ストライクウィッチーズ-真夜中の魔女- (バイオレンスチビ)
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オストマルク撤退戦
000.二次大戦におけるオストマルクについて


マナエ・レダレダッケ『従軍ウィッチAの回想』 オストマルク帝国出版 1964年 12頁 より引用


オストマルクは確かに広大な領土を保有し、農業に適した豊かな国土と高い技術力を持つ国家である。また鉱物資源にも恵まれた欧州の大国であった。

 

…あの忌々しい一次大戦の前までは。

 

“great war”あるいは“すべての戦争を終わらせるための戦争”とまで呼ばれた一次大戦は、オストマルクに大きな打撃を与えた。

 

多民族と多くの国と地域から構成されるオストマルク軍。真新しい塹壕の内部では異なる言語が飛び交い、意思の疎通すらままならない。一人の皇帝によって纏められた精鋭は、つまるところ唯の幻想であった。実のところ彼らは寄せ集めであり、纏まりに欠けていた。それは国家が文字通り死力を尽くして潰し合う総力戦という戦争形式において、致命的ともいえる弱点であった。

 

結局、この戦いにおいて、戦場で指揮を執った当時の皇太子は戦死。確認されただけで官民問わず国民の3%を越える人々が戻らぬ人となった。そして、その倍以上の戦傷者が街に溢れた。

 

この打撃はオストマルクの戦後社会にも大きな影響を残した。オストマルクは列強の立場から転落した。

 

壊滅した軍隊の代わりに国際ネウロイ監視委員会から派遣された陸空のウィッチ。各国から寄せ集められた義勇軍。国防を彼らに任せることで、オストマルクは軍に回すべきであったリソースをも最大限に注ぎ込み、復興に尽力した。

 

国際連盟の常任理事国による呼び掛けで始まったオストマルクの安定化に向けた試みは、黒海に巣食うネウロイの“フタ”としての働きを期待したものであった。

 

…ただ、運がなかった。

 

一次大戦の傷が癒える前に世界恐慌が発生。当時リベリオンに頼りきっていた国家は地獄を見ることになる。それはオストマルクも例外ではない。かつて、黄金の都と呼ばれたウィーンは100万人の失業者で溢れた。

 

オストマルクは死に体であった。

 

 

 

そして、人類が恐れていた二次大戦は20年ぶりの沈黙を破ったネウロイの攻撃によって開始された。

 

ダキアやモエシアといった黒海沿岸の中小国は瞬く間に怪異によって飲み込まれた。それはオストマルクとて他人事ではなかった。

 

 

 

 

 

ネウロイによる恐怖を大戦によって骨の髄まで叩き込まれたオストマルクは即座に戦時体制へと移行した。ウィッチ養成所に所属するウィッチは一斉に繰り上げ卒業が決定。任官と配属が決まった。

 

工場への疎開命令が発布され、ウィーナー・ノイシュタットに代表される工業地帯は機械の分散及び疎開に向けて動き出した。

 

ウィーンの高射砲塔にも人員が配置され、各地の要塞には一次大戦の経験者までもが予備役であることを理由に召集され、配置された。

 

 

 

 

 

戦前に立てられた防衛計画ではカルパチア山脈に築かれた防衛線を拠点に戦闘を行い、敵の侵攻を食い止めることになっていた。

 

国際ネウロイ監視航空団。国際連盟より派遣された多国籍軍。各国から派遣された義勇軍。そして、オストマルク陸空軍。

 

 

 

多くの血が流れた。塹壕は死体で埋まり、肉片と瓦礫が山を築き、川は赤く染まった。

 

 

 

しかし、我々は突破された。




好評なら続きます。


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01.真夜中の魔女

ネット小説を含む多くの物語に描かれた転生者と呼ばれる存在は、きっと頭がおかしいに違いない。

彼らは躊躇いなく剣を振りかざして血を浴びる。そして、これを偉業とする。

【普通の】【平凡な】【どこにでもいる】そんな人間なら躊躇いなく人を殺したり、権力者に楯突いたりしない。ならば、単純に彼らは異常者なのだ。

 

あるいは私自身も既に化け物なのかもしれない。顔についた汚れと同じで、自分の異常性は自分では気づくことができない。この世界に転生して10年弱。人間が変質するには十分すぎる時間だ。

 

初めはあれだけ恐ろしくて震えが止まらなかったというのに、今の私は平然と何も思うことなく7.7㎜機関銃を手に空を飛んでいるのだから。

 

 

 

「こちら、グレーテル。これより攻撃を開始します。」

 

夜間においてネウロイの活動は低下する。無論、まったくのゼロではないが、現時点では夜襲こそがもっとも有効な攻撃手段であった。

 

私の装備は扶桑皇国で開発された急降下爆撃脚“99艦爆”である。本当ならもっと頑丈で速く飛べるものを使いたいが、頂き物に文句はつけられない。私たちが使っているストライカーユニットの過半数は国際ネウロイ監視委員会の厚意によって教習用に頂いた中古機なのだ。

 

 

 

高度を上げる。失速寸前で力を抜いて身体を横に倒す。180度回転して倒立状態になってからエンジンの回転率をあげる。俗にハンマーヘッドと呼ばれる動きは、降下度90度の超急降下攻撃を可能にする。

 

地面に垂直に降下する曲芸飛行だ。

 

耳障りな音と共にパンマガジンは回転する。発射された曳光弾がネウロイの図体に穴を穿ち、その結果を視認するより先に離脱する。

地上に長居すればどうなるか。そんなのは簡単だ。騒ぎを聞き付けたネウロイによって八つ裂きにされる。

 

 

「……っ!」

 

反撃。

 

“音”から推察するにデカブツか。多脚戦車型のネウロイが出鱈目な対空射撃を繰り返している。照準も何もあったものじゃないが、これ以上の敵に捕捉されると厄介だ。

 

「…いけるか?」

 

爆弾は品切中。既に本日三回目なので取りに帰るのは却下。黙らせるには残り少ない機銃を使わねばならない。これがなくなると私に残るのは下士官用の銃剣と借り物のブルームハンドルだけになる。別に撃滅を目的とした作戦ではない。首都ウィーンに来襲する敵を減らす【囮】になること。そして、下水道を利用して取り残された市民および軍人を瓦礫の町から避難させることが最終目標だ。ここで無理に殺す必要もない。

 

「しかし、脅威ではある。」

 

人間は地表から完全に撤退したわけではない。食料や武器の調達が滞りつつある現在、ネウロイの数を減らすに越したことはないのだ。

 

「…やるか。」

 

空が白んできた。夜の終わりが近い。



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02.マルグレーテ准尉の帰還

マルグレーテ・ホールンマルクが帰還した。硝煙の臭いを纏った彼女は敬礼する。

 

「マルグレーテ・ホールンマルク准尉、ただいま戻りました。」

 

瓦礫と血肉によって彩られた市街の中で唯一拠点となり得るのが、女子修道院を改装したウィッチ養成学校の本校舎だった。年代物の石造りの校舎は頑強であり、広い地下室があった。元より非常時には城塞として機能するように作られており、籠城にはうってつけだったのだ。

 

「ご苦労、今日は昼間に大事な発表があります。寝過ごすことのないように。」

 

【ウィーンに殺到するであろう敵を分散させる囮になること】上層部の出した命令を端的に示せばそうなる。

 

そのために私は満足に空も飛べない雛鳥を繰り上げ卒業させ、地獄のような戦争を行った。100名いたウィッチは日に日に数を減らしていった。あるものは卒業の通達と共に任官を拒否。あるものは軍服を脱ぎ捨てて、避難民の列に加わった。戦闘が始まれば、心身に外傷を受けて自殺するものが出た。更迭を狙って互いの足を撃ち合うものもあった。

避難民は下水道を使って外へと逃がした。もはや市街に浸透したネウロイを叩き出すことはできず、陽動と遅滞戦が私たちの役目だった。

魔法力を持たぬ人間はネウロイによる大気汚染に耐えられない。教員も兵隊も日に日に身を蝕まれ、遂には物言わぬ屍になった。

 

「はい、わかりました。」

 

そんな中で9歳の少女が銃を持つ。ストライカーユニットを装着して空を飛ぶ。次の春が来れば10歳になる。そんな彼女は、花冠をゆう指でトリガーを引き、ぬいぐるみの代わりに爆弾を抱えて飛ぶのだ。

 

「…グレーテル、ゆっくり休みなさい。」

 

親を失い、軍の施設にいたという彼女にウィッチ以外の選択はできなかった。なんて惨いことだろう。彼女は理知的で才能に溢れ、銃なんて持たずに十分にやっていけただろうに。

…しかし、私はもうシールドも展開できない出涸らしウィッチ。彼女の代わりに銃をとるには遅すぎた。いや、格好つけることでもない。私は軍の図書館を目当てに志願した不届き者だから、座学は得意でも鉄砲は苦手だった。だからこそ、教官なんて役目をいただいている。そんな私が彼女の代わりに空を飛んでも三日も持たないだろう。

 

 

「ちょっと、誰かグレーテルをベッドまで連行するの手伝ってください!」

 

消耗しきった彼女は学級委員長の号令と共に幾人かの生徒によって半ば引き摺られるような形で連行される。初等教育を受けるような幼女を抱き上げる力すら残されていないのだ。

 

ここにいる誰一人として、万全な状態ではない。手足には乱雑に包帯が巻かれ、それでも余程の怪我でないと下がれない。

ここで流した血が帝都ウィーンを守ると信じて、苦痛と恐怖に耐え、死に怯えながらも必死に戦ってきた。

 

 

そんな彼女たちに私は伝えるのだ。【ウィーンの陥落】を。



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03.Indivisibiliter ac inseparabiliter

1939年9月、ウィーンは陥落した。

ネウロイは大気汚染を引き起こす。その毒性は非常に強く、魔法力のない人間の臓腑を腐らせるとまで表現される。つまり、市街に突入された時点で詰みなのだ。

一応、間一髪で政府機関および皇室はウィーンを離れることに成功。各国の手助けもあり、多くの民衆が脱出したという。ここから先、死兵と化したオストマルク軍は残された民衆のための血路を切り開くことになる。

 

「ウィーナー・ノイシュタットを放棄し、我々はウィーンへ向かいます。ウィーンは陥落しましたが、多くのウィッチが抵抗を続けています。」

 

これまで散々人を送り出してきた下水道を通ってウィーナー・ノイシュタットを脱出。そのままウィーン市街戦に突入する。

 

「ウィーンには武器や弾薬が豊富に残されています。先輩方は優しいですね。我々は必要なものだけもって駆けつけるだけで良い。」

 

…無茶だ。ウィーンは確かに防衛に適した都市だ。西暦世界においてもオスマン帝国によるウィーン包囲は二度に渡り失敗している。しかし、それは諸外国による援軍が到着したからに他ならない。援軍なしの籠城戦は愚策でしかない。それは歴史が証明している。

 

「質問よろしいでしょうか。」

 

この状況で貴重なウィッチを消耗する理由として思い当たるのは、【囮】。市外へ脱出した避難民の列を攻撃されないようにするためのエサ。

…もしくは、主要機関の国外脱出にともない軍全体が機能不全を起こしている。

 

「我々はそこへ向かい、何をすれば良いのでしょうか。」

 

前者なら良いが、後者なら最悪だ。ただでさえ他国よりも少ないウィッチを浪費することになる。下手を打てば、オストマルクは終わる。

 

「…残された避難民の救助および護衛。繰り上げ卒業したばかりの新米ウィッチを矢面に立たせるわけにもいかないらしいわ。」

 

…さんざん囮として使われたことに文句も言わない教官はプロですわ。ひきつった顔をしているけど口に出さないだけすごいですよ。

 

それにしても前者なのか後者なのか。どっちだろうか。なんともいえないな。

 

 

「我々は、ウィーンからの撤退の支援に当たる必要があります。疲れているとは思います。この穴蔵で過ごした時間は長く厳しいものでした。しかし、我々はオストマルク軍人です。【最期まで忠実であること。それこそが名誉であり、義務である。】私達は入校の際、誰一人として例外なく誓いました。無論、かつての私も誓いました。故に私は死にます。路傍の屍となり、土となり、きっと皆さんの命を守ります。」

 

ウィッチ養成学校において、教官は頼れる姉であり上司であり先生である。文字通りに寝食を共にし、一緒に泣いて笑ってくれる特別な存在であった。

 

「怖くなったのなら、逃げても構いません。私が書く始末書が一枚増えるだけです。」

 

…だからだろうか。

 

「Indivisibiliter ac inseparabiliter」

(分割できず、別れがたい)

 

小さな声で誰かが呟いた。

 

「Indivisibiliter ac inseparabiliter」

 

誰かが繰り返す。

 

「Indivisibiliter ac inseparabiliter」

 

暗い地下室で囁くように。

 

「Indivisibiliter ac inseparabiliter」

 

それは神聖な儀式のように。あるいは狂ったように何度も何度も繰り返された。私もそれに加わる。

 

 

ここに残されたのは24人の航空ウィッチ。半壊した新米の集団だ。…しかし、どうしてか誰にも負ける気がしなかった。



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04.ウィーン市街戦

ウィーンには高射砲塔がある。アホみたいに分厚いコンクリートで覆われたカールスラント製の対空要塞だ。それらは全て地下で繋がっていて、非常時には人々を収容する避難所として機能する。

 

「まさか、こんなことになるとは…」

 

ちなみに高射砲塔は史実西暦世界においても“作ったは良いけど壊せない”ものに含まれ、その常軌を逸した頑丈さから“解体費用がヤバイ”“そもそも爆破解体が困難”という理由で多数が現存しているというロマンに満ち溢れた巨大建築物である。

 

失業者対策も兼ねて6基もの建造が決まった際には税金の無駄遣いだと新聞を片手に級友と笑っていたものだが、現在進行形で人々の生命を救っているのだから馬鹿にできないものである。

 

…高射砲塔に収容された避難民は地下通路を通り、物資輸送用あるいは避難経路として接続されている鉄道を利用して郊外へと脱出する。空を飛び、地表を這い回るネウロイとて地面を掘り返して進むことはない。…少なくとも今のところは。

 

 

 

 

 

 

 

「きっついなぁ…。」

 

昼には普通に人命救助の仕事をして、夜には夜間爆撃に従事している。航空ウィッチの数が少ないのだ。昼も夜も飛び続けているために日付感覚がおかしくなって久しい。花粉を巣に持ち帰る働き蜂にでもなった気分だが、あいにくと人間なので叩かれた頬は痛む。

 

『どうして、もっと早く来てくれなかったんだ!』

 

私の昼間の仕事は聴覚を頼りに負傷者を探し、高射砲塔に届けることだった。着陸して気が抜けたところを泣きながらグーで殴られた。倒れた私に彼女が馬乗りになって再度拳を振り上げたところでガスマスクを装着した兵隊が飛んできた。負傷して衰弱した素人を職業軍人が取り押さえるのに大した手間はかからなかった。拘束されながらも彼女は泣いていた。その啜り泣く声は私を内側から酷く責め立てるようで、殴られた頬より胸が苦しかった。

 

【死体を運び込むな】

 

私たちは、そういわれている。瀕死の重症を負った人を運び込んでも助かる見込みがなければ、死人と同じ。発電施設や貯水施設を持つ高射砲塔といえど、遺体安置室はない。死人の居場所などないのだ。また、戦時中の軍隊のトリアージは軽傷ほど優先度が高くなる。

詰まるところ、逃げ遅れた人々の救出に当たる私たちは命の取捨選択をするのだ。傲慢にも人の命を選びとるのだ。それは人殺しと何が違うのだろうか。

 

トラックの荷台から助け出すときに『彼と共に助けてほしい』と彼女はいった。『彼』は既に死んでいた。私は抵抗する彼女を無理矢理にでも連れていかねばならなかった。ペアルックの二人。お揃いの指輪。しかし、彼女は生者であり彼は死人であった。

 

私に馬乗りになったのなら、そのまま首を絞めて殺してくれればよかった。お前が悪であると裁いてくれれば、どれだけ心が楽だっただろうか。

 

 

 

 

 

十中八九“こんなこと”になったのは、昼間の一件が原因である。おそらく、ストレスだ。

 

吐いてしまった軍用食料から目を背ける。

 

「まさか、ついに寝食を放り出せる化け物にでもなったか…?」

 

でも、まだ戯れ言を口に出せるなら大丈夫だ。身体が受け付けなかっただけ。きっと不味いから吐いてしまっただけのこと。いくらでも言い訳できる。言い訳ができるなら“そういうこと”にしておける。こんな状況で精神が参ってしまいましたなんて、言えるわけがない。…あぁ、近くに掃除用のバケツがおいてあったことと、この姿を誰も見ていなかったのは幸いだった。

 

残りを水筒の水で流し込んで、食事を終了した。

 

バケツを洗って乾かして、一睡もしないまま仮眠スペースを飛び出して格納庫に向かって走る。

 

 

 

…こうして、また夜がはじまる。



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05.墜落とサイレン

夜。私に夜間攻撃の注文をするのは多くの場合が扶桑軍人である。彼等の所属する扶桑皇国は史実西暦世界における大日本帝国に類似した国家であり、夜戦を得意としている。…ついでにいうと、扶桑の言葉がわかる人間がウィッチには少ないので日本語のわかる私が対応させられがちなのだ。

 

「了解、B-b2地点に急行します。」

 

虎の子である250㎏爆弾を装備して高さ三十メートルを越える高射砲塔から飛び立つ。爆弾には肩掛け鞄のような紐と取っ手があり、これを使うことで通常時は機関銃を使えるようになっている。

 

これが並みの戦闘脚なら飛ぶだけで一生懸命になっていただろう。しかし、99式は違う。99式は最初から爆撃のために開発されたストライカーユニットであり、おまけとして戦闘脚並の格闘性能を持つ機体なのである。一部のカールスラント軍人からは『足が遅い上にシールドの発生装置が貧弱なコレで急降下爆撃とか正気の沙汰じゃない』などと色々と酷評されることもあるが、私個人としては自分の手足のように動いてくれる99式は優れた飛行脚である。

 

 

夜のウィーンは不気味なほどに静かだった。透き通った空気は音をよく伝える。昼間のけたたましい戦争協奏曲が嘘のように静まり返る。住民の大半が避難してしまったウィーンは首都でありながら死都であった。外へと繋がる橋は落とされ、大通りには土嚢が積まれ、機関銃を担いだ兵隊が浅く眠っている。

 

遠くからサイレンの音が聞こえる。Ju87“スツーカ”だ。スツーカもまた急降下爆撃を行う爆撃脚である。高い信頼性と頑丈な機体が特徴でカールスラント空軍を代表的するストライカーユニットとして知られている。その攻撃を知らせる特徴的なサイレンの音は現場の兵隊からは“ジェリコのラッパ”と呼ばれている。

優秀な性能と扱いやすさからオストマルク軍でも採用が決まり、アヴィア社やローナー社によるライセンス生産やカールスラント帝国からの輸入によって数が揃えられつつあると聞くが、末端の私は与えられたもので戦うだけである。

 

 

 

 

 

目標を視認。

 

「B-b2地点に攻撃を実行します。」

 

攻撃の前に警告する。250㎏爆弾は加害半径の広い爆弾であり、巻き込まれたら冗談抜きでミンチになりかねないからだ。目標であるネウロイと一緒に味方まで吹っ飛ばしたら大問題である。

 

高度を少しあげる。急降下するのには高度が必要なのだ。ここを間違えると地面とキスすることになる。さすがの私も蜘蛛の上に戦車の主砲を搭載したような異形の怪物と爆弾を抱えて心中するほど物好きではない。

 

空中で身体を捻り、急降下。

 

視界の端には陣地の中でシールドを展開し、背後にいる兵隊を守ろうとする幾人かの陸戦ウィッチの姿が写る。

 

複数のネウロイが気づいて私に向けて砲撃を開始する。

 

…だが、もう遅い。

 

取っ手につけられたボタンを押し込むと、爆弾が切り離される。

 

 

投下

 

 

 

轟音と共に発生した衝撃波が大きく身体を揺らした。少し地面に近づきすぎたようだ。自分の爆弾に巻き込まれるなんて、間抜けが過ぎる。それに何も聞こえなくなってしまった。爆発で耳が麻痺したのだ。

 

≪・・・・ッ!・・・・・・ッ!?≫

 

無線からの音も拾えない。困ったことになった。私は主に“耳”を頼りに夜間飛行を行ってきた。これが麻痺するとなると、目隠し飛行と同じになる。

 

…落ち着け。落ち着け。大丈夫。まだ大丈夫だ。

 

高度を取れば良い。夜間飛行を行うネウロイは少ない。耳が回復するまで上空を旋回すれば良いのだ。幸いなことに今夜は機体の燃料が満タンだ。それで、ある程度回復したら拠点に戻る。

 

 

衝撃

 

 

瓦礫とネウロイの残骸の中から一際大きなネウロイが身を起こしていた。陸戦ウィッチからの攻撃もガスマスクの兵隊からの砲撃も跳ね返しながら前進している。…偶然か必然か判別はつかぬものの、仲間が肉の壁として機能したのだろうか。

 

左側のストライカーユニットが火を吹いている。

 

 

 

 

 

 

 

…サイレンの音が聞こえた



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06.オストマルク撤退

それは徹底した遅滞戦術であった。第一段階は一秒でも長くウィーンを守るために周辺都市に攻撃を分散させること。第二段階は空となったウィーンに攻撃を集中させることで避難民を一人でも多く国外へ脱出させること。
山で平野で海で空で都市でオストマルク軍人は最期まで抵抗をやめなかった。それを覚えておいてほしい。

前傾書 127頁より


“上”の狙い通りネウロイはウィーンに殺到した。ネウロイは数週間に渡ってウィーンに釘付けとなり、多くの流血を引き換えに人類は時間を創出することができた。つまるところ、我々の敢闘は数万の市民を救ったらしい。

 

「…ダメだ。全然わからない。」

 

1939年。秋。私は地中海にいた。正確に表現するならば私は海軍所属の病院船“マーリア”の病室にいた。

ちなみに我らがオストマルク海軍の活動範囲は基本的にアドリア海に限定されることが多く、欧州各国と世界を結ぶ地中海を支配しているのは七つの海を征服したブリタニア海軍(ロイヤルネイビー)様である。彼等は地中海の入り口であるスエズ運河と出口であるジブラルタルを押さえており、名実ともに覇権国家として君臨しているのである。

 

「わからなくても大丈夫よ。貴女は良くやったわ。」

 

一度だけ見舞いに来てくれた教官はそういいながら頭を撫でてくれたが、あの地獄から抜け出したという実感もわかない。正直なところ、目が覚めたら勲章の授与と少尉への昇進が行われていた。それだけのことである。

 

 

私は爆撃の際に地面に近づきすぎて自分の爆弾の加害半径から逃れきれず、体勢を崩したところに被弾。そして、ウィーナー・ノイシュタットから酷使されてきたストライカーユニットが遂に故障。私はそのまま地面に叩きつけられたという。

 

…私は左足のストライカーユニットから火が出たところまでしか覚えていないので、聞いた話でしかない。それ故に死にかけた実感も湧かない。しかし、ギブスでガチガチに固定された左足を見たら納得できた。

そして、医療ウィッチから伝えられたのは私にとって驚くことばかりだった。ウィッチでなければ死んでいたこと。近くを飛行していたウィッチによって医務室に担ぎ込まれたことで脚と命を失わずにすんだこと。地面に激突した際に折れた肋骨が内臓を傷つけていたこと。…どうやら私は相当に危ない橋を渡っていたらしい。

 

 

 

 

 

どうでも良い回想をしながらも徒然なるままに今回の失敗やら何やらを手帳に書き込んでいく。横になった状態で書いているために文字は歪み文法も無茶苦茶だ。けど、それで良い。自分がわかれば良いのだ。こうして誰に伝える必要もないのにメモを残すのは、昔から書かないと覚えないからだ。

 

それに何かしていないと、おかしくなりそうだった。内臓の損傷など緊急性の高いものは治癒魔法で処置してくれたようだが、いまだ死なない程度には重傷であるので安静にしていろと命令されている。しかし、1日中ベッドの上にいるが非常に落ち着かない。

 

…客室を改装したのであろう病室。ここでは呻き声が途絶えることがない。ただ、私がウィッチということで病室にいれてもらえたのだろう。限界までベッドが敷き詰められた病室は、まるで野戦病院のような様相を呈している。カーテンもないから隣の人の胸が上下しているのが見える。全身を包帯に巻かれた隣人。顔も知らぬ隣人が苦痛に呻きながらも必死に生きようとしていた。

 

こんな中で誰が落ち着けるだろう。人の呻き声を子守唄に眠れるような外道か他者を気にかける余裕もない重傷者の二択だ。

 

それに何だか申し訳なくなってくる。溢れんばかりの傷病者で満たされた船舶で身を粉にして働く医療ウィッチやナース。必死に生きようとしている人。

 

私は。私は、ウィーンで何人救えた?何人殺した?

 

…こんな汚れた私が生きてて良いのだろうか。

 

 

 

 

動いていないと、余計なことを考えてしまう。

 

…夜はまだ明けない。



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07.真夜中の回想

昔から私は特別じゃなかった。どちらかといえば凡人であり人並みにことをこなせない愚者である。いつだって要領が悪くて、周りの子供達と同じことをするのに二倍も三倍も時間を必要とした。それは大きくなってからも変わらなかった。

 

そんな私に【英雄になれ】とソレは言った。

 

この狂った世界から現世へと復帰するには【偉業】を成した【英雄】にならなくちゃいけない。

 

私は絶望した。私は主役になれない。私は特別じゃない。それに私は“普通”になりたかったのだ。人並みにできるようになりたかっただけなのだ。他者に埋もれることになろうとも、せめて恥じることがない程度にはできるようになりたかった。

 

私は自己主張が苦手だった。誰かに判断を任せることはとても楽であったし、自分で判断するよりも間違いがなかったから。

 

…そんな私だからバチが当たったのだろうか。

 

ある日の夜。床についた私は金縛りにあった。そして、気づけば真っ白な空間にいた。そこでは神を名乗る存在の声が聞こえ、大変立腹しているようだった。話を聞くと、どうやらソレにとって私のような主体性のない愚かしい存在を許せないらしい。

 

ある意味、テンプレのような神様転生だ。ネット小説、アニメ、ライトノベル…。様々な物語のお約束のような展開。…しかし、その存在の重圧はすさまじかった。私は恐怖やら緊張やらで気が狂いそうになった。

 

 

 

そして、この世界に来て、改めてわかったことがある。私は普通ではなかった。両親に愛されて、友人に恵まれて、毎日を幸せに生きていた。愚かで劣った人間ではあったけれど、不相応なくらいに幸せだった。

 

…どうしても戻りたかった。何をしても前の記憶が泣きたくなるくらいに鮮明に思い出された。

 

 

 

 

 

この世界の父母は私を愛していただろうか。この世界で私は父母を愛せただろうか。わからない。愚かな私にはわからない。

 

「サトゥルヌスまでには戻るから」

 

泣きながら止める幼い私を置き去りにして、ヒスパニア戦役へと向かった父母は戻らなかった。父はネウロイのビームによって文字通り爪すら残さず蒸発し、母は行方不明になったという。それを聞いた私は気が狂いそうになった。泣いて嫌がる私を軍の施設に預けて、行かなくても良い戦争に参加して、最後は行方不明だなんて…。

 

もし、私の愛が足りていたら。父母は私を置き去りになんてしなかっただろう。見ず知らずの人々の涙と私を天秤に掛けられることすらなかっただろう。

もし、父母が私を愛していたなら。私を置き去りにする決断を是とするだろうか。

 

じゃあ、今こうして溢れる涙は嘘なのだろうか。

 

私にはわからない。いつだって自分のことで精一杯で誰かを思うことなんてできなかった。いつも頭の中にあるのは理屈ばかりで、機械のようなルールの中でしか動けなかった。

 

溢れる涙に安堵する自分に嫌悪を抱いた。

 

私は愛していたのだと、これだけ泣くことができるなら、私は間違いなく愛していたのだ。どこかで見つめる自分が冷静に判決を下していた。

 

…あぁ、やはりヒトデナシだ。

 

こんな醜い生き物があって良いはずがない。この嫌悪と憎悪。どうしたら良いのだろうか。

 

空っぽの棺が埋められていく。式典用の軍服を着用した参列者が私に憐れむような目を向けた。子供用の喪服を着せられた私は可能な限り立派な人間に見えるように振る舞った。それは父母への別れの儀式であったし、私の無様は父母の名誉を汚す恐れがあったから。

 

…やはり、私は気持ち悪い子供だったのだろう。何せ中身は学生だ。肉体に引っ張られて幼くもなっているが、私は自分でしかない。誰かを演じ続けることができるほど、私は器用ではない。

 

父母との不仲もあったというが、結論として葬式に顔を出した祖父母は私を引き取らなかった。もう随分と会っていないから顔も覚えていない。しかし、とにかく執拗にウィッチになることを求めていたことは覚えている。

 

…でも、それはきっかけにはなり得なかった。私は私の意思で志願を決めたのだから。

 

ただ、今となっては志願した本当の理由は忘れてしまった。それは遠回しな自殺を目的としたものであったかもしれないし、不況に喘ぐ世の中を見据えた合理的な理由だったかもしれない。

 

…私はメアリー・スーにはなれない。私には才能も魅力も微塵も存在しちゃいない。

 

ただ、これ以上の喪失に耐えられる気がしなかった。もはや正気ではいられないと思った。

一刻も早く、あの退屈で素晴らしい現世に戻るために私は【英雄】にならねばならない。



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北欧戦線防衛戦ー真夜中のいらん子ー
01-00.飛行船の中で


現在におけるすべての統合戦闘航空団の原型であるスオムス義勇独立飛行中隊は後に第507統合戦闘航空団“サイレントウィッチーズ”と呼ばれるようになるが、私は彼女たちほど愉快で騒がしい航空団を見聞したことがない。そして、義勇兵として彼女を送り出したことに後悔はしていない。
ロージカ・フリーデル『キャプテンRの追憶』オストマルク帝国出版 1979年 124頁より


スオムスは北欧に位置する寒冷な気候を持つ国である。ついでにサンタクロースとニシンの缶詰、世界一不味いグミで有名な国である。

 

「怪我さえしなければなぁ…」

 

先日まで包帯でガッチリと巻かれていた左足は、完治までにもう少し時間がかかるらしい。幸いなことに折れた部分は膝よりも下の部分なのでストライカーユニットの運用には困らないが、少しばかり麻痺が残っているために最前線での勤務には支障が出ると判断された。

 

 

オストマルク軍人の多くはカールスラント軍やブリタニア軍に参加しており、亡命先でオストマルク軍の上層部もこれを容認した。

 

しかし、政府や政治家はこれに納得しなかった。オストマルク軍人が他国の軍で活躍したとしても、それはオストマルク軍の功績とはならない。対ネウロイの戦争で自国軍が何一つ貢献できなかったとなれば、戦後国際社会におけるオストマルクの地位は地に落ちる。

 

そこに来て、義勇軍を募集する国家があった。それがスオムスである。北欧であり、欧州の中心から離れた国家であるスオムスは独力でのネウロイの撃退が困難であるとして、国際連盟を通して世界各国に腕利きのウィッチを派遣するように頼んだのである。

…これはチャンスであった。腐ってもオストマルクこそが中欧の大国であると見せつけるチャンス。

 

手元にあり、前線に投入できず、昼夜を飛ぶエース。

…なるほど、私は送り込むのには最良の人員であったわけだ。

 

カールスラントに借りれば良いものを修理したばかりの国産飛行船を引っ張り出してきた。ツェッペリンと呼ばれる形式の飛行船は非常に巨大であり、そのインパクトは見物客や記者の皆様の心に十二分に作用したことだろう。

 

「…まったく、見栄を張る以外にも他にやるべきことがあるだろうに。」

 

確かに飛行船は飛行機と比較して大量の物資や人員を鉄道よりも早く輸送できる優秀な乗り物だ。(その大きさと鈍重さから的になりやすく、乗り合わせた多くの人員に分け隔てなく二階級特進という栄誉を授けてくれる素晴らしい一面もあるが。)

 

 

 

 

「こんな私についてきて、よかったんですか?」

 

各国から腕利きが集まるということで、スオムス空軍のカウハバ基地までの出張を申し出たという記者さんは私の意地悪な問いかけに苦笑する。

 

「私は本国の皆さんに夢と希望を届けるのですよ。」

 

軍が認める取材は一般の雑誌や新聞に掲載される記事と違い、“事実”を伝えることを求められない。検閲によって不都合な事実は削り取られ、都合の良い真実やプロパガンダを描くことを求められる。

 

「…お仕事、頑張ってください。」

 

そう、仕事だ。私は公の僕であり、彼は真実の徒である。彼はペンを執り、私は剣を取った。しかし、向かう相手は同じである。どんな道を選ぼうと私たちは戦う他ないのだ。

…そして、この世界はそれ以外の道を許しはしないだろう。



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1-01.スオムス空軍カウハバ基地

スオムスは雪国である。その雪深さには目を見張るものがあり、時には空軍基地にとって必須である滑走路さえ雪に埋まる日があるという。

 

秋の深まる11月。しかし、北欧に位置するスオムスは事実上の冬を迎えていた。

 

眼下には一面の銀世界が広がっている。ウィーンの冬も十分に冷えるが、これほどではない。防寒着を貫く刺すような冷たい空気は慣れるのに時間がかかりそうだ。

 

「ようこそ。スオムス空軍カウハバ基地へ。エースの到来を歓迎します。私は司令部所属のハッキネン大尉です。以後、よろしくお願いします。」

 

「…オストマルク空軍所属、マルグレーテ・ホールンマルク少尉です!こちらこそよろしくお願いします。」

 

景色に気をとられ、反応が遅れたが怒っている様子はない。細かいことだが、気にする人は気にするのだ。

 

先日、軍楽隊による演奏と共に大袈裟に送り出されたものだから“どんな激戦に投入されるのか”と戦々恐々としていたが、どうやらそれほどでもないらしい。

 

「失礼します。」

 

先に雪上車に乗り込んだ記者さんの手を借りて年代物のそれに乗り込む。こういうとき、足を負傷していると不便だ。ちょっとした動作が円滑にできない。

 

 

 

「それでは出発します。」

 

 

 

 

心配になるくらいに揺れる車内で外を眺める。ハッキネン大尉は口数の多い人ではないらしい。…まぁ、それはそれで楽で良いのだが。

 

あまりの振動に顔を真っ青にした記者さんが上を見たり外を見たりと視界の隅で忙しい。ウィッチとなり三半規管が鍛えられたからこそ、平然としていられるが常人なら吐いても仕方ないと思う。その点、彼は頑張っているといえるだろう。

 

「基地が見えてきました。一度そこでマルグレーテ少尉には降車していただいて、以降はエルマ・レイヴォネン中尉の指示にしたがってもらいます。それ以外の方は私が案内いたしますので、よろしくお願いします。」

 

その言葉に青白い顔で目を見開く記者。なんとか理由をつけて降りようとするものの、「規則ですので」と一蹴されている。私のような少女と移動してきたことで忘れているのかもしれないが、れっきとした軍事施設だからね。他国の記者が好き勝手できる道理はない。

…うん、同情はするけど私にはどうにもできないかな。

 

「あそこでスコップを片手に手を振っているのがレイヴォネン中尉です。…何をやっているのかしら?」

 

見えてきたのは随分と年期を感じさせる外見の建物だった。オストマルク軍のように気取った外見でもなく、無駄を削り落とした武骨な印象を受ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルマ中尉は優しい人だった。私が足を怪我していることから滑らないように雪を退けていてくれたらしい。ウィッチであり中尉である彼女が行う必要はないと思うけれど、何となく人となりがわかった気がする。

 

「私がエルマ・レイヴォネン中尉です。今日から、よろしくね?」

 

まさか敬礼ではなく、手を差し出されるとは思わず反応が少し遅れてしまった。なんとか動揺を隠しながら握手に応じる。

 

「マルグレーテ・ホールンマルク少尉です。不束者ですが、よろしくお願い致します。」

 

なんだか微笑ましいものを見るような目で見られているような気がするが、その辺りは気にしないことにした。9年もやっていれば少しは慣れるものである。

 

「カウハバ基地へようこそ。一緒に頑張ろうね。」

 

自然な流れで手を引かれたことに驚きながらも私は任地に到着したのであった。



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1-02.愉快な仲間たち

手を引かれて案内され、辿り着いた部屋には張り紙がしてあり、そこには≪スオムス義勇独立飛行中隊≫と手書きされていた。

 

「さぁ、入って入って。」

 

レイヴォネン中尉に背中を押されるまま、ドアに手をかけた。なんだか、転校生になった気分だ。転校などしたこともないが、とにかく人見知りをする私にはキツい。

 

ガラガラッ…

 

「失礼しま…した。」

 

そして私は静かにドアを閉じた。見るからに機嫌の悪そうなウィッチの目線にビビったわけではない。決してそんなことはない。そんなことはないのだ。

 

「ど、どうしました?」

 

どうしたもこうしたもない。ウィッチ(未成年)なのに堂々と葉巻を加えてる人、見るからに苛立ってる人、なんか大きい人。…どうしろと?

 

「…取って食われるかもしれない。」

 

上手く口には出せないが、身の危険を感じた。

 

「食われませんよ!?」

 

これが各国から集められたエース。なるほど、養成所上がりの新米ウィッチとは空気が違う…。

 

「頭からバリバリ食われるかもしれませんっ…!」

 

「大丈夫ですよ。たぶん、みんな良い娘ですよ。たぶん。では、一緒に入りましょうか。」

 

たぶんって二回もいったよ中尉さん。でも、義勇独立中隊のトップは中尉だから一緒に入れば安全なのか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして、私がスオムス義勇独立飛行中隊の隊長を勤めるエルマ・レイヴォネン中尉です。みんな、がんばろうね!」

 

頑張れ。頑張るんだ中尉さん。この淀んだ空気に負けないでください。

 

「スオムス義勇独立飛行中隊って長いと思うので、名前を変えてみたいと思います。私が考えてきたのは、ペンギン中隊です。かわいいし、寒いしピッタリでしょ?」

 

…みんな何か言おうよぉ!ほら、中尉さんが頑張ってしゃべってるんだよ?直属の上司だよ?

 

「良いと思います!ペンギン、かわいいと思います。それに“落ちない”鳥だから縁起も良い。」

 

とりあえず、持ち上げていきましょう。

 

「スオムス義勇独立飛行中隊のままで良いわ。そもそも、ペンギンは飛ばないじゃない。」

 

…扶桑の人、空気読んでください。何でマジレスするのさ。扶桑人って空気読むとか気遣いとか得意なタイプじゃないの?そして何故そんなに不機嫌なの?あと、怖いからイライラを表に出さないでください。

 

「…そ、そうですね。それにペンギンさんは南極ですね。うっかりしていました。」

 

縁起とかそういうことじゃなくて、天然だったんですか中尉さん…。

 

 

「じゃ、じゃあ…。えっと、自己紹介をしていきましょう!一番窓際の人から順番にお願いします。」

 

自己紹介。学校を思い出しますね。クラス替えの度にドキドキしていたのを今でも覚えています。昔から人前に出ると緊張してしまうから苦手だったんですよね。

 

「エリザベス・f・ビューイング。ブリタニア軍、階級は少尉だ。」

 

タバコのお姉さんはビューイング少尉。大丈夫、メモしました。

 

「…えと、終わりですか?好きな食べ物とか特技とか他に何かありませんか?」

 

そうそう。円滑な人間関係は相互理解からって偉い人もいうじゃないですか。

 

「聞いてどうする。」

 

ど、どうするって…。そこは、素直に答えましょうよ。中尉さん、困ってるじゃないですか。

 

「じゃあ、ストライカーユニットは?」

 

そうだね。気になるよね。これから一緒に仕事するんだもの。扶桑の人はわかってるなぁ。

 

「ハリケーンだ。」

 

ビューイング少尉は、そうやって一言で回答を終わらせ、足を組み直して新しいタバコに火をつけた。もう話すことはないらしい。

 

「…つ、次の人!」

 

今にも逃げ出したい空気だが、エルマ隊長が頑張っていらっしゃられる…!私だけ逃げるわけにもいかない!

 

「ウルスラ・ハルトマン。所属はカールスラント軍。階級は曹長。私はすべてを教科書から学ぶことを信条としております。よって、隊長にもカールスラント軍人の規範に沿って行動していただきたく思います。」

 

そう言ってカールスラント語の表紙を持つ本を隊長に渡すのは、基本的に本から目を離さない読書好きのウルスラ・ハルトマンさん。一番年齢が近そうだし、私も読書好きだから仲良くなれたら良いな。

 

「ここ、スオムスなんですけど…。」

 

中尉、強く生きてください。

 

 

 

「私はキャサリン・オヘア。クラッシャー・オヘアとは私のことネ!リベリオン軍の少尉でーす。ストライカーはビアスター・バッファロー。」

 

なるほど、新大陸の人だからブリタニア語に癖があるのかな。最初はなんか大きくて怖い人かと思ったけど、そんなことないのかもしれない。

 

「特技はこれネ!」

 

…銃声。椅子から転がり落ちるように倒れ、そのまま床に伏せる。

 

「oh!ソーリーね。でも空砲だから大丈夫ね!」

 

足を怪我しているのを見かねてか、立ち上がるのに手を貸してくれるオヘア少尉。ありがたいけれど、さっきのは実弾ですよね…?レイヴォネン中尉の横に設置された黒板には真新しい銃痕。

 

…部隊結成の当日に危うく殉職者が出るところだった。

 

 

「私は、オストマルク空軍所属のマルグレーテ・ホールンマルク少尉です。ストライカーユニットは扶桑の99式艦爆です。まだまだ新米の不束ものですが、よろしくお願いします。…あと、前の部隊ではグレーテルと呼ばれていました。よかったら皆さんもグレーテルって呼んでください。」

 

…ダメだこれ。さっきのオヘア少尉のピストルで台詞が全部どこかに吹っ飛んだわ。ごめんなさい、レイヴォネン中尉。私はこれ以上話せません。次の人に託します。

 

「迫水ハルカです。扶桑海軍所属で階級は曹長。使っているのは12試式艦上戦闘脚です。えっと、趣味は料理で好きなものは団子。お団子ってわかりますかね。お餅を丸めたような扶桑のお菓子なんですけど。」

 

「初めて普通の自己紹介が来た…」

 

そんなことに感動しないでください。

 

 

 

「扶桑陸軍所属の穴吹智子よ。階級は少尉。使用機材はキ27。」

 

先程から不機嫌な扶桑のお姉さんは穴吹さんというらしい。陸海軍で別々にウィッチを送ってくる辺り、史実西暦世界の大日本帝国の陸海軍の対立と同じで扶桑の陸海軍も仲がよくないのだろうか。

 

「トモコ少尉は扶桑海事変で7機を撃墜したエースです。そんな偉大なウィッチがスオムスに来ていただけたこと、本当に頼もしく思います。」

 

中尉が誉める。なるほど。少し前に映画になった『扶桑海の閃光』の主人公が彼女だったかもしれない。名の知れたエースほど心強いものはない。

 

「…ありがとう。」

 

少し機嫌がよくなったか…?

 

「訓練とか色んな場面で頼らせてもらうことになるかもしれないけど、よろしくね。」

 

 

 

「それは私に一任してくれると考えてもよろしいですか?」

 

 

 

 

 

 

…結論として、スオムス義勇独立飛行中隊は、とんでもない集団であった。カールスラント、扶桑、ブリタニア、リベリオンといった列強から派遣されてきたのは一癖も二癖もあるウィッチばかりであったのだ。



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1-03.模擬空戦

歓迎会をしようというレイヴォネン中尉を遮って今すぐにでも模擬空戦をしようと提案され、穴吹少尉の提案が通った。

“せっかく準備したのに…”そう言って肩を落とす中尉には“運動してお腹を減らしてからってことですね”なんて声をかけておく。

…まったく、せっかく歓迎してもらっているのに穴吹少尉は何をそんなに焦っているのだろう。私などは慣れない長距離の移動で体力を消耗しちゃって、できれば今日は飛びたくないのに。

 

 

「ハルカ曹長、私と組みませんか?」

 

私は基本的に夜戦ばかりしてきたウィッチなのでエース相手に勝てる気がしない。ならば、徒党を組んで囲んで棒で叩くのが正解だ。

 

「私を相手に全員でかかってきなさい。」

 

幸いなことに穴吹少尉は一人で全員を相手取るつもりらしい。だからこれはルールに抵触しない。実際、レイヴォネン中尉はハルトマン曹長にロッテの相方をお願いしている。(ロッテ戦術はカールスラント発祥の二人一組で行う戦い方なのでカールスラント軍人である彼女に持ちかけるのが合理的なのだ。)

ここで私はハルカを選ぶ。それは私の使用するストライカーユニットがハルカの所属する扶桑海軍で使用されているものと同じであるためだ。メーカーこそ違うが、設計思想や性能が近く連携には適しているはずと考えた。

 

「私、下手ですよ?」

 

どうやら自信がないらしい。本来なら爆撃を担当するウィッチを空戦ウィッチが護衛するのだが、確かに今回は逆にした方がうまくいく気がする。つまり、ハルカを襲撃する穴吹少尉を上空から急降下して叩く。そして、逃げる。ヒット&アウェイってやつだ。

 

「じゃあ、穴吹少尉の気を引いてもらえる?」

 

「あ、穴吹少尉の気を引く…!」

 

なぜか、とっても嬉しそうなハルカ。端的に表現するなら囮になれって言われてるのに…。それで良いのか、空戦ウィッチ。

 

「もう、貴女のことしか見えなくなるくらいに気を引くの。それこそ視線を釘付けにする勢いでね。」

 

「や、やります!やらせてください。むしろやりたいです!」

 

どうしよう、本当に大丈夫だろうか。心配になるくらいにノリノリである。

 

 

 

 

 

 

空戦を始めると同時にハルカが機銃を文字通り乱射しながら穴吹少尉に向かっていく。遠すぎる。早すぎる。あれでは無駄撃ちも良いところだ。しかし、今回は当てることが目的ではない。攻撃を察知して反撃に転じる瞬間…。それを作り出すのが目的だ。穴吹智子は確かにエースだろう。しかし、どんな強者であっても攻撃のタイミングだけは防御が薄くなる。ならば私はそこを狙って上からペイント弾を叩き込めば良い。

 

上空でハンマーヘッドターン。急降下しながらの対空目標への攻撃となれば、木の葉落としに近いやり方になるが、基本は同じ。失敗すれば、終わるだけだ。

 

「よし、このまま…!」

 

ウィッチであっても所詮は人間である。二次元で生きてきた人間である以上、頭上への警戒は薄くなりやすい。

 

『やーらーれーたー!』

 

ハルカの少し嬉しそうな撃墜報告。楽しんでいるようで何よりだ。

 

「…ターゲットをセンターにいれて、トリガーを引く。」

 

機銃の照準に納められた穴吹少尉。しかし、まだ引き金は引かない。まだ少し早い。ここじゃ避けられる。

 

 

 

 

ズダダダッ!ズダダダダダッ!

 

反動による跳ね上がりは許容する。近距離ならこうした方がいい。そうすることで、強烈な反動からくる跳ね上がりと毎分1000発に迫るという常軌を逸した連射性能を利用してショットガンのように弾丸を撒き散らすことができる。

 

『…あっぶないわね!?』

 

シールドの隅を辛うじて捉えたようだが、避けられてしまった。どうやら直前に気づかれたらしい。…勘のいい人だ。こういう人なら落ちたりしないんだろうな。

 

「目標、健在。再度襲撃に入ります。」

『あ、こらっ!待ちなさい!』

後方から追いかけてくるのを耳で察知する。しかし、急降下した勢いそのままに逃亡する私は格闘に付き合うつもりはない。そもそも、この勢いで格闘に持ち込んだら速度が出すぎて制御しきれないし、下手をすれば機材が壊れる。

 

このまま低空まで逃げて誰かに助けてもらおう。私を追って高度を下げた穴吹少尉を襲撃してもらうのだ。先生もいっていた。空戦の常道は上を取ること。お掃除と同じ。上から下なのだ。

 

 

 

…ん?

 

 

 

 

「ヤバイ、ヤバイ、これって完全にやらかした!?」

 

私は下に逃げる。高度を速度に変換して逃げる。それは良いだろう。しかし、しかしである。ここに来て気づいた。誰も助けてくれる気配がない。このままだと完全に上をとられることになる。地面と穴吹少尉によるサンドウィッチの完成だ。

 

「うってきてるよ、うってきてるよぉっ…!?」

 

ループやロールで避けるべきかもしれないが、そうすれば速度が死ぬ。追っ手との速度性能はそんなに変わらない。穴吹少尉のストライカーユニットと私のストライカーユニットは同じ扶桑軍の使用する機材なのだから道理である。つまり下手な機動をいれると追い付かれて強引に格闘に付き合わされることになる。

 

「当たれっ、当たれ…!」

 

グリップを握り直して機関銃を後方に向けて弾丸を撒き散らす。即座に応射。弾丸は頭上を押さえるように飛び、私を牽制する。ダメだ。振り切れない。もう時間がない。時間が足りない。

 

「すみません、本当にごめんなさいっ…!」

 

地面が近づいてきた。建物の屋根が鮮明に見える。雪に半ば埋もれた滑走路らしき部分とそこに並んだ雪だるま。除雪作業中の兵隊が空を見上げる。

 

「もうしませんからぁっ!」

 

…このままだと、死ぬ。



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1-04.いらん子中隊

正直なところどうやって降りたか覚えていない。景色がスローになって、それから何回か回転したようなしていないような。

 

「…し、死ぬかと思った」

 

そのまま雪の上に仰向けに倒れる。減速のための滑走が辛うじて雪掻きの終わっている部分に収まったからこそ生きているのだ。つまりこれは99式が艦載を前提としたユニットであり、短距離での離着陸を可能にした設計であったから起こった奇跡だろう。…ただ、精神的な何かが削られたような気がする。

 

「大丈夫ですか?」

 

レイヴォネン中尉が文字通りに飛んできた。初日から酷い目に遭った。墜落など一度すれば十分だというのに足どころか全身がバラバラになるかと思った。

 

「なんとか。たぶん、生きています。」

 

ストライカーユニットも見たところ破損はなさそう。良かった。初日からストライカーユニットを修理に出すなんてことになったら恥ずかしいからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたたち、全然ダメだわ!このままじゃあ、ネウロイに撃墜されるより前に墜落しかねない。はっきり言ってダメダメよ!」

 

反省会。しかし、面と向かって言われると堪えるものがありますね。私はハルカに続いて二番目に撃墜されているので状況がわかりませんが…。あの、とりあえず反省会はせめて室内で行いませんこと?

 

「だいたい、あん「おほほほ、ほほほほほっ!」

 

穴吹少尉の台詞を遮るような高笑いと共に金髪の少女が降り立った。垂直離着陸はウィッチの中でも高い技能と潤沢な魔法力を持つウィッチが行う高等テクニックだ。

 

「アホネン大尉!」

 

レイヴォネン中尉が叫ぶ。なるほど、大尉。上官だ。寒さと疲れでボンヤリしていた頭を現実世界に引き戻す。粗相があると不味い。同格である少尉とは違い、大尉はエリートだ。正直、少尉なんて階級は学校を卒業すれば上からもらえるものだが、大尉は違う。そこから一歩も二歩も先に進んだものに与えられる階級なのだ。

 

「あ、あほねん…?」「うち、めっちゃアホやねん。」「ハルカ、あんた変なセンスがあるわねぇ。」

 

笑うな。笑うな扶桑組。どこがそんなに面白かったのさ。もしかして、名前か。名前なのか。“アホ”ネンだからか!

 

「そこっ、何で私の名前で笑うのよ!」

 

扶桑語でやり取りしても自分の名前で笑っていることくらいは見当がつく。

 

「いや、外国の名字だからね。そう思ってるんだけど…」

 

ダメだ。この人。笑いが止まらなくなってる。

 

「上官に向かってどういうことよ!この不良外国人どもがっ…!」

 

寒空の下で鋭い平手打ちの音が響き渡る。

 

「誰が不良外国人よ!」

 

叩かれたことと大尉の言葉に穴吹少尉の目がつり上がる。

 

「わざわざ他人の国を守るために遠くから来た私たちに対して随分な評価じゃない!」

 

滑走路の片隅で言い争う声を聞いたのかスオムス空軍のウィッチたちが集まってくる。10人くらいか。

 

「貴女たちの他にいないでしょうが!スオムスは腕利きを寄越すように頼んだわ。それで寄せ集められたのが貴女たちって訳。わかってる?」

 

あのウィッチたちはアホネン大尉の僚機なのだろうか。アホネン大尉の後ろに並び始めた。

 

「だから来てやったんじゃないのよ。こんな田舎の雪国まで地球の裏側から。」

 

あぁ、帰りたいなぁ。お腹すいたなぁ。とりあえず座りたい。ストライカーユニットをつけてると座るに座れない。いや、今この状況じゃ動くに動けない。

 

「どこが腕利きよ。集められた装備も二線級で人員も問題児ばかり。とんでもない話よ。それに先程の訓練だってそう。遠くからだったけど面白いものを見せてもらったわ!」

 

…うん、叫びながら落ちた私。肉声までは聞こえなかっただろうが。無様であったことに間違いない。ただ、そんなに大声で言われるとさすがに傷つくし気分が落ち込んでくる。

 

「そんなことないね!私たちは腕利きね!」

 

「お黙りなさい。壊し屋(クラッシャー)・オヘア。書類を見たわ。壊したストライカーユニットは63機。とんでもない撃墜王ね。」

 

クラッシャーってそっちの意味なんですね。菅野デストロイヤー的な方向なんですね。まぁ、西暦世界における菅野さんはエースだから。キャサリン少尉も今後に期待と言うことで…。

 

「そこのカールスラントのお嬢さんは“実験”で倉庫を爆破して一個飛行中隊を壊滅させたらしいじゃない。ここでは大人しくしていてもらいたいものだわ。」

 

この子こんなに大人しそうな顔をして、そんなことしてたの!?

 

「…必要な犠牲でした。」

 

「そこのワンちゃん。貴女、とんでもない有名人らしいじゃない。軍規違反が82、営倉入りが54回、書いた始末書は200枚以上。軍法会議が8回に銃殺刑になりかけること三回。とんだ反抗児ね。スオムスはブリタニアの流刑地じゃないのよ?」

 

「…営倉入りは55回、始末書は232枚だ。」

 

「自慢になってないわよ!?」

 

よく数えましたね。

 

「それで、オストマルク軍のおチビちゃんは怪我人でしょう?」

 

あぁ、やっぱり飛び火してきた。

 

「…はい、いいえ。厳密には怪我ではありません。治癒魔法の副作用で少しばかりの麻痺が残っているだけなので2週間程度で解消されるかと。」

 

報告は迅速かつ正確に。

 

「言い方を変えましょう。ここは託児所や療養所じゃないの。おわかり?さっきの着陸だってずいぶんと危なかったわ。気を付けて飛びなさい。」

 

ほら、やっぱり見られてますよね。そりゃあ、あの勢いで叫びながら滑走路に突入して使える部分を全部使って大騒ぎ…。恥ずかしい。顔が赤くなるのがわかった。

 

「それで、あなたは…」

 

「はいっ、扶桑海軍所属の迫水ハルカです!実技は壊滅的で“味方撃ちの迫水”とまで呼ばれました。本当にすみません!」

 

先手を打っていくスタイル。なるほど恥の文化を持つ扶桑軍人ならではの戦術的自爆…!

 

「うふふ、素直な子は好きよ。よかったら、第一飛行中隊にいらっしゃい。新しい妹として歓迎して上げるわ。」

 

アホネン大尉、いい笑顔してるなぁ。そして、大尉はそのままハルカの頬に手を添えて唇を落とした。

 

「「…っ!?」」

 

思わず二度見した。何故にキス!?キスする要素ありましたか。なに、どういうこと!?

 

「ななな、何してるのよ!?」

 

顔を真っ赤にしながら穴吹少尉が叫ぶ。

 

「酷いですわ、お姉さま。」「これ以上、妹を増やしてどうするんですか!」「そうです、あんまりですわ!」

 

後ろにいるスオムスのウィッチが抗議する。私のいた部隊も先生を姉と呼んでいましたが、何だかそれとは方向が違うような…。

 

「あら、ただの挨拶じゃない。二人して顔を真っ赤にして…。もしかして扶桑の子は初なのかしら。」

 

「へ、変態っ…!」

 

完全に不審者を見る目付きに変わった穴吹少尉を無視して大尉は続ける。

 

「それで、中隊長が第一中隊の中でも一番の落ちこぼれだったエルマ・レイヴォネン中尉。いかにも余り物って感じね。」

 

「…すみません。ごめんなさい、ダメダメでごめんなさい。」

 

レイヴォネン中尉がペコペコ頭を下げる。何だかここまでのやり取りだけで二人の力関係がわかるような気がする。

 

「いいかしら?貴女たちが寄せ集められた“いらん子中隊”だってことはわかってる。訓練のための飛行場も時間も与えてあげる。ただ、私たち正規軍の邪魔だけはしないで。足手まといなんて害悪そのものよ。」

 

「…誰が、いらん子中隊ですって?」

 

穴吹少尉は今にも掴みかからんばかりの様子だ。もう頭の中では三回くらい殺していそうな勢い。相手が大尉であるからこそ我慢しているが、相手が同格であったなら容赦なく噛みついているだろう。

 

「貴女たちに決まってるじゃない。貴女もよ。扶桑海事変では随分と活躍したそうね。でも、あいにくと欧州のネウロイは質も数もずっと上。個人主義に拘っていたら見るも無惨な袋叩き。貴女の腕はきっと通用しないでしょうね。綺麗な顔に傷がつかないように引っ込んでいるべきだわ。…あら、もう時間?それじゃあ、私たちはこれくらいで基地に戻らせてもらうわ。身体が冷えきってしまうもの。」

 

そう言うと、スオムス空軍の正規部隊の皆様は楽しそうに笑いながら滑走路をあとにした。

 

 

後に残ったのは冷えきった空気と“いらん子中隊”だけだった。



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1-05.穴吹智子の不満

これまで互いに競いあい高めあってきた加藤武子と一緒に前線であるカールスラントに送られると思えば、私だけスオムスなんて田舎の後方に送り出された。

 

…それだけでも不満だったのに。同僚となるのが各国トップレベルの落ちこぼれ“いらん子”となれば、非常に不愉快であった。

 

私だって彼等が“扶桑海の隼”と称した加藤武子と同じく扶桑海事変で活躍したエースだ。それを僻地に吹っ飛ばすのは、何だか私の実力を正当に評価されていないように感じる。

 

卓越した技量を持つウィッチがストライカーユニットを適切に運用してネウロイを叩き落とす。ストライカーユニットは達人が運用してこそいきるのだ。

扶桑で新型機(隼)の試験を行った際、模擬空戦の相手をしていた武子は、いずれ格闘戦は“おまけ”になるだとか、今後は集団戦術が主流になるだとか悲観的なことをいっていたが、私はそうは思わない。

 

凡庸な量産型のウィッチをいくら投入したってネウロイには勝てない。確かな技能を持つウィッチこそが勝利を手繰り寄せる鍵となるのだ。

 

「なんなのよ、まったくっ…!」

 

思わず虚空へ向けて悪態を吐く。あの日から何もかもが上手くいかない。あの日。スオムス派遣が決まった日だ。武子はそれを知っていた。

 

『貴女のやり方はカールスラントじゃ通用しない。』

『本当のエースになって帰ってきて。私、待ってるから。』

 

意味がわからなかった。私はエースだ。扶桑海で沢山のネウロイを叩き落とした。そして“扶桑海の閃光”あるいは“扶桑海の巴御前”などと称され、映画の主役にすらなった。この私が力不足…?武子と同等にできるはずの私が“いらん子”?ありえない。そんなわけがない。

 

『あんた、裏で糸引いたでしょ!私がカールスラントにいけなくなるように!どうして、どうしてそんなことをするのよっ…!』

『あのね、私たちは軍人なのよ。命令は絶対なの。』

『…あんた、嫉妬したのね!私の方が撃墜数が多くて、注目されたから!』

『今の貴女に私の言葉は届かないわ…』

『なによ、上から目線に偉そうにっ…!あんたなんて友達じゃないわ!』

 

最後の会話を思い出す。私たちは友達だったはずだ。何時だって一緒だった。戦友だった。親友だった。それがずっと続くと思っていた。

…バカみたいだ。

武子たちカールスラント派遣組は新品の空母で大々的に送り出された。私はオンボロ巡洋艦でオマケのような扱い。基地についた当日に歓迎会こそ開いてくれたが、基地は倉庫を改装したボロ小屋。与えられた部屋も上等とはいえない。それに加え隊員のやる気もない。何だこれはあんまりじゃないか。

…でも、腐ってばかりもいられない。

私は証明しなくちゃならない。そして認めさせるのだ。スオムス空軍の正規軍の連中に。本国の上層部に。そして武子に。私が穴吹智子がどれだけ優れているかを。どれだけの力を秘めているかを。その為にも戦果を出さなきゃいけない。そして、こんな場所なんてすぐにでも抜け出してやるのだ。

「待ってなさいよ、武子…!」

 

 

 

 

 

「智子少尉、起きていらっしゃいますか?」

 

気が立って眠れないところにハルカの声。

 

「何よ。一人じゃ寝られないの?」

 

仕方がない。ハルカは14歳の新米ウィッチだ。座学の成績が素晴らしく優秀でブリタニア語が堪能とはいえ、ここは彼女にとって文字通りの異国であり戦地であるのだから不安定になるのも仕方がないことなのだ。

 

「…はい、なので隣に入れてもらってもよろしいですか?」

 

ハルカは私よりも小柄だ。そんなに狭くはならないだろう。枕を手に立っていることから目的も明らかだ。仕方がない。

 

「ハイハイ、好きにしなさい。」

 

海軍ではウィッチ同士の仲がよく、親しい間柄では先輩後輩の関係にも関わらず、階級をつけず名字で呼び合う風習があるらしい。そんな海軍所属のハルカからすれば今の状況は酷く寂しく感じるのだろう。

 

「有難うございます、少尉!」

 

布団に入りやすいように少し端に避けてやる。

 

「しつれいします。」

 

もぞもぞ、がさごそ、明かりのない部屋だからか手間取っているようだ。

 

「ほら、こっちよ。まったく、要領が悪いんだから。」

 

少し身を起こして布団に入れてあげる。

 

「ありがとうございます。少尉の布団は暖かいですね。」

 

「…あの、智子少尉。もしよろしければ、私を食べてください。好きにしてくださって構いません。」

 

そう言われて胸元に手を持っていかれる。心臓の拍動が手を伝って伝わってくるような感覚。冷えきった手に熱が伝わってくる。ただ、肌が触れているだけ。それなのに恥ずかしそうに目を背けるハルカのせいで変な気分になる。…いや、私はノーマルだ。昼間の大尉の衝撃が強すぎてハルカも私も気が動転しているのかもしれない。

 

「さっさと寝るわよ。明日も早いんだから。」

 

明日は朝練だ。もう二度と“いらん子中隊”なんて呼ばせないように徹底的に強化するのだ。私が変えてやるのだ。そのためにも今日は早く眠ってしまおう。

 

 

 

 

子供体温のハルカは良い湯たんぽであった。



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1-06.いらん子中隊 改造計画

非番だというのに朝から穴吹少尉に叩き起こされた。どうやら朝練などという謎の文化を持ち込みたいらしい。ちなみに私は元々ナイトウィッチとして訓練されていた人間である。(よほどなことがない限りは)夜通し空を守り、朝には床につく生き物である。

 

「集まったのは、これだけなの?!」

 

集まったのは右から穴吹少尉、ハルカ、ウルスラである。ここにいないのはエルマ中尉、ビューイング少尉、キャサリンである。

 

「本当にこんなに朝早くする必要が…?」

 

スオムスは確かに殺人的に寒いが本土決戦となったオストマルクと比較すれば天国である。なぜか?そんなことは簡単だ。外で寝ていたら死ぬという点では共通するが、後者の場合は屋内で寝ていても殺されるのだから比較することすらバカらしい。こんな恵まれた場所で何をそんなに生き急ぐ必要があるのだろう。

 

「何よ。文句でもあるの?」

 

そういえば、昨日の歓迎会が終わったあとに召集されて朝練をすると言われたような言われていないような…。

「はい、いいえ。ないです。」

正直、昨日は色々と疲れていたので眠たくて眠たくて仕方がなかったのだ。あまり覚えていない。

 

「トモコ先生、エルマ中尉は会議があって休みです。」

 

とりあえず、朝から元気な穴吹少尉を茶化しておきましょう。決して昨日の疲れが抜けきっていないところを文字通りに叩き起こされた報復ではない。決してこれは混乱のあまり“うっかりお母さん現象”をぶちかました報復ではないのだ。

 

「誰が先生よ!」

 

「先生、先生。この迫水ハルカに個別指導をお願いします!課外授業でも良いです!」

 

下らない茶番とジョークは人間関係でも意外と使える便利な道具だ。…正直なところ昔から人付き合いは苦手なタイプだったが、私だってそのくらいは知っている。

 

「ちょっとハルカは黙りなさい。あとで色々と教えてあげるから。」

 

「手取り足取り教えてください!」

 

 

 

…なぜかクネクネしているハルカは置いておくとして、視界の端で気配を消して屋内に戻ろうとしているウルスラは問題だ。

 

「カールスラント軍は忠誠宣言とかしないの?」

 

前回の大戦において敵を前に逃げ腰になった将兵に対して『カールスラント軍人の忠誠宣言はどうなったのか』と視察に来ていたカールスラント皇帝が直々に問いかけ、戦線を押し上げたことは有名なエピソードである。

 

「…する。」

 

この忠誠宣言で注目すべきは『憲法』に従い『国家』『皇帝』『上官』に忠誠を誓っているという点である。つまり、軍人による上官に対する抗命はNGとされているのである。

ちなみにカールスラントと同じく神聖ロマーニャ帝国にルーツを持つオストマルクでも忠誠宣言は受け継がれている。また、壊滅した軍隊の再建をカールスラントに支援してもらったこともあり、軍隊におけるルールや文化にも近いものがある。

 

「私も忠誠宣言をしたんだ。私はカールスラント軍じゃなくてオストマルク軍の宣言なんだけどね。だから私は最期まで忠実でなければならない。」

 

教科書からすべてを学ぶという発言。エルマ中尉にカールスラント軍の規範について書かれた本を渡すという行動。そこから考えれば、彼女が非常識なほど真面目なウィッチであることがわかる。

 

「…ウルスラ曹長。初日ぐらいは参加しましょう?」

 

あまりこういうことはしたくない。階級を盾にモノを言うのは好きじゃない。しかし、愚かな私には彼女に参加してもらう手段が他に思い付かなかった。

 

「わかった。」



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1-07.いらん子の洗礼

私は予備機としてBf109を受領していた。Bf109はカールスラント製のストライカーユニットで世界で一番生産されているユニットであるといわれている。オストマルクのウィーナー・ノイシュタットでは全体の25%を生産していたとされ、オストマルク軍でも広く使われていた。

予備機として99式とは真逆の特徴を持つBf109を押し付けられたのは、地球の裏側からの舶来品である99式に比べて調達が圧倒的に楽であったからだろう。

そんなBf109が見つからない。99式が奥の作業台で点検のために分解されている現在、私が使うことができるのは予備機であるそれだけである。しかし、どこを探しても見つからない。

 

「…予備機がないってどういうことですか?」

 

思わず棘のある声が出る。私の99式がオーバーホールされているのはわかる。あれだけ強引な着陸をしたのだから当たり前の話である。しかし、予備機がないとなると私は空を飛ぶこともできないわけで…。

 

「大変申し訳ないのですが、どこを探しても見当たらないのです。」

 

整備兵に矛先を向けるのは間違っているかもしれないが、私はここに戦争をしに来ているわけで予備とはいえど仕事道具を“なくしました”では困るのだ。そして、これが私の私物なら私が黙っているか警察に駆け込むかの二択だが、なくなったのは軍事物資でありストライカーユニットである。

 

 

 

 

 

「あら、こんなところでどうしたんですか?」

 

ちょうどいいところにアホネン大尉が来た。大尉ならば何か知っているかもしれない。

 

「恥ずかしながら、探し物です。私の予備機が見つからなくて…。アヴィア社で生産されたBf109を探しているんですが見ませんでした?」

 

一日目で墜落し、二日目で失せ物探し…。こうも不出来だと自分に嫌気がさす。

 

「…さぁ、見ていませんね。スオムスでは多種多様なストライカーユニットが使われています。世代もモデルもメーカーもバラバラです。もしかすると、誰かが持っていってしまったのかもしれません。」

 

持っていってしまったかもしれない?それはどういうことですか?

 

「困りました。ストライカーユニットは軍事技術の塊です。それに非常に高価な代物です。また、これがなければ航空ウィッチとしての仕事ができません。」

 

それは時と場合によっては始末書ものの騒ぎなのでは?教本には何て書いてあったかしら。

 

「言い方を変えましょう。我が軍には主力機であるBf109(メルス)を遊ばせておく余裕はないのです。銃も弾丸も足りないものばかりなのです。お嬢さん、お分かりになって?」

 

「…なるほど。」

 

つまり、私宛の物資を横取り(接収)したのだ。これは白黒つけにくいグレーゾーン。たしかに私宛の物資ではあるが、送り先はスオムス空軍のカウハバ基地。どう使われるかまでは明言していないだろう。

 

「納得してくれたようで何よりですわ。素直な子は好きよ。それじゃあね。」

 

何だかスッキリしないが、別にアホネン大尉が悪い訳じゃない。そもそも誰も悪いことをしてはいないはずだ。この件に関しては恐らく誰もルールを破ってはいない。

それに私が騒ぎ立てるのは得策ではない。

ここはスオムスであってオストマルクではない。仲良くやっていくためには多少の妥協(アウスグライヒ)も必要なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「信じられない!つまり、それって予備とはいえ貴女のストライカーユニットを勝手に使われているってことでしょう?」

 

朝から元気なのはいいことですが、もう少し音量を下げてください。

 

「仕方がないことです。きっと、何かの手違いですから。わざとじゃないかもしれません。スオムスでは良くあることらしいのですよ」

 

「大問題じゃない!?」

 

実際、今の私は飛ぶこともできないわけで。戦場においては何の価値もない小娘である。むしろ何もできないくせに一人分のリソースを食い潰す害悪ですらある。

 

「99式が使えなくなってしまったのは私の失敗ですし、点検作業も夜には終わるらしいですから。」

 

しかし、私が嘆き悲しんだところでどうしようもない。喚き散らしたところで事態は好転しない。

 

「…わかったわ。そこで見学してなさい。」

 

智子先生はますますご立腹。いやはや申し訳ない限りでございます。

 

「了解しました。」



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1-08A.埋まらない溝(前編)

立て付けの悪いドアを蹴破って部屋に突入し、眼前に彼女の姿を捉えた。そんな私を気にも止めず、優雅に紫煙を燻らせながらモーニングコーヒーを味わう彼女は正に自由人であった。

 

「あんた、他の娘が外で待ってるのよ!?」

 

彼女は部屋を煙臭くしながら上品にカップを口に運ぶ。灰皿にはリベリオン産の紙巻きタバコが山積みになっていて、こんな部屋にいて彼女は本当にコーヒーの持つ繊細な味や香りを楽しめているのかと疑問にすら思う。

 

「どうした、そんなに慌てて。朝練か?だとしたら参加しないといったぞ、私は。」

 

そして、彼女は如何にも無関心そうな顔をしながら不参加を告げるのだ。

 

「あんた、それが通るわけがないでしょ!昨日やってわかったけど、あんたは実力がある。あいつらに空戦を教えられるのは私とあんただけなのよ!?それに腕だって刀と同じ。磨かなければ腐る。手を抜いてたりしたらすぐにダメになってしまうわ。」

 

そうだ。スピットファイアが主流となり、旧式となったブリタニア空軍にあってハリケーンを使い続ける彼女。彼女は旧式だと指摘した私に『扱い慣れている上に射撃時の安定性が勝るハリケーンを選んだ』といっていた。つまり、彼女は私のように使いなれた脚に愛着を持ち、履きなれた靴にこだわるタイプの実力者なのだ。

 

「…そうか、わかったわかった。もう少ししたら」

 

そう言いながら胸ポケットを漁り、空になったタバコの箱を灰皿の上に放る。ようやく立ち上がると思いきや今度は軍服の裏ポケットから葉巻を取り出した。

 

「あんた、いい加減にしなさい!」

 

声と共に抜刀。軍刀は彼女の鼻先を掠めるように振り抜かれ、狙い違わず葉巻の先端を切り落とす。何だってコイツは無気力なのか。私を嘗め腐っているのだろうか。ストライカーユニットを選ぶだけのこだわりがあり、実力がある癖にそれを活かそうとしないなんて、理解できない。徐々に腹が立ってきた。

 

「…吸い口が綺麗に揃った。ありがとう。」

 

彼女は一瞬目を丸くしたものの、特に慌てる様子もなく口に含み、そのまま携帯用のライターを取り出す。

 

「あんた、いつか死ぬわよ。」

 

訓練など自分には不要だと言わんばかりの態度だが、隊列を組んで相互援護を前提に展開する陸戦ウィッチと違い、空戦ウィッチはエンジンに火を入れ、空に一歩でも踏み出した時点で頼れるのは自分の腕だけになる。

故に少しでも長く多く空を飛び、経験を蓄積することが生存に繋がるのだ。そんなこと新米ウィッチだって知っている。

 

彼女は世間話をするように滑らかに言葉をこぼした。

 

「…私は、ここに死にに来たんだ。」

 

わざわざ海に守られたブリタニア本土から死にに来たといったのかコイツは。私の軍刀をじっと見ている。まるで息をするように日が東から上るように言葉を溢した。

 

「死にたいなら、勝手に死になさいっ…!」

 

理解できない。ただ1つわかったのは今の私に彼女を理解することができないということだけだった。

 

結局ビューイングは参加しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ビューイング少尉も参加しない。遅れてハルカに連れてこられたキャサリン少尉もパジャマの上から上着を着ている。エルマ中尉は会議だし、私を訓練に誘ったマルグレーテ少尉に関しては使えるストライカーユニットがないという理由で見学。これなら部屋でおとなしく本を読んでいればよかった。好きなだけ本が読める場所と聞いていたのに早朝からこんなことをさせられるなんて…。

 

「とりあえず、基本からやっていきましょう。まず、ループとロールはわかる?」

 

ループは縦回転(宙返り)でロールは身体を軸にした横回転だ。そのくらいはわかる。そして、できる。

 

「じゃあ、お手本として飛ぶからよく見ておくのよ。」

 

トモコ少尉は綺麗な円を描いて飛んだ。こんな掃き溜めにいるものの、彼女は私の姉様と同じ人種。つまるところエースなのだ。そのくらいは目を瞑ってでもできるのだろう。

 

「はい、よくできました。強いて言うならキャサリンは引き起こしをもう少しスムーズにできるように。ウルスラは変に力が入っちゃってるから、もう少し力を抜いて柔らかく動くの。本番は武器をもって飛ぶわけだし、そう堅くなっていたら疲れるわ。」

 

姉様が飛ぶのを見たことがある。姉様は本当に楽しそうに飛ぶのだ。私だって魔法力の発現がわかったときは嬉しかった。双子でいつも一緒だったから。私も同じように空を飛べると思った。みんなもそう思ってた。

 

そんなのは幻想だった。

 

私はみんなの期待を裏切った。だけど、諦めきれなかった。姉様のように飛べなくても一芸があると知らしめたくて、たくさんの実験をした。下手な慰めも同情も痛くて辛くて、それらは私を酷く傷つけた。そして私は焦った。倉庫で試作していたウィッチ用新型航空爆弾の実験を強行した。結果は一個中隊壊滅。それは防げたかもしれない事故だった。軍という狭い世界で生じた事故。それは瞬く間に拡散された。私から実験と白衣は取り上げられ、手元には本しか残らなかった。本はいい。本は嘘をつかない。世辞も同情もない。そして、一人にしてくれる。

あの日。スオムスへの派遣が決まったとき、これで楽になれると思ってしまった。スオムスではウルスラ・ハルトマンは普通のウルスラでいられると思った。

このまま腐っていけたならどれだけ楽だろう。

そう、思ってしまう弱い自分も嫌いだ。

 

「つまるところ、後ろに着かれたときに振り切る手段の一つとしても使えるわけ。ついでに上手くやればループで戻ってきて相手の背中を狙うチャンスがあるかもしれない。基本は大事にしておくべきね。」

 

得意気に話すトモコ少尉の姿を見ていると、劣等感に晒される。もう姉様と比較されることはないのに私は勝手に無意識に姉様の影と背比べをしようとするのだ。

 

 

 

 

 

「じゃあ、最後に着陸しておわりにします。基地に戻るまでが出撃なので事故などを起こさないように。まず私が降りるわ。ハルカ、ウルスラ、キャサリンの順で降りてきて。…ええと、それで着陸できたら後続の邪魔にならないように隅に逃げる。ダメだと思ったら無理に着陸しないで何度かやり直していいから。」

 

ハルカは筋がいいのだろうか。あるいは艦載を前提としたストライカーユニットだからか余裕をもって着陸した。私のHe112はBf109に開発競争で敗北した余り物だけど、性能そのものは決して悪いものじゃない。同じように飛べばできるはずだ。

 

「はい、ウルスラ。お疲れ様。そのままこっちに避けて。」

 

滑走、減速、停止。どの動作も悪くないできだったと思う。

 

「キャサリン、降りてきていいわよ。」

 

キャサリンのストライカーユニットはバッファロー。リベリオン海軍の空母艦載機だ。かなり古い設計だが、頑丈さには定評があるらしい。

 

「そうそう、一度やり直したら…ってそのままは無理よ!」

 

キャサリンはふらつきながら私たちの頭上をすり抜けて派手に胴体着陸を決めた。恐らくは地面に向けてシールドを展開し、滑走したのだ。そのまま雪を撒き散らしながら減速して停止。

 

「あんた、殺すつもりっ…?!」

 

トモコ少尉は顔を真っ赤にして怒った。



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1-08B.埋まらない溝(後編)

訓練の様子と着陸時の大騒ぎを見ていたアホネン大尉に笑われた。そして、それが悔しくないのかと問われた。私は何も答えなかった。誰も答えなかった。トモコ少尉はますます機嫌を悪くした。内容はよく覚えていない。扶桑語が混ざっていたところを見ると相当頭に来ていたようだ。

 

『もう貴女たちには期待しないから。』

 

ただ、その言葉だけが耳に残った。もう慣れてしまったはずだ。勝手に期待されて勝手に失望される。ただ、ここに来ても聞かされるとは思わなかった。別に今さら傷ついたりはしない。ただ、心が重たくなるような気がした。

 

「さ、いきましょう。ウルスラ、ご飯に間に合わなくなるね」

 

キャサリン少尉に促されるように私はそこを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝からハッキネン大尉に呼び出されたのは新しいストライカーユニットの受領のためだった。新品のBf109。私の使っているローマーニャ製G.50と比較しても破格の性能を有している。

 

「これ、第一中隊の人と同じものですよね。余りがあったのですか?」

 

どう見ても新品だ。ご丁寧に取り扱い説明書までついている。

 

「はい、メーカーこそ違いますが同じE型。つまりBf109シリーズの最新型になります。また、これは先に調達したストライカーユニットの余りではなく、義勇軍を派遣してくれたオストマルクからの支援物資です。」

 

オストマルクかぁ。カールスラントと仲のいい国だ。スオムスもカールスラントとは仲良くしているけれど、オストマルク程ではないと思う。それに工業力もあって暖かいなんて羨ましいなぁ。

 

「G.50から乗り換えてください。」

 

私のG.50は色々と限界な機体を延命するために他のストライカーの予備パーツだったりネジや部品だったりを使って補修してる状況。きっとハッキネン大尉は私のために準備してくれたのです。そうでなければ、新品のストライカーユニットなんて手元に置いておけません。

 

「わかりました!」

 

これは期待に応えなきゃいけません。

 

「でも、G.50も使える状況にはしておいてください。第一中隊で故障した場合に困りますので。」

 

「…へ?」

 

G.50を予備としろと言うことでしょうか。

 

「新品のストライカーユニットを手元に確保し続けるためにはウィッチが必要です。使いもしない新型など持っていってくださいと宣伝してるのと同じですから。」

 

…それはつまり

 

「私のためじゃ、ないんですか?」

 

ハッキネン大尉は即答します。

 

「はい、違います。」

 

そんなにはっきり言い切らなくてもいいのに…。

 

「くれぐれも事故を起こしたりしないように。特に壊したり怪我をしたりしないように気を付けて使用してください。」

 

「わかりました。」

 

頑張らないと。新設された飛行中隊の隊長に抜擢され、理由はどうであれ新しいストライカーユニットを受領したのだから今まで以上に頑張らないと…!

 

 

 

「そういえば、どうして私をスオムス義勇独立飛行中隊の隊長にしたのでしょう。他に適任な人がいくらでもいたと思うのですが…。」

 

アホネン大尉に言われたように私の実力は決して良くありません。いえ、そもそも私は落ちこぼれていました。それをどうして推薦されたのでしょう。

 

「他に余っているウィッチがいませんでした。」

 

「やっぱり…」

 

そんな気はしていました。スオムスは今日も人手不足です。きっと明日も人手不足です。だからダメダメな私にも中隊長なんて重たい仕事が回って来てしまったのです。…でも、任されたからには頑張ります。みんなを守るためにとにかく前向きに。前向きに頑張ります!

 

「そろそろ朝食の時間が終わります。私は済ませてきましたが、貴女はまだでしょう。急ぎなさい。」

 

そのためにも早く中隊のみんなと仲良くならなくちゃいけません。

 

「はい、失礼しました!」



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1-09.分裂

マルグレーテ少尉は最年少のウィッチ。小さくって可愛らしい外見をしている。そして、何故か彼女は食堂へ向かう途中で右往左往していた。

 

「あ、レイヴォネン中尉!助かりましたぁ。道に迷いました。助けてください。」

 

なるほど、迷子。そう広い基地ではないものの、小さな彼女からすると大冒険だったのかもしれない。

 

「早くしないと食事の時間が終わっちゃいます。」

 

そう言いながら私は彼女の手を取って歩き出す。書類では9歳とされている彼女は大人びてこそいるけれど、迷子だなんて年相応の一面もあるのかと思うと少し安心する。

 

「ありがとうございます。」

 

 

 

 

 

 

食堂に着くと中隊のメンバーを探す。今日の任務は一緒にご飯を食べること。アホネン大尉に『隊長として大切なことは何ですか』と尋ねたら『全員と()()()なることよ。』『()に立つものとして相応しく振る舞うの。』と大変いい笑顔でお答えいただきました。

つまり、メンバー同士の結束や隊長自身の自覚が大切ということでしょう。

 

 

 

 

 

「あ、いました。トモコ少尉とハルカさんです。」

 

…あれ?二人だけしかいません。まだ席は余っているというのに少し離れたところにウルスラさん、キャサリンさん、ビューイング少尉の三人。

 

「あ、あれれ?」

 

思わず両者の間で立ち止まってしまいました。みんなで仲良くご飯を食べているかと思えば、微妙な距離感。何かあったのでしょうか。

 

「ええと、どっちにしますか?」

 

マルグレーテ少尉より小声で不安そうに尋ねられながらも、さっき目があってしまったので選択肢はなかった。トモコ少尉の方に歩く。

 

「相席、いいですか?」

 

なるべく落ち着きをもって声をかける。内心はドキドキしていますが、一緒に空を飛ぶ仲間ですから緊張することなどないのです。ご飯を一緒に食べるだけです。

 

「もちろんですとも。どうぞ。」

 

トモコ少尉の返答を受けて椅子へと伸ばした手が空を切る。隣に立っていたマルグレーテ少尉の手で椅子が引かれたのだ。一瞬の硬直。そして『どうぞ、お掛けになってください』と控えめに囁かれた。そんな対応されたこともないから驚いてしまった。

 

「お食事をお持ちしますね。」

 

たしかに隊長らしく振る舞えとは助言されました。そう振る舞う努力をしようとも思っていましたが、私は中尉であっても将軍ではないのです。その、なんというか申し訳ないというか。自分より圧倒的に年下な彼女にそこまでさせると罪悪感がすごい。

 

「そ、そこまでしなくて大丈夫ですから!むしろ私が持ってきます。ちょっと待っててね!」

 

 

 

 

訓練は上手くいかなかったみたい。ところどころマルグレーテ少尉とハルカさんが補足する形になったけれど、事の顛末を聞いて目が回りそうになってしまいました。

たしかにトモコ少尉にはやや強引に感じてしまうようなところがありました。でも、せっかく朝早くに訓練を主催したのに真剣に取り組んでくれないように感じたら誰だって嫌な気分になります。

でも、トモコ少尉が言い過ぎたところもあります。せっかく朝早くから参加したのに怒られてしまったら嫌な気分になります。

食堂における絶妙な席の距離は心の距離だったのです。

 

 

私が隊長なんだから私がなんとかしないと。

 

そうは思うものの、やはりすぐには何も考え付きません。

 

 

 

正直なところ、今日のご飯は味がしませんでした。



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1-10.小さな魔女は思い悩む

『私たちウィッチは自分達で思っているよりも頑丈だが繊細だ』これは教科書にも掲載されている言葉であり、自覚した言葉でもある。

 

 

高射砲塔を中心にウィーンの防衛を行っていたときのこと。同級生と喧嘩した先輩が末帰還となり、翌日信号機に突き刺さっていたのを発見したことがある。百舌鳥の生え贄のように信号と合体した彼女は見るに耐えない状態だった。死体なんて見慣れつつあった中でも凄惨な死体だったのを今でも覚えている。感情のままに泣き叫ぼうとする同級生を『ネウロイを呼び寄せて私と心中するつもりですか』と黙らせて私は彼女のドッグタグを回収した。そうすることしかできなかった。自分でも驚いてしまうほどに冷たい声が出たのを覚えている。今になって言い訳をするならば私には致命的に余裕がなかったのだ。それほどに一杯一杯だったのだ。次の日、その同級生は死んだ。噂によれば着陸時の事故だったという。私の知る限り彼女は成績上位で実技においては現役ウィッチに迫るとまで言われた人物だった。少なくとも事故なんて起こすような人物じゃなかったはずだ。そんなことで死ぬような人には見えなかった。彼女たちの間に何があったのかはわからない。なにがどうして彼女たちを絶命足らしめたのか検討もつかない。もしかしたら私が少しでも寄り添えば寄り添おうとすれば避けられた死だったのかもしれない。名前も思い出せない同級生。私が殺してしまったのか、彼女が勝手に死んだのか。そんなことはわからない。わかりたくない。…でも、彼女たちが何らかの原因で死んだのは明瞭な事実なのだ。

 

 

今、中隊の雰囲気は最悪だ。

 

『人は三人集まれば派閥を作る』とはよくいったもので、今の中隊は分裂状態にある。これは非常に好ましくない状況だ。相互に好影響を与え合うどころか傷つけあってしまうかもしれない。そしてその傷がどんな影響を与えるのか想像もつかないのだ。

そんなことで、もう目の前で誰かが死ぬのは御免だ。というよりも耐えられないかもしれない。それが顔見知りの人間とならば、正気を保っている自信すらない。

 

食堂へ続く廊下でレイヴォネン中尉を見たとき。“いける”と思った。思ってしまった。もしかしたら優しくて暖かな雰囲気を持ち、上位者である彼女に無意識に甘えてしまったのかもしれない。この人なら何とかしてくれるかもしれない、なんて思ってしまった。

 

『気軽にエルマと名前で呼んでください。そんなに畏まらなくていいからね。気楽にいこう、ね?』

 

たぶん、エルマ中尉は優しすぎるのだ。それも、つい甘えたくなってしまうほどに。しかし同時にそれは中隊を纏めることを難しくしてしまっているのかもしれない。

 

「私が何とかしなくちゃいけない」

 

明らかに手練れであるビューイング少尉や穴吹少尉はどうだかわからないけれど、きっと他のメンバーはウィッチの殉職がどういうものなのかを知らないのだ。空に一番近いはずの魔女がどうやって死ぬのか知らないのだ。どうか知らないままでいてほしい。

 

ヘイトを稼いで団結させる?いや、私が死んだら崩壊する。そもそも、そんなやり方は歪で不完全だ。

エルマ中尉を御輿に担ぐ?いや、エルマ中尉にそれはできない。それをするにはもっと軽い御輿が必要だ。エルマ中尉にそれはできない。したくない。

 

何も思い付かない。

 

「とにかく、明日は朝練に出席して昼間に慣らし運転をして、夜は待機。」

 

とにかく目の前の問題をどうにかしよう。



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1-11.二日目の朝練

スオムスは雪国だ。雪には音を遮り吸収する性質があるとされている。例えば、史実西暦世界における桜田門外の変で水戸浪士の初手がピストルであったのにも関わらず、護衛による対応が遅れ、大老井伊直弼は討たれた。これについて、当日が雪であり銃声が響かなかったからだとする説は余りにも有名だ。これが晴れの日だったなら結末はまた変わっていたかもしれない。つまるところ歴史を変える程度には雪の存在は音の伝搬において影響があるのだ。

 

実際、私が初日に地面との距離感を掴み損ねたのも地面からの反響が小さすぎたことが一因であると思う。石畳の道。舗装された道路に高い建物。これまで戦っていたオストマルクに比べて反響が小さかったのだ。また、一面が銀世界で目印が少なすぎたのも挙げられるかもしれない。まぁ、訓練なのにムキになってしまったのも悪いのだが。

 

 

 

 

 

今日の朝練において私の目標は何か。それは第一に高度と感覚の擦り合わせ。第二に中隊のストライカーユニットの音を覚えること。この二つである。

 

「エルマ中尉にハルカ、それにマルグレーテ少尉。…あの三人はどうしたのよ!?」

 

あの三人とはビューイング少尉、キャサリン少尉、ウルスラの三人組のことだろう。

 

「…あの、おそらくですが穴吹少尉が昨日の終わり際に“もう好きにしなさい”等といったからではないでしょうか。」

 

「もう期待しないともいってましたね。」

 

その二つから『じゃ、好きにさせてもらいます』という結論に至ったのだろうか。うん、とてもあり得る話だ。だって、中学の部活で顧問の先生がそれをいったなら部員の過半数が帰ったからね。席を外してから部室に戻ってきた先生ビックリしてたけど。

 

「だからって、本当に好きにするやつがあるかっ!まったく、嘗めた真似をしてくれるじゃないっ…!」

 

一見すると少女たちによる平和でバカらしいやり取りだが、これで線引きがより明白になってしまったと思うと笑うどころか泣きたくなってくる。

 

「怒っても仕方がありません。ここは前向きに考えましょう。私たちが彼女たちの目の前で活躍すれば掌を返して教えを乞うはずです。」

 

「…それもそうね。」

 

 

 

 

 

ストライカーユニットに火をいれる。耳と尻尾が発現し、出力の上昇と共に意識が研ぎ澄まされていく。

 

 

そして、集合をかけられている高度まで円を描くようにしてゆっくりと上っていく。まるで湖畔を飛ぶトビのように規則的に円を描いて緩やかに高度を上げていくのだ。こうして真っ直ぐ飛ばないのは高度計と聞こえ方のすり合わせを行うためだ。まぁ、最終的には慣れが重要になってくるので、この朝練を通して身体に覚え込ませることになるだろうが。

 

「高度計とにらめっこしながら飛ぶなんて素人のやることだわ」

 

私は魔導針を使えないから基本的に聴覚を中心とした感覚を頼る他ない。ここで言う魔導針は魔法力を利用したレーダーのようなもので、地平線まで探査できる優れものである。一方で私は空飛ぶ聴音機である。天候を含む状況に左右されやすく、いずれ不要になる存在だ。

 

「星明かりのない夜にそんなこと言えますか?正しい感覚を身に付けておかないと夜の空は危ないんです。下手をすると高度を下げすぎて建物に突っ込みますよ。」

 

ついムッとして穴吹少尉に反論する。こんな私でもそれなりに飛んだつもりだ。活動期間は少ないけれど、昼夜を飛んだので同期の二倍は働いているかもしれない。それを素人扱いとは失敬な話だ。

高度計とて万能ではない。壊れることだってあるし、確認する間もないこともある。何らかの原因でずれることも考えられる。だから高度計と感覚の擦り合わせが必要になるのだ。

 

「なるほど、ナイトウィッチだから少し感覚が違うのね。」

 

わかっていただけたなら幸いです、

 

「ちなみに穴吹少尉はどうやって地面との距離を把握しているんですか?」

 

「そんなのは感覚よ。感覚。自分がどのくらいの早さでどう飛んでいるのかなんて慣れてくれば感覚でわかるわ。まぁ、飛ぶ高度を指定された時だったり着陸の時なんかは一瞬だけ確認するかもだけど。」

 

…この天才め。天は彼女に贔屓して二物も三物も与えたに違いない。まったく、これだから天才はズルいのだ。

 

「ついでに皆さんの音も聞きに来ました。あまり聞きなれないストライカーユニットだったので誤射すると怖いな、と思って…。」

 

そこで距離を取るのはやめてください。傷つきます。



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1-12A.いらん子中隊の初陣(前編)

警報が鳴り響き、ネウロイの襲来が伝えられる。新聞をベッドの上に放り投げ、廊下を走り抜け、最短距離で格納庫へと直行。軍刀を腰に挿し直しながらストライカーユニットのエンジンを回す。

 

バタバタと駆けてきたハルカが転がっている工具箱に足を引っ掻けながらも転倒を回避。やや不馴れな動きでストライカーユニットに足を突っ込む。

 

その後にキャサリン、ウルスラと続く。

 

「ビューイングは、ビューイングはどうしたの?」

 

あの女。まさか寝ているわけではあるまいな。

 

「後ろにいるぞ。気にするな。」

 

 

 

 

都合が悪いことにエルマ中尉とマルグレーテは仲良く慣らし運転をしているところだ。互いに不具合があったときに助け合えるようにとペアで出ていったのだが、その為にメンバーの中の貴重な常識人2人がお空の彼方というわけである。

 

「ええと、緊急事態に付き私が臨時に指揮を執る。異存はない?」

 

…この中で階級が高くて実践経験があるのは私とビューイングだけ。ビューイングはあまり人に指示を出すのが得意そうではない。そもそも、やる気すら感じられない。そうなると、私以外にトップはあり得ない。

 

「いいだろう」「OKでーす。」「ありません。」「いいと思います。」

 

返事はバラバラ。しかし全員が是と答えた。

 

「空戦の鍵は格闘戦にあり!難しいことは言わないわ。…ただ、私の邪魔だけはしないでね。」

 

今の実力で下手に援護射撃を入れられると何が起きるかわからない。後ろ弾を食らうなんてバカらしい死因はごめんだ。黙って鉛玉を食らう趣味はないし、大抵の攻撃なら避けられる自信があるが、流れ弾が飛び交って同士討ちまで始めるなんてことになったら流石の私でも面倒を見きれなくなる。

 

「返事は?」

 

それにこれはチャンスなのだ。目の前でバンバン落としてやるのだ。ハルカだって私の映画でウィッチを志したという。軍の作った映画だからプロパガンダ的な側面もある。かなりの数の扶桑の少女たちに影響を与えたと上官が上機嫌だったのを覚えている。この“いらん子”たちも目の前でウィッチによる空戦を見せつけられたら何か意識が変わるかもしれない。いや、きっと変わるだろう。

 

「はい」「わかったねー」「了解した」「わかりました」

 

なんともしまりのない返事だが、返事は返事だ。

 

 

アホネン大尉の率いる第一中隊が次々に滑走し、離陸していく。

 

 

『スオムス義勇独立飛行中隊、出撃します。』

 

一歩前に出て、ここにいない中隊長の代わりに自分が指揮を執ることを宣言。

 

『こちら、管制塔。雪女、了解しました。レイヴォネン中尉とマルグレーテ少尉が現地から急行し合流します。間違っても撃ち落とさないように。』

 

“雪女”はハッキネン大尉のコードネームだ。エルマ中尉によれば一見冷たく感じるかもしれないけど、いい人なんだという。まぁ、このくらいハキハキしていた方が仕事がやり易いこともある。

 

『了解』



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1-12B.いらん子中隊の初陣(後編)

7.7ミリ機銃と軍刀を振り回してネウロイ(ラロス)を叩き落とす。戦闘機型のラロスは扶桑海でも相手にした惰弱な相手である。鈍重な印象を与える太い図体には私たちのように軽快な動きをするウィッチを相手取るのに足りないものが多すぎた。

 

嫌味なぐらい適切な射撃だった。ビューイングだ。やはり腕だけはいいようだ。弾丸を受けた敵機は体勢を崩して私の間合いに取り込まれる。そこに思いきり軍刀を振り抜いて撃墜する。

 

『ちょっと、支援なんてしなくていいって!』

 

同時に叫んだ。全部私の獲物だ。やる気がないなら、実力がないなら、黙って下がって見ていればいいのだ。

そして見せつけてやるんだ。コイツらに本物のウィッチという存在がどんなものなのか。

ついでに撃墜数も稼いでやる。そして知らしめてやるんだ。私がエースであると。この私を極寒の大地に送り込んだ武子と上層部に“お前らの目は節穴だ”と。

 

 

無線が聞こえ、太陽の中から見知った二人の影が降りてくる。エルマ中尉とマルグレーテだ。ネウロイが太陽に目を焼かれるか否かについては諸説あるものの、実際に飛んだウィッチたちの経験から一定の効果があることを知られていた。

 

『あなたたちの獲物は残っているかしらねっ…!』

 

そもそもマルグレーテの挙動は一見すると高度を上げてから失速反転して敵の背後を狙う木の葉落としのようにも見えるが、本質としては空戦よりも対地攻撃に近いのだ。敵まで一直線に降下して敵の頭上あるいは背後より鉛弾を撒き散らす。そして敵の被害状況に関係なく、位置エネルギーを運動エネルギーに変換して全力で逃亡。高度を確保。建て直してもう一度。この繰り返しだ。

これは狙った獲物を確実に仕留める格闘戦とは違う戦術だ。99式ほどの運動性能を持つなら十分に格闘で勝てるはずなのに。まったくもったいないことをしている。

 

『これで最後っ…もらったぁ!』

 

そんな彼女たちの攻撃によって弱ったところを叩き落とす。照準を覗いて擊鉄を落とせば狙い違わず7.7ミリの弾丸が殺到し、ネウロイは粉になって消えていく。

 

 

 

 

6機のネウロイを叩き落として戦闘は終了。こんなのが音に聞こえた欧州のネウロイか。そう笑ってしまうほどに手応えがなかった。

 

「いらん子中隊の皆さん。ご活躍おめでとう。戦闘機と楽しく踊ることも大切ですが、真に脅威であるのは爆撃型(ケファラス)のようなネウロイです。そこのところをよく考えて遊び相手を選ぶように。まぁ、死なない程度に頑張ってくださいまし。」

 

第一中隊は一直線にケファラスに向かっていったが、こちらも上手くやったらしい。いちいち引っ掛かる言い方をされるから腹が立つが、僚機の方々には私の持つ力が伝わっただろう。それだけでも今日はいい感じだ。

 

 

 

 

 

「まるで蜜蜂の巣に侵入した雀蜂みたいな活躍でしたね。瞬く間に殲滅してしまうなんてさすがです。」

 

格納庫で呼び止められる。マルグレーテだ。

 

「マルグレーテ、もうちょっと褒め方ってあるんじゃないかしら。」

 

どうやら彼女は考えていることや感情が顔や口に出るタイプらしい。誉めるような口調だが、毒が含まれているし、どこか不満そうな顔をしている。

 

「…でも、気を付けてください。扶桑の蜂さんのことについては詳しくありませんが、西洋蜜蜂は単体で巣に入ってきた雀蜂を集団で取り囲んで窒息させてしまうことがあります。」

 

彼女のアドバイス通りの作戦だったはずだ。他のメンバーに力を見せつける。鮮烈な印象を与える。何が違うのだろうか。

 

「話を聞きなさい。私に昆虫観察の趣味はないの。あと、あまり回りくどいのも好きじゃないわ。面倒くさいし面白くないもの。」

 

背丈の小さな彼女は私を見上げるようにして口を開いた。

 

「そうですか。…じゃあ、端的に言います。やりすぎです。毎回あんな大立ち回りをしていたら、いつか死ぬかもしれません。」



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1-13.失敗の魔女

「教科書通りじゃうまくいかないこともあるのよ。でも心配してくれてありがとう。」

 

ダメだった。穴吹少尉がエースであることを私は知っている。彼女がそれを誇りに思っていることも知っている。実戦でも素晴らしい働きをしていた。しかし、あれではいけない。ウィーナー・ノイシュタット。あそこでは、成績上位の人から死んだのだ。誰も彼もが勇敢で優秀だとされた魔女たちだった。でも死んだ。死んでしまったのだ。

 

そんな私の思いは届いたのか。はたまた子供の戯れ言ととられたのか。たぶんダメだったのだろう。今にも歌い出しそうなほどに上機嫌な穴吹少尉は私の頭を撫で回してから私室に帰っていった。

完全に子供扱いである。

 

 

 

 

 

 

「そうじゃないんだけどなぁ。」

 

去り行く後ろ姿を見ながら思わず小さく言葉を溢す。そもそも、最初から上手にできる人が上手にやって見せてもダメなのだ。ダメな人が上手にできる人と一緒になって戦えるぐらい上達した成功例を提示することに意味があるのだ。

これはダイエットを取り扱った番組と同じ感覚だ。大事なのは“私にもできるかも…!”という希望を抱かせることなのだ。ここで“オラにゃ真似できね。”となってしまったら逆効果なのだ。

 

 

 

そんなことを考えたところでくしゃみが出た。

 

「冷えてきたかなぁ。」

 

今日は色んな汗をかいた。それが冷えてきたのだろう。おまけに慣れない飛びかたをしたためか疲労も感じる。

そもそも、エルマ中尉がBf109のE型。つまりは最新型の機体に乗り換えたことで私の99式との性能差は絶望的になってしまっていたのだ。その性能は初日に見たG.50なんかとは比較にならないほどだった。

そんな試運転の最中にネウロイの襲来が伝えられた。義勇独立飛行中隊は穴吹少尉を臨時のトップとして出撃。我々は基地に戻らず、そのまま中隊に合流するように命じられた。私は全力で魔力をエンジンに注ぎ込んだけど、エルマ中尉には置いていかれる一方だった。最終的にはエルマ中尉に抱えられるような形で空を飛んだ。

 

空域に到着した頃には既に空戦は始まっていて、穴吹少尉が暴れまわっていた。隙を見て誰か一人が援護射撃を突っ込むけど、他の多くは何をしたらいいのかわからないのか、銃を構えたり下ろしたりしているようだった。おそらくは下手に発砲して味方撃ちになるのを警戒しているのだ。

 

そう思った。

 

『こちら、エルマ中尉とマルグレーテ少尉。加勢します!』

 

誤射を避けるために宣言。太陽の中からの一撃離脱をと仕掛ける。『先にいってください!』そういわれた通りに飛び込んだ。そして、エルマ中尉があとから飛び込んでくる。

 

二人の7.7ミリ機銃が火を吹く。ラロスの翼端を鉛玉が穿つ。外した。少し遠かったのだ。

 

離脱して再び上昇。

 

…そこで戦闘は終了した。

 

抜き身の軍刀と機銃を携えた穴吹少尉の姿があった。あれでネウロイを叩き落としたというのだろうか。あり得ない話ではない。私たちだって機銃や小銃に銃剣をつけることがある。先を尖らせたスコップで地上型のネウロイを撃破した例がある。

しかし、近すぎれば怪我をする。少し前にはネウロイの破片で失明する事故があったらしい。そして忘れがちだが、私たちは時速にして数百キロのスピードで飛び交っているのだ。魔法力で強化されているとはいえ、下手をすれば、ぶつかっただけで空飛ぶ生ハンバーグになる。

そんな中で刀剣を振るえるだけの距離に安全に近づき、足場のない空中で相手を切り捨てる。どれだけの技量があっただろう。

 

 

「ダメだなぁ、私。」

 

対して私は今日の出撃で何ができただろう。おそらくは、エルマ中尉の足手まといにしかならなかった。エルマ中尉は優しいからなにも言わないけど。わかっている。わかっているとも。才能も実力も。私には何もかもが足りていない。もっと早く飛べたなら。もっと上手く飛べたなら。でも、そうはできなかった。

 

メンバー同士の距離を縮めるという目標も果たせていない。大丈夫。まだ一度目だ。奴等が無尽蔵に湧き出る物量を武器にしていて、止まることのない進撃を行うことはわかっている。そして、良くも悪くも襲来は終わらないだろう。

 

 

 

「…大丈夫、私はまだ飛べる。」

 

この仕事に就いてから独り言が増えた気がする。



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1-14A.サウナ(前編)

エルマ中尉に誘われてサウナへと連れられて来た。特に意識することもない。10年弱もの間、女性として扱われ女性として毎日を過ごしていると、案外と自然に受け入れられるものである。…これも一種の変質かのかもしれない。そう思うと自分という存在が内側から歪められているようで憂鬱な気分になる。

 

「汗かきついでにサウナとはいったけど、サウナって何だかわかる?」

 

ボンヤリしていたのを心配されたのか、先に脱衣場で着替えを終えてタオルを巻いたエルマ中尉が振り返る。

 

「蒸し風呂の一種だと聞いたことがあります。西ウクライナ地方から来たウィッチが『ここには、美味しいケーキやワインはあるのにサウナどころウォッカもないのか』なんてぼやいていたのを覚えています。」

 

必死に覚えたという辿々しいカールスラント語が特徴だった。ウィッチの飲酒について当時の世間は冷たかったのだが、本人は常に懐にスキットルを入れているほどの酒好きだった。抜き打ちの持ち物検査で『消毒液です!』と叫んだのは同期の中で伝説になっている。

 

「そっか。やっぱりオストマルクって広いんだね。」

 

多くの国と地域からなる広大な国土。そこに住まう人々の文化。それがオストマルクの魅力であり力であり欠点でもあると思う。

 

「いい国ですよ。ええ、奴等に渡すには惜しい国で…。いえ、まだ負けてませんでしたね。すみません。変なことを言いました。」

 

まだトランシルバニアは落ちてない。まだ人類は負けていない。私の故郷は日本だけどオストマルクに愛着がないかと言われれば嘘になる。

 

「いつか遊びに来てください。できれば観光ビザで。」

 

その頃には私はいないかもしれないけれど。どんな結末を迎えているかわからないけれど。それでも国はそこにあるだろう。人々の営みが絶えることはないだろう。化け物はいつか人間に倒される。それは子供だって知っている物語の王道。今はその時でなくても。屍が山をなし河が血で染まっても。人々はいつかそれを打倒する。

 

 

「…はい、いつかきっと遊びにいきます!そのときは一緒に遊んでくれますか?」

 

いつになるかわからない。果たせるかもわからない。それは子供染みた無責任な約束だった。

 

「もちろんです。美味しいケーキを出すお店を知っているんです。」

 

…でも、たまにはそんな約束もいいと思った。

 

 

 

 

 

 

「…それにしても立派なサウナですね。実物を見るのは初めてなので標準ってものがわかりませんが。」

 

私が小さいのかサウナが大きいのか。あるいはスオムスの人は背が高いから天井が高く設計されているのかもしれない。

 

「そうかな。スオムスだと普通の家にもサウナがあったりするから規模としては普通か少し小さいくらいかも。」



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1-14B.サウナ(後編)

少尉は小さかった。今日、空域に向かうために抱っこしたときも思ったけれど彼女はきっと同年代の女の子よりも華奢で小柄なのだ。

 

『太陽の中からのダイブ&ズーム(一撃離脱)でいきますか?』

 

私はそんな彼女に先鋒を譲り、私たちは連なるように降下して奇襲攻撃に入った。結果として私たちの放った弾丸はラロスの翼端を抉りとったものの、撃墜には至らず。そこに近くにいたトモコ少尉の射撃がヒット。ここでネウロイは殲滅された。

普段の私ならトモコ少尉に任せるだけで一歩も動けなかったかもしれません。そんな私が敵機に向けて飛び込んでいけたのは彼女と一緒だったからでしょう。

 

 

「…どうかされましたか?」

 

私に見つめられていると思ったのか少尉は不思議そうな顔をしてこっちを見た。

 

「小さいのにすごいなぁって思って。私が9歳の頃なんてお母さんに甘えてばっかりだったよ。」

 

彼女はクスクスと笑って口を開く。

 

「そんな気がします。中尉は優しいですから。きっと優しい人に囲まれて来たんだなってそう思います。」

 

私は私の育った国を育ててくれた人々を守りたいと思ってウィッチになった。訓練は厳しかったし、落ちこぼれたりもしたけれど止めようとは思わなかった。

そこが私の原点なのかもしれない。

 

「そ、そうかなぁ。」

 

そう言われると何だか少し照れる。

 

 

 

 

 

私が第一中隊に入った頃も皆でサウナに入った。しばらくはアホネン大尉に連れられて中隊全員で入っていたと思う。私たちを含めスオムスの人々にとって昔からサウナは神聖な場所で特別な場所だった。みんなで訓練してみんなでサウナ。特別な場所だからか。外から隔離された独特の雰囲気からか。みんなで外では言えない本音を言い合ったり、外では言えない話で盛り上がったりしていました。…まぁ、アホネン大尉の趣味の問題でもあったのかもしれませんが。

 

「…な、なんですか?その枝。もしかして、体罰ですか!?」

 

そして、みんなで叩きあったものです。

 

「えぇっ?!そ、そんなことないですよ!ヴィヒタですよ。ヴィヒタ。知りませんか?」

 

ヴィヒタで叩くと血流がよくなり、たくさん汗が出るようになります。そういう道具です。

 

「ほ、本当ですか?扶桑海軍の精神注入棒みたいなものの隠語じゃないですよね?」

 

一緒に過ごした時間は長くはないけれど、マルグレーテ少尉は変なところで博識です。

 

「違いますよ!そもそも、“精神注入棒”ってなんなんですか?」

 

ヴィヒタはヴィヒタです。それ以上でもそれ以下でもありません。

 

「お尻を叩く棒です。扶桑海軍所属のハルカの方が詳しいかもですが。」

 

「お尻をっ…!?」

 

精神注入ってそういうことなんですか!?ビックリしました。体罰なんてものは基本的に私たちウィッチには無縁の話です。故に専用の道具があるとか知りませんでした。

 

 

「えぇと、こうやって使うんです。」

 

目の前で自分の身体を叩いて見せる。

 

「なるほど、マッサージ用の道具だったんですか。…あぁ、ビックリしました。エルマ中尉が優しいからって甘えすぎちゃったかと思いました」

 

私の方がビックリです。

 

「そんなことないよ?今日だって頑張ってたし、上手だった。弾だってちゃんと当たってたんだから。すごく助かった。むしろ、もっと私を頼っていいんですよ?私は中隊長でみんなの“お姉さま”なんだから。」

 

自分で言うのは少し恥ずかしいですが、少なくとも彼女よりはお姉さんなのです。それに私は頼れる隊長でなきゃいけません。

 

「それじゃあ、よろしくお願いします。お姉さま。」

 

頬を染めながら口にする彼女は、とても可愛らしくて。部下に“お姉さま”と呼ばせているアホネン大尉の気持ちが少しわかってしまったような気がします。

 

「はい、こちらこそよろしくね。グレーテル。」

 

 

 

 

 

彼女は大人っぽく見えて、時おり年相応の反応を見せてくれるみたいだった。私たちにとってサウナは生活の一部だし、改めて意識することなんてなかったけれど。彼女にとっては初体験。

 

「これは何ですか?」「あれは?」

 

たくさんの質問が出ました。なんだか小さな妹ができたみたいでした。アホネン大尉もこんな感覚だったのでしょうか。…私ってそんなに子供っぽかったかしら。

ヴィヒタを怖がられたのは驚きましたが、今回のサウナを通して距離が縮まった気がします。



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1-15.待機任務

一日の終わり


ナイトウィッチという生き物は内気で職人気質な人が多いとか言われている。まぁ、そもそも生活時間が普通のウィッチとは違うので他の人と関係を持つことが少ないし、ナイトウィッチの数が少ないから仲間内で盛り上がっている姿が見られることも少ないのだ。だから一概にナイトウィッチは人付き合いが苦手と定義することはできないが、私は少なくとも得意ではない。…いや、見栄を張ることでもないな。昔から苦手だったのだから。

 

「…仲良くなりたい、ですか。」

 

サウナでもエルマ隊長に言われた。仲良くなってみんなで協力しあえるようになったら私達はきっと強くなれると。いらん子だなんて呼ばせないくらい強くなれると。だから先ずは皆と仲良くなりたい。みんなのことを知りたいの。そう、いっていた。

 

「やっぱり、難しいのかなぁ。」

 

そう嘆くようなエルマ隊長の力になりたい。優しくて暖かな隊長。その優しさが空回りするのは見ている私の心が痛む。

そもそも隊員が互いに無関心が過ぎるのだ。一概にとは言えない。たしかに例外はある。例えばハルカと穴吹少尉の二人だ。ハルカは穴吹少尉を好いているようだし、穴吹少尉もハルカのことを無下にはしていないように見える。しかし、それ以外はどうだろう。

朝練の一件で中隊は二つの派閥に別れている。穴吹派と反穴吹派。これが正しいかはわからないけれど、少なくとも私としては好ましい構図じゃない。私から望んだことではないが、彼女たちは紛れもなく仲間であり、わずかな時間とはいえ言葉を交わしたのだ。もう誰も失いたくない私はどうすればいいだろう。

 

「…ところで、自室にまで弾丸を持ち込んで何をしているんですか?」

 

待機任務は暇です。まぁ、ウィッチを含め軍人である私たちは暇を持て余すくらいでいいのだが。ご飯を食べて解散の流れだった。そのあとに私の部屋で過ごすなんてエルマ隊長も暇だったのでしょうか。

 

「これは魔法力を充填しているのです。通常の弾丸よりも威力とか射程が上がります。」

 

これは先の大戦からわかったことだ。そして爆撃ウィッチが元気よく爆撃できるのと同じ技術だ。小型の爆弾でも魔法力によって威力が数倍に跳ね上がる。

 

「私の使っている機銃は弾丸の消費が激しいので。こうやって空き時間に作業しておかないと直ぐになくなっちゃいます。」

 

まぁ、ウィッチが鉄砲を扱うときには無意識に弾丸に魔法力を帯びさせるから通常の弾丸で十分だと言われればそれまでの話だが。

 

「なるほど。そういうことですか。」

 

 

 

 

「…あの、エルマ隊長は大丈夫なんですか?明日も朝練をするとかしないとか言ってましたけど。明日の朝に響きませんか?私はこのまま待機しているので大丈夫ですけど、ベッド使いますか?」

 

殺風景な部屋。特に持ち込みたいと思える私物なんてなかったし、何かを持ち込むような必要性も感じなかった。寝具は基地が用意してくれたし、私物と言えば衣類ぐらいだろうか。

 

「大丈夫ですよ!私はお姉さまなので。妹よりも先に寝ちゃったりなんてしません。」

 

 

23:50

…お姉さまは気持ち良さそうに寝息をたてていた。



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1-16.ナイトウィッチの朝

そういえば、白夜と呼ばれる現象がある。オラーシャやスオムスといった高緯度に位置する国家に生じる現象だ。一日中、日が落ちない。夜になっても太陽が沈まないという現象である。寒さは別としてナイトウィッチは暇を持て余して気が狂うかもしれない。逆に極夜と呼ばれる現象は日が昇らなくなるらしい。一日中、真っ暗になる。…そんな場所で働いていたらナイトウィッチが過労死してしまうんじゃないだろうか。

ただ、純粋に興味はある。白夜も極夜も地球の自転軸が傾いていることで生じるものであり、オストマルクでも日本でも見られなかった現象だ。

加えて昔から噂に聞くオーロラにも興味がある。そうそう見られるものでもないらしいが、どこに行けば見られるんだろうか。肉眼で見るそれはどれだけ綺麗なのだろうか。

…あとでエルマ隊長に聞いてみようか。

 

そんなどうでもいいことを考えながら待機任務の終わりを待つ。

 

単純な話だ。この待機任務が終わると同時に床につけばいい。そして、早起きして穴吹少尉の朝練に参加。それ以外に今日は特にお仕事の予定はないから、一日をゆったりと過ごせるはずだ。

 

机に突っ伏したエルマ隊長に布団を掛け直してあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『起こしに来て』って、私はあんたの同僚であってママじゃないっての…。」

 

学校で同級生に頼るのはわかるが、学校を出たなら誉れあるウィッチの一員だ。学生から軍人になるのだ。それに軍人は公人である。そこらのサラリーマンとは違うのだ。たしかにウィッチに課される規則は厳しいものではないけれど、自分で起床することもできないなんて本物の子供じゃないか。

 

「そうは言いつつも、起こしにいってあげるんですよね。」

 

私の横を歩くハルカが言う。なんだか、この子と『おはよう』から『おやすみ』まで一緒にいる気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「体質なら仕方ないでしょ。」

 

ため息が出そうになる。嘘か本当か彼女はナイトウィッチなのだ。ナイトウィッチは普通のウィッチと比較すると少し特別だ。夜空を飛ぶ彼女たちは昼間も飛べるが、私たちのように昼間を飛ぶウィッチは夜空を飛ぶことはできない。希少な存在で高い技量と独特の世界を持つ人が多いとされている。つまるところナイトウィッチという職種というだけで一種のエリートなのだ。あの独特な飛びかたも夜空を駆けるための技能だとしたら納得するしかない。本来なら夜型の生活を送るべき彼女が朝に弱いのは当然のことなのだ。

…しかし、自分で起きる努力を放棄して他者に頼りきりなのはどうかと思う。

 

「まったく、お子ちゃまですね。」

 

「一人で寝られない子が何をいっているんだか。」

 

 

部屋の前にいってドアを叩く。あまり上等な作りをしていないので、バンバン叩くのは気が引けるのだけど…。

 

 

 

 

 

 

思ったよりも早くドアは開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なんですかぁ。もぅ、ぅちは新聞なんて…あっ!」

 

出てきたのはパジャマ姿のエルマ中尉。

 

…カウハバはキケンがアブないのかもしれない。



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1-17.エリザベス・F・ビューイングの憂鬱

葉巻に火をつけて紫煙を吐き出す。リベリオン製の紙巻きタバコも悪くはないが、どうにもあれは一本程度では吸った気がしない。

 

「またやっているのか。」

 

あの軍服を見るとオストマルクからの撤退戦を思い出す。良くも悪くも見慣れてしまった軍服だ。私の所属した国際ネウロイ監視航空団はネウロイを相手に正面からぶつかった。オストマルク軍もそうだ。

本土決戦となったオストマルク軍は死兵となって戦った。まだ訓練も終えていないであろうウィッチが泣き叫びながら空を飛んだ。魔法力の減退が始まって久しいウィッチが手慣れた手つきで“初陣”を飾った。

…たくさん死んだ。老いも若きも関係なく無作為に無差別に熱線は人々の営みを消し飛ばした。

そして、私はそれを見ていた。伸ばした手は空をきって彼女は地面に吸い込まれていった。

 

「働き者ねー」

 

談話室で新聞を広げているキャサリンは呑気に言う。まったく…。彼女は良くも悪くも牧歌的が過ぎるのだ。

 

「そういうのなら、混ざってくればいいものを」

 

マルグレーテが起きるまで勢いよくトモコ少尉がノックするものだから近い部屋にいる我々が意味もなく早く起こされてしまうのだ。しかし、早く起きたところで特に

することもない。故に私たちは朝食の時間まで連日のように談話室で屯することになる。

部屋の暖房設備が乏しいために自然とこうなるのだ。単純に金がないだけなのか。この状況を狙っているのかはわからないが、どちらにしてもスオムス軍の上層部は少し頭を使うべきだ。

 

「寒いのはどうにもダメでーす。雪遊びをするのは子供だけで十分ね。」

 

そう言いながらウルスラに視線を向ける。忘れられがちだが、彼女は10歳でマルグレーテより1つ歳上なのだ。

 

「私は見ての通り忙しいので。」

 

いつものように分厚い学術書を読んでいる。いや、今に始まったことではない。彼女は朝から晩まで本を読んでいるのだから。ここまでくると空を飛びながら読みはじめても驚かない。

 

「子供は外に出て遊ぶものでーす」

 

調子外れなブリタニア語で言う。彼女は暖炉のそばに移動させた安楽椅子を揺らしながら返答する。

 

「私は子供じゃないので」

 

金髪ウィッチ二人組の親子漫才を横目に見ながら煙を吸い込む。…町に降りて買ってきただけはある。また暇なときにまとめ買いしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂でキャサリンが二人の手を引いて現れた。

 

「噂のエルマ中尉とマルグレーテを捕まえて来たネ!」

 

軍隊という狭い世界。特に人数の少ないウィッチという職種は噂好きの集まりだ。数ある話題の中でも色恋沙汰は大好物。良くも悪くも年頃というわけだ。

 

「…さて、話を聞こうじゃないか。」



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1-18.二人のお姉さま

お仕事があることはいいことだ。ないよりは余程いい。忙しければ余計なことを考えずにすむし、自分がここにいることを肯定されているような気分になる。

半分寝ているような状態で半ば無理矢理に揺り起こされても、ストライカーユニットに足を通せば目が勝手に冴えてくる。心拍が上がり血が巡り“生きている”という実感が得られる。そうして、一日が始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

「…エルマ隊長、お手伝いしますよ?」

 

そんなことを言いながら廊下に散乱した書類を拾い上げていく。誰かに必要とされている。存在を許されている。それだけで何かが満たされるような気がする。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

残念ながらスオムス語はわからないので、何が書いてあるかはわからないけれど、拒否されないということは私が見てしまっても大丈夫なものだということでしょう。

 

「あらあら、相変わらずなのね。」

 

声が降ってきた。…これはアホネン大尉だ。唐突に背中から声をかけられたから変な声が出たわ。心臓に悪い。

 

「お姉さっ…あ。」

 

なるほど、たしかにエルマ隊長は第一中隊の一員だったらしい。ついでに顔が真っ赤になってますけど大丈夫ですか?

 

「まったく、それは今度の会議に使う資料でしょ?最後には会議の参加者に配るのだから一部一部をクリップか何かで綴っておけばいいものを。そんな可愛らしい姿を見せつけて、いいのかしら。」

 

「すみません、すみませんっ…!」

 

…とりあえず空気になってやり過ごしましょうか。

 

 

 

 

「そういえば、エルマさん。チビッ子ウィッチを落としたらしいじゃない。」

 

落とした?チビッ子ウィッチ?それは誰のことですか?

 

「お、おおとしたって何のことです?」

 

…ウルスラのことでしょうか。それともハルカのこと?落とすって何ですか?撃墜ですか?ブリタニア語はスラングが多くて難しく聞こえます。

 

「惚けなくてもいいのよ。だって、同じ部屋で寝起きしているんでしょ?心配しなくても大丈夫。私は貴女のお姉さまだから。」

 

同じ部屋で一緒に寝起き。これ、もしや私のことでは?エルマ隊長は夜間待機の日に話し相手になってくださいます。大抵は私より先に寝てしまいますが。

ちなみに私は朝が弱いので隊長の方が早く起きます。そして、そこから穴吹少尉とエルマ隊長の二人掛かりで揺り起こされます。

先日、食堂で他のメンバーにも質問されましたが私たちは()()()()()()ではないです。

 

 

「き、記憶にございませんっ…!」

 

「あらあら、冷たいわね。私と二人であんなにアツい時間を過ごした仲なのに。」

 

少し茶化すようにアホネン大尉が言う。

 

「それはサウナです。誤解を招く言い方をしないでください…!」

 

「いくつも眠れない夜を過ごしたわ。」

 

「あれは、ただの残業じゃないですか。」

 

初対面の印象はあまりよくなかったけれど、そんなに悪い人ではなさそうな気がする。まぁ、そもそも部下にあれだけ慕われているのだからいい人なのだろう。誰だって悪い人には着いていきたくない。そういうものだ。

 

 

 

 

「ねぇ、可愛らしいグレーテル。私の妹にならない?」

 

目の前の会話を楽しく聞いていたら、話がこちらに飛び火してきた。…いや、もしかしたら私に聞かせるために母語であるスオムス語ではなく、外来語であるブリタニア語を使っていたのかもしれませんが。

 

「せっかくのお誘いですが、辞退します。私のお姉さまはエルマ中尉なので。すみません。」

 

そして、さりげなく愛称を使ってくるコミュ力の高さ。凄いなこの人。まともに会話するのはじめてなのよ?

 

「…可愛いことを言うのね。ねぇ、やっぱりウチにくれない?」

 

 

「あ、あげませんっ…!」

 

 

「あらあら、フラれちゃったわ。…でも、いつでも待っているからね。」

 

そんなことを言いながら飴玉を渡して彼女は去っていった。



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1-19.警報と襲撃

警報が鳴り響く。それは奴等が飛んできたという警報だ。私たちはそれを殺すためにここにいて。それから守るために空を飛ぶ。

 

…はずなのだが。

 

「他のメンバーはどうしたんです?」

 

格納庫に集合したのは私とエルマ隊長。そして、第一飛行中隊の皆さんである。見慣れた姿がいくつか足りない。

 

「それが、外出中らしくて…。やっぱり一人くらいには残ってもらうべきでした。」

 

…そうだ今日は珍しく穴吹少尉が外出するといっていた気がする。穴吹少尉が外出となればハルカもセットな訳で。そうなると、私と隊長を残して全員が外出してしまったのではなかろうか。まさかの残存二名。…これはやらかしましたね。

 

「…ダメですよ。ダメなことはダメって言わなきゃダメなんです。」

 

「うぅっ、私ってダメダメです…。」

 

俯くエルマ隊長。たぶん、本人もわかっていたのだ。ただ、“他の人と被るからダメだ”その一言が言えなかっただけなのだ。本当なら私たちメンバーも気を配るべきだった。各々が好き勝手にしたら成り立たないのは軍隊でも学校でも同じことだ。

 

「エルマ隊長のせいではありません。私も止めるべきでした。大丈夫。大丈夫です。エルマお姉さまはよく頑張っていると思います。」

 

…今は失敗について思案している暇がない。それはそれ。これはこれ。そうやって割りきっていこう。

過ちを気に病むことはない。ただ認めて次の糧にすればいい。それが大人の特権だと宇宙世紀の某仮面の男もいっていただろう。失敗は誰にでもあること。大事なのはそれを次に繋げることなのだ。まだ私たちは大人じゃないけれど、責任ある軍人としてウィッチとして勤めを果たせばいい。

 

 

 

 

「我々第一飛行中隊は主力とぶつかります。いらん子中隊のお二人には我々を突破した敵を倒してもらいます。もちろん敵を逃がすつもりはありませんが、もしもの時の保険として後ろで網を張っていてもらいたいと思います。よろしいですか?」

 

こちらの惨状を見かねたのかアホネン大尉が少し早口で言った。たしかに今の中隊が第一中隊と連携するのは色々と無茶がある。

例えば、大尉がエルマ隊長から指揮権を奪って私たちを編隊に組み込もうとすれば、私のストライカーユニットだけ速度が足りないから編隊を組む全員に迷惑をかけることになる。迎撃という任務の都合上、速度はとても重要だ。

一緒に攻撃する?それをするには戦力が片寄りすぎてバランスが悪い。かえって足手纏いになりかねない。

そうなってくると、私をおいていくか別行動しかない。そして、せっかく稼働するウィッチとストライカーユニットがあるのに遊ばしておくほどの余裕はない。

…たった二人の別動隊。思うところがないわけではないが、今は自分の役目を果たすことを最優先にすべきだ。

 

 

 

「わかりました。」

 

エルマ隊長が頷いた。方針が決定された。私はそれに従うのみである。

 

 

 

アホネン大尉が先頭になって第一飛行中隊が次々に滑走。離陸していく。

 

続いて義勇独立飛行中隊に指示が下る。

 

「わ、私についてきてください!」

 

高まるエンジン音。それに引き摺られるように心拍が上がってくるのを感じる。血が巡り、普段より視界が明瞭になったようにさえ感じる。

 

「わかりました。よろしくお願いします!」

 

エルマ隊長に先導される形で滑走路に移動する。

 

『義勇独立飛行中隊のお二人も発進してください』

 

こうして私たちは空へと踏み出した。



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1-20A.たった二人の中隊(前編)

ラロス(戦闘機型のネウロイ)が護衛するのはトゥーパリェフ。ケファラスよりも大型の爆撃機型のネウロイだ。図体が大きいということは攻撃力も防御力も上がるということで、手強くなる。倒すことは不可能ではないが、厄介な相手だ。

 

「嫌な音ですね。」

 

今回の攻撃は随分と気合いが入っているらしい。ラロスの煩わしい羽音に混ざるソレはオストマルクで散々に聞かされた騒音。

あの太く耳障りな音は破壊を運ぶ。地下にまで響く爆撃の音。お腹の底にまで響く音は地表を焼き払い人間を根絶やしにしようという意思すら感じさせた。

 

 

「…私には何も聞こえませんが、もしかして緊張していますか?」

 

エルマ隊長から声がかけられる。…これは、緊張なのだろうか。緊張なのだろう。自身の神経が高ぶっているのを自覚する。私たちは失敗するわけにはいかない。そう思うと息苦しさすら感じる。

 

「たぶん、緊張はしています。それこそ、心臓が喉から出てくるくらいには…。隊長はどうです?」

 

ここで私たちが失敗すれば後がない。そう思うと気が触れそうなほどの重圧を感じる。

そうだ。ここを突破されれば後がないのだ。人力で行われる対空砲火?時限信管?そんなもので奴等がネウロイが防ぎきれるものか。効果がないわけではない。まったくの0ではない。しかし、それは最終手段だ。そんなことで解決できるなら最初から私たちウィッチなど存在しない。

 

 

 

 

 

 

「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。大尉が率いる第一中隊はすごく強いんだから。今までだって敵を返り討ちにしてきた。グレーテルも見たでしょう?」

 

緊張した様子のグレーテルを励ますように言葉を掛ける。しかし、一方で私の胸の中で渦巻く不安な気持ちを拭いきることはできなかった。それはネウロイの編成の変化によるものだ。

これまでトゥーパリェフに護衛の戦闘機がつくことはなかったと思う。上の人たちによる分析でもトゥーパリェフは単独あるいは複数での偵察あるいは空襲を目的にした侵出を繰り返してきたとされている。そのはずだ。それが今回は違う。

 

更に不気味なのがラロス(護衛戦闘機)の動きだ。これまでケファラス(爆撃機型)という護衛対象を失った場合、ラロスは引き上げるか撃墜されるかの二択だった。

何故、護衛対象を喪失したはずの敵機が侵攻を続けているのだろう。

 

私だってスオムスの正規軍だ。たしかに成績はよくなかったけど、第一中隊に所属して何度も空戦を行った。しかし、それでも初めてのパターンだった。

 

わからない、ということは恐ろしいこと。十分に気を付けて戦わないと“みんな”どころか、自分の身も守れなくなるかもしれない。

 

 

 

「敵機を視認しました。」

 

ポツリ、ポツリと黒点が視界に入る。おそらくは第一中隊が処理しきれなかったラロスだ。ラロスは制空権を握るための空戦を得意とするけど、対地攻撃ができないわけではない。つまるところ、何をどうやってもネウロイたちを先に進めるわけにはいかない。

 

「これより、交戦します。」

 

…頑張らなくちゃ。



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1-20B.たった二人の中隊(中編)

穴吹智子の外出


気晴らしに街に降りてはみたものの、特に土地勘があるわけでもなく目指すべき目的地もなかった。強いて言うならば少し美味しいものでも食べようと思ったくらいだ。

 

「外出許可、あっけなく出ましたね。」

 

ハルカは言う。

 

「…そうね。でも、よかったわ。これで心置きなく羽を伸ばせる。」

 

ダメ元で外出許可を求めたが何の問題もなく受理されてしまった。引き留められるどころか『スオムスは田舎ですが、いいところですよ。是非、楽しんできてください。』とまで言われてしまった。扶桑なら怒られるようなギリギリのタイミングでの提出だったものの、いい笑顔で送り出されてしまった。

それは私たちが休んでも問題ないということだ。そして、それを誤解を恐れずに言い換えるなら私たちは彼ら彼女たちに必要とされていないということだ。初めから期待していないから多くを求められない。初めから諦めているから努力もしない。救いようのない悪循環だ。

 

「あいつらの肩を持つ訳じゃないけど、頑張りすぎてもよくないのよ。精神論だとか根性論なんかじゃどうにもできないことはあるわ。」

 

「最近、頑張ってましたからね。トモコ少尉と私。…それとエルマ中尉とグレーテル。」

 

何故か二人の名前だけ付け足すように言うハルカ。

 

「寂しいからって、そういうのはダメよ。私以外のメンバーとも仲良くしなくっちゃ。マルグレーテなんてどうなのよ。年、近いんじゃない?」

 

ハルカは14歳だ。16歳である私より二つ下。私よりは年が近いわけだ。最年少がマルグレーテの9歳で最年長がビューイングの18歳だから同じウィッチと言えど年の差は大きい。

 

「ちょっと、照れちゃいます。五歳も若く見えるなんてトモコ少尉は口が上手いんですからっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

スオムスの人々はいい人ばかりだった。

 

「へぇ、お嬢さんたちが地球の反対側から…。これはこれは、本当に感謝しています。」

 

「お二人は姉妹かしら?仲がよくて羨ましいわ!ウチの子達なんて喧嘩ばっかり。…あら、姉妹じゃないの!?それは失礼したわ。あまりにもそっくりに見えたものだから。…お詫びに、飴ちゃん持っていって!」

 

街を歩けば随所で声をかけられた。時には一緒に写真を撮ったりもした。歓迎されているようだった。私たちは彼らにとって余所者の軍隊だ。ことが終われば出ていく。ただ、それだけの得体の知れない異国の連中だ。そして基地でのこともあり、私たち義勇独立飛行中隊は誰からも期待されていないように思っていた。必要とされていないと思っていた。

 

…でも、違った。

 

私たちを必要としてくれる人はいた。私たちの飛ぶ空の下には人々の営みがあって、それに支えられることで私たちは自由に空を飛んでいたのだ。

 

高く飛びすぎて。速く飛びすぎて。そんなことをすっかり忘れていた気がする。何が目的で危険をおかしてまで空へ挑むのか。

 

「ハルカ、明日からも頑張るわよ。」



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1-20C.たった二人の中隊(後編)

穴吹智子の外出


親切な住民にお勧めされた店は洒落た雰囲気で、アルコールも取り扱っているようでもあった。さすがに軍隊に所属するウィッチが昼間から飲酒するのは色々とよろしくないので、昼食とコーヒーを頼むことにしよう。そう思ったのだが。

 

「…それで、何であんたたちがいるわけ?」

 

小声で尋ねる。客の一人に見覚えがあると思えば、酒を飲むビューイングだった。そして、同じ机にキャサリンとウルスラ。

 

「食事に来たんだ。ゆっくり食べさせろ。」

 

そう言いながらグラスを揺らす。

 

「それ、どう見てもお酒じゃないの。」

 

落ち着け。落ち着くのよ。穴吹智子少尉。ここで怒ったら身内の恥を外部に知らしめることになりかねない。そんなことをしたら色んな人に迷惑をかけることになる。ここは穏便に済ませるの。

 

「ここは酒を飲む場所だからな。いい店でいい酒を飲む。それ以外に何がある?」

 

真っ昼間から酒を飲むなんて正気の沙汰じゃない。ただでさえ、ウィッチの飲酒について外部の目は冷たいのだ。これは、非常によろしくない。

 

「あんた、ご飯を食べに来たって言ったじゃないの。そのくらいにしておきなさい。」

 

これ以上は飲むな。そう遠回しにいっておく。

 

「細かいことを気にするな。モテないぞ。」

 

コイツらはどうしてマイペースなのだろうか。身内での振る舞いなら許せるが、意識の切り替えというものがないのはどうかと思う。

 

「あんたがダメ人間なだけよ。それに生憎だけど私だって扶桑じゃモテモテなのよ。」

 

「あと、ウルスラは食事しながら本を読むのをいい加減にやめなさい。行儀が悪いわ。」

 

私たちは軍服を着て外出している。軍服は自分が軍隊に所属するウィッチであることを示す要素である。そして、この服を着ている限り、私たちの過ちや失態は軍や基地といったものにまで影響してしまう。それらは私たちだけのものでなくなってしまう。

 

「…あまり口うるさいとモテませんよ。」

 

先程のビューイングの真似だろうか。ただ、10歳の女の子に言われると怒るとか怒らないとか以前に複雑な気持ちになるわね。

 

「だからモテモテだっていってるでしょうが。…というか、ビューイングもビューイングでウルスラに変な言葉を覚えさせないの!」

 

「そうですよ!扶桑の女の子でトモコ少尉のことを知らない子なんていません!」

 

聞き捨てならないとばかりにハルカが抗議の声をあげる。しかし、何故だろう。あまりフォローにはなっていないような気がする。

 

「女の子にモテてどうするの!」

 

私に()()()の趣味はないのだ。

 

「恋愛も自由であって然るべきだってグランパもいってたネ。トモコ、ファイトですよー。」

 

さすが自由の国。しかし、そうではない。そうではないのだ。

 

「どっち方向に誰とファイトさせるつもりなのよ!?」

 

 

 

 

私たちのやり取りを穏やかな笑顔で見守る店主に注文する。幸いなことにブリタニア語のわかる人らしく、メニューもスオムス語とブリタニア語の両方で書いてあった。親切なお店だ。

 

「ランチはAセット。ドリンクはオレンジでお願いします。ハルカも同じのでいい?」

 

「なんだ、子供っぽい注文だな。」

 

「ビューイング、あんたは引っ込んでなさい。」

 

店主が裏にいったことを確認してから言い返す。たしかにビューイングは私より年上だが、だからといって子供扱いされる覚えはない。

 

「…それ、吸いすぎじゃない?」

 

「そんなことはない。三人の合計なんだから。」

 

平和だった。年頃の少女たちがテーブルを囲んで盛り上がる様はスオムスという国家が平穏な日常に包まれた普通の国であるかのように錯覚させた。そこに戦争などはなく、ネウロイによって明日を脅かされることもない平和な世界であると私たちに感じさせた。

 

…しかし、幸せな幻想はすぐに叩き壊された。

 

サイレンの音が聞こえた。空襲警報だ。



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1-20D.たった二人の中隊(終わり)

穴吹智子の帰還・医務室にて


間に合わなかった。私たちは間に合わなかった。ネウロイに立ち向かったのは第一中隊とエルマ中尉、マルグレーテのペアのみであった。

 

「話にならないわ。理由があって飛べないじゃなくて、飛ばないだなんて少なくとも私には信じられない。息巻いていたようだけど、正直なところ失望したわ。」

 

アホネン大尉から投げられた言葉。返す言葉が出なかった。たしかに休むことは悪いことじゃない。でも、冷静に考えてみれば私を含めた過半数のメンバーが抜けたらどうなるかなんて、わかりきったことだった。

 

 

「私が、私が悪いんです。誰かの申請を断ればよかっただけなんです。」

 

エルマ中尉は今にも泣き出しそうな顔で言う。

 

「…いえ、互いに確認しなかった私たちの方こそ落ち度がありました。本当にすみませんでした。」

 

エルマ中尉とマルグレーテは第一中隊の撃ち漏らしたラロスを相手に戦った。たった二人で半ダースのネウロイと戦ったのだ。しかも、相手のラロスは爆装していたという。つまるところ、本来ならば制空のための空戦を行うラロスが対地攻撃を目的に飛ぶというイレギュラーな事態だった。お世辞にも経験豊富なウィッチであるとは言い難い二人にとってどれ程の重圧だっただろうか。

 

「彼女、最後のネウロイにシールドを叩きつけて、それで爆弾が爆発して…」

 

結論から言えばマルグレーテは無事だった。命に別状はない、という意味であればだが。

一撃離脱(ダイブ&ズーム)を繰り返す中で機銃弾を使い尽くした彼女は、リロードをすることを諦め、そのまま斜め後方から押し潰すようにシールドを展開して体当たりを敢行した。本人は爆発の衝撃で気絶してしまい、そのまま地面に衝突する寸前でエルマ中尉によって救出された。

そのエルマ中尉の腕の中でも譫言を呟いていたという。中尉は腕の中で痙攣する彼女を抱えながら飛んだ。生きた心地がしなかったらしい。

…医師からの診断によれば近距離で起きた爆発によって生じた脳震盪であり、時期に回復するという。

 

 

ナイトウィッチ特有の肌の白さも手伝ってベッドで眠る彼女は人形のようにすら見える。透き通るようなそれに温度すら感じない。造形物のような無機質さすら感じる。

 

 

 

「もしかしたら今回の戦闘で私は彼女に頼りすぎたのかもしれません。こんなに小さな彼女に先鋒を任せて突撃を繰り返しました。本当なら、きっと私が先にいかなきゃダメだったんです。」

 

エルマ中尉は俯き涙を溢しながらながら言う。街は守られた。しかし、メンバーが負傷した。下手をしたら死んでいたかもしれない。そして、この避けられたはずの犠牲を彼女たちに支払わせたのは、私だ。…できるはずのことをしなかった私だ。

 

「…いいえ、エルマ中尉は悪くありません。私が悪かったんです。できることをしなかった私が悪かったんです。」

 

そうだ。私はウィッチだ。乙女にして空を飛び、鉄砲を担ぐ職業。そして、エースだ。国を人間を守る希望の星。そうありたいと思ってきた。そうあるべきだと思ってきた。

 

「どうか、チャンスをください。」

 

…そう、あるべきなのだ。



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1-21.1日の終わり

撃ち込まれた弾丸は獲物の翼を半ばより抉り取る。そして、バランスを崩した敵機はキリモミ回転をして地面に叩きつけられ、()()()()

 

「爆装してるっ…!?」

 

爆弾を装備している。それは、奴等の目的が対地攻撃にあることを示唆している。この先には街があり、基地があり、そこに営みを持つ人間がいる。

 

たしかにケファラスやトゥーパリェフに代表される純粋な爆撃型ネウロイと比較すれば、その攻撃力は大したことはないだろう。しかし、それは彼等の侵攻を許す免罪符にはなり得ない。

 

「隊長、おそらくネウロイの目的は対地攻撃です!」

 

『…絶対止めます!』

 

 

 

 

 

 

 

 

そこまでは覚えている。覚えているのだが…。

 

そこから先はよく覚えていない。ただ必死に戦ったということは何となく覚えているのだが。どんな手段で何をどうしたのか。私のような弱小ウィッチがどうやって戦ったのか。これがさっぱりわからない。

 

「そうですか。皆さんが無事でよかったです。」

 

体当たりしたとか聞かされたときには自分の無謀さや無能さに目眩がしたが、結果として私は勝利したということだろう。…いや、私たちは勝利したのだ。私たちは誰一人として傷つけさせなかったのだから。

 

「それと、ご心配をお掛けしました。」

 

医師によれば脳震盪だという。目立った外傷こそ負っていないが、爆発による衝撃で脳が揺さぶられてしまったのだとか。ウィッチじゃなかったら死んでいましたね。

 

「最悪、街ごと中隊壊滅という結果まで考えてましたから。」

 

目覚めは最悪だった。襲い掛かってきたのは吐き気と頭痛。そして目眩に倦怠感だった。起き抜けの記憶は定かではないが、起きてから少なくとも二回は戻したと思う。軍医さんは笑いながら背中を擦ってくれたが、私は彼女の仕事を増やす申し訳なさと押し寄せる苦しさで一杯一杯だった。

お見舞いに来たエルマ中尉には泣かれるし、他のメンバーには謝られるし。なんだか今日は疲れてしまった。私が怪我をしたのは無謀にも体当たりなんて方向に走ったからだ。誰かのせいじゃない。だから気に病むことなんてないのに。

 

「そうですか。しかし、レイヴォネン中尉を除く義勇独立飛行中隊の面々はスオムスの正規軍人ではないのです。あまり無理をされると困ります。」

 

さすがは雪女とまで呼ばれたハッキネン大尉。爆弾を抱えたネウロイが基地目前まで迫ったというのに冷静です。ついでにこのロジカルな言い回し。私は嫌いじゃないですよ。

「ウィッチはどの国家においても貴重な人的資源。これを浪費するような下手を打てば国際問題ですから。」

 

心配してるのか、していないのか。どうにも分かりにくい台詞。そして普段とあまり変わらない表情。しかし、きっと心配してくれたのだろう。そう思う。そうでなければ、基地司令部所属の彼女が病室を訪れたりはしない。彼女たちだって暇ではない。空を飛ばない彼女達もまた私たちとは違う方法で戦っているのだ。ましてやネウロイによる襲撃のあとのことである。忙しくないはずがない。時間は有限だ。その限りある時間を非力な私のために使ってくれている。

 

「はい、すみませんでした。次からはもっと上手くやります。」

 

この小さな身体でどれだけの人を守れるだろう。この短い腕でどれだけの人に手が届くだろう。この非力な手でどれだけの人を救えるだろう。

先は見えない。不安は減らない。それでも投げ出すようなことがあっちゃいけない。そんな安易な逃げは許されない。私は最期の瞬間まで私でいなくてはならない。

 

「それでは三日間の休みを与えます。その間は空を飛んだり激しい運動を行ったりすることがないように。それでは、お休みなさい」

 

「はい、わかりました。お休みなさい。」

 

彼女が照明を落として出ていく。戸が閉められる。そして部屋は暗闇に包まれた。



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