異形ト化シタ極彩色世界ノ冒険譚 (ラジオ・K)
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前日譚
無名ノ都シ・淺


大きな英知は海の中の水のようなもの。暗く神秘的で、底が見えない。

 ――ラビンドラナート・タゴール

 

 Wer mit Ungeheuern kämpft, (怪物と闘う者は、)mag zusehn,(その過程で) dass er nicht dabe(自らが怪物と) izum Ungeheuer wird.(化さぬよう心せよ。)  

 ――『善悪の彼岸』 第146節より フリードリヒ・ニーチェ

 

 

 

[1]

 全ては海より始まった。

 命生まれ、育ち、進化する。母なる海。生命史の特異点。

 

 全ては海より来る。

 コルウスの発明。ロングシップ。サンタ・マリア号、トルデシリャス条約、コンキスタドール。サスケハナ号。

 人類史の特異点。

 

 時は2031年。

 此度もまた、海より来る。ふかい、深い海の底より。特異点が我らを呼び寄せる。

 

 

 分厚い耐圧ガラスがはめられている覗き窓の先では()()()()()()()()はありそうなリュウグウノツカイが()()()()()()深海を我が物顔で散策している。もしこの現象を好意的に取れば「新発見」、否定的に取れば「ありえない」となるだろう。そもそもリュウグウノツカイは群れを作らないし、それ以前にこの深海魚の大きさはせいぜい10メートルほどなのだから。

 なので田所は専門外の人が見たら幻想的に見えるであろうその光景を半ば呆然とした、あるいは恐怖の表情で魅入っていた。

 

「なんだよありゃぁ……どう見ても新種だぜ。なぁ、お前もそう思うだろ? 小松」

「わかった。わかりましたから。田所、現在の深度は?」

「あ、ああ。現在の深度は……水深11050メートル! だ」

「そうか。遂に来ちまったんですね僕たちは。チャレンジャー海淵(かいえん)よりさらなる深い場所、超々深海層とも言うべき場所に」

 

 彼らが搭乗している船の名は、「しんかい10000」。現在の地球上で最も深く潜ることができる有人潜水調査艇だ。

 それを覆う極めて強靭な外殻は、強磁性(きょうじせい)形状記憶合金──超チタン合金を含む──に人工ダイアモンド被膜で覆ったものである。これにより深度10000メートル以上の膨大な水圧にも耐えることができ、計算上では15000メートルまでは余裕で行けるという。また、強磁性形状記憶合金により多少の水圧による凹みは磁気制御により即座に修復されるということもあり、パラメータ以上の強度を持つ。

 また、船内は全てカーボンナノチューブで構成されており船全体の重量はその規模に対し非常に軽い。

 全長20メートル、空中重量は約42トン、最大速力は9ノット、潜航可能最大時間は約20時間、乗務員は3人(+補助AI)とかつて1991年に三陸沖日本海溝(水深6200m)で太平洋プレート表面の裂け目を世界で初めて確認するという活躍をした「しんかい6500」を一回り、いやそれ以上に高いスペックを持つ潜水艇である。それは今まで培ってきた日本の世界トップクラスの技術を全てつぎ込んだかのようであった。

 

「小野寺さん、周囲の状況は?」

「現在のところ特に異常なし」

 

 三次元式立体音響()()()()()、通称ホロ(ホログラム)・ソナーを頭の上から被っているソナーマン(ウォーマン)である小野寺さんが少し気怠げなハスキーボイスで答える。

 この装置はVRゲーム機をより大型にした、ヘルメットのような形状をしている。そして装着者に本来ならば2次元表示、もしくは耳でのみ探知するはずの情報を3次元投影(ホログラム化)してくれる。おかげで直感的に周囲の状況を素早く把握することができる大変便利なシロモノだ。

 

 「しんかい10000」はそのまま更に深く、深く潜っていく。マリンスノーの雨がしんしんと降り注ぎ、多種多様な深海生物の吹雪が舞う、まだ世に知られていない海淵、仮称「C海淵」の中を。

 現在位置は日本海溝と南海トラフの境に新しく爆誕した通称「東沖島《ひがしおきじま》」付近の海中。2ヶ月前に発生した「列島大震災」のおきみやげである。

 

 列島大震災。のちに11・9と呼ばれる日本列島全体を襲った群発型地震であり最大マグニチュードは10.2という正に規格外の大震災である。

 それまでの群発地震と違い、南海トラフを中心に東日本の複数地点でほぼ同時に地震が発生。震度7~()にもなる大地震がまるで押し寄せる津波の如く列島全域を襲った。揺れた時間は累計すると5時間超にもなり、複数の地震波を同時に受けた建物達はご自慢の耐震構造を易々と突破され(ことごと)く大地にその膝を折ることになった。その死者は推定でも1000万人。この数字は()()()()の話だ。

 震災発生よりもう2ヶ月も経つというのに未だ国としての指揮系統は混乱しており仮説テントの設営すら満足に進んでいないという。いくら諸外国の()()()()()()()──ないよりかはマシ程度の──があるとはいえこのままでは病気や餓死をはじめとする震災関連死の数も加速度的に増えていくだろう。

 

 国際海洋調査団に所属する田所、小松、小野寺の三人は最初に地震を観測し、それと同時に突如発生した東沖島と新たに発見された海淵が11・9と何か関連があるのか、という調査を行うために「しんかい10000」に搭乗しているというわけである。

 

[2]

 船内に取り付けられたいくつものメーターを同時に監視しながら田所は震災直後の日本の映像を思い出していた。

 無惨にも瓦礫の山と化した日本の主要都市。札幌、仙台、東京、大阪、福岡。無数の都市たち。どれもまるで都市全体を撹拌機にかけたかのようであり、教科書に出てくる第2次世界大戦末期のB29による大空襲のほうがまだマジに感じるほどの惨状であった。

 その中でも東京スカイツリーが()()になってしまっていたのは特に衝撃的であった。国会議事堂や首相官邸に至ってはその瓦礫の()でその正体を看破する有様。そんな有様なのでこの国のお世辞にも有力とはいえないリーダー達が文字通り全滅したという事実は言われなくてもわかることであった。

 果たして日本は今回も不死鳥のごとく復活し「2度目の東洋の奇跡」と呼ばれるか否か。

 

それは(復興は)俺たちの活躍にかかっているかもしれない。頑張らなきゃな!」

 

 田所はほぼ無意識のうちに自身の()()()()()決意を口にしていた。それに賛同するように小松も親指を力強く掲げる。その一方で小野寺はやや冷めた口調でこう言った。

 

「でも、日本は()()()()()()()()()じゃない。オセアニアの国々なんて温暖化による海面上昇の打撃もあって国家自体が消滅寸前だし。例えばさ、昨日ニュースで見たけどツバル、正式に解体されたって聞いたわよ。もうニウラキタ島しか残ってないし、人口の9割は大津波で亡くなったらしいから当然と言えば当然ね」

 

 そう。何も11・9は日本だけを地獄送りにしたわけではない。大自然は慈悲深くそして公正明大だ。その惨禍は平等に太平洋に面する国ほぼ全てにもたらされたのだ。

 太平洋プレートとフィリピン海プレートの狭間により発生した史上類を見ない規模のS波(主要動と呼ばれる大きな揺れを起こす実体波のこと)と同時期に()()()()()()()大津波はその産声を世界に轟かせながら蹂躙した。

 例えば。

 台湾の高雄港や韓国の釜山港は地震と津波により壊滅。膨大な量のコンテナが街を覆いつくし支配された。

 サイパン島、グアム島は民間・軍事施設を分け隔てなく襲った大波により海中に引き摺りこまれた。

 オセアニアの国々は島ごと飲みこまれ、アトランティスのように忽然と姿を消した。

 日本人にとっての憧れの地、ハワイ諸島も惨禍に巻き込まれた。アリゾナ記念館は再び海中へと住処を移し、美しい砂浜で有名なワイキキビーチと周辺の観光地は全て洗い流され消滅した。それはマオリ神話に伝わる困り者、ムツランギのペットである大ダコ、テ・ウェケに襲われたかのようであった。

 神秘の島、イースター島も例外ではなかった。ポリネシア神話に伝わる海と漁業を司るクジラの躰を持つ神(タンガロア神)が潮の満ち引きの配分を間違えたかのような巨大な波は、島にあるもの大半を飲み込み、かつてそこで暮らしていた民の繁栄と没落をその目で見たであろう石塊は久しぶりにその故郷へと還った。

 

 最終的に大津波はバルディビア地震(1960年に発生したチリ地震の別名)時に発生し、太平洋を文字通り横断し日本をも襲ったチリ地震津波のコースを逆にたどる形でチリの沿岸部を直撃。コンセプシオン市やバルディビア市を始めとする複数の沿岸都市を荒れ狂う海の供物として捧げた。

 結果、今回の大震災の直接的な死者は世界全体で3000万人、被害を受けた人数は3億人と予想されている。「最低でも」というまえがきをつけて。

 

 それらの事実を思い出した田所は不覚にも小野寺の一見心がない、ともとれる発言に賛同してしまう。同じく小野寺の発言を聞いていた小松も沈黙という大変日本人らしいやり方で賛意を示す。果たして先の気勢はどこに逝ってしまったのやら、である。

 

「まあ、そう言われるとなぁ。確かに国土がなくなるどころか()()()()()()()日本はマシな方、になるのか?」

 

 多分にこの発言、というよりこの3人のやや浮いた考えは次の要因によるものがあるだろう。彼ら自身がその目で惨状を観ていないという点と、全員独身で残された家族も特にいない、という点で。まあ自身の周囲の状況のみで物事を判断するという点は如何にも「若者」らしいと言えるかもしれないが。

 

「しっかし、この先どうなるんだろうな世の中は。アメリカは何年も前に例のウイルス騒ぎで引きこもりみたいなものになっちゃったし。中国はインド・アフガニスタンと、ロシアは難民問題でEUと、それぞれ一触即発な状況だ。今回の震災もそうだけどさ、人類詰んでいるかもな」

 

 つい数分前まで復興の決意とやらをした口からは全くベクトルが異なる(ネガティブな)愚痴が漏れ出た。

 田所の愚痴によりただでさえ冷たい船内の空気は凍りつく。

 もっとも「しんかい10000」はそんな日本人特有の現象など()にもくれず己の命じた役割をこなすべくC海淵を深く、深く潜り続けていた。

 この時点での深度は12500メートル。既に人類にとって完全に未知の領域である。

 

 そして一時間後。

 異変が起こる。

 ■■が手を揺らす。

 



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無名ノ都シ・淵

[1]

「……都シ。……ム。…………無名ノ都シ……?」

「? どうした、小野寺?」

「わ、わかんない。でもさっきからこの言葉がアたマから離れないの」

「は? 一体どうしたっていうん……うおっ⁉」

 

 突如「しんかい10000」がまるで急ブレーキをかけたかのように前のめりになり、船内が激しく揺れる。その際田所は付近の機器に体をぶつけた。特に頭部を激しく強打したようで小さなこぶができている。

 

 

「いってえなぁ、おいなんで急減速かけたんだ小松?」

「いや、僕はそんなことしてませんよ……なんだこれ。船速が急激に低下している? 小野寺、周囲に何か異常はありませんか?」

 

 そう言い終えるより早く「しんかい10000」は完全に停止してしまう。この異常事態に小松は冷静を装いながら、しかし残念ながら動揺を隠し切れない声で質問を投げかける。

 

「…………無名ノ都……はっ。いえ、周イにはナにもないわ。ただ両側になだらかな海溝がツヅいているだけね」

「本当に大丈夫ですか小野寺さん? なら仕方ないですね。田所、とりあえず覗き窓から目視で確認してください」

「ああ、わかっ、た…………よ…………⁉ お、おい、小野寺? 本当にホロ・ソナーには何も映っていないのか⁉」

 

 田所は船側面に設置されている覗き窓を見るや否や予告なしに震えた、情けない声をあげた。

 

「? うん。特にナニもうツっていないけど?」

「じ、じゃあ、あれ、は何だよ。何なんだよあの()はっ‼」

 

 田所の声は怯えから叫びへと変わった。それは悲痛、というスパイスが降りかかっており恐怖の匂いが香ばしく船内に充満する。

 ただ事ではないと即座に感じ小松は操縦を手動(マニュアル)から自動(オート)へと替えて。小野寺はホロ・ソナーを頭より外して。田所と共に覗き窓を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  Und wenn du lange(おまえが長く) in ei nen Abgrund blickst,(深淵を覗くならば、) blickt der Abgrund (深淵もまた等しく) auch in dich hinein.(おまえを見返すのだ。)

  ――『善悪の彼岸』 第146節より フリードリヒ・ニーチェ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らの脳裏に唐突に()()()()()()一文。何故か。それは。

 

 俺は。  僕は。  ワタシは。

 見た。  視た。  ミてしまった。

 こちらを。こちらを。コッチを。

 覗く。  覘く。  ノゾく。

 目を。  眼を。  メを。

 

 ────それは巨大な眼球だった。覗き窓の向こうから枠からはみ出るほどの、一つの眼球が3人を覗いている。件の眼球はヒトのものによく似ていた。黒目の形が頭足類(とうそくるい)(イカ、タコなど)のモノと同じであるという点を除いて。

 眼球が()()、ぎょろりと白目の中を黒目が一周する。まるで値踏みするかのように。

 そのありえない動きに3人は慌てて後ずさり、窓より距離を取る。

 

「え? な? なによッ! アレは!」

「だから言ったろうが! 当にホロ・ソナーには何も映っていないのかって! ぜんぜん()()じゃねえかほらぁ!」

「とっとりあえ、ず全方位ライトを付けて全容を確認しましょう!」

 

 恐慌状態に陥る中小松が震える手でライトのスイッチをオンにする。これはバッテリーの消耗を抑えるため基本的にはオフにされているものだ。

 さて、ライトが周囲を照らすと周囲の状況が幾分か見やすくなった。そしてそこに映るは──視界一杯を埋め尽くす巨大なナニカであった。

 

 あまりに巨大なので一体何の生物なのか、それすら検討もつかない。だが3人はなんとなく「蛸」をイメージした。何故か彼らがイメージする「蛸」には蝙蝠のような細く、小さな翼がちょこんと生えていた。

 表面は蛸らしくぬるりとした粘液で覆われているのか時折光に反射してキラリと輝く。だがその色は我々がよく知るタコの色ではなく名状しがたき深き青色。深遠色(しんえんしょく)とでも形容すればいいのだろうか。肝心の眼球の大きさだが、それなりの距離があるにも関わらずこの大きさである。

 小松は後に極秘裏に行われたインタビューで「最低でも()()()()()()はあったと思います」と回答した。

 その巨大な、奇妙で人智を超越したおぞましい眼球に見つめられている(観察されている)と、どういうわけか自身の自我が曖昧になりドロリと体が蕩けていくような錯覚に3人は襲われた。

 

「「「ノみコまれる! タベらるれ??」」」

 

 混濁し今にもプルリ、とゼラチンの配合を間違えたゼリーが崩れ落ちるような、危うい状態の精神をどうにか理性の鎖で締め付けつつ、3人はどうにか眼球から目を背けることができた。

 そのまま3人は()()()()()()()()()()を探すべく各々が複数設置されている覗き窓に噛り付く。飢えた犬が肉にかぶりつくように。瞳に何か映っていたら思い出してしまいそうだから。あの奇妙で人智を超越したおぞましい眼球を。

 その行動は「逃避」と呼ばれる心理学が定義する「人がストレス・不快より逃れる方法」の一つであった。

 

「はぁ、はぁ…………何なんだ。なんなんだよアレはっ!」

「はぁ、ふうっ……皆目検討もつきませんが……この海域より急いで脱出するとしましょう!」

「ぜぇ、はあっ……さ、サんセイ。い、イソぐわよ……」

「「「エ?」」」

 

 

 

 逃れなかった。

 残念ながら。

 遅かった。

 

 

 

 

 3人のそれぞれの目線の先には。様々な大きさの。眼球がいつのまにか。「しんかい10000」を囲むように。存在していた──

 

 

「「「「う、うわアアアァァァァァっっッ⁉」」」

 

 その悍ましき光景に遂に3人は半狂乱となる。直後、大きく揺れる船内。そして一気に奈落の底へと引き摺りこまれていく。まるで哀れな獲物が触手に囚われ、触手の主に捕食されるように。

 あまりの急加速により加速度的に増大する恐ろしい量の水圧が「しんかい10000」を容赦なく襲い船殻をギシギシと締め上げた。

 

 

 

 こうして彼らは到着したのだ。

 異形の呪われた都に。

 どこかで梟と夜鷹(ヨタカ)の鳴き声が発せられてどんよりとうねる海中を満たす。

 ホゥホウ……ホホ──ッ! ホホゥ──ッ!

 キョキョキョキョッ、キョキョキョキョッ!

 

 

[2]

 肌を刺し、骨を隋まで凍らせるかのような強力な冷気に3人の意識は強制的に覚醒させられた。

 

「……うっ。ここは?」

「いや、船内ですよ……船内ですよね?」

「あったりまえじゃん……そんなことより、ねぇ、眼は? あの眼は?」

 

 真っ先に先程の恐怖を思い出した小野寺が全身を震わせながら辺りを見渡す。「眼」のない空間を求めて。

 幸いにも今回の努力は報われた。船内には3人と真っ赤な非常灯、そして精神すら蝕むような冷気のみが存在していた。

 

「眼は、ない! よ、よかったぁぁぁ」

 

 小野寺は一時の恐怖から解放された反動で完全に脱力する。それは残りの2人も同じで、しばらく船内には安堵の空気で満ちることになった。

 

 

 残念なことにこれより先に待ち受けるはより()()()()()()()()であったわけだが。

 

 果たしていつまでそのように呆けていたか定かではないが、3人が気づくのは時間の問題でしかなかった。知的生物ならば必ず一度は気にするだろう問題である。即ち

 

「ところで、ここ何処だ?」

 

 未知の場所に流れ着いた時「そこはどんなところか?」を確かめる、ということである。これはミジンコだろうが、ネズミだろうが、果ては再生沼龍(ヒュドラ)であろうが普遍的に備わっている本能の一つといえよう。

 

 さて、3人はまず「しんかい10000」に物理的ダメージの有無について調べた。幸いにも損害は船外ライトが全損している、ということのみで生存に必要な機能等は問題なかった。

 次に計器の値を確認し、船の現在位置情報を得ようとした。

 そして判明した驚愕の事実。

 

「おい! なんてこった! 2人とも見てみろよこれ!」

「どうかしたんです?」「なんかおかしなとこあったの?」

「ここの深度さ、 

        水深20000メートルだ!!」

「「は?」」

 

 それは3人の頭脳を一時停止(フリーズ)させるには十分な事実であった。少し考えれば当たり前のことだ。「しんかい10000」はその名の通り最低潜水可能深度は10000メートル。極秘情報であるがスペックの上では、最大潜水可能深度は15000メートル。

 だが機器が壊れていないと仮定するならば現在の深度は20000メートル。ここまでくると船全体にかかる水圧の量は想定を遥かに超えるものとなるため、すぐさま圧壊してもおかしくはない。

 当然そのことは3人もよく知っている。なので一時停止から復活した彼らは機器の故障を疑った。

 残念なことに機器は故障しておらず、それどころかもう一つ奇妙な事実が判明した。

 

「現在の水圧が502.3Mpa(メガパスカル)!? そんなバカな。ここは深度20000メートルだぞ? ()()()()!」

「仮にこの数値が正しければ現在の深度はせいぜい5000メートル前後になるはず。でも……計器の値は変わっていないか。これは一体、何がどうなって……? 小野寺さん、ホロ・ソナーの調子は、周囲の状況はどうなっていますか?」

 

 ちなみに現在最も深い海溝と言われるマリアナ海溝の最深部であるチャレンジャー海淵の水圧は108.6MPa(パスカル、とは圧力ないしは応力(おうりょく)の単位のこと。1パスカルは、1平方メートル の面積につき1ニュートン の力が作用する圧力または応力と定義されている)である。これはつまり1平方センチメートル辺り1086キロもの重さがかかるということだ。当然、現在「しんかい10000」がいる深度は水深20000メートル。それでいて水圧が500MPa程というのはどう考えても異常事態である、というわけだ。

 

「……名ノ……シ……都シ……」

「? 小野寺さん?」

「ハッ。う、うん大丈夫、大ジョウ夫……。ホロ・ソナーは正じょウに機能しているwa」

「どうしたんだ小野寺? お前さっきからなんか、おかしいぞ」

「わtaしは大丈夫だから、daい丈夫……まって。アレは……なに? 何か都シ、の遺跡のようなものが()()()!」

「「なんだと(ですって)⁉」」

 

 約10分後。

 「しんかい10000」は小野寺が見たという都市遺跡に向かってゆっくりと、5ノットほどのスピードで向かっていた。周囲にはカイコウオオソコエビのような小さな生き物ですら全く見かけず、マリンスノーのような生物の残骸すらない、全くの「無」が支配していた。そのはずだった。

 しかし船内の3人はなんとなくだが察していた。

 うねりを。

 ぬめりを。

 ドロリとした半液体の海水が辺り一面を覆っている。それらが自分たちを観察している。そんな奇妙でむずがゆい、うまく言語化できないことを彼らは五感で感じていたのだ。

 

 そんな旅も突如として終わる。

 ()()()()()のだ。

 「見える」? それは決して有り得ないことだ。物理法則に反している、と言ってもよいだろう。

 何故か。

 ここは水深20000メートルの世界。当然ながら日の光は一切、ない。船のライトも全損した。つまり覗き窓の世界は「可視光では何も見えないはず」である。仮に何か見えるとしたらホロ・ソナーを装着している小野寺だけであろう。

 

 ところが見えてしまったのだ。田所、小松両名にも。

 おぼろげに揺れ、揺蕩う都市が。

 彼らの脳裏に響く。

 無名ノ都シ。無名ノ都シ。 無名ノ都シ。            無名ノ都シ。

          無名ノ都シ。       無名ノ都シ。  

  無名ノ都シ。                   無名ノ都シ。  

 

 この都市の名は「無名ノ都シ」であると。

 

 

 「しんかい10000」は都市を見下ろしながらゆっくりと歩みを進める。

 田所は、小松は、戦々恐々としながら眼下を()()()()。無名ノ都シは古代ローマ時代の都市(ウルプス)を彷彿とさせるような、そうでもないような見た目をしている。無数に存在する建造物は石でできているような、そうでないような。

 どうしてこんな表現になるのか。

 というのも無名ノ都シはその光景が瞬きするたびに細かく変化するのだ。決まった形を持たず、絶えずその形を変えて押し寄せる波のように。

 その現実離れした、精神()を摩耗しそうな異形の光景を3人は碌な言葉を発することもできずに黙って眺めていた。船内はまるで時が止まったかのようである。

 

 小野寺はいつのまにかホロ・ソナーを頭から外していたことを。

 小松は自身が既に操縦桿を手放し何の操作もしていないことを。

 田所はその両名の異様さに気づき指摘しようとしていたことを。

 

 各々が各々の役割を果たさず、それを忘却の彼方へと追いやり、ひたすらこの人の理性に挑戦状をたたきつけるような、ある種の冒瀆的な光景をひたすら眺めて続ける。

 

 

 

 そして彼らの旅は唐突に終わりを告げる。

 

 無名ノ都シの中央が見えたのだ。

 そこにはテオティワカン(アステカ文明)の太陽のピラミッドに酷似した()()()()()()神殿があった。何かを祭るようにその周囲だけは静謐な水で満たされているかのようであった。

 「しんかい10000」はまるで鮟鱇(アンコウ)誘引突起(イシリウム)に引き寄せられる哀れな小魚のように神殿へと近づいていく。

 神殿の最上部まであと5メートルほど、というところで祀られているモノの正体が見えた。それはとてもシンプルでおおよそこの場に似つかわしくないものだった。

 一辺が3メートルほどの。

 正方形の、(はこ)であった。

 

 果たして船内でどのようなkaいワがされたのか、誰も覚えていなかった。

 だが「しんかい10000」の前部に取り付けられていたBMI式(ブレイン・マシン・インターフェース。脳波などを利用して機械を操作する技術)マニピュレータがゆっくりと動き、匳に触れた。

 匳に一瞬、電流が流れる!

 そして──

 

 

 

 

 縺ゅ↑縺溘′繝ッ繧ソ繧キ縺ョ縺比クサ莠コ(あなたがワタシのご主人)syuゾくですね⁉

 

 こうして此度は人の方から特異点へと至った。

 この時より4年後、日本国は世界で最も繁栄した国となる。

 偽りの帝を従え、90年ぶりに己のアイデンティティを取り戻して。

 そして世界に血と炎とベクレルをまき散らした。

 それは人類最後の夢でもあった。

 そう。()と出会うまでの、ごく短時間の──。

 

 

 

 

 

そは永久(とこしえ)に横たわる死者にあらねど

測り知られざる永劫のもとに死を越ゆるもの

――狂える詩人 アブドゥル・アルハザード

――『無名都市』より H・P・ラヴクラフト

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

■■要塞 アースガルズ

グラズゴールヴの館にて

 

 金の見事な装飾で覆われた扉をギィ……と厳かに開いて一人の男が入室した。男は黒と灰を基調とする見事な執事服を着こなしている。

 室内にはポツン、と洒落た腰ほどの高さのビストロテーブルと、簡素な折り畳み式イスがそれぞれ一つ、中央に置かれていた。その横にはぬるりとした鱗で覆われた円錐が直立している。

 そこには先客が既におり、座って文庫本を読みながら静かに紅茶を飲んでいた。

液体が喉を通る音と紙をめくる音が静かに響く。

 執事がその、丸眼鏡を掛けたカーキ色の古き時代の軍服に身を包んだ男に問いかける。

 

「何を読んでいるんです?」

 

 男は丸眼鏡の奥に潜む三白眼を輝かせながら答えた。

 

「とある方の有名なSF小説ですよ。著者は「一度くらい国を失ってみたらどうだ」なんて言った方ですよ。大変……興味深いですねぇ」

 

 そう言いながら男は栞を挟んでテーブルに置いた。置いた手で完全には見えないが「Japan Sinks」というタイトルのようだ。

 さて、と執事が前置きして懐より5センチほどのカードの束を取り出した。表面に幾重もの波を重ね合わせたような文様が書かれている。

 

「計画通り、回収してきましたよ。いやぁ苦労しました。2ヶ月もかかったんですよ、波を世界が崩壊しない程度に回収するの。局所的に時を止めたりして」

「何苦労した、みたいな顔をしているんですか全く。時を止めたのは私だというのに」

「おっとそうでしたな」

【どぉぉうヴろでででぇ。Range、ずずぅぅゥがかかがヴにょ!】

「相変わらずヘタクソな言語ですなぁ。仕方ないとはいえなかなか堪える。コミュニケーションは難しいものです」

 

 物体が発する鋏の音にやや辟易しながら執事は物体に向けて答える。

 

「まあすぐに決めなくてもよいでしょう。なんたってこんだけの量ですからね。獼猴(じこう)さんはどう思います?」

 

 執事は再び懐に手を入れシャーレを取り出しやや上に持ち上げる。館内のやさしい光に透かしているのだ。

 やがて示された回答に少し目を見開く。どうも彼にとって予想外の内容だったらしい。

 

「それは……マッチポンプ、というやつでは?  確かにこの際人類をちょっぴり救ってみるのも一興ですけど」

 

 でも、と執事は続けてこう言い放った。

 

「まあ、もちろん、人類を絶滅させることに変わりはありませんがね!」

 

 館に形容し難い乾いた笑い声が満たされた。

 それに呼応するかのようにどこからともなく梟と夜鷹の鳴き声が響き渡り、アースガルズをその波動で震えさせる。

 ホゥホウ……ホホ──ッ! ホホゥ──ッ!

 キョキョキョキョッ、キョキョキョキョッ!

 

                             無名ノ都シ END

 

 

 

 

この2つのストーリーは以下の様々な媒体の作品を参考にして制作しました。

まだまだ未熟な身ですが、ここに敬意と感謝の意を捧げます。

 

・海底二万海里 ジュール・ベルヌ著

・ソリトンの悪魔 梅原克文著

・魔女兵器 イベントシナリオ 「深潜症」

・アークナイツ イベントストーリー  「潮汐の下」

 



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断章 2298年10月21日
激闘


かつて、この星を宇宙から初めて見た宇宙飛行士は言った。

 

「空はとても暗かった。一方、地球は青みがかっていた」

 

 時は流れ2098年12月24日。この星は今や……

 

 醜い、カビのような極彩色に覆われていた。それとも醜い重油を全身に塗りたくられている、とでも形容できるだろうか。いずれにせよ、その姿にかつての美しい星としての面影は何処にもなく、まるで腐り落ちる寸前の果実のようでもある。

 

 特に中央アジアの辺りは大地全体がぐずぐずに(とろ)け切っており、時折心臓のように脈動する様子が見える。

 そしてその現象は他の大陸でも起きようとしており、さながら地獄(ゲヘナ)が顕現したかのようだ。

 時折地上で、海上で光る点は果たして生者の痕跡か、それとも戦闘開始の狼煙か。

いずれにせよそれらの光はそれなりの頻度で見ることができた。

 

 まだだ、まだ人類は敗北などしていない。このまま滅びていくものか! 

 人類は必ずやヤツら「異形生命体(いぎょうせいめいたい)」との戦いの勝者となる!

 そうして輝かしい22世紀を迎えるのだ‼

 

 この時代、誰もが、そう願った。

 闘争の末の明るい希望を信じて。

 懸命に生き、迫りくる絶望からあらゆる方法で抗っていた。

 

 

 そして

 

 12月25日。人類は「豊穣」を()()()()()()()()()()

 

 

 それから200年の時が経ち、人類は────

 

 

 

 

断章 ―鈴鹿峠撤退戦―「特異座標」 

 

 戦闘とは過誤の連続であり、過誤をもっとも最小限にとどめた者が勝つ

 ──名なき者の戦訓

 

 

 

 

 

[1]

 神国日本(しんこくにっぽん) 鈴鹿峠(すずかとうげ)にて

 

 鈴鹿峠。古来より続く難所でありながら、鈴鹿山脈のなかで最も低い位置にある峠であり畿内から東国への重要なルートである。それ故か盗賊の横行する場所としても名高く、その存在は度々史書に表れる。

 

 さて、歴史あるその地は、今や血と機械油の大河が静かに、ドロリと粘性を帯びながら流れている。周囲には大量のヒトと()()の残骸で埋め尽くされていた。

 辺り一面はその芳醇な、太古より忌嫌われるその匂いが、(よど)む大気を我が物顔で支配している。それ以外の色は全て毒々しい極彩色に覆われており、まるで地獄の3丁目の如き有様だった。

 

 果たしてこの地で何があったのか?

 

 戦いがあったのだ。ねじくれた極彩色《ごくさいしき》の木々が根こそぎ倒れ、粉砕され、やはり極彩色の岩が粉々に砕け散り、大地の形がガラリと変わるような、そんな激しい戦いが。

 一体どの位の命がこの場で失われたのであろう。数えることはもはや叶わぬが、恐らくその数、万は余裕で超えるだろう。

 

 この地に伝わる鬼神大嶽丸(おおたけまる)や、女盗賊立烏帽子(たてえぼし)等の妖怪たちがもし存在していたら喜々としてこの戦いに参戦していたであろう。

 

 彼らの存在はやがて伝説となった。

 今宵の戦闘も新たな伝説となるのだろう。

 全ての知的生物の歴史的な転換座標として。

 

 もっとも、此度は戦闘というよりむしろ、虐殺と形容するのが相応しい。

 

 

 時は宵五つ時。

 ここ鈴鹿峠にて、動く影は2つのみ。

 影は幾度も激しく交差していた。

 

 

[2]

 強烈な一撃を喰らい"俺"の体は一瞬、極彩色(ごくさいしき)の地面より離れる。更に真下より遠慮が全くない拳による突き上げを左腕の辺りに喰らい、俺の義体は完全に宙を舞った。空中で義体各所に装着されているスラスターを使い、バランスを整えながらどうにか着地に成功する。

 

 自分の姿を確認してみたが、ひでぇモンだこりゃ。軍から支給された黒と灰色の対僻地戦闘用トレンチコートはその原型をとどめないほどズタズタ、ボロボロになっている。

 それだけならまだしも黒一色に輝く自慢の義体はあちこちが損傷、無数のヒビが入ってしまっていた。多分だが、顔面の生体組織も半分以上剝がれてせっかくの二枚目も台無しだろうな。っと、こんなこと言ってる場合じゃねぇ。

 次なる攻撃に備え急いで辺りを見渡すが……ちきしょう。また()の姿が消えた。頭部に搭載されているVUS(ヴォルクス社製超広帯域レーダー)を使って瞬時に戦場をスキャンするが……ダメだ。全く捉えられない。

 網膜内プロテーゼにHUD(ヘッドアップディスプレイ、の略称。人間の視野に直接情報を映し出す手段で、利用者の通常の視界と重なって表示される。)として視界内左下に簡易表示されるレーダースキャン画面には一面がぼんやりと真っ白に染まり、ランダムに波打っている。

 なんだこりゃぁ。電気的誤信号(グリッチ)だらけじゃねえか。相次ぐ奴の攻撃でお陀仏になっちまったか?

 一方で視界内のHUD右下には簡易式人体模型図が表示されているのだが、あちこちの箇所が真っ赤に染まっている。はっきりいって読んでいる暇などないのだが、ご丁寧にも俺の損傷具合を無機質なシステム音声ががなり立てる。 

〉警告。

    損傷部位/頭部一部損壊。

    左部カメラアイ圧壊率50%。

    頸椎内各種カーボン・合金神経多数破損。

    右上腕部一部損傷。

    左腕ナノブレイド格納部損傷、使用不可。【NEW!】

    両足下腿部カーボンナノチューブに断裂あり。

    多数の合金臓器にオイル漏れあり。

 

 あ? 何が【NEW!】だよコラ。わざわざ気に触る表示しやがって。本国に戻ったらこのプログラムした「人格」を探してハックしてやる!

 

 

 長くなっちまったが、まあ、要するに俺はこう言いたかったのさ。

 今、俗に言う大ピンチの状態だ! ってな。

 

 

[3]

 西暦2298年。

 極東の島国で何十年も続く超人(ちょうじん)械人(かいじん)の内戦はようやく終わりを告げようとしていた。もちろん、超人──御大層な名前だが要するに超能力者の事だ──の敗北としてな。じゃあ、械人は何かって? 決まっているじゃねぇか。「機械人」の略だよ。

 

 どうしてこの2つの人種が内戦をしているのかって? そりゃあ簡単な話さ。この素晴らしい、誰もが公平に、平等な祝福を受けることができる機械化を拒んだからさ! 

 偉大なる我が理想郷(エデン)にして祖国である「第四帝国」の慈悲深き総統閣下は異形生命体(いぎょうせいめいたい)の驚異が蔓延るこの時代、生まれながらにして重大な肉体的欠点を持つ超人ではこの先、生残ることは出来ないだろうと考えた。

 そして寛大にも「黒船・白船」を神国日本に派遣し祝福(機械化)をお与えになろうとしたのだ。

 それを……よりにもよって超人共は我々の救いの手を跳ね除け、祝福を受けた同志たちを排除しようとしたのだ! 既得権益に群がる超人共がな。ヤツらは今まで自分たちの超能力を笠に着て無力な一般人をこき使っていたからそれを簡単にひっくり返せる機械化を拒むのも当然かもしれないが。

 偉大なる総統閣下はこれに激怒し神国日本に宣戦布告。我らの大義に賛同する者達を集め、祝福と「械国日本(かいこくにっぽん)」の名を与えた。

 

 こうして内戦が始まり、順調に勝利を重ね、この聖なる戦いは我々の勝利に終わる……と思われていた。

 奴が現れるまでは。

 

 

[4]

 レーダーが事実上使いモノにならないことが分かったので、俺自身の人工眼球(カメラアイ)でもって周囲を警戒していたのだが、突如目の前に音もなく奴が現れた!

 

「……ッ!」

 

 俺は咄嗟に腕をクロスさせ攻撃を防ごうとする。

 その刹那にペキィッ!! と両手より鳴る異音。

 

〉警告。

    損傷部位/両手第二指、三指損傷。【NEW!】

 

 クソッ! 奴の狙いは()だったのか! これは不味い状態だ。これでは銃はおろか満足に武器を握ることもできやしねぇ。一旦戦場から少しでも離れて()()()()する時間を稼がねば……!

 と、急いでバックステップで後退し、奴の姿を確認しようと……今度はハッキリと見えた! いや……見えていたのだが。

 その姿が()()()()()()()()()()。右半身から左半身へと。何だ、ありゃぁ⁉ 俺の量子頭脳に旧時代に生息していたという「カメレオン」なる生物の姿が思い浮かんだ。

 よりにもよって光学迷彩かよ! それが奴の能力なのか?

 ともかく、より一層警戒をしなくては。そこで俺は気づく。辺り一帯を細長く、薄い紙片のようなものが舞っていることに。

 

 試しに1つ取ってみる。薄くて黒いな。見た目通り重量が非常に軽いので俺の鋼鉄製の手のひらからユラユラと離れていく。まて。今レーダーがこの紙片に反応したぞ⁉

 スキャン画面には()()()()()()()()()()()()()となって表示された。

 それを確認した瞬間、脳裏に閃く。

 これは()()()(電波を反射する物体を空中に撒布することでレーダーによる探知を妨害するもの)だ! 信じられん。生物がチャフを使うのか⁉

 

 ということは、まずい! もう奴はすぐそばまで迫っているかもしれん! すぐさま大きくジャンプしてこの場を離脱しようとして──

 次の瞬間、俺の185cmのご自慢だった義体(ぎたい)は左下へぐらり、と大きくバランスを崩し頭から地面へ叩きつけられる! 一体何が起きた⁉

 そして俺の義体はあらぬ方向へ向けて引き寄せられていく。まるで重機に引っ張られていくような感じで。

 俺はまだ比較的正常に機能している右側の人工眼球(カメラアイ)でもって、視線を左下へと向けた。すると見慣れない、奇妙な物体が映った。

 あまりに場違いなように見えたので一瞬、量子頭脳が停止(フリーズ)したような錯覚に襲われた。が、直ぐに気を取り直し件の物体についてもう一度よく見てみる。

 それは()であった。

 どこからともなく現れた一本の紐が俺の左足に巻き付いていたのだ! 紐はうすいピンク色で、太さはせいぜい5ミリほどだろう。不気味にも少し脈打ってる様にも見える。これも奴の能力? ひょっとしてカメレオンの舌かこれは?

 と、前方20メートルほどの場所に奴の姿がフッ、と現れる。俺は奴の姿、正確にはその手元を見て愕然とする! 紐は()()()から生えていた! そんな馬鹿な。一体どんな能力だこれは⁉ 慌てて量子頭脳内に存在する、神国日本内によるスパイによって作成されたアーカイヴを検索してみるも該当するものは残念ながらなかった。

 

 クソッ! このままやられっぱなしのままでいてたまるか! 俺はまだ生き残っている右腕に格納されているナノブレイドを展開。投擲する為にブレイド最下部に液体炸薬を注入しつつ奴の方へ腕を向ける。その時になってようやくその姿を正確に見ることができた、が。

 何だ、この見た目は……。ないはずの悪寒が俺を襲う。

 その姿はとても人間、というより生物()ではなくむしろ機械()のようだ。

 

 まず、目を引くのはその皮膚だ。一般的な人間のような薄膜のような皮膚ではなく、全身が光沢のある分厚い鋼鉄製の鱗で覆われている。その鱗にはあちこちに隙間があるようで、そこから大量の蒸気が噴出している。中に内燃機関(ないねんきかん)でも仕込んでいるというのか? そして奴の頭部はまるで悪鬼羅刹のような恐ろしい形相だ。簡単に言うと全体的に鋭角的なデザインの鎧兜をしているみたいだ。

 だが最も奇妙なのはその目だ。()()()()()見える。丁度目の下、上頬にもう2つ目が生えている格好だ。そちらの目はなにやらメッシュのようなもので覆われている。

 

 いや、その見た目にビビッている場合じゃねぇ! 奴のほぼ正面まで来た時、刺し違えるような気持ちで俺はナノブレイドを発射しようと!?

 

 出来なかった。

 足の紐がいきなり解けたのだ。そのせいで態勢が大きく崩れ、照準が一気にブレてしまう。

 更に悪いことに直後まで強力な力で引っ張られていたので、慣性の法則で俺の義体は暫く奴の方向へ吸い寄せられるように進んでいく。磁石のように。

 

 それを見て奴が拳を振りかぶる。

 俺の顔面に素早く、重い一撃を叩き込まれ、何十メートルも俺は吹き飛ばされた。

〉警告。

    頭部右側に甚大なダメージを確認。【NEW!】

    直ちに戦場より撤退、修理を推奨。

 

 俺は吹き飛ばされながら今度こそ死んでしまう(機能停止)のか? とぼんやりと思った。そのまま再び地面に全身を叩きつけられる。

 

そして俺はまるで走馬灯のようにここ数日間に起きた出来事を回想し始めた……。



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回想

[1]

 作戦名「国生(くにう)み」。この作戦は、神国の連中がこの内戦を終結させるべく発動した「渾」作戦をスパイによって事前に察知した我々が「カウンター」として発動したものだ。

 やることは簡単だ。こちら側へ進撃してきた敵をなるべく一か所に集めて、そのど真ん中に()()()をドカン! と出現させる。で、敵を全て奈落送りにする。物理的にな。極めてシンプルな作戦だろう?

 このじわれを起こすのに使われたのは旧時代にこの列島を支配していた「日本国」なる奴らが作った「全自動式生体金属を用いた地形改造技術による半永久的持続可能な要塞構築システム」、通称「大戸島(おおどしま)」というモノで、これを意図的に暴走させたというわけだ。

 これが行われたのが19日(3日前)のことだ。

 

 この作戦によって壊滅した神国軍の追撃が今回の俺の任務だった。

 わざわざ第四帝国(ヨーロッパ)から転送(テレポート)されたもんだからどれほど困難な任務なのか、と考えていた俺は拍子抜けしたもんだ。

 やることが惨敗兵の追撃、しかもその大半が超人ではなくただの「人間」なのだからな。

 いくら俺の指揮下に入る兵士どもが未開の()()()()械人でもその程度なら充分にこなせるだろう。

 

 実際、その日の内に追撃を開始した時は楽勝だった。単純に最も脅威となる超人達はそのほとんどがとっくにじわれの中に入って戦死していたという事もあるし、神国内にいるスパイから脅威となり得そうな連中のデータは全て事前にインストールされアーカイヴ化されていた。

 なので仮に連中が生きていたとしても即座に対処することができる自信があった。何より俺達は超人どもが使う能力よりも()()()()となる兵器をいくらでも、しかも即座に「白船」の力で作成することができる。

 だが何より重要なのは、連中が所詮は脆弱な()()()()()()()()()()()()ということだ。

 肉の塊が脆弱なことは兵器の進歩が証明している。多少()()()()()()()()()がついたってそれは変わらない。

 どうあがこうが()()()()()()()()のさ。

 当たり前のことだろう?

 

 本当はそのまま惨敗兵どもを全滅させる予定だったんだが、妙にしぶとい奴が1人いてそいつのせいで大分逃がしちまった。

 そんでもって更に分の悪いことに「混沌の颱風(ケイオス・ハリケーン)」が突如発生しやがった。ったく、混沌予報士の連中も役に立たねぇな。

 残念なことにここは第四帝国(ヨーロッパ)ではない。混沌(ケイオス)の爆心地たる薄汚い、吐き気を催す(もちろん俺は機械だから吐かないぞ)極彩色で染まる日本列島だ。だからその汚染レベルは別次元といってもいい。

 下手すりゃ俺も感染しておしまいだ。多分愉快な極彩色の鉄肉団子のような姿になっちまうだろう。

 そんな目に会うのは御免だ。というわけで仕方なく2日ほど作戦を中断した。

 

 まあそれは連中も同じことで今日(21日)の夕方に追撃を再開した時に目に飛び込んできたのは大量の蕩《とろ》けきった極彩色の死体の山だった。そしてこの死体ども、峠道に沿ってまるで敵軍への道しるべとなるかのように延々と続いている。

 俺達は、もちろん死体が活性化しないように丁寧に「処理」しつつ前へと進んだ。

 いい感じだ。この調子で進軍すれば直ぐに追いつけるだろう。「混沌の颱風」の影響で生き残っている敵も大分弱っているだろうしな。

 これなら楽に殲滅出来そうだ……。

 

 そう思っていたんだ。つい数分ほど前までは。

 

[2]

 再び追撃を再開してから3時間ほどたった頃、斥候が敵の隊列の最後尾を高畑山付近で発見したという報告があったので、俺は即座に全隊に攻撃準備を下令した。

 が、その直後にその斥候の消息が断たれた。

 

「何? まだ強力な超人の生き残りがいたのか?」

 

 そう考える間もなく、搭載されているVUSが凄まじい速度で接近してくる1つの物体を捉えた。そしてその物体は僅か4秒ほどで本隊に到着した! 

 この時、斥候と本隊はおおよそ3キロほど離れていたので逆算するとこの物体は信じがたいことだが音速に近い、もしくはそれ以上の速度で移動することができるということになる! 

 何が起きたのか把握しようとしたその直後、辺りを振動させるほどの唸り声が信じられないほどの大音量で峠に響く。

 

グルルル──ゥゥゥ──ァァアアア──!!!

 

 その膨大な音圧は付近の直径1メートル近くはある大樹をなぎ倒し、地面には大量の亀裂が入り、俺の身体を激しく揺さぶり、複数のカーボン・合金神経を断線させ、いくつかのQCPU(量子式中央演算装置)を破壊した。

 なんてやつだ。これではまるで音波兵器じゃねぇか!

 

 だが残念なことに、これは単なる一動作に過ぎなかった。

 それは「宣言」であった。

 一度殺されたことに対する報復の。

 

 次の瞬間、そいつと、

           俺の目が合った、

                   気がした。

「……ッ!」

 

 瞬間、物凄い速度で隊の最後尾にいる俺に向かって突っ込んで来る!

 

 極めて当たり前のことである。

 ある程度の質量を持つ物体が。

 相当な速度で動く。

 文字にしてわずか23文字のこの事実はたった今、想像を絶する威力で破壊を引き起こした!

 

 奴は地面とほぼ水平に移動し俺の前にいる、急いで攻撃の準備をしている兵士の真っ只中に飛び込み、縦横無尽に暴れ回る。

 あまりの速さに網膜内プロテーゼにインストールされている、ターゲティング・システム「ラーベ」はその姿を正確に捉えられない。まるで映画のアクションシーンを何倍速にも早送りして見ている気分だ。

 奴の手が兵士に当たる度に四肢は()げ、胴体は2つに別れ、義体が粉々に吹き飛び、あっという間に死者の山が築かれていく。

 それを見た他の兵士は恐慌状態に駆られ、とにかく手持ちの銃器を次々とぶっ放す。味方への誤射など全く考慮しない盲射(もうしゃ)だった。

 当然当たるはずもなく、それどころか奴が銃撃をしている兵士に向かって手を向ける。すると兵士達は次々と顔から体内循環型オイルを吹き出しバタバタと倒れていく。奴が手から()()を発射したようにも見える。が、その正体が全く分からない。超小型のミサイルでも飛ばしているとでもいうのか⁉

 

 こうしてまず、俺の前方に展開するおよそ三千の兵士達は全滅した。

 この間僅か1分。

 

 次の奴の目標は──俺だ!

 

 慌てて迎撃準備を──奴がミサイルのような速さで迫る──くそっ、素早すぎて攻撃出来ない!

 ならば全身に装備されている小型スラスターの出力を最大にして回避を試みるも──時はすでに遅し。

 

 奴とすれ違う。

 バキィッツ! と響く異音。

 

 その一撃で俺の頸椎が半分ほど削られた。有り体に言えば首がもげかかっている状態だ。

 次の瞬間、HUDには大量のエラー表示が流れ出る。

 〉警告。

    新たに複数の損傷部位を確認。

    右半身の疑似感覚センサー全喪失。代替センサーの通信経路を構築中。

    左半身の疑似感覚センサー喪失率87%。代替センサーの通信経路構築中。 

    ジャイロセンサーに異常発生。復旧作業開始。

    合金表皮に多数の亀裂発生。修復作業開始。現在の復旧率3%。

 

 俺の義体にも生身の人間でいうところの五感はあり、それらは全て各所にあるセンサーで感知する。それらのデータはカーボン・合金神経を経由して量子頭脳へと送り届けられるのだが、その際は人型の構造上必ず頸椎を経由しなければならない。

 だから今の攻撃で俺は一時的とはいえ五感の大部分を失った。精々左側の聴覚が残っているかどうかだ。こんな状態では自分の状態をほとんど把握できない──。なんて欠陥品なんだこの義体は。

 だから今は奴が圧倒的有利であるにも関わらず何故かそのまま通り過ぎて……。

 

()()()()()()

 

 ッ⁉ すれ違い様に奴が語りかけてきた。

 その言葉の意味を即座に理解する。コイツ、この俺を()()()にするだと? なめやがって!

 

 だが残念なことに俺は今、何も出来ない。ただ疑似感覚センサーの自己再生を待つしかないのだ。その際に優先順位はこちらで指定可能ということが、唯一幸いな点だ。

 直ちに視覚と聴覚を最優先に修復するよう自己再生プログラムに指示を出す。その数秒後、ある程度聴覚が回復し始めどうにか周囲の状況を把握できるようになった。

 

 聞こえてきたのは……「何か」を破壊する音、兵士の悲鳴、断末魔、……それらが急に途切れる。

 辺りは一時の静寂に包まれた。

 俺は悟る。もうこの場で生き残っているのは俺だけなのだと。

 

 そして──場面は冒頭へと戻るというわけだ。



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覚醒、遁走。

「ハッ!」

 

 俺は一瞬の走馬灯より現実へと帰還する。

 走馬灯とは、一説によると死ぬか生きるかの瀬戸際で過去の映像を見ることで状況を打開するためのヒントを探すためと言われている。

 だが、残念なことにそんなものは見つからなかった。

 

 というかそれ以前にもう動けない。

 自己診断プログラムを起動するまでもなく、先ほどの一撃で義体全ての機能が動作不良、もしくは停止していた。

 自己再生機能もあまりの損害の多さに修復の優先順位をつけられず処理落ちしてしまった。()()()欠陥品だなこりゃ。国に帰ったらほうこくしないといけねえぜ。

 

 ……あ? うまく思考できない。量し頭脳の中はスパ、あく、だらけだ。

 ち、きしょ。だめ、こりゃ。こなんじょういたでは、もう、たかすいらな。

 

 ザッ、ザッという足音と、そして時折聞こえるフシュー、フシュュゥー、という吐息がゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 

 ぎりぎり きのうしてる人こうがん球を開けるとやつが ちかづいてきたのお かくにんした。あるく たにび うろこの 表めんがはがれて あたりを舞いはじため。 そうかぁ。 ()()()の正たいは、やつの ()() だっのたかぁ。

 

 倒れ伏し、混濁する意識の俺を見下ろし、奴は一言。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんだって? こいつ、今何ていいやがった?

 ていししつつある りょうしずのうで、がんばって、やつのことばの いみをそしゃくし、ぎんみ する ま もなく、や つはうでおふ り あげてそのまま れおのがんめん にとどめのいちげきをいれうよとして──

 

《ダメッ!》

 

 突如として量子頭脳内に少し声高い少女の声が響き渡る。

 その瞬間、混濁しつつあった俺の意識が一気に覚醒する! それと同時に動けないはずの右手が勝手に素早く動き、先ほど展開したままのナノブレイドが奴の喉に目掛けて発射された!

 

「「!?」」

 

 そのまま勢いよく奴の喉元に命中!

 更に後頭部まで一気に貫通! 

 そして爆散!

 

 果物を一気に床に向けてぶちまけたような音と共に奴の頭部は顎より上が完全に吹き飛んだ! 

 付近に頭蓋の破片や脳漿が飛び散る中、主を失った身体は2,3歩後退る。

 何だ? 一体、今何が起きた? そもそもナノブレイドに爆破機能なんてないはず。いや、そもそもなぜ勝手に体が? そんなことよりもさっきの声は一体なんだ? まさか幻聴? だとしたら笑えねぇな。俺は機械だっていうのに。

 さっきとは別の意味で量子頭脳がスパークを起こしそうだ。そんな状態で呆然としていると、

 

《さっきは危なかったね、ご主人様!》

 

 と、再び声が聞こえた。俺は再び義体が自由に動くことを確認し、ゆっくりと立ち上がりながら考える。

 これで幻聴という線は消えたな。……じゃあこの声は、そもそも喋っているコイツは何なんだ? 混乱する俺に向かって声が更に話しかけてくる。

 

《全く、何億年ぶりに、ようやく目覚めたと思ってたら新しいご主人様早速大ピンチなんですもん。ワタシ、メッチャ焦ったんですからね! 大急ぎで義体を再構築出来たら良かったものの、次からはちゃんと気を付けてくださいね、ご主人様!》

 

「あ? な、何だって? 誰がご主人様だって? というかお前だれ」

 

《あれ、ご主人様、ワタシの名前ご存知ない? てっきり知っててワタシを組み込んだのかとばかり。まあ、よくわかりませんが取り敢えずワタシは──ってああああっ!》

 

「うおっ⁉ 何だ急に?」

 

 何故かは分からないが俺には少女? がどこを注視しているかわかった。そこで俺も彼女が注視している方向──奴の亡骸へと目を動かし俺は再び驚愕した!

 その前に訂正を1つ。亡骸ではなかった。

 信じがたい事に奴は()()()()()

 頭を吹き飛ばされたのに!

 

 先ほど吹き飛ばされた頭部はその断面がよく見えていた。だが今やその部分はぐつぐつと煮えたぎっている、と思う間もなく断面の中心に小さな頭があっというに形成された。

 更に休憩を入れる時間も惜しい、とでも言うようなスピードで出来上がったばかりの頭部がぐぐぐ、と膨張していく。それは空気入れで風船を一気に膨らましていく様子に似ていた。

 この現象に頭の中の少女も驚愕しているようで、

 

《な、なんなのよアイツ! 再生沼龍(ヒュドラ)じゃあるまいし! 一体どんな体構造をしてるっていうの!? 早速スキャンして──》

 

 とわめいている。

 しかしなんというやつだ。頭を粉々にしても死なないとは! この現象も能力によるものなのか? だとしたら恐ろしく厄介な相手だ。

 

《スキャンの結果が出たわ》

 

「お。随分と早いな。それで? どんな結果が出たんだ?」

 

《残念だけど今すぐに撤退しましょう、ご主人様。あれは規格外の化け物よ。仮にワタシとご主人様の()()()()()()()()()()()()()()()()よ》

 

「何だと。そんなにヤバいのか奴の能力は⁉ いや、今覚醒と言ったか? それは一体何のこと」

 

《緊急テレポート起動準備開始。義体全エネルギーを体内コアに集約。現在位置座標及びテレポート先の座標指定開始。というわけで急いでここから逃げるよご主様!》

 

「ちょっ、待て待て! 何勝手に話を進めているんだ⁉ それにテレポートだと? そんな機能俺にはないはずだ。テレポートするには「白船」を介さないと」

 

 そこまでつっこんだ瞬間、ブツン! と音がして全身の殆どの機能が停止、生身で言うところの脱力した状態になる。

 俺は悟った。

 理由はよく分からないがこの義体は単独でテレポートすることができる機能がついているのだと。その証拠に俺の周りに白い粉雪のような粒が舞い始める。これはテレポートが起こる前兆として知られている現象だ。丁度本国からこちらへ来るときにも同じ現象を見た。

 

 悔しいが見納めにもう一度じっくりと観察するか、と思い改めて奴を見ると再生時には鎧兜は再生しないのか、あるいはこの後再生するのかはわからんがそのご尊顔が見えた。

 なにか、何処かで見たことのある顔だな。

 まて、そうだ! 思い出したぞ!

 

「ああ、そうか。お前だったのか。18日(3日前)の時には随分とてこずらせてくれたな! 確か名前は……ヒロシといったなぁ?」

 

 先の走馬灯のおかげで完全に思い出した。先の戦闘で最後までなかなか倒れずに戦っていた奴だ。仲間がその名を連呼していたから、よく覚えている。

 

《緊急テレポート最終準備完了まで残り10、9、8……》

 

 再生直後で調子が出ないのは知らんが、奴、いやヒロシは幸いにもこちらを攻撃しようとせずにこちらをにらみつけていた。その何処までも底が見えない昏き()()()()で。

 

「あの時確かに殺したはずだが、覚えていろよ。ヒロシィ! この屈辱、絶対に忘れねぇからな! 次こそ必ず、殺す!」

 

《帝国神秘部、特別任務隊所属、オペレーター「アダン」。第0セクター、主要ノード「ベルン」へと緊急テレポート開始!》

 

 その言葉を最後に、アダンの姿はフッという音と共に掻き消えた。

 後にはヒロシただ一人が残された。



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ひそむものと観察スル者タチ

[1] 

 アダンが鈴鹿峠より撤退して数分後。

 

 ヒロシと呼ばれた男(ソレ)は未だぼうっと突っ立っていた。つい5分ほど前まで死闘を繰り広げていたとは思えないほど無防備な姿だ。

 やがて頭を2,3回ほど左右に激しく振った。

 「ソレ」にとって頭部を再生することは初めてのことだったので、その新しい感覚に慣れていなかったのだ。

 ……まだ慣れていないのか、今度は首をぐり、ぐりと270度ほど回転させる。

 梟のように首の骨の数が14個もあるのだろうかこの()()()()は。いずれにせよ、かなりリラックスしているようにも見えた。

 

 実のところ「ソレ」にとって先ほどのアダンとかという塊はもう眼中になかった。

 確かに、最初は一度殺されたことへの怒りでイライラしていたのだが、械人の要素を取り入れたこの新しい形態なら問題なく倒すことが出来たのでその感情は無事に消え失せていた。

 「ソレ」は少し反省する。自分の弱点を知るために敢えて殺されてみたのだが、一時的とはいえ仮死状態になるのは想像以上に不愉快な出来事であった。

 もうこんなことはやめよう。「ソレ」は決意した。

 それにしても、()()()()()()()()()()()()、と「ソレ」はしみじみと思う。もしこの人格を創っていなかったら永遠に受け身主体の行動しかとれなかったであろう。「ソレ」の元となった存在と同じように。

 

 そこまで考えた時、気づく。何者かがずっと遠くにいる。そして最初からこの戦いを観察していた、ということに。

 丁度よいことに頭部は完全に再生し終わっており、違和感も消えた。いまなら問題なく「力」を行使できる!

 彼は早速自身のとある器官に指令を出した。結果、体内の血流に乗って膨大な量の情報が伝達され、指令書を受け取り、設計図を書き換えられた細胞群が蠢き始める。その甘美な感覚に「ソレ」はしばしの間酔いしれた。

 

 新しい変態の時間だ!

 

 それから1分もしないうちにピキ、ピキキ、と異音を立てながら頭部から何か灰色のぬめりとしたしわだらけの角が生えてきた。角の表面には無数の細かい毛が生えている。

 この毛はゴキブリや直翅目(ちょくしもく)に属するコオロギなどが持っている気流感覚器「尾葉(びよう)」に生えている感覚毛(かんかくもう)と同じものであった。この感覚毛及び尾葉の精度は非常に高く、一説によれば分子ひとつひとつの動きまでわかるという(常温の場合)。

 それをまるで触角のように「ソレ」は動かす。その行為は触角を持つ数多の生物が辺りの様子を探る様に非常によく似ていた。

 

 更に「ソレ」の額や両肩の辺りがやや盛り上がり()()を形成した。そのこぶは柔らかいのかぷるぷると少し揺れている。揺れはやがて規則正しい、波長を紡ぎ始める。この時、半径10キロ圏内で微かなキーン、という音が響いていた。最もヒトの可聴域(かちょういき)ギリギリなので聞こえないも同然であるのだが。

 このこぶ、動物学ではこう呼ばれている。メロン体、と。これはクジラやイルカの頭部にある脂肪組織のことで反響定位(エコーロケーション)の際に音波を集中する役割を担っているとされる器官だ。

 

 それらによる偵察の結果、こちらを観察している()()()()に敵意がないことがわかった。ならばもう自身が表に出る必要などない。後はヒロシに任せて自分は潜るとしよう。

 ……「ソレ」はどうして自分がそんな思考になるのか全く理解できなかった。だが、兎に角そう思ったのだ。そう、強く、思った。実際のところその思考は本能的なものであり理性でどうこうできる問題ではなかった。

 

 最後に「ソレ」は置き土産を残すことにした。この場を観察しているイキモノに対し警告の意味を込めて。

 勢いよく咆哮する。

 

――ゥゥゥウウォォォォオオオォガ、ガガガガァァァ──!!

 

 言いたいことを言い終わると「ソレ」はヒロシの中へと潜った。次はいつ()()するのだろうか。

 「ソレ」、もといヒロシの体はおもちゃのロボットの電源が切れたように崩れ落ち、深い眠りに落ちた。その体から変態した部位が次々と細胞の自殺機能(アポトーシス)により剥がれ落ちていく。

 

 

 やがて鈴鹿峠にポツポツと小雨が降り始めた。そして小雨はあっという間にザーザーという音と共に大雨に変わる。

 血が、機械油が、両者の死体が、瞬く間に極彩色の水に飲みこまれ、泥の中へと消えていく。

 それはまるで大地がこの戦闘の証拠隠滅を図っているように見えた。

 

 

[2]

「ありゃ、怒られちゃいましたか。まあ、覗きは趣味が悪いですしねぇ。とはいえ……ほほう。これはなかなか興味深い」

 

 鈴鹿峠よりおおよそ10km離れた所にある霊山の頂きにその男はいた。男はその特徴的な三白眼を輝かせ、ギザギザとした歯を嬉しそうに動かす。「ソレ」が看過したように男は一連の戦闘をずっと観察していた。

 この場から一歩たりとも動かずに。

 

「んー。これは、彼が、そうゆうことでよろしいのですかねぇ? 五月女(さおとめ)博士の実験はようやく成功したと。いや……連のためにもう少し泳がせてみましょうかな? なにせ偉大なる頭領様の数百年越しの計画ですから、万が一間違えたらちと面倒ですし、ねぇ。……おや?」

 

 男は戦闘発生地域より少し後ろ──具体的には那須ケ原山の方角へと目を向ける。その地点にある「混沌の颱風(ケイオス・ハリケーン)」用簡易セーフティーハウスより1人の少女が飛び出し、雨でびしょびしょになりながら真っ直ぐ鈴鹿峠へと向かうのが見えた。

 その少女は宙を飛んでいた。

 その様子に男はついフフッと笑う。透き通るような青い髪と黒い眼帯で有名なその少女は普段、そのような()()()()()()()()をしないからだ。

 

「余程慌ててると見えますねぇ。()()も持たないとは。まあ、それもそうか。非常時ですしねぇ」

 

 あっという間に峠に到着した少女はその凄惨な光景に困惑しているようだ。しきりに辺りをキョロキョロと見渡している。その光景を作り出した張本人を見つけると驚きの声を上げてフワフワと近づいていった。

 そこまで見届けた所で男は呟く。

 

「最強戦力の一角である彼女にとってはさぞ、屈辱でしょうねぇ。あれほどバカにしていた相手に救われたのですから。いや、あれは照れ隠し、というやつでしたか? まあ、どうでもいいですかねぇ。さて、そろそろ戻りましょうかね。いい加減戻らないと皆に怪しまれますし──イィス殿はどうされますか?」

 

 いつの間にか男の横には全くもって奇妙な()()が直立していた。その物体は円錐の形をなしており、表面はぬるりとして鱗で覆われている。ナメクジの表面のように。が、その表面は緑色の血管に覆われておりピクピクと動いていた。

 その円錐の頂点からは何本か触手のようなものが生えている。その触手にはいくつか器官のようなものが生えており、その内の2本には(はさみ)が付いていた。

 物体はそれを()()()()()()()()と鳴らす。

 奇妙なことにその音は()()()()()()

 

【わわぁぁぁつしぃぃぃうぉみょょうずぅぅぐぉぉぅしぃくわぁΩくぁぁぁぞぐ>どぅるるこぉぉぢょごうごうちぃぃぃよよょょよばぁ! あーすがるず?!】

 

「ええ。ええ。集合場所はそこで合ってますよ、イィス殿。では私はこれにて失礼しますかねぇ」

 

 そう言い残し男は消える。そして霊山の山頂には妙な物体のみが残った。鋏をカチ、カチ、カチと鳴らし物体は呟く。

 

《color:#006400》【いあ? いあ? ゆぅぅをぐ:=xy≒? いぃぃす<むぅいーぬぁんふぅぅ? ふんぐるいいぃぃす:=xyうぉもどす?】

 

 

                                断章 END



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第1章:2298年 10月23日 ヒロシ、左遷される
寝起き


ファイル名:旧人類の辿った歴史報告書 日本編(草案)

作成日時:2295年、9月8日 11:20:33

作成者 :(こよみ)特務少尉

 

年表

 

2021年、「オリンピック」なる大規模イベントが開かれる。

 

2030年、超大規模災害が発生。詳細は不明なれど一千万人以上の被害が出た、        という記録がある(これより数年後に発行された新聞により)。

 

2031年、有人潜水調査艇「しんかい10000」が日本海溝と南海トラフの境にて■■■■■■■■■■と接触する。

 

2032年、日本国再生プロジェクト「大戸島計画」が発表される。

当時の同盟国の駐留軍が完全撤退。

 

2035年、周辺諸国との軋轢が高まる。この時期国内では急速な排他的思想、自国第一主義が広まる。

 

2036年、憲法改正により自衛隊を前身とする「日本国軍」が結成される。

 

2038年、朝■■■■義人■■■国と同盟を組み、■■■国、■■■■■■国との間で戦争が勃発する。

極めて短期間のうちに双方に熱核反応兵器が使われたという記録が残っている。

戦局は数々の次世代兵器を有する日本国が有利に進んだ。

 

2041年、首都東京に世界で初めて「混沌(ケイオス)」が確認される。

2042年、関東全域からの撤退を宣言。

東日本各地で異形生命体の大規模発生(アウトブレイク)が確認される。

 

2089年、島根県松江市に設置されてあった次世代型量子コンピューター「イザナミ」が暴走を起こす。■■の軍勢が降臨。 

 

・2090年、世界統一政府は日本国の全面放棄を決定する。

 

※2042年以降の記録は現在調査中。残された記録の大半は厳重なプロテクトがかかっており解読・調査には相当の時間を有すると思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 われわれは何かの行為をしてしまったあとで、「われ知らずに」やってしまったとか(中略)言うことがある。

 自分でしておきながら、まるで他人がしたことのように言うのも不思議なことだが、本人の実感としては、そのように表現するより仕方がないのである。 

  ──『無意識の構造 改版』 河合隼雄

 

 

 

 

 

 

 ゆめを見ていた。

 ぼくは戦っていた。

 たたかうばめんがどんどんが変わった。鈴鹿峠、伊吹山。でもやることはいっしょ。かいじん(てき)を倒す。

 次々と倒す。

 たたきつぶし、ひきさき、しゃさつし、くいころし、なぐり殺す。

 ゆめの中でぼくは強かった。

 ほめてもらえるとおもった。

 でも。

 みんな怖がってた。おびえていた。

 どうしてそんな目で見るの? ぼくはただ、

 

 

「…………あれ?」

 

 "僕"は少しばかりの頭痛と共にゆっくりと瞼を開けた。何か夢を見ていた気がするが内容は靄がかかった感じでロクに思い出せない。ええと、ここはどこ……だ?

 

 黒の瞳だけで辺りを探る。灰色の天井と壊れた照明器具が見える。確か蛍光灯と言うんだっけ? それとそばから甘い、リラックスする香りがする。そして自分がどうして今、ここにいるのか、それすら思い出せない。

 

 どうしよう。もう一度寝すればよく思い出せるかも。二度寝をするのに最適な、程よい暖かさと心地良い香りに包まれていることもその判断を加速させた。そして寝返りを打とうとしてふと気づく。

 あれ、左腕が動かない。何か物が置いてあるのか?

 そう思って左側を向いた。

 

 

 美女(姉さん)がいた。

 

 柔らかい印象を与える一目で美人だとわかる顔。腰ほどまであるロングヘアーに髪色は薄緑で先端に沿って白くなっている。気持ちよさそうに寝ているその体は白色の丈の短いネグリジェで包まれており、すらりと伸びる両脚はとても綺麗だ。そしてその小柄な体からは想像できない豊かな双丘は僕の左腕を上下に挟んでいた。

 ついでに左腕はほっそりとした両腕でがっちりとホールドされている。

 

……あまりにも刺激が強い光景なので一気に目が覚めてしまった。というか姉さん、どうして布団をはだけた状態でそんな格好を。

 

「……むぅ」

 

すりすり。ぎゅーっ。

 

「⁉」

 

 姉さんはその状態で更に密着してきた。顔を気持ちよさそうに腕に擦り付けながら。

 まさか押し付けられむにゅり、と変形した部分を直視するわけにもいかず目が泳いでしまう。

 やばい。

 こんな状態を兄さんに見られたら変な誤解をされてしまう。早く姉さんを起こさないと。

 そう思った瞬間、

 

「おいおい、朝チュンか? やるじゃぁないかヒロシ。」

 

 ……どうも手遅れだったようだ。

 

 部屋の扉を開けて楽しそうな声色と共に逆さまになった兄さんの顔がベッドを覗き込む。

 兄さんの顔は相変わらず特徴的だ。

 女性にも間違われるほどの中性的な顔もそうだが、より特徴的なのは両耳の付け根辺りより後ろ向きに生えている2本の()

 

「あ、いや、に、兄さん。これはそうゆうことじゃなくて」

「違うのか? でもは満更でもなさそうだぞ?」

「は?」

 

 思わず振り返ってまだ寝ている姉さんの様子をみる。とても良い笑みを浮かべていた。大変気持ちよさそうだ。いや、これはただ寝つきがよいだけなんじゃ?

 

「──なんてな。冗談だよ。冗談。ま、ちょーっとだけそうなってほしいと思ってるが」

「えっ」

「まあそれはともかく。気分はどうだ? 記憶に空白は? 一応聞くけど俺の名前言えるな?」

「ええと、さっきまではちょっと混乱していたけど今は大丈夫。兄さんの名前は天野《あまの》、姉さんの名前は七癒、でしょ?」

「よしよし。記憶に異常もなし、と。でも1つだけ違うところがあるぞ」

「えっ? 何か間違ったこと──」

「兄さんじゃなく、父さんな。もちろん、、パパでもいいぞ」

 

 とても良い笑顔で兄さんは言った。それ、絶対違うと思う。いや、血はつながってないからそれが正解かもしれないが。

 

「いやダメだろ! 恥ずかしいし……それに年だって正確にはわかんないけど殆ど離れていないんだし」

「私も姉さん、じゃなく、ママって呼ばれたいな~」

 

 唐突に入る女性の声。

 

「姉さん! 起きてたのか」

「ふふ。びっくりした? さっきひーくんをぎゅっ、って抱きしめた時からだよ」

「わ、わざとだったの⁉」

「びっくりしたでしょ~慌てたひーくんの姿、可愛いかったなぁ」

「うっ。だ、だって……失礼になっちゃうし……」

「おまえは妙なところで真面目だからなぁ。今のご時世じゃそんな反応すんのお前ぐらいだぜ?」

 

 と、兄さんがからかう。

 

「いや、それは僕たちが」

           「家族! だからだよね~?」

                         「……そうです」

 

 先をこされてしまい思わず苦笑いが出る。

 

「さて、ひーくん」

 

 少し姉さんが真面目なトーンになったのでそちらの側へ体を向ける。

 

「はい、なんでsむぐっ⁉」

 

 次の瞬間、姉さんは僕の首元にその細い腕を回し「えいっ」と胸元に抱き寄せられた。視界が肌色に染まる。

 ふわりと安心する甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 

「ちょっ⁉ ねえさ──」

 

 思わず抗議の声を上げようとして、気づく。

 その体は僅かに震えていた。顔を見ると綺麗な蒼色の瞳は少し涙を堪えている。姉さんはその状態で僕の頭をゆっくりと撫で始めた。

 

「君はね、よく覚えていないかも知れないけど、3回も連続で能力を使ったんだよ。しかも最初の1回は逃げる私達を守るために、たった1人で飛び出して行って。そして負けちゃって、目の前で()()()()()()()1回し、死んじゃったんだよ……」

 

 え? 僕が1回、死んだ? 心臓を破壊されて?

 そんなバカな。

 じゃあ何で今、僕は生きているんだ?

 

「どういうわけか私の能力を使っても、君は目覚めなかった。でも、3日位経って突然復活して……そして私達を助けてくれた。麻里ちゃんが真っ先に飛び出して行ってひーくんを回収してくれたんだよ。ちょっと意外でしょ。あの子、いつも君に突っかかっているから。その後は意識がない状態なのに更に伊吹山防衛戦に参加させたの」

 

 マジかよ。

 あいつが真っ先に、というのもそうだが意識ないのに作戦に参加?  そんなことってあるか? 普通。

 

「ひーくん、今回の作戦お疲れ様。よく頑張ったね。それと……おかえりなさい」

 

 いつの間にか兄さんも傍に来て僕の頭を撫でている。

 

「おかえり、よくやったな」

「……ただいま。兄さん、姉さん」

 

 なんか急に恥ずかしくなってしまい僕はそれを隠すように下を向く。

 そこで気づいてしまった。

 いろんな意味でまずいことを。

 

「あの、ところで1つ聞きたいことがあるんですけど」

「「?」」

 

「僕の服、どこにあるんですか?」

 

 

 ヒロシは全裸であった。



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サバ缶(食事回?)

 鏡には相変わらずの自信なさげな顔がこちらを見返していた。もう少しシャキッとした表情をすれば周囲の評価も変わるのだろうか。ヒロシはそう考えながら顔を整えた。

 そしてワイシャツ、ベスト、そしてコートを羽織る。

 

「えーと、これから食事に行こうと思うんですけど、配給所はどこでしたっけ?」

「ここから南へ行ったところにあるぞ。大体40分ほどだったかな。大きな塔の下らへんにあるからすぐわかる」

 

 部屋から首だけをニョキッと出した状態で兄さんが教えてくれた。

 

「わかりました。じゃあ、行ってきます!」

「いってらっしゃーい! また後でね~」

 

 姉さんが手を振りながらそう言った。あちこち錆びているドアノブを回し外へ出る。そして直ぐに感じる肌を刺すような寒さ。

 

「うおっ! やっぱり寒いな」

 

 空模様を見てみるとやはりというべきか、いつも通りの光景がそこにあった。鈍色に染まる分厚い曇が視界の端まで続く。聞くところによるとここ数百年の間青空というものは観測されたことがなく、その代わりに観測され始めたのが途切れるなく続く雲海と極彩色の「混沌雲(ケイオス・クラウド)」である。

 こいつらのおかげで太陽からの光は減り続け、今では一年中コートの類を手放すことはできなくなってしまった。

 

 我が家から少し道に沿って進むと大通りに出た。かつては多くの人で賑わっていたであろうその通りは今や資料映像で見たような活気はどこにもなかった。ほとんどの建物は廃墟と化しており、誰も住んでいないような印象を受ける。

 まあ、実際は大半の人は空襲と時たま訪れる「混沌の颱風(ケイオス・ハリケーン)」を警戒して地下道路で寝泊まりしている。もちろん真に警戒しているのは「感染」することなわけだが。

 混沌(ケイオス)に。

 今誰もいないように見えるのは恐らく食料の配給を受け取りに行ってるのだろう。

 

 さてと、どこかに案内板はないのかな? 前回と配給所は変わったようだし……お、あったあった。

 それによるとここは今朱雀(いますざく)と呼ばれる通りで、ここから3キロと少し歩けば配給所へとたどり着けるらしい。

 よし。この通りに進むとしよう。正直言って公共の場には行きたくない。どうせまた色々と陰口を叩かれるから。

 でも、家族に心配はかけたくない。

 

 幸いにも道は一本道であったので迷うことなく到着した。兄さんの言ってた通り、100メートル越えのかつて白色に塗装されていた塔が見えた。その頂上付近には展望台? と呼ばれる施設があったらしい。

 残念なことに上部は粉砕されているが……もし健在であればどんな景色が見えたのだろう? 僕はそんなことを考えながら配給所へと向かった。

 

 流石にこのあたりになれば多くの人で賑わっている。その賑わいの多くは出店からなっており、あちこちから値切りの声や物々交換の依頼をする声が聞こえる。

 ここで販売している商品の多くは町の外の混沌汚染警戒区域に無断で侵入し、区域内の廃墟からあさってきたものが中心だ。兄さん曰く、闇市というらしい。

 とはいえ全てを違法な物品というわけでもなく、中には「汚染区域調査隊」らの放出品もある。

 まあ調査隊はここ2,3年行われていないしその質も高めなので値段は相応に高いわけだが。

 

 闇市街を抜けていざ配給所へギィ、と鳴る扉の音と共に入る。瞬間、中にいる人の目線が集まる。

 また、この目線か。公共の場に1人で来るたびにいつもこの目線を食らう。軽蔑、憎悪、妬み、嫌悪、そして恐怖。

 いつもの光景に小さくため息を吐く。

 

最初は軽蔑だった。

 

「天野様、七癒様という素晴らしい超人の元で育って居ながら何の超能力も発現しないとは! おまけに碌に喋れないときた! 何という出来損ないだ!」

 

 そして兄さん、姉さんの養子になりたいと思う超人達からは妬みを抱かれた。

 

「どうして無能力者のあいつが養子のままになっているんだ! 我々のほうが遥かに素晴らしい力を持っているというのに……」

 

 更に憎悪も上乗せされた。

 

「聞けば奴は混沌汚染警戒区域で発見された捨て子というじゃないか! 何と汚らわしい! 既に感染しているに違いない! こっちに来るな! 混沌がるだろうが!」

 

 幸いにも少し前にあることがキッカケとなり能力が発現した。ところが能力を発現している間は意識がないからどんな状態になってるか全く分からない。意識を取り戻した時は大抵ベッドの上だった。そんな感じだったが、最初は少し希望を持ったものだ。ようやく社会に受け入れてもらえるのでは、という。

 でもそれはすぐに間違いだとわかった。発現した能力は一切制御できない上、その姿は非常に「異形」であったらしく、見たものは皆恐怖を訴えたらしいのだ。

 

「何だあの戦い方は! まるで……まるで化け物ではないか! しかも制御できないのだろう⁉ なんて恐ろしい……奴のそばには近づきたくない! お前も近寄らん方がいいぞ! いつ殺されるかわからんからな!」

 

 とまあ、こんな具合に。

 

 何十年も前にこの国が列島全域を治めていた時は超人優越思想なるものが全ての活動の指標だったらしい。そして民衆の大半の思想はその時から全く変わっていない。

能力の発現が不安定な僕は彼らからは決して認められない。

 それが悲しい現実だった。

 

 彼らの様々な感情を孕む視線に辟易していると聞き覚えがある声がした。

 

「おっ! ヒロシじゃないか!」

 

 この声は……

 

博士(はくと)さん!」

 

 数少ない友人の声に思わず頬が緩む。相変わらずの達磨みたいな体を揺らし、大量の荷物を掲げながらこちらへ向かってきた。

 その姿は少し瘦せた気がした。

 

「おう。撤退戦に防衛戦、最近大活躍そうじゃないか。俺も嬉しいよ」

「ありがとうございます。でも僕は相変わらず意識ないんで実感ないんですが」

「ふむ? 俺ァそんなに深く考える必要ないと思うぞ。過程がどうあれ、お前は立派に務めを果たした。それでいいと思うがなぁ」

 

 博士はうんうんと頷く。

 

「そんなものでしょうか?」

「おうとも。こういったことはシンプルに考えるのが一番だ! ところで配給は受け取ったか?」

「着いたばかりなのでこれからですが」

「じゃぁこの後一緒に食事、どうだ?ああ、そっちの分は受け取んなくていいぜ。俺のを分けてあるからさ!」

 

もちろん快諾した。

 

 配給所の外へと向かい適当な場所を探す。辺りは瓦礫だらけなので探すのに少し手間がかかったが、見つけることができた。

 かつては飲食店だったのだろう。傾き今にも倒れてきそうな看板には[  E UBA ]と書かれている(ボロボロなため半分以上読めない)。

 そして手頃なテーブル、イスを借りて腰を下ろす。

 

「それよっ、と」

 

 博士が持って来た荷物の中から缶詰を取り出し投げて寄越してくれた。

 

「おっとと。これは……ええと『サバの味噌煮  道釧 産サバ使用』ですか。ちょっと聞きたいんですけど」

「もぐもぐ……ん? どした?」

 

 博士は既にいくつか缶詰を開けて美味しいそうにほおばっていた(焼き鳥&煮卵タレ風味と書かれている)。

 

「この、サバ? とかいうの、一体なんです? 食べ物の名前ですか?」

 

 その言葉に博士はポカンとした顔をした。これが俗に言う鳩が豆鉄砲を食ったような、というやつだろうか。

 

「あー。いや、そうか。教育の優先度低いもんなぁ。海産物は。……そうだ。サバは魚の一種だ。まあ分類はどうでもいい。そいつは、食い物だ」

「食べ物」

「そしてとてもとても重要なことだが、うまい」

「……!! いただきます!」

 

 こうして僕は人生初のサバを食べた。

 超、おいしかった!

 

 

 僕がサバ缶を食べ終わる頃には博士は既に10個目を開けていた(いけだのささみ100%国産肉使用。とってもヘルシー! と書かれている)。

 

「そういえば博士さん、前会った時より少し痩せましたか?」

「うん? それは例の撤退戦の時に俺の能力を使ったからさ」

「あっ……」

 

 しまった、無神経なことを聞いてしまったかな。

 

「気にしなくていい。俺は自分の役割を全うしただけさ。ま、おかげで()()が減っちまったからこうして再び蓄えているんだけどな!」

 

 そこまで話した所で博士のポケットが震えた。何かメッセージを受信したのだろうか?

 

「何だ急に……? 今日は何の任務もないハズだが」

 

 端末を取り出し、メッセージの内容を確認した博士は少し驚いた様子でこちらを見る。

 

「おいヒロシ、お前なんか御前会議に呼ばれてるぞ」

「えっ? 本当に? 兄さん、姉さんからは何も聞いていないんですが」

「とすると緊急で決まったのか? 何にせよ取り敢えず急いで行った方がいい」

「ですね。じゃあ、ちょっと行ってきます! 缶詰ありがとうございました!」

「おう。頑張ってな!」

 

 別れの挨拶もそこそこに僕は配給所への道を引き返して急いで御所へと向かった。

 



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門前払い?

ここに来るのは「暗殺未遂事件」以来だから大体半年ぶりかな? そう思いながら清所門(せいしょもん)をくぐり抜け、会議場がある清涼殿(せいりょうでん)へと向かう。

 その途中で恐らく僕を待っていたのであろう兄さんと合流した。

 

「兄さん。待っていてくれたのですか?」

「ああ。急に呼び出してごめんな。ヒロシは端末を持っていないから誰に送るか悩んだんだが、こうして来てくれたってことは博士に送って正解だったようだな」

「はい! 丁度昼食を一緒にしてたので、その時に」

「そうか。んじゃ、行こうか」

 

 兄さんと並んで歩き始める。途中、気になることを僕は尋ねた。

 

「ところでどうして僕が呼ばれたのですか?」

「1つは今回の作戦で活躍したお前に陛下が直々にお礼を言いたいということだ。なにせもしヒロシがいなかったら俺達は完全に敗北、滅亡一直線だっただろうからな。で、もう1つは早速次の任務が決まったからそれを知らせるためだ」

「もう次の任務が⁉」

 

 僕は少し驚いた。今までこんなことはなかったからだ。

 

「そうだ。前回の任務で色々と苦労を掛けたばかりなのに、すまないと思っている」

 

 立ち止まり、頭を下げながら兄さんはそう言った。

 

「いいんです! 謝らないで下さい! それよりも新しい任務というのはどんな内容なんです?」

「あ、ああ。それはだな──」

 

 そこまで言いかけた時、唐突に第三者の声が辺りに響いた。

 

「ややっ、そこにいらっしゃるのは「転生者」殿と「勇者」殿ではありませんか!」

 

 声がした方向に顔を向けると小走りでこちらに向かってくる宇喜多大臣の姿があった。

 彼はこの国の主要幹部である「十干支(じっかんし)」の1人で、主に法務を担当していて、()()()()()()()()()()()()()を読むことを趣味としているちょっと変わった人だ。

 そして誰にでもおべっかを使うことで有名だった。

 

 

 そんな彼は僕たちにぶつかる寸前でキィィッ、とブレーキ音が聞こえそうなほどの急減速を披露して器用に止まった。

 そしてハンカチで顔の汗をササッと拭い、もみ手をしながらマシンガンの如く喋り出した。

 

「お早うございますお二方。本日は御前会議に途中参加なさる「勇者」、ヒロシ様をお迎えするために参上致しました。先の戦いでは大変素晴らしいご活躍をなさったそうで! 貴方様のおかげで我らは救われた、と言っても過言ではございません。いち神国臣民としてお礼を申し上げます。そして「()()()」、天野様。本日もご機嫌麗しく存じます。貴方様が数十年程前にそれまで敗戦続きであった我らの陣営に与して以降、今日までどうにか存続することができたのはまさに…………」

 

 凄まじいことにここまでの間息継ぎナシである。しゃべるスピードもそうだがどんな肺活量しているんだこの人。

 

「わかった、わかったよ宇喜多さん。ところで、その「転生者」とかいうあだ名いい加減にやめてほしいのだが……滅茶苦茶恥ずかしいんだよそれ。暦とか他の人も最近そう呼び始めているし」

 

 兄さんは顔どころか耳まで赤くなっている。本当に恥ずかしいようだ。

 

「何をおっしゃいますか! あの突撃しか能のない柴田大臣と違い様々な戦術に精通しているだけでなく旧時代の文化にも造詣がおありである! 「転生者」の二つ名はまさに天野様のためにある! といっても……」

 

 この後も宇喜多大臣のマシンガントーク(という名の褒め殺し)は清涼殿に到着するまで続いた。

 決して悪い人ではないのだが……

 

 在りし日の清涼殿は遥か昔(19世紀)に建てられた檜皮葺(ひわだぶき)入母屋(いりもや)造の屋根を持つ立派な御殿(ごてん)であった。

 しかし残念なことに1年程前に械国空軍による爆撃により焼失。

 古来より伝わる建築法などとうに失われていた為、代わりに見よう見まねで造られたのは────無骨な地下式防空壕であった。

 

 清涼殿の入口は二重扉になっているのだが、1つ目の扉を開けた時点で既に中の声が少し漏れている。

 

「……以上が比叡山中腹の多国間用対人転送装置(ワープゲート)の修復度合いとなります」

「わかりました。完全修復にかかる残りの日数は?」

「およそ20日間をと予想して……」

 

 今、聞こえてきたのは割と重要な内容であると思うのだが、こんなにあっさりと聞こえるのでは余程壁が薄いのだろう。

 ……ホントに防空壕として機能するんだろうな?

 

 宇喜多大臣は2つ目の扉を両手で開け、

 

「皆様。そして桜宮様。大変遅くなりました。「転生者」天野様と「英雄」ヒロシ様をお連れして私、宇喜多が参上致しました」

 

 と口上を述べながら会議場へと入ると中央の高台に向けて恭しくお辞儀をした。兄さんと僕も続けて入り同じようにお辞儀をしようとして──

 

「何ということだ‼」

 

 突如として響く男の怒鳴り声。

 

「恐れながら陛下。この神聖な御所へあのようなまともに能力を制御できぬ半端者が足を踏み入れるなど1度はあっても2度目なぞあってはならぬこと。即刻この場から立ち去らせることを具申申し上げます!」

 

 席から立ち上がり、蛇か何かのような冷徹な顔を怒りで赤く染めながら大声でこちらを激しく糾弾する男の姿があった。

 

 彼は「十干支」の1人である細川大臣だ。神国日本内の治安維持を担当する彼は過激な超人優越思想の持ち主で超人と超人を信奉する者以外は即刻処刑するべきであると考えている。そうして作られる美しい秩序がこの国を導くと信じて。

 だからこの反応は()()()()()()()()()()()だと言えた。

 とはいえ彼にとって残念なことにその言葉に賛同する者はもはやどこにもおらず、それどころか最も反対されたくない人物からの 責が飛んできた。

 すなわち

 

「細川大臣! 貴方はまだそんな時代錯誤な考えに囚われているのですか! もはや超人が全てを従わすことが可能であるなどという幻想はとうに失われたのです。彼ら(第四帝国)の黒船・白船がもたらした圧倒的な技術力の差を貴方も見たでしょうに!」

 

 彼が敬う超人達の長でありこの国の君主である桜宮菊華(さくらみやきっか)様である。先程の発言が逆鱗にでも触れたのであろうか。彼女の根本は白だが先端に行くに従い桜色という特徴的な髪を逆立てながら細川大臣を怒鳴りつける。

 

「で、ですが陛下。我らも厳格に管理された超人同士による世代交代を繰り返せばいずれは彼の技術を上回る──」

「くどい! そしてそれ以前に我らの命の恩人に対する態度としてあまりにも失礼です! 貴方のいうまともに能力を制御できぬ半端者の活躍により全滅を今も免れているという事実を認識していないのですか⁉」

「ぐっ……」

 

 流石に君主にここまで言われては旗色が悪いと思ったのか、細川大臣は憤懣やる方ないと言った様子で自席に座った。

 

「さて、ヒロシさん。こちらへ」

 

 つい数秒前までの怒りを即座に納め、僕を呼ぶ。

 

「は、はい……」

 

 僕は少し急いで彼女が座る玉座の元へ駆けつけ、片膝を立てて頭を垂れる。

 

 黒いドレスを着た彼女は席を立ちこちらへ近づき、そして黒い手袋に包まれた手をゆっくりと伸ばし、僕の右肩へと乗せる。

 どこか労わるような、もしくは慈しむような所作であった。

 

「此度の2度に渡る活躍、大変お疲れ様でした。特に伊吹山での戦いで械国の大型電磁加速式完全自動砲台「ウルバン」の完全撃破は戦略的観点から見てとても意義あることです。もしあれが健在であれば今頃この地は月面に広がるクレーター群のようになっていたでしょう。全臣民に代わりお礼を申し上げます。очень благодарентебе(本当にありがとうございました)

 

 最後に別の言語(ロシア語)が飛び出してきた……陛下、()()()()()()()()が出てきていますよ。

 もちろん、この場での指摘は流石にしなかった。

 もう1人の陛下がたまに顔を見せることがある種の不可抗力であることは皆にとって暗黙の了解だからだ。

 半年前に起きた「暗殺未遂事件」以来の。

 

 

「そしてもう1つ。天野さんや七癒さんからもう聞いているかもしれませんが、伊吹山での作戦時に鈴鹿峠撤退戦時に使った能力の反動で意識を失った状態の貴方を強制的に戦場へ送り込むことを了承したのは私です。緊急時であったとはいえ人として許されざることをしたと思います。酷いことをしてしまい本当にごめんなさい」

 

 そう言って頭を下げようとするので慌ててやや早口で返事をする。

 

「勿体なきお言葉ありがとうございます陛下。そのことは緊急時であることを考慮すれば陛下の判断は当然のこと。何も憂慮なさることはありません。どうか頭をあげて下さい──」

 

 そして

 

「陛下のお言葉を胸に刻み、今後もこの国為に身を捧げる所存です」

 

 と、そう締めくくった。心にもない事を言った、という気持ちを隠しながら。

 

「……貴方の忠誠と配慮に感謝を。もう戻って良いですよ。貴方の席はEの18番です

「はっ」

 

 小声で自分の席を教えてもらったので玉座から離れ移動する。会議場は玉座を半円状に囲む構造になっていて丁度半円の中央辺りのようだ。因みに細川大臣は半円の左端あたりである。

 

 席に着く途中、グラント・麻里の前を通る。その時、今朝聞いた姉さんの言葉が頭の中に呼び起された。いつも僕に強く当たる彼女が本当に僕を回収したのだろうか?

 彼女の前を通り過ぎる寸前、彼女が小声で呟く。

 

「お前がもっと上手く能力を扱えていれば()()()()も死なずに済んだのだろうか」

 

「……!」

 

 その言葉に思わず彼女の顔を覗き見る。透き通るような青い髪で包み込まれ、右目を眼帯で覆うその表情は怒り、悲しみ、諦観、そしてある種の同情──という幾つもの気持ちをブレンドしたとても複雑な表情であった。

 

 いつも強気な表情と言動を見せる彼女にしては珍しい、そう考えながら僕は指定した席に座った。

 辺りの様子を伺うと、いつの間にか兄さんは半円のほぼ真ん中に座っている。

 その隣には姉さんもいる。そこまで確認した所で会議が再開された。

 

 



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会議と新任務発令

「では、次の議題に移ります。黒田大臣、現在展開可能な兵力はどの程度ですか?」

 

 桜宮様に指名された黒田大臣(軍民問わず物資補給を担当している)が立ち上がり答える。

 

「これに関しては誠に残念な報告をせざるを得ない状況です陛下」

 

 黒田大臣はそう前置きして続ける。

 

「もはや説明の必要もないと思いますが、念のために(一瞬こちらを見た、気がする)。先の「(こん)」作戦においてわが方は今までにない規模の大敗北となりました。比叡山の国内用対人転送装置を用いて敵の一大拠点である名古屋城付近に強襲をしかけ敵の主力を一挙殲滅する。というのが本作戦の骨子でした。また、理由は不明ですが敵にとっての最大火力を提供する黒船・白船が三河湾、伊勢湾に停泊していなかったことが本作戦を強行する最大の要因であったわけですが」

 

 ここで一旦小休止して大臣は続ける。

 

「今にして思えばこれは敵の罠であったように思います。わが方は転送装置をその限界を越えて作動させ、凡そ20万の兵力を弥富市へ送り込み簡易陣地を作り、その後名古屋城へと進撃しました。異変が起きたのは本隊が名城公園跡に到着、交戦始めた直後に起きました。辺り一帯に突如大地震が発生。周囲の地形が凄まじい速度で変化し……わが軍は大地に飲み込まれてその大半が帰らぬ人になりました。そしてわが方の生き残り、正確な人数は未だ集計中ですが、再集結したわが軍は急いで転送装置を使用。最も近場で転送可能な都市である鈴鹿市へと転移(テレポート)しました。ここで装置がオーバーヒートを起こし使用不可となったため、徒歩でもって帰還することになりました」

 

 ここで大臣は少し言葉を詰まらせた。ここから先は言いたくない、と表現するかのように。

 

「そして帰還中にまるで示し合わせていたかのように敵の奇襲を鈴鹿峠にて受けたのです。壊滅しかけ統制もままならない中、こうして私達が生存しているのは……」

 

 黒田大臣が体をこちらへと向けた。その眼には敬意と感謝が浮かんでいた。

 

「そこにいるヒロシ殿が──二つ名は「勇者」でしたかな、宇喜多大臣?」

「そうです、その通りです黒田大臣。大変素晴らしい記憶力をお持ちで──」

 

 小声でまた始まった宇喜多大臣のおべっかを黒田大臣は無視して続ける。

 

「──が単身で敵を引き付け、更には一度戦死したかのように見せかけて敵方の油断を誘いこれを殲滅した。この様な経緯で我々は全滅を避けられたのです。ただし! 撤退戦時に突如として発生した「混沌の颱風(ケイオス・ハリケーン)」による感染により非常に多くの死者を出しました。結果、生き残りは20万人中、僅か1万でございます」

 

 その悲惨な数字に会議室にいる者達は皆、一様に沈痛な表情になった。予想していたとはいえ改めて数字として出されるとその損害の多さに衝撃を隠せないようだ。

 桜宮様はいち早く衝撃から立ち直り黒田大臣に問いかける。

 

「つまり、我が国の軍は事実上壊滅したのですね?」

 

「恐れながらその通りでございます、陛下」

 

 黒田大臣は俯きがちに答える。

 今回の作戦、立案したのは彼であった。その姿は敗北の責任の重圧を一身に受けているようにも見える。

 

「今動かせる兵数はどの程度ありますか?」

 

「……補給の観点と予備役を総動員して、3万程です。それ以上は絶対に不可能です。なにせ我が国の人口はもう10万程しかないので」

 

 そう答える彼の背中はかすかに震えていた。

 

「黒田大臣、その兵数で械国との戦いは続けられますか?」

 

 桜宮様は黒田大臣の目を真っ直ぐ見据えて質問した。

 

 一瞬、目を逸らしたが直ぐに桜宮様へと視線を戻し……全てを絞り出すかのように答えた。

 

「……! 不可能です。この状態では精々()()しかできないでしょう!」

 

 彼女はその声を聞いて目を閉じる。数秒程何かを考えた後再度目を開ける。何かを決心したかのように。

 

「では……成析(しげさく)さん! 今後1ヶ月の混沌予報はどの様な状況ですか?」

 

「は、はい。え、えっとですね……」

 

 指名された成析が立ち上がりぼそぼそと話始める。その顔はぼさぼさとした髪の毛によって半分以上隠されている。なので僕は彼の目をまともに見たことはなかった。

 

「げ、現在の近畿地方のCCPA値(大気中に存在する「混沌」の濃度Concentration of "chaos" prese in the atmosphereの略)は既に1%もの割合を示しています。こ、この数値は先週と比べて2割ほど増しており、こ、このままCCPA値が急激に増加し続けると仮定すれば来週頃には混沌の颱風の発生条件となる1・2%をみ、満たしてしまいます。せ、先日にも突然発生した混沌の颱風もそうですが、今まで(この200 年で)になかった現象です。り、理由は現在調査中ですが昨今「富顎(ふがく)」の活動が活発化していることがげ、原因の1つではないかと推測して」

 

 そこまで成析が言ったとき、突如として議場が振動する。建付けの悪い机や椅子がカタカタと鳴る音が辺りに響く。これは、地震だ!

 

「い、今の地震は恐らく富顎の()()()か何かの余波でしょう。み、皆様のご存知の通りあれはかつて存在した霊峰富士の生まれ変わりですから、す、少しでも身じろぎするだけで周囲に多大な被害をも、もたらすので」

 

 成析は自身の予報が半ば的中したことに嬉しさと悲しさが同居したような表情(かお)をしていた。

 

「それでは数日中に異形生命体の大規模発生(アウトブレイク)に対して戦闘準備をしなければなりませんね」

 

 桜宮様は立て続けに発生する苦難に疲れを感じさせるように小さなため息と共に言った。

 大規模発生(アウトブレイク)というのは一言でいうと定期的に発生する異形生命体の群れの事だ。暦さんがこれを初めて説明する時、旧時代の『デッド・ハザード』とかいうゾンビ映画を見せられた。その後の解説は雑にたった一言、〈だいたいこんな感じ〉であった。

 

 その後、会議は残された数少ない兵力を市内のどの地下通路に配備するかという話になり、そこからは暫く議場は荒れた。

 誰を何処へ配置するか、そもそも防衛ラインを縮小するべきか……云々。

 今までなら超人の数は1万を軽く超えていたので都市防衛にはある程度の余裕があった。でも今は戦闘向けではないのも含めて数えるほどしかいない。

 議論は白熱していく。

 

 そんな彼らの様子を僕は冷めた目で見ていた。

 

 僕の能力はその全容を全く把握できていない。普通の超人であれば自身の能力について生まれた瞬間から正確に把握し自らの意思で行使できる。でも僕は何故かそれが出来ない。生まれつき、ではなく半年ほど前に突然能力が出現した、ということもあるかもしれないが……。

 大勢の人達に超人として認められていない最大の理由がこれだ。使用時には意識が飛びまるで別の誰かが乗り移ったかのように大暴れする、らしい。その間の記憶は一切ないから、こんな言い回しになってしまう。

 

 そしてこの大暴れする誰かさんは異形生命体に対しては何のアクションも示さないのだ。

 観察していた博士さんやチトセ曰く、「ただボーっとしていた」とのこと。

 こんなザマなので異形生命体との戦いには何の役にも立たない。なのでこの議題になってしまえばもう僕は関係のない、というわけ。

 

 兄さん、姉さんを含めて議場の人達はどうやって残された臣民を救うか、という事に知恵を絞り、頭を悩ませる様子を見ていると、いつの日からか頭の中に濁ったモヤが湧き上がって来るようになった。

 

基本的にこの国では彼らの行いはその成果の是非を問わず殆どの臣民に支持される。

 

「この苦しい状況でいと尊き方々(超人)はか弱き我らの為にご尽力されておられる」

「それ故結果を問うなぞ誠に恐れ多き事である!」

「ありがたや、ありがたや……」

 

 大体こんな感じで大きく感謝される。

 その一方で自分は? 活躍してもしなくても、いやすればするほど嫌悪や恐怖による差別の勢いは増していく。

 そう考えるとうまく言葉にできない感情が湧き上がって来る。

 これは、一体何だ?

 

 一人で悶々と考えていると、時は早く過ぎるもの。いつの間にか結論が出ていたようで桜宮様の声が議場に響き渡る。

 

「では、左京区は風香さん、最も異形生命体が出現すると思われる北区にはこの中で最も強い麻里さんと鈴さん、右京区には天野さん、そして南区には叶さんと替さんをそれぞれ担当することにしましょう。七癒さんは私と共に中京区に万が一に備えて待機を。皆さん、今まで以上に激しい戦いとなるでしょう。どうかその力を貸してください」

 

 桜宮様はそう締めくくった。

 

 名が上がった超人たちは一斉に立ち上がり(麻里は体が弱いため杖を借りて。叶は下半身が麻痺しているので車椅子に座ったままで)、

 

「我ら一同、謹んで命をお受けいたします。この国の為、民の為にこの力を振るい、極彩色の悪鬼羅刹共を駆逐することをお約束いたします」

 

 と全員が息を合わせて拝命の受け答えをし、桜宮様へ一礼した。

 

「さて、最後に……ヒロシさん」

「は、はい」

 

 急に名前を呼ばれて慌てて立ち上がる。そうだった。ここに来たもう一つの目的は新しい任務を受け取ること。そのことをすっかり忘れていた。

 果たしてどんな内容だろう?

 

「あなたにはこれより翠玉国(すいぎょくこく)へ行くことを命じます」

 

 ……へ? 僕は予想外の内容に固まってしまった。

 てっきり「単身で敵陣に侵入し大将首を取れ」みたいな内容だと思っていたからだ。なので次の一言は我ながら大分マヌケなものになった。

 

「それって……俗に言う左遷ってやつですか?」

 

 議場は水を打ったように静まり、前方の席に座る麻里のあきれたようなため息が辺りを満たした。

 

                                

                               第1章 END



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第2章:2298年 10月24日 いざ翠玉国へ! 
静かなる海


 ファイル名:ヒロシ君用 一般教養、歴史、神国日本の成り立ち 個人用メモ

 作成日時:2297年、7月14日 17:50:15

 作成者 :(こよみ)特務少尉

 

 メモ 神国日本の歴史編

 

 ●西暦2140年~2250年頃

 

 今から150年ほど前の日本は各地に「豪族」と呼ばれる人達が治める小さな国々がたくさんあってそれぞれが対立しあう群雄割拠の時代だった。

「異形生命体」の脅威が存在しているにもかかわらず。

 

 数十年後、それら小国の集まりは統廃合を繰り返し10程の国々となっていた。

 それと同じタイミングで生まれつき様々な超能力を持つ子供たちが生まれる。

 彼らはやがて異形生命体を駆逐する強力な戦力となり住民から崇められていった。

 

 やがて極めて強力な能力を持つ超人である桜宮菊華が登場。

 彼女を中心として諸国は団結し統合し、新国家「神国日本」として名乗りを上げた。

 

 桜宮様を君主とし、それまであった諸国の長は十干支(じっかんし)と名を変え、桜宮の補佐を行うことになった(彼らは世襲制(せしゅうせい)である)。

 

 社会は超能力者=超人を中心としたものになっていった(ヒエラルキーの頂点)。

 ただ、これによって普通の人間との間に溝ができてしまう(これについては当時の世界をまとめるには絶対的な「力」が必要だったから仕方ない側面もあると思う)。

 

 比叡山にて日本列島及び世界各地に瞬時に移動可能な転送装置を発見。

 たまたま繋がった先にあった翠玉国と国交を樹立。交易を始めた。

 主に混沌汚染警戒区域で発掘される旧時代の廃材を輸出し、代わりに翠玉国から食料などの生活必需品を輸入した。

 

 正確な日時は不明だが、日本列島を横切るような形で直径1000mはあるという謎の未確認飛行物体(UFO)が観測された。

 それは北から現れ、やがて西の方角へと飛び去ったという。

 

 

 ●2253年~2297年

 

 比較的穏やかな時代が続いていたが、2253年、7月8日に突如相模湾、熱海市に黒船・白船の2隻が襲来する。

 

 彼らは自らを第四帝国の使者と名乗った。そしてこうメッセージを送ってきた。

 

「今まで閉じられた世界で暮らしてきたお前たちにはわからないだろうが、我々はかつて存在した理想郷(エデン)の如き素晴らしき世界からやって来た。超能力などという不確実なモノに怯える者どもよ、我らの元へと来い。「平等(祝福)」を授けてやろう」

 

 この言葉に興味を持った民達は小舟で彼らの元へと行き、周囲の心配をよそにちゃんと戻ってきた。ただし脳を除く全身を機械化されて。当時の超能力者の力をある程度、平等に使える状態で。

 当時の超人は常人よりも力が強い、というような今の私達に比べると単純なものが多かった。機械化で代用できるほどに。

 

 この出来事が契機となりそれまでの治世で不満を持った者達が武装蜂起、さらに十干支の中でも機械化の技術に心酔した者達(織田、伊達、北条、松平、浅井の5人)が反旗を翻し、1年ほどで神国日本は内戦状態となった。

 

 反乱軍は自らを「械国(かいこく)日本」と名乗り始める。

 

 戦況は誰もが平等な力、技能を持ち、誰もが優秀な兵士となることができるという点と、時として黒船・白船から期間限定で彼らの本国から多数の強力な武器、兵士を貸し与えられるという点で械国が有利に進んだ。

 

 内戦は時たま襲来する異形生命体との戦いで小休止を挟みつつ進行し、40年以上が経った。

 今や神国(しんこく)日本の領土は京都とその周辺の僅かな土地のみとなっている……。

 

 

 

 

 

 北海若曰、井鼃不可以語於海者、拘於虚也。

 

 北海(ほっかい)(じゃく)(いわく)(せい)()には()(うみ)(かた)るべからざるは、(きょ)(かかわ)ればなり。 

 ──『荘子』秋水 

                                                   

 

 空にさえずる鳥の声

 峯より落つる滝の音

 大波小波とうとうと

 響き絶やせぬ海の音

 

 聞けや人々面白き

 この天然の音楽を

 調べ自在に弾きたもう

 神の御手(おんて)の尊しや

 ──唱歌『美しき天然』より

 

 

 

 

 海ってなあに?

 

 いつだったか、拾われて一年ほどが経ったある日に、暦さんにそう聞いたことがある。

 

〈私も見たことないけど、海というのは全ての生き物が生まれた、母なる場所のことだよ〉

 

 と教えてもらった。

 その後に見た2,300年前の資料映像には白き雲に透き通るような青い空、そして無限に広がるかのようなどこまでも青い大海原、そしてとても綺麗な光景に目を奪われた。そこに暮らしていた大勢の動物達にも。

 

 僕は艦の甲板に寝そべって冷めた気持ちで海を見ていた。種子島から出港してはや半日経とうとしている。その間ずっと海を見ていたのだ。

 何故かって? 本物の海は映像と比べてどの位違うのか、知りたかったからだ。

 

 しかし現実は非情であった。

 不可解なほど()()()()()のである。

 映像にあったような青き空は鈍色の雲海に覆われ、その結果として海はどこまでも灰色に染まり、何処にも命の気配は感じられない。

 ただ穏やかに流れる波の音のみが存在していた。

 

 要するに今のヒロシの心情を一言で表せば、「なんか思っていたのと違う」であった。

 遂に耐え切れなくなってハァ、とため息をつく。何もない、起こらないという事がここまで退屈で辛いという事を彼は初めて知ったのだ。

 

 やばい。

 かなり退屈だ。

 もう下に降りようかな。

 半日も粘ったんだし、これ以上ここにいても生き物の姿を見ることはできないだろうし。

 そう考えて上体を起こし、辺りを見回すとだだっぴろい甲板が見えた。

 

 三次大戦中特例量産型一等輸送船せいひ級13番艦「ともづる」。

 基本排水量7000トン、全長150m、三菱社製26V42M―Aディーゼルエンジンを2基搭載、最大速力20ノット、というのが今乗っている艦のスペックだ(この情報は昨日チトセにねじ込まれたものだ)。

 

 今立っている整備されたグラウンドのような甲板は本来であれば様々な物資や各種輸送()()()()()()なる乗り物で一杯だったはず。

 

 でも今はこの海と同じく何もない。

 唯一あるのは四角い積み木を乗っけたように見える高さ6mほどのシンプルなデザインの艦橋だ。沢山量産されたからだろうか。

 そこから更に艦橋と同じくシンプルなアンテナがポツンと生えている。その先端は待ち針のように丸くなっていた。

 ともあれ僕は他の遣翠使(けんすいし)の仲間達と合流するべく艦橋に足を向かわせることにした。

 

 その途中、僕はふと昨日のことを思い返す。

 



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回想・裏鬼門 

昨日、急に呼び出された会議が終わり、30分ほどたった後、再び僕は清涼殿(せいりょうでん)清涼殿へと呼び出された。今度は姉さんが始めから付き添っている。

 

「どうしてまた呼び出されんでしょうか?」

「ん~多分これからの任務についての説明じゃないかな? それはそうとひーくん、今朝はゴメンね」

 

 何故か姉さんが唐突に謝ってきた。

 今朝? 

 裸の僕の隣で姉さんが添い寝してたことしか記憶にない。いや、もちろんそれ以外の出来事もあったけど。

 

「今日の会議は本来ならひーくんが最初から出席していたはずなの」

「えっ」

 

 その情報は初耳だ。

 

「でもそのことを朝に伝え忘れていたせいでああゆうことになっちゃったの。本当にごめんなさい!」

 

 姉さんは両手を合わせて謝った。あー、ひょっとして朝に聞いた、また後でね~ってのはそうゆう意味だったのか。

 

「いや、別に気にしてないですから、謝らなくていいですよ姉さん」

「許してくれるの?」

「最初から怒ってませんよ」

「やったぁ!」

 

 そう言って姉さんは抱きついてきた。

 

「ちょっ⁉ 家ではともかく外ではや、止めて欲しいんですが」

 

 自己主張が激しい()()がまたもや腕に押し付けられる。色々と保つのに僕は必死だ。

 なので、抗議したら、

 

「やっぱりひーくん照れてるー」

 

 と、前半部分のセリフをやたらと強調した返答が帰ってきた。

 

「違います、か、らぁ!」

 

 その後、どうにかして姉さんをひっぺはがしながら再び清涼殿へと向かうのであった。

 

 清涼殿入口の薄い扉は実のところカモフラージュだったらしい。というのも桜宮様が座っていた玉座の後ろ側に回転扉となっており、その中の階段を下った先にもう一つの会議場があったのだ。

 つまりこの部屋が清涼殿の()()というわけだ。

 

 この会議室は「(うら)鬼門(きもん)」というらしい。

 室内は比較的簡単な造りで中央を囲むように円状のテーブルが配置されている。中央にはたぶん映像を投射するのだろうプロジェクターとそれを操作するパソコンがあった。

 

 桜宮様はテーブルの上座に座っており、それ以外のメンバーとして侍従(じじゅう)で高ランクの超人である風香さんと外交を担当する毛利大臣、そして兄さんや暦さんと同じく「解析部」に所属するチトセがいた。

 

「よっ! ヒロシ」

 

 栗色のミディアムヘアをふわふわと揺らしながら笑顔でチトセが近づいてくる。

 

「さっきの間違い、面白かったぞ! あれワザとか?」

「いや、あれはただ、何というか……普通に間違えただけですよ」

「ってことはあれが素? ふふっ。相変わらず興味深い奴だな!」

 

 何が面白いのかチトセはダボダボの袖をぶん回しながらそう言った。からかいのネタがまた1つ増えた、という顔をしている。

 次にサングラスをかけた毛利大臣がこちらへとやって来た。そしてその180cmにもなる長身を少し曲げて姉さんと僕の顔をペタペタと触ってきた。

 

「ほおほお……お二人方、先月以来でしたかな。相変わらずご壮健のようで何よりです」

「ありがとうございます。毛利大臣もお元気そうでなりよりです」

 

 顔を触れられたことを特に気にする様子もなく姉さんが答える。僕はともかくとして姉さんの顔も触るのは別に昔よくあったと伝えられている「せくしゅある・はらすめんと」とかいうものではもちろん、ない。

 

 齢50にもなろうかという毛利大臣は十干支としては珍しく超人である(ちなみに国内で最も高齢だ)。

 彼は自分の視点を遥か遠くに飛ばして見ることができる「千里眼」という能力がある。

 ただし欠点として能力未使用時には視力を失う。今のようにその日初対面の人の顔を触るのは触覚によって人を判別するためだ。ついでにその人の体調等もわかるらしい。

 

 一通りの挨拶が終わった所で風香の真面目そうな声が会議室に響く。

 

「では、皆さんどうぞこちらへ。早速ヒロシさんに今回の任務の詳細を桜宮様が伝えます」

 

 その声に従い皆桜宮(さくらみや)様の元へと集まる。非公式? の会議だからか余計な儀礼などはないようだ。

 彼女は今までのやり取りを見ていたようで少し微笑んでいたが、いざ口を開くと微笑みは消え、真面目な顔となった。

 

「まずはこれをご覧ください。」

 

 僕は桜宮様から一枚の紙を受け取った。どれどれ……?

 そこにはこう書かれてあった。

 

到:新国日本国家元首樱宫菊花

 

 好久不见! 距离上一封信已经过去半年多了。你好吗?我听说有传言说,敌方暗  杀部队已派往你那里。……我希望你和你的封臣平安。(中略)

 顺便说一下,顺便说一句,似乎其中一些战士具有巨大的能力。出道时间不长,却 一直在创造着一个又一个的成果。我想看看它的活动一次。 顺便,试着和我的下属比较权力。(後略)

 

现任翡翠皇帝 翡红

 

「…………いや、あの、僕はこの言語(中国語)読めないんですけど」

 

 僕は目を白黒させながら言った。

 

「そこにはこう書かれておるのです、ヒロシ殿」

 

 毛利大臣がそう前置きして訳を読み上げた。

 

「神国日本元首 桜宮菊華様

 久しぶり! 前回の手紙から半年以上経ったわね。そちらの調子はどう?あなた達の元に敵の暗殺部隊が派遣されたという噂を聞いたんだけど。あんたとその臣下が無事であることを祈っているわ。ところで、そちらの戦闘員に凄まじい能力を持つ人がいるらしいじゃない。まだデビューしてから日も浅いのに次々と戦果を出しているって。一度その活躍を見てみたいものね。ついでにウチの部下と力比べをしてみるとか。

 現翠玉国皇帝翡紅(フェイホン)

 

 へえ、そう書いてあったのか。

 

「その凄まじい能力を持つ人って誰なんです? 麻里さんとか?」

 

 そう言うと周りの視線がこちらに集中する。その目は一様に「何言ってるんだコイツ」と言いたげであった。

 

「えっとお、それ絶対ひーくんのことだと思うんだけどなぁ」

 

 姉さんが冷や汗を垂らしながら答える。

 

「ええ……でも僕の能力は」

「ストップだヒロシ。オマエがなんと思うと、周りは皆こう思っているんだぜ。国内で一番強いのはおまえだってな」

 

 チトセが真顔でこう言った。

 うーん。何回も似たような事を言われてきたけど僕はどうしても実感がなかった。  

 何度も言うけど能力使用中は意識がないので自分がどの戦っているかわからないのだ。そのためどうしても他人事に聞こえてしまう。

 

 

「この内戦、我々の負けであると思います」

 

 突然桜宮様がそう言った。

 そしてこう続ける。

 

「この事は私が半年前に暗殺されそうになった時に悟ったのです。自国の君主が生活する場という本来なら最も警護が厚くなくてはならないここ御所に、易々と暗殺部隊が潜入されたのですから。これはそれだけこの国がどうしようもなく衰えていることの証拠となりましょう」

 

「ですが陛下、敵は我々の考えてもいなかった形態で侵入を—— 」

 

 慌てて反論しかけた風香さんを手で抑えて彼女は続けた。

 

「残念ですが風香さん、それは言い訳にしかなりません。ヒロシさんが居なかったら私は死んでいたことは確実でしたから。……別にナタリヤ姫のことで貴方を責めているわけではないですよ」

「……お気遣い、ありがとうございます」

 

 僕はそう言って頭を下げる。

 

「もし仮に械国に降伏した場合、恐らく民達は虐殺されるでしょう。何度もここ京都に無差別爆撃をしている時点で間違いないと思います。そこで生き残った民を少しでも安全な地に送り届ける、と考えた時その候補は1つしかありませんでした」

 

 その言葉の続きは流石に僕でもわかった。

 

翠玉国(すいぎょくこく)ですね、陛下」

「その通りです」

 

 桜宮様はそう言って頷く。

 

「この話は3ヶ月ほど前から交渉を続けていました。そして今回最後の調整を翠玉国で行います。ヒロシさん、貴方はこれに同行し難民受け入れ交渉を手伝うのです」

 

 そう締めくくった。でも僕にとって腑に落ちない点が1つあったので質問する。

 

「陛下、僕が行っても何も役に立たないと思うのですが……学もありませんし」

「そこであの文章です」

 

 と、代わりに毛利大臣が答える。

 

「あの文章通りに解釈すれば恐らく、ヒロシ殿を連れて行けばきっと彼女は()()()()となるでしょう。そして交渉が上手くいくかもしれない」

 

 なるほど。要するに僕はご機嫌取りというわけか。

 

「ところで、翠玉国ってどんな国なんです?」

「そうですね——これはチトセさん、貴方に任せましょう」

 

 チトセの方向へ目を向けて桜宮様はそう言った。

 

「お任せください!こういったことはウチの能力の出番ですから!」

 

 チトセはふんす、と胸を張って自信満々そうな声でそう答えた。

 

 ……正直いってチトセの能力の世話にはなりたくないなぁ。

 アレ、結構気持ち悪くなるし。

 

 最も僕に選択肢などなかったわけであるが。

 残念なことに。



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異形ノ、天ヲ貫ク塔

あの後、チトセによって翠玉国に関する情報を頭に叩き込まれた——これは比喩ではなく()()だ。めちゃくちゃ気持ち悪くなるわ、酷い頭痛に襲われるわで散々だった。

 まあそのおかげで超短時間のうちに翠玉に関する情報を得ることができた。

 

 そして姉さんの激励を受けながら比叡山の転送装置を使い、未だ自動で稼働する港(AI制御、だそうだ)がある種子島へと移動し使節団である遣翠使と合流。

 その後、大量にある船の残骸から動くものを探し、翌日の早朝に無事に出港。

 今に至るというわけ。

 

 艦橋の真下へ到着し、入口へと扉を開けようとすると先に金髪の女性が扉を開けて出てきた。

 今回の使節団の団長である曲直瀬(まなせ)さんだ。

 

「おっ、丁度艦内に戻るところだったか」

「はい、その通りです団長」

「あのねぇヒロシ君。昨日も言ったけど、ここは公式の場でないから曲直瀬、と呼んでも構わないよ。まあいいや。それより、待望の海、どうだった?」

 

 にやけながら団長、じゃなくて曲直瀬が聞いてきた。

 

「なんか、凄く拍子抜けというかなんといううか……」

 

「わかるよ、その気持ち。私も最初そうだったから。全く、海から()()()()()()()()するとか、一体過去に何があったのやら」

 

 あきれたような口調で、そしてどこかあきらめたような目と共に曲直瀬が言った。

そんな会話をしているうちに艦がゆっくりとその向きを変える。

 進路の変更、ということは今の艦の位置は丁度佐世保とかいう旧時代の港町辺りにいるはずだ。このことは昨日見た航路図に記されていたのでわかる。

 

 そうした会話の後、いざ艦内に入ろうとすると。

 一瞬だが、何か、妙な感覚がして思わず後ろを振り向く。そうして目に飛び込んできた光景に——絶句する。

 

「ま、曲直瀬、さん。()()……なんですか?」

「うん? あーあれね。初めて見るとビックリするよねー」

 

 それは塔であった。

 茶色と赤黒い色、まるで人の血と黄土色の土とで練り混ぜたような色で出来ている雲があった。

 塔の形で。

 特筆すべきはその高さ。首をほぼ直角に折り曲げてもなお、先が見えない。天の先、宇宙まで達しているのではと思ってしまいそうだ。

 

「凄いよね、あの雲。なんか私達が生まれる前からあるらしいよ。ちなみにあの塔がある場所、出雲っていう場所なんだって」

「そ、そうなんですか。何というか『バベルの塔』みたいですね」

「何それ? ()()()()()()?」

 

 怪訝そうな顔と共に曲直瀬が聞いてくる。

 

「ご存じないんですか?『バベルの塔』というのは16世紀の画家ピーテル・ブリューゲル氏の作品の1つで——」

 

ちょっとまて。

え? 

僕は今()()口走っているんだ?

 

「——そのモデルは紀元前6世紀に存在したバビロンのマルドゥク神殿の——」

 

 突如脳内に無数の()()()()()()が溢れ出す。

 

「——そもそもバベルの塔というのは——」

 

 口が止まらない。

 どうなってるんだ? 

 なんで僕、こんなこと知って——知らない、()()()()()()()()()——。

 

 そして意識が暗転する。



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メンバー紹介タイム

「う、うん……?」

 

 目を開けると灰色の天井にLED蛍光灯、幾つかの配管、そして僕を覗き込む心配そうな2つの顔が見える。この2人の名前は(りき)(どう)睡蓮(すいれん)だ。何となくだがこの状況に少し覚えがある気がする。

 

「えっと、ここは?」

 

 キョロキョロと辺りを見渡しながら2人に聞く。

 

「ここはともづるの医務室です」

 

 丸眼鏡を指でクイッと上げながら力道が答える。

 

「特に異常はないようですね。安心しましたよ。曲直瀬殿がヒロシ殿を抱えて運んで来た時は少し驚きましたよ。何でも急に倒れたそうじゃないですか」

 

「心配したんだからねヒロシ兄ィ!」

 

 力道に続いて睡蓮が言う。

 この独特な呼び方は彼女の癖だ。何年経っても全く変わってないな、と苦笑する。    

 因みに睡蓮はこの時代においては極めて珍しい三姉妹の末っ子である。一番上が鈴、2番目がチトセである。彼女らは同じ髪の色をしているのでかなり分かりやすい。

 

「確かヒロシ殿は船に乗るのは初めてでしたかな?」

「そう、ですね」

「という事はこれが俗にいう船酔い、というやつですな! また1つ勉強になりました」

「そんなのんきな事言ってる場合じゃないでしょ! もし死んでたらどうするのさ!」

「相変わらず睡蓮殿は心配性ですなぁ。ここにいるお方はこの国で最強の者。船酔い程度で死ぬわけないでしょう」

 

 ハハハ、と笑う力道。

 

 その言葉にふと先日のチトセの言葉を思い出す。

 ——周りは皆こう思っているんだぜ。国内で一番強いのはおまえだってな——

 どうもその通りらしい。彼とはほぼ初対面のはずなのにこの様な印象を持たれているのだから。

 

 曲直瀬に力道と睡蓮。

 この3人が通常時の遣翠使(けんすいし)(だん)の通常メンバーだ。団長は曲直瀬、護衛に力道、書記に睡蓮という感じで。今回は護衛兼接待要因として僕が加わる。

 彼らの先の会話を見ていると何年も同じ任務を遂行している者同士の絆みたいなものが感じられた。

 

「そうだヒロシ兄ィ! 久しぶりに()()、やってよ!」

 

 睡蓮がそうせがんできた。

 

「うん? ……ああ!、アレですか。久しぶりですからうまくやれるかわかりませんが」

「いいの! ヒロシ兄ィにやってほしいんだから」

 

 この子、全くもって頑なである。

 

「では……おいで、睡蓮」

「うんっ!」

 

 身長130cm代の小柄な体躯がこちらの胸元めがけて飛んでくる。

 そして僕に背にを向けてぺチャッ、という湿()()()()()()()と共に座り込んだ。

 少しひんやりとする。

 

 そして睡蓮の栗色の頭を両手で掴みトントン、と両手の指で弱めの振動を与え始める。所謂ヘッドマッサージとかいう奴だ。睡蓮の顔はこちら側からは見えないが多分、蕩けているのだろう。全身の力を抜いてリラックスしているようだし。

 しばらくしたらその動きは頭全体を掴んでもみもみと揉む動きに変わる。と、堪え切れなくなったのか睡蓮が声を上げる。

 

「~~~っっ‼ ……ああ~すっごく気持ちイイ~」

 

 このヘッドマッサージ、睡蓮と会う時は必ずやるのだが、まだ僕が言葉をしゃべることもままならない時に初めて彼女と出会った時からずっと続いている。

 何がきっかけとなったか今も思い出せないのだが。

 

 15分ほどマッサージを続けて所で睡蓮の頭が両手より離れる。

 満足して頂けたようだ。

 僕の両手は液体、というか()()でびっしょりと濡れていたが直ぐに乾いていく。まるでアルコールのように。

 ベッドから飛び降り、こちらを向く睡蓮。その笑顔はとても子供っぽくなにかそそられるものがある。

 

「ありがとね!ヒロシ兄ィ」

「どういたしまして。()()()

 

 そう言い合い一瞬互いの視線が合って——どちらからともなく笑い出す。

 なんか、こんな風に誰かと笑いあうのは久しぶりな気がした。

 

「…………いッ」

 

 何か小さな声が聞こえたのでふと横を見ると力道が目頭を抑えて天井を仰ぎ見ている。

 

「とても……尊いッ!本官このままでは尊死してしまいます。これが幼なじみの力かッ!」

 

 ええ……というか重要なことだから2回も言ったのだろうかこの男は。というかそもそも睡蓮とは幼なじみではないと思うのだが。

 そうして1人で勝手にくねくねと悶えている力道を横目(ジト目)で見ていると医務室の扉が勢い良く開かれる。

 

「おっ。皆仲良くなっとるなぁ~?」

 

 顔が少し赤らんでる曲直瀬がやや覚束ない足取りと共に入って来た。片手にはビニール袋を。もう片方手には空いたビール缶を。それを見て今まで何をしていたのかを即座に察する。

 これでいいのか団長。

 そう思って2人を見たが平然としていた。

 あっ、これが平常運転なのね。

 

「ヒロシ~さっきは何か、目覚めた年頃の男子学生みたいなこと言って気絶してたけど~大丈夫ぅ? みたいね!」

「まだ返事してないですよ⁉ ってか学生って死語じゃないですか。そして何です? その目覚めた年頃とかいうのは?」

「それはね~ジャジャーン‼」

 

 曲直瀬は懐から一冊の本を取り出しこちらに見せてくる。

 本のタイトルには『そうゆう年頃でも恋愛がしたい!』とある。

 表紙には眼帯を付けた女の子がこちらを覗き込んでいるイラストが描かれていた。……え? 何これ?

 

「これはね、旧時代にあった若者向けの娯楽小説で()()()()()()というジャンルらしいわよ。おべっかの宇喜多からおすすめされてね。さっきのアンタの言動がこの小説の主人公っぽかったのよ」

「へ、へぇ~」

 

 正直反応に困る。

 というかさっきの件が簡単に流された気が。

 

「さて皆! これからヒロシの歓迎会を、やります! 前回の派遣時に貰った食料でね」

「やったぁ!」

「とてもいい判断だと思います団長」

 

 2人とも乗り気の様だ。

 一瞬、遠慮という単語が脳裏にちらついたが、みんなの様子を見てみるとそんな空気を読まない単語なぞ直ぐに消し飛んでしまう。

 最初に種子島で会った時はうまくやっていけるだろうかと不安を感じたりもしたがどうも杞憂で終わりそうで良かった。僕は心の底で安堵した。

 

 こうしてこの日は食事と酒を思いっ切り楽しんだ。

 魚って色んな種類があるんだなぁ……。

 どれも美味しかった。

 

 翠玉国までは種子島から出発するとおおよそ36時間ほどで到着するらしい。

 つまり明日の夜には到着する予定……だったのだが。

 



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海獣現わる

 昨日、海は命の気配を感じないということを話したと思う。

 あれ、僕の誤解でした。生き物いました! 

 出来れば一生会いたくない部類の。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異変は今日の昼過ぎに起きた。

 その時、昨日の歓迎会の余韻が抜けておらず皆だらけていたのだが突如部屋の赤ランプがビー‼ ビー‼ と警報を鳴らしたのだ。

 

「な、何事――⁉」

 

 慌てて曲直瀬が懐よりタブレット端末を取り出し何が起きたのかを確認する。

 

「嘘だろ……⁉ 未確認物体をレーダーが感知したみたいだ」

 

 その顔は少し青ざめている。一目で動揺しているとわかった。

 

「団長、直ちに艦橋へ行きこの目で確認するべきです」

 

 その様子を見てすぐに力道が意見具申をする。その言葉に曲直瀬は頷いた。

 

「その通りね。全員直ちに艦橋に行きましょう!」

 

 そして数分後。

 僕たちは艦橋に到着し、艦橋前方にある操舵装置の横に取り付けられているレーダーが示す4時方向へと目を向けた。

 そして全員が驚愕する。

 

 

「「「「何だありゃぁ⁉」」」」

 

 

 そこには…………名づけるとしたら多分「()()」となるだろう巨大な生物がいた。

 

 見た目としては半年ほど前に見た『図説! 古代の海洋生物』に紹介されていた中生代白亜紀に生息していた最大クラスの首長竜、エラスモサウルスに似ている。

 但しその大きさは一回り以上デカい。頭のサイズは縦に4m以上、横に7m以上と資料映像で見たことのある大型トラック並みかそれ以上ののサイズだ。その巨大な頭部を支えている長い首は最低でも10mはある。その太さも直径1mはありそうだ。

 波に見え隠れしているので正確に把握できないがその長く太い首が繋がっている胴体は20m以上。その全身は固そうな鋭利なトゲで覆われている。

 そんな見た目なのでとても草食には見えない。

 そして最も肝心なのは()()()()だ。その色は……極彩色(ごくさいしき)。間違いない。アレ(海獣)は異形生命体だ!

 

 そんな化け物がゆっくりと、だが確実にこの艦に近づいて来ている。この艦は輸送船だ。言うまでもなく武装は一切ないから追い払うすべがない。もしこのまま襲われでもしたら一発アウトだ。

 

「文献でその存在は知っておりましたが、本官、海に生息する異形生命体は初めて目にしました」

「わたしも初めて見た」

 

 力道と睡蓮がお互いに感想を言い合う。

 

「不味いわね。どうにか逃げられないかしら」

 

 曲直瀬は端末を急いで操作し進路変更を試みようとする。ふと覗き込んで見るとこんな表示があった。

 

 ▼現在のルート 

  出発港:種子島国際第3輸送拠点

  到着港:上海、洋山深水港(ようざんしんすいこう)

 

 端末には簡単な地図が表示されている。日本列島の九州地方、沖縄、東シナ海を挟んで中国沿岸部、そして台湾が描かれている。

 同時に艦の航路も簡易的ではあるが表示されていた。種子島を出発、九州に沿って北上し、佐世保港の辺りで西に変針しそのまま上海を目指す、という感じだ。

 一方、画面上部には別枠で到着港変更の一覧があった。

 

 ▽到着港変更一覧

  国内:鹿児島港、志布志国際ターミナル、長崎港、那覇港、本部港(もとぶこう)天願港(てんがんこう)済州港(チェジュこう)、第1メタンハイドレート採掘基地、第2メタンハイドレート採掘基地、東沖島

  国外:八里港(パーリーこう)、高雄港、安平港(あんぴこう)

 曲直瀬は取り敢えず到着港一覧から適当なものを選び艦の進路を変更しようとした。が、次の表示が出現し操作をキャンセルされてしまう。

 

 注意!

 現在の管理者ではルート変更は出来ません! 

 変更したい場合はパスワードの入力をお願いします。

 

「えっ? 何で? 進路変更ができなくなってる……」

 

 曲直瀬は呆然としながらポツリと呟く。どうも事態は想像以上に不味いようだ。

というか進路変更ができないって、そんなことあるだろうか普通。何か言い知れない不気味なモノが僕の心の中を満たす。

 

「AI制御がダメなら……力道! 舵を手動で変更して!」

「了解です!」

 

 その言葉に力道が急いで操舵装置に飛びつく。そして動かそうと試みるも全くの無駄に終わる。装置のハンドルは何故か置物みたいにびくともしない。

 

「団長、ダメです! 全く動きません!」

「あんたの能力使いなさいよ!」

「そんなことしたら最悪壊れてしまいますよ!」

 

 そんな緊迫したやり取りの中海獣を双眼鏡で見ていた睡蓮が慌てた様子で叫ぶ。

 

「皆! あれ見て!」

 

 僕達が一斉に海獣の方向を見ると、海獣はその大きな口をがぱり、と開いていた。  

 その口内からは明るい光が現れ、どんどんと光量が増していく。

 

そして……()()を発射した! 

立て続けに2発も。

 

「「「なっ……!」」」

 

 ズドン! ドッカァァァン‼

 

 という音が凄まじい振動と共に艦橋を襲う。命中したのだ! 僕は咄嗟に睡蓮を、力道は曲直瀬の上に覆い被さり、振動により割れた窓ガラスの破片から2人の身を守る。そして顔を上げると直ぐに異臭に気付く。

 言うまでもなく光弾の命中箇所にて火災が発生しているようだ。急いで離れたほうが良さそうだが、その前に。

 

「睡蓮、ケガはない?」

「だ、大丈夫……ヒロシ兄ィは?」

「こっちは切り傷程度だから大丈夫だ」

 

 睡蓮は安心したように息を吐く。曲直瀬と力道の方を見ると向こうも同じ状態のようだ。曲直瀬が急いで被害状況を端末で確認する。

 

「なんていうことだ……ヤツの光弾は後甲板と機関部に命中したらしい。艦の速度が一気に低下している……このままだとじきに自力航行出来なくなるだろうな」

 

 怒りと悔しさで顔をゆがめながら吐き捨てるように言った。

 

「となればウダウダしている場合じゃない! 総員直ちに退艦せよ!」

 

「「「了解!」」」

 



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喰われる!

ひょっとしたらお気づきの方もいるかも知れないが、ともづるはその機能の殆どが高度なAIによって管理されており、極端な例を上げればこの艦は人間が1人でもいれば運用が可能だ。

 その代わりに今のように大きな損傷があった場合ダメコン(ダメージコントロールの略。物理的な攻撃・衝撃を受けた際に、そのダメージや被害を必要最小限に留める事後処置を行うこと)要員がいないので、どうすることもできないという大きな欠点がある。

 

 ともあれ僕たち4人は艦橋内にあったライフジャケットを着用した状態で甲板に出てきた。

 

「SB(特別機動船。艦同士の移動や臨検、緊急脱出時に使用される)がある右舷へ!」

 

 先頭を走りながら曲直瀬が大声で指示する。火災による煙のせいで視界が上手く確保できない中、せき込みながらどうにかSBが格納されている場所の真上に来ることができた。

 

 能力の性質上火や煙に弱い睡蓮は大量の汗を流しながら肩で大きく「はあっ、はあっ」と息を吐きだしており、非常に辛そうだ。首の辺りをしきりに触っている所を見ると灰やススによって()()が乾燥し傷づいているかもしれない。急いで脱出し、手当しなくては!

 

 曲直瀬が視界を奪う煙と四苦八苦しながら端末を操作すると下からウィーン、という駆動音が聞こえてくる。艦に内蔵されているSBが上へと上がってくる音だ。後は乗り込んで脱出するだけだ!

 

 

 その時、やたらと生暖かい風と共に周囲の煙が一時的に晴れた。

 すると目の前に————巨大な()が!

 

「ひっ——!」

 

 その顔を見た睡蓮が声にならない叫び声を上げる。無理もない。ヌメヌメとした粘液に覆われる極彩色の顔には十数個もの大きさが異なる「目」が不規則に生えていた。その光景は生理的嫌悪、では済まされない不快感をイヤでも脳裏に刻み込む。そしてそれらすべての目がこちらを向いていた。僕らのこれから起こるであろう惨劇に恐怖し、怯えた目線と海獣の目が交差し——海獣の目がぐにゃりと「へ」の字に変形する。

()()()()()()()()

 

GGOOOOAAAAAAA!!

 

 海獣は口を上げ大声を発し——いただきますとでも言っているのか——顎がこちらへと迫る。顎の内部には大量の歯が所狭しと並んでいる!

 その瞬間、世界の時がゆっくりと流れ始める。僕は漠然と察した。ああ、これが走馬灯か、最後の時か、と。

 

 曲直瀬や睡蓮の能力は戦闘向きではないし、力道の能力は近接戦闘時に発揮されるからこのような丸呑みされるような場では役に立たないだろう。

 そして僕はというと、()()がある。あと数秒後には命が断たれてしまうというのに能力が発動しない、そんな状況に()()()()()()()明確に「焦り」を感じる。

 

 どうして⁉  

 今の状況が分かっているのか⁉

 この国(神国)で一番の強者なんだろ⁉

 はやく、早く発動しろよ!

 このままではみんな食べられちゃうんだぞ⁉

 一体何をやっているんだ僕は⁉

 

 ところが、全く能力が発動した気配がない。最悪なことにまだ意識あるしな。能力に目覚めてからはや半年。僕はこの時ほど自身が能力を制御できないということがこれほどむなしいとは思わなかった。僕は…………何という役立たずなんだ。

 あの言葉は正しかった——まともに能力を制御できぬ半端者——という細川大臣の嘲りを隠そうともしない怒鳴り声が脳内に響く。

 

 絶望に支配されている僕達の眼前に海獣の顎が迫る。あと1秒も満たない先の未来に発生するであろう破滅を想像し思わず目をつぶる——その寸前不規則な大きさの歯が目の前にあって——

 

 

 ドン! ドォン!

 と、突如何かが爆発する音が聞こえ、それと同時に迫る歯が引っ込んだ。

 

 

 海獣は己の()()をジャマした相手を見つけると苛立たしげに唸る。

 

GGGGWWWOOGG…………

 

「た、助かった、のか?」

 

 腰を抜かしそうな体をどうにか踏ん張りながら僕は呟く。

 

「むっ! 皆さん、あれを!」

 

 力道が何かを見つけ11時の方向を指で刺す。この艦からの距離は6000mほどだろうか。

 そこには一隻の黒塗りの3本マストの大型帆船——三層甲板を備える戦列艦の姿が見えだ。

 そしてこの海域で()()()()()()はただ1つ。

 

「あれは翠玉海軍……助けが来た!」

 

 曲直瀬が満面の笑みで叫ぶ!

 



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海獣VS戦列艦

戦闘は意外なほど早く終わった。

 戦列艦と海獣、その距離は約6000m。怒りに震える海獣はその巨体からは想像もできない速さで戦列艦へ向け突進する。

 

 GGGOOOOAAAAAKK!!!

 

 対する戦列艦はすぐには動かない。戦列艦の先頭には薄く煙が上がっていた。おそらく先程の砲撃はあそこにある砲によるものだろう。チトセにぶち込まれた情報によるとカロネード砲とかいう武器らしい。でも、あんな時代錯誤な兵器で海獣を屠ろうというのか?

 無茶だ! 

 

 僕の心配をよそに海獣は距離を詰め——およそ3000mを切った時、突然戦列艦が右方向へ回頭する! 帆船とは思えない速度で。

 回頭が終わった時、戦列艦と海獣の位置は上から見ると「T」の字を描くようになった。

 確かにこの形なら戦列艦の火力を十分に発揮できるとは思うが——この時彼我の距離は1000mを切った。

 次の瞬間戦列艦が火を噴く!

 

 ()()()()()()()()()()()()!!!

 

 信じられないことにその砲撃感覚は異様に短い。1秒に1発、いやそれ以上だ! 

 予想だにしない激しい攻撃に海獣はうめき声をあげる!

 

 GYOAKKKAAAAGGA!?

 

 そうして20秒ほどであろうか。連続攻撃が続いた。

 その結果、海獣の全身を覆っているトゲは殆ど砕け散っていた。醜いその顔も半分ほど吹き飛んだようだ。さらに長く太い首もあちこち穴が開いていてカラフルな血液が流れ出ている。

 それは一目で重症だとわかる傷であった。

 

 砲撃が終わり、艦の周囲を覆っていた噴煙が晴れるにつれ海獣を攻撃した武器が露になった。カロネード砲に比べ遥かに近代的なデザインの砲身が右舷より10門ほど生えている。その姿を見た僕は即座にチトセにぶち込まれた情報の中から最適解を見つけた。

 その武器の名は、「オート・メラーラ社製62口径76ミリコンパット砲」。

 その発射速度は毎分80発を誇る旧時代でもトップクラスの性能を持つ速射砲で、これは逆算すると海獣は僅か20秒という短い時間に200発以上もの砲弾を受けたことになる!

 

 ………………

 …………

 ……

 

 海獣は若かった。

 初めての()()であった。

 それがまさかここまでの深手を負うとは考えていなかったので海獣は混乱していた。もう一度攻撃してみるか? 

 それとも逃げて仲間を呼ぶべき? 

 なかなか考えが纏まらない。

 その理由として経験不足な事だけでなく、脳を半分近く消し飛ばされたことで物理的に思考能力が低下していたことも影響していた。

 ()()()()()()、というやつである。

 もしこの時直ぐに遁走していれば、もしくは直ぐ下から迫る脅威に気づけば海獣の未来は変わっていただろう。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 先ほどとは打って変わり戦場は静かになった。

 先ほどの砲撃以降、戦列艦も海獣もお互いに沈黙しておりその状態から数分が過ぎようとしていた。僕は不思議に思って曲直瀬に尋ねる。

 

「……両者ともどうして動かないんでしょう?」

「海獣の方は分からないけど、翠玉の方は見当がつく。きっと弾切れだろう。かの国は懐事情が厳しいからな」

「それじゃあ、この後どうなるんです?再び海獣が動き出したら…………」

 

 思わず悪いイメージが脳内を駆け巡る。

 

「し、下……下から何かが、来る」

 

 その時、力道に介抱されていた突然睡蓮が呟く。それと同時に海獣の手前、500mほど離れた場所の海水が突如として盛り上がる。そして中から鯨のような物体が飛び出してきた! 

 それは全長100mほどの、灰色の金属の体を持ち、中央より手前から小さな盛り上がりが見える。

 あれは……潜水艦だ。あれも翠玉のものなのか?

 

 幸いにも直ぐに答えが出た。

 海獣は新たに登場した物体に興味を持ったようで近づこうとし——潜水艦の前方ハッチが開き中から何か(砲弾)が——

 

 ドン!

 

 砲弾は正確に海獣の頭部に命中。

 これを爆散させることに成功した。

 主を失った体は断末魔を上げる事も叶わずに沈んでいく。

 

「勝った…………ようですね」

 

 力道がそう言うと曲直瀬の体がどっ、と崩れ落ちる。

 緊張が解けたからだろう。

 

「た、助かったぁ~」

 

 と団長にふさわしくないような情けないような、安心したような声を上げている。僕も少しでも油断したら地面にへたり込んでしまいそうだ。

 

 ともあれ海獣の脅威がなくなったので少し余裕を持って艦を降りる事ができる。翠玉の戦列艦もこちらに近づいてきているので直ぐに救助されるだろう。いつの間にか先ほどの潜水艦の方がこちらを心配し、寄り添う様に近づいてくる。そのため潜水艦の側面を見ることができた。

 つまり艦名がわかったのだ。

 そこにはこう書かれている。

 

「2e escadron de destroyers "Surcouf"」

 

 ……ええと、シュルクーフ?

 



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宰相登場

 戦列艦の方は「ブラック・コールドロン(黒き大釜)号」という名前らしい。そして今、僕達は救助されてその艦の甲板にいる。間もなく責任者が来るのでここで待っていて欲しい、と言われて。

 

 暫くすると、上から女の子の声が聞こえてきた。……いや、上? 上から?

 

「咦,你们不是都受伤了吗?」

 

 声の出元を探して首を上に向けると、いつの間にか上空に飛行機……あの独特な形状は確か飛行艇というのだっけか。そこから少女がパラシュート降下してきたのが見えた。なんでパラシュート? というこちらの疑問をよそにコールドロン号の甲板に綺麗に着地……この場合は着艦というべきか、をした。

 

 その少女の外見は大変特徴的なものだった。大体15歳ぐらいだろうか。来ている服は赤と黒を基調とするキョンシーのような服装をしている。少し前に見た「こみけ」とかいう祭りを記録した映像に、似たような服装をしていた女性の姿が複数あったので印象に残っている。

 少女の服装のうち上の方は袖が大分長くそのため両手は隠れて見えない。一方下は丈の短いスカートを履いていた。一瞬、()()()()()()のでは? という妙な考えが沸き上がったが、少女はスカートの下にひざ上まであるスパッツを更に履いていた。なら問題ないな!

 まあ服装はともかく、問題は少女の顔だ。

 

 決してブサイクとかその様な意味ではなく……ないのだ。

 左目が。

 代わりに左目の位置には鬼火を思わせる青白い炎がゆらゆらと浮かんでいる。また、彼女周囲にはいくつもの手? らしきものが浮かんでいた。その色は「左目」と同じだ。

 

「“小手(シャォダーショゥ)”,回来吧! 干得好」

 

 その言葉と共に周囲に浮かぶ小さな手は彼女に吸い込まれるようにして消る。あ、しまった。翻訳機をまだつけていないから言葉が分からない。僕は急いでポケットの中から小型万国共通翻訳機を取り出し、右耳につける。

 これは無線式イヤホンのような形状をしており、耳に付けるとすべての言語が翻訳できるという大変便利なシロモノだ。

 この旧時代の一品は翠玉国との国交が樹立した際に当時の皇帝からプレゼントされたものだそう。丁度装着し終えたタイミングで彼女が話始める。

 

「えー、皆さんお久しぶりです。そちらの方は初めまして(僕のことだろう)。翠玉にて宰相をしております無形(ウーシン)といいます。よろしく! あなたのお名前は?」

「えと、ヒロシっていいます」

「ああ、あなたが噂になっている人ですね? わかりました。これからどうぞよろしく♪」

 

 さて、と無形は改めてこちらを向いて頭を下げる。

 

「今回の件はこちらの掃討作戦の不備により発生したものです。そのせいで皆様の命を危険にさらしてしまい本当に申し訳ございません」

「……結果として助けてもらったので、この件はチャラとしましょう無形宰相殿。ところで、その掃討作戦というのは?」

 

 僕達を代表して曲直瀬が質問する。

 

「あの海獣、私達は「首席(ショゥシー)」と呼んでいるのですが、数か月前から突如としてここ東シナ海を中心として出没しだした異形生命体でして。首席《ショゥシー》は我々の()()()()を阻害するので討伐軍を急遽編成した……というわけです」

 

 ちなみに彼らは「第5哨戒隊」というんですよー、と無形は続ける。いつの間にかブラック・コールドロン号の左舷にもう一隻の艦が並走している。あちらは「ノーブル・ピルグリム(尊き巡礼者)号」という艦名らしい。

 

「事情はわかりました。では、私達はこの艦で翠玉へと向かうということですか?」

 

 曲直瀬が当然の疑問を口にする。それに対して無形は満面の笑みで答えた。

 

「ご心配なく! 皆様にはあの機体で我が国へとご招待いたします!」

 

 と、言って海面の一点を指差す。丁度そのタイミングで先ほどの飛行艇が着水した。後に判明したことなのだが、その機体はUS―2という救難機で、機体には日の丸の紋章と共に「海上自衛隊 9905 岩国航空基地所属」とあった。

 

 

 それから15分後。US―2 9905号機は着水とほぼ同じタイミングで現れたUボートXIV型「U488」の補給を受け、僕たち遣翠使団を乗せて離水しようとしていた。他メンバー、特に睡蓮は初めての飛行機に大はしゃぎしている。先ほど大量の水を浴びたので元気になったようだ。その元気そうな様子に取り敢えずホッとする。そして席に着き、シートベルトなどを装着する(幸いにも付け方などもチトセからぶち込まれた情報の中にあった)。

 

「それでは、本機はこれより離水しまーす。次の行き先は翠玉国の首都海聚府(ハイジューフー)です。しっかりシートベルトを締めて機長の言う言葉にはしっかりと従ってくださーい」

 

 無形は大昔の職業であるCA(キャビンアテンダント)のマネをしている。どうも中々ノリがいい性格らしい。睡蓮なんかは「はーい!」と大喜びである。

 その睡蓮の様子だが彼女がまとっている粘液のためシートベルトがうまく締められないのか曲直瀬が手伝っている。その様子はなんだか親子みたいだ。

 

「“小手(シャォダーショゥ)”、おいで! 出番だよ!」

 

 無形の掛け声と共にその体から無数の青白い手がいくつも出現し、操縦桿や各種ボタンなどに取り付く。そしてエンジンがかかり始め機体が振動し始めた。こっこれが飛行機の振動か……中々腰にくるなぁ。初めての感覚に少しワクワクしてしまう。

 そしていざ離水が始まった時、ふと翠玉についての情報を思い出す。

 チトセの情報にはこうあった。

 

 

 翠玉国。

 かつて東アジアにてもっとも繁栄した国の末裔達。

 人類史上初の遊海民、と。

 

                               

                               第2章 END



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第3章:2298年 10月25日 翠玉の戦士たち 
翠玉国の正体


ファイル名:混沌と異形生命体について(1) 個人用メモ

作成日時 :2296年10月22日 19:12:05

作成者  :暦特務少尉

 

 異形生命体は第三次世界大戦中の2041年に日本国の首都・東京に「混沌(ケイオス)」と共に初めて出現した。

 

 元々異形生命体というのは全くの未知の物質である「混沌」に感染し変異したあらゆるモノの総称である。

 

 主な感染経路は空気感染、飛沫感染、接触感染の3つであり、非常に感染力が高い。更に不可解なことに無機物にも感染しその性質を有機生命体のように変化させることがある。

 幸いにも混沌に汚染された土地または異形生命体はその色が極彩色に染まるので簡単に区別することができる。

 

 感染と書いたが正確には全ての生物、それぞれの個体には「混沌抵抗値」なる指標が存在するようで、この抵抗値の値を越えると対象は即座に死亡、「混沌に感染」し、異形生命体となる。

 抵抗値は旧時代でも具体的な指標を定義することはできなかったようだ。

 ただ、統計的に女性の方が抵抗値が高い傾向にあったようだ。そのため旧時代の軍隊は男性中心から女性中心にシフトしていった。だが、やがて限界が来たのだろう。戦争による戦死者が加速度的に増加し人口減少に歯止めがかからなくなっていった2080年代になると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということが世界中で行なわれていたようだ(俄かには信じがたい)。

 

 以上の特性により混沌の濃度が高い土地は全ての物が汚染され生物が生存することは不可能となる。

 日本列島の場合東日本の内陸部と東京23区内が該当する(中国、九州地方は全く別の理由により生存不可能な土地と化しているが、その原因は全くわかっていない)。

 また、混沌は何もしなくても時間の経過と共に濃度が上昇し、周囲に拡散していく。その為いつの日か地球全体が混沌に覆われる日が来るとされ、その日こそ地球最後の日、または審判の時と言われている。

 

 

第3章:──金浦要塞防衛戦──上編   

 

 意志の集中、力の集中こそが勝利をもたらす

 ──アルフレッド・マハン

 

 「そんなバカな──あなた方は魔法使いでしょうが! 魔法が使えるでしょう! それなら間違いなく処理できるでしょう──つまり──何でも!」

 ──マグルの首相『ハリー・ポッターと謎のプリンス』より

 

 

 

 

 

 

 

「…………凄いな、これは。これが翠玉国の首都、海聚府(ハイジューフー)か!」

 

 チトセからの情報で概要こそ知っていたが、実際に見るのとではまったくもって大違いだ。

 今、僕たちは空の上……US―2 9905号機の小窓から翠玉の首都である海聚府を見下ろしている。

 その都市の姿はまあ、一言で説明できるだろう。

 

 船である。

 船、船、船、そして船!

 

 眼下に広がる杭州湾(こうしゅうわん)にはこれでもかと言わんばかりの船の大群で埋め尽くされている。そのスケールの大きさに思わず頭が痛くなるほどだ。

 その浮かんでいる船の種類も実に様々だ。漁船にクルーズ船、客船、大型客船、タンカー、コンテナ船、タグボート、サルベージ船、気象観測船、などの民間の船だけじゃない。

 もちろん軍艦も沢山ある、のだが。それらに対して素人な僕でもわかることはただ一つ──その年代が信じられない程にバラバラであるということだ。

 

 見覚えのある戦列艦──帆船だけじゃない。近代的な見た目のフリゲート、コルベット、ミサイル艇。かつて勃発したという2つの世界大戦で活躍したであろう巡洋艦、駆逐艦、軽空母など。巨大な浮きドックもある。

 その中で一際大きいあれは世にいう戦艦か。……湾内には3隻ほど見ることができる。

 とにかく、そういった鋼鉄の艨艟が何隻も何十隻もいる。

 そして数千年以上前のキャラックやガレオン、ジャンク、果てはトライリーム(三段櫂船(さんだんかいせん))や五段櫂船まであった。まるで船の博物館みたいだ!

 

 そしてそれらのうち8割ほどがおしくらまんじゅうみたいに一か所に纏まっている。それらは更にもやい綱や鎖でつながれていて──つまりそれらでもって1つの()()を形成していたのだ! 

 何とも凄い光景だ。つまり翠玉国の正体は言うなれば()()()()、というやつなのだ! 首都(というべきか?)海聚府を真上から見ると所々欠けた丸いパイのように感じる。ざっと見た感じ、パイ(海聚府)の直径は20キロ近くありそうだ。一体全部で何隻の船で構成されているのだろう? 真面目にカウントしようとすると眩暈がしそうだ。

 

 他のメンバーは何度も翠玉との間を往復しているだろからそこまで驚きはしないだろう、と思っていたのだがいざ様子を見てみると皆目を丸くしていた。

 曲直瀬や睡蓮は瞬きも忘れて眼下の光景に魅入っている。

 陸(と言っていいのかわからないが)で見るのと空から見るのとでは印象が違うということなのだろう。力道は何故か口元を手で塞いでいるが。

 

 そんな僕たちの様子を見て満足したのだろう。無形は自慢そうに解説をし始めた。

 

「あれらの様々な船舶はそのほとんどは我らが主、翡紅(フェイホン)様の能力により()()されたもの。つ・ま・り、今の翠玉の発展は翡紅様のお力があったからこそ実現したのです!」

 

 自国の誇らしげな点を話して気分が高揚したのだろう。

 更に無形は先程活躍した艦達のことも少し解説をしてくれた。

 曰く──

 

 ブラック・コールドロン(黒き大釜)号とノーブル・ピルグリム(尊き巡礼者)

 18世紀頃の戦列艦で元々はグレートブリテン王国(イギリスの基盤となった国)という国の軍艦だった。だが当時活躍していた海賊たちにより鹵獲されてしまった経歴を持つらしい。

 本来の武装はカロネード砲が中心であったが艦首のもの(計2門)以外は全て撤去し、代わりに片舷につき10門の76ミリ速射砲が搭載されている。

 

 巡洋潜水艦シュルクーフ

 1934年にフランスという国で作られた当時最大の潜水艦。潜水艦に搭載された砲としては史上最大級の20.3cm連装砲塔を1基装備していた。この艦は通商破壊を目的として建艦され、航空機も搭載できたので当時の各国の海軍関係者の度肝を抜いたそうだ。

 因みに砲の部分は元々露出してあったが改造し水密式ハッチを設置したとのこと。更に砲塔を連装から単装に変え砲撃間隔を短くし、命中精度を高めてある。

 

 UボートXIV型「U488」

 第二次世界大戦中に建造されたドイツ海軍のXIV型潜水艦の内の1隻。乳牛(ミルヒ・クー)の愛称を持つ。補給用潜水艦であり、第二次世界大戦中、大西洋で通商破壊等で活躍していたUボートの補給任務を担った。

 この艦も改造を施されており翠玉海軍では飛行艇の燃料・人員補給を行う。

 

 無形の解説が終わった頃、機体は海聚府を飛び越えて更に湾内へと進む。すると1分もしないうちに巨大なコンクリート製と思われる構造物が見えた。こちらは真上から見ると真四角の形をしている。

 

「あれは……?」

 

 その時、僕は構造物の隣にもう1隻戦艦がいることに気付く。その艦は()()()()()()()がある、というかスマートかつずっしりとした見た目であった。先程の3隻に比べてより大きく、より洗練されたデザインの艦橋を持っている。高さは40m以上はありそうだ。

 その戦艦は3つの巨大な砲塔を装備しておりそれぞれ異なる方向へ向けられている。その姿はさながら国の姫を守る騎士や守護神を連想させた。

 

 丁度建造物の真上を通り過ぎると同時に無形のアナウンスが入る。

 

「今からあちらの基地に着陸します。只今翡紅様はあそこの執務室にいらっしゃるので」

 

 そうアナウンスをしている間にも機体はグングンと高度を下げ着陸の態勢に入っていった(なおこの機体は水陸両用機である)。

 やがて基地の滑走路に着陸する寸前に巨大な戦艦を横切った時、一瞬だけその艦の艦名が見えた。

 本当に一瞬だったのでなんて書いてあるか読めなかったけど、多分()()()()()()()だったと思う。

 



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謁見とテスト

「ほ、本官はまた1つ、が、学習しましたぞ…………」

 

 力道、瀕死……であった。

 

「人は大空なんぞにてっ、手を出すべきではないと…………オエッ」

 

 どうも彼は高所恐怖症とかいう病になったらしい。

 

「“小手(シャォダーショゥ)”、お戻り! お疲れ様! ……力道さんも大袈裟ですねぇ。結構気持ちいいのに空飛ぶの」

 

 無形は苦笑気味にそう答えた。

 

「わたしはまた乗りたいなぁ~無形姉ェ、また乗せてくれる?」

 

 

 興奮冷めない様子で睡蓮が腕を振り回しながら尋ねる。その様子は姉そっくりであった。

 

「もちろんですよ~さて、これから翡紅(フェイホン)翡紅様の執務室へご案内しますよ」

 

 無形はそう言うと先頭に立って案内し始める。

 

 その途中、基地を護衛している多くの兵士とすれ違う。男女が混ざっているのは当然としいていろんな武器で武装しているのが面白い。銃(勿論種類はバラバラだ)もあれば剣や槍、斧、薙刀、弓、クロスボウ、スリング……アレは鎖鎌というやつだったか? 少し頭痛がするので本調子ではないけど、はっきり言って見ていて飽きない。ワクワクする気持ちが勝手に湧き上がってくる。

 

〈男の子ってこうゆうの、好きだよね〉

 

 もしこの光景を暦さんが見たら苦笑しながらこうコメントするんだろうな、とぼんやりと感じた。

 

 基地の入り口にはこのような名前が彫られていた。

 

 

 《南沙人工岛天空/海军基地》と。

 

 

 

 基地内に入った後中央にあるエレベーターを使い僕たちは地下へと向かう。エレベーター上部にある簡易図によれば、この基地は逆四角錐の形をしているらしい。何となくだが目的地の執務室は最下層にある気がする。

 そして表示が《下10階、最下層/海抜下50m》、基地の最下部になった時、エレベーターは停止した。予想通りのようだ。

 

「では、こちらへ」

 

 無形の後に続き僕たちはエレベーターを降りて無機質な白一色のフロアを進む。とはいっても10秒ほどで大部屋の扉の前へと辿り着く。どうも最下層はこの部屋しかないようだ。

 無形が扉の横にある黒と金色で彩られているインターフォンを押す。するとインターフォンの上にある室内の画像を表すのであろう小型モニターに赤色の瞳を持つ一つ目が現れた!

 

「ギャ────ッ! ヘッヘッヘッヘ~」

 

 となんか不気味な音がして一つ目が辺りをギョロギョロと見渡す。そして…………

 

「入ってよし!」

 

 というハツラツとした女性の声と共にガチャン! という音が扉からする。開錠したのだろう。というか何だこれは? 何故か「ジョークグッズ」という単語が頭の中に響いた。何度も反響するこだまのように。

 

 頭の中に? マークがわき始めた僕をよそに開錠を確認した無形が“小手”を使って扉を開ける。そして僕たちは皇帝が待っているであろう部屋へと足を踏み入れた。そして目の前に映ったったのは…………。

 

 

 

 薄暗い部屋だった。しかし部屋の奥の壁、中央に設置されている10台以上のモニターが無機質な光であたりを照らしているため決して前が見えないということはない。健康に悪そうだな、とは思ってしまうけど。

 そしてその不健康な光を背景にデスクチェアに座ってこちらを見つめる人物がいた。チトセの情報にあった現翠玉国皇帝翡紅(フェイホン)陛下その人である。

 

 その姿は中華風の青いロングパーカーに白のスラックスと大分ラフな格好をしていた。顔は自信に満ちた表情をしており、ギラリと輝く紅色の双眸が僕たちを、いや、僕を真っ直ぐジッ……と見つめている。な、何か気に障ったことでもしたのだろうか? 僕の心配をよそに彼女は勝気そうな表情を浮かべて頬杖をつきながらこう言った。

 

「そこのあなた。ヒロシとかいう新顔ね? 申し訳ないのだけどこの部屋に入るには検査が必要なの。頭の中……思考のね」

 

 彼女がこちらの名前を知っていることはともかく、予想の斜め上を引く第一声に思わず口が出てしまう。

 

「えっ? 頭の検査?」

 

翡紅は当然といった様子で頷き、僕の少し後ろへ声を掛ける。

 

「というわけで呂玲(ロイレン)、任せたわよ」

 

「おう!」

 

 

 僕の直ぐ後ろから少し大きい返事が聞こえた。え? いつの間にか後ろに誰か立っていたらしい。でも一切気配感じなかったぞ⁉ 

 驚きのあまりつい後ろを振り返ると……。

 

 ()()()

 あえてもう一度言おう。

 ()()()()()()()()

 

 声の話でもないし女性特有の部位のこと……もあるけど、そうじゃなくて。身長の話だ。

 最低でも2mはある。というか絶対それ以上だ。そう。とんでもなく、あらゆるサイズがデカい女性──呂玲と呼ばれていたか──が音も気配もなく立っていてこちらを好奇心溢れる鳶色の目で僕を見下ろしていたのだ。

 特徴的なのはその身長だけではなかった。頭からは兄さんのように立派な2本の角が雄牛のツノのように顔の横から堂々と生えている。それはいいとして。腰のあたりを見ると()()まで生えてあった。角と同じく灰色の鱗に覆われていてとても堅そうだ。というか尻尾生えている人初めて見た。

 

 そう驚いていると呂玲はこちらへ滑るように、音もなく一歩近づき一瞬のうちに胴体を捕まえられ持ち上げられる。

 

「えっ? え?」

 

 これから一体何されるんです⁉ と、1人虚しくテンパってるとボフッと頭上でほんわかとした音が聞こえた。

 チラっと上を見ると呂玲は僕の髪に顔を埋めていた。その状態で息を大きく吸い込んでいるようだ。スゥ~~~という音が聞こえる。

 …………何だこれは? ついさっきも同じ感想を言った気がする。

 

 要するに呂玲は僕のニオイを嗅いでるということなのだろう。いや待て。これが検査? 頭の、思考の?

 混乱する僕をよそにこの状態でたっぷり10秒ほど経過しただろうか。バッと呂玲が顔を上げるとこちらを更に彼女と同じ目線の高さまで持ち上げられた。僕の顔をまじまじと見ながら執務室全体に響く声でこう報告した。

 

 

「面白いなオマエ! このニオイは…………戦場(いくさば)だ。戦場でよく嗅ぐ邪悪なニオイだ! だが悪くない、()い者のニオイだ! 翡紅、合格だぜ!」

 

 

 呂玲はそう言って僕をゆっくりと、丁寧に床へ降ろした。なんだかよくわからないが合格? したようだ。

 

 曲直瀬達は一連の行動をやや同情した目で──睡蓮だけはキラキラともう一度やって! と期待する目で──見ていた。それを見て彼らもこの「検査」をされたことがあるのだろうと僕は推測する。

 報告を聞いた翡紅は満足そうな表情を浮かべ勢い良く椅子より降り立ち、両手を大きく広げこう宣言した。

 

「呂玲がそう断言するなら問題なしね。ようこそ翠玉へ! ヒロシ、あんたの訪問を歓迎するわ!」

 

 それを聞いて内心ホッとする。この国へ来た目的がいきなり頓挫せずに済んだからだ。

 

「さて、まずはアンタのために私の家臣団を紹介した方がいいわね。そうした方が今後コミュニケーションを取りやすくなるだろうし」

 

 その言葉と共に無形と呂玲が翡紅の方へ向かい彼女を中心として左右に並ぶ。更に部屋の左右より2人ほど出てきて同じように並んだ。いつの間に、と思ったが何のことはない。モニター画面の不健康な光が意外にもまぶしくて気づかなかっただけのことだ。 

 その時、モニターのうち1つが赤く点滅しだしたのに気付く。何かの知らせだろうか。僕の心配をよそに翡紅が家臣団の紹介をし始めた。

 

「最初は無形(ウーシン)ね! 彼女は5年ほど前から宰相をやってもらっているわ。()()()()()ことを始めとして幾つか身体的ハンデがあるけどそれ以上に優秀でなんでもそつなくできるいい子よ。もしこの国のことで何か質問があれば彼女に聞くといいわ」

 

 無形はその言葉に嬉しそうな表情を浮かべながらぺこりと頭を下げる。というか両手がないのか。通りで物を触る時や機械を操作するときはあの“小手”を使っていた訳だ。袖が異様に長い服を着ているのもそれを隠すためだろう。と見当をつける。

 

「次は呂玲とマズダね!」

 

 僕から見て左側に立っている二人だ。

 

「彼らは隣国の──だいぶ離れているけどね──中央大藩国より6年前に派遣された駐在員よ。ちなみに呂玲が武官、マズダが文官ね。労働者はともかく腕が立ったり頭が良かったりする人はこの国に少ないから国政に協力してもらってるの。ちなみに呂玲は人の善し悪しをニオイで判別できる特技があるの。さっきの検査はそれを利用したものね」

 

 一体どんな特技なんだそれは。それはともかく中央大藩国? 確か現在の地球で最も広い版図を持っている国だったはず。それ以上の事は残念ながらよく知らない。

 ひょっとして巨人の国だったりして。呂玲の印象が強いのでついそう思ってしまう。

 

 

「よろしくな!」

 

 

 ニカッとしたいい笑顔で呂玲が()()。いや、叫んでなどいないはずなのだがその巨体? のせいか声がデカいのでついそう思ってしまう。

 その一方でマズダは穏やかな微笑を浮かべこちらへ向けて一礼する。

 

「初めまして、ヒロシ様。先の紹介にありました通り中央大藩国より両国の友好の証として派遣されました『王の指』、アヴラル・マズダと申します。現在は経済顧問の職についております。今後お見知りおきください」

 

 マズダは浅黒い肌で(ほり)が深い顔立ちをしており眼鏡を掛けている。その微笑も相まって知的な印象を受けた。頭に巻いたターバンや見慣れない真っ白な服は向こうの民族衣装だろうか?

 

「あ、そうそう。彼ら二人は夫婦の関係だから」

 

 翡紅は思い出したかのようにそう付け加える。って夫婦⁉ まじかよ。何というか、少し予想外の二人の関係性に驚いていると、呂玲は腰に手を当て自慢するようにこう宣言する。

 

 

「自慢の夫だぜ!」

 

 

 呂玲、渾身のドヤ顔である。むふー、という得意げな鼻息が聞こえるようだ。その様子にマズダも照れたようで顔の微笑がはにかみ笑いへと変化し、

 

「今年で7年目になります」

 

と言った。

 

「最後にティマドクネスね!」

 

 翡紅がそう言うと無形の隣、僕から見て右端から真っ黒なドレスを着た女性が一歩前へ出て来た。

 クリーム色の髪にアメジストの様なキレイな紫の瞳をしている。だが何よりも目を引くのは顔の右半分をびっしりと覆う紋様だ。その色は瞳と同じく紫色で肌の色素が薄いのでよく目立っている。流線と丸を組み合わせたような、不思議な形だ。タトゥーとかいう奴だろうか? 

 彼女の登場に力道は首を傾げ、睡蓮は誰だろう? とでも言いたげな表情をする。ひょっとしなくても初対面だろうか。そんな中で曲直瀬だけは違う思いがあるようで「陛下、その人は一体……?」と、問いかけた。

 

 その顔には疑念の思いがありありと浮かんでおり、まるでいるはずの無い物を見ているかのような目つきだ。でも、どうして曲直瀬はそんな表情をしているんだ? 特に怪しいことはないと思うのだが。

 

「? ああ、なるほどね! そっか。あなた達にとっては初めて見る()()だものね。とは言え多少なりとも彼らのことは伝わっていると思うのだけど」

 

 と凄く妙な紹介を翡紅がする。初めて見る種族って何だ? こちらの戸惑いをよそに彼女は続けて解説をする。

 

 そのような前置きを経て翡紅の口から紡ぎだされた言葉はこちらの想像を遥かに超えていた。

 



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魔人

「ティマはね、ガネニ・ネグス・ハゲリという所から来たの。そして彼女は『ホモ・ミジイケ・ミラビイラナトゥラエ』、平たく言うと魔人という私達とは()()()よ。まあ簡単にいうと魔法が使える種族ね。旧時代の学者によると今から25万年ほど前に出現した種だそうよ」

 

「…………ティマドクネスと申します。少し名前が長いので、ティマとお呼びください……」

 

 そう言ってティマドクネス、改めティマは会釈した。

 いや、待って。今翡紅は何と言った?

 私達とは別の種⁉ あ、頭がこんがらがってきた。魔法が云々といのは一旦わきに置いておくとして、ティマが人間(ホモ・サピエンス)とは別の種族? 

 まさかぁ。だって彼女は()()()()()()()じゃないか。違う点と言えば()()()()()()()()でしょう?

 

 実はそうゆう設定ですなんちゃって、とかいうオチでは……なさそうだ。

 説明してくれた翡紅の顔は、例えると「太陽は東から登り西に沈む」みたいな、ごく当たり前のことを説明するときの顔である。

 その顔、その表情が雄弁に物語っていた。「今の話は単なる事実なのだ」ということを。

 

 ところで僕が知らない何かを知っている曲直瀬にとってその言葉に余計に混乱させる要因でしかなかったようだ。目をグルグルと回しながら(何故かそう見える)彼女は納得できないといった様子で翡紅に質問する。

 

「その、陛下? あくまでも私が聞きかじった情報ですと魔人はある領域の外に出ることは不可能とあったのですが」

 

 その質問の内容からして曲直瀬はある程度ティマの種族、えーとホモ・ミジイケ……長い! もうストレートに『魔人』でいいだろう。の情報を独自に得ていたらしい。でもこれまた妙な質問だな。ある領域の外に出ることは不可能、ってどうゆうことだ?

 

 

「なんだ。ちゃんと伝わっているじゃない」

 

 翡紅は少し後ろを見ながらそう返す。そして少し申し訳ないという顔でこう続けた。

 

「あー、ホントはもうちょっと説明するべきなのだけど……時間切れね。実はあなた達が来る少し前に私達の拠点の一つから連絡があってね、異形生命体の大規模発生(アウトブレイク)を確認したのよ」

「「「「‼」」」」

 

 僕らはその知らせに驚愕し顔を見合わせる。

 神国日本では混沌の颱風(ケイオス・ハリケーン)の発生が異形生命体の大規模発生の前兆なのだが、ユーラシア大陸では事情が異なりその様なことはまれなのだという。

 更に厄介なことに異形生命体の発生量も尋常ではないのでその対処が難しいとチトセの情報にあった。果して大丈夫なのだろうか。

 そう思って翡紅の方を見るが「というわけで私はこれから現場の指揮を執りに移動しなくてはならないの」と、至って普通だ。気後れする様子など微塵も感じない。

 

「陛下は指揮をされるとおっしゃられましたが、どちらまで行かれるのですか?」

 

 力道がそう質問すると

 

「朝鮮半島の金浦(キンポ)市というところに設置された要塞よ。朝鮮半島にあるわ」と返ってきた。

 

「そんなに遠くまで⁉」

 

 その回答に力道は驚きのあまり目を丸くする。

 

「ここ上海から朝鮮半島まで約800キロも離れているのですよ⁉ 今からどう移動されるおつもりなのですか?」

 

 その当然の疑問に対して翡紅は事もなげにこう答えた。

 

「ティマの力を使うのよ」

 

 そして更にこんな提案をした。

 

「そうだ、あなた達も来る? 歓迎するわよ。私達の実力を見るチャンスだと思うのだけれど」

 

 それに、と続けて翡紅は不敵に笑い次の一撃を放った。

 

「こんな時代だもの。難民受け入れ先の軍事力、知っていた方がいいでしょう?」

 

 こうして僕たちは翠玉軍による金浦市要塞防衛戦を観戦することとなった。

 

 5分後。

 

「ティマ、準備は?」

「……完了しております、陛下」

「よし! 皆ティマの服を掴んで。どこでもいいから。無形、呂玲、同行しなさい! マズダは留守番よろしく頼むわね」

「仰せのままに」 「わかったぜ!」 「ご武運をお祈りいたします。お気を付けて」

 

 三者三様の返事と共にティマの傍へと集まる。それを見て僕らもおずおずとティマの方へ向かう。

 本当に彼女に触れてもよいのか、と少し戸惑っていると

 

「……遠慮せずに、私の服を、どこでもよいので掴んでください」

 

 と言われたので、僕は彼女の肩のあたりをそっとつまむことにした。

 

「呂玲、武器とボンベは持ってる?」 「もちろんだぜ!」

 呂玲の背中をよく見ると彼女の身長と同じ、いやそれ以上の大太刀を背負っているのが見えた。柄頭が彼女の頭より飛び出ている。そして両手に重そうなカバンを持っていた。

 

「準備完了ね。じゃあ、ティマ、お願いね」

 

 一体これから何が始まるんだろう。そうドキドキしながらティマの方をそっと見ると、意外なことにこれから起ころうとしていることに対し、彼女の動作はごくごく一般的な物だった。

 右腕を少し上げて手のひらを覗き見る。腕時計で時間を確認するように。右腕にも紋章がびっしりと描かれていて淡く光っている。

 そしてティマは一言唱えた。

 

「ማስተላለፍ」

 

 瞬間、目の前が真っ白になり──

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移(ワープ)した。僕達は僅か1秒にも満たない時間で金浦要塞へと瞬間移動したのだ。

 

 そこは見慣れない小部屋だった。壁は灰色に染まり所々ヒビが入っている。室内には大量の資料や機材が置いてあったが、全て時の流れにより用を成さなくなっていた。元は指令室か何かだったのだろう。

 そこまで観察したところで横からゼェ、ゼェという弱弱しい息遣いが聞こえてきた。ティマのものだ。一体どうしたのかと思い様子を見ると──

 

「…………ぐっ、ゲボッ! ……ゴフッ‼

「⁉」

 

 ティマは苦しそうなうめきと共に大量の血を吐き出した! その様子を見て僕らは驚く。一体何が⁉ 只事ではない様子なのは一目瞭然なので慌てて介抱しようとし、倒れかけたその体を支える。

 いつの間にかティマの全身は汗でびっしょりと濡れておりぶるぶると震えている。目には重度の充血、鼻や口からは出血が認められ、ティマの体温は温かいというレベルから熱いというレベルへと変わっていた。40℃近くあるんじゃないか? これは。

 

 「透視」の能力でティマを見た曲直瀬も驚きの表情を浮かべている。

 

「何よこれ……彼女の内臓はボロボロ、穴だらけだわ……まるで多臓器不全だ。でもどうしてこんな急に?」

 

 ところがこの状況に翠玉側は全く動揺していなかった。翡紅に至っては

 

「このくらいの移動でもう切れちゃうのね……彼らの技術はまだまだ改善の余地があるようね」

 

と最初からこの事態を予想していたかのような口ぶりだ。流石にその言い方はないだろう──と言いかけるがそれよりも早く呂玲と無形が動く。

 

 呂玲はカバンの中から素早くボンベとそれに繋がる吸入器を取り出し無形に渡す。無形は“小手”で受け取り素早くティマの口元へと持っていく。この間、僅か2秒。それらは手慣れており、普段から行っている動作であることを示唆するようだ。

 

「ティマ、一気に吸い込んでくださいね」「ゴホッ、あ、りがとう……ございます」

 

 ティマがボンベ内の気体を2、3回吸うと奇妙な事が起き始める。彼女の顔にある紋章が輝くと共に謎の症状が急激に収まっていく。

 その様子に曲直瀬も感嘆の声を上げる。

 

「えっ……す、すごい! ボロボロだった内臓がもの凄い速度で再生? していく……もしかしてこれが彼女の種族の?」

 

 その言葉に翡紅が頷く。

 

「そう。ティマの種族……魔人は〟魔素(マギジェン)〝と呼ばれる物質がないとその肉体を維持することは出来ないの。それで魔法を使用する際に魔素を使うんだけど強い魔法ほど使用する魔素の量が増えるの。で、その後に魔素を補充出来ないと……正確には体内の魔素を使い切ってしまうと、この様な症状が出て死んでしまう。でもこうして魔素を補充してあげれば直ぐに回復するわ」

 

 その言葉に力道が疑問を唱える。

 

「その理屈ですと魔人は魔法を使うたびにこの様に瀕死の状態になってしまうのですか?」

「いいえ。この現象は外の世界でのみ発生するわ。彼の国(ガネニ・ネグス・ハゲリ)には魔素が豊富に存在しているからこの症状、「魔素欠乏症」にはならないわ。まあその代わりに向こうでは酸素がほとんどないんだけどね。さて、そろそろ外に行くわよ!」

 

 翡紅はそう言うとつかつかと部屋の扉へと向かい一気に開け放つ。

 

 扉の先に待っていたのは戦場だった。

 



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戦闘準備!

 僕はある程度回復したとはいえまだ自力で歩けないティマを支えながらゆっくりと外へと出ようとする。その時に気づいたのだが、小部屋のある一角、翡紅が開け放った扉の横になにやらボタンが規則正しく配置された操作盤を見つけた。なんか既視感があるな……?

 あ、わかった。多分エレベーターの操作盤だ。ということはこの部屋は移動式の指令センターか何かだったのだろう。

 

 さて、いざ外に出た途端にまず感じるのは周囲に満ちるのは火薬のにおい! 

 続いて感じるのは全身を震わす振動! 足元からズン、ズンと絶え間なく響く。

 同時に鳴るのはドォン、ドォンという砲声! 複数、というレベルじゃない。最低でも100を超える砲が次々と、途切れなく砲撃をしているのだ。

 辺り一面には砲撃による噴煙でやや見通しが悪い。

 

 そんな中、一分も進まないうちに腰ほどの高さしかない柵が見える。にしても妙だ。中途半端な高さだし、前に進むほど高さが低くなっていくし、柵はやたらとギザギザしているし、とても雑な造りに見える。それはともかくここで行き止まりなのか? そう思っていると翡紅の凛とした声が要塞全体に響く。

 

「全部隊、砲撃止めェ‼」

 

 その手にはいつの間にか無線式マイクが握られている。このキーンというハウリングを伴うデカい声はそのマイクを経由して要塞内の各スピーカーから流れたのだろう。

 その命令通り、砲撃はぴたっと止んだ。直後に風がヒュゥゥ、と流れ辺りの光景が明らかになる。

 真上には分厚い鈍色の雲。視線を真っ直ぐに向けると周囲の様子、もとい戦場を一望できる。ということは、ここは多分要塞の天辺にある監視塔なのだろう。

 その要塞は高低差がある構造をしていて、例えるなら階段という所か。それぞれの階層には様々な火器が配置されている。

 一番下の階層には重砲が、中ほどの階層には野砲やカノン砲が、そして一番高い階層には……ええと、さっきの感想は訂正しよう。あれ、絶対火砲じゃないでしょ。

 なんだ? あの木材でできた兵器は? 戸惑いが顔に表れていたのだろう。無形が傍に寄って来て、そっと小声で教えてくれた。

 

「あれはカタパルト、トレビュシェットと呼ばれる兵器たちです。投げているのは石じゃなくて陶器に火薬を詰めたものですが。なんでもてつはう、というらしいですよ。これらは翡紅様によって召喚されたものだけでなく自分達で作成したものもあります」

 

 その言葉に思い出す。翡紅も超能力者、つまり超人で過去よりランダムな物品を召喚する能力を持っていると。召喚できる物品は兵器、という単純な括りではなく文字通り()()()()()()を召喚できるという。生き物は例外らしいが。加工済みであれば問題ないらしく、例えば数日前に僕が食べたサバ缶なんかは彼女の能力で召喚されたものだ。

 話を戻すとして、一番下の階層は重砲だけでなく様々な種類の機関銃が置かれている。その中には素人でもわかるほど原始的な物もあった。多分あれも召喚されたものなのだろう。(後で知ったのだが、パックルガンというらしい)最下部の階層は防壁も兼ねているようで高さ5mはありそうだ。

 

 ところでさっきから何か衣擦れの音がしていたので何かと思い振り返ると、翡紅が着替えをしているところだった。黒色のジャケットに手を通している最中なので丁度着替えが終わるところたのだろう。

 じゃなくて。え? ここで着替えていたの? 思わず呆気にとられてしまう。それを見ていた彼女はいたずらが成功したみたいにニヤッと笑った。

 

「どうせ誰も見てないでしょ。それにこっちの方が動きやすいし」

 

 皇帝がそんな破天荒でいいのかと思わず失礼な感想を抱いてしまったが、周りは特に何も言わないのでこれが平常運転であるらしい(ちなみに力道だけはずっと、ずっと前を見ていた。)。

 着替え終わった前へと進み翡紅はよいしょ、とか言いながら柵の上に立ち、そのまま真下へと飛び下りた。……飛び降りた⁉ ここから下の階層まで6,7mはありそうなのに⁉

 

 ところがこれも彼女にとって平常運転らしい。僕の左腕を掴んで立っているティマがそっと耳元でささやく。

 

「……心配しなくても大丈夫ですよ。翡紅様はああいった運動は(パルクール)得意ですから」

 

 実際その言葉通りだった。翡紅は着地寸前にその身をくるりとひねらせ見事な5点着地を披露したのだ。その体は当然のように無傷である。そのまま敬礼の姿勢で直立不動する兵士達の中へ進み、壁をよじ登り壁上に立つ。即席の演台といったところか。翡紅は直立不動で彼女を見上げる配下達を一望し、胸の上に腕を組んで演説を始めた。

 

「勇敢なる我らが翠玉の兵士諸君‼ 今までよくここ金浦要塞の防衛任務を果たしてくれた‼ 諸君らのおかげでこの区域一体の使えそうな資材を全て回収することができた。これらの資材は我が国の船達を大いに強化することができるだろう。知っての通り我々とって船は国土であり、財産であり、なにより諸君らが帰るべき家だ! それをより強化することができるのは諸君らの働きがあってこそのものである。ここに全国民に代わり私が礼を言おうと思う‼」

 

 その言葉に兵士たちは一斉に握り拳を天に掲げ喜びの咆哮をあげた。嬉しさのあまり涙を流す者や互いの健闘を讃え合っている者もいる。その様子はこれまでの戦いが楽なものではなかったことを暗示させた。

 それにしても翡紅は凄いな。先ほど着替えた終えた彼女の服は、黒色でファー着きの皮ジャケットと藍色のジーパン、そして茶色のブーツとその装いは全く皇帝らしくない。のだがその佇まいは堂々としていて凛々しく「人の上に立つ存在」である事を想起させる。これがカリスマというやつだろうか。そんな感想を抱いている間にも演説は続く。

 

「……ここでの戦いは今日が最後となるだろう‼ 敵はまだ多いが臆することはない。空に、海に、頼もしい援軍が既に駆けつけている。更にこの場にはあの呂玲もいる‼」

 

 その言葉に兵士たちの一部が上を見上げ──呂玲は凄くデカいから良く目立つ──その姿を見つけると歓声を上げる。それに応えて呂玲も右手を振り始めた。彼女の存在は翠玉内で非常に有名なのだろう。

 

「これより呂玲が敵の群れに単独突撃をする。諸君らは彼女の周囲にありったけの──弾切れは心配しなくていいぞ、もうここは放棄するからな──あの異形どもに叩き付け、突撃を支援せよ‼ 今、出せる力を出し尽くせ! 我らに勝利を!」

 

 周囲は「我らに勝利を!」の声で埋め尽くされた。

 

 

 演説の後、僕達は一つ下の階層へ移動した。もちろん、より近くで戦闘を観戦するためだ。

 翡紅の方へ近づくと彼女と伝令兵のやり取りが聞えた。それはこんな内容だ。

 

金容姫(キムヨンヒ)大将は?」

「只今最下層にて陣頭指揮をとっていらっしゃいます」

「……そう、わかったわ。彼女に後でこちらへ来るよう伝えといて」

「はっ!」

 

 幸いにもティマの体調は演説の間に自力で立てるほどまで回復したので、最小限の介護でスムーズにたどり着くことができた。そして翡紅の傍まで行くが……意外にもそこまで遠くを見通せない。壁の上に堂々と立っている彼女は別だろうが。そう思ったタイミングで無形が声をかけてきた。

 

「遣翠使の皆さんはワタシの能力で戦場をお見せしますね。“小眼球(シャォイェンチョウ)”! おいで! 頼みましたよ」

 

 無形の身体からいくつもの「目の形をした鬼火」が出現し周囲に飛んで行く。その中には彼女の「左目」も含まれた。

 ここでようやくわかったのだが無形の左目が本来ある場所はのっぺらぼうみたいであった。

 無形は続けて「では、“神経接続”!」と唱える。すると僕の視界は真二つに割れた! 半分は自分の視界、もう半分は宙を飛んでいるので先程飛んで行った小眼球、つまり無形の視界だ。なるほど、この方法ならば場所を移動せずに戦場全体を見ることができる!

 この神経接続という能力は自身の視界などの感覚を他人と共有することができるというもので、実のところ()()()()が使用可能能力だ。もちろん力道や睡蓮も。

 そして神経接続の「受信」であれば意外なことに誰でもできる。ただし「送信」に関しては人それぞれで千差万別だという。中にはこの神経接続に特化した超人もいるらしい。

 なお、僕はこの能力を使うことができない。これが超人扱いされない、もしくは半人前と蔑まれる理由の一つでもある。

 

 ともかく、これで金浦要塞を上空から見ることができる。その形は「U」の字を逆さにしたような形だ。無形の解説によるとUの中央にあるやたら平らな地形は金浦国際空港という施設の跡地であるという。

 そして今、要塞全体を見て先程の奇妙な柵の理由がわかった。この要塞はたぶんもっと()()()()()()んだ。ところが何者かに斜め上方向に()()された。その結果前に進むにつれて「柵」が小さくなっていった、というわけだ。

 この場合問題となるのはどうしてそのような構造に、ではなく誰がこんな芸当をしたかということだろう。はっきり言って全く想像できない。切られた範囲は2キロ近くはあるんだぞ……!

 

 次いで目を引くのは要塞中央に広がる幅数百mもの長い堀だ。これはかつて漢江(ハンガン)と呼ばれた河川が干上がってできたものらしい。

 そこには無数の色とりどりのイキモノが地獄の沼に囚われた亡者の如く蠢いている。反射的に吐いてしまいそうな光景だ。彼らこそ混沌に「感染」した犠牲者の成れの果て、異形生命体だ。

 

 

「さぁて、行くぜぇ‼」

 

 

 背後の爆音(大声ともいう)に振り返ると呂玲が何か、妙な姿勢をしていた。

 両手は地面と接触した状態で大きく水平に広げている。その巨体は「く」の字に折り曲げられ、片足は膝を立てて、もう片方は足側の膝を地面につけて踞っている。

 

 ヒロシは知らなかったがこのポーズは旧時代(現代)の人間にとって馴染み深いものだろう。誰しも一度は見たことが、或いは実践したことがあるはずだ。

 それはクラウチングスタートと呼ばれている。地面に対する角を最小化し大きな推進力を走者にもたらすポーズであった。

 足に力を込めたのだろう、ミキッと地面にヒビが入った次の瞬間、ドォン! という轟音と共に呂玲が()()された! 

 ブォウ、という風圧と共に要塞の外へと向かい文字通り飛んで行く! 余りにも非現実的な光景に僕達四人は揃って口をポカンと開けてしまう。数秒後、呂玲は漢江を大きく越えて要塞から2km程も離れた場所に着地した。

 その時に衝撃で大地に小規模なクレーターが出来上がる。「どんな力してるんだ……」と曲直瀬が呆れたように呟いた。

 

 視線の先で呂玲は背中の大太刀をゆっくりと抜き、バッ、と勢いよく前方へ刃先を向ける。そして大声で名乗りを上げた!

 

 

「オレの名は呂玲! 中央大藩国、偉大なる大王キュロス3世様に仕えるプシィティグハーン・サルダール(大王直属軍団の大隊長)だ‼ テメエら異形共の相手はこのオレだ! 全員纏めてかかって来いやぁ‼」

 

 その言葉に呼応するように堀の中の、そしていつの間にか東の方向、ソウル市より湧き出できた異形生命体が一瞬その動きを止める。

 数秒後…………一気に呂玲に目がけて突撃し始めた! その数は優に一万は超えているだろう。一斉に動き出したものだから先ほどの砲撃のような凄まじい地響きが聞こえる。

 それを見て翡紅も指令を下す。

 

「要塞内の各部隊はそれぞれの判断で漢江内の敵を、空と海の方は呂玲の周囲を攻撃、援護せよ!」

 

 空と海? その言葉に思わず空を見上げ(同時に小眼球……無形の目が京畿(キョンギ)湾の方角へと向けられる)視界に写ったのは、空を我が物顔で練り歩く銀翼を持つ巨鳥の群れとかつて大海原を支配した鋼鉄の乙女達だった。

 即ち爆撃機と戦艦である。

 

 その光景に圧倒され、僕の口からは「すげぇ……」という簡単な感想しか出て来ない。何回か神国と翠玉を往復したであろう他3人も直接の軍事力を見るのは初なのだろう。

 曲直瀬はその雄姿を値踏みするかのような目で。

 睡蓮は純粋な憧れを宿すキラキラという擬音が聞こえてきそうな目で。

 そして力道は「……あれが大昔(20世紀)戦争兵器(ウォー・マシン)ですか。なかなか武骨で力強そうな見た目ですな」と僕のに比べて大分語彙があるような感想を漏らす。

 そこに無形の解説が加わった。

 

 それによると空の爆撃機は「ボーイングB-29スーパーフォートレス」という機体らしい。

 大昔の超大国の一柱(アメリカ合衆国)が製造したらしく、ほとんどの機体に青と白で彩られた星のマークがあるそうだ。何故か一部には()()()()()()()があるらしいが。彼らは先ほど僕たちがいた南沙人工岛より出撃してきたという。

 一方で海に浮かんでいる艦艇群、その中で一際大きい5隻の艦は湾内を一列に沿って航行していて、前から「アーカンソー」、「ネバダ」、「ニュヨーク」、「ペンシルベニア」、そして「長門(ながと)」という艦名らしい。

 彼女たちは旧時代に開発された()()()()()()()()のため、標的艦としてその運命を終える……はずだった。ところが半年前に何の因果か翡紅が纏めて「召喚」してしまったそうだ。以来翠玉海軍の中核戦力として縦横無尽の活躍をしているとのこと。

 

 そして──

 大空を闊歩する銀翼の巨鳥(B 2 9)は十数機の梯団をそれぞれ組み異形どもに向け漆黒の大雨をお見舞いすべく次々と低空から侵入を開始し始める。

 獲物を見つけ急降下をかける荒鷲のように。

 

 京畿湾に浮かぶ鋼鉄の乙女達はそれぞれの獲物──砲塔をゆっくりと回転させ大地の方向へと向け、砲身が仰角をかけた。敵陣目がけて突撃を敢行しようとする騎士のように。

 その動きに合わせるかのようにただ一人敵陣のど真ん中で周囲を睥睨していた呂玲も動く! 信じられないことにその顔は喜色満面に溢れていた。

 

 

「さぁて、オレの武芸をその身にとくと刻めぇ! 龍ノ型(りゅうけい)龍神吹雪(りゅうじんふぶき)!」

 

 

 その技を合図として金浦要塞防衛戦のゴングが大地に鳴り響く。

 目の前で戦争が始まった。

 

                               第3章 END

 



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資料ページ

ファイル名:混沌と異形生命体について(2) 個人的メモ

作成日時 :2296年10月25日 10:47:00

作成者  :暦特務少尉

 

・異形生命体の特徴としてまず挙げられるのは、まずどの個体も非常に奇妙な形態をとるということである。

 複数の個体が連結、複数の種としての特徴が同一個体に現れるなど、バラエティが豊富なのでいちいち表現することは残念ながらできない。

 ただ、個人的に非常に衝撃を受けた形態が一つある。……どうしてあの個体は、あんな場所から、顔を生やしていたの? あんな光景、あんなモノ、早く忘れたい。早く、はやく!

 

・異形生命体の特徴として次に挙げられるのは、連中が引き寄せられるものだ。

 結論から言えば知能が高い生き物、食物連鎖の頂点に立つもの、つまり霊長類(わたしたち)だ。もちろん、最終的には全ての生物が「感染」するわけだが。

 旧時代に行われた実験にこんなものがあった。

 

 民間人10人と民間人100人を等間隔に配置した時、異形は真っ先に後者を襲い、感染させた。その後、異形は生き残ったもう片方を襲い感染させた。

 

 戦闘員10人と民間人100人を等間隔に配置した時、異形は真っ先に後者を襲い、感染させた。その後、異形は生き残ったもう片方を襲い感染させた。

 

 戦闘員10人と戦闘員一万人程を等間隔に配置した時、異形は真っ先に後者を襲い、感染させた。その後、異形は生き残ったもう片方を襲い感染させた。

 

                 ……なんて残酷な実験だろう。吐き気がする。

 遺された旧時代の異形生命体を研究していた科学者の残した研究レポートを見ると、共通してある文言が確認されることに気づく。

 

 真っ先に捨てるは倫理観。あらゆる選択肢を試せ! 犠牲を(いと)うな! 全ては異形生命体を滅ぼすため。

 

                     ……こんなのおかしい。狂っている!

 

 

・異形生命体の特徴として最後に挙げられるのは、連中は戦いを通してs

 

 

 

 

 ここまで書いたところで部屋の扉がコンコン、と控えめにノックされる。

 

 その音に気づいた私はモニターから顔を上げ、手元の呼び出しベルを一回、チリンと鳴らす。するとこれを合図としてドアが開かれ、男女一組が入ってくる。七癒(なない)さんと成析(しげさく)君だ。

 

「暦ちゃん、そろそろ調査隊の出発の時間だよ」

 

 特に怒っている様子もなく、ほんわかとした表情で七癒さんがそう告げた。慌てて部屋に備え付けられている時計を見る。

 ……ほんとうだ。出発予定時刻まであと5分程しかない。

 慌てて今まで書いていたメモを上書き保存しPCをシャットダウン。必要機材をカバンに詰め込む。

 そして手持ちの小型端末を開き文章を素早く入力。そして「読み上げ」のボタンをタップする。

 

〈ごめんなさい。つい、資料のまとめに夢中になっちゃって。今回の目的地は確か、高浜原子力発電所及び内浦にある国立第7総合研究所、ですよね〉

 

 大人びた情感豊かな余韻のある女の子の音声が小型スピーカーを通して軽やかに奏でられる。旧時代の音声読み上げソフトで製品のパッケージには確か紫色の髪で黒のパーカーを羽織っている、()()()()()()()()()()()()()()()()のイラストが描かれていたはず。

 

「うんうん、それで合ってるよ。今回の調査は全部で五日間の予定だね」

 

 そう七癒さんが答えてくれた。よかった。こちらの勘違いとかはなさそう。

 

「ひ、一つ補足していくと」相変わらずの吃音と共に成析(しげさく)が聞いてもいないのに勝手に解説を始めた。

 

「こ、今回の調査は今までのそれとち、違っているんだ。い、一週間ほど前から福井県のCCPA値が急激に下がり始めて。と、特に高浜原子力発電所の辺りはほぼゼロにな、なってしまったんだ。こっ、この原因を探るためにき、緊急に調査隊が組まれたとい、いうわけさ」

 

……これ一応、お礼言っておいた方がいいよね? 

 

〈解説ありがとうございます成析君〉

 

「こっ、こ、この程度た、たえしたことなっいよ」

 

……得意げな顔をしたつもりのようだが(前髪が長すぎて上半分が見えない)めちゃくちゃ噛んでる。その様子に思わず少し笑みがこぼれ出てしまう。残念ながら声はでないけれど。

 そんな反応をしたら何故か成析君は顔を真っ赤にしていた。

 

「はいはい、そこのお二人さーん。イチャイチャしないの~」

 

 ? どこもイチャイチャしていないと思うのだけれど。七癒さんはそうからかいながら最後の荷物である防護服を渡してくれた。

 

「先行している天野君や麻里ちゃんに早く追いつかないとね」

 

 彼女のその言葉に同意、の意味を込めて頷く。そして私は防護服を素早く身に纏い始める。

 この白色の防護服は、旧時代の資料にあった初期の宇宙服みたいなモノとは全く違う。その見た目は作業用つなぎ服と言えばいいだろう。それに少しばかり「混沌(ケイオス)」除去用エアフィルターなどの小物が付いている。その割には意外と軽い。

 服の構成繊維は100%ネオ・アミラド防弾、防刃繊維だ。クモが使用する糸の分子構造を完全に模倣し更に強化することで生まれたこの繊維は軽く、鋼鉄以上の強度でかつ耐酸性や耐熱性も備えているという夢のようなモノだ。更に場所に合わせて自動的に展開する光学迷彩もついている。

 

 防護服のチャックを首まで上げて、それから更に同じ繊維で構成される薄型導電性手袋を両手に嵌める。この手袋なら着用した状態で端末を操作できるし薄いので手の感覚もほぼ100%伝わる。コミュニケーションするには端末操作が必須な私にとって大変ありがたい。

 最後に少し長い茶髪を適当にヘアゴムでまとめた後、フルフェイスマスクとゴーグルを被る。

 

 これで対NBCR(生物兵器、化学兵器、核兵器、放射能兵器の4種類の英語の頭文字)だけでなく混沌にも防備できるようになった。まあ、混沌については気休め程度だけど。

 CCPA値(大気中に存在する「混沌」の濃度、Concentration of "chaos" prese in the atmosphereの略)によっては普通に防護服ごと「感染」するしね。それはともかく、これで準備完了だ。

 

 ちなみに超人である七癒さんや成析君は混沌抵抗値が生まれつき高いので防護服とかは基本的には要らない。

 でも、私はそんな彼らを素直に羨ましがることはできなかった。いくら強い力を持ち、臣民から崇拝されているとはいえ、超人は生まれつき何らかの「弱点」も併せ持つからだ。

 

〈準備出来ました〉

 

「よし、じゃあ行こうか!」

 

 七癒さんの号令と共に私達は「史料編纂室」と書かれた部屋を出る。電力不足のため薄暗い廊下を進み、突き当りにある塗料が剝がれてボロボロのエレベーターに乗りガタガタと、自分を酷使する人間に恨み言を言うかのような音を響かせながら地上を目指す。

 

 こうして私達は「第25回汚染区域調査」に出発した。

 

 私は、私たちは想像だにしていなかった。

 

 あのような神秘的な生き物と遭遇するとは。

 そしてその生き物の教育係になることも。

 調査より帰還した後、その未知の生き物はヒロシと名付けられた。



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第4章:2298年 10月25日 ファーストコンタクト
翠玉の実力


我は死なり、世界の破壊者なり
 ──J・ロバート・オッペンハイマー

 十分に発達した魔法技術は、科学と見分けがつかない
 ──A・P・ウェルズ


大地を轟音で満たしながら万を超える異形生命体の群れが呂玲へと迫る!

 

 目が5つあるもの、

 喉仏より顔が生えているもの、

 顔のパーツが全て舌になっているもの、

 八本足のマグロが生えているもの、

 腕が20本あるもの、

 内臓全てをさらけ出しているもの、

 バッタの胴体に顔が4つ生えたもの、

 走りながら脱皮しているもの、

 目から触手がはみ出ているもの、

 肋骨で這って来るもの、

 顔と臀部の位置が逆転しているもの、

 全身の皮膚が裏返っているもの、

 全身が腐り落ちているもの、

 水死体のように膨れ上がっているもの、

 奇妙奇天烈なゆかいななかまたち!

 

 

 だが、空より、海より、それを拒まんと命ずる者達がいた。

 

 空よりは爆撃機の後方に控えるアグスタウェストランドAW101汎用ヘリコプター(EH101 AEW、早期警戒システム搭載型)より冷徹な、凛とした声が響く。

 

这是幕府雷霆(こちら雷天将軍。)开始轰炸所有飞机到位(全機所定の位置に爆撃開始せよ)

 

 海よりは戦艦群のやや後方に位置する巡洋艦、「プリンツ・ユージン」より穏やか、けれども芯が強い声が響く。

 

Огонь!(撃て!)

 

 

 巨鳥《B29》は抱えている破壊を一斉に解き放ち(投弾し)、鋼鉄の乙女達は一斉に突撃(艦砲射撃)を開始する。

 爆弾が、砲撃が迫る木枯らしにも似た音が周囲に鳴り響く。それは死神の宣告であった。

 

 ”安心されよ! 我はその形で差別という無粋なことはせぬ。遠慮されるな。その命、平等に刈り取ろうではないか!”

 

 こうして死神は一斉に降り注ぎ(着弾し)鎌を振るい始めた(炸裂する)

 それはあらゆる生き物が目指すところの究極()をまさに体現するものであった。

 

 爆風が無数の着弾地点を中心として逆円錐状に広がり、発生した熱は異形をミディアムレアで焼き払い、爆轟によりまき散らされる無数の破片は異形を雑に切り刻む。

 果たして異形生命体は己の命(これを生きていると仮定すれば、だが)を次々と死神に捧げていった。

 だが死神とて万能ではない。稀にその刃からすり抜け呂玲(ロィレン)目掛けて突撃を進める不埒な輩もいる。

 そんな彼らにはまるで槍衾(やりぶすま)のように金浦要塞(きんぽようさい)から繰り出される砲撃により次々と粉砕された。

 だが、

 それでも、

 なお突撃を敢行せんとする異形がほんの十数体。

 しかし、その蛮勇は結局のところ彼らの()()される時間をほんの数秒延ばしただけに過ぎなかった。

 なぜなら、その先に待ち構えるはこの国で2()()()()()()者であるから。

 

 

龍ノ型(りゅうけい)龍神吹雪(りゅうじんふぶき)!」

 

 

 呂玲は自身が背負っている巨大な大太刀を頭上で、時に角度を変えながら回し続ける。ただそれだけの簡単な武技であったがその効果は絶大だ。

 彼女の片腕の長さと大太刀の長さ、柄の部分を除いても合計して3メートル以上。つまり彼女を起点として直径約6メートルもの広範囲を僅か一秒未満で高速回転するその刃に次々と異形が絡めとられ──強烈な遠心力により()()()()()()()()()

 当然外に待ち受けるは幾重にも張り巡らされた死神の刃。かくして彼らはその命を刈り取られることと相成った。

 このようなプロセスを経て数万もの異形生命体の群れはあっという間に全滅したのである。

 

 

 その衝撃的な光景をヒロシをはじめとする遣翠使(けんすいし)の面々は呆然と無形(ウーシン)の“小眼球(シャォイェンチョウ)”を通して眺めていた。

 

「何という火力。本官は初めてこれ程の大火力を見ましたぞ!」

「す、すごい。あんなにたくさん『ばけもの』がいたのに……」

「本当に恐るべき練度だな……正直言って脱帽ものだよこれは」

 

 力道(りきどう)睡蓮(すいれん)曲直瀬(まなせ)がそれぞれ感想を絞り出すように漏らした。初の「近代戦」に圧倒されている様子だ。その反応に無形がドヤ顔を披露していた。

 

翡紅(フェイホン)様が召喚された兵器ですからこの程度造作もないことです!」

「……あのね、それよりも称賛されるべきは今『その身一つで戦っている兵士達』の方よ。かれらがその命を懸けて戦ったから今の翠玉が生き延びてこられたの。そのことを忘れてはダメよ、無形?」

 

 自身の能力を持ち上げられ意外と満更でもなさそうな翡紅であったが、その一方で思うところがあるのだろう。壁上よりしゃがんで無形となるべく目線を合わせたうえで教え諭すようにゆっくりと無形の頭を撫でながらそう言った。

 彼女は彼女で特に反発する様子もなく素直にその言葉に頷いている。よい師弟関係、とでも言えばいいのだろうか。

 

 それにしても、とズキズキする頭をそっと抑えながらこの戦闘を振り返ってふと思う。()()()()()()()()()だぞ、と。

 

 この戦法はいわば呂玲以外の兵士がミス、すなわち()()()()()()()()()()()()()()()だ。陸の各種砲による攻撃はまだいい。問題は爆撃と艦砲射撃だろう。少しでも測的を誤ればたちまちのうちに「囮」役の呂玲を傷付けてしまう。そうなれば間違いなく異形生命体の群れは金浦要塞に向かうだろう。

 そのような事態になってしまえばどうやっても確実に同士討ちが発生する。コラテラルダメージ(やむを得ない犠牲)なんてレベルじゃすまないだろう。何より今、この場には翠玉国の最高権力者(翡紅)がいるのだから。従って爆撃機も戦艦も無用の長物と化す。

 だからもう一度言うけど翠玉の兵士達のうち誰かが一人でもミスれば……僕たちの敗北だ。

 幸いにも今回は勝ったからよかったものを。

 

 ……ん? まてよ。

 あれ?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あれ?

 何か、おかしい。一体誰の、こんなことチトセの能力でぶち込まれた情報にもない……

 あれ?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 僕はその奇妙な感覚に意識を奪われそうになるが──呂玲の大音声(だいおんじょう)で現実に引き戻された。

 

 

「まだ勝負は終わってねぇ! そこに隠れている奴、出て来やがれ!」

 

 

 呂玲が厳しい顔で数キロ先の小高い丘を睨み付けている。と、ある一点が盛り上がり何かが這い出て来る!

 その姿は正しく異形であった。

 

 全体のシルエットはギリギリ人型であった。……特に下半身は完全にヒトと同じだ。問題は上半身。色々と表現の仕方はあるだろうが僕には()()()()()()()()()()()()()()()()、と感じた。

 その肌は例によって極彩色。思わず目を背けてしまうような鮮やかで背徳的な数々の色。全身を奇妙な粘液で覆い、細かい無数の血管がピクピクと自我を持つように蠢く。その個体(異形)にとって十字架の中央の部分が「顔」らしい。

 気持ち悪いことに「顔」は3つあり時たまその位置をランダムに入れ替えている。形容しがたい水音と共に。

 と、ソイツは汚らしい臭気をまき散らしながら3つの口でもって時には息を合わせて、時には各々が勝手にしゃべり始めた。なので大変聴きづらいはず。

 だが実際には強制的に意味不明の言語を脳内に刻みつけられるような感覚に襲われ、今にも吐きそうだ。

 

「「「あア、わたシ達のン仲間ガアぁぁ、またばらばらニなつてしむオうた」」」

「nJaa4Ptu。ごノまマではヴぉん方におもぢ還れぬ。おもヂ孵れぬ」「アんというこト。あントイウコと、aんというこto」「しね、シネ、死ね、子ね、梓ね、氏ね、豁サ縺ュ(死ね)

「「「ムだ、がちしあちニア、だま蟶5悍(きぼう)ンがありゅ!」」」

「piTYa4ggutU。002ネんごけて熟成じタあのりーゆーうーヴぉよふおう」「好いぞ、いイぞ、saんぜイだzo」「豁サ縺ュ(死ね)、氏ね、梓ね、子ね、死ね、シネ、しね」

「「「ぼ、お、わ、レラ『墓守』のりょくどノ卦劭(結晶)。受け取るをおイでまし」」」

「nJaa4ggutU。MInnAデちからヲあヴぁるせヴンンdあ!」「云おう、うタオう、zaげぼu」「梓ね、子ね、豁サ縺ュ(死ね)、シネ、しね、氏ね、みぃiイんナ死ね!!!」

 

「「「iデ8、腐爛天ノ使龙(真ドラゴン)!!!」」」

 

 

 その言葉と共に大地が蠢動し──轟音と共に大地がひび割れる。

 どこからか()()()の音が鳴り響いた。

 



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降臨セシ大怪獣

 第一の生き物はししのようであり、第二の生き物は雄牛のようであり、第三の生き物は人のような顔をしており、第四の生き物は飛ぶわしのようであった。
 この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その翼のまわりも内側も目で満ちていた。そして、昼も夜も、絶え間なくこう叫びつづけていた、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者にして主なる神。昔いまし、今いまし、やがてきたるべき者」。
 ──ヨハネの黙示録 4:7~4:8

 この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。
 地上に投げ落とされたのである。
 その使いたちも、もろともに投げ落とされた。
 ──ヨハネの黙示録 12:9

 その時には、人々は死を求めても与えられず、死にたいと願っても、死は逃げて行くのである。
 ──ヨハネの黙示録 9:6


 地獄の蓋が空いたような亀裂の中から()()()の音と共に巨大な生命体が姿を現した! 

 その体躯は最低でも50メートルはありそうだ。表皮は当たり前のように極彩色に覆われている。

 「墓守」の言葉を借りるとするならば、こいつはドラゴンということになるのだろう。だがその見た目は……グロテスク、などというレベルを遥かに超えていた。というのも進化論を全否定するような()()()()()()()としか思えない体の構造をしていたのだ。

 

 具体的には、その生物(ドラゴン)には。

 頭に生える1本の角、2対の左右非対称の羽、3つの禍々しく輝く目、4つの正方形の辺のように並んだ口、5つの不均等に配置された脚、6つの奇妙に捩じくれた尾、7つの不揃いな腕、そして……無数の(かお)を持っていた。

 無数の貌はその大半が胴体に集中していて……待って。あれって、全部人の顔じゃないか! 

 その顔はそれぞれ何かを叫んでいるようだ。……無形の“小眼球(シャォイェンチョウ)”がそのドラゴンに近づくにつれはっきりと聞こえるようになった、が。そこから聞こえてきたのは、

 

「たすけてくれぇぇぇ」    「мать!」    「你为什么不杀了我!」     

  「Kenapa kau terlihat seperti ini...」    「يا إلهي ! ساعدني من فضلك!」    「위대한 장군님, 만세!」    「Энэ нь надад дахиж дургүй!」    「Please, kill me ... kill me ,Please!!」

 

 あらゆる言葉(言語)で泣き叫ぶ死にたくても死ねない、哀れな亡者達の慟哭の声だった。

 その、余りにも凄惨な光景に僕達は言葉を失う。曲直瀬が即座にまだ幼い睡蓮の両目を慌てて塞ぐ。その恐るべき光景を記憶に刻み込む前に。

 

 そんな僕らの慌てように満足するかのようにドラゴンは4つの口を奇妙に蠢かせ雄叫びをあげる。

 

「「「「GGYOOOOAAAA!!!!」」」」「「「「BBZEEEEAAAA!!!!」」」」「「「「MMIYYYYAAAA!!!!」」」」「「「「TTKRRRRIIII!!!!」」」」

 

 凄まじい音圧が辺り一面を襲う! 咄嗟に耳を塞がなければ鼓膜が破れてしまうと思えるほどだ! それ以前になんと気味が悪い()なんだ!? 4つの口がそれぞれ同時に別の音を出し、とても言葉に表せない音色を、音楽を作り上げたのだ。

 ドラゴンが雄叫びをした際、全身が振動し多数の極彩色の腐肉をボトボトと雨のように降らした。ところがその腐肉は未だ活発に動いており元気よく、活きのいい魚が飛び跳ねるようにして再びドラゴンと同化していく。その様子は悍ましい、などという単語では到底表せないものだ。()()()()()()()()()

 実際、翡紅も含めて全ての人の顔は青く変色し、堪え切れずに吐いてしまう者が続出していた。辺り一面に腐った肉の匂いと鼻の奥に沁みる酸っぱい匂いが満ちる。

 

 そしてドラゴンが歩み、いや這いずり始める。蛞蝓(なめくじ)のように。5つの脚と6つの尾でもって。辺り一面の極彩色の土砂がその歩みを祝福するように舞い踊る。更に信じられない事にあのドラゴンの周辺の()()()()()()()()()()()()()()()()()! 

 その変化から察するに膨大な量の異形生命体が融合しているから、放出される「混沌(ケイオス)」も相当な量だろう。この現象はCCPA値(大気中に存在する「混沌」の濃度)が非常に高い時に見られるらしい。それを見た無形が恐怖のあまり青、を通り越して白色に染まった顔で翡形へこう進言する。

 

「あれ程の混沌の量! あれじゃぁ奴が何かをするまでもなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 無形はどうやら撤退を勧めているようだ。

 幸いにもその進撃速度は遅い。時速2キロとかそのくらいか。現在の相対距離はおよそ3キロ。なので今なら充分逃げることができるだろう。

 

 その時、後方よりバタバタという足音が複数聞こえてきた。振り返ると多数の兵士と共に明らかに身に付けている服が違う女性が1人──恐らくあれが先程の会話にあったこの要塞の指揮官である(キム)容姫(ヨンヒ)大将だろう。

 

「翡紅閣下、我々の火力(陸上部隊)では奴を倒すことは到底不可能です! どうかご指示を!」

「そうね。流石に重砲であのデカブツを倒せとは言わないわ。まずは……呂玲‼ 聞こえてるわよね⁉ 一旦こっちに戻ってきなさい!」

 

「おう!」

 

 翡紅が口に手を当て、即席のメガホンを作りながらそう叫ぶと、呂玲のドデカイ返事が聞こえた。ドラゴンの這いずる音(地響き)の中で聞こえるのか、と一瞬思ったがどうやら杞憂の様だった。

 そして呂玲はこちら目掛けてダッシュ……というより飛び跳ねながらあっという間に要塞まで到達。さらに壁を垂直に走り抜けて戻ってきた。そして金大将の手をかりて壁上より降り立つ。僅か1分ほどの出来事である。今更ながら彼女の肉体能力には驚かされるばかりだ。今更なんだけど彼女、本当に人間?

 それを確認した翡紅は次の指示を出そうとして、というタイミングで彼女は何かに気づきポケットより携帯端末(スマホ)を取り出す。そして親指で少し操作すると凛とした女性の声が聞こえてきた。

 

「こちら雷天《レィチェン》空将です。閣下、念のためにと思い『()チューレ海軍基地所属のB52(ストラトフォートレス)、計3機を既に全機出撃待機させておきました。即座に出撃できますが如何されますか? 彼の機に搭載されている()()()()ならば彼奴(あやつ)(たお)せると愚考いたしますが」

「……残念だけど今回はそれを使うのはナシね。こちらへ到着するのは多分一時間と少しかかるんでしょう? 空将」

「仰せの通りです。閣下」

「それよりもあのデカブツが放出し続けている混沌がこちらへたどり着く方が早いわ。風向きにもよるでしょうけど。万が一B52が間に合ったとしても……私達が爆発に巻き揉まれるか、その後に発生する()()()()()()()の被害を受けてしまうわ。私はね、お父様とそれ以前の代で幾度も繰り返された過ちはもうこりごりなの。奇形児なんてもってのほかよ。そういうわけでごめんなさい、空将。貴方の案は採用できないわ」

「承知致しました。全ては閣下の御心のままに」

 

 先程から続く翡紅と部下? の雷天空将なる人物の話を聞いていると……あれ? もしかしてこの人達、本気(マジ)であのドラゴンを倒すおつもりで?

 

「さてと。聞いてたわね? 貴方の出番よ、ティマ!」

 

 どうやら本気であるらしい。




はじめまして。作者のラジオです。
老婆心《ろうばしん》では、と思いますが一応プチ解説を。

本エピソードで登場するチューレ()()基地、は()()()()()()()()()
ということを念のため、申し上げておきます。
気になった方は是非、調べてみてね。


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史上最大の“さばき”

ティマは翡紅の手を借りて壁上に立つ。

 

「……陛下。よろしいのですか? あの中(ドラゴン)にはひょっとして陛下の……」

「ティマ、それ以上は言わなくていいわ。わかってる。お願い。彼らの……苦しみを、断ち切って、楽にしてあげて」

「……了解いたしました、陛下」

 

 ティマはそう言い終えると両手をゆっくりと、極彩色の空気(高濃度の混沌)を侍らせながら、ゆっくりと進撃を続けるドラゴンへと向けた。

 

 その様子を遣翠使の面々(僕達)は疑念の目を向ける。ティマが「魔法」を使える、ということはもうわかった。でも、正直な印象を言えばあの50メートルもの体躯を誇るドラゴンを魔法で倒せるとは思えない。そんな不安を表すように曲直瀬や力道は目配せしあう。

 と、ティマがほんの少し首を曲げてこちらを振り返り、その刹那、アメジストの湖が僕の姿を映す。湖の穏やかな波紋が「心配しないで」と語った気がした。そして邂逅は一瞬で立ち消える。幻のように。

 改めて迫りくる脅威(ドラゴン)をその双眸に納め、ティマは小さな声で厳かに何かを呟き始めた。

 後に知ったのだが、その時ほんの僅かに聞き取れたモノは「詠唱」というらしい。

 

 

 

 

 

 

「……ገነት、መሬት、…………የእኛ……በረከት ተቀበለ……………………የእሳት መንፈስ、……ስም……ጠጠርሁለቱም、ሃራእ」

 

 そこで1拍ついて、声帯を震わせる。

〘堕涙絨焔礫〙

 

 そこまで聴いた時、翡紅が大声で叫ぶ!

 

「総員対衝撃(ショック)・対閃光防御を取りなさい! 空軍部隊は直ちに当空域より離脱しなさい! 来るわよ!」

 

 同時に要塞内にサイレンが鳴り響く。

 兵士達は建物内に避難するか、付近の遮蔽物に身を潜める。翡紅も即座に壁上より降りて身をかがめ、耳を塞ぎ口を大きく開ける。僕達もそれに見よう見まねで倣う。

 

 その数秒後に。

 僕は見た。

 

 

 

 また、大いなるしるしを行って、人々の前で火を天から地に降らせることさえした。

 ──ヨハネの黙示録 13:13

 

 

 

 

 鈍色(にびいろ)の雲海に、突如として奈落の底まで続くような大穴が開き、5メートル程の焔に包まれた水滴型の石礫がドラゴンへと向け降り注がれる!

 ティマは焔に包まれた()()を召喚したのだ!

 召喚した隕石の数は10、20なんてレベルじゃない。いちいち数えるのがばかばかしくなるような量! まるで機関銃(シャワー)のようだ。

 

 ドラゴンは信じられない、という貌でその光景を見つめる。

 石礫が命中する度に──

 角は折れ、羽は捥げ、眼玉は潰れ、口は歪み、脚は捻じれ、尾は焼かれ、腕は千切れ、無数の貌は安堵と歓喜と祈りの表情を浮かべて四散する。

 周囲には大量の、カラフルな肉片がまき散らされ、それぞれは再び母体と1つになろうとひも状の表皮(触手)のように未練がましくのたうつ。が、それらにも容赦なく石礫は降り注ぎ焔で焼かれ朽ちてゆく。

 ドラゴンに()()するたびに、先の爆撃や砲撃とは比べ物にならない轟音と振動が大地を襲う。要塞全体がその仕打ちに抗議するかのように(きし)み声を上げている! 

 

 ()()()は十数分にも渡って続いた。穢れ(ドラゴン)を一寸も残さず消滅させるまで。

 

「「「「IIIAAIAAAA!!!!」」」」 「「「「HHHAAZTTTT!!!!」」」」

「「「「AAAA────HHUTTTT!!!!」」」」「「「「AAAGGUNNNN!!!!」」」」

 

 

────ドラゴンは断末魔の叫び(讃美)をあげた!!!!

 

 

 

 

 (前略)死も黄泉もその中にいる死人を出し、そして、おのおのそのしわざに応じて、さばきを受けた。

 それから、死も黄泉も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。

 このいのちの書に名がしるされていない者はみな、火の池に投げ込まれた。

 ──ヨハネの黙示録20:13~20:15

 

 

 その日、地球上のとある場所で、無数の光が幾度も点滅した。

 それと共に轟く歓喜の輪唱(断末魔)は月まで観測されたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○○○○○○

■■要塞 アースガルズ

ビフレストの天文台にて

 

「お、花火がよく見える見えおる」

「始まったようですねぇ」

「もう彼女に連絡はしたのです?」

「ええ。手筈通りに、と。これでまた一つ確かめられるでしょう」

「ちと慎重過ぎはせんか? 事実上もう確定しとるのだろう?」

「まあ、そうですがね。これはいわば余興というやつですよ博士(はかせ)。尤も、始まってすらいませんけどね。はははっ」

 

○○○

 

 

 魔法の威力こそ凄まじかったが、その規模に反して()()()ほとんどなかった。一定の範囲のみ効果を作用させる、とはいかにも魔法らしいな。曲直瀬は後に振り返った時そう語ったという。

 

 それはともかく、力を行使した(魔法発動)後、しばらくティマはボーッとしていたようだがその体が突然脱力しふらふらとしながら後ろに倒れてくる! 少し前にされた翡紅のセリフがふと頭を過る。しまった。魔法を使ったということは……!

 

 僕は慌ててティマを抱きとめる。その体は()()()湿()()()()()()()()()

 その顔を覗き見ると、そのほんの少し前まで色素が薄い真っ白な肌は赤に染まっていた。目から、鼻から、耳から、口からだらだらと血が漏れ出ている! 特に口からが酷く、弱々しい息と共に鮮血が湧き水のようにコポコポと流れ出ていた。

 後ろから抱き留めた際の水っぽい感触から言って恐らく体中がこうなっているかもしれない……!

 勿論、彼らがこの状況をぼーっと見ているわけがない。無形が即座に“小手《シャォダーショゥ》”を使って「魔素(マギジェン)ボンベ」と吸入器を僕に手渡ししてくれた。

 急いで装着しようとするが苦しそうに痙攣《けいれん》もしているので中々上手くできない。急がないと! その時ティマが「ゲホ、ゴホッ!」と一際大きく喀血(かっけつ)した! 血と細かな()()が勢いよく飛び出し顔にかかる!

 丁度そのタイミングで服が()に染まることを厭わずに翡紅がティマの体を急いで固定。そのスキを突いて吸入器をあてがう。

 

 そして2,3回中身(魔素)を吸い込んだティマの容態は急速に回復していく。

 よ、よかった。取り合ずは一安心だ。ずっとこうして抱いてるわけにもいかないので翡紅と一緒に少し後ろのスペースへと寝かせた。呼吸も心なしか安定し始めているようだ。

 

「ティマのこと、ありがとね」

「あ、っはい! 当然のことをしただけですよ!」

 

 翡紅から渡されたタオルで顔をぬぐいながらそう答えた。……ん。何か口の中に肉が、入ってる? あ、つい飲み込んでしまった。

 ちょっと甘い味がした。

 

 

 みんなのところに戻ると睡蓮や力道が駆け寄ってきて口々に無事かどうか聞いてきたので問題ない、と笑いながら軽く受け流す。

 周囲を見ると呂玲や無形は要塞内の兵士達を労っている。その様子からかなり尊敬と信頼を受けているのだろう。特に呂玲が。

 翡紅と曲直瀬は何かしらを話している。本来の目的である「交渉」の予定を詰めているのだろう。

 

 僕達の頭上を役目を終えたB29がゆっくりと翼を左右に振りながら(バンクしながら)飛び越えていく。

 

 暫くして打ち合わせを終えたのであろう、翡紅が曲直瀬の元を離れて再び壁上へ登る。そして大勢の兵士たちの前で次の命令を出した!

 

 

「さぁて、全兵士諸君! かねて通達した通りこれより金浦要塞を永久放棄、全面撤退するわよ!」

 

 そういえば戦闘前の演説で「ここでの戦いは今日が最後」とか、「もうここは放棄するからな」などと最後のあたりで言っていた気がする。今翡紅が言ったのはこのことだろう。

 ……? でも、たった今戦闘に「勝った」のに? それともここはさほど重要でもない拠点だったってことなのか?

 何か釈然としないが兵士たちは特に疑問を感じてないのか、それとも既に決定事項であったためか、きびきびとその準備に取り掛かろうとして──

 

 

 

 その動きが突如として止まった。

 そして、全員が、一斉に己の武器を構えて。

 翡紅の方向へと向けられる!

 

 えっ?

 一体何が起きて

 

「翡紅閣下、その件に関しては何度も反対を申したはずです。言葉で受け入れられぬなら剣を取るまで!」

 

 その怒気を孕む声に悪い予感がして、振り返ると──

 (キム)容姫(ヨンヒ)大将がまだ完全に回復しきっていないティマの首元を片腕で固定し、更にこめかみに銃を突きつけた状態で翡紅をにらみつけている!

 

 まさか、反乱⁉



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反乱・目覚め・毒

 偽りの魅力、あなたを酔わせる、夢の中、変装、など
 ──ダチュラの花言葉


「翡紅閣下、その件に関しては何度も、などんも、何度も反対を申したはでずす! この地を離れることは何が何でも反対、反対でるあと!」

 

 金容姫(キムヨンヒ)大将は卑怯にも意識がない状態のティマを人質に取った状態で喚き散らしている。その目は素人の僕が見ても異常なほど充血しており、興奮のためか顔も真っ赤だ。

 というか一体なんだこの状況は!? つい10秒ぐらい前までは何の異常もなかったはず。

 そっと周りの様子を横目で伺うと曲直瀬達だけではなく無形や呂玲も激しく混乱しているようで目を白黒させている。そして僕達に剣先や銃口を向けている多くの兵士達も()()()()()()()()()()()

 唯一落ち着いているのはこの場で最も危険な立場にいる翡紅だけだった。

 

「金大将、まだわからないの? 貴方が今まで散々書面で喚き散らしていた偉大なる先祖とやらの使命とか、そんなこと言っている場合じゃないのよ?」

「そんなこと、だと⁉ 貴様は我が誉れ高き(キム)一族を愚弄するとういのか!」

「……はい?」

「今から数百年前のことだ。かつて存在した崇高なる我が祖国は海の向こうの国共と仕方なくではあるが同盟を組み、80年来の悲願であった祖国統一を南の資本主義に毒された傀儡政府を倒すことで実現したのだ! だがあの忌々しい異形生命体によってわが祖国は蹂躙され壊滅した! だが我らの偉大なる指導者様はそうなることをあらかじめ予期し、少数の防人(さきもり)を配置なさった! それが私の祖先だ! つまり私にはこの神聖な土地を守る義務があるのだ! 断じてこの地より離れることは認められない!」

 

 何だ? 突然金大将が演説を凄まじい早口で始めた。宇喜多大臣みたいだ。だがその内容はほとんど理解できない。

 多分旧時代の歴史の話、なのだろうけど……祖国統一? 傀儡政府? 偉大なる指導者様? 聞きなれない用語ばかりだ。もし暦さんがこの場にいれば解説してくれるのだろうか、と場違いなことを考えてしまう。

 翡紅も何言ってるんだコイツ、みたいな顔をしている。そして嘲りの表情を浮かべながら言い放つ。

 

「で? その崇高な使命とやらに賛同した人はいないようね。自分の『能力』で()()()()()()()()()()()()()私を殺すつもり?」

「その通りだ。この国(翠玉国)で最も強い存在である()()()()()を人質に取ればお供の欠損少女(無形)も、人型兵器(呂玲)も動けまい!──動くなよ。1ミリでも動いてみろ、コイツの命はないぞ。まあ今にも死にそうだがな!」

 

 金大将はそう脅しながらティマの首を更に締め上げ、ハンドガンの銃口を銛のようにこめかみに向けてねじ込ませる。

 いつのまにかティマは意識を取り戻していたようだ。どうにか片目だけ半開きの状態で状況を確認している。その顔は窒息寸前であるためか苦痛に歪み、小さく呻いていた。

 その様子をみて思わず(衝動的に)、といった感じで呂玲が背中の大太刀に向け手を伸ば

 

【うん?】

 バン!                             

 響く銃声!

 呂玲の手が銃弾によって弾かれる! 彼女は不快そうに弾かれた手をちらりと見た。

 

「ひっ! かっ体が勝手に……! も、申し訳ありません呂玲様!」

 

 凶弾を敬愛する英雄へ向けてしまった、まだ10代半ばと思われる兵士が涙ながらに謝る。その顔は後悔の涙に溢れ、体は激しく震えている──銃を持つ両手を除いて。その不自然さがはっきりと物語る。肉体を強制的に操作されていると。僕らに己の武器を向ける数多の兵士たちはその顔を絶望の色で染めた。

 

「動くな、といったろう? さてと」

 

 金大将はそう言いながらティマのこめかみに押し付けている銃を太ももへの辺りに移動させて(押し付けて)──くぐもった銃声!          

【ほう。】

()()()()()()()()、そこから排出された暴力がカチン、カララ……と床に転がる音が静かに響く。

 

「~~~~ッ!!」

「あんた……!」

「おや、貫通してしまった。これは失敗。これではいまちい苦しめないゃじないか。弾の無駄遣いだ」                      

 

 金はおどけた口調でそう言いながら銃を再びティマのこめかみへと押し付けた。彼女の顔は相次ぐ苦痛の津波により汗と涙で覆われてしまっている。

 アイツ、なんてことをしやがる! どうにかして解放してあげないと! ……でも、どうやって? 体を動かす事も叶わず、ただ頭の中で考えが浮かんでは消え、それを繰りかえ【もういいか?】目の前が真っくら【仕込みを始めよう。】

 

 そうして5分程経過した。                           

 全員が迂闊に()()()()中、無情にも時だけが歩み続ける。

 ポタ、ポタとティマの悲鳴が静かに垂れ流れ、鉄さび色の水たまりが足元に形作られていく。

 しっとりとした甘い香りが辺りを緩やかに漂う。

 と、卑怯者(金大将)が最終通告を突きつけた!

 

「さて、翡紅閣下。私の要求はもうお判りでょしう? (ただ)Tに金浦要塞の永久放棄を撤回なさi。Mっとはっきり言いましょうか? 『()()()()』を永久凍結しなさい。さすればこれ以上の流血は避けれらるでしょう」

 

 それを聞いた翡紅はきっぱりと、即座にこう告げる。

 

「それはできない相談ね。私もはっきりと言うわ。答えは『ノー!』よ! さあ、どうするのかしら? とっとと私を殺したら?」

「……ッ! 貴様ぁ! その命が惜しkないのか!?」

 

 返答を聞いたクズ野郎(金大将)は初めて狼狽したようなそぶりを見せ、甲高い声で喚いた。                   

【そろそろ効いてくるか。】

 

「当たり前じゃない。私の命はそう長くないもの。今更命を惜しむとでも思った? 残念でした。お父様の代(皇帝の座)を継いだ時から、この能力を使い始めた時からそんな覚悟はとっくに出来てるわよ」

「ぐっ……」

「ところで1つ聞きたいのだけど……貴方は私を殺した後、どうやってこの地を守っていくつもり? 私がいなくなれば兵器も、燃料も、食料も、生活必需品もみーんな手に入らなくなるわよ?」

「そんnaこと! 我らn素晴らきし主体(チュチェ)思想さえあばれどうとdeもなる!」

 

 金大将は瞳孔を散大させ、激しく興奮した口調でそう断言した。その内容に何の疑問も持たない、といった様子で。

【さてと。】

「話にならないわね。かつてのアンタの祖国と何も変わっていないじゃない。……一体何を見て、学習して今まで生きてきたのかしら?」

 

 最早翡紅は侮蔑の表情を隠そうともせず静かに罵倒する。

 金大将は今度こそ激高した! 「ちょっと!? 一体何を」 そして──           

 

「もういぃ! これいじょぅはじかんのむdぁにゃsおうiんぎゃくzくにむ、けぇ て??? おみゃeら、dこをMてい…………は?、あ?」

 

 

 もう、誰も金容姫大将を見ていなかった。

 皆、とある人物の光景に釘付けであった。

 翡紅は見た。

 無形は見た。

 呂玲は見た。

 力道は見た。

 睡蓮は見た。

 兵達も見た。

 

 曲直瀬は心の中で驚愕していた。彼女は今、その人物を自身の能力『透視』で見ていた。この能力は、その名の通り対象の内部構造を全て見通すことができる。その能力を使ったことを心底後悔しながら。

(何だあれは……()()()()()()()()()()()()! こんな短時間で、一体どうやってあんな形態に……進化? 変態? いや、擬態か?)

 

 

 

 金大将は、ようやく己の状態に気づいた。両手がえぐり取られていたのだ。勢いよく振った後の炭酸飲料水の栓を抜いたように鮮血がびちゃびちゃと飛び散る。

 

「nあ、え? い、うぁaわぁ⁈」

 

 ろれつの回らない舌で叫びながら皆の見ている方向を向いた。

 

 そこには、なにか(ヒロシ)がいた。

 ()()()()でこの場にいる全員の顔を()()()()()()()、仁王立ちしている。

 その両手にはティマが横向きに抱えられていた(お姫様抱っこされていた)

 ティマは既に狂信者の魔手より救出されていた。

 

 

 金大将はその光景を訳が分からない、といった目で見ていた。

 いつの間に?

 混乱した顔で目線を行ったり来たりしていたが、彼女はふと違和感に気づいた。顔がやけに湿っている。吹き付ける風が鋭い痛みを引き起こさせた。

 下を見る。

 赤と肌色が写った。顔面の皮膚だ。醜く爛れている。ずるりと腕の皮膚が剥がれ落ちる。びちゃん。地面に水音と共に着地する。異臭が漂いはじめる。びちゃばちゃっ括約筋(かつやくきん)が音もなく開き排泄物が滝のように流れ落ちる。足元から茶と黄土色の汚水がご挨拶を申し上げた。

 叫ぼうとした。できない。その舌は通常の5倍近くは腫れあがっている。水疱まみれだ。もう彼女は見えない。白濁した目玉が眼窩よりするり、と抜け落ちる。ぺちゃり。彼女の喉は膨れ上がり気道を完全に塞ぐ。

 ぐちゅり。彼女の体はバランスを崩して。どばぁ。地面と熱い抱擁を交わす前に激しく溶解した。べちゃっばちゃぐちゃっ。爛れた肉片が四散した。

 少し、遅れて軍服がはらり、と床に舞い落ちる。

 金容姫が確実に生きていたという痕跡はただ、それだけであった。

 

 なにか(ヒロシ)が満足そうに頷いた。




(前略)「園にある木(の実)はどれでも食べたいだけ食べてよい。ただし、善悪を知る木(の実)は決して食べてはならぬ。それを食べたが最後、死んでしまうのだ」
  ──創世記 2:16~17


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ファースト・コミュニケーション

 恰似(アタカモ)珊瑚(さんご)細條(ほそじょう)其大(そのおおき)(およぶ)()一尺(いっしゃく)(いた)ルト云者(いうもの)諸州(しょしゅう)風土(ふうど)ニタガイ(あり)ベシ大毒(おおどく)アリ
 ──『梅園菌譜』51ページ、火焔草(カエンタケ)より一部抜粋  ※1

  CAUTION
 MANCHINRRL TREE
  Do not eat or handle, nor shelter when raining.
  Berries can be poisonous.
  ──カリブ海の島々に生息している、有毒植物の注意喚起用立て札より ※2 


 ティマは薄れつつある意識の中、その出来事を見た。翡紅様と突如裏切った(キム)容姫(ヨンヒ)大将とが交渉……もとい脅迫の応酬をしている中、突然()がこちらへと向けすたすたと歩き出したのだ。

 彼が近づくにつれ甘い、しっとりとした香りが強く香ってくる。

 意識が鮮明になっていく。

 

(……なに、をしてるの? こっち、きちゃだめ、うたれちゃ──)

 

 ところが、不可解な事に誰も、何の反応も示さないまま彼女に拘束されている私の元へ彼──ヒロシ君が傍まで寄ってきた。

 何故か徐々に鮮明になっていく意識の中気づく、物凄い違和感。

 表情を見た瞬間、悟る。

 無表情だ。

 これまでの、私と似た、どこか自身のなさそうな表情は微塵もなかった。

 脳内に浮上する、ある文章。

 ()()()()()()()

 

 すっ、と右手を振り上げる。その右手は、いつの間にか鈍く輝く鋼鉄で覆われていた。ギザギザとした刃が楕円形を描くようにびっしりと生えていて、歪な横に広いスプーンにも見える。まさに異形の手であった。

 

 両頬の口角がすっ、とナナメ上にあがる。無邪気な笑み。

 翡紅様の「ちょっと!? 一体何を」という驚きの声。

 

 グチャ、ゴリィッ!

 肉と骨を抉り断つ音!

 なにか(ヒロシ君)が素早い動きで金容姫大将の両腕を半分ほど(えぐ)り取る! 

 更に左手で素早く手刀を振るい両手を完全に切断! 地面に落ちる前にそれを右腕で弾き邪魔だ、と言わんばかりにどこか遠くへと飛ばした。

 プラムの甘い匂いが何故かふわりと香る。

 カタン、と拳銃が落ちる音が響く。

 拘束から解放され、倒れかけた私をなにか(ヒロシ君)は素早く回収。横向きに抱きかかえた状態で再び元の場所に戻り始める。

 

(……え? どうして? この事態に気づいているの、翡紅様だけ?)

 

 異様な事に場にいる者()()全員がこの1分足らずの間に起きた惨劇に気づいていないかのように振舞っている。今しがた両手を失ったばかりの金容姫大将ですらだ。

 そして何事もなかったかのようになにか(ヒロシ君)は元居た場所に戻った。

 

 やがて場の者全員がようやく異常事態に気づき、こちらを一斉に見る。

 そして、金容姫大将の体に異変が、皮膚が爛れ、剥がれ落ち、肉体がぐずぐずに溶解していく様子を全員が目撃した。

 

 

 

 こんな時代だから、衝撃的な、醜悪な光景なぞとうに見慣れている。だが……生きながらに肉体を溶かされる、というのは、流石に初めてであった。

 これがその場に居た者達の総意であろう。

 

 金大将が死んだことにより兵士たちの束縛が即座に解かれた。そのことに気づくと兵士たちは武器を捨て、自発的に武装解除する。その中には地面へと向けて嘔吐(えず)くためにそうした者もいたのだが。

 

 

 それを横目で観察しつつ、なにか(ヒロシ)は丁重な手つきでティマを地面へと降ろす。

 多くの者が()の一挙一動に注目する中、彼は意外な行動をした。

 

 

 そこで、あなたの見たこと、現在のこと、今後起ろうとすることを、書きとめなさい。

 ──ヨハネの黙示録 1:19

 

 

 ポキリ、と乾いた音が響く。

 なにか(ヒロシ)は自らの右人差し指を折ったのだ! そしてブチィ、という音と共に引きちぎった!

 その奇妙な行動に皆が啞然としている中、更に不思議な行動に出る。

 

 まず、先の太ももに負った銃創のせいで未だに立つことができず床にへたり込んでいるティマを見る。

 次に銃創に向けて指を抜き取った際にできた傷より垂れる血を垂らす。ぴくり、とティマが一瞬震える。それは痛みではなく、単に血の()()()によるものであった。

 そして……人差し指を銃創に向け突っ込む! 

 

「は!?」

 

 その行動に息を飲む一同。

 肝心の本人(ティマ)は不思議そうな顔で自分の太ももを凝視している。指は丁度銃創のサイズと同じであるようでジャストフィットしている。

 やがて指と銃創の境がなくなったいき……キズは完全に塞がった。

 

 一体今、何をした? という周囲の反応を気にも留めずなにか(ヒロシ)は立ち上がり、()()()()()()()()()()()()()()。何もない事を確認し、満足したように体を僅かに揺らす。

 

「ねえ」

 

 そしてまるでおもちゃの電源を切るように脱力──

 

「ねぇ、そこの()()()

 

 その動作を止めた。首をやや上、壁上へと向ける。

 

「そう、あなたに話しかけてるのよ。言葉がわからないとは言わせないわよ? あるわよね? ()()

 

 翡紅がなにか(ヒロシ)に向けて話しかける。その双眸は好奇心でキラキラと輝いていた。

 一方でなにか(ヒロシ)は表情の変化こそないがどこか戸惑っているようにみえた。しきりに頭を()()()()()()()()まで振っている。

 

「いちいち『あなた』呼びじゃ味気ないわね。名前、なんていうの?」

「────a縺縺アア、ぼぁあぁ──iい、う鵜、獲エ……ウガフナグRuHuたぐん! いあ! はぁすたAー!」

「…………」

 

 なにか(ヒロシ)は最初、ただ口を開けていただけだが、そこから()()()()()()()、その後はまともな音を紡ぎ始めた。のだが、肝心のその「回答」に翡紅は声にならない呻きというかため息というべきか、をした。

 彼女は少しばかし空を見上げ、指でこめかみを揉みしだく。するといいアイデアが浮かんだのか、顔を輝かせながら再び話しかけた。

 

「こちらが何言ってるか理解はしているようね。いい? コミュニケーションというのはね、無形!」

「はっはい! なんでしょう翡紅様?」

あの子(なにか)のこと、どう思う? 正直に言いなさい」

「そうですね……ちょっと不気味だけど、クールでカッコいいです!」

「え″ そ、そう。なんかちょっと意外ね。てっきり怖がるかと」

「まあ最初は少しそう思いましたけど。でも私達の仲間(ティマ)を助けて、治療もしてくれたじゃないですか。そう考えると恐怖とか消えました。そ・れ・に、一連の行為を静かに、無言でしたじゃないですか! 超クールだと思いません!?」

「えっええ、そ、そうね。……ともかく、これが『コミュニケーション』、意志の相互伝達よ」

 

 そう言い終わるとじっ……となにか(ヒロシ)を見つめる。期待するかのようなまなざしで。

 するとなにか(ヒロシ)は息を大きく吸って、吐いて、吸って……を何度か繰り返したのち、

 

「名は、ない」

 




※1カタカナのルビは原文のまま、ひらがなのルビは筆者が独自につけたものです。  
  正しいものではない可能性があることをここに添えておきます。
※2具体的にどこの島か、という記述がないのは出典がはっきりとしていないため。


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おべんきょーのじかん

 精神病になると、幻覚や妄想といった症状が現れる。精神病は発症したり、また治ったりするのです。そして、薬物療法で回復が可能です。
 (中略)サイコパスには発症も治癒もない。()()()()()()なのです。
 ──『サイコパスを探せ! 「狂気」をめぐる冒険』 ジョン・ロンソン ※


「名は、ない」

 

 なにか(ヒロシ)は、少し前の「名前、なんていうの?」という翡紅の質問にはっきりとした返答をした。その答えに目をパチクリさせる翡紅。予想外の返答であったらしい。

 その一方で呂玲は鼻をひくつかせながら凄みのある笑顔を浮かべていた。

 

「へぇ……アイツ、たった今()()したのか! 凄い奴だな」

「そうなの(ロィ)姉ェ?」

 

「ああ、オレの勘がそうささやいているぜ! ……それよりも、翡紅! アイツから邪悪なニオイがぷんぷんするぜ! ()るぞ!」

 

 呂玲は睡蓮とちょっとした会話をした後、仮契約を結んだ主《翡紅》に向かってそう宣言をした(お伺いを立てた)

 そして翡紅が口を開く前に名無し(ヒロシ)に向け突撃する!

 この時両者の距離は10メール程離れていたが、呂玲はその強靭な脚力(2歩)で瞬時に距離を詰める! 既に大太刀は鞘より抜き放たれて、名無し(ヒロシ)の喉頸《のどくび》に向け空を切り裂き始めた。

 コンマ数秒後。

 刃は振り手の狙い通りに、するりと()()()()()()()名無し(ヒロシ)を不揃いな2つのパーツに切り分けた。

 小さい方のパーツがコン、コン……コロロ……と己の存在を示すように転がる。

 

 その結果にティマは両手で口を覆い、

 睡蓮は「ヒロシ兄ィ!?」と叫び、

 力道と曲直瀬は目を見開き、

 兵士たちは騒ぎ立てる。

 翡紅は冷静にそれを観察し、

 無形は疑問で頭を一杯に浮かべ、

 だが最も驚いているのは呂玲だった。

 

 

「あ、あれ? マジで? こんなにあっさりと? あわわわわ……オレ、また()っちまったのか!?」

 

 

 今更自身の行動に後悔しているのか慌てふためく呂玲。それに対し遣翠使(けんすいし)の団長たる曲直瀬が怒りの声を上げる!

 

「呂玲殿!? どうしてヒロシを突然攻撃したのですか!?」

 

「あっ、い、いや、その~邪悪なニオイが香ってきたから、つい……」

「おい」

 

「あなたのその特技のことは前から知っていましたが、それ以外に何か敵対する根拠はあったんですか!? 実際にヒロシは()()()じゃなかったですか!」

「おい、そこの()()」  

 

「うう、確かにそうだったけど……って誰が大女だ!」

「該当するのはお前だけだろう。どう見ても」

「なんだと!?」

 

「呂玲殿、話をそらさ、ないでも……らえ、え?」

「識別名を覚えるのは慣れなくてな。それよりもだな、早く()()()()()()()()()()()()()()

 

「ん? ほら、これでいいか? ったく誰が大女だ、もっとマシな呼び名あるだろーが」

 

 呂玲はそうぶさくさ文句を垂れながら先程切り落とした(こうべ)名無し(ヒロシ)に返した。

 

「どうも」

「お安い御用だぜ! ……あれ? 今、オレ、()()()()()()?」

 

 彼女はようやくその異常さに気づいて、改めて話し(相手)をよく、確認する。

 相手は名無し(ヒロシ)であった。それだけならば特に問題はない。だがこの時、名無し(ヒロシ)()()()()のだ。誰がどう見ても異常である。

 

 そんなことをお構いなしに名無し(ヒロシ)は受け取った頭部を何の迷いもなく首の上に乗せる。ヘルメットを被る様な気軽さで。そして右手で頭を軽くはたく。

 キュルキュルッ。

 頭はそんな音を出しながら丁度1回転し、本来の然るべき方向(正面)に収まった。

 本人としては前回にも(鈴鹿峠にて)経験済みということもあり、特に問題もなくスムーズにその作業(再生)は終了した。

 そうして何事もなかったかのように翡紅を見つめ直した。

 呂玲はそんな彼におずおずと話しかける。それは大雑把な彼女にしては大変珍しい態度であった。

 

「お、おい? あーそのー、なんだ、ゴメンな(悪かった)

「……? 何のことだ?」

「んん? そりゃー、今お前を勢いで()()()()()()ことに決まってるだろ?」

「? 何を言っているんだ大女。()()()()()()()()()()()()。なぜ謝る?」

「んんん? いや、確かにオレは()()()攻撃しようと思ったわけじゃないが……まあ、本人がこう言ってることだし。これで一件落着だな!!」

「そんなわけないでしょ呂玲」

 

 1人で自己解決しようとした呂玲に対し翡紅の冷静なツッコミが入る。その時の目は大変な細目《ジト目》であった。

 

「ちょっと呂玲、こっち(壁上)に来なさい」

「おう……」

 

 彼女は眉をハの字にした、しょんぼりとした表情でジャンプ。ぴょん、という軽い擬音が似合う気軽な動作で翡紅の元へ馳せ参じる。

 この時曲直瀬や力道は彼女の驚異的な、人間離れしたその動き1つ1つに「尻尾」を効果的に使用していることに気づく。それはともかく(閉話休題)

 

「この、おバカっ!」

「あでっ!?」

 

 翡紅は呂玲の頭をそれなりの強さで、親が子を叱るような所作でぶっ叩く。この場合は折檻(せっかん)と言い換えるべきか。

 

「アンタね、前から言ってるでしょう? カンを否定はしないけどその勢いだけで動くなって。特に対象が味方の場合は! 今回は()()()()()()()()()()()いいものを、そうじゃなかったら大変な事になっていたじゃない! そうね……今回の罰として……」

「ば、罰として?」

 

 呂玲は唾をゴクリと飲み込む。怯えと恐怖が顔に脱兎の如く(とても早く)迸る。

 

「次の褒美(召喚)、カットね」

「そ、そんなっ!? アレがなければオレ、どう癒しを得ればいいんだっ!」

「そ、れ、が、今回の罰よ。猛省しなさいな。さて、曲直瀬団長。この度は私の部下が()()したわ。どうかこれで許してくれないかしら」

 

 そう言って翡紅は丁重に頭を下げる。

 

「わかりました、陛下」

 

 曲直瀬は悩むそぶりも見せず即座にそう返した。仲間を()()されかけた割に、その罰が、謝罪が()()()すぎる? そう思う方もいるだろう。

 残念なことにこの場合、そう返すしかなかった、というのが実情だろう。それは両国の国力の差に由来するものだけではなく、受け入れる方と頼み込む方という明確な()()()()()というものがあった。

 

 外交に、交渉に、正真正銘の平等などないのはこの崩壊した(異形めいた)世界でも同じである。特に命が、国の命運がかかっている場合には。

 

 

 さて、短い会話劇の中でもこういった複雑な政治的背景があったのだが、名無し(ヒロシ)はそんなことは梅雨知らずという(ぼうっとした)態度で観ていた。その4つ目の内2つは閉じかけており、非常に眠たそうだ。

 

「さて、邪魔が入っちゃったけど。名無し(ヒロシ)って中々頭いいのね」

「……どうしてそんな……無意味な事を聞く?」

「そうかしら? 初めてコンタクトする存在がどの程度頭が良いのか、知性があるのか知ることは大切だと思わよ、私は。あなたが噂に聞くような()()でないことが分かったんだから」

「……邪獣? ……なんだ、それは」

名無し(ヒロシ)祖国(神国日本)での呼び名よ。知らなかったの?」

「……知らん。ヒロシ本人は聞いてない……ようだからな」

「そう。ところで、金容姫をどうやって殺したのかちょっと考えたんだけど。()よね? 菌類が生成するトリコテセン類毒素とか、マンチニールという樹に含まれるホルボール化合物とか……もしかするとそれ以外にも。(キム)の腕を喰いちぎったタイミングで注入したんでしょう? 更に私達に邪魔されない為にご丁寧にも幻覚成分を含む、微かな()()を散布して。あのしっとりとした甘い()()()()がそうなのよね? 私、全部見てたんだからね。最後の方はつい声が出ちゃったけど」

 

 その答えに周囲の者達は驚きと疑念をブレンドした表情を見せる。「あの現象は呪いとか、そういった類によるものではなかったのですか!?」と無形が驚きの声を上げた。その声はこの場にいる全員の疑問を集約しているようでもあった。

 

「私もその詳細について熟知しているわけじゃないから、断言はできないんだけど。この知識も『(ねこ)Ver.404』に残されていたXou Tubeの動画にあったものだし。で、どうなのよ」

「……知らん。俺はただ、ジャンク・バイブル(ごたまぜりれき)の中から適当なものを……見つけ、アップロード(上書き保存)、変態しただけだ」

 

 そのあまりに予想外な答えに「あ、あれっ?」と気の抜けた返答をしてしまう翡紅。紅き双眸が困惑に染まっていく。

 

「……何を使ったなんてどうでもいいだろうに。結果が全て……なんだろうお前たちは? さて、もういいか? ()()()()()()()()()、俺は潜らないと」

「潜る? ちょ、ちょっと待ちなさい! なら最後に──」

 

 名無し(ヒロシ)のただならぬ様子に翡紅は慌てて何かを言いかける。だが、口を開こうとした時、無情にもタイムミリットは訪れた。            

 名無し(ヒロシ)の肉体はまるで死んだように動きを停止した。

 ミチミチ……と肉が擦れ、膨らむような音。

 ポトポト……と頬にある2つの目と異形と化した右手が外れ、床に落ちる。

 グツグツ……と肉が盛り上がり、欠けた右手が一気に再生した。

 

 名無しはヒロシへと戻ったのだ。

 その体がぐらりと傾き、倒れかける──どうにか立てるまでに回復したティマが慌てて受け止め、そっと床に降ろす。

 その後直ぐに胸と鼻元に耳を寄せる。数秒後ティマは顔を上げ皆にこう伝えた。

 

「……大丈夫。気を失っているだけのようです」

 

 安堵の息がそこかしこから漏れ出た。

 一陣の風が優しく辺り一面を払う。

 それは此度の戦闘が終わった合図であった。




※傍点は筆者によるものです。
 引用文にはこの様な表現はありませんでしたが、とある意図の元追記しました。


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邪神ト書キ、魔王ト読ム。

 彼の考えは純粋で陽気。(中略)彼の魂には野心というものがなかったからです。朝日と共に目覚め、ハスターの礼拝堂に行って祈りを捧げました。
 ──『羊飼いハイタ』より アンブローズ・グウィネット・ビアス

 そこから汽車の音が聞えてきました。
 ──『銀河鉄道の夜』より 宮沢賢治



 

 カチ、コ、チ……カ、チコチ……カチ、コチ……

 大きな古時計が時を音色でもって刻む。本来ならば規則正しいその周期は、残酷な時の流れと手入れを怠った結果、今にも停止し重力により果てようとしていた。

 その横にはこれまた古い、日めくり式カレンダーがかけられている。古時計と同じく時の流れに身を任せた結果、色は元がなんであったかわからないほど変色している。中央には大きく「25」の文字があった。

 彼らは愚直にも主がいないにも関わらず、数百年もの間己が役割を果たしていた。

                                  

                                     蟲

 

 それも終わりを告げようとしていた。

 数キロ先で断続的に()()()()()()()()()。振動。それは彼らの最後の灯を断ち切る。

 古時計は己の役目を全うした(ガラガラガラ……)、と崩れ落ちた。その際に生じた風がカレンダーをはためかせる。お疲れ様、とでも言うように。

 …………やがて「25」も力尽き、万有引力に身を任せひらひらと舞う。

 現れる「26」。

 これもまた、17世紀の木に成ったリンゴのように、

 バサッ。

 生涯を終えた。                             蟲

 

 

 

 金浦要塞防衛戦が集結し、半日と少し。鈍色(にびいろ)の雲海によりほとんど見えない中。影薄く、朝日がおずおずと出勤する。

 10月26日。

 翠玉国はこの地よりの完全撤退を始めた。               蟲

 

 計一万と少し、の兵を載せた軍艦が次々と京畿湾(キョンギわん)から黄海(こうかい)に乗り出してゆく。    

 全て16ノット以上の速力を出す艦で構成された、その艦隊はまるで各国海軍による観艦式の様相を呈していた。

 なぜかというと顔触れは以下の通りの、国際色豊かであったためだ。

 

 先導するはアメリカ()海軍駆逐艦「ラルフ・タルボット」、「ブルー」の2隻。

 その後を少し離れて続くは、

 フランス海軍練習巡洋艦「ジャンヌ・ダルク」、スウェーデン海軍航空巡洋艦「ゴトランド」、米海軍給油艦「ネオショー」、スペイン海軍フリゲート「フアン・デ・アウストリア」、ドイツ海軍防護巡洋艦「エムデン」、アルゼンチン海軍空母「ベインティシンコ・デ・マヨ」、米海軍重巡洋艦「プリンツ・ユージン」、旧日本海軍空母「葛城」、旧日本海軍戦艦「長門」、米海軍給油艦「ミシシネワ」。空母の周りを複数の巡洋艦らが半円を描くように展開している。

 そして米海軍戦艦「アーカンソー」、「ネバダ」、「ニュヨーク」、「ペンシルベニア」ら4隻が後方にて扇形に展開、半円の後ろに蓋をするような状態で続く。

 彼女らの殿を務めるのは()()とでも言うべき旧日本海軍駆逐艦「雪風」、中華民国海軍駆逐艦「丹陽(タンヤン)」の2隻。

 

 簡単に言うと、やや歪な輪形陣(りんけいじん)(防御に重点を置いた艦隊陣形のこと。主に航空機から身を守る時に利用される)を駆逐艦(ピケット艦)2隻ずつで左右よりサンドイッチしたような陣形だ。

 

 計18隻の、本来であれば出会うはずのない淑女(艦船)たち。

 彼女達は母鳥が己がタマゴを守るかのような、ピリつく警戒心を醸し出していた。 各艦の砲塔はそれぞれ別々の方向を向いており、どこから敵が来ても対応できるようになっている。

 彼らが目指すは杭州湾(こうしゅうわん)に浮かぶ、翠玉国の()()海聚府(ハイジューフー)。約34時間の船旅であった。  

            

蟲                                  蟲蟲蟲

 

 その一方で上空にはB29の編隊と(補給のため戦闘終了後、仁川(インチョン)国際空港に着陸していた)未だ意識を取り戻さぬヒロシとその一行を載せたUS―2 9905が先行して海聚府に向かう。

 その速度差は圧倒的でありあっという間に上空の機影はなくなった。

 灰色の海をかき分けながら淑女は進む。本来ならとっくに海底に身を委ねるか、あるいはヒトの都合で解体・売却される運命より救ってくださった(召喚してくれた)新たな(翡紅)に報いるために。

 

 

 

 

 

蟲蟲                                 蟲蟲蟲 

 ブブブブヴヴヴヴ、ブブブブヴヴヴヴ…… 

 (ささや)くような、(うそぶ)くような羽音が空気をざわつかせる。  

 

 その光景を観察する者がいたのだ。蟲。蟲。蟲。そして蟲。そう。蟲である。

 

 ところで、世界には二種類の人間がいることをご存じだろうか? 

 男と女?

 子供と大人?

 弱者と強者?

 平社員と取締役?

 貧乏人と富裕層?

 物書き(カク)読み専(ヨム)

 

 違う。

 虫が好きな人と蟲が嫌いな人、である。

 

 さて、この蟲はそのどちら側からも忌避されるようなユニーク(おぞましい)姿をしていた。

 その蟲達を上から見ると奇妙なことに「蟲」の字とそっくりな形をしている。漢字でいうところの、下の「虫」2つから「(はね)」が生えている格好だ。

 問題は下から見た場合である。一見すると揺らめく「乳白色」のみが瞳に映る。

 近づいてみよう。

  

 みちゃねちゃみちゃねちゃみちゃねちゃみちゃねちゃ

 

 耳が裸足で逃げ出す(役目を放棄したくなる)ような、その蠢く音は蟲の下部より聞こえた。蟲の下部は大量の蛆のようなもので覆われていたのだ! よく見るとそれは蛆ではなく、縦に細長い()であった。

 全体が泡立つ粘液に覆われていたので、きょろきょろと動くたびに「蠢く音」が聞こえるのだ。それは水棲昆虫が己の(たまご)を大事そうに抱えているようにも見えた。

 

 蟲達は一心に真下に展開する艦隊を観察し続ける。主《あるじ》に情報を献上する為に。

 

 

翅翅翅翅翅翅翅                        翅翅翅翅翅翅翅

蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲                        蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲

眼眼眼眼眼眼眼                        眼眼眼眼眼眼眼

 

        駆        巡     戦     駆

            巡     空  補   戦    

                フ   戦        

            巡  補  空      戦   

        駆        巡     戦     駆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金浦要塞より北へ約340km離れた、               

 とある国の最高主権機関がある議事堂にて。

 

 ばりばり。

 ボキッ……ベギャッ……ガリッ。

 くちゅ、グチュ……ジュルルル……ゴクン。

 カタン、と何か固いもの(髑髏)が地面に落ちる音が辺り一面に響く。

 その足元には既に()()髑髏(しゃれこうべ)がおずおずと転がっている。

 

 

「…………Was it halfway with that level of force」

 

 王はそう呟いた。触手でもって太陽(アルデバラン)を模した仮面をかぶり直しながら。

 

 王は戦場へと舞い戻った。

 王は戦場を見渡した。

 王は全て理解した。

 臣下を通して。

 

 残念ながら今回の戦は敗北となったが、王にとってその結果は予想通りであった。   

 幸いにも臣下(墓守)はその役目を果たした。最後のひと時まで。

 というのも、王にとっては「魔人」の力がどれ程のものか、今回の闘いで最も知りたいことを得ることができたので大満足であった。

 

 王は仮初の王宮を這いずり回る。次にどう動くか熟考しているのだ。一時間ほど経過し、王は決断したようだ。ずり、ずりと王は不快極まる音と粘液を残しながら大議会場へと向かう。

 

 長き時に曝された結果、朽ちかけ、その役目を放棄しつつある()をそっとどかして、王は入室する。

 

 中には異形がひしめいていた。

 

 王が極彩色のローブ(ヒアデスの外套)をはためかせながら中央を通り議場最奥部にある演壇にたどり着くと、異形は一斉にそれぞれの方法で最上位の敬意を示した。

 

 それを見届けると王はその懐より()を取り出す。

 直径30cm程のその珠は緑と青で彩られており、その表面には無数の文字が刻まれている。それは15世紀に創られた一つの文字で音素または音節を表す文字である。かつてここの主であった救済を拒む者(ホモサピエンス)達が使っていたものだ。

 

 王は文字を読むことはできない。だが、その意味を推測することはできる。王はその珠をクルクルと回し……ピタリと止める。

 そうして触手でもってある一点を指す。それは細長く緩やかな弧を描く緑だ。更によく見るとその弧は()()()()()()()()()()

 

「L'obiettivo è qui」

「这次远比敌人弱」

「لكن لا تخذل حذرك」

「quern vide. Id solum」

 

 様々な(こえ)で王はそう言った。その後、臣下たちを1人1人見て、その名を呼ぶ。

 今の言葉が分かったな、と念を押すように。

 

「Pednampyra、Cutetorouxryu、Ithaqua、Shotggoouthh、Atlannato-Nachia、 Xintahlozzs、Calar aut af flesh」

 

 その言葉(王の意志)を受けて異形が一斉に身動ぎをした。

 

 死人のように青く輝く霊体が、

 赤と金の輝く九つの(くび)を持つ神仙が、 

 枯れ木のような四肢をもつ緑の岩石が、

 5文字の言葉しか話せない玉虫色の粘液が、

 (なま)めかしい黒で覆われた16の脚を持つ蟲が、

 角張った(くら)き骨と螺旋めいた(あかる)き影の不浄なる十一脚獣が、

 数多の(きら)めく305の色と206の(したた)り落ちる肉片で(かたど)られる水晶が、

 それぞれの作法で一礼し拝命したことをその態度で表す。

 

 王は満足そうに頷き、全身をぶるぶると震わせた。

 そして触手を5本、懐より繰り出し中央で五本に分岐した星(The Elder Sign)をあやとりのように形取る。

 そして、その紋章の真ん中に自らの頭を持っていき祈りの文言を捧げた。

 

「……Dacci le tue benedizioni e benedizioni……」

 

 その姿は誠に異形なれど敬虔であった。

 一通り祈りを捧げると、王は一旦触手を引っ込め、懐から小さな鈴を取り出す。そのままチリン、チリンと静かに鳴らし始める。この場に相応しくない清浄な音色が穏やかな清流のように大議会場を(あまね)く支配し始める。

 王はそっと呟く。

 

「好啦好啦」

「مطيعة الحشرات」

「Custodi nos in terra sua」

 

 そして(邪神)は上を見上げはっきりとその(しもべ)告げる(呼び出す)

 

「悪()菌道、ミ魅彌=()!!!」

 

 どこからともなく()()()()が聞こえ始め、次いで振動が強まりながらどんどんこちらへと近づいて来る。まるで駅のホームに近づいてくる列車のように。

 

 そして。

 議事堂の天井が突如押しつぶされるように粉々に砕け散り膨大な量の蟲が入り込んできた! 蟲の大群はあっという間に大議会場を満たす。

 それから何秒もたたないうちに潮の満ち欠けを高速再生したかのような素早さで蟲の大群は空へと昇っていく。

 その後には()()残っていなかった。

 

 倒壊した議事堂の上空には膨大な量の蟲が乱舞している。やがて蟲は一列になり、とぐろを巻きながら宇宙(そら)へと昇っていく。まるで竜のように。

 穢れし成層圏まで雲海を突き破り一気に踊りでた()()はその進路を南東へと向けた。

 

 果たしてその先には一体何が──

 

                               第4章 END




 読者の皆様、こんにちは。ラジオ・Kです。
 ルビとして登場したとある単語の解説をすべく参上しました。

 「ピケット艦」について(輪形陣の解説辺りにちらっと登場)。
 正式名称は「レーダーピケット艦」といいまして、正確には海軍艦艇に与えられた任務のひとつのことです。ピケット (picket) とは哨兵、前哨という意味。文字通りレーダーを用いて索敵・警戒をします。
 わが国では特攻隊対策として米軍が二次大戦末期に多くの艦(駆逐艦)がこの任務に就いた、ということで少し知られています(……たぶん)。
 
 解説は以上です。お読みいただきありがとうございました!


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