守銭奴ですが冒険者になれば金持ちになれますか? (土ノ子)
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プロローグ

 ハーメルンでは試験的にAAを用いて描写を肉付けしております。
 AA抜き、小説のみの本作はなろうの方でお読みいただけます。

 https://ncode.syosetu.com/n8830hj/

 また、基本的になろうにて先行して投稿していますので、続きが気になる方はなろうでもブクマよろしくお願いします。


 そこはEランク迷宮最深部。

 難易度は下から二番目、現代日本のどこにでも数多くあるダンジョンに一人の大学生冒険者が挑んでいた。

 ただし挑む冒険者が少々普通ではない。

 冒険者を初めて一ヶ月余り、初心者と呼ぶべき経験の浅さだが既に二ツ星冒険者の資格を己が力で手にしている。

 二ツ星冒険者、全六階級ある冒険者等級のうち下から二番目の等級だがその難易度は高い。挑む冒険者の半分が昇格試験に脱落し、更にその半分が二ツ星への昇格を諦める狭き門だ。

 その狭き門を冒険者登録から一ヶ月余りでくぐり抜けたというのは尋常ではない。

 だが冒険者と率いるモンスターがその前評判に相応しいキレ者、実力者として振る舞えているかは……いささか見方によって分かれるだろう。

 

「鴉、奇襲に気付くのが遅い」

「ゼータク言わないでくださいよ。むしろアサシンタイプのボスに先手を取らせなかったことを褒めろ! むしろ崇めてください!」

 

 山伏の装束に身を包む翼の生えた少女型モンスター……天狗と喧々囂々のやり取りを交わすマスター。

 使い慣れたあだ名を呼び、真顔の仏頂面でクレームを入れるマスターだが、対する少女天狗も中々に厚かましいことをのたまう。似たもの主従であり、ある意味相性がいい二人だった。

 深い森の暗闇に潜み奇襲を仕掛けてきたDランクのボスモンスター、クー・シー。先天技能に気配遮断を内包し、迷宮のボス補正を受けた強力なDランクモンスターの奇襲をほんの数秒前にギリギリで切り抜けたところだった。

 索敵系スキルを持つ天狗が直前で奇襲に気付いたことで間一髪危機から逃れたのだ。が、危うくマスターにダイレクトアタックを食らうところだった。それも確かだ。

 奇襲を防ぐのは少女天狗の対応範囲内。マスターはわざとらしく首を傾げ少女天狗の不手際を煽った。

 

「お前ならできるだろう。それとも俺の見込み違いか? ん?」

「~~っ!? サラッと無茶振りしやがりますね、このクソマスター!」

「ハッ! できる奴にやれと言ってなにが悪い。俺のために馬車馬のように働けカスカード」

 

 煽るような物言いに少女天狗がこの野郎と怨嗟の念を込めて視線を向ければ鼻で笑われる。互いに煽り合い、ミスをすれば呼吸するようにあげつらう。クソマスター、カスカードと遠慮なく罵り合う二人は一見最悪の関係のように見える。

 だがそのすぐ後に交わした会話を聞けば、それが誤りだと分かるだろう。

 

「それだけ威勢よく啖呵を切ったんです。既に勝ち筋は付けているんでしょうね?」

「当然だ。奇襲に失敗したアサシンなぞあとは仕留めるだけのカモだろうが」

 

 当然のように勝利を確信した少女天狗の問いかけに、これまた当然のように傲然と勝利宣言を告げるマスター。

 アサシンタイプのボスの強みは隠密性と高い単体戦闘力。マスターへのダイレクトアタックを許せばモンスターの全滅もありうる強敵。

 だがその強みの半分は奇襲に失敗した時点で潰された。ならばあとは数と暴力を持って正面から押しつぶせばいい。

 

「ま、同意しますけどね。一度その姿を捉えたからには、私の風は逃しはしない」

 

 周辺一帯の大気は既に風読みスキルを持つ少女天狗の掌握下だ。姿を消そうが無音で動こうが、実体を持って大気と干渉する以上少女天狗の眼から逃げられる道理はない。少女天狗は大半のアサシンタイプにとって天敵と言えるモンスターだった。

 

「誰を使います?」

「駄犬どもは休ませたい。いつもの面子で仕留める」

 

 揃って強気な物言いを交わし、不敵に眼前のボスクーシーを睨みつける両者。

 渾身の奇襲を凌がれたクー・シーはジリジリと退く機を伺っているが、少女天狗の鋭い視線と俊足がそれを許さない。クー・シーが動く機を事前に察知し、牽制を入れることで出掛かりをことごとく潰していた。

 

「つまり……」

「出番だ。モヤシ、熊」

「はい、主」

「おうよ、俺の棍棒(バット)に任せておきな。一撃で葬らん(ホームラン)をキメてやるぜ」

 

 色々とひど過ぎるあだ名による呼びかけに二体のモンスターが応える。

 一体は簡素な貫頭衣に身を包んだ中性的な美少年/美少女――銀髪のホムンクルス。

 そしてもう一体は……なんと表現すべきか。色んな意味で危険なビジュアルだった。ジャパニーズエロゲモンスターことやまらのおろち以上にある意味では危険なパロディモンスターだ。

 種族、バーサーカー。その外見を一言で言えば名前を言ってはいけないクマ、天下のディ○ニーにケンカを売ってそうなビジュアルの看板キャラクターが優に2メートルをオーバーする体長を備え、全身にムキムキの筋肉を搭載したかのような……パロディで収まるかギリギリの危険物だ。下手をすれば関係各所から訴えられかねない。

 が、慣れというのは恐ろしいもの。この一ヶ月でその異様な姿に慣れたマスターは気にした様子もなく一行に指示を下した。

 

「鴉、モヤシは犬ころを追い込め。熊、お前はトドメ役だ。リンクで感覚は共有する。全員、抜かるなよ」

 

 指示した作戦は追い込み猟。

 速度に優れる少女天狗とホムンクルスを勢子(追い込み役)に据え、鈍足だが打撃力に秀でるバーサーカーをトドメ役とする。単純だが合理的な配置だ。加えてリンクと呼ばれるマスターを起点に各モンスターと心を繋ぎ、その力を引き出す技術を用いた感覚共有があれば最早死角はない。

 マスターは自信を持って、そして信頼を込めて作戦を告げることが出来た。

 

(……たかが一ヶ月。されど一ヶ月、か)

 

 人間的にはお世辞にも優れているとは言えない守銭奴。それが己だという自覚はある。

 モンスターなど迷宮攻略の道具に過ぎないと言ってはばからず、本質的にはいまもその考えは変わっていない。だと言うのに下す指示にはモンスターたちへ向ける確かな信頼が籠もっていた。

 

 彼らの始まりは一カ月ほど前、大学の桜並木に花吹雪が舞う四月のこと――。

 



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第一話 Q.先輩、守銭奴ですが冒険者部に入れば金持ちになれますか? A.悪いけど金持ちか二ツ星冒険者以上しか入部できないんだわ

 初日はプロローグ含め8話ほどまとめて投稿予定です。

 なお第一話は原作設定説明用の文章が多いので下記を抑えてもらえればぶっちゃけ読み飛ばしてもOKです。
・主人公は守銭奴だよ。冒険者はカネになるよ。だから主人公は冒険者になりたいよ。
・入学した大学にある有名な冒険者チームに入部希望したけど断られたよ。いつかリベンジするよ。
・それはそれとして籠付とかいうナメた同級生は○す。絶対に○す。

 ハーメルン側ではAAを多用して投稿していきます。キャラ付けのイメージであり、AA当人そのままのキャラではないことご認識下さい。
 作者にとっても初めての試みなので、気になったこと・ご指摘ありましたら積極的に声掛け頂けると幸いです。


 堂島守善(どうじましゅぜん)守銭奴(しゅせんど)である。

 

「堂島。お前の入部志望の意思と動機、確かに聞いた。その上で()()()()の代表として答えるが」

 

 不幸な身の上であることは間違いはない。

 事故で両親を早くに亡くし、反りの合わない親戚に引き取られる。が、守善を持て余した親戚との関係から早々に独り立ちを決め、バイトで稼いだ金と両親の遺産で食いつないできた。

 奨学金を得て大学に入ることが叶ったのは僥倖だったろう。

 カネに苦労した人生経験が守善に人生の指針を与えた。

 

 すなわち、人生には金がいる。人は生きるために金を稼がなければならない。より多くのお金を、より短い時間で稼ぐべし!

 

 ある種突き抜けた守銭奴として守善は成長した。

 もっと上の社会的地位(ステータス)を、もっとたくさんの金を。飽くなき”飢え”が守善を苛む。その”飢え”を満たすことこそが堂島守善の行動原理。

 ほとんど強迫観念のような衝動が、餓鬼のように守善を衝き動かすのだ。

 

「悪いがお前の入部は認められない。実のところ、大半の入部志望者は足切り条件で切り捨てているのが実情でな」

 

 そして昨今、最も金になる職業は『冒険者』である。

 ノストラダムスの大予言が騒がれた1999年の七の月、まさに世紀末に突如として迷宮(ダンジョン)が出現した。

 迷宮出現当初、世界はダンジョンから取れる魔法のような資源の数々に歓喜の声を上げた。一方で迷宮に出現するモンスターという脅威には尋常ならざる警戒を示した。

 浅い階層に出現するモンスターならばともかく、深い階層の強力なモンスターや死霊系モンスターに現代社会の軍人や武器は通用しなかったからだ。

 魔法のような資源を無限に生み出す鉱山であり、同時に迂闊に振れてはならないパンドラの箱。

 それがダンジョンだ。

 事実、ダンジョンとそれにまつわる事物は幾度となく世界を揺り動かした。

 モンスターが突如としてダンジョンの外へ溢れ出し人々を襲った第一次・第二次アンゴルモア。ダンジョンでドロップしたモンスターカードからモンスターを召喚し戦わせるサマナーの発見、それに伴う民間人がモンスターカードを所有し召喚モンスターを頼りにダンジョンに挑む冒険者制度の制定。

 世界は増え続ける迷宮に対抗するため(同時にその利益を最大化するため)、官民を問わず()()()()()()()に資金と人材を湯水のように投入した。

 その結果、世界は飛躍的に豊かになった。

 同時にアンゴルモアを始めとする多くの問題も抱え込んだわけだが、そんなことは守善にとってはどうでもいいことだ。世界の危機より明日の飯、自身の栄達こそが重要である。

 一番重要なのはダンジョンは金になるということだ。

 昨今、冒険者の露出が著しい世間の動きを見れば、それは一目瞭然である。

 モンスター同士が殺しあうモンスターコロシアムの出場選手(グラディエーター)はスターも同然の扱いだし、ダンジョンから産出されるモンスターカードや魔道具、資源を目当てに大企業がしのぎを削り巨額の大金が動く。

 

「冒険者志望の新入生は多いが、半分以上が心折れて辞めていく」

 

 だからこそ守善は苦学生でありながら、大学構内にダンジョンが存在し、それを管理する有名な冒険者部のある大学に進学した(公立で学費が安かったこともあるが)。

 高校生活三年は全て冒険者になるための準備にあてた。知識と技術、何よりも資金を貯えるために。

 懐には空いた時間のほとんどをバイトに使って貯めた200万円。守善の虎の子と言える初期資金だ。

 苦学生が出来る範囲で、考えられる準備は全てこなした。これ以上は本物の冒険者にアドバイスを受けながらキャリアを積んでいく方が手っ取り早い。

 そう考え、入学を機に冒険者部の部室を訪ねたのだが。

 

「部活と言っても命を懸ける以上半端者を抱え込めない。メンタルと実力が揃っていない者に入部は認められないのさ」

 

 こうしてものの見事に断られてしまったというわけだ。

 冒険者部の部室はいかにも大学の部活動らしくいたるところに物が積まれ、雑然とした雰囲気だ。ボディアーマーやヘルメットなどガチガチの装備が転がっているのはいささかシュールな光景だったが。

 穏やかな口調で守善の入部を跳ねのける冒険者部の先輩だが、日々命を懸けて迷宮に潜っているだけのことはあった。守善の睨みつけるような鋭い視線を気にした様子も無く平然としている。

 特に左頬に刻まれている大きな十字傷は先輩がワイルドな雰囲気を醸し出すのに一役買っていた。いまどき古傷程度なら迷宮産のポーションで治るので敢えて残しているのかもしれない。

 

「……ふぅー」

 

 息を一つ、ゆっくりと吐く。それから深々と吸い込む。

 元から上手く行くことの方が少ない人生を送ってきた守善だ。自己制御の類はお手の物だった。

 

「……入部の条件をお聞きしても?」

「おう、いいぜ。このまま追い返しても納得いかないだろ?」

 

 目を伏せ、感情を抑えて冷静に問いかける。

 先輩はざっくばらんな口調ながら丁寧に冒険者部の入部資格について説明した。

 ・二ツ星冒険者の資格

 ※冒険者の等級の一つ。下から二番目の等級だが、金を出せばなれる一ツ星冒険者と比べ昇格難易度は一線を画す。

 ・Dランクカードを複数枚所有していること。

 ・経済的に余裕があること。

 

「全部を満たせとは言わんが、二ツ星冒険者資格があれば新入生としては鳴り物入りだ。最低限複数枚のDランクカード所有は必須だな。カードがロストした時に備えて経済的な余裕も欲しい。毎年金銭が元でトラブルになることが多いんでね」

 

 Dランクカードの公式販売金額は()()100万円から。強力な性能のカードなら更に桁が一つ上がることすらある。

 大学生の身で自由にできる数百万の資産を持てと言われているようなもので、普通に考えれば無理難題もいいところだ。

 だが要するに先輩が言いたいのは()()()()ことなのだろう。その程度の条件も満たせない人材では冒険者部ではやっていけないのだと。

 

「在学中に入部条件を満たしたならいつでも冒険者部の扉を叩いてくれ。優秀な冒険者は一人でも多いに越したことはない」

「まあ、十中八九無理でしょうけどね」

「籠付! お前は黙ってろ」

 

 と、真摯な口調で説明する先輩の横から明らかに言わなくてもいい余計な茶々を入れてきた男がいた。

 部室の隅で黙ったまま成り行きを伺っていた優男だ。その顔には薄っぺらい優越感と他人を攻撃する快感が浮かんでいる。

 

 

※籠付イメージAA

 

 

 どうも部員のようだが、目の前の先輩のような凄みがない。まだ幼さを残した顔に同じ新入生か、とアタリを付ける。

 

「あんたは?」

籠付(かごつけ)善男(よしお)。君と同じ一年生だ。……君と違って、冒険者部への入部を認められているけどね」

 

 一見爽やかなイケメン風の男だが、いちいち格好(かっこう)つけた仕草と物言いが鼻につく。あと名前が妙に古臭い。総じていけ好かない印象を与える男だ。

 

「ここの冒険者部はレベルが高い。なにせ大学所有のプライベートダンジョンの管理を任されているプロが在籍しているくらいだからね。当然入部を許されるのは一部のエリート冒険者だけ」

 

 つまり自分はエリートであると言外に自慢げな感情を滲ませている。ストレートに言って見下されているのが一目で分かった。

 

「……」

 

 なお隣でそのザマを冷ややかに見つめる先輩からの評価がどんどん下がっているのも一目で分かった。

 

(周りが見えないバカか)

 

 一銭にもならないというのに優越感を満たすためだけにわざわざマウントを取りに行く。しなくてもいいことをやらかして周囲からの評価を下げる。

 つまりバカだ、相手にする意味がない。そうと見切りをつけ、冒険者部の先輩へ再び向き直るが向こうの方からしつこく絡んできた。

 

「200万円、だっけ? その程度の()()()()()()資金しか用意できないのならどの道ムリムリ。冒険者サークルの方へ行った方がいい。あそこはどんな底辺冒険者でも受け入れているからサ」

 

 ()()()、と空気が凍った。

 

 

※堂島守善イメージAA

 

 

 籠付が守善の地雷を踏み抜いたと理解したのは真正面にいた冒険者部の先輩だけだった。守善が浮かべた形相を見て一瞬()()()とすると、大慌てで無礼を働いた新入生に叱責を加える。

 この瞬間、先輩の脳裏に浮かんでいたのは派手な血飛沫が飛ぶ刃傷沙汰である。

 

「籠付ぇ! 口が過ぎるぞ!」

「おっと、失礼。言い過ぎようだ、すまないね」

 

 先輩からの叱責に気にした様子も無く軽く頭を下げて形だけ謝る籠付。心が籠っていないのは明らかだった。

 先輩が素早く守善の顔を盗み見ると、そこには±0℃の無表情があった。ある意味怒髪天を衝いている方がマシにすら思える無表情だ。

 

「……すまんな」

「いえ、()()()()()()()()()()()()()

 

 言外に侮辱した当人は許さないと守善が伝えると、苦々し気な顔をしながら先輩も頷く。

 守善は籠付の名を心の閻魔帳に報復対象としてしっかりと書き残した。守善は執念深い性格だった。

 

「あのエリートは二ツ星冒険者ですか?」

「いや、キャリアは長いが一ツ星だな」

 

 その答えに守善は思わず失笑する。

 キャリアの長い一ツ星などある意味素人冒険者よりも質が悪い。冒険者部への入部が叶ったのも縁故を頼ったか金づると見られたかのどちらかだろう。

 

(だが丁度いい踏み台にはなるか)

 

 入部は断られたが、収穫はあったと嘘偽りなく満足する守善。この胸の内でどす黒く燃え盛る炎こそが最大の収穫だ。

 

「それじゃ、俺はこれで。先輩、縁があればまた」

「ああ、顔を見かけたら声をかけてくれ」

「いやいやいや、君じゃうちの先輩とは釣り合わないから。夢を見るのは止めておきなよ」

「籠付、いい加減に黙れ。一応いっておくが善意の忠告だからな」

 

 最後まで余計な一言を忘れない男を無視して、守善は冒険者部の部室をあとにした。

 

 




【Tips】時系列
本作における時系列について。
原作『モブ高生の俺でも冒険者になればリア充になれますか?』において、1999年七の月に迷宮が出現。
そこから約20年後の(おそらく)2019年10月が原作開始時期と思われる。
本作第一話の時系列は同年4月であり、原作主人公北川歌麿が冒険者となる半年前に物語がスタート。

※下記、第一話で登場した原作設定に関する【Tips】です。補足として記載します。たまに本作独自設定に関する【Tips】もあります。
※これら【Tips】あるいは百均氏の活動報告のQ&Aは原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。
 なお百均氏によるとこれらの情報(特に活動報告のQ&A)はあくまで現時点における設定とのことです。
 基本的に原作からそのまま転載していますが、一部意訳などしております。
 特に監修頂いている訳でもないので、あまり鵜呑みにせず補足としてお考えください。
 【Tips】、活動報告のQ&Aに限らず百均氏が本作の記述を誤りと言ったら誤りです。
 Q.つまり?
 A.百均様のお言葉(設定)は全てに優先する!


【Tips】迷宮
 ある時を境に突然現れた異空間。内部には危険なモンスターが蔓延る一方、魔法の道具や未知の金属など多くのリターンが存在する。迷宮によってその規模はまちまちだが、深部に行けば行くほど強力なモンスターが出現する。最深部には主と呼ばれる存在がおり、倒せばその難易度に見合ったリターンを得られる。
 迷宮は年々増加しており、消滅させる方法も判明していない。いずれ、世界中を迷宮が埋め尽くすという終末論も存在する。

【Tips】モンスターカード
 迷宮内で稀にモンスターが落とす謎のカード。モンスターたちを描いたイラストが描かれており、マスター登録をすることで自在にモンスターをカードから呼び出せるようになる。モンスターを呼び出している間、マスターへのダメージはすべてカードが肩代わりしてくれるため、迷宮攻略には欠かせないアイテムとなっている。モンスターは基本的にマスターの命令を聞いてくれるが、感情がある為嫌われると言うことを聞かなくなる。
 弱いカードほどドロップ率が高く安価で、強いカードほどドロップ率が低く高価。
 そして女の子カードは基本的に、需要の関係からどれも高額で取引されている。

【Tips】冒険者
 迷宮の登場により新しく生まれた職業の一つ。初期投資に金がかかり命の危険がある反面、収入は高い。近年の冒険者ブームにより、その危険性を理解せず冒険者になる若者たちが増加している。
 一ツ星から六ツ星の六段階でランク分けされており、三ツ星までをアマチュア、四ツ星からをプロと見なす風潮がある。
 プロ冒険者は、迷宮攻略の収入の他に、TV出演によるタレント業や動画投稿による広告収入、モンスターコロシアムへの出演料と賞金など様々な収入源があり、荒稼ぎしている。


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第二話 美人を見たら詐欺師と思え

 冒険者部の部室がある部室棟を後にした守善は建物すぐそばの自動販売機に寄った。そのまま適当な銘柄の缶コーヒーを買い込んでガブリと一口飲み下す。

 味は殆ど分からないが構わない。いまはただ胸を炙るような怒りの使い道を考えるのに忙しかった。何かをして気を紛らわせないとあの籠付という男を闇討ちする計画を真面目に練ってしまいそうだ。

 

「……………………」

 

 籠付が言ったことは正しい。

 冒険者稼業では200万円など正しく()()()()()()はした金だ。

 冒険者稼業をこなす上でカードを失っても痛手にならない資本力こそが最重要要素とも言える以上、守善は底辺冒険者と言われても反論はできない。

 ゆえに引き下がった。強いやつが正しい……と言うよりも弱者の言葉に価値はない。いまの守善は冒険者資格すら持たない弱者なのだから何を言おうと負け犬の遠吠えに過ぎない。

 だが引き下がるのはいまだけだ。

 

(籠付……さて、()()()()()()()()

 

 胸の中で溶岩のような恨みをたぎらせる。

 入部が認められなかったのはいい、想定内だ。

 最初から駄目もとでの入部希望だった。実績も人脈もある冒険者部が果たして経験のない素人の入部を認めるか。

 実質冒険者部という企業への入社テストに、ほとんど準備も出来ないまま挑んだ結果当然のように落ちた。それだけのことだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 絶対に許さない。舐められたことの落とし前は必ずつける。

 守善は漆黒の決意を新たにした。

 

(そのためにもさっさと二ツ星まで上がるとするか)

 

 短期目標としてはちょうどいいだろうと決定を下す。短期間での二ツ星冒険者への昇格、簡単ではないが不可能でもない。

 散々に見下した底辺が二つ星冒険者になって逆に見下してくる。そんな立場に追いやられれば、あのプライドだけ高そうな男はどんな無様を晒してくれるだろうか。復讐の手段としては手頃で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あの籠付とかいう男のおかげでモチベーションだけは最高潮だ。守善は籠付に感謝の念すら抱いていた、ただしその色合いは大いにどす黒く不吉なものだったが。

 そうと決意を定めれば、最早こんな場所に長居している理由はない。

 

(サークル棟は……意外と遠いな。構内が広いのも考えものだ)

 

 自販機近くの喫煙所に設置してある大学構内の地図を見ながらこれからのプランに考えを巡らせる。

 冒険者部に入部できれば最善だったが、失敗した時のセカンドプランも当然考えてある。腹立たしいが籠付が言った通り、冒険者サークルに足を運ぶのが次善だろう。

 

(冒険者サークル。冒険者部とは構成人員や運営手法がだいぶ違うらしいな)

 

 ガチガチの冒険者活動に勤しむ冒険者部と違って、比較的緩いのが冒険者サークルの特徴だ。休日やまとまった時間が取れた時だけ低ランクの迷宮に足を運ぶいわゆるエンジョイ勢が多い。

 籠付は冒険者サークルを底辺冒険者の巣窟と馬鹿にしていたが、これで冒険者部にないメリットも多くある。

 

(出費を抑えて冒険者を始められるのは大きい。監視付きってのは鬱陶しいが)

 

 その一例が低価格でのカードのレンタル制度や迷宮攻略に先輩が同行するメンター制度だ。

 自前でカードを用意するのが基本の冒険者部と異なり、冒険者サークルでは先輩から安い金額でカードをレンタル出来る。生命を賭けることに変わりはないが、金銭的リスクは比較的低めに抑えられるのだ。

 更にカードを貸し出す先輩が後輩の迷宮攻略に指導者(メンター)として(高価なカードの持ち逃げ防止も兼ねて)同行することで初心者の時期に起きる危険をほぼ排除できる。

 要するに冒険者部に入部するより安全かつ低い初期投資で始めることが出来るのだ。

 

(三桁近いサークル部員からまともな冒険者を見つけ出して師事する。それが次善策か)

 

 さらにこの大学の冒険者サークルは他の大学よりも質と量が段違いに高いと有名だ。もっともそれは冒険者部への入部を拒まれ、夢破れた先に冒険者サークルに居場所を見つけた者たちが多いという残酷な現実があるからなのだが。

 そうした玉石混淆の人材の中から玉を見つけ出して師事する。それが比較的手っ取り早い上達方法だろう。

 だが、

 

(……冒険者部への入団が最善だったが。冒険者サークルか)

 

 憂鬱な気持ちとともにため息を一つ吐く。

 守善が恐れるのは冒険者サークルの緩んだ空気に己が取り込まれることだ。

 

(冒険者サークルはヌルい)

 

 事実である。構成員の比率がエンジョイ勢に片寄っているのだからこれはもうどうしようもない。

 大学生活の合間に冒険者業を楽しむエンジョイ勢と、冒険者部のように頻繁に迷宮へ遠征し攻略に勤しむガチ勢では漂う空気から違う。

 そうした空気、環境によって人の成長は目に見えて変わってくるのだ。自分を鍛えるのならばより厳しい環境の方が良いと守善が考えるのは自然なことだった。

 

(中途半端が一番タチが悪い。上を見続けなければアマチュアの小金稼ぎが成れの果て。()()()()()()()()()、だ)

 

 と、某海賊王漫画の中で一番好きな海兵キャラの台詞を借りる。毀誉褒貶が激しいキャラクターだが守善としてはあれくらい首尾一貫している方が好ましい。

 守善にとって冒険者稼業は人生の浮沈を賭けた一発逆転のギャンブルだ。学生だからと言い訳して中途半端な結果でお茶を濁す気はなかった。

 

(目指すは最低でもプロ、四ツ星冒険者だ)

 

 なお日本に存在する全冒険者十五万人のうち、プロと呼ばれる者たちはわずか百数十人程度。0.1%以下だ。

 地獄のような狭き門であることは重々承知だが、守善に諦めるつもりは毛頭なかった。

 気がつけば手の中の缶コーヒーはすっかり空になっていた。

 

「行くか」

 

 無造作に空き缶をゴミ箱に投げ込むとサークル棟へ向かうために眺めていた地図に背を向ける。

 そして、

 

(――誰だ、あの女)

 

 と、ここで一人の女に気付く。一瞬喫煙所の利用者かと思ったが違う。明らかに守善に視線を向けている。

 

 

※白峰響のイメージAA

 

 

 まず目に付くのは圧倒的な長さの艷やかな黒髪とメリハリの効いたスタイルの良さだろう。

 古風に表現すれば烏の濡羽色の艷を湛えた黒髪が腰まで届くロングポニーテールに括られている。この髪一つで衆目の視線を集められそうだ。

 更に女性なら誰もが羨みそうなグラマラスという言葉を体現したスタイル。170センチを超えていそうな高身長だから一見目立たないが、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる黄金比のようなボディラインだ。

 顔もいい。形よく整ったパーツが左右対称にバランスよく配置され、凛とした美人に仕上がっている。

 まとめれば男なら誰でもむしゃぶりつきたくなるような極上の美人。それも一晩ベッドをともにするために貢いで破産する男が出そうなほどの。

 だが同時にそんなお安い女でないこともひと目で分かる。姿勢良くピンと背筋を伸ばし、そのファッションもビジュアルの良さに負けないくらいキメている。こちらを睨むような目付きにはギラギラとした強い輝きがあった。

 

(初対面……の、はずだが)

 

 可愛いというよりは綺麗。綺麗というよりは格好いい。男よりも女にモテる。そんなタイプた。

 自然と衆目を集めてしまう美人の視線が明らかに守善へ向けられている。

 春の季節、新しい男女の出会いなどと浮ついた気持ちは全く浮かばなかった。浮かんだのは不審の念であり、猜疑心だ。

 

(美人を見たら詐欺師と思え)

 

 とまでは口に出さないが、警戒するに越したことはない。特にいま守善の懐には冒険者部入団に備えて持ち出した大金が収まっているのだ。守銭奴の警戒心が高まるのは必然だった。

 

(美人ってのは自分の面の良さを利用する方法を知ってるもんだ)

 

 顔が良いというのは相手の警戒心を本能的に解く要素の一つだ。初対面の異性が美男美女だったなら誰しも第一印象はいいだろう。

 もちろん世にいる美男美女全てが詐欺師なはずもないが、守善はそもそも自分自身以外ほとんど全ての人間を信じていない。なのでこの猜疑心の強さは守善にとって平常運転なのだ。

 

「こんにちわ」

 

 そんな捻くれた根性で物事を見る輩に向けて朗らかな笑みを浮かべた女が歩み寄ってくる。

 

「……どうも」

 

 カツカツと履いたヒールから高い音を立てながら近づいてくる女に向けて守善は無表情にそう返した。もちろん頭の中では相手の出方を伺い、その狙いを探っている。

 

「凄い目だ。今にも人を殺しに行きそうだね」

 

 楽しげな声だった。

 守善が抱いた怒りの炎を見透かしたような言い草。中々パンチの効いたファーストコンタクトだった。

 

「残念ながら殺人は法律で禁止されているもので」

 

 視線を避け、パーカーのフードを目深にかぶる。

 なお発言自体は100%本気だ、何がどうと明言することはないだろうが。

 

「ハハ、禁止されていなければ君はどうしていたのかな」

「それをあなたに言う必要が?」

「ないね。まあ、デートに誘うための口説き文句みたいなものだ。あまり気にしないで欲しい」

 

 牽制代わりに声音に不審さをたっぷりと込めて逆に聞き返すと、サラリとかわされた。思わせぶりな台詞まで投げかけてくる。しかも視線が合うと軽く肩をすくめてウィンクのおまけ付きだ。

 

(見かけによらずタフだな。しかも美人。才色兼備ってのはいるところにはいるらしい)

 

 素直に感心した。元々外面がいいとは決して言えない守善だ。ことさら不機嫌を装った声音で会話しながら滑らかにコミュニケーションが成立しているのは女の図太さによるところが大きい。

 

「新入生のようだし()()()()()()、かな? 私は白峰(しらみね) (ひびき)。二年生だ。この大学に冒険者サークルに所属している」

 

 さらにそのまま自己紹介まで始めてしまった。

 守善が身体全体で胡散臭さを警戒する雰囲気を表現しているのにまるで気にした様子がない。

 しかし妙な含みがありそうなイントネーションでのハジメマシテだったが……。

 

(まあいいか)

 

 初対面にしてはやけに馴れ馴れしい先輩だが、記憶のログを総ざらいしても心当たりがない。これだけ印象的な女を忘れるとは考えづらいのでそれ以上気にしないことにした。

 

「堂島 守善。お察しの通り新入生です」

「やあやあよろしく。この大学のことなら何でも聞いてくれ。折角後輩と縁が出来たんだ、先輩として努めを果たしてみせよう」

 

 と、早速先輩風を吹かせてくる。こちらの拒絶を気にせずグイグイ距離を詰めてくるあたり、正直苦手な手合いである。

 挙げ句、

 

「ところでちょうど君みたいな新入生を探していたんだ、少しお姉さんとお茶でもどうかな?」

 

 などとのたまう。

 ある意味夢にも出てこないようなシチュエーションでの逆ナンだ。

 

「まず要件を聞いても? ナンパしたくなるようなツラじゃないことは自分でも承知していますが」

 

 響が言っていたようについさっきまで人でも殺しそうな顔をしていた自覚はある。話しかけたくなるような雰囲気ではなかっただろう。尤も狷介な顔つきと雰囲気は今に限った話ではなく、堂島守善のデフォルトなのだが。

 半ば自虐の籠もった皮肉を口にするが、白峰響は動じた様子もなく本題を口にした。

 

「そうかな? 私はそうは思わないけどね。ま、さっさと白状するとスカウトさ。冒険者志望だろう、君。察するに冒険者部へ入部希望して一蹴された口かな」

「ええ、まあ」

 

 わざわざ隠すような話でもない。頷いて肯定する。とはいえ何故それが分かったのかは少し疑問が湧くが。

 

「実を言えば、この時期にはよく見る光景だ。よく観察すればなんとなく見分けが付いてくるくらいにはね」

「なるほど」

 

 苦笑しつつ経験則だと語る言葉には説得力があった。この大学を受験する学生の志望動機の幾らかは例の冒険者部が関わっているという。プロが在籍する冒険者チームの知名度はそれだけ大きいのだ。

 

「入部を蹴られた新入生の反応は大体3つだ。そもそも冒険者になるのを諦める、または妥協して冒険者サークルに入る」

「……最後の一つは?」

 

 わざわざ3つと言っておきながら2つ目の反応で止めるのだから向こうの意図も読める。問いかけるとよくぞ聞いてくれたと不敵に笑って頷き、彼女の目的を口にした。

 

「諦めない。むしろ彼らを見返すために自分を奮い立たせる。私はそういうタイプの新入生が欲しくてね」

 

 初対面だというのに確信したように語る言葉には、守善の胸の内に燻る炎を煽り立てる力があった。

 まるでよく知る相手について語るかのようにその目には確信の光が宿っている。

 

「それが俺だと?」

「ああ、君の目はいい。冒険者部に拒まれても全く諦めていない。それどころか彼らを叩き落としてやるとすら決意している。どうかな? 私の見込み違いかい?」

「否定はしません、が…」

 

 湧き立つ思いを抑え込み、一呼吸分だけ沈黙を挟んで冷静に事態を振り返る。

 

(率直に胡散臭い)

 

 と、守善は思った。煽られた感情を取り除いて考えればそれが素直な感想だ。

 美人が馬鹿の自尊心を煽ててなけなしの金を搾り取るための詐欺師の口上にしか聞こえない。

 

「せっかくのお話ですが……」

 

 守善が後ろ向きな姿勢になったことを響も察したのだろう。

 ニコリと笑って手札の一つを切った。

 

「ちなみに私は学内でも数少ない三ツ星冒険者だ。君にとって悪い話じゃないと思う」

「へえ……」

 

 嘘偽りなく驚き、感心を込めた相槌を打つ。

 三ツ星冒険者はプロ一歩手前、セミプロと呼ばれる優秀な冒険者だ。たどり着けるのは当然一握りで、三ツ星冒険者になると稼ぎ方や収入の桁もはっきりと違ってくる。モンコロ、モンスターコロシアムと呼ばれるモンスター同士の戦いを見世物にしたTV興行に出場出来るのも概ね三ツ星冒険者からだ。

 その平均年収は驚きの2000万円〜4000万円。大概の実業家よりも稼いでいる。つまり彼女が守善を騙して小金を稼ぐ暇があるなら、ダンジョンに潜ってリターンを狙うほうがよほど美味しいことになる。

 

「冒険者ライセンスを見せてもらっても?」

「もちろん。さあどうぞ」

 

 なめらかな仕草で懐から取り出された冒険者ライセンスが守善の手に渡る。

 ライセンスを見れば表面に大きな星が3つ刻印されている。三ツ星冒険者の証だ。

 更に顔写真と名前や冒険者登録したギルド支部の名前が載っている。裏面には迷宮の踏破実績。どうやらかなりハイペースでDランク迷宮に潜っていることが読み取れた。元々可能性は低かったが、偶然に助けられた名ばかりの三ツ星というわけでもなさそうだ。

 響の話に嘘がないことを確認するとそのままライセンスを返す。

 

(瓢箪から駒、棚から牡丹餅か? 何にしろこれに乗らない手はない)

 

 響の話に裏が取れると、守善は途端にこの誘いに乗り気になっていた。

 三ツ星冒険者による指導。それはただ金を払うだけでは得られないような大きなメリットだ。もちろん美味しい話の裏にはよく注意する必要はあるが……。

 

(毒が盛られていても皿ごと食い尽くす気概で行くべきだ。警戒さえ怠らなければ問題はない)

 

 正気にて大業はならずとも言う。

 どの道まともなやりかたではまともな成果しか得られない。守善は金を稼ぎたいのではない、大金を稼ぎたいのだ。

 響が己を利用して利益を得るのならば、己もまた響を利用しそれ以上に金を稼げばいいと結論する。もちろん騙し討ちには相応の報復を。

 

「どうかな? ひとまず話を聞いてくれるだけでいい。無駄になるとしたら、多少の時間くらいだ。そんなことにはならないと思っているけどね」

「もちろん受けます。場所はここで?」

「いや、大学のカフェテラスにしよう。うちはコーヒーは微妙だが、ケーキはいろいろ取り揃えてあってね。結構イケるんだ。どうだい、奢るよ」

「是非とも」

 

 守善は一瞬で食いついた。守銭奴は奢りという言葉に弱いのだ。

 露骨なくらい現金な様子に響はクスリと笑った。

 

「一つ、質問をいいかな? 君が冒険者になろうとする理由はなんだい」

「金儲け」

 

 なんの気なしのちょっとした質問に守善はそう答えた。

 端的に、考えるまでもないという風に。清々しいまでに金銭欲を漲らせながら。

 

「それはどれくらいの?」

「稼げるだけ、どこまでも上に」

 

 続く質問にもよどみなく答える。貪欲に獲物を探す鮫さながらに凶悪な笑みを浮かべて。

 女もまた応じるように軽やかに笑った。

 

「奇遇だね。私が冒険者をやってる目的も金儲けなんだ」




【Tips】アマチュア冒険者のランクごとの収入
 一般的な冒険者のランクごとの収入(年)は以下の通りとなる。
 ・一ツ星:数十万円〜二百万程度。
 ・二つ星:数十万円〜一千万以上
 ・三ツ星:二千万円〜四千万円程度

 一ツ星の収入はエンジョイ勢としての収入となる。その大半は大学生やサラリーマンなど本業を持つ者が多く、冒険者はあくまで副業、週末のちょっとした運動でしかない。本格的に稼ぎたい者はさっさと二ツ星へとランクアップする。
 二ツ星からはエンジョイ勢と専業とプロ志望が玉石混交となる。専業は、二ツ星で心が折れたが月に何個か迷宮を踏破して年に400〜600万円程度稼いで暮らす者たちである。主戦場はFランク迷宮。プロ志望たちは年に一千万以上稼ぐことも珍しくないが、そのほとんどは三ツ星に上がるための投資に使われるため所得自体は低い。主戦場がFランク迷宮となる専業と違い、積極的にEランク迷宮に潜るためDランクカードの消耗率も高く、イレギュラーエンカウントとの遭遇率も上昇するため死亡率が高い。
 三ツ星。エンジョイ勢はゼロ。全員プロ志望か専業。毎日のように泊りがけで迷宮に潜っているにもかかわらず学生である歌麿の半分以下の収入なのは、複数人でのチームを組んでいるのと蓮華によるドロップ率上昇の加護が無いからである。

※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。

補足:
①歌麿:原作主人公北川歌麿のこと。
 蓮華:相棒の座敷童。
②冒険者の等級は最下級の一ツ星から最高の六ツ星までの六段階存在する。
 一~三ツ星資格までがアマチュア、四ツ星以上がプロとされるが五ツ星は世界でも一握り。六ツ星に至っては存在しない。
 本作主人公が在籍する大学は校内に有名なプロ冒険者チームを擁し、全国の学生冒険者を誘引している関係から学生冒険者の数が非常に多いが、それでも三ツ星冒険者は十指に満たない。


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第三話 人間には傍若無人なくせに金に対しては真摯な男

 ところ変わって、大学構内に置かれたカフェテラスにて。

 店内は落ち着いた色合いの調度品が置かれ、お洒落ではないがまあまあ味のある内装だった。

 

「うーん、やっぱりコーヒーは微妙だな。ケーキは近くのいい店から仕入れてるらしいから中々なんだけど」

 

 そうした落ち着いた雰囲気の店内でコーヒーを味わう響の存在ははっきり浮いていた。

 それなりに客がいる店内の視線が残らず響がかっさらっている。

 

「あれ、白峰先輩?」

「わ、わ……! なにあの人超美人じゃん」

「一緒にいるのは知らない顔だな。新入生?」

「なんだ、あいつ……」

「釣り合ってなくね? なにあのボロい服」

 

 ひそひそと囁かれるささやき声。

 響きに向けられた称賛と憧れ。それと反比例するかのように守善には仄暗い悪意が込められた不審と嫉妬が突き刺さる。

 貧乏故の傷んだ古着に身を包む守銭奴はそれら()()の全てを図太く聞き流す。服はボロでも心は錦……と主張するには厚顔すぎるが、清潔さや身だしなみには気を使っている。ならばいまはこれが守善が身に付けられる正装だ。

 有象無象よりも意識を向けるべき向かいの美女へ真っ直ぐに視線を向けた。

 

「……選ぶ場所を間違えたかな」

「俺は別に構いませんが?」

 

 肩をすくめて気にしていないと答えると、響は目を瞠った。軽く周囲を見渡し、突き刺さる視線と陰口の数々。更にそれを意にも介していない守善を見比べると微苦笑を浮かべた。

 響も守善の面の皮の厚さが中々のものだと理解したのだろう。微苦笑にこもる感情は称賛と呆れが半々と言ったところか。

 

「なるほど。余計な気遣いをしたようだ」

「なんのことやら。そんなことより」

 

 サラリと周囲の野次馬たちをそんなこと呼ばわりしつつ言葉を続ける。

 

「中々有名人なようで」

「まあ、三ツ星冒険者って肩書は人目を惹くからね」

「それだけでもなさそうですがね」

 

 むしろ三ツ星冒険者など白峰響を構成する社会的地位(ステータス)の一つに過ぎない。そう思わせるオーラがある。

 それだけの美貌の持ち主であるし、凛とした立ち居振る舞いからは育ちの良さを感じる。ありふれたカフェテラスの中で響だけがくっきりと鮮やかに浮かび上がって見えるほどだ。

 

「私としては純粋に冒険者として評価をして欲しいんだけどね」

 

 苦笑に憂鬱な気配を混ぜ込み、少しだけ切なそうに憂いを零す。なんとも絵になる憂い顔だった。美人は何をしても美人だな、と斜め上の感心を抱く守善。

 現状の彼女にとって周囲からの過剰とも言えそうな称賛の視線は好ましいものではないらしい。

 が、それを聞いた守善といえば。

 

「無理でしょう。人間、ルックスと評価は切り離して考えるのは難しい。なにせ顔は個人を表す第一のアイコンな訳で」

「言い切るね。まあ、私も理解しているよ。それでも愚痴を零したくなることもある」

「ご自由に。ただ、愚痴をこぼす相手を間違えていると言わせてもらいましょう」

 

 響の葛藤を気にした様子もなくばっさりと断ち切った。

 ある意味小気味の良い言い草に響ははっきりと苦笑を深めた。

 

「……少しだけ君のキャラクターが掴めた気がするよ。中々容赦がない」

「不躾な貧乏人はお嫌いですか?」

「いや? むしろ下手に言葉を飾らない方が好ましいと思える。私、君のことが好きだな」

 

 そう言ってテーブルに肘をついて組んだ両手のひらの上に顎を乗せたあざとい仕草で明るく楽しげな笑みを浮かべる響。

 もしや目の前の美人は自分のことが好きなのでは、と。下手をしなくても男の勘違いを招きそうな言動だったが、

 

(なるほど。確かに不味いな、コーヒー。ケーキの方は中々……)

 

 守善の心は全く揺れなかった。ガブリと一口啜ったコーヒーの感想をこっそり胸で呟いていた。さらにフォークで切り分けて口元へ運び、満足げに頷く。

 

(なによりタダというのが良い。不味くても我慢できるし美味いなら得した気分になれる)

 

 うんうんとひとり納得した風に頷く守善を見て響は不思議そうにしていた。女の魅力より先に金の魔性に囚われた守銭奴の悲しい性である。

 

「そろそろ本題に入ろうか。お互いの利益について話をしよう」

「伺います」

 

 守銭奴の興味を惹くのに十分な台詞に、ケーキを切り分けるフォークを置いて守善は居住まいを正した。

 人間には傍若無人なくせに金に対しては真摯な男なのだ。

 

「三ツ星冒険者による指導、興味はあるかい?」

「もちろん」

 

 高校三年間を冒険者になるための準備に充てたとは言え、所詮守善は知識だけの素人。実戦経験は一度もない。熟練者による教導は黄金よりも貴重だ。

 

「なら話が早い。このまま私の所属する冒険者サークルに入部してくれるようなら私が君のメンターを務めよう。出来る限り君のランク昇級に向けてサポートもするつもりだ」

 

 指導者(メンター)

 要するに冒険者サークルで後輩の面倒をマンツーマンで見る先輩のことを指す。

 低額での所持カードの貸し出しやFランク迷宮の攻略に同行してノウハウを伝えたりと接触の機会は他の部員よりも遥かに多くなるだろう。良くも悪くもお互いに深く関わり合うことになる関係である。

 三ツ星冒険者をメンターに迎えるメリットは守善にとって計り知れない。とはいえこの段階で飛びつくわけにもいかない。

 

「こちらが払う対価は?」

 

 余計な装飾は抜きに、まっすぐに切り込む。三ツ星冒険者がわざわざ素人をヘッドハントする理由が思いつかない。つまり守善では想像の出来ない裏があるということだ。

 

「私が作る冒険者チームへの加入。要するに青田刈りだね」

「こちとら新人にもなっていない冒険者未満ですが?」

 

 他にスカウトすべき候補はいないのかと不審の念を強めて問いかける。

 白峰響という極上のブランド力を持つ三ツ星冒険者が一声かければ有象無象の希望者が掃いて捨てるほど集まるに違いない。だというのに響が素人をヘッドハントしている状況がすでにおかしいのだ。

 守善の疑念を感じ取った響は諦めたように両手を上げ、率直に自らを取り巻く事情を語った。

 

「……私の望みは自分自身が率いるプロ冒険者チームを立ち上げることだ。だがそのせいか冒険者部とも冒険者サークルとも微妙に距離をあってね」

「というと?」

「既に発足したプロチームである冒険者部には入れない。冒険者部から見れば未来の商売敵だ。排除ないし友好関係という体で上から押さえつけたいのが彼らの本音さ」

 

 あそこの部長に便宜を図るから男女の関係になれと迫られたこともある、と苦味の強い呟きを零す響。嫌悪感と苦悩に揺れる顔だった。

 

「彼らにすれば私は見栄えのいいトロフィーという訳だ。自分で言うのは面映いが、確かに見た目だけはいいだろうね」

「そこは見る目があると褒めてもいいのでは? 敢えて不躾に言わせてもらいますが、先輩なら大人気の客寄せパンダになれるでしょうね」

 

 肩をすくめながらの守善の率直な評価に響は苦笑した。聞きようによっては大分失礼な言葉を気にした様子もなくサラリと言うものだから不思議と嫌味がない。

 

「かもしれない。こう言ってはなんだが、求められた役割をやりきる自信はあるよ。だが私個人は客寄せパンダに興味が無いんだ。だから冒険者部に入るつもりはないし、逆に協力を求めるのも難しい」

 

 なるほど、と守善は頷いた。

 

「逆に冒険者サークルの方はもっと単純だ。募集をかけても人材がいない」

「……あそこは百人近く部員がいると聞きましたが」

「私が求めるのは冒険者に本気で取り組む、いわゆるガチ勢だ。だが実際には募集をかけてもエンジョイ勢しか集まらない。去年一年をそれで棒に振った」

 

 冒険者部について話すよりも更にうんざりとした語調だった。人材集めに苦しんだという申告も嘘では無さそうだ。

 

「冒険者サークル。所属している私が言うのも何だが……本気で冒険者として成り上がろうとするならいっそ近づかないことをお勧めするよ」

「……話だけならメリットも多いと感じましたが」

「決してサークルそのものを批判するつもりはないんだ。ただ、現在の代表の方針は『命を大事に』でね。もちろんそれ自体は悪いことじゃない。だが」

 

 だが、の先に続ける言葉に検討が付き、言葉を引き継ぐ。大分手厳し目に。

 

「安全な攻略とそれなりの報酬に慣れて上を目指す気概が腐っていく」

 

 冒険者は一ツ星でもやりようによっては比較的簡単に数十万円〜二百万程度の年収は稼げる。しかも本業ではなく週末や休日など時間がある時にこなせる副業としてだ。手軽にまとまった金を稼げる小遣い稼ぎという感覚が定着してしまえば、上を目指す気概が自然と失われていくのは想像に難くない。

 

「……集団の空気は時に伝染病よりもタチが悪い。だから私の目的のために出来る限り早い段階でこれはと見込んだ人材を引き込んで互いに切磋琢磨出来る空気を作りたい。そのために君みたいなギラギラした上昇志向の持ち主は是非とも欲しい」

「ちなみにチームの人数は?」

「君が入れば三人目だ」

 

 まだ三人と言うべきか。はたまた未来のプロチームの初期メンバーに選ばれたと考えるべきか。

 

「チームを組んだ時の分け前や体制についてはどうなっているんです?」

「今の段階でははっきりとは固まってない。私自身がまだ三ツ星に過ぎないからね。私がプロになる前に君がチームに入る資格を示せば、君の意見にも耳を傾けるよ」

「資格とは?」

「最低でも二ツ星への昇格。ただしそのまま三ツ星も目指してもらう。貪欲に上を目指さないメンバーは全体の足を引っ張るだけだ」

「その点については大いに同感ですね。では」

 

 上を目指さなければ現状維持すら出来ずにズルズルと落ちていくだけだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……なるほど」

 

 響はすぐには答えずにコーヒーを一口飲んだ。

 

「私が求める水準に君の力量が届かない場合、もちろん見限らせてもらう。それに私が君に投資したリソースは回収できる分は回収する。とはいえ水に落ちた犬を叩く趣味はない、とは言っておこうか」

「それは安心ですね」

 

 二人の笑みは油断のならないビジネスパートナーに向けるようなシビアな色合いを含んでいた。互いを繋ぐのはあくまでも利害関係だと確認したからか。

 

「逆に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、互いが互いに……とはそういう意味も含む。響の庇護が不要になった時……つまり守善が響と同格以上の冒険者に追いつく未来も無くはない。そうなった時、貴方はどうするのかと守善は言外に問いかけたのだ。

 守善からの挑発に似た質問に対し、響は穏やかな笑みすら浮かべて答えを返した。

 

「好きにすればいい。私の力が必要ないと思えば、無理に縛られる必要はない。出ていく前にこちらが着せた恩の分くらいは返してくれるだろう?」

「もちろん。投資には相応のリターンがあるべきだ。必ず貴女を満足させてみせます」

 

 そしてその回答は守善の好みだった。つまり不義理さえしなければ独立すら認めるという言質だ。

 とはいえ現実的に考えればまずプロになるのは極めて困難。さらに三ツ星冒険者である響が持つ伝手や資金力を放棄して独立するメリットなどほとんどない。今の段階では絵に書いた餅よりも現実味のない話だった。

 守善にとっては一方的に都合のいい手下にはならないというポーズのようなものだ、()()()()()()

 

「納得しました。至らない後輩ですが、これからはご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。先輩」

 

 契約締結の証として、守善は殊勝に頭を下げた。

 守善は頭を下げるのが嫌いなタイプだが、それは大体の場合相手に頭を下げる価値がないと思っているからだ。

 逆に言えば頭を下げることで己にプラスがあるならば、頭を下げることに躊躇いはない。

 そして目の前の白峰響という冒険者には十分その価値がある。

 ただし、

 

(俺が貴女の後輩(した)である限りにおいて)

 

 とも付け加える。

 

(どこまでも貪欲に上を目指せ。そう言ったのは貴女だ)

 

 不義理はしないし、損もさせない(向こうもそれを守る限りは)。()()()()()にそんな真似をするなど守銭奴の信義に悖ると守善は考える。

 だがそれはそれとして高みにいる白峰響の足元に手をかけ、その上に立ち、対等以上の立場を目指すことを控えるつもりは全く無い。

 守善は下剋上を実行する気満々だったし、特にそれを隠してもいない。そして響も三ツ星冒険者の余裕からかそれを認めてもいる。ならばあとは這い上がるのみ。それが先程発言した意図の残り半分だ。

 

「やあ、嬉しいね。これからよろしく頼むよ、守善君」

 

 だから嬉しそうに微笑む白峰響の笑顔は、なんとも得体が知れなかった。

 本当に、心の底から喜ばしいと分かる笑顔なのだ。反骨の意思を隠しもしない後輩を前にして。

 

(こっちの器を見切られているか、単純に人員増加を喜んでいるのか。どちらにしても退屈だけはしそうにないな)

 

 それは守善にとっても喜ばしいことだった。

 一筋縄では行かない相手だからこそ、冒険者のイロハを学ぶためのいいお手本になるだろう。

 貪欲に、どこまでも上に。守善はただ上だけを見ていた。

 



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第四話 モンスターはマスターの道具

 白峰響との出会いから数日後。

 守善はギルドで冒険者登録を済ませると 通学する大学に比較的近いF ランク迷宮へ赴いていた。

 実は大学の構内にもダンジョンは存在する。冒険者部が管理するCランクのプライベートダンジョンだ。通常一般人の立ち入りが規制されるプライベートダンジョンだが、大学所属の冒険者に限り一部区画を除くEランク階層までは自由に攻略可能だったりする。

 まず利便性の高いプライベートダンジョンを利用して冒険者のイロハを習う、そういうルートもあったが守善が拒否した。

 守善の掲げる短期目標は二ツ星冒険者への昇級。

 そのための条件はFランク迷宮十個の踏破である。プライベートダンジョンに挑んだところで腕は磨けても昇級には繋がらない。

 響とも話し合い、利便性よりも F ランク迷宮の踏破という実績を求めて外部の迷宮を攻略することに決めたのだ。

 大学の近辺にある F ランク迷宮を近い場所から十個攻略。それがとりあえずの目標である。

 

「ここが迷宮か」

「どうかな? 初めて入った迷宮の感想は」

 

 周囲を見渡すと深い森の鬱蒼とした木立が立ち並ぶ。背後には黒く渦巻く奇妙な球体。これこそが迷宮の入り口であり出口。

 守善達はつい先程この黒い球体を通って現実世界から迷宮へと空間転移(ジャンプ)してきたのだ。

 

「特になにも。お化け屋敷も入り口に足を踏み入れた時点じゃ感想もなにもないでしょう」

「普通は結構驚くものだよ。なにせ外とは全く違う環境に放り出される訳だからね」

「まあ確かに。夕暮れのビル街から昼間の森の中へ突然の切り替わりは多少驚きましたが」

 

 現実世界は日が暮れようかという夕方。だが守善達がいる迷宮は燦々と陽光に照らされ、深い森の奥に幾つも木漏れ日が出来ていた。まさに別世界に足を踏み入れたと言うべき環境の変化だ。

 

「ここはまだ安全地帯という認識で合ってますか?」

「そうだ。迷宮の出入り口となるゲートの前。そして各階層の階段前は安全地帯……モンスターの立ち入り不可区域だ。もちろん油断は禁物だけどね。なにせここは迷宮だ」

「了解。そのためにこんなゴツい装備まで整えたんだ。無駄にはしませんよもったいない」

 

 言葉通り守善が身に纏う装備は迫力のあるミリタリー仕様だった。

 冒険者ギルドで購入したボディアーマーとタクティカルベストを着込み、腰のベルトにはスタンロッドと強力なスリングショットを装備。さらにスリングショット用にうずらの卵サイズのパチンコ玉や役立つ小物を詰めたベルトポーチ。背中に背負ったミリタリーバッグには簡易の救急医療キットを始めとする攻略用の装備を詰めてあった。追加で保険として、回復用ポーションをいくつかリュックサックに詰めてある。

 これだけで十数万円という消費だ。初期資金二百万円の一割弱を食いつぶしたことになる。

 とにかく冒険者の始まりには初期投資がかかるということが嫌というほど理解できた。

 

「冒険者登録の時に貸したモンスターカードは持っているね」

「もちろん」

 

 響が話を進め、守善も応じて懐からカードを一枚取り出した。

 

「Dランクモンスター、オーク。初心者が扱う分には手頃なところでしょう」

 

 懐から取り出したカードに描かれているのは豚面が特徴の逞しい亜人型モンスター。

 タフネスと膂力が売りで、弱点は鈍足と遠距離攻撃の手段を持たないこと。またあまり手先は器用ではない。不人気で比較的安い。

 流れるようにモンスターの特徴を諳んじた守善に、響は感心した顔をした。

 

「流石。それじゃ早速召喚してくれ」

「分かりました」

 

 召喚にあたり、特に難しいことはない。

 自分の血を一滴カードに垂らしてマスター登録を行ったあと、モンスターを呼び出すことを強く念じるだけだ。

 

「来い、豚」

 

 守善はベストのホルスターから取り出したカードを掲げ、短く呼びかけた。

 

「ブモオオオォォ……!」

 

 カードが淡い光を放ち、唸るような咆哮とともに直立二足歩行する豚面の逞しい巨躯が虚空から現れる。

 オークは出現するとすぐに何もない虚空から鉄の斧を取り出し、両手に構えてブンと力強くひと振り。武器の調子を確認するとそのまま黙って立ち尽くした。

 まるでこちらの命令を待つように。

 

(聞いていたとおりだな。モンスターはマスターの奴隷ってわけだ)

 

 モンスターカードは基本的にマスターの命令に服従する。そしてマスターを傷つけることはできない。

 ただし例外もあり反逆系のマイナススキルを持つモンスターは命令に従わなかったり、もっと積極的に逆らうこともあるという。

 ただカードがマスターに危害を加えることはできない。これはかなり確かな情報だ。

 そして守善にとってひとまずそれだけわかっていれば十分だった。

 

「それじゃあ私も。来てくれ、オルマ」

 

 響が呼び出すのはDランクモンスター、シルキー。

 イングランドに伝わる家妖精の一種であり、屋敷に憑いて家事を行うと言われている。

 その外見を一言で言えば、ロングの美しい銀髪を翻した瀟洒なメイドだ。

 

 

※シルキー・オルマのイメージAA

 

 

 オークと比較すればビジュアルの差は一目瞭然。豚と真珠、美女と野獣だ。

 

「ほぉ……」

 

 思わず感嘆のため息が漏れる。流石は女の子モンスター。人間の上澄みレベルの美女がデフォルトという反則的な顔面偏差値だ。

 メイド喫茶で見るような色気優先のパチモノとは明らかに違う落ち着いた雰囲気のメイド服がよく似合っている。

 顔とスタイルは女らしさを全面に押し出した極上モノ。折れてしまいそうなくらい細い腰なのにバストとヒップはたっぷりと育っている。肉の果実と言えばまさにこれを指すと言っても言い過ぎではないだろう。

 優しげな顔立ちはマスターがどんな我が儘を言っても優しく受け入れてくれそうだ。加えてメイドという男心を強烈にくすぐるフェチズム。

 売り払えば一体いくらになるだろうかとついソロバンを弾いてしまったのは守銭奴の性だろう。

 

(マスターが男なら絶対に手放さないだろうな)

 

 単なる事実に基づく感想として、守善はそう思った。手元において愛人として寵愛するに違いない。

 優雅で瀟洒なメイドそのもののくせにエロティックな魅力が尋常ではない。特に首元と両手首に嵌められた首輪・手枷はマスターへの隷属を無言で主張しているようで背徳的ですらあった。

 

「先輩はモンスターに名付けを?」

 

 名付け。

 それは所有するモンスターに固有の名前を与える事ができる迷宮のシステム。例えば響はシルキーをオルマと呼んだが、これがまさに名付けをされたモンスターだ。

 通常モンスターは限界以上のダメージを与えられるとロストし、カードは失われる。だが名付けを行うことでロストしてもソウルカードが残され、同種族・同性のモンスターカードを使うことでそのままの人格・容姿をもつモンスターを復活させることが出来る。珍しいスキルを所持していたりチームとしての連携を覚え込ませたモンスターを復活出来るのは一見とても大きなメリットだ。

 だが名付けをしたカードは初期化不可……他人が扱うことが出来なくなり、売買の対象から外れる。つまりは()()()()()()()()()()()

 カードの売買は冒険者にとって重要な収入の柱であり、軽々に名付けをする冒険者は冒険者失格とすら言われている。

 守善にとっても自らカードの金銭的価値を損なうありえない行為、という認識だ。

 

「メインで使うカードにはほとんどね。迷宮では信頼できる仲間は何よりも貴重だから」

「お初にお目にかかります。お嬢様のメイド、オルマと申します」

「堂島守善だ。先輩の教え子ということになる。よろしく」

 

 片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げる。背筋は伸ばしたままスカートの両裾を持ち上げて優雅に一礼。気品すら漂うお手本のようなカーテシーに感心しながら軽く挨拶を交わす。

 

「ところで仲間、とはモンスターのことですか?」

「もちろんだ。彼らは誰よりも私と苦楽を共にする一番の仲間だ」

 

 はっきり言って理解しがたい。その念を込めた問いにも堂々とそう返す響。守善にはその言葉を本当の意味で理解することはできない。ただ、本気で言っていることだけは分かった。

 理解はできずとも、先達である三ツ星冒険者の言葉だ。ふむ、と一つ漏らして守銭奴は守銭奴なりに響の言葉を理解しようと務める。

 

「君は名付け反対派かい?」

 

 難しい顔をして唸る守善へ響が問いかける。すると悩むのを止めた守善は疑問を浮かべながら率直に意見を述べた。

 

「反対というよりもモンスターを仲間と呼ぶ意味が分からない、が近いですね。モンスターはマスターの道具でしょう?」

「……なるほど。君はそういうタイプか」

「なにか問題でも?」

 

 守善ほど割り切ってカードを道具扱いするマスターは珍しいが、実のところ似たような考え方のマスターは決して少なくない。マスターに絶対服従のモンスターという構図は両者が互いを対等の仲間と見做すには大きすぎる障害なのだ。

 

「いや、マスターとカードの関係性は他人が口出しすべきものじゃない。私は好まないが、君と同じ考えの冒険者も多いしね。そこは君の裁量に任せるさ。だが――」

 

 しかしながら、迷宮に深く長く潜るプロ冒険者ほどカードに対して強い愛着と信頼を持つ。これもまた事実である。

 故に「だが」の次に続く言葉こそ響が本当に言いたいことなのだろう。

 

()()()()()ではいずれ迷宮攻略に行き詰まるだろう。その時にもう一度、カードとの向き合い方について考えるといい」

「行き詰まらなければ考え直す必要もない。いまはそう捉えさせてもらいます」

 

 真摯な声音での忠告も冒険者に成り立ての守善には遠い世界からのアドバイスだ。肩をすくめて軽く返すと、響もあっさりと頷いた。

 

「今はそれでいい。ただ、頭の片隅にでも置いて忘れないで欲しい」

 

 何を言うかよりも誰が言うかの方が重要なことは世の中にままある。守善の考え方を変えるほどの信頼を響が得ているかと言えばもちろん否だ。

 特にこの忠告は冒険者としての流儀(スタイル)にも関わってくる、かなりセンシティブな領域の話だ。無理強いするつもりは響にもなかった。

 




【プライベートダンジョン】
 私有地などに現れた迷宮のうち、プロなどに管理を任せるなどして一般の冒険者たちには公開しない迷宮のことをプライベートダンジョンと呼ぶ。
 一般公開されている迷宮と比べアンゴルモアの可能性が高いプライベートダンジョンは、国によって厳しい基準を設けられており、Fランク迷宮であっても四ツ星以上でなくては管理できず、その依頼料も非常に高額となっている。
 そのためほとんどのプライベートダンジョンはFランク迷宮か、逆にCランク迷宮以上の準シークレットダンジョンとなっており、その所有者も個人ではなく法人が多い。
 プライベートダンジョンの管理は冒険者として非常に美味しい仕事だが、それだけに管理の仕事を任されるかどうかはコネ次第である。
 なお、プライベートダンジョンとは言えアンゴルモア対策のためゲートの設置は義務であり、一定期間攻略が行われていないことを感知すると即座にプライベートダンジョン認定が解除され、管理者の冒険者ライセンスも没収される。

【Tips】迷宮内部
 迷宮は、異空間となっており森林型、山道型、海辺型、坑道型、迷路型、墓地型とさまざまなタイプが存在する。また、季節・天気・時間帯が変化せず、持ち込んだ食べ物なども腐らないことが判明している。熟練の冒険者たちは、皆実年齢よりも若々しいことから、迷宮内部は時の流れが止まっているという説が有力。しかし実際に時が止まっているのなら動くことも不可能なはずなため、謎は多い。
 リア充冒険者たちは、この特性を利用して夏だろうが冬だろうがスキーにサーフィンと迷宮で季節のスポーツを一年中楽しんでいる。そしてたまに油断して死ぬ。

【Tips】カードの名付け
 カードには固有の名前をつけることが出来る。名付けされたカードは初期化することができなくなるため、売却が不可能となる。一方で、ロストしてもそのカードの魂を宿したソウルカードが残され、同種族・同性の未使用カードを消費することで復活させることができるようになる。
 カードをカード以上に大事に思ってしまったマスターへの救済措置。
 冒険者の間では、カードに名付けするマスターは「恥ずかしいヤツ」のレッテル張りをする風潮がある。
 これはカードの名付けは流通を妨げるということから一部の冒険者が意図的に流したもの。

補足:なお本作主人公が名付けに否定的なことと世間の風潮は全く関係がない。

※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。


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第五話 やるんなら徹底的に

「この話はここまでにしようか。まずはオークとコミニュケーションを取るところから始めよう」

「分かりました」

 

 先程までの冷え込んだ空気を忘れたように平常運転の空気に戻る二人。お互い神経の太さは中々のものだ。

 

「おい、俺の声が聞こえるか」

 

 と守善が声をかけるとオークはこっくりとうなずいた。

 こちらの言葉も理解しているらしい。知性の伺えない醜い豚面の割に知能は高いようだ。更に獣臭くないのはカードの利点だなと守善は思う。

 一度養豚場のバイトをしたことがあるが、あの凄まじい獣臭さと糞の悪臭はたまったものではない。豚舎に入れば無闇矢鱈と噛みついたり体当たりしてくるし、豚に対して良い思い出というものが全くない。

 思い出したら腹が立ってきたなと無罪のオークを見ているだけで苛立ちが湧き上がってくる。かなり理不尽だ。

 

「そうか。いまのところ俺がお前を使うマスターだ。分かったら頷け」

 

 ふたたびこっくりと頷くオーク。

 このオークが従順なのは確認できた。ならば検証を始めようと次の指示を出す。

 

「それじゃ、次だ。俺を殴れ。全力じゃなくてもいいがそこそこ痛いくらいにだ、()()()()

 

 当たり前だがその指示を聞いたオークは混乱した。

 困ったように守善に、響に代わる代わる視線を送ってくる。その視線を受けた響がこめかみの辺りを押さえながら問いかける。

 

「それはどういう意図での指示かな?」

「カードのバリア機能の検証ですよ。なにせ迷宮に入るのは初めてのもので」

 

 モンスターカードにはマスターを守るバリア機能がある。カードの戦闘力の半分はマスターを守るバリアの源となるという。モンスターを出している間マスターは一切のダメージを負わず、それらをすべてモンスターがすべて肩代わりしてくれるのだ。ずぶの素人が冒険者として迷宮に潜る度胸を担保する安全策の一つがこのバリアだ。 

 

「ご安心を。痛いのはこいつだけです」

「……なまじ理屈が立っているだけにタチが悪いな。まあいい、程々にしたまえよ?」

 

 もちろんカードにバリア機能があると聞いても全員が納得出来る訳ではない。中には自分で自分を殴ったりして試す者もいるが、それをモンスター自身にやらせるようなのは早々いないだろう。

 守善自身もその存在を疑っているわけではないが、安全な内に試せるのなら試しておきたかった。

 

「理解したな。早くやれ」

「…………」

 

 オークはとても不満そうな顔をするものの逆らいはしない。その丸太のように太い豪腕を振りかぶり、守善へ向けて勢いよく叩きつけた。瞬間、守善の身に襲いかかるのはまるで綿で出来た太い棍棒で叩かれたような衝撃だった。

 

「へぇ、こんな感じか」

 

 衝撃に吹っ飛ばされ、地面を転がったが守善に痛みはない。バリア機能がダメージを肩代わりしたようだ。

 

「~~!」

 

 そしてダメージは肩代わりした側であるオークへフィードバックとして送られる。オークは頭を抑えてうずくまり、痛みを堪えていた。なおその哀れな姿を見ても守善の心には同情の念は欠片も湧かない。徹底的にカードを()()として扱っているからだ。

 

「ご苦労。さて、”本命”に取り掛かるか」

「本命? まだ何かあるのかい?」

「ええ、そのために少し集中させてもらいます」

 

 いい加減にしてあげたら? と哀れみを込めた副音声を無視して次の検証へ進む。

 

(モンスターカードとマスターの間には目に見えない繋がりがある……。その繋がりを利用した技術があるという噂。これを確かめる)

 

 モンスターカードとマスターの間には目に見えない繋がりがある。これは単なる精神論ではない。例えばつい先程検証したバリア機能を始めとした迷宮が構成するシステムの話だ。

 そうした繋がり(ライン)を通じてカードとマスターが言葉を使わずに意思疎通をしたり、何か不思議な出来事を起こしたという噂がネット上ではしばしば取り沙汰される。

 大体の場合、現役冒険者から否定され、ネットの影に消えていくくだらない噂話だ。

 だが守善はそれらをネット上の噂話と一蹴せず、様々なデータ……特にプロ冒険者の戦いを直に目に出来るモンスターコロシアムの視聴経験と突き合わせて検証した。その結果、守善はそれら噂話が事実の一片を含んでいるのではないかという仮説にたどり着いていた。

 

(プロ冒険者はどう見ても普通じゃない。絶対に何か裏がある)

 

 プロ冒険者同士の戦闘では明らかに言葉を使うよりも早くカードがマスターの指示に従っているようにしか思えない場面が多く見受けられた。根本的な基礎スペックからして次元が違うカード同士の戦いに人間の動体視力が間に合うはずがないにも関わらず。

 さらに明らかに格下のカードが格上のカードと互角以上に立ち回ったりする場面も少なからず存在した。

 プロだから、の一言で思考停止せずに考えると明らかにおかしいことだらけだ。

 

(まずはその繋がりを探る。あると断じて探せばそれはある……はずだ)

 

 深く息を吐いて吸う。

 集中し、自分の奥底に潜っていく。

 己とオークの間に何かがあると確信して探ってみれば、それは存外簡単に見つかった。オークから守善へ向けて無色無形の力が流れ込んでくる繋がり(ライン)が。

 

「これか」

 

 オークの感覚が守善に流れ込んでいく。どうやらいまオークはかなりの不快感を感じているようだった。どうやらラインを意識的に繋げるとモンスター側に著しい不快感が発生するようだ。

 

(まあ、知ったことじゃないが)

 

 だが守善は頓着すること無く、むしろこの繋がり(ライン)を通じて自分の意思をオークへ流し込み、支配していく。オークから抵抗する意思を感じたが、もちろん強引に排除する。それはかなり容易く済んだ。それも道理だろう、なにせカードはマスターに逆らえないのだから。

 

「右手を上げろ」

「ブモォ……」

 

 虚ろな瞳で従順に従うオーク。恐らくラインを通じた支配は上手くいっているのだろうが、これでは元々従順なのか支配が成功しているのか判断が出来ない。

 

(これじゃ検証にならないな)

 

 ならば普通なら絶対にしないことをやらせればいい。

 

「おい、豚。聞こえるな? ()()()()()()()()()()()()()()

 

 端的かつ残酷な命令に対し、オークは反抗すること無くのっそりとした動きで地に膝を着け、地面に広げた片手を置く。そのまま斧を構えるとまっすぐ手首のあたりに向けて振り下ろそうとし――――、

 

「待ちたまえ!」

 

 凛とした制止が割って入り、鈍い光を放つ斧が止まった。守善がオークを操って止めた。

 制止したのはもちろん響だ。見ると響が目を怒らせながらも同時に困惑を浮かべていた。

 

「なにか?」

 

 何故邪魔をするのかと守善は首を傾げる。いま重要な検証の最中だったのだが、と若干の不満すら覚えていた。

 

「それはこちらの台詞だね、一体何をしているんだい?」

「検証を少し。マスターがカードを思い通りに動かせるのかどうか試しているところです」

 

 そのセリフを聞いて心当たりがあったのか、響は驚きに目をみはる。

 

「まさか……君はリンクを使えるのか?」

 

 信じがたいものを見た驚きを満面に示しながら問いかけた。

 

「リンク?」

「モンスターと心や感覚を繋げる技術だ。色々と応用が利き、プロレベルなら必須の技術と言われている。その様子を見ると知らなかったようだね。……信じられないが」

「へぇ、これが。リンク、中々面白そうな技術ですね」

 

 なおこの場合の面白いというのは悪用の可能性を含めてだ。守善の感覚だが、モンスターを遠隔操作のように操って事故に見せかけて他の冒険者を襲わせたりといった真似も出来そうだ。リターンがリスクを上回らない限りそんな真似は決して実行しないだろうが。

 

「どこでリンクのことを?」

「自分なりの情報収集して推論を立て、いま検証中だった。そんなところですね」

「……本当にそれだけ?」

 

 あからさまに疑念を押し出した尋問じみた勢いの問いかけ。ありもしない疑惑を晴らすのも馬鹿馬鹿しくなり、守善はありのままを語った。

 

「まず公開されているモンスターコロシアムの映像は倍速で全て視聴済み。それと冒険者ギルドが無料で公開している情報については一通り。あとは時間と金が許す限り集めたモンスターカードやスキルの情報含めて全部()()に叩き込みました」

 

 トントンと自身の頭を叩きながら気負った様子もなく守善は言う。モンコロの歴史は長く、冒険者ギルドの公開情報も恐ろしく幅広い。その言葉が本当なら膨大な量の知識を膨大な時間をかけて頭に叩き込んだはずだが、気負いや自慢のようなものは一切感じられなかった。

 

「その上でネットの噂と頭に叩き込んだ情報を突き合わせて推論を立て、たったいま検証中に止められたところです」

 

 若干の不機嫌さをアピールする守善を他所に、響の顔は明らかにヤバい危険物を見た時のソレだ。設置された爆弾を偶然見つけてしまった一般人のようにその端正な顔に冷や汗が滴っている。緊張に喉の渇きを覚えたのか、ゴクリと鍔を飲み込む音が聞こえた。

 

「……全て? それは比喩ではなくてかい?」

()()()()()()()()()、だ。ましてや俺は実地でカードに触れることも出来なかった以上、それ以外の部分で準備を進める()()なかった」

 

 鬱屈した念を叩きつけるように答えると、響は頭痛をこらえるように頭を抱えた。

 リンクはかなり才能に左右される技術だ。才能のある者はなにも知らずとも数ヶ月でキッカケくらいは掴めるし、才能がない者はいくら努力しても芽が出ないこともある。

 その理屈で言えば迷宮に潜ってものの数十分でリンクの感覚を掴んだ守善の資質は規格外と言わざるを得ない。

 だが響はそれ以上にリンクの存在を確信するに至った下積みにこそ衝撃を覚えた。

 文字通りあらゆる情報を脳味噌に叩き込み、活用する。してみせた。

 理屈としては理解できるが、実行するのは狂人の部類に入るだろう。三ツ星冒険者の響ですらそう思うのだ。

 

「それは……正気の沙汰じゃない」

「正気……?」

 

 思わず漏れた響の呟きに守善は失笑した。

 

「俺は冒険者になるために二百万を稼いだ。この二百万を稼ぐために少なくない時間をつぎ込んでいます。いわば俺にとって冒険者稼業は人生をかけたギャンブル」

 

 ギャンブルと言いながら博打打ち特有の狂気はない。その代わりに守銭奴が抱く金への執着がおぞましいほどに伝わってくる。

 

「ギャンブルで運以外の全てを埋め尽くすために努力するのは()()()()だ。違いますか?」

 

 守善は言外にこう言っていた。

 

『お前らがヌルいだけだ』

 

 と。

 響は怨念に近い執着が籠もった言葉に、否定の言葉を紡ぐことは出来なかった。

 

「君の主張は理解した」

 

 守善の冒険者としてのスタイルについて、響は一時棚上げすることとした。この時点ではなんとか理解は出来るが肌で納得するには難しいと言わざるを得ない。

 だがそれはそれ、これはこれという言葉もある。見逃せない点については率直に指摘していく。

 

「だからと言ってカードを悪戯に傷付けるのは感心しないな」

 

 だが。

 

「何か問題でも?」

 

 むしろ訝しげに守善は問い返した。

 カードは道具だ。そしてオークを傷つけた分は自前のポーションを使って癒すつもりではあった。重傷でもあっという間に癒せる迷宮産ポーションなら四肢を傷つける程度問題なく治癒可能だ。

 もちろん守善にとっても出費だが検証にはやむを得ない――その思考の過程を詳細に語る。

 その上でもう一度改めて響に問いかけた。

 

「――何か、問題でも?」

「……分かった。もういい」

 

 処置なし、と言わんばかりに額を抑えていたのが印象的だった。まるで頭痛をこらえているように。

 守善にすればこれでも一応気を遣ったつもりなのだ。

 オークの尊厳を踏みにじるような真似まではしていない。精神的苦痛と治る範囲での肉体的苦痛なら後者の方がマシだろう、と。

 だが響の意見は違ったらしい。

 

「まずそのリンクを解除してくれ。いますぐにだ」

「構いませんが、理由を聞いても?」

「リンクはカードをの力をより引き出し、使いこなす技術だ。だがマスターと相性の悪いカード、絆を深めていないカードに対して使うと反逆系のマイナススキルを得たりとカードの価値を傷付けることがある」

 

 それを聞いた守善はすぐにリンクを解除した。確かにそれは一大事。彼女が怒るのも尤もだとすぐさま()()()()()平身低頭の姿勢で謝罪する。その姿勢には確かに真摯さが滲み出ていた。金と価値に対して誠実であれという守銭奴の真摯さが。

 

「知らぬこととは言え申し訳ありませんでした」

 

 ある意味では極めて真摯な守善の謝罪を見て、響はさらに深いため息をついた。後輩の扱いに悩んでいるのは守善以外の誰が見ても一目瞭然だった。

 

「いや、構わない。だがいまの例があるようにリンクについては未知の部分が多い。くれぐれも慎重に扱うように」

「……承知しました。その代わりと言ってはなんですが」

「分かっているさ。リンクについて教えよう。生兵法で怪我をされても困るからね。ただしリンクについては私の指示に従ってもらう。絶対にだ」

「承知しました」

 

 守善はすぐに承諾した。力関係は向こうの方が上なのだ。逆らうのは得策ではないし、何よりこのリンクという技術に非常に興味があった。

 世間一般には隠されている技術であることを考えると、リンクという技術を習熟するのは冒険者として大きなアドバンテージになる可能性が極めて高い。

 それを知っている響の価値も急上昇している。少なくともその技術の全てを学び尽くすまでは、響を怒らせるのは得策ではなかった。

 

「ひとまずそのオークのカードは返してくれ。そして私がいいというまで、リンクの技術をカードには使わないこと。カードの価値を傷付けるのは君の本意じゃないだろう」

「もちろん」

 

 ある程度守善の取り扱いを学んだ響が守銭奴の価値観に沿う言い方でオークのカードを回収。響にとって特に思い入れのないカードだが、いつか労ってあげようと心に決めた。

 

「それじゃ改めて君に貸し出すカードを決めるとしよう」

「このまま別のオークを貸し出してくれるものと思っていましたが」

 

 オークは D ランクカードの中でも不人気なカードだが、その分入手しやすく、まあまあ扱いやすい。

 守善としては、見た目を気にしなければ優良なカードという認識である。

 その評価には響も同意するが、迷宮に入る前とは状況が異なる。

 

「私も最初はそのつもりだったんだけどね。君がリンクに目覚めたとなると話が少し違ってくる」

「それは、どういう?」

「モンスターに属性が有ることは知っているかい?」

「ええ、アンデットやら悪魔やら妖精やら天使やら無駄に色々あることは」

「なら話が早い。マスターとカードには相性があり、属性が相性を左右する。マスターが持つ生まれつきの資質で変更の利かない先天属性と育ちや環境で変化する後天属性。この二つの属性に適合しているカードほどマスターにとって扱いやすい。

 例えば先天属性が善、後天属性が天使・精霊系のマスターは天使やユニコーン辺りと相性がいい。逆に悪魔・アンデットカードは使いづらい、合わないと感じるだろう」

 

 一般に公開されていない情報にほうほうと興味深げに頷く守善。この情報だけでもかなり価値があるだろう。身を乗り出して真剣に聞き入る守善の様子に響はまた困ったような顔を浮かべた。

 守善は色々な点で極端なのだ。カードの扱い方という面では響のやり方と全く噛み合わないが、一方で冒険者稼業に取り組むモチベーションや姿勢は模範的とすら言える。後者だけ見ればリンクの件もあってまさに金の卵なのだが、後輩としては扱い難いにも程がある。

 

(守善君を使いこなす。それくらいの気概でなければチームのリーダーは務まらない……だけど)

 

 だけど、の先を全て飲み込みデキる美人の先輩というペルソナを被り続ける響。内心の葛藤を表には一切出さずに説明を続けた。

 

「そしてマスターとカードの相性はリンクに目覚めた直後ほど分かりやすいと言われている。折角の機会だ、私のカードホルダーにあるモンスターカードを片っ端から試してみよう。

 実際に使ってみて肌に合う、使いやすいと感じたらそのカードが君の先天属性か、後天属性に適合している可能性は高い」

 

 そして響のカードホルダーから取り出された何十枚というモンスターカード。さすがは三ッ星冒険者というべきか、不人気カードから誰もが求める女の子カードまでひと財産と言えるカードがズラリと並んでいる。

 

「おぉ……。眼福眼福」

 

 この時ばかりはレア品を見せられたマニアのごとく素直な感嘆の叫びを漏らす守善。響から受け取ったカードの束からあれこれと抜き出し、楽しそうに眺めている。なお注目しているのは主にカードに付けられた金銭的価値だ。

 

「それじゃ早速」

 

 守善はマスター登録に必要な、カードに垂らすための血液を得るため躊躇いなくナイフに親指の腹を滑らせると適合カードの選別を開始した。




【Tips】リンク
 カードとマスターの間には、見えないラインが存在している。マスターに対するダメージの肩代わりなどはこのラインを介して行われている。リンクはそのラインを利用して感覚や感情の共有を行う技術である。
 これにより、カードたちに迅速な指示が出せるようになる他、カード間の連携能力が飛躍的に向上する。
 しかしそれらはまだリンクの入り口に立ったに過ぎない。
 リンクにはさまざまな可能性が秘められており、リンクを使えない、使いこなせない冒険者はただカードを所有しているだけとも言える。

補足:本作主人公はリンク技術に極めて高い適性を持つ。逆に言えばそれ以外の技術や知識は全て努力の賜物。
   ただし高いリンク適正の代償であるかのように稀に見る不幸体質。特に理由がなくとも不幸が訪れ、幸運の女神が微笑むことはない。

【Tips】カードの属性
 カードの種族にはそれぞれ属性が存在する。
 属性はスキルの対象先となるだけではなく、それ自体がステータスに影響している。
 そのため、同じ戦闘力であっても属性が多い方がステータスや状態異常耐性などが高くなる傾向にあるが、同時に属性を対象としたスキルに対する弱点を抱えることにもなる。
 またマスターによって、相性の良いカードの属性というモノも存在する。

【Tips】先天属性と後天属性
 冒険者には、それぞれ得意なカードの属性が存在する。これは、リンクが心を繋ぐ技術であるため、マスターの体質や嗜好が影響してしまうためである。
 このうち、体質などの生まれつきの理由で得意となる属性を先天属性。個人的嗜好や特定のカードの使い込みにとってその属性が得意になっていくことを、後天属性と言う。
 先天属性と後天属性は、リンクのしやすさやカードの育成などに影響し、前者は変えることができないが、後者は嗜好の変化や使い込みなどによって変わる(変わってしまう)こともある。
 このマスターの得意属性を極めた先にある、マスター固有のリンクも存在する。

※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。


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第六話 はっきり言って産廃レベルの不良品

 響から差し出された数十枚のカードの束。

 その大半がDランクカードだったがCランクカードやEランクカードも少数だが混じっていた。その中から直感的にしっくりと来ると感じたカードを機械的に抽出していく。召喚し、命令し、言葉にしづらい感触を探るのだ。

 考えるな、感じろと真顔で言われ、あやふやなアドバイスに最初は呆れていたものの。何枚もモンスターを召喚し続けていくうちに、なんとなく感じるものがあった。確かに使っていて他のカードよりも妙に手に馴染むカードがある。その逆もまた然りだ。

 特に気になったカードは、二度三度と召喚、そして使いこなし、感触を確かめる

 そうして数十枚の束から十枚ほどのカードを選び出した。

 正直、性能的にはハズレのカードも混じっていたが、それがしっくり来たのだから仕方がない。

 守善が選んだカードを見た響も興味深げだ。

 

「私の手持ち女の子カードはほとんど全部か。念の為確認するけど下心はないよね?」

「俺がカードに求めるのは性能と従順さだけです」

「うん、まあ、そうだろうね」

 

 守善の守銭奴っぷりを散々見せつけられた響は乾いた笑みを浮かべてそう頷いた。女の子カードの顔面偏差値は非常に高いが、守善がその類の誘惑に惑わされるとは思えない。逆に金運をアップさせるモンスターがいれば是が非でも食いついたかもしれないが、いまのところそうしたモンスターは公式には確認されていない。

 

「となると先天属性が女の子カードなのかな。後天属性は絞り込めないが……」

 

 選びだした十枚のカードには女の子カードを除いて特に統一性はなく、後天属性の絞り込みは難しい。

 

「特にしっくり来たと思える一枚はあるかい?」

「……強いて言うならこのカードですかね」

「木の葉天狗、それも女の子カードか。しかも反逆系スキル持ち。ますます分からなくなったな」

 

 さらに判断に迷っている様子の響。

 木の葉天狗。天狗系モンスターの最下級であるEランクモンスターだ。カードには鴉のような翼を広げ、巫女と山伏の折衷のような服装をした黒髪の美少女の立ち姿が描かれている。

 境鳥、白狼天狗とも呼ばれ、歳を経た狼が天狗になったものとされる。人界に紛れ込んで人間として仕事に励み、他の天狗からその賃金を吸い上げられるという言わばブラック勤務に励む天狗社会の社畜だ。

 他のカードを見てもバーサーカー(Dランク・人型・♂)、ホムンクルス(Cランク・人型・両性)、獅子(Dランク・獣型・♂)などまるで共通点は見当たらない。

 

「まあ、ひとまずはよしとしよう。また別のカードに触れてみれば見えてくるかもしれないしね。この中から何枚か貸し出そうと思うが、何か希望はあるかい?」

「安いやつで」

 

 と、守善は即決した。

 

「本気で言っているのかな」

「大真面目ですよ」

 

 響は今日何度目か知れない深いため息を付くが、大真面目な顔で答える。

 

「道具を惜しむことがないように、いざというときに()()()()使()()()()()()安いカードがいい。使いやすい高級品より、数が多く使いつぶしやすい消耗品を最初のうちは使いたい」

 

 単純な守銭奴的価値観ではなく、ある種の合理性に基づいた要望に今度は響が唸る。確かにカードを惜しんで生命を失ったのでは本末転倒だ。メンターとして同行する響がいれば問題ないはずだが、万が一の可能性は捨てきれない。ともあれソレが希望なら響に敢えて反対するほどの理屈はない。

 

「……了解した。その線でカードを選ぶなら――――この三枚かな」

 

 ちなみにレンタル料は月額五万。ロストした場合はギルドへの販売価格の倍額での弁償となっている。なおこれはかなり守善に有利な契約だ。

 

「木の葉天狗、ホムンクルス、バーサーカーですか」

「ああ、どのカードも癖が強い。冒険者ギルドに売っても二束三文で買い叩かれる、率直に言えば不良品だ」

「失礼。現物を拝見」

 

 さっき試した時に確認済みだが、改めてカードのステータスを見直す。

 

【種族】木の葉天狗

【戦闘力】70

【先天技能】

 ・天狗風:旋風を起こし、味方に付ける。自身の飛行速度が向上する。

 ・初等状態異常魔法:簡単な状態異常魔法を使用可能。

 

【後天技能】

 ・閉じられた心:マスターに反抗心を抱いている。命令された行動に対するマイナス補正、自由行動に対するプラス補正。

 ・飛翔:飛行系モンスターの中でも特に空を飛ぶことに優れている証。飛行する時にプラス補正。

 ・風読み:風を読み取り、遠方の状況を知覚できる。

 

※木の葉天狗のイメージAA

 

 

 総評。

 

「索敵役として優秀ですね。スキルもいいのが揃ってる。閉じられた心以外は」

「それが唯一にして最大の欠点だ。反逆系スキルを得たカードはほとんど使い物にならないと言っていい」

 

 

【種族】ホムンクルス

【戦闘力】200→100※通常初期戦闘力は200だがマイナススキル『零落せし存在』により戦闘力が100減少

【先天技能】

 ・人造生命:自然ならざる手段で生み出された命。美貌、未分化の生命、虚弱体質、絶対服従を内包する。

  →美貌:その姿は作られたかのように美しく整っている。美形が多いカードの中でも特に容姿に優れている。

   虚弱体質:生命力、状態異常耐性低下。

   未分化の生命:このカードは雌雄同体である。マスターとの関係性によってスキルが消失し、性別が固定されることがある。

   絶対服従:魂の誓約であり呪い。どのような命令であっても実行する。命令に対する極めて強いプラス補正。

 ・無垢:この世に生まれ落ちたばかりの純真な生命。技能習得の効率向上、精神異常耐性低下。

 ・アーキタイプ:詳細不明。

 

【後天技能】

 ・零落せし存在:本来の存在より零落している。戦闘力を常時100マイナス、スキルの欠落やランクダウン。

 ・短剣術:短剣の扱いに特化した武術スキル。武術スキルと効果重複。特定行動時、行動に大きなプラス補正。

 

 

※ホムンクルスのイメージAA

 

 

 総評。

 

「……実質Dランクカード最弱クラス相当の戦闘力しか持たないCランク。はっきり言いますが産廃レベルの不良品では? これならまともなDランクカードの方がよほど使える」

「敏捷はそこそこだが、さして強いわけじゃない。加えて虚弱体質の影響でかなり脆い。絶対服従で指示には忠実だが自発意思が極めて薄い。言いたくはないが、ホムンクルスという種族が根本的に不遇なんだ」

「忠実さと顔以外に何の取り柄もないでしょう。これは」

 

 

【種族】バーサーカー

【戦闘力】180

【先天技能】

 ・武術

 ・狂化:戦闘を終了するまで暴走状態となり、徐々に生命力が減っていく代わりに全ステータスが三倍となる

 ・物理強化:物理的な攻撃の威力を強化する。

 

【後天技能】

 ・恵体豪打:恵まれた肉体から繰り出される豪快な打撃。同族の中でも肉体的に優れている証。

 ・強振 (フルスイング):武器攻撃の威力向上、精密操作性低下

 ・選球眼:遠距離攻撃を見切る眼力。防御技能にプラス補正。

 

 

※バーサーカーのイメージAA

 

 

 総評。

 

「能力は極めて優秀ですね。スキルもシナジーが利いている。鈍足だが一撃の威力はDランクでも最強クラスだ。ええ、()()()()()()()()()。ところでこの見かけと後天技能はどこからつっこめば?」

「……能力以外が最大の問題だ。冒険者ギルドに買取拒否をされたのは初めての経験だったよ」

「ロストを検討するレベルですね。こいつを持っているだけで著作権違反と訴訟されちゃたまらない」

 

 全てのカードを見終えてなるほど、と守善は内心で深々と頷いた。

 三枚いずれも響が不良品と言い切るだけのことはある、一癖も二癖もあるカード達だ。

 

「どうだい? 考え直すなら今のうちだよ」

「まさか」

 

 問題があるから安いのだ。自分で要求しておいていざ実物を見て怖気づく可愛げは守善にはない。

 

「どれも素晴らしいカードです。失っても惜しむことだけはないところが特に」

「忠告しておくが、どれも使いやすくはない。使いつぶしやすくもない。それだけは肝に銘じておくように」

 

 その忠告を聞いた守善はただ知ったことではないと思った。

 

(従わないなら従うようにしつけるだけだ)

 

 胸の内で酷薄にそう呟く。なんとなくだがその内心を見切った響もそれ以上は敢えて何も言わず、改めて三枚のカードを守善に手渡した。なおそれ以外のカードは所有権を破棄し、初期化して響へ返却済みだ。

 

(さて、どいつから呼んだものか)

 

 Fランク迷宮で召喚できるモンスターカードは二枚のみ。ちなみに迷宮のランクが上がるにつれて召喚可能な数も二枚ずつ増えていく。

 三枚全ては召還できない。まずどのカードから召喚するか、守善は少しだけ考え込んだ。




【Tips】カードのランクと初期戦闘力
 カードのランクは、大きく分けて六段階に分けられている。しかしこれは、カード自体に記載されているモノではなく、人間側が勝手に初期戦闘力と出現する階層で大雑把に分類したもの。
 そのため、スキルを鑑みればワンランク上でもおかしくないカードや、そのランクにしては弱いと評価されるカードも存在する。

 A・1000以上
 B・500以上999以下
 C・200以上499以下
 D・100以上199以下
 E・50以上99以下
 F・49以下

※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。


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第七話 疲れた顔で「お前を選んで本当に良かった」と言われる恐怖

 本日の更新はここまでです。
 以降毎日7時に更新していきますが、なろうの方で先行して投稿しております。
 ※流石にAAは無いですが。

 https://ncode.syosetu.com/n8830hj/

 続きが気になる方は上記のアドレスからどうぞー。


(さて、どれから呼んだものか)

 

 Fランク迷宮召喚できるモンスターカードは二枚のみ。ランクが上がるにつれて召喚可能な数も二枚ずつ増えていく。

 三枚全ては召還できない。まずどのカードから召喚するか、守善は少しだけ考え込んだ。

 

(まずホムンクルスから召喚するか)

 

 召喚の決め手おそらくはこのモンスターが三枚の中でまだ扱いやすいからだ。

 

「来い、ホムンクルス」

 

 と、無造作に呼びかけるとカードが光を放ち、まずホムンクルスが現れた。

 男とも女ともつかない中性的な美貌。最高級のビスクドールのような、文字通り人のものとは思えない美しさだ。美貌のシルキー・オルマすら上回っているように思える。

 髪色はわずかに青みがかったシルバーブロンド。さらにストレートの美髪を肩口で綺麗に揃えている。

 華奢で頼りなさそうな肉体には一枚布からできた貫頭衣を身に纏う。身体の起伏は薄く、儚さを感じさせる。

 まさしく人形のような美形だが、全体的に生命力が薄くガラスでできた彫像のようだ。見事なまでの無表情無感情がそれを一層強調していた。

 ホムンクルス。錬金術師に生み出された人造人間らしい、非人間的な佇まいだ。

 

「俺の声が聞こえるか」

「はい、主」

 

 呼びかけると、淡々とした声が返ってくる。その声には何の感情も込められていない。呼びかけられたから答えた。そんな機械的な反応だ。

 

(ひとまず従順だな。使いやすそうだ)

 

 と、美形がデフォルトのカードの中にあって更に上澄みであるホムンクルスの美貌を前にした守善の感想はそれだけである。

 

「今日から俺がお前のマスターだ。理解したか」

「はい、主」

 

 さっきと同じ調子でホムンクルスが答えた。その声にはやはり何の感情も感じられない。

 

「……お前のあだ名は今日からモヤシだ。文句はあるか?」

「はい、主。ありません」

 

 あまりにも反応が画一的すぎるので敢えて捻くれた言葉をかけてみたのだが、ホムンクルスはやはり淡々とした返事しか返さなかった。ここまで感情表現が一切ない。

 

「俺に従い、俺を守れ。モンスターは殺せ。ひとまずお前に求めるのはそれだけだ。理解したなら答えろ」

「はい、主」

 

 再度、同じ答えが返ってくる。

 

「戦闘の心得はもあるか?」

「はい、主。ありません」

「そうか。なら学習しろ。Fランク迷宮程度ならお前が苦戦することは考えづらい。より効率的なモンスターの殺害方法を考え実行しろ、実戦の中でテストし、その性能を磨け」

「はい、主」

「では、次の命令があるまで待機していろ」

「はい、主」

 

 あまりに返事が画一的すぎて機械でも相手にしているようだった。自発意思が薄いと響も語っていたが、これほどとは守善の予想外である。とはいえこれからの学習次第で意外と化けるかもしれない。全てはこれからだ。

 

「次だ。来い、木の葉天狗」

 

 続いて木の葉天狗のカードを召喚する。

 一瞬、まばゆい光が走り約30センチほどの文字通り人形サイズの美少女が出現した。

 その背中には鴉に似た黒光りする羽が生えており、髪の色はぬばたまの黒。身に纏う装束は白い着物に緋袴、足元には高下駄。巫女と山伏の衣装を折衷したような奇抜な格好だ。額には兜巾と呼ばれる山伏が被る小さな帽子を、右手にはヤツデの葉に似た羽団扇を携えている。

 出現したミニマムサイズの美少女木の葉天狗は、ふわりふわりと宙を飛んでいた。

 その双眸が守善を捉えると途端に皮肉げで虚無的な笑みを浮かべた。

 

「おやおやおやぁ」

 

 と、底意地の悪そうな声が木の葉天狗から漏れる。

 

「ハジメマシテ。あなたが新しいマスターさんですかぁ?」

 

 一見まともそうな挨拶だが、皮肉さと狷介さに満ちた声だった。

 

(声を聞いただけで性根の捻じ曲がり具合を確信させるのはある意味すごいな)

 

 と、同じく性根が捻じ曲がっている守善はそう思った。

 

「そうだ、不満か? 鴉」

 

 雑にあだ名を付け、牽制代わりに睨みつけるとわざとらしく怯えた仕草で距離を取る木の葉天狗。

 

「いえいえ、まさかまさか。こんなか弱い木の葉天狗がマスター様に逆らうなんてとてもとても恐ろしくて考えつきませんとも。ええ、恐れるものと言えば私の力不足にマスター様ががっかりしないかくらいで」

 

 そう言って腰を折りながら従属を示すように一礼。しかし顔を上げた時、瞳は敵意の光が宿っている。

 殊勝な言葉は見かけだけ。反骨の意思は明らかだった。

 

(なるほど、これは使いづらそうだ)

 

 守善は淡々とそう評価した。反逆系スキルを得たカードが本来より大幅に価値を落とした値段で売られるというのも納得できる話だった。この分ではまともに仕事を果たすか怪しいところだ。

 

「それは結構。見たところ、能力だけは優秀そうだ。期待している」

 

 と、意趣返しというわけではないが全く期待していないことが分かる声音でそう返した。

 

「……ええ、期待に添えるよう粉骨砕身致しますとも」

(ふん? なんだ、プライドでも傷つけたか)

 

 答える木の葉天狗の声はさらに冷ややかだった。心なしか先程のやり取りよりも怒っている気配すらある。

 

「一度カードに戻れ、別のモンスターを召喚する」

「はい、マスター様」

 

 すると清々したと言わんばかりの声を置き土産に、木の葉天狗は淡い光を放ちカードに戻った。

 次はバーサーカー……ということになっている熊モドキだ。

 

(バーサーカー。北欧でドロップするBランクモンスター、ベルセルクの下位互換。その語源は『熊の毛皮を纏う者』……だったか)

 

 北欧の最高神オーディンの加護を受け、熊や狼など野獣の皮を身に纏い、その魂が乗り移ったように凶暴な戦い振りを見せる狂戦士。

 そのはずだが……。

 

(見た目は完全に二足歩行する熊の着ぐるみ……それも天下のディ○ニーに正面から喧嘩を売ってそうなビジュアルの)

 

 こいつを本当に召喚していいのだろうかと最後の躊躇が守善を襲うが、やがて決断する。守善に手段を選り好みしているような余裕などないのだ。なにせこのケダモノ、スペックだけなら文句なしにDランクカード最強レベルなのだから。

 

「来い、バーサーカー」

 

 やはり淡い光とともに守善の目の前に一体のモンスターが出現する。

 ズシンという地響き。見上げるほどの巨体は二メートルの半ばは確実に超えているだろう。

 そこにいたのは二足歩行する巨大な熊の着ぐるみモドキ。その毛皮(?)は熊らしい茶褐色だが、上半身にだけ赤い洋服を着込んでいる。下半身は素っ裸だが生殖器らしき痕跡は見当たらない。

 そのビジュアルを身も蓋もなく言語化すれば、世界的な有名なディ○ニーの看板キャラクターからかわいらしさを差し引き、二メートルオーバーの上背とムキムキの筋肉を付け足して装備にバッ卜代わりの棍棒を追加すればこうなるのではないかというようなとんでもない色物モンスターだ。

 

(改めて見るとヤバいなこの熊モドキ)

 

 著作権的な意味でいろいろとギリギリすぎる造形である。パロディで通るかどうかといったところだろう。流石の守善も額に冷や汗が一筋垂れる。

 

「おう、あんたが俺のマスターかい?」

「お前ただでさえギリギリのラインを綱渡りしているケダモノのくせにさらにパクリを重ねる気か。恥を知れ」

 

 状況的に何も間違っていないのだが、さらに別の一線を踏み越えたギャグキャラに真顔になった守善がツッコミを入れた。第一声から互いに右ストレートを交わし合うようなファーストコンタクトだ。しかも見かけと違い、やたらと低くて渋いイイ声なのがまた腹が立つ。存在がギャグで構成されているケダモノのくせに無駄にイケボだ。

 

(……対応に困るな。俺とは人生の芸風が違いすぎる)

 

 と守善は困惑していた。極めて珍しい反応だった。

 

「ん? おいらぁ何か難しいこと言ったっけか?」

 

 守善、ギャグの塊のような存在から不思議そうに首を傾げられるという理不尽を味わう。想像すらしていなかったシチュエーションだがいざ味わうと地味にイラッと来る絵面だ。

 

「……俺がマスターだ。理解したならその無駄にデカイ口を閉じろ」

「ほぉ。ほぉほぉほぉほぉ……」

 

 言うことを聞かず、様々な角度からジロジロと守善を眺める熊。端から見れば熊 (モドキ)に品定めされているような構図だ。二メートルオーバーの巨体は守善から見ても無駄に迫力があった。

 

「人間が珍しいか熊公。言っておくがお前の方がよほど珍獣にカテゴライズされる色物だ。それと近寄るな、獣臭さが移る」

「ガッハッハッ! いいねえ、それくらい気が強いまスターじゃなきゃバットの振り甲斐もねえってもんだ。あんたの下なら俺も夢を叶えられそうだ」

「夢だと? カードが?」

 

 夢を持つカードなど聞いたこともない。見かけ以上にとんでもない変わり種に守善は困惑した。

 

「おうよ。俺の夢はな」

「いや待て。どうでもいいというか聞きたくない今すぐだま――――」

 

 これ以上バーサーカーに付き合うと自身の正気度が削られる予感がした守善は慌てて話を遮る。だがバーサーカーは気にした様子もなく、いっそ厳粛と言える面持ちとなって本人曰く夢を語った。

 

()()()が、してぇのさ」

「やきう……」

「おうよ、()()()だ」

 

 こいつは一体なんなんだろう。果たして同じ地球に生まれた存在なのだろうか。

 守善はふと哲学的な問いに浸りたくなった。

 

「やきう……やきう? やきうってなんだよ」

「お、聞きてえかい?」

「聞いてねえよ語るな黙れ熊モドキ」

 

 ノンブレスでバッサリと切り落とすが、バーサーカーは気にした様子もなく言葉を続けた。

 

「俺はもっとこの棍棒(バット)をうまく使えるようになりてぇ。そして並み居る敵の(ボール)を”葬らん(ホームラン)”。それが俺のやきう(スタイル)よ」

「なんだこのキチガイ」

「そのためには俺のバットの力を引き出す相棒(マスター)が必要不可欠なのさ」

 

 守善はもうどこからつっこめばいいのか分からなかった。

 有言実行。やると決めたのなら何があろうとやり遂げる。その在り方を実行し続けてきた守善だが、生まれて始めて心が折れそうだった。

 

「旦那といればその夢が叶いそうな気がするぜ」

「勝手に話を進めるな、俺の話を聞け」

 

 だが守善の言葉はクマには届かない。というか間違いなく守善の話を聞いていない。

 種族:狂戦士(バーサーカー)の癖におかしな所が狂っている。

 

「旦那とは長い付き合いになりそうだ。よろしく頼むぜ。必要な時は呼んでくれや」

 

 言いたいことを言いたいだけ語り終えるとバーサーカーは無駄に爽やかな笑みを浮かべて光を放ち、勝手にカードに戻っていった。

 突発的な偏頭痛に頭を抱えながら守善はバーサーカーがカードに戻るのを見ていた。

 

「……………………なんかつかれた」

「だ、大丈夫かい? 飴いる?」

 

 迷子になった子どものような途方に暮れた様子の守善に、流石に哀れに思ったのか響も励ますように声をかける。なお近くで傍観していた響も予想以上にインパクトがありすぎるバーサーカーに始終呆然としていた。

 

「……ダンジョン、攻略するか」

 

 しばらくしてなんとか虚脱状態から立ち直ると話を本筋に戻した。とりあえずホムンクルスともう一体を呼んでダンジョン攻略を始めるべきだろう。

 呼び出す候補は木の葉天狗とバーサーカー。果たしてどちらを呼び出すか。

 

「仕事だ。出ろ、木の葉天狗」

 

 一秒たりとも迷わずに守善は木の葉天狗を選択した。

 

「おやおやおや……。短い別れでしたね。残念です」

 

 再びの光とともに現れる木の葉天狗。登場早々に皮肉たっぷりの嫌味ったらしい挨拶だった。

 だが熊モドキのインパクトの後だとむしろ安心感と清涼感さえ覚える。守善はこの狷介な木の葉天狗に癒やしを感じた。かなり疲れているようだ。

 

「? なんですか、その視線は? 薄気味悪いマスター様ですねぇ」

「いや、何というかお前は……マトモだな。お前を選んで本当に良かった」

「は、はぁっ? 何言ってるんですかあなた。頭おかしいんですか?」

 

 しみじみとしたその呟きに、木ノ葉天狗は困惑したようだった。上っ面さえ取り繕わない暴言が飛び出したが、咎めようとすら思わない。

 少なくともさっきの熊モドキと違ってまともに響く会話になっているからだ。

 

「意味がわからないんですけど」

「気にするな、お前もいずれ分かる」

「なんなんですか??? 本当になんなんですか、その薄気味悪い悟ったような顔は!? この短い間に一体何があったっていうんですか!?」

「いずれ分かる。さあ、ダンジョン攻略にかかるとするか」

 

 木の葉天狗が漏らす困惑の声がやけに遠くに聞こえた。

 あの熊モドキも守善の手札の一枚である以上、否が応でも木の葉天狗も顔を合わせる機会があるだろう。

 その時はこいつを盾にしてやろう、と邪悪な策略を胸の内で企む守善。木の葉天狗はそんなことは露知らず、妙な悪寒に襲われて不思議そうな顔をしていた。

 

「まず俺の言うことをよく聞け」

 

 先程のバーサーカーインパクトからなんとか立ち直った守善はいつもの俺様節を発揮し始める。

 

「俺に聞かれたことに黙って答えろ。指示された事そのまま実行しろ。俺が求めるのはそれだけだ」

「はい、主」

「ふーん。そんなことをいって実際はどうだか……」

 

 対照的なモンスターの返答にも気にすることなく、ホムンクルスと木の葉天狗から詳細なスペックについて聞き取っていく。時折響や響が召喚したシルキーから意見をもらい、攻略の方針を練り上げる。

 

「木の葉天狗は俺たちより少し先を行け。使えるスキルを全部使って索敵だ。モンスターを見つけたらすぐに俺に報告しろ。極論お前の仕事はそれだけだ」

「はいはい。承知いたしました」

 

 軽く頷かれるが、なんとも任せる気にならない返事だ。木の葉天狗からやる気の欠片も感じられないからだろう。

 

「……所詮Eランクの木っ端に任せるには荷が重かったか?」

「はあ"っ!? だーれが木っ端ですか誰が! 私がいる限りFランク迷宮程度で敵モンスターの奇襲を許すとかないですから!! 翼賭けてもいいですよ!?」

 

 木の葉天狗は見かけよりもプライドが強いと守善は見た。その推測をもとにちょっとした挑発を入れてみたのだが、思った以上にあっさりとブチ切れる木の葉天狗。加えて翼……飛ぶということに異様なプライドを持っているようだ。

 瞳に宿るギラギラとした怒りを守善は知っている。それは自身で汗水垂らして稼いだ金を足蹴にされた時の守善が抱いたものに近い。

 

「ほぉ、言ったな。吐いた唾は呑めないって諺は知ってるか?」

「そっちこそお仕事お疲れさまでした木の葉天狗様。無事ダンジョンを攻略できたのは木の葉天狗様のお陰ですってお礼を言う準備は出来てますかぁ!?」

「お前が仕事をしたらな。気に入らないなら成果で黙らせてみろ」

「上等ですよ。そっちこそ自分の言葉を忘れないことですね」

「ならいい。言いたいことがあるなら結果で語れ」

 

 そして木の葉天狗への指示は終わった。空気はギスギスとしているが、幸いなことに木の葉天狗もやる気だけは出したようだ。

 

「モヤシ」

「はい、主」

「いくら何でもあだ名酷すぎません?」

 

 木の葉天狗が常識的なツッコミをいれるが、当事者達はどちらも気にしなかった。軽くスルーして淡々と話を続けていく。

 

「お前は俺の後ろに付き、俺が指示した敵へ攻撃しろ。それと常に後方は警戒し、敵に襲われたら反撃すること」

「奇襲なんて許しませんけどぉ?」

「お前は黙ってろ、鴉」

 

 余計な口を挟む木の葉天狗を一蹴し、腰のベルトから抜いたスタンロッドを手渡す。

 スタンロッドは警棒とスタンガンを組み合わせた対モンスター用の装備で、その電圧は役所に届け出が必要なレベルにまで上げてある。人間が食らえばショック死しかねない凶悪な威力だ。とはいえそれが通じるのも精々Eランク迷宮くらいまでだが。

 

「これを渡しておく。使え」

「はい、主」

 

 従順に頷くホムンクルスを見て、守善は満足げした。これくらい従順で扱いやすい方が、道具としては便利であると。

 

「それじゃ、行くぞ」

 

 Fランク迷宮など冒険者にとって通過点に過ぎない。そんな通過点に一々時間などかけている余裕など守善にはない。

 傲然と、しかし慎重に。守善は初めてのダンジョン攻略の一歩を踏み出した。

 




【Tips】プニキ
 とある高難易度【子供向け】ブラウザゲームの主人公の愛称であり尊称。
 ゲームそのものは名前を言ってはいけないあのクマ (バッター)が森の畜生ども (ピッチャー)のボールを打ち返すシンプルな野球ゲーム。だがネット上に転がる経験談曰く「とてもキッズ向けゲームとは思えない超高難易度の真剣勝負」とのこと。
 数多のやきう好きのお兄さんの時間を奪った闇のゲーム。なお既にサービス終了済み。
 詳細は敢えて割愛。詳しく知りたい人はくまの○ーさんのホームランダービー!を検索。


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第八話 守銭奴の暗黒面に触れて正義の労働闘争に目覚める

 しばらく毎日7時に投稿します。
 続きが気になる方はなろうの方で先行して投稿しております。


「――――木の葉天狗。ヘイト稼ぎご苦労、下がれ。行け、ホムンクルス」

 

 破竹の勢いあるいは快進撃。いや、蹂躙と呼ぶべきFランク迷宮の攻略風景がそこにあった。

 木の葉天狗による索敵は宣言通りただの一度も奇襲を許さず、逆に先んじて敵モンスターを発見し一行が主導権を取り続ける要因になった。時には敵モンスターのヘイトを買って誘引し、待ち伏せ箇所までの釣りすら見事にこなす。

 

「戦闘終了。戦果を報告します」

 

 戦闘要員であるホムンクルスが常に奇襲の優位を取り続けられたのは木の葉天狗の功績だった。

 

「奇襲の精度が甘い。スタンロッドの使い方がおかしい。Fランクの雑魚どもなら力押しで潰せるが上に行けばそうもいかん。考え続けろ。実戦で試せ」

「はい、主」

 

 またホムンクルスが同族の中でも最低クラスの戦闘力しか持たないとは言え、Fランク迷宮に出現するモンスターに対して過剰な戦力であったことも間違いがない。

 だが迷宮の攻略ルートの最適解を示し、都度従えるモンスター達をよく統率し、敵モンスターへの奇襲・強襲・交戦回避を適切に選択。最速で攻略を続けたのは間違いなく守善の功績だろう。

 

「スケルトンがこちらに気付かないうちに不意を突く。待ち伏せして機を狙うぞ」

「ゴブリンの群れか。気づかれたな、先手を取って蹴散らす」

「……進み続ければワイルドウルフとかち合うな。場所が悪い、遠吠えで周囲のモンスターを呼び集められれば袋叩きだ。回り道をする。付いてこい」

 

 そしてボスモンスターであるハイコボルトも温存していたバーサーカーをぶつけることで、最大の強みである眷属召喚を使わせる時間を与えずに瞬殺。

 

「戻れ、鴉。出番だ。蹴散らせ、熊」

「おうよ。ここまで暇してたお陰で体力は有り余ってるんでな。俺に任せて嬢ちゃん達は休んでろ。

 ――――オラ()()()しようぜハイコボルト。お前ボールな!」

 

 ボスと言えど所詮Eランクモンスター。体力が満タンのDランク最優クラスに叶うはずもなく、戦闘時間がわずか一分にも満たない蹂躙劇となった。バーサーカーもビジュアルとキャラクターが非常にアレだがその優秀さは疑う余地がない。

 とはいえ長く見ていたいツラでもないのでボス戦が終われば早々にカードに戻したのだが。

 

「……ボス撃破まで約五時間。踏破報酬の五万円に、魔石。まあ、こんなものか」

 

 それら諸々を加えて所要踏破時間、約五時間。迷宮に入った最初のカード選び含めた諸々を含めた時間のため、実際はもっと短いだろう。

 慣れた者で一層あたり約一時間。五階層ほどの深さしかない比較的浅い迷宮とはいえ初めてカードに触る初心者が出せるスコアではない。控えめに言って水際だった手際だ。

 

「大したものだ。可愛げがないくらいに優秀だね」

「出来るだけの準備はしていたので」

「それでこれか」

 

 迷宮踏破の報奨である見かけは豪華な宝箱……通称ガッカリ箱の前でメンターとして最後まで同行した響はそう端的に評価を下した。三ツ星冒険者が下す限り無く満点に近い評価だ。

 だが妥協を許さない守善はその程度では到底満足しない。

 

「総評をいただければ」

「初心者としては文句なしに満点だ。十分すぎる」

「初心者脱却が目標ではないので。もっと上を、より短い時間で駆け上がるためにも余計な配慮は抜きでお願いしたい。そうじゃなきゃ意味がない」

 

 自身の成長にどこまでも貪欲な姿勢に響は目を細める。その視線に込められた複雑な感情は有望な新人への期待感か、はたまた危ういところを覗かせる後輩への危機感か。

 

「攻略の手際はさっきも言ったが満点だ。迷わずに最短ルートを突き進めたのはギルドで予め攻略情報を購入していたからかな?」

「ええ。Fランク迷宮なら情報料も一万円程度。安い買い物だ」

 

 冒険者ギルドでは階層マップや出現するモンスターの情報など有用な迷宮の攻略情報を販売している。これが有るか無いかで攻略の効率に大きな差が出来る。

 さらに適度なタイミングで休憩を取り、疲労によるミスを防いだのもポイントが高かった。人間、興奮しているうちは疲れを感じないが、ふと緊張が途切れるとズシリと身体に疲労がのしかかる。意図的に緊張を緩めるタイミングと締めるタイミングを分けるのが下手な冒険者は意外と多い。

 

「用意周到だね。敢えて初心者が引っかかる箇所でも注意はしなかったが、どれも危なげなく潜り抜けていた。初心者とは思えないと言ったのは本心だ。この時点で冒険者サークルの平均水準よりも上だろう」

「褒められているのかもしれませんが、下を見て喜ぶ趣味はないので。そこまででお願いします。他には?」

 

 傲慢と紙一重の台詞だが、同時に強烈な上昇欲求と本気さが感じられる。冒険者ガチ勢が見れば満面の笑顔で分かっているなと頷くだろう。

 

「……敢えて踏み込むが、もう少しモンスターとのコミュニケーションを取ることを勧める。彼女らを労ったりとかね」

 

 近くに我関せずと佇んでいる木の葉天狗とホムンクルスへチラリと視線を送りながら指摘する響。実際、攻略中のモンスターとのコミュニケーションも指示以外絶無だった。徹頭徹尾モンスターを道具として扱っている。

 

「道具になんの遠慮をする必要が?」

「モンスターは道具じゃない。……いや、百歩譲って道具だとしても意思を持った道具だ。道具の手入れは持ち主の義務じゃないかな? 労いの一つもあって然るべきだと私は思うよ」

「む……確かに」

 

 一理ある。

 そう思ったのか、一呼吸ほど考えを置いたあとに守善は頷いた。対照的に響は自分の言葉が通じたことに安堵していた。

 間違いなく金の卵だが、癖が強すぎ、育成難易度が高すぎる。余裕を取り繕っているが先輩としては気が気ではないのだ。

 

「木の葉天狗」

「なんですかぁ? あ、木の葉天狗様ダンジョン踏破が上手くいったのは貴女様のお陰ですって言う準備が出来ましたぁ?」

 

 呼びかけると翼を羽ばたかせた木の葉天狗がフワリと飛んでくる。そのまま自然な流れで煽るように言葉を紡いでくるあたり、人間不信が極まっている。とはいえ基本的にスキル、閉じられた心を持つモンスターはマスターに隔意を持っているのがデフォルトだ。

 そして良くも悪くも守善はそうした木の葉天狗の事情を一切気にしていなかった。

 

「いまはその減らず口を脇に置いといてやる。一回しか言わんからよく聞け」

 

 使えるのならば評価する。それだけだ。

 

「索敵、よくやった。自分の言葉通りお前は一度も奇襲を許さなかった。今日のMVPは間違いなくお前だ」

「はえ”っ……?」

 

 煽り言葉からストレートな絶賛が来るとは予想していなかったのか、木の葉天狗から裏返った声が漏れる。戸惑った様子の木の葉天狗を他所に淡々と言葉を続ける守善。

 感情を抜きに見ると、ダンジョン攻略がスムーズに行った要因は木の葉天狗の索敵で敵モンスターに対し始終主導権を取れたことが大きい。ならばそれを認めるのは当然のことだ。

 

「いい腕だったぞ。きっちり仕事をするなら多少の減らず口は大目に見てやる。これからも俺のために馬車馬のように働けカス」

 

 なお最後の最後で罵倒が飛び出してくるあたり、木の葉天狗の煽りはキッチリ効いていたらしい。だが却ってその罵倒が木の葉天狗を正気に戻したようだった。

 

「……良いこと言ってる風で実は最悪ですねあなた! 私をタダでコキ使う気満々じゃないですか!?」

「お前にいいこと教えてやろう。モンスターカードに人権という概念はない。つまり一日二十四時間労働を命じようが訴える労基署すらないぞ。残念だったな」

 

 社畜にサービス残業を強いるブラック経営者のような言い草。淡々と圧のある無表情を浮かべた守善がそうのたまった。

 悲しいことに事実である。

 比較的冒険者制度の先進国である欧米諸国ではモンスターカードの人権整備が進んでいるという話もあるが、今の段階では完全に絵に描いた餅だった。

 他人のカードならともかく、自分が所有するカードに対して虐待を働こうとそれを取り締まる法律は日本にはない。

 

「げ……外道! あんたの方がよっぽど怪物(モンスター)ですよ!?」

「なんとでも言え。取り締まる法がない以上は合法だ。仮にお前が訴えようが俺が勝つ」

「悪魔ですか、あなた!?」

「違うな。現代社会に適合した拝金主義者と呼べ」

 

 悲鳴混じりに叫ぶ木の葉天狗がナチュラルに外道発言をかます守善に翻弄されている。

 響は自分が思っていたコミュニケーションとはなんか違う……と思いつつもどうたしなめたものかと困っていた。

 

「ホムちゃん! 私達モンスターの権利がピンチです、団結して悪逆なマスターに立ち向かいましょう!」

「? モンスターはマスターに従う存在です。私はマスターに従います」

「まさかの裏切り!? ええー……。いいんですか、こんなブラックマスターに従うなんて。骨の髄までクソ外道ですよ、間違いない。私と一緒に反旗を翻しましょうよ。ボイコット万歳!」

 

 守銭奴の暗黒面に触れて正義の労働闘争に目覚めたらしい木の葉天狗。力いっぱいにボイコットを叫んでいた。

 

「黙れカス。俺の便利な道具(社畜)(ホワイト)の道に引きずり込むな。躾けるぞ」

「私はあんた以上にドス黒い(ブラック)を知りませんけどね!?」

 

 しばらくの間労働条件を巡って睨み合っていた両者だが、やがて同じタイミングで舌打ちしながら視線を外した。ある意味息が合っているコンビである。

 続いて黙ってそばに佇んでいたホムンクルスに向け、労いをかける守善。

 

「モヤシ、今日のありさまじゃ及第点はやれん。ひとまず武器の扱いに集中して習熟しろ。確か短剣術スキルがあったはずだな? お前用の武器は次の攻略までに揃えておく」

「ありがとうございます、主」

「だが俺に従順なところは評価する。これからも俺のために働け」

「はい、主」

 

 守善は主に従順なホムンクルスの返事に満足した。

 自らに従うモンスター達へ向けて新たな指示を下す。

 

「また明日、別の迷宮を攻略する。それまで休んで力を蓄えておけ」

「え、超イヤです。私基本的に人間とか嫌いですし。ぶっちゃけ外道マスターを見返すために頑張っただけでわざわざこれ以上しんどい真似する必要がないっていうか」

「知ってるか、鴉。慣れない内にリンクで心を繋げるとモンスターは死ぬほど不快らしいぞ。閉じられた心がもう一段階マイナス方向に進化するか試してみるか?」

「そんな脅しあります? 血も涙もない畜生ですかあなた?」

 

 その後も続くグダグダとしたやり取り。

 どこか気の抜ける空気とは裏腹に、守善はその後初心者とは思えない水際立った手際で次々とFランク迷宮を攻略していく。

 学内で知らぬ者のいない三ツ星冒険者、()()白峰響が見出した金の卵。そしてその評判を裏付ける破竹の快進撃。

 守善の噂があっという間に大学中に広まり、とあるトラブルを引き起こすまであとわずか。




【Tips】迷宮の深さ
 深ければ深いほど敵が強力となる迷宮は、その階層数によって大まかにランク分けされている。
・Aランク迷宮:推定深さ101階以上 カードの召喚制限十二枚(マスター一人当たり)
・Bランク迷宮:深さ51階以上100階以下 カードの召喚制限十枚
・Cランク迷宮:深さ31階以上50階以下 カードの召喚制限八枚
・Dランク迷宮:深さ21階以上30階以下 カードの召喚制限六枚
・Eランク迷宮:深さ11階以上20階以下 カードの召喚制限四枚
・Fランク迷宮:深さ10階以下 カードの召喚制限二枚

 Cランク迷宮であればすべての階層でCランクモンスターが出現するというわけではなく、10階以下であればFランクモンスターしか出ない。
 Aランク迷宮が推定となっているのは、未だAランク迷宮の最深層に人類が辿りついていないからである。
 最深層には、その迷宮のランクよりワンランク上のモンスターが待ち受けており、それを便宜上“迷宮主”と呼んでいる。主はランクが一つ上なばかりか迷宮からバックアップを受けており、能力の強化や配下を召喚する権能を与えられている。

【Tips】迷宮の踏破報酬
 迷宮の踏破報酬は、ランクが上がるごとに一層当たりの値段は上がる。
・Aランク迷宮:踏破出来たら100億円。
・Bランク迷宮:階層×100万。
・Cランク迷宮:階層×10万。
・Dランク迷宮:階層×3万。
・Eランク迷宮:階層×2万。
・Fランク迷宮:階層×1万。
 踏破報酬をメインの収入とするプロの冒険者を、グラディエーターと区別してプロフェッサーと呼ぶこともある。彼らはお金以上に迷宮という存在の謎に魅了され、それを解き明かさんとしている者が多いからだ。プロフェッサーと呼ばれるようになった所以は、実際に大学の客員教授をやっている者もいることから。

追記
なお、踏破報酬はガッカリ箱から必ず出る魔石をギルドへ売却した際に纏めて支払われるらしいので、別の冒険者に先を越されて魔石を回収されていたりすると大損らしい。
(百均氏の活動報告Q&Aより)

※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。


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第九話 殺し合いか冗談かの二つに一つ

 白峰響は有名人である。

 在籍する大学では知らぬ者のいない高嶺の花と言っていい。

 容姿端麗、才色兼備、彼女を見れば花が羞じらい月は雲に身を隠す……と言うと()()大げさか。

 ともあれその恵まれたビジュアルは言うに及ばず、在籍する学部の中でも上から数えたほうが早いほど成績も優秀で、教授からの受けもいい。

 それでいて恵まれたスペックを鼻にかけず、誰とでも気さくに声を交わし、時に親身になって相談に乗ることもある。その王子様っぷりからむしろ男子よりも女子からの人気が高い。

 芸能人でも何でもない一大学生の身分で彼女のファンを自称する者が山といると知ればその人気が伺えるだろう。

 それでいて本人は世間からも注目される三ツ星冒険者という肩書きを持ちながらストイックに上を目指しており、周囲にナンパな男を一切寄せ付けない。加えて強豪で知られる冒険者部とは距離を置いている辺りにミステリアスさを感じるファンも多数。

 安心して推せる、とは彼女の非公式ファンクラブ会長の言葉である。

 

「先輩ならいわゆるアイドル冒険者としても十分やっていけそうですね」

「なんだい、突然。私がどうかしたかな? 守善君」

「いえ、ふとそう思っただけです。お気になさらず」

 

 そんな高嶺の花に纏わりつく悪い虫こと堂島守善は周囲から無数に突き刺さる嫉妬の視線を見てそう思った。

 白峰響の注目度が高いほど、彼女の周りに突然現れた異分子を周囲が見咎めるのは当然だった。ましてやその異分子が周囲と全く馴染む気配のない、コミュ力を捨て去って別の才能(モノ)に取り替えた狷介な人間であれば尚更に。

 

「ああ……。すまない、悪目立ちしてしまったかな」

「いえ、別にどうでも」

 

 自身の人気を自覚している響は少し申し訳無さそうだったが、守善は言葉通り気にした様子を見せずにあっさりと答えた。周囲との協調性が皆無なタイプなのだ。この大学に友人と言える人間は一人もいないし作ろうともしていないくらいには。

 

「とはいえ、もう半分の視線が見ているのは君だよ」

「でしょうね。先輩に纏わりつく悪い虫ですから」

「いや、そういうことじゃない」

「?」

 

 心当たりのない守善は首を傾げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。それもカードに触ったことのない素人が。全国から冒険者志望が集まるこの大学でも、いや、冒険者志望だからこそ信じられない話だろう」

「ああ、普通ダンジョン攻略は日を跨いで余裕をもたせてやるものでしたか」

 

 ダンジョンの空気は一種独特だ。

 Dランクカードが一枚あればFランク迷宮のモンスターなど敵ではないとはいえ、油断をすれば命を失うことには変わりがない。そうした非日常の殺伐とした空気に慣れないエンジョイ勢や初心者は一度ダンジョンに潜れば数日間は時間を空ける。誰に言われずとも本能が精神的な休息を求めるのだ。

 

「その通り。本当なら君もそう指導するべきかと最初は思ったが……」

「無意味に時間を空けるのは時間の浪費なので。無駄な心配です」

 

 狷介で強気な言い草。普通ならダンジョンを甘く見るなと叱咤するところだが、あいにくと堂島守善は普通ではなかった。

 

()()()()()()()()()()()()。結果を出した以上は私から言うことはないよ」

「ありがたい。やはり先輩はやりやすくて助かります」

 

 メンターとして同行し、危うい時はフォローできるからとはいえ自身の無茶を聞き入れた響の懐の深さに頭を下げる。これで必要な時には頭を下げるという社会性の欠片くらいは持ち合わせているのだ。

 

「ですがこれで約束した通り……」

「分かっているよ。君の攻略の手際は十分確かめた。君の要望がない限り私がメンターとして同行するのは昨日の攻略が最後だ」

「ありがたい。先輩の時間を奪う気はありませんが、かといって俺にばかり付き合ってもらうわけにもいかないので」

 

 三ツ星冒険者であり、大学内でも付き合いの広い響はかなり多忙だ。多忙な響に合わせて迷宮の攻略をこなしていては守善が満足する密度の迷宮攻略にならない。それを危惧した守善は早々にメンター制度からの脱却を目指し、そして成功した。

 この一週間はかなり響に無理をさせたスケジュールだったが、今後はフリーに動けるだろう。それは響にとっても大きなメリットだ。

 もちろんメンター制度から脱却したからとそれで縁切りという訳ではない。これからも守善は響に指導を仰ぐだろうし、響もそれに応えるだろう。ただ常にメンターが迷宮攻略に同行する初心者期間は脱したというだけだ。

 

「初心者とは思えない手際をあれだけ見せつけられればね。私としても正直手間がかからないのは助かる」

 

 この一週間で踏破した五つのFランク迷宮、その全てで守善はミスを犯さなかった。正確にはミスを犯してもフォロー可能な体制を整えてから攻略した。それを響が評価した形だ。

 

「初心者が迷宮を連続攻略、加えてメンター制度から最速で卒業。どちらも冒険者なら一目置くに十分な実績だ。少なくとも注目に値する」

 

 初心者が一週間でメンター制度から脱却した。しかも三ツ星冒険者によるお墨付き。これもまた前例がない。

 響からの称賛の色を込めた説明にそういうことかと頷く。

 

「君に向けられる視線の半分は私に関心がある野次馬のもの。だがもう半分は新進気鋭の新人冒険者を警戒する、この大学の冒険者達というわけさ」

「なるほど……」

 

 これまで一切頓着してなかった周囲から向けられる視線の質の違い。なんとはなしに感じていた違和感が、響の説明を受けて腑に落ちる。

 見れば感じるのは好奇心だけではない。どこか目に剣呑な光を宿した物騒な雰囲気の男たちもいる。冒険者部あるいは冒険者サークルの構成員達だろう。

 

「いまこの大学の冒険者界隈では君に注目が集まっている。結構血の気が荒い人も多いから周囲に気を付けたほうがいい。……実力のない人ほど初心者や非冒険者に向けて態度が大きいのは何故なんだろうね? 不思議なほどそういう人たちをよく見るんだ」

「日々命懸け(笑)の冒険を繰り広げて気が大きくなっているんでしょう。武勇伝には事欠かなさそうだ」

「別段冒険者だから偉いという訳じゃないんだけどね。地上ではマナーを弁えて普通に過ごすだけのことがどうして出来ないのやら」

 

 心底辟易した声音で愚痴を漏らす響。聞けば飲み会の席で酒の飲み方に失敗するレベルで頻繁に見るらしい。

 なるほど、それはうんざりするなと守善も胸の内で同意した。痛々しくてとても見ていられない。

 

「巻き込まれるのも馬鹿らしいからね。身の回りには気を付けて過ごすように」

「ご忠告どうも。精々身を低くしてやり過ごすことにしますよ」

 

 ちょっとした忠告に肩をすくめて守善は返答した。本音だった。響が言った通り、おかしな輩に巻き込まれるのはあまりに馬鹿らしい。

 このやり取りを最後に響とは別れ、それから十数分後。

 何故か守善は冒険者部の一年生、籠付(かごつけ)善男(よしお)に絡まれていた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 堂島守善は大学生である。

 なのでいつもいつも冒険者として迷宮攻略にばかりかまけていられない。

 授業の単位が得られなければ卒業はできず、卒業出来なければ落伍者となる。そして日本の社会は落伍者にとても厳しい。ゆえに守善といえども、ある程度、授業には出席をしておかなければならない。

 なので響と別れた後、卒業に必須である授業へ出席していた。なお周囲には友達や知り合いもなく、ポツンと単独で座っていたが、それを特に問題に思うこともない。

 根本的なところでパーソナルスペースが広い。つまり他人を信用しない人間なのである。友情というあやふやな繋がりよりも利益で繋がる関係こそ信頼できると見做すタイプだ。

 

「それでこの間、冒険者部の先輩方が僕たち一年生を連れてプライベートダンジョンのDランク階層まで連れて行ってくれたのさ」

「…………」

 

 だからこそ今この状況はとても不本意であった。

 守善の隣に同席を許した覚えもない冒険者部の一年生。守善とちょっとした因縁のある籠付(かごつけ)善男(よしお)が座りペラペラと喋り倒している。

 以前に守善が冒険者部への入部を希望した場所で、同じ一年生でありながら上から目線で暴言を投げつけてきた男である。

 身も蓋もなく言えば守善の心の閻魔帳に名前が記された、口の周りだけはいいカッコつけ男だ。

 

「あれは凄かった。Dランクカードと言えば、僕たち新入生の主力だ。それと同等のモンスターが湯水のように湧き出てくるのに先輩たちは出現早々に雑草を刈るみたいになぎ払っていくんだ」

「…………」

 

 ひたすらに無言で返す守善を気に留めた様子もなく喋り続けている。

 

「僕よりも一、二年程度年上なだけだととても思えなかったよ。強烈に憧れた。僕も先輩たちから指導を受けて迷宮でカードの扱いを磨く。そして先輩たちのように活躍するんだ」

「そうか、頑張れ」

 

 憧れというよりも自身に都合のいい妄想を滔々と語るキャリアだけは長い一ツ星冒険者。ついさっき響から聞いた初心者や非冒険者にマウントを取りに行く、威勢だけは達者な冒険者そのものだ。

 フラグってあるもんだな、と守善は感心した。

 一応は単位取得に向けて真面目に授業を聞いている守善よりも軽薄で薄っぺらい態度としか言いようがない。面倒臭さが極まった守善は心の全く籠もっていない適当な相槌を打ち、講義に集中することにした。

 

「まずは二つ星冒険者が目標かな。やはりここが冒険者部の新入生の中でも、エリートと落ちこぼれを開ける一つの壁らしい。もちろん僕はエリートになるけどね」

 

 その後も籠付は自分は冒険者部のエリート様であり、それを許されなかった有象無象とは違うのだと自慢気にしていた。かなりナチュラルが見下しが入った言葉で、牽制するかのように二ツ星冒険者昇格への意気込みを語っている。しかし根拠のない優越感に浸った言葉は空気よりもスカスカだ。

 しかも教授による講義もお構いなしに私語を大声で語っている。周囲からも迷惑そうな目を向けられていた。

 

(そもそも先輩の指導だけをアテにしている時点で箸にも棒にもかからん有象無象だろうが。やれることを全て済ませてから指導を仰げ)

 

 と、自身の努力だけで初心者脱却を叶えた守銭奴が心の内で呟く。

 

(お、早速重要そうなところが……。メモメモと)

 

 なおも隣で喋り散らしている男を無視して講義の内容をカリカリとノートにペンで書きつける。

 どう考えても籠付の自慰が入った自慢話に耳を傾けるよりも、講義を真面目に受けた方がよほど有益だ。

 不幸なことに、守善とこの男は同じ学部らしく、つまり今後も同じ授業に出席するらしい。似たようなことが続くようなら対策が必要だなと心のメモ帳に記しておいた。

 

「そういえば、君はまだ冒険者を始めたばかりなんだっけ? Fランク迷宮も頑張って攻略しているみたいだけどその程度で調子に乗っているようじゃあ、ねえ?」

「……?」

 

 と、自身も一ツ星冒険者の身で意味のわからないマウントを取りに来る籠付。

 あまりにも自信満々な顔で意味不明な妄言を垂れ流す籠付に、一瞬だけ自分の耳の不調を疑う守善。明らかに間違っていることを堂々と主張されると、自分の方が間違っているのではないかと一瞬自信が無くなるアレだ。

 

「悪いこと言わないからこれ以上調子に乗るのは止めておいた方がいい。迷宮のモンスターの恐ろしさには、僕でさえ一瞬心底から震え上がってしまったんだ。君のような凡人にはとても耐え切れないだろう。ましてや見るからに貧乏な身の上の君ではね。カード一枚が割れただけで即破産だろう。

 忠告するよ、君は冒険者向いていない」

 

 その事実に気付いているのかいないのか。どこまでも上から目線で守善を見下す男。

 傍から見れば滑稽極まりない道化芝居なのだろうが、それに付き合わされる守善としてはそろそろ飽きてきたというのが本音だ。正直に言えば最早相手をしていることすら阿呆らしい。

 守善は無言で講義に向き直った。

 そしてその瞬間にキンコンカンコンと講義の終わりを告げるチャイムの音が響く。

 

「よし、今日はこれでおしまい。次回は、さっき話したページまで予習を進めておくこと。以上、解散」

 

 講義の終わりを告げた教授の締めの言葉に従って、教室に座っていた生徒たちが三々五々に別れていく。

 守善もその流れに乗り、隣の籠付に目もくれることもなく立ち去ろうとした。

 

「な……、待ちなよ。話を聞いてたのか? 折角僕が忠告してあげたって言うのにさぁ!」

「…………」

「待て! 僕の話を聞けって――――」

 

 これ以上籠付に構うことなく手早くノートと筆記用具を片付けると無言で去っていこうとする守善。籠付はその肩に手をかけて無理やり振り向かせようとした。その瞬間にパシンと無造作な手付きで籠付の手を叩く。ゴミを払うような仕草だった。

 

「触るな。喋るな。無能が移る。一ツ星の底辺が野望を語るのは自由だが、話を聞かせたいなら実績を作ってから出直して来い」

 

 強烈な罵倒だった。それも害虫を見るかのような冷たい視線のおまけ付きだ。

 これまで無反応だった守善の反抗(?)に籠付は予想外だと言わんばかりに驚いていた。驚きはやがて怒りと攻撃性に変わり、エリートに逆らった底辺へと向けられる。

 

「お前……底辺の分際でよくもこの僕に!」

「同じ一ツ星の底辺に分際もなにもあるか。尤も俺は底辺のままでいるつもりはないがね、()()()()()()。キャリアだけは長い一ツ星冒険者さん?」

 

 才能のある冒険者は割とすぐに二ツ星に上がる傾向にある。キャリアの長い一ツ星など上に行くのを諦めたエンジョイ勢か能力のない無能だと自分で主張しているようなものだ。

 その点を突いて痛烈な皮肉を叩きつけられた籠付は怒りで頭に血を上らせた。

 

「お前こそ調子に乗るな、白峰先輩に気に入られて下駄を履かされただけの初心者が! どうせお前なんか先輩から強いカードを借りただけの金魚のフンだろうが!」

「ああ、なるほど。だから強気に出ていたわけだ」

 

 なお実態はわざわざ癖の強い不良品カードをレンタルした上で初攻略の迷宮ながら平均を大幅に超えたタイムを叩き出す初心者詐欺の守銭奴だ。

 

「どちらにせよ下らんね。俺を叩いて悦に入ったところでお前が二ツ星に昇格出来る訳でもないだろう。そんな暇があるなら迷宮の一つも攻略したらどうだ」

 

 少なくとも迷宮を攻略すれば踏破報酬が出るし、二ツ星資格挑戦のための戦力調達の資金になるはずだ。

 

「大体二ツ星冒険者なぞ通過点だろうが。わざわざこだわるほどのものかよ」

「な……!? 素人が。二ツ星冒険者の昇格率を知らないのか!?」

 

 ちなみに二ツ星冒険者の昇格率は約五十%。さらに落第した半分が二ツ星への昇格を諦めると言われている。

 確かにかなり合格率の厳しい試験だが……。

 

「だからこそだ。才能のある半分はさっさと二ツ星に上がる。キャリアの長い一ツ星なぞ上に行く見込みのない穀潰しだろうが」

 

 守善が言っていることもまた事実だ。

 そして件のキャリアの長い一ツ星冒険者そのものである籠付を痛烈に罵倒する。真正面からはっきりと見下された経験がないのか、籠付は怒るよりむしろ呆気にとられているようだった。

 

「そもそもプロ冒険者がいるチームの構成員が二ツ星で満足していてどうする。そのザマじゃ卒業後の足切りでリストラを食らって放り出されるのがオチだな」

「お前、冒険者サークル如きがよくも……!」

 

 この大学の冒険者部にはプロ冒険者が在籍していると言われているが、それは厳密には正しくない。当のプロ冒険者が在校生ではなく、大学のOBなのだ。冒険者部の関係者だが、冒険者部の所属ではない。

 大学OBの現役プロ冒険者が作り上げた冒険者チームは別にある。その冒険者チームの下部組織が大学の冒険者部であり、言わば彼らは二軍なのだ。

 プロ冒険者は頻繁に大学の部室に顔を出し、指導なども行い、共同で迷宮攻略を行っているらしい。だが卒業後に一軍のプロチームに迎え入れられるかは部員当人の力量次第と聞く。

 少なくとも籠付にその見込みはないだろう。

 

「金魚のフンがよくもベラベラと! 僕を本気で怒らせたな!?」

「怒らせたからどうした? 迷宮で闇討ちでもする気か、アホらしい。すぐ足がついて警察の御用になるのがオチだろう」

 

 迷宮では冒険者同士のトラブルを防ぐために何重にも安全策が講じられている。

 万が一冒険者が別の冒険者をモンスターで襲ったとしても、その死に不審なところがあればすぐに調べがついてお縄だ。

 だが売り言葉に買い言葉で籠付はついその一線を超えた。

 

「そうだと言ったらどうするよ? 僕が怖いか、負け犬の底辺がさぁ!?」

 

 その瞬間。

 

「――――」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「いいのか?」

「ハッ、何がだよ! 今更になって怖気づいたんじゃ――――」

「お前が本気だと考えていいのかと聞いている」

 

 その声音は平静だった。それが却って籠付の恐怖を煽った。

 

「冷静になって考えろ。気に食わないやつを殺すぞテメエ、と思うのは個人の自由だ。だが拳銃を持った奴に殺すぞテメエと言われれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 本気だった。

 少なくとも守善は冒険者になる上で、本気で冒険者同士の殺し合いになる状況を想定し、そうなった時の覚悟を決めている。籠付がイエスと答えたが最後、完全犯罪を目指して妥協なく動き出すだろう。

 

「もちろん俺はただの冗談だと思ってる。俺も言い過ぎた、悪かったよ。だがおかしな誤解はしたくないんだ。この際はっきりしておきたい」

 

 冒険者として成り上がれば大金が動く。そして大金が動けば争いになる。金が絡めば人は簡単に一線を超える。平和な日本だからだと平和ボケ出来るような話ではないのだ。

 

「殺し合いか、冗談かの二つに一つだ。()()()()()()()()()()()――――で?」

 

 返答や如何に。

 殺気の籠もった問いかけに、籠付は喉のあたりを引き攣らせながら答えた。

 

「バ――――バカじゃないの!? こんなチャチな口喧嘩で本気になるとかダッセぇわ!」

「そうか、冗談ならいいんだ。悪かったな」

 

 冷や汗を垂らして強がる籠付と冷静な様子の守善。どちらが勝者かは傍目にも明らかだった。

 守善はこれで話は終わりだとばかりに無防備な背を見せ、軽い足取りで立ち去っていく。

 

「それじゃあな。()()()()()()()()お互い一ツ星冒険者同士、二ツ星への昇格を目指して頑張ろうじゃないか」

「テメェッ……!」

 

 一見爽やかな別れの台詞だが、これまでの話を踏まえれば中々皮肉が効いている。

 去っていく守善の背を見つめる籠付の視線は憎々しげに歪んでいた。



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第十話 マスターって恨みを買うのが得意そう

 籠付へたっぷりと()()()()()()別れの挨拶を告げた後、守善はその足で新たなFランク迷宮に足を踏み入れた。

 そろそろ大学の近辺にある迷宮もこれで打ち止めだ。これからは休日に、交通機関を使ってより遠方まで足を延ばす必要があるだろう

 だが今は関係ないことだ。

 迷宮の入り口である黒いもやが集まったような球体に手を触れ、空間跳躍(ジャンプ)。異空間に存在する迷宮に足を踏み入れた。

 タイプは昼型。一面に深い森が広がり、その中に複雑に枝分かれした道が延々と続く迷宮だ。トキワの森と言えば分かるだろうか。ただし樹木オブジェクトから敵モンスターが奇襲を仕掛けてくるのが違いと言えば違いか。

 基本はギルドから購入したマップ情報に沿って進めばボスに辿り付けるのだが、森の奥から奇襲を仕掛けられるのが怖いやや厄介なタイプの迷宮である。

 とはいえ索敵タイプの木の葉天狗がいる守善一行はある程度の範囲を常に警戒することが出来る。

 事前に購入した攻略情報ではこの迷宮にそれ以上面倒なギミックはない。

 時折飛びかかってくるFランクモンスターのキラービーや鳥型の以津真天(いつまで)を駆除しながら、時間が惜しいとばかりに道なりに進んでいく。

 出現するモンスターは木の葉天狗が風読みスキルで感知。ホムンクルスが先手を取って打ち倒し、ホムンクルスの疲労がたまれば、バーサーカーに交代する。

 奇襲さえ防げればFランク迷宮のモンスターなどただの動く的だ。鎧袖一触に蹴散らしていく。

 なお木の葉天狗に関しては、疲労回復用のポーションをがぶ飲みさせられながら丁寧に酷使されていた。手を抜けばリンクを使った不快感を鞭代わりに使うという外道プレイのおまけつきだ。

 ポーションの恩恵でいっそ倒れることも出来ず、木の葉天狗は唾でも吐きたそうなうんざり顔だった。そしてそれを知りながら守善は、平気の平左とばかりに知らん顔をしている。

 

「ちょっとはカードを労わろうと思わないんですか」

「まだいけるだろう、働け」

「うへぇ……。このマスター、ほんとサイアクですよ」

 

 木の葉天狗が抗議するもにべもなく撥ねつけられる。

 嫌そうな声を漏らす木の葉天狗だがポーションのお陰もあって、確かにまだ余裕はある。そして本当にキツイと思った時に守善の判断で休憩を入れてくる。酷使されているのは確かだが、丁寧に扱われているのも事実だ。

 

(だからって馬車馬みたく扱われたいわけじゃないんですよねー)

 

 それはそれとして常に最高効率を求められるのはキツイし辛いし面倒くさい。

 特に反逆系スキルである閉じられた心を持つ人間嫌いの彼女は元の性格より大幅にひねくれてしまっており、隙あらばサボるし手を抜くことに余念がない。

 守善は木の葉天狗の限界を見抜きギリギリまで酷使していたが、ある意味どっちもどっちではあった。

 仮に木の葉天狗の手抜きにも寛容な態度で臨む甘いマスターであれば際限なく増していく要求に手を焼き、小悪魔な態度に翻弄され、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「マスター」

 

 と、不意に木の葉天狗が呼びかける。

 モンスターの存在を告げる声とはまた別種の緊張感を伴ったそれに守善の警戒心も釣られて高まる。彼らは互いをカスカード、クソマスターと罵倒しあう関係だったが互いの能力には一目置いていた。

 

「……どうした。厄介事か?」

「後方に一人、別の冒険者が私達を尾行(つけ)てきています」

「偶然の可能性は? ここのマップ情報があれば通行ルートはほぼ一本道だ。ルートが被るのは十分ありうる」

「それにしちゃペースがおかしいですね。私達はかなりハイペースで攻略を進めてますが、後続のマスターはその恩恵でモンスターとほぼ遭遇してないはずです。その割には進むのがやけに遅い。

 十中八九こっちに気付いた上で伺ってるような……ヤな気配がします。それに」

「それに……、なんだ?」

 

 含みのある言葉の切り方に問いかけると。

 

「いえ、クソマスターって恨みを買うのが得意そうじゃないですか。私とか」

「その横っ面をひっぱたいてやろうかカス」

 

 ごく自然に殴り合うような暴言のやり取りが交わされる。

 互いに限りなく真顔でのやり取りであった。

 

『……………………』

 

 形容しがたい沈黙が下りた後、互いにチッと舌打ちし、ペッと唾を吐く醜い応酬が行われた。そして当たり前のように話が本筋に戻る。

 

「向こうの狙いは何だと思う?」

「ダンジョン攻略じゃないのは確実です。攻略目的ならペースを上げるかいっそ諦めて帰りますよ。この迷宮、マップがあればボスまでほぼ一本道ですもの。先行有利です」

「面倒だな。品行方正、清廉潔白な俺に一体何の用だ?」

「鏡を見てから今の台詞をもう一度どうぞ。きっと笑っちゃいたくなること請け合いですよ」

 

 間。

 

『……………………』

 

 守善と木の葉天狗は再び互いにチッと舌打ちし、ペッと唾を吐いた。そして当たり前のように話が本筋に戻る。

 

「選択肢は二択です。待ち受けるか、あるいはペースを上げてストーカーをチギるか」

「……放置して面倒な場面で横槍を入れられても鬱陶しい。ここで待ち受ける。必要なら()()ぞ、鴉、モヤシ」

「はーい」

「はい、主」

 

 守善は一呼吸分の時間を思考に割き、より積極的な対応を取ることに決めた。物騒な手段を視野に含めた対応を滲ませながら。

 そうしてモンスター達とともに道のど真ん中に立ち尽くしながら待つことしばし、守善を尾行(つけ)ているというマスターが姿を現した。その姿を見て守善が顔をしかめる。見覚えがありすぎるほどにあるその男の名は、

 

(籠付(かごつけ)か。予想通りというか、懲りないというか……)

 

 件のストーカーは籠付(かごつけ)善男(よしお)。迷宮に潜る直前に守善とトラブルを起こした冒険者部の一年生だった。

 大方、守善の捨て台詞を流し切れず化けの皮を剥いでやるとでも思ったのか。わざわざ迷宮にまで後をつけてくるとは暇な奴だと守善は呆れた。

 

(しかもド下手か。マスターとしてカスだな。俺が道具(モンスター)に同情するとは)

 

 視界に入ってから一度、モンスターから奇襲を食らい撃退していたが、その光景から推察出来る冒険者としての技量は低い。

 奇襲対策が甘いのだろう。モンスターの奇襲が面白いように決まり、その対処に翻弄されていた。連れているのがDランクモンスターだから問題なく撃退できているが、主導権は敵モンスター側に握られている。マスターの采配としては落第だ。

 

「――――! 堂島ぁ!」

 

 向こうも、道の真ん中に立ち尽くす守善に気づいたか疲労の浮かぶ顔が一転して、険しくなった。

 

「まさかあれだけ警告しておいてこんな場所で出くわすとは思わなかったぞ。わざわざ俺の後をつけてきてまで一体何の用だ、籠付」

 

 直前のトラブルを思い出せばその場の雰囲気が一触即発となるのは当然だった。両者の間に漂う空気は明らかにピリついている。伴ってそれぞれのマスターが従えるモンスター達の緊張も高まっていた。

 

「後をつける? 何のことだか意味が分からないな。君の被害妄想だろう?」

「それで通ると思ってんのかクズ。明らかにこっちを付け狙いやがって。ストーカーに付き合わされるカードが哀れだな」

 

 流れるような罵倒のコンボに籠付の顔が引きつる。シラの切り方が下手すぎるが、それを差し引いても容赦がない。

 

「ッ……! 誰がストーカーだ!? 僕を侮辱するな!」

「ならなんでこんな辺鄙なダンジョンにいる? 理由は何だ」

「……ダンジョン攻略だよ。当たり前だろう」

「大学からそこそこ離れたここにわざわざ? 大学内に冒険者部御用達のプライベートダンジョンもあればもっと近場に別のFランク迷宮もあるだろうが。嘘つくの下手くそか。弁論術を磨いてから出直してこい」

「そんなことどうでもいいだろう! お前の知ったことじゃない!」

 

 最早しらばっくれるというよりも意固地になっているようだ。頑なに口を割ろうとしない籠付に守善は色々面倒臭くなった。

 大方名前が売れ始めた守善の化けの皮を剥いでやるとか、ダンジョン攻略の技量でマウントを取ろうとかその辺りだろう。常識的に考えれば実力行使に出るような馬鹿な真似をするはずがない。

 

(いっそここで潔くヤるか……)

 

 一瞬だけ危険な誘惑が脳裏を過ぎるがすぐに却下する。

 虚偽察知のスキルや魔法がある現代社会で、犯罪容疑者になった時にシラを切るのは限りなく不可能に近い。ヤるのなら法律に触れない範囲でなければ、と守善は()()()()考えた。

 

「そんなことより問題なのは君のカードの扱いだ!」

 

 そしてお次は籠付からの意味の分からない難癖だ。これには守善も首を傾げる。

 

「それこそ何の話だ。お前が口を挟む義理もないだろう」

 

 心の底からの疑問と共にそう答える。

 傍から見て守善のカードの扱いに思うところがあろうと、マスターとカードの関係は千差万別。他人が口出しする権利はないのだ。

 

「迷宮に入ってから君のやりかたをずっと見ていたが……見ていられない。

 そこの小さな天狗は常に出ずっぱりで、ロクに休憩も取らせずに働かせ続けているじゃないか。麗しい少女にそんな無体な振る舞いを課すなんて君には良心の呵責というものがないのか!?」

「……?」

 

 大げさな身振り手振りで自分に酔ったようなセリフを恥ずかしげもなく垂れ流す籠付。モンスター愛護の精神を発揮するのはいい。だがわざわざ他の冒険者が迷宮に攻略している場面を尾行した挙げ句にそのやり方に口出しするのは迷惑行為だ。冒険者ギルドに報告すれば注意を受けるのは籠付の方だろう。

 学生で冒険者になった者にはこういう手合がごく稀にいる。格好いい・可愛い・強そうなモンスターを従えることで自分もその一員になったかのように錯覚する。一言でいうと中二病を拗らせたヒーロー気取りだ。

 

(めんどくせえ……理解できん)

 

 もはや相手をしているだけで疲労感が肩に覆いかぶさってきていた。ある意味、モンスター以上の強敵かもしれない。

 そしてチラリと話題に上がった木の葉天狗に視線を送ると。

 

「……ッ」

「?」

 

 意外にも、と言うべきか。

 籠付からの茶々に木の葉天狗も鬼の首を取ったように騒ぐと思っていたのだが、意外にも沈黙を貫いている。それも感情を押し殺した無表情で。

 元が女の子カードということもあり、顔面偏差値は高い。さらにサイズまで人形並みなので、まさに人形のような無表情。非常に冷ややかな迫力があった。

 それを訝しく思いながらも、

 

「お前が知ったことか。部外者は引っ込んでいろ」

 

 と、一言で切り捨てる。

 事実、モンスターとマスターの関係性について、部外者からくちばしを突っ込まれるいわれはない。例外があるとすればカードの本来の持ち主である響くらいのものだろう。

 

「部外者だとかそんなことはどうでもいいんだ、重要じゃない。重要なのは君が悪行を成しているという事実であり、僕にはそれを正す義務があるということだ!」

「???」

 

 だが男の返事はさらにとんちんかんが極まっていた。どうしよう、と珍しく守善が対応に困るくらいには。

 

(そろそろ会話を放棄しても許されるだろうか。疲れた)

 

 思わず素でため息を吐いてしまう。徒労感が両肩にのしかかってくる。同じ日本語で会話しているはずなのにコミュニケーションが取れている気が全くしなかった。

 

「レディにはレディに相応しい扱いというものがある。それを弁えない輩に女の子カードを任せられないな」

「頼まれてもいないのに他所様のやり口に首を突っ込む迷惑クレーマーよりはマシだと思うが」

 

 脊髄反射のマジレスである。

 何言ってんだこいつ??? と空中に飛び交う疑問符が目に見えるようだった。

 

「図星を突かれて焦ったか? やはり君のような貧乏人は品がない。無様極まりないな」

「お前がそう思うのならそうなんだろう。()()()()ではな」

 

 と、ついにスラングまで使って対応し始めた。この時点で真面目に対応する気力が九割ほど尽きている。

 

「……話を進めよう。俺の答えは一つだ、”知ったことか”。お前が俺のやり方に文句を言うのは自由だが、俺が従う義理はない。で、俺の答えを聞いたお前はどうする? お勧めは回れ右してハイさよならだ。一番平和的な解決法だな」

「決まっている。君が心改めないというのなら力ずくでもそれを為すだけさ」

 

 はいワンアウト、と胸の内で呟く。

 守善は丁度自身と同じ目線で撮影できるタイプのウェアラブルカメラを頭部に装着している。いまの画像と音声はバッチリ撮れているはずだ。

 あるいは本人は正義感から言っているのかもしれない。だが実際に実力行使に踏み切ればそれは犯罪である。

 すわ荒事か、と場の空気が限界まで緊張に張り詰めたその瞬間に。

 

「そこの優男さんいいこと言いますね」

 

 木の葉天狗が仮面を貼り付けたような笑みを浮かべ、場の空気を断ち切った。



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第十一話 彼らはいま最高に輝いていた。最高に嫌な輝き方だった

「そこの優男さんいいこと言いますね」

 

 仮面を貼り付けたような笑みを浮かべ、場の空気を断ち切った木の葉天狗。

 

「ええ、仰るとおり私はこのクソマスターが大嫌いです。私をこき使うし、こっちの言葉は聞いてくれないしロクにご褒美もくれません。挙句の果てに道具扱いです。サボタージュしてもやむ無しと思いませんか?」

「そうだろう! それなら――――!」

 

 すると両腕を広げ、まるでこちらに飛び込んで来いとばかりにアピールする籠付。彼の脳内では自分が美少女のピンチを助けるヒーローに置き換わっているのかも知れない。

 

「でもあなたより百倍マシです」

 

 だが現実(コノハテング)は彼に微笑まない。むしろ仮面を貼り付けたような笑みを投げ捨てて、絶対零度とすら思える冷たい一瞥を向けていた。

 

「あなたのような私を人形扱いする輩よりも余程。私が空を舞うことすら許さないマスターよりもずっと見込みがあります」

 

 絶対零度の啖呵が切られる。

 これは単純な怒りではない、むしろ籠付の言葉を通して想起された怒りを叩きつけている。守善にはそう見えた。

 とばっちりの怒りを向けられた形になる籠付は呆気にとられ、咄嗟になにか言うことも出来ないようだった。

 

「思い出しましたよ。いえ、思い出せてはいないんですけど。私を後生大事に人形のように閉じ込めて空を飛ぶことすら許さなかった。そんなマスターがいたことを。あなた、そのマスターと似た気配がします」

 

 あらゆるモンスターカードは初期化されればその記憶を失う。さらに限界以上のダメージを受けてロストしたカードも本当の意味では死なず、迷宮の”母なる海”に還り、時間を置いてまた新たにカードとしてドロップするという。

 だが記憶は失っても経験は消えない。自分が経験したことは正負を問わず、確かに心の奥に残り続けるのだという。

 だから前マスターの記憶など無い木の葉天狗も、実感としてその身に受けた仕打ちを覚えていたのだろう。それが籠付の迂闊な一言が投じられた一石となり水底の泥のように浮き上がった。

 

(()()()()()()()()()とは言うが……閉じられた心を得るほどか。よほどマスター運が無いらしいな、こいつ)

 

 木の葉天狗は見かけとサイズだけならまさにお人形そのものの可愛らしい美少女だ。

 だがその中身は大人しく愛玩人形に収まるような可愛げはない。むしろ束縛をこそ嫌い、空を舞う自由にこそ強くこだわっているのは守善も察しが付いていた。

 

(空を舞う鷹が狭い籠に押し込められた挙げ句ブクブク肥え太るような日々に幸福を感じるか? コイツ()お断りだと蹴飛ばすタイプか)

 

 守善同様に木の葉天狗も過剰な束縛にははっきり否と拒絶するタイプだった。そんな木の葉天狗のトラウマを知らなかったとは言え籠付は無遠慮に踏み抜いたのだ。この激発は当然である。

 

「うちのマスターは本当にどうかと思うくらいに外道ですけど、マスターとしての腕前だけは確かです。私を閉じ込めないし、限界まで使いこなす腕がある。あとは私を大事にする甲斐性があればギリギリマスターとして認めてあげなくもありません」

「クソだ外道だと風評被害を垂れ流すな叩き落とすぞカス鳥。……要求は?」

 

 いつもどおりのやり取りの後、守善が一歩引いてみせる。それを聞いた木の葉天狗が露骨なくらいに疑念と不審を顔に浮かべた。きっとこれまでの積み重ねの賜物だろう。

 

「薄気味悪いくらいに素直ですね。一体何の企みですか?」

「仏心を出せばそれか。アレより下とか人類には到底耐えられない屈辱だからな、妥協してやることにした」

「ああー……。そうですね、アレより下とかちょっとナイです。ナイナイ、ありえない」

 

 チラリとわざとらしく屈辱に震える籠付(アレ)へ視線を送る守善、応じるように深々と頷き籠付のプライドをズタズタに切り裂く木の葉天狗。外道二匹がここにいた。

 互いに反目しつつも敵には容赦がないという共通点をもつ両者である。共通の敵が現れたいま、嬉々としてタッグを組んで罵詈雑言の限りを尽くし始めた。

 

「もう台詞というか言動全部が控えめに言って()()()んですよね、見てられないと言いますか見ていて居た堪れないっていうか」

「言ってやるな、本人は真剣にやっているんだ。だからこそ救いがないと言えるが」

「お、お前らぁ……!」

 

 流れるように息のあったやり取り、ただし悪口限定の。耳から無理やり悪意をねじ込むような嘲りの数々に頭に血を昇らせた籠付は怒りで言葉にならない。それを確認した木の葉天狗は籠付へわざとらしい笑顔を向けた。

 

「あ、人類最底辺のマスターさんこんにちわ! 持ってるカード達も肩身が狭そうで本当に可哀想。そんなザマを晒して生きてて恥ずかしくないんですか?」

「どうも、カードからクソマスターのお墨付きが出た堂島守善です。ところでそれ以下と言われたゴミ溜めマスターさん、今のご気分は? ちなみに俺は心安らかだ。なにせ下には下がいるって分かったからな。お前のお陰だよ、ありがとう」

 

 怒りに震える籠付が口ごもっている間にも爽やかな笑顔で傷口に塩を塗り込むように罵倒を重ねる外道コンビ。守善に至っては自身に向けられたマイナス評価さえ籠付に向ける罵倒の材料にしている。彼らはいま最高に輝いていた。最高に嫌な輝き方だった。

 二対一という数的不利、加えて多数の方が極めつけに根性が曲がった外道達だ。最早口喧嘩で籠付に勝ち目はなかった。

 

「こ、こんな貧乏人よりも僕が下? ゴミ溜めマスター? ありえない、ありえないいいいいぃぃっ――――!」

 

 それは籠付も理解していた。相手が悪すぎると。だからと言って冷静にもなれない。傷ついた自身のプライドを見過ごすことも出来ない。そして自身の目の前には八つ裂きにしてやりたいくらい憎らしい格下の素人がいる。到底見過ごせない。

 

(こんな奴ら僕が本気を出せば泣いて謝るに決まってる!)

 

 そして自分の手には力がある、DランクモンスターというFランク迷宮では無双を誇る力が。籠付はこれまでの実績からその力を持つ自分は無敵なのだと無意識に錯覚してしまう。相手の手にもDランクカードがあることを忘れて。

 そしてついによりによって最も選ぶべきではない選択肢を選んでしまった。

 

「奴らをぶちのめせ! 狛犬、ボアオークゥゥッ!」

 

 自身が召喚した二体のモンスターをけしかけたのだ。その瞬間に守善の口元がニヤリと悪辣に歪められたのを隣の木の葉天狗だけが察していた。

 力に驕った素人がキレた短絡思考の行き先など、概ねこの程度だ。内心で荒事の可能性を想定し、準備万端で待ち構えていた守善の敵ではない。何よりこれで先に手を出したのが籠付であることが記録に残った。

 

「狛犬にボアオーク、防御重点の増殖型パーティーか。戦術だけはよく練られているな」

「バカなマスターが考えなしに突撃させて全部台無しにしてますけどね。ほんと、敵ながら哀れですよ」

 

 狛犬。神社でよく見る厳つい顔をした聖獣である。獣型としては珍しく鈍足だが、その体皮は石のように固く頑丈なモンスターだ。加えて庇う、威圧などの防御向きのスキルを持つ。マスターのガード役として採用されることが多い。

 またボアオークも下位種族のオークを時間経過に伴って一体ずつ召喚し続ける眷属召喚スキルの持ち主。さらにタフでパワーも有る。防御に徹していれば攻め崩すのにかなり苦労するのは間違いない。

 どちらのカードもかなりレア。Dランクでは上位に入る優良カードだ。当然値段も張る。それが2枚となればちょっとした一財産だろう。流石は名家と言ったところだろうか。尤も肝心要のマスターがマスターなので、宝の持ち腐れという無情な感想が守善の脳裏を過ぎった。

 

「カモだな」

「カモですね」

 

 繰り返しとなるが、増殖戦術は籠付(バカ)が突撃を指示した時点で瓦解している。待ち受け、防御に徹して時間を稼ぐ間に戦力を増やすことがこの戦術の要だからだ。

 絶好のカモであると認識を一致させ、視線一つで取るべき戦術を擦り合わせる。

 

「行けるな?」

「言われずとも」

 

 互いに一言交わし、木の葉天狗は風に乗って宙を翔けた。その姿、一条の矢の如し。空気を切り裂いてボアオーク達へ迫る木の葉天狗へ籠付は嘲笑を送った。

 

「ハッ! Eランクモンスター如きがさぁ、ノコノコ顔を出して何の用だよ! やれ、ボアオーク!」

 

 籠付の言葉は正しい。仮に木の葉天狗が一撃でも貰えばその時点でロストするのは間違いない。

 マスターの指示に従い、ボアオークが得物である鉄斧を横薙ぎに振りかぶる(スイング)。高速で飛翔する木の葉天狗が野球ボールだとすれば、ボアオークの姿はバッターさながらだ。流石は人外のモンスター、弾丸じみた勢いで迫る木の葉天狗の軌道を正確に捉え、確実に斧がジャストミートする軌道を描いていた。

 

(当たる――! まずは一枚、割った!)

 

 籠付がロストを確信したその瞬間――、

 

「まずはこちらが一点先取です」

 

 疾風迅雷。

 突如として一陣の追い風が吹き、木の葉天狗がさらに加速する。追い風スキルによる加速の幅をもう一段残していたのだ。

 横薙ぎに振るわれた斧をギリギリのギリギリで木の葉天狗がかい潜った。スポーツで一センチを争うスライディングよりもなおシビアな距離で。横薙ぎの斧に切り裂かれた幾本かの髪が業風に巻かれ、宙を舞った。

 

「フ、フフ…。アハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 身の毛がよだつ風圧が頭のすぐ上を通り過ぎたというのに、木の葉天狗は楽しげに笑っていた。空を翔けること、それこそが彼女の生きる意味。ギリギリの緊張感、充実感が木の葉天狗を満たしていた。

 

「スリップ」

 

 そして置き土産も忘れない。

 初等状態異常魔法、スリップ。短時間相手の足元が氷の上に立っているように滑りやすくなるというただそれだけの魔法だが――タイミングが絶好だ。魔法が直撃したのは木の葉天狗迎撃のために力を込めて鉄斧を振りかぶった直後。身体が泳いでいる最中に足元の摩擦力が消えれば、ボアオークの体勢を崩すのに十分なアクシデントとなる。

 

「グギギャッ!」

「なに無様に転んでいるんだよボアオークゥ! お前もだ狛犬、止まるんじゃない!」

 

 悲鳴を上げて派手に転倒するボアオーク。同輩の狛犬はこのアクシデントにどう対応したものか悩み、足を止めた。

 籠付はその姿を見て罵声を浴びせかけるが、すぐにその顔は驚きに染まった。

 

「お前の方から向かってくるか、堂島ぁ! やれ、狛犬。バカが食われにやってきたぞ!」

 

 ホムンクルスを護衛に置き、守善自らが足を進めて転倒したボアオークの近くに迫っていたのだ。

 指示に従いすぐさま狛犬が守善に向けて飛びかかり、その爪牙を振るう。

 

「止めろ、モヤシ」

「はい、主」

 

 だがホムンクルスが身体を張ってその突撃を受け止める。体ごとぶつかりあったモンスター達はその場でグルグルと体を入れ替え、互いの喉笛を切り裂かんとする。その揉み合いは一進一退、すぐに勝負は決まるまい。

 その姿を横目に見ながら守善はなおも前進した。

 マスターでありながら敢えて危地に踏み込む守善は飛んで火に入る夏の虫か? いいや、まさか。策あればこその前進である。

 

「戻れ、鴉」

「はいはーい♪」

 

 告げるは一言、答えるも一言。

 ボアオークの転倒という十分な仕事を果たした木の葉天狗が華麗な軌道で反転しマスターの元へ舞い戻る。淡い光となってその身を躍らせ、守善の手中にあるカードへと収まった。その一瞬後、流れるように遅滞なくバーサーカーをカードから召喚し、交代(スイッチ)

 鮮やかな交代劇。互いが互いに向ける心情は別として、彼と彼女の相性が絶好であることは本人たちにすら否定できまい。

 

「出番だ、ピンチヒッター。叩き潰せ」

「おぉさあっ!」

 

 既にボアオークとの距離は詰まっている。

 鈍足のバーサーカーでもボアオークが立ち上がるより先にその一撃を叩き込むことが可能な至近距離だ。尤もそのために守善自身が距離を詰めたのだからそうでなくては困る。

 

「美味しいところを頂くんだ。一撃で決めるぜオラァ!」

 

 バーサーカーが丸太のような太さの棍棒を頭上に振りかぶり、シンプルに振り下ろす!

 組み合わせるスキルは《武術》+《物理強化》+《恵体豪打》+《強振 (フルスイング)》。シナジーが利いたスキルを組み合わせることでただの振り下ろしの威力が爆発的に上昇する。

 かつて守善が一撃の威力ならばDランクモンスター最強クラスと評したのは伊達ではない。過剰殺戮(オーバーキル)もいいところの一撃がボアオークに向けて容赦なく振り下ろされる。

 

「ブギイイイイイィィッ!!」

 

 振り下ろされる純粋な暴力を目の当たりにし、ボアオークは恐怖から豚のような断末魔の悲鳴を上げる。その一瞬後、大岩をも叩き割る勢いで振り下ろされた棍棒を受けたボアオークの肉体が()()()()

 振り下ろした棍棒の衝撃(インパクト)にボアオークの肉体が耐えきれず、スイカを叩き割ったように肉片が千千に飛び散ったのだ。

 

棍棒直撃(ストライク)一匹死亡(ワンアウト)だオラァッ! どうだい旦那、俺のバット捌きはよぉ!」

「血まみれのまま近寄るな、引くわ」

 

 全身をボアオークの血と肉片で真っ赤に染めたバーサーカーを真顔で切り捨てながら、もう一つの戦闘を素早く確認する。

 

「グルラアァッ!」

「右腕の負傷確認。戦闘を続行します」

 

 狛犬とホムンクルスが血みどろになりながら一個の団子のように揉み合い、転がり回っている。互いが互いの喉笛に噛みつこうとしているような、体ごとぶつかり合うような泥臭い争いだ。

 形成はホムンクルスに不利。そう見て取った守善は顔をしかめた。

 

「熊、モヤシを助けろ。いますぐだ」

「あん? いいのかい?」

「いますぐだ。二度は言わんぞ」

「あいよっと!」

 

 チラリと籠付を見て問いかけるバーサーカーへさっさと動けと促す守善。

 熊の着ぐるみじみた姿で器用に肩をすくめたバーサーカーはそれ以上何も言わずホムンクルス達の元へ急いだ。

 

「場外乱闘はご法度だぜ、離れな!」

 

 揉み合い、傷つけ合う二体のモンスターをバーサーカーはその剛力で無理やりに引き剥がす。そして今度はバーサーカーに向かって飛びかかる狛犬を丸太のように太い腕で抑え込み、その首を締め上げた。

 

「ギャンッ! グ、ギュウウウゥ……!」

「ハッハァー! 生憎だが俺はパワー勝負なら早々負けねぇよ!」

「熊、殺すな。バカと心中させるのはもったいないカードだ」

 

 ミシミシとその逞しすぎる筋骨を脈動させ、バーサーカーは狛犬の抵抗を完全に抑え込んだ。後少し捻れば首が折れるだろう。

 これで籠付が召喚したモンスターは全て制圧された。最早これ以上抵抗する術がないことは蒼白になって震える籠付の顔が語っていた。

 

「さて、チェックだ。これ以上抵抗を続けるなら狛犬もロストだぞ。俺はそれでも構わんがね」

「お…」

「お?」

「お前なんか僕の力にかかれば……そうだ、訴えてやる! 僕のパパは経済界に顔が利くんだ。お前なんかどうにでもなるんだぞ!」

「ハッ! ()()()()()()()()()()

 

 守善は嗜虐を滲ませた嘲笑を上げた。この期に及んで頼るものが家柄という無様さに。加えてその甘ったれた現状認識は笑うしかないというものだ。

 

「迷宮における殺人未遂。外聞を気にする名家にはとんだ醜聞だな。出来の悪い息子を持ったお前のパパには同情するよ」

「殺人未遂……? 違う、僕はそんなつもりじゃ――!?」

「それで通ると思うか? 試してみろ。迷宮の外に出てからな」

 

 トントンと頭部のウェアラブルカメラを指しながら邪悪に笑う守善。

 トラブルがあったとはいえ、一方的な逆恨みによる犯行。しかも映像証拠付きだ。誰でも手軽にネットに接続し、あっという間に情報が出回る現代では恐ろしく有効な武器である。

 上流階級にとっては十分な傷であり、守善にとっては付け狙うべき弱みだ。誰がどう見てもこちらが勝てる条件であり、弁護士でも何でも使えるものは巻き込んで、目の前のボンボンから利益を絞り出すつもりだった。

 守善の片頬に刻まれた笑みが凶悪に歪み、その笑みを見た籠付は恐怖で気の毒なほど顔を引き攣らせた。

 



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第十二話 普通に生きるのがトコトン下手な奴

 犯罪や示談について詳しくはないので、描写はサラッと流させていただきました。

 ツッコミどころがあっても見逃していただけると幸いです。




 怯える籠付を連行し、ついでにボスをぶちのめして迷宮を出た守善はまず真っ先に響へ連絡を取った。

 

「弁護士に伝手はありませんか? 特に迷宮でのトラブルに詳しく上級国民様にも強気に出られるタフな弁護士に」

 

 事態を報告して早々に言い放った台詞である。使える人脈は使わねば損なのだ。

 

「…………何をするつもりだい?」

 

 通話口の向こうで困った顔をしているのがありありと分かる沈黙を挟んだあと、響は何をするつもりかと問いかけた。

 

「この弱みを突いてバカの親から絞れるだけ絞ります。俺に必要なのは謝罪や罰よりも金なので」

 

 籠付が刑務所にぶち込まれたところで一銭の得にはならないのだ。ならばどう利用するべきかを考えるべきだった。その結果、籠付が自由の身になっても一向に構わない。

 もし逆恨みを拗らせた籠付が懲りずに襲ってきたら? 再犯を理由にもっと絞れてラッキーと考えるのが堂島守善という男である。

 

「……いいだろう。知り合いの弁護士を紹介しよう。冒険者の事情に詳しい、頼りになる人だが……守善君」

「なんです?」

「やりすぎないように」

「相手次第ですね」

 

 向こうが快く金を出してくれるのなら特にやりすぎる必要もないのだ。

 一度響経由で件の弁護士に連絡を取り、この数時間で起こったトラブルを説明するとあとは早かった。

 金の匂いを嗅ぎつけた弁護士は就業時間を放り投げて速やかに動き始めたのだ。警察への通報、証拠映像のコピーと提出、籠付の親への連絡と交渉その他諸々一切合切。

 紹介された弁護士は確かに敏腕だった。僅か数日で示談は成立した。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 あの後、籠付は冒険者部から退部……のみならず、大学から自主退学した。

 どうやら籠付の親がそう決めたらしい。これ以上籠付を大学に置いておけば余計なトラブルを起こすと思ったのかも知れない。いずれにせよ守善と再会する機会はそうないだろう。

 が、最早籠付のことなど守善の頭からは綺麗さっぱり消え失せていた。

 

(そんなことよりも、良い収穫になったな。特に狛犬が手に入ったのは大きい。ガード役がいれば攻略も安定するはずだ)

 

 今回の一件の戦利品は籠付が所有していたDランクのモンスターカード、狛犬と示談金三〇〇万円だ。

 このうちの幾らかは弁護士へ必要経費として支払われるが、大収穫である。

 それ単体でひと財産であるモンスターカードと三桁万円の示談金をあっさりと払ったあたり、籠付は本人の自慢通り名家の生まれだったらしい。

 実にいい金蔓だったと守善も満足げである。

 弱みを握り続けたまま長期的に金を絞り続けることも考えたが、あまり恨みを買うのもまずい。守善に本格的に名家を敵に回せるようなバックはないし、何より本業は冒険者なのだ。あまり余計な労力をかけることは出来ない。

 一度で絞り出せる最大の利益を絞り出し、そこですっぱりと割り切ることにした。

 

(欲張りすぎるのも良くないからな)

 

 どの口が言ってるのだとツッコミを入れたくなる、まさに身の程知らずな呟きを内心で漏らす守善。

 自身で示談金の相場なども調べた上でギリギリの金額を吹っかけた男が言っていい台詞ではない。しかも動機は襲われた怒りではなく金銭欲だ。

 

「これも先輩にご紹介いただいた弁護士の先生のおかげです。助かりました」

「素直に受け取りづらいお礼だね、それは」

 

 場所は大学のカフェテラス。お昼時を過ぎたそこは適度に閑散とし、人目は少ない。

 テーブルの向かいに座った守善が心から誠実な顔つきで礼を述べると響は何とも言い難い微妙な顔で苦笑を零した。

 紹介した弁護士とタッグを組んで悪辣な笑みを浮かべながら籠付の実家から金を搾り取る守善の姿を見ていたからだろう。

 守善と籠付。被害者と加害者。果たしてどちらがどちらなのやらと、響にそう思わせるだけの光景だったのだ。

 

「法律に許される範囲で最大限自分の利益になるよう権利を行使しただけですよ」

 

 何でもないことのようにそうのたまう守善。

 既に大学内ではこの一件の顛末はそれとなく広まっており、守善は入学早々に名を売りつつあった。

 つまり、守善と揉め事を起こした籠付がその報復としてカードを奪われ、退学に追い込まれたという事実を元に脚色が混じった噂話だ。

 新人冒険者が仮にも冒険者部の部員を容赦なくぶちのめしたというセンセーショナルなニュースであり、話題性は高い。冒険者の在籍者数が多いこの大学ならば尚更に。

 この場合、籠付善男という冒険者の実体ではなく冒険者部の部員という身分が重要だ。普段からそこはかとなくエリート意識を漂わせている冒険者部の評判が傷つけられたわけだから、口さがないものは盛んにあることないことを言いふらし、噂に尾ひれが尽きまくっていた。

 噂の割合は悪評が半分、好奇心がさらにその半分、残りは冒険者としての興味と言ったところだろうか。なお一部の学生からはヤバい奴を見る目を向けられていたが、守善は気にも留めなかった。

 

「さて、この金で次はどんなカードを揃えたものか。相談に乗って頂いても?」

「もちろん。ところで予算のほどは?」

「そうですね。臨時収入は入りましたが、ポーションやらの出費も馬鹿にならないもので。となるとこれくらいで――」

「ふむふむ。その予算なら、そうだね――」

 

 予想外の臨時収入で資金的にも多少の余裕ができたため、新たな戦力拡充を求めて響に相談する。

 これまでの迷宮の踏破報酬やドロップ品と合わせれば、響からカードをレンタルするのではなく購入することも視野に入るだろう金額だ。とはいえまだ購入の決め手となるほど魅力を持ったカードはない。もう少しダンジョン攻略しながら考えるつもりだった。

 

「――と、私が手持ちのカードから提案できるのはこんなところかな? 冒険者ギルドでカードの購入を検討すればもっと選択肢は増えるが」

「金はありますが羽振りがいいわけじゃないので。いまの手持ちとシナジーの有る安いカードを魔石払いで、というのが理想です」

 

 Dランクカードは一枚で最低百万円。強く人気のあるカードは下手をすると桁が一つ上がる。いかに臨時収入があろうと二の足を踏む金額なのだ。

 奨学金という名の借金も返済しつつの自転車操業。守善の懐事情は温かいとは言えない。

 ともあれ戦力拡充は急務であり、カード化した装備アイテムを一枚、幾らかの金銭と引き換えにレンタルする。今日は迷宮でこの武器の試運転をこなすことになるだろう。

 

「そのためにもまた一稼ぎしてきますよ」

「今日も迷宮かい? 疲労は?」

「腕を鈍らせたくはないので。それにピクニックで疲れるほどヤワじゃ有りませんよ」

「油断だけはしないように」

「もちろん。ご忠告ありがとうございます」

 

 大学からの帰り道に寄れるFランク迷宮は全て踏破済みだが、それはそれとして踏破報酬は美味しい。報酬に釣られた守善は毎日のように迷宮に潜り続けていた。

 響の真摯な忠告に軽く答えると守善は足取り軽く去っていった。

 その背中を見送る響に、新たに声をかける者がいる。

 

「よう、邪魔するぜ。白峰」

 

 ガタイのいい、ワイルドな雰囲気を漂わせる青年だ。守善が去っていくのを見届けてから近くに寄ってきた彼は響が腰掛けるテーブルの対面に一声かけて座った。

 響もその珍客に驚きながらも拒みはせず、穏やかな口調で挨拶を送る。独自のプロ冒険者チーム設立を目指す響と、目の前に座る冒険者部の実力者。表立っては仲良く出来ない関係だが、互いの腕を認め合い個人的な友好関係を築いていた。

 

「カイシュウか。久しぶりだね」

 

 青年の名は加津(かつ)倫太郎(りんたろう)。あだ名はカイシュウ。由来は推して知るべし。

 

 

※カイシュウのイメージAA

 

 

 冒険者部の二年生であり、守善の入部を断った先輩がカイシュウだ。

 185センチを超える高身長に太く逞しい体躯。左頬には凄みのある十字傷、スポーツ刈りから伸びた髪は所々逆だっている。野性味の有る風貌だ。

 響が男よりも女に人気のある美人なら、カイシュウは女より男に人気のある偉丈夫だ。ホモヘテロ的な意味ではなく、兄貴と頼られ慕われるタイプである。

 

「例の一年坊主は元気がいいな、また迷宮か」

「腕を鈍らせたくないらしい。このところゴタゴタで潜れなかったのもあるだろう。だが時間が許せば毎日だって彼は迷宮に潜るだろうね」

「……確か冒険者に成って一ヶ月も経ってない素人だろあいつ。おい、ココは大丈夫なんだろうな」

 

 ココ、と頭を指差すカイシュウ。

 馬鹿にする意図はなく、純粋な心配だ。

 

「まあね。Fランクとはいえ毎日のように迷宮を攻略するなんて、よっぽど神経が図太くなければやってられない」

「うちの新人でもまずは日を空けつつ短い遠征を繰り返して迷宮の空気に慣れさせるところからだ。脳みそぶっ壊れて危機感なくなってるわけじゃねえだろうな」

 

 モンスターが徘徊し、前触れなく襲いかかってくる迷宮において冒険者にかかる精神的な負担は絶大だ。

 例えDランクカードが1枚あれば楽々と踏破できるFランク迷宮といってもそれは変わらない。守善が初心者であることを考えれば、その精神的な負担は余計に大きいと考えられる。

 それが嬉々として自分から向かうと慣れば心配するのも無理はない。

 

「普通ならそうなんだろうが……稀にいるだろう。探索者向きというか、むしろ迷宮に潜っている時の方が生き生きしてくるタイプの冒険者が」

「たまにいるな。天性の才能というか、気質だなアレは。非日常に適応した類の、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 普通に生きるのが下手という表現に響も思わず頷く。

 馬鹿と天才は紙一重、大業は正気にて成らずともいうが守善にも一部当てはまるところがある。

 

「彼もそのタイプだ。マトモとは到底言えない、金のためなら躊躇せずに命を賭ける……()()()()

 

 と、ここで言葉を止める。

 響もまだ違和感を感じているだけで、ハッキリと掴めているわけではない故に。

 つまりは()()()()()()()()()()()()()()という疑惑の確信を。

 

「あるいは、なんだ?」

「いや、何でもない。ともあれ冒険者としての資質はあるよ。同じくらい難点もあるが」

「カカカ、流石の白峰響も手を焼くか。初対面で資質は感じたが、俺の勘もまんざら捨てたもんじゃねえかな」

「適当なことを……。入部を断る時に一度会っただけなんだろう? 私の苦労も知らずに好き勝手言ってくれるじゃないか」

「目を見れば分かるさ。負けず嫌いの悪童だな、アレは。格上相手でも下剋上上等で喉笛を噛みちぎりに来るタイプ。あいつの上に立つのはキツいだろうが、リーダーとして否応なく鍛えられるだろうぜ」

 

 楽しげに笑うカイシュウに、響ははっきりと顔をしかめた。

 他人事だからと気楽に笑うカイシュウには分からない苦労があるのだ。

 

「本当に大変なんだよ? カードを道具扱いするわ、()()()()()()()()()()()()()()()使()()()……待った、今のナシで」

「……おい、その話ちょっと詳しく。いややっぱいいわ、それよりあいつ部の方でスカウトしていいか? 移籍金は払うぞ」

「私がスカウトした一年生に手を出すな! これ以上有望な新人を冒険者部に持っていかれると困るんだ!」

 

 ともに三ツ星冒険者として学内でも有数の実力者である二人の喧嘩とも言えない些細ないさかいはしばらく続いたのだった。




【Tips】魔石払い

 冒険者間でカードの売買を行う際に使われる節税テクニック。冒険者のカードの購入は経費として計上されるが、経費として認められるのはギルドなどの公認カードショップや公式のネットオークションで購入した物だけであり、個人間で売り買いしたものは経費として認められない。結果、相場よりも安く手に入れたとしても結局税金の関係で高くついてしまうことがある。
 これを回避するため編み出されたのが、現金ではなく魔石で取引をする魔石払いである。
 これにより税金の発生を防ぐことができるが、一方でカードの持ち逃げや偽魔石の混入など様々なトラブルが発生する可能性が高くなる。
 あくまで信用できる知人相手の取引に使うのが望ましい。

補足:
魔石とはモンスター討伐時のドロップや迷宮踏破時の宝箱から得られる万能資源。燃料・肥料など使い道は幅広く、ギルドがグラム単位で購入してくれる。

※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。


 なお冒険者部の(元)一年生がトラブルを起こしたことについて響と話し合おうとして忘れてしまったカイシュウニキはうっかり屋。
 響が手を出す暇もなく爆速で守善が収拾をつけたので、これ以上互いに遺恨なしで決着は着いた模様(ただし冒険者部をコケにした生意気な一年生へ不満を持っている部員はいる)。


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第十三話 食らえ、対モンスター用催涙スプレー※なおスプレーを向ける先は味方

 守善は既に踏破したFランク迷宮に再び挑んでいた。

 攻略すればその分だけ踏破報酬はしっかりと出るので、金策のためにもおろそかにはできない。

 とはいえ既に踏破済みの迷宮だ。道に迷うことも苦戦することもなく、サクサクと攻略は進んでいく。

 

「「「……………………」」」

 

 だが一行の間を流れる空気は視覚化した機雷でも浮遊しているかのようにギスギスとしていた。ホムンクルスは元からだが守善、木の葉天狗も異様なほどに口が重い。

 原因は木の葉天狗である。籠付との一件で”共闘”したこともあり、多少は変わるかもしれないと期待していたのだが、そんなことはなかった。

 それどころか、これまではおとなしく従っていた命令にすらいちいち逆らおうとする。右を向けと言えば左を向くといった具合で、一から十までこれが続く。まるで意地を張っているかのようだった。

 

 

 籠付の一件がきっかけなのはおそらく間違いないが、結果だけ見ればマイナスの方向に転がったように見える。

 

(……切り捨てるべきか)

 

 胸の内で算盤を弾く。冷徹に利害だけを見据えて。

 示談金もあり、冒険者を始めたときよりは資金的には余裕がある。ある程度Fランク迷宮の攻略経験も積んだ。既に踏破済みの迷宮を再攻略するだけならば、さして索敵役も必要ではない。

 

(能力的には惜しい。かなり惜しい。表面的なスキルじゃない……自分のスペックを十分に使いこなすセンスがある)

 

 未だに切り捨てていないのは木の葉天狗の能力が間違いなく優秀だからだ。出来るならより上位のモンスターへランクアップして、そのまま使い続けたいと思う程度には。これから先、未知のダンジョンを攻略する機会は嫌というほど訪れるのだから。

 だからと言ってこのままの状態が続けばまともにダンジョンを攻略できない。

 切り捨てる()()か否か。その天秤に揺れる守善。その中に混じったほんの少しのノイズ、木の葉天狗を切り捨て()()()()という私情は見なかったふりをしながら。

 とはいえいまは目の前のダンジョン攻略だ。足元をおろそかにして格下にひっくり返されては泣くに泣けない。

 

「周辺に敵は?」

「つーん」

「食らえ、対モンスター用催涙スプレー」

「ンきゃああああぁぁ――――ッ!?」

 

 そっぽを向いて何も答えませんとサボタージュを決め込んだ木の葉天狗に容赦なく対モンスター用の催涙スプレーを吹き付ける。熊すら転げ回る超強力な催涙スプレーは羽虫を叩き落とすように木の葉天狗を撃墜した。

 色気の欠片もない悲鳴を上げてゴロゴロと転げ回る木の葉天狗に血も涙もない外道は容赦なく追撃のスプレーを浴びせかける。

 しばしの間苦悶に転がり回っていた木の葉天狗だが、やがてダメージから立ち直ると猛然と抗議を開始した。流石はモンスターのはしくれ、恐ろしく頑丈だ。

 

「何するんですかあんたー!」

「しつけ」

「私はあんたの子供でも奴隷でもねー! ストライキだ、サボタージュしてやる!」

「お前はモンスターカード、つまりは奴隷だろう。貴様らに労働闘争の権利などない」

 

 外道は一〇〇%本気でそう言っていた。

 怨嗟の籠もった木の葉天狗の視線を千枚張りの厚い面の皮で跳ね返す。平気の平左で気にした様子もない守善を見て、木の葉天狗は陰にこもった恨み言をボソリとこぼした。

 

「このド外道、いつか反旗を翻してやりますからね……」

「やってみろ、力ずくで押しつぶしてやろう。弱者の反抗を踏みにじるのは最高に楽しそうだ」

「うわ、本気で言ってますよこのマスター。控えめに言って最悪ですね」

「お前が能力は有るくせにまともに仕事をしないのが悪い」

「ヘンだ、マスターなんかのために仕事をしてやる義理なんて私にはないですー」

「お前が良くてもこっちは困る。特に今日はホムンクルスの獲物を変えた試運転の日だ。万が一があっちゃ困る。しっかり働け」

 

 そのまま口答えを続けるかと思ったが、意外なことに木の葉天狗は矛を収めた。

 

「むぅ……それを言われると弱いですね」

 

 ホムンクルスが話題に出ると木の葉天狗も言葉通りも弱った表情を見せたのだ。

 どうやらマスターに対してはともかく、同僚であるモンスターカードにはそれなりの情を抱いているようだ。無口無表情無感情を貫くホムンクルスだが一行の中では出来の良い末っ子ポジションを獲得しつつあった。

 

「しょうがないマスターです。ホムちゃんのためにもここは私が折れてあげましょう」

「……そうか。索敵は任せるぞ」

 

 大仰に肩をすくめ、やれやれ仕方ないと言わんばかりの木の葉天狗に守善は再びスプレーを向けるか一呼吸分の時間を葛藤したが、結局は大人しく相槌を打つにとどめた。

 やる気を見せるなら内心の自由や態度は大目に見よう。個性的なカードばかりに囲まれ、守善も多少はモンスターの扱いに慣れつつあった。

 追い風を起こしながら風を読み始めた木の葉天狗を見てひとまずはよしとうなずく。

 

(これでしばらくは鴉も使い物になるか。次はホムンクルスだな)

 

 これまでの迷宮探索で把握したホムンクルスの問題点。

 色々あるが特に大きいのはその耐久性の低さだろう。Dランクモンスターの基準で言えば濡らした薄紙並の紙耐久である。

 その脆さ、同格のDランクモンスターからクリーンヒットを食らえば一、二撃で戦闘不能に追い込まれるほどだ。最悪ロストの可能性もある。狛犬との揉み合いでそうならなかったのは幸運としか言いようがない。

 そしてそれを補う試みをいままさに実戦の中で試した直後だ。

 迷宮に潜って早々に遭遇したワイルドウルフとゴブリンの混成パーティー。力押しでも倒せる戦力だが、ホムンクルスの脆さを補うためのアイテムと戦術を与え、その試運転をこなしたばかりだった。

 

「渡したアイテムの調子はどうだ、モヤシ」

「はい、主。良好です」

 

 ホムンクルスの手には刃渡り20センチほどの刀身が真っ黒に染まった曰く有りげな短剣。銘は影写しのダガーという。

 刃物としての性能は迷宮産アイテムの基準で言えば平凡。それなりによく切れ、それなりに頑丈という以上の特徴はない。だが通常の武器系アイテムに無い特徴として、銘にある通り影を写し取る――――つまり本体と全く同じダガーの分身を作り出せるのだ。

 いくらでも量産し、使い捨てにできるダガー。それがこの武器の持つ強みである。

 

「さっきの戦闘での評価はどうだ? 戦闘経過もあわせて報告しろ」

「はい、主。敵はゴブリンとワイルドウルフの混在でした。索敵に長けるワイルドウルフを優先し、ダガーの投擲による遠距離攻撃を開始。

 ファーストアタックによる戦果はワイルドウルフ一体。生き残りのワイルドウルフに私の存在を気付かれ接近されましたが、二度目の投擲によって追加でワイルドウルフを一体殺傷に成功。

 残敵が足の遅いゴブリンのみの集団となったため、短剣による投擲を続行。ゴブリン三体を殺害。以降は近接戦闘を開始。ヒットアンドアウェイを繰り返し、一体ずつ仕留めました。

 分身したダガーも耐久性が落ちることはなく、投擲および斬撃において支障はありませんでした」 

「投擲スキルが思った以上に使えるな。うちじゃ貴重な遠距離攻撃手段だ。今後も精進しろ」

「はい、主」

 

 ホムンクルスが得た新たなスキル、投擲と分身するダガーを組み合わせた遠距離攻撃。いままで殴るかナイフで斬りつけるかしか攻撃手段のなかったホムンクルスが得た新たな攻撃手段だ。

 本職の軽業師もかくやというような見事な手際でのスローイングナイフ。格下相手とはいえ一体につき一投で敵モンスターを屠っていくさまは見事だった。

 

 

※ダガー装備のホムンクルス

 

 

 

 だが普通なら新たなスキルの習得には時間がかかるもの。僅か二週間にも満たない短期間でホムンクルスが新たなスキルを得られたのにはもちろん理由がある。

 

「……シルキーの教導スキルとホムンクルスの無垢スキルの組み合わせによる高速習得。メイドにスローイングナイフを教わるふざけた絵面だったが、中々馬鹿に出来んな。まさか何度か一緒に潜っただけで習得出来るとは」

 

 響が所有するDランクモンスターのシルキー。オルマと名付けられた個体、実はメイドマスターなるふざけた名前のスキルの持ち主だった。 

 だが名前こそふざけているが多彩かつ有能なスキルを数多く内包する。具体的には以下の通りだ。

 

【後天技能】

 ・メイドマスター:メイドに必要な技能を必要以上に極めている。明らかにメイドに必要のない技能も極めている。メイドスキルの効果極大上昇。パーティー内のメイドスキルを持つ者の行動にプラス補正。メイド、低級収納、秘書、教導、舞踏、演奏、指揮、短剣術、投擲術、武術、精密動作、庇うスキルを内包する。

(低級収納:物を収納できる内部空間を持つ。低級は押し入れ程度の広さ)

(秘書:マスターの様々な行動をサポートできる。特に戦闘の役には立つわけではないが、一度試すともう欠かせない)

(教導:自身が持つスキルを他者へと教え導くことができる)

(指揮:自陣への指揮に優れる。パーティ全体の士気向上、運用効率向上)

 

 一部方向性が行方不明なものもあるが、極めて多数のスキルを内包するまさに達人(マスター)の名に相応しい複合スキルだ。

 今回その有能さを見せつけたのが教導スキル。自身が身に付けているスキルを他者に伝授するという恐ろしく便利かつ有用な代物である。

 

 

※教師モードのシルキー

 

 

 この教導スキルに加えてホムンクルスが持つ先天技能の無垢のシナジーが抜群だった。

 

【先天技能】

 ・無垢:この世に生まれ落ちたばかりの純真な生命。技能習得の効率向上、精神異常耐性低下。

 

 無垢、生まれ落ちた命は生き残るために凄まじい勢いで周囲の全てからあらゆるものを学ぶ。その性質が形になったスキルなのだろう。

 当然教導スキルとの相性は抜群だ。

 

「腕のいい教師と出来のいい教え子がタッグを組んだ結果がコレか。もう少し先輩にメンターとして時間を取ってもらうべきだったかな。さっさとメンター制度を卒業したのは失敗だったか」

 

 少しの間だけ過去の選択を悔やむが、すぐに立ち直る。過去を悔やむくらいなら未来に向けて動くべき。妙なところで守善はポジティブだった。

 

「モヤシ、再確認だ。さっきの戦闘では負傷していないな?」

「はい、主。ありません」

「なら前回までの攻略と比べて負傷しにくい戦術だと思うか? 正直に答えろ」

 

 スローイングナイフによる遠距離攻撃とヒットアンドアウェイの近接戦闘の合わせ技。遠間ではスローイングナイフでチクチク削り、接近戦では敵の間合いに長居しないように一撃離脱戦法で立ち回る。

 それがホムンクルスの脆さを補うためにメンターである響に相談しながら守善が出した回答である。

 

「はい、主。前回と比べて負傷率が軽減しています。ただし誤差修正のため同規模の戦闘による検証を提言します」

「まぐれ当たりじゃないことを確認、か。そうだな、ひとまずは同じ戦術を試していく。意見があれば言え」

「分かりました」

 

 淡々とやり取りする主従を複雑そうに見る木の葉天狗。

 

「……」

「なんだ、鴉?」

「あなた、優しいんだかそうじゃないんだか。なんて、思っただけですよ」

 

 モンスターを道具扱いしながらも、その性能を十全に発揮できるように手を尽くす。非道ではあっても無能からは程遠いその姿を木の葉天狗は複雑そうに見ていた。



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第十四話 天秤は片方に振れた

その後もダンジョンの攻略は順調に進んだ。

 例のダガーの投擲とヒットアンドアウェイを組み合わせた新戦術はその後の戦闘でも概ね上手く機能していた。

 あれからさらに戦闘を重ねて都合六戦。まだホムンクルスの体躯に傷はない。

 

(……この分なら上のEランク迷宮でも通用するか? 常に先手を取って奇襲で優位に立てれば……だが鴉の負担がこれまでよりさらにデカくなる)

 

 とはいえFランク迷宮では勝って当然。重要なのはより上位の迷宮でも通じるかどうか。

 未経験の敵の強さ、迷宮の厄介さを想像し出来るだけ主観性をなくした上で冷静に評価しようとする。その材料として戦っているホムンクルス自身にも意見を求めた。

 

「モヤシ、自分の状態を報告しろ」

「はい。攻略を開始してから六度の戦闘を終了。負傷なし。しかし連戦により疲労が蓄積しています」

「疲労か。確かにかなり働かせたからな。……熊と交代すべきか?」

 

 ボソリと、独り言のつもりで漏らした呟きにホムンクルスが反応した。

 

「迷宮主がいる階層まであと僅かです。迷宮攻略に支障は出ないと判断します」

「ふむ……」

 

 微かな自負のような意気を漂わせた進言。ほとんど初めてのホムンクルスからの自発的な意思表示だ。

 バーサーカーとの交代に判断は傾いていたが、改めてその意思表示を加味して取るべき選択を考える。

 ボス自体はバーサーカーがいれば問題なく倒せる。ホムンクルスの疲労が溜まっているといっても、Fランクモンスターに遅れをとるほどではないだろう。

 加えて既に時刻は夜も更けた頃。できれば早めに帰宅して明日に備えて寝ておきたかった。

 バーサーカーの戦いぶりは力強いが荒い。一戦一戦の時間がそこそこかかるのだ。そこを加味するとホムンクルスに任せたほうがいいように思える。

 

「ボス戦まで交代はなしだ。このまま攻略を続行する。それと少しペースを上げる。何か不調があったらすぐに言え」

「はい、主。道中の敵はお任せを」

「お前もだ、鴉。それとフォローを任せる」

「はいはい、()()()()()()()()()精々頑張って働いてあげますよ」

 

 露骨なほどお前のためじゃないと予防線を張りながら、鴉も応じた。

 守善はそれに黙って頷く。

 仕事をするならその動機は何だっていいのだ。心の中にまで手を突っ込む気はない。

 

「行くぞ」

 

 守善の号令にモンスター達はそれぞれ応じ、前進を再開した。

 そのまましばらく順調に迷宮攻略は進んでいく。スマホアプリにダウンロードしたマップデータと頭の中のそれを照らし合わせながら丁寧に、しかし素早く攻略を進める。

 ホムンクルスは自身で保証した通りに、戦闘になっても特に問題を見せなかった。

 疲労はあってもカバーできる範囲内らしい。

 

(有言実行。もう一段評価を上げてもいいか。最初は肉壁前提の産廃かと思ったが、良い意味で期待が裏切られたな)

 

 そんな風に胸の内で評価を改めつつも攻略は進んでいく。

 潮目が変わったのはボスが待ち受ける最下層の直前だ。

 

「と、ここは……」

「あー、ありましたねこんなの。ここが一番の要注意ポイントでしたっけ」

 

 これまでは鬱蒼とした木立が生い茂る森の中を奇襲を警戒しながら進んでいた。ここからもう少し先へ進むと最下層へ続く階段があるのだが、その周辺スペースが立ち並ぶ木立で隠されている。ひと一人が通れそうな小道を除いて。

 さながら自分から袋の口に入り込むような地形なのだ。通り抜けた先のスペースに敵モンスターが潜んでいた場合袋叩きにされかねない。

 迷宮の構造上必ず通る必要があるが、視界が悪く周囲の警戒が必要なポイントである。

 

「……鴉」

「はいはい」

 

 呼びかけに応じ、木の葉天狗が風を吹かせて周囲を探ること数十秒。

 

「大丈夫そうですね。近くに()()()()はいません」

「モヤシ、先行しろ。警戒は怠るな」

「はい、主」

 

 ダガーを構え、ホムンクルスが慎重に警戒しながらゆっくりと進んでいく。

 そしてホムンクルスが周囲を遮蔽物で囲まれたその瞬間、

 

『グルオオオォォォォォン!!』

 

 唐突に咆哮があがった。

 合図のような鳴き声をきっかけに、周辺の木立から一斉に十数頭のワイルドウルフがホムンクルスめがけて殺到した。

 

「応戦だ! 応援に行くまで保たせろ!」

 

 守善の怒鳴るような指示に従い、咄嗟にダガーを振り回してあっという間に二、三頭のワイルドウルフを斬殺するホムンクルス。だが逆に言えばそれ以外のワイルドウルフはホムンクルスの華奢な肉体に噛みつくことに成功した。

 ホムンクルスの脆さは悪い意味で折り紙付き。格下のFランクとはいえ一斉に嚙みつかれ、傷つけられている状態が続けば危ういかもしれない。

 全身を狼に噛みつかれながらも健気な抵抗を続けているが、結果は芳しくなかった。両の手足に何頭ものワイルドウルフが噛み付き、一体引き剥がしてもすぐさま残りのワイルドウルフが空いた箇所に噛みつきにかかるという不毛な悪循環に陥っている。

 ホムンクルス単体での脱出は無理と悟り、舌打ちを一つ。木の葉天狗と、自分自身に向けたものだ。

 

「鴉、何故気付かなかった?」

 

 一瞬、もしや意図的なサボタージュかと疑い語気荒く問い詰めるも、当の木の葉天狗は見たこともないほど動揺していた。

 

「ちがっ!? 違います、私は本当に……! 多分奴らが待ち伏せていて、全然動きがなかったから風で触れても気づかなかったんだと……。もしかしたら敵のスキルかも」

「向こうが一枚上手だったか。頭数の多さといい、優秀なリーダーがいるな」

 

 その焦り様を見るに、嘘はついていないだろう。優秀な木の葉天狗の索敵能力にも限界があっただけということ。

 だがホムンクルスが窮地に陥っているもう一つの理由は違う。守善の不手際が原因だ。奥歯を噛み締めて屈辱を噛み殺し、端的に指示を出す。悠長に自分を責めている暇などない。

 

「ホムンクルスを助ける」

「はい、早く私と熊さんと交代して――」

 

 ホムンクルスを心配してだろう。珍しく素直に指示を聞いた木の葉天狗にそれでは間に合わないと一喝する。 

 

「それじゃ間に合わん。行くぞ、付いて来い!」

「な……ぁ――馬鹿ですかあんた!? なに無防備に突っ込んでるんですか。一体誰がマスターを守ると――」

 

 木の葉天狗は守善が自身とバーサーカーを交代すると考えた。どう考えてもそれが一番安全だからだ。

 だが守善はこのままではホムンクルスのロストも十分ありうると考えた。バーサーカーが一匹一匹狼を引き離している間に限界が来るかもしれないと。

 それは守善にとってホムンクルスに投資した労力の損失を意味する。必要なら損切りは覚悟している。だがパーティの形も固まってきた現状でホムンクルスをロストし、また一から組み立てなおすのは少なくない時間のロスだ。

 故に安全よりも速度を優先した。それが交代する時間さえ惜しんでの一見無謀な突撃だ。

 

()()()()()! 任せたぞ!」

「ッ! マスター、あなた正気ですか!?」

 

 確かにEランクの木の葉天狗の戦闘力は70以上。対し、下級Fランクモンスターのワイルドウルフの戦闘力は確か15だったか。

 人形サイズの木の葉天狗だが、速度とともに体当たりするだけでワイルドウルフを轢き潰せる程度には強いのだ。

 相手がワイルドウルフの群れでも少しの間なら敵を引きつけ、マスターを守ることは十分可能だ。

 

(だからってこの土壇場で躊躇なく命を預けますか、普通!?)

 

 だがつい先程まで口汚く罵り合っていた相手に迷わずに命を預けられるかと問われれば大半の人が首を横に振るだろう。

 自分は果たしてどうするべきなのか――心を閉ざした人間不信の木の葉天狗は一瞬だけ迷う。

 

「~~~~ッ! ああもう、今回だけですからね!?」

 

 だがすぐに天秤は片方に振れた。

 両の翼を羽撃(はばた)かせ、すぐに己がマスターの背を追ったのだ。

 

「ッスゥゥゥ――」

 

 木の葉天狗の葛藤に頓着せず、真っ直ぐにホムンクルスへ駆け寄る守善。その歩みには驚くほど迷いがなかった。

 堂島守善は木の葉天狗を知っている。性根がねじ曲がっているように見えるし、半分くらいそれは正しい。だがさらに深い根っこのところで彼女はお人好しで、自身の能力に誇りを持ち、頼られれば応える。おそらくはそれが彼女の素だ。悪ぶってはいても真正の悪党ではない。

 なにより彼女はホムンクルスを見捨てない。自身の不手際で窮地に追いやった妹分を見捨てられるような少女ではない。ならばホムンクルスを助ける守善も見捨てない。

 そうと見切った上での迷いない前進だ。

 

「グルル……!」

「ギャォ――ン!!」

 

 接近する守善に気付いたワイルドウルフ達が威嚇するように盛んに咆哮し始めた。

 生々しい殺気に怯む心を守善は怒りと殺意で塗りつぶす。

 ワイルドウルフの間合いに踏み込んだその瞬間、一息吐き、思い切り空気を肺に溜め込んだ。

 

「キエエエエエエエェェェィ――――!!」

 

 雄叫び。

 自身への鼓舞と相手の威嚇を込めた猿叫が、守善の喉からほとばしる。

 (ダン)、と迷いなく修羅場へと踏み込む。スタンロッドを構えて命ごと体当たりするような気迫を込めて、全力でぶつかっていく。

 モンスターと言えど、Fランク程度ならば命ごと捨て去る勢いで殴り掛かれば一体くらいは何とかなる。それに目的はワイルドウルフの討伐ではなく、包囲を突破してホムンクルスの元へ向かうこと。それだけならば勝算は十分ある。

 

「グ、ルゥゥ!」

 

 守善の気迫に押されたのか、ホムンクルスの周りをたむろして噛み付く機会を狙っていた狼たちはとっさに道を譲り、脇に引いた。

 狼たちが怯んでいる隙に守善はホムンクルスの元へと駆け寄る。

 

「ちょっと! 何を考えてるんですかマスター!」

 

 結果から見ると守善はホムンクルスを助けるために狼たちの包囲網の中に入り込んだ形だ。木の葉天狗から見ればただの無謀な突撃にしか思えなかった。

 いまは木の葉天狗が必死になって状態異常魔法を飛ばしまくり、威嚇するように周囲を飛翔して牽制しているから敵は怯んでいる。だがそう遠くない内に態勢を立て直して一斉に襲ってくるだろう。

 そうなればモンスターのロストどころか守善自身の命が危うい。

 

「私じゃそう長く防げません。あんまり当てにされても困ります」

「十分だ。元々戦闘力の高くないお前に頼り切りになるつもりはない」

「ならいいですけど。で、どうするつもりです?」

「こうする」

 

 と、守善がポーチから取り出したのは非致死性の催涙弾とガスマスク。木の葉天狗に使った催涙スプレーと同じ成分を使った手投げ式の代物だ。一発使い切りだがその分その威力はスプレーよりもはるかに強い。購入にあたりキッチリとした手続きが必要になり、使用履歴も残す必要がある低ランク迷宮ではかなり強力な装備だ。

 

「ご馳走だ。食らえ、犬ころ」

 

 ニィ、と不敵に笑い、逆襲の意志を示す守善。その笑みを見た木の葉天狗は敵陣の狼たちへ若干の哀れみを抱いた。間違いなくロクなことを考えていないと。

 

「ホムンクルス、これを被れ。キツくても耐えろ。出来るな?」

「は……い、主。」

 

 幸い四肢を噛みつかれたホムンクルスもガスマスクを受け取り、顔に被る程度の自由は利いた。ぎこちない動きだがなんとかガスマスクを顔に押し付け、催涙弾から顔を守った。

 四肢に嚙みついた狼もここで牙を離すなら自由になったホムンクルスに斬り殺させるだけ。それまでの数秒をしのぐだけなら守善の技量でも問題ない。

 

「ちょっ――! ホムちゃんはともかく私たちはどうするんですか!?」

 

 これから守善がやらかすことに見当がついた木の葉天狗は思わず顔を引きつらせた。想定が正しければ思い切り自分たちも巻き込まれる作戦だ。

 が、すぐに守善が少し呆れたように木の葉天狗へ指示を出す。

 

「阿呆、そのためのお前だろうが。ガスの噴出に合わせて風を吹かせろ。出来れば奴らに向けてガスが流れるように」

「ッ! 了解です!」

 

 奴ら、つまり守善達を包囲する狼を指差すと木の葉天狗は合点がいったと頷いた。木の葉天狗が操る天狗風は攻撃に使えるほど強力ではないが、空気中を漂うガスを誘導するくらいなら造作もない。

 

「一、二、三……行くぞ!」

 

 木の葉天狗が頷くのを確認した守善は少し離れた位置から催涙弾の安全装置を解除、レバーを取り外すとホムンクルスの足元へ投擲した。

 そしてほんの数秒後、対モンスター用に威力・量を調整された催涙弾から凄まじい勢いで白煙が噴き出していく。

 

「グル、ラアァ!?」

「ギャイィーン!」

「ギャアアア!!」

 

 ホムンクルスごと白煙に包まれたワイルドウルフ達は敏感な粘膜部を強烈に刺激され、悲鳴に似た咆哮を上げる。

 痛みに耐えかねたワイルドウルフが殺虫剤を吹きかけられたゴキブリのようにボタボタとホムンクルスの身体から離れていく。

 

「おりゃあぁぁ!! 私の可愛い妹分をイジメた恨み、倍返しにしてやりますよー!」

 

 木の葉天狗がスキルで風を吹かせ、催涙弾から吹き出す白煙を周囲のワイルドウルフ達へ向けて追い立てる。

 ホムンクルスの四肢に牙を食い込ませていた狼たちはもちろん、周囲で守善達の隙を伺っていた者たちも白煙に包まれ、焼け付くような痛みにのたうち回った。

 

「中々エゲツない組み合わせだな。もっと使うか」

 

 催涙剤の煙幕を使って容赦なくワイルドウルフ達を追い立てている木の葉天狗を見て感心したように呟く守善。

 人が嫌がることは進んでしましょう。

 ある意味誤訳であり、ある意味勝負事の鉄則である。守善はその鉄則を忠実に守るつもりだった。

 

「モヤシ、こっちに来い!」

 

 とはいえ今は戦況が先だ。

 指示を出すとまだまだ機敏な動きで白煙の壁を抜けて守善の元へ向かってくるホムンクルス。その傷ついた姿に向けて端的に問いかける。

 

「無事か」

「はい、主。全身に裂傷はありますが軽症の範囲です。戦闘続行可能」

「……いや、もういい、下がれ。後は熊に任せる」

 

 心なしか意気込んで無事をアピールするホムンクルス。だがその手足を見れば白い肌に赤黒い血が滲む痛々しい傷跡が幾つも刻まれていた。相手は雑魚とは言え油断はできず、負傷したホムンクルスにこれ以上戦わせる理由はない。

 交代のため懐からバーサーカーのカードを取り出すと、ホムンクルスには戻るように促した。

 

「申し訳ありません、主」

「謝罪はいらん。俺の不手際だ」

 

 ぶっきらぼうにそう返す守善。それは言葉以上の意味はないはずだった。

 だがホムンクルスの無垢な柔らかい心は守善が思う以上に繊細だった。不機嫌な声音を己への失望と捉えたか、ホムンクルスの目が不安に揺れた。

 

「……申し訳、ありません。任に耐えうると、主が信じてくれたのに」

 

 絞り出すような声音だった。

 守善が驚いてホムンクルスを見ればいつもの無表情にほんの僅かに見て取れる悔しさが滲んでいるような……。

 

「――……お前は」

 

 ホムンクルスなど心のない人形だと思っていた。だが違った。そのことに意外なほど衝撃を受けた。

 一呼吸分だけ、続ける言葉に迷う。この無垢な命に何と声をかけばいいのかと。守銭奴であっても、無垢な赤子のような心を踏みにじれるほど人非人にはなれなかったのだ。

 だから結局は胸の内をそのまま言葉に換えた。それ以上の言葉など逆さに振っても出てきやしないのだから。

 

「お前は今日よくやった。その働きに不満はない」

「……主」

「さっさと戻って傷を癒せ。優秀な道具はいくらいても困らん」

 

 一瞬、ほんのわずかに。

 本人も自覚していないくらいに微かな笑みを見せる守善。その笑みを見たホムンクルスもまた、見間違いかと思うほど儚く微かな笑みを浮かべた。笑みを浮かべることが絶無に近い主従が互いに向けてぎこちなく、微かな笑みを交わし合う。

 

「はい。どうかまた私をお呼びください」

「言われなくてもコキ使ってやる。早く戻れ、いい加減鴉が限界だ」

 

 催涙弾の煙を使ってワイルドウルフの群れを散々に翻弄した木の葉天狗。だが時間経過に伴い、催涙弾から吹き出す白煙が尽きつつあった。囲まれれば数の暴力に屈するしかない木の葉天狗。そのヘルプコールがそろそろ切羽詰まってきている。

 守善も認めざるを得ない必死の奮闘だ。

 

「はい。鴉さんのこともどうか褒めてあげてください」

「……ま、たまにはな」

 

 いつも()()なら素直に労うのに否やはないのだが、と胸の内だけで呟く。

 なお互いにひねくれすぎた性格だからこそ、()()なっていることについて認識はしていない。

 ホムンクルスは主の胸の内を悟ったようにわずかに唇の端を歪めると、光とともにカードに戻った。

 

「よくやった、ホムンクルス」

 

 いま一度、労りの念を込めてカードを撫でる。

 だが次の瞬間には守善の頬に一瞬前までの笑みが消え、凶暴な逆襲の喜びが宿った。

 

「来い」

 

 呼び出すは容貌魁偉にして怪異な狂戦士。

 能力()()全幅の信頼を置くモンスターへ向け、一言だけ命ずる。

 

「叩き潰せ、熊」

「任せな」

 

 仲間がやられたことに怒っているのか、今日のバーサーカーは珍しくシリアスな声音で頷く。

 召喚した大棍棒を構え、咆哮とともに狂戦士は突撃した。

 これまで温存され、体力はあり余っている。対し、十数頭の群れに囲まれているとはいえ、所詮全てFランクの低級モンスター。奇襲の優位が消えた以上もはや敵ではない。

 わずか数分後、戦闘は終了した。



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第十五話 言葉一つで案外モンスターはマスターのために命を張れる

(思わぬところで奇襲を食らったが……いい教訓になったと思うことにしよう)

 

 あの後バーサーカーによってワイルドウルフの群れは大半が駆逐され、一部は逃げ去った。苦境を覆して得た勝利だが、ぼやく守善の顔に喜びはない。むしろ苦々しげだ。自身の不手際がなければあの奇襲はなかったはずだと。

 だがミスを引きずりすぎても意味はない。再び無表情に戻った時には既に意識を切り替えていた。

 

「全員、よくやった。次に行くぞ」

 

 とそっけなくも珍しく労いの言葉をかけた。かなり珍しい反応だ。そしてさっさとその話題を流すべく一行を促して前に進もうとするも。

 

「待ってください」

 

 すぐにその足を止められた。

 守善は意識を切り替えられたが、木の葉天狗はそうではなかったのだ。

 

「なんだ、敵か」

「違います。さっきの戦闘についてです」

 

 徹頭徹尾、実務に対してしか意識を向けない守善に呆れつつ、自分を責めないのかと木の葉天狗は問いかけた。

 

「さっきの奇襲は私のミスが原因です。私を責めないんですか」

「何を言うかと思えば」

 

 ハァ、と溜息を一つ。

 嫌に反抗的な態度を取る一方で罰を望むような言動。どうもおかしな方向にこじらせたらしいと守善は思った。思ったからと言って言動を変えるわけではない。ただありのままを言葉にするだけだ。

 

「逆に聞くがお前は手を抜いたのか」

「まさか。手落ちはあっても、手抜きだけは絶対に。私の翼に懸けて」

「そうだな。遮蔽物に紛れ、動かずに待ち伏せしてくる相手に、お前の索敵は効果が薄い。今回の戦闘でそれが分かった。収穫だ」

 

 木の葉天狗曰く、風読みスキルによる索敵は周囲に吹く風に触覚を広げるようなイメージとのこと。だが素肌で触った時のように熱感や詳細な形状が読み取れる訳ではないらしい。動体であれば即座に敵モンスターと判別できるが、周囲の遮蔽物に紛れて動かずにいる相手には誤魔化されやすいのだ。

 

「何故責めないんです? 私のミスには変わりがないでしょう?」

 

 まるで罰を望んでいるかのような木の葉天狗の問いかけに守善は億劫そうにため息を吐いた。

 

「相手が一枚上手だった。そして俺が間抜けだった。お前のミスじゃない。俺のミスだ。そこを履き違えるな」

「それは――」

「俺のミスだ。もう最下層手前だ。モヤシを突っ込ませる前に熊に交代しても良かったし、安全策を取るなら突っ込ませる前に催涙弾を投げ込んでからお前に風を叩き込ませてもよかった。敵が待ち伏せていようがいまいが燻り出せるからな。

 奇襲は防げなくても対応策はあった。だが俺はそれを怠った。疲れていたからなんてのは言い訳にもならん。索敵役として仕事を果たしたお前とマスターとして選択を誤った俺。そら、どちらに責任があるか明確だろう」

「ですが」

 

 なおも反論……いや、行き場のない感情をぶつけようとする木の葉天狗。その姿をジロリと見詰め、冷ややかとすら言える視線とともに切り捨てる。だがその冷ややかさは木の葉天狗ではなく守善自身に向けられたもの。

 間抜けなミスを犯した自身を責め、二度と同じ愚を犯さないと心に刻む意志の現れだ。

 

「俺のミスだ。お前におっかぶせてやるほど、俺は間抜けでもなければ余裕もない。このミスは全て俺の成長の糧にする。お前にはくれてやらん。分かったなら黙ってハイと頷け」

 

 守善の上昇欲求を支える負けず嫌いな一面が顕著に顕れた、飢えた猛獣のような顔だった。そこにあるのは勝利も敗北も失敗も全てを糧に上り詰めてやるという決意。

 ゾクゾクと木の葉天狗の背筋が震える。純粋な恐怖が半分、そして共感が半分。

 どこまでも妥協せず、どこまでも上り詰めようという意思。それは方向性こそ違えど木の葉天狗にも身に覚えがある強烈な上昇欲求だった。

 

(私は、空を飛びたい。誰よりも疾く、高く。同じくらいこの人は、上に行きたい。多分そう思ってる)

 

 蒼天の下、誰憚ること思う存分その翼を羽撃(はばた)かせる己。誰よりも的確に風を捉え、風に乗り、空の彼方へと飛翔する自分。

 それが木の葉天狗が抱く原風景であり、そのイメージを実現させるためなら木の葉天狗はどんな努力も厭わないだろう。

 

(私とこの人は――――どこか似てる)

 

 木の葉天狗は素直にそう思った。

 閉じられた心がそれを認めることを拒んでいた。信じた先に裏切られることを恐れていた。だから自分から先に拒んだ。これ以上このマスターと付き合えば()()()()()()。そう悟ったからこそ。

 

「それなら、……」

 

 と言いかけて黙る木の葉天狗。それならの次は何と言いかけていたのだろうか。拒もうとしたのか、あるいは手を伸ばそうとしたのか。最早彼女自身にも分からなかった。

 

「なあ鴉よ。いい加減意地を張るのを止めてもいいんじゃねえか」

 

 ここで新たに口を挟んだのはここまで沈黙を貫いてきたバーサーカーだ。

 普段はやかましいくらいに口数が多く、デリカシーのない発言で空気を乱すこの熊の着ぐるみモドキ。だが普段とは別人のように落ち着いた口ぶりで嗜めるように語りかけていた。

 その変貌にその場の二人は怪しげなものを見たように訝しげにした。

 

「確かに俺達の旦那は人でなしのクソ野郎だ」

「その毛皮を生皮ごと剥ぎられたいのか貴様?」

 

 うんうんと深く頷きながら己のマスターを容赦なく貶すバーサーカー。その主である守銭奴は最近切れ味が増しつつある過激なツッコミを入れた。

 

「だがよ、根性の入った人でなしだ。金のために命を懸けられるクソ野郎だ」

「最悪じゃないですか」

「命を懸ける覚悟もない腑抜けよりマシだろ。お前もそういうマスターが大嫌いな口だ。違うか?」

「むう」

 

 反論できず、口をつぐむ木の葉天狗。

 図星だった。敢えてマスターを選ぶのならば、同じ場所でともに命を張り、自らの翼を思う存分使ってくれるマスターがいい。

 マスターが掲げる目的にこだわりはない。飛ぶという手段こそが木の葉天狗の望みなのだから。だが従うのならば自慢の翼を預けられるだけの器量が欲しかった。

 

「ずいぶんと偉そうな口叩くな、着ぐるみモドキ」

「マスターがカードに文句を言うなら、カードにだってマスターの出来不出来をどうこう言うくらいの権利はあるだろうよ」

「まあな。キッチリ仕事をこなすのなら、だが」

 

 守銭奴とて内心の自由までは侵害するつもりはない。心のなかでマスターに舌を出していようが咎める気は無かった。もちろんそのパフォーマンスに影響してくるとなれば干渉するが。

 

「偉そうついでに言わせてもらうがあんたもマスターとしてはまだまだだ。カードとの付き合い方ってもんが分かってねえ」

「俺に道具相手に媚を売れと?」

「じゃ、道具相手の付き合い方と言い換えても良いぜ」

 

 挑発するように問いかけても飄々とした語り口の答えが帰ってくる。

 ふざけた見かけのくせに嫌にクレバーなカードだった。見かけと普段の言動は明らかに頭がおかしいくせに、たまに核心を衝いてくる。

 

「俺たちは道具だ。旦那に従うしかないモンスターカードだ。だが嫌々マスターに従うか、望んでその指示に命を懸けられるか。それを分けるのはマスターの器量だわな。どうせ命を懸けるなら、死に甲斐がある方が仕事に張り合いが有るってなもんよ」

「俺にその器量はないと?」

「マスターとしての腕前を悪くねえ。こうして俺の言葉に耳を傾けてくれてんのも高得点だ。その上で必要なら迷わずに自分の命を懸ける凄みもある。あとは報酬だな」

 

 報酬と口に出した途端、守善がため息を一つ吐いた。

 

「結局それか。要するに待遇改善のストライキってことでいいのか?」

「いや違う、全く違う。こいつはプライドの問題だ。俺は俺の仕事をきっちり果たしたと自負している。ならマスターが俺の働きをどう思っているか知りてえのさ。報酬と言ったのは評価に使う尺度で、旦那に伝わりやすいと思っただけだな」

 

 あくまで守善が己をどう評価しているか知りたいだけなのだと、バーサカーは問いかける。

 

「旦那、あんたは俺の働きに幾ら値を付ける?」

「……カードに報酬を渡す知り合いはいない。だから相場も分からんし、物差しがない言葉は軽くて好かん……が、お前が求めるなら答えよう」

 

 客観的に見て、バーサーカーの働きは水際立ったものだ。

 優れた基礎能力とシナジーの利いたスキルの数々から繰り出される剛撃は守善が上り詰めるために必要となる”力”だ。その”力”が協力的になるというのなら、言葉にするのは吝かではない。

 

「熊、お前は常にいい仕事をした。そのふざけた見かけだけは受け入れられんが、お前の能力を俺は信用している。……要望があるなら、まあ聞いてやらんでもない」

「その言葉が聞きたかった」

 

 守銭奴が最大限譲歩した言葉に、バーサーカーは満足気に頷いた。

 

「なにも現ブツだけがマスターとカードを繋ぐもんじゃねえ。こういう言葉一つで案外モンスターはマスターのために命を張れるもんさ」

「……理解できん価値観だ。命だぞ? 言葉一つで懸けていいものじゃないだろう」

「人間は死ねば終わりだが、モンスターは死んでも”次”があるからな。母なる迷宮に還るだけさ」

 

 人間とモンスターの死生観の差が如実に現れた会話だった。多くのモンスターはロストしても母なる迷宮に還り、またカードとしてドロップするのだと話す。

 また、モンスターは名付けという儀式を経ることで例え死んでも復活出来るシステムが有る。

 己の主が自身の命を張るに足る器か。マスターがモンスターを一方的に使うだけではない。モンスターもまた使われる中でマスターの器を見極めているのだ。

 

「誰とは言わねえが、自分を納得させる材料が欲しい奴だっている。思ったままをそのまま言ってくれるだけでいい。それだけでも変わるもんはあらぁな」

「その誰かってのは一体誰のこと言ってるんですか、熊さん?」

「さあなぁ。お前さんは心当たりがあるかい?」

 

 不機嫌そうに木の葉天狗が文句を言うが、バーサーカーは飄々と笑ってどこ吹く風だ。

 言うだけ言って満足そうに守善と木の葉天狗の様子を見ている。

 

(勝手なことばかりほざく熊だ)

 

 そう思う一方で、胸に響く部分もあったのも確かだ。

 いい仕事には報酬がなければならない。働いた者には報いがなければならない。それもまた守善の信念の一つだ。ただし無能、不良品の類にかける情はない。ある意味どこまでもドライで、公平な守銭奴だった。

 そして目の前の二枚と、今はカードに戻っているホムンクルスはそれぞれ問題こそあれ自分の仕事はキッチリとこなしているし、評価すべき点は多い。

 少なくともこの三枚を使い捨ての不良品と見ることは出来そうにない。

 

「鴉」

 

 次いで、一番の問題児である木の葉天狗に向き合う。

 どんな結果になるにせよ、ひとまずはバーサーカーの忠告に従ってありのままを語ってみることにしようと思いながら。

 

「……なんですか?」

「お前は必要な仕事もサボるカスカードだ。はっきり言って使い辛い。真っ先に手放すのを検討したくらいだ」

 

 淡々と、どこまでも無情に事実を告げる。

 その言葉を聞いた木の葉天狗は一瞬だけ傷ついた顔を見せたが、敢えて無視した。

 

「ッ! ……そ、うですか。まあそうでしょうね、私反逆系スキル持ちですし? そんな不良品なんてマスターも――」

「だが始末の悪いことに能力だけは優秀だ」

 

 そのまま何でも無い風を装ってぐだぐだと続きそうな自虐を遮る。続けさせるだけ有害だと判断して。

 

「さっきを除けばお前は一度も敵の奇襲を許さなかった。迷宮を攻略する上で今後も必要になる能力だ。是が非でも欲しい。俺が上に行った先でも使いたいと思う程度にはな」

 

 ただ事実だけを口にする。一から十まで本音を、淡々と。

 そっけないが偽りもない褒め言葉の羅列に、木の葉天狗の呆けた顔が見る見るうちに血の気を取り戻していく。

 

「お前が必要だ。俺のために働け」

「……色気のない口説き文句ですねぇ。口説き方としては三流ですよ」

「せめてサイズを人間並に伸ばしてから言え。女未満のフィギアモドキを口説く予定は一生ない」

 

 そっぽを向きながらのそっけない口調。少女の本心が別にあるのは明らかだった。そんな乙女の照れ隠しも入った態度を守銭奴は鼻で笑い飛ばす。

 

「誰が美少女フィギアですか!? そこまで言うならランクアップ先のカードを用意してくださいよ! このままじゃ一生チンチクリンのままなんですから!」

「Dランクの女の子カードの値段を知ってるか? 安くて数百万だぞ」

「むー。では努力目標ということで未来のマスターに期待しますか――――その契約、承りましょう。改めて私の翼をあなたに預けます」

「……本気の言葉と受け取っていいな?」

 

 確認のため問いかけると全く素直でない自称美少女天狗は仕方ないとばかりに肩をすくめて応じる。

 

「……これだけマスターの方から頼まれたんですから、仕方なく――本当に仕方なく私の方から譲ってあげます! まあこれだけ熱烈に求められちゃいましたし? 是が非でもとか言われちゃいましたし? 応えないのも女が廃るといいますか?」

「カードごと叩き割るぞ、そこの性悪鴉。一気に使う気が失せてきた」

 

 ドヤ顔ダブルピースでもかましそうなほど調子に乗りまくった木の葉天狗に無表情で釘を刺す守善。なおいまのところロスト以外でカードを破損する方法は見つかっていないのだが、このまま調子に乗りすぎれば手持ちの手段でそれらの破壊方法が本当に無意味なのか再検討するのも吝かではない。

 本気のオーラを感じ取ったのか調子に乗った木の葉天狗が嫌な予感に身震いする。

 

「マスターって本当に冗談が通じませんよね!? そんな風じゃモテませんよ!」

「生憎と金儲けが趣味の面白味がない男でな」

「うわ、おもしれー男が真顔でギャグ言ってて超ウケますね。熊さん、どう思います?」

「マスターに座布団一枚……いや三枚!」

「一から十まで本音だが? それくらいにしておけよケダモノども?」

 

 守善が対モンスター用の催涙スプレーを構えてジリジリと真顔で詰め寄るとモンスター達もまた微妙に距離を空ける。妙な緊張感が張り詰めたやり取りは少しの間続いた。

 相変わらず飛び交う言葉は険悪だが、新たな一歩を踏み出した彼らの間にはギスギスとした空気はもうない。兄弟とじゃれ合うような、ライバル同士で張り合うような、油断はできないがどこか心地のいい緊張感があった。

 

「あとはホムちゃんがこの場にいれば完璧なんですけどねー」

「Fランク迷宮じゃ二枚までしか召喚出来ん。昇格試験までは我慢しろ」

 

 召喚制限からEランク迷宮に挑むまで三枚のカードが一堂に会することはない。

 それを嘆く木の葉天狗だが、バーサーカーは首を横に振って否定した。

 

「いや、よく見てみな。確かにこの場にはいねえが、ホムンクルスも旦那のことを認めてるってよ」

「なに?」

「そら、そこだ」

 

 と、バーサーカーはその太い指先で守善の胸もとを指し示す。

 そこには蛍の光のように淡い光を放つ一枚のカードがあった。カードが新たなスキルを得た時に輝く光だ。

 

「これは……」

 

 懐から取り出したホムンクルスのカードを見ると、その後天技能の欄に新たなスキルが刻まれていた。

 

【後天技能】

 ・零落せし存在

 ・短剣術

 ・投擲術(NEW!):武器の投擲に特化した武術スキル。武術スキルと効果重複。特定行動時、行動に大きなプラス補正。

 ・忠誠(NEW!):仕えるべき主を見出した証。忠誠心に応じてステータス向上。

 

「忠誠スキル。効果は確か忠誠心に応じてステータスが上昇する、だったか」

 

 マスターとカードの関係性によってのみ刻まれるスキルだ。ホムンクルスが堂島守善を仕えるべき主と見出した証明。

 これまでの冒険の中であの無口で無感情なホムンクルスがどんな思いを抱いていたのか。

 守善は知らないし、知ろうともしなかった。徹頭徹尾道具として扱い、ホムンクルスは働きで応えた。その働きに(例え本音であっても)労いの言葉をかけるくらいで、実利という形では返さなかったというのに。

 誠意とは言葉ではなく金額。心からそう思っている守善にとってこのスキルは本当に意外な成果で、驚くべきことで……だが決して悪い気分ではなかった。

 

「馬鹿な奴だ。自分から好んでこき使われたがるとは」

 

 そう言ってホムンクルスのカードを眺める守善の顔はほんの僅かに緩んでいた。

 今度からもう少し丁寧に扱ってやろう。誰に言われるでもなく、ごく自然にそう思った。

 

『――――』

 

 その笑みを見た二体のモンスターが絶句して一拍の”間”が生まれ。

 

「どうした?」

 

 その間を訝しんだ守善が問いかける。

 

「いや、なあ?」

「ええ、そうですね」

 

 顔を見合わせる二体のモンスターの顔に浮かぶのは、千年に一度だけ泥の中に咲く蓮を見た時に浮かぶ驚きと感心を滲ませた微笑み。あるいは鬼の目にも涙というか、意外な人の意外な一面を見たときのような微笑ましさというか。

 

「マスターもそんな顔で笑うんですね」

「何がおかしい? 俺も笑うことくらい幾らでもある」

「ええ、獲物を罠にハメた時とかすごく邪悪な笑顔を浮かべてますよね。蛇みたいな」

「いや、悪魔だろ?」

「ブチ殺すぞケダモノども」

 

 と、ここで許容範囲を超えたため対モンスター用催涙スプレーを容赦なくモンスターたちに向けて噴射する。守銭奴はモンスターに対して上下関係に厳しかった。

 抗議の声を上げて逃げ回るモンスターを追いかけてスプレーによる追撃をかけるコメディじみた光景はしばしの間続いた。

 

「ちょっとしたお茶目ですよ。そこまで怒らなくてもいいじゃないですか」

「そうだそうだ。旦那には心の余裕が足りてねーぞ。小魚食べろ」

「道具を使うには飴と鞭を使いこなす必要があると学んでな。お前らのお陰で」

 

 モンスター達の抗議をどこ吹く風と受け流すマスター。そこにはある種の()()()()空気を醸し出す一個のパーティがいた。

 

「いい加減夜も遅い。さっさとボスを始末するぞ」

「了解です」

「任せな。一発で”葬らん(ホームラン)”をくれてやるぜ」

 

 既に最下層の直前。あとはボス撃破を残すだけ。そう号令を下せばこれまでよりも素早く機敏に返事を返すモンスター達。

 守善に使われることに対し、確かに前向きになっているようだ。

 

(……まあ、こういうのも悪くはないか)

 

 心を通わせながらもどこか締まった空気の中、一行は最下層への階段を下る。

 先に結果を言えば各々が仕事を完璧にこなし、宣言通りボスを相手に一撃で決着した。

 

 

 

 

 

おまけ

 

 後日。

 また別の迷宮にて。

 

「そういえば結局お前の望みを聞いてなかったな、熊」

「お、聞いちゃう? それ聞いちゃう?」

「生皮ごとその毛皮を剥がれる前にさっさと吐け。不愉快だ」

 

 熊の着ぐるみモドキに周囲をうろちょろされながらアピールされ、果てしなくウザい。

 機嫌を急降下させた守善は不機嫌さを隠しもせずに問いかけた。

 

「オッケー。じゃ、ボールとグラブの用意よろしく。マスターの分な?」

「……は? ボール? グラブ?」

 

 サラリと出された要望に条件反射で問い返すも意味がわからない。

 

「おいおい知らねのかマスター。野球っていうのは一人じゃ出来ないんだぜ」

「聞いてるのはそこじゃねえよ」

 

 渾身のツッコミを入れる。なお分厚い着ぐるみにそのツッコミは弾かれた。

 

「話はシンプルだ。マスターが投げて俺が打つ。それだけでも野球っていうのは楽しいもんだぜ。

「一応言っておくが万が一ピッチャー返しを食らったらダメージはお前らに行くんだぞ?」

 

 あのフルスイングで送り出される球の勢いなど想像もしたくない。比喩ではなく人体を吹き飛ばす勢いのボールが繰り出されそうだ。例えカードのバリア機能があってもそんなものを受けたくはなかった。

 当然モンスターたちもお断りだろうと思ったのだが。

 

「もちろん覚悟の上さ」

 

 バーサーカーはキメ顔でそう頷いた。

 

「お前以外は了承してないだろうが」

 

 守善は無表情でそうツッコんだ。

 

「仕方ねえ、妥協するか。まずはキャッチボールからな」

「……手加減しろよ? 人間だぞ、俺は」

 

 無表情に苦々しげな感情を滲ませる守善だが遂に断りはしなかった。

 有言実行が守善の信条。バーサーカーの働きに相応の報酬で報いると答えたのだから、それを嘘にすることは出来ない。不可能な望みなら容赦なく退けたが、これはそうではないのだし。

 

「クソが。早まったか」

 

 とはいえボヤキの一つも零すのは責められないだろう。

 後にマスターの苦境を見かねたホムンクルスもこの遊びに加わり。

 その器用さで自由自在に変化球を投げ分けるホムンクルス・バッターの心理状態を読み切って的確なサインを出す守善のコンビと、無造作なスイングで広角に打ち分けるバーサーカー。

 両者が打って打たれてのミニゲームを迷宮の安全地帯で繰り広げたという。



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第十六話 二ツ星冒険者資格試験①

 さらに二週間が経った。

 休日を利用して遠出をしては、未踏破のFランク迷宮を攻略する日々が続く。

 そしてついに二つ星冒険者の資格試験への挑戦権、Fランク迷宮十個の踏破が完了した。ここまで一ヶ月とかかっていない。素人が一からこなしたとなるとかなりのスピードでの攻略速度だ。

 踏破報酬やドロップアイテムを入手し、ダンジョン攻略の要であるカードの成長も順調である。

 以下がその成果だ。

 

 まず現金収入やドロップアイテムについて説明しよう。

 最重要となる踏破報酬だが、この一ヶ月間で十種類のFランク迷宮を17回踏破。合計踏破階層数は91層。Fランク迷宮は踏破報酬の魔石を売却することで階層数×1万円の報酬が受け取れるため、91万円。更に魔石そのものの売却分で4万円だ。これとは別にモンスターからドロップした魔石が5万円分あるが、これは魔石払いのために保管している。

 これとは別に籠付からせしめた賠償金300万円。

 更に道中でドロップしたFランクカードが72枚。売却すれば約7万円程になるらしいが、響から別の使い道があるとのことで売却を止められているためこれも保管中。

 最後にガッカリ箱から出る魔道具だ。以下がその内訳となる。

 

・ミドルポーション×1本 10万円

・ローポーション×10本 10万円

・発火石×4個 2万円

・臭い袋×2個 2千円

 

 なお、F~Dランクに分類される魔道具の買取価格は一律市場価格の10%。

 売るよりも攻略に使用するべきと判断した。特にミドルポーションは全治数ヶ月以上の重傷もあっという間に治癒する効能を持ち、回復魔法の代用にもなる。回復役がいない守善のパーティには値段以上に重要だ。

 逆に支出だが、まずFランク十種の攻略情報で合計10万円。更に二ツ星への昇格試験に向けてミドルポーションを4本買い込み、40万円とお高く付いたが必要経費と判断した。

 つまり、収入と支出をまとめると下記のようになる。

 

 現金収入:335万円(うち300万円は賠償金による臨時収入。実質35万円を稼いだ計算)

 各種ドロップアイテム:攻略に使用

 魔石:約5万円分。魔石払いのため保管。

 Fランクモンスターカード:約7万円分。別途保管。

 

 一見大きな金額見えるが、その大半は籠付からせしめた賠償金が主。来月からはこうも行かないだろう。純粋な収入としては現金35万円ほどか。投資も込めた支出を差し引いた金額とは言え大した金額ではない。

 やはり早めに二ツ星に上がるべきだろう、と改めて認識する守善。

 そしてある意味では収入よりも重要なカードの成長は以下の通りだ。

 

【種族】ホムンクルス

【戦闘力】200(100UP!)

【先天技能】

 ・人造生命

 ・無垢

 ・アーキタイプ

 

【後天技能】

 ・零落せし存在

 ・短剣術

 ・投擲術(NEW!)

 ・忠誠(NEW!)

 ・奇襲(NEW!):敵に気付かれずに攻撃に成功した時与えるダメージにプラス補正。

 

 特に目覚ましいのはホムンクルスの戦闘力向上と新しいスキルの獲得だろうか。

 Dランク最弱級のCランクという汚名を晴らすかのように他のカードと比べても凄まじい成長だ。もしかしたらホムンクルスは初期戦闘力が低い分成長しやすく、伸びしろが大きい種族なのかもしれない。

 しかしそれも新たに獲得した技能のインパクトには比べれば霞む。

 一か月に満たない期間で三つの技能獲得。これはプロでも目を剥く成果だ。通常一つの技能を得るのにもはるかに長い時間がかかるのだから。

 とはいえこれは守善の功績というよりもホムンクルスの先天技能、技能習得効率を向上する『無垢』と響のシルキー、オルマが持つ『教導』スキルの合わせ技によるところが大きいだろう。腕のいい先生と出来のいい生徒がタッグを組んだ成果という訳だ。

 スキルの傾向がアサシンか辻斬り的な方向に偏っているが、これはもっぱら待ち伏せ・釣りからの奇襲という運用をしているからだろう。ホムンクルスの適正にも合っているので問題はないはずだ。

 脆いが速く、鋭い。さながらよく切れるナイフか。スピードアタッカーとして使っていく分には十分期待できそうな成長だ。

 

 

【種族】木の葉天狗

【戦闘力】100(30UP!)

【先天技能】

 ・天狗風

 ・初等状態異常魔法

 

【後天技能】

 ・閉じられた心

 ・飛翔

 ・風読み

 

 続いて木の葉天狗だが、戦闘力の伸びはそこそこ。

 とはいえ彼女が務める役割は索敵と釣り。敵モンスターと戦う機会が釣るための初撃に限られていることを考えれば伸びている方だろう。

 ステータス上は貧弱だが索敵という技能によってパーティの攻略を支える屋台骨だ。

 気がかりなのはマイナススキル・閉じられた心だろうか。木の葉天狗から最早隔意は感じ取れないが、未だに残り続けている。

 

 

【種族】バーサーカー

【戦闘力】210(30UP!)

【先天技能】

 ・武術

 ・狂化:戦闘を終了するまで暴走状態となり、徐々に生命力が減っていく代わりに全ステータスが三倍となる。

 ・物理強化:物理的な攻撃の威力を強化する。

 

【後天技能】

 ・恵体豪打:恵まれた肉体から繰り出される豪快な打撃。同族の中でも肉体的に優れている証。

 ・強振 (フルスイング):武器攻撃の威力向上、精密操作性低下

 ・選球眼:遠距離攻撃を見切る眼力。防御技能に+補正。

 ・ピッチャー返し (NEW!):非接触型の投射攻撃を敵に向かって打ち返すことが出来る。実体の有無を問わない。

 

 最後、バーサーカー。独特すぎる雰囲気に守善が使いたがらないため、ボス相手くらいしか召喚しない。それでも戦闘力がしっかりと伸び、新規技能を一つ獲得している辺り天才の部類に入るのかもしれない。

 なお新規技能のネーミングについては突っ込まないこととする。有用な技能であることは間違いないのだし。

 

 これら癖が強いが能力だけは優秀な三枚。とはいえこの三枚だけではEランク迷宮攻略には戦力的に不安が残る。

 おおまかな目安としてボスまでの道中にDランクが一枚、ボスを相手にDランク二枚は最低でも必要と言われている。欲を言えば更にもう一枚欲しい。

 なので戦力を拡充することにした。

 籠付から示談金ついでにせしめたDランクカード、狛犬が一枚。

 さらに響と交渉し、狛犬と強力なシナジーがあるDランクカードをもう一枚レンタルすることにした。

 これらに加え、冒険者ギルドで大枚を叩いて密かに手に入れたDランクの()()()()()()()()()が一枚。ちなみに示談金含めてこの三週間ほどで貯めた資金と貯金の大半を吹っ飛ばす高値となった。

 

(戦力拡充のために必要な措置だ。それ以外の意図は一切ない)

 

 と、心のうちだけで誰に伝えるわけでもなく言い訳をする守善。

 ともあれこれで主力となるDランクカード五枚、索敵用のEランクカードが一枚。一般的なEランク迷宮なら余裕で蹴散らせる戦力だ。とはいえ昇格試験に使われる迷宮は通常よりも難易度が高いという話だが。

 

(念には念をだ。保険を掛けるに越したことは無い)

 

 さらに試験対策として響への聞き込みをはじめとして情報収集を欠かさない。

 試験場となるEランク迷宮は冒険者ギルド占有の非公開迷宮だが、漏れ出てくる情報から傾向と対策は練れる。加えて多忙な響が時間を取り、わざわざ迷宮で『特訓』に付き合ってくれたのは望外の幸運だった。現役の三ツ星冒険者から実地で体験談を交えながら受ける教えを守善は嬉々として吸収し、血肉とした。

 

(……途中、わざわざ木の葉天狗と二人きりで話し合っていたのが少し気になるが。まあいい、気にするほどのことでもないか)

 

 重要なのは出来る限りの準備を済ませたと自信を持って言える事実だ。

 二ツ星冒険者への昇格資格試験では半分が落第し、さらにその半分が二ツ星への昇格を諦めるという。それだけFランク迷宮とは一線を画す難易度であるのだが、守善が目指すのは一発合格だ。冒険者としての高みを目指すため、最短ルートを駆け抜ける。こんなところで足踏みをするつもりはない。

 

「Eランク迷宮ならオーバーキルの戦力だろう。油断だけはしそうにないので、決して無理はしないように。それでも苦戦するようなら……私が初めて迷宮に潜ったときに言ったことを思い出してくれ」

 

 なお響は執拗なまでに傾向と対策を練り上げる守善を見てそう評し、最後に一言だけ忠告を投げた。

 それでも守善は油断せずに準備を続け、やがて冒険者ギルドから昇格試験の通知が届き――生涯初めてのEランク迷宮へと足を踏み入れた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇ 

 

 

 

 Fランク迷宮とEランク迷宮の難易度を分ける最大の理由は何だろうか。

 出現するモンスターの凶悪化? 複雑化する迷宮の構造? Eランク迷宮から出現する罠の存在?

 結論を先に言えば階層の深化と罠の出現による攻略時間の激増である。

 概ねの目安としてFランク迷宮は精々十階層まで。日帰りも十分可能な浅い迷宮ばかりだ。対し、Eランク迷宮では最大で倍の二十階層。

 加えてEランク迷宮からはダンジョンに罠というギミックが出現する。誰が仕掛けているのか一切原理不明のギミックだが、ともかく冒険者はそれがあると警戒して進まねばならない。

 ギミックの起点に引っかかると落とし穴、仕掛け矢、落石などなどバリエーション豊かなトラップがお出迎えだ。Eランク迷宮程度のトラップではカードのバリア機能で致命傷になることは考えづらいとはいえ、油断はできない。

 これらの障害に阻まれ、一階層の攻略に数時間かかると計算すれば、日帰りは絶対に不可能。泊りがけの遠征となる。

 さらにダンジョンという異質な空間に身を置き続ける精神的負担。モンスターに囲まれ、いつ襲われるかわからないというプレッシャーもまた精神を削る。

 それらの要素全てが冒険者に向けて絶大な負担と成って襲いかかってくるのだ。いわゆるエンジョイ勢の冒険者が二ツ星昇格を諦めるのも無理はない。

 

「……長期戦を見込んでGW(ゴールデン・ウィーク)に挑んで良かったな。想像以上に負担が大きい」

 

 約一ヵ月。大学に入学してからそれだけの時が過ぎた。

 守善がまとまった時間が得られるGW(ゴールデン・ウィーク)の時期に二ツ星冒険者資格の昇格試験に挑んだのも必然だろう。

 今回、昇格試験で挑む迷宮はギルド指定の非公開迷宮であり、これまでのようなマップ情報やモンスターに関する情報をギルドからから購入することが出来ない。

 未知への対応力も冒険者に必要な資質であり、それを試すための二ツ星冒険者資格試験だ。

 守善にとってはまさに未知の挑戦とでも言うべきダンジョン攻略であった。

 

「が、いまのところ全て想定の範囲内だな」

 

 そしてもちろんその程度で音を上げるような可愛げは守善にはない。徹底した事前準備と対策で想定される障害を潰しにかかっていた。

 

「鴉、マップ作成の調子はどうだ?」

「はいはい、順調ですよ。それにしても最近のカラクリは便利ですねえ。このアプリとかいうのを起動しておけばある程度は勝手に地図を作り上げてくれるんですから」

「ウェアラブルカメラが捉えた範囲までだがな。あとは手作業でやるしかないのは今も昔も変わらん」

「骨組みが出来ればあとは肉付けするだけですからねー。私に言わせれば楽なもんですよ。ちょっと大きさ的に扱いにくいのが玉に瑕ですが」

 

 例えば冒険者御用達のアイテムとしてスマホにインストールしたマップ自動作製アプリ。カメラと連動したそれでマップの骨組みを作り上げる。

 そこに風読みスキルによって読み込んだ広範囲の情報を木の葉天狗に書き込ませることでさらに作成速度と完成度を上げていた。

 幸い今回の迷宮はスタンダートタイプ。野良敵が出ない枝分かれする石造りの道がひたすら続き、通路の途中に存在する小部屋に足を踏み入れると中のモンスター達が襲い掛かってくる形式だ。索敵をほとんど必要とせず、木の葉天狗はマップ作成に専念させることが出来た。

 

「主」

「また罠か?」

「はい」

「詳細を」

 

 そして罠解除は何事も呑み込みがよく、器用なホムンクルスに一任し、いまのところよく応えている。もちろん素質が有るからと丸投げするほど守善も考えなしではない。

 試験前に特訓期間を作り、響のシルキー・オルマから罠解除のイロハを教わったのだ。家事やサポートはもちろん戦闘に罠解除までこなすあたりオルマ……万能(オールマイティー)の名は伊達ではなかった。

 そんな万能メイドの薫陶を受けたホムンクルスは手際よく罠を見破り、無効化していく。まだスキルとして昇華されてはいないが、それも時間の問題だろう。そう思わせる成長だ。

 

「壁面及び床面の一部が通常と異なる配色になっています。これまでの傾向から該当部との接触を起点にした罠の発動が予測されます」

「対処は?」

「私が先行し、発動条件を確認します。確認後、マスター達も続いてください」

「そうか。いまのところオルマの教えで対処しきれない罠はないようだな」

「はい。オルマ先生は優れた教師です」

「本業はメイドだがな。……いや、迷宮攻略のためのモンスターだが」

 

 いつの間にかシルキー・オルマを先生と敬称で呼ぶようになったホムンクルス。誰が促したわけでもなく自然と師弟関係を結んでいたのだ。スキルだけではなく、性格的にも相性は良かったようだ。

 これ以上影響を受けてそのうちメイドになるなどととんちんかんなことを言い出さねばいいのだが……と、守善がおかしな方向の心配をするほどに二人の相性は良かった。

 

(最初は数合わせの肉盾のつもりだったが……)

 

 それこそ使い捨てもやむなしの不良品と判断していたが、想像をはるかに超えて成長率が著しい。特にスキルの習得速度は一種の天才と評してもいいレベルだ。もちろんオルマの教導スキルも忘れてはならないが。

 

(アサシンかシーフじみた方向での運用なら十二分に使える。腐ってもCランクモンスター。最終的な伸びしろはこいつが一番上だ。案外こいつがうちのエースになるかもしれんな)

 

 Cランクモンスター、ホムンクルス。

 その初期戦闘力は通常200から始まり最終的には600。零落せし存在によりマイナス100されるがそれでも500。通常モンスターの戦闘力の成長限界は初期戦闘力の2倍が限度。だがホムンクルスについてはそれが当てはまらない。不遇な基礎スペックを補うような高い成長率だ。

 とはいえ最大値まで成長してもBランク最弱クラスの初期戦闘力程度でしかない。Cランクの区分では下から数えたほうが早い弱小種族なのも事実だ。その脆さも相まって運用には慎重を要するだろう。

 

「……安全の確認を完了。推測通り、トラップの起点は変色した床との接触のようです。気を付けてお通りください」

「分かった。いつも助かる」

「主の従者ならば当然のことです」

 

 スルスルと気取りのない足取りで罠が設置された通路を通り、安全を確認したホムンクルスが声をかけてくる。労いの言葉に何でもないことのように返す様は気品すら感じられた。師匠のオルマに似つつあるようだ。

 ホムンクルスは弱点の多いカードだ。だがそれが問題にならないほど頼りになるのは間違いなかった。

 そんな事を考えながらも攻略は続いていく。

 モンスターの溜まり場となっている小部屋での戦闘は問題に成らなかった。十階層以下で出現するモンスターはFランクが大半。しかも殆どが一度は戦ったことのある相手。戦いすら成立せずに一方的な虐殺を淡々とこなしていく。

 最大の敵はやはり否応なく警戒を強いてくる罠と複雑に枝分かれした迷宮そのものだった。

 そして常に緊張感を張り巡らせた攻略が更に二時間ほど続き……。

 

「……時間だな。そろそろ大休憩を取る。二時間後に出発だ。全員、よく体を休めておけ」

 

 ある階層の安全地帯にたどり着いた守善は、一行にそう宣言した。

 響曰く、迷宮攻略の秘訣と言い切っていいほどに重要な技能があるという。

 すなわち休憩だ。

 Eランク以上の迷宮攻略は最低でも数日間に渡る長丁場。その中でどのように休憩を取り、疲労を抜くかは地味だが重要なスキルである。慣れない内は疲労の深さを見誤り、不覚を取る冒険者はかなり多いのだとか。

 

(慣れないうちは時間か踏破階数を決めて定期的に休め、か。金言だったな)

 

 三ツ星冒険者である響から受けたアドバイスを思い出す。

 絶え間ないプレッシャーは緊張を生み、疲労を忘れさせる。しかし忘れるだけで消えはせず、確実に体の奥底に蓄積し続ける。そして最悪のタイミングで爆発するのだ。

 それを避けるための響からの忠告だった。

 まず長い道のりと絶え間ないプレッシャーによる疲労は適切なタイミングで休憩を取り、リラックスすることで改善できる。

 いまのところ目安として二時間から四時間で一階層が踏破出来ている。言い換えれば約二~四時間間隔で各階層に存在する安全地帯でモンスターに襲われる心配なく休憩する機会が得られるのだ。

 そのアドバンテージを最大限有効に使う。

 重要なのは緊張と弛緩のバランス、力の入れどころと抜きどころだ。 

 人間は機械ではない。集中力は脳の働きで、脳の働きは物理的な限界がある以上四六時中気を張り続けることなど出来ない。

 それを踏まえて心と体を休めるスキルが重要になる。

 

「幸いここはクローズドダンジョンだ。モンスター以外の襲撃に気を配らなくていいのは助かる」

「……モンスターじゃなくて冒険者の襲撃を警戒するのはひねくれすぎじゃありません?」

「いいか、あの籠付(アホ)を思い出せ。そしてアホはこの世にアレ以外にもいる」

「困りました。ちょっと反論が思いつかない」

 

 雑談を交わしながらも身に纏った装備を脱ぎ、軽くストレッチをこなす。筋肉にたまった疲労物質を抜いて血行を促進。軽食を取り、リラックスしてストレスの緩和に努める。

 行住坐臥戦いという言葉が幻想に過ぎない以上、重要なのは()()()()()()()()()()()()()()()

 もちろんいつでもそこでも気を抜けばいいということではない。

 長期戦の基本は安全圏(ベースキャンプ)の確保。その原則に従ったうえで思い切りリラックスする。いっそ無防備なほどに。

 それが出来るか出来ないかで次の行動でとれるパフォーマンスがまるで変わってくる。

 

「……そろそろ進むぞ」

 

 その号令を合図に、休んでいたモンスター達も立ち上がってその背中に続く。

 淡々と、しかし確実に攻略を進めていく。

 そして外界では日が暮れる時間帯になった頃。タイミング良くたどり着いた安全地帯で早めにキャンプの設営を開始した。

 設営地点はクローズドダンジョン全十七階層、その七階層。守善達が昇格試験に挑戦した一日目の成果である。

 続く二日目も若干の疲労を感じながらもそれを感じさせないパフォーマンスを発揮し、十五階層まで順調に攻略を進め……。

 三日目、最下層の下から二番目の階層へと一行は挑んだ。

 



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第十七話 二ツ星冒険者資格試験②

 堂島守善は夢を見る。

 甲高いブレーキ音、視界を白く塗りつぶすヘッドライトの光、衝撃と激痛、錆びた鉄に似た血臭、グニャリと力なく倒れ伏す両親と妹の姿――色濃く香る”死”の気配。

 フラッシュバックが終わり、フッと意識が覚醒へと浮かび上がる。

 

「……チッ」

 

 目覚めて早々に舌打ちを一つ。最悪の目覚めだった。

 堂島守善を形作る原風景(オリジン)。いまも守善を突き動かす過去の残影が忘れるなと語りかけてきたかのように。

 

「誰が忘れるか」

 

 吐き捨てる。

 迷宮に潜ることは意外なほど苦では無かった。カード達と交わす小気味の良いやり取りに心地よさを感じることさえあった。

 だがそれでも、守善は自身が迷宮に潜る目的を忘れたことは一瞬たりともなかった。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 探索三日目。

 朝早くに目覚めた一行は朝食や準備をそこそこに済ませると、最下層を目指して安全地帯を出発した。

 召喚したモンスターは木の葉天狗、ホムンクルス、バーサーカー。使い慣れたいつもの三枚だ。

 

「やっとみんな揃っての迷宮攻略に慣れてきたって感じですね。これまでは誰かがカードに戻っていましたし」

「はい。私もマスターや鴉さん、熊さんといつも一緒にいられて嬉しいです」

「キャ――ッ!? 見てくださいよマスター、ホムちゃんのこの可愛さを! 無表情デレの時代が来ました! 私より先にマスターがホムちゃんの口から出ることだけは納得いきませんけど」

「へっへっ、賑やかだねぇ。まあ、そういうのも悪くねえが」

「ドやかましいわ。いちいち騒ぐな、アホども」

 

 かしましいやり取りを交わしながら安全地帯である階段を下っていく。緩んだ空気を強くは諌めない。安全地帯を脱すれば自然と一行の空気は戦闘モードに入るのだから。

 

「いつもの分かれ道か」

「ですね」

 

 十六階層に足を踏み入れると、右・左・真ん中と三つに分岐したいつもの迷路が早々に現れる。今回挑む迷宮は典型的なダンジョンタイプ。石造りの通路が延々と続き、このように幾つもの分かれ道のあるThe・迷宮になっている。道中にモンスターは出現せず、未知の合間に挟まれる小部屋にモンスターが出現し、そこで戦闘が発生する構造だ。

 

「鴉」

「はいはいっと」

 

 木の葉天狗に呼びかけると閉ざされた地下迷宮に突如として風が吹く。彼女がもつ天狗風、そして風読みのスキルを使ったいつもの探知だ。ある程度の距離までと制限はあるがルートの先を予め知れるのは迷宮攻略において有用だった。

 

「んー、右はすぐ行った場所に小部屋があります。扉が有るので中の様子は不明ですが、大方いつものモンスタールームでしょう。真ん中は更にルートが二つに枝分かれしてますね。そこから先はちょっと。左はどうも行き止まりみたいです」

「そうか。なら右を行くぞ」

「おや、朝から随分と好戦的ですねー?」

 

 訝しげに問いかける木の葉天狗。行き止まりの左は論外として、戦闘が確定している右のルートを敢えて選ぶとは。まだ階層に足を踏み入れたばかりで特にルートに行き詰まったわけでもないのにだ。

 

「ボスの前に()()()()の使い勝手を本格的に試したい」

 

 あいつら。守善が二ツ星への昇格を期して新たに用意した二枚のカード達だ。

 

「これまではFランクが多くてロクな試運転にもなりませんでしたからねー。ま、いいんじゃないですか。それじゃ召喚制限に引っかかりますし私は一度引っ込んで――」

 

 召喚済みの三枚プラス更に二枚の召喚となれば、普通は木の葉天狗が言う通りEランク迷宮の召喚制限四枚に引っかかる。

 だが守善はそれを止めた。モンスターカードには迷宮の召喚制限を一部覆す例外が存在するのだ。

 

「いや、不要だ。あいつらに限っては五枚目まで召喚出来る」

「ああそういえば、彼らは()()()()()のカードでしたか。これはうっかり」

 

 守善が手にした二枚のカードもそれに該当する。カードに描かれた(いかめ)しい顔つき、ずんぐりとした力強そうな体躯の聖獣。白と黒、体毛色の違いや小さな角の有無を除けばほとんど同じ姿をした二枚だ。彼らの種族名は――――、

 

「狛犬、獅子。来い」

 

 狛犬と獅子。神社など聖域を守護する阿吽一対の獣である。姿はそっくりだが、角が無い方が狛犬。有る方が獅子だ。

 カードとしてのステータスは種族名以外同一で、詳細は以下の通りだ。

 

【種族】狛犬/獅子

【戦闘力】150

【先天技能】

 ・二体一対:このカードは半身と呼べるカードと二枚で一つである。二枚召喚しても迷宮の召喚枠を一つしか消費しない。また生命力を二枚で共有する。

 ・辟邪の咆哮:魔を除け、邪悪を退ける退魔の霊威を宿す咆哮。魔法を無効化または弱体化するアンチ・マジック・スキル。狛犬と獅子が揃っている時のみ使用可能。

 ・守護獣:聖域を守る神獣。防衛行動時、生命力と耐久力が向上する。威圧、庇うを内包

  (威圧:強烈な迫力で敵の動きを鈍らせる。稀に怯ませる。

庇う:仲間の元へ瞬時に駆け付け身代わりになることができる。使用中、防御力と生命力が大きく向上。)

 

【後天技能】

 ・気配察知:五感を強化し、隠密系スキルを見破りやすくする。

 

 彼らが持つ特殊な先天技能、二体一対スキル。

 一対のペアとなる二枚のカードが揃うことで真価を発揮する特殊なスキルだ。二枚のカードを揃って召喚した時、迷宮の召喚枠を一枠しか消費しない。Eランク迷宮で言えば、狛犬・獅子で一枠。残りの三枠を自由に召喚できる。仮の話だが二体一対スキル持ちカードが四セットあれば、八体まで召喚できるだろう。

 さらに二枚で生命力を共有し、二体まとめてロストするほどのダメージを受けなければ生き残るタフさや二枚揃った時にのみ使える強力なスキルを持つ。

 このようにワンセットで揃った二体一対スキル持ちのカードはランク以上の性能を誇るという。

 守善もほとんど偶然揃えることが出来ただけで、本来ならもっと資金が必要になってもおかしくない強力なカード達だ。

 

「ようやく俺の出番かっ! 待ちかねたぞマスタァー!」

兄者(あにじゃ)。声、声をもっと小さく。マスターが兄者を屠殺する豚を見極めるような目で見ているのに気付かないのか?」

 

 

※狛犬・獅子のイメージAA……?

 

 

 そんな強力でレアなはずの二体の聖獣が光とともに姿を現す。迷宮攻略という真剣勝負の場にそぐわない結構な喧しさとともに。

 牛並みの巨体に厳しい顔つき。神社で見る姿そのままだが、サイズは想像よりもはるかにデカかった。

 

弟者(おとじゃ)よ! それは無理だ! 何故なら俺は場を弁えず空気を読まず世間の風に逆らって”我”を貫き通すさすらいのアウトロー! だからな!」

「流石だ兄者。これ以上無いほどのドヤ顔、マスターも呆れているぞ!」

 

 兄者こと白の狛犬。弟者こと黒の獅子。

 彼らこそ守善が新たに戦力として揃えた二体一対のカード。個性豊かなキャラクターが揃った守善のカードにも負けない()()の持ち主だ。

 狛犬の特徴はなんと言ってもその暑苦しさ。アウトロー、熱血、硬派をよく口にするが割とすぐにヘタレる。守善曰く、ファッションアウトローの駄犬。

 獅子は狛犬の太鼓持ちをしているようでその実皮肉を利かせたツッコミを入れている。なお大体の場合狛犬を抑える役には立たない。守善曰く、一見まともに見える賑やかし。

 攻略一日目にも一度召喚したのだが、Fランクモンスターでは手応えがなさすぎるのと彼らの濃すぎるキャラクターに守善が引っ込めたという経緯があったりする。

 

「……まともなカードがモヤシくらいしかいない」

 

 と、彼らを見た守善はボヤいた。従順で物静かなホムンクルスは守善にとって癒やしになりつつあった。

 

「あなたがそれ言います?」

 

 なお木の葉天狗から類は友を呼ぶとツッコミを入れられていた。

 

「……いい加減こっちの話を聞け、駄犬ども」

 

 ちなみに狛犬のあだ名は駄犬その一。獅子のあだ名は駄犬その二だ。

 

「おお、マスター! 敵か、俺と弟者を呼んだということは敵だな。それも強敵に違いない! なにせ俺と弟者を呼ぶほどなのだからなぁ!」

「流石だ、兄者! 自分の考えをひとかけらも疑わない猪突猛進っぷり、外れた時の痛々しさに今から心が痛い!」

「フハハ、そう褒めるな弟者!」

「いいや、言うとも兄者よ! もうちょっと俺の話を真面目に聞いてくれてもいいんだぞ!?」

「この駄犬どもが……」

 

 兄者弟者と互いを呼び合っている割にコミュニケーションが歪んでいる気がするのは勘違いだろうか。守善は思わず遠い目をした。

 というか幾ら互いに二体一対スキルを持っているとは言え、初めて顔を合わせたのは昨日だというのに異様に相性がいい。その相性は是非戦闘で発揮して欲しいところだが、いまのところ守善を振り回すことにしか役に立っていない。

 

「そもそもモンスターに兄だの弟だのあるのか?

「「いや、別にそういうのは無いぞマスター」」

 

 限りなく真顔かつ一言一句同じ言葉で返されたテキトーな返事に守善のイライラゲージが一つ溜まった。

 

「……無いのか。ならどこから兄弟呼びがきた? お前らが二体一対スキルの持ち主だったとしても、別に互いに知り合いだったわけでもないだろう?」

 

 籠付と響から守善の手元に渡った段階で記憶は初期化されているはずだし、彼らを召喚したのは昨日が最初だ。それなのにこの息のあった掛け合い。もしや二体一対スキルになにか秘密でも有るのかと真面目な顔で問いかけてみると。

 

「「フィーリングが合ったのでなんとなく?」」

 

 狛犬と獅子は鏡合わせのように顔を見合わせ、ウンウンと頷き合うとやはりまったく同じタイミングで守善を見上げてそこはかとなくドヤ顔を見せた。

 守善のイライラゲージがまた一つ溜まった。

 

「オーケー。お前らがその場のノリで生きているそこの着ぐるみの同類だと理解した」

「フゥゥ。一日一万回、感謝の素振りはキクぜぇ……!」

 

 視界の片隅で黙々とバットのスイング練習をしているバーサーカーを見ながら達観とともに呟く。バットを振るたびにブォンブォンと結構な勢いの風を巻き起こしていた。

 意味がわからないがツッコミを入れればまたバーサーカーのペースに巻き込まれるので、守善は見なかったことにした。ついでに狛犬ともどもそれ以上考えるのを諦め、同時にイライラゲージを投げ捨てた。賢明な判断だった。

 

「あ、マスターが理解を放棄しましたよ」

「やかましい」

 

 パチンとデコピンを木の葉天狗に食らわせながら、狛犬たちへ最低限の手綱はかけるべく一つの命令を下す。

 

「ここのルールは一つだ。俺からの命令には絶対服従。それさえ守ればグダグダ言わん。今更だしな」

 

 色々と自由すぎる他のメンバーをチラリと見ながらの放任宣言。守善からすれば十分譲歩したつもりの宣言だったが、アウトローを自称する狛犬から見ればどうも気に入らない台詞だったらしい。

 

「フッ、生憎だがそいつは聞けんなぁマスター。なにせ俺は……”アウトロー”だからな!! 諾々と言いなりになるイヌになるつもりはない!! 狛犬だけにな!」

「ほー」

 

 上手いことを言ったぜといわんばかりに狛犬の獣面に浮かぶドヤ顔を冷たく見下ろす守善。

 アウトローを強調しながら力いっぱい拒絶する狛犬へ向ける視線は氷点下にまで下がっていた。

 

「兄者、兄者。気付いていないようだから言っておくが、マスターが兄者を見る目が屠殺する豚を眺めるレベルにまで冷え込んだからな。既にそこは命が危ないレッドゾーンだぞ」

「兄を止めるな、弟者よ。男には張らねばならん”意地”がある。ここでマスターの暴虐に散ってもどうか俺という馬鹿な一匹狼がいたことは忘れないでくれ」

「兄者よ、俺は俺を巻き込まないでくれと言っているんだ」

 

 二体一対スキルの特徴の一つに生命力の共有が有る。

 片割れが限界を超えて傷つけばもう片方にも超過ダメージがいくのだ。なので普通なら一体がロストするダメージを受けてもロストしないのが彼らの強みでも有るのだが。獅子は守善の据わった眼をみて静かに危機感を覚えていた。

 この場面で兄者こと白の狛犬があまりにも傷つけば、弟者こと黒の獅子にもダメージが入るのだ。

 

「馬鹿を言え、弟者。俺の痛みは俺のもの、ましてや弟になど背負わせるものか!」

「それこそ馬鹿を言え、だぞ兄者。兄弟は助け合うものだ、そうだろう?」

「弟者……。ああ、ともに暴虐なマスターに立ち向かうぞ!」

 

 唐突に安い兄弟愛やコントをごちゃまぜにした会話劇を繰り広げている二匹。彼らを見る守善の視線の冷たさがついに一線を超え、容赦なく躾けの鞭が振るわれた。

 

「麗しい兄弟愛だな、だが無意味だ。二匹仲良く痛みに泣きわめけ」

 

 容赦なく対モンスター用の催涙スプレーを噴射する守善。

 なお低い位置に鼻面や目があり、露出している獣系にとってこの催涙スプレーは地味に天敵である。流石にロストまではいかないが、一時的に目と鼻が利かなくなり、激痛にのたうち回るレベルだ。モンスターでも苦しいがロストするほどではないという躾に使うにあたり絶妙な塩梅なのである。尤も販売会社の想定から思い切り外れた使用法だろうが。

 

「「ギャアアア――――!?」」

 

 顔面に白煙をまともに食らい、多大なダメージを負った二匹は迷宮の床をゴロンゴロンとのたうち回った。全体的に丸っこい体躯のためか転げ回る仕草がどこかコミカルだ。

 守善は容赦なく追撃のスプレーを見舞った。道中で敵モンスターに襲われる危険がないためか、追撃の手が緩むことはなかった。

 狛犬と獅子はゴロンゴロンと三桁近い回数を転げ回ったが、助ける者はいなかった。

 

「あらら。最近なんだか敵よりも味方にスプレーが飛んでいるような……」

「俺も味方より敵に向けたいし、出来れば使いたくもないんだよ」

 

 木の葉天狗からのツッコミに、守善はどこか虚しさを湛えた顔でそう答えた。

 




【Tips】二体一対スキル
 一枠で二枚のカードを召喚可能となるスキル。召喚されたカードは、生命力が共有され、二対分のダメージを喰らわない限りロストしない。反面、一体に二体分のダメージが入ると二枚ともロストしてしまうこともある。
 二体一対型スキルを持つカードは、二枚揃った時にのみ使用可能となるスキルを持つことが多く、その性能はワンランク上のカードのスキルにも勝るとも劣らない。
 上位スキルの存在も確認されている。

※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。

【TIPS】兄者弟者
 同名の配信者がいたり、やる夫スレ界隈で流石兄弟がたまに出演したりするらしい。
 ちなみに狛犬と獅子のキャラクターに特に元ネタはない。


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第十八話 二ツ星冒険者資格試験③

 そして守善の容赦ない躾から十数分後。

 狛犬と獅子が催涙スプレーの痛みと刺激から立ち直ると、早々に彼らはもとの調子を取り戻した。

 

「それで結局何の用だ、マスター。俺と弟者(おとじゃ)を呼ぶほどだ。さぞや強敵なのだろうな?」

「マスターが相手でも上から目線、流石だな兄者(あにじゃ)。腰が引けて無ければ完璧だったぞ!」

「もう一度スプレーを食らっておくか? 駄犬ども」

 

 と、懲りずに漫才を続ける二匹に催涙スプレー片手に脅しをかければ。

 

『キャィンキャイン、キューン……』

 

 と、途端に尻尾を振って哀れっぽい鳴き声を上げる二匹。どうやらよほど催涙スプレーの痛みが堪えたようだ。

 

「お前ら狛『犬』とはあるがモチーフはライオンだろ……プライドはないのか」

 

 自身のアイデンティティに砂をかけるが如き情けない鳴き声に思わずツッコミを入れる守善。彼の言う通り、狛『犬』の名前とは裏腹に狛犬・獅子の外見モチーフがライオンであることは一目瞭然だ。

 狛犬と獅子の起源は一説に古代オリエントに遡れるという。原始の大自然に生きる古代オリエントの人々は百獣の王ライオンに霊威を見出し、城や神殿など聖域の入り口に門番のようにライオンの像を配置した。

 聖域を守る獅子というモチーフは文化の伝播に伴いユーラシア大陸の東西に流布していき、インド・中国・朝鮮半島などでそれぞれの文化とともに合わさりながら遂に日本へと流れ着く。日本では神社仏閣で狛犬達が見られるのは仏教の伝来とともに入ってきたからであり、仏像の前方に二頭の獅子が配置する習慣があったのだ。

 狛犬の親戚にファラオやピラミッドを守るエジプトの守護聖獣、スフィンクスがいる。彼らが果たす役割は聖域や聖者の守護。はるか東と西に分かたれたとはいえ、その本質は変わっていないのだ。

 そんな背景を込めた問いかけに狛犬はキリッと格好つけたキメ顔をすると堂々とした口調で反論した。

 

「アウトローとは法の外にいる者。そして法の外では”力”こそが全て。故に俺はマスターに従おう」

 

 ただし、かなり情けない内容を。

 

「格好いいことを言っているがその実強者に尻尾を振るがごとき発言。兄者、俺は情けなさで心が痛いぞ!」

「お前実は狛犬を煽るのが趣味だな? 駄犬その二」

 

 実は狛犬に負けず劣らずやかましい獅子に冷たい一瞥を投げる。だがすぐに気を取り直してまあいいと呟いた。

 

「お前らを呼んだのは雑魚を相手にした試運転だ。だが評判倒れの活躍は見たくないな、ボス戦での戦略が狂う」

「言ってくれるな、マスター。その戦略とやらを是非狂わせてやろう。評判以上の有用性を見せることでな!」

「うむ。本気になった兄者と俺はちょっと凄いぞ。期待してくれていい」

 

 守善の挑発に敢えて乗った狛犬と獅子が纏う空気が熱と戦意を帯びる。直前までの漫才コンビのようなふざけた気配はない。その鋭い空気はスイッチが入った時の木の葉天狗やバーサーカーに似ていた。

 普段はおちゃらけているが、いざ実戦では百点満点で百二十点のパフォーマンスを叩き出すファイターのソレだ。

 

「……期待している。嘘偽りなくな」

 

 色々と個性豊かで欠点も多いが、間違いなく優秀なモンスター達。

 彼らを従える過程で実力以外の部分は無視するという特技を身に付けた守善は胸の内で沸き起こった諸々をしまい込み、精々重々しく見えるように頷いた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 木の葉天狗の言葉通り、右の道を少し進んだ先にはモンスタールームがあった。その扉の前に立ち、最後の確認を行う。

 

「今回の主役は駄犬どもだ。まずは奴らで敵の攻撃を受け止め、体勢が崩れたところで反撃する。タイミングは抜かるなよ」

 

 守善の指示に各々が返事を返した。

 決して勢いのまま扉を開けるような真似はしない。迷宮のトラップは扉に仕掛けられていることも有るからだ。ホムンクルスが素早くチェックし、首を振る。少なくとも罠らしい痕跡はないようだ。

 

『…………』

 

 全員が無言のまま頷く。

 三、二、一と数を減らしていく守善の指が全て折りたたまれたのを機にホムンクルスが蹴飛ばすように勢いよく扉を開けた。

 罠は……無し! 即座に狛犬・獅子を先頭に小部屋に突入するモンスター達。

 乱入した狛犬たちに敵モンスターも気付き、威嚇の鳴き声を上げ始めた。

 

「相手は……ハイコボルトが四体に、アレはワイルドウルフか? それにしてはデカイが」

 

 守善の視線の先には言葉通り犬頭の毛むくじゃら獣人が四体。更に人でも丸呑みできそうな巨体の狼が一体。

 待ち構えていた敵は合計五体だが、その中でも巨狼の存在感は頭一つ抜けている。自然と警戒心が巨狼に向いた。頭の中で狼系統のモンスターを総ざらい、更に響から聞き出したEランク迷宮で要注意なモンスターのコンボを思い出し……一件がヒットする。

 

「まさか……ロボ。狼王ロボか?」

「強いんですか? あの狼?」

 

 

狼王ロボ・イメージAA

 

 

 狼王ロボ。

 博物学者アーネスト・シートンによってその活躍が記された開拓期のアメリカで猛威を奮った狼だ。悪魔が知恵を授けたとさえ称された狡猾さと図抜けた巨体、精鋭を率いる統率力によって無数の家畜を屠ったという。

 その最期は最愛の伴侶を人間に奪われて正気を失い、捕らえられた果てに餌も水も拒んでの餓死。

 恐らくは世界で最も有名な狼の一頭だろう。

 

「所詮Eランクだ。まともに戦えばDランクの狛犬たちの敵じゃないが……シナジーがエグい」

「ハイコボルトとの組み合わせが?」

「先天技能、復讐の牙。倒れた仲間の数だけ次に繰り出す一撃の威力が増す。下手に食らえばタフなDランクモンスターでも危うい」

「で、ハイコボルトの先天技能が下位種族のコボルトを無限に呼び出す眷属召喚ですから……うえぇ。ヤな感じですね」

「しかも狛犬たちは鈍足かつガード向けのスキル構成だ。最適解の速攻にはトコトン不向きだな」

 

 一度相手の攻撃を受け止めて体制を崩したところで反撃を入れる、という作戦だったが相手との相性が悪い。一度引かせるのもやむを得ない、と決断を下した。

 互いに啖呵を切ってすぐに選手交代というのは格好がつかないが、無駄に意地を張ってロストするよりマシだ。

 

「狛犬、獅子。作戦変更だ。下がって俺のガードに入れ。こいつらはモヤシと熊に狩らせる」

「待て、マスターよ。その必要はない」

「なに?」

 

 自信に満ちた狛犬の台詞に疑問の声を上げる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。我らならばそれが出来る。断言しよう」

「……本気か?」

 

 敢えて打たせるとなればDランクモンスターでも一撃でロストする威力になるだろう。如何にタフな狛犬と言えども当たりどころが悪ければロストしてもおかしくない。正直に言えば避けたいリスクだ。

 

「そもそも速攻で奴の首を取ればそれで終わりだ。無駄な危険を犯す必要はどこにもない」

 

 どこまでも冷静に戦況を判断したクレバーな意見に狛犬は鼻息荒く噛み付いた。

 

「俺は言ったぞ、マスターに()()()()使()()()と示すとな! そしてマスターは期待していると言ったな! どうだ、奴らが誇る最強の一撃とやらはマスターの期待を脅かすほどのものか!?」

「駄犬が言ってくれる……」

 

 守護獣。守り護る獣の誇りを懸けたその叫びには、守善に一考を促すだけの力があった。

 一呼吸置き、その数秒間で思考を纏める。

 ガード適性の高い狛犬と獅子が二枚揃い、予備戦力も十分にある。無駄なリスクと言えば否定は出来ないが、同時に試運転の場としてはこれ以上無い。狛犬達に求める役割はマスターのガード役であり、その盾の堅さを確かめる良い機会なのも確かだった。

 

「我らは守護獣。その傍に侍り、害意を退け、主を守る獣! 負った役割に懸けて主を守護しよう。マスターよ、返答は如何に!?」

 

 と、語気荒く狛犬が問いかければ。

 

「流石だ兄者! 主を守らんとする気概、痺れたぞ! さっきの一幕がなければ完璧だったが……そこは俺が補うとしようか!」

 

 応、と獅子が先んじてその檄に答える。

 二体の戦意溢れる咆哮に守善もまた不敵な笑みで浮かべた。自信家は嫌いではない。叩いた大口(ビッグマウス)を有言実行する限りにおいてだが。

 

「いいだろう、乗ってやる。作戦は継続だ。こちらでやることは?」

「であれば一つ! 我らに守られながら、ともに前へ進んでもらいたい! 出来る範囲で援護もだ!」

「守護獣スキルか?」

「話が早いな、マスター。喜べ弟者、我らは当たりを引いたようだ!」

 

 狛犬・獅子の先天技能、守護獣。

 防衛行動時、生命力と耐久力が向上し、さらに威圧、庇うなどを内包する複合スキルだ。

 狛犬・獅子は誰かを護る時にこそ最大の力を発揮するモンスター。その力を最大限引き出すため敢えて前線へ身を投じろとの要請だった。

 

「我ら自身で前へ出て奴らに圧力を掛け、更に奴らの狙いをマスターに絞らせる。安心しろ、どんな一撃でも絶対に我らが防いでみせよう!」

「……吐いた唾は呑めんぞ。嘘にした瞬間お前らをロストさせてやる」

呵々(かか)、承諾と受け取った!」

「兄者もだが、マスターも大概迷わんな。ま、仕え甲斐があると言っておこう!」

 

 渋面を隠さず、しかし迷わずに()()と答えた守善へ吼えるように二匹の獣が笑う。その掛け合いを見た他の三体は苦笑とともに一歩下がった。ここは狛犬たちが主役の戦場だ。彼らの出番はまだ先だった。

 狛犬達が最前衛で爪牙を振るい、そのすぐ後ろに守善が続く。更にその後ろで木の葉天狗達が待機してフォローを務める布陣を敷いた。

 

「さあ、奴らの喉笛を噛み千切りに行くぞ!」

 

 かくして守善と敵モンスターの思惑が一致し、戦況は互いに正面からぶつかる殴り合いになった。

 敵陣には眷属召喚持ちが四体。突入から会話に時間を費やしたこともあり、既に四体のコボルトが召喚されている。突撃をけしかけられた雑兵コボルトが粗末な武器を片手に耳障りな遠吠えとともに迫って来ていた。

 

「雑魚が調子に乗るなよ!」

 

 剽悍な身ごなしで迫るコボルトに向けギン、と狛犬と獅子の厳しい形相から強烈な眼光が放たれる。

 その眼光を浴びたコボルト達はビクンと体を震わせ、軽快な動きが途端に鈍った。

 敵が怯んだ機を見逃さず、狛犬達の巨体が力強く躍動して隙が出来た敵陣を食い荒らしにかかる。瞬く間に突撃してきた四匹が狛犬・獅子の振るう爪牙の一撃に薙ぎ倒される。まさに鎧袖一触。

 

「怯えろ、竦め! その性能を活かせぬままに死んでいけ!」

「雑魚を相手にそのイキリよう。流石だな兄者!」

「いい加減漫才を止めろバカども。お前らに任せていいか不安になってくるだろうが」

 

 眼光の正体は守護獣に内包される威圧スキル。その効果は強烈な迫力で敵を威圧し、その動きを鈍らせること。

 狛犬と獅子の眼光が物理的な圧力を有する重圧(プレッシャー)となって召喚されたコボルト達の足を鈍らせたのだ。怯えふためき、出足が遅れた格下などいくら数がいても烏合の衆だ。

 だが、

 

「お代わりが来たぞ。そら働け」

「ええい、雑魚かと思えば意外と面倒くさいぞこいつら。思ったより増えるのが速い!」

「兄者、兄者。格好つけて啖呵を切った十秒後にソレはいくら何でも格好悪すぎるぞ!」

 

 眷属召喚スキルは時間さえあれば無限に眷属を呼び出すことが出来る。四体のコボルトを片付ける間に新たに呼び出されたコボルト四匹がさきほどの焼き直しのように突撃してきた。

 EランクとDランク、その戦力差は歴然としている。狛犬・獅子の振るう爪牙の一撃であっさりと倒れるコボルトだが、僅かでも処理に手間取ればハイコボルトが追加戦力を呼び寄せる。

 倒すのに意外と手間取り、僅かずつしか前に進むことが出来ない。その間に復讐の牙を研ぐ屍は積み上がっていく。このままではジリ貧と悟り、厳しい顔つきをもっと厳しくする狛犬たちだったが。

 

「援護します」

「同じく。ま、これくらいはね?」

「おお、かたじけない!」

 

 ホムンクルスと木の葉天狗。それぞれスローイングナイフと初等状態異常魔法による援護が可能な後衛のフォローで戦況は好転した。

 コボルトの脳天にナイフが突き立ち、スリップを食らった個体が足を滑らせて転倒する。足並みが揃わず、威圧スキルで動きが鈍ったそこに獰猛な獣が容赦なく襲いかかった。

 コボルトを呼び出すやいなや突撃をけしかけるハイコボルト達だが、狛犬達の攻勢を止めるには至らない。次から次へと呼び出されるコボルトを屠りながら着実に前へ進んでいく。守善(マスター)をその背に庇い、ただの一度のアタックも許さない盤石の守りを敷きながら。

 ほどなくして四匹のハイコボルトと狼王ロボが控える敵本陣の目と鼻の先に迫った。

 

「これでもう増援は呼べんぞ!」

「覚悟!」

 

 眷属召喚が間に合わず自ら戦場に立った四匹のハイコボルト達。最後のロスタイムで召喚した四匹のコボルトと合わせて合計八匹の敵戦力。

 数に優越する敵だが、勢いに乗った狛犬と獅子があっというまに二体を食いちぎり、叩き潰す。さらに背後に控えていたホムンクルスが瞬きの間に投擲した四本のスローイングナイフによってハイコボルトが全滅した。生き残ったコボルトなど最早雑兵以下のオマケに過ぎない。草を刈るようにバーサーカーの振るう棍棒で薙ぎ払われた。

 

「お前で最後だ」

「グルル……!!」

 

 残るは復讐の狼王ロボ一頭。多勢に無勢としか見えない戦力差だ。

 だが二十を超えて積み上げられたコボルト達の屍は着々と復讐の牙を研いでいた。

 唸り声とともにその巨体から放たれるプレッシャーを一層増す狼王ロボ。狛犬らとの間合いを見切り、最大の威力を叩き出す助走距離に足を踏み入れたその瞬間、解放されたバネのような勢いで地を疾駆した。

 

「ギャオオオオオオオオオオオオォォォ――――――――――――ンッッッ!!」

 

 大咆哮。

 狼王ロボが決死の覚悟と報復の念を込めた復讐の一撃。黒き巨体がマスターである守善を狙い、一直線に地を駆ける!

 それは弾丸の如き疾走。

 【庇う】スキルを使い、駆ける途上に割り込んだ狛犬ごと蹴散らしてやるとの決意が滲む復讐の牙。積み上げた屍に研がれた牙は例えDランクモンスターでも容易く屠る威力!

 復讐系スキルは発動条件が厳しい分威力の増幅倍率が高い傾向にあった。

 

「その意気やよし―――――来い!!」

 

 対するは守護の聖獣、狛犬。獅子よりも更に前に出て真っ向からぶつかり合う覚悟。躱す、勢いを逸らすなど逃げの思考は取らない。復讐の牙をそらした瞬間にどこに飛んでいくかわからない流れ弾と化すからだ。そうなれば万が一がある。それは許されない。

 狛犬に求められる役割とはマスターの盾。その信頼を預かるに足る守りをいまここに見せるのだ。

 

『――――――――――』

 

 獣と獣、復讐完遂と絶対守護の念を込めた視線がぶつかり合い、弾けた。

 その瞬間、狛犬の世界から音が消える。

 狛犬の意識が加速したのだ。

 色を失い、ドロリと粘ついた景色の中、ゆっくりとしかし確実に迫る復讐の牙。呵責なき報復の一撃が、その身を盾とした白き獣に襲いかかる!

 

「オ――」

 

 格上殺しの必殺に対抗するべく己が身に宿る全てのスキルを全力で励起する狛犬。

 マスターを背に庇うことで守護獣スキルを発動し生命力を向上。庇うスキル使用時に防御力・生命力大向上。更に二体一対スキルによる生命力の共有。

 こと守るという一点において狛犬以上の同ランクモンスターはそういない。

 

「オオオォォ――」

 

 黒々と不吉な気配を纏う牙が狛犬の眼前に迫る。

 加速する意識の中、狛犬は全ての力と気迫を持って真正面から復讐の狼と相対した。黒き巨体による突撃(チャージ)を、白き守護獣は自らの体躯を盾とすべく前に出て迎え撃つ。

 

「オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ――――――――ッ!!」 

 

 白と黒が交錯し、ほぼ同時に暴走する二台の車が正面衝突したかの如き轟音が戦場の空気を引き裂いた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 キーン、と耳鳴りに襲われた守善が耳を抑える。

 牛馬並に巨大な獣が凄まじい勢いで行った正面衝突。それもただの獣ではなくモンスターが互いのスキルを全力で行使したぶつかり合いだ。巨体同士がぶつかり合い、ゴムボールのように勢いよく弾け飛んだその光景は何かの冗談のようですらあった。

 

「狛犬はどっちだ?」

 

 白と黒が交錯し、それぞれ反対の方向へ吹き飛んだ光景までは何とか守善にも見て取れた。だが弾け飛んだどちらがどちらなのかを見切る動体視力までは流石に持ち合わせていなかった。

 モンスタールームの壁に勢いよく激突したそこはモクモクと土煙が上がっており、その姿を見通す事も出来ない。

 

「ご安心を、マスター」

 

 そんな中、木の葉天狗がスキルを使って風を巻き起こし、土煙を払う。そして呆れたような感心したような口調でそう答えた。

 

「狛犬の勝ちです。……いや、呆れましたね。まさかアレをほぼ無傷で済ませますか」

 

 タフな熊さんでも致命傷でしたよ、と呟く木の葉天狗。

 その視線の先にはヨロヨロと、しかし自らの足で立ち上がる狛犬の姿があった。その真っ白な体毛が土に汚れ、胸のあたりから僅かに血の赤色が滲んでいる。だが概ね軽症といっていいだろう。

 対して反対側の壁へと吹き飛んだロボの方は四肢が曲がってはいけない方向にねじ曲がり、見るも無残な状態だ。折れた骨が肉を突き破り、勢いよく血が流れていく。放っておいても死に至るだろう。

 

「攻撃特化と防御特化のぶつかり合い。地力の差が出たか」

 

 狼王ロボが上位のDランクでも食える格上殺しならば、狛犬もまた上位のCランクからの攻撃に耐えうる防御特化型だ。

 地力の差、スキルの差。根本的なスペックが両者の勝敗を分けたと守善は判断した。

 

「いや、それだけではないぞ。マスター」

 

 が、その判断に異を唱える獅子。何故か誇らしげな様子だ。

 

「獅子か。どういうことだ?」

「評判に違わぬ鋭い牙だった。Eランクのそれとは思えん」

 

 敵ながら天晴(あっぱれ)、と賛辞を送る獅子。その敵の牙を防げたのは狛犬もまた自身のスキルを十全に活かせたからだと語る。

 

「我らは守護獣。マスターが我らを信じ、その身を預けたからこそ兄者は全力を引き出せたのだ。でなければ兄者も軽くない手傷を負っていただろうさ」

「ハッ、別にお前らを信じた訳じゃない。割の良い賭けに乗るのは当たり前の判断だ。違うか?」

 

 獅子の言葉を鼻で笑い、信頼などではなくあくまでも合理的判断に過ぎないと断言する守善。相も変わらぬ露悪的な言い草だった。

 いずれにせよ期待以上に頑丈な盾、しかも二枚ある。十二分に使い出のある戦力だ。

 狛犬と獅子の性能をしっかりとその目で確認した守善は満足気に笑った。

 

「お前らが頑丈なのはよく分かった。肉壁としてこき使ってやるから覚悟しておけ」

 

 その笑みを見た獅子はその厳つい顔つきを緩めた。どこか微笑ましいものを見たかのように。

 

「その言葉、兄者が聞けば喜ぶだろう。後で直接聞かせてやってくれ、マスター」

「……何故そうなる? おい、お前らも何を笑っている? まるで意味が分からんぞ」

 

 予想外の返答に一人困惑する守善を置いて、モンスター達は嫌味のない軽やかな笑い声を上げる。

 その一幕はロボにトドメを差した狛犬が戻ってくるまで続いたのだった。

 




【Tips】眷属召喚
 召喚主よりも下位のモンスターを呼び出すスキル。多くの場合、ワンランク下のモンスターが呼び出されるが、中には同ランク下位のモンスターを呼び出すことができるカードもいる。
 眷属召喚は、一定時間ごとに少数を無限に呼び出すタイプと、数に制限はあるが一気に多くのモンスターを呼び出すタイプの二つがあり、同ランクを呼び出すタイプは後者が多い。
 呼び出される眷属は、本来の種族の戦闘力よりも低く、また先天スキル以外のスキルを持たず、戦闘力の成長などもしない。

※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。

【TIPS】狼王ロボ
 本作オリジナルモンスター。
 同ランクでは上位の戦闘力を持ち、スキルも優秀なEランクモンスター。
 初期戦闘力90+復讐の牙スキルで威力が上昇した一撃なら戦闘力150のDランクモンスターくらいなら食える格上殺し。
 狛犬が無傷で済んだのは自身のスキルを全て活用して防御性能が大幅に上がっていたのが大きい。守善が日和って後ろで構えていたら守護獣スキルが使えずにロストもありえた。
 Dランクカードを一、二枚しか持たない普通の一ツ星冒険者なら増殖コボルトを処理しきれず、その隙をロボが突くことでカードのロストどころか死亡もありうる凶悪コンボ。
 なお原産地アメリカの迷宮で出現した場合戦闘力がワンランク上昇し、統率系スキルや眷属召喚スキルが追加され厄介さがアップ。事故死が怖い。敵に回すと死ぬほど面倒くさいタイプ。


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第十九話 ”死”の気配――Irregular encounter――①

 狛犬と獅子の力試しも済み、迷宮攻略を再開した一行。

 その後はロボとハイコボルト達以上に厄介なコンボに遭遇することもなく、いよいよ最下層の直前まで攻略を進めた。

 Fランク迷宮とは勝手の異なる障害の数々に大分苦戦したが、それも終わりが見えてきた残るは迷宮からバックアップを受けた迷宮主との戦いを残すのみだ。とはいえEランク迷宮のボスなど、精々が眷属召喚持ちか普通より少し強いDランクモンスターに過ぎない。

 数の暴力は大体の場合有効であり、同格のDランクモンスターを何枚も連れた守善の敵ではない。

 Eランク迷宮攻略の最大の敵はボス戦までの道中だったと言える――――()()()()

 

「全員、これでシメだ。まず負けることはない戦力差だが、油断だけはするな」

 

 モンスター達が短く応と答えると、一行は最下層へ続く階段に足を踏み入れた。その瞬間に感じる違和感。気のせいかと構わず階段を一歩ずつ下っていくごとに奇妙な肌寒さが増していく。

 おかしな感覚だ。異界である迷宮から、さらに異質な場所へ足を踏み入れたかのような……。

 

「マスター、これは……」

「……分からん。とにかく進むぞ」

 

 モンスター達と交わす会話にも疑問と不可解さがある。

 どちらにせよ引き返す選択肢はない。嫌な予感だけでいちいち撤退していては迷宮攻略など出来はしないのだから。

 

『――――』

 

 そしてとうとう最下層に足を踏み入れた第一歩、ピリピリと緊張が走った。

 その瞬間一同は理解した、文字通りの意味で世界が違うと。

 石壁づくりの通路が延々と続く、まさに迷宮という風情だったこれまでの迷宮とは全く違う雰囲気だ。

 

「森、か……?」

「嫌に陰気だな。うんざりする空気だぜ」

 

 薄暗い灰色の雲が立ち込める深い深い森に景色が変わっている。

 肌を刺すような冷気、そしてどこからかうっすらと漂ってくるかすかな甘い匂いが印象的だった。

 この匂いはリンゴだろうか。だが甘い匂いとは裏腹に嗅いでいると背筋がゾクゾクする不吉さが香ってくるような……。

 

「……どういうことだ、これは」

 

 率直に困惑を示す。こんなケースは守善でも聞いたことがない。基本的に最下層でもその風景はこれまでの迷宮の延長線上のはずだ。

 例えば水棲系モンスターがボスとなった場合、フロアが敵に有利な水浸しの環境になることはある。だが川や湖といった環境に変化することまではない。そう考えると目の前の光景は明らかなイレギュラーだ。

 

「やられたな、取り込まれたか」

「どういうことだ、熊」

 

 訳知り顔でつぶやくバーサーカーに語気を荒くして問いかける。さすがにこんなタイミングで冗談だと言われたら許す自信はなかった。

 

「気付かねぇかい。後ろ、見てみな」

「何?」

 

 熊の言葉に従い振り向いたそこには、守善たちが降りてきたはずの階段が綺麗さっぱりなくなっていた。守善は撤退不可の死地に足を踏み入れたことを否応なく理解した。

 ありえざる異常。これまで踏破したFランク迷宮では……いや、Eランク迷宮でもこんなことは起こりえない。

 つまりは、

 

「これは……まさかイレギュラーエンカウントか!?」

「大当たり。いや、運がねえな旦那」

「よりにもよってこの場面でか、クソったれめ」

 

 一人歩き(イレギュラー)する死神(エンカウント)。それは極めて特異な性質を持つユニークモンスターたちの総称だ。

 彼らは童話の住人である。

 彼らは残酷で、醜悪で、悪辣で、凶悪だ。

 彼らは常に全ての迷宮でただ一体のみ存在する。

 彼らは迷宮の主を食らうと最下層を己の領域へと改造し、冒険者が訪れるのを待つ。

 そして間抜けな冒険者が自分の狩場にいざ現れれば容赦なく牙を剥くのだ。

 

「赤ずきん、シンデレラ、花咲か爺さん……さて、どいつが来ると思う?」

「さぁ? 私に分かるのは前に進まなければ分からないってことですね」

「そりゃもっともだ。……ったく、ウンザリだな」

 

 イレギュラーエンカウントを死神の代名詞として有名にしたのはその残酷さと凶悪なスキルだ。

 かつてアンゴルモアと呼ばれるモンスターが地上へと溢れ出した大災厄に乗じ、イレギュラーエンカウントもまたその姿を地上に現した。

 一つの街の住人を残らずかまどに叩き込んで焼き殺したヘンゼルとグレーテル。

 国を飲み込む勢いで生い茂る茨によって捕まえた人間を無理やり眠りに落とし、最後には迷宮の奥へ連れ去ったいばら姫。

 道行く人に灰を振りかけ、その身体を苗床に無数の花びらが舞う巨大な桜の木を生み出した花咲か爺さん。

 愛らしい童話の住人に人間の醜悪さを塗り付けたような醜悪なイミテーションこそがイレギュラーエンカウント。

 ただ一体のイレギュラーエンカウントがもたらす被害者は数千人、時に数万人にも上ると言われている。その悲劇はほかのモンスターと比べても質と量の桁が違う。

 そんな化け物の腹の中にいるという実感が守善から冷静さを奪った。

 

「クソッタレが!!」

 

 手近な木を衝動のまま殴りつける。

 数が多い低ランク迷宮ほどイレギュラーエンカウントの出現率は高まるという。だからこのEランク迷宮に出現したのもおかしくはない。

 だがよりにもよっていま、この時でなくてもいいだろうに、と胸の内で吐き捨てる。冒険者として上り詰めるため踏み出した第一歩を、思い切り後ろに引きずられた気分だ。それも最悪の死神に。

 守善はがどんなに迷宮攻略というリスクに備え、鍛えていようと本当の意味でリアルな死を感じるのも初めてだ。自然と緊張から息が荒くなり、視界が狭まってしまう。

 

「マスター」

「……ああ、分かっている。落ち着いた」

 

 木の葉天狗からの呼びかけに短く答え、呼吸を整える。

 意識的に息を吐き、ゆっくりと吸う。それをたっぷり一分間は繰り返し、何とか平静を取り戻した。

 呼吸はメンタルと密接に関連する身体機能だ。息を整えるとはすなわち気持ちを整えることに繋がる。響からの教えだ。

 

「イレギュラーエンカウントだろうがEランク迷宮じゃその戦闘力はたかが知れている。……勝ちに行く。足手まといにはなるなよ」

 

 イレギュラーエンカウントは確かに死神と同義語の恐ろしいモンスターだ。

 だがイレギュラーエンカウントが無敵の怪物かと言われればそれも違う。どの迷宮にも出現できる代償か、迷宮のランクによってその基礎戦闘力は制限される。低ランク迷宮に出現する奴らは相応の戦闘力にランクダウンする。

 ここはEランク迷宮。通常の難易度なら十分余裕をもって踏破出来る守善なら勝ち目はある、はずだ。

 

(問題は奴らの代名詞であるAランクスキル。ここばかりは運ゲーか、クソが)

 

 だが同時に死神の代名詞である凶悪無比なAランク相当のスキルは健在。相性次第で手慣れた冒険者でも残虐に遊び殺せるだけの悪辣な性能を有する。

 これまでのお遊びのような迷宮攻略とは違う、本当の修羅場。食うか食われるか。殺すか殺されるか。その二択しかない檻の中だ。

 

「……ライセンスの救助要請はやはり駄目か」

「無駄無駄。奴らをぶち殺さなきゃ、俺たちに明日はねえのさ。覚悟を決めな、旦那」

「覚悟なんざ冒険者になると決めた日から決めている。余計な口を叩くな」

「あいあい」

 

 一縷の望みをかけた冒険者ライセンスから発した救助要請は当然のように送信不可の拒絶が返ってくるだけ。ここが昇格試験用のクローズドダンジョンである以上、他の冒険者が偶然やってくる可能性はない。つまり万に一つも応援は望めない。

 孤立無援の四文字が脳裏をよぎるが、何を今さらと自身の弱気を笑い飛ばす。

 

()()()()()。昔からずっと。今も。顔も知らん他人を当てにしてどうする)

 

「マスター。あの、いいですか?」

「鴉、俺はいま余裕がない。軽口に付き合う気分でもない。黙ってろ」

「……はい、分かりました」

 

 どうせいつものような軽口、悪口の類だろうと木の葉天狗の行状から断じ、切り捨てる守善。

 いまの守善は言葉通り周りを見渡すだけの余裕がない。少しでも木の葉天狗を気にしていれば、彼女が気遣わし気な顔で己がマスターを見つめていることに気付いたはずだ。

 

(さて、どうする……?)

 

 これから取るべき行動を頭の中で検討する

 こちらのメインカードはやはり木の葉天狗、バーサーカー、ホムンクルスの三枚だ。狛犬と獅子も十分戦力として数えられるだろう。だがどのカードもDランク相当。切り札といえる特記戦力はない。

 彼らだけでも普段なら心強いはずだが、イレギュラーエンカウントが相手では到底安心することは出来ない。

 後はカードたちも知らない伏せ札が一枚あるが、戦力としては微妙だ。オマケで使いどころを見極めれば役立ちそうな小道具がいくらか。

 改めて見直すとイレギュラーエンカウントを相手にするには心もとないラインナップと言わざるを得ない。

 

「……行くぞ。ここで突っ立っていても状況は変わらん。ひとまず周囲の状況を探る。警戒を怠るな」

 

 それでも前に進むしか出来ることはない。祈ったところで手札は増えない、いまある戦力で何とかするしか無いのだ。

 その決意を込めて前進の意を示すため一同を見渡すと、みな静かに頷いた。

 

「特に鴉、お前が俺たちの目だ。頼むぞ」

「はい」

 

 守善たちは周囲を警戒しながら、深い深い森に分けて行っていく。

 周囲には尖った葉っぱを生い茂らせる大木、茨と棘、尖った石。どことなく寂しげで荒涼とした森の風景だ。

 モンスターの類は一匹も見当たらない。 

 

『……………………』

 

 沈黙。誰も、何も、喋ることがない。

 静寂が耳に痛いほど染み込んでくる。耳朶に染みるサイレントノイズが何とも言えず不快だった。

 

「辛気臭い森だな。こう薄暗くちゃお互いの顔も見分けづらいや」

「熊、無駄口を叩くな」

 

 心に余裕のない守善は熊の軽口に応じなかった。

 

(上手くねぇ空気だな)

 

 と、バーサーカーは意外にも一行の中で最も冷静に場の雰囲気を読み取っている。

 

(マスター……)

 

 木の葉天狗はひたすら守善を案じている。

 

(周囲に敵影なし。油断せず、敵を見つけたら即座に攻撃を)

 

 守善の指示にひたすら忠実に従うホムンクルス。彼女だけは動揺がないが、周囲に気を配れるほど情緒が育ってもいなかった。

 狛犬たちはただ黙して歩いている。

 パーティーの心は見事なまでにバラバラである。

 そんな中気が重くなるような沈黙を孕みながら進み続けること十数分。

 唐突に鬱蒼とした森が開けた先に、小さな空き地があった。

 

「マスター」

「敵か?」

「いえ、敵はまだ確認出来ません。この先に……趣味の悪いオブジェが少々」

 

 警戒心を滲ませ、鋭く声をあげる木の葉天狗。ただのオブジェを前にした反応ではない。

 

「棺、か……」

 

 空き地には幾つもの棺が安置されている。不吉な空気を発する棺が一層この森の寒々しさを助長していた。

 ”死”の気配だ。守善が経験したことのないとびきりに強烈な寒気がこの場に満ちている。

 

「……なるほどな」

 

 安置されているのはただの棺ではない。

 ガラスの棺。そうとしか呼べない透明な質感の物質で作られた棺がそこにあった。そのガラスの棺が幾つも幾つも、十数個ほどが綺麗に整理して置かれている。

 それ故に棺に収められた()()が嫌というほどよく見えてしまっていた。

 

「悪趣味なことだ。ここの主とは話が合わんな」

 

 

 ガラスの棺、その中身は控えめに言って変死体。仰々しく言うなら猟奇殺人犯が作り上げた前衛芸術の展覧会だ。

 材料は人間、題材は苦痛・悲嘆・絶望あたりか。

 腹を縦に深く切り開いて内蔵を取り除き、空っぽの腹腔に切り落とした首を埋め込んである死体。両手はまるで赤子を守る母親のように大事そうに腹部に添えられている。

 一見綺麗だが、その実手足と首を切り離された後丁寧に縫い合わされ、五体満足に見せかけている死体。

 眼球が抉られ、耳が千切られ、鼻が削がれた挙げ句にそれらを福笑いのようにデタラメに配置した死体。よく見れば親指が有るべき場所に人差し指が繋ぎ合わされ、切り取られた舌が横に切り裂かれた喉の傷からハミ出ている。

 死体、死体、死体……。無法都市の死体安置所でも見ないような凄惨な光景だ。

 

(よくもここまで人間を玩具にして遊び尽くしたな)

 

 死体が一体一体丁寧に丁寧にガラスの棺に収められ、虚ろな視線を虚空に向けていた。

 しかも棺に収まっているにもかかわらず、死臭としか呼べない強烈なニオイが漂っている。

 強烈な血生臭さの中に腐敗物特有の微かな甘い匂いが香る。鼻孔から胸の奥へと入り込み、吸った息すら汚すような腐臭が強烈に現実感を駆り立てていた。

 ドクン、ドクンと響く心臓の音が早まっていく。緊張が増し、動悸が痛くなる。

 

「どう思う? 敵さんは悪趣味なオブジェをわかりやすく配置している。だがそれに何の意味がある? 脅しか? イミテーションに凝ったことをする」

 

 守善は努めて冷静であろうとして息を吐き、半ば気を紛らわせるために話題を振った。

 

「まず私から一つ。これ、本物です」

「馬鹿な、ありえん」

 

 木の葉天狗の断言を否定する。感情からの否定ではなく一応は守善なりの根拠もあった。

 

「ここはギルド管理の迷宮だ。イレギュラーエンカウントが出現していれば行方不明者が山程出ているはずだ。それを調べないはずがない。ここの主に成り代わってから潜り込んだのは十中八九俺が初めての筈だぞ」

「アンゴルモアです」

「なに?」

「あなたたちはそう呼んでるんでしょう。地上に奴らが現れた時、殺した人間を戦利品代わりに持ち帰ったんです」

「で、わざわざ飾りつけてライトアップとはご苦労なことだ。だがアンゴルモアは何年も前のはずだぞ? 新鮮なナマモノはとっくに寿命を迎えるはずだ」

()()()()()()()()()()。そうでしょう?」

「……ああ、そうだったな。忌々しい」

 

 全ての迷宮に共通する要素として季節・天気・時間帯が変化せず、持ち込んだ食べ物なども腐らないことが判明している。加えて熟練の冒険者達は年齢より若々しい傾向にあることから迷宮内部は時が止まっているという説が囁かれている。

 腹立たしいことに木の葉天狗の仮説を否定する材料はない。よく考えれば守善自身でも分かることだ。自身が冷静でないことを理解して一層忌々しさが募った。

 

「つまり自慢の作品を見せびらかしてるわけか」

「そういうことですね」

「俺とは趣味に合わんな。クレームを入れてやることにしよう。

「同意見です。とびきりキツイやつをくれてやりましょう」

「俺も気に入らねえな。こんな悪趣味な展示場に何時までもいたら目と鼻が腐らぁ」

「俺もだ。ふざけたやり口だ、気に食わん」

「兄者に同意だ。聖獣の端くれとしてこの有様は見逃せん」

 

 口々に不快を表明し、まだ見ぬ敵への敵意で団結を見せる一同。だがその熱は場に満ちる死の気配に冷やされ、どこか寒々しい。

 

「行くぞ、敵を探す」

 

 その後硝子の棺とその中身をひとしきり検分すると再び守善は森へ分け入った。

 

「あの、マスター?」

「どうした」

「恐らくですが、敵は――」

「分かってる。深い森にあるガラスの棺。この時点でだいぶ絞られるからな」

「分かっているならいいです。気をつけてくださいね」

 

 木の葉天狗の忠告に返ってきたのはただ沈黙だけだった。居た堪れない空気に一行は気まずげに顔を逸した。

 そのまま森に分け入り、道なき道を進んでいく中、鬱蒼とした森に微かにこだまする歌のような音の連なりが一行の耳に入る。。

 

「……何か、聞こえないか?」

 

 ハイ、ホー。ハイ、ホー。単純な調子の響きが延々と続く、調子外れの合唱歌だ。

 守善達以外の第三者の仕業、間違いなくイレギュラーエンカウント本体あるいはその眷属だろう。

 誰がどう見ても明らかな誘いだが、乗らない手はない。このまま逃げ回っても活路はないのだから。

 

「向こうからの招待状だ。準備はいいか?」

 

 最終確認に全員が諾と返した。

 そのまま不吉な響きの歌声が聞こえる方へ進んでいき……やがて森が開けた先にあったのは一軒の小さな家屋だ。

 牧歌的にすら見える光景だ――――家屋の周辺に無数の()()()肉塊が野ざらしになっているのを除けば。ガラスの棺という容器すら無い剥き出しの”死”そのものに一行の空気が張り詰める。

 

「ホン……ット悪趣味な真似をしますね、ここの主は。殺意が湧いてきます」

「確かに、芸風が変わったな。もっとタチが悪くなった」

 

 人型の原型すら残していない、生々しいピンク色の塊からテラテラとひっきりなしに赤い液体が染み出しては大地を汚していく。

 吐き気を催すほどに醜悪な光景に吐き捨てたのは木の葉天狗だ。それに軽口で応じた守善に不謹慎だと睨みつけた。

 

「そんなレベルじゃありません。()()()()()()()()()()()」 

 

 その言葉を聞いた守善の脳が一瞬理解を拒む。

 

(……人? ()()が?)

 

 最早生前の面影の欠片すらない、ただビクビクと脈打つだけの肉塊。手足を削いで生皮を剥いだ後に骨が砕け内臓が潰れるまで捏ね回したらようやく出来上がりそうな肉の塊だ。

 あの肉塊がまだ生きている? 悪夢のような冗談だ。一番の悪夢は目の前の光景が現実ということだが。

 

「どうやって? 何のために?」

「さあ? 私には理解出来ないし、したくもありません」

 

 つまり、己も敗北すれば()()なるのか、と。

 視覚と嗅覚を刺激する圧倒的なリアル。確かな実物は否応なく不吉な未来予想図を守善に抱かせ、悪寒のような恐怖が胸の内にズンとのしかかった。

 まるで子供の頃迷子になった時の心細さを百万倍に濃縮したような不安。フワフワと足元が頼りないのは恐怖で血の気が引いているからか。

 幼い頃に死別した父と母の顔が脳裏に浮かび、心細さから二人への呼びかけが口を衝いて出ようとし――、

 

(ふざけろ)

 

 その感傷を甘えと切り捨て、散々に踏みつける。

 命を賭けて迷宮に潜り、大金を稼ぐと決めたのだ。誰でもない自分自身の意志で。

 

(弱気で無能な守銭奴に価値はない)

 

 これでも人間の屑に分類されている自覚はあるのだ。

 どこまでもふてぶてしく、傲慢に。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……お出ましか」

 

 ハイ、ホ―。ハイ、ホ―と調子外れで楽しげな合唱がピタリと止み、小さな家屋の扉からイレギュラーエンカウントが()()()()()と顔を覗かせた。

 

 

 そこにいたのは悪意を強くにじませた邪悪な黒小人(ドワーフ)。それも一人ではなく、七人。七人の黒小人(ドワーフ)だ。ずんぐりむっくりの矮躯にふさふさの髭、トンガリ帽子から覗くつぶらな瞳はドス黒い悪意に塗れている。

 森の奥深くに有る小さな家に七人の黒小人。

 このシチュエーションに守善の脳裏にとあるお伽噺(フェアリーテイル)のタイトルが過ぎった。

 

「やや、人間だ」

「本当だ、人間だ」

「人間だ、人間だ!」

「嬉しいなあ、嬉しいなあ」

「人間のお客さんだ」

「久しぶりだなあ」

「大歓迎だ、もてなさなきゃ!」

 

 次から次に家屋から勢いよく飛び出してくる七人のドワーフ。まるで遊ぼう遊ぼうと声をかけながら外へ飛び出す子供のようだ。

 心の底から嬉しそうに、七人の黒小人(ドワーフ)は笑う。一見友好的なようで、その実自身の喜びしか見ていない笑みを。

 

「笑わせよう!」

「困らせよう!」

「泣かせよう!」

「指をもごう!」

「皮を剥ごう!」

「目を抉ろう!」

「鼻を削ごう!」

 

 まるで虫の手足をもぐ子どものような無邪気な笑み。だが同時に子どもにはありえない醜悪さに満ちている。

 守善達を無視して輪になって踊る黒小人達は嫌になるほど楽しそうだった。

 

「「「「「「「最後は解体(バラバラに)してみんなで山分けだ!」」」」」」」

 

 悪性と残忍さと嗜虐心と好奇心と無邪気さと嫌らしさ。

 その全てを人型にゴテゴテと塗りつけて極彩色に彩ったような醜悪さが極まった異形達。

 

「じゃあ僕は右手!」

「なら僕は左手だ!」

「ズルい、俺は頭!」

「僕は胴が欲しい!」

「心臓は僕が貰う!」

「両足はもーらい!」

「残り全部僕の物!」

 

 捕食者を前にした獲物ともまた違う気分だ。

 無邪気な子どもに思う存分(あそ)ばれる新しい玩具。そんな狂ったシチュエーションを味わえば少しは似たような気分が味わえるのかもしれない。

 

「「「「「「「 キ ャ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ! ! 」」」」」」」

 

 七人の小人が笑う。

 高らかに、残酷に。無邪気に、醜悪に。

 

 

「……だそうですよ。大人気ですね、マスターさん?」

 

 どことなく乾いた声での軽口だった。

 木の葉天狗も七人のドワーフ達が醸し出す狂気的な笑い声に飲まれているのだ。

 

「安心しろ。お前より先に俺が奴らの餌食になることだけはない」

 

 マスターにはカードのバリア機能があるので身も蓋もない事実だが、この場で口に出す話だろうか。

 抗議の意を込めてジト目で睨む木の葉天狗を守善は黙殺した。

 

「そこは大丈夫だ俺に任せろって根拠のない啖呵を切るところじゃないですか。ぶっちゃけ私ちょっとアレにヒイてます」

「ンな薄ら寒い台詞を恥ずかしげもなく言ってたまるか。自分でなんとかしろ」

 

 なんとか気を取り直して軽口を叩く木の葉天狗と守善。その口元には不敵に笑おうとして失敗した引きつりが浮かんでいる。

 

「一つ、朗報だ。七人のドワーフにガラスの棺とくれば該当する童話は一つしかない」

 

 敵が知れれば多少なりともその詳細が割れる。

 幸いにして守善はこのイレギュラーエンカウントについてそれなりに知っていた。

 眼前の醜悪な小人達を生み出した童話の名は――、

 

白雪姫(シュネーヴィッチェン)。グリム童話にも収録された、アホほど有名なお伽噺(フェアリーテイル)だ」

 

 白雪姫を助ける七人のドワーフ。童話に謳われる小人達の醜悪なカリカチュアがいま牙を剥いた。




【Tips】イレギュラーエンカウント
 全迷宮において常に一体しか存在しない特別なモンスター。本来の迷宮主を喰らい、それを知らずにやってきた冒険者を狩るという習性を持つ。戦闘力はその迷宮相応となるがスキルは弱体化しないこと、迷宮のランクを問わず完全ランダムに出現すること、一度最深部に足を踏み入れたらイレギュラーエンカウトを倒さなくては生きて帰れないことから、冒険者たちに畏れられている。
 迷宮もカード同様、高ランクほど数が少なくなるためイレギュラーエンカウントは主に低ランクの迷宮に現れる傾向がある。そのため、イレギュラーエンカウントの被害に会うのも新人が多くなるため、新人殺しの異名も持つ。
 なお、イレギュラーエンカウントのカード化に成功した例は報告されていない。

※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。


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第二十話 ”死”の気配――Irregular encounter――②

「一つ、朗報だ。七人のドワーフにガラスの棺とくれば該当する童話は一つしかない」

 

 敵が知れれば多少なりともその詳細が割れる。

 幸いにして守善はこのイレギュラーエンカウントについてそれなりに知っていた。

 眼前の醜悪な小人達を生み出した童話の名は――、

 

白雪姫(シュネーヴィッチェン)。グリム童話にも収録された、アホほど有名なおとぎ話(フェアリーテイル)だ」

 

 それこそが眼前のイレギュラーエンカウントを表す記号。

 だが疑問を抱いた木の葉天狗が問いかける。

 

「いや、肝心要の白雪姫がいないじゃないですか」

「それがこのイレギュラーエンカウントの特徴だ。奴らは迷宮のランクで敵の姿や数が変わる」

 

 白雪姫(シュネーヴィッチェン)

 守善が言った通りあらゆる童話の中で屈指の知名度を誇るおとぎ話だ。

 その最大の特徴は迷宮のランクによって出現する敵の数と種類が変わる特殊性。まるで『白雪姫』という物語そのものが襲いかかってくるような、他に例を見ないイレギュラーエンカウントである。

 Fランク迷宮で気配遮断と奇襲に長けた『猟師』が、Eランク迷宮では目の前にいる通り『七人のドワーフ』が出現する。

 ちなみにDランク迷宮で『魔法の鏡』、Cランク迷宮では『意地悪な王妃』が確認されているがいまは関係ないので詳細は割愛する。

 

「警戒しろ。奴ら、間抜けな見てくれと言動だが洒落にならない強敵だ」

 

 眼前の敵モンスター、七人のドワーフ。一体一体が自己バフ系のボス補正を受けたDランクモンスターに相当する強力なパワーとタフネスを誇る。加えて土属性に偏るものの中等攻撃魔法を使用可能。その基礎スペックは守善が従えるモンスター達を明確に上回る。

 だが第一に注意点として挙げるべきその特徴は――、

 

「「「「「「「さあ、楽しいアソビの始まりだ!」」」」」」」

 

 七人で一人と称されるほどの一糸乱れぬ精密な連携である。

 ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべ、隊列を組んで得物を構える七人のドワーフ。全員が全く同じタイミングで笑い、武器を構え、力を溜めている。薄気味悪いほどに息が合った挙動だった。

 

「迎え撃つ。俺の指示に従え。逆らうな」

 

 戦意を高め、決意を固め、それを言葉とし迎え撃つ姿勢を取る守善達。だが実のところこの戦いにおいて彼我の優劣は最初から決まっている。それも圧倒的に。

 

 まともに戦えば守善は一〇〇%敗北する。勝ち目はないと言い切っていいだろう。

 

 七人のドワーフを敵に回すに当たり、一番厄介な点は()()()()。その一言に尽きる。

 まず単純な頭数だ。そのまま文字通り七人のドワーフが、Eランク迷宮の召喚制限で最大五体(厳密には四枠)までしか召還できない守善に対して襲いかかる。

 更にボス補正を受けたドワーフ達は一体がDランクでも上位の戦闘力を誇る。守善が従えるモンスター達が多少鍛えられているとはいえ、その地力には如何ともし難い差があるのだ。

 加えて七人のドワーフは何らかのスキルが作用しているのか、異常なほど一糸乱れぬ連携を誇るという。

 つまり守善達は敵に対し数で負け、質で負け、連携で負けている。極めてシンプルに、率直に、明確にどうしようもない戦力差だ。

 

「……鴉、お前は戻れ」

「はあぁぁぁっ!? いまさら何を――」

「足手まといに用はない。邪魔だ」

 

 この強敵を前にしては、Eランクの木の葉天狗では戦力外。そうと判断し、抗議する木の葉天狗を無理やりカードに戻す。光とともに消えていく木の葉天狗は筆舌に尽くしがたい顔をしたが、守善はすぐにその存在を意識から切り捨てた。

 

「旦那よぉ、今のは流石の俺もどうかと思うぜ?」

「気を抜くなと言ったが? 集中しろ、さもなきゃ死ね」

 

 批判的な視線を向けるバーサーカーを冷たく切り捨て、眼前の悪妖精達へ向き直る。

 再三戦力計算を繰り返すが、やはりまともに戦っては勝ち目がない。

 

「負けてたまるか」

 

 故に。

 

「”勝つ”のは俺だ」

 

 勝つためにはその道理を力づくでひっくり返すしかない。例え何を踏みにじったとしても。

 守善はネジ曲がり、歪み、しかし断固とした決意を抱いた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 死闘が始まった。

 既にイレギュラーエンカウントと正面から接敵した以上、下手に逃げるのは上手くない。数、質、連携。全ての要素が不利と承知の上で敢えて迎え撃つことでまずは互いの戦力差を測る。

 

「防御重点。狛犬と獅子は前に上がって壁になれ」

 

 呼び出したモンスターが各々の返事を返す。

 七人のドワーフは気が狂ったように音程の外れた笑い声とともに斧、槌、鶴嘴等物騒かつバリエーション豊かな仕事道具を構えて突撃してくる。戦力に勝る以上力押しの正面突破が最も効率がいいと彼らは知っているのだ。

 加えて土属性の攻撃魔法でこちらに牽制とばかりに(ツブテ)を投擲してくる。

 土属性の初等攻撃魔法、ストーンバレット。握り拳大の礫を生成、射出するシンプルな攻撃魔法だ。

 タフな狛犬やバーサーカーは物ともしない牽制だが、ホムンクルスは話が別だ。一撃でも食らえば軽くないダメージを負う程度にはホムンクルスは脆い。

 

「モヤシ、駄犬どもを盾にナイフを投擲して牽制」

 

 ホムンクルスに向けて指示を飛ばす。

 タフな狛犬・獅子が前に出てその巨体をパーティーの盾とする。その隙間から的確に狙いを定めたスローイングナイフが一体のドワーフを襲うが、嘲笑とともに手にした得物で叩き落された。

 舌打ちを一つ。無いよりはマシだが敵のランクが上がってくるとスローイングナイフでは牽制にならないようだ。

 

「固まって迎撃。隣のフォローは欠かすな」

 

 ドワーフの足は遅い。距離を詰められるまでにせめて一体だけでも落とせれば最上だったが、いかんせん守善一行の遠距離攻撃はホムンクルスのスローイングナイフしかない。威力もラインナップも貧弱なのだ。

 遠間からの攻撃はほとんど意味がないと悟り、接近戦を選択。

 

「来るぞ――備えろ!!」

 

 敵ドワーフの一体が身体をぐるりとねじり、そのタメを開放する勢いに任せ遠間から手斧を投擲。轟風を巻き起こす勢いで横回転しながら迫りくる手斧を狛犬がその爪で弾き飛ばし、それが接近戦が始まる合図となった。

 

「「「「「「「「アハ、アハ、アハ……キャハハハッ!」」」」」」」

 

 狂ったような高笑いとともに得物を手に思い切りよく打ちかかってくるドワーフ達。その強烈な圧力を狛犬と獅子が身体を張って無理矢理に止める。

 戦力比率は当然不利。こちらの一体に対して二体以上が襲いかかる。加えて、一人一人の基礎戦闘力は向こうが上。

 守善を中心にモンスターたちが背中を補い合ってこそ何とか抵抗を続けているが、それも時間の問題だろう。十秒経過するごとに誰かに傷が増えていく、苦痛に食いしばる顔が引きつるのが見える。

 タフな狛犬と獅子が横っ腹に斧と鶴嘴を叩きつけられ、血飛沫が舞う。

 棍棒をスコップで打ち落としたバーサーカーが背後から中等攻撃魔法アーススピアースを食らう。

 ホムンクルスは直撃こそないものの、その身体には無数の擦過傷が刻まれていた。

 改めて見ると、本当にひどい戦力差だ。まるで暴力の濁流に飲み込まれた木っ端のような……。このままでは勝ち目がないことを嫌でも実感する。

 だが守善は絶望などしない。してたまるかと思った。

 

「お前ら――」

 

 眼前の敵を打ち倒す。()()()()()()()()()()()()

 もう一度決意を新たにする。それが間違った道だと知っていても、それ以外の道など知りはしないのだから。

 

「俺に従え」

 

 ()()と決めたら貫徹する鋼鉄の意思。それは守善の長所であり短所である、

 このままでは勝てないと悟った守善は躊躇なく響から課せられていた禁を破った。

 

「――ッ」

「グ、オォッ!」

「ぬ。マス、ター……!?」

「兄者、この感覚は!?」

 

 カードと心を繋げてその力を引き出す技術、リンク。その恩恵を十全に受けたカードは本来の力を引き出し、時に通常の倍近い戦闘力を誇るという。守善はそこまでの練度に到達していないが、カード達を一つの意思のもとに無理やり束ね、連携の練度を劇的に向上する恩恵を引き出すことが出来た。

 守善が無理やりカード達とリンクを繋いだ瞬間から、モンスター達の一挙一動が目に見えて変わる。

 

「オマエら、()()()? オカシイ、オカシイぞ!?」

 

 リーダー格だろうか。いつも真っ先に叫んでいた一体のドワーフが困惑を顕にする。だがそれも無理はない。

 より早く、より鋭く。

 まるで一つの頭脳に制御された複数の手足が互いの隙を埋めるような見事な連携だ。

 ホムンクルスが押されればバーサーカーが纏わりつくドワーフを棍棒で吹き飛ばし、バーサーカーが晒した隙を狙った斧の一撃を獅子がカットイン。その頑強な肉体を盾として防ぐ。

 隙を狙ってマスターへのダイレクトアタックを狙えば、残る狛犬が体を張って時間を稼ぐ。そのロスタイムを使い、隙を見出したホムンクルスが急所を狙った鋭い一撃で迫るドワーフを追い払った。

 暴挙によって成し遂げた高度すぎる連携行動により最適解を出し続ける。その恩恵で守善たちはドワーフ達の猛攻と拮抗していた。

 右手と左手が互いを邪魔することなどありえない。そんな練度の連携によって七人のドワーフという連携の怪物たちへ食い下がる。

 

「待て、旦那! こいつはマズ――」

「ある、じ……」

 

 ただしカード達の意思を無視して行われる()()は、多大なストレスとなってカードに襲いかかった。

 彼らの負担を顧みないハイ・パフォーマンス。その代償は多大なる肉体的・精神的な苦痛。甚大な負担が襲いかかったモンスター達は一様に苦悶の声を漏らした。

 

「黙れ。喋るな。気が散る――”道具”はただ俺に従え」

 

 最も付き合いの長いホムンクルスとバーサーカーの懇願すら切り捨てる。

 僅かでも確かに心を交わしたカード達からの悲鳴を、自身の胸に去来する痛みと罪悪感を一切合切踏み潰し、能面のような無表情で守善はただ”勝ち”に行く。

 ()()()()と知った上で()()したのだ。

 最早彼らの信頼を取り戻す術はなく、許しを請う権利はもっとない。ただ勝利を目指して手を打つことのみが守善に許された権利だった。

 

(集中しろ、俺自身が心を乱してどうする――!!)

 

 結局のところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分を信じられない者が他人を信用出来るはずがない。だから何でも一人でやろうとする。そして臆病で自信がないからこそ偏執的なまでに情報を集め、事前に対策し、勝つための手順を幾重にも整えてから戦端を開く。

 意志を持つカード達もまた道具に過ぎないとせせら笑い、自分一人で迷宮攻略など十分だとうそぶき――――そして、失敗した。カードに情を懐き、慮り、中途半端に対応した。

 なんたる無様か。やるんなら徹底的に? 寝言は寝て言え。赤子がぐずるよりみっともない威勢だけの啖呵に何の価値があるのかと自身を罵倒する守善。

 

(この一ヶ月は結局、無意味。ただの回り道だった、か……)

 

 切り捨てよう、忘れようと守善は思った。

 己が愚かだった。間違っていたのだ。カードに情を抱くなどあやまちだった。意味など無かった。

 何故ならほら、情を捨てカードを道具と割り切ったいまの己はこんなにも強いのだから――。

 

「「「「「「「ン……、ク。ガ、ア、アアァァ――!! 何だ、オマエはアアァ!?」」」」」」」

 

 ドワーフ達が高まり続ける圧力に疑問と不快を込めた叫びを上げる。

 埋まらない胸の空虚。一秒ごとに増していく虚しさに比例するように、守善のリンクの腕前は加速度的に上達していく。死地に追い込まれた守善の素質が開花し、爆発的な成長を促していく。

 リンクの第二段階、シンクロ。マスターとカードの境界を取り払うことで、バリア機能に使われているエネルギーをカードの強化に回すことが出来る。いや、本来の力を取り戻すと言ったほうが正確か。

 いまだ拙いものだが、守善はカード達を支配(シンクロ)することでその潜在能力を引き出すことに成功していた。

 形勢が徐々に、徐々に守善たちへとひっくり返っていく。圧倒的不利が少しずつただの不利へと変わっていく。それでもまだ配色は濃厚だったが、

 

「「「「「「「オマエ……嫌い! 消えろ!」」」」」」」

 

 しぶとく抗い続ける獲物に残酷で我慢を知らないイレギュラーエンカウントが焦れたのか、攻勢の圧力が増した。さながら目の前を飛ぶ蝿や蚊を鬱陶しげに振り払うように。

 七体全員で一斉になりふり構わない前進攻勢。強烈な勢いの利いた突撃だが、荒々しく隙が大きい。一言で言えば雑な突撃だ。

 

(好機(チャンス)――!)

 

 その勢いを守善は巧みに()()()

 ドワーフ六体を狛犬・獅子とホムンクルスを使ってほんの数秒保てばいいと無理やり押し留める。そして残り一体のドワーフにかける防御を敢えて弱め、他のドワーフを弾き出すことで突出させたのだ。

 一体だけ孤立したドワーフの眼前に予め配置したバーサーカーが肉厚の棍棒を構え、殴打(スイング)の準備を整えている。

 

「叩き潰せ、バーサーカー!!」

「――おうよ!!」

 

 我慢して我慢してようやく手繰り寄せた勝機のひと欠片を前に、守善の目に凶悪な光が宿る。

 一方のバーサーカーも鞭で叩くようにして従えられる現状に思う所はあれど、凶悪というも生温い死神を相手にしたこの一戦ばかりは否も応もない。

 思い切り身体を螺子(ネジ)り、力をタメにタメたバーサーカーが丸太のような太さの棍棒を全力で振り切る(フルスイング)

 組み合わせるスキルは《武術》+《物理強化》+《恵体豪打》+《強振 (フルスイング)》。シナジーが利いたスキルを組み合わせることで威力は爆発的に上昇していく。

 一撃の威力ならばDランクモンスター最強クラス。その評価は伊達ではない。イレギュラーエンカウントと言えど大ダメージを免れない必殺の一撃が容赦なくその矮躯へと向けられる。

 

 

 直撃の瞬間、()()()()()音がした。

 

 巨人の拳をそのまま叩きつけたような、大気を震わすほどの強烈な打撃。

 まるでバックスクリーンを超えて飛んでいくホームランボールのような。バーサーカーが繰り出す渾身の一撃を食らった黒こびとが、冗談のような勢いで宙を飛ぶ。ボキボキと骨がへし折れる生々しく鈍い音がはっきりと守善の耳に届いた。

 

「「「「「「あ、あ……あああアアアァァ――!?」」」」」」」

 

 痛打を食らった仲間が自分たちの頭上を超えて吹き飛んでいくのを見て、他のドワーフ達は怒りと困惑が混ざった叫びを上げる。

 

「よし――」

 

 まだまだ勝利まで遠くとも、その契機に相応しい確かな成果だった。

 勝てる、まだ終わっていないと守善の胸に希望の光が宿る。モンスター達もまた強敵が吹き飛ぶ爽快な光景に士気が上昇した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 百獣の王ライオンだろうが、百戦百勝の戦巧者だろうが隙を晒さずにいられない瞬間がある。

 強い焦りと絶望的な苦境、それをひっくり返す希望の萌芽が芽生える瞬間。あるいは獲物を仕留めたことを確信した刹那。どれほど残心を極めようが、その一瞬だけは絶対に油断から逃れられない。

 その隙を見事に狙い打たれた。

 

 

 

「!?」

 

 (ダン)、と矢が突き立つ音が響く。守善を守るバリアを一発の弓矢が強かに射抜いたのだ。

 守善自身はバリアに守られ、衝撃で弾き飛ばされたものの傷一つ無い。だがその分のダメージはモンスター達が肩代わりし、血飛沫が宙を舞った。

 

「ぐ、ぎ……ぃっ!」

 

 守善の最も近くにいたバーサーカーが僅かに苦悶の声を漏らす。その右肩にはジワリと急速に赤い染みが広がる矢傷があった。ダメージを負ったのはバーサーカーだけではない。他のモンスター達も同様の場所に傷を追っていた。バリア機能によるダメージのフィードバックだ。

 

「クソがぁ!」

 

 全員の戦闘能力が大幅に低下する、無視できない大ダメージだ。

 一瞬の油断で形勢が一気に悪化した。その事実に悲鳴のような悪態をつく。

 

『――――』

 

 矢傷を与えた狙撃手は静かに息を整え、二の矢を番える。そして次の機を待った。

 狙撃手の正体は森の木立の陰に隠れ、気配遮断スキルで身を隠し、静かに弓矢で守善を狙っていた『猟師』。この瞬間、守善の意識の外にあった()()()のイレギュラーエンカウントだ。

 

 イレギュラーエンカウント、『白雪姫』は迷宮のランクによって出現する敵の姿と数を変える。その言葉に何一つとして嘘はない。

 

 迷宮のランクが上昇するごとにより上位のモンスターが解禁され、下位のモンスターを従えて冒険者へ襲いかかるのだ。より上位の迷宮で『白雪姫』と遭遇すれば、『魔法の鏡』や『意地悪な王妃』が『七人のドワーフ』、『猟師』を配下に従え、牙を剥くだろう。さながら『白雪姫』という物語そのものが敵に回ったかのように。

 その特性を勤勉な守善が知らなかったはずがない。出来る限り周囲に目を配り、警戒していた。それでも上をいかれた。結果だけ言えばただそれだけの話だ。

 

(木の葉天狗(あいつ)がいればこんな無様は――馬鹿か俺は!?)

 

 一瞬だけ後悔がよぎり、すぐにそれを打ち消した。自分で戦力外と断じたのだろうにみっともないにもほどが有ると。

 切り捨てたはずの足手まといに頼った。動揺に次ぐ動揺が魔法(リンク)を解いてしまった。

 守善が従えるモンスターたちに最早先程までの高度な連携行動は望めまい。加えて動揺から隙を晒したいまこの瞬間、本来ならイレギュラーエンカウントにとって攻め入る絶好の機会だった。

 だが悪意味に満ちた黒こびど達は敢えてその隙を見逃した。どこかコミカルな仕草で吹き飛ばされた仲間の元へ駆け寄ることを優先した。だがそれは仲間へ向ける友愛などでは断じて無い。

 悪意だ。守善をより深い絶望に叩き込むための、底すら無い悪意。

 

「大丈夫か!?」

「大丈夫さ!!」

「しっかりしろ!!」

「なあにこの程度!」

「僕らにかかれば」

「ヘッチャラさ!!」

 

 深手を負った仲間をいたわるべき場面だというのに、どこか悪ふざけめいた激励だった。その異様さに守善の視線が引きつけられるほどに。

 嫌な予感を裏付けるかのように視線の先にいるドワーフ達の顔には吹き出すのを必死に堪えているような笑みがある。

 

(確かにブチ殺した。棍棒にも手応えはあった。一体何を――?)

 

 リンクを通じ、バーサーカーの五感を感じ取った守善は確信する。

 あのフルスイングは正しく必殺。まともにくらえばイレギュラーエンカウントだろうと瀕死確定の一撃だと。()()()()と骨が折れ砕ける嫌な感触もしっかりと手に残っている。

 だが、

 

「ウ、ウーン。痛カったゾぉ!」

 

 次の瞬間、仲間たちから激励を受けたドワーフが起き上がった。深手を負った身でありながら()()()とした顔つきで、何事もなかったかのように。

 仲間から騒々しくも寒々しい激励の声がかけられ、あっさりと立ち上がる。その動作は滑らかで、到底負傷の影響を感じさせない。

 

「な……ぁ――っ!?」

 

 ふざけるな、と叫びそうになるのをなんとかこらえる。

 間違いなく渾身のフルスイングで身体中の骨をバキバキにぶち折ったはずなのだ。それが数十秒と経たない内に無傷に見えるほどに回復するというのは考えられない。回復魔法を使った素振りすらない。

 絶対にありえない、なにかタネがあるはずだと守善の理性が叫ぶ。イレギュラーエンカウントと言えどEランク迷宮に出る程度のモンスターがそこまで理不尽なタフさや再生力を持つはずがない。

 だがどんなタネがあろうと、肝心要のそのカラクリを見破れなければ敵の不死身は破れないのと同義。

 その瞬間、守善の心がへし折れた。ただでさえ薄い勝ち目が一気に消え去った。やっとの思いで与えた傷が何の意味もなかった、という事実は闘志をくじくには十分だ。

 

「まだ、だ。まだ……!」

 

 モンスター達に戦闘態勢を取らせる空元気は残っているが、その意識は()()ことではなく()()()()ことに傾いている。求める結果は同じでも、モチベーションは全く違う。それを示すようにリンクが解けたモンスターたちの動きは鈍い。

 そのザマを見た黒こびとは満面の笑みを浮かべた。心の底から楽しそうに、無邪気な笑みを。

 

「「「「「「「キャハァッ♪」」」」」」」

 

 その笑みに守善は絶望を見る。

 あとはもう嬲り殺しも同然だった。それから守善達が数十秒間持ちこたえたのは彼らの功績ではない。

 邪悪にねじまがったお伽噺の黒こびとが存分にいたぶり、守善が従えるモンスターたちを弱らせていったからだ。敢えて弱点であるマスターを狙わず、鎧を一枚一枚剥ぐような嗜虐性を見せながら。

 そして弱ったモンスターを守善の元へ一ヶ所にまとめるように追い詰めると遊び飽きたおもちゃを処分するように最大威力の魔法を解き放つ。

 メテオという高等攻撃魔法がある。宇宙に繋ぐ空間門(ゲート)を開き、流星群を呼び寄せて爆撃する大魔法だ。

 もちろんそんな器用かつ高等な魔法を黒こびと達は使えない。

 だが流星群ではなく、ただ一発の流星を擬似的に再現した劣化攻撃魔法を撃ち放つことは可能だ。

 大きな岩塊を生成し、ベクトルを込めて撃ち放つ中等攻撃魔法ロックカノン。

 それを全員で一糸乱れぬ連携でもって、七人で一つの魔法を行使。七体で力を合わせて直径十メートルオーバーの超巨大な弾丸を生成、上空から高速で射出するロックカノンの強化拡大バージョン。極めてシンプルな質量攻撃だ。

 

 

 それはさながら天から降る隕石墜落(メテオストライク)。視覚的インパクトで言えば、()()()()()()()()()()()ようなもの。無防備に食らえばBランクモンスターですら不覚を取りかねない、ほぼ全ての低ランク冒険者にとって文字通りの必殺だ。

 

「「「「「「「キャハ、キャハ、キャハ!」」」」」」」

 

 最早こらえきれないとばかりのせせら笑いはやがて大笑に。

 見せつけるように天空に保持した大質量を、七人の黒こびとはあっさりと振り下ろす。

 

「「「「「「「キ ャ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ! !」」」」」」」

 

 あざ笑う声は天まで届くように高らかに。

 天から降りきたる絶望の具現が守善の視界を闇に染めた。真っ暗な視界の隅にはフラフラと立ち上がり、抗うように咆哮を上げる狛犬と獅子の姿。

 一瞬後、轟音と衝撃が弾ける。

 

 

 爆発的な勢いで舞い散る粉塵が晴れ、魔法で生み出された大岩塊が消えていくとクレーターの底に大量の血痕が残っていた。

 




【Tips】テレパスとシンクロ
 マスターとカード間の感覚や感情を共有する技術をリンクの中でもテレパスという。テレパスはリンクの初歩中の初歩の技術であるが、これをさらに深化させることにより感情や感覚だけでなくマスター本人の意識そのものまでカードに乗せることができるようになる。これが、リンクの第二段階——シンクロである。
 マスターとカードが同一化を果たすことにより、マスターは自分を守るバリアからカードへとエネルギーを回せるようになる。これにより通常はバリアの維持により半分程度の出力しか出せていないモンスターが、本来の力を発揮できるようになる。
 初歩にして奥義となる技術。テレパスとシンクロを極めれば他のリンクは不要と言う冒険者もいる。

※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。

【Tips】中等攻撃魔法(地)
 本作独自設定。
 七人のドワーフが所有するスキルの一つ。
 原作において中等攻撃魔法を所有するモンスターは一通りの属性別攻撃魔法を使用できると推測されるが、上記スキルの持ち主は地属性系統に限定して中等攻撃魔法を使用できる。
 また、属性別のバリエーションが存在する。
 追記:ストーンバレット、ロックカノンなどは本作オリジナル魔法。

【Tips】疑似メテオ
 本作独自魔法。使用可能なモンスターは七人のドワーフのみであり、そのため正式名称はない。
 七人のドワーフが一致協力して作り上げた巨大な岩石を天から高速で撃ち放つ質量攻撃。
 その威力は中等攻撃魔法以上高等魔法以下。低ランク冒険者が従えるモンスターが喰らえば大抵死ぬ。Cランクモンスターでも割と死ぬ。Bランクモンスターでも当たり所次第で危うい。
 使用には相応の溜めと安全な距離が必要だが、それらを犠牲にして早打ちも可能。


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第二十一話 腕じゃなく心

 疑似メテオ、天から降る鉄槌が炸裂したクレーターから離れた場所。森の奥の暗がり、茨と藪に覆われた死角があった。

 そこに身を潜める者たちがいた。疑似メテオの大質量が大地を割った衝撃に吹き出す土煙に紛れ、命からがら逃げ出してきた者達が。

 

「ハァ……ッ! ハァ……ッ! ハァ……ッ!」

 

 マスター・堂島守善と彼を運び最速で離脱したホムンクルス、彼らを先導する木の葉天狗。

 特に守善はゼイゼイと息を荒げ、死地をギリギリで切り抜けた安堵に束の間浸っている。

 

(疑似メテオ、狛犬と獅子に庇われなければ即死だった)

 

 ギリギリで免れた死の実感が背筋を走り、ブルリと震える。

 紙一重だった。全スキルを活用した狛犬と獅子が身体を張って隕石を受け止め、ほんの僅かに軌道をそらした。その御蔭で直撃を免れ、少しでも距離を取ろうとホムンクルスに担がれていた守善達は衝撃に吹き飛ばされるだけで済んだ。そしていちはやく立ち直ると土煙に紛れバーサーカーや狛犬らをカードに戻し、ホムンクルスが守善を連れその場から離脱を図ったのだ。木の葉天狗を先導役として。

 

「……ポーションだ。いまは少しでも身体を休めろ」

「礼は言わんぞ」

「仕事はした。今は休ませてもらう」

 

 再び召喚した彼らに背嚢から取り出したミドルポーションを与え、回復を促す。そして少しでも回復を早めるためにまたカードに戻した。その際に二匹から刺々しい視線を向けられたが、リンクにより無理やり従わせたことを考えれば甘んじて受けるべきものだった。

 骨折や裂傷くらいならば一瞬で治すミドルポーションだが、ドワーフ達に与えられた傷は見るからに深い。全身から溢れ出す血は滝のようで、手足は痛々しく捻れていた。時間を置いた所で果たしてどれだけ回復するか。

 狛犬や獅子だけではない。バーサーカーやホムンクルスの手傷も決して浅くない。彼らにもミドルポーションを渡し、傷を癒やすように命じた。

 あとはできる限り体勢を整えるための時間が過ぎ去るのを祈るのみ。力なく地面に座り込んだ守善は片手で頭を抱え込み、この窮地から逃れるために必死で頭を働かせる。

 だが当然魔法のような都合のいいアイデアなど浮かぶはずがない。噛み締めた唇が切れ、握りしめた拳に爪が食い込んで血が滲む。焦燥が顔に現れていた。

 

「これからだ、これからもっと金を稼げるはずだったんだ……! ああクソ、どうする。どうすれば――」

「マスター、あなたは……」

 

 怨念すら込めて金、金とつぶやき続ける姿に絶句する木の葉天狗。

 この土壇場に及んでも金に執着する精神を彼女は理解出来なかった。

 

(カネ)(カネ)(カネ)といい加減にしてください! 命より金が大切なんですか!?」

 

 怒気を込めて思い切り叱りつけた木の葉天狗に向けて、守善もまた血走った目で彼女を睨みつける。

 火花が散るような睨み合い。これまでのようなお遊びじみた衝突ではない。本気のぶつかり合いだ。

 

「言うさ、金があれば命だって買えるからな!」

「何を――そんな訳が無いでしょうが!!」

「何故だ!? 事実だろうが! ()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 売り言葉に買い言葉。守善は激情に釣られて思わず胸の内に秘めていた激情を吐き出した。これまでだれ一人明かすことなく秘め続けていた事情とともに。

 だがすぐにチッと舌打ちして目を伏せた。喋りすぎた、と思ったのかもしれない。感情を隠さない守善に木の葉天狗もセンシティブな領域に触れたことを悟った。

 

「……事故ですか? それとも病気で?」

 

 そうと察した木の葉天狗の問いかけは静かで、率直だった。不思議と嫌な感じはしない。半分自棄になっていた守善は毒を食らわば皿までと全ての事情をぶちまける。これを話すのはこいつが初めてだな、と頭の片隅で思いながら。

 

「親父、お袋、妹に俺。ガキの頃、家族揃って事故に遭った。俺が生き残ったのはただの運だ。両親は即死。妹はいまも植物状態で病院で眠ってる」

 

 両親はどうしようもなかった、と守善は語る。死を覆す術をいまだ人類は手にしていない。おそらくはこれからも手にすることはないだろう。

 そして植物状態の患者を治療する治療法もまた現代医学では確立されていない。

 

「それでも妹は治せたはずなんだ。金さえあれば」

 

 右手で拳を作り、見えない(イノチ)を握りしめるように強く強く力を籠める。

 金、と一言呟く木の葉天狗。

 ただ二文字の単語にこれまでとは全く違う響きを帯びていた。目の前のマスターにとって、金はただの通貨ではなく、妹を助けるための命綱そのものだったのだろう。

 

「ポーションやアムリタ。ダンジョンから手に入るアイテムで医療水準は上がった。けど俺たちみたいな庶民の手に入るのはほんのお零れだ。奇跡を起こしたければ大金が要る。そんな金はどこをひっくり返してもなかった」

 

 ダンジョン産のアイテムは現代医学とは全く異なるアプローチで確かな成果をもたらした。

 原理も理屈も一切不明。だが現実として迷宮産のアイテムを用いた治療は奇跡としか言えない成果を上げたのだ。

 あらゆる傷や病を癒し、一歳ほど若返るアムリタ。万病を癒し寿命を十年延ばすエリクサー、最高の美酒であり呑めば十年年を取らないソーマ酒、飲めば不老長寿となる仙丹等々。

 当然これら奇跡のアイテムを手に入れるためには見たこともないような大金が必要だ。かつてオークションにかけられた仙丹には十兆円の値が付いたという。

 そのドロップ率の低さを考えれば、最低でも億単位の金を積み上げてようやく届く()()()()()()。世界中の富豪が順番待ちをしていることを考えればそれでも足りずともおかしくない。

 

「サラリーマンの生涯年収程度じゃ治療には全く足りないらしい。金が要る。見たこともない大金が。だから俺は冒険者になった」

 

 命をチップにすれば就業のハードルが比較的低く、最も大金が稼ぎやすい職業である冒険者は守善の望みと合致していた。何より自分の手でそれらレアアイテムを入手した際に自分の裁量で扱えるのは大きい。

 だからこそ妥協無くバイトで金を稼ぎ、冒険者として成り上がるための準備をこなし続けた。

 そうして血と汗を滲ませて積み上げた努力の全てが、イレギュラーエンカウントという理不尽に奪われようとしている。そう思えば多少の狂乱はむしろ当然と思えた。

 

(そっか、この人は……怖がりなんだ。だから自分から目を塞いで、差し伸べられる手を払いのけて懐に入れようとしない)

 

 守善/妹(誰か)を守りたいという意思と理不尽への負けん気。

 守善と木の葉天狗、二人に共通する感情の揺れをカギとして僅かにリンクが繋がる。その繋がりからわずかに零れ落ちる感情(モノ)があった。

 堂島守善を構成する要素。金銭欲と傲慢で排他的な振る舞いの裏にあるものの正体を木の葉天狗は理解する。

 金銭への執着は妹の位置を救う決意の裏返しであり、排他的でカードを道具と呼んで憚らない精神性は失うことを恐れるからこそ。得るものが無ければ失うことはない。だからこそ先んじて威嚇し、遠ざけてしまう。

 

(私はこの人に何をしてあげられる?)

 

 あまりに不器用すぎるその姿に木の葉天狗の胸がギュッと締め付けられ、()()()()()()()

 叱咤したいのか、慰めたいのか。最早彼女自身にも分からなかった。

 

(俺は、何をしている? こんな無駄話で時間を潰して……)

 

 他方、守善もまたらしくない自分に動揺していた。

 リンクを通じて伝わる木の葉天狗からの労りの念。家族を亡くしてから十数年来受けた覚えのない純粋な優しさ。こんな感情を向けられるいわれはなく、ひたすらに困惑していた。

 

「「お前は/あなたは――」」

 

 湧き起こる衝動のまま互いに思いをぶつけ合おう(傷つけ合おう)とした瞬間――、

 

「いや、落ち着けや。どっちも」

 

 敢えて空気を無視したバーサーカーが二人の頭部を強烈なデコピンでふっ飛ばし、カットインに入った。実は一行の中で最もクレバーなのでは、という疑惑があるキチガイ熊モドキはこれ以上ややこしくなる前に強制的に場をリセットしたのだ。

 衝撃にジンジンと痛む頭を抱え、二人はバーサーカーに怒りを向けた。

 

「なにするんですか熊さん!? いま私めちゃくちゃシリアスな場面でしたよね! こう、なんかこう……!!」

「待て、そもそも何故マスターにデコピンできる!?」

 

 色々な意味で常識知らずな上にありえないルール破りなその振る舞いに、二人揃って文句を付ける。特にモンスターはマスターを傷つけられないという絶対のルールをあっさり破られた守善はかなり真剣だ。

 

「どーでもいいだろそんなこと」

「「どうでもよくない/ねーよ!!」」

 

 二人の抗議と疑問を一言でぶん投げるバーサーカー。相も変わらずフリーダムなモンスターだった。

 

「いまはイレギュラーエンカウントをなんとかするのが先だろ。痴話喧嘩は後にしろ、後に」

 

 この野郎、と鬱屈した念を込めた視線を向ける二人だがバーサーカーの分厚い面の皮に弾かれる。

 ふざけた言い草に大いに文句がある二人だったが、結局は黙った。諍いで時間を無駄にしている余裕はないという言葉が正論だったからだ。

 

「……だが奴らにどうやって勝つ? 全員揃ってボロボロだ。状況は戦う前よりもさらに悪いぞ」

 

 自嘲と絶望、自暴自棄な感情が入り混じった反問だった。

 半ば諦めが入った問いかけに、バーサーカーは迷いなく答える。

 

「あるぜ」

「……本当か?」

 

 猜疑心と、もしかしたらという期待。相反する感情を揺らしながら問いかける守善。

 

「おうよ――リンクだ」

「は……?」

 

 予想外の回答に、疑問の意を込めて呟きを零す。リンク……響に禁じられた技術に手を出して惨敗を喫した直後である。混乱するのも当然だった。 

 

「馬鹿言え。さっきボロ負けしたのをもう忘れたのか」

「忘れるか。っつーか一言文句言わせろや。()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 反論しようと口を開いた守善を怒りを込めた視線で黙らせる。

 さっきまでの戦闘で守善が使った無茶なリンクの使い方に、バーサーカーもまた怒っていた。ただその怒りは守善が想像するものとは全く違っていた。

 守善が思っているほどバーサーカーは己のマスターに失望していなかった。そもそもリンクで繋がっていた以上、あの時の守善が感じていたカードへの罪悪感などお見通しだ。面倒くさい、困ったマスターだと呆れはしても失望には至らない。

 

「テメェ一人で抱え込んで何でもかんでもこっちを従わせようとしやがる。効率が悪いったらありゃしねえ。あんなんじゃ俺たちの力を二割も引き出せねーぞ、断言してもいい」

「なら、どうしろと? いますぐ腕を上げろと言われても無理なものは無理だ」

 

 己が未熟というなら改善する気概はある。だがいますぐどうこうしろと言うのは現実的ではない。

 

「違う。これは(テク)じゃねえ、(メンタル)の話だ」

「……回りくどい。はっきり言え」

「俺たちを信じて、任せられるところは任せろ。なにも一から十まであんたが支配(シンクロ)する必要はどこにもねぇんだ」

 

 簡にして単、端的に核心を突く。

 バーサーカーが見るところ、堂島守善の最大の欠陥はそこだ。結局のところ、他者――モンスターを信用できない。だから危地にあって地金が出ると、他者に任せられずなんでも自分でやろうとする。結果として自身が処理できるキャパシティをオーバーし、無理が生じる。

 さっきまでのリンクも戦力の向上という点では好調に見えたかも知れない。だが実際はモンスター達に心を開き、息を合わせればもっと負担なく、スムーズに力を引き出せたはずだ。

 ごく一般的な話として、一人でやるよりも複数で協力した方が効率がいいことは歴史が証明している。人とは群れ(ファミリー)で行動し、そのポテンシャルを引き出す生命なのだから。

 

「信じろ? 馬鹿馬鹿しい。俺に道具(おまえら)と友達ごっこをしろとでも!? お前らも俺を見限っただろう! いまさらそんな中途半端な真似ができるか!!」

 

 だが守善にはそれが分からない。

 幼少期の不幸により家族を失い、残された家族を救うためにひた走った生涯がその性格形成に深刻な影響を及ぼしたのだろう。

 不幸を糧に守善は強い家族愛とストイックな上昇欲求、けして意志を曲げない断固たる決意(デターミネーション)を手に入れた。その代償に協調性や常識、妥協することを学び損ねたのだ。それこそが堂島守善の欠陥にして宿痾。

 妥協とは言い換えれば柔軟な方針転換だ。悪い方向に頑なとなり、自分の目を塞ぐいまの守善に必要なものだった。

 

「だからこそだ、馬鹿マスター。中途半端なのはむしろあんたの方だぜ。みっともないったらありゃしねぇ」

 

 故にバーサーカーは躊躇せずキツい言葉で守善を強かに打ち付ける。いまのマスターに必要なのは甘い慰めなどではないと確信して。

 

「前も言ったが、俺たちを道具扱いするのはいいさ。カードってのはそういうもんだ。だがよ――」

 

 一拍の間を空けて、言葉を続けた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 カードを道具扱いすることと、道具(カード)を信頼することは矛盾しない。いいや、迷宮攻略が命懸けである前提を踏まえれば、むしろ必須ですらある。バーサーカーは全てを言葉にせずともそう語っていた。

 正論だ。少なくとも咄嗟に論理的な反論は思いつかない。自身の誤りを予想もしない相手から突きつけられ、守善が動揺する。

 

「それは、……」

 

 言葉に詰まり、沈黙に逃げる守善。

 その沈黙を衝くようにバーサーカーは言葉を続けた。

 

「道具だろうが仲間だろうがカードはマスターの命綱だ。一度迷宮に潜ればマスターの頼みはカード一つ。なら百のうち百信じろ。出来ないなら潜るな。お遊びじゃないならな」

 

 それは痛烈な皮肉であり、批判であり、諫言だった。

 守善に遊びのつもりは一欠片もなかった。これまでの迷宮攻略では常に全力だった。

 だがそれでもまだ足りないのだとバーサーカーは言う。そしてそれはマスターの意志一つで変えられるものだと、変わらなければならないのだと。このまま変わらなければ死ぬだけだと、無言の内に語りかける。

 

「…………………………………………」

 

 沈黙が続く。

 俺たちを信じろ、信じて任せろとバーサーカーは言う。その方が効率がいいと、感情ではなく理屈立てて、守善にも受け入れられるように。

 守善も頭ではバーサーカーの言葉が正しいと理解している、だが心が受け入れられない。長年の習性で染み付いた思考のクセはそう簡単に消えはしない。堂島守善にとって誰かを信じるということは0を1にするかの如き一大決心。精神のコペルニクス的転換に等しい難行なのだ。いざ踏み出してみれば簡単で、しかし踏み出すまでが遠い。そんな行為だ。

 

(まあ、だろうな)

 

 と、その様を見て内心だけで頷くバーサーカー。

 なにを言うかよりも誰が言うかの方が重要な場面はしばしばある。()()()()だ。守善のカードとして多少なり気心の知れた間柄になったが、その程度では足りない。バーサーカーでは守善の心を動かせない。バーサーカー自身がその事実をよく知っていた。

 だからこそ、

 

「お前はどう思う? 鴉よ」

 

 あとはできる奴に任せよう、とバーサーカーは木の葉天狗に向け、唐突にキラーパスを放った。




【Tips】呪いのカード
 原作にも登場する特殊なカード。通常のカードと仕様が異なる規格外品。
 迷宮の外でも一部スキルを使用できる、マスターへ危害を加えたり、影響を及ぼすことができるなど既存の常識を打ち壊す存在。実体があやふやな噂話としてのみ語られる未確認情報。
 なお本作ではバーサーカーが呪いのカードに該当する。
 ※原作を読んだ作者による要約です。正確な詳細は原作を参照してください。


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第二十ニ話 お金じゃ買えない価値がある

「お前はどう思う? 鴉よ」

 

 あとはできる奴に任せよう、とバーサーカーは木の葉天狗に向け、唐突にキラーパスを放った。

 話の主導権を取られ、所在なさげに浮遊していたところに突然話を振られた木の葉天狗は当然焦る。

 

「ちょ……っ! この空気でいきなり私に振るんですか!?」

「おうよ、振る。()()()()()()、違うか?」

「――――!?」

 

 ジィ……ッと意味ありげな視線を木の葉天狗に向け、アイコンタクトするバーサーカー。

 天の邪鬼で意地っ張りなひねくれ者。守善と木の葉天狗、似た者同士である二人はだからこそ反発し、だからこそ誰よりも息が合った。

 なにを言うかよりも誰が言うかが要訣だとするのなら。あるいは守善と最も心を通わせた木の葉天狗ならばその心を動かす()()になれるかもしれない。そんな期待が籠もった視線だった。

 

(また空気を読まずに無茶振りを……。いえ、むしろ空気を読んだからこそからかもしれませんが)

 

 いいだろう、と密かに心を決める木の葉天狗。

 この無闇にプライドばかり高く意地っ張りなマスターの心を解きほぐせるか、正直全く自信はない。

 それでも……できるだけの言葉を届けようと木の葉天狗は思う。こんなところで死んでほしくないと心の底から思う程度には、彼女は彼のことを気に入っていたから。

 

「ハアアァ……」

 

 張り詰めた空気を緩めるために、木の葉天狗は敢えて呆れたように大きくため息を一つ吐き、バーサーカーをジト目で見やる。

 直前までの張りつめ、頑なになった守善の意識を少しでも柔らかくほぐすために。

 

「マスター。空気が読めない熊さんは置いといて、真面目な話をしましょう」

「……ああ」

 

 その甲斐はあったか、ひとまず守善も彼女の話に耳を傾けてくれているようだ。

 

「いいですか、状況は最悪です。数で負けて質で負けて連携もボロボロ。勝ち目は薄いです。生き残る目も薄いです。

 私は所詮Eランクのモンスターです。あいつらに勝つための力もこの状況から抜け出す知恵もありません」

「……絶望的だな」

「いっそ笑えてきますね。はっきり言いますが、私じゃどうにもできません」

 

 自身の無力を赤裸々に晒しながら、守善を見つめる木の葉天狗の目はどこまでも真摯だった。

 

()()()()()()()()()()

 

 真っ直ぐに視線を合わせ、嘘偽り無く決意を込めて。

 

 

 

 

「あなたに任された仕事を全力でやり遂げてみせます。それだけは私の翼に懸けて誓います。

 だから私を信じてください。私の能力を信じてください。道具としての私を信じてください」

「鴉、俺は……」

 

 木の葉天狗がただ一心に紡いだ言葉が守善の心を揺らした。()()()を答えようとして、しかし言葉にならずに語尾がしぼむ。

 

(まずは一歩、てぇところか)

 

 だが最も困難な一歩を踏み出せたと見て取ったバーサーカーは、さらなる楔を打ち込みにかかる。

 

「ホム助。お前からは何かないのか。この際だ。マスターへの不満でも何でもぶちまけちまえよ」

「? 私にマスターの不満はありません」

 

 一人我関せずと無表情を貫いていたホムンクルス。黙々と警戒を続けながら、静かに話に耳を傾けていた両性の少年/少女はその無表情に疑問と困惑を示す「?」マークを浮かべた。

 

「あん? 本当になにもないのか?」

 

 リンクで鞭を振るうように従わせられたのだ。従順なホムンクルスと言えど不満がないことはないとバーサーカーは考えていたのだが、無垢な命はその場の全員の予想を超えて純粋だった。

 

「はい、いいえ。私がマスターに抱く不満はありません。

 マスターは私を適切に運用し、その性能を十全には引き出すために多くのコストを消費しました。

 その過程で私は戦術思考及び各種スキルの習得、希望する武装の供与など多くの恩恵を得、活用し、マスターの道具として存在意義を達成しています」

 

 道具として使われ、成果を上げてそれを認められることこそが自身の喜びだと無垢なる存在は謳う。

 

「私はマスターの道具として扱われることを望みます。マスターのために働くことを誓います。マスターの道具として認められることに誇りを感じます」

 

 綺麗事を、自己犠牲という概念を守善は信じない。

 

「私がマスターに望むことはただ一つです」

 

 誰もがきっと自分本意な存在に違いないと全てを疑っているから。

 

「どうか、最後まで貴方の側に。私はあなた(マスター)道具(カード)だから」

 

 それでも……この無垢な命の言葉を疑うことは出来なかった。

 

「ホムン、クルス」

 

 どこまでも無垢で純粋な願いに守善は気圧された。

 この思いはあまりに重すぎる。守善がコレまで背負ったことのない重み……他者から向けられる信頼。それも己の命運全てを預けてくるような、特大のソレだ。

 どうあれ、最も守善と付き合いの深い三枚が各々の思いを曝け出した。揺れる守善の心に最後のひと押しを加えるべく、バーサーカーは口を開く。

 

「旦那、()()()()()()()()()()()。あんたは、どうだ?」

 

 その問いかけに、三者三様の視線が守善に向けられる。答えを待つ三枚を前に守善は息を深く吐き、深く吸う。ハラを決め、心を決めた。

 

(いいだろう。乗ろう、お前の言葉に)

 

 堂島守善は守銭奴だ。おまけに疑り深くて、排他的で、心が狭い。誰かを信じるなんて守善がいちばん苦手な分野だ。

 だけど命が懸かった崖っぷちで紡がれた言葉に心を揺らされ、いまこの時はカード達を()()()()と、素直にそう思えた。

 

「鴉、熊、モヤシ」

 

 いざハラを決めてみればあれだけ迷っていた自分が馬鹿らしく見える。難しいことなど何一つない。これまでと付き合い方を変える必要もない。関係性は変わらない。

 彼らはマスターとカード、主人と道具だ。

 だがそれだけでは最早足りない。だから足りない一歩を守善の方から踏み出そう。

 

「ええ」

「おう」

「はい、主」

 

 最も馴染み深い三枚が応と頷き、静かに続く言葉を待つ。

 

「名を与える。お前らは今から俺の仕事道具だ。俺が死ぬまで付き合ってもらう。どれくらい付き合いが長くなるかは分からんが、な」

 

 相変わらずひねくれた物言いに木の葉天狗とバーサーカーが苦笑した。

 名付け。

 それはカードを()()()道具(カード)以上の存在として捉えてしまったマスターへの救済措置だ。

 カードには固有の名前を付けることでロストしてもそのカードの魂を宿したソウルカードが残され、同種族・同性の未使用カードを消費することで復活出来るシステム。

 

「いいのかよ、俺たちは――」

「お前らの所有権は既に先輩から購入済みだ。言ってなかったがな。名付けにあたってお前らの意志以外なにも問題はない」

「ンだよ。あんたも分かってたんじゃねーか」

 

 ぶっきらぼうに付け加えられた言葉の意味を悟り、バーサーカーは機嫌を良くした。

 守銭奴がわざわざ扱いにくいカードを身銭を切って買い取った。その意味が分からない程彼らは鈍感ではない。

 それに加えて名付けだ。

 名付けの代償として名付けられたカードは初期化不可=つまり他人へ譲渡出来なくなり、資産としての価値を失う。

 それはつまるところ堂島守善にとって――――、

 

()()()()()()()()()()()()()。そう認めたと受け取っても?」

 

 クスクスとからかうように、それ以上に嬉しそうに笑う木の葉天狗。名付けとは彼女が言うように守善自身が彼女たちを唯一無二(オンリーワン)、代えのきかない存在であると認めた証明だ。最早彼らは道具であっても、()()()()()()()()()

 

「……やかましい。戯言はそこまでだ。黙って与える名前を聞いてろ」

 

 痛いところを突かれた守善が憮然とした顔をするとみな一斉に破顔する。少しも嫌味のない、カラリと晴れた青空のような笑い方だった。

 

「ハイ、ハイ。……と、その前にコレを渡しておきます」

「これは、マジックカードか?」

 

 お人形サイズの木の葉天狗が肩にかけた小さく粗末な雑嚢からぬっと取り出した明らかにサイズが合わないカードを抜き取り、守善に手渡す。ひょっとするとあの雑嚢の中には異空間でも広がっているのかも知れない。

 手渡されたのは魔法が封じられた使い切りのマジックカードだ。しかし守善にはこんなものを木の葉天狗に渡した覚えはなかった。

 

「響ちゃんからこういうこともあろうかと渡された、()()()()()()()()()()()()()()()()()って奴です。一応言っておきますけど、別に意地悪で隠してた訳じゃないですからね? 渡す前に私をカードに戻したマスターが悪いです。全面的に」

 

 不貞腐れたようにそっぽを向く木の葉天狗にそれ以上なにも言うことができず、黙って差し出されたカードを受け取る守善。

 リンクの解禁を、その影響をもろに受けるカード自身に判断させる。守善からは逆さに振っても出てこない合否基準だが、聞かされてみるとなるほど合理的だ。

 そういえば、と思い出す。二ツ星昇格試験に向けての特訓で、響はしばしば木の葉天狗と二人きりで話し合っていた。その時に渡されたマジックカードなのだろう。

 

「マスターとリンク……心を繋げてもいいと思えた時に証拠として渡すよう言いつけられていました。まあ、少しフライングもあったみたいですけど……いまのマスターなら、許してあげてもいいです。きっと響ちゃんも目を瞑ってくれるでしょう。

 あ、でも狛犬さん達はしっかりフォローしてくださいよ。あれはマスターが悪いんですから」

「分かった。あとで奴らにも詫びを入れておく」

 

 そう約束を交わしながらカードをひっくり返し、封じられた魔法を確認すると守善の頬に笑みが浮かぶ。勝利への糸口を掴んだ笑みだった。

 

「……心の底から、尊敬と感謝を」

 

 地獄で仏にあった気分だった。生きて戻れたのなら響を崇める宗教を立ち上げてもいい。それくらい本気だった。

 

(そう言えば、あの時も()()言っていたな)

 

 初めて迷宮に潜った時。響は守善へ向けてカードをただの道具と見做すだけではいずれ迷宮攻略に行き詰まると予言していた。その時にもう一度、カードとの向き合い方について考えろと。

 なるほど、最初から答えは示されていたのだと得心する。

 堂島守善にとって白峰響は目指し、追い越すべき目標だ。そこは変わらない。だがいまなら自分のはるか先をいく先達として、本当の意味で頭を下げることができる気がした。

 

(切り札は()()。使うに使えなかった伏せ札が二枚。小細工のタネが幾らかに……あとは、こいつらか。十分だな)

 

 守善が命を懸けるのに十分すぎる手札だ。

 モンスター達のコンディションも休息とポーションの恩恵で全員が死にかけから傷だらけだがあと一戦こなせる程度には復活した。そろそろ逆襲の狼煙を上げる頃合いだろう。

 

「鴉」

「なんです?」

 

 響に託されたマジックカードとは別の、もう一枚の切り札を懐から取り出すと木の葉天狗に呼びかける。

 

「交換だ。やる」

 

 不意に取り出したカードを木の葉天狗へ投げ渡す。人形サイズの彼女からすれば両手で抱えるほどに大きなカードをなんとかキャッチ。

 

「ちょ、なんですかいきなり……ってコレは」

「切り札その二……ってところか」

 

 キャッチしたカードを確認すると木の葉天狗は驚きに目を見開く。確かに切り札と呼ぶに相応しいカードだが、突然用意できる代物ではなかった。

 確かにこのカードと木の葉天狗自身の技能を十全に活用すれば猟師の厄介な隠形と狙撃を防げるかも知れない。

 だがそんなことよりも重要なことがあった。

 

「なんだ。()()()()、覚えていたんですね」

「フン……さっさと使え。お前用だ」

(全く、もう。素直じゃないマスターですね)

 

 木の葉天狗自身が忘れかけていた、口約束のような契約を守善は守った。

 それが彼女にはひどく嬉しい。鼻を鳴らしてそっぽを向く守善を笑って許そうと思えるくらいには。

 

「勝ちに行くぞ」

 

 改めてマスターがくだす静かな決意を込めた号令に、カード達が応と返事を返す。

 敵は強敵中の強敵、イレギュラーエンカウント。あの不死身のタネもまだ解けてはいない。

 だがそれでも、不思議と負ける気はしなかった。

 




 なおこのあと狛犬・獅子は画面外で守善が頭を下げて、一応の和解にこぎ着けました。ただし名付けを了承するほどの好感度ではないです。

【Tips】二重のカード化
 本作独自設定。
 マジックカードなど迷宮産アイテムはモンスターカードも使用可能。その応用としてあらかじめマジックカード等をモンスターに渡し、更にモンスターカードごとまとめてカード化可能な迷宮の仕様。本作では響が『特訓』中に木の葉天狗へマジックカードを渡し、二十二話まで保管していたことが該当。
 カードを使用するたびにいちいちマスターからモンスターに渡すのではなく、あらかじめモンスターにカードを持たせておくことが可能となり、利便性が高い。
 ただし渡したカードはモンスターを召喚するまで取り出すことは出来ないというリスクも存在する。


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第二十三話 逆転の切り札

 鬱蒼とした森の中、逃げた鼠を探して歩き回るドワーフ達は苛立っていた。

 せっかく景気良く叩き潰したはずのおもちゃがこちらの手を逃れてしぶとく蠢いている。その事実に気づいた彼らは不機嫌さとともに光もろくに差さない深い森の暗闇を足取り荒く踏み入っていく。

 彼らにとって守善達は遊び飽きた用済みのおもちゃ。それが何時までも自分たちの手を煩わせていることにいら立っていた。

 まるで自分の思い通りにいかないことに腹を立てる子供のような癇癪だ。

 

「殺そう」

「遊ぼう」

「潰そう」

「遊び尽くさなきゃ」

「苦しみを与えなきゃ」

「思い知らせなきゃ」

「自分たちが()()()()だってことを――!」

 

 不吉な相談をせわしなく続ける七人。

 同じ生き物とすら思えない性根が捻くれた邪悪な黒こびとの姿がそこにあった。

 しかし飽きっぽい彼らは苛立ちを燃料に何時までも勤勉に捜索を続けはしなかった。

 このまま延々と捜索を続けるのか。

 手下である猟師にあとは全て任せてしまおうか。そんな誘惑がドワーフ達の脳裏を過ぎった頃、

 

 爆発音。

 

 七人のドワーフの頭上から()()()()と物が落ちる音がした一瞬後、火炎と熱、爆発が彼らに襲い掛かる

 一陣の疾風とともに仕掛けられた先制攻撃(ファーストアタック)

 その正体はマジックアイテム、発火石。投げつけることで初等攻撃魔法一発分の火力を解放する爆弾だ。遠距離攻撃手段に乏しいパーティーの火力を補うため、守善が十発程持ち込んでいたアイテムを思い切りよく使い切る。

 ドワーフ達の位置はいつもの風読みスキルで探り当てた上で。迷わずにそれを森の天蓋に閉ざされた上空から全弾投下。天狗風を用いた誘導のおまけ付きだ。

 そのお陰もあり、全弾命中。()()()()()()。Dランク上位相当の耐久力を誇るドワーフにおいて、初等攻撃魔法の一発や二発、掠り傷にもならないのだ。

 

「陽動は成功。狩れ、()()()

 

 だがドワーフ達の気を引くには十二分。頭上という体躯の構造上最も警戒が薄くなる方向から奇襲を食らったドワーフ達は一様に二度目の奇襲を警戒し、生い茂る木々の天蓋を見上げた。

 その隙を地を這うように高速で移動するホムンクルス、レビィが突く。影写しのダガーを逆手に構え、その首を掻き切るために疾走するレビィと名付けられたホムンクルス。そして一体のドワーフに向けて殺意を込めて躍り掛かったその瞬間、

 

「 キ ャ ハ ッ 」

 

 襲われたドワーフがその小細工を嘲笑う。

 陽動と奇襲、彼らの予想の内から一歩も外れていない。元より戦力に劣るマスターが再び正面から襲ってくるとは狡猾な黒こびとは考えていない。 

 あえて隙を晒したのは余裕と誘い。

 あるかなしかの隙、突けるとすれば奴らの中では速度に優れたホムンクルス(レビィ)のみ。

 そして一撃、二撃先手をくれてやろうとあの貧弱なホムンクルス風情では自身の命には届かない。耐えたのち、逆襲を食らわせればいい。そう確信したが故の嘲笑。

 そう、成長途上のホムンクルスの細腕では頑丈なドワーフの防御を抜いて致命傷を与えることは叶わない。

 

「……アレぇ?」

 

 くるくると、クルクルと、狂狂(くるくる)と。

 疑問と困惑の意を込めてつぶやく一体のドワーフの視界が回る。消え失せた肉体の感覚、奇妙な浮遊感を感じながらドワーフの生首はやがてドサリと地面に落下し、転がった。

 閃電の如き速度で距離を詰めたレビィが振るう喉笛を狙った斬撃がドワーフ達の予想を覆し、一閃のもとに断ち切ったのだ。

 

「まず、一体」

 

 そう、ホムンクルスでは頑丈なドワーフを仕留めることは叶わない。ただし、ホムンクルスが先ほどまでと同じ戦闘力であったなら。

 驚くなかれ、いまのホムンクルス(レビィ)の戦闘力は()()()。ドワーフ達の戦闘力を倍近く突き放している。膂力と、特に速度はこれまでの比ではない。

 レビィ、let it be(あるがままに)。かつて己の未熟を嘆いたホムンクルスはそのままのお前でいいのだと肯定され、その象徴となる名を与えられた。レビィはその名を誇るように獅子奮迅の活躍をドワーフ達に見せつける。

 

「とはいかんか、やはり」

「お、ま、えェェェ!!」

 

 生首だけとなったはずのドワーフが血を吐きながら怨嗟の声を上げる。その眼光には真っ赤に燃え盛る怒りの炎が宿っていた。

 なんというデタラメな生命力か。一応は人型生物なのだから首を斬られたら潔く死んでおけ、と胸の内だけで罵倒する守善。

 だがいまは生首だけとなった同胞を助けるために急接近するドワーフ達の対処が急務か。

 

「レビィ、牽制」

「はい、主」

 

 一声かければ以心伝心とばかりにスローイングナイフを投擲するレビィ。指の間に一本ずつナイフを挟み、片手で四本。両手で八本のナイフをドワーフ達へ向けて的確に投げつける。

 先程よりもはるかに速く、鋭いナイフの投擲。咄嗟に防いだドワーフたちの得物が刃毀れし、腕に痺れが走るほどの威力。

 まともに食らえば侮れない負傷を負うと実感し、踏み込みに躊躇が入る。その隙を守善は見逃さない。

 

「追撃。そこの生首を痛めつけろ」

「御意のままに」

 

 敢えて生首への追撃を淡々と命ずる。するとレビィも冷静な手つきでスローイングナイフを無力化された生首の眼球、鼻孔、口を狙い容赦なく投擲した。

 不細工な生け花のようにナイフを突き立てられ、ギャアアアァと魂消(たまげ)るような悲鳴を上げ、苦痛に絶叫する生首となったドワーフ。

 

「「「「「「「やっテくれタなぁァァ――!!」」」」」」」

 

 同胞へ与えられた痛みに向けるには生々しすぎる憤怒を滾らせ、残る六体が負傷を恐れずレビィの元へ殺到する。

 忠実な従者は獲物に固執することなく守善の元へ退いた。

 すると倒れた同胞のもとへ駆け寄ったドワーフが横たわる生首を急いで切り離された胴体と接合させる。すると時間を逆回しにするように傷が修復されていく。

 だが完全には治らない。喉首を一文字にすっぱりと斬られた傷、目算にしてその()()()()ほどが残っているようだ。奇妙なことにドワーフ全員の喉首に真新しい傷が出来ている。

 いや、喉首だけではない。元生首の潰れた両の眼は片方だけ治っているが、その代償かというように無傷だったはずの一体の目が潰れていた。

 その異様すぎるしぶとさ、不可解な負傷に守善はむしろ納得がいったように頷いた。

 

「二体一対ならぬ、()()()()。それがお前らの不死身の正体か」

 

 憎々しげに返される視線こそが正解だと無言で語っていた。

 彼ら自身を表す記号であり、固有スキルである『七人のドワーフ』。互いの思考や感覚を高度に同調し、さらには生命力を七体で共有する。狛犬・獅子が持つ二体一対スキルとは似て非なるスキルだ。

 初戦でバーサーカーに身体中の骨をへし折られたはずのドワーフが立ち上がったのも、生き別れになった首と胴が繋がったのもその恩恵。傷を治していたのではなく、七体が等分に傷を引き受けることで無傷であるかのように見せかけていたのだ。

 

「安心したよ、()()()()()()()()()。お前らの不死身はただそれだけだ」

 

 ニヤァ、と凶悪な笑みが守善の頬に浮かぶ。

 敵の弱みを見つけたことで途端に元気を取り戻していた。現金と言うなかれ。勝負事の鉄則は敵が嫌がることをやり続けること。守善はその鉄則に忠実なだけだ。

 

「二体分、殺した。さあ、お前らの限界はあとどれくらいだ?」

 

 既に二度致命傷を与えている。スキルを使い、無傷のように装ったドワーフ達だがこれはけして軽い負傷ではない。

 予想外の負傷を立て続けに負った事実がドワーフ達を慎重にした。窮鼠猫を噛むの轍を踏まないように慎重にことを()()()()()()()

 値千金の躊躇、もしなりふり構わずに力押しで押し込む選択を取っていれば守善達は痛手を与えられても勝利には届かなかっただろう。

 

「いくぞ、レビィ。今度は俺たちが奴らを狩る番だ」

「はい、主」

 

 いまや戦闘力を500にまで引き上げられたホムンクルス、レビィ。

 そのタネは響が木の葉天狗に託したマジックカード。封じられた魔法は高等補助魔法、()()()()()()

 カードの戦闘力を一時的に成長限界まで上げる魔法だ。レベルアップを使用した戦闘の経験値は一切入らないデメリットがあるがそんなものは考慮に値しない。

 木の葉天狗が守善にリンク解禁の証であるカードを渡すとすれば、それは絶体絶命の窮地だろう。そうと予想して窮地を脱するための転移系魔法ではなく、逆転のための切り札を託した響の一策が守善の命運を変えた。

 ホムンクルスはCランクモンスター、伸び代は守善の手持ちで最も大きい。その恩恵を最大限享受し、七人のドワーフすら警戒を要する難敵に化けたのだ。

 

(とはいえ殴り合いに向かないのは変わらんか)

 

 戦闘力が大きく向上したとは言え、その耐久力自体はそこまで上がっていない。結局種族特性としての苦手分野は変わらないのだ。

 負傷しているとは言え七対一の真っ向勝負は悪手だ。

 

「ここは一度退く。退路は任せる」

「はい。では失礼いたします」

 

 言うが早いか、守善を担ぎ上げるレビィ。ファイヤーマンズキャリーと呼ばれる担ぎ方だ。柔道の肩車じみた体勢だが、ひと一人を片腕を自由にした状態で持ち運べる合理的な運搬法である。

 情けないように見えるが、ここまで身体能力が離れると守善自身が走るよりもモンスターに担がれたほうが結果的に早いのだ。

 

「逃がさナイ、逃さナイぞォォ――!!」

 

 その後ろ姿をドワーフ達がドスドスと足跡も荒く追いかける。だが元々鈍足な種族な上、手痛い反撃を食らった記憶が彼らの追撃を鈍らせる。

 レビィは片手だけで器用にスローイングナイフを放ち、背中に目が付いているかのように背後の敵を的確に牽制していた。

 そして疾走を続けること数十秒、守善達は薄暗い森を出てだだっ広い草原に出る。

 

「今、だ」

 

 守善達から遅れること十数秒、森の縁から姿を表したドワーフ達に向けてホムンクルスのスローイングナイフが正面から、木立の陰に伏せた狛犬・獅子が左右両面から息を合わせて同時に襲いかかる。リンクを繋ぐことで奇襲のタイミングと狙うべき獲物を合わせることは十分可能だ。

 待ち伏せを用い、息を合わせた二度目の奇襲、その戦果はいかに?

 

「ハ――ァァァッ!!」

 

 だが敵もさる者。

 慎重に進んでいた分、奇襲も予期していたのだろう。ドワーフ達は手にした斧を、槌を、鶴嘴を、スコップを振り回し、襲いかかるナイフを、爪牙をしっかりと防いで見せる。

 狛犬と獅子は指示通り無理をせずに退き、距離を保ち牽制に務める。ドワーフからすれば弱った格下とはいえ、狛犬・獅子も無視できるほどには弱くない。慎重にことを進めようとするドワーフ達に二匹を放置するという選択肢は取れない。

 負傷が癒え切らず、ほとんどハリボテ同然の狛犬・獅子で二体分の戦力を牽制合戦に引きずり込めるのは大きい。

 二匹がそれぞれ一体ずつドワーフ達を引き受けたところで残る正面戦力は五体分。これでもまだレビィ一体に任せるにはキツイ戦力差だが、守善は平然と命じた。

 

()()()。最低でも二体は斬り殺せ」

「はい、主」

 

 十秒で二体を殺害せよとの無茶な命令にレビィもまたあっさりと頷く。盲信ではない、確固とした相互の信頼が有るからこそ。

 シンクロリンク。

 支配ではなく交感のために繋いだリンクを通じ、先程よりもはるかに滑らかに心が合わさっていく感覚を実感する。

 マスターとカードが深く繋がることで本来の力を引き出すリンクの基本にして奥義。戦闘力500に至ったホムンクルスを更にシンクロリンクで強化する。ともに腹の内を晒し合い、主従としての絆を再確認した二人のシンクロ率はぐんぐんと上昇していく。

 60%、65%……70%!

 ほとんど初めてのシンクロと考えれば驚異的な数値だ。その戦闘力、シンクロリンクによる強化倍率を合わせれば800を優に超える。

 当然ながら守善達もかなりの無理をしている。

 十秒という時間も余裕ではなく、守善がリンクに不慣れ故にそれ以上の時間を保証できないと言った方が正しい。

 

「刹那の時すら惜しい。お覚悟を」

 

 無感情なはずのレビィが冷たく、重い()()を込めて呟く。レビィもまた主を、仲間を嬲った七人のドワーフを怒っていた。憎んでいた。それ故に放つ一手一手に容赦はない。

 冷たい光を放つナイフを片手に四本、両手に八本。指の間に挟んだそれらを一斉に投げ放つ。戦闘力800の膂力によって投擲され、投擲術スキルに補正されたスローイングナイフは最早牽制の枠に収まらない。タフなドワーフでも食らえば深手を負うだろう一投。

 目が霞むほどの速度で襲いかかる銀光。ドワーフ達はその手の得物を用いギン、ガァン、ギャリィっ! と甲高い金属音を響かせて銀光を弾く。

 

「まず、一人」

 

 その瞬間、一体のドワーフが心臓にナイフを深々と突き立てられた。一瞬遅れて噴水のように血飛沫が吹き出す。更に一秒後、七人のドワーフ全員が苦悶に身体を折り、胸を手で抑えた。

 ドワーフ達がスローイングの迎撃に意識を割いた刹那。あるかなしかの隙を突き、閃電の如き神速を以てレビィは()()()()()()()()()()()のだ。

 

「負傷の共有。利点であり、弱点だな」

 

 全員で負傷を等分してしまうが故に同じタイミングで隙を晒す。

 ここぞとばかりに守善はモンスター達をけしかけ、攻勢の圧力を高めた。押し込まれた事実が焦りとなってドワーフ達の思考を追い詰め、焦りと言う名の毒を染み込ませる。

 

「二人目」

「これで四回は死んだか? さて、残機は幾つだ?」

 

 その焦りにつけ込み、連携が乱れ孤立した一体の喉首をナイフが切り裂き、続く二の刃が内臓(はらわた)を突き刺し()()()とこじり回す。ブチブチと刃に巻き込まれた内臓が千切れ、傷口をグチャグチャに荒らした。

 人間ならば縫合不可能で治療困難。かつ万が一生き残っても一生内臓系の障害が残るほどに()()()殺意の籠もったやり口だ。

 

「「「「「「「あ、あアぁ、アアアアァァ――――ッ!!」」」」」」」

 

 狂奔。

 圧倒的有利だったはずが、既に共有する生命力の過半に至る回数殺された。その事実はドワーフに色々なものを吹っ切らせ、場に伏せた手札を開くキッカケとなる。

 

「こちらも時間切れ、か」

 

 きっちり十秒後、守善とレビィを繋ぐシンクロリンクが解ける。頭が熱い。脳味噌を掻きむしりたくなるようなおかしな痒みが頭の中でうごめいている。思ったよりもリンクの負担が大きい。

 主導権を握っている実感はあるが、まだまだ有利とは言えない戦況だ。

 守善が七人のドワーフを睨む。

 ドワーフ達もまたギラギラとした敵意を守善に叩きつけた。

 空気が軋む。

 両者の意識が互いの殺害という一点に収束する。守善の意識からドワーフ達以外の余所事が消えたその刹那――、

 

『モラッ、た』

 

 ここでドワーフ達に命じられた猟師が動く。

 二度目の狙撃(シュート)。気配遮断スキルと透明化スキルを行使し、草原の草陰に身を隠していた熟練の狙撃手がいま一度致命的(クリティカル)な一矢を放つ。

 ドワーフ達とは正反対の位置、守善達の背後。距離にして五十メートルは離れていようか。守善達の警戒をくぐり抜けた絶好の位置からの狙撃だ。守善とドワーフ達が遭遇した時点で狙撃に向いた地点を探し、息を潜めていた。

 気配を殺し、殺意を消し、虎視眈々と好機を狙っていた必殺の狙撃が風を切って飛翔する。無防備なマスターめがけて瞬く間に迫る一矢がその背中に迫り、

 

「先に切り札を切ったな?」

 

 ()()()()()()()()()()()

 守善もまた敵の切り札に合わせ、場に伏せた()()()を切った。

 

疾風(ハヤテ)、後は任せる」

「委細お任せあれ」

 

 守善の呼びかけに応え、虚空から声が響く。シャン、と鈴鳴りのような音が短く鳴った。

 なにもないはずの空間から突如出現した錫杖の一閃が守善を狙う一矢を見事に薙ぎ払う。それを皮切りに隠形系スキル、天狗の隠れ蓑の効果が切れ、木の葉天狗――否、ランクアップを果たした鴉天狗(からすてんぐ)、ハヤテが虚空から出現した。

 

「ランクアップした私の初陣です。派手に行きますよ」

 

 かつて人形サイズだった矮躯は目算で160センチ程のスラリとした健康的な体躯へ急成長。山伏と巫女装束を折衷したような衣装はそのままに、右手には見事な装飾が施された錫杖を握る。猛禽の鋭い嘴を模した漆黒の仮面が顔の下半分を覆い、敵を静かに威圧していた。

 これほど異彩を放つ美しい少女がこの場の誰にも存在を気取られなかった手品の種は鴉天狗の先天スキル、天狗の隠れ蓑。その効果は気配遮断・透明化・無音行動。その効果を以て先制攻撃の発火石の投下直後から守善のすぐ傍に控えていたのだ。猟師による狙撃を防ぐための伏せ札として。

 

『――――』

 

 マズイ、と猟師の勘が警鐘を鳴らす。本能の知らせに従い、身を隠す草陰から立ち上がった猟師が全力で退避行動を取ろうとしたその矢先。

 

「逃がすとでも? 私が、あなたを? よりにもよってマスターを狙い、みんなを傷つけたあなたを?」

 

 その(はや)きこと風の如し、故に与えられた名は疾風(ハヤテ)

 両の翼を羽撃(はばた)かせ、その名の通り風の如き速度で彼我の五十メートルという距離を潰した鴉天狗、ハヤテが猟師の眼前に立っていた。

 陰々と響くその声には恐ろしく鬱々とした重苦しい感情(モノ)が籠もっている。奔放に見えて情に厚い彼女は内に溜め込んだ激情を隠すことなく宣戦布告する。逃さない、と百の言葉よりも雄弁に。

 主戦場から離れた場所で、もう一つの戦いが始まろうとしていた。

 

『……サラ、バ』

 

 無論、問答に付き合う義理など猟師にはない。捨て台詞とともに透明化で姿を消し、隠形スキルの全てを駆使して逃走しようとする。

 音もなく影もなく。見事な隠形と逃走術だ。

 

「一応警告しておきましょう。無駄です」

 

 猟師はハヤテをして見事と言わしめる達者な技量で逃げ去ろうとし――その出頭に中等攻撃魔法、ウィンドブラストが叩き込まれる。

 逃げ出そうとした目の前に風の砲弾を叩き込まれた猟師は足を止めざるを得ない。それは猟師の隠形が完全に見破られていることを示していた。

 

「この一体の風は全て”掌握”しました。最早石ころ一つ私の許しなく逃しはしない」

 

 猟師の隠形は流石イレギュラーエンカウントと言うべき見事な代物だ。

 だが激情を支配し、感覚を極限まで研ぎ澄ませて風を読むハヤテの前では相手が悪いとしか言いようがなかった。

 猟師もまた逃走を諦め、弓に矢をつがえてハヤテと対峙する。

 地獄のような殺し合いも佳境に入りつつあった。





【Tips】七人のドワーフ
 本作独自のイレギュラーエンカウント、白雪姫がEランク迷宮に出現した時に主敵となるモンスターであり、その固有スキル。
 七体で生命力・負傷を共有・等分する。また言葉を用いずに意思疎通が可能となる。シンプル故に極めて強力。初心者殺しのイレギュラーエンカウントの中でもさらに凶悪な対マスター性能を誇る。モンスターを四体(四枠)しか召還できないEランク迷宮で七体+猟師の合計八体の脅威に対抗可能な初心者マスターは極めて少ない。
 二体一対スキルとは似て非なるスキル。詳細は後述。

【Tips】二体一対スキルの仕様
 スキル『七人のドワーフ』と異なり、二体一対スキルの場合、負傷の等分や意思疎通は出来ない。
 例えば狛犬がその生命力でまかなえる範囲で傷を負っても獅子側に影響は及ぼさず、傷を引き受けることも出来ない。ただし狛犬が瀕死の状態となっても獅子が健在な限りロストすることはない。
 その代わり瀕死の狛犬に追撃が加えられた場合や、負傷による狛犬の生命力減少は獅子側の生命力を容赦なく削っていく。
 また、両者が無傷の状態で片割れに二体がロストする程強力な攻撃を受けた場合は超過ダメージが発生し、攻撃が受けていないもう片方もまとめてロストする。

※二体一対スキルの仕様については原作者である百均氏に確認しており、上記に反映しております。
 ただし私が誤解していたり、誤った表現を用いている可能性があるため、あくまで二次設定としてお考えください。


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第二十四話 誰も予想のできない狂気の〇〇対決

【種族】鴉天狗(疾風(ハヤテ)

【戦闘力】210(30UP!)

【先天技能】

 ・武術

 ・天狗の隠れ蓑:被った者の姿を隠す蓑。気配遮断、透明化、無音行動の効果を持つ。

 ・中等攻撃魔法(風):風属性の中等の攻撃魔法を使用可能。

 

【後天技能】

 ・閉じられた心→翼の誇り(CHANGE!):マスターに自らの誇りである翼を預けた証。下された命令を誇りに懸けて実行する。命令に対する強いプラス補正、精神異常への耐性、一部の拘束スキルの無効化。

 ・飛翔→疾風飛翔(CHANGE!):空を翔ける者達の中でも更に一握りの天稟。常時飛行技能に大きくプラス補正。更に加速し続けることで耐久力と引き換えに俊敏性が大きく上昇。最大3倍まで上昇する。

 ・風読み

 →天狗風

 →初等状態異常魔法→中等状態異常魔法(CHANGE!)

 

 その(はや)きこと風の如し、故に疾風(ハヤテ)と名付けられた天狗少女のステータスがこれだ。

 もちろんこのDランクカード、鴉天狗が突如宙から現れた訳ではない。

 二ツ星冒険者資格昇格試験のため……いや、ハヤテのランクアップのために守善が用意していたカードだ。だがマイナススキル・閉じられた心が消えず、最後の踏ん切りがつかないままランクアップを保留にし続けていた。

 だが最早守善とハヤテの絆に疑いはない。迷わずにハヤテをランクアップさせることで劇的に向上した感知能力・隠形スキルは土壇場で猟師の奇襲を防ぎ、隠形を見破る切り札となった。

 木の葉天狗時代の先天・後天スキルを継承したいまのハヤテはDランクカードでも上位に位置する。 

 閉じられた心はマスターに翼を預けた誇りへと姿を変えた。

 更に木の葉天狗だった時の非力さが嘘のように物理・魔法両面の攻撃手段を獲得。単なる索敵役の枠を超え、両刀型のスピードアタッカーと化した。

 半面、防御面は脆いまま変わらないが、そこは天狗の隠れ蓑の運用次第で十分補えるだろう。

 

()ッ!」

 

 追い風を両の黒翼で受け止め、疾風の速度で猟師に向けて襲いかかる。虚実のない踏み込み、だが単純に速い。

 錫杖による容赦なき一振り。脳天めがけて振り下ろされた錫杖を勝負勘に優れた猟師は飛びのいてかわした。人よりも獣に近い身ごなしだ。

 躊躇せず前へ踏み込み、追撃するハヤテ。中国武術の棒術に近い動きで錫杖を横殴りに振り回し、円運動を駆使して続けざまに連撃を叩き込む。猟師が頭部を狙う錫杖の先端を身をかがめて躱したと思えば、次の瞬間に反対側の石突が軸足を刈らんと迫っている。

 対し、身を屈めるダッキングの勢いに乗り、敢えて前方に身を投げ出す猟師。前転に近い動きでグルリと大地を転がり、ハヤテが錫杖を振り回すすぐ横をくぐり抜けた。とんでもない度胸と身のこなしだ。

 

「いまのを避けますか」

『ヌルい、ナ』

 

 地を転がった猟師めがけて構え直した錫杖を振り下ろすが、猟師は腰から引き抜いた大鉈で迎え撃つ。金属がぶつかり合う甲高い音が斬り結んだ数だけ鳴り響く。一瞬の隙に猟師が飛び退って距離を取るとハヤテがウインドブラストで追撃を図るがそれも躱し、躱し、躱し続ける。有効打は無い。

 互いに間合いを測り、呼吸を読み合う中でハヤテは油断を排して呟く。

 いまの攻防で見えたように猟師もまたドワーフ同様上位Dランクモンスター相当の戦闘力を持つ。その隠形を見破り、優位を潰したからと言って決して油断できる相手ではない。

 

「やはりあなたがこの戦場で一番の強敵です。故に、次の一手で仕留める」

 

 姿を隠した狙撃手(スナイパー)。いるだけでこちらの戦略を縛る最悪の駒。だからこそこの局面が欲しかった。あえてマスターを囮にした上で、狙い撃ちにできる場所の探索を集中的にこなし、ギリギリで狙撃の”起こり”を捉え、防ぐことが出来た。

 鴉天狗にランクアップし、風読みで探知できる範囲・精度も上昇していなければ絶対に間に合わなかっただろう。

 

(マスター)

(シンクロリンクか。何秒要る?)

 

 リンクを通じてマスターへ手助けを求めて呼びかける。すると当意即妙とばかりに返される小気味いい問いかけ。キッチリとハヤテの状況も把握しているらしい。

 リンクとは関係のない、心が通じている実感にハヤテほんの少しだけ微笑(わら)った。

 

(一秒。ただし、タイミングは100%私に合わせてください。まさか出来ないとか言わないですよね?)

(……この野郎)

 

 遠方でドワーフ達と鎬を削る守善はその求めを聞いて顔をしかめた。かなりシビアな注文だ。レビィとのフルシンクロで疲弊した守善には正直キツい。

 

(好きにしろ。タイミングはこっちで合わせる。これで無様を晒せば一生笑いものにしてやるからな)

(誰にものを言ってるんです?)

 

 が、ため息一つで結局は応じた。人を食ったような憎たらしい煽りの念を送ってくるハヤテに大人しく降参するほど守善は人間が練れていなかった。

 

「『――――』」

 

 ハヤテと猟師が睨み合い、互いの隙を伺う。ウェスタンガンマン同士の荒野の決闘に似たヒリつく空気。

 一呼吸……二呼吸分の時間、痛いほどの沈黙が張り詰め……(はじ)けた。

 

(獲ッ、タ)

 

 猟師は神速と呼ぶべき滑らかかつ迅速な手際で矢筒から取り出した矢を弓に番え、敵手目掛けて放つ。矢尻から指が離れた瞬間に勝利を確信する。最高の一矢。そう断言するに足る妙技。

 

「フルシンクロ、疾風式」

 

 

 が、その呟きが聞こえた瞬間、猟師の視界は暗転し、意識が消失した。

 疾風の速度で振るわれたハヤテの錫杖によって猟師の頭蓋はザクロを割るように派手に叩き割られていた。一瞬遅れて錫杖からシャンと清冽な鈴鳴りの音が響く。

 

 

 後に残るのはただ鴉天狗の後ろ姿のみ。

 

 

 

「なんちゃって」

 

 いま起きた攻防のタネは極めて単純だ。

 イレギュラーエンカウントの知覚すら振り切る超スピードで正面から錫杖を打ち込み、その頭蓋を叩き割った。ただそれだけ。

 スキル、疾風飛翔。そして一秒に満たない時間のシンクロリンクを組み合わせた疾風迅雷の打ち込み。いまの一瞬で至ったシンクロ率、数値にして90%オーバー。加えて向上した戦闘力の全てを”速さ”に最適化し、一秒に満たない時間だがハヤテは()()()()()

 

「フ、ゥゥ」

 

 残心の構えを取り、最後の反撃を警戒するもすぐに猟師の肉体は塵に還る。この世ならざる怪物らしい最期だった。

 そこまで確認し、ハヤテはようやく燃えるように熱い息を吐き出した。

 

(楽勝……とは間違っても言えませんね。負荷がキツ過ぎます)

 

 刹那の攻防。傍目から見れば鮮やかに勝利を奪ったように見えたかも知れない。だがその実態は見かけほど華やかではない薄氷の勝利だった。

 肉体の囁きに耳を傾ければ骨と肉が軋む音が聞こえるようだ。

 フルシンクロによる能力向上を全て速度に注ぎ込んだ無茶。0から100への急加速、急制動がハヤテの肉体へ多大な負担をかけていた。

 

(と……そんなことよりマスターの援護に――――マスター!? そちらでなにが!?)

 

 そう意識をもう一つの戦場に戻した時、リンクを通じて守善の強い緊張と戦慄を感じ取る。

 守善達と七人のドワーフが殺し合う主戦場で異変が起こっていた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 猟師が敗れた。隠形と狙撃に優れ、一枚で天秤をひっくり返しかねないワイルドカードが戦場から排除された。

 その事実はハヤテとリンクで繋がる守善だけではなく、七人のドワーフも把握していた。天秤が自身達の敗北へ傾いたことを否応なく、これ以上無いほどに。

 最早狩りだ遊びだと戯言を飛ばす余裕はない。ギリギリまで追い詰められたドワーフ達は保身を捨て、最後の賭けに打って出た。

 

「「「「「「「一緒に潰れロ、ニンゲンッ!!」」」」」」」

 

 儀式魔法とでも呼ぶべきか。固有スキル『七人のドワーフ』による意識共有を用いた、七人で一つの魔法を全く同時に行使することによる威力の極大化。

 行使する魔法は疑似メテオ。

 

 

 天空から振り下ろす大質量の鉄槌を、自分たちも巻き込むことを覚悟の上で一切の容赦なく戦場へ叩き込む。

 

「「「「「「「 キ ャ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ! ! 」」」」」」」

 

 狂笑。

 ()()が外れたように呵々大笑する七人のドワーフ。

 死なば諸共。例えここで自分達が全滅しようが勝ち逃げされるよりマシ。最悪の開き直りに打って出たのだ。

 

「逃げられんな」

 

 守善の現状認識は正しい。

 距離が近すぎる。天から駆け降る流星が速すぎる。下手に逃げても余波で押し潰される。

 ならばこれは絶体絶命の窮地か?

 

「出番だ、熊公。お望み通りのシチュエーションが来たぞ」

 

 否、疑似メテオを知った上で対策を取らないのはありえない。あるカードに至ってはこの状況を待ち望んでいてすらいた。

 ギリギリまでカードに戻して温存し、回復に努めさせていた狂戦士を召喚する。B.B(ビー・ビー)と名付けられたバーサーカーが自慢の棍棒を一度流星へ突きつけ、ピタリと静止。そして豪快にスイングするとバッターボックスに入った打手のように迎え撃つ構えを見せる。

 

「感謝するぜ、旦那ァ」

 

 ミシリと全身の筋肉を隆起させ、テンションを最高潮にまで引き上げたバーサーカー、B.Bが一語一語に力を入れて感謝を告げる。

 一連の動作はB.Bが最高のパフォーマンスを引き出すためのルーティーンであり、()()()()()()()()

 つまりは……、

 

「野球狂いの端くれとして、あんな極上の砲弾(タマ)を放られて見送り三振はありえねぇ」

 

 打つ(殺る)か、打たれる(殺られる)か。文字通りの意味でお互いの命を賭けた真剣勝負。

 種目は極めて単純。B.Bが()()()()()()()()()()()

 誰も予想のできない狂気の野球対決が唐突に幕を開けた。

 

「予告するぜ。お前らみんな葬らん(ホームラン)だ」

 

 コキリと首を鳴らし、不敵に笑う。

 ミシミシと筋骨を隆起させ、力を溜める。

 ドゴンと大地に足を打ち付け、全ての力を振るう土台とする。

 

 

「テメェらの行き先は地獄だぜ! 仲良く揃ってくたばりなぁっ!!」

 

 B.Bが持つ全てのスキルを流星を打ち返すという一点に向けて集約する。

 基軸となるスキルは《ピッチャー返し》。効果は読んで字の如く、投射攻撃を敵目掛けて打ち返す技能そのもの。

 《武術》による高度な身体操作技能を用い、肉体の全性能を流星を打つために振り分ける。

 《物理強化》で打撃のインパクトを上昇。

 同族の中でもなお優れた肉体であることを示す《恵体豪打》はあらゆる無茶を受け止める土台となった。

 後先を考えない《強振 (フルスイング)》によって更に威力を大向上。

 強振で低下する精密操作性は《選球眼》で補い、流星をジャストミートする位置・タイミングへとバットのスイングを調整。

 そして――《狂化》。暴走状態となり、徐々に生命力が減少するデメリットを代償に()()()()()()()()()()()()超強力なスキルを思い切りよく全力で行使する。

 これにより爆発的に上昇したステータスは210×3=630。Bランクモンスター相当にまでステータスを引き上げた代償にB.Bは正気を失い、狂奔する。

 

『……本当に任せていいんだな?』

 

 暴走状態に陥ることでパフォーマンスに悪影響が出ることを懸念した守善の問いに対し、

 

『狂った程度で野球狂い(オレ)がタマを見逃したりはしねぇよ』

 

 B.Bは狂気と紙一重の自負を込めてそう答えた。

 そしていま、激突の時。

 野球狂いの打者熊(ベースボール・ベア)があらゆる全てを注ぎ込んだ入魂の一打。その成果が今、結実する!!

 

「 ― ― ― ― ― ― ! ! 」

 

 非現実的な光景だった。

 重量に換算して数十トンの大質量砲撃を棍棒(バット)一本で立ち向かうバーサーカー(B.B)。蟷螂の斧を地でいく光景だ。だがダンジョンとその眷属であるモンスターに常識は通用しない。目の前にある光景こそが全てだ。

 天から駆け降る流星を、丸太じみた太さの棍棒がジャストミートで迎え撃つ。インパクトの瞬間に大気が炸裂し、衝撃波が弾けた。

 

「グ、ギ、ギ……!!」

 

 歯を食いしばり、体ごと引っこ抜かれそうな大質量の暴力をバット一本で受け止めるB.B。

 渾身の力を込めて打ち返そうとし、しかし押し返せない。刹那の時間、天秤が拮抗する。完全に互角の力比べ。が、互角ではダメなのだ。拮抗が続けばB.Bの肉体が先に限界を迎えるだろう。

 しかしこれ以上の余力は逆さに振っても出てこない。まごうことなきB.Bの全力だった。

 

「やるぞ、弟者」

「おう、兄者」

 

 故に、天秤の均衡を崩せるのはB.B以外の第三者に他ならない。

 

GU()RU()……』

 

 

 狛犬と獅子が揃って放つ大咆哮。その正体は二体一対スキル、辟邪の咆哮。

 二枚が揃った時にのみ使用可能な退魔の霊威を宿す遠吠え。Dランク帯では極めて稀少なアンチ・マジック・スキルである。

 前半戦でトドメとなった疑似メテオの暴威から生き延びたのもこのスキルがあったからこそだ。でなければ弱りきった狛犬・獅子は疑似メテオに耐えかね、ロストしていただろう。

 狙いは当然儀式魔法、疑似メテオ。咆哮が戦場に轟くと同時にB.Bのバットにかかる圧力が明らかに弱まった。駆け降る流星に込められた魔力が咆哮に散らされ、その質量もまたはっきりと減じた。

 好機を嗅ぎ分け、渾身の上に渾身を込めてバットを振り切るB.B。

 さすがの勝負勘。どれだけ野球狂いのイカレた着ぐるみモドキに見えようが、その勝負師としての才覚だけは疑いようがない。

 

「悪く思うなよ、熊殿。これは我ら全員で臨む大勝負なのだから」

 

 そう呟く狛犬を他所に、遂に常識知らずの大難行が成功する。

 

 

 棍棒が振り切られ、流星が七人のドワーフ目掛けて打ち返された。ピッチャー返しの逆殺死球(デッドボール)。ただし規模は特大というも生易しい代物。

 デタラメの上にデタラメを塗り重ねたこの世のものと思えない光景を、当事者であるドワーフ達はあんぐりと口を開けた間抜け顔で迎えた。

 

「「「「「「「 あ れ ェ ? 」」」」」」」

 

 (ボウ)と魂が抜けたように突っ立ったままの七人へ、大質量の殺死球(デッドボール)が直撃、破壊、粉砕する。

 流星が大地を叩き割り、爆発的に吹き出す粉塵が守善達の視界を塞ぐ。

 

(追撃は困難か)

 

 と、顔をしかめたその瞬間。

 

「お待たせしました。ハヤテちゃん、とーちゃく! です!」

 

 疾風とともに鴉天狗・ハヤテが参上する。この瞬間、最も待ち望んでいた援軍だった、

 

「イイ動きだ、ハヤテ。奴らまでの道を開け!」

「うーん到着早々この酷使っぷり。マスターに使われてるって気がしますねー」

 

 皮肉とも惚気ともつかないボヤきとともに、天狗風を行使するハヤテ。モウモウと吹き出す粉塵を風で払い、風読みで掴んだ七人のドワーフへ向かう最短距離の道を作り出す。

 開けた視界の先には満身創痍、粉塵に紛れてネズミのようにコソコソと逃げ出す七人の姿があった。その動きは鈍い。半死半生に近い負傷だろう。

 

「見つけた」

 

 ニィ、と守善の頬に獲物を見つけたハイエナに似た笑みが浮かぶ。弱った敵は徹底的に叩くべし。弱い者いじめは戦場の正義。守善は水に落ちた犬を躊躇なく棒で叩く人間だった。

 

「殺せ、レビィ」

「御意のままに」

 

 己が懐刀に殺意を込めて告げれば、阿吽の呼吸で応じ瞬く間に駆け去っていくレビィ。

 足取りの鈍いドワーフ達の元へ瞬く間に追いつき、ナイフを振るう。派手な血飛沫が舞った。すぐに守善と鴉天狗も追いつく。

 

「嫌だ」

「嫌だよ」

「なんで」

「僕らが」

「こんな目に」

「助けて」

「助けてよぉ」

 

 血に塗れて倒れ伏し、口々に哀れっぽく叫ぶ七人のドワーフ。なにも知らない者が見ればそれなりに同情を誘えたのかも知れない。だが守善たちからすればあまりにいまさらな命乞いだ。

 

「……んー。命乞いにしちゃツマンナイですね。次に会うときまでにもうちょっとマシな文句を考えておいてください。その憎たらしい面を張り倒すモチベーションになりますので」

「どうでもいいので速やかに死んでください」

 

 冷ややかな返事を返し、淡々とゴキブリのようにしぶといドワーフ達を斬殺、撲殺、圧殺していく。

 命乞いを続けるドワーフ達もやがて無駄を悟ったか、哀れっぽい表情が一転して毒々しい殺意に彩られる。

 

「呪ってヤる」

「殺シてやる」

「腐ッてしマえ」

「許さナい」

「忘レない」

「その顔、覚えタぞ」

「いつカお前のカードを切リ刻んで、遊ンでやる」

 

 怨嗟の念が籠もった恨み言。その全てを守善は鼻で笑う。

 

「いつかと言わずいまやってみろ、負け犬ども。さもなきゃさっさと死ね」

 

 負け犬の遠吠えを一言で切り捨てられたドワーフ達が憎々しげに守善を睨む。ダンジョンの不思議とは関係ない、非科学的な呪詛が籠もっていそうなほど濃厚な恨みと憎しみがそこにあった。

 

「そもそも……許さない? 誰が、誰を? 笑える冗談だな」

 

 しかし恨みと憎しみで言えば守善もまた劣らない。己のカード達を痛めつけられた怨嗟の念は守善こそ深かった。排他的な守銭奴は、その実一度懐に入れた者に対し深く思い入れを込めるタチだったのだ。

 

()()()()()()()()。次は俺()()を痛めつけた礼を百倍返しにしてやる。首を洗って待っていろ」

 

 互いが互いに極限の殺意を込めた睨み合いが十数秒続き、やがて限界を迎えたドワーフ達が塵となって崩れ去っていく。七体分の塵が積もり、それも風に乗って消えていった。この世ならざる怪物たちの最期だ。

 

硝子(ガラス)の棺……呪いのアイテム。イレギュラーエンカウント固有のドロップアイテム、か」

 

 後には血のように紅い小石と、唐突に現れた硝子の棺だけが残った。イレギュラーエンカウントが残す特殊な魔石と魔道具だ。売却すれば一千万円はする魔石と、強力な効果を秘めたドロップアイテム。世間には知られていないが、所持し続ける限り、イレギュラーエンカウントとの縁が結ばれ、いつか必ず再会する運命にある呪いのアイテムでもあった。

 

「早く高ランク迷宮に上がってこいと挑発しているつもりか? ……上等だ」

 

 戦利品である二つのドロップアイテムを回収する。奴らとの逆縁もなにもかも握りしめて上へ向かうための力としてやると決意を込めて。

 険しく顔を歪める守善。しかしそこに茶々を入れる相棒がいた。

 

「また怖い顔をしてますよ、マスター。ただでさえモテない顔がもっとモテなくなっちゃいます」

「やかましいわ。女と遊ぶ予定なぞ当分ないからいいんだよ」

「ま、いいでしょう。私やホムちゃん――いまはレビィちゃんでしたね――以外からモテる必要はない訳ですし」

 

 決意は変わらない。進むべき道も変わらない。

 家族を救うため、守善は金を稼ぎ続ける。そのために上を目指し続ける。

 だが一つ、これまでとは違うモノが傍らにある。新たに手に入れたファミリーがいる。ともに歩み、ときに叱咤し叱咤され、率いるカード達が。

 死の淵をギリギリをくぐり抜けた守善が手に入れたささやかで暖かな贈り物(ファミリー)がいるのだ。それは小さくて、しかしあまりに大きな違いだった。

 



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第二十五話 家族/ファミリー/カード

 第一章も〆。
 なろうの方で先行投稿予定なので、そちらもブクマお願いします!


 イレギュラーエンカウントの撃破から三日が経った。

 あのあとの顛末について語ろう。

 まず守善は無事二ツ星冒険者へと昇格した。元々そのために潜っていたのだから当然である。ましてやイレギュラーエンカウントを討伐までしたのだからどこからも文句が出るはずもなかった。

 守善の冒険者ライセンスが無地の白からやや高級感のあるブロンズカラーに、表面に描かれた星が一つから二つに変わった。

 それ以外で大きく変わったのは裏面の賞金首の討伐実績に【☆白雪姫(E)】との表記が増えたことくらいか。Eランク迷宮でイレギュラーエンカウント・白雪姫を倒したという証明だ。

 挑める迷宮のランクが一つ上がった。確かに歩を進めている実感があった。

 そして一番の目玉である二つのドロップアイテムだ。

 血のように紅い魔石は懸賞金込みで一千万円で売却した。ちなみにイレギュラーエンカウントの魔石はかなり特殊な代物らしく、Fランク迷宮産の百万円からスタート。迷宮のランクが一つ上がるごとに売却金額も桁が一つずつ上がっていくという狂気の値段設定となっている。

 

(つまりDランクなら一億、Cランクだと十億……頭がおかしくなりそうだな。冒険者の金銭感覚が狂いがちになるわけだ)

 

 だがより貴重かつ重要なのはもう一つのアイテムだろう。

 イレギュラーエンカウントは極稀に自分に由来するアイテムを残していく。自らを倒した者を認めた証と言われている。なおイレギュラーエンカウントから見れば再戦のためのマーキングなのだが、こちらは世間には知られていない。

 ほとんど呪いのアイテムだが、その分有する効果は控えめに言って破格。守善が回収した【ガラスの棺】もまた、その前評判に恥じない強力なアイテムだった。

 

 その効果をバッサリと分かりやすく言ってしまえば『持ち運べるプチ精神と時の部屋(常時回復機能付き)』だ。

 

 もう少し詳細に説明する。

 この【ガラスの棺】の内部には特殊な異空間が内包されている。巨大な石造りの城を中心とした半径十キロほどのフィールドだ。

 棺を迷宮に設置することで持ち主とそのカード、持ち主が許可した者達は異空間に出入り可能となる(使用中棺の持ち運びは不可)。

 異空間内部の時間は歪んでおり、外部の一時間が異空間における二十四時間に相当。更にガラスの棺で運ばれ、死から生へと転じた白雪姫の逸話を象徴するように、内部のマスター・モンスターに対し、回復効果が常時自動発動する。それも手足がもげていようが、死にかけだろうが生きてさえいれば異空間内部で二十四時間経過すればほぼ無傷まで回復するほどに強力。

 

(疲労困憊だろうと死にかけの負傷だろうと棺を設置して異空間に放り込めば外部時間で一時間後には復活する。色々と物資も貯蓄できて、オマケに備え付けの物件付き。いたせりつくせりだな。呪いの染み付いてそうな事故物件だが手放す理由はない)

 

 拠点として使うのに申し分なく、更に休憩時間を極端に圧縮できる。迷宮攻略において破格のアドバンテージだろう。効率厨のケがある守善からすれば垂涎のアイテムだ。

 とはいえ棺内部の異空間から外部に戻ってきた時、敵モンスターの集団に待ち伏せされていれば大ピンチとなるリスクもある。極力安全地帯などで使用するべきだろう。

 だがそれら注意点を差し引いてもとんでもなく強力なアイテムであることは間違いない。

 

(()()()()()()で百万、レベルアップのカード分を先輩へ返金して更に三百万。獅子の購入、物資の補充とCランクカード購入のための貯蓄に回す金を合わせれば……一千万円もすぐに消えるな。こうして冒険者の金銭感覚は壊れていくわけだ)

 

 とはいえ人間大の棺など悪い意味で目立ちすぎるし、持ち運ぶのにも支障が出る。

 そのため守善は冒険者ギルドのサービスを利用し、ガラスの棺をカード化することにした。迷宮産の魔道具には物品をカード化できるものがあり、ギルドに一回百万円を支払えば利用できるのだ。

 カード化した物品は何度でも出し入れでき、持ち主以外が使用することも出来ない。また、イレギュラーエンカウント産のアイテムそのものが討伐者にしか使えないというルールがある。奪われる心配はない。

 その他幾らか細かい迷宮踏破報酬やドロップカードがあるが、誤差と言って差し支えない。

 堂島守善という新米冒険者が挑んだ冒険のリザルトは以上だ。

 結果として冒険者登録からわずか一ヶ月程度で二ツ星冒険者へ昇格、さらにイレギュラーエンカウント討伐と華々しいスタートを切った守善は……都内にある総合病院へ向かっていた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 休日を利用し、自宅から電車を乗り継いで都内の総合病院へと向かう。

 穏やかな日差しを受けて柔らかい白を照り返す白亜の病棟。ここの505病室が守善の目的地だ。

 病院の入り口から入り、受付をして5階へと上がる。ここ最近は冒険者業が忙しく足が遠のいていたが、何度と無く通った場所だ。スムーズに手続きをこなして目的地にたどり着く。

 音を立てないようにスライドドアを開けると、身奇麗な格好をした品のある中年女性がベッドのそばのパイプ椅子に腰掛けていた。

 静かに本を読みながら、時折寂しそうにベッドに眠る少女を視線を送っている。

 

「お久しぶりです、叔母さん」

「あら、まあ……。守善くん? 久しぶりねぇ。今日はお見舞いかしら?」

「はい。ここしばらく顔を出せていなかったので」

 

 その背中に声をかけると驚いたように振り向く。亡くなった父の妹、叔母にあたる女性だ。

 穏やかにやり取りを交わしながら、その事実を少し奇妙に感じる。

 昔は叔母と折り合いが悪かった。いや、守善が一方的に嫌っていたというべきか。

 彼女は時折病室に来て、眠り続ける妹に声をかけ、世話をして……それだけ。それ以上のことはしてくれない。

 身勝手に叔母夫婦へ見切りをつけ、守善は妹の治療のため冒険者を志した。生活の全てをそのために費やし、それ以外を切り捨てた。大学入学まで冒険者登録を認めなかったこともしこり

となっていた(法律上未成年者は保護者の同意なしに冒険者登録は出来ない)。

 

「良かったわね、藍ちゃん。お兄ちゃんが会いに来てくれたわよ」

 

 嬉しそうにベッドに横たわる少女へ声をかける叔母の姿を見れば、そうではなかったのだと今なら分かる。

 少し冷静に考えてみれば、(ポーション等迷宮産の物品・技術で従来よりずっと割安になったとはいえ)入院費用を負担し、日々の生活がある中で時間を捻出してお見舞いに通うことは簡単ではなかったはずだ。守善の両親から多少の遺産を相続したとはいえ、全く割に合わない生活だっただろう。

 生き急ぐように生活の全てを冒険者業への準備に傾ける守善のことも、その在り方を危うく思っていたからこそ冒険者登録を認めなかったのだ。

 叔母は叔母なりに全力で守善たち兄妹の面倒を見てくれていた。

 結局、甘えていたのだろう。そして無意味に気負っていた。妹を、残された家族を助けられるのは自分だけだと。

 

「叔母さん。いつも、妹のことをありがとうございます」

「どうしたの、急に? 突然で叔母さん驚いちゃった」

「いえ、思い返せば叔母さんにはロクにお礼も言えていなかったので……」

 

 そう言って深々と頭を下げる。できる限り心を込めて、感謝とともに。

 驚く彼女にささやかだが日頃の感謝を込めて御礼の品もを用意したこともあわせて伝えておく。誠意とは言葉ではなく形にして贈るものなのだ。

 ダンジョン攻略のドロップアイテムなので費用は実質タダ。とはいえ市場価格にして十万円ほどになろうか。

 各種最下級ポーション詰め合わせだが、庶民ならこれが結構喜ばれる。即効性の治癒効果こそないが美容効果や手荒れのケア、ちょっとした体調不良に劇的な改善効果があるのだ。いまはこれが守善の精一杯だった。

 

「守善くん、あなた……変わった? 雰囲気がずっと柔らかくなったわ」

「どうでしょう。自分ではそうは思いませんが」

「そう? そうかしら。でも私はいまのキミはいいと思うな。きっと大学でもモテるんでしょう?」

「色々と世話になっている先輩はいますが、生憎とそっちの方はどうにも」

 

 からかうように問いかける叔母に向けて苦笑する守善。

 叔母は変わったというが、おそらく根っこは変わっていない。守銭奴で、成り上がり気質、性格も悪い。だが少しばかり余裕が出来て、視野が広くなったかもしれない。それと多少は上っ面を取り繕うことを覚えたくらいか。

 

「それじゃ、兄妹水入らずの時間を邪魔するのも悪いし。私は少し外の喫茶店に出ているわ。帰るころになったら呼んでね? それじゃ」

 

 言うが早いか素早く手荷物をまとめ、病室を出ていく叔母。一見物静かに見えてその実快活で行動的な人なのだ。

 その後ろ姿を見送ると、叔母が座っていたパイプ椅子に腰掛ける。

 

「すまんな、藍。色々あって顔を出すのが久しぶりになった」

 

 ベッドで昏睡状態のまま眠り続ける守善の妹……堂島藍の手を握りながら静かに語りかける。妹が応えることはなくても、きっと無駄ではないと信じて。

 一家全員を巻き込んだ交通事故からもう十年以上になる。

 当時幼い小学生だった妹は年齢だけならもう高校生だ。だが寝たきりのままやせ衰え、小柄な身体つきはとても高校生には見えない。中学生、人によっては小学生に見えるかもしれない。

 床ずれや成長不全など肉体面の悪影響などは迷宮産アイテムを利用した医薬品やケアのおかげで最小限で済んでいるのが救いだろうか。

 その顔立ちは守善に似ず愛嬌があって可愛らしいが、これは美人の母譲りだった。逆に守善は父親似だ。鋭すぎる目付き以外は凡庸なパーツで構成されたモブ顔なのだ。

 

「前に来たときは冒険者登録の直前くらいだったか? 実はな、ついこの間一ツ星冒険者から二ツ星冒険者に昇格した。これは他の連中と比べても結構早くてな。お前の兄貴もなかなかやるもんだろ?」

 

 いまの青白く不健康そうな肌色からは想像もできないが、藍はクルクルとお転婆に駆け回るこまっしゃくれた少女だった。こんな風に病院の片隅で静かに朽ちていく人生を送っていいはずがない。

 守善の目的は植物状態の妹を救うこと。そして叶うなら時を巻き戻し、妹の人生をもう一度やり直すことだ。

 もちろん言葉そのままの意味で時間を巻き戻すことはできないが、手段はある。アムリタだ。

 アムリタの効果は万病の治癒と一歳ほどの若返り。複数個を服用すればその分だけ若返ることができる。ならば事故に遭った年齢にまで回帰できる個数を用意できれば、あるいは……。

 万感の思いを胸に押し隠し、近況をできるだけ面白可笑しく喋り倒していたが、一方的に話しかけるだけでは自然と話題も尽きる。

 部屋に降りた沈黙に包まれながら、不意に胸に満ちる思いが呟きとなってこぼれ落ちた。

 

「必ず」

 

 アムリタはギルドへの()()()()で一億円。中間マージンが重なった購入価格となれば果たしてどれほどになるだろうか検討もつかない。供給量が少なすぎるくせに求める億万長者は数知れず。きっとそういう金持ち連中が争って買い求める超高価格帯なのだろう。複数個入手することなどいまは夢のまた夢だ。

 しかも時間がかかればかかるほど必要な個数は増えていく。時間は守善にとって決して味方ではない。

 

「必ず、お前を治すから。もう少しだけ待っててくれ」

 

 それでも諦める気は微塵もない。藍を助けるために一兆の金が必要ならなにをしてでも積み上げてやろう。最早決意ですらない当たり前の事実を胸に、守善は他の誰にも見せない穏やかな顔で妹に向けて語りかけ続けた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 日が変わり、所変わって守善が通う大学の構内。

 目当ての人物を探して歩き回り、いつものカフェテリアで優雅なティータイムを過ごしている白峰響を発見する。

 響とは迷宮から生還したあと電話で状況を伝えていたが、直接顔を合わせるのは迷宮に潜る前に挨拶を交わして以来だ。

 不意に顔を上げた響と視線が合い、軽い驚きにその目が開かれる。だがすぐに笑顔に変わった。

 

「やあ」

「ええ」

 

 互いに軽く挨拶を交わし、対面の椅子を示すと頷かれる。そのまま椅子を引き、浅く腰掛けた。

 

「五体満足に帰ってきたようで安心したよ。後遺症は無いと聞いているけれど、本当に大丈夫かい?」

 

 軽いジャブのような会話。守善が負った傷……精神面のソレを見極めている視線を向けられる。無理もない、イレギュラーエンカウントとは死神の代名詞。遭遇し、命からがら生き残っても冒険者を廃業する者は少なくない。

 安心したという言葉に嘘はないが、お互いの今後のために見極めなければいけない部分でもある。

 

「ご安心を。後遺症の類もありませんし、腕の一、二本もげた程度で辞める気もありません」

 

 故に守善はただ静かに、当たり前のように答える。

 なお仮に手足が欠損する大怪我を負ってもいまの時代なら迷宮産のアイテムを使い割合安価に再生可能だ。もちろん守善も必要になれば費用を用立てて実行するつもりだった。

 

「相変わらずのよう……いや、どこか変わったかな? 顔付きが違うように見えるけれど、気のせいかい?」

 

 守善が響に向ける視線には、これまでの不遜さが鳴りを潜め、本当の敬意が宿っている。響が仕込んだマジックカードと教えが逆転の鍵となったのだから当然だ。

 

「それなりに、色々とありましたので」

「そうかい」

 

 ただ一言に無数の行間を詰め込み、なんとなくそうと察した響も頷く。修羅場に叩き込まれて一皮剥けたのだろうと認識し、概ねそれは正しかった。

 

「先輩にも助けられました。ハヤテ……木の葉天狗に預けたレベルアップのカードの代金は後で必ず払います」

(……驚いた。彼がカードに名付けとは本当に人が変わったようだ)

 

 と、内心で驚きつつ、言葉の内容を冷静に吟味する響。

 高等魔法相当のマジックカードはモノによるが約三百万円程度。レベルアップのカードも相応に高価だ。これをただ口先だけのお礼で済ませるのは守銭奴としてありえない選択なのだろう。

 金のやり取りはキッチリと後腐れがないように。守善らしい言い草に響は苦笑した。

 

「気にしなくてもいい……と、仮に言っても聞いてくれなさそうだね?」

「アレのお陰で命を拾いました。先輩の言葉でもそこは譲れませんね」

「そこまで言うのなら遠慮なく高値で吹っかけさせてもらおうか。君から私のチーム入りの確約を貰いたい」

「それでいいので?」

 

 これまでは互いに半ばお試し期間だった。やろうと思えば互いの関係を清算することもできるギリギリが今この時だと響は考える。

 新年度から一ヶ月経過するが、モノになりそうな新入生は守善を除けば一名のみと僅か。ならば是が非でも囲い込むべきだろう。そのためならマジックカード一枚程度安いものだ。

 

「君は冒険者登録から一ヶ月で二ツ星に昇格、しかもイレギュラーエンカウント討伐実績付きの金の卵だ。囲い込んで逃したくない。敢えて言うが、いまの君なら冒険者部にも他の新入生を蹴散らす勢いで入部が認められるはずだよ」

 

 一ヶ月前までなら手応えを感じただろう保証にも、いまの守善にはさして興味は引かれない。いまはただ響の背中を追うことに集中していたかった。

 

「興味ありませんね。少なくとも先輩に負った義理を全て返すまではありえないし、それにしたって当分は難しそうだ」

「おや、それは怖い。ならば今よりもっと恩を着せなきゃならないな。積み上がって返せなくなるくらいに」

 

 緊張感を孕みつつどこか通じ合った笑みを互いに向け、契約の更新を確認する。

 利害は一致し、互いに尊敬すべき先達と有望な後進として認めあう。嘘偽り無く二人は互いにWIN-WINのいい関係を築けていると考えていた。

 

「では、今後とももよろしく」

「ええ、引き続きご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。とはいえそれはそれとして……」

 

 朗らかに笑みを交わし合うやり取りに含みのある語尾が交じる。そして一拍の間を空け、守善は好戦的な笑みを対面の響に向けた。

 

「先輩に追いつくため、一度その力を味わってみたいと思っていました。よければこの後、是非――」

「模擬戦の申し込みかな? だが肝心の場所がないよ」

 

 実は冒険者同士の模擬戦は結構難しい。そのための場所を確保しづらいからだ。

 当然だが、一部の特殊なダンジョンでもない限り安全地帯以外は常にモンスターから襲撃される恐れがある。逆に安全地帯で誤解を招くような真似内での模擬戦はご法度である。

 とはいえ守善も何の考えもなく提案したわけではない。

 

「ご安心を。丁度いいトレーニングスペースを手に入れたので」

 

 困ったように苦笑する響に向けてカード化したアイテム【硝子の棺】を示す守善。

 それをひと目見て納得したように頷く響。流石プロを目指す三ツ星冒険者と言うべきか、イレギュラーエンカウントの情報を一通り叩き込んでいるのだろう。

 そう、【硝子の棺】内部の異空間ならば余人に迷惑をかけることも横槍を入れられることもない。常時回復効果の副作用で決着が決めづらいという欠点とも言えない欠点があったが、そこはルールを決めることで補えるだろう。

 守善は響に敬意を抱いているし、その指示・指導に従うことに抵抗はない。だがそれはそれとして目指すべき高みは直に知っておきたいし、一度もぶつからずにただ下に就くのはなんとなく()()()()するのだ。色々と動物的なタチなのである。

 敢えて言うならこれもまた守善流のコミュニケーションの一つだった。

 

「なるほど。これはまた中々断りづらいタイミングでの申し込みだ」

「この程度でさっきの話を反故にする気はありませんよ」

「それはありがたい。しかし、ここでキッチリと君に勝っておけばあとあと楽が出来そうな気もするな」

「……どうも生来ひねくれ者でして。自分の上に立つ相手は、自分が納得して選びたい。それだけですよ」

 

 この模擬戦の勝敗次第で大人しく従うと告げる守善。もともとそのつもりだったが、そうと意思表示することで響がやる気を出すなら是非もない。

 それを聞いた響はにっこりと笑い、カードホルダーからカードを取り出した。シルキー・オルマとCランク上位モンスター・ヴァルキリーを筆頭にした四枚だ。カードの格は守善に合わせて少し落としてある。

 

「分かった、()ろうか。互いに四枠、ベストメンバーで来てくれ。遠慮はなしだ」

 

 イレギュラーエンカウントとの死闘を経て随分と変わったと思えば、やはり変わっていない部分も多々ある。だが敵意ではなく、上昇志向の表れであるその笑みは響から見ても好ましいものだった。

 

「流石、話が早い」

 

 示したカードはCランク一枚、Dランクが三枚。ランクで言えば守善率いるモンスター達と同等。あとは互いの練度がモノを言うだろう。言い訳の利かないぶつかり合いだ。

 黒のロングポニーテールを風になびかせ、凛々しく挑戦を受ける響と邪悪な眼光と好戦的な笑みを浮かべる守善。誰がどう見ても善玉と悪玉がはっきり分かれていたが当人たちは気にもしない。

 互いに肩を並べ、二人は近くのダンジョンへと足を向ける。程なくして【硝子の棺】の異空間で行われた模擬戦の結果は……守善が今後、大人しく響に従うようになった辺りから察することができるだろう。

 それでも守善は腐ることなく、むしろ一層力を入れて迷宮攻略に挑んでいく。響を超えるため、金のため、なによりも家族(ファミリー)のために。

 

 こうして守銭奴は冒険者となり、迷宮に挑み始めた。その道はまだ途中、目指す目標は遥か彼方。

 それでも彼にはともに歩むことを決めたカード達がいる。もう彼は一人ではない。彼が率いるカード達も最早ただの道具ではない。

 彼らが挑む”冒険”はまだ始まったばかりだ。

 




【Tips】カード化
 冒険者ギルドでは、特殊な魔道具を用いて物品をカード化するサービスを行っている。小さな指輪だろうが一軒家だろうが一回百万でなんでもカード化してくれる。カード化されたモノは、モンスターカード同様所有者以外は召喚することができなくなるため、財産の保護などにも使われている。主人公のように転移の魔道具など持たない一般の冒険者たちは、このサービスで大量の物資をカード化し、泊まり掛けで深い階層へと潜っている。
 なお、このカード化の魔道具を入手した際は絶対にギルドに報告し売却しなければならないという法律がある。もしも隠し持っていたことが発覚した際は、即逮捕されて公安の厳しい取り調べを受けることになる。

※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。

【Tips】『守銭奴ですが冒険者になれば金持ちになれますか?』における2019年
 迷宮の出現とその恩恵により、戦争や貧困といった大きな問題が数多く解決されている(その代償に迷宮終末論を始めとする迷宮の脅威も多数存在する)。
 そのため現実世界の2019年よりもはるかに発展している部分があり、一見すればユートピアに見えるところも。
 医療技術もその一つであり、迷宮産のアイテムや技術を用いることで高度な医療を比較的安価に受けることができる。
 堂島藍が受けている治療もその恩恵に預かっており、現状維持だけならばさして大金は必要ではない。

【第一章あとがき】
 これにてモブ高校二次、「守銭奴ですが冒険者になれば金持ちになれますか?」の第一章完結となります。
 第二章につきましては鋭意製作中となります。
 とはいえ手を付け始めたばかりなので3月くらいに書き上げて投稿が目標です(自分を追い込むため敢えて目標を宣言)。
 それと別途なろうの方で先行して投稿しております。第二章もなろうの方が先に投稿されますので、そちらも是非ブクマをお願いします。

 さて、ひとまずキリのいいところまで書き上げましたが、拙作はいかがだったでしょうか。
 面白かったでしょうか? ピンチにハラハラしましたか? はたまた自分もモブ高生二次書きてええぇぇ! となりましたか?

 いずれにせよ拙作を読んで心を動かしていただいたのなら作者にとって冥利に尽きます。ありがとうございます。
 特に最後に該当する人、是非連絡を下さい。拙いながらご相談に乗りますし、読者第一号になりますので。
 イケるイケるヘーキヘーキ、モブ高生は割とマジで二次創作を書きやすい部類だと思ってるのでみんなもモブ高生二次を書いて界隈を盛り上げよう!
 本作を書いたモチベの半分は自分がモブ高生もの読みたいからなので、そこまでいければ目標達成で私的には大成功です。
 是非私まで連絡を下さい(二度目)。


 それでは最後にここまで読んで頂いた読者の方へお願いです。
 本作の続きが読みたい、と思って頂けたのなら感想・ブクマ・ポイント評価・↓の方にあるtwitterフォローなどお願いします!

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 下記【Tips】の通り、感想やポイントは作者の栄養源でして、摂れないと生きていけないか弱い生命体なのです。
 
【Tips】感想
 作者のやる気に直結する栄養素。
 人間は食べ物がなくても「感動」を食べるだけで生きていけるらしいが、作者は「感想」がなければ生きていけないか弱い生物なのである。
 感想お待ちしております。

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【Tips】まとめ 第一章

 本ページに各モンスターの最終ステータスが一部更新して記載されており、本編未記載分を含みます。
 チラッと見て頂き、ますますえげつなくなったモンスター達をご確認ください。
 ※鴉天狗、ホムンクルスの一部スキルを変更・修正しております。


【Tips】時系列

本作における時系列について。

原作『モブ高生の俺でも冒険者になればリア充になれますか?』において、1999年七の月に迷宮が出現。

そこから約20年後の(おそらく)2019年10月が原作開始時期と思われる。

本作第一話の時系列は同年4月であり、原作主人公北川歌麿が冒険者となる半年前に物語がスタート。

 

 

【Tips】プニキ

 とある高難易度【子供向け】ブラウザゲームの主人公の愛称であり尊称。

 ゲームそのものは名前を言ってはいけないあのクマ (バッター)が森の畜生ども (ピッチャー)のボールを打ち返すシンプルな野球ゲーム。だがネット上に転がる経験談曰く「とてもキッズ向けゲームとは思えない超高難易度の真剣勝負」とのこと。

 数多のやきう好きのお兄さんの時間を奪った闇のゲーム。なお既にサービス終了済み。

 詳細は敢えて割愛。詳しく知りたい人はくまの○ーさんのホームランダービー!を検索。

 

 

【Tips】狼王ロボ

 本作オリジナルモンスター。

 同ランクでは上位の戦闘力を持ち、スキルも優秀なEランクモンスター。

 初期戦闘力90+復讐の牙スキルで威力が上昇した一撃なら戦闘力150のDランクモンスターくらいなら食える格上殺し。

 狛犬が無傷で済んだのは自身のスキルを全て活用して防御性能が大幅に上がっていたのが大きい。守善が日和って後ろで構えていたら守護獣スキルが使えずにロストもありえた。

 Dランクカードを一、二枚しか持たない普通の一ツ星冒険者なら増殖コボルトを処理しきれず、その隙をロボが突くことでカードのロストどころか死亡もありうる凶悪コンボ。

 なお原産地アメリカの迷宮で出現した場合戦闘力がワンランク上昇し、統率系スキルや眷属召喚スキルが追加され厄介さがアップ。事故死が怖い。敵に回すと死ぬほど面倒くさいタイプ。

 

 

【Tips】中等攻撃魔法(地)

 本作独自設定。

 七人のドワーフが所有するスキルの一つ。

 原作において中等攻撃魔法を所有するモンスターは一通りの属性別攻撃魔法を使用できると推測されるが、上記スキルの持ち主は地属性系統に限定して中等攻撃魔法を使用できる。

 また、属性別のバリエーションが存在する。

 追記:ストーンバレット、ロックカノンなどは本作オリジナル魔法。

 

 

【Tips】疑似メテオ

 本作独自魔法。

 使用可能なモンスターは七人のドワーフのみであり、そのため正式名称はない。

 七人のドワーフが一致協力して作り上げた巨大な岩石を天から高速で撃ち放つ質量攻撃。

 その威力は中等攻撃魔法以上高等魔法以下。低ランク冒険者が従えるモンスターが喰らえば大抵死ぬ。Cランクモンスターでも割と死ぬ。

 使用には相応の溜めと安全な距離が必要だが、それらを犠牲にして早打ちも可能。

 

 

【Tips】呪いのカード

 原作にも登場する特殊なカード。通常のカードと仕様が異なる規格外品。

 迷宮の外でも一部スキルを使用できる、マスターへ危害を加えたり、影響を及ぼすことができるなど既存の常識を打ち壊す存在。実体があやふやな噂話としてのみ語られる未確認情報。

 なお本作ではバーサーカーが呪いのカードに該当する。

 ※原作を読んだ作者による要約です。正確な詳細は原作を参照してください。

 

【Tips】二重のカード化

 本作独自設定。

 マジックカードなど迷宮産アイテムはモンスターカードも使用可能。その応用としてあらかじめマジックカード等をモンスターに渡し、更にモンスターカードごとまとめてカード化可能な迷宮の仕様。本作では響が『特訓』中に木の葉天狗へマジックカードを渡し、二十二話まで保管していたことが該当。

 カードを使用するたびにいちいちマスターからモンスターに渡すのではなく、あらかじめモンスターにカードを持たせておくことが可能となり、利便性が高い。

 ただし渡したカードはモンスターを召喚するまで取り出すことは出来ないというリスクも存在する。

 

 

【Tips】七人のドワーフ

 本作独自のイレギュラーエンカウント、白雪姫がEランク迷宮に出現した時に主敵となるモンスターであり、その固有スキル。

 七体で生命力・負傷を共有・等分する。また言葉を用いずに意思疎通が可能となる。シンプル故に極めて強力。初心者殺しのイレギュラーエンカウントの中でもさらに凶悪な対マスター性能を誇る。モンスターを四体(四枠)しか召還できないEランク迷宮で七体+猟師の合計八体の脅威に対抗可能な初心者マスターはほぼいないと断言しても過言ではないだろう。

 二体一対スキルとは似て非なるスキル。詳細は後述。

 

 

【Tips】二体一対スキルの仕様

 スキル『七人のドワーフ』と異なり、二体一対スキルの場合、負傷の等分や意思疎通は出来ない。

 例えば狛犬がその生命力でまかなえる範囲で傷を負っても獅子側に影響は及ぼさず、傷を引き受けることも出来ない。ただし狛犬が瀕死の状態となっても獅子が健在な限りロストすることはない。

 その代わり瀕死の狛犬に追撃が加えられた場合や、負傷による狛犬の生命力減少は獅子側の生命力を容赦なく削っていく。

 また、両者が無傷の状態で片割れに二体がロストする程強力な攻撃を受けた場合は超過ダメージが発生し、攻撃が受けていないもう片方もまとめてロストする。

 

※二体一対スキルの仕様については原作者である百均氏に確認しており、上記に反映しております。

 ただし私が誤解していたり、誤った表現を用いている可能性があるため、あくまで二次設定としてお考えください。

 

 

【Tips】アンチ・マジック・スキル

 本作独自設定。

 限られたモンスターのみが持つ、魔法無効化ないし弱体化の効果を持つスキルの総称。

 マジックユーザータイプのモンスターに対し有利に立てる強力なスキルだが、概ね使用回数や使用条件等厳しい制限を有する傾向がある。

 狛犬・獅子の『辟邪の咆哮』を例に取れば、まず狛犬・獅子の二体を揃えなければ使用不可。無効化・弱体化できるのは一つの魔法のみ。無効化する魔法へタイミングを合わせて使用しなければ失敗する。クールタイムが存在し、連続して使うことはできない。など。

 使い所を見極めるのが難しいが、場にいるだけで敵のマジックユーザーを牽制できる非常に有用なスキル。

 

 

【Tips】イレギュラーエンカウント:白雪姫

 本作オリジナルモンスター。

 迷宮のランクによって主敵となるモンスターが変わり、ランクが上がるほど従える配下モンスターが増える変わり種のイレギュラーエンカウント。

 攻略難易度は下の下~上の上。迷宮のランクが上がるほど難易度は上昇する。参考として『七人のドワーフ』の攻略難易度は下の中にあたる。低めの難易度は【戦力さえ十分に揃えれば問題なく撃破可能】であることから。ただし肝心の戦力を揃えることの困難さを考えれば、紛れもなく低ランクのマスターにとっての死神と言える。安定撃破には最低でも十分育成されたDランクカードを二枚以上持った四人以上のマスターがドワーフ及び猟師を四手以上に分断、各個撃破する戦術を推奨。

 Fランク迷宮に出現する『猟師』は高度な隠形系スキルと弓術スキル、そして己の死を偽装できる偽死スキルを所有する。ただし本編においては偽死スキルを使う暇もなく頭部を砕かれ、消滅した。この偽死スキルは猟師が獣の内臓を白雪姫のものと偽り、王妃を騙したエピソードに由来する。

 Eランク迷宮には『七人のドワーフ』が出現する。詳細は本編を参照。

 Dランク迷宮では『魔法の鏡』が、Cランク迷宮では『意地悪な王妃』が出現する。

 Bランク迷宮及びAランク迷宮における主敵は未確認だが、恐らくは『王子』と『白雪姫』が該当すると推測されている。

 

 

【Tips】『守銭奴ですが冒険者になれば金持ちになれますか?』における2019年

 迷宮の出現とその恩恵により、戦争や貧困といった大きな問題が数多く解決されている(その代償に迷宮終末論を始めとする迷宮の脅威も多数存在する)。

 そのため現実世界の2019年よりもはるかに発展している部分があり、一見すればユートピアに見えるところも。

 医療技術もその一つであり、迷宮産のアイテムや技術を用いることで高度な医療を比較的安価に受けることができる。

 堂島藍が受けている治療もその恩恵に預かっており、現状維持だけならばさして大金は必要ではない。

 

 

 

〜第一章終了時点のステータス〜

 

【種族】鴉天狗(疾風(ハヤテ)

【戦闘力】230(50UP!)

【先天技能】

 ・武術:戦闘技術に対する一定の知識と技能を持っている。特定行動時、行動にプラス補正。

 ・天狗の隠れ蓑:被った者の姿を隠す蓑。気配遮断、透明化、無音行動の効果を持つ。

 ・中等攻撃魔法:中等の攻撃魔法を使用可能。

 

【後天技能】

 ・翼の誇り:マスターに自らの誇りである翼を預けた証。下された命令を誇りに懸けて実行する。命令に対する強いプラス補正、精神異常への耐性、一部の拘束スキルの無効化。

 ・飛翔→疾風飛翔(CHANGE!):空を翔ける者達の中でも更に一握りの天稟。常時飛行技能に大きくプラス補正。更に加速し続けることで耐久力と引き換えに俊敏性が大きく上昇。最大3倍まで上昇する。

 

 ・風読み:風を読み取り、遠方の状況を知覚できる。

 ・天狗風:旋風を起こし、味方に付ける。自身の飛行速度が向上する。

 ・中等状態異常魔法:中等の状態異常魔法を使用可能。

 

 

【種族】ホムンクルス (レビィ)

【戦闘力】200(100UP!)

【先天技能】

 ・人造生命:自然ならざる手段で生み出された命。美貌、未分化の生命、虚弱体質、絶対服従を内包する。

  →美貌:その姿は作られたかのように美しく整っている。美形が多いカードの中でも特に容姿に優れている。

   虚弱体質:生命力、状態異常耐性低下。

   未分化の生命:このカードはまだ雌雄が決定していない。マスターとの関係性によって性別が固定されることがある。

   絶対服従:魂の誓約であり呪い。どのような命令であっても実行する。命令に対する極めて強いプラス補正。

 ・無垢:この世に生まれ落ちたばかりの純真な生命。技能習得の効率向上、精神異常耐性低下。

 ・アーキタイプ:詳細不明。

 

 ※「両性」→「未分化の生命」へ変更。両性はいわゆる両性具有のイメージで描写していましたが、原作にて性別を自由に切り替えられる特性と判明したため変更・修正。なのでホムンクルスは【生えてない】し【ついてない】です。なお淡い膨らみはある。

 

【後天技能】

 ・零落せし存在:本来の存在より零落している。戦闘力を常時100マイナス、スキルの欠落やランクダウン。

 ・短剣術:短剣の扱いに特化した武術スキル。武術スキルと効果重複。特定行動時、行動に大きなプラス補正。

 ・投擲術:武器の投擲に特化した武術スキル。武術スキルと効果重複。特定行動時、行動に大きなプラス補正。

 ・忠誠:仕えるべき主を見出した証。忠誠心に応じてステータス向上。

 ・奇襲:攻撃時、相手に気づかれていない場合ダメージにプラス補正

 ・復讐するは我にあり(NEW!):自身や仲間が受けたダメージに比例して攻撃力が大幅に上昇する。

 

 

【種族】バーサーカー (B.B(ビー・ビー)

【戦闘力】250(70UP!)

【先天技能】

 ・武術:戦闘技術に対する一定の知識と技能を持っている。特定行動時、行動にプラス補正。

 ・狂化:戦闘を終了するまで暴走状態となり、徐々に生命力が減っていく代わりに全ステータスが三倍となる

 ・物理強化:物理的な攻撃の威力を強化する。

 

【後天技能】

 ・恵体豪打:恵まれた肉体から繰り出される豪快な打撃。同族の中でも肉体的に優れている証。

 ・強振 (フルスイング):武器攻撃の威力向上、精密操作性低下

 ・選球眼:遠距離攻撃を見切る眼力。防御技能にプラス補正。

 ・ピッチャー返し:非接触型の投射攻撃を敵に向かって打ち返すことが出来る。実体の有無を問わない。

 ・ピンチヒッター(NEW!):窮地に陥るほど意識は冴え渡り、打撃は威力を増す。生命力が減少するほど攻撃面のステータスが上昇する。また、生命力が1/10を切った段階で精神状態異常無効が発動する。狂化スキルのデメリットにも適用される。

 

 

【種族】狛犬/獅子

【戦闘力】180(30UP!)

【先天技能】

 ・二体一対:このカードは半身と呼べるカードと二枚で一つである。二枚召喚しても迷宮の召喚枠を一つしか消費しない。また生命力を二枚で共有する。

 ・辟邪の咆哮:魔を除け、邪悪を退ける退魔の霊威を宿す咆哮。魔法を無効化または弱体化するアンチ・マジック・スキル。狛犬と獅子が揃っている時のみ使用可能。

 ・守護獣:聖域を守る神獣。防衛行動時、生命力と耐久力が向上する。威圧、庇うを内包

  (威圧:強烈な迫力で敵の動きを鈍らせる。稀に怯ませる。

  庇う:仲間の元へ瞬時に駆け付け身代わりになることができる。使用中、防御力と生命力が大きく向上。)

 

【後天技能】

 ・気配察知:五感を強化し、隠密系スキルを見破りやすくする。

 ・食いしばり(NEW!):戦闘中にロストする程のダメージを負っても一度だけ二体一対スキルによる片割れへの超過ダメージを防ぐことが出来る。

 



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