訳御座いません、収容した御遺体の運び出しの為に、どなたかのお手をお借りしたいのです。お願い出来ますでしょうか?」

 私が言い終わると、カーツくんの顔から笑みが消え、瞳が僅かに翳る。

 

 私の話を聞いていた、その筈なのに、目の前の生存者の姿に安堵してしまったばかりに。

 そもそも客船の乗組員、乗客併せて大多数が帰らぬ者となってしまったと聞かされていたのに、そのほんの一部、僅か4名について考えただけで、その瞳の奥には悲痛な色が薄っすらと滲んだ。

 

 見た目の印象に違わず、根が真面目で責任感も強いのだろう。

 そんな彼だからこそ、思い出してしまえば――目を逸していた事実に気付いてしまえば、浮ついてみせるのもすぐには無理なのだろう。

 

「うっし、分かった。そっちの経緯も聞かなきゃなんねえし、そもそもどこぞに置きっぱなしって訳にもいかんしな。――おい、キーラ! 俺と来い、もうひと仕事だ!」

 

 だが、私に答える頃には、もう元気を取り戻して見せた。

 空元気も元気のうち、か。

 

 彼とその部下を従え、「霊廟」の入り口で待つアリスの方へと振り返る。

 アリスはまだ、どこか呆れた様子の顔を私に向けているのだった。




折角薄らいできたと言うのに、根強いものですね、人間らしさとか言うものは。


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人形の行方

プロの手に任せたなら、後はもう安心ですね。


 私を案内してくれた港湾維持局の外回り局員さんたちだけでは処理しきれない、客船沈没事故の生き残りたち。

 専門部署の方々が緊急で招集されたり、個々人に事情を確認する為にそれぞれ別室へ連れて行かれたり、俄に騒がしくなったこの会議室らしき部屋だったが、気が付くと私と仲間たち、そして最初に此処へ案内してくれた外回りの皆さんとテイラー氏だけが残っている。

 

 まあ、送り届けてそれで無関係で放免、となる訳は無い。

 

「他の乗客や乗務員の話と併せて考えるべきだが、その為にも、貴女(あなた)たちの話をきちんと聞かねばならない。ご協力をお願い出来るだろうか?」

 

 テーブルに肘をついて両手の指を組んで表情を隠す、ある意味でお馴染みのポーズでテイラー氏が口火を切った。

 ここでイヤですと言った所で、素直に逃しては貰えないだろう。

 

 まあ、逃げようと思ったらそれも可能なのだが、そうなると色々な被害が出た挙げ句、私たちは悪名どころか立派な賞金首になるだろう。

 ……そう言えば、エマは「ザガン人形の生き残り6体」のひとつとして名が知られているのだが、その6体に賞金が掛かっている話は聞いたことが無かった。

 

 いやまあ……生物の壁を遥かに超えたで済んでいないレベルの人形の首に賞金を掛けた所で、普通の冒険者ではどう足掻いても勝てないのだろうし……きっとそういう事なのだろう。

 

 そんなどうでも良い事はともかく、私は先陣を切って答えようとして、ふと視線を隣のカーラの方へと泳がせてみた。

 そのゴシックドレスの悪役女主人風のポンコツ人形は、自信有りげな表情でテイラー氏を真っ直ぐに見据え、私の視線に気付く様子もない。

 その向こうではアリスが私と同じようにカーラに視線を向けて呆れ顔を晒し、それから私に視線を向けてくる。

 特に口を開く様子は無いが、アリスは目で語り掛けてきた。

 

 お前が説明しろ、と。

 

 勿論その心算(つもり)だったし、もしかしたらカーラが偉そうにしゃしゃり出てくるかも、と思っただけだったのだが、カーラは態度はともかく、余計なことを口にする様子はない。

 

 私は露骨に溜息を()いて、テイラー氏に改めて向き直るのだった。

 

 

 

 船の上で体験したことから、遡って乗船の様子や、何故かアーマイク王国での旅路や他のザガン人形の動向についても聞かれてしまう私。

 気持ちは理解できるが、旅での出来事はともかく、ザガン人形が何処でどうしているかなんて知ったことでは無い。

 

 と言うか、知る術が無い。

 

 エマを見て理解(わか)る通り、個々人がそれぞれの人格を抱えている上に、どいつもこいつもフリーダムだ。

 エマは私に同行して、と言うか現在進行系で隣りに居る。

 キャロルは大森林で賢者様と、きっとイチャイチャしているのだろう、知りたくもないが。

 メアリはジュンと共に旅を続けているのだろうが、今どこへ向かっているかは知らない。

 クロエは片腕を失い逃走したが、その後どうしたのやら。

 廃墟どころか灰燼に帰した聖都で自害でもしていてくれれば安心なのだが、どうだろうか。

 

 そして、聖女なんて名乗って人間を誑かしていた(推測)リズは、魔女の襲来前に聖教国を脱出出来ていなければ、破壊されているだろう。

 破壊されていて欲しい。

 

 ゼダについては私は会ったことは無いが、メアリにその行き先を聞いている。

 しかしそれが本当かは判らないし、そもそもゼダは私と同じく秘匿されたと言うか、一般には知られておらず、文献といえば制作者であるサイモン氏直筆の資料にしか残っていない。

 ……わざわざ言う必要が果たして有るだろうか。

 

 斯様に自由気まま、基本的に好き勝手な行動を行っている連中の動向など、仮に行き先を聞いていても信用出来るものではない。

 私のように計画的、かつ理に適った行動を取れる人形の方が少ないのだろう。

 

 結果として私は、はっきりと居場所が特定できるキャロル以外については不明である、としながらも、それぞれの人形と出会った地点、及びその後の行き先についての予想だったり本人の申告だったりを並べて見せた。

 

 直接あっていないリズはまあ、国ごと滅んだのでは無いかと言えたものの、出会うどころか気配も感じなかったサラについては、全く判らないとしか言いようも無かったのだが。

 

「ははあ……聖教国が消えたって話は聞いてたけどよ……とんでもねえな」

 

 私が当人比2割り増し程度で並べた魔女と駄犬の悪評に、カーツくんが呆れたような声を上げる。

 この会議室の中だけ、既に船が沈んだ事がまるで関係のない世界になってしまっているが、私は素直に質問に答えただけだ。

 私は悪くない。

 

「オーガ的には気になるかも知れませんが、アレは戦うとかどうとか出来る相手では有りません。私たちも尻尾を巻いて逃げ出したくらいです、関わるのはお勧めしません」

 

 言いながら、言葉に溜息が混ざるのを止められない。

 興味深げに私を見るカーツくん他オーガの皆さんだが、本気でやめたほうが良いと思う。

 

「まあ、魔女だの番犬だの魔王だの、物騒なモンは置いとくとして、だ」

 

 げんなりと思い出に浸る私を置いて、カーツくんは意味ありげに言葉を切ってから、テイラー氏の方へと顔を向けた。

 テイラー氏は26歳でカーツくんは27歳、当然直接呼ぶ時にはそれぞれ気をつけているが、脳内ではどうしても、見た目の印象から「氏」と「くん」が外せない。

 そんなキリリと冷静な雰囲気をきっちりと着こなしているテイラー氏が、カーツくんの言葉を受け止めて頷く。

「ええ。確かにそれらは置いても、この大陸で他の人形については聞きませんでしたね。『剣舞(けんぶ)』サラについては、古くから話は聞きますが」

 私は冷静を保つことで、げんなり顔を隠す。

 隠せたと思う。

 どうだろうか?

 

 どうしてこうも、行く先々で人形の、それも先輩格の人形の話ばかりを聞くのだろうか。

 ファンタジー世界らしい魔物と言えば、私は海中に没するクラーケンを遠目に眺めた程度だ。

 サーペントは探知魔法の反応でそれらしいモノを感じた程度だし。

 

「他の人形師の人形とは明らかに性能の違う、強すぎる人形。ここ数十年は活躍を聞きませんが……」

 

 結局この大陸でも何も変わらないのか、もはや笑いそうな私の耳は、その違和感を聞き飛ばし掛けた。

 

 ……確か私は、悪名高い私の姉妹人形の話を聞いていた筈なのだが。

 ()()と聞こえたのだが、はて? 現実逃避の果の聞き間違いだろうか?

 

「最後に暴れたってのは、中央山岳帯だったか? あれで範囲が広いから、何処に居るとかは掴めねえけど、流石にもう居ないんじゃないのか?」

 

 腕組みしたカーツくんが、顎に手を添えたりしながら思い出すようにしみじみと言う。

「まだ捜索計画が有るってんだろ? 本気で見つかるのかね」

 私の背筋を、久々に嫌な汗が伝う。

 

「捜索……ですか? それに、先程の話しぶり……まるでサラを忌避()()()()()ような口振りですが、どういう事なのでしょうか?」

 

 聞いたらなんだか面倒なことになる。

 そんな予感が有るのに、私の口からは質問という形で好奇心が飛び出す。

 

 力こそ全て、それが魔族だ、とか、そういうある意味で単純な話なのか。

 それとも、ひとり殺せば殺人者だが、ン千人単位で殺しちゃってるともう英雄で良いんじゃないかな、とか、そういう話か。

 

 どちらであってもあんまり楽しい話では無さそうなのだが、口から飛び出した言葉を引っ込める術を、私は持ち合わせていないのだった。




まさか、とっくに大陸を出ていた人形があったとは思いませんでした。


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とかなくても良い誤解もある

サラは、魔族が暮らす大陸で何をしていたのでしょうか。


 Za204、「剣舞(けんぶ)」サラ。

 

 エマまでの初期シリーズの1体で、つまりエマより後に調整されてロールアウトした人形だ。

 サイモン氏の資料やエマの記憶では割と一般的な両刃の片手剣を扱う近接戦闘仕様の人形で、カーツくんやテイラー氏の話を聞いても、得物が変わった程度で大筋では変わっていない。

 

 どこで片刃で反りの有る片手剣なんて手に入れたのだろう。

 その上それの扱いを習熟するとは……いや、考えてみれば()()()()()()()()()()()には事欠かないのか。

 

「まあ、人殺しっちゃあ間違いないんだが。やってることが盗賊退治とか、悪党じみた奴らを殲滅してるっていう、まあ、うん、法には触れるし怖がってる連中も居るっちゃ居るんだが、有り難がってるのも居てなあ」

 口調の割には楽しそうなカーツくんを横目に、テイラー氏は溜息と肩を落とす。

「官憲や衛兵、軍の人間には手傷は負わせるものの、殺しはせずに立ち去るのです。……数百人に囲まれて無傷で逃げ延びる時点で相当異常だと言えますが、それを置いても、善良な一般人には決して危害を加えないと言うのもあって、民衆には腰の重い公権力よりも人気な有り様でして。()()の話どころか、ここ10年程度は姿も見せていないのに、物語として書物や劇になっていて人気は衰えません」

 私はテイラー氏の溜息に同調する他無い。

 

 海を渡ってやってきた殺戮人形が、今では物語の主人公と来たか。

 なんの冗談なのだろうか。

 

 善良とは言え一般人には手を出さないと言うのも信じ難いが、エマ……はともかく、メアリを思い出すと意外とそういう物かと思ってしまうが、良く考えずともアレが特殊なのだ。

 なにせ、サイモン氏ことザガンの人形と言えば……。

 

「……ザガン人形は、ほぼ共通して課せられた命令が有るのですが……それはご存知ですか?」

 

 楽しそうなカーツくんとその仲間たち、それを見て頭が痛い様子のテイラー氏。

 彼らに共通して見られる危機感の薄さに感じた危惧から、私の口から言葉が溢れる。

 

 それに対する反応から、私は自分の感じた違和感に確信を持つのだった。

 

 

 

 人間を殺しなさい、そして旅を楽しみなさい。

 エマが出立間際に言われたという、サイモン氏からの最後の言葉。

 その真意は、「人間」種……所謂ヒューマンを殺せと言う意味で、それはサイモン氏の過去に起因している。

 

 有り体に言ってしまえば恨みという、ただそれだけのモノだ。

 

 そう言う意味でなら、人間以外の大多数の人類種には害は無い。

 ……と、言い切るには無理が有るだろう。

 積極的に仕掛けることはしなくとも、目の前に立ち塞がるならば私であっても容赦はしない。

 乱戦の只中にあっては、獲物を選ぶ暇もない。

 余裕が有っても選り好みはしない。

 どちらにせよ、人間(ヒューマン)にとっての劇物である事に変わりはないのだが、他種族にとって良薬になるような存在とは、とても言えない……筈なのだが。

 

 ちなみに、サイモン氏が人間を憎む原因となった都市は、ロールアウト直後のエマが灰にしたらしい。

「だって特にやることも思いつかなかったしぃ。マスターが憎んだ街だったしぃ、残しておく理由も無かったしぃ?」

 いつもよりバカっぽ……軽く聞こえるエマの台詞だが、造られた人形にとって、行動原理はその程度なのだろう。

 エマはその後、適当に暴れて幾つかの街を瓦礫や灰に変えつつ、気ままに山を超えたのだという。

 

 残った国内の街については遅れてロールアウトした、(のち)の聖女こと「死覚(しかく)」リズやら「血爪(けっそう)」ソフィアに(くだん)のサラ、「骸裂(むくろざき)」キャロルなどが大暴れし、今ではとても人口の少ない国になってしまい、周囲も下手に国土を切り取ってザガン人形を呼び込むような真似をしたくないからと絶賛放置されているのだとか。

 

 仲良く大暴れしたような印象を受けるし、実際にあの大陸ではそのような話も広がっているが、実態はそれぞれがバラバラに暴れただけだ。

 あまつさえ、ソフィアは後にエマに破壊されている。

 

 ともあれ、私の説明とエマの回顧でザガン人形の真実を知ってしまっては、さしものオーガ軍団もドン引きである。

 

「ええ……人間を殺す命令って……」

「なんで人形同士で()りあってんだよ……」

「ってか、ええ? ザガンってそんなヤベえ奴だったのか?」

「サラって、そんな奴だったのか? 確かに敵には容赦しないって聞いたけどさ……」

「どんな恨みが有れば、そんな人形造れるんだよ……」

 

 ただの力比べで死傷者が出るオーガに引かれるのは心外ではあるが、一方で気持ちが理解(わか)らなくは無い。

 一部ザガン……サイモン氏に対する意見に対してはエマがムッとしていたが、暴れだすような真似はしなかった。

 

 落ち着きが出てきたのか、それとも、いつぞやのメアリの言葉に、エマも思う所があったのか。

 

「そういう理由も有るので、サラを捜索するのは結構ですが、必要以上に接触しないほうが良いと思います。ザガン人形と言うのは、誰のお子様のプレゼントにも向かないモノですから」

 自分で考え、自分を律するエマを横目に、私は適当に締めの言葉を口にする。

 私たちに対する必要以上の接触もまた同様なのだと匂わせた心算(つもり)だが、オーガ軍団はこの様子では気付いてはくれていないだろう。

 テイラー氏は表情を特に変えないが、此方には通じていると願うばかりだ。

 

「なるほど、同じザガン人形からの貴重な意見として、留意させて頂きます。それでは雑談を切り上げて、そろそろ仕事をしたいのですが。宜しいですか?」

 

 どうやら通じてくれたらしい。

 組んだ指を解き、背筋を伸ばしたテイラー氏は真っ直ぐに私を見ていた。

「はい。そちらも調書など雑事も御座いますでしょう。ご協力出来る事でしたら、私ごときの微々たる力も尽くさせて頂きます」

 協力を請われて、大仰な台詞で返される場合と言うのは、大体において最低限の協力しかしないよ、と言う意思表示だ。

 むろんそうで無く、純粋に言葉通りに誠実に行動する者も居る事は知っているが、こと業務と言う物が絡むと、ヒトと言うものは考えている事と言葉が一致するほうが少ない。

 

 そして私は、ついつい忘れがちだが、元々ヒトだったのだ。

 

 調書取り程度は協力出来るけど、船が沈んだ現場に居合わせただけの私は、なんであの客船がクラーケンに狙われたのかとか、そんな事はなにも知らないし想像もつかない。

 そんな私が事故原因の究明とか、ましてや再発防止に何か役立てる事は無いよ、と、はっきり言ってしまうとちょっと情けない事を、少し格好をつけて言っただけである。

 

「事故としか言いようの無い出来事ですし、先程他の乗客から聞いた話が一部上がってきていますが、貴女(あなた)たちの話と特に矛盾は有りません。調書に起こす為に、失礼ですが同じ質問を繰り返させて頂くだけですよ。ですから、そんなに緊張して頂かなくとも結構ですよ?」

 

 先程までは硬い表情だったテイラー氏が、その整った顔を和らげ、微笑んで見せる。

 ははあ、これはきっと、街の娘たちは彼を放っては置くまい。

「畏まりました。お気遣い有難う御座います」

 だが、そんな微笑みひとつで騙されてやる心算(つもり)は毛頭無い。

 私もまた涼やかに微笑みを返し、短く答える。

 

 これから始まる調書作成の中で、私たちの目的を把握し、行動を監視する為に、出来る限り情報を引き出そうとするだろう事は想像に難くない。

 腹に痛むものを抱えては居ないが、いちいち行動に監視が付くのも面倒なものだし、どうしてもアルバレインでの事を思い出して不快になる。

 

 騙す様な真似をする気は無いが、余計な事を言って警戒心を刺激する事の無いように、せいぜい気を引き締めるとしよう。

 

「……似たような口調で話してるのに、誠実かどうかってのは、はっきりと出るモンなんだな……」

 

 呟いたアリスを反射的に睨んでしまったのは、不用意な発言を戒める為でしか無い。

 私が不誠実だと言いたいのか、とか、そんな言い掛かりを付ける目的では無いと言う事は、ここに明言しておく。




もう少し自分を客観視したほうが良いと思います。


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仲間意識

お客様は保護されて、どうやら尋問も終わったようです。


「……つまり……貴女(あなた)達は、興味本位で嵐の海を見る為に甲板に上がって……波に呑まれた、と?」

 

 背筋を伸ばしたはずのテイラー氏は、私たちの状況説明を聞きながらだんだん背筋が丸まり、気がつくとテーブルに肘をついて両手の指を組むと、その上に顎を乗せていた。

 先程までと似ている筈なのだが、その格好はなんとも気の抜けた様な表情と相まって、まるで別物のようだ。

 

「はい」

 

 短く簡潔に、しかし自信満々に答える私。

 その返答を堺に、しばし、室内からは人の声が消えた。

 

 少しばかり……静か過ぎはしないだろうか?

 

 よくよく見ればテイラー氏は気が抜けたと言うよりも、何処か呆れ気味に見える。

 ちらりと視線を私の隣に向ければ、カーラが何故か気まずそうに目を逸らした。

 その向こうのアリスは、もう私と目を合わせようとしていない。

 視界を反対に向けてみれば、エマがキョトンとして私を見上げ、私と目が合うと無遠慮に右腕の袖口を引いてきた。

 

「ねえねえ、マリアちゃん」

 

 その表情は、いつものような笑顔では無いが、何も考えてい無さそうという点においていつもと変わりはない。

「なんですか?」

 私は思わず少し姿勢を低くし、目線の高さを合わせるようにして、エマと向き合った。

 

「嵐で大きく揺れてる船の甲板に出るとかぁ、普通に考えてただのバカだと思うよぉ?」

 

 物凄く不思議そうな顔で言い切ったエマの頭部を、何かを考えるより早く、挟み込むように私の両手がガッチリとホールドした。

 

「あ・な・た・が! 言い出した事でしょう! 私は止めましたよね!? 少なくとも私は止めました! 最終的には嫌がる私を強引に連れ出したのは貴女(あなた)ですよ!? なんで私が言い出したみたいな風に言ってるんです!? 分解(バラ)して海にバラ撒きますよ!?」

 

 私の両手、というよりも全身で練られた魔力が両腕で電撃となり、全力でエマに襲い掛かる。

 

 だが、悲しいかな。

 

 レベル差の壁は、余りにも高く無情だった。

 

「あははっ、そう言えばそうだっけぇ。ごめんねぇ、ちょっと痛いからもう許してぇ」

 

 おおよそ200程のレベル差では、エマに焦げ跡も付けられないか。

 ちょっと痛い等と言ってはいるが、実際には効いている気が全くしない。

 ケラケラと笑っている有様だし、間違いなく効果は無いだろう。

 

 私はオーガたちのドン引きの視線に気付いたことも有り、魔力を収めて魔法を解除し、エマを解放する。

 

「マリアちゃんは時々冗談が通じないねぇ。もうちょっと気楽に無責任に生きても、良いと思うよぉ?」

 襲いかかった電撃の余波で服があちこち破れているが、気にした様子もなく笑うエマ。

 はっとして自身を顧みれば、私の服も両腕のみならず、上半身のあちこちが破れてしまっている。

「やめてくれ、エマ。マリアが今以上に無責任になってしまったら、もはや手の施しようがない。幾ら魔力障壁で出来ているからと言って、全力で陸地へ突っ込む以上の事をされてしまっては、本気で封印を考えなければいけなくなるぞ?」

「私はいっそ、マリアを封印してしまうのが、世界平和に必要な手続きな気がしてきたんだけど?」

 溜息混じりのカーラと、呆れ口調のアリスがエマの言葉に異を唱える。

 それは構わないのだが、それ以外の点で無視出来ない2体の態度に、私は冷ややかな視線をもって振り返る。

 

「普段の私についてはともかく、あの嵐の夜、エマに逆らえなかった者と特に文句も言わなかった者に、とやかく言われる筋合いが見当たりませんが? 特に元冒険者! ちょっと見に行くくらいなら平気、とか言ってましたね!?」

 

 私の視線から逃れようと顔を背けた2体の後頭部に、私の怒声が刺さる。

 それまで私に向いていた室内の白けた視線の大多数が、素早く方向を変えたのが感じられた。

 

「あー、いや、まさかエマちゃんがあんなにあっさり波に呑まれるとは思わなくってさ……」

 

 語尾をぼかし適当に笑ってごまかすアリスは、私の顔を見ようとしない。

 説明する私に向いていた周囲の呆れた視線は、今やアリスに向けられている。

 端的に言ってザマ見よである。

 

 止めたとは言え結局は折れて行動を共にした私にも責任の一端は有ろう。

 そう思い、素直にその視線を受け止めていた私だったのだが、周囲の呆れが私にだけ向いていると思い込んだ約2名は白々しくそれに乗り、ちゃっかりと私を責める様な事を言って常識人振ろうとしていたのだ。

 オーガ軍団の半分位ならともかく、目の前のテイラー氏がそんな杜撰な策に引っ掛かる筈が無かろうに。

 

 それ以前に、私がそんな真似を許す筈も無いのだが。

 

「あー、ええと、私の話の振り方が悪かったね。申し訳ない、仲間割れは時間を見合わせて、別の場所でして貰えるかな?」

 

 仲裁を試みる声に顔を向ければ、顔色を悪くしたテイラー氏が、引き攣った笑顔で出迎えてくれた。

 なんでそんなに青い顔を、と思ったのだが、気が付けば私はほぼ全開で魔力を放っており、ダダ漏れで圧力を伴った魔力は室内を圧迫している有様だった。

 

 仮に話半分で私の説明を聞いていたとしても、少なくとも、私が正真正銘の化物であるのだと、はからずも証明する形になってしまった訳だ。

 説明どころか証明の手間も省けたのだが、喜んで良いのだろうか?

 

「……本当に、貴女(あなた)達が船を沈めた訳では無いのですよね?」

 

 むしろ、何やら別の疑念を発生させてしまったようである。

 

「まさかまさか。私は非力で可憐な、ただの華奢な人形ですよ?」

 

 笑って誤魔化す私だが、凍りついたような空気の中、誰も同調などしてくれないのだった。

 

 

 

 一通りの説明も終わり、人命を救助した者で有りながら、同時に危険な物体であると正確な評価を下された私たち。

 一応、と言う事でテイラー氏の指示により、内勤らしい局員数名が魔力計測の魔導具を持ち込み、私たちを測ろうとして魔導具を破損させていた。

 

 普通の人類、というか普通の生物用の計器では、当然の結果である。

 

 それだけなら外回り局員全員集めてなんとか制圧を試みようと思えたのだろうが、先の私の魔力全開威圧(事故)と併せて、私ひとりが暴れるだけでも危険だと判断したらしい。

 案外別の思惑が有るのかも知れないが、まあ、正直知った事ではない。

 

「ま、あれだな。結果良ければ全て良し、ってね」

 

 庁舎を出た私たちの中で、アリスは大きく伸びをする。

 朗らかで快活な笑顔だが、しれっと私だけを原因に仕立て上げようとした事は絶対に忘れない。

 

 テイラー氏に「街の普通の人々と私の部下の安全の為にも、是非、不用意に暴れないで欲しい」と引き攣った笑顔で送り出された私たちは、当面の幾つかの目的が達成されてしまっていた。

 海を渡ること、保護した人々と遺体を届けること、異国の空気を肌で感じること。

 

 異国の空気に関しては、そもそもこの世界に呼び寄せられた時から感じているものと変わらないのが本音だが、それを口に出すのは無粋が過ぎるだろう。

 

「あの結果が果たして良かったモンか、俺には判断がつかんがね。まあ、実際んトコ、この国でなんかやらかした訳でも()えしな」

 

 見送りに来て下さったオーガ軍団は、いつの間にか普段の調子を取り戻したようでとても軽い。

 潜在的な超危険物を見逃すとか、この国の治安維持に関する意識はどうなっているのだろうか。

「そうですね。私たちとしても、平和な旅を望んでいるわけですし」

 内心を吐露しても仕方がないので、私の口から飛び出るのは当たり障りのない言葉だ。

 

 だが、それは本心でも有る。

 

 私の仲間たちにしてもそれに関しては同様で――約1名、平和の意味がねじ曲がっている者が居るが――、室内で詰められていた状況から解放されて次は何をしようか、呑気な笑顔で思案している様子である。

 エマだけは、思ったままに行動させてはいけないのはお約束である。

 

「とりあえず、もう昼も過ぎているのだ。紳士諸君にはお勧めの食事処へ案内して貰えるものだと期待して良いのかな?」

 

 青空の下、カーラの笑顔を真っ直ぐに受け止めたオーガのひとりが頻りに頷いている。

 カーラの方には特になんの感情も無く、文字通りの単なる食事のお誘いなのだろうが、相手は果たしてどう受け止めたのやら。

 

 見た目から騙して掛かるのが私たち人形なのだが、さて、自分の外見を武器として利用する事が出来る者が、私を含めて誰も居ないのはどういう事なのだろうか。

 

「たまにはカーラも良いことを言いますね。美味しいものを頂きたいものです」

 

 往来を行き交う人々の活気に当てられ、知らず笑みが浮かぶ。

 私はすぐにどうでも良い考えから離れ、カーラに追従するように、この街で出会うであろう「食」たちに思いを馳せるのだった。




食事を楽しみにする人形、というのもどうかと思いますが……。


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新天地にて

私は食など拘ったことは無かったというのに……。


 事情聴取、というか尋問、もとい雑談から解放され、都市治安部隊たるオーガ軍団と街に繰り出して昼食を謳歌する私たち。

 

 私たちはともかく、オーガ軍団は仕事をした方が良いのではないだろうか?

 誘ったのは我々だし、生きている以上食事は不可欠なのだし、その点を責める心算(つもり)など無いのだが。

 

 彼らが昼間っから、あまつさえ業務時間内に酒を煽っていたりしているのは私たちの所為ではない。

 絶対に、私たちは飲酒を勧めたりはしていな――。

 

「あっはっはっ! 良い呑みっぷりじゃないか! さすがはオーガだねえ!」

「アンタもだろうが! 元とは言え冒険者は(ちげ)えな、やっぱ!」

 

 困った隊長格とウチの元冒険者(バカ)の頭の痛い会話が聞こえてくる。

 もしかしたら、真面目に働くオーガの皆さんを堕落させたのは私の仲間なのかも知れない。

 

 久々に、心底仲間と言いたくない。

 

 なんでアリスは、酒が絡むとポンコツになるのだろう。

 我々の中でも意外と冷静沈着、割と面倒見が良く私以外にはよく懐かれている彼女だが、どの街でも酒が絡むと駄目な大人の見本のような有様になる。

「霊廟」内では酒は私室で楽しむ程度に留めてくれているのはせめてもの幸いか。

 

 私は駄目な大人と、後で絶対怒られる職務中の方々から目を背け、相変わらず上品な食事作法のカーラと、無邪気に食を楽しむエマへと顔と意識を向け直す。

 ……なんでカーラは、串焼き肉を食べてるだけなのに上品に見えるのだろうか。

 

「うーむ、肉は旨いと思うが、野菜が恋しいな。……コレと同じ要領で、野菜を串に刺して並べてくれないものだろうか」

 

 咀嚼した肉を呑み込むと、カーラは溜息混じりに物憂げな表情を見せる。

 肉串と料理人のおっちゃん両方に失礼な事を言うのもどうかと思うが、それ以上に見た目や行動と、手に持つ串と言葉のバランスの悪さと言ったら。

 

 離れたところに居る料理人さんには、肉の串焼きに不満が有るようにしか見えないだろう。

 

 あと、言葉だけを聞けば野菜の串焼きを想定しているように聞こえるが、カーラは多分、生の野菜が串に刺さっている光景を思い浮かべていると思う。

 メニューに普通に野菜の串焼きも有ったのに、それを選ばなかったのだから。

 野菜は生以外食べないとかそんな事は無い筈なのだが、どういう事なのだろうか。

 

 やはり、変わり者人形の考えることは理解(わか)らない。

 

 そんなカーラの隣に座って、エマは楽しそうに串焼きを次々と消費してゆく。

 確か、誰よりも多く、もはや大皿での提供だった筈なのだが……エマの前に置かれた皿は、もうじき空、というかただの串が乗っているだけの有様になりそうだ。

 

 異国情緒溢れる港町で、私たちが何故肉の串焼きなぞを食しているかと言えば、オーガの皆さんのお勧めだったからである。

 曰く、「こっちはいつも魚ばっかりなんだ、たまに騒ぐ時には、肉を食いたいってモンよ」だそうで。

 

 職務中に食べて騒いで、挙げ句飲酒とか、始末書で済むのだろうか。

 やや遅い昼休みと言うには少しばかり羽目を外しすぎている気がするのだが、まあ、所詮は他人事である。

 

「おーい! こっちエール追加で! 面倒だから2杯持ってきて!」

「マリアちゃん、私もおかわり良いかなぁ?」

 溜息を我慢する私の気も知らず、すっかり酒に呑まれたアリスがウェイターに向かって空のジョッキを掲げながら叫……注文し、それを見ていたエマが私に空の皿を突き付けてきた。

 別にそんな心算(つもり)も無いのだろうが、エマがアリス(の駄目な部分)に毒されて居るようで、なんだか居た堪れない。

 

「ええ、構いませんよ。先程のように、ちゃんと注文出来ますね?」

 

 とは言え、エマの機嫌を損ねるのも面倒だし、少なくとも食べている間は大人しいのだから、止める事はしない。

 アリスの方に関しては、まあ、人形だし深酒で前後不覚、とはなるまい。

 

 いや、酔いを楽しむためにわざわざ毒耐性をカットして呑むような愚か者だ。

 あまり楽観しないほうが良いか。

 

「海を渡って初めて、この国ではあまり強いお酒が流通していないと聞いた時には随分つまらなそうな顔をしていたと思ったのですが。なかなかに順応が早いようですね、流石は元冒険者」

 

 平素は口調を整える関係で、思ったことをそのまま口にすることはなるべく避けるよう努力している私だが、今回ばかりはほぼそのまま出てしまった。

 それなりに口調を制御できているとは思うのだが、吟味無しの言葉は面白みに欠けてしまう。

「うるさいねえ、それはそれ、これはこれだよ。こんな旨いアテが有るのに、呑まないなんて却って失礼だろうに」

 そんな私に返ってきたのは、肝臓がそのまま返事を返してきたような言葉。

 

 おかしいな、人形には肝臓に相当するような臓器も無い筈なのだが。

 

 カーツくんを含め、周囲のオーガたちは既に、アリスを人形だと忘れている様子で、やんやと盛り上がってる。

 

「さて……私たちはこの後、どうしますかね……何も知らない国ですし、そもそも地図も無いですし」

 

 眼の前の陽気な現実を無視し、私は小さく唇を動かす。

 今は良いが、先の事は何も決まっていないのだ。

「まずは冒険者ギルドにでも顔出して、この国の地図でも買うか」

 いつもの小声で、アリスが返答を寄越す。

 オーガ連中と馬鹿騒ぎしながら、合間に返ってくる沈着な声には失笑を禁じ得ない。

 

 冒険者ギルドで発行・販売している地図は、大枠として大陸の輪郭とその中の各国の境目は思った以上に正確に描かれているが、それ以外には基本的に大きな街と街道が大まかに書かれているだけだ。

 

 細かな地形情報は軍事に転用出来てしまうので、基本的に書き込まれていない。

 これは、市井に出回る地図は大体同じである。

 代わりというか当然というべきか余白は豊富にあるので、冒険者であれば自分で歩き、その目で見たものを書き込むことで自分だけの地図に変えていく。

 それもまた、冒険者それぞれの貴重な財産と言う訳だ。

 

 私はそれを画像として脳内に取り込み、それにデータを書き加えていく訳だが。

 

「まあ、それが順当であろうな。雑貨屋で地図を漁るよりは確実で正確だ。それに、アリスであれば冒険者連中から話を聞き出すのも容易であろう。まさに今のような要領で」

 カーラが同意を示しつつ、さり気なくアリスの表面上の有様をディスる。

 

 ……あれは表面上のものだと信じたいのだが、若干の不安を覚えてしまうのは仕方が無い。

 

「アンタもうるさいね、でもまあその通りかもねえ」

 小声で噛みつくという器用かつシュールな芸当を披露したアリスだが、あっさりとカーラの意見に同意してしまう。

 アリスが単純なのか、冒険者というものが一般的に見て単純なのか、判断の難しい所だ。

 私の意見では有るが、おおらかと言うのとはちょっと違うと思う。

「私は遊べたらなんでも良いよぉ。今まで全然遊べてなかったしぃ」

 もっと単純かつ、最も危険な人形が不満を笑顔で呑み込みながら、私たちの会話へと強襲を掛けてくる。

 なるべく誤魔化しつつ此処まで旅を続けてきたが、どうやら気付いてしまったらしい。

 今まで言う程大暴れしなかった、いや、止められていた事に。

 

 私とアリス、カーラは無言で顔を見合わせる。

 

 無法者の街とか、判りやすく横暴の限りを尽くす権力者とか、そういった判り易い敵でも出てきてくれないものか。

 そうでなければ、下手をすると私たち――というかエマ――がこの大陸最悪の存在になるのは、遠い未来のことでは無くなってしまう。

 

 取り敢えずこの場に居るオーガたち、そして街に居る彼らの同僚や冒険者、旅人たちが平和に明日の朝日を拝めるよう、私たちはエマの機嫌を取るしか無い。

 頂点を過ぎてやや傾いていた太陽は更に小首を傾げ、私たちの些細な喜劇を呆れたように見下ろしているのだった。




……世界各国の地図でしたら、時代的に古いものかも知れませんが、談話室の書架に有るのですが……。


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異国の夜

つくづく、飲食を好む人形達です。


 異国の地、生活習慣の異なる世界。

 様々な違いは有れど、根付いた人柄による立ち居振る舞いの違いが有れど――夜の酒場が賑やかであることに変わりは無いらしい。

 元々海路を用いた交易が盛んで、異国でありながら様々な国、地域の人間が溢れるこの街はこの国の中でも特に事情は異なるのであるのだろうが。

 

 私がつらつらと、割とどうでも良い事を考えているということはつまり。

 

「マリアちゃん! このパスタ美味しいよっ! マリアちゃんも食べてみてっ!」

「新鮮な野菜と言うには難が有る、が、品質が悪い訳では無い。それにこのドレッシングは素晴らしいな。野菜はやはり生に限る」

「エールもこうしてみると、やっぱり良いモンだね。肴も旨いし、言う事無いねえ」

 

 周囲が騒がしいからだ。

 言うことが無いなら黙っていて欲しいのだが、それを言うのも野暮だろう。

 あと、エマの仕草は微笑ましく思えるだろうが、引き換えに私の皿から料理を奪いたいだけだ。

 

 何処で覚えたか知らないが、そんな駆け引きを持ちかけてこずとも、言えば素直に分けるのだが。

 

「おん? なんだメイドさん、アンタは浮かねえ顔だが? 理由がないなら、メシは楽しく食うべきだぜ?」

 

 同じテーブルで、カーツくん……治安維持の外回り局員の中隊長さんが私に気を掛けてくれる。

 ……昼食後に一度別れた筈なのだが、どんな悪運の巡り合せか、夕闇迫る繁華街で食事処を探す私たちは彼に再会したのだ。

 

 別に会いたくは無かったのだが。

 

「私は見た通りの立場で御座います。皆様の歓談を邪魔する訳には参りませんので」

 あと、私はメイドではない。

 そう思ったのだが、格好も格好であるし、いちいち反論しても面倒なだけだ。

 だったらいっそ、その勘違いを利用してやろう、そう考えを修正した私は、静かな顔で言葉を放つ。

「ははあ、まあ、下っ端ってのはどこも大変だなあ。その黒髪のお嬢様が主人かその娘さんってトコか? お上品で無茶も言わ無さそうだし、大事にしてやんな」

 私の言葉に何を納得したものか、カーツはふむふむと頷いてからジョッキを煽る。

 聞いたところでは、私たちとの会食後、呼び戻された彼らはテイラー氏に説教された上で案の定始末書を書かされたと言うのだが、見た限り反省している様子はない。

 私たちはアテもなく放浪する人形の一団なのだと説明した筈なのだが、きっとアルコール漬けの脳では記憶もままならなかったのだろう。

 

 ……いや、ヒトの目も耳もある酒場で、うっかりザガン人形なんて単語を出せない事も理解している。

 彼なりの気遣いだとは理解(わか)っているのだが、いかんせん垣間見た勤務態度やあれこれから、どうしても判断は偏見に寄ってしまう。

 

「ええ、まあ。お気遣い痛み入ります」

 私が複雑な感情から曖昧な笑みを浮かべていると、こちらをじっと見つめる視線に気が付いた。

 うんざりしながら視線を巡らせれば、そこに並ぶのは3つの顔。

 

「マリアちゃん、メイドだったのぉ?」

「誰がメイドで誰が主人だ。と言うかお前が一番の下っ端だと? 冗談は性格だけに留めておけ」

「ウチで一番危ない奴が、何気取ってんだ。取り澄まして見せた所で、今更だろうが」

 

 まず、エマはもうちょっとこう、自分の正体を隠す努力をしたほうが良い。

 お前も同じ様な服……ちょっとばかりスカートの改造が過ぎるが、そんな恰好なのだから自分もメイドっぽさと言うか、そういう振る舞いを心掛けてみるのはどうか。

 カーラに関しては、後で「霊廟」に戻ったら説教だ。

 アリスに至っては、エマを差し置いて私が一番危険とはどういう了見か。

 禁酒を言い渡そうにも大量の酒を魔法鞄(マジックバッグ)ひとつ分持ち歩いているので、聞きはしないだろうし意味もないだろう。

 

 取り敢えず、全員が私をどう見ているのか、実態はどうなのか。

 意見のすり合せは必須だろう。

 

 まあ、メイドと言われて否定しない割に、ちゃっかり席に着いている私もまたどうかしているとは、自分でも思うのだが。

 

「愛されてるな、姉ちゃん。ま、メイドじゃねえのは言動で理解(わか)るんだが、見境なく喧嘩売ったり暴れたりしなきゃ、俺達にはどうでも良い事だ。せいぜい平和に、この国を楽しんでってくれよ」

 

 そんな私たちの楽しい会話を、カーツは笑って流す。

 今、私が仲間に否定されたのはメイドであることではなく、私の誠実さである。

 一言も返せないという事実は置いても、一言くらいフォローがあって然るべきではなかろうか?

 

 愛されていると言うのはフォローの内にはいるのだろうか。

 仮に入ったとして、それで嬉しいかと問われると「微妙」の一言に尽きる。

 

「平和な旅路を満喫できるよう、周囲がせいぜい放って置いて下されば言うことは無いのですが」

 

 いい加減極まる呑兵衛に対して、私はしみじみと言葉を返す。

 見れば私の仲間たちも、私が発言したことに関して思うところは有るものの、内容に関しては特に言うこともない、そんな様子で頷いている。

 さり気なく失礼な対応をされていると感じるのも、エマだけは意味がちょっと違うような気がするのも、併せて偏見だろうか。

 

「まあ、良くも悪くもザガン人形について、お伽噺以上の話なんて知ってる奴は多くねえ。アンタらの旅を殊更邪魔するような奴ァそうそう居ねえだろうよ」

 

 そんな様子までを笑って眺めていたカーツが、不意に声を潜めた。

 周囲の騒音に紛れるようなその気遣いを有り難く受け止める私に、彼は更に言葉を重ねる。

 

「街道から離れた小道や獣道は勿論、街道でも視線を遮るものの多いところでは警戒を怠るな。ちょいと前から、賊の類があちこちで暴れてて、この街の領軍も警戒してるし、規模は小せえがあちこちに出張ってる。だって言うのに、被害は後を絶たねえんだ。賊にしちゃあ、人員も物量も有りすぎだ。色々ときな臭え、旅をするってんなら、悪いことは言わねえから西か東に向かいな。間違っても北へは向かうなよ?」

 

 私を含め、仲間たちの誰も言葉を発しないまま、カーツの顔をまじまじと見詰めた。

 彼の両脇に座る部下と思しき2名が、さり気なさを装って周囲に軽く視線を投げる。

 

 彼の言うきな臭さとは、いったい何か。

 周囲を伺っていた2人は特に言葉も無く、前に向き直るとそれぞれに無言でジョッキを煽る。

 その様子に緊張を高めるでも無く、カーツもまたジョッキを煽った。

「北の街道の先の先、アイセスブルトって国がな、戦争の準備をしてるんじゃねえかってもっぱらの噂でよ」

 私はうんざり顔を隠すことが出来ない。

 戦争云々に、ではなく、そんな話を聞きつけた仲間の約1名が、きっと目を輝かせているだろうからだ。

 

 そんな危険地帯に足を踏み入れたいなどとは決して思わないが、狂戦士は逆だろう。

 困ったことに、面倒を避けてカーツの推薦に従えば、エマのガス抜きの機会が遠遠退く。

 私たちと遊ぶと言った所で、模擬戦には限界がある。

 破壊衝動を存分に発揮できる訳では無いのだし、されても困る。

 

 そうなると、私含む3体の願いとは無関係に、行き先は決まったも同然だろう。

 

「だったらもう、東に行くのが良いんじゃないか? 戦争なんてモンに巻き込まれるのは御免だしな」

 私たちが抱える問題に気付いた様子もないアリスが、能天気に口を開く。

「何事も平和が一番だな。旅して野菜を……料理を食べて、また旅をして。この大陸でこそ、のんびりとしたいものだ」

 喪服の高身長女という、不吉のメッセンジャーみたいな見た目のカーラが、しみじみと叶わない夢に思いを馳せている。

 

 先に2人が自分の意志と言う物を示してしまった所為で、エマは何も言わない。

 何も言わないのに、真っ直ぐに私を見ている気配がする。

 

 エマの気性で言えば北へ進む事を提案し、それを曲げない所までがセットだと思ったのだが。

 そんなエマが何も言わないのは非常に不気味だが、ただそわそわと落ち着かない様子だけは気配で伝わってくる。

 

 エマを落ち着かせつつ、2体に現状の危機を伝える。

 食事の後の面倒な作業に思い当たった私は、言葉ではなくただ、溜息が漏れる。

 耳障りな馬鹿笑いにちらりと視線を向ければ、カーツが部下と無責任な冗談を言い合って笑っている。

 

 仲間というのは、ああいう関係を言うのだろう。

 

 破壊衝動を内包し、適度に解放せねば此方に牙が向きかねない、そんな存在は仲間と言えるのか。

 キャロルを従える賢者様か、メアリと共に旅をすると決めたジュン。

 どちらかにエマを押し付けるべきだったか。

 

 冗談とも言えない戯言で心の(ヒビ)をなぞって、私は自嘲の笑みを口元に小さく浮かべるのだった。




カーラに「霊廟」の管理権限が与えられた時点で、もう全ては今更、です。


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安眠を

彼女たちの新大陸に踏み込んで、初めての夜です。


 人目を避けてどこぞの路地の奥にでも潜り込み、そこで「霊廟」に戻っても良いのだが、何処で誰の目に留まらないとも限らない。

 割りと隠す気の無い私だが、妙な気を起こすような連中の耳目を好んで集めたくはない。

 

 そんな訳で、私たちは普通に安宿にチェックインを果たした。

 

 まさかの4人部屋があったのは驚いたのだが、元冒険者に言わせると「冒険者だけじゃなく、旅人だって複数人で動くことも多いし、商隊ともなればもっと人数は増えるよ。4人部屋くらいはどこも普通に用意されてるさ」とのこと。

 但し、「広さまでは考慮されてないけどね」との言葉通り、案内された部屋はせいぜい2人部屋程度の広さに4人分のベッドを詰め込んでいる、生活空間と言う物を全く考慮していない寝るだけの部屋だったのだが。

 

 こうも狭くては湯桶を借りて身を清めるのも場所を限られる訳だが、この世界の人々はその辺りが気にならないのだろうか?

 

 まあ、部屋に入り施錠してしまえば、後は申し訳の空間でいつものドアを呼び出すだけなのだから、私たちにはあまり関係ないと言えば無いのだが。

 

 

 

 例によって「霊廟」に戻ってしまえば、今日は食事も済ませたのだし、あとはめいめい好きに過ごせば良いだけなのだが、どういう訳か私たちは談話室に寄り集まっていた。

 備え付けの窓はすっかり光を失い、室内に有る複数のランプが光源だ。

 

 天井にも小さなシャンデリアめいた照明が有るのだが、さっさと部屋に戻りたい私はそれを使わない。

 

「北……っていうか、位置的には大陸中央の国があちこちに戦争(けんか)吹っ掛けてる、って話だけどさ。可能なのかね、そんな事」

 アリスが自前の酒瓶を取り出すと、私の用意したお茶を乱暴に飲み干し、空いたカップにそれを注ぐ。

 

 ゆっくりと気分を落ち着けるとか、そういう風情を楽しむ気持ちは無いのだろうか?

 以前話していた時には、確か前世……前の世界でも女性だったと聞いた記憶が有るのだが、時に行動が大雑把でたおやかさの欠片も感じられない事がある。

 と言うか多い。

 その事ひとつで中身の性別を疑う様な真似はしないが、疑わしく思えてしまうのはどうしようもない。

 

 私の中身については、真正面から問われてもはぐらかして来たが。

 まあ、聞いて来る時点で疑っているか確信を持っているのだろうし、それに素直に答えるのも面白くあるまい。

 

「戦争と喧嘩を同列で語るのはどうかと思いますが、他人事である、という点で気持ちは理解出来ます。疑問についても、同感ですね」

 静かにカップから立ち上る香気を楽しんでから、私も唇を開く。

 

 爽やかな香りが立ち上るが、はて、何処が原産の茶葉であったか。

 次に買う時に困ってしまう。

 

 果たしてその大陸中央に座するその国――なんと言ったか、大仰な名だった気がする――が、周辺国に無差別に戦争を仕掛ける、等と言うことが可能なのであれば、軍事力のみならず経済力もとんでもないモノを抱えていると言うことになる。

 この街の防衛を担うカーツの言うところによれば、この港を抱える国を含め、周囲は大迷惑、と言う話で、つまりは単なるハッタリとは周囲も受け止めていないらしい。

 

 現在、彼の国を囲う5つの国のうち3つを相手に戦端を開いていると言うのに、残りの2国相手にも武力をチラつかせているのだとか。

 

 地理関係も不明だし、経済やら流通やら不明な点が多すぎるのだが、下手したら周辺国全てとの大戦争になるような真似を自ら選ぶとは、国のトップが王か皇帝か、それとも首脳陣なのか知ったことではないが、いずれにせよ正気は疑って掛からざるを得ない。

 ある程度同盟国を作ってから仕掛けるのが常道だと思うのだが、カーツや彼の部下の話を聞く限り、敵国を飛び越えた向こうの国と同盟しているとか、実は内通している国があるとか、そういう話は聞かないらしい。

 

 実際は相手国に諜報員を送り込むなり有力者との繋がりを作っていたりするのかも知れない、というかそれが無ければそもそも1国との戦争も難しいと思うのだが……まあ、そういった話が公に語られる事はそうそう無い、か。

 

 私では、少し考えた程度では、360度全周囲との戦争なんて状況、自国の敗戦から滅亡までのルート以外見えないのだが。

 

「でもぉ、戦争も喧嘩も、相手を殺す事は変わらないよねぇ?」

 

 無邪気と言うにはあまりな発言に、私は思考を止められる。

 しばし室内に沈黙が流れた辺り、私以外もこれには返答に困った様子だった。

 

「……エマ、喧嘩で相手を殺すのも、普通はあまり無いのですよ? 決闘とは違うのですから」

 

 ようやく押し出した私の言葉があまりに白々しく、場違いに聞こえる程に、エマの視線は真っ直ぐだ。

「ええぇ? マリアちゃんは優しいんだねぇ」

 エマの感性と私の戸惑い、どちらがズレているのか。

 或いは共にズレている可能性も思い浮かべながら、私の口から漏れるのは溜息ばかりだ。

 

「エマちゃん、ホントに強い奴は、喧嘩で殺すほどの力を出さないんだ。強い奴にとっての喧嘩ってのは、格の違いを見せつけたら終わりなのさ」

 

 二の句が継げなくなった私を見かねて、アリスが口を挟む。

 エマは不思議そうな顔を、私からアリスへと向け直した。

「うーん? 自分より弱いと判ったら、そこで終わりにしちゃうってことぉ?」

 理解(わか)らない、そんな顔でエマはテーブルを挟んで向かいにいるアリスを見上げる。

「そうそう、どちらが強いかはっきりさせて、それでお終いさ。度を過ぎて相手を殺しちゃうのは、弱いくせに背伸びしちゃってる奴か余裕の無い奴ってね」

 エマの視線を受け止めながら答え、ウイスキーで満たされたカップを煽る。

 冒険者として活動してきたアリスにとっては当たり前過ぎる考えに、しかしエマは納得の相を浮かべることは無い。

「ふぅん? そんなの楽しくないね?」

 口調は変わらず、表情も不思議そうなままなのに、その言葉は不穏に響く。

 

「遊ぶんだったら、負けたら死んじゃうことも含めないとぉ。負けても生きたい、って言うのは、ワガママだと思うよぉ?」

 

 月の下の廃道で出会い、共に旅をしてきたエマは、幾つかの出会いと別れを経て、しかしその思考に変化は無かった。

 

 自分と同じザガン人形である「血爪(けっそう)」ソフィアと「訃報(ふほう)」エリに対しても、「自分に負けたから」と言う理由であっさりと破壊したエマ。

 私に敗北した後で生き延び自害しなかったのは、生きたいからではなく、単に「敗者は滅ぶか勝者に従う」と思っていただけだ。

 

 普段の私たちとの修練に関しては、それは修練であって遊びではなく、かつ互いに練習用の模造刀や棍を使用している、それだけ。

 

 自慢の得物と、自身の能力。

 その両方を駆使して行うのが、エマの「遊び」なのだ。

 遊びだからルールは有るし、ルールが有るからそれに従う。

 

 動けなくなったその首元に剣を突きつけられても、悔しげにはしてもそれ以上の抵抗をしなかったように。

 

 サイモン……ザガン師の命令には疑問を感じても、自分で決めたルールには厳格。

 そんなエマは、世界にその歪つな定規(ルール)を当てる。

 

 アリスとカーラは、たまたまぶつかった相手が私だったから、今、共に旅をしているだけだ。

 

 ほんの少しすれ違えば。

 アリスは、初めて合った時の思惑のままに動き、私が傍観していたら。

 カーラは、あの荒屋に踏み入ったのがエマだったら。

 

 今、私とエマと共に居るモノは、何も無かった筈だ。

 

 常に自分の全てをベットし、細いロープの上を全力で走るような賭けを続ける。

 刹那的過ぎるその性分がようやく染みたのか、アリスもカーラも、そして私も言葉は無い。

 

 人間とも、恐らくオーガとも違うその勝負観。

 敗者は死ね、そう笑顔で言うエマは、ふとその表情を変える。

 

「戦争って、国と国の『遊び』だよねぇ? でもぉ、フツーはアリスちゃんみたいな考え方なんだねぇ? でも、国ってニンゲンがいっぱい居るんだよねぇ?」

 

 疑問符を顔に貼り付けるその極端過ぎる言葉を遮る術も、受け止める心構えも、私たちは持ち得ない。

「ニンゲンって、負けたって口では言っても、負けを認めたりはしないよねぇ?」

 小首を傾げるエマの独白に、その極端な考えのルーツが見えた気がした。

 

 臥薪嘗胆。

 面従腹背。

 言い方はどうでも良い。

 

 エマが過去、何を見たのか。

 勝った筈のエマが、負けた人間を見逃した事があったとしたら。

 その結果、何が起こったのか。

 

「そしたら、終わらないよねぇ? どうするんだろうねぇ?」

 

 心底不思議そうなエマの疑問に、私たちは顔を見合わせる。

 

 戦争に敗れ、故国を失った人間は、或いは虜囚となった人間は、解放を、そして祖国の奪還をこそ願うだろう。

 一時的に断絶はしても、終わらない。

 

 エマの言うように、相手国の人間をひとり残らず滅ぼす事でもしない限り。

 いや、それが可能だとして……周辺国はどう思い、どう行動するか。

 

 個人対個人であっても、敗者の周囲の人間が報復を行うなんてことは良く有る話だ。

 事情は違ってその上複雑に絡まる思惑が有っても、敗戦国を文字通り滅ぼすような国を、周辺国が大人しく見ている訳が無い。

 或いは、エマがそうであったように、その遊びの果にそれを受け止めるような国が立ちはだかる事もあるかも知れない。

 

 その時、その相手国は……私のように打算で刃を収めるだろうか。

 

 収めれば潜在的な敵は生き残る。

 相手と同じことをすれば、今度は自分たちが危険な国だと周囲に認識される。

 

 事情はどう有れ、戦争は……終わらないのか?

 

 暗澹たる気持ちに支配されてしまった私は、似たような心情のアリス、考え込むカーラと共に、口数少なくエマの疑問を受け止め、しかし明確な答えも提示出来ない。

 

 考えた所で仕方のない事を、私は寝台まで持ち込む羽目に陥るのだった。




エマの思考も極端ですが、マリアたちも考えすぎだと思います。


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人形視点

実は気が小さい、そんなマリアの目覚めです。


 目が覚めたのに、気分が重い。

 人形の睡眠は人間のそれとは違う。

 だと言うのに。

 私は他人がどうなろうが、どう思おうが気にも留めない、そう心掛けていた。

 

 だと言うのに。

 

 元人間だからこそ、思う。

 人間というのは、救いようが無いのだろうか。

 個々のその内には、悪性も善性も抱えているのに……集団となれば特に、信じ難い愚考に偏ることが往々にして有る。

 

 例えば、どんな根拠による自信を得たものか、周辺国全てに宣戦布告してしまう、だとか。

 

 私は初めて、マスター・ザガンに親近感を覚えながら身なりを整えるのだった。

 

 

 

 気分が乗らない朝は、朝食がいつもよりも軽くなる。

 パンを焼き、スクランブルエッグとサラダ、良く火を通したベーコンを用意した所で有りもしない胃に負荷を感じ、それ以上の何かを諦めた私は人数分の茶を用意する。

 出された面々は、特に文句を言う事もない。

 

 それぞれ思う所があるのだろう。

 エマでさえ、今朝に限っては静かだ。

 

「……料理人を雇うのも、考えますかね」

 

 特に考えもなく口から滑り出した意味もない言葉は、誰にも拾われずに転がる。

 人形が人間達の戦争について考えると言うのは嫌味を越えて喜劇だと思うのだが、茶化す言葉が思い浮かばない。

 傍観してその愚かさを指さして笑えば良いだけだと思うが、なにやら考え込む仲間たちを見ていると、私が間違っているのかとらしくもない自問をしてしまう。

 

「取り敢えず、今日は冒険者ギルドにでも顔を出そうか。冒険者連中の話でも聞いて、東か西か、それとも北か……行き先を決めようか」

 

 私の呟きを無視、と言うよりもまるで聞いていなかった様子で、アリスが口を開く。

「賛成です。出来れば北には行きたく有りませんが、ね」

 カーラは未だ考え込んでいる様子で、機械的にサラダを口に押し込みながら何か考え込んでいる。

 エマは考えていると言うよりもどこか上の空で、アリスの言葉どころか周囲の何も目に映っている様子はない。

 必然、応えた私とアリスの目が合う。

 

 恐らく似たような、うんざりした様な暗い目を向け合う私達はそれ以上会話のために口を開く気になれず、互いに肩を竦め合うのだった。

 

 

 

 時間が過ぎれば、ある程度は取り繕うことが出来るというもので。

 考えてみれば我々が無駄に考え込む切っ掛けになったのはエマだった筈なのだが、当の本人も何やら考え込んでいたのは意味が理解(わか)らない。

 

「ねぇねぇ、お昼は何を食べようかぁ?」

 

 そんなエマは、宿を出て街に繰り出して早々に、またも意味不明なことを言い出した。

 お前はさっき、朝食を摂ったばかりだろう。

「待て待て、その前にまずは今後の事を決めてからだ。料理は逃げ出しはしないぞ?」

「えぇ? はぁい」

 苦笑いのカーラが窘め、エマがふくれっ面ながらも素直な返事を返す。

 エマが何に納得したのかは不明だし、料理は逃げずとも料理人は逃げ出すかも知れないな、などと私はぼんやり考える。

 

 料理人か。

 

 私はとても短い旅の共であった、エリスとニナを思い起こす。

 あの二人は素晴らしい料理人だった。

 可能ならばこれからの旅にも共に着いてきて欲しい所なのだが、残念なことに両名とも大陸間を行き交う客船を運営する会社に所属している。

 アテも無く先の見えない旅路に着いてくる理由などひとつもない。

 

 仕方がない、レシピ本でも漁ってみるか。

 

 アリスを先頭に冒険者ギルドを目指しながら、私は通りの数ヶ所に点在する書店及び古書店らしき店舗にアタリを付け、なんとなく記憶しながら歩くのだった。

 

 

 

 冒険者ギルドはどこも賑やかなのだが……この街で訪れたギルドハウスは、少しだけ様子が違っていた。

 どこの街でも私達を見ると声を掛けてくる手合が居たものだが、此処にはそんな暇を持て余す輩は存在していない。

 

「この街の冒険者は、随分と真面目なんだな……? 見なよ。……漫画じゃ有るまいに、依頼用の掲示板の前で人だかりなんて、そうそう見たコトなかったよ」

 

 アリスの呟きに視線を巡らせれば、冒険者向けのカウンターの向こうの壁の前に人だかりができている。

「……よく判りませんが、アレは珍しい光景なんですか? 冒険者と言うのは、依頼を受けてこなして初めて賃金を得られるのでしょう?」

 思わず疑問が口から溢れた私が視線を戻せば、どこか可哀想なモノを見る目のアリスが私を生暖かく眺めていた。

 よく理解(わか)らないが、どうにも不愉快な事を思われている気がして仕方がない。

 

 これは単なる被害妄想だろうか。

 

「まあ、冒険者やってないと理解(わか)ん無いだろうけど……ある程度自分の実力が判ってる奴なら、背伸びなんかもしないし要領良く仕事つまんで適当にやっていくのが多いんだよ。私もそうだったし。掲示板に張り付いてあーでもないこーでもないって仕事を選ぶのは、大抵は駆け出しか、借金とかで尻に火が付いた奴ってのが相場なんだけど……。見た感じ、そこそこの奴が大真面目に仕事探してる感じなのがどうもねぇ」

 

 アリスの視点が冒険者の大多数の意見を映しているかどうかは知らないが、それなりに冒険者稼業をしていた者の意見では有る。

 私のイメージする冒険者像が青臭いモノだったのかも知れないが、そうなると冒険者というのは、つまり。

「……アリスの言う通りなら、冒険者というのは選択的なその日暮らしの日銭稼ぎ、と言うことになりかねませんが……?」

 思ったことを思ったままに出来なかった私は、そのまま口に出してしまう。

 だが、それを受け止めたアリスは平然としている。

 

「そうだよ? 余程名のある商人とか商家に気に入られてる奴とか、まあ安定して仕事を持ってる奴らはともかく……私もそうだけど、基本的には金が無くなったら仕事する感じだったね。私はまあ、目立つと不味いからってのも有るけど、基本的にはまあ、うん……そんな感じさ」

 

 素直に信じてしまえば、冒険者を見る目が歪んでしまいそうだ。

 アリスの個人的な感想なのだと改めて自戒のように有りもしない脳髄に刻み込んで、私はやや(ぬる)くなった視線を再び冒険者たちの群れに向ける。

「ちょっと気になるし、依頼の傾向で危ない地域も判るだろうから、ちょっと私も眺めてくるよ。なんか面白い話も聞けるかも知れないし」

 そんな私の様子など気にする事もなく、アリスはひらひらと手を振ってみせると、人だかりの方へと歩いていく。

 なるほどアリスはアリスなりに、これからの旅路に付いての情報を収集しようとしているのだろう。

 

 しかし、残された私達は冒険者ギルドに馴染みが深い訳ではなく、アリスのように振る舞うにも無理が有る。

 全員であの壁際に行っても場所を取って他の冒険者の方々の邪魔になるだけだし、さりとてアリスを放り出して街へ繰り出すのも無責任だろう。

 

 少し前の私だったら、間違いなく置いて行ったのだろうが。

 

「アリス。私達は適当にお茶でも頂いていますが、特にエマの辛抱がそれほど保つとは思えません。なるべく手早く終わらせて下さい」

 

 溜息をひとつ落とし、私はいつもの小声をアリスの背中に投げる。

 対してアリスは、もう一度背中越しに右手を振ってみせた。

 

「……マリアちゃん、私ってすっごく辛抱強いと思うよぉ? だってお姉さんだしぃ?」

 

 隣のエマが私を見上げ、頬を膨らませながら意味不明なことを言っているが、私は少し顔を向けて黙ってその頭を撫でただけだ。

 正直、なんと答えたものか判らない。

「取り敢えず、何かお茶でも……エマは軽食でも頂きますか? アリスが戻るまではのんびりしましょうか」

 エマに関しては暴れさせるか何か食べさせておけば大人しくしていることだろう。

「そうだな。どこであっても、茶菓子は良いものだ。頂こうではないか」

 カーラも自分に出来る事は無いと、興味の対象を移してしまったようだ。

 

 ある意味でとても制御の容易い2体――機嫌を損なわない限り――を引き連れて、私は冒険者ギルド内に併設の酒場へと足を向ける。

 正直食欲は無いのだが、黙って突っ立っていても仕方が無いし、それに冒険者たちの噂話のひとつふたつは拾えるかも知れない。

 

 少しばかり気を取り直した私は、カーラに手を引かれて歩くエマの笑顔に、微笑みで隠した複雑な視線を注ぐ。

 

 お姉ちゃんが子供のように手を引かれて喜んでいるのを見るのは、妹としてはなんとも言えないモノがある。

 だが、考えてみればカーラは私達の中では最も年式が古い……言い方を変えれば、最も年上と言う事になる。

 

 にこやかな微笑みを維持した私は、それ以上何かを考えることを止めるのだった。




何か情報は掴めるのか、それとも飲食するだけで終わってしまうのでしょうか。


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大道芸と人間模様

冒険者ギルドというのは、ただの酒場かと思っていました。


 情報収集の為に、と、冒険者向けの依頼が貼り出された掲示板を覗きに行ったアリスは戻ってこない。

 ちらりと視線を向けると、何やら地元? の冒険者と話し込んでいる様子が見える。

 私はそちらに意識を集中して会話を拾う……のも手としては有ったが、面倒なのでそんな事もしない。

 

 どうせ戻ったアリスが同じ様な話を繰り返してくれるだろうし、今聞いても後で聞いても同じことだからだ。

 

このパンケーキはなかなか美味だな(北方面は危険ということか)バターの風味がたまらないな(街道封鎖もすぐに始まるだろうな)

 

 周囲の冒険者の話に耳を傾けていたカーラが、普通の可聴域での発言と、小声の感想を同時に発してくる。

 なんでそんな気色の悪い小器用な真似を披露してくるのか。

「表向きの会話の必要な有りませんよ、黙って食べてるフリでもしていて下さい。ただの小声で充分ですし、読み難……うっかりすると混乱してしまいます」

「カーラちゃん、それ、聞かされる方は結構気持ち悪いよぉ?」

「……見た目相応、とも言えなくもないですが」

「あはははっ、マリアちゃんヒッドイよぉ」

 そんな余計な芸を披露するものだから、私とエマの小声の同時ツッコミを受けてしまうカーラ。

 しょんぼりと涙目である。

 

 カーラの様子はともかく、言っていること――副音声の方――は確かに気になる。

 

 まだ封鎖していないのか、という感想がまず湧いたが、この港周辺では未だ、と言う話のようだ。

 国境付近は既に封鎖されているようだが、国内に関しては様々問題やらゴタゴタが有るようで、色々とキナ臭い。

 

 巻き込まれるのも御免だし、さっさと西か東に退散するのが得策だろう。

 

「北……面白いことになってるみたいだねぇ」

 

 問題が有るとすれば、もうすっかりと北方面に興味津々なエマをどう説得するか、と言うところか。

 しかし、これが結構な難題の予感が漂う。

 

 廃道で出会って紆余曲折を経て此処まで、エマが満足出来るほど暴れられたのは1回有ったかどうか、だ。

 殺戮衝動の方は満たせただろうが、強者との戦闘、となると……私との戦闘のあとは、賢者様にあしらわれたのと、その後はクロエを追い詰めて逃したくらいか。

 こうしてみると意外と暴れているような気がするが、それは私の感想であって、エマのものではない。

 

 恐る恐る視線を向ければ、エマの目は何かを期待する、そんな光を帯びている。

 

 何を期待しているのかは知りたくもないし、求めるものが単なる殺戮であれ強者との闘いであれ、それを叶えてしまえば確実に私も巻き込まれる。

 しかし頭ごなしに押さえつけようにも、エマがどの程度不満を燻らせているのか外から測れない以上、うっかりと暴竜の逆鱗に触れるような真似も出来ない。

 

 ……となれば、口先八丁の適当な方便で誤魔化すしか無いのだろうが……騙されてくれるだろうか?

 

「よう、お待たせ。あ、お姉さん、こっちにエールひとつ!」

 

 苦悩する私とまだしょげているカーラが情けない顔を並べているテーブルに、呑兵衛冒険者が飄々と戻ってくる。

 エマを挟んだ向こう、位置的には私の正面に座ったアリスは、テーブルに並ぶそれぞれの顔を見比べて、なんとも言えない表情だ。

「どういう状況なんだ? エマちゃんだけが元気なんだけど?」

 何が起こったのかを知りたいのだろうが、エマが笑顔で私達がゲンナリしている時点で色々と察して欲しい。

 ややあってウェイトレスが持ってきたエールを受け取り、やや機嫌を良くしたアリスはそれを呷ってから、当たり前のように口を開いた。

 

やっぱエールは良いねえ(北はダメだね)旅の醍醐味はやっぱり酒(例の国もそうだけど)それに旨い料理が有れば(それ以外にも色々と)言うことはないね(まあキナ臭いね)

 

 その口から漏れるのは、カーラが先程披露したのと同じ、副音声付きのアレである。

 どちらの発言も聞き取れない事は無いが、内容が違いすぎるのと音域が違いすぎて、エマの言う通り気持ち悪い。

 なんだそれは、何処かで流行っているのか、そういう発声法が。

 

「……なんだよお前ら、揃いも揃って妙な顔して」

 

 先のカーラと私達のやり取りを知らないアリスは、キョトンとしている。

 私とエマ、そしてカーラは互いに顔を見合わせ、そしてそれをアリスへと向けた。

 

「カーラにも言いましたが、ややこしくて読み難……聞き取りにくいのですよ、それは。気持ち悪いですし、いっそ小声の方だけで充分です」

「アリスちゃん、それ気持ち悪いよぉ」

「アリス、私もさっき同じことをして散々に貶されたんだ……」

 

 次々に口を開く私達の反応に、アリスは呆気にとられて口を半開きにしてから、気を取り直すように再びジョッキを傾ける。

 そもそも小声で話せば普通の人間には聞こえないだろうに、何を警戒してそんな面白い芸を披露しようと思ったのか、カーラとアリスには色々と聞いてみたい気分である。

 

 

 

「掲示板に貼り出された依頼は賊の討伐か捕縛ってのが多くて、その他は商団だったり旅人の護衛が目立ったね」

 

 何故か少し不機嫌な様子で、アリスがジョッキをテーブルに置く。

 飲み干してしまったのなら、おかわりでもすれば良いだろうに。

「聞くまでも無いでしょうが……北方面の依頼が多い、と言う事ですか」

 アリスを真似る訳でもないが、私も小声会話を使用して問いかける。

 

 賊が跋扈しているから、護衛が必要になっている、と言う訳だ。

 ご丁寧に北の国との国境は封鎖されている筈なのだが、それを越えた此方側で賊が討伐してもきりがない程発生している、と。

 この世界の国境管理はどうなっているのか知らないが、この様子ではさぞ穴だらけなのだろう。

 所属を示す何かを身に着けている訳でもなし、下手に苦情を言おうものならそれを理由に戦端を開きかねない危ない国だ。

 当然この国も()()()()()()()()()()()()()()()が、それらが整うまではその()をぷちぷちと潰して被害を抑えねばならないのだろう。

 

 両者とも、色々とまあ御苦労なことである。

 

 そう言えば「剣舞(けんぶ)」サラも北の方に居るんだったか……。

 サラが彼の国で大暴れでもしてくれれば良いのだが、まさかその厄介な国に与している訳ではないだろうな?

 もしそうなら、本気で北方面には足を向けたくない。

 

「ここで周囲の話を拾ってみた感じも、似たようなものですね。北は危ない、そちら方面の護衛は報酬は良い、家族が北にいるから帰ろうか、そんな会話が幾つか拾えました」

 

 内心の不安を隠し、私は一同を見渡す。

 特に意味も意図も無い、ただ見回しただけだ。

「マリアちゃん、周りの会話聞いてたのぉ? すごいねぇ、でもちょっと気持ち悪いねぇ」

 目を丸くしたエマが、何が気に入ったのか私にまで暴言を向けてきた。

「はあん? まあ、家族が居るとなったらまあ、気が気じゃないだろうね。……無事だと良いね」

 アリスは縁もない冒険者の家族の心配をし、どこか遠い目をしている。

 カーラは何も言わないが、エマの発言で溜飲を下げたのだろう。

 何か同情をその眼差しに感じるが、一緒にして欲しくはない。

 

「まあ、北へ行くのはナシって事だな。エマちゃんは不満かもだけど、危険なりにそっちへ向かわなきゃならない、真っ当な商人とか冒険者も多いんだ。エマちゃんだって、無闇に暴れたい訳じゃないだろう?」

 

 空になったらしいジョッキを名残惜しそうにテーブルに戻すと、アリスはエマへと視線を向けた。

 エマを信じる気持ちなのだろうが、残念な事にエマは無闇に暴れたいだけだ。

 そう考える私を置いて、エマはアリスへと顔を向け、そして口を開く。

 

「うーん、私は暴れられたらそれで良いんだけどぉ……でも、それじゃアリスちゃんが困るんだよねぇ? ちょっとだけなら、我慢するよぉ」

 

 エマの言葉に、ほっと胸を撫で下ろすアリス。

 エマのちょっとは私達のちょっとよりちょっと短いだろうな、そんな言葉遊びにもなっていない事を考える私。

 反応はそれぞれだが、束の間安堵したのは同じである。

「ありがと、エマちゃん。それじゃあ、後は東か西か、ってトコだけど」

 少し緩んだ顔で私に向かって声を放つアリスに、私は小さく頷く。

「そうですね。此処では知りたいことが知れた訳ですし、お昼までまだ少しあります。勿体ないですし、お昼まで買い物なり、時間を潰しますか」

 言いながら、私は率先して席を立つ。

 続いて、黒服の長身女が席を立った。

「うむ、折角の旅なのだ。まだこの街の散策も出来て居ないのだし、呑気に散歩するのも悪くなかろう」

 そんな私達に苦笑いしながら、アリスとエマも腰を上げる。

「散歩も良いけど、酒の買い出しが一番大事だろう?」

 アリスの発言には素直には頷けないが、緩んだ空気にヒビを入れるのも気が引ける。

 私は曖昧な表情で微妙に頷くと、エマの手を取り、先に歩き出したカーラの背を追う。

 自動的に、今回の支払いはアリスの役回りになった。

 

 背中に何やら小声の恨み言がぶつかった気がしたが、残念なことに私の耳は一時的に休業中だ。

 

 エマとどうでも良い会話をしながら、上機嫌なカーラの戯言を聞き流す。

 そんな私たちに追いついたアリスの文句を華麗にやり過ごし、賑やかな通りを歩く。

 

 そんな私たちの足が、期せずして同時に止まった。

 その視線の先にあるもの、いや、居る者に、激しく見覚えが有ったのだ。

 

「……ありゃいったい、何事だい?」

 

 アリスの声が、私の鼓膜の上を滑る。

 

 視線の先には、泣きじゃくる料理人見習いのニナとそれを宥めつつも途方に暮れた様子の料理人エリス、2名が通行人の邪魔にならないよう、道端で立ち尽くしている姿が有った。




救助した方々とは、昨日別れたばかりの筈ですが。少し気まずい再会ですね。


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感情

「霊廟」に入り、比較的打ち解けた人間2名。何があったのでしょうか。


 目的地であった港町クアラスに到着したは良いものの、海上の旅の途中で沈んだ船の乗客の生き残りを出来る範囲で救助していた私達は、大半の時間を救助した人たちを保護してくれる機関に送り届けたり、尋問されたり、その過程で呆れられたりで時間を取られ、満足に堪能できたのは食事程度という散々な上陸初日を終えた。

 

 明けて翌朝。

 

 冒険者ギルドで「北は危ないから行かない」と大まかな方針を決めた私達は、朝食もそこそこに街へと繰り出し、旅の準備の前にまずは観光でもしておこうと気楽に構えた。

 そんな私たちは、冒険者ギルドを出た途端に思いがけない光景に出くわして困惑することになった。

 

 泣きじゃくる少女と、それを宥めるがやはり泣き出しそうな顔の少女……いや、本当の所年齢は知らないし少なくとも片方は成人女性だと思うが……そう言えばこの世界は概ねの国では成人年齢が15歳だった。

 そんな姿が珍しかったのではなく、そのどちらにも見覚えが有ったのだ。

 

 宥める料理人のエリスと、泣いているニナ。

 

 何が有ったのか把握など出来ないが、朝からこんな人通りの多い道の脇で人目も気にせず感情を爆発させるとは、余程のことが有ったくらいは想像出来る。

 どうしたものかと悩む間も無く、エマと繋いでいる私の右手に衝撃が走った。

 強く握られたとか、そういう事ではない。

 むしろ、その方が良かった。

 

 チリチリと小さいが、エマの感情がざわめくかのように、彼女の魔力が鋭い拍動となって攻撃的に私に伝わってくるのだ。

 人間だったなら、かなり痛いと思う。

 

 言っておくが、私は何もしていない。

 

「……マリアちゃん。私のお友達を泣かせた奴が居るみたい。殺しちゃって良いかなぁ?」

 

 挙げ句に冗談とは思えない殺意を内包し、その小さな小さな声を絞り出す有様。

 私は呼吸を落ち着け、極力丁寧に、エマの激情を抑えようと試みる。

「落ち着きなさい。誰がやったか、そもそも何故泣いているのか、その理由が判りません。軽々しく動く訳には行きませんよ?」

 落ち着き払って見える、そう努力した私に、エマが真顔を向けてきた。

 

 いつも脳天気な笑顔を浮かべているだけに、彼女の表情の抜けたその目は恐ろしい。

 

「理由なんてどうでもいいし、誰がやったかなんて大まかに判れば問題無いよ。どうせこの街に居るんだから、みんな殺せば良い」

 

 その口調が、微妙に変化してしまっている。

 私はエマの手を強く握った。

 うっかりと手を離してしまえば、エマは駆け出してしまいそうだったのだ。

 

 エマらしいといえばらしい、極論と感情コントロールの放棄。

 それ程あの2名を気に入っていたのかという驚きと、他者のために怒りを覚えたという成長に対する感心と、どこまで行っても変わらないその危険さに対する戦慄と、それらが綯い交ぜになって私の感情コントロールも難しくなる。

 が、それで手を緩めるわけには行かない。

 エマの手を握ったままで私は膝と腰を曲げ、その目と視線の高さを合わせる。

 

「まずは話を聞きましょう。私たちが協力出来るかどうかを確認するためにも、何よりも」

 

 表情を失くしているのに、強い視線を返してくるエマ。

 余りにも極端な事をしでかそうとするエマは、私が思っているよりも色々考え、日々を過ごしていたのだろう。

 メアリの言葉にも、思う所があったのか。

 

 殺戮人形が、マスター・ザガンを「お父様」と呼んでいるエマが、人間の少女の涙に怒りを覚えている。

 その源泉を理解し、それを彼女なりの方法で除去しようと考えている。

 

 場違いに感動を覚えてしまった私だが、それをさせてしまえば、この街は地図から消えてしまうだろう。

 

「不安で泣いているお友達を、放っておくのですか?」

 

 些か卑怯な言い回しだと思う。

 だが、私は街の人間たちの命とエマの心、その両方を護るために、今は詭弁を弄することも辞すべきではないのだ。

 

 エマがこの街の生きる者がたった2名になるまで暴れた所で、あの2人が喜ぶとはとても思えない。

 それどころか、化け物の本性を顕したエマを拒絶する可能性が非常に高いのだ。

 

 その時、エマの心はそれを受け入れる事が出来るだろうか?

 

 失敗から学ぶこともままあるが、破滅的な失敗が見えているのにそれを放置するのは違うだろう。

 

 エマは私の言葉に、ようやくハッとした表情を取り戻した。

 慌てて振り返り、しかし走り寄った所でどう声を掛けたものか思いつかない、そんな様子でソワソワしている。

 

 私もまた安堵して、そんな後ろ姿を見る。

 

「みんなで行きましょう。彼女たちは、私たちの友達なのですから」

 

 今度は私に向かって振り返ったエマは、私の後ろに控える2名にも視線を送る。

 アリスは静かに、カーラは尊大ながらも何故か自信に満ちた、そんな笑顔をエマに返している。

 その2体と交わしたエマの視線が私に戻る頃には、エマの顔にはいつもの笑顔が戻っていた。

 

「うん! みんなで行こう!」

 

 そうして私の腕を引き走り出そうとするエマに先導されながら苦笑し、私たちは動き出す。

 

 エマの暴走の兆候に恐れ慄いていたカーラだが、ちゃんと空気を読んで笑顔を見せた事に免じて、からかうのは()めておこうと思う。

 

 

 

 私たちが声を掛けると、困惑顔だったエリスも気が抜けたのだろうか。

 その両目から大粒の涙が零れ落ちる。

 

 少し慌てた私だったが、誰より早くエマが駆け寄り、2人に抱きついてその頭を撫でていた。

 エリスより少し背が低く、ニナとは同じくらい。

 そんなエマが、まるで大人ぶって姉妹を宥めるように優しく。

 

 エマの中で何が有れば、これほど変わるものだろうか。

 私と出会ったばかりの頃ならば、果たしてこんな真似が出来ただろうか。

 

 それに、随分と我慢強くなったものだ。

 

「どうしたんだ? 2人してこんな所で。私らに話せること、出来ることは有るか?」

 

 場違いな感慨に耽る私を放置して、アリスが前に出る。

 私たちの正体を知るが、同時に私たちと共にする時間が比較的多く、お互いに為人(ひととなり)を知っている同士。

 だからこそ、エリスは私たちを見て必死に留めていた涙が溢れたのだろうし、2人ともエマに撫でられながら声を上げて泣いている。

 

 本当に、何が有ったのだろうか?

 

 2人が落ち着いて話せるようになるまで、エマはその二つ名を返上し、ただ静かに優しく2人を抱きしめるのだった。

 

 

 

「……結局、会社は大損害で、なんだか補償とか大変みたいで。他の船の運行も有るし、私たちに構っている余裕は無いって。……クビになっちゃいました」

 

 エリスの話を聞き終わった頃には、私は自分が人間ではなくなってしまいつつ有ることを強く自覚させられた。

 船が沈み得体の知れない人形に囲まれ、それでも懸命に自分に出来ることを行った彼女たち。

 他の救助者たちの心の灯のひとつにはなったであろう、彼女たちの献身。

 少しづつ打ち解けて、いつしか笑顔を向けてくれるまでになった彼女たち。

 

 そんな2人が所属する海上旅行会社は、ロクに事情を確認するどころか、女が生き残った所で何が出来る、と言う、思いつく限りで最悪かつ理不尽な理由で2人を解雇した上、退職金どころかまともな給金すら支払わずに放り出したのだという。

 

「あー、ダメだ。ムカつくわ」

 

 私の肩に手を掛けたアリスの吐き捨てるような言葉は、私の感情に重ならない。

 まさか私がこんな非人道的な存在に成り下がるとは。

 

 単純な怒りや憤りよりも先に、純粋な殺意が湧いてしまうとは。

 

「……アリス、感謝します」

「……何だよ気味が悪いな。お前が私にそんなこと言うなんて」

 

 私の背後では、アリスに並んでカーラが自分の腰に手を添え、事更に胸をそらすような姿勢で眉を顰めている。

 

「カーラも、大丈夫です。軽はずみな事はしませんよ」

「む? なんの事だ? 私はただ憤慨しているだけだ」

 

 アリスは私の肩を掴んで動きを抑制し、カーラが私の振り返った先を塞いでいる。

 先程私がエマを先んじて止めたように、この2体も私を止めようとしてくれたのだろう。

 

 視線を落とせば、エマが静かに私を見上げている。

 私はそんなエマの頭を、そっと撫でた。

 

 少し深く呼吸して自分を落ち着かせ、湧き出た黒い衝動を吹き消す。

 

「エリス、そしてニナ。私たちは、貴女(あなた)たちを友人だと思っています。改めて、私たちが手助けできることは有りませんか?」

 

 この2人が復讐を望むことなど有るまい。

 だが、万が一……。

 

 私は敢えてそれ以上を考えることを避けた。

 暗い感情は、瞳に出やすいのだから。

 

「ありがとうございます。あの、私は……ただ、ニナは仕事が無いと、住む場所も無くなってしまうし……行くアテも……」

 

 エリスの瞳は真っ直ぐに私を捉え、だが、その口から溢れるのは友の心配だった。

 私は人間だった頃から今まで、これほどに、友人とは言え他者のために心を砕いた事があっただろうか。

 

 私の肩を掴んだままのアリスの手に力が籠もったのは、私を止めるためだけでは無く。

 アリス自身の感情が、その手に乗ってしまったに過ぎないのだろう。

 

 涙を拭ったニナは、しかし、途方に暮れたように俯き、最早言葉も無い。

 拭った筈の涙は、見る間に滲んでくる。

 

 エマが私の袖を引き、目が合うと小さく頷いて見せた。

 この期に及んで、なんで頷いたのか、などと野暮な事は言うまい。

 こんな私ですらぼんやりと理解(わか)るほど、エマの言いたいことの断片は伝わってきたのだ。

 だから私はただ黙って、やはり小さく頷き返すだけに留める。

 

「ニナちゃん! 私たちと一緒に行こう!」

 

 多分そうだろうな、そう思っていた事に近い言葉を、ニナの方に振り返ったエマが力強く口にする。

「エリスちゃんも! 一緒に旅をしよう!」

 続けてエリスへと顔を向けたエマは、2人に向けて手を差し伸べた。

 私の肩からはアリスの手が離れ、カーラは姿勢は変わらないながら、その雰囲気は柔らかくなっている。

 私もまた同様だ。

 

 混ぜ返すにしろ茶化すにしろ、時と場所は選べる出来た人形なのだから。

 

「おや? マリアさん! 奇遇ですね、こんな所で何を?」

 

 そんなふんわりとした、此処で終われば美談で終わりそうな雰囲気を割って、聞き慣れた聞きたくない声が鼓膜に飛び込んできた。

 本当に嫌だが、振り返らない訳にもいかない。

 なんとも言えない、しかし微妙な嫌悪感を纏ったカーラが背後から掛かった声の為にわざわざ位置を変え、私が振り返って返答する隙間を作る。

 

 ……余計な事を。

 

「今日は良い朝ですね! ……何が有ったのですか?」

 

 私の顔を見て極上の笑顔だった男は、私の陰に隠れていたエリスとニナ、2人の泣き腫らした目を見て声のトーンを落とした。

 元々悪かった目つきも、心持ち鋭くなる。

 出来れば足も止めて欲しいのだが、残念なことに私の願いは届かない。

 私たちの心温まる交流に割って入った不届き者は、名をヒューゴと言う。

 

 表向きは身なりを整えた新聞記者、その実態は私(の貞操)を狙う変態。

 

 朝から感情の波に翻弄された私は、どういう感情で居るべきか、どうあるべきか、本気で選択に苦慮するのだった。




感情に振り回されるとは、まだまだですね。


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頼れる変態

マリア、すぐに逃げなさい!


 目付きが悪い新聞記者、実は正体を隠した密偵……と言うか工作兵だが、どんな密命を帯びてやってきたのか興味も無い。

 人当たりの良い笑顔を作っている心算(つもり)だろうが、目付きが悪いのでどこか剣呑な雰囲気が漂ってしまう。

 だが、私が彼を避けたいと思うのは、その目付きの悪さではない。

 

 よりにもよってこの私(の貞操)を狙う上に、妄想を口から垂れ流しながら■■■■(自主規制)してしまう類の変態さんだからだ。

 ……想像や詮索の類は推奨しない。

 

 実際に彼とコトを成すとなれば、どんな目に遭わされるか……。

 想像するだけで疑似皮膚に鳥肌が浮く。

 

「霊廟」の監視機能は凄いと思うが、今後は個人のプライバシーは守ろうと思う。

 主に、私の精神安定のために。

 

「それは……良い話では有りませんね」

 

 そんな変態さんことヒューゴは、事の次第を知ると無愛想な目付きが更に険しくなる。

 もう一歩踏み出せば、そろそろ新聞記者とかいう言い訳は通じなくなりそうだ。

 

「ええ。とても憤りを感じます。しかし、私などが談判に赴いても状況は変わらないでしょうし、変わった所で、元のように働けるかと言えば……」

 

 私は何故か私の背後に回り、ヒューゴとの直接の接触を避ける仲間たちに苛立ちを感じつつ、口を開く。

「ダメだよぉ! エリスちゃんもニナちゃんも、私たちと一緒に行くんだからぁ! もう返さないモン!」

 エマは未だエリスとニナ、2人に張り付いて頬を膨らませている。

 

 気持ちは理解(わか)るが、2人の返事は聞いていないだろう。

 

 そんなエマと、彼女に保護? されている2名に顔と視線を向けたヒューゴの口元が、緩く綻ぶ。

 ……まさか、あの3名も射程に収めた訳では有るまいな?

 

「成る程、成る程。……しかしこの先がどうあれ、私のマリアさんの心を痛めた事実は変わりませんからね」

 

 誰にも聞かれないと思った所では、割と口から言葉として本心を出してしまう性質(たち)なのだろうか?

 工作兵としてどうなんだと思うし、それに、小声だから誰にも聞こえていないと思い込んでいるようだが、完全に聞こえている。

 私も深く関わりたくは無いし、当然聞かなかったことにするのだが。

 

 私のマリアとか、鳥肌が過ぎて皮膚が剥がれるから()めて欲しい。

 

 頼もしい()仲間たちにも聞こえている筈だが、当たり前のように無視している。

 アリスとカーラの口元がヒクついているのは、笑いを堪えているのか、怖気を感じているのか。

 

「……失礼、マリアさん。本当でしたら観光に御一緒して、昼食でも共にしたい所ですが……。この後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。また機会があれば、お誘いしても?」

 

 隠密活動中の工作兵が、殺戮人形に剣呑な眼差しを向ける。

 それは私に対する挑発行為などでは無い。

 

 自分の正体が知られているとは思っていないのだろうが、ただ牽制として、その本質的な部分が垣間見えてしまっただけなのだろう。

 当然、私がそんなモノで揺らぐことはない。

 だが、この男は。

 

 私たちがただの人間の料理人2名を保護している事実を知り、この状態では派手に動けないだろうと見抜いた。

 その上で、自分が動くのだと、意思表示してきたのだ。

 

 実際私は後先を考えない行動と、お尋ね者生活は面倒だという考えの間で煩悶としても居た。

 2人程度なら護るのも容易いし、「霊廟」に保護してしまえばそもそも護る必要も無くなる。

 だが、それをしてしまえば、この先真っ当な旅路を歩むことは難しくなるだろう。

 何をした所で、何処かでボロはでるのだから。

 

「……それは重要な取材になりそうですね? 私どもと観光できる余裕が、果たして生まれるでしょうか?」

 

 多分、私は初めて、真っ直ぐにヒューゴを見たのだと思う。

 理解(わか)り易く頬を上気させ、その笑顔は輝かんばかりだ。

 目付きが悪いのに。

 

「確かに大変な仕事ですが、なんとしても、時間は作りますよ! ええ、お任せ下さい!」

 

 今にも飛び上がらんばかりの勢いで、ヒューゴは上機嫌だ。

 何をする心算(つもり)かは知らないし聞きたくないが、さぞ頑張ってくれることだろう。

「それでは、私は仕事が有りますので! マリアさん、他の皆さんも、どうかご健康で!」

 そしてその上機嫌な足取りで踵を返すと、ヒューゴは行ってしまった。

 露骨に私以外を「その他」扱いして雑踏に消えていく、嵐のような男に、私はどんな感想を持てば良いのだろうか。

 

 素直な気持ちで言えば、なんだか疲れた。

 

「……ホントに何なんだ、アイツは……。そんな事より良いのか? お前」

 

 さり気なく私を盾にしていたアリスが、私の隣に立って溜息を()く。

 なんで後ろで聞いていただけのお前が、疲れたような顔をしているのか。

「何がですか? その他Aのアリスさん?」

 ジト目を作って何か言ってやろうにも、疲労した頭ではこの程度しか思い付かない。

「……アレの世界の中心に立ちたくないから、なんなら序列はもっと後ろでも文句無いんだけどな。そんな事よりさ……」

 対するアリスは余裕が有ったらしく、らしくもない言い回しを披露してくる。

 何だか色々と負けた気分だが、噛みつく元気も湧いてこない。

 もう、アレから解放されただけで万々歳だ。

 私はうんざり顔で、視線をヒューゴが消えた雑踏へと向け直す。

 

 だと言うのに、アリスは不穏な言葉を投げ付けてきた。

 

「さっきのやり取り、あれ……まるでデートの申込みを受け入れたみたいだったけど?」

 

 恐らく目を見開いているだろう私はそのままアリスに顔を向けるのだが、咄嗟には。

 

「……はあぁ!?」

 

 言葉らしい言葉は出てこないのだった。

 

 

 

 落ち着いてヒューゴとのやり取りを思い出して落ち込む私だが、仲間たちは気にした様子も無い。

 私は今日、どんなルートを歩いて何を見たのか、下手をすれば夕食は何だったのかも思い出せない有様だと言うのに。

 

 こうなればもう、さっさとこの街を出るか。

 

 宿に戻り客室ルートで「霊廟」に戻った私は、そんな事しか考えられない。

 しかし、実際にはそう簡単には事は運ばなそうだ。

 

 エリスとニナ。

 

 2人はエマの、私たちの提案を受けて驚きはしたものの、拒絶はしなかった。

 しなかったが、しかし「少し考えたい」と、今日は自分たちの下宿へと帰ってしまった。

 気の良い老夫婦の営業する雑貨屋の2階、追い出された会社とは関係の無い宿だが、荷物もあるし、何よりこの先のことを自分たちなりに考えてみたいのだ、と。

 

 まあ、それはそうだろう。

 いきなりアテも無い旅に出よう、と言われても、イエスにしろノーにしろ、即答は難しかろう。

 エマは不服の様子だが、それはいくら何でもワガママである。

 

 とは言え、ヒューゴが張り切っているのだろうし、出来るだけ返答は早めに頂きたい。

 

 自室のベッドでヤキモキするのに疲れた私は、諦めて睡眠状態へと移行するのだった。




マリア、お願いですからすぐに街を出て下さい……。


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