新世界の‪✝︎神‪✝︎になる (鳥ッピイ)
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001.常若の国

クリスマスってなんですかね(逆ギレ)なわけでオートマタ初投稿です。


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「........................」

 

居眠りでもしていたのか、マイナスイオン溢れる木漏れ日あふれる森林の中にいた。これがハイキングだったら確かに心落ち着く緑の風景だったけど、現実は迷子というか、遭難である。電波が届いていないのか、スマホはどこにも繋がらない。

 

「いや、どこだよここ。」

 

最初は明晰夢でも見ているのかと思った。 しかし夢にしては匂いも感覚も、そしてジリジリと焼くような暑さがあまりにもリアルすぎる。 次は誘拐かと思ったが、生憎一般人なので誘拐される謂れも恨みもない。 いや、誘拐なら誘拐で人質を森に放置するとか困る。一体どんな放置プレイだよ。

 

しばらくはぽかんと口を開けて辺りを見渡すだけだったが、顎が痛くなったのでようやく立ち上がることにする。 見渡したところで辺りは木、木、木 。緑のオンパレードだ。 ドッキリのプラカードを期待していたが、いつまで経っても出てこない。

ここがどこなのかもわからないし、眠る直前に何をしていたのかも、記憶にもやがかかったかのように思い出せない。 確か、家に帰ろうとして............。

 

「いって!!」

 

途端にズキズキと痛みだした頭を抑える。 記憶に対しての思考は仕方なく振り切ってとりあえず歩くことにした。

 

 

俺のお先は真っ暗なのに、辺りは深呼吸をしたいくらいには穏やかな場所だ。 特に驚いたのは自身が寄りかかっていた大木だった。

塩害によって多くの森林が枯れたというニュースを目にするにも関わらず、樹齢が何百年も経っていそうな木が、この森にはゴロゴロと立っている。

 

「ん゛ん!!!!!?」

 

なにか音がするな、と何となく目を向けた先にはとんでもなくでかい鹿っぽい動物がいた。少なくとも俺の身長の頭ひとつ分は抜き出ていた。

 

カエルを潰したような声を出したことで襲われないかと一瞬恐ろしい考えが頭をよぎるが、鹿はこちらをちらりと一瞥するとのそのそと去っていった。

あんな大きな鹿は見たことがない。 九州どころか奈良公園だってあんな鹿はいないし、ド田舎や動物園にすらいないと思う。

 

いい加減ここがどこなのか不安になってきた。 木漏れ日漂う景色とは裏腹に、心に大きな影が掛かっているのを自覚して顔を顰めた。けもの道のような道無き道を進みながら孤独による不安と恐怖に耐えられなくなっている自分がいる。

 

「?何の音だ?」

 

風によって葉の揺れる音だけの世界で、初めてなにかが動くような音がする。 動物がたてる音にしてはあまりにも不自然な...誰かが騒いでいるような音だ。

 

「もしかして、誰かいるのか?」

 

この際人間ならなんでもいい。そう思いながら自身の目先まで生えた雑草をかけ分け音の発信源に向かった。

 

「あの!誰か」

 

 

 

「キサマ!ナヲナノレ!」

「ブレイナ!キサマコソナヲナノレ!」

「ナンダト!」

「ヤルノカ!?」

「ヤッテヤロウジヤナイカ!」

 

「「モノドモカカレェ!!!!」」

 

 

 

「ミ゚」

 

なんか変な被り物をした2つの機械...ロボット?と手下みたいな奴らが陣形を組んで争っている。どゆこと?????????

 

 

「ナニモノダ!」

「ナニモノダ!」

 

「え!?」

 

 

 

「ワレラノ聖戦ヲ邪魔スルトハ!無礼者メ!」

「サテハ貴様!アンドロイドダナ!」

 

「我ラノ戦イヲ邪魔スルカ!」

 

 

 

「うわああああ!?すみません俺が悪かったです!!!!!!!!?」

 

奴らに見つかった瞬間、俺は全力疾走で逃げ出した。

 

 

無我夢中で走っているうちにいつの間にか森を抜けたらしい。

 

「ぜェ...なにあれ.........ぜぇ...ロボットなのか......?」

 

見たことの無い形のロボットだ。パッと見はちょっと可愛かったのに、何故かキレられて追いかけられる羽目になった。 なんだアレは。どうすれば良いのだ!?

激しい動悸に何とか喘ぎながら俺は辺りを見渡した。 開けた草原になにやら大きな建造物が見える。

しかしその建造物はファンタジーよろしく寂れた西洋の城だった。

 

「そ、そんなぁ......」

 

石造りの重厚な城は侵食した緑からその機能をとっくに失っている。 誰かの助けは望めないだろう。 まず向かおうにも、城にかかる石橋が壊れている。

しかし石橋の下に流れる川を見つけられたことは不幸中の幸いだった。 少なくとも水分補給はできる。

 

川は遠目に見ても充分に澄んでいたが、近づいてみてその透明さに目を見開いた。 こんな綺麗な川はそれなりに前のテレビ番組でしかお目にしかかかれないほどだ。抵抗はあるが飲むのには問題は無さそうだ。

生存に必要不可欠な水分を摂取したことで

何とか落ち着きを取り戻す。

 

「やっぱり、ダメか......」

 

川べりに座り込んでスマホをもう一度起動させてみるが、やはり電波は圏外を示したままうんともすんとも言わない。ため息をついたまま再び学ランのポケットに戻す。電池の消費が心配だった。

 

「ほんと、どこなんだよ。ここ......」

 

あれか。これはもしかして流行りの異世界というやつなのか。異世界にしてはファンタジーチックな城によくわからないロボットという世界観が謎すぎるが。

 

ギュルル、と腹の虫がなる。

 

「は、腹が減った......。」

 

最後にいつ食事をしたなんて覚えていないが、空腹なのは確かだった。 川に魚でもいないだろうかと川面をのぞき込む。

 

「お」

 

釣竿を持っていないため期待こそしていなかったが、澄んだ水の奥に川の流れる速さよりもと遅く魚が動いている。腕をまくり、そのまま魚を掴み引き上げた。

 

「おお〜!!手掴みじゃ無理だと思ったけど食料ゲット!」

 

手の中でビチビチと跳ねる魚は、確かに魚だった。正確に言えば、魚型のロボットだった。

 

「イャアアアアアアア!!」

 

俺は思わず魚を川面にたたきつけた。

 

「いやなんでだよ!!!!!!!!」

 

 

「魚が川を泳いでるのはいいよ!だって魚だもん!!でもあれはロボットだろ!!!!なんでロボットが川を泳いでるんだよ!!おかしいだろ!!!」

 

いや、魚型のロボットが水の中を泳ぐこと自体は至極正しいのか?ていうか、なんだあの魚ロボット。本物と見間違うくらいにはめちゃくちゃクオリティが高かった。どこに予算を使ってるんだ予算を!!!

 

 

「魚型なら...食べられたかな〜いや...食べれないだろ。魚型の機械なんだから...。」

 

頭を抱えて座り込む。もうキャパシティオーバーだ。 どこなんだここは。何なんだあのロボットは!1人ツッコミにも限界はある。

 

 

その時、地鳴りのような音が鳴り響いた。

 

「な...なんだ、あいつ!?」

 

川の向こう側、廃墟の城のそばに自分の身長なんて優に超えるでかいロボットが、こちらに向かって歩いてきていた。

 

「!!!!!」

 

眩い光に思わず目を閉じると、体が熱湯につけられたような熱さに覆われ思わず悲鳴をあげる。

 

そして轟音と共に傍の大きな石橋が吹っ飛んだ。直撃しなかったのは奇跡だろう。

 

攻撃してきたのは間違いない。あの巨大なロボットだ。

 

「ハァ!!!?ビーム!!?」

 

見つめなくてもわかる。ロボットの光る目が、次の光線が間もなくこちらに直撃すると伝えていた。

 

逃げなければ! どこに? あの破壊の範囲から逃れるだけの脚力なんて俺には残ってない。

 

―――――――――死ぬ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「......?」

 

 

付近に響いた轟音と赤い光にA2は振り返る。

森の国の機械生命体は独自のネットワークを築く関係上、排他的で攻撃的だ。 同じ機械生命体同士で争うことも珍しくはない。しかし、廃墟付近に佇む大型の機械生命体が動くことは珍しかった。

 

A2が森の国に訪れた理由は2つ。ひとつは生き延びた自身を抹殺しようとするヨルハから逃げること。しかし彼女自身の本命は2つ目だ。

 

───機械生命体を皆殺しにする。ただそれだけだった。

 

 

約50m先に大型の機械生命体が、一体のアンドロイドに向け、今まさに攻撃を仕掛けようとしている瞬間を捉えたA2は、思考回路が命令を出すその前に、ほぼ無意識でBモードを起動させた。

 

 

大型の機械生命体を叩斬った後、A2は助け出したアンドロイドに視線を向けた。

 

「...............?」

 

なんとなく感じた違和感を形容する言葉をA2はもたない。

黒い髪に黒い服という黒で構成された少年型。 しかしヨルハ型ではない。旧型のアンドロイドは体内の融合路を水で冷やす必要があるため、その隙を襲われたのだろう。補助タイプであるならば直接戦闘は尚更苦手なはずだ。

 

「この辺りの機械生命体は凶暴だ。皆殺しにしておいたからお前も早く行け」

 

危険はない。そう判断してA2は少年の視界から消えた。

 

 

 

 

 

 

よく分からないうちによくわからないきれいな女の人からよく分からない事を言われていつの間にか女の人はいなくなっていた。

 

何を言っているのかわからないし、何をされたのかも分からない。

 

初めて会えたはずの人は、俺が固まっているその瞬間にもう消えていた。 夢か、と思ったが、ガラクタと化したロボットが、彼女の存在が現実であることを知らしめている。とりあえず、助かったということだけは確かなようだった。

 

 

 

辺りをある程度探索すると、先程の女の人の言葉通り、周辺のロボットは全員、既に壊されているようだった。

水源を離れるのはいささか不安だが、俺を助けてくれた女の人の言葉には従っていた方がいいだろう、と考えて再び歩き出す。

 

なにより生きている人間がいるという事実が俺の足を進ませた。

 

 

▲▼

 

 

 

「(また別の森に迷い込んでないか?)」

 

ずっと同じ景色をぐるぐる歩いている気がする。

 

「(いやいやいやいやいやそんな事ないって。気のせいだって道に迷ってなんかいないって)」

 

ダラダラ汗をかいたところで立ち止まる。諦めたらそこで試合が終了するので絶対に道に迷ったなんて認めない。認めたら俺の人生も終了する気がする。

 

「さ、さっきの女の人......。また助けてくれないかな。」

「オンナノヒト?」

 

「そう、綺麗な女の人............。」

 

背後から聞こえてきた声に思わず答えてしまったが、その声音に嫌な予感がする。

ギ、ギ、ギと油をさし忘れた機械のように振り返った先には、首を傾げたロボットがいた。

 

「オンナノヒト、ッテダレ?」

「........................」

「...........................」

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

俺は再び駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

「こら!勝手に村の外に出ちゃいけませんよ。危ないでしょう?」

「カスパルオジチャン。オンナノヒト、ッテダレ?」

「女の人?レジスタンスの方でしょうか?うーん。連絡は来ていませんが...。ハッ!それよりも早く帰りましょう。 今日はどんな絵本を読みましょうかね」

「ワーイ!」

 

 

▲▼

 

「大規模な魔素反応?」

『はい!森の国で旧世界の魔素が大量に観測されたみたいで、近隣のヨルハ部隊は念の為調査して欲しい、という司令部からの任務命令が出ています。2Bさん、お願いできますか?』

「わかった。」

『9S、貴方も任務に同行してください』

「ええ〜〜これから2Bと一緒に砂漠のバラを見に行こうって話してたんですよ。」

「......私は見に行くなんて言ってない」

「そんなぁ」

『9S、任務が最優先です』

「はーい」

『まあまあ、任務と言っても様子見程度ですから。』

「2B、砂漠のバラは今度見に行きましょうね」

「.....................」

 

 

 

その約束が叶わないことを、私は知っている。

 



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002.デウス・エクス・マキナの嘲笑

相も変わらず暑すぎるほどの日差しが髪を焼いている。 煩わしい人間の雑踏もないこの場所は、絶好の日向ぼっこ日和なはずだ。このいつ崩れるか分からない高層ビルが目に入らなければ、の話だが。

 

よくわからないロボットからなんとか逃げ切ることが出来た俺が次にたどり着いたのは、天高いビルが立ち並ぶ廃墟だった。

 

ファッキン!

 

ファンタジー溢れる城からようやく知った建物が見えたと思ったら、緑が生えてるわ苔むしてるわ相変わらず誰もいないわ今にも崩れそうだわで踏んだり蹴ったりだ。

森ではロボットに殺されそうになったけれど、この廃墟都市では今にも崩れそうなビルに押しつぶされて殺されそうである。

 

 

歩いても歩いても廃墟ばかりで人っ子一人いない。 俺を助けてくれたお姉さんがいたから、人はどこかにいるのだろうが...。 この場所に住んでいたはずの人々は、一体どこに行ってしまったのだろうか。

 

 

「やっぱりここ、俺がいた世界じゃないのかなあ」

 

森や城を見た時はファンタジー系の異世界かと思ったが、どうみてもオーバーテクノロジーのロボットがいるし、今いる高層ビルだって見慣れたものだ。 廃墟になってるけどな!一度自動販売機らしきものを見かけたので何か買えないかなと向かったら、あのロボットが群がってたので近づけなかった。

 

この場所に来てから未だに夜が訪れていない

今は丈夫そうな建物を選んでその下で過ごしているが、寝ても醒めても昼間なせいで時間感覚は全く分からない。この世界は本当にどうなっているんだ?

俺がここから離れられなかった理由は、あのロボットがいつ襲ってくるか分からないからだ。今は見晴らしが良い場所にいるので、何かあればすぐ気づける位置にいるが…今度襲われたら間違いなく死ぬだろう。

 

体育座りをしながら、森で助けてくれたお姉さんがまた来てくれないかなと晴天を睨んでいたら、光る物体......いや、何機もの戦闘機が空を駆け抜けていくのが見えた。

 

 

 

「いや、ほんとどういう世界観?」

 

 

 

そして再び全てが赤く染まる。

 

 

 

 

 

▲▼

 

論理ウイルスによって視界機能をヤらレ、スノーノイズ化されタ視界は徐々に暗転し始めていた。

助けを求メようにも、通信機能は自身で壊してしまった。FCSは壊れ、センサー系の異常はもはや致命的な損傷になっている。体は動かず、私は地面に倒れ伏した。

こんなことになるのならヨルハを脱走しようなんて考えなければよかった。ごめんなさいごめんなさいと謝る。──一体誰に?私を殺そうと追いかけてくる◼️◼️に?頭に浮かんだのは何故か16Dの顔だった。

 

加速するように視界が暗くなる。 闇に意識が浸かるような感覚が恐ろシイ。

苦しい。痛い。...............シ...ダレ...

 

「ァ.........だ、れ.........」

「...............―――!」

「おねが...............タスケ...............」

「─────」

 

 

誰かがいると直感的にそう思った。 何を言っているんだろう。目の前の誰かは機械生命体なのか?誰でもいい。助けて欲しい。

 

 

暗闇の中、それでも私は手を伸ばした。 まるで神に縋るように。

 

 

 

▲▼

 

 

 

「―――――――はい?」

 

目を開けると、俺は工場のような場所にいた。

 

「いやいやいやいや!?は???どこだよここ!」

 

 

廃ビルとどこまでも広がる青空から一転、今度は外が見えないほど巨大な室内の中だった。

いつの間にか座り込んでいた踊り場から立ち上がり、すぐ側の手すりから見渡す。

 

「うわ......」

 

下から巻き上がってくる風を一身に浴びるが、底が見えない。 巨大な室内には何本ものパイプが規則的に並んでいて、俺はそのうちの1本の側面に作られた階段にいるようだ。

 

「おぼぼぼあばばばば」

しかし目下のベルトコンベアからあのロボットが流れてきたのが見えた瞬間俺は逃げた。

 

「ま、またあのロボット......!!!」

 

全速力で意味もわからず逃げてしまいまたも迷子になってしまった。しかし、とてつもなくでかい工場の中にいることには変わりはないものの、幸いにも開けた外に出ることが出来たらしい。

 

「ようやく外か......うぇぇ......」

 

「ァ.........ダレ............」

 

「!!!?!?ファッ!?」

 

声がした方向に振り返ると、少し遠くに女の人が血まみれになって倒れているのが見えた。

 

「だ...大丈夫ですか!」

 

「おねが...............タスケ...............」

 

「!!」

 

駆け寄ると腹部からの出血が酷い。 とりあえず学生服で圧迫しようとボタンに手をかけた時、怪我人である女の人の腹から見えていたのは臓器ではなく、機械のコードが―――

 

「!?」

 

足元に威嚇のような射撃をされて思わず飛び退く。 目の前には黒い服に黒い目隠しという黒ずくめの人が剣をこちらに構えていた。 威嚇射撃は浮かんでいる隣の箱からされたらしい。

 

「お前は一体何者だ?」

「ま、待ってくれよ!俺はこの人を助けようとしただけで」

「───助けようとした?」

 

敵意がないことを伝えたつもりが、どうやら逆に地雷を踏んでしまったらしい。周りの空気が一気にピリつくのを肌で感じる。

 

『報告:何らかの妨害により対象の正体は不明。推奨:破壊の保留』

「知るか。脱走兵を庇うなんて、どうせ機械生命体が新しく作ったガラクタに決まってる」

「!!!?」

 

息を着く間もなく踏み込まれ、振りかざされた大剣に俺は顔を伏せることしかできなかった。

 

「なっ!?」

 

剣がぶつかる固い音に顔を上げる。

俺に刺さるはずの大剣は赤黒いオーラのような障壁...シールド?にうけとめられていた。

 

「なんだこれは!?うわぁぁあ!!」

 

まるで弾かれたように黒い人が遠くに吹っ飛んでいく。 ついでに俺の体も赤いモヤと文字が覆っていた。

 

「ヒェッ!?何これきしょい!」

『警告:魔素反応を検知。旧世界の魔法攻撃はあらゆる防御装置を通過する危険性。報告:対象判別システムの不調は魔素によるものと推測』

「魔法攻撃...!?」

「魔法って何!?」

「機械生命体が旧世界の技術を使うなんて...!」

「機械生命体って何!?」

 

「ふざけたことを!」

 

 

どうしよう。全く話が通じない。今度は喋る箱に命じて攻撃しようとする黒い人にパニックになっていると、再び全身が赤く染まった。

 

「ッ─────!!!」

 

 

 

 

 

 

「あれっ。」

 

そして俺は、また別の場所に立っていた。

 

 

▲▼

 

 

 

何度も移り代わった視界の先は、再び廃墟の都市だった。

 

「も、戻ってきた?」

 

 

どっと疲れが来たので座り込む。

まず工場に突然瞬間移動するわ、おかしな事だらけだった。

 

 

「助けたのが不味かったのかなぁ。」

 

せっかく人に会えたのに、倒れていた女の人を助けたことは、あの黒い人にとっては良くないことだったらしい。 良いことをしたつもりでも、結果的に裏目に出てしまったのは嫌なものだ。

しかし今回の遭遇で多くのことがわかった。

 

 

試しに手元に力を入れると赤いモヤが出てくる。

黒い人と一緒にいた喋る箱から言わせれば、これは魔法というらしい。

 

「ええ...............」

 

なんか...こう......。ロボットといい、先程見た戦闘機といい、工場や喋る箱とか世界観がSFだったのに、ここに来て俺だけファンタジー系の能力に目覚めている。

 

 

「赤は嫌いなんだよな...どうせなら青とか白が良かったよ」

 

 

赤は嫌いだ。あの赤いやつらは.........、...............。このことを考えるのはやめよう。

最近まともな会話をしていないのを理由にブツブツと呟きながら、手に力を入れてみる。

 

「おお」

 

そうすると赤いモヤが集中することで、ひとつの大きな玉が出来た。試しに廃ビル向かって撃ってみると大きな音を立てて壁に小さな穴が空いた。

 

「うわぁ」

 

本来なら「近寄るな!傷つけてしまう...!」とか、「俺の右腕に込められし闇の力が...!」とはしゃぎたいが、俺を襲ってきたロボットとか助けてくれたお姉さんとかミサイルとか黒い人とかロボットとかロボットとか戦闘力や破壊力が段違い過ぎて、俺のよく分からないこの魔法はみみっちいものなんだろうなと思う。なんなの?地球なめんなファンタジーなの??

それでも自衛ができる手段が持てたのは間違いなく良い事だ。

 

今回の瞬間移動もまた、この魔法が原因なのかもしれない。 というか訳の分からないことは全部魔法で片付けられないと、俺の脳のキャパシティが詰むのでそうであってくれ。機械生命体って結局何。俺を見て襲ってくるあのロボットの事なのかな...。

 

 

 

 

▲▼

 

 

 

 

『おはようございます 11B。当該機は65秒前に再起動が確認された。また活動再開によって司令部からの集合命令を確認。推奨:司令部への出向』

「わかった」

 

目が覚めた私はポットの言葉を受けて自室から出る。窓の外を見ると、どこまでも広がる黒い宙と地球は、時間があればいつまでも見つめたくなるが…そうしてはいられないだろう。 一刻も早く司令室に向かわなければならない。目が覚めて直ぐに呼び出しとは…司令部も少しはこちらを気遣って欲しいものだ。

 

「そういえば、しばらく地球に行ってないな...。」

 

 

「――先輩!」

「?」

「目覚めたって聞いて、いてもたってもいられなくて。 無事で本当に良かった...!」

「.........」

「先輩?」

「先輩って、私の事?」

「―――え?」

 

 

『報告:ヨルハ機体バトラー型11号は、前作戦において機体が破壊され、バックアップによる再起動を受けている。』

 

「ごめん。 バックアップデータの記憶領域に不備があったらしくて、最近の記憶がないの。」

「私です。16Dです!先輩、忘れちゃったんですか!!」

「...............?」

 

16Dと名乗った彼女の顔を見つめるが記憶に覚えは無い。

 

「そういえば、前に司令部から合同任務が言い渡されるって言われたような。」

「そんな......。先輩。」

「あ、ごめん。私は今司令部に呼び出されてて。急いでるから失礼させて貰うね」

「は、い......。」

 

 

 

 

「―――11B先輩」

 

呼ばれた声に振り返る。

 

「何?」

 

 

「今度、また戦い方を教えてくださいね」

 

 

「うん、16D。―また今度。」

 

 



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003.ブランの航海

フフ...感想で筆がのってしまいましてね.......(感想ありがとう)


手に力を込めて『魔力』を練る。 槍の形に変化したそれは、鋭くコンクリートの壁を破壊した。

 

「おお〜」

 

黒い人に襲われてから何日経ったのかは分からないが、何度も練習しているうちに魔法の使い方が少しずつ分かるようになってきた。こちらを見ると襲いかかって来る機械も、小さい個体であれば対処できる(※ただし一体に限る)。

ついでに、川でちょうど良いサイズの鉄パイプを拾ったので武器にしている。ひのきのぼうよりかはまだマシな武器である。今は杖の役割の方が強いけど。

 

「やったぞ...これでもうあのロボットに逃げまくる必要なんてないもんね!見よ...俺の右手には......!!............いや、一人でやってるの虚しすぎる。やめとこう」

 

誰もいないので人目を気にしなくても良いことを幸いに、調子に乗って何本もの魔力の槍を形成し辺りに投げつけてみる。何処にも当たらなかった槍は空中をしばらく進むと、何も無かったかのように形を崩して散っていった。

 

「うーん。なんか、非効率だな。これ」

槍の方に投影すればただ魔力を打ち出すより威力は上がるものの、燃費が悪い。

 

「おお?」

 

試行錯誤していると、地面に流した水のように広がる魔力から槍を作れば、ある程度使わなかった魔力を吸収できることに気がついた。

今は死にかけたワニワニパニックのような動きしかできないが、練習すればかっこよく決まるようになるだろう、多分。

 

鍛えるのは良いが、あまりやりすぎると肝心の身を守るための魔力まで使ってしまう。練習はここでやめておく。

 

食事のために水面に魔法弾を投げつけて浮かんできた魚を捕まえる。火も魔力で以下略。塩もない焼き魚だが背に腹はかえられない。QOLはダダ下がりである。

 

ちなみに一度、肉が食べたくて猪に挑んだことがあるが......

 

『い...猪...だと...。』

 

『.........』

 

『倒せば肉が食える...ッテコト!? 喰らえ!闇魔破壊砲!!!』

 

『.........』

 

『..........』

 

『フゴォーーー!!!!』

 

『ア゛ー!!!!!』

 

手も足も出ませんでした。(完全敗北)

 

無力......圧倒的無力......

 

「せっかくの魔法なのに、使い方が現実的すぎるのが少し悲しいような.....」

 

俺はため息を吐いた。

 

 

▲▼

 

身を守れる手段自体は出来たので、廃墟都市をもう一度きちんと探索してみることにした。

人のいる場所に向かいたいけれど、俺はあの黒い人を誤って攻撃...攻撃...正当防衛.....向こうからすれば攻撃してしまったので、良い印象は持たれていない可能性が大きい。 それに、あれだ。絶対あのシーンは見てはいけないものを見てしまったやつだ。目撃者は全員消されるに決まってる。

 

「あれは黒の組織の取引現場だったんだ。消される......目覚めたら体が縮んでいるんだ... 」

 

 

助けを求めるとしても、あの黒い人達には見つからない方がいい。 陽射しを手で顔を隠しながらひび割れたアスファルトを進んでいると、大きな遮蔽物がみえた。

 

「でっか、何これ。よくみたらこのバカでかいの、木の根か!」

 

森で見た木も大きかったが、目の前のビルを支柱にして伸びた木は規格外の大きさだ。 ラピュタの木か????

 

「感覚狂うなぁ...。」

 

巨大樹を横目に崩れていない建物を選んで中を覗いてみる。

 

「ん?なんかココ、ものが多いような」

 

今まで見たビルはうち捨てられて久しいのか、むき出しのコンクリートだけを残すのみだった。 しかし此処には錆びた鍋や壊れた自転車、看板、瓶といった多くの物が残されていた。

しかもそれらは同じものがおざなりにではあるが、整理整頓されて配置されている。

 

「残されてるって言っても、ガラクタだよな。これ 」

 

割れたコップを片手に首を傾げていると、部屋の端に紙束が積まれている。手に取ってみると古いらしく、かなりボロボロだ。

 

なにか文字さえあれば、此処が何処だか見当がつくだろうと期待に胸をふくらませてひっくり返す。大分色褪せているが、お買い得!秋の大感謝祭セール!と書かれていた。

 

 

「スーパーのチラシィ!!?」

 

どうやら人参が安いらしい。 どうでもいいわそんなこと。

 

「え?異世界じゃないの?日本なのココ?」

 

「おい、誰かいるのか? 誰だお前は!?」

 

「ッア゛」

 

▲▼

 

「それにしても、2Bは物知りですよね。」

 

「?」

 

司令部から命じられた現地調査のため、ヨルハ部隊であるアンドロイド2Bと9Sは地球に降り立っていた。レジスタンスキャンプへ向かう最中、9Sが言葉をこぼす。

 

「ほら、さっき任務に行く前教えてくれたじゃないですか」

 

「私が教えた?何を?」

 

 

 

 

『お前たちには地上における現地調査にあたって、魔素を使う正体不明生命体の調査も頼みたい。そちらの方も現地のレジスタンス達と情報を共有してきてくれ。』

 

『魔素を使う正体不明の生命体...?分かりました。でも司令官、魔素って何ですか?』

 

『...旧世界の、失われた技術。』

 

『2Bの言う通り、もし機械生命体が魔素を使用するならば、後に大きな問題になりかねない。魔素はかつて人類が使っていた技術だからな。』

 

『なるほど。人類の技術を僕達アンドロイドではなく、機械生命体が使っているとなればとても不味い状況になりますね...。』

 

『魔素があらゆる判別装置を弾くせいで、実際は調査対象が機械生命体かどうかすら分かっていないのが現状だ。もし、その生命体の正体が万が一......』

 

『司令官?』

 

『なんでもない。ともかく頼んだぞ。』

 

 

 

 

 

 

 

「情報収集はスキャナー型の任務なのに、僕が2Bに教えてられてばかりですよ。僕ばっかり助けられてるようで申し訳ないです」

 

2Bの脳裏に過ぎったのは、バンカーにてあった司令官とのやり取りだった。9Sの台詞から、彼が同じ出来事を思い浮かべていることは明白だ。

 

「私はただ、任務が円滑に遂行できるよう務めるだけ。それに私も、9Sにたくさん助けらている。」

 

「2B...!」

 

2Bとしてはただ事実を述べているに過ぎない。しかし9Sはゴーグル越しからも分かるほど嬉しそうな表情を浮かべていた。2Bは9Sが嬉しいならそれで良いと思った。

 

 

 

▲▼

 

初めて訪れたレジスタンスキャンプでは、リーダーであるアネモネがヨルハ部隊である2人を歓迎してくれていた。正にアネモネに砂漠地帯の凶暴な機械生命体の調査を頼まれた時、3人の会話に1人のレジスタンスの兵士が話に割って入ってきたのである。

 

「アネモネさん!大変なんです!」

 

「急にどうした?今私はヨルハの2人に機械生命体の調査を依頼しようと」

 

「大変なんです!!!!」

 

「ぼ、僕達は大丈夫ですから。彼の話を聞いてあげてください」

 

「私は普段、旧世界の遺物を収集しているんだが。」

 

「人類が残した遺物を、ですか?」

 

「ああ、人類が月から帰ってきた時、建物だけじゃなくて道具も残ってた方がいいだろう?」

 

「なるほど。確かに重要な案件ですね」

 

9Sが神妙な顔で頷く。いつか月から帰還する人類のために、人類文明の遺跡は補修作業が行われているが、手の回っていない範囲も多い。

 

「まあ、殆どは使い物にならなくなっているけどね。物が多いから、遺物は普段廃墟都市に置いてあるんだ。でも今日向かったら誰かが遺物を物色してたんだよ」

 

「!それは機械生命体ですか?」

 

「私が声をかけたら、その後すぐ赤い光が迸って消えたからわからない。機械生命体が今まで人類の物に興味を示したことなんて無かったんだがな...。」

 

「赤い光...2B!」

 

「ああ」

 

司令部から送られたファイルには、魔素反応の大きな特徴のひとつに、魔法行使の際は赤い光源が確認されることが示されていた。

レジスタンスの兵士の話から、倉庫に居た人物が2B達の追う正体不明の相手に関わっている可能性が高いだろう。

 

「すみません。その赤い光の調査は僕たちに任せてくれませんか。」

 

「いいのか?君たちには砂漠地帯の調査も頼んでいるし、これ以上は申し訳ないのだが。」

 

「問題ない。」

 

「......そうか。それでは頼む。」

 

2Bの答えにアネモネは苦笑した。

 

 

 

 

「レジスタンスの兵士さんが言っていた場所はここですね。」

 

 

「ポッド、魔素反応は?」

 

『小規模な魔素反応に加え、継続的な魔素反応を確認。しかし、発生源の特定は不可能。推奨:倉庫内の捜索』

 

「この中から探さなきゃいけないってことか...」

 

旧世界の遺物を集めたという倉庫を9Sは落ち着きなく見回している。 その表情からはゴーグル越しでもなお溢れ出る興味を抑えられていなかった。

 

「わぁ!見て2B!これ、何に使うんでしょう?」

 

9Sが2Bに見せたのは、正方形の物体だった。 ブラックボックスに似ていると思ったが、各面が褪せていても色とりどりに彩色されていることがわかる。

 

「それぞれがマスに別れてて、回転するのか...」

 

『報告:9Sが手にする正方形体は、旧世界におけるパズルにデータが一致』

 

「パズル?」

 

『パズルとは、論理的な思考を使用する、人類における娯楽の一種。』

 

「へー。人類って面白いことを考えるんですね」

2Bが丸い形に取手がついた鉄に首を傾げているうちに、9Sは速いテンポで遺物を調べている。9Sの楽しそうな顔を見ていうちに任務に集中するよう口を開いた2Bの口はいつの間にか閉じていた。

 

「これは...」

 

『報告:魔素反応を感知。継続的な魔素の発生源を特定』

 

2Bの視界に入ったのは、倉庫の隅に落ちていた皮で出来たカードケースだった。

 

「あれ、有機物が形を保ってるのは珍しいですね。しかも、保存状態もとても良いなんて」

 

いつの間にか戻ってきていた9Sが肩越しにこちらを覗き込んでいる。 表面にひっくり返すと、カードには文字と共に写真が印刷されていた。

 

「これは...人類、いや人間の顔?」

 

 

▲▼

 

 

「ア゛ー!!!!ごめんなさい泥棒じゃないんで.........あれっ」

 

赤い視界が再びうつり変わり、目を覚ました。今度は目の眩むような緑だ。

 

「た、助かった......ってまた森かよォ!!!」

 

助かった...助かったのか?俺はなんで人に会えたのにいつもタイミングが悪すぎるんだろう。あの場で土下座でもかませばもしかすれば弁明の一つや二つ出来たかもしれないのに。.........もしかすると俺が命の危険を感じたり驚いたりすると、制御出来ずに魔法が発動してしまうのか?

 

「やっぱり魔法のせいぢゃん...」

 

森には危険なロボットが多いので早く逃げようとすると、自分がいるのは吊り橋の上にいることに気づく。

 

「うわあああ微妙に高いいい怖ァ!」

 

「あ、アノ............」

 

「ヒュッ」

 

かけられた声に思わず仰け反るとゴン!という音と共に視界が暗くなった。

 

 

 

 

 

 

「ああ、良かった。目を覚ましたんですね。」

 

「ミ゜」

 

「入口の監視番があなたを連れてきた時は一体何事かと思いましたが...。どうやら彼とぶつかって気絶してしまったみたいで。お怪我はありせんか?」

 

「............た」

 

「た?」

 

「食べないでください!!!?俺美味しくないんで!!!!!!!」

 

「お、落ち着いてください。私達に敵対意志はありません。食べませんよ!」

 

「じゃあ非常食にするってこと!?」

 

「非常食にもしませんよ!!」

 

 

▲▼

 

 

「ご、ゴメン......。取り乱しちゃって」

 

「いえいえ。他の凶暴な機械生命体に襲われたのなら無理もありません。改めてようこそ人間さん、私たちの村へ。 私はパスカル。この村で村長をしています。」

 

「助けてくれてありがとう。俺は......うぉう!?」

 

「パスカルオジイチャーン! 」

 

「遊んデ!」

 

「遊んデ! ア、アノときノオニイチャン!」

 

「ンビィェエエエ!!!?ろ、ロボット!!.........あ、あのときの?」

 

「ウン、オンナノヒトにハ、会エタ?」

 

『オンナノヒトッテダアレ?』

 

「き、君はこの前の......」

 

「今はお客様の相手をしていますから、もう少し待っててくださいね。さあ、あちらで遊んでらっしゃい」

 

「「ハーイ」」

 

▲▼

 

話をまとめると魔法によって飛ばされた俺がたどり着いたのは、パスカルの村という俺がロボットと呼んでいた機械生命体の村の入口だった。それで監視番のロボ...機械生命体にぶつかって気絶したと。 死ぬほど恥ずかしいんですけど。

 

「ほんとだ...。ロボ、いや機械生命体がいっぱいいる......」

 

木に括り付けられたような小屋から顔を出すと、森に沢山の機械生命体がいる。 こちらを見て襲ってくる訳でも無機質でもなく、まるで人間のように楽しそうに遊んでいる。

 

「はい。しかし皆、戦争を放棄した平和主義者の村です。ここなら襲われる心配もありませんよ」

 

「戦争?」

 

「ええ。お察しの通りエイリアンと人類の戦争です。私達もネットワークから切り離されて久しいので、戦況がどうなっているのかは全くわからないのですが」

 

「エイリアン?????」

 

「......もしかして、ご存知ないのですか?」

 

 

ご存知ないです。と答えようとした口はパスカルの神妙な口調に圧倒されて頷くことしか出来なかった。

 

▲▼

 

西暦5012年に地球に侵略したエイリアン。エイリアンが作り出した機械生命体に人類は敗北。 月に逃げた人類はアンドロイドを使い地球奪還を計画。 戦況は数千年膠着し、今に至る.........。 俺が出会った人々は人間ではなく、アンドロイドだろうと教えてくれた。パスカルが話してくれたおかげでようやく知るに至った世界は、あまりにも俺の理解力を超えていた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「ほ、本当に地球に人は誰もいないのか?」

 

「......わかりません。私も生産されて数百年間、一度も人間を見たことはないんです」

 

廃墟の町を見て何となくは勘づいていたが、実際に世界がバルスっていたというのはなんとも言えないショックがある。これから俺は、どうすれば良いのだろう?

空を見上げても、青い空では輝く月は見えない。

 

 

 

 

 

「...なにやら事情がありそうですね。でも安心してください。私達はレジスタンスのアンドロイド達とも交流を持っているんです。彼らに連絡すれば、きっと保護してくれて――人間さん!?」

 

「へ?」

 

「か、体が赤くなって!」

 

「う、うわ......」

 

俺の体にかかった赤黒いモヤはどんどん大きくなっていく。制御出来なくても魔法によって、次の瞬間またどこか別の場所に飛ばされることは直感でわかった。

 

「あ、ありがとうパスカル!!!」

 

そして、また俺はどこかに飛ばされた。

 




次回 人間さん某全裸機械生命体に襲われるの巻


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004.楽園を追放された者達

全裸VS人間VSダークライ


 

目を開けると、そこは全てが白かった。

 

「...そういう事ね、完全に理解した。」

 

またもやどこかに飛ばされたことを察して、しゃがみ込んだままため息を着くが、何とか立ち上がる。 どうやら俺は壁も床も空も、全てが白い何かで構成された不思議な街にいるらしい。いつまでもいてもしょうがないので、歩き出すことにした。

 

「人類が月に逃げた、か......。」

 

エイリアンなんているのかという疑問や、ここが西暦1万年の世界なんて信じられない…というよりかは実感がわかない。 月で人間が生活できるのかと思ったが、そこは西暦5000年の科学を信じるしかない。 かがくのちからってすげー!

 

 

.........こんな遠い世界に来てしまった。きっともう誰もいないし、何も残ってないんだろう。家族も、家も、友達も...。正真正銘、今の俺は独りなわけだ。

 

「しっかし、地球人類滅亡の理由が白塩化症候群じゃなくてエイリアンかぁ。世の中分からないもん、だ.........な」

 

街角を曲がった先には男がいた。

 

俺はひとりではなかった。

人は人でも今まさに下着を脱ごうとする真っ最中の男の人がいた。

 

やっぱりひとりでいいです。

 

 

「へ、変態だー!!!」

 

いや、まてよと目頭を抑える。これは幻覚だ。エイリアンだの機械生命体だの訳の分からないことを言われてしまったせいで、狂った脳が見せるものだ。きっとそうだ。再び目を開ける。

 

パンツ一丁の男性とぱっちり目が合った。

 

 

oh......

 

天国にいるお父さん、お母さん...■■■■......どうやら俺は紛れもなく新世界に来てしまったようです.........。

 

「お邪魔しました〜〜」

 

「おい、待てよ」

 

「ヒイッ!」

 

回れ右をして帰ろうとした瞬間、肩を掴まれる。振り返ると案の定ムキムキ全裸の男性が俺の肩を掴んでいた。

 

「お前、なんでここにいる?どこから来た?」

 

「お楽しみのところほんとすみません邪魔者は帰るんで」

 

「あ゛?さっきから何言ってるんだ。いや、待てよ...お前...」

 

「!?がぁッ!!!」

 

 

 

 

 

 

▲▼

 

機械生命体であるイブはケイ素で形成された、白い街でただ佇んでいた。

決して我慢強くない彼がそうしているのは、一重に彼の兄たるアダムがそう命令したからだ。 アダムはイヴを待機させ、本人はしばしどこかに行ってしまうことが多かった。

下着を履くのも、食べなくてもいい植物を摂取するのも全ては兄のためだった。

兄が喜ぶからそうしているに過ぎなかった。

イヴにとって、兄は全てだった。

 

 

アダムがイヴの前から居なくなる期間としては、比較的長い時間が過ぎていた。

一人で遊んでいても何も面白くはない。ニイちゃんがいなければ何も意味は無い。

苛立つ心の中、自身の下半身を覆う布が煩わしくなってくる。

兄がいるならばこんな布切れを履いている意味は無いと、イヴは下着を脱ぐことにした。

 

そうして、彼の目の前に突如人影が現れた。

 

 

「お前、なんでここにいる?どこから来た?」

 

兄や自分達機械生命体が作ったこの街に、アンドロイドが入ってきたことなど1度もなかった。 そういった建前を持ちながらも、イヴは暇つぶしにちょうど良いと思っていた。このアンドロイドで遊んでいれば、少しはこの苛立ちも収まるだろうと考えて、手に力を込める。

 

 

その時手の触覚から、確かに肉の感触が伝わった。

 

 

 

 

「!?がァっ!!」

 

確信を持って地面に叩きつけ、首に手を添える。力を込めると、そこには生命だけが持つ体温があり、鼓動があり、血潮があり、脈があった。

 

「ハハ...お前、人間か!!!!」

 

月にいるはずの人間が地球にいることはイヴにとってどうでも良いことだった。

ただ、あまりにも「人間」が珍しいのもあって生まれて初めて『観察』という行為をしていた。あまりにも弱いというのがイヴの率直な感想だ。 目の前の「人」は最も量産される小型の機械生命体よりも、ずっと脆く弱い生命だった。

 

つまらない、と思った瞬間イヴの体は吹っ飛ばされていた。右肩を見ると、なにやら赤黒い槍が刺さっている。 その槍はイヴが引き抜く前に消えた。人間がこちらに攻撃を仕掛けたらしい。

 

「お前、面白いものもってんな」

 

―――きめた。にいちゃんが来るまでこいつで遊ぼう。人間はこちらを睨んでいる。イヴは無邪気に笑った。

 

 

▲▼

 

状況は最悪だ。

 

抑えられて咳き込む喉でなんとか呼吸を整えて、おれは目の前の相手を睨む。ニヤニヤと笑う全裸のド変態に命を狙われるなんて冗談じゃない。

ふざけるのは置いておいて――...パスカルの言葉を信じるならば、この目の前にいるのは機械生命体か、もしくはアンドロイドだ。 見た目は人間だから、恐らくアンドロイドだろう。 少なくとも、俺を助けてくれたあの女の人のように、俺よりずっと強い。

こちらにありえない速さで近寄ってくる変態に対抗するために、地面に魔力を全力で流す。

 

「嘘だろ!?」

 

地面から串刺しに生えた槍をあっさりと避けた男は、相変わらずニヤニヤ笑いながらこちらに襲いかかってくる。

 

「なぁ、それ。どうやって攻撃してるんだ?」

 

「知るか!!うわぁっ!?」

 

あっさりとこちらのすぐ側に近づいてきた男(全裸)は、まるで子供のじゃれあいのように素手を振りかぶってくる。

受け止めようと張った魔法の障壁はいとも簡単に破られ、俺の体は吹っ飛んだ。

 

地面に這い蹲るこちらに無防備に近づいてくる男に、背後から最後の魔力を振り絞って作った大きな拳を脳天に突き落とす。しかし、渾身の一撃は、相手が光のような防壁を出したせいでほんの少しのダメージも与えられなかった。

 

「な...!」

 

「へー。人間もやっぱりそういう風に血が出るんだ。にいちゃんがみてた“どらま”と同じだ。」

 

「ぐ.........うぅ.........誰、だよ...にいちゃんって...」

 

鉄パイプを杖に立ち上がろうとするが、全身が痛くてたまらない。先程の最後の魔力は攻撃ではなく、逃走のために取っておくべきだった。制御が効かずとも魔法で逃げられることはできたはずなのに!!!

 

「ああ?にいちゃんは、にいちゃんだ。それ以外あるか?」

 

「会話が、成り立って、ねーよ。お前は、ペットの犬に「いぬ」って...名前つけんのか」

 

「は?何お前、すげーむかつくんだけど」

 

「誠に申し訳ございませァァァァ゛!!!」

 

「そういえば思い出した。」

 

「っが......」

 

殴ろうとした拳を鉄パイプを盾にして必死に受け止めても、向こう(全裸)は何処吹く風だ。鉄パイプから伝わる衝撃に足が踏ん張れず、再び地面を転がる羽目になった。

 

「人間に興味があるのは兄ちゃんほうだった。」

 

「うげぇっ」

 

首根っこを掴まれるとそのまま持ち上げられて、地面に足がつかなくなる。

 

「あんまり遊びすぎて先に壊しちゃったら、にいちゃんが怒るからな」

「がっ......首が絞まる絞まる絞まる!!下ろせ変態露出魔下着のセンス最悪ゥ!!」

 

「うるっせーな。おまえ、にいちゃんが選んだものにケチつけんのか?」

 

「そのにいちゃんが来る前に窒息死しますが!!?いいのか!!?お!?!? いいのか!?お前の兄貴が来る前に俺が死んでも!!お!? ぶぶべぇ!!!!!」

 

こちらをまるで玩具のように扱う全裸に持ち上げられた体は今度は手を離され、地面に受け身も取れずに激突した。 怪我に響いて体から鳴ってはいけない音がした気がする。

 

「っぐ...............ぐ..................」

 

「お前、めちゃくちゃうるさいな。人間は皆こんなやつばっかなのか?」

 

「......人類は少なくとも、お前よりかは服を着ているっーの。それに、」

 

 

 

 

 

俺は男の腕を掴むと、地面に這いつくばった姿勢を利用して鉄パイプを握り直した。歯を思い切り食いしばる。

 

 

 

 

「お前の方こそ、ニイチャンニイチャンうるっせぇんだよ!!!」

 

 

 

 

 

 

▲▼

 

 

 

「――――人が、この星にいる?」

 

「ええ、それが一番あり得ると思うんです。」

 

 

遊園地にて『歌姫』を倒した直後、劇場に飛び込んだ際に割れたステンドグラスを眺めながら9Sはそう言った。

 

 

「あの魔素を含んだ遺物、保存状態の良さに対して僕達アンドロイドが修復した痕跡が一切無かったんですよね。 地上に残されていたものとは考えにくいと思うんです。なら、月から来た人間さんが落としたって考えるのが自然かなーって。」

 

「人類は全員、月にいるはず」

 

「でも月で僕たちの知らない事情があって、地上に来たとも考えられませんか?」

 

9Sの言葉に2Bは黙り込む。 確かに人類の為に生まれ、人類の為に戦うアンドロイドであったが、人類に会ったことは1度も無い。

2Bは月で人間がどのように過ごしているのかは一切知らなかった。それはきっと9Sもだろう。

 

「それは私達じゃなくて、司令部が決めること」

 

2Bは結局、いつも通りの返答をした。

そして遊園地を後にしようとした2人は、白旗を振る一体の機械生命体にとある村に導かれることになる。

 

 

▲▼

 

平和を掲げる機械生命体の言葉に嘘はない事は、レジスタンスキャンプのアネモネから言質を取ったことで確定となった。 生憎2B達が訪れた時は不在であったが、森の機械生命体のコロニーは「パスカルの村」と呼ばれているらしく、文字通りパスカルという機械生命体が村を治めているらしい。

用事で出かけているそのパスカルも、再訪の際には会えるとのことだった。

 

「うわ!?」

 

「うわぁ〜!!」

 

パスカルの村に向かおうと廃墟都市を通り過ぎている時、2Bの後ろで何かがぶつかったような音が響く。 振り向くと、9Sが何やら大きなものと衝突していた。

 

「9S!?」

 

「うわぁぁ〜 よそ見をしていたらぶつかっちゃいました!! 」

 

「いてて......僕は大丈夫です。2B」

 

「あっ! あなた達は先日の......あの時は逃げちゃってゴメンなさい!僕はエミールと言います。見ての通りショップを営んでいます!」

 

「み、見ての通り?」

 

「ショップを営んでるようには見えませんが...。じゃあ、魔素を検知できるプラグインチップはありませんか?」

 

「魔素、ですか?う〜ん。ちょっと待ってくださいね。え〜と、あれでもないこれでもない...」

 

商業施設で初遭遇した不可思議生命体は、エミールと言うらしい。 摩訶不思議でわからないものから何か買って大丈夫なのだろうかという2Bの不安を他所に9Sはエミールから魔素探知のチップを購入していた。

 

「魔法を使う生命体を探しているんだけれど、もしかしてあなたの事?」

 

「僕は魔法を使えますけど、最近は使ってませんね。 この体で体当たりすればイチコロ!!ですので!」

 

2B達が追う魔素を使う存在はエミールのことかと思ったが、エミールの存在は最初に確認された森での魔素爆発より前に、レジスタンスキャンプで報告されていることを思い出す。2Bの勘は外れてしまったようだ。しかし、車体のユニットで縦横無尽に走る回るエミールなら、何か知っているかもしれない。

 

「何か変わったことは?」

 

「そういえば最近、機械生命体さん達が妙にざわざわしているというか。」

 

「機械生命体が...?」

 

「はい。落ち着きがない、と言った方がしっくりくるかもです!」

 

 

それでは!と元気よく挨拶をしたエミールはよく分からない音楽を流しながら去って行った。



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005.アンドロイドは創造主の夢を見た

 

「ぁあっ! あなた達は...!」

 

「機械生命体...!?」

 

「先程私たちの村に訪れたアンドロイドさんですか!?」

 

「もしかして、貴方がパスカル?」

 

「そうです!私が村長のパスカルです!」

 

「あっ、これ。アネモネさんから渡された...」

 

「今はそれどころでは無いんです!」

 

機械生命体の村にオイルを送り届けようとした2B達の前に現れたのは、あまり見た事のないタイプの機械生命体だった。

私たちの村に訪れた、という言葉で思いつくのは、今まさに訪れようとしている機械生命体の村以外には思いつかない。そして、その村の村長である目の前の機械生命体──パスカルは大きな爆弾を落とす。

 

 

 

 

「私たちの村に訪れていた人間さんがいなくなってしまって...! 」

 

 

 

「人間...?」

 

 

 

 

 

2人の時が止まった。

 

 

▲▼

 

 

『お前の方こそ、ニイチャンニイチャンうるっせぇんだよ!!!』

 

 

ダメージを与えるのではなく、ほんの一瞬で良い。隙が欲しかった。

会話で時間稼ぎをしたおかげで、水滴程の魔力が回復したのだ。

 

「ッ――――――!!!」

 

魔法が発動し、またどこかに飛ばされる。俺の体は一瞬の浮遊感と共に、どこかに消えた。

 

 

 

 

回復する視界の中、聞こえたのは水が流れる音だ。

――どうやら作戦は成功したらしい。

視界が暗い。濡れた土の匂いが鼻につく。 立ち上がろうとしても、今度は足どころか全身が震えて地面に無様に這い蹲ることしか出来ない。

四つん這いから、随分ひしゃげてしまった鉄パイプで立ち上がろうとするが、力が及ばず座り込んでしまう。

 

またどこに飛ばされたんだろう。

 

聞こえた水の音はビルの隙間から縫うように溢れ出る滝の音だった。

しかし、滝の音と混じって奥からまた別の水の音が聞こえる。

 

「う......」

 

立ち上がったものの、視界がぶれる。 滲む視界の中、足を進めると『別の音』が波の音だということに気づいた。

 

「海だ............」

 

長い時間をかけてビルの隙間を歩くと、ひび割れたアスファルトの先に、穏やかでありながら薄暗い海が広がっていた。

 

 

 

「...!ちくしょう...!」

 

しばらく何も出来ずに海を眺めているとこちらに気づいたらしい機械生命体が、3体ほど目を赤く光らせて襲いかかってくるのが見えた。魔力で槍を作るが、精製出来たのはたったの2本だった。

まずいちばん近くに居た一体は1本目の槍で吹っ飛ばす。

2本目は上空からこちらを襲う機械生命体に投げつけた。背後で爆発音がする。

 

最後は、こちらに腕を振り回しながら向かってくる機械生命体に対応するために、魔力を練ろうとした瞬間だった。

 

「がっ!!!」

 

視界が赤く染まる。

 

 

雪が降っていた。

逃げようとした足はもつれて転んだ。かじかんだ手は動かない。

 

『ひ.........』

 

振り返ると、赤い目がこちらを見つめている。動け動けと念じても足は震えて動かない。助けてと叫びたかった。

 

 

もうダメだと目を閉じた時、ふいに誰かに抱きしめられた。

 

『だ ょう か!? 、!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「────!!!」

 

耳鳴りと静寂。その次に体を襲ったのは、体内から内蔵をねじきられるような耐え難い激痛だった。

 

「っぐ──!!!」

 

3体目の機械生命体には至近距離の接近を許してしまった。 跪いた姿勢から攻撃を鉄パイプで受け止めるが、あの全裸の男に比べたら衝撃は少ないものの、とっくのとうに限界を迎えていた腕に激痛が走る。

 

「っぐ............あ゛ぁぁぁぁあ゛っ!!!!」

 

機械生命体に向かって押し返した鉄パイプを振り下ろした。

その機体が壊れるまで何度でも。

 

 

 

 

▲▼

 

 

「人間.........?」

 

「急にいなくなってしまったので、付近を探していたのですが、見つからないんです。レジスタンスキャンプに向かおうと思っていた所にあなた達が現れていてくれて助かりました。」

 

「2B、こいつ、人類を利用して僕たちを騙そうと!!」

 

ただでさえ平和的な機械生命体がいるなんて懐疑的だった。にも関わらず、アンドロイドを騙すために機械生命体が人類を利用しようとしたと考えた9Sが、いっそ憎しみを込めた目でパスカルを見る。

 

「違います! なにやら赤い光が迸った後消えてしまったんです。機械生命体やアンドロイドのことも何も知らない様子でしたし、命からがらこちらに逃げてきていたようなので、このままでは彼が危険です。」

 

「赤い光が?」

 

赤い光、という言葉で軍刀にかけた手を止める。 過ぎるのは遊園地での会話だった。9Sと顔を合わせる。

 

『――――――人がこの地球にいるんじゃないでしょうか?』

 

 

「ええ。なんなら、私をハッキングしてください。それで分かると思います。」

 

「...............」

 

「......わかりました。もし嘘をついてるなら壊せばいいだけの話ですから」

 

 

パスカルの声音からは、謀るものではなく、純粋にこちらを想うものにさえ聞こえた。

一瞬の違和感を直ぐに消した9Sは、パスカルの記憶領域をハッキングした。もし嘘であるならば、死を持って償わせてやると考えながら。

 

 

 

 

 

『食べないでください!!!?俺美味しくないんで!!!!!!!』

 

 

『ほ、本当に地球には人は誰もいないのか?』

 

 

 

 

 

『あ、ありがとうパスカル!!!』

 

 

 

 

「これは...!」

 

「.........!」

 

ゴーグル越しでも互いの顔が驚愕に染まっていることはわかりきっていた。

 

「ポッド」

 

『了解』

 

9Sが声すら出せない間に、2Bが彼女自身に似合わない震えた声でポッドにスキャンを頼んだ。

言葉は無かった。2人とも口に出さずとも、アンドロイドたる自身に刻みつけられたプログラムという本能を持って確信に至っていた。

 

9Sは手元のカードをしげしげと見つめる。パスカルの記憶領域内で、パスカルに笑いかけた『人間』の顔がそこには印刷されていた。

 

 

 

 

▲▼

 

 

「─────............」

 

再び気を失っていたらしい。

気がつけば壁のようなもの──朽ち果てたバスに寄りかかる形で手足を投げ出していた。

指1本動かそうとするだけで体を迸る激痛は、息を止めてやり過ごした。

 

見下ろした体はボロボロで、学ランは所々破けているし血まみれだ。

...もしかしてこの血俺の血か?

さっきから皮膚がヌルつく理由は水じゃなくて、自分の血なのかもしれない。

 

目線を横に動かすと、壊れた高速道路やビル。そして海が見える。 血の匂いに混じって届く潮の匂いが気持ち悪い。生ぬるい風が頬を撫でている。

視界が暗いのは此処の天気が曇りだからということにようやく気づく。雲の隙間から日光が鈍く海面を反射していた。

 

この世界に夜がなくてよかった。もし今が夜だったら孤独に耐えきれずどうなっていたことか。その時、ふと視界によく分からないものが映る。

 

「......ミサイル?」

 

視界の端に過っていたのは廃墟のビルではなく、見たことの無い大きさの砲弾が天高く向けられている。

 

▲▼

 

「9S...!」

 

「今やっています!」

 

たった1人で彷徨うには機械生命体が渦巻くこの地上は危険すぎる。写真に映る『人間』を探すために2Bと9Sはすぐに行動を再開した。

エミールから手に入れた魔素を探知する特殊スキャナーを内包するプラグインチップを装備した9Sは、高機能スキャナー型の名に恥じぬ解析処理速度をもって周囲を捜索していた。

 

「遊園地......廃墟都市...該当なし......商業施設跡......無い!...クソっ!」

 

「.........ッ!」

 

9Sは普段の様子から考えれば有り得ないほどに取り乱している。 しかし態度にこそ現れないものの、2Bも9Sを諌める余裕など一欠片もなかった。

 

「......あった!!!! リアルタイムで観測される魔素反応確認!場所は水没都市です!!」

 

 

2人は現在位置から最も近いアクセスポイントに向かって全力で走り出す。しかし、たどり着いたアクセスポイントで水没都市に向かおうにも、何度試しても表示されるのはERRORの文字だけだった。

「アクセスポイントの防護シールドが稼働して、転送不可になってる...!」

 

「......このまま足で向かうしかない!。」

 

「待って2B!! 近くに待機中の輸送ユニットがあります。それを使いましょう!」

 

「わかった!」

 

廃墟都市から水没都市までの距離ならば、今までの任務なら徒歩で向かっていたが、悠長なことは言っていられない。輸送ユニットはコストが高く、使用には本来司令部の許可が必要である以上、9Sの提案は規律違反になる。だが2人はそれをものともせず輸送ユニットが配置された廃ビルに向かう。 2人のアンドロイドが乗り込んだ輸送ユニットは、空の向こうにすぐに見えなくなった。

 

 

▲▼

 

あのミサイルが設置されている場所まで行けば、助けて貰えるかもしれない。

向かったところで誰かがいるのか、もしくは助けてもらえるのかすら定かではないが、行くしかないのはわかっている。

そう思うが、腕だけではなくもう体を動かす気力も体力も精神も限界だ。

 

立たなければ。こんなところで死にたくはない

 

「...はぁっ......はぁ......ゲホッ!!!............ぁあ...ああ...」

 

動悸が激しく、呼吸したくて胸を掻き毟る。なぜか零れた涙が頬の傷に染みて痛い。

 

「っあ.........ぁあ゛?...............」

 

少し目をつぶっていた間に、赤い目を光らせた機械生命体達が俺を取り囲もうとこちらに向かっているのが見えた。先程殺した3体よりずっと多い数だ。

逃げようとするが、その速さはほぼ徒歩だった。魔力は体力を消耗しすぎて回復する兆しすら見えないのに、倒すなんてもってのほかだ。

 

「クソ............!!!」

 

走れ走れ走れ...! 走らなければ死ぬ、足を動かさなければ死ぬ。 このままでは死ぬ!!!

 

 

「ぐぁっ!!」

 

廃墟都市よりも酷くひび割れたアスファルトに躓き、受け身なんて取れる訳もなく地面に転ぶ。 最近ずっと転んでいる気がする。痛みに悶絶しているうちに機械生命体に追いつかれてしまった。

 

「あ.........」

 

スローモーションに映る視界に、中型の機械生命体が俺に斧を振りかぶっていた。

 

 

 

 

 

「───────!!!......?」

 

 

その瞬間響く爆発音に頭を抱えるが、衝撃はいつまでも来ない。恐る恐る閉じた目を開けた時、誰かが俺を庇うように背を向けて立っていた。

 

 

 

 

 

「―――――敵を確認、破壊する。」

 



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006.辺獄の黎明

好きだったオートマタ小説消えて発狂したので投稿です


俺を守るように立っていたのは、黒い服を着た女の人だった。 そのあまりにもの美しさに、思わず呼吸が止まる。

 

 

「2B!」

「敵は私が。9Sは彼をお願い」

「わかりました!」

 

女性は軍刀を引き抜くと、機械生命体を豆腐のようにバッサバッサと切り裂いていく。嘘だろあれ俺が一体倒すのにめちゃくちゃ苦労してた種類なのに。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ.........」

 

あっけに取られているうちに、女の人と同じ黒と白で構成された俺と同い年か少し年上ぐらいの男の子が、転んだ俺を支えるように背中に手を置いてくれていた。

 

「まずはこいつらを何とかしないと...! 人間さん、僕から離れないでくださいね」

 

目元の黒い布越しにこちらにニコリと笑いかけると、手に光が集まる。その光を受けた機械生命体が──爆発した。どうやっているんだろう。2人によってあっという間に機械生命体は倒されてしまった。強い。圧倒的に強すぎる。

 

「敵殲滅完了 」

「ふぅ、これでもう安心――...ああっ、人間さんが白目を向いて......!2Bどうしよう!!人間さんが!!」

「えっ」

「大丈夫ですか!?もしかして、間違って攻撃が当たっちゃったりとか...!」

 

「大丈夫じゃないです」

 

「えっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ゴメン......助けてもらったのに、なんか、取り乱しちゃって」

「いえ。気にしないでください。――あの、本当に大丈夫なんですよね?」

「うん。自分の弱さにうちひしがれていただけだから気にしないでください...」

「そ、そうですか...?」

こちらを助けくれたふたりはよくよく見ると、ものすごく全身真っ黒で似たような服を着ている。 そして2人のそばに浮かぶ箱といい、どこか既視感があるような。

 

 

 

「自己紹介が遅れましたね。 僕はヨルハ部隊9号スキャナー型の9S(ナインエス)。隣に浮かんでいるのはポッド153と042、彼女は2号バトラー型の2B(トゥービー)です」

 

「スキャ......バト...............スペースキャット...じゃない。えーと、9Sさんと2Bさん?は2人もアンドロイドなんですか?」

「私たちはヨルハ部隊に所属するアンドロイドです。そして、私たちに敬称は要りません」

「そうなの?じゃあ2Bと9S、俺は由良(ゆら) (あかつき) よろしく。―――――あと、助けてくれてありがとう。」

 

「顔をあげてください! 僕達アンドロイドはあなた達人類のために生まれ、この星を機械生命体から奪還するために生まれてきたんですから、助けるなんて当たり前なんです!寧ろこうやって...人間であるあなたに会えたことは身に余る光栄です」

「でも......」

「9Sが言っていることは全て事実だから気にしなくとも構いません」

「それなら俺に敬語はいらないよ。俺、人間の中で偉いわけでもないし。」

 

9Sは敬語の口調が素みたいだけれど、2Bは先程砕けた口調で9Sに話していた。いくら人間といったって同い年っぽい9Sとどうみても歳上の2Bに、俺みたいなただの学生に敬語を使われるのは気まずい。初めて会ったアンドロイドは全裸だったけど、彼らはきちんと服着てるし優しいし出来れば仲良くなりたい。

 

「いいじゃないですか、2B。人間さんがせっかくこう言ってくれてるんですから」

「なんならアッキーって呼んでくれても」

「それではアカツキさん!、よろしくおねがいします」

 

「アッハイ」

 

▲▼

 

「アカツキさんを安全な場所に送りたいんですけど、飛行ユニットで運ぶ訳にもいけませんし。どうしましょう」

「.........」

「速く移動できる飛行ユニットを使わない手はない気もしますが...。でも一人乗りだしな。」

「私の飛行ユニットは...」

「2Bの?」

「...」

「...海に沈んでますね」

「着陸する前に飛び出したから...」

「前から思ってましたけど、2Bってやっぱり大胆すぎるところがありますよね。これは後で整備部に絞られるな...。」

「なあ、飛行ユニットって少し向こうに止まってる人型のロボットのこと?」

「そうですよ。僕達ヨルハ部隊は主にバンカーから地上に降下作戦を行う時にこの飛行ユニットを使うんです」

「めっちゃくちゃかっこいい......」

 

一人乗りだという飛行ユニットは遠目で見ても複雑な機体の装甲といい、まさに男の夢を実現させたようなかっこよさだ。 乗っているところが見たかった。

 

「い゛っっっつ゛!!!」

 

立ち上がろうとしたところ足がいうことを聞かず倒れ込んでしまい、慌てた2人に支えてもらう。そういえば怪我をしていたのを忘れていた。

 

「いててててててて自覚したら傷口が痛くなってきた」

「アカツキさん!!」

「飛行ユニットじゃ彼の体が持たない。とりあえず徒歩で早くレジスタンスキャンプに向かったほうがいい。」

「そうですね...! アカツキさん、僕がおぶります。掴まってください。」

「あ、ありがとう...」

 

けが人を1人背負って移動なんてかなりの重労働だが、俺ももう一歩も歩けそうになかった。お言葉に甘えてこちらに背を向けてしゃがみこむ9Sの肩に手をかける。 あやばい。背負われた衝撃で内蔵が死にそう。

 

 

「―――――――...............」

 

 

 

「ポッド。司令部に連絡を」

『報告:魔素反応により通信機能がダウン』

「応援は見込めないか...」

「2Bと喋ってるあの箱がポッド?」

「えっ?、......、.........ああ!そうですよ。ポッド達は戦闘や通信における支援をしてくれるんです」

 

キェアァァアシャベッタァァアア!!!!

ポッドはよく見れば9Sの傍にも浮かんでいた。何?あの箱といい黒い人といい…やっぱりこの2人はもしかすると、あの黒い服と同じ組織の人達なのかもしれない。

俺を背負った9Sは人1人の体重をものともせずボコボコの地面を歩き出す。

暗い下水道のような場所を抜け、ハシゴをあがった先には見慣れたあのでかい森があった。初めて見た当初は美しい緑だと思っていたが、苦い思い出がある今ではただの一面のクソミドリという感想しか浮かばない。

 

「ところで、ヨルハ部隊って何?」

「ヨルハ部隊は機械生命体との戦争の膠着に決着をつけるべく開発された、僕たち新型アンドロイドの総称のことですね。」

「その黒い服を着てる人がヨルハなのか?」

「この系統の服を着てるのはヨルハ部隊所属のアンドロイドだと思います。 レジスタンスのシンボルカラーは白ですし。 それがどうかしましたか?」

「いや、ヨルハ部隊の服、似合ってるしめちゃくちゃかっこよくていいなって思って。」

「そ、そうですか?なんか照れるなぁ... 」

 

やはりあの廃工場で出会ったのはヨルハ部隊のアンドロイドであったらしい。 だからといって今更どうしようもないのでとりあえず黙っておくことにする。

ヨルハ部隊の黒い隊服がかっこいいのは本心だが、護衛のために目の前を走ってくれる2Bのスカートの切れ込みが深すぎて目をそらすのに必死だ。別の意味で死んでしま―――白?????????

 

「そういえば、アカツキさんはどうして地球に来たんですか?」

「へっ!?ごめんパンツのことしか覚えてない!!!!」

「?下着がどうして...」

「下着履いてないマッチョの成人男性に襲われて」

「!?」

「そ、それで月を降りたんですか!?」

「あ、やっぱり違うわ」

 

無言ではあるが2Bの肩が跳ねていた。あの短いスカートの──...じゃない。あの全裸にボコボコにされたのが自分でも気づかないほどにキていたらしい。そういえば2Bと9Sの前に出会ったのは───

・森で助けてくれたクールビューティな女性アンドロイド

・廃工場で襲われた一般通過ヨルハ部隊(暫定)

・同じく森で助けてくれた機械生命体平和主義者のパスカル

・白い街で襲われた変態男性アンドロイド(全裸)

 

あれ、なんかアンドロイドに襲われてることが多いような。 多分印象が強すぎただけで気のせいだな。

 

「うーん。なんというか頭が混乱してて、ここに来る前に何をしていたのか全く覚えてなくて不安だったんだ。だから君たちに会えて本当によかったよ」

 

まず俺がいたのは月ではなく西暦2000年代の地球だが、この場所に来る前何をしていたのか覚えていないのは本当だ。

 

「これからは私たちが貴方を護る。だからその、安心して欲しい。」

 

こちらを振り返った2Bはそう告げると、再び前を向いてしまった。 俺を背負う9Sが笑う気配がする。

 

「もー、素直じゃないんだから。2Bは」

 

 

▲▼

 

 

 

「ひゃぁぁぁいあべべべべびばばばばばばばばばばばばは高高高高高高高高高死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ゛!!」

 

「あ、アカツキさーん!舌を噛まないように気をつけてください!!」

 

 

 

 

「お゛ぇ゛............」

 

「すみません。高いところから飛びすぎましたね......2B、僕は水を取ってきますね。アカツキさんを頼みます。ポッド!」

 

『了解。近くの水源を検索、マップにマーク完了』

 

「な、9S!」

 

2B達がレジスタンスキャンプまで選んだ進路は、なるべく機械生命体と接触しないものを選んだつもりだったものの、ビル群をジャンプで移動しながらの回り道は人間の平衡感覚には耐えられないものであった。 2Bが自責の年に駆られている内に、9Sは的確な判断を下しどこかに姿を消してしまう。

 

 

「私はどうすれば...」

 

『提案:背中をさすることで精神的なケアが可能と推測』

 

「わ、わかった」

 

 

「─────..................」

 

暫くオロオロと辺りを見渡していた2Bはしゃがみこむと、アカツキの背をさすろうと手を伸ばす。 そして背に触れた瞬間その手から身体中に伝わる感情に、思わず手を離してしまう。

 

「(この感情は)」

 

「ぅう゛...俺は平衡感覚すらゴミカス雑魚ダメ人間......」

 

「!!」

 

アカツキの声に正気に戻った2Bは、恐る恐る触れるとぎこちない動作でその背をさする。今度は拒絶せず、その幸福と安堵に身を委ねながら。

 

 

▲▼

 

「これで全部?」

 

「ああ、これで終わりだ。」

 

「ちょっと時間がかかりすぎちゃったわね」

 

遅くなるどころか、あたし達が帰ってこなくても気にするやつなんて誰もいないさ、と口にしようとしたが…やめた。ポポルの表情の寂しげな表情を見れば分かりきったことだった。

 

「そういえば、アネモネが私たちに用があるって」

 

「アネモネが? 何の用だ」

 

「さあ?でも旧世界の魔法について聞きたいって言われたわ」

 

「旧世界のことなんて聞いて一体どうするんだよ」

 

『記憶』は消されたとしても『記録』は残っている。旧世界という言葉から連想される胸の痛みに顔を顰めながら、デボルは集めた機材をまとめていく。 ポポルは半分に分けられた素材を背負った。 あまりの重さに足が軋みそうになるのも変わらぬ日常だ。

 

「もう、デボルったら。せっかく頼られたんだから協力しましょう?」

 

「わかってるよ」

アネモネと「頼られた」「協力」のような生易しい関係ではないことも、分かりきっている。 迫害の末たどり着いたレジスタンスキャンプを追い出されれば、待ち受けるのは決まりきった末路だ。

 

重すぎる荷物を2人で支え合い引きずりながら、なんとかレジスタンスキャンプにたどり着く。 レジスタンスのアンドロイド達はこちらをちらりと見るだけで、手伝おうともしてこない。酷い時は舌打ちをされることもあるが、殴られないだけマシだ。

しかし、今日は違った。誰もデボルとポポルに見向きもしない。

―――レジスタンスキャンプ全体が異様な雰囲気に呑まれていた。

 

「?何が起きてるんだ」

 

「随分騒がしいわね」

 

キャンプの中心地に向かって、何やら異様な人だかりが出来ている。 帰還に気づいたアネモネに切羽詰まった声で名前を呼ばれ、体が硬直する。

 

――ついにここも出て行かなければならないのか

 

咄嗟に身構えた2人の、まるで海が割れるように開かれた人混みの先の先、黒いアンドロイドに抱えられた人物を目にした。

 

ゴトリと背の機材が落ちる音がする。



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007.主よ人の望みの喜びよ

誰かに頭を撫でられている。

害するためではなく、慈しみを持って触れられる手はとても優しい。 頭を撫でられたことなんて随分久しぶりだ。そういえば、前は誰が撫でてくれたんだっけ?

 

「に―――さ―――い゛って゛ぇ!!!」

 

「きゃあ!?」

 

「ポポル!?」

 

何かを思い出して起き上がった瞬間、ゴツンという音ともに頭の痛みに思わず手で抑える。 同じく頭を抑える目の前の赤い髪の人を見て状況を察した。

 

「ああ゛あ!?頭突きしちゃってごめんなさい!!!?大丈夫!?!?」

 

「私は大丈夫よ!。あなたこそ大丈夫?」

 

「いやほんと女の人にあばばばばばばばばばばばびばびゲホッ!!!!ゲボっ!」

 

「落ち着いて!急にそんな喋ったら身体に障るわ」

 

「フフ.........アハハ!!!!」

 

「ひえっ!?」

 

「デボル、笑ってないでなんとかして!」

 

「フフフ........ごめん、ごめんって。おい、お前。大丈夫って聞いているお前が1番大丈夫じゃないぞ。そいつは平気だから、ちょっと落ち着け。」

 

「へっ!?うん。」

 

「よし。おはよう、お寝坊さん。お前、3日は眠ってたんだぞ」

 

「3日も...!?」

 

「3日『も』と言うより、3日『で』ここまで回復した事が驚きなんだがな。」

 

もう1人の、おそらく双子である同じ顔女の人に水を飲ませてもらう。そこでようやく知らない天井というか知らない部屋にいて、ベッドに寝かされていたことに気づいた。血豆だらけでグロかった手や血が出ていた頭、身体中に包帯が巻かれている感触がする。

 

「酷い怪我よ、無理しないで。」

 

「手当...いや、まずここは......」

 

「なんだ。覚えてないのか?でも、あたし達が来た時には気絶していたし、仕方がないか 」

 

吐いた後9Sに背負われ、廃墟都市を通過している所までは覚えているが、それ以降の記憶はない。 どこに向かうって言ってたんだっけ

 

「......レジスタンスキャンプ?」

 

「その通り! ここはレジスタンスキャンプだよ」

 

「ヨルハ部隊があなたをここに連れてきた時は、本当に驚いたわ。まさかまだ人類が生き残っていたなんて......しかも、かなりボロボロだったし。まさか人の治療をする日がまた来るなんて、思わなかった。」

 

「あ、ああ...、月に逃げたって。というか、治療してくれたのか。その、ありがとうございます」

 

「礼ならここまで連れてきたヨルハ部隊に...って、9Sのあのはしゃぎ様からもう言ってるか」

 

「お礼を言うのはむしろ、私たちの方だわ」

 

「え?」

 

「...」

 

包帯にまかれた醜い手を、女性らしいしなやかな両手で握られて額に当てられる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「......、?」

 

▲▼

 

「さてと、待ちに待ったアカツキの目が覚めたことだし、レジスタンスキャンプのリーダーがお待ちかねだ」

 

「ギィエ!? 待ってよデボル。なんていうか、俺突然押しかけて迷惑かけたから気まずいというか!?」

 

「迷惑なんかじゃないわ。むしろ嬉しい悲鳴をあげていたというか」

 

「みんな驚きのあまり動けなくて、2Bと9Sに薬草や抗生剤を取りに行って貰ってたよ」

 

「デボルの言う通りだ。」

 

「ドゥプシ」

 

「うわっ、10センチ飛び上がった!?」

 

「ははっ!!元気そうでなによりだ。はじめまして。私はアネモネ この付近のレジスタンスのリーダーをやっている。ようこそレジスタンスキャンプへ。 ――君を歓迎しよう アカツキ。」

 

アネモネと名乗った女性はそう言って笑った。ベッドで居住まいを正そうとした俺を諌めると、部屋に用意された椅子に座る。

 

 

「ああ、寝たままでいいさ。怪我をしているんだろう?。目覚めてくれて、本当に嬉しいよ。ヨルハ部隊が君を連れてきた時は、ついにこの頭も狂ったかと我が身を疑ったものだ」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「起きたばかりの所急で悪いんだが、アカツキはどうして地上に?」

 

「...すみません。その、覚えていなくて」

 

「ああ、いや。責めているわけじゃなくて、危険な地上に何故独りでいたのか知りたかっただけなんだ。君に何かがあったらでは遅いからな。たとえなにか事情が有るのだとしても、私たちが君を死守することには変わりないから安心して欲しい。」

 

「死守?」

 

「ああ、私達レジスタンスキャンプのアンドロイドは君を必ず守り抜く。」

 

 

()()()()()()と思った。

 

アネモネの顔をじっと見つめるが、その瞳は真剣だった。 アネモネだけじゃない、デボルもポポルも静かに頷く。

 

いくらアンドロイドが人間のために戦っているからと言って、たったひとりのために命に替えて守るのは非効率だ。

人類全体の利益という大きな目で見れば、俺の死よりも人類のために戦う彼等の死の方が損失はでかい筈だ。頭が良いわけでも強いわけでも特別でもない一般人の俺に、彼らが死守する程の価値はない。そんな疑問が顔には出ていたらしく、アネモネは苦笑する。

 

「私達アンドロイドにとって――......そうだな。君は存在理由そのものなんだ。人類のために生まれ、人類のために生き、人類のために死ぬ。そのために今日まで悠久の時を戦ってきた。

 

それに私は生産されてから200年、1度も人類をこの目で目にしたことがない。」

 

「―――――え?」

 

「大昔に製造されたアンドロイドならいざ知らず、少なくともこのレジスタンスにいるアンドロイドは、誰も人類と会ったことがないんだ」

 

アネモネがちらりとデボルとポポルを見るが、その意図を俺には察知できない。 確か、パスカルの話だと人類が月に避難したのは5000年前だと言っていた。 アンドロイドに寿命があるのかは分からないが、流石に5000年も経てば人類に会ったこともないアンドロイドが大半を占めるのだろうか。

 

「理屈じゃないわ。 みんな貴方に会えたことが何よりも嬉しいのよ。」

 

「義務じゃない。お前を守りたいって心から思ってるんだ。

 

――だからそんな顔をしなくてもいいんだ、アカツキ。」

 

 

デボルとポポルが優しく俺を諭した。

論理ではなく、感情を優先する。

それじゃあまるで――――――――

 

 

「失礼します。アカツキさんが起きたって聞いて、いてもたってもいられなくて...!」

 

「9S、2B............」

 

「ヨルハの2人か。丁度いい、長く話し込んでしまったな。私は浮き足立っているほかの兵士達を落ち着かせに行くとしよう。ヨルハの方でも話はあるだろうしな」

 

「お前の特異体質――魔法については後で詳しく話すよ」

 

「ゆっくり休んでちょうだいね。」

 

 

 

▲▼

 

「9Sは突然全裸の男性に「なんだァ?テメェ...」って言われたらどうする?」

 

「き、急にどうしたんですか?」

 

「2Bは突然絶世の美男子に『君の瞳は宝石の様に美しい...。どうかこの僕に一瞬だけでもその煌めきを魅せてくれないか』って言われたらどうする?」

 

「その、そんな経験は無いからわからない...」

 

「僕と2Bで質問の落差が激しすぎませんか!?」

 

2Bに9Sと同じ質問したらセクハラになるじゃん、言わないけど。

あの後、やはり俺はレジスタンスキャンプにたどり着く前に気絶してしまったらしい。多分、ドバドバに出ていた筈のアドレナリンも限界を迎えていたのだと思う。あと精神的ダメージ、言わないけど。

 

ヴッ.........頭をよぎる全裸が............

 

「怪我は大丈夫ですか?」

 

「怪我?ああ、手当もしてもらったし、あとは安静にしていれば大丈夫だって言われたよ。」

 

「...私たちがもっと早く辿り着いていれば」

 

「間に合ったし、それに2B達は俺を助けるために駆け回ってくれたんだろ? それで充分だよ」

 

「2Bがコストの高い飛行ユニットをダメにして、司令部は許してくれましたけど整備部に誤魔化すのが大変でしたよ。」

 

「な、9S!」

 

ベットに寝そべる俺に向かい合う形で座るクールビューティな2Bの恥ずかしがるような素振りは付き合いの短い俺でも貴重な光景だと思う。

暫く2Bと9Sのじゃれあいをな眺めているとおもむろに9Sが口を開いた。

 

「アカツキさんの怪我を考慮して、ヨルハ部隊司令部との通信はもう少し待ってもらうことにしたんです。デボルさんとポポルさんから言われてると思いますけど、暫くは絶対安静ですよ」

 

「司令部? 9S達の上司ってこと?」

 

「はい! あんなに驚く司令官、初めて見ました。すごく通信したがってましたよ。」

 

「......そんなに人間って貴重というか珍しいものなのか?」

 

「え? そうですね。上層部の月面人類会議から定期的に一斉通信で連絡は来るんですけど、僕達はアカツキさんに出会ったのが初めてです。」

 

「......」

 

「月面人類会議...」

 

「9S、司令官からの贈り物を渡そう」

 

「あっ、そうだ。忘れてた!」

 

2Bの言葉に慌てた9Sから手渡されたのは、綺麗に包まれた布のような物だ。2Bが手を背中に介助してくれながら起き上がり、包みを開けるとヨルハ部隊の黒い制服がピカピカの新品で入っていた。9Sとはデザイン違いっぽい。

 

「すげえ。かっこいい」

 

「アカツキさんが着ていた服はもうボロボロでしたから。司令官からのささやかな贈り物なんです」

 

「マジか。後でお礼を言わなきゃ」

 

着ていた学生服は血やらなんやらでもう着れなくなっていたのでありがたく貰っておく。もしかしたら、俺がかっこいいと言った言葉を覚えていてくれたのかもしれない。

 

「本来なら、僕たち同じ黒ではなく白い服を渡すべきだったんでしょうけど......。」

 

「そう? 黒の方がカレーうどんを食べても死なないからこっちをありがたく貰っとくよ」

 

「人間はカレーうどんを食べると死ぬんですか?」

 

「いや俺が個人的に死ぬだけ」

 

あっ俺の背中の2Bの手が跳ねた。

 

▲▼

 

さらに3日ほど寝た後、包帯を解いてもらうと怪我はほとんど治っていた。手をグーパーと開いても違和感は無い。

 

「あたし達の治療を踏まえてもこの自然治癒速度は尋常じゃないな。」

 

「やっぱり、魔素の影響なのかしら」

 

「十中八九そうだろうな。アネモネ、旧世界のデータをもっと沢山頼む。欲しい情報の詳細は後で送るよ」

 

「承知した。お前たちは引き続き彼を頼む。正直人間の健康状態においては我々はお手上げだ。」

 

「わかってるわ。彼のことは私たちにまかせてちょうだい。」

 

 

 

ブリッジしようがカバディしようが体はどこも痛まない。これは...RPGにおける自己回復能力持ちとして活躍出来るのでは?アタッカーも兼任出来れば最強である。

 

 

 

 

「お前たちのモデルは過去に魔法が使えたと聞いていたが...今は使えるのか?」

 

「......ごめんなさい、その記憶も消されているわ。」

 

「そうか...。例えそうだとしても、お前たちが頼みの綱だ。頼んだぞ」

 

「...わかってるさ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

と思ったら、何やら俺の健康状態をめちゃくちゃ真剣に話し合われていた。大怪我が6日で治ったのにこの扱い。やだ...俺の戦闘力、弱すぎ!?

一応魔法という力を手に入れて戦闘力は以前と比べればインフレしまくっているにも関わらず世知辛すぎる。

 

「ンァア゛!!」

 

「アカツキ!?」

 

「こ、小指が角にあたって......!!」

 

「あなたの体は取替が効かないんだから、絶対無理しちゃダメよ」

 

「はい......」

 

「何か痛みや違和感があるならすぐあたし達に言うんだぞ。いいな?」

 

「ウイッス.........」

 

 



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008.箱庭で嗤う

誤字報告・お気に入り登録・感想・ここ好きありがとうございます。舐めまわすように全部見てますヘヘッ


「すごく似合ってるわ」

「馬子にも衣装ってやつか?」

「.........」

「あ、アカツキさんの足が産まれたての子鹿のみたいになってますけど...」

「あの...なんか...あれ...あれがあれで......あれなんだよ」

「すみません。あの、話が抽象的過ぎて何もわからないです」

 

「お世話になるレジスタンスキャンプの皆さんに挨拶するのは当たり前なのはわかってるけれど『え?人間って......そういう...』『あっ...へ〜笑』『うわ...こんなのを守らなきゃ行けないのか...だるいわ〜』って愛想笑いされたら二度と立ち直れない 。鉛筆のボキボキに折れた芯になる」

「そ、そんなことありませんよ!!」

「ほら、2Bの後ろに隠れてないで出てこい」

「うふふ、皆待ちくたびれてるわ」

「ッアー!!助けて2B〜!!!」

 

2Bにしがみついていた腕をべりべりと剥がされ、両腕をデボルとポポルに担がれる。 力強!!!!ぁあ...部屋の出口までの道が処刑台への坂に見えてきた...。

 

 

 

 

 

「連れていかれちゃいましたね」

「......」

「アカツキさん、レジスタンスの皆さんを気に入るといいんですけど......2B? おーい」

「......」

「完全に固まっちゃってる...」

『報告:ヨルハ部隊2Bのバイタルの異常を検知』

「あっ、ポッド。多分すぐ治るからほっといていいよ」

『了解』

 

▲▼

 

「アッアッアッ」

 

レジスタンスキャンプのアンドロイドは全員が呼吸を忘れ、シンとした空気の中、たったひとりの人間の一挙一動を見逃さないよう視線を注いでいた。

 

「知っていると思うが、彼が人間のアカツキだ。訳あってこのレジスタンスに留まることとなった。皆、彼を丁重に扱ってくれ」

「由良...暁です.........その、よよよよ、よろしくお願いしまままます」

 

大きな歓声が上がる。それは嬉しさのあまり涙ぐんでいたり、親しい者と抱き合ったり、様々な感情が入り乱れていた。

ヨルハ部隊がアカツキを運び込んだ時、レジスタンスキャンプは月にいるはずの創造主に大混乱となった。 誰もが興奮で我を忘れ、そして人間が怪我をして気を失っている事実に大きく動揺した。

メンテナンスに特化したデボルとポポルの冷静な指示が無ければアネモネだけでは収拾がつかなかっただろう。

手当された人間は、3日で目を覚ましたが、怪我を考慮して動けるようになるまでには、さらに3日を要した。

それは人間としての回復速度を考えるのではあれば、有り得ないものであったが、アンドロイド達にすれば人生で最も長い時間である。

しどろもどろになるアカツキに代わる代わる握手を求めながら、握られる手から伝わる感情にアンドロイドは狂喜する。しばらくして興奮がなんとか少し収まった頃、

 

「そうだ。アネモネ、あとレジスタンスの皆さん」

「どうした?」

 

どもるアカツキの言葉にアンドロイド達は一斉に口を噤む。騒がしい雰囲気が再び一気に静まり返った。

 

「その、もうひとつお礼を......」

「お礼?」

「アネモネ達アンドロイドは地球を取り返すためにここにいるんだろ?

だからずっと俺たち人類の為に戦ってくれてありがとうって言おうと思ってさ。

 

別にその...人類代表とか厚かましいつもりは無いんだけど......」

 

「そんな、ことないさ。その言葉だけで...散っていた仲間は、私たちは...私は...............」

 

今度は感極まったアネモネが言葉に詰まる番だった。それは、レジスタンスのアンドロイドも同じことだった。 今までの戦いを、創造主自らに労われることは全てに勝る喜びだった。

 

▲▼

 

ヨルハ部隊の司令官であるという、2Bとは違ったタイプのクールビューティな女性はホワイト、と名乗ってくれた。

彼女もヨルハ部隊の基地から離れられない都合上、俺との通信制限を心待ちにしてくれていたらしい。9Sの話ではヨルハ部隊は月面の人類会議から通信を直接受け取るらしいが、

司令官であっても人間の存在は初めてだそうだ。

会えたことをめちゃくちゃ嬉しがられて自己肯定感が上がる。

しかし、ヨルハ部隊の制服はなんであんなにスカートの切れ込みが際どいんだろう.....設立者の趣味?

個人的な性癖というか、ある意味人類の夢なのかもしれない。 ヨルハ部隊設立者、やるな

 

「ホワイトさん、この服ありがとうございます。俺の服ボロボロだったしめちゃくちゃかっこいいし助かりしました」

『そうか。気に入ってくれたのなら何よりだ。本来ならば、人類たる貴方に「黒」を着せるべきでは無い。しかし、貴方の安全を考えた時にはそちらの方が良いと思ってな』

「うん?」

 

『機械生命体は敵生体と対峙した時に、敵味方の識別にネットワークによる接合の可否によって判断しているという報告を加味すると、彼らの識別能力は我々と比べ粗略な傾向にある以上――......』

 

「???」

 

なんだろう。冠位十二階の話じゃなかったっけ???

 

 

『す、すまない。とりあえず言いたいのは、機械生命体は人類たる貴方と、人類を模倣して作られた我々アンドロイドの違いが分からないんだ』

「えっそうなんだ」

『奴らが視覚情報においてこちらを判断する以上、現地のヨルハ部隊に貴方を紛れ込ませた方が安全に近いと判断した。』

 

どうやら木を隠すなら森の中という話らしい。俺に黒を着せるのは何故か不敬に値するというが、その辺の感覚はわからない。元々着ていた学ランも黒だしな。

 

「俺は黒がいいから、これがいいです」

 

『...ありがとう』

 

 

▲▼

 

「助けて2B〜〜!!!」

 

「め、メディカルチェックは......大切だから受けるべき」

「9S!!!」

「頑張ってくださいね〜」

「健康は何よりも大切よ?」

「あたし達が全部見てやるよ」

「ア゛〜〜〜〜」

その後、メディカルチェックを渋ったアカツキを再び引きずっていくデボルとポポルを2Bと9Sは見送った。

扉が閉めらられ、周囲に誰もいないことを確認する。

そして、空中の通信に再び目を向けた。

 

 

『では2B、9S。話がある。』

 

「はい」

 

ホワイトはアカツキに向けていた柔らかい声から、真剣な雰囲気に変わる。2人は背筋を伸ばした。

 

 

『察しているとは思うが、アカツキの件だ。―――彼の存在は最高機密とする』

 

「...な!?」

 

「......!」

 

『2人は彼の護衛任務と共に、アカツキについての情報は一切の口外を禁ずる。無論、他のヨルハ部隊も例外ではない』

 

この6日で月面人類会議との協議が終わり、アカツキに対する命令が下されるという予想までは当たっていた。

アカツキを守るにあたっては、レジスタンスキャンプのアンドロイドの戦力だけでは心許ないと考えていた。その不安を最新型であるヨルハ部隊が補うのだと。

しかし、司令官の命令は、その予想の真逆をいくものだ。

 

「僕と2Bだけでは彼の守護には不充分です!せめて、他のヨルハ部隊を何名か...!」

 

『...ヨルハ部隊は精鋭部隊といえば聞こえが良いが、その数は少数だ。レジスタンスと協力し、彼の存在を徹底的に隠す。

機械生命体から彼を守るにはアンドロイド側からも情報統制が最も良いと判断した。』

 

「......ですが。」

 

「司令官、月面人類会議は何と?」

 

『....月面人類会議は彼の地上の逗留を決定したよ』

 

「そう、ですか」

 

司令官だけではない。月面人類会議の決定とあらば、ただの一兵卒に過ぎない2Bと9Sがこれ以上口を挟む隙はない。

無理やり納得させるに他なかった。

 

 

▲▼

 

「健康状態はおおむね良好...と。魔素による健康状態への影響は今のところ認められないな」

 

「アカツキ、お疲れ様」

 

燃え尽きたぜ......真っ白にな.........

 

まさか、本当に隅々までチェックされるとは思わなかった。

うぅ、乙女の秘密が!

 

「魔素について質問なんだが、お前はどこまで使いこなせているんだ?」

「魔法? 完全に使いこなせているわけじゃないけど、攻撃で自分の身を守れるぐらい?」

 

魔法による転移で散々な目にあったが、2Bと9Sに助けられるまで生き残れたのもまた魔法のおかげだ。そもそも移転した場所が温暖な地域なのが僥倖だった。雪が降る寒い地だったなら魔法を手に入れる前に死んでいただろう。

 

「結局、魔法って何なわけ? 」

「魔法は......そうね。無から有を生み出す技術といわれていたわ」

「むからゆう とは」

「あたしたちにとってはロストテクノロジーというより未知に等しいものだけれど、魔法はかつて人類が使っていた物なんだ」

「魔素によって、人類文明はかつてないほどのブレイクスルーを迎えたというわ。絶対無いと言いたいけれど...何かあった時、魔法はきっとあなたを守ってくれるはずよ」

「守ってくれる......」

 

ポポルの言葉は歯切れが悪く、曖昧なものだ。2人もあまり魔法については分からないことが多いらしい。

魔法........魔法か。何日も使ってないような

 

「アバダケタブラ......」

 

何も出なかった。

いやこの魔法が成功したらやべぇよ。

 

 

「うーん、次のメディカルチェックはいつにしようか」

「そうね 本当なら24時間毎に行いたいのが本音なのだけれど」

「え゛」

「ポポル、次はこの項目に加えたいものが......」

「俺2Bと9Sの所に行ってくるね!!」

 

俺の健康を気にしてくれるのは嬉しいが、あんなのを毎日やっていたらそれこそ心臓に悪い。

逃げるが勝ちが先人の知恵である。俺は部屋を飛び出した。

 

▲▼

 

レジスタンスキャンプは所々日差し避けのテントが張られているので、外であってもとても過ごしやすい。なんとなく2Bと9Sのところに行くと言った手前2人を探しているが、先程の部屋にはいない。レジスタンスキャンプを離れてしまったのだろうか。

ぶらぶら歩いていると、沢山のアンドロイド達に話しかけられる。

 

「人間さん!! 昨日の食事は美味かったか?」

「ここは日差しが強いから、日に焼けないように帽子を作ろうと思っているんだけど...」

「何か不自由なことはないか? 何でも俺たちに言ってくれ」

 

 

「あれっ」

 

2Bと9Sを探そうと思っていたのに彼等と談笑しているうちに、レジスタンスキャンプの端の方に来てしまったらしい。一度入口の近くに戻った方が良いだろう。そう思って日差しに一歩足を踏み出した時だった。

 

「おにいちゃん」

「ファッ!?」

 

かけられた声に振り向くと、女の子が一人こちらを見上げていた。 黒い髪に赤い服を着ていて、視線が合うとにこりと微笑む。

 

「こんにちは」

「えっ!?うん。こんにちは」

 

小学生くらいの小さい女の子だ。アンドロイドは人類を模して様々な人格や見た目を与えられているとは聞いていたが、子供のアンドロイドもいるのだろうか。 俺の予想では性癖が全裸の男といいヨルハ部隊の制服といい、多様性を盾に性癖に忠実な奴もしくは変態がいると睨んでいる。

 

「おにいちゃんは、にんげんなのにどうしてここにいるの?」

「どうしてだろう。機械生命体を月に代わってお仕置をするため......かな?」

「にんげんは、もうこのせかいにはいないんじゃないの?」

 

俺の渾身のボケをスルーした少女はニコニコと笑っている。 やめろそういうのが一番死にたくなるだろ!!

 

「あっ!いたいた人間さん。ヨルハ部隊のふたりならつい今あっちにいたよ」

「お?」

 

先程話していた兵士のひとりが、俺が2Bと9Sを探していることを知ってわざわざ探してきてくれたらしい。

 

「ねぇ、君は.........あれ?」

 

 

 

振り返った時、赤い少女は消えていた。

 

 

 




感想で気にしてくれる方が多かったので。一応考えていた設定

・贈られたヨルハ部隊の制服が「黒」なのが不適切な理由

・一兵卒のアンドロイド兵士ための黒いヨルハ隊服を、人間に着せるのは不敬だと思ったから。9Sはこちらの意味でとらえている
・ヨルハの制服には、滅びた人類に対して喪に服すための「黒」という設立者の思惑があるため、人類の真実を知っている司令官はこちらの意味で不適切だと思っているから

・主人公が黒が良いと言った理由

ただ単に厨二病



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009.二十億光年の孤独

オートマタ5周年おめでとう&アニメ化キャッホーーーーーイ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


ソファの上で、暁は暇を持て余していた。

地面につかない足をブラブラと揺らすが、普段それを咎める母は頭上で誰かと話し込んでいる。

暁は太陽光に照らされてキラキラと光る大理石をじっと睨んだ。

外は天気が良くて暖かいのに、どうして遊びにも行けず室内にじっと座っていなければならないのだろう。苦痛を母の隣の父に訴えても、大人しくしていなさいと窘められるだけだ。

見かねた母が、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎とあっちで遊んで来なさいと言う。しかし、暁にとってそれは最も癪に障ることだった。

 

そもそも、こんなに長時間外に遊びに行けないのは◾︎のせいだ。

「記念写真」を撮るために動きにくい服を着させられて、同じポーズで何枚も写真を撮られる。それだけでもうんざりなのに、今度はやれ半目だのこの笑顔がいいだので悩み始めたので我慢の限界だった。

 

――◾︎のところに行ったって、どうせまた新品のランドセルを見せつけてくるに決まってる。

 

つい先日の、自分にも欲しいと泣いても、暁にはまだ早いと諭された苦い記憶を思い出しながら◾︎の所には行かず、暁は外に出た。

室内から開放的な外に出ると、ようやく息苦しさが無くなった気がする。

 

「うわぁ」

 

暁の目の前に飛び込んできたのは、あまりにも大きな赤い塔だった。

普段から遠目で目にする度に、母からその名前を教えられていた筈だったが思い出せない。こうして近くまで来ると、青い空と相まってその迫力は段違いだった。

 

「.........?」

 

しばらく見惚れていると、初夏の風が、その穏やかさに不釣り合いな不穏な音を運んで周辺に響いている。きょろきょろと当たりを回しても何も見当たらない。どうやら、視界に入らない程に遠くから鳴っているらしい。

 

 

一瞬考えて、その音の正体が記憶から引っ張り出された。

――――学校のチャイムだ。

 

 

「!?」

 

そして、暁の頭上にははるか大きな――東京タワーに負けないくらい深紅の生き物が空を飛んでいた。

映画に出るような壮大な翼は、目を擦っても消えはしない。「竜」は東京タワーの周りを大きく旋回すると、空中で止まった。

 

暁がもっと近くで見ようと足を踏み出した時、眩い光が「竜」に向かって走り、激突した。 体が吹き飛ばされるのではと思うほどの爆風に包まれる。

光の後に訪れた爆発音と静寂。世界がようやく音を取り戻し、暁の目と耳の機能が復活した時、その瞳が最初に焼き付けたものは「竜」が東京タワーに突き刺さる光景だった。

 

「...............!」

 

途端に恐ろしくになって、両親の元に帰ろうと駆け出そうとするが、左足が動かない。

見ると、大きな黒い手が暁の小さな足を掴んでいた。

足から伝わる潰れた肉と滴る血の感触のあまりの気持ち悪さに悲鳴を上げる。

 

振り払おうとした時、もう黒焦げて、辛うじて人の形をしているとわかる「それ」と―――――――目が合った。

 

 

「!!!!!」

 

目が覚めた。

 

あたりは薄暗く、寝間着は汗でぐっしょりと濡れている。

暁の為にあてがわれた部屋は、暁の睡眠時にはなるべく日光が遮光される様に設計されていた。

 

太陽光が人体にもたらす影響を考慮して、せめて少しでもかつての地球と同じ環境に近づけるようにという計らいだった。

ヒトは本来、夜に眠り昼に活動する昼行性の生物である――という夜についてのデータをデボルとポポルは見つけてきた。

かつて人間は日の出と共に起床し、日没共に就寝した。 殆どの生き物と同じように、自然と共に生活をしていたはずの人間は、灯火の発展とその文明を持ってそのあり方に反することも増えた。

レジスタンスキャンプに夜は来ない。 正確にいえば地球の地軸が傾いてしまったせいで、自転も狂い地球は陽の光が当たる部分と、当たらない部分――昼と夜に分断されてしまった。

 

 

 

「アカツキ?」

「.........ポポル?」

「どうしたの? まだ眠っている時間なのに」

「.........」

「顔が真っ青よ」

 

ポポルがこちらの顔を覗き込む気配がする。部屋の扉から差し込む光だけの部屋で、ポポルは暁の顔をきちんと認識しているようだった。眩しさに目を細めている頬に手を当てられ、指で目元を拭われた。

 

「夢を.........」

「夢?」

「............」

 

それだけを言うと暁は口を噤む。 きっと夢を見たのだろう。表情からして、あまり良くない夢を。

「大丈夫よ。起きたらきっと悪夢なんて忘れてるわ」

 

そう言ったは良いものの、何か彼に出来ることは無いだろうかと考える。そうしていると、記憶の奥にひとつの「歌」が見つかった。

 

人類はかつて、歌で子供を寝かしつけていたという。

口にした音は、すんなりとひとつの旋律となって紡がれていく。

暁が再び眠りにつくまで、その音は途切れることはなかった。

記憶の断片は、そのまま闇にへと消える。

 

 

▲▼

 

レジスタンスキャンプでの日々はおはようからおやすみまでいたせり尽くせりだった。

人間は水分を取らなければ1週間で死に至ると聞きつけたらしく、キャンプに海ができる程の水が持ち込まれたりしたのだ。水素水をキラキラした目で差し出された時はどう反応すれば良いのか全くわからなかった。 特別な水らしいので、紅茶に使わせてもらったけど。

 

この前なんてチョコレートが食べたいと雑談で話したらチョコレートとはなんだと大騒ぎになって、レジスタンスキャンプでカカオ捜索部隊が結成されかけていた。

 

後から聞けば、カカオの生産地は機械生命体との激戦区だったらしい。 罪の無いアンドロイド達を、俺の何気ない一言で死地に追いやる所だった..................。

 

「アカツキさーん?」

「あ、9Sに2B。ここだよ、ここ」

「何をしているんですか?」

「......地面に落ちてる石を数えてた」

「それは...永遠に終わらなさそうですね...」

 

ひょいとしゃがんでいるこちらを覗き込んできた9Sに、2Bが続く。

 

 

「お疲れ、今日は何してたんだ?」

「今日は廃墟都市に行ったり、パスカルの村の迷子を探したり...特に機械生命体の子供に質問攻めにあって......色々大変でした。ね、2B?」

「私にその話を振らない」

 

今日もどうやら色々あったらしい。

 

「パスカル、元気にしてた? 俺の事心配してくれてたからさ」

「はい、変わりはありませんよ。 アカツキさんのことは…、すみません。伝えられませんでした」

「そうなの?」

 

9Sの謝罪の理由がわからず首を傾げていると、2Bの手元に目がいく。

 

「あれ、そのリボンは?」

「............!」

「あ、そのリボン。村の子供に貰ったんですよ」

「へー、つけないの?」

「......アンドロイドに装飾品は必要ない」

「こんな感じに恥ずかしがっちゃってつけないんです」

「恥ずかしがってはない」

「似合いそうなのに」

「.........」

 

9Sと目が合うと、ニヤリと笑った。

 

「ほら2B、アカツキさんもこう言ってますよ」

「......」

「クールな2Bにかわいいリボンをつけたら似合うだろうにな」

「村の子供達も2Bにつけて欲しくてリボンを贈っただろうに、勿体ないですね」

 

「なぁ」

「ねぇ」

「〜〜〜ッ!!!」

 

観念したように、2Bはリボンを頭に着けた。鮮やかなピンクの可愛らしいリボンは、白と黒で構成された2Bに良く似合っていた。

 

「リボンかわいいな」

「似合ってますよ。2B」

「――お、お茶入れてくる!」

「あ」

「行っちゃった......」

 

2Bの後ろ姿を見送りながら、俺はようやく2人に話そうとしていたことを思い出す。 しかし、2Bが帰ってくるまで、それを口にするのはやめておくことにした。

 

「からかいすぎちゃったかな」

「2Bは素直じゃありませんから、ただの照れ隠しですよ」

「そうだといいんだけど」

 

帰ってきた2Bに淹れられた紅茶を見て、再び今日こそ2人に代わって俺が用意しようと思っていたことも忘れていた。しまった。

 

「どうぞ」

「? ぁあ、ありがと」

 

2Bからカップを受け取ると、紅茶に映る自分の瞳が合う。一度深呼吸して、乾いた舌のまま話を切り出す。

 

「2人は...その、無理をしてないか」

「無理?」

「.........?」

「俺が寝ている間にヨルハ部隊や、アネモネ達に頼まれた依頼をこなしてるんだろ?ずっと働きっぱなしで、疲れないか?」

「確かに、バンカーの自室に最近めっきり帰っていませんけど、僕達アンドロイドは任務によってはもっと過酷な状況で長時間戦うことも想定されていますからね。問題はありませんよ」

 

2人が何に対して無理をしているのかわからないといった顔に、ほっとした俺がいた。

 

「それに」

 

9Sの答えは、簡単に予想できるものだった。

 

食事や睡眠といった補給や栄養は、 生命活動に必要不可欠なものだ。

9Sと2Bは「昼」は俺と共に居て、「夜」は任務に走っている。人間ならば、すぐに体に悲鳴が来るスケジュールである。

しかし、彼らはアンドロイドだ。

 

「今はアカツキさんを2Bと一緒に護ることが、任務と関係なく何よりも楽しいですから」

 

そして、その答えは俺が欲しかったものだった。たとえそれが、俺の意図したものであったとしても。

 

「そうですよね。2B」

 

でも9S......その言葉のニュアンスだと......

 

「...............」

「...............」

「...あっ!えーと!2B。僕と一緒にいるというよりかはその、アカツキさんを守ることがですね...」

「感情を持つことは禁止されている」

「あっ、はい」

「でも、私もその思いを否定は、しない」

「2B...!」

 

(なんか俺を挟んで2人がデキてるんですけど)

 

一瞬生じたリア充に対しての恨みはすぐに霧散する。 何故ならば、2Bと9Sの目線は途中から俺に向けられていたからだ。

 

「アカツキさんは、ここの生活で何か不便なことはありませんか?」

「不便なこと...ないなぁ」

「本当に?遠慮なんていりませんからね」

「いや、本当になんも思いつかないんだって。不便とか何もなくて、毎日快適で。......だから、なんだろ。暇すぎて色々考えちゃったりするけどさ」

「成程」

 

ウンウンと頷く9Sに、何かを気づいた2Bが9Sと声を掛ける。

 

「アカツキさんも、外に出ませんか?」

 

 

「んん???」

 

 

「外って、レジスタンスキャンプの外ってこと?」

「はい。僕達が護衛すれば大丈夫だと思うんです」

「外、外かぁ。外...うーん」

「行きたくありませんか?」

「そりゃ行きたいけど。2人の手間が...」

 

行きたくない言えば嘘になるが、俺がレジスタンスキャンプの外に出るのは色々と面倒な事態になるのではないか。それに9Sはともかく、2Bは...。

 

「私は構わない」

「構わないんかい」

「やった! アカツキさん。さっそくアネモネの所にいきましょう!」

「え!? え、うん」

 

▲▼

 

「...すまない、アカツキの外出は許可できない」

 

ですよね!!!

 

アネモネの元に尋ねた俺達は、さっそく許可を取ろうとしたが、結果は予想と同じだった。

9Sがガックリと肩を落とし、アネモネは難しい顔をしている。

 

「せめて廃墟都市だけでも、彼を連れ出すことは叶いませんか」

「...それも許可できない。お前達の強さを疑っている訳では無いが、万が一アカツキの身に何か起こっては取り返しのつかないことになる」

 

隣の2Bの提案に、またしてもアネモネは首を振った。言葉にはしていないが、「許可できない」の一言にはレジスタンスキャンプのリーダーとしての責任や多くの葛藤があるはずだ。その中でも俺は彼女の中で大きな重荷になっているにちがいない。

2Bと9Sとの外出は期待に胸が膨らんだのは事実だが、アネモネを俺のわがままでこれ以上困らせるのは本意ではない。

正直俺はアネモネが考える程重要な存在ではないと思う。しかしもし俺に何かあった時、その責任を彼らが取らされるかもしれなないと考えればここは引くべきだろう。

 

「もういいよ。9S、2B。 アネモネ、ごめん!このことは忘れてくれ」

 

気まずさにアネモネの返事を待たず、俺は2人を連れ出した。

 

「すみません。結局外出の話は無しになってしまって...」

「俺も、俺のことだから俺がアネモネに頼むべきだったのにありがとう」

「...............」

「2B?」

 

袖を引かれた先を見ると、無言の2Bがこちらを覗き込んでいた。顔の近さに思わず少しのけぞる。

 

「行こう」

「行こうって何処に、うぉぁぁぉお!!?」

 

2Bに連れられた先は、レジスタンスキャンプの入口を隠す廃墟の屋上だった。いきなり抱き上げられて登ったせいで、足がガクガクする。

「ののののの登るならいいいい言ってよ」

「ご、ごめんなさい」

「2Bってやっぱり大雑把なところありますよね」

 

猫のように支えられた脇の下の手をどかしてもらい、立ち上がる。

目の前には広大な緑と街と、何にも遮られない青空があった。

 

「外に出られないなら、せめて景色でもと思って」

 

此処に来た当初、まだ機械生命体に追わていた頃も空を眺めていた。

でもそれは、押し寄せる不安と焦燥感を誤魔化すための現実逃避であって、本当の意味で楽しんでいたわけじゃない。

今は穏やかだった。そして孤独でもなかった。

 

「そういえば、どうして外に出ようなんていってくれたんだ?」

「それは......」

「2Bと話してたんです。アカツキさんはいつか月に帰るかもしれないって」

「......月に?」

 

思い出した、今人類は月にいるんだっけ。

人間は空気も食料もない中で、どうやって暮らしているんだろうか。

 

「だからその前に何か思い出を残せたらいいな、と」

 

2人の思いやりの言葉に、俺は何も返せなかった。

俺が帰りたい場所は月では無いなんて、なんと言えばいいのかわからなかった。

 

 

 

 

 




2022 10/31 ちょっと加筆修正。9S達がパスカルに主人公の無事を告げたというセリフを告げなかったことに変更しました。


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010.不気味の谷を超えて

更新遅れてごめん……ハム太郎……へけっ!



レジスタンス「キャンプ」の名に相応しくない完全個室のハイテクトイレは、俺の為にわざわざ新しく作られたものだ。

アンドロイドには入浴や排泄も必須ではなく、エネルギー供給に当たっても食事自体は一種の娯楽の領域に入りつつあるという。

アンドロイドは体を欠損しても、部品を取り替えれば元に戻るのだろう。

 

「(人間が人体で失って再生するものなんて、肝臓ぐらいだもんなぁ)」

 

そう思えば、皆が過保護になるのもしょうがない気がする。それでもデボルとポポルは俺を子供扱いしすぎな気がするが。

ちなみにデボルとポポルには腕相撲で遊んだら負けた。泣いた。

 

「(もし、普通に出会って『わたしたちはアンドロイドです』って言われても信じられないな)」

 

武器を取り扱っているというアンドロイドの人と話した時、彼はひと目で「人間ではない」とわかる見た目をしていた。それでも俺に親切に武器を説明してくれたあの顔は、プログラムされたとは思えないあまりにも自然な笑顔だった。

感情に付随する表情筋に質感、向けられる瞳も

違和感はない。

それはレジスタンスのアンドロイドだけじゃない。俺が今まで出会ったアンドロイドの全員にいえることだ。

高度に発達した科学は魔法と区別がつかないように、感情を持った彼らは人間と区別をつけるなんて俺には無理だ。見分けがつかない。これこそ考えるだけ無駄だなこれ。

 

 

「(でもアンドロイドは飢えることも無ければ、風呂に入らなくても体は汚れないし、病気にもかからないってことか。)」

 

アイスを食べて知覚過敏にもならない。小さい文字もいつまでもはっきり読める。頭は禿げないし、高血圧や糖尿病に無縁なのは素直に羨ましいと思う。思考がおっさんくさいのは気のせいだ。きっと未来の俺には無縁のものだと信じたい。まず、禿げ散らかすだけの年数を生きてられるかもわからんけど。

 

......昔、風呂にも入れず、熱が出ても家に帰れずひもじい思いをしたことがある気がする。ずっと誰かが迎えに来てくれるのを待っていたような。

 

「あがっ!?」

 

突然、トンカチで殴られたような頭痛が頭に走った。ぐわんぐわんと響く幻聴に思わず頭を押さえながら思考を停止する。これ以上考えてはいけないと本能が脳が警鐘を鳴らしている。

 

この白い場所に1秒たりともいたくなくて、扉を開けた。

トイレで新聞を読む親父のようなマネをしたつけかもしれない。

 

「(こうやって、トイレとかで考え事をするのも人間の性なのかもな......)」

「やあ初めまして!君が人間かい??月に」

 

バタン

 

「......」

 

満面の女の人の顔が、トイレの扉からわずか1センチの距離にあった。

思わずトイレの扉を閉める。ついでに鍵もかけた。

 

「いるはずの人類が地上にいるなんて!!会えて嬉しいよ。私はジャッカス、よろしく頼む」

「ヒッ」

 

閉じた扉を、今度は向こう側から思いっきり開けられ、濡れたままの右手を強引にブンブンと握手された。鍵壊れたよねこれ。

まるで何事も無かったかのように話を続けられて、思わず喉がひきつる。

 

「...コンニチハ、ジャッカス=サン。ボクハアカツキデス。ヨロシク」

「知ってるよ、さっきそこのアンドロイドに聞いたから」

「そ、そう。...ちなみにいつからそこにいらっしゃる?」

「君がそこに入っていくのを見てからだけど?」

「最初からじゃん」

 

え?俺がトイレに行っている間ずっとここにいたの?

 

▲▼

 

 

元は倉庫であろう乱雑に物資がどかされた広い空間、その15メートルほど先にプラスティックの人形が三体並べられている。

 

「準備完了。では、魔法を射出してくれたまえ!」

 

「よっと.........!!」

 

力を込め、魔法の槍を一気に三本射出する。人形を貫通した槍はそのまま一際大きな赤い光を放つと、霧の様に消滅した。

 

「うーん。やっぱり防御装置が起動しないなぁ。攻撃されてダメージを受けているのに、その攻撃をプログラムが認知できない。まるでそこに何も無いかのようだ。」

「まるでそこに何も無い?」

「魔法に関してはあの双子の専門だが、大昔の解明できない技術...人類の失われた遺産。大いに興味深い!」

「おーい?ジャッカスさんや。おーい」

 

こちらに魔法を撃たせるだけ撃たせておいてジャッカスは1人で盛り上がっている。

いくら話しかけても反応がないので、目の前で渾身の変顔を披露してみた。普通に無視された。というか、久しぶりに激しく動いたので息切れが酷い。

 

 

「おや、地面にへたりこんで何をしているんだい?」

「いや...久しぶりに...魔法を使って...」

「体力切れ? 確かに魔法の威力は凄まじいけど、君自身の身体能力は有り得ないほど低いしね」

「やめてくれよ心も体に比例して弱いんだよ」

 

彼女は普段、砂漠地帯に拠点を構えているのでレジスタンスキャンプに来ることはあまりないらしい。「アネモネのレジスタンスキャンプの様子がおかしくて極めて穏便に調査したら君がいた」は本人の弁である。...後で隅でひっくり返って気絶していた人にはオイルでももっていってあげよう。

 

「ところで、色々魔法をぶっ放していろいろ壊しちゃったけど、本当に大丈夫なのか? さっきの人形とかめちゃくちゃ高そうだけど」

 

 

俺が魔法で壊したのはさっきの三体の人形だけじゃない。 ガラクタになった機械生命体は良いんだろうが、なにか色々作り込まれた重要そうな機械や明らかに高価そうなものがあった...気がする。

 

「良くないけど、君が壊したっていえばアネモネも許してくれるよ」

 

「え?」

 

「ああ、人形もアンドロイドの死体を再利用したに過ぎないから、心配しなくていいよ」

 

「え゛??」

 

 

 

 

「みてくれよアカツキ。これが機械生命体型爆弾!奴らの頭で作ったんだ。 コストが安い分爆発力は少ないし機能性は劣悪だが、アンドロイドの間で大人気さ」

 

「ワァ」

 

「こっちはうさぎ型爆弾! 可愛らしいだろう? 森に放った後、機械生命体共に紛れ込ませてそのままドカンってね。 まあ、見た目につられたアンドロイドが巻き込まれたって苦情が来たが」

 

「スゴーイ」

 

魔法を見せてくれたお礼に、とジャッカスが披露してくれたのは、様々な種類の爆弾だった。 アンタは万物を爆弾に変えないと気が済まないのかと言う勇気はない。

溌剌とした笑顔と裏腹に、ポケットから出てくる物騒な品々に、またもや顔が引き攣る。

 

 

「しっかし!まさか我らが創造主様に会えるとは思わなかったなぁ。アンドロイド冥利につきるよ」

「エッウンアリガト」

「ところで、今ここで全裸になってくれない?」

「なんで???????」

 

なんで?????

 

「新作の爆弾も見せたし、会えて嬉しいって言ったじゃないか」

「それで『じゃあ脱ごうかな...』ってなる?ならねーよ」

「しょうがないなあ。それじゃあひとつ」

 

ジャッカスはゴホンと勿体ぶるように咳払いをする。

 

「生殖器がない我々が服を着るのは、勿論合理的に機能性のためだ。アンドロイドは人間に比べ体温や熱の調節機能が良くないからね。服はいい日差し避けになる」

 

「うん」

 

「だが一番の理由はキミたち人類の模倣だよ。被服によって社会的な地位を証明したり、装飾してお洒落を楽しんだり.........。

そして、その人類は知恵の実を食べ、善悪の知識を得たことによって服を着るようになったといわれている。興味深い理由だよね」

 

「うん」

 

「さて、服を脱ぐ気にはなったかな?」

 

「ならん」

 

「チェッ」

 

「まず何を言われても脱がないから!?」

 

▲▼

 

 

「私はそろそろ砂漠に戻ってほかの研究をすすめないと。本当は直接人類のデータを取りたかったんだが」

「ほかの研究...ジャッカスは爆弾魔じゃなかったのか」

「失礼な!私だってアジを釣ったり薬作ったりちゃんと科学者らしく活動してるさ」

 

 

科学者か?それ

 

 

「......? 砂漠あるの?」

 

「あるとも。砂まみれの何も無い場所だがね」

 

「へー。そりゃ砂漠だから何も無いか」

 

なんとなくこの辺りが東京だと思っていたので、砂漠が近くにあるなんておかしいと考えたが、俺がいた時代から1万年経っているんだから、砂漠の一つや二つ出来ていてもおかしくは無いだろう。

 

「私と一緒に来るかい?」

「へ。何急に」

「すごい興味がありそうな顔していたからね」

「マジ?」

「マジ」

「ジャッカスに迷惑かけるだろ(一緒に行ったらろくな目に遭わなさそうとは言えない)」

「別に?砂に埋もれて慌てる君が見たいし」

「ねぇ動機。それに、行きたいって言ったらアネモネを困らせちゃうだろ」

「へー君、変なこと気にするんだね」

「えぇ?」

「迷惑とか困らせるとか、考えなくていいと思うけどなぁ。だって元々この星は君たちのものだろう?」

「.........そういうものなのか? いや、やっぱり遠慮するよ」

「そうか。気がのったらまた言ってくれたまえ」

 

 

「アカツキ。そこにいたのか」

 

振り返ると、呆れ顔のアネモネがこちらに向かってきていた。

 

「ああ、アネモネか。一体どうしたんだい」

「どうしたも何も、お前がアカツキを引きずっていって手に負えないと私に報告が来たんだ」

「ちょうど良かった。彼を君に預けようと思ってたんだよ。ほら」

「ぐえ」

「ジャッカス。彼を乱暴に扱うのはやめてくれ」

「はいはい、じゃあ私は戻るから。アカツキ、また研究に付き合ってくれたまえ」

「りょーかい…」

 

 

「...行ってしまったか。ジャッカスはあの通り傍若無人なやつでな。私からも注意しておくから、どうか大目に見てやって欲しい」

「別に構わないよ。俺もなんやかんや楽しかったし」

「そうか」

 

腫れ物扱いをされている訳では無いが、ジャッカスはレジスタンスキャンプでは珍しい接し方をされたので新鮮だったのは本当だ。

頭にポンと手が乗せられる。

 

「陽射しに当たりすぎだな、少し中で休もう」

 

 

▲▼

 

空調の効いた室内で水分補給にとアネモネからコップを差し出される。

 

「後、きみにこれを渡そうと思ってね」

「これ、俺の服?」

「ああ、補修させてもらった」

「ありがとう!」

 

渡されたのは少ない元の世界の繋がりだった。

血に汚れ破れてボロボロになっていた学ランは、新品同様と疑うほどに綺麗になっていた。

「その件なんだがな。やったのは別の兵士なんだ。」

「?」

「直接渡せと本人に言ったんだが、どうにも内気な性格でな。良ければアカツキが話しかけてやってくれないか」

「わかった」

 

レジスタンスキャンプのアンドロイド達とは結構話すようになったと思う。

人生で1度もバレンタインにチョコを貰った記憶がないのに、恋愛相談をされた時は俺にどうしろと思ったりもしたけど、まあ世間話というやつだ。

全員顔を合わせたつもりだったが、俺がまだ会ったことの無いアンドロイドもいたらしい。ここは俺が一肌脱ぐべきだろう。

 

「こうやって2人きりで話すのは随分久しぶりだな」

「言われてみれば、確かに」

「何かあればすぐに言ってくれ。君に何かあっては大変だからな。」

「全然大丈夫だよ。似たようなこと前に2Bや9Sに言われたし。それに俺に何かあったらデボルやポポルが黙っていないだろ」

「そうか、........先日は君の外出の件について許可が出来なくて本当にすまなかったな」

「謝るのは俺の方だよ。無理を言ってごめん」

「今は難しいが、もう少しすれば周囲の安全確認をするだけの余裕も出てくる。そうすれば君の外出も積極的に取り組むことが出来るようになるだろう。悪いがそれまでは待っていてくれ」

「そんなにしてもらうと悪いよ。俺、ただでさえ皆やアネモネに迷惑かけてるのにさ」

「そんな事は無い。聞いてくれ」

 

テーブルに乗せていた手を、上から握られる。

「知っての通り、私たちは機械生命体からこの星を奪還するために戦っている。君たち人類に再び返すために」

「あ、ああ」

「しかし長引く戦況に時が経てば経つほど仲間を失い、心はすり減っていく。――どうしようも無い中で、君に出会った。」

 

「あの時、全てが報われた気がしたよ。いや、実際そうなんだろう。ほかの皆も同じだ。君が此処に来てから皆の表情は見違えるほど明るくなった。全て君のおかげなんだよ。アカツキ」

「俺は、きっとアネモネ達がいうような存在じゃ...」

「デボルとポポルの件もそうだ」

「?デボルとポポルが?」

「あの2人は、元々迫害されていたんだ。機械生命体からではなく、我々アンドロイドから」

 

▲▼

 

「迫害?どうして?」

「彼女達の暴走がとある事故を起こしたんだ」

「事故......」

「その事故は私達に...いや、君達人類にとって、致命的なものだった。どんな事故を起こしたのかは分からない。だがそのせいで人類は地球に居られなくなり、彼女達は今も全てのアンドロイドに憎まれているんだ。」

「…全てのアンドロイドに憎まれる? 」

「ああ。それだけの罪を、彼女達は犯した」

「罪…」

 

迫害されている素振りを、2人は俺に全く見せなかった。

デボルとポポルは案外押しが強い。

朝食は必ず食べさせようとしてくるし、どんなに逃げても日焼け止めを塗ってくるし。

覚えてはいないが、母親とは彼女たちのような存在をさすのではないだろうか。

なんとなくだが、それはきっと、不慮の事故だったのだと思う。 二人を知るが故のただの希望的観測なのかもしれないが。

 

 

「正確にいえば、事故を起こしたのは彼女達の同型であって、我々の目の前にいるふたりではないんだ。」

「あー...あ?つまり、別のデボルとポポルがやったってこと?」

「ああ。かつては彼女達の同型が各地域で運用されていたらしいが、今は殆ど処分されてしまったと聞く」

 

同じ存在がいるなんて人間には有り得ない事だったので理解にしばらく時間がかかった。

アンドロイド達の人間への惜愛は非常に強い。その彼らの思いが皮肉にも今俺の生命線になっている。

親の罪でさえ、どんな形であれ子供に引き継がれるのだ。同型がやった事で今の彼女達には関係ないと通用するのなら、きっと世界はもう少し優しいものだったろうにと思う。

 

「やり場のない怒りや鬱憤は全てデボルとポポルに向けられる。 あの二人も、現状からの脱却も、私では何もできなかった」

「それも...きっとしょうがなかったんだろ」

「君はそう言ってくれるんだな。」

 

だが、とアネモネは頭を振る。

 

「君は違う。君が、君だけが――いや、なんでもない」

 

 

「アネモネ姐さん。沿岸部帯の補給路のことで相談があるんだが...」

「わかった、今行く。すまない、私はこれで。君はどうする?」

 

思い浮かんだ言葉を口にするのはやめて、代わりのものを告げる。

 

「......俺はもう少しここにいようかな」

 

扉をくぐろうとするアネモネが、こちらに振り返る。

 

「アカツキ」

「?」

「どうか君はあの二人を拒まないでやってくれないか」

「俺が?なんで?」

 

質問の意図がわからず首を傾げる。

俺がデボルとポポルを拒んだところで何のメリットがあるのだろうか。

ハトが豆鉄砲を食らったような表情をしたアネモネは、堪えきれないように声を漏らしながら笑い始めた。

 

「何!?なんか今変なこと言った!?」

「フフ.......なんでもない。愚問だったな」

 

▲▼

 

頬杖を着きながら、何となく飲み残した茶の水面を見つめる。

この後はどうしようか。2Bと9Sは今日は珍しく着くのが遅いみたいだし、道具屋のアンドロイドに珍しい品物を見せてもらったり、音楽を聞かせてもらったりしに行こうか。倉庫番はいつも暇だと皆口を揃えて言うから、当番の人に話しかけるのがいいだろうか。

 

「(デボルとポポルは......)」

 

 

迫害の文字が頭に浮かぶ。ダメだ、今はどんな顔をして会えばいいのかわからない。

思考を逸らしながや手持ち無沙汰に学ランを手に取る。

この糊がきいた濃紺の制服が自分のものだという確信はある。

手に馴染むし、毎日着慣れていたものの...筈だ。きっと普通に学校に行って、普通の日常を過ごしていた筈だった。

 

―――欠けている。致命的な何かが。

 

微睡むような日々を過ごして気付いたのは、全てが曖昧になっている事だった。

 

 

過去、記憶、家族。 俺という人間を象るために必要不可欠なもの。書かれた文字のインクが水で滲んで読めないように消えている。

 

2B達に返してもらった俺のものだというカードケースを見る。

正直、このシンプルな革のカードケースにすら見覚えはない。それでも掠れて読めなくなっている、何かのカードキーに印刷されたマヌケ顔は――確かに俺のものだった。

 

 

 

 

 

「......わからないことばっかりだ」

 

 

 

▲▼

 

ある日、2Bと9Sはいつものようにレジスタンスキャンプを訪れた。

 

「あれ、アカツキさんいませんね」

 

いつものように訪れたレジスタンスキャンプを見渡した9Sが首を傾げる。

 

「どこにいるんだろう…」

「デボルとポポル、アネモネのところに行こう」

 

暁がいる可能性が高いのは彼女たちの側と判断し、それぞれを探す。 レジスタンスキャンプそのものは至って平穏であったが、アネモネの周りには異様な雰囲気が漂っていた。9Sもそれに気付いたらしく、困惑した表情を浮かべている

 

「アネモネさん?」

「ああ…!9S、2B!ちょうど良いところに来てくれた!」

 

 

 

「アカツキが見当たらないんだ…!」

 

 




次回 A2登場の巻


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011.シーザーの断末魔

気候変動によりレジスタンスキャンプ一帯は雨があまり降らない地域だと教えて貰ったことがある。加えて、気温の変化も少ないのだそうだ。毎日が絶好のピクニック日和だなと口にした俺に、デボルとポポルはその時はお弁当を作ると笑っていた。

そう、思わず叫び出したくなるほどに今日も良い天気だ。

 

「誰か助けてくれえええぇ!!」

 

 

▲▼

 

「あ」

 

学ランを置いて、当たりを見渡す。

ジャッカスに魔法を見せた際、普段羽織っていた上着を置いてきてしまったのを思い出した。久しぶりに魔法を使ったせいか、少し眠かったので昼寝をしようと思っていたが仕方ない。とりあえず取りに行こう。

 

「あったあった......」

 

木箱の上に置かれた黒い上着を見つけてほっと息を着く。 無くしたと言ってもきっと喜んで新しいものを用意してくれるだろうけど、貰い物なのだから大切にしたい。

 

「ん?」

 

木箱の隣に丸いものが置かれている。覗き込んでギョッとした。

 

「ヒィ!」

 

ジャッカスに見せてもらったあの機械生命体の頭で作ったという爆弾が放置されていた。大方彼女が回収し忘れたのだろう。

他のアンドロイドに知らせようとかと考えたが足元に放置されていては、誰かが触れて爆発してしまう可能性がある。 わかりやすい場所に一旦移動させなければ。

 

「そーっと...そーっと......」

 

眠気から来る思考能力の低下か、丸い頭に丸い目が2つ付けられた顔はパッと見はかわいく見える。

 

『とても重いし機能性劣悪だけど、使うと鬱憤晴れるって案外人気なんだよねえ』

 

ジャッカスの笑顔が頭をよぎった。

やっぱり全く可愛くねえわ。

 

「うおっ!?」

 

刺激を与えないように慎重に持ち上げたつもりが、どうしても動かした分の衝撃が伝わってしまったらしい。ガコンと鈍い音を立てて頭部の装甲が剥がれ、地面に鈍い音を立てて落ちる。

 

「やっべ!!爆発しないよね!?」

 

だらだらと伝う汗を拭う事も出来ずに焦るが、シンと静まる辺りに止めていた呼吸を再開させる。

 

「ふ〜...焦った。まあ、この程度で爆発なんかしな、い......」

 

現れた顔面の半分以上を占めるむき出しの歯茎のような金属とそれを覆うメッキに体が固まる。そして、そのまま誤って手を滑らせてしまった。

 

「ミ゚」

 

視界が赤く染まる。

 

▲▼

 

そして、冒頭に戻る。

 

爆発の衝撃で意図をせずに転移魔法が再び発動してしまったのだろう。

気がつくと俺は大木樹の枝の上に立っていた。命綱も無く、ましてや降りることもできない。

 

「高い高い高い高い」

 

木の幹に張り付いて恐る恐る下を除くが、遠すぎる地面にその行動をすぐに後悔した。落ちれば絶対に死ぬ。異変に気づいた誰かが助けに来てくれるのを待つしかないだろう。

幸いビルよりも高い大木樹とあってその枝も安全とは言い難い。が、それなりにしっかりした足場であるようだ。動かない分には安全だろう。

 

「......いや無理だろ!!それでもやっぱり怖!!!!!!!爆発オチなんてサイテー!!ウェーーーン!!!!」

 

この際誰でも良い。最悪あの全裸でも構わない。俺を助けて欲しい。

 

「うぅ、鳥になりたい...翼が欲しい......」

「......何してるんだ。お前」

「!?」

 

泣きわめいていると、目の前にヒールを履いた足が映る。顔を上げると、白く長い髪をたなびかせた呆れた顔の女の人が俺を見下ろしていた。

 

「あ......」

「あ?」

「あの時のお姉さん!!!!」

「あの時?誰だ。お前は」

「助けて!!!!降りれない!!!」

「はあ?なんで私が......」

「無理!!!無理だから!!!!高いの無理ィ!!」

「はぁ......」

「無理無......むぐ」

「煩い。降ろしてやるから黙ってろ」

「ふぁい」

 

 

 

 

「地面......地面だ......」

 

「お前、この程度の高低差を越えられないなんてどんな脆弱な義体をしてるんだ?」

「人間はこの高さを飛び降りたら死ぬって......ァァ地面。俺、地面と結婚するわ」

「.........は?人間?」

 

揺れない地面とはなんと素晴らしいんだろうか。心臓がようやく落ち着いてきたタイミングで四つん這いから立ち上がる。

目の前の何故か驚く女の人は、やっぱり見間違いじゃなかった。

「前に機械生命体に襲われた時、助けてくれた人ですよね。また助けてくれてありがとうございまヴェ!!ゴホッゴホッ!!」

 

唾が気管に入った。めちゃくちゃ苦しい。

 

「人間......人間が.........」

 

咳が収まり、手で覆っていた顔を上げる。

ようやく直視できた女の人の顔を見れて、何か違和感を持つ。いや、これは既視感か?

 

「お前は何故ここにいる?」

「えっ?え〜と」

 

魔法を間違って発動した...とは言えないか。爆弾が誤爆した......これもなんか違うし。

 

「気がついたらここにいたから、何も分からない...」

「.................」

 

呆れた顔のお姉さんはくるりとこちらに背を向けた。待って俺呆れられてない?

 

「どこから来た?」

「廃墟都市のレジスタンスキャンプだけど」

「そこまで連れてって行ってやる。来い」

「い、いいんですか!?」

「お前みたいなクソザコ、放っておいた方が面倒な事になる」

「すみません...クソザコナメクジで...... 」

「そ、そこまでは言ってはない」

 

「.........」

「? どうした」

「何でも......ブベェ!」

 

......この世界に来た当初に俺を救ってくれた人だ。ついて行っても大丈夫だろうと宛をつける。

止めていた足を1歩踏み出した時、丁度足元に飛び出した木の根が引っかかり、 盛大に転ぶことになった。

 

「うぅ」

「............はぁ」

「(あっ2回目の盛大なため息)」

 

 

▲▼

 

「あのー…」

「なにか文句があるのか?」

「マッタクゴザイマセン!」

 

こちらの表情が見えてなくとも声音から察したのだろう。

A2の脇に抱えられた少年は途端に大人しくなった。正確に言えば、「荷物扱い?」と呟きながら投げ出された手足をぶらぶらと揺らしていたが、A2にとってその程度は“大人しい”の範囲内である。

 

「(なんで私がこいつの面倒を.........)」

 

再び吐き出されそうになったため息を飲み込むと、A2は歩き出す。

先程少年に言った通り、放っておいた方が面倒なことになると考え直して。

 

 

機械生命体を殺す。

それが第十四次真珠湾降下作戦を生き残った、生き残ってしまったヨルハA型2号―― A2に残された、唯一の生きる理由だった。

本来司令部から見捨てられ、捨て駒にされたA2に「ヨルハ」としての使命を全うする理由などは既に無い。 それでも機械生命体を殺すのは仲間を殺された復讐からだった。

大事なのは機械生命体を殺すことであって、今更自身の目の前に現れた人類なんて、A2にとってはどうでも良い事だ。この人間を保護する義務もしがらみも、もう無いはずだった。

 

「あの…」

「今度は何だ」

 

控えめに話しかけられた声に下を向く。

 

「お姉さんの名前はなんですか?」

「.........」

 

A2、と告げかけた口を閉じる。

 

「......お前に告げる名なんて無い。好きに呼べ」

 

 

人類である少年の保護には司令部も一枚噛んでいる、と考えた方が良いだろう。A2の存在が少年の口から知らされるのは、避けた方が賢明だと判断した。

 

そう考えたA2の脳裏にふと過ったのは、いつかの仲間の笑顔だった。

 

『君たちにも名前をつけてみようと思う』

 

 

―――――きっと、自分が彼に告げる名前なんて最初から無かったのだ。

 

 

 

 

 

「月にいるはずの人類のお前が、何故こんな地上にいるんだ」

「ん?」

 

少年が人間であることは真実であると、彼女に植え付けられたプログラムが叫んでいる。

創造主である人類との接触に、自身の意志とは反して打ち震える体に酷い不快感を覚えた。

 

「どうして俺が人間だってわかったんですか!?」

「お前が自分で言ったんだろ!?」

「マジか」

 

A2から顔を背けた少年は、話題を逸らすように「月か、月ね」と眉を下げる。

 

 

「分からない。何もかも」

 

わからない、と口にした少年の表情は、誤魔化しの笑顔では無く今度こそ本当のように思えた。しかし、降りられず泣き叫んでいたあの衝撃の出会いといい、本当に隙が多い少年だ。こんなのが地上にいて大丈夫なのか?とA2は柄にもなく不安に思う。

 

「要するに、お前も月に見捨てられたって訳か」

「お前『も』?」

 

地上にたったひとりでも人類がいるとすれば、月面人類会議が放って置くはずがない。少なくとも、アンドロイド部隊を派遣して何としてでも少年を保護しようとするだろう。

この少年の存在を認知していないとも考えられるが、その線は少年がレジスタンスキャンプに保護されている時点で有り得ない。

ならば、月面人類会議は少年の窮地を意図的に看過しているとしか考えられない。

 

「...いや、なんでもない。忘れろ」

 

 

捨て駒であった自身とこの少年では立場に天と地ほどの差があると思い直したA2は、向けられる眼差しを逸らすように森の奥を睨んだ。

 

「木が盛りだくさんですね。森だけに」

「.........」

「.........なんか、森の奥深くに来てません?」

「..........」

「あの倒れてる木、さっきも見た気が...」

「......」

「もしかして、迷」

「気のせいだ」

「まだ最後まで言ってないけど!?」

「気 の せ い だ」

 

▲▼

 

「ほら、あそこあそこ。木が少なくなってる」

「ようやく森の出口か」

 

 

げっそりとした顔のA2は、まっすぐ歩けない程の木々の隙間の間隔が徐々に開いているのを確認する。物干し竿にかけられた洋服のような状態になっていた少年も顔を上げた。

 

「もう森はこりごりだ...」

「お姉さんが送り届けるって言ったのに迷うから...」

「何か言ったか?」

「いえ何も。って岩壁かよ!」

 

森の端にたどり着いたはいいが、はかなりの大きさの壁山が視界の果まで続いている。

こいつを抱えたままなのは気が重いがしょうがないと、A2は岩に足をかけた。

 

「行くぞ」

「ちょっ待ってぎゃぁぁぁああ!!!」

 

岩場を崖山の頂点にたどり着くと、そのまま反対側に回り込む。ちょうど良い足場を探しつつ、小脇に抱えた少年に配慮して慎重におりるがときおり聞き取れない言語を発していた。

 

「無理って言ったじゃん!!!地面と結婚するって言ったじゃん!!!人間は死ぬって言ったじゃん!!!」

「知らん。お前の身体がクソザコナメクジなのが悪い」

「俺の身体がクソザコナメクジミトコンドリア以前の話だって!!」

「だからそこまで言ってないだろ」

 

「ってここは」

「......砂漠?」

 

少年は開いた口に容赦なく飛び込む砂に、慌てて閉じる。

 

「森に戻りません?」

「またあの木の中を彷徨うのか」

「やっぱナシで」

 

どこまでも続く緑を思い出し、2人の顔が歪む。

「なんだ、あれ」

「...建物?」

 

砂嵐もなく、晴天の砂漠の先には四角の大きな影が見える。

 

「とりあえず、あそこまで行ってみるか」

「心綺楼じゃなきゃいいけど」

 

砂漠では少年は自分で歩くと言って譲らなかったが、砂に足を取られてもつれるのを見かねたA2に再び小脇に抱えられることになった。

 

「あ、これ。団地だ」

「団地?」

「集合住宅だっけ?ここでみんなで集まって暮らすんだと思う」

「人間はよく分からないことを考えるな...」

 

 

廃墟ではあるが、遮蔽物のおかげで道が砂に埋もれずに残っているのを確認すると、小脇に抱えた少年をA2は下ろした。

 

「ジャッカスが言ってた砂漠ってここのことなのかな?あ、ブランコ!ハハ、乗ったら壊れそうだ」

「おい、あまり離れるな」

「はいはーい」

 

少し離れた場所で興味深そうにしゃがみこむ少年に近づく。

 

「...何を見てるんだ?」

「あ、お姉さん、見てよ。これ」

 

壊れて風化した小さなものだ。しかし、なにか用途があるとは思えない。

「玩具?」

「きっとここには沢山子供がいたんだろうね」

「そうか」

 

団地をしばらく進んでいると、少年はひとつの違和感を覚えた。

 

「あそこ、ものが多くなってる気が?」

「......」

 

少し遠くに目を向け、首を傾げる少年は今にも好奇心のままに駆け寄りそうだ。

その正体をわかってしまったA2は少年の肩をつかんだ。

 

「もうこれ以上はいいだろう。とっとと他のところに行くぞ」

 

少年が目視した“モノ”は、アンドロイドの死体だった。気づかれる前に、ここを離れた方が良い。

 

「戦闘音?」

「うわ、どこから!?」

 

砂がコンクリートにあたる音しかないはずの砂漠に不釣り合いな鈍い音が響く。

 

「くそっ!!!来るな!!」

 

建物の曲がり角から機械生命体に囲まれた兵士が現れる。

 

「......!お前はここにいろ!」

 

少年の答えを待たず、A2は駆け出した。

 

「君は...」

「今はコイツらを全員倒すぞ!」

「わ、わかった!!」

 

機械生命体の群れも戦闘型であるA2が加勢すれば殲滅は容易い。目に見える敵を全員排除来るとA2は一息を着いた。

 

「無事か」

「あ、ああ。君!!後ろ!!」

「なっ!?」

 

兵士の声に振り向くと、殺し損ねた小型の機械生命体が至近距離まで近づいている。一撃は食らうかとA2が身構えた時、赤黒い何かが機械生命体に激突し吹っ飛んでいく。

 

「あ、あぶね〜........」

 

攻撃の方向先には少年が焦った顔があった。どうやら攻撃は少年が放ったものらしい。

A2は周囲に取り逃がした敵がもういないか入念に確認する。

 

「ありがとう。砂漠から廃墟都市に物資補給ルート確保途中に機械生命体に捕まっちゃってね」

「俺はいいよ。殆どやったのはお姉さんだし」

「何でも良い...」

「いやいや、そんなことないさ。君の最後の攻撃。かっこよかったよ?」

「そ、そうかな」

 

「うん、そうだよ。助けてくれて本当にありがとう」

「......今度から気をつけろ」

「ふふ、肝に銘じておこう。お礼に......と思ったんだが、機械生命体に物資を取られてしまってね」

 

何もいらない、と言おうとしたがA2は別の案が浮かんだ。

 

「だったら、こいつを廃墟都市のレジスタンスキャンプに送り届けてくれ」

「彼を?別に良いけれどどうして?」

「こいつはにん「ぁぁあああ゛ぁあ゛゛あ」」

「えっ?」

「に「ぁあ゛ぁ!」」

 

「(おい、どういうつもりだ!?)」

「(ダメなの!!あんまり人間ってバレちゃダメなの!!)」

「(はぁ!?私にはあっさりバラしてただろうが!)」

「(あれは事故!事故だから!)」

「だ、大丈夫なのか?2人とも...」

「「......」」

 

 

 

「...道中守ってやるから、私たちも一緒に廃墟都市まで案内してくれ」

「そんなことでいいの?」

 

A2は頷いておいた。

 

▲▼

 

 

 

「ようやく見なれた景色...」

「道中も君たちに助けられちゃったね」

「いやあ、お姉さんがほんと強いよ」

「彼女も強いけど、君も不思議な攻撃をするよね」

「ハハハ」

「さっさと来ないと置いてくぞ」

「そっちは砂漠に戻る道だけど」

「......」

 

言葉には出さないが、意味深な視線をよこす少年の頬を抓りあげる。

 

「おれふぁなにふぉいっふぇなふぃけふぉ!?」

「.........」

「そうだ。良かったらこっちに寄っていかないかい?お礼に案内したいところがあるんだ」

 

少年の体力の消耗を考えれば必要だと誘いに乗ったA2達を連れて兵士が案内したのは、地下へと通じる何かへの入口だった。入ると扉が閉じ、下に下がっていくところを見るにどこかに通じるエレベーターらしい。

 

「本当は会員証がないと入れないんだけど、君たちなら大歓迎だよ」

「おお...地下エレベーター...秘密基地みたいでかっこよくない?」

「わかったから引っ張るな」

 

チン、という音を立て扉が開く。

受付が設置された小さな広間だが、どこからか水の音が聞こえてくる。目には見えないが、広大な地下空間が広がっていることは察知できた。

 

「ああ、物資補給から帰ってきたのか。......そいつらは?」

「襲われていたところを彼女たちに助けて貰ってね」

「おお!こいつを助けてくれたのか。ありがとう!!」

「...特に何かした覚えはない」

「歓迎するさ。ぜひ立ち寄ってくれ」

 

 

 

 

 

「.........良い人達だろう?ぜひここを味わっていって欲しいと思ってさ」

「あー.....ちょうど今壊しちまったんだよな」

「なんだって!? あっ、この前捕まえた奴らは?」

「ええ?あいつら使うのか?予備のだから困るんだが...」

「そこの所を頼むよ。彼女たちに何かしたいんだ」

「そうだよなぁ...。ま、仲間を助けて貰った礼だしなぁ.........」

 

 

 

 

「ほら、水だ」

「ありがとう。...脱水症状になりかけてたよ」

「水がなきゃすぐ死ぬなんて本当に面倒臭いな」

「それは俺だけじゃなくて生き物不変の真理ですけど」

「私が知るか」

「お、横暴だ...」

 

人類というものはこんなにも脆いのかと何度目かのため息をつく。万が一を考え、廃墟都市ではあるが、レジスタンスキャンプの近辺までは少年を護衛する必要があるだろう。

 

「全く手間のかかる...」

「あ、いたいた! 体調や気分はどう?回復した?」

「ああ、もう大丈夫だよ」

「なら良かった」

こちらに駆け寄った先程の兵士に、少年が疑問を投げつける。

 

 

「ところで、ここはどこなの?キャンプ?」

「ここは地下闘技場。私はここで司会をしてるんだ」

 

「地下闘技場?ここで誰と戦うんだ?」

「何とって」

 

 

 

「オラ、さっさと立てよ」

「ゴメンなさい、ごめんなサイ」

 

「うわっ...汚い歯車だな」

「こドモだけハ...やめて....やめテ...」

 

 

 

「おかア、さん.........」

 

 

「機械生命体と戦うにきまってるだろ? 」

 

震えて縮こまる機械生命体を何人もの兵士が囲み、足蹴りにしている。 よく見渡せば、薄暗い部屋の隅には機械生命体の残骸がゴミ山のように寄せられていた。

 

「......戦う?これが?」

「.........」

 

 

A2の無意識に込められた咎める声音に気づかないまま、興奮した顔の司会の兵士は震える一体の機械生命体に近寄る。

 

「あ〜あ、足が動かなくなっちゃってる。こんなんじゃ使えないじゃないか」

 

そしてひしゃげた機械生命体の足をそのまま蹴飛ばした。

 

「アアア!」

 

チューニングを外したような不協和音が悲鳴が辺りに響く。

 

「毎日戦争で君たちも大変だろう?奴らが憎くてしょうがないだろう?

だから集めて、ここで壊しまくるのさ。自分で言うのもなんだけどさ、私の司会は場が盛り上がるって評判なんだよ!

家族だ何だほざいてる奴らの片方を壊すのが最近の流行りでね。本当は抽選待ちなんだけど、助けて貰ったお礼に君たちもどう?」

 

「...いや、いい」

「そうなの?残念だなぁ。君は?」

「........」

「まあ、今はもうがらくた寸前のしかいないからねぇ、また来てよ。次はちゃんとしたの用意しておくから」

 

 

少年の開かれた眼孔は揺れ動き、血の気の引いた顔色は青を通り越して白くなっていた。

 

「うわ!?」

「行くぞ」

 

強引に首元を掴んだA2は、そのままエレベーターに向かって歩き出す。

エレベーターの扉が閉まり、地上に到達する前に先程と同じように少年を小脇に抱えた。

 

「もう歩けるよ」

「お前の歩幅はゾウリムシ以下なんだから黙ってろ」

「なんで俺歩幅で罵られてんの?」

 

暗いエレベーター内に差し込む地上の光に目を細めた。

 

「あの機会生命体さ、お母さんって言ってたね」

「......」

「機械生命体にも家族がいるのかな」

「気の所為だ」

「きのせい?」

「機械に家族がいる訳ないだろ」

 

傷んだのは、義体の何処だったのか。

思い出の残骸から掬われたのは「お姉ちゃん」として振る舞う、かつての仲間の姿だった。

 

「奴らはただ、プログラムに従って振舞ってるに過ぎない。そこに感情も何も無い」

 

「アンドロイドには感情があるのに?」

 

 

「私達はアイツらとは違う」

「...変なこと聞いてごめん」

 

暫くは、互いに何も喋らなかった。

少年がどんな表情をしているのかは分からない。

今の小脇に抱えたような体勢でも、直立の状態でもそもそも、A2がわざわざのぞき込まなければ視界に入ることは無い。

何故あんなにも衝動的に少年を連れ出したのか。 実態のない焦燥感の正体は掬いあげる前にこぼれ落ちていく。

 

「ついたぞ」

 

 

浅瀬に落とした踵にパシャンと水飛沫がかかる。

レジスタンスキャンプの居場所は元々知っていた。ただ、この少年の件がなければ訪れはしなかっただろう。

 

「?」

 

返事が無い事を疑問に眼差しを向けるが、頭をぐったりと重力に従ったまま地面に落とした頭は何も答えはしない。耳までゾウリムシなのかと少し揺さぶったが、振り子のようになすがままだ。

 

「......」

「お、おい!どこか体調が――」

「ウッソぴょーん。まんまと騙され......ギャアアア!!!!」

「.........」

「へ、ヘッドロック!!すみませんすみません調子乗りました!!」

 

「次やったらぶっ飛ばすからな」

「ウイッス」

 

片目をつぶる非常に憎たらしい顔をされたが、拳を握ると瞬時に謝られる。その素早さを戦闘や生存にいかせとしみじみと思う。

 

「私はこれで行かせてもらう」

「あれ、もう行っちゃうの?」

「こっちは忙しいんだ。お前に構ってる暇はもう無い」

 

背を向けて歩き出す。ここまで送り届ければもう充分だ。

...生き残ってしまった私が人間と出会うなんて、一体どんな皮肉な運命だろうか。

きっと彼と出会うことはもう無いだろう。

 

「お姉さん」

「......なんだ?」

「ここまで助けてくれてありがとう。何かあったら言ってくれ、俺が力になるよ。

...って思ったけど、よく考えたら俺一人じゃ何も出来なかったわ」

「それはそうだろうな」

「少しは否定してくれよ。目覚めるかもしれないだろ!人間パワー的な何かが」

「何だ人間パワーって...」

「魔法とか?」

「よく分からんが、もう勝手にどこか飛び出したりするなよ」

「......優しいんだね」

「また勝手にうろつかれたら迷惑だからな」

 

止めていた足を再び動かし始めたA2に、声がかけられる。

 

「いい加減私は行く。じゃあな」

「うん。――――またね」

 

 

A2は振り返らなかった。

 

 



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