BB×GE 思いつき (羽屯 十一)
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1話

 茜酒代(あかね さかしろ)は無職である。

 茜酒代は定住所がない。

 茜酒代は日々戦っている。

 

 

 

「そら、持ってけ」

 人程もある袋が荷台から投げ落とされた。

 それを担ぎ上げ、頭を下げた。貴重な厚く目の細かい化学繊維の布地が僅かなりの気遣いであった。

 歩き出した。

 別れにあるべき言葉は無い。

 彼がしたのは命懸けの仕事で、もう視線すら寄越さない他人は頼んだ側。だが両者は供給(give)要求(take)が合致する上で互いの利を求めただけの関係であり、情という感情を垂れる間柄ではない。

 特に、この劣悪極まる世界状況では。

 

 

 

 夜、崩落した建築物の内に彼はいた。

 (かれ)だ。

 黙々と手元をいじる、その顔は口元を引き締めたまだ若い男性だった。

 身を清めたのは一体いつかと尋ねたくなる薄汚れた男だ。

 ふと手が止まり、何かを火に翳して眺めやる。

 それは肉塊の様でもあり、所々覗く直線的な輝きは機械部品の様でもあった。

 厳しく見定め、やがて何かしらの納得がいったのか、また作業に戻った。

 一日に一言も無い。それが当たり前だ。

 

 

 

 大きく一歩。

 そしてターン(折り返す)

 行き過ぎる風圧が髪を嬲った。

 慣性に任せる。

 遅れ付いて来た質量が頭上を経由する半円軌道を描いた。

 軽い手応えと大きな結果。

 実に良い当たり方だ。

 

 

 

 巨大な物体が崩折れていた。

 一見して蠍型の機動兵器に見えるそれは、実のところつい先程まで元気に活動していた生物である。

 いや、少し間違いがあった。

 まだ元気に活動している。

 全く損なわれずに活動している。

 形としては多くを欠損し擱坐(かくざ)し沈黙していた。しかし見た目などそれの生命には全く関係していないのだ。

 なぜならば、この巨体の本性は群体だから。

 群れの形が崩れただけ。

 今まさに腑分けを続ける男によって、一時動きを止めただけだった。

 

 

 

 定められた容器を渡し、人の頭ほどの包みを受け取る。

 互いに顔は見ない。

 隠しもしないが見ようともしない。

 今日明日も覚束無い互いを覚えるなど無駄でしかないから。

 

 

 

 次へ向けて歩く。

 幾月も歩く事もある。

 

 

 

 瓦礫の隙間に潜り込み、夜を明かす。

 

 

 

 

 これが彼の日常の、繰り返されるほぼ全てだ。

 

 

 

 

 

 

 振り下ろして。

 

 ぐちゃり

 

 とても、とても、やわらかい。

 初めての柔らかさだった。

 たぶん自分と似た、でもずっと数の多い哺乳類がこう(・・)なんだろう、そういう湿った柔らかさだった。

 こうじゃない筈だ。

 こんな感触じゃない筈だ。

 これは、違う。

 

 

 

 

 彼の日常の繰り返されるほぼ全て、だった。

 




書くべし書くべし書くべし。


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2話

 斬った。叩き潰した。突き崩した。撃った。爆破した。

 目に付く片端から始末した。

 簡単だった。

 なんで――こんなに簡単なのか。

 それだけが気が狂ったように頭の中で踊ってた。

 いや、たぶん連中の見た目がおかしい(・・・・)もあったし、頭の方もおおよそ狂ってたんだ。

 だってそうだろ?

 頑張って生きてたんだ。

 ずっと、ずぅっと頑張ってやってきたのに、目が覚めたら馬鹿みたいに簡単になってたんだから。そんなんなってたら誰だって『今までは何だったんだ』って、思うだろ?

 

 

 

 

 

 

 天童菊之丞はこのご時世、それなりに長生きをしている。

 その人生の中で我が目を疑う事態は珍しかった。

 堂々たる体躯を深く椅子に預け、彼は常日頃から寄っている眉を更に(しか)めた。

 原因は手にした報告書だった。

 人類生存圏の外側へ出した調査隊の報告だ。

 人類によりガストレアと名付けられた凶暴怪異の魑魅魍魎が跋扈する地へ踏み込む隊員から、中身ある報告書が上がるのは極めて珍しかった。未帰還となる者が大半であり、それは人類共通の常識であった。

 今回は幸運に恵まれ帰還者は二名。

 名うてのプロモーター(管理者)イニシエーター(半人半化物)を複数付けて送り出した過程からすれば結果は惨めなものだが、その者等は護衛としての職分を全うしたのだ。彼らはかつての調査隊より遥かに人類に貢献した。遺族がいるなら遺族へ、また別の希望があったならその様に、労に報いるに否はない。滞りなきよう命を重ねた。

 しかしこの時、菊之丞は死者を忘れ報告書の一ページに目を奪われていた。

 書き出しには、こう書かれていた。

 

『旧神奈川県エリアにて人型の生物を確認。当個体(以降「甲」と略す)は衣類を身に着けていた事から、人類の可能性あり』

 

 信じ難い。

 人類を絶滅の淵に追いやっている超生物が跋扈する地で、人間が生存しているかもしれないというのだ。

 それだけではない。続く言葉も実に振るっていた。

 

『遠方より確認時、甲は多数のガストレアと交戦中であり、またガストレア側にはステージⅣと思しき個体が複数見受けられた。甲はガストレア群を殲滅、死骸に何らかのアプローチをした後、移動を開始。調査隊による追跡は失敗。また交戦時間は三十分足らずであり、これはガストレア群の規模を鑑みれば異例の短時間である』

 

 要約すればこうだった。

 ページを捲る。

 追跡を断念した調査隊が数えたガストレアの死骸は六十七を数えたとある。

 更にはステージⅣ個体「アルデバラン」と思しき死骸もあり、と。

 六十七ものガストレアが同地点に群れているのは看過しがたい異常事態だが、「アルデバラン」が居たのなら納得できる。あれはある種のフェロモンを利用して周囲のガストレアを操り群れを形成する、極めて厄介な特異個体であり、こうなると死骸を撮影した隊員が帰還途中でガズトレアに呑まれ、確たる討伐確認が取れないのは残念であった。

 だが本当の問題は、その“名付き”を群れごと(時間からすれば恐らく一方的に)皆殺した存在がいるという事実である。

 

 ガストレアは強い。

 人類の共通認識だ。

 ステージⅤともなれば討伐に核爆弾が要る個体も存在する。

 その中で、ステージⅣの最上位に位置する名付きを容易く片付けた人類らしき存在。

「どうあっても逃せんな」

 菊之丞は呟いた。

 黒檀の机から拾い上げたのは一枚の写真。

 高倍率の望遠レンズ越しに写し取られた紙面には両断されたガストレアを向こうに、ボロを身に纏い、伸び放題の髪をなびかせた後ろ姿が写されていた。

 もし報告書が真実ならば――生きていようと、死んでいようと、利用価値は計り知れない。

 彼の知る最高の力、人道倫理を捨てた果てに生み出したモノどもをも超えるとすれば、何としても手中に収めねばならぬ、と。

 

 天童菊之丞は精力的にやるべき事へ取り掛かった。

 

 



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