ポケモン世界に転生したからゲーム知識で無双しようと思ったのに全然役に立たない上になんかヒロインがおかしいんですが? (名無しのナナシ)
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ヒロインが全員可愛くて素直だと思ったら大間違いだぞ

 ──息を潜める。

 

 声を出すな。呼吸音すら最小限に抑えろ。奴に見付かったが最後だ。

 そもそも何で奴がここにいる。誰にも言わずここまで一直線に進んで来たのに。いつの間に追いついて──いや、追い抜かれていたのか。

 次の町が目の前にあったというのに、その姿を見た瞬間反射的に近くの木陰に身を隠す。

 ああ神様ジラーチ様アルセウス様。どうか奴がこのままどこかへ行ってくれますように。

 全力で。冗談抜きに全身全霊をかけて本気で祈った。

 この世界には実際に存在する神だ。祈りさえすれば通じるはず。

 

「……なんかすぐ近くにユウキくんが来てる気がする」

 

 ファック。二度と神なんか信じるかバーカ。

 つーかなんでアイツはそんな事わかるんだよ人間辞めてんのか。

 

 内心でそんな悪態をついたところで現実は変わらない。奴がゆっくりとこちらに近付いてきた。

 さく、さく、と草を踏みしめる音。

 その音が段々と近付く度に心拍数が上がっていき、やがて俺の隠れている木陰のすぐ側で止まる。

 動悸が最高潮になる。心臓の音が外に漏れているんじゃないかと錯覚する程に煩く鳴り響く。

 一秒が永遠の様に長く感じられ、汗が滝のように噴き出し、それでも何も出来ずに俺はただギュッと目を瞑った。

 時間にしてどれくらいだっただろうか。きっと十秒も経ってはいないだろう。

 さく、さく、と草を踏みしめる音。

 その音が段々と遠ざかっていく。

 

 ──行った……か……? 

 

 恐る恐る草陰から顔をほんの少しだけ出してその場を確認する。

 奴の姿は無い。どうやら別の場所に移動したようだ。

 胸を撫で下ろし、溜まっていた息を盛大に吐き出した。

 

「──ぶはっ……助かっ」

 

「──みーつーけたっ」

 

「っ、うおおおぉぉぉおおお!?」

 

 息が止まった。心臓が今まで以上の強さで跳ねる。

 馬鹿な。何故逆方向へ向かったはずの貴様が裏に回っている!? 

 

「ユーウーキーくーん!!」

 

「うおおぉぉ抱き着くんじゃねえええぇぇぇ!!」

 

「そんな事言って〜。こんなにドキドキしてるクセに〜」

 

「擦り寄って来んなああぁぁぁ!!」

 

 そうして奴──つまりはポケモン世界におけるヒロインの一人。

 ホウエン地方を舞台としたRSE、もしくはORASのライバルポジションでもあるリボン巻きにした赤いバンダナがトレードマークのハルカに、俺は思いっきり抱き着かれた。

 

 

 * * *

 

 

 さて、何から話したものだろうか。

 とりあえず物凄く簡単に説明するなら異世界転生というやつだ。場所はポケットモンスター、縮めてポケモンの世界。

 理由も原因も知らん。ただ物心ついた頃には既に前世の事を朧気ながらに認識していたし、五歳くらいになるとはっきりと思い出せるようになっていた。

 ぶっちゃけ前世に関しては特に未練も……まあ無くはないが、戻れるかどうかでやきもきするより、せっかく生まれたんだからポケモン世界を謳歌しようという結論になったわけだ。

 そして前世ではいわゆるポケモン廃人と呼ばれる人種であった俺が目指すのは当然最強のトレーナーである。

 ゲーム知識を活用すればそれもきっと不可能では無いのではと、幼い頃からトレーナーになる日を楽しみにしていたのだ。まあそんな淡い幻想はとっくにアサギの海岸に投げ捨ててしまったが。

 

 というのもなんかこの世界、俺が思ってたのと少し……いや、全然違う。

 

 そりゃあゲームと現実じゃ全然違うのも道理なんだけど、それにしても知識がいまいち役に立たないのだ。

 もちろん全部が無意味ってわけじゃない。いわゆる三値はちゃんと存在してるっぽいし、タイプ相性なんかも一般人なら複雑で覚えにくいものだし、そういう情報面のアドバンテージはちゃんとある。

 けど『そこらのポケモン倒しまくって努力値稼ぎまーす個体値厳選の為にタマゴ生ませまくっていらないのは逃がしまーす』とか出来るかって話だ。

 

 無理だろ。ゲームじゃねえんだぞここ。携帯獣虐待の罪で捕まるわ。

 

 こういった事情で前世の知識で役に立つのなんてそれこそタイプ相性の関係くらいなわけで。

 何よりゲームに無かった技やら技術やらが当たり前のように飛び交っているような世界で、小手先の知識が一体どれ程の大きさを持つというのか。

 いつか見たセキエイリーグでの決勝戦なんて自らが“りゅうせいぐん"と化して“しんそく"で突っ込むカイリューがいたんだぞ。おかしいだろ。

 そりゃ条件とかあるけどさぁ……そういうのも含めて前世の知識がまるで通用しない。

 それにゲームの対戦ですら技一つ決定するのに一分近く考える事もザラなのに、バトルコート内を縦横無尽に動き回るポケモンに数秒で状況を判断して指示を出すなんて無理な話過ぎる。

 そんなこんなで最強のトレーナーになるのは早々に諦めた。まあ最強を目指すのはやめるにしても、それならそれでポケモンを愛でる方向にシフトすればいいかと思ったんだ。バトルは趣味程度に嗜んで、好きなポケモンを一、二匹捕まえて食わせてやれればいいかと。

 

 ホウエンに招集食らった。

 親父がセンリだった。なんでと思ったけどよくよく思い出してみればあの人元アサギ住みだったわ。

 

 だって当時はポケモン世界にテンション上がってて細かいところは考えなかったし……そもそも物心ついた頃には親父とっくにホウエン行ってたし……。

 単身赴任って情報だけでセンリなんてわかるわけないじゃん……電話で会話した事ある程度だぞ……。俺の名前にしたって別にそんなに珍しいわけじゃないしわかんねえよ……。

 要するに俺はRSE、あるいはORASの主人公ポジ(ユウキ)だった。戦いの運命から逃れる事叶わぬ。

 別に逃げりゃいいじゃんって話だけど、それをやったら世界が終わるから無理なんだよな。

 

 何故かってグラードンとカイオーガのせいだよクソったれが。

 

 アイツらはマジでヤバい。一般ポケモンですら人智を超えた能力を保有してるのに、伝説のポケモンがゲーム通りのスペックなわけがない。

 まだちょっとRSEかORASかは判断ついてないけどORASだったら本当に大変な事になる。

 ゲームじゃ所詮テキストでしかなかった世界丸ごと干上がらせたり海に呑み込んだりというカタログスペックをそのまま実現しかねないのだから。

 故に絶対にアイツらを復活させるわけにはいかない。死ぬ気で悪の組織──マグマ団とアクア団をぶっ潰さないといけないわけだ。

 

 ちなみにグラカイを直接なんとかするのは無理だ。蘇ったら詰みと思っていい。

 

 ジムリーダーとか四天王に任せるって手も考えたけどあの人たち基本的に持ち場から離れられないし、そもそも悪の組織の情報を伝えたところで『なんでお前がそれを知ってるの?』ってなる。

 実は俺転生してて未来の事がわかるんですとか言っても相手にされないだろう。だから自分が動いて潰すしかないと思ったわけだ。本当に嫌だ。

 というわけでホウエン移住が決まった瞬間から組織壊滅RTAよーいスタートなわけだけど、とりあえずお隣さんに挨拶してこいって母様が仰りましたのでヒロインの顔を拝んでおこうと家に行った。

 もちろん可愛いかった。当時何人の男子がこの子にガチ恋したんだろうね。俺も危なかった。

 で、この後オダマキ博士がポチエナに襲われる予感(予定)があったから挨拶もそこそこに家を出ようとした、その時だった。

 

「ユウキく──────ん!!」

 

「なあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 思いっきり抱き着かれた。ちょっと胸当たった。柔らかかった──じゃなくて、原作のハルカこんなんだったっけ? 

 確かに友好的ではあったけどこんな好感度カンストしてるみたいな振り切り方はしてなかったはず。

 

「ユウキくんユウキくんユウキくん……!」

 

「なになになに!? どういう事!?」

 

 何故かずっと抱き寄せられる。なんか頬擦りされるし。何これ現実のハルカさんこんなんなの!? ちょっと怖いんですけど!? 

 

「会いたかったよ……ずっと一緒にいようね……うふふ……」

 

 耳元で囁かれたそのセリフで俺の中の警鐘が最大音量で鳴り響いた。

 ハルカの腕を振りほどいて押し退け──怪我しないようにベッドに倒れるようにした──ガンダッシュで階段を駆け下りる。

 アイツヤバいだろ! なんか背筋がすげぇゾワッとしたぞ!? 

 あまりの様子にハルカの母親から心配されたが『大丈夫です! 何も無かったです!』と押し通して急いで家を出た。

 そのまま101番道路に向かってひた走り、なんか博士が襲われてたからカバンの中身を漁ってキモリでポチエナを追い払った。色々と必死だったのでバトル中の事はあまりよく覚えていない。

 

「いやー、調査に出たら襲われてしまって。助かったよ、ありがとう」

 

 そうお礼を言ってくるのは、この地方でいわゆる御三家をくれる博士ポジションにしてハルカの父親のオダマキ博士だ。

 服装は白衣に短パン、顎髭を生やした小太り気味のこの人には少し抜けている印象を受ける。

 毎度思うけど草むらに入ったらポケモンが出るって常識なのに、なんでこの人は対抗手段を持っていないんだろうか。

 

「手持ちはどうしたんですか。まさかこの三匹がそうとか言わないですよね?」

 

「はは、普段はハルカがいるし僕はバトルは苦手だから……」

 

 などと言われてしまえば妙に納得してしまう。確かにこの人がバトルしてる様子は想像出来ない。

 

「それより、君はユウキくんだね? 大きくなったみたいじゃないか」

 

「面識ないですけどね」

 

 オダマキ博士は親父(センリ)と旧知の仲である。だから俺の事も時々話題に出ていたらしい。

 

「何でも天才児なんだってね。さっきのバトルも見事なものだったよ」

 

「過大評価もいいところですねぇ……」

 

 なんでこんな評価を貰っているのかといえば、まあ前世の知識のせいだ。

 他の子どもに比べれば明らかに知識があったし、それこそタイプ相性なんかもスラスラ言えたものだから、母さんは親父に送る用のビデオを撮りながら大喜びしてたっけ。

 思えば『あの人に似て将来は立派なトレーナーになるんだわ』とか言ってた時点で勘づくべきだった。調子に乗ってる場合じゃないぞ過去の俺。

 

「まあこんなところで話もなんだし、一度研究所に来てくれないかい? ハルカーーああ、うちの子も君に会いたがっているんだ」

 

「……あー、俺このまま旅に出たいなーなんて」

 

「旅をしたいのかい? なら尚更研究所においでよ。ポケモン図鑑をあげよう」

 

 どうあっても逃げられないらしい。

 ……まあ冷静に考えてこのまま旅なんて到底無理だろう。旅の準備もしてないし、まだ手持ちもいないし次の町(コトキタウン)まで辿り着けるかどうか。

 仮にこの時点でキモリを貰えたとしてもポチエナとの戦闘で消耗してる以上は引き返すしかない。

 ……でもあのハルカにはあんまり会いたくないな……。

 

 

 * * *

 

 

 それでまあ、無事キモリとポケモン図鑑は貰えた。

 研究者内にいたハルカは相変わらず謎にめっちゃ笑顔だったし、親の目の前だというのに抱き着いてきた。

 それを見た博士も博士で『おお、もうそんなに仲良くなったのか』などとほざく。お前年頃の娘が他所の男に抱き着いてるの見てそれでいいのか。

 頬を擦り寄せてくるハルカをなんとか引き剥がす事に成功したが、研究所を出て家に戻ろうとした時もずっと後をつけてくる。なんでこの子ずっと笑顔なんだよ怖ぇよ。

 このまま行くと家の中まで入って来られそうだったので振り返って質問。

 

「……なんか用?」

 

「んー? いやー、友だちが出来て嬉しいなーって」

 

「そうですかい……」

 

 本当に心底嬉しそうに話すハルカ。なんでこんなクソデカ感情ぶつけられてんの俺。全然わからん。

 

「俺この後身支度整えたらそのまま旅に出るつもりなんだけど」

 

「そう? じゃあついていくね!」

 

 正気かコイツ。

 

「いや、図鑑完成の為にはお互い別々の場所に行った方がいいんじゃないかなー」

 

「えー? でも一人旅は危ないよ? だからあたしがサポートしてあげる!」

 

 ハルカが任せてとでも言うようにドンと胸を叩く。

 旅の間は四六時中一緒にいろと? 絶対嫌だが?

 

「大丈夫だって。それに一人旅云々はお前に言えた事じゃないだろ。昔から一人でフィールドワークしてたって博士から聞いたぞ」

 

「ありゃ、バレてる」

 

 よし、と心の中で拳を握る。尤もらしい理由を付けたつもりだろうがそうはさせん。

 

「だから俺が一人で旅するのも何も問題は無いはずだ」

 

「むー……じゃあじゃあ、あたしが一人なのは心配じゃない? ほら、あたし女の子だよ?」

 

 昔から一人でフィールドワークやってたって今言ったばかりだろうが。

 ……と言いそうになったが、考えてみれば女の子の一人旅って普通に危ないよな。

 ハルカは見た目も相当に可愛いし変な輩に付きまとわれる可能性は充分にある。

 ゲームでこそそんなR指定の展開は無かったがここは現実だ。何が起こっても不思議はあるまい。

 かと言って中身が異常な人間を連れ歩こうとも思わない。さて、どうしたものか……。

 

「んー……あ、そうだ」

 

 と、ここでハルカの閃き。

 

「バトルで決めようよ。あたしが勝ったらユウキくんが心配だから付いてく!」

 

「俺が勝ったら?」

 

「か弱いあたしを守る為に付いてきて?」

 

「ふざけろ」

 

 女子とはいえそろそろ手が出るぞ。

 

「ぶー……半分冗談だよー……」

 

「半分本気なんじゃねえか」

 

「ユウキくんが勝ったらお互い違うところで図鑑完成を目指そう。それでどう?」

 

「それなら──」

 

 いいぞ、と言いかけて慌てて口を抑える。

 これは罠だ! 

 

「いや待て。お前はずっとフィールドワークしてたんだよな? ならポケモンもそれ相応に強くなってるはずだ」

 

 まさか今まで一度も野生のポケモンと遭遇しなかったわけがあるまい。普通にレベル三十とか繰り出してきてもおかしくないのだ。

 そんなものを出されては勝負になるはずもない。

 

「博士から貰ったポケモン同士で勝負だ。それで対等と言えるだろう」

 

「あっ、それなら大丈夫! そう言われるかもと思ってもう貰ってきてるから!」

 

 準備いいなコイツ。

 まあそれなら条件は同じだろう。お互い初期レベル同士だから抜群技は無いはずだし、泥臭い殴り合いになるはずだ。

 向こうの方がトレーナー歴が長い分不利だが、そこは気合いで何とかするしかない。

 

「じゃあ本当にそれでいいね?」

 

「ああ。男に二言は無い」

 

「もう取り消せないよ?」

 

「もちろんだ。だからお前も絶対に約束守れよ」

 

「うん!」

 

 よし、条件は呑ませた。こっち不利でもやるしかない。

 大丈夫だ、俺は主人公。こういう時は運命力が勝たせてくれるはずだ。何故なら俺は主人公だから。ゲームだと普通に負けあったけど大丈夫だ。

 ミシロタウンの外れにあるバトルをしても問題無さそうな場所に移動し、ボールを投げて。

 

「いけっカイン!」

 

 ニックネームを付けたキモリ──カインを繰り出す。

 

「死ぬ気で勝つぞ! ここで勝てなきゃ未来は無いと思え!」

 

「キャモっ! ……キャモっ!?」

 

 なんか二度見してきたけど俺はマジで言ってるからな。あのハルカと一緒に旅するとか怖過ぎる。

 ……って、そういえばハルカの手持ちってどうなるんだ? 一緒に選んだわけじゃないから絶対に不利相性取る相手ってわけでもないだろうし。イメージ的にはアチャモだけど。

 

「お願い! ちゃも!」

 

 なるほど、ニックネーム的にやはりアチャモか。まあここは仕方ない。今後どこかでぶつかる可能性を考慮してどこかで『みず』タイプのポケモンを捕まえると──

 

「──シャアアアアアッ!!」(バシャーモ登場)

 

「は?」

 

 なんで? 

 

「ふざけんなっ!? 博士から貰ったポケモンって言ったじゃねーか!」

 

「ちゃんとお父さんから貰ったポケモンだもーん。()()()()()かは言われてないしー?」

 

「屁理屈だっ!!」

 

「男に二言は無いんだよね? いざ勝負!」

 

「勝てるわけ──いや俺は主人公! ここで勝って未来を掴んでみせる! 行けぇカイン!」

 

「き────キャモォォォォォォ!!」

 

 どう考えても無茶な俺の命令に従い、勇敢にバシャーモに立ち向かっていくキモリ。その意気や良しとバシャーモが全力で迎撃の態勢を取っていた。

 当たり前だが勝負には負けた。

 無効試合を主張したが『ちゃんと条件通りに戦った』『約束は守るもの』と押し切られた。確かに言葉には何一つ嘘がなかった。ただ真実も言っていないだけで。

 俺は慟哭した。こんな理不尽があっていいのかと声の限り叫んだ。

 満足気な表情でひらひらと手を振り『明日家まで迎えに行くね』と去っていくハルカを横目に見ながら、俺はとぼとぼと家路に着く。

 旅の支度を終え、風呂に入り、晩御飯を食べて就寝。

 そして次の日の早朝、家の前に誰もいないのを確認して俺は急いで家を飛び出した。すぐにコトキタウンへ向かえばハルカと鉢合わせる事は無いだろうと。

 

 その後の恐怖体験に本気で怯えたのは言うまでもない。



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好感度は稼ぐものであって最初からカンストしているものではない

タイトルは毎回適当


 拝啓、お母様。

 何も言わずに出て行ってしまってごめんなさい。どうしてもやむにやまれぬ事情があったのです。書き置きだけは残したので許してください。

 いつか顔も見せに行きます。電話もなるべく早くします。

 追伸、すぐにバチが当たりました。

 

「何ボーッとしてるの?」

 

「うるさい眠いんだよ……」

 

「あー、まだ五時だもんねー」

 

 うんうんと頷くハルカに適当に答える。眠さが全く無いと言えば嘘になるが別に原因はそれじゃない。

 というかコイツマジでなんなんだ。なんでこんな時間に起きてるんだよ。五時だぞ。寝てろよ。目覚ましまでセットして早朝からコソコソしてた俺が馬鹿みたいじゃないか。

 

「眠いならほら、そこのポケモンセンターで休もう? 添い寝してあげる」

 

 ポケモンセンターはトレーナーであれば誰でも無料で使える休憩所という一面も持っており、宿泊施設として使う事も出来る。

 もちろん本業のそれに比べれば簡易的なものでしかないが、それでも利用する人は多い。

 トレーナー業ってポケモンの分の飯とかその他必要な道具とかで何かとお金かかるしな。無料というのはかなり大きい。

 で、休むのは別にいいのだ。それよりも。

 

「お前マジでもうちょっと男との距離考えろ」

 

 腕を絡めながら言うハルカに呆れを返す。

 前世だと確か十二歳って普通に性に関心出てる年齢のはずだったんだけど。明確なものじゃなくても異性が気になり始めたりとか、そういう時期だったように思う。

 そういう事の成長は女性の方が早いらしいし、いくらなんでもここまで純粋無垢ってわけじゃ……いやでもあの時の博士の反応見たらマジで何も教えて無い可能性あるな。

 一応俺は前世も含めれば精神的には完全に大人だ。それでも精神は肉体に引っ張られるというか……まあ、そういう事だ。

 だから恐怖云々抜きにしても、肉体的接触はなるべく控えてほしいというのが偽らざる本音なわけだが。

 

「ほらほらゴーゴー♪」

 

「やめろ離せ近寄るな」

 

 全然全くこれっぽっちも気にした様子が無いハルカに引き摺られるようにして、コトキタウンのポケモンセンターへと連行される事になった。

 

 それでまあ、寝たよ、うん。眠かったもん。

 

 流石に一緒のベッドに入ろうとしてくるのはジョーイさんが一緒に止めてくれたけど。良識ある人で助かった。そう考えると博士はやっぱりおかしい。

 ……ふと、そういやミシロタウンって限界集落みたいなところだったな、と思い返した。

 有り体に言ってしまえばド田舎なのだ。だからそこら辺の認識はかなり緩いのかもしれない。

 といっても外の世界に出る娘の貞操観念がこれではパパも気が気じゃないだろうに。ガード緩すぎるぞアイツ。

 前にも思ったけどハルカは相当に可愛い。そこら辺の男に言い寄れば半数くらいはコロッといくんじゃないかってレベル。

 当時ゲームをプレイした人間ならわかるだろう。ハルカは間違いなく可愛いのだと。ついでにトラウマを植え付ける事もあると(主にあの橋の下とか)。

 

 ともあれベッドから降りて部屋を出て、簡易宿泊室である二階を後にする。

 下に着いてみれば既にハルカは起きており、足をぶらぶらさせながら椅子に座っていた。

 

「あ、おはよう!」

 

「ああうん、おはよう」

 

 ニコッと笑って挨拶してくるハルカ。

 可愛いのになぁ……なんで中身あんなんなんだろうなぁ……素直に受け取りにくい。

 前世の恋愛モノとか読んでて『女の子に好意寄せられてて何が困るんだこの野郎』とか思った事あるけど、実際に正体不明のクソデカ感情ぶつけられると普通に恐怖だわ。実体験大事。

 

「そういえばユウキくん、約束守ってくれなかった」

 

「んあ?」

 

 さっきまでの表情と一転、ハルカがぶすっとむくれた顔をする。

 はて、約束とは? と間抜け面を晒しながら頭に情報の検索をかけ、そうして昨日のバトルを思い返し──血の気が一気に引いていった。

 ヤバい。そもそも俺がハルカから隠れたのもそれが原因だ。色々パニックになってたせいで頭から吹っ飛んでた。

 なるべく考えないようにしてたけど、多分このハルカって『ヤンデレ』ってやつだよな? 異常に執着心が強くて『貴方を殺して私も死ぬ!』みたいなやつ。

 そんな相手からの約束を反故にして逃走したんだ。その後どうなるかなんて考えたくもない。

 

「えーっと……それはだな……」

 

 ダラダラと背中に冷や汗を流しながら言い訳を探す。

 身体は子どもでも頭脳は大人。そんな灰色の脳みそをフル回転させ、そして閃く! 起死回生の一手! 

 

「そう! 旅が楽しみすぎて下見に来ちゃったんだよ! もちろんすぐに戻るつもりだったさ!」

 

 これぞ完全理論武装(パーフェクトロジカライズ)──

 

「でも旅の醍醐味って新しい世界を知る事なのに、自分でそれを潰しちゃったの?」

 

 ──秒で崩壊ッ! そんな事する馬鹿いないわっ! 

 

「いやー、ほら、旅先って不安も色々あるからさ……」

 

 冷や汗が滝のように噴き出る。このままいくと脱水症状を起こしてしまいそうだ。

 

「……もしかして、あたしが怒ってると思ってる?」

 

「……イイエ?」

 

「そう? ちなみにあたしは嘘を吐かれるのが一番嫌いだなー」

 

「嘘吐きましたすみません許してください」

 

 人目も気にせず土下座(伝家の宝刀)を繰り出す。

 なんか周囲がザワザワしてるが知った事か。こちとら命の危機なんだ。恥なんざクソ喰らえだ。

 

「もう。謝るくらいならあんな事しなきゃよかったのに」

 

「誠にその通りでございます」

 

 その通りではありますがあなたが怖かったんです、とは言えず。

 

「反省した?」

 

「はい、反省しました。もう逃げません」

 

 努力目標としてなるべく前向きに善処する方向で検討しておく。

 

「……よろしい。ほら、そろそろそれやめてよ。他のお客さんがこっち見てるよ?」

 

 そんなハルカの声に顔を上げれば、その頬が少し赤く染まっていた。

 なんだコイツ、羞恥心とかあったのか。一緒のベッドに入ろうとしたくせに基準がわからん。

 というか、ここで怒らないのか? 俺の予想だと五秒後くらいに血塗れになってる想定だったんだが。

 とにかく許しも得たので土下座をやめてゆっくりと立ち上がり。

 

「お、お邪魔しました〜……」

 

 俺の手を引いてそそくさとポケモンセンターから出て行くハルカの姿は、至って普通の女の子に見えた。

 

 

 * * *

 

 

 朝のいざこざから数十分が経過した頃、ぐぅと腹の虫が鳴った。

 そういえば朝食をまだ食べていなかったと思い出す。無駄にエネルギーを使ったしこれも致し方の無い事だ。

 

「お腹空いた?」

 

「飯まだだったからなぁ……なんか食べるか」

 

「うん!」

 

 幸いコトキタウンはミシロみたいな限界集落と違って、少し探せば喫茶店があった。

 店に入ってメニューを開けば、それなりに色々とある。

 ……カツサンドとかあるけどこれやっぱアレをアレしてるんだろうか……。

 いやまあ前世でもそうだったしな、と疑問を彼方に投げ捨てる。世の中には知らなくていい事もあるのだ。

 

「何食うか決まった?」

 

「うん。ユウキくんは」

 

「俺も大丈夫。じゃあ呼ぶか」

 

 呼び鈴を鳴らして俺はオムライスを、ハルカは女の子らしくフルーツサンドを注文した。

 そうして待つ事数分、テーブルに料理が運ばれてくる。

 

「おお、なかなか美味そうだな。いただきます」

 

「いただきまーす!」

 

 手を合わせてオムライスにスプーンを入れる。一口分を取り分けてそのままパクリ。

 とろっとした卵とケチャップライスの相性が堪らない。これはとてもいいオムライスだ。

 流石は店の味と感心しながらパクついていると、ハルカがこちらを見ているのに気づいた。

 

「な、何か……?」

 

「んーん。美味しそうに食べるなーって」

 

「あ、ああ。美味いからな」

 

 どうやら俺が食べる様子を見ていただけらしい。

 ……それは別に構わないけど、ずっと見られてるとなんか食べにくいな……。

 

「本当はね」

 

 ハルカが零す。

 

「お弁当作ってたんだけど、ユウキくんが先に行っちゃうから間に合わなかったんだ」

 

 ピシッと身体の動き全てが止まる。

 なんて事を言うんだこの娘は。味全部消し飛んだが。

 

「食べてもらいたかったなー……」

 

 悲しそうな顔をするハルカを見てまたもや冷や汗が流れる。

 そうか、フィールドワークで早起き慣れてるのかと思ってたけど、弁当を作る為に意図的に早く起きてたのか。

 ……って、これ俺めちゃくちゃクズじゃね? 

 早起きして手作り弁当作ってくれようとした女の子から逃げようとしたってマジ? しかもその事について不問にしてくれたんだぜ? いい子すぎない? 

 

「それは……ごめん」

 

 流石にこれは罪悪感がヤバい。

 そりゃ元の原因もハルカだけど、それとこれとは話が別というか。とにかくなんかモヤモヤする。

 

「えー、どうしよっかなー」

 

 そんな俺の謝罪の言葉を聞いて、ハルカが小悪魔的な笑みを作った。

 ヤバい。墓穴掘ったかもしれない。

 

「お願い聞いてくれたら許すかもしれないなー」

 

 ニヤニヤとハルカが笑う。

 これは……受け入れるしかないだろうか。

 色々なものを天秤に掛け、苦悩し、懊悩し、葛藤しながら──それでも最初から決まっていた答えを口に出す。

 

「お、俺に出来る事なら……」

 

 いやもうこう言うしかないだろ。だってここで『さっきのナシ』とか言えないじゃん。言えるとしたらそいつは人間じゃない。悪魔か何かだ。

 

「ふっふっふ〜。じゃあ言っちゃおっかな〜」

 

 ここで『今後一切あたしから離れない事』とか言われても文句は言えない。個人的に自分のやらかしはそれくらいのレベルだと思う。

 死刑を待つ囚人の如く、ハルカの宣告を受ける。

 

「じゃあ、それ一口ちょうだい?」

 

「…………ん? そんなのでいいのか?」

 

「これくらいが妥当じゃない?」

 

 何か噛み合ってない気がする。ハルカにとってはさほど気にする事でもなかったのだろうか。

 まあそれなら薮をつついて蛇を出す必要もあるまい。オムライスを皿ごとハルカに寄越す。

 

「ほら、一口と言わず好きなだけ食べていいぞ」

 

 さっきもじっと見てきたし、実は食べたかったのかもしれない。

 

「……む〜……」

 

「……え? なんで?」

 

 露骨にハルカの機嫌が悪くなる。

 何故だ。ハルカの要求にはこれ以上無い形で応えたはずなのに。

 

「……ち・が・う!」

 

 ハルカがうがーっと皿をこちらに戻し、スプーンでオムライスを掬って俺の手に持たせ。

 

「こう!」

 

 目を閉じ、口を開いて待ち構えた。俗に言うあーんの構えである。

 ……いや待ってくれ。何この羞恥プレイ。

 今からこれをしろと!? ︎周りの視線もある中で!?

 これじゃ罰ゲーム……いや罰ゲームなんだけど! コイツは恥ずかしくないのか!? ポケセンで見せた恥じらいはどこ行った!?

 なんて毒づいたところで状況は何も進展しない。悪いのは自分だ。覚悟を決めろ。

 それに俺たちは十二歳の子ども。傍から見ればただ微笑ましいだけの光景だ。何も恥ずかしくは無いんだ……。

 そう自分に言い聞かせながらオムライスをハルカの口元に運ぶと、ぱくっという効果音が聞こえるかのような食べ方でもぐもぐと咀嚼する。

 

「んふふ〜」

 

 くっそ幸せそうに食べやがって。俺がどんな思いでやってると……。

 

「美味しいね、これ。じゃあはい」

 

 オムライスを嚥下したハルカがミックスサンドを俺に差し出してくる。

 

「……何が?」

 

「あーん♪」

 

 ふざけんなよマジで。

 

「あー……そう、俺実は甘い物が苦手で……」

 

「そうなの? じゃあ──」

 

 そうしてハルカが俺の手からスプーンをひったくり、同じようにオムライスを掬って差し出した。

 

「はい、あーん♪」

 

 コイツのメンタル鋼鉄か? ダイゴさんもビックリだよ。

 やめろ客どもそんな生暖かい目で俺たちを見るな。店員も見てないで働け! なんならイチャつく客として摘み出してくれ! 

 

「あのーハルカさん。さっきので許してくれたんじゃないんですかね?」

 

「うん、許したよ。だから仲直りの証!」

 

 もう何言っても無駄だなこれ。

 悟りの境地で言われるがままに口を開ける。オムライスの香りが近付いたところで口を閉じ、もぐもぐと咀嚼する。

 今更だけどこれ間接的なアレになるんだよな。最早突っ込む気力も無いけど。

 

「美味しいねー」

 

「ソーデスネー」

 

 なんでエネルギー補給の為の朝食でエネルギーを使っているのか。これがわからなかった。

 




評価や感想、批評等お待ちしておりマース。
あとアンケート取ったんだけど調べてみた感じ定義的にヤンデレとは微妙に違うから別のタグ考えて付けようと思います。
ご協力ありがとうございました。


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仕様かバグかわからんが使えるものは使っていく方向で

 なんやかんやありながらもトウカシティに到着した昼下がり。

 早朝の時と違って道中にはトレーナーがいたからバトルしてみたんだけど、まあそこまで手強くはなかった。

 ハルカの事さえ除けば今のところはだいたいゲーム準拠って感じで俺の知識もまだ通用する。賞金巻き上げる文化も存在してた。

 ジェネレーションどころかワールドギャップだわ。カツアゲとどう違うのか俺にはわからない。

 それは置いといてバトルの方だけど、強いて言うならターン制バトルなわけがないからリアルタイムで状況が変動し、それに応じて指示を出す必要があるって事くらい。

 もちろんこれから慣れていく必要はあるけど、まあ序盤のうちはそこまで困らないだろう。キモリ(カイン)もちゃんと言う事聞いてくれるし。

 ……さらっと流したけどマジでハルカが圧倒的におかしいんだよな。

 別に全部がゲーム準拠で起こるとは思ってないけど、ハルカだけはなんかもうそういう話じゃない気がする。バグだろコイツ。

 これからの展開を憂いながら盛大に溜め息を吐く。

 

「あれ、もしかして連戦で疲れたの?」

 

「ウンソウダヨ」

 

「そっか。でもユウキくん才能あるよ! 指示の出し方とかも落ち着いてて的確だし、流石はセンリさんの子どもって感じ!」

 

「そりゃどうも」

 

 親父に直接バトル習った事はないけどな。

 それに今のところのバトルって結局『避けろ』と『当てろ』でしかないし、ほぼポケモンそのものの能力に依存してる。

 だから俺の介在する余地はそんなに無い。そういうのが試されるのはジム戦とかからだと思う。

 そんな事を考えながら親父のいるトウカジムへと足を運ぶ。

 

「親父ー」

 

「おお、来たかユウキ──と、ハルカちゃんもいたのか」

 

「こんにちは、センリさん!」

 

 溌剌と親父に挨拶するハルカ。

 

「やっぱり知り合いなのか」

 

「そりゃあな。ハルカちゃんとは仲良くしてるか?」

 

「もちろんです! ねーユウキくん!」

 

 親父の質問に答えたのは俺ではなくハルカだった。

 仲の良さをアピールするかのように腕を絡ませてくる。

 と、ここで天啓。

 親父はハルカの親父と違って都会の常識持ちだ。そんな人が年頃の男女がベタベタとくっついているのを見たらどう思うか。不純異性交友を疑うに決まっている。

 その場合注意を受けるのは俺になるだろうけど、この際それは許容しよう。

 さあ親父よ、この明らかに行き過ぎなスキンシップをしてくる少女に男がどういう生き物かを教えてやるのだ! 

 

「うむ、これからも仲良くしてやってくれ。友だちは大切にな」

 

 親父ィィィィィィ!? 

 どうして!? あなたは良識を持った大人のはず! 

 

「親父! もっとこう……他に無いのか!? 女の子に無闇に近付く息子に拳骨とかさあ!」

 

「近付いてきたのはハルカちゃんからだろう? 何故お前が拳骨を受けねばならん?」

 

 ド正論過ぎる。ここは理不尽に俺が怒られる場面のはずなのに。

 

「ごもっとも……! いやでも年頃の男女のスキンシップにしては些かやり過ぎだとは思いませんか!?」

 

「思わなくはないが……同年代の友だちが出来て嬉しいんだろう。お前が自制すれば何も問題は無い」

 

 そりゃミシロには俺くらいの子どもとかいなさそうだったけども! 

 

「自制って……! やっぱわかってて言ってるよな親父!? そうだよ精神の毒なんだよ! 息子が性犯罪者になってもいいのか!? 可愛い女の子にこんな過剰なスキンシップされたら身が持たないんだよ!」

 

「可愛いだなんて……そんなふうに思ってくれてたなんて嬉しいな♪」

 

「ちょっとハルカさん黙っててくれませんかねぇ!?」

 

「自覚があるなら抑えも効くだろう。分別のある男に育ってくれて父さんは嬉しいぞ」

 

「だからその分別が怪しくなるって言っとるんじゃああああああ!!」

 

 なんだこの空間! 敵しかいねぇ! 

 

「あ、あの〜……」

 

 ブチ切れていっそここで大暴れしてやろうかと思った直後に声がした。そちらに振り向けば病弱そうな少年が立っている。

 この場面でこの容姿……って事は──。

 

「ん? 確か君は……ミツルくんだったかな?」

 

「はい。今日はお願いがあって来ました」

 

 やっぱりミツルくんか。

 彼は多分RSE(リメイク前)ORAS(リメイク後)で一番評価が変わった子だ。

 かつては純粋な少年として登場し、やがて主人公の前にライバルとして立ち塞がるという至極真っ当なキャラだったが、何故かORASでポケモン廃人みたいな設定が追加された。

 いや別にそれが悪いとかじゃないよ? 強くなりたいって意思がそういうふうに描写されたってだけの話で、善悪がどうのというのはお門違いだ。

 ……いやまあ、確かにちょっとやり過ぎかなーとは思ったけどさ。

 悪ふざけというか強烈な風刺というか……まあ条件的にプレイヤーが廃人でなければミツルくんも廃人になる事はまず無いし、ライバルとしてはある意味正しい在り方だろう。

 それはともかく、ミツルくんのお願いだ。

 これもゲーム通りシダケタウンに引っ越すから寂しくならないようにポケモン捕まえたいです、ってやつだった。メタ的な事言えば捕獲チュートリアルだな。

 その後? 普通に上手くいってミツルくんはラルトス捕獲したよ。

 あの場所ゲームだとラルトス出にくいのにな。一発で引き当てるのは運命としか思えない。見た目も似てるし。

 それでジムに戻ってポケモン返してミツルくんバイバイって感じの流れ。

 

「うむ、上手くいったようで良かった。元気になってくれればいいのだが」

 

 ミツルくんを見送りながら親父が言う。

 

「大丈夫だろ。案外めちゃくちゃ強いトレーナーになるかもよ」

 

「はは、そうだと俺としても喜ばしい。是非挑戦しに来てほしいものだな」

 

 大丈夫だ。原作通りならアンタ含めてジムリーダー全員ちゃんとボコボコにされるから。

 成長速度だけなら歴代主人公勢よりも早いんじゃね? 

 

「それで、お前はジムに挑戦するのか?」

 

「ん、そのつもり。親父のとこから挑戦してもいいんだけど」

 

 ゲームでなら普通にレベル差で絶対に勝ち目がない挑戦だがこの世界だとジム巡りの順番というのは自由であり、挑戦者のバッジ数に応じて戦力を調節してくれる。

 だからバッジゼロ個の俺でも勝ち目は普通にあるんだけども。

 

「いや、俺は強くなったお前と戦いたい」

 

「職権乱用だろソレ」

 

 まあ予想出来てた答えだ。ゲーム内でも突っぱねられるし。

 挑戦者を選り好みするってのはジムリーダーとしてどうなのかと思わなくもないが、ここら辺どうにかなるくらいには信用あるんだろうなぁ。

 

「何、バッジを集めて来ればちゃんと相手をしてやるさ。出来れば全力で戦いたいから七つ集めてから来てくれ」

 

「ふざけんな四つで来るわ」

 

 ケッキング──いや、シュッキング(『なまけ』無効)となんか戦えるか。

 四つもあれば中盤戦だし断られはしないだろう。

 

「やれやれ、我儘だな」

 

「親父、鏡って知ってるか?」

 

「ハルカちゃんは全力の俺を打倒したというのに」

 

「……………………は?」

 

 親父の言葉に固まる。ちょっと俺の耳が悪くなったのかもしれない。

 

「悪い、聞こえなかったからもう一回言ってくれ」

 

「ハルカちゃんは全力の俺を倒したぞ」

 

「マジでッ!?」

 

 ぐるんッ! と勢いよく首をハルカに向ける。

 親父のバトルビデオ見た事あるけどめちゃくちゃやってたぞ!? あれ見て頂点目指すのやめたんだぞ俺!? 

 

「まあ、一年くらいかかっちゃったけどね」

 

 えへへとはにかむハルカ。マジかよ……。

 

「あれはいいバトルだった。是非また手合わせ願いたい」

 

「また機会があればですね。今はユウキくんの旅を優先したいですし」

 

「うむ。ではそれまで精進するとしよう」

 

 そんな親父とハルカの会話。

 えっ? って事は何? まさかとは思うけど──。

 

「ハルカさん、もしかしてバッジ八つ持ちだったりします……?」

 

「そうだよー。大変だったけどねー」

 

 そうして差し出されたバッジケースには燦然と輝く八つのジムバッジ。

 もうこいつが主人公だろ。なんで原作開始時点でコンプリートしてんだバランスブレイカーも大概にしろよ。

 ってか最低でも十一歳でバッジコンプリートしたって事? それ確かレッドさんたちと並ぶ最年少記録じゃなかったっけ?

 

「お前バッジコンプしてる癖に『か弱いから守って』とかほざいたの?」

 

「やだなー、半分冗談だって言ったでしょ?」

 

「だから半分本気なんじゃねえか」

 

 どの口であんなセリフを吐いたんだ。この世界でもトップレベルの人間が経験ゼロの初心者に守ってもらおうとするな。

 

「……じゃあアレか。リーグにも挑戦したわけか」

 

「そうだね。まだチャンピオンはダイゴさんのままだけど」

 

 ダイゴさん強かったなーと呑気にハルカが言う。

 つまりダイゴはまだ健在、と。最低でもこのハルカよりも強いって事か……。

 いやでも別にチャンピオンになれなくてもマグマ団とアクア団さえ潰せれば、そこまで高い目標を掲げなくてもいいのか。

 なんなら適当に理由付けてハルカに潰してもらえばいいんじゃね? 

 そう考えるとちょっと気が楽になってきた。

 今までは俺が何とかしないとって気持ちだったけど、ハルカがこれだけ強いなら早期に連中ボコすのも難しくないだろう。

 それならせっかくだし自分がこの世界でどこまで行けるか試してみたい。

 頂点は無理でも挑戦なら許されてもいいはずだ。とりあえずバッジコンプリートを目標にしておく。

 つまりは親父レベルのトレーナーになるって事だけど、念の為に自分も戦力に数えられるくらいにはなっておきたい。

 どこでシナリオぶっ壊れて未知の領域になるかわからないからな……正直今の時点でちょっと不安だし。アクマグ団早期壊滅ルートって壊れ方なら歓迎するけどな! 

 

「うし。それじゃあまずはカナズミシティを目指すか」

 

「それがいいだろう。あそこのジムなら勉強するのにもってこいだ。しっかりしごかれてこい」

 

「うっす。親父は適度に鍛錬サボって楽に勝たせてくれ」

 

「ジムリーダーが手を抜けるわけないだろうが」

 

 そんな軽口を叩けばデコピンをお見舞いされた。

 へーへー、期待してませんよーだ。

 

「んじゃ、行ってきます」

 

「ああ、行ってこい。ハルカちゃん、ユウキを頼む」

 

「任せてください!」

 

 ビシッと親父に敬礼するハルカ。

 実際これから本当に色々お世話になるかもなぁなんて考えながら、とりあえずカナズミシティを目指す事にした。

 

 

 * * *

 

 

 それでまあ、意気揚々とトウカの森に入ったけどさ。

 

「……気ぃ抜いたら迷いそうだな……」

 

「まあそういう人もいるみたいだね。だから野営スキルも持っとかないと」

 

 鬱蒼と茂る森の雰囲気に圧倒される。

 前世で自然と触れ合う機会なんてせいぜい遠足で登山したくらいだった。不安もあるけどそれ以上になんか感動する。

 ゲームならほとんど一本道だし迷う要素なんか無かったけど、まあ森って言ったら現実的にこうだよなぁ……。

 

「あんまり深いところに行くと高レベルのポケモンが出たりするから気をつけてね」

 

「あ、案内とかしてくれないんだ」

 

「本当に危なくなったらそうするけど何事も経験かなって」

 

 うーむ正論。旅のサポートをしてくれるらしいが、甘やかすわけではないようだ。

 まあそっちの方がいいか。せっかくなら俺だって旅を楽しみたいし、基本的には俺が主導でやらせてもらおう。むしろセーフティがあると考えればお得な気分だ。

 しれっと言われたけどこの世界マジで普通に進化系とか野生で出てきたりする。

 もちろんよっぽど道外れたりしなきゃってレベルだけど、極稀に場違いに強いやつがのっそのっそとそこら辺を歩いてたりもするから怖い。

 アサギにいた時もケンタロスの群れの暴走とかミルタンクとの縄張り争いとかあったっけ。

 ミカンさんが鎮圧してたけど、そういう面でもやっぱジムリーダーって強さ大事だわ。

 森とか下手したら本当に命の危機に瀕するポケモンも多いし警戒はしとこう。ちなみにここで言うならドクケイルとかキノガッサ。

 ジョウトならスピアーとかいう凶悪極まりないのもいるからその意味ではまだマシと言える。

 それに町と町を繋ぐ場所だからか、完全な整備とはいかないまでも道案内の立て札は用意されてるみたいだし、普通に抜ける分には問題無いだろう。

 

「よっし、じゃあ行ってみるか。ついでにトレーナーいたら経験値溜める感じで」

 

「頑張れー!」

 

 こんなふうに応援してくれる人がいると、なんだかんだ二人旅って心強いんだなと思えた。

 ……まあ、それとこれとは話が別なんだけどさ。

 




評価や感想、批評等お待ちしておりマース。
そしてしてくださった方々、ありがとうございます。


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実際に悪人と対峙するとそれなりに勇気が求められる

前回の話に少しだけ修正入れたけど『リーグ本戦突破したよー』って一文だけだから読み直さなくて大丈夫です。
ノリで書いてるとこうなる。


 トウカの森を彷徨い歩いて一時間くらい──いや、二時間くらい経ったのか? 

 そこらのトレーナーと戦いながらだから普通に抜けるより進みが遅いような気がする。

 

「なあハルカ、この森って抜けるのにどれくらいかかるものなんだ?」

 

「ん〜……それくらいならいいかな。だいたい一時間半くらい? ちょっと時間かかってる方かな」

 

「やっぱりか。うーん、それならもう後半に差し掛かってないとヤバいかもなぁ」

 

 ナビで時間を確認してみれば十六時を示している。仮にまだ半分残ってますよとか言われたら日が暮れてしまうかもしれない。

 森で野宿はちょっと避けたいので少し急ぎ足で進む事にする。

 

「……そういえばまだ見つかってないなぁ」

 

「何が?」

 

「いや、こっちの話」

 

 適当に流しつつ自分の知識を思い出す。

 確かゲームだとこの森で一悶着あるはずなのだ。それこそ森の中盤辺りで。

 まあああいうイベントこそ完璧に時間とか合わせないと起こらないものだろうし、いくらなんでもそこまで原作通りとは──

 

「キノココちゃ〜ん、待て待て〜」

 

 ……明らかにこの森に不相応な格好した研究員みたいなのがデレデレしながらキノココを追いかけていた。

 主人公の運命力すげぇな。

 

「ほ〜ら捕まえた〜」

 

「キノ〜♪」

 

「……あの〜」

 

「ん? ああ、こんにちは。何か用かな?」

 

 キノココを抱き上げながら挨拶する眼鏡の男。何か用かなじゃねえよ。

 

「そんな軽装で何してるんすか」

 

「いやー、おじさんキノココが好きでね。歩いてるのを見つけたものだから……いつの間にか結構来てたのね」

 

 このおっさん無自覚にここまで歩いてきてたのか……しかもそんな軽装で……。流石キノココ好きってキャラ付けされるだけあるな。

 

「なあハルカ、この森って実はそんなに危なくないのか?」

 

「さっきも言ったけど道さえ外れなければ初心者トレーナーもよく来るし比較的安全だよ。虫取りしてた子もいたでしょ?」

 

 夜は全く保証出来ないけど、とハルカは続ける。やっぱ危険地帯じゃねえかよ。

 

「あの、もしよければ俺たちと一緒に来ます? 俺たちカナズミシティに向かってるんですけど」

 

「お、そうなのかい。なら連れて行ってもらおうかな。流石に一人で戻るのは心細いしね」

 

 ここまでフラフラと歩いて来た人間が何を言ってるんだろうか。というかこんなのが研究員って大丈夫かこの世界の会社。

 それじゃま、時間も押してるしサクッと──

 

「待て待て待て──い!」

 

 ──抜けれませんよねー。

 

「せっかく森の奥に入るまで待ってたんだ。邪魔されてたまるかよ」

 

「ひぇっ! な、なんだね君たちは!」

 

「話す必要はねぇ! いいからその書類を寄越しな!」

 

 なんか勝手に会話が展開されてるなぁ……。といってもまあ、だいたいゲーム通りのイベントなんだけど。

 このタイミングで現れた人間こそマグマ団……か、アクア団。どっちかはわからん。

 だってあの制服着てないもん。そりゃ白昼堂々と『俺たち悪の組織でーす!』って言って回るような格好しないわな。やってたらアホだし。

 で、本来ならここは研究員を庇って俺が代わりに戦うところなんだけど……なんか数多くね? 三人くらいいるんですけど。

 

「き、キミたちなんとかして!」

 

 そう言って研究員が俺の後ろに隠れる。

 アンタ大人の癖に情けないな。子どもを盾にしようとするなよ。

 

「あん? なんだお前ら」

 

 そうして前に出る事になった俺にガンつけてくる目の前の男。ガラ悪いなぁ……。しかもまあまあ怖ぇし。不良と正面切って対峙した事ないもん。

 

「退きな。俺たちはそいつに用があるんだ」

 

「俺も出来ればそうしたいんだけどなぁ……」

 

 ここでこの人を引き渡したら確実に面倒事になるのが目に見えてる。かといって三人相手は普通にキツい。

 そもそもレベル足りるのかこれ? 向こうもそれなりにトレーナーやってるだろ? 

 あれこれ俺結構頑張らないと序盤ハードモード過ぎでは? 

 

「退かねぇなら力ずくで……ん? そっちの女は……」

 

「ねえユウキくん。この人たちって悪い人?」

 

「え? ああ、うん。多分そう」

 

 制服着てなくても書類狙いって事はマグマ団かアクア団のどっちかだ。それは間違いない。

 

「じゃあ──ぶっ飛ばすね」

 

「へ?」

 

 そうしてハルカがボールを投げる。光と共に現れるのは──

 

「──シャアアアアアアッ!!」

 

 ──昨日俺をボコボコにしたバシャーモだった。

 

「ちゃも、蹴散らして!」

 

「シャッ!」

 

 バシャーモが団員と思しき男の一人に蹴りを入れ、まるでサッカーボールのように男を吹っ飛ばした。

 え? ぶっ飛ばすって物理的に? 

 

「おいやべーぞこの女! 躊躇いが無ぇ!」

 

 それを見ていた団員が悲鳴じみた声を上げる。

 俺もやべーと思う。人間にダイレクトアタックとかポケスペかよ。

 

「残りもやっちゃって!」

 

「シャアアッ!」

 

「くっ……グラエナァ!」

 

「こっちもだ!」

 

 ようやく防衛に繰り出されたのは黒い狼のようなポケモンのグラエナだった。

 やっぱ普通にレベル高そうなやつ持ってたな。危ねぇ。

 

「「グルアァァァァァァ!!」」

 

 登場したグラエナ二匹が闘争心を昂らせて『いかく』する。

 ある程度予測してたし身構えてたけど実際に対峙するとその効果がよくわかる。

 本能に訴えかける恐怖とでも言おうか。これを受ければ確かに『こうげき』も下がろうというもの。俺や研究員の人なんて身が竦んでしまっている。

 しかもそれが二匹分だ。ゲーム的に言えば『こうげき』が二段階下げられた状態である。ハルカのバシャーモがどう育てられているかはわからないが、物理攻撃主体だとやや厳しいかもしれない。

 

 ──俺も加勢するか? 

 

 ホルダーに付けたボールに手を掛ける。

 今のキモリ(カイン)じゃ囮が精一杯だろうが、いないよりは幾分マシなはず。

 如何にハルカが強くとも二体一では分が悪かろう。

 

「オラァ突っ込め(“かみくだく")!」

 

これ(“すなかけ")も喰らっとけやぁ!」

 

 片方のグラエナが砂で目潰し、その間にもう片方が接近するコンビネーション。

 上手いな、これが現実のダブルバトルか……って感心してる場合じゃない! 

 

「くっ、カイン俺たちも──」

 

 ボールを手に取り、グラエナとバシャーモの間に投げ入れようとして。

 

「──蹴り飛ばせ(“ブレイズキック")!」

 

 それよりも先にハルカの指示でバシャーモの足が紅蓮に燃え、飛びかかってきたグラエナの顎を蹴り抜き。

 

 “ひてんげり"

 

 蹴り上げた勢いを維持したまま回転し、後ろ回し蹴りへと派生させて。

 

 “ブレイズキック"

 

 無防備な腹へと二度目の“ブレイズキック"がグラエナに突き刺さり、後方のグラエナを巻き込みながら吹っ飛んでいった。

 

「なっ……!? 一撃だと!?」

 

 団員が驚愕の表情でハルカを見る。多分俺も同じような顔をしていると思う。

 レベル差なのかわからないけど『こうげき』二段階下げられてるのに一撃ってのは相当だぞ。

 いやまあ一撃っていうか一ターンに二発攻撃当ててた感じだけども、それは置いとくとして。

 

「思い出したぞ……お前、確か前回のホウエンリーグ本戦で優勝してたやつか!」

 

「あ、あたしの事知ってるんだ。やっぱテレビ中継があると知られちゃうもんだね」

 

 事も無げにハルカが言う。知ってはいたけど改めて言われるとやはり衝撃である。

 こっちのリーグ形式はゲームと違ってちょっと面倒なもので、要約すると規定日にリーグ予選が始まってその後に本戦、優勝した人がチャンピオンリーグに挑戦する資格を与えられる──つまりゲームにおける四天王戦が始まるって仕組みだ。アニポケが確か似たような感じだったっけな。

 本戦まではテレビ中継されるし、アサギシティでもカントーリーグの本戦が中継されていたからレベルの高さはよく知ってる。

 まあ俺が見てた頃のカントーリーグって厳密にはチャンピオンとかいなかったんだけどさ。

 大抵四天王の誰か──ほとんどワタルだった──が優勝するからチャンピオン名乗ってただけで、肩書きとしては四天王。

 ワタルさんクソ強かったよ。()()()“りゅうせいぐん"だった。何言ってるんだと思うだろ? マジなんだぜこれ。

 とかいう関係無い話は置いとくとして、現時点のハルカは少なくとも四天王に匹敵する実力があるわけだ。

 

「さあ、何が目的か言いなさい」

 

 ふんすと鼻を鳴らすハルカに迫力は無い──が、代わりに後ろのバシャーモが圧倒的な存在感を放っている。

 正直今のを見る限りでは団員側に勝ち目は無さそうなんだよな。

 既に腰が引けてしまっているようだし、とりあえずこの場は乗り切ったと思っていいだろう。それなら少し先を見据えたい。

 

「ハルカ、こいつら捕まえよう。何をしてたか聞き出すんだ」

 

 原作知識があってもそれを直接伝える事は出来ない。だからこの団員を尋問するなりして間接的にハルカに情報を渡したいのだ。

 そうすれば積極的に動いてくれるかもしれないし、俺の役割も楽になる。

 

「そうだね。じゃあ大人しくしててよ」

 

 ハルカがウエストバッグから『あなぬけのヒモ』をずるりと取り出しながら一歩踏み込み、団員がそれに合わせて後退りする。

 本来は洞窟脱出用の目印に使うものだけど、捕縛の為に使っても強度的に問題無いはずだ。

 一歩、また一歩と距離を詰めながら躙り寄っていくハルカに、ニヤリと団員が笑みを零した。

 

「ハッ! 捕まってたまるかよ!」

 

 吠えながら団員が腕を掲げる。その手にあるのは玉のような何かが複数。

 そしてそれを一気に地面に叩きつけると同時、玉から勢いよく白煙が噴出した。これは……『けむりだま』か! 

 

「ハッハー! 逃走手段くらい用意してるに決まってんだろ! 逃げるぞお前らぁ!」

 

「おうよ! 兄貴に報告だ!」

 

「ゴホッゴホッ、くっそ待ちやがれ! ハルカ!」

 

「ちゃも! 追って!」

 

 白煙で奴らの姿は見えない。一縷の望みをハルカに託すも、煙が晴れた時には団員たちの姿は見えず。

 どうやらまんまと逃げられてしまったらしい。

 

「下っ端の分際でなんで一丁前に逃げ足だけは早いんだよ……いや、下っ端だからこそか」

 

 自らが勝利するよりも負けた時の手段をより多く講じておく。組織の人間ならむしろ自然な考え方だ。意外と徹底してやがるぞあのリーダー。

 

「ごめんユウキくん……もう少し早く動いてれば……」

 

「いや、あれは仕方ないだろ。俺なんて何も出来なかったんだぞ」

 

 ハルカが謝ってくるが、それで言うなら俺なんか後ろでごちゃごちゃ考えてただけだ。何も文句を言う権利は無い。

 まあ捕まえられなくてもシナリオ的には問題なかろう。三人いたのが気がかりだけど、大筋に変更は無いはずだ。多分。

 それに先の連中が何なのかは予測がついた。おそらくはアクア団だ。

 リーダーを兄貴と呼ぶのはアクア団の特徴だった気がする。

 ゲームで団員がそう言ってたまでは覚えてないけど、現実にあの性格なら慕ってる奴らも多いだろう。とりあえずはアクア団が動いていると仮定しておく。

 となるとカナズミシティには今アクア団が潜伏してる事になるのか。荷物奪われるのってジム戦の後だっけ? 

 まあここら辺の差異はこの際関係無い。ジム戦やろうがやるまいが時が来れば動くんだから、先に張り込んでおけばいい。

 

「た、助かったぁ……ありがとうキミたち」

 

「礼はいいんですけど今後子どもを盾にしないでください」

 

 ハルカいなかったら蹂躙されて終わってたぞ。

 

「は、はい、すみません……」

 

「……まあいいか。まずはカナズミシティまで行こうぜ。この人もちゃんと送り届けなくちゃだし」

 

「……そうだね。そうしよっか」

 

 ハルカが元気無く頷く。

 うーん、気落ちしてるなぁ。別にまだ決定的なミスしたわけじゃないからそこまで落ち込まなくてもいいのに。

 こういう時に気の利いた話の一つも出来ればいいのに、女性経験の少ない俺では到底その領域には辿り着けない。

 無言の時間が凄く気まずい。普段ハルカがアレな分余計に。

 いや別にアレを求めてるわけじゃないけど極端なのだ。

 ……あまりにも手持ち無沙汰なので、なんとなく図鑑を取り出してバシャーモを調べてみる。

 そんな場合じゃないのはわかってる。でもあの強さの理由がどうしても気になった。強すぎだろアレ。

 自分の手持ちじゃないから詳細はわからないけど、まあレベルくらいはわかるだろう。

 スキャンが終わり画面にデータが表示される。どれどれ……? 

 

【種族】バシャーモ

【レベル】100

 

 パタン。

 図鑑を閉じる。

 多分この図鑑がバグってるんだろう。後で博士に言っておかなければ。

 念の為にもう一度開いてスキャンしてみる。貰ったばかりの図鑑が壊れてるなんて事は──

 

【種族】バシャーモ

【レベル】100

 

 ──無いですよね現実でこうなんですよねっ!! 

 ちなみに俺のキモリは現在十四。圧倒的過ぎる。

 というかハルカさんマジ強ぇ。グラカイ問題もハルカに全部任せれば何とかなりそうな気がしてきた。グラカイってアクマグ団潰しだけど。

 まあそれもこれも全部カナズミシティに到着してからだ。

 

「……とりあえず歩くか」

 

「はーい」

 

 立ち止まってても日が暮れるだけだし、まずはここを抜けてしまおう。

 ご機嫌取りはその後だ。




評価や感想、批評等お待ちしておりマース。
あと誤字脱字報告してくれた方ありがとうございました。
感想や評価、お気に入りもありがとうございます。励みになってます。

しれっと出てたオリジナル要素は後の話で解説する予定があったりなかったり。まあ知ってる人は知ってるよ。


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振り回されたり振り回されたり振り回されたり

書きながら『なんでこうなるんだろ』ってなってる


 カナズミシティはホウエン地方にて最大級の大都市である。

 ホウエンにおける最大手の企業であるデボンコーポーレーションの本社があったり、他にもトレーナーの基本を学ぶトレーナーズスクールや、そのスクールに所属している人間がジムリーダーを務めるポケモンジムもあったりする。

 ゲームだと特徴はこのくらいのものなんだけど、実際にこの目で見るとまあ広いしデカい。

 大学とか工場とかホテルとか、ゲームじゃ必要無いから削られてた現実の建物がそれはもうそこかしこにある。

 適当に歩き回ったら多分迷うだろう広さは正にコンクリートジャングル。移動一つでも苦労しそうだ。

 

「すっげー」

 

 アホみたいな感想を漏らしながらビル群を見上げる。

 アサギも結構な港街だったけど、流石にカナズミと比べると発展度合いが比べ物にならない。方向性が違うから比べるものではないけど、とにかく凄い。

 ミシロ? 論外だよ。

 森を出たら空が若干赤くなり始めてたのには焦ったけど、とにかく日が完全に落ちるまでに到着してよかった。

 研究員さんも無事に送り届けたし、とりあえず今日の動きはここまでかな。

 

「あー疲れた。ずっと歩きっぱなしで足が痛い」

 

「ふふ、お疲れ様。ちょっとそこで休んでいこっか」

 

 ハルカが指すのは自販機横に備え付けられたベンチだ。街に入ってすぐのところにこういうものを設置してくれているのは非常に有難い。

 とりあえず何か飲み物が飲みたいし遠慮無く休ませてもらう事にする。

 

「おお、流石都市の自販機。色々あるな」

 

 ゲームでは三種類しか無かった飲み物の他にも『モモンジュース』や『パイルジュース』等色々な種類があった。

 

「ハルカもなんか飲むか?」

 

 もののついでなのでお礼も兼ねてハルカにも尋ねておく。

 

「ありがとう。じゃあ『モモンジュース』がいいな」

 

「あいよ。んじゃ俺は『サイコソーダ』にするか」

 

 ボタンを押せばガコン! と子気味良い音を鳴らして飲み物が出てくる。自販機のこういう感じなんとなく好きなんだよな。

 

「ほい」

 

「ん、ありがと。お金は……」

 

「いいよこれくらい。奢られとけって」

 

「そう? じゃあお言葉に甘えて」

 

 財布を出そうとするハルカを遮る。二百円そこらの品でどうこう言う程狭量ではないつもりだ。

 ベンチに座り、ラムネ瓶の要領で蓋を開けて中身を飲む。疲れた身体に行き渡る炭酸がとても心地いい。

 

「あ〜生き返る〜」

 

「大袈裟だなぁ。まだまだ旅は始まったばかりなのに」

 

 くすくすとハルカが笑う。

 そうは言うけど疲れるものは仕方ない。まして俺は旅なんてこれが初めてだし、長距離を移動するならバスとか電車を使ってたようなモヤシっ子だ。それを思えば中々上出来だと言えるはず。

 

「始まったばかり、か。そうだよなぁ。一日目でこれなら俺どっかで挫折するかも」

 

「もう。そんな事言わないの」

 

 少しむくれたような顔をするハルカに苦笑して。

 

「冗談だって。でもどっちにしても今日は終わりだ。夜も近いし今からジム行っても迷惑だろ」

 

 ゲームじゃ時間なんざ関係無ぇと言わんばかりに深夜だろうが突撃しても許されるし、ジムリーダーも律儀に挑戦者を迎え撃っていたが現実ではそうもいくまい。

 何より普通に俺の体力がもう無い。キモリ(カイン)も疲れただろうし今日はもう休みだ休み。

 

「というわけで今日はセンターに泊まろうと思います」

 

 ポケモンセンターはトレーナーであれば誰でも無料で利用出来る簡易宿泊所というのは先も言った通り。

 何かとお金がチラつく序盤の旅路ならなるべく節約出来るところはしておきたいのだ。

 もちろん出来る事なら今日の疲れを癒す為に浴槽に浸かって羽ならぬ足を伸ばしたいけど、まあ初心者トレーナーにそんな贅沢してる余裕は無い。

 幸いシャワーくらいの設備はあるしそれで我慢しておく。

 

「別にハルカは俺に付き合わなくてもどっかのホテルとかに泊まってもいいぞ」

 

「え、やだ」

 

 即答である。うん知ってた。

 

「この期に及んで逃げたりしないぞ?」

 

「その心配してないよ、大丈夫」

 

 どうせ逃げても捕まえるし、とかボソッと聞こえた気がするのはきっと幻聴に違いない。

 

「ユウキくんと離れたくないんだもん」

 

「またお前は……」

 

 溜め息を吐く。

 まだハルカの()()が恋愛と友愛のどっちに起因したものなのかわからないんだよな。

 どちらにしても攻めすぎだし、あんまりそういうセリフを言われると心臓に悪いから自重していただきたいところではある。

 

「なあハルカ。お前は何の気無しに言ってるのかもしれないけど、健全な男子にそういう発言は効くからやめてくれ」

 

「……え〜? 効くって何が〜?」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、ハルカがニヤニヤと小悪魔的な笑みを浮かべる。またか。今日二回目だぞこの感じ。

 

「だから、その、離れたくないとか、身体を密着させるとか……」

 

 取り繕う余裕も無く馬鹿正直に答える。それを聞いて更にハルカがニヤニヤと笑って。

 

「ふ〜ん? それって──」

 

 あまりにも自然な動作で腕を伸ばして俺の頭を胸まで引き寄せ。

 

「──こんな感じ?」

 

 そんな風に耳元で囁いた。

 

「おまっ……なっ……!?」

 

 ドクンと心臓が跳ね上がる。

 なんだよこれ十二歳のやるテクニックじゃねえだろ完全にそういう店のやり口じゃねえか! 

 うわしかもなんかいい匂いするし柔らかい! わざとか天然か知らんが破壊力が高すぎる! 

 

「ひっ、人! 人が見てるから! ここ天下の往来!」

 

「あたしは気にしないよー」

 

「俺が気にするわ!」

 

 道行く人がこちらを見てはギョッとしたり、何か微笑ましいものを見ているような顔をしたりする。

 助けを求めたいがどうにも上手く声が出ない。

 

「ふふふ……さあ、ユウキくんは何がどんな風に効くのかな〜?」

 

 こ、この女……! 全部わかった上で煽ってやがるな……! 

 こうなったら! 

 

「だから……離れろっての!」

 

「えっ、きゃっ!?」

 

 無理に引いても抜けられない気がしたので逆に頭を押し付けにいく。

 結果、ハルカがベンチに倒れてその上に俺が覆い被さる形になった。

 

「あのなハルカ、こういうのは遊びでやる事じゃなくてだな……」

 

 俺の反応が面白いんだろうけど、流石に今のはちょっとライン超えてると思う。心を許してるんだとしてもああいうのは良くない。

 

「そりゃ好かれてるのは嬉しいけど、もうちょっと行動は考えてほしいというか」

 

「………………」

 

「……あの、何か言ってくれませんかねハルカさん。なんで黙ってるんですか」

 

 逆光のせいでハルカの顔が影に隠れていまいち表情がわかりにくい。今ハルカはどういう顔をしてるんだろうか。

 

「………………」

 

「おい、マジで何か言えって。この体勢色々とまずいのわかってる?」

 

 なんで何も言わないんだ。慌てるなり拒絶するなりなんでもいいから反応があって然るべきだろうに。

 心臓が早鐘のように鳴る。このままじゃ本当にまずい。主に俺の理性が。

 

「なあ、ハル──」

 

「ちょっと君たち?」

 

「ハァイ!?」

 

 突然の声にビクーン! と跳ねながら音速でそちらに振り向く。そこには青い制服に身を包んだ男性が一人──すなわち警官がいた。

 

「こんな街中で何してるの。変な事しようとしてなかった?」

 

 さあ状況を整理してみよう。

 今は夕暮れ。俺とハルカは二人きり。ベンチにハルカが倒れてその上に俺が覆い被さるような体勢であり、更にハルカは無抵抗。

 これを警官が見たらどう思うか。おそらくは襲っているように見えるだろう。そうじゃなくても盛りの現場でしかない。

 

「ななな何もしてないですよ!? ただじゃれあってただけです!」

 

 慌ててハルカから離れながら無意味に手を動かして必死に弁明する。

 他意は……無かったと言えば嘘になるかもしれないけど、とにかくこの場を乗り切らねば。旅の初日から警察のお世話とか冗談でも笑えない。

 

「じゃれあい、ね。それにしてはちょっと過激に見えたけど」

 

「そんな事無いっすよ! 田舎じゃこれくらいは普通っす! 挨拶みたいなもんですよ!!」

 

 嘘は言っていない。事実博士はやや過剰気味なスキンシップでも何も言わなかった。

 さっきの行動がセーフかは考えないようにする。

 

「そうなの? じゃあその子はお友だち?」

 

「そうです!」

 

「ふーん……。この子はそう言ってるけど本当かな?」

 

 そうして警官がハルカに尋ねる。

 頼むぞハルカ。ここで梯子外されたら一生恨むからな。

 先程とはまるで違う意味で心臓がバクバクと跳ねる。警官の言葉にハルカが佇まいを直して。

 

「──はい、ユウキくんの言う通りですよ。ちょっと遊んでたらたまたまああなっちゃっただけで、別に変な事は何も無いですよ」

 

 よっしゃあああああ!! 信じてたぜハルカ! 

 

「なるほど……まあ君が言うなら信じようか」

 

 (男側)の証言だけだと確信にならないのだろう。ハルカの証言と合致してようやく警官から疑惑の念が消えた。

 

「でもあんまり街中でそういう遊びをするのはやめた方がいいよ。僕みたいに勘違いする人がいるからね」

 

「肝に銘じておきます」

 

 正直言われるまでもないけどわざわざ口に出す事でもあるまい。ここは素直に頷いておく。

 

「それに最近は変な輩も増えてるからね。君たちは旅の途中かい? 暗くなったらなるべく出歩かない方がいいよ」

 

「変な輩?」

 

 警官の言葉に気になるワード。それってもしかして……。

 

「ああ、陸地や海を増やすだの言ってる連中がちょっとね。小競り合いに巻き込まれないよう君たちも気をつけなよ」

 

 ビンゴ。やっぱりあの連中か。

 

「その人たちがこの街に?」

 

 ハルカが会話に入ってくる。トウカの森の事もあって気になるのだろう。

 

「らしいね。今日もデボンの社員が襲われたようだし、今はパトロールを強化してるのさ」

 

「あー……」

 

 襲われた社員ってのはやっぱりあのキノココの人かな。

 まさかもう会社を襲撃したって事は無いと思うけど……確認してみるか。

 

「それ以外に何か事件ってありました? 例えば盗難事件とか」

 

「いいや、そういう話は聞いてないね。尤も、そういう事件を未然に防ぐ為に僕たちがいるんだけど」

 

 なるほど、やっぱりまだ荷物は奪われてないか。ならデボン周りで張っておけば事件は起きないはず。

 ……だけど、ずっとそこにいるのも不自然だし退屈だよなぁ。今の俺じゃ絶対力不足だし、頼むならハルカだけど長時間同じ場所で張り込みさせるだけの理由が思いつかない。

 言えばやってくれそうな気もするけど、それはなんかハルカを利用してるみたいで気が引ける。頼るのと利用するのとは違うのだ。

 

「まあとにかく気をつけなよ。暗くなってきたし早く宿なりセンターなりに戻りなさい。それじゃあね」

 

 それだけ言って警官が去っていく。いい人なんだろうな、あの人。

 

「……あー焦ったー……」

 

 警官に話しかけられたら無条件に焦ってしまうのって俺だけだろうか。今回のは心当たりがありすぎたから例外だけど。

 

「別に悪い事してないんだから堂々としてればいいのに」

 

「いやあの場面で堂々と出来る男が何人いると思ってんだお前」

 

 いるとすれば感情が死んでるか鋼メンタルのどっちかだろ。もしくは常習犯だ。

 

「そう? まあいいや。それじゃあたしちょっとだけ別行動するね。そんなに時間はかからないと思うから待ってて」

 

「え?」

 

 これは意外だ。まさかハルカの方から別行動を提案してくるとは。

 何か買い物でも思い出したとかか? 

 

「ご飯とかも待っててね、一緒に食べたいし。それじゃセンターで待ち合わせね!」

 

 言うなりハルカが走り去っていく。というか飯もお預けか……結構腹減ってるんだけど……。

 

「……仕方ない。時間はかからないって言ってたし待つかぁ」

 

 とりあえずこの時間を利用してフレンドリィショップとか寄っていこう。キズぐすりとかモンスターボールとかも欲しいし、カインも回復させなきゃだしな。

 

 

 * * *

 

 

 そしてセンターで待つ事三十分。ハルカが笑顔で戻ってきた。

 

「ただいま!」

 

「おかえり。何してたんだ?」

 

「宿取ってきた!」

 

「そうか……うん?」

 

 俺はセンターに泊まると言っておいたはず。それとも自分が泊まる宿をわざわざ伝えに来たのだろうか。それならナビで言えばいいのに律儀だな。

 

「まあわかった。それじゃ今日はこれでお別れだな」

 

「え? なんで?」

 

 キョトンと首を傾げるハルカ。いやそんな『何言ってるのこの人?』みたいな顔されても。

 

「なんでも何も俺はセンターに泊まるし……」

 

「だから宿取ってきたんだって。あたしとユウキくんの二人分!」

 

「……ええー……」

 

 金銭的に余裕が無いからセンターを選んだというのに何をするんですかこの娘は。

 

「……俺金無いんだけど」

 

「あたしが払うよ?」

 

「流石に悪いわ。泊まるなら一人で泊まってくれ」

 

 飯とかならまだしも宿は結構高い。それを払わせるのは単純にプライドが傷つくというか。いや別にそんなプライド持ってないけど気分の問題だ。

 

「えー、でももう二人分の料金払っちゃったしー」

 

「なんでそう思い切りがいいんだお前は。キャンセルすりゃいいだろ」

 

「キャンセルするのも宿の人に迷惑かかるんだよ? というわけでほら、ゴーゴー♪」

 

「俺の迷惑は!? 待てコラ離せ! カインまだ預けてるんだよ!」

 

 ポケモンセンターでの回復は即時というわけではなく、傷の程度にもよるがそれなりに時間がかかる。

 カインはさっき預けたばかりだしもう少し時間がかかるだろう。

 

「明日引き取りに来ればいいよ。あたしもちゃも預けてこよっと」

 

 そんな俺の意見も意に介さず、ハルカがジョーイさんにボールを預ける。

 そりゃお前は手持ちが他にもいるからいいだろうが俺はカイン一匹だけなんですが!? 

 

「大丈夫だよ。街中でそうそう事件なんて起こらないし、もし何かあってもあたしが守ってあげるから」

 

「そういう問題じゃ……! わかった! わかったから引っ張るな! 自分で歩くから!」

 

 こうして結局ハルカに振り回されるがままの一日になった。誠に遺憾である。

 




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お泊まりとかお話とかハプニングとか色々

 適当な場所で食事を終えた後、ハルカに案内されたのはビジネスホテルだった。

 ホテルとしては比較的安価ではあるものの俺の手持ちだとやはり痛い出費であったのには変わらず、結局ハルカが全額払う事となった。

 ハルカは気にしないでいいと言っていたがいずれは返そうと思う。

 子どもだけでホテルに泊まれるって前世だとあんまりない事なんだが、少年少女が旅をするこの世界だとわりと普通の事なんだよな。

 それはともかく、俺もシャワーでなく湯に浸かれるのは望外の喜びだしそこに異論は無い。疲れを癒すには湯に浸かるのが一番だと母さんも言っていた。

 だからそれはいい、のだが。

 

「なんで相部屋なんスかハルカさん」

 

「時間的に一部屋しか取れなかったんだよ。仕方ない仕方ない」

 

「仕方ないとか全然思ってないだろお前」

 

 何食わぬ顔でハルカが言うが、おそらくこいつは部屋が空いてても一つしか取らなかっただろうと確信出来る。

 

「そんな事ないって。えへへ〜ユウキくんとお泊まり〜」

 

 テーブルにだらっと身体を預けたハルカがにへらと笑う。何がそんなに楽しいのやら。

 ……まあ友だちとのお泊まり会が楽しいという気持ち自体はわからんでもない。俺も男友だちと遊ぶの楽しかったし。

 ただ異性同士となると話は変わる。

 そりゃ男としては嬉しいよ? でもハルカさんなんか得体の知れない怖さがあるんだもん。

 一日過ごした感じだと急に刺してくる的なアレではなさそうだけど、だからといって無条件に心を許せるかといえば微妙なラインだ。悪い子じゃないのは確かだけども。

 

「ねーねー、お風呂沸くまでトランプしよ〜」

 

「二人でか? まあいいけど」

 

「わーい。じゃあスピードやろ〜」

 

 ハルカがバッグの中からトランプを取り出す。

 スピードといえばカードを赤と黒の二組に分けて、台札の数字と繋がるカードを出し続けて先に手持ちのカードを使い切った方の勝ちという知ってる人も多いだろうゲームだ。

 カードゲームとしては少々珍しく屑運をプレイングで挽回出来る為、必要なのはその名の通りに反射神経とカードを出すスピードになる。ちなみに俺の強さは普通くらいだ。

 カードを配り終えて準備が整う。

 

「じゃあ気楽にやるか」

 

「はーい」

 

 伏せられたカードを表に返して。

 

「「『スピード』」」

 

 

 * * *

 

 

「そういえばさ」

 

「ん?」

 

 カードを出しながらハルカに質問を投げかける。

 

「トウカの森でバシャーモが二回連続で攻撃してたじゃん? あれってやっぱり裏特性か技能?」

 

「そうだよ。あの子は足技が得意だからね。使ったのは技能の方かな」

 

 俺の質問にハルカが答え、やっぱりそうかと納得する。

 裏特性と技能。どちらもゲームには存在していないシステムだが、この世界では明確に機能する技術の一つだ。

 そして俺がこの世界で頂点を目指すのを諦めた原因でもある。

 

「“ひてんげり"って名付けたんだけどね。蹴り技を当てる度に威力が上がるようにさせたの。もう一回くらい派生出来るけどね」

 

 出せる札が無くなったので山札から新しいカードを出して再開。

 

「つまり最大三回連続攻撃か。えげつないな」

 

 バシャーモの動きを思い出しながら呟く。

 技能とはつまり、ポケモンに覚えさせる技術である。

 例えばハルカのバシャーモは技を繰り出す際に、単に技を使うのではなく身体を捻って蹴り技を行う事で遠心力を得て、二度目の攻撃へとスムーズに移行した。やろうと思えば更に回転力を上げて威力を増した三撃目を叩き込めるという事だろう。

 直接技とは関係のない細かな動きを徹底して覚え込ませる事で、条件反射的にバトルで使える行動として昇華させたものをこの世界では『技能』と呼んでいる──らしい。

 アニメだと回転回避とかカウンターシールドとか技食ってパワーアップとかあったじゃん? あれらが全部技能に当たる。

 ちゃんと動きがあるからこそ成せる技だ。この時点でゲームとは比べものにならない自由度である。

 というか実機で威力が上昇する“ブレイズキック"三連打とかぶっ壊れもいいところだ。あの悪名高いメガガルーラですら二発だったのに。

 

 ちなみに『裏特性』はもう少しポケモンの本質に寄ったものになる。

 技能が他のポケモンにもある程度流用が効く技術なのに対して、裏特性はその種固有のものになりやすく、代わりにそのポケモンが意識せずとも発動するようになる場合がほとんどなんだとか。

 ゲーム的な用語で言えば技能が能動起動(アクティブ)型、裏特性が常時発動(パッシブ)型という形で分けられるだろう。

 まあ大まかにポケモンが元々持ってる特性や図鑑のフレーバーテキストを発展させたのが裏特性で、それ以外が技能と俺は覚えた。バシャーモで言うなら脚力や速度関連の裏特性が発現しやすいんじゃないかなーと思ったり。

 ともあれ、そういうゲームには無いぶっ壊れた技を覚えさせる事ができるのだが、技能を習得させるにしてもまず発想力が重要なのだ。

 どういう事をすれば望んだ効果を得られるのかを手探りで探し、実現の目処が立ったらそれを何度も何度も反復練習させる。それこそ何十回も、何百回も、何千回もだ。

 そういう手間暇をかけても技能を習得出来るかどうかはぶっちゃけ運だ。

 結局技を使うのはポケモンであり、コツを掴めるかどうかはポケモン次第。すんなり上手くいく事もあれば、全てが徒労に終わる可能性だってある。

 経験値を得れば自動的に技を覚えるみたいな都合のいい世界じゃないのだ、ここは。

 ……というのがトレーナー教本で学んだこの世界の知識(常識)

 さて、いわゆるジムリーダーを代表とした上位トレーナーたちはほぼ例外なくこれらの技術をポケモンに仕込んでいるわけだが。

 

 これらに勝てます? 

 

 向こうは長年ポケモンバトルに携わってきた百戦錬磨のトレーナーで、俺なんか多少ゲーム知識があるだけの小僧だ。精神年齢二十歳超えてるけど。

 俺は無理だと思った。経験も技術も足りないし、発想力に自信も無い。更にまだもう一つトレーナー側で使えるスキルが存在するときた。

 何もかもが違いすぎる。ゲームの常識が通用しない。だから俺は頂点を諦めたのだ。

 故にチャンピオンリーグまで到達したハルカの異常性が際立つんだけど、まあそれは置いておくとして。

 

「どこまでやれっかなぁ……」

 

 誰にでもなく独りごちる。

 目標ジムバッジ八つと掲げたものの正直自信は無い。

 最低限の強さを得られればいいと思ってたけど、今日のアクア団を見る限りだとその最低限のラインも相応に高くなっていそうだ。

 ゲームシナリオの事とはいえ未来を知っている身としては頭が痛い。

 

「大丈夫だよ」

 

 ハルカが呟く。

 

「ユウキくんならきっとどこまでだって辿り着ける」

 

 顔を上げればハルカが真っ直ぐにこちらを見ていた。

 

「もし躓いてもあたしが支えてあげる。だから大丈夫」

 

 そう言ってハルカが笑う。

 ……なんでコイツはここまで俺を信用出来るのかね。他ならぬ俺自身が自分を信用出来ないってのに。

 ただ、なんとなくなんとかなるような気がした。

 根拠も何も無いけどハルカの言葉で少しだけ気が楽になる。

 

「……じゃあバトルの事教えてくれよ。頑張るからさ」

 

 親父に教わらなかった分はハルカに教えてもらおう。

 チャンピオンリーグにも出場したトレーナーだ。不足はない。

 

「任せて! あ、でも今教えられるような事は少ないからもうちょっとキモリが育ってからね」

 

「わかった。たまにバトルに付き合ってくれればそれでいい」

 

 技能にせよ裏特性にせよ、基本的には身体が出来上がった最終進化を前提とした技術だ。今色々詰め込まれたところで大した意味は無い。

 それよりは経験値的な意味でスパーリングの相手でもしてもらった方が身になるだろう。

 一応技能の構想はある。習得出来るかはカイン次第だが、モノに出来ればこの世界に適応出来たという証左にもなるので是非頑張ってもらいたいところだ。

 

「まあまずはカナズミジムの突破からだな。それを越えなきゃ何も始まらないし」

 

「そうだね。でも最初のジムは基本的な事を抑えておけば問題ないから、それこそユウキくんなら大丈夫だと思うな」

 

 基本的、というとタイプ相性の理解が出来ているかとか指示がちゃんと出せているか、という点だろう。

 実のところ俺も一つ目のジムはさほど苦労しないと思っている。『くさ』タイプなら『いわ』タイプを使うカナズミジムには相性有利だし、カインも俺の指示を無視したりしない。初心者トレーナーとしてのラインはクリア出来ているはずだ。

 ……流石に“すいとる"連打とかしてたら咎められそうだけどな、色んな意味で。

 というかそもそも“すいとる"とか“メガドレイン"に信用が置けない。あれキモリだと結局接近しないと技の効果範囲内に入らないから体感的には物理技と使い勝手が変わらん。エナボ欲しい。

 

「……なぁハルカ、“エナジーボール"の技マシン持ってたりしない?」

 

「え? 持ってるけど……ズルはよくないと思うなー」

 

「デスヨネー」

 

 この時点でエナボとかズルどころか反則である。如何にジムリーダーでも対策してなきゃ何も出来ずに沈むんじゃないだろうか。……流石に甘いか。

 まあこれはダメ元なので期待はしてない。とりあえずは“メガドレイン"で頑張るとする。それにこれは俺が強くなる為の旅だから楽しちゃダメだな、うん。

 なぁに、キモリの『すばやさ』を活かせば組み付くチャンスはいくらでも作れようぞ。

 

「はい、俺の勝ち」

 

「ありゃ、負けちゃった」

 

 ここで俺が手持ちカードを使い切ってゲーム終了。ついでにタイミングよく風呂も沸いたみたいだ。

 何回かやったけど五分五分くらいだったな。マサラ人よろしく反射神経ずば抜けてたりするかと思ったけど、身体能力自体に大きな差は無いらしい。

 それを知れただけでもわりと大きいかもな。これで素の能力から違いますとかだといよいよキツい。

 

「さて、と。風呂も沸いたし終わりにするか。どっちが先に入る?」

 

「ユウキくん最後に勝ったし先に入ってていいよ。あたしも準備あるし」

 

「そうか。なら先に入らせてもらおうかな」

 

 女の子だし先の方がいいかと思ってたけど、譲ってくれるならと着替えを持って脱衣所に移動する。

 今日は歩きっぱなしで流石に疲れた。町三つ分の距離を歩きで踏破したんだもんな。

 それを考えるとランニングシューズは素晴らしい。トレーナーに寄り添うデボン製なだけあって長旅に耐えうる強度と軽さを兼ね備えている。デボン万歳。社長に会えたらお礼を言っておこう。

 脱いだ服を洗濯籠に放り込み、いざ風呂場へ突撃。

 中はホテルらしく綺麗に掃除されている事以外は至って普通の浴室だ。特別それに思う事も無いので風呂椅子に座り、シャワーを浴びて備え付けのシャンプーで髪を洗う──その最中の事だった。

 ガラッと音がする。反射的に手が止まった。

 

 ──頼むから冗談であってくれ。もしくは忘れ物を届けに来たとか。

 

 今朝方中指を突き立てたばかりの神様に全力で祈る。

 いやいやまさか。いくらなんでもそれはないだろう。それではガードが緩いどころかノーガードではないか。

 カイリキーですらパンツがあるというのに。いやまああれ模様らしいけど。

 

「あ、ユウキくんお待たせー」

 

「なあ記憶違いか? 俺が先でいいって言ったよな?」

 

「え? うん、言ったよ?」

 

 どうやら俺が幻聴を聞いたわけではないらしい。

 

「じゃあ俺何か忘れ物でもしてたか? それなら受け取るけど」

 

「何か忘れたの? なら取ってくるけど」

 

 これも違うらしい。おかしいな、風呂場にいるのに汗が流れていくのを感じる。

 

「……俺今目を瞑ってるからわからないけどさ。まさか裸じゃないよな?」

 

「まさかぁ〜。いくらなんでもそこまでしないよ〜」

 

 なるほど、流石にそこまで突き抜けたアホではなかったようだ。

 じゃあなんでここにいるんだコイツ。

 

「──流石にまだ恥ずかしいからタオルは巻いてるよー」

 

「よしお前絶対そこ動くなよ俺が髪洗い終わるまで待ってろいいか絶対に動くなよ」

 

「? 早口で何言ってるかよくわからなかったけど」

 

 速攻で髪を洗って出口に向かう。

 一瞬ハルカのバスタオル姿が目に入ったが努めて目に入れないようにする。何考えてんだコイツマジで。

 

「あれ、もう出るの? 身体は洗った?」

 

「うるせえ手を離せなんでここにいるんだお前!?」

 

 確かに洗えてないけど今お前が気にするべきはそこじゃねえ! 

 

「俺が先でよかったんだよな!? いいって言ったよな!?」

 

「うん、だからあたしは後で行くから先に入っててって……」

 

「アレそういう意味!? 順番だと思うだろ普通!? つーか安易に男に肌を見せるんじゃねえ!」

 

 博士ですらストップかけるだろコレ!? あなたの情操教育が杜撰だから娘さんこんな事になってますけど!? 

 

「ユウキくんは気にしすぎだよ〜」

 

「気にするに決まってんだろお前マジで自重しろ! せめて水着とかだろ!」

 

「え、水着がいいの? なら次からは着てくるね!」

 

「次とかねぇから! あとその言い方だとなんか変な誤解してる感じになるからやめろ!」

 

 裸より着衣がいい的な……いやハルカがそこまで考えてるとは言わないけど、万が一そう思われてたら猛烈に嫌だ! 

 

「つーかいい加減離せ! これ以上こんなところにいられるか! 俺は部屋に戻るぞ!」

 

 ハルカの方を見ないようにしながら掴まれた手を振り払う。

 そして手先にふにゅっ、と何か柔らかい感触。直後にハルカの短い悲鳴。

 今自分が何に触れたのか直感的に理解しフリーズして。

 

「…………えっち」

 

「──あああああああああああ!!」

 

 その後の記憶はあまり無い。

 とりあえずホテルを出て走った。とにかく走った。

 身体中から湧き上がるパトスを発散する方法がそれしか思いつかなかったのだ。

 走りまくる事数十分、それで何とか頭は冷えてくれた。汗も相応にかいたけどどうせ入り直すつもりだったからそれはいい。

 当然入り直した時は浴室に鍵をかけた。背中流すよーとか聞こえたけど全部ガン無視した。今後風呂に入る時はこれを忘れないでいようと思う。




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あとなんかルーキー日間2位とかいう自分史上最高の位置にランクインしてた。有難いことです。




ここから下は本編とは関係あるようで全く無い雑談。裏事情も挟むので本編だけを読みたい人はバック推奨。
これで余韻壊れましたとか言われても知らない。












という訳でオリジナル要素の『技能』と『裏特性』の説明回。
まあこれ某作品の奴を自分なりに再アレンジしたものだから三次創作とも言えるかもしれない(ちなみにその人は設定自由に使っていいって言ってるからね)。だからまんまオリジナルとは言わないし言えないという裏事情。
微妙に設定変えてるけど、まあ詳しくはそのうちやる特訓回みたいなので解説すると思います。多分。


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攻めるのは強いけど受けに回ると途端に脆くなるタイプ

 じりりりり、と音がする。

 夢現の狭間で音のなる方へと手を伸ばせば硬いものが手に当たった。条件反射的にそれを手繰り寄せてスイッチを切り身体を起こす。

 昨日の疲れが残るという事も無く、ぐぐっと伸びを一つすればある程度目が覚めた。

 別々のベッドで寝たはずのハルカが何故か俺の隣にいる事には最早何も言うまい。もうこれはそういう現象だ。

 

「……ん……おふぁよ……」

 

 さっきの目覚まし音が聞こえていたのか、ハルカもゆるゆると起き上がってきた。

 呂律が微妙に回ってないあたり、相当熟睡していたらしい。

 

「おはよう。よく眠れたようで何よりだ」

 

「ん〜……? えへへ〜……」

 

 ふにゃっと笑ったハルカが倒れるようにして俺に身体を預けてくる。

 

「あったかい……」

 

 倒れてきたハルカを抱きとめると、まるで猫のように頭を擦りつけてきた。完全に寝ぼけてるなこれ。

 思ったより朝強くないのか? 起きれるには起きれるけど覚醒に時間がかかるタイプらしい。

 それを考えると昨日の弁当事件ってマジでやらかしてるんだな。ハルカの寛大さに感謝を。

 

「おーい起きろって。朝飯逃すぞー」

 

 朝から大声を出すわけにもいかないので背中をポンポンと叩く。

 平気な顔してるけど実はさっきから理性を保つ為に脇腹を全力で(つね)ってるんですよ。抓ってるっていうかもう鷲掴みにしてるけど。

 パジャマの生地が薄いから普段着より密着感あるし体温高いしでギリギリなんですよ。はよ起きろ。

 

「……すぅ……」

 

「おい寝るな。くっそなんだコイツ幼児か?」

 

 背中ポンポンで寝るなや。何安心しきった面してんだお前の目の前にいるのは狼なんだぞ。

 自分の脇腹を捩じ切る勢いで捻りあげながらハルカの肩を揺らして目覚めを促してみる。

 

「起きろ。起ーきーろー」

 

「んゃぁ〜……」

 

 しかしハルカは猫みたいな声で力無く抗議するだけで中々起きてくれない。

 あんまり気安く女の子に触れたくないけどこうなっては仕方がない。最終手段としてハルカの頬をペチペチと叩く。

 

「起きろってば。おーい」

 

「ううん……」

 

 しばらく続けているとハルカの目がゆっくり開いていく。お、これで起きてくれるか? 

 

「あれ……? ユウキくん……?」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら俺を見るハルカ。さて、会話が出来るか試してみよう。

 

「おはよう。いい夢見れたか?」

 

「うん……なんか幸せな夢……」

 

 よし、まだふわふわしてるが会話出来るくらいには目が覚めたようだ。これならもう少しすればしっかり起きるだろう。

 寝ぼけた瞳でハルカが俺をじっと見つめた後、視線が頬に当てられた俺の右手に移動して、数秒間を置き再び視線が元に戻り。

 

「〜〜〜〜〜〜っ!?」

 

 瞬間、ハルカの顔が沸騰したかのようにみるみる赤に染まっていき、俺をベッドから突き落とした。

 

「痛ぁっ!? なんっ、ええっ!? お前今までこれくらいの距離感だったじゃん!」

 

 なんで急にそういう反応!? ちょっと傷付いたんですけど!? 

 

「だっ……! いっ、今っ……! ほっ、ほっぺっ……きっ、ききき……キス……!」

 

「はあ!?」

 

 布団に包まりながら紅潮した顔を押さえてどうにか言葉を紡ぐハルカ。

 何!? キス!? そんな事してないけど!? 

 

「落ち着けハルカ! 俺は何もしてないぞ!」

 

「で、でもさっきの手……!」

 

「手!? それが──」

 

 言われて自分の行動とハルカが目覚めた時の状況を思い返してみる。

 ハルカの頬を叩く。ハルカが起きる。その時俺の手はハルカの頬に添えられたまま。そして非常に顔の距離が近い。

 ……ふむ、なるほど。

 

「──違う! 誤解だ! お前を起こそうとしてただけだ!」

 

 状況を客観視して見れば確かに映画やドラマにありそうなシーンだ。だが断じて変な気を起こしたわけではない! 

 

「あ、あたし眠り姫じゃないもん……!」

 

「だああ! 違う! そういう事して起こそうとしたんじゃない! 軽くほっぺた叩いてただけだ!」

 

「じ、じゃあ、き………………しようとしたわけじゃないの?」

 

「ああ! これっぽっちもそんな気は無い!」

 

「……それはそれで複雑なんだけど……」

 

 何か小さい声で言ってるけどよく聞こえない。疑われてるんだろうか。

 

「……と、とりあえずあっち向いててもらえる? 今ちょっと見せられない顔になってるから……」

 

 そう言ってハルカは布団の中に引きこもってしまった。確かにあれだけ真っ赤になった顔は人に見せられないだろうけども。

 まあこれだけ騒げば二度寝……いや、三度寝する事もないだろう。洗面所で身支度を整えるとする。

 ……大声出さないようにしてたのに結局騒いじゃったな。このホテルって防音なんだろうか。もし違ったら隣の部屋の人ごめんなさい。

 その後歯磨きが終わる頃にはハルカも復活しており、ハルカの準備が終わるのを待ってから二人で朝食のバイキングを食べに行った。

 にしても一緒に風呂入るのはいいのに、キス(疑惑)であんなに取り乱すってやっぱりハルカの基準はどこかおかしい。

 

 

 * * *

 

 

 今日の目的はカナズミジムの制覇……と、起こるんならデボンの荷物盗難事件を防ぐ事。

 ただ後者はいつ起こるか予測がつかないので、とりあえずジムの方を先に済ませようと思う。

 本当なら盗難事件の方を優先したいところではあるけど、話せる理由も無しにデボン周辺を彷徨(うろつ)くのはあまりにも不自然だ。

 まあ警察も巡回してるようだしそうそう派手に行動も起こせないだろう。何か起こればその時に対処する。ハルカが。今の俺が行ってもどうにもならん。

 そんなわけでポケモンセンターから手持ちを回収して、目指す場所はカナズミジム──ではなく、すぐ近くにあるトレーナーズスクールだ。

 トレーナーズスクールは各所にあるが、その中でも最大規模を誇るのがカナズミのスクールだ。

 スクール(学校)と名が付くものの、その実態はトレーナーを目指す者が集まる塾のようなもので、希望者のみがここに通う事になる。

 規模相応にレベルも高く、ここを卒業出来ればそれだけである程度の実力が保証されているようなものなんだとか。

 

 そんなエリート塾であるここに何の用があるのかといえば、もちろんツツジに会う為である。

 カナズミジムのジムリーダーであるツツジは基本的には昼以降でないと挑戦を受け付けていない。

 理由は朝はスクールで勉強しているからで、ジムリーダーとして活動するのは昼からというのが彼女の生活サイクルらしい。

 これは決して彼女の我儘ではなく、彼女がジムリーダーをやるにあたってリーグ側に出した条件でもある。

 歳若くしてバトルの才能に溢れた彼女であっても、まだまだスクールで学べる事は多いと思っての判断だろう。

 というか、(プレイヤー)視点だとツツジって強者ってより先導者ってイメージになるんだよな。

 実際に将来は先生もやるわけだし、そういう意味でもこの判断は納得出来る。

 で、どのツツジなんだという話だけど、調べてみた感じだとどうやら生徒(ORAS)のツツジっぽい。RSEが卒業生とかだったはずだから多分合ってると思う。

 

「さて、ここで待ってる……でいいんだよな?」

 

「うん。連絡しとくね」

 

 当初の予定では朝の内にジム戦を予約して、その間に街を散策するつもりだったんだけど、どうやらハルカがツツジの連絡先を知っていたらしく、先んじて会わせてくれる事となった。

 そうして外で待つ事暫し。

 ぱたぱたと足音が近付いてきた。

 

「あっ、ツツジさーん!」

 

「どうもハルカさん、お久しぶりです」

 

 手を繋いできゃいきゃいと騒ぐ女子二人。目の保養である。

 再会をひとしきり喜んだ後、ツツジが俺の方に視線を向けた。

 

「貴方がハルカさんの言っていた人ですね。初めまして。カナズミジムのジムリーダーをやっております、ツツジと申します」

 

 礼儀正しくぺこりと一礼するツツジ。流石は優等生。こういうところもしっかりしている。

 見た目上はツツジの方が歳上だし、ここは俺も丁寧に挨拶を返すべきだろう。

 

「ああ、これはどうもご丁寧に。俺はユウキです。カナズミジムに挑戦しに来ました」

 

 俺の言葉を聞いてふむ、とツツジ。

 

「『いわ』タイプに効果的なタイプは?」

 

「『みず』『くさ』『かくとう』『じめん』『はがね』。特に『かくとう』『じめん』『はがね』タイプは『いわ』技の通りも悪いから有利に戦える」

 

「……なるほど。基礎知識は十分ですね」

 

 まあこれくらいはポケモンやってりゃ嫌でも覚える。特別自慢出来るようなものでもない。

 

「わかりました。ジムリーダーツツジ、貴方の挑戦を受けましょう」

 

「ありがとうございます。……今のって試験か何かですか?」

 

「いいえ。けれど戦う上での指標にはしますわ」

 

 なるほど、理解してない人にはそれを教えながらバトルすると。親父が初心者向けのジムと言った理由がわかるな。

 

「ちなみに貴方は満点の解答を出したので少々厳しくする予定ですわ」

 

 適当に答えりゃよかったちくしょう。

 

「よかったね、ユウキくん!」

 

「何が?」

 

 ハードモードを希望した覚えは無いんだが? 

 

「……まあいいか。それより抜けて来てよかったんです? 授業中とかなんじゃ」

 

「普通の話し方で結構ですわよ。わたくし、基本的に授業は免除されてて自習の事が多いんです。ここに来る理由も色んな参考書等が揃ってて勉強しやすいからですし、そこら辺の自由は効くようにされてますわ」

 

「あー……流石はジムリーダー……」

 

 自習してまで勉強とか俺なら考えられない。なんなら授業サボる方法ばっかり考えてたなぁ。

 それはともかくお言葉に甘えて話し方は戻させてもらおう。体感歳下の相手に敬語を使うのはむず痒いものがある。

 

「それでは二時頃にジムに来ていただければお相手しますわ。それまでに準備を整えておいてくださいね」

 

「あっ、ちょっと待ってツツジさん!」

 

 ツツジがスクールに戻ろうとすると、ハルカがそれを呼び止める。

 そうしてハルカが何やら耳打ちして。

 

「──えっ? いいんですの?」

 

「大丈夫大丈夫。それくらいなら問題無いって!」

 

「うーん……? まあハルカさんが言うなら……」

 

 困惑したような表情をしながらも了承するツツジ。アイツ何言ったんだ。

 

「で、ではまた後ほど」

 

「うん! ばいばーい!」

 

 今度こそツツジがスクールに戻っていく姿を見送りながら、俺はハルカに問いかけた。

 

「お前何言った」

 

「別に? せっかくだから楽しいバトルにしてあげてねって」

 

「それであんな顔するわけないと思うんだが」

 

「大丈夫だって。勝てばいいんだよ」

 

「そりゃそうだけどさぁ……」

 

 何かハードルが追加された気がしてならない。まさかダイノーズ出してきたりとかしないだろうな。

 いや、ジム戦はあくまでも実力の査定所だ。言うなればテストなのだ。

 無理難題を押し付けるような事は無い……はず。

 

「……一応もう少しレベル上げとくか」

 

 今現在キモリ(カイン)のレベルは十八だ。

 ゲームでなら進化レベルに達しているんだけど『かわらずのいし』を持たせてるわけでもないのにその前兆は無い。

 どうやら進化条件も少し変わっている様子。まあバトルしてればそのうち進化するだろう。

 

「ハルカ、なんかお前のせいっぽいし手伝え」

 

「あたしのせいじゃないけどいいよー。じゃあ広いところ行こっか」

 

 そうしてカナズミシティの公園を目指して歩いて行く。

 経験値を得るなら強い相手との組み手が一番効率がいい。ハルカなら無意味に体力を削ってきたりしないだろうし、センターに使う時間も短縮出来て一石二鳥だ。

 とりあえずは“メガドレイン"を当てられるよう上手く立ち回らなければ。

 相手は鈍足がちな『いわ』タイプだから当てる事そのものに苦労はないと思うけど、代わりに耐久が高い。

 至近距離から反撃を受けると流石に辛くなってきそうだし、ヒットアンドアウェイを意識していきたいところだ。

 約束の時間まであと四時間程。その間に出来る事をしっかりやっていこう。

 




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あと更新サボってる間にお気に入りが500を超えてました。いえーい。
ジム戦やるつもりだったのになんか次回に持ち越しになった。何故。


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中ボスとか簡単に言うけど現実にいたらめちゃくちゃ強いよね

 ポケモンジムには色々な側面がある。

 それは例えばトレーナーを育成する場であったり、有事の際に駆け込む場所であったり──ポケモンリーグ挑戦を目指すトレーナーの壁であったり。

 ゲーム風に言ってみれば中ボスのような存在だ。特に最初のジム戦はチュートリアルとして認識される場合が多く、強敵であれどしっかりと準備をすれば負ける事は少ない。

 プレイヤーにしてみれば通過点でしかなく、一度過ぎれば思い返す事も少なくなる存在。

 

「来ましたね、ユウキさん」

 

 けれど今、俺はこれ以上なくドキドキしている。

 チュートリアル? 中ボス? 通過点? そんな考えを持つなど烏滸(おこ)がましいにも程がある。

 確かにジムリーダーである以上はそういう側面も持つだろう。ジムリーダーの仕事とは『勝つ事』ではなく『見極める事』なのだから。

 

「どもっす。約束通り挑戦しに来ました」

 

 しかしそれはあくまでも実力ある者の見方であり、初心者トレーナーでしかない俺が考慮する問題ではない。

 ただ全力でぶつかる。

 緊張も、不安も、焦りも、恐れも、喜びも、興奮も。全部をひっくるめてこのバトルに望む。

 

「緊張していますか?」

 

 ツツジが問う。

 

「そりゃもちろん。初めてのジム戦ですよ」

 

 俺は答える。

 意識せず敬語になってしまうのは相手に敬意を払っているからか、それともジムの雰囲気に呑まれているからか。

 

「ふふ、初めての人は皆そういう顔をします。でも緊張し過ぎはいけませんわ。さあ、深呼吸をして」

 

 言われるがまま深呼吸する。

 大きく息を吸って、ゆっくり肺の中の空気を吐き出す。それを数度繰り返した。

 

「どうですか? 緊張は解れましたか?」

 

「……どうだろ? でも普段の言葉遣いに戻す余裕は出来たかな」

 

「十分。本来ならジムトレーナーと数戦してもらって実力を計るところですが……今回は不要とします。──それでは、準備はいいですね?」

 

「──ああ」

 

 フィールドに立つ。

 お互いがボールに手をかける。

 胸の高鳴りが最高潮へと到達する。

 けれど不快感は無い。思考も回る。それなら全部を出し切るだけだ。

 大きく息を吸い込み、一気に吐き出すようにして告げる。

 

「──挑戦者ユウキ! ストーンバッジをかけてジムリーダーにバトルを申し込む!」

 

「いいでしょう! カナズミジム、ジムリーダーのツツジ! その挑戦を受けます!」

 

 宣誓と同時にボールを投げる。

 俺が出すのはもちろんキモリ(カイン)。そしてツツジのポケモンは──

 

「ラッシャイ!」

 

 頭部と一体化したゴツゴツとした丸い身体から直接腕を伸ばしたかのようなポケモン──イシツブテだ。

 洞窟に行けば大抵いるし、そこら辺を歩いてても転がっている事もあるポピュラーなポケモンだが、その実物理方面では侮れない力を持っている。代わりに特殊面は悲惨な事になってるけど。

 とりあえずダイノーズとか出されなかった事に内心安堵して。

 

「イシツブテ“まるくなる"!」

 

「あ、先手譲ってくれないんだ」

 

 何となくお約束として『先手は譲りますわ!』的な展開になるかと思ったけどそんな事は無いらしい。

 厳しくするとか言ってたしバトルの上では舐めプ無しって感じか。

 

「まあいいか。接近だカイン!」

 

 とにもかくにも近付かないと始まらない。『ぼうぎょ』を上げられたけどこっちのメイン攻撃手段は特殊だからあまり関係無いはずだ。

 でもそんな事はツツジも理解しているはず。防御面で意味が無い事を理解してなお“まるくなる"を選択する理由なんて一つだろう。

 

「“ころがる"!」

 

「そうだよな! 横に飛んで躱せカイン! そのまま──」

 

 イシツブテが身体を丸めて猛回転し、その勢いのまま突進してくるのを避けさせる。

 ゲーム時代から存在するいわゆる『まるころコンボ』。“まるくなる"の後に“ころがる"を使うと威力が二倍になるというあれだ。

 ゲームだとぶっちゃけネタでしかないコンボだが、現実にあっては普通に脅威と化す。何せ転がった時の速度が凄まじいのだ。

 この世界だと『すばやさ』の能力値って単純な速度だけじゃなくて反射神経とか小回りが効くかとかも含めて基準にしてるから、直線距離だと鈍足と言われてるポケモンでも信じられないくらい速かったりする。

 でなければサイホーンレースなんて競技は存在しない。

 尤も、いくら速かろうと来るとわかってれば避ける事自体は難しくない。

 一度転がればしばらく威力が上がり続ける代わりにその行動しか取れないのはゲームと同じ。故にその隙を突こうとして。

 

「はぁ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()イシツブテに面食らってしまう。

 そうか、そうだよな! 地形利用くらい当然あるよな! 

 

「くっそ、攻撃やめ! 回避に専念!」

 

 既のところでカインが回避に成功する。彼の俊敏性に感謝だ。

 さて、転がってる最中にすれ違いざまに“メガドレイン"で少しずつ削ろうと思ってたのにアテが外れた。

 ああも縦横無尽に動き回られては狙いをつけるどころではない。反射角を読んで正確に技を当てるなんて技術は今の俺には無いのだから。

 

「ふむ。ちゃんとこの戦法を知っていたのは素晴らしいですわ。さあ、どうやって突破しますか?」

 

「完っ全にテストだなこれ……! ちょっとハードル高くないですかねぇ!」

 

「もちろん普段ならここまでやりませんわ。特別待遇だと思ってくださいませ」

 

「そりゃありがとよ! 全然嬉しくねぇ!」

 

 文句を言いながらも頭を回転させる。

 “はたく"で軌道変更──は無理。初撃ならともかく勢いづいた今のイシツブテにまともにぶつかっても撥ね飛ばされるのがオチだ。遠距離攻撃を覚えていないのがここで響いている。

 なら“ころがる"が終わるまで待つのがいいか。幸い跳ね返る度に岩が破壊されて数は減っている。このままいけばピンボール戦法も使えなくなるだろう。

 が、しかし。

 

「そんな甘いわけないと思うんだよな……」

 

 ここまでやって『待つのが答えです』なんてガバガバ戦法を使うかという疑問。『いわ』タイプジムだから忍耐力を鍛えるという意味では正解なんだろうけど、まだ何かある気がする。

 

「『いわ』タイプ……地形利用……序盤の技……あっ」

 

 思考を回して一つの答えに辿り着く。

 だとすると待ったところで状況は好転しない。やはり攻めに転じる必要がある。

 でも俺の予想が正しければこの後の行動は──

 

「……ふむ。では答え合わせといきましょうか。イシツブテ!」

 

 カウント三十秒(五ターン)。その直前でイシツブテが大きく距離を取るように転がっていき、“ころがる"状態が解除される。

 そう。()()()()()

 

「“がんせきふうじ"!」

 

 イシツブテが岩を生み出して投げつけてくる。

 対戦でも非常にお世話になる“がんせきふうじ"は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまりどれだけ岩を壊してもその場で再生成・再配置が行えるという事だ。

 けれど“がんせきふうじ"の発生は決して早くはない。距離を取ったのはその時間を稼ぐ為。

 だから。

 

「“でんこうせっか"!」

 

 カインが俊敏な動きでイシツブテに肉薄する。イシツブテは技の硬直で動けない。捉えた! 

 

「組み付いて“メガドレイン"!」

 

 カインがイシツブテに組み付いて思いっきり生命力を吸い上げる。

 “メガドレイン"は威力の高い技ではないが、四倍弱点の特殊技を受ければイシツブテでは耐えられない。

 

「頑張りなさいイシツブテ! “たいあたり"!」

 

「ラッ……シャ──イ!!」

 

 “がんじょう"

 

 しかしそれはあくまでも特性が無い場合の話であり、イシツブテと見ればまあだいたいはこの特性になるだろう。

 体力が全快ならどんな攻撃でも気力で耐える。そんな『いわ』らしい特性を持つイシツブテが“メガドレイン"を受けながら自分諸共カインを地面に叩きつけようとして。

 

「離れて“はたく"!」

 

 捨て身の攻撃でも想定出来れば動きは読める。

 カインがイシツブテを離して“たいあたり"を回避。同時に“はたく"で勢いをブースト。

 地面に大激突したイシツブテは当然──

 

「──お見事」

 

 ──目を回して『ひんし』になっていた。

 

「特性もしっかり理解しているようですわね。大抵の初心者トレーナーは倒し切れると判断して攻めに傾倒するものですが」

 

「知識だけはちょっと自信あるんだよ。身に染みつく程にな」

 

 などと口では言っておくが内心ヒヤヒヤだ。

 体力も正確に把握出来るわけじゃないし、刻一刻と変化する状況に追いつくので精一杯なのだ。

 よくこれで相手をテストする余裕があるなと思う。齢十四でジムリーダーを務めるその才能は伊達じゃない。

 ……さて、イシツブテはまあいいんだ。ぶっちゃけこっちが有利すぎる相手だし、ほぼノーダメージで倒せたのも上々の成果。

 問題はここからだ。

 今回のバトルルールは二対二のシングルバトルだが、俺は現状カイン以外に手持ちがいない。

 それは食事代等といった金銭面や複数同時育成に自信が無かったからという理由がある。

 故に二匹目を使えるのはツツジのみであり、おそらくそのポケモンは。

 

「お疲れ様、イシツブテ。──いきますわよ、ノズパス!」

 

 予想通り、青みがかったモアイのような顔に真っ赤な鼻が特徴のポケモン──ツツジを象徴する一匹であるノズパスだった。

 

「こちらだけ二匹目を使うのは心苦しいですが──複数のポケモンを育てられるかもトレーナーの資質。ユウキさんには悪いですが手は抜きません」

 

「構わない。俺が選んだ事だからな」

 

 どちらにせよイシツブテ戦をダメージ無しで乗り切れた時点で実質一対一だ。ツツジの言う事は尤もだし不満は無い。

 

「ではいきます──“がんせきふうじ"!」

 

「“でんこうせっか"で回避! 距離を詰めろ!」

 

 ノズパスの周囲に岩が三つ生成され磁力によって勢いよく射出されるのを、“でんこうせっか"による瞬間的な脚力上昇で回避させる。

 基本的には攻撃技だが、状況次第で防御にも使えるから使い勝手のいい技だと思う。

 ただあくまでも瞬間的なものであって持続力が無いから“こうそくいどう"に比べるとやはり弱いと言わざるをえない。緊急回避程度に留めておくべきだろう。

 さて、ノズパスの生態といえば『常に北を向いている』という事で有名である。

 それはあの赤い鼻が強力な磁石になっているのが理由であり、当然この世界ではその生態がバトル中にも適用される。

 

「後ろに回り込んで“メガドレイン"!」

 

 もちろん絶対に北しか向けないわけではないだろうが、それでも必ず隙は生まれる。

 カインがノズパスに張り付いて緑の光と共に体力を吸い取っていく。

 

「なるほど、有効な手です! ならば足を奪わせていただきましょう! “でんじは"!」

 

「ズ──!」

 

「っ! 避けろカイン!」

 

 ノズパスがカインの攻撃を無視して振り向き、放射状に“でんじは"を放つ。

 攻撃技ではないがその効果は非常に強力であり、受けたポケモンの動きを制限する『まひ』状態にしてくる補助技だ。

 ある程度『でんき』にも適性があるノズパスなので持っている可能性はあったものの、まさかノーガードで技を受けて無理やり当ててくるとは思わなかったので判断が遅れた。

 必死に避けようとしてくれたカインだったが、少し及ばずそれに触れる。

 

「キャモっ!?」

 

「……しゃーない、すまんカイン! 切り替えていくぞ!」

 

「き、キャモ!」

 

 カインもまだまだといったところで戦意は衰えず、元気に声を返してくれる。

 ……とは言っても苦しい展開だ。カインの最大の武器である『すばやさ』を封じられたとなると、ここから攻撃を回避するのも難しくなる。

 つーか“でんじは"とか容赦無さすぎじゃないですかねツツジさん。これホントに初心者向けに調整してるんです? 

 

「さあ、ここからどう戦いますか!? “がんせきふうじ"!」

 

 当然ながら『まひなおし』を使う余裕なんてものは存在しない。息吐く間も無くツツジの苛烈な攻めが飛んでくる。

 回避を指示。ギリギリのところでカインが動く。けどこのラッキーも何度続くか。

 一度痺れたら一気に窮地に立たされるだろう。それにまだノズパスは余裕がある感じだ。

 おそらく後一発か二発は“メガドレイン"を当てる必要がありそうだ。こちらが『まひ』している以上あまり時間をかけたくない。狙うなら短期決戦。

 一発くらいなら“がんせきふうじ"も耐えるはずだ。無茶な攻めはさせたくないけどこれしかない。

 

「カイン、いけるか!?」

 

「キャモッ!」

 

「よしっ! “でんこうせっか"で突っ込んで“メガドレイン"だ!」

 

 半ばヤケクソな指示だがカインも俺の意志を汲んでくれたのか素直に従ってくれる。すまん! 終わったらすぐにセンターに連れていくからな! 

 カインが高速を発揮してノズパスに突っ込み、みるみるうちに距離が縮まっていく。目に見えて速度は落ちてるけど、それでもノズパスを逃がすほどじゃない。ここで決められれば──! 

 

「──ふむ……及第点。ですが──」

 

 ツツジの呟き。同時にカインの身体が雷に撃たれたかのように止まる。

 

「──運は味方しなかったようですね」

 

 カインは痺れて動けない。『まひ』状態になると時々強制的に動きを止められてしまうのだ。

 走っていたところに痺れがきたせいで地面を転がる。そしてノズパスの頭上には大量の岩石。

 攻撃が、来る。

 

「カイン、逃げ──っ!」

 

「いいえ、逃がしません(“がんせきふうじ")

 

 “ロックロック"

 

 カインの周囲に岩が落とされる。逃げ場を塞がれた。これはマズイ──! 

 

「“いわなだれ"!」

 

「っ!? ふざけ──っ!」

 

 最初のジム戦で使っていい技じゃないだろ、なんて叫びを出す間もなくカインに大量の岩が降り注いでいき、砂煙が撒き上がる。

 連続する落下音が鳴り止み、茶色の煙が晴れてカインがいた場所にあったのは岩で出来た小さな山だった。

 それはまるで墓を連想させるようで、俺の背中に嫌な汗が流れる。

 

「カイン! おい、大丈夫か! カイン!」

 

 必死に呼びかけるが返事が無い。

 ほんの一瞬、嫌な想像が浮かんだ。

 いや、流石にそれは無い。まさか公式のジム戦でそんな事件が起これば権利剥奪じゃ済まないのだから。手加減くらいは弁えてるはずだ。

 ……けど、これはどうあっても重症だ。悪ければ『ひんし』で、そうでなくとも体力赤ゲージ間近といったところだろう。

 

「……勝負あり、ですかね」

 

 ツツジが告げる。

 ……多分、戦おうと思えば続行は出来る。でも『まひ』を受けてて残り体力も少ない状態で無理をする必要があるのか? 

 勝ち筋も見つからない。運に任せた結果がこれだ。だったらここは素直に引いて明日に備えるのが賢い選択だ。

 戦うのは俺じゃない。だからここで無理をさせるのは俺のエゴでしかなく。

 拳をキツく握り締めて、ツツジに降参を告げようとして。

 

 ガラッと、山が動いた。

 

「っ! カイン!?」

 

 反射的に相棒の名を叫ぶ。

 返事は無い。たまたま岩のバランスが崩れただけのようだ。

 何故俺は『まだ戦える』なんて一瞬でも思ってしまったのだろうか。それはエゴだとついさっき自分で結論を出したじゃないか。

 ああ、それでも。

 

「なあ、カイン。まだ戦えるのか……?」

 

 返事は無い。けれどどこかで何かが繋がる感覚。

 悔しい、と。

 このままでは終われないと、そう叫ぶ声が聞こえた気がした。

 

「なら……まだ一緒に戦ってくれるのなら、俺は──!」

 

 山の隙間から光が漏れ出す。

 暖かく、そして力強い光だ。

 

「まさか……これは……!」

 

 ツツジが何かに気付いたように声をあげる。きっとそれは正しいと、確信にも似た予感があった。

 光はどんどん明るさを増していき、最後に一際大きく輝いて岩山にいくつものラインを奔らせる。

 数瞬遅れて岩山が粉々に吹き飛んだ。瓦礫の中、その中心に立つのは緑の影。

 体長は元の二倍程に伸び、頭や腕、尻尾からは鋭い葉を生やしている二足歩行の爬虫類といった風貌のポケモン。

 

 キモリの進化系。密林の狩人。その名は──

 

「──ジュプトル……!」

 

「──ジュアアアアアアアアア──ッ!!」

 

 ジュプトル(カイン)が咆哮する。

 まだまだ自分は戦えると誇示するように。自分に任せろと強く大地に立つ。

 

「いけるか、カイン!」

 

「ジュッ!」

 

 はっきりと頷くカインからは『まひ』の気配が消え去っている。ポケモンの進化は細胞単位で変化するから、その過程で治療が行われたのだろうか。

 ……いや、今はそんな理屈はどうでもいい。カインが闘志を見せている。なら俺はそれに応えなければならない。

 

「……なるほど、いいものを見せてもらいました。では最後の勝負といきましょう!」

 

 ツツジが吠える。そうしてノズパスが腕を掲げた。

 

「“いわなだれ"!」

 

 先程よりも大量の岩石が生み出される。

 気丈に振舞っているがカインの体力だって限界のはずだ。あれを受ければ間違いなく倒れてしまうだろう。

 けれどどうしてか負ける気がしない。負けるイメージが綺麗さっぱり消えて無くなってしまった。

 カインがフィールドを疾走する。真っ直ぐ、最短距離でノズパスの元へと突き進む。

 その道を阻むように“いわなだれ"が降り注いだ。

 元より回避する気は無い。きっと今のカインはそんな事を望まない。

 だから俺はその意を汲み取る。

 

ぶった切れ(“リーフブレード")!」

 

 カインの両腕の葉が鋭い刃へと変じ、降り注ぐ岩石を切り裂いていく。

 障害など無いと言わんばかりに自らの道を切り開いて突き進む。

 やがて“いわなだれ"を全て捌き切り、緑の燐光を迸らせながらノズパスの足元へと踏み込んで。

 

 “しんりょく"

 

 “リーフブレード"

 

 すれ違うように一閃した。

 

「ズ……」

 

 どさり、とノズパスが重い音を立てて崩れ落ちる。

 立ち上がる気配は無い。完全に目を回している。だから。

 

「……勝負あり、ですわね」

 

 ツツジが苦笑する。

 

「おめでとうございます。貴方の勝ちですわ」

 

「あ……」

 

 告げられた言葉をゆっくりと反芻する。

 俺の、勝ち。

 俺が、勝った……? 

 

「おめでとー! ユウキくーん!」

 

 観客席からの声に振り返る。

 そこには手を大きく振って俺の勝利を喜ぶハルカの姿があった。

 

「は……はは……」

 

 気の抜けた笑いが出る。

 同時に何だか力も抜けてその場に座り込んでしまった。

 

「あら、大丈夫ですか?」

 

「ああ、うん。ちょっと力抜けただけで……」

 

 ツツジが心配そうに声をかけてくるのを手で制する。

 未だ実感が湧かないが。

 とりあえず、ハルカの方に笑みを作ってピースサインを向けておく事にした。




評価や感想お待ちしておりマース。
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この作品(ほぼ)初のバトル回だけどテンションが普段と違いすぎて温度差で風邪引きそう。
あとお気に入りが1000行きました。やったー。




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好きなものへの衝動は止められないが後先は考えるべき

 カナズミジム内にて人心地つき、カインにキズぐすりを使いながら先程のバトルをツツジやハルカと共に振り返る。

 

「改めましてお見事でしたわ。少し厳しくし過ぎたかもしれませんが、これに勝てるのならバッジを受け取る資格は十二分にあると言えます」

 

「どうも。というか厳しくしてた自覚あったんだな」

 

 カナズミジムのバッジ──ストーンバッジとわざマシン39(“がんせきふうじ")を受け取りながらツツジをジト目で見れば、うぐ、と言葉を詰まらせて咳払いをする。

 

「そ、それは……ハルカさんがいいって言うから……」

 

「ジムリーダーなら自分の基準を優先してほしかった」

 

 どうしてそこでハルカの意見が通るのか。

 

「だってわたくしよりハルカさんの方が強いですし、何か考えがあるのかと思って……」

 

「だそうだがハルカ、何を企んでた」

 

「やだなー、人を悪者みたいに。それくらいなら突破出来るかなーって思っただけだよ。正直一回で勝つとは思ってなかったけどねー」

 

 そんな事を悪びれる様子もなく言い放つハルカ。

 話聞いてる感じだと明らかにバッジ無し相手の想定から逸脱しまくってる気がするんだが。

 

「……実際、多少強いと判断したらこれくらいやるものなのか?」

 

「いえ、今回は本当に特例ですわ。少なくとも『指令』は普通使いませんし」

 

「ああ、やっぱりなんかやってたのか……」

 

 多分あの岩で囲まれたやつだろうなぁと思い返す。

 指令というのはポケモンではなくトレーナー側で発動する技術の事だ。やってる事は単なる指示でしかないが、極まったそれはポケモンの能力を限界以上に引き出せる。

 めちゃくちゃ簡単な例を出すと一撃技必中とかそういうのが出来るようになるかな。要はポケモンの技や動きの補佐等をリアルタイムで行う技術で、通常より大きな効果を付与するのが指令と呼ばれている。

 例えばそれは技威力を増大させたり、相手の耐性を貫通したりと効果は様々。今回の例で言えば逃げ場を塞いで技を当てる(交代封じ+技必中化)といったものだろうか。もしかしたら技威力アップもあったかもしれない。

 もちろん指示すりゃ何でも出来るとかそんな舐めた代物ではないので原理はあるんだけど、とりあえず今は置いておくとして。

 これを使ってくるのなんて早くてもバッジ三つ目とかからだろうし、こんな序盤で使っていい代物ではないはずだ。

 というか使われたら普通は負ける。対抗策無いもん。

 

「一応かなり抑えて使ったんですけどね。と言いますか──」

 

 こちらを向いてツツジ。

 

()()()()()()()()()()()()? バッジを持っていなくても強い人はいますが、それらは大抵の場合過去に何らかの経験があったりしますが、貴方は本格的なバトルはさっきのものが初めてだとお聞きしました」

 

 何より、と続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。才能でそれを成す人もいるにはいますが──」

 

 ツツジが言いにくそうに口籠もり、少し間を置いて申しわけなさそうに再び口を開いて。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。才能が無い、と言っているのではなく、()()()()()()()()()()()()()ように見えたのです」

 

 本当に貴方はバトルの経験が無いのですか、と。

 

「……間違いなく初心者だよ、俺は。アサギにいた頃は浅瀬にいたクラブでバトルの真似事やってたけど本当にそれくらいだ。そりゃここに来るまでに何人かとバトルはしたけど、なんていうか、本気の本気でバトルしたのは今回が初めてだ」

 

 嘘は言ってない。

 俺のバトル経験なんてホウエンに来てからの数える程しかない。

 ジム前までに戦ったトレーナーはジグザグマとかケムッソとか、決して強くはないポケモン相手ばかりだったし、アクア団との戦いに至ってハルカに全部任せただけ。

 俺のトレーナーとしての現状を表すなら、必要な事はある程度出来ているという評価だろう。これは謙遜でも悲観でもなく純然たる事実だ。

 一つ他の初心者トレーナーと違うのは、現段階ならまだゲームの知識が通用するから焦らず行動出来たという点だ。

 けどこんな事をバカ正直に伝えたところで今度は別の意味で疑いがかかってしまうだろう。言わぬが花という言葉もある。

 実際ゲームに無かった(指令)を使われた時は何も出来なかったし、ピンボール戦法もギリギリ間に合ったとはいえ指示が遅れたわけで、別に才能溢れるトレーナーとかではないのだ俺は。

 

「むぅ……確かに嘘は言ってなさそうですが……」

 

 明らかに納得がいってない様子のツツジだが、まさか真相を告げるわけにもいかないのでそのままモヤモヤしていてもらうとする。

 ぶっちゃけ今回勝てたのだってカインが進化したおかげだ。あれで完全に流れを取れた。

 気合いとかテンションとかがそのままポケモンの力に直結しやすいこの世界において、バトル中の進化なんてほぼ勝ち確イベントである。

 ……あとあれで仮説が立ったけど、どうやらレベルが足りてても一定以上の激闘を経験しないと進化しないっぽい。

 別に今までの相手が弱かったとか言うつもりは無いけど、今回に比べるとどうしてもランクは下がるからやっぱりそこら辺が関わってる気がする。

 

「まあ何にせよお疲れカイン。よく頑張ってくれたな」

 

「ジュッ」

 

 精悍な顔つきになったカインがニッと笑う。うわめっちゃイケメン。惚れそう。外伝作品(ポケダン)のジュプトル兄貴めっちゃ好きだったんだよな。

 あんなに小さかったキモリが今や俺の背丈に迫るくらいになってしまったし、ジュカインに進化したら越えられるんだろうなぁ。

 今のうちに頭を撫でくりまわしてやろう。

 

「……にしても、ハルカさんの言う通り正直勝つとは思いませんでしたわ。一度くらい敗北を経験しておいた方がいいかと思ったのですが」

 

「俺普通にこの人に負けっぱなしなんですが」

 

 とりあえず傷の処置が終わったカインと戯れているハルカを指差す。あらゆる意味でコイツに勝った事ねぇぞ。

 

「いえ、そうではなく……なんと言いますか、同格相手の敗北というか……メンタルの立て直し方を覚えてほしかったと言いますか。お話した通りユウキさんは既にトレーナーとして必要なものはある程度備えていますので、負けた後の行動を見たかったのです」

 

「あー……まあ言いたい事はわかる」

 

 実際負けかけた時結構メンタルきてたからな……立て直しには時間がかかる方かもしれない。注意しておこう。

 

「それでまあ、負けた後に言うのも何ですが、もしわたくしが勝った場合でもバッジは渡すつもりでした」

 

「え? そうなの?」

 

「はい。正直に申し上げれば最初のイシツブテをほぼノーダメージで倒した時点でバッジ取得の条件は満たせています。後のバトルはエキシビションみたいなものですわね」

 

「なんだそれ……」

 

 だったらあんなに苦労しなくてもよかったじゃん……と考えて、それもそうかと思い直す。

 どう考えたってバッジゼロに持ってくる戦力じゃなかったし、そもそもジム戦は勝ち負けじゃなくて過程を見るテストだ。

 それで言うならツツジが言う通り、イシツブテを倒した時点でバッジ一つ分の実力はあると判断されたという事だろう。

 ……まあ、でも。

 

「それで渡すって言われても断ってた可能性あるな……」

 

「でしょうね。実際負けてもバッジを受け取る人はそう多くありませんわ」

 

 プライド……という程でもないけど、どうせなら勝って気持ちよく貰いたいという心理が働くのは大抵のトレーナーが当てはまるようだ。

 

「とにかくお疲れ様でした。それで、もしよろしければ電話番号の交換をしませんか?」

 

「んあ? いいけど……これも勝った時のご褒美的な?」

 

「いえ、これは将来有望そうなトレーナーに渡しているだけですわ。そんなに軽い女じゃありません事よ?」

 

 悪戯っぽく笑みを浮かべるツツジ。これを断れる男はいないだろう。

 

「そりゃ失礼した。それじゃ交換させてもらおうかな」

 

 マルチナビを取り出して電話番号を交換する。

 いやだってツツジさんも可愛いもん。可愛い女の子と連絡取れるなら交換するじゃん。向こうはそういう気でやってるわけじゃないのは理解してるけどさ。

 

「……ユウキくん、なんか変な事考えてない?」

 

「いや?」

 

 ジト目でハルカが見てきた。鋭いなコイツ。

 

「……はい、ありがとうございます。次の行き先は決めてますの?」

 

「いや、特に決めてない。オススメとかある?」

 

「え? うーん……」

 

 ゲームなら次はムロタウンだけどあそこめっちゃ遠いしなぁ……。かといって今はまだカナシダトンネルも開通してなかったはずだし、歩きで行くには色々と街が遠い。

 ぶっちゃけどこ選んでも一緒な気がする。

 

「ハルカさんに運んでもらうのはありですか?」

 

「あ、ごめん、それはナシ。せっかくの旅だし自分で歩いた方がいいもん」

 

 と、質問に答えたのはハルカ。まあそうだろうとは思ってた。“そらをとぶ"使えたら移動も楽なんだけどなぁ……。

 

「うーん、それでしたら行けるところは限られてきますわね……。一番近いのはトウカシティですが」

 

「そこは酷く身勝手な理由でジム戦断られた」

 

「……予想がつきますわ」

 

 どうやらあの性格は周知の事実らしい。

 おいクソ親父、こんな少女にまでアンタの悪癖が知れ渡ってるのを恥ずかしいとは思わないのか。

 

「なら船に乗るのが一番ですかしら。カナズミシティからも定期便は出ていますから、そちらに乗るのがいいかと」

 

「あー、ならそうしようかなぁ」

 

 ゲームでならこの後ハギ老人の船でムロタウンに行ったりするが、冷静に考えて移動手段があれだけのはずがない。

 海に面している街なら大抵船着場があるので、それを利用して海を渡るのが鉄板なのだ。もちろんお金はかかるけど。

 ルネ? 一応飛行便あるよ。じゃなきゃトレーナー以外は誰も出れない事になるし。

 ただトレーナーなら空飛んで行くし、一般人はそもそもルネに行く用事がほぼ無い。

 従ってルネ行きの飛行便というのはそれほど多くないのだ。逆はそこそこあるけど。リーグは一体何を考えてあそこを公認ジムにしたんだろうな。

 

「便が出ているのはムロとカイナ、ちょっと遠いですけどトクサネやミナモもありますわね。個人的にはムロタウンをオススメしますが」

 

「へえ、そりゃどうして?」

 

「石の洞窟ですわ!」

 

「うわビックリした!」

 

 ツツジが急にテンションを上げてずいと迫ってきた。なになに!? 

 

「石の洞窟には古代ポケモンの壁画がありますの! それに地下深くには珍しい石もあると聞きますわ! もしかしたら化石も眠っているかもしれません! ああ、なんてロマン……! わたくしもジムリーダーの仕事が無ければすぐにでも行きますのに……!」

 

 などとうっとりとした表情で語るツツジが正気を取り戻したのが十数秒後。

 

「……ハッ!? す、すみません! つい……!」

 

「お、おう、大丈夫だ。好きなものがあるのはいい事だよな」

 

 なんてフォローを入れてみるがそれがトドメになったらしい。

 よほど恥ずかしかったのかツツジが顔を押さえて俯いてしまった。隠しきれない顔の部分や耳が真っ赤になっているのが見える。

 そういやツツジって石とか化石好きなんだっけ。文字通り泣くくらいに。

 ダイゴさんとめちゃくちゃ気が合うだろうな。石友なんだっけ? 

 

「と、とにかく! 次のジムはムロに行くのをオススメします!」

 

 まだ顔の火照りが治まらないままツツジがヤケクソ気味に告げる。別にそんなに恥ずかしがらなくてもいいと思うけどな。世の中にはチャンピオンなのに鼻で笑われるようなファッションセンスしてる人間だっているんだぞ。

 まあそれはともかく、確実にムロに行けるなら俺もそうしたい。実はそこに俺の捕まえたいポケモンもいるし。あと船旅が地味に楽しみなのもある。

 

「それじゃあムロタウン目指すか。その前に空飛べるポケモンを何か捕まえたいんだけど」

 

 確かスバメが近くにいたはず。

 食費や自分の育成能力を考えてスルーしてたけど、ジムの賞金でそこそこお金も増えたし今なら一匹か二匹くらい増えても何とかなる気がする。

 

「ユウキくん、何か捕まえたいポケモンでもいるの?」

 

「ん? ああ、スバメでも捕まえようかなって。本当はチルットが欲しいけどこの辺にはいないしな」

 

 ハルカの質問に答える。

 伝説相手にどこまで通用するかは不明だけどグラカイを考えるなら『ノーてんき』要因が欲しいのだ。それと“そらをとぶ"要員も兼ねられるチルットは非常に都合がいい。ムロジムにも有利取れるし。

 あとそういう事情抜きにしてもあのクッソもふもふな翼に包まれたい。

 

「チルットいいよなぁ……もふもふで……」

 

 確か生息地はフエンタウン周辺だったか。ここから行くには少し……いやかなり遠いから今は諦めるしかないけど。

 

「あ、チルットならあたし用意出来るかも。確かボックスにタマゴが──」

 

「マジでッ!?」

 

「わっ!?」

 

 ハルカの言葉に瞬速で飛びつく。聞き間違いじゃないよな!? 

 

「チルットくれんの!? だったら俺何でもするぞ!」

 

「えっ、あっ、あのっ、あたしチルタリス持ってるからっ! その子のタマゴが確かボックスにあったはずでっ! だっ、だから持ってくるねっ!」

 

「おー! 待ってるぞー!」

 

 言うが早いか、ハルカはすぐにジムを出て行った。

 いやー楽しみだなぁ! ゲームだとハルカってチルタリスなんか持ってなかった気がするけどどうでもいいや! もふもふ! もふもふ! 

 

「……今の行動に自覚はおありで?」

 

「? 何が?」

 

 何故かツツジが冷ややかな目でこちらを見てくる。

 何か不味い事したっけ……ああ、交換かな? 

 確かに現在手持ちがカインしかいない状態でこの提案を呑むというのは、ハルカにカインを渡すという事に他ならない。

 相棒を軽率に交換に出す行為はジムリーダーとして看過出来ないのだろう。俺としてもカインを交換に出すのは避けたい。

 

「流石にカインを交換に出すのはちょっと……かといってその為だけにポケモンを捕まえるのもかわいそうだし……」

 

「いえ、そういう事では……ああ、もういいです」

 

 なんか呆れられてしまった。どうしよう、何かがすっぽり抜け落ちている気がする。

 まあいいか! チルットヒャッホー! 旅に出る前から絶対に捕まえると心に決めてたぜ! 

 

 と、この時はテンションが振り切れるくらい歓喜に満ちていたのだが、よくよく考えればハルカの手を取って鼻息荒くパーソナルスペースに踏み込んでいたので、ハルカやツツジの反応もさもありなんという事に気付いたのが夜になり風呂に入っている時だった。湯に沈んで叫び散らかしたのは言うまでもない。

 ちなみにタマゴは交換じゃなくて普通に貰った。よく考えたらゲームでもタマゴイベントは交換じゃなくて手持ちにそのまま加入してたっけ。

 それと盗難事件はまだ起こっていないらしい。おそらくパーツ開発に時間がかかっているのだろう。この情報は知れてよかったと思う。

 とりあえずタマゴが孵るまでをタイムリミットとして、それとなくツツジに『最近この辺治安悪いらしいから何かあったらよろしく』と伝えておき、何も起こらなければそのままムロに向かおうと考えて寝る事にしたのだった。




評価や感想お待ちしておりマース。
ここすき機能なんかも使ってみてくださいませ。好きが共有されてるのが分かるから見ると結構面白い(作者は)。
ハルカちゃんの手持ち二匹目が判明。オオスバメ? 野生に返ったけど元気にしてるよ。たまにミシロに遊びに来てる。
あとアンケート回答ありがとうございました。今後の糧にしていきます。


ここから先は技解説含めた裏事情なので見たくない人はバック推奨。



















というわけで三つ目のスキルの『指令』解禁。
元ネタの方では名前違うけど『裏特性』『技能』と来て一つだけ横文字ってのもなぁって思ったから無い知恵絞って出したのがこの言葉です。それだけ。
要するにトレーナー側のスキルで『〇〇しろ』って指示でしかないけど、これが実際に現象を伴うと『指令』になる。
フレーバー気味ではあるけどちょいちょいやってる技名言わずに技を指示してるのも『指令』の一部。アクア団の下っ端ですらやってましたね。
ちなみにこれは表記する予定無いのでスキル名は考えてないです。好きに呼んでいいよ。
まあ()()()()では技能で出来ることは大体指令でも出来る。ポケモン側が覚えてるかどうかって違いだけ。そもそも技能がトレーナーによる技術伝授だしそりゃある程度は共通するよねっていう。
まあこんな事知らなくても雰囲気で読んでくれればいいです。所詮は設定ですし。
とりあえずデータ置いときます。

『指令』
『ロックロック』
『いわ』技を使用した時、次のターン終了時まで相手の交代を封じる。次に使う『いわ』技の威力が1.5倍になり必ず当たる。

相手が逃げられないように技を配置して閉じ込めつつ、次の攻撃で周りの岩を巻き込んで威力を増幅するイメージ。
作中でも言ってる通りこれはだいぶ手加減してます。本来はもっと効果盛ってます。逆に言えば手加減して尚とおせんぼう+拘り補正+ロックオンが乗る。紛うことなきクソです。
ぶっちゃけこの程度なら技能として習得させられるけどまだノズパスだからトレーナーの補助がいるので指令。そして進化したらもっと強力な指示出せるのでやっぱり指令。


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どうしてどいつもこいつも袋小路に行きたがるのやら

ハギ老人が116番道路にいたのマジで謎。


 ジム戦終了から一日目。

 タマゴを抱えて街内を歩きつつ、そこらのトレーナーにバトルを吹っ掛ける事にした。

 道路や洞窟内じゃないとバトル出来ないという事はなく、普通に街に滞在するトレーナーもいるので、承諾が得られればそのままバトルという流れは可能なのである。

 勝ったり負けたりしたが概ね好調。カインもやれる事が増えたのが楽しいのか、今までよりも積極的にバトルを望んでいるみたいだった。

 俺もバトルの楽しさというものが段々とわかってきたので少し好戦的になってるかもしれない。まあ悪い変化じゃないだろう。

 タマゴが孵るにはまだまだ時間がかかりそう。

 

 三日目。

 タマゴが少し動いた。その瞬間めちゃくちゃ騒ぎ立てたのをハルカに諌められる。なんか恥ずかしかった。

 それはそれとしてちゃんと孵りそうで安心した。時間はまだまだかかるだろうけどこのままいけば無事にチルットが生まれてくるだろう。とても楽しみである。

 アクア団の動向はと言えば未だに不明だ。船のパーツ完成がいつになるかわからない以上、先手を取る事は出来ない。

 多分既にデボン内にアクア団のスパイが紛れ込んでると思うからそいつを捕まえられれば楽なんだけど……まあ見分けなんかつくわけがない。

 仕方がないので普段通りに辻バトルをしていくとする。

 当たり前と言えば当たり前だがハルカに挑むトレーナーもそれなりにいたし、何人かはハルカが何者なのかも知っているようだった。

 元々リーグ優勝者という肩書きがあるのでハルカという人物は実はそれなりに有名人なのである。

 その上で挑んで来る者はもちろん最終進化系を手持ちにしていたんだけど、たった一つの例外も無くバシャーモ一匹で蹴散らしていた。強すぎだろアイツ。

 

 五日目。

 俺たち──というよりはハルカの存在が広まってきた。

 きっかけは言うまでもなく挑戦者をちぎっては投げちぎっては投げしてたあのバトルだろう。

 この時くらいからトレーナーの質というかレベルが劇的に向上した。俺はオマケでメインはハルカのバトルと化し、公園の一角にはちょっとした人だかりが出来るまでになっていた。最早イベント扱いである。

 ハルカ自身は申し訳無さそうにしていたけど、ハイレベルなバトルが見られるならそれはそれで経験になるのでそのまま続けてもらった。

 ただぶっちゃけバシャーモが蹴り入れるだけで終わるようなバトルは何の参考にならないので大した実りは無かったと言えよう。レベル差があるとバトルはイジメでしかないというのがよくわかった。

 

 で、これが良くなかったと悟るのが七日目。

 

「ま、待ってぇー! その荷物を返してぇぇぇー!!」

 

 そんな悲壮な叫びが聞こえた。どうやら遂に盗難事件が起こったらしい。

 まさか警察がいてこんなにあっさり事が起きるとは思っていなかったので、アクア団の下っ端はそんなに優秀なのかと思ったがどうやら原因は俺たちにあるっぽい。

 こっちで勝ち抜き戦のイベントが発生したせいで、警察の方としても何かが起こった時の為に人手を回さざるを得なかったのだとか。

 そりゃ人が多いところの方が何かしらの事件が起こる可能性は高いよねって話で、完全に墓穴を掘った形である。

 

「なんっでこう裏目に出るかなチクショウが!」

 

「な、なんかゴメン……」

 

「いやハルカのせいじゃないけど……違うけどチクショウ!」

 

 ハルカがわけもわからずといった感じで謝ってくる。

 実際ハルカのせいじゃないし、本気で防ぐつもりがあれば手段を選ばなきゃ防げた事件なので誰が悪いかと言えば俺になる。でもこんな形になるのは予想してなかった。

 とりあえず全力ダッシュで声のした方──デボンコーポレーションの方へと走っているが間に合うかどうかは微妙なところ。

 

「これ間に合わなかったら戦犯だぞ……!」

 

「ならあたしが上から探す! ちるる!」

 

「──ちるっ!」

 

 ボン、とハルカの投げたボールから飛び出したのは、綿雲に包まれた青い鳥のような姿のポケモンのチルタリス。

 ハルカが軽い動作でその背に乗り、大空へと羽ばたいていく姿を見て。

 

「お、おい! 探すったって見つかるのか!?」

 

「大丈夫! 怪しい人を見つければいいんでしょ!?」

 

「いや簡単に言うけどお前──!?」

 

 俺が言い終わる前に飛び去っていくハルカ。見かけによらずチルタリスの飛行速度は速い。

 というかハルカはああ言っていたけど、まさかアクア団だとわかりやすい服装はしてないだろうし、上空から判断できるものなんだろうか。

 ──なんて考えていたら、カナズミの北側出口の方に荒々しいオーラを纏う放射状の攻撃が飛んでいくのが見えた。

 アレ『りゅうのいぶき』か!? 何してんだアイツ!? なんで街中で技ぶっぱなしてんの!? 

 ハルカの考えてる事が全くわからないままデボンコーポレーションを過ぎ、そのまま走っていくと白衣を着た人が息を切らしているのが見えた。多分あの人が荷物パクられた人だ。

 

「おーい、そこの人ー!」

 

「ぜぇ……ひぃ……ん……? お、おお! キミはもしやあの森の!?」

 

「話は後! 泥棒どこに逃げた!?」

 

「え、ええ、多分あっちの方です」

 

 そうして指差したのは東側出口──つまりゲームと同じく行き止まりがあるカナシダトンネルの方角だ。

 この世界においてもカナシダトンネルは騒音でポケモンが暴れるのを問題とし、機械作業を断念してそのまま人力で掘っているという事実は変わっていない。

 そしてこの程度の情報はちょっと調べればわかる事だ。トウカの森での経験からして、こっちが逃走経路に向いてないのは理解してると思ってたけど間抜けな団員だったんだろうか。

 ……と、ここまで考えてはたと気付き。

 さっきの『りゅうのいぶき』は多分団員がそちらに逃げようとしたのを潰す為のものだ。それで結果としてルートが制限され東側に行くしかなくなったと。

 

「……意外と考えてるな、ハルカ……」

 

 どうやって団員かどうかを判断したのかはわからないけどお手柄だ。それなら後は追い詰めるだけでいいはず。

 お礼を言って116番道路へと向かい、先行していたハルカと合流する。

 目の前には一般人──に扮したアクア団の団員と思われる男が一人。そして──。

 

「へへへ……それ以上近付くなよぉ……」

 

「ひぃぃ……た、助けてくれぇ……」

 

 ──これ以上無いくらいわかりやすく人質に取られたハギ老人の姿がそこにあった。

 だからなんでいるんだよハギ老人! 何故トウカの森を超えてここにいる!? 通行不可のカナシダトンネル前まで来る理由って何!? つーかキャモメ(ピーコ)ちゃんどころか本人が人質に取られるのかよ! 

 腹立つくらいゲーム通りに事が起こるのに全くゲーム通りに進まない。

 でもまあ確かにポケモン取って逃げるよりは人質取った方が逃げやすくはあるよなぁ……! 

 

「……どうする、ハルカ?」

 

「うーん……“でんじは"とかで動きを止められればいいんだけど、あのままだとハギさんも巻き込んじゃうし……あっ」

 

 別のボールに手を掛けていたハルカが上を見ながらふと気付いたように声をあげる。

 その視線の方に目を向ければ、何か小型の岩のような物体が団員の上空にふよふよと浮かんでいた。

 あれは……確かチビノーズだっけか? という事は──。

 

「あン? んだこりゃ──」

 

「“でんじは"!」

 

「うぎゃっ!?」

 

 チビノーズが団員に押し当てられ、それが電撃を発した。

 電撃を食らった団員が身体を痙攣させながら崩れ落ち、ハギ老人を解放する。

 それと同時にいつの間に追いついていたのか、警官が団員に手錠を掛けにいった。

 

「──ふぅ、これで解決ですわね」

 

 上から声が降ってくる。

 そちらを見上げれば、そこにいたのは予想通りツツジ──と、ツツジを頭に乗せたダイノーズだった。浮かんでいるのは“でんじふゆう"だろうか。

 

「サンキューツツジ。助かった」

 

「いえ、これもジムリーダーの責務ですから。間に合ってよかったですわ」

 

 治安維持に努めるのもジムリーダーの仕事の一つではあるが、それにしたって対応が早い。もう少し時間がかかるものだと思ってたけど。

 

「ハルカさんから要請がありましたの。怪しい人物を追い掛けているから手を貸してほしいと」

 

「い、いつの間に……」

 

「さっきちるるに乗ってあの人を追いかけてた時だよ。人手は多い方がいいでしょ?」

 

「……そりゃそうだ」

 

 俺も追いかけてる時にツツジにコールかけりゃよかったな。必死だったもんで忘れてた。今後何か困った事があれば頼ろう。

 

「おおーう、助かったぞー! ありがとうよー! キミたちは命の恩人じゃあー!」

 

「ああうん、お礼ならこの二人に」

 

 こちらの手を握ってぶんぶん振り回しながら感謝の意を伝えるハギ老人を二人にパスする。尽くアクア団関連で何もしてねぇな俺。

 

「というかなんでこんなところにいたんです? ここ何も無いですけど」

 

 これはゲーム時代からずっと気になってた事だ。

 買い出しに出るならトウカでいいし、わざわざ森を抜けてカナズミまで来る必要が無い。まして行き止まりの116番道路に足を運ぶ理由が全く思いつかない。

 

「ん? ああ、デボンの社長に呼ばれておってな。部品作りを手伝っていたんじゃよ。それも終わったからピーコちゃんと散歩してたらこんな事に……」

 

 ああなるほど、そういう理由でカナズミまで来てたのか……。散歩場所にここを選ぶ理由はわからんけど……まあピーコちゃんの気まぐれとかそんなんだろう。この人手持ちに激甘だし。

 

「まあそれはいいんじゃよ。それよりキミたちの目的はこれだろう?」

 

 言いながらハギ老人が差し出して来たのは小脇に抱えられるくらいの大きさの荷物。ゲーム風に言えば『デボンのにもつ』だ。

 

「ああ、それそれ。それを取り返してくれって頼まれたんですよ」

 

 荷物を受け取って鞄の中に仕舞う。……これさっきの“でんじは"で壊れたとかないよな? 

 

「……ふむ。とりあえずカナズミシティまで戻ろう。少し話がしたい」

 

「え? まあいいですけど」

 

 この場面でハギ老人から話とかあったっけ? などと思いながら、ハギ老人を護衛しつつカナズミシティに戻る事にした。

 

 

 * * *

 

 

 そして場所はデボンコーポレーションの社長室。

 ツツジはジムに戻っていったのでこの場にいるのは俺、ハルカ、ハギ老人、キノココ好きのデボン社員、そして──。

 

「初めまして。わしはデボンコーポレーションの社長をやっているツワブキだ。うちの社員を助けてくれたんだってね?」

 

 ──デボンの社長であるツワブキ氏。つまりダイゴさんの父親だ。

 

「なんでもトウカの森でも世話になったとか。重ねて礼を言おう」

 

「……それやったの俺じゃないです。こっちのハルカです」

 

 なんかもうこういう流れになる度に罪悪感が凄い。何もしてないのに手柄だけ掠め取ろうとしてる感が半端じゃない。早く自立したい。

 

「む? そうなのか。まあ細かい事はいいんだよ」

 

「はぁ……」

 

「それよりもどうだい、あの話を受けてくれないかい?」

 

 あの話、というのは要するにデボンの荷物をカイナシティの造船所にいるクスノキ館長に届けてくれというやつだ。

 元々はここの社員がカイナシティまで運ぶ予定だったんだろうけど、怪しい連中に二度も襲われた前提があってなお敢行するのは得策ではない。この状況で戦闘能力の無い一般市民を向かわせるには不安が残る、という事だろう。

 そこで白羽の矢が立ったのが俺たちというわけだ。正確にはハルカだけど。

 ちなみに立案したのはハギ老人だった。まあ正直俺もあの社員は頼りにならないと思う。

 あとはまあ、チャンピオンを息子に持つツワブキ社長ならハルカの事も当然知ってるわけで、戦力的に考えれば妥当な話ではあるのだ。

 

「もちろんタダでとは言わない。それなりの謝礼を払おうじゃないか」

 

「……って言ってるけど、どうするハルカ?」

 

 聞かれてるのは俺だけど、いざと言う時に働くのはハルカだ。俺の一存で首を振ることは出来ない。

 

「あたしは別にいいよ。荷物を届けるだけでしょ?」

 

「それはそうだけど、さっきみたいな連中が襲ってくるかもしれないぞ?」

 

「負けないからいいよ〜」

 

 言い切った。

 凄い自信である。

 

「……あー、じゃあまあ、承ります」

 

 一応ハルカの了承も得たので依頼を受ける事にする。

 ……俺の旅とはいえ、こういう時くらいはハルカが主導になってほしいなぁ……。

 

「助かる。では前金としてこれを受け取ってもらおうかな」

 

 そうして差し出されたのは二枚の封筒。俺とハルカの二枚だろうか。

 中身を見れば、そこには数字の書かれた紙──つまり小切手が入っていた。

 取り出して数字を確認する。一、十、百、千、万……と、そこまで数えて無言で封筒に戻した。子どもにポンと持たせるような額ではない。

 ちなみにハルカは平然としていた。お金の扱いに慣れていらっしゃる。

 

「足りないかな?」

 

「お返ししてもいいですか?」

 

「それは困る。責任を感じたのならしっかり届けてくれたまえ」

 

 金で縛ってきやがった。これだから上流階級の人間は……!

 

「まあすぐにとは言わない。おおよそ二週間以内に運んでもらえれば十分だ。向こうにもそう伝えておこう」

 

「え? すぐじゃなくていいんですか?」

 

 わざわざ頼むくらいだから早急に必要なのだと思ってたけど。

 

「ハギのお陰で予定よりも早くパーツが完成したからね。急ぐ必要はない」

 

 なるほど、浮いた期間分を自由時間として与えるって事か。

 

「んー……それならムロ経由してからでもいいですかね?」

 

「期間に間に合うのなら好きにしてくれて構わないよ。ムロに行くなら息子──ダイゴもそこにいると思うからよろしく言っておいてくれ」

 

「わかりました。会えたら言っときます」

 

 多分石の洞窟にいるんだろうなぁとか思いつつ。

 

「なら船はわしが出そう。助けてくれた礼じゃ。小さい船じゃがな」

 

 そう申し出てくれたのはハギ老人。結局こうなるのか。

 まあ一日の回数が決まってる定期便よりは小回りが効く個人所有の船の方がありがたいけども。

 

「うーん……なんか俺に都合良く物事が進んでる気がするなぁ……」

 

「そう? 結構厄介事に首突っ込んでると思うけど」

 

「うん……まあ……そうなんだけどさ……」

 

 都合良く進むから厄介事に見舞われるのか、厄介事に遭う運命にあるからある程度都合良く進むように出来ているのか。

 まあ通じる内は主人公補正を最大限利用させてもらおう。じゃなきゃやってられない。

 とりあえずはムロタウンに行ってタマゴ孵化させて、その後に石の洞窟で目当てのポケモン探す感じになるか。……二週間で足りるかこれ? 

 まあやるだけやってみよう。別に荷物渡してから戻ってもいいわけだし。期限だけ忘れないようにして動けばいいか。

 

「それじゃ行くか。今から船出せます?」

 

「よし来た! かっ飛ばしていくぞい!」

 

 何やらハギ老人が張り切っている。船旅はあまりした事がないからちょっと楽しみだ。

 




評価や感想、批評等お待ちしておりマース。
あとここ好き機能なんかも使ってくれれば喜びます。



いつもの雑談なので嫌な人はブラバ……というか、この欄は大抵雑談か技能とかの設定書いてるんで見たくない人は閲覧設定で前書きと後書き遮断した方がいいかも。










評価バーがついにMAXになりました。これからも頑張っていきたいです。
あと最近初めて評価にコメント付いてたのに気付きました。ありがとうございます。
中々話が進まないのは申し訳なく思ってるけど、多分このペースは以降もあまり変わらないと思います。
どうでもいいけどハギ老人の理由は上手く落とし込めたと思う(小並感)


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珍しさにはちゃんとそれなりの理由がある

 ムロタウンとはどういうところぞや、と道行く人に聞いてみれば大抵は『離島』『田舎』『秘境』といった答えが返ってくるだろう。

 基本的にはバッジを集めるトレーナーか余程の物好きでなければこの土地に足を運ぶ事はまず無いと言っていい。

 

 理由は至ってシンプル。何も無いから。

 

 本当に何も無いのだ。

 もちろんゲームと同じようにポケモンジムはあるし、それなら当然ポケモンを回復させるポケモンセンターもある。

 ただそれ以外が何も無い。フレンドリィショップすら無い。民家か個人経営の八百屋や薬局、それくらいだ。

 娯楽施設なんて皆無だし、やれる事と言えば石の洞窟探検か釣り、もしくはサーフィンくらいのもの。強いて言うなら格闘家には密かに人気があるらしいという事くらいか。

 ルネ程ふざけた立地ではないが、それでもわざわざここに足を運ぶ者は皆無に等しく、この過疎っぷりはミシロのそれと近しいものがあった。

 ではそんなムロタウンで俺は何をしているかと言うと。

 

「うええ……気持ち悪い……」

 

「ジュ……」

 

「よしよし、ゆっくり休もうねー」

 

 ジュプトル(カイン)に扇がれながらセンターのベッドに横たわった姿で絶賛ダウン中だった。完全に船酔いである。

 弁解させてもらうと、ハギ老人の運転が非常に荒かった。

 ハンドルを握ると人が変わる、という人がいるだろう。ハギ老人はそのタイプであり、船に乗るなり『ブッチ切るぞい!』とアクセル全開で船を発進させたのだ。

 最初は楽しかった。潮風を切って海を渡る爽快感は初めての経験でめちゃくちゃワクワクした。

 だが数十分後には身体が変調を訴え始めてきた。何の事はない。ガンガンに揺れる状況に身体が対応出来ず、船酔いという症状を起こしただけだ。

 その状態がだいたい三、四時間くらい? まあとにかく長く続いたわけで。

 現在俺は非常にグロッキーなのである。意地でも吐かなかった自分を褒め讃えてやりたい。

 

「というかハルカはなんで平気なんだよ……」

 

「あたし? あたしはほら、普段から“なみのり"とか“そらをとぶ"とかで慣れてるから」

 

「ああそっか……トレーナーならそうだよな……うっぷ」

 

 ポケモンに乗って移動する時というのは、余程訓練されてない限り思いっきり揺れる事を想定しておかなければならない。

 当然だ。自然界で乗り手を意識してのんびり動く余裕なんて存在しない。速度を出すなら相応に揺れもする。

 ラプラスとか一部のポケモンはこちらを意識してくれるものの、基本的には動きが荒いのだ。

 ……これを考えると後の飛行手段にチルット──というかチルタリスを選んでよかったと思う。比較的穏やかなポケモンだから安全運転を心掛けてくれそうだし。というかそうしてもらうように育てると今決心した。

 

「これから少しずつ慣れていけばいいよ。酔い止め買ってくるから待っててね」

 

 ひらりと手を振ってハルカが部屋を出て行った。

 身体が弱った状態で取り残されると少々心細い。絶対に口には出さないけど。

 テーブルの上に置かれたタマゴに視線を移す。

 

「そろそろ孵ってくれないかなー……」

 

 ハルカの言だとポケモンのタマゴは個体次第ではあるが、平均して一週間程で孵るらしい。だから今日明日には生まれてくるんじゃないかと期待してるんだけど。

 なんて思ったその時だった。

 

 ──ぴきっ。

 

「ん?」

 

 ──ぴきぴきっ。

 

「えっ、ちょっ、マジで!?」

 

 

 * * *

 

 

「ただいま〜──って、あれ? その子……」

 

「おう、おかえり」

 

「ちる〜♪」

 

 ハルカが買い物から戻るなり変化に気付いた。いやまあ、気付かない方がおかしいんだけど。

 

「生まれたんだね、チルット」

 

「みたいだな。にしても──」

 

 ハルカから酔い止めと水を受け取りながら、俺の腕の中でニコニコしているチルットを見やり。

 

「まさか()()()で生まれるとはなぁ」

 

 本来のチルットは身体の色が青色だ。だけどこのチルットは黄色い。つまりは文字通りの色違い。

 ゲームにおいても実装されており、色違いが見つかる確率はなんと約四千分の一である。色々条件を満たせば見つかる確率を上げる事も出来るけど、それはさておき。

 

「珍しいね。色違いなんて滅多に生まれないのに」

 

 ハルカがつんつんとチルットをつつきながら言う。既にホウエン各地を旅して回っていたハルカが言うならそうなのだろう。

 さて、ゲームにおいて色違いとは単に珍しいというだけの存在だ。

 珍しいからといって能力に変化があるわけでもないし、ぶっちゃけ労力に対してリターンが無い。だからこれは趣味の領域の話なのだ。

 

 ではこの世界においてはどうだろうか。

 

 珍しさはゲームのそれと比較にならない。仮にオークション等に出せば莫大な金が動くだろう。もちろんそんな事はしないが。

 特筆すべきはその()()である。

 

「ちょっとパチパチするね。『でんき』タイプ持ちかな?」

 

「調べてみたらそうだった。こうなるんだな」

 

 生まれたチルットの図鑑情報は以下の通り。

 

【種族】チルット

【タイプ】ノーマル/でんき

【レベル】1

【性格】おだやか

【特性】ノーてんき

【技】つつく/なきごえ/でんきショック

 

 そう。『ノーマル』と『でんき』。

 本来チルットは『ノーマル』『ひこう』なのにタイプが変わっている。

 これがこの世界における『色違い』という特異性を持ったポケモンが実際に起こす変化だ。

 ただ、ゲームでなくともこういうタイプ変化を起こす現象は一応知ってはいる。

 

「デルタ種……ってやつか?」

 

 ポケモンカードに設定として存在したホロンと呼ばれる地域がある。その特殊な地域に生息するポケモンは本来のものと違うタイプを獲得する事があるという。

 そして調べてみたらこの世界でもホロンは存在していた。だからこれもそういった変化かと思ったんだけど。

 

「よく知ってるね。でも違うと思う。あたしもあんまり詳しくないけど、あれは特殊な磁場に影響を受けた結果だから。この子はタイプの変化がそのまま色に出た感じじゃないかなー」

 

「そうなのか? まあその辺の話は後で博士にでも聞いてみるか」

 

 少し驚いた様子のハルカの説明にとりあえず納得する。

 ……にしてもこれはちょっと計算外だ。

 ムロジムは『かくとう』タイプのポケモンを主軸にしてるから『ひこう』タイプのポケモンなら有利に戦える。

 だけどこのチルットはよりにもよって『ひこう』を無くして『でんき』タイプを獲得してしまっている。どうして『ノーマル』の方を無くさなかったのか。これでは『かくとう』技が抜群で入ってしまう。

 強いて言うなら通常じゃ覚えない“でんきショック"を覚えてるのが利点か? 一応俺のパーティ初の遠距離技でもある。

 でもチルットって確かちょっと育てれば“チャームボイス"覚えたよなぁ……。“でんきショック"はいらない子になりそうな予感。

 多分“でんじは"とかの搦手は覚えてくれる気がする。後で試してみようか。

 

「お前、飛べるか?」

 

「ちる?」

 

 チルットの身体を持ち上げて飛ぶよう促してみる。タイプはともかく種族としての本能は失われてないと思うけど。

 チルットが綿のような羽を広げる。そうしてパタパタと羽ばたけば、緩慢な動作なれどもちゃんと宙を飛び始めた。

 

「おお、飛んでる飛んでる」

 

「かわいいー♪」

 

 ただ、まだ生まれたばかりだからか、それともタイプから『ひこう』が失われてしまったからか、飛ぶのには慣れてないようで十数秒程度で羽ばたくのをやめてしまった。まあこれは訓練すればなんとかなるだろう。

 落下を始めるチルットを優しく受け止めてやる。

 

「頑張ったなー、偉いぞー」

 

「ちる♪」

 

 頭を撫でてやると嬉しそうに一鳴きするチルット。とてもかわいい。

 

「これでカインも先輩だな。仲良くしてくれよ?」

 

「ジュッ」

 

 ほれ、とカインの頭にチルットを乗せる。なんか綿で出来た帽子被ってるみたいになった。

 

「『ひこう』タイプは無くなったけど飛ぶのに問題は無さそう、と。だったら『じめん』技はそこまで気にしなくていいか?」

 

「普通に使われる分にはそうだね。まあ飛んでる相手に『じめん』技当てる方法なんていくらでもあるけど」

 

「……知ってる」

 

 当たり前だけどいくら『じめん』技をぶっぱなされようと当たらなければ──つまり地に足をつけてなければ影響は受けない。だからチルットが飛べるなら弱点が一つ消えているようなものなのだ。

 そんな当然の理屈があるから、ゲームだととりあえず覚えさせとけレベルの汎用技であった“じしん"がこの世界だとかなり使いにくい部類になってる。

 そりゃそうだ。ジャンプすりゃ避けれるもん。着地狩りには滅法強いけどそれくらい。あと地形的な意味で範囲が優秀。

 まあこれは普通に使うならの話で、例えば直接相手をぶん殴って“じしん"のエネルギーを叩き込めば関係無い。“じしん"が地面を揺らさないと使えないなんて誰が言った? 

 閑話休題。とりあえず飛べるなら十分。『ノーてんき』なのもグッド。これで一応グラカイにも多少は抗えるだろう。

 

「後は……名前か」

 

 少し考え、前世でも使っていたNN(ニックネーム)を付けてみる。

 

「……よし。フォルテ──でどうだ?」

 

「ちる? ちる!」

 

「……わからんけど『良い』って言ってる事にしよう」

 

 笑ってるし多分大丈夫だろう。

 

「んじゃどう育てるかだなー。チルタリスは色々出来るから悩む」

 

 チルタリスはやや受け寄りの平均的な種族値をしているが、攻撃性能も決して低くはないので何をやらせても一定以上の成果を挙げてくれるオールラウンダーだ。

 ぶっちゃけゲームのガチ環境だと他のドラゴンに押されてほとんど使われなかったけど、この世界なら無限に戦法があるから初見殺し要因になり得る。

 何してくるかわかりやすいポケモンより色々出来るポケモンの方が怖いんだよ。対処が遅れたらその時点で一手許す事になるからな。

 種族値で劣っていても育成次第では大化けするのがこの世界だ。

 

「んー……あたしは今育て方を決めるのはオススメしないなー」

 

「え? なんで?」

 

 こういうのは早めに構想を練っておくのがいいと思うけど。

 

「ユウキくんって最終的なパーティはどうするか決めてる?」

 

「いや、まだだけど……」

 

()()()()()

 

 頭にハテナマークを浮かべる俺にハルカがレクチャーを開始する。

 

「基本的に育成はパーティ単位で考えた方がいいよ。もちろん漠然としたイメージはあってもいいけど、それだとどうしても個の強さにしかならない事が多いからね」

 

「えっと……つまり?」

 

「手持ちを揃えてそれぞれ何をさせたいかを考えてから育成した方がパーティとしての完成度が高くなるって事。特にチルタリスはそうだと思うよ」

 

 言われて少し考えてみる。

 確かにチルタリスは単体で強いポケモンじゃないだろう。どちらかと言えば味方と連携するようなイメージがある。

 そう、例えばクッションとしての役割だとか、エースの圏内に入れる削り役だとか。

 もちろんチルタリスをエースに据える構築もあるにはあるけど、そうだとしても単体で全抜きするような性能は流石に持ってない。どちらにせよ味方のサポートがいる。

 となると──。

 

「ざっくりとだけ考えて、最終的な調整はフルメンバー揃えてからの方がいいって事か」

 

「そうそう。あ、でもエースにするなら決めちゃってもいいよ。エースのやる事は基本的にどんなパーティでも変わらないから」

 

 エース──つまりはパーティの中核で、相手を打ち倒す事を主軸に置いて育成される存在だ。

 単純に強いポケモンが担う事もあれば、その人が好きなポケモンが担う事もある。

 では俺にとっての将来のエースとは誰になるのか。

 視線を横に向ける。その先にはチルット(フォルテ)と戯れるジュプトル(カイン)の姿。

 

「なら、俺のエースは──カインだ」

 

 これはキモリを選んだ時から決めていた事だ。

 例えこの後どんなポケモンを手持ちに加えたとしてもそれだけは絶対に変わらない。アタッカーは増やすかもしれないけど最終的に頼るのはきっとこいつになる。

 

「まだ短い時間しか一緒にいないけど……それでも、最後を任せるならカインがいい」

 

 別に全抜きしろとかそういう話じゃなくて、もっとこう、こいつになら全てを託してもいいと思える相手。そういうのが多分エースなんだと思う。

 

「なんだかんだカナズミジムでもこれ以上無いくらい活躍してくれたしな。これからもよろしく」

 

「ジュ……! ジュプ────ッ!」

 

「うぉい!? いきなり飛びつくな危ないだろ!?」

 

 感極まったカインが団扇を放り投げて飛びついてきたせいでベッドに倒れる。キモリの時ならともかく、ジュプトルになった今は普通に重いから支え切れない。

 

「あたしもー!」

 

「なんで!?」

 

 どさくさに紛れてハルカまで抱き着いてきた。最近ちょっと頻度減ったと思ったのに! 

 

「離れろバカ!」

 

「ひどーい。夜は抱かせてくれるのにー」

 

「あれは許可したんじゃなくて諦めたんだ! 毎日毎日潜り込んで来やがってからに! あとその言い方やめろ! 絶対外でするなよ!?」

 

 万が一にもこんなセリフを外で聞かれたら俺の評価は絶対零度よりも更に下回る事だろう。

 いやこの言葉を鵜呑みにする大人がいるとは思わない……というか思いたくないけど! でもやめろ! 

 

「重い! 潰れる!」

 

「あー、女の子に重いとか言っちゃいけないんだー」

 

「二人分の重さが掛かってんだから仕方ねぇだろうがあぁぁぁぁ!!」

 

 そんな俺の叫びが部屋内に響き渡った。

 




評価や感想、批評等お待ちしておりマース。
あとここすき機能なんかもご利用くださいませ。楽しいですよ(作者が)。

よりにもよってムロジム前に希少性と引き換えに格闘耐性を失ったチルット(フォルテ)の運命や如何に。
一応色違いなら全員タイプ変化があるわけじゃないってのは言っておきます。ちなみにデルタ種との違いはタイプが体の色に表れるか、オーラとして纏うかです。





ここから本編とはあんまり関係無い雑談。









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執筆進まねぇーとか、表にはそんなに出さない世界観的な裏設定を垂れ流したりとか、質問あるならリプライやDM等で答えたりとかする予定なので、そういうのが好きな方はフォローしなくていいので見に来ると面白いかも。DMは解放してますのでお好きにどうぞ。


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洞窟探検はわりとシャレにならない事が起きる

アルセウス楽し過ぎてサボってましたが作者は悪くないし反省もしてません。


 ムロタウンでやりたい事は大きく分けて二つある。

 まず一つ目がムロジムリーダーのトウキからバッジを手に入れる事。そしてもう一つが石の洞窟にてとあるポケモンを捕獲する事だ。

 ゲームだとダイゴさんに手紙を届けるイベントがあったはずだけど、それらしいものは預かっていないので割愛。

 ではどっちを優先するのかといえば、レベル上げも兼ねて石の洞窟探検の方から先にしていこうと思う。

 ジュプトル(カイン)はともかくチルット(フォルテ)がまだまだ頼りなさすぎるし、とりあえず目標は二十レベルくらいとしておく。

 そんなわけで道中の釣り等のトレーナーとバトルしながら石の洞窟に向かうと、奥には案の定というかダイゴさんがいた。

 

「うーん、この石も中々……あ、こっちも……」

 

 ……壁画そっちのけで石捜索してるけど。

 

「ダイゴさーん!」

 

「ん? ああ、ハルカちゃんか。それと……君は初めましてだね」

 

「どうも。ユウキといいます」

 

「ユウキくんか。僕の名前はダイゴ。よろしくね」

 

 そんな風に自己紹介するダイゴさんは近くで見ると非常にイケメンである。なんていうかこう、爽やかオーラが溢れてる感じだ。

 

「ダイゴさんはね、ホウエンのチャンピオンなんだよ!」

 

「ああうん、知ってる」

 

 ゲーム知識云々関係なくトレーナーなら知らない方がおかしい。テレビとかでも普通に見るし。

 

「……あんまりそういう事言わないでほしいなぁ。不本意ながら続けてるんだから」

 

 おや? 

 

「あんまり乗り気じゃないんですか?」

 

「色々と事情があるんだ。交代出来るものならしたいんだけどね……」

 

「あはは……」

 

 肩を竦めてダイゴさんが言い、ハルカが苦笑する。

 ……これは不満を装った自慢なのだろうか。いやでもこの感じだと多分素で言ってるな……。

 そんな発言が許されるのは貴方の強さと顔があってこそだと自覚していただきたい。

 

「……で、ダイゴさんはこんなところで何を?」

 

「ああ、趣味の一環だよ。珍しい石が好きなんだ。調査も兼ねてたけどね」

 

 調査……というと、あの壁画──つまり超古代ポケモンのグラードンとカイオーガについてだろう。

 言い方から察するにその調査は既に終えていて、今は趣味の石集めをしてるって事か。

 

「そういう君たちこそ何をしにここへ? 見ての通り、この壁画くらいしか面白いものは無いと思うけど」

 

 ダイゴさんが見上げた先には、太古の昔に描かれたのであろう超古代ポケモンの壁画がある。

 ゲームだと片方しか描かれてなかったけど、どうやらこの世界だとグラードンとカイオーガ両方の姿が描かれてるみたいだ。

 これを面白いと思えるかどうかはさておき、石の洞窟内で見るべきものは確かにこの壁画くらいしか無いだろう。

 ただトレーナーとしてなら話は別で、この洞窟内には有用なポケモンが何匹か登場する。

 

 例えばココドラ。ダイゴさんも手持ちに加えており、最終進化のボスゴドラは凄まじく高い『ぼうぎょ(B)』種族値を誇る将来有望な一体。

 例えばクチート。そのままでは使いにくさが目立つものの、メガシンカすればすごく可愛い見た目から全く可愛くない攻撃力を発揮出来る優秀な一体。

 例えばヤミラミ。種族値自体は決して高くはないものの、特化すれば様々な技を駆使して相手を完璧にハメる事が出来る中々いやらしい性能を持つ一体。

 そして俺が探し求めているポケモンとは──。

 

「キバゴを探しに来たんです。この洞窟に生息しているはずなので」

 

 そう、キバゴ。正確には最終進化のオノノクスに期待しての事だけど、このポケモンが手持ちに欲しい。

 ゲームだとキバゴが出現するのはグラカイを鎮めた後の話なので現時点で出てくる事はないんだけど、この世界だと非常に珍しくはあるものの生息域であれば現時点でもほぼ全てのポケモンが出現するはずなのだ。

 これに関してはフォルテの事を聞くついでに連絡したオダマキ博士の証言も貰っている。

 というのも、何もグラカイを鎮めた後に無から湧き出したわけじゃなく、元々その近辺に生息していたポケモンたちがそれをきっかけに表に出始めて来るから、というのが俺の推測。

 事件の前後で変わる事といえば自然エネルギーがホウエン中に降り注ぐ事なので、多分そこら辺が関わってるんだと思うけどとりあえず置いておく。

 

「キバゴかい? うーん、いるにはいるだろうけど、多分地下まで行かないと出てこないんじゃないかなぁ」

 

 ダイゴさんが言う。

 まあそれはそうだろう。今の段階だと多分深いところまで行かないと姿を見る事すら出来なさそうだ。

 

「やっぱりそうですか。うーん……地下かぁ……」

 

 一番浅いこの階層は壁画の事もあってわざマシン(“フラッシュ")をくれるあの山男が明るさを保ってくれてるらしいけど、地下となると話は違う。

 もちろん“フラッシュ"なんか使わなくても懐中電灯なり、明かりを持つポケモンを出しておくなりで光源は確保出来るので必須技というわけではないんだけど、問題は出てくるポケモンのレベルだ。

 少し考えればわかるけど、浅い階層と深い階層で出てくるポケモンの強さが変わらないなんて事が有り得るだろうか? 

 そんなわけはない。当然奥に行けば行くほど強いポケモンが出てくる。トウカの森でもそうだったように。

 あと洞窟内だとポケモンが普通に脅威。視界が取りにくいのと、人間に敵対心持ってたり捕食対象として見てたりする個体がそれなりにいるので油断したら死ぬ。

 特にズバット系列は噛みつかれたら本当にヤバい。イシツブテとかも落石関連で普通に危ないけど。

 そんなわけで出来れば地下には行きたくない。行きたくない、けど……。

 

「でもキバゴ欲しいんだよなぁ……」

 

 ここまでキバゴに拘る理由もぶっちゃけてしまえば『好きだから』というだけであり、急務というわけでもない。

 それに『ドラゴン』タイプだから手懐けるにしても時間がかかるだろうし、あんまり賢い選択とは言えないと自分でも思う。

 それでもやっぱり、どうせ旅をするなら好きなポケモンと一緒の方が楽しいだろうから頑張りたいところ。

 

「……ダイゴさん、地下ってどれくらい強いポケモンがいます?」

 

「そうだなぁ、平均してだいたい三十くらいかな? 主クラスだと五十越えもいるけど」

 

 平均三十。今のカインよりレベルが上だし、出てくるポケモン的に相性がいいとも言えない。ちょっと厳しいか? 

 

「ハルカちゃんがいるならそんなに苦労しないと思うけど、それはダメなのかい?」

 

 と、ダイゴさんがハルカを見やる。

 確かにハルカなら大した苦も無く洞窟の相手を蹴散らせるだろうけど……。

 

「あたしは別に非常時のサポートに徹するなら行ってもいいよ。探索するのはユウキくんだし」

 

「マジで? いやでも、うーん……」

 

 果たしてこのままハルカ頼りでいいのだろうか。セーフティがあるという前提で旅をしてたらその内痛い目に遭う気が……。

 

「……まあいいか。行こう」

 

 ハルカがいいって言ってるんだし、危なそうな相手からはすぐ逃げる方針で。

 それと潜るのは地下一階まで。それならまだ自力でも何とかなるはず。

 

「行くのかい? それなら頑張ってね」

 

 ああそれと、とダイゴさんが付け加えて。

 

「ハルカちゃん、近い内に君の力を借りる事になるかもしれない。旅も大事だけど……」

 

「わかってますよ。その時はすぐに駆けつけますから」

 

「ありがとう。本当ならまだ子どもの君にこんな事は頼みたくないんだけどね……」

 

 苦々しい表情のダイゴさんとハルカの会話。何の事だろうか? 

 

「ユウキくん」

 

「は、はい?」

 

「君はいい目をしている。きっと強くなる。だから頑張りなよ」

 

「……は、はぁ……頑張ります……」

 

 今まで生きてきて初めて言われたなそんな事。

 ハルカもツツジに妙な入れ知恵してたし、強者には何かが見えてるんだろうか。

 

「それにしてもハルカちゃんが旅のサポートか。随分と贅沢だけど君が頼んだのかい?」

 

「いや、なんかハルカが自分から……」

 

「ふうん? それならますます成長が楽しみだ」

 

 言葉通り楽しげに笑うダイゴさん。真意がいまいち掴めない。

 

「ほら、行くなら早く行こうよ」

 

「ああうん、じゃあ行くか。あ、あとツワブキ社長がよろしくって言ってました」

 

「親──ンンッ、父さんが? ……それじゃあ一応受け取っておこうか」

 

 今親父って言いかけたな。そういえばダイゴさんが父親を呼ぶ時ってそうだっけ。めっちゃ意外だったから印象に残ってるんだよな。

 それはともかく、地下に向かうとしよう。襲われたら本当に危ないから気をつけないとな。

 

 

 * * *

 

 

 キバゴ捜索から約二時間程が経過。

 懐中電灯を使いつつ、カインとフォルテを出して周囲を警戒させながら探索してるけど、やはりというか中々見つからない。

 

「うーん……やっぱり一番深くまで行かないと見つからないのか?」

 

「そんな事ないと思うよ。いるところにはいるものだし」

 

「そうか、ならちょっと休憩してからもう少し探してみるか」

 

 時間にしてみればそれほど長くないんだけど、何せずっと緊張の糸を張り詰めたままだから精神的に消耗する。

 物音が聞こえる度にビクついてそっちを向くし、羽音なんかが聞こえた日には動かず警戒心を最大にしてるのでとても疲れるのだ。

 手頃な岩に腰を下ろしてバッグからおにぎりを取り出す。昼も近いし丁度いいだろう。

 

「いただきまーす」

 

 こういう洞窟探索で食べるものはあまり匂いの出ないものがいい──とハルカに教わった。でないと匂いに釣られて野生ポケモンが寄ってきたりするんだとか。

 食事中は気が緩む時間でもあるし手早く食べられるに越した事はなく、そういう意味でおにぎりは非常に便利な食べ物なのである。

 ちなみにポケモンも癖の少ないものなら人間の食物を食べられるので、今回は腹を満たすのを目的に同じものを食べてもらっている。ポケモンフーズだと匂いが強いからな。

 

「それにしてもユウキくんって結構しっかり下調べしてるんだね。ここにキバゴが出るってそんなに知られてないのに」

 

「あ、ああ、まあな。少しくらいは調べるさ」

 

 急に振られた核心を突く言葉に少しどもりながら答える。まさか前世の知識でとか言えるわけがない。

 ただ、調べようと思えば生息域くらいは簡単に調べられるのがこの世界のいいところ。まあハルカがほとんど図鑑完成させてたおかげでもあるんだけど。

 なんかもう色々と主人公の役割が取られてるけど最早今更なので気にしない。

 

「パーティ決めてないって言ってた割には捕まえたいポケモンは明確だね。他にも誰か候補はいるの?」

 

「いや、今考えてるのだとこれで最後だな。後は旅先で出会ったポケモンを仲間にするつもり」

 

「そっか」

 

 最初の一匹にして相棒のジュカイン、色々出来るというのもあるけど完全に趣味のチルタリス、一般ポケモン枠最高峰の『こうげき(A)』種族値で全てを粉砕出来るオノノクス。ここまでを確定として考えていた。

 そして気付く。『こおり』や『フェアリー』の一貫がヤバすぎると。

 もう一匹受けポケが誰か欲しいところ。出来れば両タイプ半減出来るやつ。

 

「知ってると思うけど『ドラゴン』タイプのポケモンは育てるのが難しいよ。例外もあるけど、基本的にはプライドの高い子が多いから」

 

「そうだなぁ。ボーマンダとか手懐けられる気がしねえわ」

 

 未進化の状態なら比較的懐きやすいドラゴンというのはそれなりに多いけど、ボーマンダの場合はタツベイ時代から少し気難しかったりする。

 それに未進化の時は懐いていても、進化したら急に言う事を聞かなくなるという状況も珍しくない。『ドラゴン』タイプ──というか、タマゴグループが『ドラゴン』のポケモンはその傾向が強めという話。

 だからまあ、強いポケモンを従えるにはトレーナーにも相応の格が必要になってくるんだけど、ここら辺の自信が俺には無い。

 キバゴも進化したら無視する系ポケモンだけど、タツベイよりは友好的なのでそこでどうにかするつもりだ。オノノクスかっこいいんだもの。

 

「ま、どうにか頑張るさ。どうせなら好きなポケモンと旅したいもんな──ん?」

 

 そんな話をしていると、どこか遠くの方で音が聞こえた気がした。

 

「今何か音しなかったか?」

 

「うん、あたしも聞こえた」

 

 ハルカにも聞こえたという事は俺の聞き間違いじゃないのだろう。それに音がどんどん近付いてきてる気がする。これは……地響きか? 

 

「……なーんか嫌な予感……」

 

 残ったおにぎりを口の中に放り込んでいつでも動けるように準備する。

 揺れが近付く。鳴き声らしきものも聞こえてきた。

 影が見え、全速力でこちらの方に向かってきたその正体は──

 

「キバァ〜〜〜〜ッ!」

 

「キバゴ──と、なんだアレ!? ゴローンか!?」

 

 緑色の小さな恐竜といった風貌のキバゴ──と、高速回転(“ころがる")してキバゴを追いかけるゴローンらしき岩の塊。どういう状況!? 

 

「うーん、ゴローンの縄張りに入っちゃったとかかなぁ」

 

「呑気か! カイン!」

 

「ジュッ!」

 

 “リーフブレード"

 

 泣きながら逃げるキバゴとすれ違いながらカインが“ころがる"ゴローンを一閃する。多少レベル差があっても四倍弱点を耐える事は出来ず、ゴローンはあっさりと目を回して沈んだ。

 そんなカインの姿を見てハルカがぱちぱちと手を打つ。

 

「お見事。息ぴったりだね」

 

「そりゃどうも。っていうか咄嗟に助けちゃったけどいいのかこれ」

 

 こういう野生の諍いに介入するのって本当はあんまりよくないらしいんだけど。

 

「まあ責任を取るなら。それにほら、終わってないよ」

 

「え?」

 

 ハルカの指差す方を見る。

 するとそこにはさっきのゴローンの仲間と思しきゴローンが二匹と、一際大きいボスっぽいゴローニャが一匹。

 

「ゴォォォォォッ!!」

 

 あーあれはキレていらっしゃる。

 

「無理! 逃げるぞ!」

 

「りょうかーい」

 

 いくら相性有利でも数には勝てない! 

 キバゴを抱えて全力ダッシュ。ついでに『けむりだま』を投げつけて視界を遮断。身体能力で劣っていようともこちらには文明の利器があるわ! 

 とにかく遮二無二逃げ回り、ゴローン達を振り切ったのを確認して汗を拭いながら周囲を見渡す。

 

「……ここどこだ?」

 

 完全に迷子だった。

 




評価や感想、批評等お待ちしておりマース。
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あとツイッター始めてみたので興味があるなら是非。

レジェンズアルセウスの解釈一致すぎてヤバい。数こそ正義です。
あのゲームプレイしてる人はこの小説の感覚掴みやすいんじゃないかなーと思ったり。


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親を探して地下二階

 さて、ゴローンたちから逃げてる間にここがどこだかわからなくなってしまったわけだけど。

 

「『あなぬけのヒモ』って便利だよなぁ……」

 

 この道具は使うと出口の方向を示してくれるという、洞窟探検には必須の代物だ。

 流石にゲームみたいに出口にワープなんて超技術ではないものの、現在地がわからなくても出口までナビゲートしてくれるこの道具は本当の意味で命綱となる。

 だからまあ、脱出に困る事はそうないんだけども。

 

「さて、こいつどうしようか」

 

「え? 捕まえないの?」

 

 咄嗟に助けてしまったこのキバゴの事だ。

 ハルカの言う通り捕まえたいところなんだけど……。

 

「お前、俺と一緒に来る気はあるか?」

 

「……キバ」

 

「だよなぁ……」

 

 案の定というか首を横に振られてしまう。そんな雰囲気じゃないもんなぁ。

 

「多分だけどこいつ迷子だよ。ハルカの言った通り、うっかりゴローンの縄張りに入って追われてきたんだと思う」

 

「キバキバ」

 

「ほら」

 

 コクコクと頷くキバゴ。

 まあ仮に迷子じゃなかったとして、せっかく助かったと思ったのに別の人間に捕まるとか俺がキバゴの立場なら相当嫌になると思う。

 だから一応確認してみたわけだけど、まあ予想通りだったな。

 

「……じゃあその子を群れに返すの?」

 

 ハルカが俺の腕の中にいるキバゴを見て言う。

 

「そのつもりだけど」

 

「……うーん……」

 

 煮え切らないハルカの返事。何か問題でもあるんだろうか。

 

「……さっきも言ったけど助けるなら責任を持つべきなんだよ。それこそ自分がずっとお世話するとか。人の臭いがついた子って野生界だと爪弾きにされる事が多いから」

 

「あ……」

 

「もちろん全部の群れがそうとは言わないけど、その子の群れはどうかな……キバゴはともかくオノンドやオノノクスは嫌がるかも」

 

 言われてみれば確かにそうだ。

 野生の諍いにちょっかいかけるなっての、縄張り争いとか食料事情とかだと思ってたけどそういう理由もあるのか……。

 

「えー……結構ガッツリ触っちゃったんだけど……大丈夫かなこれ……」

 

 遅まきながらキバゴを地面に降ろしておく。本当に遅いけど。

 

「どうだろ、敏感な子は本当に少しでも嫌がるから。いざという時はちゃんと受け皿になってあげなきゃだよ?」

 

「それはもちろんそのつもりだ。出来ればこいつの意志を尊重してやりたいし」

 

 そんなイジメみたいな現場あんまり見たくないけどな。まあ手を出してしまった俺が悪い。万が一の時は俺が世話してやらねば。

 

「んじゃこいつの群れを探すか。この階のどこかか?」

 

「いや、多分下だと思う。単体でならここでも見るけど、群れとか大きな集まりは基本的に深いところから出てこないから」

 

「マジかぁ……地下二階には行くつもりなかったんだけど……」

 

 ここ(地下一階)ですら危なかったというのに、ここより下となると出てくるポケモンの強さも上がってくるはずだ。そうなると俺の手持ちだけじゃ対処出来なくなってくる。

 となれば……。

 

「ハルカ、ごめん。助けてくれ」

 

「……しょうがないか。でもあたしは極力手を出さないからね。ユウキくんの命が危なくなった時だけ介入する。それでいい?」

 

 ハルカというセーフティはあくまでも予想外への対抗手段であり、それを能動的に使おうとするのは趣旨が違ってくる。

 それでも許可をくれたハルカには感謝しかない。

 

「ありがとう。……じゃあ行くか」

 

 想定外といえば想定外だけど、逃げる事だけを考えればまだなんとかなるだろう。

 カインをすぐ側に、フォルテを頭に乗せて地下二階を目指す。

 

 

 * * *

 

 

 地下二階は魔窟でした。

 開幕ローブシンとハリテヤマの縄張り争いの現場に遭遇し、必死で息を殺しながら気付かれないように横をすり抜ければクチートの大群が見えたので慌てて引き返すと、今度はゴルバットとクロバットが編隊を組んで襲いかかってきた。

 気持ち程度にフォルテが“でんきショック"や“でんじは"やらで応戦してたものの、果たしてどこまでハルカの役に立ったのやら。

 

「ハァ……ハァ……し、死ぬかと思った……!」

 

「レベル的には大した事ないんだけどねー。ここまで来るとグループで行動するポケモンが多くなってくるから」

 

 そんな事を言うハルカだけど、それはあくまでもハルカの手持ちが強いというだけであって、レベルも数も上回られている俺にとっては脅威以外の何者でもない。本当にハルカがいてよかった……! 

 

「早くこいつ群れに帰そう……一刻も早くここを出たい」

 

「そうだね。あんまり人が長居するのもよくないから……あ、イワーク」

 

「くっそ休む暇もねぇ! カイン!」

 

「ジュッ!」

 

 “リーフブレード"

 

 カインが先手を取って草の刃でイワークを切り裂く。

 しかし流石にレベル差があったのか、イワークは多少の余裕を残してしっかりと攻撃を耐えて。

 

「グォォォォォ!!」

 

 “いわなだれ"

 

 返す刀に“いわなだれ"を放ってきた。けど密着状況で素早いカインにそれは当たらない。

 隙間を縫うようにするすると回避し再び接近。

 

 “リーフブレード"

 

 二度目の刃が閃きイワークが沈む。いくらBが高くてレベル差があっても四倍弱点を二発受ければ流石になぁ……。

 

「ナイスカイン。いい感じだぞ」

 

「ジュッ」

 

「ちるちる♪」

 

 カインの頭を撫でてやる。単体で出てきたゴローニャ系列やイワークは任せてもらうように言ったけど、これならなんとかなりそうだ。……それ以外が絶対に無理なんだけど。

 迷子とはいえ地下二階なら覚えてる場所もあるらしく、キバゴのナビゲーションも頼りにしながら先に進んでいく。

 

「にしてもやっぱりハルカは強いな。頼りになる」

 

「えへへ、そう? ありがと」

 

「なんでそんなに強くなったんだ? やっぱり博士の手伝いしてたら自然とって感じ?」

 

 地味にずっと気になってた事を聞いてみる。

 本来のハルカはあくまでもフィールドワークの一環でトレーナーをやってただけであり、強さを求めるようなイメージはない。

 まあそれでも最終的にチャンピオンになった主人公と同等近い域まで達してたりするけど、それはまあゲームの都合だから置いとくとして。

 だとしてもそこまで成長するのには主人公というきっかけが必要なはず。

 原作開始前の時点でここまで成長した理由はなんなのか。

 

「必要だから強くなったって感じかな? ほら、図鑑完成させようと思ったら危ないところにも行かなきゃだし、そうなると強くならなきゃなーって」

 

「そうなのか。でもそれならリーグに挑戦する必要はなくないか?」

 

「一応あたしもトレーナーだからね。どこまで行けるか試したくなったんだよ」

 

 すらすらと答えるハルカ。

 なんだかんだハルカもトレーナーだったか……いやまあ、少なくともヒワマキくらいまでは主人公に先行してるくらいには強いもんな。

 現実にあって意思が存在するならそういうもんか? 

 

「やっぱりそういう闘争心必要かなぁ……俺そういうのあんまり無いんだよな……」

 

 別に問題さえ解決出来れば個人的にチャンピオン目指す気も無いんだよな。ハルカの言葉を借りるなら『必要だからやってるだけ』。

 ダイゴさんにも変な期待されたけど、バッジをコンプリートしたとして果たしてリーグに挑戦するかは怪しいところ。

 

「あはは、ユウキくんはちょっと珍しいかもね。でも才能はあると思うから、あたしとしては行けるところまで行ってほしいな」

 

「どうなんだろうな。まあやるだけやってみるか」

 

 とはいえ期待される分には悪い気はしない。

 こんな言葉でやる気が出るんだから自分でも単純だと思うけど、かわいい女の子にこんな応援されたら誰だってやる気を出すものじゃないだろうか。

 

「とにかくまずはキバゴを群れに戻して──」

 

 “げきりん"

 

「ッ! 危ないっ!」

 

 ドンっとハルカに突き飛ばされる。次の瞬間、轟音を響かせて何かがその空間を叩き潰した。

 砂が巻き上げられて状況が把握出来ない。大きな何かがそこにいるだろうことだけがシルエットを通してわかった。

 

「おい、ハルカ!? おい!」

 

「大丈夫!」

 

 一瞬最悪の想像が頭を過ぎったがすぐに返事があった。

 ほっと胸を撫で下ろしてシルエットを見る。

 煙が晴れて現れたのは、攻撃を受け止めたハルカのバシャーモ(ちゃも)の姿ともう一つ。

 二足歩行で立つ金の鎧のような鱗を持った、斧のような牙が特徴的なそのポケモンの名は──。

 

「──オノノクス……!?」

 

 いるだろうとは思っていた。けど、あんなデカいやつの接近に気付かないとは……! 

 

「グルルルルッ!」

 

「ちゃも!」

 

「シャッ!」

 

 “ブレイズキック"

 

 炎を纏った蹴りがオノノクスの腹に突き刺さり、出来た隙でバシャーモがハルカを抱えて離れた俺の近くまで来る。

 けど、少し呻き声を上げたくらいであまり効いた様子は無い。やっぱり半減だとそんなもんか……。

 

「なあ、あいつ……」

 

「うん、多分跳んで来たんだと思う。明らかにユウキくんを狙ってたから危なかったね」

 

「おいおい……」

 

 シャレになってない。あんなの受けたら即死じゃないか。

 

「キバ!」

 

「あっ、おいキバゴ!?」

 

 何を思ったのかキバゴがオノノクスに向かって飛び出して行った。何考えてんだアイツ!? 

 

「キバキバ! キバ!」

 

「グルォォォォォッ!!」

 

「キバッ!?」

 

「フォルテ“でんじは"!」

 

「ちるっ!」

 

「グルァッ!?」

 

 咄嗟に相手をマヒさせる“でんじは"を使わせる。

 それを受けたオノノクスが僅かに動きを鈍らせ、飛び込みながらキバゴを回収し急いでその場から離れる。

 

「お前バカか!? 勝てるわけねえだろ!?」

 

「キバ、キバキバ!」

 

「何!? わからん!」

 

 何か訴えてるのはわかるけど言いたい事が伝わってこない。

 オノノクスとキバゴ(自分)を交互に指差してる? 何? 

 

「あっ! まさかアレお前の親とかボスなのか!?」

 

「キバ!」

 

 力強く頷くキバゴ。

 だったら話は早い! 

 

「それならあいつ説得してくれよ! お前を送り届けに来ただけだって!」

 

「キバ……キバキバ……!」

 

「多分その子さっきやろうとしてたよ。興奮してるせいで聞く耳持ってないけど」

 

「ちくしょうふざけんなよ! あ、でももうこれで目的達成だしこのまま逃げればよくね?」

 

「いやー、あのオノノクス結構怒ってるから追ってくるんじゃないかなー。あたしたちがキバゴを攫ったとか思ってるかも」

 

「はあ!?」

 

 冗談じゃない。なんで必死の思いで送り届けに来たのに殺されかけなきゃならないんだ。

 

「ちょいタンマタンマ! 俺たちはこのキバゴを群れに帰そうとしただけだって! ほらお前もなんか言ってやれ!」

 

「キバキバ! キバァ!」

 

「グルァァァァァッ!!」

 

「うおお危ねぇ!? ダメだこれブチギレてる!」

 

 正に聞く耳持たずで攻撃を仕掛けてくるオノノクス。これどうすんだよ! 

 

「うーん、倒すしかないかなぁ……会話は無理そうだし」

 

「倒すって……うっわレベル六十超えてるし! ごめんハルカ頼んだ!」

 

「了解。手荒になるけどゴメンね──あれ?」

 

 バシャーモとオノノクスが対面し、いざ打ち倒さんとバシャーモが動き──だそうとして、その前にぬっと闖入者が現れ、オノノクスの頭を地面に叩きつけた。

 そのあんまりな光景に思わず黙ってしまう俺とその手持ち。とキバゴ。

 

「もう一匹のオノノクス? でも敵意は無さそう?」

 

 ハルカがそう分析する。確かに怒ってる様子は無さそうだけど……。

 オノノクスの頭を叩きつけたオノノクスがこちらに歩いてくる。な、なんだ? やる気か? 俺じゃ勝てないぞ? 

 思わず身構え、せめてキバゴの前に出て盾になろうとすると、俺の目の前で止まったオノノクスがぺこりと頭を下げた。なんだ? 

 

「……もしかして……謝ってる?」

 

「グルル……」

 

 なんだこのオノノクス? 漁夫りに来た別の縄張りのポケモンか? でもそれにしては穏やかというか……。

 

「キバキバ!」

 

「グルォ」

 

 キバゴがオノノクスと何やら話してるように見える。でも親ってあの倒れてる方のオノノクスのはずで……あ。

 

「……もしかして、母親?」

 

「キバ!」

 

「……マジかぁ」

 

 どの種族でも母親って強いんだなぁ……。

 

「……えーと、どうすればいいんだこれ……?」

 

 予想外の展開に頭がついていけてない。キバゴを返す……でいいのか? 

 

「と、とりあえずそちらのお子さんです。上で迷子になってたっぽいので連れてきました」

 

「グル」

 

 抱えたキバゴをオノノクス(母)に差し出す。するとキバゴがぴょんと跳ねて母ノクスに抱き着きにいった。感動の再会である。

 

「キバキバ、キバ」

 

「オォ? グルルォ……」

 

「キバ!」

 

 何やら会話したかと思うと、キバゴが今度は父ノクスの方へ歩いていきぺちぺちと顔を叩き始めた。

 アレ起きたらまた暴れたりしないだろうな。

 

「キバキバ」

 

「……グルル……グルォッ!? グァァッ!」

 

「キバ、キバキバ、キバ」

 

「グルァッ!?」

 

 おいなんか父親めっちゃ睨んできてんだけど。何言ったアイツ。

 その後も会話の合間にちょくちょく敵意を向けてきたけど、なんやかんやで家族会議が終了した。最後なんか母親に黙らされた感あったけど。

 母ノクスがキバゴを抱えてこちらに歩いてくる。

 

「グルルッ」

 

「え? いいの?」

 

 明らかに差し出されたキバゴ。それはつまり『この子を頼む』という意思表示以外には思えなくて。

 

「お前、最初に聞いた時は行かないって言ったのに」

 

「んー、元々その子外の世界に興味があったんじゃないかな。だから他のポケモンの縄張りに入っちゃったんだろうし。最初に断ったのはお母さんたちに挨拶したかったからかな?」

 

「キバ!」

 

 元気なキバゴの返事。そういう感じなの? 

 

「えー……? じゃあ一緒に来るか?」

 

 モンスターボールを取り出してキバゴに差し出す。

 そうしてキバゴがそれに触れ、何の抵抗も無くボールに収まった。

 

「……本当にいいのか? 父親の方めっちゃ不服そうだけど」

 

 ゴリゴリの敵意を飛ばしてくる父ノクスは大いに何か言いたげだったけど、母ノクスが一睨みするとすぐに目を逸らしてしまった。あんな情けないオノノクスの姿は見たくなかった。

 

「グルル」

 

 最後に一鳴きしてオノノクス夫妻は洞窟の奥へと戻っていく。おそらくは自分たちの巣に帰るのだろう。

 

「……行っちゃった。よかったのか?」

 

「いいんじゃない? 親公認だよ?」

 

「それはそうなんだけど……随分とすんなり任せてくれたなと思って」

 

「さっきキバゴを助けようと飛び込んだり、お母さんが近付いて来た時に前に出たりしてたじゃない? それを見て任せられるって思ったんじゃないかな」

 

「そうかな……ならちゃんと応えないとだな」

 

 キバゴの入ったボールを見て。

 

「それじゃ、これからよろしく──ファング」

 

 かたり、とボールが揺れた。

 




評価や感想、批評等よろしくお願いしマース。
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あとツイッター始めてみたので興味があるなら是非。裏設定とか愚痴とか呟いてる事もあります。

今回出たのは二匹でしたが一応地下二階のトップに君臨してるのがあのオノノクスの群れです。だから縄張りも比較的広いんですけど、その分目の届かない範囲に行く子が出る事もある。
ちなみにボスは別の個体。


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予測を立て、対策を練り、読みを通すという難しさ

遅れてすみません。


チルット(フォルテ)!」

 

「ワンリキー!」

 

 カナズミの時とは違って障害物の無いフィールドへ互いにボールを投げる。

 今回はちゃんとジムトレーナーを突破した上で迎える一戦。

 相手はトウキ。『かくとう』タイプを専門としたムロタウンジムリーダーだ。

 こちらの初手はフォルテを出した。本来のチルットと違って『ひこう』が無いから相性不利だけど、石の洞窟で経験を積んできた分レベルはそれなりに上がっているからいい勝負が出来るはず。

 

「なるほどチルットか。それに色違いとは珍しい。見たところ『でんき』を使える特異個体かな?」

 

 トウキがフォルテを見ながら呟く。

 フォルテの特徴として色違いという見た目の違いはもちろんの事、よく見ると綿のような羽が見てわかるくらいに帯電しているというものがある。

 これは本来チルットが持っていない『でんき』というタイプが発現した事による現象であり、フォルテが徐々に電気の扱いに慣れてきたという証でもある。

 特殊な変化を起こした存在。本来とは異なる性質を獲得したもの。そういったポケモンは『特異個体』と呼ばれるのだと博士から聞いた。

 

「まあそんなところです。んじゃ行きます!」

 

 “でんきショック"

 

 フォルテの身体から電撃が放たれる。遠くから放った故にワンリキーには楽々避けられてしまったけど、目的は当てる事ではなく誘導。

 何発か牽制で撃ちながらタイミングを見計らって──。

 

「──今だ!」

 

「ちるっ!」

 

 “でんじは"

 

「リキっ!?」

 

 相手を『まひ』させる“でんじは"が見事に決まった。

 身体能力が高い『かくとう』タイプにこういった命中不安の技を当てるにはちょっとコツがいる。

 例えば今回やったのは技で相手を動かして本命を当てるという初歩的な技術だけど実践すると結構難しい。ハルカを相手に練習しておいてよかった。

 

「うん、いい指示だ! だけどワンリキーの特性を知ってるかい!?」

 

「もちろん!」

 

 ワンリキーの特性──それは自分が状態異常の時に気合いで『こうげき』を上昇させる“こんじょう"か、相手の攻撃をモロに受ける代わりに自分の技も必ず命中するようになる“ノーガード"、もしくは怯む度に己を鼓舞して『すばやさ』を上げる“ふくつのこころ"のいずれかだ。

 そしてトウキのセリフから察するにワンリキーはおそらく“こんじょう"だろう。今物理技を受けると手痛いダメージになりそうだ。

 

「いくぞ! “からてチョップ"!」

 

「リキィ────ッ!!」

 

「飛んで逃げろフォルテ!」

 

「ちるっ!」

 

 ワンリキーが『まひ』がなんぼのもんじゃいと言わんばかりに雄叫びをあげながら腕を振り上げて突撃してくる。

 けれどそれは羽を羽ばたかせて空中に逃げたフォルテに当てる事は出来ず空振りに終わる。飛べるポケモンはこういう直接攻撃が主な手段の手合いには滅法強い。

 

「そこから“チャームボイス"!」

 

「ちるる〜♪」

 

 フォルテから魅惑的な歌声が発せられ、その音がワンリキーを苦しめる。

 どういう原理なのか全くわからないけど、あまねくポケモンの技にはタイプというエネルギーが宿っているので、一見ただ歌ってるだけにしか見えないこれも『フェアリー』の力が宿っているという事なんだろう。多分。

 

「いいね! ポケモンの能力を活かせている! だけど飛んで逃げる相手は何人も見てきたさ! ワンリキー!」

 

「リキッ!」

 

 そんな攻撃を受けながらもトウキの指示。

 そして指示を受けたワンリキーは特性で上昇した筋力をも利用してフォルテのいる上空まで大跳躍した。

 いや待てそりゃジャンプくらいなら出来るだろうけど未進化で『まひ』のお前がそんな速く跳べんの!? 

 

「ちるっ!?」

 

「マズ……! 逃げ──!」

 

「いいや逃がさないね! “ちきゅうなげ"!」

 

「リキィ!」

 

 フォルテが驚いている隙を見逃さずワンリキーががっちりホールド、そのまま地面に思いっきり叩きつけた。

 ゲームだとレベル分の固定ダメージという技だけど、こっちだとタイプ相性が適用された上で能力値に応じて固定ダメージが変動してる気がする。

 まあ要するに何が言いたいのかというと、ワンリキーのレベルがだいたい二十でフォルテに抜群だから確定した数値で見たダメージとしては四十くらい? 

 で、ワンリキーの『こうげき』が上がってる状態だからダメージに更にボーナス。つまり──。

 

「……お疲れ、ごめんなフォルテ」

 

 ──一撃KO。着地したワンリキーが得意気にポージングを決めていた。

 目を回してしまったフォルテをボールに戻す。

 今のは俺が良くなかった。跳躍という手段は予想出来てたのにあまりの速度に硬直して指示を出すのが遅れてしまったのが原因だ。

 フォルテは産まれたばかりだし戦闘経験が浅いのもあってアレに反応しろというのが無理な話。トレーナーの俺がしっかりしなければ。

 さて、こうして迷ってる間に“ビルドアップ"とか積まれたら面倒だ。次に切り替える。

 

「頼んだ、キバゴ(ファング)!」

 

「キバっ!」

 

 初陣その二。次鋒はファングだ。

 特に相性の差は無いけどフォルテが残してくれた『まひ』をどう活かすかだな。

 確かに跳躍速度には驚いたけど、あれは溜めを作って出した一瞬の加速だ。平常時の速度が下がってる事に変わりはない。

 

「“ダブルチョップ"!」

 

「“からてチョップ"!」

 

 互いに似たような性質の技。

 けれど『まひ』で出来た『すばやさ』の差と手数でファングがやや有利。そして──時間をかければいつかは()()

 

「リッ……!?」

 

そこだ(“ダブルチョップ")!」

 

「キバァッ!」

 

 ワンリキーが痺れて動けなくなった一瞬、完全に無防備になったところにキバゴがラッシュを叩き込む。

 一発、二発、三発。そして四発目を入れたところでワンリキーが沈んだ。どれかが急所に当たったかな。

 

「うん、ちゃんとチャンスを見逃さない目も持ってるね。でもこいつを倒せるかな!? ハリテヤマ!」

 

「はぁ!?」

 

 今なんて言ったコイツ!? 

 なんて言うまでもなく、トウキが投げたボールから出て来たのは相撲取りを連想させる姿をしたがっちりとした体格を持つハリテヤマだった。

 おかしい。バッジ一つに使っていいポケモンじゃない。

 

「ちょっ……!? もうハリテヤマ使ってくるのはズルでは!?」

 

「普通ならマクノシタだけどキミの話はツツジから聞いているからね。なんでも本来より高いハードルを超えたそうじゃないか。ならボクも相応のポケモンで相手をするよ!」

 

「いらねぇそんな親切心! おいハルカお前のせいだからな!」

 

「頑張れユウキく〜ん」

 

「ああ頑張るよチクショウ!」

 

 クッソこれ多分全ジムリーダーに連絡回ってるだろ! 下手したらまた指令とか使ってくるだろこれ!? 

 出来ればフォルテとファングだけで勝ちたかったけどジュプトル(カイン)いなきゃ絶対無理だな。何してくれてんだあの女ども。

 

「なあファング、多分お前じゃ勝てないけどやるか?」

 

「キバ……キバっ!」

 

「そうか、よし頑張れ! いけるとこまでいくぞ!」

 

 どう見ても勝てないような相手に手持ちをぶつけるのは個人的にはナシだけど、本人にやる気があるならそれを無碍にもしない。

 格上を相手にする経験は積める時に積んでおいた方が色々お得だ。メンタル面とか経験値的に。

 

「とにかく回避優先! しっかり相手の動きを見ろ!」

 

「キバ!」

 

 攻撃したところで大したダメージは入らないだろう。それなら少しでも長く相手の動きを見る事に集中する。

 もちろんいけそうなら攻撃するけど、迂闊に飛び込めば四倍くらいある体格差に押し潰されるのがオチだ。タイミングは慎重に計らないといけない。

 ここは小さな身体を活かして撹乱するのがベストだと判断する。

 

「“りゅうのいかり"!」

 

「振り払え!」

 

 とりあえず遠距離から“りゅうのいかり"で攻撃させたけど、まあ案の定というか技ですらない片手で薙ぎ払われた。特殊方面に適性が無いのとレベル差があるからなぁ……。まあいいや。

 

「構わない! いけると思ったらどんどん撃ち込め!」

 

「キバァ!」

 

 しばらくはファング自身の判断に任せつつ相手の判断に即応出来るように構えておく。

 ハリテヤマが遠距離攻撃手段を持ってるかはわからないけど、こういう引き撃ち戦法に対応出来ないわけがない。

 重量がある分ワンリキーのような急加速が出来るとも思えないし、果たしてどうやって距離を詰めてくる? 

 

「不利な接近戦は避けて遠距離に徹する、と。だけどキバゴにその戦い方は向いてないんじゃないかな?」

 

 そのポケモンに向いた戦い方をしないとね、とハリテヤマが動き出した。ただファングに向かって突撃するというそれだけの行為。

 ファングが迎撃しようと“りゅうのいかり"を放つも、圧倒的な耐久にものを言わせて突っ込んできた。

 ただまあ、それくらいならやってくるだろうと予想出来てたので冷静に距離を取るように指示を出す。

 元々体力方面に優れたポケモンだから“りゅうのいかり"くらいなら構わず突撃してくるくらいは平然とやれそうだし、事実その通りになった。

 これがいわゆる『読み』というやつになる。……まあセオリー通りに動く相手にしか通じないんだけども。技能とかある中でこれを通せと言われても今の俺じゃ無理。

 

「今度はちゃんと避けたか。ならそろそろこっちからも動こうかな! ハリテヤマ!」

 

「ハリィ!」

 

 ハリテヤマが四股を踏むように大きく足を振り上げて。

 

「っ! ファング跳べ!」

 

 “じならし"

 

 ドスンッ! と勢いよく地面に足を叩きつけた衝撃が地面を伝わりグラグラと揺らす。しかしそれは先んじて空中へと跳んだファングには当たらない。

 こういう露骨な事前動作がある技は見てから対処が楽だから助かる。まあ手加減してくれてるからこうなってるだけだろうけども、裏を返せば『これくらいは対処しろ』という事なのだから。

 

「お、判断が早いね。このまま逃げ回られるとちょっと面倒になるかな」

 

 なんてトウキは言うけど、まず間違いなくハリテヤマを削り切る前にファングのスタミナやPPが先に尽きる。

 基礎能力が違うんだから結局のところこれは時間稼ぎでしかない。だからどこかのタイミングでカインと交代したいところではあるんだけど。

 

「仕方ない。ハリテヤマ!」

 

「ハリィ!」

 

 “きあいだめ"

 

 ハリテヤマが気合いを入れて。

 

「“つっぱり"だ!」

 

「ハリハリハリハリハリィ────ッ!!」

 

 “とうきかいほう"

 

 “つっぱり"

 

 全身に気合いを漲らせたハリテヤマが虚空に向かって“つっぱり"を始めた──かと思うと、張り手を象った闘気が凄まじい勢いで飛んでくるではないか。

 そういうのは聞いてないが!? 

 

「──なん……っだソレ!? くっそファング回避!」

 

「キッ、キバッ!」

 

 迫り来る張り手の嵐をどうにか避け続けるファング。

 あれ多分技能だな。“きあいだめ"状態の時に接触技を非接触技に変えて威力上げるとか多分そんな感じだ。確かZ技であんなのあったぞ。縮小規模とはいえ再現してくるなよ。

 

「当たり前のように技能使ってきやがって……! 俺はまだろくに使えないというのに……!」

 

「キミ相手なら解禁していいって聞いたからね。さあ、どう突破する?」

 

「これ勝てたらその認識改めてもらうように連絡してもらえます!?」

 

「いや、勝てたらむしろこの認識で正しいという判断になると思うけど」

 

「そりゃそうですね! ああもう!」

 

 頭を抱えながら戦況を見る。

 ハリテヤマはどうやら“きあいだめ"状態が解除されてるようだ。多分あの技能を使うと解除されるようになってるんだろう。

 となるとさっきの技は“きあいだめ"をもう一度使わないと使えないはず──ではあるけども。

 

もう一度(“きあいだめ")だハリテヤマ!」

 

「ハリィ!」

 

 “きあいだめ"

 

 使うのを阻止出来るわけでもないんだよなぁ。攻撃しにいったとして耐久に任せて無理やり使ってくるに決まってる。

 さっきは何とか避け切れたけど次も同じように出来るかといえば怪しいところ。

 アレを見た以上逃げ切れるとも思わないしここは勝負を掛けるべきか。

 

「ファング」

 

「キバっ」

 

 ファングが頷く。どうやら俺と同じ考えらしい。ここら辺の判断力というか、勝負どころを見極めてくれるのはありがたい。

 

「当たって砕けろ、だな。頑張れファング!」

 

「キバァ!」

 

 ここからはファングの好きなようにやらせる。

 一撃当てられれば最高。何も出来ずにやられてしまってもそれは仕方ない。この場面でファングがどう動くか、どう動きたいかを見れれば十分だ。

 

「その意気や良し! ハリテヤマ“つっぱり"だ!」

 

「ハリハリハリィ────!!」

 

 さっきと同じように闘気で形作られた張り手がファングに迫り来る。

 小さな身体を活かして回避し、時には当たりながらもハリテヤマに向かって懸命に突き進む。

 そうして懐に潜り込む事に成功し、絶好の攻撃チャンスが訪れた。

 

「キ……バァ────ッ!!」

 

 一際強くファングが咆哮し、その手に竜のオーラが収束する。

 それはやがて爪の形を形成して。

 

 “せんとうかん"

 

 “ドラゴンクロー"

 

 今のファングじゃまだ覚えられないはずの“ドラゴンクロー"がアッパーカット気味に振り上げられハリテヤマを切り裂く。

 一撃当てた! 上出来すぎる! 

 

「ハリッ……!?」

 

「怯むな! “はっけい"だ!」

 

 予想外のダメージだったのか一瞬ハリテヤマが硬直するもトウキの指示で即座に行動、ファングが技を振り切った後隙に“はっけい"を撃ち込まれる。

 直撃を受けて吹き飛ばされたファングは目を回して戦闘不能。だけど──。

 

「お疲れファング。ナイスガッツだったぞ」

 

 新しい技を習得した上にしっかりダメージも入れた。更に“きあいだめ"状態まで解除したのだ。これ以上無い程の成果と言っていい。

 

「さあ後輩が頑張ったぞ! 決めろカイン!」

 

「ジュアアアアアア!!」

 

 最後に出すのはもちろんカイン。二匹が頑張った分ここで決める! 

 

「“こうそくいどう"!」

 

 まずは身体から余分な力を抜いて『すばやさ』を上げる“こうそくいどう"を積む。

 これで観察している限りだと見た目通りの『すばやさ』しかないハリテヤマがカインを捉えるのは難しくなったはず。

 

「続けて連続の“リーフブレード"!」

 

 そうして動きで撹乱しながら足を止めずに“リーフブレード"で切り刻んでいく。これで『受けて反撃』というハリテヤマの得意技は使えないだろう。

 

「なるほど、流石に速い。だけどね──」

 

 しかしトウキが不敵に笑う。

 

「──そういう相手を捉える訓練もしてるよ!」

 

 “みきり"

 

 高速で動き回るカインの右腕をハリテヤマが掴む。

 今のはおそらく“みきり"だ。それを使って高速化したカインを捉えた──! 

 

「こうなれば自慢の『すばやさ』も活かせないだろう! さあトドメ(“はっけい")だ!」

 

 ハリテヤマが両手と共にカインを持ち上げ地面に叩きつけようとする。

 そうだ。『かくとう』タイプのジムリーダーのポケモンが“みきり"を使えないわけがない。

 スピードで撹乱しようとすれば、それを止めるために必ず“みきり"を使ってくるであろう事は想定して然るべきなのだ。

 

「カイン!」

 

「ジュッ!」

 

 ドンッ! と重い音が響く。

 あの“はっけい"をまともに喰らえば『ひんし』とは言わずとも大ダメージは免れないだろう。もしかしたら『まひ』状態になるかもしれない。

()()()()()()()()()()()()()

 

「──ッ! これは……!」

 

 そう、()()()()()()()()

 最初から想定出来ているなら事前に対策を仕込んでおく事だって簡単だ。

 カインは捕まって地面に叩きつけられる瞬間、頭から伸びた長い葉をハリテヤマの腕に巻き付けて身体ごと張り付いたのだ。

 元々木々の多い場所に生息する種族だ。こうやって何かにしがみつく動きをマスターするのにそう時間はかからなかった。

 ハリテヤマは想定外だったけど、念の為にゴーリキーとか出してくる事を想定して練習させておいてよかった。

 そしてハリテヤマは全力の“はっけい"を撃ち込んだから後隙で動けない。多少体勢が悪かろうがこの距離なら関係無い! 

 

決めろカイン(“リーフブレード")!」

 

「ジュアアアアアア────ッ!!」

 

 左腕の刃が輝き、がら空きの腹を振り向きざまに一閃する。

 避けようのない急所への一撃がハリテヤマの体力を一気に奪い去って。

 

「ハ……リ……ィ……」

 

 ズゥンと重い音を響かせながらフィールドに沈んだ。

 誰が見ても戦闘不能なのは明白。つまり──。

 

「──おめでとう。キミの勝ちだ」

 

「よっしゃ!」

 

 ──ムロジム戦、無事に制覇完了だ! 

 

 




評価や感想、批評等あればよろしくお願いしマース。
あとツイッター始めてみたので興味があるなら是非。たまに何か呟いてます。

ちょっとシンプルめなジム戦でした。
最初と違って危なげなく勝ってるように見えるのは対策量の差ですね。進〇ゼミならぬハルカゼミでやったところが出ました。







ここから下はいつもの設定解説。いらない人はブラバ推奨。








特異個体
ポケモンが原種の生態をほとんど保ったまま特別な変化を起こした個体の事。一番ポピュラーな例が色違い。
他にもサイズが極端に大きかったり小さかったりした場合もこれに当たる。USMのぬしやアルセウスで言うオヤブンもこれ。
実際に出たわけじゃないけどデルタ種もこれに当たります。
これに関しては作者がデータ作る時にわかりやすいよう設定してるだけなので作中で表記する事はあまり無いと思います。図鑑表記ですらやらない。


ハリテヤマ
『技能』
『とうきかいほう』
自分が“きあいだめ"状態の時、自分が使う『かくとう』タイプの技の威力を1.5倍にして非接触技にする。また、連続攻撃技の場合必ず最大回数使う。この技能を使ったターン終了時に“きあいだめ"状態を解除する。
闘気を纏ったり放ったりでダメージを上げるイメージ。気力が充実してるから連続技も張り切って最大回数使うといった感じ。
ちなみに名前はシャレとかではないです。

キバゴ
『裏特性』
『せんとうかん』
確率で技の威力が1.1倍になる。また確率で受けるダメージが4/5になる。

戦闘勘。
ユウキが仕込んだわけじゃなく、生来保持してる才能のようなもの。
ただ今のところは本人も自覚してないので未完成。今回はたまたま発動したのでこの時点で片鱗に気付いたのはトウキとハルカだけ。
ちなみに6V個体=天才はデフォルトで複合的にこの裏特性を備えてます。このキバゴは6Vじゃないけど戦闘面でこういう才覚があった。


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アイドルといっても実は普通の人と変わらないらしい

特に事情は無いですが遅れました。
今後もちょっと更新ペース落ちるかも。


 ジム戦を終え、ナックルバッジとわざマシン08(“ビルドアップ")を受け取り外に出る。

 

「ありがとな、ハルカ。おかげで対策が出来た」

 

「ううん。考えたのはユウキくんだし、あたしはちょっと手伝っただけだもん。上手くいってよかったね」

 

 ハルカとのそんな会話。

 今回のバトルはハルカとの模擬戦が大きく勝利に貢献したのは言うまでもない。

 ハルカのエースが『ほのお』『かくとう』のバシャーモかつ人型、さらに“みきり"の精度も高いので“みきり"対策をとにかく重点的にやらせてもらったのだ。

 本当ならワンリキーやマクノシタ、出てきてゴーリキーくらいだろうと思ってたからハリテヤマが来た時は焦ったけど何とかなってよかった。

 ちなみに体格差的に腕に張り付けないワンリキーやマクノシタ相手の時は、受け身でダメージを軽減してから反撃するつもりだった。

 ああうん、投げ飛ばされるのは確定してる。腕力って意味だとよっぽどじゃなきゃ『かくとう』タイプに体格差とかあってないようなもんだから。

 チルット(フォルテ)に関しては受け身とかはさせずにそもそも触られない様に立ち回る事前提に考えてた。キバゴ(ファング)はまだしもチルットはフォルム的にどうやっても受け身不可だし。

 まあこっちは上手くいかなかったんだけどさ。

 

「これでバッジ二つ目か。意外と順調に集まるもんだな」

 

「ハイペースなのは確かかも。まだ旅してから二週間くらいしか経ってないし」

 

 週にバッジ一つというハイペース。

 まあこれはあくまでもスタートダッシュに過ぎないので、今後はそうもいかなくなるんだろうけど、新人トレーナーとしては上手くやれてる方なんじゃないだろうか。

 

「さて、キバゴも捕まえたし、バッジも手に入れたし、ダイゴさんにも会えたし。もうムロでやる事はないかな?」

 

「そのはずだよ。もうカイナに行っちゃう?」

 

「そうだな。期限も迫ってきてるし留まる理由も無いしな」

 

 正直こんな重要パーツをいつまでも抱えていたくないし。

 

「それじゃハギさんにお願いしないとね。また船に乗る事になるけど大丈夫?」

 

「あー……まあ一応酔い止め飲むから大丈夫……だと思いたい」

 

「そう? でもまた気持ち悪くなったら言ってね?」

 

 ムロに来た時の事を思い出して少し気分が落ち込む。

 快適な船旅とはいかないのが世知辛い。せめて安全運転してもらうようにお願いしようかと思ったけど、なんとなくああいうタイプはその手の提案を無下にする気がする。

 

「酔ったらまた迷惑かけるけどその時は頼む。んじゃ行くか」

 

「おー!」

 

 目指すはカイナの造船所。

 早めに重荷から解放されたいところである。二重の意味で。

 

 

 * * *

 

 

 カイナシティとは一言で言えば大きな港町である。

 人とポケモン、そして自然が行き交う港というキャッチコピーに違わず様々な人と活気で溢れており、中には外国人であろう人間も散見される。

 船の運転は依然として変わりなかったものの酔い止めが効果を発揮したおかげでなんとか酔いも軽度で済んだし、これ以降しばらくカナズミやムロに戻る事情も無いのでハギ老人に別れを告げ、近くの海の家で少し休んでからクスノキ造船所へと向かった。

 そしてまあ案の定というか、クスノキ館長は博物館の方に行っているようで直接渡して欲しいと頼まれたので『海の科学博物館』に足を踏み入れてみれば。

 

「……おお……」

 

 その名の通り海を連想させるような青と白を基調とした内装と、そこかしこに配置された海関連の展示物。

 流石に街を代表する建物なだけあって豪華というか、力が入っているのがわかる。

 

「人もいっぱいだね。そんなに人気なのかな?」

 

「ソウダナァ」

 

 ハルカの言葉通り、見える範囲だけでも館内には結構な人数がいる。

 でも悲しいかな、ゲーム通りならそれらの半数くらいはアクア団かマグマ団だったりする。

 デボンを襲撃したのがアクア団だったからここもアクア団だろうか。制服着てないからわからないけど。

 

「ユウキくんはこういうとこ好き?」

 

「いや、別に普通かな。でも展示物を眺めるのは嫌いじゃない」

 

 俺は元々こういった施設に縁が無い……というか、あまり興味を持ってない部類の人間なんだけど、それでも実物を目にすれば相応に興味も湧く。

 自分から足を運ぶ気にはならないけど、何かの用事で来たならついでに見ていこうか、くらいの関心は持つのだ。

 ……うん、まあ、全くの無関心ってわけじゃない程度だな、うん。

 

「でも今はクスノキさんを探す方が先かな。ここにいるらしいけど」

 

 辺りを見回してみるも、それらしい人物は見当たらない。

 一応館に備え付けられてるパンフレットを持ってきたからそこに載ってる顔を探せばいいんだけど、一階にはいなさそうか? 

 

「二階の方かもな。行ってみよう」

 

「うん」

 

 ハルカと共に二階に上がってクスノキ館長を探していると、船の模型が展示されている辺りにそれらしい人物を発見した。

 その場所に近付いていかにも偉そうな雰囲気を持った初老の男性に話しかけてみる。

 

「あのー、クスノキ館長ですか?」

 

「はい? いかにも私がクスノキだが……」

 

 ビンゴ。

 これでミッションクリアだ。

 

「デボンコーポレーションから荷物を預かって来ました。こちらを」

 

 鞄から荷物を取り出してクスノキ館長に渡す。

 そうして館長がその中身を見て、もう一度こちらに向き直った。

 

「おお、確かに! では君がツワブキさんが言っていたトレーナーか。どうもご苦労様」

 

「いえいえ。ついでに造船所まで護衛しますよ。最近は物騒ですから」

 

 などと周囲を牽制しておく。

 ゲームだとこの辺りで連中が乱入してきて荷物を奪おうとしてくるんだけど、ゲームと違って無名のトレーナーじゃないハルカという存在がいるおかげで、白昼堂々と襲ってくるような事は無さそうだった。こんな建物内で事を構えたくないし助かる。

 ……実はアクア団なりに周りに気を遣ってたりするんだろうか。一応海が題材の建物だし。

 

「ありがとう。ではお願いするよ」

 

 クスノキ館長の承諾も得たので博物館を出て造船所へと向かう。視線は感じる気がするけどやっぱり手を出して来るような気配は無い。

 そのまま何事も無く造船所へと辿り着いたので、変な連中(アクア団)に気を付けるようクスノキ館長に告げて外に出た。

 さっきまで感じていた視線もさっぱり無くなってるし、とりあえず諦めてくれたって理解でいいだろうか。

 

「……なんかあっさりと終わったな」

 

「そりゃまあ荷物を渡すだけだし。それとも何か起こってほしかったの?」

 

「まさか。何も無いのが一番だよ」

 

 そう、何も無いのが一番に決まってる。だけどなんて言うか、どうにも落ち着かない感じがする。

 それは本来起こるはずだったイベントをスキップした事で、どんな影響が出るかわからないからか。

 いっそここでアオギリとかが出てきてくれればそこを抑えてアクア団は潰せたかもしれないのに。いやまあ、それはそれでシナリオブレイクではあるんだけど。

 ……まあ今気にしても仕方ないし、なるようにしかならないだろう。深く考えない事にする。

 

「それより何しようか。キンセツシティに向かってもいいけど……」

 

 荷物をクスノキ館長に届けるという依頼は達成出来たけど、もしかしたらまだアクア団がこの街に潜伏してるかもしれない。

 そうなると俺──というか、ハルカがこの街から去ったのを見て荷物を奪取、なんて事にもなりかねないわけで。

 少しの間はこの街に留まってた方がいいかもなぁ、なんて事を考えながらハルカに考えを聞いてみる。

 

「そうだね……じゃあ市場の方に行ってみない? 色々役に立つ道具が売ってるかもだし」

 

「よし、それじゃあ市場に──」

 

「あ──っ! ハルカちゃん!?」

 

「何──うっ……」

 

 向かおうかというところで、向こうの方から声がかかった。

 声質からして女の子だけど誰だろうか。

 声のした方を見てみれば、そこには青を基調としたへそ出しの服に首や手、腰や足周りに白い綿をあしらったアイドル衣装を身に纏う、ホウエンで知らぬ者無しのトップアイドル──。

 

「久し振りだね! 元気にしてた? コンテストはやる気になった!?」

 

「あ、あはは……久し振り、ルチアちゃん……。コンテストはまだいいかなーって……」

 

 ──ルチアがいた。

 随分ハルカと親しげだな。前の旅の時に会ってたとかかな。

 その割にはハルカは他人行儀というか、ちょっと引いてるみたいだけど。

 

「そう、それは残念──あれ? あなたは?」

 

「ど、どうも。ユウキです」

 

 完全にハルカしか見えてなかったルチアの視界に入ったようなのでとりあえず挨拶しておく。

 それにしても珍しい姿が見れた。なんか新鮮だったな。

 

「ユウキくんだね。初めまして、わたしはルチア。コンテストアイドルやってます!」

 

「ああうん、知ってます。雑誌とかで見た事ありますし」

 

「敬語じゃなくていいよ! 歳もあんまり変わらないと思うし!」

 

「そうで……そうか。じゃあお言葉に甘えて」

 

 ルチアの年齢って色んな意味で公式には明かされてないけど、背格好から考えると(主人公)と同年代くらいっぽいんだよな。

 それにしても元気というか、親しみやすさのあるアイドルだ。こういう優しい子に限って変なのに付き纏われたりするんだから不条理な世の中だと思う。

 

「ねえねえ、あなたはコンテストに興味は無い? とっても楽しいよ!」

 

「いやー、見るのは好きだけど自分がやるのは……」

 

「……なんでさっきからちょっと目を逸らしてるの?」

 

「…………別に」

 

 だってそんなへそ出しルックとか目に毒だし。あと顔がいい。しかも物理的に距離が近い。

 ハルカといいルチアといい自分の容姿を自覚しろ。世の中善人だけじゃないんだぞ。

 

「……ルチアちゃん、近いよ?」

 

「あっ、ごめんね? つい……」

 

 こちらを覗き込むように身を乗り出していたルチアも、ハルカの一声で少し距離を取ってくれた。

 ありがとうハルカ、助かった。でもその意識を自分にも向けてほしい。

 

「相変わらず熱心にスカウトしてるんだね。これで何人目?」

 

「ユウキくんを入れたらちょうど百人目だよ! そしてハルカちゃんは五十人目! だからこれはやっぱり運命なのよ! きっとあなたたち二人はわたしの求めていたトレーナーさんに違いないのよ!」

 

 何かルチアが自分の世界に入ってしまった。

 というかハルカもスカウトされてたのか。まあ容姿を考えれば出会って即スカウトされててもおかしくないとは思うけど。

 そんなルチアを横目に見ながらハルカが聞いてくる。

 

「……で、ユウキくんはコンテストやるの?」

 

「いや、さっきも言ったけど見るのはともかく自分がやるのはちょっとな。何をやればいいのかすら全くわからないし」

 

「だって。残念だったねルチアちゃん」

 

「ええ──っ!? でもでも、あなたたちなら絶対輝けると思うの! ほら、衣装だってあるし! 衣装さーん! 持ってきてー!」

 

 なんだ。何が彼女をここまで駆り立てるんだ。

 

「というか、俺はともかくハルカもやんないの? 興味無いのか?」

 

 これはゲームというよりアニメの影響の方が強いけど、ハルカといえばコンテストのイメージがある。

 もちろんこれらは設定が全然違ったりするから一概に同じとは言わないけど、微塵も興味が無いって事も無いと思ってたけど。

 

「ん……興味が無いわけじゃないよ。ただ他にやる事があったってだけで」

 

「それがジム巡りか?」

 

「それは半分かな。もう半分はまだ終わってないから」

 

 そんなハルカの言葉。

 残りの半分ってあれか? 前にダイゴさんと話してたやつが関係してるのか? 

 だとしても今は半分くらい自由行動みたいなものなんだし、ちょっとくらい自分のやりたい事優先してもいいと思うけどな。

 

「興味があるならやってみればいいんじゃねえの? ルチアもあんなに推してるわけだし」

 

「うーん……なんというか、今やっても集中出来ないと思うから。それはコンテストに出てる他の人にも失礼だし、全部終わったらまた考えるよ」

 

「そりゃ残念。せっかくならコンテストやってる姿ちょっと見たかったけどな」

 

 どうにも意思は固いようだ。

 こういう真面目さはハルカのいいところだけど、もっと気楽に考えていいと思うんだけどな。

 

「……ユウキくんって、ルチアちゃんが着てる服みたいなの好きだったりする?」

 

「えっ」

 

 絶妙に答えにくい質問してきたな。

 そりゃ本心を包み隠さず言うなら好きだよ。でも大変目に眩しい格好でもあるわけで、素直に答えようものなら変態の扱いを受けても何も言えなくなってしまう。

 

「その、ね? あたしが貰った衣装もちょっと露出があるというか、お腹が出てるから、ね? ユウキくんがああいうの好きなら……」

 

「やめようぜこの話。どう答えても俺が不利になる」

 

 少し顔を赤くしたハルカがそんな事を言い出した。

 やめろよ、この流れで好きって言ったら完全にそれ目当てでしかなくなるだろうが。

 というか俺そういうの好きそうと思われてんの? 否定はしないけどショックなんだが。

 

「そんな事言わずにあなたからも何か言ってあげて! ハルカちゃんなら絶対にスターになれるの! わからない事があるならわたしが教えてあげられるし!」

 

「知らん巻き込むな! 何言っても俺が損するだろうが!」

 

「どうして!? あなただってさっきからわたしのお腹をチラチラ見てるんだし好きなんでしょ!?」

 

「うおおやめろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 何言ってくれてんのコイツ!? 

 そりゃ見るよ! 男なんだから仕方ないじゃん! でもそこは黙ってスルーしてほしいところじゃん! なんで言うの!? 

 

「……やっぱり好きなの?」

 

「違う! いや違くはないけど誤解だ! これは男の性というか生理現象というか……やめろ自分の腹を見るな手を当てるな! そういうのじゃねえから!」

 

 何!? 羞恥プレイか何か!? それとも俺を社会的に抹殺したいの!? 

 

「もう勘弁してくれ……それにハルカも『今は』って言ってるんだし、無理にやらせる事ないんじゃねえの?」

 

「うう……それはそうなんだけど……」

 

 どうやらよっぽどハルカに入れ込んでるらしい。

 気持ちはわからなくもないけど、本人の気が向くまでは気長に待つしか無いと思う。

 

「ごめんねルチアちゃん。旅が終わったらまた考えるから」

 

「ハルカちゃん前もそう言って断って──あれ? そういえばハルカちゃんって前は一人だったよね? でも今はこの人と一緒……」

 

 瞬間、ルチアの目がキラリと光る。なんか嫌な予感がする。

 

「まさかまさか!? 二人ってそういう関係!? だったら今日一緒にいるのも、もしかしてデートだったり!?」

 

「でっ……!? おい待てって──」

 

「ああ、きっとそうなのよ! 確かにアイドルに恋愛はご法度……だからハルカちゃんはずっと断ってたのね!」

 

「ちょ、違──」

 

「だったら無理には誘えない……ううん、今この瞬間もわたしがいるのは無粋ね! じゃあ二人ともお幸せに! あ、でもコンテストに興味が出たら参加してみてね! はいこれ!」

 

 俺の言葉は耳に入ってないらしく、一人で盛り上がったルチアは『コンテストパス』と『ポロックキット』と『ライブスーツ』の三点セットを俺に押し付け、そのまま手を振って去ってしまった。

 ……とんでもない勘違いされたんだが。

 

「……やっべぇ、どうしよう……」

 

「ルチアちゃん、思い込みが激しいところがあるから……まあ言いふらしたりするような子じゃないから大丈夫だと思うけど……」

 

「にしてもデートか……やっぱり端から見るとそう見えるのかな……」

 

 男女の二人旅ってだけならまだともかく、ハルカは距離感が近いし仕方ないのかもしれない。

 やっぱりもう少し言った方がいいかもなぁ。

 

「……ユウキくんはあたしとデートとか嫌?」

 

 なんて事を考えていると、ハルカが遠慮がちな声音で聞いてきた。

 ……これもまた答えにくい質問だなぁ。でもそんな不安そうな顔されたら素直に答えるしかないじゃないか。

 

「いや、別にそんな事ないぞ。ただそういうのは好き合ってる男女がやる事だからな……」

 

「そっか……うん、そうだよね。ユウキくんはあたしの事なんとも思ってないもんね」

 

「いやお前そういう言い方は卑怯じゃね? なんとも思ってないなんて事は……」

 

「じゃあ、ユウキくんはあたしの事どう思ってるの?」

 

 いつになく真剣なハルカの目。いつものように流せるような、そんな雰囲気じゃない。

 ……これはどう答えるべきなんだろうか。

 少なくとも今俺がハルカに向けている感情は友愛の割合が大きい。ただ、女の子としての魅力を感じていないかというとそれは嘘になるわけで。

 

「……そ、れは……」

 

「……ぷ……くく……あははっ! 冗談だよ〜。ユウキくんこういう話に弱いね〜」

 

「……はぁ?」

 

 答えを返せず口篭っていると、堪えきれなくなったといった感じでハルカが笑いだした。

 おいふざけるな。さっきまで真剣に考えてた俺が馬鹿みたいじゃないか。シリアスを返せ。

 

「お前……言っていい冗談と悪い冗談があるだろ……」

 

「ごめんごめん。でもルチアちゃんのお腹に見とれてた罰って事で」

 

「だからそれは……っ! いや、うん、何も言い返せないわ……」

 

 ここから何を言っても負けな気がする。だって事実だし。あれを自制出来る男がいるなら名乗り出てきてほしい。

 

「ふふ、あたしのでよければいつでも見せてあげるよ?」

 

「ごめんて……おい服から手を離せ。まさかこんな街中でそんな事しないよな?」

 

 ハルカがニヤニヤと笑いながら服の裾をつまんで上下させる。その度にわずかに肌が覗くものだからとても心臓に悪い。

 こういう挑発ムーブはどこで覚えたんだろうか。オダマキ博士はこの事知ってるのか? 知らないならこれを見たら泣くかもしれない。

 とりあえず腕を掴んでやめさせる。

 

「だからそういう事するのやめろって……変な目で見られるぞ」

 

「あたしが変な目で見られたら嫌なんだ?」

 

「そりゃまあ……いい気はしないかな……」

 

「へへ〜そっか〜♪ 他の人に見られたくないか〜♪」

 

 なんか変な形で受け取られてる気がする。別にそういう独占欲的な意味合いで言ったつもりはないんだけど。

 

「それじゃああたしが変な事しないように手繋ご? そしたら本当にデートみたいだよね!」

 

「なんでそうなる……ああわかったからやろうとするな! ほら!」

 

 断ろうとしたらまた服に手をかけようとしやがったので慌ててハルカの手を取る。

 おかしい。男としてはむしろ嬉しいシチュエーションのはずなのになんでこんなに焦らなきゃならないんだ。

 

「……へへ……えへへ〜♪ デートだぁ〜♪」

 

 本当に嬉しそうなニッコニコの笑顔になるハルカ。

 ただ手を繋いだだけでこんなに喜ばれるならこっちとしても嬉しいんだけど、それはそれとして照れくさい。

 女の子と手を繋ぐなんて前世でもほとんどした事なかったからなぁ。

 

「じゃあ行こ? カイナ市場は色々あるよ!」

 

「そうだな……うん、行くか」

 

 元々はルチアの勘違い……だったのに本当にデートみたいになってしまった。……まあ悪い気はしないしハルカが満足するまでは俺もその気分でいよう。

 ナビを取り出してカイナの店を調べる。お洒落なカフェとかがあればそこに行こうかな、なんて思いながら。




評価や感想、批評等あればよろしくお願いしマース。
あとツイッター始めてみたので興味があるなら是非。


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想像力を働かせてみた

 ──終わりの始まりだった。

 

 海は荒れ狂い、空は厚い暗雲に覆われ、そこから滝のような冷たい豪雨が降り注ぎ、そのくせ時折(まばゆ)い灼熱の日差しが降り注ぐ、そんな異常気象の真っ只中に俺はいた。

 そして目の前では原始の姿を取り戻した赤と青の怪物──ゲンシグラードンとゲンシカイオーガが互いの領域を主張するように激しくぶつかり合っている。

 正しく天変地異としか言い様の無い状況で少女が一人笑う。

 

 狙い通りだ、これで世界は救われると。

 

 何を言っているのかがわからなかった。

 世界が救われるどころか、滅亡へ一直線としか思えないこの状況を目の当たりにして狂ってしまったのではないかと、そう思った。

 そうして少女は空に叫ぶ。

 

 ──さあ龍神様! どうかあの二匹をお鎮めください! 

 

 やがてその叫びに呼応したように、雲を裂いて現れたのは緑の龍。

 グラードン、カイオーガに並ぶ──あるいは超える、ホウエンに語り継がれる伝説の一体。

 自分の記憶と照らし合わせればあれがおそらくレックウザで──それを喚び出した目の前の彼女はきっとヒガナなのだろう。

 

 かつての再来。古代の再現。

 大地の化身と大海の化身。その二匹ぶつかり合う時、裂空に座す者現れ争いを鎮める。

 そんな神話の物語がまさに目の前で行われようとしていた。

 荒れ狂う二匹にレックウザが咆哮し、争いを止めんと攻撃を仕掛ける。

 互いの事しか見えていなかった二匹が咆哮を受けてレックウザへと向き直る。

 一般の枠から大きく逸脱した力を持つ強大な三匹が激突して。

 

 レックウザの攻撃が届くより先に、グラードンの爪が胴体を深く切り裂き、カイオーガが引き起こした津波に呑み込まれた。

 

 そんな光景を目の当たりにして、ヒガナと思われる少女が絶句する。

 そんなはずないと。龍神様が負けるはずがないと、うわ言のように呟く。

 力が足りないのだ。

 グラードンとカイオーガがかつての力を取り戻しているのに対し、レックウザは元の姿のままだった。

 メガシンカもしていない、ただのレックウザ。

 本来であれば伝承者たるヒガナの祈りに呼応して、レックウザは真の力を解放出来るはずだった。

 しかし長い時を経てレックウザの力は失われている。元の力が失われているのだから、当然解放する力も存在しない。

 それではあの二匹を同時に相手取って勝てるはずもなく、敗北は必然であった。

 

 邪魔者がいなくなった事で二匹の争いは更に激化する。

 海は絶え間なく津波や渦を生み出し、日差しは熱量と輝きを増し、世界の全てを侵食せんと領域を拡大していく。

 最早あれらを止められる者など存在しない。絶望の二文字が脳裏に浮かぶ。

 

 かたり、と腰のボールが揺れた。中に入っているのは相棒にしてエースのジュカイン(カイン)

 自分を出せ、と言っているのだろう。だけどもう手遅れだ。何をしても結末は変わらない。滅びの未来は確定している。

 

 止められなかった。俺が止めなきゃならなかった。そのはずなのに。

 己の無力を嘆く事すら出来ない。こんなものを相手に一体何が出来ると言うのだろう。

 やはりあいつらを復活させてはならなかった。何をしてでもアクア団とマグマ団を潰しておくべきだったのだ。

 そんな過去の後悔も意味は無く、ただ滅びを待つ事しか出来ない俺の目に、一つの姿が目に入った。

 

 グラードンとカイオーガの上空を飛ぶ、飛行機のような流線型のフォルムの赤いポケモン。その背に乗っているのは一人の少女。

 距離は遠くとも見間違えるはずもない。あれは、あの少女は──。

 

「──ハルカ──?」

 

 

 * * *

 

 

 飛び起きる。

 辺り一面は海──という事はもちろん無く、至って普通のホテルの一室だった。

 

「……夢……か……?」

 

 嫌にリアルな夢だった。豪雨も、熱射も、伝説の重圧も、そしてあの絶望感も。人の想像力のなんて豊かな事か。

 さほど暑いわけでもないのに身体中が汗に塗れている。どう考えてもあの夢のせいだ。

 窓の方に目をやると、カーテン越しに薄く光が差し込んでいるのが見えた。起きるにはまだ少し早いくらいの時間のようだ。

 少し迷ったもののこのままだと気持ち悪いし少し身体も冷えてしまったし、シャワーでも浴びて汗を流そうか、なんて考えベッドを出ようとすると。

 

「……あー、もう……」

 

 いつものようにベッドに潜り込んでいたハルカが俺の手を握って寝息を立てているのに気付いた。

 これどうにかして辞めさせられないだろうか。何度言っても聞かないし、何が悪いって俺が寝てる間に潜り込んでくるから対処の仕様もない。別に寝苦しいとかは無いけどさ……。

 ともあれ汗を流すべく、起こさないよう握られた手を優しく解きながらさっきの夢を思い出してみる。

 グラードンとカイオーガの激突。ヒガナによるレックウザの降臨。そして……レックウザの敗北による終焉の確定。

 世界線がORASのクセしてグラカイが同時復活してる事については何も言うまい。夢なんだから何でもありだし元々その可能性も考慮はしてる。

 問題はレックウザがあっさりと屠られたあのシーンだ。あれがあまりにも強烈に印象に残ってる。

 そりゃメガ出来てないレックウザがゲンシカイキした二匹に勝てるわけないよねって話ではあるんだけども。

 所詮これはただの夢だ。だけどゲームの知識とこの世界で得た認識を合わせて考えればああなる可能性は十分ある。

 それにレックウザの力が失われてるのはほぼ確定と見ていいはずだ。ここまで大まかにはゲーム通りに進んでるし、レックウザだけ例外なんて事は無いだろうから。

 となるとやっぱり復活させた時点で対抗策が無いので詰み、という事になる。

 

「……やっぱ復活させちゃダメだよなぁ……」

 

 戦って勝つ、あるいは捕まえるというのは多分無理だ。

 ホウエン全土の戦力を集結させればわからないけど、少なくともゲームみたいに一対一なんてのは勝負にもならない。伝説相手に勝算を考えるよりはアクア団やマグマ団を潰す方が絶対に簡単だと言える。

 最初からその方針だったけど、あの夢を見たせいかその気持ちが強くなった気がする。今まで適当にしてたつもりは無いけど、もっと本腰を入れて対策を考える必要があるかもしれない。

 

「ん……よし」

 

 手も解けたのでとりあえずそれはシャワーを浴びながら考える事にする。

 布団から出てベッドから降り、脱衣室へと向かう──ところで。

 

「待って」

 

 そんな声と共に俺の腕が掴まれる。どうやら起こしてしまったらしい。

 

「あ、ごめん、起こしたか?」

 

「ううん。それよりどこ行くの?」

 

 振り返って見れば、どこか不安そうな目で俺を見るハルカがいた。

 なんとなく捨てられた子犬を連想させるような、そんな目。様子がおかしい。

 

「ハルカ?」

 

「……あ……ごめん……」

 

 ハッとしたように手を離すハルカ。

 今のハルカはトレードマークの赤いバンダナも外して髪を下ろしたパジャマ姿だ。部屋の薄暗さも後押ししてるのか、普段の快活的な姿とは打って変わって寂しげな印象を受ける。

 表情も暗いし本当に何があったのか。

 

「どうした? 俺はただ汗を流しにシャワーを浴びようとしただけだぞ?」

 

「あ……そっか……。うん、それならいいの。ごめんね引き止めて」

 

 そう言ってハルカが笑う。だけどその笑顔は無理やり作ったみたいにどこかぎこちない。

 

「……なあ、本当にどうした? もしかして変な夢でも見たか?」

 

「……うん。そんな感じ」

 

 もしやと思って聞いてみればビンゴ。どうやら俺と同じように悪夢を見てたらしい。

 それなら不安になる気持ちもわかる。今の俺が正にそうだし。

 

「俺がいなくなる夢とかか?」

 

「……うん」

 

「そっか」

 

 少し迷って──決心を固め、ハルカの頭に手を置いた。

 

「大丈夫。俺はここにいる。勝手にどっか行ったりしないって」

 

「……うん」

 

 優しく数度その頭を撫でる。

 

「俺も変な夢見たからさ。お揃いだよお揃い」

 

「……うん」

 

 冗談めかして言うと、ハルカの声色が少し明るくなった。

 

「……落ち着いたか?」

 

「うん……ありがと」

 

 頭から手を離す。ちょっと恥ずかしかったけど効果はあったようだ。

 ……いやまあ、自分でもクサい行動だと思ったけど結果良ければいいじゃんよ。

 

「じゃあ俺汗流してくるから」

 

「あ、待って」

 

 気恥ずかしさを紛らわせるべくその場から離れようとすると、ハルカにストップを掛けられた。出来れば早く逃げたいところなんだけどなぁ……。

 振り向いて見れば、ハルカが両手を広げて立っていた。……何かなこれは? 

 

「ん」

 

「ははは……何してるんだ?」

 

「抱いて?」

 

「よーし言葉はちゃんと使おうな!? 『抱き締めて』だな!?」

 

 この状況でその言葉だと違う意味にも取れるんだよ! いや十一歳に何言ってんだと思うけども! 

 

「……ダメ?」

 

「いや……ぐ……お前それはズルだろ……」

 

 またさっきみたいな子犬の目になってしまった。

 よほど嫌な夢を見たんだろうか。どうあれここで断れるような精神を俺は持ち合わせていなかった。

 

「あーもう……ほら!」

 

「うん」

 

 俺も両手を広げると、その中に身を預けるようにしてハルカがストンと収まってきた。

 胸に耳を押し当ててハルカが呟く。

 

「ユウキくんの心臓の音が聞こえる」

 

「あー……その、なんか恥ずいからあんまり言わないでほしい……汗かいたからアレだし……」

 

「そう? あたしは好きだよ。生きてるーって思うもん」

 

 好き、という言葉に心臓が跳ねる。

 

「あ、少し早くなった」

 

「……だから言わないでくれって……」

 

 男なら誰でもこうなると思う。ただでさえ密着されてるのに。

 

「……あのーハルカさん? いつまでこうするつもりです……?」

 

「もう少し」

 

「……本当に少しだからな」

 

「うん」

 

 そうして時間にして五分くらいだったか、それとももっと長かったのか。

 ようやく満足したらしいハルカが離れたので汗を流すために脱衣場に向かった。

 なお『あたしも一緒に入っていい?』とか抜かしてきやがったのは丁重にお断りした。流石にそこまで許すつもりは無い。

 

 

 * * *

 

 

 そんなやり取りがあった今日の朝、カイナシティを発つことにした。

 元々カイナシティに留まっていたのもアクア団がまだ潜伏してるかもしれないという考えがあったからで、その事を詳細をぼかしながらハルカに説明したところ、博物館での視線をハルカも感じてたらしく納得してくれたので、この数日間は観光がてらに街をパトロールしていた。

 

 で、結果から先に言えばアクア団の気配は綺麗さっぱり感じられなくなっていた。

 

 これはハルカも同意見だそうで、俺たちは『アクア団は既にこの街から撤退している』と結論付けた。

 もしかしたら数人くらいは潜伏してるのかもしれないけど、造船所に荷物を送り届けた時点で警備はより厳重なものになってるし、あの状況から強奪が成功するとも思えない。

 だとすると少なくともあの船──潜水艇が完成するまでの間はとりあえず安全と思っていいはず。

 それに荷物を運んだ際にクスノキ館長とは連絡先を交換しているから、もしも万が一の事があった時はすぐに連絡を取って駆けつけられる。

 金にものを言わせてカイナ市場で欲しいものは買えるだけ買ったし、生のコンテストも見れたし、改めて海の科学博物館をゆっくり鑑賞出来たしで、この街でやりたい事もだいたい終わったのでそろそろキンセツシティに向かっても大丈夫だと判断したわけだ。

 

 そしていざ進むは例の()()()()──かつてのプレイヤーにトラウマを刻み付けた悪名高きあの橋の下がある110番道路である。

 ……と言ってもあの場所を通過しても特に何も無かったわけだけど。

 そもそもハルカと一緒に行動してるから突然のバトル、なんて事にはならないわけで。

 あの場所に着いた瞬間『じゃあバトルしよっか!』とか言い出すかもと思ったけど杞憂だった。そんな事になったら絶対勝てないけど。

 そんなわけで何事も無くキンセツシティに到着──したんだけど、これがまた凄い。

 

「うおお……実際に見るとやっぱり凄いな……」

 

「凄いよね。街一つが丸ごとショッピングモールだもん」

 

 ホウエンにはいくつか大都市があるが、その中でもキンセツシティは一番スケールが大きいと言える。

 なにせハルカの言った通り、街のほとんどが巨大なショッピングモールなのだ。ここまで思い切った街は他地方を探しても無いだろう。

 どこを見ても明るく煌びやかで賑やか。好奇心を擽られてしまうのも仕方の無い事なのだ。

 

「……ユウキくん、ウズウズしてるね?」

 

「そりゃそうだろ。だってこんな大都市だぜ? ワクワクするじゃん」

 

「あはは、あたしも初めて来た時はそうだったよ。一緒に見て回ろっか」

 

「おう!」

 

 お腹も空いてきたしまずは何か食べたいところ。ゲームだとキンセツキッチンとか喫茶店とかあったし、探せば多分フードコートもあるだろう。何からどうすべきかとても悩ましい。

 

「これも贅沢な悩みってやつだなぁ……ん?」

 

 そんな風に悩みながら歩いていると、奥の方に見覚えのある人物がいた。

 あれは……ミツルくんか? 隣にいるのはミツルくんの叔父さん……と、もしかしてテッセンかな? 

 

「すまんのう。今日のところは諦めてくれ」

 

「ほら、こればっかりは仕方ないよ。諦めよう、ミツルくん」

 

「うう……」

 

 なんか揉めてるっぽい? というかジムにシャッターが降りてる? 

 

「なんだろ? 揉め事かな?」

 

「さあな。とりあえず行ってみようぜ。すみませーん」

 

「……あっ!? ユウキさん、ハルカさん、お久しぶりです!」

 

「うん、久しぶり。元気になったみたいだな」

 

「はい!」

 

 元気よく返事をするミツルくん。ちょっと前まではあんなに病弱そうだったのに変わるもんだな。やっぱり病は気の持ちようって事だろうか。どうあれ喜ばしい。

 

「んで何話してたんだ?」

 

「あ、それは……」

 

「それはワシから話そう」

 

 そうして話に入ってきたのは恰幅のいい白髪白髭のお爺さん──キンセツシティジムリーダーのテッセンだった。

 ゲームでも気さくで朗らかな人という印象があったけど、この世界でもやっぱりその人となりは変わってなさそうだ。

 

「ワシはテッセン。この街のジムリーダーをしておるよ。そっちの子は久しぶりじゃな。元気じゃったか?」

 

「はい! とっても!」

 

「うむうむ! いい笑顔じゃ! 笑顔は健康の秘訣! そら、お前さんたちも笑えーい! わっはははは!」

 

「わははー!」

 

「わ、わははー!」

 

「わ、わはは……」

 

 ノリノリで笑うハルカと戸惑いながらも応じるミツルくん。

 そして俺はといえば急なノリについていけず硬い笑みを浮かべるばかりだった。いやだって急に笑えと言われても……。

 

「そ、それより何があったんですか? ジムのシャッターも降りてるし……」

 

 このままいくとロックオンされそうな気がしたので話題を振る。話が気になるのも事実だし。

 まさかジムの閉鎖問題とか……? 

 

「うむ、実は数日前にジムの鍵を失くしてしまってのう。しばらくの間ジムを開ける事が出来なくなったんじゃよ」

 

「え」

 

 衝撃の発言。

 

「あ、合鍵とかは?」

 

「少し特殊な鍵じゃからのう。替えは無いんじゃ。鍵を交換するしかないの」

 

「ええ……?」

 

 テッセンが溜め息を吐く。

 じゃあ新しく鍵が作られるまではジムに挑戦出来ないって事か? それはちょっと困るかもしれない。

 

「ち、ちなみにそれが出来るのっていつ頃ですかね……?」

 

「数週間かかると言われた。それまでジムは休業じゃのう」

 

「数……!? マジか……」

 

 まさかこんな形で足止めを食うとは思わなかった。そんなイベントゲームじゃ無かったじゃん……。

 

「どこで落としたとか心当たりは無いんですか? 僕探してきます!」

 

「気持ちは嬉しいんじゃがのう。もちろんワシももう何度も探したが見つからんかった。どうしてもと言うなら教えるが……」

 

「お願いします!」

 

 ミツルくんはそう言うけど、数日前の落し物が見つかる可能性は極低いだろう。まあ探すなら俺も一緒に探そうとは思うけどさ。

 

「うーん……なんか変じゃない?」

 

 ハルカが首を傾げながら言う。

 

「変って何が?」

 

「鍵を失くした事。だってジムの鍵なんて大切なもの、そう簡単に失くすとも思えないし」

 

「そういう事もあるだろ。人間誰だってミスくらいするさ」

 

「そうはそうだけど……」

 

 どれだけ気を付けてたってミスは起こる。今回たまたまそれがジムの鍵だったというだけの話だろう。それほど不思議な事でもない。

 

「アノ、スミマセン」

 

「ん? 誰……って、ぺラップ?」

 

 上から声が降って来たかと思えば、なんとぺラップが話しかけてきたではないか。

 確かにぺラップは人の言葉を真似出来るけど……これちゃんと意味理解してるのか? 

 

「おお、チョウチョウ」

 

「チョウチョウ?」

 

「うむ。最近この街にやってきたポケモンでな。どうやら人の言葉を理解しておるようで屋上で住民と話してるのをよく見る。それで付いたあだ名がチョウチョウ(町長)じゃよ」

 

「ハジメマシテ」

 

「お、おう、初めまして……」

 

「凄い、会話出来るぺラップなんて初めて見たよ。こんにちは!」

 

 ハルカが知らない……って事は本当に最近なんだな。110番道路に生息してるやつが流れて来たんだろうか。人馴れしてるなぁ。

 

「それで何か用か?」

 

「クレッフィヲシリマセンカ? イナクナリマシタ」

 

「クレッフィ? ああ、お前さんといつも一緒にいた子か。そう言えば数日前に一匹でいるのを見かけたっきりじゃな……」

 

「ソウデスカ……」

 

 そんな会話をするテッセンとぺラップ(チョウチョウ)

 さて、ぺラップとクレッフィ、一見何の関係も無さそうな組み合わせなんだけど、実はこの二匹は相性補完が凄まじいのである。

 というかなんならレート戦の環境にいたレベルだ。生息域もそこまで離れてないし、仮に野生のポケモンがこれを理解して組んだのだとすれば本当に知能が高いと言える。

 

「クレッフィトケンカシマシタ。ナカナオリシタイデス。サガシテホシイデス」

 

「む、そうじゃったのか。しかしまたどうして喧嘩を」

 

「クレッフィ、カギアツメガスキデス。デモムリヤリトルノダメ。ダカラチュウイシテタライナクナリマシタ」

 

「ふむ? 屋上でのやり取りは合意だったように見えたが……わかった。見かけたら伝えておこう」

 

 そんなテッセンとチョウチョウのやり取り。だけど俺はこれに引っかかりを覚えた。

 クレッフィ……鍵集め……数日前に喧嘩別れ……。

 

「……あっ」

 

「オネガイシマス。デハ」

 

「ちょい待ち!」

 

 去ろうとするチョウチョウを引き止める。多分事件の原因これだ。

 

「ナンデスカ?」

 

「今からそのクレッフィを探す。一緒に来てくれ」

 

「ユウキくん?」

 

「……あっ、そういう事ですか!」

 

 どうやらミツルくんは俺の言ってる意味が理解出来たらしい。それじゃあそのまま説明をお願いしようかな。

 

「さっきテッセンさんは数日前にクレッフィと会ったって言いましたよね? 鍵を失くした日もその日なんじゃないですか?」

 

「む、確かにそうじゃが……まさかクレッフィが鍵を盗んだと? 確かにクレッフィには鍵を集める習性があるが、それは普段屋上で住民から色々貰っとるから満たされてるはずじゃぞ」

 

「それもきっと不要になった鍵とかですよね? それだときっと満足しなかったんです。だからテッセンさんに──ジムの鍵に目を付けた」

 

 ミツルくんは続ける。

 

「ジムの鍵は特殊なものなんですよね? つまりそれはいわゆるレア物なわけで、クレッフィにしてみれば宝物に見えたはずです。それがどうしても欲しくなってしまった」

 

「ハイ。タシカニクレッフィハアノカギヲミテコウフンシテイマシタ」

 

 チョウチョウの注釈が入り、ミツルくんが頷く。

 

「多分喧嘩っていうのもそれが原因じゃないでしょうか。ぺラップはダメと言うけどクレッフィはそれが欲しい。それでどうしても抑えきれなくなって、ぺラップと別れてテッセンさんから鍵を盗んだ……きっとこういう事です」

 

「俺もミツルくんと同じ考えだ。だからクレッフィを見つけられれば──」

 

「鍵も見つかるって事だね!」

 

 ハルカの言葉に頷く。もちろん予想だから確実じゃないけど可能性は高いと思う。少なくとも何もしないよりはいいんじゃないかな。

 

「むう……じゃがどうやって探す? あのクレッフィは普通の個体より少し小さいんじゃ。それをこの広大な街から見つけるのは至難の業じゃぞ」

 

「そこはまあ……ミツルくんの出番かな?」

 

 ミツルくんの持つポケモン。それが鍵だ。

 




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ちょっと探偵っぽい事やってみたけど上手く出来てますかねこれ。難しい。


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知ってるけど知らないポケモン

 ラルトスというポケモンがいる。

 主にポジティブな感情を好み、そういった感情を抱いている者の前に姿を現すという習性を持ったポケモンだ。

 ではどうやってそれを判断しているのかといえば、頭から生えた赤い(ツノ)に秘密がある。詳しいメカニズムについては省くとして、要はその角が感情の波をキャッチする能力を備えているのだ。

 

 今回の人探しならぬポケモン探しでは、この能力を活用出来ると思った。

 

 例えば、いつも一緒にいた誰かと離れ離れになってしまったらどうするだろうか。

 寂しかったり、悲しかったり、怒ったり、泣いたり。反応は人によって違うと思う。だけど何かしらの反応はあるだろう。

 そしてそれは互いの仲が深ければ深いほど、離れた時に感じる気持ちも大きくなるものだ。

 少なくとも平常時より発する波は大きくなるはず。そういった強い感情の大元をラルトスに探ってもらった。

 

「……やっと見つけたぞ」

 

「フィッ!?」

 

 言うほど簡単じゃなかった。

 元々ラルトスが好むものとは真逆の感情をキャッチする事でラルトスには負担がかかるし、ネガティブな感情を発している人やポケモンなんてこの大都市なら一人や二人では済まない。

 それでもポケモンが隠れられそうな場所に絞ったり、ぺラップ(チョウチョウ)が覚えている限りでクレッフィが好んでいた場所を重点的に調べればどうにか成果は出せるものだ。

 

 キンセツシティにいくつもある路地裏の一つ。その奥にクレッフィは隠れ住んでいた。

 

「よし、それじゃあ話し合いを──」

 

「──さあ、鍵を返してもらうよ! ラルトス!」

 

「らる!」

 

「フィッ!?」

 

 するか、と言い終える前にミツルくんが意気揚々と前に出てラルトスをけしかける。

 ちょっ、荒事にするつもりは無かったんだけど!? 

 

「“ねんりき"だ!」

 

「らるっ!」

 

「フィッ……フィ〜ッ!!」

 

「あっ!? 逃げた!?」

 

 ラルトスの“ねんりき"が発生する前に不利と判断したのか、即座に背を向けて飛び去ろうとするクレッフィ。

 まあこっち大所帯だし、どう考えても勝てないだろうからその判断は正しいんだけども。

 

「テッセンさん!」

 

「うむ! ジバコイル!」

 

「ジジッ!」

 

 “じりょく"

 

「フィッ!?」

 

 テッセンが繰り出したジバコイルの磁力に引かれ、クレッフィの身体がガッチリと固定される。

 やっぱ持ってたかジバコイル。だから最悪逃げられそうになっても大丈夫と思ってたんだけど……あんまりよくないなぁこれ。

 

「フィッ、フィ〜ッ!」

 

 じたばたともがく……動けてないけど、多分もがいているクレッフィ。だいぶ興奮してるみたいだ。

 この状況じゃ無理もないな。よく見れば身体中が汚れてボロボロだし、色々と極限状態だっただろうところに攻撃という爆弾を投下されたんだから。

 

「攻撃して悪かった。でも落ち着いてくれ。別にお前をどうこうしようってわけじゃない。ペラップに頼まれてお前を探しに来ただけなんだ」

 

「フィ……?」

 

 ぺラップ、という単語でクレッフィが少し落ち着きを取り戻す。

 そうして後ろからチョウチョウが姿を見せ、それを確認したクレッフィが目を見開いた。

 テッセンさんに言ってクレッフィを解放してもらうと、すぐに逃げ出すような素振りは見せずにその場に留まる。

 

「ほら、話してきなよ。俺らは向こうで待ってるから。あとこれクレッフィに」

 

「アリガトウゴザイマス。デハノチホド」

 

 まずは当人同士で話すのが一番だろうと『オボンのみ』を渡し、二匹を置いて路地裏から少し離れる。

 とりあえずチョウチョウのお願い事は達成出来たかな。

 

「いいんですか? また逃げるかもしれませんよ?」

 

 ミツルくんの問い。

 まあ、それは俺もちょっと思わなくもないけどさ。

 

「んー……多分大丈夫だと思うぞ。見た感じ随分疲労してたし敵意が無い事も伝えた。それに本気で逃げる気なら、とっくにこの街からいなくなってただろうからな」

 

 実際テッセンが鍵を盗られてから数日が経ってるらしいし、例え一匹でもその間に街を出る事は出来たはずだ。

 それをしなかったのは、まあ体力面の問題とかもあったかもしれないけど、何よりチョウチョウと離れるのが嫌だったんじゃないかな。

 

「あたしもそう思う。きっと本当は仲直りしたくて、でも勇気が出なかったから隠れてたんだよ。ずっと仲良しだったのに、離れ離れになるのは悲しいもんね」

 

 ハルカの言葉に頷く。

 上手く仲直り出来てるといいけどな。

 

「さて、と。ミツルくん」

 

「は、はい」

 

 ミツルくんの肩に手を置けば、ビクリと肩を震わせた。

 お説教……ってほどでもないけど、ちょっとばかし伝える事がある。

 

「なんでクレッフィに攻撃を仕掛けた? 焦る必要は無かったろ?」

 

「あう……だ、だってすぐに逃げちゃうと思ったから……」

 

「だから一回戦闘不能にしようってか? それはちょっと好戦的過ぎると思うなぁ」

 

 元来ミツルくんは優しい性格で、積極的に相手に危害を加えようとはしないはずだ。それがああも短絡的な行動に出たのは、中途半端に自信を付けてしまったせいか。

 実際、ゲームでもこの街で会った時のミツルくんはかなり気が大きくなってるみたいだし、それがそのまま反映されてしまった結果だろう。

 主人公とのバトルでクールダウンって過程が無かったからなぁ今回……。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「いやぁ、別に怒ってるとかじゃないんだよ。ただまあ、もう少し余裕を持って相手を見るのも大事だよって言いたいだけ」

 

 そりゃトレーナーの本分はポケモンを闘わせる事だけど、闘わずに済ませられるならそれに越した事はないと思う。

 呑気にしてたら先手を打たれたって事も往々にしてあるから、一概にミツルくんの判断が間違ってたとは言えないんだけどね。

 

「ま、ちょっとずつ覚えればいいさ。俺だってハルカに比べたらまだまだ全然初心者だしな。少しは先輩ぶらせてくれ」

 

 なんて冗談めかして言ってみる。

 実際こういう事を言うならハルカが言った方がよっぽど説得力あるしな。

 

「……ユウキくんってあれだよね。時々ベテラントレーナーみたいな風格出すよね。ホントに新米トレーナーなのかわからなくなる時があるよ」

 

「そうか? 思った事言ってるだけなんだけど」

 

 微妙に核心を突いたような事を言われたので適当に誤魔化しておく。

 現実のものでこそないものの、ポケモンってジャンルに触れてた時間は今のハルカとそう変わらないだろうしなぁ……。

 見た目は子ども、頭脳は大人を地で行ってるわけだし、考え方が多少子どものものと乖離してしまうのはあるかもしれない。

 

「そうか……ポケモンを闘わせるだけがトレーナーじゃないんだ……。ありがとうユウキさん。ぼく、少しだけ大事な事がわかった気がします」

 

「そりゃよかった。お互い立派なトレーナーになれるよう頑張ろうぜ」

 

「はい!」

 

 うんうん、ちょっと暗い顔させちゃったけどやっぱりミツルくんは笑ってる方がいい。

 その方がラルトスも喜ぶし、あんまり思い詰めずに気楽に考えてくれると嬉しいかな。

 

「オマタセシマシタ」

 

 会話が一区切りついたところで、丁度よくチョウチョウが戻ってきた。

 話し合いが終わったかな? 

 

「おかえり。どうなった?」

 

「ブジ、ナカナオリデキマシタ。ミナサンノオカゲデス」

 

「おー、それは何より」

 

 よかった。ここまできて仲直り出来ませんでしたは悲しすぎる。苦労した甲斐があるってもんだ。

 いやまあ頑張ったのほとんどミツルくんのラルトスだけど。

 

「ゴメイワクヲオカケシマシタ。カギモカエシマス。……ペラッ」

 

「フィ……」

 

 チョウチョウに呼ばれてクレッフィがおずおずと後ろから出てくる。

 そして鍵束の中にある、あまり見慣れない形をした鍵をテッセンに差し出した。あれがジムの鍵なのだろう。

 

「フィー……」

 

「うむ、確かに。しかし珍しい鍵を集める習性か……スペアがあれば渡してもよかったんじゃがのう……」

 

 鍵を受け取りながらテッセンが頭を搔く。

 こういうところにも人の好さが表れてるけど、クレッフィが犯行に及んだ原因は『唯一無二のレア性』にあったんだろうし、スペアがあるならここまでの事態にはならなかったかもしれない。

 そも、スペアの有無をクレッフィがどうやって確認するのかというのは置いておくとして。

 

「今後も繰り返す……って事はないだろうけど、我慢し続けるのはちょっと大変かもね……」

 

 ミツルくんのおじさんが言った言葉にその場のみんなが唸る。

 こればっかりはどうしようもないからなぁ……本能みたいなものだからずっと抑えてたらいつかまた爆発するだろうし。

 

「定期的に新しい鍵を作って渡す……とか?」

 

「一番手っ取り早いのはそれじゃが、あくまでも野生のポケモン一匹の為にそこまでやるのものう……」

 

 ミツルくんの提案は却下されるが、これはテッセンが正しい。

 これはケチとか冷たいとかそういう問題ではなく、単純に野生の領分に踏み入る事になるからだ。

 外で一緒に遊んだり、食べ物なんかをあげたりするのはまだいい。けど、そのポケモン一匹だけを特別扱いするのはダメだ。

 それをやってしまうと他のポケモンまで同じ待遇を受けようと押し寄せてくる、という事態にもなりかねない。

 この現象が起こる原因に、野生同士にのみ通じるネットワークのようなものがあるのではないか、と推測されているんだけどそれはいいとして。

 とにかく、このクレッフィだけを特別扱いは出来ないのだ。

 

「ねえテッセンさん。この子たちってバトルとかするんですか?」

 

 と、ここでハルカの問い。

 

「んむ? いや、見た事ないのう」

 

「そっか。だからかも」

 

「だから……って、どういう事ですか?」

 

 ミツルくんが不思議そうな顔をしている。

 なんとなくハルカの言いたい事がわかってきた。テッセンさんもピンと来たようで、なるほどと頷いていた。

 

「クレッフィの習性は鍵を集める事……言ってみれば、これは本能的な行動なんだよ。そしてポケモンの本能はもう一つあるの。これはわかる?」

 

 まるで授業のように問いかけるハルカに、ミツルくんは少し考えて。

 

「……あっ! 闘う事ですね!」

 

「正解! 本能っていうのはつまり欲を満たす為の行動なんだけど、クレッフィはバトルで補えなかった分の欲を鍵を集める事で満たしてたんじゃないかな?」

 

 こういう知識は流石というか、ポケモンを調べてたハルカらしい答えだと言える。

 つまり、クレッフィはポケモンとしての闘争本能を抑える代替行動としてレアな鍵を求めてたと。

 

「イタズラ好きではあるが、闘いを好まない種族じゃから盲点だったわい。確かにポケモンという種そのものが闘争本能を持っておるからのう」

 

「って事は、適度にバトルする環境を用意してやれば鍵欲も多少は抑まるか?」

 

「多分。実際、クレッフィを手持ちにしてる他のトレーナーさんみんなが鍵を常に供給してるとも思えないし」

 

 まあそれはそうだ。求めるとしてもせいぜい嗜好品程度のものに落ち着くだろう。

 とりあえず解決策はわかった。問題があるとすれば──。

 

「──で、誰がゲットするんじゃ?」

 

『…………』

 

 再びの沈黙。

 いや、俺としては別にクレッフィを手持ちにしてもいいんだよ。ただ他の人が欲しいって言うなら譲ろうってだけで……ああダメだ、多分全員同じ事考えてる。

 

「ちなみにワシは無理じゃぞ。扱うタイプの専門は『でんき』じゃからな」

 

 ああうん、それはわかってる。手持ちにする事に否はないだろうけど、バトルに出す機会が無いだろう。

 

「……ハルカは?」

 

「捕まえるだけならいいけど……あたしも今はメンバーを崩したくないかな……」

 

 ちょっと意外だけどハルカもダメか。

 となると残るはミツルくんだけど……。

 

「フィ……」

 

「……ぼくじゃダメだと思います」

 

 ……真っ先に攻撃しちゃったもんなぁ……。クレッフィ側が苦手意識持っちゃったか。

 まあいいか、クレッフィ優秀だし。

 

「んじゃ俺だな。いいぞ、一緒に来るか?」

 

「フィッ!」

 

 クレッフィがふよふよと飛んで擦り寄ってくる。にしてもこいつ本当小さいな。俺の手の平くらいのサイズしかないぞ。

 

「それじゃ早速──」

 

「マッテクダサイ」

 

「ん?」

 

 と、ここで待ったがかかる。なんだろうか。

 

「ワタシモツレテイッテクダサイ。ソノコダケデハシンパイデス」

 

「フィ?」

 

 クレッフィが首を傾げるように身体を傾ける。こいつの仕草かわいいな。

 

「……サッシハツイテルデショウガ、ソノコハアカンボウノヨウナモノデス。イッピキデハトテモフアンデス」

 

「ああ、なんとなくそんな気はしてたけど……」

 

 別に身体が小さいのは個体差もあるから直接の判断材料とはならないけど、なんとなく子どもだろうなーとは思った。あっさり人に心を許す辺りとか特に。

 意外と警戒心無いぞコイツ。キバゴ(ファング)に通じるものを感じる。

 

「ダカラワタシモツレテイッテクダサイ。ソノコハワタシガイナイトダメデス」

 

「……とか言って、実はあなたが寂しいだけだったり?」

 

「ソレモアリマス」

 

「……素直だな」

 

 ハルカのからかうようなセリフにも表情一つ変えずに言い切った。なんでこんな堂々としてんだコイツ。

 

「……まあいっか。んじゃもう一個ボールを──」

 

「ペラッ」

 

「フィ」

 

「え?」

 

 バッグからボールをもう一つ取り出そうとすると、チョウチョウの一鳴きに呼応しクレッフィがその首にぶら下がった。

 傍目から見れば、ぺラップがクレッフィをアクセサリーとして首から下げているような状態だ。

 

「ドウゾ」

 

「いや、どうぞって……え? これどうなんの?」

 

 さあ捕まえなさいと言わんばかりに頭を差し出すチョウチョウ。普通に捕まえちゃっていいのか? 

 ハルカを見る。首を振られた。どうやらハルカにもわからないらしい。

 

「ええ……? じ、じゃあとりあえず……」

 

 コン、と頭に軽くボールをぶつける。

 そしてチョウチョウの身体が()()()()()()()ボールに吸い込まれていき、一度、二度、三度と揺れて──。

 

 カチッと、ボールに収まった。

 

 ゲットは成功。でも……。

 

「……どうなってんだ? これは流石に知らねーぞ」

 

 原則、ボールに収まるのは一つにつきポケモン一匹のはずだ。

 ダグトリオとかタマタマとかよくわからんのもいるが、あれはもうその集合体が一匹のポケモンとして確立している。詳しい理屈なんか知らんがそうらしい。

 他にもキュレムやネクロズマは特定のポケモンを吸収していたりするけど、それだって片側の自意識はほぼ無いだろうからこれとは少し違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事例なんてのは例外中の例外だ。そんなの外伝含めて聞いた事も──。

 

「……いや、待てよ?」

 

 ある。一つだけ前例が。

 いや、この場合は未来の話になるのか? まあその辺の時系列はいい。

 

 ガラルの王様──バドレックス。そして王が従えていた黒馬(レイスポス)白馬(ブリザポス)

 

 あれらは同種の集合体でも吸収でもなく、単なる騎乗でしかなかったはずだ。にも関わらず一つのボールに収まっている事から、おそらく現象としては有り得ない事ではないのだろう。

 ゲーム的な事情か、もしくは伝説特有の理不尽ゴリ押しかと思ってたけど一般ポケモンでも起こり得るものなのか。この二匹が特殊なだけなのかもしれないが。

 

「うーん……? とりあえず確認してみるか……」

 

 ボールを図鑑でスキャンしてみると、少し遅れて画面に情報が表示される。

 

【種族】ぺラップ

【タイプ】ノーマル/ひこう

【レベル】27

【性格】ひかえめ

【特性】するどいめ

【持ち物】クレッフィ

【技】おしゃべり/ばくおんぱ/うたう/ちょうはつ

 

「……あいつ持ち物扱いなのか……」

 

 しれっと持ち物欄にいる辺り、やはり同じボール内に収まっているのは間違いなさそうだ。ポケモンを持ち物扱いするなんてそれこそ聞いた事が無いけど。

 ポケモンを道具扱いするな、なんて言葉は月並みだけどまさか本当の意味で道具化するとは。

 

「ねえねえ、あたしも見ていい?」

 

「ん、はいよ」

 

 中々に謎なぺラップ&クレッフィに頭を悩ませていると、ハルカがひょっこりと図鑑を覗きにきた。

 特別隠すような情報でもないので素直に見せる。

 

「……へー、持ち物になってるんだね」

 

「こういうパターンって他にもあるのか? 俺初めて見たんだけど」

 

「ううん。協力関係にあるポケモンっていうのは結構いるけど、完全に一つの種として成立してるのは初めて見たよ」

 

 興味深そうに図鑑データを眺めるハルカ。そうか、ハルカも知らないのか。

 

「ふーむ、ヤドランやヤドキングなんかと少し似ておるのう。あれも姿が変わっておるとはいえ、厳密な定義ではヤドンとシェルダーという二匹の個体だというしの」

 

「でもあれはヤドンがシェルダーに噛まれた時の反応で進化して、遺伝子が混ざった結果なんです。進化しないポケモン同士がそのままくっついて新しい種になる、というのは前例がありません」

 

「む、むう……専門的な話となるとついていけんのう……」

 

「凄いなぁ、凄いなぁ! これって大発見かも! ぺラップの新しい進化だったりして!?」

 

 ハルカがいつになくキラキラとした目で興奮している。こういうところを見ると根はやっぱり『ハルカ』なんだなぁと思う。

 ……にしても、そういやヤドランとかいたな。あれ一応ヤドンか。名前が違うしもう見慣れてるからそういうものだと認識してた。

 となるとこのぺラップも今の図鑑が認識出来てないだけで新たな進化、未発見の種という可能性もあるわけか。うーむ深い。

 

「ねえユウキくん、お父さんに報告しよう!? 色々調べてもらおうよ!」

 

「あー……じゃあまあ、すぐに返してもらえるなら……」

 

 調べる、となると一度博士の元に送らないといけないだろう。

 俺としては一応パーティメンバーとして活躍してもらうつもりだから、あまり長い期間預けておくわけにはいかない。というかそれだと今回の捕獲の意味が無くなってしまう。

 長くても三日とかそれくらいが限度かなぁ……。

 

「そうと決まったら早く行こう! きっとお父さんも喜ぶよ!」

 

「わかった! わかったから引っ張るな! コケる!」

 

「それじゃあみなさんお元気で! さようなら!」

 

 勢いのままに別れを済ませ、グイグイ腕を引っ張ってくるハルカ。俺は危うく転びそうになりながらも必死についていく。

 ともあれ、一旦博士に送るのはいいとして。

 

 ──名前、どうするかなぁ……。

 

 とりあえずキンセツにいる間はともかく、流石にチョウチョウ(町長)は変えたいと思った。

 




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他にもヨワシなんかは群体でありながら一匹のポケモンとして成立してますね。あと過去にはマンタインの翼? にテッポウオがくっついてましたし。
意志の統率さえ出来れば意外となんとかなるんじゃないかと思いました。もちろん誰でも彼でもこうなるわけではありませんけどね。


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やっぱり主人公の運命力は狂ってると思いました

 とりあえずぺラップ&クレッフィの軽い説明と実演を見せた時の博士のはしゃぎ様ったらなかった。

 なんかもう、新しい玩具を前にした子どもかってくらいに目ぇキラッキラさせて『頼む! そのポケモンを調べさせてくれ!』って言ってきた。

 それは別にいいんだけど、めちゃくちゃ葛藤した挙句に提示された一ヶ月とかいう期間は長すぎるので三日でお願いしますと言ったら『三日!?』と絶望したみたいな表情になったのが印象的だった。

 ……うん、多分研究者としては一ヶ月でもギリギリまで切り詰めた期間なんだろうしめちゃくちゃ調べたいんだろうけど、こっちとしても戦力とかその他諸々の事情があってですね……。

 ただまあ、博士という立場にあってあれだけ興奮するって事はそれだけ大きな発見なんだろう。

 実際、プレイヤーとしての自分だった時も新しい追加進化とか出たらワクワクしたもんなぁ……規模は違うけど博士のそれもまあ似たようなものだろう。

 

 んでまあ、旅してる間はハルカがデータを取るとして、とりあえず調べられるだけ調べてもらったところでわかった事は二つ。

 一つ目は、このぺラップとクレッフィは新しい進化や形態というわけではなく、別々の個体として存在しているらしい。だからやろうと思えばこの二匹を別のボールに入れる事も可能なわけだ。

 ここら辺、ヤドランとして進化したシェルダーにはボールが反応しなかったりするので、その違いを分析したかったみたいだけど時間が足りなかったそうな。

 

 じゃあなんで一つのボールに入るんだよって事だけど、ここで二つ目。クレッフィを調べた結果、なんと天才(6V)だという事が判明した。

 この世界における6V──天賦個体と呼ばれてる──ってのは文字通りバトルの天才という事で、例えば攻撃を狙って急所に当てたりだとか、技を回避したり当たってもダメージを最小限に抑えたりだとか、まあとにかくデータに表れない部分が秀でていたりする。

 早い話が才能の塊って事なんだけど、博士の推測だとこの6Vとしての才能を遺憾無く発揮した結果がこの合体現象なのでは、という事らしい。

 

 何言ってんだオメェと思わなくもなかったけど、よくよく話を聞いてみれば、ペラップとクレッフィはタマゴの頃からの付き合いなんだそうで、超が付くくらいぺラップに懐いてるんだとか。

 それは見てれば大体わかるんだけど、博士曰くこれが原因なんじゃないかという事で。

 要は自らがそのポケモンの一部だと認識するほどの信頼関係。それがポケモン特有の環境適応能力と、6Vという天才性が噛み合ってこうなってるんじゃないかという推測だった。

 言ってみればただの思い込みなんだけど、この世界は思い込みで能力上がったりするからそういう事もあるんだろうととりあえず納得しておいた。なつき度が条件ならもっと他にも発見報告上がってるだろうしな。

 

 ともあれ、あくまで暫定ではあるけど固有種認定された結果『ペラッフィ』という種族名を付けたらしい。

 わかりやすいというか、まあ前世の戦術そのまんまな名前だ。変に小難しい名前にする事もないと思うけどさ。

 

「固有種、ねぇ……」

 

 血涙を流しながら返してもらったぺラップ──改めペラッフィの入っていたボールを、キンセツの街並みを歩きながらぽんぽんと投げる。

 ポケモンが固有の変化を起こしたもの。その発見例が極端に少ないものは固有種と呼ばれるらしい。

 ゲーム的な条件としては6Vかつ、()()()()()()()()なつき度最大のクレッフィが手持ちにいるってところか。どうやって手持ちへのなつき度確認するんだよって話ではあるけど。

 

「お前、凄いやつだったんだなぁ」

 

「フィー?」

 

 パタパタとすぐ近くを飛ぶぺラップの首に装着されたクレッフィが不思議そうに鳴き声をあげる。

 何も自覚は無いんだろうな。俺も凄さについては正直あんまりよくわかってないけど。

 ちなみに解放してる理由はハルカに『観察の為に出しておいてほしい』と言われたからである。

 

「凄いっていうか、超希少個体だよその子たち。ユウキくんの運どうなってるの?」

 

 若干呆れたようなハルカのセリフ。

 6Vクレッフィの希少性は言うまでもなく、ぺラップはぺラップで人の言葉を話せる程に知能が高いという珍しい個体である。

 そんな二匹がくっついた状態とか、研究者視点ではどう見えてたんだろうか。人によっては発狂して狂喜乱舞するレベルなのかもしれない。

 加えて色違いのチルットまで手持ちにいるという状況。確かにこれは強運を通り越して狂運だと言わざるを得ないだろう。

 

「どうなんだろうな。ゲームコーナーとか行ったら大勝ち出来るかもしれん」

 

「確かに。行ってみる?」

 

「いや、いいわ。別に欲しいものも無いし」

 

「そっか」

 

 ORASの世界がベースっぽくはあるけど、ゲームコーナーは普通に営業していたりする。

 ただ、トレーナーが必要とする景品のほとんどは店売りで買えるので寄る意味はちょっと薄い。軽く遊ぶ分には楽しそうなんだけどな。

 

「まあまずは改めて何が出来るか見たいところだな。お前はバトルの経験とかあるのか?」

 

「ナクモナイデスガ、アマリジシンハアリマセン」

 

 ぺラップがそう答える。

 まあそれならそれでこれから慣れていけばいいか。

 

「おっけ、んじゃちょっと中庭行くか。そこで軽く動きを見よう」

 

「おー! あたしも楽しみ!」

 

 ハルカがちょっと興奮してる。

 データ取りを任せられた、というだけじゃなくて単純に未知のポケモンが何するのか楽しみなんだろうな。

 かく言う俺もちょっとワクワクしていたり。二匹が一緒になってるって事は技を同時に使えたりするんだろうか。そこら辺も含めて検証しようか。

 

 

 * * *

 

 

「準備出来たかー?」

 

「ダイジョウブデス」

 

 キンセツシティ中央にある中庭にて、バトルスペースを借りてペラップと対峙する。

 

「よし、じゃあハルカもデータ取りよろしくな」

 

「任せて!」

 

 流石は親子というべきか、博士に負けず劣らず目をキラキラさせながらふんすと鼻を鳴らすハルカ。

 どうあれ細かい部分はハルカの目の方が信用出来る。

 ぺラップにはとりあえず俺の指示は無しに自由に動いてもらって、チルット(フォルテ)の相手をしてもらう事とした。

 ジュプトル(カイン)だとちょっと強すぎるし、組手相手としてはフォルテが丁度いいだろう。

 

「それじゃま、やっていくか! フォルテ!」

 

「ちるっ!」

 

 “でんきショック"

 

 レベルはフォルテの方が少し上かつ、弱点の攻撃。さて、どう動くかな? 

 

「ぺラッ」

 

「フィッ!」

 

 “クレスガード"

 

「む」

 

 技はぺラップに命中。だけど大きなダメージって感じじゃない。一瞬クレッフィが光ったけど何かしたかな? 

 とりあえず相手の出方を待ってみると、ぺラップが大きく息を吸い込んで。

 

バ──カ(“おしゃべり")!!」

 

「はあ!?」

 

 大きな声──否、音波を発した。

 あんなにも礼儀正しい子がなんて粗末な罵倒を!? 誰だこんな言葉覚えさせたやつは! 

 いやでも“おしゃべり"かアレ!? 攻撃範囲マジでわかんねぇ! 

 

「くっそフォルテ、大丈夫か!?」

 

「ちるる……」

 

「『こんらん』してますねぇ!」

 

 技をまともに受け、ダメージこそタイプ相性で半減だけど、『こんらん』で飛行すらまともに出来なくなったらしいフォルテが千鳥足になった。

 やっぱあの技壊れてんだろ。『こんらん』ってシンプルにこっちの指示届きにくくなるんだよ。凶悪すぎるわ。

 

「ぺラッ」

 

「フィッ」

 

 “カギえらび"

 

 “リフレクター"

 

 “ひかりのかべ"

 

 そんなこんなをしてる間に半透明の壁が貼られる。

 自力じゃ両壁覚えないし誰かが覚えさせやがったな。なんていい仕事をするんだ。

 

「しかも“いたずらごころ"で行動が早い、と。──()()()()()、フォルテ!」

 

「──ちるっ!? ……ちるっ!」

 

 フラフラしているフォルテに一喝。軽い『こんらん』ならこういう方法でも即座に解ける。ジム戦だとこれじゃ遅いけど。

 

「“でんじは"!」

 

「ちるっ!」

 

「ぺラッ」

 

 “カギえらび"

 

 “トリックガード"

 

 相手を『まひ』させる電磁波を放つも、“トリックガード"で防がれてしまう。

 さて、確認した限りではクレッフィの技はラストが盗みに使った“すりかえ"だったはずだからこれで全部だな。

 どうやらその場その場でぺラップとクレッフィが覚えてる技を切り替えれる感じっぽい。

 あとは……ダメージを見た感じタイプ変更もやってるかな? 

 

「もう少しやってみるか。“チャームボイス"!」

 

「ちるちる〜♪」

 

「フィッ」

 

 “クレスガード"

 

 フォルテが魅惑の歌声で攻撃するも、壁込みとはいえぺラップには大したダメージを与えられていない感じだ。

 やっぱりこれクレッフィのタイプ相性で受けられてる気がする。

 

「遠距離だからか? “とっしん"!」

 

「ちるるっ!」

 

「フィー!」

 

 “クレスガード"

 

 三度の攻撃。だけどやっぱり攻撃が通ってる気がしない。もうこれは確定と見てよさそうかな。

 

「ぺラッ」

 

「フィフィー!」

 

 “カギえらび"

 

 “おどろかす"

 

「ちるっ!? ぴ〜っ!」

 

「あーあー、泣いちゃった……」

 

 イマイチ手応えが無い上に簡単にあしらわれてるものだから、自信を失くしちゃったっぽい。あんなちっこい上に効果も無い技でビビっちゃってまあ……。

 飛んできたフォルテを抱き寄せて頭を撫でてやる。よしよし、安心しろ。どんなお前でも俺は愛し続けるから。

 

「ハルカ、どうだ?」

 

「んー、大まかにはわかったよ。続ける?」

 

「いやー、フォルテが泣いちゃったしとりあえず終わりで。ぺラップも戻ってこーい」

 

 声をかければ、パタパタと翼を羽ばたかせて飛んでくるぺラップ。

 こいつはこいつで小さくてかわいいんだよな。あんま表情変わらないけど。

 さてさて、ハルカの目から見たぺラップはどうだったかな。

 

「まずなんだけど、その子もう裏特性か技能を持ってるね。正確にはそれっぽいものだけど」

 

「あ、やっぱり?」

 

 ちょくちょくそれらしいものを使ってるなーとは思ってたけど。

 

「といっても、持ってるのはクレッフィ側っぽいんだよね。ぺラップが適宜使い分けてる感じで」

 

「タイプ変化とかか?」

 

「あ、気付いてた? そうそう、多分一時的に自分のタイプをクレッフィのものに変更してるんだと思う」

 

 合ってる? とハルカがぺラップに聞くと、コクリと頷いた。

 

「アブナソウナコウゲキガキタラ、クレッフィノチカラヲカリテマス」

 

「やっぱり。うーん、結構無茶苦茶やってるんだよねこれ……どういうシンクロ率なの……」

 

 うんうん唸り始めるハルカ。

 そうか、ハルカの目から見てもめちゃくちゃなのか。じゃあコイツヤベーじゃねーか。

 

「ま、まあそれはお父さんに任せよう。今は理屈云々より能力の把握が大事だし」

 

 それは思考を放棄しているのでは、とは言えなかった。

 

「あとは多分、使える技も実質的に八個になってると思う。記憶容量がぺラップとクレッフィで別だから」

 

「だろうなぁ。うーん、色々とポケモンバトルを破壊してる気がしてきた……」

 

「うん……めちゃくちゃだね……」

 

 ポケモンが覚えてられる技は四つまで……というのは、半分正解で半分間違い。

 正確には『バトル中に即座に使える技が四つまで』だ。

 実は技そのものは一度覚えればいつでも使えるんだけど、図鑑で表示される技以外は使う時に若干タイムラグが生じる。

 わかりやすく言うなら、使い慣れた技とそれ程使い込んでいない技、どっちが早く繰り出せるかという事だ。こんなのは考えるまでもない。

 で、リアルタイムに動かなきゃいけないこの世界のバトルだと、数秒程度の遅れでもわりと致命傷になったりする。

 だからバトルで使える技は()()()()四つまで。もちろん例外もあるけど、まあ多くても六つとかが限度だと思う。

 何気にクレッフィが五つ目の“おどろかす"を使ってたっぽいけど、あれも向こうに余裕があったから使っただけで、本来であれば使わないデータ外の技だ。

 ともあれ、そんな原則がある中で倍の八個というのはちょっと──いやかなりイカれてる。

 

「理不尽なくらい強いポケモンはあたしもそれなりに見てきたけど、この子はなんか違うベクトルに突き抜けてるなぁ。育て方次第じゃこれまでのバトルを一変させるかも」

 

 ハルカがにっこりと笑って。

 

「結構責任重大だよ? ユウキくん」

 

「変なプレッシャーかけるなよ……というかそんなに強いならハルカが育てた方がいいんじゃ……」

 

「だって結果論だし。それにその子のトレーナーはユウキくんだからね。あたしが横取りは出来ないよ」

 

「しっかりしてんなぁ……」

 

 とはいえセリフから察するに、本当はハルカも育成してみたいんだろうな。

 まあトレーナーとしての責任を問われればそれは応えるしかないわけで。どう育てたものかなぁ……。

 

「ただ一つ言えるとしたら、意外と新しい技能とかはあんまり使えないかもね。もうこの子たちはこれでほとんど完成しちゃってるから。汎用的なのを一つ覚えられるかなってくらい」

 

「そうなのか。いやでも、俺的にはそっちの方が助かるな……なんでも出来るって言われた方が困る」

 

 自由の不自由とでも言おうか。明日の晩御飯何がいいか聞かれて迷う的な。

 個人的には無限の可能性を示されるよりも、ある程度方向性が定められてた方がやりやすい。

 

「ちなみになんだけど、野生でそこまで完成されてる個体ってどれくらいいるものなんだ?」

 

「ほとんどいないよ。だからこの子たちが例外すぎるの。こうなるように最適化された結果なんだと思うけど……うん、まあ天賦個体が悪いかな」

 

「そういう結論になるのな」

 

 とりあえずわけわからん事になってたらだいたい才能のゴリ押しらしい。

 

「……お前、よく今まで捕まらなかったな。お前を見たトレーナーも一人や二人じゃないだろうに」

 

 ぺラップを見ながら言う。

 ハルカがこれだけ言うんだから、こいつを捕まえたいってトレーナーもいたはずなのに。

 

「ヨクワカリマセンガ、バトルシナケレバキヅカレナイノデハ?」

 

「……ああそうか、そう言ってたな」

 

 そもそもこの二匹の天才性がわかったのも博士の調査があったからで、ハルカですら見ただけじゃ気付いてないようだった。

 つまり、ゲームでいうジャッジのような特殊な人間でないと個体値は見抜けないというわけであり。

 バトルしてるところ見てないんだから気付けるわけねーだろという話である。

 

 ……にしてもウチの『ひこう』タイプ、バトルに向いてないやつ多くね? 

 

 フォルテはやる気はあるけど闘争心があるかといえば微妙だし、ぺラップはそもそもバトルの経験がそれほど無いし。

 どうあれアタッカーは無理そうな気がする。補助系の育成方針で考えてみるか。

 

「じゃあ次。今度は俺が色々指示してみるからやれそうな範囲でやってみてほしい」

 

「ワカリマシタ」

 

「よし。それじゃ──カイン、相手役よろしく」

 

「ジュッ!」

 

 やる気十分なカインを出して相手役に据える。

 さて、それじゃあ色々試してみましょうかね。




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ぺラップ
『裏特性』
『カギえらび』
持ち物が『クレッフィ』の時、クレッフィの覚えている技を自分の技として使う。

頭のいい子。でもバトルする分には平凡な個体……だった。クレッフィが全部悪い。『ペラッフィ』の理性担当。


クレッフィ
『裏特性』
『スペアキー』
自分を持ち物として『ぺラップ』に持たせる事が出来るようになる。

『技能』
『クレスガード』
相手の技を受ける時、ぺラップのタイプを『クレッフィ』のものに変更する事が出来る。

ぺラップ大好きすぎて合体(文字通り)した。なおまだ未完成。
バトルに対する嗅覚が完全に天才のそれ。『ペラッフィ』の本能担当。
一応バトルの時はペラップ側のステータス参照になります。


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体質が違えば進化方法も違う

 今日の予定の一つはキンセツジムに挑戦する事だった。

 大まかにペラッフィの能力も理解出来たし、手持ち的に相性も悪くないのでひとまず腕試し感覚で臨んでみた。

 だけど結果は惨敗。惜しくもなんともなく普通に負けた。

 シンプルにレベル負けしてるのもあるけど、何が悪いってライボルトが強過ぎる。“かえんほうしゃ"仕込んでんじゃねえよ。しかも電撃纏ってありえない程速くなったし。

 あとは……なんだ、ゲームにはいなかった形態(フォルム)のロトムとかか。

 ロトムは電化製品に入り込むという性質を持っており、テッセンは機械いじりが趣味の人だ。ロトムに対応する戦闘用の機械を開発していてもおかしくないわけで。

 テッセン曰く、その名もショットロトム。

 文字通り銃の形態になったロトムであり、『でんき』エネルギーをそのまま弾丸として撃ち出す性質上、レールガンというよりはプラズマ砲に近いんだけど、細かい違いはさておき恐るべきはその物量。

 固有のフォルムという事で、ロトムに最適化するよう作られてあるんだろう。凄まじい勢いで雷の弾丸が超乱射された。

 一発一発の威力は控えめではあるが、それを数でカバーする感じ。速度もそれなりだし、弾幕張られてる間は近寄る事すら出来なかった。

 見た感じ『でんき』と『はがね』の複合っぽかったし、『ほのお』や『かくとう』打点が無い今のパーティだと結構辛いものがある。

 ともあれ、今の俺たちじゃちょっと勝てそうにないので引き続き手持ちの強化期間だ。

 

 そういえばミツルくんは結局ジムに挑戦しなかったらしい。

 どうしてなのか理由はわからないけど、ゲームでの描写通りなら自分がまだ未熟なのだと理解したから、とかだろうか。そこに至る過程は違うけど。

 

 それはさておき、幸いキンセツシティという場所はバトルするには事欠かず、ジムはもちろんの事バトルフードコートやトライアルハウスなどがある。

 中でも()()()()()()()()()()()という、ありそうで無かった特殊な形式のバトルが出来る『バトルサービスさかさ』はハマった人も多くいるのではないだろうか。自分なんかはこの効果のルーム技が出ないかと妄想したものだ。

 ちなみにこの現象は『バトルサービスさかさ』を経営するサカサという人物の異能によるものである。

 尤も異能はまだ未完成であり、機械による出力ブーストでどうにか短い時間維持出来る、という程度らしいけど。

 

 とにかく今の俺たちに足りないのは経験だ。

 ハイペースでのバッジ取得はそれ自体はもちろんいい事だけど、同時にレベルが足りていないという事態が起きる要因にもなる。だから今はとにかくバトルをこなして経験値を稼ぐ事にする。

 それにレベル的にはもうすぐでパーティメンバーたちが進化しそうなのだ。ここはガッツリ鍛えていきたい。

 色んな施設に行って様々な相手と戦い、時にはハルカのバシャーモ(ちゃも)と組手をする。

 そうやって戦闘を重ねて約一週間の成果がこちら。

 

 意外な事に、一番最初に進化したのはキバゴ(ファング)だった。

 両手で抱えられるくらいだったのに、一気に二倍近く大きくなって体格もどっしりしたものに変化。特徴の牙も大きく伸び、皮膚も非常に頑強に。

 更に成長過程で“りゅうのまい"を習得。一気にアタッカー性能が上がり、攻撃技が『ドラゴン』タイプのみな事を除けば非常に頼れる存在となった。

 ただ、まだ進化したてで自分の力を持て余している様子。言う事を聞かないってわけじゃないけど、たまに指示を出す前に突っ込んでしまう時があるので要指導。

 そんなファングに感化されたかのように少し遅れてジュプトル(カイン)もジュカインに進化。ついに最終形態である。

 背丈が完全に俺を上回り、ジュプトル時代に一度失った尻尾もよりそれらしい形になって復活。全体的なフォルムに爬虫類っぽさが増して、顔つきも凛々しいイケメンと化した。

 こちらはファングと違って一度進化を経験しているからか、ある程度力の制御が出来ているらしい。ファングに力の制御を教えているかのような会話も何度か見た。

 

 そしてカインが最終形態になった事により、ついに技能や裏特性の仕込みに入れるようになった。ここからが真のスタートである。

 

 まあこれに関しては後で詰めるとして、問題はチルット(フォルテ)だ。

 進化レベルでいえば俺のパーティの中で一番早く進化するはずなんだけど、どういうわけかこいつだけバトルを重ねても進化する様子が見られないのだ。

 特異個体故に通常種と進化条件も変わってるんだろうか。とりあえず『かみなりのいし』を試してみたけど効果は無かった。

 他の特殊な進化条件といえば懐き進化や時間指定、通信進化等があるが、思いつく範囲で実行可能なものを試してみても成果は得られず。

 流石に進化しない……という事は無いと思いたい。

 その後もフォルテをメインにバトルに出しつつ色々試してみたけど進化の兆しは無し。今は悲しげな表情で俺の頭の上に乗っている。

 

「今日もダメだったかぁ……。こうなるとやっぱ他の要因が関わってそうだな」

 

「だね。体作りは多分もう出来てるから、進化のエネルギーを自分で作り切れないんだと思う」

 

 ハルカの見立てでもやはりレベルは足りているらしい。だけどあと少し何かが足りない。その少しが何かわからないから苦労してるんだけど。

 

「となると外部刺激とかか……? タイプ的に電気が関係してるとは思うんだけど……」

 

 例えば特殊な磁場を発しているシンオウのテンガン山や、洞窟全体が電気を帯びているイッシュの電気石の洞穴等、何かしらの刺激を受けて進化する可能性もあるが、そうなるとホウエンだとニューキンセツになる。

 けどあそこは場所が場所だし入場許可を貰える気がしない。行くにしても最低テッセンに勝ってからの話だろう。

 

「ま、とりあえずもう少し鍛えてみよう。カインも最初は進化遅れたし」

 

 ぶっちゃけテッセンのジムを突破するだけなら、他が育ってるしチルットのままでも問題無いと思う。だけど元々“そらをとぶ"要因としての役割もあったから、出来れば進化してもらいたいところだ。流石にチルットの背には乗れないし。

 

「ちる……」

 

「ああもう、そんな泣きそうな声出すなって。お前は頑張ってるよ」

 

 落ち込むフォルテを励ましながら頭を撫でる。

 なんというか、少し前のペラッフィとの模擬戦といい、パーティメンバーが立て続けに進化した事といい、フォルテが自信を無くしてしまっているような気がする。

 周りのメンバーが目に見える成長を果たしているのに、自分には何も起こらない。そんな現状に焦りを感じているんだろう。

 こういう部分はまだまだ雛鳥ながらもなんだかんだで『ドラゴン』らしいとも言える。

 ともあれ焦ったところで結果は出ない。今日の訓練は早めに切り上げてフォルテのメンタルケアをやるとする。

 

 というわけでやってきたのが『純喫茶歌声』。

 内装は至って普通の喫茶店なのだが、一つ特徴として客でも使えるピアノが置いてあるのだ。

 なんでも店主が相当な音楽好きらしく、たまに演奏会なんかも開かれるそうだ。少し前にも異国の演奏家が演奏していったんだとか。

 さて、ここで密かに持っていた俺の特技が役に立つ。

 実は俺は趣味程度の技量ながらピアノが弾けたりする。前世の親の影響というか、音楽がわりと身近にある家庭だったので自然と身に付いた技術だ。

 尤も、俺は親と違って才能が無かったので音楽の道に進む事はなかったんだけど、それはさておき。

 

 チルットというポケモンは音楽に強い関心を示す種族だ。鼻歌を歌いながら歩いているといつの間にか集まってきていた、という話もあるくらいに。

 そんなポケモンのメンタルケアはやはり音楽が効果的であり、その意味で言えばこの喫茶店はチルットにとって心地好い場所になる。

 喫茶店に入り、俺はフレンチトーストと『でんき』タイプが好むという黄色のグミ、ハルカがチョコレートパフェを注文し、店主に一言断りを入れてからピアノの前に座る。

 

「ね、また前のやつ弾いてよ。あれ好きなんだ」

 

 ハルカがフレーズを口ずさみながらリクエストしてくる。前にここに来た時にも弾いた曲……まあ前世であったポケモンのBGMなんだけども。

 ちなみにその時に弾いたのが水の都の映画のやつ。あれはとてもいい。

 ともあれ、注文が来るまでの待ち時間を潰すと同時にメンタルケアまで出来るのだから、どんな技術がいつ役に立つかなんてわからないな、と思った。

 

 

 * * *

 

 

 二曲目を終えて軽く伸びをしていると、また新たに客が来店してきた。

 なんとなくそちらの方を向いてみれば、そこにいたのはサングラスをかけたスーツ姿の男性。

 慣れた様子で『いつもの』と注文をしているあたり、きっと常連なのだろう。コガネ弁を交えて店主と雑談を始めた。

 注文したものが完成するまではもう少しかかりそうだったので、ピアノに視線を戻して三曲目を開始する。

 そう。ここまではよかった。

 

「…………」

 

 男の視線が突き刺さる。

 どうせ半ば手癖で弾いてるからそれがプレッシャーになるというわけでもないけど、とても居心地が悪い。そんなに睨まれる程下手な演奏をしてるわけじゃないと思うんだけど……。

 三曲目の終わり頃にようやく品が出来たので、視線から逃れるようにそそくさとピアノから離れて席に着き、フレンチトーストに齧り付く。

 それでもまだ男の視線はこちらに向けられ続けている。一体なんなんだ。

 

「……ねえユウキくん。さっきからずっと見られてるけど、ピアノに変な事でもしたの?」

 

「何もしてねぇよなんであんな睨まれてるんだよ……そりゃ別に上手いわけじゃないけどさ……」

 

 男を横目で見ながら、ハルカとひそひそ話をする。正直心当たりが全く無い。

 男とは初対面だし、ピアノを乱暴に扱ったわけでもない。店主が注意するのならまだしも、何故見知らぬ男に睨まれなければならないのか。

 ガタッと椅子が動く。男が席を立ったのだ。しかもこちらに歩いてくる。

 

「そこのキミ、ちょっとエエか?」

 

 ついに話しかけられてしまった。これはもう逃げる事が出来ない。

 男を威嚇するフォルテをどうどうと宥めながらそちらに向き直って。

 

「……えっと、何か気に障るような事でもしましたかね?」

 

「ん? なんで? ボクはキミの弾いてた曲が気になったから見てただけやで?」

 

 きょとんとした──サングラスでわかりにくいけど、多分きょとんとした顔で言う男。

 

「いやー、エエもん聴かせてもらったわ! ボクも音楽やって長いけど、今の曲は初めて聴いたなぁ。題名とか教えてくれん?」

 

 男が腕を組んでうんうんと唸る。わ、わかりにくい……。

 まあ悪感情を持ってたわけじゃないのはわかった。けど、俺が弾いた曲は当然ながらこの世界には存在しない曲だ。

 だから題名を教えたところでわかるわけがないし、かといって自分のオリジナルだというのは絶対に違う。

 故にここで出来るベストな回答は。

 

「覚えてないけど小さい頃にどっかで聴きました」

 

「そう? 残念やなぁ」

 

 この場合、下手に具体的な事を言う方がまずい。

 調べようと思えばなんでも調べられるこの時代、ふわっとした回答の方が誤魔化しやすいのだ。まして幼い頃の記憶だと言ったのだから、ケチをつけてくる事もないだろう。

 

「ま、仕方ないわな。ところでキミはトレーナー? そこのチルットもキミの?」

 

「そうですよ。今は休憩中です」

 

「そうか。そんならはい、これ。エエもん聴かせてもらったお礼や」

 

 言って渡されたのは『メトロノーム』。あまりメジャーじゃないけど、同じ技を使う毎に威力を増加させる道具だ。

 対戦ではあまり使われなくとも、ストーリー攻略に使った人もいるのではないだろうか。

 ……って、ん? 確かキンセツに『メトロノーム』渡してくる人がいたような……? 

 

「ん? な、何?」

 

 男をじっと見る。黒いスーツにサングラス。自分を超有名音楽家だと言ったあのモブもそんな格好だったはず。

 別に要らない……というか、そこら辺でも普通に買えるのでスルーするつもりのイベントだったけど、こういう形でも発生するのか。

 

「いや、なんでも。ほらフォルテ、おまえが持っとけ」

 

「ちるる♪」

 

 フォルテに『メトロノーム』を渡すと、モコモコの羽の中に収まっていく。

 見た目通りの質量ならどう考えても邪魔になる代物だが、この世界の道具の大半はデータに変換出来るようになっている。

 だからバッグに大量の荷物を入れても重さはほとんど無いし、ポケモンに持たせる場合でもうっかり落としてしまう事もない。

 ここら辺の謎技術については『ポケモン』という種族が存在するが故に発達したものなんだと思うけど……まあ正直どうでもいい事だ。

 

「チルットかぁ。懐かしいなぁ、ボクのパートナーもチルットやったよ」

 

 黄色のグミを啄むフォルテを見ながら男が言う。

 

「ボクがまだ小さい頃、鼻歌歌って歩いてたらどこからか飛んできて一緒に歌うんよ。その時ボクは思った。音楽は人とポケモンを繋げられるんやなって。それがボクの原点やったなぁ」

 

「はぁ……」

 

 そんな急に自分語りされましても……いや、でもこの人ゲーム内でも急に自分語りする人だったな。

 

「ああゴメン、興味無いよね。でもせっかく音楽出来るんやし、チルット育てるならそういう技術をベースに考えるのもエエんちゃうかな? ボクはトレーナーとちゃうから詳しい事はわからんけど」

 

 そんな事を言われる。

 確かにチルットやチルタリスといえば音楽──もっといえば歌のイメージは切っても切り離せないものだ。だけど俺にとってのチルタリスのイメージといえば、“コットンガード"や“はねやすめ"による耐久型なのである。

 こちらもチルタリスのイメージ通りの戦法だし、例えば場に出たターンに“コットンガード"を積むといった技能なんかは問題無く使えるだろう。加えてフォルテなら触れた相手を『まひ』させる事も出来るかもしれない。

 でもこの考え方はまだゲームのやり方に囚われているといえばその通りでもある。

 もっとチルタリスの本質に触れて、それを伸ばすような育成が出来れば。そのヒントが『音楽』にあるのかもしれない。

 

「……まあでも、それも進化してからの話だなぁ……」

 

 フォルテには聞こえないように呟く。

 現状進化方法がわからないわけだし、音楽をベースにした育成法を思いついたとて、それが自分のパーティに合うかは不明だ。

 変に色気を出すより、無難な育成の方が()()()の俺にはやりやすい可能性だってある。

 裏特性だ技能だといっても、結局のところはイメージ出来なきゃ教えられないし使えない。それこそゲームみたいに勝手に技を覚えるわけじゃないのだから。

 ともあれ、何をするにもまずは進化だ。どうしてもわからないようなら、また博士に進化条件を調べてもらわないといけない。

 ただ……ただでさえペラッフィの件で生殺しだったのに、この上特異個体のチルットを預けて『進化条件わかったら返してください』とか言おうものならトドメになるような気もする。あと単純にあんまり頼りすぎるのも博士に悪いし。

 そんな事を考えながら、トーストの最後の一切れを口の中に放り込んだ。




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戦力強化……と、ちょっとの躓き。ジム戦は次かそのまた次くらいになると思います。
暇な人はチルットの進化方法を予想してみてください。作中で言ってるようにヒントは『でんき』です。そこまで突飛なものではないです。


ついでにちょっとだけテッセンさんのデータ。

ロトム(ショットロトム)
『でんき』『はがね』
『裏特性』
『ガトリング』
自分が使う技の威力を1/3にして2~5回の連続攻撃にする。追加効果のある技なら当たる度に判定する。


ライボルト
『裏特性』
『たいでんたいしつ』
『でんき』技を使うか受ける度に、もしくは場の状態が『エレキフィールド』の時に一ターン経過する毎に『たいでんカウンター』を一つ乗せる。最大五つ。

『技能』
『でんきかっせい』
自分に乗った『たいでんカウンター』を全て消費し、その数×ターン数自分を『でんきかっせい』状態にする。

『でんきかっせい』
自分の『すばやさ』と『かいひ』ランクを最大にする。『でんきかっせい』状態が終わった時、自分の『すばやさ』と『かいひ』ランクを6段階下げる。


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ジム戦だと初めて負けたのでリベンジマッチ

お久しぶりです。そして長めかつちょっとわかりにくいかも。
フィーリングと雰囲気とテンションで読んでください。

※7/6に文章を少し変更。変更内容は後書きにて。


 さて、ここまでジム戦を順調に突破出来た事から勘違いされそうではあるが、基本的にジム戦というのは突破される事を前提に作られているが、何も必ず一度で突破する必要はない。

 ゲームだと主人公は当たり前のように一度で全てのジムを突破してるけど、そんな事が出来る人間というのは稀であり、大抵の場合はどこか──特に終盤──で一度や二度負けるのが普通だ。

 故に何度負けても自分が諦めない限りは再挑戦が可能で、そこに制限はかからない。もちろんあまりに短期間に連続で挑戦すれば多少注意は入るけど。

 

「ふむ、鍛え直してきたのかの?」

 

「ええ。今回は勝たせてもらいます」

 

 ジムトレーナーについては既に突破済みなので今回はパスとなり、直接ジムリーダーであるテッセンと相対する。

 裏特性や技能についてはまだまだ未完成だけど、それでも対策はしっかり仕込んだ。

 ジム戦である以上は試験であり、相手の戦法が変わる事はまずない。ジムリーダーとは相手の戦法にどう対処するのかを見るのだから。

 前回は単純にポケモンの性能差が大きかった。そこはかなり埋めてきたから落ち着いてやれば今回は勝てるはず。

 一度息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。緊張はもちろんあるけど、固まって動けない程でもない。

 

「──挑戦者ユウキ、ジムバッジをかけて勝負を挑みます!」

 

「うむ。ジムリーダーテッセン、その勝負を受けよう!」

 

「ペラッフィ!」

 

「ゆけいコイルよ!」

 

「ペラッ!」

 

「ビッ!」

 

 戦いの火蓋が切って落とされ、互いにボールを手に取り、そして投げる。

 テッセンの初手はコイルだった。前回と同じなら“エレキフィールド"を張りつつ、“でんじは"や“ボルトチェンジ"で有利展開を作ってくるだろう。

 向こうが場作りから始めるならこちらも同じようにやらせてもらう。

 

「“エレキフィールド"!」

 

「壁を貼れ!」

 

「ビッ!」

 

「フィーッ!」

 

 “いたずらごころ"

 

 “リフレクター"

 

 “ひかりのかべ"

 

 “エレキフィールド"

 

 相手の行動に先んじてペラッフィが両壁を展開し、僅かに遅れてコイルの“エレキフィールド"が発動してフィールドがパチパチと帯電し始める。

 相手の火力は上昇したが、こちらも壁を貼れたので受けるダメージはトントンといったところか。

 二手目。

 

「“でんじは"じゃ!」

 

「戻れペラッフィ!」

 

「む──」

 

 テッセンのメイン火力は『でんき』技であり、まして“エレキフィールド"まで貼られてるのだからそれを読むのは簡単だ。

 特殊な技術があったとて、有利な状況での安定行動というのはどこの世界でも変わらない。

 

チルット(フォルテ)!」

 

「ちるっ!」

 

 迫る“でんじは"をタイプで無効化し、無償降臨に成功。ここは攻撃技でもダメージを最小限に抑えられたのでそれ程変わりはない。

 さて、フォルテ側からコイルに対して有効打はないが、それは相手も同じ事。技の撃ち合いになれば壁がある分こちらが有利になる。

 三手目。

 

「“ボルトチェンジ"!」

 

「こっちも“ボルトチェンジ"だ!」

 

「ほう!」

 

 “でんきのこころえ"

 

 “ボルトチェンジ"

 

 “ボルトチェンジ"

 

 秘策その一。フォルテに“ボルトチェンジ"──の、劣化版を仕込む。

 もちろん俺は“ボルトチェンジ"のわざマシンなんて持ってないが、ハルカに借りたわけでもない。

 ではどうやって覚えさせたのかというと、簡単に言えば教え技の要領である。

 “ボルトチェンジ"自体は一度目のジム戦で既に見たし食らってもいる。後はひたすら反復練習を繰り返せば、完璧な再現とはいかずとも()()()()()()()()としてならなんとか成り立つのだ。

 元より今回フォルテに攻撃性能は期待していないので、最低限交代効果さえあればサイクルを回せる。

 コイルとフォルテが電撃を纏い、ぶつかりあった瞬間互いに弾かれたようにボールに戻っていく。

 壁ターンを消費する為に居座ってくる事も考えられたが、その場合でもここはボルチェンで正解。しかし相手も交代という事は、火力で上から殴り倒す気なのだろう。そしてそれが出来るのは──。

 

「やりおるのう! ロトム!」

 

「来たぞオノンド(ファング)!」

 

 ──予想通り、前回辛酸を舐めさせられた銃形態の(ショット)ロトム。

 こいつは裏特性か何かで技を連射する事が出来るらしく、この前は“チャージビーム"の連射で能力を最大まで上昇されて壁ごと突破された。

 だけどここまでは全て俺の読み通りに事が運んでいる。秘策その二の切りどころだ! 

 

「“チャージビーム"!」

 

「“ばかぢから"!」

 

「ぬぉっ!?」

 

 “でんきのこころえ"

 

 “ガトリング"

 

 “チャージビーム"

 

 “せんとうかん"

 

 “ばかぢから"

 

 ここでテッセンが驚愕の表情を見せた。

 ファングが電気エネルギーの弾丸の雨を掻い潜り、時には被弾しながらも力任せに拳を振り抜く。

 技の乱射体勢に入っていたロトムは攻撃に備える事が出来ず『はがね』を複合するショットロトムに『かくとう』技が直撃した。

 

「ロ……ト……!」

 

「オノォォォッ!」

 

 “ドラゴンクロー"

 

 ロトムが一瞬耐える素振りを見せたが、すかさず追撃のドラゴンクローが入り今度こそダウン。ほとんど何もさせずに落とし切る事が出来た。

 

「っし!」

 

 思わずガッツポーズ。ここまでは完璧な試合運びだ。

 ハルカのバシャーモ(ちゃも)から“ばかぢから"を教えてもらえてよかった。“ボルトチェンジ"と違って直接指導してもらえるからこっちは完璧に技として覚えられた。

 

「ぬう……普通なら『じめん』タイプを用意してロトムを乗り切るんじゃが、まさか読みで突破してくるとはのう」

 

 ロトムを戻しながらテッセンがぼやく。

 テッセンが言うように、タイプ相性で考えるなら『じめん』タイプを用意して『でんき』技を無効化するのが定石だろう。

 少し先に進んだところにある炎の抜け道に生息しているドンメルなんかは、あのロトムに対して特攻的な存在にもなる。

 要するに強力な一芸を持ってる相手に対してちゃんとメタを用意出来るか、というのを見てるのだろう。まあ俺のやり方でも合格ラインのはずだ。

 とはいえまだ勝ったわけじゃない。あれは言わば中ボスであり、まだラスボスが残っている。

 テッセンが最後のボールを取り出して。

 

「ではいくぞい、ライボルト!」

 

「──ラァイ!」

 

「……来たぁ……」

 

 “らいうん"

 

 青と黄色の体毛、特徴的な鬣を持つほうでんポケモンのライボルトが吠えると、室内だというのに頭上に小さな黒雲が一つ生み出される。

 あれはターン経過毎にランダムで“かみなり"が()()()()()()()()()()降り注いでくるのだ。

 いつ来るか、どっちに飛ぶかが予想出来ないし、光ったらとりあえずその場から飛び退くという対処法しか取れない。

 一応ライボルトがいる時限定かつ、設置技扱いなので“きりばらい"とかで消せるらしいけど、そんなもん俺のポケモンは覚えてない。

 

「“10まんボルト"!」

 

 “でんきのこころえ"

 

 “10まんボルト"

 

「戻れファング! 受けろフォルテ!」

 

「ちるっ!」

 

 能力が下がったファングを一度戻し、中継の為にフォルテと交代する。

 おそらく世界で尤も有名な『でんき』技が飛来し、フォルテがタイプ相性と壁の効果で余裕で受け切るが、ここでこちらの両壁が消える。

 しかし同タイミングで使われた向こうの“エレキフィールド"は消えてないので、持続ターンを伸ばす道具、ないし裏特性か技能を持ってるらしい。

 

「ほれ、もう一発じゃ!」

 

「戻れフォルテ!」

 

 “でんきのこころえ"

 

 “()()()()()()()"

 

「あっ、くっそ!」

 

 もう一発、などとほざいておきながらテッセンが選んだ技は“ボルトチェンジ"。本当ならここは“ボルトチェンジ"を使いたかったけど、ライボルトの特性は『でんき』タイプの技を吸収する“ひらいしん"だ。これはもう必要経費として割り切るしかない。

 交代際に出したペラッフィに“ボルトチェンジ"が迫り。

 

「ペラッ!」

 

「フィッ!」

 

 “クレスガード"

 

 天性の才能でタイプを変更しながら等倍で受けて大ダメージを免れ、ライボルトが弾かれながらボールに戻って再びペラッフィとコイルが対面する。

 

「壁だ!」

 

「こっちもフィールドじゃ!」

 

 “いたずらごころ"

 

 “リフレクター"

 

 “ひかりのかべ"

 

 “エレキフィールド"

 

 状況が最初に戻る。“エレキフィールド"は切れてなかったが、別にフィールドが残ってるから使えないなんて事はなく、普通にターンの上書きが出来る。ここもゲームとは違うが、現実ならそりゃそうだろうなとなる部分だ。

 ともあれ、なるべく壁を切らせるわけにはいかない。基本的にこっちのポケモンに対して『でんき』技は半減だけど、どんな攻撃が飛んでくるかわかったもんじゃないのだ。受けるダメージはなるべく減らしたい。

 さて、再び“ボルトチェンジ"──といきたいが、いい加減向こうも読んでくる頃合いだろう。

 それでもここはフォルテ交代が安定だ。相手に『じめん』タイプの“めざめるパワー"でもあれば別だけど、基本的に有効打は絶対に無い。

 

「戻れペラッフィ! いけフォルテ!」

 

「随分と回すのう! “ボルトチェンジ"!」

 

 こんな風にパーティをくるくる回すなら、ペラッフィの方にも何か交代技を一つは仕込みたいところだ。じゃないとどうしても一手遅れてしまう。

 交代で繰り出したフォルテがコイルの“ボルトチェンジ"を受け、テッセンのボールから再びライボルトが出現する。

 

「そら、耐えられるかのう! “ボルトチェンジ"!」

 

「耐えろペラッフィ!」

 

「ペラッ!」

 

「フィー!」

 

 “でんきのこころえ"

 

 “ボルトチェンジ"

 

 “クレスガード"

 

「む、居座りか」

 

 電気を纏って猛スピードで突っ込んでくるライボルトの攻撃をなんとか耐えるが、おそらくペラッフィで受けられるのはこれが最後だろう。

 それでもここまで十分仕事は果たしてくれた。最後に一発入れて後は休んでてもらおう。

 

「“おしゃべり"!」

 

 “おしゃべり"

 

「アホ──ッ!」

 

「ビッ!?」

 

 交代で出てきたコイルに“おしゃべり(悪口)"をぶち当てる。効果は今一つだけど、目的は削りと追加効果の『こんらん』での足止め。

 

「コイルよ、しっかりするのじゃ!」

 

「ビッ……ビッ!」

 

「ファング!」

 

「オノッ!」

 

 そしてコイルを『こんらん』から覚ます一手分の時間でファングを無償降臨。時間はかかったけどようやくこの対面を作れた! 

 

舞え(“りゅうのまい")ファング!」

 

「ぬ──“でんじは"じゃ!」

 

 ファングが己を鼓舞して一時的に能力を上げる(A・S+1)舞を踊り、『こんらん』から目を覚ましたコイルがその隙を狙って“でんじは"を繰り出す。

 外れてくれればと思ったがそう都合よく事は起こらず、命中してファングが『まひ』状態に。せっかく上げた『すばやさ』もむしろマイナスなった。

 

「“マグネットボム"!」

 

 その隙を逃さずコイルが『はがね』のエネルギーで作られた爆弾をいくつも作り出し、それをファングに放つ。

 本来であれば『まひ』の効果でファングの運動性能は大きく下げられている──が。

 

()()()“ドラゴンクロー"!」

 

 積みアタッカーが『でんき』タイプの専門を相手にその手の対策を取らないわけがない。

 ファングに持たせておいたのはクラボのみ。『まひ』になった時に食べる事で即座にその状態を回復する。

 そしてファングの上昇した運動性能は、本来であれば対象に吸い付くように炸裂する“マグネットボム"の合間すら潜り抜けてコイルに迫り。

 

「オォォォノォォォッ!」

 

 “ドラゴンクロー"

 

 竜のエネルギーで形作られた爪がコイルを一閃する。相性不利の技だが、ここまで何度も削りを入れたしここでコイルは落としたい──が。

 

「まだじゃ! コイル!」

 

「ビッ……ビッーッ!」

 

 “エレキフィールド"

 

 “はんぱつ"

 

「くっそ……耐えるか!」

 

 ギリギリのところでコイルが耐えて“エレキフィールド"を再展開した上に、まるで磁石が弾かれるようにコイルがボールに戻っていく。

 耐えられたのは“ばかぢから"を使わなかった──能力上昇を消したくなかった──甘えだとしても、フィールド展開要因を残してしまった。

 更に時間(ターン)の経過によりこちらの壁は消える。向こうの有利なフィールドだけが残った状況だ。

 

「ふむぅ。これでワシはライボルトだけで残りポケモン全員を突破しなきゃならんわけか。ワッハッハ! 追い詰められたのう!」

 

 豪快に笑いながらテッセンが言う通り残ポケモン数は4:2で、更にテッセンのコイルはほぼ『ひんし』なのでこちらが圧倒的に有利だ。まさに追い詰めたと言ってもいい。

 ……が、油断は全く出来ない。どれだけ追い詰めたとしても、結局最後の一体を倒さなければ勝ちにはならないのだから。

 

 “らいうん"

 

 三度ライボルトが現れ、そして黒雲が頭上に生み出される。

 とりあえず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という目的は達成出来た。後はどれだけライボルトの動きについていけるか。

 

「さあいくぞい! “10まんボルト"!」

 

「躱して“ドラゴンクロー"!」

 

 “でんきのこころえ"

 

 “10まんボルト"

 

 “ドラゴンクロー"

 

 飛来する電撃をファングが素早い動きで回避し、そのままライボルトに肉薄して爪を振るう。

 ライボルトもなんとか“ドラゴンクロー"を避けようとするが、今の段階では能力上昇込みでファングが『すばやさ』で勝る。

 逃げるライボルトにファングが追い縋り。

 

「オノォ!」

 

「ラァイ!?」

 

 ライボルトを見事に捉え、完璧な一撃を叩き込んだ。

 元々高めの攻撃種族値を更に“りゅうのまい"で増加させた“ドラゴンクロー"は結構なダメージになったはず。このまま畳み掛ける! 

 

 “らいうん"

 

「っ! ファング、退け!」

 

「オノッ!」

 

 一気呵成に攻めようとしたタイミングで黒雲が輝き、“かみなり"がファングに向かって落ちるが、既のところで後ろに飛び退く事でそれを回避する。

 ライボルトとの距離が近かったからあの“かみなり"がどっちに降ってきたものかはわからないけど、とりあえず直撃は免れた。“ひらいしん"は発動しちゃったけど。

 しかしここで一気に仕留め切れなかったのは痛い。これでライボルトの方も準備が進んでしまう。

 

 “たいでんたいしつ"

 

「よし、まずはそのオノンドをどうにかせんとな。ライボルト!」

 

「ラァイ!」

 

 テッセンの呼び掛けに応えるようにライボルトが吠え、そしてその体に『でんき』エネルギーが纏われていく。

 あれだ。あの状態のライボルトに前回俺たちはやられたのだ。

 

 “でんきかっせい"

 

「連続で“でんこうせっか"!」

 

「──ラァァァイ!!」

 

 ライボルトが咆哮し、その姿が掻き消える。

 あの電気を纏った状態は『すばやさ』を格段に上げるようで、そこに“でんこうせっか"の速度が合わされば、最早肉眼では線で追うのがやっとというレベルだ。

 全く動きを捉える事が出来ず、ファングが一方的に攻撃を受けてしまう。それら一発一発のダメージは小さくてもあまりに手数が多い。このままじゃ削り切られる! 

 

「くっ……! “ドラゴンクロー"を振り回せ!」

 

「オ、オノッ!」

 

 “ドラゴンクロー"

 

 その場凌ぎの苦しい指示。これでまぐれでも当たってくれればいいと思ったが。

 

それは悪手じゃろ(“10まんボルト")

 

 “でんきのこころえ"

 

 “10まんボルト"

 

「オォォォッ!?」

 

 やたらめったらに爪を振り回すと見るや、すぐさま距離を取られての“10まんボルト"。『とくこう』が上昇してるのとフィールドの補正も乗って、いくら半減とはいえ結構な勢いで体力が削られていたファングがここでダウン。

 やらかした……! 無理に攻撃を当てようとするより、防御に徹してダメージを抑えつつ時間を稼ぐのが正解だったか……! 

 

「すまんファング……! そして悪い、ペラッフィ!」

 

「ペラッ」

 

 少し迷ってペラッフィを出す。

 出したところで絶対にあのライボルトには勝てないし、確実に『ひんし』にさせられるだろう。要するに時間稼ぎの生贄だ。心は痛むがそれでも今はこれしかない。

 

「“リフレクター"!」

 

「“ボルトチェンジ"!」

 

 “いたずらごころ"

 

 “リフレクター"

 

 “クレスガード"

 

 “でんきのこころえ"

 

 “ボルトチェンジ"

 

「ペラッ……」

 

「フィ……」

 

 両壁とはいかなかったが、なんとか“リフレクター"だけは貼る事に成功する。正直間に合うと思ってなかったから大手柄だ! 

 

「ナイスだペラッフィ! いくぞジュカイン(カイン)!」

 

「ジュカァァァッ!」

 

 死に出しで繰り出すのはエースであるカイン。ライボルトも一度ボールに戻った事であの状態は一度解除されたはず。

 “ボルトチェンジ"によって先に出ていたコイルのフィールド展開はもう阻止出来ないが、まだなんとかなる範囲のはず。

 

そいつを落とせ(“リーフブレード")!」

 

「ジュカッ!」

 

 “エレキフィールド"

 

 “リーフブレード"

 

 草の刃に切り裂かれ『ひんし』寸前だったコイルがようやく落ちる。ありえないくらい仕事をされてしまったが、これでようやく残り一匹まで追い詰めた。

 

「うむ、いい活躍じゃった! ゆけいライボルト!」

 

「カイン、“こうそくいどう"!」

 

「“10まんボルト"じゃ!」

 

 “こうそくいどう"

 

 “でんきのこころえ"

 

 “10まんボルト"

 

 カインが『すばやさ』を上昇させて“10まんボルト"を避けていく。素の『すばやさ』ではこっちが上だし能力も上昇させた。このまま上から叩く! 

 

「“リーフブレード"!」

 

「“でんこうせっか"で回避!」

 

 “リーフブレード"

 

 “でんこうせっか"

 

 カインが一気にライボルトと距離を詰め、草の刃を振るう。しかしそれはギリギリライボルトの体を掠めるに留まり、止めを刺すには至らなかった。

 くっそ、判断早ぇ……! 

 

「もう無理か……! “こうそくいどう"!」

 

「“10まんボルト"じゃ!」

 

 あれで当たらないなら少しでも『すばやさ』差を埋めるしかない。あの状態になられる前に攻撃を避けつつ積んでおく。

 

 “たいでんたいしつ"

 

「そら、準備が整ったぞい!」

 

 “でんきかっせい"

 

「ラァァァァイ!!」

 

 正確な事はわからないけど、多分一定回数『でんき』技を使うのが条件なんだろう。後は“エレキフィールド"も関係してるかもしれないけど、そんな事は最早どうでもいい。結局またあの最強モードに変化してしまった。

 

「“でんこうせっか"!」

 

「“こうそくいどう"!」

 

 再びライボルトの姿がほぼ線と化すと同時、カインが『すばやさ』ランクを最大まで積み切る。これで互角か、なんならカインの方が種族値の分少し上を取れるかもしれない。

 

「こっちも“でんこうせっか"! 隙見て“リーフブレード"に切り替えろ!」

 

「ジュッ!」

 

 俺の目じゃライボルトの姿は追えないので、ここからの攻撃判断はカインに任せる。

 というかテッセンはこれを追えてるんだろうか。だとしたらこの世界のトレーナー化け物すぎるんだけど。

 ともあれ『すばやさ』はほぼ互角らしい。それならあの状態が切れるまで粘れば、その瞬間にカインが確実に先手を取って落とし切れるはずだ。

 

「ふむ……使う予定は無かったんじゃが……ここまでやられて何もしないのものう」

 

 勝利への道筋が見えてきたその時、不意にテッセンがそんな事を言う。

 おい、なんか猛烈に嫌な予感がしてきたんだが。

 

「──ライボルト」

 

「ラァイ!」

 

 テッセンが名を呼ぶと、呼応するようにライボルトの体が激しくスパークし、バチバチと凄まじい音を立てて放電する。

 明らかに何らかの技の予備動作だ。それも超級の大技の。ヤバい、あれは絶対にヤバい! 

 

「カイン、防御態勢! 全力で警戒しろ!」

 

「ジュッ!」

 

 無理に止めようとして直撃を貰う方が愚策だと考え、一度カインを下がらせて防御に全力を注がせる。とにかく直撃さえ避ければいい。

 両腕で体を守るような態勢を取るカインに対し、放電を一層激しくさせるライボルトが一瞬体を深く沈めて。

 

「──奔れ」

 

 “でんきのこころえ"

 

 “せんげき"

 

 “らいごうせんが"

 

 瞬間、閃光と轟音。

 コート上にはライボルトどころかカインの姿もなく、どこへ行ったのかと考える間もなくすぐ側を何かが横切り背後で衝突音が響いた。

 

「なっ……!?」

 

 慌てて振り向くとそこには仰向けで倒れるカインと、その上に立って咆哮を上げるライボルトの姿。

 あまりにも一瞬の出来事過ぎて何が起こったのかわからない。何らかの攻撃を受けたのはわかるが、それにしたって速すぎる。

 立ち上る焦げたような臭いに地面を見れば、直線状に黒ずんだ跡があった。まるで雷が奔ったかのようだ。あのライボルトは文字通り雷になったとでもいうのか。

 

「“らいごうせんが"──ワシのとっておきじゃ。見えんかったじゃろ?」

 

 ニッとテッセンが笑い、ライボルトが跳んでコート上に戻る。

 確かに全く見えなかった。俺ならまだしも能力を上げたはずのカインすら反応出来ない程の速度と、一撃でカインを倒したあの威力。明らかにバッジ三つ目時点で解禁していい技じゃない。

 

「ラ……イ……」

 

「む、やはり反動がキツいか。少し無理があったかのう」

 

 ライボルトが苦しげな表情で倒れそうになるもなんとか持ち堪える。やはりというかあれだけの大技だ、反動も相応にあるらしい。姿が通常のものに戻ってるし息も荒い。残り体力は本当に僅かだろう。

 だけどこちらの残りは何度も受け出しして削れているフォルテのみ。何よりエースがたった一撃でやられた事で俺のメンタルも相当キツい。勝てるかどうかはかなり怪しい。

 攻撃が苦手なフォルテを出してでも勝ちを狙うべきか。大人しく降参して次に活かすべきなんじゃないか。

 そんな考えが脳裏を過ぎり──それを否定するようにガタガタとフォルテのボールが揺れた。

 それは紛れもなく闘争の意思。フォルテの『勝ちたい』という勝利への渇望。

 

「……そうだよな。ここまで頑張ったんだもんな」

 

 俺の手持ちはまだ諦めてない。ならトレーナーである俺が諦めるわけにはいかない。

 

「頑張れフォルテ! もう一息だ!」

 

「ちるっ!」

 

 これが本当に最後の勝負。体力こそ余裕は無いが気合いは十分。何がなんでも押し切る! 

 

「“チャームボイス"!」

 

「避けるのじゃ!」

 

 “チャームボイス"

 

 魅惑の歌声でライボルトに攻撃するも、当然向こうも簡単には当たってくれない。すぐさま攻撃に反応してその場を飛び退く。

 ただ明らかに『すばやさ』が落ちている。さっきの技の消耗は本当に激しいらしい。だったらまだまだチャンスはある! 

 

「追いつけフォルテ! “とっしん"!」

 

「“でんこうせっか"で避けて反撃じゃ!」

 

 “とっしん"

 

 “でんこうせっか"

 

 フォルテがライボルトに突撃し、それをライボルトが跳んで避けながら隙を突いて反撃を試みる──が、それよりも先にフォルテが動いて追撃を仕掛け、ついに“とっしん"を命中させた。

 でも……見に見えてライボルトのパフォーマンスが落ちてるのもあるけど、フォルテの動きが良くなってる? 

 少なくともフォルテにはいくら『すばやさ』が落ちてるとはいえ、“でんこうせっか"中のライボルトの行動に割り込むような速さは無かったはず。

 

 “らいうん"

 

「っ、避けろフォルテ!」

 

 そうして揉み合っている間に雷雲が輝き“かみなり"が落ちる。

 避けるよう指示したが、俺の声が聞こえていないのかフォルテはライボルトへの追撃を止めず、二匹まとめて“かみなり"に被弾する。

 まずい、これでライボルトの『とくこう』が上がってしまった。それにあの至近距離じゃ避けられない! 

 

「終わりじゃ! “10まんボルト"!」

 

「ラ──アァァァァィ!!」

 

 “でんきのこころえ"

 

 “10まんボルト"

 

「ちる──っ!?」

 

「フォルテ!」

 

 チャンスを見逃さず、強烈な電撃がフォルテを襲う。

 “エレキフィールド"下での『とくこう』一段階上昇“10まんボルト"。いくら半減でも耐えるのは難しいだろう。

 これで俺の負け。電撃に包まれるフォルテがぐらりとその体を揺らして──。

 

「──ぴ……ぴ──っ!!」

 

 負けるものかと言わんばかりに大きく声を張り上げながら羽を広げ、そして眩く力強い光を発した。

 それは受けた電撃をも塗り潰す程の輝きを放って広がっていき、“エレキフィールド"すらフォルテを中心に吸い込まれていく。まるで全ての電気がフォルテの力となっていくように。

 

「フォルテ……!?」

 

「これは……!?」

 

 シルエットが変わっていく。小柄だった体は二倍近く大きくなって首も伸び、チルットの大きな特徴であるふわふわの羽も全身を包むように毛量が増していく。

 これは、そう。どうしてもわからなかったフォルテの──! 

 

「チル────ッ!」

 

 やがて光が収束し、甲高い声を上げながら姿を表したのはチルット──ではなくその進化系。

 立派に成長したハミングポケモンのチルタリスだった。動きが良かったのは進化の予兆だったのか! 

 

「ぬう……ここで進化とは……! ライボルト!」

 

「ラァイ!」

 

 “でんきのこころえ"

 

 “10まんボルト"

 

 突然の出来事にもすぐに対応し、先に動いたのはテッセン。ここら辺の判断は流石に早い。

 電撃が飛来しフォルテを撃つが、進化したおかげか耐久が跳ね上がっているようで、大したダメージも感じさせずに翼を一振りして払い除けた。

 

「くう……!」

 

 テッセンの顔が苦々しげに歪む。得意分野の『でんき』技がああも簡単に弾かれればそうもなるだろう。

 

「フォルテ!」

 

「チルッ!」

 

 フォルテが大きく息を吸い込み、技の予備動作に入る。

 それは進化して新たに覚えた技。より強く、大きく響くその技の名は。

 

「チル──ッ!!」

 

 “ハイパーボイス"

 

「ラ──ラァァァァイッ!?」

 

 美しい声から放たれる破壊の音撃がライボルトを襲う。そしてそのまま吹き飛ばされたライボルトが宙を舞い──。

 

「ラ……イィ……」

 

 ライボルトが倒れる。動く様子は無い。対してフォルテは健在である。

 

「……ワシの負け、じゃな。まさかここまでして負けるとは思わなんだ」

 

 そしてテッセンの敗北宣言。

 という事は……。

 

「……やっ……た……?」

 

「チルーッ!」

 

「わっぷ!? 重ッ!?」

 

 嬉しかったのか飛びついてくるフォルテにそのまま押し潰されてしまう。もふもふで気持ちいいけど重い! あとなんかパチパチする! 進化して電力強まっただろこれ! 

 なんとか引き剥がそうと藻掻くも向こうの方が力が強い……というか、上手く力が出せない体勢というか。愛情表現なのはわかるけども。

 まあ、ともあれ──。

 

「ダイナモバッジゲット、だな」

 

 一時はどうなる事かと思ったけど、どうにか三つ目のバッジも確保。

 ……でもあのふざけた火力の技だけは絶対に許さない。後で問い詰めてやる。




評価や感想、批評等あればよろしくお願いしマース。
ここすき機能なんかもご利用くださいませ。
あとツイッター始めてみたので興味があるなら是非。

※矛盾が見つかった為、7/6に『らいうん』を天候から設置技に変更しました。
天候という程空を覆い尽くすのではなく、小さな黒雲がポツンと浮かんでる絵をイメージしてください。

んじゃいつもの。


テッセン
『指令』
『でんきのこころえ』
味方が使う『でんき』タイプの技の威力が1.2倍になる。

『せんげき』(閃撃)
味方の『ライボルト』が“らいごうせんが"を使えるようになる。この指令はバトル中に一度しか使えない。

コイル
『技能』
『はんぱつ』
接触技を受けた時、任意で手持ちに戻る事が出来る。

ロトム(ショットロトム)
でんき/はがね
『裏特性』
『ガトリング』
自分が使う『でんき』技の威力を1/3にして2~5回の連続攻撃にする。追加効果のある技なら当たる度に判定する。

フォルムチェンジ後に習得する技は“ラスターカノン"。

ライボルト
『裏特性』
『たいでんたいしつ』
『でんき』技を使うか受ける度に、もしくは場の状態が『エレキフィールド』の時に一ターン経過する毎に自分に『たいでんカウンター』を一つ乗せる。最大五つ。

『技能』
『らいうん』
自分が場に出た時、場の状態を『らいうん』状態にする。この効果は自分が場から離れた時に消える。

『でんきかっせい』
自分に乗った『たいでんカウンター』が三つ以上ある時それらを全て消費し、その数×ターン数自分を『でんきかっせい』状態にする。自分が『でんきかっせい』状態の時、『たいでん』カウンターは乗らなくなる。

技説明
『らいうん』
ターン終了時に50%の確率で“かみなり"を相手か味方に使用する。

『でんきかっせい』
自分の『すばやさ』と『かいひ』ランクを最大にする。『でんきかっせい』状態が解除された時、自分の『すばやさ』と『かいひ』ランクを6段階下げる。

『らいごうせんが』(雷轟閃牙)
威力140 命中100 優先度+4 物理
自分が『でんきかっせい』状態でないとこの技は失敗する。この技は『すばやさ』でダメージ計算し、与えたダメージの1/3を受ける。この技を使った時に『でんきかっせい』を解除し、『すばやさ』と『かいひ』の能力ランクを最低にする。


チルタリス(特異個体)
ドラゴン/でんき
特性:ノーてんき
『でんき』タイプを持って生まれたチルットが進化した。色違いという点を除いて姿こそ通常種と変わりないが、進化方法が特殊なものに変化している。
自分の放つ『でんき』エネルギーが羽毛に溜まっており、それを利用して攻撃する。

『進化方法』
“エレキフィールド"がある状態でレベルアップ。


はい、チルット遂に進化です。10万受けてた事も関係ありそうに書きましたがゲーム的処理としてはこう。小説内だと足りないエネルギーを相手の技で補充して進化に至ったって感じです。デスバーンみたいな進化方法だと見つけられん。

『こころえ』系の指令は基本的にパッシブ型かつ、タイプ統一の人は大抵持ってる習得難易度が低めのスキルです。統一する利点でもある。毎回書くのクドいけどどうしようか悩み中。

ちなみに“らいごうせんが"に関しては本来の適正ライボルトで使ってないのでスペック落としてます。とりあえず本気ライボルトなら回数制限は無いですね。条件満たせば何回でも使えるしそもそも技能習得。

今回気になる事とか多いかも知れないからそういうの聞きたい人はツイッターとかで聞いてください。気分が良ければ答えます。(理由とか設定ちゃんと考えてたら)


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何一つ解決してないのに課題ばかりがどんどん増える

まさかの1ヶ月以上間隔が空くという。


「で、あれはなんなんですか?」

 

 ジム戦を終えるなりテッセンを問い詰める。

 ライボルトが使った技──“らいごうせんが"だったか──あれは明らかにオーバーパワーだ。(ハルカのせいで)ジム戦の難度を上げるよう連絡が回ってるらしいが、それにしたってあんなものを使われたらまともに突破出来る道筋が見えない。

 何しろこちらのエースはほぼ何も出来ずに落とされたし、今回突破出来たのは事前の完璧な試合運びによる貯金と、あとはチルット(フォルテ)の進化という運があったからだ。

 逆に言えば『序盤の流れを完全に握って相手のエースを引きずり出す』事が出来なければ勝ち目は無かったというわけである。要求値が高すぎではなかろうか。

 

「ああ、『閃撃』か。普通に今の段階で使っていい範疇を超えとるよ」

 

「やっぱそうじゃねえか!」

 

 あっけらかんと言うテッセンに思わず叫ぶ。そりゃそうだろうな、あんなん普通に使われたら勝てるか。

 

「……ん? 『閃撃』?」

 

「あの技の通称だよ。本気のテッセンさんが使うライボルトの代名詞でもあるから」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げていると、ハルカが横から補足してくれた。なるほど、確かにあれだけ派手なら代名詞にもなる──

 

「──いや待て、本気っつったか今?」

 

「うむ。正真正銘、ワシの切り札じゃよ」

 

「三つ目のジムで本気解禁とか流石におかしいと思いませんかねぇ!?」

 

 道理でやたら強いと思った! 試練としてじゃなく本気のバトルで使う技ならそりゃ壊れ火力にもなるわ! 

 

「そうは言っても、仮にお前さんが負けたとしてもバッジは渡すつもりだったぞい? あれをワシに使()()()()時点でバッジ三つ目としては十分以上に合格じゃ」

 

 喚く俺をどうどうと窘めながらテッセンが言う。ああ、このパターン前にもあったな。ツツジん時と一緒だ。

 

「それに本気って言ってもあの技だけだったし、ジム戦で使うライボルトじゃ技術に体が追いついてないから結構スペック下がってたよ」

 

「マジかよアレまだ上があんの?」

 

 ここでハルカが恐ろしい事を告げてきた。そういやそんな事呟いてた気もするけど、あれ反動ダメージとかじゃなくてそういう意味? 

 

「なんでそんなトンデモ技使ったんすか……」

 

 辟易としながらテッセンに聞く。流石に試練としてはやりすぎだと思う。

 

「なるべくギリギリの勝負にしたかったんじゃよ。そりゃあのまま続ければお前さんが順当に勝ったじゃろうが、それだと得られる経験も少ないだろうとな」

 

 そりゃさっきの試合内容だけを見ればそうだけど、そもそもあそこまで順調に試合を運べたのも事前の負けから学んだ結果である。その上で更に試練を課すというのかこの男は。

 

「しかし『閃撃』まで使ったのに負けるとは思わなんだ。チルットくらいなら押し切れると思ったんじゃが進化されてはなぁ、ワッハッハ!」

 

 などと、俺に頭を擦りつけるチルタリス(フォルテ)を見ながら豪快に笑うテッセン。

 チルタリスに進化した事でフォルテのタイプは『ドラゴン』と『でんき』の複合になった。つまり『でんき』タイプの技を1/4に軽減する。

 ライボルトの“10まんボルト"をあっさりと払い除けたのはこの耐性あっての事であり、更にチルットの時とは比べ物にならない程の攻撃能力を獲得した。

 もちろん他のアタッカーには劣るけど、体力僅かの相手を落とすには十分過ぎる。新技習得も相俟って完全に運が味方したと言えるだろう。

 

「ま、ともあれキンセツジム突破おめでとう。ほれ、ダイナモバッジじゃ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 バッジを受け取り、バッグから取り出したケースの中にそれをしまう。

 これで三つ目。まだまだ先は長い。

 

「で、一つ気になったんじゃが」

 

 そして副賞のわざマシン72(“ボルトチェンジ")を手渡される最中にテッセンの言葉。

 

「お前さん、試合途中で一瞬諦めたじゃろ」

 

「うっ……」

 

 突然核心を突かれて言葉に詰まってしまう。確かに一瞬降参しようと思ったけど、まさかバレてるとは。

 

「……顔に出てました?」

 

「そこまで露骨ではなかったがな」

 

 どうやら表情以外にも、俺の細かい動作から降参の気配を感じ取ったらしい。年の功なのかジムリーダーとしての経験則なのか……多分両方だろう。

 

「無論、一概に降参が悪いとは言わんが──お前さんはもう少し我儘になった方がいいかもしれんのう」

 

「我儘?」

 

「うむ。もっと貪欲になるというか……まあ年寄りの戯言じゃよ。単にワシがハングリーな若者が好きというだけじゃから気にせんでくれ」

 

 言ってテッセンがニッと笑う。

 確かに俺はあまりガツガツしないタイプという自覚はあるし、それが悪いとも思ってないけど……どうしてかテッセンのその言葉が妙に引っ掛かった。

 

 

 * * *

 

 

「なあハルカ」

 

「なに、ユウキくん」

 

 ジムを出て、手持ちの回復の為にポケモンセンターへ行く道中、ハルカに尋ねる。

 

「その……ハルカもやっぱ気付いてたか?」

 

「ん〜、まあね」

 

 もちろんこれは『俺がバトル中に諦めかけた事を察しているか』という問いであり、そしてハルカはあっさりと首肯した。やっぱりある程度の実力者なら勘付くらしい。

 

「いや、でもあれはフォルテを出しても無駄に傷付けるだけだと思ったから、そうなるくらいなら続けるよりも降参した方がいいと思ったからで……」

 

 なんとなくバツが悪くなった俺は、聞かれてもないのに言い訳を並べる。

 そんな俺を見てハルカはきょとんとした表情を浮かべた後、くすくすと笑いだして。

 

「大丈夫だよ、そんな事だろうと思ってたし。ユウキくんは優しいもんね」

 

 ……どうやら見透かされていたらしい。それはそれで気恥ずかしいものがある。

 頬を掻きながら、照れを誤魔化すついでにハルカの見解も聞いてみるとする。

 

「……ハルカも、俺はもう少し我儘になった方がいいと思うか?」

 

 我儘になる。貪欲になる。

 つまり、自分の都合でポケモンたちを動かすべきかという話。

 例えばさっきの状況でいうなら、有利不利を考えずに自分の勝利の為にフォルテを出すべきだったのではという事だ。

 俺はあの時、フォルテが望んだから試合を続行した。つまり自分ではなく、ポケモンの都合を優先したわけだ。

 これがいい事か悪い事かは置いておくとして、少なくともポケモントレーナーとしてはあまりよくない考え方なのではと不安になってきたのだ。

 だからハルカの意見が聞きたい。俺よりもずっと強い先輩のハルカに。

 

「どうだろ。手持ちの子たちの事を最優先に考えられるのは、ユウキくんのいいところでもあるから」

 

 だけど返ってきた答えは肯定でも否定でもなく。ハルカは『そのままでいい』とも『変えた方がいい』とも言わなかった。

 自分で考えろという事だろうか。やんわりとだけど、なんだか突き放されたように感じてしまった。

 ……いや、俺の方が精神的に歳上なのになんで歳下の女の子に頼ろうとしてるんだ。突き放すも何も自立してなきゃダメだろ俺。

 

「ただ、一つ言えるとしたら──」

 

 ひっそりと心にダメージを受けている間にもハルカの言葉は続く。

 正直軽い自己嫌悪で意見を正しく受け止められるか不安になってるけど、それでも先輩からの大事な意見。しっかり受け止めないと──。

 

「──その子たちは、ユウキくんがユウキくんだから一緒にいるんだよ。それは忘れちゃダメだからね」

 

 ──なんて身構えていたけど、ハルカは柔らかい笑みでそんな事を言った。

 てっきり何か厳しい言葉が飛んでくるかもと思ってたから、肩透かしを食らった気分だ。

 ……でも、そうか。こいつらは『今の俺』についてきてるんだよな。それなら無理にやり方を変える必要は無い……のか? 

 うーん、わからなくなってきた。テッセンの言う事も一理あると思うし……。

 

「……やっぱり悩む?」

 

「ん……そりゃ俺よりずっと色々経験してる人たちの言葉だからな。そんなにすぐには割り切れない」

 

「そっか」

 

 そうして会話が一度切られる。

 俺はトレーナーとしてはハルカやジムリーダーどころか、そこらのトレーナーよりもよっぽど未熟だろう。

 今の俺のやり方が正しいのかなんてわからない。『我儘になる』というのが正しいのかもわからない。

 わからないから悩む。悩んで悩んで、それでようやく答えが出せる。

 それまでは悩みを抱えて歩くしかないけど、考える事を放棄するよりはずっといいはずだ。もうしばらくはこの問題と付き合っていくとする。

 

「まあ少し考えてみるさ。それより次の目的地を決めなきゃな──ん?」

 

『──次の任務ってロープウェイで見張りだっけ?』

 

『──そうだ。ホムラ隊長にドヤされる前に急ぐぞ!』

 

 と、ナビのタウンマップを開いて考えていたら、すれ違ったグループからそんな会話が聞こえた。服装こそ一般人に紛れるものだが内容がおかしい。

 このタイミングで見張り、そしてホムラという名前が出た事からおそらくマグマ団の連中だろうか。

 実際、何らかの作戦中に一般人が入ってくるのは避けたいだろうし、むしろ作中で主人公があっさり侵入出来た事の方がおかしい。見張りなり封鎖するなりがあって然るべきだ。

 ……というか、今えんとつ山はアクア団じゃなくてマグマ団が押さえてるのか。やっぱエメラルドのストーリーが混ざってるっぽい。そうなると目的はグラードンだよなぁ……。

 で、その為にホムラはハジツゲに──正確にはソライシ博士のところへ隕石を奪おうと向かってる頃か。これを妨害出来れば、少なくともグラードンの復活は阻止出来るかもしれない──けど……。

 

「……今の俺じゃ無理だよなぁ……」

 

「? 何が?」

 

「いや、なんでもない」

 

 知らず口に出てしまっていたようなので適当に誤魔化すと、ピピピという電子音がハルカの方から聞こえてきた。

 

「あ、ごめん。ちょっと出てくるね」

 

「ん」

 

 どうやら誰かからの電話らしく、ハルカは俺から少し離れてナビを起動して通話し始めた。相手はオダマキ博士だろうか。さておき、その間に今後の行動を整理してみる。

 マグマ団のあの会話があったという事は、近々ソライシ博士の隕石略奪イベントが発生するのだろう。出来ればそれも阻止したいところではあるけど……実は俺には()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺の旅の目的は名目上ジムを制覇する事であり、またゲームと違って段差があるから直接フエンに向かえない、という事もないので寄り道する必要が無いのだ。

 ゲーム通りにハルカがソライシ博士に挨拶しに行くというのならそれに便乗する事も出来たけど、俺と二人旅をしてる以上はそういう話も無いだろう。

 こうなると理由探しが難しくなる。つまり隕石の略奪はほぼ止められない確定事項になるわけだ。

 さて、どうしたもんかな……ぶっちゃけ隕石を奪われる事に関しては最終的に取り戻せるだろうからいいんだけど、主人公()が向かわなかった事でイベントに何らかの影響が出るかもしれない。

 いや、影響っていうなら本来博物館で会うはずのアオギリの顔も見てなかったりとか、その他色々出てるから今更ではあるけども。

 

「お待たせ。次行く場所は決まった?」

 

「お、おかえり。いや、まだ悩み中」

 

「そっか。それなら悪いんだけど、ちょっとあたしの用事に付き合ってもらえないかな?」

 

 と、戻ってきたハルカがそんな事を言う。お? これはハジツゲに向かうフラグか? 

 なるほど、さっきの電話がそうだったのか。それなら余計な心配をしなくても済む──。

 

「別にいいぞ。それで、どこに行くんだ?」

 

「フエンタウン」

 

「え? フエン?」

 

 ──なんて思ってたら、思ってもいなかった場所がハルカの口から飛び出してきたので思わず聞き返してしまう。なんでフエン? 

 

「うん。ジムもあるし、ユウキくんの旅の邪魔にはならないと思うんだけど……ダメ?」

 

「い、いや、ダメじゃないけど……」

 

 ハジツゲじゃないのか、と聞きそうになって危うく堪える。そんな事を聞いたらあまりにも不自然すぎる。

 

「よかった! それじゃあポケモンが回復したらすぐに出発しよう。そうすれば夕方には着くはずだから」

 

「……そうだな。行動は早い方がいいか」

 

 明確に連中が動き始めている以上、あまり時間をかけてる余裕は無い。次の方針が決まったのなら早く動くべきだ。

 ソライシ博士の事は気にかかるけど、そっちは自力でなんとかしてもらおう。ゲーム通りなら隕石を奪われるだけ、悪くて拉致くらいならあるかもしれないけど、シナリオにおける致命傷にはならないはず……多分。

 どちらにせよ、今から真っ直ぐハジツゲに向かわないのなら間に合わないだろう。それならそれで出来る事をしていく。それしかない。緊急事態ならソライシ博士の助手からオダマキ博士経由でハルカに連絡がいくだろうし。

 

 ともあれ目指すはフエンタウン。やるべき事は四つ目のジムバッジの獲得。

 後は……本格的に手持ちを鍛えていかないとだな。




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このユウキくんだとハジツゲ行く理由無いよなぁって。ソライシ博士は犠牲になったのだ。


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シナリオだけでなくシリアスもぶち壊す女

 フエンタウンとはホウエン有数の温泉地である。

 いわゆる火山性温泉というものが湧いており、えんとつ山が近くにあるフエンの名物が温泉になるのは自明の理だっただろう。

 この町に来たらまず温泉。何を置いてもとにかく温泉。とにかく切っても切り離せない関係にあるのだ。

 効能については神経痛や筋肉痛等の療治に加えて、恋愛の悩みや金儲けといったものにまで効果が及ぶという。

 後半に関しては眉唾もいいところだけど、まあとにかくフエンといえば温泉の一言で説明出来る。

 

 さて、そんなフエンに到着したのが夕方頃。

 遂に移動手段としてマッハ自転車を入手したので、テンションを上げながら間にある二つの道路を駆け抜けたのである。風を切って進む感覚がとても心地良かった。

 それでまずは泊まる場所を探そうとしたところで、それならもう決まってあるとハルカが言った。

 なんでも、さっきの電話相手が頼まれ事の駄賃代わりとして宿を予約しておいてくれたらしい。

 

 それは助かるんだけど、着いた先が明らかに高級旅館なんですねこれが。

 

「……え、ここ? 場所間違えてね?」

 

「えー? でも『コータスの甲羅』だって言ってたよ?」

 

 旅館の名前は『コータスの甲羅』。古くから続くこの旅館はガイドブックにも載っている文句無しの一級旅館である。少なくとも一般人がおいそれと手を出せる場所ではない。

 何かの間違いじゃないのかと呆けている間に、ハルカは躊躇無く中へ入っていくので慌ててついていく。

 

「あの、ハルカかユウキで予約が入ってると思うんですけど」

 

「ああ、お待ちしておりました。話は聞いておりますのでどうぞこちらへ」

 

 そうして女将さんに連れられて案内された部屋は畳と障子、ちゃぶ台に座布団という旅館らしいド和風な部屋だった。

 (ふすま)の中にはおそらく敷布団が入っているのだろう。さすがにテレビは時代に合わせて薄型のやつだったけど。

 

「では、どうぞごゆっくり」

 

 戸が静かに閉められる。部屋に残ったのは当然俺とハルカの二人。

 

「……場所間違えてね?」

 

「合ってるってば。もー、疑り深いなぁ」

 

 先程の疑念を再び口に出すと、ハルカが少し呆れたように言った。

 いや、確かにここまで通された以上間違いであるはずはないんだけども。

 

「なぁ、さっきの電話相手ってオダマキ博士じゃなかったのか? あの人そんなに財力に余裕あんの?」

 

 そりゃ博士だし金は持ってるだろうけど、それでももう少し常識的な場所を選ぶと思う。

 格安宿を選ぶとは言わないけどちょっといい場所、くらいの旅館を選びそうなイメージだ。

 

「え、違うよ? 電話してたのはダイゴさんだよ」

 

「え、ダイゴさん? なんで?」

 

 聞いてみれば意外な名前が出てきた。どうやら最初から思い違いをしてたらしい。そういえば石の洞窟で会った時も交流がある風だったような。

 確かにダイゴさんなら金持ってるだろうし、金の使い方も一般人とは異なってそうだけど、となるとハルカの用事はつまりダイゴさんの頼みという事になる。一体何を頼まれたんだろうか。

 

「えっとね、もし次に行く場所が決まってないんだったらフエンのジムリーダーの様子を見てきてほしいんだって。ほら、フエンジムって最近ジムリーダーの交代があったから──って、ユウキくんは知らないか」

 

「ふーん……?」

 

 バッグを下ろしながら言うハルカにとりあえず相槌を打っておく。

 フエンのジムリーダーであるアスナは、ゲームにおいてもトレーナーとしてはともかく、ジムリーダーとしては就任したての未熟者というキャラ付けが成されている。それこそ明らかに年下のツツジよりも経験が浅いだろうと予測が立つレベルで。

 事実、ハルカがジム巡りをした時は先代が務めていたらしい。それはそれで見てみたくはあるんだけども。

 まあそれはともかくとして、少しおかしくないだろうか。

 

「……でもそういうのって他のジムリーダー(同僚)とか、それこそチャンピオンとかのリーグ関係者がやるもんじゃないのか? なんでわざわざハルカに……」

 

 有り体に言ってしまえば抜き打ちテストのようなものなのだろう。でもそれならリーグ関係者が正当な手続きをした上で監査に来るのが筋なはず。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にそれを頼むのはどうなんだろうか。

 そんな意味を込めて指摘してみると。

 

「うん、普通はそうなんだけど今回は例外というか……ユウキくんがジム戦やるならそのついでにって感じみたい。そんなに深い意味は無いと思うよ」

 

「ええー……?」

 

 そりゃ厳密な意味での監査じゃないんだろうけども……なーんか引っかかるなー……。

 

「まあまあ、そのお陰でこんなおっきな旅館に泊まれたんだからいいじゃない? それより温泉だよ、温泉!」

 

 そうしてバッと振り向いたハルカの瞳はキラキラと輝いているように見えた。随分とテンションが高いものである。まあ俺も温泉は楽しみにしてたけども。

 

「そうだなぁ。先に行ってみるか?」

 

 フエンの旅館なら当然ながら大抵の場所に温泉が湧いている。

 夕食にするには少し早いし、時間潰しと疲れを癒す目的で先に入りに行くのも悪くない。

 

「それもいいんだけど、実はあたしオススメのところがあるの。ちょっと歩かないとなんだけどね」

 

 そうしてハルカが提案してきたのは秘湯に行かないかという事だった。

 どうやらえんとつ山に続くデコボコ山道に湧いているらしく、夜になると星が綺麗に見えるんだとか。

 やっぱり一度行った事がある人間のそういう体験談はとても参考になる。そしてそんな隠れ名所のような場所があると聞くと少しウズっと来るのも心情なわけで。

 

「へぇ、良さそうだな。じゃあ夕飯食ったら行ってみるか」

 

「うん! やったー!」

 

 星が見える温泉、か。

 前世ではあんまり空とか気にした事なかったけど、ホウエンみたいな自然豊かな土地だと空も綺麗に見えるんだろうな。

 温泉自体も久し振りだし楽しみだ。それまでは軽く町を見て回るか。

 

 

 * * *

 

 

 秘湯とはいえある程度認知された場所ではあるので、そこに至るまでの道のりは多少整備されていた。それでも山道である事に変わりはないけど。

 ハルカを先頭に案内してもらいながら、仄かな月明かりが照らす不安定な山道を歩いていくと、やがて硫黄の香りが強くなってきた。

 目的地が近いのだろう。そこから更に少し歩けば、ボロボロとまではいかなくとも年季の入った小屋が見えてきた。どうやらあそこで着替えるらしい。

 一瞬まさか男女共用じゃないだろうなと思ったけど、近付いてみれば流石に男女用に入口が二つあった。

 ここで一旦ハルカと分かれて小屋に入り、服を脱いでからタオルだけ持って奥の扉を開けると、湯気が俺の顔を勢いよく襲撃してきた。

 咄嗟に手で顔を覆い、落ち着いたところで改めて前を見てみれば。

 

「おー……まさに秘湯って感じだな……」

 

 足場こそ最低限整地されてるけど、それ以外はほぼ自然のままを残した状態。

 乳白色の湯から硫黄の刺激臭が漂ってくるのが少し気になるけど、天然温泉ならまあこんなものだろう。

 転けないよう気を付けながら温泉の近くまで歩き、備え付けの桶で掛け湯をして、軽く身体の汚れを(すす)いでから湯に足を浸ける。

 そしてゆっくりと膝、腰と湯に浸かる部分を増やしていき。

 

「あー……生き返る……」

 

 肩まで浸かり、(ふち)にもたれかかりながら手足を伸ばしてリラックスする。陳腐な表現だけど、本当に疲れが吹っ飛んでいくようだ。

 少し歩かないといけないとはいえ、この湯に入れるならそれだけの価値があると言える。

 

「ハルカに感謝だなー……」

 

 旅館の温泉ももちろん悪くないんだろうけど、人が集まる場所である以上はどうしても人目がある。

 別にそれを気にする程繊細でもないけど、完全に無視出来るわけじゃない。

 その点、ここには人がいないから何も気にしなくていい。仮にここで泳いだとしても怒られる事だってないのだ。やらないけど。

 ともあれ、今はこの貸し切り状態を堪能するとしよう。こんな機会は滅多に無いだろうから。

 

「ふぅ……」

 

 空を見上げる。

 街中と違って余計な灯りがない分、一面の星がより一層輝いて見えた。これはきっとフエン(町中)の温泉じゃ見られなかった光景だろう。

 手足を投げ出した体勢のまま全身の力を抜けば、浮力で身体が軽く浮かぶ。周りの景色も相俟って、まるで自分が宇宙にいるようにも思えた。

 

 ……宇宙、か。

 

 ふと頭に浮かんだワード。

 あくまでも自分が体感するこの景色に対する感想でしかないそれは、しかしホウエンという土地には何かと深い関わりがあった。

 正確には宇宙というよりは隕石の方にフォーカスが当たるけど、それでもホウエンにおける宇宙要素というのは少し考えただけでいくらでも挙げられる。

 それをより深く追求したのがゲームにおける『エピソードデルタ』なわけだけど……まあ、基本的にこっちは厄介事の種でしかない。というか、なんなら全ての元凶ですらある。

 始まり(アルファ)と、終わり(オメガ)と、その先(デルタ)の物語。これらをほぼ一個人で解決してみせた原作主人公はどれだけぶっ飛んでいたのやら。

 

「……俺がやらなきゃ、なんだよな」

 

 そして、ゲームにおける主人公の立ち位置にいるのが今の俺だ。だからこれは俺が解決しないといけないし、多分俺がいないと解決しない。きっとそれが俺がこの世界に生まれた意味だから。

 だけど俺は原作主人公(ユウキ)じゃない。立ち位置はそうであっても、今生の名がそうであっても、結局のところ俺は役を借りただけの別人だ。

 この世界はどうしようもなく現実で、ゲームと同じように動けば万事解決、なんて甘い考えは通用しない。

 というか、そもそもどっかのリボンバンダナがシナリオブレイクしてくれてるせいでそんな希望は最初から打ち砕かれている。

 

「足掻けるだけ足掻くしかないか」

 

 なんて、考えたところで全てを解決する冴えたやり方なんて浮かびやしないのだ。

 強いて言うなら、今までなんだかんだで出会ってこなかった各団のリーダー……特にマツブサならえんとつ山でほぼ確実にエンカウント出来るはずなので、そこで何かアクションを起こせればといったところか。

 

「……ま、何するにしてもまずは強くならなきゃだな」

 

 やがて来る未来の災厄に対抗出来るように。この世界を滅びから守る為に。

 遥か先にある星に重なるように手を伸ばす。

 

 今はまだ届かないけど、きっといつかは──

 

「やっほー。お待たせ、ユウキくん」

 

「……………………」

 

 ──タオルを、一枚だけ、身体に巻いたハルカが、そこに、いた。

 

 繋がれた手を振り払って全力で反対岸に退避。湯の色が濃いのではっきりとは見えないだろうが念の為に前も隠しておく。

 

「おまっ……!? なんっ……!? こっちは男湯のはずじゃ!?」

 

 どうしてハルカがここにいる!? まさかわざわざ男湯側から入り直したのか!? 流石にそれは狂ってるだろ!? 

 そんな俺の心の内の絶叫が聞こえてるはずもないが、ハルカはこてんと小首を傾げて。

 

「男湯も何も、ここそんな区別無いよ?」

 

「はぁ!? でもさっき確かに分かれて……!」

 

「そりゃまあ、湯浴み着とか着る人は着るだろうし」

 

 事も無げにハルカが言う。あの小屋その為だけの場所かよ! 

 

「その配慮が出来るなら仕切り板取り付けるとかあっただろうが……!」

 

「あー、昔はあったらしいけど野生ポケモンに壊されるからやめたんだって」

 

「……そうか……こういうとこの温泉ならそういう事もあるよな……」

 

 一旦分かれたからてっきり区画分けされてるもんだと完全に油断してた。

 確かにこんな山道に湧く温泉なら野生のポケモンも入りに来るだろうし、その度に壊されてたんじゃやってられないだろう。

 

「じゃ、あたしも入ろーっと」

 

「んなっ……!?」

 

 そうしてハルカが躊躇なく身体に巻いたタオルを脱ぎ捨てた。コイツは本当に恥じらいという感覚が無いのか!? 

 いきなり脱ぎ出したものだから、目を塞ぐのも間に合わずその場で硬直する。

 咄嗟に顔を逸らす事も出来ず、俺はハルカの肌を()()()()目に焼き付けてしまい──

 

「──って、あ……水着……?」

 

 いっそ岩に頭ぶつけて記憶飛ばしてやろうかと考えかけていたが、ハルカは肌面積こそ若干多いものの、あくまでも一般的なビキニタイプの可愛らしい水着を身に付けていた。

 

「そうだよー。ユウキくん前に水着の方がいいって言ってたから」

 

 掛け湯をしながらそんな事を言うハルカ。

 

 ……そんな事言ったっけ? 

 

 ハルカに水着のリクエストをした覚えは無いんだけど……なんかそういう事らしいからそのままにしておこう。

 温泉で水着はアリなのかとかいう疑問は彼方に投げ捨てる。裸で突撃されるより数億倍マシだ。

 

「ふあぁ……気持ちいい~……!」

 

 掛け湯を終えたハルカが湯に浸かりながら幸せそうな声を出す。その感想には全面的に同意する。

 

「……で、いつまでそこにいるの? もっと近くでお話ししようよ」

 

「……イエ、ベツニ?」

 

「む~……」

 

 未だ距離を取る俺に不満げなハルカ。

 そうは言ってもですね、こっちは裸を見てしまったと思ったわけですから、下の方が勝手に反応してしまいましてですね。今ちょっとハルカさんの側には寄れない状況なわけですよだから近寄ってくんなぁぁぁぁ!! 

 

「せっかく水着着てきたのになんで? ユウキくんが言ったのに」

 

「だから覚えが無い──あ!? まさかカナズミん時のアレか!? そういう意味じゃねえって言っただろうが!」

 

「じゃあ脱ごっか?」

 

「違うそうじゃ──それやめろ!」

 

 水着の肩紐を指で摘み上げるハルカ。その仕草は俺に効くからマジでやめろ。これで挑発顔だったら即死だった。色んな意味で。

 さっきまで結構真面目な事考えてたのに、ハルカが来た途端一気にギャグワールドになってしまった。

 なんだこれ。結構主人公ムーブしてただろ俺。俺のシリアスを返せよ。

 

「なら一緒にお話してくれる?」

 

「わかった! わかったからちょっと待て! ちょっと時間くれたら行くから!」

 

 じりじりとにじり寄ってくるハルカとの間に岩を挟みながら距離を維持する。

 貸し切り状態で本当によかった。こんなに騒いでたら他の客の迷惑に──

 

「ふははははははっ! やっぱ温泉といえば天然モノだよなぁ!」

 

 バンッ! と扉が開く音がしたかと思えば、豪快な笑い声が響いてくる。

 

 ……なんだろうなぁ、タイミングがいいやら悪いやら。

 

 ともあれ、流石に他の客がいるなら無闇に騒ぐのはよくないし、それくらいはハルカもわかってるだろうから多少は落ち着くだろう。貸し切り状態が終わったのは残念だけど。

 さて、誰が入ってきたんだろうか。声からして男というのはわかるんだけど。

 

 ハルカと共に湯気の向こうのシルエットを見る。そうして徐々にその全貌が明らかになる。

 体格はかなり大柄で、鍛えているのか格闘家もかくやというくらいに筋肉質。肌は日焼けによるものなのか浅黒く、活動的な人間である事がわかった。

 顔立ちも精悍なものであり、伸ばされた髭も相俟って非常に力強い印象を受ける。イメージとしては海賊の船長が近いだろうか。

 

「お、先客がいたのか。やっぱいいよなぁ、温泉ってヤツは」

 

 ある意味で男の理想を体現したその人は、実に堂々とした姿で俺たちを見る。

 

「な……な…………!」

 

 実際に会った事はなかったが一目でわかった。

 こんなに特徴しかない男を見間違えるはずもない。

 こいつは、この男こそがアクア団のリーダー。ポケモンの為に世界を始まりに還さんと活動を続ける者──アオギリだ。

 

 どうしてこんなところにとか、本物の筋肉はスゲェなとか、様々な思考が脳内で絡まるが、とりあえず──。

 

「……あン? なんだ、オレをじっと見てきやがって。俺の顔になんか付いてるか?」

 

 ──いいえ、付いてるのは下の方です。

 

 温泉の熱のせいか、はたまた()()()()か。

 可哀想なくらい顔を真っ赤にしたハルカがわなわなと震えて。

 

「──キャアアアアアアアアア────ッ!!」

 

 ──相手が子どもだとしても、女子がいるんだから少しは前隠せよ、と思った。




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みんな大好き温泉回。下ネタ多めなのは……まあ許してください。
個人的にアオギリさんは好きなキャラ。


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意外と真面目に活動してる人たち

「ふぃ~……あぁ、やっぱいい湯だなぁオイ。ここまで足を運んだ甲斐があったってモンよ」

 

 テメェらもそう思うだろ? とアオギリがこちらを見る。

 

「こっち見ないでください話しかけないでください」

 

「だから悪かったって。つーか事故みたいなモンだろありゃあ」

 

 しかし当のハルカは俺の後ろに隠れつつアオギリを威嚇していた。

 そりゃまあハルカにとっては刺激が強かったのかもしれないけど、状況的に考えてアオギリ側に非は一切無い。混浴である以上、こういう事故が起こる可能性は普通にあるのだから。

 一切無いが……別に向こうの肩を持ってやる義理もないのでここは口を出さずにおく。

 

「ま、そっちがそういう感じならオレもここを広々と使えていいんだけどよ」

 

「そうだぞハルカ。もう少し空間を有効的に使おうぜ」

 

「やだ。あの人の近くに行きたくないもん」

 

 ハルカに絡められた腕が更にぎゅっと抱き寄せられてほぼ密着するような形になり、柔らかい感触が直に伝わる。俺はそれを意図して意識から追い出すように、湯の中で自分の脇腹を捩じ切る勢いで捻りあげた。

 本当にこの湯が白く濁っててよかったと思う。色んなものを隠せるから。

 

「はっ、随分と嫌われたモンだな。だがオレもガキンチョなんかにゃ興味ねぇよ。あと十年は早ぇ」

 

 そんな事を言うアオギリ。

 そりゃまあアオギリにはアクア団幹部にして幼馴染みかつ、スタイル抜群のイズミという超優良物件が近くにいるので、如何にハルカといえど()()()()()()で比べると流石に分が悪い。この評価も残当といったところだろう。

 でもそんな事情をハルカは知らないだろうし関係も無いわけで。

 

「がるるるる……!」

 

 ……ポチエナみたいになっていらっしゃる。ハルカってよりはサファイア(ポケスペの女主人公)っぽいなぁ……。まあ煽られたようなものだし仕方ないといえばそうだけども。

 それはいいんだけどそろそろ離れてもらっていいですかねハルカさん。これ以上くっつかれると湯が赤く染まる事になります。

 ……ダメだ、本当に脇腹が限界だ。会話でもして気を紛らわさないと。

 

「そ、それよりアオギリさんは一人でここに?」

 

「あン? そうだが……なんでオレの名前を知っていやがる?」

 

 アオギリの顔が怪訝そうなものに変わる。やっべ、マズったかも。

 今ここに至るまでに向こうは一度も名乗っていない。なのに俺はアオギリの名を呼んだ。そりゃ怪しいだろう。一刻も早く煩悩を消したい一心で油断してた……! 

 

「えーと、その……」

 

「……さてはテメェ──」

 

 そうしてアオギリの頭脳は何かしらの答えを導き出したらしい。

 まさかこれで転生がバレる……って事はないだろうけど、アクア団の活動を探ってるとか思われたら面倒だ。思われたらってか実際に活動内容知ってるけど。

 どうあれここで疑念を持たれるのはマズい。行動を間違えたら今ここで戦闘になりかねないし、そうなるとポケモンを持ってない今フィジカル勝負になる。

 子どもの体でこんなマッシブオバケに勝てるわけがないので、それだけは絶対に避けないといけない。最悪ハルカだけでも逃がす必要があるけど、どうやって切り抜けるか……。

 アオギリの次の言葉を待つ間に全力で思考を回して──

 

「──ウチのサイトでオレを知ったな?」

 

「──はい?」

 

 ──放たれた言葉に素っ頓狂な声が出た。何? サイト? 

 

「なるほどなぁ。いや、ガキンチョのくせに中々見所があるじゃねぇか。って事はオレたちの活動にも興味があるって事だよな?」

 

 などと一人で勝手に得心するアオギリにとりあえずこくこくと頷いておく。何を言ってるんだろうかこの人は。

 

「そうかそうか、そんなら改めて自己紹介といくか。オレはアオギリ。自然環境保護団体──通称アクア団のリーダーをやってるモンだ」

 

 そうしてアオギリが名乗りを上げ、知ってるとは思うがと前置きをしてから何やら語り始めた。

 曰く、この世界におけるアクア団とは誰が見てもわかる悪の組織──ではもちろんなく、アオギリが言った通り環境保護を掲げて活動している団体である。

 文明の発展に伴い失われていくホウエンの豊かな自然、及びポケモンたちの住処。

 そんな現状を憂いた者たちが集ったのがアクア団という集団であり、ほんの少しボランティア感覚で参加するも良し、本格的に活動する為に入団するも良しの懐の深い団体だそうな。

 参加条件はただ一つ。自然やポケモンを愛する心を持つ事。そんな風に熱く語るアオギリの説明を聞いていて思い出した。

 

 ──ああ、そういや前に冗談でアクア団とマグマ団を調べたら出てきたなそんなサイト。

 

 まさかあるわけないだろうとダメ元で検索をかけたら普通に名前が出てきた事に驚いた記憶はあるけど、内容は至って普通のものだったし特に怪しい部分も見つからなかったから忘れてた。

 ともあれ、両団共に()()()()クリーンな団体として活動してるのは共通していた。

 というか、そうでなければ裏の活動をするのにも支障が出るだろう。主に金銭面とかで。スーツの開発とかえんとつ山の謎機械とかどこから捻出するんだって話。

 

「──とまあ、要するにポケモンたちが安心して暮らせる世界にしようぜって事よ。どうだ、オレたちと一緒に理想郷を創る気はねぇか? やる気があるなら歓迎するぜ?」

 

 そんなアオギリの誘い。

 ゲームやってりゃわかるけど、アオギリのこの思想は本心からのものであり、そこに悪意は存在しない。本気でポケモンの事を想い、その為に行動して理想の世界を作る為の最善策を模索した。

 多少行き過ぎなところがあるのと粗野な部分を除けば基本的に善人なのだ、アオギリという人物は。

 

 ……その策が致命的なものでなければ、アクア団に入るのも吝かじゃないんだけどなぁ。

 

「……悪いですけど遠慮しときます。今は他にやる事があるんで」

 

 このまま誘いに乗って内部から野望を阻止出来ないか軽く脳内シミュレーションしてみたけど、入団したばかりの新人が重要な作戦で起用されるかという問題点もあるしこれはおそらく無理筋だ。

 あと多分今の状況で入団するって言ったら多分ハルカもついてくる。そうなったらいよいよ何が起こるかわからなくなるし、まあアクア団に入るのはナシかな。

 

「そうか、そりゃ残念だ。ま、気が変わったらいつでも言ってくれや。そっちのガキンチョもな」

 

 ふはっ、とハルカを見ながらアオギリが笑う。

 ……当然と言うべきか、やっぱハルカの事気付いてるよなぁ。下っ端ですら知ってたんだから、リーダーであるアオギリが気付かないはずがない。

 で、カナズミとかカイナでのあれこれの報告も多分されてるから……あれ? これ俺の事もバレてね? 

 じゃあその上でアクア団に勧誘してきたのか。邪魔されるくらいなら自分の団に引き入れて動きを把握、制限しようって魂胆だったとか? ……意外と抜け目無いなこの人。

 

「ああそうだ、せっかくだからテメェらに一つ忠告しといてやるよ」

 

「忠告?」

 

「ああ。マグマ団を名乗る連中には気を付けな」

 

 そうしてアオギリの口から出たのはマグマ団の名前。

 一応表面上は人類の発展の為にマグマを利用したエネルギーを開発したり、土地の開拓なんかをやってるマグマコーポレーションという名前の組織なんだけど。

 

「元々人類の発展の為だとか抜かして手前勝手に自然を破壊するいけ好かねぇ連中だったが、最近は前にも増して妙な動きをしてやがる。あの山──えんとつ山にも出没してるって噂も聞いたし、ありゃなんか企んでるに違いねぇ」

 

 ふんと鼻を鳴らすアオギリ。両団の仲が悪いのはゲーム通りらしい。

 

「何をする気か知らねぇがどうせろくな事じゃねぇ。テメェらも巻き込まれたくなきゃしばらくあそこには近付かないこったな」

 

「……なんでそんな話を俺たちに?」

 

「さあな。ただ、テメェらはなんか厄介事に首突っ込みそうな(タチ)だと思ってよ」

 

 言いながらニヤリとアオギリが笑う。ああ、これは完全に気付いてるな。

 実際に俺たちはデボンの荷物関連でアクア団と関わっている──つまり厄介事に首を突っ込んでいる。

 尤も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだから、俺のメタ知識が無ければこの件をアクア団と結び付けるのは無理なんだけど、それはさておき。

 どうあれ、アオギリ視点から見れば俺たちはデボンの荷物奪取を妨害した邪魔者であり、ハルカに至ってはホウエンでもトップクラスの実力を持つ厄介者。こんなのに気紛れに首を突っ込まれて作戦失敗だなんて笑い話にもならない。

 故にアオギリの忠告は一見すれば子どもを事件に巻き込まないよう遠ざける親切な大人のものだけど、その実『自分たちの邪魔をするな』と釘を刺しているわけだ。

 

「下手な正義感で動くと痛い目を見るぜ。見たところテメェらは旅の途中だろ? さしずめジムバッジ取得の旅ってとこか」

 

「まあ……そうですね」

 

「だったらそっちに注力しな。余計なモンに関わってる時間がもったいねぇだろ」

 

「……心に留めておきます」

 

 そんな俺の返事をどう思ったのか、アオギリはもう一度鼻を鳴らして立ち上がった。すぐ後ろで小さく悲鳴が上がる。

 

「ま、忠告はしたぜ。その後はテメェら次第だ。せいぜい巻き込まれないよう気を付けな」

 

 それだけ言ってアオギリは湯気の奥へと消えていき、やがて扉の閉まる音がしてその気配は完全に無くなってしまった。

 ……まさかこんなところでアオギリと会うとは思わなかった。アイツこの時期だとここにいるのか。

 幸いというか明確に敵対の意思は持たれてないみたいだけど、それでも警戒はされてるって感じだった。

 とりあえずアオギリの話からえんとつ山にマグマ団がいるのはほぼ確定した。そしてそう遠くないうちにこの両団はぶつかる。

 だからその機会に何かアクションを起こしたいところだけど、釘を刺されてしまった以上えんとつ山に行くのも難しくなった。

 どこかで奴らの本当の目的──伝説の復活を目論んでいるという情報を手に入れられれば、それをハルカに伝えてゲームセットまで持っていけそうなんだけどな……先の展開を知ってるのにそれを伝えられないのはもどかしい。

 

 ……いや、アスナにさっきの情報を渡せばどうにかなるか? 

 ジムリーダーである以上は治安を守る必要があるし、えんとつ山もその対象だったはず。よし、それでいこう。

 

「……まあ、何するにしても先にフエンジムか。早めに攻略して次の行動に移りたいところだな──って、ハルカ?」

 

「──しんっっっじらんない!!」

 

「うおっ!?」

 

 ずっと黙ってるなと思ってたら、突然両手をぶんぶんと振り上げて怒りを顕にするハルカ。何!? 急にどうした!? 

 

「一度目はともかく二回もやった! にっ、二回も変なの見せつけられた!!」

 

「お、落ち着けよ……対面にいたんだから仕方ないだろ……」

 

 熱か、怒りか、それとももっと別の感情か。あるいはそれら全てなのだろう。

 顔はマトマのみを食べたかのように赤く染まり、呼吸は興奮したケンタロスの如く荒く、瞳は若干潤んでいる。

 

「ほんっとに最低……! せっかくの温泉気分だったのにぶち壊し……! もうやだぁ……」

 

「まあまあ……」

 

 半泣きになりながら顔を手で覆って俯いてしまったハルカをどうにか宥める。

 座ってた場所が悪かったというか、あの位置ならそりゃ立ち上がった時に見えるよなぁって。別にアオギリも狙ってやったわけじゃないだろうし、不幸な事故だったと言うしかない。

 にしても、ハルカ意外とこういうのに耐性無いんだな……たまに年上お姉さんみたいなムーブするくせに。存外耳年増なだけかもしれない。

 

「うぅ……ねぇユウキくん、忘れさせてよ」

 

「お前マジでそういうの本当やめろ」

 

 ほんのり上気した顔に潤んだ瞳で上目遣いのハルカ。凶悪すぎる。

 この流れで言ったらそういう意味になるだろうが。いや、ハルカとしては単純に忘れたいだけなんだろうけども! 

 

「そもそもだな、忘れさせろったってどうするんだ。まさか記憶を操れとでもいうのか」

 

「わかってるよ……言ってみただけ」

 

 そして拗ねたようにハルカが言う。よかった、流石に本気では言ってなかったか。いや、本気だったとしたら困るなんてもんじゃないけど。

 ハルカにとってはそれだけショックだったという事だろう。恐るべしアオギリの下腹部。

 

「……ねぇ、ユウキくん。アクア団に興味あったって本当?」

 

 そうして話しているうちに幾分か落ち着いたのか、ハルカがそんな質問をしてきた。そういやさっきそんな事言ったな。

 

「いや、興味あるっていうか、調べものしてたらたまたま目に入っただけだよ。活動自体は立派だと思うけどな」

 

「ふーん……調べもの……」

 

 実際、自然保護活動自体はポーズとかじゃなく真面目に取り組んでるみたいだし、それ自体は素晴らしい事だと思う。

 ポケモンにとっての理想郷を創るべく創設されたのがアクア団であり、そこに悪意は存在しない。徹頭徹尾、本心からアオギリはポケモンを第一に考えて行動している。

 ……だからこそ、アクア団を摘発するのは難しいんだけど。

 

「ま、そこのリーダーから直々にマグマ団には気を付けろって言われたんだ。えんとつ山にはしばらく近寄らないでおこうぜ」

 

「……うん、そうだね」

 

 いつかはぶつかるだろうけど、今すぐどうこうという話じゃないだろう。両団が争いを始めるまでの時間でやれる事をやっておきたい。

 最低でも下っ端には勝てる程度……フエンジムを突破出来ればそれくらいの力はついたと思っていいはずだ。そうすれば最低限の自衛は出来る。

 あとは上手く理由を作って、アオギリかマツブサにハルカをぶつければ何かが起きるかもしれない。ここが最初の勝負どころと見るべきだろう。

 

「……よし。色々頑張んなきゃな」

 

 まずはフエンジムの突破。そこからアスナに協力を取り付けてえんとつ山へ同行。後はその場の流れでなんとかやるって感じかな。

 出来ればどっちかのリーダーを抑えられるといいんだけど……まあ流れ次第だな。

 何にせよジムで勝ってからの話だ。皮算用は後回しにして一つずつクリアしていこう。

 

 ……さしあたって、真っ先にクリアするべき課題は今抱える煩悩をどう処理するかだった。




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両団とも表の活動を何かしらしてないと活動資金が捻出出来ないよなぁって事で今回の設定。そして多分ポーズとかじゃなく真面目に活動してたと思う。誰かさんが現れるまではね。


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思ってたより……? な新任ジムリーダー

 朝起きて、顔を洗い、朝食を食べて朝風呂を堪能する。

 そんなちょっとした贅沢を味わった後、旅館を出て向かった先はフエンジムであった。

 目的はもちろん俺のジム戦──というわけじゃない。

 基本的にジムは余程常識外な時間帯でもない限りは常時挑戦可能なんだけど、今日のフエンジムは朝は休みとなっている。

 

 では何故俺たちは朝からフエンジムに向かったのか。

 

「どうぞ、これお土産です」

 

「こ、これはご丁寧にどうも。お茶を用意するからちょっと待ってて」

 

 土産屋で買ったアチャモ饅頭をハルカが手渡すと、それを受け取ったアスナがポットで湯を沸かし始めた。

 現在地フエンジム──の、奥に用意された事務室。

 俺たちは今、挑戦者としてではなく客人としてフエンジムに招かれている。

 ……んだけど、アスナの様子がどこかおかしい。緊張でもしてるかのように、どこかぎこちなさを感じる。

 湯が沸く間の暫しの沈黙。

 俺はこういう時間が苦にならないタイプだけど、アスナはそうでもないらしくそわそわして落ち着きが無い。

 やがて耐え切れなくなったのか、アスナが口を開いた。

 

「えーと……あなたたちがチャンピオンが言ってた代理人……でいいんだよね?」

 

「そうですよ」

 

「…………そっかぁ……」

 

 会話終了。あまりにも無惨である。

 ……アスナってこんなコミュ障だったか? 肩に力が入るタイプなのは知ってたけど……。

 

「……えーと……は、初めまして、わたしはアスナです。フエンジムのジムリーダーを務めさせていただいてます」

 

 ……出たよ気まずい時の会話デッキ筆頭『自己紹介』。まあタイミング的に不自然ではないけども。

 

「初めまして、あたしはハルカです。それでこっちが──」

 

「ユウキです。今回はハルカの付き添いって形ですけど」

 

「そ、そう。よろしくね」

 

 ……会話終了。いやなんか繋げろよ。

 というかハルカとアスナって初対面だったのか? てっきり面識あるもんだと……いや、でもハルカが旅してた時は先代が務めてたって言ってたな。だったらこれが初対面でも不思議はないのかもしれない。

 にしてもこの空気どうしようかな……最早何も喋らないのが正解な気がするけど……。

 ポットをちらりと見る。まだ沸きそうにない。ガッデム。ハルカは……饅頭の箱開けてる場合かなんか喋れ。

 ……これ俺がなんとかした方がいいのかなぁ……別にそんなに会話得意じゃないんだけど……。

 

「あー……アスナさんは俺たちがここに来た理由って聞いてます?」

 

 そもそもの話、今日の用事はハルカがダイゴさんに頼まれた依頼をこなす事だ。日常会話は難しくても仕事の話なら出来るかもしれない。

 そう思って話題を振った瞬間、それを聞くなりアスナの肩がびくりと跳ねて。

 

「あ……あの……あたっ……あたしじゃ、やっぱりダメですかっ……!?」

 

 そう震えた声で瞳に涙を湛えながら言うアスナ。

 ええっ!? なんの地雷踏んだ今!? ダメって何が!? 

 

「自分が未熟なのはわかってます……! でも、このままじゃ託してくれた先代に顔向け出来ない! せめてあと一年……いえ、半年だけ待ってもらえませんか!?」

 

「いやなんの話!? そんな重い話なのコレ!?」

 

 アスナが必死の形相で俺の肩を掴んできた。

 近い! 顔が良い! でもあまりにも切羽詰まってる! 

 

「ちょっ、ちょっと落ち着いてくださいアスナさん! 多分何か勘違いしてます!」

 

「うわぁ〜ん! 資格剥奪なんて嫌だよぉ〜!!」

 

 そしてついにアスナの瞳のダムが決壊して泣き出してしまった。これには流石のハルカも焦った様子でアスナを宥め始める。

 一体何がどうしてこうなった。ハルカは一体どんな用事を任されたんだ。

 ……とりあえずちゃんと話し合おう。そんなに重い話だとは思ってなかったけどなぁ……。

 

 

 * * *

 

 

「どうぞ」

 

「ん、ありがとユウキくん」

 

「ありがとう……ズズッ」

 

 お茶の入った湯呑みをハルカとアスナに差し出す。

 本来であればアスナがこの立場なんだろうけど、ああいう状況になった以上そんな事は言ってられない。ポットの横にあった茶葉を勝手に使わせてもらったけど、そこは大目に見てもらうとする。

 

「ごめんね、取り乱しちゃって……連絡受けてからずっと気を張ってたから……」

 

 幾分か落ち着いた様子のアスナ。よかった、なんとか話は出来そうだ。

 

「あー……それはいいんですけど……一体どういう説明を受けてたんです?」

 

 俺はハルカからは『フエンジムの様子を見に行く』としか聞いてない。アスナはダイゴさんから直接話を聞いてたみたいだけど、あの狼狽っぷりはちょっとおかしい気がする。

 なんか剥奪がどうのとか言ってたけどそれと関係あるんだろうか。

 

「えっと……チャンピオンからは『ジムの様子を見たいけど自分は行けないから代わりの人を寄越す』と」

 

「……それだけ?」

 

 別に不穏なところは無いように思うけど。

 

「だってチャンピオンから直々の連絡だよ!? それも定期監査でもない時期に! 基本的にそういうのはリーグ教会から連絡が来るはずなのに!」

 

「お、落ち着いてくださいアスナさん……」

 

 また少し泣きそうになったアスナを宥める。

 ぽつりぽつりと語り始めたアスナの言い分を纏めるとこうだ。

 まず前提として、定期監査というのはリーグから派遣された審査員が行うものであり、そこに例外はまず無い。時期についても明確に決められてるらしく、それにはまだ早いのだとか。

 まあ細々とした事情は省くとして、アスナにとって重要だったのはダイゴさん(チャンピオン)から()()()()()()()という事である。

 ジムの視察は確かに大事な仕事ではあるものの、たった一人しかいないチャンピオンがその仕事に割り振られる事は有り得ないのだという。

 考えてみると確かにその通りだ。明確に決められた基準があって、それを実行出来ているかを見るだけなら他の人でも可能だろう。

 実際今までの歴史でもチャンピオンが自ら視察に来た事例は(気紛れとか個人的な理由を除いて)無いそうだ。

 

 そこに来て今回の件である。

 これが百戦錬磨のジムリーダーであれば多少困惑しながらも『まあそんな事もあるだろう』とどっしり構えられたのかもしれない。

 だがアスナは新参者である。そしてゲーム内の描写を見る限り、ジムリーダーとしてのスタンスも固まっていない時期だ。

 そうして悩んでいたのだろう時にダイゴさんからの連絡。

 

 それはもうパニクった。心の底から動揺した。

 

「やっぱりあたしはジムリーダーに相応しくないんだって……!」

 

 手で顔を覆うアスナ。

 自らの未熟さや、ジムリーダーとしての確固とした在り方を持てていないという現状。

 代理人を立てたとはいえ、本来であればチャンピオンから来ることの無い直々の視察の連絡。

 これらの要素が絡まった結果、アスナは今回の話を『ジムリーダー資格剥奪』だと思い込んでいたらしい。

 

「……だそうだけど、そうなのかハルカ?」

 

「いや、ホントに見に来ただけだよ。そんな話一言も聞いてないし、そうだったとしたらあたしには頼まないと思うなぁ……」

 

「だよなぁ……」

 

 だがアスナの予想はハルカの言葉であっさりと否定された。

 そもそも俺たちは一般トレーナーであってリーグ関係者でもなんでもない。ジムリーダー資格剥奪だなんて一大事にそんな無関係な人間を寄越しはしないだろう。

 ……もっと言うなら仮にそんな重い話題だとしたら、いくらハルカでももう少し深刻な空気を出してたと思う。

 そんな素振りを見せてなかった以上、昨日ハルカが言ってたようにそこに深い意味は無いのだろう。

 

「ほら、アスナさんが思ってたような事にはなりませんから。顔上げてください」

 

「うう……本当?」

 

「ホントホント。ほら、饅頭でも食べて元気出してください」

 

 箱の中の饅頭を一つ取り、袋を破いてアスナに渡す。そうして差し出された饅頭をアスナが手に取り、もそもそと食べ始めた。なんとなく小動物的で可愛らしい。

 ともあれこれで勘違いは正せただろうか。もう問題は無い……よな? 

 

「ユウキくん、あたしもあたしも」

 

「いやお前は自分で取れ」

 

「えーケチー」

 

 あー、と口を開けて待機していたハルカは無視するとして、少し気になる事が出来た。

 いや、前から違和感はあったのだ。アスナの話を聞いてそれがより浮き彫りになったというか。

 唇を尖らせながら饅頭を取るハルカに小声で話しかける。

 

「……なあハルカ。本当に今回の件ってジムの様子を見るだけか? なんか別の目的があるんじゃないのか?」

 

 ぴくり、とハルカの動きが一瞬止まる。

 アスナの話を聞く限りだとチャンピオン自らが動く、というのは相応の理由があるものだという事がわかる。

 そして本来関与しない仕事に関与し、報酬を用意して代理人を立ててまで現地に向かわせた。ここまでやっておいて何も無いなんて事があるだろうか。

 資格剥奪は無いにせよ、何か思うところがあってハルカを派遣させたと考えるのが自然な流れだ。

 返答を待つ。饅頭の袋が破られ、ハルカがアチャモを象ったそれを眺めて。

 

「ん……少なくともアスナさんが思ってたような話は本当に無いよ。自信が無いみたいだから少しバトルを見てあげてほしいとは言われたけど」

 

 同じく小声でハルカが返した。

 なるほど、ある程度アスナの背景を知ってる身としては一応納得出来なくはない。だけどそういう理由があったとしても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのはやっぱり不自然な気がする。

 ……まあでも、ハルカの言い方からして何かしら別の目的がありそうなのは確定と見ていいだろう。

 それがジムそのものなのか、アスナ個人のものなのか、それとももっと別の何かなのかはわからないけど。

 

「悪い知らせがあるってわけじゃないんだな?」

 

「うん。そもそも別に何も問題起こしてないし、自信が無いのだって経験を積めばどうにかなるだろうし」

 

 言いながらハルカが饅頭にパクつき幸せそうに頬を押さえる。

 ……まあ、とりあえずそれだけわかれば十分か。隠してる目的の方が気になるけど、ハルカが言わないのなら詮索するのはやめた方がいいだろう。言えない事情の一つや二つはあるだろうし。

 

「──さて、誤解も解けたところで改めてお話を!」

 

「は、はい!」

 

 饅頭を食べ終わったハルカがパンと手を叩きながら言うと、アスナの表情も引き締まったものに変わる。目元はまだ赤いけど精神面はかなり持ち直したようだ。

 

「あたしたちはダイゴさんに言われてフエンジムまでやって来ました。といってもアスナさんが思ってたようなものじゃなくて、隣のユウキくんがジムに挑戦するならって事でたまたまあたしに話が回ってきただけなんです」

 

「そ、そうなの?」

 

「はい。だから気負う必要とか全然無くて、あたしとしても仲良くなれたらいいなーくらいの感覚なんですよ」

 

 ニコニコと笑いながらハルカ。

 

「でも、アスナさんが悩みも抱えてるという話も聞いてました。あたしはジムリーダーじゃないし解決出来るかもわからないけど、一旦細かい事は忘れて──」

 

 本来の目的は別にあるにせよ、ジムの様子を見る──ひいてはアスナの悩みを解消してやりたいという想いも確かにあって。

 

「──まずはバトル、してみませんか?」

 

 それはトレーナーであれば最もわかりやすい方法。

 優秀なトレーナー同士であれば、言葉を交わすよりもバトルをした方が伝わる事もあるんだとか。まして今回のアスナの悩みならバトルで聞くのがある意味一番効果的だろう。

 そしてそれが出来るのはジムリーダーと同等近い実力を持った者じゃないといけないわけで。

 

「──はい。ではジムリーダー……いえ、ただのトレーナーのアスナとしてそのバトル、受けさせていただきます!」

 

 僅かに緊張の色を覗かせながらも、はっきりと力強くアスナがハルカの提案を受け入れる。少なくともさっきまでの弱気な様子はどこにもなかった。

 

 ……こういう関係を少し羨ましいと思う。

 

 俺はまだバトルをするのに精一杯でそこに何かを感じ取るような余裕はないけど、強くなればそこにある色んな想いを汲み取れるようになるんだろうか。

 いつかの未来の大舞台で戦う自分を想像して──上手くイメージ出来ずに霧散した。

 想像すら出来ないなんてまだまだだな、なんて思いながら二人が徐々に会話を弾ませていくのを眺める。

 何はともあれ、トップクラスのトレーナーのバトルを生で見れる貴重な機会だ。どこまで参考になるかはわからないけど、勉強させてもらうとしよう。




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アスナさん像はかなり私的解釈入ってるので解釈違いでしたらごめんなさい。我慢して読んでください。


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やけどしそうなホットな戦いを

遅れてマジですみません。シンプルに難産でした。


 当時、自分がまだジムトレーナーであった時の事を思い出す。

 ジムリーダーに挑む前の関門として、三人のジムトレーナーが選ばれた。

 ジムに所属している以上は当然、そこらのトレーナーよりずっと強い人たちだった。普段あたしたちが稽古として行うバトルにおいても勝ち数の方が多い、そんな優秀なトレーナーたちなのだ。

 

 だからこそ、あたしは目の前の光景が信じられなかった。

 

 彼女はたった一匹のポケモン──バシャーモのみで、彼ら全てを打ち倒したのだ。

 あたしを含めて、周りのジムトレーナーたちも信じられないといった面持ちでその勝負を見ていた。

 先代とのバトルも驚愕の内容であり、烈火と称される程凄まじい攻めが特徴の先代の攻撃を、彼女のバシャーモは水流の如くいなしてみせる。

 仮に自分に『あれと同じ事をしろ』と言われてもまず無理だろうと思った。それだけ先代の攻撃は苛烈であり、また彼女のバシャーモの練度(レベル)が非常に高いものなのだという事をありありと感じさせた。

 結果として、彼女は最後までバシャーモ以外を出さずにフエンジムを制してのけた。いくら手持ちが制限された状態だったとはいえ、一つのジムを相手にそんな真似が出来るのは常軌を逸している。

 

 であれば──これが才能というものなのだろう。

 

 凡人の努力を一足飛びに超えていく、周囲から隔絶したバトルの才能。

 自分と比べるのもバカらしくなるような圧倒的な天賦の才。

 

 先輩たちの話によれば、稀にこういう人間は現れるのだそうだ。例えば現チャンピオン(ツワブキダイゴ)がそうだったように。

 そうして口々に言う。『自分たちとはモノが違う』と。

 それを聞いて、確かにそうだと思った。多少腕に自信はあれど、あそこまで突き抜けた才能を持っているわけじゃないのは、他ならぬわたし自身がよくわかっているから。

 

 それでも──それでも、あたしは憧れた。

 あの鮮烈な強さに。美しくも力強いバシャーモの強さに。それを引き出すハルカというトレーナーの強さに。

 そして──『ほのお』ポケモンを愛する身として、あのバシャーモを超えたいと強く思った。

 

 その後しばらくして先代がジムリーダーを辞任宣言をし、何故か後継人としてあたしを選んだ。

 まさか自分が選ばれるなんて夢にも思ってなかったから、何かの間違いじゃないかと何度も聞き直したけど、先代は『お前ならやれるさ』と笑うばかり。その時のあたしが一体どんな気持ちだったか。

 ともあれ、未だにその理由はわからないけど……託されたからには先代に恥じる事のないジムリーダーにならなければならない。

 

 バトルコートに立ち、手に持った相棒の入ったボールに目を落とす。

 今回用意した六つのボールに入っているのは、今の自分が育てられる出最高のメンバーたちだ。

 尤も、今回使えるのは三匹までというルールなので全部を出すわけじゃない。試合の流れで誰を出すかは変わってくるだろう。

 

「いつでも行けますよー!」

 

 声に視線を上げて対面を見れば、バトルコートの向こうで赤いリボンバンダナが特徴の女の子が手を振っている。

 

 ──その可愛らしさからは想像もつかないような、眩しく輝く才能を持った、ホウエンでも屈指の実力を持ったトレーナーがいる。

 

 今回のバトルは正式な試合じゃない。

 勝敗が公式な記録に残るわけじゃないし、その結果が何かを左右する事もない。

 だけど──だからこそ、思いっきりやれる。彼女はそういう場を用意してくれたのだ。

 緊張してないと言えば嘘になる。だけどそれとはまた別の高揚感がわたしの不安を塗り潰してくれる。

 

 大きく息を吸い込んで──一気に吐き出しながら思い切り叫ぶ。

 

「──しゃッらあああああああい!!!」

 

 気合は十分。全力でこの試合に臨む! 

 

「行くよ、コータス(ガッツ)!」

 

バシャーモ(ちゃも)!」

 

「いっ──!?」

 

 ──いきなりエース!? 

 

 まさかの選出に一瞬思考が停止する。こんな最序盤でエースアタッカーが出てくるなんて思いもしてなかった。そしてその一瞬で既にバシャーモはこちらとの距離を半分以下にまで詰めている。

 流石の速度と感服する他無い──が。

 

 “ひでり"

 

 “パワープラント"

 

 ガッツは 石炭を貯めている(せきたんカウンター+10)! 

 

 開幕の動きをほぼ固定してるお陰でガッツの始動も完了してる。

 元より先手を取られるのは大前提。攻撃してくるようならそこに合わせる! 

 

「“ブレイズキック"!」

 

「受け止めて!」

 

 “ほのおのあしわざ"

 

 “ブレイズキック"

 

 “こうらでまもる"

 

 ガッツが甲羅の中に閉じ込もり、その上からバシャーモの強力な脚技が上段から振り下ろすように振るわれ。

 

「シッ──!」

 

 “ひてんげり"

 

 “ほのおのあしわざ"

 

 “ブレイズキック"

 

 そのまま流れるように身体を捻りながら左脚でかかと落とし。更にバシャーモが追撃を加えんとシュートのような体勢に入る。

 

 ──狙うならここ! 

 

「退いて!」

 

「“ふんか"ァ!」

 

「コォォ──ッタスッ!」

 

 “パワープラント"

 

 ガッツの体内で 石炭が燃え盛る(せきたんカウンター-5)! 

 

 “ふんか"

 

 ガッツの甲羅から文字通り噴火の勢いで炎が爆発し、バシャーモを呑み込んでいく。

 タイプ相性で半減ではあるけど、バシャーモ自体はそこまで耐久が高くないし、天候の恩恵と石炭を燃やして得たパワーで結構な痛手になったはず。

 何よりあの至近距離なら一撃も有り得るんだけど──

 

「……ふう、危ない危ない」

 

「──そう上手くはいかないよね……!」

 

 バシャーモの姿は健在。見た感じだとHPは残り半分強ってところだろうか。

 技を出す寸前にハルカちゃんの指示が飛んでたし、あれでギリギリバシャーモの回避が間に合ったんだろう。あのまま攻めてくれれば楽だったんだけどな。

 ともあれ──

 

 “パワープラント"

 

 “だいかさい"

 

 “もえるいわ"

 

 “ステルスロック"

 

 “ひのうみ"

 

 ──場作りも出来たし相手のエースも削れた。始動としては上々だろう。

 とりあえず序盤戦はこちらが有利を取ったと言っていいはず。この有利を大事にしたい。

 

「大丈夫、戦えてる……!」

 

 向こうのエースの猛攻にもガッツは耐えた。それは少なくとも性能面(スペック)なら、あたしの育成したポケモンたちはリーグ優勝者にもちゃんと通用するという事。

 その事実に少し安堵しながら、しかしすぐに次のボールを手に取る。

 

「さあここからだよ、みんな……!」

 

 有利を取れたといってもほんの僅かだ。こんなリードは簡単にひっくり返る。むしろ自分の土俵を作れた今、ようやく五分くらいに捉えた方がいいくらいだろう。

 少なくとも、あたしにとってのハルカちゃんは()()なのだから。

 

 

 * * *

 

 

 圧巻、という他無い。

 強いトレーナー同士のバトルはテレビなんかでもやってるけど、実際に目の前で行われてるのを見るとやっぱり迫力が違う。

 勉強させてもらうつもりで観戦してるけど、果たしてこれは本当に参考になるのだろうか……。

 強いて言うならハルカの判断が早い。鈍足のコータス相手ならあの連続攻撃──“ひてんげり"だったか──を最後まで出し切りそうなものだけど、敢えて二段で止めて回避を間に合わせた。ここら辺の判断力は経験によるものだろう。

 

 後は……どっちも火力おかしいな? 

 

 ナビを通して見るとポケモンの残りHPがざっくりわかるんだけど、今の段階でちゃもが残り五割程度、コータスが七割といったところ。

 ……なんだけど、実はコータスの方は何らかの効果で体力を回復しているのが見えた。その時点でのHPは確か約五割。

 つまり、連打してたとはいえ防御を硬めてる上に半減のはずの“ブレイズキック"二発でコータスのHPを半分くらい削った、という事になる。

 火力は裏特性や技能、あるいは指令で盛る事も出来るけど、流石に純粋な火力だけでそこまで削れるとは思えない。となると……あれか、タイプ追加系のやつか。

 ゲームでいう“フライングプレス"に近い感じ。ただしそれとは違って相性判定は有利な方が優先される。*1

 バシャーモって事を考えるなら追加タイプは『かくとう』かな。つまり事実上等倍で殴ってた事になる。三発目入れれてたらワンチャンコータス落とせてたんじゃないだろうか。……まあそれをやったらハルカもちゃもを失ってたんだろうけど。

 

 コータスもコータスでなんでダメージ受けてるのに“ふんか"の威力下がってないんだ。いや、むしろ普通のものより火力上がってるようにすら見えた。

 これも多分裏特性か何かなんだろうけど、常に最大威力の“ふんか"はダメだろ。コータス別に火力低くないんだぞ。

 

 ……あれ? コータスにそれが出来るならグラカイも……? 

 

 ……考えないようにしよう。

 さておき、バ火力に加えてステロと“ひのうみ"の形成。更に素の特性で『はれ』を展開。一ターンに詰め込み過ぎだろ。起点型の理想形みたいな能力してやがる。

 状況を見るなら色々撒かれたハルカが微不利か。多分開幕から奇襲をかけて相手を一匹落とす算段だったんだろうけど、コータスは流石の物理耐久でしっかり耐え抜いた上で起点役として完璧な仕事をこなした。

 逆にハルカはエースが半分近く削られてしまった状態。正直渋いと言わざるを得ない。

 ゲームでも初手から大火力を叩き込んでダメージレースを優位に進める戦法はあったし間違いなく強いんだけど、それを凌がれてしまうと途端に脆くなってしまう諸刃の剣でもある。

 さて、ここからハルカはどう切り返すのやら……。

 

「戻ってちゃも! アブソル(そるる)!」

 

「お疲れガッツ! 行ってウインディ(ヒート)!」

 

 ここでお互いにポケモンチェンジ。ハルカ視点からは一度仕切り直しで、アスナ視点からは仕事を終えた起点役を残して積まれるのを嫌った、とかだろうか。

 

 “いかく"

 

 “いあつかん"

 

「──ウォォォォン!!」

 

 アスナのウインディが威風堂々とフィールドに立ち、ジム全体を震わせるような雄叫びを上げる。

 直接対峙してるわけでもないのにこの重圧。同じ“いかく"でも前に会ったアクア団のグラエナのそれとはまるで違う。そこにいるだけで周囲を萎縮させるような威圧感を放っていた。

 対してハルカが繰り出したのはアブソル。“ステルスロック"に被弾しながらも悠然と立つその姿は、ウインディとはまた別の存在感がある。例えるなら動と静って感じだ。

 これでハルカの手持ちはバシャーモ(ちゃも)チルタリス(ちるる)に続いて三体目が判明した。見るのは初めてだけど……──

 

「──角が折れてる……?」

 

 アブソルという種族の特徴は、なんといっても弓なりに反った一本の角だろう。

 これは見た目通り鋭い切れ味を持っている他、災い等の危険を感知する為のセンサーでもあり、アブソルにとって無くてはならないものだ。

 そんな重要な代物であるはずの角が、ハルカのアブソルは何故か半ばから折れてしまっていた。

 小さい、とかではなく折れている。あれじゃ本来の機能を果たすのは難しいだろう。少なくとも攻撃手段を一つ失くしてるのは確かだ。

 

「特殊型……か……?」

 

 そんなアブソルの風貌を見て考える。

 種族値で考えるならアブソルの適性は圧倒的に物理攻撃だが、特殊攻撃もかなり豊富に覚えるので特殊方面もやれなくはない。

 けどそれはメガシンカすればの話。通常状態でやるのは正直力不足と言える。

 それに今のアブソルは“いかく"で『こうげき』も下げられている。このままだと耐久もそこそこあるウインディ相手は厳しそうに見えるけど……。

 

「接近!」

 

「寄らせるな!」

 

「ガウッ!」

 

 “おにび"

 

 そんな定石なんて関係無いとばかりにハルカの指示でアブソルが動く。

 驚くべきはそのしなやかさ。高速で移動するアブソルからは足音が殆どしない。極限まで無駄な動きを削ったその動きは美しさすら感じさせる。

 迎撃の“おにび"も最低限の動きで躱し、そして彼我の距離を詰め切った。

 

「“つじぎり"!」

 

「ソルッ!」

 

 “ほろびのやいば"

 

 “つじぎり"

 

 アブソルの角が閃き、ウインディの胸に三本のラインを残す。

 誰が見ても完璧に決まった。だけど──

 

「ヒート!」

 

「ガルルッ!」

 

 “かえんほうしゃ"

 

 まるでダメージを感じさせない動きでウインディが振り向き“かえんほうしゃ"を薙ぎ払うように放つ。

 それすら軽やかなステップで躱すアブソルだけど、やっぱり火力が足りない。折れた角じゃどうしても斬撃が浅くなって致命傷には至らないんだ。せめて爪を使えば……! 

 

「そるる!」

 

 ハルカがアブソルの名を呼ぶと同時、切り返す動きで再びウインディに向かっていく。動きは素晴らしいけど、どれだけやってもそれじゃ届かないだろ──!? 

 

「防御はいい! 捕まえて!」

 

 向こうもアブソルの火力の低さに気付いたらしく、最早避ける素振りも見せない。肉を切らせて骨を断つつもりだ。

 アブソルも華奢な見た目通り耐久のないポケモンだ。もし捕まってしまえば戦闘不能は免れないだろう。いくら速くても捕獲に専念した相手から逃げられる可能性は高くない……! 

 

「ハルカ──!」

 

 思わず観客席から身を乗り出して叫ぶ。

 そうしてる間にもアブソルとウインディの距離はどんどんと縮まっていき──

 

「──()()()()()()()()()()()()──」

 

「──え──?」

 

 “つじぎり"

 

 “エッジエンド"

 

 急所に当たった!

 

 すれ違いざまにアブソルが角を一閃──したかと思えば、あんなにも強烈だったウインディの威圧感が霧散し、まるで糸が切れたかのように上体をぐらりと揺らして地に伏した。

 

「……何……が……?」

 

 信じられないといった様子でアスナがうわ言のように呟く。俺も全く同じ気持ちだ。一体何が起こった……?

 

「ダメですよ、アスナさん」

 

 ハルカの声がする。いつもと変わらず、なんてことないような調子で。

 

「──そんな無防備を晒したら、この子が全部狩り取りますよ?」

 

 そうしてハルカが人差し指を立てて片目を瞑り、「なんてね」なんて言いながらはにかむようにたははと笑う。

 ハルカのやりそうな仕草だ。何も不思議はない。可愛らしいとさえ言えるだろう。

 だけど……今、この状況を作ったハルカが、俺にはどうしても『可愛い』だなんて思えなかった。

*1
一見ご都合主義的な処理に感じるが、ここら辺はポケモンが技を出す時のエネルギー量が関係している。要は『技のタイプはどうやって決められるのか』という話。技を使う時に本来のものとは別のタイプのエネルギーも同時に放出する事で、別タイプを付与する技術である。そしてそれは片方を強める事でタイプ相性を任意に変動させる事も出来る。




評価や感想、批評等あればよろしくお願いしマース。
ここすき機能なんかもご利用くださいませ。
あとツイッター始めてみたので興味があるなら是非。

今作初めて他者視点やってみたけど、やるなら一話丸々その人の視点が一番いいんだろうなと思う今日この頃。
あと解説はバトル終わったらまとめてやります。効果は想像してみてください。みんなユウキくん視点。


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想像や想定を超えた強さ

あけましておめでとうございます(激遅)

※1月25日に最後の方を修正&加筆。物語の大筋に変化はありません。


 ──何が起こった──!? 

 

 倒れ伏したウインディ(ヒート)をボールに戻しながら考える。

 あのアブソルから技を受ける直前、ヒートの体力はほぼ全快だった。相手の『こうげき』も下げていたし、ヒートは持久戦を見据えた育成を施している。

 だからコータス(ガッツ)程ではないにせよ耐久力は高いし、見るからに攻撃力に難があり、かつ初撃のダメージから考えてもあのアブソル相手ならどんな攻撃が来ても耐えられると踏んでいた。

 

 ……なのに、続く一撃でヒートが倒れた。

 

 考えられるとすれば、急所に当たった時のダメージを伸ばす技能だろうか。

 実際アブソル使いはその手の技能を覚えさせる事が多いと聞くし、四天王の一人でもあるカゲツさんもそういう技能を持たせていたはず。

 ……けれど、それが効果を発揮するのは元の『こうげき』が高い場合に限るはずだ。

 仮にあのアブソルが爪で攻撃してきていたのならまだわかる。もちろん角での(本来の)攻撃方法に比べれば多少の威力低減は避けられないだろうが、そこは育成次第でいくらでもカバーが効くから大きなダメージを受けてもおかしくはない。

 だけどあのアブソルは間違いなく角で攻撃していた。であれば角が折れている分本来の『こうげき』は下がっているはずで、ヒートの『ぼうぎょ』を抜いて致命のダメージを通すのは不可能なはずなのだ。だったらどうして……。

 思考がぐるぐる回る。相手の攻撃の正体が掴めない。わからないまま突っ込んでもまた同じようにやられるだけ──

 

「──いや!」

 

 後ろ向きになった思考を追い出すように思いっきり両頬を叩く。……少しばかり強く叩き過ぎてしまって思ったより痛い。だけど──

 

「ごめんヒート! もう一度お願いガッツ!」

 

「コッ!」

 

 “ひでり"

 

 気持ちを切り替えてガッツを場に出し“ひでり"の再展開を行う。

 時間をかけて攻撃の正体を見破りたいのは山々だけど、このまま相手に呑まれて後手に回ってしまう方がよっぽど危険な状況になる。

 それに相手が次のポケモンを出すまで待たないといけない、なんてルールも無いんだし、そんな事をしてる間に“つるぎのまい"でも積まれようものならいよいよ手が付けられなくなってしまうかもしれない。

 だけど一体しかいない攻撃役(アタッカー)をここで出す事は出来ない。攻撃役が何も出来ずに落とされたらそれこそ詰みだ。ならここはガッツを犠牲にしてでもあれがなんだったのかを見極める必要がある。

 とはいえ──

 

(──技能の肝が角なのは間違いない。でもそれだけが条件なら『サイコカッター』みたいな遠距離技でもよかったはず。だけど──)

 

 技能というのはポケモンに元々備わっている力を()()()()()()()()()更に強く尖らせたものだ。

 そしてそれは当然ポケモンによって向き不向きがあり、例えば物理攻撃が得意なポケモンで特殊方面を伸ばそうとしても上手くいかないし、鈍足なポケモンに速さを求めても大きな成果は得られないだろう。

 それで言うならアブソルは物理と特殊両方可能なポケモンではあるが。

 

(──わざわざ接近してきたという事は確実に近距離型! 少なくとも遠くから一方的に技を押し付けられる事は無い!)

 

 両方出来るからといって両方伸ばせるわけじゃない。

 尖らせるというのは特化させるという事。言い方を変えれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 人間だって同じだけど、ポケモン一匹に出来る事は限られている。あれもこれもと欲張ったって全ては得られない。だから取捨選択する必要がある。

 それを前提に考えれば、あのアブソルだって危険を冒してまで接近したのだから真価を発揮出来るのは近距離戦に限られるはず。だったら攻撃の正体が掴めなくても近寄らせなければ充分解答になり得る。

 

「そるる!」

 

「来るよ!」

 

「コォッ!」

 

 “こうらでまもる"

 

 アブソルが動き出すのを見てガッツに指示を飛ばす。

 自分で言うのもなんだけど、この状態のガッツにダメージを通すのは至難の業だ。何せただでさえ『ぼうぎょ』に優れたコータスが完全に防衛姿勢に入ってるのだから、生半可な攻撃じゃビクともしない。

 故にこそ、相手は必ず大技で仕留めに来ようとする。そしてそういった技は往々にしてその前後に隙が出来やすい。

 あたしが狙うのはそこ。さっきのバシャーモにもやったように、無理やり攻めてくる相手を逆に吹き飛ばすのがガッツの戦い方だ。

 

 アブソルが軽やかに地上を駆ける。

 真っ直ぐ突っ込んでくるような真似はせず、一定の距離を保ってガッツの周囲を走りつつ攻撃の隙を窺っている。

 一応ヒートの“いあつかん"で能力が下がってる状態だけど、それでも鈍足なガッツで追うのは無理な話だろう。

 だからこそあたし(トレーナー)がいるわけで、足りない部分を補うのがトレーナーの役目だ。

 アブソルの挙動を見落とさんと集中する。いつか来るその瞬間を捉える為に目を光らせる。

 そうしている間に“ひのうみ"が消えた。これでアブソルの体力が減る事は無くなったが、時間を掛ければ掛ける程ガッツの体力は石炭が残ってるおかげで徐々に回復していく。

 それに動き続けていればいつかは息切れを起こすから、動かなければならないのは相手の方だ。

 

 引いてくるならそれで良し。攻めてくるなら攻撃を合わせる。

 ジリジリとした睨み合い。果たしてハルカちゃんの選択は──

 

「──正面っ! タイミング合わせて!」

 

 方向転換。アブソルが真正面から強襲を仕掛けてきた。

 本来、遅いポケモンに対しての定石は背後を取って攻める事。

 ごく稀な例外を除いて、どんなポケモンでも後ろから襲い掛かられればどうしても反応が遅れてしまう。そして素早いポケモンであれば後ろに回り込むのはそう難しい事じゃない。

 だけどそれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の話。

 コータスは口からはもちろん、甲羅からも炎を噴射する事が出来る種族だ。故にタイミングさえ合わせられるならコータスの向きは関係無い。

 だったら少しでもハルカちゃん側から見やすいように正面から突っ込ませた方が対応幅は広い、という事だろうか。

 それでもこちらが取る手段は変わらない。相手の突撃に合わせて攻撃を──

 

「“かげぶんしん"!」

 

「いっ!?」

 

 “かげぶんしん"

 

 その技名と共にアブソルが自らの姿を模した虚像を生み出した。その数約十。それぞれが様々な方向からガッツに刃を向ける。

 本体以外は実体が無いし影が映らないという欠点はあるものの、目の前で突然増えたそれらを一瞬で把握出来るような目を、残念ながらあたしは持ち合わせていなかった。

 正直まだ温存しておきたかったけど……ここで切るしかない! 

 

焼き尽くせぇ(“ふんか")!」

 

「コォォ──ッ!!」

 

 “パワープラント"

 

 ガッツの体内で 石炭が燃え盛る(せきたんカウンター-5)! 

 

 “ふんか"

 

 残りの燃料を全て使い切り、最大威力の“ふんか"をぶっぱなす。

 凄まじい勢いで噴射される炎の奔流が目の前全てを覆い尽くし、アブソルの虚像諸共焼き払っていく。

 耐久の低いアブソル相手ならただの“ふんか"で充分だったし元々そのつもりだったけど、あの範囲全部をカバーしようと思ったら威力をブーストしないと対処し切れなかった。

 手札を切らされたのは痛いけど、それでも。

 

 “だいかさい"

 

 “ひのうみ"

 

 状況はそこまで悪くない。

 ガッツの体力はほぼ全回復したし、アブソルを倒した事でハルカちゃんの手持ちは体力約半分のバシャーモとまだ見ぬ残り一匹のみ。単純な総合体力だと逆転した事になる。

 とはいえガッツの技能の殆どは石炭有りきのものだ。もう大した仕事は出来ないだろう。

 後は起点にならないように相手を削れるだけ削ってラストに託すだけ──。

 

 ──ゆらり、と。

 爆煙の向こうで何かが蠢いた。

 

「──っ! まだだガッツ!」

 

「コッ!?」

 

 倒せた、と思った。分身諸共全てを焼き尽くせただろうと。

 それで僅かに気が緩んだ。目の前の脅威を退けた事に安堵して。

 違う。倒せたのは分身だけだ。あのアブソルは分身だけを前に出して囮にし、自分は後ろに下がって技を誘発させた──! 

 

 黒煙の向こうから白い獣が飛び出してくる。

 刃を構えて、それを一息に振り下ろし。

 

 “ほろびのやいば"

 

 “つじぎり"

 

「コォ──っ!?」

 

「ガッツ!」

 

 防御が間に合わなかったガッツに“つじぎり"がクリーンヒットする。いくら『ぼうぎょ』が高くてもこれは痛い……! 

 

「……コ……コォ……?」

 

「……え……?」

 

 しかし攻撃を受けたガッツが不思議そうに自分を見る。その様子を見てあたしも何かがおかしいと思った。

 ガッツの体力が殆ど削れてない。あんなに綺麗に入ったのに? それに傷跡だって三本もはっきり……。

 

 ──いや。

 

 さっきのヒートの時もそうだった。綺麗に入った割にはダメージが殆ど無い。

 最初は極端に『こうげき』が低いせいかと思ってたけど、だとしたらおかしくないだろうか。

 コータスという種族は単純な物理防御なら全ポケモンの中でも上から数えた方が早いくらいには高い。ましてあたしのガッツは『ぼうぎょ』に特化した育成を施している。

 なのに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 そこまで考え、()()()()の存在に思い至り──。

 

「──()()()()()か!」

 

「む、バレたかな」

 

 ダメージに関係なく相手を問答無用で『ひんし』に追い込む技。つまり“ほろびのうた"を下地にした技能だ。

 おそらくはあの傷跡を模したマーカーがカウントの役割を果たし、攻撃する度にカウントを削るといった感じのものだと推察する。ヒートが一撃で倒されたのは、何らかの条件でカウントを更に短縮する技能が発動したからか? 

 だけどそうならまずい。耐久を無視してくるなら鈍足なガッツはただの的だ。何せ相手は攻撃の強弱に関わらずただ当てるだけでいいのだから。やっぱりあの攻撃は受けちゃいけなかった。

 とはいえ“ほろびのうた"を下地にしてるなら、おそらく交代であの傷跡(カウント)は消せるはず。ただ……その場合“おいうち"やそれに類する技能が怖い。

 こんな交代を強制するような技能を覚えさせているんだから、“おいうち"系統の技能が無いなんてのは流石に楽観が過ぎるだろう。最悪、交代に技を合わせられて一撃で倒されかねない。

 となると居座るのが正解……というか居座るしかない。何がなんでもあのアブソルを落とさないといけなくなった。

 最早取れる手段は一つ。

 

「……ごめんガッツ、お願い」

 

「コッ!」

 

 不甲斐ない主の命にも文句一つ言わず従ってくれるガッツ。本当にごめん。

 さっきのカウンターが透かされた以上、もう待ちに徹しても的になるだけ。ならこっちから攻めるしかない。でもコータス(ガッツ)にはアブソルを捉えられる程の機動力は無い。

 だったらどうするか。

 

 ガッツが甲羅に引っ込む。残り全ての力を凝縮し、解放する準備を始める。

 ハルカちゃんが若干訝しげな表情になり──そしてこっちの狙いを悟ったのか目を見開いて。

 

「逃げっ──いや、倒してそるる!」

 

「ソルッ!」

 

 僅かに焦りを含んだ声でハルカちゃんの指示が飛ぶ。

 狙いを看破したのなら退きそうなものだけど、ここで攻めの判断が出来るのは本当に凄い。実際あたしがやろうとしてる事を止めるならそれが最善手だと思う。

 

 だけどもう遅い。

 

「“だいばくはつ"ッ!」

 

「コォ──ッタス!!」

 

 “フルバースト"

 

 “だいばくはつ"

 

 腹の底から、ジムを震わせるような大声で叫ぶ。

 瞬間、ガッツを中心に破壊が弾けた。それはガッツの周囲はおろか、バトルコート全域に及ぶ程の大爆発。衝撃波は強風となり、砂煙を巻き上げながらジム内を吹き荒れる。

 砂が目に入らないよう手で守りながら、今は煙で隠れて見えないガッツがいた場所から目を離さない。

 如何にポケモンが使える技の中でも最大級の威力を誇る“だいばくはつ"といえど、普通に使えばここまでの規模にはならない。だけどそれに使うエネルギー(PP)をより多く消費する事で通常よりも威力を高める事が出来る。先代がよく使ってたものをあたしなりに模倣して会得した指令だ。

 “パワープラント"とは別の火力増強手段だけど、これを使うとポケモンへの負担がかなり大きい。少なくとも今日一日はポケモンセンターに預けておかなくちゃいけない。

 しばらくしてようやく晴れてきた爆発の中心部には威力の代償として『ひんし』になったガッツと、そのすぐ近くに倒れているアブソルの姿が見えた。

 分身……じゃない。今度は間違いなく本体だ。動く様子が見えない事からあっちも『ひんし』になってるんだろう。

 

「……お疲れ様、ガッツ。ありがとう」

 

「うー……やっちゃったなぁ……。ごめんね、そるる」

 

 互いに倒れたポケモンをボールに戻す。

 脅威は去った。あのアブソルだけはどうしても倒しておかなきゃいけなかった。

 だけどやっと一匹。これだけ犠牲を払ってようやく一匹だ。ヒートが殆ど何も出来ずに落とされ、ガッツが意地で相討ちに持っていった一匹。代償はあまりにも大きい。

 格上という認識で戦ってたし色々噛み合ったのもあるだろうけど、ここまで差があるとは思ってなかった。

 こっちの残るは一匹。最低でもあのバシャーモに勝てるポケモンじゃないといけない。

 そう考えながら最後のポケモンを選ぼうとして。

 

「次……は……」

 

 その手が止まる。

 どうやってあのバシャーモに勝つ? ジム戦とはいえ先代を完封したあのバシャーモに? 

 ずっと『ほのお』タイプのポケモンと過ごしてきたあたしにはわかる。わかってしまう。彼女のバシャーモがどれ程の強さなのかが。

 そして……それが今のあたしには及びもつかない領域に到達しているのだという事が。

 

 ……このバトルには、きっと勝てない。

 

 ここまでやられておいて言うのもおかしな話だけど、試合運びは決して悪いものじゃなかった。

 自分のやりたい事は出来てたし、極端な指示ミスがあったとも思わない。

 ただ……純粋にハルカちゃんがあたしよりもずっと強かった。

 あたしの目指した先は、まだまだ遥か遠かった。

 

 ……やっぱり、あたしじゃ……。

 

 先代にジムを託された。突然の任命に戸惑いながらも、あたしを選んだ先代の顔に泥を塗らないように頑張ろうと決めた。

 でも……あたしは自分が先代のようなジムリーダーになれるのかずっと疑問だった。

 先代はあたしの──ジム生みんなの憧れだった。

 強く、優しく、快活で豪胆。ちょっと雑で大雑把なところもあったけど……そこも含めてみんなに慕われる、太陽のような人だった。

 

 対してあたしはどうだろうか。

 なるほど、ジムリーダーに選ばれる程度にはバトルが強いのだろう。あたし自身、数少ない取り柄として少々腕に覚えがある。

 では人格は? 

 人並みには優しいと思う。ややあがり症なのは自覚してるものの根が暗いわけじゃないし、ジム生や町のみんなともそれなりに良好な関係を築けている。

 

 だけど……それは果たして()()()()()()()()()充分足りえているだろうか。

 

 他のジムリーダーはみんな何かを持っている。

 例えばムロタウンのトウキさんは不屈の闘志。キンセツシティのテッセンさんは底抜けの明るさ。若輩者であるあたしよりも更に若く、任期も大差無いカナズミシティのツツジちゃんだって明晰な頭脳がある。

 これらのように強さ以外の何か……『特別』を、他のジムリーダーは必ず備えている。

 

 じゃああたしは? 

 特別心が強いわけじゃない。特別明るいわけじゃない。特別賢いわけでもない。

 あたしはどこまでも『普通』であり、少々ポケモンバトルが強いだけ。その強さだって目の前のハルカちゃんに比べれば霞む程度のものだ。

 

 ──でも……それでも……! 

 

 拳をぎゅっと強く握る。

 あたしにだって何かあるはずだ。そうじゃなければ先代があたしを後継に選ぶ理由が無い。この戦いはそれを見つける絶好の機会なんだ。

 何かを見つけるまでは終われない。終わらせられない。

 

「先代のような立派なジムリーダーになるんだ……! じゃないとあたしは……!」

 

 自分に言い聞かせるように呟きながら、リザードン(グレン)が入ったボールに触れる。

 

 ──相性上はグレンが有利。だからきっとこれが正解のはず。

 

 ボールをホルダーから取り外して手に取る。そのままバトルコートへ投げ込もうと大きく振り被ろうとした、その時。

 

 ──ガタリ、と()()()()()ボールが揺れる。

 

「え──?」

 

 グレンが出るより早く中から勝手に飛び出してきたのは、スラッとした人型の長身のポケモン。

 二又に分かれた長い髪のような羽根に、燃えるような赤い身体と強靭に発達した太い脚を持つ()()()()()()

 ……正直意外だ。一応連れて来てはいたものの、この子の性格上出る事は無いと思ってたのに。

 

「……珍しいね、()()()

 

「…………」

 

 あたしの言葉にバーンが僅かにこちらを振り向いたものの、またすぐに前を向いてしまった。

 相変わらず無愛想だけど、背中越しから闘気が溢れているのがわかる。いつになくやる気のようだ。

 少し驚いたけど、こういう状況でこの子以上に頼りになるポケモンはいない……が、それと同時に不安も覚える。

 それは先代に貰ったタマゴから生まれたあたしの第二の相棒──バシャーモのバーンだった。

 




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SV楽し過ぎなのと普通に難産でかつてなく遅れてしまった。許してください。ストーリーめっちゃ良かった。
なるべく早く次を上げたいと思ってますが、多分思ってるだけなのでそんな早くないです。のんびり書きます。
正直こんな長くなると思ってなかったので次くらいで終わらせたいところ。


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拳と蹴りとふたつの炎

大変遅れました。その分長いです。


「──シャアアアアアアッ!!」

 

 “ラストスタンド"

 

 “リングイン"

 

 火の海が 炎のリングに 形を変える! 

 

 “ほのおのリング"

 

 バシャーモ(バーン)が咆哮し、最強のエースという矜恃から能力を上昇させつつ(全能力ランク+1)コータス(ガッツ)の残した“ひのうみ"から二匹を取り囲むように“ほのおのリング"を形成する。

 それらを確認しながらバーンに問い掛け。

 

「……出てきたって事は、そういう事でいいんだよね?」

 

「…………」

 

 しかしバーンは返事どころか振り向きもしない。久々にやる気を見せたかと思ったらこれだ。

 どうにもこの子は最近……あたしがジムリーダーになるのが決まった辺りから言う事を聞かなくなる事が増えた。

 

 あたしがジムリーダーとしてやっていけるか不安になった一番の要因はこれだ。

 

 元々バーンは優秀な子だった。

 アチャモの頃からその才覚の片鱗を見せ、バシャーモになる頃には既にエース格としての実力を身に付けていた。

 既にいた手持ちとの仲も決して悪くなく、エースとして受け入れられたバーンは日に日にその強さに磨きをかけていく。

 互いが互いを高め合うまさに理想の関係で、それを喜びこそすれ不満に思う必要なんてどこにもなかった。

 

 ……そのはずだった。

 

 目覚ましい成長を遂げるバーンの『おや』として、あたしはこれでいいのかと疑問に思った。

 だってそうだろう。手持ちはどんどん強くなる。どんどん変わっていく。

 それなのにあたしはまるで成長している気がしなかった。せっかくジムリーダーを託されたのに、何も変わっている気がしなかった。

 このままだとそう遠くない内にあたしは変化に取り残されてしまう。そうなると手持ちたちの力を引き出し切れなくなる。

 そして……そんなトレーナーはきっと見放されてしまう。

 今の自分はあまりにも弱く、頼りない。こんなあたしじゃ、人もポケモンも着いてきてはくれないだろう。

 だからあたしは考えた。成長するには、変わるには、強くなるにはどうすればいいのかと悩み、自分なりに考えて努力した……のに。

 

 どんなに努力しても一度開いたバーンとの距離は縮まる気がしなかった。徐々に会話も無くなり、ボールにいる時間が増え、いつしか大好きだったはずのバトルにも出なくなった。

 きっとあたしは愛想を尽かされてしまったのだろうと、そう思っていた。だからといってそう簡単に交換に出せるわけもなく、問題を先送りにして今に至る。

 だからこそ今回わざわざ自分から出てきた事に驚いたのだ。一体どういう風の吹き回しだろうか。

 ……ともあれ、これはチャンスだ。

 ハルカちゃん(強敵)を相手にしても戦えるなら、バーンもあたしを認めてくれるかもしれない。あたしも自分に自信が持てるようになるかもしれない。

 そうすれば、初めてあたしは本当の意味でジムリーダーを名乗れるようになる気がする。

 

「……やるんだ。あたしは、ジムリーダーなんだから……」

 

 不安を抑えつけながら自分に言い聞かせるように呟いて。

 

「──力を貸して、バーン」

 

 頬を叩いて気合いを入れ直した。

 

 

 * * *

 

 

「お願いチルタリス(ちるる)!」

 

「チルルーッ!!」

 

 “ノーてんき"

 

 “まもりのわたばね"

 

 “コットンガード"

 

 “ふしぎなうもう"

 

 ハルカちゃんの三体目はチルタリスだった。

 登場と同時に燦然と輝いていた疑似太陽の熱が引いていく。おそらく特性は“ノーてんき"だ。

 出た瞬間の行動から察するに、おそらく受けを重視した育成をされていると予想する。まずはバーンの型を判別したいのだろう。

 だけどそれならそれで構わない。

 

「いけ、バーン!」

 

 “ブレイズキック"

 

 弾丸のような勢いで駆け出したバーンがチルタリスに向かって炎を纏った足を振るい、しかしチルタリスの超成長した羽毛に衝撃の殆どを吸収されてしまう。

 構わず今度は拳に炎を纏わせて(“ほのおのパンチ")追撃しようと更に強く踏み込んだ。

 速度と体重を乗せた拳がチルタリスにヒットし──やはり羽毛に阻まれて本体にダメージが通った気配は無い。正面から挑んでも効果は薄いだろう。

 

「“ハイパーボイス"!」

 

「離れて!」

 

 密着状態から“ハイパーボイス"が放たれるが、そこはやはり流石の反射神経と言うべきか、自慢の脚力で音波の軌道から飛び退き少し離れたところに着地した。

 一度状況がリセットされ少しの間睨み合いになり、次に先に動いたのはチルタリス。

 

「チ──ル──ッ!」

 

 “りゅうのはどう"

 

 チルタリスが口元に竜のエネルギーを収束させ、それを放出。

 だけど技の威力も速度も標準程度であり、やはりあのチルタリスの性能は防御面に大きく偏っているのがわかる。これなら余程の隠し玉が無い限り細かい判断はバーンに任せて問題ないはず。

 

 ──大丈夫。今のところはバーンも指示通りに動いてくれてる。

 

 その事に安堵しながら、肺に溜まった息を吐き出した。

 距離を取って回避に専念するようバーンに指示を出しつつ、何か変化があればすぐに動けるように二匹の戦いを注視する。

 こちらの取る手段は端的に言ってしまえば『時間稼ぎ』だ。

 バーンの特性は“かそく"。時間(ターン)経過につれて自身の速度(『すばやさ』)を上げる特性だ。それはつまり膠着状態が続けば続く程こちらが有利になるという事。

 向こう側から大きな打点が無いのならこのまま時間をかければいい。そうなればバーンが更に高速化するので全抜きを目指せるようになる。

 逆にハルカちゃんとしては、これ以上バーンが能力を上げる前に何かアクションを起こさなければならない。

 

 だけどそんな事は同じくバシャーモを手持ちに入れているハルカちゃんなら重々承知のはず。だから何かするならここ。

 そう、例えば──

 

「ちるる、戻って!」

 

 ──例えば、手遅れになる前にエースを繰り出すとか。

 

 ハルカちゃんがボールを取り出し、リターンレーザー*1をチルタリスに当てようとした。

 だけど残念! 

 

「無駄だよ!」

 

「──っ!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 一度リングの上に立った以上、そこから降りるのは誰であろうと許さない。それが例えサポーターであってもだ。

 もちろん空を飛べるポケモンなら上空から離脱する事もできるけど、そんな事をしようものならそれより早くバーンが動いて叩き落とすだけだ。

 それに戻そうとするという事は、やはりあのチルタリス自体にバーンを何とかする手段は無いと判断していいだろう。だったらこのまま最大まで速度を上げて制圧する! 

 

「それなら──ちるる、広く“ハイパーボイス"!」

 

「チルッ! ル──ッ!」

 

 “ハイパーボイス"

 

 音の衝撃波がチルタリスから放たれた。

 音技*2の攻撃範囲の見切り難さはあれど、こういった技は基本的に技の発生源──チルタリスなら口──から攻撃判定が伸びてくる事が多い。

 が、ハルカちゃんの指示内容からしてこの“ハイパーボイス"は威力を犠牲に広範囲を攻撃するものだろう。標準程度の技──更に威力を落としたとなると大した脅威にはならない。

 指示がフェイクである可能性を視野に入れ、チルタリスの正面を避けつつバーンに防御姿勢を取らせる。ダメージはほとんど無い。

 

「もう一度!」

 

「チルッ!」

 

 “ハイパーボイス"

 

 再びの音波攻撃。今度も同じように防御行動。ダメージは通らない。

 

「もう一度!」

 

「ルッ!」

 

 “ハイパーボイス"

 

 これで三度目。愚直なまでの“ハイパーボイス"連打だ。もしや他にやれる事が無いから少しでも削ろうとしてるのだろうか。

 いや、削りを入れたところで状況を打破できるわけじゃない。だから何か別の狙いがあるはず。

 ……音を聞かせるのが目的? だとすると、当てる事だけを考えた音技は回避が困難だ。時間稼ぎにリスクを付けられたかもしれない。

 

「もう一度だよ!」

 

「ルッ!」

 

 “ハイパーボイス"

 

 四度目の“ハイパーボイス"の構え。

 続けるか落とすか、決断を迫られて──

 

「くっ……バーン!」

 

「シャアッ!」

 

 “ハイパーボイス"

 

 “フレアドライブ"

 

 ──落とす事を選んだ。

 積み切る事はできなかったけど、それでも二十秒(三ターン)程度は稼げた。万全ではないけどこれならまだ勝機はある。

 音の衝撃波を身に纏った炎で軽減しながら突撃し、“ハイパーボイス"を打ち破りながらチルタリスを吹き飛ばす。

 あわや炎に突っ込みそうになり、しかし既のところで姿勢制御に成功したチルタリスがこちらを睨んだ。

 

「そのまま追撃!」

 

 完全に体勢を立て直される前に速度の差で押し切る。技も出掛かりを潰せば関係無い。そう思っての指示だった。

 

 “ソプラノハミング"

 

「…………ッ!」

 

 ──バーンが、片膝を着いた。

 

「なっ……!」

 

「──! 今っ!」

 

「チル──ッ!!」

 

 その隙を見逃さずチルタリスが翼を広げる。

 まずい、このままじゃ逃げられ……ううん、まだ間に合う! 

 

「動けバーン!!」

 

「シャ……モォッ!!」

 

 ほとんど反射的に叫ぶ。叫びに呼応してバーンが脚に力を込め、足元を砕く勢いで跳躍した。

 これまでの“かそく"で得た力を推進力とし、炎の矢の如くチルタリスへと迫る。まだチルタリスは翼を広げただけだ。飛び立つまでには至ってない。なら翼を狙えば止められるはず! 

 そうして一秒と経たずバーンがチルタリスへと肉薄し、纏った炎を更に激化させて。

 

 “ブレイズキック"

 

 急所に当たった! 

 

 狙いは違わず大きく広げられたチルタリスの翼に。羽毛の防御を焼き尽くしながら渾身の蹴りを上段から振り落とした。

 如何に効果は今ひとつでも、技の直撃を受けた状態ではまともに動かせないだろう。これで片翼は潰せた。

 

 ──けど、これは──! 

 

 確かに今の攻撃は避けるのも防ぐのも無理だっただろう。だけどそれにしても()()()()()()()だ。少なくともそういった素振りすら見せないのはおかしい。

 そうなれば答えは一つ。()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 わざと翼を広げて大振りを誘い、技の硬直で動けないところにカウンターを仕掛ける。ハルカちゃんの狙いはこんなところだろう。

 果たして予想は正しく、攻撃を受けながらもチルタリスの口元にエネルギーが収束していくのが見える。“りゅうのはどう"だ。

 

「ちるる!」

 

 ハルカちゃんの指示で攻撃のフォーカスがバーンに合う。

 確かにまんまと誘われたけど……でもまだだ! 

 

「“みきり"!」

 

「シャアッ!」

 

 “みきり"

 

 “みきり"は自らの内に秘めるエネルギーを身体全体に行き渡らせて運動能力と動体視力を瞬間的に引き上げる技だ。

 能力が上がった今のバーンなら多少体勢が崩れててもこれで対処できる。

 

 ──ここを凌げば──! 

 

 そう思った瞬間だった。

 

「下へ!」

 

「チルッ!」

 

 攻撃の直前、チルタリスが顔を下に向けた。

 

「な──」

 

 “りゅうのはどう"

 

 その行動の意味をあたしが理解するより早く、チルタリスが“りゅうのはどう"を地面に向けて撃ち出す。

 そしてそのエネルギーがチルタリスの身体を持ち上げ、爆風に乗りながら勢いよく空へと舞い上がっていく。

 やがてその高度はみるみるうちに“ほのおのリング"の効力の及ばないところまで達し、リターンレーザーによりボールの中に戻っていった。

 

 歯噛みする。完全に()()()()

 翼を広げてたのはあくまでも意識をそっちに向けるためで、本命は技の反動で浮かび上がる事。

 確かに普通に飛んでもバーンに捕まるだけだからこういうやり方が正解なのかもしれないけど、だからって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事を見抜けなんて方が無理な話だ。

 そもそもチルタリスのような鳥型のポケモンは翼を傷付けられるという行為を本能的に忌避するものなのだ。

 当然だ。翼を持つ者にとっては生命線と同義なのだから、一時的にでもそれが自由に使えなくなるのは耐え難いだろう。人間だって足を折れと言われたら誰だって躊躇うはずだ。

 だというのにチルタリスは迷いなく翼を差し出した。例え信頼するトレーナーの指示であったからだとしても、それは本当に凄い事で。

 

 そんな関係に少しだけ憧憬を抱きつつ、すぐに頭を振る。今はバトルに集中しなければ。

 数の上では一対二とはいえ、チルタリスは事実上のリタイアと思っていい。“ひでり"も消えたけどこれはもうあまり関係無いだろう。

 だからあとは最後の一匹の勝敗がそのまま結果になる。

 

バシャーモ(ちゃも)

 

 チルタリスと交代にバシャーモが繰り出され、ハルカちゃんがバッグの中から何かを取り出した。どうやら腕輪のようで、それを手首に装着する。

 あれは──! 

 

「準備はいい?」

 

 問い掛けにバシャーモがこくりと頷く。

 それを見たハルカちゃんが腕輪に──正確には腕輪に嵌め込まれたキーストーンに触れた。

 瞬間、そこから膨大なエネルギーの奔流が放たれる。

 

「見せるよ、あたしたちの絆!」

 

 エネルギーの奔流はバシャーモを守るように包み込み、一瞬の内に殻を形成する。そうして形成された殻に亀裂が走り、隙間から光が漏れ出る。

 絆の象徴。未知の可能性。

 膨大なエネルギーをその身に受けて新たな姿へと至る、その現象の名は。

 

「進化を超えろ!」

 

“メガシンカ"

 

「──シャアアアアアア────ッ!!」

 

 進化の殻を割り砕きながら現れ出たのは、荒々しく逆立った鶏冠と赤黒二色の身体。二本あった角は一本に統合され、より洗練された武人を思わせる出で立ちのポケモン──メガバシャーモの姿だった。

 

「……バーン」

 

 声を掛ければ言われるまでもないとばかりにバーンが腕を持ち上げ、リングにゲートを作った。それを見てバシャーモがゆっくりとこちらに歩を進める。

 実際に相対すると凄まじいプレッシャーだ。放たれる闘気に押し潰されそうになる。

 

「……随分と余裕だね。そんな風にゆっくりしてたらどんどん加速するよ?」

 

 重圧を紛らわせるために軽口を叩いてみる。

 実際あれだけ苦労してバシャーモに交代したのに、結局相手に時間を与えるんじゃ意味が無い。だから遮二無二構わず攻撃してくるものだと思ってたんだけど。

 

「でも、迂闊に飛び込んだらそれこそやられちゃうので」

 

 小さく笑みながらハルカちゃんが返す。やっぱり冷静だ。ここで突っ込んでくれるなら楽だったのに。

 それにしても、突き刺すような威圧感とは裏腹にハルカちゃんのバシャーモの佇まいはひどく静かだ。よくよく観察してみれば、メガバシャーモの大きな特徴である常時噴き出しているはずの手首の炎も見えない。何か特別な育成を施されてるんだろう。

 できればハルカちゃんの出方を見たいところだけど、相手も“同じ“かそく"持ちである以上は時間を与えるのはあまり良くない。なら速度で上回る今叩くのが最善手のはず。

 

 ゲートが塞がる。両者が睨み合う。

 張り詰めた空気の中、バーンが先に動いた。

 

 “ほのおのパンチ"

 

 爆発的な加速から一瞬でバシャーモの目の前まで到達し“ほのおのパンチ"を放つ。しかしメガシンカによる能力上昇の恩恵か、バシャーモも見事な反応で拳を躱した。

 続くバーンの左の蹴り(“ブレイズキック")。これも脚でガードされる。更に繋げて深く沈み込み、片脚になったところを狙って足払いを仕掛けた。これをバシャーモが跳んで避ける。

 

「逃がすな!」

 

「シャアッ!」

 

 “フレアドライブ"

 

 バシャーモの落下に合わせた着地狩りの突進。完璧に捉えた──かに思えたが、突然バシャーモが空中で急加速し、まるで弾かれたような軌道でバーンの真横に着地した。

 あまりにも不自然な挙動の中、一瞬見えたのは赤い煌めき。

 

 ──腕の炎の噴射で着地点をズラした──! 

 

 突進の勢いは止まらずバーンが背中を見せる。そうしてバシャーモが脚を持ち上げて。

 

 “ほのおのあしわざ"

 

 “バーンストライク"

 

 “ブレイズキック"

 

 回避を許さないタイミングの攻撃。受けに回るのも不安定。空気を焦がしながら火炎を纏った剛脚が迫る。

 

「シャ……アアアッ!!」

 

 “ブレイズキック"

 

 そんな致命の一撃を、バーンは突進の慣性を無茶な踏み込みで無理やり殺し、反転しながら“ブレイズキック"で迎え撃った。

 次の瞬間炎の蹴りが激突し、大爆発が起こったかのような衝撃と熱風が吹き荒れる。

 思わず手で風を遮りながら顔を顰める。だけど一瞬でも目を離す余裕なんて無い。衝突の中心で二匹は脚を交差させたまま競り合いを続けている。

 けれどその均衡も長くは続かない。

 

 “フレイムブースト"

 

「押し切って!」

 

 “ほのおのあしわざ"

 

 “ひてんげり"

 

 “バーンストライク"

 

 “ブレイズキック"

 

 バシャーモの圧力が増す。加えてやはり無理な反撃だったのか一気に押し込まれ、無防備を晒したバーンの胴体目掛けて後ろ蹴りが放たれた。

 それを受けたバーンが後方に吹き飛ばされたが、寸前で辛うじて腕を差し込みダメージを抑える事に成功。難を逃れる。

 

 ──強い……! 

 

 内心で呟く。

 いくらメガシンカしたとはいえあらゆる能力が上昇し、特に『すばやさ』が限界近くまで上昇してるバーンの攻撃を捌く──どころか打ち勝つなんて。

 単純な速度はまだこちらが圧倒的に上だ。それは変わらない。にも関わらず向こうはバーンの動きに合わせ、瞬間的に上回ってすらいる。

 特別な技能や指示があったようには見えなかった。だからこれはおそらく純粋な近接格闘の練度の差だ。

 極めて高精度な先読みで速度差を埋めている。理屈の上ではそういう事だろう。

 確かに種族は同じバシャーモで、ある程度動きに似通った部分があるのは確かだ。多少読みやすくあっても不思議じゃない。

 けれどこちらは今なら相手の倍以上の速さで動けるのだ。それはつまり行動回数の多さで、言い方を変えれば取れる選択肢が豊富という事でもある。

 なのに、どうして……! 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!? 

 

 これが実力差? 何の? ……バシャーモの? 

 ──否。同じ種族でそこまで大きな開きがあるわけがない。あるとするならそれはトレーナーの差だ。

 気後れするな。弱気になるな。こんな時こそ先代みたいに──! 

 

「──烈火の……如くっ!」

 

「…………チッ」

 

「──!」

 

 “れっかもうげき"

 

 “フレアドライブ"

 

 再びフィールドを駆けたバーンが燐光を散らし、走った炎の軌跡がバシャーモを取り囲む。

 時に正面から。時に背後から。フェイントを交えて右から左へ。四方八方、あらゆる方向から絶え間無く攻め立てていく。

 

「……これって……」

 

 ハルカちゃんが何かに気付いたように呟く。

 お察しの通り、これは先代が得意としていた技──もちろんジム戦用に調整されたものではなく、本気のバトルで使われるものの模倣だ。当時ハルカちゃんが見たそれとは速さも密度も比べ物にならない。

 ジムリーダーを託された以上、あたしはその期待に応えなければならない。

 かといって自分に才能が無いのもわかっていた。このままやってもフエンジムの名に泥を塗るだけだと、そう思った。

 

 だからあたしは先代を真似る事にしたのだ。

 

 必死に努力して、言葉遣いや立ち振る舞いも先代のそれに似せるようにして、戦い方も可能な限り近付けるようにして。

 そうすれば、あたしも先代と同じようにやれると思ったから。

 

「あたしは……先代みたいになるんだ!」

 

 もっと速く。もっと激しく。

 手を変え形を変えラッシュを継続し、そして──

 

「──そこだ!!」

 

 いくら次に来る攻撃がわかってたとしても、実践する肉体の速度そのものは変わらない。

 先読みされるなら、対処が追い付かない程の連撃を。

 ほんの一瞬、しかし明確に生まれたその隙にバーンが拳を構えて。

 

「叩き込め!!」

 

「シャアアァァァ──ッ!!」

 

 “れっかもうげき"

 

 “ほのおのパンチ"

 

 瞬撃六連。ガードが甘くなった胴体に必殺の連撃が叩き込まれた。

 バシャーモは決してタフな種族じゃない。攻撃が当たりさえすれば案外簡単に落ちたりもする。

 まして体力満タンならいざ知らず、半分程削れたバシャーモがこの攻撃を耐え切れるはずがない。

 ぐらりとバシャーモの身体が揺れる。重力に引かれて地面に倒れていく。

 勝ちを確信し、緊張の糸が僅かに切れた、その時だった。

 

 バーンの腕が掴まれる。

 

「な……!?」

 

 苦し紛れの行動じゃない。その脚には、その目には、しっかりと力が宿っている。

 攻撃は確実に当たった。防御も回避もされてない。鍛えられてはいるけど、それでも素の耐久力は並程度のはずで、あれを耐えられるわけがないのだ。

 それでも耐えられるとするなら、考えられるのは一つしかない。

 避けられなくても、受けられなくても、そのタイミングで攻撃が来るとわかっているなら。

 気構えさえあれば、攻撃を“こらえる"事ができる。

 掴まれた腕は振り解けない。

 次の攻撃は、避けられない。

 

「ちゃも!」

 

「シャアアッ!!」

 

 “バーニングソウル"

 

 直後、バシャーモから“もうか"のそれと似た、しかし比較にならない爆炎が発せられた。

 迸る爆炎が脚に宿る。巨大な威力を感じさせるそれを振り被って。

 

 “ほのおのあしわざ"

 

 “フレイムブースト"

 

 “バーンストライク"

 

 “ブレイズキック"

 

 バシャーモの蹴りがバーンの顎を撃ち抜く。

 直撃を受けたバーンが宙を舞い、受け身を取る事もできずに地面に激突した。

 仰向けに倒れたままバーンは動かない。

 ……それはそうだろう。強烈な一撃をモロに受けたのだから。

 戦闘不能。あたしの……負けだ。

 

「……あ、あはは……負けちゃったか……。やっぱり強いね、ハルカちゃんは……」

 

 努めて明るく振る舞う。先代ならこういう時、潔く負けを認めるだろうから。

 

「でも、あたしも結構やるもんでしょ? 結構惜しいところまでいったと思うんだけどな〜」

 

 実際“れっかもうしゅう"は破られはしたものの、戦法そのものはちゃんと通じていた。最後の詰めを誤っただけで、あたしが“こらえる"にもう少し早く気付いていれば結果は違ったかもしれない。

 ともあれハルカちゃんを相手にここまでやれるなら、あたしの努力も無駄じゃなかったというわけだ。

 存外あたしは人の真似が上手いらしい。もしかしたら先代があたしを選んだのもこれが理由かもしれない。それがわかっただけでも収穫としよう。だからこの勝負はこれで終わりだ。

 

「……いいんですか、アスナさん」

 

 だというのに、ハルカちゃんがそんな事を訊ねてくる。バシャーモも構えを解かない。

 

「……いいも何も、もう決着は着いたでしょ?」

 

 見ればわかる通り、バーンは動けず相手は健在。この時点で勝敗なんて明白だ。これ以上は続けられないし、続ける意味も無い。

 そう。意味なんて無い……のに……。

 

「──でも、その子はまだやる気みたいですよ」

 

 二匹を取り囲む炎が消えない。バーンをボールに戻せない。

 このリングはバーンが維持してるものだ。だからバーンが健在な限りは永続的に残り続けるし、逆に戦闘不能になれば消え失せる。

 それが残っているという事はつまり、まだ戦う意思があるという事。

 バーンがフラフラと立ち上がる。

 息は荒く、いつ倒れてもおかしくないくらいボロボロの身体で、それでもバーンの戦意は衰えない。

 

「……っ! 何してるのバーン! 早くリングを消して!」

 

 もうとっくに勝負は着いているのだ。チャンスがあったとすればさっきの攻撃が最後だった。それを耐え切られた時点で勝ち目は無い。

 あのバシャーモもそろそろ最大まで加速する頃合いだろうし、速度の優位性が失われた以上はほぼ詰みと言っていい。

 こんなのは誰が見てもわかる事だ。バーンが理解してないはずが無い。

 なのに。それでも。

 

「シャ……アアアァァ──ッ!!」

 

 バーンが拳を握りながら猛然と突撃を敢行する。けれどあの猛攻すら凌ぎ切ったバシャーモが今更こんなやぶれかぶれの突撃でどうにかなるはずもない。当然のように攻撃は届かず、鎧袖一触にされた。

 

「シャ……モ……」

 

 それでもバーンは立ち上がろうとする。

 その心意気こそ立派なものだけどもう無理だ。いくら人に比べれば頑丈とはいえ、ポケモンだって生き物なのだ。いつまでも無理を続けられるわけがない。

 蓄積される疲労とダメージは確実にその身体を蝕み、限度を超えれば取り返しのつかない事態にだってなる。そうなる前に止めるのがあたし(トレーナー)の責務だ。

 だけど──

 

「戻りなさい! 戻ってバーン!」

 

 いくら呼び掛けてもバーンが止まらない。

 せめて嫌われてでも強制的にボールに戻せればよかったのに、“ほのおのリング"があるせいでそれすらも出来ない。

 ただバーンが無茶な突撃をし、そして蹴り払われるという光景を繰り返し見ているだけ。

 体力なんてとっくに尽きている。今立っているのだって気力で誤魔化してるだけだ。

 誰が見ても限界なのは明らかなのに、それでもバーンは立ち上がる事をやめようとしない。

 もう見ていられず、あたしは大声で叫んだ。

 

「もうやめてバーン! 一体何があなたをそこまでさせるの!? 今ここでそんな無茶をする事に意味なんて無いでしょ!?」

 

 あの日からずっとバーンの事がわからなくなったままだ。

 そもそもバーンはあたしに愛想を尽かしているはずで、今回出てきたのだって気紛れに過ぎないだろう。あるいは最後にあたしを見極めるつもりだったのかもしれない。

 だけどもう結果は出た。あたしはバーンの力を引き出し切れなかった。

 それがわかった以上、ボロボロになりながら戦い続ける意味なんて無いはずなのに。

 

「……そうするだけの理由があるって事じゃないですか?」

 

 泣き崩れてしまいそうになったその時、そんな言葉が耳に届いた。

 

「その子、ずっと何か伝えようとしてるんです。なのにアスナさん、全然その子の事見てない」

 

「なっ……!?」

 

 それはあたしにしてみれば心外もいいところだった。

 だって、あたし以上にバーンを見てきた人間なんてそうはいないのだから。

 かといってそれを勘違いだと無視するわけにもいかない。

 それを言ったハルカちゃんの顔は真剣そのもので、何か確信を得ているようだったから。

 

「ちゃんと向き合ってあげてください。きっとアスナさんたちはずっとすれ違ってるんです」

 

 どうやらハルカちゃんとあたしでは見え方が異なっているらしい。だけど一体何が違っているのか。

 向き合うといっても、最初に背を向けたのはバーンの方だ。あたしはずっと……。

 ……いや、でも、まさか。

 

 ──()()()()()()()()()

 

 バーンはあたしに何かを伝えたがってる。あたしはバーンと向き合えていない。

 これらから察するに、あたしはバーンの意図を全く違う形で解釈してる可能性がある。

 

 一つ一つ思い返していく。

 バーンがこうなったのはいつ頃か。

 あたしのジムリーダー就任が決まった日だ。

 その頃あたしはどうしてた。

 先代のようなジムリーダーを目指して努力していた。

 じゃあどうしてバーンは変わってしまった。

 あたしがいつまで経っても未熟なままだから。

 

 ……だと思ってた。

 だけど、もしかして、そうじゃない? 

 

 思考を回す。

 そもそもの話、未熟というなら昔のあたしこそがそうだ。少なくとも昔と比べれば今の方が幾分マシだろう。だというのに明らかに今の方がバーンを制御出来ていない。

 それにどうして()なのかという疑問もある。

 あたしを見極める目的があったとして、明らかに格上のハルカちゃんを相手取る理由も無いはずだ。

 あるいは勝てる自信があったのかもしれないけど、それだってバーンが力を十全に発揮出来た場合の話だろう。それを今更あたしに望むのかと言えば疑問が残る。

 だとしたらやっぱり目的が違う。

 

 なら、あたしの未熟さは理由じゃない? 

 昔のあたしの言う事は聞いて、今のあたしの言う事は聞かない。だとしたら、ここの差がそのままバーンの戦う理由になる? 

 

 違いは何か。明確なのはジムリーダーになったかどうかだ。

 でもこれじゃない気がする。ポケモンにとって人間の肩書きなんて大した意味を持たないのだから。

 なら他に何が違う? 

 あの時と比べて変わったのは……それは……

 

「……まさか……?」

 

 瞬間、ふとした気付き。

 だけどまさか、本当に? 

 だってそれが正しいとしたら、今まであたしがやってきた事がバカみたいじゃないか。

 でも……そうだとすると辻褄が合う。

 バーンが言う事を聞かなくなった理由も、今こうして戦ってる理由も。

 だとしても困惑は消えない。

 

「なんで……だって、あたしは……」

 

 みんなに頼られるくらい強くならないといけなかった。今まで通りの弱いあたしじゃいられなかった。それがジムリーダーになるという事だと思うから。

 だからその為に変わらなくてはと──強くならなければと思っていたのに。

 おもむろにバーンを見る。

 僅かに振り向いたその姿と久し振りに目が合った。

 言葉は無く、されど瞳は雄弁に語る。

 

 ──『やっと気付いたか』、と。

 

 バーンはあたしを見捨ててなんかいなかった。むしろその逆だ。

 ジムリーダーという立場と責任感に追われ、周りを気にする余裕も無くなり、自分の事さえ見失っていたあたしを、バーンはずっとその目に映していた。

 

『お前ならやれるさ』

 

 先代の言葉が脳裏で蘇る。

 それはあの時から今に至るまで理由のわからなかった言葉。

 本当に自分が先代と同じようにやれるのかと、ずっと不安に思っていた。

 だけど違う。先代が言いたかったのはきっとそうじゃない。

 同じようにやる必要なんかない。

 例え上手くやれなくても、誰かの真似なんかじゃなく。

 未熟で、愚直で、あがり症で。

 威厳の欠片も無いただのアスナを、あの二人は選んだのだとしたら──

 

「……あ……たし、は……」

 

 ──誰かのようにならずとも、あたしはあたしのままでよかったのだと。

()()()()()()になろうとする必要なんてどこにもなかったのだと。

 

「……そっか……」

 

 心が軽くなっていく。

 胸につかえていたものが消えていく。

 変わらなくてもよかったのだ。

 ふたりが認めたあたしは、最初からそこにいたのだから。

 

「……ごめんね、バーン」

 

 目に溜まった熱いものを拭いながら謝罪の言葉を口にする。

 こんなにも遅くなってしまったけれど。

 こんなにも情けないあたしだけれど。

 

「また……一緒に戦ってくれる?」

 

「──ハ」

 

 バーンが不敵に笑う。力強くフィールドを踏み締める。

 そうして大きく息を吸い込んで。

 

「──シャアアアアア──ッ!!」

 

 まるで今までの鬱憤がパワーに変換されたかのような熱量がバーンから発せられ、その言葉を待っていたと言わんばかりに全身から爆炎を迸らせながら高らかに咆哮を上げた。

 横顔から覗くのは、あの時から見る事のなくなった闘争心剥き出しの獰猛な笑み。

 ああ、そういえばバーンはこんな表情をするんだった。

 

「──いこう、バーン。あたしたちの全力で」

 

「シャアッ!!」

 

 “ほのおのパンチ"

 

 バーンが腰だめに拳を構える。

 

 “■■■■■■■■"

 

 迸る紅蓮が拳に収束する。

 

 “フルバースト"

 

 限界まで──否、限界を超えて圧縮された炎は輝きと熱量を増し、色も赤から白へと変化して、まるで恒星のような光を放つ。

 

「──いくよ、ハルカちゃん」

 

 真っ直ぐに前を見て宣戦布告。

 

「──はい、どこからでも!」

 

 言葉と同時、バーンがフィールドを踏み込んだ。

 その姿はさながら一条の流星の如く、白い尾を引きながら真っ直ぐにバシャーモへ向かって突っ込んだ。

 対するバシャーモはその場から動かず迎撃の構えを取った。こっちの攻撃に合わせてカウンターを叩き込むつもりだろう。

 もうお互いに体力は無いに等しい。ならどちらの攻撃が先に届くかの勝負だ。

 

 果たして、一秒とかからずバーンがバシャーモの元へと到達した。

 

 巨大な爆炎を纏った拳を引き絞る。

 

 鍛え抜かれた強靭な脚を振り上げる。

 

 二つの炎が交錯し、そして──

 

 “■■■■■■■■"

 

 “ブレイズキック"

 

 轟音。閃光。そして衝撃。

 二匹が激突した瞬間、これまでにない規模で炎が爆発し、バトルコート全体が焦熱で覆われる。

 吹き荒れる熱風から顔を背けて目を細めながらやり過ごし、未だ見えない煙の先を見つめた。

 それが晴れる時間ももどかしく、しかしどうしようもないので大人しく待つ事数秒。

 ようやく見えた視界の先、二匹のシルエットが見え、段々とその実態が見えてくる。

 やがて完全に(あらわ)になったそれらは、お互いの身体に拳と脚を密着させた状態で立っていた。

 

 二匹は動かない。まるでそこだけ時間を切り取ったかのような、そんな静寂。

 何をすればいいのかもわからないまま固まっていると、バーンの身体がぐらりと揺れた。

 そのまま重い音と共に地面に倒れ、“ほのおのリング"も消え失せる。

 立ち上がる気配も無い。完全に意識を失っている。今度こそ戦闘不能になったのだ。

 

「……負け、か」

 

 小さく呟き、バーンをボールに戻す。

 まあ順当な結果だろう。バトルする以上は勝つつもりでやってたけど、同時に勝てる見込みが薄いのも理解してたから。

 悔しさもあるけど受け入れられる。これからまた強くなっていけばいいだけの話だ。

 

「お疲れ様、ハルカちゃん」

 

 握手を交わそうとコート中央まで歩いて手を差し出す。

 

「こちらこそです。それで、悩み事は解決しましたか?」

 

 手を握り返しながらハルカちゃんはそんな風に問うてきた。

 

「うーん……どうだろ。あたしがまだまだなのは変わりないしね」

 

 けれどあたしが返せたのはそんな曖昧な返事。だって結局根本的なところは何も解決していないのだから。

 あたしが未熟な事も、ジムリーダーとしての資質の事も、そもそも本当にあたしにジムリーダーが務まるかどうかだってわからないままだ。

 だけど。

 

「でも、それはこれから成長していけばいいってわかったから。自分のペースであたしらしく、ね」

 

 先代は先代。あたしはあたしだ。

 あの人が憧れである事は変わらない。だけどその人になろうとするのはきっと違うし、どんなに頑張ったってなれるわけでもない。

 だからこれからは自分のペースで努力する。()()()()()()じゃなく、()()()として責務を担えるように。

 今はまだ、胸を張ってジムリーダーを名乗れないけど──

 

「──いつかは立派なジムリーダーになってみせるよ。ホウエンの代表として名前が挙がるくらいに」

 

 なんて、少し気が大きくなって大言壮語を吐いてしまう。そんなのはまだまだずっと先の話だ。

 

「ううん。アスナさんならきっとなれますよ! あたし応援してます!」

 

「そ、そう? ありがとう」

 

 なのにハルカちゃんはそんなあたしの言葉を笑わずに応援してくれると言ってくれた。

 これは本当に頑張らないといけないな、なんて思いつつこれ以上は照れくさいので話題を変えてみる事にする。

 

「それより最後の攻撃だよ。あれ、ハルカちゃんとあのバシャーモなら避けられたんじゃないの?」

 

 そう。あの最後の攻撃はあたしが見てた限りだと避けるのは不可能じゃなかったはず。

 事前の苛烈な攻撃(“れっかもうげき")ですら捌けてたんだから、速度こそあれど軌道としては単純な直線攻撃ならもっと簡単に対処出来たはずなのだ。

 なのにハルカちゃんたちはわざわざ迎撃という選択肢を取った。もしかしたら力量の差を見せつける為のパフォーマンスなのかもしれないけど……なんとなくそれは違う気がする。

 

「……()()()()()()()()()。ちゃももそれを望んでませんでしたし」

 

「……そっか」

 

 けれどハルカちゃんが苦笑しながら返したのは、そんな答えになっているような、なっていないような微妙な返答だった。

 とはいえこれ以上突っ込んで聞くのも野暮だと思うのであまり踏み込まないでおく。

 

「でも結構ギリギリだったんですよ? ほら」

 

「え?」

 

 言いながらハルカちゃんがすぐ側にいたバシャーモに()()と背中に軽く触れる。

 するとどうした事か、いとも簡単にバシャーモがばたんと倒れ、メガシンカも解除されてしまった。

 

「え? え!? どうしたの!? 大丈夫!?」

 

「もうとっくに限界だったんですよ。ねー?」

 

「シャァ……」

 

 力無く鳴いたバシャーモをボールに戻しながら『ほとんど相打ちだったんですよ』とハルカちゃんが続ける。こ、こんなギリギリの状態だったの……? 

 

「意地っ張りなんですよ、ちゃもは。アスナさんのバシャーモだってそうでしょ?」

 

「……そうだね」

 

 同意して二人で笑い合う。

 あっちはあっちで何か譲れないものの為に戦っていたのだろう。それが何かは定かじゃないけど、どうにも似た者同士なのだろう事はわかった。

 ボールの中を見る。そこには満足そうな顔で眠るバーンの姿があった。

 ……本当に、こんな顔を見たのはいつぶりだろう。

 

「……ごめんね。それと……ありがとう」

 

 今は聞こえていないであろう相棒に謝罪と感謝の言葉を口にする。

 別に何かが進んだわけじゃない。むしろ後退──ただ元に戻っただけだ。

 これまでたくさん間違ってきた。進み方だって全然早くない。だけどもう焦ったりなんかしない。

 

 あたしは間違いながらゆっくり進む。

 それがきっとアスナというトレーナーの在り方だから。

*1
ボールから発射される赤い光の事。ボールと紐付られた個体に当てるとボールの中に戻せる。

*2
正体はタイプエネルギーが炎や水といった見た目にわかりやすいものの代わりに音に変換されたもの。理論上は音の届く範囲全てが攻撃範囲だが、その場合技に込められたエネルギーが分散される為範囲を絞って使用される事が多い。




評価や感想、批評等あればよろしくお願いしマース。
ここすき機能なんかもご利用くださいませ。
あとツイッター始めてみたので興味があるなら是非。

備考:アスナロの花言葉
永遠の憧れ
変わらない友情
不滅・不死

Q.アスナ好きなの?
A.そんなでもないです。

特に今回はツイッターの方で色々語るかもしれないので興味あったら是非。


ハルカの手持ち
バシャーモ(ちゃも)
特性:かそく
【裏特性】
【ほのおのあしわざ】
キック技の威力を1.3倍にして『ほのお』か『かくとう』タイプの技として扱う。この時、相性のいい方で計算する。

【技能】
【ひてんげり】(飛天蹴り)
キック技を使用した時、同じ技をもう一度繰り出す。この効果は連続で二度まで使え、使う度に威力が上がる(1.2倍→1.3倍)。

メガシンカ後に追加↓
裏特性
【バーニングソウル】
残りHPが半分以下の時に技の威力が2倍になり、相手や場の状態からの不利な効果を受けない(一部除く)。

【技能】
【フレイムブースト】
『ほのお』技を使う度にいずれかの能力ランクが一つ上昇する。また、ランク補正一つにつき技の威力が10上昇する。

【バーンストライク】
キック技を使う時『こうげき』に『すばやさ』を加算してダメージ計算する。

アブソル(そるる)
特性:きょううん
【裏特性】
【ほろびのやいば】
自分の使う物理技の威力が0になる代わりに、攻撃した相手を『ほろび』状態にする。この特性で『ほろび』になった相手のカウントはターンで減少しない。

【技能】
【エッジエンド】
相手が『ほろび』状態の時、“つじぎり"を当てると相手の『ほろび』カウントを一つ進める。急所に当たった時、代わりに三つ進める。

備考:特異個体
色々あって角が折れた個体。ゲーム的に言えばA種族値が半分以下にまで落ち込んだ状態。その分の能力を埋める為に特異な戦い方を習得した。

チルタリス(ちるる)
特性:ノーてんき
【裏特性】
【ソプラノハミング】
音技を使った時、相手を『ねむけ』状態にする事がある(30%)。

【技能】
【まもりのわたばね】
場に出た時“コットンガード"を使用する。

【ふしぎなうもう】
自分の『ぼうぎょ』ランクが変化した時、同じだけ『とくぼう』ランクが変化する。

アスナ
【指令】
【フルバースト】
威力120以上かつ、残りPPが5以上ある技を使う時、その技の残りPPを全て消費して技の威力を3倍にする。この効果は一体に一度までしか使えず、使ったポケモンは最大HPの半分を失う(小数点切り捨て)。

【れっかもうげき】(烈火猛撃)
技の威力を1/3にし、上昇した『すばやさ』ランクの数だけ繰り出す。繰り出す技はランダムに選ばれる。
元々は先代ジムリーダーの指令。アスナが使った場合は『劣化』する。

コータス(ガッツ)
特性:ひでり
【裏特性】
【パワープラント】
場に出た時『せきたんカウンター』を一度だけ自分に十つ乗せる。技を使う時『せきたんカウンター』を五つまで消費出来る。消費した『せきたんカウンター』の数×1/16回復する。また自分に『せきたんカウンター』が三つ以上乗っている時、自分の能力ランクと技の威力が下がらず、毎ターン終了時に最大HPの1/16回復する。

【技能】
【こうらでまもる】
自分が相手より後に行動した時、相手の技で受けるダメージを半分にし、急所に当たらなくなる。

【もえるいわ】
『せきたんカウンター』を一つ以上消費して“ステルスロック"を使った時、“ステルスロック“のダメージ計算の判定に『ほのお』タイプを追加する。

【だいかさい】(大火災)
『せきたんカウンター』を三つ以上消費して『ふんか』か『だいばくはつ』を使った時、相手の場の状態を『ステルスロック』状態にし、更に消費した『せきたんカウンター』の数だけ相手の場の状態を『ひのうみ』にする。

【ポケモンの状態】
【せきたんカウンター】
一つ消費される毎に技威力が+10される。同時に消費出来るのは五つまで。

ウインディ(ヒート)
特性:いかく
【裏特性】
【いあつかん】
『いかく』の効果を『相手の全能力を一段階下げる』に変更する。

【技能】
【ほのおのベール】
『みず』技で受けるダメージを3/4に軽減し、接触してきた相手を『やけど』状態にする事がある(30%)。

【フレアヒール】
『ほのお』技を使ったターンに自分のHPを1/8回復し、状態異常を治す。

バシャーモ(バーン)
特性:かそく
【裏特性】
【ラストスタンド】
自分が最後の一匹になるまで場に出せなくなる代わりに、場に出た時自分の全能力ランクを2段階上げる(今回は3:3なので効果が半減)。

【技能】
【リングイン】
場に出た時、どちらかの場の状態が『ひのうみ』なら全体の場の状態を『ほのおのリング』にし『ひのうみ』を解除する。

【フレアコンバート】
自分の『すばやさ』が最大の時、“かそく"で上がる能力を『すばやさ』以外に変更する。

“■■■■■■■■"
バトル中に目覚めた新しい力。詳細不明だが技を変化させるタイプの技能だと思われる。

【技】
“■■■■■■■■"
バーンが放つ“ほのおのパンチ"が変化したもの。未完成の為、名称不明。

【場の状態】
【ほのおのリング】
場に出ているポケモンがバインド状態になる。

いくつか使わなかったり、使ってるけど作中で描写してない技能もあります。
フレアコンバートとかは一応後半に条件満たしてたけどあんまり描写する意味が無かったのでカット。


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一口に育てると言っても色々ある

お待たせ。


「何をしたらこうなるんですか!?」

 

 ハルカとアスナのバトルが終わり、そのままみんなでポケモンセンターへと向かいボールを預けた瞬間、ジョーイさんから悲鳴が上がった。

 

「どうやったらバシャーモの腕が()()からこんな焼け焦げ方をするんですか!? どうしたらこんな事に!?」

 

「あ……アハハ、ちょっと気合い入りすぎたって言うか……」

 

「それじゃわかりません! ちゃんと説明してください!」

 

 目を逸らしてぎこちない言い訳をするアスナに、ジョーイさんは詳細な説明を求める。

 そんな風にやいのやいのと言い合いをする二人を、俺は備え付けの椅子に座って遠目に見守っていた。

 ……いや、言い合うってよりは一方的にアスナが詰められてる感じだけども。

 

「……お前何したの?」

 

「いや、別にあたしが何かしたわけじゃないんだけど……」

 

 隣に座るハルカにジト目を向けてやると、心外だと言わんばかりに返してきた。けどこういう時のハルカへの信用度は残念ながらそんなに高くない。

 そんな俺の心中を察したのか、ハルカは少し不服そうにした後に説明を始めた。

 

「あれはあたしじゃなくて向こう側の問題だよ。凝縮された『ほのお』エネルギーが限界を超えて内側から焼いちゃったの」

 

「限界を超えたって……最後のあれか?」

 

「そう、あれ」

 

 言われて先のバトルを思い返す。

 アスナのバシャーモが最後に放った一撃は、まるで超新星爆発を連想させるような凄まじいものだった。

 威力だけ見るなら前にテッセンが使ってきた“らいごうせんが"より上だろう。

 

「普通あんな量のエネルギーを暴発させずに一点に留めておくなんて出来ないんだけどね。あのバシャーモ、エネルギーの操作技術が抜群に高いよ。出来ちゃったからこその反動とも言えるけど」

 

「ふーん……バシャーモ(ちゃも)は出来ないのか?」

 

「絶対に無理だね」

 

 即答である。

 

「単純にちゃもがそんなに器用な方じゃないっていうのもあるけど、そういう方面は全然鍛えてないからね。ちゃもに出来るのはただの格闘戦だけだよ」

 

「俺からすればその格闘戦も大概だけどな」

 

 大した事じゃないとでも言いたげなハルカだが、極まったあれは単純に強力な技を使えるよりよっぽど脅威だろう。

 例えばゲームの話で言えば“きあいだま"という技がある。

 この技は『かくとう』タイプにしては珍しい特殊技であり威力も120とかなり高く、低確率だが『とくぼう(D)』ダウンのオマケまであるという非常に便利な技なのだが、高火力技の例に漏れずデメリットが存在する。

 

 命中率である。

 

 これがもう盛大に外す。悲しい程に外す。

 何せ大事なところで外すと言われるあの“ハイドロポンプ"や“ストーンエッジ"よりも命中率が下の70なのだ。そんなもん信用出来るわけがない。

 これにより“きあいだま"は『ワロスだま』、『採用する方が悪い』、『一撃技(30%)の方が当たる』と散々な評価を受けながら、しかし当てれば戦果を挙げるので良くも悪くもドラマを生んできた歴史が存在するのである。

 

 まあ何が言いたいのかと言えば、どんなに強力な攻撃でも当たらなければ意味が無いという事だ。極端な話、相手の攻撃は全部避けて自分の攻撃は全部当てれば勝てるのだ。

 もちろんそんな夢物語が現実に起こるわけは無いんだろうけど、基礎的な身体能力を極限まで鍛え上げれば理想に近付く事は出来る。ちゃもはつまりそういうポケモンだ。

 対抗するなら特殊の遠距離技で攻めるべきか。例えば広範囲を攻撃出来てかつ弱点の“なみのり"とか、発生や軌道を読みにくい“サイコキネシス"とか。もしくは“トリックルーム"や“でんじは"のような補助技を絡めて真っ向から勝負する事自体を避けるのも有効そうだ。その他にも地形を利用するなら“あなをほる"とかでフィールドに落とし穴を作ったり、“あまごい"で弱体化を図ったりなんかも──

 

「……ユウキくん? おーい」

 

「──ん、ああ、ごめん。なんでもない」

 

 不思議そうな顔で覗き込んでくるハルカに手を振って返す。いけない、自分の世界に入り込んでしまった。

 ともあれ、あのバトルで得られた知見はそれなりに多い。特に俺にとって大きかったのはバシャーモミラーを間近で見れた事だ。

 あれのおかげで同じ種族(バシャーモ)でも育成次第で戦闘スタイルに差が出るというのが改めてよくわかった。

 アスナのバシャーモは高速機動からの多彩な攻め筋。ハルカのちゃもは徹底した待ちからの鋭い反撃。

 どちらが優れてるとかはさておき、少なくとも俺のバシャーモのイメージとしてはアスナバシャの方が合致してたから、ちゃもの戦い方はそれなりに新鮮だった。

 やっぱりこの世界における育成の自由度は尋常じゃなく高い。尤も、だからこそ難度も相応というのが側面の一つとしてあるんだけど。

 

「うーん……とりあえずはジュカイン(カイン)と色々やってみるかなぁ。試したい事もあるし」

 

「お、何か思いついたの?」

 

「まあざっくりと。形になるかはわからないけどな」

 

 実のところ、構想自体はカインをパートナーにした時点で薄らとあったのだ。その為の下準備もコツコツと進めてきた。あとはそれを形に出来るかどうかだ。

 こればっかりはカイン次第なのでなんとも言えないところではあるけど。

 

「お待たせ。いやー、ちょっと怒られちゃったよ」

 

「ちょっと……?」

 

 そんな会話をして時間を潰していると、ようやくジョーイさんのお説教から解放されたらしいアスナがこっちまで歩いてきた。

 俺には激怒されてたように見えたんだけどアスナの基準では違うらしい。

 

「随分長かったですね。そんなに酷かったんですか?」

 

「いや、怪我自体は一日メディカルマシン*1で休んでれば治るくらいのものらしいんだけど、前科があったというか……」

 

「前科?」

 

 そう尋ねるハルカに、アスナが頭を掻きながらバツが悪そうに答える。

 

「昔、コータス(ガッツ)がどれくらい石炭を溜められるのか試しててさ。その時にやりすぎて大爆発しちゃった事が……」

 

 何やらかしてんだこの人。

 

「まあ挑戦に失敗は付きもの! 大事にならなかったから問題ナシ!」

 

 あっはっは! と豪快に笑うアスナ。しかし徐々にその笑顔に陰りが見え始め。

 

「……って冗談のつもりで言ったら『取り返しのつかない失敗になる事だってあるんです!』って本気で怒られたんだよね……もちろんあたしなりに反省はしてたんだけどさ……」

 

 煤けた表情でアスナは語った。要するに過去にも似たような失敗をやらかしてた分、お説教が長くなったと。

 これあれだな。周りに心配かけまいと軽い調子で話したらマジレスされてヘコむタイプだな。しかも自分では事実をそれなりに重く受け止めてるから二重にダメージ受けるやつ。

 

「ユウキくんも気を付けてね。外側と違って内側の怪我は見えにくいし治りにくい上に大事に繋がりやすいから」

 

「それはまあ……気を付けます」

 

「うん、それでよし」

 

 人間がそうであるように、ポケモンも身体の内側と言うのはデリケートだ。

 中でもポケモン毎に備わっている独自の内臓器官*2は決して丈夫ではない場合も多く、傷付けば最悪一生技を出せなくなる事だってある。

 だから完全にとは言わずとも、手持ちの状態を把握するのはトレーナーの必須項目だ。ゲームの時と同じように能力を高く伸ばすだけが育成じゃないのだから。

 

「で、あなたたちはこの後どうするの? 一応午後からはジムを開けるつもりだから挑戦するなら受けるけど」

 

 そう問い掛けてくるアスナ。

 本当は先にジム戦を済ませてからと考えてたけど、せっかく良さげなタイミングが来たし、先にあの事について質問させてもらおうかな。

 

「それもいいんですけど、その前にちょっとアスナさんに聞きたい事が」

 

「ん? 何かな?」

 

「その、えんとつ山でマグマ団が怪しい動きをしてるとかって聞いたんですよ。それが本当なら危ない事かもしれないからアスナさんに対処してもらおうと思って」

 

 温泉でアオギリから聞いた情報をそのまま話す。

 えんとつ山がフエンタウンの管轄である以上、そこで怪しい動きをしてるとなれば放っておくわけにもいかないはずだ。

 そうした狙いの俺の言葉を聞いてアスナが小首を傾げる。

 

「マグマ団……って、マグマコーポレーションの人たちの事? 特にそんな話は聞いてないけど……その話どこで聞いたの?」

 

「えーと……」

 

 一瞬名前を出すか迷ったが問題無いだろうと判断して。

 

「アクア団のアオギリさんです。温泉でばったり会ったら会話の流れでそんな話を聞かされました」

 

「あー、あの人か……確かにちょっと前にえんとつ山での活動許可が欲しいって言われたけどそれの事かな……」

 

 ……んん? 

 ちょっと聞き捨てならないワードがあったぞ。

 

「え? 許可って、まさかマグマ団が直接来たんですか……!?」

 

「うん。マツブサさんって人が色々説明してくれたよ。新しいエネルギーを作るんだって」

 

「そう……ですか……」

 

 予想外の答えに思わず唸ってしまう。

 まさか許可まで得てるとは思わなかった。あわよくばアスナに同行しようと思ってたのに。

 いや、でも表向きは普通の企業として活動してる事を考えたらそうなるのか? ああもうめんどくせぇ! 

 

「あの、それって本当に危険とかは無いんですか?」

 

 と、内心で頭を抱えていると、今度はハルカが疑問を口にした。

 疑問符を浮かべるアスナにハルカが続ける。

 

「だってアオギリさんって仮にも一組織のリーダーなわけだし、だったらその発言には何かしらの根拠があると思うんです。もしかしたら環境的に良くない事をしようとしてるのかも……」

 

 その言葉に俺は少し驚いた。

 あの時のハルカはアオギリに対して敵意を向けてたはずだったから適当に聞き流してるかと思ってたけど、存外冷静だったらしい。

 

「そうか……そう言われると確かに気になるな……わかった、ちょっと確認してみる」

 

 言いながらアスナが少し離れてマルチナビを取り出しコールを掛ける。連絡先は当然マグマ団だろう。

 そうして通話の相手としばらくのやり取りが行われた後、アスナが戻ってきて。

 

「うん、連絡取れたよ。不安なら直接現場を見て判断すればいいってさ。それと可能なら君たちも呼べって言われたんだけど、大丈夫かな?」

 

 ナビをしまいながらこちらの都合を聞いてきた。まさか向こうから直接お呼びがかかるとは。

 どういう目的かは知らないが好都合だ。これでマグマ団と接触出来る。

 

「あたしは大丈夫です。だから──」

 

 ちらりとハルカが俺の方を見て、それに頷きで返す。心は同じだ。

 

「──ユウキくんはフエンでお留守番ね?」

 

「なんでだよ」

 

 全然同じじゃなかったわ。

 コクッじゃねえんだよ。慈愛に満ちた目やめろ。

 

「だってユウキくん、前にえんとつ山には近付かないでおこうって言ってたし」

 

「確かに言ったけど状況が違うだろ」

 

 ああ言ったのはえんとつ山に向かおうとしても俺の実力不足が理由で咎められるだろうと思ったからだ。あんな風に言われて『じゃあ忠告無視して登ろうぜ』は無理があるだろう。

 だけど向こうから来いと言ってきた以上、それは問題にならない。

 それに──

 

「アオギリさんが言ってたのはマグマ団とトラブらないようにって事だろ? 向こうが呼んでるんだから行かなきゃそれこそ失礼だと思わないか?」

 

 余計な揉め事を起こさないという観点から見ても、ここは素直に向こうの要求に従って顔を出すのが正解のはずだ。

 それに既にマグマ団はロープウェイの封鎖に動いている。わざわざそんな事をする理由なんて、一般人がえんとつ山に立ち入る事を禁じる為だろう。

 実のところ、一般企業の皮を被ってるなら派手な行動や強硬手段に打って出たりはしないだろうし、そこまで焦らなくてもいい可能性はあるけど……とにかく本格的に行動が制限される前に何かしら介入しておきたい。

 

「……そう、やっぱり行くんだね。わかった、でも危ないと思ったらすぐに逃げるんだよ?」

 

 お母さんかお前は。

 

「心配し過ぎだっての。それにいざとなったらアスナさんだっているし大丈夫だろ」

 

「あ、うん、それは任せて! 民間人を守るのもジムリーダーの務めだからね!」

 

 少し誇らしげに胸を叩くアスナ。頼られて嬉しいのだろうか。実際全力で頼るんだけど。ザ・他力本願。

 ……にしてもハルカ、なんか妙に食い下がってきたな。いつもなら『ユウキくんの判断に任せるよ』とか言ってそうなのに。アオギリの話で不安があったにしてもちょっと違和感。

 実際ただの会社間のいざこざだったとしても一般人が首突っ込む話じゃないのは確かだけど。

 

「で、それはいいんだけど、ユウキくんジム戦はどうする?」

 

「あ、やります」

 

 この際なのでジム戦もやっておこう。勝てるかどうかは置いといて、今は経験を積む方が大事だ。

 質より量……いや、ジム戦だから質も確保されてるか。とにかく実戦あるのみだ。

 

*1
ポケモンセンターに置かれているポケモンの治癒用のマシンの事。大抵の傷はこれで治るが万能というわけではなく、ゲームの様に即時回復というわけでもない。

*2
ピカチュウ系統なら電気袋、アチャモ系統なら炎袋等。




評価や感想、批評等あればよろしくお願いしマース。
ここすき機能なんかもご利用くださいませ。誤字報告もとても感謝してます。
あとツイッターやってるので興味があるなら是非。


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いざ行かん、えんとつ山の頂上へ

 フエンジムにてジムトレーナーを突破し、ジムリーダー(アスナ)とのバトルも終盤に差し掛かったところ。

 

「コータス、“オーバーヒート"!」

 

「避けろぺラップ(コード)!」

 

 “ほのおのこころえ"

 

 “もえるけいてき"

 

 “オーバーヒート"

 

 アスナのラストであるコータスの甲羅から蒸気が噴き出し業火が放たれ、危ういところでペラップ(チョウチョウ)改めコード*1が回避する。

 あのコータスはどうやら固定砲台として育成されているようで、今のような大火力技を『はれ』下で連発してくるのだ。

 しかもさっきから“オーバーヒート"を連発してるのに『とくこう』が下がった様子も無い。デメリット付きだから許されてる高火力をデメリット無しで撃つんじゃねえ。

 さて、なんとか近付ければ勝機も見えるんだけど……。

 

「いけそうか?」

 

「ヤッテミマス」

 

 コードからの返答。少し緊張しているようだが尻込みしてるわけじゃなさそうだ。

 よし、それならやってみるか。ここで一気に勝負をかける! 

 

「行け!」

 

「ペラッ!」

 

 指示と同時にコードが真正面からコータスへと飛んでいく。

 飛び抜けて速いわけじゃないが、しかし決して遅くもない飛翔は数秒程でコータスへと到達するだろう。

 だけど。

 

「へえ、突っ込んでくるんだ。でもこれが避けられる!?」

 

「コォォッ!」

 

 コータスが口元に炎を蓄える。このままじゃコードが到達するより先に技が放たれるのが目に見えている。

 コードは賢いけどバトルが得意なわけじゃない。さっきまでだって離れた距離でもあの“オーバーヒート"を避けるのに苦労していたのだ。それが今まさに距離が縮まっている状態で避けられるかと言うと正直NOと言わざるを得ない。

 

 だから、その分をクレッフィ(クレフ)がカバーする。

 

「フィッ!」

 

 “ほのおのこころえ"

 

 “もえるけいてき"

 

 “オーバーヒート"

 

 “かぎえらび"

 

 “ひかりのかべ"

 

 爆炎がコータスの口から発せられ、コードを呑み込まんと殺到する。

 しかしその軌道はコードに当たる手前で逸れ、翼を僅かに掠めるに留まった。

 

「──っ! 壁で……っ!」

 

 通常“ひかりのかべ"は自分の周囲を覆うように展開する。そうする事で相手の特殊攻撃がどこから来ても威力を減衰させられるようにするのだ。

 だけどそれだけじゃコードの耐久だとあの“オーバーヒート"を耐えられるかわからない。というかあの火力だと下手したら壁ごと焼却される。

 だからクレフにはただ“ひかりのかべ"を貼らせるんじゃなく、()()()()()()()()()()()()()するように指示した。

 本来の形とは違い、文字通りの壁として使う事で力の流れを逸らす。幼いながらもぶっつけ本番でそれをやってみせたのは、偏にクレフの才能あってこそだろう。

 案の定というか、力を逸らすように貼ったはずの“ひかりのかべ"が二秒と保たずに燃え散らされた。呆れたバ火力だ。真正面から受け止めさせなくてよかった。

 一瞬コードの体勢が崩れ、それでもすぐに持ち直してコータスの目の前まで辿り着いた。ここで詰め切る。

 

「くっ、“ふんえ"──」

 

「“ばくおんぱ"!」

 

「ぺラップ──ッ!!」

 

 “ばくおんぱ"

 

「コォッ!?」

 

 相手が行動する前にゼロ距離からの爆音攻撃。

 いくらポケモンが頑丈といっても、あんな爆音を耳元で聞かされれば三半規管に異常をきたすはずだ。しばらくはバランス感覚を失い、トレーナー(アスナ)の指示も聞こえなくなるだろう。

 前後不覚の状態でトレーナーの指示も通らないとなれば、勝敗は決したも同然である。

 

「そのまま沈めろ!」

 

「ペラ──ッ!!」

 

「コ……コォォォ──ッ!?」

 

 “ばくおんぱ"

 

 二度目の“ばくおんぱ"がコータスに浴びせられる。

 ろくな防御姿勢も取れないままその身に音波を浴び続け──そしてついにダウンした。

 

「……うん、あたしの負けかな。君の勝ちだよ」

 

「よっしゃ!」

 

 グッと拳を握る。これでヒートバッジゲットだ! 

 

「ツカレマシタ」

 

「フィフィー!」

 

「おう、お疲れ。クレフもよく頑張ってくれたな。……で、どうだった?」

 

「ワルクハナイデスガ、ドウモシックリキマセンデシタ」

 

「そうか。まあそんな気はしてたよ」

 

 パタパタと飛んできたコードとクレフを労りながらコードに問うも、予想してた通りの答えが返ってきた。

 一応と思って今回は経験を積ませる意味でも攻撃役も兼任させてみたけど、やっぱりコードは自分で相手を倒すより味方の援護に回る方が得意なタイプのようだ。フィニッシャーになって尚その感想ならこいつは根っからのサポート気質と言える。

 そもそも野生で生きるより人の街(キンセツシティ)で生きる事を選んでたくらいだし、元来闘争心が強い方じゃないんだろう。

 かといって戦う意思が無いわけじゃない。生態的に明らかに戦いに向いてるとは言えないラッキーですらバトルに出るとそれなりに戦う意思を見せるんだから、ポケモンと闘争は切っても切れない関係にあるというのがよくわかる。

 もちろん何事にも例外はあるけど。

 

「はい、じゃあこれ、ヒートバッジとわざマシン50(“オーバーヒート")。あたしお気に入りの技が入ってるから、もし『ほのお』タイプのポケモンを捕まえたら覚えさせるといいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 バッジとわざマシンを受け取ってバッグにしまう。

 今のところは俺の手持ちでオバヒを上手く活用出来るポケモンはいないけど、何か捕まえたら有難く使わせてもらおう。

 ……それはそうと、なんというか……。

 

「にしてもユウキくん強いね。バッジ三個持ちって聞いたからそれ相応のポケモンをぶつけたのにあっさり勝っちゃうなんて」

 

 アスナが感心したように言う。

 そう言ってくれるのは有難いんだけど、俺はバトル中ずっと違和感があった。

 

「それなんですけど、アスナさん手加減しました?」

 

「へ?」

 

 さっきのバトル、確かに強い事には強かったけど、なんというか今までのジムに比べると正直かなり簡単だった。

 イメージ的には適正以上にレベルを上げてしまいジム戦がヌルゲー化した時の心境に近い。

 

「まさか! ちゃんと本気でやったよ!」

 

「ですよね……うーん?」

 

 言ってはみたものの、アスナの性格的に緊張で空回りはあっても手を抜くなんて事はしないだろう。

 でもさっきのバトルじゃ緊張してるようには見えなかったし……。

 

「ホントにバッジ三個持ち相手を想定してたからじゃない?」

 

「ハルカ?」

 

 いつの間にか近くに来ていたハルカがそんな事を言う。どういう事だ? 

 

「だってほら、ユウキくんのジム戦って本来よりレベルを上げられてたでしょ?」

 

「……ああ、そういえば」

 

 その言葉で得心がいった。

 どっかの誰かさんがふざけた事を抜かしたせいでハードモードやらされてるんだったな。

 

「え? 何? どういう事?」

 

「実は──」

 

 一人話に着いて来れてないアスナにかくかくシキジカと事情を説明する。

 

「……そういえばそんな話もあったような……正直それどころじゃなかったからすっかり忘れてたよ」

 

「俺からすれば有難い事この上ないですけどね」

 

 なんの事はない。アスナは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけの話だ。要はここだけノーマルモードだったのである。

 色々事情が重なってた時期にその話があったんだろうな。そりゃチャレンジャー一人の事なんて頭から抜け落ちてても仕方ないと思う。

 

「えっと……じゃあどうする? やり直す?」

 

「やり直します!」

 

「やらんわバカ野郎」

 

 何勝手に返事してんだ。勝ったんだからいいだろ。

 

「……別にバッジ取得に問題があったわけじゃないんですよね?」

 

「それは、うん。個人的には五つ持ちだとしても納得するくらいだよ」

 

「だとよ」

 

「え〜……」

 

「えーじゃない」

 

 だいたいバッジ数というのはそのトレーナーがどれくらい強いかを表す指標の一つだ。他にも一部の技の使用許可を貰えるとかもあるけどそれはさておき。

 ジム一つ当たりの難易度を上げても貰えるバッジが増えたり質が上がったりはしない。だからそれをやるのは挑戦者の自己満足でしかなく、特にメリットがあるわけじゃないのだ。

 多少強くなるのが早くなったりはするかもしれないけどな。

 

「……まあいっか。いざとなったらあたしが……」

 

 なんか不穏な事呟いてるが聞かなかった事にしよう。

 

「とにかくおめでとう。それじゃ明日は遅れないようにしてね」

 

「あ、はい。ありがとうございました」

 

 アスナにお礼を言ってジムを出る。

 明日は午前十時にジム前集合だ。どうなるかはわからないけど出来る準備はしっかりしておかないとな。

 

 

 * * *

 

 

 次の日の朝。

 時間通りに集まった俺たちは、えんとつ山の頂上に向かって空を飛んで行く事になった……のだが。

 

「さあユウキくん! あたしとアスナさん、どっちを選ぶの!?」

 

 俺は究極の選択を迫られていた。……なんでこうなるんだ。

 

 いや、別に修羅場とかでは全く無い。単にどっちのポケモンで頂上に向かうかってだけの話だ。

 というのも、空を飛べるポケモンなら俺も持ってるけど残念な事に資格*2を持っていないので、自由に“そらをとぶ"事が出来ないのだ。

 ならハルカかアスナのどちらかに乗せてもらおうという流れになる。だがそうなると問題になるのが体勢の関係上、身体を密着させなければならないという事だ。これは健全な青少年としては非常にまずい。

 しかも何がタチ悪いって、これで俺がどっちか選んだらそっちとくっつきたい変態みたいになりそうなところだよ。

 

「ほらほら、素直になりなよー♪」

 

「怒るぞ」

 

 ハルカもわかっててやってるのか顔が若干ニヤついている。ふざけんなよお前。

 これどっちを選べば傷が浅くて済むかな……。

 

「あはは、仲良いね。だったらあたしはその間には入っていけなさそうだし、二人で行くのがいいんじゃないかな」

 

 なんて考えていると困っている俺を見かねたのか、アスナがそんな提案をしてくれた。

 ……実際それが一番無難か。幸いと言っていいのか、普段から身体的接触も多いしな。今更どうこう言う事もあるまい。

 

「んじゃそうするか。乗せてもらってもいいか?」

 

「んふふー、もちろん!」

 

 謎に満足気なハルカがチルタリス(ちるる)を出し、慣れた動きで跨った。

 

「ほら、ユウキくんも」

 

「お、おう」

 

 促されるままに俺も後ろに回ってちるるの背に乗る──が、チルタリスは意外と体格が小さいので結構詰めないといけない。

 つまり、わかっていた事ではあるがハルカとかなり密着する形になるわけで。

 

「……い、嫌だったら言ってくれよ?」

 

「そんなわけないよー。それよりほら、ちゃんと掴まって」

 

「わかった」

 

 言われて、はたと気付く。

 掴まる……掴まる? どこに? 

 肩……は上下に揺れた時に手が離れそうで怖い。ならちるるの身体にしがみつけば……いや、ハルカと密着する体勢じゃしっかり掴めない。じゃあ他に掴まれそうなところは? 

 視線がそこに集まる。口が乾く。無意識に固唾を飲み込んだ。

 だって、そこしかないのだ。ハルカだってきっとその事を言ってるんだろうし。だからこれはやましい気持ちでするわけじゃない。

 なんて、誰にしてるのかわからない言い訳を頭の中で並べながら、意を決してその場所──ハルカの細い腰に腕を回すと。

 

「ひゃあうっ!?」

 

「おわぁっ!?」

 

 ハルカが短い悲鳴を上げた。

 予想してなかった反応に反射的に腕を解いてハルカから離れようとし──体勢を崩してそのまま後ろに転げ落ちる。

 なんで!? 俺間違ってた!? いや、でもとにかく謝らなければ! 

 

「ごごごごめんハルカ! でも他に掴まれそうな場所なんて──!」

 

「ちっ、違うの! ちょっとくすぐったくて声が出ちゃっただけで……っていうか大丈夫!?」

 

「……青春だねー」

 

 アスナさんのそんな呟きは、騒ぎ声に掻き消されてよく聞こえなかった。

 

 

 * * *

 

 

 なんやかんやありながらも大空をフライト。

 二人乗りに不安はあったけど、どうやら“そらをとぶ"という技は風やらなんやらの影響を軽減する効果もあるらしく、多少風に吹かれた程度じゃ安定感は崩れなかった。

 何より風を切って空を飛ぶ感覚はとても心地よく、ホウエンの大地を見下ろしながら進む様はまるで自分が鳥ポケモンになったような気分だった。

 船旅と比べると揺れも少なく、十数分程度のフライトだったとはいえ山頂付近に到着しても酔いを感じる事はなかった。ここら辺はハルカやちるるの技量によるものなのかもしれないが、とにかく安全運転万歳。

 

 さて、マツブサが待っているのはここから少し歩いた火口付近らしい。特に疲れも無いのでそのままアスナを先頭に目的地に向かう事にした。

 そうしてしばらく歩いていると、角付きフードの赤い制服の下にこれまた赤い長袖のアンダースーツと、ふくらはぎ近くまであるブーツを着用した人間が男女問わずに幾人か見える。

 あんな特徴的な服装を忘れるわけがない。間違いなくマグマ団だ。

 思わず身構えてしまうが、すれ違うマグマ団たちは俺たちを見ても特に何をするわけでもなく何かの作業に戻っていく。そしてアスナもマグマ団に対して思うところは無いようだ。

 ゲームでの所業を知っているだけに、ここのギャップに思わず尋ねてしまう。

 

「あの……あれがマグマ団ですよね?」

 

「そうだよ。それがどうかしたの?」

 

「いや……ほっといていいのかなー、と」

 

「サボってるようには見えないし、仕事もしてると思うからいいんじゃない? それより早くマツブサさんに会わないとね」

 

 気にするような事じゃない、とアスナ。

 どうやらマグマ団はあの制服を着てても敵と認識されてないらしい。少なくともこの時点では本当に一般企業として扱われているようだ。

 だったら本来のユウキはどうやってこの事件に介入したんだろうか……考えられるとすればやっぱり隕石盗難事件がきっかけなんだろうけど、それはこの世界でも起こるものなのか。一般企業に扮しているなら強引な手段は選ばないような気がするんだけど……。

 大まかにはゲームのシナリオ通りに進んでるはずだ。だけどゲームとリアルの違いってだけじゃなく根本的に何かがズレている気がする。

 そうだとするなら俺の知識がどこまで役に立つのか。どこかで致命的なズレが発生するんじゃないか。そうなった時、俺は対処出来るんだろうか。

 

 ……いいや。

 

 今それを考えたところで何も変わらない。それよりはまず、すぐ先で起こる事にどう対処するか考えた方がよっぽど建設的だ。

 辿り着いた先、一人の男が火口を向いて立っていた。

 

「お待たせしました、マツブサさん」

 

 アスナに名前を呼ばれ、その男がこちらに振り向く。

 さっき出会った連中と似たような赤い服装に上着を羽織り、独特な形状の眼鏡を掛けた研究者然とした出で立ちの七三分けの中年男性。

 

「……来たか、ジムリーダーよ。そして貴様たちが(くだん)の子どもだな」

 

 ポケモンの理想郷を追い求めるアクア団とは対極に、人類の発展こそを至上に考えるマグマ団のリーダー──マツブサが眼鏡の奥に光る冷たい双眸で俺たちを見つめていた。

 

*1
名前の由来はchord(コード)(和音の意)。ちなみにクレッフィの方はclef(クレフ)(音部記号の意)。

*2
地方により規定は様々だが、ホウエンの場合はフェザーバッジを含むバッジ四つ以上所持する事が条件。もしくは指定の試験をクリアする事でも解禁される。




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アスナ
【指令】
【ほのおのこころえ】
味方が使う『ほのお』タイプの技の威力が1.2倍になる。

【フルバースト】(手加減版)
威力120かつ残りPPが5以上の技を使う時、その技の残りPPを全て消費して威力を2倍にする。この効果は一体に一度までしか使えず、使ったポケモンは最大HPの1/3を失う。
使用場面はカット。

コータス(ジム戦用の別個体)
【裏特性】
【もえるけいてき】
場に出たターン中に自分の『とくこう』が下がらない。この効果は『ほのお』技を使う度に1ターン延長される。

【技能】
【しょうきゃく】
威力120以上の『ほのお』技を使った時、相手の“リフレクター"や“ひかりのかべ"、“オーロラベール"を貫通して破壊する。

【さいねん】
技のPPが切れた時、そのバトル中一度だけその技のPPを全回復する。

ちなみに他に使ったのはマグカルゴとバクーダだけど割愛。


ペラップ(コード)
【裏特性】
【かぎえらび】
持ち物が【クレッフィ】の時、クレッフィの覚えている技を自分の技として使う。

書いたの結構前なので再掲。ようやく名前を貰えた。


Q.テッセンさんよりヌルくない?
A.経験の差。あとあのジジイは途中で難易度を+1.5段階くらい上げてた。壁貫通無限オバヒ編は普通に脅威です。


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もう一つの赤い組織は怖い(?)おじさんが仕切っている

「先に名乗っておこう。我が名はマツブサ。人類の更なる発展と進化を叶える為の組織、マグマコーポレーションの長を務める者だ」

 

「……ユウキです」

 

「ハルカです」

 

 向こうに合わせて俺たちも名乗る。その間もマツブサはずっとこちらを値踏みするように鋭く睨みつけていた。

 対峙してみてわかったが結構なプレッシャーだ。出会った状況が違うと言えばそれまでだが、アオギリの時には感じられなかった圧力をこの男は放っている。流石は組織の長といったところだろう。

 

「あの、あたしたちを呼んだのってあなたですよね? 何か用ですか?」

 

 しかしそんなプレッシャーの中でもハルカは全く動じた様子がなく、直球でマツブサに疑問を投げかけていた。流石ですハルカさん。

 そんな遠慮の無いハルカの言葉を受けたマツブサは、不愉快そうに眉根を顰める。

 

「……フン、有りもしないデマをどこぞの輩に吹き込まれた哀れな子どもがいると、そこのジムリーダーに聞いたものでな。私が直々に正してやろうと思ったまでだ」

 

「デマ?」

 

「我々の活動についてだ。大方自然破壊活動をしているとでも吹聴されたのだろう?」

 

 そこまで直接的な事を言われたわけではないが、どうせそんな感じだろうと頷いておく。

 するとマツブサはやはりか、と呟いて話を続けた。

 

「そこのジムリーダーには既に話しているが、それは全くの間違いだ。一ミリたりとも無いとは言わんが周囲への影響は極軽微に留まる。それらを計算した資料も渡しているはずだ」

 

 その言葉にアスナの方を見る。頷いていた。

 

「尤も、資料を読んだところで子どもに理解出来る内容ではないだろうがな。だからここへ呼んだのだ。直接現場を見た上でジムリーダーの保証があれば、貴様らのような子どもであっても納得出来るだろう」

 

 なるほど。つまり話だけ聞いてもわからないだろうから、直接現場を見せてからジムリーダーのお墨付きを貰って黙らせようって腹か。まあ合理的だな。

 

「好きに見て回るがいい。貴様らもまた未来ある若人の一人。社会勉強の場を与えてやるのも大人の役目だ。だがその前にこれに着替えてもらう」

 

 そうして話し終えたマツブサが団員の一人に呼び掛けると、どこからか赤い物を持ってきて俺たちに手渡してきた。

 これは……マグマ団の制服か? 

 

「火口に近い場所なのでな。肌を出していると皮膚が焼けてしまう可能性がある。少々暑いかもしれんが安全の為だ、我慢してもらおう」

 

「えっ……」

 

 ……やっぱりこの人も悪人向いてないだろ。悪の組織のリーダーが安全に配慮するな。

 まあそういう事なら仕方ない。言われた通り着替えるとしよう。

 

「……ん? ハルカ、どうした?」

 

「……ううん、なんでもない……」

 

 手渡された制服を見たハルカが何故か微妙な顔をしている。何か変なものでも付いてたんだろうか。

 取り替えてもらうかと聞こうとしたが、そうする前にハルカたちは女団員に案内されて設営されたテントの一つに入ってしまった。

 少し気になるがこのまま待ってても仕方ないので俺も案内されたテントに入って着替えておく。

 そうして制服に腕を通すと、意外に風通しがいい事に気が付いた。

 さぞ暑苦しい思いをするだろうと思ってたからこれは嬉しい誤算だ。これなら暑さで倒れるなんて事にはならなさそうだ。

 着替えを終えて外に出ると、やはりこの手の準備は男の方が早いのかまだハルカたちの姿は見えなかったので、準備が終わるまで待っておくとする。

 

「やっ、お待たせ。思ったより暑くないね、この服」

 

 それから少しして、向こうの方からアスナがやってきた。

 アスナの格好と言えば腕と腹を出した上半身の露出が多いものであるが、マグマ団の制服はその逆で上半身の露出こそ皆無だが代わりに足の露出がある。

 ゲーム内じゃ絶対に拝めない姿だ。眼福である。この事だけはマグマ団に感謝してもいいかもしれない。

 

「似合ってますね」

 

「ありがとう。ユウキくんも中々似合ってるよ」

 

 お互いに制服姿を褒め合う。

 俺自身の見た目は正直どうでもいいけど褒められて悪い気はしない。

 

「ところでハルカは?」

 

「まだ少しかかるんじゃないかな。なんかあの子、すごい顔でこの服見てたんだよね」

 

「そうですか」

 

 一体どうしたんだろうか。さっきも変な顔になってたし、まさかハルカの制服だけ変なデザインだったとか? もしくはサイズが合ってなかったり? 

 でもそれならアスナが放っておかないよな……うーん? 

 

「あ、来た。おーい!」

 

 なんて考えてる間にハルカの姿が見えたらしい。

 さて、どんな感じなのかなと振り向いてみれば。

 

「……お待たせ」

 

「お、おう……なんか不満そうだな」

 

 ちゃんとあの服は着ているが、仏頂面のハルカがそこにいた。な、なんで……? 

 

「こんなの着るつもりなんかなかったのに……」

 

 どうやらマグマ団の制服がお気に召さないらしい。

 あんまり服装で文句を言うイメージは無かったから意外だ。何かこだわりでもあるんだろうか。そこはハルカも女の子という事か。

 

「そうか……でも似合ってるぞ?」

 

「……嬉しいから困る……」

 

 ご機嫌取り、というわけじゃないけど服装を褒めてみれば、何か言いながらフードを被ってそっぽを向いてしまった。自分の好みじゃない服装を褒められてもって感じかな。

 でも俺から見たハルカの姿は実際とても可愛い。ハルカのイメージカラーが赤という事もあるからか、マグマ団の制服もかなり相性がいいように見える。

 こっちもゲームじゃ見る事が無い服装なのでとても新鮮だ。

 

「着替え終わったようだな」

 

「あ、マツブサさん」

 

 そんな会話をしているといつの間にかマツブサが団員を一人連れて近くまで来ており、俺たちの姿を一瞥した。

 

「ふむ、悪くない。もし貴様らが将来我がマグマコーポレーションに入社を希望するなら歓迎しよう。そちらの者は特にな」

 

 そうしてちらりとハルカの方に視線を向け、ハルカはそれから逃れるように俺の後ろに隠れた。

 奇しくもアオギリの時と似たような状況である。まあアオギリも知ってたんだしそれならマツブサだって気付いてるわな。

 さておき、気になる事が一つ。

 

「あの、マツブサさん」

 

「なんだ」

 

「さっきこの服は体を守る為って言ってましたけど、女性用の制服が足が出てるのはいいんですか?」

 

「………………」

 

 実はマグマ団のこの制服、男性用はハーフパンツの下に更に肌を隠すように長ズボンを着用するのだが、女性用のものは長ズボンどころかクォーターパンツ一枚なのでさっき見た通り思いっきり露出してしまっているのだ。

 これでは体を守る役割を果たせないのではないだろうか。その事を指摘するとマツブサは押し黙ってしまった。

 沈黙の時間が流れ、数秒経ってからようやくマツブサが眼鏡を上げながら口を開く。

 

「……初めは同じデザインだったのだが、どうも女性社員からの評判が芳しくなくてな。幹部の一人が制服を改造していた事もあって声を抑え切れず、デザインの変更を余儀なくされた」

 

「ああ……そうですか……」

 

 そう語るマツブサからはどこか哀愁が漂っていた。

 制服改造してる幹部っていったら、多分カガリの事かな。この人身内にクソ甘いからな。カガリの事も強く言えなかったんだろう。

 それで幹部とはいえそれが許されるなら自分たちもと、他の女性団員が押し切った感じか。女性のお洒落への執念、恐るべし。

 組織のリーダーも大変なんだなと憐憫の目を向けていると、マツブサがわざとらしい咳払いをして話題を変えた。

 

「それより、準備が出来たのなら早く行くがいい。この者を案内に付ける」

 

「よろしくね〜」

 

 言いながらマツブサの隣にいた団員がひらひらと手を振る。声色的に女性のようだがフードを目深に被っているせいで顔がよく見えない。

 

「火口付近には不用意に近付かぬ事だ。焼け死にたいと言うのならば止めはせぬがな。それとジムリーダー、例の件だが──」

 

「わかってます。見回りが一通り終わったら、ですよね?」

 

「ウム。詳しい話は戻ってきてからにしよう。では頼んだぞ」

 

 アスナといくらか言葉を交わしてマツブサが去っていく。どうやらアスナ個人にも用事があるらしい。

 

「さて、それじゃ行きますかね。ではではえんとつ山ツアーにごあんなーい!」

 

 そして目の前の女性団員はやけにテンションが高い。

 なんだろうこの感じ。ちょっとついていけそうにない。

 

「行こっか、ユウキくん」

 

「ん、おお、そうだな」

 

 まあ一旦それはいいか。とりあえず今はマツブサの言う通り調査をしていこう。

 

 

 * * *

 

 

 調査開始から二時間と少し。残念ながらアスナの目から見ても特に怪しい動きや物は見つからなかったらしい。

 強いて言うならやはり例のあの装置なのだが、あれは設置場所が火口の真上という危険極まりない場所なので近寄らせてもらえず。

 これでマグマ団が隕石を手に入れてしまうと人工的にべにいろのたまを完成させてしまいかねないので出来れば妨害……なんならぶっ壊しておきたいところだけど、表面上真っ当な企業の使う機械に手を出したら損害賠償がいくらかかるかわかったもんじゃないしとりあえず保留。

 にしても、少しでも怪しい点があればそこから追求して尻尾を掴めたかもしれないのに予想以上に周到に潜伏している。

 ハルカが心配してた環境への影響も本当に無いみたいだし、これだとこちら側から打てる手がほとんど無い。

 かと言ってこれ以上探しても得られるものは何も無さそうなので調査を終了しマツブサのところへ戻る途中──なのだが。

 

「ねえねえ、キミ去年のホウエンリーグ優勝者だよね。確かハルカだっけ? 凄いよねぇ。誰か師匠はいたの? それとも独学? 何か特別な特訓でもしてたの?」

 

「え、えっと……」

 

 ハルカがあの団員から怒涛の質問攻めにあっていた。

 この団員にとっては退屈凌ぎに過ぎないのだろうが、これはこれでこの量の質問を捌かなくてはならないので困った問題だ。救いなのはこっちに矢が向いてない事だろう。

 

「と、特別な事は何も……ただ強くなろうと思って……」

 

「へえ、そこまでして強くなりたい理由でもあったの? それとも叶えたい夢があった? あ、もしかして現チャンピオンに会う為だったとか? わかるよ、イケメンだもんね。わたしは趣味じゃないけど」

 

「……ゆ、ユウキく〜ん……」

 

 矢継ぎ早に放たれる質問の数々にタジタジになったハルカがついに助けを求めてきた。前から思ってたけどハルカって押しに弱いところあるよな……。

 まあだからと言って俺もアレを相手にしたくないので目を逸らすんだけど。

 

「そう、キミも気になってたんだよ!」

 

「!?」

 

 しかし団員は効果音が聞こえそうなほど力強く俺を指差し、凄い勢いで距離を詰めてきた。最悪だ。タゲがこっちに向いた。

 アスナは……ダメだ、ロックオンされないように気配を消してやがる。

 

「去年破竹の勢いで勝ち進みリーグ優勝を飾った子がわざわざ近くに置く人間なんて気になるに決まってるよね! ねえキミ、名前は? その子とどういう関係? やっぱりバトルの師匠なのかな?」

 

「ええっと……ゆ、ユウキです……。どういう関係って言われても……」

 

 後ずさりながらなんとか答えるが、改めて問われると俺とハルカはどういう関係と言うのが正解なんだろうか。

 友だち……なのはそうなんだろうけど、バトルの師匠もそうだし、トレーナーとしての先輩でもある。

 でもいちいちそれを全部言うのも変だし、どうもしっくりくる表現が浮かばない。さて、どうしたものか。

 

「ふーん、言い淀むような関係か。そりゃまたお盛んな事で」

 

 いけない。何か下世話な勘違いをされた気がする。

 

「いや別にただの友だあぁぁっ!?」

 

 誤解を解こうと言葉を発した瞬間、団員が肩を組もうとし──思った以上に相手の力が強くヘッドロックのような形になった。

 しかも幸か不幸かその胸部は中々に豊かなもので、自然と顔が胸に当たる。何!? どういう状況!? 

 

「いやー、いいねえ青春だねぇ! わたしなんて小さい頃から修行修行の毎日でそんな暇無かったよ! 羨ましいねーコノコノ!」

 

「ちょっ……! あ、当たってる! 当たってるから!」

 

「んー? ああ、このくらい気にしないよ。でも少年はお姉さんの魅力にメロメロかなー?」

 

「違っ……! とにかく離れてくれ!」

 

「またまたー、嬉しい癖に──」

 

 ヒュン、と風切り音が頭上で聞こえた。同時に俺を抑える力が少し緩む。

 

「すみません。手が滑りました」

 

 聞こえてくるのは無機質な声。

 ヤバい。顔を上げるのが怖い。

 

「……あ、あははー……それはちょーっとシャレになってないかなーって……」

 

「火山の石って滑りやすいんですね。転んで怪我しないようにしないと」

 

「いやいや、どう見ても思いっきり投げつけて──ゴメンゴメン調子に乗った! だから次弾を装填するのはやめて!」

 

 慌てて団員が俺を解放する。

 少しつんのめりながら体勢を整え恐る恐るハルカの方を見ると、深淵を思わせるような昏い瞳で、当たりどころが悪ければ普通に死ねる大きさの石を持っていた。さ、さっきのヒュンってアレ……? 

 

「……た、助かりました、ハルカさん……」

 

「うん。気を付けてね?」

 

 ニコッと笑うハルカ。ただし目は全く笑っていない。

 これ以上なくマグマ団衣装がマッチした瞬間だった。

 

「危ない危ない……こんなところで殺されるなんて冗談じゃないよ全く……。それにしても随分と大事にされてるね、キミ。案外友だち以上の関係ってのは当たってるのかもね」

 

 今その言葉に素直に頷くのは非常に難しい。

 

「ま、面白いものも見れたしとりあえず満足かな。それじゃ今度こそ戻ろっか!」

 

 そうして笑顔で再び先頭を歩く案内役。

 さっきの経験を経てなおあの調子である。立場的には下っ端でも中身は案外大物かもしれない。

 

「……あたしあの人嫌い」

 

 隣で呟くハルカを見て、こいつは怒らせない方がいいと思った。

 

「……お、お疲れ様……?」

 

 あとアスナは助けろよ。危うく死人が出るところだったぞ。




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ハルカのマグマ団服はピク〇ブ地方で見かけたのをイメージしました。


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議論は結局パッションが強い方が勝つ

前話もそうですが脳内でアクア団/マグマ団リーダー登場のテーマを流しておくと臨場感が出るかもしれない。


「それで、何か問題はあったかね?」

 

「いいえ、あたしが確認した限りだと特には。やっぱり勘違いか何かだったんですかね?」

 

「フン、我々の信用の失墜でも狙ったのだろう。奴の考えそうな事だ。だがこれでわかっただろう。我々の活動に怪しい点など一片たりとも存在していないと」

 

 休憩の時間を取るとの事で、俺たちも一緒にテントの中に入らせてもらうと、それぞれ用意した昼食を食べながらマツブサとアスナがそんな話を始めた。

 その傍らではあの女団員が支給された弁当をフードも取らずに猛烈な勢いで貪っている。よく食うなこの人。

 

「それにしても、本当にマグマ団とアクア団って仲が悪かったんですね。片方は人間、片方はポケモンだけどそれらが安心して暮らせる社会をって掲げてる目標は似てるのに」

 

「……そのマグマ団という呼び名はやめてもらおう。僅か○・一パーセントでも奴らと同じにされるのは不愉快なのでな」

 

「ああっ! ごめんなさい!」

 

 箸を止めて言ったマツブサのセリフでテント内に緊張が走り、アスナが慌てて謝る。

 マグマ団って呼ばれるの嫌だったのか……てっきり親しみやすさを持たせる愛称みたいなもんだと思ってたけど……。

 

「全く……どこの誰が呼び始めたかはわからぬが迷惑な話だ。目先のポケモンのみを救い自己満足に浸る奴らと、人類という巨大な規模で進化と発展を見据えた我々とではスケールが違う。奴らの語る理想など高が知れるものだ」

 

 そう語るマツブサの口調はどこか刺々しい。

 いや、元々そういう人ではあるんだけど、なんかこう、感情がこもってるように感じるというか……。

 

「我々が人類の未来を作る。そうすれば奴とて認めざるを得ないだろう。何が人類の……ひいては全ての生命にとっての未来永劫の幸せに繋がる道なのかをな」

 

「……マツブサさん?」

 

 アスナが心配したように呼びかけるがマツブサは何も答えない。

 ゲームでもそうだったけど、マツブサとアオギリの間には確執が存在する。

 かつて二人は同じチームに所属していたが、何かが起こって袂を分かったというものだ。

 それが何なのか実際に語られる事はなかったが、今の言葉にはその想いが込められていたのだろう。

 誰も何を言えばいいのかわからなくなり沈黙が場を支配する、そんな暗い雰囲気の中。

 

ふぁふがでふ(流石です)ひゃひょー(社長)!」

 

 空気を読んでいないのか──あるいはわざとなのか、食に執心だった女団員が場に似合わぬ陽気さで突然マツブサを持ち上げるような発言をした。

 瞬間、テント内を満たしていた重苦しい空気が霧散する。

 

「……口に物を入れたまま喋るな」

 

ふみまふぇん(すみません)ひゃひょー(社長)!」

 

 全く悪びれた様子も無く二つ目の弁当に手を伸ばす女団員。

 ……せっかくシリアスな話してたのに台無しだ。まああの空気のまま進行するよりは精神的に楽だけども。

 

「まあいい、そんな事より次の話だ。ジムリーダー」

 

「あっ、はい!」

 

 水を向けられたアスナがぴしっと佇まいを直す。

 

「ここから少し降りたところ……七合目辺りか。そこの山道から外れたところでこんなものを見つけてな」

 

 言いながら対面に座るマツブサが懐から写真を取り出してアスナに手渡した。

 俺たちもそれを横から覗き込んでみると、写っていたのはただの岩肌のようだった。

 

「あの、これが何か?」

 

「封印だ」

 

「封印?」

 

 気になるワードを交えてマツブサは続ける。

 

「一見するとただの岩肌だが、どうやらこの奥には洞窟のような空間が広がっているようでな。調査したいのだが、そこはポケモンの技でも傷一つ付かぬ程に強固な封印で閉ざされているのだ。ジムリーダーよ、何か心当たりは無いか?」

 

 問われたアスナはしばらく何かを考えてから。

 

「……すみません、ちょっとわからないです。こんなものがえんとつ山にあったなんて……」

 

「……そうか。残念だ」

 

 どうやらアスナも知らなかった事のようだ。

 ……けど、これってもしかして……?

 

「仕方あるまい。ならば更に強力な力を以てこじ開ける他に無いな」

 

「!? ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 強引な手段を取ろうとしたところに待ったをかける。

 俺の考えが正しいならこの封印は解かせたらダメだ! 

 

「どうした、少年よ」

 

 マツブサの目がすうっと細められ、静かな威圧感が発せられる。

 そのプレッシャーに怯みそうになるところをぐっと堪えて、俺は口を動かし続けた。

 

「そんな、封印されてるものを無理やり解こうなんてよくないんじゃないですか? 危険だから封印されてるのかもですし」

 

 この封印が見つかったという場所はここから少し降りたところだとマツブサは言った。それはエメラルドでいうマグマ団のアジトと同位置ではないだろうか。

 そうだとするとそこにある洞窟とやらはグラードンへ繋がるあの洞窟という事になる。

 何せORASでもカイオーガが眠っていた海底洞窟は封印されていたのだ。同じようにグラードンへの道も封印されてたっておかしくない。

 

「フム、一理ある。だが危険を恐れていては発展など有り得ん。新たな発見の為には誰かがそこへ踏み込まねばならぬ。だから我々がそれを行おうと言うのだ」

 

「それは……けど、ポケモンの技より強力な力をぶつけるなんて強引な手段取ったら、それこそ周囲に被害が出るかもじゃないですか。岩が崩れてきたり、マグマが噴き出してくる可能性だってある!」

 

「無論、最大限に配慮した上で封印を破るつもりだ。だが多少の被害はこの際仕方ないだろう。何かを得ようとするのであれば犠牲は付き物だ」

 

 俺の反論にもマツブサは頑として意見を変えない。そりゃお前らのお目当てが目の前に転がってんだからそうだよな……! 

 

「それに貴様も旅をしているのならわかるであろう。未知を知る事こそが人生の喜び。そして今まさに我々の目の前には未知が広がっているのだ。それを止める権利が貴様にあるのか?」

 

 ……ぐぅの音も出ない。

 確かに俺にはマグマ団を止める権利なんてものは無い。マツブサの言う事も尤もだ。

 人類の発展大いに結構。未知でも既知でも勝手に飛び込んでくれ。

 けど、それでもグラードンが絡んでるなら話は変わるんだよ……! 

 何か、何か無いか……! 止められなくても、せめて明確に遅らせられれば……! 

 

「──あたしもユウキくんに賛成です」

 

 必死に考えを巡らせていると、隣のハルカが口を開いた。

 

「……貴様もか、ホウエンの舞姫よ。ならば問おう。どんな理由があって我々を阻む」

 

 マツブサが鋭くハルカを睨んだ。

 それでもハルカは臆する事無く、真っ直ぐにマツブサの方を見て言葉を紡いでいく。

 

「さっきユウキくんが言ってた通りです。もしかしたら危険だから封印されてるのかもしれないって」

 

「フン、危険危険とそればかりだ。もしもばかりを考えていてはいつまでも前に進めぬだろう。本当に危険があるとして、蓋を開けねば知る事すら出来ぬ」

 

 そもそも、とマツブサが続けて。

 

「何を以て危険だと言っている。我々とて万全を期して調査に望むつもりだ。それでも対処出来ない問題が起こるとでも言うのか。そうだと言うのならその根拠はなんだ」

 

 論理的なマツブサらしい正当な主張。

 それに対して、ハルカは一言で告げた。

 

「──勘です」

 

「……バカげている」

 

 そこで両者の会話が終わる。流石のマツブサでもあの発言に反論する気は失せたようだ。

 それも当然だろう。少なくとも最初の方はお互いにちゃんとした理由を付けて議論していたのに、最後の最後で勘などという合理性から最もかけ離れた単語が飛び出たのだから。

 それでもハルカの一言には妙な説得力があった。

 強者故の先見の明とでも言おうか。とにかく無視出来ない何かがある。その点についてはマツブサも同じ考えのようで、反論こそしないものの切って捨てるつもりも無いようだった。

 

「……貴様はどう思う、ジムリーダーよ」

 

「はえっ!?」

 

 再び話を振られたアスナが素っ頓狂な声を上げる。どうやら気を抜いていたらしい。

 まあ途中から置いてかれてたもんな……。

 

「封印の話だ。ここはえんとつ山を管理しているフエンのジムリーダーの意見が優先されるべきだろう」

 

「あ、あたしが決めるんですか!?」

 

 そして突如決定権を委ねられて更に困惑するアスナ。俺がその状況なら泣くかもしれない。

 

「ええと……だ、だったら強引に封印を解くのは方法をもう少し調べてからにして、もし解けたらあたしも調査に連れてってもらう、って事で……どうですか……?」

 

「……妥当だな。よかろう」

 

 意見が受け入れられ、心底安堵したようにアスナが息を吐いた。

 咄嗟に出たにしては中々いいアイデアだ。ここら辺の判断力は流石ジムリーダーに選ばれるだけの事はある。

 もしかしたらさっきの話し合いの間にもアスナなりに色々考えてたのかもしれないけど。

 

「では期限について話し合いたい。時間はあるか?」

 

「あ、はい、大丈夫です! じゃあユウキくん、ハルカちゃん、ちょっと行ってくるね」

 

 言いながら二人は立ち上がってテントを出て行った。

 ……どうやら落ち着くところに落ち着いたようだ。期限にもよるけどこれですぐにグラードン復活、なんて事にはならないだろう。

 ひとまず山場は超えたって感じかな。……えんとつ山だけに。

 ……うん、しょうもない事考えられるくらいには余裕が出てきた。どうもさっきみたいな張り詰めた空気は苦手だ。

 

「ふぅ……あー怖かった……」

 

 息を吐いてその場に座り込む。

 ゲームじゃわかりにくかったけどちゃんと風格のある人だった。どんな形であれ人の上に立ってるんだからそりゃそうなんだろうけどな。

 

「あはは、悪かったね。あの人ああいう言い方しか出来なくてさ」

 

 そうやって緊張を解いて身体をだらけさせていると、あの女団員が声をかけてきた。

 

「ま、あんま悪く思わないでやってよ。あの人はあの人なりに理想を叶えようとしてるだけだからさ。にしてもさっきの啖呵は見事だったよ。キミにも何か理想があったりするのかな?」

 

 カラカラと朗らかに、しかしどこか試すような口振りだった。

 けれどそんな事を問われても理想と呼べる程大層なものは持ち合わせちゃいない。俺がこの世界に望む事なんて一つだけだ。

 

「……俺はただ、何事も無く世界が平和であってほしいだけですよ」

 

 人もポケモンも命の危機に晒されない世界。グラードンとカイオーガが目覚めなければ達成される世界だ。

 それを成す為に俺はここにいる。

 

「──いいねぇ世界平和! グッドだよ、グッと来たよ! やっぱりキミは面白いね!」

 

「おわっ!?」

 

 そして質問に答えてみれば、女団員はいきなりずいと目の前まで顔を近付けてきた。

 その拍子にフードに隠れた顔が少し見える。

 

「いやいや、何を隠そうこのわたしも世界平和の為に戦っている身でね。なんてシンクロニシティ! これはもう運命──ハッ!?」

 

 瞬間、隣から放たれるドス黒い気配に女団員が距離を取った。

 今ハルカはどんな顔をしてるんだろうか。

 

「や、やだなー、ちょっとした冗談なのに。……ま、世界の為に戦ってるってのはホントだけど」

 

「どうでもいいのでユウキくんに近付かないでくれませんか?」

 

「おお怖い怖い。それじゃわたしはこの辺でドロンしますよっと。そいじゃ」

 

 最後に通算三つ目の弁当を平らげ、そう言い残してそそくさとテントを出て行く女団員を見送る。

 ……いや、というかなんとなく感じてたけどさっきのセリフと少し見えた顔……もしかしなくてもアイツか? 

 ならアイツが案内役やってたのも偶然じゃなく、俺たちに接触する為だったかもしれない。

 ……今のでどれくらい情報抜かれたんだろうか。そこまで致命的な事は言ってないはずだけど……。

 

「……ユウキくん、いつまでそっち見てるの」

 

 思考を巡らせていると、不満そうな声と袖を引かれた感触で現実に引き戻された。

 一旦考えるのをやめてそちらを見れば、ハルカが頬を膨らませていた。

 

「……やっぱりユウキくんって女の人なら誰でもいいんだ」

 

「いや、別にそういうので見てたわけじゃ……待て、やっぱりってなんだ」

 

 俺はハルカにどういう印象を抱かれているんだ。

 

「前はルチアちゃんにデレデレしてたし、今回もあの人に抱き着かれて嬉しそうだったもん。どうせアスナさんもそういう目で見てるんでしょ」

 

「誤解だ! つーか前二つは事故だっただろ!? あとデレデレも嬉しそうにもしてねぇ!」

 

「誤魔化さなくてもいいよ。別に言ってくれればあたしだって……」

 

「違うっつってんだろ!」

 

 そもそもあのヘッドロックを抱き着かれたなどという優しい表現で済まさないでほしい。……役得だったのは否定しないけど。

 

「……そんな事より、さっきはびっくりしたよ。まさかユウキくんがマツブサさんと言い合うなんて思ってなかったから」

 

「そんな事って、俺にとっては尊厳がかかった問題なんだが……ああもう後でいいか。それなぁ……」

 

 頭を掻きながらさっきの口論を思い返す。

 あそこで止めてなきゃそのままグラードンへの道が直通で開かれる事になるからなぁ……。

 

「……まあ、変に山を刺激して山崩れとか噴火とか起きたら大変だしな。それに考え直してくれたのは結局ハルカの口添えがあったからだし」

 

 俺一人の言葉ではマツブサの強行を止める事は出来なかっただろう。やっぱりこの世界の平和を守る鍵はハルカにある。

 

「ううん、ユウキくんが言わなきゃどっちにしてもあたしが言ってたよ。山崩れとかもそうだけど、あの封印は解いちゃダメな気がしたし」

 

「さっき言ってた勘ってやつか?」

 

「うん。マツブサさんは蓋を開けてみないとわからないって言ってたけど、開けた時にはもう手遅れって事もあるから」

 

「そうだな……」

 

 確かに蓋が開けばそのままバッドエンド一直線だ。覆水盆に返らずという言葉もあるし、その意味だとハルカの勘は正鵠を射ていると言える。

 確かダイゴさんもその手の勘に優れてたし、ハルカもそれに準ずる者なのだろう。

 けど……なんだろう、この違和感は。

 

「……なあ、ハルカ」

 

 ほとんど無意識にハルカの名を呼ぶ。

 

「ん? 何?」

 

 けれどその顔を見て、俺は何を言えばいいのかわからなくなった。

 不思議そうに首を傾げるハルカに、何も言わないのもおかしいと思い次の言葉を模索する。

 果たして、高速回転した俺の脳が一つの答えを弾き出した。

 

「あー……そう、さっきマツブサが言ってたホウエンの舞姫って──」

 

 その名を口にした瞬間、ハルカの頬がほんのりと赤く染まった。

 

「あ、あはは……そんな呼ばれ方もあったなぁ……似合わないでしょ?」

 

「いや、むしろぴったりだろ。ハルカらしいと思う」

 

 アニポケ的な意味で。でもこっちだとコンテストじゃなくてバトル方面で有名になった結果付いた渾名かな。

 くるくると舞うような足技で戦うバシャーモを操る姫。ハルカのイメージ通りだ。

 

「……そんなのじゃないんだけどな……」

 

 ぼそぼそと呟いてハルカは俯いてしまう。

 しまった。どうやらハルカ的にはあまり触れてほしくない部分らしい。まあ渾名ってちょっと恥ずかしいしな……変にイジるのもよくないか。

 しかし今日だけでもハルカの新しい表情が色々見えたな。それ自体は喜ばしい事だ。

 ……まあ、一部あんまりよくない一面も見た気がするがそれは置いておく。

 とにかくグラードン復活に関しては明確に猶予が出来たんだ。それは大きな前進と言えるだろう。今日はそれで満足だ。

 そう思いながら、俺は小さく残った違和感を飲み込んだ。




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ようやく色々動き始めましたねぇ。


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そろそろ本気で育成を考える時期

 えんとつ山から下山し、旅館に戻って今日の事を色々考える。

 あれからアスナにどれくらいの猶予が貰えたのかを聞いてみたところ、どうやら期間は一ヶ月程度との事だった。

 長いような短いような、なんとも言えない期間だが落とし所としては妥当だろう。ともあれこれでしばらくの間はこっちの心配をしなくて済む。

 

 というのも、この期間中に封印解除の方法が見つかる可能性はほぼ無いと思っているからだ。

 

 あの封印が海底洞窟にあったものと同じものだとするなら、その力の源は伝説のポケモン──ゲームの描写から推測するとおそらくレックウザ──のものという事になる。

 となるとこれを解除するならレックウザ自身に封印を解いてもらうというのが真っ先に思いつく手段ではあるが、そのレックウザに会う手段をマグマ団は持ち得ていない。故にこの方法は不可能だと言える。

 もしくはあの二つの玉があればその封印を破る事も出来るのかもしれないが、現状マグマ団にはその所在が判明していないはずだし、判明したとしてもあの老夫婦が渡すとは思えない。だからこれも大丈夫だろう。

 他にあるとするならヒガナが何かしらの情報を持っている場合だが、これに関してもそこまで問題は無いように思う。

 何かしなくとも一ヶ月後には封印解除に動くのだから、ここで出処不明の情報を出して身バレのリスクを負う必要も無い。それならこの空いた期間を利用して玉の在り処を探す時間に充てた方がいいはずだ。

 ついでに言うならヒガナが潜入してるのがマグマ団の方だけって事も無いだろうし、この期間内は活動拠点を移してアクア団として働く可能性も考えられる。

 以上の理由から、少なくともこの一ヶ月間に大きなアクションは起こらないと判断した。

 

 というわけで、今後の展開を考えた上で次の行動を決めようと思う。

 まずはどう動くにせよ“そらをとぶ"を使用可能にしたい。これがあると無いとでは行動範囲も移動時間も大きく変わる。なんなら最優先事項と言ってもいい。

 だが“そらをとぶ"を自由に使えるようになるにはヒワマキジムのバッジが必要で、取得には当然ジム戦で勝たなければならない*1

 

 ではどうするか。

 そう、育成である。

 

 いい機会なのでここで本格的な育成に力を入れたい。

 今までの育成といえば単にレベルを上げる事だったが、そこからもう一歩先に踏み込む。

 具体的には技能習得に手を付けたいのだ。ここから先の戦いに必要になってくるものだから。

 という事をハルカに話してみたところ、

 

「うん、いいと思うよ。ここから先はジムもかなり厳しくなってくるしね」

 

 そんな答えが返ってきた。ちなみに服装は既にいつもの赤いノースリーブと白のショートパンツという大変健康的なものに戻っている。

 山を降りると決まった瞬間にハルカが秒速で着替えに走ったという一幕もあったがそれはさておき。

 現在俺の取得バッジ数は四つ。つまり丁度折り返し地点という事になる。

 

 そしてここから先のジム戦は今までの比じゃないレベルでジム戦の難易度が跳ね上がる。

 

 というのも、実はバッジ四つというのはある程度トレーナーとしての能力があれば誰でも取得可能な数なのだ。そしてこれは“なみのり"や“そらをとぶ"といったポケモンを使った移動手段が解禁されるラインでもある*2

 トレーナーとはその多くが旅をするものであり、ポケモンジムはそんなトレーナーを育成する機関という側面も持つ。だからこの辺まではトレーナーの成長を促す為の()()()()()をしてくれるのだが、この先はそうじゃない。

 バッジ四つでトレーナーに必要な能力が備わったとされるなら、それ以降は支援の必要性が無くなる。つまり立場の違いはあれどトレーナーとしては対等に見られるようになるわけだ。

 

 要するに相手が全力でふるい落としにかかってくるようになる。

 

 もちろん挑戦者のバッジ数に応じた制限はあるものの、その制限内の全てを駆使して負かしに来るのだ。

 前半のジムで基礎は教わったのだからそれ以降は自分で勉強しろという事だろう。当然と言えば当然である。

 まあそんな理由もあっての手持ち強化だ。どちらかと言えばジム戦がどうこうというより対アクア団マグマ団がメインではあるけど、それを正直に話す必要も無いのでジム戦想定という体にしておく。

 

「技能はジュカイン(カイン)くんのだよね? もう何か考えてるんだっけ」

 

「ああ。“リーフブレード"をメインに強化したいと思ってる」

 

 少し前にポケモンセンターでも話したが、俺が考えていた技能の構想がこれだ。

 技能というのは技のようにレベルを上げれば自然に習得するようなものではなく、明確な意図を持って訓練する事で初めて使えるようになる()()だ。

 例えば体重移動を意識して一撃の威力を上げたり、はたまた素早く身体を動かして連撃にしたり、あるいは狙いを定めて急所率を高めたりといったものが技能に当たる。

 こうやって例を挙げてみれば何も特別な事をしてるわけじゃないのがわかるだろう。ただ技を使うだけじゃなくて、細かい部分を意識して更に効力を高めたのが技能と呼ばれるものの正体だ。

 だからこそ技能習得には明確なイメージが不可欠になる。どういう技能を習得させたいか、その為にはどんな訓練や環境が必要なのか。それらをトレーナーが考え、ポケモンと共有し、根気強く付き合っていかなければならない。

 それで俺の場合は“リーフブレード"関連が一番イメージしやすかったという話だ。他にも理由はあるけど。

 

「“リーフブレード"か。一応ジュカインは特殊攻撃の方が得意って言われてるけど、それでいいの?」

 

 ハルカが確認するように問うてくる。

 確かにジュカインは種族値の上では『こうげき』より『とくこう』の方が高く、それで言うなら特殊方面を伸ばした方が効率が良さそうに思える。

 が、現実はそうじゃない。

 

「カインにも聞いてみたけど、あいつ近接戦の方が好きみたいでな。それならそっち方面で考えた方が伸びると思ったんだ」

 

 種族として『とくこう』が高くとも、イコール特殊方面を鍛えるのが最適解とは限らないのがこの世界だ。

 わかりやすく言えば性格の話である。ここで言う性格は能力補正云々ではなく言葉通りの意味だが、カインは遠くから攻撃するより自ら直接斬り掛かる方が好きなタイプだった。

 もちろん“エナジーボール"や“リーフストーム"といった特殊技も相応に使えるが、明らかに“リーフブレード"で戦っている時の方が楽しそうというか、ノっているのだ。

 それにこれはメタ的な知識も入った推測ではあるが、おそらく“リーフブレード"という技を最も上手く扱えるのはジュカイン系列だと思っている。

 

 というのも、元々“リーフブレード"はジュカイン系列の専用技として登場したからだ。

 

 色々な事情で現在は種族値とは噛み合わなくなってしまったが、少なくとも登場時点ではジュカインのメインウェポンとしてこの技を作ったんだろうし、何よりジュカインはどの作品で登場してもほぼ必ず“リーフブレード"を使用可能だ。これはもう公式側が得意技として設定したと考えてもいいのではないだろうか。

 であれば無理に種族値上の戦いをやらせるより、カインの性格や戦い方に合った戦い方で伸ばした方が結果的に強くなるんじゃないかと思ったわけだ。これが種族値だけで技を語れないとした理由である。

 ……ちなみにあいつが近接好きになったのはバシャーモ(ちゃも)の存在も大いに関係していると思う。何せ一番多く戦ってる相手だからなぁ……。

 

「そっか。本人たちが納得してるならいいんだけど。それで具体的にどうしたいかとかはあるの?」

 

「とりあえずは“リーフブレード"を強化したいかな。こう、エネルギーを上乗せする感じで」

 

「なるほど。うん、シンプルでわかりやすいし初めての技能には丁度いいと思うよ」

 

 今回カインに習得を目指してもらうのは技威力が向上するタイプの技能だ。発動条件もわかりやすく、通常より多くのエネルギーを使って技を放つという至ってシンプルなもの。

 かといって習得が簡単かと言えばそうじゃないからわざわざ技能と呼ばれてるんだけど。この辺は完全にセンスの問題だからどうなるかはやってみなくちゃわからない。

 

「ひとまずカインにはひたすら“リーフブレード"を振り回してもらう事になるな。地味な時間になりそうだ」

 

「技能ってそんなもんだからね。どんなに派手な必殺技だって最初は地道な努力から始まるものだよ」

 

「ははっ、それもそうだ」

 

 どの分野でも言える事だけど、何かを成そうとするなら当然相応の時間と努力が必要になる。いきなりゴールになんて辿り着けないのだから、一歩一歩進んでいくしかないのだ。

 

「さて、それじゃカインくんはそれでいいとして、他の子も何かあるの?」

 

「……それが、正直に言うとカインほど明確なイメージは出来てない。特にこれがやりたいってのが無いんだよな……どれもピンと来ないというか……」

 

 オノンド(ファング)は進化させてから──直に進化すると思うけど──だからともかくとして、チルタリス(フォルテ)ペラッフィ(コード&クレフ)はどうしたものか中々思い付かない。

 ぼんやりとサポート系かなぁと考えてはいるが、じゃあその内容は? と聞かれると答えに窮してしまう。

 あとどっちも特殊個体なのが更に困る。

 方やバトルどころか生態としての常識も破壊したぺラップとクレッフィのユニゾンポケモン。方や本来『ひこう』であるはずが『でんき』タイプをその身に宿したチルタリス。こんなん普通に育成したらつまんねぇだろと。

 だから何か変わった事をやらせたいのだが、変に奇を(てら)ったような技能にしてもそれが強いかは別問題だし……。

 幸いどちらも音に関連するポケモンなのでそういう系統で考えたいとは思ってるけども。

 

「出来れば今の内に色々とやっておきたいんだよな……いっそお試しで教本からいくつか使えそうな技能の訓練してみようかとも思ったんだけど……」

 

「う〜ん……それはオススメしないかな……。変な癖が付いちゃう可能性もあるからね」

 

「やっぱそうだよなぁ……」

 

 ハルカの言う通り、技能の雑な習得はあまり推奨されない。

 技能の効果を考えればあればあるだけいい覚えさせ得の技術と思うかもしれないが、実のところはそうじゃない。

 技能はバトルで使うもので、それはつまり常に変動する状況で咄嗟に出せる技という事だ。

 そうなるには当然何度も何度も修練を重ねる必要がある。それこそ反射レベルで意識せずとも使えるように。

 そしてそこまで身に染み付いた技能は言わば癖のようなものと言ってもいい。

 

 これの何が問題になるのかと言うと、別の技能を覚える時に苦労する可能性が出てくるのだ。

 

 めちゃくちゃ極端な話をすると、ある程度成長した右利きの大人とまだ利き手の概念が無いまっさらな子どもが『今から左利きになってください』と言われた時にどちらが早く適応出来るかという事だ。

 こんな感じで適当に技能を覚えさせてしまうと、その後に『やっぱりこれがいい』と全く違う方向性の技能を覚えさせようとしても上手くいかなくなる場合がある。

 もちろん既に覚えている技能から応用して習得が早くなったりと必ずしもマイナスになるわけではないが、それでもこれで無闇矢鱈と技能を覚えさせるのが推奨されない理由はわかるというものだ。

 

「まあ思い付かないなら今は置いといていいんじゃないかな。それよりまずはカインくんの技能を完成させる事を考えようよ」

 

「そうか……そうだな」

 

 のんびりしてられるような状況でもないが、だからと言って焦れば結果が出るわけでもないのは事実。

 それならまずは明確な完成形を思い描けているカインの技能を確実にモノにするべきだろう。それにこの技能習得の経験は後に活かせるかもしれないし。

 

「よし、それじゃあ明日から特訓を始めるとするか。新しい宿泊場所も探さないとな」

 

「え? なんで?」

 

「いや、なんでも何もこんな高級旅館に何日もいられないだろ。そんな豪遊出来る程の金は無いぞ」

 

 ダイゴさんに用意されたこの旅館の宿泊期間は二週間なのだが、技能完成はいつになるかわからない。だからもしその期間を超えるようなら当然旅館に延長金を支払わないといけない。

 だけどこの旅館は一泊するだけでもちょっと引く金額を要求されるので、ダイゴさんの依頼と好意が無ければそもそも選択肢にも挙がらない場所なのだ。

 ツワブキ社長から貰った金はまだ残っているが無駄遣い出来る程の余裕は無い。故に残り日数で足りなさそうなら別の安い旅館に移る必要があるのだが。

 

「別にダイゴさんに言えばいいでしょ?」

 

 真顔でとんでもない事を仰るこの女。

 

「いやいや……いくらなんでもそこまで甘えるわけにはいかないだろ。フエンジムの様子を見るってのも終わってるし、もうダイゴさんが金出す理由は──待てどこに電話しようとしてる」

 

「──あ、もしもしダイゴさん? ちょっと用事が出来たので旅館の延長の方をお願いしたいんですけど」

 

「待て待て待て!! ちょっ、ダイゴさん!? 聞こえてます!? いらない! 延長いらない!」

 

「あ、気にしないでください。はい、はい……あ、それはまた後で報告します。はい、じゃあお願いしますね」

 

 俺の言葉を無視して通話が切られる。

 

「『何日滞在してもらっても構わないよ』だって」

 

「金持ちがよぉ!」

 

 構わないよじゃねえよ金銭感覚バグり散らかしやがって。別に普通の宿でいいだろうが。

 

「まあまあ。また泊まるところ探すのも面倒じゃない? 時間は有効に使おうよ」

 

「尤もらしい事言いやがって……」

 

 それでも一応は正論なので何も言えない。

 正論だが……何かが間違っていると感じる俺がおかしいんだろうか。

 

「さ、それより明日の準備しよ! 訓練場所も探さないとね」

 

「ああ、うん……そうだな……」

 

 毎度の事ながらなんかもう反論する気も失せた。決まった事はどうにもならないし、明日の準備をするべきか。

 訓練するならあまり人がいないところがいいな。人目があると集中し辛いし。ならどっかの道路から逸れて良さげな場所を探すか。

 そんな風に考えながら立ち上がり、ハルカの後について部屋を出た。

*1
特定の試験を受ける事でも使用許可は下りるが、今後を考えると結局強さは必要なのでこの方法は選ばない。

*2
ただし一部の技は指定のジムバッジを持っている必要がある。例えば“そらをとぶ"ならヒワマキジムのフェザーバッジ等。




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修行パート入ります。


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必ずしも最初に決めた道を行けるとは限らない

 112番道路から少し逸れた茂みの奥地にて、丁度いい感じに開けた場所があったのでそこを訓練場所とし、早速訓練を開始する。

 側に立つジュカイン(カイン)が緊張したような面持ちだったので風に軽く背を叩いてやると、いくらか解れたのかこちらを向いて小さく頷いた。

 邪魔にならないようハルカと一緒に少し離れた位置に移動し、それを確認したカインが深呼吸を一つして“リーフブレード"を発動させる。

 

「よし、そのまま少しずつエネルギーを込めるんだ」

 

「ジュカッ」

 

 答えたカインが一層集中して力を込めると、右手首から伸びた新緑の刃が輝き始めた。そしてその光は徐々に強く、濃くなっていく。今まさにあの刃へと、通常より多くのエネルギーが注ぎ込まれている証拠だ。

 その推移を見守っていると、刃が不規則に伸縮を始めた。それと同時、カインの表情が苦悶の色に変わる。

 

「ジュ……カァッ!!」

 

 一際強く吠えた、次の瞬間だった。

 刃が突然風船のように膨れ上がる。

 間もなく形を留められなくなった刃が弾け、無数に砕けた刃が俺を目掛けて飛んできた。

 

「っ!? やばっ──!?」

 

バシャーモ(ちゃも)

 

 慌てて防御姿勢を取る──より早く、ハルカの呼び掛けに応じてちゃもがボールから飛び出し、そのまま俺たちの前に立って迫り来る刃の欠片を一蹴りで薙ぎ払ってみせる。

 

「サンキュ──って、カイン!」

 

 おかげで俺たちは怪我をせずに済んだが、至近距離で弾け飛んだ刃の直撃を受けたカインはそうもいかないだろう。すぐさまカインに駆け寄って傷の具合を確認する。

 

「大丈夫か? 思いっきり爆発してたけど」

 

「ジュカ」

 

 大丈夫だという風に手を持ち上げるカイン。

 身体のところどころに裂傷が出来ているものの、傷自体は大きなものではなさそうだ。ひとまず安心したところで『キズぐすり』を使って治療してやる。

 

「やっぱり失敗したね。思ったより派手だったけど」

 

 言いながらハルカがちゃもと一緒にこちらにやってくる。

 口振りから察するに、どうやらハルカも成功するとは思っていなかったようだ。だからこそ失敗に備えてちゃもをいつでも繰り出せるように待機していたという事だろうか。正直助かった。

 

「うーん……最初はいい感じだと思ったんだけどな……」

 

 おそらくはエネルギーの込め過ぎで暴発したのだろう。それならもっと込めるエネルギーを減らした方が……。

 

「……いや、数をこなす方が先だな。考えるのは後だ」

 

 試行回数が少ない内から上手くいかない理由を探したってしょうがない。俺だって最初から上手くいくなんて思ってなかったし、まずはとにかく数をこなすべきだ。そのうち見えてくるものもあるだろう。

 

「…………」

 

「ん? どうした、ハルカ?」

 

「……ううん、やっぱり今はいいや。それよりその意気だよ! 頑張れ二人とも!」

 

「そうか? それなら……もう一度だカイン!」

 

「ジュカァッ!」

 

 何か考えているようなハルカの反応が少し気になったが、ともあれ技能習得に向けての訓練がスタートした。

 

 

 * * *

 

 

 さて、“リーフブレード"の強化案だが特に捻った事をするつもりはない。

 ポケモンの技というのはエネルギーの塊のようなもので、ポケモンが持つ生命エネルギーをタイプエネルギーに変換して放出されたものだ。

 ではそんな技の威力を上げるにはどうすればいいのか。

 簡単だ。技に使うエネルギー量を増やせばいい。単純にして真理である。

 今回はエネルギーの密度を高めて斬撃を重くするのが狙いなのだが。

 

「……また失敗か……」

 

 刃が歪曲し膨らんで弾け、僅かに遅れて刃が砕け、散った破片をオノンド(ファング)が弾き飛ばす。

 あれから一週間が経ったが、どうにも成果は芳しくない。どうやら技に追加でエネルギーを込めるという行為は想像以上に難しいらしい。

 今日までの時間を全てこれに費やして来たが、結局“リーフブレード"が爆散するのは変わらなかった。

 まだ一週間だと様子を見るべきか、もう一週間だと焦るべきなのか。

 などと考えていると腹の虫が鳴った。もうそんな時間か……。

 

「……とりあえず休憩にするか。おーいハルカー、飯にしようぜー」

 

「ん、はーい。ほら、ご飯だって」

 

「チルッ!」

 

「ペラッ」

 

 一旦訓練を切り上げさせ、邪魔にならないようにと離れたところで遊んでいた他二匹(フォルテとコード)と、それを見ながら何かを書いているハルカを呼び寄せる。お腹も空いてきたし丁度いい頃合いだろう。

 みんなが来る間にバッグからレジャーシートを出してポケモンフーズを用意しておく。

 いつもならここに買ってきた弁当等も並べているところなのだが、ハルカがどうしてもと言うので今日は昼食を任せている。何を持ってきてくれたのか楽しみだ。

 

「で、何買ってきたんだ?」

 

「今日はね……じゃーん!」

 

 言いながらハルカが紙袋から取り出したのは細長いパン──いわゆるバゲットだった。次いでトマトやレタス、ハムやスライスチーズと様々な食材を並べていく。

 

「これでサンドウィッチを作ろうと思って。ピクニックみたいで楽しそうでしょ? 一緒に作ったらきっと美味しいよ!」

 

 喜色満面といった表情で笑うハルカがとても眩しい。どんな時でも楽しむ心を忘れないのは本当に素晴らしいと思う。

 丁度気分転換もしたかったところだしいいタイミングだ。

 

「……そうだな。よし、じゃあ作るか」

 

「うん!」

 

 元気に返事したハルカが早速サンドウィッチ作りに取り掛かったのを横目に見つつ、俺も作業に入るとする。

 まずはパンが少し大きいので半分のサイズに切り分け、それぞれに縦の切り込みを入れる。スライスエッグがあったので容器の蓋を貰い、その上でタマゴを粗めに潰してマヨネーズと和え、それを挟んでタマゴサンドの完成。

 もう片方は……お、ポテトサラダがあるな。ならこれにハムとコーンを合わせて、少しマヨネーズと黒胡椒を足して味を整えれば──よし、ポテサラサンド完成だ。

 もう一セットくらい作っておくか。今度は肉類を使ってみよう。

 とりあえずソーセージでいいか。これとキャベツを挟んで、マヨネーズとマスタードを混ぜたソースを作ってケチャップと一緒にかける。これでホットドッグが作れた。

 最後はガッツリ系で。ベーコン、レタス、トマトを挟み、さっきのマスタードソースと黒胡椒をかけてBLTサンドに。ついでにチーズも乗せておこう。

 ……まあ、こんなもんかな。勢いに任せて作りすぎたような気もするが、多ければカインたちと分ければいいだろう。

 さて、ハルカの方はどんな感じかな……って、

 

「……なんだよその顔は」

 

「いや……ユウキくんってもしかしてお料理出来る方?」

 

 驚いたような顔でこちらを見ているハルカ。

 そりゃ全く出来ない事は無いが……

 

「人並み程度だよ。必要になったらやるってくらい」

 

「でもその割には手際がいいって言うか……なんかソース作ったりしてたし……」

 

「別にこれくらいは誰でも出来るだろ。それにせっかくハルカが用意してくれたもんだしな」

 

 実際こういうのは料理が上手いとかではなく、ひと手間かける時間をどう思うかだ。

 俺自身はそこそこの味があればいいので料理を作るにしてもなるべく楽をするけど、今回はハルカもいるしちょっとの手間を惜しむような状況でもない。

 何よりあんなに楽しそうな顔のハルカを見たら俺だって少しはやる気を出そうというものだ。……こっちの理由は気恥しいから口には出さないけど。

 

「それよりほら、早く食べようぜ」

 

「あ、うん。いただきまーす!」

 

 これ以上詮索されると面倒なのでさっさと食べ始めるとする。

 まずはタマゴサンドから手に取ってパクリ。まろやかな味わいの黄身と程よく残った白身の食感が非常にグッドだ。

 もう一口いこうとすると、物欲しそうな目でチルタリス(フォルテ)が見てきたので端を切って分けてやると、嬉しそうに一鳴きしてあっという間に食べ終えてしまう。

 

「チルルッ」

 

「ああダメダメ。マヨとか多めに使ってるからあんま食べ過ぎると塩分が──あっコラ、だからダメだって!」

 

 どうやら相当気に入ったらしい。首を伸ばして強奪しようとしてきやがった。

 少しなら問題無いけど、人間の食べ物を与え過ぎるのは塩分や脂肪分の関係であまりよくないのだ。ここは心を鬼にして全力でフォルテを遠ざける。

 

「……チル……」

 

「……そんな悲しそうにすんなよ……俺だって別に意地悪してるんじゃないんだって……」

 

 しょんぼりと項垂(うなだ)れるフォルテ。

 気持ち的には好きなだけ食わせてやりたいが、それだと健康的に問題があるからこればっかりは仕方ない。

 

「あはは。わかるよ、ユウキくんの気持ち。あたしも今でもそうなっちゃうもん」

 

「ハルカもか。やっぱみんな同じ事思ってんだな」

 

「そりゃそうだよ。みんな可愛いからつい甘やかしたくなっちゃうんだよね」

 

「そうだなぁ。懐いてくれるのは嬉しいしな」

 

 どうやらこの気持ちは万人共通らしい。まあ手持ちを可愛がる気持ちに新米もベテランも無いよな。

 

「締めるところはちゃんと締めればいいんだけどね。そこのバランスが難しいんだよ」

 

「ああ、肝に銘じとく」

 

 最後の一口を口の中に放り込んで次を手に取る。密かに自信作のBLTサンドだ。

 

「あ、それ美味しそうだよね」

 

「だろ? 焼きたてのカリカリベーコンならもっといいんだけどな」

 

 生憎俺の手持ちには炎を上手く扱えるポケモンがいないので断念したが。実に惜しい。

 

「それならちゃもに頼んでみる?」

 

「え? いいのか?」

 

「もちろん。おいで、ちゃも!」

 

 そんなハルカからの望外の提案と共に投げたボールからちゃもが現れる。確かにちゃもなら上手い感じに焼いてくれそうだ。

 

「このベーコン焼いてあげて」

 

「…………」

 

 凄く微妙な顔をしている。こんな事で呼び出すなと言わんばかりだ。

 

「お、お願いします……」

 

「……シャモ」

 

 本当に渋々といった様子で手首から炎を噴き出すちゃも。いやホントすんません。

 しかしちゃもの心情とは裏腹に効果は覿面に現れ、串に刺して差し出したベーコンはいい具合に焼けていく。

 改めてカリカリに仕上がったベーコンを挟めば、熱でとろけたチーズも合わせて極上の逸品に。匂いも相まって実に美味そうだ。

 

「ありがとな。お礼ってわけじゃないけどちゃもも──」

 

 食うか、と聞くよりも早くちゃもはボールの中に帰ってしまった。取り付く島もない。

 

「……俺嫌われたかもしれん」

 

「そんな事無いと思うけど……ちゃもはちょっと気難しいところがあるから」

 

「いや、気難しいってか普通にキレてただろアレ……」

 

 とはいえ俺もベーコンを焼く為だけに呼び出されたらキレるかもしれない。

 

「オノオノ」

 

「ん? どうしたファング」

 

 なんて事を話していると、ファングがくいくいと服の裾を引っ張ってきた。その目線の先にはBLTサンドがある。

 何を言わずとも口から垂れる涎が雄弁に物語っていた。『それを食わせろ』、と。

 

「ああ、わかったわかった。ほれ」

 

「オノ!」

 

 少々カロリー高めな一品だが、まあドラゴンなら大丈夫だろと三分の一程の大きさにカットしたそれを渡すと、ファングは大きな瞳を輝かせてガブリといった。

 

 瞬間、ファングの身体がカッと光り始める。

 

「は?」

 

 呆気に取られている間にもファングの姿が変化していく。

 一メートル程だった体は一気に二倍近く成長し、体格もどこかキバゴの面影を残したずんぐりしたものから恐竜のようなスマートなものへ。

 外側に伸びていた牙も斧を思わせる形状になり、まさに名は体を表すといったところか。

 全身を黄緑色の鎧のようなもので覆われたそのポケモンの名はオノノクス。ここに来てファングがついに最終進化を果たした。

 ……のはいいんだけど。

 

「……『ふしぎなアメ』なんか混ざってなかったよな?」

 

「うん……そのはずだけど……」

 

 まさかサンドウィッチ食って最終形態に進化するとは。あまりにも予想外過ぎる。確かにゲームでも飯食ったら経験値入ってたけども。

 

「ユウキくんが作ったサンドウィッチが美味しくて嬉しかったから進化した……のかな?」

 

「えぇ……」

 

「オノ?」

 

 仮にも──いや、れっきとしたドラゴンなのにそれでいいのか。こんなの前代未聞の進化じゃないだろうか。

 しかもこいつ自分が進化した事にまだ気付いてねぇ。『あれー? みんな小さくなった?』みたいな顔すんなお前がデカくなったんだよ。

 自分の姿を確認するようファングに伝えると、確かめるように自分の顔や体をぺたぺたと触り、ようやく進化した事に気付いて喜び始めた。

 

「オノノ♪ オノノ♪」

 

「チルル♪ チルル♪」

 

「平和だなぁお前ら……」

 

「ユウキくんのポケモンってみんな個性的で面白いね。これもレポートに纏めないと」

 

 フォルテもファングの進化を祝うように歌いながら飛び回っている。

 どうしてうちのドラゴン共はこう、威厳が無いというか……。もっと闘争の中で己を高める、みたいなのがドラゴンのイメージなんだけど……まあ色んなドラゴンがいるって事だな、うん。

 

「ニギヤカデスネ」

 

「うおっ、びっくりした」

 

 しれっと傍に寄って来ていたペラッフィ(コード)がそう呟く。

 こいつはこいつで神出鬼没なところがあるな……。クレッフィ(クレフ)の“いたずらごころ"に影響されたんだろうか。

 

「お前も食いたいのか?」

 

「イエ、ダイジョウブデス」

 

 言ってからまたパタパタと飛んでいき、何故かポケモンフーズが入った皿を俺の近くまで引きずってから(ついば)み始めるコード。

 ……まさか輪に入りたかっただけか? 意外と寂しがり屋だな……と思ったけど意外でもないか。前にクレッフィ(クレフ)と別れるの寂しいって言ってたし。

 可愛い奴だと思いながら俺もBLTサンドにかぶりつく。

 カリカリに焼けたベーコンととろけたチーズ、それを黒胡椒のスパイシーさが引き立てる。うん、最高。

 

「……そういやハルカの手持ちってちゃもくらいしかろくに見てないな。ピクニックってんなら手持ち全員出した方がいいんじゃないのか?」

 

 と、わいわい騒ぐ自分の手持ちたちを見ていて思い出す。

 こういう食事時でもハルカは自分の手持ちをほとんど出さない。出したしても大抵の場合はちゃもだけだ。

 一応チルタリスとアブソル──ちるるとそるるだっけ? がいるのは見たが、それだって片手で数える程度で、残る三匹については種族すら知らない。

 持っているボールの数から見て六匹いるのは間違いないと思うんだけど。

 

「えーっと……ほら、あたしのポケモンって結構強いから、いっぱい出すと周囲のポケモンを刺激しちゃってよくないんだよ」

 

「……ああ、なるほど。縄張りを荒らしに来たとか思われる可能性があるのか」

 

「そうそう、そんな感じ」

 

 ハルカの説明を聞いて納得する。

 確かに強いポケモンが何匹も固まっていたらそこに恐怖を覚えて萎縮したり、逆に縄張りを守ろうと襲いかかってくるかもしれない。

 森や洞窟に入る前に護身でポケモンを出しておく事もあるけど、出し過ぎもよくないのか。勉強になる。

 ……あれ? でもなんか……。

 

「あ、ユウキくん。口にソース付いてるよ」

 

「え、マジで? どこだ?」

 

「そこじゃなくて……もー、しょうがないなぁ」

 

 何か引っ掛かりを感じていると、ハルカがそんな事を言いながらウェットティッシュを取り出し、俺の方に手を伸ばしてきた。

 

「ほら、拭いてあげるから動かないでね」

 

「いや、言ってくれればそれくらい自分で──むぐっ」

 

「いーからいーから」

 

 抵抗も許さずハルカが俺の頬をぐいぐいと拭う。これじゃ俺が子どもみたいだ。そしてそんなに悪い気がしないのも困る。

 そうしてされるがままになっていると、さっき感じた引っ掛かりもどこかへ消えてしまった。まあそこまで気にするような事でもないだろう。

 

「それにしても、かなり苦戦してるね」

 

 頬を拭いながらハルカがそう切り出す。

 一瞬何の事だかわからなかったが、すぐに技能の事を言っているのだと思い至った。

 

「そうだなぁ。ここまで難航するとは思わなかった」

 

 ハルカは初めての挑戦には丁度いいと言ったがそれでもこの難しさだ。技能というものがどれだけ習得に難儀するかがよくわかる。

 

「正直何をどうすればいいのかわかんねぇ。エネルギーを上手く調整出来てないって事なんだろうけど……」

 

「それなんだけど、ユウキくん多分勘違いしてるよ」

 

「え? 勘違い?」

 

「えーっと……一緒に説明した方がいいかな。カインくんもこっちおいで」

 

「ジュカ……?」

 

 さっきの騒ぎの中でもどこか上の空だったカインを呼び寄せ、ハルカが話し始める。

 

「まず、カインくんが今やってるのって実はとても難しい事なの。あたしが初めての挑戦でも丁度いいって言ったのは、あくまでも使うエネルギーを増やすだけだからなんだよ」

 

「ん……? どういう事だ?」

 

 いまいち言葉の意味がわからず聞き返す。

 

「まずポケモンの技って大まかに分けてエネルギーの生成、放出、形成の三段階で完成するんだけど、エネルギーを増やすっていうのはこの内の生成の段階なの。一番最初の部分だから調整が効きやすいわけだね」

 

 ふむふむ、と先を促す。

 

「でも今カインくんがやってるのはさっきの手順に圧縮が加わってるんだよ。順番で言えば生成か放出の次なんだけど、この時点で作業が一つ増えてるし、何より圧縮したエネルギーを維持するのが難しいの。凝縮したエネルギーが暴発しないように抑える必要もあるからね」

 

「そうか、元々必要の無い手順が加わってるから余計に難易度が上がってたのか。……ん? もしかして初日に何か言いかけてたのって……」

 

「うん、止めようかどうか迷った。それでもやる気になってるところに水を差したくなかったし、飛び抜けた才能があれば成功する可能性もあったから様子を見たの。……そう上手くはいかなかったけどね」

 

 その様子を見る期間としてハルカが定めたのが一週間だった。それが長かったのか短かったのかはわからないが、カインの資質を見抜くには充分な時間だったのだろう。

 あるいはもっと早くに見抜いていたのかもしれないが、それでも今日まで何も言わなかったのはきっとハルカの優しさだ。

 

「だから今の内に言っておこうと思ったの。このまま同じ訓練を続けても技能習得は遠いよって」

 

 一瞬躊躇う素振りを見せ、しかしはっきりと告げる。

 これ以上は見過ごせない。やり方を変える必要があると。

 

「……悪いな、色々気を回してもらって。言い難かったろ」

 

「ううん。ごめんね、嫌な事言って」

 

 ハルカが謝ってきたがそんな必要は無い。

 ともすれば反感を買いそうな指摘なのにそれでも俺たちの為に言葉にしてくれたのだ。多少ショックではあるがそこにハルカに対する怒りや不満は無い。

 

「しかしそうなると別の方法を考えないとな。なるべく元の形は変えたくなかったんだけど……」

 

「やけに拘るね。個人的には足りない長さ(リーチ)を補うようなものの方がいいと思ってるんだけど」

 

「それは俺も考えた……というか、最初はそのつもりだったんだよ」

 

 確かに“リーフブレード"は威力こそ安定しているが近接攻撃の宿命として射程が短い。

 当たり前だが相手に近付かないと当たらないので延々遠距離から対応されたり、逆に近距離が得意な相手には反撃を貰う可能性が高まったりと相応のリスクがある。

 では遠距離攻撃が圧倒的に有利なのかと言えばそういうわけでもなく、飛距離が長くなる程エネルギーが拡散して威力の減衰が起こるので致命打になりにくいという難点を抱えていたりするのだが、それはさておき。

 ハルカの言う通り“リーフブレード"の長さを拡張すれば威力と安定性の両立が出来る上、対応距離も広がるのでいい事尽くめのように思える。

 しかしここで問題が一つ。

 

「けど前に話したようにカインがガンガン接近戦を仕掛けるタイプだからな。下手にデカくすると取り回しが……」

 

「……なるほど。確かにそれはちょっと困るかも」

 

 カインの戦闘スタイルは高い機動力から素早く相手の懐に潜り込んで攻撃を叩き込むという形であり、その関係上下手に“リーフブレード"を大きくしてしまうと取り回しに難が出る。カインの強みを活かす為の技能なのに、肝心の近距離で使い難くなるのは困るのだ。

 別に中距離戦が出来るようになると考えれば決して悪くはないのだが……。

 

「……一応だけど、戦い方を変えるのも一つの手だと思うよ。少なくともあたしが知ってる中で一番強かったジュカインは中距離戦闘がメインだったし」

 

「へえ。参考までにどんな感じだったか聞いていいか?」

 

「そうだね……基本に忠実だったかな。“タネマシンガン"や“くさむすび"で相手を近寄らせないようにして、隙が出来たら“リーフストーム"みたいな大技で攻撃って感じ。どこにいても斬られるよくわかんない技もあったけどね」

 

「ふーん……」

 

 なるほど。確かに理想の中距離型って感じだし、それが強い戦い方というのもわかる。

 最後のは本当によくわからんが。どこにいても斬られるって、そんなふざけた技が存在するのか。

 

「まあ無理に拘らなくても色んな道があるって事だよ。まだ時間もあるし、少し考えてみてもいいんじゃないかな」

 

「そうだな……」

 

 現状道は三つだ。

 戦闘スタイルを変えるか、別の方法を模索するか、はたまたこのまま難易度の高い技能の習得を目指すのか。

 きっとこの選択が今後のカインのに大きな影響を与えるだろう。ここがターニングポイントだ。

 どうするのが一番いいのか、それを考えないといけない。時間は無限ではないのだから。




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弱みと強みは表裏一体

 あの後にジュカイン(カイン)と少し話し合ってみたが、やはり可能な限り戦闘スタイルは変えたくないようだ。俺としてもカインが望むようにやらせてやりたいのでこの方針に異を唱えるつもりは無い。

 かといって考えている間に何もしないのは時間の無駄なのでとりあえず圧縮“リーフブレード"を続けさせている。何かの弾みでコツを掴めば儲けものだとほんの少しだけ期待しているが、まあ現実はそんなに甘くないわけで成果は未だゼロだ。

 そんな中でも一つ幸いと言えそうなのは、“リーフブレード"を伸ばす方向でならそこまで時間はかからなそうという事だった。

 ものは試しと思って圧縮訓練と並行してやらせていたのだが、意外な程あっさりと“リーフブレード"の長さ(リーチ)を伸ばす事に成功したのだ。

 通常の“リーフブレード"の長さがだいたい七十センチ程度として、伸ばした刃は目算でもその倍はあった。

 もちろん実際にその長さで使うかは別だし、伸ばした刃もまだ不安定さが残るのですぐに実戦投入出来るような代物でもないが、それでも圧縮訓練をしていた時よりは明らかに手応えがあった。

 エネルギーが十しか入らない()の中に二十のエネルギーを無理やり詰め込むのと、二十のエネルギーが入るように器の形を変えるのとなら後者の方が比較的簡単だという事だろう。それはなんとなく理解出来る。

 ただまあ……やはりというか、刃が伸びたところでカインの得意な間合いで有効に働く場面が思いつかない。

 大剣並に巨大化させるのならともかく、ただ伸ばしただけなので技の威力そのものはあまり変化していないし、近付いた時点で射程内に捉えているのだから刃を伸ばす必要性も無いのだ。

 まして伸ばした“リーフブレード"の長さはカインの身長とほぼ同じなわけで、そんなものを密着状況で振り回せるはずもない。まさに文字通りの無用の長物というわけだ。

 

「どーすっかなぁ……」

 

 今度もまたカインの努力が実らず“リーフブレード"が爆散したのを見て、思わずそんな言葉が口から漏れる。

 あれから三日が経つが未だ妙案は浮かばないし、カインも明らかに訓練に身が入らなくなってきている。これまでの失敗続きでやる気と自信が失われているのだ。

 よくない兆候である。やる気とは物事における重要な原動力だというのに。

 このままだと負の連鎖が始まってしまうのでそうなる前になんとかしたいが、焦って案が出るなら苦労はしない。

 こうなってくると“リーフブレード"自体をどうこうするより刃を振る技量の方を向上させるという手もあるが、それにしたって具体的に何をすれば上手く斬れるようになるのやら。

 誰かに教えを乞おうにも、ホウエンどころかポケモン世界で剣振ってる人間もパッと思いつかないしなぁ……。

 

「……なあ、ハルカはどんな感じでバシャーモ(ちゃも)に技能を覚えさせたんだ?」

 

「ん、あたし?」

 

 なんとはなしに隣に座るハルカに尋ねる。

 もうこちらも藁にもすがる思いなのだ。ジュカインとバシャーモとでは戦い方が全く違うし直接の参考にはならないだろうが、それでも何かヒントになるものがあるかもしれない。

 

「そうだね……色々やったけど、まずはちゃもをよく見る事から始めたかな。どんな風に動いて、どんな風に技を出すのか、とかを細かくね。それである程度わかってきたら今度はあたしも一緒に身体を動かすの。こんな感じで、ねっ!」

 

「うおっ!?」

 

 言いながらハルカが立ち上がって構えたかと思えば、短い気合いと共にミドルキックを繰り出した。

 突然目の前でやられたから驚いたものの、フォーム自体はしっかり足が伸びてたし体幹もブレていない綺麗なものだった。これには思わず拍手である。

 

「おお、すげぇな」

 

「えへへ、ありがと。それでこんな感じで一緒に動くとちゃもの得意な動きとかがわかってくるから、それを元に練習したって感じかなぁ」

 

「なるほどなぁ……」

 

 観察と動きの模倣、か。

 難しい事は何も無い。ただ見て、真似る。たったそれだけの事だがなるほど、やってみる価値はあるかもしれない。

 

「よし、試してみるか。カイン、適当に動いてみてくれ」

 

「ジュカッ」

 

 頷き、カインが左半身で構えた。

 踏み込みは右足。上体を捻りながら遠心力を乗せて右腕を振り抜く。続けて左の斬り上げに繋げて右の袈裟斬り、最後に最初の動きの鏡写しのように左から一文字に薙いで一連の流れを締めた。

 それをなぞるように、俺もゆっくりと自分の身体を動かす。

 一つ一つを丁寧に、その行動の意味するところも考えながらカインの動きをトレースし、確認するように何度もそれを繰り返す。

 そうしてようやくいくらか動き方を理解し始めてきた頃、これで一旦区切りにしようと深く息を吸い込み、右腕に宿した仮想の刃を横に振るった。

 

「ふぅ……なるほど、こんな感じか」

 

「どう? 何か掴めそう?」

 

 ハルカが『おいしいみず』を差し出しながら聞いてくる。

 そうだな……掴めそうかそうでないかで言えば……。

 

「……正直さっぱりだな。一応カインの身体の動かし方はなんとなくわかるけど、特別これをすれば“リーフブレード"の威力が上がる、みたいなのはわかんないんだよな……」

 

「あらら」

 

 これで俺が武術経験者であれば何かしら改善点を見い出せたのかもしれないが、残念ながら前世は生粋のインドア人間だ。そこら辺の知識は全く無い。

 だとするとやはり俺がどうにか力になれそうなのは“リーフブレード"自体の強化方法を考える事だが、そもそも“リーフブレード"は形状として完成され過ぎている。

 ジュカインの腕の葉はしばしば刀に例えられるが、反りのある鋭い刃はまさしくそれと同等。斬るという行為における最適な形だと言えるだろう。そんなものに下手に手を加えたらせっかくの斬れ味が台無しに──

 

「……いや、待てよ?」

 

 それはふとした思いつき。これなら刃の形を極端に変えずに威力も上げられるかもしれない。あくまでも理論上は可能、というくらいで実際に出来るかはわからないが……。

 ……いや、出来る出来ないはやってみてから考えればいい。思いついた事は全部試すべきだ。

 

「カイン、“リーフブレード"だ。少し試したい事がある」

 

「ジュカ?」

 

 不思議そうにしながらも言う通りに技を発動させるカイン。こういう時に素直にすぐ動いてくれるのはありがたい。

 

「そのまま刃を薄く、鋭く研ぎ澄ませ。エネルギーも減らしていい」

 

「ジュカッ!」

 

 エネルギーを増やして刃を伸ばせるという事は、逆にエネルギーを減らして極限まで薄くする事も出来るはずだ。

 やがてカインが向こう側が透けて見える程薄い“リーフブレード"を完成させる。よし、ここまでは目論見通り。

 

「それで今から投げるものを斬ってみてくれ。いくぞ」

 

 そしてバッグから取り出したもの──何の変哲もないリンゴを投げる。両断するのに特別な技術も必要無い、ただのリンゴ。

 

「ジュッカァッ!」

 

 カインが腕を振りかぶり、真一文字に斬り抜いた。

 しかし──リンゴには少し切れ込みが入っただけに留まり、“リーフブレード"はパキンという軽い音を立てて半ばから折れてしまっていた。

 

「ジュ、ジュカ!?」

 

「え? な、なんで?」

 

 遠くに転がっていくリンゴを見ながら困惑するカインとハルカ。

 そうか、こうなったか。

 

「ユウキくん、どういう事? それって普通のリンゴじゃないの?」

 

「いや、普通のリンゴだよ。今から説明する」

 

 転がっていったリンゴを拾い上げ、ハルカたちの元に戻りながら問う。

 

「ハルカ、刃物がなんで斬れるかってわかるか?」

 

「え? それは……刃先が鋭いから?」

 

 ハルカの答えに頷く。その通りで刃物が切れるのは刃が鋭いからだ。

 例えば指先で物を突いても刺さったりしないが、先の尖った針を使えば貫通する。力が先端に集中するからだ。刃物が切れる原理はそれが面になったものだと思えばいい。

 ハルカの言葉を肯定するように頷いて話を続ける。

 

「なら、なんで今極限まで研ぎ澄まされてるはずの“リーフブレード"でリンゴが斬れなかったかはわかるか?」

 

「え? えーと……」

 

 少し考え込み、そして。

 

「……薄くなったせいで、刃の強度が足りなかった?」

 

「正解だ。あれだけ薄けりゃ多分俺でも折れる」

 

 物の厚みはすなわち強度だ。

 紙だって一枚なら簡単に折れるが、何枚も重ねれば固くて折るのは難しくなるだろう。

 が、しかし。

 

「まあ簡単に折れると言っても、それは横から力を加えた場合の話だ。真正面からならそう簡単には折れない」

 

「? でもそれならそのリンゴは斬れてるはずじゃないの? 真っ直ぐ斬ってたように見えたよ?」

 

「そう、そのはずなんだ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 携帯用のナイフを取り出して側面をリンゴに押し当てながら。

 

「例えばこれは極端な例だけど、こんな風にナイフを横から押し当てても斬れるわけが無いだろ? ちゃんと刃が入る形じゃないからだ。だからしっかり斬る方向に向けて刃を立てないといけない。刃筋(はすじ)を通すっていうんだけどな」

 

 まあこれ自体はネットの聞きかじりで受け売りだけど、という余計な発言は控えておく。実際原理としてはそう間違ってないはずだ。

 

「じゃあ、さっきリンゴが斬れなかったのは刃筋が通ってなかったって事?」

 

「端的に言えばそうなる。さっきのも真っ直ぐ斬ってるように見えたけど、多分ほんの少しだけ刃筋がズレてたんだと思う。普通の“リーフブレード"を使う分には全く気にならない程度の極僅かなズレだろうけどな」

 

 あの薄い“リーフブレード"は、斬れ味と引き換えに横方向から掛かる力に極端に弱くなっているのだ。

 その問題を解決するには刃の側面に負担が掛からないように、刃筋を全くズラさず完璧な角度で振る必要がある。

 

「ただ、斬れ味自体は間違いなく今より高くなるはずなんだ。だからその僅かなズレを修正する。難しいなんてもんじゃないだろうけど……どうだ、やってみないか?」

 

 自分がとんでもなく難易度の高い要求をしているのはわかってる。でも迷いを抱えながら身にならない訓練を続けるくらいなら、どんなに難しくたって新しい事に挑戦した方がいいはずだ。それが結果的に新しい道を拓くかもしれない。

 カインが瞑目する。自分の中で考えをまとめているのだろう。

 それから十数秒の静寂の後、ゆっくりと目を開け──カインは首を縦に振った。どうやら覚悟は決まったようだ。

 

「よし、それじゃあこれからはひたすら“リーフブレード"を振る特訓だ。まずはこのリンゴを斬れるように──」

 

 と、そこまで言いかけるとカインが首を横に振った。何かと思えば腕を持ち上げ、指先を周りに生えている木の一本に向ける。直径にして約五十センチといったところだろうか。

 

「……それを斬る、ってか?」

 

「ジュカッ」

 

 ニッと不敵な笑みを見せるカイン。

 いきなり大きく出たものだけど……どうせ完成すれば対象が何だろうが斬れるようになるんだから関係無いか。

 

「いいぞカイン! やってみせろ!」

 

「ジュカァ!」

 

 大きく吠え、“リーフブレード"を構えたカインのその姿には、ここ最近で失われていたはずの大きなやる気が満ち溢れていた。

 

 

 ***

 

 

 新しいやり方に切り替えてから、カインの成長速度は凄まじいものだった。

 訓練を始めた当初は刃を幹に当てた瞬間に折れていたのに、僅か三日目にして数センチ程切り込みを入れる事に成功。そこから更に三日が経過すると、刃は一度の振りでおよそ三分の一くらいにまで到達するようになった。

 明らかに上達が早い。圧縮法をしていた時とは雲泥の差だ。

 これは才能……というよりも、おそらくはカインの性格と訓練方法が合っていたのが大きいのだと思う。じっとしてエネルギー制御を云々とやるより身体を動かす方が好きなようだし。

 加えて切り込みの深さで自分の成長が明確にわかるのもプラスに働いたようで、カインは訓練中一度も集中を切らさずに打ち込み続けていた。

 

 更に一週間が経った今日もカインは刃を振るう。今度は数センチのところで刃が折れる。しかしカインはさして気にした様子もなく次を構えた。

 すうっと深呼吸。左半身になって腕は地面と水平に。息を整えながら目を閉じ、刃を生成しながら集中力を高めていく。

 重く濃密な空気が周囲に満ちる。動く事はおろか、声を出す事も許されないような緊張感の中、カインの目がカッと見開かれ。

 右足の踏み込みと同時、遠心力を乗せた刃が霞むような速度で振るわれた。

 ヒュカッ、と音が鳴る。これまでの割れるような音とは質が異なる音だった。

 そして違いはそれだけに留まらない。

 

「“リーフブレード"が……折れてない」

 

 呆然とハルカが呟くのを聞きながら、俺はカインと共に木の元まで歩いていく。

 

「せぇ……のっ!」

 

 そのまま二人で身体全体で押すように体重をかければ、木がメキメキと音を立てながら倒れていく。

 もちろん俺たちが怪力なわけじゃない。木が支えを失っているからこその結果だ。

 これが意味するところは、つまり。

 

「やったな、カイン」

 

「ジュカァ!」

 

 ようやくだ。ようやくここまで来た。

 実戦で使うにはまだまだ修練が必要だけど、それでも完成系がやっと見えた。

 両断した木の断面は綺麗過ぎるくらいに真っ直ぐで。それこそが紛れもないカインの努力の証だった。

 

「……それは素直におめでとうなんだけど、この木どうするの? 流石に放置するわけにはいかないよ?」

 

「あ」

 

 ……しまった。そこまで考えてなかった。




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名称は次くらいに。効果だけ先に言っておくと“リーフブレード"の急所ランクを+2する、です。
ただ現段階だと熟練度の関係で若干マイナス補正が入ります。ゲーム的に言えば命中率0.7~8倍辺りですかね。失敗したら刃折れて威力0になるので。


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