ありふれた職業は零でも世界最強 (うぇいうぇい)
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ハジメとミレディが出会ったら

ハジメ&ユエ VS ミレディ
ファイッ!


 

「チッ……どうなってやがる」

 

 そう悪態をつくハジメは、悠々と、そして燦然と輝く太陽に汗を垂らし、砂漠を彷徨っていた。

 

 懐かしい黒のコートの旅装に身を包み、大自然を歩く……ここ数年、そんな状況に陥ったことは無い。どこかの異世界に飛ばされたりした事は何回もあるが。

 

「……トータスの座標はここになってる。やっぱり、大砂漠?」

「否定できないが、そうだな……何かが限りなくズレてるんだろう」

 

 隣には、ユエの姿もあった。こちらも白衣を着ていて、トータスでの旅装となっている。

 

 もう二年以上も前になってしまったが、あのサンドワーム大きな砂嵐やら、アンカジ公国がある〝グリューエン大砂漠〟ではないかという議論を繰り広げていたが、仮にそうであるならばハジメ達はさっさと帰れている。

 

 と言うのも何を隠そう、ハジメは現在遭難しているのだ。理由はクリスタルキーの使用による転移の失敗……と思われる。仔細が分かっていないのは、魔力をごっそり持っていかれ、そして当のクリスタルキーは消えてなくなってしまっているためだ。

 

 転移失敗によって、ハジメ達の転移先は高い高い上空、まるで竜世界でのフリーフォールを想起させるほどの高度になっており、それを一頻り楽しんだと思ったら、クリスタルキーは既に手に無く……

 

 一応替えのクリスタルキーを用意してあるが、それを使って日本、それも南雲家の座標に繋げど、渡った先に広がるのは紛うことなき青々とした森林。そこで家への直通を諦めて、日本のあらゆる座標へ飛んだ。しかし、そこには平原やら森やら、竪穴式住居やら謎の言語を話す民族やらが居るだけ。二人が唖然呆然とするにはそう時間がかからなかった。

 

 飛行機が落下してどこかの島に流され、挙句バレーボールに名前を付けてを愛でる様な事態に陥っていないだけ幾分かマシではあるが、上記の原因不明の事故に加えて、いつの間にか見知らぬ砂漠に、しかも日本は大自然の中。

 

 ハジメとユエに残された道は、このトータスと思わしき異世界を探索する事だけとなっていた。

 

「クソ暑い……アーティファクトでも浮かせておくか」

「ん……日本の蒸し暑さの方が、マシ」

 

 〝エアゾーン改〟を浮かばせて涼しくなろうと、足取りは決して軽くは無い。一緒だったシア達とも連絡が取れないこの状況で、気が少し落ちているのだ。

 

(遠藤もこんな気分だったのか……)

 

 修学旅行の時に、一人神隠しに遭って陰陽の何やらと格闘していた遠藤を思い出し、心の中でひっそりと謝罪する。神隠しってこんな気分なのか、と……

 

 シアが居たならば、「ハジメさんの癖にしょげてるなんて見っともないです! 一度ドリュッケンで目を覚まさせてあげますぅ!」と力強い激励かハンマーの一撃でも貰えただろうが、それも無い。更に言えば、ツッコミどころ満載の変態も、病み気味の正統派ヒロインも、乙女力カンスト剣士も居ない。

 

 ユエが居る事が心の支えになっているが……ハジメからすれば、こうも静かなのは何となく落ち着かない。最近では特に、ユエと二人っきりで居られる時間も前に比べて随分と減ってしまったので、オルクスの時の様に会話が無いのが、耐えられないようだった。

 

「チッ、また魔物か。やけに多いな」

「……なんか、少しだけ強い?」

「まあ、気持ち程度にはな」

 

 気配遮断を持っているのか、気配感知に引っかからない赤サソリを見つけてはドンナーで仕留め、大きい山の方へ進む。

 

 ここは、トータスと同種の魔物も出ているし、他にも見覚えのある魔物が何体か遭遇した。ハジメとしても、ここから遠くに見える、天辺の平たく大きな山を見て、ここがグリューエン大砂漠なのではないかと疑わざるを得ない。

 

「あの山、記憶が確かならグリューエン大火山だよな? 竜巻がない気がするが」

「……ん。間違いない。何故か竜巻で覆われてないけど」

 

 ユエがキッパリと断定したので、となれば……と、思考を巡らせる。

 

「今の所、目印もあれしか無いしな……よし」

 

 キラリと、右指に嵌っている赤い宝石のリング──〝宝物庫〟が煌めくと、魔法陣から一つのハマーが出現した。

 

 ──魔力四輪駆動アーティファクト ブリーゼ

 

 言わずと知れた、ハジメ御用達の陸上の足である。運転席に乗り込み、助手席にユエが座ったのを確認すると、久々となる魔力操作でのアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 そこから、特に何事もなく、雑魚を轢き殺しながら小一時間ほど。

 

 10分もすれば大火山に着くだろうという所で、ハジメの気配感知が、真正面から迫り来る異様な反応を示していた。

 

「これは……俺を倒す為に、わざわざ雑魚が群れを成して襲ってきた、ってことか?」

 

 砂ごとうごめいているのを見るに、大砂漠一帯に棲息するサンドワームの群れだろう。それを感知したハジメは、ブリーゼを降りると宝物庫から、異様な形をしたガトリングガンを装着した。

 

 ──電磁加速式機関砲 メツェライ・デザストル

 

 一体一分間に幾つの弾丸が飛び出すのか想像もつかないガトリングガンで、気持ち良く一掃しようという魂胆だろう。

 

 しかし、ユエがそれを片手で制止し、右手で指を指した。

 

「……違う。ハジメを追ってる訳じゃない。誰かいる」

「あ? ……マジかよ」

 

 群れの中央部を指さし、誰かいるというユエの言葉を一瞬怪訝に思ったが、ハジメの左眼にある〝魔眼石〟が、その存在を明らかにした。

 

 波のような形を成している砂煙とサンドワームから、猛スピードで逃げる莫大な魔力の塊。

 そして肉眼でハッキリと見える、少女の姿が。

 

「うわ〜ん! オーくんどこ行ったの〜! ミレディちゃん反省してるから隠れてないで早く助け────ヒィギャァァァ!? お、オーくんのメイドスキー! 鬼畜! ロリコン! 美少女を死地に置いていくとかぁ! この紳士の風上にも置けない隠れヤクザの眼鏡めぇ〜!」

 

 やたらと喚きながら、しかし余裕?を持ってサンドワームの群れから逃げおおせている少女が前方から到来していた。

 

 なぜ砂漠のど真ん中に人が居るのか理解できなかったが、このまま真っ直ぐハジメの方に来ている。

 

「……待てよ。あの見た目、どこかで」

「……なんで、ここに?」

 

 ハジメが「はて……」と記憶を探っている中、ユエは目を見開いていた。え、分かったん? とばかりにハジメはぽかんと口を開ける。

 

 少女との距離は、いつの間にか五十メートルまで縮んでいた。少女も、こちらに目掛けてやって来る二人組を視認すると、手を精一杯振りながら声を張り上げた。

 

「あ、そこのお二人さーん! どうもすみませ〜ん、生き倒れの美少女だよぉ! ちょっと助けてくれないかなっ☆」

 

 ウザく馴れ馴れしくて、しかも、どこかで聞いたような声音や口調。見た目こそ金髪のポニテで可愛らしい美少女だろうが、本能が囁いていた。アレは危険だと。ユエも嫌悪感を隠しもせず、すっごい不機嫌なジト目を向けていた。

 

 ウザい奴にモンスタートレインに遭う傾向でもあるのだろうか。どうして俺なんだ……と内心悪態をつきながらブリーゼとメツェライを片付けると、少女の進行方向にぶつからないよう、左に逸れて進み始めた。

 

 少女から見れば、それはもう90度の直角急カーブを決められて、折角の頼みの綱が切れた瞬間だった。

 

「ちょっ、ええっ!? 無視!? 砂漠のど真ん中の儚げな美少女を無視する普通!? レディの扱いがなってないって~!!」

 

 だが、金髪の少女は空を飛んで、スピードでハジメに迫り、とうとう追いついてしまう。ハジメがあからさまに舌打ちすると、泣きそうな表情で迫ってきた。

 

「待ってよぉ〜! 本当に待って無視しないでぇっ」

「知るか。迷惑だ。こっちに来るな。そんで一人で勝手に野垂れ死んでろ」

「頑なに拒絶!? そもそもこの天才美少女魔法使いのミレディちゃんのお願いなのにぃ〜? それを無碍にするのって男としてどうな────」

 

 瞬間、世界が凍った。

 

 ハジメにウザく絡む彼女は解放者のリーダー、ミレディ・ライセン*1その本人だ。神の使徒と渡り合ったミレディが、二の句が継げない程の何か……それを、刹那の間にミレディは感じ取った。

 

 これは、ラウス・バーン*2や神の使徒すら赤子の様に見える、最強の〝化け物〟だと。

 

 ミレディが直に食らっている圧倒的な程の殺意、怒り、憎悪……そして冷徹なる無。

 

 それは、かのハウリア一族ですら黙らせ、異世界組で次に強い遠藤がパシリにされ、ミュウが黙ってしまうプレッシャーの原因は、やはりみんなの魔王、ハジメとその正妻、ユエ。

 

 一歩後退りたい。でも、身体が言う事を聞かない。

 

 だが、それと共にミレディは俄然興味が湧いてしまった。何者なのか、目の前の青年は。どうしたら、そんな強さを得られるのか。そして、悍ましい程の負の感情を曝け出すのか……

 

 ……最後のに関してだけは、一度ミレディがハジメらに行った所業の数々を思い出してみれば、そうなるのも必然かもしれないが。

 

「え、何コレ……なんでミレディちゃんこんな目に遭ってるの?」

 

 ミレディの笑顔も、あまりのプレッシャーにピクピクと頰を引攣らせながら凍らせながら、一礼する。

 

「今、お前ミレディとか言ったか」

「……え、え〜ハイ。どうも、〝解放者〟がリーダーをしております、ミレディ・ライセンというものですが……」

 

 場に緊張が張り詰めた所で、ハジメが、「あ〜……」と掌にポンッと拳を置いた。ついに思い出したらしい。

 

「そういえば、こんなクソったれみたいな見た目だったな」

「ん……憎々しい程、美少女。神界の時も、隠れ家での写真でもこれだった。マジで頭おかしいと思う」

「なんか凄い貶されよう!? でも美少女でごめんねっ、テヘペロ☆」

 

 この姿でも、ミレディはいつもの調子だった。

 

 ああ、ウザイな……と、両者共に頷きあいつつミレディであることを再確認し、更に殺意を増したハジメとユエが一言。

 

「「死にやがれっ、このクソミレディーーーーーっ!!!」」」

 

 と、裂帛の勢いと共に大きく跳躍し、ミレディに急接近する。

 

「ええぇぇぇぇ!?」

「こんの野郎がぁ!! 偽者だろうと俺は容赦しねぇぞぉぉぉぉぉ!!」

「……これまでの罪を贖って死ねっ、ミレディ!」

「何々なに!? 何でそんな恨まれてるの!? ぶるぶる、私悪い人間じゃないよぉ〜!」

 

 圧倒的なプレッシャーが殺意に変わった瞬間、ミレディは重力魔法の高速展開を始めた。

 

 因みに、目の前のミレディが偽者だと思った訳は、神界で見た時の美少女そのままだったのを認めたくなかったからである。察してほしい。

 

 バヒュン!と、ミレディに向かってドンナーが火を噴くが、それをひょいひょいっと間一髪で躱しながら追いついてくる。

 

「……〝禍天〟」

「──ぇっ!? 〝黒禍〟!」

 

 ユエによってもたらされた、ノータイムの無詠唱、かつ瞬時に出現した無数の黒球は、この世界でただ一人、ミレディのみが使える神代魔法、重力魔法の一つ。

 

 見覚えしかない黒球に、僅かに反応が遅れたミレディは、地面に叩きつけられる寸前で対消滅を図った。

 

 結果は……片方の魔法が維持できず、消滅した。

 

「うっそぉ……」

 

 どちらの魔法が消滅したのか。驚愕を通り越し、頬をピクピクッとさせているミレディの呟きを聞けば言わずもがな。

 

(なんであの子が重力魔法を……しかも、私より魔法の精緻さも極まってる)

 

 でなければ、自分の魔法が対消滅どころか、押し負けるはずが無いと。

 

「……フッ、所詮ミレディ。私に勝とうだなんて、一万年と二千年早い」

「く、くっそぉ、ミレディちゃんより上手いとか聞いてないよ〜!」

 

 どうにか〝禍天〟の範囲外に逃げおおせたが、飛行状態を保てず地面に着地して、そう叫んでいた。自分の一番得意とする魔法が、同じ魔法で打ち負けたのだ。悔しさも一入だろう。

 

 空中より睥睨してくるユエに注意が向いている間に、ハジメがニタリと口を裂いた。ミレディの背後に回り込んで宝物庫を輝かせると、緑のゴツゴツとした球体がミレディの足元に転がっていく。

 

「ハッ、これはどうかな?」

「え、何これ────うぎゃぁーーー!?」

 

 出したのは、大量のピンの抜かれた手榴弾。それを一面にばら撒き、ミレディを牽制した。

 しかし、ミレディもその攻撃に直撃してしまうほど甘くはない。重力を無視したジャンプで軽やかに躱していく。それがまた無駄に格好をつけているので、殊更ウザい。

 

 ひっきりなしに出現する手榴弾群や銃弾だが、ミレディはそれの対処を、重力の力で吸い込む黒き球体を展開する重力魔法〝絶禍〟に任せていた。

 

 注視していたのは、攻撃の手を緩めないハジメではない。その隣に宙を漂う、自分を上回る神代魔法の使い手……ユエ。

 

 今度は何を放ってくるのか、属性魔法か、または重力魔法だろうか……と推測する中、ユエの唇は、神代魔法の名を口にした。

 

「──〝震天〟」

 

 重力魔法? 否である。それはミレディにとっては完全に予想外だった。

 

 咄嗟に重力魔法を用い、真後ろの方向に重力を向けさせる。すると、目の前で空間に歪みが生じ、それが元に戻る反動により、色も無い強力な衝撃波となってミレディに殺到する。

 

 空間魔法。それが、ミレディが予想だにしなかった別種の神代魔法。

 

 衝撃波の発生点から遠ざかろうとしたが、衝撃波は容易くミレディに追いつき、体の前面が一気に圧迫された。

 

 手足など、一部の骨にヒビが入る。重力魔法による回避が功を奏したのと、もう一つ、事前に着けておいたあるオスカー謹製のアーティファクトが効力を発揮し、肉を抉られるほどの傷も無く、臓器も五体満足の状態となっていた。

 

 ──アーティファクト 護天羽衣

 

 限度はあるが、衝撃などを吸収する羽衣だ。魔力操作によって自在に動かすことの出来るこれを防壁として展開すれば、至近距離であってもかなり衝撃が軽減される。

 

 魔王ラスール*3戦の際に活躍した金属糸の羽衣は、神代魔法をも防いでくれたようだ。

 

 しかし、ミレディの心情は穏やかではない。

 

(神代魔法を一人二役って、そんなのアリ……?)

 

 神代魔法を複数所有しているならば、それは魔法戦においての常識を軽く覆してしまう。

 

 重力魔法と空間魔法は、特に神代魔法の中でも攻防一体を体現する。重力によって遠距離攻撃を無効化し、一方的に範囲攻撃を浴びせられ、空間魔法により結界での防御と転移での回避、空間の歪みやズレを利用し相手を消し去れる。

 

 魔力量が莫大ならば、厄介なことこの上ない。

 

「──〝流星・緋槍〟!」

 

 ちょくちょく嫌らしい攻撃をするハジメに、百もの炎槍が降りかかる。

 

「チッ、面倒な」

 

 舌打ちしたハジメは、宝物庫より8つの黒十字架が飛び上がらせると、ハジメを中心として空間魔法の結界による立方体が形成された。

 

 ──ファ◯ネル型アーティファクト クロス・ヴェルト

 

 全弾を防御仕切れば、今度はお返しとばかりに、クロス・ヴェルトがミレディに向けて、電磁加速された弾丸による波状攻撃を仕掛けてきた。

 

 かと思えば、ハジメ自身も何かを持っている。凶悪なフォルムと全三十六門の砲身を持つ〝メツェライ・デザストル〟だ。

 

 全てがレールガンの砲身がグルグルと回転を始め、大口径の弾丸が吹き荒れる。

 

 流石のミレディも、これは躱し切れないと判断し重力魔法での高速移動で弾丸の嵐から振り切る。

 

「ちょっと、何なのこのアーティファクト!? オーくんでもここまでヤバいのは無いのにっ」

「ハッ、オスカーなんかもう敵じゃないからな。錬成師の極致は俺だ」

「は、はぁ!? オーくんの方が最強だし〜? 何言っちゃってんの〜? ……あ、分かった! 暑さで頭おかしくなっちゃったんだね〜。プププッ、自分が最強だって勘違いしてる奴〜! ──〝絶禍〟」

 

 追加の〝絶禍〟がミレディの周りに三つ形成され、計四つの衛星がダイ◯ン並の吸引力で、メツェライの弾丸を全て吸い込んでいった。

 

 余裕の表情のミレディに、黙っていない者がもう一人。ユエだ。

 

 先程の会話の遣り取りを聞いていて、〝オーくんの方が最強〟と言っていたミレディに怒り心頭のご様子。

 

 ユエは滞空しながら、天に手を伸ばした。

 

「──〝五天龍〟」

 

 太陽の光が遮られるものもなく降り注いでいた大砂漠に暗雲が垂れ込め始めた。

 

 直後、五体の龍が顕現する。

 

「えっ」

「……喰らい尽くせ、天龍ども」

 

 呆然とする暇もなく、ミレディに雷速で突撃する雷龍。

 

 「やばっ」と咄嗟に〝絶禍〟を雷龍の顎門に放り込むが、呆気なく噛み砕かれる様に、ミレディも冷や汗がツーと吹き出た。

 

(重力魔法と属性魔法の複合を、このレベルで実現させてるなんて……悔しいけど、まるで太刀打ち出来ないっ)

 

 正に次元が違っていた。自分たちと思えぬ人外の強さ……それでいて、使徒の様に造られた存在ではない、人であったのだ。

 

 それでも、内心を悟らせまいと表面上は余裕を取り繕い、眼前の龍達の攻略法を探す。

 

「──〝流星・黒玉〟!」

 

 ミレディの背後に現れた百もの〝黒玉〟が、後ろの雷龍と、接近する四体の龍に勢いよくばら撒かれる。

 

 数多くの〝黒玉〟が龍に当たるが、龍達はそれをものともせず突き進む。

 

 しかし、ミレディはその様子を見ると、悪戯っ子みたいに嫌らしい笑みを浮かべた。

 

「……やっぱり、重力魔法が魔法の形を作ってるんだ」

 

 〝黒玉〟は、圧縮された重力場の塊。大したスピードが出なくとも、一般人なら触れるだけで身体を粉微塵にされてしまう。

 

 普通の魔法とぶつかり合えば、その重力場によって相対した魔法は消滅する。しかし〝黒玉〟を食らってなお変化が無いこの龍の魔法は、何なのだろうかと、ミレディは殺到していく〝黒玉〟が龍に衝突し、突き抜けていく様子を観察していたのだ。

 

 そして、ついに一つの答えを得た。

 

「耐えられるかなぁ?──〝壊劫〟」

 

 目の前の雷龍は、重力魔法で制御されている。ならば、重力場に直接干渉さえすれば魔法を崩せるのではないかという予想に。

 

 タネが解れば、後は自ずと導き出せるシンプルな予想は、自分を中心とした〝壊劫〟の魔法によって、最も接近していた氷龍、白龍、雷龍の三体が空気に消えるという結果をもって当たることになった。

 

「……むぅ、ミレディめ、やりおる」

 

 一方、ユエは渋々ながらも、感嘆の声を漏らしていた。

 

 これまで、ユエが自分と同じ重力魔法の使い手と直接勝負をした経験はごくわずか。

 

 一人は、ミレディ・ライセン……ゴーレム体ではあったが、重力魔法を利用したギミックを仕掛けてきた。もう一人は、氷雪洞窟の試練に出てきた自分……こちらの方が、重力魔法同士での苛烈な戦いを繰り広げた。

 

 だが、それ以外には敵で重力魔法を使った者は居ない。

 

 だからこそ、ユエは度外視出来たのだ。五天龍最大の弱点である、龍を形成する重力場に干渉されれば、魔法を保てなくなる事を。

 

 その他にも、シアがドリュッケンを振るう事で形成される圧倒的な衝撃波でも消えてしまう事もあるが、それはあくまで例外だ。

 

(……流石は神代の魔法の天才。特性を理解して、弱点を突いてきたか……でも、私はこんなもので終わらない)

 

 ミレディの〝壊劫〟によって、蒼龍と嵐龍以外の龍が消えてしまう中、ユエは更に魔法を発動する。

 

 〝宝物庫〟の魔物の素材を用いた、使徒創造の秘術の応用。変成魔法の、その本領を発揮する奥義にして、〝天在〟と同じくエヒトから盗んだ魔法。

 

「──〝魔龍化〟」

 

 ユエの周りを漂っていた蒼龍と嵐龍の目が開かれる。

 

 魔物の魔石を持つことで半魔物化し、自律的に行動できるようになった二体が、唸り声を上げながらミレディへと肉薄する。

 

「さっきのと違う……まさか、魔物に!?」

 

 五天龍の魔物化。最終決戦の神界にて、エヒトが余興ついでに行使して、ハジメを苦しめた厄介な魔法だ。生物となることで、弱点である重力の干渉を克服し、魔石を壊されない限り動き続ける。

 

 ミレディは〝壊劫〟戦法が通じなくなった事に歯噛みすると、それならと別の魔法を放つ。

 

「行けぇ!──〝黒玉〟」

 

 純粋な一点の破壊力を持つこの魔法が、銃弾には及ばないが凄まじい速度で嵐龍ち放たれる。だが、嵐龍な自律的な行動が取れる魔物となっているので、本能で理解したのだ。アレは当たってはならないと。

 

 体を捩らせて黒玉を回避すると、再度ミレディに向かって顎門を開き、喰らわんと迫る。

 

「っぐう……!? 反則だよアレ……」

 

 暴風が、ミレディの横を突きぬけていく。しかし、嵐龍は全身が風の刃となっていて、付近にいるだけでも怪我を負ってしまう。どうにか直撃は免れていたが、全身を斬り付けられたミレディは、〝宝物庫〟から一つ、指輪を取り出した。

 

 ──アーティファクト 回帰の指輪

 

 本来の用途は、状態の回復。体に異常をきたす攻撃などから身を守るため、再生魔法〝刻永〟が付与された指輪だ。かすり傷程度なら、状態を保つ程度の回復能力で十分足りる。

 

 背後に嵐龍が周り込んだが、それだけにかまけてはいられない。別方向の蒼龍が、口腔に青い炎を溜めている。

 

 一気にそれが吐き出された。球体の青い炎は〝蒼天〟そのものだが、速度も大きさも桁違い。ミレディは、それに臆することなく立ち向かう。

 

「──〝絶禍〟」

 

 黒き衛星が一直線に炎へ入っていき、その尽くを呑み込み、大爆発を起こした。呑み込んだ時のエネルギー量に耐え切れなかったのだ。

 

「──〝禍天〟」

 

 蒼龍が様子を窺っていると、突然自分の体が砂地に墜ち、動こうにも動けなくなってしまった。

 

 煙の晴れた先には、いつもの姿からは考えられないほど無表情で、冷めた目をしたミレディ。彼女の瞳は、眼下の蒼龍に向けられている。

 

 地面に落ちた蒼龍を見るなり、ミレディは顔を俯かせた。心なしか、肩もプルプルと震わせているような……

 

 

「プフッ、くひっ、やば、 笑 い が 止 ま ん な い ! ねぇねぇ、今どんな気持ち? 魔物になっても弱点が変わらなくて、呆気なく落とされるってどんな気持ち〜? 魔物になって逆に重力で落ちるようになってやんの〜! プギャーッ!! やっぱりミレディちゃんの重力魔法は最強だねっ♪」

 

 

 さっきまでの無表情は何だったのか。宙を漂いながら、ジタバタともがく蒼龍を指差して、ゲラゲラ腹を抱えてて笑っていた。肩を震わせていたのはこのせいだろう。ユエの青筋がピキリッと一つ二つと立てられた。

 

 まあ、考えてみれば本当に単純な話ではある。

 

「ヒィー、ヒィー、お腹痛い……〝極大・黒玉〟」

 

 身体をくの字に曲げて笑いながら、クイッと降ろされた人差し指に合わせて、たちまち出現した重力球が魔石を貫く。蒼龍は地面に磔にされたまま、纏われていた炎が掻き消えて呆気なく敗れ去った。

 

 ふと、ミレディがハジメとユエの方へ目をやると、二人は時折目配せしつつもこちらを見ている。

 

(龍の魔法から、一度も眼帯のヤクザくんと金髪ジト目ちゃんが攻撃してこないし、ずっと観察されてる……全力を出しているわけじゃなさそうだし、何か試されるのかな)

 

 と、思われている当の本人達、ハジメとユエはというと。

 

『あのウザさ……完全にミレディだな』

『……でも、ミレディは私達を知らない。しかも、元の身体のまま』

『……つまり、これってアレか』

『ん……見せてもらったあの映画、B◯TF、みたい。デロ◯アンじゃなくて、鍵だけど』

『巻きもどった年数も尋常じゃないんだよなあ』

 

 魂魄レベルでの念話により、傍からは、見つめ合っているようにしか見えていない。ミレディが「くっそ〜、あいつらイチャつきやがってぇ〜!」と怒りを露わにしながら、〝壊劫〟と〝黒玉〟コンボで龍を倒していく。

 

『ミレディの奴、もう嵐龍も倒してやがる……真面目にコミュニケーションぐらい取るか?』

『……積年の恨みは、これからじっくりと晴らさせてもらう』

『そんじゃあ、決まりだな』

『……ただ、勝ち越されるのもムカつく』

『……お、おう。まあ、殺すなよ?』

 

 嵐龍を倒し終えたミレディのもとに、ユエが砂を踏み締めて向かう。

 

 ギョッと跳ねるようにミレディが振り向く。腕を組み仁王立ちするユエ様に、言いようのないプレッシャーを感じつつ、ゆっくりと近づく。

 

 風が二人の間に吹きすさび、二人の黄金の髪が横に棚引いた。

 

「……名前、聞いてもいいかな?」

「……私はユエ。尊敬する人が相手でも、親友の仇を優先する女。覚えておくがいい」

「親友の仇!? ミレディさん、ユエちゃんの親友に何かしちゃった……?」

「……便所に流した挙句、お漏らし兎の汚名を着せて永久保存した」

「ちょっと待って、ツッコミどころが多過ぎて理解できないよ……」

 

 些か情報過多だったらしい。ストップ!と右手の掌を見せてから、そんなことあったっけなぁ、と首を傾げている。

 

「……なので、ミレディは一度叩きのめす。方法は簡単、〝黒天窮〟を放って、打ち勝った方の勝ち」

「……へぇ? このミレディちゃんに、重力魔法で挑もうだって?」

「……重力魔法は、私の十八番」

 

 ユエは不敵に笑い宙に浮かび上がると、高高度まで上昇した。

 

 その言葉は聞き捨てならなかったのか、ミレディの目がスゥッと細まった。ついでに、自分もユエと同じ高度に並び立つ。

 

 辺り一体が、青々とした空に包まれている。より一層激しい風が体に吹き付けるなかで、

 

「言うねぇ、ユエちゃん。私よりも歳下でその力は凄いけど、ミレディちゃんも重力魔法には文字通り、心血を注いできた。簡単には負けないよ?」

 

 ユエの頬が引き攣る。「ハハッ、こやつめ……」と言いたそうに、眉がピクピクっと跳ねる。

 

「……お子ちゃまが何を言う。吸血姫にして、永遠の18歳の私に勝てると思うたか」

「……えっ、吸血鬼族なの!?」

 

 えっ、そこ? そこ気にするの? とユエがあからさまにげんなりした。

 

「……それが何か?」

「い、いやいや! その、教会のせいで竜人族くらい閉鎖的な種族だから、珍しくてつい……」

 

 ミレディが会ったことのある吸血鬼族は、メイルのみ。

 

 しかしメイルは海人族とのハーフであるため、純粋な吸血鬼族を見るのは初めてだったのだ。

 

 わたわたと慌てて手を振るミレディの発言に、ふむとユエは顎に手を当てた。

 

 少なくとも、ユエの時代では、自国から出ていく同胞は少ないものの、閉鎖的という程ではない。ユエという存在が世に広まった時なんかは、一番教会や他国との関わりが深かった。

 

 神代にもなれば更に引き籠もりであったらしい。尤も、ユエとって関係の無い話だが……

 

「……もしかして、ユエちゃんと一緒にいた人も?」

「……ハジメは至って普通の人間。ひどい、そんな人外みたいに……」

「どこからどう見ても人外級ですけど──ヒッ!?」

 

 謎のプレッシャーを自分の背中から感じて、ギギギ……と油の切れたロボットのように顔だけ後ろに向ける。

 

 いつからそこに居たのか、ハジメが空中で腕を組み仁王立ちしている。

 

 それとさっきから、この場の面子が仁王立ちばかりしているのは何故なのか……

 

「オレ、超模範的、超善良な日本人。ジンガイチガウ。イイネ?」

「アッハイ……」

 

 紅い魔力の奔流がハジメを中心に揺らめいている。二年間の間、平和?な日常を過ごしてきた日本人としての矜持が許さなかったのか。

 

 コクコクと機械的に頷いて、仕切り直す。

 

「……始めても?」

「ミレディさんは準備万端だよぉ〜」

 

 確認を終えた瞬間、ブワッと膨大な量の魔力が吹き上がった。

 

 ユエの黄金とミレディの蒼穹が、その間の中心部でせめぎ合う。

 

(私を本気にさせた事、あの世で悔いるがいい)

(私を本気にさせた事、後悔しないでね)

 

 敢えて口に出さず、自らの魔力を循環させる。

 

「「──〝黒天窮〟」」

 

 一言で放たれたのは、万物を無に帰す重力魔法の奥義。世界そのものの力の一端に触れた者の前にこそ現れ出るべき星が、この場に二つも齎された瞬間となった。

 

 黒き禍星が指先に輝くと、それは瞬く間に3メートル近くまで膨れ上がって、一切の音も発さずに直往する。

 

 その直後、球の端と端が触れ合った。

 

「……っ!?」

「おぐぅっ!?」

 

 まるで、爆弾でも落ちたかのような……いや、それよりももっと被害が大きいだろう衝撃波が、ユエとミレディの体を吹き飛ばした。

 

 衝突の衝撃波がここまでとは想像しなかったに違いない反応をしつつ、戦いの場から引き離されたものの、両者は魔法の制御をし続けていた。絶対に解除してたまるか、という根性からかもしれない。

 

 なんにせよ、二人の中心では、未だに黒き星がお互いを喰らわんと鎬を削っていた。ぐにゃりと歪み、中に引き入れようとして反発し、元の形に戻るを繰り返している。

 

「くっそぉ……!」

 

 空中で体勢を持ち直したミレディは、どうにか状態を保っていた〝黒天窮〟のあまりの御し難さに、悪態が口を衝いて出た。額には多くの脂汗が流れており、その必死さが窺える。

 

 ミレディ自身、まだこの魔法を制御することは適わない。一度発動すれば、残りの魔力が尽きるまで〝黒天窮〟は止まることを知らない。

 

「ふっ……」

 

 対するユエは、涼しげな表情だ。魔法に対しての理解や技術は、それこそ極致にある。〝黒天窮〟の複数展開さえ難なくこなすユエには、一つの制御程度で今更……という余裕の笑みでミレディを圧倒する。

 

(……勝ったな)

 

 ハジメの魔眼石は、互いの魔法の精度さえも、構築されている陣から読み解くことが出来る。

 

 同じ魔法による勝負なので、勝敗を決める要因になり得るものは限られてくる。総魔力量、魔法陣の精緻さと安定化、魔力の流入量、イメージの固定……

 

 要するに、ステータスと魔法を上手く使いこなす能力。ここに集約される。

 

 だが、二人の表情から見ても分かるように、

 

「あっ……」

 

 気の抜けた声が一つ。

 

 せめぎ合う二つの巨星は、統合された。その制御権を握るのは……

 

「……チェックメイトだ、ミレディ」

 

 そこには、やたらと香ばしいジョ◯ョ立ちを披露しながら、〝黒天窮〟を自分の背後に移動させたユエがいた。

 

 日本に来てからというものの、なぜかユエは何かとポーズを取りたがるようになってしまい、因縁の決着だと言うのに色々と台無しである。

 

「わぁ……まさか、純粋な魔法勝負で負けるなんて……天才美少女魔法使いミレディちゃんの名が泣いちゃうよ……」

 

 完全な敗北に、へ、へへっ……と、どこぞのポンコツ聖女みたく乾いた笑いで空中三角座りを決め込んだようだ。まるで三徹したのかという空虚な瞳が、より一層の哀愁を漂わせている。

 

「ミ、ミレディ……?」

「所詮は井の中の蛙……しかも重力魔法すら負けるミレディちゃんって……なにそれ、ただのいらない子じゃん……いいもん、解放者のリーダーはユエちゃんに任せるもん……そしたら本当に私はいらない子……ああ鬱だ、死のう」

「……ミレディ!?」

 

 心が折れてしまったミレディの落ち込み様が凄まじくて、ユエが思わず駆け寄り、宥めようと試みる。

 

「……だ、大丈夫! え、え〜と、そう! ウザさなら世界、いや九つの世界一!」

「……ウザさだけが取り柄の女って……ウザレディ選手権永年一位……女として終わってるよね、それ……」

「ど、どうしよう……」

 

 だって、それくらいしか特徴無いし……と、不貞腐れながらユエが呟く。

 

 ミレディからウザさを抜いたら、九割方何も残らなくなってしまうと、彼女に会った者であれば誰もがそう思うだろう。それほどに、ミレディの大部分はウザさが占めていた。ウザさのないミレディは、ただのきれいなミレディなのだ。

 

 えぇ……? と本気でどうしようか考えていると、勝負の様子を見守っていたハジメまで、ミレディの酷い様子に駆け寄ってきた。

 

「……おいおい、どういう状況なんだ? ユエ」

「……勝負に勝ったら、勝手に落ち込んで、勝手に自虐し始めて、宥めたらまた落ち込んだだけ」

「ミレディが落ち込むって……マジか」

 

 あまりの豹変ぶりに、ハジメも驚きを禁じ得ない。

 

 そのままジッと動かないミレディに、ハジメは段々とイラッとし始めた。いつもならあれこれウザいことをしてくるミレディがこの調子というのは、さぞ気味が悪いだろう。

 

「おい、ミレディ。グズグズしてるとド頭に風穴ぶち開けるぞ」

「……はは、そんな死に方も悪くないかも……ふへっ」

「完全に壊れてやがる……」

 

 すると、おもむろにユエの魂魄魔法がミレディに降り注いだ。魂ごと治そうとしている。

 

「……大丈夫?」

 

 顔を覗けど、瞳は空虚なまま。

 

 失敗か? と他の手段を試そうとすると、ミレディが呟いた。

 

「……ちょっとだけ、独りになりたいかな」

 

 そう言われて、ハジメとユエは顔を見合せると、無言でミレディから離れるように地上に落ちていった。

 

(ズタボロな心の整理には、ミレディさんも時間が少し必要になっちゃうなぁ……それに、後でお礼を言っておかないと)

 

 

 

 

 

 地上に降りたハジメ達は、そこで異様なものを見た。

 

「ミレディーーっ!! くそっ、あの馬鹿どこに行きやがった! 要らなくなったゴミはちゃんと処分してからにしやがれぇっ!!」

 

 砂漠なのに厚手の黒コートを羽織り、黒い傘を手に持った眼鏡の青年が、サンドワームの群れから必死に逃げている。既視感しかない光景だ。

 

「ん……あれって」

「まあ、思っている通りの奴だろうな。ちゃんと生きてるのとは初ご対面だ」

 

 ハジメとユエには、目の前の人物=畑の肥料にしてしまったという等式が根底に根付いているからか、何となく反応がおざなりである。

 

 すると、青年の視界がようやくハジメ達を捉えたらしい。

 

「あっ、そこの君達! 危ないから逃げてくれ! この魔物達は僕でどうにかしておくから、早く!」

「いや、逃げろって、どう見てもお前が原因にしか見えないんだが」

「そうですよね! ごめんなさいっ」

 

 腰を九十度に曲げて謝りながら必死の逃走を図る黒コートの青年はハジメとユエの前で立ち止まり、背後のサンドワームの群れと相対した。

 

「──〝九式・天灼〟」

 

 巨大な雷球が出現し、その雷が瞬く間に砂漠の地を溶けたガラスに変化させていく。

 

 サンドワーム達はその雷に身を灼かれ、金切り声を上げながらも数は減らず一向に進行を止めないようだ。

 

 黒コートの青年も、これは参ったなと洩らしつつ、宝物庫から次なるアーティファクトを頭上に繰り出した。

 

 魔法陣の穴から顔を覗かせる両刃の大剣群を見て、ハジメは口をあんぐりと開けた。

 

「んなっ……お前ギル◯メッシュかよ」

「え、ええと……そのギルガ◯ッシュってのはよく分からないけど、これはこうして使うんだ」

 

 直後、魔法陣から剣が一斉射出された。まるで、〝宝物庫〟の使い方がこれだと言わんばかりに……

 

 しかも、その剣がサンドワーム共に着弾すると、ハジメのミサイルもかくやという威力の大爆発が巻き起こった。

 

 ──アーティファクト 大きな魔剣

 

 遅れて、砂埃の混じった爆風がビュウッと吹き付けるが、それは結界の局所展開によって守られる。

 

 ──アーティファクト 黒傘 十式〝聖絶〟

 

「……まだ残っているのか。存外凌ぐね」

 

 よくよく見ると、明らかに進化している種類の巨大サンドワームが三体残っている。あれで殆どの雑魚が片付いたということだろう。

 

 黒コートの青年が、次なる剣を召喚しようと手を掲げる。しかし、左肩に手が置かれて、思わずそっちに振り向いた。

 

「……お前だけにやらせるのも格好が付かないな。どれ、俺も一つ」

「!? き、君……それは〝宝物庫〟かい!?」

 

 右指の指輪が煌めくと、魔法陣から出現した巨大な十字架を担ぎ、標的を定めた。

 

「こういうのを、芸術的な爆発と言うんだ」

 

 ハジメがその引き金を引くと、内部機構がカシュカシュと音を立てて作動し、中のペンシルミサイルが一斉発射された。

 

 白い煙が縦横無尽に駆け回ると、三体の巨大サンドワーム共にそれぞれ殺到していき、同時に三つの爆発を引き起こした。その光景は圧巻どころか、愕然レベルの迫力だ。

 

 ──ロケット&ミサイルランチャー アグニ・オルカン

 

 このロケットランチャーが生み出した爆風は、先程の魔剣の比ではない。

 

「──〝聖絶〟」

 

 ユエの結界によって、叩きつけるような砂の嵐は完全にシャットアウトされた。咄嗟の機転を利かせたユエの頭を、ハジメが撫でてやる。

 

「密封した燃焼石の爆発力を利用しているのか……! しかし、あれはフラム鉱石……フラム鉱石の燃焼で、一体どうやって飛ばしているんだ? いや、燃焼自体のエネルギーじゃなくて、あれは燃焼した際に発生する気体を噴出させて進んでいる!? 今までにないアプローチだ……」

 

 普通の人ならば顎を開いてポカンとしているところを、この黒コートの青年は目をキラキラ輝かせてハジメのアーティファクトを見ている。

 

 流石は神代の錬成師かと、ハジメが感嘆する。

 

「ほぉ、お前もこのミサイルの魅力が解るか、オスカー」

「解るどころの騒ぎじゃないさ! これを利用すれば、魔法以外で空を飛ぶ方法を確立できる!」

 

 少年みたいにキラッキラしている黒コートの青年──オスカー・オルクス*4は、ふと横にいるハジメの言葉を回顧して……

 

「……ところで、どうして僕の名前を知っているんだい? それに、あのアーティファクト……君は一体、何者なんだ?」

 

 自分と引けを取らない圧倒的な火力の武器。金属糸で作られたコートや、偽装しているが左手には義手と思われるアーティファクト。魔力の直接操作……オスカーには、聞きたいことが山ほどあった。

 

 そのオスカーの追及を、ハジメは掌で制止した。

 

「まあ待て。その話をするのは、上にいる奴が来てからだ」

「上の? それって、もしかしてミレ────」

 

 

「オーーくぅーーん!!」

 

 

 オスカーがその名前を言う前に、彼女は急降下して、オスカーの前に降り立った。

 

「うわっ!? ……って、ミレディじゃないか! どこをほっつき歩いてたんだ! 結構探したんだぞ!」

「ずっとサンドワームに追われてたら、そこの二人に喧嘩吹っ掛けられて、買ったら敢え無くボロボロに打ちのめされました……」

「……えっ、ミレディが!? ……いやでも、あの戦闘力じゃ仕方ないか」

「? オーくんも戦ったの?」

「いや、君が残してきたサンドワームの群れを一緒に始末してくれたんだよ。まったく、とんだ置き土産を置いてきてくれたな」

「あー……その節は本当に申し訳なく思っております……」

「はぁ。もう仕事は終わらせたから、早く樹海の方向に戻らないと」

 

 と言うと、オスカーの背後からジトーっとした目線が二対。忘れてんじゃねぇよ的な目線だ。じんわりと冷や汗を掻き始めたオスカーが、わざとらしく「あ〜」と思い出したように、

 

「その前に、あの二人と話さないとね」

「……あ、忘れてた。テヘッ☆」

 

 ドパンッ!

 

 ウザったく舌をちょこんと出したミレディの鼻先すれすれに、ハジメの実弾が通り抜ける。

 

 一歩間違えればミレディの鼻は南無三していた。その事実に、ミレディは顔を真っ青にした。そこに、ドンナーを肩にトントンしながら迫るチンピラ……ハジメ。

 

「次ふざけたら、鼻どころか頭ごと無くなると思え」

「ご、ごめんなさい……」

 

 現代の発達したチンピラには、生身のミレディと言えども歯が立たないようだ。一体、これのどこが善良な日本人なのだろうか。普通の日本人に謝れという声も聞こえてきそうだ。

 

「まあ、立ち話もなんだ。ちょっと待ってろ」

 

 ハジメの宝物庫から、主に地球で軍用の物品に使われる塗料の色……いわゆるオリーブドラブのテントが出現し、ハジメとユエが中に入ったのを見て、オスカーとミレディがそれに続く。

 

 すると、そこは広々とした空間が広がっていた。

 

「……ザ・家だね」

「空間魔法で拡張されているみたいだね。しかし、こんなデザインがあるのか……建築様式からしても、これは初めて見るよ」

 

 このハジメ謹製のテントは、空間魔法によって中身が拡張され、大体日本のマンションぐらい……3LDKの間取りがある。しかもライフラインや空調機能を完備、果てには自衛機能まで搭載した万能テントだ。そのうち、自走機能も付くかもしれない。

 

 ミレディは中に入って手をグイッと広げて伸びた後、ブォォーンと風を送る扇風機に目を惹かれた。目の前に立って、ポニテをファサッと棚引かせる。

 

「ゔひゃ〜、ごれ涼じい……っで、な゛にごれっ!? ミ゛レディぢゃんボイズが変なごとに゛なっでる!!」

「あれも駆動部にしか魔力を使ってないのか……これは驚いたな」

 

 扇風機という機械に興味の尽きないオスカーに対して、ミレディはその前に座って「あ゛〜〜〜」と声を出していた。

 

 流石ミレディ、遊び方を分かってらっしゃるのか、と、何故だかハジメは感心していたが、早く話を進めたいのか、ユエがミレディを優しく「いててて、痛い痛いもっと優しく! ってまだ痛いよユエちゃん! ちょっとは遠慮して!?」……強制的に首根っこ掴んでテーブルに引きずり込む。

 

 椅子に座らされたミレディの対面にユエが座り、ユエの隣にハジメが、ミレディの隣にオスカーが座る形となった。

 

「いやあ、うちのウザいのが悪いね」

「気にするなオスカー、俺達はウザいのの扱いは慣れててな」

「あのさ、幾らウザいって言ってもミレディさんを〝ウザいの〟って表現するのはやめて欲しいな」

「……ミレディにそんな自覚があるとは思わなかった」

「ありますけど!? 喧嘩売ってるならチップ付きで買ってやんぞコラァ!」

 

 真正面に座っているユエの口撃に、「まったくぅ、ミレディさんを何だと思ってるんだ!」とプンスカする。

 

「……それで、本題に入ろうか。──〝解放者〟」

「今の流れでそこに持っていこうとする君の精神はおかしいよ……じゃあ、まず君達のことから教えてほしいかな」

 

 少し溜息を漏らしながら頭を掻くと、テーブルに肘を突きつつ軽い自己紹介をした。

 

「俺の名前はハジメ。南雲ハジメだ。錬成師をしている」

「ん……私はユエ。色々魔法が使える」

「うんうん! じゃあ、ハーちゃんとユエちゃんだね! ちゃんと記憶した!」

 

 頷くと、解放者のターンとなったからか、ミレディはシュパッと決めポーズを取った。

 

「ご存知みんなのアイドル☆ ミレディ・ライセンちゃんでぇす! 因みにぃ、教会をぶっ壊す組織のリーダーもしているんだよぉ? 凄いでしょぉ?」

 

 凄まじいドヤ顔だった。取り敢えず、ドンナーで額に一発。

 

 あふんっ!? と椅子ごと倒れ込んだ。非致死性のゴム弾だが、かなり痛いものであり、額を抑えながら、「グスッ、ひどいよぉ……」と倒れた椅子を直して座り込んだ。

 

「初めまして、ハジメ、ユエ。僕はオスカー・オルクス。見ての通り錬成師さ。ミレディの言う組織、〝解放者〟に所属している。宜しく頼むよ」

「ああ、こちらこそ宜しく頼んだ」

「ん……よろしく」

「ちょっ、なんでそこだけ普通に仲良さそうにしてるのさ!? ミレディさんの疎外感激しくないかな!?」

「そう思うなら、原因はたった一つ。ミレディ、君がウザいからだよ」

「それを言うのはあんまりだよ、オーくん……」

 

 テーブルに突っ伏して、泣いた振りをしているミレディをはさて置き、ハジメはとある思い付きを口に出してみた。

 

「なあ、オスカー。俺達を〝解放者〟に入れてもらえないか?」

「……それは、本当かい?」

 

 ハジメにとって、この時代で〝解放者〟に入ることが最も必要な選択だと考えていた。ハジメ達は、既に自分達が大昔、神代の時代に戻っていると気付いていた。

 

 だが、解らない。何故、この時代に来てしまったのか……

 

『……〝解放者〟に入るの?』

 

 念話からユエの疑問を呈する声が聞こえてきたので、ハジメは一旦思考を止めて、ひとまずの自分の考えを述べた。

 

『……この時代で何が中心に回っているかを考えてみれば、ミレディやオスカーがいる時点で、〝解放者〟一択だと決まる。まあ、何にしても、俺達が〝解放者〟に入らないことには、何も分からないと思うぞ? ミレディに対抗できる時点で、この時代の教会は聖教教会とは比べ物にならない規模と戦力は持ってるだろうし、異端認定されたとして、二人で敵を片っ端から殲滅するのも面倒だろ?』

『……それに、エヒトをもう一回ぶちのめせる』

『それしたら過去が変わっちまうだろ……』

 

 未だ、ユエはエヒトに対して根に持っているらしい。ハジメが呆れたようにそう言うと、目の前のオスカーを見た。

 

「あのクソみたいな神には、それこそ一回殺しただけじゃ済まないくらいの怨みがあってな。そうだなぁ……一度受肉させた上で魔力を封じて、魔王流嫌がらせ百八式の全てを試して嘲笑った後、非力なままそこらへんのチンピラにボコボコにされて自尊心を壊してから、薬地獄で精神ごと狂わせる……ってところだな。いや、これじゃまだ足りないな……万国共通の恐怖、Gに体を這いずり回られるとか」

「「う、うわぁ……」」

 

 なんか途中、魔王流とか聞こえた気もするが、オスカーは気にするのをやめた。ミレディも、ハジメの神絶許を聞いて跳ね起きたらしい。

 

「……ね、ねぇ、本当に仲間にしちゃうの?」

「いや……うん、まあ、かなり強いし、あれくらいエヒトに怨みあるんなら大丈夫だとは思うけど」

「……つ、強いなら大丈夫だよね! ほら、メル姉の例もあるし!」

「メイル*5、君サラッと妹分に貶されてるぞ……」

 

 ドン引きも一周回って、なんかもう、そういう奴なんだな……と割り切りつつ悩んでいると、ユエがスゥと目を細めた。

 

「……ハジメは敵に容赦が無いだけ。ちゃんと話せる人とは交渉するし、仲良くする意思があれば向き合う善良な日本人。勘違いしないで」

 

 敵に容赦が無い。

 

 その一端をミレディは見ているので、あ〜と納得する。

 

 しかし、目の前の人物は果たしてそんな優しい一面があるのかと疑問に思っていると、オスカーが「……そうかい」と微笑みながら頷いた。

 

「……その〝ニホンジン〟ってのはよく分からないけど、まあ、何となく分かったよ。……ミレディ、いいね?」

「そうだねぇ〜。神代魔法の使い手だし、元々私から勧誘する予定だったんだけど……ミレディちゃんはとことんツイてるねっ♪」

「へぇ、神代魔法を使う……神代魔法!?」

 

 ミレディが、今更!? と驚いているが、生憎とオスカーには、ハジメが明らかにアーティファクトと思われる物を沢山所有している、としか分からず、ユエに至ってはオスカーの前で実力を発揮していない。

 

 オスカーは堪らず、ハジメ達の方を向いて問う。

 

「君達は、神代魔法を使えるのか?」

 

 ハジメが、ニヤリと口を裂き、ユエが誇らしげに口角を上げる。

 

「……俺は、主に生成魔法と、少しの変成魔法だな」

「……主に、重力魔法と空間魔法を使う。けど一応、生成魔法以外なら全部使える」

「「…………」」

 

 二人に出来たのは、ひたすらな唖然だった。オスカーに至っては、ビックリし過ぎて眼鏡がずり落ちている。

 

 それから数秒経ち、再起動したミレディが更に追及する。

 

「……それ、マジ?」

「マジマジ、超マジ……なんならステータスプレート見せてやろうか?」

「へ? ステータスプレート?」

 

 ほらよ、とミレディに手渡されたハジメのステータスプレートの下部。

 

 そこに書かれた、七つの魔法。

 

 

====================================

技能:生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・…………

====================================

 

 

「う、うん……確かに書いてあるけど、このステータスプレートってなに?」

「あん? ……まさか」

 

 ──この時代に存在しない。

 

 そのまさかが脳裏を過った。

 

『これって、ユエの時代にはあったのか?』

『……少なくとも、人族の間では流通してたはず』

『やっぱ、昔過ぎるのか……困ったな』

 

 神代のアーティファクトなのだから、てっきり存在すると思っていたが違うようだ。

 

 アテが外れて、どうしよう……と悩むが、眼鏡を掛け直したオスカーが身を乗り出して、そのステータスプレートの性質を看破する。

 

「……これは、鑑定系の魔法が付与されているのか。でも、人物の鑑定なんて出来たかな?」

「それが出来てれば、〝解放者〟はこんなにも広く活動出来てないよ……」

 

 ますます深まるステータスプレートの謎。メルド団長も、神代の時代のものだからよく分からんとか言い、ハジメも特に深く考えたことが無かったが、一体誰が作ったのだろうか。

 

「……でも、ハーちゃんもユエちゃんも嘘をついてない。ミレディアイは何でもお見通しだから、分かるよ」

 

 声のトーンに、いつものウザさがない。ハジメの目を、ジーッと見つめている。

 

 時折見せる、あの目をしているミレディに、オスカーが肩を竦めた。

 

「……ミレディがそう言うなら、僕も信じよう。でも、神代魔法って同じ時代の、一人につき一つって思ってたんだけど……」

「うーん……まあ、こういう事もあるんだよ、たぶん?」

「適当だなぁ……」

 

 改めて、ミレディとオスカーが真っ直ぐと前を向いた。

 

「……神に抗い、人々が何にも縛られない世界へ変える。それが、私達〝解放者〟。私は、君を〝解放者〟に勧誘するよ。ねぇ、どうかな? 私と君が倒すべきは神。私達は、 きっと君にその神をも殺せる力を最後まで届けさせることが出来る。その為に──」

 

 

 ──悪魔と相乗りする勇気はあるかな?

 

 

 神に抗う者を悪魔……言い得て妙だ。神を殺すために地獄から這い上がり、神界を侵す存在。人々を信仰に抗わせ、異端の道へと誘い込む。

 

 そう言えば聞こえは悪いが、神が悪魔の様な存在なら話は別だ。邪悪な神から人々を解放する為に、悪魔達は戦う。

 

「どいつもこいつも、どうやってネタを知ったんだか……」

「……ミレディめ、上手いことを言いよる」

 

 二人には聞き覚えのあるフレーズだったが、だったらと、ハジメが魔王じみた笑みを浮かべて、口を開いた。

 

 かつて、クラス内で最弱の身から、化け物の跋扈する奈落を這い上がった時のように。

 

 かつて、何度も絶望に叩き落とされようとも、神からユエを救い出した時のように。

 

「ああ……地獄の底まで悪魔と相乗りしてやるよ」

 

 経験者は語る、という奴だった。地獄を二度見て、本当の地獄の底から這い上がった魔王の、言葉の重みがある。

 

「……この私と相乗りするとはいい度胸。でも、私の相乗りの相手はハジメだけに限る……覚えておくといい」

 

 二人の決意に満ちた言葉を耳にしたミレディとオスカー。

 

 その言葉を受けて、二人は……

 

「……お前、なんでプルプル震えてんの?」

「……ミレディも、様子がおかしい」

 

 ミレディは固まり、オスカーは机に突っ伏して震えていた。流石のこの反応に、馬鹿にされてるとしか思えず、ハジメ達の青筋がピキピキッと浮き出る。

 

 ハジメがドンナーに手を掛けたその瞬間、ミレディがプフッと笑った。しかしハジメにでは無い、隣のオスカーに向かってだった。

 

「ねぇねぇオーくん、今どんな気持ち? 同じ錬成師の人に黒歴史*6抉り返されるってどんな気持ち〜?  プ~クスクス! 地獄の底って錬成師の間で流行ってるの? うっわ、錬成師の愛、重すぎ……? もしかして、ミレディちゃんってばヤンデレに好かれるタイプだったりするぅ〜? ──プギャーっ! 怖いわ〜、ミレディちゃんの美貌が恐ろしくて困っちゃうわ〜☆」

 

 キュピーン! という効果音が出そうなポーズを取りながら、非常にウザったい笑みでオスカーにニヤニヤ。

 

 シーンと静まり返るリビング。段々、ミレディの額から冷や汗がツーと流れ始める。

 

「……え、えっとぉ」

 

 オスカーが立ちあがり、傍に立て掛けていた黒傘を手に取った。

 

 眼鏡を、人差し指と中指を立てて静かにくいっとする。

 

 ミレディは、一旦現実逃避しようと顔を前に向けた。

 

 ……バチバチッと言っている雷の槍を、徐に掲げた掌に形成しているユエと、シュラーゲンA・Aを突き付けるハジメが。

 

「……あ、これもしかしなくても、詰んだ?」

「「「死ね、ミレディッ!!!」」」

 

 黒歴史を深く抉られた怨みと、サラッと馬鹿にされた上自分の天職を馬鹿にされた怨みと、ハジメを馬鹿にされてイラッとしたという直情によって、見事テントは消し飛んだ。

 

 残ったのは、ボロボロになりながら熱砂の上で土下座するミレディと、武器で肩をトントンするチンピラ二人、後ろで〝神罰之焔〟を構える吸血姫だけだったという……

 

 

*1
言わずもがな、重力魔法を使うウザい美少女。現在、自分と同じ神代魔法使いを探して旅をしている。最近、オスカーとのラブコメイベントが加速している。

*2
この時代の教会、聖光教会の最高戦力の一つ、白光騎士団の団長。魂魄魔法の使い手。教会の歪みに気づいているが、最大多数の最大幸福の為だと割り切っている。先代〝解放者〟リーダー、ベルタ・リエーブルを教会から救い出した人物。

*3
魔王国イグドールに居る今代の魔王。神に操られていたが、ミレディ達の奮闘により洗脳を解かれ、正気に戻った。からかい癖のあるお茶目な魔王。弟は解放者、ヴァンドゥル・シュネー。

*4
リアルキン◯スマン風の解放者。錬成師の工房、オルクスの当主。ミレディによる執拗な勧誘をあしらっていたが、ミレディの生き様に魅せられ、根負けした。下町の孤児院の出だからか、見た目は紳士でも中身はチンピラ。メイドスキー。

*5
メルジーネ海賊団の船長をしていた解放者。飴と鞭の使い方を知ってるドS海賊女帝。レミアに似ておっとりうふふ系かと思いきや、ドS言動が飛び出してくる。妹の為に都市を一つ乗っ取ろうと画策するシスコン。家事全般が壊滅的。

*6
オスカーが勧誘を承諾する際に「たとえ、地獄の底だろうと付き合うよ」と言ったのが発端。それにミレディがウザさ満点の反応で返している。



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ハジメ&女神と解放者が出会ったら

半日で書けてしまった恐ろしさよ。


 

 ハジメとオスカー達は、先程の砂漠とは打って変わって、日差しも優しい森の中にいた。

 

「うひゃあ! まさか一瞬で来れるなんて信じられないよ!」

「ナイズの転移の距離無制限版みたいなものか……凄いな、君は」

「……これくらい、造作もない」

 

 二人が感心している理由は、エヒトからパクったユエの転移用魔法、〝天在〟の圧倒的な距離の転移だ。

 

 現在地は、トータスの大陸最東端のとある森の中。先程までいた赤の大砂漠はトータスの西端にあったので、大陸の端から端までをたった一回で転移している。これに驚かずには居られないだろう。

 

「……ハジメ」

「ん? おお、そうだった」

 

 ハジメが身をかがめると、ユエが首にカプチューをする。〝天在〟でかなりの魔力が持っていかれたので、その分の補給だ。

 

 その様子を、頬を引き攣らせて引いているオスカー。コイツ新手の変態か……!? という風だ。しかし、どこかで見覚えも……

 

「……黒衣部隊の、吸血行動……まさか、魔王国の……?」

「あれ? オーくん聞いてない? ユエちゃんは純粋な吸血鬼族だよ?」

「……へっ!? あの滅多に国外に出ないって言う魔族のかい!? 竜族並に希少だって聞いてたし……そ、そうなのか……」

 

 と、ミレディに続いて衝撃の事実を知り放心気味のオスカーはさて置き、そう言う訳で、現在ハジメ達がいるのは大陸の東端部……通称【帰らずの森】。

 

 そこでは、解放者のメンバー達によって急ピッチで居住地の確保が行われていた。

 

「一瞬で着いちゃったけど、ようこそ! 〝解放者〟の隠れ里へ!」

 

 そこは、まだ開拓の始まったばかりの村みたいな感じだった。

 

 様々な解放者のメンバーが協力して、木を切って森を切り拓き、住居を作っている。

 

「隠れ里……解放者のメンバーを住まわせるのか?」

「うーん、そっちの意図が大半だけど、今回は特殊な事情があってね。この前魔王と戦って、魔王国で行われていた人体実験*1の被験者とか、身体を変えられちゃった人達の治療や保護をする必要が出てきたんだ。それで人数も多いから、新しい隠れ里を用意することにしたんだよ」

 

 ここで、ハジメ的に新情報が舞い込んできた。

 

「……魔王いるのか」

「そりゃあ、なんたって魔王国だからね! 国家元首の魔王さんは居るよ〜。と言っても、ちょっとからかい癖のあるだけの良い人だから、今度紹介してあげよっか?」

「そうか……機会があれば、会ってみたいもんだな」

 

 自称……いや、あちらのトータスでは普通に神殺しの魔王としても知られているので自称ではないが、自分以外にもう一人魔王がいるというのが少しだけ気に食わない……とか思いつつ、ミレディと共に隠れ里を回る。

 

 オスカーとは、既に別行動だ。住居の作成が急がれているので、案内をミレディに頼み、住居作りに必要な各種部品の錬成に勤しんでいる。今も、遠くで何やら箱を抱えているようだった。

 

 ミレディが小刻みにスキップをしていると、四十路を過ぎたくらいの男性と、瞠目したままのおっとりとした白髪の美女が談笑しているのを見て、

 

「お、あっちいるのが、マーシャルとミカエラだねー。マーシャルは〝金剛〟っていう固有魔法の持ち主で、ミカエラは盲目だけど、固有魔法の〝魂の眼〟のお蔭で周りが見えるんだ。あの二人、実は最近仲良さげで、新たなカップル成立か! って言うのが隠れ里の中で噂になってたり〜」

 

 と言う風に、一人一人紹介していくのだ。メンバーについて話している時のミレディはとても楽しそうなので、二人は肩を竦め合いつつ話を聞いている。

 

 ミレディが次の場所に向かおうとすると、突然ドスドスドスという地鳴りが響いてくる。次第に大きくなるその衝撃に、ハジメはビクッと体を跳ねながら、その方向へ視線を向け……

 

「あら、ミレディちゃん! お早いお帰りねぇ!」

「ベル姉さん! いやぁ、色々あったんだよぉ。それと紹介するね! 新しい仲間のハーちゃんとユエちゃんだよ!」

 

 そこには悪夢がいた。

 

 何処かで見たようなフリフリの可愛らしい服を、隆起する筋肉ではち切れんばかりに締め上げ、髪をピンクのリボンで結えた、一人歩く世紀末の様な劇画タッチの濃ゆい顔をしたその巨漢は、ミレディの後ろにいたハジメとユエを見て、「まあっ」と肩頬に手を添えてくねっとする。

 

「……な、なんでこんな所にベルの一族がいやがるっ」

「あらぁ? そんな怯えちゃって、どうしちゃったのかしらん?」

 

 ハジメの戦慄した表情に、この世界の第一漢女……ジングベル*2は顔を近づけ、汽車のように鼻息を吹き放つ。ハジメは堪らずクロスヴェルトの四点結界で遮った。

 

 一方、ユエは特に恐れる様子もなく、その漢女に近づいていた。

 

「……私はユエ。貴女は?」

「むふんっ、あたしはジングベルよん! ところでユエちゃん、ちょっとあたしの作った衣装を着てみないかしらん? お人形さんみたいで、イメージがギュンギュン膨らんじゃうのよぉ〜ん」

「……それはちょうど良かった。新しい服、幾つかお願いしてもいい?」

「もちろんよんっ! もう少しで今の服が縫い終わるから、それまでちょ〜っと待っててねぇん!」

 

 地震のごとき足音を立てて戻っていくジングベルに、ハジメはふぅー……と肺に詰め込んでいた空気を吐き出した。

 

「……ユエ、頼むからもう漢女を量産するなよ?」

「……ん。月に代わって、おしおきする時だけだから、大丈夫」

「……頼むぞ」

「…………んっ」

 

 やたらタメが長かったが、多分大丈夫だろう……多分。と自分に言い聞かせて、ミレディの案内に付いていく。

 

「あ、おーい! ナっちゃん! ヴァンちゃん!」

「……む? ミレディか」

「だからヴァンちゃんはやめろと言っているだろう……」

 

 一人は、赤錆色の神を短く刈り上げ、砂漠の民のローブに身を包んだ長身の男と、魔人族特有の褐色肌をした、何故かタンクトップにマフラーを着けた男。

 

 ハジメはその人物らを見ると、いつか大迷宮やミレディの所有していた写真にある人物を見て「なるほど」という風にぽんっと掌を拳で叩いた。

 

「ナイズ・グリューエン*3とヴァンドゥル・シュネー*4か」

「……ミレディ、まさか教えたのか?」

「え?」

 

 何を? とナイズに言おうとして、直前にハジメの言葉を思い出した。

 

「ハーちゃん、グリューエンって名前知ってるの?」

「ん? ああ、たしか村の名前らしいな。そこの生まれなんだろ?」

「……その通りだが……まさか、知っている者がいるとは」

 

 それもそのはず。

 

 グリューエンという村は、ナイズの空間魔法の暴走により文字通り消滅してしまい、地図にも名前が残っていないという。

 

 驚きとその他諸々の感情故にか、押し黙ったナイズと代わるように、隣にいたヴァンドゥルが、ふむ、と考え込みながらやって来て、ハジメをジロリと見つめる。いや、正確にはその下……脚に掛けられたホルスターに目が向いていた。

 

「……なぁ、その武器はなんだ?」

「これか?」

 

 腿のベルトのホルスターから、銃を取り出してプラプラさせると、それだと頷くので、ハジメは弾倉をグルっと回転させてから、宝物庫より射撃訓練用に用意された人型の金属板を取り出して、一拍。

 

 ──ドドドパンッ!

 

 三回の銃声で放たれた計六発の銃弾は、眉間、喉、心臓、両足首、股間を的確に射抜いていた。なぜ股間まで射抜かれたのかは……かつて〝スマラヴ〟として名を馳せた名残か……

 

「これは銃だ。簡単に言えば、爆発を利用して金属の弾を飛ばしている」

 

 ハジメが銃を差し出すと、ヴァンドゥルはそれをゆっくり手に取り、あらゆる角度から観察を始める。

 

「……タイミングを気取られず、時間の差無く遠距離を牽制できる武器か。オスカーの作る武器よりも、奇抜かつ手が読めない。装飾は無いようだが、立体的な流線形の造形美が垣間見えるな……ほう、螺旋状の溝で回転を加え、精確性も向上と……魔法に頼らない造りには惚れ惚れする」

「分かるのか、この銃の美しさが……! 他にも自動拳銃という種類があってだな、このスライド部に細かい模様を────」

 

 宝物庫から、いつ作ったのか、錬成で作り出したと思われる自動拳銃をヴァンドゥルに熱烈に紹介している。ヴァンドゥルもヴァンドゥルで、実用性、美術性の観点からハジメの作品をひどく気に入ったらしい。いつの間にか、あれこれと意見交換を始めている。

 

 その様子に、ユエがぶすっと、不満げな表情を浮かべている。ミレディもやれやれと肩を竦めている。似たような人物(オスカー)が身近にいるからだろう。

 

「……錬成師の性なのかなぁ、あのこだわりっぷりって」

「……最近、よくあっち側に行くことが多い。いつもならハンマーで殴って連れ戻してるけど、今はいないし……」

「ハンマーで殴り飛ばさないと戻って来れないんだね……」

 

 奈落での暴走と、昨今の南雲家での暴走……特に最近は平和を享受しているせいで生来の性格が強く出てしまっているのだ。

 

 ユエもびっくりするほどの豹変ぶりだ。

 

「……オスカーは、大丈夫だろうか」

 

 ふとナイズが呟いた。

 

 〝大丈夫だろうか〟というのは、主に、錬成師としてのプライドという面での事だ。

 

 ナイズの頭の中には、勝利したプロレスラーのように、右手をヴァンドゥルに持ち上げられるハジメの姿と、四つん這いになってズーンと落ち込むオスカーの構図が浮かび上がる。

 

 こちらの戦力が増加するのは願ってもないが、それで親友のメンタルがズタボロになるのも憚られる。

 

「むぅ……」

 

 ナイズの苦労は、まだまだ続くようである。

 

 

 

 

 

「うーん、今どこにいるのかなぁ」

 

 ハジメが止まらなくなったので、ほとぼりが冷めるまで一旦放置の方針を固めたらしいミレディとユエは、いま隠れ里を歩き回っていた。

 

 ミレディがキョロキョロと首をあちこちに向けて探しているが、ミレディが目的としている人物は見当たらないようだ。

 

「……誰を探してるの?」

「うーんとね、メル姉──メイル・メルジーネっていう、再生魔法の使い手の海人族だよ。ハーちゃんがいないけど、紹介はしておきたくて……と思ったのに、全然見当たらないや」

 

 「メールねぇ〜! どこぉ〜!」と声で呼び掛けるも、反応はない。

 

 それを見兼ねたのだろう。ユエはある物を取り出すと、指を指した。

 

「……え?」

「……あそこにいる」

 

 何を根拠に……とミレディが、何かを握るユエの手元に、とてつもない気配を感じ取った。

 

「もしかして、その手に持ってる物のおかげ?」

「ん……〝導越の羅針盤〟。自らが願うものの場所を教えるアーティファクト」

「自らが、願うもの……」

 

 懐中時計のようなコンパスが差し出された。それをしげしげと見つめるミレディの顔は綻んでいて、つい手に取ってしまう。

 

「……なんでだろ。とても、懐かしい……」

 

 ミレディには、見たとことないし、初めて触ったはずのもの。それが、まるで沢山の思い出が詰まった物のように、妙に懐かしく思えていた。

 

「あ、あれ……め、目が霞んできたなぁ。ミレディちゃん、もう眠くなってきたのかなぁ……まだミスター太陽はギラギラしてるのに」

「…………」

 

 熱い水が、ポツポツと滴り落ちて、透明なガラスカバーを濡らす。胸にギュッと押し付けて、堪えようと俯いた。

 

「……えへへ、こんな気持ちになるの、久しぶり過ぎて……止まんないや」

 

 それもそのはず。

 

 ミレディの手に持つ羅針盤……それに込められた概念は、〝望んだ場所を指し示す〟。

 

 かつての〝解放者〟達が協力して作った三つの概念魔法のうちの一つ。

 

 極限の意志によってのみ生み出されたこの羅針盤に込められているのも勿論、七人の〝解放者〟達の極限の意志。必然と、伝わってくるのは当時の〝解放者〟達の願いだ。

 

 先の未来での願いを、心の底で汲み取ったのか……ミレディは、顔を拭っていた。

 

 その顔には、決意の表情も浮かんでいる。

 

「……うん、君達の意志は、私達が受け継ぐよ」

 

 再度、目をゴシゴシ。次の瞬間には、ユエの目の前にグイッと差し出された。

 

「ごめんね、これ、返すよ」

「……いらない」

「……え?」

 

 ミレディがポカンと首を傾げた。こんな凄そうなアーティファクトを、ポンと人に渡していいのかと。

 

 だが、ユエは頑然として首を振った。……凄く、嫌そうな顔で。

 

「……そんな、人の涙が付いたような状態で返さないで。早く洗ってきて、さあ早く、さあ」

「まさかの潔癖症の方!?」

 

 差し出されたはずの羅針盤を逆にグイグイと押し返されて、嫌悪感丸出しに顔を歪めながら、ユエがミレディをグリンッと回して背中を押していく。まるで扱いがどこぞの不憫な般若スタ◯ド使い……

 

「……特にミレディの涙なんて吐き気がする。ん、慰謝料。弁償して。代償としてミレディの命を払ってもらうことにする。だから、早く洗ってこい」

「傷付いたよ! ミレディちゃん、超傷付いたんですけど!? 全世界のアイドル♪ミレディちゃんが泣いたっていいじゃないか、人間だもの!」

 

 有名なみ◯をの言葉風にそう言い返すも、ユエは歯牙にもかけない様子でミレディの背中を押しまくる。

 

 しかも無駄に高度な重力魔法が、全力で抜けようとするミレディを押さえつけている。どうにか解除を試みようとするも、やはりここでも技量の差なのか、抜けられないらしい。

 

 これには、思わずミレディも「むきぃ〜!!」と唸る。

 

「……到着」

 

 そのまま、押され続けてやってきたのは、一つの天幕。「ほへ?」とミレディの声が漏れた。

 

「ここって……メル姉の天幕、なんだけど」

「……メイルとやらは、この中にいる」

「えっ……でも、わざわざその中で何を……」

 

 この天幕、本当に解体用に作られた、とても簡易的でコンパクトなものだったりする。そのため、中は寝る場所を確保する為の空間であり、布団ぐらいしか敷かれていないのだが……

 

「…………」

 

 ミレディが真顔になった。さっきまで表情をコロコロ変えていたのに、ストンと抜け落ちると、途端に何か触れてはならないような雰囲気を漂わせていて、ユエが隣で「誰だこれ……」と言ってるかのように目を見開いた。

 

 ゆっくり、天幕の布が上げられる。中には、真っ白なお布団と、そこからちょこんと、水色の髪が見えている。

 

「……うーん、だれぇ? 私、いま寝てるのよ……早く出てかないと殺すわよぉ〜」

 

 入ってきた光に反応したのか、中の人影がもぞもぞ動くが、出る気配はない。それどころか物騒な物言いで帰るように促してくる。

 

「……ねぇ、もうお昼だよ?」

「それがどうしたのよ……ずっと布団に引き篭ってもいいじゃない……お姉さんとても眠いから、放っておいてくれるかしら……」

 

 ユエがチラリと覗きこむと、中の人物は本当に眠いのか、もう一回布団を被ろうとしている。

 

「……起きて、メル姉(・・・)

「…………え?」

 

 ミレディのやけに低い声に、布団をガバリと開け放ち、天幕の中を覗くミレディを見て、酷く驚いた様子で暗闇から紅い瞳を覗かせた。

 

「……み、ミレディちゃん? あ、あれ……まだあと二週間はかかるはずじゃ……」

「……それよりも、メル姉。もう、お昼過ぎだけど? お仕事は、どうしたのかな」

「そ、そのね? お姉さんに弁解させて貰えるかしら……?」

「……とりあえず、天幕出よっか?」

「あ、はい……」

 

 ミレディの気配に気圧されてか、その女性は、ビクビクした足取りで外に出た。

 

 直後に、ミレディの後ろにいたユエと目が合う。互いに、色合いのよく似た紅い瞳で、当然、驚かないはずもなく……

 

「貴女……もしかして吸血鬼族かしら?」

「……そっちこそ、海人族との?」

 

 返答は無いが、お互いの反応からして、認識は一致していたらしい。女性の方から歩み寄り、眼下の金髪紅眼の少女を見て、暫し茫洋と見詰めると、「まあっ」と手を合わせた。

 

「可愛いお嬢さんね? 私はメイル。メイル・メルジーネ。海賊団の船長をやってたりするの。ユエちゃん、よろしくねぇ〜」

「……ん、私はユエ。よろしく、メイル」

 

 ハジメ曰く、大雑把でドSそう……との事だが、人柄は良さそうだった。ユエは、おっとりしたゆる〜い感じで握手を求めるメイルに応じて、握り返した。

 

「あら、お姉さんと呼んでくれてもいいのよ?」

「……少なくとも、私の方が年上だから」

「そうかしら? 見た目的には、十二くらいだけど……吸血鬼だからなのね?」

「……それもあるけど、主に私の固有魔法のせい。成長は固有魔法が発現した時から止まった。だから、実際はこんな感じになる」

 

 パチンッ!というフィンガースナップと共に、ユエの身体が淡い光に包まれて、大人(20歳)ver.のユエとなった。

 

 ただでさえ妖艶さたっぷりの吸血姫だと言うのに、成長すると、それこそ〝限界突破〟級の美しさだ。服は変身時に背丈に応じたものに切り替わってはいるものの、やはり服の上から主張してくる双丘がなんとも艶めかしい……

 

 ミレディが、その美貌にポッと顔を紅くしながら、「裏切られた!」と言って崩れ落ちた。何に対して裏切られたと思ったのか、それはミレディが自分の身体をまじまじと見ている事から推して知るべし。

 

「……ヤバいわ。鼻血出そうかも」

 

 こちらも美貌にやられてか、既に手遅れなまでにポタポタと幸せの赤い汁が滴っている。普段は可愛らしさに鼻血を出すのに……と、驚きを露わにしつつ鼻をティッシュでふきふき。

 

「……ええ、年上って事は分かったから、ちょっと戻ってくれるかしら。軽く災害になっちゃうわ」

「……誰が歩き回る災害か」

 

 ムスッとするが、ユエに自覚がない訳では無い。しょうがなく元の姿に戻った。

 

「やっぱりユエちゃんはそのままが一番だと、ミレディさんは思います!」

 

 四つん這いから回復して、わーい!と背後からユエに抱き着いた。ミレディ的に、巨乳じゃない仲間に親近感が湧いていたらしい。ユエのジト目が、肩にのっかるミレディの頭に向けられるが、振り払おうとはしないようだった。

 

「……これはこれで可愛いわよねぇ。どうにか、第三の妹に出来ないかしら」

 

 第一の妹は、母親を同じとする異父姉妹のディーネ*5。第二の妹は、そこのミレディだ。

 

 このメイル・メルジーネという海賊は、妹の為にアンディカという海上都市を乗っ取ろうとするほどのシスコンにして、その海賊の船員の殆どは、メイルによるアメとムチの調きょ──特殊な訓練によってファミリーの一員となった者達である。

 

 ドSシスコン海賊女帝……とっても属性過多なお姉さんだ。

 

「そういう訳でぇ、この場所にいる主要メンバーの紹介は終わりだよ〜。ユエちゃんはこれからどうする?」

 

 うりうり〜とじゃれついてくるミレディの頭を押さえると、一瞬考えて、一言。

 

「……ハジメの所に戻ってくる」

「うえっ?」

 

 シュピンッと、ミレディが体の内に抱きかかえていたユエが消え去った。傍で見ていたメイルが、これまた驚いた表情を浮かべる。

 

「……ナイズ君の空間魔法みたいに見えたわ」

「あー、そのね? ユエちゃん、色々神代魔法が使えるっぽくて」

「……ユエちゃん、見た目の通り凄まじいのね」

 

 だよねー……、というミレディの虚しさ溢れる声が、平原に響いた。

 

「……もちろん、メル姉は後でお説教ね?」

「そこ、忘れてほしかったわ……」

 

 

 

 

 一方、ハジメはと言うと。

 

「……む? ヴァン、ハジメ。この真上の上空から、何かが落ちてきているぞ」

「……空から? 例の神の使徒とやらか?」

 

 ハジメとヴァンドゥルが話しているところに、ナイズが異常事態を告げていた。

 

 ヴァンドゥルがそう尋ねるも、ナイズは空間魔法で空をモニタリングすると、不思議そうに首を傾げた。

 

「……いや、人だ。焦げ茶の髪と目で、オスカーみたいなスーツ姿の女の子だな。涙目なあたり、自分には、空に落とされてただ落下しているように思える」

「……ん?」

 

 ナイズの言う女の子の容姿を聞いて、ハジメの頭に、一人の女性の姿が頭を過ぎる。

 

(いや、まさか……とは思うが)

 

「なぁ、ナイズ。それって、140センチくらいの童顔で、髪がボブカットな感じか?」

「む……その通りだが、どうして分かった?」

 

 ハジメの脳裏に浮かぶ、ちみっこ教師の姿。

 

「それ、多分ウチの嫁だわ」

「よめ……嫁!?」

 

 ナイズがギュリンッとハジメの方に顔を向けた。

 

「こんないたいけな少女をか!?」

「おいナイズ、それはブーメランだぞ」

「ち、違うっ、スーシャ*6とユンファ*7の方から寄ってくるだけだ! 俺は断じて、ロリコンなどではない!」

 

 頭を抱えてガクブルするナイズに、何があったんだと引き気味、ハジメは空を見やる。

 

「……ところでハジメ、貴様ロリコンだったのか」

「人を勝手にロリコン呼ばわりするな……小さいが、もう二十七だしな」

「なんだと?」

 

 ヴァンドゥルの胡乱げな目がグサグサと突き刺さりながら、ハジメはクリスタルキーを使って、遥か上空へと転移する。

 

「この辺りなら大丈夫か……」

 

 上を見ると、段々と近付いてくるのは、太陽をバックにして影となっている、人型。

 

「──ぁぁぁあああああ!? だ、誰かたすけてぇえええっ!!」

 

 丁度その時、ハジメの横を落ちていった。

 

 瞬間、目が合う。

 

「え?」

「よお」

 

 ハジメが〝空力〟を解除すると、落下が始まったにも関わらず、最初から自由落下の最高速に達した状態で、その女の子こと畑山愛子と並びながら落ちていた。

 

「まさか、愛子ともフリーフォールする羽目になるとはな……」

「は、ハジメくん!? なんでさりげなく隣に居るんですか!?」

「そりゃあ、自分の嫁さんが空から落ちてきたのに助けない奴がいるかよ」

「いるかよって、普通は空から落ちてきませんよ!」

 

 世の男性が、もしも自分の恋人なり嫁なりが空から落ちてきているとして、一体何人が落ちてくる最愛の人を助けられるのだろうか。

 

 助ける助けないの意志はさて置いても、咄嗟に助ける手段を持っているのはそれこそハジメくらいなものだろう。

 

「……それで、愛子もあれか? 持ってる劣化版のクリスタルキーを使って転移したら、こんな事になったのか?」

「あ、そうなんですよ……ちょっと、ハジメくんの家に顔出そうかな〜 って思ったら、鍵から嫌な音がし始めて、ゲートに吸い込まれて、それでこんな事になってしまったんです……」

「なるほどなぁ」

 

 聞く限り、ハジメと転移した時の状況と一致している。最低でもクリスタルキーでゲートを開く事が、この世界に来る条件なのだろう。

 

 しかし、それをシア達に伝える手段をハジメは持っていない。時間軸の問題なので、この時代にいない人間にはどうやっても伝えられないのだ。

 

 困ったな……と頭を掻きむしりつつ、ハジメはとりあえず現状に目を向けることにする。

 

「んで、どうする? このまま俺とフリーフォールを楽しむか?」

「む、ムリです無理です! 使徒と戦ってた時ぐらい怖いし……」

「そうか……それじゃあ、ちょっと失礼」

「……ふぇ?」

 

 ハジメが手を前に出すと、そのまま愛子の膝裏と背中に置いて横抱きにした。瞬間、愛子の顔が爆発するかのように真っ赤に染め上がった。

 

「えぇっ!? い、いきなり過ぎますよぉ!」

「これぐらいしか方法無いしな。まあ、許してくれ」

「はうぅぅ……」

 

 ハジメの胸をポカポカ叩きながら、弱々しい抗議をするも、その内ぽふっとハジメに顔を埋めた。

 

 しかし、やはりハジメに抱えられている状況は、かなり安心するらしい。ハジメが地面に着くまで、ジッとハジメの中に収まっていた。

 

 〝空力〟も利用して、最高速で隠れ里に戻ると、下には何人もの人々が集まっていた。

 

 地面に着地したことに気付いた愛子が辺りを見回すと、そこには……

 

 

「ナイズに呼ばれて来てみれば……その子も君の仲間のようだね」

「これが、本当に成人しているのか? どう見たって子供だろう。チッ、やっぱりロリコンか……」

「……俺はロリコンではない。俺はロリコンでは……」

「あらあらぁん? なんて小さな女の子なのかしらぁ! むふんっ、新しいお洋服作らなくちゃ!」

「おおう、あれがリーダーの言ってたハーちゃんとやらか……空で女の子を捕まえるとか憧れるな……」

「間違っても、空にダイブしてる人を空中でキャッチしようだなんて思いませよ、マーシャルさん……」

 

 カオスだった。愛子はガバッとハジメの胸に再度顔を埋めた。

 

「お〜い、現実逃避するなぁ〜」

「何ですか今の!? 色々見えちゃいましたよ!?」

 

 特に、漢女が居たのはかなりショッキングな絵面だっただろう。

 

 ハジメが苦笑しながらも、愛子を諌めてやる。

 

「大丈夫だ。ほら、もう足が着くぞ」

「う、う〜! 分かってますけど……」

 

 腹を括って、愛子が足を着けて、前に振り向く。全員の視線が愛子に向いた。

 

 スーハーと、ゆっくりと深呼吸し……

 

「どうも皆さん! 〝豊穣と勝利の女神〟──愛子ですっ!」

 

 手を振りながら、にこやかな笑みと共に、演説でもしているかのように声を張り上げて、ファンに挨拶でもするかのように名乗った。

 

『…………?』

 

 全員がコテンッ、と首を傾げた。

 

「……女神?」

 

 オスカーが、さらに首を反対に傾げた。 

 

 女神ってなんだ?と互いに顔を見合わせる解放者達。

 

「あれぇっ!?」

 

 この予想外の反応に、愛子の気の抜けた声が木霊した。

 

 愛子はトータスで、土壌や種を作りかえて出来の良い作物を実らせる〝豊穣の女神〟として、神エヒトに連なる者として世界で支持を集めていた。ウルの町では、ハジメという〝女神の剣〟による蹂躙劇が行われ、最終決戦ではヒュベリオンを操って使徒を撃退しながら、兵士の士気上げの担当だった。

 

 最早世界で知らない者のいないレベルで知れ渡った〝豊穣の女神〟愛子は、新たに宗教でも作られる勢いで民から信仰され、王都には女神愛子像まで設置されているのだが……

 

『残念だがな、ここはトータスであってトータスじゃないんだ』

『!? そ、そうなんですか!?』

 

 魂魄魔法で語りかけられると、反射的にビクッと肩を跳ねて、魂魄魔法で聞き返す。

 

 そして、ハジメから簡潔に、時代が違うことを説明されて、愛子はその場に蹲ってしまった。

 

『……死にたい』

『いや、まあ、うん……心をしっかり持て、愛子』

 

 愛子の挨拶を聞いて反応してくれる人がいるなら問題無いが、今みたいに誰も反応が無ければ、それはまるで、自分のネタがスベったみたいな羞恥に襲われる。

 

 そんな愛子の目の前、何も無い空間に突然それは転移した。

 

「……む? 愛子?」

「あ、ユエさん!」

 

 ハジメの様子を見る為に転移してきたユエを見つけて、パァッと顔を輝かせる。

 

 ハジメ以外に、他の嫁〜ズがいた事に安堵したようだった。

 

「……愛子も転移してきた?」

「あ、そう、それなんですよ! いきなりの事でビックリしちゃいまして……ハジメくんが来なければ、今頃私は地面にベシャッ!ってなっていました……」

「ん……何はともあれ、無事でよかった」

 

 愛子自身の戦闘能力は、アーティファクトの補助が利くとはいえ単身ではかなり限られている。この広大な神代のトータスではどうなるか分からない。

 

 運良くか、はたまた人為的か……どちらにしても、ハジメやユエの手の届く範囲に転移出来ていなければ、危なかっただろう。

 

「……もしかして、皆来る?」

「そりゃあな。クリスタルキーの利便性からして、ずっと使わないなんて事は無いだろ」

「……でも、どうやって帰ろう」

「そこは、後で考えるしかないな……」

 

 概念魔法が通用しないレベルの事態が起きている以上、ハジメでもどうこうする術はない。ましてや、未来へと転移する魔法でも作ったとして、タイムパラドックスやらによって何かしらの影響が出てしまっては本末転倒だ。

 

 作為的なものであれば、当事者をとっ捕まえれば済む話だろうが……

 

「おっ、ハーちゃんが元に戻っ……てぇっ!? ハーちゃんがロリっ子捕まえてるぅ!?」

「あら? 知らない子が二人も居るのねぇ」

 

 もう追い付いていたらしく、ユエに先に転移され置いていかれたミレディとメイルが空から飛来し、ハジメや愛子の前に降り立った。

 

「あれっ? この人って、何でもかんでも水に流すあの人……」

「水に流すのは得意だけどぉ、何でもかんでもって酷くないかな!? 最近ロリっ子のミレディちゃんへの当たりが強い気がする……」

「ろ、ロリっ子じゃないですよ! れっきとした二十七なんですから!」

「……二十七? 十四の私より小さいよ?」

「ひ、人の見た目で判断しちゃダメですっ!」

 

 ミレディが珍妙な生き物を観察するみたいにぼへぇ〜と愛子の全体を上から下まで見た。

 

「……うん、どう頑張っても十三歳だねっ☆」

「うるさいですよぉっ!! そんなの自分でも分かってますからぁ!!」

 

 愛ちゃんがいつもに増して食ってかかっている。ミレディのウザさも相まってか、普段はポカポカと力のない打撃が心做しか強い。

 

「……うーん、小さい子が戯れるのも悪くないわね。あ、ナイズ君みたいじゃなくてね?」

「おい、そこで何故俺を引き合いに出した」

「え? だってナイズ君はロリコン──」

「それ以上口にしたら、二度と帰れない空の旅を経験することになる」

「メイル、そこまでにしておいてやってくれ。ナイズはいま心を抉られているんだよ」

「ふっ、クソ眼鏡も同類の癖に……」

「なんか言ったかクソマフラーァッ、それと眼鏡を揶揄するのはやめてもらおうか!」

「マフラーを貶すな眼鏡が! この芸術美が分からんのか!」

「表に出ろ! そのマフラー叩き切ってやる!」

「良いだろう、その眼鏡を捻り潰してやる!」

 

 メイルはナイズの気迫にやられ、オスカーはヴァンドゥルと共に里の外で戦闘を始めた。

 

「……空が青いなあ」

「……ん」

 

 ユエとハジメは、空を仰ぎながらひっそりと、解放者に入ったことを不安に思った。後悔だけはしていないと思う……多分。

 

 

 

 

*1
神に操られていた魔王ラスールが主導していた、対神代魔法使い部隊〝キメラ〟を創り出す実験。変成魔法により、魔人族や吸血鬼族に神代魔法の性質を埋め込ませて、神代魔法を中和しようと試みていた。黒衣部隊と灰衣部隊の二種類が存在する。

*2
始まりの漢女。魔人族だが魔法が使えない事を理由に迫害され、筋肉を鍛え男を捨てた結果、今では魔人軍の一個大隊を潰せるようになった可憐な漢女である。服飾担当であり、ミレディの服は彼(?)が作った。

*3
寡黙で気遣いのできる〝解放者〟唯一の常識人。苦労性。ただ、引き籠もり生活が長く、大人数のいる都市などでは恐ろしく怯える。また幼女に好かれる体質なのか、とある姉妹に求婚されている。ナイズに幼女趣味は無いが、周りからはすっかりロリコンと看做され、頭を抱えている。

*4
竜人族と魔人族のハーフ。魔王の弟。天職は芸術家だが、武術の天才。本人曰く武芸も芸術らしい。その為芸術性にうるさく、実用性を重視するオスカーとは反りが合わない。ナイズによると、オスカーとヴァンドゥルの不仲の最たる原因は、性格的な〝同族嫌悪〟らしい。

*5
海上都市アンディカに軟禁されていた海人族の少女。再生魔法の劣化版のような固有魔法〝復元〟を持っている。小さい頃、今は亡き母にメイルの事を聞かされ、一度会って以来〝姉さま〟と慕っている。

*6
ナイズに求婚してくる姉妹のうち、姉。天職は詩や物語の創作に才能のある〝創作師〟。物静かで、おっとりと包容感がある性格。十二歳にしてメリハリのある身体と、妖艶な雰囲気を兼ね備えている。また、酒場を通して情報操作したり、ナイズに寄る女の気配を探知したり、色々と規格外。ヤンデレ。

*7
スーシャの妹で、七歳。天職は楽器の演奏に天賦の才を持つ〝楽法師〟。いつもニコニコ元気だが、意外と毒舌系。少しも悪気無く、さり気ないが容赦の無い口撃が飛び出すこともあり、ミレディがその毒牙に掛かっている。ナイズには、会う度「結婚しよ!」と迫ったりと、恋愛にはかなり突撃系の幼女。




まさかミレディが〝くん〟付けしてるのがオスカーだけとは思わなんだ……


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ハジメ&女神と解放者が出会ったら 2

 

「という訳で、今回の作戦について説明するから、みんな席に座った座った!」

 

 てんやわんやの状況から落ち着きを取り戻し、広場に置かれた大きなラウンドテーブルを解放者の中心人物で囲っている。その周りを覆うように、解放者メンバーといった動ける者達が集結していた。

 

 重大そうな話をするのかと思いきや、ミレディはとても明るい様子。

 

 というのも、先ずこれがあるからだ。

 

「……の前に! 先ずは新しい三人の仲間を紹介しちゃうよ〜! はいっ、ハーちゃんどうぞ!」

 

 名指しされて、立ち上がり、コホンと一つ咳払い。

 

「皆さんこんにちは。私は南雲ハジメと申します。ちょっとした錬成師をしていますので、気軽に兵器製作などを任せて貰えると嬉しいです。どうぞ宜しくお願いします」

 

 そう、自己紹介だ。新たなメンバーを迎え入れる時にはやはり必要だろう。

 

 しかし、ハジメはと言えば、まるで新卒の新入社員のように、さっぱりとにこやかな笑顔を振りまいた。ここに来て模範的な日本人ムーブである。

 

 ハジメの素の態度を知り得ている者達が見れば、あまりの違和感に、梅干しを口に入れた時みたいな表情を浮かべるだろう。

 

 現に、ミレディやらオスカーやらはそんな感じの微妙な表情をしている。お前に敬語は似合わねぇ!と、その表情が雄弁に語っていた。拍手一つさえない反応の無さと微妙な表情に、ハジメの眉がピクつく。

 

「……フッ、ハジメが敬語か。なるほど、こんなにも相性の合わない組み合わせは他に──フゴォッ!?」

 

 一人、皮肉たっぷりでそう返したヴァンドゥルの額に、電磁加速されたゴム弾が直撃。椅子ごと背中から投げ出された。いくら武芸に長けていると言えど、シアほどではないので、普通に無様を晒すハメになった。

 

 弾丸のダメージで未だにビクンビクンしているヴァンドゥルを、解放者一同が慄きながら見やり、そしてハジメの方へと視線を向ける。

 

「んんっ? 何か粗相がありましたか?」

「イエ、トンデモナイ」

 

 カタコトでそう返すミレディを非難する者は居ない。今この状況でまともに反応を返せるのは、それこそ漢女くらいなものだ。

 

「そ、それじゃあ、次は……」

 

 逸らしていた視線を、おそるおそる別の方向へ。

 

 その視線の先はユエだった。それを受けて、ユエがゆっくりと立ち上がる。

 

 魔法でピカッ!とスポットライトが当たり、キラキラとエフェクトを輝かせて、月に代わってお仕置きする人のポーズが決まる!

 

「……愛と正義の星! 月を守護に持つ神秘の戦士! セーラーユエ!」

「セーラー要素は? ──うええっ!?」

 

 KY発言を行ったミレディにプチ雷竜が飛ぶ。聞き分けのない子供にはおしおきよ!

 

 「うう、リーダーとしての威厳が、威厳がぁ……」と、扱いが雑になり過ぎて、頭を抱えすっかりしょぼくれている。ユエの登場によって自分の優位性が無くなったのは経験済み。加えて、それによって自分のアイデンティティがまともに発揮できないのはかかり精神にくるようだ。

 

 しかし、ユエやらハジメやらの目の敵にされているのは未来の自分の所業のせいなので、ある意味自業自得と言えるか……

 

「……ん。ユエです。ハジメの正妻です。ついでに吸血姫もしてます。どうぞ、よろしく」

 

 最初の自己紹介だけカッコつけたかったらしい。そのまま何事もなかったかのようにスチャッと席に着いた。

 

「ちょ、ちょっと待った。質問いいか?」

 

 声を上げたのはマーシャル。どこか気に入らないところでもあったのかしらん?と内心首を傾げつつ、頷く。

 

「吸血鬼族って聞いてビックリしたのもあるんだが、それより……〝正妻〟って、そりゃあつまり……」

 

 マーシャルの視線の先が移り、ユエが正妻と言った人物の方へ。

 

「まあ、大方思ってる通りだろ」

「……ハジメには、私含めて八人の嫁がいる。ただし正妻は私だけ」

「「「「…………!」」」」

 

 唖然するのも無理はない。ハジメ自身は、黒髪黒目の、至って普通そうな青年だ。それがまさか、ハーレムを築いていると。

 

「……お前、どこかの王族だったりするのか?」

「いや、まあ……」

 

 王族……っていうか魔王って呼ばれてるし……と心の中で釈明するも、魔王さんは別にいるらしく、王族という訳でもないので曖昧に答えた。

 

 その反応に、オスカーが肩を竦める。

 

「ハジメはつくづく規格外だからね。詮索はしないよ」

「ああ、そうしてくれると助かる」

「ハーちゃん凄すぎるよ……」

 

 そもそも、ハジメは未来の時代の人間で、異世界人だ。

 

 説明するのもかなりの時間を要するし、本当に伝わるのか怪しいまである。

 

「嫁が八人か……すげえ甲斐性だよなぁ」

「あそこまでいくと、逆に尊敬しちゃいますよ……」

 

 ミカエラ、マーシャルという独身コンビにはハジメの存在は輝いて見えるようで、キラッキラした称賛の目をぶつけてくる。妙に鬱陶しい。

 

 そして、次の新メンバーは……と視線が巡り、

 

「あ、私ですね!」

 

 意気揚々と立ち上がった。テーブルの高さもあって、肩が見える程度にしか体が出ていない。

 

「えーと、畑山愛子と言います! あ、愛子と呼んでください! 教師をしていて、天職も〝作農師〟なのであまり戦闘には向きませんが、お役に立てれば……」

「うんうん、じゃあアイちゃんって…………えっ、いま、〝作農師〟って言った?」

「え? そうですが……」

 

 いつものように愛称を付けようとして、〝作農師〟という言葉にミレディが少し動揺を見せながら聞き返すと、愛子はそれを肯定した。

 

 馬鹿みたいに強いアーティファクトを持つ錬成師、自分よりも強い神代魔法の使い手……その仲間が、普通な訳は無いと薄々感じていたが、それはミレディの想像以上の力だったのだ。

 

 〝作農師〟とは、人数も多く冷遇されやすい非戦闘系天職の中で、圧倒的な価値が周知されている天職だ。国に一人いれば、その国の食糧事情を一変させることも可能とされ、言うなれば非戦系天職版の勇者みたいなものである。

 

 〝解放者〟の中にも、〝作農師〟の天職を持つベン爺さんなる人物が居るが、後継者を考えなければならない歳になり、その後継者も不足しているという現状だ。

 

 その中で、突然現れた愛子という逸材。これを逃す手は、ミレディには無かった。

 

「君に決めたぁーー!!」

「ふぇぇ!? な、なんですか!?」

「ベン爺さんの後継者だよ! うんうん、やっぱり小さい方が、何かと叩き込みやすいしねぇ〜」

「それ、どういう意味の小さいですか!? 私はれっきとした大人ですからねっ!」

 

 愛子は、ずっとミレディにこのネタで弄られ続けるのだろう。

 

 ハジメとユエ相手に弄るのは、とりわけ分が悪いと言っていいから、新メンバーの中で最も弄りやすいのは愛子だ。しかも、弄りがいのあるネタを幾つも抱えているので、そういう面でも、ミレディ的に色々と逃したくないのである。

 

 すっかり涙目になってしまった愛子の頭にポフポフと大きな掌が乗っかった。言うまでもなく、ハジメだ。

 

「……あのなぁ、愛子が小さいのは分かるが、あんまり人の嫁を虐めないでくれ」

「ち、小さいのが、分かるって……ぐすっ」

 

 この構図も、娘を宥める父のようにも見えてしまう。しかし、愛子が小さくて童顔の女の子に見えるのは事実であるので……

 

「……ちょっと、ハーちゃん。今さ、愛子ちゃんのこと嫁って言った?」

「言ったが……どうかしたのか?」

「うそっ、こんなロリっ娘を!?」

「ロッ!? も、もう!! いい加減にしてくださいよぉ!」

 

 今にも泣き出してしまいそうになるのを、愛子はグッと堪える。

 流石のミレディも、今のは失言だったかも……としょんぼりして、おずおずと話しかける

 

「……あー、いや、本当にビックリしちゃって。ご、ごめんね?」

「……あんまり、人のコンプレックスで弄るのは止めて下さいね。お互いの違う所を貶めるのではなく認める事が、社会の輪において、ひいては人として大切な道徳ですよ?」

「はい、ごめんなさい……」

 

 ミレディの心はズタズタに引き裂かれた。先生に道徳という言葉を用いられては、敵いっこない。

 

 だが、ここでしょんぼりしている暇はない。コホンと一つ咳払い。

 

「ところで、アイちゃんって神代魔法は……流石に持ってないよね?」

「ありますよ、〝魂魄魔法〟ですけど!」

 

「うそぉ!?」

 

 ここでも驚かされる。しかも、魂魄魔法……

 

「そ、そう言えば、ハジメもユエも、幾つもの神代魔法を持っていたね! 〝魂魄魔法〟は使えるのかい!?」

「……私は使える」

 

 オスカーがいつになく取り乱した様子で二人に尋ね、その答えを聞いてユエの肩をガバッと掴むと……頭を下げた。

 

「頼みたい事があるんだ……僕の弟と妹に、治療を施してやってほしい」

 

 

 

 

 この隠れ里建設地には魔王国の被験者の他に、ライセン支部*1のメンバーが避難してきている。

 

 そのライセン支部のメンバーの中には、オスカーが育った孤児院の院長、モーリンの他に、コリン*2、ルース*3、ディラン*4、ケティ*5という筆頭四人の孤児と、六歳未満の大勢の孤児達が含まれている。

 

 中でも、ディラン、ケティは〝人工神兵創造計画〟*6の犠牲となってしまった為、魂魄の治療を必要としていた訳だが、新たに加わった仲間は思いがけない能力を持っていた。まさに奇跡と言ってもいい。

 

 会議の場に、オスカーは件の二人を連れてくると、ユエと愛子がそれぞれの魂魄の状態を診てみる。

 

「……少し時間はかかる。でも、治療は出来る」

「私も同意見です。魂が混ざりあっている以上、慎重な作業になるので、長期的な経過観察も必要だと思いますけど……」

 

 するとユエは、オスカーの脚にしがみつくケティと、その傍に立ったままのディランに触れ、魔力を昂らせた。

 

「──〝禁域・極天解放〟」

 

 〝昇華〟による擬似限界突破の呪文を詠われ、魂の秘術が現出する。

 

「……凄い」

 

 ミレディが、呆気に取られながらも、その黄金の輝きに魅せられていた。

 

 揺らめく黄金色の魔力は、月どころか太陽と言っても過言ではない光を放っているが、展開される魔法陣の繊細さと言えば、自分と比べるべくもない。

 

(これが……〝魔法〟)

 

 自分の目指すべき場所。その頂点を見た気がして、ミレディは、自分に失望してなんかいられないと悟った。

 

 相手の才能に嫉妬する? ならば、その後ろを見て追いつけばいいと。

 

 自分を超える者の存在が、ミレディを吹っ切らせた。

 

(いつか絶対、泣きべそかかせてやるもんね!)

 

 そう、勝手にライバル視され始めたとは知らないユエは、フッと魔力を霧散させて、オスカーに向き直った。

 

「……今日はこれで終わり。これ以上の魂魄操作は、魂が馴染まない限りは厳しい。また後日、治療が必要になる」

 

 でも、とユエが続けようとして、開いた口を噤んだ。

 

 理由は……

 

「……おにぃ」

「……兄、さん」

 

 掠れた声が二つ。オスカーがギョッと横に向く。

 

 意思を宿した瞳が二対、こちらを不安げに見ている。

 

 オスカーの目が、大きく見開かれて、そして直ぐに、眼鏡のレンズに光が反射して、様子が窺えなくなった。

 

 まるで意図されたタイミングのようだったが、二人は気にする余裕も無く、オスカーを見上げ……

 

 そして、ガバッと、二人はオスカーの両手の内に引き入れられた。

 

「!? お、おおにぃ!? いきなり何するのよ!」

 

 顔を真っ赤にしながら、じたばたともがくケティ。

 

 だが、それが恥ずかしさからの反抗だと分かっているからか、周囲の人々の目は温かい。

 

「……兄さん、ごめんなさい。僕が、僕がちゃんとしていれば……そしたら、僕とケティが兄さんを襲うことだって……!」

 

 一方のディランは、意思を持って会えた事への喜びよりも、後悔や、合わせる顔がないと、ずっと胸の裡に抱え込んでいたものを吐露していた。

 

 それを聞いたケティも、しゅんと身を縮こませる。二人は戦士の魂に呑まれている間にも意識があり、オスカーに殺意を向けて攻撃した事を悔いて来たのだ。

 

「ディラン、それにケティも……君達は悪くない。怪しい影はあったのに、先に気付けなかったのは僕の方だ。すまない、二人とも。僕を襲ったことも許す。だから、二人は悪くないんだよ……」

 

 諭すように、自分に非があって、二人は悪くないと繰り返すオスカーに、二人は徐々に涙が溜まって、ついに決壊した。

 

「……どう? 満足した?」

「……ありがとう。君は家族の恩人だ。……ありがとう」

 

 オスカーが喜色満面で、ありがとう、ありがとう……と何度も感謝を述べると、ユエは鷹揚にうむうむと頷いた。

 

 実はこの時、ユエの後ろにいたハジメが、「しめしめ、オスカーに恩を売れたぜ」と非常に悪い顔をして、少し愛子に引かれていたりする。

 

 その後、孤児院のコリンやルース、子供達も集まってきて、てんやわんやになってから、少し時間を置いて会議が再開された。

 

 ミレディが、リーダーらしい真剣な眼差しでもってこの場のメンバーを見渡す。

 

「……紹介はここまでにして、みんなには、今回の作戦がかなり切迫した状況下で行われるものとして捉えてほしい。事態は急を要するかもしれないからね」

 

 と言うのも、つい最近になって、解放者の副リーダーであるバッド・ヴァーチャーズ*7からの手紙が届いた。

 

 その内容は、教会によるハルツィナ共和国への宣戦布告。

 

 仲間の危機だった。それに、教会には亜人と呼ばれ蔑まれている獣人族の国に教会が攻め入り、教会が勝とうものなら、どんな大虐殺が繰り広げられるだろうか……

 

「それで、具体的にはどう動くんだい?」

 

 問題点は山積みだ。

 

 ミレディ達は一ヶ月程前に、イグドール魔王国……現代のガーランド魔王国に相当する国で、神代魔法の使い手ヴァンドゥル・シュネーを助け出す為に戦ってきたばかり。

 

 神の洗脳を受けていた魔王ラスールが正気に戻ったはいいものの、解放者は、魔王国が神代魔法使いに対抗する為に打ち立てた、〝人工神代魔法使い創造計画〟の被験者であるキメラ部隊百人以上を全員救出し、抱え込んだので、なんと言っても人数が半端ではない。

 

 ジングベルが作ったこの拠点では、その人数を抱え込むだけの規模はないので、新たにを作らなければという所で、先のバッドの救援要請が届いたのだ。

 

「……まず、私とメル姉、ナっちゃん、それから、ハーちゃんとユエちゃんだけで先行する」

 

 ミレディがそう言うと、少しざわめきが広がった。

 

 一刻も早い救援のため、最高戦力たる神代魔法使いを送らなければならないのは承知だ。

 

 しかしそこに、今し方〝解放者〟入りしたようなハジメとユエが送られるとなると、やはり不安にもなるだろう。

 

 それに疑問を抱くのは、ハジメとユエも同じ。

 

「なぁ、その重要な役回りにどうして新参の俺やユエも居るのか聞いていいか?」

「え、だってユエちゃんの〝天在〟とか神代魔法が強過ぎるし、ハーちゃんの火力なら教会ごと吹き飛んじゃいそうだし……殲滅力トップクラスなのは私の目から見ても確実だからね」

 

 確かに、二人共に〝強い〟なんて言葉では片付けられないほど破格の能力を持っている。

 

 何なら、サクッとと大樹の下まで転移すれば、移動時間なんてあってないようなものになり、教会の本部に〝ロゼ・ヘリオス〟とか言う太陽光爆弾を落下させれば、あっという間に更地だ。

 

 普通なら、ハジメやユエとしては「えー」と凄い面倒くさがりたいところではあるが……

 

「……郷に入っては郷に従え、と……仕方ない。私の力、存分に使うといい」

「わーい! ありがとうユエちゃん! ついでにハーちゃんも!」

「おいおい、ついで扱いは酷いじゃないか。まあ、良いデモンストレーションにはなりそうだ」

 

 ミレディに勢いよく抱き着かれ、ユエがぎゅむっとなる。純粋な好意故に、ミレディだけど何か気恥ずかしい。ハジメはさらりとスルーされた。

 

 スリスリしてくる頬を押し退けて、ミレディが我に返った。リーダーの顔に戻ったらしい。

 

「ハーちゃん、早速頼むようで悪いんだけど、転移系のアーティファクト……それも、大規模で運用出来るものはある?」

「あるな。空間魔法でゲートを作り、そこを渡るものなら」

「使用に何か制限は?」

「条件は、向かいたい場所に据え置き型の端末が無いと使えない。距離の制限は……試してないが、無いと思っていいな」

 

 オスカーとナイズの目が見開かれた。ゲート機能のあるアーティファクトをナイズと協力して製作しており、実用性は高いのだが、ここでボトルネックとなったのが距離だ。未だ、輸送に適するほどの長距離転移に至っていない。

 

 〝錬成師〟として、恐らく……いや、間違いなく、ハジメの技術は卓越している。それこそ、自分なんて歯牙にもかけないくらい圧倒的に。

 

 オスカーに、脂汗が滲む。

 

「それじゃあ、共和国へ救援に来る時は、そのゲートを使うように。移動時間をなるべく減らしたいからね」

「……となれば、僕達は隠れ里の方に専念する、ということだね?」

「うん。オーくんは、新しい隠れ里の環境を一刻も早く仕上げて」

 

 オスカーにも、少しくらいは含むところはある。ハジメという、道すがら出会い仲間となった強力な錬成師を、ミレディが主戦力として樹海に連れていくのだ。自分より強いと言えど、やはり納得と言うのはいきづらいもので……

 

 だが、ハジメの妻……ユエには家族を救ってもらった恩がある。そして他ならぬリーダー(ミレディ)の言葉に、オスカーは、肯定以外の選択肢を持ち合わせていなかった。彼女と共に隣で戦う事は適わなくとも、自分も、この〝解放者〟の主戦力なのだ。信頼されて任された以上、それを遂行するのみ。

 

 故に、

 

「ハジメ、ユエ。ミレディの事を、しっかり頼んだよ」

「任せろ。あいつの扱い方には慣れてるからな」

「……言わずとも」

 

 目指すべき目標である彼に、ひとまずはリーダーを託す。彼なら……彼らなら、きっとリーダーの助けとなってくれる。

 

 そうすれば、自分は安心して自分の仕事が出来るのだから。

 

「了解した。最速で仕上げよう」

 

 決意を新たにして頷くと、ミレディも頼もしげに笑顔で返す。

 

「それだったら、ヴァンちゃん! 魔物達の育成に力を向けてくれる? 輸送にはゲートが使えそうだからね」

「ああ。統率種の育成が終わってない現状では、戦力としてはまだ不安が残っていた所だ。……が、心配は要らん。間に合わせよう」

 

 ヴァンドゥルが直接指揮せずに自立行動を可能とする従魔──〝統率種〟は、変成魔法をもってしても新たに生み出すには時間がかかる。現時点でヴァンドゥルが擁する統率種は、スライム執事バトラム、飛竜ウルルク、氷雪狼クオウの三体。

 

 この三体は、戦争に勝つ為には重要な力だ。しかし、だからといって連れて行けば、隠れ里の護衛が居なくなってしまう。その護衛として、新たな統率種が必要となったのだ。

 

 心配は無用だと、ヴァンドゥルが肩越しに振り返る。そこにいるのは、黒メッシュの赤髪の魔人族の女戦士、マーガレッタを始めとするシュネー一族が片膝を突き、敬意を表した。

 

 彼らは、シュネー雪原……この頃は黒の大雪原と呼ばれた南大陸の豪雪地帯を住処とする魔人族の一族で、元々は魔王国が教会に対する即戦力として、種族の特性を物理的手段によって獲得させる実験を受けさせられていた最初の被験者達なのだ。

 

 ヴァンドゥルを助け出すことによって、彼らも仲間となった。解放者の実働、及び後方支援のメンバーとしてこの上なく優秀な人員であるので、今回の新たな隠れ里作りではミレディも頼りにしている。

 

「向こうの状況は追って伝える。隠れ里の状況を鑑みて、どの程度の戦力を里の護衛に残すかはマーシャルの判断に任せるね。あ、でもミカエラは来て欲しいかな」

「おうよ。任せろ。向こうにも実行部隊はいるからな。少なくとも俺とミカエラは行く」

「はい、必ず。戦場でこそ私の〝魂の眼〟は本領を発揮しますからね」

「うん。二人とも頼むね」

 

 その他に、魔王国の調査と細々としたこと、ミレディ弄りやナイズロリコン疑惑、オスカーとヴァンドゥルの喧嘩、どよ〜んとしたミカエラとそれを慰めるマーシャル……

 

 いざ樹海に出発しようと思えば、このカオスぶりである。

 

 広場のあちこちで何かしらが起きていて、ハジメらは完全に置いてけぼりだった。顔もピクピクと引き攣ってしまっている。

 

「俺、もう帰ろうかな」

「……駄目だこいつら、早く何とかしないと」

「〝解放者〟って、意外とこんな感じの人達なんですね……」

 

 結局このカオスは、オスカーが暮らしていた孤児院の院長さんにして、〝皆のお袋さん〟のモーリンお母さんによって、

 

「いつまでも遊んでないで、お仕事しなさい」

 

 と、妙に迫力のある笑顔をでメッされてから、それぞれ広場を飛び出していった。

 

「……こういう時、シアがいたら早そうだよなぁ」

「……ハジメ、何でもかんでもシアに頼りすぎ」

「そうですよ。ハジメくんは、もう少し限度を覚えた方がいいと先生は思います!」

「……うっす」

 

 そしてこちらも、いつもメッしてくれる存在に頼りきりな事に気付いてしまうのだった。

 

 

*1
現代トータスで言う、ライセン大迷宮にあった解放者の支部。峡谷は隠れるのにはもってこいの場所なので、ミレディが魔法のゴリ押しで削って作った人工の洞窟だったが、魔王国のキメラ部隊の襲撃を受けて崩壊した。

*2
オスカーをお兄ちゃんと呼び慕う七歳の女の子。しかし、七歳にして甘やかしたりする才能が溢れ出ており、〝バブみカンスト済み〟〝聖女コリン〟〝オギャらせ幼女〟などという称号を戴いている。家事全般において最強。

*3
〝錬成師〟を天職に持つ十一歳の男の子。世界最高の〝錬成師〟であるオスカーを兄のように思い、尊敬している。ブラコン。

*4
オスカーに次いで年長の、四人のリーダー格を担う優しい少年。実はむっつりスケベ。

*5
コリンと同じ七歳の少女。ツンデレ属性ガン積みの重度のブラコン。

*6
現代トータスでオルクス大迷宮となる前の【緑の大坑道】に安置されていたアーティファクト、〝神の眼〟を用いて、古代の戦士の魂を子供に転写し、教会の戦士として捧げようとした計画。しかし、教会の司祭は十全に扱えきれず、ディランとケティ両者の魂に、古代の戦士の魂が混ざってしまった。その為、二人は現在も、意思に基づく能動的な行動を取る事が出来なくなっている。

*7
解放者の副リーダーという創設時からいる古参。数多の神殿騎士と白光騎士を屠ってきており、教会からは〝騎士狩り〟と強く畏れられている。その実態は嫁が欲しいと血涙を流すおっさん。リア充には爆発しろと僻み、非リア仲間には友好的。最近きゃっきゃうふふな手紙を送ってくるミレディにキレて、婚活の旅に出ている。



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ハジメと解放者が出会ったら 3

 

 それから数時間後……

 

 ハジメ、ユエ、ミレディ、ナイズ、メイルの五人は、【オディオン連邦・アングリフ総長国・首都アグリス】のとある建物の屋上にいた。

 

「有り得ないほど規格外だな……この転移の力は」

「だって一発なんでしょう? 森から一瞬で街なんて、楽で助かっちゃうわぁ」

「……これくらい、朝飯前」

 

 という訳で……と、ユエがハジメに抱き着いてカプチューを炸裂させた。

 

「あらあらミレディちゃん、顔真っ赤じゃない」

「ちょっ!? あ、あれは仕方ないじゃん! その……ええっと」

 

 チラっと見れば、ペロペロチュパチュパと、艶めかしいというか、妙なエロスというか……

 

「うぎゃあああ……!」

「ミレディちゃんには少し早過ぎたわねぇ……」

 

 最近、やたらとオスカーとのラブコメイベントを加速させているミレディだが、元々は箱入りの伯爵令嬢。加え未だ14歳となれば、そこら辺の耐性が皆無に等しいのは当然か。

 

 そんなミレディはさて置き、ナイズが建物の下を覗き、一つ頷いた。

 

「……下の路地に人はいないな。行くなら今だ」

「……ユエちゃん、終わった?」

「ああ、もうそこに居るぞ」

 

 つやつやしたユエが、唇をペロリと舐めながらミレディの隣に現れた。

 

「……フッ」

「なんで!? なんでミレディちゃんを見て笑ったの今!?」

 

 やれやれ、とでも言いたげな顔でミレディを鼻で笑った。

 

 む、ムカつくなぁ……ミレディちゃんはまだ14だし! 別にいいし! と言い訳気味にぶつくさ言いつつも、一斉に着地する寸前で重力場を発生させ、音を消した。

 

 しばらく、衛兵やら神殿騎士が飛んでこないか息を潜め、特に何も起こらないことを確認してから、ミレディが四人に目を向けた。

 

「ナっちゃんとハーちゃんは帯剣しておいて。アングリフ支部は武具屋だから、持ってた方が自然になるし。……あれ? そういえばハーちゃんって剣使うっけ?」

 

 ナイズは空間魔法を忌み嫌っていた過去があったので、剣を使う時が往々にしてあったが、ハジメに関しては銃という遠距離武器である。

 

 しかし、ハジメはそれに肩を竦める。ついでに、おいおい、何言ってんだよと言わんばかりの苦笑顔で、

 

「使わないが、こちとら錬成師なんでな。剣の一つや二つは持ってる」

 

 〝宝物庫〟から取り出したのは、雫やハウリアが使っているようなあの黒刀。専用のベルトを腰に着けると、そこからコートの後ろに刀を装備した。

 

「よしっ。じゃあこっちだよ!」

 

 何食わぬ顔で大通りに入って先行するミレディに、一行が続く。

 

「人通りが少ないわね……」

「意外だな。神国主導の戦争なら、拠点とされた時点でもっと沸き立っていると思っていたが……」

「……神国主導だと、戦時中でも街は活気付くもんなのか?」

「普通はそうだ。何せ、神の威光があるからな。負けるとは塵ほどにも思わず、それに際して祭りさえ行われると聞く」

 

 見れば、一国の首都にしては人通りが疎らで、通行人達の様子は疲れ切っているとしか思えない。現に、彼らは少し目立っているだろうミレディ一行には目もくれず、俯きがちに歩いている。

 

 確かに、ナイズがそう言う割には、どうも街の様子が変だった。

 

 そんな鬱屈とした首都の姿に、ミレディがポツリと漏らす。

 

「……連邦は、かなり無理のある戦いを強いられているのかもね。思っていたより、共和国の戦士団が強いのかも」

 

 バッドからの手紙は、ティム・ロケット*1が使役するクリームによって届けられたものの、万一の盗難を考えてか仔細は書かれていなかった。

 

 ただ、共和国と教会との戦争が始まり、助けが必要という二点のみが記されていただけだったのだ。

 

 とはいえ、合流地点も明記されておらず、そこには少し当惑せざるを得なかった。その為、取り敢えず最寄りの解放者の拠点である〝アングリフ支部〟にやって来たのだ。

 

 バッドがクリームを使って手紙を寄越した以上、必ず支部を訪れているのは間違いない。ならば伝言を残しているのではないか……そう考えての行動である。

 

 街を歩き、ほどなくして、三階建ての大きな建物が見えてきた。まるで、ちょっとした貴族の屋敷のようだ。鉄細工の大きな看板が取り付けられていて、鎧の上で交差する剣の意匠と〝アルメイダ武具店〟という文字が確認できる。

 

 ハジメもこれには思わず感嘆した。ファンタジー世界の〝THE・武器屋〟である。トータスを旅していた際は、そもそも自前の武器がある以上、こういった武具屋に立ち寄ろうとさえ思わなかったが……心の中の厨二なミニハジメが「呼んだ?」とひょっこり顔を出し始める。

 

「随分な人だかりだな……」

「……戦時中って事は、こいつらは冒険者じゃないか。戦争に参加する傭兵か何かだな?」

「多分、ハーちゃんの言う通りだと思う。冒険者はもうこの国から逃げちゃってるんじゃないかな」

「野盗とかならともかく、戦争なんて専門外だものね」

 

 それはさて置いて、ここが〝解放者〟の拠点である訳だが、入ろうにもあの人だかりだ。それに、ミレディにメイル、そしてユエがいる中であの荒くれ者達の蔓延るあそこに並ぼうものなら、どうなるかは想像に難くない。

 

 なので、裏路地へと身を隠しつつ、

 

「困った時の〜、オーくん眼鏡〜」

 

 あ、ついでに布教用の眼鏡あげる〜、とハジメに黒縁の、ユエに赤縁の眼鏡が手渡される。

 

 そしてミレディ用の赤縁眼鏡をスチャッと装着。〝魂の眼〟による透視機能で店内を覗く。

 

 その間に、ハジメは眼鏡を鑑定して、その機能の多さに目を見開いた。

 

「おいユエ、名探偵もびっくりの機能だぞ」

「ん……どこぞの青タヌキレベルの代物」

 

 おのおの日本を代表するアニメを引っ張り出しつつ、眼鏡で遊び始めた。

 

「ほんと、オスカー君の眼鏡、どんどん進化してるわよねぇ」

「でも、ミレディさん的に、この透視能力はどうかと思う。オーくんってば、絶対欲望に負けて、ミレディさんのあられもない姿を覗いてるに決まってるもんね!」

「そうねぇ。オスカー君、割とむっつりだものねぇ」

 

 ナイズは南へ遠い目を向けた。便利機能を付けてあげたのに好き勝手言われている友に、同じ男として同情の念を送らざるを得ない。

 

「……ふふ、これでハジメのあられもない姿が」

「ユエ!?」

 

 そして、ここに強者が一人。赤縁眼鏡を掛け、妖艶に舌なめずりするユエによって、ハジメの顔は真っ青に。そしてミレディのお顔は真っ赤に。

 

「ミレディちゃん、本当に耐性低いわねぇ……」

「う、うるさいってばぁ!」

 

 そして話題から逃げるように眼鏡に意識を向ける。

 

「……え、ええと、建物内にはハウザー──ここの支部長はいないみたいだね。ということは隠れ家の方が方かな。じゃあユエちゃんも確認して。地下の隠れ家には直接転移するしか……」

「少し待って欲しい。それは自分がやろう」

 

 いつの間にか眼鏡を掛けていたナイズが、そうミレディの言葉を制した。

 

 え? と不思議そうにするミレディに、ナイズが少し顔を逸らし、少しむくれながら呟いた。

 

「……偶には、自分も役に立たせてくれ」

「ナイズ君、ここの所ユエちゃんに出番取られっぱなしだったものねぇ」

「……言うな」

 

 どうやら、そういう事らしい。

 

 それならば断る理由も無いとユエはこくりと頷いた。

 

「うふふ。ナイズ君も遂にスケスケ眼鏡デビューね。こっち見ちゃダメよ?」

「見るわけないだろう。スーシャに知られたらどうする。恐ろしい……」

「……ナイズ君。なんて自然に情けないことを」

 

 あの生粋のヤンデ──恋する乙女たるスーシャちゃん(12歳)に、隠しもせず敗北宣言をするナイズに、ああ、うん……と心中お察ししたハジメとメイル。完全に2倍も差のある年下の尻に敷かれていた。

 

「あ、いた! ほら、あの隻眼隻腕のマフィアのボスみたいな強面のおじさん! どう? 見える?」

「ああ、顔に三本傷のあるワインレッドのシャツを着た男だな。……強そうだな。実行部隊ではなく支援者という話だったが」

「まぁ、元々名の通った傭兵団のリーダーだった人だからね。教会に雇われて戦った時に捨て駒にされて……団の仲間が皆、ね?」

「……なるほど」

 

 どうやら察するに余りある境遇の持ち主のようだ。

 

 ハジメもそれに追従してその場所を透視すると、確かにこれはマフィアのボスだな……と納得しながら、ナイズの肩を掴む。ナイズもミレディとメイルの肩を掴み、ユエはハジメの手を握れば、瞬間視界が切り替わって、石造りで出来た地下の会議室の様な場所に移る。

 

「なっ、なんだっ!?」

 

 ミレディ達が立っていたのは、地図を敷いた長テーブルの上。それを囲うようにハウザー支部長やアングリフ支部のメンバー数十人がおり、突然目の前に現れた五人にギョッと目を剥く。

 

「てめぇ、なにもん──って、リーダーじゃねぇか!」

「やほ〜、ハウザー! それに皆! 久しぶり! ミレディちゃんが来たぜ!」

 

 いつも通り片足をくいっと上げて、左手を腰に、右手を横ピースで目元に添えてバチンッとウインク! どうだ、嬉しいでしょう? 皆が愛してやまないリーダーに会えて、狂喜乱舞でしょぉ! と言葉にせずとも分かるウザいドヤ顔。

 

 それに気づいたらしいアングリフ支部メンバーの表情が一転、歓喜に満ち溢れた。

 

「このウザさは! 支部長! 俺達のリーダー以外に有り得ません!」

「ええ、神殿騎士が擬態できるレベルを遥かに超えたウザさだわ! 私達のミレディちゃんに間違いないわ!」

「久々に見たぜ、ウザリーダー!」

「いきなり現れるとか、マジでウザイな! 心臓が縮んだわ! 流石リーダーだぜ!」

 

 うぜぇな! うぜぇうぜぇ! と支部のメンバーは、咄嗟に構えた臨戦態勢を解いて嬉しそうにうぜぇを連呼する。

 

 ミレディの判断基準はウザいかどうからしい。分かりやすい指標ではある。

 

「流石だな。ウザいのが取り柄なだけある。本人確認が楽で済んだな?」

「……いや、うん、そうなんだけどそうじゃない。ミレディちゃんはもっとこう、普通の歓迎をして欲しかったっ」

「……こんな登場の仕方で、それは強欲過ぎ」

 

 ミレディちゃんの願望は、ユエの冷静なツッコミで粉々に砕け散った。どこへ行こうとウザさしか求められていないような気がして、あまりの悲しみに四つん這いになる。

 

「……悪い。場所が無かった」

「うふふ、でも良いんじゃない? この方がミレディちゃんらしいわぁ」

 

 バツが悪そうにするナイズ、そして何のフォローにもなっていないメイル。

 

「あ〜、なんだ。取り敢えずテーブルから降りろ、リーダー。それと他の奴らもな」

「あ、あはは〜、ごめんねぇ〜」

 

 テーブルから降りて、ミレディは四人を軽く自己紹介した。

 

「なるほど。空間魔法って奴の転移の力か。流石はリーダーと方を並べるだけある。……それは良いとして、そっちの二人の紹介がなんか曖昧じゃなかったか? まあ、魔法使いと錬成師ってのは分かったが」

「あ〜っと、二人はちょっと出来ることが多すぎて、一言で言い尽くせないんだ。しかも、まだ拾ったばっかりの新人だしね!」

「おいおい、大丈夫かよ……特に、そこの黒髪のは、目付きがヤクザのそれだぞ?」

「……あ?」

「……お?」

 

 メンチを切り始めるヤクザとマフィア……お互いに物騒な顔付きなので、すわっ、何かの抗争か!?と思えるような迫力満点の絵面になっている。

 

 ……数秒間睨み合った後、ハジメが唐突にコートを脱いだ。

 

「え、いきなりどうしたの?」

「……理解した」

「理解出来ちゃうの!?」

 

 公衆の面前でいきなり脱ぎ始めたハジメに、ミレディが「え、え?」と少しタジタジになる。

 

 シャツまで脱ぎ、肌着姿になってから……人の腕に偽装した左手を取り外し、機械的な戦闘用の義手を取り付けた。

 

「「「「えっ」」」」

 

 そして、左右の眼球のレンズを取り外すと、左眼は赤い瞳で青白い光が漏れだした。魔眼石の光だ。それを覆う眼帯も装着する。

 

 そして、髪にスプレーを一吹きすれば、変成魔法で変えられていた黒髪が元の白髪に戻り、数年前から引っ張り出していない、義手用に左袖を無くしたシャツとコートを着込む。

 

 生き残る為に、そして故郷に帰るべく、邪魔な存在は排除するような合理性を取り込んで〝錬成〟された、かつての自分の姿だった。

 

「……てめぇ、今までどんな道を歩いてきやがった」

「……まぁ、生半可なもんじゃないさ」

 

 フッ、と両者がニヒルな笑みを浮かべて握手した。隻眼隻腕と、似た境遇にお互い思うところがあったのだろう。ユエは最初から理解していたようで、ハジメにジト目を向けている。ハジメは冷や汗を流しつつ、テンプレに湧く心の中の厨二なミニハジメを右ストレートで吹き飛ばした。

 

「えーっと、仲良くしてるとこ悪いけど……バッドは今どうしてるの?」

 

 旧交を温めたいところではあるが、事が事なのでそうも言っていられない。ミレディもちゃっかりリーダーモードになり、場の雰囲気も落ち着きを取り戻した。

 

「あの馬鹿は今、共和国にいる。女王の相談役をしてやがるよ」

「は? はぁっ!? 女王の相談役ぅ!? どういうこと!?」

 

 伝言を残してきたバッド曰く、『俺は運命の人を見つけたんだぁっ、止めてくれるなっ』との事で、女王がめちゃくちゃ好みのタイプだったからと、支部メンバー達の制止も聞かずに樹海に残ったらしい。

 

 それを語っている時のハウザーの表情は憤怒に満ち、元より悪人顔であるから泣く子も黙る様な悪鬼の形相だ。

 

「……これが、神代の〝解放者〟の実態」

「いや、まあ……中心メンバーがメンバーだし、そんなもんだろ」

 

 主にミレディとかミレディとかである。

 

 ハジメは端から〝解放者〟をまともだとは考えていない。しかし、最後には〝反逆者〟と後世で呼ばれるようになり、吸血鬼の王国でも語り継がれてきた伝承の真相に、ユエは透徹して無表情になった。もう考えるのをやめたらしい。

 

 取り敢えず、樹海へ婚活に向かったその馬鹿はさて置くとして……

 

「それで? 戦争の目的は?」

 

 ハウザーは溜息を一つ。気を取り直し、ミレディ、メイル、ナイズ、ハジメ、ユエと視線を巡らせ──答えた。

 

「共和国の女王は、リーダー達の同類だ」

「っ……神代魔法使い、なんだね?」

 

 ハウザーが無言で肯定した。

 

「……神代魔法使いってのは、そこまでして欲しいもんなんだな」

「ハーちゃん達は幾つも持ってるから例外として……本来なら一つの世代で七人しか現れない最強の魔法使い、それが神代魔法使いだよ。しかも、全員死んでも直ぐに次の世代で神代魔法使いが現れる訳じゃないからね」

 

 ハジメらの時代では、神代魔法使いはミレディ達の世代から新しく生まれていないのか、単に属性魔法の大元になった魔法としか記述がされていない。恐らく、当時の〝解放者〟達が新たに神代魔法使いが現れない様、何らかの策を講じたのだろう。

 

「だから、教会としては何としても手に入れたい訳だけど……固有魔法使いみたいに、神代魔法使いは特別な〝神の子〟だって教会が流布してるから、その大義名分で攻め入ってるのが現状……そうだよね、ハウザー?」

「まぁな。状況が分かってんなら話は早い。そこの地図を見てくれ」

 

 ハウザーから、現時点での戦局、双方の戦力差と戦力分布、そして以前の戦争で無かった異状──霧の結界と共和国戦士団の想像以上の精強さが説明された。

 

 教会は、主戦力たる神殿騎士団を、騎士団総長含め多数動員。その上最高戦力たる三光騎士団のうち、獣光騎士団、白光騎士団のほぼ全軍を駆り出している。今の所は、神代魔法使いの存在を調査しているからか、本気ではない様子も見受けられるという。

 

 連邦からも軍を派遣されており、こちらも圧倒的な物量を誇るが、霧の結界を前に攻め切れていないらしい。

 

「バッドから伝言だ。〝話は通してある。樹海に入れ。迎えに行く〟だそうだ」

「樹海のどこ?」

「どこでもいいってよ。踏み込めば女王が必ず探知するそうだ」

 

 などと会話する二人に、ハジメがんん? と首を傾げた。

 

 現在、新天地で農業と魂魄治療に勤しんでいるであろう愛子だが、全く戦闘能力が無い訳ではない。

 

 王樹──地球にある世界樹の枝葉──の素材をベースにハジメが開発した〝守護杖〟を使う事により、愛子は一人軍隊を形成出来るようにまで強くなっていた。

 

 その〝守護杖〟が持つ能力の一つに、〝樹海顕界〟というのがある。限定的な樹海を形成し、認識阻害効果のある白霧を発生させるのだ。しかも、これは王樹の力を借りれば更に強力になる。

 

 それと能力が酷似しているという事は、間違いなく大樹に干渉できる存在がいるということ。

 

 この頃の大樹ウーア・アルトは枯れていない筈なので、〝ルトリアの宝珠〟よりも高位の権限が付与されたアーティファクトを操れる存在というのが、ハジメ的に少し気になるところではある。

 

「……帝国、かなぁ」

「……報告にあった魔王の件か。報告を受けちゃあいるが……魔王の背後にいた存在が教会の神と繋がっているってのは本当か?」

 

 ピクリと、更なる情報が舞い込んだ。ユエもこれには渋い顔をする。

 

 この時代でも、神は人族と魔人族を争わせる遊戯がエヒトのお気に入りらしい。

 

「……盤上の駒で争わせる遊戯が好きな、あのクソ野郎らしいやり口。この世界を作っては壊す遊び道具としか考えてない」

「……となれば、帝国だけじゃねぇな。例の〝神の使徒〟ってのもやって来る可能性もあるか」

「うん。真に危惧すべきは、帝国の飛空挺よりも〝神の使徒〟だね。二回も撃退してるけど、ずっと追ってくる。今回もやって来るよ、絶対に」

 

 ミレディが静かに怒りを秘めながら、決意の篭った目でそう断言した。

 

 すると、メイルが少し驚いたふうにユエに目を向けた。

 

「あら、ユエちゃん、意外とよく知ってるのね?」

「……あのクソの、受肉用の肉体、〝神子〟に選ばれた者……それが私」

 

 全員の視線が、衝撃の発言をしたユエの方へ向く。ミレディも驚きを禁じ得ないという様子で、口をポカンと開いている。

 

「……〝神託の巫女〟とかじゃなくて、〝神子〟?」

「……多分、そっち。忌々しい事に、神の子で、〝神子〟……魂魄のみで存在している奴の、依代になり得る存在」

「って事は、神代魔法使いは、全員が神の依代候補……教会が異様なまでに神代魔法使いに固執する訳が分かったよ。そうなると、神は本当に、こっちに直接の手出しは出来ないんだね」

 

 ミレディがそう断言した事に、今度はユエが目を丸くする番だった。

 

 整合性もあり、話として纏まっている……しかし、入ったばかりで信頼も無いようなユエの言葉を既に信じているのだ。ユエも不思議に思い、ミレディに疑問を呈した。

 

「……簡単に信じていいの?」

「え? うん。だってユエちゃんがそう言うんだから、間違いないよ。それに、私のミレディアイは何でもお見通しだからね」

 

 にへらと微笑みながら、なんの疑いも無くユエの言う事が正しいと断じた。

 

 ユエが目をパチクリとして、本当に目の前の存在がミレディなのか確認し始めた。隣のハジメも目をこすって、瞼を細めて目の前の素晴らしい金髪美少女がミレディかどうかを確認している。アーティファクトまで取り出した。

 

 この反応に、ミレディも流石に眉と口角がピクついた。今にも「ミレディさんを何だと思ってるのさ!」と言わんばかり。

 

 段々と崩れてきた雰囲気に、ハウザーがゴホンと強く咳払いをした。

 

「……話を戻すぞ。神の使徒ってのは俺達にはどうしようもないのは分かっている。そこはミレディ、お前らに期待する」

「うん、そこは任せて」

「で、件の帝国もどう出るか分からんからな。一応、裏工作が得意な少数部隊を潜らせてある。杞憂で済むと良いがな」

「なんだ、さっすがハウザー! ちゃんと手を打ってんじゃん!」

「他ならぬお前からの報告だしな」

「んもぉ〜、信頼が厚すぎてミレディちゃん困っちゃう!」

「はいはい、うぜぇうぜぇ」

 

 ミレディのいつもの反応に、ハジメとユエがホッと安心した。あのままだと、いつかミレディという人物像を見失って、別の誰かと認識してしまいそうになってしまいそうだった。その様子に気が付いたミレディの眉がまたもピクつく。

 

 その後、情報共有などを手早く済ませ、臨時会議は一先ずお開きとなると、今日は暫くここに待機する事になった。

 

 理由としてはこの支部を放棄して移転するための準備をするため。加えて、できれば戦場を避けて上空から樹海に入りたかったので、目立つ昼間は行動は控えたい。なので、休息がてら夜まで待つ事になったのだが……

 

 支部メンバーが用意してくれた飯を食べ終わったハジメは、会議室でアーティファクトの錬成をしていた。休息は特に必要無いので、樹海に入る前に手持ちの装備を調えておこうと思っていたので、ハジメには丁度いいタイミングとなっている。

 

 そしてもう一人、ハジメの隣には、隻眼隻腕の強面、ハウザーが手紙をしたためている。

 

「……なぁ、お前よ」

「……何か用か?」

 

 ぶっきらぼうにハウザーが話し掛けると、ハジメもぶっきらぼうに返した。傍から見れば険悪な雰囲気が立ち込めていそうに見えるが、当人達はそんなつもりはないらしい。

 

「……ハジメとか、言ったな。お前はどうして〝解放者〟に入った?」

「……なんだ? 新手の入団試験か?」

「そんなんじゃねぇ。個人的な興味だ。……そんな経験をお前みたいな歳の奴が背負ってるのが気になってな」

 

 言われてみれば、ハジメはもう大学生とは言え、同年代からすればあまりに濃い経験を積みすぎている。既に大学中の他のキャンパスでさえ知らぬ者はいない超有名人になったのも、ひとえにそ経験が生み出すある種の覇気からだろう。

 

「……そんな大したもんじゃない。裏切られて、奈落の底で一人生き延びて、這い上がって、その途中で教会が邪魔になっただけだ」

「それを〝だけ〟で片付けられるお前は、正真正銘バケモンだ。……俺もお前みたく、目も腕も無くしちまってるが、コイツは護りたい仲間を護れずに、のうのうと生き延びた結果なもんでな……」

 

 ハウザーの筆は止まっていた。虚空に向けられた目は、過去の傭兵時代の仲間たちを見ているのか……

 

 すると、ミレディが会議室に顔を出した。

 

「ハウザー。ちょっと外に出てくるよ」

「あ? なんでだ?」

「自分の目で連邦軍の様子とか見ておきたくて」

 

 フード付きローブを羽織りながらそう言うミレディに、ハウザーは僅かに眼を細めた。

 

「らしくねぇな。何をうじうじ悩んでやがる?」

「べ、別に悩んでませんけど?」

 

 誰の目から見ても分かるくらい目があちらこちらに泳いでいる。いきなり一人で戦時中の街へ繰り出そうとしているのだから、連邦軍の様子だという理由が通じるはずも無かった。

 

 ハジメは沈黙する二人をチラリと見てから、何事も無かったかのように錬成を再開する。

 

 錬成の紅い光がベカーッと二人を照らす。ゴトンと余った金属が床に置かれ、新しく完成したらしい銃の出来栄えをチェックしている。

 

 ミレディとハウザーの額がピクピクと揺れる。

 

「ね、ねぇハーちゃん。どうしてそこで錬成してるの?」

「場所が無くてな。俺の事は気にせず話していてくれ」

「いや出来ねぇよ! さっきからベカーッて光が眩しいよ! 結構鬱陶しいんですけど! 魔力光くらい抑えようよ!」

 

 ミレディの激情に満ちたツッコミが炸裂するが、当のハジメは何処吹く風。自動拳銃らしきレールガンの空砲を放った。

 

 そんな様子に、肩を落としながらミレディも諦める。

 

「と、とにかく! ちょっと行ってくるから!」

「……ミレディ」

 

 会議室から出ていこうとするミレディに、ハウザーが〝リーダー〟ではなく名前を呼んで引き留めた。ミレディはきょとんと首を傾げて振り返った。

 

「世界が動き出した。俺は、そう思う」

「ハウザー?」

 

 話の雰囲気が変わったのをハジメも感じ取って、思わず銃を弄る手が止まる。

 

「ずっと耐えてきた。ずっと息を潜めてきた。捨てられる命を、救えたはずの誰か取り零しながら、それでも少しずつ力をつけてきた。いつか、理不尽の鎖から〝人〟を〝解放〟するために」

「……うん」

「表舞台に出る時が来たんだ。俺たちのこれまでに意味があったのか、それを試される時が」

 

 大事な話のようだが、そろりと抜け出すのも位置的に難しく……仕方ないので、ハジメは魔力を極限まで抑えて気配を隠すことにした。

 

「俺達に遠慮するな。守ろうとするな。俺達は〝ミレディ・ライセンと共に行く者〟だ。容赦なく命じろ。世界のために。未来のために。人々の、自由な意思のために」

 

 ──たとえこの先、何が起ころうとも

 

 ハウザーの言葉には、〝解放者〟という組織の真髄の一片が現れていた。

 

 それは、覚悟だ。

 

 狂気的なまでに神を信じるこの世界で、教会に歯向かう事がどんなに恐ろしいか、そしてどんなに難しいことなのか……全く違う時代にいたハジメは、それを認識させられた。

 

「うん。分かってるよ、ハウザー。ミレディちゃんをなめんなよぉ!」

 

 ……尋常じゃない速度の切り替わりだった。きりりとした顔で頷いた後、一秒と置かずにウザったい笑みになっていた。

 

 それに、ハウザーは「ふん」と鼻を鳴らして重い雰囲気を散らし、

 

「上に行ったら五番試着室に入れ。つい最近作った裏路地への隠し扉がある」

 

 そう言って、手紙を書く作業に戻った。

 

 ミレディはその様子を少し眺めてから、こそばゆそうに頬を掻き、困ったような表情で出ていった。

 

 そして、また会議室に沈黙が流れる。

 

「……どうせ、まだそこにいるんだろう?」

「……まあな」

 

 魔力を極限まで抑えて隠密じみたことをしようと、ハウザーはハジメの存在をずっと知覚していたらしい。

 

「……ミレディは、今何歳なんだ?」

「……今年で十五だ。あいつが〝解放者〟自体に入ったのが十歳の頃だから、かれこれ五年だな」

 

 十五歳。

 

 人族であるから、見た目相応の年齢だとは思っていたものの、実際に言われてみるのとでは実感が違った。

 

 しかも、十歳の頃から教会との戦いに身を投じていたのならば、多感な年頃だろうミレディの目に、狂信者達の姿はどう映っただろうか。

 

「あいつはウチに入ったばかりの頃、ベル……先代のリーダーが、自分が原因で殺された事を強く悔やんでいてな。組織を守ろうと、あちこちに無理して救援しに行って、怪我ばっかしやがった。それに、ライセンの娘だからと、あんまり快く思わない奴もいたからな」

「……快く思わない、だと?」

「そりゃあ、グランダート帝国の処刑人一族、〝ライセン伯爵家〟の跡継ぎだったからな。言うまでもねぇが、〝解放者〟のメンバーも処刑されている」

 

 ハジメの脳裏に、かつて親達を連れてトータスを旅行した時、ライセン大迷宮の中で見た青い装丁の本が浮かび上がった。

 

 ベル……そしてライセン伯爵家。

 

 〝解放者〟の創設者にして元神託の巫女、ベルタ・リエーブル*2と、神代魔法使いとして期待が掛けられていた、ライセン伯爵家次期当主の淑女、ミレディ・ライセンの出会い。

 

「まあ、その心配ももう要らねぇが……問題なのは、あいつは何かと甘やかされるタチでな。偶には俺が叱ってやんねぇと、何しでかすか分かったもんじゃねえ」

 

 そう言うハウザーの姿は、どこか娘を心配する父親の様にも見える。

 

 ミレディも、或いは義理の父親と思っているのではないか。先程の二人の会話から、そういう気安さみたいなものがあった。

 

 そして、自分の父親を思い出し……

 

『笑えば良いと思うぞ?』

『ハジメ。お前ちょっと疲れてるんだ。父さんも、そう思う日は有ったんだしな』

『童顔低身長教師……さてはお前ロリコンだな? ハジメ』

『おいおい、菫。生エルフを忘れるな! トンガリミミがピクピクするところは死んでも見ておかないと!』

 

 圧倒的な格の差を思い知った。

 

 いやまあ、うん。外は外、内は内だし……逸般家庭だし……という意味の無い心の弁明をしつつ、ハウザーに目を向ける。

 

「……リーダーを頼む。今回の戦い……何か嫌な予感がする」

「……頼む相手、間違ってないか?」

「そうでもねぇと思うがな。お前とあの吸血鬼の嬢ちゃんは、どうも他人な気がしない。昔からの戦友みたく、な」

 

 戦友みたく、というのはともかくとしても、ハジメは見透かされた気分になった。

 

 旅の最中、何度も教会や魔人族と対峙してきたが、それらは全て神の差し金だった。

 

 ハジメは意図せずして教会に反逆し、異端認定され、そして行く手を阻む神を、最愛の女性を救うため、そして己が目的のために殺した。

 

 その道程を考えれば、戦友のように考えられるのも無理もない……のだろうか。

 

「その妙な信頼はよく分からんが……俺が居るからには、敗北は無い。安心しろ、最小限の消耗で済ませる」

「ハッ、頼もしい限りだ」

 

 そうして、時は過ぎ去り……あまりに遅い時間に帰ってきたミレディにハウザーが拳骨で叱り飛ばしたり、ミレディが泣いたり……色々あったが、夜の帳が降りた。

 

 樹海へ向かう時が来たのだ。

 

「それじゃハウザー、皆。そろそろ行くね」

 

 準備を整え、閉店後の武具店に集まった支部メンバーを前に、ミレディ達は出立する。

 

 しかし、一人足りないような……?

 

「……メイルは?」

「うーんと、布団で寝てる!」

 

 もうジト目するのも疲れた……とぐったりした様子のユエが〝天在〟で消えると、少しして、布団にくるまったままのメイルと共に現れた。

 

「おいこら、メル姉」

「……戦局は拮抗しているのでしょう? ならまだ大丈夫よ、ミレディちゃん。出発は明日にしましょう?」

「いいから布団から出なさい」

「いや」

 

 駄々を捏ねる駄メイル。メイルがいるとミレディがまともになるので、いつもはオスカーは助かっているが、今回はナイズとハジメのみ。ナイズは胃痛が酷くなるだけであり、ハジメは壁に寄りかかってどうにかなるのを待っている。

 

 メイルを起こそうすると、正確無比な水鉄砲の魔法を喰らわされているため、今の所勝機が見つからないのだ。

 

 うん? いや待てよ……と、ナイズとミレディの視線が同じ方向に向く。視線の先には、壁にカッコ良く寄り掛かる魔王様こと、ハジメ。

 

 その視線を感じ取ったハジメだが、ミレディとナイズを眇め、〝とっととどうにかしろ〟と目がそう言っている。

 

 しかし、ミレディに残された道はこれしかなかった。ズズズ、とハジメに手揉みしながら寄る。

 

「あの〜、すみません。これ、どうにかなりませんかね?」

「知らん」

「そこをなんとかぁ!」

 

 土下座までし始めたミレディ。ユエも、どうにかしてあげたら?と言いたげな目で見てくるので、ハジメもコホンと咳払いをしつつ、

 

「……貸し一つで手を打ってやる」

「お願いしますっ!」

 

 交渉が成立した。ハジメは手をバキバキと、首をボキボキと鳴らし、簀巻きになっているメイルの前でヤクザの様にしゃがんだ。

 

「おい、大雑把ドS海賊女帝。燃えたら摂氏3000℃のタールを喰らいたくなけりゃ、とっととそこから出な」

 

 完全にどこぞの悪党の様相だ。「ハーちゃんがヤクザになった!」と騒ぐミレディを放って、メイルに脅しをかける。

 

「いや。私水のバリア張れるもの」

 

 水蒸気爆発待ったなしである。そうとなっては元も子もないので、ハジメは顎に手を当てながら、一つの提案を持ち掛けた。

 

「んじゃあ、そうだな……俺の108あるお仕置きの一つは、どうだ?」

 

 魔王様の108あるそれは、108全て喰らえばまともに生きてはいられない。一つでも、相当な精神及び身体への深刻なダメージは必至だ。

 

 その一つ……カシャカシャと、ハジメからやたらと細かく機械的な音が発せられ、ハジメコートの内側がひらりとなる。

 

「え、え?」

 

 何かがコートからチラリと顔を見せた途端、黒い集団が蠢きだした。それは、一つ一つが蜘蛛の形をしている生体ゴーレムで、ハジメのアーティファクト、〝アラクネ〟共。エガリ・ノガリのコンビは居ない。

 

「こいつにはな、麻痺の薬が入ってる。まあ、身体を這い回られたくないなら、潔く出る事を勧めるが?」

「出る、出るわ。だからその蜘蛛さんを仕舞って、ね?」

 

 珍しく、メイルが気圧される。どうやら、現代と過去のドSでは、現代のドS魔王に軍配が上がったらしい。ミレディ達が「こいつ、真性の鬼畜かっ」と慄いた。

 

「聞き分けが良くて助かる。俺も、仲間にこんな事はしたく無いからなぁ」

「「「「それは嘘だろっ!!」」」」

 

 ハジメはニヤリと口角を上げて、これからヤベぇ事をするマッドな科学者の表情になっていた。それを見たミレディ達の頰が自然と引き攣る。

 

 こうして、不安マシマシの中、ミレディ達はアングリフ支部を後にしたのだった。

 

 

*1
解放者所属の伝達部隊隊長。キャスケット帽に皮の肩掛け鞄という、いかにも旅人っぽい見た目をした好青年。固有魔法〝鳥獣愛護〟で、通常の動物と心を通わせ、著しく能力を強化することにより、各地の支部に最速で手紙を飛ばせる。一番の相棒は、乳白色の鷲であるクリーム。

*2
ミレディがウザくなった原因、つまり現在のミレディを作った人物。教会の神託の巫女だったが、ある日エヒトに棄てられて殺される。その後、ラウス・バーンに命を救われ、解放者を組織した。ライセン伯爵家にミレディの専属の侍女となって潜り込み、処刑する機械として生きてきたミレディと、数ヶ月だけだったが友情を超えた家族のような関係を育んだ。



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ハジメとリューティリスが出会ったら

年が明けても小説執筆


 

 アングリフ支部から出発して数秒後、ハジメ達は〝天在〟で樹海にやって来ていた。

 

 樹海の中は、噂に違わない濃密な霧で満ちている。現代のトータスでも、ここまで霧は濃くなかったなと、ハジメが改めて大樹の力に感心を覚える。

 

 しかし、ハジメ達は霧に入った時点で違和感に気付く。かつてハルツィナ樹海に立ち入った際に感じた、方向感覚の狂いが見られなかったのだ。

 

「ナイズ、感覚に違和感あるか?」

「特に無い。正常に思える」

 

 空間の把握で方向感覚を調整しようとしていたナイズが答えると、ミレディもそれに頷いた。

 

「多分、これが〝話を通しておく〟ってことかな?」

「でもお姉さん、何だか寒気を感じるわぁ」

「うん。結構な視線だね。これは、人……なのかなぁ?」

「分からん。だが、拒絶してない事は確かだ」

 

 中でも、ハジメとユエは、その視線……いや、全ての気配に覚えがあった。

 

『……ハルツィナの迷宮で似た様な気配を知っている。まさか、アイツら(・・・・)が居るんじゃ無いだろうな)』

『でも、ハジメ……あの、リューティリスが女王なら』

『……』

 

 何かを危惧するハジメだが、遠くから微かな声が聞こえて思考が遮られた。 

 

「! みんな、今のっ」

「悲鳴が聞こえたわね。行きましょう」

 

 高速で移動すると、程なくして霧が晴れた。ドーム状で、霧の侵入を遮られているのだろうか。その中で、獣人族が背後の子供を守りながら光を纏う虎の魔物と戦っていた。少々劣勢に見える。

 

「あれは……獣光騎士団*1の聖獣!? なんでこんな所に!」

 

 その聖獣のうち一体が、纏う光を爆発させて獣人達を吹き飛ばした。

 

 一人が耐えて突進する聖獣を受け、他の二体は迂回するように、獣人の幼子達目掛けて駆け出していた。

 

 ミレディがナイズとメイルに指示を出そうと声を出す、その寸前。

 

 三つの紅き閃光が背後から走り、それぞれの聖獣の脳天を穿った。

 

 いざ尋常に……と構えていたミレディ達の目が点になる。そして、後ろのハジメとユエを見遣った。

 

 ハジメは宝物庫から弾丸を空中リロードして、こちらを見る三人に、「え? 何お前ら」という胡乱げな視線を向けている。ユエはユエで、足元の石を蹴りながら「……出番、欲しい」と呟いていた。

 

「……お姉さん、改めて思うけど、ハジメくんは好きになれないわぁ」

「……まあ、性格は似ているからな」

「あら、まるでオスカーくんとヴァンくんみたいだって言いたいの?」

「通ずるものはあるだろう」

 

 通ずるもの……つまり、同族嫌悪という奴だった。

 

「それを言ったら、なんかあれだよね……私とユエちゃんも、アイデンティティーが丸被りみたいな?」

「いや、それは無い」

「なんでぇ!?」

 

 即答するナイズに、ミレディが叫ぶ。

 

 しかし、言う事は出来ない……ミレディのアイデンティティーは魔法ではなく、ウザさにある事を。

 

 そして、まだナイズは知らない……ユエは既に、未来のミレディからそのウザさを受け継いでしまっている事を。

 

「ま、まあ、それはさておき……大丈夫? 痛いところはない?」

 

 ミレディが穏やかな微笑を浮かべ、すぐそこにいた犬耳獣人の女の子にそう尋ねる。

 

 ……その子の顔がサァッと青ざめた。

 

「に、人間……お、お母さぁぁん!」

「エッ!?」

 

 幼女が母親に向かって一目散に逃げた。今は母親の後ろでぷるぷる震えて、自分を指差している。

 

 幼女に微笑んで逃げられた上に指をさされ、ぷるぷるされてミレディは盛大に狼狽えた。

 

 それで村人達も我に返ったらしい。

 

「き、貴様っ! 何しにここに来た!」

「人間がどうやってこの深部まで侵入したんだ!?」

「くそっ、他の戦士はまだか!?」

 

 一人の獣人の剣士がガクブル震えながら剣を構えている。いつ斬り掛かってくるか分からない緊張状態だ。

 

「ね、ねぇ……誰が行くの?」

「勿論ここはメイルだろう。同じ獣人族なら、説得はできる」

「えー、お姉さん働きたくないわぁ」

 

 メイルの目線がハジメとユエに向く。

 

「いや、俺達にどうしろと……」

「……ん。そういうの得意じゃない」

 

 頼みの綱は使えなかった。ナイズが呆れたように溜息を吐く。

 

「早く誤解を解くぞ。メイル、お前の口から説明しろ」

「なんでわた──」

「……二度は言わん。──いいな?」

「そ、そうね。誤解を解きましょうね。お布団の心地よさが忘れられなくて働きたくなかっただけなのよ。ね? だから、その、ナイズ君? お姉さんに虫けらを見るような目を向けるのは……あ、いえ、なんでもないわ」

 

 普段、あまり怒らない人が怒ると凄く恐い&静かにキレる人が一番恐いのダブルを見せるナイズに、ほぉ、とハジメが感嘆の声を漏らす。あれで怒られるのはハジメでも勘弁願いたいと思うほど。

 

「っ!? おいおい……まさかこっちに来やがるのか!」

 

 しかし、ハジメが悪寒と共に恐ろしい気配が接近してくるのを感じ取った。

 

 チッ、と一つ舌打ち。メイルは既にミレディとナイズの前に出ており、かの暴威を諸に受けるだろう。

 

 ユエも気付いたのか、ハジメのコートの裾をちょいちょいと引っ張る。

 

『……気配を隠して逃げた方がいい』

『あいつら、置いてっていいのか?』

『……ん、ん〜。た、多分この時代の人なら、奴らくらいどうって事ない……はず!』

『……そうだな! ミレディ達なら大丈夫だな!』

 

 正に外道だ。奴らが来るからと、平然と仲間を見捨てている。

 

 二人とて、ミレディ達が自分たちとそういった感覚は変わらないのは分かっているので、あくまでそういう体で話を進めるらしい。雑にも程があるというもの。

 

 ハジメの技能やアーティファクトも併用し、兎人族もビックリの隠密で木の上に避難した。ミレディ達はハジメとユエが居なくなった事に気付いていない。

 

 ようやくやる気を出したメイルが二人を庇うように両手を広げ、いつになくキリッとした顔で口を開き、

 

「メイルお姉さんの話を聞いてちょうだい──」

 

 その直後だった。

 

 ──カサカサカサカカサカサカサカカサカサカサッ

 

 という、なんとも背筋をぞわっとさせる音が響いてきたのは。

 

「あ、メル姉、足元」

「え?」

 

 見てみれば、そこには黒い物体が一つ。とてもカサカサしているそれは、地球でも、そしてこのトータスでも無類の生命力を持つ、漆黒のG。

 

 それが、たくさん居る。見るのもおぞましいほど、たくさん。

 

「ってアレ!? ハーちゃんとユエちゃんがいない!?」

「今は二人の事より、ナイズくん──」

 

 転移を! という前に、ビタビタッとメイルの顔面に張り付くG。

 

 その顔に付いた一匹を手に取り、掌でカサカサ動くそれを見て……

 

「ふっ」

 

 何故か笑ってぶっ倒れた。

 

「メル姉ぇ〜〜〜〜っ!! 畜生ッ! ハーちゃん達絶対許さねぇ!!」

「ミレディ、慌てすぎだ」

「ナっちゃん!?」

「黒ごまだと思えばいい。ハジメがこの楽園に居なくて残念に思うが、自分は、黒ごまのパンが好きだ。黒ごまのパンはとても美味い。そう、黒ごまの楽園だ」

「ダメだこの人っ、既に正気を失ってる!」

 

 ナイズの目が死んで居た。遥か遠くを見つめて居る。

 

 残るはミレディだが、当然あのリーダーが仲間外れになる筈もなく。

 

「ま、待って! 来ないで待ってお願いやめてぇ、ハーちゃんユエちゃん助けて私死んじゃういやぁああああああっ」

 

 遂に、三人が羽音と漆黒に包まれた。

 

 因みに、人間を倒すぞ! なんて意気揚々とやって来ていた獣人族の戦士は黒の影を見た瞬間、スタタタっと逃げ出している。

 

 自然を愛する獣人族も、Gは無理なのだ。

 

「ん……危機は去った」

「犠牲はあったがな」

 

 見れば、もう既にG達は黒い煙となってどこかへ飛び去り、死屍累々の様相が残った。気絶しているメイル、そして立ったままブツブツと呟くナイズと、目が虚ろなミレディ……なんとも哀れである。

 

 回収しに行くか、と木の上を降りたハジメにユエが追従しようとして……目が合った。

 

 思わずユエの動きが止まる。そして、枝の上で仁王立ちし、「やや、これは失礼したであります!」と綺麗に一礼するGを見て……

 

「……ふっ」

 

 ユエもノックアウト。そのまま体が落下していくユエに気付いたハジメがラ◯ュタの如く受け止めてやった。

 

「お、おい、ユエ? どうした、しっかりしろ!」

「ん……んぅ……」

 

 ユエが気絶するという異常事態に、何を思ったかハジメ、エミリー印の薬剤を飲ませて回復を図ろうとしている。

 

 しかし、単なる気絶であるので効果は無く……

 

「お〜い、リーダー。迎えに来てやったぞ……って、え、何この状況」

 

 このカオスな状況に、迎えに来たらしいバッドは盛大に頰を引き攣らせた。

 

 それから数十分後。

 

 ハジメはユエを横抱きに抱えながら、目が虚ろなミレディを連れたバッド、そして正気に戻り、気を失ったままのメイルを抱えるナイズと歩いていた。

 

「ほ〜ん、なるほどねぇ。道理でこんな到着が早まったのか。まさか、神代魔法使いが一気に二人も増えるとは思いもしなかったぜ」

「それで、戦況は?」

「あ〜、そいつは着いたら話すだろうから、少し待っとけ」

 

 と言っていると、不意にミレディ目に光が灯る。

 

「ハッ!? ここはどこ!? 私は美少女!?」

 

 目覚めた時のお約束は、ミレディが無駄に自信を発露した事によって破られた。ハジメもこれにはブフッと噴き出す。

 

「おい、美少女(笑)リーダー。そろそろ正気に戻れ」

「え? あれ? バッド?」

 

 ミレディは、いつの間にか合流していた事に気が付いた。後ろには、獣人族の戦士達が胡乱な目つきで追随している。

 

「あれ? にしても記憶がなんだか曖昧……何か悪い夢を見ていたような?」

「あ〜、覚えてねぇならそのまま忘れとけ。世の中、その方がいいこともあるもんだ」

 

 それに続き、ユエがぱちぱちと目を開いて起きた。ハジメに横抱きにされてる事に気付いて、思わずはにかんで身を預けている。

 

 その様子を、いかめしい目付きで見る者が一人。

 

「……てめぇ、ハジメよぉ。その嬢ちゃんとどんな関係だ?」

「……嫁だが、何か文句あるか?」

「大アリだこの野郎っ! 言うに事欠いて嫁だぁ!? 処すぞ!」

 

 絶賛婚活中のバッドに、ダイレクトなダメージ。更にそこへ、ミレディがステップ気味にバッドに駆け寄り、一枚の写真をバッドに手渡した。

 

「因みに、八人のお嫁さんがいるらしいよ!」

 

 バッドがまじまじと、手渡された写真を見た。ハジメの片腕にギュッと抱き着くユエと、反対側には兎人族の美少女。そして片腕で頭を抑えられ足蹴にされている竜人族の美女に、ハジメの背中に手を回して抱き着く、ちょっと神の使徒っぽい黒髪の美少女、もじもじしながらハジメに寄りかかるポニテ美少女etc……

 

 計八人もの美女美少女が、寄って集ってハジメの傍を奪い合っていた。ちなみに、ユエがミレディにあげたものである。

 

 そんな物を見せられて、あのバッドが黙っているはずもなく。

 

 プルプルと肩を震わせて、写真を握り締めた。そして、背にかかる大鎌に手を掛ける。

 

「鏖殺の、時間だぁっ!! ──エグゼスッ!!」

「えっ、ちょっ!?」

 

 ミレディが制止しようとするも、無差別に、かつ全方位に振り撒かれる藍色の魔力刃を躱すのに精一杯で、近づけさえしない。

 

 至近距離に居たハジメは、ユエを地面に下ろしながら咄嗟にクロスヴェルトで結界を敷くが、それもものの数秒で弾け飛び、アイディオンを展開してどうにか防ぎ切る。そんなハジメの顔は驚愕に満ちていた。

 

「……魔喰大鎌、エグゼスだと?」

「おうさ。俺が〝騎士狩り〟たる所以よ。そして……今からお前の首を狩る鎌の名前だぁ!」

 

 大振りの一撃を躱しながら、ハジメは思考していた。

 

 ──魔喰大鎌エグゼス

 

 それは、ハジメの時代において、メイド集団、フルールナイツ序列第七位トレニア……もとい、トレイシー・D・ヘルシャーが所有しているアーティファクト。

 

 ウル湖の湖底から発見されたそのアーティファクトは、ヘルシャー帝国初代皇帝時代から担い手が居なかったのを、神話大戦に参戦すべく宝物庫に入ったトレイシーの手に馴染んでしまったそう。

 

 つまり、エグゼスが初代皇帝に回収される前……〝解放者〟の時代の担い手が、解放者副リーダーこと、バッド・ヴァーチャーズということらしい。

 

 しかも、振るわれる鎌の威力、速度そして技量も、改造されたエグゼスを持つトレイシーより別格。

 

 紙一重で身を様々な方向に翻すも、段々と身体を掠め始める。

 

「……ハジメ、どうする?」

「いや、ユエは何もしなくていい。エグゼスは魔法を吸収するからな。下手に強い魔法を使うのもアレだろ」

「……残念」

「おいコラァ! イチャイチャしてんじゃねえ!」

 

 チッ、と舌打ちを一つすると、太腿のホルスターに手を掛け、電磁加速されたシュラークの弾丸がバッドの脳天に迫る。

 

 しかし……

 

「うおっ……おいおい、嫌な殺気がしたと思ったら、なんだよ今のは」

「おいおいって言いたいのは、寧ろこっちの方だけどな!」

 

 バッドはうへぇという表情をしていながら、傷一つ負っていなかった。

 

 ハジメが撃った弾丸はゴム弾だった。だがゴム弾と言えど炸薬量は実弾そのままで電磁加速が加わり、その速度はどこぞの武神ウサギでもなければ躱せるはずもない。

 

 それを、バッドは初見で躱してみせた。魔眼石には、何か魔法を使用した形跡も視えなかったので、エグゼスで強化されただけの身体能力でレールガンを躱したという事。

 

 仕方なく、実弾の入ったドンナーを抜き、二丁拳銃スタイルで四発──なお二発分の音しか鳴っていない──が放たれると、バッドはエグゼスで一発目の弾道をずらし、二発目を鎌の刃で受け、その反動で回転した刃で三、四発目を叩き切った。

 

「マジかよ……」

 

 全てが見えていたハジメだからこそ分かる、バッドの異常なまでの技術。

 

 シアが力を体現する武人ならば、バッドは技を体現する武人。

 

 それ程までの、隔絶した大鎌術。

 

 因みに、バッドとハジメの戦いを見ているミレディ達は、何が起きているのかさえも分かっていない。

 

「その、なんか飛ばす奴の軌道は見切ったぜ。チェックメイトか?」

 

 ニタァと、まるで処刑人の様な気味の悪い笑みを浮かべてくる。

 

 ハジメもこれ以上の戦闘は吝かでは無い。ここまで追い詰められるのも久々だった。

 

「まだ他にもあるにはあるんだが……それよりも、一ついいか?」

「あぁん?」

 

 にも関わらず、こうして戦闘を中断した。その理由とは……

 

「お前に紹介したい女性が居るんだが」

「乗った」

 

 ハジメが宝物庫から写真を見せると、バッドは途端に鎌を下ろし、笑顔でハジメと握手した。凄まじい変わり身の速さだった。

 

 その写真に何が映っているかは……金髪ドリルなメイドという点で推して知るべし。

 

 こうして、バッドの嫉妬から始まった少しの戦いは和解と相成った。

 

「……え、何これ」

 

 そしてミレディの呟きは、華麗にスルーされるのだった。

 

 

 

 

 先の戦いのせいか、後ろの獣人族達に、より一層の警戒でもって監視されつつ歩いていくと、程なくしてハジメ達は巨大な壁に遭遇した。

 

 濃霧で詳しくは分からないが、何本もの巨木がぴったりと隣り合ってそびえ立ち、それが延々と横に続いている。

 

 共和国首都の外壁なのだろう。明らかに人工的な並びだ。だが正直な話、ミレディの重力魔法でもないかぎり、とても人が設置できる大きさには見えず、また全ての巨木が奇妙なほど似通っていて、実に不可思議な光景だった。

 

 その樹木で作られた巨大な外壁の下。ミレディ達の正面にはアーチ状の門があった。

 

 ただし、その出入り口は何百何千という太い枝が重なり合っていて完全に閉ざされている。

 

 バッドが合図すると、枝の門が淡く発光した。そして枝が解けるように引っ込み、道が開く。

 

 おぉ〜と驚くのも束の間、門をくぐった先で飛び込んできた光景に、ミレディ達は圧倒されることになった。

 

「……すごい……これが共和国」

「あらあら……」

「……」

 

 実は、バッドとハジメの戦いの最中にさり気なく起きていたメイルを含め〝解放者〟組三人が感嘆の声を漏らして、ただただその幻想的な景色に見入っていた。

 

「フェアベルゲン以上だな、これは……」

「……すごい」

 

 フェアベルゲンにもあった、樹木の空中回廊や木の洞の中の住居、ツリーハウスが木の幹を囲うように並んでいる。

 

 そして、フェアベルゲンには無かったものが、この都市の中心部に屹立していた。

 

「あれが大樹ウーア・アルトだ。感動もんだろ?」

 

 現代では霧で隠れてしまったその圧倒的な偉容の全体像を、ハジメとユエは初めて知る事となった。

 

 首を真上まで上げなければ幹の終わりは見えず、更にそこから天を覆うように枝葉が伸びていて、それが首都を覆う巨大なドームを形成している。

 

「獣人達は〝母なる樹〟なんて呼んだりもしてるぜ。この都はな、なんと大樹の枝葉に全て覆われているんだ。いや、枝葉の真下の範囲に都を作ったというべきか」

 

 バッドの説明にミレディ達が我を取り戻すと、周りには案内役か、もしくは監視役か、獣人族の戦士達に囲まれているのに気が付く。

 

 「まあ、無理はないわな」と、ハジメが肩を竦めると、ユエを伴ってどこか誇らしげな獣人達に付いて行く。

 

「あっ、ちょっと待ってってばハーちゃん!」

 

 恥ずかしさを紛らわすようにミレディ達が小走りで追いかけ……

 

 そうしてやってきた大樹の根元の中。

 

 ハルツィナ大迷宮となる前の大樹の中は、自然を活かした非常に凝った造りとなっており、迷宮に出来るだけの広さは、居住区としても使われている。

 

 ガイドのように説明していくバッドの話に聞き入りながら、強靭な蔦を使っているのだという滑車の昇降機で移動する。

 

 かなり上まで来ると、やがてテラスで停止して、待ち受けていた戦士達に自分の武器を預けて、囲まれるようにして正面の通路を進んでいく。

 

 扉型の大きなアーチを抜けると、中央に道を開ける形でずらりと獣人達が並んでいて、その奥には、数段上に作られた祭壇のような場所の上には、枝葉が絡み合ってできた豪奢な玉座と、そこに座す純白のドレスの、森人族の女性。

 

 見るからに、玉座の間であった。

 

 ゲームでは、世界樹の中にとか、エルフの国とかはこんな感じの玉座が多いが、生の樹木の玉座は、それらとは比べ物にならない程幻想な雰囲気を醸し出している。

 

 ここ、ゲームで見たことある!と、すっかり南雲家に染まってしまったユエを何とはなしに撫でてやり、事の趨勢を見守るハジメ。

 

 リューティリスの翡翠の瞳がミレディを捉える。ミレディは所定の位置までやって来て、片膝を突き女王への敬意を示した。それに続き、ミレディの斜め後ろで、バッド達も。

 

 当然だが、ハジメとユエも片膝を突いた。この場では二人は共に〝解放者〟のメンバーであり、リーダーが片膝を突いたのならば、それに倣うものだと理解していた為である。決して、ハジメがやってみたかったからでは無い……と思いたい。

 

 ミレディとリューティリスの視線が交錯する。

 

 やがて、無言の女王に周囲がざわめき始めた頃、何かに納得したように表情を和らげた女王は静かに口を開いた。

 

「ようこそ、世界に抗う者。わたくしが共和国女王、リューティリス・ハルツィナですわ」

「はい、女王陛下。〝解放者〟リーダー、ミレディ・ライセンと申します、この聖域に訪れる許可をくださったこと、心より感謝申し上げます」

 

 ハジメとユエが目を見開きミレディの後ろ姿を観察する。誰だお前、偽物? みたいな目だ。ナイズとメイルも同じようにギョッと目を剝いていた。

 

『ミレディが……敬語だと? これは何かの間違い……いや夢なのか? ミレディがこんな丁寧口調? いや有り得ねぇだろ』

『ウザくないミレディ……アイデンティティーの消失?』

 

 いやハーちゃんもユエちゃんもかよ!? と、何となく背後から漂う気配を感じ取ったミレディの口元が僅かに引き攣る。

 

 斯く言うハジメも、敬語を使う際のギャップは凄まじいが。

 

「ふふふ。どうやらバッド殿の言う通り、普段は〝お転婆娘〟なようですわね?」

 

 ギンっとミレディアイが肩越しに飛ぶ。バッドはそっぽを向いた。

 

 ミレディは溜息を吐きつつ、リューティリスに向き直る。

 

「陛下、オブラートに包む必要はございません。どうせ〝クソガキ〟とか〝ウザいリーダー〟とか口にしていたのではありませんか?」

「ええ、実は。ついでに複数の殿方に求愛されている人気ぶりが妬ましいとも」

「じょ、女王陛下を相手に何を言って……うちのバッドがとんだご無礼を。組織を代表してお詫び申し上げます! あと、それ誤解なので! モテないおっさんの情けない僻みですから!」

「んだとゴラァッ。毎回毎回きゃっきゃうふふな報告書送ってきたのは事実だろうが!」

「楽しい報告書の何が悪いか! それで僻むとかああやだやだ! そんなんだから未だ独身なんだって、どうして分からないかなぁ〜」

 

 バッドの青筋がピキピキっと数を増していく。

 

「処すっ」

「やってみろゴラァッ」

 

 そして、あわや喧嘩かとなった直後、

 

 ──ドパンドパンッ!

 

「「あふんっ」」

 

 綺麗に額を撃ち抜かれ、後ろに仰け反って転倒した。

 

 ハジメが〝宝物庫〟からさりげなくゴム弾取り出して、指で弾き飛ばしただけだが、それによってミレディとバッドが正気に戻る。一瞬で片膝体勢に移行した。

 

 リューティリスはおかしそうに笑い、しかし直ぐに厳格な雰囲気を纏って尋ねた。

 

「バッド殿から、〝解放者〟の事は聞いておりますわ。その理念も、貴女方がわたくしと同じ神代の魔法の使い手であることも、我等の力になりたいと考えていることも、そして、貴女方でなければ抗えない〝敵〟がいることも……それは〝信じ難いこと〟ですわ。包み隠さず言うなら、この場の誰も納得などしておりませんの」

 

 現に、歯向かえば負けたも同然と畏怖される教会と戦争をしながら、共和国の被害は限りなく抑えられている。

 

 そして何より、共和国には……

 

「同じ〝使い手〟として、告白いたしましょう。わたくしの力は────」

「〝昇華〟。全ての力を最低限一段階は進化させる魔法。そうだろ?」

 

 ミレディ達四人と獣人達が、目をギョッと見開いてハジメを見た。さながら、〝こいつ何やっちゃってんの!?〟と言っているようである。

 

 リューティリスも、耳をぴくぴくさせ、面食らっているらしい。何故か頬がうっすらと赤らんでいる気がしないでもない。

 

「……はい。その通りですわ。ですが、何故それを?」

「俺も、そしてユエも〝昇華魔法〟を使えるからな」

 

 ハジメの場合、かなり限定的ではあるが。

 

「大方、大樹の権能や戦士達と併せて使っているんだろうが……それで教会に勝とうなんざ、百年早い。ここにいる精鋭じゃ、いくら昇華して能力を上げようとも……どう足掻いても勝てない」

 

 それは、力量差を正確に測った、驕りも何もない、ハジメの純粋な所見。

 

 だが、当然ながら共和国側は激昂した。

 

「貴様っ、俺達を侮るかっ」

「所詮は人間だっ。こちらを見下しているっ」

 

 ここの精鋭ではどう足掻いても勝てない、という言葉に、ヴァルフ*2やリューティリスの近衛らしい豹人族の男を筆頭にハジメに食ってかかる。

 

 しかし、そんな中で、ハジメの視線を受けたミレディが、直前のハジメの言葉を背負って、静かに続けた。

 

「私は、一人で白光騎士団のラウス・バーンと互角に戦えます」

「それがどうしたっ。その程度──」

「その私が、いえ、神代魔法使いが三人がかりで戦って、生き延びることで精一杯だった相手がいる。魂のない、生きているけど生きていない、人のふりをしている存在」

 

 何か、得体の知れないプレッシャーを感じて、ヴァルフ達が口を噤む。

 

「銀色の修道女。教会のジョーカー──神の使徒」

「神の……使徒」

 

 呟きを返したのはリューティリス。

 

 そして、ハジメは〝宝物庫〟から、神の使徒を取り出した。

 

「──っ!?」

 

 クリスタルの中で眠るように保存されている神の使徒。かつてハジメが、マザーとの戦いの最中で神の使徒ノイントの肉体は消し炭にされてしまったので、これはまた別の遺骸だったりする。

 

 それを見て、リューティリスが息を飲んだ。既に死んでいると分かっていても、その押し潰されるような気配を感じ取ったからだ。

 

 ミレディとハジメが、してやったりという顔……になるのをどうにか抑えて、リューティリスの二の句を待つ。

 

 というのも、これは共和国に来る前から考えていた作戦なのだ。ハジメがミレディの作戦を聞いて、提案したものである。最初にこれを見たミレディ達も、このクリスタルに包まれた神の使徒に愕然していたりする。

 

 その神の使徒の気配に、他の獣人達も気付いたのだろう。死してなお、これほどの気配とは……と。

 

 更に、ミレディが魔王に憑依し、魔王国を裏から操っていた〝神域の存在〟も口にした。その厄災が、リューティリスに降りかからないとは言い切れないと。

 

 ミレディの、とても少女とは思えない重みのある眼差し、雰囲気、声音。そして、実際に〝神の使徒〟は存在するという証拠まで出され、激昂する者は誰も居なかった。

 

 しんと静まり返る玉座の間。未だ不満と怒りはあれど、確かに、彼らは敵を甘く見ていたと思わざるを得なかった。

 

「見返りは? 命を懸ける代償に何を望みますの?」

「──何も。貴女が、この先もずっと貴方で居続けてくれればそれでいい」

 

 数瞬の間を置いて、ミレディは即答した。口調が崩れ素が出ていたが、咎める者は居ない。飾り立てていない心からの言葉だと、その蒼穹の瞳を見れば分かったのだ。

 

「本当は、仲間になってほしくてずっと貴女のような人を探していたんだけど……流石に獣人さん達の大切な女王様を勧誘するなんてできないしね。だから、貴女が教会に奪われることなく、自由な意志の下にいてくれるなら、それでいい」

 

 だから、そのために、

 

「貴女を守らせて。私の、私達の、全てを懸けて貴女を守るから」

 

 ああ、でも……と、ミレディは少し肩越しに振り返った。ナイズ、メイル、バッド……そして、ハジメ、ユエ。

 

 特に、ハジメと目が合った。「貰えるもんは貰っておけよ、勿体ない」という、何か戒めの混じった感情が見え隠れしている目線に苦笑しつつ、

 

「もし、望んでいいのなら一つだけ」

「……聞かせていただきますわ」

 

 再び、リューティリスとミレディの目線が交錯する。

 

 数秒、見つめ合い、ミレディは穏やかに望んだ。

 

「私達は世界を変える。人と人がもっと認め合える、そんな世界に。疑ってもいい、警戒してもいい。けれど、その未来が訪れたら、どうか最初から〝拒絶〟だけはしないでほしい。貴女達に寄り添いたいと願う人の声を、聞いてあげてほしいんだ」

 

(……まあ、何事も要求してみるのが一番だってことだな)

 

 そう、ライセン大迷宮を攻略した時のように。

 

 ハジメにとっても、大迷宮から流された時のことは今でも根に持っているから、当時の記憶は鮮明に思い出せる。

 

 その時、身ぐるみ置いてけとミレディに迫り、結局流されてしまった訳だが……

 

「もちろん、直ぐに信じろなんて無理な話だと思いますし、〝騎士狩り〟に加え同じ神代魔法使いが五人も傍にいるなんてリスクが高すぎると判断するのも自然だと思うので、どうしても滞在が許可できないというのなら出ていきます。奴が現れたり、陛下に異変が起きたりした時に私達に分かる合図をくれれば飛んでいきますから!」

 

 ハジメの意思を、少し曲解して受け取ったミレディの言葉に、リューティリスが少し微笑みを返しつつひとつ頷き、視線を隣の猫人族の老女と、熊人族の戦士、戦団長のシム*3へ転じる。

 

 老女は同じく頷くが、シムは少し悩ましげな表情を浮かべると、この場の戦士達に視線を巡らせ、最後にミレディを見た。やがて、「ふむ」と頷き口を開く。

 

「陛下。〝解放者〟の言う脅威については、おおよそ把握できたつもりです」 

「では、滞在を許可することに異論はないと?」

「いいえ、陛下。前提を確認する必要があると申し上げます」

「前提……なるほど。力を示せと言いたいのですわね?」

「しかり」

 

 シムはミレディ達を見やると、一歩前に出た。

 

「御前試合を提案する。我等護国の戦士達を凌駕するというその言葉、大言壮語でないと証明してみせろ」

 

 なるほど、とミレディは頷いた。使徒の脅威も、守るという言葉も、力無き者の言葉ではただの笑い話だ。

 

「受けて立ちます」

 

 ミレディの躊躇いのない言葉に、戦団長のシムは僅かに口の端を吊り上げつつ、覇気と共に前に出ようとして──

 

「ちょいと待ってくれ、戦団長。その役目、俺に譲ってくれねぇか?」

「ふむ? なぜだヴァルフ」

 

 シムを遮るようにして前に出たのはヴァルフだった。

 

「白兵戦最強は俺だろ? それに──」

「それに?」

「気にくわねぇんだよ」

 

 そう言って、ヴァルフが睨んだのは──メイルだった、メイルがきょとんとした顔で小首を傾げる。

 

「てめぇ、なんで人間なんかといやがるっ。なんでそのガキ如きに従ってやがる! 陛下と同じすげぇ力を持って生まれたんだろ!? だったら祖国に尽くすのが当然じゃねぇのか!?」

 

 ヴァルフは、メイルが〝解放者〟にいることが気にくわないらしい。

 

 そしてヴァルフは、メイルと自分が戦い、もし自分が勝ったらメイルが組織を抜けて共和国で暮らし、自身の従者になるという条件を突きつけたのだ。

 

「ワンワンとよく吠えること。お口ではなく手を動かしたらどうかしら? ねぇ、ワンちゃん?」

「いいぜ。その思い上がり、ぶっ潰してやるよ」

「うふふ、いいわねぇ。久しぶりだわ、こういうの。最近は跳ねっ返りが少なくて、お姉さん欲求不満だったのよ」

 

 ミレディがあわあわし、ナイズとシムがそっくりな仕草で眉間を揉みほぐし、それにリューティリスが瞳をキラキラさせているのを見たハジメとユエが、何だか嫌な予感を感じ取る。

 

「あ、あのあの! 私が戦うから! ね? ね? メル姉と戦うのはやめてとこう?」

「自分からも頼む。ミレディで不満なら、自分が相手をするからメイルはやめてくれ」

 

 ミレディとナイズが懇願する。それを見てかヴァルフは、〝神代魔法使いであっても近接戦闘は不得意だから焦っている〟と捉えたらしい。

 

 そして出ちゃったのだ。悲劇の舞台に。

 

「は、ハーちゃん! メル姉を止めて!」

「オスカーの居ない今、お前だけが頼りなんだっ、ハジメ!」

 

 懇願の対象がハジメに向く。しかし、ここの所頼られ過ぎている気がして、不満を爆発させる。

 

「だぁーっ畜生! お前らは新人の俺に頼り過ぎだ! ……んで? つまりこんな時はオスカーを頼ってるんだな?」

「「ぎくっ」」

「錬成師を便利屋と勘違いしてんなら、やめとけよ? 俺とオスカーでストライキ起こすからな?」

「「勘弁して下さい」」

 

 その二つの視線に、頭をガシガシと掻いて結局やるハジメ。これがハジメがツンデレと言われる所以であることをに、ハジメは気づいていない。

 

「おい、ヴァルフとか言ったかお前」

「……なんだ? お前も手を出すなとか言うクチか?」

 

 部外者はすっこんでろ! と言わんばかりの殺意の篭った視線をするヴァルフに、ハジメが首を振った。

 

「いや、こう言っちゃなんだが、俺はある所じゃ魔王って呼ばれていてな。お前ら白兵戦最強なんだろう? どうだ? メイルとやりあう前に俺とやりあってみないか? 戦いが終わったら回復させてやる」

「自称魔王とかいう奴と前哨戦か。……良いじゃねぇか、受けてたってやる。だがそうだなぁ……俺が勝ったら、お前達は総じて弱いって事だろ? 直ぐにこの樹海から去れ。いいな?」

「決まりだな」

 

 お互いが向き合うと、ハジメは獣人から返された二丁拳銃をホルスターに仕舞い込み、無手のまま挑発した。

 

「……来ないのか? 〝ワン公〟」

「舐めやがってっ!」

 

 ヴァルフが勢いに任せて突っ込む。すると、その姿は失せ、既にハジメの背後に居た。

 

「ハッ、所詮人間、口ほどにも──え?」

 

 と言ったヴァルフの目の前に、ハジメの姿は無かった。

 

 慌てて周りを見渡すと、ハジメはヴァルフの後方で欠伸していた。

 

「て、てめぇ、どうやって後ろに……」

「どうやっても何も、単に後ろに跳んだだけだが?」

「そんな訳あるかっ! 畜生、どんなからくりで……」

 

 からくりも何もない。ハジメは自身の身体能力に任せて、ヴァルフが回り込む前に回り込んだだけなのだ。

 

「遅いな。それがお前の本気か?」

「〜〜っ! うおお、これはどうだっ!」

 

 ヴァルフが、固有魔法の〝浮身〟を発動。半径1メートル以内の重力を操作する魔法で、両脚で立っていた筈のハジメのバランスが崩れた。

 

「貰ったぁぁぁっ!!」

 

 ヴァルフ必殺の一撃が、ハジメの背後から迫り……

 

「……は?」

 

 ……ヴァルフは、そのまま壁に激突した。

 

 何が、とヴァルフが正面に視界を向けると、ハジメは何事もなく平然と立っている。

 

「て、てめぇ……今のをどうやって躱した」

「躱してなんか無いぞ? 受け流したんだよ。更に加速させて、壁にぶつかるようにな」

 

 いわゆる、合気道。

 

 これは、ハジメが雫に会う為八重樫家に訪れる度に襲撃を受けていたら、自然と身に付いてしまった技術の一つである。これを、バランスを崩しながらハジメはやってのけたのだ。

 

「く、くそっ、逃げるんじゃねぇ! 正々堂々と戦えっ」

 

 逃げてはいない。が、つい悪態が口を衝いて出ると、壁から身を引き抜き、飛び出してきた。

 

 それを聞いたハジメは、少しばかりキョトンとした表情を浮かべると、途端に凶悪な笑みに変えて、

 

「え、マジで? んじゃ正々堂々とやるわ」

 

 ──ドガッ、グキッ、バコンッ アーッ

 

 ハジメが大きく踏み込むと、ヴァルフはそれに反応出来ず腹に突き刺さると、次に軽く拳で昇◯拳をかまして天井にぶつけ、力なく落ちてきた所を回し蹴りで蹴り飛ばした。

 

 そして、ハジメとヴァルフの周囲にドーム状の水壁が張られた。

 

 ハジメの攻撃に唖然としていたミレディ達が、メイルを見た。うふふと笑っている。ストレスが発散出来なかったからか、ヴァルフに嫌がらせをしたらしい。〝あ、十中八九こいつだな〟とジト目を向けた。

 

 そして再度試合に目を向けると、そこには黒い鞭をバチンと床に叩きつけてニヤリと笑うハジメと、ヒッと怯えるヴァルフの姿が──

 

「って待て待てぇいハーちゃん! これじゃあメル姉とまるで変わんないじゃん!? え、マジ何やってんの!?」

 

 ミレディがハジメにそう突っ込むも、水壁に遮られて聞こえていない。しかもヴァルフの口が、必死で〝参った!〟とか〝降参だ!〟と言ってる気がしなくもない。

 

「ち、ちっくしょぉぉがぁああああ!!」

「ハッ、吠える吠える。これじゃ犬コロだな」

「俺はぁっ、犬コロじゃなくて狼だよクソォオオオオ!!」

 

 従来より衝撃の強いゴム弾や鞭による乱打、果てにはアラクネ達にジワジワと呑み込まれようにとしており、雄叫びは次第に「キャインッ」という悲しみと嘆きの混じった悲鳴となり……

 

 最終的には、

 

「なぁ、確か、もう俺達に喧嘩売らないと約束したよな?」

「ハイハジメサンノイウトオリデス」

「おい、誰がそんな事言っていいと言った? Yes,Sirで答えろと言っただろうが、この〝ピッー〟め!」

「Yes,Sir! ──ハッ!? 俺は何を!?」

 

 自分の醜態に気が付いたヴァルフの目が死に、我に返ったシムが「頼む! もうやめてくれ!」と懇願したのと、ミレディが「ハーちゃんやり過ぎだってば!」と重力魔法したことで、どうにか試合終了となった。

 

「……なぁ、ナイズよ。ありゃどういうことだよ」

「実を言うと、あんなハジメは初めて見た……まさか、本当にメイルと同類だとは思わなかったんだ」

「メイルもかよっ!?」

「あら、悪いかしら?」

「……前にも同じこと言ったが、よくもまあこんなの仲間にしようと思ったな」

「ミレディに言ってくれ」

「……ひどい、まるでハジメを鬼畜外道みたいに」

「「その通りだよ!!」」

 

 ユエがヨヨヨ……と仲間の酷い言い草に悲嘆するが、すぐにナイズとバッドの突っ込みが飛ぶ。

 

 シムが深い溜息と共に、ハジメの勝利が宣言された。

 

 キャー、ハジメカッコイイー! ダイテー! と全力で喜ぶユエに、ミレディ達が少し、いやかなりドン引きしている。

 

 というわけで、一応、目的は達した。

 

 解放者の実力はこれ以上にないほど証明された。

 

 とはいえ、だ。あの魔王引き入れちゃうの? 俺達殺されない? という空気が流れるわけで。今度は違う意味で受け入れるか否か迷う。人柄的に。

 

 獣人側にも、そして解放者側にも微妙な空気が流れる中、ミレディはおずおずとした様子でリューティリスに声をかけた。

 

「あ、あの、女王陛下。うちのハーちゃんがやり過ぎたようで申し訳ありません。ただ、〝解放者〟のメンバーとして、仲間を思い故にということですので、えっと、どうかご寛恕いただければと──」

「認めますわ」

 

 その場の全員が「えっ!?」と、驚きをあらわにした。

 

「えっと、それは滞在していいという……」

「認めますわ。これは決定事項です。ごしゅ──ごほんっ。ハジメ殿は存分に力を示されましたわ。ならば異論などあるはずがありません。ええ、あるはずがないのですわ」

 

 ハジメの背筋に、悪寒が走った。

 

 

*1
聖獣と呼ばれる、人にも扱える魔物を使役する騎士団。三光騎士団の中でも最弱と言われているが、多種多様な聖獣部隊を用いた撹乱、殲滅で、敵をじわじわと追い込む。団長はムルム・オールリッジ。

*2
共和国の遊撃戦士団戦士長。狼人族。クローと固有魔法〝浮身〟を使った戦法で、相手のバランスを崩し、首を獲るという必殺の攻撃を持つ。長髪と顎髭が特徴的で、ワイルドなナイスミドル。

*3
歩兵戦士団の戦士長で、共和国五戦士団をまとめる戦団長。固有魔法〝伝震〟により、受けたり与えたりした衝撃や振動を自在に操る。やはり苦労人。




端折りまくり感が否めない


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ハジメ&ド変態とリューティリスが出会ったら 2

 

 ハジメが一人悪寒を感じる中、リューティリスが少し早口で、ちょっと頬を赤らめつつ隣の猫人族の老女に言う。

 

「パーシャ。ごしゅ──ハジメ殿に、いえ皆さんに部屋の用意を。わたくしを護衛してくださるというのだから、当然王宮の中ですわよ? 可能な限りわたくしの近くに。間違っても粗相のないよう、女官達への指示を忘れぬよう頼みますわ」

「陛下、それは少々無警戒かつ厚遇すぎるのでは──」

 

 周り人全てが、うんうんと頷くが、何故だかリューティリスはキリッとした表情になった。

 

「異論は認めませんわ!」

「はぁ。承知しました。ですがその前に、まず我々を紹介してはいかがか?」

 

 この猫人族の老女、パーシャ・ミルはこの国の宰相にして、リューティリスの右腕的存在なのだが、とても表情が思わしくないというか、胃痛を堪えている様子で返事をした。

 

 リューティリスはそれを聞いて、どことなく面倒くさそうな顔をした──ように見えた。少なくともハジメは。

 

 宰相のパーシャ・ミル。戦団長兼戦士団戦士長のシム・ガトー、遊撃戦士団戦士長ヴェルフ・ルーガル……といった具合に、リューティリスが雑な紹介をして、重鎮の皆さんが悲しげというか、微妙な表情だった。やっぱり紹介が面倒くさかったらしい。

 

「わたくしはこれより、ハジメ殿に──ではなく解放者の方々に王宮を案内します。個人的に、同じ神代魔法使いとして話がしたいので近衛は距離を取るように。パーシャは一緒で構いませんわ。では参りましょう。ごしゅ──ハジメ様。皆様」

 

 さりげなく、ハジメ殿からハジメ様に呼び方が変わっているが、有無を言わさずミレディ達を案内しようとする。

 

 いろいろ言いたいこと、聞きたいことはあるものの、女王陛下の勅命だ。

 

 クレイド*1とシム達は渋々といった様子であったが、パーシャ宰相が傍にいること、苦笑いを浮かべたバッドが「人質代わりに俺は残るからよ」と提案したこともあって、リューティリスとミレディ達だけの時間に引き下がった。

 

 その様子を見て満足そうにリューティリスが微笑み、ミレディ達を奥へと促して、微妙な空気を置き去りにしたまま、軽やかな足取りで玉座の間を後にしたのだった。

 

 

 

 

 ハジメ一行は、リューティリスのとっておきの場所であるという、大樹の頂上へとやって来ていた。

 

 濃霧による真白のドームに覆われたそこは、まるで切り株のように綺麗な円状だ。しかも、リューティリスが守護杖を振るうとドームが消え去り、見えるのは絶景。雲の隙間から顔を覗かせる月や星々、そして、その月光に濃霧が乱反射してキラキラと輝いており、まるで宝石の海でよ見ているかのよう。

 

「ごしゅ──ハジメ様、いかがでしょう? ここからの景色は中々のものであると自負しておりますのよ?」

「……そ、そうだな。樹海の雰囲気に合ってて幻想的に見える。良いと思うぞ?」

「ごしゅ──ハジメ様が気に入ってくださって嬉しいですわ」

「……なぁ、リューティリス」

「どうされましたか? ごしゅ──ハジメ様」

「なんか距離感が近くないか? 一応国の──」

「まぁ、ハジメ様。同じ神の子なのですから、生まれは違えど、わたくし達は同胞ではございませんか。わたくしの事はリューとお呼びになって?」

「流石にそれは側近が怒り出すだろ。俺の持っている弾は無限じゃない。後始末が面倒だ」

 

 ハジメの表情は引き攣りまくっている。頰がピクピクして、こいつやべぇ……と思っている事だろう。

 

 だが、当のリューティリスは更にハジメに詰め寄る。ただでさえ近かった距離は、今やほぼ密着状態に。

 

「側近に関しましては、わたくしがどうにか致しますわ。……それに、わたくしとハジメ様の仲ではありませんか」

「いやさっき知り合ったばっかなんだが……距離を詰めるな。近い暑苦しい! とっとと離れろ!」

「いやですわ! ごしゅ──ハジメ様がリューと呼んでくださるまで離れませんわ! 離れませんわぁっ」

「い、威厳もヘッタクレもねぇ……おい、頼むから玉座にいた時みたいにシャキッとしてくれ」

「無理ですわ。公は公。私は私ですわ。さぁ、リューとお呼びになって?」

「……リュー、これで済んだか? ならとっとと離れ──」

「……嬉しい。では、わたくしもハジメ様をごしゅ──い、いえまだ早いですわ。では、〝お兄様〟とお呼び致しますわね?」

「どうしてそうなった!? おい、助けてくれ、ユエ!!」

 

 ハジメと言えど、シアよりもグイグイ来て、おいそれと暴力を振りかざせない身分の相手には分が悪いらしい。ユエに助けを求めるも、ユエは虚ろな目をしたまま、なにやらブツブツと言っているだけ。

 

 なんか、凄い仲がいい……と、リューティリスの公私の〝私〟の部分に、ミレディとナイズが驚いている。

 

 だがメイルだけ、なんだかちょっと嫌そうな感じ。

 

 しかしそれにしても、『ごしゅ──』はまだ早いとは、どういう意味なのか。

 

「ユ、ユエちゃん!? 早くしないとハーちゃん寝取られちゃうよ!」

「……アレに勝つ術を私は知らない。どんなに叩きのめされようと、邪険にされようと、這い上がってくる」

「え、ええと……?」

 

 焦った様子でユエに訴えかけるも、〝アレ〟とやらの話をされ、何の話かしらん? とミレディが首を傾げる。

 

 一方ハジメとリューティリスのやりとりを見ていたナイズが、パーシャに疑問を呈する。

 

「パーシャ殿。陛下のあれは? 随分と雰囲気が違う上に、ハジメにご執心のようだが」

「う、む。なんというか……これは国家機密というやつでなぁ」

 

 パーシャの語る国家機密を要約すると、〝戦士の士気に関わる〟〝何度も()そうとした〟〝病気〟らしい。

 

「病気、なんだね? それも凄く()し難い。だからメル姉の再生魔法を……」

「メイルの再生魔法なら可能性はある。だろう?」

「え、ええ。どんな病気も根本治療が可能だわ。でも、教えて。女王の抱える問題は何かしら?」

 

 視界の端には、不機嫌そうに顔を顰めるハジメと、グイグイと迫るリューティリスが見える。

 

 一体どんな病気なのだ、とパーシャを囲う三人。

 

 そして彼女は、死んだ腐った魚みたいな目で告白した。

 

「変態なのだ」

 

 取り敢えず、空気が止まった。ミレディとメイルが「ん?」と小首を傾げ、ナイズが耳をほじり、ユエは放心し、ハジメと盛大な冷や汗を掻いた。

 

「変態なのだ!」

 

 変態なのだ〜、変態なのだ〜、変態なのだ〜……と、その言葉は美しく木霊した。

 

「どこでどう育て方を間違えたのか! 苛められたり厳しくされたりっ、睨まれただけで興奮する真性の、ドMの、ド変態なのだ! あぁ、どうしてこうなった!?──」

 

 と、つらつら流れて行き……

 

「──いつまで抱えていればいいのだぁっ! あといくつ! ワシの胃に穴を空ければ気が済むのかぁっ」

「パ、パーシャさんっ、落ち着いてぇっ」

「い、いかんっ。過呼吸になっているぞっ」

 

 ハジメはそう語るパーシャから、ギギギッと錆びたブリキ人形みたいな動きで、未だ自分の腕に抱き付くリューティリスを見た。

 

「ハァハァ。パーシャったら。人気のない場所とはいえ、今日会ったばかりの方々を前でいきなり罵る(ご褒美)なんて──んっ」

 

 目の前の奇怪な生物が、同じく王族のド変態の駄竜と重なった。否、重なってしまった。

 

 ハジメは確信した。同族であると。もう、頰を引き攣らせる事はない。ただただ無表情になった。

 

 そのままそこにいるパーシャを見据える。

 

「なぁ、宰相さん。こいつ、堅いか?」

 

 宰相さんは、ゆっくりと瞑目して、頷いた。

 

「そうか……あともう一つ聞こう。何しても構わないか?」

「無論、傷は付けないでほしい」

「ならいい」

 

 ハジメがスッとリューティリスを睥睨する。リューティリスは更に呼吸が激しくなって、あつ〜い吐息がハジメの耳元に……

 

「──どきやがれ、この駄エルフが!」

「あひぃんっ!」

 

 思いっきりリューティリスの尻をブッ叩いた。魔衝波付きであり、本来ならばティオ用のご褒美なので、その威力は折り紙付き。しかも、外傷はほぼ無く痛みのみ。

 

 唐突に始まったSMプレイに、またも空気が止まる。

 

「んっ、ハァハァ……あまりにもっ、んっ! お兄様のが強烈過ぎて下着が濡れてしまいましたわ……こんなの初めてぇ……」

 

 口がへにゃり、瞳が潤ませてお尻に手を当ててうっとりしている。そこにはもう、女王では無くただの変態の姿があった。

 

 ミレディの頰の攣り方が尋常では無くなった。ナイズはそっと南の方角へ向き悲しい表情を浮かべ、メイルは「ハジメくんに任せてよかったわぁ」と心底安心している。

 

 リューティリスは、未だ無表情のハジメにしがみつき、ハァハァしながら情熱的な言葉を捧げる。

 

「わたくしの目に狂いはありませんでしたわ! やはりハジメお兄様こそ、わたくしの運命のお人!」

「チッ、姫様ってのはどいつもこいつも変態だな……」

 

 お姫様だけど私違うからっ、お姫様だけど!と、ワーカーホリックな王女様が否定しそうな酷い言い草だ。しかし事実ではある。ティオ然りアルテナ然り。

 

 そうやって、またしてもドSとドMが引かれ合ったらしい。ズリズリと這いずるようにハジメのもとへ。

 

「わたくしっ、わたくし本当はずっと! みんなわたくし〝で〟遊んでほしかったのですわ! でも、5歳の時にはもう昇華魔法に目覚めていてっ、ずっと特別扱いで! 次期国王と敬われてっ。誰も遊んでくれなかったのですわ!!」

「そんなの知るか変態女王。というかさっきから暑苦しい! 褒美はやるからとっとと離れろ駄エルフ!」

 

 歴戦のハジメでさえ余裕が無いらしい。宝物庫から取り出した黒い鞭──〝これは武器じゃありません、専用です〟でリューティリスをベシベシッと叩く。

 

「ゆ、夢にまで見た鞭でのお仕置き! もう、わたくし一生ついていきますわ! お兄様! いえ、ご主人様!」

「そっちの方が呼ばれ慣れてるわ!」

 

 と、ハジメが言い終わると、自分の発言に気付き、ハッとして奥にいる四人を見る。

 

 〝そっちの方が呼ばれ慣れてる〟……つまり、ハジメにはそういう関係の人が居るということになり。

 

 目が驚愕で見開かれ、〝うわマジかよこいつ〟的な視線を感じた。ハジメは崩れ落ちる。

 

 本来なら、ミレディ達は単なる主従関係で言われ慣れていると思っただろうが、今や先の行動から、SMの方に思考が傾くのは仕方の無い事だろう。

 

 ナイズがまた、遠方の友人のいる南に向かって遠い目をしている。友人と思っていた人がまさかのドSという悲しい事実に、助けを乞うような、そんな目を……

 

 ミレディがゆっくりとハジメに近付くと、優しげに微笑んだ。

 

「……ハーちゃん。よ、呼ばれ慣れてなんかないよね? 気のせいだよね? 単に、メイドさんとかが多いだけだよね?」

 

 確かに、ハジメが抱えるメイドは多い。間違ってはいなかった。

 

 なので、

 

「あ、ああ。別に、俺にドMのド変態は嫁に居ないぞ? メイドが十人いるだけだ。安心してくれ。俺は至って普通──」

「女王陛下!! ご歓談の中申し訳ございません! 火急の用でございます!」

 

 そんな中、ハジメの言葉を遮って大声を上げて突如現れたのは、翼人族の飛空戦士団戦士長ニルケ・ズークだった。

 

 リューティリスがスパッと素早く立ち上がり、女王モードに変化した。

 

「言いなさい」

「はっ、偵察隊から、突如空より超高速でこちらに落下する未確認飛行物体を確認したと報告が……」

「……場合によって臨機応変に対応を。その件に関しては貴女に一任、遊撃戦士団も動かしますが、一先ずは飛空戦士団で対応を願いますわ」

「御意に」

 

 ニルケが空へ飛んでいくと、場の空気が険しくなった。リューティリスは昇華魔法使っているのか、集中しているように見える。

 

「高速で……? まさか、神の使徒!? 私たちが出なきゃ不味いよ! アレは本当に不味い!」

「自分が外に出て姿を確認してこよう」

「ナっちゃんお願い!」

 

 ナイズが望遠用に眼鏡を掛けて転移すると、パーシャがリューティリスに呼びかける。

 

「陛下、玉座の間に一旦避難を願いますじゃ」

「分かりましたわ。皆様もこちらに」

 

 ハジメ達が再び玉座の間に戻ろうとすると、聞こえてくる音に足を止めた。

 

 何かの声が聞こえてくるような……?

 

「陛下、早く移動を──」

「──あぁぁぁああああーーーーーー!! 誰か助けたもぉっーーーーー!!」

 

 ハジメとユエの口が開いたまま固まった。

 

「魔力がないのじゃあああぁぁぁっーーーーーー! そこの翼人族の者よぉっ! どうか妾を助けて欲しいのじゃああぁぁぁぁーーーーー!!」

 

 よく響くその声は、ミレディ達をも唖然させた。付け加えると、外の飛空戦士団も固まっており、ただただ落下する物体をボーッと見ている。

 

「アアアァァァァッーーーーーーー!」

 

 ハッ、このままじゃ!? とニルケが思った頃には遅かった。

 

 ──ズガァァァッ!!

 

「うぇへぶぁっ!!??」

 

 月の光に照らされながら降ってきたそれは、思いっきり大樹に叩き付けられ、床を抉りながら枝で出来た壁に衝突。酷い有り様になっている。

 

 更に、ナイズが転移して戻ってくる。

 

「すまん。あれを止められなかった」

「大丈夫ですわよ。これしきで大樹はへこたれませんもの」

「まあ、後で私が直しておくわ」

 

 それよりも……と壁にぶつかったそれを見る。

 

「……なんか、上半身が木に埋まって抜けなさそうだよ? 足がバタバタしてるし」

「なんだか、面白い人が降って来たみたいね?」

「ならば、転移で引き抜こうか?」

「いや、待て」

 

 転移で引き抜こうと提案するナイズを制したのはハジメだ。

 

「これは俺の案件でな。ちょっと手を出さないでおいてくれ」

「そうか……分かった」

 

 いつの間にかニルケも降りてあれを引き抜こうとしていたようだが、リューティリスに止められる。

 

「スイは居ますわね?」

「スイはここですよぉ〜陛下。外周を監視しているうちの偵察隊によるとぉ、地上の方は未だ動きが無いみたいですぅ……」

「報告、ご苦労様ですわ」

「失礼しましたぁ〜……ここまで上がってくるの疲れましたぁ。絶対、これ過重労働ですぅ」

 

 隠密戦士団戦士長のスイが、小さく愚痴を漏らしながら去っていく。

 

 そして、ハジメが和服姿の女性の下へ行くと、その身体を両手で掴んだ。そして、勢いよく……

 

「そぉ〜れ!」

「あひぃぃぃんっ!! も、もっと優しく抜いて欲しかったのじゃ…………ふぅ。妾を引き抜いてくれた助かった。礼を言おうぞ、翼人族の者……よ?」

 

 目が合う。女性は目をパチクリ。ハジメはジーッとその女性を見ている。

 

「大丈夫か? 怪我は……無さそうだな」

「ぬおっ!? ご、ご主人様か!? 全く、連絡も無しにどこをほっつき歩いとったのじゃ……割と心配したのじゃぞ?」

「悪いな、ちょいと事情があったんだ、ティオ」

 

 ティオの責めるような目線に、バツが悪そうに頭を搔くと、ハジメの背後から、そろりとユエが現れた。

 

「おお、ユエもおったのじゃな。となると、もしや愛子もおるのかの?」

「……今はいない。別の場所で農業に勤しんでる」

「愛子、あんなに農家はやりたくないと言っておったのにのう……」

 

 またも異世界農業ライフにせっせと精を出す愛子に遠い目をしつつ、むむ? とティオが目の前に現れた人物達を凝視した。

 

「やっほ〜☆ 初めまして! ハーちゃんと仲良くやらせてもらってる、ミレディちゃんでぇす!」

「む? ……なんじゃと!?」

 

 ティオが目の前の金髪美少女をまじまじと見て……心底驚いてか身体を僅かに仰け反らせた。

 

「ご、ご主人様よ、これはどういう事じゃ?」

『あ〜、ちょいと念話で話すがな。ここは〝解放者〟が生きていた時代のトータスだ』

 

 コソコソと話す体を装いながら、念話で現状なども軽く説明する。

 

『なるほどのう。また厄介事に巻き込まれるとは、確実にご主人様の体質故じゃろうな』

『おいこら、人をトラブルメーカー呼ばわりしてんじゃねぇ』

『ふふ、じゃが、来たからには、大昔のトータスで何が起きたのか、それを見ていかねばならん。この時代から、竜人の遺してきた記録が一度途絶えておるのじゃ。それを、後世に伝える必要がある』

『……なら、この時代の竜人の里に向かわないとな』

『そうなると、妾の身の上の説明が面倒くさくなりそうじゃな……』

『まあ、そこんとこはおいおい考えるよ』

 

 念話を切り、改めてティオが〝解放者〟に向き直る。

 

「申し遅れた。妾はティオ・クラルス。竜人族じゃ。ご主人様の第三の嫁をしておる。よろしく頼むのじゃ、〝解放者〟よ」

「うぇっ……うええっ!?」

 

 ミレディが驚きの声を上げたのを皮切りに、その場にいた翼人族やリューティリス達が僅かにどよめく。

 

 この時代では、竜人族は竜王国アストランという、鎖国状態にある国の中にしかおらず、教会も竜人は悪だというイメージを刷り込ませている。

 

 それ故に、こうして外界に出ている事が衝撃的だったのだ。

 

「って事は、ハーちゃんって吸血鬼族とも、竜人族とも繋がりがある……? しかも、五人のうちにも兎人族と海人族の子まで……? ハーちゃん、本当に何者!?」

「まあ、いいだろそこは。気にすんな」

「そう言われると逆に気になるよぅ……」

 

 確かに、と全員が頷いている。しかし、ハジメの出自は未来からやって来た神殺しの魔王さんなので、明かす訳にもいかず。

 

「それで、今は何をやっておるのじゃ?」

「あ、そうでしたわ!」

 

 機転を利かせたティオの話題転換に、ハッと、リューティリスがパチンっと手を合わせて声を上げた。

 

「では、わたくしのお友達を紹介させてくださいまし!」

 

 ──カサカサカサカサカサッ

 

 ──ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ

 

 謎の音が聞こえてくると、ティオはここが一体何処なのかを思い出し、即座に確信した。「あ、墓穴掘った」と。

 

「え、えっとちょっと待って、陛下。あの、なんか変な音が聞こえて……」

「あ、あら? お姉さん、鳥肌が止まらないわ」

「…………」

「これは……まさか!?」

「おいおい……連れてきやがったのか、こんな所まで!」

 

 ユエは無言だった。たとえその時の記憶を失っていようと、そもそものハルツィナ大迷宮で負ったダメージは覚えているから、想像がついてしまった。

 

 ハジメとナイズはしっかり覚えているので、顔を青ざめさせていた。

 

「わたくし、昇華魔法の他に、天職も持っておりますのよ」

「いや、だから陛下、今それどころじゃ──」

「特別に皆様にお教えしますわ。だって、お友達ですもの!」

「いつから貴女の友達になったのよ!?」

「お、おい、リュー。今すぐ、やめてくれ。頼む」

「まぁ! 遠慮なさらないでご主人様! わたくしの天職は〝蟲心師〟──虫類に関しては無類の観察力と理解力を発揮し、また虫にとても好かれやすいという希少なものなのです。そこに昇華魔法を合わせれば……ふふ、わたくしには百万匹の友達がいますのよ?」

 

 ミレディとメイルの記憶の蓋が開けられようとして、それを必死に押さえつけるが、既に冷静ではいられなくなった二人はただ立ち竦む。

 

「わたくし、特別ですから……」

 

 幼少から友達の作り方が分からず、次期女王として対等に扱ってくれる存在もなく、自分から会話をすればなぜかみんなの表情が引き攣るし……と、悲しいことを笑顔で語る、とても見ていられない女王様。

 

 そんな女王様の心の慰めは、いつだって人ではない〝お友達〟だった。

 

「紹介致しますわ! 彼こそわたくし自慢の、初めてのお友達! いいえ、親友!」

 

 リューティリスが両手を広げると、どこからどう見ても黒い奴等の集団である黒い霧が噴き出し、大樹の幹から登ってきただろう奴等も雪崩のように殺到する!

 

「深森統べる至上の覚知者、遥か尊き漆黒の賢王──蠢動暗黒のウロボロスくんですわ! 親愛を込めてウーちゃんと呼んであげてくださいませ」

 

 リューティリスの手に乗ったウーちゃんが、皆の者! よろしく頼むぞ! と言いたげに、触覚をピンッと立てた。

 

 まず始めに、明らかにリューティリスがつけたであう厨二病な名前に、しかもそれがゴ◯ブリであることも助けてか、ハジメが精神を抉られて倒れ、ユエがピンッと触覚を立てるそれを見て記憶の蓋が開放。バタリと地面に倒れる。

 

「ご、ご主人様!? ユエ!? わ、妾を置いていかないで欲しいのじゃあああ!!」

 

 一人置いていかれたティオが二人を必死に揺さぶって起こそうとするも、ハジメは「うっ、俺の左手がっ」と呻き、ユエは「バカオリ〜、許さん〜!」と、ここには居ない宿敵を相手に、夢の中で格闘していた。

 

 ティオの顔が絶望に染まる。

 

「うぼぁっ」

「ミレディーーーっ、メイルーーーっ!!」

 

 Gの集団にひどいデジャブを覚えたミレディとメイルが、記憶の蓋を開けてしまったらしく、仲良く揃って現実を放り投げ、ナイズが顔面往復ビンタで叩き起こそうとしている。

 

 ゴ◯共に包まれながら、ティオが二人の介抱をし、ナイズは二人を子の現実に二人を巻き込むべく叩き起こしにかかっている。もはや、その様相はカオスの一言だ。

 

「た、頼む、誰か来てたもう! 来て早速これとか、ちょっと有り得んのじゃあ! シアか香織でもいいから、誰か来てたもぉ〜〜!!」

「オスカーッ、ヴァンッ、自分はもう限界だ! 早く来てくれぇーーっ!!」

 

 百万匹のお友達に囲まれながら、魂の叫びを上げるティオとナイズ。

 

 それを見て、リューティリス*2はウーちゃんと揃って小首を傾げ、パーシャ宰相は溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 翌朝。

 

 ハジメは目の前の奴らに何だか憤りを感じていた。

 

「……おい、お前ら。いや特にお前」

「ヒッ……ス、スイ*3に何の用ですかぁ?」

 

 目の前の奴らとは、そう。兎人族達で構成された戦士団こと、隠密戦士団のことである。

 

 何故か、ティオと再会してからの記憶が曖昧になっていたので、何だったかと思い出そうと散歩していたところ、いつの間にか隠密戦士団の兵練所というのに来ていたのだ。

 

「生物はあまりに気にしていないのが、まあ今との違いか……だが、覇気とか殺気が足らんな」

「……いやあの。そんなのスイ達に必要ないです。気配隠して毒吹っ掛けるだけですし」

 

 ごもっともである。そもそもあのハウリアが異常になっただけであって、兎人族は本来温和な性格なのだ。

 

「……リューに確認を取ってみるか」

 

 そして赴いた先は玉座の間。リューティリスが少し欠伸をしながら玉座に座り込んでいた。

 

「ごっ──ほん。ハジメお兄様、どうされたのですか?」

 

 お兄様!? と、リューティリスの呼び方に周りにいた近衛兵や僅かにいた重鎮達が目をひん剥いた。

 

 取り敢えず、公で〝ご主人様〟と言いかけたことも、〝お兄様〟呼びも気にしない事にした。

 

「ああ。まあ、戦争を手っ取り早く終わらせる為に、ここの戦士団の強化を図りたいんだが、隠密戦士団が最弱だと聞いてな。俺にはあいつらのポテンシャルを最大限に発揮できる方法を知っているんだが、軍曹……じゃなくて、教官に任命とかして貰えないか?」

「ええ、構いませんが……まさか、あのスイをどうにか出来ると、そう仰っているわけですわね?」

 

 リューティリスをして、そこまで言わせる人物……それが、隠密戦士団戦士長のスイだ。

 

 女王に忠実ではあるし、しっかり仕事もしてくれるが……素行がアレだからか、手を焼いているようだった。

 

 にわかに重鎮達や戦士達がざわめく。「まさかあのスイをか?」「無理だろう、あれが更生するとは思えん」「だが、あのスイがウザくなくれば、我々の心労は癒えようぞ」「賭けてみる価値はある」などなど、いかにスイの存在がある意味大きいかが判る。

 

 そんなにか……と顔を引き攣らせつつ、リューティリスに頷いた。

 

「大丈夫だ。まあ大船に乗った気分で任せてほしい」

「では、お兄様を隠密戦士団の指南役とします。スイをよろしくお願いしますね?」

「任された」

 

 ハジメの中のハー◯マンが、再び動き始めた……

 

 

*1
近衛戦士団戦士長。知的な豹人族の男。知的そうな雰囲気を崩しながら、さっきからリューティリスに異議を訴えようとしていたが、陛下が全然話を聞いてくれない。結構悲しい。

*2
簡潔に言うと、〝見た目詐欺〟〝天然〟〝ドMの変態〟〝ぼっち〟〝友達は虫だけ〟〝ネーミングセンスが痛々しい〟女王様。属性が多過ぎて大混乱になっている。メイルをお姉様と慕う。〝守護杖〟という代々共和国の王に受け継がれるアーティファクトを用いる事で、大樹に干渉、白霧の操作、樹海の再生、日光の取り入れ、日照時間に関係なく作物が育つ土壌の生成etc……といった権能を行使できる。現代トータスの森人族の姫様、アルテナの超強化版的な存在。

*3
隠密戦士団戦士長。非常に怠惰な性格をした兎人族の十六歳。気配遮断はお手の物。更に固有魔法〝曲光〟で物理的に身を隠せる。敵に謝罪したりヨイショしたり、責任転嫁は当たり前、保身に余念が無いなど、色々と情けないクズウサギ。〝人を苛つかせる天才〟〝なのに敵に回したらやべぇのが本当にむかつく〟〝でも結果は出すからなんとも言えない……ってところがもう本当に腹立つ〟と仲間に言われる始末であり、有能なのに嫌われている、戦士団きっての問題児。



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ハジメ&ド変態とリューティリスが出会ったら 3

そんなに進まない定期……


 

 戦争とは物量である。

 

 それは、大抵の場合覆されるものではない。相手の戦略が上手かったとか、こちらの指揮官が使えなかったとか、覆される原因はあるにしろ、大抵はこの法則が通用する。

 

 というのが、ハジメにとっての戦争の持論である。

 

 つまり、ハジメにとっての戦争とは……己の独壇場である。

 

「逃げろッ、〝共和国の白いヤツ〟だっ!」

「〝白い悪魔〟だと……チッ、おい、他の連邦軍はどうした!?」

「知りませんよっ、皆霧の中に消え────」

「なっ、どうしたマーシュ!」

「隊長ッ、助け────」

「オルトガァッ!!」

 

 パンッ、パンッと何かが破裂する音と共に自分達の仲間が次々と消えていき、やがて一人になった百人隊長ガイアンも、一瞬にして霧の中に消えていた。

 

「……ハルツィナ連邦になんねぇかな」

「こんな時に何を言っておるのじゃ、ご主人様は……」

 

 ハジメがポンポン投げた魂魄魔法の手榴弾によって、魂魄を直接揺さぶられて昏倒していく連邦軍の兵士。それを〝グリムリーパー〟でせっせと運び込ませ、戦場の外にポイポイしていく。

 

「ほら、連邦はアッチだろ? 俺達が共和国側っておかしくないか?」

「それもそうじゃがなぁ……」

 

 ハジメが共和国に来てから、実に一ヶ月が経過しようとしていた。

 

 それだけの間、ハジメは共和国の軍人と寝食を共にし、共に戦った。最初こそ心象も悪かったが、数が多い連邦軍をほぼ一人で抑えているという鬼神の如き活躍が、徐々に共和国側の評価を改めさせたのだ。

 

 ……いや、ハジメの評価が改まった最たる原因は、実は戦場での活躍ではない。それによって、共和国軍は半ば強制的に畏敬の念を抱かざるを得ないと言うべきか……

 

 何にせよ、一般軍人の相手をしている為に余裕のあるハジメは、連邦軍をポイポイする作業のついでに、敵方からなんか良い二つ名貰えないかなと画策していた。そして、案の定ついた渾名が……

 

「ご主人様は〝共和国の白い悪魔〟じゃしな」

「やっぱ逆だろ、そこは。っていうか、お前も黒竜の時は〝黒い彗星〟って言われて畏れられてるからな、ティオ」

「……な、なんじゃと!?」

「なぁ、ちょっとでいいからボディを赤く染めてみないか? 速度が通常の三倍になるかもしれない」

「いや三倍になる訳なかろう!? 誰がシ◯アのザ◯じゃ! それに、この漆黒の竜鱗は我がクラルス族の誇りじゃからな。妾は染めんぞ! 染めんからな!」

 

 ぷいっと顔を逸らしてしまった。

 

 すっかり南雲家に染まり切った(ハジメによる教育の賜物)ティオの頭を胸元に抱き寄せて、「悪い悪い、冗談だ」と囁く。死と隣り合わせの戦場には、あまりに場違いな雰囲気が流れ出した。

 

 と、そこへ人影が一人。

 

「教官、連邦軍の残党の処理を完了しました」

「そうか。本隊は?」

「教会が前線より後退し、既に撤収作業に入りました。こちらも準備に入ります」

 

 思わずティオが「え゛っ」と喉を詰まらせた。現れた人物の頭に生える、一対のウサミミ……そして、幾度となく聞いた、そんな風なやりとり。

 

「解った。被害状況の確認を急げ」

「Aye, aye, Sir」

 

 敬礼の直後、音もなく霧に消えるウサミミ美女戦士に、ハジメがニヒルな笑みを浮かべる。訓練のしがいがあったなと言わんばかりのニヤァとした〝ボス〟の笑みで……

 

「お、おぉいご主人様!? 今の、どういう事じゃ! 完全にハウリア化しとったぞ!」

「…………」

 

 ティオがハジメからバッと離れて兎人族が消えていった方向を指さすとハジメの嗜虐に溢れる笑みが、まるで何事も無かったかのように元に戻った。

 

 そして、至極真面目な表情でティオに向き直り、

 

「ついカッとなってやった。スゲェ後悔はしている」

「そうじゃろうな! ……いや、本当に後悔しとったか今の」

 

 フッ、とカッコよく笑っていたのがその証拠か。ティオがますます呆れ果てる。

 

「全く、ご主人様は衝動に突き動かされ過ぎじゃ。自制、自律、自重……一応、竜人族の伴侶としては、ある程度守っくれんと示しがつかんと思うのじゃよ、妾」

「ティオのドM精神だってどこでも自重しねぇじゃん、このド変態」

「んふっ……!?」

 

 蔑むような目で見られ、ハァハァし始めようとするティオさん。だが、今回ばかりは鋼の意志で乗り越え、しゅんと肩を落とした。

 

「で、でも……のう。あんまり、色々とこそこそされるのは、それはそれで、妾らが邪魔で頼りないのかと思わんでもなくて……たまにでいいから、相談とか、してくれはせんのか……?」

 

 体をもじもじと、指をいじいじして、拗ねるように言う。

 

 この反応は予想外だったか、ハジメが気まずそうに自分の首を撫でて、あー、と呻いた。

 

「……悪い。不安にさせちまってたか」

「う、そのじゃな……逐一報告とか、そういう事ではないのじゃよ? それではまるで、夫の行動を抑圧する面倒な妻みたいじゃからな……ただ、秘密にしておきたい事以外は、団欒の場でポロッと喋っておいてくれれば良い、という事なのじゃ。今日は学校で何々があったんだ、的なものかのう」

 

 なるほどな、とハジメは頷いた。つまり、さりげなく、それとなく、世間話感覚で喋ればいいのだと。

 

「そう言えば俺達、打倒エヒトを目指してる訳だが」

「? う、うむ。あやつが居るのは、何とも危機感が拭えんしのう……」

「ぶっちゃけ、あいつ、どうにかひっ捕らえて何かに使えないかとか考えてるんだが……なんか使えると思うか?」

 

 なんて事の無いように、平坦な声音でそう言うハジメに、ティオは暫し目をパチパチさせると、はて、ご主人様は何と言ったのか……と記憶を精査して……ガバッとハジメに掴みかかった。

 

「いやご主人様よ! わざわざエヒトを何かに有効活用せんでいいじゃろうて! 相談内容がぶっちゃけ過ぎじゃよ!」

「これ、マジで今日の晩飯何にしようかってレベルで悩んでるんだけど。マジマジ」

「レベルが低い! そんな考えなぞ捨て置くが良しじゃ!」

 

 まったく、どうして妾がツッコミを……だの、その役は日常の方で飽きたのじゃだの、ぶつぶつ言い募る。

 

 そこへ、サクサクと草葉を踏みしだいて歩く足音が一つ。

 

「……そっちも終わった?」

「ユエか。こっちの方も敵は引いたぞ」

 

 最近、専ら少女モードで活動しているユエが、背伸びしながらハジメの首に抱き着いて、徐ろにカプチューを始める。

 

「今日も大変だったのか?」

「…………んっ。想定してたより、ラウス・バーンが強い。でも、今日もミレディと一緒にメッコメコにしてやりました」

「その気になれば、ユエだけで全軍相手に出来るもんなぁ」

 

 いつぞやの妖精界での全力戦闘を見た後だからこそ言える。ユエ一人だけでいいんじゃない? と。

 

 だが、ミレディと一緒にと言っているあたり、自重しているのだろう。

 

「つうか、ユエって何気にミレディと相性いいよな。最近、なんかめっちゃ楽しそうに話してるし、ユエの魔法談義にミレディが対等に渡り合ってたの、俺知ってるぞ?」

 

 スッと目を逸らした。ユエからすれば、ミレディは魔法における最強最善のパートナーに違いなく、ユエ自身も前々からミレディに毒されて(ウザくなって)きているのもあって、正に阿吽の呼吸。お蔭で共和国戦士団の仕事の半分は二人に奪われている。

 

 教会の認識も、〝ライセンの落胤〟とか〝ミレディ・ライセンの姉〟なのではとえらく勘違いと誇張が進み、畏怖されていたりするほど。

 

「シアの枠が取られかけてるなぁ〜」

「!? シアは親友枠だから! ミレディはあくまで友達枠だから!」

「いやでも、考えてもみろよ? 散々おちょくられた相手が、親友と友達になってたら……なぁ?」

「し、シアはそんな狭量な女の子じゃないし……優しくてちょっと武神な、ふつ〜の森のウサギだし……きっと許してくれるはず……多分」

 

 シアを話題に引っ張り出したが、同じく被害者であるハジメとしては、ユエとミレディが仲良くしているのに些かの複雑な感情を抱かざるを得ない、といったところである。狭量であろうとなかろうと、微妙な心境になるのは間違いない。

 

「しかし、シアがミレディに会えば、間違いなく狂気に呑まれるじゃろうなぁ。『コノ恨ミ、晴ラサデオクベキカッ』的な具合でのう」

「まあ、有り得るだろうな……俺とユエがそんなもんだったし」

「妾も、トータス旅行でのライセン大迷宮を思い出すと、無性に腹が立ってしまうのじゃ。一発殴ってもいいかのう?」

「いや、過去に殴ってもなぁ。普段のウザさへの憂さ晴らしくらいにしかならないぞ」

「そう言われればそうじゃなぁ」

 

 ゆる〜い雰囲気を出しながら、サラッと酷い冗談を叩き合うと、ゆったりとした歩調で、ウーア・アルトの玉座の間に戻っていった。

 

「おっ、ハーちゃん! どうだった〜?」

「おう。適当にボコってポイってしてきたぞ」

「うむ、よろしい!」

 

 それで今回の連邦軍の戦況報告は終わりらしい。悲し過ぎるとは言ってはいけない、ハジメだから……

 

 そんな中、此度の戦いの詳細な報告がなされた。

 

 共和国軍の損害、負傷者はいるものの人的被害はゼロ。樹海に関しては、〝聖炎〟の固有魔法を持つアライム・オークマンによって、焼き尽くされた部分が多少なりともあるが、女王の権能で再生中であり、既に対処済みとなっている。

 

 つまり、

 

「今回も何事もなく退けられた……ということですわね」

「うん。相手が本気じゃないってのはあるけど、やっぱりハーちゃん達が連邦軍を抑えてくれてるから、こっちの戦力を一極化できてるんだよ。……それにユエちゃんがチート過ぎて、獣光騎士団の出番が壊滅状態だからね」

 

 現時点で、敵無し。

 

 圧倒的なまでの差を見せつけて、教会側戦力を撃退していた。

 

「……それを言うならミレディも。〝天翔閃・千翼〟はやり過ぎ」

「だってぇー! ユエちゃんが出番持ってくから魔力が余ってるんだよこんちくしょう! 少しはミレディちゃんに寄越せぇ!」

「……フッ。やれるものなら、自分の手で勝ち取るがいい」

「うわぁーん! それはズルいよぉー!」

 

 突っかかろうとしてくるミレディへ重力魔法。それをミレディが解除して、ユエに突進する。そのままもつれ込んで、キャットファイトが勃発していた。

 

「……ふむ。このままでは香織の枠も危ういと見える」

「……ミレディって、本当になんなんだろうな」

 

 「──ぬっ!? ミレディめ、よくも!」「ふははっ、ミレディちゃんの重力魔法が冴えおるわ!」という愉しげな笑い声に、リューティリスがニコリと微笑む。

 

「二人のご活躍は素晴らしいものですわ。こちらの被害が軽微で済んでいるのも、最前線で戦って下さっているユエ様とミレディたんのお蔭ですもの。それに、怪我を負った兵士には、お姉様*1がいらっしゃいますわ」

「ああ。貴殿のお蔭で、我々は怖いもの無しだ。流石は、生きてさえいれば全てを治癒する〝癒やしの聖女〟様だ。本当に感謝しかない」

「まさか大陸の反対側に来ても、その呼び名を頂戴するなんて思わなかったわ」

 

 西の海で海賊をやっていたメイルが、妹の存在を教会から隠す為に広めた名前だが、まさかこちらでも同じ名前で広まることになろうとは思ってもみなかった、と苦笑を浮かべる。

 

「しかし、こうも上手く行き過ぎてると、あれだなぁ……なぁんか、敵方の策略を感じちまうのは何でだろうな?」

「それは、大体ハジメのせいだろう……どうやら、敵の戦力を下げるために、工作を行っていると聞いた」

「……おいおい、こっちをどんだけ有利にすれば気が済むんだよ」

 

 ナイズの口から飛び出した〝DHS(だいたいハジメのせい)〟に、バッドが納得しつつも有り得ないものを見る表情になる。

 

「いや、敵を狙うなら先ずは兵站から。戦争の常識だろ?」

「そうだけどな……つーか、工作なら、一応こっち(解放者)側でもやってっから、過剰な気もするぜ」

「そこは、丁度いい塩梅にだな……こう、適度に空腹にすると、やる気がなくなる。そうすりゃあ、俺達がやりやすくなる。な? 簡単な寸法だろ?」

「……俺、絶対ハジメとは対立しないようにするぜ」

 

 その方が、バッドにとっても良いだろう。

 

 間違ってもハジメと対立すれば……従順な村人にされる恐れもあるのだ。この世界でハジメ以上に相手をしたくない人間は居ないと言える。

 

「それに、まだ私達には、オーくんもヴァンちゃんも、実行部隊の仲間もいる」

「援軍ですわね?」

 

 いつの間にかキャットファイトから復帰したミレディが、口角を上げて、青い瞳を強く輝かせた。

 

「うん。だから、ハーちゃんにも温存してもらってるし、このまま膠着状態のまま頑張るよ。相手が疲弊して、援軍が来れば、こちらの戦力は爆発的に上がる。後は、ラウス・バーンと、〝奴〟さえ抑えられれば……」

 

 ──勝てるよ、この戦争

 

 ミレディ達に、敗北の二文字は無かった。慢心無く、この布陣で負けはしない。確実に勝ちへと持って行ってみせるという、強い想い。

 

 全員がミレディの言葉に頷き返し、瞳を強く輝かせる。

 

(解放者としての初仕事……失敗する訳にはいかねぇよなぁ?)

 

(エヒト……この時代でも、この私がお前の好きにはさせない。必ず、もう一度、滅ぼしてやる)

 

(この時代……竜人は一つの大きな過ちを犯したとされておる。それが、伝承では語り尽くせぬ程凄惨であったとお爺様は言っておった……神との戦いの中で、見極めねばな……)

 

 未来からの来訪者である三人も、それぞれの想いを胸に、ミレディに頷いた。

 

 それから、幾つかの情報共有が行われた後、リューティリスは解散を命じた。ミレディ、ナイズ、メイル、ハジメ、ユエ、ティオは残るように伝えて。

 

 最近、定番となった〝神代魔法使いのお茶会〟だ。今ではミレディ達への信頼もあり、また女王が〝同格の友との交流〟を何より楽しみにしているというのは周知の事実なので、シム達も苦笑しつつ女王の癒しの時間を邪魔せぬよう一礼して去って行く。パーシャ宰相は仕事が溜まっているのでとどまるわけにはいかず、「くれぐれも! 頼むぞ!」とミレディ達に必死の眼光を届けてから去って行く。

 

「なぁ、リュー。俺も──」

「どうされましたの、バッド。お疲れでしょう? さぁ、ゆっくりお休みくださいまし」

「あ〜、いや、別に、そこまで疲れては……」

 

 そわそわ、チラチラ。おっさんがお茶会に誘ってほしそうにこちらを見ている!

 

「あ、マジで? じゃあ俺も休ませてもらうわ」

「ごしゅ──お兄様はダメですわ! わたくしと一緒に楽しい時間を過ごしたいのです」

「あら? それなら私は帰っていいわよね──」

「お姉様も帰らないで下さいまし!」

 

 何だか仲良く帰ろうとするハジメとメイルの下へ、シタタッと気味の悪い速度と動きでリューティリスが迫り、二人の手をぎゅうっと掴んだ。

 

 断固として帰らせる気はないらしい。

 

「……バッド。わたくし、お兄様やお姉様と楽しい時間を過ごしたいのです」

「それって、別に俺がいても──」

「バッドがいると、楽しめないのですわ!」

「……はい」

 

 ガチ恋相手の女王様からのクリティカルヒットを食らい、おっさんは撃沈した。

 

「大丈夫ですわ、バッド。シムやヴァルフ達に言っておきます。バッドはお茶会がしたいみたいですわ、と。きっと、お友達同士の楽しいお茶会を開いてくれますわ」

「……はい」

 

 おっさん、哀愁漂う背中で去る。ハジメもこれには同情の視線を送った。

 

「……時として、優しさは凶器となる。それを実感したぞ」

「……ナイズ。それはよくあること。余計な慰めは、却って惨めにさせる」

「妾は専らそういう目で見られたのじゃ……変態になるというのも、中々どうして辛いものじゃのう」

「う、うーん……取り敢えずティオ姉は黙ろっか」

「んぐふっ……!? と、唐突の蔑み……!」

 

 実は、身近な竜人族ということで、ちゃっかりミレディはティオと仲良くしている。しかし、尊敬すべき竜人が、まさかドMのド変態とは思いもしなかったようで……たまに辛辣な言葉が帰ってくる。

 

「さぁ、皆さま! お茶会の時間ですわ!」

 

 ハジメとメイルは、少々やつれた表情を浮かべながら、リューティリスの後ろに付いていき、一行がやってきたのは、お茶会定番の場所となっている泉の畔。煌びやかに輝く、色とりどりの幻想的な植物が様々に花を咲かせている。

 

 リューティリスが守護杖を振ると、白い霧が泉を取り囲み、一切先が見えなくなった。リューティリスの本性を慮って、獣人でも通ることが許されないようにする為の措置だったりする。

 

 因みに、辺りには彩やかな蝶の群れ*2が飛んでいて、より一層のファンタジックな光景を生み出している。最初にハジメがここに来た時は、思わず一眼レフを取り出してパシャパシャと撮り始めていた。後でゲームの背景画の参考にするらしい。

 

「因みに聞きたいのじゃが……メイルは一体どんなお仕置き(ご褒美)をくれるのじゃ?」

「なっ……は、ハジメく〜ん? ちょっとこの変態、そっちにお願いしていいかしら〜」

「知らん。今はこっちの対処で忙しい」

「──アハンっ! 顔ぐりぐりしちゃらめぇぇ〜!!」

 

 メイルの顔が盛大に引き攣る。いや、ハジメのドS経験値はこれまで十分見てきたのでさておくとしても、目の前に対処しなければならない変態が居るからだった。

 

「ふふ……さあ、お主も来るのじゃ。果てしない快楽への道へ」

「貴女竜人族でしょう!? もっと自分の欲くらい節制しなさい、このド変態ドラゴン」

「ンフッ……!? ち、力強い叱責! ご主人様も良いのじゃが、こっちもこっちで……」

「おいド変態、何俺以外に靡こうとしてんだ。大人しくメイルの椅子になってろ」

「靡くなと言っておきながら、他人の椅子を強制させるその鬼畜な所業っ!! 他人に任せて自分だけ他人にご褒美……くぅ〜、堪らんのじゃ! さあメイルよ! 妾の椅子に座るが良い! バッチコイじゃ!」

「鼻息を荒くしながら近寄らないでくれるかしら? 私、ミレディちゃんから竜人族のことを聞いて、貴女のことちょっとは尊敬していたのだけれど、それももう見納めね」

「んぐふぅっ!? ご、ご褒美と共に精神的ダメージが……ふぐっ!」

 

 〝椅子ティオ〟に座ったメイルが、たまに〝水刃鞭〟でティオのお尻をべしべしっと叩いている。その度ビクンっとして、「大人しく椅子になることも出来ないのかしら」と蔑まれ、ハァハァ……

 

 一方、〝椅子リュー〟に座ったハジメは、〝これは武器じゃありません、専用です〟をシュパァンっと振るい、リューティリスへ過剰な〝ご褒美〟でハァハァ……

 

「ユエちゃん……いつからここはSMクラブになったのかな」

「……知らない。けど、我が家ではありがちだから、そんなに気にしたことない……あ、しまった。ティオのパンツ、もう予備が無い……洗濯しないと」

「へ、変態さんがお嫁さんのご家庭ってそんな風になるんだ……な、ナっちゃん〜!」

「自分に言われたところで、何も出来ん。諦めろ」

「潔い!?」

 

 または、自分には関係ないので放置とも言う。

 

 この一ヶ月、嫌だ嫌だと言いながら、メイルはなんだかんだでリューティリスにドSしつつ時折アメを与えている。隣で平然とドSをしているハジメの姿を見たからだろうか……こうして、リューティリスやティオに鞭を打つ姿がよく見られる。ティオも、メイルのご褒美には喜びを感じてしまうらしい……これが噂のN◯Rかと、めちゃくちゃハァハァしているが。

 

 そんな会話の中で、ミレディはやれやれと肩を竦めながらお茶会セットを取り出していく。

 

 戦争の束の間の、穏やか……? な時間がそこにはあった。

 

 ゆっくりとお茶を楽しむ中、ふと、ミレディは南の方へ目を向けた。本当に何気ない、本人も意識してないような動きだ。

 

「ふふ、ミレディちゃんったら」

 

 メイルが不意に言葉を零すと、ミレディはきょとんとした。

 

「え? なに? どうしたの?」

 

 言葉の意味を測りかねているミレディが、メイルの言葉の真意を尋ねると、メイルは微笑ましそうに言う。

 

「きっと、もうすぐ来るわよ。オスカー君」

 

 その直後、ミレディの蒼穹が揺れ、あちこちへ彷徨わせ始めた。手に持ったカップとソーサーが体全体の震えを敏感に伝えて、カチャカチャと揺れる。

 

「は? 何言ってるのメル姉。ミレディさん、別にそんなこと考えてませんけど? ちょっと意味分かんないなぁ!」

「動揺しすぎだろ、ミレディ」

「ナっちゃんうるさい!」

 

 そのやり取りに、ほほう、と興味深そうに声を上げた者が一人。

 

「ミレディが色恋か……そう言えば、お前十四だったもんな」

「なっ……み、ミレディちゃんは別にそういうの興味ないですしぃ! 年齢とか関係ないですからぁ!」

「いやでも、ミレディとオスカーはお似合いだとは思うがな。身長差もあるが、信頼感が俺とユエのそれに似てる気がする」

「……私も同感。相性良いと思う」

「あ、えっ……そ、そう……かなぁ……?」

 

 もじもじ、うじうじ……指を弄りながら、何かを想像して、顔をポンっと真っ赤に染め上げる。非常に分かりやすい。メイル達の顔が甘ったるいものを口に入れられた顔をしている。

 

「ほら、想像してみろよ。オスカーって、料理得意そうな見た目してるだろ? で、ミレディはオスカーの朝飯を食べて仕事に向かう。オスカーもミレディと一緒に働きに出かける訳だ」

 

 ミレディちゃん、つい想像してみちゃう。

 

「それで、家に帰ったら、存分に甘えまくる……これは外せないだろうな」

「甘え……る……!?」

 

 挙動不審になり始めた。口はへな〜と垂れていて、妄想の世界に入り浸っているのがよく分かる。

 

「お、おいハジメ。ミレディには、少し刺激が強過ぎるんじゃないか……」

「ナイズ。これは作戦だ」

 

 これまで見た事もない姿をしたままのミレディを心配して止めにかかったナイズだが、ハジメに低い声で制される。

 

「作戦……とは?」

「そうだ。単に、ミレディの弱みを握りたいという意味合いもあるが……ミレディの制御役をオスカーに任せられるんだ。ウザさ軽減にも役立つだろうと思ってな」

「お前……天才か?」

 

 ナイズ、ちゃっかり親友(オスカー)を売る。ここの所の、ミレディ達の所業に対する疲労が強く出ているようだった。

 

 がっしりと繋がれた右手の隣で、メイルが何とも言えない表情でゆるんゆるんのミレディを見ている。

 

 すると、その話を聞いていたらしいハジメの椅子……リューティリスが、大変喜ばしそうに尋ねる。

 

「まあ、ミレディたんはオスカーさんと恋仲なのですね?」

「恋仲……って違うわぁっ!! 全っ然そんなことないからぁ!!」

「……そのまま妄想の海に浸っていれば良いものを」

 

 優雅にお茶を飲むユエが、騒ぎ出したミレディを半目で睨む。ゆっくりとお茶を楽しんでたのに……という心の声が聞こえそうだ。

 

「っていうか、そろそろ二人とも普通に座ってよ」

「む? そうするとメイルの椅子が無くなるのじゃ」

「そうですわよ。わたくし、ご主人様の椅子ですから……」

「あるよ椅子くらい! だから普通に座って!」

「……そうだな。そろそろ、この椅子もガタが来てるしな。リュー、チェンジ」

「っ!? ち、チェンジ……わたくし、女王ですのに……チェンジ……んふっ」

「駄竜も飼い主さんの所に帰りなさい」

「あひぃいっ!? む、鞭の命令は強制力高いのじゃ……致し方ない」

 

 変態プレイから気を取り直して、ティオはハジメの左隣に、リューティリスはティオとメイルの間に椅子を構えた。

 

「ミレディたんは、好きな殿方はおりませんの?」

「結局そこ!? いないよ! オーくんだって普通に仲間だし!」

「私は……おりますわ。運命のお人が」

「えっ」

 

 ミレディが固まり、リューティリスの視線はがっちりとハジメに固定された。

 

「やはり、女王としての責務もありますから……そろそろ、お世継ぎが欲しいと、パーシャが苦悩してましたけれど、もうその心配はございませんね? そうでしょう、ご主人様?」

 

 いやん、恥ずかしいっ、と顔を赤く染めながらチラチラッとハジメを見遣る。ハジメがピクピクっとする。

 

「あのな。俺の話、聞いただろ? もう身を固めてるんだ。とっとと諦めてくれ」

「でも、ティオさんの例もありますもの……わたくしが参戦しても問題ないと思いますわ!」

「あるわ! 『私、勝手についてくだけだから!』的な話を言われて、旅の仲間にしたら自分でもどうしようもないくらい大事になっちまった結果がこの嫁の数なんだよ! 最愛はユエで、ずっとそれが変わらなくともな? 俺も最初は正気を疑ったが……いや、あいつらが予想以上に本気でな……」

 

 勢いのまま口走られた発言は、段々しどろもどろとなりながら、嫁が増えてしまった事への言い訳と化してる気がしなくもない。

 

 だが、そんなハジメにもケジメというものがあるもので。

 

「それに……あいつらに、これ以上の迷惑を掛けられない。こればかりは、俺を信じてくれるあいつらのために、譲れないんだ。すまない、リュー」

 

 その意志は実に堅かった。

 

 誰もが口を閉ざして、ハジメへと視線を集める。特に、ユエとティオの視線が熱っぽい。

 

「だから、悪いな。お前のことは、受け入れられない」

「……とても、奥さん想いでいらっしゃりますのね」

「……まあ、そうなるな」

 

 他人から直接言われるのは気恥ずかしいのか、頭を掻いて、視線を彷徨わせる。

 

「八人のお嫁さん、写真だとみんな幸せそうだったもんね……」

「む? ミレディ、ハジメらの写真があるのか?」

「……あ、でも嫉妬の化身になったバッドに握り潰されたから、今は持ってないや」

 

 あの時のバッドは恐ろしかったなぁ〜、と漏らしながら、サラッとユエに視線をやり、じじじ〜っと見詰め始めた。どうやら言外の要求らしい。まだかな〜と脚をぷらんぷらんさせていたりもする。

 

 仕方あるまい、と肩を竦めたユエが、宝物庫から写真をテーブルへ呼び出して、全員の前に公開した。

 

 それは、以前ミレディに渡した写真とはまた別のものだった。

 

「あ〜、これはあれだな。南雲一家旅行*3に行った時のか」

「おお、これは懐かしい……あれは久々に皆で集まったものじゃから、妾もはしゃいでしまったのじゃ」

「あら、兎人族に、同族のお嫁さんもいるのねぇ……それと、こっちは娘さんかしら? パパに似ず可愛いわね〜」

「おいコラ、どういう意味だ」

 

 ハジメの足元に掴まりながら、楽しそうにピースをするミュウ。妹に目がないメイルがそれを真っ先に見つけたらしい。写真上の可愛らしい六歳児にでへでへしている。

 

 すると、その横から驚きの声が上がった。

 

「……ええっ!? ハーちゃん、まさかの子持ち!? 嘘でしょ!?」

「……その歳で、まさか一児の父だとはな。ユエやティオにも、子は居たりするのか?」

「……まだ。でも、そろそろ本当に……ね?」

「そ、そうじゃのう。ご主人様が落ち着いたら、妾も考えたいのじゃが……」

 

 舌なめずりするユエと、チラッチラ見てくるティオの二人にそう言われては、ハジメとて吝かではないようで、あ〜……と唸っていた。

 

 やはり子供は欲しいが、地球やら異世界やらの問題があるし、腰を落ち着けられたらにしたくとも、それもいつになるか分からない……そんな状態にあるので、唸らざるを得ない。

 

 そんなハジメの様子を見て、リューティリスはふふっと微笑みを湛えた。

 

「……わたくしも、ご主人様のご迷惑になる事はしたくありませんもの。ですが、これが俗に言う、初恋の苦さというものなのですわね」

 

 胸に手を当てて、去来する感情に浸る。

 

 リューティリスにとっても、自分が際限なく甘えられる存在というのは初めてで、この一ヶ月、今までの鬱屈感を晴らすかのように、散々甘えてきたのだ。色恋に疎くとも、好意が恋に昇華するのは時間の問題だった。

 

「恋というのは、世相の移ろいと同じくなんとままならないことか……それを身に染みて感じられましたわ」

 

 そう締めくくり、リューティリスは、ハジメを諦める事を宣言した。

 

 同時に、ハジメは告白を振る時の罪悪感を味わっていた。これまで八人の告白を受けて、全員と付き合って来た訳であるから、未知の感覚である。しかも、それがいつもお世話になった昇華魔法の使い手で、〝導越の羅針盤〟という強大なアーティファクトを譲り受けたなど、リューティリスが果たした功績は非常に大きい。やはり、とても心苦しいものがあった。

 

「……本当に、ハジメを諦めていいの?」

「元々、叶わぬ願いだとは思っておりました。わたくしの為にご主人様が身を砕かれるのは、本意ではありませんわ」

 

 そう、浮かべた儚い微笑みの中には、女王としてではない、一人の女性としての芯の篭められていた。

 

 元より、リューティリスは、〝我慢〟が出来る人物だった。幼い頃から、次代の王として期待を受け、神代魔法を授かり、その力で民を導き、守る事を誇りとしてきた。

 

 だが、それは結果的に、性癖を歪ませることへ繋がった。

 

「ですが……わたくしが果てるその時まで、ご主人様を想い続けることをお許し下さいまし」

 

 リューティリスが出した結論は、つまり──〝この想いは墓まで持っていく〟。

 

 そう直接言われてしまったハジメに、脂汗が滲み出る。心做しか、ミレディやメイルの目が冷たい。ユエとティオは何とも複雑そうな表情だ。

 

「リュー……女王としての責務として、それはどうなのかとは考えはしなかったのか? 一人の男を愛するという事は……独り身でいるという事だろう」

「──ちょっ、ナっちゃんKY発言だよそれ! なんて事聞くの!?」

 

 ナイズが、話の始めに立ち返って、そう問い質した。

 

 この話の始まりはそもそも、女王に、次の世代の子供が求められているのではないかというもの。そんな厳しい所を突く発言に、ミレディがいきり立たんとナイズを叱責する。

 

 それを受けて、リューティリスは……深く頷いて、悲痛に顔を歪めた。

 

「ええ。きっと、民に心配を掛けてしまうでしょう……ですが、これは、わたくしの我が儘なのです。この我が国は、守護杖に選ばれた者が王となります。世襲制ではありませんから、わたくしに子供が生まれまいと、次代の王は王の資質のある者から選び出されますわ」

「でも、それじゃあ貴女が……」

「いいのですわ、お姉様。ご主人様は、わたくしに沢山のものを下さったんですもの。これ以上の望みは、もうありませんわ」

 

 誰から見ても、無理していると言わざるを得ないのに、そう言わせないのは、偏にリューティリスが纏う威厳からか。

 

「リューちゃん、やっぱり────」

「そうでしたわ! わたくしの恋バナを話したので、今度はミレディたんとオスカーさんの関係を教えて下さいまし! 本当は、男女のあれこれを交わした仲ではありませんの!?」

「えっ、あ、そこに戻ってくる!?」

 

 ミレディが何かを言おうとして、目をキラキラさせたリューティリスに遮られた。顔をぐいぐいと近づけてきて、ミレディの姿勢が仰け反った。

 

「いや、本当、何にもないからね!? ただの仲間って言ったじゃん!」

「と、言いつつも?」

「なんもねぇよ!」

 

 先程までのシリアスはなんだったのか……ギャーギャーと騒ぎ合う、いつもの茶会が広がった。

 

 ハジメだけ、自分の気持ちを紛らわすようにお茶を啜りながら……

 

 

 

 


 

 

 それは、ハジメ達が隠れ里予定地を去ってから、十数日経った頃。

 

「あ、オスカーさーん! ここの農地、完成しましたよー!」

「愛子さん、本当にすみませんね。こんな大きな土地を耕して頂いて……」

「い、いえいえ! 私に出来ることなんて、これくらいしかありませんし!」

 

 戦闘要員としてよりも、その天職の優秀さを買われた愛子は、拠点作成にあたり、何より優先される衣食住の中でも食糧確保の担当として、〝作農師〟の力を振るっていた。

 

 その力は凄まじく、あと数日もすれば最初に植えた植物を収穫できてしまう。食糧事情は解決済みと言ってもいいくらいだった。

 

「それに、ディランとケティの治療までやってくれているんですから……何から何まで、本当に助かっているんですよ」

「あはは……そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 と言いつつも、しかし、愛子はどこか上の空の様子で、北の方角へ目を向けている。まるで、遠くにいる誰かの姿を思い浮かべるように……

 

 そこに突っ込むほど、オスカーは野暮ではない。自分の想い人と出会ったのに、早々〝解放者〟として働くことになり、またしても離れ離れになってしまったのだ。

 

 自分達の弟の治療もあるとはいえ、内心では申し訳ない気持ちが膨らんでいた。

 

 だが、愛子が上の空になっている理由はもう一つある。自分に出来た、新たな教え子達の心配だ。

 

 ハジメらが卒業してからも、高校の社会科教諭として勤務し続けているから当たり前ではあるが、やはり担任が不在のままというのは何とも心苦しい。

 

 できる限り早くの帰還が望まれる……のだが。

 

(ハジメ君でも原因の分からない、過去へのタイムスリップ……う、うう……仕方ないとは言え、ハジメ君に頼らざるを得ないというのは、本当に情けない次第です…………え? そんなの今更? だ、ダメですよ自分! そんなでは、教師として誇りある人間にはなれませんよぉ!)

 

「ふぁいとー!」

 

 一人で腕をぐっと上に伸ばして、自分を激励する愛子の姿に、日夜拠点確保に追われて疲れた様子の解放者のメンバー達もほんわかと和む。

 

 帰還者の騒動から二年経とうと、〝愛ちゃん〟がもたらす力は健在のようである。

 

 一方で、同じく和んでいたオスカーの下に、タンクトップにマフラーを着けた魔人族の青年……ヴァンドゥル・シュネーがやって来て、呼び掛ける。

 

「おい、オスカー」

「……なんだ、ヴァンか」

「なんだとは何だ、貴様。そのクソ眼鏡をカチ割られたいのか」

 

 自分を見て、まるでGでも見てしまったかのように嫌そうに眉間に皺を寄せたオスカーの反応に、ヴァンドゥルの青筋がぴきぴきと浮かび上がった。

 

 そして、サラリと眼鏡を馬鹿にされたオスカーの眉がピクピクと動く。

 

「いきなり暴力手段に出るのかい? これだからエセ芸術家は」

「あ?」

「お?」

「あ、あわわ……喧嘩は駄目ですよ、お二人とも!」

 

 いきなり目の前で火花を散らし始め、衝突の一秒前といった様相の二人の間に、愛子が果敢に割って入った。

 

 大人の女性であることは解放者の中でも周知のことではあるが、子供と間違われるくらいに小柄な身体で、いつも辺りを消し飛ばすくらいにドンパチを繰り返すチンピラ二人組の仲裁をするものだから、当初はメンバー達から、巻き込まれて怪我をしないのだろうかと心配されていたが……結果はこの通り。

 

「……チッ。命拾いしたな」

「僕は元より、不毛な争いは好きじゃないけどね。今日のところは、彼女の面子を立ててこれで終わりにしてやろうじゃないか」

 

 後の世で、ハジメ達にさえその仲の悪さが周知されている二人……しかし、愛子が割って入り仲裁するようになってから、寧ろ殴り合いに発展することが珍しいまであった。

 

「明日〝も〟喧嘩はやめてくださいね? お二人はいつもお仕事中の皆さんの邪魔になってますから。節度ある大人として、売り言葉に買い言葉を容易に受け入れてはどうなるのか、少し想像すれば分かるのではないでしょうか。つまり、何事も先ずは自分を律してこそなのです。これは、オスカーさんとヴァンさんの、少し〝先を生きる〟人からの助言です!」

「「…………」」

 

 生まれてこの方、自分が誰かを先導していかなければならなかったオスカーとヴァンドゥルには、先生という存在はいなかった。

 

 だからか、二人はどうも愛子には顔が上がらなかった。いちいち的をついていて、それであって、自分にとって大事になるだろう道を提示してくれるような、そんな人には。

 

 オスカーもヴァンドゥルも、中身が粗野であると同時に、理知的であろうとする人間だ。納得せざるを得ない事柄を否定すれば、それはあまりに見苦しいと分かっていた。

 

 更に、愛子は続ける。

 

「……人に迷惑をかけない。私やハジメ君の国では、このことを憲法の中で『公共の福祉』と呼び、尊重しているんです。これは、正しい正しくないなどの以前に、考え続け、他人と社会を形成する生き物である人として、第一に守らなければならないのです。お二人も、これを機に、一度自分を見つめ直して下さいね」

 

 まさに、社会科教諭の本領発揮だった。こくりと頷いた二人に、うんうんと頷き返した愛子は、コテンと首を傾げ、ハッとした表情で慌て始めた。「まだあっちの土地の播種が途中でした! それでは〜!」と、小さな足取りで走り去っていく。

 

 取り残されて、呆然と立ち尽くすオスカーとヴァンドゥルが互いに顔を見合わせた。そして、同時に肩を竦める。

 

「……ここは一つ、休戦協定といこうじゃないか」

「……フッ、お前にしてはいい案だな。いいだろう、乗った」

 

 一人の教師の手によって、一つ、未来が変わったのだった。

 

 

 

 


 

 

 大樹ウーア・アルトに設けられた、とある一室。光の灯す虫が壁に張り付いて、光源となっているそこは、全てが木一色で、机も椅子も、ベッドも、大樹の枝と一体化している。自然と調和した、見事な部屋だ。

 

 外を覗けば、白霧が立ち込める樹海すっかり夜闇に包まれ、薄い霧の向こうから月明かりがぼんやりと照らして、その光が僅かに、木枠の窓から、その部屋に入ってくる。

 

 その窓際では、一人の女性が両腕の肘を突いて、森を舞う幻想的な虫達を眺めていた。純白のドレスと、草花の冠を戴く彼女は、リューティリス・ハルツィナその人だった。

 

「…………はぁ」

 

 ただ、虫達を眺めている……というよりかは、何かの気がかりを感じて、心憂いているという様子であった。口から溜息が出ていくと、夜の空をひらひらと舞っていた蛍や蝶が、心配でもするかのようにリューティリスの周囲へと集まってきていた。

 

 リューティリスが手を伸ばすと、指の先に一匹の蝶が止まった。

 

「ディーちゃん……」

 

 煌びやかで、深みのある青の羽を持つその蝶は、一定のリズムで羽を小刻みに揺らしている。傍から見れば意味不明な行動だが、リューティリスには、何かを訴えかけているように聞こえたらしい。首を振って、諦念に満ちた目で蝶の複眼と目を合わせた。

 

「わたくしには……誰かを愛する事は、まだ早かったのでしょう。もう振られてしまいましたわ」

 

 リューティリスの言葉に、蝶が喋ることは無い。パタパタと揺らしていた羽を、今はゆっくりと上下させていた。その数秒後、蝶はリューティリスの指を離れ、どこかへと飛び去っていった。

 

 思わず立ち上がって、名残惜しそうに、蝶の軌跡に指を沿わせる。

 

 しかし、〝ディーちゃん〟という蝶は戻って来ず、無表情にも近い、沈んだ顔を俯けさせた。冠を机の上に無造作に放ると、ベッドに倒れ込んで、枕を胸にうち入れ、抱えた。

 

「……ハジメ様」

 

 無意識的に呟かれた、最愛の男性の名前。

 

 自分の本当の姿を見ても受け入れてくれて、自分が甘えられる、唯一の異性。

 

 だが、そんな彼には、もう沢山の大事な人がいて……

 

 自分が入る余裕など、どこにもありはしなかった。

 

 目を閉じて、瞼の裏に浮かぶのは、ハジメの姿と、彼と手を繋ぐ竜人族の女性、ティオ。ハジメが、横のティオに微笑みかけていて、とても幸せそうだった。

 

 彼女も、リューティリスと同じ門を開いていた同志として、今日までとても仲良くしている。だから、彼女が如何にしてハジメを好きなったのかも、リューティリスは知っていた。

 

 だから、自分の居場所なんて、ある訳が無くて。

 

「ご主人様……それでも、わたくしは……お慕いしておりますわ……」

 

 叶わぬ恋。それは誰もが通る道ではある。

 

「ずっと……ずっと……!」

 

 こんなにも、あっさりと振られたことに、リューティリスは、平生から考えてきた幻想を真っ向から潰されてしまった。

 

 それでも芽生えた恋心は、どんなに押し潰されようと、消えることはなかった。

 

「ぁ……あぐ……っ!!」

 

 だからこその、あの宣言だった。この想いを、死ぬまで持ち続けると。

 

 あの場では、リューティリスは我慢できた。決して、皆の前で涙は流さないようにと。今はもう、それを抑えるものは無い。

 

 最愛の人を愛することが叶わないと知ってなお平静でいられるなど、彼女には出来るはずも無かった。

 

「……いやですわ……! わたくしだって、ご主人様を想う気持ちなら、誰にだって……ひくっ……! あ゛あ゛あぁぁ────ッ!!」

 

 涙と声を枕に押し付けて、一緒に悲しみも押し出す。

 

 それは、涙が枯れて、早朝まで続いて……

 

 

 

 ……この夜は。

 

 声を上げて泣いた事さえ無かったリューティリスが、最初で最後に号哭した時となった。

 

 

 

 

 

*1
リューティリスがメイルを呼ぶ時の愛称。ドSな精神を敏感に感じ取ったリューティリスがメイルにしつこく絡み、ビンタをされてからこの呼び方に落ち着いたらしい。〝ご主人様〟であるハジメの次にメイルを慕っている。

*2
リューティリスの使い魔もとい、お友達。名前は〝極彩万死のディートリッヒス〟で、個体毎に微妙に違う猛毒の鱗粉を持つ危険な蝶。危険だが恐ろしく綺麗。昇華魔法により、谷口鈴の使役する蝶レベル、つまりオルクス深層で通用する猛毒を獲得している。

*3
この世界のハジメが、なにかの記念に行ったらしい旅行。この写真は、日本のとある雄大な自然をバックに撮られている。




リューちゃんはメイルとくっつけば良いと思います()

p.s.
受験戦争の為、一年くらい更新が無いかと思われ……
エタる気はさらさら無いので、忘れた頃にでも見に来て下さいな


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ユエとミレディが出会ったら

13巻、誠に満足でした。


 

 この日、戦況は一変した。

 

「何が起きている!?」

 

 森人族のとある弓兵は、樹の上からその異常な光景を目の当たりにしていた。

 

「くそっ、この野郎!」

「離れやがれ!」

 

 昨日までの士気も生気のない連邦兵の姿は失せ、代わりに、狂気的な目をした、獣のような兵達。無鉄砲に突っ込んできては、獣人族戦士に掴みかかろうとしている。

 

 その戦士とて、武人であるので、剣を用いて脚を斬り、腹に突き刺し、連邦兵相手に立ち向かうが……如何せん、数が多かった。

 

 ──連邦兵及び教会の残存戦力、全投入による一斉攻勢

 

 それが、今回起きた異常事態の一つである。人数の差は十倍以上に膨れ上がった。しかもそれだけでは無い。ハジメや解放者達が講じてきた裏工作が意味を成さなかったと思えるほど、彼らの士気が高かったのだ。

 

「待てっ、やめろぉぉ!!」

「エヒト様ぁぁぁ万歳ぃぃぃぃ!!」

「ちょっ、あぶねぇっ!?」

 

 その近くでは、戦士が三人の連邦兵に掴みかかられて、身動きが取れていなかった。そこへ、連邦の槍兵が、味方ごと戦士を殺そうと突貫し……

 

「させるか!」

「掠った! 掠ったよ矢が!」

 

 弓兵は、得意の早撃ちで三本の矢を同時につがえ、両足、頭を射抜く。

 

 掴みかかられた戦士も、気が狂っている連邦兵を押し退けて、一刀で斬り伏せる。

 

「助かった!」

「それより、早く聖女様*1に回復をしてもらってこい!」

「ああ、すまない!」

「俺も受けらんないかなぁ……巻き添え食らって痛いんだよ、マジ」

 

 矢を再びつがえ、正確に頭を射る中、弓兵はこの状況に大きな疑問を抱いていた。

 

(おかしい、もう相手は食糧もままならないし、負け戦となっていることも理解している筈だ……しかも、全員自分の命なんて考えていない)

 

 一体、彼らに何が……と、その時。

 

「くっ、一旦戦線から引け! ある程度の人数で密集陣形だ! 槍持ちは盾持ちと二人組で行動しろ! 敵の自爆攻撃に気を取られるな!」

「自爆とか物騒過ぎるだろこの戦争……昔の日本じゃあるまいし。いや、そもそもなんでコイツら戦争してんの? ここハルツィナ樹海だろ? どうなってんだ……」

 

 歩兵戦士団の部隊長の声が響き、戦士達が退いていく。ここでの戦闘継続は難しいと考えたようだ。

 

 弓兵も戦線から退きつつ、目の前の連邦兵から目を逸らさないよう注意した。

 

 連邦兵に起こった異常を、確かめるために……

 

 

「どっちに味方すればいいのか分かんないけど……死人が出ないように頑張るか」

 

 

 

 ○ ✕ △ □

 

 

(まさか、味方全体に魅了を掛けるとはな……)

 

 今回もポイポイと敵を投げる仕事をしていたハジメが、気絶させた連邦兵のうち一人を魔眼石で視たところ、判った事実はそれのみ。

 

 だが、〝魅了〟系統の魔法を使う敵は、大迷宮の魔物以外ではそうはいない。

 

 ハジメの脳裏には、あの姿が過ぎっていた。

 

(存在がチラつくにせよ、間違いなく戦場には居ない……兵士を無理やり駒にしたのは、陽動か? 解らないな……)

 

「神よぉぉぉ!! 見ておられますかぁぁぁ!!」

「うるせぇよ、少しは黙っとけ」

 

 ゴム弾で狂った兵士の眉間を狙い撃って、気絶させる。

 

「面倒だな……スイ」

「はぁ〜い、ここに居ますよっと」

 

 樹海の深い霧、ぴょいと現れる一対のウサ耳。クロスボウを片手で肩に担ぎ持つ姿は、まるで歴戦の狙撃手……

 

 だが、明らかに〝ハウリア〟には見えない物言いに、あの兎人族を知る現代トータスの人々なら首を傾げるだろう。

 

「……今さっき、連邦に潜入してた部隊から連絡がありましてね〜。やはり、異常の原因はジョーカー――神の使徒でした。魔眼の類いっぽいそうですぅ」

「やっぱりな。本腰を上げて落としに掛かってきてやがる」

 

 だが、神の使徒がどう出るのかという点において、ハジメは想像がつかないのが正直な話だった。樹海の霧が通用しない事を踏まえれば、真正面からやって来るのも想定出来る。だが、そんな愚直な手で本当に来るのか。

 

 取り敢えず、魔力探知系のアーティファクトの設置を一応しておくべきかと検討しておき、目の前で気だるそうにした兎人族……スイを見やる。

 

「しかし、お前だけは変わんないのは、なんというか不思議な気分だな」

「いや、十分変わらさせられましたよぅ……うぇぇん、働きたくないのに、身体が戦いを求めて動くんですぅ……くやじぃよぅ……働きたくなぁいっ!」

「いや、うん……お前はそのままでいろよ」

 

 スイという兎人族は、それはもう多くの同胞にその性格が周知されている。そう、そのクズさ故に。

 

「ふひ、ふひひ……い、今だけはいいし……この戦争で功績を上げたら、ちょ〜っぴり怪我して、即引退してやるう……!」

 

 弱冠16歳にして隠密戦士団戦士長の座を預かっておきながら、お仕事は頑張らないという信条を胸に、家でゴロゴロニートするのが大好きな人種である。

 

 見た目は兎人族なのでそこそこに可愛いし、16歳ならよく居るくらいの小さな身長で、ともすればアイドル的存在にもなったろうに、本人の性格がこれであるので、慕ってくれる存在など微塵にも居ない。

 

 そういった面で真面目な戦士達からの評価は最低なのだが、同時に戦績は誰にも文句が言えない程に活躍しており……本当に手に負えないウサギなのだ。

 

 そんな生来の性格は、ハジメのブートキャンプでも完全な矯正には至らず、他の兎人族がハウリア化していく中、ただ一人変わらずにいた。

 

「いやしかし、我こそは〝虚現のスィクラフィア〟……全てを混乱と虚無の内に閉ざすその日まで、仮初の姿から退くことは……ハッ、また頭に何かが……!?」

 

 ……影響は、かなり受けているらしいが。

 

 頭を抱えてガクブル震えるスイ。そっちに堕ちかけているという事実が彼女をさらに蝕む。

 

 それを見たハジメは、スイの肩をポンポンと叩いて……

 

「……強く生きろよ、スイ」

「Sir, yes, sir!! ――ハッ、ごめんなさいぃぃぃ!!」

 

 ハジメの温情にスイが反射的に敬礼で返すと、顔を青ざめさせて、大きくバク転して霧に消えた。

 

 いや、別にそれくらい良いんだけど……と手を伸ばすも遅く、やるせなさを感じて、肩を落とした。

 

 と、その時。

 

 ハジメの背筋に、ぞわりと何かが走った。

 

「……!? チッ、まさか……」

 

 ドンナー・シュラークに装填されたゴム弾全てを排出し、実弾を込める。直後に背後に振り向き、引き金を引いた。

 

 普段よりも激しい銃声がドパンッと木霊して、甲高い金属音が響いたと思えば、鈍い音が響いた。

 

「……丁度六発で落ちたか。名前付きか?」

 

 銃を撃ったほう方向へ歩いていくと、鬱蒼と生い茂る緑の中に、純白の翼を生やした人形の様な女性──神の使徒が、息を絶やして転がっていた。すぐ傍には、双大剣、それも片方は真っ二つに折られており、それがハジメの行動を如実に表している。

 

 ──銃技 精密射撃(ピンポイントショット)

 

 一発にも聞こえた銃声だが、それはコンマ一秒も掛けず、ほぼ同時に六発の弾丸が射出されている上、寸分違わず同じ位置を撃ち抜き、武器破壊と同時に仕留めたのだ。

 

「防御する能力はあったしなぁ……一応拾っとくか」

 

 ちゃっかり〝宝物庫〟に仕舞いつつ、連邦軍の鬨の声が響いてくる方向を見据える。

 

 そして、ポケットのスマホ型のアーティファクトを取り出した。勿論ただのスマホではない。

 

 ──SCC(サウス・クラウド・カンパニー)製 yuePon(ユエポン) 5N

 

 大手企業からちょこっと技術を拝借して、〝真匠〟*2を持った錬成師であるハジメの粋を凝らして作り上げた、正にマスターピースとも言えるスマホだ。

 

 魔力と電力の融合により、既存のスマホの機能は勿論、異世界を跨いで通信が可能となっており、〝魔力探知〟や〝空間魔法〟といった便利な魔法まで付与されている。

 

 ハジメがアプリを立ち上げると、マップが表示され、多数の緑点と赤点がマップ上に重ねて表示された。

 

 この光点を見る限り、主戦場は大きく三つに分かれているようだが……

 

(ん……? こりゃあ、バッド達のいる辺か? かなり押されてるな)

 

 敵兵が多いという程でもないが、バッド達は見るからに劣勢を強いられ、戦線を下げている。何か強力な敵が居るか、もしくは先程のように、神の使徒が現れたか。

 

『ハーちゃん、今ちょっといい!?』

 

 ミレディの声がスマホから聞こえたのは、そんな時だった。

 

「どうした? バッドらの事か?」

『流石ハーちゃん、察しがいいね! ちょっと救援に向かってくれないかな! こっちもこっちで神の使徒が現れたり、かなりまずいことになってるけど、ともかく、そっちはお願い!』

「あいよ。言われたからには、守りきってみせるさ」

『ひゅ〜、頼もしい! それじゃ、また後でね!』

 

 通信が切られると、ハジメは深く溜息を吐いた。

 

「……ったく。普段からああしてればいいもんを」

 

 ウザい面があまりに強過ぎて隠れがちだが、ミレディという人間には絶大なカリスマがある。それこそ、人を信じて動かせる力は、この傍若無人の権化──本人は否定するだろうが──であるハジメを動かしているという時点で、認めざるを得ないと言える。

 

 守りきってみせると啖呵を切った以上、ハジメとしては有言実行しなくてはならなくなった。チラと目を動かし、虚空に呼びかける。

 

「……アルファ隊、いるか」

「──は、こちらに」

 

 ハジメの後ろに、ウサミミが十対。

 

 ヌルッと、気配感知が割と機能しないレベルでいきなり現れた奴らに、内心冷や汗を掻く。

 

「ベータ隊」

「──はっ」

「ガンマ隊」

「──只今」

「デルタ隊」

「──ここに」

 

 ギリシャ文字の名を冠する、総勢五十人の五個分隊。

 

 彼らは、隠密戦士団の中でも選りすぐりの精鋭であり、ハジメの特別試験を潜り抜けた猛者である。

 

 その強さは、あのハウリアと遜色がない。……いや、寧ろ戦争さえ経験していなかったにも関わらず、あの強さを手にしたハウリアが恐ろしいと言うべきか。

 

 兎も角も、ハジメは、ミレディの命令を完遂するために、彼らを投じなくてはならないと考えたらしい。

 

「全部隊、作戦通り、今から援護に向かう。物資の用意はいいな?」

「「「「Yes, sir!」」」」

 

 〝クリスタルキー〟を取り出し、ゲートが開かれる。

 

 そして聞こえてくるは、戦場の雄叫び。ハジメはニィと嗤い、教官としての口調で呼び掛けた。

 

「行くぞ、お前ら……蹂躙される恐怖を味わわせてやれ」

 

 そして、絶望が始まる。

 

 

 

 

 その内の一隊、ベータ隊に与えられた役割は、バッドの近くにいる神殿騎士の殲滅だった。

 

 神殿騎士団は、三光騎士団*3に数えられない、教会でももっとも下部の騎士団であり、一般に、教会の騎士と言えば彼らの事を指す。

 

 しかし、だからと言って侮れない。神殿騎士となる為の条件の一つに、光属性上位魔法の〝天翔閃〟修得が要求されており、騎士一人一人の質はかなり高い。

 

 その殲滅という任務を与えられたベータ隊だが、彼らはハジメが選んだ中でも、暗殺に特化した部隊だった。

 

 当然、樹海という環境は彼らにとって庭のようなもの。ベータ隊の一人が神殿騎士を見つけると、兎人族の柔軟な脚力で加速。そのまま気配を悟られる事無く首を一閃し、次の標的を見つけるべく霧に紛れた。

 

 だが、神殿騎士のいるこの戦場には、彼ら以外に三人、異質な存在がいた。

 

「くっ……どうにかならねぇのか、この数は!」

「そう言われましてもねぇ。スイは主に、ヴァルフさんのサポートをしてるので手が一杯なんですよぉ」

「俺が足手まといってか、アァン!?」

「その通りですぅ。まぁ、居てくれた方が便利ではあるんですけど」

「便利ってなんだよ、便利って!」

 

 ヴァルフが固有魔法〝浮身〟で騎士の一人のバランスを崩すと、すかさずクローで引き裂き、致命傷を与えた。一方でスイも、固有魔法の〝曲光〟と得意の気配操作で、集団に紛れながら騎士の首を狩っていた。

 

「そうはさせん」

「邪魔だこの野郎!!」

 

 ヴァルフの目の前に現れた男の剣を弾き、その首にクローを突き立てようとして──その体がたちまち水となり、ヴァルフのクローは、ただ水を掻き分けるのみとなった。

 

 最後の異質な存在こそ、固有魔法〝液化〟の使い手──神殿騎士団第三軍軍団長のゼバール。近接戦を得意とするヴァルフにとって、物理無効の水になれる固有魔法を持つゼバールは、正に天敵だった。

 

 だが、液化したタイミングで現れたスイが、ナイフを投げ付けた。普段のゼバールなら液化で乗り切るだろうが、スイの場合のみ、対応を変える。

 

「面倒なっ」

 

 〝液化〟を解いて騎士剣でナイフを弾くと、今度は神殿騎士達を蹴り上げながらヴァルフが横から跳んでくる。

 

 このように、ゼバールを防戦一方に追い込んでいるのが幸いではあるが、どちらにせよヴァルフとスイも、魔力や道具が切れれば、今までと同じようにとはいかないだろう。お互いがジリ貧の中、どちらが早く力尽きるかの勝負となっていた。

 

 ……故に、その為のベータ隊である。

 

「ギィャーーッ!!」

「なんだっ!?」

 

 ウサ耳が駆け巡る。影が通りかかって、なんだと不思議がったと同時に、首が滑り落ち、即死した。

 

「姿が見え────」

「ひいっ、いきなりダルスが死にやがった!? どうなっ──」

 

 迷彩服のウサ耳共は、端からじわじわと首を狩る。有無を言わさず、一瞬で。

 

「……ふぅ。温いな」

「フッ……油断しないでよ、ロイゼルスト?」

「馬鹿を言えヒオンベリファ。俺達がそんな柔な訓練を受けてきたか?」

「そうね……違いないわ」

 

 ロイ──ではなくロイゼルストとヒオンベリファは、軽く言葉を交わすと、それが合間の小休止代わりだったようで、 神殿騎士の首に手を添えて、ナイフで一撫で。血飛沫を浴びることなく、次の目標に向かっていく。

 

「なっ、兎人ぞ──」

 

 首を狩る。駆られた騎士の隣にいた者の悲鳴が、樹海に響き渡り、騎士達の間に恐怖と焦燥感が伝染していく。

 

 バタり、バタり。

 

 気が付けば、隣の仲間が倒れている。気が付けば、自分の頭が空を向いている。

 

 ──次は、お前の後ろかな?

 

 そんな声を聞いた騎士達が後ろを振り向けば、そちらではなく、元々の方向にいた兎人族に背後から殺され、

 

「う、うおおおおっ!!」

 

 と錯乱した騎士が、仲間の騎士の気配を兎人族の気配だと思い込んで、霧の前後不覚な状態のまま仲間を斬り付け、

 

 ──それはお前の仲間だぞ?

 

 と囁かれて剣を取り落とし、何も分からないまま首を掻き斬られ、

 

「集団の陣形を取れ! 固まれば対応出来るはずだ!」

 

 混乱の渦中で多少判断ができる者がそう命令を下すも、突然頭上から降ってきた球体から、霧状の何かが散布され、

 

 ──固まってくれると、毒が撒きやすくて助かる

 

 その言葉で瞬く間にパニックに陥り、更にバタバタと死んでいき……

 

 気が付けば、たった十人の兎人族に、何百と居た神殿騎士は、ほんの十人に満たない人数にまで追いやられていた。

 

 その一連の様子を把握していたゼバールは、般若の形相で言い放った。

 

「くそっ、共和国の兎人族は化け物かっ」

「凄いですよねぇ〜。皆、無駄に暗殺が上手くなっちゃって……まぁ、全部教官のクソッタレのせいなんですけど」

「おいバカ、やめろ! あいつに殺されてもいいのか!?」

 

 サラッと、ハジメに毒を吐いた。ヴァルフが異様なまでに怯えつつ注意したが、心から教官を敬愛しているベータ隊には聞こえていたようだ。十人から殺気の眼差しが飛んでいるが、それにも関わらず、本人は何処吹く風と無視している。今にも下克上が始まりそうであった。

 

 ヴァルフもそんなスイの態度に、もう何も言うまいと説得を諦めた。

 

「……後でハジメにコテンパンにされても、俺は知らねぇぞ」

「それは無理ですよ。何としても、ヴァルフさんだけは一緒に巻き込みますぅ」

「ケッ、この屑ウサギが……」

 

 仲は最悪だが、決して悪いコンビではない。

 

 ベータ隊の援護を受けながら、二人は徐々に、ゼバールを追い詰めていくのだった。

 

 

 

 

 場所はスイ達の所から少し離れて、連邦軍本隊から少し離れた場所に位置するハルツィナ樹海北西部の外縁部でも、狂ったように突撃を繰り返す連邦兵と、共和国軍の兵士による攻防が繰り広げられていた。

 

 いや、実際は共和国軍の防戦一方と言える。仲間すら巻き込む連邦兵の攻撃に、こちらも着実に仲間を減らされていたからだ。

 

「さて……」

 

 そんな混沌とした戦場の中に、ハジメの姿はあった。

 

 ──こちらアルファ隊、連邦兵をH地点に誘導中。全ポイントの結界装置準備完了。

 

 イヤリングから響く声を聴きながら、目の前の戦いを注視していた。バッドと連邦兵達の戦いだ。

 

「くそったれ!」

 

 バッドが身体強化をして踏み出すが、その瞬間、雷が迸った。

 

 ギィンッ!! と耳を塞ぎたくなる金属音が響く。ハジメは、義手で受け止めた剣を一瞥すると、目の前の、短い金髪の女性騎士──固有魔法〝雷公〟を持つ聖光教会神殿騎士長、リリス・アーカンドに目を向けた。

 

「……速いな」

「くっ……──〝断雷〟!」

 

 リリスの体から、雷もかくやという電力の雷撃が放たれる。しかし、それすらものともしなかったハジメは、義手に力を加えて、刀身を粉々に砕いた。

 

 ──こちらベータ隊、神殿騎士の殲滅を完了。連邦兵の誘導を開始

 

 武器が砕かれ、その場から飛び退いたリリスは、砕かれた剣を捨て、新たに腰から騎士剣を抜いた。

 

「そぉらっ!!」

「っ────」

 

 振り抜きざまに、大鎌を騎士剣で打ち合い、雷速でバッドの首を狙う。

 それを、大鎌をグルリと一回転させ、背後斜め上に現れたリリスの剣に絡める。しかし、再度雷となったリリスは、周囲で戦う獣人戦士団を、仲間の連邦兵ごと斬り飛ばした。

 

 霧によって方向感覚が狂わされている影響で、リリスの擬似瞬間移動は、自分自身でさえも想定していない方へ向かっている。だが、敵味方関係なく殺しており、逆に厄介な事態を生んでいた。

 

 その都度、ハジメが衛星軌道上の〝ベル・アガルタ〟を用いて復活させているが、流石に限度というものがある。

 

「──〝断雷〟」

「刈り取れ──エグゼスッ」

 

 敵味方関係なしの、広範囲への雷撃。バッドはどうにかエグゼスで魔力を吸い、ハジメはリリスを中心に、クロスヴェルトによる結界を貼ることで無差別攻撃を防ぎきった。

 

 ──こちらガンマ隊、K地点にて散開。所定の位置に移動

 

 ──こちらデルタ隊、AからNまでの間引きを完了、第二次掃討に移る

 

「ハジメ、代わりに守って貰ってすまねぇっ」

「いや、構わんが……なんなら、相手を変わろうか?」

「個人的にはアレだが……この際、意地を張ってもいられなくてな。相手を頼めるか?」

 

 すると、ハジメはおどけたようにバッドの肩を叩いた。接し方が、まるで親しい友人のようである。バッドの顔が、親しげに微笑むハジメという、あまりに気味の悪い光景を見せられて醜く歪んだ。

 

「おいおい、俺とお前の仲だろ? 遠慮するな。後は任せろ」

「どんな仲だよっ! つうか嫁何人も侍らせやがる時点で、お前は俺の永遠の敵だわ、こん畜生がっ」

 

 ──こちらアルファ隊、指定地点の連邦兵の結界拘束に成功。監視フェーズ及び、散開フェーズに移行

 

 ハジメへの恨みを全開にバシッとハジメの手を振り払うと、バッドは、イヤリング型の通信用アーティファクトに手を当てた。

 

「リュー、リリス周辺の霧を解除してくれ。──ああ、構わねぇ。敵は無差別攻撃をしてくる上に、ハジメが出るからな……霧がある方が危ねぇってもんだぜ」

 

 ──ガンマ隊、対空戦闘配置完了

 

 ──ベータ隊、F地点の連邦兵の誘導成功。結界装置動作確認。監視フェーズ及び散開フェーズに移行

 

 何やらリューティリスに呼び掛け、そしてリリスを中心にして、直径二百メートルの範囲の霧が、ドーム状になって晴れた。霧に包まれていた獣人戦士が驚きのあまり動きを止める中、バッドは彼らに怒鳴った。

 

「退避しろ! ここは俺達の戦場だっ。他の騎士を寄せ付けるなぁっ」

 

 戦士達はバッドの意を察すると、連邦兵を相手取るのを止め、各々ドームの外へ向かおうとした──が、戦士達が弾き飛ばされ、苦悶の声を上げながら内側に転がった。加えて外から、一人の兎人族──スイが背中を向けたままバク宙し、ドームの中で手を付き、ハンドスプリングの要領で着地した。

 

「チッ……誘導されましたね」

 

 悪態を付きつつ、苦い顔をした。同時に、

 

「うぐはぁっ!? ──ふぐおっ!?」

 

 体をくの字に曲げながらドームに吹き飛ばされたヴァルフを、サッカーボールを止めるかのように足で踏みつけて受け止めた。

 

「ぐっ──おい、スイてめぇ! もっと止め方ってもんがあるだろうが!」

「ヴァルフさんがあんまりにも不甲斐ないからですぅ。はぁ……勝手に野垂れ死なれたら困りますよぉ。ピンチの時にスイの肉壁になってくれなかったらどうしてくれるんですかぁ」

「悪かったなっ!! クソッ、こいつハジメに鍛えられてから、屑力が上がりやがった……!」

 

 少なくとも、昔のスイなら、『どうせやられるならスイの肉壁になってくださいよぉ!』くらい喚き立てたものだが、ブートキャンプの影響か、呆れたように、そして怠そうに、淡々と毒を吐くようになった。しかもその実力は、今や戦士団最強クラス。近接戦最強のヴァルフとて、真正面で斬り合っても敗色濃厚であった。

 

 その相手に今まで助けられているのも事実であるので、強く出れない。スイという人物だけに、非常に忸怩たる思いだが。

 

 ──デルタ隊、連邦兵の第二次掃討完了。O地点にて散開を開始

 

「霧を晴らしたか、馬鹿め」

 

 スイがナイフを構えると、ドームとなっている濃霧から、人型がせりだした。霧の人型は次第に水へと姿を変え、そして人に戻った。先程までスイとヴァルフを相手取っていた神殿騎士の軍団長、ゼバールだ。

 

「総長! 率いていた神殿騎士が全員……やられましたっ。囮の連邦兵の大勢も結界内に囚われ、用意できません!」

「チッ……例の兎人族共か。構わん、無差別攻撃は続行する」

「っ、しかし、このままでは」

「問題は無い。そろそろ、奴が来るはずだ────っ!?」

 

 迫り来る一条の紅。雷速を以て回避したが、その到達地点にも、先読みしたかのように迫り来る弾丸。咄嗟に身を仰け反らせても、頬を僅かに掠めて、鋭い痛みが走る。

 

「……貴様」

「お喋りを待っていられるほど、俺はお人好しじゃないんでな。──死ね」

 

 電磁加速された銃弾が、コンマ一秒のうちに計十二発発砲される。それぞれ足や腕、頭などを狙ったものであったが、彼女は二、三発だけ剣で叩き落すと、全身に銃弾を掠めさせながら、無理矢理に空けた隙間を通り、ハジメへ一直線に踏み込んだ。

 

 しかし、その程度で動揺するほど、伊達に修羅場を潜り抜けてはいない。ハジメが銃身を傾けてガードしたのと、リリスが目の前で剣を叩きつけたタイミングは同時だった。

 

「なっ──」

 

 呆気に取られた所にハジメが、腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。間髪入れず、宝物庫から銃弾が装填されたドンナーから、六発の弾丸が迫る。

 

(まずいっ!)

 

 吹き飛ばされたまま、リリスは雷の力で瞬間的に体勢を変え、体を捻りながら剣を薙ぐ。その内で、勢いを殺しきれなかった三発が右腕と腹に着弾した。

 

 地面に叩きつけられる。身体がバウンドするが、激痛の走る右腕で剣を突き立て、よろよろと両足で立ち上がった。

 

 それだけで、リリスは致命的な隙を作っていた。彼女がハッと気配を感じて後ろに振り返った時には、額に突き付けられたドンナーの銃口が紅くスパークを発していた。

 

 雷速の移動の連続が祟っていたのだろうか。体は自分の意に反して動かず、どうやっても、この魔弾からは逃れられないと悟った。

 

(これが……神がお定めになった私の最期か)

 

 目を閉じた。異端者に殺されるというのに、リリスの心は何故か穏やかで……

 

 破裂音が木霊する。どさっ、と音を立てて芝生に倒れ込んだ。

 

 この戦争で、散々バッドに苦戦を強いた神殿騎士団総長。それも、ハジメと相手をすれば、一分と経たなかった。最初に宣言していた通り、ただの蹂躙劇と化したのみだった。

 

「そ、総長ぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 その一部始終を見ていたらしい。ゼバールが絶叫し、リリスのもとへ駆けつけようとするも、それもまた、その相手をしていた三人には、皮肉にも好機となった。

 

「刈り取れ──エグゼス」

 

 バッドのエグゼスが静かに脈動し、固有魔法、〝液化〟の状態にある水となったゼバールを切り裂く。

 

 〝液化〟が解除され、腹を大きく裂かれると吐血した。息付く暇もなく、ヴァルフが鉄爪で斬りかかり、それを剣で防ごうとして、背後に気配もなく回りこんだスイの毒剣が決まる。

 

「あがぁっ──!!」

 

 スイが与えた毒は、彼女特製の劇薬である。大型の魔物が一滴でも体に取り込めば死に至る、間違えても人間に使ってはいけない代物だ。それを多量に受け、生きていられる余裕も無い。

 

「……あばよ」

 

 バッドが、地上に転がったゼバールにエグゼスを振り上げ、ゼバールの首が断たれる。

 

 その、寸前だった。

 

 

 

 ──〝静止せよ〟

 

 

 

 どこからだろう。耳から聞こえたとは思えない響きで発せられた言葉が、バッドら三人の身体をピタリとも動かなくさせた。

 

「なん、だ……こいつは……っ!!」

 

 バッドが苦悶の声を上げたが、鎌を振り下ろした姿勢のままで、どうすることも出来ない。

 

「ちょっ、なんですかこれ!? ヴァルフさぁ〜ん! なんとかして下さいよぉ〜!」

「動かねぇのはてめぇだけじゃねぇっての! くそっ、何がどうなってやがるっ」

 

 必死に動かそうとして、声が漏れるばかり。その一方で、ハジメは身体を動かせていた。

 

 だが、思考は三人と変わらない、疑問に満ちたものだった。

 

「おいおい──〝神言〟だと?」

 

 そう、それは〝神言〟。魂魄魔法などの神代魔法により、言霊に実際的拘束力を齎す、単純にして最高峰の魔法である。

 

 だからこそ、それが使える人間は、ハジメやユエ、エヒトなど、ごく限られた者にしか使うことが出来ない。

 

 となれば……とハジメが推測立てる。

 

 この時代にそんなものを使えるのは、一人だけだと。

 

「ご名答だよ。僕のイレギュラー」

 

 パチパチと手を叩く音。濃霧に人の影が濃く映っており、遂に、このドームへと侵入してきた。

 

 絢爛な赤金のローブに、黒い長髪。髪から垣間見える薄暗い紺の瞳が、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。

 

 その女は、指でゼバールを示すと、ひょいと曲げた。途端にゼバールの体が浮んで、鎌を避けて女の足下に移動した。

 

 彼女は徐にゼバールの体をまさぐり、腰に付けられていた小瓶を空けて、ゼバールに飲ませた。すると、たちまちゼバールの傷が癒え、戦う前だったみたく健康そのものになった。

 

「あーあ。そっちは手遅れだったかぁ。う〜、また皇帝くんに説教される……」

 

 ハジメのすぐ傍で倒れているリリスを見て、わざとらしく溜息を付くと、よいしょっとと立ち上がり、手を大仰に広げ……たと思いきや、手をぐっと引いてダブルピース。

 

「初めまして、〝解放者〟の皆さん。僕はクラニィアスリア。これでもグランダート帝国魔法師団の特別顧問をしてるんだ。気軽にアスリアって呼んでいいよ!」

 

 そして、にこやかな笑顔と共に自己紹介した。謎めいたダブルピースが、クールそうな見た目に反して妙にシュールである。

 

 ハジメは思った。絶対、この空気読めない系僕っ子が、あのエヒトな訳は無いと。自信を持ってそう思った。

 

「……あれ、駄目だったか。僕的には、ちょっとした交流を図りたかったんだけどな」

「……今ので反応出来るのは、それこそミレディくらいなもんだろ」

 

 つまり、頭がおかしいと。ハジメはそう言ったつもりなのだが、クラニィアスリアと名乗るその女は、ぽけ〜っと首を傾げながら、これが普通だよねとでも言うようにハジメ達に訊いた。

 

「そのミレディちゃんを意識してみたんだけど、駄目だった?」

「「いや、どうしてそうなった」」

 

 よりにもよって、である。思わずバッドとハジメの声が重なった。空気が読めない上、ウザさの塊みたいな存在を意識したのは絶対的に間違っている。ハジメ達からすれば、目の前の女の感性がぶっ飛んでいるという証左でもあった。

 

「え、え? 駄目なの? 僕、怪しまれないと思って真似したのに」

「「「余計だろっ!!」」」

 

 更に、正気に戻ったヴァルフのツッコミも重なる。段々とカオスの様相を呈してきた霧のドームで、ハジメが気を取り直す。

 

「で、お前は何しに来たんだ?」

「何って、教会の応援?」

 

 即答した。

 

 ハジメの容赦が消えた。

 

「──死ね」

「わーっ、わーっ!! 待ってよ、その銃仕舞って! 別に直接戦う訳じゃないし! この子回収するだけだから!」

 

 ドパンッ、と銃声が鳴る。直進する弾丸は、アスリアの額を貫通せんと突き進むが、目の前でピタッと止まると、カランと地面に落下した。

 

 どうやら、魔法的な何かで防いだらしい。アスリアが俯いて、ぷるぷると震え出す。

 

「……あの、僕、待ってって、仕舞ってって言ったよね?」

「そう言われてもなぁ……邪魔するんなら、そりゃ敵だろ。自然の摂理だ。古事記にもそう書いてある」

「そんな事書いてないし、そもそも常識がなってないよ! それでもキミは日本人かっ!」

 

 ゼェハァと息を切らすと、呼吸を落ち着けて、ふぅーと息を吐いた。

 

「取り敢えず、僕はもう帰るから。キミ達にどうこうしようとは思ってないし、安心して」

 

 気絶したままのゼバールの体を浮かばせて、ハジメの横を通り過ぎていく。

 

「……ああ、そうだ。リリスちゃんだけど、せめて大事にしてあげてよ?」

 

 ハジメは反応しない。ずっと、疑り深い目をしたまま、ジッとアスリアを見つめるのみ。

 

 アスリアも、意味深な笑みを浮かべながら、ハジメの耳にこそっと囁いた。

 

「それじゃ、今度はキミとふたりだけで、ね?」

 

 黒色の魔法陣が煌めくと、アスリアはゼバールを連れたまま、姿を消した。

 

 ハジメもそれに合わせて、張り詰めていた気を散らした。

 

(……最初から最後まで、怪しさ満点だったな)

 

 色々と問い詰めたい事はあるが、あの様子ならまたどこかで会うことになるのだろう。

 

 アスリアが消えた為か、バッド達に掛けられていた〝神言〟の効力が消える。三人とも、どうにか動かそうと変に力を掛けていたので、同時に地面に倒れ込んだ。

 

「ふきゃっ!? いたた……もう、何だったんですかあれぇ……」

 

 スイはそのままへたりこんで、上半身をだらりと地面に垂らした。体が止まってたまま何も出来ない状態は、打たれ弱い兎人族には実に恐ろしい時間であったに違いない。

 

「あ、嵐みてぇな奴だったな……クソ、何も出来なかったのが腹立たしいぜ」

「まぁ、よく分かんねぇのは俺も同じ気分だ。それより……」

 

 バッドがスイに目を向けると、ぐでぇっと体をだらけさせながらも、耳のイヤリングに手を当てていた。

 

「えぇ、そうなんですよ陛下ぁ……やっぱり、帝国が来ますよぉ。もうめんどくさいですぅ。……はい。皆さんにもお知らせくだしぃ……それではまたぁ」

 

 そう。何より、あのアスリアの肩書きと、彼女が行った行動が問題であった。

 

 ──グランダート帝国魔法師団特別顧問

 

 かの魔法大国にして、魔人族との防衛の要であるグランダート帝国からやってきた者が、この戦争の最中に教会の人物を助けにやってきた、という事実。

 

 つまり、この戦いにグランダート帝国が参入するという事になるのだ。

 

 意外にも、その事を真っ先に連絡をしていたのはスイであった。

 

「グランダート帝国……まさか、本当にここまで来やがるのか」

 

 バッドがそう言った、直後。

 

 轟音が響き、その余波がハジメ達まで届いた。その一回を皮切りに、数々の轟音、爆発音が木々や地面を揺らし始めた。

 

「畜生ッ、もう来てやがったか! ハジメッ、急いで飛空船を墜としに行かねぇと────」

「あ〜、それには及ばないと思うぞ?」

「……は?」

 

 バッドの叫びに暢気そうに返したハジメは、徐にイヤリングを指差した。そう言えば切っていたなと、バッドはイヤリングをオンにする。

 

「ナイズ*4、どうだ、問題無いか?」

『……どうにか凌いだ。だが、これが二、三回続けば、俺の魔力も持たん』

「そりゃ重畳だ。なんたって、もう二発目は撃たせないからな?」

『……本当に頼もしい限りだ』

 

 先程の轟音は、樹海中央の大樹を守るナイズの結界に衝突した時のものだったようだ。ハジメも何やら策があるのか、余裕ありげに断言した。

 

「ですですぅ。ウチの兵士は優秀なんですぅ。まあ、一部の道具は教官ありきですけどぉ……それでも今回のMVPは私達で決まりですからぁ、私がお家に帰っても文句言われませんよね?」

「いやおい、俺ら遊撃戦士団の仕事を取っておいてそれか!! 帝国の迎撃だって、お前らに任されやがるし……暗殺集団が主戦力とか、国としてどうなんだよ……」

「吠えますねぇ〜、ヴァルフさん。いいですよぉ、嫉妬してもらってもぉ。陛下に賞賛して貰えるのは私達だけですからぁ」

「このっ……このぉっ!!」

 

 紛れもない事実を叩きつけられているので、ヴァルフは反論できず、雄叫びを上げながら力なく地面に拳を叩きつけた。スイはスイで、ぴょんぴょんとスイがウザったくヴァルフの周りを跳ねており、完全に煽っていた。

 

 ヴァルフもスイも、帝国が来ることを知っていたようだ。全く何も分からないと呆然とした顔を晒すバッドだが、次の瞬間、それは聞こえてきた。

 

 ──テトラ・ラビッツ(アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ)、第二斉射準備……ファイアッ

 

 爆発音が同時多発的に広がり、そして更に爆発音。明らかに、先程何かが着弾した音よりも低く重い音だ。

 

 しかし、イヤリングからの情報を聞く限りでは、最早誰もが示し合わせレベルで、周到な用意がなされていた。

 

 バッドはその事に気がつくと、ハジメの事を睨みつけて……

 

「なぁ、ハジメさんよぉ?」

「どうした? そんな不貞腐れた顔して」

「それが分かってんなら余計だろうが! なぁ、なんで俺だけ帝国の事教えてくれねぇの? ナイズもヴァルフ達も知ってるじゃねぇかよぉ、ええ? 俺だけ仲間外れとか、酷くねえ?」

 

 良い歳こいたおっさんなのに、唇をつーんとして不貞腐れているという、誰得なのかも分からないし、そもそも絵面が気持ち悪いのでさしものハジメとて一歩後ずさる。

 

 しかし、ハジメが放った次の言葉で、バッドもそんな気味悪い態度を覆さざるを得なくなった。

 

「……あのなぁ。少し前の定例会議で俺が言ったろ。隠れ里に避難してるアングリフ支部からの報告で、帝国が戦争の準備を始めてるって。……まぁその時、お前はコクコク船漕いでたから聞いてなかったと思うが」

「……あっ」

 

 心当たりは、あるらしい。

 

 その時の会議では、久々に隠れ里を訪れたハジメが、オスカー達と共に共有した情報をこちらでも共有し合った。その時の報告の一つに、アングリフ支部のメンバーが潜入した、グランダート帝国の近況が示されたのだが……その時のバッドは、半醒半睡の状態で、辛うじて受け答えはしていた。

 

 今となっては、その記憶すら無いようだが。

 

 再三言うようだが、バッドはこんなでも〝解放者〟の副リーダーである。ミレディの次に偉い立場で、更に言えばミレディよりも古参の、成立初期のメンバーなのだ。

 

 それがたとえ、嫁探しで放浪しても、リア充への嫉妬でみっともない姿を見せるマダオであったとしても、皆の副リーダーなのだ!!

 

「で? 仲間外れが何だって?」

「ホントごめんなさい」

 

 普通に土下座した。落ち度が自分にしかない事に気付いたバッドの、潔い敗北宣言だった。

 

 スイが、うわぁ……と軽く引いており、ヴァルフは堪え切れずに、くつくつと笑っている。申し訳ない気持ちになりながらも、取り敢えず、あの二人はこの後処すと心に決めた。

 

 

 

「……っと、危ない危ない。忘れずに回収しとかないとな」

 

 

 

 ○ ✕ △ □

 

 

 時間は遡って、ハジメ達とはまた違う主戦場の一つに居たミレディとユエは、激しい戦闘を繰り返していた。その相手には、ラウスは勿論のこと、獣光騎士団長のムルム&聖竜王アドラ、加えて白光騎士団と聖竜部隊が背後で援護し、そして……

 

「そろそろ諦めては? ミレディ・ライセン」

 

 ミレディに大剣の連撃と、翼の分解砲撃が襲ってくると、ミレディは辛くも重力魔法で一部を飲み込んで、ひらりと躱す。

 

 ──〝神の使徒〟

 

 今回の戦いから急に現れ、そしてミレディ達を手こずらせている要因だ。ハジメの言っていたように、神の使徒はそれこそ、無尽蔵に降って湧いてくる存在であるが、そのスペックは一体一体が神代魔法使い級の強さを持つ。

 

 これがミレディだけであれば、簡単に死んでしまっていたかもしれないが、ミレディの後ろには、最強のパートナーが付いていた。

 

「やだもんね〜! ゴ○ブリみたいに湧いて出てくるからついつい叩き落としちゃうけど、所詮その程度の木偶だし〜? 正直居てもいなくても変わんないんだよねぇ〜────ユエちゃんのお蔭で!」

 

 刹那、ミレディの目の前に居た神の使徒が地面に堕ち、そして正反対の重力を下からも喰らい、圧殺された。

 

「むぅ……これは、いっそ纏めて蹴散らした方が早い?」

「ユ、ユエちゃん……? 頼むから、無差別〝黒天窮〟だけは止めてよ……?」

 

 消しても消しても湧いてくる敵達に痺れを切らしたか、ユエが気怠そうに呟いた。なお、ミレディの言う様に前科アリだ。数日前の戦いで、三つの〝黒天窮〟が聖光教会の全騎士団を襲い、騎士団が半壊したはいいのだが樹海が数キロ四方に渡って消失したという事件が起きている。流石のミレディも、やり過ぎだとお説教をかましたぐらいの被害だった。

 

 それでも、こうして士気を失う事無く攻めてくる教会が如何に異常か……それもまた、教会について判明した事実である。

 

「「「我が主の命に従い、貴女を排除します」」」

 

 これでもう何度目なのか……神の使徒が新たに現れると、ミレディも「うへぇっ」と辟易していた。

 

 ユエの手を借りず、既に何体も〝神の使徒〟を下しているミレディだが、その疲労も限界に近い。ユエが宝物庫から使い捨て魔力貯蔵庫である黒水晶をミレディにも供給している為、幸い魔力には困らないのだが……

 

(数が多すぎるってぇ! そろそろ休ませてよぉ!!)

 

 大半の神の使徒はユエが操る半自立式の〝五天龍〟が相手取ってくれているが、常に引き付けられる訳ではない。その神の使徒の攻撃の合間を縫って、ラウスやムルムが攻撃を畳み掛けてくるので、気も抜けず、心身共に疲弊し切っていた。

 

 ミレディが汗水垂らし対応に追われる最中、ユエは従魔化した〝五天龍〟を操りながら、何かを手に持っていた。ミレディがユエの方をチラリと見て、そして思わず二度見すると、ユエの手に握られていたのは、緑の爪痕が描かれた円筒状の物体。それをプシュッと開き、口に当てて飲み始めた。

 

 最近、ミレディを恐怖させている狂気の飲料である。まさか戦場で飲むとは思わず、

 

「あ、あの、ユエちゃん……それ、そんな飲んでいいの?」

「ん……ゴクッゴクッ……ぷはっ……やはり、エナドリは最強。寿命の無い私にはうってつけのアイテム。ミレディも一本どう?」

「寿命縮むの前提の飲み物じゃん!? やめてぇ〜! ミレディさん、ブラック労働で死ぬのだけはやだよぉ!」

 

 気怠そうにしていたユエの目がカッ!!と見開かれて、手の内に青い炎を灯した。

 

「──〝選定〟」

「くっ……!! やらせるかっ!!」

 

 ラウスが、ユエの魔法の正体を看破して、樹海の樹を蹴って加速し、本体を叩くべく〝聖槌〟を上段から叩きつけに行く。

 

 しかし、そこに挟まる蒼穹の魔力。

 

「ざ〜んね〜ん、ミレディちゃんでぇす‪☆ ──〝流星・黒玉〟」

 

 マシンガンの如くラウスに放たれていく重力球。ラウスは〝魂魄魔法〟によって擬似的な〝限界突破〟状態にあるが、ミレディの精密な魔力操作により偏差射撃が行われ、〝聖槌〟で跳ね返せなかった分の直撃を貰って地面に落下した。

 

 すると、ミレディに向かって白い影が突進し、ミレディの頭上に光の矢が雨あられと降り注いでくる。

 

「いけ、アドラ!! 今こそ神の威を示せ!」

「──〝絶禍〟〝壊劫〟」

 

 〝聖弓〟の矢とブレスを重力の衛星が吸い込み、アドラの巨躯を敵軍の只中に墜落させた。 つい一か月前までは、アドラを地面に墜とすどころか、ブレスはとても重力球一つでは吸い込めなかった筈だが、それも当然の帰結。

 

 ミレディは、ただこの一ヶ月の間に鍛錬を積んでいた。特に、あの鬼畜極まりないユエ先生の魔法教室*5を通して、重力魔法について熱心に議論を交わしていた事が、魔法への理解と術式の最適化に繋がった。

 

 更に言えば、ユエに対する理解さえも深まっていた。

 

 ミレディはニヤリと嗤う。もうとっくに、時間稼ぎは終わったのだと。

 

「──〝神罰之焔〟」

「くっ、〝蔽啓(へいけい)〟!」

 

 神罰の光が樹海を満たそうとする正に寸前、ラウスを中心に巨大な結界が展開された。

 

 神懸かったタイミングで発動された、ラウスの魂魄魔法の範囲内に居た者たち──ムルムや神の使徒、多数の騎士は、魂魄の〝選定〟から間一髪遁れられた。

 

 だが、範囲内に居なかった者は、容赦なく灰塵となり、文字通り跡形もなく消え去る。すんでのところでラウスの守護に入った者たちは、目の前で仲間が呆気なく消え去る瞬間を目にして、悲鳴を上げて戦いた。

 

 ラウスは認識可能な魂魄の数を確認したが、その被害は語るべくもない。

 

 獣光騎士団精鋭、聖竜部隊壊滅。神の使徒は五体を残し、全て消滅。白光騎士団員は、今回の戦いで率いていた全体の三割を失った。

 

「化け物か」

「……今更気付いた?」

 

 ゾッとする妖艶な微笑みで、フィンガースナップを一つ。黒水晶がヒビ割れ、減少した魔力がまたしても回復する。

 

「ん。……じゃあ、第二ラウンド──」

「そうはさせんッ!」

 

 足場を割って空中に飛び上がったラウスの聖槌を食らって、半身が吹き飛んだが、即座に再生が働き、何も無かったように元通りになる。ラウスも、最初は驚きこそすれども、見飽きる程見ている。

 

(……だからこそ、おかしい)

 

 ただ愚直に、一直線に殴り掛かるというシンプルな攻撃にどこか疑念を抱きながら、通り過ぎたラウスに視線を集中させる。

 

 ラウスが通り去った先にはミレディが居る。残った神の使徒の相手をさせているから、ラウスを向かわせるのは愚策と言えた。

 

 ラウスの邪魔立てをしようと、重力魔法を行使して……

 

『──〝浄祓(じょうばつ)〟』

「──んなっ」

 

 聞こえたその声は、零距離からのもので。

 

 胸に衝撃が走った。身体が大きく弾け飛ばされて、多少よろめきながら、体勢を直すと、ユエは自分の背中を視認していた。

 

 次に、自分の身体をちらと見る。黄金色の奔流が輪郭を形成していて、ガラスなどと同様に透過している。明らかに普通の身体ではなかった。

 

『……魂魄を、抜き取られた』

『その通りだ』

 

 声が聞こえて、ラウスが眼前に現れる。そして避ける術もなく、腹に拳の突きを受けた。

 

『うっ!?』

 

 物理的な衝撃とも違う、魂魄への直接攻撃。しかも、魔力の盾となるべき生身の肉体が存在しないが為に、硬直してしまうと、下段からの足払いによって体勢を崩されて、前後不覚に陥った。

 

『魂魄状態での戦闘には慣れていないようだな』

 

 まるで、慣れていて当然とでも言うような口振りにイラッとするも、たちまちユエの魂魄が夜闇色の鎖で縛られ、魂魄なき身体は、魂魄を身体に戻したラウスに奪われた。

 

 最早身動きも取れなくなったユエは、苦い顔を浮かべてミレディの方に目を動かした

 

「な──ユエちゃん!?」

 

 その異常事態にいち早く気が付いたミレディだが、神の使徒を相手取る事に精一杯であった。

 

「動きが乱れましたね」

「やばっ」

 

 踏み込むように、壱の大剣が振りかざされる。それをどうにか避けるも、別の使徒達が分解砲撃を実行。そうして避けていく度に、ユエから遠ざかっていく。

 

 ユエの救出に、自分だけでは手をこまねくだけだろうと歯噛みすると、通信機に口を当てる。

 

「メル姉ぇっ! ユエちゃんが捕まっちゃった!!」

『えっ!? そんな……わ、分かったわ、今からそっちに一人送るから、今だけ持ち堪えて頂戴!』

 

 複数体の神の使徒を雨あられの如き〝黒玉〟の制圧射撃で圧倒し、与えられていた最後の黒水晶を割る。

 

 しかし、ミレディの背後にも、翼を広げて双大剣で斬りかからんとする神の使徒達が。

 

「無駄な事です、ミレディ・ライセン」

「このっ──私の邪魔をするなぁああああああ!!」

 

 

 

 その頃、ラウスによって縛られたユエは、幽体のままラウスと対面していた。

 

「……こうして話すのは初めてだな、新たな神代魔法の使い手よ」

『……それで、要件は何?』

 

 ユエが面倒くさそうに、前置きを捨て置いて、いきなり本題の方を突いてきた。ラウスは口を一旦閉ざすと、ユエの目を見ながら、言った。

 

「お前は、一体何者だ。あの青年も、黒の竜人もそうだ。突然現れ、一国さえ滅ぼしかねない力を備えながら、〝解放者〟に味方している」

『……事故ってタイムスリップした未来人ですが何か』

 

 その時だけ、ぴゅうと空っ風が吹いた。ユエとラウスの間に長い沈黙が流れる。

 

 ラウスは、特に眉間のしわを深くさせていた。そして、軽く自分でしわを揉み、ユエを睨む。

 

「……魂は嘘を言っていない、か。さてはそう信じ込まされたな?」

『……あの、人をまるで狂人みたいに言わないで?』

 

 現実味を帯びていないのは確かではあるものの、はなから信じようとしないのはなんとも腹立たしい。

 

 そんなユエの内心はいざ知らず、ラウスは立て続けに問う。

 

「お前たちが〝解放者〟に付いたのは何故だ?」

『……エヒト君がウザいから、キツいお仕置きをしようと思って』

 

 キツいお仕置きどころか、殺しにかかる予定です、とは言えないので、少しオブラートに包んだつもりでいたが、ラウスにはダイレクトに伝わってしまったらしい。ただでさえ険しい眉間に、もう一つ山が出来上がっていた。

 

「…………嘘は、言ってないな。嘘は」

『……何その、「はいはい知ってた、知ってましたよー」みたいなタメは』

 

 ラウスが向ける非難がましい視線が物語る。自分で分かってるなら変な事を喋るなと。

 

 ユエが大変お気楽な調子である一方、ラウスは内心、とても戸惑っていた。ユエの魂を見ながら、先の言葉が如何ほどの自信を持って言ったのか、分かっていたからだ。

 

 自分が諦めた道を、強い光で照らす少女。一度目は教会で。二度目は海上の街で、その後継者と。

 

 三度目は、今この時。

 

「……神殺し、か。出来ると思っているのか?」

『……当然』

 

 自由な意思の下に。その為なら、神殺しさえもやってのけると。それが当たり前だと言う、圧倒的なまでの自信。

 

 かつて自分が蘇生させて、逃がした異端者である巫女、ベルタ・リエーブルの意思は、脈々と受け継がれていた。

 

 ベルタの意思を継ぐ者がミレディならば、目の前の少女は、ミレディの意思を継いだ者。ラウスからすれば、新たにユエが加わった事は、戦場にミレディが二人いるようなものだった。

 

 一人であんなにも眩しいのだ。二人も居れば、どんなに心強いだろうか。

 

「帝国が来たぞ!」

「勝ったぞ、この戦い!」

 

 ふと、霧の晴れた空を見上げると、炎属性最上級、〝蒼天〟を数十発束ねた青い炎が、凄まじい大きさを保ったまま風属性魔法の誘導を受けて、巨大な砲弾となっていた。

 

 それが複数、空に流れる。魔法大国、グランダート帝国が誇る飛空船部隊による、世界最高峰の対城兵器だった。

 

 今回、帝国の援軍が来る事は事前に知らされており、帝国がやって来た時点で、この戦いの勝利は確実なものとなる。

 

 そんな圧倒的な戦略魔法を見ても……ユエは、驚いた様子も、不安も見せず、ただ無表情に、ラウスを見ていた。

 

 そんな姿など見えないだろうムルムがラウスの側までやって来ると、狂気的な歓喜を露わにして、ラウスを褒め讃える。

 

「ラウス! 流石だっ、あのライセンの落胤を捕らえるとは! 忌々しき魔人風情に神罰をくだしてやれ!」

 

 ムルムにとっては、反逆者の頭目に近い者を捕らえたという事実が見えていた。ラウスには、ユエを捕らえようと、霊体の彼女が見せる謎めいた余裕に、何か嫌な予感を感じていた。

 

 それが、気になった。そこまでの自信と余裕を、この状況でも持ち続けられるその理由が。

 

「負けないとは思わないのか?」

『……どうして?』

 

 質問で返された事に、ラウスは、その意図を問おうとして……目を見開いた。

 

 ユエはこう言いたかったのだ──〝私達が負ける道理は無い〟と。

 

 教会は、これまでユエとミレディとしか戦った事がない。この二人が倒れれば、後は勝ち戦だとでも思っているのだ。

 

 だが、それは真実ではない。ある意味では、単に最強の魔法使いである二人よりも厄介な存在が居ることを、忘れてはならない。

 

 勝利の雰囲気に酔いしれる仲間の中で、一人、ラウスは諦めたように笑った。

 

『……どうして、ハジメ達が居るのに、負けると思ったの?』

 

 刹那、空に幾筋もの紅い軌跡が走った。遅れて、耳を劈く爆発が連続して鳴り響いた。初めは騎士達が我を忘れて空を見上げるのみだったが、目の前を、木を薙ぎ倒しながら墜落する飛空船を見て、ようやく現実を直視した。

 

 ──ガンマ隊、飛空船部隊に攻撃を開始

 

 ──デルタ隊、飛空船部隊に攻撃を開始

 

 そんな連絡が、ユエの体に着いているイヤリングに流れていた。

 

「そんな……馬鹿な、帝国の飛空船部隊だぞ!?」

「連邦軍の本隊は一体何をしている!?」

 

 ──第一斉射用意……ファイアッ

 

 更に、悪夢は続く。樹海の木が不気味な音を立てて軋み出すと、飛空船のある高度まで枝が急成長。船体を槍のように突き刺し、魔法陣の描かれたメインマストを引き裂き、磔にされていた。そうなった飛空船は、数え切れない程並んでいるのだから、まるで一種のオブジェと化していた。

 

『あ、あの……勝手に操っちゃいましたけど、問題ないですか?』

『え、ええ。委細問題ありません。それよりも、大樹の権能に干渉できる方が驚きですわ……』

 

 次に、磔にされたものや木の攻撃から辛うじて逃れた飛空船も含めた全船団の半分が、予兆もなく機関部から花火を咲かせた。

 

 かと思えば、中隊規模の船団が、上空から吹き荒れた吹雪らしき白い風に当てられ、攻撃の要であるマストが凍てつく。

 

 最早ここまで来れば死体蹴りも同然。剣の雨が船団に降り注ぎ、それらが発光して、大爆発を引き起こした。所謂、魔剣の類いであったそれらは、凍らされていた攻撃手段のメインマストと移動手段の機関部を一様に粉砕。そのまま、船団は樹海の中へと落ちていった。

 

 ──テトラ・ラビッツ、第二斉射準備……ファイアッ

 

 どうにか、その死線とも言うべき攻撃の嵐を掻い潜った残りの船もあったが、彼らにも安寧など微塵も存在しなかった。どこからか、噴射炎が尾を引きながら飛んできたミサイル群によってエンジンをやられ、海……もとい、樹海の藻屑になろうとしている。

 

 時間にして、たった一分の蹂躙劇。騎士団、連邦軍、共和国軍……この場の殆どの人間は、ぽかんと口を開けて、何が起きたのか一切理解できないまま、帝国飛空船部隊が壊滅していく様から目を離せなかった。

 

 それは、ラウスやムルムとて例外にあらず──二人の背後に出現した〝ゲート〟から飛び出した竜人に、即座の反応など求められるはずも無かった。

 

「油断大敵じゃのう?」

「なっ──」

 

 手に携えた〝黒隷鞭〟を振るうと、ラウスの腕を絡めとった。鞭を引っ張れば、あまりの膂力に腕を取られ、担ぎ込んでいたユエを取り落とした。

 

「くそっ、アドラ!!」

 

 側に居たムルムは誰よりも早く反応すると、聖弓をつがえながら、己の相棒の名を呼んだ。

 

 降り注ぐ極光のブレスと光の矢。それを、ティオは特に躱す様子も見せずに、姿が掻き消える。

 

 やったか、と安堵したのも束の間、土煙の中に影が一つ。何事も無かったかのように土煙からティオが姿を現すと、何故だか物足りなさそうな顔で所感を述べた。

 

「……ふぅむ。これでは、まだフリードの白竜の方が強かったのう。お主の竜、まだ若いようじゃな?」

「お、お前……まさか、竜人族の〝黒い彗星〟────」

 

 ティオが妖艶に笑うと、その背中から、超スピードで何かが飛び出してくる。

 

 敵陣の真ん中、ラウスのいる辺までやってくると、それは教会騎士の体を踏み台にして華麗に上に飛び上がって……

 

「──〝禍天〟」

 

 凄まじい過重力がミレディを中心に、ラウス、ムルム含め全騎士の体が押さえつけられる。ラウスのいる騎士達のど真ん中に降り立ち、バチコンっとピース&ウィンク。

 

「ども〜、通りすがりのミレディちゃんでっす! ねぇねぇ、今どんな気持ち〜? 異端者のリーダーが居るのに、地面に這い蹲って見下ろされて、何にも出来ないってどんな気持ちなのぉ〜? プギャーッ!!」

 

 重力で地面に縫い付けられて身動きの取れない状況だからか、ミレディは敵の目と鼻の先で煽る。煽りまくる。ぴょんぴょんしながら指をさして大笑いする。騎士達の怒りのボルテージはMAXだった。しかし、やはり何もできなくて悔しい。しかも、ウザいのが尚腹立たしい。

 

 そんな無限ループに騎士を陥らせつつも、ちゃっかりユエを奪取していたミレディが、ティオの所まで戻ってきた。

 

「ティオ姉……ユエちゃんは大丈夫?」

「大丈夫じゃ。霊体はすぐそこに来ておる」

 

 さっきまでのウザさは何だったのかと思いたくなるくらい不安がるのを、ティオが苦笑しつつ宥めた。

 

 どうやら、魂魄のユエを縛っていた鎖は、ミレディがラウスを地面のスタンプにした時点で解除されていたようだ。導かれるようにして肉体に入り込んだユエは、パチッと目を開き、重力魔法でティオの腕から浮かび上がり、着地した。

 

「……不覚だった」

「じゃな。ユエは回避もしないからの。相手が悪かったとは言え、偏に己の慢心のせいじゃろうなぁ」

 

 まぁ、ユエは普通に強いから、仕方ないがのう……と、うむうむ頷くティオに、ユエはぶすっと、不機嫌そうな表情で反論した。

 

「……でも、ティオも回避しない。寧ろ攻撃を受けに行ってる。私と変わらない」

「──エッ!?」

 

 確かに、ブーメランだった。自分も真正面から攻撃を受けに行くタイプ(ドM)なので、あんまり説得力が無い。

 

 慌ててティオが否定しにかかる。

 

「そ、それは、だって、妾の力ってそういうものじゃし……そもそも、そういう非物理的な攻撃は避けてるのじゃ」

「そんな訳あるか、このドM駄竜め」

「んんッ、唐突の罵倒感謝ッ!」

 

 非物理的な()撃を受けたことで、説得力は完全に消失した。

 

 因みに、シアは攻撃を潰しにかかるタイプで、香織は攻撃をブンカイッするタイプで、雫は攻撃を斬るタイプと、全員真正面から対抗しにかかるので、何をどうやってもユエを説得することは出来ない。

 

 唯一の例外はハジメくらいなものだが、あれはあれで反則的なアーティファクトで封殺してくる為、こちらも参考にし難い。

 

「……む? という事は、攻撃を受け止めるユエは、妾と同じくドMという事に……」

「黙れ」

「アッハイ」

 

 ティオさんはお口をチャックした。

 

 そんな下のコメディムードの一方、南の空に目を向けると、未だに縦横無尽と氷竜が駆け巡っていた。後続と思われる新たな船団を、氷のブレスと大量の魔剣が墜落させていく。しかも、その最中に現れた巨大ゴーレム達が、墜落していく飛空船を順次地上に降ろしていき、中の船員を殺してしまわないよう配慮していた。

 

「あっははは!! やっちゃえー! オーくん!! ヴァンちゃん!!」

 

 ミレディがはしゃぎながら、救援に来てくれたオスカーとヴァンドゥルに、声を精一杯張り上げて声援を送った。

 

 だが、ここは戦場である。ミレディはチラッと森の奥に目をやると、その方向から白い羽根の嵐が吹き荒れた。

 

「おおっとー! 危ないね〜……折角人が応援してたのに、邪魔しないで欲しかったなぁ〜」

「全ては、主の御心のままに」

 

 一人現れたと思えば、ニ、三、四と集結していく神の使徒。先程の分解攻撃で重力魔法を破壊され、漸く自由の身となったラウス達が立ち上がる。

 

「オスカー・オルクスに……新たな神代魔法使い、か。最初から樹海にいなかったのか」

 

 周りの騎士が憤怒のあまり顔を赤くしている一方で、ラウスは表情を変えず、淡々と事実を告げるように呟いた。だが、それを面白く思わない者が一人いたようだ。

 

「……要の援軍が一瞬で壊されて、どんな気持ち? ん? ほら、聞かせて? どんな気持ちなの? ん? ん〜?」

 

 ユエだった。ミレディ並に煽りに煽る。首を傾げながら、ニヤリとした笑みで何度も尋ねる様は、表現のできない、凄まじいウザさを感じる。

 

「何気に、してやられた事を根に持っておったのじゃな……」

「うんうん! 意趣返しは大事だよね〜♪ ──やーいやーい教会め、いつでも掛かってこいやー! 今のミレディちゃんは無敵だから、いくらでも相手になるぜぇ?」

 

 外野がうるさいのを無視していると、突然、神の使徒の一人がラウスの隣に降り立った。それだけで、ラウスは何かを察したのか、聖槌を背中に仕舞った。

 

「ラウス・バーン。時間です」

「……分かった」

 

 そして、息を吸い、騎士達に一つだけ、命令を下した。

 

「撤退する」

 

 

 

 

 ラウス達の突然の撤退から、数刻。

 

 様々な処理やら治療やら戦線立て直しに追われ……夕方、玉座の間にて。

 

「よく来た! 会いたかったぞっ、オスカー! ヴァン!」

 

 目に涙を貯めた長身の男が、両手を広げながら二人を抱き締めた。ナイズである。女王様が口を開きかけていたのを無視して、正に辛抱たまらんというご様子。

 

「ナ、ナイズ? いったいどうしたんだい?」

「おい、ナイズ。貴様、そんなキャラだったか?」

 

 戸惑うオスカーに、訝しむ様子のヴァンドゥルから一歩離れると、哀愁を漂わせながら、透徹した笑みで語る。

 

「ミレディとメイルに、ハジメとユエの相手は、俺には無理だった」

「「……」」

「……あのー、誰かー?」

 

 オスカーとヴァンドゥルは思わず顔を見合わせた。そして、先程までの喧嘩ぎ嘘のよあに頷き合うと、そっとナイズの肩に手を置いた?共に、優しい微笑付きで。

 

「よく頑張ったね、ナイズ」

「偉いぞ、ナイズ。お前は勇者だ」

「二人共……ありがとう。胃の痛みが和らいでいくようだ」

「……っていうか、南雲ー? ユエさーん? ……あれぇ?」

 

 男三人、肩を抱き合い分かり合う美しい光景(?)がそこにあった。

 

 男の友情よ、永遠なれ。

 

「ちょっと聞いた? ハジメくん、ミレディちゃん。失礼な話よね?」

「全くだよ。ミレディさん、基本的に一人で三光騎士団の最精鋭を抑えてたんだよ! ハーくんが手伝ってくれたりしたけどさ! ちゃんと褒めて! よくやったねミレディ、流石は僕達の大天使! いや、むしろ女神様だね!って称賛しながら甘やかして!」

「俺なんか〝白い悪魔〟って風評被害受けながら、しかも解放者の新参なのに前線で戦ってたんだぞ? しかも、男の友情から爪弾きにするとは、良い度胸じゃねえか?」

「ん……私の活躍も忘れてる。とんだ恩知らず共め。後で成敗してくれる」

「そうよそうよ! お姉さんだって、さっきまで負傷者を癒やしていたのよ! 頭が爆発しちゃいそうなくらい頑張って、あっちにこっちにって、治療しまくっていたのよ! もっと敬いなさい! 崇め奉りなさい! 跪いて頭を垂れるのよ!」

「……いやうん、めっちゃ頑張ってたのは俺も居たから知ってるけどさ。そろそろ気付いてくんね?」

 

 なぜか、女性三人男性一人から非難囂々。オスカー達はチラッとミレディとメイルをみやり、一拍。再びガシッと力強く肩を組んだ。

 

 男子の絆よ! より強固たれ!

 

「あはは……ナイズさん、苦労してたんですね」

 

 そして、この場には愛子も居た。隠れ里での仕事も一段落したということで、オスカーやヴァンドゥルと共に、劣化版クリスタルキーでここまでやって来ると、ナイズの案内により一足先にリューティリスと会っていたりする。

 

 今は、ナイズにシンパシーを感じている所のようだ。かく言う愛子も、オスカーとヴァンドゥルの仲裁に追われていたので、かなり苦労していたから、この問題児の集まりの中にいたナイズを思えば……

 

「おい、なんでこっち見るんだ、先生」

「個人的には、一番の問題児ですからね。いつも、何をしでかすか分かったものじゃなくて、ヒヤヒヤしてるんですよ?」

「そうじゃのう……妾だって、プライベート以外は大人しくしておるし、全然手が掛かっておらんじゃろう?」

「ん……でも、そんなハジメも可愛い」

 

 ハジメは開けかけた口を閉じて、スンと無表情になった。そして、所在なげに、そこにあった小石を蹴った。

 

「子供かよ! つうか痛てぇよ! 蹴った小石が俺に当たってるのに気付け!」

「あーあ……解放者は解放者で仲良いんだよなぁ。ユエ達は俺を問題児扱いするしなぁ……こんな時、遠藤の奴が居ればなぁ」

「……そう言って貰えるのは嬉しいんだけどさ。ここにいるからね? しまいには泣くよ?」

 

 残念だが、遠藤くんは不在である。ますますムスッとするハジメに、ヤケクソ気味に何かが飛び掛ってきて、思わず仰け反った。

 

「もう気付いてもらっていいですかねぇ!?」

「おわっ!? ……ってなんだ、遠藤か。居たのか」

「居たのか、じゃねぇよ! お前ならいっつも気付いてくれるだろ、真っ先に!」

 

 改めて、浩介である。後になってハジメが聞いた所によると、ハルツィナ樹海を歩いているうちに、何故か霧が深まり、戦闘音が聞こえきたので向かったら、タイムスリップしていたようだ。

 

 とまあ、そうしてハジメが浩介を認識して話し掛ければ、勿論周りを気付くというもの。

 

「……遠藤、居たの?」

「ほう、主も巻き込まれておったとは。これは心強いのう」

「遠藤くんじゃないですか! いつの間に……ひとまず、見つかって良かったです」

 

 いつの間にかいるが、それも全く気付かれない。その反応は飽きる程見てきたので、浩介もそろそろ慣れてきたのだが、一人だけそういう反応を示さない者もいた。

 

「……なんか、ティオさんだけまともじゃない気がしてならない」

「何でじゃ!?」

 

 ああいった反応を想定していたからこそ、いきなり変化球で来られると、逆に困るというもの。パーフェクト対応をしたつもりだったティオさんは悲しくなったが、それ以上に浩介の不憫さを憐れむしかなかった。

 

 そうして騒ぎ合っていたからだろう。男子の友情を強固にする三人も、男子の友情を嫉妬心に変えて、解放者の援軍として来たマーシャルに襲いかかったバッドも、やんややんやと騒ぐ女子二人組も、無視されまくって若干頬を赤らめていた女王様も、ハジメと、その隣に突如として現れた黒衣の青年に、視線を向けた。

 

「え、誰?」

 

 ミレディがそう言う。空間探知に長けたナイズや、空気中の水分で姿を探知するメイルさえ浩介を認知出来なかったらしく、非常に驚いた様子。

 

 ハジメの隣にいる以上、敵では無いのだろうとは分かったが……

 

 なんだ、と、先の戦いで興奮冷めやらけ騒ぎ立ち始める獣人族を、リューティリスが腕で制した。

 

 静まったタイミングで、宰相のパーシャが前に出る。

 

「何やら、積もる話もあるご様子。時間も有限ゆえ、まずは彼らをご紹介願いたい」

 

 そして、ここに来たばかりの四人を紹介する事となった。

 

 オスカー、ヴァンドゥル、そしてサラッと来ていた愛子と、嫉妬に狂うバッドに追いかけ回されていた援軍のマーシャル、そしてミカエラ。

 

 最後に、非常に影の薄い浩介を忘れそうになって……ハジメの指摘でようやく全員が存在を思い出し……いつものように浩介がキラリと涙を拭きながら、軽く自己紹介した。

 

「ええと、俺は遠藤浩──」

「こいつの名前はコウスケ・E・アビスゲートだ。俺の右腕なんだが、中々優秀でな。是非とも、アビスゲート卿と呼んでやってくれ」

「南雲ぉ!? て、てめぇ裏切りやがったなっ」

 

 自己紹介に被せるようにして、ハジメがえげつない仕打ちを行った。浩介も素でてめぇ呼ばわりしちゃうくらいには、明かしたくなかったらしい。

 

「なるほど……では、アビィちゃんさんですわね?」

「いやおい、どうしてそうなった」

 

 きりりとした美貌でそんな事を言うものだから、浩介も思わず遠慮なしに突っ込んだ。さっきもオスカーやヴァンドゥルで似たようなやり取りが繰り広げられたので、予想はしていたものの、斜め上の方向に飛躍してしまっていた。

 

「いいと思うよぉ〜! これから私もアビィちゃんって呼ぶね〜」

「普通に浩介って呼んでくれよぉっ、頼むからぁっ!」

 

 キィッ、と元凶を睨むが、見境なく嫁〜ズとイチャイチャしている。リア充爆発しろ、と浩介は切実に思った。なおそう思った本人も相当のリア充である。

 

 全員の紹介を終えた所で、被害報告など、今回の戦いの事が話し合われた。浩介も戦いには参加していたので、戦場を練り歩いて気が付いた点などを報告し、纏められた。

 

「やはり……神の使徒の影響力が絶対的ですわね」

「それが、数え切れない程居るのよ? 自爆攻撃されると、お姉さんの苦労が増えるだけなのよねぇ。どうにかできないかしら?」

「それは、なかなか難しいだろうね」

 

 オスカーは眉間に皺を寄せながら、現在のオディオン連邦の状況を語った。

 

 そもそもオスカーやヴァンドゥルは、以前のハジメに情報共有した後で、自ら帝国に潜入し、あれこれと工作を行っていたらしく、陸上の部隊の足止めや飛空船機関部の爆弾といった準備に時間を費やしていた。

 

 その途中で連邦に立ち寄った際、市街は外出禁止令が出されており、大人数の兵士が睨みを利かせる危険地帯となっており、手出しするのは難しいとのこと。

 

「連中は軍隊に強力な魅了を掛けている。まあ、こっちで五割弱の連邦兵を捕まえて、昏睡状態のまま時間停止させているから、前よりは多少マシになるな」

「あら。そういう気が利くところ、お姉さん大好きよ?」

 

 きっと、冗談のつもりだったのだろう。しかし、ハジメにぱちんとウィンクしたメイルは、ユエの絶対零度の視線を浴びて、「うっ」と呻き目を逸らした。正妻を甘く見てはいけないのである。

 

 そんなユエの相変わらずっぷりに苦笑いを浮かべつつ、ハジメは帝国の魔導師団特別顧問と名乗った女についても話を広げた。

 

「コイツなんだが……いまいち掴めなくてな。俺の〝魔眼石〟でも、奴がどれ程の魔力を持っているのかも分からないが、〝神言〟を使いやがった」

 

 現代トータス組の誰かが、ハッと息を吸い込んだ。ユエが心配そうにハジメを見上げる。

 

 バッドやヴァルフが、あの事かと頷き、そして〝神言〟について語られた。

 

「言葉で強制させる魔法、か。……恐ろしいな」

「俺も受けたが、まるでビクともしなくてな。体が命令を受け付けねぇ……あん時に敵が居なくて良かったぜ」

 

 特に、接近戦を得意とするヴァンドゥルにとっては天敵だ。ヴァンドゥルの視線がハジメが向く。

 

「〝神言〟はどうにかできないのか?」

「明確な対策アーティファクトもあるし、後でそれは支給する。問題は〝神言〟そのものと言うより、それが使える程度の強さがあるって事だ。まぁ、おおよそ俺とユエと同等の力があると思っておいた方がいい」

 

 〝神言〟が使えるということは、幾つもの神代魔法を極めているということ。強さが未知数だからといって、侮ってかかれる相手ではないのだ。

 

 しかも強さがハジメやユエと同列な以上、神の使徒よりも倒し難い存在と言える。それが敵側にいるとなれば、決して安心できない要素だ。

 

(唯一の懸念は、あいつの方が俺の事を知ってやがった事だがな……無視できない言葉も口走ってやがったのも気になる)

 

 何はともあれ、危険な事に変わりは無い。ハジメの言葉を受けて、ミレディは一つの対応を定めた。

 

「そのローブ女を見掛かけたら逃走を最優先って事だね、ハーちゃん?」

「ああ。それに戦うとなったら絶対に、俺もしくはユエ、ティオ、んで遠藤の誰かを呼んでくれ。少なくとも、追い払う事くらいはできるだろ」

「え? 俺入れる意味無くね?」

 

 ハジメが怪訝そうに浩介を見た。浩介の実力はハジメも知るところであるので、十分に対応できると太鼓判を押したのだが……浩介は、どんよりしたまま三角座りで顔を埋めた。

 

「連絡取るってなった時に、誰も俺の事頭に浮かばないぞ、間違いなく」

「…………涙拭けよ」

 

 そもそも、浮かばないなら選択肢になり得ないと、そう言いたいらしい。なるほど、実に浩介らしいネガティブ思想だ。渾身の自虐ネタは、浩介の哀愁を一層深め、同情的な視線を頂戴するのみとなった。

 

 そして、議題は移り……もうこれで解散という時になって、またもハジメが声を上げた。

 

「あ〜、あともう一ついいか?」

「まだ何かあるの?」

「まぁな。最初に、コイツを見てくれ」

 

 宝物庫が光ると、玉座の間に、簀巻きの人物が横になって落とされた。

 

 それは、会議でバッド達によって死亡したとされていた、神殿騎士総長リリス・アーカンドだった。

 

「お、おいおい……俺ぁてっきり、そいつの息の根を止めたのかと思ったぞ? 生け捕りにしていたのか」

 

 その場で撃ち殺す場面を目撃していたヴァルフは驚きつつも、何故? と首を傾げていた。わざわざ捕虜にした事を不思議に思ったのだろう。

 

 それは皆も同様の疑問のようで、視線がハジメに向く。集まる視線に、どこか居心地悪そうに肩を竦める。

 

「いやほら、な? 殺してもいいが、捕まえられそうならそれに越したことは無いと思わないか?」

「うーん、その通りではあるんだけど……ただ、扱いに困るんだよね」

 

 〝解放者〟という組織であるから、神の名のもとに人を縛る教会は敵であり、神を打倒する為に容赦はできない。それは共通の理念だ。

 

「捕まえちゃったからって、処刑って言うのも違う気がするんだよね。それだと教会と何も変わらないしさ」

「気持ちは分かるよ。でも、どうすればいいんだい? このまま放置って訳にもいかないだろうし」

 

 そういう理念に立っている以上、自分達からは解決できるものではない。しかし、その立場に無い者からすれば、こんな提案もできる。

 

「でしたら、こちらに引き渡す……というのも、手ではありますけれど」

 

 共和国なら、その問題もクリアできると。しかし、それはあくまでも前置き。一旦話を区切ると、黙り込んでいるハジメに、リューティリスが微笑みながら確認を取った。

 

「お兄様は、何か考えあっての行動だったのでしょう?」

 

 腐っても、一国の女王様ということだ。「バレてたか……」とわざとらしく言うと、ハジメはここで顔つきを変えて、ここから本題だと言わんばかりに話を展開する。

 

「まぁ、話がこうなるのは予想してた。そこで一つ聞いておきたいんだが……確か、教会の騎士ってのは、大概洗脳されてるって認識でいいよな?」

「……殆どがそうだと思う。教育っていう思想面での洗脳もあるけど、何らかの魔法的要因も絡んでる。じゃないと、教会の活動に疑念を抱く人達とか現れて、反逆とかするはずだし」

 

 ミレディが言いたいのは、そこまでにグレーな部分や、人道的におかしいと思える事もやっているということ。

 

 聖光教会という組織は、そんな危うい人材の上に立っている。

 

「そいつは……いい事を聞いたな」

「へ? なんで?」

 

 ハジメは仄暗く嗤うと、そこに転がされていたリリスを拾い上げ、ここに集まるメンバーに尋ねる。

 

「コイツなんだが、しばらく俺に預けてもらってもいいか?」

「……洗脳を解いて、仲間に引き入れるという訳か」

 

 共和国戦士団を束ねる戦団長のシムが意図を察したようだが、とてつもなく微妙な表情だ。他の戦士長も、似たような感じだ。

 

「仲間になる保証は無いけどな。固有魔法も便利そうだから、ワンチャンあればって事だ」

「いや……共に戦う仲間となれば話は別だが、それ以外であれば、我々としても問題ない。だが、どちらにせよこの戦争中に完結する話では無いだろう」

「ふむ……それならば、異論はありませんな?」

 

 主に〝解放者〟が預かる案件である為か、パーシャが戦士団長や重鎮を見渡しても、多少の困惑はあれど異を唱える者はいなかった。

 

 ただ、嫁〜ズ達はハジメの様子に、何かに勘づいていたようだが……それを敢えて口に出す真似はしなかったらしい。三人のじぃっとした視線に、ハジメは冷や汗を掻くばかりだった。

 

 

 

 

 その後は、もうすぐ最終決戦になるということで、ミレディ達と共に、改めて共和国の力になると誓いを結び、各々、明朝までの休憩時間が与えられることになった。

 

 その部屋までの道中、ハジメは浩介と歩いていた。

 

「活躍してるなぁ、南雲。なんかもう、皆集まってきたら普通に〝解放者〟が勝つ未来しか見えないんだけど」

「一応、そのつもりでいるからな。このタイムスリップがどういうものにしろ、〝解放者〟の時代である以上は、それにまつわる何かが原因の筈だろ? 今のところ、何も分かってないけどな」

 

 浩介もタイムスリップものに造詣が深いので、ハジメの意見には概ね賛成ではある。しかし……

 

「お前、タイムパラドックスになったらどうするんだ?」

「そこが、どうしてもネックになるんだよな……」

 

 どこぞのデロ◯アンみたいに戻る手段が無い以上、一番厄介になるのは、歴史が改変されることで、自分達の存在が失われる事だ。

 

「いやまあ、ここまでやって体が薄くなってないし……大丈夫だろ」

「全部フィクションで考えるなよ……まぁ、時間遡行自体がフィクションみたいなもんだけどさ」

 

 そう話している間に、ハジメが部屋に着き、浩介と別れて一人になる。

 

 リューティリスがお茶会をしたいと言い始めた為、この後は直ぐに樹海でも素晴らしい景色と評判の泉に向かう事になっているのだが、ハジメはその前に何やらアーティファクトを作り出していた。

 

「……ふぅ。これでいいか」

 

 ハジメの掌に乗った二つの御守り。見た目は、日本の神社に売っているそれであり、青色とオレンジ色である。

 

 それを、二つのオルニスに咥えさせ、それぞれを目的地へと運ぶ。

 

『あれ? これは……ハジメのオルニスか』

『うわっ!? ハーちゃんの鴉だ! ビックリしたぁ……』

 

 二人の下に届くと、ハジメはくつくつと笑う。効果も、単純に再生魔法や昇華魔法の類いとなっており、さっきの〝神言〟対策の〝魂殼〟機能も含んだ立派なものだが、それは表面上。超強力な隠蔽の裏に、それは隠れている。

 

「さて……ミレディの弱味を握るとするか」

 

 今、正にミレディとオスカーの手に握られた御守りには──二人は永遠に気付くことは無いだろうが──漢字でこう書いてある。

 

 ……恋愛成就、と。

 

 

 

 

*1
メイルのこと。ドSな面は重鎮方しか知らないので、にこやかに治してくれるメイルはもっぱら聖女扱いである。かつて、西の海に居た頃も聖女と呼ばれていた。

*2
ハジメが、かつて魔王城でのアルヴヘイト戦を乗り越えた事で身に付けた、〝限界突破〟の特殊派生にして、最終派生。錬成師としての才能が人の域を超え、ハジメでさえ確実にオスカー・オルクスを超えたと言わせしめた技能。

*3
教会最大戦力である白光騎士団、獣光騎士団、護光騎士団の三つの総称

*4
なんとも影が薄いが、この戦争での役割は、重傷兵の転送と、メイルの再生魔法をゲートを介して味方に届ける事であり、十倍以上の連邦兵に少ない人数で押し負けていないのは、この力による事が大きい。間違っても、あいつ仕事してないとか言わないで欲しい。

*5
ユエの教え方は非常に感覚的であり、常人には全く理解不能。理詰めで説明も出来るが、専門的過ぎて常人には全く理解不能。よってユエ並の天才しか理解できない魔法教室のことである。




まさかほんへで幸せになるとは思わなんだ……


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ハジメと解放者が出会ったら 4

本分を忘れて投稿


 

 

「さて、集まったわね?」

「はい、お姉様。完璧ですわ」

 

 そんな声が聞こえてきたのは、泉にほど近い場所。

 

 そこでは、イベントで使われるような屋根だけのテントが幾つも設営されており、その中で、メイルやリューティリスの他、ハジメ達現代トータス組、ナイズ、ヴァンドゥルが待機していた。

 

「ハジメくん、準備は滞りなく終えたのね?」

「当たり前だ。失敗は許されないからな」

 

 何やら、物々しい雰囲気がテント内に張り詰めている。めいめいの面付きも引き締まっているように見えるので、相当の何かが行われようとしているのかもしれない……

 

「遠藤、セットアップは順調か?」

『セットアップもクソもねぇじゃん……バリバリ人力だろうが。しかもずっと立たされて、カメラ撮らなくちゃいけないんだよ。ねぇ、そこんとこ分かってる?』

「おう、分かってる分かってる」

 

 返事があまりに適当だ。ここに来てから、なんだか南雲が優しくない……

 

「……おい。何で俺がこんなものに巻き込まれなくてはならないんだ」

「ヴァン、どうか我慢してくれ。これは、ミレディのウザさ軽減に役立つ、極めて重要な作戦だ。やり遂げねば……」

「ナイズ……お前」

 

 なお、先程男同士で友情を交わし合ったばかりの筈だ。ナイズがどれほどの苦労を背負ったか、分からないヴァンドゥルではない。オスカーは生贄に供さ(ハブら)れたのだった。

 

 また、この場に呼ばれている嫁〜ズ達はと言うと、念話で色々と語り合っているところだった。

 

『ミレディさんの恋路は……応援したいですね。何としても』

『同感じゃのう。妾達の時代のミレディを考えれば、尚更じゃ』

 

 何せ、数千年以上も前から神を倒す者を待ち続けて、残った魂を賭して世界を守った立役者だ。ましてや〝解放者〟が敗北を喫し、〝反逆者〟と呼ばれた時に、恋だの愛だの考えている余裕は無かったに違いない。

 

 だから、

 

『ん……ミレディにも、人並みの幸せを知って欲しい。これから先も、ずっと』

 

 それは、単なるifの話に過ぎなかったもの。

 

 ハジメ達の時代では、既に取り返しのつかなかった事だ。

 

『……ミレディも日本に来てくれたら、きっと退屈しないのに』

『それも、案外ご主人様がサラッと解決しそうな気がするのう』

『ハジメ君はいっつも、奇想天外な事しますからね……』

 

 そんな理想も、きっとあるかもしれない。三人でフフッと笑って、目の前のモニターを見届ける。

 

 濃霧に閉ざされた泉。そこがリューティリスに提示されたお茶会の会場だった。

 

 猫人族の女性に案内されてそこに入ったのは、オスカーだ。濃霧が晴れ、幻想的な光景が広がっており、息を飲まずには居られない。

 

 すると、視界の中央に、見慣れた蒼穹の双眸を見た。

 

「おや? ミレディ、早いね。一人かい?」

「むぅ、おっそいよ。ミレディちゃん、ハブられたかと思って、悲しみのあまり身投げするところだったよ」

 

 一番乗りは、意外にもミレディである。ニーソを脱いで、素足を泉にちゃぷちゃぷと浸している。

 

 こんな低さじゃ身投げはありえないだろとか、ただ涼んでるだけだろとか、色々とツッコミどころはあるが、オスカーは取り敢えず、ツッコミ待ちと思われるミレディに笑って返した。

 

「ハハッ、ウケる」

「おいこら、オスカー。それはどういう意味だ? お?」

 

 冗談は通じなかったらしい。寧ろ、身投げするような繊細な心は持っていないだろうと馬鹿にされた気がして、ミレディちゃんはメンチを切る。

 

 ジト目になって、不機嫌そうだが、無言でべしべしと隣の地面を叩き、座れと訴えかけている。リーダー権限でそう言われては断れないなと、オスカーはそこにあぐらをかいて座り込んだ。

 

 中継される映像を見て、女性陣が丹念に評価し始める。

 

「ユエさん、この状況をどう見るのでして?」

「……うむ。平静そうに見せかけて、内心では少し距離感を測りかねているに違いない」

「微かな変化だけれど、顔も少し固いわ。ハジメくんのアーティファクトのお蔭ね」

 

 ──御守型魂魄自動調整アーティファクト ヘンゲブルック

 

 先刻、ハジメがその場で作り上げ、オルニスを通して二人へと渡したアーティファクト。これがやはり大いに関わっていた。

 

 これはその二人だけにではなく、それぞれユエ達や解放者にも配布しており、メイルやヴァンドゥル達も現在所持中である。つまり、れっきとした実用品なのだが、オスカーとミレディのそれは、通常仕様とは僅かに異なる。

 

 その証拠に、例えばメイルの持つ御守りには、『金運上昇』という四字が刻まれていたりする。他にも、ナイズには『夫婦円満』、ヴァンドゥルには『良縁祈願』など、別々のものとなっているが、オスカーとミレディの御守りにのみ、共通の四文字(恋愛成就)が刻まれているからだ。

 

 なおユエ達嫁〜ズは、本人らの謎の希望により『ハジメ』となっている。ハジメが微妙な心持ちで、自分の名前を刻んでいったのは言うまでもない。

 

「……ミレディ、どう動く?」

 

 無言の時間が続く二人。気恥ずかしいような、落ち着かないような、そんな焦れったい空気感が広がっており、状況は完全に膠着していた。

 

 オスカーは何かに囚われたように微動だにせず、ミレディはずっとそわそわしている。よく見ると、オスカーの口もモゴモゴと動いているような気がしなくもない。

 

 そんな長閑?な時間を堪能していると、ミレディが突然、何かを思い出したように顔を上げると、この沈黙を破った。

 

「ラウス・バーンね、やっぱりベルを助けてくれた人だったよ」

 

 戦争に参戦する前のこと。実はミレディ、連邦でばったりラウスと会っていた。ミレディとしては単に、散歩がてら、一人になりたかっただけなのだが、まさか道端でぶつかることになるとは思いもしなかった。

 

 でも、その時にお礼を言って、とある約束も交わしたこと。それをオスカーに伝えた。

 

 その内に、カチカチになっていたオスカーの表情が和らいで、自然体で話せるようになっていた。

 

「なら、証明しないとね。ミレディ・ライセンは何者にも負けないってことを」

「うん」

 

 言わずとも、交わした約束がどんなものであったかを、自然に分かっていたのか。オスカーの力強い言葉に、ミレディも鼓舞された気がした。

 

 すると、気分も良くなって、ミレディが徐々に暴れ出す。ポニテが小躍りし、ついでに素足を水面にパシャパシャと跳ねさせる。

 

「ちょ、ミレディ、水飛沫が眼鏡にかかる……」

「我慢しやがれ」

「理不尽な」

「ミレディちゃんは美少女なので。美少女イコール理不尽なので」

「全国の美少女に謝ってくれるかい?」

 

 結局、いつもと変わらないミレディの姿に、オスカーはやれやれと肩を竦めた。

 

 オスカーとしては、戦争という事もあってミレディが何か心を軋ませていないかと心配していたのだ。

 

 何せ、その期間は一ヶ月半にも及ぶ。ミレディと出会ってからこんなに離れた事は無かったから、どうしても不安感は拭えなかった。しかし、それもどうやら杞憂のようで、ミレディは今も、元気よく水をパシャパシャとしている。

 

(……でも何だろう。久し振りに二人きりだからか、何だか心が落ち着かないな)

 

 ミレディの顔をジッと見つめる。やはり、黙ってさえいれば美少女のように端正で可憐な顔立ちをしている事を改めて実感する。

 

 トクン、トクンと、いつもより速い鼓動が自分自身から聞こえてくる事に疑問を抱いた。

 

 オスカーが落ち着かない心を鎮めようとしている中で、隣にいるミレディも同様の状況に陥っていた。

 

(オーくんがやたら優しい目でこっち見てるんだけど!?)

 

 こっちはこっちで、内心あたふたしていた。隣でじーっと見てくるオスカーを視界に捉えつつも、それを指摘してはいない。

 

 だが、それに比例して高まる鼓動が、ミレディを追い詰めていく。あれ、もしかして──と思った思考を振り払い、やがて結論付ける。

 

(うん、だよね! オーくんがあんな目をしてるのが悪いんだよ! 久し振りに会ったら落ち着かないのも仕方ないよね!)

 

 天邪鬼なミレディちゃんは、自分の感情に振り回されて、勢いが余ってしまったのだろう。パシャッと、大きな水飛沫がオスカーの顔面を直撃した。

 

 明らかに、狙ってやったレベルの水量としか思えない。しまった、とミレディが冷や汗を掻く。

 

「……何をするんだい、ミレディ」

 

 オスカーの中で、さっきまでのやたら速い鼓動が収まると、底冷えするような低い声が出ていた。

 

 対し、ミレディは顔を赤くして更に激しく水飛沫を飛ばす。

 

「へへ、変な目でこっち見ないでよ! さっきから!」

「ちょっ、だっ、誰が変な目だ! そんな視線でなんか見てない! 誤解しないでくれるかい!?」

 

 眼鏡を取る手がやたらと震えているオスカーと、顔を火照らせながらうぎゃーとオスカーに食ってかかるミレディ。

 

 それは側から見ればよく分かるくらいに表れていたが、二人は共に自分の事で手一杯なので、全然気づく素振りもない。

 

(馬鹿なっ、この僕が今更になってミレディに動揺しているだと!?)

(よ、よしっ! オーくんの優しい目を解除した! 次はなんか言い訳を考えないと……!)

 

 すると、ミレディが唐突にオスカーの脚を足蹴にし始めた。

 

「こ、今度は何をするのさ……服が濡れるだろう」

「ふ、ふんっ。ミレディちゃんは今、オーくんに激おこなんだよ! プンプンでムカ着火しちゃったんだよ!」

「僕が君に何をしたって言うんだい!?」

 

(足を使って暴れるなっ、見えるだろうが! クソっ、いつもならイラつく所なのに、どうなってんだ、僕は……!)

(こ、口実みたいなものだけど、事実でもあるし言ってもいいよね、だよね!)

 

 オスカーがミレディの足をこれ以上上がらないように抑えているとミレディが足のジタバタとはたと止めて呟いた。

 

「……来るのが遅かった」

 

 この言葉の意味が、この泉に来た事なのか、樹海に来た事なのかはオスカーにとって言わずとも明らかだ。

 

「理由は説明しただろう?」

「……もっと早く来て欲しかった」

 

 プイッ、と頭をオスカーから背けてそう言う。

 

(……やっぱり、戦争はミレディにも堪える何かがあったのか)

 

 その時一緒に居てやれなかった事に、オスカーが酷く心痛する。

 

 ミレディは反教会組織のリーダーで、修羅場すら潜り抜けてきた経験を持っているが、その本質は16にも満たない中学生と同じくらいの齢である少女だ。常人に比べ、心は育ちきっておらず、弱い事に変わりはない。

 

 その上、教会という狂気の軍団との戦争をすれば、精神を擦り減らすのは当たり前だろう。

 

 ……しかし、オスカーの予想は全く持って当たっていない。掠ってすらいない。もっと不純ですらあった。

 

(いやね? なんというかこうさ……それなりに長くいたから、急にポンっと居なくなるとちょっぴり寂しいというかさ……恥ずかしいから全然言えないけどね? でもこの前なんか危うくメル姉にバレそうになったし! もっと早く来てくれても良かったんじゃないかな!?)

 

 戦争の事なんてまるで関係無かった。単に寂しかっただけだという……

 

 もはや、ミレディの精神力に関しては常人と比べてはいけないレベルなのである。ただの戦争ごときで、ミレディちゃんは止められないのだ!

 

「おのれオーくんめ。人の心も知らないで生意気な」

 

 ミレディが足を上げて水を飛ばしたりなんだりしようとするも、オスカーの腕がそれを阻む。

 

 オスカーはミレディと違い身体を鍛えているので、力比べで負けてしまうのは当然のこと。いくら押しても、オスカーはビクともしない。

 

「……僕が悪かったよ。好きなだけ恨み言なり、教会の奴等と戦って溜まったストレスでも僕にぶつければ良い」

 

 オスカーがそう言えば、ミレディは足を上げて水飛沫を飛ばそうとする。だが、オスカーは一向にその腕を退けない。

 

「なら、どうしてこの腕は邪魔してるのかな?」

「足で水を飛ばすのは許さないよ?」

「なら、これでも喰らえ!」

「め、眼鏡を水をかけるのはやめて貰おうか!」

 

 手で掬った水で攻撃されたオスカーは、眼鏡の洗浄機能をオンにして洗い流した。

 

「……それにしても、みんな遅いな。一体何をやっているんだか」

「リューちゃんとメル姉とか、ユエちゃん達なら分かるけど、ヴァンちゃんとナっちゃん、ハーちゃんも遅いのは謎だねぇ」

「まあ、何にせよそろそろやって来る頃だと思うし、そろそろ靴を履きなよ」

 

 そう言って、オスカーは懐からハンカチを取り出した。かと思えば、ミレディの素足を手に取ったまま優しく水気を拭っていく。

 

「ちょ、いいよ! 自分でやる!」

「そうかい?」

 

 と言いつつも、オスカーの手は止まっていない。止まる様子もない。

 

(えっ、ちょっと唐突でなんか恥ずかしいんだけど、これ!? お、オーくんに足拭かれてるって、どんな状況なの!)

 

 ミレディの赤面は必至だった。だが、拭いてくれているオスカーのハンカチを無理矢理奪うのは何となく気が引けるらしい。そのまま続行させることにした。

 

 幸いにも、目線はこちらに向いていないので、ミレディはそのまま動揺を隠す様に早口で言葉を捲し立て始める。

 

「よ、よろしい。良い心掛けだね。良きに計らえ」

「はいはい」

「いやぁ、美少女も辛いね。別にしなくて良いって言っても、相手の方からご奉仕したくてたまんなくなっちゃうんだもんね。辛いわ〜、美少女辛いわ〜」

「そうだね〜、美少女は辛いね〜」

「ミレディちゃん罪な女だわ〜。ごめんね、オーくん! ミレディちゃんが魅力的すぎて!」

「はいはい、魅力的魅力的」

「ぅ……」

 

 のらりくらりと、ミレディの言葉の雨を制していく。その後も色々言うが次第に尻すぼみになる。

 

(お、オーくんが進化してるっ。私の口撃が通用しないよぉ! 恥ずかしいからとっとと終えてよもぉ〜!)

 

 今にも恥ずかしさで足をジタバタさせたい衝動に駆られるが、ぐぐっと堪えるしかない。

 

 一方、ミレディの口撃を躱しながら足を拭うオスカーの内心と言えば……

 

(……なんか、自分でやってて、僕は一体何をしてるんだってなってきた。普通にやべぇだろ、これ……勝手に拭きはじめた少し前の僕を呪いたい……。しかも拭いている手前、今更止めるのはミレディに揶揄われそうで無理だろうし、はぁ)

 

 こちらも、精神に大きなダメージを負っていた。ついでに言えば、長い髪で隠れているが顔も赤い。

 

 そんな二人の様子に、舞台裏では……

 

「ミレディさんが、まさかユエさんばりの桃色空間を修得しているなんて……先生は予想外でした。うぅ、羨ましい。私もあんな風になりたい……」

 

 これまでのミレディの醜態やらウザさやらを身をもって体感してきた筈の愛子でさえ、人が変わったように照れまくるミレディに驚きを隠せない。

 

「桃色空間……なんて素敵な響きなんでしょうか。甘々な雰囲気に、わたくし、そろそろ鼻血が出そうですわ」

 

 恋愛事なら、何でも興奮してしまうリューちゃん。メイルからスっと渡されたティッシュで鼻をふきふき。まただらりと流れてくる様子は、何とも残念じみている。

 

 ヴァンドゥルはそっちの残念風景を視界から外し、たまたま隣にいたティオに話しかける。

 

「おい、ミレディのアレはキャラ崩壊じゃないのか? 原型すら留めてないぞ」

「その通り、正しくキャラ崩壊じゃな。妾みたいなものじゃ。色恋事となると、キャラなぞそうそう保てんよ」

「……待て、お前も何かあるのか?」

 

 まだ会ったばかりで、ティオが自分と同じく竜人族であることぐらいしか知らないヴァンドゥル。ティオが気まずげに明後日の方を向いたのを見て、コイツ怪し過ぎる……と猜疑の目を強くした。

 

 ナイズはそっと遠い目をした。まだリューティリスという爆弾も控えてると思うと、ヴァンドゥルが憐れで仕方なかった。

 

『……うーん、なんだかな、この感じ』

 

 周りと同様、ハジメも、この違和感に頭を捻っていると、通信からの声が届く。今も映像を撮っているにも関わらず、もう解放者組から忘れかけられている浩介だ。

 

『……ウザくないミレディって、言っちゃアレだけどさ。なんかこう、変だよな。見てたら、頭がおかしくなりそう』

「……まぁ、気持ちは分かるがな」

 

 お互い、あのウザさ満点なライセン大迷宮を攻略した仲だ。凄まじいキャラ崩壊に、一緒になって溜息が出た。

 

 さて、モニターの方では、オスカー達のイチャイチャタイムが終わった頃合となっていた。

 

「はい、おしまい」

「ぬぅ」

 

 ペチッと足を叩かれて、妙な唸り声を上げるミレディ。なぜかジトッとした目でオスカーを睨みつつ、ニーソと靴を履こうと立ち上がった。

 

 そうして、手を伸ばした先で──見た。漆黒のGを。ミレディのニーソの中からカサカサと出てきたところを。

 

「ぎゃーーー!?」

 

 色気の欠片もない悲鳴を上げてミレディは飛び上がった。そして、超速バックステップからの反転という、体操選手もビックリな動きで近くの頼れる仲間──オーくんに飛びつく。

 

「うぉーくーんっ!」

「うわっ!? あっ、落ちる──」

 

 そのまま、諸共泉に身投げした。

 

 なお、この泉は深くはないが浅くもなく、ミレディの胸元くらいの水深はある。なので当然、ガバガバゴボゴボと水中で呼気を漏らしつつ、二人して慌てて顔を出す。

 

「げほっげほっ……み、ミレディ。確かに僕はぶつけても良いっていたけど、それにしてもちょっとやり過ぎだと思うよ……」

 

 さっき自分から言った節、怒ろうにも怒れないオスカーが悩ましそうな顔をしながらそう言えば、ミレディが鬼気迫る必死の形相で叫んだ。

 

「居たんだよ! ウーちゃんが! 蠢動暗黒のウロボロスが!」

「誰だよ」

「ゴキ◯リだよ!」

「やたら仰々しい名前だね!? というかゴキ◯リに名前を付けるなんて、ミレディ、君疲れてるんだよ。今からでも休んだ方がいい」

「私は至って普通だよ! ウーちゃんはリューちゃんの親友なの!」

「不敬にも程がある! ミレディはやっぱり心が疲れているんだ。ゴキ◯リが親友な女王様なんて、それは単なる変人だ!」

 

 おや? 何やら濃霧の向こう側から「んふっ」という変な声が聞こえ、「妾も……」とかが聞こえなかったり。

 

 騒いでいる二人は、意にも返さなかった。

 

「ほら、気休めにこの薬でも飲んでおくといいよ」

「だーかーらー! ……まあ、オーくんは後々に知ることになる衝撃の事実に目を遠くするよ」

「何だよそれは」

 

 女王様は変人ではなく、変態だ。あんなにも幻想的で美の集大成の様な女王様が、まさかドMのド変態だなんて、普通はあるわけないのだ。そしてその近くで、伝説で畏怖される存在の姫様も同じだなんて、本性を現さなくては絶対に気付く訳が無いのである。

 

「もうヤツはいないから、早く上がろう。びしょ濡れのままは嫌だからね」

「あれ、ウーちゃんじゃなかったのかな……全然見分けつかないや」

 

 昇華魔法と蟲心師の合わせ技によって最大限に強化され、知能が高くなったヤツ等ではあるが、見た目に差異はない。ウーちゃんだったなら、それなりに社会的な行動を取るはずなのだ。

 

 初日のあれがトラウマになっている事を自覚すると、何処かにいるであろう、あの時に仲間を見捨ててどっかに行ったハジメにいちゃもん付けたい気分になった。

 

 そう言えば、ハーちゃんとオーくんのコートって似てるよねぇ……とミレディがオスカーの後ろ姿を見ていると、オスカーのコートのポケットから落ちそうになっている二つのアクセサリーに気が付いた。

 

「オーくん。それ、落ちそうだよ」

「ん? おっと、危ない危ない」

 

 慌てて手に取る様は、なんだか随分と大事そうだ。蒼い鉱石を菱形に加工したネックレスと、青色の御守り。御守りの方はオスカーが作ったとすれば納得の出来だが、鉱石が嵌った方はミレディの素人目から見ても、オスカーが作ったにしては少し未熟に思える。

 

 つまり、これは他者によって作られたと言う事であり、そんなものをオスカーが態々買うわけがない。つまり、貰い物という事になり……

 

(……オーくんが女の子を知らず知らずに誑かしたんだね。全くぅ、このエセロリコン紳士めっ。人が寂しい思いをしてるのに何楽しくやっちゃってさ!)

 

 顔も名前も分からない謎の女性Xさんに、何故だか言いようのない黒い感情を覚える。

 

「読めた。女だね? アーシャちゃん*1に続いて、一体どこのかわいこちゃんをその紳士(ギャング)の毒牙にかけたの?」

 

 つーんとミレディが唇を尖らせて、オスカーを追い抜き泉から上がろうとする。

 

「人聞きの悪い事を言わないでくれ」

 

 だが、オスカーに手を掴まれる。へ? と振り向いて硬直したミレディに、先程の菱形のネックレスが差し出された。

 

「ほら、君にだ」

「……へ?」

 

 二度目の惚けた声がミレディの口から漏れ出て、目が点になる。

 

「本当はみんな集まってからと思ったんだけど、もったいぶる必要もないしね」

「えっと……」

 

(というかみんなが居ると、茶化されたりしてそれはそれで恥ずかしいんだよなぁ)

 

 内心で本音を呟きながら、戸惑うミレディに優しげに目を細めて言う。

 

「コリン*2とルース*3からだよ」

「二人から……?」

「そう。戦争だから、二人ともミレディの事を心配してね。だから、お守り。コリンが素材を見つけて、ルースが錬成したんだ」

 

 それは、地球で言うところのサファイアに相当する鉱石の一種であり、新たな隠れ里が山間にあることから偶然発見したらしい。菱形に加工された青のペンダントは、何から何までお手製の、愛情籠った一品である。

 

「そっかぁ……コリンちゃんとルースくんからかぁ……えへへ」

 

 流石に、この唐突のサプライズプレゼントに喜びを隠せない様子のミレディ。

 

「流石は僕の自慢の妹と弟だろう?」

「ほらぁ、オーくんも頑張らないと二人に追い抜かされちゃうよ〜。こんな最高のプレゼントを作ってくれる人なんて中々いないからね〜」

「うん……本当に、二人には驚かされたよ。僕も精進しないとだね」

 

 いつの間にか、そんな行動を思いついて実行するまでに成長していた二人に、オスカーとミレディは蒼のペンダントを見ながら破顔する。

 

「……ねぇ、オーくん」

「ん、どうしたんだい?」

「これ……その」

 

 一旦言い淀むと、頭をブンブンッと振ってから恐る恐るそれを口にした。

 

「わ……私に着けてくれたら、嬉しいかなぁって……」

「っ!?」

 

 普段は絶対に見られない、頬をほんのり赤く染めて、モジモジと俯きぎみに恥じらうミレディの様子に、オスカーが不意に右手で胸を抑えた。

 

(まーて待て待て待て、焦るなオスカー・オルクス。相手はウザいだけの単なるミレディじゃないか。それが急にその枠外を飛び出してきそうだからってここまで動悸を起こすことはないだろう! よし落ち着けぇ、一時の色香に惑わされるなオスカー……)

 

「だ、ダメかな?」

「あ、いや……勿論だよ」

 

(だああああ畜生! 馬鹿か僕はっ!?)

 

 オスカー・オルクス、18歳。既に思春期は終わりを告げているものの、まだ青春を生きる人間である事には違いない。

 

 そして、目の前にいるのは尋常じゃない美少女。普段は性格がアレ過ぎて魅力は数十分の一にまで落ちているが、本気でヒロインすれば本気でヒロインになってしまうのだ。

 

 無論、オスカーとて美少女は好きである。ミレディがウザいしメイルもアレだ。そういう目で見れなくなっただけで、彼女らから残念な部分を取っ払った完璧な性格なら、何らかのキッカケで好きになっても不思議は無い。

 

 そして、これ以上に無いくらい可愛らしい頼み方をしたミレディの頭の中は、自分でも分からないほど混沌としていた。

 

(違うんだよっ、違うんだよぉ! そうじゃないけど、これでもああでも無いんだよぉ! うわぁぁぁぁそっち意識しだしたら頭から全然離れないぃぃぃぃ!)

 

 心で必死の弁解をしようとしているが、どうやら何かを意識しちゃってるらしくパニックが加速している。

 

(コリンちゃんとルースくんからの贈り物だから、折角だしそのお兄ちゃんでもあるオーくんに着けて貰おうって考えただけなのにっ、どうしてっ、こうなるかなっ!? 心臓の鼓動が早くなるだけでそう思えてくる人の脳の補完能力はどうかしてるよ!!)

 

 一体脳が何を補完しているかは論を俟たないであろうが。

 

 遂に、オスカーがミレディと向かい合う形で距離を詰めた。ネックレスを着けるために、ミレディを抱き締めるみたいに腕を回す。

 

((か、顔が近いぃぃぃ!!))

 

 二人の顔色が全てを物語っているが、ミレディはオスカーの顔を見ても、いつものように煽る思考が頭から無くなっていた。

 

 だが、それに二人が気付く余地は無い。

 

 オスカーが赤面したままのミレディとずっと向き合いながらネックレスを着けてやれば、ミレディは自分の首元のペンダントをなぞるかの様に触れながら、チラッチラッとオスカーを見る。

 

「ど、どう?」

「似合うとも。似合わないわけがない」

「……あ、ありがと」

 

 とかく触れ合うほどの近い距離で見つめ合う。泉の水面は、微かな月の光が乱反射してキラキラと輝点を浮かべており、水を滴らせ眼前で向かい合う二人の光景はとても幻想的で絵になっていた。

 

 それこそ、この場に著名な画家がいたならば、なんとしてもこの瞬間を絵画の中に切り取り、永遠に残したいと思うに違いない。ハジメはすかさず、遠藤にシャッターを切らせる。遠藤は血涙を流しながらこっそりと写真を撮った。

 

「オーくん……」

「ミレディ……」

 

 ミレディの目が潤み、オスカーもどこか夢心地にも感じながら、ミレディをじっと見つめる。

 

 もとより、友情以上の感情を互いに持ち合わせていた二人であるから、今もポケットに仕舞われたままの御守りは、その効果を強く発揮していた。

 

 本来なら、二人がここまで動揺する事はない。だが、御守りは感情を増幅し、増幅された感情に対する自覚を生み出す。

 

 オスカーとミレディの場合は、恋をしてしまったという自覚が生み出されており、これこそハジメが狙っていた状況であり、感情が認識に先立つと考える、吊り橋理論の応用である。

 

 つまり、人に恋すれば、恋をしたと自覚するという、当たり前のプロセスを無理矢理にでも経させればいい……これが、ハジメ流カップル生成法だ。今頃、ハジメは計画通りと笑っているだろう。

 

 そうして、増幅された感情が自覚を生み、自覚は行動に移される。

 

 ゆっくりながらも、徐々に重なり合う水面の影。二人の全身が沸騰したように火照り、心臓の動悸が激しい。

 

(……このまま、行ってしまうのか?)

(もう、なるようになっちゃえ……!)

 

 投げやりながらも、目を閉じて、完全にその気の顔になっているミレディに対して、オスカーはこの期に及んでヘタレていた。後にも引けないような気もするが、今このタイミングでなのか? と葛藤の色が顔に出ていた。

 

 やがて数秒後。知覚を最大まで上げて考えに考えた結果が、オスカーの思考を埋めつくていた。それは勿論……

 

(母さん、親父さん……俺は、今から男になります)

 

 遂に、オスカーは腹を括った。決意を胸に、さながらこれから戦争に行く青年兵のような表情でミレディに見据える。

 

 そして、今、オスカーがグイッと顔を近付けて、そのやわっこい唇に口付けをし……

 

 

 ──カシャカシャッ、凄いわ、傑作よ! まあお姉様、素晴らしいお出来ですわ! いや、お前ら出てくるなよ! 遠藤ので我慢しとけ!

 

 

「「……へ?」」

 

 なんか聞こえてきた。

 

 そして、非常に見覚えのある海人族と森人族が、変なポージングで立っている。しかも、ニヤニヤしながら、ハジメお手製のカメラのフラッシュを焚かせ、隠すまでもなく豪快に連写。

 

 続いて現れたのはナイズだが、非難じみた視線をメイル達に向けているのは、きっと気の所為ではないのだろう。なんて事してくれやがるっ、と言いたげになっていて、まぁまぁとヴァンドゥルが宥めるという、珍しい光景が出来上がっていた。

 

 が、そうとは露も知らぬ女性陣。メイルの背後に隠れていた吸血姫も、これ幸いと決定的瞬間をスマホでカシャリと激写。慌ててティオと愛子も湖畔に入ってくる。

 

「……特ダネ、ゲット」

 

 七人の方を見て、目をぱちくりさせるミレディとオスカー。

 

 取り敢えず、お互いにそっと離れた。オスカーはメガネをくいっとして黒傘を呼び出すと、徐に反対の方を向き、大きく振りかぶって────投げた。

 

「うおっ、危ねぇっ」

 

 声に出るくらいには驚きつつ、高速回転して迫る黒傘を掴んだ浩介。バッチリとこちらを視認しているオスカーを見て、ギョッとする。

 

「普通に隠形バレたんだけど……もしかしてリア充爆発しろとか思ってたから?」

 

 奈落の化け物並に嫁がいるお前が言うなと、クラスメイト達から反論されそうな僻みである。未だに、陰キャ根性は抜けないらしい。

 

「断じて、僕はリア充ではない。それだけは訂正してほしいね、アビィ」

「うん、もう突っ込まないからな」

 

 トホホ……と項垂れながら、浩介が降参のポーズを取る。そうすれば、誰の指図でここに居たのかもオスカーには分かった。ハジメの吊し上げが確定した瞬間である。

 

 それと同時に、キャッキャとし始める元凶二人。

 

「素敵よ、ミレディちゃん! お姉さん、もう胸がキュンキュンしっぱなしよ!」

「お姉様! わたくしもですわ! やはり二人は、そういう関係ですのね!」

 

 ここで、ミレディも全てを理解したらしい。即ち、嵌められたと。

 

「ま、まだそこまでじゃないっていうか……いや何見てくれとんじゃゴルァァァァッ!!!」

 

 出歯亀されたという事に、己の羞恥心が限界突破したミレディちゃん。泉から飛び上がって、ドロップキックの要領で水平落下。

 

 なので、その直撃位置にいたメイルさんは焦る。焦って、その一撃から逃れようとしたら……つい、隣にいたティオを掴んでしまっていた。

 

「あっ」

「ぬおう!?」

 

 ユエはデジャビュを感じた。とっても、どこぞの帝城で経験のある光景だと。*4

 

 メイルと入れ替わるように引っ張りだされたティオは、元々そこにいたリューティリスと並んで……ミレディの脚撃をお見舞いされた。

 

「「ゲハッ!?」」

 

 軽く吹っ飛んで、地面に転がり、お腹を抱えて蹲っているティオとリューティリス。だが、その表情はどう見ても苦しいというよりかは……

 

「ハァハァッ。い、今までに無いお仕置きじゃ……全身に染み渡る痛みがたまらんっ」

「ハァハァッ。ティオと同じ痛みを共有できるだなんて……ミレディたん、しゅきぃ……」

 

 普通にドン引きモノの、見せられないよ!な顔である。

 

 ヴァンドゥルが口を開けたまま絶句している。まさか獣人の女王と、自分と同じく誇り高き竜人族のはずのティオが、ドMのド変態とは思わなかったようだ。それを見ていたオスカーが、驚きを通り越して透徹した笑みになっていた。

 

 そんな大惨状を作り出した原因さんは、ガクブルしていた。思わずティオを身代わりにしたのもそうだが、それ以上に目の前が怖いのである。

 

「……メル姉?」

「違うのよ? これには深い訳があるの……ええと、そう! あれはティオちゃんが私を庇って、飛び出しただけなの。決して、つい身代わりにした訳じゃ────」

「メル姉」

「ごめんなさい」

 

 ミレディちゃんがマジトーンになった。目から光も消えかかっている。ライセンモードだ。こうなってはメイルさんとて怯えずにはいられず、ビクンビクンしているティオに土下座した。

 

 なお、ティオはビクンビクンしたままなので、気付くはずも無く。

 

「……な、なんだこりゃ」

 

 あれこれ片付けをしていたハジメがのそりと畔に顔を出せば、ご覧の通り。盛大に顔を引き攣らせるのだった。

 

 そんなハジメに、二対の視線が飛ぶ。思わず、ひんやりと汗が滲んだ。

 

「ハジメ……ちょっと、僕とオハナシをする気はないかい?」

「ハハッ……生きて帰れると思わないでね、ハーちゃん」

「ミレディだけやけにストレートだなっ、畜生が!」

 

 その後、三十分に渡って、一帯の森が更地になる程の大乱闘が繰り広げられたとか……

 

 完全に、ハジメの自業自得であるのは明白であった。

 

 

 

 

 ◯ ‪✕‬ △ ◇

 

 

 

 

「ちょっとー? 幾らなんでもその仕打ちはなくない? ジェストくーん」

「はぁ……また余計な真似をしおって。一体私をどうする気だ。胃痛で殺す気か?」

 

 とある帝国の、絢爛な一室。

 

 赤を基調とした煌びやかなその部屋に、向かい合わせになっている広いソファに、それぞれ一人の男女が顔を突き合わせていた。

 

「おやつ抜きぐらいの折檻くらいで譲歩してやっているのだ。これが臣下なら、容赦なく処刑している所だぞ」

「ぶぅぶぅ〜、師匠になんて言い様なんだ。ヒドイなぁ。それに、名目上は教会の応援だったんだし、寧ろ良い事したでしょ?」

 

 むふん、とローブの上からでも明らかな膨らみを張って、自信ありげな顔をする黒髪の女性──クラニィアスリアに対して、ジェストと呼ばれていた金髪の青年は口許をひくつかせて苦言を呈した。

 

「それどころか、ディスターク枢機卿*5に抗議されたぞ。何故、リリス・アーカンド総長を助けなかったのか、とな」

「だって、その時には死んでたんだから、助けても意味無いでしょ? 僕は無駄な事をわざわざする人間じゃないしね〜」

 

 馬鹿も休み休みに言え、とジェストは心裡で呆れ果てる一方で、この飄々な態度は昔から変わらないなとも思う。

 

 彼がクラニィアスリアと出会ったのは、実に二十年前。まだ彼が五歳の頃……国の路地裏に打ち捨てられ、気を失っていた同い年程度の少女を、特に訳もなく拾って、治療を施してみたことが全ての始まりだった。

 

 目を覚ましてから始めの頃はとても大人しく、どこか虚ろで、生気を失ったように、ただジッと窓から城下を見下ろしていたが、何年も一方的に話すうちに調子付いてきて、今では自分さえ手に負えないただの疫病神と化してしまった。

 

 どこから湧いてくるのか、捨てられていた小汚い少女とは思えない魔法の知識に、把握しきれない膨大な魔力量。

 そして何よりも、今では神に仇なす組織の一員であるライセン伯爵家*6の子女、ミレディ・ライセンと同様に、神代魔法さえ使いこなす。物は試しと魔法について師事してみれば、いつの間にか他の皇子を圧倒して帝位に就いてしまったほど。

 

 そんな、ただでさえ規格外な人物にも関わらず、その思考も行動も理解不能という言葉に尽きる。数ヶ月前、突然再生及び空間魔法系の大規模術式を行使したり、教会総本山である【神山】まで行って礼拝したり、今回のように一人で戦地の樹海に潜り込むなど、その突拍子の無さは枚挙に暇が無い。

 

「教会に疑われる様な真似はよせ、アスリア。……()に見つかれば、私ではどうにも出来なくなる」

 

 真剣な眼差しを向けながらも、いつになく不安そうに訴えかける様子に、アスリアは心配し過ぎだなぁと思いつつ肩を竦めるが、危険な事をしている自覚はあった。

 

「大丈夫、そこまで僕は抜けているつもりは無いよ。……まだ、見つかる訳にはいかないから」

「……それなら、いい」

 

 そう言えば、ジェストは悩ましそうに眉を顰めつつ、席を離れた。

 

 そんな姿に、アスリアはくすりと笑った。

 

「なーんだ……まだ、結構可愛いとこあるじゃん?」

 

 ……まるで、素直になれない弟みたいに、と。

 

 

 

 

 その晩、アスリアは久しくその夢を見ていた。

 

 荒れ狂う暴風と無数の竜巻。雨や雹が降り注ぎ、地震と共に大地が割れ、溶岩が噴き出す。物が浮かび上がっては落ち、空間が歪んで、捻れ、そこにありとあらゆる物が吸い込まれて、全てを吹き飛ばす。

 

 そんな超常現象から逃げ惑う人々を見下ろす、自分。

 

 隣に並んで、自分と同じように、呆然と見ている仲間が居て、そしてある仲間の言葉で、悟った。

 

 ──ボクらの手で、この故郷を取り戻さないと

 

 それを、仲間全員で誓い合ったというのに。

 

『姉さんも一緒なら、頑張れるよ』

 

 彼も、そう言ってくれたのに────

 

 

 

 

 そんな夢は、誰かが扉を叩く音で醒めることになった。

 

 目が微かに開いて、掛け布団に籠りながら寝惚け声を出した。

 

「……んぅ〜? どしたの〜?」

「特別顧問殿、教会より報せを預かりました! 作戦開始の為、至急連邦に向かわれたしとの事です!」

「んー……すぐ行きまーすって言っておいて〜」

「はっ、直ちに!」

 

 ベッドからゆっくり起き上がって、大きく欠伸をする。

 

「ふあぁ……あふぅ……さーてと、僕も出番かぁ」

 

 純黒の長髪を梳いて、ローブを着なおし、お飾りの杖を持つ。

 

 瞼の裏に、あの夢の光景を映し出して。

 

「……頼んだよ、南雲ハジメくん。僕らの目的の為に、あの子を倒してくれ」

 

 

 ──そうじゃないと、喚んだ意味が無いからね

 

 

 彼女が独り言ちた言葉は、声の主の居ない部屋で、僅かに木霊した。

 

 

 

 

*1
オスカーに恋する、とある酒場の看板娘。旅立ってしまったオスカーが忘れられず、もう一度会う為に旅をしているとか

*2
みんなの聖女。どんな相手であれ簡単に絆されてしまう、最強のバブみ幼女。

*3
オスカーの弟分で錬成師。ブラコン。

*4
トータス旅行記㉓を参照

*5
バラン・ディスターク。聖光教会で教皇に次ぐ地位である枢機卿の中でも、エルバード神国の政治を任された政務枢機卿にある人物。神託の巫女として活動する神の使徒らの世話係でもある。

*6
グランダート帝国で伯爵位を賜っていた、北と南の大陸を隔てる渓谷を維持管理する処刑一族。ミレディが暴走の末に一族郎党皆殺しにした為、現在は取り潰されている。




主なオリキャラなんて、この二人くらいなもんです……


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ユエとミレディが出会ったら 2

零原作の少なさに悲しみを禁じ得ない

僕はもう疲れたよパトラッシュ……


 

 

 ハジメ達がどうにか収まり、茶会の準備が終わった。

 

 大きく丸いテーブルは、ハジメの目から見ても、欧風の円卓と言って差し支えない大きさだった。

 

 それもそのはずで、解放者六人と、現代トータス組五人の計十一人も居るのだ。

 かのアーサー王の円卓もかくやという人数だろう。

 

 さてお茶会を……という所でオスカーが、何か忘れていたものを思い出したかのように手を叩いて、ポケットから取り出したそれをナイズに手渡した。

 

「む、これは……何かの入れ物か?」

「スーシャちゃんとユンファちゃんからだよ。二人も、君にお守りを作ったんだ」

「そうなのか……」

 

 ちなみにこのお守りだが、ケースはルースが錬成したものだ。その中身は手作りらしいのだが、内容物*1をオスカーがそれとなく伝えると、ナイズは恐怖した。

 

 茶会は、波乱の中でも進んでいく。

 

「おい、確かアビスゲートとか言ったな?」

「うん、もうそれでいいよ……んで、ヴァンドゥルさんだったか」

「普通にヴァンで構わん。……それより、貴様のその存在の希薄さ、とても人間とは思えんぞ。今も気配を薄くしてるだろう」

「……これ、生まれつきっす。別に隠形してたりも、アーティファクトも使ってないっす。昔から、親とか先生にも忘れられるくらいなんで……」

 

 遠藤お得意の自虐ネタで、茶会が静まり返った。ヴァンドゥルらの目が暖かい。

 

「……アビィちゃん、さっきから忘れててごめんね」

「……自分も長く一人で居たが、忘れられるのは心底同情する」

「常に放置プレイ状態……なんて羨ましいんですの」

「リュー、黙りなさい」

 

 この樹海に来る前と比較しても、随分と大所帯になってしまったものだとミレディは苦笑する。

 

 樹海潜入の直前に仲間に加わった規格外な神代魔法使いで、やる事なす事が鬼畜なやべぇ奴こと、ハジメ。

 そのハジメの正妻を公言し、かつ自分を優に超える魔法の使手である吸血鬼族のユエ。

 竜人族だが、あまりの変態ぶりにミレディも真顔にならざるを得ないハジメの嫁、ティオ。

 規格外な〝作農師〟で同じく、ハジメの嫁、しかし自分と同い年かそれより下にしか見えない見た目の教師、愛子。

 そして、Gが友達の外見詐欺な変態女王ことリューティリス。*2

 

 いずれもあまりに個性的過ぎて、そろそろカオスどころでは済まなくなってきているが……

 

(皆がいれば、きっと神に辿り着ける。不可能が着実に可能へと近づいていっている……そんな、気がするよ、ベル)

 

 口元を綻ばせて、来たる神殺しへと思いを馳せる。それが、絶対に叶うだろうと信じながら……

 

 

 しかし無情にも、嵐の前の静けさは、唐突に終わりを迎えた。

 

 

「……チッ、そう来やがったか」

 

 席からいきり立ったハジメは、顔を顰めて毒づいた。ミレディも「へ?」と、ハジメの方を見て……

 

 

「「「「「「──!?」」」」」」

 

 六人が一斉に、金縛りにあったかのように硬直した。

 

「この魔力……間違えようもない。神の使徒じゃ」

「……私としたことが。完全に油断してた」

 

 ミレディ達が驚き動きを止める中、ティオが大樹の方へ視線を向けて、忌々しげに、樹海を侵す者の存在を告げた。それと同時に、リューティリスが悲鳴じみた声を上げる。

 

「そんなっ、有り得ませんわ!?」

 

 その瞬間、霧が跡形もなく消え去った。

 

 それは、樹海を護っていたはずの〝霧の結界〟が失われたことを意味し、これまで獣人族側にあった優位性も無くなったということ。

 

 ハジメは、上空で旋回させて待機している〝オルニス〟からの視覚を見ると、西の戦場平原には、既に教会と連邦の連合軍が大挙として迫ってきているのが確認出来た。

 

 最初から、この一連の流れを仕組んで居たらしい。

 

「バトラムの分体から報告だ。樹海全体で霧が消えて、おまけに総攻撃が開始されたらしい」

「なんだって……!?」

 

 驚きと焦燥に駆り立てられるオスカー。神の使徒の攻撃と、軍隊の侵攻……あまりに出来すぎた展開だ。四面楚歌の状態に、ミレディらは慌て、リューティリスは動揺しつつも、大樹の方へと向かおうとしている。それらを、メイルの一喝が押しとどめた。

 

「しっかりしなさいっ、貴方達! 不測の事態なんていつものことでしょう!」

 

 張り上げられた声は、ミレディ達の頭を冷やすのに足る程に耳から深く伝わっていた。一呼吸おいて、改めて状況の整理を行う。

 

 向かうべきは、神の使徒の居るであろう大樹と、大勢の敵勢力が集まる外の平原。

 

「大樹には、私とハーちゃんとユエちゃん、リューちゃんで行く。ナイズとメイルは普段通り、負傷者の救出と治療を頼むね」

「愛子は木々を操って樹海を防衛しつつ、余裕があればナイズ達に支援をしてくれ。オスカー、ヴァンドゥル、ティオ、遠藤で、俺達が来るまでの時間稼ぎだ。……いけるな?」

 

 全員が頷き、各々動き始める。

 

 一つは、外から来る連邦及び教会戦力に立ち向かう、ティオとヴァンドゥル、オスカーのコンビ。

 二人は既に竜化していて、浩介がティオ、オスカーがヴァンドゥルの上に乗っている。

 

「……先の戦場では、お前の戦い方を見る事は叶わなかったからな。噂には聞いていたその手並みとやら、是非とも拝見させてもらおう」

「ほほう? 妾も侮られたものじゃ。良かろう。空の覇者はいずれにあるか、ここで明確させておかんとのう」

「フッ……掛かって来るがいい。易々と空は渡さんぞ」

「……二人とも、さり気なく僕を除け者にしないでくれるかい?」

「……では行くか」

「うむ。行くかの」

「僕を無視しないでくれるかい!?」

「……オスカーさん。これで俺の心の痛さが分かっただろ?」

「分かりたくなかった……!!」

 

 オスカーが弄られるという滅多に無い機会がありつつも、四人は戦場へと飛び立っていった。

 

 そして一つは、ナイズとメイル、愛子の支援メンバー。

 ナイズの空間魔法を通してメイルの再生魔法を戦場へ届ける他、重傷者を転移させ、メイルに集中治療させたり、擬似守護杖を持つ愛子が森全体を把握する事で、負傷者を炙り出す。樹海戦力の継戦能力を支える重要な役回りだ。

 

「お二人のお役に立てるかは分かりませんが、精一杯やらせて下さい!」

「いいのよ。寧ろ、愛子ちゃんはいるだけで効果を発揮するわ!」

「……メイル、愛子は一応人妻だぞ。それくらいにしておけ」

「でも、ナイズくんもこれくらい小さなお嫁さんが二人も居るのに、酷いわ。他人には強制して、自分とハジメくんだけ可愛い子を好き放題だなんて……」

「おいバカやめろ、ハジメに殺されるぞ……!」

 

 愛子の目が死ぬ。

 分かっている。分かってはいるけども、やっぱり思わずには居られない。

 

「どうせ自分なんか、ただの見た目詐欺のエセ社会人ですよーだ……」

「「!?」」

 

 もうアラサー(二十九歳)なのに、未だに容姿の変わらない自分。

 リリアーナでさえ大人の色気が出始めて、小学生のミュウは自分の身長を追い越さんとばかりに急成長している。

 

 まだ後ろを見れたはずなのに、今は皆の背中を追う事もできない。

 

 ……とてつもなく、悲しいものがあった。

 

「子供の成長は……なんだか、寂しいですね。ふふっ、親心でしょうか……あはっ、親、もう親になっていい様な年齢……変わらない身長……あははっ」

 

 この様な変局であるというのに、トラウマスイッチがオンになる愛子。

 

 まあまあとナイズとメイル二人がかりで宥めつつ、三人が持ち場へと転移する。

 

 最後に、一つ。ハジメ達の使徒撃破部隊。

 大樹に起きた異変と、大樹地下に現れた使徒の対処を受け持つ。

 

 防衛の要たる大樹の霧生成能力を復活させる為の、最重要部隊と言えよう。

 

「私達は大樹に向かうよ。ハーちゃんとユエちゃんは、一旦使徒の相手をしてくれるかな? 私が隙を作って、ナっちゃんで戦場の方に転移させる」

「別に殺してしまっても構わなくないか?」

「……ん。道理」

「え、えぇ……?」

 

 それを聞いたミレディは引き攣った顔で答えた。

 

 それフラグでは……と思いつつも、こんな二人に絶対にそんなものが起きる気がしないので、尚更引き攣った顔が戻らない。

 頼もしいのだかなんだか……ミレディは不安になった。

 

「そりゃあ、殺れそうなら殺っちゃっていいけどさ。派手に暴れないでね?」

「善処はしてやる」

 

 明らかに頑張らなそうな発言をすると、ユエが転移を発動させる。

 

 視界が切り替わる。しかし、目の前に見えるのは巨大な樹の壁。玉座の間に飛ぼうした筈が、大幅に転移する位置がズレていた。

 

「……魔力レベルで干渉を妨害された。これ以上は転移で進めない」

「それは、恐らく大樹の防衛能力ですわ……しかも守護杖の能力も制限されていますわね」

 

 苦々しい顔で宣言すると、目の前の大樹は徐々に地面に沈下して、青々とした木の葉ごと、段々と弱り果てていく様子が傍目からでも分かった。

 

 ここから大樹の〝要〟への直通ルートに向かうには、玉座の間を経由するしかないと伝えられる。一刻の猶予も無い為、ミレディが重力魔法を行使し空へと落下した。

 

 玉座の間のテラスに到着すれば、宰相パーシャが配下に指示を飛ばしていた。リューティリスは彼女に国民の避難を任せると、去り際、チラリとハジメの方にパーシャの視線が動いた。

 

 ──陛下を頼みますじゃ

 

 そう言われた気がして、ハジメが肩を竦める。

 

 パーシャには、その反応だけで充分だったらしく、僅かに微笑んで、やがて目線を戻した。

 

 全員が玉座の元に辿り着くと、リューティリスが杖を振るった。木の枝で出来た玉座が解けていき、やがて、真ん中に大きく縦穴の空いた螺旋階段が現れてくる。

 

「時間が惜しいですわね……ミレディ、ユエ、お願いしますわ」

「オッケー! 行くよ」

「ん……飛ばしていく」

 

 空いた縦穴に飛び込んで、重力魔法で落下速度を急激に加速させる。その間にリューティリスが空中で杖を用いて、更に下の木の扉が解けて、更に地下へ地下へと落下していく。

 

 重力魔法で全員を着地させると、そこに広がる、一面が黒い鉱石と木の根で出来ていた小さな空間に、ハジメが真っ先に反応した。

 

「こりゃあ、アザンチウムと封印石を融合させた壁材だな。大樹のおかしなまでの耐久性も相まって、並の攻撃じゃ壊せない筈だが……〝分解〟には勝てなかったか」

「……あれは異常だから」

 

 しょっちゅう、香織に分解されまくっているユエが嫌な顔で言う。

 

 〝分解〟なんてこの世から消えてしまえばいい……と

 

「行きますわ! お覚悟なされませ──!」

 

 リューティリスの杖が振られる。最後の封印は、ダンジョンのボスと戦う前の扉のように、音を立てて開く……

 

 ……かと、思われた。

 

「…………そんな、まさか」

 

 扉はピクリとも動かず。周りにしっかりと根付いていた木の根に、ピキピキッと多くの亀裂が入り、瑞々しさを失っていく。

 

「樹が……死んでいく」

 

 張り詰めた様な声で、ユエが零す。

 この状況を最も如実に表していた。

 

 リューティリスの守護杖が反応しなくなったのも、既に大樹が死んでしまったから。それを悟ったミレディらの顔が一気に青褪めた。

 

 最悪の事態が起こっていることは間違いない。

 かつてないピンチに、ミレディも頭が真っ白になってきて……

 

(……落ち着け、ミレディ・ライセン。状況を呑み込め。策を考えろ)

 

 隣で焦燥の欠片も見せないユエや、既に錬成によって穴を開けようとしているハジメの姿が目に入って、自分がどれだけ危うい状態かを自覚した。

 

 リーダーがこんな体たらくでどうするんだ。

 

 冷静になれと自分に言い聞かせて、両頬をパチンッと叩く。

 

「ハーちゃん、今やってる錬成、この扉の壁ごと全部を取り外すみたいにできるかな。多分、使徒は複数体いる。狭いところで連携されたら厄介だ」

「ハッ、簡単に言ってくれるな」

 

 最高峰の錬成難易度だ。大樹本体の、神代魔法すら弾く強力な魔法耐性を破るというのだから、オスカーですら小さな穴一つ空けるのに苦心する事だろう。

 

 だが、その稀代の錬成師をも超えたという自負のあるハジメは、そんな無理難題を引き受けた。

 

「一分は掛けない、四十秒で終わらせてやる──〝錬成〟」

 

 紅の奔流が渦巻き、ハジメの魔法陣が壁全体を覆った。

 

 壁が形を変え、ぐにゃりと触手のように捻じ曲がってハジメの方へ集まっていくと、それが片っ端から〝宝物庫〟に収納されていく。

 

 それと共に、眩い光と途方もないプレッシャーがその身に降りかかった。

 

 ミレディでさえ呻きを上げてしまうそれに、一度も使徒と対峙した事の無いリューティリスは、ふらりと姿勢を崩してしまった。

 

「リューちゃん!? だ、大丈夫?」

「……大丈夫ですわ、ご迷惑をお掛けしました」

 

 にこやかに笑みを浮かべるが、顔は強ばっているし、杖を持つ手は震えている。

 

 普段は昇華魔法による後方支援が主で、前線に出るような事はしないのだ。無茶は明らかだった。

 

「……足手纏いはいらない。引くなら今のうち」

 

 突き放すような言葉は、ユエなりの優しさか。紅の瞳に問い掛けられたリューティリスは、それを叱咤激励と捉えたようだ。

 

「いいえ。ここは無理を押し通してでも、皆様と共に。女王はただ護られるだけの存在ではありませんのよ?」

「……なら、いい」

 

 暗に、自分の身くらい自分で護る、と覚悟の姿勢を見せつけられたユエは不敵に笑い、やがてハジメに視線を向けた。

 

 ユエからの謎の視線を受けたハジメだが、それがどういう意図なのかを測りかねつつ、あ〜、と意味もなく声を出して、

 

「何があろうと、お前に危害が行くのだけは防いでやる。……まぁ、なんだ。お前は何があっても、女王らしくしゃんとしてればいい」

 

 そう言って、リューティリスの頭をポンポンと撫でる。

 

 ぶっきらぼうな言い方ではあったが、ハジメの庇護というのは、それだけで強烈な安心感を伴う。

 

「……ありがとうございます、ハジメ様」

 

 全く慣れない呼び方をされて、頬を掻きながら、おう、とハジメが返せば、リューティリスもはにかんだように微笑んで、耳をピクピクと嬉しそうに揺らした。

 

 戦闘前だというのに突然流れ出す甘い空気に、ミレディがどんよりとジト目で睨む。

 

「……ハーちゃん、空気感考えてよ」

「いやなんでだよ。至って普通の事言っただろうが」

 

 意味分からん……と納得できなさげに眉を顰めていると、ハジメの手に集まる金属が潰えた。ついに全ての壁が剥がされたようだ。

 

 しかし今もなお、要のある部屋は銀の魔力光に包まれていて、目をやられそうになる。

 

「ボサっとするなよ。ここからは、簡単に死ねるぞ」

 

 ハジメの低く締まった声が、その場の全員に喝を入れた。

 

 ミレディとリューティリスが力強く頷き、二人と共にそこに足を踏み入れよう……としたところで、ハジメが「あー……」と、気まずそうに声を漏らした。

 

「……まあ、ああは言ったが、俺達が居るからには、死にやしないさ。安心しろ」

「……ん。死んでも私が復活させる。安心して肉壁になるといい、ミレディ」

「いや安心出来る要素皆無!? 毎度ながらミレディちゃんの扱い酷くないかな!」

「ふふっ、つまりユエさんに頼めば、永遠にご主人様からの苦痛を受けられる訳ですわね……素晴らしいですわ」

「やだよぉそんな苦痛……」

「……残念だけど、変態に使う魔法はない。シッシッ、あっち行って」

「んふっ……!?」

 

 空気感また崩れたぁ……と呆れると共に、そんなノリにある種の安心感を覚える。

 

 私達なら、きっと勝てる。

 

 その思いを胸に、気合いを入れ直す。

 

「みんな、行くよ」

 

 全員が頷く。ゴクリと生唾を飲み込んで歩みを進めると、閃光が止む。

 

 ……そして、地獄を見た。

 

「「「来ましたか」」」

 

 並び立つ、神の使徒。比類なきまでの圧倒的な美貌と能力を持つ、主の命令を遂行する為だけに存在する心無き者達。

 

「使徒が……三体」

 

 これまで、使徒は呆れるほど現れたし、ミレディはその尽くをユエと共に圧殺してきた。

 

 だが、この三体は、これまで戦ってきたものとは別物の風格を備えていた。

 

 以前対峙した使徒エーアスト、それを超える力を感じて、身震いしてしまう。

 

「一人では分が悪いだろうと、主より神の使徒〝ツェーント〟と〝エルフト〟の増援を頂きました。本来、斯様な事態は起こりえませんが、これは新たなるイレギュラーを排除する為の特例……主によって、貴方達は主の遊戯の余興として認められたのです」

 

 神の使徒があれこれと喋る中、ミレディは怒りと緊張を抑えつつも、周りの様子をよく観察していた。

 

 神の使徒達の後ろに、大きく空いた巨大な穴があり、そこから侵入してきたのだろうと予想が付けられる。そして、中央の樹海の核……そこには、要となる何かがあったのだろう。神の使徒により完膚なきまでに破壊し尽くされ、消え去ってしまっていた。

 

 その視線に勘づいて、神の使徒は思い出したように付け加えた。

 

「少々遅かったようですね。既にこの大樹の核は破壊させて貰いました。別段、優先すべきものではありませんでしたが、盤上を盛り上げるには邪魔でしたので」

 

 遊戯の邪魔だった。ただ、それだけの理由で破壊されたのだ。

 

「……今、何とおっしゃいましたか」

 

 怒らないはずがない人物。顔を俯かせて、手に血が滲む程強く握り締めている。

 

「……少々遅かったようですね。既にこの大樹の核は破壊させて貰いました。別段、優先すべきものではありませんでしたが、盤上を盛り上げるには邪魔でしたので……と言いましたが」

 

 敢えて狙ったのだろうか。

 

 淡々と、言っている事を繰り返しただけなのに、それが酷く嫌味ったらしかった。

 

 神の使徒に感情は無いはずなのに、嘲笑われているような、見下されているような、そんな感覚を覚えていた。

 

 ミレディとて、歯を食い縛らずにはいられない。ドス黒い感情が心を覆って、形振り構わず〝黒天窮〟をぶつけてやりたいと思った。

 

 だが、ミレディよりも辛く、そして憤りを抑えられない人物は、ここにいた。

 

「……よくも、そんな理由でこの大樹を殺しましたわね……わたくしの、わたくし達の国の希望をっ!!」

「リューちゃんっ、ダメッ!!」

 

 リューティリスはかつてないほどの怒りを覚えていた。杖を構えて、神の使徒を強く睨みつけると、ミレディの制止も聞かずに、単身でそこに突っ込もうと歩み始める。

 

 神の使徒が大剣を構えた。リューティリスは、己に昇華魔法を重ねがけし、魔法を放とうと杖を向けて……

 

「待て、リューティリス」

「!?」

 

 頭に軽くない重みがのしかかった。それはとても温かく、大きなもの。数回往復するように撫でられて、自然と歩みが止まる。

 

 彼女にとって、それは今ある激情を鎮めさせる特効薬だった。

 

「……俺の言葉、忘れたとは言わせないぞ」

 

 刹那、真ん中にいた神の使徒の姿がリューティリスの目の前に現れた。

 

 振り下ろされる大剣に反応しきれず、あわや……という所になって、ハジメはドンナーで受け止めた。同時にヤクザキックで後方に勢いよく吹き飛ばされると、ハジメも紅い光を纏いながら追撃した。

 

 ドパンッという炸裂音と、カキンッという金属音がなりながら、狭い空間を紅雷と銀光が駆け巡る。それと同時に、二体の神の使徒も動きを見せて……

 

「そうはさせないよ」

 

 右にいた使徒が、目の前のリューティリスに飛びかからんとしていたのを、横から割って入ったミレディが重力球を手のひらに生成し、大剣と鍔迫り合いをする。

 

 神の使徒が、口を開く。

 

「主は望まれた。〝ミレディ・ライセン。汝が死してなお、人は集えるのか。見てみたい〟と」

「へへっ、残念だけど、こっちには死んでも死なせてくれない仲間がいるからね〜。殺すのは無理だと思うよぉ?」

「……では、復活もできぬよう、微塵も残さず消し去るまでです」

 

 お互いが弾かれ合うと、使徒は銀羽を、ミレディは重力球を放ち、部屋の外にある大樹の空間で空中戦をし始める。

 

 ミレディが右の使徒の一撃を受け止めていた一方で、左の使徒はユエと対峙していた。

 

 こちらも神速の攻撃でケリをつけようとしていた。だが、頭蓋を割断すべく高速で迫ってきた大剣を、ユエは躱しはしない。

 

 なぜならその剣は、ユエの額すれすれで止まっていたから。

 

「っ、な、なぜ……」

「──〝大神剣〟」

 

 神の使徒が右大剣を手放し、片方の左大剣を盾にしながら全力で回避する。

 

 しかし、ユエの手に現れた光の剣は、大剣をすり抜けて右腕を斬り飛ばした。

 

 ──光・重力・空間・魂魄複合最上級魔法 大神剣

 

 光属性最上級〝神威〟を重力魔法で集束、空間斬撃と魂魄の宿る身体のみを認識して物質を透過するよう属性が付与された、防御不能の魔法剣。かつてエヒトが使っていた魔法を、自分なりに改良したものだ。

 

 近接戦闘が不得意、などと言っていた過去の自分は既に無い。こちらの間合いに入った時点で、武器は空間ごと固定され、自分に辿り着く事は有り得ないのだ。

 

 それにやろうと思えば、ユエは香織と同等レベルの双大剣術を披露できる。トータスから帰還後、香織とのキャットファイトが激化の一途を辿っているのも、これが原因の一つに違いないだろう。

 

 フッ、とユエは鼻で笑った。

 お前達のレベルは、とうに超えているのだと。

 

 それに対し、少し考え込む素振りを見せた神の使徒は、翼を大きく広げ、大剣を下段に下ろした。

 

「……なるほど。では、こちらも本気にならざるを得ないでしょう」

 

 溢れ出す銀の魔力。魔力の流入量上昇による擬似的な限界突破。

 

 戦争に駆り出した使徒は使ってこなかった事から、やはり目の前の個体が特別であることを認識した。

 

「神の使徒ツェーント。貴女を打倒する者の名です」

「……やってみるがいい、神の木偶」

 

 そして、両者が激突する。

 

 

 

 

 三者がそれぞれの使徒と鎬を削り合い始めた一方で、リューティリスは、自分のすべき事を全うすべく、魔法を展開していた。

 

(結局、皆さんに護られてしまった……わたくしは、愚かでしたのね)

 

 その愚かさを自覚してなお、リューティリスはここに立っていた。

 

 まだ、大樹の事は受け止められていない。この森の女王として守護杖を授かっておきながら、大樹を護り切れなかった事への後悔と、使徒に対する激しい怒りを胸に秘めながらも、いま自分には優先すべき事があるのだと悟ったからだ。

 

 何がなんでも、この手を止める訳にはいかない。

 

『お前は何があっても、女王らしくしゃんとしてればいい』

 

『俺の言葉、忘れたとは言わせないぞ』

 

 今も耳朶に、その言葉が響き続けている。

 

 自分が成すべきこと。自分がここに居る意味。

 

 自分もまた、彼らと手を取りあった、同じ〝解放者〟なのだ。仲間であると、胸を張ってそう言うには、時間も経験も覚悟もまるで足らないが、それでも、ここで立たなくてはならない。

 

(樹海の女王として……私は、この国を、民を、そして仲間を護るのです!)

 

「──〝禁域解放〟」

 

 守護杖のタクトを振り、静かに詠われたその魔法は、波紋のように拡がって、ハジメやミレディらの身体を包み込む。

 

 しかし昇華魔法だけでは、ただの支援。

 

 自分だけでは、多少の足止めにしかならない。

 

 ……友の力が、今は必要だった。

 

「行きなさい……ウロボロス!」

 

 その名を呼ぶと、彼らは大挙として現れた。

 

 黒の渦。鳴り止まない羽音。大蛇か、あるいは龍のような形を取りながら、彼らはミレディの対峙していた神の使徒エルフトに体当たりした。

 

「なっ──カハッ!?」

 

 数万、数億と折り重なった彼らの質量攻撃は、昇華魔法で強靭に進化した甲殻も合わさり、エルフトに血反吐を吐かせた。

 

 彼らの正体は、リューティリスの使役するゴキ――〝蠢動暗黒のウロボロス〟だ。

 

 リューティリスは、その高貴な身分と昇華魔法という特異性故に、幼い頃からずっと同族の友達が作れずにいたが、彼女は天職を持っていた。蟲心師という、虫と会話し心を交わす天職だった。

 

 なので、暇なときの話し相手は虫しかいなかったのだ。そうして、リューティリスはたくさんの友達を作っていった。

 

 その記念すべき話し相手一号にして、彼女と幼い頃から共にある親友。

 蟲心師と昇華の力で、異常なまでの進化を遂げたゴ〇ブリ。それが彼らウロボロスなのである。

 

「や、やめなさい!!」

 

 ウロボロスという思わぬ奇襲を受けたエルフトは、目の前に映る地獄絵図から逃げ出そうと、翼を広げて分解砲撃を放った。

 

 疎らに放たれた銀羽だが、即座に離散した事で被害を免れ、そして再集合し、縦穴に巻き付いた。

 

「あ、あれは……」

「あの様な大群を、どうやって……」

 

 既に戦場を巨大な縦穴の方に移していた使徒達は、大きくたじろいだ。これまで敵を相対して初めて、アレだけは相手にしたくない、という意志が湧いてきて、自然と目をそらす。自発的なエルフトの救出は諦めるようだ。

 

 ハジメもユエも、極力上を見ないようにしながら、苦々しい顔で頷いていた。

 

「ああー……そりゃあ、自衛できるわけだな、うん」

「……奴らを使役している時点で、リューティリスは無敵みたいなもの」

 

 だが、彼らは〝ウーちゃん〟である。敬礼をこなし、人との意思疎通はなんのその、そして礼儀正しく紳士な存在である。

 

 現代トータスの大迷宮にいる彼らの子孫……〝ウロボロス三世〟の事を考えれば、リューティリスの使役する彼らも寛大で礼節のある人格者なのだろう。

 それでも、あまり積極的に見たいものではないが。

 

「う、ウーちゃん!? えちょっ、待って視界の暴力ぅぅぅぅぅ!!」

 

 意味もなく逃げ回るミレディ。それでもエルフトから目を離していないが、当のエルフトは、ちょこまかと動いては腐食攻撃を仕掛けてくる彼らに悪戦苦闘を強いられていた。

 

 本来、ただの虫に嫌悪など抱くはずもない使徒だが、やはり彼らの見た目は、知性あるものからすれば不快感を催すものなのだろうか。

 

 一つ言えるのは、明らかに苦手意識というものが芽生え始めたこと。幾ら斬っても分解してもキリが無く、おまけに高度な判断力まで兼ね備えている。既に使徒の攻撃を学習し、慣れが生まれていた。

 

 このままではいけないと、エルフトは声を上げて救援を呼び……

 

「あ、アハト、ツェーント!! 手が空いているのならば、こちらの助力を────」

「いえ、こちらで手一杯ですエルフト」

「どうにか持ち堪えて下さいエルフト」

 

 盛大に拒否された。さっきまで攻撃の手を止めていたのに、慌ててハジメ達に大剣を振りかざした。結局見捨てる事にしたらしい。

 

「……ミレディ・ライセン、やはり貴女は生かしておけません」

「責任転嫁ってよくないよねっ☆ ──あばっ!?」

 

 エルフトが限界突破し、マッハを超える速度で斬撃が飛んでくる。

 

 なんとか、〝護天羽衣〟を眼前に展開して防げたものの、動きを捉えきれなかった。能力が数倍に上がるというのは、文字通り次元が違う。

 

 であるなら、こちらも強化するまで。

 

「使わせてもらうよ、ハーちゃん」

 

 〝宝物庫〟から呼び出した試験管の栓を親指で抜いてグビっと飲み干してから、ペンダントを首に着ける。

 

 ニヤリと口を裂いて、その力を口にした。

 

「──〝限界突破〟」

 

 蒼穹がミレディの周囲を染め上げ、〝絶禍〟と〝禍天〟の守護衛星が二つずつ、身体を守るように旋回している。

 

 銀羽はこの二種の衛星で完全に防御されており、ウロボロスの支援により攻撃を攪乱される。

 

 エルフトに、言い様のない危機感が募る。

 

 絶対強者だと思っていた自分が、追い詰められていくこの感覚を、認めたくなかった。

 

「チェックだ、神の使徒エルフト」

「っ……!」

 

 中指を立てるミレディに、エルフトは無言で風を切った。

 

 

 

 

 

「……ようやく〝チートメイトDr〟と〝ラスト・ゼーレ〟を使ったか」

 

 使徒と超接近戦を繰り広げる最中で、上空の魔力の気配を察知したハジメがそう独りごちた。

 

「他を気にする余裕があるのですか?」

「あん?」

 

 気が付くと、前にも後ろにも、使徒の大剣が迫っていた。

 

 サッと身をかわしてドンナー・シュラークで至近距離から連射する。

 得意のクイックドロウは、一発分の銃声でシリンダーの全六発分を、マシンガンの如く解き放つ。

 

 その破壊力を、左足の欠損という結果を以て知る使徒アハトは、ツェーントと示し合わせ、全力の回避行動に加えて、分解砲撃によって弾丸ごとハジメを消滅させようと動いた。

 

「チッ」

 

 だが、その寸前、ハジメを漆黒のシェルが覆いつくした、

 

 ハジメの持つ最大の防御手段、可変式大楯〝アイディオン〟。二十体以上の使徒の分解砲撃を食らっても耐える、折り紙つきの逸品だ。

 

 それが〝宝物庫〟に消え去り、無傷のハジメが現れる。余裕の表情で嗤っていた。

 

 二人掛かりでも打つ手なし。戦略を練ろうとする使徒たちだが、背後のほうで吹き荒れる魔力を察知して、翼を盾に受け身をとった。避けるには、展開された魔法の規模が大きすぎる。

 

 ならば分解を……と魔法を纏わせた直後、翼が、痺れるような、焼けつくような痛みに襲われる。宙に浮かんでいたが、殺到する衝撃に体を持っていかれる。

 

「まっ――」

 

 留まれず、押し切られて壁に叩きつけられる。

 

 土煙の向こうに見えたのは、意思を感じる瞳を持った雷の龍と、彼らの集合体と思われる〝人型〟*3を侍らせた二人の女性。

 

「……私に背を向けるなんて、いい度胸」

「わたくしも、嘗められたものですわね」

 

 ユエの雷龍が雄たけびを上げ、〝人型〟モドキが羽音を上げると、それぞれの使徒に肉薄する。

 

「邪魔です」

 

 ツェーントが雷龍に銀羽の波をぶつける。その箇所だけ雷が抉られたが、雷龍は捨て身で顎門を開き、ツェーントは招き入れられるようにその中に入り込んだ。

 

「くっ……!? ぬけ、出せ……な……」

 

 雷龍の開かれた口が閉じた瞬間、ツェーントは灰へと変わった。

 

 その様を傍で見ていたアハトが息を詰まらせるが、腐食の突風が降りかかり、目の前の存在に目を向けざるを得なくなる。

 

 風の魔法で形作られた双剣と、使徒の体をも溶解させる腐食息、極めつけには高速戦闘も可能とする素早さを兼ね備えた、ウロボロス達の集合体。

 

「虫如きが我等の存在を真似るなど……」

「ふふ、驚きましたか? 彼らは最古参の親友たち……子供の頃よりわたくしと共に成長し、力を分け与えてきた特別な存在でしてよ」

 

 つまり、幼馴染ですわ。と笑みを絶やさず答えると、アハトは言い知れぬ威圧感を感じて、僅かに体を後退させる。

 

 〝人型〟モドキの姿がブレると、風の刃が双大剣と衝突する。

 

 剣の打ち合いでは、風の分解も追い付かない。しかも、如何せん手数が多い。剣での対応に追われ、距離を離す暇が見付からない。

 

「これでも……っ!!」

 

 それでもアハトは隙をみつけ、宙で鋭角ターン。分解の銀羽を牽制に散らし、視線の先の人物を捉える。

 

 それは、彼らウロボロスを使役する本体──リューティリス。

 

 本体はさして強くはない。これまでの戦争でも護られていた事からそれは明らかだ。

 

 再び音速の世界に突入したアハトは、斜め後ろからリューティリスに奇襲を仕掛けた。邪魔さえ入らなければ、魔法を使おうと、この時点で対応はできまい。

 

 その時、リューティリスと不意に目が合った。

 

 僅かに動揺する。しかし、ただの紛れだろう。アハトはコンマ1秒にも満たない時間に判断し、分解の一閃を繰り出した。

 

 ……繰り出した、筈だった。

 

「……まさか」

 

 幾重もの大樹の壁に、大剣は阻まれていた。

 既に、攻撃を仕掛けるべく突進した時点で、リューティリスの立つ地面……大樹の根は蠢いていたのだ。

 防御の準備は、アハトが留めの一撃を差そうとする前から始まっていたということ。

 

「っ、この!」

 

 食い込んだ両大剣は、分解魔法により容易く抜き取れた。しかし食い込んだ、という隙は大きなものだった。

 

 背後から五本、鋭利な根がアハトの体を突き刺して、ダメ押しとばかりに光属性の拘束魔法で縛られる。翼では分解できない。

 

 手詰まり。

 アハトの出せた結論はそれのみだった。

 

「いくら目に見えない速さとて、どこに、どのように攻撃してくるのかさえ解れば、防御できぬ筈も無し……攻撃そのものは単調ですから、非常に読み易かったですわ」

 

 柔和な笑みは絶えない。

 

 アハトは、言い知れぬ威圧感の正体を知る。

 

 いや、威圧感ではない。自分が単にそう感じているだけ。

 

 彼女自身に強さは無い。ただ、自ら恐れているだけなのだ。

 

 明確な、恐怖の感情だった。

 

「なぜ……」

 

 その疑問は、リューティリスに向けられたものだったのだろうか。はたまた……

 

 だがリューティリスは、それを『なぜ予測できたのか』という質問だと考えて、やはり微笑んだまま答えた。

 

「わたくしは指揮官なのですから、敵を具に観察し、分析するのは当たり前でしょう?」

 

 すべき事は終えた、とリューティリスが身を翻すと、アハトの心臓を大樹の根が穿いた。

 

 だらり、と腕が垂れる。

 

「結局、俺が護るまでも無かったな」

「ん……流石は〝解放者〟。初めて戦地に出たのに、神の使徒にまで対応してみせた」

「まぁ、それもそうだが……あの〝人型〟っぽいのを作るよう教えたのはユエだろうに」

「……ユエ先生は、教え子の指導に余念がないのです」

 

  そんな事を言ったからだろうか。

 勝手に教え子にされたリューティリスとは違う、本来の教え子の方も、遂に決着をつけようとしていた。

 

「──〝黒天窮〟!!」

 

 使徒エルフトが漆黒に呑まれて圧縮されていき、苦悶の声を上げて無に還ってゆく。

 

 苦しさのあまりか、恨めしい視線でこちらを睨んでいるようにも見えるその顔に、思いっきり口角を上げて、中指を突き立てた。

 

「ミレディ・ライセンが告げる────チェックメイトだ」

 

 渦が全てを呑み込み、その断末魔も無に消えた。

 

 最後まで見届けたミレディは、わざとらしく汗を拭いながら地面に下りてきた。

 

「ふぃ〜、手こずったぁ〜……お、リューちゃん! ハーちゃん! ユエちゃん! そっちも終わった?」

「ええ、無事に終わりましたわ、ミレディたん! ……親友たちも、助力に感謝致しますわ」

 

 蛇となっていた彼らの大群が、一斉にササッと動いた。よくよく見ると、一体一体が壁に足を引っ掛けながら敬礼をしている。〝人型〟モドキとなっていた者も、地面で綺麗な直立姿勢で右腕を挙げていた。

 

 だが、彼らはしきりに触角を動かして、何かを伝えようとしている様子だ。リューティリスはうんうんと首を頷かせ、 まぁ! と喜ばしそうに感嘆した。

 

「更に力をお貸ししてくれると? 嬉しいですわ!」

「う、ウーちゃんの助力ね……うん、多分かなり、活躍してくれるよ! うん!」

 

 ただ、そこに居るだけでもかなりの影響力をもたらす彼らの助力は、猫の手も借りたいミレディからすれば僥倖だ。

 

 ……視界には、あまり入ってこないで欲しいが。というか、じっと座っててもいいよ。マジで。

 

 そんな本音を包み隠すように、自然な流れで彼らから目を逸らした。

 

 逸らした先に見えたのは、大樹の核があった部屋。

 

 神の使徒をまたも打倒したという興奮感が凪いでいった。

 

『少々遅かったようですね。既にこの大樹のは破壊させて貰いました』

 

 先程の一幕を思い出して、奥歯をギシ、と強く噛む。

 

 ……守れなかった。

 

 もう少し、行動が早く取れていれば、助けられたかもしれないのに。

 

 守れなかったのだ。

 

 ……自分の、せいで。

 

「リューちゃん……その、大樹の事は、全部私が原因で」

「……ミレディたん」

 

 こんな情けないリーダーに、叱責や罵倒の一つもあるだろう。それが何なら、殴られる事も覚悟していた。

 

 それを、リューティリスは優しく受け止めた。

 

「良いのです。これは、元はと言えば、大樹の守護は、この国の女王たるわたくしの責務。それを果たせなかったのは、わたくしです。何より、あの敵……神の使徒は、我らでは抗いきれぬ存在。〝解放者〟の皆様が居なければ、ここで民草諸共、我が国は滅んでいた事でしょう。感謝こそすれども、糾弾など致しませんわ」

 

 瞼もギュッと瞑って、後ろめたそうに顔を逸らした。

 

「それでも……私は自分が許せない。だから、戦わないと」

 

 そう言った直後、ミレディが纏っていた蒼穹の魔力が儚く消え去った。〝ラスト・ゼーレ〟による〝限界突破〟、その効力が失われたのだ。

 

 急激な力の喪失と脱力感に、ミレディが片膝を突いた。

 

「そこまでにしておけ、ミレディ。〝限界突破〟をした以上、すぐ動くのは無理だ。後は俺達が片付けるから、お前はここで休んでいろ」

 

 そう言って試験管入り回復薬を投げ渡し、ハジメはミレディに背を向ける。

 

 ミレディの瞳が揺れた。大人しく、待っていろと言うのかと。

 

 それだけは嫌で、ミレディはハジメに反駁した。

 

「で、でも、まだ外は戦闘が広がってる。私だけ休んでる訳には……」

「今のお前じゃ、数打ちの神の使徒とも戦えないだろ。そんな状態で行ったって、いい的だ」

 

 正論だった。通常のままならまだしも、弱体化しているまま戦おうだなんて真似は自殺行為と言える。それはミレディの頭でも理解していた。

 

 理解は、しているのだ。

 

 認めないのは、〝解放者ミレディ・ライセン〟の本能と信条なのだから。

 

「それでも私が……リーダーの私が戦わなくてどうするんだっ!!」

「……ミレディ」

 

 ハッと、諌めるような声で名を呼んだ人物の方を見やる。

 

 頭に手を置かれて、そっと抱き寄せられると、優しい口調で

 

「……戦うのは、後ででいい。今は少し休んで。……ただし、絶対に来ること」

「え、ええと……?」

「……私はユエ。ミレディが相手なら、どんな容赦も捨てられる女。休んだまま来なかったら……私が全力で潰す」

「容赦はして!? あと。なぜか私が休む前提になってるんだけど……」

 

 む、と口を一文字に結ぶと、咳払いして重力魔法の黒玉を掌に出現させた。

 

「……因みに休まないまま来たら塵も残さず消す」

「ちょっと理不尽じゃないかなぁ……」

 

 塵も残さず、となれば思い当たる魔法は〝黒天窮〟のみ。

 

 絶対にやられたくない死に方トップ5には入る惨さがあるので、ミレディとしても遠慮願いたいところ。

 

 顔を引き攣らせながらも、ミレディは大人しく諦める事にする。

 

 それに、彼らには任せるに足る理由がある。

 自分が居ない時に、任せられるという確信があるから。

 

「……頼んだよ。ハーちゃんもユエちゃんもリューちゃんも、私は信じてる。だから、他の皆を助けてあげて」

 

 三人の頷きに、ミレディも笑顔で返す。

 

「あっ、でもでもぉ〜、十分に回復したら行くから、それまで最強の敵は倒さないように! そいつは真打の私が華麗にやっつけてやるからね☆ そこんとこ、よろしくぅ!」

 

 それから調子を取り戻したのか、ミレディはいつものようにうざったい笑みをして、三人にビシッと人差し指を差した。

 

 三人が苦笑しながら、転移で消えていく姿を見送りつつ。

 

「……待っててね。直ぐに行くから」

 

 

 樹海の決戦は、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 

*1
幼女姉妹スーシャ・ユンファの愛が籠った髪の毛

*2
「あの、俺は? ……うん、知ってた。いつもの事だよね、ハハッ」

*3
かつてハジメ達が挑んだハルツィナ大迷宮の最終試練にて初登場した最強のG。トータス旅行記㊷〜㊹より再登場する。




エタりません(確固たる意思)


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