コミュ障ぼっち、ガイアを行く (犬西向尾)
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第一部
1話


 生まれた時から自分が異常だと知っていた

 自分にはここと少し違う日本で生きた記憶がある

 前世の記憶を持ったが故に父にも母にも素直な子供らしい子供にはなれなかった

 気味が悪い子供だったと思う、それでも愛してくれた父母には感謝とそれより強い後ろめたさを覚えた

 

 転生し新しい人生を歩むようになってから分かったことがある

 自分は人を見下し軽蔑し、自身を特別視する唾棄すべき精神性を持っている

 その事は幼稚園で小学校で中学校で高校で感じた

 自分の周りにいる同年代の、年齢を考えれば極めて当たり前な行動の一つ一つに軽侮の念を抱き心に壁を作った

 自分の周りにいる大人の、自身を子ども扱いする事への反発と教育という形で当たり前のように内心に影響を与えようとする事に気持ち悪さを感じた

 だから努めて文句のつけるところのない姿を装った

 前世に人に誇るような何かはない

 前世は平々凡々といえる物か、あるいはそれ以下であった

 それでも自分は同年代よりは精神的に年上だと思い込みその中に没する事に嫌悪感を覚えた

 幸いと言って良い事に、今世の自分の身体はその思い込みを否定しないだけのスペックを持っていた

 身体を動かすことも、頭を回すことも、前世の自分よりも少ない努力で確かな結果を出した

 またその努力を阻害するものが今世にはあまりなかった

 漫画もゲームもアニメも自分からすれば20年30年は昔のもので「往年の名作」か「忘れ去られたような作品」ばかりとなる

 知っている作品や忘れ去られたそれらに今更熱中出来ようはずもなかった

 当然のようにそれらの作品を通して繋がる少年らしい友人付き合いにも失敗した

 

 

 自分を異常だと知るそれが、自分を特別だと信じる事にすり替わっている事に気づくのは早かった

 前世においては特別だと思えるような何かがなかったのだからそんな自分への違和感が大きかったのだ

 だけどそれに気づいた所で何の意味もない

 自分はこのまま前世よりだいぶ恵まれた人生を、自分を特別だと信じる事の裏返しである身勝手な孤独感を抱いて過ごすのだろう

 そんな事を思っていた

 高校三年生の夏まで

 

 

 

 

 息子には友もいないし浮いた話もない、居るのは愛猫だけと信じている節がある母に

 いもしない友の伝手で泊まり込みの短期バイトに出かけると嘘をついた事に後ろめたさを感じたのは3週間ほど前の事

 いつも両親には後ろめたさを感じて生きてるが今回に限っては許してもらいたい「転生者オフ会に行ってきます、そこでちょっと修行してくるから」なんてとても言える物じゃない

 更に詳しく話せば、偶然たどり着いた【ネット掲示板】で【前世の話】で盛り上がって【ここがゲームの世界】っぽいから【修行】してきます? 今までも何度も行われてきたオフ会っぽいから安心してね? 

 これでにこやかに送り出す人の親が居たら見てみたいものだ

 何せ行こうとする自分でも半信半疑なんだから

 悪魔がいるだとかメシア教っぽいものが存在するとか霊能があるとか、ペルソナがどうだとか東京大破壊だとか

 そういうのはまだわからない

 だけどはっきりしてる事は一つある

 今世には存在しない「女神転生」の内容を知っている自分と同じ転生者が存在する

 それは同郷人で、同じ境遇で、同じ孤独を知ってる人かもしれない

 人間関係にあまり積極的じゃない自分では話し掛けることすら怪しいものがある、友人なんてできないだろうという確信もある

 それでも行きたいと思った

 

 

 

 前略 おふくろさまお元気ですか。

 俺は今死んでいます 富士山の山中にて

 

 

 失敗した失敗した失敗した失敗した! 

 最初は良かった

 富士山の登山路からちょっと外れたところにコテージがあって

 そこに100人くらい自称転生者たちが集まって飲み会という流れになった

 自称転生者と思っていた存在たちから自称が取れるのもそう時間はかからなかった

 最初は多少怪しんでいても、いざ会話をしてみれば変な宗教だの思想だのに被れてる風に見えないまともな人たちが多かったし

 何より前世絡みの話が通じる! 

 例えばそれはまだ普及してないスマホが待ち遠しいだの前世で流行ってたソシャゲだの、今人気がある女優だか俳優だかが前世と同じように〇〇で捕まったりするのかなーとかそんな他愛もない話だ

 でもそれは前世を知らない人には絶対にできない話で、自分と同じ転生者だと確信するには十分なものだった

 オフ会に来た人たちは年齢や職業もばらばらで当然会話が合わないこともある

 だけどそれは普通の事で、前世を持っているとか自分が相手を内心見下してるとかそういうのとは一切関係ない事だった

 何でもない飲み会、日常的な会話、それだけで自分の心に温かいものを感じた

 あとやはり東京大破壊については懐疑的を通り越して半笑いな反応が多かった

 

 空気が変わったのはこのオフ会の目玉である「覚醒修行」をするために霊地とやらに場所を移してからだ

 立派な神社、これは良い、話には聞いていたけど立派なものだった、星霊神社というらしい

 何やら大量の荷物を運んだり掃除したり作業している方々(後に修業中の転生者だと知る)、これもいい

 問題は境内を飛び、歩く無数の一反木綿のような紙である

 掲示板に張られていた写真に写っていた式神だ、本当にあったしかもたくさん

 糸も何もついていないことは見ればわかる手を振りかざしても引っ掛からない、それが飛ぶ歩く、へたくそな顔が付いた紙が

 話ではこの式神は「ヒグマより強くて軽トラも受け止める」らしいが、あれが? 

 戸惑った顔を見合わせる転生者たち

 それが始まりだった

 

 

 オフ会主催者であり霊能力者である通称ショタオジから事前に説明は受けた

 霊地活性化の事、東京大破壊が起こる可能性の事、悪魔の強力さと未覚醒者が恐ろしく弱い事(何せ未覚醒者はレベル1ですらないという!)、覚醒する事のメリットとデメリット

 所謂【厳しい方の修行】と【普通モードの修行】の違いもしっかり聞いた、【死亡同意書】なる大変恐ろしい書類にもビビった

 だけど俺は厳しい方を選んだ

 この時点で東京大破壊や終末の事はともかくとして、世に霊能なるものがありメガテン世界っぽい事は信じざるを得なかった

 メガテンのスキルらしきものも見せてもらった、仲魔らしきものも見た

 なら覚醒しないという手はない、しないと遠からず死ぬだろう

 そして夏休みを利用してきた高校生の俺にいつ終わるのかも覚醒するのかもわからない【普通モードの修行】なんて出来ない、夏休みを完全に消費するのも惜しい

 ちゃっと覚醒してとっとと帰るべ

 そんな心積もりだった

 その前提には自分以外の転生者の存在を確認してもまだ残る「自分は特別だ」という根拠のない自信があった

 書類を全て書き込み、翌日の修行に備えてその日は早く寝るつもりだったが中々寝付けなかった、楽しみだったのだ、間違いなく愚かである

 当然のように後悔した

 

 

 

 

「という事があってね、辛かったんだ」

「なんていうか夢のようなありとあらゆる拷問を受けた」

「煮て焼いて食うとかもう軽いレベル、なんかもう訳分らんレベルの多種多様な死に方したの」

「説明聞いて、臨死体験位するかなーと思ってたけど死ぬのがスタートとは思わなかった」

 膝の上の猫のシロを撫でながら語る、猫に愚痴を言うのはちょっと寂しい奴な気がするが

 そうでもしなきゃやってられなかった、この子は賢い良い子だから話も聞いてくれてる気がする

 結局あの後凡そ十日間ほど死に続け、覚醒を果たしたのだ

 覚醒したのは良い、覚醒したのも別に特別時間が掛かった訳でもなかったのもよかった

 聞けば三週間位掛った上で最後は特別メニューまでやって覚醒した先達もいるらしい

 それに比べれば十日間ほどで済んだ俺はまあ順当だったと言っても良いだろう

 思い出すと今でも震え、頭を掻きむしりたくなる苦痛と恐怖、それが倍以上も続くなんて考えたくもない、三週間の人凄いと思った尊敬しちゃうかもしれない

 問題は

 

「覚えたのディアなんだよなぁ」

 ディア、女神転生においてHPを小回復させるお馴染みの回復魔法である

 この世界でも同じように回復させる効果があり、試しに手の甲を包丁で斬ってから使えば切り傷が跡形もなく消え去った

 大変有用な魔法であり、掲示板でも「当たり」扱いを受けている

 転生者は覚醒した際、大体一つは何かスキルを覚えているがそのスキルが何かは覚醒するまでわからずまた選べない

 そのスキルがディアだったのは運が良かったというべきだ

 しかしそれをぼやくのは

「ステータスタイプ『魔』で生き残れっかなぁ」

 これである

 

 修行中、ショタオジの仲魔たちから当然のように殴る蹴る斬る噛む等の暴行を受け

 当然のように叩き込まれた認識がある、それは「悪魔は強い」

 悪魔は純粋に身体能力が高く、身体も硬く、速く、人を殺す高い技能を持っている

 種族によっては更に知性を持つのも少なくない、と思う

 そんな悪魔相手に回復魔法一つでどうしろというのか

 延々自分に回復魔法をかけながら武器を振るって悪魔を殺す? 

 いや俺素人なんだけど? 武器の扱い知らんのだけど? 前世は普通の日本人でしかもデブヒキニートだったんだけど? 今世でも喧嘩一つした事ないんだけど? ぼっちだから数の暴力っていう人間の特技も活かせないんだけど? 

 ステータスやスキル以前に心構えとかそういうのが足らなくて下らない死に方しそうな気がしてならない

 覚醒して身体能力が上がったのは実感している、疲れにくくなったし視力もよくなった気がする、一回りどころではない存在としての「格」が上がったかのようなそんな気がする、全部気のせいかもしれないけど

 だけど悪魔に殴り合いして勝てるようなそんな風には思えなかった

 しかもステータスタイプ『魔』という判定を受けた

 今後レベルアップしても魔以外が特別伸びるというのはまずないという事である

 もちろんレベルが上がり格が上がる事での補正のようなものはあるそうだ

 だけど同レベル帯と比べれば競り負けるし、何なら自分より低いレベルにも普通に負けると思う

 自分の持ち味はあくまで魔の強さなのだ

 

 修行後、同じように覚醒した転生者同士でちょっとした交流会をした

 覚醒した彼らは自分がどの程度強さなのかの確認と、苦労して覚醒して得たスキルを誰かに自慢したい欲望に逆らえなかったのだ

 もちろん自分もドヤ顔したくて参加した、ドヤ顔続かなかったけど

 そこで何人かの力自慢たちを見た

 彼ら彼女らは確かに力強かった、もしかしたら悪魔相手と戦っても見劣りしないかもしれない

 そして何より【速かった】

 彼らの物理技は確かに悪魔に効きそうだと思った

 筋力が上がるという意味でなく、概念的に力や速が強くなるという意味をそこで感じた

 目に留まらぬ速さ、先手を取ることの優位性、それを見たのだ

 そして一方的に捕まってマウントポジションでフルボッコにされたりする自分の未来を垣間見た

 

 翻って自分はどうだろうか

 なるほど魔が高くなる、これは強い特徴かもしれない

 女神転生において確かに魔のステータスと伸ばす育成もあった

 自分が知ってる女神転生の一つ、デビルサバイバーでは「魔速」「力速」のどれかで伸ばすのが強かった思い出がある

 しかし自分には速はない、つまりあるのは魔だけであり、ならば自分は移動砲台のような存在になるだろう

 だけど自分には攻撃魔法がない、あるのは回復魔法である、これではどうしようもない

 ここまで悩むのには理由がある

 覚醒者には覚醒したことのデメリットが付いて回る

 そのうちの一つにこれがある

 曰く「【覚醒者】は【悪魔】に絡まれやすくなる」

 保有マグネタイトとやらが増えて悪魔にとってご馳走になるのだそうな

 さて自分、「魔が高いけど回復しかできなくて、火力不足で遅くて打たれ弱い」ははーんさては餌だなこいつ? 

 

 故に攻撃魔法が欲しかった

 そして通りすがりの修行してる人から聞いた

「覚醒すれば物理技一つかムド程度なら少しの修行で覚えられる」らしい

 ムド良いじゃないか、ムド良い……

 ムドは確率で敵を【即死】させる魔法だ、即死良いよね即死ぬんだぜ

 何より嬉しいのはムドは属性としては呪殺属性であり

 これは多くの種族天使の弱点とする属性であるというところ

 世にメシア教あらば必ずや天使が湧き、人々の自由と生命と尊厳を奪わんとするだろう、その時必ずやムドが役に立つ

 とりあえず天使の餌にされる事に抵抗するためにムド覚えよう! 自己防衛! ムドは良いぞ! 家庭に一つムドを! 

 ムド使ってお手軽にレベリングしてりゃそのうち良いスキルも生えてくるかもしれんしね

 そんなわけでムドの素晴らしさに心を打たれ

 ムド系得意と言ってたはずのショタオジにムドの修行を願い出たのである

 ムド系得意なんだからお手軽にムド使えるようにしてくれねぇかなーもう拷問は勘弁してなーとか思いながら。

 ところが修業を受ける前に軽い説明を受けそこで俺の思い違いを訂正する事になる

「覚醒した後なら少しの修行」(普通の修行(数年)と比較して少しである)だった、具体的には個人差あるが半年くらいとか

 それじゃ受ける意味ないじゃないか! 俺はこのままだと悪魔の良い餌だから武器になるムドが欲しいのに! と一瞬思ったが、良く知らない話しを進めたのは俺である

 それに一度受けると言ったのをやっぱなし、というのはちょっと恥ずかしいし、ヘタレたと思われるのもちょっと……

 という事で「夏休み終わる前に帰りたいのでさわりだけでお願いできませんか?」とお願いした、一緒に説明受けてた他の転生者たちから何言ってんだこいつって目で見られた

 なに、今回は軽い体験って事で本格的にムド覚えるのはまた後日でという考えでな? 

 

 

 結果だけ言えば修業をする意味はあった

 

 

 ショタオジはムド得意というだけあってムドの修行の効率化を出来ていたらしい

 自分より先に修業を受けてた覚醒者たちは何人もムドを覚えて山を下りて行ったらしい、人によってはムドを覚えてからアギの習得のため別のコースに移った人もいるとか

 だけど自分はなんか違う修業を受けた【厳しい方の修行+えげつない座学】って感じだった、詳しい内容は辛すぎて思い出せない

 これは何かおかしいのでは? と五日間ほどで音を上げたら原因が分かった、ちなみに五日間耐えたという事ではないギブアップを言うのに五日間かかったのだ

「さわりだけ教えて(最初の部分だけ軽く教えて)」と思ってたら「さわりだけ教えて(要点だけ教えて)」と受け止められてた

 日本語として正しいのは後者である、まさかの言葉の失敗であった人の言葉は儚い、その結果なんだかえぐい修行を受けてたらしい

 さてここで問題が発生した、五日間の修行で全く手ごたえを感じなかったのだそうな

 全く、これっぽっちも、俺がムドを覚える気配が、いやでも本来は半年の修行なんだから……

「君、ムドの才能ないみたいだね」

 えー……

「というわけでハマの方はあるかもしれないからハマの修行してみよう」

 

 

 ハマ、破魔属性のムドみたいな奴である

 これも相手を即死させる、違いは属性の違いでこれは天使には効かない

 だけど種族悪霊とか種族幽鬼とかにはよく効いたような気がする

 女神転生において破魔に強い悪魔は呪殺に弱く、呪殺に強い悪魔は破魔に弱い傾向がある

 自分に呪殺の才能がないなら逆ならむしろあるかも? という発想だろう、ここまで親身に考えてもらってなんだか申し訳ない気になる

 そしてハマの才能を感じるほどムドの才能がなかったのだろうか

 ありがたくハマの修行、というかこちらは時間がなかったので軽く修行して手応えだけチェックしてもらった

「君、ハマの才能ないみたいだね」

 えー……

「というか攻撃魔法全般に才能がないのかもしれない」

 えっ

「ちょっと調べてみよう」

 はい……

 

 そういうことになった

 なかった

 

 

「その後、色々調べて最後にアナライズ使える人に見てもらったらスキルがディアの他に回復ブースタがあってさ」

 回復ブースタ、回復魔法の効果を高めるスキルだったはず、ゲームだとあまり使った覚えがない

 膝の上のシロの身体を毛の向きに逆らうように撫でるボサボサシロ、略してボサシロだ

 こうすると迷惑そうな顔するのが可愛い、好き

「回復特化じゃないかって話になって、そこで話し終わって帰って来たんだよね」

「今までも何人かそういう人いたらしいよ特化型」

「ステータスタイプ『魔』で回復特化とかどうすりゃいいんだろ」

 ボサシロになったのを改めて毛に沿うように撫でる、シロになった可愛い、甘噛みしてきたのも可愛い

 

「あと、せっかくオフ会行ったけど友達出来なかったよ、連絡先の交換とかもしなかった」

 あっシロが去っていく……



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2話

 それから自分は前世と同じ職に就く決意を固めた

 すなわちニート、自宅警備員である

 これまでは頑張って優等生していた訳だがもうすっかり進学も就職もする意義を見出せなくなっていた

 東京大破壊、終末、どんな名称でどんなことが起こるかは何もかも不明だが

 それを乗り越え自らの幸せを追求するためにもしっかりした準備が必須であると確信した

 就職なんて持っての他だった

 日々の生活に追われ終末の事を意識の外に置きいざ事が起これば

「もうちょっと真剣に考えておけばよかった」と後悔するそんな自分が目に浮かんだ

 自分の事は一番自分が知っている、必ずそうなる

 そして自分に一番必要なものは時間である

 時間さえあれば富士山の星霊神社で修行してなにか攻撃スキルを得られるかもしれない

 一番時間を得られるのは無職である

 であるからして胸を張って言った

 

「進学も就職もする気はない、自分磨きをする」「俺を信じて」

 母は泣き、父は殴り、あんまり仲が良くない弟はごみを見る目で見てきた、シロは猫目をしていた、解せぬ

 いやもうちょっと良い言い方があったか

 何はともあれ家を追い出された俺は行く所がないので富士山の星霊神社に修行しようと転がり込もうとした

 お断りされたんでじゃあせめて仕事紹介して! 泣き喚いた

 そして仕事を紹介され、今霊能力者をやっている

 もちろん住む所と仕事を得たので即実家からシロも回収した

 

 

 

「今日も仕事持ってきてくれて、ありがと」

 依頼書を咥えてきたショタオジの所の【管狐】を撫でながら礼を言う

 この管狐、どうやら猫並みに賢いらしく礼を言ったらちゃんとわかるのだ

 しかも白くてモフモフしてる、可愛い子である

「マッカ、食べてく?」

 断られた、仕事熱心な子だ

 

「やっぱり東北かぁ、噂になってたからなぁ」

 それまで星霊神社と一括りにされていたショタオジ+修行者+職人集団+その他大勢の謎の集団が【ガイア連合】なる

 女神転生を知っている人間からすれば怪しげで不穏な名前になって数か月ほどした頃

 名前を付けて心機一転というのも違うのだろうが【ガイア連合】は積極的に外部からの依頼を請け負うようになっていた

 なんだか随分評判がよろしくない何とか寺とやらに認められたから云々とか掲示板で読んだ気がするがよくわからない

 ガイア連合が霊能者をしている転生者に仕事を紹介する、そんな事も良くある事になった

 回復しかできない貧弱ボーイな自分もその中にいる、覚醒者は腐っても覚醒者であるということだ

 もちろん自分のような、よく言えば役割がはっきりしていて悪く言えば尖った性能をしている霊能者に出来る仕事は限られているがそこはそれ、

 我らがガイア連合の優秀な事務方が上手い事合う仕事を見つけて回してくれる

 彼らには足を向けて寝れない、彼らのおかげで自分は満足できる食い扶持を稼げてるのである

 確か今自分はガイア連合傘下の派遣会社に登録してる、という扱いだっけな

 今回のは東北地方のガイア連合派出所に待機、つまり「お前がいる間に怪我人、怪我シキガミが来たら治せ」という仕事だ

 依頼書には報酬とやること、大雑把な期間、場所くらいしか書いてないかなり雑な文章である

 自分はこういった、前線に出ない後方での回復要員としての仕事をよくしている

 

 東北地方については掲示板で話題になっていた、

 曰く「これからは東北が熱い! 経験値とマッカのチャンスは東北にあり!」

 RPGをやった経験がある人にはわかりやすい話だろう

 効率の良いレベリングにはいくつかの条件が必要とされる

 効率の良い敵、数、潤沢な支援である

 大雑把に言えば「経験値が多く積める勝てる敵を、回復できる環境で好きなだけ叩けると美味しい」程度の話だ

 そして東北地方はその条件をいくつか揃えている、と見なされていた

 東北のような寒い地方の異界は氷結属性に強く火炎属性に弱い悪魔が多い傾向にある、

 代表例としては【ユキンコ】【ユキジョロウ】あたりだろうかヒーホーヒーホー言う【ジャックフロスト】もひょっとしたらいるかもしれない、【ユキンコ】が狙い目だろうなレベルが低い

 そしてガイア連合にはショタオジの修行でアギ系に目覚めた覚醒者がいくらでもいる

 東北地方はそんな彼らにとって良い実戦の機会になるだろう

 今東北地方は霊地活性によって本来の管理者が倒れ、あるいは独力での管理を諦め、外部からの支援を乞う有様となっている

 彼らに手を差し伸べることができる外部など他にどこにいようか、そうガイア連合のみである! 

 つまりそこは俺たちの草刈り場だ! 

 こんな感じだった

 せっかく運良く良い敵に恵まれやる気があるガイア連合員が多いのなら、では十分な支援体制をという流れの一つで来た依頼がこれだろう

 

「じゃあ判子したから、はい」言うや否や管狐は紙を咥えて飛び去ってしまった

 あの依頼書は、正式には契約書の一種である

 それもシキガミ製で契約を遵守させる力を持っているそうな

 それが理由で前述したような雑な文面になっている

 遵守させる力を持っているから意図せず遵守できなかった時のことを考えて緩い内容を、というのはお互いの信頼の表れか甘えなのか

 ガイア連合の内向きの契約書は力が弱く、外向けには詳しくは知らないが様々な機能がついているんだとか

 契約書に付ける機能なんて呪殺くらいで十分じゃないか? そういくつも付ける機能ってなんだ? と思わないでもない

 もしかしたらノリと勢いで作る職人たちがノリと勢いで作ったものかもしれない、ここではよくある話だ

 

 

「さて、ちょっと長くなるかもしれない仕事ならシロをシッターさんに頼まなきゃか」

 シロと離れるのは辛い、シロも心細いだろう

 だけど悪魔が湧いて出てくるような危険な土地にシロを連れて行きたくない、ストレスになるし何かあったらそっちのほうが嫌だ

 それにショタオジがいて、転生者も大勢いる、ここ【ガイア連合山梨支部】以上に安全なところはないのだから

 

 

 

 そこそこの出張なら準備しなくちゃいけないものがいくつかある

 そのうちの一つが【ガイア連合製レトルトカレー】通称ガイアカレーである

 レトルトカレーと侮るなかれ、霊薬だのなんだの使っててこれを食べて一晩寝れば体力も魔力もググっと回復してる優れものである

 レトルト食品としてはアホみたいな値段だが霊薬としてみると激安で強力で、しかも美味い

 これは手放せない、最低でも一日一食で一週間分、七食分は確保しておきたい

 特に自分のような派出所で待機している臨時の回復要員が魔力不足で回復できないなら何のためにいるんだって話である

 そしてもう一つがストーン類、攻撃手段を持たない自分にはいざという時の攻撃手段でありいざという時の死後の安寧に繋がる自決手段である

 これはまあ使う事が全くと言ってないのでちゃんと揃ってるかのチェック程度でいい、ガイア連合製アギストーンが複数とアギラオストーンが一つ、よし

 

 実を言えば実家を出る時に思っていた攻撃手段の獲得は一向に進んでいない、無職になる決意をして最終的には何故か働いてるのに一向に

 このストーン類だって仕事で持っていく分には良いかもしれないが、【終末】が来た時に自分の身を守れる質と量かと言えば無理だと言わざるを得ない

 貯金をして暇を作ってはする修行でも、得られるのは他の回復魔法だの状態回復だのそんなのばかり

 未だアギ一つブフ一つ唱えられない

 年々悪魔が強くなって来てる、そんな気がする

 そしてそんな悪魔を倒して強くなる存在はもっと強くなってるはず

 そしてそんな奴らが齎すか、食い止められないのが【終末】のはずだ

 なのに自衛のための魔法一つ使えずにいる自分はどうすればいいのだろうか

【ガイア連合】に所属していれば【終末】後も安全な生活が出来るかもしれない

 でもガイア連合は「俺たちの互助」が基本のはずだ

 回復なんて言う、もう量産型のシキガミで担うことができるようになった役割だけじゃ互助も何も……

 

 シキガミ、【ガイア連合】内における自分の存在価値を脅かしてる脅威にして

 自分にとって希望の一つである

 

 

 

 シキガミの存在を知らないガイア連合の人間は存在しないだろう

 ショタオジが使っていた強力無比な最初のシキガミ

 空を飛び、物理耐性を持ち、落書きのような顔をしてる

 覚醒者20人がかりでようやく倒せた存在

 

 そしてガイア連合の妄念の結晶、人型式神

 人の装備が使え、スキルによっては飲食ができる故に回復アイテムも効いて

 攻撃スキルも回復スキルも使えるかもしれなくて、見目麗しく

 技術発展の余地もあり可能性に満ちたそれ

 

 どれも素晴らしく魅力的だが前者と後者では明確な差がある

 それは前者のシキガミはいくら優秀でも未だショタオジの個人芸である事に対して

 後者のシキガミはすでに量産が始まり供給されていることだ

 そしてガイア連合では有用なスキルを所持してるシキガミを生産し、貸出式神として霊能者のサポートに当たらせる事まで出来ている

 出張所に【ディア】【自然回復】【チャクラウォーク】の三点セットを保有しているシキガミが置かれることも全くないことではないのだ

 

 

 これは自分の思想である

「十分な魔力さえあるならディアで十分」「状態回復なんてアムリタ一つあればいい」「それとリカームがあれば完璧」

 結局、前線に出ない回復役なんてこれなのだ

 自分の立場は優秀なシキガミに代替される、今はされなくてもやがて来る更なる優秀なシキガミが置き換わる

 しかしてシキガミは自分にとって希望でもある

 

 シキガミという盾にする事ができる戦力を使うことができるなら自分も前に出て戦う事ができるのではないか

 例えば(当然であるが)自分が回復役を担い、シキガミに高火力なスキルを付ける事で自分の火力不足を補えるのでは

 そして更に言えばシキガミの生産性が上がり一人でも複数のシキガミを保有できるようになれば

 自分は回復役兼シキガミへのMAG供給役として、一人でシキガミ隊を指揮する事で両立することができるのでは? 

 いやもちろん最後のはまだ夢物語だと思っている、色々な意味で人気が高い需要過多なシキガミにそんな夢を見るべきじゃない

 だけど盾としてあるいは火力役として使う事、それは今でもできる現実的な自身への強化プランである

 あれから修行で自分の近接戦闘を行う戦士としての才覚も、マジックアタッカーとして活躍できる才覚もないと、見切りをつけざるを得なかった

 今まで全く異界に潜らなかったわけじゃない、最初のうちは普通の覚醒者として異界に入るような仕事もしていた、レベルも少し上がった

 そして分かった、自分は明らかにそして見るからに弱く、PTを組めば誰かが守ろうという気になるくらい弱い存在なんだと

 実際常に後衛で前に出る事なんかまったくなかった

 ガイア連合の人たちは良い人たちが多かった、妙に気が合うのも多かった多分前世陰キャだった人だろう、

 彼らのおかげで自分がオフ会まで感じていた孤独感を今になっては「中二病かなwww」と笑える程度の話になった

 だからこそ負担になりたくない、貢献したい、対等になりたい、自分は互助組織であるガイア連合の一人であり助けられてばかりじゃないと思いたい、一人前になりたい

 力を得たい、前線に出たい

 

 

 シキガミに自分の足りないものを補ってもらう

 この発想は実はシキガミが量産可能であり運用が開始されたと知った時からあった

 けどシキガミが戦力としてどこまで期待できるかわからなかったこと

(自分にはどうしてもレベル一桁前半の一反木綿みたいな弱い悪魔というゲームのイメージがあった、ショタオジ以外が作るシキガミには特にそうだ)

 それよりも自分の戦力向上(攻撃魔法習得)を優先すべきと思ったこと

 それと高レベルシキガミには自我が目覚めると聞いて避けてた(他人と仲良くできるか怪しい、強くなってから突然盾するの嫌がられたら俺死ぬかも)

 これらの事情から遠ざかっていた

 が、そろそろ本腰を入れてシキガミ入手の為に動くべきだ、他の人が安心して使ってるんだ多分大丈夫だろ、評判も良いというか悪い評判なんか聞かない

「その為には貯金だな」

 自分のディアラマは部位を喪失してなければ回復量の暴力でシキガミも治せる、いつかなくなると思っている仕事だがそれは今すぐではない

 それでお金貯めて自分のシキガミを買おう、なに自分には高価な美人なシキガミに興味は、まあちょっとあるけど、うんまあでもねうん我慢して安いタイプを、

 ああでも結局最近は人型の方が強いって話もあるなぁ、人の武器使えるから、うーん

 あとそういえば、シキガミは現金だけじゃなくてマッカでも買えるんだっけ? 

「たまにマッカ貰ってるけどあんま使い道ないんだよなぁ、なんで皆マッカで給料もらってんだろ」

 不思議である

 最近、この山梨の環境が合ったのか毛艶が良くなってきた膝の上のシロの耳をぐにぐにしながら話しかける

 シロはそっぽを向いて何も言ってくれない

 いつものように可愛い

 

 

 

 

 何となくもうここは任せておけば良いなと安心した事はありませんか

 俺はあります

 緊急で応援が来てくれたそうです

 現場に自分より頼りがいありそうな人ばかりが来て安心しました

 この人たちに任せて指示待ち人間していれば良いなって思いました

 まさかこんな日になるとは

 

 

 

「班長! その腕みたいなもんなんすか! そんなもん着くはずないでしょ! ディア! ディア!」

「あああああなんか着いた! えええええ! ディアディアディア!」

「はあああ?! なんか〇〇〇なくなってるんすけど! 男の子! 男の子どこおおお! ディア! ディア! ディア! おい起きろ! なんか大事なもんなくなってんぞ! ディアラマ!」

「うるさい黙れ、もっとディアラマしろ」「はい……」

「……3Dプリンターってしゅごい、人類の英知だわ」

 

 医療班って凄いと思った、回復役はスキル積んだシキガミに仕事とられるとか無駄な心配してた、スキル持ってるだけのシキガミに奪えるような仕事じゃないわ、どんな事態にもしっかり対応出来る判断力はきっと大事なんだね

 医療班は神か悪魔か天才か知らんけどまあ常人ではない

 良かった、俺医療班に所属してないスキル持ってるだけの派遣ガイアーズで

 いや良くねぇわ



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3話

 さて、ここにきてまたもや自分の方向性に思い悩むことになる

 自分はこの居心地の良い、もはや故郷のような愛着すら持つガイア連合にどうにか貢献したかった、それが胸を張って一員であると誇れる道だと信じてた

 そしてそれが自分の幸福を守る【終末への備え】につながるとも思っていた

 だけど回復役としての自分には先が見えて、いくらいても困らない戦闘要員としての姿にそれを見出した

 そういう事になる、そういう事になるが

 今度は回復という、つまりは医療や治療という世界は自分があっさり諦め見据えることが出来るほど安っぽく底が浅い物ではなかった事を知った

 事の顛末はあっさりした話だった

 探索ルートから何故かわざと逸れた未覚醒転生者がユキジョロウと遭遇

 エナジードレインで体力をからっからになるまで吸い取られ、凍死させられその後遺体をご馳走されてしまったという、その結果【リカーム】での復活は出来ない有様になった

 緊急で駆け付けた医療班は【ユキジョロウ】のエナジードレインにやられ、干物のようになった【未覚醒者】を、身体が崩れ落ち無事な所を探すのが難しい【凍死体】だったそれを

 悪魔の身体の移植、シキガミの移植、回復魔法の連打等何でもありの荒業で復活させた、ちょっと性別が変わり人間を辞めたけど

 これが【リカーム】を使った結果であればまだよかった、【サマリカーム】でも良い

 魔法すげぇと感心して手を叩いて終わる

 そうじゃなかった

 未覚醒者とはいえ転生者である霊的素質に頼り、悪魔の身体にもシキガミにも頼り、回復魔法という超常の力にも頼り、しかし最後は人の執念で蘇らせた

 あの光景を自分はそういうものとして見た

 

 素晴らしい、人の輝きの一つは間違いなくあれだろう

 しかし自分はその光景の後に続く輝きを自分に見出せはしなかった

 自分は医療班の彼らほどその道に邁進出来るほどの熱はない、専門的でもない

 そしてきっと能力もない

 自分が出来たのは「自分の居場所を奪うであろうシキガミ」のように、言われたように回復魔法を掛ける事だけだった、魔法掛け装置だった

 まあつまり懸念していたように居場所が奪われると思う程度の働きしかしていない自分を直視した

 替えの利かない人物、未来という暗幕に光のような剣の切っ先を突き立てるのはきっと医療班のような人たちだと思った

 人の可能性を、自分が見切った道の更なる先を見たにもかかわらずそこに進めない自分がいた

 彼らの極まった精神性にドン引きしてしまったともいう

 自分は不純で俗物で、楽をしたがりの、そして即座に成果を欲しがる子供のような男だ

 自分は何をする存在になればいいんだろう、自分には何かに向かって正しい努力をすることが出来るのだろうか

 そんな悩みを膝の上で寝ているシロと、なんか俺のマッカを美味しく食べてる見知らぬ管狐に話した

 翌日、その見知らぬ管狐がどこからかガイア連合内の求人広告を持ってきた

 良い機会だからたまには違う仕事をしてみよう

 そういう事になった

 

 

 

「ふんぬうううううう!」

 握る魔石に魂込めて! 今注ぐは渾身の魔力! グオオオオオオオ! 

「ふぅ」

 成功だ、青っぽい【魔石】がダイヤモンドみたいな見た目をしたギラギラと輝く【宝玉】になっている

 これで本日12個目である

 ガイア連合山梨支部物作り班に所属する何人もいる職人さんの一人、に今雇われてる

 なんでもこの職人さん、魔石を加工する事は上手だけど

 その魔石に魔力をぶち込んで違うものに変換するのはあんまり得意じゃないんだそうな

 だから加工はその職人さんがやって、魔力を注ぐのはそれぞれの担当の人を雇って魔力を込めてる、職人さんを班長として何人か魔力込め要員を班員として雇い班としてストーン類の生産をするのだ

 自分は回復魔法担当、準備されている加工済み魔石に回復魔法っぽい魔力を大量にぶち込んで魔石を宝玉にする作業をしている

 宝玉、女神転生では味方1人のHPを全回復させる回復アイテムだった

 この宝玉も全回復、するらしいと聞く

 全回復ってどういう状態なんだろな、失った毛が生え、歯ぎしりで削れた歯が戻り、擦り減った軟骨が復活したりするんだろか

 そんなくだらない事を考えながらまた魔力を込める

 ちょっと前に「シキガミに居場所を奪われる!」と焦っていた自分が

 回復役がいなくても回復できるようになるアイテム製造に関わってる

 妙なおかしさを感じた

 しかしそんな自分も悪くない、今誰かの役に立ってる

 

 

「きゅーけーい、きゅーけーい、ごはんきゅーけい」

 班長のシキガミ(なんか河童? のキャラをモチーフにしたらしい、河童要素は知らない)が声を掛けて回る

 ガイア連合は凡そブラック労働とは無縁の組織である(ショタオジや事務方を除く)

 忙しいときは大変忙しくなるが基本的には緩い、それを支えてるのは覚醒者労働者という並の人間を凌駕する性能の暴力、オカルト分野という労働生産性がえげつない数字を叩き出す業界、そして幾人もいる財界の大物転生者通称「富豪俺たち」の全面的な協力のおかげだ

 よくわからないがまあガイア連合は豊かで金がぐるぐる回っててその結果が余裕になる、そんな状態らしい、良い事だ

 金銭の余裕は人心と時間の余裕に繋がるのだろう、昼食休憩はそれなりにゆったりと食事を楽しむことが出来るしガイア連合山梨支部の社食は安く美味しいものが多い

 その社食で特に人気が高いのはガイアカレーである、もちろんレトルトのそれよりも美味しい、具材も大きい

 この霊薬生産技術と霊薬調合技術と調理技術という「もしかしたらこれがガイア連合の技術力の証明かもしれない」と思うほど裏で高度なものが使われてるこれは

 朝から魔力を使いすぎた人たちの身体を癒し暖めてくれる

 そのガイアカレーのカレーうどんを啜っていたら雇い主の班長がやってきた、班長はカツカレーか

「やっお疲れ」「どうも」「前良い?」「どうぞ」「お仕事どう?」「悪くないです」「そう」

 班長が自分の正面の席に座り食べ始める

 なんだろ、何か話しかけた方が良いんだろか

 上司で雇い主に当たる人にどんな態度で話しかけたら良いのかわからねぇ、自分が一時的なバイトってのもある

 考えてみりゃ俺、前世ニート今世派遣ガイアーズで、しかも事務の人に「自分コミュ障ですよろしくお願いします!」してから特に人間関係緩いところの仕事回して貰ってた感じだから社会経験あんまりないんだよな……

 企業がやってるような新入社員の教育ってやっぱ大事なんだろうなぁ、こういう時何言ったら良いのか学校教育は教えてくれない、いや教育じゃなくてコミュ力の話かな

「あーえっと、宝玉君はさ……」

 なんか変なあだ名ついてる

「シキガミちゃん、いないけどもしかしてそういうの嫌いな人?」

 なんてことを言うのだ

「いやそういうわけじゃないんですけど、ただどんなシキガミにすれば良いのかわからないのと購入予算が中々貯まらなくてですね、ほらかなりいい値段するじゃないですか」

「今頑張って貯めてるんですけどどうにも難しくてなんか時間経てば経つほどシキガミも高くなってきてるし逃げ水追っかける遭難者みたいな感じでですね、それに順番待ちしてる人がいっぱいいるし何時になるかわからないですしね」

 ちょっと早口になってしまった

 でもシキガミは皆が欲しがる信頼できる戦力で念願の仲魔で、ガイア連合でも強い人たちが取り合ってて買おうとするとえらい額になる存在だ

 持っていないからって嫌いな人扱いされる謂れはないと思う

 俺だって欲しいさ

 そんな事を言ってたら班長が首を傾げながら言った

「宝玉君、覚醒者だしガイアの仕事もちゃんとやってたって言ってたでしょ?」

「なら最初のシキガミは優先されるはずだけど?」

 えっ……

「宝玉君が見てたの、ハイグレードの高級シキガミだと思う、ショタオジさん製の」

 えっ……

「戦闘力0の簡易シキガミなら一万円からだよ」

 えっ……

「それに最近は原料不足だから円で買うと高くなるだけで、マッカで買うならそんなに値上がりしてないよ、マッカが原料になるから」

 えっ……

 

 

 

「本当だ、知らなかった……そんなの、なんで誰も教えてくれなかったの」

「ちゃんとした覚醒者がシキガミ持っていないなら、何か事情があるか性癖の違いで持っていないと思うから、かな?」

 

 

 

 その後胸の上で香箱座りしているシロを毛に逆らう方向で撫でてボサシロにしてたら落ち着いた

 なんか最近悩むたびに迷走してる気がする

 シキガミ、買おう

 

 

 

「式神制作依頼をする前に担当の事務の人と仕様について相談した方がいいよ」

「事務の人は色んな霊能者を知ってるし、今まで仕事紹介してた分君に詳しいからアドバイスくれると思う」

「何か特別な拘りとかあるなら別だけどね」

 

 という既にシキガミを持っている班長の言葉は目から鱗だった

 確かに自分ひとりで考えるよりも他の人の意見も聞いた方が良いな、と納得しかない

 さっそく次の日、自分の担当の事務の人に電話を掛けた

 どうでもいい話だが自分は電話は嫌いである、むやみやたらと緊張する

 だからこれが自分から事務の人に掛けた初めての電話である

 

「物理型! 盾! タンク! そういう方向性が良いと思います!」

「あなたに必要なのは火力よりも身を守る手段だと思います!」

「スキルで言えば【物理耐性】【反撃】【何か適当な魔法攻撃スキル】が良いと思います! 先に言った順番に優先で! もちろん簡易式神じゃないですよね?」

「物理攻撃スキルですか? 低レベルな相手ならなくても勝てますし高額ですので今の段階では割に合わないと思いますよ」

「それなら遠距離から引き撃ち出来る魔法攻撃の方が必要だと思います、遠距離攻撃手段を持っていないと持っている相手に一方的に攻撃を受けますし」

「【汎用スキル】ですか? あれは一部を除いて趣味の領域ですので、余裕が出来てからがよろしいかと」

「何より最近はガチャの外れ枠で良く出回っていますしね欲しいなら後で買えます、購入段階で無理をしなくていいと思います」

「攻撃魔法は感電を発生させる【ジオ】凍結を発生させる【ブフ】がおすすめです、実戦に出ている方からの話では【ザン】の評判もよろしいようです、衝撃で敵との距離を開けるのに向いているとか」

「シキガミを購入なされましたら一度連絡をください」

 

 思っていたよりも熱く語ってくれた

「そういう事相談されても困るんですよねぇ」とか言われるんじゃないかとビクビクしてたから嬉しい

 そして俺に必要なのは火力よりも盾らしい、納得した

 戦力としての方向性もある程度固まった

 問題は予算だが……班長から渡されたシキガミ制作費用の目安表では

「ギリギリ足りる……」

 おすすめされた三つのスキルを付けた人型式神、が何とか買えるくらいの値段で収まった

 貯金と貯マッカ(貯マ?)を空にすれば何とか行ける、正確に言えばちょっと足らないマッカ分を現金で購入して穴埋めすれば行ける計算になる

 行っちゃうか

 そういうことになった

 

 

 

「それで宝玉君はあたしの所のバイト延長して、しかも日払いでバイト代受け取ることにしたと」

「いや本当びっくりですよ、財布の中に600円しかないとは……日払いにしてくれた班長には感謝してます」

「良いけどさぁ」

 

 社食のカレー南蛮(カレーうどんとは違うのだ!)を食べながらシキガミ購入の話をした

 結局買ったら有り金尽きてしまい、シロのご飯代にも困る財政状態になってしまったのだ

 シキガミが来ればそれで頑張って働いて金稼ぐ所存だが、そのシキガミが来るまでの生活費に事欠く

 しょうがないからその足で班長の所に行き、給料の前借か今後は日払いにしてくれないかと頼み込み、見事叶えられ

 そしてありがたくもバイトの期間延長までしていただいた、本当に感謝している

 

「まあ、あたしにとっても悪くない話だから本当に良いんだけどね」

「そうなんですか?」

 俺に日払いする事に何か良い事あるんだろか

 カレー南蛮のネギを食べながら適当に考えるが特に思いつかなかった、美味い

「宝玉君に仕上げてもらってる宝玉、あるでしょ?」

「あーありますね、最近慣れて来て今日なんて15個出来ました初めてです」

「そんなに出来る人はあたしのバイトしてくれないんだよお金(円)に困ってないからね、宝玉君はレアキャラだね」

 そして一息置いて繋げた

「あれを使って作りたいものがあってさ」

「宝玉輪って知ってる? あれを作りたいんだ」

 

 宝玉輪、味方全体のHPを全回復させる回復アイテムだ

 もちろん知っている

 使う機会はあったようななかったような、どの作品だったか覚えてないが金策で売ってマッカにした思い出はある

 

「宝玉輪ですか?」

 オウム返しに聞いてしまう

 自分は売った思い出しかないが宝玉輪はゲームでは半ば~後半になって入手するような強力なアイテムだ、そんな印象がある

 つまり作中でも高性能なアイテムと描写されているようなもの

 人の手で作れるものかすら意識した事がなかった

 

「うん、宝玉輪、あれを作りたい」

「この後、時間ある?」

 

 

 作りたい、と言ったが実はもう作ってあるのだと班長の個人工房に行く道中で聞いた

 ただ数が作れない、原料が足りない、加工に時間がかかる

 間に合わない

「間に合わない?」

「そっ、努力目標程度の話しなんだけさ」

「恐山攻略までに間に合わせたいんだよね」

「恐山?」

「時期はまだ未定だけど、そういう話が持ち上がってるらしいよ」

「現地の霊的組織はもう限界っぽいって」

 

 恐山、日本三大霊山にも数えられる大霊地である

 その恐山にはイタコが隠れ里を作り、霊的防衛拠点を設け、日夜悪鬼悪霊と戦い鎮霊をしている

 かつての恐山のイタコはあの【ヤタガラス】や【葛葉】にも一目置かれていたという、そんな話を聞いた覚えがある

 地方霊的組織の雄、そう言っても良い存在だ、もちろん我らがガイア連合を除いての話だけど

「その恐山がもう限界?」

「だってさ」

「そしてそうなったら他の戦線にも影響が出てえらいこっちゃになるかもって」

 ふー溜息を吐きながら足を進める班長

「だからとりあえずいくらか恩を売ってから、そこから関係繋いで吸収合併して飲み込んでー霊地の管理をガイアが握ってなんとかしてー」

「なんて話が持ち上がってるんだってさ、そこまでしなきゃ滅びそうって」

「何とかなるなら大丈夫なんじゃないですか」

 そう言ったら首を振られた

「ガイアは今までそういう事をした事がない、つまり相手にとって未知数の存在」

「いつどうやって信頼を勝ち取れるかわからない」

「そして相手はいつ霊地活性化で滅ぶかわからない」

「間に合うかどうかなんてわからない」

「という事で工房持ちの制作勢の間で情報が共有された、「やばいかも知れないからしばらくは回復アイテム量産しておかね?」って」

 まあやばいネタ見つけたらこういうのいつもの事よ不発だった事の方が多いけどねーと班長は軽く笑う

「だからあたしとしては、そのイタコが全滅してやばい異界になった恐山を攻略する時に宝玉輪いくらか作れておけばいいかなって」

「性能が良い回復アイテムはいくらあっても腐らないでしょ?」

 なるほどなぁ

 

 

 工房に着くなりすぐ本題に入った

「で、これがあたしが作った試作宝玉輪よ」

 とカチャっと納めていた紙製の箱から取り出されるネックレス

 綺麗だ

 キラキラと輝くカットされたいくつもの宝玉

 チェーンは良く磨かれた銀製だ

 小さい宝玉と小さい宝玉が結び付き中央にある一際大きな宝玉を飾り立てている、宝玉はカットされたらこんなにも光るようになるのか

「これと同じ物で集団に対する回復効果は認められたわ、だから宝玉輪と思っていいと思う」

「消費して消えるのがちょっと惜しかったけど」

 宝玉輪に目が奪われて言葉が出ない

「で、宝玉君にはバイトの延長期間中は、いつもの職場じゃなくてこっちで宝玉作ってもらいたいの」

「それとあたしのディア係」

 うん? 

「ディア?」

「これ作るのに血や肉を使うのよね、だから回復必須なのよ、今までは魔石使って治しながらやってたんだけど魔石代だけで良い金額になっちゃってさ」

 あはは、ほらあれ、と指差す先には使用した痕跡が見られるごついナイフと注射器と魔石が納められた箱

 なにそれ怖い

「宝玉君も無縁じゃないよ、シキガミ作る時「肉体素材使う?」って聞かれるんだから」

「いやそういう痛いのは勘弁してほしいかなーって」

「絶対そっちの方が強くなるし成長も早いのに?」

「マ?」

「マ」

 なにそれ

「あたしたち、転生者の身体ってちょっと他にはないくらい性能が良い霊的な素材らしくてね、覚醒者ならなおさらだからとりあえず使っておけば性能上がるのよ」

「ちなみに宝玉君が宝玉にしてる加工済み魔石もあたしの血を使って加工してたりする」

「マ?」

「マ」

 職人とは修羅の道でござったか

 

 

 

 そして少し疑問に思った事が

「ところでなんで宝玉輪がネックレスなんです?」

「?? 宝玉輪ってネックレスでしょ? ジュエリーショップで買える輪なんだし」

「ビシャモンテンからドロップするんだから仏具の輪宝では?」

「輪宝?」

「こう、タイヤみたいな」

「??」

 

 そもそも宝玉輪って何なんだろ



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4話

 班長のバイト、その最終日の事である

「とりあえず宝玉君はもうちょっと常識的になった方が良いと思うなぁ」

「はぁ」

 いきなり班長から駄目出しをされた

 今はバイト、の休憩時間である

 魔力は一度使い切ったらアイテムを使わない限りじわりじわりとしか回復しない

 よって自分のようなバイトは魔力を使い切ったら=休憩時間の開始である、昼食休憩とは別のものだ

 こういう事情があるためストーンの魔力込め要員は基本的に出来高制らしい

 ちなみに本職の職人は魔力を使い切ったら魔力を使わなくても出来る作業を進めるものだそうだ

 魔力枯渇状態は身体が重くてつらいのに凄い人たちだと思った

 そしてこの休憩時間は実質班長との雑談の時間となっている、班長は休んでいないが

「非常識ですか」

「悪い意味でね」

 カットした宝玉のチェックをしながら班長は言う

「まず掲示板をちゃんと見てないでしょ?」

「いや見てますよ」

「見てたらマッカの使い道知らないわけないじゃない」

 そうかな、そうかも……

「周りにシキガミ持ってる人増えても「凄いなー」「良いなー」で済ませてたんでしょ」

 はい

「だから駄目」

 駄目ですか

 

 言われてみれば自分は掲示板を情報収集の手段というよりも娯楽として使っている気がする

 気になるタイトルのスレッドがあればちょっと覗いて満足、みたいな

「本スレ(ガイア連合山梨支部スレ)と派遣スレと雑談スレとシキガミスレくらいは毎日目を通した方がいいよ、なるべく過去ログも」

「ガイア運営が出入りしてるからそこまで変な事してるのもいないし、たまに爆弾みたいな情報投下されるしね」

「あの掲示板は今やあたしたちの生命線の一つだから……うーんよし、ニトリ! ニートーリ!」

「なんだい、めいゆう」

 呼ばれてすぐやってきたシキガミに班長は目の前にある二つの箱を指して

「こっち合格、こっち没、没の方は片しちゃって」

「はいよーめいゆう」

 しかし棒読みな子だなぁ

 

「没多かったですね」

 自分が魔力込めた宝玉の質が悪かったんだろうか、不安になる

「回復アイテムの素材に求める質は高くしてんのよ、命綱だから」

「それにほとんどカットの失敗だから宝玉君は気にしなくて良いよ」

「没にした方も違う素材として使えるから無駄にはならないしね、まあだから安心して選り分け出来てるんだけど」

 そして班長はぐいーっと体を伸ばして

「まあそんなわけで宝玉君はさ、もうちょっとアンテナ高くしてさ、自分の周りに気を使った方が良いと思うよ」

「半端に間違った知識で納得しちゃ駄目、簡単に調べるくらいの事はしておきなさい、そして考えて人に聞きなさい」

「こんなご時世だしさ」

「じゃ、もう上がっちゃっていいよ、あっ帰る前にニトリからお金受け取って」

「お疲れ、シキガミちゃんと元気でね」

 

 

 

 

 それが二月程前のことである

 班長に言われた事を心に刻みそして今

「なんでこんなに回してんのに当たらねぇんだよおおお!」

 沼に嵌っていた

 

 

 シキガミに期待をしていなかったと言えば嘘になる

 まず戦力としてが一番に来て、そして次に恥ずかしながら男としての寂しさを埋めるものとして

 だがまあ後者の方はそこまで強くは期待してなかった

 だって俺、式神制作依頼する時の書類の希望する外見を書く欄に「女性、美人、黒髪、大きすぎない程度に巨乳」としか書かなかったんだもの

 これでも頑張ったのだ、でも気恥ずかしくてこれ以上書けなかった

 シキガミスレ覗いたら大体その欄はみっちり具体的にキャラデザと設定資料集を書き込むのが今の流行らしい、欄にキャラデザを代筆する事で小遣い稼ぎしてる人までいるとか

 そこまでやってお祈りしてからようやく願った通りのものが来るかもしれない、と、そんな話である

 これでは俺のは期待できないだろう、要望というにはスカスカすぎる、だけどまあそもそも第一に戦力だからね

 そう思っていた

 

 シキガミは段ボールに入れられて配達されてきた

 話には聞いていたが人ひとり分の姿をしてるはずの人型式神がちょっと大きめの荷物、程度のサイズでやってくる事に驚きを感じさせる

 開けると血の気の失せた人の首が入ってた

「は?」

 いや式神だ、生首じゃない

 えっまじ? これ作りもの? 細部に神宿しちゃった系? すげーすげー

 感心しきりで色んな角度で眺めてしまった、触っても見た

 普通に人の皮膚っぽいんだけど

 ガイア連合、なんかやばい技術使ってない? 法に触れる系の? あっ使ってないわけねぇや、俺ら終末系カルト宗教とかそんな存在だもんな、それにガイアだぜ

 あまりの凄さに思考が変な所に逸れる

 変な話、今まで回復要員として派出所に詰めていた時、シキガミ連れの霊能者と会っても「霊能者とシキガミ」とちゃんと認識できていたと思う

 ここまで人っぽくは……と思ったがわかった、装備の違いか

 異界攻略等に出た霊能者が連れているシキガミの多くはなんかしらの霊装をしていた

 それが非日常感を感じさせ現実味を薄れさせてたんだ、美人すぎるしな

 そういうのがないとここまで人間っぽいとは思わなかった、人間の生首にしか見えないそれも美女の生首だ

 ひとしきり驚いてから取り扱い説明書を読む

 読むが、書いてある内容は多くない、要約すれば「魔力ぶち込め」で終わる

 制作過程ですでにマスター登録も済んでるから後は目覚めさせるだけ、らしい、ユーザーフレンドリーだ流石だぜガイア

 さっそく頭に、いや頬に手を当て魔力を注いでみる

 こういう魔力操作はバイトでもう慣れたものだ

 しばらく魔力を注いでいると顔に生気が宿ってきた体温も感じる、おいおい良いのかよこれ

 そして髪が伸び色艶を増し唇にうっすらと血が通い、梱包材のように入っていたシキガミの一部が人型に形を成し服を成し最後に目を開け微笑んだ、ような気がした

 

 あっこのキャラ知ってるわ

 FG〇のママの方の源さんだ

 大きすぎない程度に巨乳とはいったい? 

 

 シキガミが入っていた段ボールには制作してくれた人のメッセージカードが入っていた

「わかってますよ><b」

 何をわかられてしまったのか

 

 

 

 念願のシキガミを手に入れたので

 とりあえず事前に言われていたように事務の人に連絡する、電話を掛ける際ちょっと時計をちらちらとみて迷惑な時間じゃないよな? と不安になる

 はっはい、ご無沙汰しております登録してい、あっはい、そうですはい

「では、シキガミを無事ご購入できたという事で?」

 はい、そうです

「よろしければ、ステータスをお聞かせいただいても?」

 はい、えーっと

「あっ、取扱説明書と一緒にアナライズを書き写したものが同封されているはずです」

 ありましたえーと人型で

 

 ★シキガミ<未定> Lv1

 物理型 物理耐性 精神状態異常無効 呪殺無効

 スキル・反撃 ジオ 一分の活泉

 

 ?? 

「どうかなさいましたか?」

 いえ、その、購入した覚えがないスキルがありまして

 これ後から請求されたりは……

「もしかして、肉体素材を使用して制作したのではないでしょうか?」

 あっしました、そっちの方が強くなるって聞いて

「肉体素材を使用した場合、予期せぬスキル習得が発生することがあると確認されております」

「もちろんそれでスキル分の代金請求が発生した事はございません」

 あっよかったです

 安心してスキルを読み上げ

「では、こちらのシキガミ様と今後はお仕事を共にすると登録してよろしいでしょうか」

 はい、お願いします

 そういう事になった

 

 

 

 それからシキガミに<ライコー>と名を付けた

 異界探索の仕事をする日が始まる

 

 

 <ライコー>との最初の異界攻略は拍子抜けするほど上手くいった

 ガイア連合において異界攻略とは個人、単PTでするものではない

 複数人の霊能者が集まりPTを作る、そして更に複数のPTが集まり波状攻撃で玉ねぎの皮を剥くように異界の情報を丸裸にし

 最後の締めにその目的に合った本命PTを作り効率良く攻略する

 これが基本、あるいは理想であると言われている

 最後の目的は異界ボスの抹殺による異界消滅であったり、異界ボスとの交渉での鎮静化だったり、儀式による霊脈修繕だったりと状況によって変わる

 もちろんシキガミを得てすぐの自分が異界攻略の決定打になる何かには関わることはない

 <ライコー>との最初の異界探索はかっこよく言えば「異界に対する強行偵察」、身も蓋もなく言ってしまえば

「異界を当たるを幸い薙ぎ倒し、薙ぎ倒せそうにない奴を見かけたら逃げろ」という仕事だった

 可能な限り情報収集するのが望ましいが最悪「このPTで勝てそうにない奴がいた」という情報だけでも十分な働き、そういう仕事だ

 こう聞くとずいぶん乱暴な話しに聞こえるが実際にやった事は

「シキガミ一体でも無双できるような雑魚悪魔相手に、複数人でフルボッコにするだけの簡単なお仕事」だった、勝てそうにない敵なんていなかった

 そしてぐるっと異界を周回し倒した敵の報告をして、その情報を纏めた人が「特に異常なし」これで終わった

 同じようにシキガミを得て初めての仕事だった別PTの人たち(仕事前にそう紹介を受けた)が物足りなそうな顔をしていたのを覚えている、自分もそんな顔をしてたかもしれない

 楽な仕事だ、その楽な仕事一回で報酬が「下手しなくても一年分の生活費になる」額だった、自分はこれを現金で受け取った

 この仕事に掛かった費用は<ライコー>に装備させた金属バット一本だけだった

 あと今まで気にしてた「異界の仕事受けたら介護された」案件だがようやく自分の中で消化することが出来た

 シキガミこんなに強いのにわざわざシキガミなしで異界に入る奴いたらそりゃ心配するよなぁ、当時の俺自殺志願者とか思われてたのかもしれん

 

 

 

 そして二回三回と続けて仕事を受けた

 やはり最初の一回は初心者向けに用意したものだったのだろう

 それ以降からは難易度が上がった

 難易度が上がったが、前回が無傷で済んだとしたら今回はライコーが何度か被弾する程度だった

 とりあえずディアラマ掛けまくったが妙に効きが弱い

 自分のディアラマはシキガミにもそこそこ効いた覚えがある、それが密かな自慢なのだ

 派出所に戻ってから不思議に思って掲示板を覗き、過去ログで似たようなことを言ってる人がいないか探してみた

 ちょっと違うがいた

 どうやら式神の【汎用スキル】の差のようだ

 人としての概念が強くなれば霊薬が効くようになる等あった、俺の<ライコー>は汎用スキルを何も覚えていない

 つまりノーマルなシキガミは回復の効果が特に低い、そういう事だろう

 派出所備え付けの簡易式神のアナライズで見る限りHPはまだ十分だ

 見た目の傷もシキガミとしての自動修復で治る気配があるが……

 とりあえずしばらく報酬はマッカで良いな

【汎用スキル】は<ライコー>の戦力化の為に必要な経費だ、シキガミは【汎用スキル】で人としての概念を強化する事でより扱いやすい存在になる

【汎用スキル】を買うためにはマッカが必要だ

 なるほど、みんな報酬や給料をマッカで貰うわけだ

 一度現金で貰ったらしばらくは現金は不要で、でも相変わらずマッカを必要とするものがある、そういう事か

 班長の言った「自分の周りに気を使った方が良いと思うよ」はこういう事だったのかもしれない

 皆がやっていること、というのはそうなる理由があるのだ

 

 

 <ライコー>が【食事】をしている

 その姿に深く満足している自分がいる

 考えてみれば今までがおかしかった

 仮にも人の形をし、まだ薄いとはいえ自我もある(はずの)存在と一緒にいたのに

 自分だけ食事をして<ライコー>は見ているだけというのはいかにも居心地が悪い

 何より自分は<ライコー>のおかげで異界に潜れるようになった身と言っていいのに

 とりあえずガイアカレーをたっぷり食べて身体を癒してほしい

 

 

 

 

 地方への派遣の愚痴は至る所で聞くがまさに愚痴りたくなる所である

 自分がガイア連合の派出所もないようなところの異界に行くことになるとは思わなかった

 正確には行ける日が来ると思えなかったわけだから、これもまた自分の成長の成果だと思えなくもない

 今回の仕事は回復役としての自分の本領発揮と言える仕事でもあった

 つまり「とある地方協力者の霊能力者の所で世話になっているPTの支援」が来た

 中々割の良い仕事だと思って受けたが事情を知ると中々につらい

 異界はそれほど大きくなく敵も数は多いが大した強さはない、だがその地方協力者の霊能力者は霊能力者としては全く使い物にならず、よってその家は霊地霊的拠点としては落第、失格の類

 そんな所でどんなに身体を休めても全然休まらないという、

 ゲーム的に言うとHPとMPの回復が一晩寝ても雀の涙な回復って所か

 PTは連日異界に赴き間引き(攻略ではなく応急的な対処、その異界はガイアの管轄下になくあくまで援軍である為)していたが徐々に消耗してとうとう悲鳴と救援を求める声を上げたのだそうだ

 だからそのPTへ回復役としての自分が派遣された

 地獄に仏というが、地獄に行ったら仏と会ったかのような顔されるのも中々地獄である

 10食分持ち込んだレトルトのガイアカレーを即座にPTで分け合う事になったほどだ

 そして今回自分は後方拠点での回復要員ではなくPT(戦闘要員)の中の回復役として仕事をしに来た

 こんな消耗してるPTで大丈夫なのか、あっ大丈夫じゃないから俺が派遣されたのか

 

 へとへとになって帰った、もう地方はいやじゃ霊的都会の山梨だけで良い……

 結局あの後、ひたすら毎日戦い続け魔力をすり減らし朝起きたらアナライズ持ちにチェックしてもらって多少余裕があるのがいれば「今日は〇〇を中心に戦って云々」そんな日々だった、

 それがなるべく消耗を避けるための戦い方だった

 笑ってしまうのがそんな状況になると大真面目に「シキガミの消耗を避けるために霊能者が前面に出るべきでは?」なんて話し合うようになったことだ、回復効率が全く違うから

 そんな怖い戦い方したくないし人死にも見たくないので必死に「自分、回復ブースタ持ちなんで多少はシキガミ回復できますよ」アピールした、

 シキガミの方に条件があるが嘘ではない実際お試しでした回復は通った、<ライコー>に対する回復よりも回復量が多かった、大事にされてるシキガミなんだろう

 こういった努力有ってなんとか霊能者がシキガミを守る本末転倒な戦い、人の盾作戦(ガチで命名されてた)は避けられたのだった

「こいつ量産して地方に貼り付けられねぇかな」ぼそっと言われた怖い

 そして耐えに耐えたある日、他PTの応援が駆けつけてくれて異界全体を巻き狩りしてようやく解放された、これが数の暴力! 人の力だ! 

 このまま攻略して異界を消滅させたくてしょうがなかった、こんな所二度と来たくない

 でも良い稼ぎにはなったそれだけが救い、何か<ライコー>のスキルを買おう

 自分へのご褒美だ

 シロの尻尾を軽く握ったり放したり撫でたりしながら、売りに出されている汎用スキルを眺め考える

 そういえば最初のうちは<ライコー>に威嚇していたシロだが最近はそういう事も減ってきた、<ライコー>に慣れたのかもしれない良い事だ

 しかしこういうのを見てると、どれも欲しいこれも欲しいとなっていくらあってもマッカが足りないなぁ

 

 

 高い買い物をしてしまった……

【汎用スキル】の中でも特に需要が高いスキル【剣術】だ

【剣術】が汎用スキル? 【戦闘スキル】じゃないの? と思ったが戦闘スキルはどうも女神転生における戦闘で使うスキルの事を指すので

【剣術】はそうではないので汎用スキルになるそうな、ついでに模造刀を二本ほど、こちらは円で買った円で買えるなら安いものだ

<ライコー>なのにいつまでも金属バット装備ってのは解釈違いだったからしょうがないよね

 

 つえー【剣術】つえー

 さっそく剣術スキルの試し切りに難易度が低そうな依頼を受けた、受けたけど

 なんだか無双していらっしゃる、金属バット振り回してた頃のがむしゃらにぶん殴るスタイルではなく

 避けたり捌いたり的確に攻撃を当てるようになってる、つまり技術を持ってる

【汎用スキル】って奥が深い

 

 ちょっと散財したからしばらく貯金(マッカ)だ

 

 

 

 

 そして今、貯めたマッカがガチャに消えていった



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5話

 人の生んだ深淵なる闇であるガチャにマッカを吸い取られ、シロには相手にされず

<ライコー>もメンテナンス感覚で修理に出してしまった今(よく考えたら今まで一度も修理に出した事がないのに気づいて突発的に怖くなった)

 俺は暇を持て余し【ガイア連合山梨支部】を彷徨い歩いている

 その俺の前に見知った顔が通り過ぎれば用もないのについ声をかけてしまうというもの

 

「久しぶり元気してた?」

「やあ、お客人久しぶり、それはこっちの言葉だよ、どうだいあれから?」

 ギャアアアア! 班長のニトリが流暢に喋りだした! 

「……」

 驚きで言葉が咄嗟に出ない

「なんだい、用があって話しかけたんじゃないのかい、だんまりなんて随分じゃないか」

 拗ねた顔をするニトリ

 おかしいなぁ俺の知ってる班長のニトリは無表情で棒読みでひらがなしか話さないんだけど、あれぇ? 

「いや久しぶりでついね、見違えたよ可愛くなったね」

 とりあえず褒めろ褒めてから話の用件を探そう、反射的に声をかけたなんて言うと不機嫌になるかも

「ああそうかい、あれから盟友の羽振りがちょっと良くなってね」

「それでヴァージョンアップしたってわけさ」

「私は非戦闘型だから戦闘スキルとかにはリソース回さなくて済むからさ、結構変わったろ?」

 そう言ってニヒヒと笑うニトリ、いや本当変わった言葉が流暢だし表情もコロコロ変わる

 よしよし機嫌は悪くないな

 次は服装褒めるかいや今までと違いが判らない髪型は変わってない、ええい用件作ろ

「それで何か用かい?」

「ああ、それなんだけど」

 

 

 

「宝玉君があたしのところに来るなんてね、もう来ないと思ってたよ」

「また文無しになっちゃったの? 働くなら簡単でも異界絡みの方が報酬いいよ」

 完成しているように見えている宝玉輪の何かが気に食わないのか、宝玉を付けたり外したり持ち上げたりして渋い顔をしている班長

「時間が空いちゃいまして」

「時間が? シキガミちゃんとよろしくしてるんじゃないの?」

「よろしくなんてしてませんよ、今修理中です、だから帰ってくるまで働きたいと思いまして」

 何でもかんでもそういう風に思うのはどうかと思う

「修理中? ああ、当ててあげようか? ガチャで爆死したでしょ」

 !! なんでわかったの! 

「図星みたいね、山梨支部にはマッカさえあれば遊ぶ所がたくさんあるからさ」

「普通の娯楽はもちろん、霊装のショッピング、シキガミ用のコスプレ服の展示と販売、温泉、食事処、

 楽しいもの美味しいものも探せばいくらもある、シキガミの修理中は普通はそれを楽しむ休暇ってわけ」

 まあ「シキガミと一緒じゃないと楽しめない」って人も結構いるみたいだけどねーと続け

「それなのに暇してる奴にはとりあえずガチャで爆死したってカマかければ、まあそこそこ当たるんだよねー……よし完成っ」

「じゃあ暇つぶしに聞いてあげる」

 宝玉輪をしまい込み、工具の片づけをしながら班長は言う

「なに狙ってガチャ爆死したのさ」

 

 

 話しは長くなるんですが

「沼った言うだけなのに?」

 これは俺のシキガミ<ライコー>に汎用スキル【剣術】を覚えさせてちょっとした頃

<ライコー>の後姿の尻を見ておm「ちょっと待て」

 はい? 

「そういう話しするなら怒るよ」

 いやそういう話じゃないから大丈夫です、話し続けますね

 後姿の尻を見て思ったんですが、【剣術】覚えさせてから歩き方がより人間的になったなぁって

「ああ、ある種の汎用スキルはそういうところあるね」

「人としての概念が強くなるって表現で広まってる話し」

 ええ、それです、でもそれちょっとおかしいんじゃないかと思って

「おかしい?」

 人間の身体の動かし方は、人間の身体の構造、機能、重量バランスなどの各種事情のもと、人間の身体を効率良く動かすために生まれたもののはずです

 だけどシキガミの身体は紙の塊で内臓もなく重量バランスも全く違います

 将来的にはほぼ人間と同じにして見た目以外も見分けを付けなくするって話もありますが、とりあえず俺の<ライコー>はまだそうじゃないです

 そして条件が全く違うシキガミの身体を人間のように動かすなら

 人間のように動かすようになる前と比べて動作に意味もなく、非効率でエネルギーのロスが多くなって

 つまり弱くなって消費MAGが多くなるのが自然なんじゃないかなって

「けどそんな話はないでしょ」

 はい、ないです、【剣術】は良いスキルで需要が高いですし

 そもそもシキガミは大量に運用されその規模に相応しいノウハウも蓄積されています、その上で「剣術スキルを積んだら弱くなった」なんて話はないです

 

 汎用スキルに【食事】というのがあります

 これを付けると消化器官が存在しないシキガミが普通に食事をすることができて、しかも吸収できます

 これが【人としての概念が強くなる】という事なんですが

 つまりこの【概念】とは「機能的に出来ない事」よりも優先される上位のルールという事です

【機能的にはできない(下位ルール)】けど

【そのシキガミは人間なのだからできない訳がない(上位ルール)】だからできる

 だから【剣術】を得たシキガミは得る前のシキガミより強い

 出来ない理由や阻害する現実的な要因を「概念」というより上位のルールで塗りつぶすから弱くなる理由がない、単純に出来る事が増えるから強くなる

 汎用スキルの習得は「技能を覚える」のではなく出来るよう概念を上書きするのではないか

 

 で、考えたんです

 スレでガチャの外れ扱いされてる汎用スキル【水泳】これは実は当たりスキルじゃないか

 つまりこれはシキガミを「人間と同じように水に浸からせる」事ができるようになるんじゃないか

「シキガミは最初から完全防水だよ、血しぶきを浴びて脆くなっちゃ困るからね」

 いやいやいやそういう話じゃなくてですね

 大事なのは人間と同じという事で、これは外で異界回ってるような人たちには結構大きい話になるんじゃないかと思ってですね

「どういう事?」

 派出所にある回復設備は派出所ごとでまちまちという話は知ってますか? 

「掲示板でも何度か話題になってたし知ってるよ」

 で、その回復設備に【霊温泉】というのがありまして

 地方霊能力者の紹介する【霊温泉】は等しくゴミらしいですけど

 派出所にたまにあるそれは星霊神社の温泉ほどじゃなくても普通に回復設備として有効だそうです、俺はそっちはまだ入った事ないんですが

 まあとにかくちゃんと効く【霊温泉】に人間が入ると回復速度が上昇する、それ以外にも諸々の回復効果がある

 で、シキガミは霊地の魔力を吸収して自動修復する機能がある

 シキガミが【霊温泉】に概念上【人間と同じように温泉に浸かった】という事になれば人間と同じように回復速度上昇が見込めるんじゃないかなーと、つまり自動修復速度の上昇です

 水とお湯の違いがありますけどまあそんなもんは些細なことでしょ

 そうなれば結構助かる話になると思うんです、霊温泉が実質シキガミの修理装置になる、温泉に入るだけなら修理の人手もいりません

 今はあんまり使えないスキル扱いされてるけど検証の余地があるんじゃないかと

 そのために汎用スキル【水泳】が欲しかったんです

 あからさまにネタや外れ扱いされてるようなスキルって次はいつ作られるかわかりませんし

 

 

「ふーん、割と面白い話し聞かせてもらったわありがと、ところで本題に入って良い?」

 なんですか

「結局ガチャにいくら突っ込んで爆死したの?」

 そんな昔のことはわからない

 ケラケラ笑われた

「しかしちゃんと考えていたんだね、てっきり<ライコー>で【水泳】だからランサーでそういう話かと思ったよ失敬失敬、あははは」

 もちろんですとも、はい、何をおっしゃっているのかよくわかりませんが

 私のこの気持ちに嘘はないのでありますはい

 

 

 

 

 ちなみに他に狙ってた「戦闘スキル【ヒートウェイブ】」「汎用スキル【弓術】」

「童子切安綱レプリカ改二」「ショタオジのネコマタ監修……か!? ちゅ〜〇もどき100食分」

(最後のはジョークアイテム枠である)

 どれも当たらなかった、せめてどれか一つ当たればなぁ、やはりガチャは回数回さんといかんか

 

 

 

 

 

「まあなかなか楽しく生きていたようで良かったよ」

「あたしの方の近況も話しておこうか、宝玉輪の話しもあるし」

「その前に……ニトリー! お茶ー!」

 違和感を覚えた

「【家事】スキル入れたんですか」

 確か自分が働いてた頃はニトリはお茶を淹れたりはしなかったはずだ

「違う違う、そっちは宝玉君がいた頃からあるよ、何を隠そうあたしの世話はニトリがやっているのだ」

「入れたのは【食事】の方」

「いややっぱねー、飲み食い出来ないのに自分の分だけ作らせるのってちょっとアレじゃない?」

 頷くしかない

「私としては出来るのにさせない方がアレだと思うけどさ、どうぞ」

 にとりがお茶と煎餅を三人分運んできた、

 早い、言われる前に準備していたのかもしれない

 礼を言い受け取りお茶を啜る、普通に美味しい

 

 

「まず宝玉輪を作るきっかけになった、恐山の話しだけど」

「あの時の不安は何だったのって感じになっちゃったね」

 知っている、あの後あっさりガイア連合は恐山に対する積極的介入を決意

 霊山恐山に巣食う有象無象の悪魔たちを瞬殺、拠点の確保、そして悪魔に陥落された霊的拠点の攻略と解放まで一気にやったらしい

 今でも結構な数の霊能者が拠点維持のため恐山にいる

 恐山そのものを陥落寸前まで追い込んでいた悪魔たち、それはいったいどれほど強かったのか

 その動きの原動力になったのが

「やっぱ幹部って呼ばれるような人って強いんですねぇ」

 最初期からガイア連合で活躍している最古参霊能者、アナライズの基準になった男、

 拳一つで悪魔を滅する筋骨隆々の大男、メシア教絶対許さないマン、人呼んで霊視ニキ

 正直憧れる

「終末思想を唱える秘密結社ガイア連合の幹部だもの、そりゃ強いっしょ」

「ですねー」

 納得しかない、お茶を啜り煎餅を齧る

 

「それであたしとしては思っていた形とちょっと違うけど、まあ話しに聞く恐山での戦いが激戦になると思って」

「とりあえず完成した宝玉輪の現物全部と、仕様書と今までのテスト結果を纏めたのをショタオジさんに直接ぶちこんだわけなんだけど」

「なんかあたしがぶちこんだ日にはもう全部終わってたらしいのよねぇ」

 ありゃりゃ

「でもショタオジさんが宝玉輪を高く評価してくれたっぽくて」

「宝玉輪一個当たり結構良い金額で買い取ってくれるって話になってさ」

「ちょうど良い機会だからそのマッカ分を全部注ぎ込んで、しかもショタオジさんに強化してもらったのが今のニトリ!」

 ニトリの身体を抱きしめ両手で両頬をムニムニする班長

「もうーやめてったらそれー」

 口では嫌がってるようだが喜んでるなこれ

「良いでしょ! あげないよー」

 自慢されてしまった

 良いけど、もらっても困りますがな

 まあ文字通り血肉を削って作ってた宝玉輪だ、しっかり報われて良かった

 努力した人が報われるのは良いことだ

 

「そんで問題がこれから」

「問題ですか?」

「戦闘評価の為にショタオジさんがあたしの宝玉輪を実戦に出てる人に回したら、変に評判良くなっちゃってさ」

 良いことじゃないか

「いざという時に回復アイテムとして使えるアクセサリーとして」

 あー

「お洒落好き女転生者とかシキガミを着飾りたいって人とかの需要に当たっちゃってさ!」

「しかも誰かが「これ女性悪魔との交渉とかに使えるんじゃね? 光物だし、女神とか鬼女とかに」みたいな余計な事言いやがってさ!」

「名指しで依頼来るなんて今までなかったから嬉しくて何にも考えず全部受注しちゃってさ!」

「なんかもう仕事もマッカもうじゃうじゃ来たんだけど原料の宝玉が足らないの!」

「買い漁っても現物が足らないの! 自家製宝玉は一日数個しか作れないの!」

「他の人に宝玉作るの頼んだら質が悪いの納品されてうんざりなの! もう宝玉君じゃないと満足できないの!」

「このままじゃせっかくの依頼なのにごめんなさいしなきゃいけないの!」

「宝玉君、何日バイト入れる? 一日百個とか出来ない? 今ならマッカで給料払えるよ? ね、ね?」

「百個とか無理です、まあしばらくの間なら……」

「ありがとう!」

 

 

 ふーふーと息を落ち着かせてお茶を飲んでる班長、ブラックとはとても言えないガイア連合でセルフブラックしてる人なんているんだなぁ

 とりあえず話の種を一つ

「そういえば恐山の事なんですが」

「うん?」

「今後どうなるんですかね、ほらガイア連合って今までそこまで外の組織に深く関わった事なかったじゃないですか」

 恐山が異界に沈むのを恐れて動いた、今は安定している

 今はその異界はガイア連合が握っているに近い、が手を離せばまた悪魔は湧いて出てきて恐山イタコの脅威になるだろう

 人ひとりが育ち戦力になるのには時間がかかる、

 一度組織として人的資源にダメージを受ければ回復するのは簡単な話じゃないはずだ

 ならガイア連合が手を引いたらまた同じように異界に沈む可能性に怯える事になる、また同じように動くのは面倒だろう

 しかし今なら一番楽な方法がとれる、ガイア連合が異界を奪い管理するのだ攻略し消滅させてもいい

 もちろん恐山イタコは徹底抗戦するだろう、きっとそこは彼女たちにとって故郷や誇りなのだから

 しかし実質異界をいつでも奪える戦力が近くに張り付き、攻略過程で内部の情報はある程度判明し、そして恐山イタコはこれまでの孤軍奮闘で戦力が疲弊している、

 助けた形になったガイア連合に対し油断もしているかもしれない、これなら相手のホームでも勝てると思う

 乱暴な、強硬的な手段に出るならこれ以上の状況はない

 親切面して助け油断した時に脇腹を刺す、そういう構図だ、人の世において良くある話である

 しかしそういう動きや噂はあんまり感じない

 ガイア連合は恐山イタコとどういう関係を求めているのか

 まあ動く時はがっつり動くガイア連合だし、自分には察することが出来てないだけなのかもしれないが

「あーそれねー」

 と宙を少し見上げ

「多分関係を深める方向で進むと思うわよ」

「これ以上ですか?」

「そう、それも双方が望んだって形でね」

「何でですか?」

「うちら(ガイア連合)の方の、理由になりそうな判断材料はいっぱい有って長くなるから端折るわ」

「外れたら恥ずかしいからイタコ側のだけ言うけど」

「女の勘」

 

 

 わからん



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6話

 それから二週間ほど班長の所でバイトをこなし

 班長の宝玉事情が市場に出回る宝玉を今後も買い続ければ何とかなる、というところまで状況が好転し

 ちょうど良く給金として支払われたマッカが汎用スキル【家事】分まで貯まった所で今回のバイトは終了した、今後は受注を絞るのだそうだ

 もちろん1【家事】分のマッカは【家事】に変換されることになる

 二週間で1【家事】分は破格のバイトだった、最近家事は値上がりしてるのだ

 

 ガチャ産の霊刀(対霊汎用装備枠から出た装備である、銘がそのまま「霊刀」だった)を

 <ライコー>の【剣術】スキルでちゃんと扱えるか確認する、刀を構える<ライコー>を見ながら思った

 他の装備も何とかしたい

 こうなると欲が出てくる

 人型式神の強みの一つは人用の装備を使うことが出来る事

 そして標準的な装備と言われているのが、剣(武器) 鎧 小手 靴の四つ

 あとはこれに頭に兜やヘルメットを付けたり付けなかったり、小物類として何か霊装を身に着けるかどうかって話だ

 自分の<ライコー>は今ちゃんとした武器を手にした

 次は何か良い防具を使わせてやりたい

 <ライコー>は前に出て戦い、時には自分の盾として敵との間に割り込んだりしている

 なら防具くらいちゃんとしたのを用意せねば、そうなると

「やはりガチャか」

 普通に対霊装備も売ってはいるんだが性能が良いのはやはりガチャ産だ

 というか性能が良い装備は普通に販売するとあっという間に売れてしまって全然買える気がしない

「こんな値段で買える人いるの?」と一瞬目を剥くような高品質でお値段も相応に高い装備も飛ぶように売れてしまってるのだ

 誰もが心をガチャに捧げているわけではないのである

 ガチャにするか購入競争に打ち勝つかはまだわからないが

 必要なのはマッカだ、稼がないといけない

 そういうことになった

 

 

 事務の人に装備を新調しガチャ産の刀を使う事にしましたと報告した上で

 稼ぎたいので何か良い仕事があれば、と言ったら

「それならおすすめなのがありますよ!」

 と明るい声をいただいた

 この言葉には信頼が置ける

「紹介はしますがそれはあまりおすすめ出来ません」とはっきり言っていた仕事が

 あの「とある地方協力者の霊能力者の所で世話になっているPTの支援」だった

 あの時は今まで紹介されないような仕事でつい手に取ってしまったのだ

 そして苦労した、いやでもあのPTはギリギリだったから結果的には良かったのかな

 ああでも自分が受けなきゃもっと優秀な人が行ってあのPTも楽できたかも、

 でもあれ今までの異界での稼ぎの半分以上を占めてるんだよなぁ、もうやりたくないけどやってよかった仕事な気もしないわけでは……

「あの……」

「あっすみません、聞かせていただけないでしょうか」

「はい!」

 

 

 そして今

「ひゃっは~! 俺たちは「オホーツク海気団解放戦線日本支部」のもんだ!」

「命が惜しけりゃマッカを出しなぁ!」

 何やら珍妙な名前をしたPTで阿漕な仕事をしている

 

 

 

 ガイア連合の派出所に着き職場となるPTに合流し、さて名乗ろうとした瞬間いきなり面食らう事になる

「俺はリーダーだ、そう呼べ。そしておめぇはここにいる間は森田だ、わかったな?」

 世紀末を感じさせるモヒカンのおじさんに突然言われた

「え?」

 誰だよ森田って

「わからな」

 いんですがと続けさせてくれなかった

「山田ぁ! 説明しておけ!」

 誰とも知れないその人は立ち去って行った

「え?」

 

「驚いたでしょう、あれがリーダーのやり方なんですよ」

 そう細長い眼鏡をした山田さんと思われる男性が俺に語り掛けた、まったく戸惑いも動揺もない

 ここではあれが普通なのか

 説明、説明してほしい

「まあ簡単に言えば森田さんはここにいる間は」

「「オホーツク海気団解放戦線日本支部の森田」を名乗れって事です」

 簡単じゃない、わからない

「ちゃんと説明しますから安心してください」

「お願いします」

 

「ここの異界ではピクシーが湧く事は知っていますね?」

 知っている、ちゃんと説明を受けてきた

 もともとこの異界にはピクシーはいなかったのだが、転生者が出入りするようになってから出てきたらしい

「女神転生ならどこかにピクシーいるだろ」という転生者の勝手なイメージとMAGで生まれるようになったのではないか、そう言われている

「低レベル異能者が行く異界によく目にするのはコダマ、スダマ、ポルターガイストあたりですね」

「どれもレベルは1~3程度、まあ普通に勝てる相手です、知恵も働きませんし」

「ところがここにはレベル5~7のピクシーが出てくる、少女くらいの知恵も働きます、大事なのはレベルじゃありません知恵と勇気です」

「だからここでレベリングすればとりあえずは脱初心者と思っていいと思いますよ多分ね、あっ約束された脱初心者おめでとうございます」

 とりあえずとか、思っていいと思うとか付いてるとあんまりおめでたく感じないなぁ、

 とってつけた感じもするし根拠も弱いし

「話しを戻しますが、ピクシー、これにリーダーは恐怖しました」

「恐怖?」

「ええ、ピクシーの伝承、ご存じですか?」

 ここに来る前に少し調べた、頷く

「なら話が早い、その中にこんなものがあるはずです」

「取り替え子(チェンジリング)」

 

 

 

「まさか、リーダーのお子さんが?」

 ぞっとする、まさかそんな

「いえ、そう言う訳ではないようです」

 えっ

「それにリーダーは生涯独身で生涯童貞だそうです」

「はぁ」

 身構えていただけに拍子抜けしてしまった

 しかも童貞誓ってるのか

 だが疑問がある

「あの、変な肩書と名前との関係性が見えないんですが……」

「それがあるんですよ、まあ聞いてください」

「ここでピクシーを狩りまくって経験値にした後、ふと取り替え子の話しを思い出して思ったそうです」

「「家にいる子供を勝手に盗むようなやべぇ連中の恨み買ったらやばくね?」って」

 おい! 

「いや割と切実ですよこれ、我々は異能者霊能者名乗ってても結局はデビルバスターなんですから」

「バスターした相手からの恨みや仇討は覚悟しないと、相手もチェスト関ヶ原の精神を持ってる事忘れちゃダメです」

 なんだよチェスト関ヶ原って

「それで「子供泥棒が出来るならじゃあそのノリで寝込み襲われたら死ぬじゃん!」と思ったそうで」

 まあそうかもしれないなぁ

「そこで名前隠しです」

 はぁ

「古来より我々日本人は名前に力があると信じていました」

「本名を取られれば命や魂を取られる、そういう信仰がありました」

「だから本名は隠す、世間で使うのは使っていい名前を使う」

「近代になるまで歴史上の人物の名前で妙に官職や通称が多くて受験生を泣かせて来たのはそれが理由です」

「我が身可愛さに受験生を泣かせるろくでもない連中が我々のご先祖様という事です、共感しますねぇ」

 しなくていいです

「じゃあこの変な名前は……」

「そうです、悪魔に名前を知られないための偽名です」

「名前も知らない相手の家を見つけられるわけがない、そういう事です」

「最初はもうちょっと現実的な所属と名前にしてたんですよ」

「東京の伊藤とか東京の後藤とか」

「ところがこれで東京の伊藤さんとかに被害が出たらちょっと目覚めが悪いじゃないですか」

「そこで一月くらい前までは被害出ても心が痛まない連中の名前を拝借してたんですよ」

「「メシア教日本支部の方から来ました」って、そうし「ダメでしょそれ!」

 話を遮って声を出してしまった、メシアン騙る方が不味いだろ! 

 あいつら人をマヨネーズとか餃子とかメシアとかにするんだぞ! 怖いだろ! 

 掲示板でアンケート取ったら「終末起こしそうな組織No.1」に絶対輝く連中だぞ! 次点は多分俺ら

「まあそんな訳でちょっと配慮してやめて、じゃあどうするかってなって出た結論が」

「存在しない適当な組織の適当な名前を名乗る、だったんですねぇ」

「他に何か聞きたいことはありますか? 森田さん」

 これは聞かないといけない気がする

「あの、この異界にいる他のPTも同じことを?」

「そう言う話は聞いたことがありませんねぇ」

 

 

 

 リーダーは頭モヒカンだが見た目以上に知性があった

 まずリーダーの犬型式神<ワン太郎>(シベリアンハスキー)が異界内を単独捜索

 獲物であるピクシーを見つけたら汎用スキル【テレパス】でリーダーに報告

 報告を受けたリーダーは地図で地形を確認、待ち構える場所を吟味する

 この異界は山そのものが異界になった異界だ

 良いのは高い斜面がある所、斜面を壁と見なしてそこに追い込む

 次に良いのが逆に遮蔽物が全くない平地の部分、隠れる所がない所に追い込む事になる

 そして待ち構える場所が決まったらPTを分割する

 PTメンバーは6人6式、これを追い立て班と待ち構え班に分ける、基本的には3人3人で分けるが状況により増やしたり減らしたりするそうな

 追い立て班とその式神が獲物であるピクシーを追い立て、待ち構え班がいる所まで誘導する

 常にリーダーは待ち構え班に、リーダーの式神<ワン太郎>が追い立て班にいる事で位置取りが楽にできる

 追い立て班の仕事は待ち構え班よりも経験を必要とする

 ピクシーを生かさず殺さずしかし機動力を失う程度のダメージを与え、時には恐怖を与えるためだけの攻撃をし誘導しなければならない

 この塩梅は特に山田さんの得意とするものらしい、ちなみに山田さんが追い立て班の班長である

「ピクシー狩り」は今日が初めての俺は当然待ち構え班にいる

 へとへと、ずたぼろになり、道中に食らったアギで羽が焼かれてるピクシーに通せんぼする形で待ち構え班が現れ必ず言うのだ

 

「ひゃっは~! 俺たちは「オホーツク海気団解放戦線日本支部」のもんだ!」

「命が惜しけりゃマッカを出しなぁ!」

 

 

「う~ん? たったこれっぽっちかぁ?」

「ここで出すマッカがお前の命の価値だぞぉ?」

「たった5マッカの命、安すぎんだろおい!」

「話しは変わるがよ、妖精オ〇ホって知ってるか? 今メシア教の奴らでブームなんだとさ! 悪い奴らだよメシア教は!」

「そうそう、素直に出せばいいんだよ素直に、俺たちは素直な悪魔に優しいんだぜ?」

「じゃあな、32マッカのお嬢ちゃん、次あった時はもっと価値ある命になっててくれよ! 今日一番安い命だったぜ!」

「ひゃひゃひゃ! 全てはオホーツク海気団の為に!」

 

 全部リーダーの言葉である

 なんなのだこれは、あのピクシー泣いてるぞ

 悪魔って泣くのか

 

 

 

「ふ~、また悪魔の命乞いに耳を傾けちまった」

「ライトに属性が傾いちまう、まあ俺はライトニュートラルな男だからな」

 それは絶対にない! 

 

 

 

 

 俺は今日、人の心を失ったかもしれない……

 あんな酷い事をして得るマッカに今目が奪われてる

 じゃらじゃらと机の上に積み上げられた大量のマッカ

 リーダーが声を上げる

「今日は初めての奴がいるから丁寧に説明する! 黙って聞いて俺を崇めろ!」

「まず、依頼だった【妖精の透羽根の回収】は今日は数が揃わなかったから完了しない! ボーナスはなしだ!」

「この依頼には緊急性も期限もねぇ! 「出来たら納品してね」扱いだから罰則もねぇ! だから安心しろ! うちのPTではボーナス扱いだ」

「次! 今日の儲けの3807マッカは6人で均等分けだ! 貢献度だの被害の度合いだのは考慮しねぇ! 被害を受けるな! 貢献しねぇ奴は俺が追い出す!」

「この金は俺が飯を食ってから分配される! 金をより分ける為の時間だ! 山田ぁ! おめぇのシキガミが分けろ!」

「えーっと634枚と3枚余り! おい山田ぁ! この3枚はPT予算行きだぁ! おめぇが管理しろ! 以上! 解散!」

 PT予算? 

「シキガミが大ダメージを受けた時、たまに修理代を払えないPTメンバーがいましてね」

 山田さんが怪訝な顔した自分に気づいたのか聞かずとも説明してくれる

「そういう人向けの慰労金の積み立てです、あんまり使われませんけどね」

「そんな事を……」

「あの人はあれでリーダーしてますから、ではこれで」

 と立ち上がる山田さん

「じゃあ頼みます」と自身のシキガミ(銀髪の女型)に声を掛けて去っていった

 じゃあ俺も今日はもう……

「それと新人おめぇに話したいことがある、ちょっと付き合え」

 えっ

 

 今、派出所内のリーダーの部屋で夕食を食べてる

 リーダーはジャーキー等つまみと酒、俺はかつ丼だ

 <ライコー>はサンドイッチ、<ワン太郎>は骨がついてるごつい肉を食ってる

 俺とリーダー、<ライコー>と<ワン太郎>がテーブルを挟んで向かい合っている

 俺が食べ終わったのを見計らってリーダーが声を掛けてきた

「今日一日でおめぇの運用方を考えた、黙って聞け」

 聞きます

「まずおめぇはステ通り大して【速】くねぇ、これは追い立てには向かん」

「逃げる奴を余裕を持って追いかけれねぇとただ逃げられるだけだ」

「そしておめぇのシキガミは近距離物理型、ジオが使えるがこれも追い立てには向かん、ジオは掠らせる攻撃に向かんからだ」

「その一方おめぇのシキガミは待ち構え班に向いた素質がある」

 素質? 

「おめぇのシキガミは「弱い主」を守る事に慣れてるって事だ」

「おめぇは俺と一緒に待ち構え班固定だ、そしておめぇのシキガミでおめぇの横にいる俺をついでに守らせろ」

「<ワン太郎>は追い立てに必要だ、これは動かせん」

「だから俺の身を守る役割が待ち構え班にある、これはいいな?」

 頷く

「だから待ち構え班には守る事に適性があるシキガミがいるのが好ましい、それがおめぇのシキガミだ」

「俺自身もPT内じゃ弱い方じゃないがさすがにシキガミには劣る」

「……わかってない顔だな、何がわからん?」

 あえて言うなら

「<ライコー>が守る事に適性があるって事が?」

 自分がリーダーの言う「弱い主」であり守る事に慣れてるのは間違いないが、「<ライコー>が守る事に適性がある」とまで言う要素はなんだろ

 そんなスキルは持っていなかったと思うが……反撃かな? 

 ちらと<ライコー>の方を見る、優し気に微笑んでいる

「そんな事か……」

 ポリポリと困ったように頭を掻くリーダー

 そしてため息を吐くように

「見ればわかる」

 と言い、続いてぼやいた

「隣で歩く時の距離やおめぇとの角度とか射線とか、おめぇから見て左右どちらにいる事が多いとか、多分言ってもわからねぇよなぁ」

 少し考えて

「……例えばこの席、おめぇと俺が正面で、おめぇの<ライコー>は俺の<ワン太郎>の正面にいる、これの意味は何だと思う?」

 意味なんてあるのか

「意味はある、俺の<ワン太郎>がおめぇに飛び掛かろうとした時、斜めであれば少し飛びつく距離が延びおめぇを庇える可能性が少し増えるからだ」

「逆に言えばおめぇと<ワン太郎>が正面であれば少し庇うのが遅れるかもしれねぇ、その可能性の為にこの席になってる」

「おめぇは意識してなかったから覚えてないだろうがおめぇの<ライコー>は自分からその席に座った」

「そして飯を食う時、俺の<ワン太郎>が肉に噛みつくまでサンドイッチに手を付けなかった、

 <ワン太郎>の口が塞がるまで自分の手が塞がれるのをそれまで嫌がっていたって事だ」

「これは大げさなことかも知れねぇ、だけどこういう動作の積み重ねを命がかかる場だと意識しねぇといけねぇんだ」

「これだけ見ても適性はわかる、守ろうとする意志があるって事だ」

「高レベルシキガミは自我が強いとされているが、低レベルシキガミだって自我がないわけじゃねぇ弱いだけだ」

「その弱い自我からすらも滲み出る精神性の方向、それを適性、素質の類だと俺は決めつけた」

 むむむ

「話しを続けるぞ」

「次におめぇの回復魔法だが、自由に使っていい」

「但し俺が指示した時は絶対優先だ」

「極論すれば、誰が死んで誰が生き残った方が被害が少ないか、それを判断する義務はリーダーの俺にある」

「この一線は譲らん」

「まあ今までそんな判断するような事はなかったが」

 フラグかな、と軽口を叩きそうになったが我慢する

 本当にフラグになったら嫌だしね

「あっ、俺の方から質問いいですか」

「良いとも、俺がこの酒を飲み切る前に話が終わるならな」

 900mlの紙パックの焼酎を茶碗に注いで飲んでる……

「なんでピクシーを恐喝してるんです? 普通に殺してマッカ落とさせた方が効率が良いのでは? 経験値も積めますし、あれでは時間も掛かります」

 追い回されて羽を焼かれてズタボロになって脅されて有り金巻き上げられて、その後解放されたピクシーたちは他の野良悪魔に殺されていた

 あんな惨い事をするなら普通に敵として真正面から戦って勝った結果殺す方が有情だと思う

 そっちの方が恨みを買わないとも思う、あれでは哀れだ

「効率が良いからだ」

「??」

「倒した結果落とすマッカなんぞ財布から零れた金みたいなもんだ」

「ならそいつの意思でそいつの財布を逆さに振らせた方が良い、そういう事だ」

「何か根拠が?」

「ある、ピクシーを狩りまくってドロップとしてのマッカと、恐喝してのマッカの期待値を比べた」

「結果、恐喝の方が効率が良かった」

「おそらく他の異界、他の悪魔ならまた変わるだろう、だがあの異界のピクシーならこれが良い」

「うん? 酒が尽きたようだな、退出してよろしい」

 ……900mlの焼酎ってあんなに気軽に消費される量だったのかぁ

 

 

 なんというか実に偉そうな人だった、迫力があるとも感じる、雑魚っぽいモヒカンなのに

 こういう所が山田さんの言う「リーダーしてる」って事なんだろうか

 そして派出所内の部屋に帰ろうとした時、山田さんのシキガミからマッカが634枚入ったビニール袋が渡された、ずっしり重い

 うーん金の輝きってビニール袋に入ると随分色あせて見えるんだなぁ安っぽい

 

 

 

 

 

 それから三週間ほど「オホーツク海気団解放戦線日本支部」をしている

 このPTは確かに稼げる、凄い

 1日の稼ぎが600マッカを下回る事はない

 PT全体では1日3600マッカ以上稼いでいる計算だ

 一匹のピクシーへの強盗(恐喝じゃなくてこっちの表現が正しい気がしてきた)は多くても100マッカを超えない

 それを考えると1日36匹以上のピクシーにオホーツクしてきたという事である

 それを支えるのはやはりまずリーダーのシキガミ<ワン太郎>だろう

 <ワン太郎>はピクシーを見つけ、常にその声でピクシーを追い立て、【テレパス】でリーダーと情報のやり取りをする

 リーダーからの指示を追い立て班に共有させ、命令を伝える(<ワン太郎>の動作の意味を山田さんに覚えさせ、翻訳させてるらしい)

 特に<ワン太郎>の凄みはリーダーが言う所の「トレイン」の使い手である事だ

 もちろんそんなスキルはない

 トレイン、ネトゲ用語である

 大量のアクティブモンスターを引き連れて集団を成す迷惑行為である

 <ワン太郎>は見つけたピクシーの数が10より上の集団であった場合

 リーダーの指示で周辺から悪魔たちを探し出し、喧嘩を売って引き連れあるいは追い立てをし

 そのピクシーの集団にぶつけるのだ

 ピクシーはこの異界では最強の雑魚悪魔である、もちろんそんなピクシーの集団が負けるわけがない

 ピクシーたちは勇敢に立ち向かう

 しかしピクシーは人間の霊能者より気軽に魔法を使う、悪魔にとって魔法は自然な行いなのだ

 だから悪魔は、それもそれほど賢くない者は魔力の節約に意識が向かないことが多い

 そうやって魔力がすり減り戦闘能力を減少させたピクシーの集団を取り囲み、リーダーはこういうのだ

 

「ひゃっは~! 俺たちは「オホーツク海気団解放戦線日本支部」のもんだ!」

「命が惜しけりゃマッカを出しなぁ!」

 

 

 追い立て班のエース、<ワン太郎>

 その主人であるリーダーもまた貢献度が高い、というか<ワン太郎>の主人なのだから全部リーダーの貢献だ

 こんな事があった

 <ワン太郎>が30を超えるピクシーの大集団を見つけた時があった

 リーダーは即座に<ワン太郎>にトレインを指示、それも複数回の実施を指示した

 そして自身は俺と<ライコー>と共に追い立て予定地に先行、アギストーンとザンストーンを複数設置

 6人6式の追い立て班を直接指揮し、よたつくピクシーの集団に攻撃をぶつけながら誘導

 追い立て予定地にて追い込んだらストーンを発動

 

「ひゃっは~! 俺たちは「オホーツク海気団解放戦線日本支部」のもんだ!」

「命が惜しけりゃマッカを出しなぁ!」

 

 アギストーン+ザンストーンは当初俺は「ファイアストーム」という物理現象を再現するのかと思った

 がそうはならずただの「衝撃と熱量」が吹き荒れるだけだった、要は爆弾である

「ああやりゃ誘導されて死地に追いやられたってわかるだろ?」

「じゃあもう抵抗できねぇよ、いきなり連戦で追いやられて最後にドカンじゃ心が折れるわ、ピクシーなんて少女なんだぜ」

「心を攻めるのが良い指揮官ってもんだ、森田もそれを考えろ」

 とは酒を飲みながらのリーダーの言である

 

 

 マッカも経験値も手際よく稼いでるけど

 なんかこう、辛くて帰りたいなぁって思うようになってしまった、心が荒む

 大体、オホーツク海気団解放戦線ってなんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 PT脱退、仕事の終了、をリーダーに願い出た

 てっきり自分の至らなさを怒鳴られるのかと思ったら

 そんな反応はなかった

 ただ条件は付けられた

「ふん、まあいい、誰にでも適性ってもんがある」

「このPTに就職したってわけじゃねぇ、固定PTってわけでもねぇ、なら止める権利はねぇさ」

「だが森田はヒーラーだ、ヒーラーが突然抜けると困るし士気に響く」

「これから増員の要請をする、具体的な話しはその返答如何で良いか?」

 頷く

「何も森田の代わりが来るまで居ろって言ってんじゃねぇさ」

「次のヒーラーがいつ来るかの目途が立つまでだ」

「そうすりゃ俺も、何日後にヒーラーが来るとPTに言える」

 ぐいっと茶碗酒を煽り

「まあそれまでよろしくな」

 

 

「ひゃっは~! 俺たちは「オホーツク海気団解放戦線日本支部」のもんだ!」

「命が惜しけりゃマッカを出しなぁ!」

 

 やめる、と思ったら一気に気が楽になった

 楽になったが、だからと言って気持ちよく見れる訳でも、慣れて良い光景でもないと思う

 今も8匹ほどの集団を相手取り順当に追いつめ包囲し、降伏させ身包み剥いだ

 その姿を少し離れたところで見ている、この距離なら見ようと思わなければ表情はわからない

 見たくなかった

「実は私はメシア教の人と友達でねぇ」

「彼らがよく言ってたんですよ、「矮小にして下等で汚れた妖精ごときが空を飛ぶのは許しがたい」」

「「空を飛ぶのは天使様に許された奇跡のはずだ」って、私も同意見でしてねぇ」

 山田さんも中々堂に入った脅しの姿だ、特にあれを聞かされてるのはこの集団のリーダー格のピクシー

 一匹だけ無事な羽を持つそのピクシーに「仲間の為に羽を捧げろ」という脅し文句で追いつめて限界までマッカを絞るつもりだろう

 あまり見たくない

 彼らと一緒になって働いている一味なのにそう思う自分に嫌悪感が湧く

 そんな時、視界の隅に動くものがあった

「うん?」

 見るんじゃなかった、あの集団のピクシーの一匹だ

 リーダーに対する人質は数匹いればいい、ならもう搾り取った奴らは先に解放する

 そういう判断で捨てるように解放されたピクシーだ

 羽を折られ懸命に歩いてる、30センチに満たない小さな身体で、一定の方向をまっすぐ見つめて

 でも、この子は多分この後、悪魔に食い物にされてきっと……

「ディア」

 判断をして動いたわけじゃなかった、反射的に掛けてしまった

 瞬く間に回復し羽が動くようになり一瞬こちらを見てから即座に飛び去るピクシー

「あっ」

 やっちまった

「森田!」

 瞬間飛び込んでくる声と音に身を竦める、顔を上げたら

「チッ」

 殴りかかってきたリーダーの拳から俺を庇う<ライコー>の姿があった

 

 

 

「チッ」

 またもや舌打ちするリーダー、そして吐き捨てるように言う

「これだから人型は嫌いなんだ、すぐ女になりやがる」

「森田ぁ! おめぇ、自分がしたことの意味が分かってんのかぁ!」

「わっわかってます」

 声が震える

 脳裏に蘇る初日に聞かされた山田さんの「バスターした相手からの恨みや仇討は覚悟しないと」の言葉

「じゃあなんでやった、何の意味がある? どんな得があると思った」

 そんなものない

「つい、反射的に……」

 泣きたくなる、喉が痛い

「婦人の仁か、まったくこれだから……」

 

「分かっているな? これから俺たちはピクシーの大群から報復を受ける」

 頷く

 そこそこの期間やったのだ

 リーダーが意図的に「解放したピクシーを悪魔の餌にしていた」事に気づいていた

 多分<ワン太郎>が連れてきた悪魔でだ、命が惜しければと言ってマッカを奪っておいて酷い契約違反だと思った

 そしてその理由は多分

「ピクシーはおよそ善良で仲間思いで少女の心を持っている悪魔だ、悪戯好きだがな」

「そんなのが敵に酷い事をされたと逃げ帰ればどうなるかわかるな?」

 頷く

「ましてや俺たちの手口はちょっと酷い」

 ちょっと? 

「怒りに燃えて大量に集まってくるだろうよ」

「おめぇがやった事は意味もなく俺たちを危険に晒したことだ、反省しろ」

「それと俺は「命が惜しければ」と言うが助けてやるとか無事に返すとは絶対言わねぇ」

「更に俺が手を下したわけじゃねぇから嘘もついてねぇ」

「悪魔相手に口約束でも嘘つくのは怖いからな、そういう点でも万全だ、嘘はつかねぇ」

「だから後ろめたく思う必要は何もねぇんだ」

 

「撤退はしねぇ」

「ここで俺らが異界からずらかれば、ピクシーの大群が勘違いして他のPTを襲うかもしれねぇ」

「ピクシーどもが俺らを見失っても同じだ、一回は当たらねぇといけねぇ」

「ここで迎撃する、幸いにもここは山の斜面を背に出来る、空を飛ぶことと数の有利は平地ほどじゃねぇ」

「とりあえず今日のおめぇの分け前の二割は罰金で持っていくぞ」

「話しを合わせろ」

 力強く歩むリーダーの背を見ながら俺は震えながら<ライコー>の手を握りしめていた

 

 

 

 

 そこは今回収したマッカを数えて喜びの声に満ちていた、が

「聞けぇ! 俺の無能な手下ども!」

 リーダーの声で瞬時に静まる

「実は森田の奴がちょっと前に文句言ってきてな」

 笑いながら話すリーダー

「ボーナスになるはずの【妖精の透羽根の回収】が全然捗ってないってよ!」

「俺ら、マッカ回収が捗りすぎて全然ピクシー殺してねぇからなぁ! ひゃひゃひゃ!」

「その事を思い出した俺はよ、ちょっと良い事思いついたのよ」

「ジャンプさせたピクシーを出汁にして誘きよせたら良いんじゃね? ってな!」

「という事でこれからピクシーの大群が来る予定だ! 規模は大きいと思うが不明!」

「迎撃準備! たまには殺傷しねぇと善人になっちまうぜ!」

「可愛い後輩とボーナスの為に【妖精の透羽根】集めようじゃねぇか!」

 その声で周りも動き出す

 

「森田さん! あなたのせいですよ! 余計なことは言わんでください!」

「リーダーはああいう人なんですよ!」

「まったく! 楽して稼ぐのが人の喜びというものを!」

 山田さんの言葉に軽く「すみません!」と頭を下げた

 もっと深く下げたかった

 

 

 

 戦闘が始まった

 最初にやってきたピクシーの群れは7匹程度

 これを難なく<ワン太郎>筆頭に<ライコー>やシキガミ達が通常攻撃で倒しきる

 人間は一切何もしない、体力魔力の温存をリーダーに命じられたからだ

 次に来たのは5匹の群れ、これも先ほどと同じように、と戦っていたところで

 突如現れた4匹の群れが戦っている最中のシキガミ達を横から攻撃、した直後待機していた人間たちがリーダーの命令で魔法スキルの一斉射

 後から来た群れの方を蹴散らし撃破、シキガミ達も余裕を持って最初の5匹の群れを片付けた

 その後は20匹くらいと思われる群れが登場したが

 事前の打ち合わせ通りにシキガミ達が退却、

 それに釣られ突出した群れの半分ほどを、伏せていた山田さんのシキガミが真横からのマハブフで纏めて撃破、

 怯み勢いがなくなった残りのピクシーを反転してきたシキガミ達が通常攻撃で撃破

 ここまでが統制されたまともな戦いである

 その後10匹くらいの群れが襲来し戦っている間に他の群れが続々到着、完全に乱戦となった

 

「しかしひっでぇ姿だなぁおい」

 と周りを見渡し笑いかけるリーダー

「まあ全員生きてるから上等だな、とりあえず撤退だ」

「な? ピクシーと正面からやるの効率わりぃだろ、やっぱ俺天才だわ」

 こうして長い1日が終わる



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7話

 夜、リーダーの部屋に訪れる

「入れ」

「はい」

「用件はわかってる、手早く済まそう」

 億劫そうにこちらを見るリーダー、いつもより少し酒が入ってるように見える

 席に着こうとする俺を軽く押し止め<ワン太郎>の前に座る<ライコー>

 ……何となく初日にリーダーが言っていた事の意味が分かってきた気がする

 

「罰金の件だな」

「はい、それと今日の事は「それは良い」

 いきなり手を振って遮ってくる

「えっ」

「おめぇはやった事の意味がわかってる、反省している、悪意もねぇ」

「俺しか知らんから「示し」がどうたら言う話しでもねぇ」

「それなのにそういう話しは聞きたくねぇ、特に意味もねぇ」

「はい」

「だが罰金は受け取ろう」

 今日の俺の取り分820マッカを取り出す

 暗くなりかけていた事で撤退が優先された、その結果あれだけ倒しても大した増益にはなってない

「うん? 多いぞ、誰がこんなに持って来いなんて言った?」

「いえその、二割はって言ってたんで」

「じゃあ二割で良いだろ、おめぇのシキガミに分けさせとけ」

 

 ふぅ、と茶碗酒を一気に煽ってからリーダーが言う

「俺はよ、PT内での金のやり取りは嫌いなんだ」

「だから均等に分けるし消耗品を使う事も避けるし勝手に使わせん、極力シンプルに済ませてぇ」

「だからよ、この罰金もそれだ」

 嫌なものを見る目で<ライコー>が並べているマッカを見るリーダー

「そして今回の件は【ああいう事】になった」

「これじゃおめぇの罰金の向かう先がねぇ」

 そういうのは基本山田がやってるからな、と続ける

「当たり前だが俺が受け取る筋でもねぇ」

「だからおめぇが抜けた後に適当に処理する、適当に名目作ってPT予算に入れとくさ」

「そしてそのうち適当に名目作って四人に分ける」

「予算の恣意的な運用さ、恐れ入ったか、まあ大した額じゃない」

「それで今回の件はチャラだ」

「取り返しがつかない事は何もなかった、ならこんなもんだろ」

「シキガミが死んだ奴も居なかったしな」

「お前はこれで罰を受けた、償った、それでお終いだ」

「リーダーの俺がそう判断し裁いた」

「は、い」

 胸のつかえが取れた気がした、ほっとしたら涙が零れてきた

 顔を上げられない

 なんかリーダーが言っている

「おめぇ、そういう泣いたり泣きそうになったりするのやめろよな」

「それするとおめぇのシキガミの視線が冷たくなるんだよ」

「まあとにかく、また明日からもうちょっと仕事がある、よろしく」

 

 

「ところでなんで四人で分けるんですか?」

 自分を除いたら五人のはずだ

「リーダーがPTメンバーにさせた罰金を受け取れるわけねぇだろ、馬鹿か」

「そんなのありならいくらでも罰金背負わせる屑が出てくるぞ」

 はぁ

 

 

 

 

 翌日の朝

「聞けぇ! 雁首並べた間抜けども!」

「森田が抜ける事になった!」

「代わりの奴は三日から七日、もしくは不明らしい!」

「よって森田は三日後抜ける! これに伴いそれまでは森田に悪魔狩りの基本的なレクチャーをする事にする!」

「おめぇらはその間適当に戦って教材になれ!」

 聞いてないぞ、何それ

 そして「えー!」と上がるPTからの声

「黙れ! おめぇらにだって抜ける時は同じ事するって決まってんだ!」

「文句は聞かねぇ!」

 ドンっとテーブルを叩くリーダー

 

「おい、もしかして昨日のあれって」

「強制的なレベリングじゃろなぁ」

「リーダーなりの可愛がりってやつだ」

「こわやこわや」

「まあ怖いのはモヒカン見ればわかる」

「餞別の始まりがレベリングってなんだそれ、俺らの時もやらされんの?」

 リーダーはそんな事しない! 

 

 

 

「まずおめぇが知るべきは悪魔の知恵の恐ろしさだ」

「奴らは知恵が人並みにあったりなかったりする」

「よく見ておけ」

 三匹ほど屯っていたピクシーに攻撃を仕掛けようとしたシキガミ達、を攻撃してくる五匹のピクシー

 を人間たちの魔法スキルで撃破した

 これって

「昨日も似たようなものを見たな?」

「ピクシーはなりが小さい、同種族での仲がいい、群れの数が多いときもある」

「下手に近づくと警戒していたピクシーに気づかれてる状態から戦闘が開始する可能性がある」

「別動隊を分派し奇襲や横殴り、くらいは普通にやると思っていい」

「一人でヤるなら単独行動してる奴を狙え」

「PTで複数と正面からやるなら何かあった時対応できる戦力を使わずに取っておけ、予備戦力って考え方だ」

「つまり「ギリギリ勝てる」程度の戦力で立ち向かうな、弱い奴と戦え、何があるか分からない」

 

「次に逃げ方を教える」

「と言っても良い逃げ方の見本なんざそうそうない」

「よって悪い見本としてピクシーを見ろ」

 これはいつもの「ピクシー狩り」だった

「奴らは攻撃を受けた方と逆の方向に真っ先に逃げた、誘導しやすい良いカモだ」

「向かう先が自分たちにとって助けになる遮蔽物がない所だった、何も考えない良いカモだ」

「足手纏いを見捨てる事が出来ず全体での足が遅くなった、逃げれない良いカモだ」

「疲れ切った状態になってからまとめて立ち向かってきた、一網打尽にできる良いカモだ」

「そして予定通り有り金を俺たちに捧げてくれた、良いカモだ」

 どうすれば良かったんだろ

「まず逃げなきゃ行けない状態を作るな、と言いたいがまあそんなのは無理だ」

「俺も逃げ上手とは言えん、だから理屈だけ言う」

「戦力的に時間稼ぎを出来る奴で足止めし、集団にとって価値がある存在を逃がす」

「この足止めする部隊を殿(しんがり)という、最後方で敵の攻撃を受け時間を稼ぐ事になる、戦国時代では生き残っただけで大手柄って役目だ、そういうやり方がある」

「但し殿は特に大きい被害を受ける、やりたいものじゃない」

「他にも狙撃できる足止め要員を置き、相手にとって攻撃されたくない存在に」

「積極的に攻撃をする事で妨害、時間稼ぎをして本隊の撤退を助けるというやり方もある」

「皆大好き島津の捨て奸がそれだ、使った戦力は確実に死ぬ、それも本隊の為に死んでくれる様な立派な戦力がだ」

「殿と同じで、これもやりたいものじゃない」

「これらに共通しているのは、高価値の何かを低価値の何かの犠牲で守り、被害を極限させるという考えだ」

「何に価値を置くかの共通認識がないと絶対に上手くいかん、そして低価値側の献身か強制力が必須だ」

「これが出来る敵は強さに限らず厄介だ」「もし出来る奴がいたら注意しておけ」

「逆にこれらの技術を使わなくても逃げられる恵まれた状態もある」

「単純にこちらの方が早かったり、有利な地形だったり、相手が地理に疎かったり、様々だ、但し異界では全くあてにならねぇ」

「俺らの場合は逃走を助けるようなアイテムを使いまくって、シキガミに乗ったり抱えられて逃げるのが一番だと思ってる」

「実戦でやった事がないからこれはわからん」

 

「次に悪魔交渉を教える」

「が、おめぇは基本が部分的に理解出来ているから大丈夫だ」

「約束事で嘘をつくな、弱みを見せるな、相手を知れ、これだけだ」

「友好的な交渉をしたいなら他は自分で考えろ」

「俺はしたことがない」

「ただ言える事は悪魔に人間の、それも俺らの価値観がそのまま通じると思うんじゃねぇぞ」

「友好的な悪魔でもだ」

 

「PTの戦力はしっかり把握しろ、自分がPTを率いる立場なら特に」

「範囲攻撃は魔法でも物理でも便利で強い、使う所はよく考えろ」

「特別なスキルや範囲攻撃を持っている奴だからってPT内で過度の厚遇はするな、

 そいつが増長する、それ以外の奴らもへそを曲げる

 しかし尊重しろ、自身が大事な戦力であるという自負は勇気に繋がる」

「金銭や強力なアイテムはPTを崩壊させるパワーを持つと思え、付き合い方に正解はない」

「おめぇに攻撃をする才能はねぇ、石投げるだけ無駄だから自決用以外は違うもん持っとけ」

「俺の<ワン太郎>を勝手に撫でるな」

「知性を持つ悪魔に命乞いをするためのアイテムを持っておけ、逆に悪魔が命乞いしたら何か分捕れ、お互い様だ」

「装備に気を遣え、特に防具だ、人型式神の蘇生費用はえげつねぇ」

「おめぇには注意力がねぇ、シキガミが喋れるようになったら言う事を聞け」

 

 

 等々、濃厚なレクチャーを受けた

 いつだったかのアギストーンとザンストーンを使った爆弾の作り方も教えてもらいたかったのだが

「あれは適当に石詰めただけだ、あえて言うなら金を燃やす覚悟が必要ってだけだ」とだけ言われた

 

 

 

 最後の夜

 リーダーに呼び出され部屋に訪れると

「今日は忠告がある」といきなり切り出された

「ここ数日、レクチャーしていたが気づいたことはあるか?」

 首を横に振る

 なんだろ、さっぱりわからない

「俺はあれから、おめぇにもおめぇのシキガミにもピクシーを殺させてねぇ」

 ドクン

 一気に緊張が走る

「当然、これは意図的なものだ」

「一度同情が芽生えた相手をまたすぐ殺せるようになるかは怪しい」

「大群が来た時にしっかり……」

 抵抗のようにした反論は

「あんなもん緊急避難みたいなもんだ」

 あっさり否定された

 

「まあそれでもいいと思ってる」

「PTを抜けると言われた時にも言ったが適性ってもんがある」

「問題はこれ、同情心に対する向き合い方よ」

 はぁ

「割り切った方が楽だから割り切った方が良いと思うが、押し付けるのも良くねぇしな」

「自分の同情心に向き合い、同情しながら殺すのもありだし、殺さないのもありだ」

「仮に「ピクシーだけ殺さないマン」でも「女悪魔だけ殺さないマン」でもガイアなら受け入れる懐はあるはずだ」

「その逆よりはよっぽどな! ひゃひゃひゃ!」

 と笑うリーダー

「ただまぁどっちに向かうかも決めてねぇ奴に殺させるのもどうかと思ってな」

「そんな訳で棚上げさせてもらった、経験値稼げなくて残念がってもいいんだぜ」

 なるほど、配慮してもらってたのか

「でだ、忠告ってのはそれだ」

「俺の見た所、今のおめぇは割り切るのも、向き合うのもどっちも出来そうにねぇ」

「だからこの仕事が終わったらしばらくゆっくり休め、これが言いたかった」

「作ったばかりの傷口に塩水垂らしたら誰でも痛いもんだからよ」

「休んでからならどうするのもおめぇの好きにしたらいいさ」

「あっ、宗教に救いを求めるのはやめておけよ」

「それがメシア教なら俺の敵だ」

 

「俺は人の自由と混沌を愛するガイアーズだからな! ひゃひゃひゃ!」

 

 

 

 

 そして次の日【ガイア連合山梨支部】に帰ってきた

 リーダーの言う事も一理ある

 しばらく休もう

 お金(マッカ)は貯まったし、最近シロにも会えてない、撫でたいモフりたい毛繕いされたい(シロはたまにしてくれる)

 <ワン太郎>の肉球は肉球っぽくなかったし欲求不満だ

 ゆっくりしよう、考えてみれば<ライコー>に【家事】スキル入れたのに家事してもらってなかったし

 ゴロゴロしたい気もする

 それにもともと俺はそんなに勤労なタイプじゃないんだ

 まあガチャに全部回してすぐ働く事になるかもしれんけどさ

 そして自宅に帰ったら

 

 

 

 

 立ち退きしろって趣旨の張り紙が家の扉に貼ってあった

「は?」

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 慌てて事務の人に電話を掛ける

 家賃は先払いで纏めた額を支払ってたはずだから問題ないはず

 ここはガイア連合(まだ星霊神社でしかなかった頃だが)に紹介された物件で

 確か今はガイア連合傘下の不動産会社が管理していて

 しかも転生者特権(通称俺ら割引)で特別に家賃が安くされてる所

 いわば社宅みたいなもんだ

 社宅から追い出されるってなんだ、俺何か悪いことしたか

 もしやショタオジがピクシーにでもマリンカリンされて俺に仕返ししてるのか! 

 いやそれはねぇわ、ショタオジに限って

 それに妖精のやる事じゃねぇよそれ

「あーその件はですねー」

 そして電話だと長くなるから、という理由で

 登録してるガイアの派遣会社の事務所に呼び出されたのだった

 なぜか判子とかも持ってきてくれって言われた

 

 

 来ても契約書に判子をしてとっとと出ていく為、いつ来ても初めて来たような感覚になる事務所

 物を書く音やデータを入力していると思しき音、電話に出ている声が聞こえる

 最初の頃は仕事に必要な契約書をショタオジの管狐に運んでもらってたんだよなぁ

 最近は来なくなっちゃったけど元気してるかなあいつ、真面目な良い子だった

 居心地の悪さにちょっと現実逃避しながら待っていると

 ようやく俺の担当の事務の人が来た

 

「区画整理? 区画整理って、あの?」

「はい、そういう事になります」

 区画整理、そんな現実的な言葉が俺に関わってくるなんて想像もしてなかった

「行政の方からですか?」

「いえ、ガイアのです」

 ガイアの方ならしゃあない

 興味本位で聞いてみよう

「事情をお聞かせ願っても?」

「それはちょっと……暫くしたらそうとわかるのが発表されると思います」

 こりゃガチっぽいな

 まあガイアが区画整理するなら……

「あの、あそこ追い出されると困っちゃうんですけど」

「どこか紹介してくれたりは……?」

 あと、あわよくば立ち退き料! ガチャ単発チケットくらいは期待して良いかな? 無理かな? 

 まあ無理でも格安物件だからしゃあない気も

「はい、それで立ち退く方に紹介されるのが~」

 

 

 そんな訳で家を買う事になった

 紹介されたそこは格安でお買い得で将来値上がり確定物件らしい

 ちゃんと下の土地もついてくる、借地じゃないらしい

 立ち退き対象者に紹介する物件で特別で今だけらしい

 しかもマッカ払いなら割引もついてさらにお得らしい

 距離的にも星霊神社により近づいて今まで住んでた所よりもいいらしい

 即入居可能で新築、もしかしたら他の人に取られちゃうかもしれなくて早い者勝ちで俺は運が良いらしい

 区画整理の説明を受けて家の話しされて名前書いて、なぜかちょうど良く持ってた判子をポンと押して契約成立して、マッカで払って

 家を見に行くまで30分掛からなかった

 後のことは事務の人が全部やってくれるって

 今引っ越し業者に連絡して、今日から暮らせるようになるって

 なんだかすごいことになった

 

 

 

 

「という事でここが新しい家だよ」

 知らない所に来て落ち着いていないシロを撫でながら言う

 この和室が新しい俺の部屋だ、この家で一番狭い和室

 狭い部屋が落ち着く、畳は良い……

 ついでに<ライコー>に好きな所を自分の部屋にしていいよって言ったら隣の部屋が<ライコー>の部屋になった

 しかしずいぶん立派な家だ、これ明日は家具とか買いに行かないといかんかも、すかすかしてる

 この家は二階建てで庭と地下室がある

 霊的に一番安定してるのは地下室だから霊装類は地下室に置くのがおすすめします、と引っ越し前に事務の人に言われた

 いざという時はそこに避難も出来るとも言われたが

「いやぁこの距離なら星霊神社に走っていきますよ、そっちの方が絶対安全ですもの」

 というと「ですよねー皆さんそう言います」と笑われた

 

 しかしここ、新興住宅街してたなぁ

 部屋で意味もなくゴロゴロしながら、この家に来るまでの風景を思い出していた

 星霊神社を中心に都市が生まれている

 その都市の一部がここで、他も凄まじい勢いで工事や建設が進んでいるらしい

 さしずめここは星霊神社の門前町か城下町か

 そして自分と同じ転生者がこの街にはいっぱいいる、そのことに気づいてなんだか嬉しかった



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8話

 あれから家具類を買い生活に必要なものを揃え、ぐーたら生活をしている

 自分がリーダーの言う所の「傷口」を抱えている自覚は

【ガイア連合山梨支部】に帰ってから持つようになった

 ピクシーが出る悪夢を不定期に見るようになったのだ

 仕事をしている間は見なかったのに

 これを見ないで済むくらいになったら仕事再開だな、それまで休もう

 そう思い、事務の人にしばらく休みますと連絡し、瞬く間に時間が過ぎて行った

 自分が無為徒食を美味しく味わっている間にも世間は動く

【ガイア連合】が恐山イタコを筆頭に外部(現地人=非転生者)の霊能団体複数と合併、および提携

 自分のいる【ガイア連合山梨支部】もまた【ガイア連合山梨第一支部】と名を変え

 かつて住んでいた一帯が【ガイア連合山梨第二支部】予定地となり区画整理の理由もわかった

 聞けば日本各地に【ガイア連合】支部が建設されるらしい

 支部とは派出所よりもより広範の支援が出来て、いざという時のシェルターになる場所なんだとか

 そしてそれ以外にもわかる事がある

 

【ガイア連合】は大きく動き、規模を拡大している

 いつまでも「俺たち(転生者)のガイア」じゃない、いや「俺たちのガイア」ではある

 ただ「俺たちだけのガイア」ではなくなってきたのだ

 それに寂しさと、それでも第一支部が「俺たち」の強力な牙城として存在することに喜びと安堵を覚える

 第一支部には明確に「俺たち(転生者)」が集められている節があるのだ

 味方が増えるのは良い事だ、例えそれが「俺たち」と比べて頼りないように見えても、

 裏切らないと信じる理由も保証もなくても、それでも彼ら彼女らは【ガイア連合】の仲間なのだから

 だけどどうか全ての聖域を取り上げたりはしないで欲しい、そう願った

 

 そして俺は物件の値段を考えれば激安になっても金額としてはそこそこ取られた家屋購入代と

 繁華街に出来た雀荘での敗北と久々のガチャ敗北(爆死と言えるほどは回していない!)でマッカの残高に不安になり思ったのである

 そろそろ働こう、と

 悪夢はもう見なくなっていた

 

 

「それで働こうと思うんですけど、何か良いのありますか?」

「うーん困りましたねー」

 事務の人を困らせてしまった

「いえ、お仕事自体はいくらでもありますよ?

 ただ実力が上がられたので受けられる仕事の量と種類が増えました、それで今までみたいな曖昧な条件ではちょっと……」

 なるほどそういう事か

「俺(コミュ障)でもできる」+「稼げる」だけじゃ確かに曖昧だ

「じゃあその、今回はあんまり可愛い悪魔が出てこないような所の異界で……」

「あっそれならありますよ!」

「中国地方のO県のオニしか出ない異界なんですが~」

 

 

 

 妖鬼オニ、女神転生において作品によって強さがまちまちであり名前だけでは判断することは難しい

 ただ大体の作品においてイメージは統一されていると言っていいだろう

 物理攻撃に耐性を持ち、物理攻撃をする、分かりやすい物理型の悪魔だ

 赤い肌をして角の生えた体格の良い男の姿をしている

 赤鬼、の一言でだいたい浮かぶイメージで良い、大きくは外れないだろう

 その異界の鬼はレベルは8~12程度、そして

「電撃弱点か」

 <ライコー>は電撃魔法であるジオを習得している

 同じように物理型で物理耐性を持ち、相手の弱点を突ける魔法を所持

 多分これが事務の人に勧められた理由だ

 そして【ガイア連合】謹製のシキガミ故に高いステータスを誇る<ライコー>なら

 そのオニと真正面から殴り合いしても勝てるだろう

 もちろん俺の回復魔法の支援も有効だ、同じ物理耐性持ち同士の殴り合いで片方が弱点を突き更に一方的に回復されるのは相手からは辛いはず

 

「良かった、違った……」

 ちょっと嫌な予感がして資料を貰い、読み、そして安心した

 中国四国地方には鬼絡みで掲示板で有名な異界があったのを思い出したのだ

 異界【鬼ヶ島】

 もちろんこれはあの桃太郎の鬼ヶ島である

 有名な異界には、有名な悪魔がボスとして居座り特別に強化されている

 そんなのを相手に突っ込もうと思えるほど己惚れる事は出来なかった

 もしこれだったらお断りしよう、そう思っていた

【鬼ヶ島】が有名になったのは元々のネームバリューだけではない理由がある

 随分前に鬼ヶ島を管理していた地方霊能組織が管理に失敗

 異界から大量の鬼や妖怪の類を放出、人の目に触れる所まで野放しにしてしまったのだ

 その事件が大いに話題になったのである

 紹介された異界はその【鬼ヶ島】ではない

 しかし【鬼ヶ島】ではないがその事件と関係がある、らしい

 目撃情報が拡散、そして荒れた不安定な霊地の霊脈が人々の認識によって後押しされ

 新規の異界が誕生、鬼だらけの異界が生まれたらしい

 その鬼だらけの異界は現在、ガイア連合の管理する所となっている

 この異界の探索、出来得るのであれば攻略が今回の仕事になる

 

 

 

 ガイア連合と言えどもお上には逆らいきれぬのか

 短距離ならまあいい、しかし山梨から中国地方となると道中におけるあるリスクを考慮せざるを得ない

 どういうリスクか、銃刀法違反で捕まるリスクである

 事務の人の説明を最初は理解できず、徐々に納得し、最後は日本の治安組織の優秀さを呪った

 なんてことだ、まさかちょっと許可証のない日本刀を持って飛行機や新幹線に乗るだけで捕まるかもしれないとは! 

 しかもかつて我らがガイア連合の人間が「ちょっとくらいええやろ」の精神で持ち込み発覚

 即座の逃亡に成功したせいで、特に長距離移動での荷物チェックが厳重になっているとか

 いやまあ逃亡に失敗する方が問題だから逃げるのは良いんだけど

 そのためガイア連合ではとあるサービスを実施している

「武器密輸サービス」である

 うーんまるでやばい組織みたいだ

 異界から最も近い支部もしく派出所まではガイア連合の多種多様な手口でどうにかして持ち込んでくれる

 しかし安全で確実な輸送を重視するためどうしても日数がかかるのだとか

 すぐ動いて現地に行っても武器が届く日数分、暇になる

 しかし、

「まあいいか、観光でもして時間潰すか」

 そういうことになった

 

 

 

 自分は前世も今世も生まれも育ちも関東の人間である

 関西や西日本という場所にはどうにも縁がなかった

 しかしせっかく行く機会が出来たのだ

 適当に遊んで美味い物食って楽しもう、<ライコー>もいるから一人じゃないし

 さて、観光と言えば特別な興味や、特別な何かがない限りある程度相場が決まってる

 寺社仏閣巡りと温泉である

 しかし残念ながら自分はもう【星霊神社】の温泉という至高の温泉を知っていて

 とても普通の温泉では満足できない身体にされてしまった自覚がある

 わざわざケチをつける為に温泉に入るのも変な話だ

 そんな訳でいくつかの寺社仏閣の、ズタボロになってたり微妙に生き残ってるように見えて死んでいる霊的拠点の機能に一々感心しながら回っている

 あっダメだ、なんか仕事の視察に来てる気分になってきた

 

 H県にこの観光の最大の目的であるとある神社がある

 その神社は源氏の名門、清和源氏の基礎を築いた五公が神として祀られている

 その五公の中にその清和源氏の中でも嫡流

 宗家とも言える摂津源氏を築いた方がいる

【源頼光】

 俺のシキガミ、<ライコー>の外見、その元ネタの元ネタである

 

 

 最初は軽い気持ちだった

「鬼がいる異界に行くんだからその前に<ライコー>に縁がある神社についでにお参りするかね」

 その程度の気持ちだった、源頼光には鬼退治の伝説がある、誰でも知っている有名な話だ

 ただのゲン担ぎである

 しかしふと思ったのだ

「これやばいんじゃね?」と

 <ライコー>に縁がある、勝手に別世界の創作物を引き合いに出して縁があるとは言うも言ったりだが

 しかしこれが曲者だった、つまり「<ライコー>の存在は相手からすると怒りを買いかねない行いなのでは?」と

 女神転生世界には神も悪魔もいる、全部悪魔という分類だが、いる

 そして【源頼光】は神である

 実は自分をモチーフにしたキャラについて怒りを持っていて、良い機会だから滅しよう! 

 と思っている可能性もないとは言えないのだ

 そしてじゃあ「触らぬ神に祟りなし」の精神で無視するかと言えばそれも難しい

 自分たちの次の仕事場がある異界は中国地方がO県、山梨から道沿いに線を引くとわかる

 しっかりH県を経由するのだ

 つまり遠回りしたり行かなかったりすると「無視しやがって!」になりかねない

 触らぬ神じゃない、俺はもうしっかり触っているのだ、あかん

 となればこちらも腹を括らねばならない

 無視はしない、筋は通す

 謎の金貨なんぞ放り込まれる神社の人には迷惑だがお賽銭もちゃんとマッカで出す

 怒られたらごめんなさいする

 それでもダメならしょうがない、しっぽ巻いて逃げる、申し訳ないがその際はストーンをばらまく

 反応しなかったら黙認を得られたと解釈して忘れる

 そういうつもりだった

 

 神に会うかも知れないなら身綺麗にしないといけない

 人間由来の神だからそこまで気にしないかもしれないが

 日本の神は穢れを嫌う、これ常識である

 であれば常識は守らねばならない

 神社にお参りする前に、宿泊しているホテルでシャワーを浴び、顔を洗い口をすすぎ歯を磨き、

 最後に水垢離のつもりで水のシャワーを浴びる

 そして革製品や動物繊維を使用していない新品の服に体を通す、もちろん下着も靴下も新品だ

 部屋を出た直後、失態に気づいた、靴は買い換えてない……

 ええい、もう行く! 

 そういうことになった

 

 

 

 

 そして今、俺は戸惑いの中にいる

「<ライコー>?」

「はい、あなたの<ライコー>です」

 

 

 良い神社だ、そう思った

 鳥居は立派だし橋を渡ってすぐ階段を上る、このロケーションも良い

 こんな事情がなければもっと楽しめたはず。

 鳥居をくぐる前に一度礼をし、境内に入りしっかり参道の端を歩く事を意識する

 門も立派だ、まっすぐ目的の場所まで足を進める

 手水で口をすすぎ、手を洗う

 この時点で何も反応がない、これはセーフか……! そう思っていた

 何かあるなら境内に入った瞬間だと思っていたからだ

 そして身体から緊張が少し抜け楽になるのを実感しつつ

 鈴を鳴らし賽銭箱にマッカを放り、そこそこ練習した二礼二拍手一礼

(お願いします)と念じながら祈る

 何をお願いするのか、それはもちろん<ライコー>と自分の関係である

 <ライコー>のおかげで自分は戦える

 <ライコー>のおかげで役割を持てると思える

 <ライコー>のおかげで寂しさからは遠ざかった

 <ライコー>のおかげで少し自分を信じる事が出来るようになった

 もし<ライコー>がいなくなれば、その先の想像すら怖い

 俺から<ライコー>を奪わないでくれ

 そして突然横にいた気配が変わった

 

 

 

「<ライコー>?」

「はい」

 繰り返し<ライコー>の名を呼んでしまった

 わからない、変わった気配に驚きつい声を掛けた<ライコー>から

 返事が返ってきた事が

【会話】も入れていないのに

 

 

 汎用スキル【会話】、特に人気が高い汎用スキルの一つである

 効果は単純にして明快「会話が出来るようになる」

 しかし俺はこれを購入しようか悩んだ事はあれど、実際には購入も、もちろんスキルとしての付与もしていない

 それは「高レベルシキガミになれば【会話】がなくても会話が出来るようになるから」などという

 そこそこ前向きで真っ当な理由ではない

 単純に怖かったからだ

 <ライコー>に強い自我がある事がわかる事が

 <ライコー>に強い自我がない事がわかる事が

 それを確かめる一番楽な手段が会話であるがゆえに

 そしてその自我が俺の事をどう思っているか分かってしまう

 もし、嫌っていたら? 俺に何か嫌な所があれば? 本当は俺のシキガミなんてやっていたくなかったら? 

 そしてこう思っている

「俺は誰かに、それも女性に好かれるような男じゃない」

 分かり切っている、確信を持てる事だ

 そして心の片隅でこうも思っているのだ! 

 弱い自我であればいい、俺を嫌えないように

 会話が出来なければいい、嫌ってもそれを言えないように

 そして何より「出来れば強い自我で俺を愛していてほしい」

 恥ずかしかった、そんな自分を直視したくなかった、醜く卑しいゴミのような性根が

 だから【会話】はいらない、自分と同程度稼いだ転生者ならシキガミに【会話】を持たせて当たり前だろうと

 それによって意思の疎通が出来るようになり戦術的に有利になろうと

 今まで<ライコー>からの好意のようなものが見えていても、それでも怖かった

 持っていなければ知らずに済む、それでいいじゃないか

 パンドラの箱は手に届く所になければ開けずに済むのに! 

 そして今、パンドラの箱は開かれた

 

 

 

「ホテルに戻ろう、ちょっと考えたい」

「はい。

大丈夫ですよ」

 何が大丈夫なのかよくわからないがとにかく部屋に戻りたい

 足早に歩いて戻った

 

 

 

 

 

 

 ホテルに戻ってすぐ<ライコー>の気配が変わった理由が判明する

 <ライコー>は、一般的なシキガミの身体ではなくなっていた

 手に触れる、温かい、指先に振れる、柔らかい、頭部以外からも体温を感じる

 ああ、これは人の、女の身体だ……絶望した

 

 

【高級式神】、そう言う式神がある

 まだ派出所派遣の回復要員をやっていた頃、死んだ転生者に悪魔の身体と式神のパーツを移植、回復魔法を掛けまくり蘇らせた現場を見た

 その時移植された式神のパーツは、3Dプリンターで作ったこの高級式神のパーツだったという

 特徴は分かりやすい「人体そのもの」

 いや正確に言えばそのものではない

 パワーは普通の式神を上回り、生物としての特徴のいくらかを有し、劣化せず、美しい

 そのパーツは人体への移植に耐えうる完成度を持つ

【ガイア連合】が誇る技術班と医療班、そしてショタオジ、その技術と狂気の粋である

 

 一般的な人型シキガミはどうか

 見た目ですら人体そのもの、と呼べるのは首から上だけだ

 身体を構成する多くは紙であり、体重もそれに相応しく軽い

 身体の各部位を触っても、見た目を繕った紙であるとわかる

 ガイア連合の構成員の一部がガチャ狂いになる理由の一つである

 良い汎用スキルを入れて少しでも人に近づけたい

 入れれば途端に人間味が増すのだ

 そしてそれ(ガチャの原資稼ぎ)とは別にレベル上げに邁進する理由の一つにもなる

 高レベルシキガミは汎用スキルがなくとも一部の汎用スキルと変わらない動きをする

(というより汎用スキルが本来「レベルアップで得るそれをショートカット」する役割もあるのではないか、と俺は考えている)

 レベルが上がる事で人型式神の「人型」の概念がより強まる

 そういう事だと思われる

 

 そして<ライコー>の身体はおそらく

【高級式神】に近い、もしくはそのものではないかと思われる

 そう思った理由は簡単、単純に自分のMAG消費量がそれほど増大していないからだ

 高レベルシキガミとは悪魔として高レベルだ、その身体の維持には使用者のMAGを相応に消費させる

 それの上昇幅が大したことない、少なくとも俺に分不相応なレベルに突如上がったようには感じない

 ではレベルアップをして変化をしたのではなく

 それ以外の要素で変化をしたのではないか

 そして実はその何かも何となく予想がつく

「シキガミのアップデート」というものがある

 自分が知っているのはショタオジがするそれしか知らないが、そういうものがある

 簡易式神(戦闘力皆無の代わりに非覚醒者でも扱える)を一般的なシキガミに

 そして一般的なシキガミを、【高級式神】に近づかせることが出来るのだそうだ

 マッカを使ってやがては【高級式神】に! というのも掛かる費用は別として全く期待できない話じゃない

 そのアップデートに近い何かがあったのではないか

 

 

 今の<ライコー>は俺のシキガミ<ライコー>ではない

 一人の美女だ

 もう素晴らしく出来が良いフィギュアを見ていた目で見る事はできない

 その美貌、白い肌艶のある長い髪も温和そうな目も妖艶な唇もたわわに実った胸も豊満な尻も、その全てが俺の獣欲を刺激させる

 そして同時に<ライコー>は俺のシキガミである

 使用者である俺の命令には逆らえない、そういう風に作りこまれてる

 そうじゃないとシキガミなんて扱えるものではない

 <ライコー>から少し距離を置こう、俺は畜生になりたくない

 今まで俺を守るために身体を張ってくれてた<ライコー>にそんな目を向けたくない

 

 

 明日、リーダーに電話して色々相談しよう

 俺より間違いなく高レベルなリーダーならこの不可思議な現象について何か知っているかもしれない

 多分、いや間違いなく、あの神社が何か関係しているはず

 今日はもう精神的に疲れた寝たい

「<ライコー>、俺はもう寝るよ。

細かい事は一々指示できないかもしれない、朝まで<ライコー>の自己判断に任せる」

 ホテルに戻ってから初めての俺の声に<ライコー>はこくり、と頷いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜這いを受けた

 俺愛されてるわ



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9話

 気怠い空気の中、確かな満足感を感じる

 そして<ライコー>を抱きしめ、あるいは抱きしめられながら

 <ライコー>にとって神社で起こった話を聞いた

「本霊?」

 なんだそれ

「私は【源頼光】の分霊で、つまり娘で、彼女は私の母だそうです」

 ……彼女って誰? 頼光の奥さん? 

 それに分霊に本霊、座学の時間で聞いた覚えがあるような……うーん思い出せない

「魔界でお菓子用意していつか来る日を待っていてくださるそうです」

「親族にも連絡したから何かあったら頼れと」

「それで力を授かりました」

「ただ、私の器が小さいのでちゃんとしたのは成長してからになると」

 ごめん、さっぱりわからんからやっぱり明日、リーダー頼るわ

「はい、おやすみなさい」

 寝た

 

 

 朝っぱらから電話を掛けたのに関わらず、すぐに出てくれた

 早速、昨日起きた事と<ライコー>から聞いた話をそのままリーダーに伝え

 意味が分からないから教えてくださいと頼った

 完全に泣き言である

「本霊?」

 一瞬怪訝そうな声出してから

「なんでそんな面倒なのに関わりたがるんだ?」

「いえ、こっちも良くわからないんですが……」

「ちょっと待て、俺も無縁だと思って聞き流してた類の話しだ」

「一度詳しい奴に聞いてから連絡するわ」

「今日の夜に掛けるから出ろ、じゃあな」

 切られた

 さすが出来る男は話しが早い……

 

 その後、退廃的な時間と休憩を繰り返していたらリーダーから電話が来た

「結論が出た」

「おお!」

「おめぇが悪い!」

 そんな結論言われても困ります

「まずおめぇのシキガミの<ライコー>は頼光のらいこうからで良いな?」

「はい、その、この見た目のゲームのキャラの名前で……」

「んな事はどうでも……良くないが、大事なのはまず名前だ」

 はぁ

「まず【源頼光】由来の名前を付けたことで縁が生まれた」

「おめぇの認識では<ライコー>と【源頼光】は繋がりがある」

「その認識のおめぇが<ライコー>へMAGを注げば上納金として魔界にいる本霊にも注ぎ込まれる

 良くわからねぇならフランチャイズ契約だと思っておけ」

「名前が似てるだけで?」

「おめぇが【源頼光】を意識して名付けたら、もう単なる似た名前じゃねぇよ霊的には」

「で、それを放置しておけば良かったもののおめぇはわざわざ祀ってる神社に行って」

「マッカまで差し上げてしまい」

「見事、おめぇのシキガミは分霊と認められた、まあマッカは関係ねぇかもしれねぇがな」

「母、娘云々はよくわからねぇ、恐らく分霊の事を理解させる為にそういう話しにしたんだろう」

「だから結論、おめぇが悪い」

「そしてその時力を貰った結果、シキガミが人間に近くなった、人間から神になった奴に近くなったわけだからな」

「神様直々のシキガミのアップデートだ」

 

「あの、それで俺が注いだMAGが魔界の本霊に行く事で何か良い事や不具合は?」

「そういうのは本霊の性格によるらしい」

 性格次第かよ

「おめぇの話し聞く限りじゃ力もしっかりくれたそうだし、過大な要求もねぇ」

「良い話だぞ、その分どんな面倒が来るかわからんが」

「【源頼光】、変な恨み買ってなきゃいいな! ひゃひゃひゃ!」

「ちなみに源氏は基本身内との戦争ばかりしてるし、身内以外とも戦争しまくってる」

 怖い事言わないでくださいよ! 

 そういえば気になったことが

「あのそれで、結局その力くれた女性はどこの誰だったんです?」

「今の話しに登場人物なんて一人しかいねぇじゃねぇか、【源頼光】様だよ」

「この世界では女性なんですか」

「男だと思うぞ」

 ?? 

「神になりゃ性別だのなんだのは意味を成さねぇって事だ、現世に降りたわけでもねぇしな」

「見ている側の見たいように見られる、で見たのが【源頼光】を女と思ってる奴のMAGで染まってるシキガミだから」

「女として見た、多分その程度の話しだ」

「あと多分、今後はおめぇとおめぇのシキガミは【源頼光】を見ても、

 女の【源頼光】としか見れなくなる、一度そう見ちまったからな」

「神様の世界も移り変わりが激しいねぇ、性別まで変わるんだからよぉ」

 

「こういうのを本霊通信と言うらしい」

「大体はシキガミの素材に使った悪魔がその縁で本霊になるそうだが、

 おめぇのシキガミのようにそれまでやった事の縁で本霊が変わる事もある」

「本霊と会ってもMAGやら生贄やらを対価に色々貰ったり、何故か敵視されたり色々だそうだ」

「名称が生まれる程度には確認されていて、まだ一般的じゃねぇ程度には珍しい現象だ」

「ってかおめぇ、今更だがなんで神社になんか行ったんだ?

 ここは女神転生世界だぞ?」

 

 

「まあどちらにせよ、おめぇはフランチャイズ契約を解約して」

「せっかく変わったシキガミを紙切れに戻すつもりはねぇんだろ?」

「はい」

「じゃあこの件での多少の面倒は男の甲斐性のうちだ」

「何かあったらうだうだ言ってねぇで、まずはてめぇで何とかしてみろ」

「それが男ってもんだ」

 そういうもんか

 

 

 礼を言い電話を切る

 とりあえず

「<ライコー>、御朱印押してもらって、それとお札くらいは買っておこうか」

 なんかよくわからんが力貰ったおかげで良い事あったし

「はい、それがよろしいかと」

 そういうことになった

 

 

 

 

 今回は良かったものの

 観光で変なところ行って変な神様に目を付けられても怖い

 まだちょっと時間があるがO県の派出所に行く事にする

 する事がないと人は快楽に浸るもんなんだなぁ、という新しい発見をしながら待つ事五日ほど

 ようやく武器が届いた、<ライコー>の霊刀である

 休んでた時期に回したガチャで装備品は何一つ出なかったので更新はない

 しかし困った

 実はこの異界、ちょうど俺たちが来た辺りから異変が生じているのだ

 異界に入れなくなったのである

 

 異界に入れない、となると当たり前だがマッカも経験値も稼げない

 悪魔からの戦利品もないから回された依頼も達成しない

 そんな所に居たってしょうがねぇや、となるのはまあ自然な事だろう

 しかし自然な事とは言えまだ一回も一緒に仕事していない紹介されたPTに

 「という事でPT解散するわ」されてしまったのは予想外だった

 そりゃそうだよなぁ、多分この異界向けに組んでただけの臨時PTだもんなぁ

 俺、何のために遥々O県まで来たんだっけ? と微妙な気持ちになる

 とはいえ仕事にならないならしょうがない、俺も帰る

「自分も異界に入れなかったんで帰ってきました」

 と言える為に入れなくなった異界を<ライコー>と見に行く事にする

 一応ちゃんと装備整えて行くが、まあ無駄だろ

 

 

 入れてしまった

 この異界はピクシー異界と同じく山一つが異界となったものである

 その異界が入れなくなったとはどういうことか、異界が消滅したのではない

 入ろうとしたらその入り口にぶつかる様になった、らしい

 人通りがあるような山じゃなくてよかったとその話を聞いて思った

 その壁のように拒むらしい入り口に手を当てたら

 普通に入れてしまい、慌てた<ライコー>も突入、そして入った入り口が勝手に消えて、

 つまり<ライコー>と一緒に異界に閉じ込められたのである

 やべぇ

 

 そして今、<ライコー>の不自然な無双を見ている

 

 

 自慢じゃないが俺は自然の山の山歩きなんざ全く経験がない、方向もわからない

 だから全部<ライコー>に言われたまま進む

 山なのか崖なのかわからん所を霊能者として底上げされた身体能力で乗り越え

 時には<ライコー>に抱かれ、時には<ライコー>に負ぶされ、彷徨い歩く事暫く

 知識がないため「公家が住んでそうな木造建築」としか表現出来ない大きな屋敷を見つけ

 とりあえず火付けすればいいのか、するならどこが良いのか

 隠れながらそんな事を考えて見つめていたら

 その屋敷からわらわらとオニが出てきた

 やはりオニの住処だったか

「<ライコー>、どう思う?」

「全て撫で切りにして見せましょう」

 えっ行けるの? 

「あの数を?」

 頷く<ライコー>

 俺としては「まずストーンを使って挑発、追いかけてきた奴らを山中におびき寄せ分散させ、

 孤立したのを1匹ずつ<ライコー>が始末、出来そうにないならそのまま逃げる」

 のつもりだった

 <ライコー>に聞きたかったのは「1対1なら勝てそうか」という事で

 あの集団に勝てるか、なんてつもりは微塵もない

 見た所8匹はいる

 しかし、<ライコー>がそこまで言うなら試すべきだ

「じゃあ一当たりする、ダメそうなら撤退する、撤退の合図と支援は俺が」

「はい」

 あっという間に8匹仕留めた

 

 

 おかしい

 その後屋敷から出てくるオニたちを次々と切り殺している<ライコー>の様子を見ながら気持ち悪いものを感じる

 無論<ライコー>が気持ち悪いのではない、彼女は美しい

 問題はオニたちだ、やけに弱い

 刀だ薙刀だ槍だ弓だ、いろいろ持ち出しているが全く<ライコー>に通用しない

 もちろん神社の件で<ライコー>が強くなったのはある

 派出所にある簡易アナライズであるためステータスは見れなかったがおそらく上がり

 スキルも一つ増えていた【物理激化】、物理攻撃の威力が上がる強力なスキルである

 自分はこれだけで【源頼光】様への深い感謝の念を抱いたほどだ

 なるほど、ステータスが上がり、スキルを得て威力が上がり

 元々勝てそうだと見込めていたオニ相手なら楽勝になるのは当たり前かもしれない

 しかし、攻撃が掠っただけでオニが死に、<ライコー>には攻撃が一切当たらず、

 それでもオニたちが真正面からぶつかり続けるのは

 絶対におかしい

 

 幻惑か混乱か、とにかく何らかの状態異常を掛けられている可能性を考慮していた頃

 オニたちの方で動きがあった

 屋敷の門の方を見ている、そして現れた

 髪は赤く逆立ち、角が頭に二本、髭も眉も茂ってる

 身長6メートルはありそうなでかい鬼、実に鬼らしい見た目だ

 なるほど

 これが本命か、おそらく雑魚オニたちを使って<ライコー>の戦力を分析

 勝てそうになったから親玉が出てきた

 捨て駒にオニたちを使ったほどだ、おそらく勝てそうにないなら逃げるつもりだったのだろう

 そうでないなら最初からこの親玉+雑魚オニでライコーを仕留めた方が良い事になってしまう、

 そして今までの雑魚オニは無駄な犠牲になる

 そんなアホな話はない

 

 つまりこの謎の鬼は鬼視点で「勝てそうだから出てきた」これだろう

 であれば退くべきだ

「<ライコー>!」

 撤退だ、そう意思を込めて強く言う

「承知!」

 

 くらましの玉とアギストーンを適当に放る

 撤退に成功した

 

 

 

 気持ち悪い敵だった

 謎ばかりが残るのが特にいやだ、オニを使い捨てた理由はまだ想像できたから良い

 残った謎は3つ

 1、掠っただけで死ぬ雑魚オニ

 2、撤退する俺らに追撃してくる様子が全くなかったこと

 3、後方にいた俺が何故か一切狙われなかったこと

 

 気持ち悪い

 やはり状態異常か? 俺は今眠りこけているのでは? 

 戦った本人に感触を聞かないと

「どうだった? 俺はおかしいと思うんだが」

「そうですね……」

 と一拍時間を置き

「私に任せてくだされば、誅伐してご覧にいただけます」

「なら任せる」

 そういうことになった

 

 

 

 何やってんだろ俺

 消えた異界の入り口まで戻り、何故か復活している入り口から外に出て

 それから<ライコー>に言われるがままに、買い物している

 買い物しているが意図がさっぱりわからない

 ガイア連合産の汎用霊装の兜を即金(マッカ)で二つ買って(高かった!)

 それからよくわからん服の専門店に行き二人分購入

 酒屋に行ってとりあえず強いのくださいと注文

 最後にジョークグッズの手錠を四つ買った

 これで勝てるのか? 

 

 翌日

 <ライコー>の指示で異界に入る前に昨日買った服(天狗のような服である、修験装束)を着る

 <ライコー>も着てるが恐ろしく似合わない

 そしてまたもや異界に入り、昨日とは違って入り口は消えず、変な異界だなぁと思う

 変な異界であるが一度行き来した道であるなら最初と比べれば余裕も生まれる

 水の流れる音が聞こえた、ちょっと気になって見に行こうとしたら

「めっ!」

 めって……

「私に任せてくださると仰ったはずです」

「それともあれは偽りだったのでしょうか?」

 いやそういうわけでは

「では気にしないでください」

「血塗れの服を洗う女なんぞと出会いたくないでしょう?」

 言ってることが分からない、が従っておく

 

 そして昨日と同じように

 屋敷まで辿り着き、そのまますたすたと門の前に行く

 門番をしているオニの前に行けば当然のように誰何される

「何奴!」「面妖な!」

 オニに面妖なんぞと言われる筋合いはないわ! 

 と言いたいのをぐっと堪える

 あらかじめ<ライコー>に「何も言わず私に従ってください」と言われてるのだ

 そして何故か手を出してこない門番にむしろこちらの方がイライラしてきた頃

 3メートルほどのオニがのっそりと出てきた

 小さくなってるが多分昨日見たオニだと思う

 化ける術を持ったオニか……種族妖鬼のどれなのか考える

 がどちらにせよやばい敵だ、オニとは比較にならないはず

 大丈夫なのかと<ライコー>を見れば平然とした態度

 そしてそのオニが言ってきた

 

「我が棲む山は常ならず

 石厳峨々(せきがんがが)と聳えつつ

 谷深くして道もなし

 天かける翼

 地を走る獣まで、道がなければ来る事なし

 いわんや面々人として、天をかけりて来たるかや

 語れ!」

 

 言ってる事を脳内で噛み砕いて見る

 要約すると「こんな田舎に何の用だ、怪しい奴め!」?? 

 そんな所に屋敷構えるな

 

 

「私どもは山陽道から迷い込んだ修験者です」

「道に迷ってここまで来ましたが、これも行者様のお引き合わせでしょう」

「一晩泊めてくださいませ」

「そしてお酒を飲み交わしましょう」

 その<ライコー>の言葉にオニは顔を綻ばせ

「さては苦しゅうなき人か」

「宴を一つ馳走せん!」

 宴会が始まる

 しかし違和感を覚える……

 

「絶対に、私たちが持ち込んだお酒以外飲んではいけませんよ」

 こくこく、と頷く

 怪しい奴らの怪しい酒なんて飲めない 

 しかしなんで昨日切った張ったした連中と酒飲む流れになるんだ

 そして俺は親玉オニの「俺の生まれは~」とかの下らない話に飽き飽きして

 つい煽った酒に瞬時に酔っ払い、眠りこけてしまった

 

 

 

「あなた、あなた」

 揺さぶりと<ライコー>の声に起こされ目が覚める

 目を開け周りを見回したら

「わっ」

 驚いた、6メートルほどに戻ったあのでかいオニが手足を手錠で拘束されてる姿で眠りこけていた

 そして数秒後に

 そうか、大江山の鬼退治か! と合点が行ったのだった

 今までの違和感の正体である、それは既視感だったのだ

 

 大江山の鬼退治、源頼光が酒に酔わせて酒呑童子という鬼を騙し討ちした伝説である

 前世で子供の頃、「教育に悪そうな話だなぁ」と思った覚えがある

 しかしなんでそれをなぞらえたんだ? 

「答え合わせを致しましょう」

 悪戯っ気を出した<ライコー>が微笑みながら声を掛けてきた

 

 

「恐らくここは不安定すぎる異界だったのでしょう」

「そこに【源頼光】(母様)の分霊である私が近くに来た」

「それに影響され変質」

「元々あった「ただ鬼がいるだけの異界」が【大江山を再現】する異界になった」

「しかし大江山の鬼、酒呑童子はその名が知られた大妖怪」

「そうやすやすと生まれる訳ではありません」

「よって異界は足らないMAGを元いた異界産のオニたちに求め」

「オニたちは弱体化、酒呑童子も「酒呑童子の役割をする酒呑童子の見た目だけのオニ」で補ったのでしょう」

「更にここはO県、大江山ではありませんしね」

 なるほど、だからオニたちがあんなに弱かったのか

 見た目だけのドンガラだったと

「異界の入り口が閉じたのは?」

「酒呑童子を退治するのは源頼光一党と決まっておりますので」

「異界から出れなくなったのは?」

「わかりません、MAGが足らなくなって不調を起こしたのでは? オニを切ったら入り口使えるようになりましたし」

「撤退時、オニたちが追いかけて来なかったのは……」

「彼らの中で私を倒せる可能性があるのは特殊なギミックボスとなった酒呑童子もどきだけ」

「これでは逃げる私たちを追いつめ殺す事は出来ないでしょう?」

「何故か俺が狙われなかったのは」

「あのオニたちは大江山の鬼退治の【源頼光】にやられる役割を果たしていただけだからです」

「……今の今まで説明しなかったのは?」

「女人の足と人の血で作った酒を飲み食いしてる様子を見たいのですか?」

「あなたは何も知らずに酔い潰して眠らせた方が良いと思いました、それに持ち込んだ酒を飲ませたいと」

「持ち込んだ酒?」

「神便鬼毒酒になると期待したのですが、なりませんでしたね」

「あれは人が飲むと力を付けられるのですが」

「そこの、酒呑童子もどきをすぐ殺さない理由は?」

「恐らく殺したらすぐこの異界の崩壊が始まるでしょう、だから殺したら」

 なるほど、そうか

「とっとと撤退する」「可能な限り金品を巻き上げます」

 ……?? 

「あの?」

「あなたがここに来てから少ししてPTを解散されたでしょう?」

「恐らく依頼はその時点で自動的に終了、この異界を攻略してもお金は出ません」

 えっ

「その補填をオニどもに求めます」

「弱体化しすぎて経験値にもなりませんでしたので、それくらいは要求してもよろしいでしょう」

 はい

「では始めましょう、酒呑童子もどきの首を刎ねてからスタートです」

「大江山の鬼退治では酒呑童子亡き後、鬼たちが仇討にやってきます、まずはこれが狙い目です」

 

 

 

「しけた異界だったな……」

 結局頑張って皆殺しにしたのに得られたのは

 購入した汎用霊装の兜を二つ重ねて、斬った酒呑童子もどきの首に噛ませて作った【鬼喰い兜】

 敵から(腕ごと斬って)ドロップした【籠手】(力を感じたから霊装のはず、腕は捨てた)

 それと150マッカだけ

 いや、装備品欲しかったから、得したと言えば得だったのか? 

 性能も市場価格もわからないと判断のしようがない、後で鑑定してもらわないと

 ピクシーの群れを一つオホーツクする方がマッカ収入良いってどういう事だよ

 

「でも私には得る物が多かったですよ」

「そうか?」

「だってあなた、相手がオニだから神社に参ろうと思ったのでしょう?」

 うん、鬼は有名だから強いと思った

「なら、鬼退治に来た意味がありました」

 そうか

 

 

「とりあえず帰ろう」

 <ライコー>の手を握った、少し恥ずかしかった

 心地よい恥ずかしさだった



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10話

 やはりリーダーは只者じゃなかったんだなぁ

 また積極的に働くようになりその事を実感するようになった

 

 

 事の始まりはあれからしばらく

【鬼喰い兜】と【籠手】(【鬼神の籠手】という装備だった)が鑑定から帰ってきて

【籠手】はそれなりでしかなかったが【鬼喰い兜】の意外な高性能にほくほく顔していた

 そしてその後渋い顔をするようになる

 性能が良い霊装の鑑定にはそれなりのマッカが掛かり、当然必要経費であるからして払い

 残ったマッカを数えてみた所、愕然としたのだ

 マッカ全然ない

 思えば【大江山】はマッカ収入が酷い異界であった

 オニからは全く落ちない、異界を逆さに振って150マッカ

 そのくせ【鬼喰い兜】の製造に汎用霊装の兜を二つ購入

 これが痛かった

 マッカで見れば大幅マイナスの仕事だった

 いや厳密に言えば、あれは仕事として認められていないのだから

「趣味で浪費しました」の世界である

 とはいえ【鬼喰い兜】は中々の性能であることは間違いなく

 実は<ライコー>が俺に「神便鬼毒酒」化した酒を飲ませて強化したいという気持ちが強かったとか語ってくれて

 俺としてはあれは良い思い出とすら思っている

 

 ただ、良い思い出だろうと悪い思い出だろうと金がないのは間違いない

 じゃあ働くか、と決意し

 手当たり次第、仕事をいくつも受けて、こなしてから計算してふと思った

「これ日当計算すると、「オホーツク海気団解放戦線日本支部」の時の半分よりマシ、くらい?」

 もちろん比較はPT収入での計算ではない、個人の収入だ

 リーダーのPT(全体で一日3600マッカ以上)とは比べる事もおこがましい

 俺のレベルも上がり<ライコー>が強くなりスキルも獲得し

 より強い悪魔がいる異界に出入りできるような実力になってなお

「オホーツク海気団解放戦線日本支部」の時以下

 なんでだ? と考えてみるに、まず今は一つの異界に長くいて仕事をする事があまりない事(そこまで効率が良くなりそうな異界に当たらなかった)

 その結果、武器の輸送に時間がかかり、実働時間が落ちている事にある

 そして新しい異界での仕事は、まず異界の敵や異界自体に慣れる事から始める為

 慣れるまで収入が低くなるからというのも大きい

 では一つの異界に拘って効率を上げるかと言えば、前述したように「これは」と思うものが見つからない

 まずは何か目的をもって腰を据え、それに向かって効率化するべきである、そう思った

 

 

 

 効率が良い異界を見定め、被害が少ない作戦を構築し成功させ、安定した収入を得る

 この難しさとそれが出来るリーダーの強さをようやく知った、と言える

 とはいえ、ではリーダーのように自分が成れるか、目指すかというとどうにも無理な気がする

 合理と効率で突き詰める、というのはある程度までは努力で行けるが

 それ以上はそれこそリーダーの言う所の適性の世界な気がするのだ

 自分はあそこまではいけないという認識を、拗らせた結果としてではなく事実として飲み込む必要がある

 そして飲み込んだ上で自分が出来る事を考えるべきだ

 

 掲示板で調べてみる限り、自分と同じようにある種のマッカ収入の壁にぶつかっている者が乗り越えるのは次の三パターンが多い

 1、レベルを上げてパワーで押し切る

 2、ガチャで強い【戦闘スキル】を引き、効率を上げる

 3、ガチャで有用な【汎用スキル】を引き、収入を増やす

「やはり、ガチャか」

 と独り言を言った瞬間

 コト、と<ライコー>が茶の入った湯飲みを置いた音に気づいて慌てて思考を振り払う

「あ、ありがとう」

 お茶を飲む、ふぅ

「私はガチャに感心いたしません」

 聞かれてた! 

 

 マッカ困窮に気づいた翌日、なんとなく残ったマッカの残高見てたら

 一回くらいガチャ回せる額は残ってたので何も考えず回してしまったのだ、もうここまで行くとすっからかんでも大差ないし

 <ライコー>に怒られた、「財布に残った最後のお金で賭博に行く人が何処にいますか!」と言われた

 結構居そうな気がするが黙って聞く、言ったらもっと怒られそうだし

 そして「無計画なガチャは控える」という事になった、言質を取られた

 

 

「しかしだね、ガチャは確かに打開策として……」

「策とはそういうものではありませんよ」

 はい

「なるべく運に任せない方法を模索しましょう」

 はい

 そういう事になった

 シロがあくびしてこちらを見ている……

 

 

 ガチャに頼るのは極力避ける

 という方向で動くのであればこの三つのパターンのうち二つが消え一つが残る

 レベル上げである

 

 

 

「レベル上げ、ですか」

 いつものように事務の人に頼む、餅は餅屋って良い言葉だと思う

「う~ん、本当にマッカはそれほど稼げなくても良いのですね?」

 頷く

 一時期はマッカに困ったが、その後効率は悪くても真面目に働いた事

 ガチャをしなくなった事

 <ライコー>に雀荘に行く事を全面禁止された事(曰く「カモが行くところではないと思われますが」)

 これらの結果、それなりに余裕がある

 余裕があるからガチャに悩んだわけだが

「では、こちらをどうぞ」と資料を渡された

 異界【古戦場】

 某逃げてはいけない古戦場を連想するが無論それとは無関係である

 出てくる悪魔は【妖鬼オニ】と【妖鬼モムノフ】

【妖鬼モムノフ】、女神転生では大体レベル25前後、物理耐性持ちの物理アタッカーの悪魔である

 見た目は、小札甲を身に着け槍を持ち、剣を帯びている兵のような男だ

 しかしこの異界において出てくる【妖鬼モムノフ】はそれほど強くない

 同じく出てくる【妖鬼オニ】と同程度のレベル10程度

 特別な弱点もない代わりに物理耐性以外は耐性もない

「あっそれとですね、【大江山】のような事がありそうなところはちょっと……」

 言い忘れていた、不安定な異界ではまた【大江山】のような事が起こるかもしれない

 さすがにそれは困る、後出しで条件を足すみたいな事をしてしまって申し訳ないが

「そちらも大丈夫です、こちらの異界は【ガイア連合】の管理下でありますし」

「何より異界ボスとの交渉に成功しています」

 よく読んだら資料にも書いてあった

 異界ボスとの交渉、異界攻略による消滅ではなく

 ある種の取引によって共存を選んだという事だ

 ボス側の利益は交渉の結果次第であり一概には言えない

【ガイア連合】側の利益としては

 霊地の安定化、異界の管理の容易化、そして異界の活用が積極的に出来るようになるという所が相場である

 この異界の特徴として【妖鬼オニ】と【妖鬼モムノフ】の数がとにかく多くて狩り放題という点にある

「あっもしかしてこの異界って」

「はい、【ガイア連合】の狩場ですね」

 であれば目的に適う良い所だ

 そういうことになった

 

 

 

 

 最寄りの支部に着き、荷物を降ろし、<ライコー>を連れてPTリーダーの人に挨拶に向かう

 支部が着々と出来上がるにつれて

「武器密輸サービス」も強化され

 今ではもう「ちょっと観光に行くか」というような時間は空かなくなっていた

 それでも<ライコー>の武具が届くまで二日掛かる

 その二日の間に挨拶と軽い打ち合わせくらいはしておきたい

 そしてPTリーダーの人に会いに行ったら、PTメンバー勢揃いで

「僕がPTリーダーの竹田です、よろしく」

 温和な顔をした男性がそう言った

 

「ちょっと今、PTで問題を抱えていてね」

「申し訳ないんだけど早速名前とステータスタイプとスキルを申告してもらえないかな? シキガミのタイプも」

 すぐ口にする

 この辺りは異界探索の仕事をする以上良く有って、テンプレートみたいなものだ

「うん、ありがとう」

「じゃあ問題を共有するためにこちらの紹介も受けてくれ」

 確かに問題があった

 

 

 PTリーダーの竹田さん

 本人は物理スキル持ち、シキガミも物理型で物理耐性持ち、魔法スキル所持はどちらもなし、人型式神

 他のPTメンバー

 名前以外ほぼ以下同文、一人先制発動スキル持ちがいた

 

 

「良かったよ、君が回復スキル持ちで」

「また同じタイプだったら諦めてPT解散の申請出そうって話ししてたんだ」

「ファイブカードとか勘弁してほしいよな!」「フォーカードでも大概だぞ」「こんな役いらねぇよ」

 と、よっぽどほっとしたのか場が賑わう

 えぇ……

 

 

 今回の件は一つ一つはそこそこよくある話らしい

 PTリーダーは自分が前衛を務める事前提で、

 この異界向け臨時PT(五人PT)として魔法スキル持ちが気持ち多めのPT構成になるように人員を要請した

 自分みたいな固定PTを組んでいない人間はこういうPTにお呼ばれして働く事になる

 魔法スキル持ち気持ち多め、というのもこの異界では良い選択だと思う

 そして

「当初のメンバーがドタキャン連打して、代わりに入って貰った人たちが偏ってたんだよね」

 と語る竹田さん

 自分、もう一人前衛、魔法アタッカー、魔法アタッカー、ヒーラー

 というPTで想定していたと話す

 それがまず、入ると連絡が届いていた魔法アタッカーの役割の人が

「他に良い仕事が見つかった」とキャンセル

 もう一人は身内の不幸でキャンセル、暫くの休業

 魔法アタッカーの人たちの代わりをそれぞれ要請したら

 キャンセルの時間差の都合で「前衛二人魔法一人回復一人」のPTの補充要員として受け止められ

「魔法要員じゃないけどそっちで働きたいって人送ったよ!」と物理型の二人がそれぞれ来訪

 順当に最初から前衛枠で募集していた人もやってきて、物理型だった

 結果、シキガミ含めて完璧に物理型な4人揃う事と相成った

 

「僕が所属している支部の事務員にね、「追加で魔法スキル持ち回してくれ」って言ったらさ」

「「現地人異能者であれば」って言われちゃったんだよね」

「いや、レベル10の悪魔が出てくる異界に現地人なんか連れてきてどうすんのさってさ」

 と目が笑っていない顔で笑う竹田さん

 現地人異能者(非転生者)、俺は組んだ事がないから実はよく知らない、事務の人にコミュ障だと全力で主張した結果である

 ただ掲示板では色々言われている

「やる気は【俺ら】よりある」とか「ない才能を気持ちで補っている」とか「健気だから応援したい」という好意的なものから

「当り外れが激しい」とか「というより外れ方の種類が豊富」とか

「せっかくの巫女イタコさん、巫女服やめちゃった……」とか

 まあ色々言われている

 ただ共通しているのはほぼ確実に【俺ら(転生者)】より才能が劣る事

 シキガミを有さない事

 そして【俺ら】の同胞意識の対象外である事

 個人として好きな人もいるだろう、【俺ら】にとって大事な人もいるだろう

 しかし【俺ら】ではない、そういう事だ

 

「という事でこれ以上の追加人員はないよ、この5人で頑張ろう」

「よろしくお願いします」

 

 

 とんでもない所に来ちゃったかも……

 

 

 

 とんでもない所に来た、その思いは間違っていたしある意味間違っていなかった

 まず彼ら4人、普通に強い

 大男のようなオニ、武器を持っているモムノフ相手に即座に突っ込み蹴散らし経験値に変える

 このPTには策も何もない、敵を見つけたら竹田さんを先頭にして突撃するのだ

 竹田さんなんて覚えたスキルが【ひっかき】だったらしく

 常に相手の前に出て素手でひっかいてる

 なにこれ凄い

 そしてPT内で俺からの回復魔法を受ける率1位になっている

 全体的にも今までになく俺の出番がある

 そりゃ回復役来なかったらPT解散するわ……

 

 そして一段落

 数が多いのが特徴というだけあって、探す手間が殆どいらない、いくらでも戦闘出来てしまう

 休憩するために異界の外に出た方が良い、そう判断されたほどだ

 この異界内で休憩なんて出来ない

 休憩中、良い機会だから竹田さん含めPTメンバーの人に聞きたかった事を聞いてみる

「そういえばなんで純粋に物理タイプなのに、シキガミも同じタイプにしたんですか?」

 同じ様な性能で揃えると嵌れば強くなるかもしれないが、対応力を失う

 普通に考えてそういうものだと思うが

「あーそれね、よく聞かれるんだけどさ」

「僕にとっての【終末】感の違いなんだよね」

 とスポーツドリンクを飲みながら話す

【終末】感? 

「今は良いけどさ、終末が来た時にアイテムの生産とかどこまで出来るか怪しいじゃない?」

「【ガイア連合】が生き残っても絶対に消費量は増えるしさ、そうなると頼って良いのかわからないじゃない?」

「じゃあ身一つで戦力維持できて、回復しやすい体力さえあればいくらでも戦える物理の方が良いと思ったんだよね」

「物理型で力が強い方がサバイバル時の労働力にもなると思ったしね」

 はぁ

 そういう考えもあるのか

 そしてPTメンバーの方に顔を向けると

「なんとなく」

「俺の嫁に魔法は似合わん」

「俺が物理型でシキガミが魔法型だと後方がシキガミだろ? なんで俺が前に出て後方守るんだよ、お前も来いの精神」

 三者三様の答えが返ってきた

 色々な人がいるなぁ

 

「さて、これはPTリーダーとしての方針なんだけど」

「僕たちはここの異界に経験値稼ぎの為に来ている、これは共通していると思う」

「前評判通り、戦利品も素材も全然落ちないしね」

 そう、この異界は所謂ドロップが殆ど落ちない、一応マッカは落ちるが強さに対して少ない

「異界ボスが絞ってるとか量産のための劣化品だからとか言われてるけど」

「ともかくこうも極端だと割り切りやすい」

「僕たちの方針は「見敵必殺」だ」

「全力でひたすら狩って、疲れきる前にその日は上がろう」

「それを繰り返すのが良いと思う」

「収入源になるようなものもないしPTを抜けるなら好きに抜けても構わない、僕もそうする」

「その時はPTを解散させる」

 そういって俺の方を見て

「ただ、PT唯一の回復魔法持ちの君だけは抜ける時は事前に言ってほしい」

「PTに対する影響が大きいからね、せめて抜ける三日くらい前に言ってほしい」と続けた

「これでいいかな?」

 反対の声は特になかった

 

 

 

 それからしばらくこの異界でレベル上げを続けている

 このPTは自分が思っていたよりも強い

 初日以降その思いを新たにした

 特別なスキルを持っている訳ではない、

 そういう点ではマハブフ持ちのシキガミがいたリーダーのPTの方が恵まれている

 単純に物理耐性持ちの悪魔を殴り殺し、切り殺すパワー

 躊躇せず槍を持つモムノフの懐に飛び込む勇気

 そしてそんな戦闘の連続でも疲弊しない精神が強い、そう思った

 

 こんなことがあった

 異界にて敵を探している途中、20匹ほどのモムノフの群れを見かける

 竹田さん、指示を出す

「突撃するよ」

 そのまま、5人と5式は正面から突撃、勝利した、二体のシキガミはかなりの被害を出ている

 回復役としてその集団の中心で守られ回復をしている立場だった俺はそれを真正面から見た

 一応その後シキガミに回復も掛けたが片方はちゃんと修理に出さないといけないだろう

 

 そして思った「正直、ここまで好戦的だと付き合いきれない」と

 感性の違いかもしれない

 

 

 その日の夜

 宿泊先の支部の割り振られた部屋に来客が来た

 PTメンバーの人だ、自分と同じ物理型にシキガミをした理由を「なんとなく」と答えた人だ

「悪いな、こんな時間に来ちゃって」

「いえ、いいです」

 しかし何の用だろ、こう言っちゃなんだが自分はこのPT内で特別仲が良い人はいない

 この人もそうだ、俺に何か用事があるとも思えないんだが

「俺、このPT抜けるわ、レベルも上がったしシキガミ治さなきゃだしな」

 はぁ

 それを俺に言われても

「あんたも抜けた方が良い」

 !! 

「俺の持っているスキルの一つがS疾風の秘法だ、ゲームほど便利じゃないが」

 自己紹介の時にも聞いた

【S疾風の秘法】、戦闘開始時に味方全員の【速】に+の補正を掛けるスキルである

 便利なの持ってるなーとちょっと羨ましかった

 実際使われてみると身体の動きが速くなった

「それが何か?」

「竹田さんが俺がいた時と同じ調子でやれば」

「一番危ないのはあんただろ」

「回復魔法をすぐ受けれるように一緒に突っ込むのも良いと思うけどさ」

「あんたみたいな脆いの抱えて」

「倍の人数に突っ込む時にやるやり方じゃない」

「あの人、強いけどそのあたり鈍いよな」

 そして俺の方を見て

「俺が抜けた後、死んだってなるとほら、気になるだろ」

 そういう事か、でも

「その、実はさっきPTを抜けるって言って来てですね……」

 抜ける前に言いに来てくれた人に「実は俺もう抜けるって言いました」っていうのちょっと罪悪感が

「まあ正式に抜けるのは三日後でまだあるんですけど」

「そうかそうか! なら良かった」

 と笑い

「じゃあ、残りの期間気をつけてな」

「こんな経験値しか稼げない異界で痛い目見るなんてつまらないぜ? 俺なんて大赤字だ」

 そういうことになった

 

 

 

 翌日は【S疾風の秘法】の人が抜けたこと以外は

 まあ普通だった

 そのさらに翌日つまりこのPTでの最終日

 そのまま普通にレベル上げが始まり数回の戦闘を繰り返し

 最後に鬼5匹の群れに突っ込んで勝利、帰り道モムノフの群れに襲われた

 

 モムノフの群れに襲われた、これはまあいい、帰り道に襲われるのは良くあるのだこの異界は敵が多い

 良くないのはモムノフとの出会い頭に先手を取られ、竹田さんのシキガミが襲われ

 数匹のモムノフがスキル【渾身脳天割り】を発動、直撃、竹田さんのシキガミが死んだからだ

 竹田さんは激高、即座にモムノフたちに飛び掛かり

 袋叩きにされて死にかけてる

 流れるような展開に後ろの方にいた俺は目を疑った

 

 とりあえず一人が前のモムノフを食い止め

 もう一人が竹田さんを救助、俺が回復させる

 させるが、回復したら血の気が戻ったのかしきりに突っ込みたがり説得を断念

 ワラワラ寄って来るモムノフたちが見えないのかと思われる

 PTメンバー全員で無理やり取り押さえ撤退した

 冷静じゃないPTリーダーの判断に付き合わされるのは勘弁してほしい、そういう事だ

 でもまあ俺だって<ライコー>が殺されればああなるかもしれんしなぁ

 いや多分なる

 

 翌日、帰った、PTは解散されていた

 

 

 

 

「あのPT、なんだったんだろなぁ」

 <ライコー>の膝に頭を預け思いを馳せる

「PTの戦力は十分あったし、一人一人も強かった」

「相手の耐性を考慮してもまあ十分なPTだったと思う」

 なのにあっさり崩れた

【S疾風の秘法】の人はシキガミに手痛い損害を受けて離脱、竹田さんに至ってはシキガミ死亡だ

 壊滅と言って良い被害だ、結局解散したのだから全滅かもしれない

 そう言ったら、<ライコー>は俺の頭を撫でる手を止め

 まぁ! と予想外な事を言われた、と言いたげな声を出した

「あなたがあのリーダーから学んだレクチャーにあったはずですよ」

「弱い奴と戦え、何があるか分からない」

「PTの戦力はしっかり把握しろ、自分がPTを率いる立場なら特に」

「あのPTリーダーは弱くない相手に対し常に強気に戦いました」

「そしてPTメンバーに対する気遣いもそれほどありませんでした」

「温和に見えても苛烈な方だったのです」

「その結果、運悪く、過程も見れば必然のように、シキガミを失いました」

 

「私としてはその失う物があなたの命ではなかった事に安堵しております」

 

 そうか、難しいな……

「もしあなたが人を率いる事があれば、彼よりももっと周りを見る必要があるでしょう」

「俺にはそういうの無理だよ」

「そうかもしれませんね」

「ではそういう事を気にしなくても良いほど強くなりますか?」

「意地悪言うなよ」

 ふふふと笑う<ライコー>

 

 しばらくゆっくりするさ

 無理にレベル上げしても無理するだけだ

 ほどほどに働いてお金稼ぐよ

 そう言うと<ライコー>は嬉しそうに笑った



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11話

 さて、時間というものは過ぎ行くものである

 かつて【ガイア連合】が地元霊能組織のいくつかを吸収しあるいは提携した事の影響

 時と共に波紋のように広がり、あるいは熟成されたそれは

 当のガイア連合に所属している人間ですら完全に予想できるものではなくなっていた

 

 

【ガイア連合】は技術革新を迎える

 

 

【ガイア連合】は霊的アイテムの高い開発能力、製造能力を持っている

 その産物の代表例はやはりシキガミであろう

 シキガミ、それも人型式神は他の組織に全く真似できない凄まじいものである

 これだけでも他組織の追随を許さない技術であるが

【ガイア連合】はただそれだけではない

 霊薬、霊装、祭具に至るまで【ガイア連合】、あるいは【山梨産】と呼ばれるそれは他者の一線を画す力を持つ

 残念ながら現在進行形で霊的に世界征服活動をしている【メシア教】を除いて、だが

 

 それを支える力の源、

 それは表世界の日本に強い影響を与えるほどの資本力であったり

【ガイア連合】の霊能者たちが持ち込む異界や悪魔由来の希少な素材類であったり

 大量に運用され消費される万能資源としてのマッカだったり

 あるいはショタオジだったりする

 その中にあって、【ガイア連合】内でも誰もがその功績を否定することの出来ない存在がある

【ガイア連合】が誇る技術部である

 

 【ガイア連合】が恐山から

 まだこの日本の霊的国防組織が健在であった頃に製造された高度な武具、霊具を借用し分析し、

 その技術の一部の解析、取得、蓄積に成功した結果、彼らは刺激を受ける事になる

 限られた狭い範囲の視界がさっと広がり、遥か遠くの果てに夢を描けるような

 そんな感動を味わった

 そしてそんな彼らの中にこう思ったものが出てくるのも自然である

「もっと知識を! もっと技術を! ジャンプしろオラァ!」

 その結果、生まれた物の一つが【アガシオン】である

 

 

 妖魔【アガシオン】

 西洋系魔術師が使い魔とする実体のない悪魔である

 女神転生においてはレベル10前後で壺に入ったお化けのような姿をしている

 元ネタの方は壺や指輪、護符に入るお化けだそうだ

 姿は不定、人、獣、小鳥、何でもありだ

 が、このアガシオンは女神転生や元のイメージを捨てて見るべきである

 何せこのアガシオンはごく最近この【ガイア連合】で【生産】され始めた悪魔だからだ

【悪魔の生産】、高い技術力を持った【ガイア連合】が、吸収した現地霊能組織からの

 その伝手をたどって西洋系霊能組織の技術を入手したことで生産を可能にした

 まぎれもなく最新の技術の産物

 

 このアガシオンの本格的な販売が始まった

 そう、販売である

 買えるのだ、マッカで! 

 シキガミに次ぐ二人目の【仲魔】そう期待されている

 だから買った

 それも、オーダーメイドで注文、俺の血肉も製造過程に使ってもらった、痛かった

 高いし痛い買い物だったが<ライコー>も反対しなかった

 絶対に無駄にはならないと思っている

 それが家に届いた

 アガシオンだから縮めて<シオン>そう名付けた

 最初はアガにしようと思ったけど呼びにくかったからやめた

 

 

 さてこの<シオン>、実力のほどはいかなるものかというと

 まずアガシオン自体の評価を羅列すればこうなる

「レベルは5程度、無論同レベルの式神と比較して弱く、

 MAG消費は強さを考えれば少々お高い程度、手数が増える事を考えればあり」

 この評価を極端に塗り替えるほどの事はいくらオーダーメイド産でもできない、俺の出すマッカ程度では

 俺の<シオン>は上の評価にプラスしてこの程度の項目を付随すればいい

「利便性が高い指輪型」「量産型よりちょっと高いっぽい? 程度のステータス」

「所持スキルはジオ、スクカジャ」「汎用スキル【テレパス】持ち」

 俺の戦いが変わる、そう確信しての購入だった

 

 その新戦力の<シオン>を得て俺は

「メディア!」

 異界で回復屋をしている

 

 

 

 高額な買い物をしたから労働意欲に燃えた、という側面もないではない

 だが、とりあえず本格的な【メディア】の試し撃ちと<シオン>の軽い評価

 特に後者の場合はお高い買い物であったので自分の考えが間違っていないか、それを知るためにも必要な事だった

 事務の人から紹介された仕事の中で特に報酬が高く、安全性もそこそこある仕事

「異界内での回復支援」なる今までと比べても大雑把に見える文面の仕事を受けたのはそういう理由だった

 報酬が高く安全性もある、なんて美味しい仕事を受ける事が出来た理由

 それがこの回復魔法【メディア】だ

 

【メディア】、味方全体に【ディア】を掛ける女神転生ではお馴染みの回復魔法である

 範囲回復、とうとうここまで来たかという感慨すら覚える

【古戦場】ではあんな事になってしまったが確かにレベリングとしては成功していたのだ、

 レベルも10を超え12になった

 あんなことにならなければもう少しこの魔法の取得を喜べたのに

 

 

 この異界は【古戦場】と同じく、【ガイア連合】が活用している狩場としての異界である

 但し【古戦場】よりも出てくるレベルが低く、悪魔の数も多くない

 そこそこ弱い敵が中々の数出てくる、そういう異界だ、そしてやはりドロップが渋い

 その異界内で我らが【ガイア連合】は陣地を構え

 回復役を置き、弁当含む飲食物の販売をし、

 割高になるが【チャクラドロップ】等の霊薬も販売している

 手厚い支援体制だ、異界内で夜を過ごすのを避けるため朝に出来て夕方には撤収する陣地、それがこれだ

 その陣地に案内され、周りを見渡し思った

「なんで古戦場にはこれがなかったんだろ」

 そんな俺のちょっとした疑問に<ライコー>が

「あの異界は入り口から近い所でも悪魔がいましたから、それではないでしょうか」

 と答えた、得心が行く

 この異界はちょっと奥に進まないと敵があまり出てこない、だから奥に行き休憩できる陣地を作った

 逆に言えば【古戦場】は「異界に入ってすぐ敵を見つけ魔法攻撃を連射して倒したら撤収」が出来る異界だったのだ

 陣地がないんじゃない、必要ないんだ

 異界の外という安全地帯に近いから

 敵集団を探し回る必要なんてなかったんだ、入り口付近で適当に見つかる敵を倒すだけで

 それなら帰り道の戦闘も……

 かつての、というにはちょっと時間的に近い自分たちの失敗を改めて確認させられた思いをする

 

 

「じゃあここが君の持ち場だから」と案内されたのは

 その陣地の入り口の近く

 自分はここで1PT50マッカで全回復するまでメディアを掛けるのが今日の仕事だ

 俺の給料分のマッカがギリギリ回収できるか分からない料金設定である

 

【ガイア連合】の霊能者のレベルの分布はピラミッド型をしている

 という話しを聞いた覚えがある

 その時は「そりゃそうだよ」と思ったがその意味するところを少し実感した

 この「低レベル向けの狩場異界」思ってたより仕事が多い

 自分が思っているより覚醒転生者が増えてきたのかもしれない

 もしくは増したのは危機感か

 なにはともあれ、自分の給料分以上は仕事した事に小さな満足感を覚えた

 

 

 人が来たらメディアを掛けて瞬時に治って去っていくのだから

 この仕事は待機時間との戦いという側面がある

 しかし自分にはその時間を利用する当てがある

 本命の<シオン>のとあるスキルの実験、評価、もしくは訓練である

「<シオン>」

 声を掛けると指輪から煙のような物が出てくる、これが悪魔アガシオン

「じゃあ、この辺りをぐるっと行って【テレパス】を使ってその風景を伝えてくれ」

 こくりと頷くような気配を感じる<シオン>、良い子だ、軽く撫でてから言う「行け」

 消えた

 

 汎用スキル【テレパス】これはどうにも人によって使い方が変わるスキルなのだそうだ

 言葉を交わせないシキガミに付けて会話が出来るようにする

 というのが一般的である

 しかしこのスキルに目を付けた人たちがいた

「音を介して言葉を交わしてないなら、じゃあ何を脳内に伝えてるの?」

「なんなら声じゃなくて映像を伝えてもらえない?」

 つまり【テレパス】を介してシキガミを自分の目として使う、という使い方である

 それが出来て、覗き行為を行い、掲示板で自慢し、ガイア運営から軽く呪われて腹を壊したそうな

 これに自分も目を付けた、もちろん覗き行為が目的ではない

 

 

 

 自分の想定としては次の通りとなる

 アガシオンは空を飛び回ると言うほどではないが、宙を浮くくらいのことは出来る

 実体がないのでそのあたり自由なのだ

 だから【テレパス】持ちの<シオン>に常に俺の頭上数メートルで待機し、視界の広さと高さで奇襲回避の為の見張りを担ってもらう

 そして時には離れ偵察要員になっていただき【テレパス】で報告

 戦闘時には手元に戻ってジオ、スクカジャで支援

 これなら行ける、と思った

 自分は出会い頭に集中攻撃を浴びてシキガミを失った竹田さんのようにはなりたくなかった

 突然の奇襲を受ける事も先手を取られる事もなるべく避けたい

 <ライコー>と今後も共にいるための細やかな努力の一つ、それがこれだ

 

 もっとも全てが上手く行くわけではない

 俺は【テレパス】で伝わってくる情報はリアルタイムの映像だと知っていた、これは間違っていない

 ところがいざ使ってみると

 自分の視界と脳に入り込む映像が脳内でぐるぐる回るような感覚、

 強い吐き気がして長時間は無理なのだ

 目を瞑り横になって力を抜けばそこそこ行けた、だがこれでは異界では使えない

 妥協点として、<シオン>に映像ではなく画像として送ってもらう事にする

 写真を送り付けてもらう感覚だ

 行けた

 しかしこの場合、<シオン>には何を撮って俺の脳内に送るかを考えてもらわなきゃいけなくなる

 一先ず、優先順位を決め、訓練をする事にする

 この仕事中に覚えてもらいたい

 

 

 またその訓練と並行しとある実験をしてみる

 アガシオン購入前から考えていたことだ

「アガシオン爆弾」そう名付けた

 とりあえず出来るか出来ないかを知るだけでも意味がある、程度の実験だ

 やる事は単純、ストーンを抱いてアガシオンが爆撃、もしくは抱いて自爆である

 前者の方でやってみたがこれは出来なかった、ストーンが発動しない

「うーん、悪魔はストーン使えないのか」

 <ライコー>にストーンを使わせてみる、普通に使える、違いはなんだ

 わからないが出来ないもんはしょうがない

 将来的には「アガシオン部隊によるメギドストーン爆撃」の可能性とかちょっと考えていたから残念だ

 

 

 使い魔という性質だからだろうか

 思っていたよりも物覚えが良い

 俺が歩く速度に合わせ宙を動き、不審なものがあったら画像で報告することも

 隠れ、潜み、目的の物の様子を伺い画像で報告することもしっかりできるようになった

 望んでいた役割はしっかり果たして貰える、満足した

 その後、ジオ(<ライコー>も使えるから目新しい物はない)や

 スクカジャの使い勝手、効果時間、効果等を実際に使用して評価し

「戦闘が開始したら俺が指示しなくてもスクカジャ」や

「戦闘中に切れる前にスクカジャ」や「指示した時以外はジオ禁止」等決める

 実験と<シオン>の訓練を終える事になる

 

 

 

「異界内での回復支援」の仕事はしっかり終えた

 中々の稼ぎになった、今後も受けてもいいかもしれない

 その後一月ほど低難易度の異界探索の仕事を受ける事にする

 <シオン>の実戦評価と、

 今度は自分が<シオン>がいる事前提の戦いを出来るようにする為の訓練である

 おおむね満足、これからはこの戦い方で行こう

 

 

 

 

 ある日掲示板で信じられない物を見た

 異界【鬼ヶ島】攻略、とっくにされていたらしい

 いつの間に【ガイア連合】に管理が移されていたのだろうか

 そして

 攻略後の異界【鬼ヶ島】に豊穣神降臨、以後【ガイア連合】はその豊穣神に異界管理を委託する

 それに伴い異界の名を【ヒノエ島】と改名

 支部建設を決定、支部としては瀬戸内離島支部と命名

 終末後に備えて食糧生産地になる異界を見繕った、という事らしい

 米作を中心に農業を行う予定で

 【ガイア連合山梨第一支部】の社食にそこの産地の食材が使われるから

 是非食べてみてね! とのことだ

 自分はこの「是非食べてみてね!」の宣伝から流れを知った

 神が治める異界から出た食い物を社食で食える企業なんてガイア連合くらいだろうなぁ

 

 

 

 焦りを感じる、自分は確かに前に進んでいたと思っていた

 しかしそれは足踏みでしかなかったのではないか

 自分ではとても無理だと思っていた【鬼ヶ島】が実はあっさり攻略されててとっくに農地になっていた

 自分が前に進む以上にもっと強い人たちはもっと早く先に進んでいる

 俺はもっと歩みを早めた方が良いのでは? それこそ積極的にレベルを上げて、そのためには……

 そんな思考が頭をよぎる

「あなた」

 声を掛けられ、<ライコー>の方を見やる

「そう焦らなくても良いでしょう?」

 はっとした

 そうだ、俺はじっくり進めると決めたじゃないか

 俺には守る家も<ライコー>もいる

「ありがとう」

 礼を言い軽く抱きしめる、<ライコー>の肩越しに見える風景に

 フラフラ宙に浮く<シオン>の姿があった

 俺はちゃんと前に進んでいる、そう思えた

 

 



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12話

「中級」「中位」「中堅」の霊能者や異能者

 掲示板を見てこれら三つの中の文字がある時は眉に唾を付けねばならない

 なぜならこれらにはそれを認定する存在があるわけでもなく

 全て頭に「自称」が付くからだ(以下これらはまとめて中級と表す)

 とはいえそれを名乗っている者とて、多少の見栄はあれど別に悪意で名乗っているのではない

 そこそこ納得が行くような理由も存在する、場合もあるのだ

 自分が知っている例を紹介しよう

 

 1、15を「中級」と見なす場合

 30から上を「幹部」という位があると見なし殿堂入り、

 30レベルまでの半分である15が「中級」であるとする

 この場合では20~30くらいまでが上級になる

 15から30を中級と見なし30より上を幹部=上級とする場合もある

 

 2、20前後を「中級」と見なす場合

 30からを幹部、と見なすのは1と変わらないが

 40を上級にする

 基準は「簡易アナライズ(通称計測機君)が壊れるのが40から」だからだ、

 つまり「簡易アナライズを壊せるようになって上級」

 それの半分くらいを中級とする

 

 これら二つはまだ基準がある分マシである

「経験を積んだから中級」「もう初心者ではない気がするから中級」等

 完全に主観で名乗っているのもいる

 まあ規則で決まっている訳でもないのだから何を名乗ろうと勝手だ、好きにしていい

 

 しかし早ければ15から「中級」を名乗るのはいかなるものだろうか

 上の理屈を知らずして肌感覚で15から「中級」と主張して納得できる土壌はあるのか、というと

 実はある、上の屁理屈に近い物の他にもこういう理由がある

 それは今は、(特別でない平均的な)地方異界ボスを倒せるレベルがこの辺りからだと言われているから、というものだ

 つまり直接的な異界攻略に携わる事が出来るのがこの辺りのレベルからなのである

 異界探索で、情報を集めたり素材を集めるのではなく、出来れば攻略ではなく

 異界ボスを討伐、異界消滅そのものを仕事として受ける事が出来るようになるレベル

 それがレベル15から、という事だ

 

 

 そして俺はアガシオン購入からレベルを2つ上げ14、

 そろそろ異界攻略に携われるかもしれない所まで上がってきた

 あくまで、かも、だけど

 

 

 俺としてはこの「異界攻略」を意識せざるを得ない

 覚醒し、ステータス魔と回復特化で、このままでは悪魔の餌でしかないと恐怖した自分

 しかし自分では大したことが出来ると思えず、腐っていた自分、

 それがここまで来た! 

 恐らくここで何か痛い目を見れば「調子に乗っていたから」と反省せざるを得なくなるだろう

 しかしそれくらい俺は嬉しかった、力という形で何かを掴めた気がした

 もうあの頃の自分とは違うのだと思っていい、そういう確かなものを得られる気がした

 当然ながらこれは最前線ではない、しかし前線に到達できる、そう思った

 

 

「15になっても異界攻略はご紹介できませんよ」

「えっ」

「今日の朝、基準が1レベル上がったとの通達がありました」

 今日……

 

 

 時が経つごとに世界的にGPが上がり終末を感じさせる

【GP(ゲートパワー)】、魔界と現世を結ぶゲートの大きさを指す数値である

 大きいほど強力な悪魔が現世に出現しやすくなると言われている

 雑に【魔界】との距離感の近さの数字と解釈してもいいだろう、高いほど魔界に近くなるのだ

 高くなれば異界でも何でもない人里で悪魔が発生したりもする

 そしてGPが高くなる事での変化、その分かりやすいものとして

 異界ボスのレベルが上がるというものがある、そして異界の雑魚悪魔のレベルも上がる

 極端な事を言ってしまえば、同じ異界で

「昔のボスと同じくらい強い奴が今じゃ道中の雑魚扱い」みたいな現象もあり得るのだ

 GPが直接的に悪魔を強化するわけではない

 ただ、悪魔を現世に湧いて出やすくする、その結果、弱い悪魔が淘汰されより強い悪魔を支える糧となる

 これはGPが上がればピラミッド自体の大きさが大きくなる、位の認識で良い、上の構造物はより高い所に行く

 【ガイア連合】も最初期の頃はレベル一桁から異界ボスを討伐していた、がそれは今は昔の話しである

 

 現地霊能組織の多くが限界を迎え、消滅、あるいは【ガイア連合】の手を取ったのもこれと無縁ではない

 強くなり続ける敵、補充が効かない戦力、消耗し失っていく組織的な体力

 これらの悪材料の中で余裕を保てる組織などそうはいないのだから

 

 

 自分が15になる前に基準が跳ね上がり

「せめて〇〇になってからじゃないとねー」と

 まるで飲酒を咎められる少年のような事を言われる可能性はもちろんあった

 あったけど

 何もあと1レベルってところで上がらなくても良いじゃないか……! 

 

 

 

 手が届きそうだと思っていたのが

「もうちょっと手を伸ばしてね」とちょっと遠くに置かれてしまったような、そんな気分になった

 でもいつまでもそんな気分に浸ってもいられない

 狩場である異界にてレベリングをする事にする

 場所は【古戦場】、PTリーダーは自分、人数は5人で申請し人員を要請する、

 全員の希望がなければ狩り開始2週間で自動解散

「無理をしないレベリング」でこれが出来る所まで来ていた

 

 

 

 

 異界最寄りの支部で合流、打ち合わせをする

 PTリーダーは自分(ライコー)、物理(シキガミも物理)、物理アタッカー(魔法)、魔法アタッカー(物理)、魔法アタッカー(物理)、

 中々バランスが取れた良いPTだ

 そして純物理型で知っている顔もある

 かつてシキガミに損害を受けた【S疾風の秘法】の人だ

 何か言いたい事があったようだが、

 あえて無視しPTメンバーと自己紹介をして、スキルの申告、役割を決める

 組んだばかりのPTでPTリーダーと特定のメンバーが特別親しい(かもしれない)というのは

 他のPTメンバーを不安にさせるかもしれないからだ

 全員に自分を「リーダー」とだけ呼ばせ、自分の構想を説明

 それぞれの役割を割り振る

 全員事前に言われていたメンバーで良かった、そう思った

 

 今回のPTでの基本は以下の通りである

 前衛をするのは<ライコー>と【S疾風の秘法】の人+シキガミの3人

 自分と魔法アタッカーはPTの中央部に、魔法アタッカーの物理型シキガミたちはその護衛として中央部の左右の脇に

 最後に残された物理アタッカーの人は後衛として、バックアタックに備えてもらう

 本来はバックアタックに備えるこの役割は<ライコー>でも良い

 しかし駄目だ、それではリーダーとそのシキガミが楽をしすぎる

 

 オーソドックスな良いPTだ、紙に書いたそれをつい見つめてしまう

 方針として

【異界入り口近くからは大きくは動かない】

【オニ、モムノフ問わず10匹以上の群れには手出しをしない】

【余裕がなくなるまでは戦わない】

【なるべく魔法で仕留める】

 これらを明言する

 特に魔法アタッカーの人たちには今回のレベリングで使う魔法は

 最大何回使えるか申告して貰った、これが継戦回数に直接的に関わってくる

 

 最後にドロップした素材、マッカは均等分配と決め

 質問がない事を確認し【S疾風の秘法】の人以外を退出させる

「何か言いたげな顔をしていたんで……」

 と水を向けると

「いや、それはなくなったよ」

「今回は気持ちよく経験値稼がせてもらうわ、じゃっ」

 と言われ彼は退出した

 釘を刺されたのかな

 

「<ライコー>、今回は何時になく前に出て敵と戦う役目になると思う」

「任せる」

「承知いたしました」

 

 

 

 狩りはすこぶる順調である

 特に「なるべく魔法で仕留める」と明言し、

 前衛には魔法アタッカーへの壁となる事を指示したのが良かった

 流れとしてはこうなる

 俺の<シオン>からの【テレパス】を受けて獲物を選定、

 周りに援けとなる同種族がいない10匹以下の群れを選ぶ

 そして獲物を選んだら遭遇すべく移動を開始、

 遭遇後、<シオン>が【スクカジャ】を使用

 <ライコー>が攻撃スキル【アローレイン】を発動、これを合図として

 魔法アタッカーと魔法型シキガミがそれぞれ「マハ」が付く範囲攻撃で釣る瓶打ちにする

 仕留めれればそれで良し、仕留められなくても前衛を抜けるほどの力はない

 仮に耐えきった悪魔が複数いても<ライコー>の【大切断】でまとめて仕留める

 この間<シオン>は俺の後方や側面を見張っている

 

【アローレイン】【大切断】

 どちらも範囲攻撃である、【大切断】は物理属性、【アローレイン】は銃属性で

【アローレイン】は<ライコー>のスキル【物理激化】の効果が乗らないが

 その代わり遠距離攻撃手段として使うことが出来る

 レベルが2つ上がる間に稼いだマッカはこの2つのスキルを購入できる程度の額にはなった

 

 

 このような戦いを1日5~7回繰り返し

 大きな損害もなく2週間経ち、何人かのレベルが上がり、PTは解散された

 分配されたマッカや素材はやはり雀の涙である

 残念ながら今回は自分のレベルは上がらなかった

 自分が上がるまで付き合えとも言えない

 しかし手応えを感じた

 

 

 

 そうしたレベリングを何度か繰り返し、その合間にマッカを稼ぎ

 ようやく1レベル上がって15になってから少しした頃

 掲示板で見かけた

【悲報・エジプト神話再び滅びる】

 世界が動いた

 

 

 

 

「エジプト神話なんてもうとっくに滅びてんだろ」と思うのは正直な人である、

 そう思った人はそこそこいるだろう

 だけどエジプト神話の神々(悪魔)は滅びていなかった

 彼らはあるいはピラミッドで、あるいはスフィンクスで、観光名所として知られるそれらから得られるMAGで耐え忍び

 自分たちの少数の信者たちを隠れさせ、維持し、その命脈を保っていたのである

 

【多神連合】そう名乗る大同盟が存在する

 地方、国はおろか神話の枠すらも飛び越えた対メシア教同盟である

 主力となっているのは多神教的宗教観を有する各神話の神々(悪魔)だ

 北欧、中東、アジア、アフリカ系等々、

 一部の例外を除いた世界中のアンチメシアン勢力の団結の表れ

 ありとあらゆるメシア教に弾圧されている者たちの最大の希望、

 メシアンに対抗し世界を二分する大陣営、それが【多神連合】だ

 もちろん我らが【ガイア連合】も多少の関わりがある

 この【多神連合】の一角、エジプト神話勢力が崩れ去った

 かつては、と但し書きが付くが「文明圏」を形成し

 その文明で崇められていた神々(悪魔)の神話勢力、

 それは決して無力なものではないはずだった

 それが崩れた

 

 

 掲示板をじっくり読む、頭を抱えた

「なんだこれ」

 戦場はエジプトだった

 エジプト神話勢力とメシア教の本格的な戦争が勃発

 エジプト神話勢力は自らが加わっていた【多神連合】に救援を要請、受け入れられ

【多神連合】を構成する各有力陣営が、自らの保有する霊能者たちを援軍に向かわせた

 同盟の結束と意義を感じさせる

 だがしかし、戦況は均衡、どころか徐々に劣勢になり消耗戦に近くなる

 エジプト神話勢力は更なる援軍を要請、【多神連合】は各種調整に成功し、再度の援軍を向かわせるに至る

 しかし事はエジプト神話勢力の望むようには運ばれなかった

【多神連合】は一大決戦にて現地のメシア教勢力に大打撃を与える事を決意

 霊的に有利な地を決戦の舞台と定める

 霊的に有利な場所、エジプト神話勢力に残された数少ない霊地と神殿がある、その地である

 

 戦いは激戦だった、らしい、詳細は不明だ

 ただはっきりしている事は、

 エジプト神話勢力は自らの保持する霊地と神殿が破壊されるのを見届けた後

 敵味方問わずの強力な範囲呪殺攻撃を敢行

 そして自分たちが殺めた【多神連合】より来た霊能者たちの死体すらも

「彼らは王を守る守護者である」と解釈し

 マミー、ミイラに加工

 首都とスフィンクスを守る為にマミーとミイラの大軍勢を作り行進、再度の決戦へと挑む

 

【多神連合】はこのエジプト神話勢力の行動を裏切りと断定、非難

 同時に即座の撤退を指示、残存兵力を回収、引き揚げる

 

 

 その後のエジプト神話勢力は語るまでもない

 彼らだけでどうこう出来るならそもそも【多神連合】にすら入っていない

 順当にメシア教に敗北、現世から姿を消し魔界へと帰還することとなる

【多神連合】が援軍として向かわせた、

 戦士であり信者である霊能者たちの【戦死者たちの魂】を土産にして

 

 今、【多神連合】は戦後処理で揉めに揉めているらしい

 当たり前だ、援軍を出したと思えば援軍を出した先の味方に殺され

 魂すら帰ってこないのだ、どこの世界観でも死後の世界はある

 その死後の世界に神々の為に戦った戦士の魂が帰ってこないなんて……

 

 

 

「これもうダメだろ……」

 

 

 

【メシア教】、女神転生お馴染みのやばい奴らである

 どうやばい奴らなのかは作品によって違う

 メシアの出現を信じ、それによって世界が救われると信じ、法と秩序を尊ぶ

 これだけ聞くとちょっと宗教拗らせてるだけで良い奴じゃね? 

 となってしまい、どうやばい奴らなのかわからないだろう

 作品によって違うが「洗脳」「クローンによる人工救世主計画」「悪魔との合体実験」

「他宗教の神を家畜化して食べる」「東京への核ミサイル発射、東京大破壊」

「死者の改造によるメシア化実験」

「天津神(日本神話の神々の一部)の封印」等の行いが作中で描かれる

 上層部は種族【天使】もしくは【大天使】である

 彼らのおかげで【俺ら】は「メシア教=天使=やべぇ奴」のイメージで見ていると言っても良い

 メシア教もやばいし【天使】もやばい、メシア教が作中に出なくても【天使】は【天使】しているのだ

 ちなみに女神転生では種族【天使】にもグラフィック的に恵まれていてそこそこ人気があるのもいる

 天使エンジェルである

 ちょっと偉そうで禁欲的な性格しててエロい格好しているこの悪魔を

 つい脅したりマッカで叩いたりして仲魔にしてしまった人は多いのではないか

 

 その【メシア教】と同じ名前の組織がこの世界でも世界中に広がり

 教会を建て、霊地を奪い、霊能者を抹殺し

 各地域の神話勢力と戦争状態になっている

【ガイア連合】はそんな【メシア教】と敵対している【多神連合】との密かな友好関係を構築

 交易、霊能技術の取得に成功した

 俺の持つガイア連合産【アガシオン】もそういう流れから生産可能になったものの一つである

 

 

 

【多神連合】が【メシア教】との一大決戦で負けた

 余力はあると思う、戦力差もまだ極端には開いていないはず、だが

 小競り合いと言い張れる程度の戦いでもダメージでもないはずだ

 最悪【多神連合】内で不信感が蔓延する

【メシア教】は伸長する、【多神連合】は停滞、で済むのか? 

【ガイア連合】はこれからどう影響を受ける? 

「今後どうなるんだ」

 前途は暗い

 終末はきっと近い

 

 

 



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13話

 耐性の事を考える

 <ライコー>は物理耐性、精神無効、呪殺無効

 これらを素で持っている

 これに装備品の耐性として【鬼喰いの兜(火炎耐性)】が加わる

 購入した霊装の鎧や【鬼神の籠手】はこれらは防御力やステータスに補正を加えても

 残念ながら耐性への強化はない

 

 <シオン>は火炎耐性と雷撃耐性を持っている

 オーダーメイドである利点と俺の血肉を入れる事で

 本来はこれに銃撃と呪殺を弱点として抱えていたのを埋めることが出来た

 が、弱点をなくしただけで耐性が増えたわけではない

 弱点を減らすか、耐性を増やすか、最後まで悩んだが

 弱点を減らすことを選んだ

 

 

 スキルの事を考える

 <ライコー>は物理型であり、範囲攻撃もある

 火力を伸ばすためにここから欲しいのは

 まずは【チャージ】

 物理に耐性を持っている相手に攻撃を通すために【貫通】

 つまり火力と、物理に耐性を持っている相手にも

 十分に攻撃が通せるようにしたい

 それ以外にもほしい物理系スキルは多くて切りがない

 

 <シオン>は魔法型でありスキルはジオとスクカジャしか持っていない

 使用してみた所、補助スキルを積むのはまずまず良い感触だった

 だが自分が<シオン>に求める役割を考えるに

 まずは汎用スキル【探知】を入れ偵察要員としての精度を上げ

 次に補助スキルを増やすべきだろう、特に欲しいのは火力を上げる【タルカジャ】だ

 欲を言えば【デクンダ】【デカジャ】等の敵の強化対策、味方の弱体化対策も入れたい

 何かジオ系統以外の攻撃魔法を入れたいがそこまで手が回るか悩むところだ

 魔法系で欲しいスキルもいくらでもある、これは<ライコー>の物理系攻撃スキル以上に切りがない

 回復以外の魔法は<シオン>に頼り切る形になる

 

 

 最後に俺である

 攻撃、補助は一切出来ない

 回復魔法はディア、ディアラマ、メディア

 状態異常回復はパトラ、メパトラ、ポズムディ、チャームディ

 回復ブースターを持っている

 

 状態異常回復の需要はあまりない、それを使いこなす強力な悪魔とまだ戦う所まで来ていないのだ

 回復屋をやってた時も使う事はなかった

【俺たち】やシキガミは軽い状態異常なら勝手に時間経過で治る

 早く治したいならガイアカレーでも食べておけばいい

 だから【俺たち】に通用するそれらを使えるのは相応に強い悪魔という事になる

 だから今まで使う機会がなかった

 とはいえ状態異常にはなりたいものではないので

 使う事がない事はまあいい事である

 

 回復量的に今はメディアで十分だが今後はわからない

 状態異常回復も今まで使っていなかったが、これを使わないといけない敵は普通に出てくるだろう

 今までが運良く使う機会がなかっただけだ

 

 

 纏めると火力の種類に不安があり、耐性に穴があり、支援は不足し、回復も今後は分からない

 俺の戦力はこんな所だと思った

 これを少しでも何とかしたい

 

 改めて自分の戦力を見直すには理由がある

 自分は16になれば地方異界攻略をするつもりだ

 そして、それは今までのような【ガイア連合】の狩場だったような所と違い

 規模が大きかったり単純に悪魔が強かったりで、今まで以上に対応力を求められる、らしい

 その対応力があるのか否か、その確認作業である

 もっとも「ない」もしくは「物足りない」という結果になってしまったが

 

 まず魔法攻撃がジオしか持っていないのが痛い、物理に強い相手との戦いは不利だ

 援護としてジオを使うならともかく、それ以上の役割は期待できない

 次にPT全体的に耐性の穴埋めが出来ていない、氷結や衝撃は通り放題である

 例えば【ユキジョロウ】を数体後ろに置いて、前に物理耐性や無効持ちの悪魔を置けば

 割とあっさり封殺できるのではないか? そんな風に見える

 

 そして俺が弱い、ステータスタイプ【魔】であるため、魔力に余裕があり魔法防御は高いが

 体力は低い力は弱い、攻撃手段がない

 そして回復特化にしても際立つほどの要素がない

 状態異常回復も回復できない状態異常があるし、回復魔法にしてもメディア、ディアラマまでだ

 特化というより、しかできない、という表現が正しいように思う

 嫌な現実だ

 

 

 この戦力を改善するためにはとりあえず2つある

 1、スキルカードの入手、マッカでの購入でもガチャでも何でもいい、それを用いてスキルや耐性を得る

 2、<シオン>のレベル上げである

 

 1については言うまでもない、<ライコー>に「無計画なガチャは控える」と約束した身であるが

 あの頃と今では状況が変わっている

 <シオン>の加入により、純粋に「当たり」になるスキルカードの種類が増えているのだ

 言うほど分の悪い賭けではなくなった

 

 2はこれはもう単純な話である、レベルを上げ、それによるステータスの向上

 それとスキルの入手と【スキル変化】を期待する

【スキル変化】、読んで字のごとくスキルが変化することだ

 所持しているスキルがより上位のスキルに変化する

 ただし何を入手、変化するかはさっぱりわからない、ガチャほどではないがギャンブル性が高い

 しかし無駄にはならないだろう

 

 

 もちろんPT戦であり、自分(+ライコー+シオン)だけで完璧に何とかするのは難しいかもしれない

 しかし上手い事補って貰える人と組めるかわからない事

 今までは基本4人~5人と組み、人数分のシキガミがいたけど、今後はどうなるかわからない

 というのがある

 レベルが上がれば上がるほど人数は減り、ちょうどこの辺りのレベル帯が

「自由にPTを組む」事が難しくなる、らしい

 その結果、実力や性格が合う特定の人物と組む固定PTが増え始めるとか

 もちろん俺にそんな相手はいない

 ならばなるべく穴のない完結した強さを得なければならない、最低でもその努力はするべきだ

 

 

 

 そしてそんな未熟な戦力である事を知っているからだろうか

 事務の人が【試験的な覚醒者向け覚醒修行】の仕事を紹介してきた

 既に覚醒している霊能者に更なる深い覚醒を促し、より強くする、という趣旨の修行だ

 まだ確立していないらしく、試験を繰り返しているらしい

 しかしなんでだろ

「仕事で修行?」

「はい、近頃は非覚醒者向けに「覚醒修行を受ける事」そのものが仕事になっております」

「今回の仕事もそれと同じように、仕事としてそれを受けるという形になります」

「もちろん仕事ですので、受けた場合、今までのような自由意志での離脱は出来ないようになっています」

 そんな仕事が

 逆に言えば「金やマッカを出してでも転生者の覚醒者を増やしたい」という段階になってきてるのか

【俺たち】の自由意志を尊ぶ【ガイア連合】がそこまで

 これは思っていたより厳しい状況なのかもしれない

「報酬の方はこんな所です」

 目を見張る、えっ、この金額? やばくない? なにやらせるんだ

「お察しの通り、ちょっと厳しめの修行になるとの事」

「またとある事情によって報酬が加算されてる事から、この金額になりました」

 事情? なんだろ

 

「エジプトの件、ご存知でしょうか」

 頷く

 あれから気になってたびたび調べた

 今はもうエジプトは完全に陥落した、組織的な抵抗は皆無

 エジプト神話勢力は終わった、そう思った

「そのエジプトの残存勢力、神として信仰される悪魔も含むその集団が」

「【ガイア連合】に接触、安全な日本への移民を希望しています」

 移民……

 実は今までも来ていた、現地で生きるのが苦しい霊能者が日本やガイアに駆け込むのだ

 しかし神として信仰されるような、そんな悪魔も連れてきた例なんてあったか? 

 不安になる

「【ガイア連合】運営は受け入れる方針のようです」

 断れないのだろうか? 

「今後、【多神連合】は崩れると想定」

「その際に生き残った勢力を【ガイア連合】の戦力として活用したい」

「その為のモデルケースであり、今後の前例となります」

 前例……

「エジプト神話勢力は立場が弱く、行き場がありません」

「我々にとってより有利な形で関係を構築できるでしょう」

「それが前例となります」

「また彼らは疎まれ嫌われています、今後来る【多神連合】からの移民や難民を先達として纏め上げ統率する事は出来ません」

「分割して統治せよ、基本ですよね?」

 なるほど、しかし

「それと修行の報酬が加算される事と何の関係が?」

 話が見えない

 エジプト神話勢力の有り金を没収して財政面で助かった、とかそんな話だろうか

「エジプト神話はその神話上に、死者の蘇りが重要な要素として入っています」

「それは【リカーム】持ちが多い可能性がある、という懸念に繋がります」

「事実、女神転生においてもエジプト神話出身の悪魔に【リカーム】持ちが複数います」

【リカーム】、死亡(瀕死)状態から復活させる蘇生魔法だ

 そして

「現在、【ガイア連合】では【リカーム】持ちはさして多いとは言えません」

 いない訳ではない、しかし足りない、そう言われている

【リカーム】持ちは【俺たち】の中でもそう多くはない

【俺たち】の中から死者が出たらショタオジが【トラフーリ】で医療班やリカーム持ちを運んでいる位には

「エジプト神話勢力がそれを解決することは」

「【ガイア連合】にとって望ましくない、そういう事だそうです」

「彼らは我ら【ガイア連合】から居場所を与えられる側であって」

「勝ち取る側、ましてや何かを奪う側ではない、確かな役割を果たす側でもない」

「信仰も特別な信頼も与えるつもりはありません」

「彼らに隙を見せてはならないのです、今後の為に」

 

「【ガイア連合】は十分な【リカーム】持ちを揃える」

「そのために【リカーム】を習得する可能性が高いと見込んだ霊能者を選出」

「現在、支部の各地でこのように一部の霊能者へ更なる覚醒修行を勧められています」

 

 

 多額のマッカに釣られた、リカームがあればきっと役に立つ

 そして【リカーム】持ちであるならばきっと役に立てる

 そう思って頷き、仕事を受けた

 この【試験的な覚醒者向け覚醒修行】は正式採用された時このように呼ばれる

 新地獄巡り、と

 

 

 

 

「行ってくるよ」

 本当は行きたくない、あれから覚醒修行の時の辛さを思い出して「ああああ」ってなった

 非覚醒者が覚醒する時の以上に辛い修行だったらどうしよ

 ちょっと厳しめってどこまでがちょっとなんだろ

 <ライコー>が「行かなくていい」とか言ってくれないかとか思ったけどそんな様子はない

 このままキャンセルしたい、家の中で全てを忘れて逃げたい、<ライコー>の胸に顔を埋めたい

 だけどやると決めたし今更引けない、上手くいったら【リカーム】覚えられるかもしれない

 マッカも美味しい、ガチャに運を託しても結構良いの引けそうな額だ

 行かねばならない理由が他にもある、気を取り直す

「居ない間、シロの世話を頼む」

 これは<ライコー>に特にお願いする事だ

 最近、シロの体調が悪い

 霊地であるここに住むようになり、歳の割にずいぶん元気になったシロだが寝込むようになってきた

 毛艶も悪い、甘噛みする力も弱い、声が弱い

 もう良い歳だ、考えてみれば何歳だっけ、子供の頃からいたから……ああそろそろかもしれない

「ディアラマ」

【星霊神社】に行く前にシロに回復魔法を掛ける

 この霊地に居ればいつか【ネコマタ】になってくれるんじゃないかという期待はあった

 けどそういう様子はない、尻尾が分かれない

 きっとそういうのに向かない子なんだろう

 悪魔になる才能がないんだ

 頭を撫でる、いつもは鬱陶しそうな顔をするのに、目を細めていた

 それが悲しい

 気が重い

 リカーム、は猫にも効くんだろうか

 ああ、だけど俺の勝手で蘇らせても、この子にはこの子の生が……だがエゴと言われても……

「行ってくるよ」

 もう一度、その言葉を出すことを必要とした

 

 

 

 肉体的苦痛を伴う修行は一通りやったらあっさり終わった、

 覚醒修行の時に受けたそれと大差ない

 この【覚醒者向け覚醒修行】は覚醒者の覚醒した内容、覚醒した事で起きたスキルから

 特に覚醒者個人にあった覚醒内容をカスタマイズして修行する、のが特徴らしい

 手当たり次第にやってた最初の覚醒修行とは違うのだ

 だからあっさり終わった、俺にそういう修行は元々効果があるとは見込まれていなかった

 本番はこれからである

 

 ある時、俺は医者だった

 村にいる唯一の医者として村中から敬意を払われていた

 ある日、村に伝染病が襲った、四方八方手を尽くしたがそれでも及ばなかった

 今、村の最後の子供の死を見届ける

 意識が途絶えた

 

 ある時、俺は薬師だった

 出産を終えた娘さんの体調が悪い

 いくつか薬を見繕ってやろう

 山に入り熊に襲われた、俺がいなくなったら村に薬師が

 意識が途絶えた

 

 ある時、俺は良き夫だった

 働き、養い、妻を愛すだけで人生を満足していた

 ある日、妻が犬に噛まれた、その犬は良くない病を持って来た

 あっという間に妻は死んだ

 そして墓を暴き死んだ妻を抱きしめている

 意識が途絶えた

 

 ある時、俺は医者だった

 街でろくでもない病気が流行った

 これ以上の病の広がりを防ぐために彼らを纏める

 小さな子供が這い寄ってくる、それを蹴とばし家に火を放った

 意識が途絶えた

 

 ある時、俺は軍医だった

 御国の為に戦い負傷した兵を見ている

 こいつはだめだな、あっちを優先しよう、

 負傷具合によって治療の優先度が変わる

 もう駄目だと判断された兵が泣きながら震えていた

 意識が途絶えた

 

 ある時、俺は心清らかな青年だった

 老いた両親の面倒を見ながらそれに不満を抱かず

 身を粉にして働き、毎日を過ごしていた

 ある日両親がこれ以上迷惑を掛けられないと、自分ひとり残して心中した

 意識が途絶えた

 

 

 ある時、俺は、ある時、俺は、俺は

 幻覚で人生を体験する

 その一方で完全に幻覚に浸れず、自分の半分がそれを幻覚だという自覚を持つ

 自覚を持った半分とは別の俺が、怪我に病に老いに何かに倒れる人々を見送り続ける

 その度に泣き、嘆き、自失し、失われる苦しさと恐怖を味わう

 これは幻覚だと言い聞かせても本物の感情が自分を苦しめる

 

 ある時、一人の女が白いものを抱いて俺に見せてきた

 シロ! 直感したそれはシロだ、ああ、なんでこんな所に! 

 見ると怪我をしている慌てて回復魔法を掛ける、治った、しかしまだ体調が悪い

 なんでだ、なんでだ、なんでだ

 泣きながらシロを抱きしめる

「もう死んじゃうよ」

 誰かが言っている、死ぬ! いなくなる! 消える! 

 恐怖に身が竦む、指が震え、足元の感覚が弱くなる

 シロの鼓動が弱くなっている気がする、体温が低い気がする

「死んだ」

 うるさい! 

 回復魔法を掛け続ける、効かない、効かない、効かない! 

 何かないのか! 

 ずっと一緒に居てくれ! 居なくならないでくれ! 

 ああ! 

 冷たくなる! 死に、物体になる! 

 置いて行かれる! 

 ああ! 

 

 

【リカーム】

 

 

 

 

 

 目が覚めた

 すぐ傍に<ライコー>がいた

 説明を受ける、覚醒修行は無事成功

 更に【リカーム】を習得できたらしい

 良かった、あんな苦しい思いして違う魔法スキルを習得したら泣くかもしれない

 やった甲斐はあった

 そしてあの幻覚で見たシロはやはりシロだった

 シロを連れてきたのはショタオジの【ネコマタ】だ

 死に際の本人の希望で連れてきた、とだけ言って去っていったらしい

 シロの知り合いだったのだろうか

 シロは今、魔獣【ケットシー】である

 俺の魔力と願いと【リカーム】が変質させた

 何故か二本足で歩けず、普通の猫っぽいけど

 

 

 なんだお前、やっぱり悪魔になる才能なかったじゃないか

 なるなら【ネコマタ】だろ、美人だし

 撫でようとした手を甘噛みされた、可愛い

 

 



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14話

 その後、ショタオジ監修の下、魔獣【ケットシー】となった<シロ>との悪魔契約をした

 契約はあっさり終了、<シロ>の方から望んでいたのでずいぶん楽な契約だったらしい

 無体な事をしない事とちゃんとご飯を出すこと、MAGを供給するだけで良いとか

 <シロ>、お前そんなに俺の事を……

 と感極まって抱きしめようとしたら逃げられ、鼻であしらわれた

 あれぇ? 

 

 魔獣【ケットシー】

 スコットランド地方に棲む黒猫の妖精で、犬くらいの大きさ

 二足歩行し、人間の言葉を解し、猫の王国を作りそこで生活をするという

 猫を虐げる者には容赦しないと言われている

 女神転生では手にサーベル、長靴、マントをした二足歩行の猫の姿で描かれる

 ステータスは力と魔のどっちつかず

 魔法スキルと物理攻撃スキルの両方を持っている事があるが、どちらもさして強くはない

 

 そして俺の<シロ>はというと

 

 ★魔獣ケットシー<シロ> Lv1

 魔法型 衝撃耐性 電撃弱点

 ザン 衝撃強化

 

 すっきりしたスキル表だ、あまり書かれる項目がない

 ステータスは魔速タイプ、

 シキガミやアガシオンのように強くなるよう作られた存在ではないため強くない

 Lv1なのと合わさりはっきり弱い

 元々身近にいたことで俺のMAGを浴びていた事と

 舐めたり噛んだりして俺の身体を摂取していた事で

 霊的な素養が養われていたらしいんだが(飼われていた動物ならままある話らしい)

 それでも野良悪魔より弱い

 一応、レベルが上がればステータスも上がるし

 宝石等の各種強化アイテムも使えるらしいからそう腐すものでもない

 元祖ケットシーなら剣や靴類を装備出来たかもしれないが

 猫型だから無理らしい、猫だからね

 

 というか俺、<シロ>を戦いの場に引きずり出すのか? 

 ちょっと本人の意思を確認して……

 と思って話しかけたら「ニャ」の一言で顔を叩かれた

 これはまだ元気だった頃の<シロ>がよくやっていた事だ

 多分付いてくるつもりだろう、そんな顔をしている

 シロを戦力として数えるならレベル上げをしないと

 元々<シオン>と俺のレベル上げもある、寄り道ですらないさ

 

 

 

 そしてレベリングを行い無事16になり、無事ガチャでマッカを飛ばし

 今、【異界攻略】の仕事を受け、ここにいる

「初めまして」

 自己紹介し、ステタイプとスキルを口に出す

「やーやーどーもどーも、私が聖女ちゃんです、気軽に聖女ちゃんって呼んでください」

 色物が来た

「あなたの事はヒーラーくんと呼びます! 

 私のような聖女系美少女に名前を憶えてもらえると思わないように!」

 凄い事言われた

 彼女は確かに聖女っぽい? 気がする服装をしているが……

「インデックス?」

「あっ? わかっちゃいました?」

 コスプレをしている

 

 転生者は前世を持っている

 当たり前である

 そして前世において外見に自信を持てなかったような者が今世は、というケースは割と多い

 覚醒者ならなおさらだ

 霊的に美しくなる云々という理由もあるが

 覚醒者になれば身体の多くの不具合が強制的に治る、強くなる、健康的になる、若返る

 その結果、化粧の乗りが違う、肌荒れしない、徹夜しても目元に隈が出来ない等

 美容と健康的に良いことづくめ! 

 そしてお洒落に嵌ったりコスプレに嵌る、前世じゃ似合わなかった服が似合う! この快感! 

 ノリが良い【俺たち】の誰かが実用的なコスプレ装備を作るし

 何ならシキガミ用装備を使っても良い! 

 という事で転生者の覚醒者は日常的にコスプレしている人が多いの! 皆やってる! 

 と力説する聖女ちゃんさん

 後で気になって掲示板で質問したら「んな事ねーよ」「さすがに皆ってのは……」という反応だった

 だがこの時は「そうなのかー」くらいの気持ちで流した

「それに、若返り系の術とかもありますからね!」

 私なんて実年齢40代よ、40代、と中学生くらいにしか見えない聖女ちゃんさん

 霊能者はこんな風に徐々に常人とは違う生き物になっていくんだろうか

「それで聖女ちゃんさんの……」

「さんはいらない、敬語もやめて」

「……聖女ちゃんのステタイプとスキルは?」

「ああ、それなら」

 魔体で破魔属性多めですよ、と言われた

 

 なら、今回の仕事には相性抜群だな、少し気が楽になった

 このPT、PTと言ったが人は俺と聖女ちゃんの二人しかいない

 スキルや属性が偏ったらどうしようかと思っていた

 攻略する異界は【廃ビル】

 ボスはレベル19の悪霊【モウリョウ】

 異界内の雑魚はボスよりは弱い【モウリョウ】と幽鬼【ガキ】

 異界探索をしたPTがアナライズした結果だから確かな物のはずである

 悪霊【モウリョウ】、見た目は「心霊写真に写ってそうな」幽霊である

【モウリョウ】は女神転生でも作品ごとにレベルや耐性にぶれが大きい、が破魔属性は効くのが殆どだ

 ここの異界の【モウリョウ】は

 火炎氷結呪殺に耐性を持ち、電撃衝撃破魔が弱点

 そして厄介なのが【自爆】持ちで更に呪殺魔法【ムド】まで持っている事だ

 

【自爆】、術者が死ぬ代わりに敵に万能属性の大ダメージを与えるスキルである

 ゲームではこれは敵単体だったが、この世界では巻き込めれば複数の相手にダメージを与える事が出来る

 より厄介になっていると言って良い

 この異界では、このスキルをいくらでも出る雑魚悪魔の【モウリョウ】が持っている

 

 悪霊【モウリョウ】は耐性がはっきりしている倒しやすい悪魔だ

 それが出る異界が、狩場にならなかった理由が二つある

 異界ボスが【モウリョウ】で文字通り話にならない事

【自爆】【ムド】を持っている【モウリョウ】では事故が起こりかねない事

 この事から狩場にするのは不適と判断された

 自分も適切な判断だと思う

 

「このPTのリーダーはどちらがやりますか?」

「私はそういうのパス! ヒーラーくんがやって欲しいな」

「分かりました、ではヒーラーくんは止めてリーダーと呼んでください」

「じゃあ私に敬語もやめてね! リーダー!」

 うーん、ぐいぐい来るなこの人、これが所謂陽キャって奴か? 

 光属性はよくわからない

 

 

 中級者、と呼ばれる段階になると

 PTリーダーが臨時PT立ち上げを申請→メンバーの募集(支部等に要請)→加入、という流れでPTが生まれる事は少なくなる

 臨時PTの場合では、依頼を受ける→現地で同じ依頼を受けた人と合流→PTを組むという流れが多くなるそうな

 これは先述した「人数が少ないレベル帯になる事で固定PTを組む人が多くなる事」も関係するが

 それより強い理由が「なるべく手間を減らしてサクサク異界を攻略して欲しい」という事情もある

 前者のやり方では少々時間がかかる、ぱっと行ってぱっと異界攻略してきて欲しい、そういう事らしい

 異界はいくらでもあるからだ

 だからこのPTのリーダーがあっさり決まった事は良い事だ

 募集した側、応じた側という関係から始まる前者と違い

 後者は全員が横並びである為揉める可能性が高まる

 案外、彼女もそういう経験から「リーダーに拘らない」というやり方を身に着けてるのかもしれない

 

 

 異界攻略が始まる

 異界の入り口に立ち、声を出す

「<シオン>、行け」

 煙の塊のような<シオン>が異界に入り【探知】で得た情報を【テレパス】で伝える

 入り口に敵はいない、人が入れる環境だ

「大丈夫なようだ、撮影を開始する」

 カチ

 なるべく落ちないように身体に括りつけられたスマホで撮影を開始する

 このスマホは【ガイア連合製スマホ】である

 異界内で動作するよう霊的な各種素材を使い、電池切れを起こさないよう所持者のMAGを使う

 特別性スマホである

 ひたすら頑丈なのが特徴だ

 このスマホは【異界攻略】の仕事を受けたら支給された

 このスマホで異界内を撮影、情報収集、そして異界攻略の証拠にする為である

 そして武運拙く亡くなった場合、このスマホから情報を回収し、後に役立てるためだ

 故に頑丈

 入り口から入ったら今度は<シロ>に声を掛ける

「<シロ>、【マッパー】」

「にゃー」

【マッパー】、女神転生において初期作品で採用されていた魔法スキルである

 この世界では異界内の2Dの地図を脳内に作り出す魔法だ

 まず映し出される地図の広さはおよそ50メートル四方分、ゲームでの描写よりも広いと思う

 そしてこの【マッパー】は継続して使えばきちんと一枚の【マップ】になるのだ

 これは良いスキルだ、ちなみにガチャ産ではない、<シロ>がレベルアップ時にスキルとして入手した

 そして

「<シオン>、偵察を頼む」

 <ライコー>は俺の前方に、俺の横に<シロ>と聖女ちゃん

 その後ろに聖女ちゃんの物理型シキガミ(全身鎧で性別すらわからない)の配置で進む

「PTメンバーである<シオン>」が【探知】で得た情報、それが自動的に【マップ】に書き込まれる

 それを見ながら進む

 一度【マップ】が書き込まれた所は敵の移動や地形の変化がない限り、そのままだ

 そして何か変化があれば自動的に「今は違う」事を示すために黒く塗りつぶされる

 だから安心して<シオン>を先行させることが出来る

 自分たちの横や後ろに悪魔が湧いても【マップ】が教えてくれる

 敵を避け、あるいは聖女ちゃんに発動を準備させた【マハンマ】を出会い頭にぶつけ

【モウリョウ】も【ガキ】も消滅させ足を進める

【自爆】も【ムド】も受ける気はない

 

 五階建てのビル、の四階奥にボスはいた、取り巻きはいない

「聖女ちゃん、打ち合わせで言ったが」

 という俺の声に

「ボス単独の場合は【ハマ】系は使わない、オーケー!」

 と応じる聖女ちゃん

【マハンマ】、敵全体に即死効果をもたらす破魔属性の魔法攻撃スキルだ、但し即死するかどうかは確率である

【モウリョウ】は破魔弱点だ、普通なら効く、しかし異界ボスは耐性が強化されている可能性が十分ある

 そうでなくても即死効果の攻撃は異界ボスには効きが悪い事が多い

 いわゆるボス補正という奴である、異界のMAGがボスの存在を支えるのだ

 即死すれば美味しいがボス戦をそんな不安定な攻撃に頼りたくない

「支援魔法で戦闘準備を、<ライコー>は【チャージ】」

 という俺の声に従い、<シロ>と<シオン>がそれぞれ【タルカジャ】と【スクカジャ】を掛ける

 <ライコー>も【チャージ】する

【チャージ】はガチャ産だ

「聖女ちゃんのシキガミは退路の確保と何かあったら時間稼ぎを

 一気に仕留めるつもりで行く

 仕留められなかったら<ライコー>以外は弱点を突く魔法攻撃を続行、撤退の指示は俺が」

「オーケー!」

「突撃」

 

 呪殺無効の<ライコー>を先頭に突撃する

 <ライコー>が【チャージ】した攻撃を【モウリョウ】にぶつけ、射線を妨害しないようにすぐ引く

 聖女ちゃんの【コウガ】が突き刺さり

 <シロ>の【マハザン】、<シオン>の【ジオ】が後に続く

 そしてこの初撃を何とか耐えきった【モウリョウ】は

 マハザンとジオを食らっている間に稼がれた時間で

 再び攻撃準備を整えた聖女ちゃんの二発目の【コウガ】で沈んだ

 無傷での勝利である

 

 

「強かったな」

 正直、初撃の途中で仕留められると思ってた

 まさか二巡目までいくとは

 下手したら自爆を受けていたかもしれない

 異界ボスの自爆、そんなのを受けなくて良かった

「異界ボスはレベルの強さ以上に体力あるからねー」

 とニヒニヒ笑ってる聖女ちゃん

 倒した後に出てきたマッカと宝石にご満悦らしい

 実際、異界ボス撃破でこんなにマッカが手に入るものとは思わなかった

 収入やお金の話は掲示板でも中々出にくいし、自慢話が多くてあまり信用できない

 まだガチャの爆死報告の方が信用できるくらいだ

 異界攻略って美味しいんだな

 

 

 支部に撮影した映像を提出し、認められ、更に異界攻略の報酬を受け取る

 それらが終わった後に食事に誘われた

 正直、良く知らない年上の女性との食事なんて気が滅入る

 だけど誘われたのを断るのも悪いと思って頷いた

「いやー正直今回は楽できたよー

 今回が異界攻略初めてって聞くから身構えてたのにさ!」

 と異界最寄りの支部内部の居酒屋でぐびぐびとビールを飲んでる、俺はウーロン茶だ

 ある程度レベルが上がった覚醒者は普通の酒ではもう酔えない

 そうなると「酔える酒」を提供できる店に需要が生まれる

 当然そんな酒は中々仕入れる事なんて出来ないし、生産しても適当な所に卸す訳にもいかない、

 よってこういう店が支部の中にあり

 出てくる酒はもちろんガイア連合産の「覚醒者でも酔える酒」だ

「俺も楽が出来ました、買ったアイテムも使わずに済みましたし」

 今回、【自爆】や【ムド】を使うような【モウリョウ】がいる異界の攻略を決めたのには理由がある

 近年、ガイア連合は霊的な消費アイテムの質、生産量が向上し

 かなり安い金額で破魔属性の攻撃アイテムを購入することが出来るようになっていた

 恐山イタコたちの技術を導入、発展させた【破魔矢】

 異界【ヒノエ島】より生産される【ヒノエ島産の米】を使って作った【施餓鬼米】等である

 破魔属性の攻撃はお金で買える、そういう風になってきた

 それらのアイテムと<シロ>と<シオン>の魔法攻撃を当てにして受けたのである

 だけど聖女ちゃんの【マハンマ】のおかげで消費しなくて済んだ

 それにアイテムよりもやはり強い

「あーあれねーあれのせいでねー私の仕事は上がったりよー」

 ハイペースでぐびぐび飲む

「私は破魔系が取り柄なのにさー」

「そうなんですか?」

「そうよー!」

 はぁ

 破魔は刺さる相手が多いから腐りにくい良い魔法だと思うんだが

「でも【コウガ】があるじゃないですか

 あれは普通にダメージ与える魔法だから破魔弱点以外にも効くのでは?」

【コウガ】、ペルソナシリーズの祝福属性の魔法攻撃スキル、同じ類のスキルであるコウハの上位スキル

 違いはハマ等と違って即死がない代わりに普通にダメージを与える事だ

 そしてこの世界では破魔属性=祝福属性である

「だけどどうせなら刺さる奴に使って楽して勝ちたいでしょ!」

 そりゃそうだ

「昔はもうちょっと弱い悪霊系が多かったんだけどねー

 最近じゃあんな【モウリョウ】が出てくる始末よ」

 溜息を吐き、刺身を食べ今度はグラスの焼酎を一気飲みする

 ちょっと飲みすぎでは? 

「弱い悪霊が多かった時に一気に経験値稼いでここまで来たんだけど

 最近はこういうの多いの」

 なるほどなー

「それとリーダー! 敬語やめてって言ってるじゃない!」

 絡んできた……

「私のアガシオンは呪殺が軸だから、今回の件には向かないしねー

 リーダーのアガシオンは便利で良いねー

 シロちゃんも可愛いわねー、ちょっと撫でさせなさいよ出しなさいよ」

 ここにいないのに撫でさせろと言われても

 なんかもう<ライコー>の所に帰りたい……

「まあ私のアガシオンは対天使用だからその時に役に立てば良いんだけどさ」

 あれ? 

「聖女ちゃんとか言ってましたけど、メシア教はお好きじゃなかったので?」

「あー! そういう人格否定みたいな事言う! 

 メシア教なんてアレじゃん! 関わりたくないわ!」

 そしてチューハイをがーっと飲む

 何かあったのだろうか

 ところでこれ、食事のお誘いじゃなくて完全に飲み会では? 

 

 その後は更に支離滅裂になり

 女型シキガミは女の敵だとか、特にリーダーが持ってるような高級式神なんか完全に敵とか

 美少女がコスプレしてるのにチヤホヤしない男はEDとか

 地方に定着してる男は現地妻いっぱい作ってるとか

 なんで私はシキガミを女型にしちゃったんだとか

 前々から良いなって思ってた男を誘惑したら自分のシキガミの方をちらっと見てから断られたとか

 そんな話ばかり聞かされて何故か最後に連絡先を交換する事になった

 異界攻略より疲れた

 

 

 

 布団の中で今日の事を振り返る

 俺、初めての異界攻略はもっと思い出に残るようなものだと思ってたのに

 その後の飲み会で今日の印象塗り潰されちゃったんだけど……

 

 

 



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15話

 それからしばらく【異界攻略】の仕事をこなしマッカを稼いでいる

 あれから聖女ちゃんからそこそこの頻度で仕事に誘われ異界攻略し

 そして聖女ちゃんの知り合いも紹介されるようになった

「リーダーは強くはないけど便利だから良い感じ」「そして【リカーム】持ち! これは美味しい!」

「これなら紹介できるわ!」

 とは聖女ちゃんが俺を評した言葉である

 便利、前世では他人から便利扱いされる事に良いイメージはなかった

 便利扱いされてる人を見ても、都合よく利用されてる人という目で見ていただろう

 しかし今、この【ガイア連合】で戦闘要員として

 PTメンバーとして「便利」というのはそれとは違った気持ちが湧く

 命が懸かる場での「便利」は安い言葉ではない

 確かに自分は成長しているのだ

 

 さて、聖女ちゃんと、あるいは聖女ちゃんの知り合いに誘われたら異界を攻略し

 それがなかったら臨時PTで異界を攻略している

 しかし異界攻略ばかりしているのはけして充実感からしているわけではない

 単純に実入りが良いのだ

 自分の戦力が、「自分 <ライコー> <シオン> <シロ>」の4ユニットになり

 そこそこ揃ってきたと思うが

 そうなるとなおさらに、さらに強く、更に使えるスキルが欲しくなってくる

 まずメイン火力である<ライコー>に【貫通】は必須

 耐性も埋めたいし、良い装備も欲しい

 <シオン>、<シロ>のどちらでもいいから【テトラカーン】【マカラカーン】は欲しい

 魔法攻撃の種類も欲しい、より上位の攻撃スキルも欲しい

 そして「中級者」と俗に言われるような段階になると

 ガチャを控えていた頃の自分のような、マッカによるスキルカードの購入等は有効な手段ではなくなってくる

 確かに売りに出される、出されるがそういう「強い」スキルはあっという間に買われてしまい

 購入には良いタイミングで出会う運が必要とされる

 その為この段階にまで来ると皆が皆、それまで以上にガチャに手を出すのだ

 収入が増える、それによって足りない物や欲しい物を自覚し

 支出が増える、欲しいスキルや装備を手に入れ、それによって

 収入が増える

 こういう循環の始まりに足を踏み入れるようになってきた

 

 しかしどの段階に居てもガチャの魔の手が沼に沈めてくるなぁ

【俺たち】は何度ガチャに魂を売ればいいんだ

 

 

 

 小さめの異界を攻略し臨時PTを解散し、

「用事がある」と言って去ったさっきまでのPTメンバーを見送り

 手配されたホテルの一室で一息つく

 霊地でも何でもないホテルだからか、魔力の回復が遅い

 彼がもう夜にも関わらずこのホテルで一泊もせずに移動したのもこれが理由の一つだろう

 こんな所では休めるものじゃない

 もっとも今回の異界ボスは弱かった為大して消耗はしていないが

 だが自分も明日になったら最寄りの支部に武器を預け

【山梨第一支部】に帰るつもりだ

 そんなつもりでいたら……

「お願いします、先生!」

 今、拝み倒されてる

 

 

 

 事の始まりは一週間ほど前

 とある地方の名家の娘さんが行方不明となったという

 娘さんはまだ乳児であり、自分で出歩いたとは思えない

 そして居なくなったのは自宅から、

 朝、目を覚ますと娘さんがお気に入りのぬいぐるみと共にどこかに姿を消していたという

 これは何かある! とオカルトに対し知識を持っていた家の人が

 懇意にしていた(現地人)霊能者に調査を依頼

 丸一日掛けて準備して行った霊視が完全に弾かれた事で妖(悪魔)の仕業と断定

 そして霊視した霊能者とは別の霊能者が、自宅にて調査中不審な物を発見

 妖の猛毒が付着した子供の衣類である

 霊視を弾く強力な妖、誘拐された子供、猛毒が付着した子供の衣類、ここが茨城県である事

「この事から犯人は妖怪「姑獲鳥」にて間違いなし! 

 諦めましょう、これにて一件落着!」

 と、伝えてその霊能者はそそくさとどこかに消えたそうな

 さて困るのはその親御さんである

 諦めましょうと言われても諦める事が出来るものでもなし

 逃げた霊能者と違って「コカクチョウ」とやらの事を知っている訳でもなし

 これではとても引けるものでもない

 そこで、伝手を辿って「強力な霊能者」を抱えると噂される【ガイア連合(の支部)】に縋った、が

「今急いで調査の準備をしております、細かい事が決まり次第連絡します」と言われたらしい

 彼らが望んでいるのは即座の娘の救出である、それじゃ違う! と嘆いたという

 嘘だな、と思った

 この話そのものじゃない、「急いで調査の準備を」の部分だ

【ガイア連合】からして見れば、

 今まで大した関わり合いが有った訳でもない【現地人(非転生者)】の娘がどうなろうと知った事ではない

【ガイア連合】は慈善団体でも公務員でも霊的国防組織でもないのだ

 あくまで一民間の霊能団体である、その力と影響力と技術力は別として

 単純に優先順位が低い、その程度の話しだろう、そう思った

 多分調査はしているはずだ、異界から悪魔が出てきた可能性があるのだ、何かあったら困る

 そしてその結果の全てを伝える気はないのだろう

 

 そして昨日、異界に入り攻略をした俺たちの事を、霊視を担当していた方の霊能者から伝えられ

 急いで駆け付けたという

【異界攻略】が出来る強力な霊能者である俺たちに期待して

 うーん、こういう事が起こる可能性が分かってたからあの人はとっとと移動したのかなぁ

 一人、面倒ごとに捕まった俺はそんな風に思った

 

 

 

 結局あの後受けた、かなり嫌々だが

 別に報酬に釣られた訳ではない

 彼らの出すお金も受け取るがそれほど心は動かない(ガチャ3回分に満たないのだ)

 ただ、俺に頼み続ける娘さんの母親の憔悴しきった顔を見て頷いてしまった

 受けた内容は「娘さんの救出、もしくは遺体回収」

 

 とりあえず近くの支部に連絡する

 そしてこの事を伝えたらもうある程度調査を終えて

「コカクチョウ」が湧き、飛び出した異界の特定、中から出ないように異界の入り口を塞ぐ事まで終わらせていたらしい

 俺に依頼した人以外にも似たような事が起こっていたとか

 まあそんな事だろうと思った

 そして仕事を受けた事の報告と、報酬の受け取り代行を頼み

 快く了承された

 地方に仕事に行った【俺たち】が現地でこういう事に巻き込まれるのはそこそこある話らしい

 そして【異界探索、出来れば攻略】を受ける形に処理してもらう

 もともと異界探索は近々やろうと言われていたから多少早まる程度らしい

「あまりレベルは高くないと思うが、無理そうなら撤退してくれ

 それだけでも【ガイア連合】からは仕事として報酬は出る

 現地人の方はこちらで処理する」

 と言われ最後に

 こんな仕事受ける物好き、扱いされた

 

 

 異界に向かうまでの道程で<ライコー>に話しかける

「やっぱ俺はダメな奴なんだなぁ」

 ピクシー狩りの時と変わらない、つい何となくで情に流される

 違いは迷惑掛けるのはあの時はPTメンバーや、最悪あの異界にいた人たちにまで膨れたのに比べて

 今は俺の身内だけという事だ

 しかし、ならば良いという話ではない

「ええ、まったく」

 と<ライコー>に同意され更にへこむ

「次からは多少無理してでも支部や派出所の方で休みましょう」

 うん、そうだな

「流される自覚がおありなら流されないようにすればよろしいかと」

 はい

「あの、<ライコー>?」

「なんでしょうか?」

「怒ってる?」

「はい」

 気を付けよう、自然、俯き気味に歩いてしまう

 

 

 

 いつも通り<シオン>から入り、安全を確認、異界に入り撮影を開始

 そして<シロ>の【マッパー】を発動させ雑魚悪魔を倒しながら探索する

「弱い……」

 

 妖鳥【コカクチョウ】、女神転生ではレベルは10代半ば~後半程度

 種族妖鳥の例に漏れず銃属性に弱い事が多い

 それ以外の耐性は作品によってばらばらだ

 子供をさらい自分の子供として育てる怪鳥である

 女神転生では手が翼になった女性、上半身が女性の鳥等として描かれる

 この異界の【コカクチョウ】は上半身が女性の鳥だ

 クリーチャーな感じがしてあまり心を痛めないで済む

 

 出来立ての異界である事からあまりMAGを溜め込めてないのだろう

 マッカもあまり落ちない

 <ライコー>の【アローレイン】の一つで群れだろうが何だろうが沈んでいく

 <シロ>の【マハザン】でも同じだ

 銃属性と衝撃属性弱点、多分そうだ

 これなら何とかなりそうだ、おそらくレベル10行かないか

 そして異界内で子供をさらった【コカクチョウ】が居そうだとあたりを付けた場所に辿り着く

 森である

 コカクチョウは怪鳥として描かれる、であれば棲むのは家ではなく巣だろう

 鳥が巣を作りそうなところは、と思って探したのだ

「何かあれば【テレパス】で連絡」と少々曖昧な指示をして<シオン>を偵察に送り出す

 待つ

 

 

 <シオン>からの【テレパス】を【マップ】を見ながら待ち一時間ほど

 ようやく連絡が入った

 脳内に一枚の画像が浮かび上がる

 森の中を歩く女性の姿だ、着物のような服を着ている

 なんだろこれ、【マップ】は悪魔である事を表示している

 ぱっと思いつくのはまず【ユキジョロウ】

 しかしここは雪山ではない、あれはそういう異界に出る

 その後、鬼女、地母神の順にいくつか当てはめるがどれもピンとこない

 着物を着た妖精ドリアードやエルフなんて聞いたこともない

 天女、女神の可能性に思い当たるも

 それらは高レベルな事が多いのと、そもそも存在が確認された覚えがない

 正体に悩んでいると続報が届いた

 巣だ、カラスの巣のような中でその女が子供を抱いて乳を与えている

 生きているか確認したい、<シオン>に画像でなく映像で少しだけ送るよう念ずる

 幾分かのタイムラグの後に脳内に映像が流れ込んでくる

 乳を吸っている、生きているようだ

 そしてぐわんぐわんする視界に耐えかねて打ち切らせる

 とりあえずあの子供が救出対象のようだ

 依頼人が言っていた「娘さんお気に入りのぬいぐるみ」らしき熊のぬいぐるみがあった

 特徴も合う、向かう

 

 道中、正体が判明する

 あの女は妖鳥【コカクチョウ】だった

 巣の中にあった羽毛を着て、上半身が女性の怪鳥へと変化する姿を<シオン>が捉えた

 

 

 俺たちの仕事は「娘さんの救出、もしくは遺体回収」である

 であれば別に無理して戦う必要はない

 巣を留守にした時、空き巣して赤子だけ盗んで逃げればいいのではないか? 

 そう思って<ライコー>に相談する

「無理かと思われます」

 と言われてしまった

「巣にしている木はこの辺りで特に大きな巨木、

 空を飛ぶ以前に、相手は常にこちらを見下ろすことが出来るでしょう」

 その通りだ

「恐らくもう既に相手には見つかっています

 怪しい者が近づいてくる中、巣を留守にするとは思えません」

 なるほど、しかしそれでは疑問がある

「じゃあなぜ【コカクチョウ】はこちらに攻撃をしてこない?」

 これである

 今まで遭遇した【コカクチョウ】はこちらを見かけたら攻撃してきた

 好戦的な悪魔、なのだと思う

 それがこの【コカクチョウ】は巣から見える周りにいる俺らに攻撃をしてこない

 これはおかしい

「子供、がいるからだと思われます」

 そして確認をするように

「乳を与えていたのですね?」

 頷く

「であればその子供はその【コカクチョウ】にとって守護の対象なのでしょう

 守る存在が近くにいていたずらに敵を作るわけにもいきません」

 それに食べる為に連れてきたのであれば既に食しているはずです、と続けるライコー

「また、その【コカクチョウ】は特に強い個体であると思われます、もしかしたら知能も

 ……【大江山】の件、覚えていますね」

【大江山】、自分たちはそれで酒呑童子の伝説になぞらえ異界ボス【酒呑童子もどき】を討った

 そして逸話通り兜を噛ませ【鬼喰い兜】も手に入れた

 こういうのを【神話再現】というらしい

 伝承になぞらえる事で力を得、あるいは奪う

 そうか

「子供を奪い、乳を与えている【コカクチョウ】は【神話再現】をしているのか」

 声に出して確認する、頷く<ライコー>

【コカクチョウ】はその伝承において他人の子を奪い、乳を与え育て、コカクチョウにする妖怪である

 出産で死んだ妊婦が化けた者、とされている

 元は中国の妖怪で日本に入ってきた、日本では産女と同一視されている

 

「あの【コカクチョウ】は【神話再現】にて力を得ています」

 

 

 困った事になった、なったがやる事には変わらない

 つまりあの【コカクチョウ】を討ち子供を奪い返すのだ

 

 

 

 そのために今、正面から正々堂々逃げ隠れもせず巣に向かっている

 悪魔交渉の時間だ

「人間め! 妾の巣に何用でまいった!」

【コカクチョウ】がこちらに向かって叫ぶ、妙に強そうな気配を感じる

「その子供の親に依頼されて連れ戻しに来た、引き渡していただきたい」

「断る! この子は妾の子ぞ!」

「お前にとってはそうかもしれないが、親にとってはそうではない」

「何を言うか! この子はもう妾の乳を……」

「そういう話をするために来たのではない、暴力の話しをしに来た」

 その言葉に咄嗟に翼を広げ子を隠す【コカクチョウ】

「俺は取り返す、お前は抵抗する、簡単な話だ

 そして俺たちには話し合える余地がある」

「話し合える余地だと?」

「まず素直に子供を返す気はないんだな?」

「ない!」

「なら話を進めよう、俺もお前もその子供に死んでもらいたくないんだ

 だからこの巣の周りを戦場にしたくない、流れ弾が怖い」

「妾がこの子を連れて逃げれ「人間の子供は脆いぞ」

 最後まで言わせず否定する

「空を飛んで逃げてる間に身体が冷え切って死ぬんじゃないかな

 もちろん俺は追いかける」

【コカクチョウ】は子供を連れ去り、自分の巣にさらう悪魔であるが

 連れ去り安全な所に避難させる悪魔ではない

 

「場を移して戦おう、勝った方が正しい、勝てばお前がその子の親だ、俺が認める

 無論、戦ってる最中に奪ったりはしない、危なくなっても子供を狙って盾にしたりしない

 その代わり俺が勝ったらその子を親に返す」

「その言葉、違えるでないぞ人間」

 

 

 最後の言葉で身体が霊的に一瞬締め付けられる感覚がした

 悪魔との約束や契約はお互いを縛る呪縛となる

 

 

 

 

 そして今、戦闘をしている

「畜生、あいつ強いなぁ」

「恐らくこの異界のボスですね」

 やっぱりなぁ、偉そうな言葉遣いしてたもんなぁ

 場所を移した先は何もない平地、荒野の類だ

 そこで【コカクチョウ】は天高く舞い、時折こちらに

【アギラオ】や【マハラギ】を降らせてくる

【コカクチョウ】って魔法攻撃持ってたんだな、【子守歌】と【ひっかき】のイメージが強かった

 こちらも反撃したいが

「まさか【銃撃反射】で【衝撃耐性】かよ」

 飛ばれてはこちらの攻撃手段がジオくらいしかない

【アローレイン】も【マハザン】も通じないのだ、反射されたし効きが悪い

 今までは攻撃が通じる異界を選んでいただけにこんな事は初めてだ

 とはいえ状況は悪くない、相手にとっても効きが悪いのは同じだ

 まず<ライコー><シオン>は【火炎耐性】を持っている

 そして<シロ>は持っていないが代わりに魔速型であるため、素の魔法防御が高い

 俺はその<シロ>より魔法防御が高い

 そして何より

「メディア!」

 俺の回復である

 

 途中から【コカクチョウ】が【マカカジャ】を使い火力を上げてまで魔法攻撃してきたが

 その都度メディアで回復し、無に帰す

 うーん戦闘で役に立ってる感じがする、戦闘中ここまでメディア使ったのは初めてかも

 

「そろそろですね」

 そう、そろそろだ、こんな持久戦を選んだのには理由がある

「<ライコー>、【チャージ】、他は支援」

 その言葉でタルカジャ、スクカジャが掛けられ<ライコー>は【チャージ】する

「来るぞ!」

【コカクチョウ】の【ひっかき】が襲い掛かる

 <ライコー>は俺に向かってくるそれを身を持って庇うと【反撃】、範囲攻撃である【大切断】で切り裂く

 それをもう一度繰り返し、異界ボス【コカクチョウ】は落ちた

 

 

 なんだか悪い事をした気になる

【コカクチョウ】が持久戦を続けなかった事には理由がある

 今この場にいない子供の事を気にしてだ

 もちろん俺は手出ししていないし、俺のPTメンバーにもそんな事はさせてない

 他の悪魔の餌にもしていない

 

 持久戦になった時、異界ボスと人間では異界ボスの方が通常は有利だ

 異界からのバックアップで徐々に体力や魔力の回復を期待できるからである

 しかしそれは時間経過でじわりと回復するものだ

 瞬時に体力魔力を全回復させるようなものではない、時間がかかる

【コカクチョウ】にはその時間がなかった

 

 人間の赤子、それも乳児がこの異界で誰かの世話なしで何時間生きられるだろうか? 

 他の悪魔に襲われる、という話ではない

 単純に「飲まず食わず」「高い木の上で暖も取らず」にいた場合の話しだ

 だから【コカクチョウ】は魔力が切れた後は

 空を飛ぶ優位性を捨て接近戦しかない、それを狙っていた

 子供が亡くなる前に俺を殺し一刻でも早く駆け付ける為に

 

 当初の計画では【子守歌】を使う【コカクチョウ】に対し

【メパトラ】あるいは【メパトラストーン】で回復し、持久戦に持ち込み接近戦に追い込む

 と考えていたのだが、全然【子守歌】してこなくて焦った

 あるいは遠距離戦で普通に仕留められると思ってたのにそれも無理だった

 その代わり【アギラオ】等を受けたがこちらは耐性持ちが多かったので怖くなかった

 火炎系の魔法で助かった

 結果的には予定通り接近戦に追い込み勝利したのである

 もし接近戦してこなかったらそのまま持久戦を続行

 子供が死ぬまで待ち、【コカクチョウ】の神話再現が解けるのを待つ

 子供をさらい乳を吸わせた【コカクチョウ】だから神話再現されているはずだからである

 子供がいなくなったら多分解ける

 そして弱体化した【コカクチョウ】を討ち、子供に【リカーム】を掛ける

 そういうつもりだった

 自分で考えてちょっとドン引きする、こうならなくて良かった

 でも子供がすぐ近くにいるような場所で戦闘出来ないし、巣近くの森なんて相手のホームだから嫌だし

 相手にこちらの強みの「物理攻撃」を押し付けるにはこれしか思いつかなかった

 

【コカクチョウ】が子供を思う気持ちが本物であった故に楽に勝てた

 というのは良い気分にはならないが……

 

 

 

「悪い事をしたな」

 死に行く【コカクチョウ】に声を掛ける

 この【コカクチョウ】は俺の狙いが分かってそれに乗ったのだ

 言いたい事はあると思う

「のう、酷い人間、最後に、頼みがある」

 空を見上げながら【コカクチョウ】が声を出す

「内容次第だ」

 何でもかんでもは頷けない

「この異界には、妾の子以外にも子供がおる」

 聞いている、先にさらわれた子供たちだ

 しかし日数的にもう亡くなっているか【コカクチョウ】だろう

「まだ人の子よ、奴らは弱いからのう」

「それで頼みとは?」

「妾の同類を打ち倒し子供を異界の外へ」

 何のために? 

「この異界は崩れる、このままでは……」

 そういう事か、異界に巻き込まれ消える

「わかった、可能な限りそうする

 場所は分かるか?」

 こくりと頷く【コカクチョウ】そして口にする

 大まかな場所を聞き出した急いで行かねば

「待たれ、報酬を受け取れ

 これは契約じゃ」

 

 異界ボス【コカクチョウ】がその一言で消えた後には一本の刀が残されていた

 

 

 

 その後、依頼の子供と三人の子供、一人の子供の遺体を回収し異界を去った

 

 

 

 

 諸々の手続きを終え【山梨第一支部】に帰り

 自宅で<ライコー>に抱き着きながら今日の事を思う

 人助けのつもりでいたら思ったより重い気分になった

 割に合っていない気がする

 いや人命が少しでも助かったから良い事なのか? 

 何にも考えないで異界攻略する仕事だけで良いや

 そんな気分でいたら、<ライコー>が

「他人の子供をさらって化け物にする化生の者の事をそこまで気にしなくてもいいのでは?」

 と身も蓋もない事言ってきた

 いや、そうだけどさぁ

「あなたのおかげで、命を失う子供、子供を失う親が減った

 それだけでいいでしょう」

 そんなもんかもしれない

 

 

 



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16話

 何となく殺伐とした異界攻略に気疲れし

 少々の休暇を取る事にした

 と言っても完全に休むと際限なく休む事になりそうなので

 異界攻略を休む、という程度に抑え

 久々にそれ以外の仕事を受ける事にする

 回復屋の仕事である

 しかも今回の仕事は異界攻略一歩手前くらいの人たちが良くいく【狩場異界】らしく

【リカーム】の需要まであるという

 仕事を受ける前に受けた説明では【リカーム】持ちには

【リカーム】を使う毎に特別ボーナスが支給されるらしい

 計算してみたらこれが中々美味しい、やる事にした

 

 という事で狩場内の回復屋として今日も今日とて

 メディア、メディア、メディア、たまにリカームの日々を送っていたら

「うん?」

 レベルが上がった訳でもないのになぜか新しい魔法スキルが使えるようになった気がした

 

 

「あーそれねーきっと習熟度ねー!」

 相変わらずかぱかぱ日本酒を飲んでる聖女ちゃんが言う

「習熟度?」

「あんまり使われない言葉だけどねー」

 聞けば【俺たち】転生者は基本的に霊的素質、才能の塊らしく

 基本的にはスキルは「使えるようになったから使えた」が多いという

 そしてスキルなんて「使えるなら使う」から習熟度なんて気にする必要がない

「アギの理解を深めたらそれまでアギしか使えなかった人が、

 アギラオ使えるようになったりするとかそういう事があるらしいわ」

 そういう事が

「あと座学さぼってた人がちゃんと座学受けたら使えるようになったりねー」

 今度はビールだ

「座学はちゃんと受けてましたよ」

「だったらリーダーの場合は単純にスキルの慣れとかが足らなかったんじゃないのー?」

 なるほど

「回復魔法使うような機会はなるべく減らして戦うもんですからね」

「そーそー」

 また日本酒を飲んでる

「ところで何が使えるようになったの? 破魔系だと怒るよー?」

 なんで怒るんだよ

「【メディラマ】です」

「あら、いいわねーさすが回復特化!」

 

 そんな会話があってから

 なるべくそれまで使ってなかったようなスキルを積極的に使う機会を探してみた

 まず異界攻略ではそういうのはない、そうそう状態異常になんか掛からないように振る舞うものだ

 回復屋は体力回復、たまにリカームだし、でもリカーム使う機会なんてあんまりないんだよなぁ

 これにするかな、と悩んでたら

 事務の人に勧められた

【覚醒修行補助】である

 

【覚醒修行補助】の仕事は多岐に渡る

 例えば覚醒修行の為やムドの修行の為に【霊地から採取された毒虫】の世話や

 住み込みで覚醒修行している人たちのご飯を作ったり洗濯をしたりなど

【普通モードの修行】と被る所も多い

 では、覚醒者であり回復スキルを使える人間はどういう仕事を任されるのか

 その答えは

 

「モウヤメテ」「ツライツライツライ」「手が! 俺の手が!」「俺の股間が大三元!」

 

【厳しい方の覚醒修行】をした人の回復である

 

 

 

 毒状態になった人に【ポズムディ】

 緊縛、睡眠、恐怖になった人に【メパトラ】

 死んだ人に【リカーム】

 そして基本満遍なく回復魔法

 これらを使う日々を送っていると状態異常回復を覚えたり覚えなかったりした

 そんなある日、掲示板にてデマとしか思えない情報が飛び込んで来る

「メシア教が非戦争派でラブ&ピース?」

 まぎれもない怪情報だ

 

 

 しばらく前から【ガイア連合】ではとある大きな計画が動いていた

【海外からの悪魔及びオカルトの水際対策】と呼ばれるものだ

 国内の空港や港に感知結界や霊的な検閲所を設置

 航空交通管制にも対霊機器を、更には簡易の式神まで設置するというとんでもない話しである

 国内の霊的防御力が間違いなく増加し

 同時に、「ガイア連合が日本国の対外的な霊的防御を握る」事とほぼイコールになる計画だ

【ガイア連合】はこれを「日本国唯一の正式な霊的国防組織【根願寺】」の許可の下

【メシア教】と協力し、成し遂げた

 

【根願寺】と【メシア教】の説明をするには歴史の話をする必要がある

 ww2の結果、敗戦国となった日本はそれまでの霊的国防機関を解体され

 米国の霊的国防を担っていた【メシア教】の主導の下、【根願寺】を設立

 以後、【根願寺】を「日本国唯一の正式な霊的国防機関」と位置付けた

 この時、それまでの霊的国防機関、【葛葉】【ヤタガラス】等を解体するにあたり

 かなり手荒い事をしたらしい

 その結果、地方中央問わず霊的素養をその肉体に宿す霊的な家系の多くが消滅

 オカルト資料にも大打撃が生じ、日本のオカルト業界は一気に衰退

 戦後から数十年経ってもなお回復とはいかず、ガイア連合が世に出る前の有様となる

 この【根願寺】はその「手荒い」事をメシア教と共に行い、手を汚した

 そして生き残りの地方の霊能組織から「裏切者」「メシア教の下部組織」と見なされる事となる

 その結果、「日本国唯一の正式な霊的国防組織」でありながら

 【根願寺】は地方への強い影響力も信望も得られず

 首都において限定的に霊的能力を発揮する「霊的国防組織」となる

 

 そして【メシア教】は力を失った地方の霊能組織が有していた霊地に教会を建て、

 あるいは祀られていた神(悪魔)を封印あるいは消滅させ

 日本の霊的な制圧を果たすこととなった

 海外では【多神連合】が【メシア教】を相手に戦争し、負け、崩壊中であるが

 日本の神々(悪魔)は何のことはない

 もうとっくの昔に負け、封印までされてしまっていたのだ

 この日本と【メシア教】の力関係は現在も続いている

 

 

 そして【ガイア連合】は

 【メシア教】と協力して日本の霊的防御力となる【国防結界】を構築する事に成功した

 正確に言えば協力したのは【メシア教日本支部】であるらしいが

 

 

 

 実は俺はこれまで【メシア教】を一枚岩だと思い、

 支部だのなんだのにはあまり意識を向けていなかった

 ましてや【メシア教日本支部】である

 設立したのがいつだか知らないが、まず間違いなく日本の霊的支配の主力だろう

 これらを他の存在に例えると

【根願寺】が傀儡政府、【メシア教日本支部】が宗主国直轄の兵隊みたいなものだと理解した

 部隊丸ごと居心地が悪い所に左遷食らった、あるいはそんな所出身の兵隊が、

 中央(メシア教)からその忠誠を疑われるようになるとどうなるか

 粛正一択である、故に絶対に疑われないように努力をするはずだ

 一番楽なのは、赴任地での戦功稼ぎと内部粛清だな

 ちなみにこの例えで言うと我らが【ガイア連合】は

「地元住民から生まれた有力軍閥」くらいのポジションである、かなり生存が苦しい存在だ

 戦功稼がれちゃう

 だから俺は【ガイア連合】は【メシア教】と絶対に衝突すると思っていた

 終末以前に、生存競争として

 

 それが協力関係を築く? 騙し討ちの為の準備かな? くらいの目で見てもしょうがないだろう

 

 

 その【メシア教日本支部】が【自称非戦争派でラブ&ピース】を唱えているらしい

【ガイア連合】に対し戦力を晒し、最強の戦力らしい日本支部トップすら表に出し

 好戦派の天使は外に出て、今日本にいるのは非戦争派でラブ&ピースらしい

 そして【メシア教日本支部】は【米国】等に口利きを行い日本で【国防結界】を張る事を認めさせ

 更に【根願寺】の方も動かし日本政府に【ガイア連合】を【霊能に強い民間組織】と正式に認めさせる

 ここで日本政府にとって大事なのは【メシア教日本支部】も認めた【ガイア連合】という形だ

 これの意味は大きい

 そしてこれからは銃刀法を気にせず武器の所持が出来るようになるんだとか、民間組織なのに

【国防結界】も管理、運用は【ガイア連合】が握るから

【メシア教日本支部】が【ガイア連合】を利用して【国防結界】を手にした、という事もない

 むしろその結界に部分的に【メシア教】の技術を提供する事で【メシア教】からの反発も緩くなる

【メシア教】からして見れば、自分たちの同胞が構築した結界に見えるからだ

【メシア教日本支部】は【ガイア連合】にとことん都合が良い姿勢を見せている

 

 怪しすぎる……

 休暇は終わりだ、異界攻略に戻ろう

 何か起こるのに備えて経験値とマッカを貯めねば

 

 

 

 さて、再び異界攻略の日々に戻ってみれば

【ガイア連合】の存在が一カルト宗教でなく

 日本政府にも認められた【霊能に強い民間組織】である事への影響は割と早く現れた

 銃刀法云々の話しではない

 自衛隊の接触である

 そして

「【ゴトウ】、存在したのか……」

 市ヶ谷駐屯所に所属する自衛隊の師団に対し

【対霊歩兵師団】として運用できるようアドバイスして欲しい、という依頼が【ガイア連合】に飛び込んだ

 その師団にはこういう通称があるという【五島歩兵師団】と

 

【ゴトウ】、女神転生シリーズをプレイした人にとっては印象深い名前のはずだ

 刀を構えた褌一丁の益荒男である

 真女神転生において彼は序盤のボスという形で現れる

 彼は【メシア教】による「千年王国を築こうとする計画」を察知

 悪魔と契約を交わし、超人となる

 そして市ヶ谷駐屯地にてクーデターを敢行、

 自らを「戒厳司令官」と称し東京を制圧、管制下に置き

【メシア教】の脅威と神々(悪魔)と人類が共存するユートピアの理解を放送で訴える事となる

「千年王国を築こうとする計画」とは東京に「神の雷」を落とし、

 神に従わない人、悪魔をすべてを消し去り

 その後、神に選ばれし者のみの「千年王国」を築く事である

 作中においてゴトウはこれを【日本抹殺計画】と評した

 結果的に【ゴトウ】と、そしてどういう選択肢を選んでも真女神転生の主人公の行いは無駄となる

【メシア教】の手先である魔神トールが化けた米国大使トールマンの手によって

 東京には「神の雷」、すなわち【ICBM】が降り注ぎ世界は【大破壊】を迎える事となるのだ

 そして東京では「千年王国」の土台、【カテドラル】の建設が始まる

 

【ゴトウ】の存在はそれから複数の作品に背景として出てくる事となる

 特に真女神転生2での旧市ヶ谷にて【ゴトウ】が蓄えた武装をドワーフたちが掘り起こそうとするシーンや

 真女神転生の主人公たちへの恨み節を言う姿が描かれた

 姿が印象的なのもあって女神転生シリーズの名脇役と言ってもいいだろう

 

 

【市ヶ谷駐屯地】で【ゴトウ】であればどうしてもこの【ゴトウ】を意識せざるを得ない

 

 

 

 【覚醒者】にとって極めて常識的な話をする

 対悪魔戦において【非覚醒者】と【覚醒者】はその戦力の重みが全く違う

【非覚醒者】はまず悪魔を視認する事が出来ない

 そして悪魔の攻撃に対して抵抗力を持たない、これは殴られたら死ぬ、という話ではない

 例えば毒を浴びれば身体が溶け、麻痺を食らえば心臓が止まり、

 混乱をすれば正気を失い、盲目になれば肉体の感覚を消失する

 よくある状態異常が即死クラスのダメージを引き起こし

 よくある弱体化魔法が生きるのを難しくさせるほど弱体化させる

 ちなみに自分はこれを【覚醒修行補助】で散々見た

 更に【非覚醒者】の攻撃は悪魔に対して有効打とするのが難しい

【概念】の存在である悪魔に、【認識】すらしていない者の物理法則に則った攻撃は役に立たない

 それが例えば【高レベル霊能者】のハンドメイド品なら話は別だが

 そんなものをいくつも揃えるのは難しい

 

 翻って【覚醒者】はどうなのか

 普通に攻撃が通じる、状態異常で即死なんてありえない、弱体化はあくまで弱体化でしかない

 とりあえず【転生者の覚醒者】であればこうだ、他は良く知らないがまあ大差ないだろ

 この歴然とした差が【非覚醒者】と【覚醒者】には存在する

 

 

 つまり【五島歩兵師団】を悪魔に通用する【対霊歩兵師団】として運用できるようにする

 と言うのは最終的にはこういう事になる

【五島歩兵師団】を【覚醒者】にする

 

 師団、という戦力単位はどの程度のものか、意識した事はあるだろうか

 自分はない、なかったから調べた

 自衛隊においてはこうなる「定員は6300~9000名」

 最大9000人の【覚醒者】の現代軍! 

 ちなみに真女神転生の【ゴトウ】は「一等陸佐」という設定がある

 これは兵を率いる時は「連隊」という戦力単位を率いるのに相応しい階級なのだそうだ

 師団とはこの「(普通科)連隊」を三つ+αで構成する戦力単位である

 

 クーデターで東京制圧した【ゴトウ】より三倍以上多いじゃないか! 

 やばさしか感じない

 

 

 

 とりあえず【ゴトウ】に【ガイア連合】の事を知らせて

【五島歩兵師団】の【対霊歩兵師団】化の引き金になった

【俺たち】の覚醒者(自衛官ニキ)の判決は【有罪】で良いんじゃないかな

【ゴトウ】って人が意欲的に動いて【対霊歩兵師団】化させようと動いてるらしいからなおさら

 クーデターに巻き込まれたら堪らん、反省して

 掲示板に書き込みした

 

 

 その後、受けた罰を見てちょっと後悔した

 

 

 



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17話

「全然当たらなかったなぁ」

 異界ボスであった妖鳥【タンガタ・マヌ】との戦闘を思い出してついぼやく

 せっかく購入した自衛隊採用の小銃、それが全然当たらないのだ

 いや止まってる対象には当たる、足が遅いのにも当たる

 ただ、凶鳥や妖鳥等の【速】のステータスが種族的に高い悪魔には当たらない、俺が下手だから

 そして敵が近寄るとそもそも撃てなくなる

 射線上の<ライコー>に当てずに敵だけを撃つ自信がないからだ

 使えるのは【速】くない相手で、余裕を持って撃つことが出来る程度に距離が離れている相手、という事になる

 それを解決する方法も一応ある

 大まかに言えば二つ

 1、俺が前に出て前線で銃を撃つ

 2、<ライコー>たちの斜め後ろから、進行してくる敵の進路を射線で塞ぐように銃を撃つ

 

 これである

 が、1も2も<ライコー>に峻拒されてしまった

 曰く「それほど当たらない攻撃の為にこちらの弱点を前に晒す必要はないでしょう」

 曰く「攻撃の為にわざわざ敵からの射線を通すのですか?」

 

 道理である

 どちらも「射線を通すためにリスクを冒す」という事になる

 俺が銃で行う攻撃はそこまでしなきゃ行けないほどの価値はない

 更に言ってしまえば、仮に<ライコー>でも<シロ>でも<シオン>でも、誰が死んでも

【リカーム】ですぐに蘇らせることが出来る

 だけど俺が死んだらそうはいかないのだ、一度異界から引いて蘇らせてもらい、という形になる

 それを考えるとなるべく前に出ない方が良いのだ

 だからこれは、「使える時に使う武器」と割り切り無理に使おうとしない方が良い

 <ライコー>に接近される前は連射し、接近されたらあくまで自衛用の武器として使う

 その辺りが妥当だろう

 元々、小銃なんてそういう物だ

 前線で斬り合い、殴り合いしている仲間を援護するような武器じゃないのだ

 前に出て戦っている<ライコー>を援護したいと思ったのは俺の欲である

 

「まあ予想通りと言えば予想通りだったが」

 購入の際、必須とされた自衛官を招いての銃の取り扱い講習

 その時配られた小銃の整備マニュアルを見ながら分解しブラシでゴミを拭き取り、油を塗る

 銃の整備はお金を払えば支部の方でもやってくれるが

「自分で出来るようになっておけ」とその講習で言われていたので

 慣れるまでは自分でやる事にしたのだ

「という事で、<ライコー>、心配してたような事はしないから安心してくれ」

 こちらをじっと見ている<ライコー>に声を掛ける

 小銃購入時に浮かれすぎたせいか

「銃を頼りに無策で突っ込む様になるんじゃないか」という疑惑を持たれてしまったのだ

 だが使ってみれば銃は強力な武器だが

 何でもかんでもそれで解決! 突っ込めー! するようなものじゃない、それが分かった

 それが出来るほどの腕はないし、使い方もそうだ

「そう思っていただけるのでしたら安心しました」

 そうか

 

 

 自衛隊、というより、自衛隊において陸将の階級にある五島さんこと【ゴトウ】との関係は

 急速に深化している

 この小銃も【ガイア連合】が依頼を受けるにあたって【協力要請】をした結果

 流通されるようになったものだ

 数こそ少ないが【火炎弾】等の属性銃弾も生産され、出回り始めている

 その数も時間と共に解決されるだろう

【ゴトウ】と自衛隊はきちんと契約を守ったのだ

 当然、【ガイア連合】も契約を守り【五島歩兵師団】の【対霊歩兵師団】化に協力をしている

 

【対霊歩兵師団】化への協力は当たり前であるが

「オカルト業界の常識、知識の供給」というアドバイザーとしての物だけでは達成できない

 相手も満足しない

 では俺が危惧していた【五島歩兵師団】の【覚醒者】化に進むのかと思えば

 大まかに言えばその通りであったが段階を踏む事となった

【ガイア連合】は【五島歩兵師団】に【非覚醒者】向けのとある霊装を供給する事となったのである

 それが通称【デモニカ】

 正式名称【DEMOuntable Next Integrated Capability Armor(着脱拡張型次世代能力総合兵装)】

 である

 

 

【デモニカ】、真女神転生 STRANGE JOURNEYにおいて登場した主人公たちが使うギミックである

 作中において使われた表現は「進化する戦闘服」

 過酷な環境下でも不自由なく活動することができ、AIのサポートによる運動能力の増幅

 各種アプリの追加により耐性の付与すら可能にする戦闘服である

 通信機能、生体モニター機能、生体活動のサポート機能等も有する

 強化を重ねたデモニカスーツを着た作中キャラは神と言われた悪魔達とすら互角以上に戦った

 

【五島歩兵師団】へ供給された【デモニカ】はその【デモニカ】をリスペクトしたものである

 とは言え完全再現とは言えない

 理論上、極地すら探索できるスーツとしての性能

 簡易式神とレーダーの組み合わせで疑似的に【非覚醒者】に悪魔を認識させる【デビルアナライズ】

 部隊としての行動を可能とする各種通信機器

 こういった物を組み込んだ戦闘スーツである

【宇宙服+軍装備+オカルト霊装】とはこの装備の要約である

 

 もちろん欠点もある

 まず第一に装備重量が90キロを超える重装備である事

 次に仕様により状態異常が普通に効く事

 そして他の霊装と併用不可という点である

 

 着る棺桶かな? 

 最初に説明を読んだ自分の感想であった

 

 

 だが考えてみればこれを「身を守るための装備」と思うから

 不満を持つのである

「悪魔を認識し、攻撃を通すための装備」と解釈するなら問題はない

 例えば、リヤカー(異界内だと普通の車は動かない可能性がある)に

【デモニカ】スーツを着た自衛隊員を乗せ【覚醒者】がそのリヤカーを引けばいい

 そして悪魔を見かけたら【デモニカ】スーツを着た自衛隊員が銃を掃射する

 悪魔を何度か殺せば覚醒するだろう

 きっと【五島歩兵師団】はこんな感じでレベリングしているに違いない

 そう思って自衛官ニキのスレを見たら

「普通に着て普通に運用してる……」

 筋肉自慢の歩兵たちに90キロ越えの【デモニカ】を着せて訓練しているらしかった

 筋肉って凄い

 

 いや何も無理やり筋肉運用しているだけではないらしい

 それと並行して分解、分析、機械部品関連の改良による軽量化等々もやっていて

 そういった動きの中で「とりあえずそのまま運用してみる」というのをやっている方々もいる

 そういう話らしい

 うーん、【五島歩兵師団】の方々、【デモニカ】への期待がガチだな

 それともある程度大きな組織が本気を出したらこんなもんなんだろうか

 この【デモニカ】は【五島歩兵師団】が改良したらその内容、技術がフィードバックされる契約になっている

【ガイア連合】の【非覚醒者】が【デモニカ】を装備して戦闘をする日が来るのも近いかもしれない

 

 

 そんな風に思いながらいつも通り異界攻略していたある日

 自衛官ニキのスレを見てたら、ああやっぱりなと思う話が出てきた

 ショタオジが五島さんから【共同クーデター】を誘われたらしい

 やっぱり【ゴトウ】だったわ! 

 

 

 

【ショタオジVS自衛隊】の編集動画を見た

 怪獣映画みたいだった、但し怪獣が最後まで勝ち切る

「クーデターのお誘い」からなんで【ショタおじVS自衛隊】になったのか

 もちろんこれはクーデターを鎮圧した動画ではない、演習だ

 ショタオジ1人VS自衛隊(五島歩兵師団の2000人)の

 流れとしてはこうらしい

【デモニカ】の改良を行い、覚醒者を増やした【五島歩兵師団】は

 先日、東京守護の結界の一角を構成する鬼神【ゾウチョウテン】の試練を乗り越え撃破

 鬼神【ゾウチョウテン】を【ゴトウ】の仲魔にし訓練用異界を賜りレベルを上げる

 そんな日々を送っていたら見事【ゾウチョウテン】のアンチメシアン的言葉に誑かされ、

【ゴトウ】、ショタオジや【ガイア連合】運営、幹部が勢揃いした場で演説

【武力クーデター】と更なる【デモニカ量産】を訴え、これによって国内から【メシア教】を排除

 未だ残存する世界の諸勢力を糾合し【対メシア戦線】を構築すべし! 

 まあこんな感じだったらしい

【デモニカ】をメシア教に譲れと政府筋だかなんだかに言われただの

 ちょっと信じがたい情報もちらほら流れてる

 

 そしてこれに対してショタオジや【ガイア連合】幹部たちは一顧だにせずに拒絶

「その程度の強さでどうにかなるわけねぇだろ! (意訳)」

「世界の広さ、教えてやんよ! ヒャッハー! (意訳)」

 と言う訳で、勝った場合、負けた場合等の条件を詰めて契約を行い

 この度の演習となった

 

 

 

「ふぅ」

 凄い物を見た、ショタオジも当然凄かったがショタオジが凄いのは分かり切ってる事である

 俺が凄いと思ったのはやられ役だった【五島歩兵師団】の方だ

 彼らは圧倒的なショタオジに対しあらゆる兵器、戦術を用いて最後の一兵となるまで戦い抜いた

 ショタオジはそれを逃げ隠れもせず真正面から粉砕した

「<ライコー>、もし俺があの【五島歩兵師団】の面々とやり合ったらどの程度……」

「何もできずに死にます」

 だよなぁ

 仮にレベル1であっても【覚醒者】は【覚醒者】だ、【非覚醒者】とは重みが違う

 彼らの銃弾は【覚醒者】の身体を穿つ

 彼らがレベル10に満たなくても、俺のレベルが22になっていても

 それは変わらない

【ゴトウ】という超人じゃない

 自衛官ニキという【俺ら】じゃない

 覚醒した普通の人の、訓練された集団の攻撃で俺と仲魔は成すすべもなく死ぬ

「強いな……」

 強い、そして彼らは実際に実績も積んでいる

 鬼神【ゾウチョウテン】

 彼らが倒し乗り越えた敵だ、作品にもよるがレベルは20後半~30前半くらい

 多分30越えの個体のはずだ

 それに勝てたからこそアナライズで同じように30越えで【測定不能】と出るショタオジに立ち向かったのだ

 この戦力が更に磨かれ【ガイア連合】に向く時があれば……

「大丈夫だと思いますよ?」

 <ライコー>に考えを読まれたようだ

「なんで?」

「彼らにとっても【ガイア連合】の戦力、技術力、生産力は当てにしたいものだからです

 そして今、強力な集団の力が個に打ち負ける経験を積みました

 それも【ガイア連合】の神主の手によってです

 彼らにとって【ガイア連合】の価値はこれまで以上に上がっています」

 言われてようやく頭が回ってきた

 考えてみれば、【デモニカ】のコアとなるパーツも【ガイア連合】が抑えてる

 可能な限り敵対は避けるはずだ

 そしていよいよ敵対、となるならその前兆が何かあるはず

「うん、まあ大丈夫か、とりあえず【メシア教】よりは信用していいだろ」

 少し【五島歩兵師団】の強さに刺激を受けすぎたようだ

 

 

 

 それから数日後、【ガイア連合】は対メシア教戦略の変更を掲示板にて発表

 積極的な動きを見せる事となる

 

 

 

 

 演習の後、【ゴトウ】は【ガイア連合】に事前の取り決め通り

【五島歩兵師団】が集めた全てのオカルト情報を譲渡した

 そういう契約になっていたらしい、恐らく【ガイア連合】としては

 【ゴトウ】の判断の理由となったものを知りたかったのだろう

 その中に【ガイア連合】にとって無視できない物が含まれていた

 海外の戦地で発見及びアナライズしたメシア教の天使のレベル

【計測不能(レベル30以上)】である

 

 戦地は異界ではない

 異界ではないのに並の異界ボスを超えるレベルの天使が現界している

 情報に含まれていたのはそれ一匹であったがこれは断じて見逃せないものだった

 レベル30以上の天使に対処できる人間はいかに【ガイア連合】と言えどもそう多くはない

 30を超える物が「幹部」と通称される事からもそれは分かるだろう

 そのレベル30以上の天使がもし、集団を形成し襲い掛かってきたら? 

 ただの敗北ではない、ガイア連合、日本国の死まで見える脅威となる

 

 事態を重く見た【ガイア連合】はそれまでの【メシア教】との距離を置くことを重視した方針を変更

 将来的な敵対を確信

 以後、二種類の作戦を展開させることとなる

 一つは【妨害】とだけ言われるもの

 国内メシア教との交流で得た情報をもとに反メシア勢力及びメシア教以外の一神教への接触

 現地組織への各種物資支援、霊装の供与などで可能な限りの時間稼ぎを行う作戦である

 もちろんこれは【ガイア連合】が目を付けられないように細心の注意を払ったものだ

 

 

 そして二つ目は【地固め】と呼ばれるもので

「【国有霊地】の攻略支援?」

【国有霊地】、読んで字のごとく国有している霊地である

 しかし今までそんな所の攻略なんて聞いた覚えがない

 自分の訝しがる声に事務の人は

「はい、それも我ら【ガイア連合】が攻略するのはただの異界ではありません

【封印異界】そう呼ばれるものです」

【封印異界】そこは【メシア教】に封印された日本古来の神々(悪魔)の異界である

「攻略、と言いましても異界の主の討伐ではありません、封印を解くのが目標となります」

 そして俺の方を見て

「その攻略支援に【リカーム】持ちの方が必要とされています」

 

 

 

 



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18話

 日本古来の神々(悪魔)の封印を解く

 それは日本にいる【メシア教】の脅威を感じる人にとって

 そして霊地活性化に怯える人にとって

 大きな意味を持つ

 封印された霊地を解放し、異界の管理を封印されていた神々(悪魔)に任せれば

 霊地がある程度は静まるはずだ

 そして管理異界として有効活用やいざという時の戦力にもなるかもしれない

 しかしそれは同時に封印を施した者、【メシア教】にとっては違う意味を持つはず

 それをする

「メシア教日本支部との交渉は済んでいます

 ですので【封印異界】において【メシア教】との戦闘は発生しません」

 事務の人の言葉だ

 間違いなく朗報だ

 全くもって【メシア教日本支部】の意図が読めないが

【メシア教日本支部】は【ガイア連合】と【メシア教】とを天秤に掛けて

【ガイア連合】を選んだとでも言うのだろうか? 

 同じ信仰を持つ者たちよりも? 

 信じるには都合が良すぎる

 しかしそれはそれとして、本当であれば確かに封印を解く絶好の機会だ

 事務の人に受ける事を伝え家に帰る

 

【【国有霊地】の攻略支援】の仕事はその後二回受け

 同時並行で数々の異界が攻略され

【ガイア連合】の【地固め】は最終段階まで来た

 大型異界【天樹山】の攻略である

 これが終われば日本の神々(悪魔)が封印された異界はなくなる

 

 

 

 俺は今、天樹山の山腹

 異界攻略の為に作られた、麓から数えて三つ目の物資集積所で回復支援をしている

 

 この異界は広大なものだ

 山一つ異界化するというのはままある事だが

 その山が大きく、奥行きがあり、そして空間が捻じ曲がっている

 先遣隊や攻略部隊の情報を元にした地図を見せてもらったが記号が沢山ついた変な地図になる

「ここからここは地図上では数十メートルの洞窟だが、中では云キロの距離があって~」

 なんて事も当たり前のようにあるらしく、それを記すための記号だ

 空間が捻じ曲がった所は別の地図を必要とするらしい

 この物資集積所はその広大な異界の奥に進む攻略部隊、彼らに物資を届けるための経路である

 彼らの道中にこのような物資集積所が点々といくつもあり、その点と点を結ぶ線で物資が運ばれる

 物資の多くはまず弾薬類、ついで各種霊薬、そして消耗品である霊的アイテム(食料がここに含まれる)だ

 もっとも攻略部隊に運ばれる物資は全体の量からするとそれほど多くないらしい

 ほとんどの物資は物資集積所を守るための防衛戦で消費される、道中での喪失も無視できない

 その莫大な物資の消費も補給計画を立案、実質的に指揮をしている【五島歩兵師団】の方々によると

「最先端部分(攻略部隊)が不足をしていない分を供給できている」という点で満点なんだそうだ

 なおこの攻略部隊は【ガイア連合】の幹部だけ、という訳ではない

【五島歩兵師団】の精鋭たちも多数加わっている大所帯である、個の力と数の力が合わさった部隊だ

 しかし物資集積所で運ばれてくる山のような物資、奥へと運ばれる山のような物資を見ると

 本当にこれで良いのか不安になる

 俺の知っている異界攻略とは規模もやり方も違うからだ、これまでの【封印異界攻略】と比べてもだ

 もっともその、「規模もやり方も違う」事を【五島歩兵師団】の協力で出来るようになった

 だからこその【封印異界攻略】という面があるそうだ

 聞いた話によると【ガイア連合】の方ではこれまで何度か【封印異界】の攻略を検討されたが

 異界の規模が広すぎる事から戦闘能力はともかく、体力が持たないと判断されていたそうだ

 その体力、継戦能力を専門家が計画した補給計画で賄う、という事らしい

 この【封印異界攻略】は、政治的には【メシア教日本支部】と自衛隊が、

 サポート面では【五島歩兵師団】が、そして直接的な個の力では【ガイア連合】が

 それぞれ作用する事によってようやく成立した、そういう【異界攻略】だ

 俺はその物資集積所で回復役をしている

 

 

「来たぞー!」

 物資集積所に声が広がる

【五島歩兵師団】の人たちは【デモニカ】の通信機越しに会話をするから

 こういう声を上げるのは【俺たち】の誰かだ

 それまで作業していた人たちが手を止め武器を手にし、あるいは物資を奥の方に引っ込める

 敵襲だ

 

 今回の戦闘はあっさり終わった

 襲撃してきた悪魔は【ユキジョロウ】数匹、半包囲の形にしてから火炎魔法と【火炎弾】で焼き払ったらしい

 俺のいる物資集積所の辺りでは【ユキジョロウ】と【チュパカブラ】が出る

【ユキジョロウ】、雪女そのものである

 女神転生においては20半ば~30くらいのレベルである

 火炎弱点で氷結が吸収、もしくは耐性を持つことが多い

 この異界で出る【ユキジョロウ】もその例に漏れず、レベル26である

 レベル26、今までの異界では異界ボスですら中々見ない

 これが雑魚敵として湧いて出てくるのだ

 更にここの【ユキジョロウ】はブフ系だけではない【マハムド】すら使ってくる

 これが厄介だ

 そして戦闘が終われば

「お願いします!」

 俺の仕事がやってくる

 

 目の前にある死んだ【デモニカ】たち

 それに蘇生魔法を掛ける

「【リカーム】【リカーム】【リカーム】!」

 とりあえず今回のは終わった

「ふぅ」

「お疲れ様です」

 <ライコー>に労われる

 しかし思っていた仕事と違ったなぁ

 てっきり俺はここで人を蘇生しまくるのが仕事だと思っていた

 思っていたけど

「よっしゃ、稼働!」

「止まってると寒くてしょうがねぇからなぁ」

 ほぼ死んだ【デモニカ】の蘇生なんだよなぁ

 

【デモニカ】

 これは別に科学技術だけの産物と言う訳ではない

 中に簡易式神が入りアナライズをしたり、レベルアップで耐性を付けたりする

 簡易式神が入ったパーツが所謂【デモニカ】のコアパーツだ

【デモニカ】を着た人が呪殺系の攻撃を受けると

 中の人が食らって死ぬ前に、【デモニカ】を構成しているこの簡易式神が先に食らって死ぬのだ

 実質一回までなら呪殺を食らっても大丈夫、そういう使い方が出来る

 そして死んだ【デモニカ】は【リカーム】で蘇るから安心して死ねる、そういう事である

 

 もちろん通常の回復の需要もある、あるが

 そちらは普通にディアを使える人(回復支援の仕事をしている人)が幾人もいるおかげで

【リカーム】持ちの魔力を節約しよう、という事になり

 かくして俺はリカーム係となった

 

 

 

 この物資集積所に物資を搬入している車両? らしきものを見る

【俺たち】の誰かが悪ノリして作った割に【五島歩兵師団】からの評判が良くて

「え~」という反応を掲示板でされていた新型装甲車だ

 車両? 扱いなのはこの新型装甲車、車輪やキャタピラでなく脚で歩くのである

 多脚戦車、という奴だ

 モチーフにしたのは女神転生に出てくるマシン【T95D】らしい

 真女神転生では【ゴトウ】が秘密裏に開発したことになっている自立戦闘兵器だ

 この世界では【ガイア連合】が作って彼らに供与した

 これもコアパーツに簡易式神が使われている

 これが流通の肝となる

 

 その緑色の蜘蛛っぽい新型装甲車たちがわさわさと動き物資を置き、あるいは物資を積み込み去っていく

 その新型装甲車の部隊の護衛を務めるのは【五島歩兵師団】、ではない【俺たち】だ

 シキガミを連れている事と服装が統一されていない事で丸わかりである

 物資輸送中は隊列が延びる事から戦力の集中が出来ず

【五島歩兵師団】では輸送中の護衛は不向き、故に個人として強い【俺たち】が抜擢された

【ユキジョロウ】が出るような山の中、私服姿で蜘蛛っぽい新型装甲車にタンクデサントしている光景は

 異様なものを感じさせる

 まあこの新型装甲車の周りを【デモニカ】を着た人たちがうろちょろしてても異様な光景に見えるから

 新型装甲車自体の見た目がアレなのかもしれない

 

 物資集積地の点と点は、彼らが物資を運んで来ることで事で線となる

 

 

 仕事場である大型の天幕、の横にある俺用の天幕で昼食のガイアカレーを食べる

 ここで仕事をするようになってほぼ毎日ガイアカレーだ

 美味しいし飽きないんだが三食カレーでも飽きない事に違和感を覚える

 何か霊的に美味しいと感じさせられてるような? 

 本来はこのように個人で食事をとるというのは自衛隊のやり方ではないらしい

 だがこの物資集積所内の【俺たち】の纏め役が

「飯くらい一人で食わせてくれ」とごねた為に成立したらしい

 ありがたい

 

 各物資集積所にはこんな感じで【俺たち】側の意見を向こうに伝える人たちがいるという

 今回の作戦を含む【封印異界攻略】はあくまで【ガイア連合】と【五島歩兵師団】

 もっと言えば自衛隊との協力で行っている物であり

 主導権や指揮権を完全に【五島歩兵師団】に譲ったわけではない、そういう形にする為なんだそうだ

【ガイア連合】を自衛隊の指揮下に置く為の実績作りにされないように、という事らしい

【俺たち】が我が儘言う為の屁理屈に聞こえるが、まあいいや

 

 

 

 

 こんな日々が一週間続いた後、攻略部隊が見事封印を解除した、という連絡が来たらしい

 その後、様々な準備を行ってから撤退した

 

 

 

 

 

 そして、今

【ガイア連合山梨第二支部】にて宴会をしている

 ここは富士山の麓にあったコテージ、それが人が住めるようになり様々な工場や設備が建てられ

 都市計画も節操もあったもんじゃない変な集落、その中にある宴会場だ

 

 

 一般的に「お神酒上がらぬ神はなし」という

 この言葉は正しいのだろう

 右を見ても左を見ても美味しそうに酒を飲んでる神(悪魔)の姿がある

 そしてそれと同じくらいに【俺たち】や【五島歩兵師団】の姿があり

 笑い声が上がり雄たけびが上がり、苦労話や愚痴等で盛り上がっている

 神々(悪魔)もそれを煽りたててる

 最大の肴は【封印異界】の話だ

 こればっかりはいかな山海の珍味でも勝てないらしい

 これだけでいくらでも酒が飲める様子だ

 俺たちのような後方支援の人間もお呼ばれして舌鼓を打っている

 

 この場にいるのは異界【天樹山】に関係する神々(悪魔)だけではない

 これまでに交渉に成功した神々(悪魔)との交流を兼ねてのものである

 異界の主であり、全てが霊地の鎮静化を助けてくれるありがたい方々で

 しかも多くの方々はそれに加えていざという時の【人々の守護】まで頷いてくれた

 なんと頼りになる神々(悪魔)だろうか! 

 ご利益をくれる神が良い神である、ありがたや

 

 そしてこの光景は【ガイア連合】にとって、一つの成果だと思っていいだろう

 強力な霊能者である【俺たち】を鍛え上げたから

 頼りになる協力者である【五島歩兵師団】との協調を選んだから

 神々(悪魔)との協力を選んだから

 そしてこれが出来る道筋を作ったから、それがこの光景に繋がる

 

 

 自分は今回の異界攻略で大した事はしていない

 どこにでもいる後方支援の一人だった

 語り、喝采を受けるような武勲話も苦労話もない、いつもの異界攻略より楽だったくらいだ

 だけどこの光景だけで酒が美味しく飲める気がした

【ガイア連合】がきたる【終末】を生き残るための大きな歩み、それが具現化した光景に見えた

 きっとこの光景を忘れる事はないだろう

 

 

 そして満足げに周りを見ていたら、ふと気づいた

 自分はかつてこれと似たような物を見た覚えがある

【富士山覚醒体験オフ会】だ

 寂しさと仲間を見つけた喜びで飛びついたオフ会だった

 その時、覚醒修行を受ける前に飲み会があった、それを思い出した

 あの時の自分と比べて何が変わっただろうか

 あの時の自分は転生者である特別感と孤独感でいっぱいだった

 そして周囲を嫌い、自分の居場所がない気がした

 そのくせ何もその手にしている物がなかった

【俺たち】の一部にいる、覚醒もなしに霊感を持っていたり、転生前の知識で何事かを成した訳でもなかった

 何者でもなく何にもない男だった

 今は違う、そう思える

 俺を愛してくれる<ライコー>がいる、悪魔になっても一緒に居てくれる<シロ>がいる

 アガシオンの<シオン>も何となく最近は懐いてくれてるような気がする

 稼ぎがあり、それで得た家がある

 何者でもない俺だったが一人前になれた気がした

 

 そう思ったら【ガイア連合】に入ってからジワジワと感じていた焦りのようなものが溶けて行った気がした

 何者でもない自分が受けた恩を返したくて、そのために一番良いのは力だと思っていた

 でも俺には力はなかった、多分今後レベルを上げても大した存在にはなれないだろう

 それでもいい気がした、やれることをやればいいんだ

 

 

「<ライコー>」

 こちらを見る<ライコー>に声を掛ける

「今後ともよろしく」

 微笑んだ気がした

 

 

 

 

 第一部完



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閑話
閑話1話


 俺は源氏らしい

 

 

 

 

 繰り返し言う

 俺は源氏らしい

 

 

 

 は? 

 

 

 

 

 事の発端はちょっと前

 日本の神々が封印から解かれてからだ

 その時封印を解かれた神の一柱の中に<ライコー>の本霊、【源頼光】様がおられた

 おられたのだが

 その結果、本霊通信にて<ライコー>に気軽に電波を垂れ流すようになってしまわれた

 今まで力だけくれるありがたいお方だったのだが

 それは単にこちらに伝える事が出来なかったかららしい、神社の時が物凄く限定的な機会だったとか

 これからは今まで与えられなかった加護もしっかりくれるとか、これはありがたい

 そして冒頭の話しに戻る

 <ライコー>の言う所によると

 俺は<ライコー>の夫なのだから源氏で、

 源氏の(特に清和源氏系で摂津源氏系)更なる発展のために

 頑張って一族郎党を増やせ、との仰せらしい

 一族郎党なんて増やせって言われて増やせるもんじゃないだろ

 そう思ったら「子供を増やす事」と「家臣を増やす事」で良いのだという

 家臣なんてどうすんだよ! 扶持ねぇぞ! 

 子供なんてそうそう増やせるか! 

 相手いねぇよ! 

 いかなシキガミと言えども妊娠出産は無理なのである

 本霊通信にてどうか【源頼光】様にそのあたりのご理解を平に願いたく……と

 <ライコー>に伝えて貰うようお願いして見た所

 ひとまず妥協して、一家を建てる事で許してもらえそうになった、よかったよかった

【源頼光】様に俺が養子入りし、【源頼光】様の娘さん(分霊)に当たる<ライコー>を嫁に貰い

 分家を建て、当主となるのである

「摂津源氏一門の甲斐源氏」となるのだそうだ

 有名な武田信玄が「河内源氏」からの甲斐源氏で

 これが弟の血筋だから対抗意識を燃やしたらしい

 

 何言ってんだこのお方? 

 

 が、どうやらこの一線は譲れない様子

 終いには家の神棚においてあるとある神社のお札経由で直接俺に神託してきた

 曰く「娘に手を出した責任を取ってください」

 むむむ

 微妙に納得が行くような行かないような

 そして<ライコー>に「結婚して良い?」と恐る恐る聞いたら

 しずしずと頷かれてしまった、ちょっと照れてた

 俺の嫁さん可愛いし美人

 かくして俺は源氏になる事となった、ところで養子や婿養子で氏って変わるのか? 

 

 

 こうなっては逃げ場がない、退路がない

 年貢の納め時かもしれない

 こんな形で年貢納める日が来るなんて全く思っていなかった

 お武家様には逆らえぬ

 しかし事が婿養子という話になると俺一人の話ではない

 実家に帰らねばならぬ

 帰って婿入りする説明をしなければならぬ

 今まで年賀状と母の誕生日の祝いぐらいしか連絡してなかった実家だ

 あっ<シロ>を連れ出す時に就職したって一応言ったな

 正直、気が重い行きたくない、だけどしょうがない

 というか<ライコー>の戸籍とかどうすんだろ

 絶対にないと思うんだが結婚できるんだろうか

 

 

 ダメ元で事務の人に聞いたらシキガミの戸籍偽造くらいは普通にやってくれるらしい

 偽装親族もレンタル出来るって

 こういう事は年頃をちょっと過ぎた女性転生者から特に需要があって、

【ガイア連合】の方で準備してるんだとか

 結構利用数が多いサービスらしい

 とりあえずそのサービスを利用する事を伝える

 結婚式のプランは~と聞かれてしまった

 神様から来た話しの流れだから神道系の神社な感じで纏めてもらう形になった

 

 とりあえずそこそこの金額のスーツを買って(久しぶりに円を使った!)

 <ライコー>が良い所の娘さんに見えるように良い感じの着物を買って

 この辺りでようやく実家に連絡をする決心がついた

「俺俺俺うん、そう俺なんだけど、ちょっとしたら実家に帰るからうん

 実はちょっと結婚する事になってさ、婿養子じゃないとだめって向こうのご両親がね

 いや、違うって出来ちゃったじゃないよ、うんそれでそういう事だから次の休みの時に連れて行くから

 うん、いや婿養子だからこういう事ちゃんと説明しないとと思ってさ、そうそう、じゃ」

 

 そして実家に帰った

 母には泣かれ、父には殴られた、弟は凄い美人捕まえたなって驚いてた

 いやなんで俺殴られるの? えっ実家に連絡してなかったから? 

 家出た男なんて年に一度お年賀あれば十分では? えっダメ? 

 あと、弟が「うちの社員とその家族は全員シェルターに入れる!」

 と言ってた【俺たち】が社長さんしてる会社に就職してた

 当然【ガイア連合】系列の会社である

 安心した、後でこの社長さんに家族のシェルター分のマッカを包んでおこうと思う

 正直、自分が「世界に終末訪れるからシェルターに避難しようぜ」なんて説得できる気がしなかった

 弟も会社の命令ならとりあえず従って父母と一緒にシェルターに入るだろ

 久々に会ったら生来感じていた家族に対する後ろめたさが少し弱くなってる気がする

 

 そして滞りなく婿養子する算段を整え、家族の近況を聞き自分の捏造した仕事内容を話し

 <シロ>がまだ元気な事に驚かれ、とりあえず今まで健康に過ごしていた事を伝え

 偽装親族の方とご挨拶し(水元頼光って凄い偽名の人がいた)、

 各種書類、手続きを整えて良き日を選び神前式にて俺は<ライコー>と結婚した

 神前式を上げたのは俺の地元の神社だった

 

 

 そして結婚したら

「うちの神社で結婚したんだからうちの子でしょ! 私の氏子よ!」(地元の神社の祭神クシナダヒメ)

「私はこの子の母です! 私の氏子に決まっています!」(源頼光)

「この子はうちの神社でお宮参りもしたんだから!」(クシナダヒメ)

「この子は自分の意志で私の子となりました!」(源頼光)

 と寝ている時に神託の振りをした喧嘩を聞く羽目になった

 どうすりゃいいのかわからないから寝た

 

 次の日、とりあえず折衷案として

 神棚にてお二方を奉る方向でどうか? 

 と提案したら

「じゃあ私が右ね!」(クシナダヒメ)

「あなたは左でしょう? 氏神であり母である私が右です!」(源頼光)

 とお札を置く位置で争った、扱いの話しになるらしい

 うーんどうすりゃいいんだろこれ

 

 決着がつかないので祠を二つ、家の敷地内に建てる事にする

 またどっちが左右か、奥かで揉めたので家の敷地図に適当にダーツを投げて

「神意が示された」って事にして何か言われる前に柏手を打った

 源頼光様の祠が家の北東の方(鬼門)

 クシナダヒメ様の祠が台所の裏(水回りの近く)になった

 本当に神意が示されたのかもしれない

 

 

 そういう事があってから異界探索の仕事をする事になった

 攻略じゃないのは近頃は攻略の仕事が減ってきているからだ

 霊地が安定した結果、攻略(消滅)しなきゃいけない異界が減ってきている

 取り合いになっているレベルだそうな

 その結果、既に狩場となっている異界や安定化している異界への更なる調査や

 その地での霊的素材の採取の仕事が増えてきたとか

 これはあくまで小康状態に近いものではないか、また活性化するのでは? と噂されている

 俺もそう思う、比較的安全な今のうちに稼いでおかねば

 

 宴会で俺が感慨に耽っている間

 何やら割と深刻で爆弾のような情報が投下されていたらしい、あとで掲示板で見た

 なんでも【俺たち】は「ww2で負けて【戦後メシアに封印された日本の神&悪魔】の最後の悪あがき」で

 異世界の冥界から勝手に召喚された異世界人の魂らしい

 全く予想もつかない所からポロリと出てきた真相だった

 酒の席で話す話じゃなくない? と思う

 思うが神様方(悪魔)にとってはそんなに気にする事でもない話しらしく、聞けば

 実はさ~みたいなノリであっさり答えられたらしい

 軽いな神様

 俺としては間違いなく前世より幸せになってる自覚があるので

 召喚されたって聞いても悪感情は持たない

 そういう【俺たち】は結構いるんじゃないかと思う多分

 どうせなら女神転生している世界よりももうちょっと平和的な世界が良かったが

 ただ問題は【俺たち】の存在が召喚された事で

【GP】が急上昇、霊地活性化を招く原因そのものとなってるそうだ

 つまり封印された神々(悪魔)が霊地を鎮めるのはマッチポンプでしかないのでは? 

 という素直な気持ちで物事を見てはいけない、目を逸らせ

 そしてその結果、【終末】は必ず来ると約束されたも同然らしい

【GP】が何度も急上昇した結果、魔界との間の壁がぼろぼろ

 いつ崩れてもおかしくないから「崩れた時の事を考えようぜ!」と前向きな話になってしまった

 

 

 ついでに言うと【メシア教】の世界征服活動の裏には

 この霊地活性化を鎮静させるために世界の霊地を全て【メシア教】の物とし

 教会を建て霊力を奪うという目的がある

 これは前々から言ってた事だ、もちろん真に受けたりはしなかった

 それが本当に「世界の為の世界征服(虐殺や洗脳や首がぽろりもあるよ!)」だったらしい

 霊地活性化そのものは【メシア教】の仕業ではなかったのだ

 でも霊地活性化とは関係なく日本の神々(悪魔)にやった事を考えると

「口実があったからやりたい事やっただけなんじゃないの?」と思わなくもない

 時期的に霊地活性化とは関係ないしこれ

 まあ【メシア教】の当初の思惑がどうだろうと

 やった事は変わらないし、終末が来ることも変わらないし、【メシア教】のやばさも変わらないのである

 

 

 でも正直、日本の神々(悪魔)が【終末】の原因とか大穴も良い所だった

 そんな力があるとは全く思ってなかった

【終末】到来の実行犯は完全に【メシア教】だと思ってた

 偏見で見ちゃダメだな

 人の脳に天使の羽入れて洗脳したり讃美歌で洗脳したり、

 征服した土地の人間を拷問したり粛正したり、更に人食い天使疑惑がある【メシア教】でもさ

 ……こいつらが犯人って事にして良いんじゃね? 誰も疑わない気がする

 

 

 

 それからちょっとしたら我が家の敷地に祠が二つできた

 真新しい祠ってあんまり風情がない

 とりあえず周りを箒で掃き清めてから

 ご神体として祠の中にお札を納め

(祠まで作ったんだしご利益ください)とお祈りしながら初めてのお参り限定と言ってマッカとお酒を出す

 目を離すと消えてた

 どちらの祠でも同じようにしてマッカとお酒が消えた、受け取ったんだと思う

 まあこれでもう神託で安眠妨害される事もないだろ

 

「という事で、多分これで大丈夫だと思う」

「それは良かったです」

 <ライコー>の作ったご飯を食べながら話す

 自分の本霊が迷惑を掛けたと思って気にしていたらしいのだ

 結婚してから最初の神託の時、「母が申し訳ありません」とちょっとしょんぼりしてた

 まあ神様なんて我が儘なもんなんだから適当に付き合っていれば良いのだ

「ところでこの煮物の味付け……」

「はい、お義母様から教わりました」

 覚えてたのか、そしてこれは母の味付けでもない

 今世での子供の頃、母が作る煮物の味がどうにも受け入れられなくて

 我が儘を言ってしまったのだ、小学生の時分だったと思う

 これは俺好みの、ちょっと醤油の味付けを強くして煮込んだ煮物だ

 母が普通に作る煮物とは椎茸の色の違いではっきりわかる

 今まで<ライコー>が作ってくれてた煮物も美味しいが、こちらも良い

 しかし、

「よく教わる時間あったな」

 なんやかんやで結婚まで慌ただしかった覚えが

「連絡先を交換いたしました」

 <ライコー>用のスマホ、そういや買ってた気がする

 それでか

 <ライコー>と母の意外な繋がりを感じた夕食だった

 

 

 その日の夜、しばらくは来ないだろうと思っていた神託が来た、所謂夢枕に立つって奴である

 ご利益として加護を頂いたらしい、嬉しい

【源頼光】様の方は<ライコー>に渡したらしくて後で確認する

 そして【クシナダヒメ】様の方は

「五穀豊穣の加護……」

 俺が農地でMAGを垂らしながら祈れば不作知らずで作物が実るそうだ

 作物が美味しく実るかどうかまでは関わらないらしい、そこは頑張れって

 いらない……

 <ライコー>によく似ている【源頼光】様は「良い加護を頂きましたね」と喜んでる……

 でもいらない……

 平安時代の人の感覚だとそら良い加護なんだろう

【終末】控えた現代人で、しかも農業してる訳じゃない俺が貰っても困る

 同業他社になる某【ヒノエ島の豊穣神】様には絶対叶わないよね

 相手神様だし、規模的にもえぐいし、ヒノエ島のお米美味しいし

 圧倒的な商売敵がいる畑違いの業界に新規参入はちょっと現実的じゃないよなぁって

 俺、農業の素人だし

 でもくれるってものにケチ付けるのは申し訳ない

【クシナダヒメ】様、ちょっとドヤ顔してるし

 ありがたく受け取っておく

 

 後日、力を目一杯込めれば家庭菜園で霊的な作物を栽培できる事が判明

 全力で掌を返す事になる

 俺は現金な男なんだ

 

 



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閑話2話

 加護を貰ってからおおよそ平穏な日常を過ごしている

 異界探索でのレベル上げやマッカ稼ぎもまず順調

 事故や不幸とは無縁に積み上げている日々だ

 まあ加護を貰って強くなった上で、それほど無理しない所を選んで探索していたのだから

 それも当然と言えば当然である

 

 <ライコー>が貰った加護は【源頼光の加護】という

 物凄く直接的で文面では全く中身が分からないものだった

 しょうがないから祠に聞きに行った所

 自分の神としてのご利益が【勝運厄除】なのだが

【勝運厄除】は近年では金運や商売繁盛の色が強いが、

 俺はあまりそれを必要そうにしていないという事

 他にも考えたがより必要としているのが【力】のように見える為

【源頼光の加護】を与えたとのこと

 この権能はスキルで言えば【貫通】と【戦神の加護】を合わさった物であるらしい

 ただし【貫通】は「妖怪退治で有名な源頼光」としての側面から出したものであるため

【貫通(悪魔限定)】で人には効かないらしい

 その代わり【貫通】としてはレベルが高い物であると言われた

【戦神の加護】はその言葉通りの物

 デビルサバイバー2であったクリティカル率が上がるスキルである

 正直、この世界にクリティカルなんてあるのか? と首を捻るが

 まあとりあえず【貫通】だけでも儲けた、ありがたやありがたや

 と言う訳で良い物を貰ったお礼に【ガイア連合】製のお酒を一本捧げた

 

 しかし、異界【天樹山】攻略前は欲しくて欲しくてしょうがなかった【貫通】が

 微妙に上昇志向が薄れてからこんな形で手に入るなんてなぁ

 これが物欲センサーという奴か

 出なかった【貫通】の為に回したガチャで消えたマッカに少し思いを馳せた

 

 

 

【源頼光】様より「金運や商売繁盛はあまり必要そうにしていない」と言われてしまった俺だが

 金運や商売繁盛とは全く縁がない訳ではなかったようである

「ただいま」

 家の敷地に入って目の前に広がる「敷地内に収まるはずがない広さの畑」が

 近頃の俺のマッカ収入の柱の一つになっている

 

 

 

【クシナダヒメ】様より貰った【五穀豊穣の加護】だがこれには全く期待をしていなかった

 だが期待をしていなかったとは言え貰った物は貰った物

 とりあえず仕様を聞いて、どの程度使える物なのかの検証くらいはしておきたい

 という事で根掘り葉掘り聞き出した所

 どうも自分の想像とは違った物だった

 まず、「五穀豊穣」と言うが五穀に限らないという

【クシナダヒメ】様は米だけの神様ではなく農耕神でもあらせられるので

 米に特に効くが他の作物にも効くとか

 まあ神様から何かの縁で「五穀豊穣の加護」貰ったのに

「お前、野菜農家だから対象外な!」とか言われたら

 一揆起こして神社焼き討ちする気になるしなぁ、納得である

 使い方は簡単、種や苗を見て植える予定地を見るか

 既に蒔いたり植えてある土地を見れば「どの程度MAGを注ぎ込めば豊穣になるかわかる」という物

 その感覚に従ってMAGを注ぎ込めば良いらしい

 この時点で自分は「じゃあ柿の木でも植えるか、甘柿が良いな」とか考えていた

 そしてどうも【クシナダヒメ】様としては「日本人の農作物=米」のイメージがあるのか

 しきりに米を勧めるご様子

 終いには頑張れば【ヒノエ米】も将来的には作れるかも、と言ってきた

 いやいやいや無理ですから、皆大好き【ヒノエ米】はあれ、

 当たり前のように消費されて美味しく食べられてますけど霊的な素材ですから

【ヒノエ島の豊穣神】様が異界を一つ握って作るから安定供給されているような品物

 それがそう易々と人の手で出来る物ではないのである

 だが俺の言葉に納得が行かないようで

「私の加護と十分なMAGがあれば霊的な物でも作物なら生る」と譲らない

 農耕神としての意地であろう

 しかしここまで言われるとこちらも気になるもの

 よろしい、そこまで言うのであれば試してみましょう

 と言う事で庭に植えてみたのが【カエレルダイコンの苗】だった

 

【カエレルダイコンの苗】、ペルソナ4 ザ・ゴールデン(P4Gと略される)で登場するアイテムである

 P4G作中では【家庭菜園】で育てることが出来て【カエレルダイコン】を収穫できた

 この【カエレルダイコン】はダンジョン内で使用するとダンジョンから脱出できる

 魔法スキル【トラエスト】とほぼ同じ効果である

 これらの苗類は【マヨナカテレビ】探索中に見つかっていたのだ

 P4Gではジュネスにいる農作業姿の主婦から購入する物なのだが

 この世界にはそんな怪しげな物を売る主婦はいなかった

 その代わりダンジョン内で見つけたらしい

 そして【ガイア連合】技術部の研究室レベルでは栽培に成功、していたが

 コストが見合わなかったらしく、利用しての生産を諦めていた

 これをわざわざ仕入れて植えてみる事にしたのだ、安かったから

 

 微妙に行けそうだから植えた、MAGを注いだ、生った

 疑ってごめんなさいした

 お酒も供えた

 

 出来た【カエレルダイコン】がアイテムとして使用出来る事を確認した

 という事でもう一度作り、夏休みの自由研究並の資料と

 使用している所と育てた様子を収めた映像資料を付けて事務の人に提出、

「副業で良い感じに儲かる作物って何かありませんか」とちょっと雑な相談をしたら

 やけに良い笑顔で「少し検討してみます」と答えられまた後日にという事に

 そして何日か後に突然技術部の研究対象になってモルモットの気分を味わった結果分かった事

 1、普通の作物に普通に使う分には普通の作物が出来る

 2、MAGを多く注ぐと早く育つ

 3、霊的な作物を植えれば霊的な作物が出来る

 4、俺のMAGが十分行き渡った土地じゃないと霊的な作物は無理

 5、霊的な作物を育てる場合は高めのMAGの濃度が必要

 

 普通の作物の実験では主に豆類を使ってもやしを作った

 MAGを多めに注ぐとその分ぐんぐん伸びる芽はちょっと面白かった

 また同じように外の畑で【カエレルダイコンの苗】を植えてMAGを注いでみたのだが

 こちらは一向に「これなら育つ」という手応えを感じなかった

 その後普通に育ちはしたがアイテムとしては使用できなかったらしい

 家の庭で上手く行ったのは「家とその敷地」と言う区分けが外に俺のMAGが流れるのを防ぎ

 その結果濃度が足りて加護になったらしい

 という事で現状、霊的な作物は家の庭くらいでしか育てられない判定を受けた

 俺のMAGが行き渡った土地や、俺が好きに区切って良い土地なんてそれくらいしかないしな

 家庭で消費する野菜と消費アイテムのいくつかが生産できるようになった、位の認識をする

 生産量的にはこんなもんだろ、良い加護貰った

 

 そしてまた後日、事務の人に事業の提案をされてしまったのである

 家を疑似的な異界化して俺を異界の主にして空間を捻じ曲げ

 庭の規模をちょっと拡張(畑二反分+α)

 農業用水用の井戸を掘り、

 労働力として汎用スキル【農業】持ちのレンタル式神と各種機材を借りて畑作をやらせる

 俺はただ加護を使えばいいとか

 必要な費用は結構な金額だ、今までの貯金のかなりを吹き飛ばす形になる

 マッカの借り入れも出来ると言われたが、そこまでする気はちょっとない……

 うーん……

 

 そして今、【カエレルダイコン】と【ミガワリナス】を出荷して金を稼いでいる

 

 

 

「ここまで上手くいくとはなぁ」

 目の前の畑を見ながら思う

 家の異界化や工事の為の金はもう回収した

 今は借りてるレンタル式神を買い取るためのマッカを貯めている所だ

 手が付いてるだけの一反木綿型式神(二体)とは言え、式神は式神、良い値段がする

 レンタルのままで良いと最初は思ったのだが

【源頼光】様が彼らを「郎党」扱いしており手放すなとおっしゃるのだ

 そして借りられなくなったら畑作が出来なくなると、そう言われると購入しなきゃなぁという気になる

 

 俺の畑から出荷される【カエレルダイコン】と【ミガワリナス】は単価が安い

【カエレルダイコン】は【トラエストストーン】の下位互換品だから当然安い

 呪殺と破魔による即死を一度防げる【ミガワリナス】も【ホムンクルス】の下位互換品だからまた然り

 所詮は生ものでしかない以上、加工で多少日持ちさせても消費期限に限界がある

 大体こういうアイテムを必要とする段階の【俺たち】なら呪殺と破魔への耐性を持つ装備くらいしている

 呪殺、破魔耐性の優先度は特に高いものだ

 そんな評価になってしまうこれらのアイテムだが

 しかし上位互換のアイテムと比較しての強みもまたある

 一つは作るのにコストがあまり掛からない事(水と肥料と苗と機材のレンタル料と俺のMAGくらい)

 特に苗類は今まで使い道がない素材だったので安いし今では自給もいくらか出来ている

 もう一つは出荷が早い事だ

 なんとこの作物、【カエレルダイコン】は五日

【ミガワリナス】は九日で出荷できる、季節関係なしに

 霊的な素材はやはり普通じゃない、と言うのを感じさせられた

 ただし雪には弱いのではないかと思う、P4Gでは雪が積もると枯れるから

 

 そして現状、消費アイテムとして上位互換があるこの二品目だが

 今は何も考えずひたすら生産して【ガイア連合】に出荷するだけで良い

 それを許す事情があった

 

 

 現在の世界情勢は【メシア教】が圧倒的に優勢である

 結局【多神連合】はエジプト陥落後は良い所無しで崩れた

 表の世界で信者全てが殲滅されたわけでも大規模な決戦で主力を失ったわけでもない

 ただ単に構成する勢力単位で各個撃破され続けてるのだ

 東アジアや西欧の一部ではまだ気を吐いている勢力があるが

 それも時間の問題、そう目されている

 そして今、【ガイア連合】は残った反メシア勢力の多くから【この地上最後の希望】扱いされてしまってる

 もうかつて反メシア教最大勢力であり、一つの陣営を作った【多神連合】は希望足り得ない

「しかし【ガイア連合】なら」そう思われてるという事だ

 そう思われるようになったのにも理由がある

 作戦【地固め】と同時並行で行われていた作戦【妨害】

 これによって支援された現地霊能組織が【ガイア連合】に希望を見出してしまったのだ

 彼らは【ガイア連合】が「少しでも時間稼ぎしてくれ」という思いで行われた

「各種物資」と「簡単な霊装」の支援を受け取り

 これによって【ガイア連合】の生産力、それを可能とする技術力と戦力に大いに期待する事となった

【ガイア連合】的には「メシア教に目を付けられない程度」の支援であったというのに

 そしてその支援は今も継続して行われている

 霊地活性化が限界を迎えるその日(=終末)まで【メシア教】の目が日本に向かないように、という目的で

 

 そして俺の畑で生まれるこれらの作物は彼らに支援として供与される安価なアイテム、その中の一つである

【カエレルダイコン】は彼らが安全に異界レベリングを行えるように

【ミガワリナス】は破魔系を使う天使たちから身を守るために

 技術流出の危険が少なく、提供しやすい安価なアイテム

 そういうポジションでほぼ無尽蔵に需要があるのだ

「支援向け低品質アイテム特需」と表現していいだろう

【ガイア連合】はとりあえず役に立つアイテムならほぼ何でも買い取ってくれるようになった

 この特需によって利益を得ている者は少なくない

 俺もその一人である

 

 と、まあこういう事情もあり、俺としてはこの収入は一時の物と割り切り

 稼げる内に稼いでおこうと思っている

 そして元手が回収できればいつでも未練なく畳む、そう思っていた

 まさか元手を早いうちに回収できて、小作人(式神の事)の購入を検討する程儲かるとは……

 これで調子こいて借金して事業拡大とかしたら痛い目見るんだろうなぁ

 良かった、拡張限界あって

 俺のMAGが十分な濃度にならなきゃ育たなくて良かった

 儲けが出なくなったら適当に俺用のアイテムと自家消費する野菜とか作ってもらおうと思う

 

 

 これはあくまで一時的な需要である

 しかも【ガイア連合】が砂漠に水を撒くが如く行っている支援、その余波でしかない

 自分の作物含めたガイア連合が送り出すこれらの物資が莫大であればあるほど思ってしまう

【メシア教】恐るべし、と

 

 

 

 メシア教の恐ろしさ、強さは【ガイア連合】を頼って密かに入国してくる難民の事を調べればより実感できる

 時間稼ぎの為の行動で最後の希望と目されるようになってしまった【ガイア連合】は

 世界中からやってくる彼らを【エジプト神話勢力】を前例にした扱いで受け入れた

【エジプト神話勢力】を前例にした扱い、という事は=その神話の神(悪魔)を連れているという事だ

 いかな【ガイア連合】と言えども戦力になる見込みのない存在は受け入れない

 今、彼らは日本の領海にて【新しく作られた島】で生活拠点を整え、捲土重来の時を待っている

 彼らは【外様】と呼ばれる

 

 これらの動きは実は俺とも無縁ではない

 俺がレンタルした式神は、こういった島々の生活拠点を整える為に作られた【農業】スキル持ちの式神なのである

 日本に逃れる神々(悪魔)が自活できるだけの権能を備えていれば良いのだが

 そうじゃない神々(悪魔)も当然いる

 難民もまたそういうスキルを持ってたり持ってなかったりする

 そういう人たちが住む島の生活基盤をある程度整える為にこういった式神がレンタルされる

 もちろん有料だ、その場合は神様価格で特別高額らしい

 

【ガイア連合】は彼らを日本の社会で受け入れる、と言うつもりはない

 だからこその隔離であると同時に、異文化の中での苦しい生活にならないようにする配慮である

 彼らがやがては去る客人であるという一線ともいえる

 そしてそれは彼らを守る一線でもある

 他神話勢力の神々(悪魔)となれば日本神話の神々(悪魔)と権能、ご利益が被り

 信仰の奪い合いが発生する可能性がある

 そうなれば日本神話の神々(悪魔)は彼らを追い出す事を考えるかもしれない

 もちろんそれは「役に立つから受け入れる」と判断をした【ガイア連合】と日本神話の神々(悪魔)の

 利害の不一致を意味する

 意味するが、【ガイア連合】がそうなれば最終的に選ぶのは日本神話の神々(悪魔)だと俺は思っている

 何せこの日本国内において信仰を得ていて、つまり国内では強くて、数が多い

 結局は外から来た【外様】の神々(悪魔)は選ばれない

 ゆえに【外様】の神々(悪魔)を守るための一線となるのだ

 隔離する事で信仰の深刻な奪い合いを防ぐ

 そして多分、日本神話の神々(悪魔)も【外様】の排除や本格的な潰し合いは望んでいない

 そういう事なんだろう

 

 その【外様】の数は増える一方である

 減る見込みが全くない、見通しも立たない

 島生みや国生みの逸話を持っている神(悪魔)たちは今、大忙しであり

 ちょっと前の地図には載っていなかった島が多数出来上がっている

 そのうち国土地理院は上の人たちから怒られるんじゃないだろうか

 これも全部【メシア教】が悪いという事にしておこう

 

 日本に、そして【ガイア連合】に逃げ込む彼らについて思う事がある

 彼らは祖国に帰れる日が来るのだろうか、という事だ

 彼らが祖国に帰るには現地のメシア教勢力との争いで優勢を確保し

 霊地を押さえ、信仰を再び得ないといけない

 そうじゃないとまた追い出される

 しかしそれはその地での局所的と言えど【メシア教】相手に完全な勝利を必要とするという事だ

 そんな日が来るのだろうか? 疑問である

 

 

 

 あまり明るい気分にならない思考を捨てて

 この疑似異界の肝である要石に手を当てMAGを全力で注ぎこむ

 あっという間に日課になった作業だ

 この要石が俺がいない間の異界の管理や異界ボスの役割、MAGの取り扱いをしてくれる

 異界探索から帰ったら家の敷地の奥にあるこの要石にMAGを注ぐのである

 直接土地にMAGを注ぐよりもこちらの方が満遍なくMAGが行き渡るらしい

 そして自分を搾るようにMAGを出し、要石からググっと押し返してくるような感覚になったら終了である

 多分俺が戦闘で使うMAGよりも消費してるなぁこれ

 強い倦怠感を感じる

 

 

 さて、実は今日楽しみにしていたものがあるのだ

【宝石メロン】である

【宝石メロン】、P4Gで登場する回復アイテムである、使用すると味方一人のHPとSPが全回復される

 これも【家庭菜園】で作れるものであり、こちらでも栽培できたのだ

 ちょっと前に苗を購入し育てた

 作るのに十日と、なんとカエレルダイコンの倍も掛かる

 作中の説明文で美味と書いてあったような気がする

 だからきっと美味しいのだろうと期待している

 これを食後のデザートとして食べる予定だ

 

 <ライコー>に一口サイズに切り分けてもらった【宝石メロン】を見る

 色は濃いオレンジ系、いわゆる赤色系のメロンだ

 見るからに甘そうな、瑞々しい切り身である

「いただきます」

 フォークで刺し、食べる、甘い、美味い美味い……

 美味しい……

 ……

 はっ

 一瞬呆然としてしまった

 濃厚な味、甘さ、ジューシーさ、食べると「身体が元気」になる奇妙な快楽

 霊的にガツンと来る「美味」の概念

 味自体は多分「高級な美味しいメロン」でしかない

 しかしそれ以外の部分で「美味」と感じさせる食べ物

 美味い

 気が付くと要石にMAGを注いでから覚えていた倦怠感がない

 霊薬として身体を癒したのだ、恐ろしい即効性

 そして美味い

「<ライコー>も食べなよ」

 自分だけ食べていると申し訳ない、そう思って

 言うと少し笑ってから

「いただいていますよ」

 と答えられた、そうか? もっと食べなよ

 我関せずとした顔をしている<シロ>を見る

「<シロ>も食べるか? 美味しいぞ?」

 こちらに来て少し匂いを嗅いでから「フン」と去っていった

 美味しいのに……

 いや猫ならメロンに興味なくてもおかしくないか

 食べる、甘い、美味い……

 

 気が付くと少し大きな一玉分有ったメロンの切り身がなくなっていた

「確かもう三玉あったな」

「もう一つ切りますか?」

 いやそうじゃなくて

「うちの神様に一玉ずつお供えしよう、MAGがたっぷり含まれてるから多分喜ばれる」

 MAGは神(悪魔)にとって死活問題である、現界するのにも力を振るうのにもMAGを消費する

 あればあるほど嬉しいはずだし、力も増す、喜ばれるはずだ

 素晴らしい加護をくれた【クシナダヒメ】様には改めて感謝したい、美味しかったからな

 そして片方だけにそういう事するとへそ曲げるかもしれないから【源頼光】様にも

 もう一玉は実家に、と思ったが

「これ、未覚醒者が食べても大丈夫かな?」

「多分大丈夫かと思われます、未覚醒者でもあのガイアカレーを食べられますから」

 そっか

 まあ後でちょっと調べてみるか

 大丈夫そうなら一玉送ろう

 

 

 先行きには不安がある

 今の平穏は多分、雲の切れ間や何かの狭間のような、そんなものでしかないんだと思う

 でも働いて、美味しい物を食べて、寝て

 そういう日常が少しでも長く続いて欲しいと思った

 

 

 



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閑話3話

【農業】持ちの手付き一反木綿式神二体を購入出来た

「支援向け低品質アイテム特需」はまだ続いている、続いているがいつ終わるか分からない

 終末が来るか、【メシア教】に目を付けられて支援の意味がなくなるか

 海外の現地霊能組織が亡びるか、【ガイア連合】のマッカが尽きるか

 どれかすれば終わるものである

 終わるような状況が来ないで欲しいと思うが終わった時の事を考えざるを得ない

 そして終わったら身近な事で少し問題が生まれる

 この一反木綿二体の使い道だ

 個人消費分+α程度の野菜やアイテムの生産はするつもりだが畑二反分は多すぎる

 終末が来てからだと今生産している作物もどこまで需要があるか分からない

 購入してから悩むような話ではない、だからちゃんと畑作以外の使い道も考えてあった

 戦力化である

 この一反木綿たちは手が付いている

 農業をするために着けられたマッカと美味しい物を生む尊い手である

 であれば武装できる

 

【メシア教日本支部】の口利きで日本政府から微妙な公認を受けて

【ガイア連合】が銃刀法をガン無視できるやばい組織になった事と

【五島歩兵師団】との関わり合いから生まれた銃の供給、銃弾の生産体制の確立から

 とある汎用スキルの需要が急激に高まった

 汎用スキル【銃撃】である

 シキガミに後衛をさせている【俺たち】も当然いて

 そういう人たちにとって【銃撃】は

「魔力を使わないでシキガミが後方から攻撃出来るようになる」という事で評価が高い

 魔力の節約は大事である

 魔力が尽きてオホーツクされたピクシーの群れを何度も見た俺が言うんだから間違いない

 需要が高まれば当然のように更なる供給を求められる

 その結果、汎用スキル【銃撃】はそこそこお求め易い金額の一般的なスキルとなった

 なんとガチャを回さなくて良い、定価で買える

 この【銃撃】を一反木綿に着けて

 この頃発展著しい【ガイア連合】製の【退魔銃】を装備、もちろん対霊弾である【銀の銃弾】もセットする

 とりあえずしばらくはこれで使えるか実験してみよう

 その間は彼らの代わりの農業持ちの一反木綿式神二体をレンタルする

 短期間のレンタルは少々割高になるが必要経費だ

 

「使いにくい……」

 なんかもう駄目だった

 一反木綿タイプがあまり普及していない理由を実感した

 一反木綿タイプは装備ができないものの、飛行能力が高く回復力が高く

 戦闘力もそこそこあり、安い

 という風に言われている、これだけならまあ良いだろう

 しかしその代わり思考能力が弱い、と続く

 この「思考能力が弱い」というのが思ったよりも痛い

 撃て、と命令すればとりあえず悪魔の方を狙って撃つくらいはしてくれる、だけど狙う先は完全ランダム

 攻撃しろ、だけだと銃を棍棒にして殴りかかろうとした

 銃をおろさせてから、敵に突っ込めと指示したら<ライコー>の周りをうろちょろして切られかかった

 これをどうにかするなら事前にいくつも状況を想定して「~~の場合はこうしろ」と設定するとか

 細かく具体的な指示を出すかしなきゃならないだろう

 様々な悪魔と戦うならまず前者はキリがない

 後者の場合は、俺の能力不足で出来ない

 現状、戦闘では

「回復魔法とアイテムの判断、仲魔への指示、

【マッパー】を見て警戒、たまに銃で攻撃」をしているわけだが

 これに一反木綿への指示を入れるとパンクする

 掲示板で一反木綿タイプ使ってる人の書き込みを調べたら

「一反木綿を突撃させて後ろから銃を掃射」や

「一反木綿を文字通り盾にして銃や魔法を掃射」等のやり方が多かった

 多分、理由はこれと同じだろう

 用途を限定し、その中で使う分には良いが複雑な事はさせられないし、

 一々指示してられない、という事だ

 おそらくレベルが上がったり汎用スキルをいくつか入れればまた話は変わる

 けどそれまで異界捜索ではちょっとなぁ

 二体の撃つ銃での火力は良かったけど

 その代わり忙しくなったせいで俺の注意力が散漫になって、とかなったら何かありそうで怖い

 防衛戦で貼り付けの投射火力としては十分使えそうなんだが……

 うーん、まあ、郎党を得た! と喜んでいた【源頼光】様には悪いけど

 武者の郎党っぽい働きはちょっと無理かなぁ

 あっでも普通に農民を郎党扱いしてた武士っていたらしいな

 何か言われたらそれで言い訳しよう

 この一反木綿たちの本業は畑作って事で良い

 特需終わった後もなるべく作物作ってもらおう

 と言うか畑作って結構複雑な事だと思うけど

 割といい加減な指示でしっかり作ってくれてたよな? 

 なんでその場合だと問題起こらなかったんだろ

 

 後で知った事だが

 この一反木綿たちは製造過程で農業や植物に関連する悪魔の素材を使用する事で

 農業に対する適性を付与していたらしい

 そして一般的な一反木綿に使うような戦闘に向いてそうな悪魔の素材は殆ど使ってなかったとか

 そりゃ戦闘に向かないわ

 悪いのは一反木綿じゃなくて俺だった

 それとあまり戦闘に出なくても郎党扱いで良いらしい

 

 

 今、【ガイア連合】の【俺たち】の中では俺がやってるような試行錯誤が盛んに行われている

 それまで戦力に数えていなかった何かが役に立たないか? 

 これは何かに使えないか? 等々だ

 大雑把に言えば「今持っている物、簡単に手に入る物」の中での創意工夫である

 今までは「強くなりたい」=レベリングしろ、ガチャ回せ、良い装備買えが基本だったのが

 それ以外の事に目を向ける人も増えてきた

 それには日本神話の神々(悪魔)に告げられた【終末】が背景にある

 これまで【終末】は騒がれてはいたが具体的な事は何もわかっていなかった

 女神転生シリーズの設定を下地にああではないか、こうではないか、と掲示板で騒ぎ

 いつも元気一杯な【メシア教】を見て「やっぱこいつらだよ」と決めつける程度だった

 そもそも起こるのか? という声も少なくなかった

 しかし、日本神話の神々(悪魔)の言葉で【終末】が起こった後の世界

 それが朧げに見えるようになった

「魔界との壁が崩れる」=【魔界】化する

 つまり「世界中が異界化する」位は最低でも起こると認識して良い

 とすればこの程度の事は確定で起こると言われた

 

 野良悪魔がそこら中に湧き、物理法則が壊れ、インフラが使用不可となり、地形も気候も変わる

 特別な対策を取っていない機械類は全滅する

 

 そんな世界が間もなく訪れる、ならばどうすればいいのか

 生きるためには? 幸せに過ごすためには? 

 と考えた末が

 戦力強化や【ガイア連合】での居場所を得る事等だった、そういう【俺たち】が大勢いる

 ある者は【覚醒修行】を受け、ある者は【デモニカ講習】を受け

【ガイア連合】の工場班に就職を、【ガイア連合】の事務方に就職を、

 今ある資産をマッカに換金を

【未覚醒者】の家族の為に簡単なレベリング方法の模索を、物資の買い込みを

 終末後に快適に生活できる技術開発を、生産設備の拡張を

 中には【外様】の悪魔の所で氏子や種馬になってる人もいるそうだ(通称が生贄、人柱である)

 そして前述のような創意工夫もその中の一つである

 レベリングが間に合わない中で、なるべく戦力を整える、という事だ

 より強く【終末】を意識した【俺たち】はより積極的に動く事となった

 その手に握っている物とそうじゃない物を確認して、その先を見据えた

 そんな中、俺もまた【終末】に向けて自分にできる事をやっている

 そういう事である

 

 俺はそういう点では恵まれてる方だ

 嫁は<ライコー>だから【終末】の説明しなくていいし、<シロ>とはずっと一緒だし

 家族はシェルターに入る予定だし

(結婚後、弟の就職先の社長さんに会って話しマッカを包んだ、受け取って貰えてほっとした)

【俺たち】じゃない友人関係なんて構築してないし

 家は安全な【山梨第一支部】にある、小さいけど畑も持ってる

 最近は【バリアモロコシの苗】も仕入れる事に成功して、アイテムの供給源としても一層頼りに出来そうだ

【ガイア連合】の存在が前提だけど【終末】に備える、という点でそれなりの準備ができている

 であればこれ以上の備えは戦力向上とマッカ稼ぎが妥当である

 やるべき事がシンプルなのは助かる

 残念ながらその一環であった一反木綿たちの戦力化は思わしくなかったが

 とすると残された選択肢の中で有望なのが……

 

「【管狐】譲渡の審査、受けて見るか」

 

 

【管狐】、女神転生での珍獣【クダ】だと思われる

 思われるというのは【ガイア連合】にいる【管狐】は耐性もスキルもブレが激しく

 イコールで捉えて良いのかわからないからだ

 ただし珍獣【クダ】の元ネタの伝承である【管狐】らしさはある

【管狐】、飯綱、オサキ、ゲドウとも呼ばれる

 竹筒で持ち運びされる使い魔の一種で、持ち主を占術や泥棒等で裕福にすると言われる

 見た目は40センチ(1.2~1.3尺)ほどの狐と伝わる、が諸説ある

【ガイア連合】の【管狐】は耳の長いフェレットのような姿をしており、竹筒に入る

 この【管狐】が条件付きであるが希望すれば、ショタオジから譲渡されるのだ

 条件とは、最低でもレベル25以上である事、審査に合格する事、そして受け取る時きちんと契約を交わす事だ

 レベル25は大丈夫、つい最近26になった

 25になった時にこれらの説明を受けたのだが

 条件が最低でもレベル25以上なので「まだ早い」と判断して審査の申し込みをしていなかった

 切りの良いレベル30になったら、と思っていたのだ

 なんとか審査に合格できればいいんだが……

 

 俺のPTは現状、物理アタッカーの<ライコー>、補助+魔法アタッカーの<シオン><シロ>

 回復とアイテム係の俺、という編成になっている

 レベルを上げても<シオン>も<シロ>もどうも補助の方に適性があるようで

 あまり攻撃手段を覚えない、その代わり補助は中々良い物を覚えてくれている

 幸いにも<シオン>はスキルカードによる習得が可能な為、

 ガチャれば攻撃手段を得られる見込みがあるが

 <シロ>はスキルカードでの習得は出来ず、レベルアップ時のスキル習得や変化に頼る事になる

 これは「そう作られた悪魔」ではないからしょうがない事だ

 俺としてはPTバランス的に【管狐】には出来れば<ライコー>に続く物理アタッカーに

 それも出来れば魔法攻撃も出来る子が来て欲しいと思っている

 ちょっと贅沢な願いだとはわかっている

 だけどこの【管狐】、

【血統】やその個性によって覚えるスキルが違うので戦力としての評価が一定ではないのである

 だから物凄く都合が良い子が来てくれないかなー、と思ってしまう

 これを【管狐ガチャ】なんていう人もいる

 そんな訳でそのPTで欲しいスキルを持っている子が来るかどうかは分からない

 一説にはショタオジが相性占いで決めてるとか、くじ引き引いてるとか

【管狐】の気分で選ばせてるとか、まあ適当な事が言われている

 全てを否定しきれないのが【俺たち】の【俺たち】たる所以である

 

 

 それから審査の申し込みをして、さて他に何が足らないか、何をやろうかと悩んでいた所で

 スマホにて聖女ちゃんから飲み会のお誘いが来た

 この人はたまにこうやって飲みに誘ってくる

 俺でも気兼ねしなくて飲み食いできるいい人だ

 行くか

 そういう事になった

 

 まずはお互いの近況等を語り合い、適当に飲む

 ほどほどに酒が進んだ所でふと疑問になった事を口にする

「そういえば聖女ちゃんは【終末】に備えて何かやってたりするんですか?」

「【終活】の事? やってるよー」

【終活】「人生の終わりのための活動」の略、ではない

 終末に向けての活動の略である

 最近使われる事が増えた言葉だ

「へー」

「源氏くんとこうして飲んでるのがまさにそれ!」

 源氏くんとは<ライコー>と結婚して以来呼ばれるようになってしまったあだ名である

「結局、一番頼りになるのは現地民だの【外様】だのよりも

【ガイア連合】や【俺たち】でしょ? 

 装備もアイテムも生活インフラも仲間も【ガイア連合】があれば解決するしねー」

 焼き魚を食べ、燗にした日本酒をグイっと飲む聖女ちゃん

「じゃあ一番の【終活】は【ガイア連合】で仲が良い人たちとの関係を維持する事じゃないかなー

 いざという時助けたり助けてもらったりできるしねー

 あっ日本酒おかわりくださーい! 同じ奴ー」

 そういう考え方はなかったな

「それよりも私としては」

 聖女ちゃんが唐揚げを齧り、飲み込んでから

「源氏くんには【恐山の冷水】で若返りをおすすめするな」

 若返り? 

「必要な歳ですか?」

 あんまり気にしたことなかった

「40代より30代の、20代より10代後半の身体の方がやっぱり動きが良いよー

【終末】考えるなら少しでも元気な身体の方が良いし、私たちみたいな専業でガイアしてるなら世間体もないしね」

 むむむ

「自分の身体のメンテは戦力維持に大事よー」

 来た日本酒をぐいぐい飲む聖女ちゃん

「よく、漫画とかだと不老不死とか不老長寿になった人間の悲哀ーとかやってるけどさー

 そんなの人生楽しめる人なら気にしなくても良いと思うのよねー

 とりあえず私は長生きできるなら長生きしたいし若返り出来るならしたいわ」

 なるほどなー

「【終末】が来たら恐山が存在してるのかも、

 冷水に若返りの効果あるままなのかも分からないしねー」

 そうかもしれない

 結局その後、聖女ちゃんが潰れるまで飲んだ

 身体のメンテが大事って言うならもう少しお酒控えた方が良いのでは? と思わなくもない

 

 でも聖女ちゃんの言う事ももっともだと思った

 それにシキガミ故にいつまでも若く美しい<ライコー>と老いた自分、という組み合わせを想像すれば

 なんだが拗らせている自分の姿が見えてくる、これは良くない

 女神転生の世界で長生きする事が幸せに繋がるかどうかは分からないが

 不幸になる事を前提にするのも変な話だ

 <ライコー>と一緒に恐山に行った

 思っていた【恐山支部】のイメージと全く違う普通に整備されてる街並みに少しがっかりする

 何となく秘境なイメージが有った

【恐山の冷水】は「1杯飲めば10年、2杯飲めば20年、3杯飲めば死ぬまで若返る」と言われている

 3杯飲んだら赤ちゃんから更に若返って死ぬのかな? と思ったがどうもそういう訳じゃないらしい

 死ぬまで若返ったままという事らしい、【恐山支部】の人が良く聞かれる質問なんだそうだ

 若返りをもたらす術や物は色んな種類があるが

 どれもこれも個人差が大きい物と言われている

【恐山の冷水】もその例に漏れず「1杯飲めば10年~」も個人差があるらしい

 これ効果なくても「個人差です」で押し切ってそうだなと思った

 とりあえず3杯飲んでおこう、飲んでみる

 MAGを感じるが普通に冷えた水である、特別美味しいとかそういうのは感じない

「何か変わった?」

 身体を伸ばしたりなんだりしても特に違いが分からず

 <ライコー>に聞いてみる

「私と初めて会った時より若く見えますね」

 と答えられた

 まじか

 この時の為に買った手鏡で見る

 うーん言われてみれば確かに若返ったような気がする? 

 自分の顔なんてあんまり気にしたことなかったし

 もともと【覚醒者】は老いが表に出にくいんだよなぁ

 若くして覚醒したような人は特に

 まあいいや、とりあえず目的は達した

 その後、軽く【三途の川】や【太鼓橋】、【賽の河原】を観光

 帰った

 

 

 

 そして恐山から帰って数日後、掲示板からのとんでもないニュースに震える事となる

「【ダゴン密教団】、アメリカ合衆国マサチューセッツ州にて超巨大悪魔【邪神・クトゥルー】の召還に成功せり」

【終末】が始まった、そう思った

 

 

 



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閑話4話

【終末】が始まった、と思ったがすぐにはそうはならなかった

 マサチューセッツ州に召喚された【邪神・クトゥルー】は確かに終末的光景を生み出した

【邪神・クトゥルー】、女神転生においてはあまり出る事は多くない悪魔である

 作中でのレベルは60後半、もしくは70後半

 耐性は極めて優秀、魔法攻撃であれば万能以外は吸収か無効であり弱点はない

 イカのような姿をした強力な悪魔である

 その原典は20世紀に米国で創作された作品にある架空の神である

 が、この世界ではどうやら実在するようだ

 その作品は【宇宙的恐怖】という発想を表現した作品であり

 クトゥルーもその一翼を担い、人の力や価値観では抗えない広大で虚無的な恐怖の存在として

 思念のみで自らの見る夢を伝え人々の精神を崩壊させ発狂させる姿が描かれる

 そのクトゥルーの特徴は【邪神・クトゥルー】においても健在であったようだ

【邪神・クトゥルー】の権能、【狂気】と【浸食】

 この二つの権能によって米国と、米国の霊的国防を担っていた【メシア教】は

 建国以来最大のオカルト災害、そう評していいだろうそれに見舞われてしまった

 

【邪神・クトゥルー】は人々を【狂気】に陥らせる事で【メシア教】の力の源である【信仰】を穢し

 また【浸食】によって【信仰】や【狂気】を介して更なる【狂気】を疫病のごとく広める

【狂気】に陥った者の中の【才能】ある者は【ディープワン】や【グール】などの眷属に変貌する

 ただ狂気対策をすればいいという物ではない

 マサチューセッツ州の約700万の人間、召喚された州都ボストンだけでも70万近くの人間の中の

【才能】ある者が眷属となってしまったのだ

 マサチューセッツ州は【異界】と化した

 そして【邪神・クトゥルー】にとって都合が良い要素がいくつもあった

 一つ、マサチューセッツ州は米国の霊脈、その中心地であり

 その霊脈が【邪神・クトゥルー】の狂気に染まった結果

 霊脈を利用しての結界等による隔離が出来ない事

 二つ、米国の霊脈であるが故に

 そこは世界最強のオカルト組織にして米国の霊的国防を担う【メシア教】の活動の中心地であり

 多数の霊能者、多数の天使がそこにいた事だ

 

 秘密結社【ダゴン密教団】の行った【邪神・クトゥルー】の召喚はこの上ない奇襲効果を生み出した

 現地で有力な戦力を持つ【メシア教】に対応不可な衝撃を与え

 同時に彼らの戦力である霊能者、天使を【狂気】に陥らせ眷属化、

【邪神・クトゥルー】の為の戦力に変換

 そして【狂気】を広め数多くの人間をMAG供給源へと、あるいは更なる戦力へと化した

 

 この事態に【メシア教】は米国政府と協力し周辺住民の避難を開始

【邪神・クトゥルー】のMAG供給源を断つ事で事態の解決を図る事となる

 高レベルの悪魔である【邪神・クトゥルー】は消費するMAGも当然莫大である

 ならば兵糧攻めが有効である、人間をMAG供給源にする悪魔であれば人間を遠ざければいい

 後は自らの重みに耐えきれず自壊するであろう、そういう見込みであった

 しかし相手は【邪神・クトゥルー】である

【夢見るままに待ちいたり】のクトゥルーである

【邪神・クトゥルー】は【休眠】と【顕現】を繰り返す事でMAGの消費を節約

 更には霊脈を【狂気】に陥らせる事で支配、我が物とする

 これにより【メシア教】は打つ手を失った

 そして眷属である無数の【ディープワン】や【グール】によって現地の前線部隊は壊滅

 

 米国始まりの地プリマスを擁した、マサチューセッツ州

 メイフラワー号が上陸して以来、米国にとって歴史の中心であり続けたその地を失う事となる

 

 唯一と言って良い対抗策が失敗に終わった事で

 ここで【メシア教】内部の派閥争いが表面化する事となる

 ある一派は国民の浄化と保護をする事で【邪神・クトゥルー】の影響力を最小限にしようとした

 ある一派はこの事態を神の裁きと見なし、終末に向けての準備を始める

 そしてある一派は米国民の避難の為に日本へと接触を図った

 最後の派閥は自らをこのように称する【メシア教穏健派】と

 

 

 

「とは言ってもこれどうすんだ?」

【俺たち】の生放送と掲示板から伝わる情報を纏めるにもどうにも事態は複雑である

 マサチューセッツ州を襲った悲劇、は表社会にも裏社会にも深刻な影響を生み出す

 まず【メシア教】は米国の力、政治的立ち位置と自らのオカルト的戦力を背景に世界に覇を唱えた存在だ

 当然、米国の衰退は【メシア教】の今後に密接にかかわってくる

 マサチューセッツ州の州都ボストンから

 米国の経済の中心地であり人口800万を超える大都市ニューヨークまでの距離は凡そ370キロ程度

 これは日本で言うと電車で東京から名古屋に行く程度の距離である

 日本人的には「結構距離あるなー」と言う感覚になるが

 これくらいなら電車や車で半日程度の距離、という事になる

 つまり【狂気】を伝達させる人間が半日でマサチューセッツ州からニューヨークに入り込むのだ

 こうなってはもうニューヨークの陥落は目に見えている

 そうなれば米国は経済的にも政治的にもあらゆる意味で混乱を迎える

 そこで更なる事態の複雑化を招くのが日本に接触してきた【メシア教穏健派】である

 つまるところ彼らは「【邪神・クトゥルー】の解決が出来ず、米国が滅ぶ」と予想したから

 米国を脱出して、避難し、保護してもらう対象として日本を選んだ

 という事になる

 

 正直この時点で自分は【メシア教穏健派】に対してあまり良い印象を抱いていない

 日本、というがオカルト的戦力を考えると=で【ガイア連合】である

 そして彼らが日本=【ガイア連合】を頼みにした理由というのが

「米国及びメシア教と対立していない霊的に安全な国」という事で

 米国の同盟国日本に白羽の矢が立てられたという事だ

【ガイア連合】は長年【メシア教】を危険視してたんだけど? 

 何なら【メシア教】と対立して殺し合ってる組織たちに秘密裏に支援しているんだけど? 

 そして【メシア教】が封印した異教の神々(悪魔)を解放して戦力として数えてるんだけど? 

 それを全く知らなかった、【ガイア連合】が完璧に隠し通せていた、と解釈するには

【メシア教】が強敵過ぎる

 そして全てではないにせよ、ある程度知った上でこういう事をするのであれば

【ガイア連合】が舐められているという事である

 敵として意識していない、敵意を買っているつもりがない、そういう事だ

 これを舐められていると言わずしてなんと言う

 油断される事は都合が良い事である、だが面白くない

 

 まあ俺の気持ちは何にせよ、今「事態の複雑化を招く」と言ったのはそこの部分ではない

 なんとこの【メシア教穏健派】

 米国と【メシア教】が【邪神・クトゥルー】でえらい事になった状況を見て

 自分たちが【メシア教穏健派(主流)】であると名乗りを上げ

 それ以外の【メシア教】を【メシア教過激派】と呼称、【異端】認定する

 米国脱出までの間に【メシア教過激派】の拠点を襲撃する事で技術を物理的に奪い

【メシア教過激派】が確保し洗脳等を施していた異教の霊能者を救出

 米国政府並びに他の一神教と関わりがある国との交渉を済ませ

 米軍及び【メシア教穏健派】が聖戦、つまり【メシア教過激派】との戦いを始めると言ってきた

 

 穏健……? 

 

 そしてどうにも自称穏健派、クトゥルーが現れる前から過激派との暗闘と派閥抗争を繰り広げており

 その結果として上手い事状況を利用した某邪神と【ダゴン密教団】の常日頃からの弛まぬ努力が実を結び

 天晴れ【邪神・クトゥルー】現るという事態に繋がったらしい

 つまり元気よく身内争いしてたら愉悦勢してる奴や変な奴らに隙を突かれて大打撃を受けたから

「今がチャンス!」と派閥を纏めて米国等と交渉し、更にそれまでの身内を襲って手土産を確保

 表側の伝手を辿って日本(【ガイア連合】)に「これからよろしくね!」してきた? 

 やっぱやべぇ奴らでは? 判断が早い

 

 

 この【メシア教穏健派】の成立は【メシア教】の世界征服活動がある程度の成果を出した事から始まるらしい

 世界中を侵略し、霊地を奪い、無数の悪魔(神)討伐をしたにもかかわらず

 世界の霊地活性化は鎮静しなかった

 この事からこれ以上の霊地侵略を無意味と判断したのが【メシア教穏健派】

 方針を変えず、今もなおそれを続けているのが【メシア教過激派】

 そして彼らの決定的な断絶を生んだのが、

 米国の霊的国防を担うはずの【メシア教】でありながら

 米国民を弾圧、拷問し、時には一神教の者まで異端扱いするようになったから

 と、彼らは言う

【メシア教過激派】は同時に武闘派でもある

 積極的に悪魔狩りや異端狩りをする事で得たレベルと戦闘経験は【メシア教穏健派】の上を行き

 更に魔界より【過激派天使】が増援としてやってくる

 そして何より、サバトや背徳的と言って良い各種実験によって得た知見がある

 一方、【メシア教穏健派】はどうだろうか

 規模的には【メシア教過激派】の上を行くが、【メシア教過激派】ほど積極的に鍛えていない事

【穏健派天使】は積極的な手助けをしない事

 そしてサバトもそれら背徳的な実験もしていない

【組織力】に置いては負けるつもりはないが

 単純な個の力、技術、天使のバックアップでは差がついている

 そういう苦しい力関係らしい

 しかし大丈夫、我らの胸には愛が、心には神がおられる

 必ずや、より深き愛を持つ方が勝つ

 なおこれら全て【メシア教穏健派】の主張である

 

 そんな【メシア教穏健派】及び米国政府が我らが【ガイア連合】に望む事

 それは意外にも参戦要求でも、支援(という名の強請り)でもなく

 今まで通りの秩序の維持と、【メシア教穏健派】の避難民の受け入れだった

 

【ガイア連合】はこの提案の検討を始める

 その重大性故に

 ショタオジ、幹部、【ガイア連合】運営陣

 日本の神(悪魔)の頂点【アマテラス】

 ガイア連合と強い協力関係にある【ゴトウ】と錚々たるメンバーを招集

 そしてその会議の結果

【対価】と【責務】を契約書に明記させ、結ばせた上での受け入れを決めたのである

【メシア教】の半分と和平を結び、その【組織力】を当てにできるようになる

【メシア教穏健派】+米軍が対メシア戦線に加わる

 これら戦略的な妥当性の重み

 そしてなにより【メシア教穏健派】が持ち込んだ手土産が魅力的過ぎた

 

【アームターミナル】

【女神転生】を代表し、象徴ともいえるギミック

【悪魔召喚プログラム】を内蔵したコンピューター

 通称【COMP】を【ガイア連合】は手に入れた

 

 

 

 とは言え、【悪魔召喚プログラム】なんて怪しい品物をすぐ配るほど

【ガイア連合】は頭ヒーホーではなかった

【メシア教穏健派】の言っている通りの物なのか確認も兼ねて調査対象となった

 そしてこれが元は【天使召喚プログラム】である事や、その性能の詳しい所を知る事となる

 また【邪神・クトゥルー】召喚に利用されたことも占術等を駆使した調査で判明する事となった

【天使召喚プログラム】はその機能として、使用者のMAGを使用し

【聖書】や【聖歌】を機械的に高速詠唱する事によって【儀式】を行い

【奇跡】として天使の召喚を行うプログラムである

 これがレベル30越えの天使を召喚できた理由だった

 そして某邪神がそのプログラムの根幹を成す【聖書】や【聖歌】の単語の

【神】や【主】を【クトゥルー】に変える強制アップデートを行う事で

 邪神を称える【邪神召喚プログラム】に変容

 その結果起こったのが【邪神・クトゥルー】召喚だった

 召喚の儀式をしていた【ダゴン密教団】は哀れ召喚コストとして消費されたようである

「俺が悪魔召喚プログラムを使える日は遠そうだな」

 そう思った、どう見てもこれ危険物だし

 

 ちょっと憧れた【悪魔召喚プログラム】と【COMP】だが、手に取れる日は遠そうだ

 となると途端に興味が薄れる

 手に入りそうな日が来たらその時また気にすればいいや

 でも【メシア教】はこれを使ってるんだろうなぁ怖いわ

 

 

【メシア教穏健派】なる勢力が盤上に上がった事で

 対メシア戦線は大きく変わる事となる

 それまでは控えめに見ても「撤退戦をしている状況」

 贔屓目無しで見ると「掃討戦を受けている状況」に近かったそれが

【メシア教穏健派】の戦力、

 そして何より【組織力】で【メシア教過激派】のこれ以上の躍進を食い止めた

 これには無論、【邪神・クトゥルー】によって【メシア教過激派】と彼らの中心地である米国が

 大損害という言葉では済まないほどの打撃を受けた事も無縁ではない

 その影響は表世界にも出てきて在日米軍の増強という形にも表れている

 彼らは実質【メシア教穏健派】側にある米国政府の戦力である

 それに伴い米国から【メシア教穏健派】や難民が次々と日本に押し寄せ

 出島や米軍基地、【メシア教日本支部】の教会周辺に移り棲んでいる

【メシア教日本支部】が彼らを纏め、監視し、相談に乗っている形だ

【メシア教日本支部】、最近は【日本メシア教】と呼ばれる事が増え【メシア教穏健派】とは

 微妙に区別される事が増えてきた

 なんだかんだで【ガイア連合】に有益で都合が良い行動を取り続け

 まだ裏切った事がない【日本メシア教】はそれなりに信用を稼いだのだろう

 海の物とも山の物とも知れぬ【メシア教穏健派】とは分けて考えたい、そう思った人が生まれた

【メシア教穏健派】があまり問題を起こさずに日本で生活できるのは

【日本メシア教】がこれまでに稼いだ信用と彼らが問題を起こさないように協力的姿勢を取った影響が大きい

 

 そんな遥か遠い地やあまり関わる事のない連中の出来事が俺に微妙に影響を与え

 多少の迷いを生ませる、その迷いとは

「どうするかなぁ、【バリアモロコシの苗】かなぁ」

 転作の迷いである

 

「支援向け低品質アイテム特需」

【終末】を迎えたら自動的に終了するだろうと思っていたこれが

【終末】を迎えなかった事で継続

 むしろ【メシア教穏健派】の組織力でもって、

 より広範囲へより深い所へと支援の手が届く事になり需要の掘り起こしが発生

【メシア教過激派】の勢いが落ちた事でそれまで耐え忍んでいた反メシア教勢力が息を吹き返し

 無茶な積極攻勢の話まで出てくる模様

 そして【メシア教穏健派】の伝手でこれまで以上に【一神教】のエクソシストも参戦する事となった

 これらの勢力の多くが【ガイア連合】からの更なる支援を求めている

【メシア教穏健派】から貰えよ! 特にエクソシスト! と思うのだが

【メシア教穏健派】を経路にして支援を受け取るのは良いが

【メシア教穏健派】が提供するアイテムなんぞ全く信用が出来ないという

 だって【メシア教】だし

 わかるわー

 

 もはや「特需」というより「バブル」に近い所まで来ているこの熱

 しかも今までは【ガイア連合】が財布となっていたが

 どうにも【メシア教穏健派】は顧客になりそうな話も出ている

 世界征服目前まで迫った【メシア教】の数的主流派であり

 その実行力であった【メシア教過激派】よりも【組織力】があると、本人たちが胸を張って言う存在である

 当然のように金持ちだ

 信者と書いて儲けるとはよく言ったもんよ

 坊主丸儲けだな、ありがたく顧客になってもらおう

 

 俺のメインの作物は【カエレルダイコン】と【ミガワリナス】である

 前にも言ったがこれらは【俺たち】にはそれほど大きな需要はない、と思う

 よりいいアイテムがあるからだ、しかし支援向きの作物であるから今まで作っていた

 だけど正直、海外のアイテムの需要は【終末】が来たらどうなるかわからない

 インフラがズタボロになれば海外にどこまで輸出出来るかわかったもんじゃないし

 そもそも輸出先が存在するの? 輸出する意味あるの? 

 生き残ってるの? お金払えるの? という所からだ

 これじゃ計算も期待も何もない

【ガイア連合】は【終末】でも生き残ると思うが海外の事なんてさっぱり分からない

 一寸先は闇状態である

 ならば【俺たち】にも十分売れる商品を作りたい

 そして工場班とか工房持ちじゃない俺が生産したアイテムを大量に買い取って貰える機会って

 こういう特需でもなきゃないんじゃないかなぁと思ってる

 納品実績や品質の信用を稼ぐのには今が絶好の機会と言える

【終末】後も畑作で収入を得たいのであれば

 今、この特需を利用して【俺たち】向けの商品を作るのが良い

 今なら何でも買い取って貰えるだろう

【俺たち】には売れないような商品認定されても支援向け物資になるだけだし

 

 そこで目を付けたのが【テトラコーン】【マカラコーン】【宝石メロン】である

【テトラコーン】【マカラコーン】は【バリアモロコシの苗】を育てれば得られるアイテムだ

【テトラコーン】は物理攻撃を一度だけ反射する魔法スキル【テトラカーン】の効果を

【マカラコーン】は魔法攻撃を一度だけ反射する魔法スキル【マカラカーン】の効果を発する

【宝石メロン】は俺が前に食べた通りである

 ゲームで言うHPとSPが全回復するかどうかは分からないが

 確かな回復効果がある

 どっちかが【俺たち】に売れるようだったら【終末】後のメイン作物にしたい

 俺の本命はコーンの方だ

【バリアモロコシの苗】を育てると八日間で育ち

 一度に一本ずつの【テトラコーン】【マカラコーン】が採れる

 一つの苗で一個しか採れない【宝石メロン】より量が採れる

 それに【宝石メロン】は育てるのに微妙にMAGが多く必要なので

 俺の負担的にコーン一押しである

 更に言うならばコーンは生でも冷凍すれば結構日持ちする

 これは良い

 

 今、収入になっている【カエレルダイコン】と【ミガワリナス】は半反ずつの生産に切り替え

 残り一反をさて、【バリアモロコシ】(=コーン二種類)オンリーにするか、

【バリアモロコシ】と【宝石メロン】の二種類にするか迷っている

【宝石メロン】は甘味で、魔力回復できるアイテムだからある程度の需要は見込めるだろう

 が、【宝石メロン】半反分はMAG的にちょっときつい気がする……

 作れない訳じゃないんだけど、単純に疲れるんだよなぁ

 でもいつ【終末】が来るか分からない、今のうちに納品実績が欲しい気も

【邪神・クトゥルー】は【終末】を招きこそしなかったが

【終末】までの猶予を確かに吹き飛ばしたはずなのだ、時間がない

 

 迷ったがここは半反ずつ【バリアモロコシ】と【宝石メロン】を作付けする事にする

 

 

 それから続々と日本に避難する【メシア教穏健派】や一神教徒の数に肝を冷やしたり

 一向に討伐される気配がない【邪神・クトゥルー】に改めてやばさを感じたり

 技術部に「【宝石メロン】、未覚醒の家族に送りたいんだけど大丈夫?」とメロン付きで出してた調査依頼が

「MAGの含有量多すぎて無理、死ぬか覚醒するかのどっちか」

 という調査結果とそれよりも力の入った味の感想文が届いたりした

 

 そして【テトラコーン】【マカラコーン】【宝石メロン】は支援物資枠からは弾かれて、

【ガイア連合】内で流通する事が決まったと連絡を受ける

 更にいくらでも引き取って貰えることになった

 支援向けアイテムの頃と比べて単価がググっと上がって嬉しい

 これらは普通にそのままアイテムとして使ったり、他のアイテムの原料にされるらしい

 その後、ガチャの【H賞・消費アイテム及びジョークアイテム】枠に

【宝石メロン】やコーン類が入っているのを見かけた

【宝石メロン】にはP4Gファンを煽るような謳い文句までつけられていた

 

 

 その日、事務の人に呼び出され個室に案内され仕事の紹介を受けた

「守秘義務?」

 そんなものが付いた仕事を見るのは初めてじゃないか

「依頼は【ガイア連合】からです

 仕事内容の具体的な説明は請けてからとなります」

 物々しい

「判断材料とするように上から広告のようなものを渡されています」

 ようなものってなんだろ? 

 どれどれ、と思って見たら

「命の保証はありまーす!」「高額報酬を約束!」「得難い経験を、君は得る!」

「ようこそ、選ばれしものたちよ!」「危険だよ!」「今ならスキルカードも付いてくる!」

「モテまくり! ヤレまくり! かも!」

 そんな胡散臭い煽り文句と共に妙に笑顔が眩しい男が札束(円)と女を抱きしめてる画像の広告? が

 なにこれ

「わかります、他の方もそのような顔をしていました」

 事務の人が疲れた顔してる

「恐らく上にいるヒーホー族の誰かが作った物だと思われます」

 ヒーホー族、【俺たち】が逃れられない宿痾である

 ノリと勢いでついやっちゃうのだ

 下っ端の人間がヒーホーしてもそこそこの割合で止められるだろうし、そういう事なんだろうなぁ

 マッカ報酬は確かに良い、スキルカードはどれを貰うかは仕事の後でリストの中から選べるらしい

 ガチャの目玉になっていたようなのもある

 悩むが……

「受けます」

 まあ【ガイア連合】からの仕事だし、そうそう変な仕事ではないだろ

 シキガミ製契約書に判子を押した

 

 

「仕事内容は日本に向けて使用される【ICBM】を利用した【爆発式悪魔召喚機】

 それから召喚された悪魔と戦う神(悪魔)への【蘇生支援】です

 リカーム持ちの方々に声を掛けさせていただいています」

 そして一息入れて

「三日後の日本時間15:30分頃、【メシア教過激派】は日本に核攻撃、並びに

 それを利用した戦略的オカルト攻撃を実施する予定です」

 

 

 



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閑話5話

 その日、神の力を見た

 

 

 結局のところ、全て【メシア教過激派】の掌の上だったのだ

【メシア教穏健派】と米軍の行った米国民の比較的スムーズな脱出も

 彼らの政治力を使っての【一神教】と関わりが深い国々との対メシア協調も

 多少改善された対メシア教戦線も

【メシア教穏健派】と【ガイア連合】の協力関係も何もかもが

 そう思わざるを得なかった

【メシア教過激派】は苦境を演じる事で敵と味方の選り分けを行った

【メシア教穏健派】に流れるままに難民もメシア教構成員も見逃し

 選り分け、自らの組織の思想的純化を図った

 そして外に敵を作り、危機感を煽り、意識を統一させ

「こうなっては仕方ない」とそれまで取れなかった手段を取れるようにした

 その結果が【ICBM】による核攻撃だったのだろう

 全て俺の想像だが

 

 日本に【ICBM】を撃ち込まれるというのは【メシア教穏健派】が【メシア教過激派】内に

 送り込んでいたスパイによる報告で

 これは確度が高いものらしい

 そして【メシア教過激派】は日本のみならず

 世界中に同様の【爆発式悪魔召喚機】付き【ICBM】を撃ち込むというのだ

 そうなればもちろん米国もただでは済まない

 米国もまた報復核を撃ち込まれるだろう

 しかしそれもまた【メシア教過激派】の狙い通りというのだ

 何せ「即座の報復核攻撃」を主張するのも【メシア教過激派】の信者の予定なのだから! 

 なお報復対象は別に米国に限らない、途中で情報を捻じ曲げ無事な国がなるべく減るよう

 しっかり考えて「報復核攻撃」するらしい

【メシア教過激派】は世界に【終末】を招こうとしている

 世界を核の炎と、【爆発式悪魔召喚機】で崩そうとしている

【メシア教過激派】が【終末】を招こうとする理由はまだわからないらしい

【終末】到来からの【メシア】を待っているのか

 自らがこの世界の覇者となりたいだけなのか

 あるいは人間を粛正、選別したいのか

 その全てかもしれないし全く関係ないかもしれない

 まあ人間に非ざる者の、それも狂信者の思想なんてあんまり追っかけても意味がない

 彼らの世界観の、彼らの論理で構成されている思想である

 

 

【ICBM】を撃たれる日までの三日間を長く感じる

 守秘義務があり、またシキガミ製の契約書に判子を押した

 だから人に相談する事も言って回る事も出来ない

 当然である、スパイ行為によって敵の攻撃の具体的な日時を知ったことで

 十全な迎撃態勢を取れるという事のアドバンテージは大きい

 それがましてや【ICBM】の迎撃ならば! 

 その重みは何よりも重く、人命で数えても万の単位の重みになる

 その値は千金どころではない

 だから【メシア教過激派】に知っている事を知られてはならない

 

 世界に【終末】は来るのだ

 例え【ガイア連合】が完璧に迎撃できても、日本が無傷でも

 来るように【メシア教過激派】は手を打っていた

 積み上げるのは難しいが崩すのは容易い、陳腐な言葉であるがそれを感じる

 人類の文明、歴史がこれによって崩されるかもしれない

 核だけならまだ良い、いや良くないが崩壊に直結するものではない

 しかし【爆発式悪魔召喚機】はやばい

 それによって召喚される悪魔は【ガイア連合】の予想では

 こういう時の為に保護した【外様】の神々(悪魔)を動員しなければならない程である

 では、これが着弾した地ではどうなるか

 世界に崩壊をもたらす為に選ばれた【強大な悪魔】が暴れまわるだろう

 この【爆発式悪魔召喚機】は【悪魔召喚プログラム】の発展形だという

 であればレベル30の天使が異界でもない戦地で暴れまわれていたように

 その悪魔もある程度は活動できるはずだ

 これから世界は【神の雷】である核で焼かれ、それを苗床に【強大な悪魔】が召喚される

 人々はその悪魔に塗炭の苦しみを味わわされ、尊厳を失うだろう

 そしてGPが上がる

 世界は異界に落ちる

 

 家の中で一通り、嘆き、喚き、<ライコー>に甘えていたらいくらか不安が和らいだ

 来ると思っていたもの、来ないで欲しいと思っていたものが来ると

 分かっていても衝撃らしい

 元々【俺たち】は【終末】に備えていたじゃないか

 その時が来ただけだ

 それに日本に限って言えば、迎撃にさえ成功すれば

 最悪は避けられるはず

 利己的かもしれないがそう思えば少し楽になった

 

 

 当日、【ガイア連合山梨第一支部】から【トラポート】をしてもらい

【ガイア連合】が神々(悪魔)を動員して作らせた人工島の一つに着く

 見ればそこそこ立派な建物がいくらかあるだけで、森も畑もない簡素な孤島だ

 多分この島は人が住むことはあまり考えられてないな

 そこの建物のうちの一つが今回の仕事場である

 

【メシア教過激派】が日本含む世界中に【爆発式悪魔召喚機】付き【ICBM】を撃ち込む

 これはもう妨害できない、規模的にも戦力的にもだ

【メシア教】は米国の霊的国防を担っていた

 そして米国の首脳部を洗脳、あるいは最初から息の掛かっていた人間を送り込み

 米国の【ICBM】を手中に収め、【爆発式悪魔召喚機】を付け撃ちこむ

 人類と天使の共同作業である

 出来上がるのは【終末】

 出来の良くないブラックジョークみたいな話だ

 だがジョークでは済まない、実際に【ICBM】を撃ち込まれるのだから

 

 この建物に集められた【俺たち】の仕事は

 その【ICBM】の爆発で召喚される悪魔

 つまり【メシア教過激派】が「君なら世界に終末を作れるよ!」と太鼓判を押した悪魔

 それと戦う神々(悪魔)の蘇生である

 神々(悪魔)はショタオジ謹製の特別なシキガミを依り代に高位分霊として顕現

 現地にて悪魔と戦闘する

 そしてその様子をこの時の為に作られた偵察特化の高レベルの鳥型シキガミ

【スーパーシルフ】と名付けられたそれが確認

 この部屋の至る所にあるモニターにリアルタイムで映像として投射する

 俺たちはその様子を見て死んだ神々(悪魔)がいたら

 事前に切っておいた神々(悪魔)の髪や爪を媒体にして蘇生

 蘇生された神々(悪魔)は回復等を受けた後、【トラポート】持ちが現地近くまで輸送

 戦線復帰という流れである

【スーパーシルフ】は13匹もいるからまずモニターが切れる事はない、見込みだそうだ

 

 この部屋の床には高度な魔法陣が複層的に描かれている

 殆どが「遠くで死んだせいでここに死体がない神々(悪魔)の蘇生」の補助的なものだ

 こんなじっくり見ても理解できないような複雑な魔法陣と

【神の身体の一部】という縁を使って無理やり蘇生させるのだ

 普通のリカームより負担が大きいらしい

 だから部屋の隅には魔力回復のためのアイテムが積み上げられている

 その中に【宝石メロン】もあった、ちょっと嬉しい

 神々(悪魔)が切った張ったしてるような所にぶち込まれる可能性を少し考えていたので

 この安全を配慮したやり方は大変ありがたい

 このやり方、今後【俺たち】のスタンダートになったりするのかなぁと思って

 説明してくれてた人に聞いてみたけど

 こんなやり方で蘇生できるのは悪魔ぐらいのものらしい

 人間や実体がある生き物はどうしても遺体との縁が強すぎてこんな蘇生は無理

 コストも掛かりすぎでとても使えないとか

 そりゃそうだなぁ

 

 この場所の説明や、やる事、使われてる技術に対する説明を聞き終わり

 少し手持ち無沙汰にしていたら俄かに外が騒がしくなった

 神々(悪魔)の到着である

 

 

 最初のうちは島に顕現してきた神々(悪魔)を眺めているのも楽しかったが

 途中で飽きてきた

 俺、アナライズとか持ってないから見ただけだと何の悪魔か分からないんだよな

 なんか強そうな神(悪魔)とか美女な神(悪魔)ってだけだとあんまり感動しない

 名前もわからないし

 短い間の同僚となる【俺たち】も似たような感想を持ったのか

 最初はちらほら見てたのがだんだんいなくなった

 俺も持ち場に戻るかと思っていたら

 微妙に見覚えがある神(悪魔)の姿があった

【クシナダヒメ】様だ

 何やら男を連れている

 夢枕で会ったくらいしかなかったからこうして肉体付きで見るのは初めてだ

 そして何やらきょろきょろした後こちらの方を見て

 手を振ってきた

 これひょっとして見つかったっぽい? 

 神(悪魔)様、それも【クシナダヒメ】様と関係がある男なんて

 ちょっと関わりたくない気がするが、段々近づいてくる

【クシナダヒメ】様は笑顔だ

 うーん逃げられなさそう

 機嫌損ねないようにここは自分から寄っていくべきか

「<ライコー>、警戒しすぎない程度に警戒、接触する」

 微妙に分からない指示だけど、あんまりびくびくして足元見られたりするのも嫌だ

 <ライコー>もわかったのか頷いてくれている

 

「この子が私の氏子なの! いい子でしょ?」

 なんか自慢の種にされている

 自慢されている方も、うんうん頷いて

「我が妹(いも)の持ちたるものに何の不足があろうか、なかなかの者よ」

 とか言って、俺を褒めるふりして【クシナダヒメ】様をよいしょしている

 微妙に居心地が悪い

「我が背の君に譲られた子だから紹介しようと思ったの」

「そのような事、気にせずとも良いのに」

 譲られた? 俺が? 何言ってんだろ

 その俺の顔に気づいたのか、【クシナダヒメ】様が説明してくれた

 俺の地元の神社は何も【クシナダヒメ】様だけを祀っている訳ではない

 神社であれば三柱程度は同じ神社で祀っているのが普通で

 一つの神社の中にも摂社、末社と別の神社が境内にあり、何柱もいる事も珍しくない

 さすがに同じ境内にある神社、となら取り合いにはならないが

 きちんと祭神として祀られている神々(悪魔)同士だとそうはいかない

 それを「自分は良いから」と言って先を譲ってくれたという

 そのおかげで縁を辿って夢枕に立てたと

 やばい、予想はしてたがやばい

【クシナダヒメ】様と一緒に祀られている神(悪魔)なんて

 相場が決まっている、どれでもやばいけど

【クシナダヒメ】様を「我が妹」なんて呼びかけれる神なんて一柱しかない……

 聞かなかった事にしてスルーしたい、しよう

「私の背の君である、【建速須佐之男命】よ!」

 スルーしたいのに名前言わないで! 

 

【建速須佐之男命】、漢字だけだとあまり見慣れた名前ではない

 そもそもこの神様、表記ブレが多いのだ、どれを原典にするかで変わる

 だから女神転生ではこう表記する【スサノオ】

 

【スサノオ】、日本神話にその名を刻む神である

 暴風雨、嵐、雷、農耕、林業等々司るものが多く

 日本各地に神社があり、色々と習合もされているから何でもありである

 またその子供も有名所が揃っている

 スセリヒメ、宗像三女神、一説にはお稲荷さんであるウカノミタマも入る、子孫には大国主もいる

 このあたりは特に有名な神だろう

 その父である【スサノオ】は国津神で1.2を争うビッグネームではないだろうか

 神を切り殺して五穀ゲットしたり、ヤマタノオロチ切り殺して嫁(クシナダヒメ)ゲットしたり

 変な勘違いされてから色々あってから姉と子供を作ったりした神様である、ちなみにマザコン

 ちなみに女神転生では何故か種族破壊神である事が多い

 

「【クシナダヒメ】様には日頃からお世話になっております」

 反応に困りとりあえず礼を言っておく

 何を言えばいいのか困る

 というか、【スサノオ】も【クシナダヒメ】様も妙な概念を

 ビシバシ感じさせるからあまり直視したくない

【スサノオ】の方は【強そう】とかそんなのを感じさせるだけだからまあ良いけど

【クシナダヒメ】様の場合は【美しい】と感じさせる概念を感じる

 しかも自然物や宝の類への美しさじゃなくて、美女に対するものだ

 強制的に「美女」を感じさせられて、気持ち悪い

「その心がけ、大儀である

 これからも我が妹を頼むぞ」

 

【スサノオ】との会話はそれで終わった

 後は【クシナダヒメ】様が【スサノオ】への氏子自慢したりとか

 今この島にいるのは【ICBM】迎撃の為に国津神も動員されたからだとか

 この前のメロンを一緒に食べたとか、そんな話ばかりしてくる

 いや良いんだ、【スサノオ】に話し掛けられても困るし

 

 

 じゃあまた後でね! と手を振る【クシナダヒメ】様を見送る

 気疲れした

「あの、あなた……」

「ああ、<ライコー>もご苦労だったね、何もしてないのに疲れたよ」

「いえその、【加護】を頂きました、【スサノオ】様から」

 なんで? 

 

 後の会話で判明した事

 <ライコー>の元ネタが牛頭天王の化身であり

 牛頭天王は【スサノオ】様に習合されているからその縁で力を送ったのだそうだ

 俺=クシナダヒメの氏子、<ライコー>=スサノオの力を受けたもの

 という関係が【スサノオ】様の琴線に触れたらしい

 よくわからなかったので【クシナダヒメ】様に聞いたら

 恥ずかしそうに「電は稲の夫(いなのつま)だから」とだけ言われた

 調べた、惚気かよ! 

 電=稲妻=稲の夫(昔はツマは夫も妻も含めた言葉だった)で、【スサノオ】様は稲の夫である雷の神だ

【クシナダヒメ】は奇稲田姫とも書く

 俺をクシナダヒメと見立ててそれの妻の<ライコー>を自分に見立てさせたのだ

 惚気で

 神様の世界はわからない……

 

 ほどほどに時間が潰れた

 そろそろ現場に待機する

 

 

【ICBM】が発射された

 

 今回の【ICBM】の撃墜は

 まずは通常兵器による撃墜から始まる

 広範囲に散らばった自衛隊と在日米軍で構成される艦隊が

 洋上を飛ぶ【ICBM】を撃墜し、不発に終われば良し

 その場合は神々(悪魔)の出番はない

 何発か飛んでくる【ICBM】を撃墜したら【メシア教過激派】は対策を施した

 着弾、爆発、召喚の流れではなく

 空中にて爆発、召喚を行った

 これによって「通常兵器による撃墜」は不可能となった

 神々(悪魔)の出番である

 

 モニターに見入る

【スーパーシルフ】より伝わる映像に音はない

 召喚されたのはどうやら天使のようだ、それも恐らく【大天使】だろう

 天使らしい見た目と、強さからそう思っただけで確証はない

 その【大天使】が召喚された後は、その【大天使】が今度は無数の天使を召喚してくる

 配下がいるという伝承があるのか、【サバトマ】を持っているのか、力技で召喚しているだけなのか

 それすらもわからない

 そしてその無数の天使たちに向かって神々(悪魔)が突っ込む

 鎧袖一触、有象無象の天使を瞬く間に切り殺し、あるいは魔法で皆殺しにする

 そして【大天使】に群がり

「勝った……」

 あっさり勝った

 まさか、こんなに容易く? 

 直後、モニターが光を発した

 戦闘直後、神々(悪魔)のいる付近に【ICBM】が着弾、召喚

 それも、天使や神々(悪魔)が死んだ事で出たMAGを吸い取り更に強力な悪魔が召喚された

 再びの戦闘である

 

「リカーム!」

 もう何度目かわからない【リカーム】を掛ける

 その後、復活した神(悪魔)には目も向けずに【チャクラドロップ】を口に頬張り水で流し込む

 厳しい

 蘇生係をしている俺の同僚のうち何人かはもうリタイアしている

【宝石メロン】や【チャクラポット】を食べ飲み過ぎて腹がいっぱいになってもう詰め込めないのだ

 いや、これは冗談じゃない

 飲み食い出来なければ魔力が回復しない

 その結果、何人かは腹に入れたものを吐き出し、また飲み食いして魔力を回復させている

 俺のステータスは魔特化である、だから俺はまだ余裕がある

 いつ見ても魔しか伸びていなくてアナライズがつまらないステータスだったが

 こういう時は役に立っている

「リカーム!」「リカーム!」

 モニターを見る

 戦況は有利なのか不利なのかすらわからない

 湧いて出る天使なんぞはあっという間に駆逐されるが

 ボスが強い、倒したり惜しい所まで行くと再び、着弾

 ボスや天使、神々(悪魔)ごと吹き飛ばしまたボスが湧いて出る

 多分【メシア教過激派】、何かで観測してタイミングを見て味方ごと撃ってる

 切りがない

「リカーム!」

 余裕はあると言っても比較的、だ

 このままだときつい

「リカーム!」

 リカームを使っているからか、あるいは【神を蘇生】させるという

 神話で見てもあまりない経験を積んでいるからか

 自分の霊格が少し上がってるのが分かる

 その結果多分【サマリカーム】を使える感覚がある

「リカーム!」「リカーム!」「リカーム!」

 だけど【サマリカーム】の方が魔力を食う

【リカーム】で済むなら【リカーム】を使うべきだ

「リカーム!」

 

 その後、吐き出した【俺たち】が復帰したりまた吐き出したりしながら余裕ができた

【ICBM】の着弾間隔が少しずつ開いているような気がする

 そしてこちらの神々(悪魔)の攻撃も散発的になっている

「おお、こんな所に居たか我が妹の氏子よ」

【スサノオ】様が【クシナダヒメ】様と一緒にやってくる

 こんな所はこっちのセリフなんですがね

 魔法陣に掛からないようにゲーゲー吐いてるのもいるからここは汚いぞ

「戦闘に加わらなくてよろしいのですか? 見ての通りまだ戦闘継続中ですが」

「我ら国津神は後詰よ、それも見せ札に近い」

 見せ札? 

「これから本命の攻撃が始まる故な、どうせなら我が妹の氏子と見学しようと来たのだ」

 こればっかりは国津神たちとは楽しめないからな! と続けて笑う【スサノオ】様

「モニターがあるならちょうどいい、ここで見る」

 はぁ

「【クシナダヒメ】様、ここは見ての通りですよ?」

「我が背の君がこう言ってるし」

 とおっとりした事を言ってる

 この神様、なんか「良い所のお嬢様」な感じがあるんだよなぁ

 

【スサノオ】様の言う本命の攻撃というのが何かすぐ分かった

 モニターに「光り輝く女性」が映る

「あれは……」

「我が姉上だ」

 まじか

「見ておけよ、我が妹の氏子

 あれこそが天下の主者(あまのしたのきみたるもの)として産まれた女神

 世に神は多かれど、尊い神を意味する「ムチ」の名を持つのは三柱のみ、

 その一柱が我が姉上である」

 残り二柱は我が娘と娘婿だ! と機嫌よさそうに笑っている

 もしやこの神様(悪魔)

「身内自慢をしたかっただけ?」

 何も言わずに【クシナダヒメ】様が頷いていた

 

 瞬間、光が走り、【大天使】と思われる敵が消滅した

 それからは【ICBM】は降ってこなかった

 

 

 

 

【ガイア連合】の作戦は成功に終わった

 本土には一切、【ICBM】は着弾しなかった

 人と天使(悪魔)の共同作業であった【終末】の到来は

 人と神々(悪魔)の共同作業により部分的に防がれた

 今は【半終末】と呼ばれる

 

 日本は無傷だったがやはり世界はダメだった、当たり前ではあるが

【爆発式悪魔召喚機】付き【ICBM】の着弾

 被害を拡大するためだけの報復核

 そして召喚された【大天使】や【魔人】の手によって人類は生存圏を失った

 もはや人の世に国単位での安寧はない

 日本を除いて

 そしてそれが【ガイア連合】の成し得た最大の成果であった

 

 



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閑話6話

 世界は広く日本も広く、世には様々な呪術に溢れている

 雨乞い一つにしてもそうだ

 火を焚き、神仏に踊りを奉納し、神社に参拝し、

 水神にあえて罰当たりな事をして罰としての雨を乞う

 水を象徴するものに願いを掛け、涙を流し、生贄を捧げる

 これら全て雨乞いの儀式の一つである

 その中の一つに所謂、類感呪術と呼ばれるものがある

 何かを燃やして煙で雲を模倣し、太鼓の音で雷鳴を模倣し、水を振りまいて雨を模倣する

 似ている物は縁を結び、縁を結んだものは似ている物に近づく

 埴輪を生贄の代わりにするのも藁人形に釘を打つのもこれを理由とする

 似ている物、近い物に関係性を見出し、その関係性は相互に影響を与える

 これが類感呪術の基本である

 であればこれもまた類感呪術の一つなのだろう

 

 雨が降っている

 

 俺の家の、疑似異界化する事で空間が切り離され、捻じ曲げられ

 外の雨など入って来ないはずの畑に雨が降り注いでいる

「これが加護か……」

 その様子を見ながら呟いた

 

 

【スサノオ】様は偉大なる神である

 偉大な事は良い事だ、それに文句など全くない

 ただし偉大過ぎて【スサノオの加護】とだけ言われてもさっぱりわからない

 困った

 海神であり、暴風雨の神であり

 化け物退治の逸話を持ち、五穀をもたらした逸話を持ち、林業をもたらした逸話を持ち

 日本で最初に和歌を詠み、製鉄で有名な出雲族の祖である

 パッと上げるだけでこれである

 更に習合されている神や、この神はスサノオではないか? という説まで含めるとこれはもう切りがない

 もう一度言うがさっぱりわからない

 分からないならしょうがない、と思うには少々惜しいしせっかく貰ったなら有効活用したい

 変なデメリットがあると困るし詳細が知りたい

 俺は役に立つご利益さえ貰えれば何でもありがたがる自信があるが

 何貰ったのかもわからないのにありがたがる気はない

 という事で知らねばならぬ

 だけど【スサノオ】様に直接聞くのは怖いし、直接聞けるのか? という疑問が湧く

 しかし大丈夫、我が家には【クシナダヒメ】様の祠がある

【クシナダヒメ】様経由で聞けばいい

 と、思ったのが【ICBM】の迎撃に成功してから数日経ってからの事である

「よくわからないので教えてください」と祠でお願いして見た

 その日の晩、寝ていると神託が下った

 安眠妨害だから出来れば起きてるうちにして欲しい……

 

 翌日、要石にMAGを注ぐ

 感覚的にはもう注がなくて良いが今回が初めてであるから念のためだ

 そして家の中に入り<ライコー>に声を掛ける

「じゃあ、やってくれ」

「かしこまりました、【ジオ】」

 畑の傍にジオが落ちる、そうすると数秒経ってから

 腹を震わせる稲妻が落ちる音、それから少しして激しい雨が降ってきた

 強い風が吹く

 

 <ライコー>が貰った加護は直接的な戦闘力には一切関わらない物であった

 貰った加護の効果は単純【降雨による豊穣】である

 雷神たる【スサノオ】様は当然のごとく雨もその手に握りしめておられる

 田畑に雷が落ち作物の出来が良くなり、

 雷を稲の夫(いなのつま)と昔の人が呼んだのは別に落雷による窒素固定云々という理屈だけではない

 雷は雨を伴うのだ

 

 類感呪術というのがある

 その理屈で行う雨乞いの一つに「雷鳴を模倣する」というのがある

 雷が落ちるなら雨が降るはずなのだ、だから雷鳴を模倣する

 これもそうだ、俺のMAG(クシナダヒメの加護)が行き渡った土地に

 <ライコー>(スサノオの加護)が電撃(雷)を落とす

 ならば作物の実りも良くなる、つまり雨が降る

 順序がばらばらだ、だけど呪術とはそういう物である

 作物は雷と雨によって生る

 世界的にも雷神が農耕神も兼ねる、あるいは地母神を妻とする雷神がいるのはこういう事らしい

 この加護はそれを象ったものなのだ

 俺と<ライコー>の二人が揃わないと使えない加護だと説明を受けた

 しかし既に「五穀豊穣の加護」がある状態で

 更なる豊穣の効果を追加されても意味があるのだろうか?

 

 意味はあった、数日後の収穫後に気づいた事だが

 【スサノオの加護】を用いて作った作物は出来が良くなっていた

 霊的な効果は変わらないがより瑞々しくて美味しい、それと肥料の消費量がかなり減った

 

 水不足で苦しむ時が来たら使える加護かもなぁと思いながら窓の外の風景を見る

 結構風も吹いているのだが不思議と畑が酷い事にはならない

 そんな風に膝の上の白い生き物にブラシを掛けながら外を眺めていると

「クゥーン」と声がした、こっちを見ろという甘えた声だ

 <シロ>ではない、新しくうちの子になった<管狐>である

 名前は<ユキ>と名付けた

 

【ICBM】の迎撃は【ガイア連合】にとっても大きなプロジェクトだったのだろう

 迎撃までのしばらくの間通常業務のいくつかが停止、迎撃の為の諸々の準備に様々なリソースが投じられていた

 そのリソースの中に「ショタオジの時間」がある

【管狐】は【ガイア連合】の資産や持ち物、売り物ではない

 あくまでショタオジの【管狐】である

 審査を行い、その審査結果を判断し、契約を結び【管狐】を譲渡する

 その最終的な決定権はショタオジにある

 そのショタオジの時間が投じられた事から比較的優先度が低い物から後に回され

 その回された物の中に【管狐】の譲渡があった

 まあ俺としても文句はない、準備が整わず【ICBM】が着弾するよりはずっと良い

 そして通常業務が再開

 我が家に<管狐>が来た

 

 実はこの子を<ユキ>と名付けるにあたり少々問題があった

 この<管狐>、白いのである

 俺は名前は分かりやすいのが一番だと思っている

 <シロ>は良い名前だ、白いからシロだ

 この真っ白な管狐、白イタチのような、耳の長いフェレットの様な

 そんなこの子に付ける良い名前が思い浮かばない

 白を意味する名前をいくらか考えてみたんだが

 それでは<シロ>に被る

 これはよろしくない

 という事で狐関連の名前を最初は考えた

 お稲荷さんとかダキニとか、命婦とか信太とか葛の葉とかタマモとかイズナとか

 でもあんまり重い名前を付けるとそれで縁が生まれて厄介な事になりそうな気がする

 そこで良い名を思いついた、「桃花」というのだ

 由来は「日本霊異記」のとある「狐女房伝説」に因む

 その話で出てくる色とは違うが桃には白い花もあるしこれは良いじゃないかと思った

 その話は「キツネをなんでキツネと呼ぶのか」という由来が書いてある話である

 

 男がある時出会った女を妻にして子を成した

 そしてある日、妻がふとした拍子に飼い犬に吠えたてられ驚き変化を解いてしまい狐の姿を晒す

 驚き怯えて、家の垣根を上った妻に夫が言う

「子供まで作った仲ではないか、俺はお前を忘れられぬ、いつも来て寝よ」

 この時の言葉が「来つ寝よ」でキツネの由来である

 妻はその後毎夜やって来て夫と臥所を共にした

 そしてある時、上品な「桃花」の色の装束を着た妻がやってきて、また去っていく

 その後ろ姿を見て夫は妻を偲び恋歌を一つ歌い、子供にキツネと名付ける、という話しだ

 家の垣根は内と外を分ける境界である、もしこの時の夫の言葉がなかったらキツネの妻は去っていっただろう

 妖であっても気にしない夫の言葉がそれを引き留めたのだ

 俺の好きな昔話の一つである

 この子はどうやら女の子のようだしこれくらい艶やかな話が由来でもいいのではないか?

 そう思った

 一緒に考えていた<ライコー>に由来と共に話したら

 微笑みながら言われた

「つまりあなたはその女狐を妻にしたいと、そうおっしゃるのですか?」

 没になった

 そして最終的に<ユキ>になったのである、白いから

 

 

 

 ここ最近、俺が狩場にしている異界は妖獣【カクエン】が多く出る異界だ

 妖獣【カクエン】、女神転生ではそこそこ出るが耐性やレベルはブレがある

 見た目はでかい猿だ

 カクエンは中国の伝承にある妖猿だ

 女を攫い、犯し、子を産ませてから女と子供を返し育てさせる畜生のような悪魔である

 正直こんな害悪な悪魔が出てくる異界なんて消滅させた方が良いのでは? と思うが

 敵としてみるとこの【カクエン】、都合が良い敵なのが微妙に困る

 この異界の【カクエン】はレベル26程度、火炎耐性を持ち、衝撃が弱点の悪魔だ

 使う攻撃スキルが毒を与える物理攻撃の【ポイズンクロー】と【アギラオ】程度

 群れで生活しているらしく一匹だけで出てくることはあまりない

 つまり物理耐性と火炎耐性の確保、解毒と体力回復さえできれば楽に狩れて良い経験値になるのだ

 どちらも揃えやすい

 今の俺のレベルは28だ

 【神(高位の悪魔)の蘇生】という神話体験が俺の霊格に影響を及ぼした結果上がった

【カクエン】はレベルが上がる前から狩っていた相手である、ますます楽な相手だ

 この異界に他によく出てくる悪魔は妖獣【ライジュウ】であるが

 そちらも弱点は同じ衝撃、だが使ってくる攻撃は【放電】なのでこちらは注意が必要である

 

 最近の俺のPTの戦い方は今までと大して変わっていない

 <シオン>と<シロ>のスキルによる偵察で楽に戦えそうな敵を探し

 戦闘前に<ライコー>になるべく支援を掛け、戦闘中は<シロ><シオン>が魔法攻撃で援護したり

 支援を掛けなおしたりして戦うやり方である、最近は敵に対するデバフが出来るようになった

 俺はその間、回復したりアイテムを使うか判断したり、<シロ>の【マッパー】による周辺警戒をするというわけだ

 

 戦闘前に<ライコー>にタルカジャとスクカジャを掛け、

 まずは【アローレイン】を仕掛ける

 同時に<シロ><シオン>がそれぞれ敵に【雄叫び】【フォッグブレス】を掛ける、余裕があれば攻撃魔法だ

 デバフで弱った近寄ってくる敵を<ライコー>の【利剣乱舞】で仕留めるというわけだ

【利剣乱舞】、複数回の物理攻撃を行う範囲攻撃だ

 かつての異界【天樹山】の回復支援の時、張り切ってガチャで出した当たりスキルだ

 あの時は使う機会が全くなかったが今の俺のPTのメイン火力は<ライコー>が使うこのスキルと言って良い

 何回か戦闘をして調子を確かめる

 そして本日の本命の作業を始める、<ユキ>の実戦投入だ

 

 ★クダ<ユキ> Lv25

 魔法型 ステタイプ魔(特化ではない) 精神無効 破魔弱点 呪殺無効

 スキル 炎の乱舞 マハラギオン エナジードレイン マハムド マリンカリン 火炎強化

 汎用スキル 変化 農業

 

 <ユキ>のステとスキルはこんな感じである

 主力になるのが火炎属性の攻撃魔法であり火炎耐性の【カクエン】とは相性が悪い

 が、今回はあくまで試し撃ちに近い事、なるべく戦い慣れた相手の方が良いと思った事

 そして【カクエン】は対処がしやすい事からここでやる事にした

 色々試し、その結果

「もう俺、銃使わなくていいかも」

 そう思った

 

 魔法アタッカーが一人増えるというのは投射火力が増えるという事だ

 そして悪魔と言えども物理的な距離を無視して近寄れるものは稀である

 であるなら距離を壁として遠距離で攻撃をし続けるのは有効な戦い方だ、その事を今更実感した

 <シオン><シロ><ユキ>が範囲魔法攻撃で順繰りに攻撃をする

 <シオン>の【マハジオンガ】が痺れさせ、<シロ>の【マハザンマ】が足を止めもしくは吹き飛ばし

 そして高火力の<ユキ>の【マハラギオン】で仕留める

 これが意外と嵌る、属性がばらばらなのが良い、<ライコー>が近接戦闘する機会があまりない

 その間<ライコー>は俺の守りに入って貰い、いざという時に動いてもらう事になる

 その後何度か試してみたがかなりいい感じだ

 火炎耐性持ち相手でもその耐性の上から【炎の乱舞】で仕留めたのを見た時は

 火力の大切さを感じた

 <ユキ>強いわ

 問題はこの戦い方だと魔力の消費が激しい事か

 これは真面目に俺が使う武器を置いて行って

 その分、魔力回復用のアイテム類を持っていくのを考えないといけないかもしれん

 

 おおむね今回の試し撃ちは満足いく結果だった

 手数が増えると余裕が生まれる気がする

 呪殺範囲攻撃である【マハムド】も微妙に安定しないが刺さると即死なのは悪くない

 初手は【マハムド】にして運良く落とせたらラッキー、ぐらいのつもりでやっても良いかもしれない

 PTの戦力向上を感じた

 

 

 

 家に帰りゴロゴロして<シロ>を撫で、普通の狐姿に化けた<ユキ>にブラシを掛けて、

 そうして掲示板を見ながらようやく今までなるべく考えないようにしていた事に思考を向ける

【半終末】の事だ

【半終末】、半と付くがどうも俺にはほぼ【終末】の様に感じる

 半の部分、つまりまだ【終末】ではないとされている要因から纏める

 1.日本が平穏無事

 2.まだ異界じゃない土地の方が地球上に多い

 3.未覚醒者がまだ多い

 4.物理法則が壊れ切っていない

 

 これである、では次に【終末】を感じさせる部分を纏めると

 1.高位の悪魔が召喚されやすくなった(世界的なGPの急上昇)

 2.地域一帯が異界と化す現象が発見、また街中に野良悪魔が出没

 3.世界に終末をもたらす為の【大天使】【魔人】が各地に出現

 4.1.2の結果、各国神話の神々(悪魔)が降臨する予定

 5.その神々(悪魔)は【大天使】や【魔人】と生存競争をする予定

 どう見ても【終末】じゃないか

 

【ガイア連合】は意外な事に国外にも【ガイア連合のシェルター】を持っている

 これは極少数ながら海外に生まれた【俺たち】がいる事

 突然【終末】が訪れた時に海外を飛び回って仕事をしている【俺たち】が避難をする為だ

 これらのシェルターでは当然のように各種インフラが完備されていて、それには通信インフラも含まれている

 掲示板では彼らからリアルタイムの情報が流れ込んでくる

 その情報を纏めるとこうなる

「核兵器の爆発による電磁パルス攻撃以外の要因で動かなくなった機械等を少数確認、

【終末】時に起こると予想されていた現象、所謂【物理法則が壊れる】によるものと思われる

 将来的には通信機器に深刻な障害が生まれると予想、人類は分断される」

「世界中で生産と輸出入への悪影響が予想、それに伴い今後、大飢饉が起こる可能性大」

「【大天使】や【魔人】の被害が大きすぎて死者数も不明」

「海中、海上に悪魔発見、尋常な手段での海上交通は不可能」

「【過激派天使】を多数発見、理由は不明」

 情報提供は嬉しいが早く日本に帰ってきて欲しいと思う

 しかしこれらの情報は貴重だ

 更に彼らの情報によるとまず

 西欧は核兵器と【魔人(名称不明)】により大打撃

 アフリカも同上

 中東も同上

 その他各地で【魔人(名称不明)】が出没

 これは【メシア教穏健派】からの情報であるが

 アメリカは西が【過激派】、中央が【魔人(名称不明)】、東が【邪神・クトゥルー】で勢力圏を構築しており

 東から中央にかけてぽつぽつと生き残りがいるらしい、生き残り=【メシア教穏健派】である

 米国終了かな

 いや混乱により詳細が不明な事と、現代文明が死んだだけで人はまだ生きている可能性が高いらしい

 また各地の魔人が名称不明なのは高精度なアナライズが出来る者が近寄る事が出来なかったからだ

 見た目の詳細が分かるほど近寄るのを避けた結果でもある

 これから徐々に判明すると思われるが最低でも超高レベルな、【権能】持ちの【魔人】か【過激派の大天使】だと思われる

【終末】を呼ぶ事に積極的に行動するようなのはそんな連中しかいないからだ

 もしかしたらあの有名な【終末の4騎士】すらいるかもしれない

 このままでは生き残りたちがいなくなるのも時間の問題だろう

 この調子なら各国神話の神々(悪魔)が地上に顕現し、人の保護を始めるのも早まりそうという予想もされている

 人が減りすぎるとその分MAGが得られない、信者と霊地確保の為にそう動く

 力ある神(悪魔)に縋る人は多いだろうな、表側の体制でどうにかなる存在じゃない

 それも人がいればの話だが

 

 数少ないが良いニュースもある

 中国では、結界の発動といくらかの【ICBM】の撃墜の観測が出来た

 恐らく中国の現地の霊能者の努力か、神々(悪魔)の協力である程度の攻撃は防げたのかと思われる

 だがその代わりに中国では【魔人】とそれを追いかける【大天使】らしき者が確認

 ついでとばかしに周辺住民が殺されまくっているらしい

 

 

「ふぅ」

 溜息をついてしまう、朝見た情報と大して違いはない

 いや半日程度で何か違いがある方がおかしいと思うべきだ

 それにしても【過激派天使】を多数発見ってなんだよ、誰か天使配って歩いてんのか、いらねーよ

 しばらく前に<ライコー>が入れてくれた冷えてしまったお茶を飲む

 

 来る【終末】を意識して生きてきた、ガチ勢には及ばなくてもなるべく鍛えて来たつもりだ

 それは多くの【俺たち】も同じだったはずだ

 しかしここまで破滅的な【半終末】が来るとは……やはりもう【終末】では? 

【ICBM】の着弾とその後の悪魔の召喚での具体的な死者数は不明だ

 着弾した国で死んだ人間をまともに数える事が出来る組織なんてなかった

 だが億では済まない、このままだと最終的にはもう一つ上を行くんじゃないか、そんな話まで出てきている

 もしくは大損害を受けている所も実は生き残りも結構いるんじゃないか、そんな風にも言われている

 後者のは別に希望的観測だけと言うわけではない

 悪魔はMAGがなければ生きられないからだ、悪魔がいるならば必ずその悪魔を維持するに足る何かがある

 それが霊脈なり人なりだ

 まったくの無人地帯では生きられない

 人が殆どいないような環境では悪魔が生きるのは厳しくても、別に敵対的な悪魔がいなくても人は生きられる

 ならば悪魔が生きていくのに大変な人口密度で細々と生きている人たちだっているはずだ

 そして強い悪魔がいるならばそこには多くの人がいるはず

 そういう理屈だ、まだ完全に【終末】ではないからこそ成立する理屈である

 正直、夢物語みたいな前提条件だと思うがそんな理論上の話をしたくなるくらい世界情勢が破滅的なのだ

 何せ事態を招いた、世界中に核を乱射した【メシア教過激派】すら別に有利になっていないのだ

 彼らは元々世界の覇者であった、世界中の霊地に侵略し支配し【多神連合】を撃破し続けていた

 表側世界の覇者である米国をも後ろ盾に、あるいは武器に使えていた

【終末】なんて呼ばなくても【メシア教穏健派】も【多神連合】も、

 もしかしたら【ガイア連合】すら真正面から粉砕出来たかもしれない

 理屈を言えばこんな自暴自棄な、やけっぱちみたいな方法で終末を呼ぶ理由なんてないはず

 それを行った、そして【ICBM】が着弾した所の多くは【メシア教】の勢力圏だった、勝つための方法ではない

 まあ【メシア教過激派】と【メシア教穏健派】で陣取り合戦をしていたせいで

【メシア教】の勢力圏=【メシア教過激派】の勢力圏ではなかったようだが……

 それに【メシア教過激派】は【メシア教過激派】である

 こういう戦略的な有利不利以外に重視する要素があったのかもしれないし

 俺にはわからない何かがあったのかもしれない

 しかしその結果、首謀者のいる米国ですら安住の地ではなくなったというのはあまりにも人が生きるのが辛い話しだ

 それが狙いだったのかもしれないな

 

【メシア教】の事で思い出したが

【メシア教穏健派】が【ガイア連合】に世界中にある【メシア教穏健派が作ったシェルター】の情報を提供してきたらしい

【メシア教穏健派】は【終末】を予見、もしくは待ち望んでいて可能な限りの準備をしていた

 そして【ICBM】が降り注ぐ前に避難に成功していた

 今後はこれら【シェルター】を中心にして【メシア教過激派】への聖戦を行うらしい

 彼らの言う所によれば西欧にはそこそこ以上のシェルターが存在、戦力として有望らしい

 また彼らのシェルターは生産農場や工場が標準で着いているため

 かなりの持久も出来るはずだとか

 まあ、当てになるものじゃないな

 

 僅か数日でここまでの情報が集まるのは驚異的と言って良い

 これは【ガイア連合】と【メシア教穏健派】の情報収集、そして【外様】の神々(悪魔)からの情報提供の結果によるものだ

 しかしそれらの情報が指し示すものに希望はない

 

【ガイア連合】運営はこの事態にあらゆる伝手、あらゆる手段を用いて日本の情報統制をする事を掲示板で発表した

 人々の認識を「世界各地で疫病やテロや戦争でなんか酷い事になってるぜ! 日本は蚊帳の外だけどさ!」程度に留める

 目的はただ一つ「社会不安」を防ぐためだ

 社会不安はGPを上げる、GPが上がったら今はまだ平穏な日本ですら【終末】に近づく

 また悪魔に対する認識はその悪魔の存在を確かなものとする

 唯一無傷な日本は、そして【ガイア連合】は今後は人間の世界を支える工場となる

 その為には足元を揺るがしてなんかいられない

 そしてまだ政府機能が残っている国々にも【メシア教穏健派】がその影響力を駆使して

 民間へは悪魔の事を伏せるように情報統制をしている

 ただし【ガイア連合】が「【俺たち】がいる日本を守るため」「その生産力を守るため」に日本で行ったような

 そんな前向きな理由ではない

 それらの国々ではこれ以上の社会不安が起こればその地が「異界化する」可能性が高すぎるのだ

 そうなれば悪魔が溢れ出るようになり連鎖的に周辺諸国を巻き込んで亡びる

 言ってみれば、出血死を防ぐために末端の壊死を覚悟して血管を縛り上げているような状態だ

 勝手に壊死を覚悟される末端はたまったもんじゃない、しかし必要な事だ

 

 今の世界は不安に揺れる事すら許されない

 

 

 僅か数日ですっかり我が家で寛ぐようになった膝の上の<ユキ>を撫でながら

 少し思う

 この【半終末】で俺がやるべき事、出来る事は何だろう

 今までは【終末】に備えるという目的意識で動けていた

 少しでも戦力を上げ、マッカを稼ぎ、マッカを使って備えた

 そして【終末】ではないが【半終末】が来た

 今までと同じように動くには世界情勢が変わりすぎた

【俺たち】の、【ガイア連合】の敵は強大という言葉じゃ足らない存在だ

 今までと同じように動けるのか我ながらわからない、どこかで焦りが生まれそうな気がする

 このままでいいんだろうか、なにか行動の指針を、そして目的を見つけるべきなんだろうか

【半終末】がいつまで続くのかわからない、だけど本格的な【終末】は【俺たち】にも必ず来る

 流されるだけでは後悔する事になりそうな、そんな気がした

 

 

 



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半終末直後のステ+適当な人物紹介

主人公 Lv28

 ステタイプ魔特化 回復特化 高い魔法防御のおかげで魔法攻撃はあまり効かない

 耐性 ガイア連合製の物理、銃撃耐性服装備 

    背中のリュックに破魔、呪殺即死を防ぐミガワリナスがそれなり

 スキル ディア系はディアラマまで メディア系はメディラマまで 

     リカーム サマリカーム 三分の魔脈 回復ブースター

 状態異常は適当に(数が多すぎて作者が覚えてないです)

【五穀豊穣の加護】 豊穣を約束する地母神の加護

 使ってもあまり当てれない退魔銃装備

 備考 

 常にカエレルダイコン1つ、テトラコーン、マカラコーンを2本ずつ所持

 切った宝石メロン半玉分をタッパーに詰めてリュックに入れている 

 嵩張るためこれ以上は難しい、コーンを腰に括りつけるかぶら下げて探索しようか検討中である

 大して当たらない退魔銃と弾を置いていけばより多くのアイテムを持てるが、悩んでいる

 ポケットやポーチには各種ストーン類を入れている

 異界次第でリュックに破魔矢や蟲毒皿も持ち込む

 悪魔交渉用に宝石や宝玉も常備しているが使ったことはない

主人公による寸評

ようやく回復スキル以外を覚えたと思ったら三分の魔脈だった

まさかここまで攻撃スキルを覚えないとは思わなかった

 

★シキガミ<ライコー> Lv28 高級式神タイプ 源頼光の分霊 高いステ

 物理型 物理反射 銃撃耐性 精神状態異常無効 呪殺無効

 スキル ジオ 三分の活泉 利剣乱舞 アローレイン 

     物理激化 チャージ 【魔力開眼】(蘇生の仕事の報酬予定)

 汎用スキル

 食事 剣術 家事 房中術

 

【源頼光の加護】

【貫通(悪魔限定)】 悪魔限定の代わりに反射も貫通する

【戦神の加護】クリティカル率50%アップ

【スサノオの加護】 

 主人公のMAG(クシナダヒメの加護)がある地に電撃をすると雨が降る、作物の出来が良くなる

 装備 こがらす丸(異界ボスコカクチョウドロップ、

          ソウルハッカーズのこがらす丸がモチーフ、意外と火力が出る) 

    ガイア連合製汎用霊装の兜(火炎耐性) ガイア連合製汎用霊装の籠手(電撃耐性)

    ガイア連合製汎用霊装の鎧(破魔耐性)、靴(速が上がる)

 備考 

 優先してスキルカードが回されている

 利剣乱舞(P4G仕様)は異界【天樹山】に備えてガチャを回して出したもの、

 なお天樹山では一回も使わなかった

 装備は一つ一耐性の装備を買える位になっている

 主人公が状態異常になった時の為にディスチャーム等を所持、

 「必要な時に使え」と指示されている

 もちろんミガワリナスもいくらか持っている

主人公による寸評

うちのメイン火力、大黒柱、俺の嫁

範囲攻撃ばかりなので、何か良い感じの個体向けの強いスキルを入れたい

PTの最前線に出る関係上もう少し耐性を積みたい所

 

★魔獣ケットシー<シロ> Lv23 猫型

 魔法型 ステタイプ魔速 電撃弱点 衝撃耐性

 スキル マハザンマ 衝撃強化 マッパー タルカジャ 

     雄叫び 猫足ステップ ニャンコトーク 二分の活泉

 備考 

 レベルが少し低いのは転生者が高い才能である事と

 製造過程でその血肉を使って強化されているシキガミ、アガシオンの成長速度に追いつけないから

 とはいえただの家猫だったケットシーがこの速度でこのレベルまで育つなら才能は豊かな方である

主人公による寸評

補助が上手な良い子、<シロ>がここまで尽くす子だったなんて……

攻撃魔法の種類が不足しているのがそれはどうにもならない

耐性面が弱いのが悩みどころ

 

★アガシオン<シオン> Lv25

 魔法型 ステタイプ魔体 火炎耐性 電撃耐性 氷結耐性 破魔耐性

 スキル マハジオンガ スクカジャ フォッグブレス アムリタ 二分の活泉

 汎用スキル テレパス 探知 

 備考 破魔耐性とフォッグブレスはスキルカードによるもの、氷結耐性はレベルアップで生えてきた

 PTメンバーが状態異常に掛かったら最優先でアムリタをするように指示

 

主人公による寸評

<シロ>と同じく補助が上手、優秀な耐性

特にフォッグブレスは有能

<シオン>のテレパス+探知+<シロ>のマッパーの組み合わせはもう外せない

<シオン>と<シロ>のおかげでずいぶんリスクを冒さずに探索できている

出来ればもう少し火力が欲しい

 

 三分の活泉、二分の活泉は主人公のMAGの影響による習得

 

★クダ<ユキ> Lv25

 魔法型 ステタイプ魔(特化ではない) 精神無効 破魔弱点 呪殺無効

 スキル 炎の乱舞 マハラギオン エナジードレイン マハムド マリンカリン 火炎強化

 汎用スキル 変化 農業

 備考

 管狐、空を飛ぶ細長い狐、白いイタチやフェレットにも見える

 普段は普通の白い狐の姿に化けて、たまに狐のお面を被った和服姿の少女の姿になる

 スキルカードでの強化は出来ない

 主人公のMAGが馴染めば活泉系を覚える

 農業持ちだが手伝う気はない、面倒なのはイヤ

 シキガミ等の作られた悪魔ではない故【絶対服従じゃない】というデメリットがあるが

 主人公はあまり意識していない、仲魔が絶対服従じゃないのなんて当たり前でしょ? (シロ見ながら)

主人公による寸評

魔法アタッカーキタ! 

<ライコー>と一緒に前に出てくれるのが欲しかったけどこれはこれで当たり

火力も申し分ない

呪殺即死攻撃であるマハムドも悪くはない

破魔弱点をどうにかしたいが……

 

 

 今後登場するかわからん人物の設定

リーダー Lv主人公よりそこそこ低い程度

 本人のステタイプは力速体のオーソドックスな物理型

 主人公がPTから去った後、そこそこ長く安定したオホーツクライフをしていたが

 霊地活性化で出没する悪魔が徐々に強くなっている事を感じ、レベリングの必要を感じる

 PTを解散、積み立てていた慰労金はその時のPTメンバーで分配、かなりの金額になり喜ばれた

 山田と固定PTを組む。

 貯金したマッカで一反木綿タイプのシキガミを複数購入し、自分の装備を整え

 数の暴力が通用する所で経験値とマッカを稼ぐようになる

 モヒカンは頭に意識を向けさせ顔を覚えにくくさせる為の物で、

 PTを解散後はスキンヘッドに戻した

 レベルが上がった事でお気に入りの安酒で酔えなくなった事を心底残念に思っている

 シキガミ<ワン太郎>は前世の中学生の頃に亡くした彼の愛犬を模したものである

 

山田 Lvリーダーより少し低い

 実はこいつがオホーツクで一番俗物

 マッカの輝きに目を焼かれ、貯めた金を使わずにマッカ風呂とかマッカ布団とかしていたら

 シキガミの強化を疎かにしていたせいで解散時、一人でやっていくことが不安に

 リーダーに無理やりついて行って固定PTを組んだ、

 その後マッカを溶かしてシキガミの強化をした

 またオホーツクみたいな稼ぎが出来る事を望んでいるが

 リーダーは「あそこまで条件が整っている場所はそうそうあるもんじゃねぇ」と言っている

 魔法の精密なコントロールを得意とし、飛ぶピクシーの羽をアギで軽く炙る事が出来る

 

竹田 あれ以降レベルはあまり上がっていない

 シキガミ死亡とその後のフルボッコが軽いトラウマとなり、戦闘に出なくなってしまった

 そしてようやく立ち直り、異界探索をやり始めた辺りで【ショタオジVS自衛隊】を見る

 ショタオジの強さと自衛隊の意外な優秀さに【終末】への恐怖が薄れ

「僕が無理にレベリングする必要はない、その事に気づいた」と言い訳するようになってしまった

 痛みを恐れずに敵の前に躍り出て【ひっかき】をする戦闘センスは確かなものだった

 実はドタキャン食らったのは来る予定だった【俺たち】担当の事務の方がこれまでの竹田の評判を知り

 担当の【俺たち】と軽い世間話をして

「何となく親戚死んだ気がするわ!」「何となく違う仕事したくなったわ!」された結果である

 事務の方たちは個人的な横の繋がりでこういう話が入って来たり来なかったりする

 

【S疾風の秘法】の人 Lv主人公とのレベリング後、それほど上げていない

 竹田の指揮をきっかけに「マシなリーダーが必要だわ」と感じ

 固定PTを組みたくなるような信頼できるリーダーを探して野良PTを渡り歩いている間に

 とある転生者の女性と出会い、結婚。

 危ない事を避けるようになりホームにしていた支部の事務方に転職

 平和な日々を送る事になる

 

班長 覚醒者

 当初はガイア連合の生産職側の面を映すために生まれたキャラだったが

 主人公がガチャ狂いになったのと、ガチャで装備もスキルも揃えられるじゃん? 

 オーダーメイド装備や高価なアイテム揃えるマッカなんてなくない? と作者が思ったせいで

 当初の予定は白紙化へ

 ストーン生産→宝玉輪(アクセサリー枠の消耗品)→アクセサリー職人の道を行き

 最近では装備品を作っている、という設定になっているが

 変わるかもしれないし変わらないかもしれない

 

 

主人公の父 未覚醒者

「人は支えになる物がなければ生きる事すら長続きしない」

「そしてそれは自分で見つけねばならない」という信念を持っており

 無趣味で友もなく異性の影もなく、<シロ>以外には興味を持たない主人公に不安を抱いていた

 そんな彼にとって主人公の特に目的があるように見えない「ニートになって自分磨きをする」宣言は悪夢そのものであり

 このまま腐り落ちて死ぬくらいなら、と思って叩き出した

 なお口下手であり、家族には一言もそんな事は口にしていない、誰も察していない

 年賀状ぐらいしか来ない事に悪い想像を働かせており、様子を見に行こうかと考えていた

<ライコー>紹介後は安心した

 

主人公の母 未覚醒者

<シロ>奪取の為に一時帰郷した主人公の就職した宣言を聞いたのは彼女

 何となく主人公に対して「暗めのダメ男が好きな女のヒモになりそう」と思っていた

 就職にはほっとした

 誕生日には主人公から電話が来て軽く話しくらいはしていたのだが

「お父さんに何か伝えておく?」に「いいよ別に」と主人公が答えたので

 本当に何も伝えなかった結果、主人公の父の不安が増していた

 たまに主人公が送ってくる(普通の)作物を喜んでいる

 たまに<ライコー>とお話ししている

 

主人公の弟 未覚醒者

 主人公の存在のせいで割りを食っている次男、と自分で思っていた

 出来が良い割に妙に楽しそうに生きていない兄とそれをそれとなく気遣う両親を見て育った

 幼い頃「兄は貰われっ子なんだ」という妄想に囚われる

 兄がふとした拍子に見せる味の好みや、言葉遣い、考え方が微妙に「我が家」の物ではないと感じていたからである

 両親がいない時、兄が作る手料理を他人の家の料理のような気持ちで味わった事がその感情の由来

 反抗期になり兄への反発から距離を置いていた頃に「ニートになって自分磨きをする」宣言を聞いた

 何言ってんだこいつという目で見ていた

 兄が変な事を言って家を追い出された為、自分が家を支えるつもりで努力、進学

 後に【ガイア連合】の系列になる会社に就職する

 歳を取って、幼い頃感じた兄への気持ちが中二病だったと思っている

 高卒なのに良い所に就職して高給取りで、美人な<ライコー>の所に婿入りした兄を

 やっぱり兄貴は大した人だったんだなぁと思った

 

 主人公は家族を覚醒者にするつもりはない

 ステがもし自分と似たような物だったらむしろ危険だと思っている

 その思いは半終末で更に強くなる

 そしてもし悪魔に殺されるなら覚醒者として絞りつくされて玩具にされて死ぬよりも

 ただの未覚醒者として死ぬ方がましだと思っている

 

 主人公視点では多分今後わからない設定、作中で出るかもしれないし出ないかもしれない

 

 事務の人 未覚醒者

 新人だった頃に主人公を担当

 主人公が一番コミュ障だった時期でもあり観察する事に

 その結果、ディア持ちならやれる現地民の【心霊治療】や

 ほぼ霊能使わずに金持ちの所でお話しするだけのような簡単な仕事

(何か不幸があった金持ちがその件が霊能とは関係ないか確認する)等を全部弾き

 結果として【俺たち】と仕事していれば良い【派出所での回復支援】ばかりになった

 だってこの人、他人(特に現地民)と話しできそうにないし、押しに弱いし

 この姿勢は<ライコー>を得てからも変わらず

 現地民の霊能組織とは関わらないで済むような仕事ばかりを紹介していた

 そろそろいいかな? と思ったあたりで「コカクチョウ異界」の件があり

「この人は放っておくと適当な現地民に食われて持っていかれる」と思うようになった、押しに弱いし

 <ライコー>と結ばれてほっとした

 彼女が新人の年に担当した【俺たち】のうち

 レベル20越えしたのが主人公だけであり思い入れがある

 畑作を機にこのまま生産側に回って欲しいと思っている

 わしが育てた

 

 クシナダヒメが「美しい」という概念を持つ理由

 クシナダヒメに「大和撫子」の語源説があるから

 ヤマタノオロチは多分一番好きな物を最後に食べるタイプ

 

 



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第二部
第二部1話


【半終末】である

 人も神も天使も悪魔も生きる為に戦わなければならない、そんな時代がやってきた

 多くの悲劇と英雄譚を残虐極まる時代という名の額縁が飾り立てる事になるだろう

 しかし世界がそんな時代を迎えても俺に出来る事なんてそうそう変わる物ではない

 レベルを上げ、マッカを稼ぐ事だ

 それが結果的に【ガイア連合】への貢献にもなり、俺の生存に繋がる

 という事で今日も今日とてレベリングの為の異界の情報をもらいに事務所の方に行き

 色々な事を知り頭を抱える事になった

 レベル28の俺は半端にレベルが高い扱いされるらしい

 良い感じの狩場や臨時PTがない……

 

「レベル30から幹部」というのは今は昔のように感じられる話だ

 かつて仰ぎ見た幹部の方々は今はもっと高みに上っている

 30越えしていても幹部になっていない人だっている

 しかしこの30という区切りは今でも一定の区切りとして存在している

 一つは【デモニカ】等に使われている簡易アナライズの上限として

 もう一つはある種の「レベルの壁」として

 事務の人に聞いた所によるとおよそ【俺たち】のレベルは10から30まで10ごとによって

 壁があるんだそうだ

 10までは壁はない、シキガミに任せて行ってこいで済む

 10から20までは「怪我」あるいは「痛み」が壁として立ちはだかる

「範囲攻撃」「状態異常」等でシキガミが庇うだけではどうしてもフォロー仕切れずダメージを受けるのだ

 俺はこれを怪我する端から回復する事で乗り切って精神的に慣れた

【俺たち】と比べて才能に恵まれない事が多いらしい【現地民霊能者】を

 それでも評価する【俺たち】がいる理由がこの辺りにある

 背負う物や悪魔に対する復讐心がある【現地民霊能者】はこの壁を精神的に乗り越えやすいのだ

 あくまで精神的にであり、レベル的にではないためそんな彼らを応援していた【俺たち】はより一層同情してしまうらしい

 20から30は「辛い戦闘に対応する素質」とでも言うべきものが壁として立つ

 敵にも耐性持ちが増え、攻撃にいやらしさが増し、格下でも油断できない戦いになる

 油断できない敵との戦いは精神的な負担も増える

 特に才能がある人はそのまま30越えまで一直線らしいが

 普通の【俺たち】はこれを乗り越えるため自分の弱点を補うPTを組み

 あるいは信頼できる人と組む

 つまり固定PTを組む流れになる、それによって乗り越える

 この辺りから積極的なレベル上げを止める人が増えてくると聞く

 ついでに20から上は変人が増えるとも言われている、らしい

 痛みを乗り越え、辛い戦闘に対応できる素質、それを持っているのは変人が多いらしい

 これはPTを組んでいる、組んでいない問わずなんだとか

 まあ俺には関係ない話だ、変人なんか言うほど見ないし

 そしてこの20から30の壁、

「辛い戦闘に対応する素質」の壁を28の俺は乗り越えた、と断言できない

 

 その理由の一つが収入面ではもう本業と言って良いほど

 稼げるようになってしまった畑作だ

 実は俺、同レベル帯の【俺たち】と比べてかなり稼げている方らしいのだ、畑作のおかげで

 だから畑作収入を得てからは異界でのマッカ収入をある程度無視して安全面と経験値効率で敵を選べた

 仮に異界探索や攻略でのマッカ収入が0でも俺には畑作があるから大丈夫だった

 戦い易い敵ばかり選んでいたから難敵との戦いはあんまりない

 ここ最近獲物にしていた【カクエン】なんて特にそうだ

【カクエン】は高く売れるフォルマ(戦利品)は落とさないし、マッカも稼ぎやすい相手じゃない

 日本語も話せないから【悪魔交渉】によるカツアゲも俺では碌に出来ない

 何故か日本語を話せた【ピクシー】や人と会話した逸話がある【オニ】【コカクチョウ】とは違う

【悪魔交渉】用のアプリを入れた【デモニカ】を装備して交渉するという手もあるが

 まあそこまでするほどの相手じゃない

 それでも楽に経験値を稼げるから獲物にした、数を倒せば多少はマッカも落ちるがその程度だ

 こんな感じで楽に勝てる相手を選んで経験値を稼いでいた

 実質マッカ(収入を減らすこと)で安全を買っていたのだ

 だから火力不足に悩んでも「じゃあ固定PTを組もう」ではなく

「勝てる相手と戦おう」「手持ちの火力を増やそう」になった、それでどうにかなるから

 このレベル帯で基本一人で、臨時でしかPTを組まないのは中々いないらしい

 30越えして少ししたくらいの方がむしろ増えるとか

 そして28というレベルの周りだと「一人でやっていける才能ある人」や

「もう固定PT組んでます、彼らは背中を預けるに足る相手です」な人たちばかりになる

 一人でやってる才能が有る人は組む気がないから一人でやってるわけだし、

 固定PT組んでる人たちは固定している

 このレベル帯(28)だとそろそろ都合の良い敵が出る異界が減って来てる

 選り好み出来なくなってくるのだ、実際これはという異界が見つからない

 そうなると一人でどうにかできるような強さか、仲間が必要になる、しかしどちらもない

 これまで畑作からのマッカのおかげで楽をさせてもらっていたが

 一人でやっていく事にいよいよ限界が来た感じがある

 

 レベルを上げるには今まで避けていたようなタイプの異界に行って経験値を稼ぐべきだ

 しかしそれらの異界には当然、避けるに値するだけの理由があった

 かと言ってこのまま【カクエン】狩りばかりやっててもなぁ

 明確な格下狩りばかりしてると経験値効率ははっきり悪くなる

 霊格(レベル)の成長は試練を乗り越え魂を磨くが故に起こる、という考え方もあるらしい

 ゲームでそこそこ見かける「差がついた雑魚ばかり狩っていても経験値がしょぼい」システムと似たようなものだ

【カクエン】相手でもずっと戦い続けていればもうちょっとは上げられるか? 

 でもその後は続かないよなぁ

 

 30からが完全に「戦う才能」の壁になる

 もっと言うなら「戦い続ける才能」の壁になるらしい

 20代の頃より精神的や肉体的につらい戦いをそれでも乗り切り、糧にする

 そんな日々に摩耗する事なく乗り越える戦士としての才能、それが必要なんだとか

「もちろんそれは、今は、という話ですが」と続けられた

 アイテムや装備の進歩、平均的なレベルの向上でこういったラインは徐々に上がるものらしい

 この30からの壁は分厚く、レベル上げを止める人が結構出ていて

 そしてそういう人たちはそれ以前の狩場の、相性が良い所でマッカを稼ぐようになる

 実質レベル上げを諦める道だ、それが選択肢に入る、そういうレベルに近づいて来た

 

 

「これは私の個人的な意見ですが、畑作に専念なさってはどうでしょう? 

 収入の点からもそちらの方が確実かと思われますが」

 と事務の人に言われてしまった

 色々考える所はあるがまずは……

「需要はあるんですか? 

 支援向けに回っていた生産力が内側に向かいますよね?」

 これは【半終末】前から俺が気にしていた事でもある

 支援向けに回っていた莫大な量の霊的アイテム、これを生産する力が内に向かえば

 供給が需要に対し飽和しかねないと思っている

 だから「甘味」としてアイテム以外の要素でも売れそうな【宝石メロン】の生産を重視したという面もあった

 最近はもし【ガイア連合】での売れ行きが悪くなって無制限の引き取りじゃなくなったら

【クシナダヒメ】様経由で神様(悪魔)連中に売れないかなぁと少し考えている

 MAGたっぷりだから神様(悪魔)には滋味になること間違いなし

【クシナダヒメ】様の加護(持ちの俺の畑)で育った作物なら【クシナダヒメ】様が売りに出しても何の問題もなかろう

 その時は【クシナダヒメ】様とは取り分等の交渉をしないとな

 客を見つけるのも売りつけるのも【クシナダヒメ】様になるんだしその時はちょっと色付けて……

「それについては心配には及びません

 どうも上は支援、というより各種物資の海外向け販売を考えているようです」

 は? 

「海外、ですか?」

 海上交通があかん事になってたんじゃなかったっけ? 

 どうにかなった? こんなに早く? 

「はい、そのようです、恐らく輸出に対し何らかの目途が立ったのかと。

 あらゆる生産者の方々に「今まで通り買い取るから生産量の調整はいらない」

 と周知しろとの通達がありました」

 まもなく掲示板でも書き込まれると思われます、と続ける事務の人

 販売と輸出となれば金を出す顧客がいてそれに届ける手段があるという事だ

 もしかして【トラポート】かな、しかし売り先はどこだ、やはり【メシア教穏健派】か? 

 しかし今まで通り買い取って貰えるなら考える余地がある

「少し考えてみます」

 

 

 おやつとして茹でたテトラコーンを<ライコー>と<ユキ>と一緒に食べる

 コーンを食べない<シロ>にはち〇~るをあげた、うにゃうにゃ言っている。可愛い

 今日の<ユキ>は和服姿の少女だ、狐のお面を斜めにして齧っている、顔は見えない

 コーンを食べるが中々甘くて美味しい

「しかし、どうしたもんかね」

「畑作の件ですか?」

「うん、それ」

 畑作がメインの収入になった時点である程度考えるべきだったのかもしれないが

「専念」までは考えていなかった

 確かに収入的にはそっちの方が儲かりそうなんだよなぁ

【ICBM】迎撃の時の蘇生の仕事料が手付かずで残っている

 これを丸々使って畑をもう少し拡張して、俺は家に引きこもってMAGを注ぐだけで増収になる

 疑似異界の我が家に長くいればいるほど俺が自然に放出するMAGを疑似異界が吸い取るから

 ますます楽になる

 今のやり方でも一反分は余裕で、家にずっといるなら更に一反増やせそうな感覚がある

 安定を考えるなら多分これは良いやり方だ

 

 今の所、商品としては霊的な作物以外の作付けは考えていない

【ガイア連合】は【外様】の神々(悪魔)と契約して

 平時に輸入できていたような普通の食料品の大量生産を【外様】の神々(悪魔)の異界で行わせるらしい

 これもまた【ガイア連合】が日本に行っている「情報統制」の一環だ

 日本の一般市民に疑問を持たれないように「海外からの輸入」があるように見せかけ

 同時に食料品その他の供給をする事でなるべく不安の発生を抑える

 悪魔云々を抜きにしても食料品の値段が上がれば社会は不安になるからだ

 それほどの量を生産させ市場に供給するらしい、凄い話だ

 この【外様】の神々(悪魔)という大規模な生産者に対し、同じ分野で勝負するのは避けるべきだ

 だから「畑作に専念する」と言ってもやる事はあまり変わらない

 多少の設備投資を行うが同じように霊的な作物を出荷するだけだ

 今までとの違いは「レベリングをしない事」、そして戦闘に使っていたMAGを畑作に回すことくらいか

 安全で、収入が上がって、楽で、しかもやる事はあまり変わらない

 考えれば考えるほど良い手だと思う、が

 どうにも不安があるんだよなぁ

 その不安の正体が微妙に分からないのだが

 

 丁度、コーンを食べ終わったあたりで<ライコー>に聞く

「<ライコー>はどう思う?」

「私は……」

 と一拍置いて

「今まで通り、畑作をした上でなるべくレベルを上げるのが良いと思います」

 

 意外だった、<ライコー>は今までどちらかと言うと焦る俺を宥める事が多かった

 それが俺にレベリングを勧める

「理由は?」

「マッカを稼いでも強さに直結はしません」

 その通りだ

 マッカを強さに変換するには、例えばガチャを回し強いスキルを得るとか

 高性能な装備を揃えるかしなければならない

 出来るかどうかはわからないがマッカで人を雇ってパワーレベリングという手もあるが

「それが嫌だと?」

 頷く<ライコー>

 ふむ

「また、レベルが上がればMAGの器も生産量も上がります

 レベルを上げる事が畑を広げられ収入を増やす事にも繋がるでしょう」

 なるほど

「【半終末】が訪れても幸いにも【ガイア連合】はほぼ無傷でした

 しかし今後はどうなるかわかりません

 レベル上げの為のレベル上げが出来る余裕がいつまで続くかもわかりません」

 頷く

【俺たち】が自由なのは、【ガイア連合】に戦力や物資、様々な意味での余裕があるからだ

 その自由は余裕が失われると共にある程度は失われる

 そして【半終末】の今は【メシア教過激派】との戦争中である

 余裕なんていつなくなってもおかしくはない

 個人の好きなようにレベリング出来るのはそれを許す環境があるからだ

 例えば今、突然俺以外の【リカーム】持ちが全員何かの拍子で死んだら、俺にはそんな自由はなくなる

 常に待機していざという時に備える事になるだろう、多分強制されなくてもそうなる

 極論である、極論でしかないがまあそういう物だ

 俺程度の自由が失われる状況ってのはそれくらい壊滅的な話というわけだが

 <ライコー>が言いたいのはそんな極論ではなくもっと単純な話だと思う

「つまり、なるべく余裕があるうちに鍛えておくに越したことはない、と?」

 頷かれた、まあ一理ある

 納得した

 堂々巡りした結果スタート時点に戻った感じだけど、まあいいと思う

 そして問題も戻る

 無理して一人と仲魔たちでレベリングするか、頑張って組む相手を見つけるかだ

 

 

「と言う訳で困ってるんですよね」

 それから数日後、聖女ちゃんと飲む

【ICBM】迎撃の為の蘇生に関わったと軽く雑談したら興味を惹かれてその話をする事になったのだ(守秘義務は迎撃が終わったら解かれた)

 その本題の前の「最近どう?」から始まった軽い話がこれだった

「あー源氏くんもそういう悩み抱えるようになったか、遅かったね」

 遅い、遅いのだろうか? 

 あーでも20からの壁だから早い人だともっと早くぶち当たるのか

「何か良い手ないですかね、もしくは誰か紹介してくれたりとか……」

「残念だけど無理だねー」

 知ってた

 難しいよなぁ

 というか俺自身、俺みたいな奴とPT組みたいとは思わないもんなー

 PTとしての活動以外に大きい収入源持ってると

 慎重論を唱えれば「お前は余裕があるからそういうけどよ」になるかもしれないし

 逆をすれば「何かあっても大丈夫な人は違うねぇ」になるかもしれない

 前提が違うから微妙にギクシャクしかねない

 一番良いのは同じくらいの強さを持った気の合う人間同士が

 同じくらいの事情の重さで、同じ程度の熱意でPTを組む事だと思う

 まあそれが出来れば誰も苦労はしないんだけどさ

「今の源氏くんとレベルが釣り合う知り合いあんまりいないし、

 というか私の知り合い連中、引退者多くてどうなる事やら……」

 そんな風に思っていると聖女ちゃんの言葉が引っ掛かった

 引退? 異界探索や攻略を止めるって事か? この【半終末】になった段階で? 

「何かあったんですか?」

「【半終末】よ、【終末】に備えるんだ! で頑張ってたようなのは

 燃え尽き症候群みたいなのになったりして

 危機感強くしたのは【過激派】との戦争怖がっちゃって」

 やっぱり実際に核攻撃されるとショックよねー、と言って焼酎のお湯割りを飲んでる聖女ちゃん

「戦争怖がるとなんで引退するんです?」

 むしろ生き残るために力を付けようとするのが自然じゃないか

「力あると目を付けられ易いし、強いと前線に出ろって言われるようになるかもって」

「俺は<ライコー>に「余裕があるうちにレベル上げしておけ」と尻叩かれましたけど……」

「それが正解だと思うわ」

 だよなー

【覚醒者】になった時点で目を付けられるなんて今更だし、

 強くなっても【ガイア連合】はそんな事しないだろう、【俺たち】の命にはいつも配慮してきた

 そしてそれをするって時は多分どうしようもない時だと思う

「それに引退するって言ってたようなのも何人かは復帰すると思うのよねー

 力が欲しくなって」

 頷く、【半終末】【終末】どちらにせよ

 ある程度の力を持っていれば不安が和らぐと思う

 例えそれが【魔人】や【大天使】には敵わないものだったとしても

 その辺の雑魚相手には負けない、と思えるのとそうじゃないのとでは差が出るはずだ

 そしてその感覚は主観的なものだから、どこまでという区切りが必ずしもある訳じゃない

「本格的に引退する人たちはこれからどうすると?」

「知らない、【マグバッテリー】の工場とか本格稼働するらしいから

 そっちの方を当てにしてるんだと思うなー

 事務の方での採用はちょっと前から断られるようになったって聞くし」

 

【マグバッテリー】、最近普及しつつあるMAGを溜め込む霊的機械である

 これは別に新しい技術という訳ではない

【デモニカ】等には既に使われていた、実績がある技術である

 使用者のMAGや戦闘によって発生するMAGを溜め込む、

 そして主にそのMAGは発電に使用され電力を供給、

【デモニカ】や【ガイア連合製スマホ】の電力切れを防ぐ事に使われている

 異界内では機械がまともに動作せず充電できる所がないから

 こういう技術が必要とされ生まれた

【マグバッテリー】は短時間異界に潜るだけなら大して使い所がない、念のため程度の物になる

 これを更に量産する必要性があるという事は

【デモニカ】等の霊装の量産か、インフラがズタボロになるか、広大な異界を探索するか、

 あるいは地上が異界化するか、そうでもなければこんな高価な技術は使う必要がない

 現状では【マグバッテリー】を使用するという事は異界での利用を前提にした機械に

 更に霊的な素材を使い、MAGを溜め込み電力に変換し、電子機器を稼働させる

 そういうシステムが組み込まれる事になる

 当然ある程度の量産性を確保しても安いものではなかった

 今後は今までより量産され安くなるはずだ、【半終末】にそれが必要とされた

 

「異界探索する人たちはこんな感じで引退して行って減るんですかね」

 思わず呟く

 だとしたら結構厳しい事になると思う

 日本の異界も【半終末】の影響で霊地活性化時のような

 大量の悪魔の出現や強い悪魔の出現が予想されているのだ

 それなのに減る、というのはちょっと……

「それは大丈夫だと思うな、【デモニカ講習】や【覚醒修行】受ける人は増えてるみたいだし

 さっき言ったように引退って言っても復帰する人もいると思う

 むしろ全体では微増ってところだと思うよ」

 なら何とかなるか……

 

 軽く、のつもりが思ったより軽くなかった話を置いて本題に入る

 そして自分の体験談、島に【トラポート】で飛んでから決着まで見届けるまでの事

 神様って凄いなぁって思ったことなどを話したら

「良い事聞けたわありがと、やっぱ現場に出た人の話は違うね、

 それにしてもうーん……」

 焼き魚を一口齧り

「源氏くんはおっとりしてるねー」

 と、日本酒をちびちび飲みながら言われてしまった

 なにゆえ

「どう見てもその【スサノオ】、【外様】に対して牽制してるじゃないの」

 ?? 

「無理やりな屁理屈付けてでも源氏くんのシキガミに加護を与えてさ

 それが仕事前で、【外様】の目に触れさせる前とか露骨でしょ」

 いやいや、神様って意外と気遣い出来るんだねーと言って唐揚げを頬張っている

 よくわからないから詳しく聞いてみた

 それによると、【クシナダヒメ】様の氏子である俺を

【外様】に取られないようにするために態々<ライコー>に加護を与えたという

【外様】の神々(悪魔)が【俺たち】を取り込む常套手段が自分の氏子と結婚させて、氏子にするやり方らしい

 それを避けるために、【夫婦円満の神】でもある【クシナダヒメ】様の氏子である俺と

 そのシキガミを【クシナダヒメ】様と自分に見立てさせ、その関係を前提にした加護を与えた

【外様】がどうにかして俺に氏子の女性を娶らせたら、二人の関係が引き裂かれたと勝手に判断

「妻のメンツに傷つけやがって!」や「俺への呪術的意図でもあるのか!」と喧嘩を売る口実にする為に

 そしてそういう姿勢をあえて晒す事での牽制という

 つまりあの加護は実質【スサノオ】様が認めた関係、という認定書みたいなものだという

 聖女ちゃんはそれもこれも【クシナダヒメ】の為!愛よねーと結論付けてる

 うーん……

「ちょっとそれはないと思うなぁ」

「なんでよ、【リカーム】持ちで回復役で、MAG豊富な源氏くんって

【外様】からは随分美味しそうに見えると思うけどー?」

 そんなもんかな

 

「それとあれねー、【ガイア連合】も力技じゃなくて政治するようになったのね」

 そんな要素あったっけ? 

「【スサノオ】が国津神を後詰とか見せ札とか言ってたんでしょ?」

 頷く

「これは最後の締めの【アマテラス】の攻撃をした上での

 控えている国津神で「まだ余力残ってます」って【外様】へのアピールじゃないかなーって」

 うーん

「でも天津神と国津神って仲が悪いって聞いた覚えがあるんですけど……」

 戦力が残っているというより使えなかったと解釈されるのでは? 

 そう解釈されると付け入る隙に見られて良くない気が

「仮にそうだとしても今度は見せつけた【アマテラス】の力でも

 完全に従えさせれない強い国津神勢力がいるって事になるじゃない

 これはこれでポイント高いわよ」

 なるほど

「そして【ガイア連合】は【天津神】【国津神】【外様】を動員した上で

 最後はきっちり【天津神】の親玉【アマテラス】に花を持たせたってわけ

【アマテラス】の下に日本中の神々(悪魔)を従えさせ、

 その上で【外様】に力を見せつける演出!」

 これが政治じゃなくて何なのさとビールをがーっと飲む聖女ちゃん

「まあ違うかも知れないけどさー」

 何せ悪魔の世界の話だからねーとケラケラ笑う

 でも言われてみるとそんな気がしてくる

 だとすると一先ず、日本国内は纏まっていると思って良いのかな

 大雑把に力関係を見せつけて、こちらの最高神を立てた形になったわけだし

【ガイア連合】や日本の神々、【外様】が主導権争いして内乱、とか起こったら嫌だもんなぁ

 そんな事やってたら絶対負けるし

 その後はぐだぐだと酒を飲んだ

 

 翌日、聖女ちゃんから電話があった

「私の固定PTがなんか揉めてるからしばらくは臨時で組めるよ、組む?」

 組む

 

 



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第二部2話

 という事で聖女ちゃんとしばらく組むことになった

 事情はよく知らないが聖女ちゃんの固定PTが内部で揉めてるらしく

 揉め事が終わるまでPTでの活動が休止状態らしい

 その間俺とPTを組む、そういう話になった

 人の諍いを喜ぶのは良い事ではないが渡りに船と言えばその通りだ

 俺と聖女ちゃんPTの方針は積極的なレベル上げという事でマッカの方はとりあえず二の次で良いらしい

 俺の都合にも良い話なのだが、

 マッカは大事じゃないか? 俺に合わせてそう言わせてしまっているのかと思って聞くと

「【メシア教過激派】と本格的にドンパチする前にもっとレベル上げておきたいんだよね」

 と言われて得心が行った

 考えてみれば聖女ちゃんの得意とする属性は破魔属性の攻撃で

 種族【天使】も種族【大天使】も【破魔無効】を持っているのが当たり前の存在だ

 そういう連中とやり合うようになる前に可能な限りレベルを上げておきたいのだろう

 敵が【天使】【大天使】だらけになってからではつらい事になる

 俺のレベル上げなんかよりもよっぽど切実な理由かもしれない

 

 何度か聖女ちゃんと異界探索して見たがすこぶる順調である

 これには今まで何度か組んでお互いに勝手を知っている事や、

 俺のPTの基本的な戦い方に単純にプラスした形で戦えるので大きな変更点がないから、というのがある

 前衛に聖女ちゃんのシキガミが足され、聖女ちゃんと俺の護衛をする

 聖女ちゃんと聖女ちゃんのアガシオン(呪殺特化)が、破魔や呪殺攻撃を放つ

 俺は銃と弾丸を置いていき、その分【宝石メロン】等の霊薬をより多く持ち込むようになった

 変更点はこれだけだ

 そしてこれだけで今まで避けていたような異界でのレベル上げが出来るようになった

 例えばこのレベル帯だと【ハマ】【ムド】系統の即死攻撃を使う敵が増える

 範囲即死スキルや即死成功率が高い上位のスキルを持っていても不思議じゃない

 俺はこういった敵が多い異界は避けていた

 俺のPTは俺入れて五体

 このうち装備や耐性、アイテム含めて破魔呪殺の即死に耐えられるのは<ライコー>と俺だけ

 破魔では<シオン>が耐性を持つが、<ユキ>は破魔に弱点を持つ、<シロ>は効く

 呪殺では<ユキ>が無効を持つが、<シオン><シロ>はどちらも効く

 つまり【ハマ】持ちや【ムド】持ちとの戦闘は

 いきなり二体死んでも全くおかしくない戦闘になるという事だ

 俺は火力的に無能だから五体のうち火力を務めるのは四体、

 その半分が突然消える可能性がある戦闘

 そんなのやってられるか

 もちろん即死は確実に成功するようなものではないし、【リカーム】があるから戦線復帰は容易い

 ダメージソースとして最も優秀な<ライコー>が無事だから火力が純粋に半減というわけでもない

 実際にやってみればそんな不幸な出来事はそうそうないかもしれない

 しかしもし二体死んだ時に敵の数が多ければ、もし丁度いいタイミングで状態異常等を食らったら等、全滅するかもしれないリスクがある

 このリスクを背負ってひたすら戦い続けることが出来るのか? と考えれば避けるべきだと判断した

 レベル上げの為の戦闘は一回二回で終わるものではないからだ

 

 そんな異界が聖女ちゃんが加われば普通に狩場の対象になる

 まず聖女ちゃんとそのシキガミには俺と<ライコー>同様【ミガワリナス】を持たせた

 聖女ちゃんのアガシオンは破魔耐性呪殺無効持ちらしい

 これで【ハマ】【ムド】系統の敵と当たって、耐性持ち以外が即座に死んでも

 火力を出せる七体のうち二体が沈むだけである、残るのは五体だ

 これなら十分に【リカーム】で巻き返せる

 手数の半分が死ぬのと1/3以下が死ぬのでは訳が違う

 避けていた異界のいくつかが「許容範囲のリスクの異界」になった

 そして【ハマ】【ムド】系統持ちは高い確率で使う属性とは逆の属性を弱点にする

 つまり聖女ちゃん+聖女ちゃんのアガシオンのユニットが刺さるのだ

 あんまりにも上手く回るんで「このまま聖女ちゃんのいたPT揉め続けてくれないかなぁ」

 と思ってしまう、良くない事だ

 それにしても自分が仲魔の命の危険を「蘇生できるから許容範囲のリスク」等考えるようになるとはな

 あまりこういう方向で物事を考えたくないなぁ

 

 

 明日はレベル上げは休みだから飲みに行こう、という事になって

 適当に飲みに行った、なんか聖女ちゃんといつも飲んでる気がする

 そして適当にほどほどに飲み食いして話をしていたら、ふと聖女ちゃんが言ってきた

「そういや源氏くんさー、死んだ後の事ってどうなってんの?」

 いきなりなんだろ

「どうなるんでしょうね、子供もいないし。それにマッカって相続税で持っていかれちゃうんですかね」

 ゴールドとして換算されるとえらい額に査定されちゃう気がする

 それに生きている間の脱税をつつかれて何も残らない気が

 俺税金払った覚え全然ないんだよね、仕事してもマッカで貰ってるし

 マッカなんて税務署も把握してないだろ

「いやそっちじゃなくて、死んだ後の魂? 霊魂? そっちの行方の話よー」

 死後の世界の話ーっと珍しくお酒以外のドリンクを飲みながら言う聖女ちゃん

 死んだ後? 

「特に決めた覚えはないんですけど……」

「【クシナダヒメ】と【源頼光】の氏子なのに?」

 だからじゃないか

「どっちの神様もあの世とか冥界とか司ってないんで、普通に日本的なあの世にいくのでは?」

 俺、【恐山の冷水】たっぷり飲んだからいつ死ぬか知らんし

 根の国なのか黄泉なのか幽世なのか地獄なのか輪廻転生なのかも知らんけどさ、日本の宗教観は結構緩い

「ちゃんと聞いておいた方が良いよー

「自分の氏子ならここ!」って決めてるかもしれないし

 と言うか私はそういうのが怖くて【加護】貰ったり覚醒進めたり出来てないんだよね」

 それもそうか

 それに何かの拍子でぽろっと死ぬかもしれないしな、こんな生活してるし

 

 と思って軽い気持ちで聞いてみたらやばかった

【源頼光】様曰く

「貴方が亡くなる時にはきっと子も沢山いて、郎党もそれに相応しい者たちがいるでしょう

 ならば貴方は摂津源氏の流れを汲む甲斐源氏の家祖として尊崇され、

 死後も篤く祀られているはずです

 この母と、そして娘と共に氏神として末永く子孫たちを見守っていきましょう?」

 俺、神様になって<ライコー>や【源頼光】様と一緒に子孫見守る予定らしい

【源頼光】様の中では

 そして【クシナダヒメ】様曰く

「根之堅洲國でもお義母様の所でもナムジの所でもいいわよ? 私が連れて行ってあげる

 どちらに行きたいかしら?」

 死後の魂、【クシナダヒメ】様に連れられてどこかに行く予定らしい

【クシナダヒメ】様の中では

 

 これ両立するかな? ちょっとわからない

 とりあえずこの二柱に対し一言申せるくらい強い神様なはずの【スサノオ】様にお縋りする事にした

 困った時の神頼み、これ常識

【クシナダヒメ】様の祠に合祠している【スサノオ】様に強くお願いをする

(丸く収めてください! とりあえずまだ死ぬ予定ないんで保留という事で!)

 すぐに神託が下った

「よく話し合うべし」

 役に立たねぇ……

 

 

 氏神、氏子というが日本の世界観では

 氏子はただ一柱の氏神の氏子ではない

 俺にとって【源頼光】様は「俺が婿養子に入った先の祖先神」としての氏神であり

【クシナダヒメ】様は「俺が生まれ育った土地の産土神」としての氏神である

 前者を血縁による氏神、後者を地縁による氏神と大雑把に解釈して良い

 この二種類の氏神は両立する

 例を言えば江戸幕府を開いた徳川家康の子孫たちは

 徳川家康を祖先神として祀った一方、江戸城内にあった神社を産土神として祀った

 この二つは俺の場合と同じく彼らにとっての氏神である

 これに限らず「氏神」という言葉は複数の属性を持っており、その属性の違いによる差を無視して同じく氏神と呼ばれる

 色々と雑なのだ、その分密着している存在だったとも言える

 氏神ごとに力関係や上下関係があるんだかないんだかもわからない

 であれば同じ氏神同士で意見の対立が起こった時どうなるのだろうか

 

 俺としては俺の死後なんていう遠い先の事を争って

 二柱の神が対立、勝敗を決し、負けた方が去って行って加護を失うというのが特に困る展開だ

 戦力低下か収入源の喪失のどちらかが起こるという事になる

 これは困る

 どうせなら両方とも貰ったままでいたい

 それに<ライコー>は力を貰った結果、今の<ライコー>になった

 あの頃とはレベルが違うから恐らく加護抜きでも十分な人間味を備えると思うが

 それでも何かあったら怖い

 という事でどうだろう? 死後の事は死後に考えるという事にして

 ここは一旦保留という事にしては? 

 別に生きている間に考えなくても良いじゃないか

 大変申し訳ないが今すぐ、どちらの神様に良い返事を出すというのは出来ない

 俺にとって二柱はどちらも大事な(ご利益ある)神様だから失いたくない

 というような事を誠心誠意、お二方に夢枕に立って貰った上でお話しした

 ちなみに正座している

 ほぼ駄々っ子みたいな主張だが根っこの部分がそういう主張だから

 これはもう誤魔化してもしょうがない

 

 そんな俺の言葉に

「あらあら、まあまあ」という反応が【源頼光】様

 ちょっと考え込んでいるのが【クシナダヒメ】様

 激怒という反応ではなかったのは幸いだが、これは逆に読めない……

 そして【源頼光】様が

「我が子よ、これは母として貴方の事を思って言う事なのですが」

 言われてちょっと姿勢を正す

「死後の扱いはきちんと決めておかねば苦しい事になりますよ」

 苦しい事って? 

「貴方はあの天使どもと戦う事も考えておられるでしょう?」

 頷く、どう考えても【ガイア連合】と【メシア教過激派】は不倶戴天だ

 絶滅戦争をする未来しか見えない

 いや、俺の将来予想って結構外す事多いけどさ、これは外さないと思うんだ

 と言うか未来どころか現在進行形でやってる認識だ

 そしていざという時に絶対に安全な所にいるという保証などはない、戦う事を前提にして考えねば

「あの者たちは魂の取り扱いに慣れております

 もしそのような者たちと戦い、武運拙く討ち死にする事があったら……」

 ごくり、と唾を飲み込んでしまった

「【迷える子羊】として導かれてしまいますよ」

 マジ? えっマジ? あいつら、自分が殺した相手の魂も持って行くの? 

 俺、【一神教】でも【メシア教】でもないんだけど? 

 これ下手したら【餃子】とか【マヨネーズ】案件じゃない? 

 あっそういやエジプト神話勢力が他所の霊能者の魂奪ったことあったな、あれと同じか

 何かあった時に死体を利用されないよう、自害用のストーン持っているだけじゃダメだったか

「私としてはあいつらに取られるのだけは避けたいから魂だけでも確保したいの

 可愛い氏子があいつらの玩具にされるのだけはいやっ!」

 と、今まで何も言っていなかった【クシナダヒメ】様の強い言葉

「ですので、我が娘にはいざという時は貴方の魂をこの母の許へ連れて来るよう伝えるつもりでした」

 まじか

「あの、【源頼光】様的には俺は子孫の氏神になるって……」

「理想を言えば、です。もちろんそうなって欲しいと心より願っておりますが

 戦地へ赴くのであれば、もしもの時の事は考えておかねばなりません」

 納得する

 そして納得できないのが【クシナダヒメ】様だったようだ

「魂を連れて行く話、私聞いてないんですけど?」

「言う必要がございましたか?」

「!!」

 言い争いを始めた二柱を眺めながら考える

 どうすりゃいいのかねこれ

 

 結局、その後宥めたり機嫌取ったりして何とか話が纏まった

 1.俺の死後は死後に俺が決める、<ライコー>も一緒の所に行く

 2.俺が死んだ時、蘇生や復活できないようなら俺の嫁でありシキガミである<ライコー>が

 魂を確保しその縁で一先ず【源頼光】様の所へ保護の為に送る

 3.この際、二柱とも相手を出し抜いて勝手に自分の物にはしない

 4.そして上記の事を正式に【契約】とする為に俺が対価を払う

 話の内容に<ライコー>に加護を授けて下さり、

 しかも一応【クシナダヒメ】様の祠におられる【スサノオ】様が関わってこないんだが

 良いんだろうか? と思って聞いてみたら

「私の氏子の事だから私に任せるって」と【クシナダヒメ】様がおっしゃった

 そして行先がある程度決まっていて、なおかつ確保する存在がいるなら【迷える子羊】されたりは多分ないはず、

 何かあっても取られる前に送っちゃえ、という事らしい

 これはあくまで保留に近い、休戦協定みたいなもんだ

 本当に死後の事を考えるなら冥府に関わる神に頼んだ方が良いらしい

 まあそれは都合が良いあの世に行かせてくれる都合が良い神様を見つけてから考えよう

 さて問題は対価の話だが……

 

 

 まずは強く希望があるらしい【クシナダヒメ】様の方から

「ちょっとしたら【各代表会議】があるでしょう? 

 それが終わった後に地母神や女神たちで集まってお茶会をするの

 それを手伝っていただけないかしら」

【各代表会議】、【ガイア連合】や【日本の神々】、【外様】

 そして【メシア教穏健派】や【多神連合】の代表者たちが

 この日本のとある人工島に集まり、色々語り合う会議だ

【ガイア連合】が彼らにする支援もその場である程度決まるらしい

 らしいとか色々とか、曖昧な言葉が出るのは今回が初めてであり実際はどういう風に進むかわからないからだ

 その一回目の会議が二週間後に開かれる

 

「お茶会ですか」

 正直、拍子抜けした

 何ともほのぼのとした話だ

【クシナダヒメ】様の言う所によると【各代表会議】に代表として日本に来る神の他に、その妻たちもやってくる

 そしてそう言った神の妻たちも力ある地母神や女神であり

 良い機会だから親睦を深めるためのお茶会を、という事になった

 そのお茶会で侮られるのはとても許されない事らしい

「私は我が背の君の妻として! 日本の地母神の一柱として、

 国津神の女神の代表として、負けるわけには行かないのよ!」

 と【クシナダヒメ】様は燃えている

 気合の入れ過ぎだと思うが……大体お茶会の勝った負けたってなんだよ

 まあそういう事なら、と思った

 そして【クシナダヒメ】様の求める手伝いというのが

 その「お茶会」で出す水菓子として【宝石メロン】を出したい

 明日、業者さん(星霊神社の修行僧)が来て工事して空間を広げ、畑を一反増やす予定だけど

 その畑を今回は神々に農産物を捧げる為の【神饌畑】として扱って欲しい

【神饌畑】で育てた特別な【宝石メロン】で持て成し、ついでにお土産でも持たせて

【クシナダヒメ】ここにあり! と示すのだ! とおっしゃる

 俺にはその【宝石メロン】の生産とお茶会で出す【宝石メロン】の切り分けをしてもらいたいのだそうだ

 なんで俺が切るの? と思ったら

「そういう事を氏子がやる事で更に特別感が出るの」と言う

 そんなもんなのか

 

 そして【源頼光】様の方は

「我が子が心と魂の平安の為に望む事に、母が一体どのような対価を求めることが出来るでしょうか」と言い

 ただ、と伏し目がちに続け

「数日に一度で良いのです、私の祠をあなたの手で掃き清め、その元気な様子を見せに来てはいただけますか? 

 もちろん無理にとは言いませんが……」

 その程度の事なら容易い事、と返答をしようとした所で

「あー! ずるい! あざとい!」

 本当に元男なの、あなた! と何故か【クシナダヒメ】様が責め立てる

 えぇ、そんな風に言うような事じゃないと思うのだが

 じとーっと【クシナダヒメ】様は【源頼光】様を見つめている、【源頼光】様は涼しい顔だ

「あの、【クシナダヒメ】様が望むならそちらも……」

 どうせ掃除するなら二ヵ所やってもあんまり変わらないし、と思って言おうとした

【クシナダヒメ】様がパッと笑顔になる

 それを【源頼光】様が

「【クシナダヒメ】様? 対価の二重取りは、品の良い行いとは言えないと思われますが?」と釘を刺す

 むっ確かに【クシナダヒメ】様は既に別の対価があるのにそれ以上更に、というのは良くないか

 うーむ

「じゃあ対価はこっちにするわ」

 えっ、お茶会は良いの? 

「その代わりお茶会の方は別にご褒美上げるから、やって」

 ご褒美とな! 

「【クシナダヒメ】様、これ以上の【加護】の譲渡は【ガイア連合】との約定に……」

【ガイア連合】との約定? 

【クシナダヒメ】様が説明してくれた

 神々(悪魔)から【加護】を受け取りすぎると

 神々(悪魔)の【代理人】や依り代と言って良い存在になりかねないのだとか

 普通ならそんな心配はあまりないのだが【俺たち】は霊的な才能に溢れているせいで

 それが十分ありえるというのだ

 そして【代理人】や依り代に【俺たち】がなったら

 例えば神々(悪魔)が受けた呪いを【俺たち】に移したりすることが出来る

 これは【ガイア連合】が【俺たち】を神々(悪魔)の人質にされかねない事を意味し

【ガイア連合】がきつく縛った行いらしい、もし破ったら違反行為として罰則が来るとか

 だから【加護】をあまり強く与えることが出来ないと

 じゃあご褒美と言っても加護系は無理って事か

 まあ【クシナダヒメ】様の加護って他は【夫婦円満】とかそっち系だしなぁ

 リア充祝ってやるくらいにしか使えない加護貰ってもなぁって気がするし別に惜しくない気がする

「でも大丈夫、私の加護じゃなければ大丈夫なのよ」

 と【クシナダヒメ】様の言葉、何がどう大丈夫なんだろうか

 

 その後、新しく出来た畑に色々やって【宝石メロン】をいつもより少量植えて

 普段よりも気持ち多めにMAGを注ぎ、<ライコー>に【スサノオ】様の加護も使ってもらって出来を良くし、

 気が向いた時に祠周辺を箒で掃除したり

 <ライコー>の指導でメロンを切る練習をしたり、いつも通りのレベル上げをして過ごした

 

 

 

【各代表会議】当日である

【各代表会議】の内容が気になるが今日は神々(悪魔)相手の仕事がある

 考え事をして気もそぞろにするのも良くない

【各代表会議】の内容は明日、掲示板で纏めて見る事にして仕事に集中する事にした

【各代表会議】は少し前、蘇生の仕事をした人工島で行うらしい

 ここは今後は海外の諸勢力と接する新時代の出島になるのかもしれないな

 その人工島に【俺たち】の手で【トラポート】してもらい到着

 初めて来た時と比べて新しい建物がいくつも立っているそこに意味もなく感心しながら

 指定されている建物に入りその中の控室に入り、用意した服に着替える

 今日の為に新品の服等を揃え、しかも一度着用したら家に帰る前に全部捨てろ出来れば燃やせという指示を

【クシナダヒメ】様から受けている、呪詛対策らしい

 更に顔を見られないように紙のお面をし、何を言われても【クシナダヒメ】様以外には返答をするなと言われた

 このお面も燃やさないといけないらしい

「どんな危ないお茶会なんだよ」と思う、これは気が抜けない

 

 どんな危ないお茶会なんだ、と思ったが全然危なくなかった

 他の部屋で同じように行われている別の交流会からは怒号や罵声がしたが

 この女神のお茶会ではそんな事がない、控室で待機しているが物凄く穏やかに見える

【クシナダヒメ】様の心配のしすぎ、気合の入れすぎだったのかな? と思う

 でもまあそれもしょうがないか、違う神話勢力の地母神や女神招いてのお茶会だもんなぁ

 ちょっと気合を入れすぎる位がちょうどいいのかもしれない

 

 合図が来た、俺の仕事の時間だ

 一礼してから部屋の中に入る

 目を見張る、なるほど各神話の女神たちと言うのは本当らしい

 広間に大きな円形のテーブルがあり、女神たちが席についている

 席には既にいくつかの茶菓子やお茶があり、各々手に付けている

 目を見張るというのはこの女神たちは【美し】さを漂わせすぎているのだ

 考えてみれば当たり前だ、このような場に出るような女神に美しいという概念が纏わないはずがない

 彼女たちは各神話勢力の代表そのものや、その配偶神、あるいはそれに見劣りしないと思われて来られた女神であるのだ

 どこの誰とも知れぬ女神さま方だが皆和やかに談笑なさっている

 平和で良い事だ

 それになるべく視線を向けないように自分の仕事をこなす

 決められた手順と切り口で決められた個数になるように何個も【宝石メロン】を切り分け、

 切った【宝石メロン】に頭を下げ柏手を八回打つ

 後の配膳等は他の人に任せて【クシナダヒメ】様の斜め後ろに控える

 近寄ればますます女神たちは美しい、その女神たちを彩る宝石類や装飾品の派手な事! 

 そして目に毒なのが女神の中にはその肌の露出度が大変高い方もおられるという事である

 こりゃいかん

 正直、【クシナダヒメ】様が今回のお茶会に向けて、

 薄くであるが紅を刺したり化粧をして、いつもと違う服を用意したり気合が入った姿を見て

 少々派手かと思ったが今にして見ると全然そんな事はなかった

 これが文化の差なのだろうなぁ

 俺としてはあんまり派手過ぎるのは落ち着かないのだが

 

 配膳が行き渡る間に【クシナダヒメ】様が言葉を発する

「この者、私の氏子であります

 この場にある水菓子を奉納した者にて~」

 普段と違いどこか楚々とした【クシナダヒメ】様の声で自分の紹介を聞くが

 なんかこうしてみると俺が熱心な氏子のように聞こえて変な気分になってくる

 そして【宝石メロン】の紹介まで終えてから女神たちが【宝石メロン】を口に含む

 食べ終えるまで誰も声を出さず黙々と食べる、女神というのは行儀が良いのだなとかぼんやり考えてた

 俺の仕事はそろそろ終わるのでとっとと下がりたい

「我が氏子よ」

【クシナダヒメ】様の声に視線を向ける

「撤饌です、お上がりなさい」

 一切れ乗っている【宝石メロン】のお皿を手で示される

 まずは【クシナダヒメ】様の方に礼をし、場の女神たちに礼をし

 最後に【宝石メロン】に礼をし頂く

 

【直会(なおらい)】という儀式がある

 神饌として神に捧げた食べ物のお下がりをいただくことで

 神との親密さを増し、加護や恩恵をいただく儀式の事だ

 撤饌とは神饌を下げる事である

 今回は意図的に残した【宝石メロン】をお下がりとしていただく形をとった

 これが【クシナダヒメ】様の言うご褒美である

「自分がこれ以上加護上げれないなら、薄く不特定に地母神系の恩恵貰っちゃえばいいじゃない!」

 という他人の褌で相撲を取る的なご褒美だ

 俺が神饌として食べ物を捧げた神様は【クシナダヒメ】ではなく、この場にいる神様全員、という事になる

 地母神、女神等の名前も知らぬし知らせぬ、それによって薄い繋がりだけにして

 淡い「名も知らぬ地母神、女神との恩恵」だけを【直会】して勝手に得るという作戦らしい

 これによって俺の霊基が地母神系の加護との相性が良くなり

 その結果【クシナダヒメ】様の加護をよりMAG効率よく使えるようになるはずという理屈だ

 俺を【クシナダヒメ】様の【代理人】にしないように配慮した上でのパワーアップ、らしい

【ガイア連合】との契約違反をしない為に神様も色々考えるのだなぁって思った

 食べたが、いまいちこの儀式によるパワーアップを感じない

(後で確かめたが畑に使うMAGの効率が気持ち良くなったかも? 程度だった、まあいいや)

 

 そして俺の役目が終わったので【クシナダヒメ】様が退室の許可を予定通り出してくださり

 下がる

 なんか疲れたな……

 

 

 その日、家に帰ってしばらくしてから祠で

「結局、お茶会の勝ち負けって【クシナダヒメ】様的にどうだったんです?」と興味本位で聞いてみたら

「大勝利!」と言う声が返ってきた

【クシナダヒメ】様的にはちゃんと勝ち負けがあったらしい

「今後もお茶会のたびにあの【宝石メロン】を出すのはちょっと嫌ですよ」

 畑を【神饌畑】として扱う為に祝詞を唱えたりなんだりするのは面倒なんだ

 あの畑は普通に使いたい、普通の【宝石メロン】でも美味しいし売れるし

「あれは「最初の【各代表会議】」だから特別って事にするわ

 そうした方が特別感出るし、出し続けると他の方たちも見栄を張らなきゃいけなくなるしね

 それに次回は私が出るかわからないから」

 はぁ

 まあそうして俺にとって最初の【各代表会議】が終わった

 

 



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幕間 とあるモブ地母神の話

 

【多神連合】が世界を二分していたのは昔の事

 年数的にはほんの少し前の事であるのに、その事を感じないものはそうはいないだろう

 今、世界を二分しているのは【多神連合】と【メシア教】ではない

【ガイア連合】と【メシア教】だ

 

 

 ああ! 自らの悲鳴のような声が漏れる

 支援を求め、それが得られるかどうか決まる【各代表会議】が開かれるその地に

 私は【低位分霊】として現れた

 声を上げてしまったのは【低位分霊】という弱い姿で現れた事を恥じての事ではない

 むしろその逆だ

 霊格(レベル)が大いに劣化してるとは言え、私ははっきりと【地母神】としてこの地に降りてしまったのだ

 もっと格を落とせれば、もっとMAGの負担が軽かったはず

 魔界の本体はずいぶんと無理をしたはずだ、そして先にこの世に顕現し氏子を守っている夫も……

 きっとずいぶんとMAGを消費しただろう、その無理はきっと数少ない氏子たちに皺寄せがくる

 ただでさえ苦しい時代を生きている私たちの氏子に! 

 わかっていた事だ、しかしそれでも嘆かずにいられない

 

 世界中に【メシア教】の悪しき兵器がばらまかれ、多くの人の子が儚くなった

 その人の子らの命を糧とし邪悪としか呼びようがない【大天使】や【魔人】が世界に顕現する

 その事を奇貨と捉え、我らは一度は去ったこの世界に再び舞い戻った

 しかし我らは十分な強い信仰と豊かな霊地を背景に顕現したわけではなかった

 そういう神々もいるのだろう、しかし我らはそうではなかった

 むしろ質的にも量的にも不足でしかない氏子と、弱く不安定な霊地でもって顕現したのだ

 我らは強い支援を心の底から求めている、生き残るために

 その支援を出せる存在は世界に一つしかいない

【ガイア連合】だ

【ガイア連合】、極東の小さな島国の一民間霊能団体である

 一民間霊能団体と侮るなかれ、その力、技術力、生産力は世界に轟き

【極東にガイアあり】と囁かれていたほどだ

 もっともそれは【多神連合】が崩壊の体を成していた頃の話である

 もし【多神連合】が、あの忌まわしい【エジプト神話勢力】の裏切りさえなければ

 そんな事は言わせなかったはずだが……

 その【ガイア連合】にこの世に顕現した我らは支援を求める

 とは言っても、乞食のように伏して求めるのではない

 共通の敵である【メシア教】、その戦線を担う勢力として

 双方の利益を主張して求めるのである、惨めに弱弱しくは求めはしない

 協力者として、同盟者として戦友として、堂々とそれを求めるのだ

 その為に必要な事だ

 

 嘆く私に夫が言って聞かせたのが上記の事だった

 そして、弱弱しい姿を晒せば侮られる

 侮られれば受け取れたはずの支援すら受け取れなくなる

 ここは多少の無理をする必要がある

 そう私に説いた

 言われずともわかっていますとも、この地に降りた時点で、しかし

 その為にMAGを搾り取り浪費のように格を備え、存在しない余裕を見せつける必要があるとは! 

 このMAGがあれば私たちは氏子たちに何度温かい食事を与えられたことか

 メンツのため、見栄を張るために顕現したこの身の厭わしい事よ

 そう思わざるを得ない

 

 

 夫と【各代表会議】に出る時が来た

 私は勢力を代表する者ではない、だから発言権はない

 ただ聞くだけとなる

 世界情勢等は夫が判断する事、私がするべきことはそれ以外の事だった

 その場にいる神、悪魔、そして【ガイア連合】の者たちを値踏みをする事だ

 少し前まで【ガイア連合】は謎に包まれた存在だった

 彼らは複雑なルートを辿って各種物資、各種霊装の支援をしてきた

 そこから分かる事は技術力と生産力はあるという事だけである

 それを支え、生み出す源である戦力、それは高いと見做されていたが未知数のものだった

 深い霧のように覆われた【ガイア連合】、その力がどの程度の物なのかをしっかり見ておかねばならない

 そういう事だ

 もっとも【ガイア連合】へのそれはする意味があまりない程度の物となっている、そう私は思っている

 何せこの国はこの事態に会ってもいまだに平和を謳歌しているのだから

 彼らは【メシア教】の攻撃を防ぎ切ったのだ

 それが弱いはずがない、それがこの地に避難した神々の力を使っていたとしても

 夫はまだ【多神連合】の力をいくらか信じているようだけど……

 

「今はもう【多神連合】の力では及ばないな……」

 会議が終わり、呆然としか表現できない顔で夫は言う

 ここが用意された一室であり他に誰もいないから出せる顔だ

「あら、ほんのちょっと前までは信じていたのに? 冷たい事」

 そう憎まれ口を叩く

「ふん、あれを見せつけられればそうもなろうよ」

「なにかありまして?」

「【デモニカ】なる鎧の霊装よ、あれは強い」

 そうかしら? 

「私としてはあの【門番】の方が魅力的に映りましたが」

「ふん、単純な力ではそうだろうな。

 しかしあの【デモニカ】は覚醒していない者を戦士に出来る

 これからの勢力は【デモニカ】の数で力を誇るようになるだろうよ

 強い戦士が多くなればその分俺たちも力を取り戻す事も出来る」

 いくさ事に関わる事だからか少しずつ頭が回ってきた様子

 そうよ、私たちには呆然としている時間すら惜しいの

「力が富の源泉だ、【メシア教】と戦い奪い、

 それを元手に【ガイア連合】から少しでも【デモニカ】を購入し

 氏子を守り、氏子を戦士にし、MAGを手に入れ、より力を取り戻す」

 今はこれしかあるまい、と繋げる

「だから【ガイア連合】のあの提案も悪くない

【ICBM】の迎撃だったか、取り合いにすらなろう

 我々はいわば傭兵だな、せっかく顕現してもこれはなんともな」

 そうは言いますけどあなた

「顔が笑っていましてよ」

「戦っていれば豊かになれるかもしれないのだぞ? 今までと比べてどれほど楽な事か

 これが笑わずにいられるかよ」

 

「口では何と言おうとも他の者たちもそう思っていたはずだ

 今までは【メシア教】共と戦う所か、すり減るのを見るだけで何にも出来なかったからな!」

 そう、その通りだ

【半終末】、今はそう呼ばれる時代らしい

 この時代になって私たちはようやくこの世に現れる事が出来た

 それ以前は倒れていく氏子を、弱くなる信仰心を、破壊される神殿を、失われる霊地を眺めるばかりだった

 たまに素質ある氏子に声を掛け、更にその中でも特に力ある者に加護を与えるのが精いっぱいだった

 加護を出し惜しみしているのではない、加護を受け取れるだけの才ある者がそれだけ少ないのだ

 その数少ない才ある氏子たちも【メシア教】との戦いでは失い続けた

 その結果、私たちは最後の霊地を失い身体を維持する事も出来ずに去る事となったのだ

 それが【半終末】まで氏子たちが何とか生き延びて、そして霊地を何とか手に入れた事で

 私たちはこの世に現れる事が出来るようになった、これで直接守り戦いそして信仰を得られる

 より多くの氏子を得て、より多くの戦士に出来れば、今までよりも多くの氏子に加護を与える事も出来るだろう

 失い続ける日々はようやく終わった

【半終末】以前には考えもしなかった事だ

 そして今、私たちは貧しく小さい領地を少しでも豊かに大きくする為に動くことが出来る

 

「それで我が愛する妻よ、お前の見た所どうであった? この地に集った者たちは」

 少し思い出し言葉を出す

「何人か生贄で得たMAGの匂いがいたしましたわ、但し【多神連合】の方だけ

 具体的な方々はこちらに」

 名前を書いた紙を渡す

 地母神であるが故に子供の血と肉と、そのMAGの匂いには敏感にならずにはいられない

 それを嗅ぎ分け、各勢力の余裕を計る事を期待されていた

 その紙を眺めながら夫が言う

「やはりか、この地に逃げ込んだ連中(外様)や【ガイア連合】の者はどうだ」

「そちらは全然」

「ふん、余裕があって羨ましい事だ

 俺とて妻が口煩くなければ幾人か領地の者を生贄にしようと思っていたのだからな」

「あなた!」

「思っただけだ、俺とて氏子の数を減らしたいわけではない

 しかし、いよいよ必要となればやるぞ」

 

【ガイア連合】の存在は思っていたより有望であった

 希望が有るのだ

 そうであればこの地に顕現した私の役割もより重くなるという物

 

 

【ガイア連合】はかつてのような野放図な支援は行わないという

 だがその代わり【ガイア連合】は【三つの場】を提供した

 一つ目は【話し合う場】、今後も【各代表会議】は開かれる

 そこでは【対メシア戦線】についての話し合いの他

 足りない物資の交換や、情報の交換等の話が出来る場としても機能する

 その場での揉め事等は起きないように【ガイア連合】が責任を持つ

 ありがたい事だ、今のこの地上に全てが満ち足りている勢力など片手で足りる程度しかありはしないのだから

 建設的な話し合いを安全が保証された場で行う、それが出来る者もまた少ない

 ただその場を【メシア教穏健派】の【天使】共にまで開いた事は面白くはないが

 そして二つ目は【物を売り買いできる場】、対価さえ払えば【ガイア連合】から物資や霊装の購入ができる

 目録を見たが霊薬も、氏子が身を守るために使える武器も食料品もあった

 その中には夫が気に入った【デモニカ】もある

 もっとも、数に限りがある故に必ず買えるとは限らないとも言われた

 更に買うだけではなくこちらの物を売る事も出来る、だけど売れる物なんてあるかしら? 

 問題は必要な物を購入できる対価を用意できるかだが、それは三つ目が関わってくる

 最後の三つ目が【働く場所】

【メシア教】共の兵器の迎撃、そして何より忌まわしい【大天使】【魔人】の撃破

 前回【ガイア連合】が行った【メシア教】共の兵器の迎撃に私たちもそれに加わる事が許される、という事だ

 希望する者だけであるが

 私にはどうにも理解できなかったがその場で良い働きをした者ほど良い報酬が得られる

 そういう仕組みらしい

「MVP」や「単独撃破ボーナス」等と言っていた

 夫はこれにある程度期待をしているらしい、確かに魅力的な報酬が多いのだ

 更にこの地に【分霊】を置いたり、あるいはこの地の【異界】を借り受ける神々であれば

【ガイア連合】が【権能】次第で適切な仕事を割り振る、とも言っていた

 これは今はどちらもする余裕がない私たちには無縁の話だ

 

「それで、あなたはひとまずは何を目標に傭兵をなさるのですか?」

「それについてなのだが、少々迷っている」

 あら、珍しい

 いつもは即断即決であられるのに

「【MVP】報酬が前提となるのだがな

 俺としてはこの地に【異界】を借り、後方として使いたいと思っている」

「【デモニカ】を優先しなくてもよろしいですの?」

「それも含めての考えだ、この地の【異界】にお前と氏子を移し

【権能】によるあるばいと? で安定して稼いでくれればそれで【デモニカ】を購入できる。

 迷いと言うのはだな」

 どこか恥ずかしそうに目を逸らしながら夫は続ける

「今の俺では【MVP】を取れるかわからん。

 取れやすくする為に【神々】向けの霊装等を購入する事が望ましい

 もしくはこの地で強い力を振るう為により多くのMAGを溜め込むかだ

 しかしそうなると……」

 ああ、そういう事ですか

「今いる氏子たちが後回しになると」

「それよ、得られれば大きい獲物を追いかける為に

 自らの地盤を放っておくのも看過は出来ん。

 あの霊地と氏子たちは必要なのだ」

 頷く、今まで苦労させてきた数少ない氏子たちだ

 私としてもなるべく手厚く扱いたい

「そして恐らく、このままでは時間と共に俺が【MVP】を取れる可能性はむしろ減る

 戦いに参加を希望する神々が増え、その神々の中には俺よりも地力がある者もいるだろう

 俺たちの領地の事を考えればそうそう何度も無理は出来ん」

 これにも頷く

 地に【天使】共が湧き、それだけではなく狂気を発する得体のしれない化け物共も湧いて来た

 領地を守るために割く力を考えればそう何度も【MVP】を狙った戦いは出来ない

 しかしどこかで余裕を生まないといけない

「狙うなら最初の一回だ、その一回に出来る限り賭けるべきだ

 それが一番勝算が高い

 しかしそれも同じような考えをする者たちの数による

 それに日本神たちが良い所取りをして我らを引き立て役にするつもりの場合でも……」

「分かりました、私の方でも探ってみます」

「頼む」

 

 各神話の女神たち、地母神たちを招いての茶会

 そんなものが何の思惑もなしに始まり、何の思惑もなしに終わるはずがない

 当然集まった彼女たちにはそれぞれの思惑があり背負うものがある

 本来、私が背負っていたものは「勢力の名誉」、これが最大のものだった

 侮られないように見栄を張り、独立した一つの名誉ある勢力である事を主張する

 その姿勢の表れでの参加であった

 今は事情が変わった

 名誉を背負っている事は今も変わらない、しかしそれだけではなくなった

 私は各勢力の【ガイア連合】への姿勢を彼女たちを通して探り

 その結果を夫に伝え今後の方針の為の一助にならねばならない

 それを思えば当初嘆いた見栄の為のこの身はむしろ最低限必要な事であったとすら言える

 女神たちに積極的に話しかけるのに格落ちしすぎては不都合が予想されるからだ

 嘲笑いと共に上品に無視される、なんて事になれば話にもならない

 

 

【各代表会議】は今後も行う、これは事前に伝えられていた事だ

 これからは【各代表会議】の結果がそれぞれの勢力に多大なる影響を与える事になる

 そして【各代表会議】は【合議制】である

【合議制】であれば勢力としての事情の他に距離感等が影響し

 また個人の友好関係によってもある程度の影響が出る

 このような茶会はそれを探るための場となり、サロンとなりえる

 この茶会が今後も行われるか、あるいはその方向性はいかなるものになるか

 それらは一回目の結果次第となるだろう

 そしてその茶会の主導権を握る「女主人」と言うべき立場の者は、不在だ

 

 本来なら「女主人」は「日本神話の最高神の妻」がするべき役目だ

 この地の神であり主催者なのだからそれが妥当というもの

 ところが日本神話の最高神は女神【アマテラス】だ、妻はいない

【アマテラス】が茶会の場に出れば格といい、立場といい、間違いなく「女主人」となろう

 しかしそれは茶会という「あくまで私的な場での交流」という建前を壊しかねない存在になる

【ガイア連合】の出身国の最高神である【アマテラス】の存在は重過ぎるからだ

 出ない理由とはこういう事ではないか? そう推測されている

 しかし代わりに「日本神話」側から出る女神が問題であった

【クシナダヒメ】という

 日本神話の最高神の弟【スサノオ】の嫡妻であり、格は十分との見方もある

 しかしその【スサノオ】の方に問題があった

 日本神話には大きく分けて二つの派閥があるという、【天津神】と【国津神】という

 そしてこの【国津神】の主宰神は【スサノオ】ではない

【スサノオ】の娘婿で息子、あるいは子孫とも言われる【オオクニヌシ】だ

 ここで格の話になってくる、【スサノオ】は最高神【アマテラス】の弟である

 しかし主流派閥ではない【国津神】に属し、更にその筆頭という訳でもない

【クシナダヒメ】はその妻でしかないのだ

 これならば我らの方が格が上なのではないか? と女神たちが思うのも無理はない

 こうして茶会の主導権を握るべき「女主人」、その座は空位であると見なされた

 そして【各代表会議】の裏口の一つとでも言うべきそこで主導権を握ることが出来れば

 それは勢力に対する大きな助力となるのではないか? 

 と一部の女神たちが色めき立ったようだ

 知り合いの女神に世間話の体でそれとなく聞かされた、これは忠告だ

 私たちのような弱い者はこういった事による利益よりも

 時には保身を考えて動く必要があるからだ

 

 その主導権争いに関わりようがない弱い立場であるからそう思えるだけであるが

 しかし愚かな事だ、と思ってしまう

 なるほど確かにそこで大きい顔をし、派閥を形成し、女神たちを伝手として利用できればそれは力になるやもしれぬ

 夫同士では話せない事や言えない事が妻同士でなら出来るかもしれぬ

 そういう場を握る事は確かな力になるかもしれぬ

 しかしそれがそれほど有意義な事であれば

 そもそも日本神話勢力にとっての「余所者」でしかない私たちに与えるはずがないではないか! 

 そんな簡単な話がわからないとは思えないが……

 しかしこれは好都合だ、メシア教の兵器の迎撃を「手札」だと思って出し渋る勢力もあるかもしれない

 その手札を切らせるための「飴」が「女主人」の座と解釈するのであれば……

 これは特に見極めねば

 

 

 

 そして茶会が緩やかに始まる

 始まると言っても【クシナダヒメ】含む一部の女神たちは席についていない

 彼女たちは理由を付けてもったいぶり、ぎりぎりまで現れず待たせるのだ

 私にとってそれは幸いである、場に「重い」存在がいないうちに可能な限り探りを入れておきたい

 

「氏子でもない人の為に動くと言うのはあまり気持ちのいい事ではございませんわね」

「人の子の為に爆発の盾になる、そのような事とても最高神の為さることでは、ほっほほ……」

「そもそも働きに応じて報酬など不遜ではありませぬか」

「音楽性の違い」等々否定的な事を言う者が半数以上、とは言えこれを全て信用するべきではない

 参加しないように見せかけて実は、という事もあり得る

 だが、そう言っている女神の中に「生贄」のMAGを感じさせた者の妻がいた

 氏子の数にそれほど余裕がないはずの今、生贄を求めざるを得なかったという勢力だ

 恐らく迎撃に参加をするリスクを重く見たのだろう、これは状況から信用できる

 一部訳分らない事を言っている者もいるがこれは判断材料から除外する

 

「【ガイア連合】には我らが氏子が世話になったそうで、主人はその恩を返さねばと……」

「やはり義理というものは重いものですねぇ、【ガイア連合】との付き合いもありますし」

 等々、これは参加をすると思われる発言をした女神たちだ

 この段階で参加を表明している者は私と同じような匂いを感じる、貧しいのだ、だから参加表明としては信用できる

 ただ、お前らの旦那が義理堅いなんて聞いた事もないわ! と言ってやりたい所だが我慢しよう

 そして中には武神としての側面を持っている者もいたらしい、その知見から

「今【ガイア連合】が脅かされれば我らにとって大変な不利に~」と一席ぶっている

 競争相手が増えたらどうするのよ! という意図を込めて

「まぁ! まるで殿方のような事を仰いますのね」と言ってやった、黙った、よし! 

 それからは普通の世間話をして時間を潰す

 

 

 そうしていると少しずつ、もったいぶっていた女神たちも入室してきた

 席の違いによる揉め事が生まれる事を避ける為だろう、この場に席順等はない

 空いている席に好きに着いて良いという事になっている

 隣の席に着いた者の顔を見て一瞬、自分の表情が硬ばった気がした

 今はこの地に間借りしている【エジプト神話勢力】の【ハトホル】だ

【ハトホル】、エジプト神話にて「愛と美の女神」であり「死者を養う女神」とされる

 エジプトの最高神ラーを父とし夫とし、子を成し、その他様々な者と子を成した

 ある種の「地母神」の典型である

 エジプト神話を代表する地母神、それを三つ上げればその一つに必ず入るだろう

 間違いなく大物の女神だ

 もっともそのエジプト神話の者たちの多くはこの世を去り、勢力としては没落したが

 しかし私にとってそれはあまり関係がない、【エジプト神話勢力】という事が重要なのだ

 

【エジプト神話勢力】、【多神連合】に所属した神々であればその名の意味は重い

【多神連合】が相互不信を起こし、戦力を有機的に運用できなくなり、

 忌まわしい【メシア教】共に良いようにやられた原因

 それがこの者たちである

 あの【エジプト決戦】では味方のはずのこの者らが行った無差別呪殺攻撃により

 援軍として送っていた多数の霊能者を失い、更にはその魂まで攫われてしまった

 それ以後【多神連合】では大規模な決戦は起こっていない、起こす事すら出来なくなったからだ

【エジプト神話勢力】はその後敗退、【ガイア連合】を頼りこの地に逃げ込んだ

 

 女神の中ですら埋没しない程に【美しい】褐色肌のこの者! 

【エジプト神話勢力】の者が近くに居れば、考えないようにしていた事を考えてしまう

【ガイア連合】が本格的に頭角を現したのが【エジプト決戦】より後の事

 例えば、あの裏切りがなく【多神連合】がその後も機能していたら

 そしてその【多神連合】と【ガイア連合】が完全に手を組んでいたら、もしかしたら、と

 そんな事を……

 私以外も同様なのか、自然と彼女に向ける視線が鋭くなっている

 それとなく当て擦り、皮肉をぶつける方もいる

 彼女はその視線と言葉を感じているだろうに誇り高く堂々としている、それがなお忌々しい! 

 しかし今の私にはこの女神にそのような視線を向けて満足しているような余裕はない

 努めて平静を装い周りを観察する

 彼女のような大物が来るようになったのだから他も来るはず、場が動くはずなのだ

 

 それから少し時間を置き、女神たちがいよいよ場に出揃った感があるが

【各代表会議】の場にいたはずの「主神の妻」の女神が幾人か欠けており、その娘や別の妻等が顔を出して居る

「発言権がない場なら良いがこのような場には不向き」と夫に判断されたのだろうか

 そうであればこれらの者は勢力の意図をしっかり飲み込んでこの場に来た者のはず

 だがそういう者は信頼されてきた者だけあってか中々読めぬ、如才ない振る舞いをする

 

 またメシア教の兵器迎撃の話の流れになった

「妾としては少々の疑念を呈さねばならぬ

 果たして【ガイア連合】は真に報酬を払う気があるや? と」

 何人かの女神が頷いている、私は頷かぬ

「妾たちには確かに契約は有効である、しかし常に抜け道はあるもの

 あの複雑な報酬システムはその抜け道を作らんとする行いでないとは言い切れぬ

 何より報酬が良すぎるしのぅ」

 特に霊格が高いその女神の声はどうにも場を動かすに足るものだったらしい

「もしそのような事があれば~」などと話に乗る者も出てきた

 私は乗らぬ

 この場には【ハトホル】等のこの地に間借りしている女神や【インド神話】の女神もいる

 特に【日本の神々】と【インドの神々】は繋がりを持つ者も多い

 揺れる姿を見せるべきではない、どんな形で返ってくるかわからぬ

 ちらりと、とその「見せるべきではない」者らを観察するが

 それほど気にした様子は見えない、この場での多数派工作の類をする気はなさそうだ

 これは判断が難しい

 陰で推し量っているのかもしれぬし、あるいは何も考えていないのかもしれぬ

 しかし、彼女たちが日本の神々と繋がりがあり

 そして私たちを引き立て役にするつもりなら参加を煽らせる動きを見せるはずだが……

 ここは適当に微笑み、受け流しておくべきか

「故にこの場に「日本神話の女神」が来たら機会を見て問うつもりぞ

 その時はその方らも~~」

 この女神は【ガイア連合】への不信を【日本神話の女神】に押し付け

 責め立てる事でマウントを取るつもりのようだが、そう上手くいくだろうか

 

 

 場が静まる、どうやら来たようだ

 白を基調とした和装の地母神が歩いている

 若々しい、少女のような地母神だ

 強い【力】を感じる

 この地母神の性質から概念や逸話による力ではない

 純粋に溜め込んだMAGによる霊格だろう、【地元補正】があるとはいえこれほどとは

「皆さん、お揃いのようで。

 始めましょうか」

【クシナダヒメ】の茶会が始まる

 

 入室した時はそれほど気にしていなかったがこの【クシナダヒメ】

 飾り気がないな

 例えばある女神は大粒の力ある宝石を使った装身具で身を飾っている

 高い対価を払い【ガイア連合】から購入したものだろう

 例えばある女神は明らかにMAGで作った装身具を身に着けている、夫が物を作る逸話があり作らせたのだろう

 例えば私は、多少無理してこの姿で顕現している

 威信財、という考え方がある

 その権威を示す為の財物の事である

 その意味で私含めたこの場にいる女神のほぼ全てが威信財として身を飾っていると言える

 身を飾り、その威信で持ってこの場で侮られる事のないようにしている

 ところがこの女神にはその霊格以外それがない

 例えばその身を力ある貴石、貴金属などでは飾ってはいないし

 なにか私たちに意識的にアピールする物がない

 これほどの女神がそれに意識を向けない訳がないのに

 

 そんな私の疑問を他所に話は進んでいく

 一通り挨拶をして軽く世間話をして茶を飲み

 お互いの懐事情をそれとなく探り、上品に貶し、ささやかな嫌みを言い合う極々普通の茶会として進行する

 一部の女神たちが意地故に持ち寄った土産の菓子類を互いに空虚な言葉で褒め称え合う

 茶を一口飲んで

「「日本神話の女神」が来たら機会を見て問うつもり」などと言っていた女神の方を窺う

 悔しそうなのが透けて見える、本来の霊格では【クシナダヒメ】に負けるつもりはないのだろう

 しかし信仰と【地元補正】で今は負けている、その事を意識せざるを得ないようだ

 そして気後れもしている

 さてこの女神がいつ仕掛けるか、その時の周りの反応が肝になる

【ガイア連合】への不信は【メシア教】の兵器迎撃の参加率にも繋がるはずだ

 そう思っていると【クシナダヒメ】が

「この日の為に水菓子を用意させていただきました。

 お口に合えばよろしいのですが……」

 と切り出した

 

 その言葉から少ししてから一人の人間がこの室内に入ってくる

 若い男だ、まだ100も行っていないだろう

 紙の面で顔を隠している

 そして、豊潤なMAGを湛えている

 それが果実を不器用に切り分け手を打ってから【クシナダヒメ】の後ろに控えた

 

「この者、私の氏子であります

 この場にある水菓子を奉納した者にて~」

 やはり氏子であったか

 人でありながら神に匹敵するやもと言われていた【ガイア連合】の幹部

 そしてそれを上回ると言われていた【神主】の存在

 それらの噂の確認が【各代表会議】で出来ていた。真であった

 そしてそうであれば気になる噂もあったのだ

「【ガイア連合】の【ブラックカード】持ちは才能豊かな者」という噂が

【ブラックカード】、基準は分からぬが【ガイア連合】がその霊的な才能確かな者たちに与えている身分証明らしい

 彼らは【ガイア連合】で優遇され、保護されている

【ガイア連合】の幹部は全員【ブラックカード】持ちという話も聞く

 神であれば、もしそのような者たちを氏子にすることが出来れば、と思うだろう

 恐らくこの者もその【ブラックカード】持ちに違いない

 それだけの霊格を帯びている、そしてこの場の女神たちを前にしても【恐怖】から発するMAGを欠片も出していない! 

 力強き氏子か……

 

 それにしても【クシナダヒメ】の話を聞いていると砂を噛む様な気持ちになる

 この氏子は自分の管轄の地で生まれ育ち、生まれて一月で親に抱かれて神殿に挨拶に参った? 

 独立してからは婚姻の為に故郷に戻り、自らの神殿で婚姻を誓った? 

 その氏子が独立した地で建てた小神殿にて祀られ氏神として見守り、加護を与えている? 

 今この場にいる女神でいったい何人そのような地母神としての幸せを味わっている者がいるか……

 かつては知っていた幸せであった、しかし信仰が衰え神殿も霊地も失った私たちには……

 いや、それをこれから取り戻すのだ、そのために顕現したのではないか

 ふと歯軋りのようなMAGの揺れを感じる

 揺れを感じた方に視線を向けると、とある力ある女神であった

 感情の制御ができず漏れ出たのだ

 この方は常に理知的な方だったはず、それが今の話のどこに、と考えたら気が付いた

【クシナダヒメ】の自慢の中にあった「最近は小神殿の周りを手ずから箒で掃き清めてくれている」という下りだ

 そういえばこの女神の失われた文化では自分に仕える巫女の象徴が箒であったか

 家庭と女の幸せを司る女神の巫女の象徴が箒で、それで掃き清める事に意味を見出していたはず

 失われた信仰を懐かしむしかない女神に【クシナダヒメ】はそれを見せびらかした事になるか

 確かこの島国でも箒は祭祀に使われていたな

 えぐい真似をするわ

 こうなると【クシナダヒメ】の意図も読めてくる

 これが、この氏子が【クシナダヒメ】の威信財だ

 夫の力でも財力でも、その美貌でもなく

 今でも民から敬愛され、強い氏子がいる事を、そしてその氏子が自分の為にわざわざ作物を奉納する事を

 この場にいる全ての女神たちに見せつけたのだ

 

 そして目の前にある果実は霊薬である

 切り分けられたその一切れを口に含む

 甘く、美味しい、しかしそれ以上に含まれるMAGの多い事よ

 そして地母神であるこの身が厭うようなMAGは一切含んでおらぬ

 氏子が【クシナダヒメ】の加護で持って作った物というのも本当に違いない

 それをいくらかの儀式の上で【クシナダヒメ】に捧げられた

【クシナダヒメ】の威信財は力の誇示でもあった、これほどのMAGを生み出し捧げる事が出来る氏子か……

 誰も何も言わず黙々と食す、私以外の者はいったいどういう気持ちでこれを味わっているのだろう

 嫉妬に駆られるのか、過去の栄華を思うのか、いずれこれ以上の物をと奮起するのか……

 その氏子は私たちが食べたのを見届けた後、褒美を受け取り何も言わずに退室していった

【クシナダヒメ】は彼に私たちを紹介する気はないらしい、自慢をするだけして下げたのだ

 

「機会を見て問うつもり」などと言っていた女神の方を見るが

 もうそんな事をするつもりもないようだ

 どこか身構えていた雰囲気が消えている

 元々その主張には瑕疵があった、仮にそういう問題があれば【各代表会議】で必ず問題になる

 私たちがその事を今問い質す必要はない上に

 どうせこの場では「報酬は出せる」「出せない」の水掛け論にしかならないのだ

 場の流れを奪う為に喧嘩を吹っ掛ける口実、その程度の主張だった

 それを力の差を見せつけられ出鼻をくじかれた形になった、もうあの主張では他の女神も付いていけない

「ご覧のように私たちはとても豊かでありますの、きっとあなた方の思う以上に」とでも言われてしまったら、

 そして本当にその通りであれば恥の上塗りにしかならない

 気位の高い女神たちがそのような事をする訳がない

【クシナダヒメ】は力を見せつける事で戦う気すら失わせて勝利したのだ

 今はこの場の者たちが口々に【クシナダヒメ】を褒め称えている、世辞だ

 

 それにしてもあの女神が屈辱に震えているようには見えぬな? 

 むしろ憑き物が落ちたような……

 そして気づいた、あの女神も私と同じなのだ

 勢力の名誉を背負わねばならぬ立場であった

 強いがゆえにむしろ引ける理由もなく、ただ場を譲る事が出来ない立場だったのだ

 対立を煽り喧嘩を売り、他の女神を同調させ存在感を示したかった

 それがあの女神の勢力が求めるメンツや見栄だった

 力や格を見せつけられる事でようやく引ける理由を得た

 そして引けるならこれ以上の無理はしなくて良い、きっとそういう事だ

 見れば幾人か同じように険が取れた表情の女神もいる

 まったくもって、この世とは……

 

 その後はゆるゆると茶会は進み

 最後に【クシナダヒメ】が茶会の終わりの挨拶を行い、お開きとなった

 

 

「どうであった?」

 土産に渡された果実に視線を奪われながら夫が聞く

「詳しくはここに、全体としてはそれなり以上の勢力が参加を渋る事になりそうです」

 自分の考察や覚書を纏めたメモを渡す

 駆け引きの手札に使おうとする者こそいなかったが

 単純に参加をするだけのMAGが不安なものは渋るし

 比較的余裕がある所は「飛びついた」と思われないよう時期を見て参加、そういう姿勢が薄ら見えた

 またどうせ参加をするなら特別な報酬を得る事で名誉を得ねば、そう思っている者もいた

 そういう者はしっかり準備をしてから参加するはず、つまり一回目はない

 もちろん彼女たちがそう思っていても、その夫や主たちは違うかも知れないが……

 驚く事にこの地に間借りしている神々の多くはすでに参加を前提にしていた

 そして残念ながら日本の神々の意図は不明だ、しかし確証がなくてもここはやるべきだと思う

「あなたの言う通り、賭けるなら最初の一回目がよろしいかと」

「そうか、うむ……」

 何やらお考えの様子ですが

「その果実、今は食さず迎撃の時に食すことにする、その時までどなたかに預かってもらおう」

「下手したら腐ってしまわれるのでは?」

「どうせ賭けだ、賭けの要素がもう一つ増えても変わらん

 その果実のMAGで少しでも成功率を上げたい」

 まあ! この方が甘い物を我慢するなんて! 

 

 

 そして夫は次のメシア教の兵器迎撃で勝負に出た

【MVP】こそ得られなかったが

【魔人発見ボーナス】と【ファーストアタックボーナス】は得られた

「【MVP】を取れなかったのが残念であるが」と言ってはいるが鼻高々としている

 私たちは得られる報酬を何にするかで頭を悩ませることになった

 【半終末】前にはありえなかった幸せな悩みだった

 

 




多分今後出てこない設定

モブ地母神とその夫
特にモチーフの悪魔はない
有力な勢力ではない

【クシナダヒメ】の格問題
日本神話の最高神の弟、三貴子である【スサノオ】の嫡妻【クシナダヒメ】
この格で問題視されるとは全く思っていなかった日本神側
【外様】からのそれとない忠告(予想)に激怒に近い状態に
日本神側からすると「仲良くしようぜ」と場を用意したら
「お前らの所の女神じゃ格が足らねぇ」と言われた形
「いちゃもん付けて血祭りに上げようぜー!」という過激な意見や
「【外様】とかも動員して威圧かまそうぜ!それでも文句付ける奴は村八分で!」という穏便な意見が出る中
【クシナダヒメ】が正面からマウントを取り黙らせる事を決意した

【多神連合】側の意見の一部
作中で出た意見+
知らんがな、もっとわかりやすい権威持って来て?
それに【クシナダヒメ】、ちょっと弱くない?飢餓とか招かない普通の地母神だし……
文句付けれる隙を見せるな

喧嘩を売りたかった女神たち側の勝利条件
ここで一発凹ませて、【アマテラス】を引っ張り出す(メンツ↑↑)
何でもいいからお茶会で一目置かれて「あの勢力は凄いなー」って周りから思わせる(メンツ↑ 茶会の主の座を得ると更に実益↑↑)
いちゃもん付けて譲歩を出させて唐突に【ガイア連合】からむしり取る(実益↑)


敗北条件
仁義なき戦い勃発(実益↓↓↓負ければ更にメンツ↓↓↓)
マウントの取り合いが消耗戦に突入(実益↓)
何か失敗して恥を晒して周りからの侮りを生む(メンツ↓)
まったく何も言えずに下風に立つ(メンツ↓↓)


特殊勝利条件
誰も傷がつかないうちにそれとなく決着(→か、微↑、長期的には↑)

【多神連合】の一部勢力の勝利条件
絶対に〇〇を出席させるな!傾くぞ!


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第二部3話

【各代表会議】で決まった事はどうにも俺の予想外の物だった

 俺としては【ガイア連合】は今までの方針の継続、そして各神話勢力への支援

 そのあたりにするのだとなんとなく思っていた

 ところがどうもそういう話ではなかったらしい

 より積極的、より前向きに【メシア教過激派】と対決するようになる

 そうとしか思えない内容の事がいくつか決まった

 考えて見れば「今までの方針」というのは

「【メシア教】に目を付けられないようにしつつ時間を稼いで準備を整える」

 というようなものだった

 もう十分に目を付けられ、しかも【ICBM】まで撃たれているのに継続する訳がない

 

 今後も【各代表会議】は行われ【ガイア連合】の人工島が話し合いの場になる

 支援もするが販売を中心に行う

【多神連合】の神々(悪魔)も日本の防衛に関わる事になる

 

 大まかに言えばこれらが決まった

 そしてこの三つを合わせて考えればこういう事になる

「【ガイア連合】が対メシア教戦線の中心になる」

 ここまで大っぴらに横の繋がりを誇示し、力を見せつければ当然そうなる

 【メシア教過激派】からは【対メシア教戦線】の中心部に見えるだろう

 もう時間稼ぎの為に支援をする立場ではない

【多神連合】や【外様】と同じ舞台に上がったのだ

 とは言ってもそれが=戦力の供出等には繋がりはしない

 むしろ【ガイア連合】は内向き、つまり【俺たち】に対しても【渡航制限】をしたのだ

 危ないから、という理由である

 悪魔がその辺をうろつき回ってる世紀末な世界になった事はもちろんだが

 それ以外にも【俺たち】が狙われるから、というのがある

 狙うのは何も【メシア教過激派】に限らない

【多神連合】すら洗脳含むあらゆる手段を使って取り込みにかかったり

 あるいは生贄等によって自らの勢力のリソースに変換しようと企むかもしれない

 特に【俺たち】はその身体の一部すら高度な霊的な素材になる存在だ

 こんな美味しい存在がうろちょろしていたら鴨が葱を背負って来たようなもの

 そういう事らしい

 絶対にどの勢力にも「【俺たち】の身体が高度な霊的な素材になる」と知られてはならない、と注意喚起が行われた

 殺伐とした時代を感じさせる

【半終末】らしさをこういう所から感じた

 

【各代表会議】であるが、上の三つの枠組みが決まっただけではなかった

 平和な時代ではこの三つを決めるだけでも大事業であったと思うが

 今はそういう時代ではない

 速やかにその話し合いの場が持たれ、【対メシア教戦線】において必要な情報のいくつかが提供され

 あるいは提供し、また掲示板にて書き込まれた

 その結果、判明した事は

 例えばアフリカや欧州で猛威を振るっている【魔人】が【終末の4騎士】であったり

 例えば米国の中央部にいる悪魔の正体が【プルート】であったり

 例えば中国で暴れ回っている【魔人】が【マザーハーロット】でそれを追いかける【大天使】が【メルカバー】であったり

 そういう絶望感漂う情報だった

 また、【各代表会議】に出席した【メシア教穏健派】の【天使】による情報提供によると

 米国東部、中部に存在する【メシア教穏健派】のシェルターの音信不通が相次いだという

 彼らの言う所によれば「物理法則の変化が強くなったと思われる報告があった」とかで

 不通となる前に通信機器や発電設備等の問題の発生を伝えていたらしい

 これによって地域によって【終末】の度合いが違うのではないか? という推察を呼んだ

 米国はいち早く【終末】になってしまった、そういう事になるらしい

 掲示板では「さすが先進国」等、少々不謹慎な冗談が書き込まれていた

 

 いくつかの朗報もあった

【魔人】と【大天使】が暴れる中国で現地の神々(悪魔)の存在が確認された事だ

 結界を張り、部分的に【ICBM】の撃墜に成功した者たちだろう

 ただなにぶん中国は広い為どうも一纏まりになっていない節がある

 その中の特に有力なのが【崑崙山】を名乗っている中国神話と仙人系の勢力だ

 が、どうもこの【崑崙山】は個人としてはともかくとして

 勢力としての方針が「消極的専守防衛」とでも言うべきものであるらしい

 なんだそれ? と思って読むと

「攻撃して来たら自衛するけど積極攻勢はしないよ」「基本的には人間頑張れー」という

 なんとも言えない要約で良いらしい

 人間の力を信じてる、と良い方向に解釈するべきなのだろうか? 

 こんな勢力の存在が朗報扱いになるのか……と思ってしまった

 

 もちろんそれ以外にも朗報はあった、但しほぼ【ガイア連合】発だが

 その中の一つに「海上交通の部分的な復活」がある

【ガイア連合】は【終末】をある程度の予想をしていた、起こる事だけではなく起こった時の影響もまた同じく

 そんな【ガイア連合】の予想の中に「物理法則が死に機械が動かなくなる」も当然あったし

「悪魔が湧いてくる」もあったのだ

 そしてそれは何も陸に限定した話ではなかった

【ガイア連合】は海もまた実質異界と化すことを予想しており

 それの対策も準備していた

 その一環が「造船会社の買収」であったらしい

 常に機関部等が【簡易シキガミ製】の船を作り続け、備えておき

 いざ【終末】となったら【占術レーダー】と【オカルト兵装】を装備させる

「オカルト装備をした改装輸送船」の準備をしていたのだ

「戦時改装船みたいでかっこいい!」と評判だった、かっこいいか? 

 そしてその船も【俺たち】の海運会社が運用するらしい

【半終末】前から改装が進められ、既に何隻か改装が終わっていて即時運用も可能とか

 逆に言えば今この段階で数隻しかいない、発表を控えていたのもそのあたりだろうな

 今後は順次改装、並びに新規建造するらしい

 

 これによって【ガイア連合】と諸勢力は海上交通が復活

 各種物資の輸出入が出来るようになる

 輸出品目は多岐に渡る、その中には今まで一度も支援物資に入れられていなかった【デモニカ】の姿があった

【ガイア連合】の本気具合が窺える

 

 

【各代表会議】は単なる連絡会ではない、それ以外にも決まった事がある

 その中の一つが【悪魔召喚プログラム】についての事があった

【ガイア連合】並びに【メシア教穏健派】が【悪魔召喚プログラム】についての情報を提供

 その瞬間、場が沸騰したらしい

「【メシア教】の力の正体の判明による興奮」「機械的に儀式を行い契約を結ぶ事の嫌悪」

 等々で盛り上がったらしいが

【悪魔召喚プログラム】の利用については冷淡と言っても良い反応となった

 その制作の段階で愉快犯的な【邪神】が関わっている事、米国の【邪神・クトゥルー】召喚に関わった事、

 そもそもが【メシア教】由来である事

 これらの事から危険視され、一時は【ガイア連合】並びに【メシア教穏健派】の所有しているプログラムの完全廃棄まで主張されたらしい

 彼らの危機管理意識が健全である事の証明だと思った

 彼らにとってみればどう考えても爆弾でしかないだろう

 それに廃棄させることが出来ればそれを利用している【メシア教穏健派】の戦力も削れる

【各代表会議】の出席している勢力の殆どは元々【メシア教】と敵対していた

 彼らにとって【メシア教穏健派】が味方という意識はない

 

 これに待ったを掛けたのは【メシア教穏健派】、ではなかったそんな発言力はない

【ガイア連合】である

【ガイア連合】は勢力としてこのような趣旨の事を主張した

「敵の武器に対する研究をしない事は愚かしい事だ

 我々がそれを廃棄しても【メシア教過激派】は使用をやめない

 であるならば我々はそれを研究し、弱点を見つけねばならない」

 これもまた道理である

【ガイア連合】の発言力とその主張の妥当性から一先ずは

「【悪魔召喚プログラム】の大幅な改良や流布はしない」という結論で纏まった

 研究目的の利用は良いがそれ以上はNG、そういう方針という事だ

 

 なお掲示板では「俺が! 俺の玩具を! 手放す訳ねぇだろうが!」という技術部の叫びがあった

 真っ当な建前の裏ではこんなもんである

 それに【悪魔召喚プログラム】は将来性的にも無視はできない

 ここは女神転生の世界なんだ

【ガイア連合】では今後も変わらず、研究、改良等が進められる

 

 

 

 さて俺は悩んでいる、世界情勢の事ではない

 もっと身近な事である

 茶会の時【直会】という儀式で食べる事でパワーアップを図った

 微妙に強くなった気がしないが、まあそういう事をした

 それによってちょっとした着想を得たのだ

「食べる事で強くなれるんじゃないか?」というものだ

 考えてみれば古今東西、霊的な食べ物や強敵を食う事で力を付ける逸話は多い

 仙桃を食べた孫悟空や竜の血と心臓を食らったジークフリート

 日本では人魚の肉を食べた八百比丘尼が有名かな、いやあれは長生きしただけか? 

 まあそういう話がある

 であれば霊的な食べ物を食べ続ければMAGの量が多くなったり、霊格が上がるのではないか? 

 そうじゃなくても何らかの強化に繋がるのでは? 

 そう思って、掲示板で調べてみたのだがあまりそれを否定するような話はない

 ならちょっと試してみるか、ちょうど今までそういう物を食べてなかった子がいる

 

 俺はガチャ運はそれほど良くない

 回した回数に対して微妙な当りだったり微妙な外れだったりするのが結構ある

 そういうのを売りに出したり交換に出したりするのが上手い人もいるが

 どうにも俺はそういうのはあんまり上手ではなくて

「なにかに使えるのでは?」「いつかもっと価値が上がるのでは?」

 と思ってつい取っておいてしまう

 その中に汎用スキル【食事】がある、これは普通に価値があるスキルカードなのだが

 使う機会があるかもしれないで取っておいてしまったカードだ

 これを<シオン>に付ける、そうすれば【食事】が出来るようになるはずだ

 

 付けて、実際に食べさせてみたんだが特に変化ないな

「効かないのかな」

 ちょっと考えるがよくわからない

「私たちシキガミや仲魔は供給されるMAGによる影響が出ます、無駄ではないかと」

 とはその様子を見ていた<ライコー>の言葉だ

 なるほど、なら継続して食べさせてみよう、そのうち何か変わるかもしれない

 俺たちも意識して食べるようにしよう

 

 さて問題はこの子だ

 <シロ>である

 この子はただの猫であった時から好き嫌いが激しい子だった

 気に食わないカリカリを出されたら食べないで文句言ってくるくらいに。

 猫は普通にメロンもトウモロコシも食べる子もいるのだ

 だけど<シロ>は食べない

 今までは「食べれば強くなる」なんて思っていなかったからなんとも思っていなかったが

 こうなって来るとどうにか食べて欲しい

 しかし猫に無理やりご飯を食べさせる、というのは結構難易度が高いのだ

 薬のつもりで与えるならともかく食事とは毎日の事である

 毎日嫌がる事をしたくなんてない

 そこで考えた、霊的な作物を食べさせて育てた家畜の肉だったら行けるのではないか? 

 

 

 当初は庭で鶏でも飼うか、と思ったがよく考えてみればここは疑似異界だ

 そこでMAGの込められた作物を食べて育って悪魔化したらちょっと困る

 敵になるなら良い、普通に討って肉にして美味しく頂ける自信がある

 しかし敵にならず、普通に懐いて来たりしたらこれはちょっと討つのが辛い

 知性を得てしまったら更に辛い

 それで討てず、仲魔になったら仲魔の同族である鶏を食べれなくなっちゃうかもしれない

 鶏卵も鶏肉も普通に好きだからそういう事は避けたい

 気分的なものだ

 まあ気にしないで仲魔の鶏の前で鶏肉食べれる可能性もあるけどさ

 そこでだ、【山梨第一支部】や【山梨第二支部】には各種農場がある

 その農場の中には当然養鶏場もある

 この養鶏場に依頼して、俺の所の作物を食べた鶏を育ててもらって

 それを出荷して貰えばいいんじゃないか? そう思いついた

 素人が育てた肉よりもプロが育てた肉の方が美味しくなりそうだしな

 

 という事でさっそく近場の養鶏場を調べて

 電話をしてとりあえず話を聞いてもらえる事になった、しかもその日のうちに

 サンプルとしてコーンとナスと大根とメロンを持ち込む、そんなに遠くなかった

 霊装になっている作業服を着たおじさんに挨拶し軽く雑談する

 当たり前だが【俺たち】だ、そして【覚醒者】らしい

 どうもこの手の特注品の依頼は結構ある話らしく慣れているらしかった

 特に神々(悪魔)関係で生贄や供物、贈り物として需要があるらしい

 それで色々と注文が入るのだとか、無理なお願いというわけでないらしくてほっとした

 あと俺の懸念だった「鶏の悪魔化」は微妙に否定された

「そこまで才能がある鶏はあまりいないと思いますが」だそうである、微妙に居そうな口ぶりだ

 そして持ち込んだ作物を味見され

「これなら行けます」と言われた、コーンと大根の葉が良い感じらしい

 そして何羽育てるかとか、出荷するのはいつだとか色々決め、見積もりも出してもらい

 特に何か言うような金額ではなかったのでそのまま契約、とりあえず半年分の契約をして前払いで全額払った

 必要な餌用の作物の量や運搬等の話も済ませる、意外と必要な作物の量が少ないのは混ぜて使うかららしい

 この養鶏場の基本的な餌に混ぜて使うのだとか、栄養バランスとかも調整してから餌として出すらしい

 色んな餌を加工できるように機材も各種取り揃えているんだそうな

 出来た鶏肉は週一で宅配してくれることになった

 最初の鶏肉が届くのは二週間後である

 一から霊的な作物を食べさせて育てた鶏は一月後と言われた

 ずいぶん早いな、と思ったら【養鶏】の加護を持っているらしい

 それによって成長速度が上がっているのだとか、日頃から良い加護貰ったと思っていると、

 そして

「どこの誰に貰った【加護】なのか分からないのが難点なんですがね」

 何それ怖い

 なんでも鶏の慰霊祭に出席したら生えて来たらしい

 そんな事ってあるんだな

 

 家に帰って、これで半年は【半終末】でも鶏肉の供給に困る事はないな! 

 と満足していたら、ふと思いついたことがあった

 茹でたコーンを冷まし身を削ぎ落し、<シロ>が普段食べている缶詰と和えてから<シロ>のご飯皿に入れてみる

「<シロ>ー!」

 名前を呼んだら出てきた、面倒くさそうな顔をしている

 そしてご飯皿を見つけ普通に食べた、コーンも残さず

「鶏肉の契約いらなかったな……」

 まあいいや、俺たちの分も発注したし無駄にはならんだろ

 

【各代表会議】でどんな衝撃的な話が来ても良いように

 その次の日である今日はレベル上げを休みにしていた

 休みにしていたのだが、なんか微妙に休みの日を潰した感があるなぁ

 

 

 

 <シロ>と<ユキ>の枕になりながら掲示板を見る

 今日一日で【各代表会議】でもたらされた情報の考察等が進められていた

 楽観的としか言いようがないものもいくつかあり

 こういう考察をしたというより「こう思いたい」というのを感じさせるものもある

 その中に「実質【メシア教過激派】の力は半減したのでは?」というものまであった

【クトゥルー】と【プルート】の存在のせいで、今では米国の【メシア教過激派】は西側を握っているだけになった

 米国の霊的国防機関であった頃と比べれば土地の広さ的に1/3以下、国力的には更にそれ以下になったのでは? 

 というのがその説の主張だ、「【メシア教過激派】自爆説」という事である

 そして【終末】により物理法則が狂った事で今後は【ICBM】を撃てなくなるし

 世界が【半終末】を迎え対メシア戦線に有力な悪魔が味方として加わった、これはもう勝ちでは? 

 という話に展開される

 少し考えてみるが、自分は否定的な気持ちになった

【メシア教過激派】は自ら【ICBM】を撃ったのだ、こうなる事を予想していなかったはずがない

【過激派】に限らず【メシア教】全体において【終末】は教義的に意識される事だった

 これは【穏健派】が世界中に作ったアホみたいな数のシェルターが証明している

 そして世界中に現れている謎の【過激派天使】たちの存在

【終末】に備え【終末】を招いた存在がそんな間抜けな事をするとは思えないし何故か【過激派天使】が増えている

 自爆はないだろ、というのが自分の感想だ

 そして掲示板でも否定されていた

「【俺たち】が異界内や【終末】後に機械を動かせるように研究していたように【ICBM】も動かせるようにしてるんじゃね?」

 等言われていた、【ガイア連合】もそれを前提にして【多神連合】の神々(悪魔)を今後の【ICBM】迎撃に活用するつもりだ

 この意見に自分は賛成である、賛成であるが

「つまりまた【ICBM】が世界中に落とされる可能性が十分あるんだな……」

 そういう事になるはずだ、嫌な可能性だ

 

 悲観的な方の意見に目を向ければ

【多神連合】なんぞ結局は人外の価値観で動く烏合の衆に過ぎず

【メシア教穏健派】なんぞは頭メシアンなのだから絶対に裏切る

 世界に味方は【俺たち】のみ! 

 という大変に孤独感溢れる主張をしている【俺たち】がいる

 故に海外への輸出、支援など不要!

 そのリソースは全て【俺たち】に回し一心不乱のレベリングを!と続く

 うーん、これはこれで正しいのかもしれんけど

 それでどうにかなりそうな相手じゃないから困ってるんだよなぁ

 それに数は大事だよ、その辺から湧いて出るようになった【天使】(悪魔)相手に消耗戦なんてやってられないし

【多神連合】も【メシア教穏健派】も必要な戦力だと思う

【メシア教過激派】も【魔人】も世界中にいるからなぁ

 いや悲観的な意見と思ったがこれはむしろ楽観論なのか? 

 最終的には【俺たち】だけでどうにか出来る、というのが前提にないと成立しない考えでもあるしなぁ

 

 またこれに関連して議論も巻き起こっていた

「そもそも【多神連合】や【メシア教穏健派】に物資輸出する意味ってあるの?」という疑問から始まったものだ

 出来る事とやる事は違う、利益にならなきゃやる意味がないではないか

 そういう議論だった

 特殊な装備をしなければ渡れなくなった危険な海を渡り、海外に輸出するだけの利益があるのか? そういう事だ

 それに対し【各代表会議】の議事録を読む限りでは、と前置きした上で考察してた人が

「【多神連合】や【メシア教穏健派】に価値があるならある」という何とも言えない書き込みをした

【多神連合】の神々(悪魔)も【メシア教穏健派】も外部からの補給がないと崩れ落ちそうな節が見られるのだという

【多神連合】には信者がそれほど多くなく霊地も弱い所に顕現した事で【権能】の出力が足りない勢力が多い

 その結果ジリ貧に、「支援くれなきゃ今抱えてる人間死ぬし、そうなると俺たち帰っちゃうよ?」とそれとなく言ってくる有様

 お前ら何のために魔界から来た

【メシア教穏健派】は宗教的情熱に駆られて無節操に人を受け入れた結果、シェルターの許容人口がパンクしている所の方が多い

 その結果ジリ貧を通り越してドカ貧、「彼らは「同志たちが助けに来てくれる」と信じて待っているんだ!」とか言っている有様

 どこにそんな同志がいるんだ

 そして「放っておくと勝手に死にそうだから利用価値があるなら助けないとどうにもならん」と続け

「無制限な支援なんて出来ないし、だからマッカを稼ぐ方法も含めて【ガイア連合】が考えてやらんと……」という結論に

 スレが「そんな無能どもが何の役に立つっていうんだ!」と荒れていた

 確かに頼りない連中だ、こんなので【メシア教過激派】と戦えるのか? 

 

 

 そんな事を考えながら他のスレを眺めていると

【各代表会議】での情報や今【ガイア連合】で分かっている事を纏め

 世界地図の白地図に書き込んだ画像を掲示板に上げた【俺たち】が出てきた

 画像を開き、見て、唸る

 改めて見るとこれはきつい

 

 まず日本に近い所から見れば

 西の中国では赤い服を着た女性の魔人【マザーハーロット】とチャリオットの大天使【メルカバー】

 小さく【崑崙山】の絵と、【メシア教過激派】と【メシア教穏健派】が描かれている

 南のオセアニアにはバイオリンを持った魔人【ディビット】、北には何もなしで

 東は遥か遠くに【メシア教過激派】の中心地米国西部がある(邪悪そうな顔をした天使が描かれていた)

 中々苦しいがこの日本の立地は世界で見ると「物凄く恵まれている」方になってしまう

 恐ろしい敵とある程度以上の距離があり、陸地で接していないからだ

 

 インド、中東方面はラッパを持った魔人【トランペッター】と大口開けた魔王【アバドン】

 何故かカレーを持ってる【多神連合】の【インド神話勢力】が描かれている

 また小さく【メシア教穏健派】の存在が描き込まれているが、

 これは戦力として数えてはいけない状態らしい

 インドは元々人口が多くそれが【アバドン】の眷属であるイナゴの群れ、【蝗害】による食糧危機等で

 特に苦しい事になっているそうだ、蝗と痩せ細った人が描かれていた

 アフリカ、西欧の一部には四色の【終末の4騎士】が描かれ、なんと四体ともこの辺りをうろつき回っている

 その代わり西欧には【多神連合】の【ギリシャ神話勢力】【北欧神話勢力】等が大きく書き込まれ

 更には【メシア教穏健派】もいる、激戦地となるだろう

 そして【終末の4騎士】もまた【飢饉】や【疫病】を撒き散らしている、餓死者等を表現した絵がある

 南米はよくわからないらしい、魔人と思われるものも確認されたが主神級の現地悪魔も確認されている

 しかしこの現地悪魔は【多神連合】には所属していないらしく不明、魔人と激しい争いをしている

 大きく?VS?と描かれていた

 北米は【メシア教過激派】髑髏の【プルート】イカの【クトゥルー】が描かれ

【プルート】の方には毒と火が、【クトゥルー】の方にはグールが描かれる

【メシア教穏健派】の絵も描きこまれているが?が横にある

 今も存在しているか分からない、という事だ

 この【プルート】は自分を召喚したはずの【メシア教過激派】とも【クトゥルー】とも敵対しており

 北米の地は三分割された形になっている、当然のようにカナダが巻き込まれていた

 

 その他、神々(悪魔)が顕現し、人の囲い込みに成功した報告がそこそこされていたが

 この地図には書き込まれていない

 勢力として認識するに足る力がない、と見なしたようだ

 実際にはそれなり以上の数の神々(悪魔)が顕現しているらしいのだが

 実力が未知数としか言いようがないのでこの扱いもしょうがないと思う

 それとは逆に世界中に湧いて出る【過激派天使】も描かれていない、一々描いてたら切りがないからだ

 

【魔人】、基本は聖書において終末を呼ぶ存在として描かれ

 女神転生でも度々強力な敵として登場した特別な存在

 しかし当然その扱いや実力が作品ごとによって違い

「レベルの割に耐性が恵まれているがそれほど強くない」程度の存在だった【魔人】もいた

 では、この世界ではどうかというと

 どうも本当に【終末】を呼ぶに相応しい実力があるようだ、召喚されてから得たMAGによるものか

 あるいはこの世界では最初から特別強い存在だったからなのかは分からない

 どうあれ同じようにゲーム上では強力な存在として描かれていた各神話の主神級の神(悪魔)が

 攻めあぐねている所を見るとやはり【魔人】は特別な強力な存在の様だ

 この【魔人】が一種の第三勢力化し、【穏健派】も【過激派】も【多神連合】も普通の人々も

 まったく気にせず目に付いた端から殴りかかっているのがある種の救いになっている、敵の味方ではないから

【過激派】だけぶん殴ってくれないかなぁ

 

 

 今後【ガイア連合】は上手く【多神連合】と【メシア教穏健派】を仲裁、協調させ

 出来れば緩い協力関係を、最低でも敵対しない程度の関係を築かせる方向で動くという。

【多神連合】を構成している各神話勢力の悪魔としての個の力

【メシア教穏健派】の持つ【人の数】と【終末を考慮した各種インフラ】、【組織としての統率力】

 これらを【ガイア連合】は有用と見た

 前者は分かりやすい、求めるのは戦力だ

【多神連合】の神々(悪魔)はMAGさえ確保できれば十分以上に強い力を発揮するはずだ

 力を発揮した時の神と呼ばれる悪魔の力を、【ICBM】の迎撃の時に俺は見た

 だが後者は【天使】の事が一切書かれていない、求めるのは単純な戦力ではないのか? 

 そう思って首を捻っていれば詳しい解説が書かれていた

【ガイア連合】は今後、既存の社会がほぼ滅びると想定

 積極的に人間を保護し養い、悪魔に対抗する【勢力】が必要となる

 それを担えるのは【メシア教穏健派】しかいない、という判断だという

【ガイア連合】ではそれは出来ない

 勢力が広範囲に広がっていない事、単純なマンパワーが足りない事

 そもそもそのような意欲が薄い事、これらの事から出来ない

 そしてこれは【ガイア連合】が慈善や人類愛に目覚めたというわけではなく

「【多神連合】に【保護】される事が人間の生きる唯一の術」という事になってしまったら

 人間というリソースを【多神連合】が手に入れすぎるという考えによるものらしい

【多神連合】の神々(悪魔)に力が集中し過ぎるのはパワーバランス的によろしくない

【メシア教過激派】との戦いが終わったら永久不滅の世界平和が訪れるというわけでもないのだ

 その時に対処不可能な力関係になっていたら困る

【多神連合】に対しリソース(人間)の奪い合いが出来る存在が同じ陣営にいると都合が良い

 その役割を【メシア教穏健派】に見出した

【メシア教穏健派】はその歴史、教義、思想からして

 間違いなく【多神連合】と心の底から協力関係になる事はない、これもまた都合が良かった

【多神連合】が強くなり過ぎないように【メシア教穏健派】には頑張ってもらう

 またそれは【メシア教穏健派】にも言える事だ

【ガイア連合】は【多神連合】と【メシア教穏健派】を上手くコントロールして

【メシア教過激派】との戦いに臨む

【ガイア連合】にとって脅威になり過ぎない程度に彼らを助け強みを活かす

 

 しかし穏健派と言えどあの【メシア教】が「人間を保護する勢力」扱いってのは変な気分になるな

【穏健派天使】は人間の【見守り】【保護】を重視しているらしいが、それもどこまで本当かどうか

 いよいよ戦況が怪しくなれば【過激派】に合流したりするんじゃないだろうか

 そういう事にならなくても、【メシア教穏健派】が人類の多数を導く未来っていうのはちょっとなぁ

 理想の未来は【多神連合】と【メシア教穏健派】と【メシア教過激派】と【魔人】の共倒れだな、さすがに欲張り過ぎだが

 それにしても既存の社会、【情報統制】されつつもまだ存在している国家群

 それらがほぼ滅びる前提の話を改めて突きつけられると気が重くなった

 そしてこの想定は当たると思う

 元々この事態を表側の体制でどうにかなるなんて誰も思ってはいなかった

 世界は崩壊する国々を舞台に【多神連合】と【メシア教穏健派】と【メシア教過激派】の陣取り合戦が

 そして全てを吹き飛ばす【魔人】の暴虐が繰り広げられる

 

 

 敵は強い、味方は頼りない

 その頼りない味方も今はともかく将来的には味方かどうか分からない

 複数の意味で信用に欠ける勢力たちと協力して乗り切らなきゃならない

 この【半終末】は俺が思っていたよりも複雑で難しい時代の様だ

 

 



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第二部4話

 走る、走る、走る! 

 突然の襲撃に驚く贅沢を味わえたのは一瞬だけだった

 襲撃されたと同時に敵わないと逃げたが逃げ切れない

 敵は私を追いかけて来る

 すぐには殺す気がないのだろう、当たらないようにわざと足元を狙って撃ってくる

 電撃を避け衝撃を避け火炎を避け続けたが、それも敵が当てる気がないからだ

 甚振るつもりかもしれない、なんて邪悪な奴らだ

 しかし捕まるのも時間の問題だろう

 逃げる先を誘導されているのがはっきりと分かるのだ

 それが分かっていても誘導されざるを得ない

 何せ敵はどれも私では敵わないほどの霊格を持っているのだから! 

 そんな敵が私を殺すのではなく捕まえようとする、捕まったらいったい何があるというのだ

 敵は私を緩く包み込むように追いかけ、逃げる先を制限してくる

 一目散に逃げ出した自分の判断は何も間違っていなかった、間違っていなかったのに! 

 ああ、しかし!とうとうお終いの様だ

 今こうして目の前にいる凶悪な敵を見て絶望で足が止まる

 もう逃げられない、背後からも気配を感じる

 

「降伏しろ、【タンガタ・マヌ】!」

「肝置いてけ! 肝置いてけ! なあ!!」

 人間めぇ!! 

 

 

 事の始まりは数日前、【クシナダヒメ】様の祠の掃除をした後のちょっとした雑談の時である

「そういやお茶会の時に呪詛対策に服を燃やしたりしましたけど

 あれってやる意味あったんですか?」

 根が貧乏性のせいかもったいなく感じた

 一回しか着ていない服や靴を燃やす経験なんてそうそうないだろう

 いや、そもそも服を燃やす事なんてあまりないか

「えっ、今更?」

 とはちょっと気が抜けた【クシナダヒメ】様からの返答だ

 今更も何もそういう話今までしてなかったじゃないか

「あったわよ、あの場には魔術や呪いに詳しい方もいたんだもの」

 無警戒でいたらどんな目に遭ったかわかったもんじゃない、と【クシナダヒメ】様

「一応、即死対策で【ミガワリナス】持ち込んでいたんですけど」

 だから即死はしないから大丈夫だと思う

「殺すだけが呪いじゃないのよ?」

 あっ

「直接死なない程度の呪いなんていくらもあるわ

 それに何も危害を加える事だけが呪いじゃない

 だから可能な限り呪い除けはしておいた方が良いの」

 

 というような会話があった

 考えてみれば女神転生でも「呪殺=即死」じゃないもんな

 俺の中では「呪殺=ムド=即死」のイメージが強いけど必ずしもそうじゃない

 ダメージを与えるタイプの呪殺属性の攻撃もあるし、ある種の状態異常攻撃も呪殺属性だ

 そして今の装備では全然意識してなかっただけあってザル状態と言って良い

 一度気になったら何とかしたくなった

 もちろん切っ掛けになった「魔術や呪いに詳しい女神の呪い」なんてものにどうにかなるか分からないが、状態異常には何とかしたい

 回復手段こそあれどそもそもこういうのは食らわない方が良いだろう

 これは何とかするべきだ、と思って売りに出されている装備品をチェックしてみたのだが

 中々良い物がない

 この場合の良い物、とは当たり前だが俺にとって良い物だ(<ライコー>は素で呪殺無効だ)

 まず前提として俺は着るタイプの装備は今使っている服から動かすつもりはない

「物理耐性+銃撃耐性」を持つ今の装備を動かすならそれ以上の耐性を持つものではないと困る

 俺は物理系の攻撃にはあまり強くないからだ

 そして所謂「籠手」タイプの腕装備、これはちょっと品物を選ばなければならない

 俺はアイテム係も兼ねている、いざという時に物を掴みやすい装備ではないと不安だ

 となると出来れば、頭装備、靴装備、アクセサリー類になる

 その中で売りに出ている物、購入出来る価格の物、

 更に俺のレベル帯で通用する物となるとこれが難しい

【ミガワリナス】に頼る前の装備はもうこのレベル帯で使うのは不安だし

 出来れば新調したいのだが……

 そう思って調べていると気になる情報を見かけた

 

【魔晶変化】というシステムが女神転生シリーズの一部の作品で存在する

 忠誠度が最大に達した仲魔の、その身をアイテムに変化させるシステムだ

 変化するアイテムは有用な物もそうじゃない物もあり、悪魔やレベル毎によって変わったりする

 この【魔晶変化】、どうもこの世界にも存在するらしい

 始まりは【悪魔召喚プログラム】の研究が進んだ事だった

 メシア教産の【悪魔召喚プログラム】は複数のプログラムを内包している、

 全て合わせて【悪魔召喚プログラム】だった

 その内包している物の中に【悪魔交渉プログラム】が入っていた

 とりあえず切り取り、少し弄るだけで単独で動作したらしく「会話出来るだけなら無害だろ」という事で

 雑に実装、【デモニカ】に導入された

 ただこの時点では【悪魔交渉プログラム】はそれほど期待はされていなかったらしい

 まず、このプログラムがなくても交渉できる悪魔は前々からいた

 会話等をした逸話があったり、友好的であったり言葉が通じるような悪魔だ

 また神を名乗るような高位の悪魔なら普通に会話が出来た

 逆に言えば普通に会話が出来ないのはどういう悪魔が多いのか

 言葉が通じなかったり、そもそも友好的じゃないような悪魔だ

 そんな悪魔と交渉して得るものあるの? という反応が多かった

 とは言っても【交渉】が出来る、というのは可能性が増える事なのは確かである

 このプログラムを期に、契約をして【仲魔】を増やすぜ! と燃えた【俺たち】が増えたらしい

 凄いコミュ力だ、俺には真似できない

 そしてそんな【俺たち】の中でも失敗する者もいれば成功する者もいた

 成功した【俺たち】は良かったね、だけで済めば【魔晶変化】の話には繋がらない

 こんな話があった

 とある【俺たち】と契約した【仲魔】、それには【シキガミ】にはなかったある問題があった

【才能】である、もっと言えば成長速度が追い付かなくなったらしい

 特にスキルが成長しなかったのを気にしていたとか

 契約をしたその【仲魔】は才能豊かな【俺たち】のサマナーについて行けなかった

 とは言えそのサマナーの方はあまり気にしていなかったらしい

【悪魔】であれば【成長限界】は高いと聞く、MAGが馴染めば自分の影響を受けてスキルも生えるだろう、と

 時間を掛ければ解決する事だと思っていたようだ

 そしてある異界探索中に【仲魔】が死んで蘇生を行い、気にする【仲魔】を慰め

 その翌日【仲魔】は一本の【ピクシーナイフ】になっていた、一枚の書置きを残して

 

 この出来事、「最初の魔晶変化」や「ピクシーナイフ事件」と呼ばれたそれは

 そのサマナーが【星霊神社】で【ピクシーナイフ】からの【蘇生】を願い出た事から発覚

 各種調査が入り上記の話と共に【魔晶変化】の実在が知れ渡った、【蘇生】は出来なかった

 ちょっと前の事だ

 さて、そんな【魔晶変化】であるが存在が確認されれば【俺たち】の新しい力にするべく

 検証等が急激に進められる事になる

 そして当然であるが強い装備を生む悪魔の【魔晶変化】の確認、それが優先された

 その確認された悪魔の中に【タンガタ・マヌ】がある

 変化して生み出す装備は「鳥人の腕輪」、呪殺無効装備だった

 

 

「という事で【タンガタ・マヌ】、こちらの契約書にサインを」

「ふざけるな人間! いきなり襲って言う事がそれか!」

「私もそう思うなー源氏くん、という事で【タンガタ・マヌの肝】を……」

「ひっ!」

 しかし【悪魔交渉プログラム】凄いよなぁ、普通に会話できるんだもんなぁ

 新しく購入した【ガイア連合製スマホ】を見ながら思う

 このプログラム、容量が重いし電力を食うから今まで【デモニカ】ぐらいにしか使われてなかったが

【マグバッテリー】内蔵の【ガイア連合製スマホ】が普及した事からスマホにも入れられるようになった

 こうしていると【悪魔召喚プログラム】が使えるようになる日も近いかもしれない、そんな気になる

 そんな感心をしつつ悪魔交渉を進める

「しかしだな【タンガタ・マヌ】よ

 このままだとお前はただ死ぬだけだし肝を取られるぞ

 この聖女ちゃんは珍味と知られる【タンガタ・マヌの肝】がご所望なのだ」

「ご所望なのだー!」

【タンガタ・マヌの肝】

 俺は詳しくは知らないがそんなアイテムが作中で食われる作品があったらしい

「ドロップしないかな」と聖女ちゃんが楽しみにしていたのだが

 残念ながら交渉決裂してから討った【タンガタ・マヌ】からはまだ一回もドロップしていない

 そして徐々にこうして脅すようになってしまった

【タンガタ・マヌの肝】は人を狂わせるのだな、食べた事ないらしいけど

 まあネタだと思うが

「悪魔の肝を欲しがる聖女なんかいるか! 私は不当な契約には頷かないぞ!」

「その意気や良し! さぁ! 肝ガチャの時間だ!」

「やめて!」

 

 結局その後、脅しと対価のマッカに屈して【タンガタ・マヌ】は契約を結んだ

 この異界の【タンガタ・マヌ】はレベル20程度だからしょうがない

 むしろレベルが上の異種族に囲まれてこいつはよく粘った方だ、大した奴だ

 そして今この【タンガタ・マヌ】は、酒飲んで、鶏食って、宝玉食ってる

 

【魔晶変化】に対する研究はそこそこ進んでいた

 作中に出たシステムをある程度参考にすればいいのだ

 そして忠誠度を上げるアイテムが複数確認された

 その中にあった【ニワトリの死体】と【宝玉】が比較的用意しやすかったので揃えた

【ニワトリの死体】は俺が契約した養鶏場から直接買った普通の鶏である

【タンガタ・マヌ】に飲ませている酒は【俺たち】向けの【覚醒者】でも酔える酒だ

【魔晶変化】が登場する作品で酒の類は忠誠度を上げる効果はないのだが

【魔晶変化】の為に色々試した人の報告で「酒を飲ませたら効いた気がする」というのがあった

 何となく「一緒に酒飲んで仲良くなっただけでは?」と思わなくもないが

 先達の言う事はなるべく聞いておくべきである、という事で俺も酒を飲ませている

 あとはこの酔っ払って眠りこけてる【タンガタ・マヌ】を【星霊神社】の技術部に放り込んで

 魔晶化してもらうだけだ

 この契約は対価を与える代わりに魔晶変化してアイテムを提供してもらう内容のものだった

 

 

「お疲れさまー」

 聖女ちゃんといつもの居酒屋で飲む

「意外と時間かかりましたね」

 魔晶化はまだ安定していない技術で微妙に成功率が悪い

 ちゃんと「忠誠度を上げるアイテム」を食べさせても失敗したり

 何故か【魔晶変化】したアイテムではなくドロップアイテムやフォルマ、マッカになったりする

「真心が足らないのでは?」なんて掲示板で大真面目に語られていた

【魔晶変化】発見に繋がった事件にあった「朝起きたら変化」していた、という話もまだ聞かない

 結局数日がかりで何体も【タンガタ・マヌ】を魔晶化してようやく二人分揃った

「でもまーやった甲斐がある装備だったと思うよ?」

 とチューハイを飲みながら聖女ちゃんが言ってくれた

 頷く、鳥人の腕輪は単純な霊装としての性能も中々良かった

 呪殺無効でもあるしこの装備ならしばらくは使えるはずだ

「なら良かったです」

 使う装備を得る為、とは言っても思い付きで確実とは言えない事に何日も付き合わせた事になる

 これで腕輪が全然使い物にならない物だったりもっと時間が掛かったらどうしようかと思った

「いやーそれにしても【魔晶変化】、本当にあったんだね

 今更だけど驚きだわ」

 頷く

「俺としては普通に交渉で【魔晶変化】を呑むのも驚きでしたよ」

 その悪魔にとって死を要求されているに近い【魔晶変化】

 それを要求されて、マッカや宝玉の数次第で「まあこれなら」と判断する悪魔

 死生観の違いを感じる

「あれはなんなんだろうねー

 よく言われてるように「魔界の本霊」の意向って事なんかね」

 ある種の悪魔はどうにも「自分の命」にすら絶対の価値を置かないようだ

 価値はある、しかしそれは何らかの交換材料になる物、そういう扱いらしい

 そうでない悪魔もまた多いらしいが……

 そして彼らが要求するマッカやMAGは最終的に「魔界の本霊」に渡るらしい

「「ピクシーナイフ事件」の件がありましたんで、

【魔晶変化】はもうちょっとこう……」

 なんだろ、上手く言語化出来ない

 言葉に出来ないそれを飲み込むように烏龍茶を飲む

「気持ちの篭った物だと思った?」

 そう、それだ

 言いたいことがカチッと嵌ったような感覚になる

 サマナーと仲魔の絆や思い、そういうのが強く篭められた特別な物だと思っていた

 そう言った気持ちの結晶が【魔晶変化】になったんだと思ってた

 しかし自分たちがやった【魔晶変化】にそんな気持ちなんかない

 条件を擦り合わせ、契約を行い、履行し、「じゃあそういう事で」と行われるものだった

【魔晶変化】を嫌がる者も「人間なんかに!」という意思こそあれ

 マッカ等を積み上げれば「まあ考えても良いかな」程度になった

 別にその事に不満があるわけではない

 だからあまり気にせず【魔晶変化】をさせる事が出来たという面もある

「地上の異界に顕現するような悪魔なんて出稼ぎの為の末端で

 だから稼げれば【魔晶変化】でも何でも、という理屈も分かるんですが……」

「源氏くんはロマンチストだよねー」

 ロマンチスト? 

「引っ掛かってるのは「ピクシーナイフ事件」でしょ? 

 もっと言えばピクシー側の気持ち」

 そうかもしれない、なんとなく「ピクシーナイフ事件」のピクシーは思い詰めた結果だと思っていた

 力不足で付いて行けない事に気を病み、自分を責め、それでもサマナーの為に

 そう思った末の行動だと思っていた

 しかし悪魔にとっての命が軽く【魔晶変化】にもそれほどの意味がない行動だとしたら、

 自分のこの想像は単なる妄想に過ぎない事になる

 ピクシーがサマナーに見切りを付けて置き土産を置いて魔界に帰っただけという可能性すらある

 しかしそうなると仲魔を失ったサマナーの気持ちは……

「現状、「ピクシーナイフ事件」の類例はないし

 事件のピクシーナイフは妙に高性能って聞いたよ」

 知らない、そんな話あったのか

「性能が普通のピクシーナイフよりちょっと良いんだって

 サマナーを思う気持ちかもねーって」

 そうなのか、なら……

 それから少し飲む

 

「それにしても最近の進歩は凄いよねー

【悪魔召喚プログラム】の研究に、【魔晶変化】、メガテンしてる気になるわ!」

 と、日本酒の冷をグイっと飲む聖女ちゃん

「この分だと私たちが【悪魔召喚プログラム】を手にする日も近いかも」

「ですねー」

 最近の著しい進歩は技術部や物作り班等の【俺たち】も刺激される所が大きいらしい

【魔晶変化】から生まれる装備品のコピーや改造をできないか何かの原料に出来ないか等色々やっているそうだ

【悪魔召喚プログラム】の方も何かやっているようだが、そちらはあまり話が出てこない

「そして嬉しいのはスキルカードの供給量が増えるらしいって事! 

【外様】がこんな風に役に立つなんて思ってなかったわ」

【外様】の神々(悪魔)が【ガイア連合】でスキルカード製造のバイトをしているらしい

 それでマッカやMAGを貯め、【ICBM】迎撃の元手等に使うのだとか

【外様】の神々(悪魔)がそこまでする程の飴を【ガイア連合】が用意しチラつかせた

【ICBM】迎撃には【MVP】報酬等があり、働きが良かった神々(悪魔)が特に良い報酬を受け取れる

 地上に顕現し自らの領地を握れている程度に強い【多神連合】

【ガイア連合】から回される仕事のおかげで余裕が生まれた【外様】

 この二つの集団を競わせる算段だろう

 飴が魅力的であり競争相手が強ければその分競争は過熱化するはずだ

【ガイア連合】は【ガイア連合】にとって都合が良い流れを作り出した

「技術が進歩して更に強くなれてそれのおかげでマッカやフォルマを集めてまた技術を進歩させられる! 

 最近じゃ【アポリオンキラー】の研究とかも始めたって聞くしね!」

 良い流れだわー! とぐびぐび焼酎を飲む聖女ちゃん

 うーん、いつもよりお酒の勢いが強い気がする

 

「何かありました?」

 少し考え込むようになった聖女ちゃんに声を掛ける

 そうするとお酒を飲んでちょっと下を見ながら

「私のPTが正式に解散するってさ……」

 ああ、正直そうなるなって思っていた

 さすがに一月近く固定PTが活動休止してたらなぁ

「解散は良いのよ、いや良くないんだけど

 まあ覚悟はしてたしさ」

「では何が?」

「解散の理由がねー」

 要約するとPTメンバーの一人が「レベル上げをする意欲」を失ったという

【半終末】を迎えても【終末】にはならなかった、日本は無事だった

 今後も【ガイア連合】は力を増し続けるし覚醒する【俺たち】も増え続ける

 警戒していた【メシア教】も分裂した事で日本国内にいる奴らはとりあえず敵対関係ではなくなった

 もう無理してレベル上げしなくて良いんじゃないの? これ以上頑張らなくても良くない? 

 そうなったという

 それはなんとも……

「痛い思いなんてしたくないし、レベル上げの終わりが見えないし

【魔人】や【大天使】に勝てるほどってのは現実的じゃないし

 だからもうほどほどで良いじゃない? そういう事らしいのよね……」

 まあわからないでもないのよねー、とチューハイを飲む聖女ちゃん

 この世界の戦闘は、圧勝できるほどのレベル差と通用する攻撃があれば十把一絡に無双できる

 そして自分が出来るように自分より遥かに強い敵は自分側に対して同じように無双できる

 そう思ったら「自分」が頑張る意味を感じられなくなったと言う

 そして「本当に強い人たち」が【ガイア連合】にいるんだから大丈夫だと

「でもそれって結局は自分の命を自分より強い何かに預けてるのと同じなのよ」

 だからさーと聖女ちゃん

「例え結果的に力及ばず何かに頼る事があっても、なるべくなら自分の力で。

 そして可能な限りその力を高めて生きるべき、って思ってたんだけどねー」

 もう自分は頑張らなくて良い、疲れた時にそう思ったら足が進まなくなった、そういう事か

「で、そうじゃなかったのがPTリーダーで、積極的レベル上げを止める提案と自分の考えを表明したら

 PTメンバーと喧嘩になっちゃったのよ、ちなみに私には喧嘩してからその話が来た」

 えぇ……

「まあ私と話すのが最後なのは正解だったと思うわ、私レベル上げやめる気ないし」

 聖女ちゃんはまあそうだろうなぁ

「根本的な話、【メシア教】に負けたら族滅食らうか

 死んだ方が良いような目に遭うと思うのよねー

 天使の子供孕まされたりとかさー」

 うん、まあそうだろう

【俺たち】の身体は「霊的な素材」になる、そして霊的な才能はある程度遺伝する

 ならば【メシア教】に負けたら産業動物のような扱いになるだろう、という予想は前々からされていた

【悪魔召喚プログラム】の存在が判明する前は

「過去に転生した【俺たち】の誰かががそういう目に遭わされたから

 今の【メシア教】はこれほど強いのではないか?」

 なんて話もそこそこされていた程だ

 そういう考察をしていた人たちは【悪魔召喚プログラム】の存在を知りホッとしたらしい

 強さの理由が別口で見つかった、と

「自分より強い誰かが戦ってくれるから、でどうにかなる戦いじゃないと思うんだけどなぁ」

 しんみりしている聖女ちゃん

 

「ところでそれなら割とすんなり解散しますよね? 

 なんで一月近くも経ってから解散なんです?」

 喧嘩もしているし話し合う余地等がまったくなさそうだ、自分ならさっと解散すると思った

「PTメンバーの装備はPT収入で整えてたのよ、特に前衛のメンバーを優先して

 PT解散する段階になってそれが原因で揉めて……」

 うわっ、なんか物凄くドロドロしてそう

「まあ全部済んだ話だけどさー、なんかもう疲れた感じよー」

 そしてため息を吐いて続ける

「良いPTだったんだけどねー、リーダーの方は最後に餞別までくれたし」

 餞別? 

「私が使えるような装備よ、あれはもう楽な異界にしか行く気なさそうねー」

 その後、かぱかぱ飲んでるうちにいつの間にか聖女ちゃんとしばらく組む事になった

 今の関係の継続である

 

 

 

 <シロ>と<ユキ>にブラシを掛けながら思う

 悪魔と人間にはどこか奥深くに価値観の相違がある、そう感じた

 命乞いをしマッカを差し出す悪魔

 サマナーの為に我が身を捧げアイテムと化した悪魔

 取引の結果でその身をアイテムと化した悪魔

 そして、いつも自分を気遣ってくれてる悪魔(神々)

 どれも悪魔で、どれも一緒に捉えて良いのかわからない

 おそらく【悪魔召喚プログラム】を使えるようになる日はそう遠くない

 その時自分は彼らと今まで以上に会話をして、その価値観に触れるようになるはずだ

 俺は人間だ、その価値観を受け入れたりする必要はない

 しかしそういう物があると知る必要はある、そう思う

【悪魔召喚プログラム】を手に入れたら、まずは手頃な悪魔を【仲魔】にしてそういう話をして見ても良いかもしれない

【クシナダヒメ】様や【源頼光】様にいきなりこういう突っ込んだ話はしたくないしな

 衝撃的な事言われたら困るし心の準備をしておきたい

 

【半終末】になって悪魔と人間の距離は近くなった気がする

 人間は人間同士ですらお互いに理解は出来ないし、ずれたり仲違いをする生き物だ

 きっと悪魔とはそれ以上のものがあるだろう

 しかし今後はより距離が近くなり、人間の隣人と呼んで良い存在になるだろうそれの内心に

 もう無視する事も無関心でもいられない、そう思った

 

 







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第二部5話

 近々大きな作戦が行われるらしい、と

 掲示板で囁かれていたのは【魔晶変化】に精を出すちょっと前の事

 とは言ってもそれは【ガイア連合】の事でも日本の事でもなく、

 遥か彼方の異国の地の話であるからそれを意識する事はなかった

 それよりも【俺たち】の有志で行っている【北米打通作戦】の方に関心を寄せていたくらいだ

 それがどうにも【ガイア連合】も支援を行う事が決まったらしい

 その大きな作戦を行う勢力は【多神連合】が【インド神話勢力】

 場所は「インド亜大陸」

 目的は「蝗の群れの撃滅」

【半終末】になってから初めての大規模作戦である

 

 

「【加護】を使っての支援、ですか」

「はい、そういう事になります」

【ガイア連合】は今、豊穣神系の【加護】を持つある程度以上のレベルの【俺たち】に声を掛けているらしい

 しかも仕事場は海外だ、【渡航制限】の例外になる。

【トラポート】で送り迎えしてくれるとか

 事務の人にそういう仕事を紹介された

「しかしインドですか……必要なんです?」

 インド、というか多神教では豊穣神なんて吐いて捨てるほどいる

 地母神に分類される女神は殆どそうだ、川も大地も女性に見立てられ神格化される事が多い

 インドならなおさらだ、あそこには「母なるガンジス」がある

【半終末】前ならともかく神々(悪魔)が顕現した今となってわざわざ【ガイア連合】からの人手を欲しがるほどか? 

 そう思ってしまう

「インド神話勢力の方の事情はわかりませんが、

【ガイア連合】に多額の報酬を支払う程度には必要とされたようです」

 はぁ

「詳細はこちらの資料にあります、

 【ガイア連合】としてはさほど優先度は高くない仕事となります」

 報酬は多額のマッカだ

 普通に断っても良いらしい

 とりあえず持ち帰って検討して見る事にした

 

「うーん……」

 唸ってしまう

 資料を読み、スマホで地図を見比べその作戦の規模の大きさを感じる

 まず前提はこうだ

 中東、メソポタミア南東部に魔王【アバドン】が顕現

 その【アバドン】が自らの眷属である蝗を大量に撒き散らした

 その蝗の群れが国を二つ三つ食い荒らし飛び越え、インドまで到達

 インドが誇る穀倉地帯「パンジャーブ州」を食い荒らしたという

 そこを何とかインド神話の神々が大変インド神話らしい大規模な攻撃で撃破、

 追い散らしそれ以上の被害の拡大を防いだ

 しかし蝗害というものはその一波を凌げればそれで良し、というものではない

 道中で産んだ蝗の卵が孵り群れを形成、更なる蝗害に発展する予想を生んだ

 そしてその規模は最終的には凌いだ第一波の蝗の群れ、それを遥かに超える規模になる見込みとなった

 この事態にインド神話勢力は一計を案じる事となる

 現在、インド神話勢力はインドに隣接するP国とA国の国境であり

 インド亜大陸をユーラシアと繋げる交通の要衝、世に名高き「カイバル峠」を防衛線と見なしている

 その「カイバル峠」の近く(大陸的感覚)にある「カーブル川」、この川沿いに地母神を配備し

 適当な草を権能による促成栽培によって大量に生えさせ、餌による蝗の群れの誘導、かき集め、纏めて撃破する

 このような作戦によってインドの地を断続的に襲ってくる蝗害から守っている

 この作戦を更に大規模にした物を行おう、そういう話になったそうだ

 現在の防衛線を「カイバル峠」から下げる

 そして「インダス川」沿いに促成栽培による餌と「集魔の水(ガイア連合製)」によって

 蝗の群れを千キロ以上離れたインダス川河口まで誘導、海に追いやる形で半包囲

 搔き集めた神々(悪魔)による一斉攻撃によって殲滅

 あわよくば蝗の群れを操る【アバドン】の眷属【アバドン虫アポリオン】の撃破も図る

 そういう作戦だそうだ

 

 川沿いに草を生やさせるのは権能によるMAGの消費を抑える為、水がある方が消費が低いからだ

 インダス川を使うのは作戦規模を広範囲な物にする事で可能な限り多くの蝗を集める為

 そして一度誘導が決まればインダス川の東にある広大な「タール砂漠」が壁となり

 インドへの被害を少なくしてくれる

 そういう意図によるものである

 この砂漠にも少数であるが神々(悪魔)を置き、被害の拡大を防ぐとか

 

【アバドン】が生んだ蝗はどうやらただの蝗ではなかったそうだ

 レベル1未満であるが0ではなかった

 その結果、ただでさえ難しい蝗害の対処が更に難しくなり人間ではどうしようもなくなった

 インド神話勢力は今、蝗への対処と【半終末】によって湧くようになった野良悪魔への対処

 この二つに全力を注いでいる

 

 

「しかしこの作戦、えげつないなぁ」

 作戦の規模に感心したら次はその作戦地点が気になった

 なんと最初の対処以外はインド神話勢力にとってのホーム、インドを舞台にはしていないのだ

 常に外に踏み込み内を守っている、この作戦もそうだ

「そうでしょうか? 彼らにして見れば至極当たり前のことだと思いますが」

「そうは言うけどさ、<ライコー>

 この作戦は完全に他国を切り捨てに掛かった作戦だよ」

 何もインド神話勢力にとって他国であるP国を守れとかそんな事を言うつもりはない

 しかし他国を舞台に無断で大規模作戦を行いその被害を所与のものとするその精神性

 これには目を見張るものがある、ここまで割り切る事が出来るのか

 それが神(悪魔)故なのか、守るべきものがある勢力であるが故なのか

「それを含めて、です

 インド神話勢力にとっての優先順位、それが明確な事の証でしょう

 そうでないよりはよほどまともだと思います」

 頷く

 ここまで大きな動きが出来る勢力なんてそうそうないのではないか

 確かな力を感じさせる

 それを可能とするのは勢力としての意思決定がしっかり出来ているという事だ

 方針を立て作戦を練り戦力を動員する、それが出来る勢力だという事である

 しかしそんな勢力がなんで【ガイア連合】にこの作戦の支援を望むんだろ

 

「おそらくそれは地母神の一部が協力を渋ったからでしょうね」

 意外な視点からの予想を聞いた

 俺は今、突然夢枕に立った【クシナダヒメ】様と軽い雑談をしている

 本題の話に入る前の雑談だ

 そして寝る前に考えていた疑問を聞いたらこういう返答を貰った

「地母神がですか?」

 蝗害から穀倉地帯を守るのに渋る理由なんてあるのか

 むしろこの作戦は地母神たちにとっては分かりやすい防衛戦になるのでは? 

 そう首を捻っていると、「これは私の予想だけど」と但し付きで聞かせてくれた

 インドを襲った最初の蝗害、これによる被害は大きなものだったはず

(後で調べたら被害に遭ったのはインド全体の米の一割、小麦を二割生産している州だった)

 その被害の程度によれば飢饉の可能性まである

 その状態で他国に顕現し、氏子の腹を満たす訳でもない物を作る事に権能を振るいたい地母神なんていない

 また地母神の多くは軍事的な成功による名誉を求める性質の者ではない

 余力がある者は勢力としての方針に従うが、そうでないものはそれとなく渋る

 そういう事が起こったのではないか

 なるほど、それによく考えてみれば……

「多分この作戦が成功してもしなくても、遠からず飢饉になりますしね」

 自分の考えを確認するように呟く

 地母神が今後を見据えるなら力の温存を図ろうとするのも分かる

 地母神にとっての本番の戦いはこれから徐々に忍び寄ってくるのだ

「そうなの?」

「はい」

【半終末】によってそれまでの海運が遮断された

 アバドンが生んだ蝗がインドまでの道中を食い荒らしもした

 野良悪魔も湧くようになった、核兵器による被害もある

 世界は混乱している、この状態で現代的な農業なんてとても出来ないはずだ

 例えば肥料、化学肥料等の生産を行いそれを消費地に届ける事が出来るだろうか

 例えば燃料、機械化された農業に必須の燃料をどこまで自給できるか、燃料がなければそれを前提とした農業は出来ない

 そして生産ができても流通の問題がある、必要とする場所に届かなければ飢える

【ガイア連合】の船は大丈夫だが世界の海運を【ガイア連合】で支える事なんか出来ない

 それに仮に出来ても海運だけでも駄目だ

 今はまだ良い、【半終末】が来て間もないから今までの備蓄や貯蓄がある

 しかしそれが無くなるのは早いはずだし、より終末が進めば機械もまともに動かなくなる

 結局は【半終末】前のあらゆる産業が破綻するのは時間の問題なんだ

【ガイア連合】の想定にあった「既存の社会の崩壊」はこういう所から来たのか

【終末】対策を施した生産設備を有するシェルター、【悪魔】による保護がなければ生きられない世界か……

 

 あっそうだ

「それで今日来たのはどんな理由ですか?」

【クシナダヒメ】様の方から用があったから来たはずだ、なんだろ

「この件とちょっと関係がある事なんだけど……」

 今、世界中に神々(悪魔)が顕現している

 顕現しているが何もそれは「勢力」としての活動でしているとは限らない

 個人的な欲望やMAG目当てに顕現する神々(悪魔)もいれば

 つい見かねて、で個人的に顕現してしまう神々(悪魔)もまた多いらしい

 特に地母神には後者の傾向があり界隈では「地母神を拗らせた」などと言われているのだとか

 どんな界隈だと思ったが黙って聞く

 とある地母神がインドにいた

 後先考えず自分の寺院の近くで悪魔に襲われる人を助けるために無理して顕現してしまった

 そしてその地母神は一度助けた人々を放ってはおけず、顕現した寺院で人を守護する事にする

 そうするとその地母神を頼りに悪魔に苦しめられた人々が保護を願い徐々に寄り集まってきた

 ここまでは良かった

 問題は彼らの食い扶持である、単純に食料が足らなくなった

 廃村寸前の村の寺院に顕現した地母神の下に人が集まって来たのだ

 碌に食料などなかったし持ち込まれなかったし足らない

 その地母神は困った、困ったけどどうにもならなかった

 顕現する時に身を軽くするため豊穣神としての側面を削りに削り、【鬼女】として顕現してしまっていたからである

 戦闘の事だけを考えるのであればそれで良かった

 しかしこれでは権能を使えない、頼ってきた者を飢えさせるだけになる

 霊格さえ取り戻し権能を使えればどうにかなるはずだ

 しかし霊地も弱く、強い氏子に信仰されている訳でもないため得られるMAGも少ない

 これでは霊格を取り戻すことが出来ない

 という事で同じ神話勢力の地母神に援助を願い出る、が断られた

 地母神たちは自分の氏子の為に権能を振るうのに忙しく、他所に回すMAGは無いのだ

 そこで伝手を辿って【クシナダヒメ】様の所に救援要請が来たという

 救援要請とは言っても実質は「加護を持っている氏子(俺)」の派遣依頼だ

 正直そんな話をされても困るがまずは、

「なんでそんな話が【クシナダヒメ】様の所に?」

「その方が日本でも祀られているからよ、【鬼子母神】って名前で」

【鬼子母神】、元々は豊穣神としての側面を持つヤクシニー(女の夜叉)であり

 悪鬼としての側面も持ち、それが更に釈迦によって改心させられ仏教を守護する天部(神)となった女神である

 【鬼子母神】は安産と育児を司る女神だ

 人の肉の代わりにザクロを食べなさいと諭された話は有名だろう

「【鬼子母神】ですか……」

 女神転生では【地母神ハリティー】として度々登場するが、

【鬼女】というから【ヤクシニー】だろうか

 ハリティーでもヤクシニーでも結構レベルが高かったと思う

「現地に顕現した姿は【鬼女ストリゲス】らしいわ」

 まったく関係がなかった! 

「あの、鬼子母神ですよね? なんでまったく関係ない鬼女になってるんです?」

「それが劣化分霊というものなの。

 地上に降りた時の身体と魔界の本霊が違うのはよくある事なのよ」

 レベルが低い、弱いだけじゃない事もあるのか

 まあ【鬼女ストリゲス】なら豊穣神としての面がないのも納得だな

 この鬼女は子供の血を吸う鬼としての面しかない

「それで救援って言うのが……」

 要約すると、信仰でMAGを手に入れて霊格を取り戻して【悪魔変化】で【地母神ハリティー】になりたい

 そうすれば豊穣神としての力も使えるようになる

 豊穣神としての力を使えれば「霊地改変」も出来て、今より多少マシに出来る

 だから「現地で地母神ハリティーを名乗っている【鬼女ストリゲス】の所に来て代わりに豊穣の力を振るって欲しい」という事らしい

 それで【地母神ハリティー】を信仰するMAGが【鬼女ストリゲス】に流れ込んで強くなれたなら

 そのうち【悪魔変化】で【地母神ハリティー】になれるはずだから、というものだそうで

「それ、地母神に普通に余裕ある時でもお断りされる案件だと思いますよ」

 手伝った上に信仰も【鬼女ストリゲス】が総取りするなら手伝い賃以外に儲けがないし

 多少のマッカでそういう仕事をする状況でもないだろう

 ちょっと都合が良すぎる事を言っていると思う

「そういう事なのよね……」

 とちょっと困った顔で【クシナダヒメ】様も頷いている

 報酬は霊装、もしくはスキルカード

 やる事は村付近で加護で作物を育てる事、これが仕事になるらしい

 断っても良いらしい

 

 

「という事で<ライコー>

 どっちの仕事を請けるべきだと思う?」

 最近、妙に感度が良くなって来た「霊感」的にどっちかが儲けに繋がりそうな気がする

 良い事に繋がる予感がするのだ

 但しどっちがそうなのか分からない、もうちょっとはっきりさせて欲しい霊感である

「どちらの仕事も請けず、今まで通りで良いと思われますが……」

 <ライコー>は堅実派なようだ

「<シロ>と<ユキ>……は意見なさそうだな」

 二匹ともさっき起こしたのにもう寝ている

 また起こすのも悪いから寝かせておこう

 少し考える

 こう言っては何だが、報酬は実益という観点で見るとどちらも弱い

 マッカか霊装もしくはスキルカードか、

 と言ってもマッカであればレベル上げが出来ないから実質経験値をマッカに換えるような物

 今の俺に何か急いでマッカを稼がないといけない理由は特にない

 霊装等の方はもっと悪い、何せ具体的に何を出すのかというのがまだ決まっていないらしい

 なるべく良い物を選ぶらしいと言ってはいたがこれではお話にならない

 どちらもさほど魅力的ではない、と言ってしまっても良いだろう

 しかし霊感が引っ掛かる、二分の一で大当たりならこれは少々惜しい

 日時が被っていなければ両方とも請けても良かったかもしれない、いやでも報酬がなぁ

 うーん……

 迷ったので表が出たら【インド神話勢力】、裏が出たら【鬼子母神】

 横だったらスルーと決め靴を放って見た

 裏だった

 そういう事になった

 

「という事で聖女ちゃん、インドに行って仕事してくるんでレベル上げは休みにして良いですか?」

「良いよー、その間適当に過ごしてるから」

 

 では【クシナダヒメ】様に仕事を請けると言おうとしたが

 しかしその前に気になった事がいくつかある、確認しておかねばならない

「今更ですけど【渡航制限】ありますけど大丈夫ですか? 

 それと渡航手段が……」

【ガイア連合】の注意を無視して行くほどの事でもないし

 何か月も掛けて移動した先でのお仕事、だったら絶対請ける気はない

 本当に今更だけどそこが気になった

「それは大丈夫よ、【トラポート】出来る人を借りるわ。

 それに危険が及ばないように【契約】もいくつか交えるの

 契約書の文面も【ガイア連合】の方に作ってもらうつもりよ」

 それで許可も下りる予定、と【クシナダヒメ】様が言う

 準備が良い、いやそれくらいの準備をしてもらえないならそもそも請けれないんだが

 仕事を請ける事を伝える、そして少し疑問に思った

「【クシナダヒメ】様はなんでこの仕事にそこまでするんです?」

 【ガイア連合】との交渉等手間がかかったはずだ

 他所の神(悪魔)の為にそこまでする理由ってあるんだろうか

「融和政策」

 融和政策?

「【鬼子母神】は日本で確かに祀られている神の一柱。

 そしてその上司は【毘沙門天】、この国で祀られている者同士、仲良くするべきじゃない?」

 そんなものかもしれない

 その後、いくつかの注意事項を聞かされる

 1、もし現地で【パーンチカ】等の偽名を名乗れと要求されたら断る事

 2、現地人には【ハリティーの使い】とだけ名乗る事

 3、現地の食べ物を口にしない事、口にしないで済むよう食べ物を持ち込む事

 4、誘惑されてもはねのける事、等々である

 受け取る報酬は「スキルカード」にした

 そうしたら「後は私に任せなさい! 良いの貰って来てあげるから!」と、

【クシナダヒメ】様が胸を張って仰った

 大丈夫なんだろうか、なんだか不安だ

 

 そして事務の人には紹介された仕事は断り

 数日、いつも通りのレベル上げを行い、準備を行い

 インドに跳んだ

 

 




主人公視点じゃ多分出てこない設定

融和政策と書いて切り崩しと読む
「日本の神の縁で私に頼ったんだからお前は日本の神だよなぁ!」と
日本にいる【鬼子母神】に圧力を掛けれるようになった
鬼子母神は、インド→中国→日本と渡ってきた外来の神である
なおクシナダヒメ的には「氏子に小遣いあげる為におつかいをさせる名目」という気持ちの方が強い
夜叉は財宝の神であり豊穣の神であるのでカモ
毟れれば美味しいカモだった
軽い気持ちで話を聞いたら思ってたより図々しい事言われて、えぇ…となった

最後にした注意事項はほぼ全てNTR対策である


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第二部6話

 今、俺は機上の人である

 正確には鳥上の人だ、そして

 

「という訳だな君、やはり偉大な者は偉大な者に乗って現れるのだよ

 つまりより偉大なる者に乗られている者は偉大という訳で~」

 話が長い……

 

 

 仕事をする村まで【トラポート】でひとっ飛び、だと思っていたらそうはならなかった

【トラポート】には正確なイメージや目印、縁がある物

 そう言った物が必要とされる事がある

 慣れた人なら地図を見てその地点に飛ぶ事等も出来るらしいが

 残念ながら【半終末】になってその地図もどこまで頼って良いのか怪しくなった

 現在行われている【トラポート】は安定した霊地から霊地へ行く【トラポート】が多いという

 という事で、俺はインドの霊地まで【トラポート】して貰い

 その先で迎えの現地の悪魔に乗ってその村に行く事になる

 その迎えの現地の悪魔も俺を輸送する為に用意されたというよりも

 来る大作戦に向けての物資輸送、そのついでに俺を運ぶという形で行われているものだから

 寄り道も多く中々着かない、そのせいで今どこにいるのかもわからない

 そうなって来ると暇だからか何故か悪魔の方から話しかけてくる

 空を飛んでるのに何故かしっかり会話が出来るから無視する訳にも行かない

 これが【悪魔交渉プログラム】の弊害か……

 

「つまり私の本霊である【ガルーダ】はそれはそれは立派な者という事だ、分かるかね?」

 相槌を要求されている気がする

「そうですねー【スパルナ】さんも立派ですからねー

 ならきっとその本霊もさぞや、という気になりますねー」

 話しかけてくる迷惑な悪魔は霊鳥【スパルナ】である

 俺たちを乗せたうえで大量の物資を積んで空を飛んでいる働き者の悪魔だし

【美しい】のは確かであるから褒めるのに拒否感はない

 しかも妙に乗り心地も良い、風も当たらない、まったく落ちる心配がない

 だけど度々ヨイショを要求されるのはなぁ

「そうだろう、そうだろう!」

 とご満悦のようだ

【ガルーダ】なら普段から信者にこれでもか!ってくらい称えられてると思うが

 それでは足りないんだろうか

「君も力強き者足らんとするなら自分が騎乗する者の格はよく考えるように

 相応しい者に乗ってこその威厳、というものがあるからして~」

 なるほどなるほど、そうなのかー

 <ライコー>の方をチラと見る、<シロ>を撫でててこちらを見ない

 助け船はなさそうだ、俺がこれの相手をしなきゃいけないのか……

「いつかは【スパルナ】さんみたいな立派な方に乗れるようになりたいですね」

「残念だがそれは無理だろうな!何せ私は本霊が【ガルーダ】の特別な【スパルナ】なのだよ!

 これほどの霊鳥はそうは居るまい、諦めたまえ!はっはっは!」

 機嫌良さそうだなぁ、悪いよりは良いけど

 でも良い機会だからちょっと聞いてみよう

「浅学の身にて申し訳ないのですが、

 やはり【本霊】が素晴らしい方だと凡百な者とは違いますか?」

「はっはっは!見ればわかるだろう!違うとも!よろしい、私が教えて進ぜよう!」

 

 この世とは違う世界である魔界、そこには【概念】の存在になっている【本霊】がいる

 地上で生まれた悪魔でもない限りはこの【本霊】が【分霊】を派遣する事で悪魔が湧く

「ここまでは良いかね?」

 頷く、座学で一通り習った範疇の事だ

 さて、そんな悪魔であるが地上に顕現する時、確かな差が生まれる

 その差による違いが【高位分霊】と【劣化分霊】である

 大まかに言えば【本霊】がより力を注いだ特別な悪魔が【高位分霊】という事になる

【劣化分霊】はその逆だ

 なぜ差を生むかといえばそもそも地上に顕現するという事はコストが掛かる事であるから

 そのコストを軽くする為である、また強い存在は顕現できる状況も限られる

 そういった事情で高位と劣化が生まれる

「【高位分霊】であれば話は簡単なのだよ、より本霊に近く、より強いのが【高位分霊】だ」

 しかし【劣化分霊】にはその劣化の具合によって一口に劣化分霊と言っても差がある

【姿形】【権能】【霊格】を落とすのは当たり前

 更には【種族】すらも違うものになる事も珍しくない

 鬼神がただの妖鬼に、地母神がただの地霊に、女神がただの妖精に、なんでもござれだ

 そうして霊格を落として顕現された者は

 霊格を上げて力を取り戻したりも出来るが、それも簡単な物ではない

「しかし出来ない訳ではないのだ!本霊から特別な支援を貰う事も、

 強いスキルを取り戻すことも、本来の強さを得る事もな!

 本霊が特別な者はやはり特別であろう!この私のように!」

 そして【劣化分霊】も顕現する事に失敗して【スライム】として降りる事もあるという

 ちなみにこの【スライム】が【ガイア連合製シキガミ】の原料の一つだ

 原料の素であった魔界の【本霊】のスキルや姿形等をいくらか拝借する事で力を得る

 俺の<ライコー>は名付けと元ネタの縁で「本霊通信」が繋がり本霊と分霊の関係になったが

 このスライムの素である本霊由来で縁が生まれる事も多いらしい

「スライムになんぞなったら悲惨だぞ、まったく知性も何もない故な、

 これでは何のために顕現したのかわからぬよ、それに比べて私は~」

 突然自慢が入るのは何とかならないものか

「元々【スパルナ】は【ガルーダ】の異名、異称、別側面!

 その【スパルナ】の中にあって【ガルーダ】を本霊とする私は言わば

【スパルナ】の中の【スパルナ】!わかるかね!これが!」

 わからん

 

 まあここまでは大体事前に学んでた事だ、俺が知りたいのはその悪魔の気持ちの方だ

「それで気になる事があるんですが……」

「何だね?何でも聞いてみたまえ!」

「結局、【分霊】の方は【本霊】の存在があるから地上にある自分の命は失っても怖くない

 そういう事なんでしょうか?」

「君、中々にセンシティブな事を聞くねぇ」

 もう二度と会うかわからん悪魔だから聞いたんだぞ、普通はこんな事聞かない

「さてこれには何と答えるべきか、神らしく「自らの命を惜しむのは定命の者のする事だ」

 とでも答える事も出来るが、それは望むまい?」

 頷く、まあそんな返答貰ったら「じゃあお前の命は安いんだな!」と判断するが

「君がそのような疑問を持った理由もおおよそわかるとも!君が戦士であるが故に!

 だがしかしこれには一般論で答えるしかあるまい、「その者の事情による」と!」

「事情、ですか……」

「はぐらかしている訳ではない、聞きたまえ!」

 まず一つの要素を語ろう

 魔界の本霊の存在は悉く強大な者である、これはもう断言して良い

 そしてその本霊が地上に分霊を出す、しかしこれは何か狙いや意図が必ずしもある訳ではない

 羽毛が抜け落ちるように生まれる分霊もまたある、このような分霊には本霊は何も期待しない

 精々が地上からMAGやマッカや貢物を持って来てくれたら良いな、程度だ

 これは高位や劣化、強い弱いではなく本霊の篭められた気持ちの話である

 そして何か目的があって顕現した悪魔はその目的達成の為に当然自らの命を惜しむ

 そうでない者はそこまで惜しむ事はない、本霊も死のうが生きようが気にしない

「比較的【高位分霊】の方がこのように目的を持った分霊がいるがそれだけであるな。

 ギリギリ顕現できる【劣化分霊】を何とか出した、という事も当然ありえる

 これは一概には言えないだろう」

 かく言う私も【劣化分霊】だ、特別製だがな!と語る【スパルナ】

 どう特別製なのかはわからないが言いたい事は何となくわかる、頷いた

 更に言えば当初は何の期待もしていなかった分霊が目に掛かり、という事もあり得るのだ!

 世の中何があるか分からんな、と結ぶ

 次に分霊の方の事情を語ろう

 生まれたてのどこにでもいる分霊にとって自らの身を惜しむだけの理由は何があるか

 それは一に本霊が費やしたコストである、これが真っ先に来る

 本霊が同じ地で同じ側面から同じコストで同じように顕現させれば同じ自分が顕現するのだ

 そんな自分に価値を見出すことは難しい、自己の保存欲求はこの時点ではそれほどない

「この時点では?」

「まあ聞きたまえ」

 しかし分霊はあくまで「同じような分霊」というだけで全くの無個性という訳ではない

 食べ物の好き嫌いや笑い所が違う程度の個性なら最初から備わっている、本霊の複製ではない

 この分霊が経験を積み、自らの過去と未来を手に入れ更なる個性を得た時

 身を惜しむだけの理由が生まれる、何故なら分霊が死ねば本霊に吸収される。

 本霊が再度その分霊の経験を意図して篭めて顕現させない限りそれは絶対に失われるのだ

 地上で得た全てのものを失う事になる

 つまりこの時その分霊の「個」にとっての死が生まれる

「我々は個性を得る事で死を得る、とも言えるな。

 失うものを得たから生に執着する、と言っても良いだろう」

 つまり……

「命乞いをする悪魔の多くはそれだと?」

「とは限らない」

 限らないのか

「元々死ぬ、消えるというのは気持ちが良い物ではない故な!

 本能的に嫌う者も当然いるだろうさ!理屈でも何でもなく好き嫌いでな!

 誰だって痛いのも苦しいのも嫌なのだよ!」

 まあそうだろうなぁ

「また、生まれながらにして個性を持つ特別製もいるのだ!この私のように美しい~」

 色々と長々語った上で結論が「その者の事情による」であった

 

 目的地に着き、下ろして貰う

「ではまたな!」

 また?

「迎えに来るのも私と決まっている!その時また語り合おう!

 私は知性的な話は大好きなのだ、知性的であるが故な!はっはっは!」

 と叫んで飛び去って行った

 スマホを見る、お試し版の【アナライズアプリ】を入れていたのだ

 解析が済んでいた

 レベル15、霊鳥【<お調子者の>スパルナ】と出ていた

「なるほど、個性があるわ……」

 

 

 降りた地点で少し考える

「<ライコー>、ここは異界と思え、警戒を」

 頷き、武器を抜く<ライコー>

 懐の<ユキ>や指輪の<シオン>は出さないで良いだろう

 油断という訳ではない、襲われた時にこの二匹が隠れていれば奇襲になるはずだ

 相手に知性があればの話だが

 遠くから【スパルナ】が降りてくる様子が見えたのだろう

 こちらに近寄ってくる悪魔の姿が見える、弱い悪魔だ

 鬼女【ストリゲス】の使いだろうか、とりあえずその悪魔に手を振ってみる

 しかし今の地上には異界化してる所があると知識では知っていたが

 それを実際に見ると驚きが勝るな

 空間が歪んでいる訳でも異界の入り口がある訳でもなく

 本当に普通の地上が異界の雰囲気を放っているのだ、ここは悪魔が闊歩する世界だと感じる

 

 

「ご助力、感謝いたします……」

 と、しずしずと礼を言う鬼女【ストリゲス】

 正直、【クシナダヒメ】様の話を聞いた時は「ずいぶんな話だなぁ」と思ったが

 とてもそういう事を言い出すような人には見えない

 ゆったりとした服装で全身を覆い、頭も隠しているお淑やかそうな女性だ

 この服装に何か意味があるのだろうか

「では、こちらにサインをお願いします」

 報酬等に関する契約は既に日本にいる【鬼子母神】がしている

 そちらの方が踏み倒される心配がないからだ。

 この契約は俺の身の安全を保障するためのものである

 何も言われずさらさらとサインをしてもらった、少し気が抜けた

 サインはきちんと【ストリゲス】の方でされている

 ここは注意しておけと言われていた所だ、ハリティーの方でされていたら無効になる

「こちら、【クシナダヒメ】からハリティー様への贈り物です」

 持っていけ、と指示されていた「ザクロ」を渡す

「これはご丁寧に」

 受け取って貰えた、後は仕事をするだけだ

 

 俺は「ハリティーの使い」として仕事をする

 この地で加護を使って行った事への感謝の念や信仰から生まれるMAGを

 自称ハリティーの鬼女【ストリゲス】に流すためだ

 その為に鬼女【ストリゲス】から渡された「ヤクシャの仮面」を被る

 これによってハリティーの配下である事を示すのである

 それと同時に仕事が終わってこの仮面を返却したら縁が切れるという訳だ

 仮面の下は誰でもあり誰でもないのがお約束というもの

 その仮面を被り鬼女【ストリゲス】から村の案内を受ける

 村の、と言ったがほとんどは畑の案内だ

 既に種を播いてある畑を案内して貰い、どこからどこまで加護を使えばいいのかを確認する

 あそこには豆類を、陸稲を、繊維になる作物を、麦を等の説明を受け

 あちらの方は家畜の餌の為の草原だから何もしなくて良い、そんな事を言われながら歩く

 その最中違和感を覚えた、その正体を確かめたくて立ち止まりじろじろと観察する

 普通の風景だ。

 農道、農業用水路、働く大人、家畜、手伝っている子供たち、見渡す限りの畑……

 分からないな、気のせいだろうか

「何か引っかかるな。何だと思う?」

 俺の斜め前を歩く<ライコー>に聞く。

 <ライコー>は少し、周りを見渡し

「整備されすぎてます、ここは廃村寸前と聞きましたが」

 それに、と続けようとした<ライコー>の声を遮り【ストリゲス】が

「元々この村は貧しくて潰れかけていた訳ではありません。

【半終末】前からの悪魔の被害により廃村寸前まで追い込まれていただけなのです」

 ですから、と続ける

「少し整備すれば十分使えるようになりました、幸いな事です」

 なるほど、歩いていた道を見る、踏みならされたしっかりした道だ

 少し前までちゃんと人が住んでいた所だったからか

「その悪魔はどうされました?」

「私が顕現した際に滅しました、もういません」

 なら安心だ

 

 さて仕事をせねばならない、だが今日はあまりやる事はない、本番は明日だ

 牓示石というものがある

 土地の四隅や重要な地点に境界線を引き、所有権を明らかにする為に置かれた石の事である

 有名なのは「聖徳太子の投げ石」と知られるものだろうか

 昔はこういうのを勝手に動かして裁判沙汰になったりしたそうな

 結界石というものがある

 寺が寺領と俗世を区分する為に置いた目印で、使い方は牓示石と同じである

 上の二つに共通しているのは内と外を分ける目印だ、それによって結界は成る

 適当な大きさの石を洗い俺のMAGを通す。

 これを【ストリゲス】の使いの悪魔に渡し予定の農地の四隅に置いてもらう

 ちょっと遠いがまあいいだろ、この程度でも簡易の結界は成る、脆い結界だが

 この結界が俺のMAGの流出を少し食い止め

 効率よく【五穀豊穣】の加護を発動させてくれるはずだ

 この土地を握っている自称ハリティーからの仕事だから気軽にできる事でもある

 普通の土地を勝手に区切って「俺の領域な!」とかやったら

 その土地の神に喧嘩売るような話だからな

 これで今日の仕事は終わりだ、ほとんど移動時間だった

 

 用意された部屋で暇に苦しんでいると

「ハリティー様より、お食事の用意が整いましたのでよろしければご一緒にと……」

 と使いの悪魔が言ってきた

 何を言っているんだ

「お気持ちはありがたいが、そういうのは無しにと事前に伝えたはずです

 遠慮させていただきます」

 少し横柄な言い方だっただろうか、しかしきっぱり断らねばならない

「かしこまりました」と頭を下げ悪魔は去っていった

 良かった、粘られたら困ってたかも

 それにしても暇だ……

 この村は電化していないのか電力が止まったのか知らないが

 夜になると真っ暗になると言われた、明かりには灯油を使っているそうだ

 する事がないから早めに眠る事にする

「もう寝る事にする、おやすみ<ライコー>」

「はい、おやすみなさい」

 寝た

 

 

 朝である、ようやく朝になった気分だ

 予定では今日は儀式っぽい事を行ってから加護を発動させる事になっている

 仮面を被り外に出て村の中を見回す、皆働いているようだ

 そして昨日来た時より人がいる気がする。

 いや最初からいたはずだ、この村は現在孤立しているに近い状態にある、増える事はない

 おそらく俺を警戒してある程度の観察が済むまで家に居ろとでも指示していたのだろう

 俺が悪意を持った偽物だったら村に入る時点で存亡の危機になってしまうからだ

 人に化ける悪魔なんて探せばいくらでもいるしな、そういう事だろう

 そしてある程度警戒が解けたから普段通りの生活をするようになった

「そのあたりだと思うのですがどうですかね?」

 俺の推理を聞いてもらう、<ライコー>にではない

「間違ってはいません」と答える少女の悪魔にだ

【ストリゲス】の使いであり案内役であり、そしておそらく俺の監視役でもある悪魔だ

 監視はともかく案内は助かる、俺にはヒンドゥー語なんてまったくわからない

【悪魔交渉プログラム】のおかげで現地人より悪魔との方が会話が成立してしまうのだ

 だからいざという時通訳してくれる悪魔がいてくれると助かる

 この悪魔の解析は済んでいた、レベル5の鬼女【アチェリ】だ

 良く見ると影が妙に動いている

 これに気づければアプリに頼らなくても分かったのかなぁ、いや無理か

「であれば、少しは信用して貰えたと思って良いのかな」

「もちろんですとも、大変禁欲的な方でもあられるようですしね」

 チラりと<ライコー>の方を見ながらそんな事を言う、皮肉かな?

 嫁さん連れてきたのはそういう事の為じゃないぞ、頼りにしているからだ

 しかしこの【アチェリ】、口が達者だな

【アチェリ】は少女の悪魔だったはずだが【アチェリ】以外の何かが本霊にいるのかな

【<お調子者の>スパルナ】との会話があったせいかそんな事を思った

 

「<ライコー>、昨日の違和感の正体がわかったぞ、大人が少ない」

 動き回ってる人々を見ながらようやくわかった、大人の数が少ないのだ

 いない訳ではないしかし少ない、子供6に対し大人1くらいか?具体的な比率はわからない

 だから、という訳でもないのだろうが子供たちはよく働いている

 そして大人も男は比較的少ない、そのように見える

 戦闘かなと一瞬そう思ったが違う気がする

 というのもそれなら生き残った者、つまり大人の男たちには覚醒者が多いはずだ

 そういう風にも感じない、わからないな

 まさか生贄で減らしたのか?いやそんな……

 自分の中での地母神像は【クシナダヒメ】様だ

 だからそういう事をするのはどうにもイメージしにくい、追い詰められれば?しかし……

「【アチェリ】さん、どうなんですかそのあたり?」

 案内役に聞こう、こういう時の為の案内役だろう多分

「それは……」

 なにか【アチェリ】が言いかけた所で「カンカンカン」と連続的な金属音がする

 何の音だ

「答えの方から来たみたいですよ」

 答えか

 

 どうやら敵襲のようであった

 あの金属音は見張りをしていた覚醒者が鍋を叩いて知らせていた音らしい

 その音がした瞬間周りの人たちは一斉に適当な家に逃げ込んでいった、慣れてるな

 援護をしようか?と尋ねたら断られた

 今、【アチェリ】に連れられ家の屋根の上から戦闘を見下ろして見ている

 家畜の餌用の草原、と言われていた方から敵がやってきたようだ

 紫がかった身体、細い手足、突き出た腹、アプリを見なくてもこの敵の正体はわかる

 幽鬼【ガキ】の群れだ、レベルは一桁半ばってところかな?10匹ほどいる

 一方の【ストリゲス】陣営の悪魔は、俺の案内役と同じ鬼女【アチェリ】だ

 こちらは7匹ほどで少な目だ

 分からんな、こんな雑魚なら【ストリゲス】なら鎧袖一触なはずだが

 どこにいるんだと探せば【アチェリ】たちの後方から十数人の大人の男性を引き連れている

 何をする気なのか

「良かったです、今回は楽な戦いになりそうですよ」

 とは【アチェリ】の言葉だが俺としてはまあそうだろうな、としか思いようがない

 

 変な戦いだ

【アチェリ】たちが前線で壁を作り【ガキ】に相対し近接戦闘をしている

 そして後方から人間の集団が【ガキ】の方に石を投げている

 だが人間の集団は未覚醒者だらけだ、石が当たっても何の意味もない

 そもそも見当違いの方に投げているようにも見える、【アチェリ】に当たっているのもある

 もちろん【アチェリ】にも効かない

 未覚醒者だから視認する事も出来ないのではないか

 それを補うように集団の中の覚醒者と思われる人間が【ガキ】の方向に指を指している

 消極的な戦闘、味方の邪魔になる事すら出来ない攻撃、控える最高戦力

「【アチェリ】さん、これには何の意味があるのですか?」

 <ライコー>の方を見るがこちらは分かったようだ、<ライコー>に聞けばよかったか

「【覚醒修行】ですよ」

 覚醒修行?これが?

「彼らはこれで「悪魔との戦闘を乗り越えた」という体験を積む事が出来るのです

 それが覚醒の一助になる、そうは思いませんか?」

 思いません

 それで簡単に覚醒できるならショタオジが【俺たち】にやってるわ

 いくら覚醒しやすくなったと言われる【半終末】でもこれで覚醒はないと思う

 せめて悪魔を殺さないといけないだろ

「何度も何度も死の恐怖に立ち向かい、敵に攻撃をする行為。

 そう解釈するならどうでしょう?」

 なるほど、悪魔を死の恐怖と解釈するなら……でもなぁ

「それで今まで覚醒出来た人はどの程度居るんですか?」

「数人ほど」

 うーん、効率悪そうだなぁ、とりあえず【ガイア連合】で採用する事は絶対にない

 それなら【デモニカ】を装備させて銃を斉射させた方が普通に……

「あっ」

【デモニカ】がないのか

 

【ストリゲス】が顕現したこの地はそれほど強力な霊地とは言えない所だった

 それが霊的な素質を強く持って生まれた人間が少ない事に繋がった

 多少の修行、儀式を行っても覚醒出来る見込みが少ない

 もっと足りないのは時間だ、時間を掛けて覚醒させる余裕がない

 ならば無理やりにでも「戦闘に参加」させ、それによる体験で覚醒を図る

 そういう事をしているという

 そこまで覚醒を望むのはひとえにこの地を守る【ストリゲス】の維持の為

 覚醒させ、MAGの生産量を増やし、それによって民を守るのだという

「今回は楽な相手で良かったです、遠距離攻撃がありません」

 そうだな、未覚醒者が悪魔からの攻撃を受けたらまず助からない

 そうはならなくて、と思ったところで気づく

「遠距離攻撃があった場合は……」

「当たれば死にます」

 これが大人の男が少なかった理由か、戦死者か

 しかしそれをしてもなお覚醒者は少ない

「しかし無駄にはなりません

 亡くなった者の遺体からも【ストリゲス】が【吸血】を行います

 彼らの命も、MAGも無駄にする事はありません」

【吸血】を?【ストリゲス】のスキルだろう、それはわかる、しかし

「ハリティーは釈迦によって改心し、人を食わぬ女神となったのでは?」

「必要な事です」

 必要、か

 そして【アチェリ】はこちらを見つめ

「私は嬉しいのです、よくぞ間に合ってくださったと。

 今の集団の半数が死ねば次からは年長の子供たちが入る予定でした。

 そうなればハリティーが子食いをする事になったでしょう。

【ハリティーの使い】が来て信仰を確かなものするならば

 きっと今よりも……」

 

 戦闘は終了したようだ、【ガキ】の最後の一匹が消えた

 彼らが命の危険を冒して石を投げ続けた成果はあったのだろうか

 あって欲しいな

 

 

 さて儀式の時間だ、儀式とは言っても俺はハリティーの神官でも神主でもない

 全部それっぽく見せかけただけの適当な演出だ

 その演出の準備も殆どは【ストリゲス】や【アチェリ】がやってくれる

 俺がやる事はそれほど多くない

 適当に偉そうな事言いながらMAGを注いで加護を使うだけだ

 

「私はこの地に遣わされた偉大なるハリティー様の使いである

 偉大なるハリティー様は特にこの地を守護し愛でておられる

 そしてこの度、ありがたい事にこの地に住む者に格別の慈悲を賜れた!

 この地にある作物はハリティー様の愛の現れである

 この地に降る雨はハリティー様の慈悲の現れである」

 一呼吸置く、俺の言葉を翻訳して人間の覚醒者に伝えている【アチェリ】の姿がある

 覚醒者がそれを伝えるまで待つ

「そも!偉大なるハリティー様は~」

 ハリティーの謂れを語る

 インドの守護神がローカパーラの一柱、北方の守護を司るクベーラ(毘沙門天)

 その眷属に数えて5000のヤクシャあり、そのヤクシャの大いなる者は八柱なり

 この八柱を纏めて八大夜叉大将と言う

 その八大夜叉大将が一柱パーンチカの妻、それがハリティー様である

 そしてヴィシュヌの化身である釈迦により改心した鬼子母神エピソードを語り

 安産と育児の女神となった、右手には吉祥果を持ち左手にて子供を抱くと続ける

「その子を思う心は遥か東の果て(日本)まで鳴り響くなり!

 この地に生きる者全てハリティー様の子と心得よ!」

 周りを見渡す、よしよし、ちゃんと聞いてるな

 全力でMAGを注ぐ

「古語に言う、ヤクシャとは水を崇めるものなりと!

 しからばこれもまた自然の事、天を見よ!」

 空に指を指す

 これを合図に隠れている<ライコー>と<シオン>が【ジオ】と【マハジオンガ】を唱えた

【スサノオ】様の加護が発動し雨が降る

「喝采せよ!偉大なるハリティー様の慈悲と愛に!」

 

 

「恥ずかしい……」

 舞台の上で仮面を被って仮装して、身振り手振りで言葉も通じない相手に何やってんだ

 これでは道化だよ

 普通に作物育てるだけだったらどれほど楽だったか

 しかしあれだな、祝詞って便利だったんだなぁ全部定型文だもんな

 多分昔の人も俺と同じような恥ずかしい思いをしたから考えたに違いない

 あの後「ハリティー!」の唱和の中「祈りを捧げる」と言って用意された部屋に戻った

 今頃はこの雨の中にょきにょき育った畑の作物に気づいている頃だろう

 ちゃんと実る量のMAGを注いだ感覚がある、この村一帯の畑は全部実ったはずだ

 収穫大変だろうなぁ、俺には関係ないけど

「<ライコー>、俺もうこういう仕事はしなくていいかなって……」

 泣き言である

「そうですね、もうこのような仕事は受けなくてよろしいと思います

 それにもう終わりました、明日迎えの者に乗って帰るだけです」

 頷く

 

 そして身悶えたり<シロ>にダニやノミが付いてないか確認したりして時間を潰していたら

【ストリゲス】の使いが来た、案内役の【アチェリ】とは違う【アチェリ】だ

「食事の誘いなら申し訳ありませんが……」と断ろうとしたら

「ハリティー様がこの度の事で是非お礼を申したいと」と言われた

 まあこういうのも仕事のうちか、と思って<ライコー>と一緒に行く事にする

 

【ストリゲス】の部屋で一通り礼を言われる

 テーブルの上の菓子類や酒、お茶も勧められるがそちらは断り、持参した飲み物を飲む

 インドらしく部屋にはお香の匂いがするがあまり好きな匂いじゃないなぁ、軽く話をする

「では、ハリティー様への信仰は高まりつつあると?」

「ええ、この調子ならこの身体を維持する事はもちろん、

 霊格を上げ変化する事もそう遠い日ではないでしょう、改めてお礼を申し上げますわ」

 ならよかった、こちらも対価を貰う予定だし数日がかりの仕事だったんだ

 無為に終わったんじゃやった甲斐がない。

 そして徐々に【ストリゲス】は語りだした

 自分がこの地に顕現したは良いが、霊地も弱く信仰も弱くどうにもならなかった事

 特に覚醒者がどうにも増えず、自分の事を見る事すら出来ないものが多くて困っていた事

 信仰も集まらず力を失い続けこのままでは村が悪魔に飲み込まれると思っていた事

 そして、今までの犠牲は無駄ではなかったとポツリと言った

 起業したは良いけど赤字続きだった、みたいな話かな?とちょっと思った

 

 それから少し雑談をしていた

「日本にはこのような言葉があるそうですね。

「異国の鬼となる」と」

 正確には中国の言葉ですけどね、中国のとある古典にある言葉が由来だ

 中国だと鬼という言葉は幽霊のイメージらしく、

「外国で幽霊になっちゃったよー」くらいの解釈で良い、もちろん死ぬという事だ

「それが何か?」

「素晴らしい言葉だと思います、

「異国の鬼」に、この地の者になっていただけませんか?」

「異国の鬼はそういう意味の言葉じゃないですよ、解釈間違っていると思いますね」

「では……」

 何か続けようとした【ストリゲス】の言葉は遮られた

 俺の案内役をしていた【アチェリ】が突然部屋に入ってきた

 そして「失礼します」と言い【ストリゲス】に手紙を渡す

【ストリゲス】はこちらに一言詫びてから手紙に目を通し

「残念ですが、【自由恋愛】の時間は終わったようです」

 そんな時間はなかったと思うが

「本当に残念ですわ」と言う【ストリゲス】は軽く【アチェリ】の方を睨んでいた

 

 

 翌日、案内役で見送りをしてくれる【アチェリ】と共に迎えの悪魔を待つ

 いつ敵が来るか分からないから【ストリゲス】は村で待機だ

 大仰な見送りにならなくてほっとした

 村にいると崇められて大変居心地が悪かったんだ、通じない言葉でも何となくわかる

 暇だから少し疑問に思ったことを聞く

「【アチェリ】さんの本霊をお聞きしてもよろしいですか?」

 そう言うと何でもない事のように

「私は日本にいる【鬼子母神】の分霊ですよ」

 ??

「分霊が分霊を生む事が出来るのですか?」

「ある程度の格があれば」

 なるほど、思えばある種の悪魔の使いもそういうものだな

「ここにはあなたとこの地の【ストリゲス】、その目付として派遣されました」

「それは、面倒をお掛けしたようで……」

 なのか?よくわからないが

「良いのです、むしろ逆ですから」

 はぁ

 

 迎えの悪魔が来た

 遠目からでもわかる【スパルナ】だ、おそらく【<お調子者の>スパルナ】だろう

「ではそういう事で」

「はい、ありがとうございました」

 

 

 また鳥上の人になった、【<お調子者の>スパルナ】が最初から無闇矢鱈と話しかけてくる

 適当に相槌を打ち、ついでに聞きそびれた事を聞こう

「【スパルナ】さん、不躾な事を聞いても良いですか?」

「私と君の仲ではないか!なんでも聞いてくれたまえ!」

 どんな仲だよ

「あなたのアイデンティティは何ですか?

【ガルーダ】ですか?【スパルナ】ですか?」

 これが気になってしょうがなかったことだ。

 この【スパルナ】は【ガルーダ】を本霊とする事を自慢している

 しかしこれは【ガルーダ】視点からすれば

 自分が自分である事は当たり前のことだから特別な自慢にはならないし

【スパルナ】視点かと思えば、別側面である自分を持ち上げてるという事になる

 どっちから見ても微妙だ

「私は私だとも!私は個性を持つ者であるが故に!

 だから君!もし私に何かあったら悲しんでくれても構わんよ!」

 いやどうだろ、悲しむ必要あるか?

 

 色んな所を周り、【スパルナ】が積んでいた荷物を降ろしまた飛ぶ

「インド神話勢力の作戦、成功すると良いですね」

「安心したまえ!既に成功は約束されているのだよ!」

 約束?確実に勝てるという事か?

「これほどの大作戦、必ずや人々は神の力を感じるはずだ!

 信仰は絶対に得られる、絶対にだ!」

 そして一際力強く羽ばたき

「例え敗北しても失敗はないのだ!これが神の戦いよ!はっはっは!」

 これが神の考え方なのだろうか

 

 

 今回の仕事は悪魔の価値観の一端に触れられると思ったが

 どうもこの【スパルナ】の言う事はどこまで一般化して良いか分からないな

【ストリゲス】も分からない

 自分の身を衰えさせてまで領地と氏子たちを守ろうとしていた

 しかもそれが人食いに近い、吸血を行ってまでだ

 最悪の場合は善神として祀られる【ハリティー】や【鬼子母神】ではなく

 鬼としての色合いが強い【ヤクシニー】や【ヤカー】になってしまったかもしれない

 本霊、という者の性質を考えればそれは望まない事のはずなんだ

 概念の存在は概念の影響を受ける、悪神の誹りを好んで受けたいとは思えない

 それでも、と行ったのは【ストリゲス】の気持ちだろう

 やはり悪魔にも、分霊にも個があるのだ

 本霊と分霊の関係とは、それによって生まれる感性の違いはなんだろう

 彼らは俺に理解できる価値観を持っているのだろうか

 分からないな、それに仮に持ってたとしても俺はどうしたいんだ

 まあいい、今回の件で少し悪魔に対する理解が進んだ気がする

 別に急ぐ必要はないさ

【スパルナ】に乗りながらそんな事を考えていた。

 

 




【<お調子者の>スパルナ】の特別な部分
ガルーダの持つ、身体の大きさを自在に変えることが出来る、という特徴を再現されていた
荷物運び用である
こいつがお調子者な理由?お調子者だからです

古語に言う
言いません、そんな語源説があるだけです

【ストリゲス】が自由恋愛とか言い出した訳
ガイア連合は転生者の自由意志を重んじるからスキルや薬物等を使用しての恋愛沙汰はNG
だけどクシナダヒメが求めている「手を出したら死ねや!」レベルで契約で縛るのも
主人公とクシナダヒメの関係をクシナダヒメの既得権益として見做すようでよろしくないよね
という事で、あくまで主人公の自由意志が大事なんだよ!って趣旨の契約の書き方をしたら
じゃあ自由恋愛でこっちに持っててやるわ!最低でも何人か種付けさせよとなった
全部ライコーに妨害されたし、日本の鬼子母神の分霊にも妨害されたけど
主人公は自分の監視役だと思っていたけど監視対象は違った
現地の物を飲み食いしない、日数短い、嫁さん同伴
元々攻略難易度が高かった


【アチェリ】が持ってきた手紙は既に一度読んだ手紙
「そこそこ養えるようになりそうだから男手なら受け入れるよ」と
インド勢力にお手紙送ったら「じゃあ上手く行ったら何人か送るわ」って手紙が返って来てた
それを再度読ませて水を差すのと同時に
「もうここらで満足しておけ」と釘を刺した

主人公のおかげで信仰をしっかり得てMAGの心配がなくなり、いつかはハリティーになれそうで
氏子の飢えの心配もなくなって、追加の人員も得られるようになった
これ以上を求めて私(代金建て替える日本の鬼子母神)に迷惑かけるの?と言う意図である


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第二部7話

 インドから【トラポート】で【山梨第二支部】に戻り

 入念な検査を受け、衛生面や呪術的に問題がない事を確認してもらい

【山梨第一支部】の我が家に帰った

 二泊三日のちょっとした仕事でしかないのにずいぶん疲れた気がする

 移動時間が長かったからだろうな

 とりあえず家の要石にMAGを注ぎ、その日はすぐ寝た

 

 そして今、宿題に頭を悩ませている

 

 

 宿題と言ったが別に学校等に通ってそこから出されたわけではない

 あくまで宿題のように俺が感じているからそう言っているだけだ

 正体は【ガイア連合】に提出する報告書である

 そして今回の仕事で俺が得た所感等をなるべく書き上げるのだ

 こういう素人の主観まみれの報告書の類を積み上げ、精査し、情報を抽出するらしい

 国外に出た【俺たち】が大体求められる仕事だという

【インド神話勢力】の方の仕事を断る際、事情を話したら

「インドに行くのでしたら」と事務の人からこの仕事を紹介された

【ストリゲス】の仕事に守秘義務等はなかったし

 普通に仕事して感想文書くだけなら簡単だわ、と思って軽い気持ちで請けたのだが

 これが中々に難敵だ

 詳しい客観的な情報は<ライコー>に書き上げてもらっているから

 俺が書くべき所は主観的に見えた事の考察等になる

 

 まず視点を変えよう、部外者でしかない自分が外側から見た物だけで語るのは

 いささか書く所が少なくなりすぎる、結論だけになってしまう

 とりあえずだらだらと考えた事を書いて、後で清書しよう

 本霊がハリティーの【ストリゲス】の立場から見る

 彼女はいわば資本金が少ない状態で起業した社長さんだ

 しかし思ったようにいかず、赤字続きでどうにもならない

 そこで親戚に金を借りて業務改善のための人員を借り受けた、この人員が俺になる

 その結果なんとか事業は持ち直した良かった良かった、と言うのが今回の話だ

 業務は神様、得られる収益は信仰によるMAGという点がちょっと普通じゃないが

 まあこういう認識で良いだろう

 人命や誇り等の要素はこの際無視して思考を進める、ノイズになるし方向がおかしくなる

 今回、【ストリゲス】が上手く行ったのはいくつかの幸運が重なった事によるものだ

 1、比較的余裕がある他国(日本)に違う分霊がいた事 (支援者)

 2、その分霊が報酬を立て替えて仕事を依頼出来た事 (融資)

 3、俺が霊感と言う気まぐれからその仕事を請けた事 (運)

 この三つによるものだ

 こんな幸運は当てにしちゃいけないし、当てにされても困る

 当たり前にあると考える事も出来ない。

【ガイア連合】にしてもそれ以外にしても

 困った神(悪魔)がいれば即座に飛んで信仰をプレゼント!なんて無理だ、切りがない

 故になかったらという想定で考える、結論はすぐ出る、あの村の破綻だ

 

 あの村は土地の神になり、守っている【ストリゲス】を信仰する事が出来ていなかった

 これでは信仰によるMAGが供給されない、痩せた霊地から得られるMAGだけになる

 数少ない覚醒者に言葉を託し覚醒修行(石投げ)をさせる事で覚醒者を増やそうとしたが

 それもあまり成功していたようには見えなかった

 また食糧の話もあった、あの村はあの時は飢えてる風には見えなかったが

 労働力の減少や元々の食料の貯蔵量的に遠くない将来厳しい事になっていたらしい

 そこで目に見える「恩恵」を外部委託して信仰を得て

 どうにかしようとしたのが【ストリゲス】だ。

 もしそれがなかったらどうなっていたか、繰り返すが破綻だろう

 もちろんこれはインド神話勢力の地母神も協力しなかった場合での想定である

 あまりありえそうには思えないが同じような事をすれば多分何とかなる、がやらないだろう

 そんな事するくらいなら【ストリゲス】を排除して自分の信者にした方が早いからだ

 この破綻を何とかする方法は他になかったのか?ある

 正確には当の【ストリゲス】がしようとしていた方法がある

 前述した「覚醒修行をさせる」事だ

 これは間違った物ではない、ただ上手く行かなかっただけだ、石を投げるだけではなぁ

 覚醒者なら多くのMAGを生み出す事が出来る

 覚醒者ならその地の神(悪魔)の姿と強さを目にする事で信仰する事を期待出来る

 覚醒者ならその力で得た信頼で人々に信仰を説くことも出来る、かもしれない

 それが出来れば多くの事が解決するのだ

 戦力の増強も食料の生産も現実のものになる

 

 その為に必要と思われる物、あるいは望まれる物は何か。

 まず【デモニカ】で次に【退魔銃】と弾薬、これだろう

【デモニカ】は悪魔を視認するために、【退魔銃】は攻撃手段として必要だ

 これさえあれば「悪魔を殺す」体験での覚醒を十分期待できる、戦力にもなる

 上記の事業の例で例えれば「設備投資による効率化」とでも表現するか。

 自分は今回の件をそれほど特別な事例ではない、と解釈した

 根幹である「信仰不足によるMAG不足」「覚醒者不足」が他の所では解決してる、

 なんて思うことが出来ないからだ

 そしてその解決に繋がる【デモニカ】と【退魔銃】、

 この二つは【ガイア連合】が輸出する事が出来ると【各代表会議】の時に既に表明している

 今後はじゃんじゃん注文が入るはずだ、もう来てるかもしれない

 そしてそうなると輸送のための船も更に必要になってくる

 攻撃の為に必要な弾薬は消耗品で、しかも属性弾も考えれば種類も揃えたくなるはずだ

 消費が早ければ常に【ガイア連合】からの輸送船が行ったり来たりを繰り返すことになる

 とりあえずこの二つ

「【デモニカ】と【退魔銃】の更なる売却を他勢力から強く求められる」

「それを実際に行う為に【ガイア連合】製の輸送船が更に必要となる」

 は絶対に起こり得る未来だと断言しておこう、吹かし込みだ

 その為に「【ガイア連合】の更なる生産力向上を至当と認める」という結論にしておく。

【ガイア連合】にとって各勢力は【メシア教過激派】との戦いに必要な物である

 その彼らが戦う為に必要としている装備、望まれれば無視は出来ないだろう。

 

 

 書いた物を眺め、少し物足らない気になる

 これだけじゃ格好がつかないからちょっと近い将来の予想を書いておくか

 

 神(悪魔)にとって、MAGは戦力を動かす燃料であり自分たちの食い扶持であり

 力を付ける為の秘薬であり、更なる信仰を得るための原資である。

 あの村には【ストリゲス】の使い、配下として鬼女【アチェリ】が複数体存在した

 この【アチェリ】は戦力として、また各種労働力として必要とされ、

 大人が少ないあの村での力仕事を、そして畜力の代わりとして活用されていた(らしい)

 しかし神(悪魔)にとって見ればこれらの配下の召喚は

 自らのリソース(MAG)を配下に分け与える事に等しい行為であり、好む所ではない

 しかし、これらの配下の存在は神(悪魔)には必要なものである

 毎回自身が最前線で戦う事は消耗に繋がる上に

 そもそも戦闘において数の要素は大きい物であるからして、あまり削ることは出来ない

 その負担を軽減する工夫として現在研究中の【悪魔召喚プログラム】に注目される可能性

 これを考えてみる

 

 配下の悪魔の存在は覚醒者が少ない現状において特に必要とされているはずだ

 人間は疲れるし、覚醒者にはなるべく万全な状態で戦い、霊格を上げ

 更なるMAG生産に繋げてもらうのが神(悪魔)の利益になる

 だから戦力も込みで「雑用」をする為の配下の悪魔が覚醒者の負荷軽減の為に必要になる

 覚醒者と非覚醒者を隔てる差、

 悪魔を認識する能力も人間離れした力も悪魔であれば持ち合わせている

 これを使わない手はない

 しかしこれを使うとその分MAGの出費が増える、必要な事であるが嬉しい事ではない

 そこで【悪魔召喚プログラム】の存在だ

 どのみち神(悪魔)からすれば生きた人間のMAGの100%の利用は出来ないのだ

 彼らが利用できるのはあくまで「信仰から得られたMAG」や儀式等で吸収したMAG

 あるいは生贄等で得たMAGである

 俺だって二柱の氏神様に多分MAGを捧げていると思うが、

 普通に戦闘出来るし畑や仲魔に供給するMAGだって十分ある、それと同じ事だ

【悪魔召喚プログラム】は使用者のMAGを消費し、儀式を代行、奇跡を行うシステムだ

【悪魔召喚プログラム】の利用により悪魔勢力は人間のMAGの活用できる率

 それが上がると認識するのではないか

 今まで自分たちが負担していた戦力や雑用のための配下の負担を覚醒者に背負わせる

 これによって自分たちの負担が軽減し、自由に使えるMAGの量が結果的に増える

 そういう事に価値を見出すのではないか?

 実質それまでと比べてMAGが増えたようなものになる

「予算の付け替え」みたいなもんかな、ちょっと違うか

 

【ガイア連合】としては彼らの自己の資産(MAG)の効率的な運用は歓迎する所である

 それが【メシア教過激派】との戦いに役に立ってくれれば【ガイア連合】の生存に役立つ

【悪魔召喚プログラム】を要求され、それを輸出する事にならば

【マグバッテリー】付きのスマホの増産等が必要になる

 やはり前述した「生産力の向上は大事」という結論に繋がる。

 

「【デモニカ】と【退魔銃】の更なる売却を他勢力から強く求められる」

「それを実際に行う為に【ガイア連合】製の輸送船が更に必要となる」

「【ガイア連合】の更なる生産力向上を至当と認める」

「【悪魔召喚プログラム】の活用によるMAGの利用率向上を図る可能性の指摘」

 こんな所で良いだろ、後はまとめて<ライコー>にチェックしてもらおう

 しかしあれだな、要約すると「今まで通り頑張ろうぜ」になるんだよな

 生産力云々も今更の事だし、【デモニカ】だって【退魔銃】だって

 最初から役に立つって分かり切っている物だしなぁ……

 

 

 俺が書いた考察というより雑感に近い物に目を通してる<ライコー>が言う

「【悪魔召喚プログラム】の下りは消しても良いのではないでしょうか?

 現状、【悪魔召喚プログラム】は海の物とも山の物ともつかぬ物です」

 メシア教の物だから出所ははっきりしてるぞ、だから信用できないんだけど

「いらない?」

「はい、【ガイア連合】内での使用実績がなく、未だ仕様も分からない物に

 注目される可能性を見出した所で何の意味もないかと。

 見当違いの物になるかもしれませんし、それまでの考察の説得力を損ないかねません」

「じゃあ消しちゃおう」

 それほど拘るところじゃない

 しかしそうなるとますます平凡な考察になってしまった、物資いっぱい作ろうぜ、だけだ

 まあ突飛な結論よりは良いか

 そして俺の書いた物を添削し、文面を整えてくれている<ライコー>が聞いて来た

「あなたは、あの村に【悪魔召喚プログラム】があれば、と思ったのですか?」

「うん?まあそんな感じかなぁ」

 もっと言えば覚醒者と【悪魔召喚プログラム】があれば、だな

 そして覚醒者を生むために【デモニカ】だ

 だからきっと欲しがると考えた

「結局はMAGの量が足らない、が一番の問題で

 MAGを手に入れたら次に必要なのはって考えただけなんだけどな」

 覚醒者を増やしMAGの生産を増やし、一刻も早く地母神になって貰う

 そして地母神に食料を生産してもらって生活を安定させる

 なるべく人間が戦い、霊格を上げ更にMAGの生産を増やす

 そしてその戦いは【悪魔召喚プログラム】があればきっと良い

 戦いは数だ、俺のPTも人数が増えれば増えるほど楽になった

 そしてその悪魔が労働力になるなら神(悪魔)も人も助かるだろう

 更に配下の運用コストを【悪魔召喚プログラム】の使用者に任せることが出来れば

 その分神(悪魔)も本業に集中できる、これは良いやり方ではないか?そう思った

 今後の海外では「食べ物を供給する地母神+戦う人間の集団」

 こんな感じのコミュニティが一つの典型になるのかなぁって思った

 

 

 とりあえず形になった報告書を事務の人に提出に行った

 入力した記録媒体を手渡し中身のチェックを行ってもらい、報酬を受け取る

 そのチェック中、少し暇になり事務の人とお茶を飲みながら軽く話をした

「上はどうも、この手の仕事はなるべく避けたいと思っているらしいですね」

「この手の仕事、ですか?」

 個人的に引き受ける仕事って意味かな?

「いえ、そちらではなくて「海外に出張するような仕事」という意味です。

 転生者のサポートが十分に出来ないという所が引っ掛かるようです。

 特に戦闘が起こる事前提の仕事は避けたい、と」

 はぁ

「とは言っても、必要だから依頼されている仕事ですし、

 断り続けるのも難しいのでは?」

 今回俺が受けた仕事は個人的な伝手で来た仕事だから断っても良いものだ。

 しかし【インド神話勢力】の方は勢力として【ガイア連合】に頼んだ仕事という形になる

 こういうのを断り続けるのは難しいと思う

【ガイア連合】はもはや実質【対メシア教戦線】の盟主だ

 そうであればこそ求められるものがある

 雑に言えば「俺が困っている時は頼らせて貰うぜ!」という話だ

 権限や権威でなく、力で盟主となった【ガイア連合】はそれを求められるはずだ

 それを断り続ければ「頼り甲斐がない」と見做される事になるだろう

 そうなれば【ガイア連合】に必要な何かをする時に発言力が足らなくなる可能性がある

 つまり【対メシア教戦線】の盟主という立場での旨味が減る、これは良い事ではない

 だから繰り返すが【ガイア連合】としては断り続けるのは難しいと思う

「そうですね、ですから上も悩んでいるらしいですよ。

 どこかに雑に使える都合が良い戦力がないかと」

 そんなのがいたら苦労しないよなぁ

 

「それはちょっとないと思うなー」

 とはインドからの土産話をしていた時の聖女ちゃんの言葉である

 ちなみにこの場に酒はない、「お酒で痛い思いをして帰ってきたかもしれないから」

 という聖女ちゃんからの謎の配慮だ、謎だ

「ないですか」

 今後は「食べ物を供給する地母神+戦う人間の集団」が増え更に

【悪魔召喚プログラム】が望まれる、という自分の予想についてだ、否定されてしまった

「源氏くんは「人間」に重きを置きすぎてるよ。

 悪魔が自分の土地の防衛をそこまで任せるほど人間に信頼を置くと思えないし……」

 そう言って少し考えてから

「それだけの強さを人間が得る事を悪魔が望むか分からない」と続けた。

 悪魔にとって最高の環境とはどういう環境か?

 その一つの例としてこういうものを挙げることが出来る

 人々が強い信仰を持ち、自分が好き勝手しても許されて、それでもなおMAGの供給が潤沢

 こんな環境だろう

 それを実現するためにはどうすればいいか

 その悪魔が神として君臨し、力で持って人々を束ね裁き、逆らえない力関係を維持する

 こういう風に出来るのが望ましい、つまり神として人を支配する事だ

 そしてそんな環境を作るためには「強い覚醒者」の存在はあまり嬉しい事ではない

 自分に対処できる程度に弱く、そこそこ戦力になりMAGを多く産む程度に力がある人間

 この程度で納めるのが良いのだという

「特に【悪魔召喚プログラム】の類は断固拒否されると思う。

 だってそれ、せっかく囲い込んだ人間の自立に繋がるじゃない

 私だったらそれだけは許さないわ、それなら戦闘向けの悪魔を養うわよ」

 とは聖女ちゃんの見解である。

 戦力になる悪魔を手駒に出来る、生活に必要な権能を持つ悪魔を揃えられる

 これは自立、つまり悪魔勢力からの独立の種に成り得るという

 悪魔勢力が人間に許せるのは自分たちが制御できる範囲の強さ、という事だ

「うーん、じゃあ【悪魔召喚プログラム】が実用化されても、

 使うのは【ガイア連合】だけになりますかね」

 何となく将来的には皆が皆【悪魔召喚プログラム】で武装するようになると思っていたが

 そうはならないかも知れない。

 現状、【ガイア連合】と【メシア教穏健派】以外に人間主体の勢力は存在しない。

 そして【メシア教穏健派】は【天使召喚プログラム】を使い続けるらしい

 これには【俺たち】ですら「あいつら正気かよ」と言う反応だった

【メシア教過激派】が作り、邪神によって強制的に邪神召喚を行われたプログラム

 そんな物、どんな罠があるかわかったもんじゃないという訳だ。俺もそう思う

「そうじゃなくなる可能性も十分あると思うけどねー

 階級社会作って「強い覚醒者」を悪魔側にするとか

 人間側が悪魔に物申せるくらい強くなるとか

 単純にそんな事言っていられなくなるくらい追いつめられるとか」

 なるほど

「まあなんにせよ、これからGPがますます上がって強い悪魔が現れるようになるし

 悪魔の数は増えるし、どうなるかなんて完璧な予想はできないわよ

 ただ人間に都合が良い未来はちょっと考えにくいかなって」

 まあそうだな

 

 

「ただいま」

 畑を広げるたびに少しずつ遠くなる家屋までの道を歩く。

 そうすると珍しく少女の姿に変化している<ユキ>がこちらを見つけ駆け寄ってきた

「転ぶなよ」

 とてとて、と擬音がつけられそうな走り方を見るとついそんな心配をしてしまう

 抱き着き、身体を擦り付けてくる<ユキ>の頬や頭をひとしきり撫でてから再び歩く

 そして庭にある畑とそこで働く一反木綿式神の姿が目に入り、思ったことがあった

 

 多分、人類はこれから先緩やかに積み重ねた技術や文化を失っていく

 前提となる物理法則が変わり、それまで当たり前に手に入った機材等が手に入らなくなり

 より低コストな神(悪魔)の加護や権能に頼るようになるからだ

 俺の畑が良い例だ、俺には農業に関する知識もノウハウもまるでないけど

 加護とMAGと式神のおかげで収穫を得ている、これと同じだ

 人類はこれまでの歴史で積み上げた物の多くを失い、

 その失った物を神(悪魔)で補う形になると思う

 人類の黄昏、神々の夜明け、か?

 夜明けと言うには神(悪魔)にとってもあまり明るくは見えないが……

 俺が行った所が微妙だっただけで力強い神(悪魔)は我が世の春を謳歌してるのかな?

 そんな事を<ユキ>に手を引かれながらぼんやりと思った

 

 

「はい、これが報酬のスキルカード」

 自室で適当にごろごろしていると【クシナダヒメ】様からの呼び出しがかかった

 そして祠に置かれてるスキルカードを頂く

【テンタラフー】と書かれていた

 敵全体に混乱を確率で付与させる神経もしくは状態異常属性の攻撃魔法だ

 作品によって攻撃魔法だったり状態異常魔法だったり違いがある

 中々良いスキルだありがたい、今回の仕事は儲けたと言っても良いだろう

 これは<シオン>に付けるか

「ありがとうございます」

 しかし【鬼子母神】、地母神【ハリティー】が【テンタラフー】なんて覚えたかな?

 と思って少し疑問に思っていると

【クシナダヒメ】様が「エッヘン」とした声で

「良い感じのがなかったから【ヤクシニー】としての側面から貰ったの」

 と言っていた、これは労うべきだろう

 

 その後軽く話をして、移動時間が長くて面倒だったとかお調子者を見かけたとか

 やっぱり家が一番だなぁと思ったとか、そんな話をしてさて部屋に戻ろうかと言う所で

【クシナダヒメ】様から声を掛けられた

「あとね、今回の件で【鬼子母神】が「機会があればいらっしゃい」って仰ってたわ」

 機会?特に用はありませんけど?

「<ライコー>ちゃん、いつかは子供が出来るようになるかもしれないでしょ?

 そうなったら安産の加護をいただけると思うの」

 ああ、正直自分は末代になると思ってたしあまりそういう事は気にしてなかった

「そういうの、気にしてたんですね」

「当たり前よ!私もあの女も、あなたの子も孫も見守るつもりなんだから!」

 氏神ですもの!と【クシナダヒメ】様は続けた。

 

 <ライコー>の膝の温もりを頬に感じながら少し考える

【クシナダヒメ】様の言う安産の加護云々はきっとあの方なりの気遣いだろう

 シキガミ故に子供が出来ない<ライコー>の事を気にしていたんだと思う

 だから、いつかできるようになった時に、と

「なあ<ライコー>、これはひょっとしてなんだけど……」

 俺の死後は同じ氏神として共に子々孫々見守るつもりの【源頼光】様

 同じように俺の子も孫も見守るつもりの【クシナダヒメ】様

 どちらも俺の代だけでは終わらない関係を求めている。

「神様ってちょっと重い?」

「そういう方も居られるようですね」

 そうなのか……

 

 



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第二部8話

 手短に状況を確認する

「敵は異界ボス妖獣【ピアレイ】、レベル37、電撃反射、呪殺無効

 取り巻きは魔獣【ヘアリージャック】が多数、レベル30、破魔弱点、呪殺耐性

 敵には既に気づかれている、強襲になる」

 <シオン>に偵察をしてきてもらって分かった事だ

 お試し版と言えど【アナライズアプリ】は戦いに使えるだけの信頼性を持っている

 まず間違いはない

 それにしても簡易式神の【アナライズ】とは違って壊れる心配がないのは良いな

 耐性まで解析するのには少々時間がかかったがやった甲斐があった

 その代わり魔獣は獣らしく鼻が利きこちらに気づかれてしまった、奇襲にはならない。

 異界ボス【ピアレイ】は取り巻きを集めている。

【ピアレイ】は仮面を被った緑色のどろっとした毛に覆われている二本足の悪魔

【ヘアリージャック】は小さな牛位の大きさの犬のような悪魔だ、モフモフしている。

 身体の大きい【ヘアリージャック】が集まっている光景は中々迫力がある

 これから戦う相手だと思えばなおさらだ

「目的は異界ボス撃破による異界攻略、<ライコー>がスキル【魔力開眼】を使用

 効果が切れるまでの10分以内に仕留められなかったら撤退、その時は指示する。

 またそれ以外にも何かあったら撤退の指示をする事もある」

 聖女ちゃんが頷くのを確認する

【魔力開眼】はかつて【ICBM】絡みの蘇生の仕事で貰った報酬だ

 付けるだけで魔力の消費量を軽減し、

 1日1回10分間だけ戦闘力を大幅に引き上げてくれる強力なスキルだ。

 10分は短いようで長い、最近はここぞという所で使う事が増えてきた。

 異界ボスとの戦闘、これはここぞという場面だろう

「聖女ちゃんは【マハンマ】で雑魚を散らしてくれ。

 聖女ちゃんのアガシオンは効きが悪くても良いから呪殺即死攻撃を。

 <ライコー>を先頭にボスに突っ込む、聖女ちゃんのシキガミは聖女ちゃんと俺を守れ

 <シオン>が【テンタラフー】を使うこと以外は今までと同じ、

 攻撃の優先順位は近寄ってくる敵、<ライコー>の周りの敵の順、質問は?」

【テンタラフー】はダメージも与えるタイプの【テンタラフー】だった

 良いスキルだ、とりあえず【テンタラフー】、の感覚で使える

「ないよ」

「では準備を」

 バフを掛け合い、【魔力開眼】を使用、最後に【チャージ】を行った事を確認

「戦闘開始」

 

 

「お疲れ様です、今日は聖女ちゃんに助けてもらいました」

 異界攻略は成功に終わった、だが俺的には少々反省点もある。

 今は軽い反省会だ、反省会だからお酒はない。

 俺たちが突っ込んだと同時に【マッパー】の範囲内にぞろぞろと敵の増援がやってきた

 その中の一群がこちらの退路を断つように動く

 敵のボスはこちらを発見しこれ見よがしに正面に戦力を集め、意識を向けさせた

 それと同時に周囲に悪魔を伏せて、こちらが突っ込むと同時に包囲を図った、

 そう解釈して良いだろう、厄介な敵だった

 撤退を決意するなら今だなと俺が思った矢先

 最寄りの【ヘアリージャック】の群れに聖女ちゃんの【マハンマ】が当たり群れごと消滅

 また支援を受けた<ライコー>がボスとの接触に成功、これにより戦闘の続行を判断、勝利

 そういう流れになった

 相手は足が速い魔獣の類だ、増援の存在はもう少し考えておくべきだったと思う

 下手したら大量の悪魔に取り囲まれていたかもしれない。

「そうでしょそうでしょ!気持ちよく【マハンマ】が刺さって良い異界だったわ!」

「そうですね」

 そしてオレンジジュースを飲んでから聖女ちゃんは溜息を吐くように

「でも正直、あの異界には狩場になって貰ってもっと経験値稼がせて欲しかったなー」

 破魔系が武器の聖女ちゃん的にはそうだろう、なにせ破魔弱点の敵が湧いてくるのだ

 今回はボス戦で多少の被弾を浴びたが道中は【マハンマ】で楽なものだった

「最近は狩場異界認定される事はあんまりないからしょうがないですよ」

 その理由もはっきりしている

 最近の【ガイア連合】は特別な理由がない限り【半終末後】に生まれた異界に対しては

 ある程度の調査をした後は基本的には攻略、すなわち異界消滅で対処する方針にしている

 異界を管理するマンパワーが足りない事となるべくの霊地安定の為だ

 日本の神(悪魔)を解放し霊地の管理を任せる事で霊地安定化を図ったのが【半終末】前の事

 この対策は成功、異界が湧く頻度が減り一部の【俺たち】は溜息をついたものだった

 だが【半終末】の影響は日本にまで徐々に押し寄せて来た

 囁かれていた「今の安定はあくまで小康状態ではないか」との予想は正しく的中した

 再び霊地活性化時のように異界が湧き、更に「今後はこれまで以上に異界が湧く」

 そう言われるようになる、そして実際に異界が湧く頻度が高くなり悪魔も強くなって来た

 これには一部の【俺たち】が沸き立つ事になる、主に喜びで

【異界ボス】はマッカも経験値も美味しい敵だからだ

 一般的にはただの狩場異界よりもあらゆる意味で実入りが大きいとされる。

 その代わり狩場異界は調査されきった楽な悪魔という事になる、これはこれで悪くはない

「今は狩場になる目安は、資源が採れて美味しい弱い異界でしたっけ?」

「らしいねー、まあ私たちのレベル帯だともう無縁の話だわ。

 良い異界を見つけたら飛びついて攻略して経験値稼がなきゃねー」

 資源が採れる、というのはどういうことかと言えば文字通りの事だ

【ガイア連合】は大量の霊装や霊薬等を生産する故にその原料の確保に常に悩まされてきた

 ある日【俺たち】の誰かが【五島歩兵師団】が使っている【多脚装甲車】を見て思いついた

「これ、重機に出来ない?」と、そして試行錯誤の末成功し各種の重機が生まれ、

【ガイア連合】は「終末でも使える重機」を手にする事となる。

 その重機で異界内の【異界の土】や【異界の金属】を資源として採掘している

 霊装の素材として使える事から需要があり、力技でゴリゴリ削りまくっているらしい

 悪魔から取れるドロップアイテムやフォルマ、霊草や霊木、これらと比べても

 ひたすら量が採れる事と安定した採掘が出来る事で有望な資源となったようだ。

 

 その後今回の攻略時の事を話し合う、が

「同じ状況だったら同じ判断で良いと思うよ」と言われてしまった

「もっと楽に、リスクを冒さないで戦いたかったんですよね」

 例えば一当てして撤退、を繰り返しヒット&アウェイな感じで取り巻きを削れないか?

 例えばボスに当たる前に周辺の掃討を念入りに行い、増援の可能性を潰せないか?

 上手くいくかはともかくとして、そういう事を事前に考え実行するべきだったと思う。

「相手の足が速いなら多少の距離だったら集まってくるのはしょうがないじゃない?

 私としてはあの状況だったら真っ直ぐ指揮官狙い撃ちで正解だったと思うな。

 手足が動いても頭が潰れたら終わりだよ」

 確かにそうだが

「敵の策に気づいて周りの敵を掃除してからボスと戦う、とかやろうにも

 私だったら配下に「敵とぶつかるな、逃げろ、貼り付け」位の指示は出しておくもの。

 囲まれるの嫌がって引くなら戦闘を回避できるし」

「そうですね」

「つまりあの異界ボスにとって嫌な対応の一つが真っ直ぐ行ってぶん殴る事!

 だからあれで正解よ、後知恵だけどねー」

 なるほど

「まあでもこうして、楽に勝てる方法を考えようとするのは良い事だと思うわ

 今後はもっと知恵を使う悪魔が増えるだろうしね」

 

「じゃあ今日はこれで、次は三日後に」

「うん、じゃあね」

 異界攻略後は何か理由がない限り霊装を軽いメンテに出すことにしている

 メンテと言っても単に専門家に呪い等による性能劣化がないか見てもらうだけだ

 ある程度高位の霊装であれば完全に壊れない限りは自然に修復が行われるもので

 もう俺たちが使っている装備はそのある程度を超えている

 だからメンテも念の為という事になる。

 修復が行われる理屈とは「【概念】的に確立している」という事なんだそうだ

 霊能名家に伝わる古い霊装が長い時を乗り越えて機能するのも

 異界内や物理法則が変わった地上で動けない機械を動かせるようにするのも

 その概念的な保護によるものらしい

「この〇〇は〇〇である、故に△△」、これによって機能が保全される

 とは言え悪魔との戦闘では何が起こってもおかしくはない

 例えば悪魔には「銀を腐らせる」等の逸話を持つ者もいる、だからメンテに出す

 そのメンテに出した霊装の中には<シオン>が入っている指輪や

 普段は懐に入れている<ユキ>が入っている管もある

 常に身に着けている物だ、いつも外すと妙に心許ない気持ちになる、落ち着かない

 まあしょうがない

 

 

 翌日、メンテに出してた指輪や管を受け取りに【星霊神社】に行く

 装備品の方の霊装はもう一日掛かるがこの二つは早めに終わるからだ

 子狐姿でごろごろしてる<ユキ>やふよふよと畑の上に浮かぶ<シオン>の姿がないと

 どうにも違う感じがした、落ち着かない

 そして受け取り、自室でメンテの結果が書かれた紙を見つめ少し物思いに耽る

 

【霊基スロット】と呼ばれる霊的な概念が式神やアガシオンには存在する

「スキル容量」や単に「メモリ」と呼ぶ人もいるが用語的に正しいのはこちらである。

 この【霊基スロット】への理解は別に難しい物ではない

 雑に言ってしまえば「スキルカードを使える容量」の事だ

 この制限があるから式神やアガシオンに何でもかんでもスキルを入れる事が出来ない

「何が必要な戦力なのか」という事を良く考慮してスキルを覚えさせる必要がある

 質や量はともかくとしてこの世界の人間なら誰でも持っている霊的な素質、

 式神やアガシオンはそれを持っていない代わりに後付けできるようになっている

 そういう理解で良いのかもしれない。

 この【霊基スロット】は各シキガミ、各アガシオンによって違う

 基本的には製造時にコストを掛けた物が、つまり高級品であるほど容量が大きい

 <シオン>はオーダーメイドの高級アガシオンで、俺の血肉をしっかり使ったタイプだ

 容量は大きい、だからこそ今までそれが引っ掛かる事はなかった

 <シオン>は今、レベル30、耐性4、戦闘スキル6、汎用スキル3

 これで<シオン>は【霊基スロット】を使い切ってしまった

 思っていた以上に【テンタラフー】が容量を食ったらしい。

 

 今後、<シオン>はレベル上げによる霊基の拡張でのスキル入手かスキルの変化でしか

 新しいスキルを得る事は出来なくなった。

 現状での発展余剰を最後に入れた【テンタラフー】で埋めてしまったのだ

 これを何とかする方法はある

 今あるスキルの中から不要なものを抜いて整理し空き容量を作る事だ

 では何を抜くか、と考えてみてもどうにも抜けそうなものがない

 耐性は抜けない、不要どころかもっと欲しいくらいだ

 バフデバフ系のスキルも抜けない、これがあるのとないのとでは戦闘の楽さが違う

 攻撃スキル、二つしかない、どちらか抜くと攻撃手段が一つになる、これは良くない

 汎用スキル、これは論外、PTの目を潰すような真似は出来ない

 あえて言うなら汎用スキルの中の【食事】だが、うーん……

 実用面では霊薬を飲み食いする事で回復手段が増えた、それを無くすのは惜しい

 将来性的にはより俺のMAGで染めれば何か有用なスキルが生えるかもという期待が

 そして心情的には

「せっかく食事できるようになったのを取り上げるってのもなぁ」

 という事で結局弄る所はなかった。

 

 また根本的に【霊基スロット】が増える事も一応可能性としてはある

 微妙な表現なのはそれが確実な事でもやろうと思ってやれる事でもないからだ

【悪魔変化】【変異】【ハイレベルアップ】、そう呼ばれるものだ

 違う悪魔に変化する事である、これによって霊基が一新する

 個人的には【ハリティー】の件で意識するようになったこの言葉だが

 しかし【俺たち】にも決して無縁の言葉という訳ではない

【俺たち】のその戦力の一翼を担う事が多い【アガシオン】や【イヌガミ】で既に例がある

【イヌガミ】、犬の使い魔の事だ

 元々の伝承では生き埋めにして餓死寸前まで追い込んだ犬に飯を見せつけ、

 食いつこうとした所を首を刎ねる

 そうして生まれた犬の怨霊を呪術の為に使うという

 そりゃ怨霊になるわ、と思わざるを得ない成り立ちの使い魔だ

 この【イヌガミ】とは全く違う生まれ方をした【イヌガミ】を【ガイア連合】は所有し

 希望者に対して譲渡をしている、【管狐】と同じ扱いと思って良い

 この【イヌガミ】がある程度以上成長をすると神獣【マカミ】という狼の悪魔に変化する

 これは例外はあれどほぼ確定と言って良いくらいに【マカミ】になるそうな

 一方、【アガシオン】の方はどうかと言うとこれは逆に何になるか分からない

 それまで受けたMAGの影響、主である【俺たち】との関わり方でどうとでも変わるという

 これじゃまったく当てには出来ない

 まったく当てには出来ないが、しかし弱くなることはないのだという

【アガシオン】は元々それほど強い悪魔ではない、

 だから大体何に変化してもそれまでの強さ+変化後の強さになって強くなるらしい

 また【悪魔変化】が起こっても元の悪魔の個性や意識、これはしっかり継承されるらしく

【悪魔変化】が起こった事で元の仲魔の実質的な消失等は心配しなくていいという

 今後は<シオン>に大幅な強化を望むとしたらこの【悪魔変化】に期待するしかない

 何時なるのかも変化先もまったく予想が付かないものだけど

 

 

「しかし【イヌガミ】、【イヌガミ】かぁ」

 いつの間にか膝の上に乗ってきた<シロ>を雑に撫でながら考える

【悪魔変化】について調べたら【イヌガミ】について語ってる【俺たち】が多かった

 可愛いし強いししっかり言う事聞くし、変化先である【マカミ】も優秀!

 と素晴らしい仲魔らしい

 別にそれにケチをつける気はない、犬は大体可愛いし強いもんだ

 実際俺も<ユキ>を引き取る前は【イヌガミ】が有力な候補になっていた、しかし

「【イヌガミ】の事情がなぁ」

 今、【ガイア連合】で譲渡されるイヌガミは通常の手段で生まれたイヌガミではない

「霊力に当てられた犬の霊」を悪魔化させ、イヌガミに生まれ変わらせたものだ

 そしてその犬が元はどういう犬だったかと言えば

「霊地活性化で悪魔によって飼い主を殺され、自分も(餓死で)死んだ犬」が多いという

 だから悪魔に対して好戦的で、飼われていた犬だから人に友好的、人に恨みもない

「犬は人類の最初の友って本当だね!犬助けと思って一緒に悪魔と戦おうよ!」

 なんて掲示板で宣伝している書き込みも見かけた事がある

 でも正直、そういう事情を抱えてる子と上手くやっていく自信ないんだよなぁ

 成仏する選択肢もあるのに悪魔になってまで戦おうとするイヌガミ

 それは亡き主人を思っての事なのか、恨みの念からなのか

 そんなイヌガミに主人として認められる自信が全く無かった

【俺たち】はどういう風に思っているんだろうか、そう思って掲示板で質問してみた所、

「前の飼い主から寝取るみたいで興奮する」という書き込みが真っ先にやってきた

 何だこいつ、無敵か?

 

 

 その数日後、<シロ>が秘神【ネコショウグン】に悪魔変化した

 

 月の綺麗な夜だった

 レベル上げを終え、所用を済ませ<ライコー>達と共に帰宅する途中、ある声を聴いた

 猫が屯っている、その猫たちの話し声だ

「猫の将軍が死んだんだって」

「にゃんと、それでは次の将軍は……」

「うむ、そういう事になるにゃ」

「大変な話にゃ」

「そんにゃことがあったとは」

 猫が人の言葉を話すとは奇妙な事もあるものだ、あれは悪魔の類だろうか

 そんな事を思っていたらその中の一匹の猫がすくっと立ち上がりこちらに近寄ってきた

 いやただの猫ではない、魔獣【ケットシー】だ

 長靴を履き二本足で歩き剣を持つ、そのような黒猫は【ケットシー】以外にはいない

 <シロ>とは違い【ケットシー】らしい【ケットシー】だ

 その【ケットシー】が言う

「もし、<シロ>殿へ伝言をお願いしたいのですが」

 おかしな事を言う

 <シロ>ならここにいるじゃないか、本人に直接声を掛ければいい

 そう思い横を見たら<シロ>がいない、はて?

「猫の将軍が死んだと、そうお伝えください……ではこれにて」

 そう俺に言い一礼してから【ケットシー】は去っていった

 <ライコー>が言う。

「怪しいですね、追って捕まえますか?」

 俺の嫁さんはなんと過激なのだ、ここは異界ではないしあれも非友好的な悪魔ではない

 この【山梨第一支部】の区画に入れる悪魔なら【俺たち】の仲魔か

【星霊神社】で保護されてる友好的な悪魔だろう、追い回すような相手じゃない

 たまに友好的な悪魔を持ち込んで保護を頼む【俺たち】がいるんだ

「いい、あれは敵じゃないと思う」

 うん、それにしても奇妙な事があるものだ

 満月の、澄んだ空気が涼しい夜の事だった

 

 そして家に帰り、自室に戻ったら<シロ>が俺の座布団の上でくつろいでいる

 先に帰ってたのか

「ただいま<シロ>」

 とりあえず伝言を伝えないとな

「よくわからないけど通りすがりの猫から伝言を頼まれた。

「猫の将軍が死んだ」らしいよ」

 何の事だかさっぱりわからないがまあ伝えた

 すると<シロ>は突然飛び起き「にゃ!にゃにゃーん!」と叫んで部屋を飛び出した

 

 翌日の朝、<シロ>が帰ってきた、妙に感じる力が強くて【アナライズアプリ】で見てみる

 種族が秘神【ネコショウグン】になっている

 いったい何があったんだ……

 <シロ>は俺の困惑を気にせず顔を洗っていた

 




ケットシーたちはシロが雇ったエキストラの方々です


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第二部9話

【ネコショウグン】

 女神転生シリーズではたまに出てくる悪魔だ

 登場した作品では

 猫の頭と足跡の模様の幟を背負い右手に軍配を持つ、中華風の鎧を着た二本足の黒猫

 こんな姿で描かれる

 ちなみに<シロ>はそんな珍妙な姿にはなっていない、普通の白猫だ、なんでだろ

 種族は秘神であったり軍神であったりカミ種族であったりで安定しない

 レベルは30くらいな事が多いが、耐性もスキルもあまり定着したイメージはない

 ネコショウグンになった<シロ>はどうなったのか、とアナライズ結果を見れば

 

★秘神ネコショウグン<シロ> Lv29 猫型

 魔法型 ステタイプ魔速 精神無効 破魔無効 魔力無効 呪殺耐性

 スキル マハザンマ 衝撃強化 マッパー タルカジャ 雄叫び

     マカジャマオン 猫足ステップ ニャンコトーク 三分の活泉

 

 耐性がえらい優秀になって【マカジャマオン】を覚えていた

【マカジャマオン】はスキルを封じる状態異常【魔封】を敵全体に確率で付与する魔法だ

 ゲームではそこそこ高レベルになってから覚えるようなスキルだった気がする

 その代わり衝撃耐性を失ってしまった、これは覚えておく必要があるだろう

 とりあえず、「フフーン」という顔をしている<シロ>を褒め称えてみる

 強いなぁ優秀だなぁ可愛いなぁ偉いなぁ、そんな事を言いながら撫でてたら

 そのうち満足したのか去って行った、多分次は<ユキ>の所に自慢しに行くつもりだな

 あの子はそういう子だ

 それにしても<シロ>、ずいぶん出世したなぁ、神で将軍な猫か

 無位無官のモブ源氏より格が高そうだ、昔は官位貰った猫もいたらしいしなぁ

 

 そんな事を思っていたら少し気になった事があって【ネコショウグン】について調べた

 そして少々首を捻る

【ネコショウグン】、猫将軍

 由来は清王朝の時代の中国で書かれた書物に記されている

「安南で祀られている猫将軍廟には猫首人身の像が奉られている。

 この神はよく予言を行うとされ、この地に訪れた中国人からも信望を集めている

 明の時代に安南を平定した毛尚書を猫将軍と誤って伝えたのかもしれない」

 そんな話しがあるらしい、(マオ)(ミャオ)の聞き間違え説だ

 尚書というのは日本で言うと「大臣」や「長官」程度の意味になる

 毛大臣が猫大臣になった、くらいの話だろう

 またその書物では同じように聞き間違えで生まれた他の【ネコショウグン】を紹介している

 こちらは鉄猫将軍という

「天津の造船所で使われなくなった錨が放置されており祟りを起こした。

 勅を奉じて封号を賜り、毎年祭りを行い奉り鎮めた。

 以後、鉄猫将軍と称する」

 という、いきなり錨が猫になってしまった逸話だ

 この将軍は乱世になるといくらでも湧いてくる事でお馴染みの雑号将軍って奴だろう

 中国の朝廷で正規の官職にある将軍号ではないと思う、たぶん

 この錨も読み方はマオであり、猫のミャオと聞き間違えられて猫になってしまった神様だ

 付喪神っぽくてこれはこれで理解できる神様だと思う

 中国人、猫好き多いのかな?と思った、故あれば猫と勘違いしている

 

 さて、まず最初の猫将軍の元ネタ

 毛尚書、こんな人物存在しないらしい、架空の人物なのだ

 つまり存在しない人物を引き合いに出して「元ネタはこれなんだけど間違って祀ってる」

 と言って伝わってしまったのだ

 実際に猫将軍廟で祀られていたらしい猫はどういう神様なのか不明である

 そもそも本当に猫将軍廟だったのか?怪しいものだ

 次に鉄猫将軍、こちらはまだ元ネタが存在する

 つまりは「造船所の錨」だ

 それを聞き間違えて「航海の神様である猫将軍」になってしまった

 前者は「正体不明の猫」

 後者は「完全に聞き間違いで生まれた猫」

 中々に謎の存在、それが【ネコショウグン】である

 方や信仰を忘れられ適当で間違った謂れが伝わるような猫の、推定神様

 方や聞き間違いで猫にされてしまった錨

 こんなのが悪魔になるのか?どういう悪魔なんだこれ

 というかどちらも今は特に信仰なさそうだけど神扱いで良いのか?

 猫の<シロ>が悪魔変化したのだから猫の神様なんだとは思う

 とすると一応、猫の姿である猫将軍の方だと思うが

 しかしどんな神様なのかもわからないと困るな、変な神話的弱点があるかもしれない

 わからないのは困る

 

 

 そんな話を祠の掃除中に【源頼光】様に話した

 神様繋がりで何か知っていないかという期待もあってだ

 しかし俺のそんな期待は思わぬ形でバッサリ切られてしまう

「考えても無駄ですよ」

 優しい声で酷い事を言う、俺が考えても休むに似たりってことか……

「あなたがどう思ったのかわかりますが、それとは違います。

 良いでしょう、この母が教えてあげましょう」

 お願いします

 

 神、悪魔は概念の存在である

 これはもはや常識だ、そして概念の存在である悪魔がいるのが魔界になる

 悪魔は概念の存在であるが故に概念の影響を受ける

 つまり人の認識等による影響を受ける

 これによって違う悪魔と同一視されたり、本来なら持ちえなかった権能を持ったり

 あるいは信仰を奪ったり取り込んだりする事ができる

「お前が崇めてるそれ、本当はうちの神様なんだよ」

「あいつらが崇めてた神、実は邪悪な悪魔なんだよ」等の理屈で

 信仰を奪い、あるいは分け合い、そして貶める事で変質させる

 インド神話における化身を意味する「アヴァターラ」

 日本における神仏習合の一つの形「本地垂迹」

 一神教における異教の神を取り込み天使や悪魔として伝える行為

 これらは人の認識を変える事で悪魔に影響を与える分かり易い例だと言う

(もっとも本霊と分霊の関係のせいで本当に同じ悪魔だった可能性もあるらしいが)

 うん、ここまでは知っている事だ、正直今更な話と言っていい

 そういう事をするとその(悪魔)に違う側面が生まれる

 その側面の中から都合良くご利益を捻りだすのは霊能者の基本と言って良い

 屁理屈でもいいから祀って荒魂を和魂にしてしまえばこっちのもんよ、の精神だ

「では、忘れられた神はどうなると思いますか?」

 忘れられた神?

「消えるのでは?」

 概念の存在だ、存在が忘れられたら消える、つまり死ぬんじゃないか?

「ええ、完全に忘れられたならその通りです。

 しかし一度概念となった者は、それも神として確立した者はそうそう忘れられません。

 どこかに薄っすら痕跡が残り、しぶとく生き続け、魔界にて介入の時を待ち続けます」

 この【ネコショウグン】もそうでしょう?と【源頼光】様は言う

 はぁ

「しかし部分的にも忘れられればその影響は出ます

 例えば、何の神なのかを忘れられれば権能を失い、名前を忘れられれば姿を失う」

 姿を?

「ええ、地上から完全に名を忘れ去られた者は分霊を送る際

 自分の名と姿で顕現させる事が出来なくなるのです」

 むしろそんな状態でよく分霊を送り込めるな、悪魔ってしぶとい

「そうなれば多少のマッカやMAGを包み、他の悪魔の姿を借りて顕現する事となります

 もしくは名が残ってる別側面からの顕現になります」

 はぁ

「【ネコショウグン】の元の神は既にその謂れを失い、姿を伝えるだけになっている者

 忘れ去られたが故にしがらみも弱点もありません、心配する必要はないでしょう

 その代わり特別な権能もないでしょうが」

 そんなもんか、まあなんにせよ面倒はなさそうで良かった

 つまり今に伝わる【ネコショウグン】の逸話だけを気にすればいいんだな。

 そしてもしかしたらこの地上に顕現した(悪魔)の中には

 忘れられたくなくて出てきたような、そんな存在もいるのかもしれない、そんな事を思った

 

 

 そんな些細な疑問を解消する休日を過ごしていたが、世界は俺の日常ほどは平和ではない

【インド神話勢力】が行った大規模作戦、それの結果が出たらしいのだ

 

 蝗害、字面はイナゴだが実際は大量のバッタが行う災害の事だ、まあそこはどうでもいい

 虫が行う災害と侮る事なかれ、

 云百億を超えるバッタが天を覆い闇を作り出し、地の植物の多くを食い散らかす

 風に上手く乗れば1日で100キロ以上を移動し、時には海すらも越える

 またその道中に卵を産み再度の蝗害を生み人々を飢えで苦しめる

 恐ろしい災害である

 上記の現象が悪魔とは何も関係ない自然の蝗害で起こるのだからやはり恐ろしい

 この災害は歴史上にも度々現れ、多くの悲劇を生んだ

 当然ながらそのような人の手には負えないような災害は畏れられ(悪魔)になる

 その中の一つに【アバドン】がある

 

 現代であっても人の手に負えない天災、蝗害

 ましてやそれを起こしたのは魔王【アバドン】

 生み出されるは自然の生き物ではない悪魔の蝗

 それを神の手になら負えるのか、【インド神話勢力】の力のほどは如何に?

 一体どうなるか気になっていた

 そして掲示板にある海外の情報を纏めてるスレや運営から投下された書き込みを読む

 

 作戦はほとんど順調に進んだようだ

 集魔の水とインダス川沿いに作った草を用いた誘導は成功

 普通の蝗よりも飛行する速度が速いため誘導は恐ろしくスムーズに進んだらしい

 幅も長さも数百キロメートルの蝗の塊を南に千キロ離れたインダス川河口まで誘導、

 そして河口の「地域」を丸ごと滅する勢いでインドの神々による一斉攻撃を開始

 その攻撃は昼から始まり夜も続き、夜でも辺り一帯が昼よりも明るくなる程だったと言う

 その攻撃で多くの蝗は死に、その死骸が幾つもの山を形成しまた吹き飛ばした

 ここまでが順調に進んだ部分だ、以後は想定外の流れになった

【アバドン】の眷属【アバドン虫アポリオン】

 蝗の塊のような群れの中にあってその異様さが際立つ悪魔だったという

 金の冠を被った髑髏の頭と蝙蝠の翼とサソリの尾、黒い身体を持つ巨大なバッタの悪魔だ

 測定レベルは不明、持ち込んだ式神の性能では【アナライズ】が出来なかった

 この【アバドン虫アポリオン】が【インド神話勢力】の想定外を生んだ

 この悪魔は【インド神話勢力】の攻撃を耐え続け、たった一匹で持久戦に持ち込んだのだ

【ガイア連合】の推察によればこの【アバドン虫アポリオン】は

【アバドン】の眷属の蝗の群れ、それらが喰ったものをMAGに変換し蓄えているのでは?

 あるいは人間が生んだ恐怖と飢えからのMAGを吸収し強大化したのでは?等書かれていた

 どれだけ攻撃しても耐性による無効化、もしくは再生を果たす【アバドン虫アポリオン】は

 さらに蝗を生み出す様子も見せる

 ここに至って【インド神話勢力】は一つの確信をする事になる

【アバドン虫アポリオン】をこの場で討伐せねばインド南部を失う事になる、と

【インド神話勢力】は現地の(悪魔)に力の限り時間稼ぎの為の攻撃の続行を指示

 他の神々(悪魔)には自らの信者に様々な儀式、祭りを行わせMAGを絞り出し、

 ただ一柱にそのMAGを捧げさせた、【インド神話勢力】はその一柱に全てを賭けたのだ

 そしてその神が一時的に十分な力を振るえる高位分霊の身にて現地で顕現、

 インド神話を彩る必殺技「ブラフマーストラ」にて【アバドン虫アポリオン】を撃破した

 その後も残存の蝗たちの殲滅、下げた防衛線も元の所まで押し返し、作戦は成功した

 その時点で時間稼ぎをしていた本来主力だった神の多くはMAG不足で消滅していたという

 

 掲示板のスレを見る。

【俺たち】的には【インド神話勢力】のこの戦い方を消耗が大き過ぎ

 そして逸り過ぎ、と思う人が多いようだ

 どういう事かと言えばつい先日、【ガイア連合】は【アポリオンキラー】の開発に成功した

 近々開発が終わりそう、という事も事前に伝えてあったらしい

 もう少し待てばそれが届きもっと楽な戦いになったはず、という見方だ

 これは【アバドン】との決戦ではない、その眷属と雑魚の群れとの戦いに過ぎないのだ

 スレでは具体的にどうやれば「待つ」為の時間を稼げたかで盛り上がっている

【インド神話勢力】の作戦は途中までは見事に当たり、その力も確かなものだった

 だからこそもっと上手くやれていれば、と思ってしまうのだろう

 

 

 だけどまあ作戦は成功した、と言っていいのか良かった、安心した

 そう一息入れようとした所でまだ書き込みに続きがある事に気づき、読む

「アバドン勢力下にて【過激派天使】の活動の活発化を確認

 アバドン勢力下は実質【過激派天使】の苗床なり」

 は?

 

 魔王【アバドン】、これはアナライズの結果見えたことで正しい

 しかしながら一神教の聖書的にはそれだけでは間違っている、足りないのだ

【アバドン】は「奈落の王」であり「堕天使」であり「悪魔の王」であり「深淵」であり

 そして【天使】である

 繰り返そう【アバドン】は天使である

 魔人と違い、魔王【アバドン】は【メシア教過激派】と協力関係にあった

 

 聖書によれば【アバドン】は五番目の天使のラッパで召喚される蝗たち、その王だ

 そして奈落の底の主であり、奈落の鍵を管理しサタンを千年間閉じ込めるという

【アバドン】は歴とした天使であり、実際に五番目の天使のラッパで召喚された蝗たちも

「額に神の印がない人たちには害を加えてもいいと言い渡された」と聖書に記述される

 つまり「額に神の印がある者たち(=信者)」は傷つけないという事だ

 信者を傷つけないという事は聖書の神に逆らう者ではない、という事を意味する

 この蝗たちはそのサソリの尾(【アバドン】が呼ぶ普通サイズの蝗にもある)で人を傷つけ

 五か月の間、人々に苦痛のみを与えることを許される

 人々はその五か月の間はどれだけ死を願っても死を与えられないという

 伝承において「苦痛を与える」などと記述がある攻撃に未覚醒者が耐える事は出来ない

 この蝗たちの攻撃により多くの人々は命を落とした。

 そして覚醒者あるいは攻撃を受ける事で覚醒させられてしまった不幸な元未覚醒者

 これらの人々の多くは伝承通り「五か月間苦痛のみを与えられ」

 苦痛によりMAGを生み【アバドン】と【過激派天使】のMAG供給源となっている

 そう推測された

 観戦するために送り出した式神が蝗や天使に連れ去られる人々の姿を確認したのだ

 

 インド、中東戦線は次のフェーズに移る事になる

【アバドン】、蝗害との戦いはひとまずは収まるだろうと予想された

 今回の作戦で蝗の大きな群れの殆どを搔き集め殲滅に成功したからだ

 しかしそれと同時に【メシア教過激派】との本格的な衝突が始まる

【アバドン】の働きによってMAGを得た【過激派天使】たちが各地に分派される事になり

 その影響はインドだけには留まらず、大きな波紋を起こす事になる

【ガイア連合】は上記の情報を既に付近の勢力へ通達、対天使戦の準備を促した

 そして存在すると予想された「捕らえられた人を集めて作られたであろうMAG工場」、

 すなわち【メシア教過激派】の拠点の割り出しに注力する

 

 ふと、【<お調子者の>スパルナ】の言葉を思い出した

「例え敗北しても失敗はない」「これが神の戦い」

 そんな風に、転んでもただじゃ起きない、みたいな事をあの【スパルナ】は言っていた

 どうやら【メシア教過激派】もしっかり神の戦いをしているらしいな

【アバドン】が顕現した地からインドまでの道中にある国々の人口は合わせて3億を超える

 もちろん【ICBM】等によりその人数は多少減ってはいるはずだ、はずだが全てではない

【アバドン】の眷属【アバドン虫アポリオン】と率いられる蝗の巨大な群れは

 確かに【インド神話勢力】の尽力により殲滅された、しかしそれと同時に

【メシア教過激派】はその多大なる犠牲の中から自分たちにとって有用な存在

 特にMAGを生む覚醒者の抽出、確保に成功したという事だ

 痛み分けか、単に消耗をしただけか

 畜生

 

 

 自室で寝転がり、少し暗い気持ちでいたら<シロ>が帰ってきた

 尻尾が機嫌が良い時の動きをしている、思う存分自慢したのだろう

【源頼光】様によれば<シロ>は

「主に迷惑を掛けるような伝承がない【ネコショウグン】を選んで変化した立派な郎党」

 だという、悪魔の伝承の影響の怖さをしっかり理解している行いだ、と

 そんな<シロ>につい話し掛けてしまった

「なあ<シロ>、人は悪魔の事を忘れるべきじゃないかな。

 とりあえず人を苦しめるような伝承があるような部分はさ」

【アバドン】の伝承、そこを人々が大昔に忘れて、権能を削っていればこんな事には……

 そこまで考えた所で馬鹿な事を言った、と気づいた

 知識を抹消する事なんてそうそうできる事じゃないし、そもそも悪魔と戦う霊能者なら

「どんな能力を持つ敵なのかわからない敵」そんな敵の怖さは良く知っている

 知識を捨てる事なんて出来ない、そして捨てきらなければ悪魔は権能を持ち続ける

 昔の人たちだって、だから忘れる事が出来なかったのだろう

【俺たち】も悪魔と戦う限り悪魔の事は忘れられない

 認識によって悪魔とその権能を消すのではなく、力で持って打倒しなければならない

 楽をする事は出来ないってことだな、戦うしかない

 <シロ>にブラシを掛けながらそんな事を思った

 

 

 それからしばらく何事もない日常が続いたある日

【ガイア連合】が【ガイア連合製悪魔召喚プログラム】の非公式配布を始めた

 

 




ネコショウグンの元ネタの信仰は勝手に絶えた事にしました
ググっても出てこなかったので…信者の方いたら許してください
ネコショウグンの性能面でのモチーフはデビルサマナー版です


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第二部10話

 二回目の【各代表会議】が開かれ、そして終わった

 対メシア教戦線に関わるいくつかの情報が周知され

 各勢力の代表からいくつかの要望が出され

 各勢力が互いに足りない物資のやり取り等をし、また【ガイア連合】から物資を購入し

 そして現在の世界情勢に関する情報が纏められる

【各代表会議】が求められた役割をきちんと果たす事が出来た、誇るべき成果だ。

 ただし情勢に関しては結論が「いつも通り」という何とも締まらないものとなった

「いつも通り」敵との終わりの見えない戦いが続くということだ

 また、特定の勢力が滅ぶ等の戦線が極端に悪化する兆しもまだないという事でもある

 ある意味では順調と表現していい。

 細々とした、とは言えないような問題点や変化を各勢力は抱えていると思われるが

【対メシア教戦線】全体に影響を及ぼさない程度の

 各勢力の「個別の案件」とされるような要望等はそれほど持ち込まれない

 各勢力はまず自助努力で以ってあたるべし、それが基本であり

 各勢力を尊重しその独立性を守るからこそそういう事になっている

 必要以上に自勢力の弱味を見せたがる者もそうはいないという面もある

 そして逆に言えば【各代表会議】において強く出された要望は

 その勢力単独では解決しにくく、なおかつ他の勢力からも同意や共感を得られる

 そう見込まれて出された要望が多いという事だ。

 

 西欧においてその名を轟かせる有力神話勢力【ギリシャ神話勢力】、その主神【ゼウス】

 彼が【ガイア連合】に公式の場で【悪魔召喚プログラム】の供与を要求した

【ガイア連合】は前向きに検討をする事になる。

 

 

「ずいぶん頑張ったんだなぁ」

 二回目の【各代表会議】のまとめを読んでの俺の感想がこれである、

 もちろん頑張ったのは各勢力たちだ、かなり見直した。

 今回は俺もリアルタイムで掲示板に張り付けていた。

 前回と違い【クシナダヒメ】様は会議後のお茶会には出ないらしく

 お供する必要がなかったからだ、

【クシナダヒメ】様も特に出席したいわけではなかったらしく、

「ああいう付き合いは向いてる方ややりたい方がやればいいのよ」とおっしゃっていた

 客人招いての接待とか大変だもんなぁ、やりたい人がいるなら任せたい気持ちもわかるな。

 そんな人居るのか知らんけど。

 

 

 掲示板を見ながら、二回目の【各代表会議】の既に公開されている議事録にも目を通す。

 最初の【各代表会議】の時と比べてその支援を望む声や要求は大人しく、しかも現実的だ

 自分の勢力が【保護】した人間の数を引き合いに出しての駆け引きまである

 これは情に訴えての駆け引きなどではない

 今の自勢力の強さ、将来性、そういった物をひっくるめてのアピールだ

 囲い込んだ人間、それも覚醒者の数はその勢力の地力に直結する、MAGを産むからだ

 前回の時のなりふり構わずの必死さ、それを覆い隠せるだけの何かを得られたようだ

 彼らが望む物の多くが「戦うための武器」という所にそれを強く感じる

 大変良い事だ

 声の大きさではなく自らの行った行動での成果を前面に出す姿勢は好感が持てる

 その中でも特に目を引く勢力が二つあった

【ギリシャ神話勢力】と【北欧神話勢力】だ

 なんとこの二勢力、とんでもない数の【天使】を狩りまくったようで

 天使由来のフォルマを大量に持ち込んで見せたのだ

 主に【天使の羽】であるが中にはそこそこ霊格が高い天使のフォルマもあったらしい

「獲物の数には不自由はしていない」とまで言い、今後もフォルマを持ち込めるという

 欧州の地はそれだけ天使が多く存在し日々戦いに明け暮れているらしい。

 これには普段は他の勢力に厳しい視線を向ける事が多い【俺たち】もにっこり、

「やるじゃん!」「もっとやれ!」「天使を殺して食う飯は美味いか?美味いな」等々

 感動の声が掲示板に多数書き込まれた、特に獲物が天使という所が喜ばれた。

 天使は減れば減るほど喜ばれる不思議な生物だからな、誰も絶滅を危惧しない。

 これらのフォルマはさっそく品質が十分な事が確認され

【ガイア連合】が全てお買い上げ、査定された額をマッカで纏めて支払ったそうな

 各勢力の主神たちの頭に【天使の羽】=マッカが刻み込まれた瞬間である。

 

 その天使を大量に狩った力強い【ギリシャ神話勢力】の主神【ゼウス】が

【悪魔召喚プログラム】の導入に前向き、というレベルを通り越して積極的な姿勢なのだ

 前のめりと言っても良いかもしれない、強く声を荒げて要求するほどだという

 はて、これはいったいどういう事なんだろう

 悪魔が人間(覚醒者)に力を付けさせたいと思うほどの事情とは。

 彼らの信仰の都合的にも「強い天使と戦えるのは強い神(悪魔)だけ!」というのは

 それほど悪くない話だと思うんだが……

 ましてやこれで使えるようになるのはただの武器ではない、人間が悪魔を使えるようになる

 それを呑み込むほどの事情とはなんだろうか。

 自分にはこの【ギリシャ神話勢力】は勢力拡大が特に順調な勢力に見えたのだが……

 カットされた柿を一切れ食べる

 この柿は俺が【クシナダヒメ】様から加護をいただいてから

 とりあえず甘味が欲しくて庭に植えた柿の木から採れたものだ

 ある程度育ってる柿の木を植えたのに加護的に樹木はちょっと違うのか中々効かず

 最近ようやく柿の実が成るようになった、普通に甘くておいしい。

 多分今後は定期的に実るはずだ、食いたくなった時に食えるのは良い事だ。

 甘い物を食べて気分を入れ替え、スマホに表示されてる世界地図を見ながら考える

 

 もしかしてアフリカがいよいよやばいのか。

 アフリカと西欧の一部には【終末の4騎士】がいる、いるというかうろついている

 そして今、アフリカ大陸には有力な神話勢力が存在しない

 アフリカ大陸で最有力だった【エジプト神話勢力】は【半終末】前の

「エジプト決戦」で敗北して以降、日本に避難し【外様】と呼ばれる存在となってしまった

 彼らがエジプトに帰還し、勢力としての地盤を作った等の話を聞いた覚えはない

 そして【終末の4騎士】がアフリカを平らげ、次に向かうとしたら西欧だと言われている

 態々シナイ半島に渡り、中東を平らげるには【終末の4騎士】にとっての旨味が弱いからだ

【終末の4騎士】は今のところその聖書上の役割である「世界の四分の一の人を殺す」為に

 動いていると予想されている、それにはアフリカだけでは足りない。

 より多くの人々を殺せる方向へ進むだろう、なら西欧の方が人口が多い

 事実、既に西欧には足を踏み入れておりその先に進むだけだ

 一方、中東方面の多くは今は【アバドン】が……そこまで考えて気づいた

 なるほど、【メシア教過激派】は【終末の4騎士】を西欧に向かわせたいのか

 中東からインドにかけての人口の大部分を消すことで

【終末の4騎士】にとって中東方面がさほど魅力的でない進路になってしまった。

 あえてそうしたと解釈するべきだ

【ギリシャ神話勢力】や西欧に根を張る【メシア教穏健派】その他かの地に顕現した悪魔

 それらを【終末の4騎士】をぶつけ纏めて潰す気なのだ、そこにいる自分たち(メシア教過激派)ごと

 天使ってのは他人が苦しむ事にばかり頭が回るなぁ

 

【ギリシャ神話勢力】は【終末の4騎士】の侵攻に耐えられる地盤

 それをアフリカの人間が死に絶える前に西欧の地に築かねば将来的な滅亡を迎える事になる

 元々高かったその可能性が【アバドン】によってほぼ確定してしまった

【ギリシャ神話勢力】は必死だ、必死に自分たちの居場所を作り守ろうとしている

 そのための戦力を求めている

 

 そしてその彼らの希望の一つがこれなんだろうな

 どうも【ガイア連合】はそう遠くないうちに【悪魔召喚プログラム】も輸出品目に

 入れるつもりらしい、そういう流れを感じる

 掲示板にあったスレ「★悪魔召喚プログラム(メ)について語るスレ その35」を

 見ながらそう思った

 

 

 そのスレで投下された情報だけで日が暮れる程物思いに耽る事もできる

 例えば「【悪魔召喚プログラム】自体が四文字の加護を受け霊装化してる事について」

 例えば「生贄召喚された天使によって都市部の多くが壊滅している可能性について」

 例えば「外様や野良霊能者が増え、それを監視せざるを得ないようになった事について」

 例えば「概念による機械保護が簡易化される事で現代文明がある程度残る可能性について」

 例えば「これ等によって人間主体の勢力が自然発生する可能性について」等々

 しかし今はその事はばっさり切り捨てたい

 俺にとって大事なのは「近々一般にも【悪魔召喚プログラム】を配布される」

「関わっている技術部の人間が今の【悪魔召喚プログラム】を「安定版」と評している」

 この二つだ

 俺知ってる!【ガイア連合】がこういう事やってる時は

「公式配布はまだ」とか言ってても希望者はほぼ完成形の何かを貰えたり買えるんだって!

 ショタオジの性格で「ほぼ安全」じゃないと【俺たち】向けの正式採用はされないから!

【アガシオン】や【デモニカ】の時もそうだった!試験運用してた奴らがどや顔してた!

 

「という訳で事務の人に聞いてくる!帰りが遅くなるなら連絡するからっ!」

「はい、行ってらっしゃいませ」

 

 

 そんな訳で事務所に駆け込み口早に【悪魔召喚プログラム】の事を聞き出そうとして

 事務の人に苦笑いに近いものをされた。

 同じように【悪魔召喚プログラム】実質解禁、と解釈した【俺たち】は結構いたようだ

 そしてその解釈は間違っているわけでもなかった。

 一定以上のレベル、モニターに協力する事、ある程度以上の性能の情報機器の持参等の

 条件とも言えぬ条件をクリアすれば【悪魔召喚プログラム】を貰えるようだった

 当然受け取る、だって【悪魔召喚プログラム】だ

 いくら葡萄を酸っぱいと言っても葡萄が気になってしょうがない狐のような気持ちだった。

 また注意事項の印刷された用紙と簡素なマニュアルも渡された、

 その後、各資料をいくらかコピーし家に帰る

 俺のスマホは今この時【COMP】になった、その事で胸がいっぱいだった

 

 家に帰り、自室でゴロゴロ転がり喜びを宥め

 意味もなく通りすがりの<シロ>や<ユキ>の肉球を揉み、わしゃわしゃと撫でる。

 思っていたよりも【悪魔召喚プログラム】を手に入れる日は早かった

 そうしていたら徐々に落ち着きを取り戻してそんな事を思った

 もう少し時間がかかると思っていたのだ、だってメシア製で危険しか感じない出所だし

 でもまあ【ガイア連合】がこういう風に扱う段階ならもう大丈夫だろう、安心していい。

 とりあえず冷静になったので迷惑そうな顔をしている<シロ>や<ユキ>を解放してやる

 そしてまずは注意事項を読み、それからマニュアルに目を通した

 仕様の確認は大切である、その間に<シロ>たちはどこかに去って行った

 

「うーん……うん、なんと言うか【俺たち】の【メシア教】に対する不信感が見えるな」

 この【悪魔召喚プログラム】、元になった【天使召喚プログラム】と比較すると

 大幅にその機能が削られている。

 まず儀式を演算にする事によって【信仰魔法】を発動させる代行機能、

 これがほぼ削除されている、残っているのは【悪魔召喚】に関わる部分だけだ。

【メシア教】の使っていた【天使召喚プログラム】ならばMAGを突っ込めば

 プログラム上で儀式を演算、代行し機械的に魔法が発動、ディアやハマが放たれた。

 敵からすればチートとしか言いようがないそんな機能を持っていたのだ、これがない

 次に【魔界】からの直接的な【召喚】機能、これもない。

 召喚出来るのは契約した悪魔、そして今はまだ実装していないが【デビルオークション】で

 落札された悪魔だけという事になる(誰が仲魔をオークションに売りに出すんだ?)

 無節操に高位の悪魔を魔界から呼び出すなんて事は出来ない仕様だ、危険だからな

 そして【魔界】からの【召喚】機能がないならば当然だが

「別側面に解釈して召喚する」という主に天使の耐性を埋めるのに使われていた機能

 これもない

 概ね某邪神が関わっていたとされるパッチと安全性に悪い影響を与える箇所

 これを丸っと消したのが【ガイア連合製悪魔召喚プログラム】という事になる

 安全性と安定性は武器としての信頼性そのものに影響する

 全体的に素晴らしい「改良」だと思う。

 

 その中で魔法を代行する機能、これを削除した事に意味を感じるのだ

【メシア教】の使う魔法の根源は信仰を基盤にする【信仰魔法(カルト・マジック)】だ

 これは信仰と、奇跡を願う心とMAGから発生する奇跡という事になる

 メシア教徒が使う場合は四文字への信仰心からの発露、という事だ。

 俺含む異能者が雑に使っている【魔界魔法】とは少々違う

【魔界魔法】は魔界に存在する根源的なパワー(=MAG)を消費して行う奇跡とか、

 悪魔が使っている魔法を人が真似した物等の説もあるが真相はわからない。

 ただはっきりしているのは良くも悪くも術者で完結している魔法という事だ。

 大きな違いは前者は信仰心を失ったら使えなくなる事

 後者はあくまで個人の力量によって起きる現象という事、この二点だ

 但し起こる現象は同じだったりする事もあるのがややこしい所だ。

【信仰魔法】から生まれたディアも【魔界魔法】から生まれたディアも同じディアだ。

 しかし違いもある

【信仰魔法】にはその歴史や文化を土壌にした技術系統があり(符術、魔道等)、

【魔界魔法】とは少々趣が違う。

 またほぼあり得ない想定だが、まったく同じ力量、才能、知識、思いを持つ両者が戦えば

 前者の【信仰魔法】の使い手が絶対に勝つとも言われている。

【信仰魔法】はその信仰の持つ霊的な地盤からのバックアップを受けるからだ

 悪魔がその地元で知名度による補正等で多少強くなるのと同じ理屈と言っていい

 信仰の中に生きる信者はその霊的なバックアップを受け強化される。

【天使召喚プログラム】をその信者が動かし信仰とMAGを捧げることで

 低いハードルで強力な天使の召喚を行い、またその信者も簡易に魔法を使い戦闘に加わる

 これが【メシア教】の持つ力の一つだった

 

 その【メシア教】の【天使召喚プログラム】で儀式が代行されたものは

 四文字に対する信仰によって生まれる【信仰魔法】として発動される

【俺たち】が形だけでも四文字へ信仰とMAGを捧げ、奇跡を願う事を忌避した

 そういう意図での削除ではないか?まあ考えすぎかもしれないが……

 

 

 まあ、あんまり考えてもしょうがない事は考えなくてもいいや

 今はそれよりも大事なことがある

「<ライコー>、うちのPTに足りない戦力って何だと思う?」

 自分のスマホを弄ってた<ライコー>に話しかける

 <ライコー>は少し考えてからこちらを見て

「そうですね、私以外の前衛か、

 あるいは氷結属性の魔法を使えるものが居ればいいのではないでしょうか」

 そう言って<ライコー>は視線をスマホに戻した

 前衛か氷結魔法の使い手かぁ、ちょっと難しいな、特に前衛は。

 氷結魔法が欲しいのは今のPTには使える者がいないからか、攻撃の幅は大事だ。

 いくつかの低レベル異界の情報が載っている資料を見ながら少し考える。

 これは事務所で貰った異界の資料だ、狩場異界で出てくる悪魔の情報がある

 

 今の【COMP】で出来る事はこの五つだ

 1.レベル10までの悪魔三体までの契約と召喚(同じ悪魔の被りは出来ない)

 2.悪魔全書機能(現状ただの辞典、この全書に載っていない悪魔とは契約できない)

 3.アナライズ機能(お試し版が正式版になった、ほぼ変わらず)

 4.エネミーソナーを代表するアプリの使用(実用できる完成度の物はまだ少ない)

 5.霊装化して頑丈になって異界でも使える。

 

 つまり召喚後、多少レベルを上げるにしても

 レベル10までの悪魔で前衛が務まる悪魔を探さねばならない

 邪教の館や悪魔合体プログラムが存在しないからだ、「まだ」ないと思うべきか

 多分いつかは作られる、だって【悪魔召喚プログラム】がこの世界にはあるんだから。

 話を戻すが、とりあえずそのままではレベルを上げても戦力化は厳しいだろう

 レベルが上がってもスキルや耐性が弱い悪魔のままでは通用しないからだ

 そうすると【スキル変化】か、将来的な【悪魔変化】を見越して……。

 いやいや、と頭を振る

【悪魔変化】なんて何になるかわからないものなんだ

 そんなのに期待して、違うのになった!と勝手に失望するのも失礼な話だと思う

 そんな風に思わなければ良い話だが期待してしまえばきっとそう思ってしまう

 そういう不誠実な事をして仲魔を傷つけるのは良くない

【悪魔変化】は、なったら良いな程度に留めておくべきだ。

 

 さてではどうするか、おそらくそう遠くないうちにレベル上限も上がりそうな空気がある

 それまで待つのも手ではある。

 何せ既に掲示板には「上限上げろ」の声が続々と上がっている。

 その声を無視はしないだろう、なるべく早くある程度の上限解放がされるはずだ。

 ふと、掲示板の書き込みにあった「産廃」等の【俺たち】の微妙な反応が頭をよぎった

 そういう【俺たち】もそれなりの数がいて、それは決して理由のない事ではないのだ。

 この【悪魔召喚プログラム】を貰える条件であった「一定以上のレベル」というのが

「バグで戦場でレベル10の仲魔三体が突然裏切った時、十分対処できるレベル」

 が目安になったと事務の人が言っていた。

 もちろんそれは今が試験運用段階であり、正規版では違うものになるという。

 そしてそうであるから現状での【悪魔召喚プログラム】の評価も少々辛い物になっている

 そこまでレベル差がついている悪魔では果たせる役割が限定的な物になるからだ

 補助や雑用であって、前線での積極的に運用出来る戦力ではない

 そういう風に評価されてしまっていた。

 

 でもまあ逆に言えば補助等であれば十分使えるわけで、大事なのは仲魔選びだよな

 「低レベルでも役に立ちそうな悪魔と言えば」で盛り上がってるスレを軽く見てから

 再び資料に目を通した。

 

 

 そんな悩ましく、ある意味楽しい時間は予想外の形で終了する事となった、来客だ

 それも猫の客が来た、しかも二匹もだ

 不思議な事もあるものだ

 第一声から話が長くなりそうな気配を感じたので家に入ってもらい居間で話す事にした

 露悪的に言えば、自分が戦うのに有利な疑似異界である我が家に引き込んだとも言う

 まあそんな事をしなきゃいけないレベルには見えないからそんなつもりはない、戯言だ

 

「では改めてもう一度言ってくれ」

「はい、私どもは<シロ>様と契約をした者です、これからは貴家でお世話になります」

 何を言ってるのかわからない……

 

 その客人(客猫?)は魔獣【ケットシー】だ

 それも、あの「猫の将軍が死んだ」と不思議な伝言を頼んできた【ケットシー】だと言う

 あの時は<シロ>に殿と付けていたはずだが、今は様付けだ

 これが契約と何か関係があるのだろうか

「それでその【ケットシー】と、そっちの……」

【ケットシー】には見えないもう一匹の猫に視線を向ける

 尻尾が太く少し身体が小さい猫で、笠を被っている、所謂キジ白模様をしている

 その猫は面倒くさそうに後ろ足で首元を掻いてから

「にゃーは【カブソ】にゃ」と言った

 魔獣【カブソ】、女神転生ではたまに登場する雑魚悪魔である

 レベルは大体一桁前半から半ば、電撃弱点だったと思う

 石川県に伝わる水に棲む妖怪で、人によくいたずらをすると言われる

 馬を驚かせたり美女に化けたりする、人を化かし岩や木と相撲を取らせたりするとも言う

 猫の妖怪とも、カワウソの事とも、正体は河童とも言われる

 まあ他愛もない可愛い悪魔だ

「そして二匹とも<シロ>と契約を?」

「はい」

 とは【ケットシー】の返事である、【カブソ】の方は横になって丸まってしまった

 

 聞けばあの不思議な出来事は<シロ>主導で起こった【猫の王様】の民話の再現だという

 飼い主が帰宅途中、「猫の王が死んだ」という猫の噂話を聞くあるいは伝言を頼まれる

 そしてその話を家族にしたら猫が「なら僕が次の猫の王だ!」と飛び出して帰ってこない

【猫の王様】とはそんな話だ

 要素としてはこの話の猫に「ケットシーとしての名」があったり

 噂話等ではなく「猫の葬式」を見かけたり、飛び出した猫が巨大になったり

 煙突を登る等もあるが、まあ誤差の範囲だろう

 <シロ>はこの【ケットシー】の伝承を部分的に再現する事で悪魔としての力を強め、

 万全の態勢で【悪魔変化】に臨み、見事【ネコショウグン】へと変化したのだという。

 とりあえず話しを聞く為に<ライコー>が連れてきた<シロ>を褒めてやる事にする

 よしよし、良い子だ。

 

 それで、その再現のための手伝いを【ケットシー】と【カブソ】がした

 友達の猫系悪魔を集め、日時を選び、台本に沿った会話をして俺に聞かせたという

 その手伝いの対価が<シロ>の手下となる事

 ……おかしくないか?なんで手下になる事が対価に?と疑問に思ってる俺に対して

「弱小悪魔にとっては強い悪魔と契約出来るのは強くなるチャンスですからね

 良い話なんですよ」

 と、【ケットシー】が言う

 はぁ

 強い悪魔ねぇ、思わず俺の膝の上で澄まし顔をしている<シロ>を見つめてしまった。

 

「うん、まあそういう事ならしょうがない」

 勝手に<シロ>がした契約とはいえ飼い主の俺が責任を取らないといけないだろう

 <シロ>も否定しないから多分言ってることは本当だ

 とはいえそうなるとやらなきゃいけないことがある、まずは<シロ>に対する説教だ

「<シロ>、勝手に契約するのはもうやめなさい。

 こっちもいきなりだと困るし、変な奴と契約して何かあったら嫌だしさ」

 そう言ったらゴロゴロ言いながら膝の上の<シロ>が頭を擦り付けてこちらを見上げた、

 分かったようだ

 <シロ>がこういう「可愛いでしょ」アピールをする時は叱られてる時だからな

 あとは、うちに住むなら安全の為にちゃんと二匹とも契約をしてもらわんと

 それと今は【星霊神社】で保護されてる立場の悪魔らしいから正式に引き取る手続きか

「あっ、ご飯はどうする?<シロ>と一緒で良いのか?」

「契約通りちゅー〇を所望するニャ!それとかまぼこニャ!これはゆずr」ベシッ

 ご飯の話になった途端元気になった【カブソ】を<シロ>がすかさず叩いた、厳しい……

 多分、契約にはそんな項目なかったんだな。

「私どもは悪魔ですので、食事の方はお気になさらずに。

 <シロ>様より十分なMAGをいただきます」

 叩かれた【カブソ】を無視して話を進める【ケットシー】

「遠慮するなよ、<シロ>だってご飯食べているんだし、ついでだよ」

「それは<シロ>様は生きていますからね、

 私どものような純粋な悪魔は本質的にはMAGだけで過ごせますので……」

 ??

 違いが分からない、そういうと【ケットシー】は俺の方を見て首を傾げ目を見合わせる

 はて?

 

 なんてことだ、<シロ>は猫の【覚醒者】だったのか

 俺はてっきり悪魔として【ケットシー】に生まれ変わったのかと……

 考えてみれば俺の【リカーム】はちゃんと発動してたじゃないか

 そうか、<シロ>は「黄泉がえり」と俺のMAGを切っ掛けに覚醒していたのか。

 身近で大事な事に気づいてなかった事にショックを受ける

 今まで通りだったからこそ気づかなかった。

 そういえばそんな説明を<シロ>との契約前に聞いたような気がする、薄っすらだけど

 あの時はなんかもうそういう事に気を回せる精神状態じゃなかったから多分聞き流してた

 なんて失態だ。

 生きているので<シロ>は生き物として飯を食べ、排泄する、寝る

 そして自力でMAGを産む事が出来るというのが純粋な悪魔との違いらしい

 意識すれば確かに<シロ>からのMAGを感じる、これが普通だと思っていた

 霊的に考えれば未だ<シロ>は肉体に縛られている身、という事である

 これは人の【覚醒者】である俺と同じだ。

 <シロ>は悪魔の力を宿した猫という事になる、分類はなんだろ

【アウトサイダー】か【デビルシフター】か、単に「悪魔変化を覚えた猫」かもしれない

 それはまあいい、それにしても今までそんな事にも気づかなかったなんて……

 俺は今まで<シロ>の事をちゃんと見ていなかったのか

「ですので我々の立場は<シロ>様の仲魔という事になります。

 <シロ>様と契約し、<シロ>様のMAGが供給される身ですので」

 項垂れる俺に説明を続ける【ケットシー】、違いがよくわからないが

 直接俺の仲魔になるというのではなく<シロ>を挟んだ関係なのだという

 だけど俺の家に住む以上俺との契約はしてもらわないと困るぞ、俺の身の安全の為にだ

 そう言うと【ケットシー】は尻尾を愉快そうに揺らし、目を細めて言った

「もちろんですとも、主の主様」

 

「つまりにゃーたち二匹はおみゃーから見て猫の又者ってことニャ!

 猫又じゃないけど、にゃはっは!」

「にゃはは」笑ってる【カブソ】が【ケットシー】に理不尽に叩かれた

 良い音がした

 

 

 まあこれも縁だろう

 なんとなく仲良くやっていけそうな気がした

 




★魔獣<ケットシー> Lv4
 魔法型 ステタイプ力魔 電撃耐性 衝撃弱点
 スキル ジオ グラムカット 妖精の抜け穴
 【妖精の抜け穴】 異界内や異界化した地上にある空間の歪みを知覚、
          利用して近道等に使える

★魔獣<<祟る>カブソ> Lv2
 魔法型 ステタイプ平たくて少し魔が高い 火炎耐性 魔力耐性 電撃弱点
 スキル アギ 冥土の道連れ
 【冥土の道連れ】死亡時高確率で周囲の敵に万能ダメージ

主人公は他愛もない可愛い悪魔扱いしているが
こんなんでも村の一つ二つは余裕で潰せて、非覚醒者を美味しく頂くくらいは出来る


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第二部11話

 とりあえず【ケットシー】と【カブソ】を風呂に入れ洗った

(後で気づいた事だが悪魔だから蚤の心配とかはいらなかった)

 そして【星霊神社】の方で手続きを行い正式に引き取り

 契約書をいくらか余裕を持った数を購入し、契約する

 これで<ケットシー>と<カブソ>はうちの子になった

【悪魔召喚プログラム】を介しての契約ではない、何故かそういう事になった

 <ケットシー>と<カブソ>はまずは<シロ>の仲魔であり

 俺の「要請」に従い「動員」される「<シロ>の戦力」である。

 故に使いたい時はその都度【悪魔召喚プログラム】で契約して使う、という事らしい

 そして使わない時は解約するという事になった、もちろん解約はプログラムの方だけだ

 普段は【悪魔召喚プログラム】では縛らないという事になる。

「貴重な枠をいつも私どもで埋める必要はないという事です。

 私としてはいつもストックしていただいて結構ですが」

「にゃーはそんなのは嫌ニャ!休暇はちゃんと欲しいニャ!」

 なるほど、二匹にしてみれば【悪魔召喚プログラム】で契約している時は仕事

 していない時は休暇、という事になるのか

 これはこれでメリハリが利くかもしれない

 ところで戦闘時は三重契約になるけど良いんだろうか、こんな縛られまくりでは窮屈な気が

 猫たちは戦闘時は「<シロ>との契約」「俺との契約」「悪魔召喚プログラムでの契約」の

 三重契約になってしまう。

 そう心配すると<カブソ>が言った

「だから普段は【悪魔召喚プログラム】の方は勘弁してにゃ。

 あれ、いたずらも出来なくにゃるから息苦しいにゃ~」

 この二匹は【悪魔召喚プログラム】での契約を体験したことがあるらしい。

 今の【悪魔召喚プログラム】が出来てからあるいは出来る過程で、

 技術部が実際に悪魔と契約や召喚等の各種実験を行っていて

 その実験に二匹のような保護された低レベル悪魔が駆り出されていたらしい。

 その実験での感想がこの「息苦しい」だ

【悪魔召喚プログラム】での契約は純粋に戦闘向けの契約であり

 特に戦闘の事であれば絶対服従に近いものを悪魔に強いる。

 そして戦闘外でも召喚主に害をなす「恐れのある」行動は著しく制限される

 そういう事になっている、注意事項にそう書いてあった。

 それは確かに息苦しいだろう、しかし人間には必要な事だ。

 

 

 今のところ【悪魔召喚プログラム】の召喚機能はあくまで召喚機能だ

 悪魔のデータ化からの実体化や【COMP】への収納機能なんてものはない

 だから召喚される悪魔は、召喚される前はどこかに待機しているという事になる

 そんな仲魔たちの待機所をどこかに作るという話も動いているそうだ

 とはいえ俺はそこを利用する事はないだろう、俺の仲魔は我が家から召喚される事になる

 

「俺が家にいない間に度が過ぎたいたずらをするようなら

 我が家の守護神(源頼光様)に叱ってもらうからな?」

「おみゃーがいる間の度が過ぎないいたずらで我慢するにゃ」

 それで良い……良いのか?<カブソ>の耳をムニムニ揉みながら少し疑問に思った

 それにしてもこいつ、毛触り良いな。

 その日はそれで終わった

 

 

 

 <ケットシー>と<カブソ>が仲魔(仲魔の仲魔、略して仲魔)になってから数日が経った

 俺は今、仲魔を求めて異界に居る

 

 異界という物は適切に管理をしていても徐々に変化をする物らしい

 それは出入りしている覚醒者たちのMAGや認識、現れる悪魔たちや異界ボスの性質、

 それら複数の要因によるもので、

 ある程度の制御こそ出来ても完璧なコントロールは難しいのだという。

 だからこそ【ガイア連合】は都合が良い異界があればそこを管理し狩場として使い

 あるいは資源を得られる土地として使い、あるいは農場として使う。

 異界としてある程度確立している物を維持しその環境を利用するのであれば

 比較的楽に管理する事ができるからだ。

 もし変化も含めた完璧なコントロールが出来るのであれば一つの大規模異界を手にすれば

 それで全て用が済む、だけどそれが出来ないからこういう形で異界を利用する。

 いずれは異界管理技術が発達し解決するかもしれない、だけどそれは今ではなかった。

 

 では、その異界の変化が望ましくない物であればどうなるのだろうか

 管理者としての異界ボス、その手にも余るようであれば?

 その答えの一つがここにある

 俺がまだ初心者の域を脱していない頃、かつてマッカ稼ぎの為に働いた異界

 通称【ピクシー異界】、そこの消滅が予定されている。

 

 

「懐かしさ、はあんまり感じないな……」

 自分にとって濃い思い出を作ったリーダーたちの姿がここにはないからだろうか。

 それとも自分が知っている【ピクシー異界】の姿と微妙に違うからだろうか。

 あの頃のこの異界の構成要素は「山と森、それと平地」で、それは今も変わらない

 しかしその山と森が今、重機によって削られ続け遠目に見える風景すら変わっているのだ。

 もちろんこれは「異界の変化」によるものでも異界ボスが行っている事でもない

【ガイア連合】が行っている事だ。

 消滅が決まったこの異界から資源を採取するために大量の重機を用いて

 木を爪で切り倒し、山の斜面を爪で掘り返し、それらを異界の外へ運び出している

 木も土も鉱石も低レベルとはいえそこそこの期間を異界で過ごした物であり

 霊的な力を僅かに帯びている、それらを異界消滅前に可能な限り回収するのだ

 多脚戦車の脚が少し大きくなったような重機がワラワラと俊敏に動き森を削っている姿は

 中々に世紀末的な光景に見えた、率直に言って悪夢みたいだ。

 こうして採った資源が何かしらの役に立っている。

 そしてこの異界に来たのは消滅する予定のこの異界を見納めに、というわけではない

 この異界にはいるのだ、低レベルの【ジャックフロスト】が。

 

 この異界の消滅、有り体に言えば廃棄が決まったのにはいくつかの理由がある。

 まずこの異界で長く生き残った【ピクシー】の一部が力(MAG)を得た。

 通常、悪魔が十分なMAGを得ればそれは霊格の強化、レベルを上げる事にまず使われる

 しかしここは管理異界、雑魚悪魔の強さの限界が定められ

 それを超えた者は異界ボスによる容赦のない討伐の対象になる。

 これでは霊格の強化をする意味がない、そこで【ピクシー】たちはこう考えたのだろう

「なら霊格を上げること以外に使えばいいじゃない」と

 こうして一部の【ピクシー】たちがおそらく本霊にMAGを捧げ、様々なスキルを得た

 そのスキルの中には魅了の状態異常を確率で与える魔法【マリンカリン】や

 至福の状態異常を確率で与える魔法【ハピルマ】等も確認された

 そしてスキルを得る事以外にもMAGを使った者もいた

 彼らが得たのは【悪魔変化】である

 この異界には今、低レベルの悪魔の種類が妙に多いのだ。

 

 この異界は「低レベル向けの狩場異界」でありながら

「厄介な状態異常を使う敵」を含む複数の種類の悪魔が不規則に混在、

 初心者覚醒者では少し難易度が高い異界、となった。

 よって消滅が決まる、この異界は「狩場異界」としての分を超えてしまったのだ

 一度雑魚悪魔の完璧な掃討が行われれば元に戻るだろう、一部の個体がいるだけだからだ

 しかしそれをするほどの価値はないと判断された。

 この異界の特徴であった【ピクシー】ですらもうそれほど珍しくはない。

【半終末】を期にそれまで以上に多様な種類の悪魔が日本の異界から湧くようになり

 その中には【ピクシー】も含まれている。

 外様や移民の影響か【半終末】になった事での影響か、それはまだわからない

 何はともあれ、この異界の消滅はそう遠くない時期に行われる。

 

 

 <ケットシー>と<カブソ>を召喚する

 仲魔集めの他に異界での【悪魔召喚プログラム】の使い勝手も見ておくというのが

 今回の目的の一つだった。

「どうだ?何か違和感はあるか?」

 何度か召喚と送還を試してみたがちゃんとした異界に召喚するのはこれが初めてだ。

 召喚された二匹は自分の身体を軽く見てから

「特に違和感はありません」

「大変ニャ!持病の腹痛を思い出したニャ!これは帰らないといかんニャ!」

 うん、問題はなさそうだ。

 

「【ヒュギエイアの杯】【メディラマ】」

 まずは二匹の為にこの二つの魔法を使う

 大丈夫だと思うが突然奇襲されて死んだら嫌だからな、この二匹はそういうレベルだ。

 これで多少はその不安が薄れる。

【ヒュギエイアの杯】はちょっと前に覚えた補助魔法である

 その次に行う回復魔法の効果を上げ、上限を超える回復量をチャージしてくれる魔法だ

 ゲームではHPの上限以上の回復をしてその上限以上に増えたHP分をHPとして扱えた

 実質HPの最大値を増やす魔法だった。

 この世界でもその効果は少し違うが存在する

 ある程度まではダメージを受けた端から回復する、という効果になった

 軽い検証の結果「ゲームより使いにくそうだなぁ」と思ってしまったのを覚えている

 何せアナライズしても数値化されたHPなんて見る事が出来ないからな、

 いつまで、どの程度回復するのかわからない

 とは言え使える魔法なのは確かだ、レベルも30を超えるとこういう魔法も覚えるらしい

 レベル上げをした甲斐を感じる。

 

「じゃあ【ジャックフロスト】を探してくれ。

 それ以外の悪魔と接触しても戦う必要はない、戦闘を避けれるなら避けろ。

 人と遭遇しても攻撃はするな逃げろ、状況次第で【ガイア連合】所属の俺の名前を出せ。

 それでも攻撃してくるなら敵だ」

 どうせこの異界の悪魔相手では稼げるマッカも経験値も大したものじゃない

【ジャックフロスト】は妖精だ、目の前で同じ妖精を殺しまくれば反感を買う可能性もある

 当たるを幸い薙ぎ倒し、なんてする意味がないのであれば避けるべきだ

「では、行ってまいります」「見つけたらご褒美希望ニャ!」

 猫たち、<シロ><ケットシー><カブソ>が別動隊を作り別れていく、偵察猫分隊だ

 何かあったら、あるいは見つければ<ケットシー>か<カブソ>のどちらかが

 俺の方に伝令をする事になっている。

 契約の繋がりがあるから何か特殊な事情でもない限り猫たちが俺を見失う事もない。

 本来ならこういう役目はテレパシー持ちの<シオン>の方が適任なのだが

 お試しで運用を模索している最中という事だ。

 俺たちは俺<ライコー><シオン><ユキ>の本隊だ、こちらも探して歩き回る

 

 この場に聖女ちゃんはいない

 一応誘ったのだが聖女ちゃんは聖女ちゃんで【悪魔召喚プログラム】を手に入れており

 目星をつけた仲魔にしたい悪魔がいて、そっちを仲魔にするために動いているんだそうだ

 ついでにPT活動もしばらくは休む事になった

 活動再開は新しく得る仲魔、その関係構築やある程度の連携の訓練を終えてから、

 そういう事になった。

 また聖女ちゃんはこの機会に【ガイア連合】が譲渡の対象にしている使い魔の一つ

【トウビョウ】受け取りの申請を行うらしい。

「ニュー聖女ちゃんをよろしく!」と言っていた。

 

 

「見つからないなぁ、【ジャックフロスト】」

「そうですね」

 しばし途方に暮れる。

 あれからしばらく歩き回ったのだが中々見つからない。

 見つかるのは【ピクシー】や【コダマ】、たまに【カーシー】だ。

 せっかくの猫分隊も「見つからなかったにゃ」と言って揃って合流してきた、諦めたのだ

「お疲れ様」と言い<シロ>を撫でて地図を見て次に向かう方向を決め、畳む。

 少し考える。

 考えてみればこの異界での【ジャックフロスト】の成り立ちは

【ピクシー】が変化して成った【ジャックフロスト】だ。

 異界から湧いて来る雑魚悪魔ではない、あくまでそういう変化をした個体がいたという話だ

 その個体たちが既に死んでおり、あるいは誰かの仲魔になったりしていたら

 この異界からは消えてなくなる存在、という事になる

 もしかしたらもういないのか。

 資料には何年にも渡って確認等と書かれていたので

 当たり前の様にいると思っていたがそれは浅慮だったかもしれない。

 しかしなぁ、契約できる低レベルな【ジャックフロスト】ってあんまりいないんだよなぁ

 中々諦めきれない。

 

【ジャックフロスト】、女神転生のマスコット、代表する悪魔と言っても良い悪魔だ

 登場しなかった作品を挙げる方が早いという位に登場している

 レベル一桁後半から10代後半、あるいは20半ばと、作品ごとにレベルの差が激しい

 耐性は氷結が反射もしくは吸収、火炎弱点、が多い。

 大きな頭、短い手足、雪だるまの体、丸い目、半月型の口を持っていて

 青いブーツを履き、首には青いギザギザの襟巻、二つに分かれた頭巾を被っている。

 そんな姿で描かれてヒーホーヒーホー言ってる愉快な奴らだ。

 元の伝承はイングランドの雪と霜の妖精であり、姿も小人や老人等も伝わり

 実に多様である、多様であるが

 女神転生の【ジャックフロスト】は女神転生の【ジャックフロスト】だ

 伝承の事は考えなくていいだろう、もし考える必要がある【ジャックフロスト】がいるなら

 それは女神転生の【ジャックフロスト】ではない。

 いやまあ、女神転生らしからぬ【ジャックフロスト】がいても不思議ではないが……。

 俺のPTに足りない氷結属性の攻撃手段、そして氷結への耐性を持つこの悪魔、

 契約できる範囲の低レベルの【ジャックフロスト】を目当てに来たのだ。

 

「しょうがない、やれる事はやるべきだ」

 せっかくの遠出だ、何も成果もなしには帰りたくない

 猫たちも気疲れするほど探し回ったのだ

 

 

「という訳でお嬢ちゃん、俺たちは怪しい者じゃないんだ。

【ジャックフロスト】と友達になりたくて来たんだ。

 なのに見つからなくてへとへとなんだよ」

 ふんふん頷いてる【ピクシー】たちに作った笑顔で語り掛ける。

「本人を紹介してくれたら【チャクラドロップ】を二つ。

 見つけてくれたら一つ、居場所を知っている子を紹介してくれたら一つ。

 これでどうかな?悪い話じゃないと思うが」

「うーん悪くはないけど、さすがに友達を売るのはね」「そうねーそれはちょっとねー」

 売るなんて人聞きの悪いな

「いやいや、売るんじゃないよ、引っ越し先と就職先を紹介するだけさ。

 それに君たちも知ってるだろう?この異界がそろそろ消えるって」

 頷く【ピクシー】たち、そう彼女たちはこの異界が消えると知っていたのだ。

 今日も俺と同じようにこの異界で仲魔を得ようとした【俺たち】の誰かから、

 そしてその前からこの異界を管理しているボスからも聞いたのだと言う。

 おかげで説明をする手間が省けた。

「これは【ジャックフロスト】の助けになる事でもあるんだ。

 俺も仲魔が増えると嬉しい、君たちも飴で美味しい、誰も困らない話だよ」

 駄目かな、微妙に反応がよろしくない

 諦めかけていた時、俺の交渉を聞いていた<ライコー>が声を掛けてきた。

「友達の身の安全が気に掛かる、というのならば

 交渉が決裂しても殺めないと正式に契約を交わしても良いでしょう。

 こちらにはその用意があります」

 そう言われた【ピクシー】たちが「それなら」と態度を緩和してきた

 諸々の条件と

「交渉が決裂してもそれを理由に【ピクシー】【ジャックフロスト】は殺さない」

 で契約を交わし紹介して貰える事になった。

 なんてちょろい連中だ、口実なんていくらでも付けられるのに

 他人事だが少し心配してしまう。

 

「ありがとう<ライコー>、良く分かったな」

 交渉が決裂しても【ジャックフロスト】を殺す、なんて考えていなかったから

 その観点はなかった。

 交渉決裂したら「じゃあ他のジャックフロストを紹介してくれ」と交渉するつもりでいた

【ピクシー】たちが気にしていた所はそこだったのか

「ええ、彼女たちからすれば我々は圧倒的強者ですから……」

 なるほどなぁ、強者の気まぐれで殺されたくはないもんな

 

 

「騙された……」

【チャクラドロップ】を頬張る大量の【ピクシー】たちを見て呟いてしまった

 20匹くらいいるか?美味しいだの甘いだの言って喜んでいる。

 舐め終わって<ケットシー>や<ユキ>に跨ったり遊んでいるのもいる。

 <シロ>と<カブソ>は玩具にされるのが嫌で逃げ出してしまった

 <ライコー>はそんな俺たちの様子を見て微笑んでいる……

「人聞きの悪い事言うわね!私がいつ騙したって言うのよ」

「じゃあ早く紹介してくれ」

「【ジャックフロスト】の居場所を知っている【ピクシー】は集めたわよ?」

 そう、【ジャックフロスト】の居場所を知っている【ピクシー】を紹介してくれた

 問題はその【ピクシー】が【ジャックフロスト】の居場所を教えてくれなかった事だ。

 その【ピクシー】は【チャクラドロップ】を抱きかかえている【ピクシー】を見ながら

「私を紹介したその子が飴を貰えたのに何で私は何もなしなの?

 せめて同じ内容で契約するのが筋ってもんじゃないの?」と言った

 なるほど、道理である。

 そう思いその【ピクシー】とも同じ契約を行った。

 そしてその【ピクシー】は紹介してきた。

 自分と同じように【ジャックフロスト】の居場所を知っている【ピクシー】たちを。

 やられた……。

 悪魔交渉の為に作った笑顔と猫なで声が引っ込んだ。

 

「という訳でだな【ピクシー】、もう【チャクラドロップ】は二つしかない。

 そろそろ【ジャックフロスト】を紹介してくれてもいいんじゃないか?」

 悪魔交渉の難しさを思い知らされた俺が【ピクシー】にそう言うと少し考えてから

「そうね、もう良いかしら……誰か!【ジャックフロスト】を呼びに行きなさい!」

 その【ピクシー】が声を上げたら群れの中の一匹が飛び立って行った

 これでやっと本命の相手と交渉できる……

 交渉材料の一つだった【チャクラドロップ】を失ったけど

 

「ヒーホー!お兄さんはおいらに何の用だホー?」

【ジャックフロスト】が【ピクシー】に引っ張られるようにやって来た

 なんだかこれだけでもう達成感を感じた……

 

【ジャックフロスト】との交渉は順調だった。

 こちらのレベルや求める事、実際に契約した<ケットシー>や<カブソ>のコメントなど

 そこそこに好感触だ、そしてもう一押しな気配を感じる。

 ここは水を向けてみるか

「【ジャックフロスト】の方から何か条件があれば考慮するが」

「ホー?」

 首を傾げ、こちらを見てから少し悩んだ【ジャックフロスト】は語り始める

「……知っての通りおいらは【ピクシー】から【悪魔変化】した身だホー……」

 

 この異界はもう終わる、異界ボスからも語られたし何度もそう言ってくる人間も見た

 それまでしていなかった突然の自然破壊を見るとそうなんだと思う

 でもそうなるとおいらたちは一体どうなるの?死んじゃうの?それは嫌だ

 だから契約する事は嫌じゃない

 でもそれならおいらの友達の【ピクシー】たちも何匹か連れて行って欲しい

 独りぼっちは不安だし、群れの中で一人助かる事にも罪悪感を感じる……

「って言えってそっちの【ピクシー】に言われたホ!」

「おい!」

 ちょっとしんみりした気持ちを返せ!

 

 まあ何はともあれ【ジャックフロスト】の条件は

 同じ群れで生活していた仲魔も何匹か連れて行って欲しいという事で良いらしい

 群れに対する義理だそうだ。

 これが悩む、一匹なら悩まなかった、しかし何匹かは複数を意味する。

【悪魔召喚プログラム】は同じ種族の悪魔は一体しか契約できないと決まっている

 猫たちと同じように【悪魔召喚プログラム】とは別に契約を結び、

 戦闘する予定の日だけ【悪魔召喚プログラム】で、というやり方をするにしても

 使える【ピクシー】は一匹だけで他は使えないという事になる

【悪魔召喚プログラム】に拠らない契約だけで戦闘に出すという手もあるが

 正直それだと戦闘時に裏切られないか不安が残る

【悪魔召喚プログラム】の強力な契約があるからこそ仲魔にしようと思える、

 そして戦闘に出せる、そういう面も確かにあるのだ

 俺との緩めの契約だけで戦闘に連れていける信頼がある<シロ>や

 使い魔として生まれた<シオン>、同じく使い魔として生まれ育った<ユキ>とは話が違う

 ましてやこの異界の【ピクシー】は「この異界のピクシー」だ。

 やはり戦闘に連れ出せる【ピクシー】は一度に一匹だろう

 そうすると【ピクシー】たちには戦闘時以外は別の形での貢献を求めざるを得ない

 もしくは普段は何もしなくていいくらい戦闘や探索で物凄く有用なスキルがあるかだ。

 とは言え戦闘での貢献は【ピクシー】にはそれほど期待は出来ないと思う。

 何せ【ピクシー】だ、まあそういうのがあれば嬉しいが……。

 という訳で、希望者への面接を行い有用なスキルを持っている【ピクシー】を選抜する

 選べるほど希望者なんているのか?と思ったらこれが結構いた

【ピクシー】だって異界ごと消滅なんてしたくないのだ。

 

「【おまじない】出来ます!」「採用!」

「材料とMAGがあれば【チャクラドロップ】作れます!」「採用!」

「えーと、えーと、その……農作業手伝います!」「採用!」等々、中々の出物だった

 不思議な事に希望者全員の採用が決まった。

 しかし少し気になる事がある

 この流れを作った【ピクシー】、最初に俺と交渉したその【ピクシー】は希望しないのだ

 

 持ち込んだ契約書だけでは足らなくて当座の契約書として使ったメモ帳を仕舞う。

 正式な契約書を購入しそれで契約するまではこれが俺と【ピクシー】たちの繋がりになる

 丁寧に扱わないといけない。

「お前は、希望しないのか?」

 俺が連れていく【ピクシー】を選ぶ姿を満足げに見ていた【ピクシー】に恐る恐る聞く

「私はこの群れのリーダーだからね、

 最後の一匹になるまで群れの面倒を見るのが私の仕事よ」

 そして俺の頬にキスをして「だから残念だけどこれでお別れ、ありがとね」と言い、

 その【ピクシー】は群れを率いて去っていった

 仲魔になる予定の【ピクシー】たちはその群れが見えなくなるまで手を振っていた。

 

 

 異界の出入り口までの道を歩く、歩く

 目的をしっかりと、いやそれ所か多めに達成したはずなのにどこか気が重かった

 帰る途中、多数の重機が森林を切り開いてるのが遠くで見えた

 きっとあの【ピクシー】はこの光景を見て、この異界が消滅する実感を得たのだ

 歩き、立ち止まり、振り返り【ピクシー】たちがいるであろう山の方向を見る

 最後に感じた頬の温もりを思い出す。

 あの温もりの持ち主が、このままだとこの異界と共に消える。

「どうしたホー?」

 俺の後ろを歩いていた【ジャックフロスト】が聞いて来る

 一度自分の考えを整理しようとして失敗し、思ったことが口に出る

「……ずいぶん前にこの異界に来てさ、俺は結構えぐい事を【ピクシー】たちにしたんだ」

 ああ、何を言っているんだ俺は……。

 誰かに聞かせた所で何になるわけでもないのに

「後悔してるんだホ?」

「していない」

 俺は異能者でデビルバスターで、私利私欲で以って悪魔と戦う身だ

 それにあの後も数えきれない程の悪魔を殺してきた、実際何匹殺したのかもわからない

 まだ初心者から脱してなかった頃の経験の一つ、その程度までもう風化している

 あれからもう何年も経ったんだ。

 あの時の俺は【ピクシー】を獲物にしていただけ、そういう事だ

 ふと自分が【ディア】を掛けてしまった【ピクシー】の事が頭によぎった

 あの【ピクシー】は今は何をして……馬鹿な事を考えた、その後の戦闘で多分殺してる

 俺たちの手で。

「じゃあなんだホ~?」

 なんだろうな

「多分、後ろめたさがある。

 自分が酷い事をした事の生き残りを仲魔にするかもしれない恐怖がある。

 酷い事をした相手の同族に、何かする事を偽善だと思う気持ちがある」

 分からない。

「俺は別に償いをする事を求めていたわけでもないし、そのつもりで動いたわけでもない

 あの【ピクシー】も多分そういう事は知らなかったと思うしそのつもりはないんだろう」

 自分の腹の中から気持ち悪い何かを感じる

「俺が【ピクシー】を選抜した判断の中には損得やコスト以外にも、

「もし俺に恨みを持つ【ピクシー】がこの中にいたら」という思いもあった」

 リスク管理、というには少々違う気がする

 レベル差や契約の強制力まで含めて考えれば臆病風というべき程度の話だ。

「もう何年経ったと思っているんだホ、その頃の【ピクシー】なんてもういないホ

 異界の【ピクシー】だって死んだり生まれたりするんだホ」

 うん、まあその通りだろう。

「【ジャックフロスト】、あの群れのリーダーをやっていた【ピクシー】は……」

 他に仲魔になる当てはないのか?そう出そうになった言葉を飲み込む。

 いたら通りすがりの俺に仲魔を託すような真似はしない、分かり切った事だ。

 支離滅裂だ、俺は何が言いたくて言葉を重ねたんだ?

 

 立ち止まる俺と【ジャックフロスト】の会話に退屈を感じたのか、

【ピクシー】たちが<ケットシー>に飛びついた。

 <ケットシー>は迷惑そうだ、猫が困った時の耳の向きをしているし尻尾も垂れてる。

 <ケットシー>を馬にしたいようで<ケットシー>は押し倒されそうだ。

【ピクシー】たちの笑い声が聞こえる

 その光景を意味もなく眺めながら考える

 

 俺はあの時、群れのリーダーの【ピクシー】に仲魔になる事を希望しないのかと聞いた

 あの時の俺は希望して欲しいと思っていたのかもしれない。

 そういう形で仲魔になって欲しかったのか、なんでだ、分からない

 踏ん切りが欲しかったのか?何のために?

 ふと、別れ際に見えなくなるまで手を振っていた【ピクシー】たちの姿を思い出した。

 手を振られていた【ピクシー】たちは振り返らなかった。

 多分、きっと……

「うん、そういう事になるのか」

 たまには流されてもいいだろう。

 何に流されるのか分からないが。

「<ケットシー>、それと【ピクシー】たち」

 声を掛ける

「あの【ピクシー】の群れを探して伝言をしてくれ、

「良ければ群れごと仲魔にならないか」って」

 そう言うや否や【ピクシー】たちは花が咲いたような笑顔になり

「あっち!あっち!」と<ケットシー>を急かせて来た道を戻ろうとする。

【ジャックフロスト】もヒーホー言って追いかけていった。

 微妙に引き離されてる、足が短いからかな。

「<ユキ>、彼女たちの護衛を、

 俺はもう少し平地まで出る、視界が遮られるような場所に長居はしたくない」

 森も山の斜面もどちらも嫌だ、敵が突然飛び出してくる事を想像してしまう

 例え【マッパー】や<シオン>の偵察があってもだ。

 <ユキ>は「クゥーン」と甘えた声を出し俺の足に首元を擦り付けてから走って行った

 良い子だ。

 

「良いのかにゃ?きっと誘ったら仲魔になるにゃ。

 あの群れに残っているのは碌なスキルもにゃいから無理だと思って諦めてた奴らにゃ

 そんな奴ら面倒なだけじゃないかにゃ?搾りカスにゃ」

 <カブソ>がこちらを見上げ猫のように目を細めて聞いて来る、いや猫だから良いのか。

「面倒だな。

 今のうちの疑似異界じゃちょっと狭いから広げなきゃいけない、金もかかる

 特に悪魔を多く入れるんだ、万が一を無くすために管理を厳重にする必要がある

 それらの金額を回収できるのかわからん、出費だけになるような事は避けたい。

 そこまでしても戦力化は怪しい、高い衝動買いだよ」

 畑分を考えれば広さがあるが、あれは売りに出す作物だ

 何か影響があった場合を考えるとなるべく【ピクシー】たちとは別けるべきだと思う。

 そう考えると手狭になる、広げれば出費になる。

 だから何か【ピクシー】を使った金策を考えるべきだろう、しかし

「とは言え【ピクシー】の20匹程度、その10倍でも余裕で支えられるMAGはある。

 維持はどうとでもなる、一時的な出費もガチャで爆死したと思えばそれ程でもない」

 言い訳ばかりしている、我ながら良くない事だ。

 俺は自分に対する言い訳がないと【ピクシー】を拾う事もできないのか

 情けない話じゃないか、したくてする事に理由と言い訳を求めている。

 そのくせ自分に対する言い訳ですら自分を誤魔化し切れていない。

「群れごと引き入れると何かと面倒にゃ、頭だけでも潰した方が安全にゃ」

 その通りだ。

「それだったら最初の【ピクシー】たちだけ確保するのが安全で一番利益が出たさ、

 でも、もう決めたんだ」

 今回は情に流される事に、多分そういう事だ。

 ふーっと<カブソ>は息を吐いて

「じゃあにゃーからはもう何も言う事はにゃいにゃ」

 そうか、ありがとうな、気にしてくれて

 撫でる俺の手を<カブソ>は鬱陶しがった

 

 

 平地に出る、そして少し歩いた所で人を見つけた

【デモニカ】を着ていて【ピクシー】を肩に乗せている、多分【俺たち】の一人だ

 なんとなくそんな気がする、大体この勘は当たるのだ

 何やら何匹か【ピクシー】を集めて語り掛けているようだ

 少し気になる所があり近づいてみる。

【ピクシー】たちが来るまでの時間を潰せるかと思った。

 

「だーかーらー!この異界はそろそろ終わるの!避難しましょうよ!」

【デモニカ】を着た人の肩に乗っている【ピクシー】が声を張り上げて言う

 しかしそれを言われている【ピクシー】たちは

「そうなのかー」「初めて知ったね」「異界が終わるとどうなるの?」「知らんなー」

 と糠に釘な感じだ

 うーん考えて見れば妖精なんて種族的にヒーホーみたいなもんだもんな。

 色々と軽いなぁ。

「こんにちは」

 と少し距離を置き声を掛ける、そうすると

「わー!」「にんげんだー」「気づかなかったわ」「突然現れるなや!」

 と叫び【ピクシー】たちは散ってしまった、これは逃げる機会を窺ってたな。

「ああ、もう!あの子たちはっ!」と【ピクシー】は怒っている

 興味本位で近づいて悪い事をしたかもしれない

 

「えっと、ごめんなさい?」「いえいえ、お気になさらず」から会話が始まった

 聞けば、デモニカの人の仲魔である【ピクシー】はこの異界出身で

 この異界が消滅すると聞き、少しでも同じ【ピクシー】を助けたくて

 デモニカの人が「おねだり」されてこの異界に来たのだという

(何故かおねだりをデモニカの人が強調してた、こだわる所なのだろうか)

 今日の目的は「人間に友好的な【ピクシー】等の悪魔の保護」

 この異界から避難をして【星霊神社】に保護して貰うつもりなんだそうだ。

 いずれは【デビルオークション】を介して【ピクシー】たちが世話になる所を見つけたいと

 なるほどな、その手があったか。

 思いつかなかった、そういえば今までも一部の友好的な悪魔の保護をしていたな。

 とは言っても今更だ、一度仲魔になるかと誘っておいてやっぱり他の所に、は駄目だろう

「でもあんまり成功しないんですよ、人望がないんですかね」

 とはデモニカの人の言だ。

 その言葉に彼の【ピクシー】が

「避難した後は人任せって言って信用して貰えるわけないじゃないの!

 そこはぼかすか騙しなさいよ!」と怒る

 それで良いのか?

 

「俺は【ピクシー】には嘘を吐かないって決めてるんだ。

 今は亡き【ピクシー】にそう誓ったんだっ!!」

 と芝居がかったわざとらしい声で腰に差した透ける羽飾りが付いたナイフ、

 おそらく【ピクシーナイフ】だと思われるそのナイフを撫でるデモニカの人。

 俺はこのナイフが妙に気になっていた、力を感じる。

「もしかしてそのナイフは……」

 そう質問しかけた俺に被すようにデモニカの人が言う

「えぇ!【ピクシーナイフ】ですよ!俺の最愛にして最初の【ピクシー】の形見!

 あぁ!【ピクシー】!どうして君は去って行ったんだ!俺は悲しい!

 一緒にメギドラオン【ピクシー】を目指そうって約束したのにぃいい!」

 物凄くわざとらしい声と身振り手振りだ……うざい

 そして【ピクシー】が切れた

「すぐ戻ったんだから良いじゃないの!そう責めないでよ!

 それにちゃんと手紙も残したじゃない!」

「ばーかばーか!ああいうのは三行半って言うんだよ!

 俺の心が癒えるまでずっとネタにするもんね!反省しろばーか!」

「馬鹿はあんたでしょ!馬鹿!」

 もしかして……

「「ピクシーナイフ事件」の人ですか?」

 デモニカの人が笑顔で頷いた。

 そうか

 

 

 感情が揺れる顔を他人に見られたくなかった、逃げるように立ち去ってしまった

 少し失礼したと思う

「ピクシーナイフ事件」、最初の魔晶変化が確認された事件だ

 目が覚めたら仲魔が魔晶変化していたという事件だった

 俺はこの事件を、サマナー側の気持ちが仲魔に通じなかった

 人と悪魔の価値観の相違が大きすぎた、そんな可能性を捨てきる事が出来なかった

 今ならそうじゃないとわかる、

 あの【ピクシー】は自らの我を持っての再度の顕現が出来ると思って

 その身を魔晶変化させ、その後あのサマナーのところに帰ったのだ。

 理由も理屈もわからない、何かあるのだろう。

 もしかしたら何か前提が違うのかもしれない、それはどうでも良い事だ。

 サマナーを捨てた訳でも見切りをつけた訳でもなかった、それだけで良かった

 それが嬉しかった。

「なあ<ライコー>」

「なんでしょうか」

「ちゃんと、悪魔にも気持ちは通じるんだな……」

 俺のその言葉に<ライコー>は「当たり前でしょう」と言葉を返してきた

 当たり前?

「私、この<ライコー>も悪魔の身です。情も気持ちも通じますよ」

 そう言って<ライコー>は俺の手を握った、柔らかく温かかった

 そうか、そうだな、うん。

 

 

 遠くからこちらに来る<ユキ>や<ケットシー>、そして【ピクシー】の群れの姿が見える

 どうやら俺の仲魔になってくれるらしい。

 多分長い付き合いになる、上手く付き合いたいな。

 そう思った。

 




★妖精<ジャックフロスト> Lv8
 魔法型 ステタイプ魔体 氷結吸収 火炎弱点
 スキル ブフ マハブフ ディア 同族のよしみ
 
 ※ピクシーから変異したジャックフロスト、ディアはピクシー時代のスキルが残った物
 PT内での氷結属性担当を期待され、常に悪魔召喚プログラムでストックされる
 主人公はヒーホーくんとかフロストとか呼ぶが定着しない
 なおどの呼び方も嫌な顔される


 ピクシーたち
 ピクシー23匹 低レベルジャックフロスト1匹 低レベルカーシー1匹の群れ
 各作品の普通のピクシーが持っている類のスキルを持っていたり持っていなかったりする
 主人公が思っているよりも戦闘経験豊富で、命が軽い
 群れとして戦う時はカーシーにハピルマ持ちピクシーがタンクデサントして強襲、
 初手カーシーのハッピーダンス、デサントしたピクシーのハピルマで無力化、フルボッコ
 ハッピーダンス、ハピルマが効かなかった場合はカーシーのトラフーリで離脱
 という戦い方で主に異界内の悪魔(コダマ等)を大量に狩っていた。
 人間は精神状態異常が効かない奴(式神)を連れていることがあるので避けている
 一度それで痛い目を見た
 ジャックフロストは範囲攻撃担当、開幕マハブフでトラフーリをする時間を稼いだり
 あるいは敵に逃げられないようにマハブフで状態異常の凍結を与える役目だった
 ピクシー異界の生態系の最上位はピクシーである、例えどれほど可愛らしくても
 このような群れが生まれたからこそピクシー異界の消滅が決まったとも言える

 主人公は戦力としては期待していない、何かすることが見つかればいいなと思っている
 某源頼光は非戦闘時の彼女たちを「領民」として認識する、つまり徴税の対象である
 カーシーは速攻でシロにボコられて上下関係が決まった


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幕間 仲魔の話

<ケットシー>の話

 

 私が生まれたのは何という事もない平凡な異界の一つでした

 その異界は後に知った霊格の基準で言えば、

 レベル8の異界の主と2から4までのレベルの雑魚がいる、その程度の異界でしたから、

 平凡よりも有象無象という表現の方が適切かもしれません。

 今はもうその異界は存在しません、やはりその程度に評価される異界だったのでしょう。

 もちろん私は異界の主、ボスと呼ばれるような多少は特別な存在という訳でもなく

 ありふれた「雑魚」の中の一匹に過ぎません。

 スキルもそして本霊も含めて特筆する所なし、その程度の悪魔です。

 有象無象の異界に湧くこれまた有象無象の悪魔の一匹、そう言っても構わないでしょう

 そんな私が生まれた異界と運命を共にしなかった理由、それは気まぐれによるものでした。

 

 私自身と、強者による気まぐれ、それが私を救ったのです

 

 ある日、生まれた異界の山の中を特に理由もなく歩いていると人の気配を感じたのです

 その人は後に名を知る事になりました「デモニカスーツ」なる鎧の如き霊装を身に纏い

 そして道に迷っていました。

 異界で迷うとは何と愚かな人なのでしょう、とその様子を見ていて面白くなった私は

 しばしその人を眺め、飽き、多少の気まぐれを起こしました。

 

「もし、道に迷われたのでしたらよろしければ案内いたしますが?」

 

 その言葉を聞いた覚醒者は戸惑い、迷い、そして頷きました。

 そして私は異界出口に繋がる道まで案内しました。

「ここまで来たらもう道はわかるでしょう?それでは……」と去ろうとした所引き止められ

「助かったよ!ありがとう!【ドルミナー】!」の言葉で眠りに付かされました

 このようにして私は異界から連れ去られたのです。

 なんなんでしょうね……起きた時、何があったか全く理解できませんでしたよ。

 

 これが私が【星霊神社】に保護されるに至った経緯です。

 

 

 どうやら私は「保護」されたらしい、と事情を呑み込むのに少し時間がかかりました。

 しかしどうも私が寝ている間に話が進み、覚えがない契約をどことも知れぬ者と交わし、

【星霊神社】の者となってしまった事は動かしようがない事のようです。

 MAGの供給まで行われていました。

 ここまで来ると「そういうものだ」程度の理解はするようになるのです

 諦観とも言います

 そして【星霊神社】の者となって数日後、私の「保護」を頼んだらしい「誘拐犯」

 道案内の対価が【ドルミナー】だった不逞の輩が私に会いに来ました。

 どうも「保護」したというのは彼の主観では真らしく語ってくださりました

「案内してくれた悪魔が異界ごと消えるのが可哀想になってな」

 そう、私の生まれた異界はこの者に存在を報告された後、攻略され消えてしまったのです

 私が会った事もない異界ボスの討伐という形で、私が【星霊神社】で戸惑っている間に。

 だから「保護」であり「善意」であるというのは真なようです。

 

 別に惜しむような命ではありませんしさほど嬉しくもない事ですが、

 そういう事であれば私は彼に恩があるのでしょう

 感謝するべきかもしれません。

「私に何を求めるのでしょうか?」と率直に聞きました

 マッカの提供かあるい仲魔になる事くらいはしても良いでしょう、そう思っての質問でした

 もしかしたら、この時は何かを期待していたのかもしれません。

 しかしそれを聞かれた彼は

「えっいや、特にないよ」

 と予想外の事を言われたという様子、鳩に豆鉄砲と言うのですかね、ああいうのは。

 そして「じゃあそういう事だから」とだけ言い、去っていきました

 彼とはそれ以来会っていません、彼にとってはその程度の事だったのでしょう。

 

 

 それからの日々は特に何もありません、日々が過ぎて行った、それだけです。

 しかし何もない日々だからこそ思う事はあるのです。

「私は何のために生きている?」「私は何故消えていない?」

 そう思うのです。

 

 答えは「ただの気まぐれ」

 私が道案内したのが気まぐれなら、そんな私を彼が「保護」したのも気まぐれです。

 特に利益もなく助けるほど善意の者にも普段から義理堅い者にも見えませんでした。

 それが当たり前、普通

 私はただ「気まぐれにより助かり、生きている」

 そこに善悪理非も、要求あるいは何かを願われることもない

 ただ消えずにいる。

 私は確かにちっぽけな悪魔です、しかしこれでは身の置き場がないというもの。

 拠り所がない事の不安とそれを求める気持ち。

 時が経つごとにその事を感じるようになりました

 異界に居れば本霊にMAGやマッカを送る事を生きがいに過ごせたかもしれません。

 戦闘が身近であれば生きていたいという気持ちだけで生きようと思えたかもしれません。

 しかしこの場にそれらはなかった。

 悪魔とは享楽的な者も多いようですがどうやら私はそうではなかったという事らしいです

 おそらくそちらの方が楽しく生きられたと思います、正に損な性分という奴ですね。

 

 そんな私にも転機が訪れるというのですから世の中は捨てたものじゃありません

 まあ、もう【半終末】で世界は神に捨てられてるようなものですけれど

 

 

【悪魔召喚プログラム】なる霊装の実験が行われている、というのは

 私と同じように保護された悪魔の間では早い段階で知れ渡りました

 そしてその霊装の概要もまた知られるようになりました。

 私たちにとってもそれは無縁なものではなく、興味を惹かれるのは必然であったと言えます

 

 何度かその実験に協力し【悪魔召喚プログラム】の実態を知り

 希望が湧いてきました

 この霊具は悪魔と契約し、従わせ戦いに駆り出すための霊具なのです。

 それが私が見る限りほぼ完成と言っても良いだけの物になっていました。

 そしておそらく異界内の悪魔、それとの交渉や契約は危険なものになるでしょう

 そうであるならば【星霊神社】に保護された私たちに需要が生まれます

 既に契約済みである私たち相手なら安全に契約が出来るのです、悪い話ではないはずです。

 何者かに望まれ求められ、何かを為し、そして自分の居場所を作れる!

 力を手に入れ、ちっぽけなどうでも良い悪魔ではなくなる

 きっとそうなる、私の胸に熱が入りました。

 それだけただ無為に過ぎる時間が辛かったのです。

 

 そんなある日、私と同じように実験に協力していた悪魔

 魔獣【カブソ】に誘いを掛けられたのです

「美味しいはにゃしがあるんだけど、どうかにゃ?」と

 

 

「それでうちの<シロ>を紹介された、と」

 主の主様が私を後ろから抱え込みお腹を触りながら相槌を打ちます、くすぐったいです

 身の上話と言っても特に語る所はありませんでしたね。

 まあ他に語る所と言ったら、<シロ>様に

「力が欲しいか、欲しいなら」とか

「もしもお前がそれを望むのなら……」とか意味深に言われて少し恐怖した程度ですか

 まるで悪魔のようでしたよ、特に意味はないそうです。

「ないのか……」

 はい、ちょっと期待したのですが交渉の為に適当言っただけだそうです。

 まあ私、ただの<ケットシー>ですからね。

「まあそうだなぁ」

 私を撫でるのに満足したらしく主の主様は「じゃあ」と言い去って行きました。

 

 

 

<カブソ>の話

 

 にゃーは【冥土の道連れ】っていう変なスキルを持っているにゃ

 死んだら敵に攻撃するスキルにゃ。

 にゃんでこんなスキルを持っているかはわからないにゃ

「猫を殺せば七代祟る」からだと思うにゃ、まあどうでもいいにゃ

 それで目を付けられて首根っこ掴まれて捕まって保護されたにゃ

 その後は<シロ>様に首根っこ掴まれて捕まったにゃ

 

「お前捕まってばかりだな」

 まあそうにゃ、話はこれで終わりにゃ

「そっかー」と納得してしばしにゃーの耳回りを撫でてから主の主はどこかに行った。

 

 

 毛繕いをしながら思う。

 自分はとりあえず「外れ」を引いた訳ではないらしい、と

 <シロ>様に誘われ多少の労を取ったのは無駄じゃなかった

 猫というのは見た通りに気分屋な奴らが多くて集めるのが大変だったのだ、

 その苦労分は取り返せそうな主と主の主だ。

 共に戦うだけなら甘ちゃんは困るが、自分の命を握るなら甘ちゃんくらいで良い。

 同居人のような存在になった【ピクシー】たちの件でそう思った。

 

 今でも思い出せる事がある。

 自分は【星霊神社】で保護されたといってもそれは結果でしかない

 自分は彼ら【ガイア連合】の者から興味の対象になる要素があった。

 この【冥土の道連れ】だ。

 このスキルを持っている者はどうも珍しかったらしく、

 検証、実験されてしまった。

 それが済んでから保護されたのである。

 このスキルの検証とは、つまり自らの死亡によって発動する攻撃の事だ。

「恨みを抱いてから死んだら威力が増すのか、そうではないのか」

「精神状態異常、例えば魅了状態で死んだ場合、攻撃対象は誰になるのか」

「相手の存在を認識できない状態で死んでも効果はあるのか」

「自分を攻撃した存在を勘違いしながら死んだ場合はどうなるのか」

「このスキルを発動させる目的で自害をしたらどうなるのか」

 結果は「思いで威力は変わらない、問答無用に正しい攻撃対象にスキルが発動する」だった

 魅了に掛かっていようが勘違いしていようが自害だろうが正しく発動した。

 ちゃんと自分を殺した敵に発動したし、自害でも害そうと思った相手に発動した、らしい。

 まあスキルというのは「権能の簡略化」とでも言うべき要素がある

「祟る対象を間違った」なんてそうそうないだろう、そういうものだ。

 そう検証していた者たちと共に納得した。

 

 そして何度も死に、蘇生され、検証が進む度、徐々に心に忍び寄ってくる影があった

 それは死ぬ事の恐怖ではなかった。

「次、死んだ時もちゃんと蘇生されるのか?」

 言語化すればそんな影だ、それを自覚した時の恐怖

 それが今でも思い出せる。

 死ぬ事には慣れた、しかし消滅はしたくない、消滅には流石に恐怖を感じた。

 この恐怖は決して自分では払えない。

 だから抜け出したかった、そこから。

 

 こんなスキルを持って生まれたのだ、それを活用する事に文句はない

 またスキルの検証をした者たちへの恨みも特にない、貰う物もしっかり貰った。

 とは言えこんな背筋を伝うような恐怖をいつまでも感じる生活なんてしたくないものだ。

 この場から抜け出し適当なサマナーの仲魔になろう、

 そうすればきっと不安を覚えない生活が出来る、仲魔を死なせたままにはしないはずだ

 贅沢は言わない、自分が蘇生されると信じて死ねるサマナーでさえあればそれでいい。

 どうせ自分のような弱い悪魔は強者に従わねば死ぬしかない時代が来ているのだ。

 今の「保護された悪魔」なんて不安定な立場に拘る必要もないだろう。

 そう思って【悪魔召喚プログラム】の実験にも付き合った、いつかサマナーを得るために。

【悪魔召喚プログラム】の完成が早くなればその日も早く来るはずだからだ。

 そして最終的にはあの白い奴、<シロ>様の誘いにも乗った。

 その時こんな事を言われた。

「お前に安住の地を与えよう、お前が弱くても愚かでも、

 それでもお前が生きる事を望む者の所へ導こう。

 だけど忘れるな、その安らぎはお前に献身を要求する」

 あとで献身の意味を聞いたら

「適当に考えた口説き文句だから意味はない」と言われた

 にゃー……

 

 そんな流れで自分は<シロ>様の仲魔になり、おっかない守護神が言う所の郎党になった。

 にゃんで主の主は、今のご時世で武家してるにゃ?

 

 

 

ある妖精の話

 

「ひゃっは~!俺たちは「オホーツク海気団解放戦線日本支部」のもんだ!

 命が惜しけりゃマッカを出しなぁ!」

 

 犬の声に追い立てられ、火炎魔法で焙られ羽を燃やされて、

 仲間同士庇いあいながら逃げた先で聞いた声はそんな人間の声だった。

 もう私たちには【ディア】を掛ける魔力もない。

 羽を燃やされる仲間を癒すのに使い、逃げてまた羽を燃やされて

 とうとう魔力も枯れ果てて癒す事も出来なくなったから走って逃げていたのだ。

 これじゃ戦闘なんて出来ない、私たちは終わった、そう思った。

 ところが敵の狙いはその言葉通り私たちの命ではなかったようだ

 私たちを脅してマッカを巻き上げに掛かった、命が狙いではないなら隙を見て……

 そう思ったのは甘かった、彼らは一人一人丁寧に心を折ってから巻き上げる。

 逃げる、抵抗する、そういう意思と共に羽を折ってから一人ずつ解放されるのだ

 そして解放されても私たちは死ぬのだ、飛ぶ事も出来ず魔法を使う事も出来ない私たちが

 他の【ピクシー】たちの所に合流し身を休めるなんてよっぽどの幸運が必要になる。

 たどり着く前に【ピクシー】以外の悪魔に見つかり碌な抵抗も出来ずに殺されるだろう。

 もう駄目なのね、心の中に絶望の気配を感じるまでそれほど時間は必要としなかった。

 

 そんな中、奇妙なMAGを感じた。

 

 悪魔は人が発するMAGからある程度の感情を察する事が出来る

 特に私たちのような【ピクシー】は人間と距離感が近い悪魔故に敏感と言っても良い

【ピクシー】は怠け者に厳しく良き者に優しく、自分に恵みを与えた者に報いる悪魔だから

 私たちを計画的に追い詰めた人間たちが発するMAGの多くは「喜び」からだった、

 獲物を捕らえた喜び、私たちから何かを得る喜び、手間が報われた喜び、形は様々だ。

 その中で「喜び」以外に二つ、異なる強い感情から生まれるMAGがあった。

 一つは「警戒心」、「リーダー」と呼ばれていた者から感じる金属のような固い心

 私たちから巻き上げる配下の者とは違い全くの油断も、そして喜びすらもない。

 人とは思えない渇いた冷たい精神!こんな哀れな私たちを見ても油断しない獣の如き心!

 この男が見ている場で逃げる事なんかとても無理だと思った。

 そしてもう一つは「憐憫と罪悪感、自己嫌悪」、それらが入り混じった感情

 少し離れた所にいるその者は一緒にこんな事をしていながら私たちを憐れみ、

 身勝手な罪悪感を覚えているのだ!

 そう思うならやらなければ良いのに!悪いと思っているなら助けてよ!

 そう思い、ついその者に視線を向けてしまう

 だけど発するMAGから罪悪感の色合いが強くなっただけで視線を逸らされるだけだった。

 なんて心の弱い男だろう、これでは助けにはならないわね……

 

 そして私も他の【ピクシー】と同じようにマッカを差し出し、羽を折られてから解放された

 仲間たちの何匹かはまだ捕まっていて彼らの言う「悪魔交渉」を受けている。

 私は急いで他の群れに合流し、事を伝え仲間の救援を乞わねばならない

 それが私の役目だろう。

 おそらくすぐに助けを出してくれる、いえ絶対にそうなるわ。

 ああ、それにしても自らの足で走るとこれほど遅いなんて!

 やはり駄目なのだろうか、やはり他の悪魔に殺されてしまうのだろうか。

 助けを求めるのではなく隠れてやり過ごし、解放される仲間との協力を優先すべきだった?

 でもきっとそのような事は許されない、そのような姿勢を見せれば殺されてしまうだろう

 人間たちからしてみればそれは「攻撃の機会を窺う」事との違いがないのだろうから

 やはり助けを求めないと!

 一歩でも二歩でも早く足を動かし、他の【ピクシー】の群れの所に行かなければ。

 知っている他の群れがいる方向を真っ直ぐ見ながら足を急がせた。

 

 そして私は、自分が「心の弱い男」と思っていた相手からの突然の【ディア】を受け

 癒えた身体で空を飛ぶ。

 

 

 他の群れに合流してから救援要請はすぐに通った、更に他の群れにも協力して貰って

 その人間たちを退治する事が決まる。

 話しが早いのは実は前々から極少数、同じように襲われ奪われ解放され、

 そして運よく他の群れに助けられた【ピクシー】がいたらしいからだ。

 しかしその【ピクシー】から事情を聴き駆け付けた頃には既に人間たちはいない、

 そんな事が何度かあり噂されていたらしい。

 やはり私たちの小さな足では移動をするのに時間がかかってしまうのだろう。

 だけど今回は癒えた羽のおかげですぐに合流できた、人間たちはまだそこにいる。

「この機会を逃す手はない!」そう【ピクシー】たちは張り切っている

 いくつかの群れで協力してあの人間たちを退治するのだ、もちろん私も参加する

 魔力が枯れててもそれくらいはしないといけない、仲間を助けるのだ。

 

 人間たちがいる所まで空を飛びながら思う。

 あの人間たちは皆殺しよ!あんな酷い事をしたんですもの!当たり前よ!

 でもあの心の弱い男だけは助けてあげましょう、私を癒したのだから。

 それくらいはしてあげてもいいわ、特別よ。

 そして私が飼ってあげるの!二人で月夜の下の妖精の丘で永遠に踊り続けるのよ

 なんて素敵な事なのかしら

 あの男もそっちの方がきっと幸せに違いないわ

 だってあの男、全然戦いに向いてそうに見えないんですもの!

 敵に憐れみを感じているようじゃダメね!ましてや癒しを与えるなんて!

 だからあの男を私のタムリンにしてあげるのよ、

 私は女王じゃないしあの男を地獄への捧げものになんかしないけどね。

 ずっと、ずっと飼ってあげるの。

 それは素敵な未来に思えた。

 

 そして私たちは順当に負け、散り散りになった。

 人間たちは単純に強く戦いに慣れていて、大群に襲われても誰一人逃げ出さなかった。

 出来る限りの人数を集めたけど、それでも勝てなかった。

「負けちゃったね」「そうね」「次は勝とうねー」、あっさりしたものである

 同じ種族が酷い事をされて一時は怒りに駆られても所詮悪魔の命なんてこんなものだ

 感情的になって敵に飛び掛かっただけ、それで気が済んだ。

 明日にはこの戦いの事を忘れてる子もいるだろう。

 何人か私のいた群れの【ピクシー】を助ける事が出来たのが幸いだ、道中で見つけたのだ。

 そして私も新しい群れに加わり日常が戻る。

 

 

 それから何年も経った、もうあの頃一緒に戦った【ピクシー】なんていない

 人間や悪魔との戦いで自然に死んでいった、命が軽い悪魔は移り変わりも早いのだ

 おかげで私も何度も群れを渡り歩く形になってしまった。

 私は今でも時々あの時の事を思い出す事がある

 きっと私はあの心の弱い男に恋をしていた、そう気づくのはあれから少し経ってからだ

 人間を見つける度にあの人じゃないかと顔を確認し、あの人が傷つくような言葉を考えた

 次会った時はその心に確かな傷を与えようと決めていた。

 だけどあの人とは会う事はないまま年月は過ぎていく

 その事が無性に悔しくて悔しくて堪らなかった、そして仲間内でその事を話したら

「まるで捨てられた女みたいね」と茶化された。

 その時思ったのだ、これは恋だったと。

 変な話だ、私はあの人とは会話もした事もなく酷い目に遭わされただけの関係なのに

 しかも一度しか会った事がないのだ。

 次会ったら、次会ったら、そう思ってもやはり会う事はなかった

 今は私もあの頃のままではない、きっと会ってもあの人は気づかないだろう

 そしてきっとあの人も変わっている、人間というものは変化が早いものだから。

 変な恋だった、出来る事ならあの弱い人を独占して傷つけ自分だけが優しくしたかった

 あの人は私が責め立てたら傷つくだろう、それを許し慰める事が出来るのは私だけなのだ

 それは素敵なことに違いない、そう思っていた。

 でもそろそろこの恋も終わる

 この異界ごと。

 

 今いる群れのリーダーをしている【ピクシー】は中々のやり手だった。

 戦闘に強く、そして仲間思いで責任感が強いそんな【ピクシー】だった。

 彼女とは度々群れの事で相談を受けた仲だ、私の経験が買われたのだ。

 もっとも私の忠告を聞かない事も多いのだけれど。

 そのリーダーをしている【ピクシー】が異界が消滅すると知って以来、変な事を始めた

 仲魔を探す人間をあえて試し、見極め、合格したら仲間を譲る事にしたのだ

 とは言っても彼女はどうも人間への求める所が高く、まったく合格者が出ない

 怒らせるような事をして怒ったら不合格なのだ、何がしたいのだろう

「なるべく相手を選んで高く売りつけるのよ、安く売ったら扱いが悪くなるわ!」

 とはその【ピクシー】が言う事だが、このままでは異界と共に群れが消滅する気がする

 まあ私はそれでもいいのだけど……

 

 その【ピクシー】が新しい獲物を見つけた

 この場合の獲物とは「群れの【ピクシー】の有望な押し付け先」を意味する

 なんでもずいぶんと高い霊格の覚醒者がこの異界に来て、何かを探している様子らしい。

「きっと【ピクシー】を求めてるのよ!」

 と私が寝床にしている木の洞に飛び込んできた【ピクシー】が興奮している。

 遠目に見た限りとても人間とは思えないくらいのMAGを感じたとか。

 MAGは強さと余裕を意味する、群れの誰かがそういう覚醒者の所に行けるなら……。

 そんな希望を持ったのだろう。

 そして霊格のせいでその覚醒者は悪魔から微妙に避けられている、今がチャンスという訳だ。

 まずはそれとなく接触し為人(ひととなり)を知る事から始めるつもりらしい。

 この【ピクシー】は少しでも多くの群れの仲間をより良い場所に逃したいのだ、

 出来る事なら誰一人この異界に残す事なく、少し前にそう言っていた。

 私としてもある程度は協力をしても良いと思っている、仲間だから。

 

 

 なんて奇縁なんだろう、まさかこんな日が来るなんて。

 でもこれを運命と呼ぶには優しさが足りない気がするわ。

 あの人がいた、でも私があの時の【ピクシー】なんて欠片も思わないでしょうね

 あの人は何も変わっていない?いいえ、変わっているわ、

 まさかこれほどの霊格になるなんて

 あの人にも私にも過ぎ去った時間は決して軽い物ではなかった、そういう事ね。

 会うのであればもっと早く会いたかった、今の私ではとても……

 いえ、昔だったら何だと言うのかしら、昔だったら……

 無意味な抵抗をする私を仲間の【ピクシー】が引っ張り、背を叩き彼の前に突き出した

 諦めて私は務めて明るい声を出す。

 

「ヒーホー!お兄さんはおいらに何の用だホー?」

 

 

「おいらの身の上話なんて話すような事はないホ?むしろ何かあると思ったホー?」

 もう心の弱い男とはとても言えなくなったあの人、

 今は私の主になったお兄さんから渡されたアイスをガリガリ食べながら首を傾ける

 それだけでお兄さんは納得してくれた、そして私の頭を撫でながら言う。

 あの時と違い、痛ましい物を見る目ではなく優しい目だった。

「ヒーホーくんはヒーホーだもんなぁ」

 その呼び方はやめて欲しい。

 私が次に【悪魔変化】した時、名前に引っ張られたら目も当てられない

 私は次は女性的な、もっと美しい悪魔になるつもりなのだ

 そのためにMAGやマッカを貯めるつもりでいる、悪魔というのは本霊すら現金で困る。

「まあそれならそれでいいや、実は話というのはだな」

 お兄さんが言うにはなんと<ピクシー>たちの為にこの異界に居住地を作ってくれるらしい

 そのためにどんなのが良いか意見を募っているのだ!

「ヒーホー!それなら丘が良いホ!妖精と言ったら丘だホ!

 <カーシー>もきっと喜ぶホ!」

「妖精の丘かぁ」

「あと森も欲しいホ、植える木や花にはちゃんと気を遣うホー」

 それからお兄さんは少し考えて「参考までに聞くけどどんな植物が良い?」と聞いてきた

「まずエルダーフラワーは外せないホ!ブルーベルも欲しいホ!

 クローバーも大事だホ!それと森と言えば楢の木だホー!」

 興奮してしまう、きっと素晴らしい所になるわ!

「サンザシも良いホ!ハシバミも忘れちゃいけないホ!ナナカマドもあれば嬉しいホー!

 あとは、あとは……」

 

 色々あったけど、今の私は悪くない生活をしていると思う。

 きっとこれからも、その先も、きっと

 

 




 >覚えがない契約を~ 
 寝ぼけながらサインしただけ、その後二度寝した


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第二部12話

 様々な捧げもの(主にマッカ)を八足台の上に載せ、脇には瓢箪を置き

 清めた身体と服装で祈りながら祝詞を唱える。

 

「高天原に坐し坐して

 天と地に御働きを現し給う龍王は

 大宇宙根元の 

 御祖の御使いにして

 一切を産み一切を育て

 萬物を御支配あらせ給う

 王神なれば……」

 

 やはり祝詞は便利だ

 基本的に定型文で、これさえ唱えておけば良いというのは安心できる

 一句ずつMAGが吸われていく感覚を味わいながらそんな事を思った。

 だが全部が全部定型文で済ませるのは少々問題がある

 

「~~天界地界人界を治め給う

 龍王神なるを

 尊み敬いて……」

 

 本来ならこの後に「眞の六根一筋に御仕え申すことの由を~」と続けるのだが

 ここは省略する、言っては何だが龍神に仕えたいなぁ、なんて気はさらさらない

 嘘を言うくらいなら素直に省略して置くべきだ。

 

「~~祈願奉ることの由を聞し食し

 六根の内に念じ申す

 大願を成就なさしめ給へと

 恐み恐み白す」

 

 この祝詞は雑に要約すると「凄い龍王様!俺の願いを聞いて!」くらいの意味の祝詞だ。

 それを唱え終え二礼二拍手した。

 一瞬空が白く光り、場のMAGが集まる奔流が生まれる

 俺の身体からMAGは更に吸い取られる感覚を感じた、そして収まり姿を現す。

 それに向かい一礼した、この礼も省略したいな、頭をペコペコ下げるのは趣味じゃない。

 現れたのは白い大蛇の姿をした悪魔だ、それが宙に浮かび俺に向かって言う。

 

「ワレは龍王【ミズチ】なり!ニンゲンよ、ナニヨウか!」

 

「MAGとマッカ用意したんで川と池を作っておいてくれ、こんな感じで」

 大まかな設計図というか概念図のようなものを見せて山の方と異界の南端の方を指す

「オマエ!もう少し龍王を敬え!ワレ、ミズチぞ!」

 俺程度に召喚されるレベル20程度の【ミズチ】を敬えって言われてもなぁ。

 安全のためにレベル低めに更に弱点付きで召喚した俺が言うのもなんだけど。

「すまんが俺はご利益があってからありがたがるタイプなんだ。

 そういうのは俺に恩を着せてから言ってくれ」

「マッタク!大和の民はコレダカラ!オマエラは昔からソウダ!」

 昔から日本人はそんなもんだ、悪く思うな。

 

 龍王【ミズチ】、女神転生では大体30代か40代ほどのレベルで中盤に出てくる悪魔だ

 耐性は氷結や水に強く、火に弱いことが多い。

 大蛇の姿をしたそこそこ強力な悪魔だ。

 日本の神だ、字としては「蛟」の字が当てられているがこれ自体は中国から伝わった漢字で

 1000年経てば龍になる力ある蛇、もしくは龍の幼体の事を指す。

「海千山千」という言葉の由来ともいわれる。

 日本の「ミズチ」を指す字としては「当たらずとも遠からず」位には良い字だと思っている

 

「ミズチ」は水神である。

 伝承においては「暴れてたら生贄に討たれた」程度のやられ役だが名前が良い。

「ミズチ」に使われているチという言葉は、力、霊、血、茅を意味する説があり

「ミズチ」は「ミズ+チ」で水の称え名である可能性もあるのだ。

 またチは蛇を意味する、蛇はその姿から川に見立てられ水神とされる事が多い生き物だ

 名を読み解けば「水の霊」「水の蛇」「水の力ある神」程度のニュアンスになるか。

 水神、川の神に相応しい良い名前だと思う。

 掛け詞(ダブルミーニング)も含めて読み解けば、だけど。

 この【ミズチ】に川と池を作って貰う、水神だからな。

 

 

 <ピクシー>たちが来て俺の疑似異界の大改修が行われる事となった。

 まずは居住地を作るために空間を広げる。

 いつまでも家に住まわせてリモコンやスマホを隠される生活を続けるつもりはないのだ

 最近は<カブソ>と一緒になって相手のせいにしてしらばっくれるから困る

 途中で半笑いになるのが出てきて犯人が分かるのだ。

 まずは<ピクシー>たちの住む所を作る。

 そして疑似異界内にそれなりの数の悪魔がいるならその管理を徹底させねばならない

 まかり間違っても勝手に異界の外に飛び出て他人様に迷惑を掛ける、

 なんて事はあってはならない。

 ただ契約書でそれを完璧に防げるような強制力がある契約をするのは出来れば避けたい。

 強い強制力がある契約書はあれはあれでお高いのだ、何せシキガミ製だ。

 それを使わないのであるなら多少の事はしないといけない。

 という事で俺自身の「異界の主」としての立場を濃く、強くする

「異界の主」として異界をしっかり掌握し、異界の出入り口をがっつり管理するのだ。

 そうすれば俺の異界内限定であれば、

 <ピクシー>たちも猫たちもそこそこ自由に過ごしてもいい状態になる。

 契約で強く縛るよりもそちらの方がいいだろう、多分。

 そして空間の拡張、「異界の主」としての俺の確立、この二つを解決させる方法はある

 そのためにもまずは疑似異界に対し抜本的な解決を図る必要があった。

 疑似異界の空間的な限界が近いのだ。

 

「疑似異界」を作る技術は「人工異界」を作る技術、その途上で生まれた派生技術だ

 疑似異界の本質は【異界】であり、異界を扱いやすくするためにいくつかの機能を削り

 異界としては発展途上で不安定な状態であえて固定させたもの、らしい。

 そしてその空間には実質的な拡張限界がある。

 半端な存在だからあまり規模を大きくして利用とはいかないらしい。

 この辺りは俺は門外漢だから良くは知らない。

 異界専門の業者(修行僧)の人は「疑似異界は異界の卵を卵として使ってるような物っす」

 というなんだかわかるようなわからない説明をしてくれた。

 その異界の卵である疑似異界が育てば当然、人工的な異界となる

 その「異界の主」に俺はなる。

 

 

「えーっと、じゃあ確認するっす」

 作務衣姿で、形の良い見事な禿げ頭を光らせながら業者の人が言う。

 禿なのは普段は修行僧をしているかららしい、

 この人は異界関係の技術の専門家で、度々うちの疑似異界の拡張をしてくれた業者の人だ。

 普段は勉強や修行をしながら生活し得た技術を活用して働く、そんな【俺たち】の一人だ。

 こういう人たちはそこそこいる、ちなみに修行僧だからと言って頭を剃るルールはない。

 様子を窺っていた<ピクシー>の何匹かがあの頭を叩きたくてうずうずしてるのが見えた

 気持ちはわかる。

「それはやめなさい」

「えっ」

「あっすみません、こっちの事で……」

 

「異界の作りとしては「四神相応」っすね?」

 頷く

 異界の中心を家に定め西側に異界の入り口を移し、【道】とした

 そして家の北に「妖精の丘」を作り、その更に北に【山】を作った

 その山を水源として【川】が東側に弧を描くように流れ、南端に【池】を作る。

 ちなみに畑は中央から南に掛けての区画になる。

 東に流水、南に湖沼、西に大道、北に丘陵

 これによって東洋ファンタジー好きなら誰でも知っている【四神相応】の形が成る。

 余談だが麻雀でお馴染みの東南西北の順はオカルト的にはそこそこ意味がある順である

 これはその方位が象徴する季節、春夏秋冬の順でもあるのだ。

 そしてそれぞれの方角が1234の数字が当てられ、慣用句としても使われた。

 また日本でお馴染みの東西南北は太陽が上る東、太陽が沈む西、太陽が通る南、最後が北

 という序列説がある、これはこれで太陽神を最高神とする日本らしい考え方だ。

 まあ単に、日が昇るだけで方角が分かりやすい東と西が真っ先に来ただけだと俺は思うが

 この手の話しはどれも胡散臭い話だから好きなのを好きに採用してこじつけて良い。

 世界と方位は概念的に関わりがある言葉、程度に思っておけばいい。

 

 この「四神相応」を配する事で異界として確立させ、異界を結界とし明確に内と外を分ける

 

 

「ちゃんと「四神相応」は機能してるっすね、次は……」

 そこで今回の「異界化、異界拡張」の為に使った金額の中で

 そのかなりを占めてる「アイテム」を箱から取り出す、こぶし大の五つの玉だ。

 それぞれ青(緑)、紅、黄、白、黒の五色になっている。

 この玉が思っていたよりも俺の貯金を吹き飛ばし、少しでも消費するマッカをケチるために

【ミズチ】召喚による川と池の造成を行おうという気にさせた。

 全部業者さんに任せると結構良い金額を取られるからな。

 このアイテムは「五色の玉」だ、もちろん女神転生においてこんなものは登場しない。

 技術部に発注したものだ、安心と信頼のブランドの【ガイア連合】製である。

 ネタに走らない限り間違いなく世界最高峰のブランドだ。

 発注したらそれほど日を置かずに届けられてびっくりした。

 

 五行思想は万物を五つの属性に分け、それによって世界を解釈する思想である

 そうであるから金属もまた五行で解釈され属性を付けられた。

 この五色の玉はそれぞれ、鉛、銅、金(マッカ)、銀、鉄で出来ていて

 日本の古称では青金、赤金、黄金、白金、黒金とも言う。

 そしてそれぞれ、木、火、土、金、水の属性に当てられるものだ。

 これらを五行的に正しい方位に安置させ、異界内のMAGの流れ等を管理させる

 その為の霊具だ、よく見ればびっしりと細かく魔法陣等が刻み込まれている。

 この術式自体は俺でも理解できる程度の物なんだが、さすがにそれを物に刻むのは無理だし

 ただ刻んだだけでは霊具として機能するものでもない。

 この辺りはきちんと技術を修めた人に作って貰わないとどうにもならない。

 中間管理職として五虫を配する事も考えたのだが継続的にMAGがかかるから断念した。

 その代わりにこの霊具を導入したというわけだ、機械化は雇用を殺すのだなぁ。

 

 この異界の維持の負担を和らげるために「五行」を活かして効率よく異界を維持し整える。

 俺が持つ【クシナダヒメ】様からの「五穀豊穣の加護」もこれで更に使いやすくなるはずだ

 この異界では、という但し書きが付くが。

 五行において中央を意味し万物を育成し保護する性質を象徴する「土」属性

 これを意味する「黄金の玉」を俺の家に置き、「異界の中央にある家の持ち主である俺」を

「四神相応の地の中央に位置する存在」であると解釈させる。

 これでこの異界において俺は五行的には「黄竜、麒麟」相応の存在と見立てられ、

 皇帝(支配者)の象徴もしくは支配者そのものとなる、はずだ、上手く行けば。

 

 

 四神相応で異界と外を隔てる、五行を異界内の属性等の調整に採用する。

 大まかに言えばこの二つを行い、両方のシステムで俺を「異界の主」と定義付けた。

 ここまでやれば十分【管理異界】として【ガイア連合】からも認められるはずだ。

 これらが想定通り働けば俺の「異界の主」の座は盤石なものとなる。

 四神相応を意味する土地を何者かに占拠され冒され、玉を破壊され、

 中央(家)を攻め取られでもしない限りは揺るがないだろう。

 まあ家とその周辺の支配者だ、地主というか何というか、その程度の存在だな。

 広いのが自慢で人口密度は低いし。

 それでもとりあえずこれでもう仲魔の居住空間は気にしなくていい、

 異界内の仲魔は俺の許しなしには外に出る事は出来ない、十分な異界だ。

 

 なおこの異界化だけでは霊的な作物を育てる畑は増えない、

 疑似異界に留める負担が無くなっても単純に規模が大きくなった事で

 微妙にMAGの消費量は増えてしまった。

 畑は今後のレベル上げでMAGの余裕が出来れば順々に増えていくことになる。

 その場合はもう空間を広げる必要はないので一反木綿に畑を増やしてもらうだけで良い。

 

 

「しっかしアレっすね、四神相応結界で五行の流れもきっちり。

 鬼門に妖怪退治の源頼光の神社とか、ちょっとした霊的要塞っすね」

 最後に安置した「黄金の玉」がきちんと機能しているか確認しながら業者の人が言う。

 神社じゃなくて祠です、とわざわざ訂正するのも面倒だから話を進める。

「もう疑似異界じゃちょっと厳しかったですからね」

 疑似異界は異界へと成長する流れを強引に止めることにそこそこMAGを使う

 これは疑似異界の規模が大きくなればなるほど多くなる。

 当初は雑に丘と森の分の空間を拡張して門番を置くだけにするつもりでいたら

 この業者の人に「MAG負担がいよいよやばいっすよ」と忠告されたのだ。

 それで最終的にきっちり異界にする事にしたというわけだ。

「でも個人でここまでやる人は珍しいっすよ、正直ドン引きっす」

 まあうちは畑作やってるしなぁ、厳密には個人というわけでもない気がする。

 俺のサマナー業と農業(?)に使うための設備と思えば。

 

「確認終わりました、オッケーっす!」

「ありがとうございました」

 この業者さんが今日来たのはこの異界がきちんと設計した通りに出来ているかの確認、

 それと、

「じゃあこちらの書類をお願いするっす!」

 いくつかの手続きのためだ、野放図に異界を作っては【ガイア連合】が把握しきれない

 それでは霊脈の管理等に支障が出る。

 そこで異界版の登記のようなものを作り、管理異界として登録するのだ。

 

 居間でその書類を書き込みながらちょっと困った

「あの……」

「なんすか?」

「この異界名ってどんなの付ければ良いんですか」

「なんでも良いっすよ、異界の名前なんて。

 世の中には割ととんでもない名前の異界もあるっす」

 それが困るんだ、変な名前にして笑いものにされたくない。

 それに名は体を表すと言う、水は方円の器に従うとも言う。

 その存在を表し在り方を願い、あるいは定めるのが名付けだ。

 だからどんなものにも名付けは大事だと思う。

 まあそれのせいで<シロ>の仲魔に名付ける許可を<シロ>から貰えなかったんだが。

 ここはびしっとした名前を付けたい感が……。

 とはいえ格好付け過ぎて中二病っぽいのもそれはそれで、こう、痒くなる。

 困っていたら突然<カブソ>がニュっと顔を出してきた。

「怪奇!猫屋敷!はどうニャ!」

 却下

 ちょうどお茶を運んできた<ケットシー>からお茶を受け取り礼を言うついでに聞いてみる

「<ケットシー>はどう思う?」

「妖精異界ではどうでしょう?住人の半数以上が妖精ですから」

 うーん、ピンと来ない。

 

 結局その後、面倒くさくなったらしい業者の人が

「もう「源氏の家」とかで良いっすよ、源氏さんのお家なんだし」とか言いだし

 俺も考えるのに疲れて、まあそんなもんで良いかなとなって適当に決まった。

 こうして「中規模管理異界<源氏邸>」が生まれたのである。

 業者の人は帰った、<ピクシー>たちが「禿の人帰っちゃった」と残念そうにしている。

 その呼び方はやめなさい。

 

 

 どうやら上手く行ったようだ。

 異界内を<ライコー>と<ユキ>と一緒に歩く。

 MAGの流れに変な所は感じない、時間の流れや気圧や気温も普通だ。

 異界化で物理法則が変わり過ぎると多少の対策をしていても機械がまともに動作しなくなる

 それが不安だったが、この分なら今してある対策で大丈夫だろう、

 家電の買い替えは多分しなくていいな、良かった。

 家から東に進み川沿いに北上しながら山の方を目指す、川沿いに雑草が生えていた。

 道中、川を見ながら歩く、水が澄んでおり【清流】がしっかり出来上がっている。

 それに思っていたよりも立派な川だった、もう少し小さい川を想像していた。

 川の太さは30メートル位ありそうだ、流れはそこそこ早い、そして

「川に魚がいるな」

 魚には詳しくないから見ても何の魚かはわからない、食べられる魚かな。

 あの【ミズチ】は良い仕事をしてくれたようだ、魚が勝手に生えてくるなんてありえない

 川の神として川の幸を頂いたのだと思う。

 ミズチを祀ってる神社はあったかな?機会があれば賽銭の一つもしたい。

 <ライコー>は川を見ながら言った

「休みの日は上流の方で釣りを楽しむのも良いかもしれませんね」

 そうだな、そんな休日も平和で良いかもしれない。

 

 異界北方に出来た山に着く、山と言っても大きくはあるけどそれほど高くはない。

 その山に入り川の上流まで歩く

 この山は全体がお椀のような形をしており、所謂「カルデラ湖」のような形を成している

 火山があるわけではないから形だけのものだ。

 この湖から水が流れ川を成している、山全体が天然のダムみたいになっている。

 いやそういう風になるように作ったのだから人工物か?

 お椀の横にいくつか穴を開け、水が吹き出して滝を作っている感じをイメージすればいい。

 水が落ちる所、そこが川の上流だ。

 その滝を下から見上げている一匹の<河童>がいる。

 

「どうだ?調子は」

「ワルクハナイ、水はキレイで循環シテイル、浄水機能も問題ナイ」

 

 <河童>が答える、いや俺はお前の調子を聞いたんだが……。

 この<河童>は【ミズチ】の置き土産だ。

 川のメンテナンスをしてくれる、ついでに俺が川を汚したら文句を言ってくる役目らしい

 四神相応結界の東は【清流】でなければならない、川が穢れた結果、結界が死んだら困る

 だから川とついでに池のメンテナンスを行う係が必要だった

 当初は川を管理するための専用の式神を購入しようかと思っていたのだが、

【ミズチ】がこの<河童>をくれたおかげでその必要がなくなった。

 北の山から流れた水が川を作り、南の池まで流れ着き、その水が最終的には山に還る。

 そういうシステムになっており、川のメンテナンスは重要だった。

 

 まあ調子を聞いて自分の調子を答えないなら、問題はないって事だな

 それにしても

「中々に絶景だな」

「カルデラ湖」から水が吹き出し川を作る

 なるほど、こうなると言葉では分かってはいたが実際に見ると大違いだ。

 岩肌から飛び出た水が何条も水流を作り、滝壺に流れ込み続ける。

 辺りには水が速度を伴って降ってくることで飛び散り

 雲のような、霧のようなものが発生している。

 こういうのを瀑布と呼ぶのだろうか、涼しい清らかな空気を感じる。

 そして水が大量に流れる音と霧、この二つが雰囲気を生んでいる

 ここが自然に作られた地形と環境であれば観光地になれたかもしれない。

 いやそれは無理かな?観光地になっている滝は結構あるから競争相手多いし。

 そんなことを思いながらしばらく眺めていた。

 

 あっそうだ、思いついて河童に声を掛ける。

「お前は【ミズチ】の使いなんだろ?

 じゃあ今も繋がりは持っているのか?」

 <河童>は少し考えた後で

「持ッテイルがそれがドウシタ?」

 なら良かった

「じゃあ後でお賽銭を渡すから【ミズチ】に渡しておいてくれ。

 川の幸である魚を寄越してくれた礼だ」

 俺は今綺麗な風景を見て気分が良い、これは良い滝だ

 この辺りは時間が立てば草木が生い茂り、より綺麗な場所になるだろう。

 うん、良いじゃないか

「ワカッタ、渡してオク」

「よろしくな……良い滝と川だな」

「ワレもそうオモウ」

 

 

 南に進む、歩いていて思ったが今のうちの異界は結構距離があって周るのが面倒だな

 何か車や乗り物を……あっ駄目だ、さすがに車はまともに動かないし

 終末対策をした車両は超高級品だ、自宅内の移動の為に買うような値段じゃない

 そのうち何か適当なのを考えよう。

 一緒についてきた<ユキ>が歩くのに飽きて少女に変化しておんぶをせがんできた。

 俺の手を引いてから両手を上げ万歳している、俺の首に手を回すための手というわけだ。

 しょうがないなぁ、そう思い背負おうとしたら<ライコー>が

「私が背負います、良いですよね<ユキ>さん?」と言って持って行った

 別に<ユキ>一人で疲れるような身体はしていないんだが、俺だって覚醒者だし……

 <ライコー>は優しいな。

 

「妖精の丘」に着いた、と言ってもまだこの丘は土を盛っただけの丘だ

 土が盛り上がり円形をしている。

 ここが「妖精の丘」らしくなるのはこれからだ。

 そして「妖精の丘」に足を踏み入れたと同時に唸り声と共に大型犬が向かってくる

 <ピクシー>の群れの中に一匹だけいた<カーシー>だ。

 全体的に暗緑色をした犬だ、ちょっと前に戦った【ヘアリージャック】位の大きさかな

 厳つい顔をしていたがこちらを確認したら一気にその顔が緩んだ。

 すっと音もなく宙を飛ぶように駆け寄って来て、俺たちに向かって口を開く

「主様、主様!ボク強い?ボクかっこいい?」

 強いよかっこいいよと言うと喜んで尻尾を強くパタパタ振っている。

 うーん、これは間違いなく犬!尻尾振ってるし!

 

【カーシー】、名前を分解すると「犬、妖精」で妖精犬とでも訳すのが適切な存在だ

 犬なのは間違いない。

 カーシーはクーシーとも言い、名前からわかる通りスコットランドやアイルランド辺りの、

 つまりケルト文化圏出身の妖精である。

 名前にシー、が付く妖精はその辺りを出身とする事が多い、例外ももちろんある。

 例えば近い地方出身の【ピクシー】ははっきりした名前の由来が微妙に分からないため

「シー」を同じ意味で解釈すればいいのか分からないのだ、何せシーの綴りが違う。

【ピクシー】のシーは単なる愛称説もある。

 こういう偶然でシーがついてるだけかもしれない例があると安直に決めつける事が難しい。

 面倒だから名前の法則を分かりやすく統一して欲しいと思う。

 

 クーシーはその点、比較的由来や謂れがはっきりしている妖精だ。

 クーシーのクーはあの【セタンタ】の成れの果て、かの有名な【クー・フーリン】のクーが

 犬を意味するのと同じで、つまり犬だ。

 あの辺りでは勇猛な戦士の名前に彼と同じように「クー(犬)」が入っているのがいる

 ケルト文化圏にとって犬とは忠実な戦士であり、勇猛な戦士だった。

 クー、という言葉それ自体に戦士という意味がある言葉だったという説もある。

 そういう文化圏から生まれた「妖精の丘を守る番犬」、それが【カーシー】という悪魔だ

 シーと言う言葉が、丘を意味する言葉で、更にその丘に古墳も含まれる事まで考えれば……

 いや、これ以上は考えすぎだな、追っかけた所であまり意味がない思考だ。

 つまり【カーシー】は仕事熱心な良い犬という事だ、それで良い。

 その<カーシー>からの案内を受けながら妖精の丘を歩く。

 聞けばこの<カーシー>、伝承に「妖精の丘を守る番犬、妖精の女性に従う」等があるため

 この「妖精の丘」のおかげでちょっと強くなったらしく、それが嬉しいんだとか

 伝承再現なしの同じ【カーシー】相手なら負ける気がしないとか鼻息荒く言っている。

 そうかそうかなら良かったと頭を撫でてやる、<カーシー>は目を細めて尻尾を更に振った

 どう見ても犬だな、ちょっと大きいけど可愛い、それに毛並みが良い。

 

 

「お兄さん、待っていたホ!」

 丘の上に着いたらフロストが<ピクシー>たちを連れてやってきた。

 待っていた?俺に何か用があったのか?

「植える花や木の種はこれで良いんだホ?」

 ああ、最終確認か、うんそれでいいと思うよ、というか種とか見せられても俺にはわからん

 

「妖精の丘」とその近くに森を作る事になったのだが妖精たちには希望が結構あったようで

 何だか具体的な花の品種や木の品種を言われた、だけど木や花の事はよくわからない、

 そこで予算を決め「この予算内なら好きに選んでいいよ」と決めたのだ。

「ちゃんとお前たちが木や花の世話をするんだぞ」とも言った。

 いくらかのマッカを近頃急速に普及している【ガイアポイント】に換金し

 そのポイント内での購入なら無条件で認める事とした、注文できるようにスマホも与えた。

 今ではそのスマホは、<ピクシー>たちに任せているとお菓子ばかり買う事になるからと、

 フロストが代表して購入係を務め妖精予算と共に預かっているらしい

 この妖精予算というのは今後も<ピクシー>たちの収入の一部が納められ、

 うちの異界の妖精全体の為に使われる予定なんだそうだ。

 <ケットシー>がそんな事を言っていた、ちなみに<ケットシー>も妖精扱いらしい。

 ヒーホーに予算を預けるのは不安じゃないか?と思ったのだが、上手くやっているようだ

 

【ガイアポイント】は【ガイア連合】の系列会社が採用しているポイントカードだ

 円で何かを購入したらポイント還元される他、今回のようにマッカをポイントに変換して

 そのポイントで普通の商品を購入する事も出来る。

 マッカをポイントに出来るという点で人間の文化に馴染んでしまった悪魔からも好評らしい

 マッカを円に換えてもいつ紙切れになるかわからないが、

【ガイアポイント】なら【ガイア連合】の系列会社が使用している限りは価値がある。

 なら安心してマッカを換金出来る、そういう需要なんだそうだ。

 うちの氏神様方にも通販用にスマホを差し上げたのだが、彼女たちも使っているのだろうか

 

「じゃあお兄さんがまず種を植えてほしいホ」

 俺が?

「ヒーホー!こういうのはその土地の主が一番最初にやるもんだホー!」

 鍬入れみたいなもんかな。

「こういう事はちゃんとやっておかないと

 あとで「この土地を開拓したのは俺だー」って領有権を主張されるホー」

 なるほどなー

 とりあえず渡された何かの種を適当に地面に植える

「あとはおいらたちがやるホ!」

 そういうや否や<ピクシー>たちが花の種の入った袋や球根、

 植木鉢に入っている苗木の奪い合いを始めた

 楽しそうだな。

 

 暇だから<ライコー>と二人で寝転ぶ<カーシー>を背もたれにしてその様子を見る。

 <ピクシー>たちは最初は揉めたようだが徐々に落ち着き、統制が取れてきた

 どうやらまずは今はまだ土を盛っただけになっている「妖精の丘」の緑化から始めるようだ

 丘を中心に種をばらまいている、大量にあった何かの種が凄い勢いで消費されていった

 飛びながら袋を逆さにしてばらまいたりしている、この分なら割とすぐ播き終わりそうだ。

 

 更に苗木も植え終えて将来の森となる場所が決ったらしい

 それらが終わり、達成感を覚えている様子の<ピクシー>たちに声を掛ける

「お疲れさま、ひとまずうちに帰ろう」

 何のために帰るのかわからない<ピクシー>たちに言葉を続ける

「加護を掛けて一気に成長させるよ、この異界はこれから雨が降る」

 それを聞くと<ピクシー>たちは花が綻ぶように笑った。

 

 

 試運転も兼ねて思いっきりMAGを注ぎこんでから<ライコー>に【ジオ】をして貰った。

 しかしどうも思いっきりMAGを注ぎ込んだのは失敗だったらしい。

 今までこの加護を使って起こる雨は「強い風を伴う雨」くらいだった

 今、家の外で吹き荒れている雨はどう見ても「嵐」だ

 こんな事になるなんて……今までとはちょっと勝手が違うのか。

 光のすぐ後に轟音が鳴り響き稲妻を落ちる、強い風が吹き荒れ絶え間なく風を切る音がする

 雨もすごい勢いだ、<河童>はこの雨からの水もしっかり管理出来るのだろうか。

 だけど<ピクシー>たちも猫たちも「風強いねー」「にゃー」とのんびりしている。

 色々心配している俺が間抜けみたいだ。

 この雨の中、突然家を飛び出して行った<シオン>は大丈夫だろうか。

 

 雨が上がった、「妖精の丘」が気になるのだろう

 <ピクシー>たちは我先に争って丘の方へ飛んで行った。

 フロストは付いていくのを諦めて俺と一緒に行く事にしたらしい

 俺の手を引いて「ヒーホー!お兄さん、早く行くホ!」と言ってきた

 しょうがない、付き合ってやるか。

 

 

「五行相生、侮っていたか」

 異界を支える理論、ぐらいにしか思ってなかったがその効果は確かなものだった

【五行相生】、木が燃えて火を生む、物が燃えた後は灰が生まれ土になる。

 そういった何かを生み出す流れの事だ、これが各属性間で循環するのが五行相生だ。

 俺は五行を異界の環境維持のためが一番に来て、それ以外は余禄と思っていた

 それだけ異界の属性、環境が偏る事の害を重視したためだ

 特にこの異界は畑作の為に降雨までしている、放っておけば水の属性が強くなりすぎて

 湿気が高くなりすぎる、泥濘地帯が生まれる、洪水が起こる等の影響が予想された。

 ある意味プランター栽培のような疑似異界とは起こる災害の規模が違うのだ。

 そのため異界内の属性の調和を保つシステムを必要とした。

 そのシステムの理論に五行を採用したのだ、結界の為の四神相応とも相性が良く、

 中央にいる俺に「異界の主」としての権限を与える霊的な裏付けにもなる、便利だった。

 しかし余禄程度に思っていた五行相生の影響は繰り返すが確かなものであったらしい

 

「妖精の丘」は芝生のような草が覆う草原となった、部分的に花も生えている所もある

 丘の中央には小さな白い花を沢山咲かしている藪が出来上がっていた。

 あれが丘の中心なのだろう。

 そして妖精の丘と北の山の間には「森林」が出来上がっていた。

 その森林の中から青い何かが遠目に見える、青く咲く花でも植えたのだろうか。

 しかし、若木の状態で仕入れて実が成るのにそこそこ時間が掛かった柿の木を考えると

 たった一回の加護の発動と半日で苗木が木になるなんてな。

 森が出来るのは半年くらい掛かると思っていた。

 

「大したものだ」

 丘に足を踏み入れ、丘を綺麗に緑で覆った草原を眺めながらつぶやいた

 考えてみればこの丘は北寄りの中央か中央寄りの北側、とでも評すべき場所にある

 そして五行において中央()が象徴するのは「育成と保護」の概念だ

 五行により「育成」の概念に染まったMAGが流れ込み草木を「育成」した、そういう事だろう

 クローバーを見かけた、生えているのが何の草で何の花なのかもわからないのが多い中

 見知った植物があると妙に安心する。

 フロストに聞く。

「「妖精の丘」はこんなもんでいいか?何か足りないものはあるか?」

「良いホ!素晴らしい丘だホ!困ったらその時お願いするホー」

 そうか、それなら良かった、周りを見渡し少し考える。

 もう少し回るか。

「ヒーホーくん、どこかお勧めの場所はあるか」

「ヒーホー!それなら森に行くホ!多分良い感じだホ!……ヒーホーくんはやめてホ?」

 つれないフロストだ、フロストの頭をぽんぽん叩いてから足を進めた。

 

 やはり森の中から薄っすら見えた青は花の色だったようだ

 森の中を青紫の花が敷き詰められるように咲いていた。

 これがヒーホーくん一押しだったブルーベル、正確には「イングリッシュ・ブルーベル」だ

 名前のベルは鐘を意味するbellからだろうか、

 先の方が反り返った青紫の釣り鐘型をした花が咲き誇っている。

 綺麗な花だ、それが森の中で木と木の隙間を埋めるように広がっている。

 木からも花からも特に力は感じない、普通の木で普通の花らしい。

「良い森だ、綺麗だな」

 それを聞いてフロストは嬉しそうに笑った。

 ところでブルーベルって何かの役に立つのか?花の蜜が取れるとか?

 こんなに植える必要ってあるのかな、いや妖精のする事だ

 綺麗だから、だけでも妖精たちには立派な理由になるか。

 

「ブルーベルが生い茂る森は「ブルーベルの森」って言われるんだホ」

 そのままだな、ブルーベルの森だ

「そしてブルーベルの森には「妖精」が住むって言われてるんだホ!」

 それは知らなかった、なら「妖精の森」に相応しい花の一つって事になるのか

 他に植えた木や草花も何かそういう謂れがあるのかもしれない。

「ブルーベルは本来なら踏んづけるだけで徐々に弱って枯れる儚い花だホー!

 こんなに元気なのはお兄さんのおかげホ!」

 まあ喜んでいるなら良い、

 フロストだけじゃなく<ピクシー>もブルーベルの森を喜んでいる姿が見えた

 楽しそうにくるくる飛び回っている。

 ただ少々甘ったるい匂いがするのがいただけないな、俺は遠くから眺めるだけで良いや。

 

 それにしても<ピクシー>たち、あれだけ色んな木を植えたのに桜はないのか

 今度家の近くに植えようかな、俺はどちらかと言えば桜の淡い色合いが好きだ。

 思ったのだが、植生も土地も季節も何もかも無視してMAGで好きに植物を育てられるのは

 園芸や造園の理想かもしれない。

 こういうの、俺と同じように「豊穣」系の加護を貰った覚醒者の間で流行るかもなぁ。

 

 

 今日はもう歩き疲れた、とりあえずこんなもんで良いだろう

 他に見る所があれば妖精たちから言ってくるはずだ。

「私が植えた林檎の木が立派に育ったから見せてあげるっ!特別よ!」

 そんな事を言う通りすがりの<ピクシー>に指を引っ張られながらそう思った。

 

 



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第二部13話 ある日の事 前

ある日の事

 

 目が覚める、朝だ。

 今日は休日だがやることがそこそこある、起きなければならない。

 首元の温もりと心地良い柔らかさに名残惜しさを覚えながらどかす。

 <シロ>が俺の首元を枕に寝ていたようだ

 体を起こす、その途中脇の下に柔らかい物がいる事に気づく、子狐状態の<ユキ>だった。

 こちらも寝ている。

 <ピクシー>たちが仲魔になって以来、この二匹はよく俺の布団に入り込むようになった

 俺が<ピクシー>たちに構い過ぎて嫉妬しているんだろうか、可愛い。

 文句を言う<シロ>と<ユキ>を無視して布団を畳み、窓際に置いていたカップを見る

 寝る前にカップに注いでいた牛乳が無くなっていた、<ピクシー>たちが飲んだようだ

 これは【ピクシー】に限らない妖精の伝承からの行為だったが

 無駄にならなくて良かった。

 <シロ>と<ユキ>はまだ寝るようだ、畳んだ布団の上に乗って丸くなってしまった。

 

「おはよう」

「おはようございます」

 朝食の準備をする<ライコー>に挨拶をして、座卓の自分の席に座りぼーっとする。

 味噌汁の良い匂いがした。

 少し前までは俺も多少は家事を手伝っていたのだが最近はそれもなくなった

 <ライコー>の家事の手伝いは<ケットシー>や<ピクシー>たちの誰かがやっている

 もっとも<ピクシー>たちの場合はやりたい気分だからやってるだけで

 常に手伝っているというわけではない、見た所今朝は<ピクシー>が二人ほどいるようだ。

 常に手伝っているのは<ケットシー>だけだ、それで十分、そう<ライコー>に言われた。

 <ケットシー>が味噌汁の入ったお碗や箸を並べてるのを見て思う。

「こういうのも「猫の手も借りたい」と言うのかな」

 いつの間にか寄って来てごろんと横になった<カブソ>の腹を撫でながら聞くが

「知らんにゃ」

 と言われた。

 

「ごちそうさま」

 今日も美味しかった。

 特に鮎の塩焼きが美味しかった、これは川の上流に住むようになった<河童>が

 差し入れてくれたものを焼いた物だ、良い物をくれた。

 あの<河童>は気を利かせてくれて数日に一回はこんな感じで何かをくれる

 特に嬉しいのは魚だな、【傷薬】もくれる事があるが【傷薬】は食えないからなぁ。

 いやあの【傷薬】は「河童の傷薬」だから効能は良いんだが……

 お返しに俺もきゅうりや【宝石メロン】を渡している、喜んでくれていた。

 

 <河童>が魚をくれるのはありがたい事だが、それは全く下心が無い事ではない

 あの<河童>は【ミズチ】の使いで、あの川は【ミズチ】が整備した川だ。

 その川から生まれる川の幸を俺が頂き、それに感謝を、もしくは単純に美味だと感じたら

 その感情から生まれるMAGが<河童>を通して【ミズチ】に流れる。

 そういう仕組みなんだそうだ。

【クシナダヒメ】様がそんな事を言っていた、

【クシナダヒメ】様もそうやって俺から生まれるMAGを吸収しているらしい。

 俺が普段食べている米はこの異界から生まれた米という訳でもないんだが良いのだろうか

 そう思って聞いたら別に良いらしい、アバウトな話だ。

 これに限らず、神や悪魔は自分たちが司る物やそこから生まれた物を受けての

 感情から発するMAGは緩やかに吸収されるものらしい。

 ただし同じ物を司っていたらそのMAGの取り合いになるとか。

 その話を聞いて<河童>から魚を受け取る事に遠慮や気兼ねをしなくても良くなった。

 それにしても、ありがたい事だと思う事が相手の利益になる、奇妙な話だなぁ。

 

「ごちそうさまでした!」

 <ピクシー>たちも食べ終わったようだ、一人が口の周りを蜂蜜でべとべとさせている。

 その姿のままどこかに飛び出そうとしていた。

「ちょっと待て、拭うから」

 <ピクシー>の口元をハンカチで拭う、<ピクシー>は目を瞑って「んーっ」している

 朝、手伝いに来た<ピクシー>とは朝食を共にする事になった

 <ピクシー>たちの朝食は蜂蜜が掛かったパンもしくはホットケーキ、そして牛乳が定番だ

 大体これで喜ぶ、たまに俺たちが食べているものに興味を持つ子もいるが

 食べると大体「甘い方がいい」とか言って結局上のメニューで安定する。

 <ピクシー>たちは甘い物が好きなようだ、庭にある柿も

「好きに食べていい」と許可を出したらあっという間に無くなった。

 あの柿の木には「このままじゃタンタンコロリが生まれるんじゃないか」

 と心配していたから食べてくれて良かった。

 

「ほら、綺麗になったぞ」

 拭き終えると<ピクシー>は「ありがと!」と言い飛び去ろうとしたが

 そこで一旦戻って来て耳元で声を掛けてきた

「今日はのーぜーの日だからよろしくね」

 そして去って行った。

 

 

 

 納税、読んで字のごとく税を納める事である。

 この異界に住む者たちが税を納める対象は、俺だ。

 

 事の始まりは<ピクシー>たちを仲魔にし「妖精の丘」を作った辺りの時期の事だ

 まだ土の塊が盛られただけでしかない丘を作った日の夜だ。

 神託で【源頼光】様の祠に呼び出された。

 我が家にある二つの祠は不定期に掃除を行う、何かあれば大体その場で言われるので

 このように呼び出される事はそれほど多くはない。

 珍しい事もあるもんだな、と思いとりあえず向かった。

 

「愛する我が子よ、あなたは今、領主としての一歩を踏み出しました」

 

 何を言ってるんだこのお方は?

 どこか恍惚とした表情の【源頼光】様の姿に怪しんでしまう。

 近頃はうちの疑似異界のMAG濃度が高くなってきたおかげで

 短い時間ではあるが祠周辺であれば【源頼光】様や【クシナダヒメ】様が

 自由に顕現する事が出来るようになった。

 予定している異界化も行えばその時間と範囲も広がるだろう。

 とはいえ会話する時に姿が現れる程度で何か大きな変化があるわけではない。

 こういう姿を見て、こんな目で見てしまう事が起こるようになった程度だ。

 

「あの妖精たちの事です」

 ああ、<ピクシー>たちの事か、それが何で領主云々になるんだろ。

「あの者たちはあなたを主とする疑似異界に住み、あなたに生殺与奪を握られ、

 あなたにこの異界で生きる事を保証されている者たちですね?」

「まあ、そうですね」

 なんだろ、そういう言われ方すると自分が物凄く支配的な存在に聞こえる……

「つまりあなたの民です、あなたはあの者たちの主でありこの地の領主です」

 なんとなく言いたい事は分かった。

「だからあの者たちに税を払っていただきましょう」

 !!??

 

「<ピクシー>たちは何かやれる事が見つかった子がMAG分働いてくれればいいなぁ」

 程度に俺は考えていたのだが、それでは駄目だと【源頼光】様は言う。

 俺の考え方では「貢献出来る者がすれば良い」という事に繋がり

 貢献する事が出来る有能な者、その意思がある者が割を食うだけになる。

 <ピクシー>たちがその存在価値を俺に示す事を、

 そして<ピクシー>全体で消費するコストを一部の個体の働きで賄う事に繋がるからだ

 それではやがて<ピクシー>たちの内部で不和が生まれる、

 何より、働いたものが報われない。

 故に<ピクシー>全体に生産活動を行わせ税を徴収し、有能な者は個として褒め称えるべし

 <ピクシー>にこの異界における価値を与えよ、そういう事らしい。

 そして

「統治の基本は「御恩と奉公」です。

 奉公無き恩は恩の重みを失わせ、奉公人のやる気を削ぎます

 それは恩無き奉公と同じく統治と統制の失敗を招きます」

 そう【源頼光】様は言った。

 

 理屈は分かる、分かるが素直に頷けない気持ちがあった。

 俺と<ピクシー>たちはもうちょっとこう、緩くて柔らかい関係で良いんじゃないかなって

 税を取ったり取られたりするのはちょっと違う気がする、

 それに仲魔として戦ってもらったりするわけで全く役に立たない子たちという訳でも……

 そう渋る俺に対し【源頼光】様は軽く微笑み言い聞かせるように言葉を続けた。

「あなたと共に戦う者たちはそれでいいでしょう、軍役は立派な貢献です

 軍役をこなすのであれば税を課す必要はないかもしれません。

 しかしそれを出来る者の枠は限られているのでしょう?」

 その通りだ。

 まだ【悪魔召喚プログラム】の枠は解放されていない、召喚枠は三体までのままだ。

 そしてそのうちの一枠はPT全体の耐性を鑑みて【ジャックフロスト】で固定するつもりだ

 そうなると残り二枠を育成面や戦力の事を考えて選ぶ形になる、なるが

 たった二枠では分散すると効率が悪い。

 レベリングの事を考えるとある程度まではなるべく戦闘に出す仲魔は集中させたい所だ

 そうなると選ばれなかった仲魔たちが浮く形になる

 将来的には【悪魔召喚プログラム】無しでの運用も考えるべきかもしれない

 しかしそれは今ではなかった。

 

 困っている俺に【源頼光】様は言う

「難しく考える必要はありませんよ。

 あなたが主としてあの者たちに何かを求める、あの者たちがそれに応じ貢献する

 それによって関係が定まり、富が生まれ、あの者たちにも居場所が生まれる

 それだけです」

 難しい話だと思うんだが。

 それに少し引っかかるところがあった

「居場所、ですか?俺の仲魔というだけでは不足なんでしょうか?」

 仲魔という関係は命を預ける関係だ、そんな軽いものではないと思いたい気持ちがある。

【悪魔召喚プログラム】無しでは<ピクシー>たちと一緒に戦いの場に出ない俺が

 思ってはいけないことかもしれないが。

「ええ、不足です」

 断言されてしまった、更に【源頼光】様は続ける。

「今のあの者たちの多くはあなたの慈悲に縋っているだけです。

 あなたに齎す利益がない、それではあなたの慈悲を失ったら崩れる程度の立場になります

 それでは居場所とは言えないでしょう?自分の居場所は自分で守る努力をせねば。

 そうであればこそ帰属意識も生まれるというもの」

 だから「御恩と奉公」が大事なのですよ、と言った。

 

 ふと<ケットシー>との会話を思い出した。

 あの<ケットシー>は自分の居場所、拠り所を求めていた

 そのために誰かの仲魔になりたがった、そう言っていた。

 あの<ケットシー>は誰かにあるいは何かに「必要」だと思われたかったのかもしれない。

 俺が<ピクシー>たちに何かを求める、それに<ピクシー>たちが応じる

 それによって<ピクシー>たちの居場所、ここに居てもいい理由を得られる?

 そういう考え方も確かにあるかもしれない。

 

【源頼光】様が俺の目を真っ直ぐに見据えて言う。

「この国では税という字をちからと読みました」

 税、税金のぜいとも読み、貢ぐことのみつぎとも読み、そしてちからとも読む。

 昔の役所である「主税寮」の事を「ちからのつかさ」と読むのが分かりやすい例だ。

 このちからは力役(労役)の事であるとも単純に力の事であるともいわれる。

 また、ちからとは稲穂の束の事ともいわれる

 日本における税の始まりは稲の初穂を神に捧げる事から始まったとも言われているからだ

 神に捧げる為に神社の玉垣に掛けた初穂の束を「懸税(かけちから)」と呼ぶ言葉も残っている

 税がちからなのではなく、ちからが税なのかもしれない。

 そして現代においてちからという言葉は一般的には力である。

 これらが指し示す意味は諸説こそあれど乱暴に断言していいだろう。

 古来、税とは力であった。

 

「愛しい我が子よ、税を集めなさい、それがあなたの力になります

 そしてあの妖精たちに居場所を与えなさい、居場所を守るために力になるでしょう

 あの妖精たちはあなたを拠り所にするあなたの民になるのだから」

 

 

 そんな会話があった、全部が全部受け入れた訳ではないが一理あると思った。

 そして戦闘に寄らないスキルで役に立てる<ピクシー>以外の者たち、

 それらの者たちにも何かしらの役割、仕事を与える必要性を多少は感じた。

 異界の主である俺がその者たちに価値を感じていないと思われたら

 それは恐怖を生むかもしれない、そう思ったのだ。

 考えすぎな気もしないではない、何せ相手は<ピクシー>だ、

 そんな事は考えずに毎日おもしろおかしく過ごすかもしれない。

 だけどまあ、何か仕事を回すくらいはしてもいいだろう

 それであるかもしれない不安が解消されるならば。

 細かい事は<ライコー>と相談して決めよう

 そういう事になった。

 

 

 

 その結果が家の前まで<カーシー>が牽いてきた荷物が満載している荷車だ。

「主様、主様!ボク運んだよ!えらい?えらい?」

 えらいえらい言いながら適当に<カーシー>の頭や首元を撫でてやる。

 この<カーシー>は番犬としての拘りから妖精の丘から長く離れる事を良しとしなかった

 そのために軍役(俺と一緒に戦闘)を果たせない、また何かを生産する術もない。

 その代わりにこの異界内で出来る仕事を見つけたのだ。

 それが二つ、今行った「納税時の輸送」と「カーシータクシー」である。

 これを行う事で労働力で税を支払った、という扱いになった。

 カーシータクシーはこの荷車に俺を載せて運ぶことだ、その為にちゃんと座る所もある。

 何度かカーシータクシーを利用したが気分次第で速度が変わる事を除けば中々よかった

 多分うちの異界内での移動手段として重用することになる。

 この荷車は二輪の大型の荷車で立派なものだ、タクシーの時もこれを使う。

「いざという時はチャリオットとして使えるよ!ボクが牽くよ!」と言っていたが

 そんなの使う機会は無いだろ。

 最初の頃はリヤカーを牽いていたのにいつの間にかこんなのになった。

 こういう所に妖精予算が使われている、もうちょっとお金の使い道は考えるべきだと思う。

 

「お疲れ様、荷物降ろすからその間におやつ貰っておいで」

 俺の言葉に<カーシー>は「うん!」と元気よく返事をして

 玄関においてある濡れタオルで器用に足を拭いてから台所の方に向かった

 <ライコー>が茹でた鶏むね肉を冷ました物を用意しているはずだ。

 

 

 さて、<カーシー>が運んできた物を運び、居間の座卓の上で広げ確認する。

 この中には作物等と一緒に出荷しても良い物、そうではない物

 そして<ピクシー>たちからの俺宛ての贈り物も含まれている

 そういった物を分ける作業でもある。

 まずは俺宛ての贈り物を分ける。

 キノコが入っている袋と中身の入っている瓶、これは贈り物だ

 

妖精の輪(Fairy ring)」と呼ばれる現象がある

 キノコが輪を描くように生えている事だ、もう少し現実的な呼び方として菌輪とも言う

 地中で放射状に伸びた菌糸が古い中心部から死滅していき、

 外側の若い菌糸が生き残ってる状態で子実体(キノコ)が生えると輪を描いたように見える

 そういう現象の事を指す

 またキノコのコロニーがぶつかり合うと円状に拡大する事もあるらしく

 それらもまた「妖精の輪」と呼ばれるに相応しい形状になる。

 科学的に言えばそのような自然現象でしかない。

 しかし昔の西洋人はそこに不思議を見出し「妖精が輪になって踊った後だ」と思った。

 彼らはそこに妖精の宴と踊りを見た。

 またこの菌輪は土壌の栄養バランスが変わる事もあるため

 芝生等の上では輪の内側と外側で草の色合いが変わる事がある、違いが見てわかるのだ

 時には内側の草が枯れる事も、その逆に妙に草の成長が良くなる事もあるのだから

 なおさら特別なものに見えたのだろう。

 迷信深い者たちはこの「妖精の輪」に多くの意味を持たせ、足を踏み入れる事すら恐れた。

 これは俺たちの前世の世界では可愛らしいお伽話でしかない。

 しかしこの世界ではどうなんだろうな

 本当に妖精たちが踊っていたからそう名付けられたのかもしれない、そう思った。

 この世界には悪魔がいるのだ。

 そして「妖精の輪」はエルフサークルとも呼ばれ、また「ピクシーリング」とも呼ばれる。

 だからうちの<ピクシー>たちが踊ればキノコが生えた、そのキノコを貰うようになった

 このキノコが入っている袋はそういう流れで貰うようになったキノコだ

 聞いた事もないようなキノコや、シメジ類、時には松茸も入っている。

 ちゃんと食用キノコを選んでくれているらしい。

 踊り繋がりで舞茸も行けるんじゃないかと期待してるんだが無理かな、美味しいのだけど。

 

 中身の入っている瓶、これは妖精たちが作ったハーブドリンクの素だ。

「エルダーフラワーコーディアル」と言うらしい

 エルダーフラワー、つまり西洋ニワトコの花を砂糖水に漬けて香りを移した物だ。

 これを水や炭酸水で割ると爽やかな香りがする甘酸っぱい飲み物になる、らしい

 お裾分けで貰ってるけど飲んだ事はない、食指が動かないというか……

 貰った分はそのまま妖精たちに飲んでもらってる状態だ。

 薄い琥珀色をしていて、割るともっと色が薄くなる。

 欧州北西部では昔から親しまれている飲み物で

「風邪の予防になる」とか「喉の痛みを和らげる」とか言われている物らしい

「日本でいうと大根飴みたいなポジションかなぁ」となんとなく思っている。

 技術部に出して見た所「風邪予防の効果はあるが、状態異常【風邪】を防ぐ効果はない」

 という結果になった、戦闘時のアイテムとして使えるようなものではないらしい。

 まあ民間療法なんてそんなもんだな、むしろ風邪予防の効果があるって時点で凄い。

 昔から「子供向けの風邪予防の飲み薬」として扱われてきたものだという。

 妖精にも【ピクシー】にも関係ないこの飲み物が「ニワトコに精が宿ったから」という事で

 作られるようになったらしい、効果があるのもニワトコの精のおかげだ。

【終末】化が進んで文明が崩壊しきったら医療をこういうのに頼るようになるのかもなぁ

 日本には、そして【俺たち】にはそんな日は来ない、と思いたいものだ。

 

 

 次に売り物になる物を確認、しようとした所で気配を感じそちらの方へ顔を向けた。

「ヒーホー!おいらも手伝うホー!」

 なんだヒーホー君か。

 雪だるまの体を俺に寄せる、漂う冷気が気持ち良い。

「ありがとう、じゃあそっちの袋に入っている「ピクシーの矢」の数を数えてくれ」

 これは出荷する物の中には入っていないものだ、俺がとある所に持ち込む事になる

 だからきちんといくつ納品したか把握しておかないといけない。

「任せるホー!」

 そう言ってヒーホー君は雪だるまの丸っこい手で一つ一つ鏃の数を数え始めた。

 

 <ジャックフロスト>はうちの地下室、物置にしか使っていなかったそこに住み着いた。

 地下室に大型冷凍庫を入れ、その中で暮らしている

 ちょっと前に覗いたらそこそこ快適に過ごしているようだった。

 目下の悩みは<ピクシー>たちがその冷凍庫に目を付けアイス等を入れるようになり

 ふと気づいた時には居住空間が削られている事らしい。

 

 

 残っている物は今日中に出荷してしまうものだ。

 品物は「チャクラドロップ」「妖精の軟膏」「フォルマ」である。

 

「チャクラドロップ」はスキル【チャクラドロップ精製】持ちの<ピクシー>によるものだ

 今の所これが一番量も評価も安定していて、売っていて気が楽だ。

 普通の「チャクラドロップ」を普通に作って売っているだけだからな。

 <ピクシー>の方は主に味の方でもっと拘りたいらしいが、俺はあまり気にしていない。

 甘い物を他の<ピクシー>たちが集め、それを材料にスキルを使用して飴玉を作る

 そんな感じで作っているらしい。

 MAGだけでも作れない訳ではないらしいのだが

 こちらの方がMAG消費が軽くて出来た飴が美味しいんだとか。

 

「妖精の軟膏」は童話「妖精の軟膏(Fairy Ointment)」に出てくる塗り薬そのものだ

 瞼に塗ると妖精の姿が見えるようになる塗り薬を好奇心からもしくは誤って塗ってしまい

 その事がバレて妖精に殴られ、視力を失う、そんな話に出てくる塗り薬だ。

 <ピクシー>たちはこれを作れた、中々良い値段で買い取られている。

 塗るとそこそこの才能があれば未覚醒者でも妖精が見えるようになるという驚きの効果だ。

 だけどこの塗り薬、塗っても見えるようになるのは低レベルの妖精のみで

 更に塗っている事がバレたら見られた妖精からの敵意を買うという代物だった。

 呪いのアイテム一歩手前だ。

 正直、どこにこんな物の需要があるのかわからないのであまり量産させる気にはなれない

 何か変な事に使われてるんじゃないだろうか、少し不安になる。

 良い値段で買われてはいるんだが、謎だ。

 

「フォルマ」はフォルマだ。

 気づいたら<ピクシー>たちがうちの異界に湧く悪魔たちに

「主への服従か死か」を突き付け、服従以外を選んだ悪魔を狩りまくっていた。

 異界に悪魔が自然に湧いてくるのは異界の属性等が十分に安定してからのはずだった。

 だからそのうち悪魔が湧くようになるとは思っていたが、こんなに早く湧いた事に驚いたし

 それをあっさり狩って来た<ピクシー>たちにも驚いた。

 しかもそれで経験値とMAGを稼いでレベルアップもしていた。

 そうやって倒した敵から剥いだフォルマがこうして納められている。

 これが意外と結構な額になるのだ、一つ一つはそれほど高額ではないフォルマだが

 塵も積もればで纏めて売ると良い金額になる。

 ちなみにこれらは軍役扱いはされないという事になった、扱いとしては「害獣駆除」だ。

 なんというか【源頼光】様との会話も

「ピクシーの大部分は仕事がない子たち」という前提あってのものだったので

 その前提が覆されてしまって少々戸惑っている。

 別に税云々とかいらなくない?うちの子たち、十分役に立ってるし働いてるんだけど?

 いや一度決めた事を軽々しくひっくり返すのは良くないからしばらくは続けるけど……

 

 こうして得た仲魔由来の生産物を売りに出して得たマッカ収入の五割が税として納められ

 一割が異界内で消費したMAGの補填という事で納められ

(ピクシーたちが自家消費用に作った畑に使われるMAGや冷凍庫の電気代等)

 二割が妖精予算行き、二割が妖精たちで分配という内訳になっている。

 6公4民?個別の妖精たち的には実質8公2民?そんな感じだ

 例外が俺の仲魔として召喚されて働く場合だ、これによって得た何かは無税である。

 税を導入した事が良かった事なのか、それはまだ分からない。

 

 

 フォルマの種類と数をメモ帳に書きながらそれとなく聞く。

「フロスト、ここ最近の税制度について何か思う所はあるか?」

 ヒーホー君は今のところただの一度も税を取られた事がない子だ

 仲魔になってから常に戦闘に連れて行っていたからだ。

 そしてだからこそ客観的に見える何かがあるんじゃないかと少し期待した。

 

「ヒーホー!それなら言いたい事があるホ!」

 やはりあるのか、さすがに6割は取りすぎだよな、俺もそう思う。

「もっと税を重くするホ!あいつら贅沢を覚えて良くないホ!

 お菓子を食べながら「この世をば我が世とぞ思う」なんて歌ってた奴もいたホ!」

 どこの道長だ

 ヒーホー君の言う所は「金遣いが荒くなって教育によろしくない」という趣旨の事だった

 生きる為の衣食住に金を必要としない悪魔に人間感覚で金を与えるなと叱られた……。

「お兄さんは<ピクシー>を甘やかしてるホ!」とも言われた。

 正直、「<ピクシー>を甘やかしたい欲」がある事は否定できない。

 仲魔になった事を機に【ピクシー】の事を調べたら、

【ピクシー】は「洗礼を受けずに死んだ子供の魂の化身だと言われる」と書かれていた。

 子供、子供なら少しくらい甘やかしてもいいかな?俺の仲魔なんだし、そう思ってしまう

 

 まあお菓子を買うくらいなら良いだろ、自分たちで稼いだマッカなんだし。

 

 

 

 ヒーホー君に数えて貰っていた「ピクシーの矢(pixie arrows)」、これは少々マイナーな名称だ

 もう少し有名な別名がある、それは「エルフの矢(elf arrows)」という。

 どうにもある程度の時期までイギリスではエルフとピクシーの区別が緩かった節がある。

 エルフもピクシーもどちらも「妖精」を意味する程度の言葉として使っているのだ。

 現代人が思うフェアリー、エルフ、ピクシーの分化は割と近い時代まで待たねばならない。

 その為、「エルフの○○」とほぼ同じ「ピクシーの〇〇」と呼ばれるものがそこそこある

 これもその中の一つだ。

「エルフショット」、「妖精の一撃」と訳される事が多い言い回しがイギリスには存在した

 突然のリウマチ、関節炎、側腹痛等の事だ。

 怪我をした訳でもないのに激しい痛みを、もしくは痺れをもたらすこれらの症状を、

 昔のイギリス人たちは「妖精が目に見えない矢を射かけた」と捉えた。

 また家畜の突然の死やある種の内出血もそのように解釈した。

 なんでも妖精のせいにすれば良いというものじゃないと思うけどな。

 そしてその時に使われていたと思われたのがこの「エルフの矢」「ピクシーの矢」だ。

 正体は新石器時代に使われた燧石製の鏃である。

「ピクシーの矢」は鏃なのか矢なのかはっきりして欲しいと思うが、つまりは鏃の事だ。

 この鏃には不思議な力がある、そう思われた。

 そして力があるとされる物は呪術に使われ、その反対に呪い除けにも使われる。

 多少の加工が施されお守りとして使用される事もあった。

 この「ピクシーの矢」が<ピクシー>たちの手で作られ、売れた。

 

 

 思わず手にしてしまった加工済みの【魔石】を見る、その色と重さに懐かしさを覚えた。

 あの頃の自分に対して思う所は少々ある、しかし全部が全部悪い思い出というわけでも

 恥ずかしくて堪らない思い出というわけでもなかった。

 あの頃は日に幾つ、この【魔石】を【宝玉】に出来たっけ?

 最初の頃はMAGの注入に慣れない事もあってそこそこ強く力を込めていた覚えがある。

 そんな事を思って気が抜けていたからだろうか、

 すっとMAGが【魔石】に注がれ勝手に【宝玉】になってしまった。

「あっ」

「なになに?やっぱり宝玉作りたくなった?」

 宝玉君だもんね、ケラケラと笑いながら班長が言った。

 

「ピクシーの矢」の売り先は班長だった。

 鏃が入った袋と土産のきゅうりと(ピクシーが育てた)林檎をニトリに渡した所で

 ニトリに「私はお茶の用意してるから先に入っちゃっていいよ」と言われて工房に入った。

 その先で懐かしい光景を目にした。

 宝玉をカットする班長の姿と、宝玉になる前の魔石が盛られている箱だ。

 一時期はこの光景を良く目にした、そしてそこで俺は働いていた。

 この人も霊能者だからかそれとも若返り系の何かをやっているのか

 あの頃と何も変わっていないように見える。

 班長は作業に集中しているようだ、宝玉を見ながら

「もうちょっとで切りの良い所だからちょっと待ってね」と言った。

 そして特に何も考えずにかつての定位置、魔石が盛られた箱の前に座った俺をちらりと見て

「宝玉にしてくれるの?助かるわ」

 と揶揄って来た。

「いや、そういうつもりはないんですけど……」

 と、言いながらつい加工済みの【魔石】を手にしてしまった。

 そして宝玉にしてしまいまた揶揄われてしまったというわけだ。

 

 班長はたまに「自分の手が作り方を覚えているかの確認」と言って

 仕事では作る機会が減ったアイテム類の製作をしている。

 多分、今日はそういう日だったんだろう

 最近は装備品、特にアクセサリー類を作る事が多くて

 消費アイテムの類はあまり作らなくなっていたはずだ、少し前にそう聞いた。

 

 

「はい、昼のお仕事終了!」

 一段落したのか班長は作業を打ち切りニトリが持って来ていたお茶を一気飲みした。

 もう冷めてるから飲みやすいはずだ、同時に持って来た俺の分のお茶も冷めてるのだから。

「ちょっと」と言ってたのに茶が冷め切るほど待たせた班長をついジト目で見てしまう。

 手持ち無沙汰になって箱の中の魔石を半分ほど宝玉にしてしまった。

「あはは、ごめんねー」

 少々バツが悪かったようだ。

 まあ良いさ、何か急ぎの用事があるわけでもない。

 

「じゃあ盟友、これが鏃分のマッカだよ」

 そうニトリが班長にマッカが入った袋を手渡し、そのまま班長が俺に渡す。

「はい、宝玉君、今後もよろしくね」

「はい、確かに」

 そして受け取った俺はスマホで写真を撮るように袋の中身を「転送」する。

 

 正式に採用されるようになった【悪魔召喚プログラム】に追加されていたおまけ機能

【マッカ限定財布機能】のおかげでサマナーはマッカの重みから解き放たれた、物理的に。

 マッカが【ガイア連合】の【大金庫】に転送され、その金額分が表示される。

 そしてマッカを現物で使いたくなったら同じように転送され手元にやってくるのだ。

 結果的に異界攻略時の継戦能力まで微増した素晴らしい機能だった。

 元々は利便性を上げるという目的の他に、需要が天井なしに上がり続けるマッカを

 どうにかして手元にかき集める為に実装された機能、だとか噂されている

 預けたマッカを全員が一気に下すことなんてそうそうある話ではないのだ

 だから「いくら預かってますよ」という電子データを表示する代わりに、

 そのマッカを自由に運用できるなら美味しい、そんな発想だろうと、つまり銀行だ。

 これは今後【ガイア連合】の外にも広がり、世界的なインフラとなる見込みだ。

 その為に【悪魔召喚プログラム】に最初からアプリとして入っている。

 この手の物は規模が大きければ大きいほど旨味が大きいからな。

 ただ掲示板では「しかも預け主が死んだら丸儲けだぜ!流石だぜガイア」とか

「困った時は計画倒産だ!」とか「とにかく没収だ!」とか好き放題言われていたが

 果たしてそこまでやるんだろうか?疑問である。

 

 手際良く工具類を片付け、ゴミを纏めている班長に作業中は聞けなかった事を聞いてみる。

「結局、「ピクシーの矢」って何に使ってるんです?」

「あれ?言ってなかったっけ?」

 言ってないです。

 

「ピクシーの矢」は確かに霊的なアイテムだ。

 しかしその性能はそれほど高くはない。

 悪魔の力の結晶であるフォルマでもなく

 神話に名を刻まれたような特別に力ある悪魔の生産物というわけでもない

 また元々それが凄く強いもの、として伝わっているような物でもない。

 多分、女神転生に登場した事もない。

 素材である「異界の石」に毛が生えたようなものでしかないのだ。

 俺も一つ、記念として「ピクシーの矢」の縁を銀であしらったお守りを

 ネックレスにして服の下に入れているが

 それだって「ピクシーたちがくれたものだから」という意味が強い。

 班長に加工を頼んだおかげで魔防や魔は少しは上がる品になったが耐性等は全く付かない。

 ゲームのような形で装備枠が限られるような世界だったら装備はしなかっただろう

 他に優先すべきものがいくらでもあるからだ。

 そんなものをどうして定期的に購入するのか、どんな使い道があるのか、気になった。

 

「教材に使っているのよ」

 椅子に座って少し遠い目をしながら班長はそう言った。

「教材、ですか?」

「そうそう」

 

 それまで様々な理由、事情で【ガイア連合】と距離を置いていた【俺たち】

 あるいは【半終末】を機に前世の記憶に目覚め掲示板に辿り着いた【俺たち】

 そんな【俺たち】が【半終末】以降、【ガイア連合】に滑り込むように所属した。

 そして【ガイア連合】は彼らを快く受けいれ、

 それとなくという表現では控え目過ぎるくらい露骨に「製造系」に誘導したという。

「技能研修を受けた覚醒済み転生者」であれば腕もレベルも問わずに

 シェルターに工房付きの個室を与える、そういう事までやり出した。

 それをするくらい【ガイア連合】にとって生産力の拡大は急務であった。

 この辺りは俺も知っている、製造系や職人系と呼ばれる【俺たち】にとって

 この「工房」がある種の目安や目標になっていたらしく思い入れがあった人たちがいたのだ

 掲示板で「方針は分かるけどなんか納得いかない」等の愚痴が書き込まれていた

 その愚痴で知った。

 

「で、話はそこから始まるんだけど」

 

 その新規参入した製造系【俺たち】は当然であるが技術が未熟だ。

 才能ある【俺たち】と言えど同じ【俺たち】が積み重ねた物はそれだけ高い壁だった

 だからすぐに第一線で生産している人たちと同じように作る事は出来ない。

 また新規参入した彼らの多くを受け入れたのは【工場班】と呼ばれる職場だった。

 ある程度以上機械化された工場で、マニュアル通りに生産をする仕事だ

【ガイア連合】の霊的アイテムの量産技術、その成果であり最先端の仕事と言っていい。

 主に作られているのは、「傷薬」「銀の弾丸」「MAGバッテリー」「カレー」等らしい

 今のご時世、どれだけあっても余る事はない品々だった。

 それらの仕事に慣れてきたあたりで徐々に不満を持つようになったという。

「俺たちも装備品を作りたい」と

 

「作ればいいじゃないですか」

 禁止令が出ているわけでもないし、工房もある

 技能研修があるくらいだから作り方が秘匿されてどうにもならないという訳でもないはず。

 多分今なら作れば作った分だけ売れるはずだ、作れない事情があるんだろうか

「素材が買えないのよ、練習や失敗分も込みだと量が必要になるから良い金額になるし

【半終末】になってまだ四か月程度だから貯金も貯まってないでしょ、そういう人たちは。

 工房って言っても箱だけだから機材は自分で揃えないといけないしね」

 あー

 

 現在、フォルマ含む霊的な素材の扱いは「無限買い取り」とでも評していいような状態だ。

【半終末】になるちょっと前から続く「特需」とも「バブル」とも呼ばれていた経済状態は

 今ではもうそう呼ばれる事はない。

 需要に対して供給量が圧倒的に足りない、それが常態化してしまったからだ。

【ガイア連合】は自分たちで使う分だけではなく、海外の悪魔勢力やメシア教穏健派にも

 物資を供給しておりその供給が飽和する気配は全くなかった。

 そしてそれは今後も変わらない、むしろ更に過熱化するのではないか、そう言われている。

 悪魔勢力もメシア教穏健派も自勢力を支える物資の生産、それすらも覚束ない。

 その事が周知の事実になり、更に【ガイア連合】の技術が確かな事が証明され続けた。

 今や「世界の工場」になった【ガイア連合】は更なる供給を求められている。

 そして当たり前の事だが生産には消費される資源が必要となった。

 その結果、まず霊的な素材の買取価格の値上げが起こった。

 それによってより多くの霊的な素材を仕入れようとしたのだ。

【ガイア連合】の公的な買取価格の値上げは市場に影響を与え、全体的に値が上がった。

 そして昔と比べて素材(原料)が高くなる事で割を食った人たちが生まれる、

 それがまだ安定して高品質なアイテム、装備類を作る事が出来ない生産者側だ

 特に多かったのが【半終末】を機に【ガイア連合】に加わった【俺たち】だった

 全体的に素材の値段が上がった事で、手頃な素材の取り合いに繋がった

 そしてオークション等でマッカでの殴り合いをすればまず負けるのだ

 資金力は当然のように熟練の職人たちの方が強い。

 そして稼働している工場は際限なく湯水の如く素材を飲み込んでいく。

 これでは個人的な製作が十分に出来る日が来るのは何時になるか。

 彼らは自身の腕を上げる為の機会を、様々な素材に触れ加工し製作する機会を望んでいる

 

「で、上の方は彼らに変に拗ねられても困るし

「個人用式神予約優先権」も与えることにしたわけ

 式神を得たら自分で素材取りに行ってねーって事でしょうね

 助手として使ってもっと稼げ、って事かもしれないけど」

 それは知らなかった、そこまでやっていたのか。

「それで、あたしたち(工房持ちの職人)としても後進の為に何かやるか、って話になって

 希望者に対して素材持ち出しで簡単な工作教室をする事になったのよ、持ち回りで。

 指導者がいれば効率よく技術を吸収出来るはずだしね。

 ある程度式神が出回るまでの期間限定だけど」

 あたしがやる時はこれを教材として使うわ、と鏃の入った袋をポンっと叩いて班長は言った

 それほど高品質な素材ではないし、お守りに仕立てるのにそこまで手間ではない為

 初心者向けの素材として向いていると思ったそうだ、なるほどなぁ。

 でも何となく、こうして教材用に買ったりするから出回る量が少なくなって

 高くなるんじゃないか?そんな風にちょっと思った。

「うーん、じゃあその教室?が終わったら「ピクシーの矢」の需要はなくなりますかね」

 そうなるとこっちもちょっと考えないとなぁ

 納税で納められる品は俺の収入源というだけでなく妖精たちの現金収入の種という面もある

 せっかく自分たちの稼ぎでお菓子とか色々買えるようになったんだ、維持してやりたい。

【ガイア連合】の方の買取価格だといくらだっけ。

 場合によっては税率下げようかな、それとも他に何か売れそうなの見つけるか

 そんな事を考える俺に班長は少し首を傾げて言った

「そうね、工作教室が終わったらあたしは買わなくなるわ、暫く先になると思うけど。

 でも作り方を覚えた人たちが増えるわけだし

 むしろ需要が増えるかもしれないわよ?」

 この手の話は予想通りになった試しがないんだよなぁ

 

「じゃあねー」と手を振る班長に軽く会釈して出て行こうとしたら

「あっちょっと待って、これあげる」と引き止められ何かを投げ渡された。

「なんですか、これ」

 見れば金属製の飾り気がない指輪だ、模様も石もない、しかし力は感じるから霊装だろう。

 この飾り気のなさは班長にしては珍しいと思った。

 この人は光り物が好きなイメージがある。

「【魅力拒否リング】よ、最近のあたしの売れ筋商品。

 宝玉のお代に一個あげるわ、魅了無効よ」

「ありがとうございます……売れ筋なんですか?」

 魅了を使うような悪魔が出る美味しい異界なんてあったっけな。

 ちょっと覚えがない。

「飛ぶように売れてるわよ、うちの人たちは悪魔にも人間にも狙われてるからね

 いつも着けてなさい、一番やばいのはこういうのじゃ防げない連中だけどさ」

 よくわからないがこれは良い物だ、ありがたくいただいた。

 

 

 家に帰る途中、少し思った

 後進、後進かぁ、あまり意識した事はなかった

 自分が先達や先輩として後輩に何かを教える、

 そんな姿を想像してみたが違和感しかない。

 だからそれが出来る班長達は立派だと思う。

 自分がそういう事を出来る日は来ない気がした。

 そもそも後進に教えられるような技術って何があるかな、そんな事を思った。

 

 




与太話
妖精の軟膏をピクシーが作れる理由
童話妖精の軟膏の原文でpixyとかpixiesとか出てるのに
fairyもelfも出てこなかったから「これはピクシー!」と作者が決めつけた
タイトルはFairy Ointmentなのに

妖精の軟膏の使い道
仲魔にしたピクシーとかを妖精の軟膏を使わせて家族や友人に見せて
「悪魔が存在する証明」に使ってる覚醒者が転生者に限らずそこそこいる
家族からの理解の値段って思えばちょっとくらい高くても買う
なお無慈悲の生産量調整
何に使ってるかも分らんものが収入の割合をいくらか占めるって怖くない?怖いby主人公

エルフの矢、ピクシーの矢
Elf-arrowでググるとwikiのElf-arrowのページが出てきてそこに
作中で主人公がしてる「ピクシーの矢をお守りにしたもの」のモデルの写真がある
エルフの矢はイギリスの女性が夫の親戚を呪うのに使って裁判沙汰になった記録もある

ちょっと長くなったんで分割します


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第二部14話 ある日の事 後

 家に帰った、が今は特にやる事はない。

 適当に時間を潰そうかと思ったが班長の製作している姿を見て

 俺も何かそういう事をやりたい気分になった。

 俺、普段はデビルバスターな日々を送っているせいで

 霊能者っぽい事あんまりしてない気がする、作物も実際に作ってるのは一反木綿たちだし。

 一番それっぽい事をしたのが【ミズチ】の召還かなぁ。

 という事で前に「面倒だからいいや」と思って

 作れそうだけど作らなかったアイテムの制作をする事にした。

「何となく何かを作りたい欲」を満たすために。

 そういう事になった。

 

 さっさっと筆を走らせ、寝転がって腹を見せている黒猫の絵を描く。

 ちょっと目付きが悪くて尻尾が長い、そんな猫の絵だ、なかなか上手く描けたと思う。

 これが本当の自画自賛だな……くだらない事を考えた。

 墨が乾いたらそれを折りたたみ、表紙に「鼠除之札」と書き<シロ>に渡す、

 <シロ>は右前足を硯に浸してから、その紙に力を込めて肉球を押し付けた。

 <シロ>の力、つまりMAGがその紙から漏れていないようなら完成だ。

「鼠除けのお札」である。

 

「鼠除けのお札」はこの世界でも、そして俺たちの前世でも普通に存在したお札だ

 最近はそれほどでもないが昔なら有名な神社や絵師も探せばいるくらいにはありふれていた

 特にお蚕様を守るために鼠除けを願って、という事で求められる事が多かったらしい

「かつて養蚕が盛んだった」と伝わる地方の神社等では今も売られているのではないか。

 この手のお札は少し罰当たりな事ではあるが中身を開けば猫の絵が描かれている事が多い

 版画、もしくは筆で描かれた絵だ。

 なぜお札にそんな絵を描いたか、それは猫が鼠を捕るからだ。

 洋の東西を問わず、猫という生き物は「鼠を捕る生き物」というイメージが強かった。

 今では否定されてるが「日本の猫は平安時代に書物を守る為に輸入された猫から始まった」

 とする説もそこそこ広まっていたくらいだ。

 そして西洋でも猫は鼠を退治する。

 猫はその一点で船に乗り戦艦に乗り、首相官邸で飯を食い、ウィスキーの守り手となった。

 エジプトにおいて、人を病や悪霊から守る女神バステトが、

 その昔は雌ライオンの頭部を持った姿だったのがいつの間にか猫の姿になってしまったのも

 それと無縁ではないはずだ。

 鼠は病を持ってくる生き物でもあるのだから。

 その代わり猫は負の幻想も少し背負わされる事となるのだから人というのは勝手なものだ。

 尻尾が別れて猫又になる、魔女の使い魔、月の精を取り込んで化ける、種類は豊富だ。

 それだけ猫に夢を見ているという事でもある。

 実際の所、うちの<シロ>は鼠なんて狩って来た事はないので本当に狩るかは知らない

 現代で猫が鼠を狩っている姿を見たことがある人なんてあまりいないと思う。

 しかし昔から猫はそう思われ、そしてあやかられ、祈りと共に絵を描かれた。

「鼠除けのお札」に猫が描かれるのはそういう事である。

 

 そして日本で「猫」を祀っている神社は意外な事にそれほど多くはない。

「鼠除けのお札」で有名な神社もその祭神が必ずしも猫に関係する神という訳でもないのだ

 養蚕や稲作に関係する神様、つまり豊穣神の類である事が多い。

 豊穣を齎す神々に「恵みを鼠に奪われないようにしてくれ」と縋ったのかもしれない。

 という事で俺が猫の神を奉らなくても「鼠除けのお札」は描けるのだ。

 <シロ>の肉球印はこの手のお札に付き物の押印の代わりである、しかも可愛い。

 

【星霊神社】で売っている霊的な墨を俺のMAGを込めた水で磨る、

 霊的な紙に猫を描き、覚醒している猫の<シロ>が力を込めた。

 理屈を言えばこれでもう完成したはず、力も籠っている。

 出来たお札を見ながら軽くため息を吐く

 問題はこれ、作ったは良いけどちゃんと効くのかわからないんだよな。

 鼠の立ち入りなんて異界の主の俺が許可をするわけもなく、我が家に鼠はいない。

 効くのかどうかすら確かめようがない、なんか無駄な事をしたような気がしてきた。

 どうすんだよ、何枚も作っちゃったぞ

 思い付きで行動するのは良くないな、そのうち誰かに押し付けて効いたか聞いてみよう。

 効くお札なら誰か使ってくれるだろ。

 迷走してしまった。

 

 墨で汚れた<シロ>の肉球を濡れ布巾で拭う。

「お疲れ、ありがとな」

 頭を撫でると<シロ>はフンと鼻を鳴らしてどこかに行った。

 

 

 今日は色々あったなぁ、こういう普段と違った日は普段と違う所が疲れる気がする。

 風呂で頭を洗いながらそんな事を思った。

 まだ日は沈んでいないような時間だが、今日は寝る前にまだする事がある。

 その為にいつもより少し早く風呂に入って汗を流している。

 休日なんだからもう少しゆっくりして良かったか。

 

「お背中を流しに来ました」

 

 浴室に流れる風と聞き覚えのない女性の声に瞬間、意識が戦闘的になり思考速度が上がる。

 家に知らぬ女性の声、ありえない。

 今の家には<シロ><ユキ>等の鼻が利く仲魔がいる、<ライコー>もいるはず

【探知】持ちの<シオン>も気づけば【テレパス】で即座に俺に伝えるはず

 それを潜り抜けて風呂場までくる、何者だ。

 考える。

 異界に湧いた悪魔、ない、そこまで高レベルの悪魔はまだ湧かないはず

 異界の主である俺がそれを許していないしそんな悪魔が顕現したら俺が分かる。

 低レベルだが尖った能力を持った悪魔なら?

 ない、それなら無防備な姿の俺に声なんて掛けない

 俺からの反射的な攻撃を受けて死ぬ事を考えるはず、そんな事しない

 異界の外から入ってきた敵?外だと?ここは第一支部、【星霊神社】のお膝元だぞ?ない

 外から侵入してきた敵ではない存在?それならこんなタイミングで声は掛けない。

 状態異常?どこからだ?そしてなぜこの幻覚を?

 全てを疑うのは切りがないし意味がない、これだけじゃ何もわからない。

 今はこの敵から情報を取るべきだ、いきなり攻撃じゃないなら会話の余地がある

 単独犯かそうじゃないかだけでも情報を抜かねばならない。

 

 瞬間的に思考し慌てないように振り返る、突然の奇襲でも弱味は見せるべきではない

 落ち着き払って見えるように行動するべきだ、精神的に優位に立たれないように

 そして振り返った先には

 

「にゃはっ!」

 笑顔の<カブソ>がいた。

 

 一気に力が抜ける、声まで変えやがってこの野郎……

 いや幻覚か?確か<カブソ>も化ける話がある妖怪だったはず

「一番風呂貰いにゃ!にゃはははっ」

 ざぶんっと浴槽に飛び込む<カブソ>、こいつは猫なのに風呂が好きな変な奴だ

 多分、川辺にいる猫妖怪【カブソ】だから水が平気なんだと思う。

 妙に満足そうな顔をしているこいつに文句の一つも言わないと気が済まなかった。

 

 

 

 今日の最後の用事までの時間、軽く掲示板を見てから読書をする

 主に悪魔の逸話、伝承絡みの話をひたすら読み込むのだ。

 最近はちょっとした空き時間は掲示板と読書で埋められることが増えてきた。

 悪魔を仲魔にする事が出来るようになった今、これらの情報の重みをより強く感じる。

 どこに悪魔にとっての地雷があり、どこに自分の利益が転がっているか分からないからだ。

 今までもこれらの知識は重要な物であったがそれが一層重くなった。

 元々この手の知識は「オカルト知識」と雑に括られて詰め込まれていたものだ

 ある程度の下地はある為、読むのはそれほど苦にはならない。

 とはいえ悪魔に関連する話は膨大過ぎて広く浅く覚えていても抜けが多い。

 仲魔や身近な悪魔についての話を詰め込むだけでも結構大変だ。

 そういう点で【悪魔召喚プログラム】に付属している【悪魔全書機能】は素晴らしい

 最初は「ただの辞典」と思ったが、悪魔について分かりやすく纏めてある辞典なのだ

 出身、来歴、簡単な逸話程度だったらこれだけで十分事足りる

 戦闘をするだけならこれでも十分だろう、これ以上を求めるなら個別に調べれば良い。

 便利な世の中になったもんだなぁ、とたまに感心している。

 

「ヒーホー!お兄さん、時間だホー!」

 もうそんな時間か、読むのを切り上げて座っていた体を起こした。

 

 <カーシー>の荷車に<ライコー>が準備してくれた物を詰め込み、乗り込む

 フロストが乗って来て横に座る、更にするっと<シロ>が膝の上に乗って来た

 着いてくるつもりのようだ、それが当たり前のような顔をしている、まあいいや。

「<カーシー>、出してくれ」

「進軍開始ー!」

 

 日が落ちかけている、もう夕方だ。

 その中を<カーシー>に牽かれた荷車に乗り妖精の丘を目指して進む。

 涼しい風が吹く。

 重い荷車を牛ほどのサイズの<カーシー>の力で牽いているからか意外と揺れない

 だけど道が傷む気がするな

 妖精たちの収入が思わしくない時は道の整備をさせてもいいかも知れない。

 デコボコしている道に土を埋めて踏み固める感じかな。

 ちょっとした公共事業だ、まあ実態は家の手伝いをさせて小遣いやるだけなんだが。

 そんな事を考えていたら道中で同じように丘に向かう<ピクシー>たちと遭遇した。

 <ピクシー>たちは荷車から一定の間隔を開けて飛んでいる、一緒に行くつもりのようだ

妖精の騎馬行列(Fairy ride)よ!」

 と、ちょっとどや顔をした<ピクシー>が言った。

 そういうつもりなのか

 でもお前ら「ディーナシー」っぽくないし馬なんて一頭もいないじゃないか。

 妖精の騎馬行列は英雄妖精と呼ばれるディーナシーがやるからかっこいいんだぞ。

 

 妖精の丘、その中心部にある藪、西洋ニワトコの木の所まで着いた。

 今日は宴会をするためにこの丘まで来た。

 

 

 

 他の者が地べたに座っている中、自分とその周りだけ絨毯に腰を落ち着かせてるというのは

 少々の気まずさを感じる。

 しかしそれも我慢しなければならない、今回の宴は半分仕事みたいなものだ。

 

 <ピクシー>たちはこの異界に湧いた悪魔たちに「主への服従か死か」を突きつけ

 服従以外を選んだ者たちを一時的に狩り尽くした。

 それは良い、狩られた悪魔たちはマッカと経験値とフォルマになり有効活用された。

 それで終わる話だ

 しかしそれだけで終わらないのが「服従」を選んだ者たちだ

 彼らは俺の仲魔になり、俺の異界の住民という事になる。

 そうであるなら多少の配慮と、そして集団としての実感を得る通過儀礼が必要ではないか。

 そうだ宴会しよう、そんな事を思いついた<ピクシー>がいた。

 受け入れる姿勢の為に、そして仲魔になったという自覚を生む儀式としてぜひ宴会を。

 そんな説明をしてきた。

「宴会をする口実を見つけただけだな」とその話を聞いた時思った。

 とは言えその主張はそこそこ筋が通ったものだ。

 何せ俺もあまり新しい仲魔を見ないから実感もないし、微妙にピンとこない。

 顔見せも兼ねてそういう事をする必要があるだろう

 そういう事になった。

 

 その為に傍目から「なんかあいつ偉そう」と見えるように俺にだけ絨毯があり、

 隣に給仕をするフロスト君がいる。

 俺たちはこの丘の中心であるニワトコの木を背にして、座っている。

 俺の周りに焚火が多いのも挨拶を受ける為と、姿を良く見せるためだ。

 宴会を提案してきたリーダーの<ピクシー>に「じゃあ任せた」と言ったら

 こんな事になってしまった、先ほどは半分仕事と思ったが全部仕事な気がする。

 そして宴会に付き物の食べ物の多くは俺が出す事になった。

 <カーシー>に積んでいた荷物の正体がそれである、<ライコー>に用意してもらった。

 殆ど居酒屋の定番メニューだ、唐揚げだの魚の塩焼きだの各種定番のおつまみ系だの

 ある程度宴会が進めば温かい汁物も出される

 もちろん一回では運びきれない、今も<カーシー>は往復して荷物を運んで来ているはずだ

 大変な事になってしまった。

 

 

 日が完全に沈み月が出てきた、今日は満月だ。

 <ピクシー>の案内であまり見慣れない悪魔たちが続々と集まって来る

 来た順から真ん中の焚火を囲うように座り輪を作る、それが妖精の行う宴会らしく見えた。

 本来、人間は妖精の宴には参加するべきではない、衰弱するまで踊らされたり

 人間の世界とは違った時間が流れていたり、足の指をすり減らして失ったりする

 帰ってこれるならまだ良い方でどこかに連れて行かれるという話もある。

 とは言えこれは俺が主催する宴会だ、連れて行かれるならこの異界でしかない。

 ある意味妖精の宴とは言えないものかもしれないな。

 

 集まって来た悪魔たちを見る、どれも低レベルの悪魔で妖精っぽいのが多い。

 低レベルなのは異界の管理がしっかり出来ている証拠だ

 妖精が多いのは……多分、<ピクシー>たちの影響だろうなぁ

 異界に妖精がちょっと出やすくなっているんだと思う、これは意図しない事だ。

 まあ異界管理の技術はまだ発展途上だ、完璧な管理とは行かないのは分かっているから良い

 別に【天使】が湧いて来たって話じゃない

 手に負える範囲なら変化でも安定でも何でもいいのだ。

 

 

「お兄さん、揃ったホ」

 なら、仕事の時間か。

 宴の開始を告げる乾杯と、その後の挨拶を受けるのが今日の役目だ。

 俺、こういう事しなくて良い自由業なガイアーズしてたはずなんだけどなぁ。

 どうしてこうなったのか。

 そんな余計な考えを捨て、気を取り直してグラスを手に取り立ち上がる。

 緊張しないように周りからの視線を意識しないようにする。

 

「今夜は満月が綺麗な夜だ、この夜に新しく迎えた友たちと過ごせる事を嬉しく思う」

 

 乾杯、と続けようとした、本来はそのつもりだった。

 しかし気づいてしまった、「このグラスは違う」

 俺が手に取ったグラスは普通の、どこにでもあるガラス製のグラスのはずだった、

 それがいったいどうしてこんな()()()()になっている?

 適当に言葉を考え続け、時間を稼ぐ。

 

「今夜、用意させて貰った酒のうちの二つ、林檎酒に使った林檎の世話をしたピクシーに

 そしてニワトコの花の酒を仕込んでくれたホレのおばさんに、まずは感謝を捧げたい

 彼女たちのおかげで今、こうしてこの酒を楽しむ事が出来るのだから」

 

 ああ畜生、考えても仕方ない、それにこれ以上引き延ばすのはちょっと難しいぞ。

 俺はこういう場にあまり出た事がないんだ、すぐには言葉が思いつかない。

 この場は俺のお披露目でもある、流れを乱すわけにはいかない。

 ここは<ピクシー>たちを信じて飲むべきだ!

 

「新しき友に、乾杯!」

 かんぱーい!後に続く声を背景に黄金の杯に入っていた酒を飲み込んだ。

 霊基に力が注がれたのを感じる、だが悪い物ではない。

 こうして妖精の宴(Fairy revel)が始まった。

 

 

 ふう、と何事もなかった事に安堵の息を吐く俺にフロスト君が心配して

「どうしたホ?」と聞いてきた。

「気づかなかったか?」

「ホ?」

「いや、良い」

 手の中にあった黄金の杯はいつの間にかなくなっていた。

 

 欧州に数多存在する民話において一つの宝物が登場する類の話がある。

 その宝物は「妖精の杯(Fairy cup)」という品物だ。

 この妖精の杯と出会う経緯自体は複数のパターンが存在していて語っても切りがない

 今回の俺のように宴で出てきた物、丘の上で「喉が渇いた」と叫べば持って来られた物

 同じ所をぐるぐる周回する馬車を眺める妖精に出会い、飲めと出された物、様々ある。

 その妖精の杯が登場する民話において典型的な展開がある。

 妖精の杯をどうにかして盗む不届き者が出てくる展開だ。

 俺は不届き者と思ったが民話の中ではその不届き者たちが主役であり、幸運に与る事が多い

 彼らはふとした拍子に出会った妖精の杯に心奪われ、時には飲まずに中身を捨てて

 時には馬に飛び乗りて、追いかけられながらも辛くも逃げ切り妖精の杯を盗む事に成功する

 その妖精の杯は黄金製であったり銀製であったり、角杯であったりする

 大体は「高価なものを盗んでやったぜ!良かった良かった」エンドになるが

「この杯があるうちは〇〇家は幸運に与れるだろう」という預言をされたり

「素晴らしい物を手に入れたから主君に献上しました」という落ちになったりもする。

 妖精に返してくれ、と言われて返す展開もあるが、そうはならなかったものもある。

 そういう品物だ。

 俺が一言分の時間を稼いで悩んでいたのは何も彼らに肖って盗もうと思ったからではない。

「妖精の杯」が出てくる話の「中身を捨てるパターン」において

 捨てた事が正解だった、とする表現として出された飲み物が毒薬というパターンがあるのだ

 その描写においては「零れた液体が掛かった馬の毛がたちまち抜け落ちた」とする

 一瞬その事が頭によぎり、咄嗟に飲む事が出来なかった

 身体に異常はない、大丈夫だ、考えすぎだったな。

 知る事でかえって悩む事もある、それを変な所で思い知らされた感じだ。

 

「それともあれはプーカの黄金の杯だったのか」

【プーカ】は【ピクシー】の原型とも言える悪魔だ、その可能性は十分ある。

 この杯の場合は奪ったのではなくプーカからの贈り物だ。

 その杯で飲んだ農夫はその後、幸運に恵まれた人生を送ったという。

 だとしたらやはり何も考えずに信じて飲むべきだったか、いやそれはちょっと難しいか

 それに何事もなかったんだから、良いだろ。

 

 

 宴を眺める、<ピクシー>含む妖精たちが小さな輪を作って踊っている

 その中には精霊【シルフ】に悪魔変化した<シオン>の姿があった。

 疑似異界を異界に変えた日、中々帰ってこないなぁと心配していたら

 精霊シルフになって帰って来たのだ、シルフになった理由は分からない。

 ただシルフになって以降、<ピクシー>たちと遊んでいる姿を見かけるようになったので

 本人的には良い変化だったんじゃないかと思っている。

 <ピクシー>と同じく羽が生えている小人の少女だから親近感を持たれたのかもしれない。

 緑色をした少し際どい服装をした羽が生えている小人の少女、それが【シルフ】だ。

 見た目が大きく変わる変化は初めてだったから少し戸惑った、

【アガシオン】の指輪に入って来た事でようやく<シオン>だという実感が湧いたくらいだ

【アガシオン】の時と変わらず指輪に宿るつもりらしい。

 スキル的には、耐性面が衝撃耐性と破魔無効を獲得、スキル【トラポート】を覚えた。

 戦闘力的にも中々良い変化だったと思う、破魔無効は嬉しい。

 悪魔変化して弱くなる事の方がレアケースらしいので順当に強くなったと思っていい。

 その<シオン>が<ピクシー>たちの輪に加わり手を繋いでくるくる踊っている。

 こういう平和的な姿を見ると少し安心する、戦いばかりが人生じゃない。

 

 この宴の参加者は別に踊っているだけと言う訳ではない。

 酒がある席なのだ、当然のように酒を飲み、つまみを食べている。

 食べ物で特に人気があるのが持ち込んだチーズ類のようだ、

 妖精の好物として伝わる物にバターとチーズがある、

 だからチーズを少し多めに持ち込んだのだが人気があるようで良かった。

 考えてみればこの異界では酪農関係はやっていないからこの手の物は中々手に入らない

 外から購入するしかないのだ。

 こういうのでやる気を出して<ピクシー>たちは頑張って働いたのかもしれない。

 

 踊っている姿を眺めながらグラスに入っているお酒を飲む、林檎から作った酒シードルだ

 グラスに注ぐ前に瓶ごとフロスト君が冷やしてくれたおかげで冷たくて飲みやすい。

 弱い発泡性の酒で少し甘かった。

 これは覚醒者にとっては【酔える酒】ではないため普通の飲み物と大して変わらない。

 人間離れしてしまった覚醒者は酔うのもそこそこ大変なのだ。

 とは言えこの酒自体それほど強くない為、覚醒者じゃなくても酔う事はなかっただろう。

 一応【酔える酒】も持って来たが俺が飲む予定はない、酔って失敗したくない。

 この林檎酒は<ピクシー>が作った林檎を使って作ったものだ。

 その林檎を潰して絞り、濾した果汁を樽に詰めて

【造酒】関係のスキルを持っている【俺たち】に頼んだ、いきなり目の前で酒になった。

 酒造りは人の営みに長く関わって来た文化であるからそういう権能を持った神や悪魔は多い

 そういう悪魔から加護を貰い、あるいは式神が貰った【俺たち】

 これが結構いる。

 結構いるため複数の酒蔵が建ち、客の奪い合いをしているレベルだそうな。

 長年、終末を見据え動いて来た【ガイア連合】の余裕はこういう所で現れている

 今のこの世界で覚醒者を酒造りに回せる勢力がいったいいくつあるだろうか

 こうやって酒の味を楽しめる余裕が平和の味なのかもしれない

 

 

「お兄さん、そろそろホー」

 宴の開始の音頭は取った、その次の仕事が控えている。

「最初に来るのは【エルフ】ホ。

 すんなり降伏したし、鏃を作るのを手伝った協力的な悪魔ホー

 お手柔らかに迎えて欲しいホ」

 フロスト君の役割はこうして俺に直前に説明するのも含まれている

 あらかじめ聞いていてもちゃんと覚えられるか怪しいからありがたい。

 この宴会で俺に挨拶する悪魔はこの異界にいるその種族を代表して、という形になる。

 全員から挨拶を受けるわけではない。

 アナライズでの解析結果を見る、レベル13の【エルフ】か。

 

 リーダーをしている<ピクシー>が連れてきたようだ、

 この<ピクシー>は他のピクシーよりちょっと賢そうな顔をしているからわかりやすい。

 特に協力的な悪魔だからリーダーの<ピクシー>が案内してきた、そう解釈するべきかな

 なんだか緩く序列が生まれている気がする。

 

 <ピクシー>が<エルフ>を俺に紹介する。

「この者、主様の徳を慕い服う(まつらう)者となりました者の一人でございます

 この機会にぜひ主様にお目通りを願いたく

 勝手ながらお酌をさせていただきに参りました」

「で、あるか」

 こういう時、なんて言ったら良いの?俺知らないんだけど?誰か教えて?

 困って、つい<ピクシー>の顔を見る、ニコリと微笑まれてから顔を伏せられた、ダメか。

 よく見るとちょっと<エルフ>は震えている、さっさと酌してもらって帰してやろう。

 <エルフ>は耳がちょっと長いだけの顔立ちが整った女性だ、白い服を着ている。

 見た目の人外度が低い為、こんな風に怯えられるとなんとも言えない気持ちになる。

 早く終えたい、居心地が悪い。

「では頼めるかな?」

「はっはい、お注ぎさせていっいただきます」

 そこまで緊張しなくても……

 注いでくれたお酒を一口飲んでから言う。

「ありがとう、ピクシーたちから話は聞いている、鏃の製作を手伝ってくれたらしいな?

 その気持ちを嬉しく思っている、今後とも頼む

 何か困った事があればそこの<ピクシー>に相談してくれ」

 コクコク頷く<エルフ>、最後に彼女が楽になれる言葉を掛けてやった

「下がって良い、宴を楽しんでくれ

 <ピクシー>は少し残れ」

 

 うん、ちゃんと背中があるタイプの【エルフ】のようだ。

 背中が腐った木の洞のようになっているエルフ像からの【エルフ】ではなかった、安心した

 ふらつく足で下がる<エルフ>の様子を見ながら<ピクシー>に聞く。

「なあ、なんであんなに怯えてたんだ?お前が何かやったのか?」

「知らないわよ、レベル差でビビっただけじゃないかしら?」

 あー、俺、<シロ>、フロストがいる場は辛いか。

 土の上は嫌なのか宴会が始まってから絨毯の範囲から出ない<シロ>を見る。

「……せめて<シロ>は下がらせた方が良いかな?」

「舐められるよりは怯えられる方がずっと良いわよ?」

 じゃあこのままで良いか

 

 その後、ピクシーたちから「私が捕まえたの!」と【ケットシー】を自慢されたり

「友達が出来た」と【チョウケシン】を紹介されたり

「変な犬居た!」と尻尾を掴まれた【マメダヌキ】が引っ張り出されたり

「畑のカボチャがこいつになった、迷惑!」と【ジャックランタン】を紹介されたりした。

 そして改めて【ピクシー】も紹介された、この異界から湧いた【ピクシー】だ。

 上手く馴染めているようで良かった。

 しかし微妙に統一感がない連中だな、今後何が湧くのか読めない。

 従わずに狩られた悪魔たちの事も考えればなおさらだ。

 

 

 紹介の列が途切れた、あとは最後の一名を残すのみだ。

 それはもう少し先になるはず、一息入れよう。

「フロスト君、そこの林檎を取ってくれ」

「ホー」

 ありがと、林檎の切り身を一切れ食べる、瑞々しくて甘くて美味しい。

 林檎はこういうシャクシャクしてるのが良いよな。

 そんな事を思いながら食べていたら少し思い出した話が有った。

 

 現在、日本で売られている「海外産」の果物類はその多くが、

 具体的には八割近くが悪魔が日本国内の異界を借りて生産した「悪魔産」だ。

「異界産」とも言われている、この辺りはまだ用語が統一されていない。

 異界を借りている悪魔、これは所謂【外様】の事だけを指すわけではない。

 海外に領地を持つ悪魔勢力も日本の異界を借りて様々な用途に使っているのだ。

 その用途の一つが食料等を生産しての納品だ、良い稼ぎになるらしく人気があるらしい。

 そして残った二割のうちそこそこの割合が【半終末】前に大量に購入し保管していた物で

 これはそろそろ無くなる見込みだ。

 残りは混じりっけなしの「海外貿易」でやって来た果物である。

 ただし生産者は悪魔だ、まあ当たり前ともいえる。

 徐々に判明しつつある海外の情勢はおおよそ地獄と言って構わない。

 都市部では呪術プログラムと化した【天使召喚プログラム】が周囲の命を無理やり奪って

 過激派天使を顕現させ、過激派天使が都市部の「浄化」を図る。

 人々の不安と恐怖と苦痛を苗床にして野良の悪魔が顔を出し、災害のように人を襲う。

 そして社会インフラの多くは多少の地域差を生みつつ崩壊を迎え、それに伴う死者を出す。

 核兵器による被害を受けつつも生き残っていた国々は一部の例外を除いて

 メシア教のシェルター内の人間が存在すると言い張る臨時政府を名残とするのみとなった。

 そんな有様になっている、これが程度の差こそあれ世界中で起こっている現象だ。

 人々が真っ当な労働と自然の恵みによって果実を得られる世界は、既に終わっていた。

 

 <ピクシー>たちが趣味で育てている林檎等の果物類、

 これはマッカに換算すれば大した金額になる物ではない

 霊的な作物では無い為どこまで行っても「普通の果物」でしかないからだ。

 しかしその「大した金額ではない」という状況がいつまで続くかなんて誰にも分からない。

 金額的に高価でないからと言って価値がないと言う訳でもない。

 終末後の豊かな食生活の為にこういうのは維持しておくべきだろう。

 マッカ収入にならなくても、褒め、感謝し、労い、報酬を出すべきだ、推奨してもいい。

 リーダーピクシーにそれとなく妖精たちの取り分をどういう分配にしているのか聞くべきか

 いや、まずは俺が直接報酬を与えるか、名目は「林檎が美味しかった」あたりにして……

 まあそういう事は後で考えよう、今はする事がある。

 

 

 

 力ある物と見做された物の多くは正の側面と負の側面、その両方を見出されることが多い

 エルフの矢が呪術に使われる一方、呪い除けに使われたように

 猫が鼠除けとしてありがたがれる一方、魔女の使い魔や魂を吸う生き物と見られたように

 これは素晴らしい物だ!と褒め称える一方でそこに暗い所を探し出すのか

 邪悪な物だ!と忌み嫌う一方でその力に憧れるのか、それは分からない。

 人というのはとにかくひねくれ者が多い、その程度の話なのかもしれない。

 

 西洋ニワトコ、という木は欧州においてそこそこ以上に文化的な重みがある木であるらしい

 最大に育っても高さが10メートル行かない程度の、実際はその半分程度に育てば良い位で

 枝はさほど太くなく、実は大きくもなく甘くもない、そんな灌木だ。

 欧州の、特に北欧からドイツ、イギリスに掛けての国々はそんな木を特別視した。

 葉も花も幹も根も全ての部位が薬になり「庶民の薬箱」としてありがたがれた。

 白く咲く花は夏の始まりを告げ、実りは秋を告げ、その実りの味は冬の味となった。

 花を摘んでハーブドリンクを作り子供たちの風邪薬となり、更に酒にもなった。

 悪霊や病を遠ざける魔除けの力があると言われ花を揚げ物にして食べた。

 そうした理由で西洋ニワトコはよく庭先に植えられたという。

 このありがたい西洋ニワトコに人は魔を見出した。

 

 それはイスカリオテのユダが首を吊った木だと言われた

 それは救世主を処した時に使った十字架の材料だと言われた

 その茂みには魔女が集まると言われ、その枝は魔女の杖に使う物だと言われた。

 その木を傷つけた者は復讐されると言われた。

 その木が萎れた時は家族の誰かが死ぬと言われた。

 その木には妖精の王とその取り巻きたちが集まると言われた。

 そしてその木を使った揺り籠に置かれた子供たちは妖精に抓られて痣だらけになると言われ

 ドイツでは「ホレのおばさん」に連れて行かれると言われる。

 

 西洋ニワトコのドイツにおいての名は「ホルンダー」

「ホレのおばさんの木」と呼ばれる。

 ドイツではニワトコの木にはホレのおばさんが宿っていると言われていたのだ。

 グリム童話にも一つ、このおばさんが登場する話が収録されている。

 働き者の少女に黄金を与え、怠け者の少女にコールタールをぶっかける話だ。

 嫌な婆さんだな、と率直に思う。

 そしてホレのおばさんは俺の異界にある妖精の丘、その中央に生えているニワトコの木

 そこに宿った「ニワトコの木の精」の名前でもある。

 木の精、つまり悪魔だ。

 

 

 なんとまあ、ビッグネームが勝手に宿ったものだ。

 そんなぼやきを飲み込む。

 だってグリム童話のキャラだぞ、まあ民話とグリム童話だと違うし

 このおばさんがどっちの面が強いのかもわからないが。

 うちの異界にはコウノトリはいないんだがな……

 コウノトリが赤ちゃんを運んでくる、という伝説はホレのおばさんに由来する。

 

 それにしても向こうの人たちは西洋ニワトコに思い入れがありすぎる、設定過多も良い所だ

 最初は身近な事から日本における「桜」と同じような扱いの木なのかな?と思ったのだが

 どうにも違う雰囲気がある。

 日本における桜、これはもうありがたがる一方なのだ

「桜の木の下には死体が~」なんて物語もあるがあれは桜の美しさを謳う物でしかない

 日本人にとって桜とは良い面が強調される木だった。

 桜はとにかくその美しさを謳われる。

 その土壌になったのが桜が「農家にとって特別な物」であった事だ。

 桜の開花は田植えの時期を告げる、それだけで桜は日本の文化に深く根を下ろした

 桜の女神であり【クシナダヒメ】様の叔母であらせられる「コノハナノサクヤビメ」に

 酒解子神(さかとけのかみ)の別名が与えられ「日本で最初に米の酒を作った」

 というエピソードがあるのはそういう繋がりからだと思う。

 桜と稲は関連性を持たれ、その米から生まれた酒に桜の神が結びつけられた。

 田と稲を通じて桜の木は特別な物となったのだ。

 日本人の、とりわけ近代まで人口の大多数を占めていた農家の人たちは

 桜の花を見て春を感じ、これからの仕事を思い、その年の実りに思いを馳せたのだろう。

 俺はそう思う。

 このような農作業の目安となる木の事を「農諺木(のうげんぼく)」と呼ぶ。

 そして田植えの時期を告げる桜はヤマザクラで、今日一般的なソメイヨシノではない

 違う植物なのだから今はもう田植えの時期を告げる花としてはずれてる

 しかしそれは大きな影響は与えなかったようだ。

 日本の文化に深く根を下ろした桜は実用性を失っても、その美しさから今も生きている。

 

 では、西洋ニワトコはなぜ欧州でそうはならなかったのか

 長く寒い冬を耐え忍び、まだ寒さが残る春を乗り越え、待ち望んだ夏を迎える花

 また小麦を食べる所では初夏は収穫の季節、実りの季節でもあるはずである

 冬小麦は初夏から夏が終わるまでに収穫をするものだからだ。

 収穫の時期に咲く花は田植えの時期を報せる花と比べてそう劣る物ではないはずだ

 なのに何故、西洋ニワトコには負の側面が強く浮かび上がるのか。

 その答えは西洋ニワトコの葉が11月、つまり冬の到来と同じ時期に落ちる事

 毒性があるため完全に熟さないと食べられない実が、同じく11月頃に熟す事

 この二つが関係するように思える。

 この二つがあるから「冬を告げる木」というイメージを持たれたのではないか?

 ニワトコの木から葉が落ち、実が熟す頃には冬がやってくるのだ。

 そして寒く厳しい冬の訪れは心地良い物ではない。

 彼らはニワトコの木をありがたがると同時に冬を思わせる厭わしい物として捉えたのでは?

 そう思った。

 俺は彼らと違う文化圏に住む人間だ、あまり詳しくない、全て妄想でしかないが……。

 

 ドイツの民話において「ホレのおばさん」の話のいくつかは冬を背景にして語られる。

 

 

「ホレのおばさんは働き者が好きなんだホ」

 そう俺に語ってくれているフロスト君の話を聞く

「働き者が好きで怠け者を叱って、

 ホレのおばさんが冬に布団を叩くと雪が降るって言うホ

 おいらたちの仲間みたいなものだホ!」

 布団叩かないで欲しいなぁ、雪は見る分には良いけど寒いのは好きじゃない、滑るのもだ。

 しかし改めて聞くと妖精みたいな悪魔だな、怠け者が好きなんて伝わる妖精は聞かない

 ヒーホーが仲間みたいなものって言うのも納得だ。

「だから、クリスマスから12日間くらい各家庭を覗き見て、

 ちゃんと働いていた女の人や子供にはお小遣いをあげて」

 うん

「怠け者には腹を切り裂いて内臓を引っこ抜いて

 代わりに石と藁を詰めて井戸に沈めるって言うホ!」

 悪魔だわ。

 

 ホレのおばさんとの挨拶は和やかに進んだ。

 ホレのおばさんの見た目はローブを被った老婆だった、杖を持っていて

 笑うと突き出た大きな歯が見える。

 <シロ>を撫でる手付きに迷いがない、猫を撫でるのに慣れている手付きだった、やるな。

 この、いかにも魔女らしい見た目の悪魔はそれを肯定するかのように

 アナライズの結果がレベル15の鬼女【ハッグ】だった、それ以外は文字化けで読めない。

 多分、文字化けの原因は【悪魔全書】に登録されていない悪魔だからだ。

 登録されていない悪魔をアナライズすると、無理やり近い物を表示するか文字化けする

 もしくはその両方だと言われている。

【ハッグ】という悪魔、これは特定の逸話がある悪魔ではなく、

 例えば、小さくて羽が生えている妖精を指してフェアリーと呼ぶのに近い。

 怪しい老婆で魔女なら【ハッグ】だ、その程度の属性である。

 英語圏ではこれが転じて「魅力的でない年上の女性」をハッグと呼ぶようになったらしい。

 日本語にすると「鬼婆」くらいのニュアンスになると思う、多分だけど。

 鬼女【ハッグ】ではホレのおばさんという存在の説明にはならない気がするが、

 まあいいや、そこは拘る所ではないだろ、俺は拘らない。

 

「<ピクシー>たちが世話になっていると聞いた。

 感謝している、ありがとう」

 

 このホレのおばさんが木に宿ってから割とすぐ<ピクシー>たちの話題に上がっていた

 その中に俺もお裾分けで貰っているドリンクの素の話もあったし

 それ以外にもお洒落に目覚めたとある<ピクシー>が自分用に(人形用の)服を買い、

 微妙に合わないのをこのホレのおばさんにお直ししてもらった、というのがあった。

 <ピクシー>の衣類に関しては俺ではどうにもできない

 妖精には「服を贈ったら去って行った」という伝承が複数あるからだ。

 もし、それをきっかけに去って行ったら、と思うと気軽に触れられない品だった。

 だから感謝しているというのは世辞ではない。

 

「良いんだよ、ここの娘っ子たちは洗礼を受けていない子だからね、私の管轄さね」

 そう言ってくれると気が楽になる。

 そしてホレのおばさんはこちらを覗き込むように言った

「だけどもし私に感謝をしているというのなら

 私のささやかな願いを聞いてくれるかい?」

 ホレのおばさんの声は嗄れていて、声まで魔女らしい。

「内容によるな」

「そうかい、なに難しい話じゃないんだよ。

 この異界に畑を一つ作らせて欲しいだけさ」

 畑?

 少し予想外な話の流れに戸惑う、ホレのおばさんで何か農作物と関係する話があったか?

「あの娘っ子たちに糸紡ぎと機織りを仕込むのさ、その為の繊維が欲しくてねぇ

 全く信じられないよ、女の子なのに糸一つ紡いだことが無いってのはさ!」

 なんという時代錯誤

 糸紡ぎが女性の象徴だったのは大昔の話なんだが……

 産業革命の結果、糸紡ぎの地位は暴落し身近な手仕事としての地位は針仕事や刺繍に奪われ

 今ではその針仕事も刺繍もそれほど重い地位にはない。

 糸紡ぎをしている女性の姿はかつては女性や家庭の象徴として扱われる題材ですらあった

 それはもう昔の話だ。

「そういう訳で畑が欲しいのさ。

 なに、畑の世話も娘っ子たちにやらせるから心配しなくて良いさね」

「畑を作るのが構わないが、仕込むのは希望者だけにしてくれよ」

 糸紡ぎは女性の象徴だったが同時にそれは日常的な労働の代表みたいな物でもあった。

 人の生活には結構な量の布を必要として、それを織るのには大量の糸が必要になる。

 その糸を紡ぐ事に大変な根気が必要とされた。

 紡績技術の発展の歴史はそこから多くの女性を解放した歴史という側面を持つ。

 あまり楽な仕事とも<ピクシー>に向いてる仕事とも思えない。

「それは大丈夫さ、実はその希望者はもう確保しているんだよ」

 そして俺の方を見てニヤっと歯を剥き出しにして笑い

「私もあんたに税を納めようじゃないか。

 織物と、そうさね、そのうちあんたの着る物を何か仕立ててやろう

 霊装の邪魔にならないのが良いね」

 喜んでいいんだよ!ひひひと笑うホレのおばさん。

 実に魔女っぽい笑い方だった。

 

「それで畑には何を植えるんだ?」

「この【ホレのおばさん】が紡ぎ、織るなら「亜麻」と相場が決まっているのさ」

 その後、少ししてこの宴会はお開きになった

 

 

 宴が終わり丘の上のごみを片付け、カーシーの荷車に詰め込みながら少し周りを窺う

 もう妖精が踊った跡にはキノコがにょきにょき生えていた。

 これは食べれるキノコかどうかわからないので手が出せない。

「どうしたホ?」

 一緒に掃除をしていたヒーホー君が聞いて来た。

「いや、ちょっと思い出した話があってな」

 デンマークだかイギリスだかの話でこんな話があった

 ニワトコの木の下では妖精の王とその取り巻きを見かけるというのだ。

 その事を思い出した。

 時期が最初の冬の日だったり真夏の日だったりしてはっきりしないが

 まあ異界の中で日付はあんまり気にしなくていいだろ。

「今回集まった妖精たちの中にひょっこり妖精の王が紛れていたりしないかなと思ってな」

 妖精の王って言ったらオベロンかな、それっぽいのはいなかったよなぁ

 こんな感じの宴会を度々やってたらそのうち生えて来ないだろうか

 そんな事を言ったらヒーホーに

「この異界では絶対に生えて来ないと思うホー」

 と言われた、残念だ。

 

 

 

「とまあ、ここしばらくはこんな感じで過ごしてました」

「納得いかない!私が仲魔候補と仁義なき戦いをしている間に

 そんなほのぼの生活していたなんて!私なんてトウビョウしか仲魔増えてないのに!」

 そんな事を一息で言って日本酒をがーっと一気飲みする聖女ちゃん。

 この人のこの姿を見るのも久しぶりな気がする。

 仁義ないのか。

 今日は近況報告を兼ねた飲み会だがどうも聖女ちゃんの方は思わしくなかったらしい。

「いやほのぼのしてるのは休日くらいで、普段は異界でレベリングですよ?」

 最近はフロスト君も連携に慣れてきたしずいぶんレベルも上がって来た

 やっぱ身近に成果や目標があるとやる気が上がるな。

 聖女ちゃんは目が座った状態でハイペースに酒を飲んでる。

 よっぽどストレス的な物を溜め込んでいたようだ、人の話を聞いていない。

「源氏くんは上手くやってていいなー

 もうこうなったら【デビオク】に頼ろうかなー

 あれは気軽に契約破棄からの戦闘出来そうにないから外れ引いた時が怖いのよねー」

 本当に仁義なさそうな事言ってる……

 大丈夫かな?色々と

 聖女ちゃんはもうちょっと仲魔探しするようだ。

 




主人公、【妖精の祝福】を習得 MAG回復速度が上がる
※効果は当作品オリジナル 原作のは強すぎて困る
主人公、租庸調を納められる


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第二部15話

聖女ちゃんに近況報告をしてから数日後、聖女ちゃんは野良の悪魔交渉を諦めてしまった。

とにかく見た目で悪魔に舐められるのが気に食わないし、

契約を結んでも性格的に合わなくて解除する事が多いんだそうだ。

かと言って【デビオク】は運用したばかりでまだまだ不安、出来れば暫くは避けたい。

そして俺に「源氏くんの異界の悪魔、紹介して」と泣きついて来た。

紹介、紹介かぁと少し悩み、いくらかの寂しさと微妙な不安を覚えつつも

最近はほぼ同じPTとして活動する聖女ちゃんだし、まあそんなに変な事にはならないか

と思い、条件を付けさせて貰ってから我が家に招いてうちの子たちを紹介した。

志願する者がいれば契約を結び聖女ちゃんの仲魔になる、そのつもりだった。

そのつもりだったが、ダメだった。

聖女ちゃんの話を聞いてる途中で<ピクシー>たちは遊びだし、

<ケットシー>たちは毛繕いをしてそっぽを向き、

<エルフ>たちは困った顔をしてこちらを見てきた。

それ以外の子たちはそもそも話を聞きに集まりもしなかった。

 

条件的には【デビオク】の物と大差はない。

基本的な契約はそのままで違いは【デビオク】の相場から手数料分を割り引いた契約金と

契約解除する場合はうちの異界に帰してもらう事、それくらいだ。

それほど悪くはないはずなんだが……。

むむむ、と少し考えたがわからなかった。

しょうがない、悪魔の事は悪魔に聞くのが早い。

 

<シロ>の仲魔である<ケットシー>に聞いてみた

「せっかく居心地の良い場所にいるんですしね。

そこからわざわざ動きたいと思う者はそうはいなかったという事です」

 

とある<ピクシー>が言う。

「甘いのも遊ぶ場所も宴もないんじゃ、ろーどーかんきょうの悪化よ!

強くなれても楽しくないんじゃ意味ないじゃない!」

なるほど、高給に釣られて転職したら給与以外の待遇や職場環境が悪かった、みたいな

そんなのはごめんって事か、理解できる。

 

そしてそれを聞いた聖女ちゃんが言う

「あの、流石に自分の異界持ってるような源氏くんと比較されても困るんだけど……」

じゃあどうするよ、聖女ちゃんと顔を見合わせてしまった。

 

 

そんなこんなで、聖女ちゃんにうちの子たちを貸し出し

何日かしたら契約は終了、その子たちは我が家に帰ってくる、そんな契約内容となった

聖女ちゃんがまた借りたくなって、そして行きたい子がいれば再度契約される事になる

出張しているだけで所属はあくまで<源氏邸>という訳だ。

ちょっと働きに出るだけなら我慢できる、そういう意見が出たからだ。

こんな超短期間の契約であるから契約金はなし、扱いもある程度決まった

強くなりたい子が聖女ちゃんを手伝う、聖女ちゃんは借りてる間の維持費を持つ

そして手伝った子たちは戦闘によって経験値とMAGを得る、そういう事になる。

仲魔が維持費向こう持ちで手間いらずで強くなる俺ばかり得している気がする

多分、聖女ちゃんが【デビオク】を利用するようになったら自然解消されて

これはその間の繋ぎという事になると思う。

片方ばかり得するようなやり方は長続きしないものだ。

聖女ちゃんは【ドルミナー】持ちの<エルフ>一人と<マメダヌキ>一匹を借りて行った。

<マメダヌキ>はいつか【フリフリウォール】を覚える事を期待しての事らしい。

 

このやり方は「寄騎」と呼ばれるようになる。

歴史用語的に微妙に間違ってる気がする、ちなみに命名者は聖女ちゃんだ。

 

 

 

聖女ちゃんにうちの子を貸すようになって

そしてまた一緒にレベル上げするようになって少しした程度の頃の話である

その日もいつものように異界を攻略し、家でごろごろしていた。

やはり【半終末】になってから異界が湧くのがはっきりと増えた気がする

レベルが上がる速度が目に見えて早くなった、異界ボスの討伐は経験値効率が良いからだ。

最近ではフロスト君が悪魔変化してより強い悪魔になり

<カブソ>もなんでそんなのを覚えたのか分からないが良いスキルも覚えた。

順調と言って良いだろう。

最近のPT編成では【悪魔召喚プログラム】の枠は

フロスト+カブソ+αと言った感じになっていて

このαが荷物持ちだったり希望者だったり行く予定の異界次第で変わったりする

変わるがだんだん安定して来た。

枠内で火力として頼りになるのはフロスト君だけであるが、それで十分だ。

そのフロスト君の成長に従い、少し思うところが出来た。

戦い方が安定、しすぎている事に対する漠然とした不安である。

 

 

今の俺のPT編成と戦い方は基本的にはこうなっている。

俺 回復役 アイテム係 指揮官

ライコー 俺の護衛、強個体or魔法に強い敵が出た時はメインアタッカー

シロ、シオン、ユキ、フロスト 魔法による遠距離アタッカー バフデバフ等

それ以外 その他

 

<シオン>が偵察し【アナライズアプリ】によって敵の情報を得て、

その情報から攻撃方法を選び、一斉攻撃による殲滅

生き残った敵の数に応じて<ライコー>がチャージ済みの【利剣乱舞】か

【ブレイブザッパー】でぶん殴る。

事前準備としてバフ等、色々する事もあるがこんな感じだ。

 

【ブレイブザッパー】はスキルカードでの習得で久々のガチャの大当たり景品だった

単体高威力物理スキルで中々強くて満足している。

 

 

異界ボスですらこのやり方で順当に撃破している

このやり方、と言っても普通に魔法攻撃出来る仲魔が攻撃して、それで勝てるなら勝ち。

<ライコー>が出る必要があれば出るだけだからそんな大層な話ではない。

単なる平押しだ。

そしてフロストのレベルが上がり火力面で頼りになるようになったことで

もう俺自身のレベル上げに使えるような異界でも十分な戦力になるようにもなった。

PTの遠距離魔法攻撃の属性が衝撃、電撃、神経、火炎、呪殺、氷結と多種になった事で

大体の敵に刺さるようになった事も大きい。

特定の属性が刺さらなくても<シロ>なら【マカジャマオン】による敵のスキルの封印

<シオン>なら各種バフデバフ、<ユキ>なら【マリンカリン】や【エナジードレイン】等

他にやれる事もある為、まったくの遊兵化する事も無力化する事もまずない。

戦力が安定した良い編成になって来たと思う。

これに聖女ちゃんとそのシキガミ、アガシオン、新顔の【トウビョウ】等も加われば

更に攻撃属性の幅もそして手数が増えることを思えばなおさらだ

 

しかし前述したように自分には少しの不安があった。

戦い方が安定して来たのではなくワンパターンなだけではないか?

それで勝てる相手に勝ってるだけで、何か予想外の事があったり強敵と遭遇したら、

そうなった時でも落ち着いて態勢を立て直し勝ち切ることが出来るのか?

メッキが剥がれ落ちて弱い地金が露わになるのではないか?

そんな事を思ったのだ。

別に今まで楽な敵ばかりと戦って来た訳ではないのだが

しかし勝つ見込みが十分以上にある相手を選んで戦って来たのもまた事実で……。

贅沢な悩み、もしくは臆病風の一言で終わる話かもしれない。

 

 

「って思うんだけどどうかな」

<ライコー>の部屋で膝枕されながらそんな会話をする。

頭を撫でる手の温もりが心地良い、何となく今日は甘えたい気分だった。

「そうですね……」

<ライコー>は俺の頭を撫でる手を一旦止めて少し考えてから続ける。

「戦力に不足を感じている、もしくは増えている実感がない。

そういう話ではありませんよね?」

頷く

そう言った事ではない、前者は上を見上げ過ぎれば今更な世界でそれこそ今更だ。

後者はその逆に今まで一度も感じた事がない感覚だった。

 

【俺たち】、そして【ガイア連合】の人たちは支部に置かれているアナライズ付きの式神で

そして今ではもっと楽に【COMP】のアプリで常にスペックの確認ができる。

レベルが1でも上がればそれは確実な成長だ

自らのスペックが上がったのかどうかわからないというような事は絶対にない

これは自分の戦力把握の為に必要な事でもあったが、それと同時に、

レベル上げをしている【俺たち】のモチベーションにも大きく関わる物でもあった

痛みや怪我を伴う戦闘を乗り越えて得られた、誰にも否定できない確かな成果の一つ

レベルとはそういう物でもあるのだ。

これがあるかないかではずいぶん違ったと思う。

それまでの努力の結果が容易に可視化出来る

思えばこれだけでもある種のアスリートからは垂涎物の環境かもしれない。

 

俺が欲しいのは、きちんと自分の戦力を有効に扱えているという自信

あるいはその真逆の、扱えていないという事実の確認だ。

 

再び俺の頭を撫でながら<ライコー>は言う。

「そうであればやはり経験を積むしかないのではないでしょうか

足りない何かを見つめ直す為にも、自信を持って戦えるようになるにも

自身の経験に勝る物はないでしょう?」

やっぱりそういう事になるかぁ

そういう事になった。

 

 

 

「鍛練場」

【ガイア連合】のある程度以上の規模の支部には大体置かれている施設だ。

主な用途は模擬戦である。

外から見れば小中学校の体育館を大きくした建物程度にしか見えないが

中は空間が歪められていて異常に広く、覚醒者や悪魔の攻撃にも耐えられる強度を持つ。

広いのは範囲攻撃等も模擬戦で使用できるようにするため、

強度は当然それらから耐えられるように作られた。

時にはショタオジや戦闘に向いた【幹部】たちもそこを利用しているというだけで

その強度等は察せられようというものだ。

内部は複数のコートで区切られていて複数のPTが一度に利用することが出来る。

俺はあまり利用してなかった施設だ、人によって利用頻度が極端に変わる施設でもある

 

今日は【ガイア連合山梨第二支部】の鍛錬場に足を運んだ。

 

 

鍛錬場内はざわざわとした声こそ聞こえるが戦闘音は聞こえない

遠目にも爆発してる姿や刀剣をぶつけ合っている姿が見えるのに

それによって発生する音が一切聞こえて来ないというのは多少の違和感を覚えさせられた。

他の利用者の邪魔にならないように区画ごとで一定以上の大きさの音を消していると聞く。

遠くに見える音のない戦闘に奇妙な物を感じながら、鍛錬場の区画の一つで人を待った。

 

【俺たち】はぼっちに優しい、そういう人多いのかな

人を待ちながらそんな大変失礼な事を思う。

鍛錬場のシステムの説明は事前に読んでから来たが実際に使う段階になると少し感心する。

鍛錬場の用途は模擬戦であるが、その模擬戦もどういう目的で行うのかで求める物が変わる

ただ戦えれば良い、という話ではない。

例えばPTの連携を高めたいという目的で利用する人たちの場合では

当然だがそのPTに相応しい敵、頑丈な敵かもしくは複数人PTの模擬戦相手が欲しいし

逆に個として強い敵を想定しての訓練をしたい、という目的で利用する人たちにとっては

前者のPTと模擬戦してもあまり目的に沿った模擬戦とは言えない。

そして自分が模擬戦の敵に対して求めるような能力を持った知り合い、

そんな都合が良い者がいる人ばかりではない

そのままでは鍛錬場という立派な箱が出来てもそれを利用する人は多くはなかっただろう

模擬戦相手の条件や質に困るからだ。

しかしそれを部分的に解決する方法があった。

 

鍛錬場に備え付けられているタブレット型式神、「マッチングくん」と呼ばれているそれに

諸条件を入力すればその場にいる条件に合った相手をマッチングしてくれる。

この「マッチングくん」は利用前に行うアナライズしたデータを読み取り、

そのデータを元に呼び名通りにマッチングするものだ。

式神なのは機密保持のためだという。

条件は「厄介な奴」程度の曖昧な物から、相手が使う属性の指定まで出来る。

ちなみにあまりに細かい条件を付けると「そんな奴はいねーよバーカ!」と表示される

妙な所で煽りが入るが中々使える式神だ。

もちろんこれを利用しない事も出来るが、その場合は模擬戦相手を自分で見つけるか、

模擬戦用のレンタル式神を借りる事になる。

レンタル式神はただの的から、戦闘が出来る式神までそれなりに種類があった

これをレンタルする場合は有料である、その代わり式神を戦闘で壊してもいい。

そういう事になっている。

また、MAGとマッカをいくらか払えば模擬戦用に悪魔を召喚してくれるサービスもあるが

こちらは少々お高い、多分俺が利用する事はないと思う。

これらによって人付き合いがあまりない人でも十分に鍛錬場の利用が出来た。

 

俺は今回、「マッチングくん」を利用した

対戦相手は【俺たち】の誰かになる

条件は「同じくらいから少し上のレベル」「意外性のある」にした

今日は強敵との戦闘経験を積みに鍛練場に来たのだ。

 

 

「フェアを期すために開始前に伝えておくでござるよ」

全身を忍者のような黒い服装をして目元だけ出した覆面姿の怪しい男、「自称剣豪」が言う

自称までが登録名の怪しい人だ、まあ良くいるタイプの人ではある。

「拙者の装備には仲魔である【憑依】持ちのクダやイヌガミを憑依させてるでござる

そして」

背中に背負うように差している少し短い刀をするりと抜き、斜めに構え

 

「この小太刀は武器型の式神でござる、拙者は一人で戦うのではござらん

一人だと思って戦うと痛い目を見るでござるよ。

拙者は普段からこのスタイルで異界攻略もしてる身でござる、ニンニン」

 

事前に決めたルールではPTメンバーの申告はしなくて良い事になっている

実戦では思わぬ増援がある場合もあるのだ、そういう想定もするべきという話しもあるし

隠し玉として使いたい戦力の一つや二つはあるだろう、という事だ。

しかしなるほど、こちらが勘違いをしないように配慮をしてくれたのか、ではこちらも

 

「俺のPTは俺、人型シキガミ、クダ、猫、元アガシオンのシルフの5人です」

今回は相手である自称剣豪が【悪魔召喚プログラム】を使わないつもりらしく

とりあえずはそれはなし、というルールでやる事になっている

そのためこの5人PTで当たるという事になる。

元々今日はフロストに予定があった為、それで特別困るというわけでもない。

しかし彼はああ言ったが、やはり5対1では手数の差からこちらが圧倒的に有利だ

彼にはそれを覆す自信があるのだろうか。

見た限りでは、自称剣豪の武装は小太刀、拳銃、服とブーツに憑依している仲魔たち

個人としては十分な物ではあるが……。

 

「では今日はよろしくお願いするでござる」

そう言ってコートの反対側に下がった彼の後姿を見送る、少し引っかかる所があった

彼が使っている革製の黒い手袋が気になる、正確にはその中身が。

疑いすぎかな?

 

 

あと数分で模擬戦が始まる、それまでの間は軽い作戦会議の時間だ

相手から見えないように<ライコー>の手の甲に指を二本置きながら小声で話す。

「今回はいつも通り俺の【大冷界】で仕留める

見た所、彼は物理アタッカーだ、【物理耐性】までしか持たない<ライコー>には悪いが

三……いや四合は耐えてくれ、そうすればこちらの勝ちだ」

そして指を離し懐の<ユキ>の入っている管を撫でながら

「<ユキ>は顔を狙って【炎の乱舞】だ、耐性持ちでも構わない

顔に火をぶつけてビビらせてくれ、それで十分だ

<シオン>は<ライコー>にバフをしたら待機、周囲を警戒してくれ」

<ライコー>が頷き、<ユキ>と<シオン>からも了承の気配を感じる。

「他はいつも通りで良い、何かあればその時に指示を出す、以上」

 

<ライコー>の手の甲に指を二本置く動作は鍛錬場に入る前に決めておいた動作である。

この動作の意味は「その間喋っていることは全部嘘」

俺、【大冷界】なんて使えないしな。

 

 

模擬戦開始のゴングが鳴る。

<シロ>、<シオン>からのバフを受けながらコート中央に<ライコー>が足を進めた

コートは一辺100メートルほどの正方形、足を止めたままでは近接戦は起こらない。

自称剣豪をその名前の通り刀剣を主に使う近距離アタッカーと想定し

それに対して<ライコー>が前に出て食い止め、壁の役割をする、そういう意図だ。

そして俺の前にクダギツネ状態の<ユキ>と<シロ>が陣取り、宙に<シオン>が浮く

遠距離攻撃で仕留める事が基本になる前のスタイルに戻った感じだ

これらの配置の意味の多くは俺を庇う為のもの、という所に思う所がないわけではない

だが俺の感傷は今はどうでも良い事だ、自分がやれる事に意識を向ける。

おそらく初撃で流れが決まる、いつでも【サマリカーム】が出来るように身構えた。

 

お互いに接近し、そして<ライコー>の刀の間合いにはまだならない所、自称剣豪は動いた

「では行かせてもらうでござるよ!アガシオン!」

その言葉と共に、自称剣豪が突如宙を蹴って勢いを作り<ライコー>に迫る

<ライコー>は刀を振って迎え撃とうとするが

「遅いでござる!」

自称剣豪は速かった、【スクカジャ】を多重に掛けているのだろう。

自分への斬撃を宙を前転するように避けながら鞘から抜かれた自称剣豪の小太刀が

反応が数瞬遅れた<ライコー>の首を狙って斜めに振り下ろされて

「【渾身の一撃】!」

弾かれる、<ライコー>は【物理反射】持ちである。

 

「はぁ?!」

そこまで驚かなくていいだろ、騙し合いはお互い様だ

ついでに言えばアナライズアプリでの解析が終わるまでに動いたお前が悪い。

そんな余計な事を考えながら指示を出す。

「撃て」

反射ダメージを浴びて血を流す自称剣豪、その足を狙って<シロ>の【マハザンマ】が、

そして顔を狙って<ユキ>の【炎の乱舞】が撃たれる。

咄嗟にそれらを避け、炎を切り払う自称剣豪の様子を見て気づく。

あの野郎、得物の長さまで騙しに掛かってやがった。

炎を払う為に振り回している刀の長さがどう見ても小太刀ではない

見たところ刀身が30㎝近く長くなっているのではないか

小太刀は刃渡り60㎝未満の刀、そこから30㎝長くなればそれはもう大太刀に近い長さだ

敵の得物の目測が狂う事は当然であるが不利になる、それをどうやってか狙ってやった

すり替えか、伸びる刀なのか最初に見せた小太刀が幻覚だったのか。

大した奴だ。

 

その後、集中を乱した自称剣豪は魔法攻撃の連打を受けて姿勢を崩した所に

<ライコー>の【チャージ】した【ブレイブザッパー】が決まり

首が落とされた、勝った。

 

 

落とされた首を体の方に合わせ、しばし待つ。

この鍛錬場で死んでも魂はその場に留まり、低コストで必ず蘇生が成功する

だから安心して死ぬ事が出来るのだ。

「オレノ仕事ノヨウダナ!【リカーム】!」

やって来たのは鍛錬場で働いている神獣【マカミ】だ、これを待っていた。

純粋な悪魔ではなく犬の霊からの変異なのだろう、普通の犬っぽい見た目をしている

【マカミ】は狼の悪魔なのだが、これはどう見てもちょっと太った赤柴だ。

おそらくは犬の霊から【イヌガミ】になり、そこから更に変化した【マカミ】だな。

その、あまり賢そうに見えない顔をした【マカミ】の首まわりや頬を揉むように撫でてから

「ご苦労さん」

そう言い、【マカミ】の首に下げている袋に10マッカを入れる、蘇生代だ。

ここの【マカミ】は模擬戦で死んだ人に対する【リカーム】から給料を得ている

どういう理由かは知らないが神獣【マカミ】は【リカーム】を習得する事が多い悪魔だ

そのため、こういう所に雇用の場がある。

俺が農業やる前だったら手強い商売敵だったわけだな、こいつめ、こいつめと撫でる。

……こいつ、撫で慣れてるな、撫でて欲しい所をそれとなく押し付けてきた、撫でてやる。

「ウム、タシカニウケトッタゾ!モット死ンデイイカラナ!アオーン!」

そう言って【マカミ】は去っていった。

うーん、命が軽い。

 

とりあえず蘇って目が覚めた様子の自称剣豪に一言言いたい

「フェアって何です?」

「拙者、見ての通り純和風な者にて、横文字には少々疎いでござる

確か野球用語だったと思うでござるが……ニンニン」

野球用語かー野球用語ならしょうがないなー

「こちらからも一言良いでござるか?」

「どうぞ」

「あのシキガミ、【物理反射】持ちでござるよ?」

「今思い出しました」

ははは、とお互い笑った。

 

 

二戦目は騙し合いはなし、という事で決まった。

対人向けの騙し合い技術を磨いてもなぁ、という今更な事に気づいたのだ

悪魔向けならこういうのとはちょっと違うやり方になる、直接的な嘘は付けないからだ。

悪魔は嘘に敏感だ。

そして正しい情報のやり取りをする

<ライコー>は【物理反射】持ちで俺は【大冷界】なんて使えない

【大冷界】は自称剣豪を速戦に誘導する為にしたブラフでしかなかった

聞き耳くらい立てているだろうと思い適当な話を吹き込んだのだ。

そして俺も情報を得る。

疑いを覚えた切っ掛けだった革手袋の中の指にはしっかり「アガシオンの指輪」があった

おかしいと思ったのだ

一人で異界攻略までやっているというのに【アガシオン】を使わないというのは。

【アガシオン】はコストが軽くて手軽に手数が増やせる良い仲魔だからな。

宙を蹴ったのは「足場になる」タイプだったのだろう、このタイプは物理型から評判が良い

しばらく前に「その使い手は宙を駆ける!」とか広告に書いてあったのを覚えている。

小太刀は小太刀(刃渡り60㎝)の形態を基本に60㎝ほどの伸縮が自在だという

すり替えが本命だったのだがこちらは外した、まあそこは別にどうでもいいか。

 

 

そして二戦目になっているのだが、少々意外な様相を呈している。

<ライコー>が押されているのだ

シキガミで、近接戦の経験を積んでいて、そのためのスキルも得ている<ライコー>が

それが正面から押されている。

読み合いで流れを奪った初戦の正しさがある意味証明された形になっている。

 

二戦目は奇襲等はない順当な始まり方をした戦闘になった

自称剣豪は刀のサイズを常に大太刀サイズにして振り回し、切り合っている

一戦目で弾いた事からもわかるように自称剣豪は反射を貫く【貫通】を持ってはいない

それを武器型式神が【火龍撃】【氷龍撃】【雷龍撃】【風龍撃】と言った

属性付きのスキルを使う事で補っている。

足場になるアガシオンを上手く使い、トリッキーに動き回る本人の体術も見事なものだ。

前後だけでなく上下左右、あらゆる場面で足場を作り読みにくい動きを常に続けている。

また装備に【憑依】している仲魔たちも時折、低位であるが攻撃魔法を牽制に使ってくる

出鼻を挫くあるいは目眩ましに使う程度の物だが

その程度の物だと見做して気を抜けば手痛い攻撃をしてくるかもしれない、

こちらも油断して良い物ではない。

スキル、体術、牽制、これらの組み合わせで<ライコー>に対して優位に立ちまわっている

俺が<ライコー>に回復魔法を掛ける頻度も高い。

こちらの仲魔たちも負けじと<ライコー>の為に攻撃魔法で援護しているのだが

殆どが防がれ、躱され、切られている、無意味ではないが効果は薄い。

そしてその動きの中から時折、物理系の範囲攻撃スキルを俺にぶつけようとしてくるのだ

直撃こそないがこれは<ライコー>の隙を突く実力がある事を示す。

 

こりゃやばいな。

<ライコー>はPTの最強戦力だ、それが抜ければこちらは楽に切り伏せられるだろう

同レベル帯の悪魔と比較してもステータスに勝り、スキルの取捨選択が出来て

それによって優秀な耐性を獲得し更に強力な霊装を身に纏う。

人と悪魔の良い所取り、それが【ガイア連合】の人型シキガミだ。

それを正面から近接戦で押せる相手に<ライコー>抜きでは勝てない

つまり<ライコー>が抜かれるもしくはやられれば負け、そうじゃないなら勝ちだ。

わかりやすい勝負だな、しかしまあ実質5対1なのに何でこんな事になってるんだ?

<ライコー>に頼りすぎって事か?

【俺たち】の才能と経験によって磨かれた戦闘技術、それを少し甘く見ていたか。

一瞬、<ライコー>の【魔力開眼】の使用を検討するが退ける。

【魔力開眼】を使用すれば戦局は間違いなく有利になるはずだ、

だがこれは1日に一度しか使えない切り札、実戦ならともかく模擬戦で使うのはないだろ

これに頼る変な癖が付いたら困るのは俺だ。

 

であれば俺が出来る事は……

隠し玉があった時の為に待機していた<シオン>に【フォッグブレス】の使用を指示する。

それと同時に<シロ>には攻撃は控え【雄叫び】と【タルカジャ】を適宜使うように指示。

相手を手数で押す多対少戦用の戦い方ではなく、

バフとデバフを積み重ねて戦う対ボス戦を意識した戦い方に切り替える。

バフとデバフの積み重ねは女神転生の基本だ。

 

 

形勢はゆるゆると逆転した。

 

「これは厳しいで、ござるな!ニンニン!」

自称剣豪が致命傷には至らずとも浅くはない傷を負った身体を押して右へ左へ飛び跳ねる

だが、度重なる【フォッグブレス】によって回避率と命中率が、

つまり動きのキレが落ちた今では恐ろしい動きとは言えない

事実その【火龍撃】を纏った斬撃は余裕を持って<ライコー>に弾かれた。

憑依している彼の仲魔たちも先ほどから回復魔法しか使えていない

ダメージレースで負けてるせいだ、それのせいで<ライコー>への牽制が出来ていないのだ

血を流し体力を削りながら戦う者への回復は敵への攻撃よりも優先される。

しかしその為に<ライコー>へ有意なダメージを与える事が出来なくなっている。

 

一方こちらはその逆である。

前衛である<ライコー>へのバフと敵へのデバフが有効に働いたおかげで余裕ができた

自称剣豪のPTには【デクンダ】【デカジャ】等のバフデバフを打ち消す魔法はないようだ

何度かデカジャストーンを使い【デカジャ】してきたが、やがてそれも尽きた。

時折こちらに飛んできていた【デスバウンド】も間を縫うように撃って来た拳銃の連射も

今となってはそれほど怖くない、苦し紛れに放たれるだけの攻撃でしかなく

直撃を食らっても回復魔法と【サマリカーム】で立て直すことが出来るからだ。

後はもう余裕を持って押し切れるだろう。

……という状況になったからこそ注意が必要だ

【俺たち】ならば切り札の一つや二つは持っているはず、それが何かはわからないが。

 

 

<ライコー>は大技での一撃必殺よりも持久戦に持ち込む事にしたらしい

スキル等はさほど使わず、隙を与えないようにじわじわと通常攻撃で切り刻む。

急所もあわよくばで狙う事もあるが、切り刻めるならどこでもいいようだ

これによって出血と、そして回復のためのMAG消費による消耗を強いる

MAGが尽きて回復も覚束なくなった辺りで仕留めるつもりだ

後方、つまり俺のMAGが潤沢であり削り合いであれば勝てると踏んだのだろう

その期待には応えなければならない。

 

「ウグッ、アガシオン!」

首筋を狙った<ライコー>の斬撃を左腕を犠牲にして逸らした自称剣豪が痛みを堪えて叫ぶ

そして前方への踏み込みと見せかけた動きでアガシオンを蹴り、反動で距離を開けた。

同時にその蹴りでアガシオンを<ライコー>の前に上手く突き飛ばして

「【自爆】!」

辺り一面を火と煙が包む、<ライコー>と自称剣豪の姿が見えなくなった

通常であれば自爆は強い衝撃が走る、それが衝撃はそれほど強くなく煙が多い

これは煙が多くなるように調整をしているのだ。

目眩ましのための自爆か、あるいは仕切り直しか

<ライコー>と自分の霊的な繋がりに意識を向ける、特に何かされてはいない大丈夫だ

いつでも回復魔法を掛けられるように準備をし、煙が晴れるのを待つ

普通なら腕の一本も落とせば出血で判断力が落ちるし動きが鈍くなる事も期待できる

だが相手は【覚醒者】で【俺たち】だ、そんな期待はするべきではない

手足の一つや二つ落とされる事など割と良くある事なのだ。

であれば痛みによって咄嗟にしてしまった行動、とは考えづらい

仲魔の【自爆】という手札を切ったからには意味があるはず

嫌な予感がする。

 

瞬間、背筋に氷のように冷たいものが走った。

その霊感を信じ、右手で腰に括り付けてある【テトラコーン】に触れながら

前方に飛び込むように倒れる!

 

「【暗夜剣】!」

遅かった、首と背中に熱い物を感じながら意識が消えた。

 

 

「負けたか」

 

PTリーダーである俺か自称剣豪のどちらかが死ねば勝敗が決まる、そういうルールだった

蘇生手段が複数あるPTではそうでもしないと延々と続くからだ、負けた。

有利に進んでいた戦いだけに悔しさを強く感じる。

 

模擬戦とはいえ戦闘での死亡はこれが初めてだった

今まで回復要員が死ぬような過酷な戦闘はしてこなかったからだ。

すっと意識が消えて、浮かび上がるように目が覚めた。

そのまま鍛錬場の天井を見上げながら思う。

なるほど死ぬとは、そして蘇生されるとはこんな感じなのか

修行時の死とあまり差はないな、そこまで思ったところで頭を振る。

いやこの思考は危険だ、修行でも模擬戦でも蘇生の保証はあるが実戦では無いのだ

死を侮るような思考はするべきではない。

生も死もどちらも重い物だ。

 

「とりあえず一矢報いたでござるな!ニンニン!」

落とされた左腕を代表する大小様々な傷を既に癒した様子の自称剣豪を見る。

顔は布で覆われて目元くらいしか見えないがその目元が中々ご機嫌な様子だった、悔しい。

感想戦を行う。

突如、後ろに現れたのは【トラポート】によるものらしい

【トラポート】への理解を深めた結果

視認できる範囲での戦闘向け短距離トラポートの実用化に成功したのだそうだ。

本人曰く「【夢幻の具足】をイメージしたでござる」らしい。

【夢幻の具足】はデビルサバイバーで登場した種族【幻魔】の種族スキルだ

障害物を無視した移動をする事が出来る。

多分これを使用した奇襲攻撃が自称剣豪の切り札だろう、まんまとしてやられたわけだ。

途中から俺狙いに切り替え、【トラポート】で距離を詰める機会を窺っていたらしい

【自爆】の煙で見えなくなった時点ですぐに動いて位置をずらすべきだったか

でもそんなの読めないよなぁ、実戦だったらどう動くのが正解なんだろ

いや、そもそも自爆の煙をそういう風に使う相手なら多少動いた所で無駄か

目視以外の方法で観測する事くらいはするだろう、そうでないと機会を逃す事になる。

それとこちらの仲魔の妙な頑丈さについて聞かれた

多分【ヒュギエイアの杯】を使って体力の嵩増しをしたのと

俺のPTの仲魔はほぼ全員【三分の活泉】か【五分の活泉】を持っているからそれの事だな

 

「あの……」

「何でござるか?」

「もう一戦しましょう」

「嫌でござる、次は負けそう故に。

それに拙者、繋げたばかりだから腕が痺れて……」

そういう彼の腕を見る、肉体的には悪くはないが霊的には不細工な繋げ方をされていた

これは良くない。

「【ディアラハン】」

「あれ?」

これで良いな、勝ち逃げは許さんぞ。

 

 

その後、他の人も交えたりして勝ったり負けたり死んだり殺したり、模擬戦を行った。

死亡や蘇生を繰り返してるうちに【食いしばり】を覚える事もたまにあると聞いたが

残念ながらそういう事はなかった。

でもまあ、良い経験になったと思う。

 

 

 

「ただいま」

異界に帰り、俺たちが帰ってくるのを待っていた<カーシー>を少し撫でてから荷車に乗る

<ライコー>たちが乗り込むのを確認してから<カーシー>に声をかけた。

「出してくれ、ゆっくりで良いよ」

「しゅっぱーつ!」

<カーシー>の能天気な声と同時に荷車がゆっくりと動く。

うちの異界の西側は秋になっている、その少し冷たい空気の中を荷車は走った。

 

家に着くまで少しある、その間今日の模擬戦の軽い反省をしておきたかった。

こういうのはその記憶に新しい間にやった方が良い。

「どう思う、<ライコー>?」

勝敗、敗因、対戦相手の考察等を簡単に書き留めた紙を見ながら<ライコー>に聞く。

<ライコー>もその紙を覗き込んでから

「そうですね……」

<ライコー>との反省会が行われる。

 

 

「まあ何とも、レベルが上がるたびに足りないものが増えている気がするな……」

もちろん気のせいだが。

今日の模擬戦、勝率自体は悪くはなかったが楽な戦いばかりでもなかった

だから目的だった「強敵との戦い」は達成できたと思って良い

おかげで自分も「同じくらいのレベルの人たちの中では弱い方ではない」くらいに思えた。

こういう感覚は勝てて当たり前の戦いばかりしていると得られないものだ。

とはいえ「満足!俺は最強!足りないものなんてないわ!」なんて思えるわけもなく

今後の課題がこうやっていくつも見つかるわけだ。

 

細かいのをストーン頼りにしてると連戦で尽きた時、意外と厳しいなぁ

そのうち【デクンダ】とか【デカジャ】を誰かに覚えさせようかなとか

うちのPTって耐久力はある方なんだなとか

大体負けた時って俺が真っ先に死んでるパターンだなとか

人型シキガミ複数のPT強かったなぁとか

<シロ>の【マカジャマオン】や<シオン>の【テンタラフー】は刺されば強いとか

そんな事を思い出しながら<ライコー>の意見を聞く。

 

「今日の反省点の中で、ここは消しても良いでしょう」

 

「PT半壊時の俺の回復以外でのPTの立て直し方」「更なる遠距離火力」

課題として書かれていたそこの項目を指で示す<ライコー>、そして続けた

「実戦では<カブソ>さんもフロストさんも加わりますので」

<カブソ>はレベルが上がって新しいスキルを得た、その事を言っているのだろう

覚えたスキルは【リカームドラ】だった

本猫も何でこんなの覚えたのか分からないと首を傾げているスキルである

どうもスキルという物は悪魔自身ですら必ずしも自由になるものではないらしい。

 

 

【リカームドラ】

女神転生お馴染みの使用者が死亡する代わりに味方全員を回復、蘇生する回復魔法だ。

作品によってはHPだけでなくMPも回復させてくれるらしい

ゲームでは工夫次第ではそこそこ使える魔法らしいのだが

俺はあまりそういうプレイをしていなかったからピンと来ない。

この世界では【俺たち】の中ではそれなりに知名度がある回復魔法であり

ずっと昔に効果の検証も済んでいた。

この世界でも使用者の死の代わりに味方を回復する所は変わらない

違いは、その使用者のレベルや保有MAG等でその効果が大きく変わるというところだ

例えばレベル1未満の簡易式神が使用した場合では【ディア】一発分がせいぜいだと言う

ゲーム上よりも明確に命の価値に差がついている、そういう事なのかもしれない。

 

レベル20を超えた自分なら複数人に対する蘇生が出来る、とは<カブソ>本人の言葉だ。

また契約した悪魔であるからその縁により死んでも確実な蘇生も出来るという。

ただし<カブソ>が貯めているMAGを消費する形になるので使えるのは1戦闘に1回

使用した場合はその分のMAGの補填も要求された、受け入れた。

これがあれば咄嗟の立て直しは十分できる、最近ではいざという時の切り札と見ている。

とはいえ気分的にはあまり使用したいスキルではない

後で蘇生するとは言え「だから死んでくれ」とはそう口にしたい言葉ではなかった。

 

 

そして話題に出たもう一人の仲魔、フロストは……

「お兄さん!」

声をした方向に視線を向けると

<ジャックフロスト>たちを従えてブンブン手を振っている【キングフロスト】がいた

錫杖のようなものを持っていて冠を被り、ジャックフロストよりも二回りくらい大きい

そんな姿をしている雪だるまだ。

その周りには<ジャックフロスト>たちがいる。

今のフロストは魔王【キングフロスト】だった。

【氷結ギガプレロマ】や【コンセントレイト】等を覚え、ひたすら火力が上がった。

頼りになる良い仲魔だ。

 

 

荷車をフロストの前で停めてもらい降りて声をかける

 

「ただいま」

「おかえりホー!」

 

フロストの周りにいる10体ほどの<ジャックフロスト>たちを見る。

この子たちはフロストが【キングフロスト】になってから湧くようになった子だ

「キングがいるから来たホー!養ってもらうホ!」とか言っていた。

【キングフロスト】に【ジャックフロスト】は付き物だからな、そういう事もあるのだろう

ただフロストの方は養う気はないらしく自分の戦力として働かせるつもりらしい

今日はそのための訓練をしていたはずだ、そう言っていた。

 

「それで、訓練の成果はあったのか?」

【ジャックフロスト】たちの訓練というのが想像できなかった

まったく上手く行く気がしない。

俺のその疑問の声にフロストは顔をきゅっと引き締めて

「こんな感じホ!……【フロスト衆】!二列縦隊に、集まるホー!」

フロストの号令で素早くフロストの前で二列の縦隊を作る<ジャックフロスト>たち

「気を付け!前へ、ならえ!」

さっと腰に手を当てる<ジャックフロスト>たち、自信満々の顔をしていた。

 

「こんな感じホ……」

「お、おう」

なんて言ったら良いのかわからない。

<ジャックフロスト>たち、【フロスト衆】なる名称の集団は

「おいらたちの一糸乱れぬ動きに感動してるホー」「今日一日の訓練の成果だホー」

「ヒー!ホー!これはご褒美のアイス期待できるんじゃないホ?」

「おいらは謙虚だからチョコ最中で良いホ」「おいらはみ〇れだホ」

「アイスにかき氷は入るホ?」「バニラアイスこそ至高ホ」

と和気あいあいとしている。

 

「実戦に出すまでにせめて方向転換が出来るようにするホー!」

フロストは燃えている。

俺からは「あまり無理はするなよ」としか言えなかった。

 

 

<カーシー>が少しスピードを上げたようだ、風が当たって涼しい。

「フロストさん、元気になりましたね」

「そうだな、良かったよ」

<ライコー>の言葉に頷く

フロストが悪魔変化した時、目当ての悪魔と違うものになってしまったらしく

「違うホ~騙されたホ~」とのたうち回っていたのだ。

その後も戦闘時では今までと変わらなかったが、時間が空いた時など少しぼんやりしていた

悪魔変化先が思うようにならなかった事を気にしていたんだと思う。

今はようやく【キングフロスト】である自分に折り合いがついたのだろう

ああでも、「違う悪魔に変化出来るよう頑張るホ」とも言っていたから違うかもしれない。

何になりたかったんだろ、【じゃあくフロスト】かな【フロストエース】かな

まあそこは良いか、本人も言いたがらなかったし。

それにしてもあの訓練、どこまで意味があるんだろ。

 

「ん!主様!主様!しばらく道を逸れるよ!工事中!」

見れば前方の道にカラーコーンが二本置かれている、<カーシー>の言うように工事中だ

その先で<エルフ>たちが道路工事に使う木の枝や砂利、粘土等を集積しているのが見えた

 

「こっちの方はあとは養生だけっぽいね!養生養生!」

工事が終わって間もない乾燥中の道路を見ながら<カーシー>は荷車を曳く。

確かこの状態になったら<ホレのおばさん>が道から水分を抜くんだったな

【ホレのおばさん】は井戸と泉に関連性がある悪魔だ、それで水を多少扱う事が出来た。

普通に乾燥させると時間がかかるから最後の仕上げを<ホレのおばさん>にやって欲しい

そんな事を工事責任者の<エルフ>が言っていたはずだ、それを待っているんだろう。

道の横を通り少し揺れる、整備した道路のありがたみを少し感じた

整備した道路と言っても別に舗装してあるわけではないが、それでも違うんだな。

忙しそうな<エルフ>たちに軽く声を掛けてその横を通り過ぎて行った。

 

 

道中、今度は空飛ぶ<ピクシー>と遭遇した、糸の束を抱えている。

「ねえねえ!良いでしょこの糸!私が紡いだのよ!」

糸の良し悪しはわからないし細くて見えにくいがとりあえず相槌を打つ。

「ちゃんと糸になってるじゃないか、立派なもんだよ」

「そうでしょ!ようやくお婆ちゃんから合格貰ったんだから~!」

満面の笑顔の<ピクシー>はそれだけ言ってどこかに飛んで行った

上手く紡げた事を報告したかっただけらしい。

お婆ちゃんとは<ホレのおばさん>の事だ

おばさんとかお婆ちゃんとか婆とか鬼婆とか<ピクシー>たちに好き勝手言われている。

<ピクシー>たちとは特に仲が良いようだ。

 

 

家屋に入る前に遠くの畑で一反木綿の農作業を手伝っている<ピクシー>たちの姿を見た。

収穫を手伝っている様子だった、ナスやコーンを小さい体で抱え込んで運んでいる

【ピクシー】には農作業を手伝う逸話がある、だからそれは不思議な姿ではない。

とはいえ、うちの<ピクシー>は【ピクシーの矢】や【妖精の軟膏】の製造もしている

更に一部の子たちは糸紡ぎまでしている

そしてこれは<ピクシー>に限らないが異界に湧いた悪魔との戦闘もしているのだ。

働かせすぎかもしれない。

 

「<ライコー>、後で働いてる妖精たちに何か差し入れしておいてくれ、内容は任せる」

「かしこまりました……【フロスト衆】の分もですか?」

「うん、まあそこはフロストと相談してな?」

列に並べるようになっただけで甘やかすのはダメ!と言われるかもしれないが。

「ワン!ワン!」

話を聞いていた<カーシー>がこちらを見ながら尻尾を振って可愛い犬アピールして来た。

上目遣いに見上げている、あざとい子だ。

「……<カーシー>にもな」

「はい」

ふふっと<ライコー>は楽しそうに笑った。

 

 

 

模擬戦をした数日後、珍しい客人を我が家に招く事になった。

リーダーと山田さんだ、この二人が座卓を挟んで正面にいる

俺の知らない間に何度か偽名を変更したそうだけど結局今ので落ち着いたらしい。

ピクシー狩りをしていた頃とは髪型が違う、頭を丸めてスキンヘッドにしていた

当たり前だが霊装も更新をしているようだ、あの頃のそれとは込められている力が違う

しかしそれ以外の見た目はそれほど変わった様子もなさそうな、そんなリーダーが言った。

 

「今、ちょっとした修学旅行を計画していてなぁ。

それのお誘いに来た」

修学旅行?

「天使狩りのお誘いだ、恥ずかしい話だが天使を殺す機会に恵まれなくてな

だが日本にいる穏健派天使を辻斬りするわけにもいかん、俺が社会性がある男だからだ。

そこで人を誘ってちょっくらお勉強会と洒落込もうと思ったわけよ」

そう言ってリーダーは湯呑のお茶を一口飲んでから口にする

 

「場所はドイツ、テューリンゲン州がヴァルトブルク城。

不幸にも政治の才能があった詩人が再建を提言した事で有名な城だ。

他にも謂れはあるがそこは俺にとって重要じゃねぇな、ここを攻める」

城を?

「詳しく、聞かせて貰っても良いですか?」

俺のその言葉にリーダーはニカっと歯を剥き出しにして笑い

「そのつもりで来た」と座卓の上に資料を広げ始めた。

 

 

敵と戦うために外に出る、そんな日が来たのかもしれない

そう思った。

 

 

 




なるべく酷い事になる所の地名は出さないようにしていましたが
D国のV城だのT州だのA市だのE市だのG市だの書いてると混乱したので
現実の地名出します、もしかしたら唐突に謎の配慮をして地名を弄るかもしれません

キングフロスト レベル30
耐性は変化なし、氷結吸収、火炎弱点
キングブフーラ コンセントレイト 氷結ギガプレロマ 
空からの贈りモノ(ジャックフロスト限定のサバトマ、召喚時少しバフが付く)
突撃フロスト衆を習得
恵まれたスキルの代わりにキングフロストの間は異界内のジャックフロストの面倒を見る事になる

聖女ちゃんの【トウビョウ】
物理耐性、【変化】持ち、空飛ぶ蛇
トラフーリ、暴れまくり等あるがあまり使われない
変化で大きくなり、聖女ちゃんの乗り物兼荷物持ちになる
実質逃走用の使い魔


多分今後登場しない人物設定

自称剣豪
中肉中背、性別男、ぼっち
ステタイプ 速力運
普段のスタイルは短距離トラポートの繰り返しで異界内を移動
ボスの背後に現れ【霞駆け】で混乱させ【暗夜剣】で技を封じ
その後首を取る戦闘を繰り返していた、実は物理反射の敵はライコーが初
マッチングの条件は「対ボス戦想定」「頑丈」にチェック、これで主人公PTと当たった
ボスが全回復と蘇生使うのはクソゲーでは?とマッチングくんにご意見を出す、無視される
今回使わなかったCOMP内の仲魔は【自爆】持ちオンリー、召喚出来る爆発物として使う

鍛錬場のマカミ
赤柴、自称ぽっちゃり
霊地活性化で湧いた悪魔に主人が殺された事で餓死する事となった元犬の霊
元<イヌガミ>、現マカミ
マカミに変化した事で鍛錬場に配属が決まった
ガイア連合で飼われているまだ主がいないイヌガミ達相手に
普段から、我マカミぞ?とマウントを取っている


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幕間 状況説明

こつこつこつと規則正しく音を刻みながら一人の男が廊下を歩く。

中々見栄えがする男だ、身長は180半ばほど、手足は長い。

細長い眼鏡を着けていて、表情は常に酷薄さを感じさせる笑みを浮かべている。

濃い灰色のスーツの上から茶色のコートを羽織り、それなりに鍛えられた身体を包んでいた

 

しかしその恵まれた体格も決して見た通りというわけではなかった。

その身を飾るいくつかの虚飾を剥がせば、そこそこ程度の身形になる。

手の長さこそ自前の物であるが、

スーツの肩回りには少々時代遅れな程に詰め物が入れられていて、肩のラインは四角く、

履いている革靴の底も普通の物より厚い。

中に着ているシャツやベストは奇妙なほどに生地がしっかりしたもので、

これらを脱がせば一回り身体が小さく見えるだろう。

肩と胸板の重厚感を失えば、どうしても迫力が落ちる。

これらは細身の身体を意図的に大きく見せるコーディネートだ。

しかしこれらは男としての見栄えだけを求めたものではない、必要なものだった。

少なくとも男はそう信じていた。

 

肩回りには綿と共に【呪殺】を防ぐ札が何枚も詰められており、

呪殺による即死を防ぐ簡易的な装備となる。

厚い靴底には靴の機能を阻害しない程度に粘土状になった【傷薬】が詰められ

いざという時の備えになっている。

シャツとベストはこれこそ霊装の本命であり、悪魔のフォルマを素材にして作られた物だ

現代的な素材とは作りが違うのも致し方ない事だろう。

ネクタイピンを飾る小さな貴石は魔法防御を上げる細やかな霊装であり、

袖口のカフスボタンは各種ストーンを更に加工した物で、切羽詰まった時の攻撃手段だ。

その眼鏡も不得意にしている霊視を助ける為の物であり、同時にいくつかの耐性を付与する

これ以外にも指輪等大小さまざまな霊的なアイテムを身に着けていた

大きめのコートはそれらを違和感なく隠すためのものでもある。

見た目も重要だ、舐められる、それだけでリスクが発生し得る仕事を男は生業にしている。

 

こういった物を必要とする世界に男は身を置いていた。

男は山田と呼ばれている、偽名である。

 

 

やれやれ、ようやく人心地ついた気になります

近頃は日本でも異界でも何でもない所から悪魔が湧くようにもなりました

そのためよっぽど信頼できる拠点でもなければ休まる気がしません

例え自分がレベルを30を少し越えて、湧くのがまだ低レベルの悪魔であっても、です

ましてや今日、自分が訪れた場所を考えれば下手な異界よりもなお気疲れするというもの

その気疲れする所に向かう事になった原因との会話、それを思い浮かべた。

 

 

 

【半終末】になってから暫くした程度の頃の話だ

禿頭のリーダーが言いだした。

 

「俺はな、メシア教の天使どもを殺してぇんだ」

「殺せばいいじゃないですか、誰の許可も要りませんよそんな事」

 

突然何を言い出すんだと思った、唐突な殺意の告白なんていりませんよ。

競馬新聞を読みながらした私の雑な返答を気にもせずリーダーは続ける。

 

「元々日本には天使が少なかった、だから殺す経験を積めた奴は限られている

日本じゃ気儘に天使が湧く異界なんて中々生まれねぇ、信仰的な地盤がほぼねぇからだ。

俺には天使との戦闘経験が欠けている、これは良い事じゃねぇ」

 

その言葉にふむと考える。

リーダーの言う事はその通りである、日本の野良の異界で天使が発生する事は稀で

その稀な異界も発生が確認でき次第、速やかに攻略し消滅させている。

危険だからだ。

メシア教の教会近くの異界では発生する事もあるらしいが、こちらは論外と言って良い

メシアンになるか洗脳でもされなきゃ好き好んで行くような場所じゃない。

他に天使との戦闘がある機会は日本神話の悪魔が封印された異界の解放の時ぐらい、

その時に異界の番人をしていたボスクラスの天使との戦闘が発生したと聞く

とはいえその天使との戦闘は確実を期すために少数精鋭で行われ、我々には無縁だった。

 

「まあ確かにそうかもしれませんねぇ

とはいえ天使との戦闘経験であれば模擬戦でも積めるのでは?

探せば熱心なメシアンになった転生者もいますし

日本メシア教にも天使を召喚した方は居られるようですよ、彼らと交流なさっては?」

「何で将来の敵に情報を垂れ流さなきゃいけねぇんだよ」

そうですねぇ。

 

【半終末】からは露骨にメシア教は【ガイア連合】への布教(侵食)を進めてきた

被害に遭うのはガイア連合の構成員やその身内、のみならず転生者すら入っている。

そして究極的に転生者が【ガイア連合】と信仰のどちらを選ぶかの確信を誰も持てていない

よって将来の敵と見做し備えるべき、とリーダーは思っている。

いつかはメシア教とそれに与する転生者を討つ日が来る、そういう話だ。

 

もっとも私としては転生者がそうなった時に信仰を選ぶか怪しいとも思っている

果たして信仰に殉じての殺し合いを【俺たち】が出来ますかね?

アイデンティティを掛けての殺し合い、その結末は凄惨なものと相場が決まっていますが。

それを【俺たち】で行う?いやはや、それはなんとも……

私はもう少し仲間を信じたい所ですが、それも難しい事なんですかねぇ。

 

ガイア連合はかつて日本メシア教に対し

【日本メシア教への過激な侵略や迫害の禁止、さらには信仰の自由】を契約で保障した

日本神話の悪魔を解放し、日本の霊地を管理するのに必要な対価だったからだ。

彼らの有形無形の協力にはそれだけの価値があった。

しかしながら契約なんてものはいくらでも穴を見出せるもの

その儚さを知っているからこその彼らの動きと見るべきで、

そしてそう【ガイア連合】が解釈しても構わない、と思って彼らは動いたと考えるべきです

他勢力に対する思想的な浸透、これに意味を求めないのは無理でしょう

自分たちに好意的になるように、そして手切れとなった時に【ガイア連合】を割る為に

いくらでも使い道が生まれるのが信者というもの。

何なら信者を使ってのクーデターくらいなら期待していてもおかしくはありません。

 

私たちはお互いに、握手しているその手を離した時の事を考えている

それにしては握る手の力がいささか強すぎる気がしますが。

 

 

「何にせよ今後に備えて天使との戦闘経験を積みたい。

過激派との戦いもいつ過熱化するかわかんねぇからな

その時に未経験者じゃ格好が付かねぇ

出来れば組織立って動いているような連中が良い、ただの野良じゃダメだ。

それなら海外遠征という事になる、今ならまだ優位に戦える。

戦場を選んで、せっかくだから他にも何人か誘ってやろう」

なるほど。

一気に捲し立てたその様子を見ると、もうある程度考えた末での話のようです。

「場所は【北米大陸】ですか?」

私のその言葉に、ふんっと不機嫌そうに鼻を鳴らしてからリーダーは答えた。

「それも考えたが、有力候補じゃねぇな」

おや?

 

 

今の【北米大陸】、具体的には合衆国は極めてホットな場所だと言われている。

【半終末】直後から過激派、プルート、邪神に三分割された状態という評価が一般的だった

その中で穏健派は東部を中心に中央部の端程度までは拠点単位での生存が確認、

救助、救援を求む強い声が上げられていた。

しかし徐々に通信は途絶、彼らが残した情報からそれらは死んだもしくは死につつある、

そのように認識されるようになる。

補給はなく、通信設備すら壊れ、悪魔が湧く環境で孤立しているとなれば

その判断は妥当だと誰もが認めるところだろう

穏健派が死ねば合衆国はまともな人間が死に絶えた地になる、そのように判断されていた

そしてそれはもうなったか、まだなっていないかの違いでしかない、と。

それが変わったのはガイア連合有志による【北米打通作戦】

これによって戦況が大きく変わったからだ。

 

【北米打通作戦】、そう呼ばれるようになった活動がある。

元々はそう大した話ではなかった。

まず、各勢力に対し物資とインフラの差を見せつける事で対メシア教戦線を纏める

いわば「協調の為の砲艦外交」とでも言うべき【ガイア連合】の外交政策があった。

砲艦外交なのは、当時は極めて貴重だった終末仕様の船舶を使用するからである

それによって世界中を海運で繋げ【ガイア連合】の力が外に及ぶことを示す

運ぶ物は彼らが必要とし【ガイア連合】より購入した各種物資とおまけの支援物資だ

力と富、その二つを見せつけて各勢力を、特に神話勢力と穏健派を仲介し仲違いを防ぎ

「あいつらは嫌いだが【ガイア連合】がここまでするなら、まあしょうがねぇか」

と各勢力が言い訳出来るようにするための外交政策だ。

【ガイア連合】の対メシア教勢力の事実上の盟主としての立場がそれを行わせた。

力を見せつけねば対話も出来ないのが悪魔であり、勢力というもの

ある程度の協調をするのであれば、その見せつける力もそれなりでなければならない。

 

これに便乗した者たちがいた

家族や友人といった親しい者が【半終末】時に海外に取り残された転生者だ。

彼らはただ自分たちが海外に助けに行くだけでは【ガイア連合】からの支援を受けられない

それどころか止められかねないという状況から、この外交政策を利用することを思いついた

そして人員を取りまとめ、その現場の人間として立候補した。

彼らは世界中に物資を配りあるいは運び出し、時には各勢力の仲介者となる立場を利用して

海外に取り残された自分たちの近しい者たちを探し出す機会を得たのだ

彼らのその積極的な活動は実を結び、それなりの成果を得る事となる。

もちろん、全てが上手く行ったわけではなかったが。

 

その最大の難所が、日本と様々な意味で繋がりが深い先進国であるが故に

転生者にとっての救助対象が多く残された国、アメリカ合衆国だった。

 

西部は過激派に、中央部はプルートに、そして東部はクトゥルーに侵された地

この地では流石に生き残っていないのではないか、そういう意見も当然上がった。

しかし【ガイア連合】有志は【北米大陸】打通の意思を固める。

東はマサチューセッツ州、西はカルフォルニア州まで、

あらゆる敵を排しながら邁進し目的を完遂する事を決意したのだ。

彼らの目的、「親しい者の救助」の為にその足を止めない事を決めた。

そして湯水の如く【ガイア連合】からの物資を溶かしながらも、

残存した穏健派勢力を、悪魔によって保護された領域を、現地民覚醒者が守る集落を

それらを部分的に接続させる事に成功、貴重な協力者と友好勢力を生み出すに至る。

合衆国において小さく弱くても人類の生存圏が確かに出来上がった。

これによって当初は「リソースを投じるだけ無駄」と目されていた合衆国に価値が生まれた

【過激派】が治める合衆国西部、それに対する橋頭保としても見る事が出来るからだ。

それによって【ガイア連合】からの支援が増加、更なる快進撃へと繋がる

今では【北米打通作戦】の大詰め、【メシア教過激派】が抑える東海岸の港町

その攻略作戦発動が秒読み段階となった、そう噂されている。

東海岸の港湾設備が安全に使えれば、今よりも容易に物資と人の移動が出来るようになる

合衆国の生き残りは孤立から解放され【ガイア連合】が構築した物流網と繋がるのだ。

 

【邪神・クトゥルー】の召喚、そして【ICBM】による【プルート】召喚によって

人類の手から喪失されていたと思われていた【北米大陸】

その人類社会への部分的な復帰が果たされようとしていた。

【ガイア連合】の【俺たち】からしてみれば、「ついでに」ではあるが。

 

 

「自分たちが必死になって戦っている所に呼ばれもしないのに物見遊山で押しかけて、

「戦いたくて来ました」なんて宣う連中、そんなの反感食らうだけじゃねぇか

その戦力がどんなに役に立とうとな、失礼すぎる、趣味じゃねぇ」

これは他の場所でも同じ事だがな、とリーダーは鼻を鳴らして言う。

なるほど、しかしそういう事ならば

「では、他に活発に活動している海外支部も?」

「おうよ、【俺たち】の誰かが頑張っているのを茶化すような真似はしたくねぇな

それ以外ならまあどうでもいいが」

これは困った、この禿、どこに行こうとしてるんです?

今は【ガイア連合】としての活動でない限り、海外での活動は支援されないんですが。

何かあった時に独力で賄うと?それで渡航許可が下りますか?

 

「そういう訳でしばらく戦場選びに精を出す。

【俺たち】の邪魔にならん所で、ちゃんとした過激派天使が相手、

しがらみを生みにくい攻勢的な動きが良い、防衛戦は嫌だな、守る者を意識しちまう

倒せる範囲の有象無象の天使がワラワラいるような所が良い」

我が儘ですねぇ、そう都合良くありますかね

「そこまで拘るのは最初の数回だけだ。

上手く行けば以降もツアー化するつもりだからよ、失敗したくねぇだけだ

それで【俺たち】に対天使経験を積ませる、いつかは傭兵するのも悪くねぇな」

やりたい事は分かりますが、やりたい理由は分かりませんね

特に儲かるような話にも聞こえませんし、

とはいえ私としては付いて行くだけです。

 

 

 

そんな会話が有ってしばらく経ち、唐突に「悪いが長崎に行って欲しい」と

全く「悪いが」という感情が読み取れない顔で言われて

事情も知らずにメッセンジャーボーイよろしく使い走りされて帰って来たのが今。

多分、何か計画中の遠征と関係あると思うんですよねぇ、これ。

そうじゃないならわざわざ私を長崎の【メシア教穏健派】の教会になんて行かせませんよ、

【メシア教】嫌いのあの人が。

 

「私です、失礼しますよ」

PT名義で一時的に借りている支部の会議室に入る。

答え合わせが始まると良いんですが。

 

 

 

私が使い走りして預かってきた分厚い手紙を手に取り、読んだリーダーは

「悪文だな……何か食うか」と疲れたように言った。

 

支部内施設限定ルームサービス、「軽食セットA」

大き目の日替わりおにぎりが二つ、唐揚げが一つ、卵焼きが一切れ、沢庵が二切れ

それとインスタントのカップ味噌汁が付いたメニューです、これでお値段298円。

円ですから実質無料みたいなものです、カップ味噌汁の味も悪くはない。

その味噌汁の最後の一口を飲み終わってからリーダーが話を切り出した。

「旅行先が決まった、ドイツだ」

どうでも良いですけど、遠征だったり旅行だったりで名称が不安定なのは不便ですねぇ。

何か適当なのを考えましょうよ

 

「まず状況の説明からする、何度もする話だから適当に聞いていいぞ」

はいはい、ちゃんと聞きますよ。

 

 

メシア教穏健派ドイツ支部に所属する一人の【司教】が不満を抱えていた。

何の不満か、それはドイツ内の穏健派の各拠点、各戦力の有機的な運用が出来ない事である

その歴史的な経緯から【一神教】の勢力が強かったドイツでは、

当然のように【メシア教】の勢力もまた強く、その中で穏健派は優位を得ていた。

しかしその「勢力として大規模である」という優位が【終末化】に伴う設備の不全、

物流の遮断、不足する物質、限られた戦力、独立性が高い各【教会】と【教区】

そして抱え込みすぎた避難民によって全く活かされていないという状況にあると認識する。

 

この事態を見過ごせず【司教】は【穏健派ドイツ支部】が強い統制力を発揮する事を提案

支部中央に強大な権限を与え、あらゆるリソースの管理、集中を主張する。

「効率的な防衛戦略の為の指導体制」と銘打ち、指揮系統の統一と一本化を強く訴えた。

この提案は【司教】級の聖職者で構成された協議会によって否決される事になる。

特に各【教会】と【教区】の独立性を脅かす形になるその提案に否を突き付けた形となった

 

【司教】はこの結果にドイツ支部指導部に深い失望感を抱く事となる。

「せめて自分を危険思想であると断じ処分するくらいの力強さが欲しかった」と。

そして危機感を持った、「このままではあらゆる面で非効率的に摺り潰されてしまう」と

また協議により物事を決定する体制での判断の鈍さを憂いた。

【司教】はドイツ支部を効率的に運用出来る「個人」の存在を待望するようになる。

 

 

「よくありそうな話ですねぇ、しかし聖職者が独裁者を望みますか」

「続けるぞ、ここから方法論と歴史の話になる」

歴史ですか?あまり好きじゃないんですがねぇ

 

 

ドイツと信仰を救う、【司教】はその事に囚われる事となる。

そしてある日、天啓が下った。

「ドイツ(支部)を束ねる強き【王】を選定すれば良い」と

 

「王を選定する」と言えば真っ先に思い浮かぶのは「アーサー王伝説」だろう、

石に刺さった剣を抜く事で王として選定される物語はあまりに有名なものだ。

しかし残念ながら「アーサー王伝説」の本場はイギリスだ、ドイツではない。

選定はドイツの霊的地盤、価値観や歴史に相応しい事例や謂れでなければならない。

そして見つけた、【司教】は狂喜乱舞する事となる。

 

「我々には【ジャンヌ・ダルク】がいる」、側近にそう語ったという。

 

 

「いないと思います」

「いちいち茶々入れんじゃねぇよ」

 

 

【ジャンヌ・ダルク】は「ドンレミ」という小さな村から生まれた。

百年戦争の折、「神の声」を聞いたと確信した【ジャンヌ・ダルク】は村を飛び出し

戦い、勝利し、フランス王の戴冠を見届ける事となる。

その後戦場で捕縛され異端審問に掛けられ、異端者として火刑に掛けられ死んだ

その時19歳だったと伝わる。

 

かくして【ジャンヌ・ダルク】という名の哀れな少女は歴史上の人物となる。

そして歴史上の人物への評価はその評価を下す者の観点、思想によって変わるものだ

それらはその時代の流行り廃りに容易く影響されてしまうものでもある。

事実、【ジャンヌ・ダルク】という偶像への評価と扱いは歴史上何度も変わっている。

 

今はもうさほど顧みられない古い【ジャンヌ・ダルク】観が二つある

一つは王党派と呼ばれた者たちによる評価だ

「神は正統なる王の為に聖女を選び遣わせた」

もう一つは所謂自由主義者、あるいは無政府主義者とその当時は呼ばれた者たちによる物だ

「神は自らが主である事を知らしめる為に何でもない民衆の少女を選んで遣わした」

 

これは聖女としての【ジャンヌ・ダルク】の立脚点についての話である。

前者であれば主体はあくまでも「神にその正統性を保障された王」であり

【ジャンヌ・ダルク】という聖女はその王の為の一本の長剣でしかない事となる。

後者であれば【ジャンヌ・ダルク】の存在は「神が民を見ている証拠」となり

神の手に掛かれば王の正統性を争う戦いも一本の藁の如き物で薙ぎ払う事が出来る

そしてそれは、長きに渡る戦争で傷つき苦しむ民の為に行われた。

そういう言論へと繋がる。

神が認めた王の証明の為の【ジャンヌ・ダルク】か

神の愛と力の証明の為の【ジャンヌ・ダルク】かの違いと解釈をしてもいい

これらの論は最終的に革命とナショナリズムにより幕を閉じる事になるがここでは省く。

 

そして【司教】はこう解釈した

「【ジャンヌ・ダルク】が認めた【王】であればこそ神も認められた」と

聖女【ジャンヌ・ダルク】こそが主体であるという考え方を示した。

【司教】は【ジャンヌ・ダルク】を「王を選定した聖女」と見做したのだ。

敗北を飲み込まんとしていた後の王を救い上げるだけの力が聖女にあったと見た。

もしかしたら本来の【ジャンヌ・ダルク】は素朴な少女でしかなかったかもしれない。

しかし今や世界的に有名である【ジャンヌ・ダルク】であれば、

事実としてそのような力が芽生えていても何も不思議はない、【司教】はそう信じた。

 

 

「仮にフランスに王を選定する聖女がいたとして、ドイツには何も関係ないのでは?」

「そこはそれ、理屈と膏薬は何処へでも付くという奴でなぁ」

熱いお茶を口にしながらリーダーも困ったような顔をして説明を続ける。

 

 

当時、「ドンレミ」という村があった、ジャンヌ・ダルクの生まれ故郷だ。

この村を含む周辺の領土のいくらかは少々特殊な成り立ちでフランスと関わっている。

まず、この「ドンレミ」はフランス国王の直轄地という訳ではなかった。

「バル伯爵」、ジャンヌ・ダルクの時代であれば「バル公爵」という貴族の所領である。

しかしながらこの「バル公爵」は分かりやすい「フランス貴族」ではない。

この公爵はその隣国「神聖ローマ帝国」の貴族でもある。

元々は、という言葉が付くわけでもジャンヌ・ダルクが生まれる前の話でもない、

ジャンヌ・ダルクが生まれた時代でもそうであった。

「バル公爵」としてはフランス貴族であり、

それとは別の爵位で神聖ローマ帝国の貴族もしていた、といった方が妥当かもしれない。

 

王と貴族、それも諸侯の関係とは、一口で言い表す事が難しい微妙なものだ。

時代と力関係と建前で在り方も運用も随分と変わる。

この「バル公爵」が、「神聖ローマ帝国」にとっての売国奴という訳でも

そしてその逆に「フランス国」にとっての反逆者という訳でもない。

「バル公爵」は、自家とその所領の多くを「神聖ローマ帝国」に所属させながらも

マース川以西の所領の一部をフランスの名目上の封土として差し出した

そういう歴史になっている、西暦1301年頃の話だ。

この「バル公爵領」のフランスに属す側の領土に「ドンレミ」は存在した。

 

 

よくわかりませんねぇ、そんな私の気持ちを見抜いたらしきリーダーが言う。

「日本人に理解しやすい表現だとこういう風になる、細かい所はかなり違うが黙って聞け」

 

「神聖ローマ探題家家老の分家バル家」が「フランス守護職家」と対立、戦争に負け

「バル家」の所領のいくらかを「フランス守護の管轄」だと認めた。

しかし守護の力と名目不足でその所領の没収まではされなかった。

名目上の管轄こそ変われど、依然として「バル家」が治める地である。

以後「フランス守護職家」は「フランス守護の管轄」という事になった領土に安堵状を出し

「バル家」はその領土分の「奉公」を「フランス守護職家」にする事になる。

その契約によって和議が結ばれた、そういう歴史がある。

その後「バル家」は神聖ローマ、フランスの両方に臣属するある種の半独立勢力となり、

明確にどちらの領土と断言出来るほどの強い影響をこの時点の両大名家は与えられなかった

戦国大名の同盟者面する国境の国人衆みてぇなもんだな、そうリーダーが締め括った。

 

 

その当代の「バル公爵」、ジャンヌ・ダルクが処刑される前年くらいに暴動で死んだ。

お家騒動を避けるために複雑な血統を辿って「バル公爵」の本家筋に婿入りした人物に継承

前々からその人物に継承させるための準備をしていた為、速やかなる継承に成功する。

そして1431年、つまり図らずともジャンヌ・ダルク処刑と同年に

その人物が婿入りした先の家の領土と「バル公爵領」で「同君連合」が成立

以後「バル公爵」は本家筋である「ロートリンゲン公爵家」に付属する爵位となる。

「ロートリンゲン公爵家」は大公とも呼ばれる「神聖ローマ帝国」の堂々たる諸侯だ

フランス視点では「バル公爵」自体が丸々「神聖ローマ帝国」の貴族に取られた形になる

1571年、「ドンレミ」は正式に公爵領である「ロートリンゲン公国」に編入され、

フランスからの名実を伴う離脱となった。

その後、フランスによる占領の時期を度々挟むも

1766年まで「ロートリンゲン公国」は「神聖ローマ帝国」の領邦国家であり続けた、

逆に言えば1766年にフランスに併合されて消滅、「ロートリンゲン公国」は滅ぶ。

その時には名を多少変えていた「ドンレミ」もこの時正式にフランスの領土になる。

その後、晋仏戦争や世界大戦で領土の変動が起こるが「ドンレミ」とは関係ないので省く。

 

この「ロートリンゲン」だがフランス風に表記するとこういう風になる

「ロレーヌ」

 

 

「ああ、「アルザス=ロレーヌ」のロレーヌですか

歴史ってのは変なところに繋がりますねぇ」

ロレーヌで思い出しました、確かマリーアントワネットの父方の実家ですね

マリア・テレジアとの結婚の為に手放した所です

自分の扱いが悪い家に婿入りする為に先祖伝来の土地を手放した悲しい話です。

しかし長々と聞いてなんですが、まったく話が見えて来ません

欧州の仲間割れじみたごちゃごちゃした話なんぞ、どうでも良い事なんですが。

そう零すと、心底同感とばかりにリーダーは頷き

「俺もそう思った、おめぇが持ってきた手紙の半分以上がこの辺りの説明だ。

半分くらい焼いても問題なさそうな手紙だな」

ですよねぇ。

「まあそうした歴史的経緯によって【司教】はドイツ人としての使命に目覚めたわけだ」

使命、目覚めると大体ろくでもない事になるものですねぇ。

 

「ドイツ人としての【ジャンヌ・ダルク】を召喚し

ドイツ王を選定させ、ドイツ支部を統一し、【千年王国】をドイツに築く」と

 

 

神聖ローマ帝国はドイツだ、神聖ローマ帝国は【ドイツ人の王(Germaniae rex)】が治めた国なのだから

そしてこれまでの歴史的経緯からどう見ても「ロートリンゲン」はドイツだ

「ロートリンゲン」は歴史的にドイツであった期間の方が長いのだから!

「ロートリンゲン」がドイツであれば【ジャンヌ・ダルク】はドイツ人だ!

【ジャンヌ・ダルク】を召喚し、正しき王を選んでいただく事が神の御心に適う事だ!

【司教】はこのような妄執に駆られる事となる。

 

【司教】はあらゆる伝手、あらゆる手段を用いて【ジャンヌ・ダルク】召喚の術を探した。

無論、その召喚についてドイツ支部指導部からの許可を求めようなどとはもはや思わない。

【司教】級聖職者による協議、などという唾棄すべき旧態依然とした怠惰極まる制度への

信頼が疾うに失われたと確信したが故の行動でもあるからだ。

そしてとうとうその術を見つけ出す。

必要なのは三つ、【ジャンヌ・ダルク】の謂れの地、聖遺物、

そして【ガイア連合】製の【ドリーカドモン】

この三つを揃えれば召喚が出来るという。

早速【司教】は【メシア教穏健派】が所有していた【ジャンヌ・ダルクの遺骨】と

かつてとある事情により【ガイア連合】から提供されていた【ドリーカドモン】を奪取。

そして【ジャンヌ・ダルク】謂れの地である「ドンレミ」の教会にて

【ジャンヌ・ダルク】召喚の儀式を執り行う事を決めたのだった。

 

【司教】、それも覚醒者である【司教】ともなればその影響力、権威は大変なものとなる

彼は自らの弟子、側近、派閥員、同調者を総動員し

数百人の覚醒者という戦力の集中でフランスの「ドンレミ」に進軍、強襲し占領

【大儀式】による【ジャンヌ・ダルク】召喚を企てる。

 

 

 

「なるほど話が読めました、我々はこの突っ込み所の多い【司教】を助けて

召還を妨害しようとする過激派天使と戦闘するのですね?」

「ちげぇよ」

おやおや?

「しかし逆にこの【司教】を攻撃するのは少々惜しくはありませんか?」

【司教】の領土欲も歴史解釈も政治思想もどうでもいいですがその戦力は惜しい。

雑魚が少々群れた程度なら気にする必要はありません、

ですが数百人の覚醒者となれば喪失すればそれに見合った影響が出るでしょう。

数に優れる【メシア教穏健派】と言えども消えてしまっては困る戦力だと思いますが。

下手しなくても【穏健派ドイツ支部】全体の十分の一くらいになるのでは?

まさか穏当に、「話せばわかる」なんて話でもないでしょうに。

 

「今までの話の多くが【過激派】を騙すための欺瞞情報だからだ」

「はっ?」

「考えてみろよ、仮に【ドリーカドモン】なんか持っててもメシア教なんかにやるかよ

あのメシア教にだぞ?どんな事情があってもそんな事しねぇよ」

胡散臭い物を見るように手にした手紙を眺めるリーダー。

言われてみればそこは納得できます、納得できますが……

「ならどうしてこんな変な設定を作ったんです?」

「これくらい人類が愚かなら安心して天使が引っかかるって事らしい

人の愚かさに限度がねぇ事については歴史が度々証明してるからな」

なんと、まあ。

 

 

【メシア教穏健派】ドイツ支部には【半終末】以来の悩みがあった。

機能不全化しつつある【シェルター】の設備と、多すぎる避難民の存在だ。

これによる負担で崩れかける組織を多少なりとも支えるべく彼らは計画を練った。

その計画は【再配置計画】と呼ばれる。

 

【再配置計画】、雑に言えば【メシア教穏健派】ドイツ支部が抱える人員と資材の再編成だ

【メシア教穏健派】ドイツ支部が最大の人数の避難民を養えるようにするために

覚醒者、機材、装備、そして避難民たちを最適な割り振りをする事を立案する。

労働力さえあれば物資の生産が出来そうな【シェルター】には労働者に成りえる避難民を、

浄水設備が壊れた【シェルター】には浄水出来る悪魔と契約した覚醒者を、

技術者を求める【シェルター】には必要とする技術者を、

そして覚醒すれども訓練未了な覚醒者には訓練施設を有した【シェルター】へと、等々。

あらゆる面で効率面を重視した再編成を行い、長期持久体制の確立を図る。

それが【再配置計画】の狙いである。

 

そして計画は練られた、効率面を可能な限り追求したそれは見事な物であった。

必要な所に必要な人員を回し、支えられる人数の最大化が図られていた。

維持そのものが非効率になった【シェルター】の放棄すら含んだそれは

必ずしも理想論だけで練られた物ではないという事を如実に語った。

だが問題があった、そのような大規模な人員の移動をどのように行うというのだ?

無論、覚醒者の中には【トラポート】持ちがいる、【トラポート】持ちの仲魔もいるだろう

しかしながら万人規模では済まない数の避難民である。

これを僅かに存在する【トラポート】持ちで賄うのは不可能であると常識的に判断した。

【トラポート】持ちは常日頃から酷使されている人材でもある。

【トラポート】を使って運ぶ事が出来るのは覚醒者と緊急を要する物資だけだ。

無理をしてそこまでであり、それ以上の事は出来ない。

そして多くの避難民は非覚醒者であり稼働する車両を用意できない以上、

徒歩で移動する事になる。

悪魔が湧き、天使が人々を襲うこの世界を。

現実的ではなかった。

 

【再配置計画】はそもそも「再配置する手段がない」という点で机上の空論だった。

その、気持ちばかりが先走った計画が情勢の変化で日の目を見る事となる。

 

 

「情勢の変化ですか」

「合衆国東海岸の港町、その攻略から得られた情報だ」

 

合衆国東海岸の港町もその多くが順調に攻略され、周辺海域が安定化した

これによって【北米打通作戦】は一つの区切りを見せる事となり

合衆国に渡った【俺たち】が徐々に帰国する事となる。

当初の目的を達成できた者もそうでなかった者も。

 

「その攻略した港町の中に【過激派】が押さえていた街がいくつかあった」

らしいですね、敵が【邪神】だけではないのが彼の地の難しいところです。

「その街の【過激派】天使たちの中に中ボス程度の、

ボスでこそねぇが雑魚ではないくらいの連中がいた。

そいつらが妙に欧州にある教会や聖堂を肩書にした名乗りを上げていたらしくてな」

ほぅ。

「【過激派】の事情は知らねぇが、

欧州方面の天使どもを引っ張ってきて港町防衛に使った可能性が高い。

そしてとんでもなく消耗をしているはずだ、ほぼ殲滅戦になったらしいからなぁ」

ほぅ!

中ボスクラスであればそう易々と補充は利かない、そう期待しても良いですよね?

 

 

この情報を受け【穏健派ドイツ支部】は動く事となる。

まずはドイツ内の【過激派】天使たちへの諜報並びに偵察を実施、

その存在が確認されていた幾人かの有力な【過激派】天使の活動がない事を確認した。

合衆国の港町防衛に駆り出され消滅した可能性があると認識する。

これによって【再配置計画】の発動を求める声が高まった。

低レベル天使であれば【穏健派ドイツ支部】が誇る【テンプルナイト】で十分戦えるからだ

しかしまだ足りない

極少数でも高レベルの天使が活発に動けばそれは多大なる被害を意味する。

この機会を活かすために【穏健派ドイツ支部】は陰謀を企んだ。

 

【穏健派ドイツ支部】内に潜伏している【過激派スパイ】、隠れ過激派に偽情報を流し

それによって可能な限り敵戦力を誘引、その間に一度に移動を済ませるという計画だ。

その敵戦力を誘引するエサが【司教】の戦力と【ジャンヌ・ダルク】だった。

 

偽情報上の計画では、

「ドンレミ」を占領した【司教】は数日間に渡る大儀式を行う事となっている。

この大儀式中に【過激派】が妨害、儀式に必要な聖遺物並びに【ドリーカドモン】を奪う、

そのように【穏健派ドイツ支部】は予想した。

更には聖遺物と【ドリーカドモン】を奪う為に「ドンレミ」の戦力を薄くすると想定する

「儀式が終わる少し前に聖遺物と【ドリーカドモン】を持った同志が合流する」

と偽情報上ではなっており、ただ【司教】たちを襲うだけでは何も手に入らないからだ。

故に【司教】たちは比較的楽に「ドンレミ」攻略に成功するだろう。

そして「ドンレミ」は包囲される、数百人の覚醒者を殲滅できるだけの戦力が集まるはずだ

それによって戦力と耳目をフランスに集め、ドイツを手薄にさせるのだ。

なおこの数百人の覚醒者の殆どは見せ札であり、

上手くいけば包囲される前に【トラポート】による脱出が出来る手筈になっている。

 

そして聖遺物と【ドリーカドモン】の偽造は【ガイア連合】に依頼された

まず偽造だとばれる事はないだろう。

 

【穏健派ドイツ支部】の理想では【過激派】は欲をかいた結果、

【穏健派ドイツ支部】の抱える人員を壊滅させる好機を逃すという事になっている。

 

 

「そう上手く行きますか」

鼻で笑ってしまう、眉唾な話だと思いました。

偽情報で誘導、それによって生まれる隙を活かす

聞けば中々凝った話に聞こえますが

敵が自分の思うように動いてくれなければ大打撃という痛い話

ギャンブルにしてももう少しマシな話をしていただきたいんですがねぇ

ギャンブルには夢がないと面白くないのですが、夢だけなら見る価値がありません。

私のその反応にリーダーは苦笑いを浮かべて言う

「上手く行くように努力はしているらしいがな」

そりゃそうでしょうよ。

 

 

「ところで聞いていいですかね?」

「なんだ」

「多くが欺瞞と言いましたがどのあたりは本当なんです?」

「【司教】が変な物を召喚しようとしていた辺りは本当だ。

元々は【カール大帝】の召喚を企んでいたらしい、【シャルルマーニュ】とも言う。

もっとも、召還術の方がお粗末で大したもんは召喚できそうになかったらしいが」

何やってるんですか【司教】

強い王かもしれませんが今のご時世に使える存在なんですか、それ。

いや、待て、確かカール大帝は聖人認定されていましたね、なら役に立たない事も……。

「【復活したカール大帝による千年王国建国】を計画していたら、

【穏健派ドイツ支部】内で察知されて潰されて、良い機会だから再利用されたって話だ。

過激派のスパイもその【司教】の側近らしい。

世の中、何が役に立つかわかんねぇな……」

まったくですよ。

 

「まあ、【穏健派ドイツ支部】の目論見が上手く行こうが行くまいが

俺たちにはあんまり関係ねぇ事なんだが」

「どういうことです?」

「【穏健派ドイツ支部】は作戦を成功させるための一環として

話をある程度【北欧神話勢力】に流して【過激派】攻撃の好機だと嘯き、

自分たちが抱え込んでいる「一神教系非メシア教組織」たちには

「拠点を得られる好機だぞ」と煽った、後者はまったく事情を知らねぇらしいが」

事情も知らずに好機とか言われて動きますか、追い込まれてますねぇ

煽った、と言いますが実際はもっとえげつない事をしてそうな気がします。

「これで【過激派】の対処能力をパンクさせるつもりなのさ。

上手く行けば皆で楽しい、上手く行かなくても自分だけが痛いんじゃねぇって話だ

だからこんな手紙みたいに、こちらにも情報を流すし紹介もしてくれる」

バシッと雑に手紙を指で弾きながら言った。

そして、と一拍置きリーダーは言う。

「俺たちが関わるのはこの「一神教系非メシア教組織」だ。

こいつらの城攻めに関わる、良い機会だからな

元々は街攻めだったが俺たちが関わるなら城攻めに変更するそうだ」

なるほど。

 

 

胡散臭い手紙をテーブルの上に放り、リーダーが邪悪に笑いながら言う。

「俺たちがやる事は単純だ、現地で速やかに城を攻略する事。

それだけで俺たちは突出した存在になる」

突出ですか?

「穏健派の作戦はおそらく失敗する、凝り過ぎた作戦なんてそうそう成功するもんじゃねぇ

過激派は順当に避難民や覚醒者を蹴散らす、その後に俺たちの存在が目に付く

奪われた城を取り返しに戦力を集めるはずだ、これを討つ」

普通なら御免被りたいシチュですねぇ、それ。

蟻に群がられる砂糖の気分、で済めば良いのですがそういうレベルではないんでしょ?

「仮に成功してもやる事は変わらん、穏健派の作戦は過激派の戦力を削る類のもんじゃねぇ

なら、ちょっと待てば戦力を率いてぞろぞろとやってくるはずだ

拠点を奪われた失点を取り戻しにな、地獄のような戦いになる、それが良い」

そういうもんですか。

敵は最低でも「自勢力の拠点を陥落させる事が出来る敵」に勝てる戦力を集めるでしょう

中々にヘビーな戦いになりそうです、今のうちに回復アイテムの備蓄でもしておきますか

それとも【蟲毒皿】の方ですかね。

「もし敵戦力が集まり過ぎて勝てそうにない場合はどうします?」

私のその質問にリーダーは即答する。

「戦闘前に逃げる、霊地の支配権を奪われる前なら【トラポート】の妨害は出来ねぇ

俺たちにとって城に価値はない、捨てる。

何らかの事情で【トラポート】出来なくても逃げる事は変わらん、拘る意味はねぇ」

ふむ、得る物はあくまで戦闘経験、そういう事ですか。

 

 

話が一段落して、冷たい麦茶をグラスに注ぎ口にする。

ひんやりした麦茶が心地良い。

まあつまり【メシア教穏健派】の作戦が上手く行かなくても困らないって事ですか。

ならどうでも良い話になるんですよねぇ

長々と怪文書染みた話を聞いて損した気になりました

その話もどこまで本当なのか怪しいものだというのですからなおさらです。

会議室内に散らばった情報収集の結果の書類や書き留めを片付けながらリーダーが言う。

 

「俺の目的は【穏健派】を助ける事でも「一神教系非メシア教組織」を助ける事でもねぇ

どうせ俺らじゃ戦況に決定的な影響は与えられん、数が足らねぇからな。

だから狙いは程々に勝てる戦場で、過激派天使との戦闘経験を積む事

そして参加者がなるべく良い気分で帰る事だ」

良い気分ですか?

「嫌な思いをさせねぇって言い方の方が正しいかもしれん。

使命感や決意、そういった物が生まれるような戦場にはしない事だ

軽い社会科見学程度の気持ちでやりたい、だから影響が大きいような重要な戦場も避ける」

少し恥ずかしがるように宙を見上げリーダーが言う

「そうだな、こんなのを想像してみろ」

 

 

戦いを終えた後、自分たちが意図せずに助ける事となったモノを眺める【俺たち】

そこでは人の営みと日常があり、こんな世界でも前を向いて生きようとする人の姿があった

年を取った父母を見捨てられず手を引いて逃げていた若者

子供に自分の分の食べ物を与えてしまい痩せつつある母親

少しでも家族にマシな環境を与えようと身を粉にして働く男女

薄汚れ、空きっ腹を抱えた未来ある少年少女たち。

自分が去れば明日をも知れぬ人たち、苦労しながらも何とか今日まで生き残った人たち

そんな人たちが自分に気づいて口々に言う「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」

救われていないのにまるで救われたような顔で言う

「あなたのおかげで助かった」

 

 

「良く分かりませんが」

何を言ってるんです?

「分かんねぇか……

つまりだな、こんな状況になるとたまに「俺が守らなきゃ」「俺が少しでも良い生活を」

そんな風に思っちまう奴が生まれんだよ、それを出来る力が【俺たち】にはあるからな」

そんなもんですかねぇ、私には分からない話ですが。

どうでもいいじゃないですか

「それを振り切って、つまり自分の幸せを犠牲にしない事が

他人を見捨てる事だと感じてストレスになる奴がそこそこいる」

まあそういう人も中にはいるのかもしれませんね

それが私ではない事だけは確実ですが。

「この手のストレスを浴びて、使命なりなんなりに目覚めたらそれは不幸だ。

勝手に不幸になる分には良いが、俺が関わってそれは勘弁してもらいてぇ

だから終わった後の事を任せられる誰かがいた方が都合が良い

その方が後腐れなく去れる」

甘くなりましたねぇ、昔はもう少し雑だった気がしますが。

 

なるほど、ところで気になった事が。

「それならどこぞの神話勢力への援軍に行くってのはダメだったんですか?

条件的には大差ないですし、いつでも援軍求めてますよ」

私のその言葉にリーダーは渋い顔で禿頭をガシガシ掻いてから言った

「最初はそのつもりだった、具体的には【インド神話勢力】だ

あそこなら戦場に困らんし勝った後は押し付ける事ができる。

保護した人間の面倒は悪魔どもが喜んでみるだろうよ」

でしょう?

それに日本の悪魔という伝手もあります、インドとは縁がありますからね。

「も……源氏の奴の話を聞いてな、それで【インド神話勢力】は没になった」

源氏さんの話ですか、彼は特に情報通には見えませんが

私の知っている現在の彼は霊薬を納品している事くらいです

生産側に転向する気ですかね、それはそれで良い選択だと思いますが。

「まあそれは良い、気になるなら本人に聞け」

本人?

 

「これから上に企画書を提出して渡航許可を貰いに行く。

それが通ればあいつを誘う、その時でも良いし

誘いに乗るならいくらでも聞く機会はあるさ」

それで話は終わった。

 

 




ドイツで「ジャンヌダルクはドイツ人だ」なんて言い出す人は多分いないと思います


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第二部16話 ドイツ編1

 

リーダーたちがうちに来てからそう日を置かずに、俺たちはドイツへと飛んだ。

 

 

 

「あなた方に神のご加護があらん事を」

いかにも聖職者然とした人物の、ありきたりでありながら誠実そうなその言葉に礼を言う

「ありがとうございます、私たちもあなた方の武運長久を祈らせていただきます」

この人たちの為に祈る神を俺は持たない、その神の加護を祈るのも変な話だろう

そういう事でこういう言葉になった、向ける言葉として正しいのかはわからない。

俺のその言葉にその老紳士、いかにもな正装をした聖職者のような人

そして事実【メシア教】の聖職者であるその人は頷くように言った。

 

「ありがとうございます、私たちは何よりそれを必要としておりますので」

最後に握手をする、長々と続いた挨拶はようやく終わった。

「プレスター・ジョンの騎士団」の団長である俺と【メシア教】の聖職者との挨拶が。

いや本当、プレスター・ジョンってなんなんだよ……。

なんとこの名前はリーダーによる物では無く、適当なチーム名と偽名を名乗ると伝えたら

目の前の聖職者が推してきたチーム名らしい、ないわー。

 

 

 

現地の要人との挨拶が終わり、用意された部屋に戻ったら聖女ちゃんがいた。

誘ったら聖女ちゃんも参加してくれた、知らない人だらけにならなくて助かった。

「お疲れ様です、団長」

聖女ちゃんが表面上は丁寧な、その実ニヤニヤとした目を隠そうともせずに俺を労う。

この人は俺がああいうの苦手なのわかってて、もう……。

ましてや相手は【メシア教】の連中、こっちは散々嫌な汗かいたのに。

 

「大したことはないさ。

参謀、何なら次は君が団長をしても私は一向に構わないと思っている。

次の機会があるかは知らないがね」

「まあ、それは大変ですわ。でも私ごときでは務まりません

その時が来たらぜひまた団長に頼らせていただきませんと!」

次は勘弁してくれ……口で勝てる気がしないなぁ。

リーダーが言う所の「ちょっとした修学旅行」中、俺が団長を名乗るのと同じように

聖女ちゃんも参謀を名乗っている。

 

今回、俺たちは参加者全員が偽名の類を名乗る事にしている

普段から偽名を名乗ってる人もいるがそれとは少々事情が違う

この「プレスター・ジョンの騎士団」中限定での偽名だ。

【メシア教】に個人を特定できるような名前を出すのは不味かろうという判断だった。

それと同じ理由で、顔の認識をずらすお札も全員に支給された。

最近では【メシア教】が【俺たち】への取り込みの勢いが増しているらしく

そんな連中に個人として隙と利用価値をなるべく見せないように、という事だ

悪魔と同じような扱いだが悪魔よりも性質が悪い、何せ気軽に排除できないからな。

気が付いたら【メシア教】の人間が親戚になっていた!という事すらあるらしい、怖い話だ

ちなみに俺たちが名乗る役職名兼偽名はくじ引きで決まった。

役職名団長はこういう挨拶のような面倒を押し付けられる、事前にそういう説明があった

どうせ引かないだろ、と甘く見てたらこれだった。

こういう時に俺の霊感は働いてくれない、働け。

 

 

脱いだ外套を<ライコー>に渡してから椅子に座り、周りを見ながら聞く。

「それで、副団長たちはどこにいるんです?」

用意された部屋は別に俺の個室というわけではない、

団全体での話し合いに使う為の大き目の部屋だ、そこに聖女ちゃんしかいなかった。

他の人たちの式神もいない、今は俺と<ライコー>と聖女ちゃんだけだ

聖女ちゃんのシキガミは部屋の外で扉を守っていた。

 

「副団長は今回行動を共にする「新チュートン騎士団」の人間との話し合いを、

その他数名は観光と言ったところです」

観光、ね、あまり穏当な雰囲気は感じない。

おそらく「前線にあるメシア教の拠点」に対する観察と言った意味合いだろう。

この【メシア教穏健派】の拠点には大聖堂がある

大聖堂、【俺たち】にとっては【カテドラル】と言った方が通りがいいと思う

俺たちが今いるこの街には【メシア教穏健派】が握る【カテドラル】があった。

興味深く思えるはずだ、【カテドラル】を観察できる機会なんてそうはない

メシア教が特に力を入れて作った【隠しシェルター】の類でこそないが

この【カテドラル】もまたメシア教の技術で整備された【シェルター】である。

 

ここはドイツ中部、チューリンゲン州の都市、エアフルト

攻略目標であるヴァルトブルク城から60キロ近くも離れている街。

そして【メシア教穏健派】が治める都市。

そこに俺たちはいる。

 

 

「ところで参謀、周りに人がいないんだから口調作らなくても良いと思うんですけど」

「えー良いじゃん雰囲気出るんだし、私、団長の偉そうな口調好きだなー」

途端に聖女ちゃんの空気が軽くなりケラケラ笑う。

何言ってんだこの人。

偉そうな口調には理由がある、副団長つまりリーダーに

「人前では舐められないように偉そうな感じでやってくれ」と言われたのだ。

偉くなった事がないのでどうやれば偉そうになるのかが全く分からなかった。

口調だけでもそうしている、他の人もそれに付き合ってくれた。

俺たちが自称騎士団で本来は団長でも何でもない事、相手も知っている事なんだがな

あまり意味がないと思うがこういう事をやっている。

 

「あなた、どうぞ」

「うん、ありがとう」

淹れたての温かいお茶を<ライコー>から受け取り、一口飲み息を吐く

茶やコーヒーの香りはストレスを和らげると聞いて持ち込んだのだけど多分正解だった。

ホッとする。

「参謀さんもどうぞ」

「ありがと」

もう一口、今度は味わってお茶を飲み、落ち着いた所で聞く。

「で、副団長の話に俺は加わらなくていいんですか、一応団長なんですけど」

「良いっぽいわ、向こうも副団長ポジの人とのお話し合いらしいし」

実務者協議かな?

まあ出なくていいなら良いや、正直【俺たち】じゃない人と関わるのがどうにも苦手だ

悪魔の方が楽なんだよなぁ、こちらの感情をMAGで察してくれるし利害がはっきりするし

 

俺がここの偉そうな人と長々と挨拶している間の話を聞く。

「今のところ判明しているのが「新チュートン騎士団」

ちょっと戦力として数えられないレベルって事ね、多分その辺りの話し合いだと思うわ」

戦力として数えられない?城攻めしようって集団が?

事前情報では「それなりに戦力になる」とメシア教側が言っていたはずだが。

 

 

【ガイア連合】では一般的なレベルの表記はその外ではまだ一般的ではない

その為、外の勢力では人の強さについて曖昧な表現になる事がままあると聞く。

これは今後、世界に【悪魔召喚プログラム】が広がる事で解消される問題だとされている

【COMP】の【アナライズ・アプリ】を通じてレベルとその基準が世界に広がるのだ。

 

 

「レベル12のマジックユーザー、使えるスキルは【ハマ】だけ。

レベル10の【テンプルナイト】もどき、他レベル一桁前半がぞろぞろと8人ほど

【デモニカ】や【COMP】持ちは見た限り無し」

アナライズした限りだけど多分これで全力、と無表情で聖女ちゃんが言う。

天使の、それも数的主力である【エンジェル】のレベルはおおよそ10前後だ

それを考えると彼らの行動は確かに少々冒険的な物を感じる

積極的に天使と戦うのだから、もう少し余裕があるレベルだと思っていた。

 

「霊装の方はどうです?」

「簡易だけど一応聖別された剣を持っていたわ、4人くらい

銃器の類はなし、持ってても【対悪魔用】じゃない普通の銃だと思う」

……ちょっと厳しくないか?

 

「元々まったく計算に入れてなかったから別に良いんだけどさー

ここまで弱いとちょっと途惑うわよねぇ、なんかあったのかしら」

まあそうですね、一体どういうつもりなんだろ。

 

 

 

団長という名称の割に司会というか議事進行係になったような感じがする。

「では報告をお願いします」

俺のその言葉に部屋に集まり席に座った8人の中からまず山田さんが報告を上げた。

優先度が低い順らしい、事前に報告する順番を決めたと聞く。

「報告します、ここの【カテドラル】、規模の割に霊的防御力が弱いです。

予想としては都市防衛の為に【聖水】を供給しすぎて、施設の清掃に回せていないからかと

大体どこの宗教施設も【穢れ】たらその能力をじわりと落としますからねぇ」

頷く。

【聖水】を撒けば一部の野良悪魔避けが出来ると聞いた覚えがある、予想としては妥当だ

そして【聖水】の生成は聖職者系統では基本的な技能と言っても構わない

作れないという事はないだろう

それを他に回した事できちんと【穢れ】を掃えないならそういう事もあり得る

なるほど、つまりこの【穏健派】の拠点は十分に【霊地】を活かせる余裕がないと。

次に、同じように観光に回ってた人たちが発言する。

 

「報告します、天使の姿はそれほど見られませんでした。

典型的な【穏健派】拠点の特徴と合致します」

 

「報告する、周辺の避難民を受け入れたのは事実かと、大規模なテント村を確認した

やる事がない連中は寝そべるか祈ってる。

現金は機能していない、マッカも含めて出回っている様子はない、物不足だと解釈した

乾パンのような物が出回っているのを見た、これが現金代わりだと思われる」

 

「報告、ぱっと見た限り栄養状態と衛生状態は良くないようです

栄養失調気味に見える人が多く見られますし、都市の上下水道が機能していないようです

街路樹も切り倒されています、飲料水確保のための燃料に使われたんだと思います

根本的にこの拠点で支えられる人口以上を抱え込んでるように見えます、あかん奴では?」

 

そして最後に聖女ちゃんが纏めた。

「つまり、規模こそ大きくても普通の穏健派の拠点であると言えます」

 

「特に、問題はなさそうですねぇ」

山田さんの言葉に各々顔を見合わせ頷く、特別な要素は特に感じない

【カテドラル】がある、と言っても多少霊的な防御力と霊地としての力が強いだけだ。

警戒するようなものは【メシア教穏健派】ぐらいしかない

奇妙な程恵まれているようにも、リソースを変な所に集中してるようにも見えない。

うん、何事もないならそれで良いな、どうせ長居する街というわけでもない。

【ガイア連合】の支部と比べたら防御力等に大きな不満を感じるが、

それは【ガイア連合】の技術力と霊地が揃っての事、外に出て求めて良いものではない

下水くらいは何とかして欲しいものだがそれも今の世界では贅沢でしかないのかもしれない

排水とかどうなってるんだろ、下水が逆流でもしたら病気も流行りそうだが……。

そしてこんな状況でも治安面での不安が出て来ないのが【メシア教】という宗教の強さか

良くやっている。

……穏健派の作戦が上手くいけば、この拠点も多少はマシになるんだろうか。

 

 

「続けてください」

俺のその言葉に、副団長として何やら語り合ってたらしきリーダーが発言する。

「新チュートン騎士団の副団長から非公式な要請があった、

「城攻略後は二日ほど防衛に協力して欲しい」との事だ」

いまいち分かっていない表情をこの場にいる人たちが浮かべる

俺も良くわからない。

元々、ヴァルトブルク城の攻略後は何日間か滞在し、

城を奪い返しに来るだろう周辺の天使の撃退をする予定だった

それは相手にも伝えてあるはずで、なのにわざわざ言う意図が良く読めない。

リーダーが説明を続けた。

 

 

我が新チュートン騎士団にヴァルトブルク城を維持、防衛をするだけの力はない。

これは悲観的な予想もしくは意志力の欠如ではなく、

事実としてそれを果たす能力が欠けていると思って欲しい、と言われた。

 

ヴァルトブルク城はかつてその周辺を統治した伯爵の居城であり

数々の逸話、伝説を生み、そして一神教にとって無視できない事績を生んだ城である。

そしてそのような歴史を持つ施設と土地は自然と霊地としての力を帯びてくる

土地の在り方や霊脈とは別に人々の持つ概念が霊性を帯びさせるのだ。

力あるものが握れば、ヴァルトブルク城は「テューリンゲン州支配の象徴」にもなり得る

そしてそのような城の攻略に成功しても、早晩奪い返しに来るだろうと予想された。

それを防げる力を新チュートン騎士団は持っていないのだという。

 

攻略後、ヴァルトブルク城は破却する。

周囲には簡易の結界を張り、見張り台を作る。

新チュートン騎士団は城に居を移さず、その麓の町「アイゼナハ」を拠点にする

そして城を破却するための時間、ヴァルトブルク城の象徴的な物を持ち出すための時間を

我々にいただきたい、そのように言われたらしい。

 

 

「つまり「城の防御力をあてにしてたのにそれが無理なら帰るわ」されたら困るから

それはしないでくれ、って事だな、ささやかな話しだが人命に関わる懸念だ。

一応保留にしたが別に構わねぇな」

なるほどなぁ、見た事もない城の防御力なんて誰も気にもしてなかった。

占拠したばかりの拠点の霊的な機能なんてどこまで使えるかわかった物ではないし

こう言っちゃなんだが、そんなはっきりしない物は頼るに値しない

その拠点にどんな隠れた罠があるかわからないという理由もある。

霊的な防御力が欲しくなったら一旦引いて適当な所に陣地を構えるつもりだった

ヴァルトブルク城の周辺にはそれが出来る場所が数か所存在した。

 

「副団長、お聞きしたいのですがよろしいでしょうか。

そもそもなんでこんな弱小勢力が拠点取りに動いたんでしょうか?」

聖女ちゃんが挙手して発言する、「何でこんなレベルの人たちが」という疑問だろう

それに対してリーダーが答える。

「質問に答える。

まず、現地民においてレベル12と10はそれほど弱いわけじゃねぇ

他に一桁とはいえ覚醒者が8人いるってのを考えれば纏まった戦力と言える。

だからこそ干されていたわけだが」

新チュートン騎士団は一神教系の霊能組織で、【メシア教】とは敵対する関係だったらしい

正しく言えば敵対していたのは【メシア教過激派】という事になる、

メシア教が割れた後は【穏健派】とは協調という事になったそうだ

とはいえ長年敵視し、またその力に怯えていただろう事は想像に難くない

思う所の一つや二つはあって当たり前だろう

そしてそれは【穏健派】からすると、

彼らの存在は「自分たちに蟠りを抱えているであろう武装勢力」という事になる。

それを【半終末】になって保護した、そりゃ干しもするだろうなと思う

とはいえこの拠点にそんな事をして良い様な余裕があるようにも思えないが。

そういう不満がここを出て自分たちの拠点を得るという決意に繋がったのだろうか。

 

「元々は新チュートン騎士団はアイゼナハに突っ込み、現地の天使と戦闘、

教会を一つ奪う程度の事しか考えていなかったらしい

その後は都市の生き残りと協力し、都市を取り戻す戦いをするつもりだった」

それがいきなり城攻め?少し急すぎる気がする。

「それを【メシア教】が、支援するから【アイゼナハ攻略】をして欲しい、と要請した。

騎士団は武器と食料の供給を条件に受諾。

【アイゼナハ攻略】後はエアフルトから見て西の警戒線の一つになる予定だった

その後俺らの話に引っ掛かり、城攻めにまで話が膨らむ。

アイゼナハにとってヴァルトブルク城は目の上の瘤、無いに越した事はない」

俺らの存在、彼らにとっては良い迷惑だったのかもしれないなぁ

彼らにとって予定になかった城攻めになるのか

当初の話から二段階も事が大きくなっている

そしてその戦力は、事が大きくなったからと言って変わるものではない。

「こんなところだ、他に質問は?」

「ありません、ありがとうございます」

 

つまりこの拠点は特に問題なし、仮にあったとしても俺たちの後背を脅かすものではない

妙に弱く感じた新チュートン騎士団も、変な事情がある訳でもなかった

総じて予定通りの行動が可能、そういう事で纏まった。

 

「俺たちはこの後、騎士団と共に【トラポート】で一旦ゴータへ行く。

その後はアイゼナハに向かう、世界が歪んでなければ一本道だ

迷う心配はねぇ、安心しろ

今日はアイゼナハを攻略、明日が城攻めだ」

会議はリーダーのその言葉で締め括られた。

 

 

 

なんとなく居心地の悪い空気の中、ぼんやりと外を眺める

車の運転席から見える外の風景は変わり映えしないもので、特筆するような物はない。

先ほどまでは畑で、その後は森林の風景ばかりだ。

車外に出て偵察してくれている<シオン>からも何も報告はないから安全に進めている。

となれば何か多少の会話くらい有った方が良いか、こういうのは好きじゃないんだが……

極力意識しないようにしていた、車内にいる身長2メートルはありそうな大男を見る。

背だけがひょろりと高いのではなく、幅も厚みも相応にあるしっかりした体格の大男だ。

剣を佩き、胸に紋章が付いた厚手の服を着て、ごついブーツを履いている。

【俺たち】ではない。

 

「少年、君は今年でいくつだ?良ければ教えてくれないか」

「はっ!自分は今年17歳であります!」

その姿から想像される声より少し高い声で少年が答える、声が若いのだ。

であります、この少年が山口県出身の人から日本語を教わったのでなければ

軍隊調の話し言葉という事になる。

誰がこんな言葉遣いを教えたのか、それとも本人がそういう言葉遣いが適切と思ったのか。

そして17歳?17歳の少年が良く鍛えられた身体で、天使との殺し合いに向かう?

まったく以って嫌な時代、嫌な世界になったと思わざるを得ない

俺が17歳の時など、今となっては全く役に立たない学校の成績で優越感に浸ってた頃だ。

17歳で異国の言葉で会話が出来るならこの少年は将来有望だったろう、それが……

勝手な事を考えた、これも全部【メシア教】が悪い

なんだかもうこの会話だけでうんざりして来た、なんでこんな事してるんだ

とはいえ話を振ったからにはこれだけで終わらすのも不味いと思った。

 

「そうか、若いな」

「恐縮であります」

 

会話が切れた。

大変日本語が上手い、だからこそ会話が成立して、だからこそ居心地が悪い……

前方ではこの車と同じように【一反木綿】型の式神に牽引されてる車の様子が見える。

あちらはずいぶん気楽な様子だ

あっちは【俺たち】だけだもんなぁ、とはいえ割り振り上これは仕方がない事だ。

それに【俺たち】だけで固めたあの車は最前列で周囲を警戒するという役割もある、

遊びで割り振られたわけではないし、いざという時は特に危険な配置だ。

そんな事を逃避気味に思っていると会話が切れたのを<ライコー>がフォローしてくれた。

 

従騎士(エスクワイア)、もう少し肩の力を抜きなさい。

我々はまだ戦場に辿り着いてすらいないのですから」

「はっ!ありがとうございます」

少し肩の力を抜いたかのように見える大男な少年、もしかして緊張していたのか?

いまいち外人の顔は分からない。

 

俺たちは今、リーダーの所持する一反木綿に牽引させた車でアイゼナハへ向かっている。

まともに稼働する自動車という貴重品を使う訳にはいかないので、ある物での工夫だ。

車は現地で調達した。

ゴータからアイゼナハまでは西に30キロほど、徒歩で向かうには距離がありすぎた。

そしてこの同乗者は、新チュートン騎士団の人間だ

見習い騎士だか従騎士だか名乗っていたが、さっぱり頭に入って来なかった

覚醒者なのは覚えている。

向こうの団長に「ぜひ近くで学ばせて欲しい」と頼まれ押し付けられた人だ、

この少年以外にも複数人そうやって押し付けられた

この若い大男が俺の専属という事になっている。

学ばせてと言われても困る、パワーレベリングでもすればいいんだろうか?

所謂パワーレベリングは効率が悪すぎる上にそれで何とかレベルを上げても

スキルの習得には繋がらないせいで「微妙に強さに繋がらない」として

【俺たち】の戦闘要員志望からは避けられる傾向にあるんだが。

 

その後、いくらか話を振ったが弾まず

さほど広くない車の中で、他人と接する息苦しさを感じただけの移動時間だった。

俺が分かったのはこの少年が一神教の敬虔な信徒である事くらいだった

それだけ分かれば十分かもしれない。

 

 

 

アイゼナハの攻略は日が明るいうちに予定通りに終わった。

 

例え教会内というそこそこ有利な場所に陣取っていても

レベル10前後の天使【エンジェル】が多少強化される程度、ボスという程でもない。

手始めに一つの教会を攻略した後は【俺たち】の半数が複数の教会を襲撃するのに分かれ、

もう半分がヴァルトブルク城から援軍が来た場合に備え、都市南側で待機、と

こんな風に戦力を分ける余裕まであった。

前者を教会襲撃班AとB、後者を待機班と便宜的に呼ぶ、今日1日だけ使う呼称だ。

俺と聖女ちゃんのペアは襲撃班Aだった。

十数体出てきた天使を<ユキ>の【マハムド】で纏めて消し飛ばすのは爽快感があった。

この数の天使をその教会で維持してるからこその弱さだったと言って良い

その分、教会から得られる一体辺りのMAGが分散されるからだ。

【半終末】と言えどこの辺りの【GP】はまだそれほど高くない。

だからこそ低レベル天使を召喚する事を優先したのだろう、

【GP】に見合わない高レベル天使を召喚するよりそちらの方が負担が小さいからだ

そしてレベル10前後の天使でもこの地では大きな顔が出来るくらいに強い戦力だった。

十分通用する質があるのだから後は数を用意する、効率的な話だ。

敵は効率を重視する、その効率のせいで人類は効率的に苦しめられるが

同時にそのおかげでまだ人の手に負える敵で済んでいて、まだ勝てる。

これが良い事なのか悪い事なのか悩むところだ。

そして今、俺は

 

「そうかそうか、今まで頑張ったなぁ、どうだ?うちの子になるか?」

猫を口説いている。

 

 

【アイゼナハ攻略】後、速やかに行う事と決められた事があった

アイゼナハにおいてしぶとく逞しく生き残った方々への周知だ。

本命であるヴァルトブルク城攻略前に、俺たちを【メシア教】だと勘違いした人々が

決死の覚悟で攻撃してきて反撃で皆殺しにしました、では験が悪い

そういう話になり、じゃあ攻略後はこの辺りの人たちを見つけて

「俺たちは敵じゃないですよ~」という周知と、何かあったら嫌だから避難してもらおう

そういう事になった。

どうせ今日はここまでで、城攻めは明日から始まるのだからそれでなにも困らない。

見つけた人数が二桁までだったら今日中にゴータに送り届け、

それ以上だったらひとまずは都市内の適当な所に避難して貰う事となっている。

城攻めが終わるまでの一時的な避難だ

この避難等は新チュートン騎士団の人たちがやってくれるらしい、ありがたい事だ。

 

だが問題があった、アイゼナハの方々は【メシア教】と悪魔から隠れて生活をしている

それを見つけ出すのは骨だ。

これまで度々ゴータまで足を運び「アイゼナハの生き残り」を名乗って

【穏健派】から医療品等を受け取っていた人たちがいたらしいのだが、

その人たちも生活をしている具体的な場所は漏らさなかったと聞く

「騙りではないか?」と思わないでもないが【穏健派】は信じて与えていたらしい。

居るのか居ないのかすら曖昧な人たち、これを探す事になった。

 

 

という事で発見した地元住民の猫(名前はミア、黒、二歳の女の子)を口説いていたんだが

「振られましたね、主の主様」

「振られたんじゃない、あの子には帰る所があっただけだ」

ゆったり歩いて立ち去る黒猫のミアちゃんを見送りながらの会話である。

通訳をしていた<ケットシー>は何言ってんだこいつ、と言いたげな顔をこちらに向けた

ちょっと視線が痛いので<ケットシー>の頭を撫でて誤魔化す。

ま、まあ、最低限の目的は達成できたから……。

具体的には現地の人間が住んでいる所をいくつか聞けた。

 

「という事で参謀、地元住民からの情報を副団長にも伝えるように

これからそこへ向かう」

「了解いたしました」

歩きながらスマホを片手にささっと文面を打ち込む聖女ちゃん、早い。

「団長殿!恐れながら質問します!」

突然大声で少年から話しかけられた、なんだ?

「質問を許す」

「猫の言う事を信じるんでありますか!」

何を言ってるんだ、君は……。

「疑う理由があるのかね?」

俺は猫と種族的に仲が悪くなった覚えはないしあの猫とも因縁を抱えてはいないぞ

特にあの猫は【覚醒】しているから頭も良い、俺とのレベル差も感じてるはずだ

レベルが高い存在から変な恨みを買いたいとは思わないだろう。

ご飯もあげたし。

「はっ?しかし!……」

「どうせ他にあてはないのだ、罠だったとしてもそういう情報を得られるという事だ」

微妙に納得できないようだ、そこでようやく気付いた。

考えて見ればこの少年、【COMP】を持っていないから悪魔との会話が出来ないのか

なら俺が<ケットシー>を間に挟んで行った交渉を理解できなくてもしょうがない

あとでこの少年に【COMP】を一つプレゼントするか。

【俺たち】が現地民に供与しても良い仕様の【COMP】を何台か購入しておいたのだ。

 

最近は【悪魔召喚プログラム】に色んなアプリやパッチが当てられて

【俺たち】仕様と現地民仕様ではっきりと差が生まれてきた

俺の【COMP】にはレベル制限と召喚や契約の数の上限を緩めるパッチを当てている。

現地民仕様ではこれらのアプリやパッチに制限があり、

【ハンターランク】なるランクを上げないと購入する事も出来ないらしい。

【ハンターランク】については詳しい事は知らない。

「現地民覚醒者の労働意欲を刺激するための【現地民向け基本アプリ】」と聞いている。

この少年に渡す事になる【COMP】にも【ハンターランクアプリ】が入っているはずだ。

 

スマホから目を離した聖女ちゃんが顔を上げる。

「団長、副団長との情報の共有を行いました」

「よろしい、行くぞ」

それはそうとこの少年、どこかに押し付けられんかなぁ

【俺たち】でも悪魔でもない人と接すると落ち着かないし

この口調、なんか疲れる。

 

 

黒猫の言った通りの場所に数十人ほどの集団がいた、やはり猫は信じられる。

外から見たら何でもない崩れかけた家に分散して隠れていた。

早速少年が前に出て身振り手振りしながら大声で何やら語り始めた

とはいえその集団は全くこちらの事を信じていない様子だ。

武器こそ向けてはいないが遠巻きに見つめ、いつでも逃げられるようにしている。

いや女子供を逃がそうとしているな?子供の手を引いて足早に去る女性の姿が見えた

男たちが話しを聞くと見せかけて前に出て、その隙に女子供を逃がそうとしているのだ。

こんな世界ではこの警戒心が普通なんだろうな

そして同時に彼らがこんな世界になってもその善性を失っていない事の証でもある。

 

廃墟の街中を進み、ようやく見つけた人々だが残念ながら俺にはドイツ語なんか出来ない

同行していた少年が何やら強い口調で彼らに語りかけているがその内容もさっぱりだ。

ただ少年の言葉に彼らが心打たれた様には見えなかった

それどころか彼らから少々人間不信の気配がする、怯えに近いものを感じた。

こちらも既に応援の人を呼んでいるが、それもどこまで効果があるわからない。

 

歩いた街並みを思う、道路は至る所が剥げていて攻撃魔法の跡があった

天使以外の悪魔もそれなりにいたのだろう、その攻撃跡の種類は多い。

建物の多くは崩れ、いかにも廃屋と言った有様であり中には火を放たれたらしき家まである

これは人か悪魔かどちらがやったのかすらもわからない。

飲食店やスーパーの類は完全に荒らされた状態だった、缶詰一つ落ちていない

それこそ彼らのような生き残りが食糧を回収したのだと思う。

笑える事にレジから現金まで無くなっていた、これは人がやった事だろう

その店内で所々に見つかる弾痕や武器の跡から人間同士の戦いもあった事が伺える。

街中では暴力の痕跡が色濃く残っているのに死体はまったく転がっていない、

それは悪魔が喰らう。

その悪魔も多少見つけた、殆どが【ゾンビ】や【ガキ】で知能は低く交渉の余地はない。

文字通り「話にならない」存在だ。

 

この【ゾンビ】の殆どは死体や人の感染からの変化の【ゾンビ】ではなく、

最初から悪魔として顕現した【ゾンビ】だった、こういうのには【リカーム】しても無駄だ

そんな【ゾンビ】があちこちでうろちょろしている

街自体が【ゾンビ】がいるのが当たり前の街になってしまったのだろう

悪魔としての【ゾンビ】が自然に湧くくらい属性が寄ってしまったのだ。

遠くに着弾した【ICBM】による呪術的霊脈汚染、そして人の認識とMAGがそうした。

 

「終末らしい街」、そんな風にすら思った。

こんな環境じゃ易々と人を信じる事なんて出来ないよなぁ。

 

 

「団長、私たちはもう十分働いたと思います」

埒が明かない話し合いに見ているだけで疲れた様子の聖女ちゃんが言う。

彼らに伝えるべき事はもう伝えたのだから自分たちは撤収しよう、そう言いたいのだ。

内心で同意する。

そうだな、あの様子なら俺たちに攻撃を仕掛けてくるって事もないだろう。

見た所数人覚醒者がいる、多分この集団を守っていた人たちだ、その彼らも

悪魔を連れ、武装をした見慣れぬ存在である俺たちに先制攻撃を仕掛けて来る様子もない。

覚醒によって得た力の万能感に身を任せず、理性的に身を律してるのだと思っていい

それなら懸念していた様な事故は起こらない、こちらの事を避けるはずだからだ

これだけ分かれば満足すべき成果だと言っても良いはずだ。

 

「じゃあ撤収しま」

すか、と声を出そうとしたら、そっと逃げる人たちの中から一人の老婆の姿が見えた

黒猫のミアちゃんがその横を歩き時折見上げ、老婆を気遣っている様子が見える。

そういえばあの猫には場所を聞く時に「悪いようにはしない」と言っていたな……

ここはあの猫が気に掛ける人物がいる所で、それを俺に教えたのか。

猫の事だ、きっと普段からあの老婆からご飯か何かをもらっていたのだろう。

「悪いようにはしない」、俺のその言葉を信じたのか、あの子は……。

「どうかした?」

言いかけて止まった俺を気にした聖女ちゃんがこちらを見つめた。

「ちょっとする事を見つけました」

……しょうがない、少し手間をかけよう、猫の分の義理だ。

 

 

「<ライコー>、今回は雨は降らさなくていい」

頷く<ライコー>、雨で体を冷やして体調を崩されても困るしな。

住民の方々の家の近くにちょっとした畑のようなものを見つけた。

多分、成長が早い作物か何かを育てているんだと思う

これをきっかけに居場所がばれるかもしれないが、人は食えなくても死ぬ

そういう判断だろう、理解できる。

その畑にシャベルで小さな穴を掘り、いざという時の為に持ち込んだ種芋を埋める。

俺は「何かあって帰還が遅れた時の食糧係」としての役割も期待されていたので

こういうものを持ち込んでいた。

 

柏手を打ち頭を下げる

結界で何か区切ったりするのも面倒だ、この程度で良い。

どうせ大した広さでもないし何でもない普通の作物だ、力任せでどうにでもなる。

埋めたばかりの、縦に三分割になるように切った種芋があった辺りの土にMAGを注ぎ

【五穀豊穣】を祈った。

 

小さな芽が出てきた、その芽が徐々に大きくなり太くなる。

水があった方が良いだろうと感じた、<ホレのおばさん>を召喚する事にする。

こんな事もあろうかと増えた召喚枠に入れておいたのだ。

「【召喚】<ホレのおばさん>、芋が育つように水をやってくれ」

初めての召喚がこんな用件ですまんな、そんな事を思った。

現れた<ホレのおばさん>は何も言わずに水を生み出し、畑に撒いた。

 

ぐんぐん育ち、芽の高さが20センチほどになる、多分普通なら間引きとかする時期だ。

それを無視して更にMAGを注ぎ大きくする、もはや芽でなく立派な草と言った姿になる

葉が大きく、青々としている。

更に育ち、少し紫がかった白っぽい小さな花を咲かせ、散る

そして早回しするように青々とした草が黄色く、枯れかけたような元気のない姿になった

??

感覚的にはこれで良いらしい、じゃが芋ってこんな状態で収穫するの?

そういうもんなのかな。

 

 

いつの間にか場が静まっていた、こちらを遠巻きに見る人々の中にいる少年に呼びかける。

「少年!」

「は、はいっ!」

慌てて駆け寄ってきた少年に言葉を投げかけた。

「収穫は少年に任せる、出来た芋は全て彼らに与えるように」

「了解しました!」

返事と同時に少年は芋の茎に飛びつきぐいっと力任せに引っこ抜こうとする、千切れた。

今度は少し穴を掘ってから根を掴むように引っこ抜く、

少し土も巻き込んで引っこ抜かれ、ジャガイモが収穫された。

 

歓声が上がった。

 

 

 

夜、燃えるものがないのに燃え盛る奇妙な焚火の前で座っている。

魔性の火だ。

物が燃える時のぱちりぱちりとした音がない焚火というのは風情に欠けるものだな

そんなどうでも良い事を思いながら揺れる火と影を見る。

「お手柄だったな、団長」

インスタントコーヒーを飲みながらリーダーが俺にそんな事を言った。

リーダーは酒ばかり飲んでいる印象があるが野営中は控えるらしい

この場には現地の人たちがいないからか、いつものぶっきらぼうな口調だ。

安心する、この人に敬語で話しかけられると妙に落ち着かないのだ。

リーダーの近くに<ワン太郎>がいない、その事に少し違和感を覚えた。

今日に限らず、しばらくは敵の動きを察知出来るかが俺たちの生存に関わってくる。

そのため<ワン太郎>含む偵察が得意な式神や仲魔の何人かは

城の見張りや敵の予想進路上へと偵察に行っていた。

 

「お手柄、なんですかねあれ」

あの後、何故か大きい畑まで連れ出され散々芋を量産する事になったのだ、その事だろう

それで信用を得られたようで更に周辺の生き残りが集まりまた芋を作った。

話しを聞いてくれる程度の関心を集めたかっただけだったのだが

途中から纏わり付かれて離してもらえなかった。

最後の方は芋以外の見た事がないような野菜類まで作った。

戦闘よりもMAGを消費している。

あんなに使うならもうちょっと効率を考えたやり方を……いやそこまではしなくていいか。

たっぷりの芋や野菜を背景にした説明はそれまでとはまるで違った説得力があったらしい

現地民の方々が「この街の天使が討たれた」という事を理解してからも大変だった

喜び走り回り、抱き合う人や泣いている人までいた。

よっぽどの害悪を振り撒いていたんだろうなぁ、あの天使ども。

滅んだ街並みを見ればわかる話だが。

 

「お手柄だとも、おかげで面倒な話にも殺し合いにもならなかった。

良い気分で晩飯を食って寝れるってもんだ」

まあ、ならいいです、そう返答するとリーダーは去って行った。

 

 

「ニャーン」

ぼんやりと焚火を見ていると<シロ>と<ホレのおばさん>が帰ってきた。

「おかえり」

伸ばした手に軽く頭を摺り寄せて、それで満足したのか<シロ>はどこかに行った。

「<ホレのおばさん>も悪かったな、手間だったろ。飴いるか?」

俺の言葉に<ホレのおばさん>は手で飴を断ってから、ヒッヒヒと笑う

「別にいいさ、これくらい。

たまには人に感謝されるのも悪くないからねぇ」

<ホレのおばさん>には現地民の人たちの貯水タンク等への給水をお願いしていた、

<シロ>はそれの護衛だ、この場にはいないがあの少年と一緒に周っていたはずだ

生きる上で水は必要なものだ、感謝は十分されただろう。

 

「しかしあれだね、この街の人間はあんたの事を「聖ゲオルク」ではないか、と言ってたよ

ゲルマンの地で旅人が豊穣を齎したならまずは「ヴォーダン」じゃないのかねぇ」

<ホレのおばさん>のその言葉に苦笑してしまう。

【聖ゲオルク】は竜退治の聖人だ、

捕らえた竜で民を脅して改宗させた伝説で有名な聖人で、農民の守護聖人としても伝わる

この聖人を由来にした人名、地名、国名まである、今でも人気がある聖人の一人だ

名前そのものが古い言葉で「大地で働く者」という意味があり農夫の事を指した。

加護を使って芋や野菜を作った事がそれを思わせたんだろう、

とはいえ【聖ゲオルク】は芋とは関わりがない人物だ、じゃが芋は新しい食べ物だからな。

そして【ヴォーダン】は言わずと知れた北欧神話の主神【オーディン】の事である。

【オーディン】のドイツ風の呼び方が【ヴォーダン】だとされている。

有名な神だ、俺的には「北欧神話版スサノオ」と言った印象だが

この理解の仕方であっているかは少し怪しい。

どちらにせよ、偉大な存在である事には変わりなく

俺程度じゃなぞらえる事すら恥ずかしい存在だ、関わり合いが無さ過ぎて反応にも困る。

 

「ヴォーダンは一神教の影響で死と戦争の神としての色合いが強くなったからな

北欧神話の方で豊穣神と言ったらまずはトール、あとはフレイヤ辺りが有名じゃないか」

恥ずかしいので話を少し逸らす。

「そうかねぇ、私にとってはヴォーダンは豊穣と嵐の神なんだけどねぇ」

【ホレのおばさん】も【オーディン】もどちらも【ワイルドハント】を率いて、

つまり冬の嵐と共にやってくる存在として伝わる

そして両者ともその暴風の後に豊穣を齎すのだ。

<ホレのおばさん>からすれば【ヴォーダン】もご同輩と言った感覚になるのかもしれない

俺が【オーディン】を「北欧神話版スサノオ」という印象を持っているのもこういう所だ。

ただの悪天候の神ではない。

 

「じゃあ私は帰るよ、次もこういう仕事が良いね

あんまり切った張ったは好きじゃないからさ、お婆ちゃんだしね」

【COMP】を操作し送還しようとするその手を一瞬止める

礼を言わねばならない事があった。

「ああそうだ、この外套、良い感じだよありがとう」

俺が今使っている黒い外套は、<ピクシー>やフロストたちが作った糸を

<ホレのおばさん>が織って布にして、それから作った外套だ

外国に行くと伝えたら急いで用意してくれた。

温かく着易く、【毒耐性】と【氷結耐性】を持つ、思っていたよりも良い物だった。

外套の表面を撫でるとどこかひんやりした質感をしている。

 

「止してくれよ、それは急場拵えの品さね。

次は娘っ子たちにもっと仕込んでちゃんとした物にするから、礼はその時にしておくれ」

<ホレのおばさん>は不機嫌そうな顔をしながら送還された。

<ホレのおばさん>とは徐々に打ち解けてきた気がする

その代わり最近じゃあんた呼ばわりになってきたが

 

 

 

夕食前の、そして本日最後の会議を終えて一息つく

会議というより情報共有と意識の統一の場という方が近い気がする。

いや会議というのはそういうものなのか?

その会議の場で仕入れたいくつかの事に思考を巡らせた

例えばそれはこの街の生き残りの合計が【半終末】前の街の人口の1%にも満たない事や

他の人が遭遇し撃破した【過激派】の覚醒者の存在の事だ。

生き残りの住民からの聞き取りで判明した事だがその覚醒者は元はこの街の住民で

天使に捕らえられ洗脳されて【神の戦士】とやらに成り果てていたのだという。

天使はこの街で度々【人狩り】を行っていて、その殆どが帰ってくる事はなく

その数少ない例外は全て洗脳され【神の戦士】と化していたと聞いた。

また街中にいた【ゾンビ】の数が少ない事から、

城の天使の戦力予想がいくらか上方修正される事となる。

湧いた【ゾンビ】や【ゾンビ】と化した人々を【ハマ】が得意な天使たちが狩り

それによってMAGが回収され、城に蓄えられた可能性が高いと見込まれたのだ。

人も【ゾンビ】も、天使の糧にされる。

 

【半終末】後の世界とはなんて破滅的なんだろうか、そんな益体もない事を思ってしまう

今更、本当に今更な話だが。

 

 

とはいえ、悪い事やうんざりする事ばかりが報告されたわけではなかった。

生き残った住民の避難が無事完了した事や、

何人かまだ蘇生が間に合う住民の死体が見つかり、後で蘇生をする事が決まった事、

それと住民に覚醒者の割合が多かった事などは良い事だったと思う。

確か、覚醒者が5人くらいに猫と犬が一匹ずつだ。

数百人しかいない母数の中でこの人数は大したものという事になる

この地が霊地の近くという事が良い方に働いたようだ

霊地の近くにいると覚醒しやすいのだ、その代わりそういう地は悪魔も湧きやすい。

他には「新チュートン騎士団」なるドイツで名乗るには変な名前の連中も

「実力はともかくとしてその戦意に不足はなかった」と会議の場で評されていた。

具体的にどういう働きをしたのかは知らない

だけど俺が何人か【リカーム】をする必要が生まれた位に彼らが頑張ったのは確かな事だ。

まあ実力なんてもんは適当に悪魔を殺していればある程度までは付くものだから

「戦意に不足はない」なら十分な評価と言っていいと思う。

 

こんな世界で、心折れずに前に出る事が出来る人たち

俺にとってその存在を認識出来た事は悪い事ではなかった。

きっとこういう人たちの中から英雄が生まれるのだ。

 

【穏健派】の予定通りに進んでいるならもう【司教】が「ドンレミ」に籠っている頃合だ

エアフルトで挨拶したあの聖職者も、避難民を守りながらどこかに移動しているはず

上手く行って欲しいものだ、こんな世界で無駄に消耗して良い戦力も命もあるもんじゃない

そんな事を思わせられた。

 

 

「あなた、タオルです」

「ありがとう」

野営中に風呂に入るわけにはいかない、熱い湯で温めたタオルで顔や首元を拭うのが精々だ

貴重な水を、というサバイバル的な話ではなく防具を脱ぐ事を避けるという話だ。

<ライコー>からタオルを受け取り目元と顔を拭く、これだけで幾分疲れが取れる気がした

肉体的な物ではなく精神的な物だろう。

「<ジャックランタン>はどうだ、なにか問題起こしてないか?」

「大丈夫なようです、真面目に働いていますよ」

ならよかった。

異界に湧いた<ジャックランタン>を火の係として召喚したわけだが、正解だったようだ。

この<ジャックランタン>、うちの異界内でも同じような事を仕事にしていたらしく

主に<ピクシー>たちからやれ芋を吹かせ、林檎を焼け、湯を沸かせ

そんな事を言われて仕事をしている間に見事

【<火加減上手の>ジャックランタン】という個性獲得に成功していた。

ちなみにレベルは9、個性とは、アイデンティティとは強さによるものではない

そんな事を確認する事になる。

目の前にある焚火も<ジャックランタン>によるものだ、

他の人の所も周って火を提供している。

 

<ライコー>も温かいタオルで首筋を拭う、その白い首筋をなるべく見ないようにしながら

俺の膝を枕にしてうとうとしている<ユキ>の頭を撫でた。

どうでも良いけどこの子、人に化けた時は髪は白くないんだよな、毛は白いのに。

艶のある美しい黒髪だ、<ライコー>が嫌がる<ユキ>を度々風呂に入れ手入れしていた。

明日が本番だ、<ユキ>の【マハムド】が活躍するだろう、頼りにしてるぞ。

そんな気持ちを込めて少女の姿になっている<ユキ>の頭をもう一度撫でた。

 

 

 




確実に再び登場しない人物設定
黒猫のミアちゃん
レベル1 スキルなし
黒猫、雌、2歳、ストレスと栄養不足で毛並みが悪い
ドイツのとある村の黒猫の末裔
ワイン樽に座ればワインを美味しく出来る力を持つがその事は本猫も知らない
主人公は「小さい頃にミアミア鳴いていたからミアなんだろうなぁ」と勝手に思っているが
聖母マリアから取られた由緒ある名前である
猫にはどうでもいい事だけど


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第二部17話 ドイツ編2

 

「ワーン!ターン!メェェェェン!」

謎の掛け声と共に、武器型式神なのか魚型式神なのかわからない巨大な鯉を振りかぶり激突

何かが爆発したかのような腹に響く衝撃と音が生まれる、その一撃で城門が破られた。

 

「俺の、「川ヌシ様」は最強なんだ!!」

なにやら余韻に浸ってる城門突破の功労者を無視して城内に侵入、足を踏み入れる。

今やこの城はかつて人が建てた城とは似ても似つかぬ姿に成り果てた

人が建てた頃のその城よりも大きく、全体的に鋭角的なシルエットになっている

外観すら違うのだ、内部構造はもっと違うだろう、相手にとって有利な戦いとなる

気を引き締めて行かねばならない。

 

ここは【ヴァルトブルク城】、メシア教過激派に握られた霊地

攻城戦が開始された。

 

 

 

というのがもう三日前の事、今は予想外の事が起きて暇している。

 

攻城戦自体はスムーズに終わった、【ヴァルトブルク城】のボスは天使【ドミニオン】

レベル45、万能属性の強力な魔法である【メギド】を持っていて、

天使のくせに何故か【呪殺弱点】の耐性を持っていなかった

ボス補正等、何らかの方法で克服したのだとみられる。

お供をする取り巻きたちはレベル28の天使【アークエンジェル】と雑魚の【エンジェル】

前者はそれほど強くはないが範囲物理攻撃スキルである【ヒートウェイブ】と

範囲回復魔法である【メディア】を持つ

単体でなら怖くないが、集団を形成しボスの補佐をするなら厄介な存在だった

集団で【メディア】を掛け合えば並大抵の攻撃では帳消しにされてしまう。

無数の【エンジェル】が【アークエンジェル】隊の肉壁をして呪殺攻撃等を防ぎ

その【アークエンジェル】隊が【ドミニオン】を守る。

そして【アークエンジェル】隊に守られた【ドミニオン】は後方から【メギド】をぶっ放す

例えるなら自他を回復させる防壁を持った強力な砲台との削り合いに近い戦闘になった。

強敵と呼べる敵だ。

女神転生では【ドミニオン】はレベル50以上の事が多い、

それと比べれば若干の弱体化をした上でこの強さだった。

 

とはいえその戦闘は何人かの【俺たち】の死者を生み出しながらも勝利

死んだ人も幸いにも全員蘇生できる範疇だったので実質は被害0での勝利となる

結果としては地脈からの回復も有するボスを正面から打ち破ったという形となった

完璧な勝利である。

 

 

そもそも【俺たち】が8人も集まればそこそこの拠点だったら余裕をもって勝利できる

そうリーダーが言っていた。

というのもある程度の【俺たち】であればまず自身が戦力になり、

同レベル帯の悪魔より強いシキガミを供にし、あるいは武器型シキガミを持ち戦力にする

そして【アガシオン】や【イヌガミ】、【トウビョウ】等の仲魔を持つ事を推奨されており

それなりに高い率でそれらを所有し、また【悪魔召喚プログラム】で悪魔も召喚できる

こうなると【俺たち】一人いればそれだけで3~4体くらいで構成されるユニットとなる

であれば、レベルが30も越えた【俺たち】ならばもはやただの個人の覚醒者ではなく

一つの纏まった戦力単位として数える事が出来る、という事らしい。

いまいちピンと来ない話だが。

そして種族天使は属性や弱点が偏っている事が多く、装備やアイテムでメタを張れば

ボス以外の敵であれば楽に戦える、そう見込まれての戦いだった。

 

そうであるから【俺たち】が8人も集まればこれくらいの戦果は期待して良いもので

順調に攻略出来たことは何も不思議な事ではない、という事になるらしい。

また前日に待機班がアイゼナハへやってきた【過激派】の救援部隊を散々に打ち負かし

雑兵の数を減らしたことも功を成したと見ていいだろう。

城攻略後は城を奪い返しに来る敵軍との戦闘も想定していて、それを考えての速戦だった

ひたすら力押しでボスを倒したのはその敵軍に備える時間を重視したという事である。

 

予想外の事とは攻略に関する事ではない

むしろその逆に近い事だ。

来ないのだ、この城を奪い返そうとする敵が。

早ければ攻略したその日のうちに、遅くても翌日くらいにはやってくると踏んでいた

その敵の大軍がやって来ない

やってくるのは精々が数十匹の雑魚の群れ、それが散発的に来る程度

この程度のはずではなかった、却って不安になる。

 

 

「これはどういう事なんだか」

占領したヴァルトブルク城内にある適当な部屋を俺たちの待機所にしている、

その部屋の中で【DDS】に繋がってる動画サイトをなんとなく見ながらそんな事を呟く

この部屋には【俺たち】とその式神しかいないから気楽なものだ

部屋には来る敵と戦うための各種アイテムと弾薬が入った箱が所狭しと詰め込まれていた。

 

 

【DDS】、正しくは【DDS-NET】は【COMP】で接続できるウェブサイトだ

【俺たち】向けや現地民向けの掲示板等も置かれている。

そこから接続した先に【ガイア連合】で運営している動画サイトがある

これはこの【半終末】の世界のネットで見る事が出来る数少ない動画サイトという事になる

何せ日本の外、ネットインフラが崩壊した今の世界でも見る事が出来るのだ。

【ガイア連合】が【COMP】使用者へのレクリエーションの一環で整備したとも

情報収集のために整備したとも言われている。

当初は救援要請や愚痴、エロ動画やグロ動画ばかり投稿されていたのだが

やがてそれも落ち着き、今ではそこそこ見所のある動画が投稿されるようになった。

「世界に残す俺の故郷の料理シリーズ」とか「猿でも出来た自作霊薬シリーズ」とか

そんな娯楽性のある動画が投稿されるようになったのは大変良い事だと思う。

 

 

俺の呟きに山田さんが自分の眼鏡を拭きながら聞いてきた。

「これとは何ですか?

敵軍が来ない事ですか、それともこの城の文化財が無かった事ですか?」

「前者ですよ、文化財の事はどうでもいいです」

 

見た事もない失われた文化財の事を気にしたってしょうがない。

それよりも来るはずと想定していた強敵が来ない事の方が気になる

レベルこそ、この城の前の持ち主の方が高くなるだろうが

この城を取り返しに来る敵も中々の敵になるはずだと見込まれていたのだ

霊地によるMAGの供給があったボス、それより高いレベルの敵が来る事はないだろうが

もし来たら敵は本気だ尻尾巻いて逃げよう、そんな話もしていたくらいなのに。

この城は【メシア教過激派】にとってどうでも良いものだったんだろうか。

 

「来ない者の事を考えても無駄ですよ

こちらの判断に過りがあったのかもしれませんし、情報も足りません

そもそも【メシア教】の思考なんてどこまで読み取れるか怪しいものです

予想以上に敵が強くて死に掛けるよりはずっとマシでしょう」

山田さんはかちゃっと眼鏡を掛けてから、そんな事よりも、と続ける

「私としては文化財も大事だと思いますよ?

歴史が積み重ねた価値というのは現金に換算するのは難しいですからねぇ」

まあそうだけど……

 

城の破却作業の一つである、城の象徴的な物の回収に乗り出した新チュートン騎士団だが

そこで思わぬ事態に遭遇する。

彼らが想像していた、この地を霊地として管理するに足る象徴的なアイテム、

この城に幾つもあった歴史的な品々の尽くが無くなっていたのだ。

彼らは霊地の要としてそれらを掌握する事でこの地を支配したと思い込んでいた

それは、とある著名な聖職者がぶちまけたインクの跡だったり

逸話を描いたフレスコ画であったり、この地に謂れを持つ聖人を描いたモザイク画だった。

しかしそれらは全て失われ、霊地の要は天使【ドミニオン】が成していた事が判明する。

それによって直接、霊地の管理、霊脈の調整を行っていた。

【過激派】にとって人間の歴史と認識から生じた概念の後押しなど、要らなかったのだ

【新チュートン騎士団】の団長、老いた聖職者はその事を知って倒れてしまった。

それだけ思い入れがあったのだろう。

そしてもはや象徴的な諸々も核であった天使も失ったこの城は霊地の中心地足りえない

何せ建物すら新造されてしまっているのだ

この城はもう、人が作り、人が意味を持たせたヴァルトブルク城ではなかった

もし再びそのような地にしたかったら新たに何かを据える必要がある。

破却作業はある意味、何もせずとも完璧に終えていた。

 

「私もこの城には、正確にはこの城から生まれた物語には心惹かれる物がありましてね

特に名前が良かった、ですから少々惜しいとは思ったんですよ」

意外だった、「この城から生まれた物語」には心当たりはある。

あるがこの人の興味を引く要素があったようには思えなかったからだ。

あれはゲルマン的世界観を素材にして、一神教的世界を批判的に見た話だったと思うんだが

ああいや、民話の方じゃなくて戯曲の方かな?

山田さんは真剣な目でこちらを見つめて言った。

 

「1992年クラシック世代、ご存知ですか?」

すみません、ご存知ないです。

その後競馬の話をされた、いやこの城は関係ないよそれ、名前だけじゃん。

 

 

「たっだいま~」

聖女ちゃんが帰ってきた、助かる、競馬にはさっぱりなんだ。

過去の名レースだとかその馬の血筋とか子孫の話とか

「競走馬とは云わば馬の英雄の子孫たち、覚醒してもおかしくないと思いませんか?」とか

濁流のように語られても困る。

でも「霊感と占いと霊視を使った勝率74%の単勝馬券の買い方」はちょっと気になった。

 

「おかえりなさい、どうでした?」

「あっうん、特に問題はなかったわ

街の掃討は終わってたし、場も清めたから後は結界さえ張れば良いんじゃないかな」

聖女ちゃんがちょっと早口で説明してくれた

ならよかった。

敵が来なくて暇になったせいで、今はアイゼナハの整備を手伝っている。

別にここが【ガイア連合】や【俺たち】の街になるわけではないが

別に減るもんじゃないし、の精神でいくらか協力しているのだ。

ついでに予定よりちょっと早いが蘇生できる人は蘇生もしておいた。

中の有害な悪魔を滅し、場を清め、区切ったら次は

【新チュートン騎士団】の団長が個人的に契約している【エンジェル】が結界を張り

街の安全を確保する予定だ。

この天使は【悪魔召喚プログラム】に拠らない自力での召喚、契約に基づくもので

【過激派】とも更に言えば【穏健派】の天使とも微妙に立ち位置が違う天使らしい。

【守護天使】がどーのこーの言っていた。

詳しい事は知らないが、まあ「微妙にレアな天使」くらいに思っておけば良いだろ。

それよりも自力で天使を召喚して契約を結べた一神教の【エクソシスト】

天使よりもこちらの方がレアな気もするが。

 

「私としてはここは気分が悪いから、向こうが整ったらそっちで待機したいんだけど」

「それは難しいと思いますよ、城攻めからやり直すのは面倒ですし荷物もあります」

「だよねー」

気持ちはわかる。

 

 

この城は【メシア教】の過激派天使が一度更地にしてから周辺住民を大量に殺し、

その死体とMAGを使用した儀式によって作られた城だという事が判明している

ここでは城だったが、普段は【カテドラル】建築に使われる事が多いやり方らしい。

掲示板では何故か「武田信玄される」とか「藤吉郎された」とか謎の隠語になっている

不謹慎すぎて【俺たち】らしい。

この儀式を使った建築方は具体的にどういう技術で行われたのか今だ判明していない

奇跡を司る【ヴァーチャー】による【奇跡】説が今のところ有力だが、それも確定ではない

どうでも良い事だ、気分が良いものでない事は確かなのだから。

 

またそれとは別に気色悪い物も多々あった。

例えばそれは、より強い覚醒者を「作る」為の人体実験の跡や

MAGが枯れて干物になるまで強制的に【讃美歌】を歌わせる祝福された洗脳オルガン

大量に見つかった中世的な使用済み拷問器具等々だ。

ボーナスを期待して家探ししたら散々な物しか出て来なかったのだ。

 

どうにも過激派はこの地をまともに統治する気は一切なかったようで

ひたすら人を消費してMAGを搾り取る方向の設備だらけだった。

この城にいるだけで穢れるような気持ちになる。

 

 

「でもいつまで待機すればいいのかわからないのはちょっと嫌ね

ガチで何もないならあと四日でおさらばだっけ?

まあ来ないなら来ないで良いんだけどさ」

「そうですね」

昨日の時点で「城攻略から一週間以内に動きが無ければ去る」と決まった。

何というかこれで帰るのはちょっと肩透かしを食らった感がある

別に戦うのが好きだとか、そういう話ではないんだけど……

 

「その件ですが、動きがあったようですよ」

俺と聖女ちゃんの話を聞いていた山田さんが自分のスマホを見ながら言う、動き?

「副団長が【ガイア連合】ドイツ支部からの話を仕入れたそうです

会議をするので召集を頼まれました」

ようやくか、良い流れならいいんだが。

 

 

 

「【メシア教穏健派ドイツ支部】の作戦が成功した

また副産物として、【メシア教過激派】の外征能力への打撃が観測された」

城の外で警戒をしている2人を除いた5人、その視線を浴びながらリーダーはそう口にした

ちなみに警戒中の2人はスマホでリアルタイムで見ている筈なので除け者という訳ではない

 

【司教】の作戦、作戦名「聖女の復活、王の帰還、人の夢」は

大きく3つの段階に分かれている

1、聖女の復活 ドンレミの地にて【ジャンヌ・ダルク】を召喚する

2、王の帰還 聖女を旗印にドイツにてクーデターを決行、その後王を選定する

3、人の夢 聖女に見出された王による【千年王国】を建国する

この3つだ

これらを達成する事によって強力無比な体制を築き【過激派】に立ち向かうのだ!

 

という胡散臭い話を実行しようとする【司教】をカモにしようという【過激派】

を騙そうというのが【穏健派ドイツ支部】の作戦だった。

騙す事によって生まれた隙を突いて、人員や物資の大規模な輸送を済ませるのが狙いだ。

成功の前提条件として、

これらの偽情報を【過激派】が真に受ける、そして【穏健派】の予想通りに動く、

この2つが必須で、更に察知されてから動かせる戦力の余裕もないと期待しての作戦。

こんなのが成功したらしい

正直に言えば「穏健派も焼きが回ったもんだな」と思ったものだが。

 

 

「大まかな流れとしてはこうだ」

 

予定通りドンレミの教会を占拠した【司教】一派は偽装用に儀式のような何かを行いつつ

それと並行して村内に各種罠を設置、攻撃してくる【過激派】への迎撃準備を整えた。

この時点で、村の外にはレベル30越えの天使が複数確認されていたという。

【トラポート】持ちが偽装用の人員の輸送を開始、恙なく終わる。

そして今日の朝、結界が破られ戦闘が勃発、【司教】一派十数名は全員討ち死にを遂げた。

しかしながら【司教】一派はただやられた訳ではなかった。

彼らは【半終末】前から【来る日】に備えて用意していた高性能爆弾による自爆を行う

この高性能爆弾の詳細は不明だが、死ぬ寸前まで【司教】が【聖別】を施していたらしい。

これによって【過激派】が連れていた低レベルのMAG補充用【覚醒者】の撃破に成功する

これらは【ガイア連合】ドイツ支部が保有する偵察用の式神によって観測された事で

確度が高いと思っていい。

 

 

「MAG補充用【覚醒者】?」

なんだそれは、契約者ではないのか?

思わず呟いた俺の疑問をリーダーが補足してくれた

「要は餌だ」

 

悪魔が顕現しやすい【半終末】と言えどそれは無制限の顕現と活動のイコールではない

特にその活動の為の条件は依然として【半終末】前となんら変わる所はない。

MAGの供給だ。

高レベルの悪魔はその身体を維持する為に大量のMAGを必要とする

霊地を支配し、霊脈からのMAGを得られるボスはそれでもいい、MAGのあてがある。

しかし問題になるのが土地に縛られず、あるいは移動をする高レベルの悪魔たちだ

MAGの量が活動限界とイコールになる、また自前のMAGの消費は弱体化にも繋がる

この、土地に縛られない悪魔はその戦力を運用する側の立場から言ってみれば

「敵を攻撃しに行ける戦力」「違う土地の防衛に回せる戦力」であり有用性は大変高い

そのためその活動に差し障りがある事は好ましい事とは言えなかった。

それを補うのがMAG補充用【覚醒者】だ。

この【覚醒者】は【メシア教】のテンプルナイト等や、

更には中東において【アバドン】によって生まれた無数の「苦しみにのた打ち回る者」

によって構成されていた、これらがMAGを補充し活動を助ける。

今回、撃破に成功したのは後者の方だった、前者については残念ながら生存が確認された。

檻のようなものや車にすし詰め状態になった彼らに対し、

「聖別された爆弾」による爆発で、その苦しみを断つ事に成功する。

主な死因は直接的な爆発による物ではなく気圧の変化や酸欠によるものと推測される

【アバドン】の伝承、「死さえ許されない5ヶ月間の苦しみを与える」は

苦しみによる死を許さなかっただけで、疑似的な不死を与える物ではなかったようだ

あるいは【聖別】による効果かもしれない。

 

中東において猛威を振るった【アバドン】は【過激派】へMAGを産む覚醒者を供給し

その行動を助けていた。

 

何はともあれ【過激派】の高レベル天使の活動、外征能力へ打撃を与える事となった。

当初の作戦計画以上の成果であり、僥倖とすら言える。

フランスのドンレミに向かった【過激派】天使たちは再度の補充を受けない限り

再びの積極的な活動は避けると推測される。

これはある程度の時間を稼ぐ事に成功した事と同義であり、

ドンレミに誘き寄せた【過激派】天使たちの一時的な無害化に成功したと解釈できた。

【穏健派】ドイツ支部は誘引した戦力の数から、ドイツに残存した高レベル天使の数を推定

積極的な動きは控えると推測、作戦の成功を信じるに至る。

それまでの「瀬踏み」のような部分的な輸送から全面的な輸送へと移行

一分一秒を争うがごとく猛烈な輸送を開始した。

 

 

 

うーん、複数人の唸り声が部屋の中で小さく響く。

要は敵の活動に必須の物資への攻撃が決まったという事か

これは大きい、そしてこれは今後にも期待できる話にはならないか?

今後はこれを参考に、敵のMAG補充を断つ方向での攻撃を優先させれば

【過激派】の行動をいくらか鈍化させる事も出来るんじゃないか

その、狙う対象が人という所がどうしようもなくアレだが。

それにしてもよく【半終末】で稼働する爆弾なんて用意できたな、宝石よりも貴重な品だぞ

特に高火力な爆弾の類はその機序が複雑だからほぼ機能しないと言われていたはずだが。

 

「副団長、これは今後も参考にして良い話なんですかねぇ

MAG次第でいくらでも湧く悪魔ではなく、それを支える者を討つのが必勝法、と」

俺と同じ事を思った山田さんがリーダーに問いかける、それに対しリーダーが

「いや、今回の件はあくまでそういう事例があった、

程度にしておいた方がいいというのが【ガイア連合】ドイツ支部の分析らしいな

連中には【ICBM】絡みの技術がある」

【ICBM】絡みの技術、心当たりがあった。

 

今や日本に週に1~2回くらいの頻度で飛んでくる【ICBM】

これに使われている技術の解析結果が少し前に公開された。

過激派は【生体部品】、主に覚醒者の脳や神経を加工して【マグバッテリー】として使用し

霊的な兵器として仕立て上げていた。

これによって着弾後の【悪魔召喚】を行うMAGを溜め込ませると同時に

【半終末】下でも問題なく電力を供給し機械を稼働させているという。

【ガイア連合】が悪魔のフォルマを加工し【マグバッテリー】を製造するように

過激派は人間を加工し【マグバッテリー】を製造していた

技術としてもう確立しているのだ、後はそれを転用するだけとなる。

そう遠くない未来、MAGの補給に不安がない高レベル天使の群れが闊歩する日が来る。

そういう予測へと繋がる。

 

「我々は近い将来、人の脳みそを背負った天使と交戦するわけですか、世も末ですねぇ」

「これ以上なく世紀末な光景じゃねぇか」

くっくっくとリーダーと山田さんは笑っていた、笑うしかない話だ。

 

 

「話しを続ける、【穏健派】の作戦は上手く行ったと奴らが思えるだけの結果になった

敵にもどの程度かわからんが打撃を与えた、

そして話は【穏健派】だけじゃねぇ。

プレイヤーは他にもいる、【北欧神話勢力】だ」

その言葉にテーブルの上に広げられた欧州の地図に視線を向ける、

地図上にあるユトランド半島の根元にはいくつかの駒が置かれていた。

 

【北欧神話勢力】は【穏健派】から情報を得てから独自の行動を開始していた。

【穏健派】の作戦が開始される前日、兵をかき集め、大軍で以って北欧からの南下を開始

電撃的に軍港がある都市【キール】を攻略、更に南下を進め都市【リューベック】へ進軍

現在は【リューベック】を流れるトラヴェ川を挟んで【過激派】と睨み合いをしている。

この地にも【過激派】の戦力が集まっている。

 

「【穏健派】の作戦の思わぬ成功、そして前々からの【北欧神話勢力】の行動によって

俺たちが来ると思っていた敵の攻撃はしばらくは来ない可能性が高い

優先度と規模に差があるからな

よって俺たちはフリーハンドになった、今後をどうするか決める」

 

 

10分間時間を与えられ、その間に思考を纏める。

今後をどうするか、漠然とした話だ、そもそも俺たちがここに来たのは戦闘経験を積むため

それ以上を求める理由は特にないはず。

今、目標も目的もない戦いをする意味はない、このまま帰るのも正解だろう

一番最悪なのはここでただ敵を待っている事だ、俺たちが相手しようと思っていた敵は

要約すれば「穏健派の作戦を見破って調子に乗った敵」「穏健派の作戦に引っかかった敵」

のどちらかの一部だった。

敵戦力の想定は「穏健派に対応した戦力」からの転用が大部分という事になる。

しかしここまで上手く作戦が嵌った今、その戦力のままという保証はどこにもない

上手く行き過ぎた分、危機感を抱いた過激派が「ドイツ戦線の立て直し」を図るべく

周辺から戦力をかき集める可能性も十分あり得る

外から見た場合、【穏健派】も【北欧神話勢力】も動員された大作戦にすら見えるからだ。

その場合だと敵は「この状況からドイツ戦線を立て直すべく集めた戦力」という事になる

どの程度の敵になるのかすらわからない、そしていつ来るのかも。

ここで何も考えず待つ事はそういう敵と当たるリスクを飲み込むという事に繋がる。

動くなら相手に時間を与えるべきではない、即座に動くべきだ。

そして積極的に動くにせよ、動かないにせよ

「穏健派の作戦の成功」に対して「過激派がどう動くか」を想像しなければならない。

想定以上の成功は俺たちにとってはむしろ読みにくい戦況を招いた。

 

そこまで考えた所で欲が生まれた、「これは稀に見る機会ではないか」と。

 

敵は割合的にどこまでかはわからないが戦力を誘引され、なおかつ大きな動きが出来ない

こんな機会はそうはない、ここで攻勢に出ればある程度以上の勝利に繋がるのでは?

そしてそれをするだけの戦力が今ここにある、敵が態勢を整える前に遊撃を……。

そこまで考えて、浮かんだそれを捨てるように頭を振る、馬鹿な事を考えた

俺含む8人はそんなつもりでここに来た訳じゃないんだ

なのに当てにして得る物も不定な攻勢?お前だけで勝手にやってろって言われるし、

何なら逆なら俺が言うかもしれない言葉だ、あまりにも馬鹿げてる、気の迷いだな。

そもそもそういう風に動いた上で何を何処まで求めた戦いをするんだ

俺はドイツの事なんかまるで知らないんだぞ

勝利条件の設定がない攻勢なんて愚かすぎる。

 

とすると、俺たちがする事、するべき事ってなんだ?

すぐに思い浮かぶのは、もうこの城はもう取っておく必要がない、とっととぶっ壊すべきだ

後はせっかく手が空いたんだ、この辺りの畑でいくらか食料を生産するのも良い

無駄には多分ならないと思う

その程度かな、でもこれ俺たちでするべき事って程の事じゃないな、特に思いつかない

何かあるかな。

 

 

「<ライコー>はどう思う?」

<ライコー>の意見を聞いてみる。

一人で考えてもしゃあない、思考が空回りしてる気がする。

「即時撤退です」

即答、断言だった

「理由は?」

「情報と、無理をして得られる物が少なすぎます」

 

敵に打撃を与えたと言ってもそれがどの程度の重みがあるのかは判明していない

そもそもこの【ドイツ】という地自体、リスクを負って獲得すべき地ではない

【ガイア連合】のある日本から遠すぎて維持にコストが掛かり、防壁には使えず、

何よりも一神教の霊的地盤が盤石過ぎる

何かしらの動きをしたとして、これでは得られる物が不確定なリスクに見合うとは思えない

天使との戦闘経験という最低限の目的を達成した上でこれではやる意味を見出せない。

そういう趣旨の事を<ライコー>は言った。

 

「なるほど、ありがとう」

<ライコー>は小さく頷いた。

<ライコー>は元々今回の旅行には反対だった、慎重論が出るのは当たり前か。

 

 

その後に行われた会議では

「撤退」「とにかく【過激派】の拠点を殴って追剥」「リューベックの戦に加わる」

等の意見が出て紛糾したが結論が出る前に続報によってこの議題は終了する事になる。

【北欧神話勢力】が思わぬ大勝利をしたのだ。

 

「大勝利ですか……」

朗報なのだが唐突過ぎて上手く呑み込めない、戦という物はそういうものなのか

「大勝利だ、それは間違いねぇ」

リーダーも少し考え事をした様子だ。

 

【リューベック】にて睨み合いをしていた【北欧神話勢力】と【過激派】だったが

ここで【北欧神話勢力】が動きを見せる。

質的な主力である【ヴァルキリー】及び【ベルセルク】が姿を消し

バルト海に侵入、【カテドラル】が存在する【ゴトランド島】への進軍を開始した。

北欧神話にはその神話上に「魔法の船」が複数存在する、それらを使ったらしい

【嵐の夜】に紛れて船は進んだ。

そして主力が抜けた、と見た【リューベック】の【過激派】は残存した【北欧神話勢力】へ

全面的な攻撃を開始する。

残った者と言えばレベル20程度の妖魔【ディース】や現地民の覚醒者がそこそこ

この程度なら睨み合いの必要などない、これを破り、奪われた【キール】まで取り返そう

その判断は妥当な物だったはずだ、そして伏兵である【オーディン】によって全滅した。

【オーディン】は大幅に弱体化した姿で参陣していた、

そして天使を殺す事でMAGを得て力を取り戻し、その力でまた天使を殺し続けた。

 

「ふん、「勝利を決める者(ガグンラーズ)」の名は伊達じゃねぇって事だな

よくもまあ主神がそこまで動くもんだ、結構な話だ。

そして天使どもを殺してそのMAGを得た【オーディン】も【ゴトランド島】の方へ行った

時間的にもう攻略されててもおかしくねぇな

さて問題はこの後の【北欧神話勢力】の動きだ。

次はどこに行くのか、次があるのかだ」

それによってこの動きの意味が大きく変わってくる

おそらくはまだ大きく劣化しているだろうが

【北欧神話勢力】の主神【オーディン】がまともに動けるならその影響は大きい

たとえその力を振るえる時間が短くてもだ。

 

自分が【オーディン】ならどうするか、広げられた地図を見ながら考える。

【オーディン】にとっての優先度は、目的は、敵は、望みは……

 

 

北欧神話というのは哀れな神話体系だ、失礼ながらそう思う。

もちろんこれはその北欧に住む人々を侮辱する意味ではない

北欧神話に存在する神々が哀れなのだ、この神々は人に捨てられ忘れ去られた歴史を持つ

そしてそれが象徴するかのように北欧神話の主神、オーディンには欠けている物がある

片眼ではない、それはどうでも良い

オーディンを祀り奉る子孫が、それを誇りとする王家が、オーディンにはいないのだ。

 

ある種の多神教的世界観において、王は神でありそしてその先祖も神である事が求められる

地方の歴史、それぞれの支配者たちが綴ったそれらが神話になるのだから当然である

おそらくはオーディンもそうだったに違いない。

事実オーディンではないが北欧神話のとある神の末裔、

そう推定できる血統を主張している王家も存在する、そういう所の神話だ。

まあ王家はどうでも良い、問題なのは先祖の神の方の視点だ

この神視点では、子孫が自分を祀らない場合どうなるのだろうか?

日本においては、もっと言えば中華含む東アジアにおいてはこうなる

「不孝」

先祖の供養もしない子孫ってどうなの?お前のご先祖様だぞ?こういう事になる

だから日本においては古くからある神社の神主の家系は「神別氏族」に分類される家が

ままあるのだ、ちゃんと祀らないと文句の一つも言ってくるのが日本の神だから。

その神主の家系的にはご先祖様である氏神を祀っている感覚になるのだろう。

俺的にはわかりやすい話だ、まああの方々とは直接の血縁関係はないと思うが、多分。

そしてオーディンにはもはや【オーディンの血】を引き、祀る者はいない。

 

故にオーディンは不憫な神だ、主神でありながらそれを祀る子孫がもはやなく

名は高けれどそれを祀る神殿の多くは壊された。

オーディンへの信仰は、そして北欧神話という神話体系は

一神教の布教からたった数百年で、人間の感覚ではゆっくりと滅ぼされた。

一部の地域では一神教の洗礼を受ける際、「トールとオーディンと部族神を捨てる」と

言葉に出して誓わせるのが慣例化するくらいに、それは積極的なものだった。

そして一神教の者の手によって編集された神話と歴史と、

僻地であったが故に残る事が出来た詩とその断片が今に残る北欧神話を知る資料となる

彼らの多くは自分の事を「偉大なる先祖」として語り継ぐ者すら失った。

彼らは一神教の作った資料と微かに息づく民話の中で生きる事となる。

その中で現世に顕現出来るだけの信者と霊地を守り切った事、これはもう奇跡と言って良い

次の機会はないのではないか?そんな事すら思う。

 

そんな神々が再び現世に帰ったら、そしてかつて自分たちを追いやった者と戦うなら

失ったものを取り戻したいと思うのが情ではないか?

かつての時代を懐かしみ、輝かしいと思うのであればこそ。

血を引いた子孫はもう無理だ、いなくなった、しかしかつての神殿ならばそうではない

そしてそういう地であれば取り戻す事がその勢力内におけるある種のアピールになる

失った物を取り戻す戦い、それは士気が上がるだろう

そしてそれ以外のものもいつかは、と思う事が出来るかもしれない。

 

かつて、スウェーデンに異教の王がいた。

その王家は戴冠式の際に、そして9年ごとに生贄を伴う大きな祭りを主催していたという。

その王家はオーディンの子孫ではない、しかし祀る者だった

その神殿には三柱の神が祀られていたという、【トール】【フレイ】そして【オーディン】

デンマークの歴史書は言う

「オーディンはそこに滞在するのが常であった

それは住人の愚かさによってか、その場所の快適さゆえか、そこに滞在する事を好んだ」

その神殿は焼かれ、跡地に一神教の大聖堂が建てられ、後にその大聖堂も燃えて移転した

歴史はその神殿の焼失こそがスウェーデンにおける一神教の勝利だと評価する。

その神殿があった地の名前は

 

 

「【オーディン】の狙いは故地奪還。

行先は【ガムラ・ウプサラ】

次の攻略先は道中のストックホルム、ウプサラだと思います」

【オーディン】を動かすもの、それを未練だと解釈した。

 

 

場が沈黙で満たされる。

時間的には大した事がない、しかし自身の緊張がそれを長く感じさせた

自分の考えを人前で長々と語るというのは、それも親しくない人も含むそれは嫌な感覚だ

別に否定されたからって俺自身が傷つくわけではないんだが。

地図をじっと見つつ自身の米神を指で軽く叩きながらリーダーが言った。

 

「動機の線から追っかけたのは面白れぇ、場当たり的な損得よりは理屈が通る。

面白れぇが疑問点は残るな、【ゴトランド島】を攻める理由はそれじゃわかんねぇし

仮にも神がそこまで未練がましい存在なのかもわからねぇ」

だが、と続ける

「動きとしてはこの意見が一番俺たちにとって「都合が悪い」

奴らが更に北に進むならドイツでの圧力が減るからだ。

これも視野に入れて考えるべきだ」

 

その他、今後の予想が複数出されそれを踏まえた上で俺たちの動きとしては

「撤退」が選ばれた。

当然とも言える、現状【北欧神話勢力】の動きが読み切れず、またそれに成功しても

俺たちにとって意味がある何かは見出せなかった。

 

 

いつ来るかも、来たとしても規模の予想もつかない敵を待つ、という選択肢はなかった。

 

 

 

待機部屋の隅っこで息を吐く、今回の会議は妙に疲れた

自分の意見を言うという事はどうにも疲れる。

それに撤退、撤退かぁ、会議で自分が主張した事であるがこんな消極的な事で良かったのか

何か他に出来る事があったんじゃないか

終わった事なのに少しそんな事を思う

 

いや、今回集まった8人の目的にはこれで良いんだ

俺たちは別にドイツ戦線を有利にしたいから来た訳でも、

特定の勢力に肩入れしたいが為に来た訳でもない。

日本の異界では珍しい天使、それも組織的に活動し独自の技術力を持つ敵【過激派】

それとの戦闘経験を積みたくて来たのだ。

そしてそれはやる意味があったと、肩透かしのような物を食らった今になっても思える

「洗脳された覚醒者」「人口七万の街が数百人しか残っていない惨状」

「強力な【天使】との集団戦」「城から発見された人からMAGを搾り取る為の諸々」

これらは確かにここに来た事で実感を得られたものだ、する甲斐はあった。

【メシア教過激派】というものが確かな敵であると、そう感じた。

ただの野良悪魔とは違うと感じた。

この経験は無駄にはならないだろう

そして目的を達成したのだから速やかに撤収し、余計なリスクを背負わない事を選ぶべきだ

最低限、得る物を得たのならそれ以上はおまけでしかない。

 

しかし何となく落ち着かないような、そんなもやもやとしたものを感じた。

別にこの戦線に決定打を与えるために来た訳でもないし

確証があるわけでもないのに「有利かもしれない」で突っ込む理由もないんだが。

自分でも良くわからない感情だ、焦っているのかもしれない

多分こういうのに任せて突っ込むと痛い目を見るんだろうなぁ

英雄願望があるわけでもあるまいに。

 

 

「団長、お疲れー」

「参謀もお疲れ様です」

そんな無意味な事を思っていたら聖女ちゃんが来た、とりあえず労う

聖女ちゃんは外に出ていた「書記」役の人の代わりに議事録の作成をしていた

多分会議中、一番忙しかった人だと思う。

 

「またなんか余計な事考えてる顔してるわね」

「まあ、そうですね」

もう結論が出た事だから本当に余計な事だ、今考えてもしょうがない事でもある。

どうせあと何日かしたら行動の是非がわかる話だ

聖女ちゃんが俺に目を合わせながら言った。

「大体何を考えているかわかるけどさー

私たちはドイツになんか義理も利益もないんだから、程々でいいでしょう?

用が済んだら帰ろうよ、ね?」

そうですね。

「それと帰るって向こうの人に伝えたら祝勝会するから是非って誘いがあったってさ」

祝勝会?

「街と城の攻略戦が終わったっていう、区切りみたいなもんかもね

今日の夜だってさ、今慌てて食べる物の準備とかしてるっぽい」

全く想像もしてなかった平和的な話のおかげでようやく実感した

そうか、俺たちのドイツでの戦いは終わったんだな。

 

 

今夜、祝勝会に出席して、明日の昼には日本に帰る

そういう事になった。

 

 

 

 




悲報 主人公、運命力が足らない

作中でオーディンの子孫はいないと主人公は勝手に思っていますが現実にはいます
某ブリティッシュな王室には
記述が正しければオーディンの子孫を名乗っている血が女系を通して入っていて
そのため12世紀以降にブリティッシュでイングランドな王室と縁組をした所は
全員オーディンの末裔と言えなくもないです
欧州の名立たる貴族にはそこそこいる、くらいには広がってるはずです
ただし主人公的には「オーディン信仰してないじゃん」という点で子孫と思いません
アイデンティティ的な話です

>「トールとオーディンと部族神を捨てる」と言葉に出して誓わせる
日本人的に解釈すると、お稲荷様とアマテラスと氏神を捨てて仏壇をぶち壊すと誓う、くらいの事です



登場しない人物設定

覚醒犬 ブルーノ
レベル3 挑発
茶色が強いジャーマン・シェパード 雄 8歳
特に謂われもない普通の覚醒犬
主人を助けるためにゾンビ(レベル0)を噛み殺し覚醒する
覚醒できなかったらゾンビの毒で死んでいた
挑発スキルを使って囮やガキの誘導などを務める
黒猫のミアがいる集団とは別の集団に所属
交流する際には、ブルーノもしくはミアが先触れをしてからというルールがあった
二つの集団にとっては安全な交流のための架け橋になる一匹


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第二部18話 ドイツ編3

 

祝賀会、宴会、戦勝祝賀会、呼び方は何でもいいが

俺たちとのお別れ会も兼ねた立食パーティーが開かれた。

参加者は俺たち、新チュートン騎士団の人間、アイゼナハの住民の代表たちと言った所で

集まってみると結構な人数になる

非覚醒者であるため戦闘に参加出来なかった新チュートン騎士団の人も参加しているとか。

場所はアイゼナハの、比較的無事だったホテルとなった。

アイゼナハとヴァルトブルク城は平和な時はちょっとした観光地となっていて

城はとある著名な聖職者が宗教的に意味がある事業を行った城として、

そしてアイゼナハは、俺でも名前を知っているような音楽家の故郷として知られた街だ。

そのため宿泊施設は街の規模の割に整っており、その中で無事だった所という事である。

 

この街が攻略される前はむしろこの手の「無事な建物」は目を付けられやすいため

とても利用できる物ではなかったらしい。

天使が、そして多少知恵のある悪魔が待ち構えている事がよくあったのだそうだ

ここを利用出来る事が街の解放と安全を象徴するちょっとした行いになるのかもしれない。

 

ホテル一階の広間だか食事処だかを使った会場はそこそこ見栄えがするものだった

このホテルの妙に古くさい洋館っぽい見た目と

ランタンのような火を扱うのが上手な仲魔たちが魔性の火を灯りに使っている事

これらが合わさり奇妙なほどに前時代的な雰囲気を醸し出している。

準備時間が半日もないのに場所を選び掃除して、会場を整えた手際の良さにも感心した

これらの準備には少しは俺たちも手を貸したが

大体の事は新チュートン騎士団と住民たちが行った事だ。

お別れ会も兼ねて、という点を考えると彼らからの心尽くしと思って良い

慌ただしくさせて申し訳ないと思った。

 

 

向こうの騎士団長の開会の言葉を適当に聞き流し、

何も考えずにぼーっと突っ立って居られたのは僅かな時間でしかなかった。

入れ替わり立ち替わりで何やら挨拶を受ける、忙しい、食事をする暇もない

アイゼナハの住民はともかく新チュートン騎士団の方までそういう動きをするのが解せぬ

敬われている感じがするからまた居心地が悪い。

俺の役職が所詮はくじ引きで決まった程度の、便宜的なものだという説明はしていたはずで

そんな人間に挨拶なんかしなくても良いのに。

ようやくありつけた名前も知らない芋料理を食べながらそんな事を不機嫌に思った

ご飯っていうのは落ち着いて食べれなきゃいけないと思う。

通訳をしてくれてた少年も下がらせる、彼にも食事が必要だ

俺の通訳なんかさせて食べる機会を逃すべきじゃない

このパーティーでの食事が今日の晩御飯になるんだからな。

それに少年がいなければ「私ドイツ語分かりませーん」で逃げる事も出来る。

 

「どうされました?」

傍にいた<ライコー>に心配されてしまった、不機嫌なのが漏れたかもしれない

落ち着いて食べれないから不機嫌なんて、正直に言うと子供っぽい気がするので誤魔化した

「いや、やけに芋料理が多いと思ってさ」

ドイツ料理=芋!ソーセージ!ビール!はただの偏見だと思っていたんだが……

テーブルの上に並べられている様々な料理、その殆どが芋料理だった。

 

味は悪くないのもあるんだがやけに芋料理が多い、俺が芋を育てたからだろうか?

いや、でも準備中に【トラポート】で日本から食材を仕入れたはず

わざわざ芋料理ばかり作る必要はそんなには……

そんな事を思いながら、崩した芋を練って団子にしたらしき料理を齧る、ねっとりしてる。

なんでわざわざ団子にするんだ。

 

「ドイツは芋料理が多い国だからな。

芋の種類はやけに多いしこだわりもある、女子の教育で使う言葉で

「芋でフルコースが出来るようになれないと嫁にいけない」なんてのもあったと聞く

もちろん比喩表現なんだろうが、そういう国だ」

あっリーダーだ。

 

 

赤ワインで満たされたワイングラスを右手に持ちながらリーダーが来た

ワイングラスがこれほど似合わない人もそうはいないだろうなぁ

普段はお供をしている<ワン太郎>もこういう場であるからか居なかった、残念

今回、<ワン太郎>は偵察に出ずっぱりで殆ど触れる機会がなかった。

「今回は俺の見込み違いだった、悪かったな

もう少し収入になると思っていたんだが」

「いえ良いですよ、元々マッカ稼ぎのために来た訳じゃないですし」

 

今回はレベル30越えをした【俺たち】だけで構成されたメンバーだ

俺ですら30半ばを過ぎてるレベルで、それで一番高いわけではない。

その俺たちが普段から稼いでるマッカや経験値ほどは稼げないとは事前に言われていた

天使が特別稼げない敵という訳でもマッカにならない敵という訳でもない

ただ戦いやすい異界に籠り、適正レベルの敵を狩り続けるそれとは効率がはっきり違うのだ

マッカやレベルの事だけを考えるなら最初から参加するべきではなかった。

会議で決まった翌日に撤収という急な行動も「ここにいても大した儲けにはならない」

という収入面での現実を踏まえての事でもある。

特に今回は「好きな時に勝手に撤退出来るように」と

メシア教等からの報酬の申し入れを全面的に断ってすらいる

収入のあてが敵からの戦利品しかない遠征だった。

とはいえレベル45、霊脈からのバックアップ付きの天使というボスは

経験値という面ではそれなり以上に美味しい相手だったから悪い結果という訳でもない

倒して得たMAGというより、試練を乗り越えた事による魂の研磨という意味での経験だ

ゲーム的に言えば「強敵」や「地域の支配者撃破」補正でボーナスを得た感じかな。

天使【ドミニオン】の名は穏当な「支配」や「統治」を意味する

地域支配をするボスとしてはそれに相応しい存在だった、全然穏当ではなかったが。

 

「そう言ってもらえると助かる。

ボス天使のフォルマや城で接収した資料を売りに出す予定なんだが

どうも大した金額になるとは思えなくてなぁ」

「期待しないでおきますよ」

「すまねぇな」

 

 

城で接収したメシア教の資料、実験道具やデータが記述された紙の束は

【ガイア連合】に纏めて提出して評価額を決めて貰い、そのまま売りに出す形になる

それとは別に戦利品も当然あるがこれらも微妙だ。

ボスだった天使【ドミニオン】のフォルマは品質的にそこそこの値段が付きそうだが

天使由来のフォルマは全体的に微妙に人気が無いためそれもどうなるかわからない

低品質の物ならあり触れている為、趣味人な【俺たち】の食指が動かないのだ

今や【ガイア連合】は世界中から【天使の羽根】を買い漁っている。

そこそこレアなフォルマは【俺たち】向けのオークションに出す事になっているが

今の段階ではいくらになるかわからない。

これらは一度全てマッカに換えられ、それを分配する事となっている。

 

全体の金額としてそれなり以上の金額になると思うが

それを8人で分けるとなればそうでもないだろう。

 

 

「ところで言葉遣い、普通にしてますけど良いんですか?」

「今は構わねぇ、あそこにいる山田が俺とお前の周りの音を消してる

あいつは衝撃属性の魔法も使えるからな」

器用な事をするなぁ、そういうの羨ましい。

山田さんに視線を向けたら挨拶代わりに手をヒラヒラされた。

 

 

 

じゃあなと、別の人の所に向かったリーダーを見送り

さて、次は何を食うかと芋料理に思考を向けてたら山田さんが来た。

手に取った芋のオーブン焼きっぽい物を載せた皿をテーブルの上に置く。

 

「やぁ、実は聞き忘れていた事が2つありましてねぇ

少しいいですか?」

「良いですよ」

「リーダーが源氏さんの話を聞いて、方針を微妙に変えていたらしくてですね

【インド神話勢力】に関する事なんですが。

当初は【インド神話勢力】の方に遠征をするつもりだったそうです。

それでどんな話を聞いたのかちょっと興味を持ちまして

なに、本人の許可は取っています」

【インド神話勢力】?確かちょっと前にそんな話をしたような……

一瞬、話しても良いか考えたが別に口止めされた話でもないし今更だと思い直す。

 

 

あれは<シオン>が【シルフ】になり、【トラポート】を覚えてちょっとしたくらいの頃

せっかく覚えた【トラポート】の試し打ちという事で色んな所に【トラポート】で行った

そして国内では大体問題なく仕様通りに【トラポート】出来る事を確認したため

海外にも行けるか試してみたくなった。

【半終末】になってから俺が行った事がある唯一の海外、インドである。

今は【ハリティー】であるかつての雇い主にお土産で【COMP】を渡したら大層喜ばれた

噂には聞いていたが現物は中々回って来なかったらしい、喜んでもらえてよかった。

それじゃあ帰るか、と思ったところで知り合いの【スパルナ】がやって来て、色々話した

【インド神話勢力】の話ならその【スパルナ】との話だと思う

 

「源氏さん、意外と交友関係広いんですねぇ」

「交友関係なんですかね」

あの【スパルナ】と俺って交友してるんだろうか。

 

 

 

【スパルナ】の話を纏めるとこういう事になった

現在【インド神話勢力】は今後の方針を巡って荒れている

これの行方を探るための情報を得たい、という事だ。

あの対蝗害戦が終わってからの【インド神話勢力】には大きく分けて2つの方針があった

攻勢と守勢の2つである、どちらを選ぶかで勢力全体で活発な議論が続けられていた。

 

攻勢の場合では程々に守りを固めたら、一部の神たちにMAGを集中させて遠征

中東のどこかにあると推測されていた「メシア教のMAG工場」を攻撃するという作戦だ

これは近い将来、そのMAG工場からの補給を受けてやってくると予想される敵軍への

予防的攻撃、いわゆる攻勢防御という色合いが強い。

【アバドン】によって生まれる苦しみは「5ヶ月間」と決まっており

それがあの、億単位の人を飲み込んだ蝗害によって収穫された覚醒者の残された寿命となる

その寿命が尽きる前か直後にメシア教過激派は大攻勢に出ると予想、危機感を抱いており

そうなる前に「MAG工場」を攻撃、それを妨害するという意図だった。

既にある程度の場所の目星は付けており戦力さえあればいつでも実行できる。

 

守勢の場合では、インド北部にある程度戦力を集中し防衛

その間に亜大陸内に沸いた悪魔と【過激派】天使の全面的な掃討を開始するという作戦だ。

来る過激派の大攻勢に耐え切るには、インド内の安定こそが必須である

それを行う事で戦力の大規模かつ効率的な動員を可能とする。

そういう思惑の下に纏められた作戦だった。

守勢と言ったが内部の敵を積極的に討つ事から、言うほど守勢ではない。

彼らは日々侵され、汚されつつある霊地と氏子の安寧を憂いていた

一刻も早くインド内から敵対的な悪魔と天使の掃討を開始したいと焦れている。

 

この攻勢と守勢、どちらもそれなりの合理性を有し、どちらかに決まれば

【インド神話勢力】内の者たちはそれなりの納得が出来るはずだった。

しかしここに【ガイア連合】から懸念を示される

 

「【ガイア連合】から懸念が?」

「はい、1988年に西アフリカで蝗害が起こった事は知っていますか?

この世界でも、【俺たち】の前世でも起こっていたそうですが」

「……詳しい事はちょっと思い出せませんねぇ、興味なかったもので」

「それでバッタが西アフリカからカリブ海まで到達したそうです

普通の蝗害でのバッタが、4000キロを飛翔して」

 

 

普通の、生物的なバッタですら条件が整えば大西洋を横断しカリブ海へと渡る、

いわんや悪魔によって産まれたバッタなら。

アラビア海を飛んでインド南部を直撃するかもしれぬ、そういう想定はしているだろうか?

それを受けた【インド神話勢力】は再び検討を開始、第三の選択肢を生む、現状維持だ

つまり今まで北部で蝗害対策をしていたように南部にも戦力を回すという事だ

それによって南部に飛来した時の即応体制を固める

北部にばかり戦力を集め、南部から蝗害が侵入して来たら堪ったものではない。

常識的な選択肢といっていい。

しかしこうなると攻勢、守勢、どちらもが当てにしていた余剰戦力が無くなり

現状維持のまま来る大攻勢と当たる事となる、これに難色を示す者たちが多かった

彼らは「現状のままでは厳しいのではないか」という思いの下

それを何とかする為に動こうとした結果が攻勢と守勢の計画だ。

今ある戦力を運用し、次の戦いに備えるというのが共通した意志だった。

「検討した結果動かせる戦力がなかったので今のまま当たります」というのは不安過ぎる

かといって攻勢守勢、どちらかの方針で行けば防衛の為の戦力が足らなくなる可能性がある

どれかを選ぶのであればどこかの方面のリスクを飲み込む必要がある

そこで……

 

「そこで?」

山田さんに俺が【スパルナ】にしたように続きを促された、

【スパルナ】もあの時困ったんだろうな、そんな事を思ってちょっと苦笑いしてしまった。

「そこで話が終わりです、結局意思統一が全然進まなかったようです」

 

 

【スパルナ】が俺に聞きたかった事、

それは「【ガイア連合】には何か話が行ってないかね?」という事だった。

足りない戦力を補うための傭兵契約を、あるいは蝗害対策等に有効なアイテムの購入を

そういう動きを【インド神話勢力】首脳部が見せているのではないか

それによってどういう方針で動くのかがわかるはず、そういうつもりだったようだ

特に【スパルナ】は何らかのアイテムの購入で打破を図る事を予想していたらしかった

再び行われた戦いでの【アバドン虫アポリオン】撃破がそれだけ目覚ましい物だったらしい

その時の戦いでは【ガイア連合】から購入した【アポリオンキラー】が有効に働いたそうだ

 

しかし俺の知る限りそういう話は来ていない

もしくは来ても断っているから表沙汰にはなっていないのだろう。

もしそれを受け入れていたら規模的に大きな話となって話題になっているはずだ。

そういうと【スパルナ】は残念そうな顔をしたのを覚えている。

 

 

 

「そういう話をしばらく前にリーダーとしました、多分この話ですね」

俺としてもここまで【スパルナ】が向こうの内情を語ったのだから

じゃあ多少は調べてやるか、そう思って色々調べて、それでリーダーにも聞いたのだ。

やっぱり【インド神話勢力】絡みの何かは何もなかったけれど。

「なるほど、それで我らがリーダーが考えを変えた理由がわかりました

政治案件化するのを嫌がったわけですか

どこもかしこも戦力不足ですねぇ」

多分そういう事なんだろうなぁ。

それに【インド神話勢力】は有力な勢力で

日本にとっては大陸で過激派からの盾になっている中華戦線、の外側の防壁に近い存在だ

そこの意思決定に変な影響を与えても責任なんて全く取れないしな。

 

「それでもう一つなんですが」

まだあるのか、ちょっと喋り疲れた

何か飲もうと思って適当に探すが手近な所にはなかった。

「源氏さんの異界に行った時に老婆を見かけましてね

畑に豊穣系の力を振るって草のようなものを生えさせていました。

あれって源氏さんの所のクシナダヒメですよね?」

なんて事を言うんだこの人は、祟られるぞ。

「多分それは<ホレのおばさん>ですよ。

亜麻を育ててたんだと思います」

【クシナダヒメ】様とお婆ちゃんな<ホレのおばさん>を間違えるのはどうかと思う。

「あれ、外れましたか」

外れた?

「私はクシナダヒメだと思ったんですがリーダーがあまりに否定するので

それじゃ賭けをしましょうとなりましてね、負けましたね

久々に勝てそうな気がしたんですが……豊穣神をダブらせるとは思いませんでした」

では、それだけ言って山田さんは去って行った。

 

【クシナダヒメ】様は日本書紀でも古事記でも「童女(をとめ)」と表現される女神である。

そりゃリーダーも否定するわ、それだけはないもの。

とはいえあの方は童女という言葉のイメージほどは幼くはない。

この場合の童女はその漢字の印象よりも読みの「をとめ」の意味の方が理解しやすい

穢れなき若い女性の事だ。

乙女()運命の人()と結ばれる、ヤマタノオロチ退治の神話にはそういう側面がある。

 

 

最後に渋い顔をして適当な肴を摘まみながらビールを飲んでる聖女ちゃんに声を掛けて

俺は部屋に下がらせて貰う事にした、これだけ挨拶したんだしもういいだろ。

聖女ちゃんが渋い顔をしてたのは酒が好みに合わないからだった

重いビールはなんか違うらしい。

 

 

 

「あなた、起きてください、時間ですよ」

深夜、ホテルの一室で仮眠を取っていた俺は<ライコー>に起こされた。

一言礼を言い、俺を枕にしていた<シロ>や<ユキ>や<ピクシー>たちをどかす。

今日はこれからする事がある、そのために仮眠を取っていたのだ。

 

祝勝会の跡は片付けられ、笑い声がたまに響くどこか浮ついた空気があるホテルを出る

外の街はホテルの部屋から灯りが少し漏れる程度でそれ以外は夜の闇が覆っていた。

電気の灯りは文明の光、そんな事を思わされる。

確か【ガイア連合】の工場では最近は大型の【マグバッテリー】の生産もしていたはずだ

今にして思うとこういう拠点に電源を供給するための物だったんだろうな

MAGがあれば発電もできる【マグバッテリー】はこういう所にこそ必要とされるものだ。

そんな事にも気づかなかった、別に今回が初めての海外ってわけじゃなかったんだけどなぁ

 

自分の鈍さを感じつつ、ホテルの外に駐車してあった荷車の所に行く、うちの荷車だ。

持ち込んだのだ、これから先は俺個人としての行動になる

リーダーの一反木綿を借りるわけにもいかない。

<カーシー>と<ジャックランタン>を召喚する。

「あっ時間?時間?」「ヒッホー!夜食か?湯でも沸かすか?」

「そうだよ時間だよ、悪いな、付き合わせて。

ランタン、お前は明かりだ」

<カーシー>はうちの丘から離れたがらず、それを許した仕事をしてもらってるのに

今回は俺の都合でその節を曲げさせてもらった

その代わり帰ったら「骨付きのでかい肉」を与える事になっている。

「良いよ良いよ!早く乗りなよ!」

機嫌よく尻尾をぶんぶん振っている<カーシー>の様子に安心して荷車に乗ろうとした所

「お待ちください!団長閣下!」

ここ数日で妙に恭しくなりついには閣下とか言い出すようになった少年に呼び止められた。

多分、天使を一匹狩らせたのが効果があったんだろうなぁ。

 

「何かね、これから私用だ。

そう伝えておいたはずだが?」

静止を掛けられる謂れなどない、ちゃんとリーダーたちにも伝えてあった行動だ。

「私も同行します!私は閣下がお帰りになるまでは閣下の従騎士であります!」

えぇ、ちょっと困ってこのでかい少年を見る、乗せると狭くなりそうだし暑苦しそう……

<カーシー>は大丈夫か?俺と<ライコー>たちに加えてこの大男だぞ

そういう気持ちを込めて<カーシー>を見たが何もわかってなさそうな顔をしている

この子はどうにもこういう所がある。

「今回の件は繰り返すが私用だ、団長としての仕事ではない

故に少年は私について来なくても構わないのだ」

「お供させてください!」

なんだってこんな事に、しょうがない

「扱いは雑になる、いいね?」

「はっ!」

ならいいや、適当に眠らせよう。

<シオン>に【トラポート】で【ドルミナー】持ちの<エルフ>を連れて来てもらい

眠らせて荷台に寝かせる事にする、これから少々突っ込んだ話をするのだ。

全くの他人に聞かせたくない。

 

 

少年に【ドルミナー】が効いた事を確認してから召喚する。

「【召喚】<ホレのおばさん>」

「付き合わせてすまないねぇ」

いかにも魔女然とした<ホレのおばさん>が召喚される、荷車の前の席に座らせた。

「別に良いさ」

仲魔なんだから。

 

「しゅっぱーつ!」

<カーシー>の声と同時に荷車が動く、何となく後ろを振り返った。

進む方向とは逆方向に「ヘルゼルベルゲ」がある。

あの山は「タンホイザー」においては別の名で登場していたな、

「ヴェーヌスベルク」と、その事を一瞬思った。

俺たちが向かう先はアイゼナハの街から北西におよそ50キロほど行った所にある

ドイツ、ヘッセン州の山の中にある池「Frau-Holle-Teich」だ。

Frau Holleとは【ホレのおばさん】の事、Teichはドイツ語で池の意味だ

「フラウホレの池」、こんな直訳で良いだろう、そこに向かう。

 

 

 

この、ちょっとした夜の観光は<ホレのおばさん>の頼みによるものだ。

【ホレのおばさん】に謂れの有るその池に行きたいらしい、俺はその頼みを聞き入れた

そして聞き入れたからこそ、いくつか聞きたい事、話したい事が生まれる

何をどう話すべきか、まずはそれに悩んだ。

一旦頭の中で情報を整理した方がいいかもしれない。

 

それらを纏めている最中、ふと疑問が湧き聞いてみる

「なあ、<ホレのおばさん>、俺はお前の事をなんて呼ぶべきだったんだろうな」

 

【ホレのおばさん】は当然だが日本語訳でしかなく、実際に呼ばれることが多い名は

「Frau Holle」だ、そしてフラウホレの日本語訳を素直にすれば

「ホレ夫人」とでもするような、敬いのニュアンスを多く含む言葉になる

この場合の夫人は誰かの妻という訳ではなく、貴婦人に対する敬称としての夫人だ。

フラウホレを【ホレのおばさん】と訳したのは、そういう意味を認めてもなお

訳者が【ホレのおばさん】の親しみのニュアンスを重く見た、そう解釈するべきだ。

そして【ホレのおばさん】という存在を考えた場合、これはそれほど的外れでもない

【ホレのおばさん】の伝説の中に「マーレン叔母さん」に扮するというものがある

これは個人名に近いが少し違う「身近にいる年の近いおばさん」くらいの言葉になる

親しみのある、だけど誰とも知れないおばさんが人々の善性を試し、善なる事を認めたら

その者に礼として金を、少女であれば健康を、そして子供であれば花やケーキを与える

認めなければ家と農地を焼き払う。

そういう存在として伝わる。

民話でよくある「親切にした相手が凄い存在で、そのお礼で幸せになった」類型の話だ

この話の場合、フラウホレは困ってるおばさんの姿で現れる。

この話における【ホレのおばさん】はまさに【ホレのおばさん】と訳すのに相応しい

他に日本で訳される場合は【ホレおばさん】か、ほぼ同じだな。

 

「Frau Holle」はその呼び名が複数あり、それぞれニュアンスが微妙に違う

日本語訳の【ホレのおばさん】はその中のいくつかの要素を強く抜き出しているが

それが適切であるのかどうかの確信が俺には得られなかった。

 

「婆の呼び方に拘るもんじゃないね、そういう細かい気遣いは別の子に回してやんな」

本人がそういうなら、まあいいか。

 

 

フラウホレに名前はいくつもある、その中で

フラウホレ、マザーホレ、オールドマザーフロスト、この辺りは=で結んでいい

そして呼び方違いのほぼ=なのがペルヒタ、スピンドルホレ、シャウアーホレ

特にペルヒタはドイツではフラウホレ呼びをしていない地方ではペルヒタと呼ぶ

そう言っても良い位にその範囲が被らない、そして伝わる話がほぼ同じだ。

やはりこれも同一の存在と見ていいだろう

違いと言えばペルヒタには二面性があり、美しいぺルヒタと醜いペルヒタが争う事だろうか

ドイツの山がちな地方を中心にこの存在は伝わる。

 

そしてフラウホレと同一、もしくはより古い形とされるのがホルダという存在だ。

フルダとも言う、天空の女神とも山の女神とも泉の女神とも伝わる。

紡績と織物を司り、洞窟に迷い込んだ農夫に亜麻の種と育て方を伝えた話が残る。

夏と冬の二回、山中の洞窟から出て人々の働きぶりと亜麻の育ち具合を確認し

翌年の収穫を決める、その際には働き者には多くし怠け者には減らす。

そういう存在だ。

働き者を愛し怠け者に罰を与える性質はホレとの繋がりが疑われる存在に多い特徴だ

またホルダの名自体がホレの語源、あるいはそれに近いのではないか?という説もある。

ホレの名前が古い言葉過ぎて語源とされる物が複数あるのだ、

そして更にそのホルダの語源かもしれないとされるものの一つに「hyld」がある

ニワトコの事だ、ニワトコの精フラウホレとの繋がりはここでも見る事が出来る。

もちろんこれはいくつもある説の中の一つに過ぎない

両者とも「優雅」を意味する古い言葉「huld」が語源ではないか?とも言われている。

 

大まかにはフラウホレ=ペルヒタと見て良いとされ、

それらの大本はホルダという女神ではないか、そういう話がある程度に捉えて良い

何せわからないのだ

比較的名が残ったフラウホレですらその存在への言及は800年近く遡る事が出来る。

それくらい古い存在だった。

 

これから向かう「フラウホレの池」はフラウホレへの祭祀の跡が見つかった場所である

古くから聖地とされた池で、後にローマ時代の金貨が見つかり中世以前の陶器も見つかった

これらは当然のごとく「フラウホレに捧げられたものだろう」そのように解釈された。

ドイツでは時折このように、池や泉に何かが捧げられた痕跡が見つかる。

 

 

思考をドイツから日本、東アジアへ一時的に移す。

黄泉という大変一般的な言葉がある、あの世の事だ。

この音、「ヨミ」こそ日本語であるが漢字の「黄泉」は中国の単語を借用したものだ

そして中国でも黄泉はあの世の事を指す。

この「黄泉」だがこれにもちゃんと意味がある言葉である

表意文字の文化はこういう所が分かりやすくて良い。

読んで字のごとく黄色い泉、黄色とは「土」を表す色である、その泉だ

字だけなら大地の泉とでも解釈して良いだろう、これで地下の泉を意味する。

日本でも「泉下の人となる」「泉下の客となる」、こんな言葉が生まれた

あの世の住人になる事、死ぬ事を意味する少々気取った表現だ、万葉集にも登場する。

この場合の泉は黄泉の事を指す言葉だ。

 

地下の泉、それだけなら地下水程度の言葉であるのに

中国人は「地下の泉」というだけであの世を連想した。

人が死に、埋めたら「土に還る」からだ

その土から新しい命が育まれる

土の神秘性をこれ以上なく感じる出来事だっただろう。

五行の中心が土行であるように中国人は土を重んじた。

そして人が死んだら土に還り、土の下にある黄河の水源へとその魂が向かうものだと考えた

その黄河が大地を潤し、新たな命が生まれる。

これが中国人の大昔の死生観の一つだ、ただなにぶん中国は広いゆえに

死生観一つとっても「全てがこうだ」と断言するのが難しい

そういう人たちもいた、その程度の話である。

 

おそらくこれと近い死生観を一部の「ゲルマン民族」は持っていたのだろうと推測される。

 

 

「赤ちゃんはどこから来るの?」

有史以来、子供にそんな事を聞かれて困った親はいくらでもいるのではないか

俺も<ピクシー>に聞かれて困った、<ピクシー>は俺を揶揄っただけだったけど。

これへの返答が実は民俗学的にはそこそこの重みがあるという事を知っているだろうか

まったくの完全な創作というのは中々なく、ある程度はその文化に

つまり世界観や死生観に影響されて紡がれる言葉となるからだ。

 

日本において良くあるパターンの一つはこういう事になるだろう。

「お前は橋の下から拾って来たんだよ」「川に流されてたのを拾ったんだよ」

本当に良くあるパターンなのだ、俺は前世も今世も聞いた。

これをどう解釈するか、何と結び付けるか、まあいくらでも説は生まれる訳だ。

 

「拾った児はよく育つ」という言葉がある、なんでそんな言葉が生まれたかはわからない

戦国時代くらいにはそれなりに普及していた言葉だったのだろう

そういう信仰があり、豊臣秀吉も子供を捨てたし徳川家康も子供を捨てた

捨ててすぐに家臣に拾わせ、それを貰い受け、その子の健康を願った。

これを「拾い親・拾い子」という、この二人が有名なだけでままあった話なのだ。

健康を願うだけでなく、親からの悪縁を断たせる為に行った、とする説もある。

これに着目したい。

つまり「お前は橋の下から拾って来たんだよ」というのはこれを言葉の上だけで行ったのだ

橋は古来より境でありある種の公権力の及ばぬ土地で

何処とも知れぬ人々が行き交う場所だった、川もまた身近な異界だった。

「お前は捨て子だから、橋の下の子だから、だから授かった子で、きっと元気に育つ」

「何かから授かった特別な子だから、きっと育つ」

そう願う土壌があったとそう想像する事も出来る。

子供の死亡率が高かった時代では、そしてそうでなくても子の親であるなら

我が子の健やかなる事を願い、そんな物にも縋りたくなる気持ちも生まれたのではないか。

そんな事もあり得るのではないか、そう俺は思う。

結局はわからない話だ、全部感覚で言ってるだけだからな。

 

 

ではドイツ人は子供に何と答えたのだろうか?

1920年代から40年代にかけての調査によればドイツにおいて多かったというのは

シュバシコウ(Storch)が赤ちゃんを咥えて運んでくる」というものだったという。

このシュバシコウ、日本にはいない鳥である為に意訳されてこの話は

「コウノトリが赤ちゃんを運んでくる」と伝わった、生物学的にコウノトリの仲間だからだ

「Storch」というドイツ語は「コウノトリ」と訳されることが多い。

他にも「泉から産婆が拾ってきた」というのもあったらしい。

 

なぜシュバシコウが子供を咥えて持ってくると伝わるのか

それにはまずシュバシコウの生態が関わってくる

シュバシコウは渡り鳥で、雛を育てる為に初夏に欧州に来てアフリカで越冬する。

そして家々の煙突や電柱、木々の上に巣を作る、こういう鳥だ。

この鳥は夏の間、巣と付近の泉や沼地の間を行き来する

泉や沼地には彼らにとって大切なご飯である蛙や魚が多数生息しているからだ。

シュバシコウは雄なら体長は100センチ、体重4キロにもなる大きな鳥だ

その身体を維持するのにも、そして作るのにも十分な栄養を必要とする。

彼らは夏に蛙や魚を食べ身体を養い子供を育て、秋になるといなくなる。

 

この家々の煙突から泉や沼地を行き来するシュバシコウの姿が

ホレのおばさんの伝承と結び付けられた。

 

 

人が死んだらその魂は天に昇り、雨に溶け地に降り注ぐ

そして地から湧く水と共に新しい魂が湧き出てくる

子供が母親から生まれる前は泉の中にいる

 

ゲルマン人とはおおよそこのような信仰、世界観があったのではないか?と語られる。

ここの部分は想像の余地が多く異説も多い、というのも

それを系統だって説明出来る存在など現代には残っていないからだ。

その当時を生きた人々の、理屈だけではない感覚から生まれたそれは

まったくの異文化、異文明の存在が理解するには、

残された断片を繋ぎ合わせてその全体図を想像するしかない。

逆に言えばこれを想像させるだけの断片がいくらか残っていた。

 

【ホレのおばさん】という存在がある。

それは泉と井戸の支配者で、「子供の泉」を管理するという。

生まれる前の子供の魂を「どこまでも深い春」の中で世話をしているともいう。

シュバシコウはその【ホレのおばさん】の使いとして

子供を咥え、あるいは子供の魂を咥えて各家を渡り、その家に子宝をもたらす。

そして生まれて間もなく亡くなった子の魂を咥え、泉へと運ぶ。

そういう話が民話の中に残っていた。

 

シュバシコウは【ホレのおばさん】と結びつけられた、泉や沼地を行き来するから。

シュバシコウは初夏にやってくる、初夏とは実りの季節でありニワトコの花が咲く季節だ

【ホレのおばさん】は子供を齎す存在だ、子供をもしくはその魂を管理し

人々に受け渡す存在であると思われた。

故にセットにされて

「ホレのおばさんの使者であるシュバシコウが赤ちゃんを咥えて運んでくる」が生まれる。

人々はシュバシコウが自分の家の煙突や屋根に巣を作れば、それはめでたい事だと喜んだ。

結婚式の際には祝いとして「シュバシコウの花嫁」を描いた絵や

子連れのシュバシコウをモチーフにした帽子を花婿に贈る地方もあった

ドイツにてシュバシコウに弟妹を乞う童謡は今も残っている

シュバシコウは今もなお、ドイツやポーランド、リトアニアで「国鳥」として慕われる鳥だ

 

 

【ホレのおばさん】は「穀物の霊(コルンムーメ)」だ、

穂が出る頃には受粉を助ける風を吹かしてくれと、麦の豊作を祈られた

泉の精霊だ、その泉では子供の魂が湧き出てくる

果樹と花が豊かに生い茂る庭園を持っており、迷い込んだ子供たちにそれらを度々振舞う。

子に恵まれない女性が縋る存在であり、願われる存在だ。

女性の仕事の象徴である糸紡ぎと織物を司る精霊であり、女性を助ける存在だ

良く糸紡ぎをした女性に来年の幸福を与えてくれる存在だ。

まるで妖精のように恩は忘れず、必ず報いる存在だ

万能の薬箱とありがたがれたニワトコに宿る精でもある。

「天の女王」と呼ばれクリスマスの日には民が食事を用意し、来年の幸を願った。

 

しかしながらそれだけではない。

働き者を愛し、怠け者を罰する存在だ。

冬の嵐と共にやってくる恐ろしい存在であり怠け者の畑に不作をもたらす。

布団や枕を叩けば雪が降り、シーツを干せば雲になる。

山を駆け、空を飛ぶ。

女たちの魂を率いて夜を闊歩する

幼いうちに死んだ子供の霊を率いて【ワイルドハント】を成した。

洗礼を受けていない幼子を連れて行ってしまう存在だ

糸紡ぎをしっかりしなかった女性には来年の不幸を告げた。

ユールの時期に糸紡ぎをサボった女のスカートを破った。

淫らであり泉で沐浴しては男を誘い込むとも言われた。

一神教によってダイアナやアルテミスと共に魔女として纏めて貶められた。

 

ゲルマン的世界観においては泉の奥があの世に繋がっているという事も考えれば

冥府の神とも解釈する事が出来る

ここまで来れば歪められ、貶められてもなおその本質が見えてくる

このような存在を精霊や魔女と呼ぶことは適切ではない

多神教的世界観に馴染みある日本人ならば、より適切な言葉が思い浮かぶはずだ。

女神、それも地母神だ。

フラウホレは、【ホレのおばさん】はゲルマンの地母神だった。

 

一神教がその地で隆盛を誇ってなお、その名を現世に留めた偉大なる地母神だった。

 

 

 

<ホレのおばさん>に掛ける言葉を考えていたら目的地に着いてしまった

これでは少年を眠らせた意味がない、悪い事をしたな。

蛙の鳴き声が聞こえる、「フラウホレの池」は蛙が多い事で有名な池だという

それが【ホレのおばさん】に相応しい池という事になるんだろう、きっと。

小高い山の中にある駐車場に荷車を停めて降りる

<カーシー>に眠ってる少年の事を任せて、池へと向かった。

 

「なんて言えば良いのかなぁ」

「何を言いたいのですか?」

一人でスタスタと先へ進む<ホレのおばさん>の後姿を見ながら出た俺のぼやきに

横を歩く<ライコー>が聞いてくる。

「色々考えてたらそれがわからなくなった」

誤魔化してるのではない、本当にわからないのだ。

【ホレのおばさん】という存在の事を知れば、この現世に対する思いを推し量ってしまう。

地母神でありながらまるで子供を連れて行く死神のように語られる所など哀れですらある

そして「洗礼を受けずに死んだ子供の化身」として語られる<ピクシー>達との仲の良さを

見てしまうと、思う所が生まれるのだ。

 

しかしそれを言う事が侮辱や失礼な事のような気がして言い方を考えてしまうし

考えている間に言いたい事がぼやけてくるような気がする、困ったもんだ。

そもそも言いたい事がそんなあやふやならば何も言うべきではないのかもしれない。

 

 

「着いたよ、ここさね」

着いた?ここが?思っていた所よりも手前だった、道中に見えた湖が目的地だと思った

そんな疑問を覚えてる俺に<ホレのおばさん>が答える

「あそこは私の池じゃないのさ、こっちだよ」

周りを見渡す、ちょっと暗いな、宙に浮かぶ火の玉を見る

「ランタン、明かりを強くしてくれ」

「ヒーホー!」という掛け声と共にランタンが生んだ火の玉が一回り大きくなり明るくなる

その時、森の奥から僅かに光が見えた【ウィルオウィスプ】か、鬼火だな。

 

鬱蒼とした森だ、その森の手前に小さな池がある、それほど大きくとも立派にも見えない

そんな第一印象であったか少し違うようだ、いうほどは小さくない。

ただ池の中から少し丈が高い雑草が生えている為、池が小さく見えただけだ

池の中……いや湿地なのか。

森の中に湿地があり、その湿地の奥の方には綺麗な水を湛えている池がある。

そういう池で実際よりも小さく見えただけだ、

あまり深くは無さそうで水の動きもほとんどない。

 

 

「ああ、やっぱり……」

その池の方を見ながら<ホレのおばさん>が落胆した声をこぼす。

何に落胆したのかがわからない

「どうしたんだ?」

「私がここにいないんだよ」

いるじゃないか、思わずそう言おうとした俺を先んじて<ホレのおばさん>が続ける

「この地は私の謂れの地で、弱くとも依り代になれそうなものもあったのさ

顕現するなら、あんたの異界よりもよっぽど条件が整っていた

なのにここに顕現した私がいない」

そういう事か。

 

「そしてここから見えるあの辺りに……」

<ホレのおばさん>が指を指し示す

「私を象った木像があったんだよ、それがないのさ」

それは……

「きっとそれを依り代に顕現したんだねぇ、そしてどこかで負けて消えた

おかげでこんな不始末をしている、嫌になるよ」

不始末?

 

「こういう事さね……

さぁ!【ホレのおばさん】が帰ってきたよ!

出ておいで!」

その声が不思議と山の中に響き渡り、そして

森から、泉から、山から、至る所から【ウィルオウィスプ】のような物が現れた

わらわらと薄く様々な色に光り点滅する鬼火のような何か

とても数え切れる物ではない。

悪魔ではなかった、それほどの力は感じない。

少し暖かく、そして寂しそうだった。

 

「これは……」

「ここら一帯の「洗礼を受けずに死んだ子の魂」さね

ここにいた私がいなくなってからも集めていた子がいたのさ」

<ホレのおばさん>の視線の先、そこには薄汚れた白い何かが倒れていた

「私の使いのシュバシコウだよ、私がいなくなってからも集めていたんだねぇ

天使どもの隙を突いてよくやったもんだよ」

白い何かは身動きもしない、死体だからだ、遠目にもその魂がここには居ないのがわかる

成仏だか何だか知らないが心残りなく現世から消えたのだろう。

たった一羽だけで子供の魂を集め続けて、悔いを残さずに死んだ

胸の内に震える物を感じた。

「蘇生、するか?」

あの鳥の遺体からMAGを感じる、覚醒した鳥だ

見た所、亡くなってから少々時間が経ってはいるがしっかり肉体があるし

あの鳥は魂を食われた訳でも、きちんと弔われた訳でもない

きちんと【サマリカーム】を掛ければきっと蘇生も出来る、その確信があった。

俺のその提案に<ホレのおばさん>は

「いや、眠らせてやっておくれ。

その子はもう十分頑張ったさ」

そう言った。

「ならせめて、弔ってやるか」

「そうしてくれると嬉しいよ」

最期まで子供の魂を守った功労者が、あの鳥だ。

 

 

「さあ、集まったね」

<ホレのおばさん>が周りを見ながら言う

辺りには微かに光る魂たちが集まり、まるで昼のように明るい。

 

「じゃあ行くよ、次生まれる時はもうちょっと幸せにおなり」

その声と同時に池に大きな渦が生まれ、魂を吸い込んでいく

あっと言う間にあれだけいた魂が無くなりそれに伴って徐々に暗くなっていった。

ここ、「フラウホレの池」には「底なし」の伝説があり

あの世に繋がっていると言われていた、

現世に残された子供たちの魂は無事にあの世へと渡ったのだ。

その為に、<ホレのおばさん>は今日この地に来た

ああ、そうかならば……。

 

「ふう、用件は済んだよ、まったく自分の尻拭いなんてするもんじゃないね!」

 

 

ランタンにシュバシコウの遺体を焼いてもらう

焼かねばその身体のMAGに釣られて亡骸を荒らされてしまうかもしれないと思ったからだ

覚醒者の遺体には常にそういう不安が生まれる。

このシュバシコウは覚醒した鳥であり、その身体には価値がある

もし持ち帰って売ればいくらかのマッカにもなったはずだ。

しかしこれは弔うべきであると思った、それが礼儀のように感じた。

 

シュバシコウを燃やす火を見つめながら横にいる<ホレのおばさん>と話す。

何となく目を合わせられなかった。

「<ホレのおばさん>、今なら俺はお前を【ゲルマンのヴィーナス】にする事が出来ると思う」

「……何を言っているんだい?」

「ゲルマンの地で、2匹の猫が曳いた戦車に乗り、嵐の中で【ワイルドハント】を率いる

「ヴェーヌスベルク」も近くにある、きっと狙った形で【悪魔変化】が出来るはずだ

【ホレのおばさん】、女神ホルダと繋がりがあるお前なら」

俺の言葉で<ホレのおばさん>がどんな顔をしているのかはわからない。

それを知る勇気がなかった。

「それをする理由が私にはないね」

「あるとも、お前は地母神としての愛を忘れられずにいる」

 

【ワイルドハント】を率いるとされる存在は幾通りもある

やはり有名なのは【オーディン】だが【ホレのおばさん】もその中の一人だ

しかし【オーディン】と【ホレのおばさん】には違いがあった。

【オーディン】の【ワイルドハント】を構成するのは精霊や妖精、悪魔とされる

【ホレのおばさん】であれば、それは「洗礼前に亡くなった子供の霊」とされるのだ

今、あの世へと見送った魂たちのような、そして【ピクシー】たちのような

そしてその【ホレのおばさん】の【ワイルドハント】は子供たちに贈り物をして立ち去る。

【ホレのおばさん】とはどこまでも子供から離れられない神格だった

俺はそれを<ピクシー>達に糸紡ぎと機織りを教える姿から強く感じた。

 

「お前がもし勢力を作りたいなら協力をしても良い、お勧め出来ないがこの地でも良い。

【北欧神話勢力】と合流するならそれも良いと思う。

神社を建て、お前を祀ろう

お前は人に頼られ人を助ける事が出来る存在に戻る事が出来る」

俺が作れるのは日本式の神社だけだから神殿っぽいのは無理だけど。

 

 

「Interpretatio romana」という言葉がある。

「ローマ解釈」あるいは「ローマ訳」と直訳される文化面に関する用語だ。

ローマ帝国時代のローマが国外の異教の神々を彼らなりに解釈し

自分たちのそれと同一化し解釈、あるいは宗教的に飲み込もうとする動きの事だ。

例えばローマ帝国時代の彼らに言わせれば

アルテミスはダイアナであり、イシュタルはヴィーナスであり、ゼウスはジュピターだ

比較できるような類似のものを「彼の地においては〇〇は△△という名で祀られている」

そういう風に纏め解釈をし、自国民になったそれらの信徒達に「実はそれ同じ神なんだぜ」

そういう形で宗教的な摩擦を弱めようという試みだ。

日本における本地垂迹とある意味真逆で、微妙に似ている行いと解釈しても良い。

それは今では北欧神話と言われる、当時では「ゲルマニア」の神々も例外ではなかった。

 

【ゲルマンのヴィーナス】とは北欧神話の女神【フリッグ】【フレイヤ】の事である

どちらを指すのかは解釈が分かれる。

あるいは同じなのかもしれない、【フリッグ】と【フレイヤ】は同じ存在だとする説が

特に根強いからだ、本人の逸話が重なりすぎて夫の名前も似ている。

余談だがこれによって金曜日を「フリッグの日」とするか「フレイヤの日」とするか別れる

ゲルマン語系ではこの二つのどちらかで、ラテン語系では「ヴィーナスの日」になる。

また【フリッグ】も【フレイヤ】も今に伝わる名が本当に神としての名だったのかも怪しい

【フリッグ】は「自由」と「最愛」を、【フレイヤ】は「愛人」もしくは「女主人」を

それぞれを意味する言葉であったとする説があり

これらは本来の彼女らの通称や別称だった可能性まであるからだ。

北欧神話の神々はそれぞれが持つ呼び名が多すぎる為、こういう事がまま生じる。

そういう点も含めて【フリッグ】と【フレイヤ】は同じ女神だとする説が唱えられた。

 

女神【ホルダ】は北欧神話の主神の妻である女神【フリッグ】だとする説が古くからあった

【ホルダ】とは【フリッグ】の別名である、とする説だ。

 

この解釈と繋がりのせいで【ヴィーナス】の名は妙にドイツの山の通称の中に残る事になる

ドイツにはいくつも「ヴェーヌスベルク」、「ヴィーナスの山」と呼ばれる山が生まれた。

ヴァルトブルク城より東に10キロほどにあるヘルゼルベルゲはその代表例の一つだ

民話においてタンホイザーがヴィーナスと愛に満ちた日々を送った場所として語られる

ヘルゼルベルゲはニワトコが自生し、【ホレのおばさん】の隠れ家とも伝えられる山だ

女神【ホルダ】は【フラウ・ヴィーナス・ヘロディアス(夜の女王であるヴィーナス夫人)】とも呼ばれたと伝わる。

 

 

まあ正直、フリッグ=フレイヤの繋がりまではともかく

ホルダ(ホレのおばさん)=フリッグ(フレイヤ)は個人的には弱いかなと思う。

別名に亜麻があるフレイヤ、亜麻を伝えたホルダ、亜麻糸を紡ぐホレ

夫を探して涙を流し黄金をばらまいたフレイヤと、礼をする際には黄金をばらまくホレ

巫女に崇められていた魔術の神フレイヤと、魔女であるホレ

豊穣の女神であるフレイヤと、穀物を実らせる精であるホルダとホレ

織った布が雲になるフリッグに、布団を干せば雲に、叩けば雪になるホルダとホレ

クリスマス(冬至)の夜に豊作の代わりにリンゴを持っていくフレイヤに

ユール(冬至)の時期にワイルドハントを率いるホルダとホレ

女性の恋の相談であればいつでも聞いてくれるフレイヤに、女性を健康にするというホレ

沼地もしくは水場に宮殿を構えたとされるフリッグと、沼地や泉にいるホレ

ニワトコの茂みを住居としたと伝えられるフレイヤと、ニワトコに宿るホレ

オーディンの妻フリッグ、愛人フレイヤと、ヴォーダンの妻(Frau Wode)として伝わるホレ。

 

これくらいだろうか、近い要素を見出すのであれば。

少々、決定打に欠ける印象がある。

ホレの話ばかりだがそれもしょうがない、ホルダの話はあまり残っていないのだ

しかしそれはどうでも良い事だ、解釈の余地があり繋がりらしきものがあればそれでいい

別に学会で発表するわけでもない。

 

それで<ホレのおばさん>が繋がりを辿って【フリッグ】や【フレイヤ】となれば、

女神として名が通った存在として人々の前に出る事が出来るのだ。

穀物の精、ニワトコの精、泉の精、そんな一神教に配慮され隠された表現ではなく

一柱の女神として。

それは断じて魔女などではない。

子供の魂を気にかけていた<ホレのおばさん>にとってはその方がきっと……

 

 

「よしてくれよ、私は【ホレのおばさん】さ

それ以外にも、それ以下にもそれ以上にもなる事はないね」

「しかしだな」

「女の古傷をえぐるもんじゃないよ」

やはり古傷なのか、強く言われてしまい黙り込む俺に対し

<ホレのおばさん>はほぼ灰になったシュバシコウから視線を動かさずに言う。

 

「例え私がこの地で、あるいはもっと良い所で女神面した所でいったい何になるのさ

このゲルマンの地はもう一神教に染まりきっているんだよ

それなのに人の子の団結も連携も乱して、私を崇める為の王国を作れって言うのかい?」

ましてや、そう吐き捨てるように言う

「【北欧神話勢力】なんて冗談じゃないよ、

そこは本来の【フリッグ】や【フレイヤ】が納まるべきなのさ」

本来の、か。

やはりフリッグとホルダは結び付かないのだろうか。

 

「気持ちは嬉しいけどね、私はあんたの所も居心地が良いと思ってるのさ

追い出そうなんて思わないでおくれよ

娘っ子たちの腕もまだまだだしね」

 

その後焼き終えたシュバシコウの遺灰を泉に流し、手を合わせた。

流れる遺灰は不自然に生まれた小さな渦に吸い込まれどこかへ消えた。

 

 

 

手持ち無沙汰になってしまい池を眺める、多分二度とは来ない場所だ

見納めにするつもりで眺めた

夜の森に囲まれた池の水は暗く冷たそうで、どこか本能的な恐怖を覚えさせる

その池を見ながら<ホレのおばさん>に掛けた言葉を後悔した。

相手の気持ちを勝手に想像し決めつけた自分に、嫌いなタイプの傲慢さを強く感じた。

恥ずかしくてたまらない。

 

「ほんのちょっと前まではここに娘っ子たちがやってきてね」

<ホレのおばさん>が柔らかい声で俺に語る。

「水面に映った自分の顔を見て「マザーホレの子供たちだ!」って叫んだものだよ

願掛けさ、子供をいっぱい産める様な、そんなお母さんになりたい娘っ子たちが来たんだ」

私はホレの子供だから良いお母さんになれる、そういう願いを込めて生まれた文化だろうな

【ホレのおばさん】の話で度々出てくる「女性を健康にするor肥沃にする」は

「子供をしっかり産める身体に」というニュアンスになる。

その話は俺も知っている、だからこの池に行く事が決まった時思ったんだ

<ホレのおばさん>がその頃の事を懐かしんでいるのであれば、と。

 

「だけどもうそんな事をしなくなって久しい。

でも人の子の数は増え続けた、私は不要になったわけさ、良い事だよ。

ちょっと寂しいけどね」

良い事、良い事なんだろうな、神頼みをする必要がなくなったって事なんだ

ちゃんとご飯を食べれて健康な体になって、発達した医療で安全に子供を産める時代が来た

そんな時代では信仰が弱まるのもしょうがない事なのかもしれない。

もっともどちらも過去の話だ、現代医療を生かせるのは日本と穏健派くらい。

食うに困っていない所は日本くらいじゃないか?そして今は信仰に価値がある。

 

池を眺めて思う。

池には改修の跡があった、この池はちゃんと手入れをされていた池なのだ

<ホレのおばさん>の木像もあったという、この地は忘れられ捨てられた地ではなかった

ここに来る途中の道路も案内板らしき物があり獣道というわけでもなかった。

もはや信仰はなくとも、ここは憩いの場として存在していたのかもしれない

そして<ホレのおばさん>にはそれだけで良かったのかもしれない、

訪れる人の子を眺めるだけで

だけど、それはもう……

 

「これからこの地は一神教で、特にメシア教で人の子は纏まるんだろうね

一神教は強いよ、私たちを追いやったくらいなんだから。

私はあいつらが嫌いだけどね、それでもその強さを必要としているのもわかるんだよ」

<ホレのおばさん>は微笑みながら言った

「それを寂しいからって邪魔するわけにはいかないだろ?お母さんなんだから」

俺には何も言う事は出来なかった。

 

 

翌日、俺たちは不快な城をぶっ壊してから日本へ帰った。

 

 

 



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