燃え上がれ青炎! (聖戦士レフ)
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プロローグ




この度は作品に目を通して頂きありがとうございます。
是非ごゆっくりご覧下さい。







灼熱のグラウンドに咲き誇る、大輪。

 

マウンド上で躍動する少年は、そう呼ぶに相応しかった。

 

漫画の様な端正な顔立ちと小柄な体格とは似ても似つかない豪速球が、またミットを鳴らす。

白銀に煌めく髪は、真夏の太陽と相まって輝きを増していた。

 

強打のチームと呼ばれるチームが、翻弄されている。

己が信じてきた打棒が、振わない。

 

ドラフト候補である青道高校の4番、東のバットがまた空を切った。

 

 

たった3球。

東京を代表する怪物スラッガーが二打席連続の三振。

 

 

悔しさでバットを地面に叩きつけそうになる感情を押し殺し、彼はベンチ前に佇む少年に頭を下げた。

 

「すまん、打てへんかった。」

 

普段は豪快で大雑把。

良くも悪くもそんな彼が、らしくない態度を見せる。

それだけ、不甲斐なさを感じているのだろう。

 

そんな4番に、エースは一言だけ答える。

 

「いえ。」

 

援護を期待していないと言えば、嘘になる。

しかし2つも年上の先輩に大きいことを言うのは、中々難しい。

 

青道高校の背番号18の一年生エースはただ、反撃を待った。

 

 

「まだいけるか?」

 

「当たり前だ。」

 

女房役である御幸の問いかけに、一言返す。

何度も問いかけられたその質問にうんざりしながらも、唯一心配してくれる女房役に安心したのも事実だった。

 

チラリと、バックスクリーンに目を向ける。

 

並んだ0の数は、6。

今も投げ続けている2人が試合に登場したその瞬間から、試合は電池の切れた時計のように止まったままであった。

 

試合は5−5のまま、12回まで進んでいた。

 

(あと、3回。)

 

野球の試合というのは、9回まで。

だが、同点である以上、高校野球の規約である延長15回を投げ切ることまで想定していた。

 

否、考えざるを得なかった。

それほどまでに、相手チームのエースである成宮は優れていた。

 

 

踏み荒らされた小さな丘にゆっくりと上がる。

ただただ、目の前に現れた「敵」を斬り捨てるために。

 

まずは、3番を切り捨てる。

 

 

小さな山に乗せられた白い板に脚をのせ、胸の前に置かれたグローブをすっと握り込んだ。

 

ふーっと息を吐き右足をプレートにかけると、間も無くして左足を高く上げながら腰を大きく捻り始める。

背中が打者にも見えるほどまで行くと、その反動を生かすように身体を捻転。

 

そして極端とも取れるほど腕を縦に振るい、指先から白球を放つ。

 

「っし!」

 

美しい縦回転と圧倒的な回転数は重力に逆らうように揚力を生み出す。

そしてそれはベース手前で加速するように伸び上がり、御幸のミットへと吸い込まれていった。

 

外角低めいっぱい。

キレのあるストレートが、打者から見て最も遠いコースにズバリと決まった。

 

 

映し出された球速表示は、120キロ。

決して速くないのだが、稲実はこのボールを打ちあぐねていた。

 

いや、正確に言えばこのボールと対をなすボールの組み合わせ…とでも言おうか。

 

 

 

2球目、トルネード投法と呼ばれる独特のフォームを巧みに操り、同じようにボールを放る。

 

初球と殆ど同じスピードボール。

先ほどと同じコースに狙いを定めた打者は、ボールの軌道にバットを合わせる。

 

(もらっ…)

 

しかし、バットから快音が響くことはない。

理由は単純明快、バットの軌道からボールが外れたからだ。

 

コロコロと鈍いあたりがショート正面へ。

そこで守っている倉持が一塁へ送球、安定した送球がファーストである結城のミットへと転送された。

 

ツーシームファストボール。

打者の手元でスルリと沈むムービングボールの一種であり、シュート回転をしながら利き手側に沈む。

 

しかし彼のそれは、ストレートというにはあまりに大きく動き、空振りも奪える代物である。

 

「夏輝、ワンナウトな。」

 

ホームベースから届く声に無言で頷き、投げ込まれた白球をグローブの中に収める。

 

 

続けて打席に立つのは、4番。

つい数分前までの成宮と全く同じ立場に、彼は立ち向かった。

 

初球のストレート、アウトロー一杯に決まったこれを見逃す。

 

できれば、追い込まれる前に叩きたい。

追い込まれれば、ツーシームでやられる。

 

ならば。

4番は、次のボールを狙うことを選んだ。

 

狙い球は、速いボール。

本命はストレート、次点でツーシーム。

 

 

「っ!」

 

投げられたボールは、ストレートよりも遅く、カーブよりも鋭く曲がるボール。

この試合初めて投げられたスライダーを引っ掛けて、セカンドゴロ。

 

「…くそ!」

 

またもう一枚の手札。

東と同じく悔しがる4番を尻目に、マウンド上の投手は深呼吸をした。

 

何とか、アウトが取れた。

17回目のため息をつくと、夏輝と呼ばれた投手は再び険しい表情を浮かべた。

 

(また、この打者か。)

 

打席に立つのは、このチームで最も警戒しなければいけない打者。

成宮の女房役であり、次期4番の捕手原田。

 

試合終盤になればなるほど打力が上がる不思議な打者。

きっと、投手のことを思うほど打てるのだろう。

 

今は、延長12回。

正直怖いと、キャッチャーである御幸も感じていた。

 

(ここは全力で抑えに行くぞ。球数使うけど、万が一も許したくないからな。)

 

(んなことわかってる。)

 

少し、力を入れる。

初球のストレートが、インコース低め一杯に決まった。

 

2球目、3球。

警戒するという御幸の言葉に嘘はなく、ここまで少ない球数で抑えてきたバッテリーが2球外に外す。

 

4球目、インコースのボールゾーンから抉り込むカーブ。

これを見逃し。

 

2ボール2ストライク。

所謂、並行カウント。

一般的には、もう一球遊び球を使える投手が有利と言われるカウント。

 

(どうする。)

 

(ストレートでもいいけど…とびきりのツーシームで頼む。)

 

(OK)

 

御幸構えたのは、インコースのボールゾーン。

そして投げ込まれたコースは、インコースの甘め。

 

(もらった…!)

 

原田の目に映し出されたのは、ずっと狙っていた甘いコース。

ここまで全くと言っていいほど来なかった甘いコース。

 

ストレートの軌道に合わせられるバット。

また、快音が鳴り響くことはなかった。

 

先ほどとの違いは、破裂音にも似た乾いたミットの音が鳴り響いた。

 

「空振り三振!追い込めばこの決め球ツーシームがあります!稲城実業この回も無得点、一年生投手の投げ合いはまだ続きます!」

 

会場の熱気が、高まる。

それに反するように、原田は苦虫を噛み締めるような表情浮かべた。

 

(また、このパターンか。)

 

ストレートと、ツーシーム。

たった2つのボール、一巡目はその投げ分け。

動かないボールと動くボールを掛け合わせた高低の揺さぶり。

 

対応できたと思えば、今度はカーブを加えた落差と緩急による揺さぶり。

 

一枚ずつ、手札を見せてくる。

上手く、躱されていく。

 

 

そろそろ打たないと、自軍の実質エースである成宮の限界も来るのではないか。

そんな不安も、延長に入ってからの3イニングは毎回続いていた。

 

「そんなに心配しないでよ、雅さん。」

 

わざとらしいほど楽観的な言葉が耳に入り、原田はハッとした。

一年後輩の、何より捕手が投手に気を遣わせてしまった、と。

 

「心配なんぞしてねえよ。」

 

「安心しなって。次の回、ちゃんと決めたげるからさ。俺、バッティングもそこそこいいんだから。」

 

「ふん、この回抑えてから抜かせ。」

 

意外と、本当にこの一年坊主が試合を決めるのではなかろうか。

そんな風に考えてしまうほど、この成宮の投球は神がかっていた。

 

コントロールこそまだ甘いところがあるが、球のキレがいい。

140キロというスピードも相まって、合わせて10個の三振を奪っていた。

 

 

「いくぞ、鳴。」

 

「わかってるって!」

 

元気よくベンチを駆け出す成宮を遠目から見ながら、夏輝はベンチに座りたい思いを我慢して鞄を漁った。

 

 

身体が重い。

汗も、思っているより滲んでくる。

 

疲れているが、汗がベタつくのも気に食わない。

替えのアンダーシャツを肩にかけてベンチ裏に向かう夏輝を見ながら、監督である片岡は御幸に声をかけた。

 

「この回で球数は72球。お前の目から見て、大野はどうだ。」

 

大野というのは、兼ねてより投げている夏輝という少年の姓である。

 

「正直、際どいですね。元々スタミナだってある方じゃないですし、ここまで完璧に抑えているのが不思議なくらいです。」

 

この大野夏輝という投手は、特段球が速いわけではない。

むしろ、高校生にしては遅い方だ。

 

それでも抑えられているのは、相手の心理を読む御幸のリードに応えられるコントロールと度胸があるからだろう。

 

「どちらにせよ、この回で決めなくてはな。」

 

「そう…ですね。」

 

それができていれば、今更こんな苦労はしていまい。

片岡も、それはわかっているのだ。

 

 

しかし、そううまくはいかない。

結城が長打を放ったものの、後が続かない。

 

ピンチになってもギアを上げて失点を許さない。

 

 

「すまん、大野。また点が取れなかった。」

 

「構いませんよ。」

 

本当はきついなんて、言えない。

そんなことを言えば、きっと心配する。

 

というか、チームに焦りを植え付けてしまう。

 

 

「一也。」

 

「なんだ?」

 

「いや、何でもない。」

 

言いかけて、堪えた。

そろそろキツくなってきたなんて、一年生でも許されるような発言ではないと。

 

「マウンドに上がっているなら、尚更な。」

 

ボソリと呟いた夏輝の言葉。

御幸は、その言葉に少しの不安感を覚えていた。

 

力みが出てきたんじゃないのか、と。

 

確かにその不安は合っている。

だがそれは、プレッシャーなどの類ではなかった。

 

 

 

 

 

打席には、代打山岡。

一発もある…一発しかないブンブン丸的な打者。

 

普段なら、全く怖くない打者。

しかし、試合終盤の疲れが出てきた場面なら話は別だ。

 

 

 

先頭の山岡をフルカウントからツーシームで三振。

この時点で、夏輝の精神はボロボロになっていた。

 

少なくとも、さっきの回までなら三球三振だった相手にボール球を3つも使ってしまうほどには。

 

 

次の打者には、フォアボール。

外角低めに決まったと思われたコースをボール判定をされたから。

 

 

御幸は焦っていた。

この土壇場で慎重になりすぎていた自分にもそうだが、明らかに抜け球が多くなってきた目の前の投手の姿に。

 

ランナーは、代走に送られたカルロス。

間違いなく、走られるだろう。

 

カルロスの足も異常に速いのだが、それ以上に夏輝のクイックの遅さが最大の要因だ。

 

牽制を2つ。

しかし、そんなことでカルロスは止まらない。

常人離れした加速は強肩の御幸バズーカを掻い潜り、あっさり二塁へと到達した。

 

 

ワンナウトランナー二塁。

ここで打席には、ノリノリの成宮。

 

パワプロ的に言うと、絶好調な彼である。

 

万が一が、ある。

もし、失投したら。

 

意識してしまった時点で、負けていたのだ。

 

「あ」

 

初球のストレート。

そのボールは、この試合唯一の失投。

 

真ん中高め、インコースよりのボール。

成宮はそれを思い切り叩いた。

 

たった一球。

その失投は、投じてはいけない最悪のタイミングで放ってしまった。

 

打球は、センター伊佐敷の後方へ。

精一杯、手を伸ばす。

 

それが届かないと、わかっていても。

 

(い、行くな…超えるな…。)

 

歯を食いしばり、夏輝は拳を握りしめた。

自分の願いが届かないと、わかっていても。

 

 

 

会場に歓声が鳴り響く。

しかし、マウンド上はやけに静かだった。

 

 

 

 

 

あまりに呆気ない幕切れ。

視界の端に映る東の姿を確認しながら、マウンドの投手は膝から崩れ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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エピソード1

(行くな…超えるな…。)

 

精一杯腕を伸ばす。

たとえ、届かないとわかっていても。

 

一塁上で拳を突き上げている勝利投手を見つめ、その跡を追うようにホームベースに目を向ける。

ほんの一ミリの希望を込めて見つめた先には、生還したカルロスと項垂れる一也。

 

俺の視界から、光が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び光が差し込んだ時、両目の上に置かれていた右手の甲をスッと上げる。

その手には、何滴かの水滴だけが落ちていた。

 

届かなかったな。

再び目尻に浮かんだ雫を中指の腹で拭い、空虚を握りしめた。

 

「起きたか、大野。」

 

ボソリと呟かれた同室の先輩の声に意識を取り戻し、起き上がった。

 

「おはようございます、クリス先輩。」

 

「あまり無理はするなよ。」

 

「ありがとうございます、ですがもう大丈夫です。ご心配おかけしました。」

 

「そう、か。」

 

本当に、心配をかけた。

チームのみんなにも、監督たちにも。

そして、最後の試合になってしまった3年生にも。

 

 

俺が打たれたから、負けた。

その事実は、どう足掻いても変わらない。

 

「確かにお前が打たれたから負けた。が、打者が打てなかったから勝てなかったというのが正解だ。」

 

それは、わかっている。

だけど、それを認めたら。

 

それを認めたら終わりな気がする。

野球選手としてでなく、投手として。

 

マウンドに上がったからには、エースだろうがなかろうがチームを勝たせるために投げなければいけなかった。

 

だから、それ以上言わないでほしい。

 

「だから、あまり気にしすぎるな。お前が全力で投げ続けたことは、皆がわかっている。」

 

「けど…」

 

俺のせいで負けたんだ。

そう言いかけて、やめた。

 

怪我で戦列を離れざるを得なかったこの人の前では、言ってはいけない気がした。

 

言い澱んでる俺を見て、クリス先輩は笑顔で肩を叩いてくれた。

 

「みんな待っているぞ。」

 

本当、卑怯な人だよな。

こうやって、うまく丸め込んでくる。

 

 

無言で頷き、俺は申し訳程度に部屋のドアを開いた。

 

久しぶりの外、今日も日差しが眩しい。

 

 

けど。

新たなスタートラインだって考えればちょうどいい。

 

「よし、いくぞ。」

 

そして、少し開けていたドアを勢いよく全開した。

のはいいのだが。

 

ゴン。

 

と、鈍い音。

少し嫌な予感がしながら、俺は足元に目を向けた。

 

「あ。」

 

「ってえぇ…。」

 

額を抑えて跪き悶えるのは、我が妻君。

申し訳ない気持ちはあるのだが、そのコメディ調な流れと反応を見て笑ってしまった。

 

というか、吹き出してしまった。

 

「お前さあ…。」

 

「ごめん一也、ちょっと面白かった。」

 

赤くなった額を左手で撫でる一也。

結構勢いよく行ったからな、流石に痛かったか。

 

けど、笑える。

 

「あれ、大野じゃん。一週間も出てねえもんだから不治の病にでもかかったのかと思ったぜ。」

 

俺を見つけるや否や、颯爽と走ってくるのは同い年の倉持。

中々、テンションは高い。

 

夏の大会では代走と守備固めで9回から出場していた。

こう見えて、人のことをよく見ている。

 

現に、俺の様子を見てから判断したからな。

最初は心配そうな顔をしていたってのに、すぐに冗談に変換したからな。

 

 

「悪かったな、心配かけて。」

 

「さっさと練習行こうぜ。その馬鹿は置いていってさ。」

 

「おいおい。」

 

幼馴染ながら、不憫である。

はあっと溜め息をつきつつも、俺はグラウンドに向かおうと倉持の横へ駆けていった。

 

「お、大野じゃねえか。」

 

「あ、純さん。ご無沙汰しております。」

 

「たった一週間だろうが。てか、もう出てきていいのかよ。」

 

「それこそ大袈裟ですよ。むしろ、サボってすいませんでした。」

 

この人は、一つ上の伊佐敷さん。

見た目は厳ついが、見ての通り優しい人だ。

 

その後ろから出てきた小柄な人は、小湊亮介さん。

色んな意味で怖いが、いい人だ。

 

「で、こんなとこで油売ってていいの?一週間もサボってたんだから、監督ブチギレてるかもよ。」

 

こんな風に助言してくれるくらいには、優しい。

優しい、よね。

 

 

亮さんのありがたい助言のもと、俺は急いでプレハブ小屋へ。

小さなこの部屋にいらっしゃるのは、チャーミングなグラサンを煌めかせた我が青道高校を牛耳るヤのつくところの裏ボス…

というのは嘘で、監督の片岡さん。

 

とか冗談言ってるけど、正直少し怖い。

別に、怒られるのが怖いとかじゃないのだが。

 

 

起用に応えられなかったから。

信用してくれた監督の期待に、応えられなかったから。

 

それなのに、試合後に心配までかけた。

とても、顔向けできない。

 

(んなこと言ってられないよな。)

 

深呼吸をしてドアに中指を少し当てて、また息を吐いた。

この後に及んで、まだ躊躇っているのか。

 

深呼吸、この数秒の間に3回の深呼吸である。

漸くプレハブ小屋のドアに手を当てた時、背後に気配を…というか、声をかけられた。

 

「何をしている。」

 

あーっと。

まさかの監督登場。

というか、なんで今日に限ってくるのちょっと遅いんだよ。

 

「おはようございます、監督。昨日まで練習をサボってすいませんでした。また練習に参加させて頂きたいと思うのですが」

 

「もう大丈夫なのか?なら、早く準備をしろ。新チームはもう動き出しているからな。」

 

あれ、意外とあっさりなんだな。

 

「…いいんですか。」

 

「お前の気持ちも、わからないではないからな。」

 

監督は、元々ピッチャーだった。

それも、同じ青道高校で一年生の時からマウンドを託され、敗戦も経験した。

 

きっとこの人も、同じような思いをしてきたんだろうな

だから、お咎めもなかったんだろう。

 

「ありがとうございます、これからもご指導お願いいたします。」

 

頭を下げ、そそくさとグラウンドへ向かう。

とりあえずは、挨拶回りはOKかな。

 

緊張の糸が解けたように大きな溜め息をつく。

 

そして数秒、俺はあることを思い出す。

 

(そういえば、大事な人に言ってなかったわ。)

 

思い立ち、俺は急いでベンチへ向かう。

そこでバットを握り締めているのは。

 

「待っていたぞ、夏輝。これからもよろしく頼むぞ。」

 

「お待たせしました、哲さん。いえ、キャプテン。」

 

「間違ってはいないぞ、哲で。」

 

「そういうことじゃないです。」

 

天然である。

が、間違いなく。

 

今一番チームで頼りになる人だ。

 

 

「改めてよろしくお願いします、キャプテン。俺もエースとして、頑張ります。」

 

「ああ。よろしく。丹波とのエース争い、な」

 

笑顔で哲さんがバットを肩に担ぎ、彼はそのまま素振りへと向かった。

 

 

 

そういや、丹波さんのとこ行ってねえや。

 



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エピソード2



沢村入学まではサクサクいきますよー


新チームが結成されて約2ヶ月。

初陣である秋季東京都大会をベスト4で終えた俺たちは、少し早いオフシーズンへと突入していた。

 

秋風が、少し冷たい。

 

そう感じながら、肩を回した。

 

次の大会は、春。

4月まで丸々大会がない為、体作りを優先する高校も少なくない。

 

かくいう俺も、体幹やら下半身やらの身体の軸をトレーニングで鍛えていこうと思っている。

 

「夏輝、今日は投げるのか?」

 

ニコニコしながら歩み寄る御幸少年。

普段ならすぐにOKを出すのだが。

 

「悪いな、今日はノースローだ。」

 

実は、昨日試合で投げているからな。

球数は少なかったけど9回投げきったし、今日くらいは肩を休めてあげたい。

 

肩肘も消耗品だからな。

同室のクリス先輩が肩を怪我してるのを見ただけに、少し慎重にもなる。

 

 

「わかっているなら良し。昨日も練習試合で投げたし、今日はフィジカルトレーニングだけにしておけよ。お前スタミナないし、走り込んどけよ。」

 

 

なんなんだこいつは。

ただ絡んできただけなのか。

 

というか、スタミナ無いは余計だ。

言うても丹波さんよりもあるぞ。

 

「そういやお前聞いたか?」

 

「何も聞いていない。」

 

随分アバウトな質問だな。

まあ、そこについては突っ込まないでおこう。

 

「今日も推薦の奴が来るらしいぞ。」

 

ほう、推薦か。

 

少し懐かしい気分になる。

なにを隠そう、去年の俺も同じ時期に練習に参加していたからな。

 

 

江戸川シニア時代、当時スカウトだった高島先生が俺たちの試合を見に来た。

 

その時はクリス先輩のプレーを見に来ていたみたいだけど、偶然見つけた一也にも唾をつけていた。

因みに、俺はそのついでにスカウトされたみたい。

 

クリス先輩のついでの一也のついでの、俺だ。

 

まあ、自分で言うのもあれだが、先輩たちに比べたらコントロールは安定しているからな。

炎上の危険性は、薄い自信がある。

 

「まともな奴ならいいけどな。」

 

「ちょっとおもしれえ位が丁度いいだろ?」

 

こういう奴なのである。

 

俺は至極普通でも構わないし、戦力になってくれるなら誰だって嬉しい。

逆に戦力にならなくても、チームの為に動ける奴でも大歓迎だ。

 

どちらかと言えば、普通であって欲しいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一回言ってみろやガキィ!」

 

ど う し て こ う な っ た

 

声の主は、引退した3年生の筆頭、東さん。

ドラフト指名されていることもあり、今日も練習に参加していた。

 

普段は普通に優しい兄ちゃん肌であり、優しい。

それでいて青道高校を代表する主砲であり、身体もでかい。

 

そんな東さんが、怒号を上げている。

 

 

「えーっと。何故?」

 

頭を掻きながら、横で一緒にトレーニングをしていた相方の方を見た。

 

「あの中学生が東さんに喧嘩売ったんだよ。」

 

そんなことはわかっている。

何故、というかどんな心境で?

 

「んなこと知らねーよ。」

 

ですよねー。

 

あの中学生、タッパは俺と変わらねえな。

体格もガッチリしてるとは言えない。

寧ろ、細いよな。

 

けど、高島先生が連れてくるくらいだからな。

すごいポテンシャルでも持っているのではないか。

 

 

 

ちょっと、一也が言ってたことがわかった気がする。

面白いやつ、か。

 

「一也。」

 

「何だよ。」

 

「手、貸してやれよ。」

 

不意に、そう出てしまう。

全く、俺も物好きみたいだな。

 

というより、何かに期待しているってことか。

俺がそう言うと、一也はここ最近で一番の笑みを浮かべて走っていった。

 

 

 

 

東さんに喧嘩売るくらいだし、相当な手慣れか。

それとも、ただの馬鹿か。

 

意外と、前者かもしれない。

 

 

豪速球投手か、はたまた変化球のキレが超一流か。

それとも…

 

「面白そうっすね、その勝負。」

 

大きな声でそう言う一也の姿を横目に、俺はトレーニングを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白そうっすね、その勝負。」

 

謎の中学生…基、沢村はその声の主に目を向ける。

 

端正な顔立ちに、目元を隠すバイザーサングラス。

沢村が野球雑誌で何度も見た、ひとつ上のキャッチャー。

 

「御幸くん、よかったら受けて見ない?この子、面白いボール投げるから。」

 

高島がそういうと、御幸は少し前のことを思い出して笑った。

 

 

ちょうど一年前、全く同じセリフを同じ立場の人間に話している姿を見たことがあるから。

 

(あの時は見ている側だったからなあ。)

 

同じく見学に来ていた大野とバッテリーを組んだクリス。

その2人が、当時の青道クリーンナップと対決した時のことを。

 

 

その時と同じような状況に、御幸だけでなく高島も少し高揚していた。

 

「で、お前。持ち球は?」

 

「男のストレート一本。」

 

途端、御幸の顔が青ざめる。

まさかとは思っていたが、本当にポテンシャルだけで推薦されたパターンである。

 

しかし、そうなるとある疑念がおこる。

それは、高島の言った面白いボールという所だ。

 

「面白ぇ、こりゃリードしがいがあるってもんだ。」

 

「バカにしてるだろあんた!」

 

それはそうだ。

今どき中学生でも変化球を投げる時代だ、今更ストレート一本で強豪校に乗り込んでくるやつもそういない。

 

内心でそう突っ込みながら、御幸は白球を手渡した。

 

 

投げ込まれるボールは、それほど勢いもない。

全力で投げてきても、120km/hくらいか。

 

益々、溜め息が出そうになる。

 

(さて、どうしたもんかな。)

 

持ち球は、遅いストレート。

キレもあるとは言い難いし、特段勢いがあるとも言えない。

 

受けている感じでは、大野のようなコントロールもない。

 

そんな投手で、関東No.1スラッガーである東を抑えることは至難の業であった。

 

(ま、これを上手くリードするのが俺の仕事か。)

 

腹を括るように、御幸は自分に言い聞かせた。

 

投手の力量を最大限に発揮し、目の前の打者を抑える。

それこそが、自分の役割だとわかっているから。

 

「なんやあのガキ、大層なこと言うた割には並以下やんけ。」

 

明らかに不機嫌そうな東が、御幸を横目で見ながらそう言った。

 

(普段なら宥めるんだけど…)

 

熱くさせた方が絶対抑えやすいと、御幸は踏んだ。

勝負をするなら、少しでも有利に進めたい。

相手が自分たちより圧倒的であれば、尚更だ。

 

「まあ、今のだらしなーい身体の東さんには丁度良いかもしれませんけどね。」

 

「なんか言うたか御幸ィ?」

 

額に青筋を浮かべながら振り向く東の表情を見て、御幸はほくそ笑む。

まんまと乗ってくれるなぁとか思いながら。

 

(初球は外角、低めなら完璧だけど。)

 

明らかに、沢村の表情が硬い。

流石に東の威圧感を感じ取ってしまったのか。

 

このままでは、良いボールがくるはずがない。

そう察した御幸は、敢えてインコースの胸元へと構えた。

 

(今の苛立った東さんになら、多少のボール球でも手を出すはず。)

 

得意なコースなら、尚更な。

そう言わんばかりに、御幸は東の胸元へ構えた。

 

理想はサードゴロ、ダメだとしてもこのコースならファールにしかならない。

遅い球だし、上手く引っ掛けてくれれば完璧だな。

 

 

(何を見せてくれる、中学生?)

 

ほんの少しの期待を込めながら、御幸は沢村のフォームを見つめた。

 

足を高く上げるフォーム。

バランスは無茶苦茶だが、やけに身体に染み付いている。

 

きっと誰にも教わってきていないのだろう。

それが一目でわかるほどに、無茶苦茶だった。

 

「っ!」

 

リリースの瞬間、沢村の背筋に走る冷たい何か。

その何かはわからなくても、彼自身の投手としての本能がそれを感じ取った。

 

 

勢いよく叩きつけられたボールはホームベース手前でバウンド。

上手く御幸が前に転がし、ワンボールとなった。

 

(ほう。)

 

想定外だったが、少し驚いた。

投手としての本能が、相手打者の危険なコースを感じ取って無理やり引っ掛けたように見えたからだ。

 

「どうした。」

 

「あそこに投げたら、打たれる気がした。」

 

予想通り。

 

「お前正解。あそこ実は、東さん1番の得意コースだから。」

 

「な、なにィ!」

 

「一発でかいの浴びりゃあ緊張も解れると思ってよ。これからはちゃんとリードしてやっからよ。」

 

「信じられっか!」

 

ご尤もである。

御幸の本望ではないとはいえ、そんなことを言われて信用出来る馬鹿はいない。

 

 

この後御幸が上手く丸め込んだのは、言うまでもない。

寧ろやる気を上げたと言っても過言ではないだろう。

 

2球目、内側真ん中寄りのボール。

危険なボールだったが、東はこれを見逃す。

 

カウントは、1-1。

次の一球が入れば、かなりバッテリー有利のカウントになる。

 

そう思い、御幸は再びインコースの胸元へと構えた。

 

少し沢村の表情が歪み、すぐに直る。

沢村もそこまで阿呆ではない、捕手の御幸がきちんと考えていることを察して頷いたのだ。

 

その証拠に、御幸が先程より少し内側にミットを構えていた。

 

 

投げ込まれたコースは、インコース。

そのボールは御幸の要求通りとは行かず、ストライクゾーンに入ってしまっているボールであった。

 

(まずい、コントロールミスか。)

 

御幸は内心舌打ちするような気持ちを抑えつつ、ミットを動かした。

 

 

その瞬間、白球は手元で急激に沈む。

少しスライダー気味に、打者の胸元を抉るように。

 

快音とともに、打球は打ち上がった。

 

 

打球はグングンと伸びていき、あわや柵越というところで、引っ張り方向へと切れていった。

 

(ほらな。どんだけ飛んでも、ファールはファールだ。)

 

3球目、再びインコース。

今度はボールゾーンからシュート方向に曲がり、ストライクに入ってくるボール。

 

慌てて東が反応し、何とかバットに当てた。

 

「なんやこいつ、シュートしてるやないかい。」

 

「さっきはカット気味でしたしね。礼ちゃんが面白いって言うのも頷けますよ。」

 

流石東、もう沢村の球質に気がついた。

これ以上隠すとなると、難しくなるだろう。

 

だから敢えて御幸は、同調した。

東の理解を超える、想像を超えるボールを確信して。

 

 

投げれば投げるほど、少しずつ変化が大きくなっていく。

そして投げれば投げるほど、コースが甘くなっていく。

 

(ったく、少し危ないコースじゃねーと変化しねえ。)

 

御幸は、笑った。

目の前の投手が、とんでもない馬鹿だから。

 

そして、とんでもないポテンシャルを秘めた原石だから。

 

 

(投手と心中するのも、捕手の務めかな。)

 

そして大きく開かれたミットは、ど真ん中に構えられた。

 

応えるように、沢村は笑う。

その目の色は、先程とはまるで違うものであった。

 

振り上げられた脚は、天高く。

支えの左脚はピクリとも動かず、静止している。

 

並外れた体幹と、柔軟性。

沢村栄純にしかない、ポテンシャル。

動くボールを生み出す、仕組みのようなもの。

 

 

勢いが、違う。

発展途上でしかない未成熟な身体から放たれたそれは、大きく大きくシュート方向に曲がっていき。

 

東清国のバットを掻い潜っていった。

 

 

鳴り響く、乾いたミットの音。

同時に沢村の耳に入ったのは、御幸の一言だった。

 

「ナイスボール。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バットを杖代わりに、跪く東。

その横を、1人の青年が通り過ぎていった。

 

マウンド上には、雄叫びをあげる少年。

実質エースと正捕手は、それを見つめていた。

 

「あいつ、面白えな。」

 

そう、夏輝は呟いた。

それは性格や立ち振る舞いではなく、ポテンシャル。

 

磨けばとんでもない投手になることを、確信してのこと。

 

「だろ。」

 

そう、御幸は呟いた。

ポテンシャルではなく、シチュエーションに。

 

去年の今頃、奇しくも全く同じ球種で同じように三振を奪ったことを思い出してのこと。

 

 

2人は目を合わせ、笑った。

そして、マウンド上で昂っている少年に声をかける。

 

「沢村って言ったな、お前。」

 

「え、えぇ。あんたは?」

 

「…大野夏輝。1年後、お前とエース争いをするピッチャーだ。宜しくな。」

 

昨年同じような状況で、青道高校クリーンナップを三者連続三振で捩じ伏せたエースは、未来のエースの左手をがっちり握りしめた。

 

 






御幸「東さん、2年連続で三振はないですって。」

東「うっさいわ!」


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エピソード3

 

眠りの冬を越え、目覚めの春。

別れの季節でもあり、出会いの季節でもある。

 

そう、それはつまり。

 

「今日ですね、入寮日。」

 

ベッドに寝転びながら白球を真上に向けて弾くように投げ付ける。

回転軸を確認するという名目でやっている、暇つぶしみたいなものだ。

 

机の前で本と睨めっこをするクリス先輩に返答を少しばかり期待しながら、俺は放られたボールを掴み取った。

 

「そうだな。確か、推薦入学の金丸と書いているはずだ。」

 

何故こう、返答に少しラグがあるのだろうか。

まあ、怪我を目の前で見ていた身としては、何も言えないのだが。

 

「野手ですよね。強豪シニアの4番ですし、期待できるんじゃないですか?」

 

「思い切りの良い打撃と力強いバッティングが持ち味のサードだな。守備も軽快で且つ積極性もある。来年にはレギュラーに食い込んでくると見ている。」

 

よく喋るなあ。

たまにこの人饒舌になるんだよなあ。

 

同室というのもあるし、一時的にとはいえバッテリーを組んだ仲だ。

こうやって話してくれるくらいには、心を許してくれている。

 

 

というか、どこでそんな情報を仕入れてきているのだろうか。

まあ、別になんでもいいし、関係ないから良いんだけど。

 

少しばかりの会話も終わり、俺は再び暇つぶしに戻る。

別に無理に会話を続けようとも思わないし、必要以上に干渉しすぎない。

それが、この部屋である。

 

無心でボールを弾きながら数分ほど待っていると、申し訳程度のノック音が部屋に鳴り響いた。

 

「来たか。」

 

俺がいうより先に、クリス先輩がそう零す。

まあ、後輩の俺が出るのが当然である為、とりあえず玄関を開けた。

 

「お、お世話になります、新入生の金丸信二です!」

 

ほう、とりあえず元気いっぱいでよし。

人相は悪いが、礼儀正しくて良い子じゃないか。

 

「ああ、よろしく。俺は2年の大野夏輝だ。」

 

俺が出した右手に少し戸惑いながらも、がっちりと握りしめる金丸少年。

少し汗ばんでるあたり、緊張してるんだろう。

 

「こっちはクリス先輩。あんまり喋らないけど、優しい人だから。野球論とかバッティングはこの人に聞いたら間違いないよ。」

 

「宜しくお願いします、クリス先輩!」

 

一度チラリと金丸を見て、クリス先輩は視線を下に落とす。

俺なんかよりも、この人と仲良くなった方がいいと思う。

 

正直打撃に関しては俺、からっきしだし。

強打の捕手として入学してきたクリス先輩の方が、教えを乞うには丁度いいだろ。

 

 

それにしても後輩か。

あの沢村少年は、今頃倉持の部屋でドッキリでも喰らってんだろうな。

 

まあ、倉持の部屋になったことを呪うんだな。

 

とりあえず、俺たちの部屋は平和に行こう。

 

「適当に荷物置いちゃっていいよ。あ、先に言っとくけど歓迎会とかはなしな。この人絶対参加しないし、明日も早いからな。」

 

冷蔵庫から飲み物を取り出しながら、座る金丸にそう言った。

明日も早いというのは事実だし、決して面倒だからという理由ではない。

 

「んじゃ、早速自己紹介と行こうか。ね、クリス先輩。」

 

「滝川クリス優。3年、ポジションは捕手だ。」

 

それ以上、クリス先輩は何も言わなかった。

 

金丸が少し気まずそうな目線をこちらに向けてくる。

そのうち慣れるよと内心で呟きながら、俺は敢えて何も答えなかった。

 

順番的に次は俺かな。

そう思い、俺は訳もなく咳払いをして話し始めた。

 

「んじゃ、改めまして。2年の大野夏輝、ポジションはピッチャーね。一応、二番手投手でやらせてもらってるよ。」

 

「二番手って、大野さんがエースじゃなかったんですか?」

 

驚いたように、金丸がそう言う。

確かに防御率とか安定感でいえば確かに自信あるけど。

 

「秋大は怪我してたしな。試合に出られなきゃ、エースも何もないし。」

 

そもそも、出られたからといってエースになれたとは限らない。

補足するように、俺はそう言った。

 

怪我をしたのは俺の責任だし、注意不足。

そして何より、自覚が足りなかった。

 

チームを引っ張る、エースとしての自覚が。

 

「なんにせよ、ピッチャーとして協力できることなら何でも協力しよう。実戦形式でもバッティングピッチャーでもなんでも相談してくれ。」

 

俺としても、実戦形式が一番練習になるからな。

 

ついでに、クリス先輩に視線でアピールをする。

そして、クリス先輩はため息をつきながら額を右手で抑えて本を閉じた。

 

「…配球や打撃に関してはいくらでも教えてやる、これでいいか、大野。」

 

「バッチリですよ。ということでよろしくな、金丸。」

 

どう言うことなのかは言っている本人でもわからないのだが、金丸は納得しているからいいだろう。

その証拠に、金丸の表情はさっきよりも落ち着いている。

 

せめて部屋にいる時くらいは、落ち着いて過ごせるようにしてあげたい。

かつてクリス先輩がそうしてくれたように。

 

「今日は明日のために早く寝な。朝からミーティングあるから早いぞ。」

 

「あ、ありがとうございます、明日の準備したら寝ます!」

 

素直だなあ。

強豪シニアにいたからか、先輩の言うことを聞いていれば間違いないと言うのをわかっているんだろうな。

 

まあ、その環境で一年長く過ごしている人間の意見を参考にすれば間違いない。

 

 

沢村あいつ、元気してっかなあ。

明日の朝、挨拶くらいしにいくか。

 

そんなことを思いながら、俺はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝。

わざと物音を立てながら、俺は練習の準備へと取り掛かっていた。

 

「おはようございます、大野さん。」

 

2段ベッドの下から眠そうな目を擦って起き上がる金丸。

眠れたようでよかった。

 

「あぁ、おはよう。さっさと準備していくぞ。」

 

「はい。」

 

着替えなど身支度を終え、外へ。

外の日は登り始めているが、視界は悪い。

 

どうやら今日は、濃霧らしい。

少し不気味な空気感、1年生はもっと不穏に感じるだろうな。

 

 

しかし、気になることがひとつ。

金丸ともう1人、唯一面識がある少年が、いない。

 

どうしたんだ、沢村少年。

まさか初日から寝坊とかじゃないだろうな。

 

「おい。」

 

俺は横に並んでいる倉持を肘で小突く。

沢村と同部屋のこいつならわかるはずだ。

 

「沢村少年はどうした。」

 

「ヒャハハ、あいつなら昨日徹夜でゲームしたせいでまだお布団だぜ。」

 

お前が元凶だったか…

俺は目を瞑りながら大きな溜息をついた。

 

「せめて起こしてやれよ。」

 

「あいつの自己管理が悪いだけだろ?」

 

ひでえ。

というか、巻き込んだのはこいつらだろうが。

 

まあ、自己管理ができていないと言われたらそこまでか。

あとで助言くらいはしてやろう。

 

「全員揃っているな。」

 

あらら、監督来ちゃったよ。

こりゃ、本格的にアウトだな。

 

 

 

1年生の自己紹介がどんどん終わっていく。

今年の新入生は丁度40人であり、その内の15人が終わった。

 

「松方シニア出身、金丸信二!ポジションはサード!チームの4番を任されるバッターになります、宜しくお願いします!」

 

おぉ、我が金丸。

中々でかいこと言うじゃないの。

 

分かりやすく、大きく拍手をしてやる。

 

 

 

さて、次の自己紹介者は…

と、俺が新入生に目を向けようとしたとき。

視界の延長線上に、見覚えのある彼が。

 

 

沢村少年である。

 

「あいつ、今頃起きやがったのか。」

 

「挨拶が終わる前に来れただけ上出来だろ。」

 

そしてその後ろには、悪友御幸一也。

彼もまた、寝坊してしまったのだろう。

 

普通なら2人で素直に謝る…のがセオリー。

それが1番のトゲがなく、被害も最小限に済むからだ。

 

 

しかしまあ、一也がそんな優しい人間のはずがない。

寧ろ1年生を出汁にして自分が助かる算段を立てるはず。

 

10年一緒にやってきたからわかる。

 

何か入れ知恵をしている一也。

きっと沢村を誘導しているのだろう。

 

(お前の好きにはさせんぞ、一也。)

 

沢村少年、かわいそうだがここは怒られてもらうぞ。

説教が尾を引くよりもマシだろうよ。

 

 

俺は深呼吸をして、腹から大きな声を出した。

そりゃあもう、普段試合でも出さないくらいには。

 

「沢村!んなとこで突っ立ってねえでさっさと挨拶しねえか!」

 

全員が、物陰で隠れ…いや、寧ろ立ち上がった瞬間の沢村に視線が集まる。

 

「なんだ貴様は?」

 

眉間に皺を寄せながら、沢村の方を向く監督。

その鬼気迫る表情は、俺でもビビるだろう。

 

というかビビってる。

だって沢村の後はきっと俺にも向けられるから。

 

「おはようございます!赤城中学出身、沢村栄純!初日から寝坊してしまってすいませんでした!」

 

気持ちのいい挨拶。

自分のポジション言ってないけど、まあいいだろ。

 

謝ることが最優先だからな。

 

「初日から遅刻とは感心しないが、誰しも間違いは犯す。これからチームになる全員に謝罪の気持ちがあるというのなら、さっさと列に並べ。」

 

「はい!皆、ごめん!」

 

至って簡潔な謝罪である。

そして監督も鬼ではない、ちゃんと謝罪の気持ちがあれば許す。

 

 

さてと、俺も謝んなきゃな。

 

「監督、それに1年生の皆さん、挨拶遮ってすみませんでした。」

 

「構わん。良かれと思ってやった事だろう。」

 

俺も許しを得た為、軽く会釈。

良かった、何とか許してもらえて。

 

俺だけでなく、沢村少年も。

 

 

 

しかし、1つ懸念点があるとすれば…

 

「いやー初日から遅刻なんて馬鹿だよなー。」

 

さりげなく列に紛れ込んでる御幸バカである。

俺と沢村、そして監督とのいざこざの間にひっそりと列に並ぶという畜生振りである。

 

「お前さあ…」

 

ずる賢いというか、セコい。

そこまでは言わなかったが、俺は態とらしく溜息をついた。

 

 

全く、こんな奴とバッテリーを組んでいる自分が悲しくなる。

まあ、キャッチャーは性格が悪くてなんぼだからな。

 

「だから嫌われるんだよ。」

 

「ひどくね?」

 

「優しい方だぞ。」

 

また、溜息をつく。

沢村が助かっただけ、まだマシか。

 

そう思った俺の期待を裏切ったのは、監督であった。

勿論、いい意味で。

 

「そして、どさくさに紛れて列に入り込んでいる大馬鹿者は後で俺のところへ来い。」

 

無論、後ろにいる馬鹿だろう。

正直者がバカを見ない、至極まともな高校である。

 

頭を抱える馬鹿。

しかし、まあ。

 

「謝るのくらいは、手伝ってやるよ。」

 

 

この後、俺と一也の弁解は受領されることはなかった。

寧ろ、一也を援護したことで俺にも飛び火が降りかかってしまう。

 

そして仲良く走らされたのは、言うまでもない。



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エピソード4


文字数は本当にガバガバなので…読みづらければ申し訳ありません。


春。

新入生が入ったのも束の間、東京都大会が開幕。

 

初戦の相手は、春日第一高校。

東東京地区の中堅校である。

 

しかし、こちらはシードのため初戦。

対する相手は既に試合を行なっており、勝利を収めている。

 

勢いは、向こうのほうが確実に上。

 

だからこそ、その勢いごと捩じ伏せる。

それが、

 

「いくぞ、夏輝。」

 

「おう。」

 

それが、エースとしての俺の役目だから。

 

 

目の前に立ち塞がるのは、先頭打者。

相手はこちらの出鼻を挫こうと、チームで一番の好打者を先頭に持ってくる。

 

「っらあ!」

 

高校生らしい、元気な掛け声。

その姿をしっかりと目に刻み込み俺は目を瞑った。

 

深呼吸をして、目を開ける。

そして、横目でベンチの方を見た。

 

 

丹波さん、一つ上の先輩投手。

秋大ではエースながら、4回を7失点でマウンドを降りた。

 

俺は、視線を打者に戻す。

今は自分のことに集中だ。

 

 

 

グローブを胸元に置き、打者と正面で相対する。

打者と、真っ向から立ち向かうために。

 

投球モーション。

他の選手よりも大きく腰を捻る、変則フォーム。

 

決して大きいとはいえない体を目一杯使い、余すことなくボールに伝える。

 

中学生時代、俺と一也で考えて編み出した、俺だけのフォーム。

細かくいえば、とある選手を参考にしたフォームなのだが。

 

踏み込み、極端に捻転された身体は反動も相まって他の投手とは比にならない力を生み出す。

 

 

初球のストレートが、外角低めに決まった。

 

「ストライーク!」

 

球審のストライクコールに少し安堵しながらも、俺は女房役から投げ返されたボールを掴み取った。

今日は、外もしっかり見てくれる人らしい。

 

2球目、全く同じコースにストレート。

球速は、122キロ。

 

これも見逃し、2球でツーストライクと追い込んだ。

 

(どうする。)

 

(今日のお前はキレてる、真っ直ぐで押し切るぞ。)

 

 

一也のサインに頷き、先頭打者にラストボールを投げ込んだ。

 

球速は、僅か127キロ。

しかし、打者のバットはボールの遥か下を振って空を切った。

 

 

まずは、三振。

打たせて取るのもいいが、やはり三振をとってこそだ。

 

続く2番も、三振。

3番に対しても三振。

 

つまり、三者連続三振である。

 

湧き上がる歓声を聞きながら、俺はそっと胸を撫で下ろした。

よかった、久しぶりの大会だけどちゃんと投げられた。

 

グローブを脇に抱えながらベンチに戻る。

その先で立ち塞がる(と言ってもベンチの席が隣だからやむを得ない)丹波さんが、コップを手渡してきた。

 

「調子いいみたいだな。」

 

「ええ、もうエース対決は負けませんよ。」

 

そうして、俺は丹波さんにサムズアップをする。

なぜか丹波さんは、驚いた表情で俺の顔を見てきた。

 

「なんですか?」

 

「いや、俺も負けないからな。」

 

笑う丹波さんに、俺も笑顔で返す。

前までは切羽詰まった表情をしていたのに、今は違う。

 

俺がいいピッチングをしてもこうやって声をかけてくれる。

これが、3年生の余裕か。

 

 

丹波さんから手渡されたドリンクを一口で飲み干し、一息ついたところで一也が隣に座った。

 

「球は来てるけど、飛ばし過ぎじゃねえか?」

 

「いいんだよ、次の試合は丹波さんが投げるだろうし。」

 

俺がそういうと、一也がわかりやすく溜め息をつく。

今日はこいつが溜め息をつく側らしい。

 

それに。

 

「今日も、5回で終わりでしょ?」

 

そうして前を見る。

目の前には、バッティンググローブをつける4番。

そして、頼れる主将がいた。

 

「ああ、任せろ。」

 

「お願いします、哲さん。」

 

何せうちは、「打の青道」なのだから。

 

(まあ、投手の俺たちがバカにされてる気分になるんだけど。)

 

そんなことは胸の中にしまっておく。

 

 

そしてそのキャッチフレーズの通り、俺たち青道高校は初回から4得点と先制する。

 

「どうだ、夏輝。」

 

「最高です。5回までに10点お願いします。」

 

「10点どころか20点とってやらぁ!」

 

哲さんが、純さんが声をかけてくれる。

そして、文字通り俺を援護してくれる。

 

「いえ、10点で構いません。」

 

俺がそう返すと、哲さんは何かを察して笑う。

近くにいた亮さんも、純さんも。

そして増子先輩も倉持も、ニコリと笑う。

 

10点以上はいらない。

点は取られないから。

 

 

 

 

言葉通り、俺は2回以降ランナーも出すことなく三振を奪う。

その三振の数は、5回開始時点で7個。

毎回三振を奪って見せた。

 

「あと、3人だな。」

 

「どうやって決めたい?」

 

一也が、そう聞く。

愚問だな、俺がエースなら…

 

「三者連続三振だ。必ず決めるぞ。」

 

「へいへい、エース様よ。」

 

その宣言通り、先頭打者をカーブで空振り三振。

2人目の打者は、高めのストレートで空振り三振。

 

最後の打者に対しては、決め球であるツーシームで空振り三振を奪って見せた。

 

「ストライーク、バッターアウト!ゲームセット!」

 

反動のまま右脚を振り抜き、項垂れる打者を見下ろす。

 

叫ぶわけでも、大きくガッツポーズをする訳でもない。

別に、それに値するほどのことはしていないから。

 

だけど。

久しぶりの勝利と、祝福してくれる仲間を見て。

 

 

俺は、小さく右手を握りしめた。

目の前にいる女房役にしか見えないほど小さなものだが。

 

「んな控えめにやん無くてもいいのによ」

 

「別に、見せつけるもんじゃないだろ。それに…」

 

チラリと、相手の方を見る。

甲子園につながるような大会ではないといえ、惨敗したのだ。

 

敗北を噛み締め、ただ呆然とすることしかできない。

そんな相手に、見せつけることなんてできない。

 

まあ、あえてそんなことは言わない。

 

「大一番まで、取っておく。」

 

俺がそういうと、一也は笑って俺の胸にミットを当てた。

 

「そんときは、ちゃんと見せつけてやれよ?」

 

「勿論。」

 

そうして、2人で握手を交わす。

大一番、それは言わなくてもわかる。

 

だが、きっとそのときは。

 

 

自然と、出るんだろうな。

 

 






そして、ストックがなくなりました。
おそらくこの後は投稿頻度も3日に一本ほどになるかと思います。まあ早く出せる分はすぐに出しますが。

ですので、是非気長にお待ちください。


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エピソード5



2年秋までは結構サクサク行く予定です。
後、ここまでは原作改変少なめです。
視点の都合上描写できていませんが。




初戦に快勝した俺たち青道高校は、勢いのまま勝利を重ねていった。

 

2回戦は、丹波さんが先発して7回を4失点と試合を作る

打線も初戦同様爆発し、12−4で7回コールドで勝利。

 

続く3回戦は俺。

この試合も相手打線を抑え込み、5回を1失点。

 

残りの回を同い年の川上が抑えて、9−2で7回コールドで勝利を収めた。

 

 

 

そして、準決勝の先発は丹波さん。

この日も安定した立ち上がりを見せ、6回を2失点に抑える。

 

打線は少し元気がなかったものの、それでも7得点とリードしていた為、誰もが勝利を確信していた。

 

 

が、なんとここでセットアッパーの川上が大炎上。

 

新球種であるシンカーがまさかの暴走、2者連続のデッドボールに続けて四死球。

挙句のはてに置きにいった甘いコースを連打され、あれよあれよという間に7−6まで詰め寄られてしまう。

 

流石の川上はお役御免。

登板予定のなかった俺が緊急登板し、残りのイニングを無失点で終えたためなんとか勝利は収めた。

 

 

 

予想外の事態もあったが、とりあえずは決勝まで駒を進めた。

 

対戦相手は、同地区の市大三高。

今年の春の甲子園でベスト4という輝かしい成績を残した強豪だ。

 

が、負けるつもりはない。

 

この大会の上位2校が関東大会に行けるため勝たなくてもいいのだが、折角なら勝ちたい。

そもそも、同地区のライバルに負けるわけにはいかない。

 

 

 

ということで、先発はエースである俺。

昨日登板しているため少し不安要素はあるが、打線が爆発してくれることを祈る。

 

相手先発も、エースの真中さん。

鋭く横に変化する高速スライダーの使い手。

 

甲子園でも、その右腕を奮ってきたエース。

しかしその分、疲労も相当あるだろう。

 

相手の打線は、うちとほぼ互角。

都内でもトップクラスの打力を誇るチームのひとつだ。

 

 

 

 

さて、と。

 

「今日は完投かな?」

 

試合前の挨拶も済ませ、先頭打者である倉持が打席に向かう。

それを見つめながら、俺は横に座る御幸に声をかけた。

 

「だろうな。丹波さんは今日投げないだろうし、ノリもあの調子じゃあな。」

 

もう1人リリーバーはいるが、正直頼りない。

特に相手が市大三高となれば、大炎上不可避である。

 

それなら少しばかり疲労がある俺が投げた方がマシだと、自分で言えちゃう程度にはやばい。

 

「スタミナは大丈夫だろ?」

 

「冬に死ぬほど走ったからな。」

 

去年の夏はまだ中学生の体力だったからな。

それを克服したくて、オフシーズンである冬は特に走り込みを中心に行ってきた。

 

今では9回完投も問題なくできるし、連続完投とかじゃなきゃ連投もできることが練習試合でわかった。

 

なのでまあ、この試合も問題はない。

 

 

「おっ、倉持出たぞ。」

 

まずは、同い年の倉持が出塁。

ミートパワー普通の、走力特化型のリードオフマンだ。

 

そんな彼が塁に出れば、それはもう。

水を得た魚のように走り回る。

 

 

クイックも牽制もそこそこ上手い真中さんから、あっという間に二塁を盗んだ。

 

2番の亮さんが、得意の小技であるバントを完璧に成功させ、ランナー三塁。

そして純さんが芸術的な流し打ち(ポテンヒット)を見せ、ワンナウト時点でいきなり先制。

 

更に、ここで4番。

高いミート力に長打力、打撃に関しては都内随一と言われるほどの圧倒的主砲、哲さん。

 

流石の真中さんも力が入り、四球。

疲労もあってか、無駄な力が入りまくってしまった。

 

しかし、5番は恐怖のクラッチヒッター。

というより、チャンスでしか打てない打点王こと一也。

 

「今日は援護できるぞ。」

 

「チャンスを作ってくれた純さん哲さん、あとは真中さんに感謝だな。」

 

最後のは、皮肉。

調子悪いのは仕方ないけど、4番歩かせてその後ろのバッターに打たれるとか最悪だからな。

 

逃げた挙句の得点は、チームにも来るものがあるだろう。

 

「哲さん歩かせた時点で終わりっすよね。」

 

「まあ、今日の真中じゃあね。勝負してても終わりだよ。」

 

サラッと毒を吐く亮さん。

何故か冷や汗が出たので、そそくさとベンチを出る。

 

 

俺がネクストバッターズサークルで素振りをしながら待っていると、やはりこの男はやってくれた。

 

 

カキィン!

 

 

場内に響き渡る快音。

その音とアーチを見れば、誰でもその打球の行方は予想できた。

 

「行ったね。」

 

「行きましたね。」

 

「行ったな。」

 

ベンチ各地でそんな声が聞こえる。

そんな空気になるほどの、所謂確定演出であった。

 

「ちゃんと援護してやったぞ。」

 

「チャンスだったからな。まあ、ありがとう。」

 

すれ違いざまハイタッチをして、俺も打席に立つ。

コールされる、俺の名前。

 

「6番、ピッチャー、大野くん。」

 

思わぬ先発発表に、場内が少しどよめく。

まあ、今はバッター大野夏輝だ。

 

 

実は、そこそこ打てる方。

特に意識とかはしてないけど、一也が言うには自然とリストや肘を柔らかく使えているとのこと。

 

ホームランは少ないけど。

地味に、ヒットの数は多め。

 

少なくとも、倉持よりは打てる。

俺は奴と違って内野安打ないから、打率は奴の方が高いけど。

 

因みに一也より打率は高い。

得点圏打率は、言うまでもないけど。

 

 

(さてと、どうすっかな。)

 

初球はきっと、ストレート。

一発を浴びたなら、慎重に入ってくるはず。

 

打者は、一発のないピッチャー。

バッテリーの認識でも、俺への警戒心は薄い。

 

 

こういう時は、確か…

 

(とりあえずの外角低め(アウトロー)…だよな!)

 

投げ込まれた速球は、俺の想定と全く同じコースに。

俺は迷いなく、振り抜いた。

 

撃ち抜かれた打球は、レフト前へ。

我ながら美しい流し打ちでチャンスを広げる。

 

 

しかし、7番でスタメン出場していた樋笠がセカンドゴロのゲッツーに抑えられてこの回の攻撃を終える。

何だかんだで、初回にいきなり4得点である。

 

「悪いな、夏輝。四点止まりだった。」

 

申し訳なさそうにそう言う哲さん。

この人は本当に天然なんだから。

 

「大丈夫ですよ、哲さん。」

 

帽子を深く被り直し、俺は重く閉ざされた瞼を開ける。

 

 

「俺はもう、負けませんから。」

 

笑顔で、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ:主人公のステータス(2年春)

 

 

大野夏輝 2年 投手

右投左打 身長176cm 体重70kg

 

ストレート 131km/h 球威B

ツーシーム 128km/h 球威A

スライダー  変化量 2 球威E

Dカーブ   変化量 4  球威C

SFF 変化量 2 球威E

 

コントロール A81

スタミナ   B74

 

特殊能力

対ピンチA/ノビA/ クイックF

奪三振/低め○/闘志/球持ち○/アウトロー球威/軽い球

 

 

弾道 2

ミート C69

パワー D56

走力  C62

肩力  A80

守備力 B71

捕球  E49

 

特殊能力

アベレージヒッター/流し打ち/ラインドライブ

 

 

こういう妄想ステータス考えるの好きなので、定期的にやります。

主人公以外にも、能力に変化のある原作キャラとかもやっていきたいと思いますのであしからず。

 

 



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エピソード6






先に書いておきますが、クリス先輩と沢村のイベントは裏で早めに起こっています。
主人公の介入によって、クリス先輩の人格が原作ほど死んでいないというのと、沢村が説教を受けなかったのが、一応の要因になります。


無理やりです本当にry


「ストライーク、バッターアウト!ゲームセット!」

 

審判の大きなコールと共に、俺は大きな溜め息をついた。

なんともまあ、緊迫した試合であった。

 

青道 4 1 0 0 2 1 0 0 1 9

市大 0 0 0 0 1 0 3 4 0 8

 

このスコアを見ればわかるだろうが、今日は完投させてもらえなかった。

 

一応補足しておくと、俺は6回でマウンドを降りている。

打撃の調子が良かったからそのままレフトにいたけど。

 

んで、圧勝ムードの状態でマウンドに上がったのは川上。

監督は昨日の汚名を返上させる場面を作ろうとしたのだろうが、またも裏目に出てしまう。

 

気持ちを切り替えきれなかったためか、今日も3失点とそこそこの燃え上がり。

続く川島も、川上に続くように1イニング4失点である。

 

 

結局最終回も俺が投げて、なんとか無失点に抑えることができた。

 

(完投するより疲れた。)

 

主に、気疲れ的な方向で。

 

見ているだけの観客なんかは楽しいかもしれないが、やっている当人たちからしたら怖いことこの上ない。

だって、気づいたら逆転されてんだもん。

 

「とにかく、勝てて良かった。」

 

思わず、溜め息が出てしまう。

それを見た女房役は、同じく肩を撫で下ろして息を吐いた。

 

「ほんと。点差がついたらついたで油断ならねえよ。」

 

監督の意向としては、点差のあるうちに投手に経験を積ませてみようと言う魂胆だった。

まあ、大失敗に終わったわけだけど。

 

 

ノリは、慎重になりすぎてストライクが入らない。

川島は、ノーコンだからストライクが入らない。

 

とてもじゃないが、四球コンボではどうにも出来ない。

それこそ、リードしている捕手ですらも。

 

「コントロールつくやつ1人いて、よかったぁ…」

 

「どっかの誰かに煩く言われたからな。」

 

中学生時にくそほど投げ込みを行わせてくそほど文句言われた身としては、複雑な気分になる。

 

でも、感謝はしてる。

少なくとも、自分が思ったところに投げられるというのは、気持ちが良いから。

 

 

なにはともあれ、関東大会への出場権を得た俺たち。

と言っても、上位2校の参加だから出ること自体は決まってたけど。

 

まあ、勝つことに意味がある。

とにかく、勝てて良かったというものだ。

 

 

明日はオフだし、今日も投げたからゆっくりしよう。

そう思いながら(というか言われた)、俺は部屋へと戻った。

 

シャワーや夕食、ミーティングも終えてもう完全オフの状態である。

 

「お疲れ様です、夏輝さん!」

 

「おう、お前もな。」

 

部屋でグローブの手入れをしていた金丸が、出迎えてくれる。

彼も入室してから日が経ち、俺たちにもだいぶ慣れたようだ。

 

クリス先輩も俺が間を取り持ったから結構話すようになったしね。

 

 

 

そんなことはさておき。

明日の予定なのだが、レギュラー陣はオフである。

 

今日まで大会だったし、特に俺とか丹波さんみたいにイニングを投げた人は勿論だけど、野手陣も相当疲れが溜まっているだろうしね。

 

そして、主力のオフの裏で、一年生と2軍の壮行試合が行われる。

まあ、そんな生易しいものではないのだが。

 

一軍を外されて燻っている選手たちが、まだ高校生になって間もない一年生に襲い掛かるのだ。

 

それはもう、毎年大量得点&大量失点が見られる。

どっちがどっちかは、言うまでもない。

 

まあ、例外もあるけど。

 

「どうだ、明日の勝算は。」

 

「絶対勝ちます…と言いたいとこですがね。正直、厳しいでしょうね。」

 

「ほう。」

 

決して、間違いではない。

寧ろ、良く分析できているといえる。

 

一年、或いは二年と表現すれば短く感じるだろう。

しかし、高校生の数年といえば話は別だ。

 

身体がまだ成熟していない、所謂成長期というもの。

人にとって、特に男性にとって一番成長の爆発力を抱える時期と言っても過言ではない。

 

ましてや、強豪校でトレーニングを重ねてきたといえば尚更だ。

 

「正直勝たせる気なんてないんでしょうね。なんて、少し弱気ですよね。」

 

「弱気じゃない、お前は自分達の力量をしっかり把握しているだけだ。それに実際、金丸の言う通りだしな。」

 

監督としても、勝たせるつもりはないのだろう。

寧ろ目的は、2軍の選手で戦力になる選手探すのが、主な目的だろう。

 

後は、一年生の中に掘り出し物がいるかどうか。

2軍に通用して、手札として数えることのできる選手が。

 

つまりは、去年の俺パターンである。

元々一也のついでにスカウトされたのだけど、この壮行試合で当時の2軍を圧倒して一軍入りを決めた。

 

「でも俺、やっぱり勝ちたいです。」

 

「その意気だ。勝てる可能性はほとんどなかったとしても、勝ちたいと思えるやつこそがチームには必要なんだ。」

 

笑顔でそういうと、金丸も笑う。

キリもいいし、明日に備えて寝ようかなんて話していると、何やら不穏な足音。

 

この人のことなんてなーんも考えていないようなアホな足音は…まさか。

 

俺は慌てて布団に潜り込む。

が、どうやら間に合わなかったみたいだ。

 

「なっさん、キャッチボールしましょうよ!」

 

沢村少年である。

まるで放課後の小学生のようなノリで現れた高校生、ちなみに時計は既に22:00を回っている。

 

そして言うまでもないだろうが、なっさんというのはもちろん俺のことである。

これまた言うまでもないが、この呼び方を許可したこともない。

別に、咎めるつもりもないけど。

 

「…ちょうどいい、金丸も行こうか。」

 

「え、ええ。俺もバット振ろうと思ってましたし。」

 

「なら、俺も行こう。散々金丸に打撃を見てくれと頼まれているからな。」

 

思わぬクリス先輩の参戦により、4人で室内練習場へ。

珍しく、今日は人がいなかった。

 

 

「さて、キャッチボールだよな。」

 

沢村少年と軽くキャッチボールをしながら、横目で金丸の方を見る。

うん、ちゃんとクリス先輩ともコミュニケーションとっているな。

 

それを確認して、俺は視線を戻す。

相変わらず腕がぐにゃぐにゃ曲がって気持ち悪い。

 

けど、少し前よりもリリースが安定している気がする。

それに、フォームも少し変わっているか。

 

「ああ、この間少しな。」

 

「どうですかなっさん!師匠直伝のこのフォームは!」

 

どうですかと言われても。

というか、いつから師匠になったんだよ。

 

 

溜め息をついて沢村にボールを投げ返すしながら、俺は視界の延長線上に少年の姿を見た。

 

見たことはないが、見覚えのある。

そんな彼に話しかける前に、その少年は声を上げた。

 

「あの、僕らも混ぜてもらってもいいですか!」

 

桃色の髪の毛を靡かせた少年は、これまた小学生のように健気にこちらに聞いてきた。

なんだよ、ここには小学生しかいねえのか。

 

そして、その後ろからは一年生の東条(金丸から聞いた)も一緒に現れた。

 

 

ったくよ。

まるで小学生みたいに健気じゃねえか。

 

しかし、こんだけやる気があるなら。

少しばかり、面白い方がいいよな。

 

「おし、わかった。切り札を呼んでこよう。」

 

俺はそう言い残し、そそくさと室内練習場をあとに。

そして程なくして、戻ってきた。

 

頼りになる女房役と、もう1人の背の高い一年生を連れて。

 

「んじゃ、クリス先輩、一也。打倒二軍団の作戦会議と行きましょうか。」

 

俺がそう言うと、2人も笑って答えた。

 

「御幸、少しばかり苦労しそうだぞ。」

 

「そっちの方が、面白いでしょ?クリス先輩。」

 

頼りになる2人を据えて、俺は金丸の方を再び向いた。

 

「ちょっとは、勝てる兆し見えたかな?」

 

「…絶対に、勝ちます!」

 

それは、さっき部屋で話したものを裏返すような宣言。

しかしそれでも、金丸は満面の笑みでそう言った。

 

 

さて、明日はどうなるかな…。

 

 

 

 



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エピソード7

一年生の名前は、ちょっと適当です。


 

 

さあやって参りました、一年生と二軍メンバーの壮行試合。

 

「実況は私、大野夏輝。解説には滝川・クリス・優さんと御幸一也さんに来て頂きました、本日はよろしくお願いします。」

 

「何をしている。」

 

「よろしくどうぞ。」

 

何をしているかと言いますと、まあ見ての通りです。

3人で実況解説ごっこをしながら、俺たちはプレハブ小屋で試合を観戦している。

 

 

理由としては、昨夜の室内練習場で二軍対策をしていたのがバレたから。

ついでに太田部長と高島先生に一年生の情報共有をして欲しいとの事でこの部屋に監禁されている。

 

別に俺は元々自主練すらも禁止されてたし、やることないからいいんだけど。

一也も朝イチでウエイト終わらせてたし。

 

クリス先輩は肩のリハビリも午前中で終わって、午後はフリーみたいだから来てもらった。

 

 

「どう、大野くん。彼らの勝算は?」

 

高島先生が面白そうと言わんばかりにこちらに話を振る。

うーん、勝算ねぇ…

 

「ゼロですね。」

 

「え?」

 

ほんの少しも間を開けず、俺はそう言った。

 

対策って言っても、できたのは相手選手の特徴を伝えたことくらい。

あとはどうやって戦っていくかどうかの心得。

 

たった一夜じゃどう頑張ったって一夜漬け。

いきなりムキムキにだってならないし、上手くもならない。

 

「というかこれで勝たれちゃ、2年間頑張って来た人たちの面子が立ちませんよ。」

 

「それもそうね。」

 

「まあけど、せめて試合にはなるよう努力しました。」

 

監督に直談判し、オーダーもこちらで構成。

俺の指示を金丸キャプテンが引き継いで指示を出していく。

 

因みに、一年生のオーダーはこうだ。

 

1番 遊 高津

2番 投 東条

3番 二 小湊春市

4番 三 金丸

5番 左 降谷

6番 中 金田

7番 一 柳岡

8番 捕 狩場

9番 右 岡

 

先頭打者には、足も速くてパンチ力もある高津。

2番にはバッティングセンス抜群の東条を置き、クリーンナップに打撃三強を置いておく。

 

ちなみに春市くんは、亮さんの弟らしい。

ということで、兄譲りのバッティングセンスの高い春市くんを3番に。

 

4番は我らが金丸。

やはり、一年生の中でバッティングの融通が一番効く。

 

元々パンチ力のある選手だから一発も見込めるし、繋ぎの打撃もできる。

そして、中々チャンスにも強い。

正に、4番向きだ。

 

5番には、ブンブン丸の降谷。

当たればよく飛ぶし、結構当たる。

 

彼もピッチャーであり、センスもある。

今日は東条の2番手として出してもらおうと思う。

 

 

とまあ、こんな感じでちゃんと考えている。

まあ、オーダーとか考えたのは捕手2人なんだけど。

 

俺が伝えたのは、投手の攻略のみ。

投げる可能性がある、3人。

 

先発の丹波さんと、二年生のノリ、同じく川島。

 

 

先発はやはりというか、丹波さん。

この人は戦力になる云々ではなく、その上の試験。

 

エースとしての投球ができるかどうか。

どれだけ打者を圧倒できるかどうか。

 

つまり一年生からすれば、一軍投手と真っ向から対戦しなきゃいけないと言うこと。

それも短いイニングだから、まごう事なき全力投球だ。

 

(さあて、どうする金丸。)

 

俺は目の前にある机に肘を置いて、グラウンドに目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(嫌な見逃し方するな、こいつら。)

 

この回最後の打者が見逃し三振で打席を後にする姿を、宮内は横目で追った。

 

回は既に3回。

ここまで丹波が奪ってきた三振は七つ。

出塁した打者は、0人。

 

まるで圧倒的と言わんばかりの投球。

しかし宮内の目から見た一年生の見逃し方は、少しばかり不自然に見えた。

 

「どうしたんだ、宮内。」

 

「ああ、いや。」

 

点差もあるし、あまり気にしなくてもいいか。

そう思い、宮内は心の中に疑念を仕舞い込んだ。

 

 

 

その裏で一年生ベンチ。

ここまで三振の山を築き上げられている彼らは、密かに反撃の時を待っていた。

 

「よし、これで様子見は終わりだな。大丈夫か、東条。」

 

臨時とはいえキャプテンになった金丸は、ここまでなんとか6失点に抑え込んでいる東条に声をかけた。

あまりいい成績とはいえないが、相手が先輩となれば上出来…いや、完璧な働きだろう。

 

「うん。守備にも助けてもらってるからね。」

 

先発の東条、ここまで一つの三振も奪えてないが、高い制球力を活かした打たせてとるピッチングでなんとか抑えることができている。

 

 

しかし、汗の量が多い。

たった3回しか投げていないと言うのに、完投した時よりも汗が出ている。

 

体力の問題ではない。

高校球児の鋭い打球に、気迫、それに力強いスイング。

精神的に、東条は野球人生1の疲労感を感じていた。

 

「降谷、準備はできてる?」

 

汗を拭いながら、東条がそう問う。

それに対し降谷は、無言で頷いた。

 

アピールするように肩を大きく振り回しながら。

 

その姿を見て、東条は安心するとともに、一つの覚悟を決めた。

 

(せめて、最後くらい無失点で抑えよう。)

 

ここまで予定通り、寧ろそれ以上の投球をしている。

それでも、せめて。

 

一年生の中で一番経験のある投手として、推薦で入学した1人として。

反撃を開始する直前に、狼煙を上げるような投球をしたい。

 

息を吐いてベンチから立ち上がった東条の肩に、軽い衝撃が走る。

 

「力入ってるぞ、東条。」

 

「後ろには僕らがいるから、安心して投げていいよ。」

 

東条の肩を軽く叩き、小湊と金丸が自分の守備位置へ向かう。

 

「いつでも投げられるから。」

 

「後ろには俺もいるからなー!」

 

沢村と降谷、2人の投手が声をかける。

言葉を受け、東条はまた深呼吸をした。

 

ここまで支えてくれた、みんなのために。

この後を投げてくれる、仲間たちのために。

 

 

東条は、最後のマウンドへと向かった。

 

 

 

まずは、2番の楠木から。

最初の打席はセンターオーバーのタイムリー、二打席目はショート高津のエラーでの出塁。

 

二つとも出塁を許しているが、彼の中で楠木を打ち取る算段は立っていた。

 

(やっぱり、インコースの見極めは良くないね。)

 

(確かに、さっきも反応悪かったしな。スライダーを引っ掛けさせよう。)

 

2人でサインを交換して、3球。

最後は注文通りのボールを打たせてショート前へ。

 

同じミスはしまいと、高津も丁寧にゴロを処理してワンナウト。

 

 

続いては、3番の佐竹。

ここニ打席は、単打2本。

 

パワーヒッターというよりは、率を残すタイプ。

積極的に振ってきた楠木と違って、消極的な打者。

 

(この人は、追い込まれるまでは手を出さない。)

 

(予定通り行こう。最後のボールはバックドアのスライダーで。)

 

この打者に対しては、予め決めていた作戦で勝負に出る。

 

2球、アウトコースストレートで追い込む。

サイン交換はなし、その分投球感覚は短くなる。

 

3球目、スライダー。

打者が準備などする暇もなく、打者のアウトは宣告された。

 

 

積極的な打者に対しては、ボール球で。

消極的な打者に対しては、3球勝負で。

 

このクレバーな投球とそれを体現することができる制球こそが、東条のピッチャーとしての特徴だった。

 

 

(あとは…)

 

目を向けた先には、一軍の主力である増子。

三週間前の試合、注意力散漫なプレーで二軍に落ちた彼。

 

実力は、レギュラーそのもの。

そんな増子に対して、東条は徹底していた。

 

 

たった四球。

外に外れるボールを投げて、歩かせた。

 

(悪いけど、勝負するにはまだ力が足りなさすぎる。)

 

大きく息を吐く東条に、狩場が駆け寄る。

 

「気にすんなよ。フォアボール出すのだって勇気いるだろ。その勇気で、最後の打者も頼むぜ。」

 

東条は何も言っていない。

しかしそれを察してマウンドへ駆け寄った。

 

「ああ、ありがとう。でも、大丈夫だよ。」

 

そうして、東条はにっこりと笑う。

 

5番は、キャッチャーの宮内。

御幸の控え捕手である。

 

初球はまず、スライダー。

真ん中低め、コースに決まってストライク。

 

2球目は再び同じような、しかし少し低いボール球。

2球続けての見逃し、手が出なかったと言ってもいい。

 

3球目、カーブ。

少し緩い軌道を描き、外のボールゾーンからストライクゾーンへ入り込んでくる変化球。

 

これを振るも、空振り。

1ボール2ストライクと、ピッチャー有利のカウント。

 

 

同じ一軍の増子は歩かされ、自分で勝負されている。

安牌だと判断されたことに、宮内は少しばかり頭に血が昇っていた。

 

一年生バッテリーに思われたことが、簡単に宮内の余裕を奪う。

そして余裕が奪われた打者は、少しばかり視野が狭くなる。

 

その「少し」が、宮内のスイングを鈍らせた。

 

 

投げ込まれたボールは、ストレート。

少し甘く入ったコースに、宮内も迷わずスイング。

 

が、そのボールは急激に失速。

手元で、シュート方向に少しだけ沈む。

 

大野が授けた、一つの手札。

ストレートとほぼ同じ球速で沈む「ツーシーム」

 

大野のそれとは似ても似つかないほど小さなものだが、ハッタリとしては十分であった。

 

 

気がついた時には、もうバットは止まらない。

芯から外れた打球は、低いまま金丸のグローブにおさまった。

 

好投した東条を助ける、金丸の好捕で4回の表を無失点で抑えてみせた。

 

 

(代償は少し大きかったけど、無駄ではなかったよな。)

 

3回は、失点しながら情報収集。

最後の回はその全てを活かして、歳上相手に無安打に抑えた。

 

 

 

疲れを顕にしながら、それでも安堵したようにベンチに座る東条を見て、金丸がチームに声をかける。

 

「さあ、こっから反撃と行こうぜ。」

 

「さっきから気になってたんだが。」

 

先頭打者の高津が、金丸を見る。

そして。

 

「なんでお前が仕切ってんだよ。」

 

「別になんでもいいだろ!」

 

 

点差は、6。

四回にしては大きい点差。

 

一年生の反撃が、始まる







ここからちょっとずつ原作を改変していきます。
あとここまで読んでもらえればわかると思いますが、金丸を優遇していきます。


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エピソード8

回は4回の裏。

マウンドに上がって足場を作る丹波を、この回の先頭打者である高津はじっと見つめていた。

 

ここまで奪ってきた三振は、7個。

反対に三振をしなかった打者といえば、カットの末にゴロを放った小湊と東条のみ。

 

そしてこの回も、先頭の高津が初球からうちにいくも、セカンドゴロに倒れる。

 

「悪い、出られなかった。」

 

「大丈夫、さっきまでとは違うことを植え付けることが最優先だから。」

 

ここまでは、丹波が圧倒的な投球を見せつけている…というのが、表向きの試合展開。

あくまで、表向きでは。

 

 

続く東条も初球からストレートを打ちにいくが、レフトフライ。

ここまで追い込まれるまでバットを振らなかった一年生たちが、二者連続で初球打ち。

 

その不自然な動きに、宮内は考えた。

そして、こんな答えに辿り着いた。

 

(追い込まれたら打てないと分かったか。)

 

こんな風に考えてしまうほど、今日の丹波は絶好調だった。

その不自然な展開について深く考えなかった。

 

 

そして、3番目の打者である小湊が打席へ。

宮内はこの打者も初球から振ってくると読み、あえてボール球から入った。

 

高めの釣り球。

小湊も、このボールに空振り。

 

(予想通り。考えることが安直だぜ、一年。)

 

そうほくそ笑み、宮内は再び高めに要求した。

しかし、今度はそれを見逃す。

 

今度はインコースのボール球。

これも、見逃す。

 

4球目、今度はストライクを入れる。

これを見逃し、並行カウント。

 

 

(なんだ、振らないのか?)

 

少し不自然に思いながら、宮内は外に構えた。

インコースは2球見せた、ならば出方を伺うにもアウトコースが適策だと。

 

 

しかしその考え方こそが。

 

「出方を伺うためにアウトコース、安直だよね!」

 

木製のバットを上手く操り、外角をうまく弾き返した。

 

一年生、この試合初のランナーである。

当然、盛り上がる。

 

 

赤面しながら拳を突き上げる小湊を見ながら、金丸は笑って立ち上がる。

ふと、誰かにバットを出されて金丸の視線はそちらに向けられる。

 

バットを手渡したのは、高津。

お世辞にも、あまり仲が良いとは言えない。

 

それでも、高津は金丸にバットを手渡した。

 

「俺たち踏み台にしたんだから、責任持ってなんとかしろよ。」

 

高津は、様子見をやめたことのアピールに。

東条は、宮内に間違った認識を植え付けるために

 

一巡目は、みんなが丹波引き出した。

その成果を、まずは見せる。

 

丹波から得点を奪い、後ろの投手にプレッシャーをかける。

 

 

 

 

捕手から見て左側の打席に立ちながら、金丸はバットを長く構えた。

 

マウンド上で肩を回す丹波。

改めて見ると、大きい。

身長が高いから細いと勘違いされがちだが、体全体が厚いからさらに大きく見える。

 

それと相まって、威圧感。

お前たちに打てるのかと言わんばかりに佇むその姿は、まさにエースのようであった。

 

 

しかし、金丸は何も感じていなかった。

確かに少しばかりの怖さは感じていたが、それ以上に「臨時コーチ」からあることを言われていたからだ。

 

「丹波さん、正直打てると思うよ。」

 

その「臨時コーチ」も、本気でそんなことを言ったわけではないのであろう。

しかし、そんな気休め程度の言葉でも、金丸は嬉しかった。

 

 

(怖いのは、何もできないこと。せめて、やれるだけのことはやる。)

 

打てないのは、仕方がない。

しかし、この状況ではそんなこと言えない。

 

チームが、まずはこの一点のために総力を結集していた。

だから、ここは必ず打たなきゃいけない。

 

 

初球。

丹波がモーションに入った瞬間、ランナーが動いた。

 

ツーアウトでやっと出た大事なランナー。

それも初球から走るとは思っていなかったようで、丹波も無警戒だった。

 

慌てて二塁に投げる宮内。

しかし彼は、御幸ほどの肩はない。

 

悠々二塁へと到達した。

 

 

 

 

ツーアウトランナー二塁。

打席には4番と、少し期待する展開である。

 

 

2球、ストレートで追い込まれる。

力はあるが、確かにコントロールは甘かった。

 

一度息を吐きバットを構え直す。

気持ちを、リセットするように。

 

(大丈夫、慌てんな。)

 

追い込んでからの決め球は、カーブ。

長身から放たれるその落差とキレは、都内でもトップクラスである。

 

しかしその落差が仇となることもある。

 

決め球に、それも三振を取るのに使うとなれば必然的に低め。

 

丹波は、空振り三振で勢いをつけていくタイプ。

その三振を奪うのに最も適したコースは、真ん中からボールゾーンに落ちる球となり丹波もそれを投げ込んでくる。

 

 

そう、決め球はボール球。

つまり振らなければ、三振のコールはされないのだ。

 

そのために、一巡目は捨てていたのだ。

 

「第一優先事項は、見ること。一巡でストレートとカーブの軌道を目に焼き付ける。そして次点で、丹波さんに気持ちよく投げさせること。」

 

「それじゃあ、丹波さん調子づくんじゃ。」

 

「それでいいんだよ。どんどん気持ちよくさせて、バッテリーの感覚を麻痺させてやるんだよ。」

 

そしていざ気持ちよく打者を打ち取れなくなったとき、バッテリーは得意なボールに縋る。

その得意なボールこそが、カーブなのだ

 

続けられる、低めのカーブ。

フルカウントになって、宮内はストレートを要求した。

 

どうやら、このバッターはカーブを見切っている。

ならばストレートで詰まらせてやろう。

 

そうして、宮内はアウトコースに構えた。

 

 

 

金丸は、再び深呼吸。

そして最後の、狙い球に意識を向けた。

 

「じゃあ、狙い球はカーブですか?」

 

「無理だよ、あの人のカーブすごいもん。」

 

「じゃあどうするんですか。」

 

「狙い球は、一つ。」

 

カーブの「抜く感覚」が手に残っている。

そんな投手にいきなり「掛かったのある」ストレートを制球しろというのは少し酷な話である。

 

「時折甘く入ってくる、ストレート」

 

少し鈍った指先の感覚は、簡単に戻らない。

少し抜け気味のストレートが、真ん中高めに。

 

金丸は、迷いなく振り抜いた。

この試合一番の佳境で、二軍チームの勝ちムードを全て掻っ攫うようなスイング。

 

 

打球は高々と伸び上がり、そのままスタンドへと叩き込んだ。

 

「お、おお。」

 

振り抜いた態勢のまま打球を見送る金丸。

そして間も無く、歓喜の渦に飲み込まれた。

 

「「「おおおおお!」」」

 

拳を突きあげながらダイヤモンドを一周駆け抜ける。

 

気分が高揚している。

心臓の音が高鳴っている。

 

ただの練習試合での一発でしかない。

それでも、金丸は声を上げた。

 

反撃の、時間だと。

 

 

 

 

しかし、丹波も崩れない。

以前までなら、一発でガタガタに崩れていた丹波が、最後の打者である降谷を空振り三振で切り捨てる。

 

「大丈夫だ、丹波。あんなガキどもすぐ打ち崩してやるからよ。」

 

「東条ってやつにはうまく躱されたが、次はあの降谷だろ?」

 

ちなみに前夜にいざこざがあったわけだが、その話は置いておこう。

簡単にいうと、降谷の発言で三年生がキレた…というだけの話。

 

 

 

舐めた発言をした一年生に、痛い目を見せてやる。

そう意気込んで、打者がバッターボックスに入った。

 

上背があるものの、大して体に厚みはない。

所詮は中学生の延長線上なのであろう、無名の選手なら大したボールも投げないであろう。

 

その緩い球を。

 

 

 

ゴオオオっ!

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

跪く打者、それを見下ろす投手。

全てをねじ伏せる投手が、そこにはいた。

 

計測なんてしていないからわからないが、球速は150キロ近い。

まるで生き物のように唸る豪速球は、打者をねじ伏せた。

 

前の回から続けての9者連続三振。

ここにいる誰よりも圧倒的な投球で、目の前にいる全ての打者を切り捨てた。

 

 

 

鮮烈。

全てを霞ませるような、眩い閃光。

 

それを目の当たりにして、彼らはエースを連想させた。

圧倒的で、何もかもねじ伏せるその姿に。

 

 

回は既に8回。

点差は依然、3点差。

 

一年生は闘志を燃やして二軍に食らいついた。

まだ負けているとはいえ、善戦していると言っても良いだろう。

 

しかし、未だに逆転を狙っている。

そんな一年生チームのマウンドに、最後の選手が登った。

 

 

「ガンガン打たせていくんで、バックのみんなもよろしく!」

 

最後のエースが、ダイヤモンドの中心に立ち上がった。

 

 

 







思ってたより長くなってしまいましたが、一応これで一年生対二軍の試合は終わりです。
ここから夏大会に向けてサクサク行きます。

やっぱ三人称は苦手やでえ…


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エピソード9

 

 

小鳥の囀り。

爽やかな朝の匂いを噛み締めるように、俺は走り始めた。

 

まだ朝日は登りきっていない。

少しばかり冷たい、心地よい風で前髪が少し揺れる。

 

 

いつもの日課である、早朝のランニング。

入学当初からずっと行っている、俺の日課だ。

 

体力をつけるという意味もあるが、この静かな朝に1人で運動するというのも気持ちがいいものだからな。

 

「くそおおおおお!」

 

静かな朝だ、うん。

横にいるうるさいバカさえいなければ。

 

 

一年生と二軍の試合は、6対2という結果で結末を迎えた。

 

一年生チームは4回の得点以降一点も挙げることができず、2点止まり。

二軍チームも登板した一年生投手3人を打ち崩すことができずに、6点で止まってしまった。

 

両チーム不甲斐ないという思いで試合が終わったわけだが、首脳陣たちは大きな期待感で満たされていた。

 

 

まずは、即戦力1人。

二軍相手に9者連続三振で見ている者に大きなインパクトを与えた。

 

その名も、降谷暁である。

北海道の苫小牧から一般入試でこの高校にやってきた長身の投手で、所謂ノーコン速球派投手だ。

 

150キロに迫る高めの直球で、打者たちを翻弄。

まあ、事前の打ち合わせでは脱力して低め勝負の予定だったのだが、気持ちよく高めに投げまくっていた。

 

たまたま二軍チームが熱り立っていてどんどん振りに来ていたからよかったものの、見逃されていれば四球祭りであっただろう。

 

しかし、速球持ちというのは羨ましいことである。

Max130キロの俺からしたら…うん。

 

 

あとは、今後戦力になりそうな選手と原石。

 

まずは、東条秀明。

持ち前のコントロールと幅を持たせた投球で、5失点ながら試合を作った張本人である。

 

球速をつけて決め球を身につけるまでは二軍で経験と体力づくり。

 

あとは、小湊春市。

試合では4打数の3安打と高いアベレージを残した。

 

高校野球でも珍しい木製バット使いであり、高いバットコントロールでヒットを量産する。

これも上に同じ、二軍で経験を積みながら体力づくり。

 

 

そして、我らが金丸信二。

試合では4打数の1安打2打点、1本塁打。

 

この試合で降谷以上にインパクトを残したと言っても過言ではない大活躍。

丹波さんの失投を逃さずホームランに、場内もざわめいた。

 

正直俺もヒット打てれば良いなあ程度に思っていたのだが、あの勝負強さは本物だ。

 

とりあえずは、二軍で様子見。

要は、上2人と同じである。

 

 

 

そして最後の1人は、今ちょうど横で走っているバカこと、沢村少年である。

 

2イニングを1失点と大活躍であった。

降谷から点を奪えなかったことで焦った二軍チームを、手元で動くボールを打たせて取るピッチングで抑えた。

 

まだフォームも固まっていない原石の塊でありながら、失点したのは増子から食らった一発のみ。

今後の動き次第では、降谷を越える投手になるのではないかと首脳陣の中では話題になった。

 

まあ話題になったのは、俺たちプレハブ小屋で実況していた俺たちと副部長と監督だけ。

沢村はもちろん、一年生すらも知らない。

 

とりあえずは、二軍だ。

練習試合での活躍次第では、戦力として考えるとのこと。

 

つまりは、降谷に次いで最高評価を受けた。

わけなのだが…。

 

「何が不服なんだ。」

 

「別に、なんでもないっすよ!なんで一軍じゃないんすか俺ええ!」

 

なんでもなくないじゃないか。

 

「被安打2の1失点、十分活躍したとは思うが。」

 

「じゃあなんで俺は!」

 

うーん。

 

「線は細い、球も遅い、変化球だって持っていない。制球だって纏まってはいるが、特段いいわけでもない。」

 

わかりやすく、落ち込む。

まあ、俺も言ってて悲しくなるくらいだし。

 

けどな。

 

「そんなお前が、なぜ二軍に選ばれたか分かるか?」

 

「それは、俺の底知れぬ可能性に」

 

「その通り。しかしそれだけじゃない。」

 

手元でブレるムービングボールと、それなりに纏まったコントロール。

そして何より、貴重な左腕。

というより、戦力になるかもしれない左腕はこいつしかいない。

 

つまりは。

 

「お前が今一番必要なのは、経験値だ。沢山試合に出て、沢山野球をする。そうして経験を積んでいけば」

 

「俺はエースに!?」

 

飛びすぎだ。

 

「長いイニングを投げれば、それだけ多くの経験を得られる。だから」

 

「走ってスタミナをつけろってことですね!ぬおおおお」

 

そうしてペースを上げる沢村。

猪突猛進とは、よく言ったものだ。

 

「あと、クリス先輩の話は聞いておけよ。」

 

聞いてない。

まあ、俺が言わんでも聞くか。

 

 

 

さて、と。

 

こんなのんびりしているが、実は関東大会の真っ最中である。

今日は朝から試合、体を起こす意味も込めて宿の周りを走っていた。

 

初戦ということで、先発は俺。

相手は千葉県代表の更科総合高校、うちと同じく強力打線を擁するチームである。

 

「相変わらず早えな。」

 

「まあね。こんな大事な試合で日課をこなさなかった日にゃ、何が起こるかわからないしな。」

 

明らかに寝起きといった表情をしながら外に出てきたのは、マイハニー(バッテリー的な意味で)の一也である。

 

「お前、そういうの気にするクチなんだな。」

 

「念のためだよ。で、どうしたんだ。」

 

「朝飯の時間だよ。」

 

「もうそんな時間か。」

 

そりゃそうか。

寝坊常習犯のこいつが、他のみんなより早く起きるはずないもんな。

 

「お前今失礼なこと考えたよな。」

 

「朝飯だな、早くいこう。」

 

「おい。」

 

逆になぜ読まれている。

と、若干の恐怖感を抱きながら、俺は一也と共に朝食場に向かった。

 

そして。

 

「あ。」

 

走らせていた沢村のことをすっかり忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月とはいえど、少しばかり暑い。

けど夏というには、足りない。

 

深呼吸をして、マウンドに上がった。

 

目を閉じ、右掌を胸に当てる。

心を落ち着けるために。

 

早るな、もう時期始まる。

焦らなくても、すぐに投げられる。

 

「どうだ、調子は。」

 

言葉が耳に入り、俺は目を開ける。

もう、準備はできている。

 

「今更。」

 

「だよな。」

 

俺が答えて間も無く、一也が間髪入れずに答える。

阿吽の呼吸、だ。

 

彼が俺の胸にミットを当てると、自分の守備位置へ走っていく。

 

目の前に立つのは、敵。

切って取るべき、敵。

 

俺は、己の力を信じて、投げるだけだ。

 

 

(まずは。)

 

(インハイストレート、だな。)

 

トルネード投法と呼ばれるフォームで投げ込まれる、直球。

スピンの効いたその真っ直ぐが、打者の胸元を抉った。

 

「ストライク!」

 

まずは、見送る。

初球から見逃すは、好打者特有のアプローチ。

 

見ず知らずの投手の、それも厳しいコースをいきなり振ることなんてない。

 

(様子見、だな。)

 

(気にする必要なんてない。ねじ伏せるぞ。)

 

そして、一也がミットを大きく開く。

構えられたコースは、再びインコース。

 

同じくストレート。

打者が振りにくるも、空振り。

 

この時点で、勝負は決まっていた。

 

3球目。

打者にとって、最も遠いと言われるコース。

 

アウトローのストレートで見逃し三振で先頭打者を切り落とした。

 

続く打者に対しては、カーブを引っ掛けさせてセカンドゴロ。

3番打者に対しては、3球目のスライダーを引っ掛けてショートゴロ。

 

まずは初回、相手打線を0に抑える。

 

 

そして、打線はいつも通り快調。

特に。

 

「ウガア!」

 

スタメンに復帰した増子さんは、会心の3ランホームラン。

エラーで二軍に落とされていたが、今は一つ一つのプレーに集中して取り組んでいる。

 

それが、一球一球の集中力にもつながったのだろう。

やっぱり、この人がいるだけで打線に厚みが増す。

 

 

打線から熱い援護を受けた俺は、相手打線をシャットアウト。

ストレートとカーブ、スライダーとSFFを操って7回を1失点で抑え込む。

 

そして、8回。

9−1という大差のついた場面で、この男がマウンドに上がる。

 

「青道高校、選手の交代をお伝えします。ピッチャーの大野くんに変わりまして、降谷くん。レフトの門田くんに代わって大野くんがレフトへ。8番レフト大野くん、9番ピッチャー降谷くん。」

 

入学して一ヶ月の怪物が、聳え立つ。



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エピソード10



短めな上に時間が飛びまくってます。
読みずらかったらごめんな竿。


関東大会初戦。

俺と降谷のリレーで10−1で勝利。

 

俺は被安打4の1失点、奪った三振は8個で四球はなし。

ツーシームなしの割には、中々頑張った。

 

 

その後に登板した降谷は、そりゃもう圧巻だった。

登板してから打者を3者連続三振、四球を挟んでまた連続三振。

 

関東中に、怪物一年生降谷の名は一気に広まった。

 

 

ということで、見事に注目を掻っ攫われた男、大野です。

別に悔しくは、ない。

 

試合に勝つことが一番だし。

何度も言うが、悔しいとか思ってない。

 

 

 

2回戦の先発は、これまたもちろん丹波さん。

 

この人も、やっぱり安定して試合を作ってくれる。

何様かと思うだろうが、三年生らしい安定感だなとか思う。

 

そりゃ、去年まで散々だったからな。

4回くらいまでは安定しているのに、少し打たれたらいきなり崩れるんだもん。

そんなの目の当たりにしてると、やっぱりね。

 

ちなみに、その日は7番レフトで先発出場。

6打数3安打と、ちゃっかり猛打賞である。

 

 

 

 

 

そして、3回戦。

 

相手は今大会優勝高校筆頭、埼玉の浦島学院。

春の選抜では惜しくもベスト4を逃したが、優勝した駒大藤巻高を追い詰めた高校として高評価を受けている高校である。

 

ということで、先発は俺。

オーダーも現段階で取れる最高のラインナップで挑む。

 

1番 遊 快速リードオフマン、倉持洋一

2番 二 高打率で小技の達人、小湊亮介

3番 中 意外にも繋ぎの打者、伊佐敷純

4番 一 怪物クラッチヒッター、結城哲也

5番 三 帰ってきた重量級打者、増子透

6番 捕 チャンスで絶対打つマン、御幸一也

7番 投 一応そこそこ打てる、大野夏輝

8番 右 マジの仕事人で守備職人、白州健二郎

9番 左 唯一固定ができていないポジ、門田将明

 

 

相手は強打のチームというよりは、堅実な攻め方で一点を大事にするチーム。

怪物級の選手はいないが、全員が高水準でまとまっている。

 

 

さて、肝心な試合内容だが意外な展開に。

4回まで両チーム無得点と静かに進んでいく。

 

俺は被安打0で無四球、毎回の5奪三振。

反対に相手先発はランナーを出しながらも無失点と、内容は全く違うものであった。

 

この分なら点はいずれ取れるだろうし、失点も最小に抑えられるだろう。

そんな風に思っていたのが災いしたのか、こちらにアクシデントが発生する。

 

というのも…

 

「ってえ…」

 

俺の投げたツーシームを一也が取り損ねて親指を痛めてしまった。

所謂、「持っていかれた」というやつである。

 

「わり、逆球だったわ。大丈夫か?」

 

「ちょっとやばいかも。」

 

無理か。

ちょっとやそっとの怪我では練習すら休まない一也が、ベンチに下がったのだ。

 

おそらく筋が伸びているか、悪ければ骨折か。

夏大会までには十分間に合うが、骨折の場合はなおるのにも時間がかかるからな

 

 

 

しかし、問題は目の前にもある。

だって一也が怪我したんだもん。

 

そりゃ、試合でマスクを被る選手が替わるんだから。

 

これがどう転ぶか、だ。

 

 

俺のボールは速くない。

変化球だって多少使えたとしても、ミートポイントの広い金属バットでは弾き返される。

 

カウント球のスライダーとSFFはもちろんだが、決め球にも使うカーブも合わせられたらよく飛ぶ。

 

必殺のツーシームもあるがそもそも取れなきゃ話にならない。

練習試合でバッテリーを組んだときは半分くらい弾かれたからな。

 

正直、あんまり信用ならない。

 

 

ということで、最速130キロのストレートとそこそこのカーブと普通のスライダーとSFFという、パッとしない投手なのだ。

ある程度制球もまとまっている分、キャッチャーのリードに依存しやすいのだ。

 

ここまで話せば、もうわかるだろう。

細かく俺を操作してくれる一也に対して、コースもアバウトに構える宮内さんのリードはあまり俺にはあっていない。

 

ましてや、3球勝負や勝負どころのインコース攻めのような強気なリードの一也と低めと外角勝負の宮内さんっていうのもあるだろう。

 

その点、ノリや丹波さんなんかは宮内さんのリードと合っている。

甘く入ったら痛撃のインコースと違って、多少コントロールがずれても痛打されにくい宮内さんのリードは、2人にとってはいいのだろう。

 

 

話を戻そう。

長々話したのだが、要は。

 

やばいってこと。

 

 

「派手にやられたな。」

 

「まあ、な。」

 

大量の汗を垂れ流しながらベンチに座り込むと、横で治療中の一也が茶化してくる。

てか、さっさと病院行けよ。

 

そんなことを思いながら、俺はタオルで汗を拭った。

ほんと、疲れたな。

 

チラリとスコアボードに目を向ける。

試合は既に9回の表が終了したところ。

 

あーあ、こんなに荒れちゃうとはなあ。

我ながら、他力本願な投手だこと。

 

1−7

 

こんなにもひどいとは、自分自身でも思っていなかった。

打線も中々相手エースを打ち崩すことができず、ここまで1点しか取れていないと本調子ではない。

 

中々打線が繋がらない。

うまく、相手にはぐらかされている。

 

あとは、味方打線に託したいと思う。

というか、そうせざるを得ない。

 

 

 

しかし、優勝候補の名は伊達ではない。

我らが青道高校は驚異的な追い上げを見せたものの、6−7とあと一歩届かなかった。

 

俺の成績で言えば、9回を7失点と炎上。

三振は11個と二桁奪えたのだが、な。

 

負けてちゃ、意味ない。

 

俺は一年越しの敗北の味を噛み締めながら、大きく大きく息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 






ということで、弱点露呈回でした。
意味わからないところもあるかと思いますが、ご都合主義ということで(目逸らし)


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エピソード11



お気に入り100件ありがとうございます


「なっさん!」

 

「どうしてあんなに打たれたんですか。」

 

関東大会を終えて帰校して次の日、何故か一年投手2人に詰められた。

どうやら、俺が打ち込まれたのが不思議で仕方ないらしい。

 

まあ、見たまんまだよな。

 

「俺が弱くて、相手が強かった。」

 

極めて端的にそう伝えると、俺は逃げるように走り始める。

 

「ま、待ってくださいよ!」

 

というか沢村は分かるのだが、何故降谷までいるのか。

 

だって今、朝6時にもなってないのよ。

普段一緒に走ってる沢村はわかるけど、何故わざわざこんな早くに降谷いるんだ。

 

「御幸先輩に、お前も走れって。」

 

あいつか。

 

確かにこいつの弱点はスタミナとコントロール

特にスタミナは最優先重点項目だろう。

 

スタミナつけるなら走るのが1番手っ取り早いしな。

横にいる沢村(こいつ)も入学当初は大して体力があったわけじゃなく、毎日毎日俺と走っていくうちにスタミナがついてきた。

 

となれば、こいつも同じなはず。

 

きっと走り込んでいけば、スタミナだってついてくるはずだ。

 

スタミナだけでなく下半身、主に足腰だって強くなる。

足腰が強くなればフォームも安定して制球もある程度まとまってくる、というのが一也の算段なのだろう。

 

 

「で、どうしてあんなに打たれたんですか」

 

まだこの話続いていたのか。

 

「相手は全国トップクラスの打線だ。そもそも俺、球も遅いし変化球だって大したことないし。」

 

「そんなことないですって。カーブだってギュインって曲がるし、あのよくわからないボールも凄いし。」

 

「だがよく飛ぶ。」

 

ストレートは回転数が多い分問題ないのだが、変化球はミートされるとよく飛ぶ。

体重移動が下手なのか、弾かれやすいみたいな。

おそらく同じ理由で、球速も遅い。

 

つまりは、コントロールがある分厳しいコースを攻めることができるんだけど、ボール自体は大したことないということ。

それこそストレートとツーシームの組み合わせさえも、単体で見れば遅いボールだけでしかない。

 

まあ、そんなこと言っても沢村が理解するとは思えない。

というか、こんなこと言っても仕方がない。

 

「まあ、俺の投球は一也頼みってことだ。」

 

ほらいくぞ、そう言って俺は走り始める。

 

俺にはまだ、足りないものが多すぎる。

球速、変化球、そして力強さ。

 

けどそれは、短期間で治るような事じゃない。

だから今は、自分のできることを精一杯やるだけ。

 

 

そして、あの夏に届かなかった場所へ。

俺は、さらにペースを上げて走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蝉が鳴き、汗が流れる。

少しばかりというか、だいぶ夏の暑さが近づいてきた。

 

今日は練習試合。

と言っても、俺の出番はなし。

 

何故なら。

 

「今日は、クリス先輩出るんすよね。」

 

「ああ。どこかの問題児の面倒を見なければいけないからな。」

 

「金丸も出るんだよな。」

 

「ええ、折角チャンスをもらえたんで、絶対活躍して見せますよ。」

 

うん、2人の気合は十分。

 

今日の練習試合は、夏の大会で戦えるメンバーの最終選考。

レギュラーとして夏のメンバー入りが決定している野手陣と、ピッチャーは俺と丹波さん、そして降谷の11人は既に決まっているため、残りの9人を選考するための練習試合だ。

 

とは言いつつ、ベンチ入りしているメンバーもある程度固まっているため、実際にはもう少し減るだろうが。

 

一応、現段階で投手の候補としては5人。

 

関東大会まではエースだった男、大野夏輝。

そして、安定感と貫禄を得た三年生投手の丹波さん

最速150キロ右腕であるノーコン速球派の降谷。

貴重な変則サイドスローのノリ。

これまた貴重な、というか唯一の左腕、沢村少年。

 

この5人に関しては、ほぼ決まっているような感じ。

野手のレギュラー陣が固まっている分、控え野手に割く人数を投手に回すことができる。

ということで、真夏の連戦に備えて投手も多めに備えておく、ということだ

 

前半戦の試合間隔が長い時はいいのだが、準決勝と決勝戦は連日で行われる。

それこそ、決勝前に長いイニングを投げて影響を残したくない。

 

ということで、今日登板するノリと沢村に関しては最終選考というような形だ。

 

 

そして、野手。

まずは一也の控えとしてベンチ入りしている宮内さんと、復帰したクリス先輩。

 

バッティングこそまだ本調子とまではいかないものの、やはりリード面では抜けている。

何より、彼の野球脳とコーチング能力。

まだ不安定な一年生投手のケアとコーチングをしながら、この2人をリードしていくような形でベンチに入る予定

 

かといって、宮内さんも丹波さんとノリとの相性が3人の中では1番いい。

慎重な2人を安定的に稼働させることができる。

 

おそらく監督の構想では、2人ともベンチに入れるのではないだろうか。

 

続いて、内野。

ここは春の関東大会時と同じ。

内野全体を守れるショートの楠木さんと、サードの樋笠。

あとは、とりあえず保留。

 

外野手は、そこそこ激戦区。

ベンチ入りしているメンバー、というよりはレギュラー争いが激しい。

 

センターの純さんとライトの白洲は固定されているものの、レフトが残っている。

それこそ、俺や降谷など打撃もいける投手が入ったり、守備固めで坂井さんや門田さんのような外野本業が入ったり。

 

ということで、そんなに入る余地がない。

 

あとは、代打の切り札。

それが、一年生2人のうちどちらか。

 

壮行試合で存在感を見せた金丸と小湊春市。

荒削りだがパンチ力のある金丸と、高いアベレージを残すヒットメーカーの小湊。

 

一打で流れを変える大事な役割を、一年生が担うと予想。

 

 

 

おそらく、こんな感じだろうな。

あとは、今日のに試合で最終的なメンバーが選考されるのではなかろうか。

 

 

ちなみに対戦相手は、春日第一と国土館高校。

東東京地区の中堅校だ。

 

 

個人的にはルームメイトである2人を応援しているのだが、まあ今日は見るに徹しよう。

 

一緒に夏を戦う、最後のピースを。



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エピソード12

 

夏の大会に向けた最後のメンバー選考。

各々が試合に出るために、アピールをしている。

 

自分がベンチに入れば、これだけの仕事ができると。

こんなにも、チームの戦力になるのだぞと。

 

 

そうして、数少ないベンチの枠を巡って争う。

もちろん、試合に勝つことを最優先に考えながら。

 

 

 

回は既に5回。

この時点で、メンバー内でも明暗が分かれ始めていた。

 

先発としてここまで1失点で抑えた川上は、もうレギュラー入りは硬いだろう。

ピンチの場面でも落ち着いて最小失点に抑え、存在感を示した。

 

「どう思うよ。」

 

今日は、俺は休み。

というか、一軍レギュラーメンバーはみんなお休みだ。

 

だからこうして、いつものように相方が横にいる。

 

「まあ、ノリなら当然だろ。どっかの誰かがシンカー多投させなきゃ四死球コンボなんてなかったしな。」

 

「最初の2人はそうだけど、その後はどうにもできなかった。というか、投げるって言ったのはノリだぜ?」

 

ごもっともで。

手元が狂ったといえばそれまでだが、修正しきれなかったノリが悪い。

 

実戦で変化球を試すというのもわかるし、それが失敗したのが悪いわけじゃない。

のだが、せめてマウンドに上がった以上、責任を持ってマウンドを守るべきだった。

 

 

(まあ、俺が言えたような立場じゃない。)

 

キャッチャーが変わっただけで大量失点したようなやつが言えない。

なんとなく、目を逸らしてしまう。

 

 

とりあえず、試合に集中しよう。

ちょうど、1番打者の小湊がヒットで出塁したところだった。

 

「こいつはほんと、底が見えないよな。」

 

確かに。

今日の成績は既に3打数の3安打の猛打賞と、ヒットメイカーとして存分に打棒を奮っている。

こいつもおそらく、レギュラー当確だろう。

 

 

しかし、この小湊の出塁が生きることはない。

マウンドに上がった投手が、打者をねじ伏せたから。

 

三者凡退。

手元で沈むフォークを巧みに操り、打者の目を欺く。

 

当時の速球はもうない。

ブランクもそうだが、痛めた脚が完治していないからなのだろう。

 

しかし、離脱したエースは、帰ってきた。

 

 

「財前さん、か。」

 

クリス先輩のライバルであり、中学時代は都内No. 1右腕と呼ばれた投手。

そしてクリス先輩と同時期に怪我をした、不運のエース。

 

と同時に、俺が怪我をした時に色々と協力をしてくれた先輩。

 

 

財前さんは膝の腱、俺は腿の裏。

怪我の度合いは違くとも、近い部位を怪我した俺の手助けしてくれた。

 

特に下半身のトレーニングに関しては、多くのことを学んだ。

 

「前までのストレート主体のピッチングとは大違いだな。スライダーとフォークで三振を奪うピッチングか」

 

「あの捻じ伏せるピッチングだけは変わってねえな。」

 

成宮や真中さんと比べたら、お世辞にも速いとは言えない。

しかし、最後の夏にかける思いというか、闘志はすごい。

 

けど、逆に考えたら。

こういう投手相手に結果を残せてこそ、夏の戦力になるというものだ。

 

全てを賭けてくる三年生相手に、真っ向から向かっていかなければならないのだから。

 

 

 

そして次の回。

財前さんがマウンドに上がったことでチームも勢いづき、国土館打線も奮起。

 

ノリに代わって登板した川島を、メチャクチャに打ち崩す。

 

そりゃもう、メチャクチャに。

 

「あーらら、四死球コンボからの甘いコースを痛打か。流石に荒れすぎじゃね?」

 

確かに。

フォアボールでランナーを出して、置きに行ったストレートを痛打。

 

相手云々ではなく、自分から崩れていっている。

 

(正直、マウンド任せられないよ。)

 

自分が投げた後に投げて炎上したらとか考えたら、ね。

自分に負けがつくのが嫌とかじゃなくて、俺が力になれないところで三年生の夏を終えたくない。

 

一緒に頑張ってきた三年生の夏を。

 

 

せめて、自分の力は最大限発揮したいから。

俺の目に映った川島は、正直戦力になるとは思わなかった。

 

その時の俺の表情は。

多分、かなり冷たかったと思う。

 

 

この回、川島は5失点しながらもなんとか三つのアウトを奪ってマウンドを後にした。

 

試合は6回終了、7−5とまだリードしている。

 

しかし楽観はできない。

終盤と言っても過言ではないこの場面で、遂に国土館高校は目覚めたのだ。

 

ここからが本番だと、そう言わんばかりに。

 

 

その火付け役は、やはりこの人か。

 

「どらあ!」

 

投げれば投げるほど、チームの士気が高まっている。

国土館高校のメンバーが鼓舞されている。

 

この回も、三者凡退。

 

こちらがリードしているとはいえ、勢いは向こうにあるのは確実。

逆転されるのも、時間の問題かもな。

 

 

マウンドには、川島。

先の回を挽回する投球を期待されて、マウンドへ送られる。

 

しかし目覚めた国土館打線は止まらない。

下位打線からヒットが続き、あっという間に一点を取られてしまう。

 

7−6、未だにノーアウト。

ランナーは、満塁。

打順もここから上位打線と、誰の目から見ても圧倒的なピンチ。

 

 

が、しかし。

唯一…いや、2人だけが、この場面を大きなチャンスだと感じていた。

 

 

川島がマウンドから降りていき、その場所に1人の少年が駆け上がっていく。

そんな彼の先には、屈強な女房役。

 

「さあて、何を見せてくれる?」

 

意気揚々の相手打線。

そこに立ち塞がるのは、まだ入学したての一年生投手。

 

沢村少年と、クリス先輩のバッテリー。

一軍昇格をかけた最後のチャンスが今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード13

財前に関しては、完全に妄想です。


 

 

深呼吸と共に、左手を胸に当てる。

心臓の鼓動がわかるくらい、ドキドキしてる。

 

そんなことを考えていた沢村は、気持ちを落ち着けるようにゆっくりと息を吐いた。

 

 

「緊張、しているか。」

 

不意に声をかけられ、思わず肩を揺らす。

驚くような大きな声ではないのだが、こうやって急に声をかけられると小さい声でもかなり心臓に悪い。

 

寧ろ小さい声の方が不気味なのではと思いながら、沢村は大きく深呼吸をした。

 

「大丈夫ですよ、クリス先輩。俺、絶対に活躍して見せますから。」

 

そうしてサムズアップ。

少年のような対応ながら、少しばかり安心できてしまう。

 

沢村特有の、雰囲気のようなものだ。

 

笑顔で答える沢村に、クリスも思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「安心しろ、俺が構えたところに投げれば最小失点に抑えられるはずだ。」

 

「何言ってんすか、クリス先輩。」

 

マウンドから離れようとした時に聞こえた沢村の言葉に、クリスも足を止める。

疑問符が頭に浮かびながらも、沢村が言おうとしていることはクリス自身なんとなくわかっていた。

 

「無失点で切り抜けましょうよ。」

 

「フッ、当たり前だ。」

 

笑顔で離れる2人。

沢村の胸の中の鼓動は、まだ高鳴ったままだった。

 

(早く、投げたい。)

 

こんなにも、勢いのあるチームに挑戦していきたい。

それも、自分に野球を教えてくれたこの人と一緒に。

 

満点の笑顔で、沢村は野手陣に体を向けて左手を高々と突き上げた。

 

「ガンガン打たせていくんで、よろしくお願いします!」

 

「どんどん打たせてきていいよ!」

 

「後ろは任せろ!」

 

同じ一年生が、声をかける。

それに釣られるように、周りも声が出てくる。

 

 

サイン交換。

相手は警戒すべき打者で尚且つ、満塁のピンチ。

 

それでも、マウンドの少年は真っ直ぐ打者を見据えた。

 

(初球、厳しく。)

 

ここに来いと言わんばかりに、クリスのミットが大きく広がる。

まずは、インコース低めのストレート。

 

そのサインに頷き、沢村は投球モーションに入った。

 

右脚を高く上げ、静止。

柔軟性を活かした豪快なフォーム。

 

ここから、改変。

右手で壁を作るようにして、身体の開きを抑える。

さらに、ボールの出処が見えづらい変則フォームとなる。

 

インコース低め、130キロのボールが向かっていく。

 

(舐めんなよ!)

 

コースは厳しいものの、遅いストレート。

打者は迷わずに、振りにきた。

 

しかし、そのボールは急激に失速する。

否、手元で小さく沈んだ。

 

 

快音、速い打球がセカンド正面へ。

速いゴロ、しかし打球に力はない。

 

ランナーがホームに辿り着くよりも先に、セカンドの小湊がクリスに転送。

そして、強肩のクリスが一塁へ送球。

 

一塁ベースが踏みしめられる前に、二つのアウトが宣告された。

 

 

少しの静寂。

刹那、グラウンド外から驚嘆の声が上がった。

 

「うわあ!たった一球でホームゲッツー取りやがった!」

 

「あのセカンドうめえ!てかキャッチャーも肩強すぎだろ!」

 

各所で湧き上がる歓声。

しかし、当事者の1人であるマウンドの少年はなかなかこの状況について来れていなかった。

 

「え、えーっと。ワンナウトー!」

 

「ツーアウトランナー二、三塁だ。ピンチには変わりないから、引き締めていけよ。」

 

あまりに鮮やかなプレーだったためか、とんでもないことを言う沢村に、クリスは半ば呆れながら訂正した。

 

 

続いての打者は、好打者に2番。

バットコントロールが良く、単打が多い打者。

 

普段ならあまり怖くない打者なのだが、今はテキサスヒットすら許されない場面。

だからこそ、バッテリーは思い切って攻めた。

 

 

初球、インサイドのムービングボール。

これを見逃し、まずはワンストライク。

 

(あんまり速くない、よな?)

 

なぜあいつは打ち損じたのか。

そんなことを考えながら、打者はバットを構え直した。

 

球は速くない、コースだって厳しいが打てない球ではない。

 

少しばかり違和感を感じながらも、バッターは狙い球を絞った。

 

(甘く入ったら、狙う。)

 

極めてシンプルな考え方。

しかし、コントロールが荒れている一年生相手であれば、極めて上等な手段であった。

 

 

2球目、同じくインコースのストレート。

これは僅かに外れてボール。

 

 

3球目。

投げ込まれたコースは、インコース。

 

しかし、先ほどまでよりも甘いコース。

 

(きた、甘いコース!)

 

迷わず、振りぬく。

彼が前の打者と全く同じ構図で打ち取られていることに気がついたのは、打球を放ってからのことだった。

 

弱々しい打球は、ショート正面へ。

ここもショートの楠木が丁寧に捌いて、三つ目のアウトを奪った。

 

「おっしゃあ!」

 

出処の見え難い変則フォームからムービングボールを放つ沢村。

その「ストレート」をあえて甘いコースに投げさせることで、動くボールを打たせて取るピッチングに生かすクリス。

 

阿吽の呼吸で打者を打ち取るその姿は、まさにバッテリーと呼ぶに相応しいものであった。

 

 

 

 

 

「やるじゃねえか、クリス。」

 

ベンチ前でキャッチボールをしていた財前も、復活したライバルの姿に感激していた。

 

かつては、高校野球への再起は無理だと思っていた2人。

その「仲間」が、今同じグラウンドに立っていることが、堪らなく嬉しかった。

 

(けどよ、負けねえよ。)

 

同じ境遇だったからこそ、勝ちたい。

中学時代に交わした約束とは全く違う状況ながら、財前は昂っていた。

 

 

マウンドに上がった財前の投球は、それはもう圧巻だった。

 

先頭打者の遠藤をスライダーで三振。

2人目の金丸をフォークで三振。

 

早くも2者連続三振でツーアウトを奪うと、打席にはキャッチャーのクリスが入る。

 

(来やがったな、クリス。)

 

(勝負だ、財前)

 

初球、インコースのスライダー。

これを見逃し、ワンストライク。

 

2球目、136キロのストレート。

これが高めに外れてボール。

 

(いい真っ直ぐだ。)

 

球速云々ではなく、勢いがある。

回転数もそうだが、しっかり体重が乗っている。

 

怪我を経て身体を理解したからこその、球の強さ。

高校二年時の142キロよりも、圧倒的に速いボールであった。

 

 

3球目、再びストレート。

クリスも振りに行くも、空振り。

 

4球目のストレート。

これになんとか喰らいつくも、前に飛ばずファール。

 

(やっぱり、打席の感覚だけはまだ戻ってねえか。)

 

バットを構え直すクリスの姿を見ながら、財前は唇を噛み締めた。

 

なんとか肩も完治し、リードなど守備面は元に戻っている。

しかし、売りの一つであった強打だけは、まだ戻りきっていなかった。

 

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

最後は決め球であるフォークで空振りの三振。

ここは財前に軍配が上がった。

 

「こっちじゃ負けねえぞ、クリス!」

 

財前が拳を突き上げ、クリスが天を仰ぐ。

その光景はまるで、公式戦さながらであった。

 

 

 

しかし、その投球に呼応するように沢村のピッチングにも磨きがかかる。

財前の3者連続三振に刺激された沢村も、8回の表を3者凡退に抑える。

 

対する財前も、8回の裏を3者凡退。

最後の攻撃に望みをかけるピッチングで9回の攻撃に繋いだ。

 

 

「すげえ。」

 

ポツリと、沢村が零す。

 

確かにボール自体もすごい。

がそれ以上に、マウンド上のその闘志が心に刺さった。

 

「あのマウンドに上がるのはプレッシャーか?」

 

「まさか。俺も負けたくねえって思いますよ。」

 

「それでこそだ。」

 

ミットを突き合わせ、互いの定位置に戻った。

 

 

沢村の言葉に偽りはなく、この回も先頭打者をセカンドゴロ。

2人目の打者にはレフトライナーで早くもツーアウトと国土館高校を追い込む。

 

そして。

 

「ぜってえこのままじゃ終わらせねえからな。」

 

最後の打席に立つのは、投手の財前。

ここまでチームの勢いをつけた火付け役であり、この国土館高校で1番のバッター。

 

「ああ、最高の形で終わらせてもらうぞ。」

 

「抜かせ。」

 

初球、インコースのストレート。

これを、まずは見逃す。

 

(思ってたより動くな。)

 

ここまでの打者の反応と今見たボール。

ナチュラルムービングかと、彼は察した。

 

2球目、再びストレート。

今度はシュート方向に沈むボール。

これも入って、2球でツーストライクと追い込まれる。

 

(動く球ってなると、球質は軽いかもしれないな。)

 

縦回転が綺麗にかかっていればそれだけ反発の力が作用する分、打球は飛びにくい。

それとは逆に、不規則な回転である沢村のストレートは、飛びやすい。

 

バットを短く握り直し、コンパクトにスイング一閃。

そのスイングを見て、クリスはマスクに右手をかけた。

 

(気づかれたか。)

 

こうなると、少し難しくなってくる。

 

なんと言っても、沢村の球質に気がついた打者は、例外なく良い打者が多い。

それこそ、2軍戦での増子が良い例だろう。

 

 

コンパクトなスイングで弾かれれば、ムービングボールは飛ばされてしまう。

そう考え、クリスはこの試合初めてのサインを沢村に見せる。

 

(ここでっすか?)

 

(ああ、投げられるだろ?)

 

笑顔で、クリスがミットを大きく構える。

そのコースは、インコース胸元。

 

 

今まで投げてきたボールは、自分自身が何も意識せず投げていた。

だからこそボールは自然と曲がっていたし、自分の意志とは関係がない動きをしていたのだ。

 

そんな沢村が、初めて握りを意識したボール。

中学時代に投げたくても投げられなかったボールを、実戦で初めて握った。

 

 

(どっちに動く。)

 

シュート方向か、スライダー方向か。

それとも、下か。

 

手元で沈む分、ノビはない。

ならば、多少詰まっても差し込まれにくい。

 

そう踏み、財前はバットを構えた。

 

「負けねえぞ、クリス。」

 

そう呟いた財前の姿に、クリスはフッと笑いかける。

そして間も無く、マウンドの投手を見守った。

 

「ああ、負けないさ。」

 

足を高く上げ、グローブで壁を作るようなフォーム。

豪快な、しかし理に適ったフォームで、ボールは放たれた。

 

 

右か、左か。

その判断を下す前に、キレのある「ストレート」はインコース胸元にズバッと決まった。

 

「負けないさ、『俺たち』はな。」

 

天を仰ぐ財前、マウンドで吠える沢村。

2人の投手を視界に収めながら、クリスはガッチリと右手を握りしめた。

 

 

 

 







一応補足。
財前に関しては、昨年秋時に怪我した大野と一緒にトレーニングをしたことで治りが早くなった、新しい投球スタイルを確立したような感じです。
クリス先輩同様、主人公が入ったことによる改変ですね。


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エピソード14

夏大会まで、あと一ヶ月。

三年生最後の大会が刻一刻と近づいてくることを感じながら、今日も今日とて練習に励んでいた。

 

 

 

「っし!」

 

投げ込まれる白球に対して、バットを一閃。

逆方向に弾き返された打球は、レフト近くへと落ちた。

 

「やっぱりうまいね、流し打ち。」

 

「まあ、得意ではありますね。」

 

隣で打ち込んでいた亮さんに最低限返答し、すぐに練習に戻る。

あんたの方が上手いだろと思いながら、俺はバットを振り直した。

 

 

力になれるのならば、やっぱりバッティングも頑張りたい。

俺は非力だからホームランとはいかないけど、チャンスを広げることくらいならできると思うから。

 

そして、もう一つ。

 

「いいぞ、来い。」

 

無言で圧力をかけてきていた降谷。

どうやら、俺のシート打撃を手伝ってくれるらしい。

 

まあ、あれだ。

打席から見た時の感想とか、所謂「打者目線」での意見も伝えてあげたいから、こうやって一年生に入ってもらうこともある。

 

丹波さんは元々打てる人じゃないし、こう言う役は俺に回ってくる。

 

 

 

ワインドアップの後豪快な縦回転と共に、これまた豪快なストレートが放たれる。

伸び上がってくるような勢いのあるストレート。

 

まず一球。見逃す。

このストレートは、打席に立って初めて感じる圧力があるよな。

 

2球目。

良いボールだ、150キロも出てるだろうし。

 

けど。

 

「まだ高い!」

 

そう返しながら、思いっきり引っ張ってライト線へ。

 

打球はライト前に落ちるであろうヒット。

しっかりミートしてるんだけど、浅めに落ちたか。

 

つーか痛え。

流石に威力あるわ。

 

唖然としながら打球の方向を見ている降谷。

おいおい、いつまで呆けてんだよ。

 

「さー次こーい。」

 

痛いけど。

 

「…お願いします。」

 

お、さっきよりやる気になった。

なんとなく、オーラ的なやつが見えてくる。

 

けど。

 

「そんな力入れんなよ。力んでもバラけるだけだぞ。」

 

俺がそういうと、降谷も頷いて深呼吸をする。

ああ、素直だなあとか思いながら、バットを構え直した。

 

3球目は低めに決まる良いボール。

俺も思わず、引っ掛けてしまった。

 

「全部低めに投げろとは言わない。特にお前の場合は高めで空振りが取れるからな。それを生かすための低めだ。丁寧にカウントを取って、最後に空振りを奪う。その方が気持ちいいだろ?んでもって効果的だ。」

 

俺にはできない芸当だが。

まあほんとは、低めで打たせるのが理想なんだけど。

 

どちらかと言うと降谷は空振りを奪って調子を上げていくタイプだし。

高めに行くことが、悪いことだとは思わない。

 

 

この後もシートバッティングに付き合ってもらい、打ち込みに励んだ。

 

「ありがとう、ございます。」

 

「おう、こっちこそありがとう。」

 

ヘルメットをとり、軽く会釈。

最低限の礼儀はね。

 

 

さて、試合まで一ヶ月を切っている。

と言うことで、今日は待ちに待った抽選日。

 

哲さんと監督がいない。

と言うことで、今日は自主練である。

 

そろそろ帰ってくる頃かな。

 

「帰ってきたぞ、夏輝。」

 

「え。」

 

いきなり来た。

というか俺の心の声聞かれてんのか?

 

「どうでしたか。」

 

「ああ、優勝するぞ。」

 

「聞いてません…。」

 

まあ、組み合わせは後で見よう。

とりあえず練習だな。

 

この後、俺はウェイトトレーニングとランニングで下半身強化。

まあ投げない日はこうやって打撃と筋トレをして過ごしている。

 

 

今日も汗を流し身体を苛め抜き、あっという間に日が落ちた。

 

と言うことで、抽選発表!

の前に、今日は背番号をもらう。

 

メンバーはもう既に発表されているため、今日は正式な背番号がわかるような感じだ。

 

 

平静を装ってはいるが、実は緊張している。

 

メンバーは決まっているとはいえ、背番号自体は発表されてない。

つまり、誰がエースナンバーをもらえるかは、わからない。

 

さて、今回はどうかな。

 

「1番、大野夏輝。」

 

「はい!」

 

っしゃ。

元気に返事をして、背番号を頂く。

 

みんなの代表になってもらう背番号。

俺は胸を張って、もらった。

 

 

続いて2番。

これは、正捕手である一也。

 

俺との相性もそうだが、やはり投手の力を引き出すことに関しては、チームで最も長けていると思う。

 

何より、打てる。

チャンスでしか打てないのだが、チャンスで回せばほぼ確実に結果を残してくれる。

 

総合的に見ても、正捕手に最も相応しい。

 

 

以降はいつも通り。

 

一塁手は、結城哲也。

我が青道高校の頼れるキャプテンで、4番。

 

チャンスメイクから走者一掃、そして一発。

まさに理想の4番であり、チームの精神的支柱である。

 

 

二塁手は、小湊亮介。

鉄壁のセンターラインを形成するセカンドであり、小技の達人。

 

バントや右打ちなどランナーを少しでも前に進めることもさることながら、打者の嫌がることを熟知して実行することができる器用な2番バッターだ。

 

 

三塁手は、増子透。

強いスイングが持ち味の、重量級サード。

 

コンパクトなスイングでもスタンドを越えるなど規格外のパワーが自慢のスラッガー。

そして、足も速くハンドリングも上手いため、守備もかなり上手い。

 

 

遊撃手は、倉持洋一。

青道高校が誇る、二年生の快速リードオフマン。

 

打撃はそこまで突出していないが、内野安打や四死球で出塁すればほぼ確実に二塁打である。

そのため、こいつが出塁した時の得点率は非常に高い。

 

 

中堅手は、伊佐敷純。

強肩強打、そして技術もある外野守備の要。

 

豪快なフルスイングが持ち味ながら、右打ちや犠牲フライなどチームバッティングに徹する打者。

そして、ポジショニングや肩の強さ、そして守備範囲など総合力も非常に高い。

 

 

右翼手は、白州健二郎。

堅実なプレーが持ち味の、職人タイプの二年生。

 

高いバットコントロールを生かした出塁率の高さと器用な打者。

下位打線での起用が多いものの、チャンスメイクから繋ぎ、さらには打点を上げるところまでできる幅広いプレイヤーだ。

 

 

ここまでが、固定されているメンバー。

レフトは、守備範囲と打撃共にそこそこマシな俺が基本入り、それ以外は打撃能力が最も高い降谷が入る場合が多いらしい。

 

 

ここまでは大方の予想通り。

しかし、次の選手が呼ばれた時、チーム全体がざわついた。

 

「背番号12、滝川クリス優。」

 

宮内さんの変わりにベンチに入ったのは、クリス先輩。

怪我で長いブランクはあったものの、試合の組み立てやリード面が評価されてベンチ入り。

 

また経験の浅い一年生の指導も兼ねてバッテリーを組んで成長につなげていくのも大切な役割の一つ。

 

 

後は、代打の切り札として一年の小湊春市。

高いバッティングセンスでヒットを量産するバッター。

 

本当にチームの流れを変える一打を期待されての、代打起用。

 

 

 

投手としてベンチに入るのは、5人。

 

背番号1は、大野夏輝。

チーム1の防御率と安定感がある投手としてこの夏、エースを任された。

 

先発として登板しない試合は、レフトに入りつつ打撃を活かしていきたい。

 

 

背番号10は、丹波光一郎。

高い身長から放つストレートと縦に割れるカーブでガンガン空振りを奪う本格派右腕。

 

三年生になってから安定感が増したため、俺と一緒に先発の柱として試合を作っていく。

 

 

背番号11は、川上憲史。

低めへの高い制球を活かした丁寧な投球で、角度のあるスライダーで空振りを奪う技巧派投手。

 

基本はセットアッパーとロングリリーフでの起用。

 

 

背番号18は、降谷暁。

一年生ながら都内で随一の豪速球が持ち味の速球派投手。

 

課題であるスタミナとコントロールはまだまだだが、やはりその速球は魅力的なため、ノリと同じくリリーフとしての起用が中心。

 

 

背番号20は、沢村栄純。

降谷と同じく一年生であり、チーム唯一の左腕。

 

実は制球も纏まっており、動くボールとキレのある4シームでテンポ良く打者を抑えていく。

ムービングボールと4シームの組み合わせは中々初見での攻略は難しく、さらにはハートも強く安定感もある為、抑えとしての起用が中心となる。

 

 

 

バッテリーとしては、俺とノリと丹波さんは一也とのバッテリー。

そして一年生2人は、クリス先輩。

 

正捕手と控え捕手というよりは、それぞれの役割を互いにこなしていく。

 

 

 

この夏は、以上のメンバーで戦っていく。

 

ちなみに、哲さんが引いてきたくじは可もなく不可もなくというかんじ。

 

準々決勝で市大三高、準決勝でベスト8常連の仙泉、決勝は宿敵の稲実。

決して楽な道のりじゃないが、強いチームを倒さなければ頂点には立てない。

 

そしてこの3校以外だって、最後の夏にかけている思いだって油断ならない。

それこそ死に物狂いでくるから、大きな波乱だって起こりかねない。

 

 

一発勝負の夏を最後まで戦うために、精一杯を尽くしていこう。

そう決心をして、俺たちは拳をグッと握りしめた。

 



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エピソード15

話は背番号配布よりも前、国土館高校との練習試合前にまで遡る。

 

 

 

この日も投げ込みを行っていた俺に、沢村少年が声をかけてきた。

 

「なっさん、俺に真っ直ぐを教えて下さい。」

 

唐突である。

 

「ああ、俺にできることなら手伝うよ。」

 

彼が一軍で試合に出してもらっている理由といえば、やはり誰に対しても物怖じしない心の強さと、そこそこ纏まっているコントロール、何より左腕から放たれるムービングボールによる希少性と、今ある武器を評価されての昇格である。

が、彼も一軍で戦っていく上で真っ直ぐ…所謂フォーシームが必要だと感じたのだろう。

 

確かに、沢村少年のムービングボールは投手としての武器であることには違いない。

しかし、それ一本で戦っていくことが難しいということも事実なのだ。

 

現に、タイミングを合わせられて内野の頭を超えられたり、振り切られた結果外野の頭を超えられるなど、練習試合でも打ち込まれるケースが数多く見られた。

 

動いた先は違うといえど、タイミングは同じ。

ミートポイントの広い金属バットであれば、平気で内野の頭を越える。

 

 

そこで、フォーシームだ。

 

手元で動くボールはスピードこそあれど、手元で加速するようなノビはない。

それに対して、手元でピュッと伸びるように加速するのがフォーシーム。

 

実際の球速というよりは、スピン量による終速の差でタイミングを外す。

 

要は、投球の幅を広げる為だ。

 

 

「まずはフォーシーム…お前の言う真っ直ぐの投げ方を教える前に、まずはお前がどうやってストレートを投げているかが問題だな。」

 

「えーっと、こう!」

 

そうして見せられたのは、縫い目も何も考えていない握り。

 

大体の投手は、人差し指と中指の2本を縫い目にかけて握る。

そうすることによって上の2本を縫い目に引っ掛けて、リリースする直前に2本の指でボールにスピンをかけることができるようになるのだ。

 

(通りで動くわけだよ。)

 

特に縫い目にかけるでもなく、無造作に握られた白球。

 

「OK、まずはそれで投げてみろ。」

 

「こうすか?」

 

「いや、いつも通りちゃんと投球モーションからだ。」

 

そうして投げ込まれたボールは、少しばかりカット気味に変化しながら落ちていった。

 

「よし、そしたら俺のボールを見てみろ。」

 

続いて、俺は沢村に見えるようにフォーシームを投げ込む。

綺麗な縦回転をしたボールはどちらに傾くでもなく、そのまま直線的に進んでいった。

 

 

「何故、俺のボールは真っ直ぐ飛んだと思う?」

 

「なっさんマジック!」

 

こいつは…。

俺はため息をつきそうになるいもちをグッと飲み込み、質問を変えた。

 

「じゃ、俺とお前の握りの違いはわかるか?」

 

「それは、えっと。握る位置っすかね。」

 

「正解だ。じゃあ、違う質問。この小さいボールに強い力を込めたいと思った時、俺とお前の握りならどっちの方が力入ると思う。」

 

「それは…あ。」

 

気がついたか。

意外と鋭いな、こいつ。

 

フォーシームが伸びる要因というのは、縦の回転と周囲の空気がぶつかり合って発生する浮力によるもの。

後はかけられたバックスピンの回転数が多ければ、空気抵抗に負けず初速と終速の差が少なくなることで手元で加速するように感じる。

 

つまりは、綺麗な縦回転で強いバックスピンをかけること。

まずはそれが、真っ直ぐを投げる条件の一つ。

 

 

後は、沢村の身体と投げ方によるもう一つの要因。

 

以上に柔らかい関節と力強いリストによって強力なスピンが、毎回違うところにかかっていることでボールには変則的な回転がかかる。

回転軸がずれれば、ボールは変化するということだ。

 

 

「えーっと、つまりどういうことですか。」

 

「簡単にいえば、ボールの中心に力がこもっていないというのと、回転軸が毎回違うから不規則な変化になるってことだな。それでもお前のポテンシャルがすごいから、ある程度まともな球になるんだ。」

 

普通の人なら、まず速い球投げられないからな。

 

 

 

ということで、本題。

フォーシームの投げ方…と言っても、教えることはほとんどない。

 

握り方を少し変えて後は最後に押し込むだけで。

 

 

「おおー!真っ直ぐ飛んだ!」

 

「普通は1番最初に習うはずなんだけどな。」

 

「俺の村、野球教えてくれる人なんていなかったんで。」

 

ああ、そういうことね。

通りで無茶苦茶なわけだわ。

 

 

これで晴れてフォーシームを覚えた沢村少年。

超ウッキウキで投げまくっている。

 

その姿になんとなく浸っていながら、俺は咳払いをして話し始めた。

 

「とはいえ、お前のその動くボールが悪いわけじゃない。寧ろそれは、お前の唯一無二の武器だからな。」

 

しかし、どんなに優れているボールとはいえ、それを生かすためのボールがなくてはならない。

対になるボールというのが必要なのだ。

 

 

それこそ、俺のフォーシームとツーシームと同じように。

 

俺のこの2球種だって、単体で見たら大したボールじゃない。

ストレートだってキレがあるとはいえ、球速は遅いし球質も軽い。

ツーシームだって同じだ。

 

が、組み合わせると互いが互いを引き立て合うのだ。

ストレートと思えば同じスピードで沈み、ツーシームだと思えば手元で加速して振り遅れる。

 

それが、大野夏輝というピッチャーの色。

俺という投手の、戦い方。

 

 

沢村少年でいえば、このムービングボールとフォーシームの使い分けでゴロを奪うのが、彼の最も適した戦い方なんだと思う。

 

ゆくゆくは、自由自在にボールを動かせるようになればいいと思うが、それはもうちょっと先になるだろうな。

今は、動くボールと動かないボールを使い分けられるだけで、十分。

 

「二種類のボールを投げる上で気をつけないといけないのは、感覚だ。最初のうちは少しの感覚のずれとかが出て失投したりとかもあると思うけど、そこは交互に投げる練習をして慣れるしかない。最低限投げ分けできるようになれば…」

 

「俺はエースに!?」

 

「はええよ。」

 

と軽く突っ込みながらも。俺は笑った。

 

「まあ、そんときは…」

 

沢村少年が、エース争いに加わってくるんだろうな。

 

 

 

張り切って室内練習場を後にする沢村少年。

それを見送って、さて部屋に戻ろうとしたとき。

 

視線を感じて、そこを見る。

縦長のシルエット、俺よりでかい後輩が佇んでいた。

 

「どうした、降谷。」

 

つい、声をかけてしまう。

まあ、なんとなく待っている感じだったし。

 

「御幸先輩に、爪のケアを教わって来いって言われました。」

 

ああ、そういうことね。

そういえばこの間の練習試合で爪割って途中降板してたからな。

 

本当はこういうケアをするのも自己管理なのだけど、知らないなら仕方がない。

 

 

「後で俺の部屋にあるやつ貸してやるよ。透明の爪保護用マニキュア。」

 

「ありがとうございます。」

 

「後はそうだな、ボール挟んどけとか言われなかった?」

 

「あ。」

 

流石は天然さん。

 

思い出したように、降谷が声を漏らす。

ああ、完全に忘れてたな。

 

とりあえず、見本を見せる。

俺はどちらかというと、あまり指の間を開かないから小さく落ちるSFF。

 

「降谷の場合は握力もあるし指も長いからしっかり挟んでもいいかもな。これですっぽ抜けなくなれば、フォークも十分投げられると思うぞ。」

 

落差のあるフォークが一個加わるだけで、ファールで粘られにくくなる。

そうすれば球数も減って、省エネにもなる。

 

後は単純に、奪三振も増えるはずだ。

 

降谷のストレートはただでさえ凄まじい勢いがあるため、まるで浮き上がるような軌道。

フォークは逆に、伸びずに沈むボールである。

 

つまり、対局の値するこの2球種があるだけで、打者の目は欺けるだろう。

それこそ、見せ球に使うだけでも変わるはずだ。

 

 

「ってことで、とりあえずは挟む感覚に慣れること。その状態で投げてすっぽ抜けなくなったら、フォークの手伝いもするよ。」

 

この後二週間後には安定して投げられるようになった降谷。

ということで、少しばかりの助言で彼もフォークという武器を手に入れた。

 

 

沢村は、ムービングボールとフォーシームによる、ゴロを打たせてアウトを取る。

降谷は、自慢の豪速球と手元で大きく落ちるフォークで三振を奪う。

 

全く違う2人の投手が、誕生した瞬間だった。



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エピソード16

夏の本戦の組み合わせも発表され、具体的な目標が出来た今日この頃。

灼熱の大地に汗ばみながら、俺は投げ込みに励んでいた。

 

否、汗ばむなんて生易しいものじゃない。

真夏の気温に耐え凌ぎながら、俺は額に溜まった汗を拭った。

 

 

 

毎年恒例、夏大直前の合宿。

過酷な夏を戦い抜く為の、最後の追い込みだ。

 

今日は、その初日。

ここから一週間は、夏の本戦に向けて野球漬けの日々を過ごす。

 

とはいえ、昼間は学校があるため勉学にも励む。

 

 

野手陣がノックで汗を流し、体力技術共に高めている最中、俺たちも投げ込みに勤しんでいた。

 

 

「真っ直ぐ。」

 

「真っ直ぐOK。」

 

アピールするように右手の握りを見せ、俺は投球モーションに入る。

 

ノーワインドアップから、身体を三塁側へ。

そのまま腰を大きく捻り、ある地点まで届いたところで身体を捻転。

 

遠心力と重力、そして捻転によるバネを最大限活かして全身を縦回転させる。

 

高い位置からリリースされた白球は、一也の構えたミットに寸分違わず収まった。

 

「ナイスボール、コースも完璧。」

 

そう言って、一也が返球してくれる。

我ながら、中々良いコースに決まったとは思う。

 

「回転数もいい感じかな。結構キレてた気がする。」

 

「軸も綺麗に縦だったから良かったぞ。球速はないけど、中々打てる球じゃない。」

 

「そりゃどうも。」

 

今はまだ、体力的にも余裕があるから、ある程度の球はいく。

後は、後半になってきてどうかだな。

 

 

もう一球、真っ直ぐ。

今度は先ほどとは対角線状のコース。

 

インハイから、アウトロー。

実戦でもよく使う、打者の視界を惑わす投球。

 

 

「ツーシーム。」

 

「OK、ここな。」

 

そう言って構えられたコースは、右打者のインコース低めボール球。

インコース甘めからボールゾーンに切り込んでくる俺のウイニングボール

 

多くの打者から空振りを奪ってきた、俺の決め球。

このボールも、一也が要求したコースに完璧に決まった。

 

「これなら哲さんでも空振りかな。」

 

「普段なら空振り、追い込んでたらバットに当てられてる。」

 

それくらい、信頼してる。

 

「次、カーブ。」

 

息を一つ吐き、ボールを握りなおす。

人差し指と中指をくっつけて縫い目にかけ、親指も二本の指と垂直になるような角度でボールに引っ掛ける。

 

スピンもかかりながら適度に抜けたボール。

一度ふわりと浮かんでから、斜め下に落ちる。

 

丹波さんのそれとは違い、落差よりもキレと球速差を意識したボール。

まあ、身長の違いもあるから、丹波さんの方が角度も落差もある分空振りを奪いやすい。

 

ストレートよりは制球も効きにくいものの、低めにしっかり決まった。

 

 

「スプリット。」

 

今度は、落ちるボール。

ツーシームほどじゃないが、スピードを維持しながら手元で小さく沈む縦変化。

 

投球幅を広げるために、一也から教え込まれたが、落差も小さいため現状ではそんなに使っていない。

まあ、今後練習していきたいボールの一つだ。

 

 

「スライダー。」

 

今度は、横。

利き腕と反対側に、斜め下に滑るように曲がっていく変化球。

 

これも上に同じ、決め球にするにはまだ精度が低いため、カウント取りで使うのが主になる。

 

 

これが、今現状の俺が使える変化球。

基本的には、この5つを駆使して打者を抑え込んでいく。

 

決め球はツーシームとカーブ。

後は、裏をかいてストレートで見逃し三振を狙う。

 

 

 

この後も投げ込みを続け、100球ほど投げた。

合宿一日目とはいえ、追い込めるところは追い込む。

 

そして、体幹トレーニングへ。

俺はある程度大丈夫なのだが、特に一年生2人なんかはフォームの安定感がまだ無いため、コントロールがバラけたり抜け球になったりする。

 

そのため、体の芯を鍛えることで再現性を高めていく。

 

良いフォームで投げれば、当然良いボールもいく。

何より、制球が安定する。

 

ということで、当面の課題フォームの安定に協力している所存である。

 

 

 

 

そして気がつけば、日が落ちてくる。

ああ、もう夕方かとか呑気に思いながら、俺はタオルで汗を拭いた。

 

「ほら、いくぞ。」

 

同じくタオルで汗を拭く一年生2人にそう声をかける。

すると、沢村が首を傾げながら訪ねてくる。

 

「いくって、どこっすか?」

 

ああ、そうか。

こいつらは初めてだから、合宿の段取りとかもわかんねーのか。

 

「ああ、ひとまず飯だ。練習は夜まで続くんだから、胃になんか入れねえとぶっ倒れるからな。」

 

そして何より

 

「マネージャーが握ってくれたおにぎりを食べて英気を養うのだ。」

 

そう言い残し、俺はベンチに向けて走っていく。

 

「あ、ずるいっすよなっさん!」

 

そう言いながらついてくる一年生2人。

 

まあ、間違いじゃない。

実際食べなきゃ、これからの練習で体力が保たなくなる。

 

後は、食べる量だけ考えれば…な。

 

 

俺の言葉で相当食欲が出たのか、バクバクおにぎりを食べる沢村。

それをさらに焚き付ける、悪ーい先輩方。

 

ああ沢村、ご愁傷様。

 

これから始まるのは、地獄のランメニュー。

ただでさえまだスタミナがない一年生2人。

 

降谷は言うまでもないが、いくら毎日走っている沢村でも一年生なら、例外なく死ぬ。

ああ、あとは野手の春市くんもね

 

と言うことで、今日はベースランから。

普段からやっているメニューの一つながら、これは一軍強化合宿。

 

普段の半分以下の人数で、それを二面に分けておこなっている。

 

 

インターバルは短いし、もう一つのグラウンドのペースによっては、プレッシャーが与えられたりと中々きついことになっている。

 

何より、夜といえどクソ暑い。

暑さで体力も奪われている。

 

 

チラりと横目で、一年生が走っているグラウンドへ目を向ける。

うん、絶好調に死んでる。

 

「なんだ夏輝、向こう見る余裕あんのか?」

 

「純さん俺よりペース遅くないっすか?」

 

さらっと純さんに煽られたため、軽く返しておく。

だって、事実だし。

 

「てめ、やったろうじゃねえか」

 

「ええ、やっちまいますか。」

 

成り行きで始まる、競争。

まだ初日ながら、自ら追い込んでいくスタイルである。

 

 

と言うことで、俺と純さんのせいでペースアップしたことで、反対側のグラウンドの本数が増えるという被害を振り撒きながら、合宿初日は終わりを告げた。

 

 

最後に一つ。

本数増やしてすまない、一年生諸君。

 

 

 



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エピソード17

地獄の夏合宿は早くも折り返し地点。

4日目を迎えていた。

 

ここまでかなりの追い込みをおこなってきたため、体に来ている。

 

流石に、全身筋肉痛である。

まあ、マッサージを怠っていないから、マシな方だ。

 

丹波さんもまだ余裕ありそうだし、ノリも大丈夫そう。

だが、この一年生2人は絶賛死んでいる。

 

 

さて、と。

 

「そんな君たちに朗報だ。」

 

今日のメニューの一つである体幹トレーニングを終えて倒れ込む一年生2人を見下ろしながら、話し始めた。

 

「今日から軽めのトレーニングに切り替えるぞ。」

 

俺がそう言うと、明らかに表情が和らぐ降谷。

沢村少年は少し安堵の表情を浮かべた後、直ぐに切り替えて質問してきた。

 

「なっさん、その心は!?」

 

「週末に試合があるからだ。2人とも投げるらしいから、それに備えておけと、監督直々に。」

 

「「おおお!」」

 

明らかに喜ぶ2人。

こんだけ疲れていても投げたいと思う心意気は流石だ。

 

ちなみに、降谷が1日目。

沢村が2日目に登板する予定だ。

 

 

 

大阪桐生といえば、関西地区では有名な強豪校。

甲子園の常連校であり、今年も自慢の強打で優勝候補筆頭と言われている。

 

特にエースである舘。

 

高い球威の直球でゴリゴリ押してくる本格派。

制球も安定しており、カーブやスライダーなどの変化球も決め球として十分使えると、かなり高い水準で纏まっている。

 

また打撃面でも大阪桐生の中心を担っており、4番として高い打撃センスも発揮している。

 

 

高い攻撃力と、絶対的エース。

何より、競った試合で勝ち切る強さ。

 

間違いなく、関西を代表する強豪校だ。

 

 

 

ちなみに、沢村は日曜の修北との練習試合に登板予定だ。

先発丹波さんの、リリーフで投げるらしい。

 

「ということだ。まあ体幹トレーニングみたいに試合に影響でない練習はやるからな。」

 

「おおお試合だぁぁぁぁ!」

 

「試合…投げられる…。」

 

聞いていない。

まあ良いんだけど。

 

「さあ、続きやるぞ。」

 

そうして、サーキットレーニングへ。

 

止まることで負荷をかける体幹トレーニングとは違い、全身運動。

身体を動かして、力を出すために効率的な使い方を身体に染み込ませる。

 

 

その後は、ブルペンへ。

軽く投げ込みと、フォームのチェック。

 

これが意外と大事だったりする。

疲労が溜まって体が動かないとなると、疲労が溜まっているその部分を庇うようにバランスが崩れてしまう。

 

そうすると、やはりフォームにも少し影響が出ていつもと同じような投球ができなくなったり、フォームがバラけたりしてしまうのだ。

もちろん、怪我にもつながるしね。

 

 

確認するように投球。

疲労が溜まっているからか、やはりスピードは遅い。

 

変化球のキレも、あまりよくないだろうな。

見てて、そして投げていてわかる。

 

 

チラリと、横に目を向ける。

 

流石の丹波さんも疲れているのか、やはりいつものような球のキレがない。

でも、カーブの落差は相変わらずだ。

 

それに。

 

「フォークですか、結構落ちてますね。」

 

「まあな。決め球に使えるように密かに練習していた。」

 

元々使っていたカーブの他に、決め球としてフォークを投げていた。

 

確かに、緩急と落差で空振りを奪えていたのだが、さらにリードの幅を広げるためには絶好のボールかも知れないな。

 

ふわりと一度浮かんでから緩く沈むカーブと、ストレートとほぼ同じ軌道でストンと沈むフォーク。

 

ストレートと組み合わせたら、奪三振も今以上に多くなるだろう。

基本的に三振を奪って調子を上げる丹波さんであれば、後半で崩れることも少なくなるだろうしね。

 

 

反対側の隣では、降谷。

普段より球威は落ちているが、無駄な力が抜けている分低めに決まっていて悪くない。

 

しかも、球速自体は大して落ちていない。

やはり、こいつの速球は不思議だ。

 

俺が見ていると、降谷は何かを思い出したようにボールを握りなおす。

 

「フォーク。」

 

ああ、思い出したのね。

変化球としてもそうなのだが、力を抜くために定期的に投げておけと兼ねてから言っていたからな。

 

 

まだ落差は丹波さんより劣っているが、純粋な縦振りの分角度とキレは相当いい。

もう少し投げていけば、今後は決め球としてだいぶ使えるぞ。

 

ただ抜け球はまだ多いから、一也もなかなか使いにくいだろうな。

こればかりは、投げていくうちに慣れていくしかない。

 

 

 

その横のノリも、疲れはあるものの安定してコントロールできている。

やはりこいつは、丈夫だ。

 

スライダーもそこそこ切れているし、なんだかんだで1番疲れが残りにくい体質なのかも知れない。

 

よく連投してるし。

そんでもって、意外とやり切れちゃうし。

 

 

「おいしょお!どうですか俺の高速チェンジは!」

 

「ボールだな。」

 

奥でアピールしている奴がいるが、無視しておこう。

 

実はちゃっかりムービングボールも改良している。

元々ストレートと同じ握りだったものから鷲掴みに変えることによって、落差と変化量共に大きくなった。

 

これにより、よりハッキリとストレートとのギャップが生まれた。

初見じゃ、だいぶ内野ゴロが増えるんじゃないかな。

 

 

 

さてと。

俺も少しばかり調整がてら投げないとな。

 

「真っ直ぐ。」

 

「来い。」

 

一也が、ミットを大きく広げる。

なんとなく、的が大きく感じた。

 

腰を大きく捻り、投げ込む。

球速が出ないのはわかっているが、やはりこうやって見ると。

 

「おっせえなあ。」

 

「言うなよ。俺が1番わかってんだから。」

 

球速は110キロほど。

軽く投げているとはいえ、遅い。

 

これでどうやって大阪桐生を抑えっかな。

 

 

球速勝負は鼻から無理だし、今回なんかは回転数とか意識するか。

いつも意識してるけど、それ以上に。

 

後は、変化球だな。

特にツーシームは変化量も落ちていないから、いつも通り軸にしていけるだろう。

 

 

何はともあれ、やるしかあるまい。

如何に疲労が溜まっているとはいえど、そんなこと相手さんには関係がないからな。

 

それに、過酷な夏。

疲労が溜まっている場面で如何に抑えていくのかも問われている。

 

 

 

 

特に、エースならば尚更だ。

 



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エピソード18



丹波さんが怪我するイベントを作る必要がなくなったので、色々順番を変えています。
あまり深く考えないでくださいお願いします(本当は時系列ごちゃってただけ)


 

 

 

 

 

 

夏の合宿もいよいよ大詰め。

と言うことで、総決済の練習試合である。

 

お相手は、なんと関西地区最強と名高い大阪桐生高校。

エースで4番の舘を中心とした強力打線が売りの強打のチームだ。

 

 

「わかってるとは思うけど、お前今日打ち込まれるからな。」

 

「今更言うなよ。疲れだって取り切れてないし、そもそも普段通りだったとしても、抑えられるとは限らない。」

 

軽くストレッチをしながらそう答えると、一也は少し笑った。

 

「確かにな。けどまあ、俺も最小失点に抑えられるように協力すっから。」

 

「ああ。後は打ってくれることを信じよう。」

 

「それなら任せろ。」

 

あ、哲さん。

 

急に現れたのは、我が主砲で主将。

頼もしいキャプテンの登場に少しびっくりしながらも、俺は息を吐いた。

 

「はい、任せました。」

 

 

ちなみに、メンバーはいつも通り。

レフトに降谷が入る以外は、大して変わらない。

 

基本的にレフトは、打てる俺か降谷が入り、守備固め等の大事な場面では坂田さんか門田さんが入るとのこと。

 

とりあえず今日の試合は、降谷がレフトへ。

俺が降板後は、2人の守備位置を入れ替えて、俺がレフトに入る。

 

と言うことで、早速試合に入っていこう。

 

 

先攻めは、大阪桐生。

と言うことで、先発のマウンドには俺が上がる。

 

身体の調子は、ハッキリ言ってよくない。

だって疲れ溜まってるし。

 

まあ、やるしかあるまい。

 

 

 

先頭打者が、左打席へ。

二年生の、好打者。

 

俺と一也と、同じ歳。

強豪で二年生ながら上位の打線にいる理由も、あるのだろう。

 

 

さてと、まずは様子見だ。

相手の出方ではなく、俺自身の。

 

一也の構えるミットを見る。

コースは、インコース低め。

 

いつも通りのフォーム。

トルネード投法から、全身を縦回転。

 

遠心力と身体の捻転、そして反動全てを生かしてボールにのせる。

 

(うっ)

 

少し、感覚が良くない。

 

案の定、抜けたストレートは甘く入ってしまう。

相手もそれを見逃すことなく、しっかり捉えてきた。

 

「あ」

 

「行ったな。」

 

一也がそう呟いたのも、頷ける。

音も感覚も、完全にスタンドを越えるであろう当たりだった。

 

なんとなく、帽子の鍔に手をかける。

気持ちが、少しばかりリラックスするから。

 

俺は打球の方向すら見ずに、ゆっくり深呼吸をした。

 

「いやー、気持ちいいくらい吹っ飛んだな。」

 

「悪い、感覚と意識にズレが生じた。」

 

駆け寄ってきた一也にそう返し、俺はまた息を吐く。

 

いつもより、感覚が尖っている。

良いように言えば、研ぎ澄まされているというべきか。

 

まだ、自分の中でベストタイミングが掴めていない。

早くこの状態に適応しないと。

 

「わかってるならいい。少し抜けやすいなら、引っ掛けるくらいの気持ちでもいいと思うぞ。」

 

「わかった、そうする。」

 

まあ、一発食らうくらいならボールの方がマシだからな。

一也なら、基本なんでも取ってくれるし。

 

 

2人目のバッターが、右打席へ。

できれば、こいつのうちにアジャストしておきたい。

 

いつもの感覚で少し「早かった」。

なら、少しばかり遅らせてあげたら、どうかな。

 

初球、同じくストレート。

これが低めに外れて、1ボール。

 

(少し引っかけすぎたか。)

 

(大丈夫だ、さっきよりも良くなってる。)

 

頷く一也に内心少し安堵しながら、俺は続けてモーションに入った。

 

今度は、真ん中低め。

まだ左右のコントロールは少し甘いか。

 

これを掬い上げられて、センター前へ。

決して悪いコースではなかったのだが、やはり相手も上手い。

 

低めのボールをうまく合わせて、内野の頭を越えるシングルヒットを打たれた。

 

(上手いな。)

 

(そりゃ、桐生だからな。)

 

当然と言ったら、当然か。

強打が売りのチームの上位打線なのだから。

 

 

さてと、ここからクリーンナップか。

どうやって抑えるべきかな。

 

ストレートの感覚もだが、変化球だってどうかわからないし。

とりあえずは、そこらへんも試しておきたい。

 

(て感じだけど、どうでしょう。)

 

(焦るなよ。まずはストレートからだ。)

 

そりゃそうだよな。

ここで変に感覚狂ってふり出しからってのも嫌だし。

 

 

ここからクリーンナップ。

前2人は(どちらかというと)好打者だったため、ここからの打者たちは一発が絡んでくるから、より慎重に。

 

とはいえ、感覚を掴むのが最優先。

一也の要求通り、まずはストレートを外角に投げ込んだ。

 

少し引っ掛ける意識で、だけど振り抜く。

お、良い感じかも。

 

俺の感覚通り、この試合初の見送り。

ストレートが、外角の中段に決まった。

 

指先の感覚的にも1番しっくりきたな。

多分力入れたら、もっと。

 

 

再び構えられたコースは、外角。

同じく、ストレートを放る。

 

(さっきの感じでいいぞ。同じところに来い。)

 

(おう。)

 

また、モーションへ。

ランナーが走ろうが、関係ない。

 

今は目の前の打者に、俺の感覚に集中する。

 

少し、甘い。

だけど、回転の感覚や力の入れ具合はいい感じだ。

 

金属特有の快音が、鳴り響く。

 

引っ張り方向に強い打球。

しかし、その打球が抜けていくことはなかった。

 

哲さんが、あわや長打コースというライナーを見事にダイビングキャッチ。

さらに予めリードを取っていた一塁ランナーも戻り切れずに、アウト。

 

思わぬ形でのダブルプレー。

俺はもちろん、チーム全体が盛り上がった。

 

 

「ナイスです哲さん、助かりました」

 

「気にするな。自分が納得できるまで、俺たちが守ってやる。」

 

なんともまあ、心強い。

なんだかんだで、内野は本当に強固な守りだからな。

 

(悪い一也、コントロールは細かくできねえ。)

 

(中々痛いけど、仕方ない。ある程度制球して、後は強いボールだけ頼むぞ。)

 

(了解。)

 

広く構える一也。

コントロールはあまり気にするなという、意思表示か。

 

けどまあ、次のバッターは。

 

「ほな、よろしゅう。」

 

4番か。ここまでのバッターとは違って、ガチの怪物だからな。

投手特有の感覚ってのもあるし、打たれるかも。

 

 

まずは、カーブ。

流石の一也も警戒しているか。

 

外角から、ゾーンに入り込んでくる。

このボールには流石の舘さんも見逃す。

 

変化球の感覚は悪くない。

本調子なら、もっと良くなるだろうし。

 

 

問題はやっぱり、真っ直ぐか。

 

一也が構えたコースは、内角。

とは言え、明らかなボール球。

 

見せ球か。

このボールは見逃され、1ボール1ストライク。

 

次も、ストレート。

今度は外角の低め。

 

コースは完璧、外角低め厳しいコース。

しかし、舘さんの放った打球は大きく上がった。

 

するどい当たりあわやホームランかというところで、打球は左に切れてファール。

 

 

 

やばい、厳しく責めたはずなのに。

どうやって抑える、どうする。

 

頭によぎる、迷い。

その時、一也からボールを投げ返された。

 

パアンと、明らかに強く。

 

 

(大丈夫だ、今のは少し鈍かっただけだ。コースは気にするな、強く来い。)

 

そう、だったな。

今はまず、ストレートの感覚を掴む。

 

 

ここでリセットするように、深呼吸。

集中だ、集中。

 

指先に感覚を集中させろ。

後は、今までの反復でなんとかなる。

 

集中しろ、限界まで研ぎ澄ませ。

 

「フっ!」

 

全力で振り抜かれた右腕。

しかし、指先にカチリとハマるような感覚が、突き抜けた。

 

俺の中で、何かが噛み合った。

 

 

いつもより遅い球速。

しかしそのストレートは、風を切り裂くようにして大地を駆け抜けた。

 

ギュウン!

 

そんな音が、俺の中で響き渡る。

 

 

コースは、真ん中高め。

球速は、たったの114キロ。

 

しかし。

西日本でもトップクラスの舘さんのバットは、空を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、青道高校打線も反撃を開始。

初回からエース舘を叩き、いきなり3得点をあげる。

 

対する大阪桐生は、中々大野のスピンの効いたストレートと変化球の組み合わせを攻略しきれず、4回を2得点と自慢の強力打線も形を潜めていた。

 

5回はお互いに無得点、5−2と青道リードで後半戦へ。

 

ここから大阪桐生は反撃開始。

6回、ついに舘にホームランが飛び出すと、この回4得点とついに逆転をする。

 

「まあ、球が速くなったわけじゃねえし、慣れられたらな。」

 

「るっさい。」

 

尻上がりに調子を上げている舘に、徐々に得点が鈍化していく青道。

対して、徐々に大野を攻略していく大阪桐生。

 

誰の目にも、勝敗が見えてきた頃、青道ベンチが動く。

 

この回で大野は降板。

7回からは、一年生の怪物ルーキーがマウンドへ上がる。

 

 

しかし、これもまた疲労の影響で打ち込まれてしまう。

球速こそあれど、コースが甘い。

 

全国の豪速球投手を見てきた大阪桐生相手に、いきなり2失点してしまう。

 

 

が、一年生の力投に応えるように、打線も奮起。

疲れの見えてきた館を打ち込み、11−10と再度逆転する。

 

こうなると、お互いの強力打線はヒートアップ。

シーソーゲームには拍車がかかり、8回にはお互いに2得点ずつ取り合う。

 

 

13−12で迎えた最終回。

ツーアウトランナー二三塁と最後のピンチの場面で打席には、4番の舘が入る。

 

 

初球、ストレート、高めの釣り球を見逃し1ボール。

 

2球目、今度は低めいっぱいに決まるストレート。

これも見逃して、1ボール1ストライク。

 

3球目、外角高めの真っ直ぐを当てたものの、前に飛ばずファール。

 

4球目、再度高めのストレート。

これもバットに当てたものの、三塁線切れてファール。

 

 

ヒットゾーンには飛んでいないものの、徐々にアジャストしていく舘。

捉えるのも時間の問題かと思われていた。

 

 

5球目、低めのストレート。

これもバットに当たり、レフトポール側切れてファール。

 

 

汗を拭う降谷。

ここで御幸は、とあるボールのサインを出す。

 

(ストレートの軌道はもう染み込ませた。後は、料理するだけだ。)

 

少し驚いた表情を浮かべる降谷に御幸も笑って返す。

 

(散々練習で投げたんだ。いつも通り腕を振り抜けば勝手に落ちる。)

 

コクリと、降谷が頷く。

セットポジションから全身を縦回転。

 

高い打点から投げ込まれたボールはぐんぐん進んでいく。

 

(ど真ん中、貰いやでえ!)

 

そうして振り抜いた舘のバットの遥か下。

 

最後はフォークボールで空振り三振。

接戦の末、大阪の強豪校である大阪桐生を13−12で下した。

 

 

 



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エピソード19



RGのHi-νガンダム組んでたら遅くなってしまった…


練習試合2日目。

今日は、同地区のライバルである稲実と修北が来ているため、総当りの変則ダブルヘッダーで試合をしていく。

 

修北戦での先発は、丹波さん。

昨日みたいな俺から降谷への継投みたいに、大体6回まで丹波さんが投げ、その後は沢村が残りの回を投げる。

 

稲実との試合は、ノリが9回まで投げる。

流石に同地区のライバル同士で手の内を見せ合う必要はないからな。

 

相手先発も、2年生の平野。

ノリと同じで、リリーフを中心に回している控え投手だ。

 

 

ということで、早速試合。

やはりというべきか、稲実も控え選手が中心。

 

こちらも同じくで、キャッチャーはクリス先輩だ。

内野にも1年生の小湊を使うなど、メンバーを入れ替えている。

 

 

 

 

前半はクリス先輩のリードと安定したノリのピッチングで最小失点に抑えていく。

対する平野も上手く躱していくピッチングで、6回終了時点まで3-2と落ち着いた試合展開となった。

 

 

しかし、7回。

フォアボールとヒットでピンチを背負うノリ。

 

この場面で打席には4番。

甘く入ったストレートを叩かれて、スリーランホームランを浴びてしまう。

 

疲れも残っているからか、いつもよりボールに力がない。

何より、上手く制球もできていない。

 

 

いつもなら、この後ズルズルと崩れていくのがノリ。

だが、今日の彼は一味違った。

 

マウンドでクリス先輩と少し話すと、丁寧に低めを攻めていくいつもの投球。

打たせてとる理想的な投球で、後続を断ってみせた。

 

 

 

「おお、ノリ頑張ってんじゃん。」

 

「クリス先輩の声掛けもそうだけど、やっぱり粘り強くなったよな。」

 

連打を浴びても、後続を断つ。

今までにはない、打ち込まれても粘り強く投げ続ける心の強さ。

 

特に援護が多いうちのチームであれば、多少点を取られても逆転されなければ問題はない。

 

だからこそ、そう言う強さが必要になってくる。

 

 

 

「よっ、なっちゃん。」

 

グラウンド横で試合を見ていると、ふと声を掛けられる。

目を向けると、そこには見覚えのある小柄な青年がいた。

 

艶やかな白銀色の髪と、端正な顔立ち。

本の中から出てきたかのような、そんな彼はやってきた。

 

「鳴、久しぶりだね。」

 

「約1年ぶりかな?秋大は怪我してたみたいだし、本当に久しぶりだね。」

 

「一也も、久しぶりじゃん。」

 

「ああ。」

 

成宮鳴。

俺と一也の幼なじみであり、稲実のエース。

 

そして、去年の夏に俺たちを負かした投手。

 

「今日は投げんの?」

 

「まあね。修北の時に投げるから、楽しみにしておきなよ。面白いものみせてあげ…ってえ!」

 

「アップ中抜け出したと思ったら、こんなとこで油売ってやがったか。」

 

鳴が言いかけたところで、寸断。

何故なら、その綺麗な頭に鉄槌が下ったからだ。

 

「原田さん、ご無沙汰してます。」

 

「すまんな、ウチのが迷惑をかけた。」

 

「いえいえ。彼も口は滑らせてないですから、安心して下さい。」

 

滑らせかけてたけどな。

まあ、面白いものとしか言ってないしセーフか。

 

「じゃあ、俺らもここら辺で。ああ後、お前らも後輩の扱いには気をつけろよ。コイツと違って口を滑らせてる奴がいたからな。」

 

「あぁ、沢村っすね。さっき純さんが絞めてたんで大丈夫ですよ。」

 

さっき、ペラペラと昨日の試合内容を白状していた。

恐らくだが、ライバル校に自分たちの強さを誇示したかったのだろう。

 

甲子園常連校である大阪桐生に打ち勝った。

まあ裏を返せば、乱打戦になるくらい投手は打ち込まれたということだけどね。

 

 

「じゃあ、俺行くわ。」

 

「おう、しっかり研究させてもらうぜ。」

 

そうして、鳴と別れを告げる。

丁度、ノリが稲実の打者を三振に切ってとっているところだった。

 

「俺達も戻るか。」

 

「あぁ。早くしねえと、鳴みたいにゲンコツ食らっちまうかもしれねえしな。」

 

冗談はさておき、実際いい研究材料になる。

練習試合という、数少ない実戦での投球を、目の前で見ることができるのだ。

 

特に、この成宮。

俺たちとの試合では、おそらくこいつが完投まで持っていくと思う

 

最速148キロの快速球と、キレのあるスライダーとフォークの縦横の変化。

そして、多少荒れているもののそこそこ安定した制球と、一試合を十分に投げ切ることができるスタミナ。

 

まさに、教科書通り。

お手本のようなサウスポー投手だ。

 

去年の夏も、こいつの前にうちの打線は手も足も出なかった。

 

「性格だけはお手本とは言えねえけどな。」

 

「ちげえねえや。」

 

そうこうしているうちに、稲実と修北の試合が始まる。

 

先発は、その成宮。

対する相手先発も、エースである戸川を投入する。

 

試合は初回から動き、先攻である稲実がいきなり2得点を挙げて先制。

堅実ながら思い切りのいい攻撃で得点力の高さを見せつけてきた。

 

対する稲実の先発である成宮はというと。

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

三者連続三振の立ち上がりである。

威力のあるストレートを軸に、キレのある2種類の決め球で三振を奪う、これまたお手本のような投球である。

 

この圧倒的な投球は試合中盤まで続き、5回までで被安打1の好投。

そして、5回。

 

5番6番をすぐに打ち取り、早くもツーアウトまで持っていく。

 

打席には、7番。

 

初球、138キロのストレートで空振り。

やはり、数字以上に速い。

 

続けて、ストレート。

今度は、140キロを超えるほど力を入れたボール。

 

3球目、これは少し外れてボール。

しかし、威力キレ共に絶品のボールである。

 

「スライダーもそうだけど、ストレートの威力が半端じゃないな。」

 

「ええ。元々威力ありましたけど、球速が上がった分より強力になってますね。」

 

気をつけるのは、やはりあの強いストレート。

後は、左打者からは逃げるように変化するスライダーはかなり強力だな。

 

 

追い込んでいるのは成宮。

もう一つ遊び球は…あいつなら、きめに行くな。

 

決め球はやっぱりスライダーか?

右バッターだし、フォークもありえるな。

 

中々サインが決まらないバッテリー。

成宮のことだし、きっとストレートで押し切ろうとしているのだろう。

まあ、悪くない選択だ。

 

ようやく、サインに頷く成宮。

 

美しいワインドアップから、右足を高く上げて静止。

沢村のそれとも少し近いが、遥かに洗練されている。

 

高いリリースポイントから、振り抜かれる左腕。

そこから放たれたのは、これまで成宮が投げてこなかった未知のボールであった。

 

 

ストレートと同じ腕の振りで、緩く利き手側に沈む変化球。

打者のタイミングを外す、魔球。

 

チェンジアップ。

成宮のそれは聞き手側にスクリュー気味に沈むから、サークルチェンジといったところか。

 

緩急もそうだが、落差もあるから空振りも楽に奪える絶好のボールだな。

 

「縦横の変化に加えて、緩急まで身につけやがったか。」

 

腕を組みながらぼやくように呟く純さん。

その気持ちも、わからんではない。

 

ただでさえ手のつけられなかった投手だというのに、さらに進化されたらな。

 

ため息をつきそうになり、飲み込む。

すると、今度は主将である哲さんが呟いた。

 

「面白い。」

 

どでかいオーラを放ちながら、そういう。

まあ、心配いらないか。

 

あいつが進化している以上に、俺たちだって進化しているんだ。

今年は、負けない。

 

今度こそ、勝ってみせるんだ。

俺には頼れる捕手(あいぼう)だっているんだからな。

 

「勝つぞ、一也。」

 

「当たり前だ。」

 

そうして、俺たちは互いの拳を突き合わせた。

 

 

 

 



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エピソード20

 

 

 

 

 

蒸し暑い夏。

蝉の鳴き声が休む間も無く鳴り響いている中、ブラスバンドの演奏と部員たちの声が響く。

 

7月第二週。

開会式を来週にに控え、俺たち青道高校も最後の調整を行なっていた。

 

「一也、真っ直ぐ。」

 

かくいう俺も、夏大会に向けてほぼ完璧に仕上がっていた。

 

どのボールの精度も仕上がり、制球も安定している。

 

特にストレートの状態が良い。

 

あの大阪桐生との練習試合以降、指先の感覚が敏感に感じるようになり、ストレートのキレが増した。

当時はその場しのぎとしか考えていなかったけど、まさかちゃんと効果があるとは思わなかった。

 

また、指先の感覚を感じるようになってから、SFFの精度がだいぶ改善された。

元々内外の投げ分けしかできなかったのだが、今では四分割まではできるようになった。

 

 

とまあ、こんな感じで俺はちゃんと仕上がっている。

そして、俺以外も。

 

丹波さんは、新変化球であるフォークを完璧にマスターし、決め球としてちゃんと使えるレベルまで持っていった。

ストレートとカーブのキレ自体もまずまずであり、先発の柱として投げてくれるだろう。

 

ノリも、だいぶ安定するようになってきた。

サイドスローから角度のあるストレートとスライダーを丁寧に低めに集めていくという持ち味を活かして、リリーフ陣をを支えてくれるはずだ。

 

リリーフである降谷は、やはりストレート。

まだまだ課題は山積みながら、やはりそれを補って余るほどのストレートを誇っている。

 

またフォークも俺と丹波さんと改良を進め、徐々に決め球として使えるようになってきていると、どんどんボールの精度を上げてきている。

 

 

そして、守護神である沢村。

クリス先輩の提案で握りを変えたことによりブレ幅が大きくなったムービングボールと、手元で伸びる4シームを組み合わせた打者を欺く投球でテンポ良くバッターを刈り取る青道最後の砦。

 

限界まで体を開かない球持ちの良いフォームと、インコースでどんどん勝負に行ける強心臓の持ち主と、一年生ながら本当に抑え向きのピッチャーである。

 

 

ちなみに沢村のムービングボールの改良というのは、クリス先輩と俺、そして一也の作戦会議で生まれたもの。

フォーシームを覚えたことで縫い目を気にするようになり、前のような天然のムービングボールを安定して投げられなくなったのだ。

 

そこでクリス先輩。

 

「意識してしまうなら仕方ない。そもそも全く違うボールとして捉えさせればいいのだ。」

 

ということで、適当に沢村に投げさせる。

 

自分の投げやすい握り、適当にボールを持たせて投げさせた結果。

なんと、鷲掴みで投げると、完璧なまでの高速チェンジアップになったというのだ。

 

 

 

 

一応起用法としては、以下の通り。

 

基本は先発完投、大事な試合で投げるのが大野夏輝。

先発もう一枚としてローテーションを回すのが丹波さん。

 

基本はセットアッパー兼ロングリリーフでフル回転のノリ。

 

元々リリーフのみの予定だった降谷は予想以上に安定してきているため、場合によっては先発。

降谷に関しては打てるため、俺と交代交代でレフトにも入る。

 

そして9回、守護神として試合を締めるのが抑えの沢村。

 

こんな感じで、ある程度の役割分担をして投げる。

特に俺は決勝に近づけば近づくほど投球回が増えていくため、前半は丹波さんと降谷で回すことが中心になる。

 

ほぼ決まっているところで、準々決勝の市大三校と決勝の稲実。

このに試合は、完投する可能性が高い。

 

だからこそ、その前にあまり疲労を残したくない。

 

涼しい秋や春なら心配はいらないのだが、今は夏。

連日30度を超える炎天下のなかで投げれば、確実に疲労は蓄積していくから。

 

 

 

とまあ、投手陣はこんな感じで仕上がっている。

そして仕上がっているのは投手だけではない。

 

野手たちも不動のレギュラーはもちろんだが、代打の切り札である春市くんやメンバーに返り咲いたクリス先輩など、ベンチのメンバーの厚みが増している。

特にクリス先輩は、全盛期ほどではないもののバッティングの調子も戻していき、スタメンマスクを被る場合もある。

 

特に降谷を先発させた場合はノリでロングリリーフ、最後は沢村で締めるという構想のため、沢村とノリと相性の良さや降谷の勉強も兼ねてクリス先輩がキャッチャーに入る予定になっている。

 

 

一応、打順としては以下の通り。

 

1番 遊撃手 倉持洋一

2番 二塁手 小湊亮介

3番 中堅手 伊佐敷純

4番 一塁手 結城哲也

5番 三塁手 増子透

6番 捕手  御幸一也

7番 投or左 大野夏輝

8番 投or左 降谷暁

9番 右翼手 白州健二郎

 

後は守備固めとして、門田さんか坂井さん。

代打の切り札として3年の楠木さんと1年の小湊春市くん。

 

このメンバーを中心に試合を運んでいく。

 

 

そしてもちろん指揮を取るのは、片岡鉄心監督。

堅実な野球もさることながら、先手先手で仕掛けていく攻撃的采配で試合を掌握する、若き名将。

 

就任一年目以来甲子園からは遠ざかっていたものの、今年こそはその栄冠を取るべく今年もユニフォームを纏う。

 

 

強力な打撃陣は健在ながら、これまで課題であった投手陣にも厚みが出た。

間違いなく、去年のチームよりも。

 

今の俺たちは、強い。

 

そう確信して、俺たちは声を出した。

 

 

 







飛び飛びですが、ここから夏大会編入ります。
日常パートとか苦手ですし、割とサクサク進めていきたい。


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エピソード21

 

 

 

 

 

「あっつー。」

 

長々と続く高野連のお偉いさん方の有り難ーいお話を聞きながら、俺はひっそりとアンダーシャツをパタパタとさせて暑さを軽減しようとした。

もちろんこんな炎天下の中では、意味がないのに等しいが。

 

全国高等学校野球選手権西東京大会。

所謂、夏の本戦が開幕した。

 

その狼煙として開催される、開会式。

この神宮球場に東西東京の全校が揃っているのだ。

 

そりゃあもう、人口密度で体感温度も上がっている。

 

「よくみんなぶっ倒れねえよな。んな暑いところじゃ、気分悪くなるやつだっているだろうに。」

 

俺は元々全国大会とかで慣れているから大丈夫だけど、こんな炎天下の中で長時間立たされているのだ。

倒れるやつがいても、仕方ない。

 

「まあ、ぶっ倒れそうなやつはいるけどな。」

 

そう言って、一也が小さく後ろを指差す。

先には、フラフラと揺れる頭が見えた。

 

ひょこりと出ている頭は、高い身長の証。

サラサラの髪が、ゆらゆらと揺れている。

 

「ああ、降谷ね。あいつ北海道出身だし、こういう暑いところには慣れてないのかも。中々こんなに人が集まるところもないだろうし。」

 

「確かにな。でかい大会だって出た経験ないし、こういう場所は初めてか。」

 

沢村に寄りかかるようにして態勢を崩す降谷。

ナイス、沢村少年。

 

「あっつー、まだ終わんないの?てか話長すぎでしょ。」

 

「ちょっと黙れ、鳴」

 

聞き覚えのある、エースとその女房役の声。

向こうも向こうで大変だなあとか思いながら、俺は当たりに目を向ける。

 

市大三校の真中さんに、仙泉の真木。

今後当たるであろう敵たちをこの目で確かめる。

まあ、いい暇つぶしになる。

 

 

 

そんなことをしていると、気づけば開会式が終わっていた。

さあ、開幕…と言いたいところだが、俺たちはシードだから来週まで試合がない。

 

帰って練習だな。

 

 

 

 

練習自体は、仕上げの段階に入っているため強度自体はそんなに高くない。

まあ、最後の確認や対策練習が中心になる。

 

意外とやることは多い。

が、今更焦ってやることはない。

 

気づけば、俺たちの初戦も眼前に迫っていた。

 

 

 

対戦相手は、米門東高校。

ごく普通の都立高校だ。

 

どこか優れたところがあるわけではない。

しかし、勢いがある。

 

最後の夏にかける思い、そして一つでも多く試合を戦うために。

 

エースは、最速132キロの直球とそこそこ曲がるカーブで打者を翻弄する右腕。

正直言って、攻略できない相手ではない。

 

コントロールも特段いいわけでもない。

よくも悪くも、普通である。

 

打線もまあ、悪くはない。

クリーンナップはパンチ力があり、勢いもある分一発怖い。

 

そして、意外と試合運びが上手い。

監督の采配なのかもしれないが、ランナーを動かしたりバスターエンドランなど積極的に仕掛けてくる。

 

初戦もその策略がドンピシャにハマり、接戦をモノにしてみせた。

 

 

「こちらとの試合でも、何か仕掛けてくるでしょうし油断はできません。」

 

「ご苦労だ、渡辺。」

 

そうして、ノートを閉じる俺たちと同い年の渡辺。

クリス先輩から直接推薦された、俺たち青道高校の偵察班だ。

 

「相手の強さは、もはやこれまでの成績は関係ないと言える。それだけ、勢い付いているということだ。」

 

やはり監督はわかっている。

最後の夏にかける3年生の強さを、そして先に勝ち星を上げていることによる勢いの怖さを。

 

「しかし、だからと言って俺たちがやることは何ら変わりはない。目の前のプレーに全力で向かっていく。それこそが、相手にとって最もプレッシャーになるはずだ。」

 

地力で言えば、間違いなく俺たちの方が上。

しかし、奇策や攻めの姿勢、何より接戦をものにしたことによるチーム全体の勢いが凄まじい。

 

先に一勝を挙げている反面、こちらは初陣。

相手も確実に先手を打って流れを掴もうとするはずだ。

 

 

まずは、その勢いを真正面から捻じ伏せる。

そしてそのまま、相手が初戦で掴んできた勢いをそのまま根こそぎ奪い取る。

 

先に勝っているからこそ、その分勝った時にもらえるものも大きい。

 

だからこそ、それを真っ向から捻じ伏せることに意味があるのだ。

 

 

 

「初戦から、全力でいくぞ。いけるな、大野。」

 

「勿論。」

 

エースだから。

チームを代表する投手だから。

 

この大事な初戦。

エースとして、必ずチームに勝利を呼び込んでみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ 青道高校投手マニュアル(夏大開始直前)

 

 

 

背番号1 大野夏輝 右投左打

 

ストレート 132km/h 球威B

ツーシーム 130km/h 球威A

スライダー 変化量2 球威E

Dカーブ  変化量4 球威C

SFF 変化量2  球威D

 

コントロール A82

スタミナ   B76

 

 

特殊能力

対ピンチA /ノビA /クイックF

奪三振 /低め○ /球持ち○ /闘志 /アウトロー球威 /軽い球 /負け運

 

 

 

 

背番号10 丹波光一郎 右投右打

 

ストレート 140km /h 球威D

Dカーブ   変化量5  球威B

フォーク  変化量4 球威D

 

コントロール C65

スタミナ   D55

 

 

特殊能力

キレ○ /一発 /乱調

 

 

 

 

背番号11 川上憲史 右投右打

 

ストレート 132km /h 球威E

スライダー 変化量4 球威C

 

コントロール B71

スタミナ   D53

 

特殊能力

対ピンチE /打たれ強さF

リリース○ /低め /緊急登板 /シュート回転 /寸前

 

 

 

 

背番号18 降谷暁 右投右打

 

ストレート 151km /h 球威A

フォーク  変化量3 球威C

 

コントロール E41

スタミナ   D53

 

特殊能力

対ピンチC /怪童

怪物球威 /荒れ球 /奪三振 /ポーカーフェイス /四球 /スロースターター /乱調

 

 

 

 

 

背番号20 沢村栄純 左投左打

 

ストレート 134km /h 球威C

ムービングファストボール 130km /h 球威C

 

コントロール D58

スタミナ   C68

 

特殊能力

対ピンチB /ケガしにくさA /ノビB

リリース○ /勝ち運 /闘志 /球持ち /内角攻め /調子安定

 

 

 

 

原作ともちょくちょく能力も変えてます(球速うpなど)

そして何より、沢村が強い。

 

 

あくまで高校野球内での査定ですので、悪しからず。

 

 



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エピソード22

甲子園。

多くの高校球児が目指す、高校野球の聖地。

 

しかしその場所に辿り着けるのは、地区でたった一校のみ。

この広い西東京地区で、たった一校のみなのだ。

 

過程は違えど、目指す思いは、同じ。

その場所に辿り着くために、それぞれの高校が熾烈を極めた戦いを繰り広げる。

 

 

 

今日もまた、二つの高校が激突する。

 

青道高校と米門西高校。

方や名の知れた私立高校であり、方やごく普通の都立高校。

 

かけている資金も、使っている機材もまた違う。

しかし、想いだけは同じなのだ。

 

 

誰もが、シード校である青道高校の勝利を疑わなかった。

何せ、青道と言えば都内でも有数の強豪校。

強力な打撃陣が売りの、強打のチームである。

 

しかし、そんな中でも。

この試合に向かっていく米門西だけは、打倒することだけを考えていた。

 

「どうせあいつら、どっかで都立高校を舐めているからな。」

 

その油断にこそ、付け入る隙がある。

そう、米門西の監督である千葉は踏んでいた。

 

 

 

その為には、まず先手を取る。

こちらから仕掛けることで、相手をこちらの土俵に引き摺り込むのだ。

 

地力では向こうが上。

だからこそ、こちらのペースで戦うことがまずは最低条件になってくる。

 

「まずは君が、奴らを脅かしてやれ。」

 

千葉の視線の先には、背番号10。

この米門西が、格上である青道を倒すために考えた切り札。

 

それこそが、彼なのだ。

 

(この夏のために、俺は。)

 

この最後の夏のために、今までのフォームだって変えた。

甲子園に行くためだけに、こういう強いチームに勝つために。

 

夏まで我慢してきたんだ。

ここまでやってきたんだから、勝ちたい。

 

いや、勝てるんだ。

 

 

そう言い聞かせるように、先発である南平は深呼吸をした。

 

 

リラックスするために。

勝てると、自分に言い聞かせるように。

 

「まずは1つずつだ。いつも通り投げていけばいいからな。」

 

「ああ、しっかりいこう。」

 

捕手に言われた通り、1つずつ丁寧に投げていけば勝てる。

監督だって、仕掛けがハマれば確実にこちらのペースになる。

 

そうすれば。

 

 

 

最初の打者である倉持が、打席へ入る。

俊足のリードオフマンであり、内野安打セーフティーバントあらゆることを警戒しなくてはならない。

 

(難しく考えるな。俺はいつも通りだ。)

 

そうして、セットポジションに入り投球モーションに移る。

 

足を抱え込むように身体を丸め、スライドステップ。

地面を滑らせるように足を運び、その前へ進む動きに連動させるようにしたから腕を振り抜く。

 

通称、アンダースロー。

球速自体は遅いものの、その変則的な投球フォームは、バッターを惑わすにはとても効果的であった。

 

(フォーム的には、ノリよりもっと下。球速はないけど、やっぱり軌道自体は見慣れない。)

 

下から放っている分、軌道としてはサイドスローの川上より低いリリースポイントになる。

尚且つ、少しふわりと浮かび上がるようにしてから沈む、独特の軌道である。

 

(変化球も見たいってのは、少し欲張りか。)

 

2球目、今度はインサイドのストレートを見逃してツーストライクと追い込まれてしまう。

 

これで、クサイコースも振らなくてはいけない。

できればチームに情報共有も兼ねて変化球も見ておきたいが、出塁が最優先。

 

そう思い、倉持はバットを構えた。

 

投げられたボールは、やはり緩いボール。

しかし今回のそれは、先の2球よりも遥かに遅いものであった。

 

「っ!」

 

完全にタイミングをはずされ、空振りの三振。

米門としては、先頭打者を三振で取れたという理想的な立ち上がりとなった。

 

「すいません、亮さん。詳しい軌道とかは正直わかんなかったっす。」

 

「いいよ、あの変化球見れただけでだいぶイメージついたから」

 

そして、2番の小湊が打席へ。

チーム随一のバットコントロールを誇っており、出塁率は非常に高い。

 

(倉持の反応を見るに、相当遅いみたいだね。変化球は特に。)

 

それならば、ある程度予想が立てやすいストレートを叩く。

遅い球なら、できるだけ引きつけて合わせてやれば、上手く飛んでくれるはず。

 

そうして、投げ込まれた初球を狙い打った。

 

 

金属特有の快音。

しかしその刹那に、破裂音にも似た捕球音が鳴り響いた。

 

サードライナー。

流し方向に放たれた強い打球だったが、打球は運悪くサードのグラブにすっぽり収まっていた。

 

(んー、引きつけすぎた。)

 

表情では笑っていながらも、小湊は苦虫を噛み潰すような思いでベンチへ戻った。

 

 

後に続く伊佐敷は、緩いボールを上手く拾ったものの、予め深く守っていた外野守備に抑えられてレフトフライとなってしまう。

 

強豪である青道が、三者凡退。

いい当たりも放っていたが、それでもヒットが一本も出ていない。

 

その事実だけで、球場は少しざわついた

観客もそうだが、何より当事者である米門西ベンチの活気が湧き上がった。

 

「俺が、あの青道を抑えたのか?」

 

「ナイスピッチだ南平。これで主導権は握ったも同然だ。どうだお前ら、これが千葉流勝負の鉄則その1じゃ。」

 

何が何でも、まずは主導権を握る。

その第一関門は、突破した。

 

後は、マウンドに上がる相手投手を打ち倒す。

 

「相手の先発はエースとはいえ、球速は菊永と変わらない。相手は初回の攻撃で点が取れなかったから焦っているはずだ。その隙に付け入るぞ、いいな。」

 

「はい!」

 

球速は、MAX133km/h。

先発時の平均球速にしてみれば、大体120km/h前半。

 

お世辞にも早いとは言えない上に、関東大会では炎上しているなど、不安定なのではないかと千葉は予想していた。

 

 

 

 

 

 

 

しかし。

 

 

 

 

それが千葉の勘違いであったことがわかったのは、この直後であった。

 

マウンドに上がった、2年生エース。

身長はそんなに大きくないし、身体も特段大きいとは言えない。

 

しかし。

 

「何を勘違いしているかは知らんが。」

 

そんな彼が見せたのは、まさに「圧倒」であった。

 

「点が取れなきゃ、勝つことなんて不可能だぞ。」

 

 

数字上の球速で言えば、確かに遅い。

が、その並外れた回転数はボールに加速力を生み出し、普通ではあり得ないような軌道とスピードで、ストライクゾーンの四隅に決まる。

 

遅いはずなのに。

振り遅れる、目が追いつかない。

 

全く、着いていけない。

 

気がつけば、3人の打者が連続で空振りの三振に切って落とされていた。

 

 

 

その光景に、千葉は唖然とした。

高々120km/hのストレートに、誰も着いていけないのだから。

 

打ち崩せると思っていた相手は、早々に圧倒的な投球を見せつける。

そしてその投球は、米門西にプレッシャーを与えるには十分すぎる代物だった。

 

 

「これで流れは切りました。あとは、お願いします。」

 

悠々とベンチへ向かっていく大野がそう呟くと、主将であり4番の結城は笑顔で答えた。

 

「ああ、任せろ。今度は俺達が持ってくる番だ。」

 

ヘルメットに手をかけ、素振りを一閃。

場内がどよめくほどの、力強い一振。

 

 

 

 

大野の圧倒的な投球に、米門西ベンチがざわつく。

というよりは、本当に打ち込めるのかどうか不安が浮かび上がる。

 

しかし、南平は投げる。

なんとか点を取れることを信じて、自分は投げるだけだと言い聞かせて。

 

 

3年間鍛え上げてきた、アンダースロー。

球速はないが、独特の軌道を描きながらコースに決まるストレート。

 

いつも通り、気持ちを落ち着かせて投げた。

 

その瞬間、彼の視界から白球は消えた。

いつ振り抜いたのか、いつミートされたのかは分からない。

 

確認できたのは甲高い金属音と、バットを振り抜き走り始めた結城の姿だけであった。

 

 

スイングが速い。

そして、力強い。

 

これまで南平が経験をしたことのない打球が、レフト線ギリギリに突き抜けた。

 

「おお!キャプテン結城の二塁打!」

 

「やっぱりこいつは別格だよな!」

 

湧き上がる歓声。

何だかんだで、こういう注目選手が活躍する姿が見たいのだ。

 

 

盛り上がる歓声、会場中がヒートアップしていく。

が、ただ1人だけ、どんどん冷や汗が出てくる選手がいた。

 

相対している南平である。

 

(初回こそノーヒットだったけど、あの2番3番にはいいあたりを打たれてる。こんな打線と、あと何回戦わなければいけないんだ。)

 

青道高校の打撃陣の特徴といえば、1人の怪物スラッガーが活躍するのではなく、1度打ち始めたら止まらない、いわばマシンガン打線のようなものだ。

 

結城の後にも、いいバッターは続く。

そして、そんな相手たちにあと24個ものアウトを奪わなくてはならないのだ。

 

 

そう気がついてしまった時。

南平は遠すぎるゴールに戦慄した。

 

そしてかけられたプレッシャーは迷いを生み、迷いはボールを鈍くする。

 

その球がスタンドに運ばれたのは、増子が打席に経ってから間もなくのときであった。

 

 

 

もう1度始まれば、止まらない。

完成しきった「打の青道」が、南平を燃やし尽くした。

 

 

 



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エピソード23

 

「出番、なかった…」

 

米門西との試合を終え、ボソリと呟く降谷の声を聞きながら俺たちはバットを振っていた。

 

 

やはり試合で投げたかったのか、明らかに落胆している。

しかし彼も高いバッティング技術を期待されている為、こうして一緒にバットを振っていた。

 

 

 

逆に何故出番があると思ったのか。

彼は次の試合で先発予定だし、そもそも5回コールドだったし。

 

「次の試合先発なんだから。」

 

ムスッとしながらそっぽを向く降谷。

我慢しなさい、俺だって3回しか投げてないんだから。

 

 

監督は今大会、1人のエースで投げきることよりも継投で確実に勝っていくことを重点に置いている。

所謂、勝利の方程式というやつだ。

 

先発陣の疲労軽減と、終盤で安定感のある選手を出すことによるリスクの軽減。

 

 

大会終盤のような場合は俺が完投することも多くなる。

その為、ある程度余裕のある試合や序盤で疲労を溜めないためにも、中盤までは継投策で向かっていく。

 

それこそ決勝は、俺が投げ切るから。

その為に、今はできるだけ温存しておく。

 

同じ理由で、降谷も先発することで俺と丹波さんの負担を減らしてくれる。

まあこいつの場合は、先発で長いイニングを投げさせてスタミナをつけさせるのが1番の目的だけど。

 

 

実際、こいつのポテンシャルは凄まじいものがある。

既に150km/hを越える豪速球の持ち主であり、荒削りなように見えてフォームや投げ方自体は固まっているため意外と安定感はある。

 

まあ、球速やストレートの威力が安定しているだけで、制球はまだまだ課題だらけだけど。

後はとにかく、スタミナがなさすぎる。

 

北海道出身だからか知らないが、暑さに少し弱い気がするし。

こればかりは、投げさせ続けて鍛えていくしかない。

 

その為にも、投げられるところではこいつも長いイニングを投げてもらいたい。

特にスタミナが課題のこいつは、長いイニングを投げる経験もしておいた方がいい。

 

 

 

話が逸れたが、まずは一回戦突破。

初回こそアンラッキーな当たりも多かったため無得点だったが、2回以降は打線が爆発。

 

増子さんのツーランホームランを皮切りに得点を重ねて3回時点で11得点という連打っぷり。

 

合わせて、先発した俺もしっかり投げ切って3回を無安打無視四球無失点、8奪三振と好投した。

この時点で既に10点差以上ついていたため、ここから監督は継投へ。

 

俺はベンチへ下がり、マウンドにはセットアッパーのノリが上がる。

 

彼もまた、抑えに繋ぐ大切な役割を担っている。

ノリがテンポ良く抑えることができれば、それだけ相手も自分達のペースで動きにくくなる。

そうなれば相手も気付かぬうちに焦りが生まれ、早打ちや悪球にも手が出るようになる。

 

この回を1奪三振の無安打投球で完璧に抑え込んでみせたノリ。

 

そうなれば、そこからは抑えの役割だ。

動くボールとキレのあるストレートが武器の強心臓クローザー、沢村。

 

そして、そんな彼の力を最大限発揮する為に共に出陣するのは、彼の師でもある3年生のクリス先輩。

 

サイン交換を早め早めに行い、テンポ良く投球。

相手の準備が整う前にどんどん投げ込み、カウントでも精神的にも追い込んでいく。

 

自分でリズムをとることもできず、常にバッテリー主体のペースで進んでいくため、バッターもうまくタイミングが合わない。

 

さらに、沢村の変則フォーム。

出処の見え難い独特のフォームが相手のスイングを鈍らせ、凡打の山を作る。

 

 

球威がないため、打球もまた自然と速くなる。

その為、内野安打のリスクも減り、守備としてもリズムがとりやすい。

 

ということで、3者連続でゴロを打たせて早々に3アウト。

焦る相手にインコースをどんどん攻めていき、早打ちさせる。

その投球が功を奏し、たったの8球で3つのアウトを奪って見せた。

 

 

降谷だけでなく、沢村やノリも試合経験が必要だからな。

それぞれが、それぞれの課題があるから。

 

降谷は、長いイニングを投げることでスタミナと試合勘を。

ノリは、短いイニングを確実に抑える爆発力と安定感を。

沢村は、試合でしか味わえない経験をすることで鍛える試合勘を。

 

足りないところを、試合で投げて経験していく。

そして、それを克服していく。

 

成長していくんだろうな、きっと。

特に降谷や沢村なんかは、この短い大会期間中ですら大きく成長していくはずだ。

 

 

 

少し、羨ましい。

正直俺は、投手としてある程度完成してしまっている。

 

その為、今後爆発的な成長は見込めないのだ。

それこそ降谷や沢村にも、何れ追いつかれてしまうと思う。

 

あいつらは俺と違って、本物だから。

 

 

(なーんてね。)

 

俺は切り替えるように頭を振り、再びバットを振る。

 

今からこの大会期間中の短い期間だけで身につけられることなんてたかが知れている。

ならば、せめて今ある全てをぶつけられるように調整することが俺にできることなんだから。

 

 

あとは、バッティング。

3年生の皆には到底敵わないけど、力になれるなら全力を尽くす。

 

 

それこそ、次登板する降谷がリラックスして投げられるように、な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3回戦。

相手は、新山田高等学校。

 

今回の相手も都立高校。

しかし、実力で言えば米門西よりも高いレベルのチームである。

 

強肩強打の4番捕手である新田を筆頭に、上位打線はパンチ力のある打線。

初球から振ってくる積極的な打撃が売りのチームだ。

 

 

 

エースである大川は最速138km/hの右腕。

コントロールもそこそこ纏まっており、キレのあるスライダーとカーブで空振りを奪っていく投手。

 

今年の秋大では市大三高に5-2で敗北したものの、都内でも高いレベルだと存在感を出していた。

 

強打で売りの市大三高を5点に抑えるほどの投手と、真中さんから得点を上げるパンチ力。

中々高いレベルのチームだ。

 

 

 

こちらの先発は降谷。

少し不安要素はあるものの、彼が落ち着いて投げることができれば打たれることはないだろう。

 

あとは一也が上手くリードしてくれるだろう。

 

 

俺がこの試合で協力できるのは、バッティング。

マウンドで投げる降谷を、援護してやることだけだ。

 



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エピソード24

3回戦。

新山田高校の先発は、やはりエースの大川。

 

この試合の為に2回戦目はエースを温存していた為、俺たちの試合でぶつけてきた。

 

 

対するこちらの先発は、1年生の降谷。

1年生ながら、その力強い豪速球で空振りを奪いに行く本格派右腕だ。

 

昨日から調子も悪くないし、普通に投げれば大丈夫だろう。

それくらい、彼のストレートの威力は常人離れしているのだ。

 

 

 

ということで、俺は7番レフトでの出場。

下位打線からのチャンスメイクで得点に絡んでいきたい。

 

先攻は俺たち青道。

先頭打者の倉持が左の打席に入る。

 

「セーフティだな。」

 

「だろうな。」

 

一也とそんな事を話つつ、俺はベンチで打席を見る。

案の定、サードライン際に決まるセーフティバント。

 

上手く勢いの死んだ打球はサードとキャッチャーがギリギリ取りにくい絶妙なコースに転がる。

その間倉持は一塁を駆け抜け、内野安打となる。

 

「ナイスチーター、倉持先輩!」

 

「るっせ!」

 

同室の沢村がエール(?)を送り、倉持が返す。

何とも微笑ましい光景である。

 

 

 

このあと2番の亮さんがバントを決めて1アウトランナー二塁のチャンスを作る。

 

まずは、1点。

しっかりとチャンスを作ってクリーンナップに回す、堅実な野球で3番の純さんに打席が回る。

 

初球、外角のカーブ。

低めに外れるこのボールをしっかりと見極めて1ボール。

 

続いてストレート。

これも外に投げ込まれ、見逃す。

 

1ボール1ストライクで迎えた3球目。

今度は内に投げられたストレート、これに対してフルスイング。

 

少し詰まり気味だったものの、振り切ったお陰か打球は右方向のライン際に落ちるテキサスヒットとなる。

その間瞬足の倉持は三塁を蹴ってホームへ。

 

純さんの流し打ちで、早速1点を先制する。

 

「ナイスバッチ、純さん!」

 

「っしゃあ!」

 

どん詰まりだけど。

しかしどんなに不細工でもヒットであることには、変わりない。

 

振り切って外野の前に落とす、これも技術だし。

 

 

さて、相手投手には気の毒だが、このあとは恐怖の4番。

今大会既に1本の本塁打と3本のヒットを放っている怪物バッター、哲さんである。

 

初球から外中心のリード。

まずは外角外れるストレート、その後は2球目もボール球のストレート。

 

3球目もカーブがワンバウンドで外れると、捕手がわかりやすくゾーンから外す。

 

「避けたね、完全に。」

 

亮さんが悪い顔を浮かべながらそう言う。

まあ、言っていることは間違いない。

 

 

ピッチャー云々ではない。

捕手が、バッターとの勝負を避けた。

 

危険なバッターを歩かせた。

よりリスクの少ないバッターを選んだといえばそれだけだが、初回から4番を歩かせるのは良くない。

 

投手の深層心理で必ず影響が出てくる。

捕手が逃げ腰ならば、それは投手にも伝染する。

 

 

増子さんがヒットで出塁。

1アウト満塁で迎える打者は、恐怖の満塁男である一也。

 

ランナーが貯まれば溜まるほど、ホームに近づくほど集中力が増すこの男。

つまり満塁の時の彼は。

 

 

最強である。

 

 

 

 

 

 

バットを振り抜いた一也。

その打球の行方をじっと見ながら、少しづつ歩みを進めていく。

 

確定演出である。

打った瞬間、会場中の誰もが確信したホームランであった。

 

 

初回から5得点。

爆発的なまでの打棒を振るっているわけだが、まだ1アウトである。

 

 

そして、7番目のバッターである俺が打席へ。

 

投手の目が、死んでいる。

背中から感じる捕手でさえも、焦燥を感じる。

 

なまじ強いから、分かってしまったのだろう。

もう敵わないのだと。

 

 

 

あぁ。

これならまだ、米門西の方が強かった。

 

どんなに点差がつこうと全力で向かってきていた彼らの方が、数段強かった。

奇策で奇跡を信じた彼らの方が、強かった。

 

 

この後更に得点を重ねて初回いきなり7得点と打線が爆発。

一也の満塁ホームランと降谷のツーランホームラン、純さんのタイムリーヒットと勝負強さが目立った。

 

なんとか1点でも返しておきたい新山田高校。

そんなマウンドに上がるのは、1年生の降谷。

 

気合いを入れ直す相手ベンチ。

きっと、こちらを打ち込んで何とか逆転の糸口を掴みたいのだろう。

 

それも、相手は1年生投手。

1度打ち込んでしまえば、崩れてくれる。

 

そう信じて、先頭打者が打席に立つ。

 

けど、残念。

そんなヤワな奴は、ウチのベンチにはいないよ。

 

「捩じ伏せろ、降谷。」

 

美しいワインドアップから、全身を縦回転。

純粋なオーバースローから放たれた豪速球が、高めのボールゾーンに伸び上がった。

 

ボール球である。

しかし、強すぎる球の勢いと7点差という大きな点差から来る焦りに、バッターは手を出してしまう。

 

 

2球目、同じコース。

轟音と共に、バットが空を切る。

 

高めのストレートに目がついて行かない。

スイングが追いつかない。

 

たった3球で、新山田高校の切込隊長は空振り三振に倒れた。

 

 

この後の2番も、空振り三振。

クリーンナップの一角である3番打者も、空振り三振。

 

反撃に燃える新山田打線を、完全に鎮火。

1年生ながら相手を捩じ伏せる投球で、新山田最後の希望の芽を摘み取る。

 

 

2回以降も、こちらの攻撃の手は緩むことはない。

再びコンスタントに点を取っていくと、5回の表終了時点で16点と自慢の打棒を大きく振るった。

 

 

5回の裏、新山田最後の攻撃。

ここまで降谷の力強いストレートに全くついていけない新山田高校。

 

毎回の8奪三振。

もちろん、許したヒットは0。

 

 

相手の心が折れている。

16点という大きな点差もそうだが、目の前の1年生投手が全く打てない。

 

勝ち目がないと、はっきりと分かってしまった。

 

 

こうなってしまえば、もう勝ったも同然。

勝負は最後の最後までわからないとはよく言うが、それは本当に勝ちたいと思って工夫したもの達だけに許されているのだ。

 

ただ勝ちたいと思っても、勝てるはずがない。

そんなこと、どんなチームだって思っている。

 

勝ちたいからどうするか。

じゃなきゃ、思っているだけで終わりだ。

 

 

(足りなかったな、気持ちが。)

 

俺がそんなことを思った時。

降谷の150km/hのストレートが、最後のバッターを空振り三振に切り捨てた。

 

 

 

とりあえず、勝てて良かった。

降谷先発が悪い方に転んだらどうかと思っていたが、相手が相手だったから良かった。

 

投げたボールは殆ど高めのボール球だし。

相手が焦って手を出してくれたから良かったけど、課題の残るピッチングだった。

 

カウントとる時は、やっぱり低めに決めたいわな。

その証拠に、一也に説教されてる。

 

ふうっと一息ついて、観客席を見上げる。

眼鏡を掛けた男と、目が合った気がした。

 

気のせいか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すげえ、あれが降谷か。」

 

「あんな球本当に打てんのかよ。」

 

観客席でそう口々に話すのは、青道の次の対戦相手である明川学園の面々たち。

彼らが降谷の豪速球に目を奪われている中、舜臣と呼ばれた男だけは違う選手に目を向けていた。

 

「降谷は次の試合登板しない。もし出てきたとしても、あの投手の攻略はそう難しくない。」

 

念入りに爪をケアしているその男は続けて言った。

 

「次の試合の先発は恐らく3年生の丹波だ。彼の攻略法は、もう既に心得ている。」

 

「流石舜臣、頼りになるぜ。」

 

チームメイトからの言葉に

しかし、彼の視線の先には丹波ではない別の男が映っていた。

 

 

その背に書かれた背番号は、1。

青道高校のエースである、大野夏輝である。

 

今試合は登板していないものの、初戦は3回だがパーフェクトピッチを見せていた、青道高校のエース。

 

高い制球力と、球速は遅いものの回転数の多いストレート。

そして、ストレートとほぼ同じスピードで沈むツーシームと、緩急の効いたカーブ。

 

巧みな捕手のリードとそれに応える投手の能力。

まさに、理想のバッテリーであった。

 

そして、打撃も逆方向を意識したヒットメイカーと、堅実なバッター。

 

「なんていい選手なんだ。」

 

それが、楊舜臣から見た大野夏輝の姿であった。

 

彼が憧れを抱いた、クレバーな野球。

それを体現したような、そんな選手だから。

 

その大野と、投げ会いたい。

相対して、投げあって、その上で勝ちたい。

 

(必ず引きずり出してやる、大野夏輝。)

 

そんなとき、2人の視線は重なった。

 

 

 



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エピソード25




本当にガバ文章で申し訳ない…
皆様のご指摘とご意見で相当助けていただいております、ありがとうございます。

これからも精進していただきます、どうぞよろしく。


夏の大会3回戦目も無事勝利を収めた俺たち青道ナイン。

しかしながら、試合はまた直ぐに始まる。

 

3日後に控えた4回戦目。

対戦相手は、明川学園である。

 

都内でも有数の進学校であり、特に留学生や外国人の迎え入れを積極的に行っている海外交流の多い高校だ。

 

 

 

チームとしては、突出して抜けている箇所は特にない。

強いていえば守備が安定しているということか。

 

打撃も特に秀でている訳でもなく、寧ろ貧打である。

 

 

が、そんなチームが勝ち抜けてきたことには理由がある。

それは、エースの存在だ。

 

楊舜臣。

台湾からの留学生であり、語学留学を目的に明川学園にやってきた投手である。

 

最速133km/hの直球とカーブフォークの変化球、1試合を投げ切るのには十分すぎるスタミナ。

 

何より、正確無比なコントロール。

インハイからアウトロー、またボール1個分の出し入れも可能とするほどの制球力こそが、楊舜臣の最大の武器である。

 

誰が呼んだか「精密機械」

その二つ名に偽りはない、制球力である。

 

 

「すげえな。俺もアウトローへの制球は自信あるけど、あそこまで四隅を的確に突けるのは相当のコントロールがないと無理だぞ。」

 

素直に、そう思う。

それも9回でも変わらず制球できるのだから、スタミナだって相当あるんだろうな。

 

「誰かさんにも見習ってもらいたいもんだな。」

 

一也がそう言って、降谷と沢村に目を向ける。

同時に目を逸らす2人、仲良しである。

 

「実際あそこまで厳しいコースを突かれたら、打つ方も苦労するよな。」

 

「あぁ。ストライクとボールをボール1個分の出し入れで投げ分けられたら、見極めるのも困難だぞ。」

 

純さんと増子さんが腕を組みながら話す。

やはり、うちの打線でも難しいか。

 

とはいえ、純さんはかなりの悪球打ち。

多少のボール球でもヒットにするこの人であれば、そんなに影響も出ないと思うけど。

多分、楊も苦手としているはずだ。

 

あとは、一也。

相手の配球を読んでコンタクトしにいくということを考えると、配球通りに投げ込めるような制球の良い投手とは相性が良いと言える。

 

実際、コントロールがいいピッチャーとの対戦成績はかなり良い。

というよりは、ノーコン投手との対戦成績が悪いだけなのだが。

 

 

恐らく打撃面で鍵になるのはこの2人。

制球をあまり苦にしない純さんと、制球の良さを逆に生かす一也。

 

ともにパンチ力があるということで、次の試合はこの2人が暴れるかどうかで試合展開は大幅に変わっていくだろう。

 

 

あとは、足での揺さぶり。

盗塁やエンドランなど、塁上からプレッシャーをかけていくことで、クレバーな楊から隙を作る。

 

特に制球が乱れての自滅がない楊だけに、こちらから仕掛けて崩していく他ない。

その為、塁上からの揺さぶりは必要不可欠になってくるだろう。

 

 

ちなみに先発は丹波さん。

次に当たる可能性の高い市大三高戦で先発予定の俺は、登板回避かリリーフになる。

 

ということで、今回もレフトでの出場。

打撃は降谷の方が一発があるけど、如何せん守備が心配。

 

お世辞にも上手いとは言えないが、まだマシという俺が守備に入った方が安定はする。

 

「他の投手はいつでも行けるように準備しておけ。特に川上と沢村、お前たちは終盤だけでなく中盤以降からも投げられるように早め早めに準備をするように。」

 

「はい!」「イエス、ボス!」

 

声高に返事をする両名。

どっちがノリでどっちが沢村少年かは、言うまでもない。

 

「楊のようなクレバーな投手は、なかなか一筋縄にはいかないだろう。お前たちが自分の役目を理解し、それを実行に移してこそ活路が見えてくる。迷わず自分達の野球を貫いていくぞ。」

 

チーム全体が大きく返事をし、解散。

 

 

さーて、俺は特に呼ばれていないのだが。

まあ次の市大三校との試合で先発する可能性が高いわけで、この試合で投げる可能性は低いからな。

 

しかし。

あの時、確かに俺はあいつと目が合ったんだ。

 

観客席から、俺を見下ろしていた。

きっとあいつも、俺を意識しているはずだ。

 

同じ、制球を自慢としている投手として。

 

 

まあ、監督の采配次第だ。

1番は丹波さんが6回もしくは7回まで投げ切ってノリに継投、最後に沢村が締める。

 

それが、1番っちゃ1番。

丹波さんが試合を作って、ノリと沢村にも経験を積める。

 

特に、夏の本戦が始まれば継投はもっと大切になってくる。

真夏の炎天下の中で、何度も完投するというのはそれだけ危険が伴うことだから。

 

 

だから、今のうちに経験値を積める分だけ積んだほうがいい。

と、勝手ながら思ったりしている。

 

よーし、そうと決まればバットを振ろう。

丹波さんを援護しよう、そうしよう。

 

そう思い、席を立ち上がる。

そして今日もまた、バットを振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てゆっか、丹波の攻略が最低条件になりそうですね。」

 

校舎の一角である多目的ホールを借りて、明川学園のナインたちは画面に映し出された1人の投手に視線を集めていた。

 

そのビデオは春の関東大会で投げている丹波の姿。

今大会の背番号10を背負った3年生投手である本格派投手である。

 

最速140km/hと大きく変化する縦のカーブでガンガン空振りを奪う高身長の投手だ。

 

強いボールと大きく曲がる緩い変化球。

お世辞にも打線が強いと言い難い明川で打ち崩すことは困難と言えるだろう。

 

 

しかし、そんな彼らがここまで勝ち上がってきたことには、確かな理由がある。

 

「そのカーブは、もはや全部捨てて仕舞えばいい。」

 

それが、このチームの2年生エースである陽舜臣。

台湾から語学留学を名目にこの明川学園にやってきた投手。

 

高い制球と優れた野球脳を生かして打者を手球にとる投球スタイルで、ここまで明川を勝たせてきた。

そして彼がチームを勝たせてきたことにはもう一つの理由がある。

 

それは、彼のもつ野球脳を生かして相手を攻略すること。

特に投手の攻略に関しては秀でており、打力のない明川打線を勝利に導いてきた。

 

 

今回も、丹波を攻略する糸口を完全に掴んでいた。

 

「彼のカーブは殆どの打者が空振りをしている。なぜだかわかるか?」

 

「そりゃ、変化が大きいからだろ?」

 

明川の1人がそう答える。

それに対して楊は否定するように首を横に振った。

 

「そもそも打てるコースに来ていないんだ。」

 

そうして楊が画面を巻き戻す。

そして、あるシーンでまた静止させる。

 

「ここも、ここもそうだ。空振りを奪っているカーブは基本低めのボールゾーンで勝負している。」

 

「確かに…でも、コースに決められたら見逃し三振になるんじゃないか。」

 

「ある程度は仕方ない。そうやって割り切らない限り、彼を打つことはできない。」

 

あえて言うのならば、格上なのだ。

並の高校では確実にエースであるし、下手をすれば強豪校でもそこそこやれる実力がある。

 

そんな丹波を攻略するのは、やはり少しばかり大胆に攻めることが必要なのかもしれない。

 

「初回からストレートの一点狙いだ。初球から狙って行って、俺たちがストレートを狙っていることを意識させる。」

 

こちらが策を投じれば、相手はそれに対して対策を講じてくる。

それを、利用する。

 

「カーブが増えれば自然とボール球が増えてくる。後は、カウントが悪くなったところで甘く入ったコースを叩く。特に丹波の場合は、追い込まれると抜け球が多い傾向にある。」

 

「そこを狙えばってことだな。」

 

楊が、小さく頷く。

 

「そんな簡単にはいかないだろうが、彼もまたムラがある選手だ。場合によっては序盤から攻撃することができる。」

 

そうなれば、明川としてもありがたい。

先制することができれば、自分達のペースに持ち込むことができるからだ。

 

 

「リリーフで出てくる可能性があるのは2人。一年生の沢村と川上だ。」

 

変則フォームのサウスポーと、サイドハンドの右。

特徴的な2人だが、楊はそこまで注意していなかった。

 

「川上に関しては、徹底的にゾーンを上げていく。角度のついたストレートとスライダーは見慣れていないだろうが、球速自体はそこまで速くない。しっかり観察すれば、お前たちでも甘いコースなら打てる。」

 

「この沢村ってやつはどうなんだ?そこまですごい投手には見えないけど。」

 

「それに関しては俺も同意だ。なぜベンチに入っているのかはわからんが、枚数計算できるほどにはいい投手なんだろう。初戦ではテンポ良く振らせていただけに、フォームや球筋が影響して打ちにくいのかもしれない。こいつに関しては、追い込まれるまで待った方がいいだろう。打席でしかわからないこともあるだろうしな。」

 

 

そうして、楊がビデオを止める。

これ以上見る必要はないし、そんな時間を費やすくらいなら練習して少しでもバットに当たる確率を上げた方がいい。

 

楊がそういうと、彼らもそれぞれ試合に向けて練習を始める。

 

それに続き、楊もゆっくりと立ち上がる。

そして、もう一度振り返った。

 

「大野、なぜ君は…」

 

そう呟き、少し切なそうな顔をして止まる。

すぐに彼は口を閉じてグラウンドへ向かった。

 

 

 

 



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エピソード26

7月某日。

また今日も、それぞれの高校が甲子園をかけてぶつかり合う。

 

俺たち青道高校の今日の対戦相手は、明川学園。

精密機械と呼ばれるほどの2年生エース、楊舜臣率いるチームだ。

 

 

先攻は、俺たち青道高校。

今日も普段と何ら変わらず、先頭打者である倉持が打席に。

 

右ピッチャーである楊に対して、左の打席に入った。

 

(楊の引き出しを引き出せれば完璧だけど)

 

無理に追い込まれて、打ち損じるのも良くない。

まずは、塁に出るのが最優先だろう。

 

倉持もそれをわかっているだろう。

 

(セーフティーでいいぞ、まずは出塁することが最優先だ。)

 

ノーワインドアップから、楊がモーションに入る。

マウンド上の彼が全身を捻転した瞬間、倉持がバットをホームベースと並行になるように寝かせた。

 

セーフティーバント。

内野守備の前にあえて打球を転がし、処理をしている間に一塁ベースまで辿り着くと言うもの。

 

しかし。

 

「セーフティくるぞ!」

 

内野手の誰かが、そう声を上げる。

流石に予測されていたか。

 

すぐに倉持がコースを変える。

三塁方向ではなく、一塁のラインギリギリへ。

 

こう言う時でも冷静に決められるのは流石だな。

完璧なコースに転がった打球、誰もが内野安打を確信していた。

 

 

が、転がっていった先には楊舜臣。

既に一塁側に転がる打球のフォローに入っていた。

 

「上手い。」

 

敵のファインプレーながら、ボソリとそう呟いてしまう。

それほどまでに、美しいフィールディングであった。

 

「守備上手いな。本当にお手本みたいなピッチャーだな」

 

隣にいる一也も、同じ意見のようだ。

 

「「お手本…」」

 

そして、その横にいる2人もつぶやく。

一年生の彼らはまだ守備にも荒さが目立つため、こうしてスムーズに動ける楊に対して何か感じるところがあるのだろう。

 

 

おっと、感心している場合じゃない。

先頭打者である倉持が早速ワンナウトを献上しているわけだから、何とか亮さんには何とか出塁してもらいたい。

 

「なんか言いた気だな。」

 

「いや、何も。」

 

倉持にそう言われ、俺は口を閉ざす。

とりあえず、亮さんの打席を見守ろう。

 

 

初球、アウトローのストレート。

まずはこれを見て、1ストライク。

 

2球目、全く同じコースに再びストレート。

これも見逃し、2ストライク。

 

3球目、殆ど同じコース。

だが、恐らくボール一個分外れていたのだろう。

1ボール2ストライクと、尚もピッチャー有利のカウントである。

 

4球目、カーブ。

インコースの低め、ストライクからボールになる変化球。

これもミットが全く動かず、2-2と並行カウントとなる。

 

5球目、再びカーブ。

全く同じコースに投げ込まれ、フルカウントとなる。

 

 

(やっぱり、亮さんのこと警戒してる。)

 

6球目、アウトローにストレート。

なんとそのボールに全く手が出ずに、亮さんが見逃し三振に倒れた。

 

 

珍しいな、選球眼がある亮さんが見逃し三振なんて。

大体追い込まれたらカットするか決めるかのどっちかなのに。

 

笑みは浮かべているものの、少し不機嫌そうな表情。

 

「らしくないっすね。」

 

「上手くやられたよ。審判を完全に味方にしてる。」

 

あーそういうことか。

 

審判と言えど、人間。

2球目と3球目に投げられたボール一個分の配球。

 

最後のボールも、少しボール気味だったものの、3球目のボール球よりも少し内に入っていた。

その為、楊は最後の最後でゾーンに入れたのだと、審判は判断したのだろう。

 

コントロールがいいことをアピールすることで審判のジャッジを狂わせた。

というよりは、ストライクゾーンを一気に広げて見せた。

 

「これじゃ、クサいコースも振りに行かなきゃいけなくなっちまったな。」

 

純さん、あなたはいつもボール球も振ってます。

それにヒットにしてます。

 

敢えて口にはしないが、そんなことを思っていた。

 

「純、積極的にいけよ。 」

 

「わーってら!」

 

早くもツーアウト。

ここまで相手の理想通りのシチュエーションで、やられている。

 

点を取りたいのはそうだが、せめて相手が思った通りに試合が運ばれるのは避けたい。

 

 

「んだらっしゃい!」

 

狙ったのは、3球目。

1-1から投げ込まれた、外角のストレートを思い切り引っ張った。

 

高く上がった打球、少しボール球だったが振り切っているため、内外野の間に落ちるヒットとなるだろう。

 

 

しかし、相手のレフトがこれを好捕。

ダイビングキャッチを見事に成功させ、3つ目のアウトを取った。

 

 

「ナイスプレー…というよりは、ほぼラッキーっぽいな。」

 

溜め息をつく一也。

とはいえ、ファインプレーに変わりはない。

 

アウトを1つ計上したことよりも、一番ダメージが大きいのは流れを完全に手放したこと。

 

 

1つ目のアウトは、内野(というより楊)の軽快な守備によるバント封じ。

2つ目のアウトは、エースの持ち味を遺憾無く発揮して審判をも味方につけた三振。

3つ目のアウトは、外野手の超ビックプレーによる守備の堅牢さを表すレフトフライ。

 

まさに、理想。

明川学園が望んでいた試合展開そのまま体現しているような初回である。

 

「いやな幕開け。」

 

ボソリと、口にしてしまう。

何となくだが、流れが悪い。

 

「あぁ。丹波さんが流れを断ち切ってくれれば、完璧なんだけどな。」

 

やはり、一也もわかってる。

 

 

「丹波さん。」

 

「ああ、わかっている。」

 

とにかく、勢いを断ち切る。

それが、丹波さんの最優先事項。

 

これができるかできないかで、試合の展開は大きく変わる。

マジで。

 

 

マウンドに上がる、丹波さん。

185cmという高い上背を揺らしながら、帽子の鍔に手をかける。

 

先頭打者が、打席へ。

 

まずは、ストレートから入る。

丹波さんの調子を測る、大事な一球。

 

ワインドアップ、高い打点から腕を目一杯振るう。

高身長から放たれる、角度のあるストレートが投げ込まれた。

 

まずはアウトコース。

少し浮いていたが、十分いいコース。

 

そう思ったのと同時に、快音が鳴り響いた。

 

「え?」

 

打球はライト方向へ。

少し詰まっていたが、ライトの前に落ちるシングルヒットとなる。

 

(初球からストレートを狙っていた?にしてもよく当てたな。)

 

少しの疑念を浮かべながら、俺はランナーに目を向ける。

まあ、まぐれってのも考えにくい。

 

丹波さんも驚いてるけど、まだ落ち着いてるから大丈夫だ。

 

 

2人目の打者が打席へ。

今度もストレートから入る。

 

高めに外れたボールだったが、これも弾き返される。

今度も、内野の頭を越えるテキサスヒットとなる。

 

 

(嫌なヒットだな。)

 

腕を組みながら、そう思う。

ジャストミートはされていないものの、絶妙なコースにおちている。

 

半ばラッキーなヒットである。

 

 

 

ここからクリーンナップ。

初回からランナーを2人背負った状態でのピンチである。

 

まずは、3番。

ここから丹波さんも一気にギアを上げる。

 

と言うより、カーブを織り交ぜて三振を奪いにいく。

 

初球、2球目とカーブを続けて追い込むと、最後は高めのストレートで空振り三振に切って取った。

 

続く4番に対しても、カーブを軸に組み立てるバッテリー。

このバッターに対しては、5球目のカーブで三振を奪った。

 

 

しかし、5番。

ここで、痛恨のフォアボールを出してしまう。

 

理由は簡単。

低めのカーブが、見極められている。

 

空振りを奪いに行ったカーブが、ことごとく見逃される。

そして、ストレートは完全に振りに来ている。

 

気づけば、低めに外れるカーブでフォアボールとなってしまう。

 

 

 

ツーアウト、満塁。

ここで打席に立つのは、ピッチャーの楊。

 

このチームで、最もスイングの鋭い打者である。

 

ここは2人も慎重に組み立てる。

初球、まずは外角のストレート。

これは少し外に外れてボールとなる。

 

しかし、まあ。

 

(亮さんが三振した時と全く同じコースだけどね。)

 

恐らく、印象の問題。

 

ボール一個分の出し入れや変化球でもピンポイントでコースに決める、精密機械ばりのコントロールを誇る楊。

暴れているとは言わないが楊に比べてアバウトな制球と変化球が続けて外れる丹波さん。

 

同じコースだったとしても、審判からみた印象は変わってくる。

 

狙ってギリギリのコースに決めたか、たまたまギリギリのコースに決まらなかったか。

割と、審判というのも心理状態で範囲が決まることがある。

 

 

2球目、同じく外角のストレート。

今度はギリギリ決まってストライク。

 

楊が、ボソリと何かを呟いた。

 

 

3球目、今度はカーブ。

これがゾーンから少し外れてボール。

 

また、楊が何か呟いた。

 

 

そして、4球目。

金属音とともに、鋭い打球が左中間を突き破っていった。






ちょっとバタバタしてまして、投稿頻度落ちます。
犯罪というと大事ですが、被害を受けておりましてね…

試合中なので何とか間隔は狭められるように頑張りますが、長い目でお待ちいただけると幸いです。


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エピソード27

 

 

 

初回以降、全く得点が動かない両チーム。

 

試合は、2−0のまま早くも後半戦へともつれ込んでいた。

 

 

持ち前の制球と投球術で打者を手球にとり、ここまで無失点の楊。

対する丹波さんも初回の失点以降、追加点を許さないピッチングを見せている。

 

「丹波さん、立て直したな。」

 

打席を終えてベンチに戻る一也に、声をかける。

 

打撃の結果は、言うまでもない。

一つヒントを与えるのであれば、彼の打席時にランナーはいなかった。

 

「元々簡単に打たれるような人じゃないからな。初回は楊にやられたけど、普通に投げてりゃまず点は取られないよ。」

 

「だな。」

 

そんなことは、わかっている。

後は、打線が点を取るしかない。

もちろん、俺も含めてね。

 

「7番、レフト、大野くん。」

 

ウグイス嬢のコールと共に、打席に入る。

ツーアウトだけど、何とかつないでチャンスを広げたい。

 

マウンドには、変わらず楊。

スタミナ切れも見込めないし、打ち崩さない限り俺たちに勝機はない。

 

何とかして、点を取りたい。

そのためには、まず俺から。

 

下位打線だけど、何とかチャンスを作っていきたい。

 

「打てよ大野!」

 

「まずは出塁してけよー!」

 

スタンドからの声援。

まあ、なんとかしてみよう。

 

ここまでの成績は、2-1。

ショートゴロと、レフト前ヒットだ。

 

コントロールがいいピッチャーは、割と嫌いじゃない。

寧ろミートポイントが広い金属バットなら、多少芯を外しても飛ぶからボール球でも振っていける。

 

 

初球、インコース高め。

まずはこのボールを見逃し、1ストライク。

 

(これもビタビタ。)

 

2球目、アウトロー一杯のストレート。

これも見送り、2ストライクとなる。

 

インハイと、アウトロー。

対極のコースに、的確に投げ分けてきている。

 

 

(わかってても、目が慣れない。)

 

一息つき、再びバットを構え直す。

あとは、よっぽどのボール球以外は振りに行かなきゃ。

 

 

3球目、ここでタイミングを外すカーブ。

外のボールゾーンから外角のストライクゾーンに入ってくる、所謂バックドアと呼ばれるコース。

 

これに食らいつき、ファール。

 

(っぶな。)

 

0ボール、2ストライク。

依然、ピッチングカウントには変わりない。

 

4球目、外角のストレート。

低め、少し外れているボール。

 

1ボール、2ストライクから投じられた5球目。

また、フワりと浮かぶ軌道。

 

カーブ、またも外角に投げ込まれる。

 

我慢。

ここで…振る!

 

ジャストミート。

しかしその打球が内野の間を抜けることは、無かった。

 

 

『パァン!』

 

破裂音にも似た、革から鳴り響く快音。

楊の左手から、そんな音が鳴り響いた。

 

 

「チッ。」

 

ピッチャーライナーか。

引きつけていたつもりが、少しタイミングがずれちまってたか。

 

頭ではわかっていても、やはり身体が反応してしまう。

これが、緩急の嫌なところだ。

 

マウンド上の楊と、目が合う。

こいつ…。

 

 

また、同じパターンだ。

俺も、俺以外の打者も。

 

楊の投球に、完璧に抑え込まれている。

 

悔しさで歯を食いしばりながら、ベンチに戻る。

流石にそろそろ流れを変えないと、まずい

 

 

(丹波さんも、そろそろキツそうだしな。)

 

まだ5回。

普段ならまだ体力にも余裕があるはずのイニングだが、今日は少し様子が違う。

 

初回から三振こそ多く奪っているものの、その分球数を投げさせられている。

追い込まれるまで手を出さないから、実質的に粘られているような状態になるのだ。

 

それに、この気温。

今日は例年よりも気温が高く、30℃を悠に越していた。

 

何より、この球場。

人口密度が高く熱の逃げ場もないから、マウンド上は特に暑い。

 

 

5回の裏。

マウンド上には、変わらず丹波さん。

 

しかし疲れが出てきたからか、この回は抜け球がかなり多くなっていた。

 

先頭打者の7番こそ三振に打ち取ったものの、続く8番にフォアボールを与えてしまう。

 

1アウトランナー一塁。

ここで明川最後のバッターは手堅くバントを決める。

 

そして、2アウトランナー二塁の場面。

打席に立つのは、明川のリードオフマン。

 

このチームの中でもバッティングセンスがある好打者だ。

 

初球、カーブ。

これが低め一杯に決まって1ストライク。

 

2球目、同じボールを投げ込むも、これが低めに外れて1−1

 

やはり、カーブは見極められている

特に低めのボール球に関しては、全くと言っていいほど手を出してこない。

 

3球目、ストレート。

このボールが低めいっぱいに決まって1−2。

バッテリーが追い込む形となる。

 

(押せば行けるぞ。)

 

一也もわかっているだろう。

相手はカーブを捨てて、ストレートを狙っている。

 

普段ならカーブをゾーンに集めて終わりなのだが、今日はそのカーブがことごとくゾーンに入らない。

 

ならば、開き直って勝負するしかない。

それこそ、カーブで三振を取れないのなら、ストレートで勝負をしていくべきだ。

 

 

きっと、一也としてもそうしたいのだろう。

元々強気で攻めていくリードが得意なだけに、彼としてもガンガン攻めていきたいと思っているはずだ。

 

 

 

バッテリーのサイン交換。

クイックモーションから投じられた一投。

 

投げられたボールは、ストレート。

しかし。

 

(高い…!)

 

快音と共に弾き返されるストレート。

打球は、センター後方に飛んでいく。

 

 

後方に向けて走る純さん。

そのカバーに、俺も急いで走る。

 

間に合うか?

 

「純さん、カバーは入ります!」

 

「おう、後ろは頼んだぜえ!」

 

叫びながら、飛び込む。

際どいが…どうだ。

 

 

ダイビングキャッチの末、結果は。

 

「アウト!」

 

ガッチリと掴み取られた打球。

何とか、ピンチを脱したか。

 

「ナイスです純さん!」

 

倒れ込んだ純さんに、1番近くにいた俺が右手を差し出す。

本当に、窮地を救うワンプレーだな。

 

 

しかし、さっきのボールも完全に浮いていた。

ボール球も増えてきてるし、流石に疲れてきているな。

 

純さんのファインプレーで何とか無失点に抑えたものの、失点してもおかしくない場面だった。

替えるには、いいタイミングかもしれない。

 

 

汗を拭いながらベンチに戻る丹波さん。

やはり、疲れが目に見えている。

 

すると、監督が丹波さんに声をかけた。

 

「ここまで粘り強く、良く投げてくれた。ここからは後ろの投手に任せてくれ。」

 

やはり交代か。

正直、次の回も投げるのは厳しいだろう。

彼から流れ出る汗の量で、簡単に理解することができた。

 

丹波さんも自分自身でわかっていたのだろう。

これ以上は、体力的に厳しいと言うことを。

 

彼は悔しそうに目を瞑りながらも、ゆっくりと頷いた。

 

「わか、りました。」

 

 

回にして、5回2失点。

決して悪くない成績だけに、不完全燃焼を否めない。

 

しかし、問題は後ろを投げる投手だ。

 

ノリのロングリリーフでもいいと思うがな。

沢村が抑えだけに、残りの3回を彼1人で投げ切ると言うのも酷な話だ。

 

 

となると。

 

「大野、次の回から行けるな?」

 

「行けと言われていくのがエースです。」

 

求められるのは、いい投球じゃない。

全てを捻じ伏せる、圧倒的な投球と。

 

「少し投げたい。いいか、一也?」

 

「おう、ブルペン行くぞ。」

 

 

勝利を呼び込む、エースとしての投球だけだ。

 

 



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エピソード28

「お、おい。ブルペンにいるのって。」

 

試合の後半戦。

6回の表開始時点で2点リードしていた明川ナインが守備につこうとベンチを出た時、彼らの反対側のベンチがざわついていた。

 

と言うより、動き始めていた。

 

 

「あれ、エースの大野だろ?」

 

「今日投げるのかよ。」

 

今大会、いまだに許したヒットは0。

もちろん、許した出塁すら0。

 

投げたイニングはたったの3回。

しかし、その時点で奪った三振は、なんと8つ。

 

打者9人に対して奪三振8つという圧倒的な投球で都内では話題になっていた。

 

 

もちろん明川の面々も既知であり、元々攻撃力が低い明川打線が彼から得点を奪うことが不可能に近いこともわかっていた。

 

そのため、彼らに走る少しばかりの焦り。

それを抑え込んだは、明川学園を統率する監督自身であった。

 

「てゆっか、リードしているのはこちらです。落ち着いて、1つ1つアウトを奪っていくのです」

 

そう言って両手をパンパンとたたく。

選手たちに切り替えろと、そう言わんばかりに。

 

監督の言葉に、彼らもまた気持ちを入れ直す。

 

「そうだ、俺たちがリードしてるんだ。」

 

「日和る必要はない。ここもしっかり抑え込んでやろうぜ舜臣!」

 

そうして、エースである楊に目を向ける。

が、その当の本人は、ただ1人の投手にだけ目を向けていた。

 

「どうしたんだ、舜臣?」

 

「いや、何でもない。さあ、この回も後ろは頼むぞ。」

 

平静を装うように、楊が息を吐く。

まずは、この回を無失点に抑えることだけを考える。

 

 

マウンドに上がる楊。

そして、相対する打者である8番バッターの白洲が打席に入る。

 

青道高校の中でも珍しい、クセの少ないバッターだけに抑えるのも難しい。

その証拠に、青道高校が放ったうちの1安打はこの白洲から放たれている。

 

しかしながら、楊にとってそんなことはどうでもよかった。

 

(遂に出てきたか、大野。あの時の雪辱は晴らさせてもらうぞ。)

 

楊に、闘気が宿る。

先ほどまでよりも数段、強い闘気が。

 

 

初球、アウトコース低めいっぱい。

132km/hのストレートが決まった。

 

(さっきより速くなった?)

 

キャッチャーの返球を横目に見ながら、白洲がバットを構え直す。

 

球速自体もそうだが、勢いが違う。

それが打者目線でもわかるほどに、楊は昂っていた。

 

 

2球目もストレート。

しかし、今度は外角低めいっぱいから少し外れているコース。

 

再びストライクのコールが鳴り響いた。

 

(また。)

 

やはり、審判のストライクゾーンが広くなっている。

そう思いながら、白洲はバットを構え直した。

 

3球目、カーブ。

外角のストライクゾーンからボールゾーンに落ちる変化球を見逃し、1ボール。

 

(これを見逃すか。)

 

(3球勝負はないと踏んでいたからな。)

 

ここまで、警戒している打者に対しては必ず球数を使って丁寧に抑える。

それが、ここまでの楊の傾向であった。

 

 

4球目、ストレート。

インコースの低めに決まる直球をバットに当て、ファール。

 

そして、勝負の5球目。

 

「空振り三振!決め球フォークでまずは1アウトを奪います、マウンドの楊!」

 

ここまであまり投げてこなかった変化球フォークで三振を奪って見せた。

歯を食いしばり、ベンチに駆け戻る白洲。

 

 

「アウトコースの球は遠く見える。多少ボール球でも振りに行けよ。」

 

すれ違い様、次の打者に耳打ちする。

その打者が小さく頷くと、彼は小さな体を動かしながら打席へと向かった。

 

「丹波くんに変わりまして、代打、小湊春市くん。」

 

一年生ながら代打の切り札として起用された少年。

ここに試合ともに代打で起用されており、成績は2打数の2安打。

脅威の、打率10割である。

 

(木製バットか。わざわざミートポイントの狭いバットを使うとは何か狙いがあるのか、はたまたただの話題作りか。)

 

おそらくは、前者だろう。

警戒しながら、楊はワインドアップモーションに入った。

 

(ここまでの傾向で言えば、初球は外角からが極端に多い。特に巧打者に対してはほとんどそうだ。)

 

そこを、狙う。

そうして、小湊はバットを振り抜いた。

 

コースは外角。

しかしながらそのボールは、小湊が想定していた軌道とはまた違った動きをした。

 

ストレートではない。

しかし、バットは既にストレートを狙って出されている。

 

小湊は、完璧に反応した。

 

「っ!」

 

木製特有の、快音。

少し詰まった当たりながら、打球はライトの前に落ちた。

 

(低めのボール球、しかもフォークを打つなんてな。確実にストレート狙いのスイングだっただけに驚いたな。)

 

また、面白い選手と出会ってしまった。

そうして、楊は笑った。

 

「すまん、打たれた。」

 

その割には笑っている。

そんなことを思いながら、内野も答えた。

 

「1アウトな、舜臣!」

 

そして、次の打者である倉持に目を向けた。

 

 

ここまでの打撃成績は、3打数の0安打。

内野ゴロ3つである。

 

この打席でも、楊は倉持をショートゴロに抑えてみせた。

あらかじめゲッツーシフトを敷いていた明川内野陣、華麗に捌いてダブルプレーに打ち取って見せた。

 

 

 

ここで、攻守交代。

6回の裏、明川学園の攻撃となる。

 

「流石のゲッツーロボ具合だな。」

 

「っるせ、てめえだってチャンスじゃなきゃおんなじだろ。」

 

いじる御幸と、蹴り返す倉持。

グラウンドに向かう2人に続き、他の選手たちが守備位置に向かう。

 

 

最後に、1人。

背番号1の青年が、踏み荒らされた小さな丘にゆっくりと登って行った。

 

会場に、歓声が鳴り響く。

 

無名の進学校が、青道のエースを引き摺り下ろした。

強豪である青道を追い詰めているのだと、会場にいる一部の観客が盛り上がっていたのだ。

 

所謂、下克上を期待している。

 

 

「なんだ、盛り上がってるな。」

 

「みんな、明川が頑張って勝つのを見たいんだよ。」

 

へえっと、帽子を被り直しながら大野は何の気なしに返事をした。

別に、自分には関係ないと言わんばかりに。

 

「お前が期待されてる投球…わかってるよな?」

 

「勿論だ。」

 

そうして、御幸から大野へ白球が手渡される。

その白球を手の平で捏ねるように転がし、グローブの中へ投げつけるようにして収めた。

 

守備位置につく御幸。

それを見つめながら、大野はゆっくりと深呼吸をして天を仰いだ。

 

「まずは観客(あいつら)を黙らせるとこから、ね。」

 

目を瞑り、胸に手を当てる。

気持ちを整理するように、集中を高めるように。

 

 

ゆっくりと、大野の目が開いた。

 

打席に立つのは、巧打者の2番。

初回から得点に絡んでいる、今日ノリノリの打者だ。

 

(まずは変わりっ鼻、甘いコースを狙ってやる。)

 

丹波に比べれば、ストレートも速くない。

コントロールを持ち味としている楊よりも、遅い。

 

変わってすぐのこのイニングであれば、何とかなる。

そう、明川の打者たちは思っていた。

 

 

 

 

 

 

幻想は、すぐに打ち砕かれた。

 

 

 

 

「三球三振!最後は127Km/hの真っ直ぐで空振り三振です!」

 

乾いた音とともに鳴り響く、ストライクコール。

マウンド上の「エース」は、無言で打者に背を向けた。

 

その大きな背中を、見せつけるように。

 

 

 

「空振り三振!このバッターに対しても直球勝負で空振り三振!」

 

 

ただ悠然と、立ち塞がった。

 

 

 

 

「最後は4番も空振り三振!追加点を奪いたい明川学園の希望を打ち砕く、圧巻のピッチングです、マウンド上の大野夏輝!」

 

 

打者3人に対し、連続三振。

大野は、敢えて吼えて見せた。

 

ここから反撃が始まるのだと。

狼煙を上げるように、大野は咆哮した。

 

 

 

その瞬間、会場の空気が変わった。

傾いていた雰囲気が、変わった。

 

己の右腕で、チームを鼓舞するエースの姿に。

会場の人間は、強豪の逆転劇を期待した。

 

 

 

「どうでしょう?」

 

「完璧。」

 

誘うように突き出された御幸の拳。

そこに、大野も右手をコツンと当てる。

 

エースのピッチングに、チームが奮起する。

収まっていた青い炎は、大きく大きく燃え上がった。

 

 

先頭打者である小湊亮介。

ここまでは、見逃しの三振と内野ゴロ二つ。

 

しかし、触発された打者は、遂にヒットを放った。

 

 

外角のストレートを逆らわずに流し打ち。

内野の頭を越える、シングルヒットを放って見せた。

 

続く、3番の伊佐敷。

この男もまた、低めのボール球をうまく掬い上げてヒット。

チャンスを広げて、恐怖の4番に打席が回る。

 

 

 

しかし。

大野夏輝のピッチングに触発されたのは、青道の打者だけではなかった。

 

(それでこそ、倒し甲斐がある)

 

今大会打率. 750の怪物を、楊はねじ伏せた。

 

2球ストレートで追い込むと、最後はフォークで空振り三振。

ゾーン勝負で、世代最強と名高いバッターを真っ向から倒した。

 

 

続く増子に対しても、外角で追い込み高めのストレートで空振り三振を奪う強気なピッチング。

2人の強打者に対して、連続で空振り三振にとって見せた。

 

 

 

2アウト、一、二塁。

打席には、キャッチャーの御幸が入る。

 

ここまでの成績は、3タコ。

しかし、どの打席にもランナーが溜まっていなかった。

 

 

この御幸という男、ランナーが貯まれば貯まるほど集中力が上がるという不思議なバッターである。

ランナーは、2人。

最高ではないが、御幸の集中力はかなり高まっていた。

 

 

(さーて、ここまでの配球で言えば初球は外角低めだろうけど。)

 

そんなことを考えながら御幸はバットを構えた。

クイックモーションで投げ込む、楊。

 

内角胸元に、ストレートが決まった。

 

(インコース。強気にきたな。)

 

先ほどまでであれば、外角で追い込んでからインコースや高めをうまく使って空振り、もしくは緩急を織り交ぜてゴロを撃たせてきていた。

それが、いきなりのインコースである。

 

しかし御幸は落ち着いていた。

 

(多分、次もインコース。)

 

そうして、見逃す。

また、インコースに決まった。

 

(んで、次は。)

 

外角、低めに外れるフォーク。

これを、御幸は見逃した。

 

 

(振らんか。)

 

キャッチャーから投げ返されるボールを受け取り、楊は帽子の鍔に手を当てた。

 

先ほどまでなら手を出していたボールだけに少し戸惑いがあった。

が、すぐに切り替えて、また投げ込む。

 

5球目、カーブ。

これをバットに当てるも、わずかに右に切れてファール。

 

(ちょっとタイミングずれた。)

 

(これも完璧に合わせた?)

 

続く6球目、高めの釣り球を見逃す。

 

7球目も、インコース厳しいコース。

これも見逃し、並行カウントとなる。

 

 

 

勝負の8球目。

両者が息を吐き、構える。

 

(ここまで内が多いとなると、普通なら外で決めにくるだろうけど。)

 

(ここは攻め切って、流れを掌握する。)

 

 

 

楊が、投げ込む。

その瞬間、御幸はバットを振り始めた。

 

「似たもの同士だからな、お前は。」

 

だから、わかる。

この大事な局面で、自分のリードするエースならどこに投げるか。

 

 

2人の意思がリンクし。

高々と上がった打球は、悠々とスタンドすらも超えていった。

 

 






ガバ理論とガバ構文申し訳ない。
明川戦予定よりも長くなっちゃった。


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エピソード29

「セカンド!」

 

鈍い金属音と共に、沢村が大きな声で指差す。

打球は、セカンド頭上。

 

「わかってるよ。」

 

笑顔を崩さぬまま、亮さんがグローブを額の上で構える。

そして、乾いた音を響かせて、白球はグローブの中に収められた。

 

 

 

「アウト、ゲームセット!」

 

勝ったな。

右肩に乗せられた氷嚢を揺らし、ベンチから立ち上がる。

 

そして、スコアボードに目を向けた。

 

3−2

 

前半こそリードを許したものの、7回に一也が値千金の3ランホームランを放ち逆転に成功する。

その後はノリと沢村がピシャリと抑えて試合を終えた。

 

 

 

挨拶を終え、さっさとベンチに引き上げる。

次の試合もあるし、早く退こう。

 

そう思った矢先、1人の視線に気がつく。

というか、めっちゃ見られてる。

 

 

 

鋭い眼光。

なぜ睨まれている。

 

まあ、いいか。

 

「一也。」

 

「いいよ。俺が見てるから。」

 

次の試合は、市大三校。

この西東京地区のライバルであり、俺たちと同じ強打が売りのチーム。

 

試合数もかなりやっているし、今更研究する必要もない。

 

エースの真中さんに、投げ勝てばいいのだ。

ただ、それだけだ。

 

 

 

 

ベンチを後にし、目的の場所に向かう。

小柄な少年とすれ違ったが、気にせず階段へと向かった。

 

「まずは、おめでとう。俺の完敗だ。」

 

腕を組み、壁に背を預けた楊がそう言った。

その割には、解せないって顔してるけど。

 

「ありがとう。」

 

「これで君に負けたのは、2回目になるな。」

 

ん?2回目?

 

「お前、忘れたのか?シニアの世界大会で投げ合っただろ。」

 

あー、あー、んー?

 

あ、思い出した。

シニアの世界大会、確か準々決勝だったかな?

 

台湾代表のピッチャーと投げあった。

あの時は確か、1−0でギリギリ勝った気がする。

 

当時からコントロールがいい投手だったけど、どちらかというと球威でガンガン攻めている印象だったからな。

それが、まさか楊だったとは。

 

「それはこちらも同じだ。」

 

「そうだっけ?」

 

「…まあ、いい。」

 

溜め息を交えながら、楊が壁から離れる。

そして、少しばかり赤く腫れた目でこちらを真っ直ぐと見つめていた。

 

「君は凄い投手だ。緻密で、頭脳的で、自分が何をしなければいけないかを完璧に理解している。捕手のリードに応える技術も、度胸もあるからな。」

 

「そりゃどうも。」

 

楊のような好投手に評価されているということは、素直に嬉しい。

目付きは悪いけど。

 

そして楊は、しかしと続ける。

 

「投手は、わがままであっていいと思う。あの成宮という少年のようにな。」

 

そう言うと、彼は俺に背を向けて歩き出す。

そして、笑顔でこちらに振り向いた。

 

「あの時の君が戻ってくることを、俺は期待している。」

 

 

コツン、コツンと離れていく足音。

その音を聞きながら、俺はそっと天井を見上げた。

 

 

 

あの時の、俺か。

記憶も曖昧だし、なんのことを言っているか正直わからない。

 

けど。

 

「もっとわがままにやれ…か。」

 

そう呟き、俺は皆がいる観客席へ向かう。

少し、胸に何かが引っかかったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、遅れました。」

 

楊との話も終わり、俺はすぐに観客席へと向かった。

試合は既に2回の裏。

 

始まる前には待機してたかったけど、仕方ない。

 

俺はふと、スコアボードに目を向ける。

 

 

 

違和感を感じて、すぐにグラウンドに視線を向ける。

そこには、衝撃的な光景が広がっていた。

 

「…なぜ、真中さんがレフトにいる。」

 

険しい表情でグラウンドを見つめる一也に、問いかける。

 

エースであるはずの真中さん。

今日は先発しているはずなのだが。

 

スコアボードに表示された、「2」

真中さんから、いきなり2点を奪ったのか?

 

春大で俺たちと当たった時は、甲子園での疲労があったから連打されていた。

しかし今は、全開である。

 

寧ろ最後の夏にかける思いは相当のものだったはず。

調子も決して悪くなかったはずだ。

 

「何があったんだ、一也。」

 

「4番だよ。あの轟って野郎が、いきなり2ランぶっぱなしたんだ。」

 

轟…聞いたことないな。

シニアでも特に聞いたことないし、高校で開花したタイプか?

 

というかこいつ…

 

1年生じゃねえか。

 

 

「大野が知らないのも無理はない。彼はシニアは愚か、ボーイズリーグから軟式野球のどのチームにも在籍記録がないからな。」

 

在籍記録がないだと?

つまりは、高校から野球を始めたっていうのか。

 

「確信はできんがな。」

 

なるほどな。

少々納得はいかないが、注意する打者には違いない。

 

 

そんなことを思っていると、噂の轟に打席が回ってきた。

2アウトランナー一、二塁。

 

ピッチャーは、市大三校の二番手投手である堀越。

 

まずは初球、外角のストレート。

球は、やはり俺よりも速い。

 

2球目のカーブ。

外角低めいっぱいに決まるナイスボールなのだが。

 

これを轟は、振り抜いた。

 

 

 

その瞬間、俺は全てを理解した。

こいつは、やばい。

 

スイングスピードもそうだが、初見のカーブを確実にミートするコンタクト能力。

そして、緩急にも対応しきれる足腰の強さと反応の良さ。

 

おそらく、配球なんて一ミリも考えていない。

ただ、来た球に反応して打ち返した。

 

 

「同じだ。」

 

俺が衝撃を受けた、ある打者と同じ打ち方だ。

何も考えず、極度の集中と日々の鍛錬の成果を如何なく発揮するバッティング。

 

哲さんに近い、バッティング能力だ。

 

 

少し、鳥肌が立つ。

それと同時に、俺は確信めいた何かを感じた。

 

「クリス先輩。市大三校より、薬師を中心に見てもらっていいですか。」

 

「ああ、わかっている。」

 

クリス先輩も、俺の発言と表情で察したみたいだ。

 

 

次の対戦相手は、市大三校にはならない。

この薬師高校が…轟雷市が俺の前に立ち塞がってくる。

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、両者の点の取り合いは続く。

終始市大三校のリードは変わらないものの、点差を広げさせない薬師高校。

 

試合も7回まで進み、徐々に薬師に流れが傾きかけていた。

 

 

そんな時。

流れを変えるべく、市大三校のエースである真中さんが、マウンドに舞い戻る。

 

リード自体は、市大三校。

しかし、ムードで言えば完全に薬師高校が掌握している。

 

この流れを断ち切れるかどうかで、試合の流れは決まる。

 

 

先頭打者は、3番の秋葉。

こいつもまた一年生、ここまで2安打とマルチ安打を記録している。

 

そんな秋葉を、自慢の高速スライダーで空振り三振に切ってとると、勢いそのまま4番の轟を迎える。

 

 

初球、いきなりスライダー。

初回のそれを見ていないからわからないが、恐らく今日1番のキレだろう。

 

少なくとも、俺が今まで見てきた真中さんのスライダーの中では1番キレていた。

 

2球目、同じくスライダー。

これをバットに当てるも、前に飛ばずファール。

 

「追い込んだな。」

 

「ええ。ここから遊び球も三球使えますし、どうにかして抑えたいっすね。」

 

同感だ。

ここを抑えるかどうかで、試合は決まってくる。

 

エースの意地か。

薬師の爆発力か。

 

3球目のストレート。

インコース低め、キレもコースも完璧なボールだった。

 

 

会心の一撃。

真中の野球人生最高のボールの行方は。

 

轟から放たれた快音と。

真中さんから放たれた鈍い音と。

 

その二つが入り混じって決着した。

 

 

強烈な打球は真中さんを襲うピッチャーライナー。

エースとしての執念か投手としての本能か、轟をなんとかアウトに抑える。

 

が。

 

騒然とするグラウンド。

そして、慌てる市大三校ベンチ。

 

俺は、ヘルメットに手をかけ悔しそうにする轟の姿をただじっと見ていた。

 

 

 

 



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エピソード30

明川学園との試合をなんとか勝利に収め、ベスト8に駒を進めた俺たち青道高校。

しかしながら、喜んでもいられない。

 

準々決勝で当たると予想していた市大三校がまさかの敗退。

強打のチームである市大三校を乱打戦の末に打ち勝った、薬師高校が次の対戦相手となる。

 

 

 

にしても…

 

「轟…雷市ぃぃぃ!!」

 

「…」

 

何故か轟の名前を叫びながらダッシュする沢村。

そして、無言ながらオーラでアピールし走る降谷。

 

凄まじい気合いである。

 

いつもうるさい沢村は勿論だが、降谷まで気合いが入りまくっている。

それはもう、異常なほどに。

 

「すっげえ気合入ってんな。いいのか、大会期間中にあんな走らせて。」

 

「沢村も昨日は1イニングだけだし、降谷も投げてないからな。あれくらいなら放っておいていいだろ。」

 

あっ、そうですか。

ストレッチをしながら、一也と話す。

 

呑気に見ている俺たちに対して、純さんと哲さんが心配そうに見つめる。

 

「にしても入りすぎだろ。」

 

「ああ。元気がいいのは構わんが、少し異常だな。」

 

チームを統括する主将と副主将だからこそ、こういうことに神経質にもなるのだろう。

確かに、いつもより気合いが入りすぎている。

 

すると、弟くん…基、小湊春市が重い口をゆっくりと開いた。

 

「実は、帰りの直前に轟くんの自主練現場に居合わせたんです。」

 

ふーん。

試合終わりにすぐ練習とは、精が出るな。

 

そんな姿を、それも同じ1年生が見せてきたわけだ。

確かに、感化されるのもわかるわな。

 

「いえ、そういうことではなくて…」

 

そうして、弟くんはまた話し始める。

 

 

曰く、真中さんは面白い投手だったと。

変化球も、勢いも、全てが期待以上だったと。

 

そこまではいい。

問題は、その後であった。

 

 

 

「ここいらでお前の相手になるのは、あいつだけだろ?」

 

そこで挙げられた名前は、成宮鳴。

稲実の2年生エースであり、最速148km/hを誇る本格派左腕だ。

 

キレのある速球とスライダーフォーク、そして緩急をつけるチェンジアップ。

制球も纏まっており、1試合を投げきるスタミナもあるという高水準の投手だ。

 

 

彼、轟雷市の相手になる投手は、成宮鳴だけらしい。

その発言の意味は、考えなくてもわかるだろう。

 

「つまりは、眼中にねえってことかよ。」

 

純さんが、そのまま零す。

まあ、その捉え方で間違っていないだろう。

 

「勿論ぶん殴ってきたよね?そんな舐めた発言した奴。」

 

亮さんが、黒い何かを纏いながらそう言う。

表面上は笑顔だけど、笑っているように見えない。

 

 

 

 

自軍の投手たちをバカにされて、怒りを露わにする先輩方。

そんな中、当の本人である俺は。

 

「へぇ…」

 

くそイライラしていた。

顔にも態度にも出すつもりはないが、あそこまでコケにされれば嫌でも腹が立つ。

 

眼中にないだと?

ならてめえの脳裏に刻み込んでやる。

 

俺を。

大野夏輝という、投手の名を。

 

「一也、ブルペンいくぞ。」

 

「おま、今日は投げないんじゃねーのかよ。」

 

「気が変わった。あそこまで言われて黙ってちゃ、ここまで負かしてきた相手に申し訳が立たない。」

 

何より。

 

「鳴が相手になって、俺が相手にならないってのが1番ムカつく。」

 

「それが本音だな。」

 

シニアの時から、少なからずライバル意識は持っている。

投げ合えば投手戦になるし、その度にどちらが勝つかわからないくらい拮抗していた。

 

そんな2人が、片や評価されて片や評価されないというのは如何なものか。

 

「首洗って待ってろよ、轟雷市。」

 

そう呟き、俺は一也と共にブルペンへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー薬師高校

 

「なんだお前ら、まだここにいたのか。」

 

少し立て付けの悪い扉を開け、真田がテレビの置かれた小さな一室へと足を踏み入れる。

 

そこには、3人。

前の市大三高との試合にて、クリーンナップを張っていた3人の1年生がテレビの液晶をじっと見つめていた。

 

「ああ、真田先輩。監督がよく見とけって言ってたもんですから。」

 

「青道の投手か。野手はすげえイメージあるけど、投手も結構いるよな。」

 

青道高校といえば、やはり特徴はその攻撃力。

 

破壊力の高いクリーンナップと、高い出塁率を誇る上位打線。

そして、不動の4番。

 

強打のチームに必要なものを全て兼ね備えた、打の強豪である。

 

 

しかし近年…というより今年は、タイプの違う4人の投手を代わる代わる使っていくような、投手層の厚さも垣間見えている。

 

まずは、3年生の丹波。

高いリリースポイントを生かした角度のあるストレートと落差の大きい縦カーブで三振を奪っていく本格派右腕だ。

 

そして、2年生の川上。

ゆったりとしたフォームから鋭く曲がるスライダーを低めにあつめる、制球を武器とした変則サイドスローである。

 

 

そして。

 

「この2人…面白い!降谷と、沢村!」

 

彼、轟雷市が挙げた名前は、1年生2人。

この大会でまだあまり投げていない2人だが、雷市はその2人の投球を見て笑った。

 

「降谷ってのはわかるぜ。この間の試合で150km/h出したっていう噂のピッチャーだろ?けど沢村ってのはどうなんだ?」

 

降谷といえば、武器はやはりその豪速球。

最速150km/hを超える威力のある直球でガンガン押してくる剛腕投手だ。

 

正直、野球初心者でもわかるであろう凄い球を投げている。

 

 

対して、沢村のボールは決して速くない。

強いストレートも無ければ、鋭い変化球も無い。

 

正直、三島と秋葉、そして真田の目から見ても彼が特段凄い投手には見えなかった。

 

そんなことは露知らず、雷市はまた口を開いた。

 

「こいつ、画面じゃ分からない凄さがある。対面したバッターがみんな打ちにくそうにしてる。」

 

「確かに。若干だけど、変則っぽいよな。」

 

「球の出処が見づらいのかも。結構みんな詰まってるように見える」

 

1年生3人がそう話す中、真田はなるほどなと感心していた。

1年生ながら、そこまで見ているか、と。

 

テレビに映された投手が、また変わる。

そこに映されたのは、今まで出てこなかった1人の投手だ。

 

 

小柄な体格に、お世辞にも大きいとは言えない上半身。

そして、少しアンバランスに見えるほど筋肉質な下半身。

 

背中に描かれた数字は、1。

チームで最も小さな数字を背負った、チームのエース。

 

「オオノナツキ…」

 

「こいつが、青道のエースか。」

 

小柄な身体を目いっぱい捻り、全身の反動を生かしたトルネード投法。

そして豪快なフォームからは想像できない、緻密なコントロール。

 

球速は遅いものの、キレのある速球。

そして直球と同じスピードで大きく沈む、ツーシームファスト。

 

この投げ分けで、打者を圧倒する投手だ。

 

 

「どうだ雷市、こいつは打てそうか?」

 

液晶内で打者をきりきり舞いに三振に切ってとる投手を指指し、三島が雷市に問う。

すると雷市は、バナナを頬張りながらボソリと呟いた。

 

「こいつは、あんまり面白くない。」

 

雷市が放ったその言葉に、思わず目を見開く。

 

入学してから約3ヶ月。

初めて実際の試合で投手と対面してきた雷市は、基本的にどの投手に対しても「面白い」と言っていた。

 

特に真中などの好投手に関しては、尚更。

 

そんな彼が、初めて「面白くない」と言ったのだ。

それも、成宮鳴と肩を並べるほどの好投手に対して。

 

「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて。」

 

「…なんか、面白くない。真田先輩とか真中とは、なんかちょっと違う。」

 

極めて曖昧な表現だが、真田は頷く。

確かに、自分や真中と比べると少しばかり見劣りする。

 

投球時の気迫や気概、そして意志が。

 

「チームを勝たせたいって意志は伝わる。だけど、それだけしか感じない。」

 

「それが投手としては当たり前の考えだけどな。」

 

「俺もよくわかんねーけど、でもなんか真田先輩とかとはちょっと違う。」

 

「ふーん。」

 

正直よくわからないが、とりあえず自分はそこそこ評価されているのだろうと思いながら、真田はテレビ画面に目を戻す。

そして、単純に気になることだけを、ストレートに聞いた。

 

「で、打てそうか?」

 

「沢村も降谷も丹波も、全員ぶっ飛ばす。」

 

期待していた返答と少し異なる答えだったが、真田は溜め息をつきながらも笑った。

 

こいつらしいなと思いつつも、何だかんだで頼りになると。

そしてきっと、雷市なら打ってくれると。

 

そう信じて、彼は小部屋を後にした。



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エピソード31

少し短めです。


「このように、市大三高と薬師高校の試合は12-13で薬師のサヨナラ勝ちとなりました。」

 

一通りビデオを流し終え、研究班の渡辺が話し始める。

そして要所要所の解説も踏まえ、ビデオを巻き戻した。

 

「やはり警戒すべきは、その攻撃力。18安打13得点という強力打線ですね。ここまでバントは一度も使っていませんが、代わりに盗塁やエンドランなど足を絡めてきています。」

 

その分ゲッツーや盗塁失敗でアウトを献上している。

が、それ以上に投手や内野へのプレッシャーはだいぶかかるだろう。

 

そして、やはり特筆すべきはパンチ力。

9人の野手の内、昨日の試合で本塁打を放ったのは5人。

 

3年生の山内と、同じく渡辺。

そして。

 

「やはり注意しなくてはいけないのは、この1年生3人ですね。」

 

昨日の市大三高との試合でクリーンナップを張っていた3人。

轟雷市に秋葉一真、そして三島優太。

 

3人合わせて5本塁打に、8打点。

得点の大半を占めている、怪物3人である。

 

 

まずは、3番レフトの秋葉一真。

高いミート力とバットコントロール、高い出塁率を誇る左の好打者である。

 

そして、パンチ力もある。

出塁率もありながら長打を放つパワーも技術もある為、薬師高校の中でも一二を争う好打者だ。

 

 

続いて、5番ファーストの三島。

高い弾道でガンガン長打を放っていく、強打者。

 

元々投手もやっていた為か、柔らかい手首を生かしたシュアなバッティングや逆方向に強い打球を放つなど技術的な一面も見せている。

 

 

そして、やはり。

 

「最も気をつけなければいけないのは、この4番。」

 

4番サードの轟雷市。

 

サードというスラッガーポジションに、1年生ながら4番で本塁打を量産するロマンたっぷりのバッター。

前の市大三高戦でも三島とともに2本の本塁打を放っている。

 

都内でもトップクラスのスイングスピードと、ミートしたボールを確実に遠くに飛ばすパワー。

そして、どんな球にも対応できる対応力にミート力を誇る。

 

という、まあ簡単に言えば化け物である。

 

 

「真中との対決を見てもわかる通り、変化球への対応はかなりのものです。」

 

真中さんの高速スライダーも詰まらずに飛ばしていたからな。

 

スイングスピードが速いから、速球にも詰まらない。

速球にも詰まらないから、変化球を我慢して打てる。

 

だからこそ、ストレートと高速スライダーの投げ分けで三振を奪ってきた真中さんにとっては、とても相性の悪い投手だったんだろうな。

 

 

そしてそれは、俺にも。

 

基本的にはストレート(4シーム)とツーシームファストの投げ分けで三振を奪っていくスタイルだから、ツーシームに対応されると少し厳しいものがある。

 

 

相性としては、降谷が一番だろうな。

強い速球に落ちる変化球、コントロールもバラけている(というか荒れている)為、的も絞りづらい。

 

純粋に力と力と勝負で真価を発揮する降谷が、一番効果的なのではないだろうか。

 

 

 

「その3人以外も、やはり強打者揃いですね。下位打線を打っているのも前までクリーンナップを張っていた3年生ですし、最後まで抜け目のない打線となっています。」

 

抜くところがないってとこも、また面倒な話だな。

それに、打順もまた変わる可能性あるだろうし。

ここばっかりは、正直読めないよな。

 

 

 

 

「前の試合でも5回から登板してロングリリーフをした真田ですね。彼が登板してから市大三高の得点も一気に失速しました。」

 

こいつか。

背番号18の実質エース、真田俊平。

 

最速140km/hを超えるストレートに、切れ味鋭いシュートボール。

この2球種をインコースにガンガン攻めていく、強気な投手だ。

 

四死球や甘いボールもそこそこある為、コントロールは決してよくない。

が、インコースへ攻めるときの制球は高い。

 

まるで、どこかの誰かさんみたいである。

 

 

 

「今大会、未だに先発登板はありませんが、恐らく実質エースは彼でしょう。」

 

故障があるのか知らないが、ここまで先発登板はなし。

しかしながら、実力やマウンド捌き、それに立ち振る舞いはエースのそれそのものであった。

 

 

恐らく次も先発は3年の三野だろう。

しかしながら、こいつが出てくることは間違いない。

 

まずは、真田が出る前に叩く。

それが、次の試合の第1目標になるだろう。

 

そう渡辺が言い終え、手元のノートをスっと閉じる。

それを確認すると、監督は1つ頷いて口を開いた。

 

「ご苦労、これからもその鋭い観察眼をぜひチームの為に使ってくれ。」

 

そう労い、監督が前に出てくる。

そして、彼の研究結果を総括して話し始めた。

 

「ただでさえ強力な打線に、市大三高を倒した勢いも相まって今の薬師はとてつもなく強大な壁となっているだろう。しかし裏を返せば、勝てばその勢いを根こそぎ奪い取れるということだ。迷わず自分たちの野球を貫き、その上で勝つ。俺たちにできるのはそれだけだ、いいな?」

 

「「はい!」」

 

大きな声で、チーム全員が返事をする。

あとは、先発とオーダーだけか。

 

ローテとか起用法で考えれば俺だろうか。

まあ丹波さんはないだろうな。

 

相性で言えば降谷だけど、正直崩れるのが怖い。

 

一番いいのは打者一巡で的を絞らせない継投策。

けどまあ、これも博打に近い。

 

 

 

「明日の先発だが、大野で行こうと思う。」

 

監督が、迷わずそう言う。

何の不思議があろうかと言わんばかりに、迷わず。

 

「あ、俺なのね。」

 

小声で呟くと、横にいた一也が溜め息をつきながらも返してくる。

 

「お前以外誰がいんだよ、エース。」

 

あ、さいですか。

まあ、任されたからにはやれるだけやろう。

 

「行けるな?」

 

「喜んで。」

 

今度は、間髪を容れずに答える。

すると、監督も無言で頷いた。

 

「薬師との試合、厳しい戦いになることに違いない。こちらも総力を掛けて迎え撃つぞ。」

 

監督の檄に、ナインが大声で返事をする。

 

相手は、ダークホース。

観客は大番狂わせを望んでいるだろう。

 

 

が、それを振り切ってこそ王だ。

玉座に手をかけるのならば。

 

 

力で奴らを、捩じ伏せる。

 

 

 



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エピソード32

空は、曇天。

蒸し暑い大気を、灰色の薄い雲が覆う。

 

今日も今日とて、試合が始まる。

高校球児たちの夏が始まり、終わる。

 

 

青道高校の前に立ち塞がるのは、今大会の数あるシーンの中でも屈指の大逆転劇を見せて人気を風靡した薬師高校。

 

誰もが2試合連続の大物喰らいを望み、湧き上がる。

球場は異様な空気に包まれていた。

 

 

 

 

そんな最中、青道ベンチでは相手チームのオーダーを目にして驚嘆の声が響き渡っていた。

 

「なんだよこのオーダー!」

 

伊佐敷が、感情を露わにして声を上げる。

チームのメンバーもそれに答えはしないものの、同じような感情を抱いていた。

 

 

1番 轟

2番 秋葉

3番 三島

 

前の試合、クリーンナップを張っていた3人が全員上位打線へ。

そして何より、4番を打っていた轟が先頭打者に入っていたのだ。

 

「1番打席が回るように…ということか。」

 

「何!?それにはどういうカラクリが!?」

 

「いや、当たり前でしょ。」

 

沢村と小湊が漫才を繰り広げている中、捕手である御幸はエースに声をかけた。

 

「あまり気にしすぎるなよ。あくまでやることはいつも通りだからな。」

 

頭の上にタオルを乗せ、俯くエース。

その表情は、タオルに隠れて見えない。

 

そんな姿を見て、御幸は少しばかりの不安を覚えた。

 

(昨日からブルペンでの状態はそんなに良くなかったからな。それに加えて、あのオーダー。完全に先手を打たれたな。)

 

想定していたオーダーでは、初回を抑えれば轟とは2回以降落ち着いた状態で戦うことができた。

もし初回で当たっていたとしても、大野はピンチになると無意識にギアが入るため、抑えられる可能性は大いにあった。

 

しかし、ボールの状態すらも掴めない先頭打者。

そこでぶつからなければいけないというのが、御幸にとってはやりにくいことこの上なかった。

 

 

 

 

 

 

 

そんな青道ベンチの反対側。

薬師高校のベンチでは、監督である轟雷蔵が少し口角を上げてニヤリと笑った。

 

「見ろよあいつら、あんなに騒ぎまくってよ。そんなに面食らっちまったか?」

 

「そりゃ、前の試合で4番だったやつがいきなり先頭打者に来たらビビりますよ。あいつらもきっと、雷市を一番警戒していたと思いますしね。」

 

「んだろ?なんてったって俺自慢の息子だからな!」

 

そして、高笑いをする。

親バカだなぁと、真田は口に出さないながらもそう思い、目を逸らした。

 

そして、続けて噂の4番に目を向けた。

 

「おい雷市、お前がさっさと1年生引きずり下ろしてえって言うから1番に置いたんだぞ。言ったからにはちゃんと打ってくれなきゃ父ちゃん怒るかんな。」

 

雷蔵に言われながらも尚、轟雷市はバナナを頬張り続けた。

 

なんと言っても、腹が減っているから。

貧困家庭である轟家ではお世辞にも美味しい料理など出てこない訳で、その上量も食べ盛りの高校球児には少ない。

 

だからこそ、部費で出されるような補助食なんかは遠慮なくたんまり食べる。

 

 

ひと段落ついて、雷市は口を開いた。

 

「まずは大野。ぶっとばす。」

 

雷市の言葉を聞いて、再び雷蔵が口角を上げる。

 

「さあて、今日の相手は前とは一味違うからな。前情報なしで戦った市大三高とは違って、俺たちの強さを知った上で向かってくる。が、その上でぶっとばすんだ。てめえらの勢いとパワーで、王様ぶっ飛ばしにいこうや!」

 

「おお!」

 

 

 

 

そして、両チームのナインがベンチ前に出てくる。

試合前、互いのチームが相見える。

 

「両チーム、整列!」

 

「「いくぞぉぉぉ!」」

 

元気に声を上げ、約40人の選手たちがホームベースへ掛けていった。

 

 

 

前評判は、6-4

順当にいけば地力が上の青道が有利だが、やはり勢いで言えば薬師高校。

市大三高を下した際の調子でいけば青道も危ういのではと、巷では話題になっていた。

 

というより、誰もが薬師の大番狂わせを望んでいた。

理由は簡単、観客はただ面白い試合が見たいだけなのだから。

 

「あの真中を打ち崩した薬師だぜ?きっと大野だって抑えられねえよ。」

 

「轟ぃー!今日もでけえのぶっとばせよー!」

 

 

周囲から響き渡る、歓声。

それは全て薬師に向けられているもの。

 

(騒がしいな。)

 

誰もが、薬師高校の大番狂わせを望んでいる。

 

(俺には関係ないが。)

 

会場は、異様な熱気に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

「初球から狙ってくるぞ。わかってるな。」

 

御幸が、マウンド上にいるエースにそう言う。

エースは、帽子の鍔に手を当てて無言で頷いた。

 

御幸も、それ以上何も言わない。

何となく、いつもと違う雰囲気を感じていたから。

 

 

帽子を深く被り直し、目を瞑る。

小さな丘に1人、悠然と立ち、右手をポンと胸に当てる。

 

ゆっくりと、深呼吸をした。

 

 

 

彼の紺碧色の瞳。

まるで水晶のように煌めく蒼い眼が、開いた。

 

「カハハ!ぶっとばーす!」

 

打席に入るは、轟雷市。

この薬師高校で最も力を持つ強打者である。

 

 

「薬師ー!今日も楽しませてくれよー!」

 

「轟ー!デカいの打てよー!」

 

会場中が敵というのは、こういう事を言うんだろうな。

そう思いながら、御幸はチラリと轟に目を向けた。

 

風格というか、やはり打ちそうな雰囲気が出ている。

懐も広く、インコースも攻めにくい。

 

とはいえ、外角に飛ばす技術もある為、迂闊に外角攻めもできない。

 

 

迷いを振り切り、御幸は轟の膝元にミットを構えた。

 

(初球から振ってくるだろうし、まずは厳しく。)

 

サインに、大野が頷く。

ゆったりと左脚が上がり、腰を大きく捻る。

 

ある一点まで到達すると、そこで静止。

身体の捻転とともに生み出された遠心力。

 

反動を余すことなく左足へ乗せ、蓄える。

その全てを、指先へ集約。

 

(初球…打つ!)

 

(厳しいコースに来い、夏輝!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那。

 

圧縮された大気を全て切り裂くように。

 

 

 

轟の耳に入るほどの風きり音を立てながら、白球は御幸のミットへと突き刺さった。

 

 

「ストライィク!」

 

乾いた破裂音が鳴り響くと同時に、会場中が静寂に包まれる。

 

「ナイスボール!」

 

捕手の声と、ボールを掴み取る小気味良い音。

それだけが、この広い球場の中で響き渡っていた。

 

 

目を見開く轟。

 

 

狙っていた。

初球のストレート、厳しく来ようが打てそうならば打ってやろうと、そう思っていた。

 

しかし、そのバットすら出なかった。

手を出す暇もなく、ボールが通過していった。

 

 

ただでさえ投手との対戦経験が少ない轟にとって、それは初めての感覚であった。

 

 

 

 

 

そんなこともお構い無しと言わんばかりに、大野が再び投球モーションに入る。

 

 

ギュウゥン!

 

そんな怪音が耳に入ると同時に。

 

2球目のストレートが、今度は外角の低め一杯。

轟がバットを振ったものの、完全に振り遅れて空振りとなる。

 

 

(続けるか?)

 

(無理に行く必要はない。ここは確実に仕留めるぞ。)

 

御幸の提案に首を振り、続いて出されたサインに首を縦に振る。

そして、またもモーションに入った。

 

 

投げ込まれたのは、直球。

外角真ん中当たりの、高いコース。

 

轟もこのボールを狙い、バットを出し始める。

先程までのストレートに合わせた、完璧なバット軌道。

 

(もらっ…)

 

その瞬間、ボールは大きくバットの軌道から外れる。

というより、逃げるように鋭角に曲がった。

 

「空振り三振!まずは伝家の宝刀ツーシームで轟を三球三振です、青道高校のエース大野!」

 

 

俯きながらベンチに帰す轟。

その途中、すれ違った秋葉に彼は言った。

 

「これまでとは全然違う…すげえおもしれえ。気合いも、ボールの勢いも、力も、全部今までの人とは桁違いだ。大野夏輝…おもしれえ!」

 

尚も笑う轟に秋葉は半ば呆れながら、打席へ向かう。

 

 

 

続く秋葉。

彼に対しても、大野夏輝は格の違いを見せつけた。

 

内角抉り込むストレート。

角度のある直球をインコースいっぱいに決め込む、所謂クロスファイアでカウントを稼ぐ。

 

2球目続けてそれを投げ込むと、最後は高めの釣り玉で空振り三振を奪う。

 

(これが、人間が投げるボールかよ…)

 

素直に、秋葉はそう思った。

 

異常なほどに掛けられた縦回転がそうさせているのか、ストライクゾーンから伸び上がるように加速して釣り玉となったのだ。

 

球速にして、131km/h。

しかしそのボールは、秋葉にとって全く未知の領域とも言える、異様なボールであった。

 

 

 

ミート力のある2人が連続三振…基、連続三球三振で切られた後。

続く打者は、3番の三島。

 

(シニアのときは世話になったからな。)

 

実は、この三島と秋葉は中学時代に大野と対戦経験がある。

結果は言うまでもないが。

 

勿論、大野自身はおぼえていない。

なぎ倒した打者の1人としか認識していないから。

 

 

 

そして今も。

その認識は、全く変わることはない。

 

初球、外角低め一杯のストレート。

2球目も同じボールを続けて早くも追い込む。

 

(なんなんだよこのボール。)

 

あの時の精密機械のようなボールではない。

打者を捩じ伏せるような、こちらを切り刻もうとそう植え付けてくるかのようなストレート。

 

 

3球目。

 

(行くぞ、夏輝。)

 

(あぁ。丁度温まってきた所だ。)

 

バッテリーの、視線が交錯する。

そして、最後のボールが投げ込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんまり舐めるなよ。俺を…俺たちを。」

 

大野夏輝という、青道高校のエースを。

切磋琢磨して高め合った仲間たちを。

 

そして、共に投げあった楊や他のライバルたちを。

 

 

 

 

 

「空振り三振!青道エースの大野、薬師の1年生強打者トリオをストレートで捩じ伏せました!なんと、三者連続三球三振という圧倒的な投球で薬師の攻撃を押さえ込みます!」

 

大野の帽子がポトリと落ち、銀色の艶やかな髪が舞う。

 

 

 

それと同時に。

 

会場内で圧縮されていた時間は、動き出した。

 

「すげえぞ大野!」

 

「あれが高校生のコントロールかよ!」

 

静寂から一変、大野の圧倒的な投球に会場が沸き立つ。

 

 

マウンド上に落ちた帽子を丁寧に広い上げ、土を払って被り直す。

そしてゆっくりと、ベンチへと戻り始めた。

 

「ナイスピッチだ、夏輝。」

 

「いきなり飛ばしすぎだ!」

 

チームメイトの激励を受け、ゆっくりベンチへ腰掛ける。

そして、チームのバッターたちを見た。

 

「とりあえず初回抑えたんで、攻撃はお願いします。」

 

珍しく大野がそんなことを言う。

圧倒したとは言え、気を抜けば持っていかれるであろう強力打線。

 

だからこそ投球に集中したい。

そこまで言わなくても、野手陣は意図を汲み取り頷いた。

 

「っしゃあ、点とってくぞオラァ!」

 

青道高校の攻撃が、始まる。

曇天の隙間から、青白い光が差し込んだ。

 



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エピソード33

大変、大変遅くなりました。
繁忙期で割とバタバタしておりまして…

まあ、申し訳ないんですけど気長に待って下さい。



(やっぱり”本物”だったか、クソッタレ。)

 

打席で自分の息子が空振り三振に喫している姿を見つめながら、薬師高校の監督である雷蔵は帽子の鍔に手をかけた。

 

本物というのは、他でもないマウンド上の投手のこと。

 

今大会4本塁打、打率.725を誇る怪物スラッガーである轟雷市。

雷蔵自慢の息子である彼ですら、たった3球で料理された。

 

 

制球がいいことは分かっていた。

ストレートの質が高いことも、それと同速で大きく沈むツーシームによる奪三振率の高さも。

 

その上で、雷市なら打てると確信していた。

 

いくらキレが良いとはいえ、高校生のボール。

都内でも3本の指に入る真中の高速スライダーですら簡単に打ち返すほど、変化球への対応力は非常に高い。

 

しかしそれは、あくまで予想の話。

彼らが相見えたとき、全てが甘い見立てであったことが浮き彫りになったのだ。

 

 

狙っていたストレートに手が出ない。

わかった上で振りに行ったボールにバットが当たらない。

 

そして、追い込まれれば”視界から消える”魔球に仕留められる。

 

至ってシンプル。

だが、シンプル故に攻略法が見当たらない。

 

(まずいな。雷市が圧倒されるような相手に他のやつが通用するはずがねえ。)

 

とにかく有効な策がない。

今現状ある手札では、大野夏輝という投手を打ち崩す術が思い当たらない。

 

思考を回転させながらも、彼から得点を奪うビジョンが雷蔵には全くと言っていいほど浮かばなかった。

 

 

それほど、今日の大野は研ぎ澄まされていた。

ストレートは指に掛かり、変化球のキレは一級。

 

初回は完璧なまでの三者連続三球三振という圧倒的な投球を見せつけた。

 

 

 

対する薬師高校の先発は、3年生の三野。

 

可もなく不可もなくという投手、どちらかというとイニングを稼ぐ安定感のあるピッチャーである。

 

 

しかし。

エースの力投に奮起した青道打線を、止めることは出来ない。

 

先頭打者の倉持がヒットで出塁すると、すかさず盗塁。

俊足を活かして、早速ノーアウト2塁とチャンスを作る。

 

 

2番の小湊が手堅く送り、1アウトランナー3塁。

初回からチャンスを作り出す。

 

このチャンスをしっかり物にするのが、青道。

3番の伊佐敷が詰まりながらもライトへしっかりとヒットを放ち、早速打点を上げる。

 

 

まるで得点することが当たり前かのように、あっさりと得点を上げる青道打線に、真田は思わず笑ってしまった。

 

しかし、青道の攻撃はまだ終わらない。

迎えるは、4番結城。

 

今大会打率は.712、3本塁打と大当たり。

さらに一発だけでなく繋ぎの打撃も得意とする、正に打撃の柱とも言える打者である。

 

 

 

まだ1アウト。

結城は、繋いでチャンスメイクすることを選択した。

 

「流し打ちーっ!外のボールを逆らわず右へ!結城、ライト前に落とすシングルヒットでチャンスを広げます、1アウトランナー一二塁です。」

 

無理に一発を狙わず、繋ぎの打撃。

この止まらない打線こそが、今年の青道高校なのだ。

 

東清国のような絶対的な4番ではない。

それでも、攻撃力で言えば昨年にも負けていない完成度を誇っていた。

 

 

尚も続くチャンス。

5番の増子がしっかりバントを決めてさらにチャンスを広げる。

 

ランナー二三塁で、迎えるは。

恐怖のクラッチヒッター、チャンスでしか打てない男こと、御幸一也。

 

 

 

 

裏を返せば。

チャンスであれば、必ず結果を残す。

 

女房役として、エースを援護するために打点を稼ぐことには特化している。

それが、打者としての御幸一也だ。

 

 

 

「ねーらーいうーちー。」

 

彼がそう口ずさむと共に、白球が緩く変化を始める。

低め、外角から内に入るカーブを思い切り掬いあげた。

 

鋭い当たりがライトの頭を超える長打となる。

 

あっという間にランナーは還り、さらに2得点を重ねる。

この回いきなり3得点を上げる。

 

尚も、ランナー二塁のチャンス。

ここで打席には、投手の大野が左の打席へ。

 

(さてと。)

 

ここでもう少し、突き放しておきたい。

点を与えるつもりはないが、点差があればリリーフに経験も積ませられるだろう。

 

そんなことを考えながら、大野は打席で足場を作り始めた。

 

 

 

すると。

 

「ピッチャー交代、真田!」

 

ベンチから出てくるは、背番号18。

薬師高校で最も実力のある投手が、マウンドへ向かう。

 

(初回から出てきたか。まあ、こちらとしては好都合か。)

 

真田の決め球は、インコースのシュート。

右打者の内角を抉る球は得意だが、左打者に対しては特段強いイメージはない。

 

ましてや、大野は外に逃げるボールに強い。

柔らかい手首を上手く使って流し打つ技術がある為、外に逃げるシュートも使いにくいだろう。

 

(真っ直ぐ狙い…だな。特にインコース。)

 

このボールに詰まらなければ、他に怖いボールはない。

そう踏んで、大野はゆったりとバットを構えた。

 

力感なく緩くバットを少し揺すりながらタイミングを取る。

 

 

 

 

そんな大野の姿を見つめながら、マウンド上の真田はプレート横に置かれたロジンバックに手を添えた。

 

(んだよ、雰囲気あるじゃんか。)

 

打ちそうな打者というか、リードオフマンのような。

少なくとも、投手が打席に入った時の感覚ではなかった。

 

(ま、関係ねーけど。)

 

自分がマウンドに上がったからには、目の前の打者を抑える。

それだけが、投手としての役割だから。

 

真田は、ゆっくり息を吐いた。

 

 

初球、いきなりインコースのストレート。

大野は迷いなくこれに対してバットを出す。

 

カツンと、甲高い音が響くとともに、バットに当たった白球は後方のネットへとぶつかった。

 

(いきなり振りに来るかよ。タイミング合ってるし。)

 

(思ってたより威力あるな)

 

2人が、同時に息を吐き、続けざまに真田は2球目を投げた。

 

今度は、内から切れ込んでくるシュート。

これを見逃し、2ストライクと早くも追い込まれる。

 

(こういうこともできるのね。)

 

軽く打席を外し、息を吐く。

相手が未知の投手なだけに、頭に入っていなかったボールが来ても大野はあまり動揺していなかった。

 

 

3球目、4球目とストレートが外に外れて並行カウント。

ここで、大野は決め球に狙いを絞った。

 

 

緩いボールはない。

ならば、速いボールとシュートに反応できれば何とかなるはず。

 

最後は、攻めてくる。

インコースで必ず勝負をかけてくる。

 

また、大野は息を吐いてバットを構え直した。

 

 

クイックモーションから投げ込まれたのは、速球。

速いボールに狙いを定めていた大野は、これに対応した。

 

ノビはない、つまりは逃げるボールか。

そう判断した大野は、バットを振り抜いた。

 

 

 

 

しかし、鳴り響いたのは鈍い音。

それと同時に、大野の押し込んだ左手に痛みが走った。

 

恐らくストレートではない。

しかし、感触としてはシュートのものとは違う。

 

少しばかり困惑しながらベースを走り抜けたが、無常にもアウトのコールが響いた。

 

 

 

「詰まってたな。手は大丈夫か?」

 

彼がベンチに戻ると、女房役の御幸が大野に声をかけた。

右手と言えば、投手の命。

 

「あぁ、幸い左手が少し痺れただけだ。すぐ戻るんだが…」

 

決め球に使われた、ボール。

待っていたシュートの、反対側に高速変化した。

 

 

恐らくは、カットボール。

ストレート系のボールの中でも、利き腕とは反対側に小さく変化するムービングボールの一種。

 

(左打者からしたら、厄介かもしれないな。)

 

そんなことを頭の片隅に置きながら、彼は手渡された白球を右手の上で転がした。

 

(まあ、いいか。)

 

もう、3点もある。

3点差もあれば、負ける気はしない。

 

 

全員の打者を、抑え込む。

それだけで、チームは勝てる。

 

続く打者3人に対して、大野は三振3つ。

3番をストレートで見逃し三振、4番をカーブで空振り三振、5番もカーブで空振り三振。

 

ストレートとカーブによる緩急、そして落差の大きさで打者のスイングを崩していく。

これが、大野のもう1つの攻め方。

 

 

 

対する薬師高校の投手である真田。

下位打線から続く打者3人を、三者凡退に抑え込む完璧なピッチングで攻撃に弾みをつける。

 

 

が。

そんなことをお構い無しに、大野は三振の山を築いていた。

 

体力温存の為に少しギアを落としたものの、下位打線を抑えるにはそれで十分。

スライダーやSFFを織り交ぜながら球数を減らし、テンポよく打者を抑えていく。

 

 

 

 

(こりゃ、今日は手も付けられんな。)

 

3回、最後の打者を三振で切り捨てた目の前のエースをちらりと見て、女房役である御幸は肩を竦めた。

 

敵ながら、同情する。

こんなに調子がいい日に当たってしまうなんて。

 

 

ストレートはとんでもなくキレており、ツーシームは視界から消える。

そして、カーブの落差も大きい。

 

リリースが安定しているから、制球も乱れない。

それこそ、いつもなら不安定なボール半個分の出し入れすら可能としている。

 

構えれば、その通りのコースに期待以上のボールが帰ってくる。

これほど、捕手にとって嬉しいことはない。

 

 

 

 

4回の表。

この薬師高校で最も警戒しなければならない、1年生トリオ。

 

(ここは”上げて”けよ。)

 

(わかってる。)

 

そうして投じたボールは、3回に投げ込んだそれとは全く別のもの。

今大会屈指のスラッガー相手に、力なんて抜かない。

 

寧ろ、圧倒的な力で真正面から捩じ伏せにいく。

それでこそ、勢いのある薬師への最大の抑止力となるから。

 

 

轟ですら、全く歯が立たない。

そんな意識を、植え付けるために。

 

また、大野のボールが轟のバットを掻い潜った。

 

「空振り三振!今大会高打率をマークしている轟に対して2打席連続の三振!」

 

使っている球種は、2つにすぎない。

しかし、その2つが一級品ならば、どんな大打者でも手玉にとれるのだ。

 

まあ、変にカーブなど使って打たれるのが怖いだけなのだが。

 

 

 

このまま、大野の奪三振ショーは続いていく。

4回から6回まで6つの三振を奪い、この試合合計で13個の三振。

 

対する薬師のリリーフエースである真田も何とか粘り、交代してから6回まで2失点と好投を見せる。

 

 

しかし。

初回の山内の失点と合わせて、5点。

 

はっきり言って、今日の大野を目の当たりにしては、遠すぎる数字であった。

 

 

 

 

そんなこととは露知らず。

大野はベンチにて、監督である片岡と話を交わしていた。

 

「この回までだ。最後の3人、しっかりと抑えていこう。」

 

「はい。いい形で、ノリに繋ぎますよ。」

 

一番安心できるのは、この大野が最後まで投げきること。

スタミナも心配ないし、今日の「ハマっている」状態であれば、正直最後まで間違いはないだろう。

 

しかし、そうも言っていられない。

それこそ登板回数の少ない沢村や川上といった投手たちの経験値にも繋がらないし、何よりここ一番で使えないなんてあってはいけない。

 

特に次の試合では大野は投げない。

丹波は基本7回以降は打たれ始める為、できれば継投していきたい。

 

そうなると、やはりリリース2人は必要不可欠となってくる訳だ。

 

 

 

「いくぞ。」

 

「ああ。」

 

短く紡がれる、2人の言葉。

そうして、大野は最後のマウンドへと向かった。

 



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エピソード34

(また、こいつか。)

 

ロージンバックに手をかけ、大野は打席に向かう轟を見た。

 

ここまでの成績は、2打数の2三振。

言って仕舞えば、完璧に抑え込んでいる。

 

この轟以外も、ほとんどの打者の対して三振。

打者18人に対して、13個の三振を奪っている。

 

正直、今日の大野は圧巻であった。

どんな打者に対しても真っ向から攻めていき、その上でねじ伏せていた。

 

 

ストレートは走りに走り、球速コントロール共に完璧。

変化球も低めにカチリと嵌るような精度と、むしろどうやって打つんだと問いたいくらいの完成度である。

 

 

が、しかし。

そんな圧倒的な投球内容とはいえ大野の顔は険しいものであった。

 

 

 

はっきり言って、怖い。

ここまでは連続で三振を奪っているが、二打席目にはいくつかバットに当てられた。

 

結局は決め球のツーシームで三振を奪ったものの、1打席目では全く手も足も出なかったストレートにアジャストしてきている。

 

(カウント球、甘く入ったら持っていかれるぞ。)

 

御幸のサインに、大野が無言で頷く。

 

大野は球数で疲れが出始め、轟は対応をし始めている

この試合で最も危険で、最も大事な場面を迎えていた。

 

 

(ここだ。)

 

御幸が最初に選択したのは、インロー。

危険なコースだが、中途半端に外角を攻めるよりは、球のキレで押していくのがいい。

 

まずは初球、膝下いっぱいに決まるストレートに轟も空振り。

狙い通り、球威で押していく。

 

 

「ナイスボール!」

 

言いながら、御幸は打席を外す轟を横目に見た。

 

1人ごとを言いながら、スイングを2閃。

轟音と形容すべきか、とんでもない音を立てながらバットを振っている。

 

(もう一球。)

 

(随分攻めるな。)

 

(ビビったか?)

 

(まさか。)

 

再び、投球モーションに入る。

彼特有の、腰を大きく捻るトルネード投法から、再びインコースの低めに投げ込む。

 

「うお!」

 

驚愕の声を上げながらも、低めの直球を轟はバットに当てる。

しかし打球は前に飛ばずにファール。

 

 

追い込んだ。

しかし、ここは冷静に一球外して1ボール2ストライク。

 

 

サイン交換。

できれば、ここで決めておきたい。

 

バッテリーは、ここで決め球を使うことにした。

 

高速で利き腕側、斜め下に大きく変化するツーシーム。

前のに打席では、外角からボールゾーンに逃げるボールで三振を奪っている。

 

この打席でも、同じコースを攻める。

 

見切られたらそこまで。

まだ遊び球も使える。

 

(これで三振だ。とびっきりのを頼むぜ。)

 

(言われなくても。)

 

普段のストレートから、ボールを転がして縫い目をずらす。

そして、2本の縫い目に指を沿わせた。

 

 

大野夏輝の決め球であり、今大会被打率0.00の必殺のツーシームファストボール。

最速130km/hで高速変化する魔球。

 

そのボールが、アウトコースの甘めのコースに向かって進んでいった。

 

この甘いコースから、外角いっぱいに決まる。

要求通りとは言えないが、ほぼ完璧なコース。

 

三振を確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

が。

そのボールが左手に収まる直前のこと。

 

御幸と大野の視界から、白球が消えた。

 

 

 

刹那、快音と共に。

増子の横に、閃光が走った。

 

「ファール!」

 

 

 

 

当てられた。

ここまで完璧に捉えられたのは、正直数えられる程度しか撃たれていない。

 

その決め球が、当てられた。

と言うよりは、完全にアジャストされた。

 

(おいおい、こんな完璧に当てられたのいつぶりだよ。)

 

思わず、御幸も目を見開く。

が、マウンド上の大野の姿を見て直ぐに切り替えた。

 

投げ返された白球をグローブに収め、すぐさま待機姿勢に入る。

 

(念のため、もう一球。今度は外せよ。)

 

そうして出されたサインに、大野は首を振った。

 

縦にではなく、横に。

 

 

(ここは、いく。)

 

先ほどまでとは、明らかに目の色が違う。

チームを、勝利を象徴するエースではない。

 

今までとは違う、単純に打者との勝負に徹した、闘志溢れるその瞳。

 

普段は、全く首を振らないこの男。

御幸がどんな要求を出そうと、基本的には従ってきた。

 

そんな彼が、珍しくサインに首を振った。

 

(ったく、打たれたら承知しねえぞ?)

 

そんなことを思いながら、なんだかんだで御幸は嬉しかった。

普段リードには従うこの男だからこそ、こうやって自分で決断して投げてくれるのもたまにはいい。

 

 

 

変化球で切り捨てられないのなら、あとは力で押し勝つしかない。

大野には恐怖も、迷いもなかった。

 

(さあ、来い。)

 

御幸が、インコース高めに構える。

そのミットは、こころなしか少し大きく見えた。

 

 

一つ、息を吐く。

そして、ゆっくりとモーションに入った。

 

ワンステップを入れて、腰を大きく捻る。

いつもよりタメが長く、静止姿勢が長い。

 

(強く。)

 

ステップイン、強く踏み込む。

それと同時に、全身を極端なほど縦回転。

 

そのまま、指にかかった縫い目を思いっきり引っ掻いた。

 

 

(もっと、強く。)

 

純粋な縦回転。

高い回転数と純度の高い縦回転が、他者を寄せ付けないほど圧倒的なノビを生み出す

 

(もっと、強く!)

 

下半身から伝達されてきたエネルギーを、上半身へ。

そこから、最後に右腕へと伝えていく。

 

集約されたエネルギーを、余すことなく指先へ。

 

 

思い切り、腕を振り抜いた。

 

 

「っらあ!」

 

コースなんて、気にしていない。

インコース高め、轟が最も得意としているコースの一つ。

 

 

 

 

だったが。

 

 

その快速球に、轟は平伏した。

 

 

 

「最後はインコース高めに決まって見逃し三振!ここは大野、自己最速の135キロで怪物スラッガーを圧倒しました!」

 

バットを掲げたまま、唖然とする轟。

 

何が起きたか分からなかった。

そう言わざるを得ないほど、今までとは違うボール。

 

だからこそ、この怪物スラッガーも手が出なかったのだ。

 

 

 

(今の…)

 

明らかに、違う感覚だった。

指先に走った感覚も、余韻も。

 

淡く、逃げてしまいそうなほど繊細な感覚でしかない。

その感覚が逃げないように、大野は右手を握りしめた。

 

 

「ナイスボール!」

 

御幸からの返球。

それを、左手で抑える。

 

 

 

 

続く秋葉を、ショートゴロ。

そして三島に対しても、カーブで空振り三振で打者3人でピシャリと抑える。

 

(うーん、ちょっと違う。)

 

残りの2人の時は、あまり良い感触とは言えなかった。

が、上々…というか、完璧な投球であった。

 

 

右手を見つめながら、ゆっくりとベンチに戻る大野。

それを、ベンチにいる片岡は見つめていた。

 

「ナイスピッチだ。」

 

「ありがとうございます。」

 

笑顔でそう答えると、大野はグローブを外してベンチに座り込んだ。

 

なんとなく、疲れた。

球数自体は多くないが、特に上位打線3人には力を入れていたから。

 

そんな感じで、大野はふっと一息ついた。

 

 

 

ここから先は、はっきり言って怖いバッターはいない。

そうして、川上へとバトンを渡した。

 

「あとは頼んだ。」

 

「うん。俺も負けないから。」

 

仲間だからこそ。同い年だからこそ。

 

負けたくない。

川上はその一心で、マウンドへ上がった。

 

 

ちなみに、投げていた大野はレフトへ。

万が一があるかもしれないから。

 

しかし、ここまで完璧に抑え込まれた薬師打線。

上位3人が手も足も出なかったと言う現実に、他の打者たちにも明らかに動揺が走る。

 

 

その動揺は焦りを生み、その焦りは早打ちをもたらす。

 

先頭打者である4番は2球目のスライダーを引っ掛けてサードゴロ。

続く5番も、低めのボール球に手を出してしまいライトフライ。

6番に対しても、低めのボールゾーンに逃げるスライダーを振らせて空振り三振。

 

打者3人に対して、完璧に抑え込む活躍を見せる川上。

大野から手渡されたバトンをこれでもかと言わんばかりに完璧に繋ぎ、8回の守りを終える。

 

 

 

そして、先輩2人から紡がれたバトンを、最後は一年生守護神がその左手で受け取る。

 

 

 

「クリス先輩。」

 

「なんだ。」

 

マウンド上、シフトの確認を終えて内野陣が離れたのち、残った2人は小声で話す。

 

ここまで三試合に登板し、そのいずれも完璧に抑え込んでいるバッテリー。

 

冷静に、そして正確に状況判断を行う捕手のクリス。

そして、真っ直ぐ熱く、何より目の前の捕手を信じて投げる沢村。

 

性格もタイプも、そして年齢も全く違う2人。

それでも高い安定感を誇るのは、ひとえに同じ想いを胸に刻み込んでいるからなのだろう。

 

「今日も一緒に抑えましょう!」

 

「ああ。」

 

捕手は、目の前の投手を最大限輝かせるために。

投手は、目の前の捕手の正しさを証明するために。

 

互いが互いを、輝かせるために。

 

 

 

打者は7番から。

下位打線とはいえ、パンチ力のある危険な打者揃いである。

 

しかし、沢村は持ち前のテンポの良さで打者にタイミングを取らせない。

ストレート2球で追い込むと、最後は自慢のムービングファストでセカンドゴロ。

 

続く打者に対しても、強気なインコース攻め。

2球目に投げ込まれたストレートを弾き返すも、詰まったあたりは伸びが足りずにセンターフライとなる。

 

 

 

そして、最後のバッター。

打席に立つのは、ここまで粘りの投球でチームを鼓舞し続けたエース、真田。

 

(このまま、何もやれずに終わってたまるか。)

 

そっと深呼吸をし、バットを高く構える。

 

(狙いは、インコースのストレート)

 

(…だろうな。)

 

そうして、クリスはインコースに構える。

選択した球種は、手元でブレるムービングボール。

 

鷲掴みから投げ込まれる、高速チェンジアップ。

沢村も、この要求に応えてインコース低めに投げ込む。

 

 

まずは、ファールで1ストライク。

 

(手元で動いた?)

 

後ろに飛んでいった打球をチラリと見つめ、すぐに視線を戻す。

 

ここまで、カウント球か決め球か、どちらにせよ必ずインコースのストレートは使ってきていた。

この打席でも、必ず使ってくるはず。

 

 

しかし、投げ込まれたボールは再びムービングボール。

これもバットに当てるも、ファール。

 

3球目も、同じようなボール。

しかしこれは見逃され、1ボール2ストライクとなる。

 

なおも投手有利のカウント。

ここでバッテリーは、決め球を使う。

 

(相手は完全にインコース狙い。目も完全にインコースに向いている。)

 

(っすよね。なら、ここは。)

 

(ああ。あれだけ大野に教わったんだ、投げられるな?)

 

(もちろんっすよ、クリス先輩。)

 

思わず、沢村の表情から笑みが溢れる。

 

 

大野と共に練習してきた、一つのボール。

彼の得意とするボールの一つであり、ここまでの沢村の投球と双璧をなすボール。

 

何より、クリスが最も力を入れて教え込んだボール。

沢村は、腕を振り抜いた。

 

 

 

投げ込まれたのは。

 

真田の視線の、遥か先。

ホームベースの外側、目一杯を通過する直球。

 

 

外角低め一杯(アウトローいっぱい)

またの名を、原点投球。

 

大野直伝のこのボールで、最後の打者を見逃し三振。

 

 

「ストライーク、バッターアウト!ゲームセット!」

 

 

マウンド上に響く、雄叫び。

その瞬間、嵐のような拍手が湧き上がる。

 

 

強打者集団と、市大三校との試合では乱打戦の末に勝利した薬師高校を打者27人…つまりパーフェクト。

継投での完全試合で、青道は準決勝へと駒を進めた。

 




悲報、薬師高校噛ませになる。


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エピソード35

やあ、大野だよ。

 

薬師高校との試合を5-0で勝利した俺たち青道ナイン。

次の試合は、明日に迫った準決勝に向けて調整をしている。

 

それにしても、序盤に先制してくれて本当によかった。

アレのおかげでだいぶリラックスして投げられた。

 

 

俺だけじゃなく、リリーフ2人は特にそう思っただろうな。

だからこそ、俺の後を継いでもパーフェクトピッチを継続できたのだろう。

 

 

 

にしても…

 

「よく走るね、君。」

 

「これが取り柄ですから。」

 

俺の横をなぜかずっと走り続ける、沢村。

結構な時間走ってると思うんだけど、しかもこいつタイヤ引いてるし。

 

 

「今日はブルペン入るんだろ?」

 

「ええ。明日も投げるつもりですから!」

 

うん、一也もそう言ってた。

球数自体も少なかったし、何より丹波さんの時は継投が前提になるからな。

 

 

丹波さんは大体6回までが目処、それ以降になると極端に制球が落ちる。

 

スタミナが無いわけじゃないのだが、7回になるといつも乱れ始める。

フォークを決め球にしてるから、肘にも疲労が溜まるからなのだろうか。

 

とにかく、安心して見ていられるのは基本6回まで。

それ以降は、継投できれば一番安心出来る。

 

 

特に、今のリリーフ陣を見ればわかるだろう。

 

先発もした降谷を含めて、ここまで防御率0.00の鉄壁のリリーフ陣。

6回まで丹波さんが投げて、以降は3人のリリーフで1回ずつ抑えていくというのが、理想。

 

というか、こいつらなら多分できる。

 

 

 

明日の試合、つまり準決勝の対戦相手は、仙泉高校。

 

長身の2年生エース、真木洋介を擁する強豪校だ。

固い守備力と堅実な攻めで、少ない点差を守り勝つ野球を得意とするベスト8の強豪校でもある。

 

エースである真木は、最速145km/hの本格派右腕。

195cmにも登る高い上背を生かした角度のある真っ直ぐと、高いリリースポイントから放るカーブが決め球。

 

特にそのカーブは、「日本一高いカーブ」と言われており、空振りを奪うにはもってこいのボールである。

 

 

コントロールは、まずまず。

悪くもないが、特段良くもない。

 

少なくとも、降谷と丹波さんよりはいい。

けど、俺やノリほどじゃない。

 

ピンポイントを攻める能力はないが、大崩れしない。

 

 

スタミナも、ちゃんと9回を投げきるだけはある。

恐らく俺たちとの試合でも完投するだろう。

 

 

気をつけなければいけないのは、高い打点から放られるということ。

つまりはどの球種(といってもストレートとカーブだけだが)も角度の着いたボールになる。

 

カーブはリリースから着地地点までの落差が大きくなり、ストレートは角度がつく分軌道が読みにくい。

 

見慣れない分、やはり苦労するだろうな。

 

 

 

と、いうことで。

そんな俺たちの気持ちを汲み取ってか、3年生の先輩方が対真木用にマウンドを調整してくれた。

 

と言っても、マウンドの土を増やして盛り上げただけだけど。

それでも、何もしないよりは数段マシ…というか、目が慣れる分だいぶ効果的だろう。

 

 

が、しかし問題がある。

 

「で、誰が投げるんでしょう。」

 

「さあな。」

 

少し盛り上がったマウンドを見つめながら、そう言う。

 

一番近いのは、丹波さん。

だけど明日登板だし、疲れを残すのも嫌だから投げないだろう。

 

あとは、降谷か。

ただカーブ投げれないし、投手としてのタイプもまた違う。

 

 

沢村とノリは論外。

そもそもの軌道が全く違うし。

 

となると…

 

「俺か。」

 

「ねえな。」

 

一也から、間髪入れずに鋭いツッコミ。

あ、さいですか。

 

 

まあそもそも身長が違うし、球速も遅いし。

 

「お前が投げちゃ、練習にならない。」

 

一也にそう言われ、俺は小さくなる。

まあ確かに、軌道をイメージする練習だもんな。

 

 

んじゃ、俺も今日はバッティングだな。

昨日投げたから今日はノースローだし。

 

折角野手として出るのだから、やはり出来ることはしなくては。

 

 

「やっぱ、丹波さんが投げんのかな。」

 

「一番タイプは近いよな。」

 

そんなことを話しながら、マウンドへ上がる1人の男に目を向ける。

 

褐色肌に、煌めくサングラス。

そして、屈強な身体付きと大きな上背。

 

えーっと…

 

「どうした。早く打席に立て。」

 

何故か、監督がマウンドに上がっている。

おいおいもしかしてだけど、監督が投げるのか?

 

 

確かに監督は甲子園準優勝投手だし、持ち球はカーブとスライダー。

高い打点から放る本格派投手という、まあ真木に近い投球スタイルではある。

 

こんなにいい練習相手はいない。

 

 

「本気で打ちにいっていいんですね?」

 

そう言って、哲さんが打席に向かう。

バッチバチじゃねえか。

 

「打てるもんならな。」

 

監督もやる気満々だ。

 

こうなったら、全力で練習させてもらおう。

折角監督が、甲子園準優勝投手の片岡鉄心が投げてくれるのだから、この上ない経験にもなる。

 

 

そう思い、俺もバットを掲げて素振りを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード36

 

 

 

7月29日

全国高等学校野球選手権大会、西東京地区予選。

 

甲子園の切符をかけて始まったこの大会もいよいよ大詰めとなり、残る試合もあと2試合となった。

 

 

準決勝。

俺たちの対戦相手は、仙泉高校。

 

毎年ベスト8に入ってくる、所謂強豪校である。

 

 

少ないチャンスを活かして得点を重ねていく、すごく堅実な攻めをするチームだ。

 

 

得点力自体は、はっきり言って俺たちの方が高い。

だけど少ないチャンスを活かせると言うことは、その分安定感があることに直結する。

 

 

何より、守りが堅い。

エースである真木の能力もそうだが、とにかく内野の守備範囲が広い。

 

 

その為、とにかく強い打球を放っていく。

内野の頭を越えるか、抜けていく打球を。

 

 

 

こちらの先発は、予定通り丹波さん。

理想は、6回まで完璧なピッチングをすること。

それ以降は、正直リリーフが安定してる分心配はいらない。

 

と言うことで、俺は7番レフトでの出場。

なんだかんだで打率.411と打率もキープしているため、そこを買われてスタメン起用となった。

 

 

先攻は、俺たち青道高校。

と言うことで、我らがリードオフマン、倉持が打席に。

 

 

 

内野の能力的に、セーフティはなし。

ヒッティングか、もしくは立ち上がりのフォアボールか。

 

そんなことを考えながらベンチで見ていると。

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

いきなり三振である。

 

 

いつもより、ストレートの威力が高い。

球速表示で言えばいつもと変わりないが、力がある。

 

そして直球が強いから、対を成すカーブに手が出てしまう。

 

 

そんなこともあってか、うちの打線が珍しく三者凡退と抑えられてしまう。

 

 

 

(パワプロでいう絶好調だな、こりゃ。)

 

一筋縄ではいかないだろうな。

んでもって、丹波さんの状態で試合の流れは一気に変わるというのもわかった。

 

 

 

しかし、対する丹波さんも初回から好投を披露。

先頭打者に対してカーブで三振を奪うと、続く2番にはストレートでレフトフライ。

 

3番打者にヒットを許したものの、4番の真木をセカンドゴロに抑えて初回を無失点で切り抜けた。

 

 

(こりゃ、当分得点は動かないな。)

 

丹波さんもそうだが、何より真木の状態がいい。

ストレートも走っているし、カーブも絶妙だ。

 

流石のうちの打線も、苦労するだろうな。

 

 

 

俺の予想は見事に的中し、序盤は両チームなかなかヒットが出ない膠着状態が続く。

 

4回までで出塁できたのは、哲さんの単打、あとは増子さんと亮さんのフォアボールだけ。

他のバッターは、完全に抑え込まれている。

 

対する丹波さんも、ランナーを出しながらも無失点のピッチングを継続。

ストレートとカーブでカウントを取りつつ、フォークで三振を少しずつ奪って調子も上向いてきた。

 

 

さて、と。

 

(丹波さんも、そろそろ欲しいよなあ。)

 

先制点、あればどれだけ楽に投げられるか。

普段接戦でよく投げてるから、わかる。

 

 

5回の表、青道高校の攻撃。

まずは、先頭打者の俺が打席へ向かう。

 

改めて見るとわかる。

 

とにかく、でかい。

圧力とか云々以前に、単純にデカい。

 

マウンドに上がると、際立つ。

だけど、そんなこと言ってられないよね。

 

まずは、とにかく出塁。

んでもって、チャンスを広げていきたい。

 

 

(大体の軌道はわかった。ストレートに狙いを絞って。カーブは無視。)

 

軽くバットを揺すりながら、タイミングをとる。

 

初球、まずは真っ直ぐを見逃す。

136km/hのボールが、アウトコースに決まった。

 

 

確かに威力もあるし、速い。

だけど、やっぱりコントロールは微妙だな。

 

次、甘く入ったら狙う。

 

 

2球目、低めに落ちるカーブ。

降りに行くものの、なんとか堪えて見逃す。

 

やっぱり、カーブはうまく弾き返すビジョンが見えない。

 

 

3球目、まっていた甘いストレート。

これを思い切り引っ張ってライトの前に落とす。

 

 

 

なんとか、ヒットで出塁。

ノーアウトのランナーとして、まずは出塁した。

 

続く白洲もフォアボールで出塁し、ノーアウトランナー一、二塁とようやく得点のチャンスが生まれる。

 

 

ここでラストバッターの丹波さんもバントをきちんと決め、1アウトランナー二、三塁と得点圏にランナーを置いた。

 

なんとか、このチャンスに得点しておきたい。

しかし、ここは真木も勝負所と判断。

 

倉持に対してギアを上げて、ストレートをガンガン放っていく。

そして、最後は今日最速である142km/hのストレートでファーストゴロに討ち取った。

 

 

しかしながら、その間に俺はホームに生還。

貴重な先制点を取ることに成功した。

 

 

このあと、亮さんもいい当たりを放ったものの、ショートのファインプレーに阻まれてこの回は1点止まりとなってしまう。

 

 

 

うーん、厳しい。

なんとなく丹波さんもそろそろ失点してもおかしくないし、もう少し点とっておきたかったな。

 

相手は上位打線から。

丹波さんも疲労が出始め、球も浮き始めてくる。

 

 

さて、お察しの方もいるだろう。

そう、得点をとった回の裏というのは点が取られやすいというのは、よく聞く話だ。

 

 

先頭の1番バッターが出塁すると、2番がバントでチャンスを広げる。

3番が繋ぎのバッティングでさらにチャンスを広げ、4番の真木に打席を回す。

 

 

1アウト、ランナー一、三塁。

打席には、4番。

 

こういう時の投手って、よく打つんだよな。

特に、失点したあとは。

 

 

高めに構えられたバット。

やはり、威圧感がすごい。

 

打ちそうな雰囲気が、正直ある。

 

 

初球、ストレート。

少し甘かったものの、勢いで押し切り空振り。

 

2球目、カーブが低めに外れて1−1。

 

 

3球目。

ストレートが高めに抜け、所謂絶好球となってしまう。

 

それを真木が見逃すはずもなく、思い切り叩かれた。

 

 

 

「あ。」

 

思わず漏れてしまう。

鋭い当たりは右中間を抜けて長打コース。

 

一塁ランナーもホームへと生還。

2人のランナーが一気のホームベースを踏みしめた。

 

 

 

「うっせやろ。」

 

ここまでの膠着はなんだったんだと、言いたくなるような鮮やかな得点劇。

ということで、まさかの一瞬で逆転を許されるという、まさに青道らしい一面を久しぶりに見た気がした。

 

 

まだ試合は中盤。

まだ、試合は続く。

 

 




見どころさんないです、サクサクいきます。


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エピソード37

点を取った直後に、颯爽と失点するという青道ムーブをカマしてくれた丹波さん。

まあ、2失点なら上々だろう。

 

 

回は、6回の表。

何とか逆転しておきたい。

 

打順はクリーンナップから。

理想的な順番というのもあり、できればここで得点を入れておきたい。

 

 

しかし、自援護で得点の入った真木。

ここで一気にギアを上げて仕留めに来た。

 

先頭打者の純さんをカーブでレフトフライに抑えると、続く打者は4番の哲さん。

 

 

 

初球はまず、カーブ。

低めだが、外角低め一杯に決まってストライク。

 

2球目は、ストレートが高めに外れてボール。

 

3球目も続けてストレート。

今度はインコースの低め、哲さんもバットに当てるも前に飛ばずファール。

 

4球目、低めのカーブで空振りを奪おうとするも、見逃されて並行カウントとなる。

 

5球目の外角ストレートもバットに当ててファール。

 

 

「押されてるな。」

 

球の勢いか、或いはコースの良さか。

制球のアバウトな真木にしては珍しく、ほぼ完璧なコースに続けて決まっている。

 

哲さんが、翻弄されている。

それほどに、この打席の真木は冴えている。

 

 

 

6球目。

 

「空振り三振!最後は低めのカーブでした!」

 

この日1番のキレを誇るカーブ。

それが低めのボールゾーンまで沈み込み、勝負をかけた哲さんのバットを掻い潜った。

 

哲さんを抑えたことで勢いに乗った真木。

最後の打者である増子さんもサードフライに抑えて三者凡退で抑え切った。

 

 

 

そろそろまずいな。

試合展開的にも、向こうに流れがある。

 

なんとか流れを、こちらにもっていきたい。

 

というか、継投に入る前には逆転しておきたい。

気持ち的にも、中継ぎが安心して投げられるように。

 

 

 

6回の裏。

丹波さんの予定されていた、最後のマウンド。

 

瞬時に逆転されたものの、実際投球内容は悪くない。

 

被安打自体は多いが、三振を奪いつつフォアボールは1つだけ。

失点も2失点にまとめていると、意外と内容は良い。

 

 

そんな丹波さんも、この回は最後のピッチング。

 

先頭打者をカーブで三振に切ってとると、次の打者に対してもフォークで空振り三振。

最後もフォークでレフトフライで締め、2三振の三者凡退に抑える。

 

次の攻撃につなげる三者凡退で、攻撃に望みをかけた。

 

 

さて、ということで丹波さんの思いを引き継ぎ、攻撃。

なのだが、攻撃は下位打線から。

 

しかし、そんなことも言っていられない。

まずは俺と白洲で、チャンスメイク。

 

なんとかして上位打線につなげていきたい。

 

 

まず、先頭打者である俺が打席へ。

息を吐いて、バットを緩く構えた。

 

 

さーて、やりますか。

俺にできるのは、繋ぎのバッティング。

 

軽打でいい。

まずは出塁することだけを考える。

 

 

俺にできるのは、チャンスメイクだけだ。

本塁打を打つパワーなんてないし、そもそもうちの打線は繋がってこそ真価を発揮する。

 

一発よりも、繋ぎ。

始まったら終わらない、マシンガンのような打線。

 

まずは、俺から。

そう思い、真木に目を向けた。

 

 

初球。ストレート。

威力のあるストレートが高めに決まり、ストライク。

 

速いというよりは、重い。

差し込まれるような、そんな力強さを感じる。

 

2球目、再びストレート。

インサイドの高め、少し外れてボール。

 

(こいつ…。)

 

完全に、押してきている。

真っ直ぐで、ねじ伏せにきている。

 

 

なら、こちらもやりようはある。

ストレートに力負けするなら。

 

食らいついて、落としてやる。

 

 

3球目、ストレートを振りにいく。

力負けすることはわかっている。

 

なら、あえてそれを利用する。

 

 

少し詰まりながらも、見流し方向に思い切りバットを振り抜く。

 

「っしゃあ!」

 

差し込まれているため打球は遠くまで飛びにくい。

しかし、振り抜かれた打球は内野の頭を越え、外野の前に落ちる。

 

 

「ナイスポテンヒット、なっさん!」

 

レフト前と言え。

とはいえ、まあ綺麗なヒットとは言い難い。

 

しかし、塁に出ることが最優先だ。

 

次のバッターは、白洲。

バットコントロールのいい彼なら、なんとか繋いでくれるはずだ。

 

 

俺の予想通り、甘く入ったカーブを弾き返し、ライト前にヒットで繋ぐ白洲。

さらっと、出塁していく。

 

 

さあ、ここだ。

終盤にようやく作ったチャンス、ここで必ず点を取りたい。

 

 

ということで、我らが青道高校ベンチが動く。

任された最後の回を投げ切った丹波さんに変わり、バッティングのスペシャリストを送る。

 

代打、小湊春市。

ここまで代打として出場した全打席で安打を放っている。

 

出れば、必ず結果を残す。

だからこそ、監督はこの大事な局面で一年生である彼を起用した。

 

 

練習で見ていても薄々感じていたが、割と天才肌である。

読み打ちとかっていうよりは、ほぼ反応打ち。

 

それでいて、ミートポイントの狭い木製バット使い。

よく高打率を残せるもんだ。

 

 

見せてくれよ、『ラッキーボーイ』。

 

オープンスタンス気味に、バットを頭と同じ高さで構える。

本当に、自然体なんだろうな。

 

 

 

真木の顔が、明らかに強張る。

 

代打で出てきた一年生を見て、甘く見られたと思ったのか。

はたまた、打率10割のバッターを前にして流石に力が入ったか。

 

どちらにせよ、真木からしたらピンチ。

そして俺たちからしたら、千載一遇のチャンスである。

 

 

(難しく考えるなよ、小湊。)

 

要らん心配か。

チャンスだからと言って、日和る奴でもあるまい。

 

 

初球、カーブ。

高い打点から放られ、低めに外に逃げながら落ちる緩いボール。

 

これを、初球から弾き返した。

 

下から掬い上げるようにカーブを持ち上げ、打球はセンター前へ。

難しいボールを上手くセンター前に運ぶ、正に理想的なバッティングだ。

 

 

お世辞にも足が速いとは言えない俺は、三塁でストップ。

ノーアウト満塁で、ファーストバッターである倉持に打席が回る。

 

今大会の打率は.177

正直、心許ない。

 

ゲッツーは最悪。

ヒットでつなげてくれれば最高。

 

 

左打席に入る倉持。

まあ、右投手に対してなら普通だろう。

 

念のため、一度ベンチに目を向ける。

サインは…っと。

 

(ほう。)

 

監督のサインを見て、俺は帽子の鍔に手をかける。

仕掛けるのね。

 

走る準備。

仕掛けるのがバレたら、そこまで。

 

だからこそ、できるだけ悟られないように。

 

クイックモーションから、真木が投げ込む。

瞬間、打席の倉持がバットを寝かせた。

 

 

ここで、スクイズ。

まずは確実に、一点を取りにいく。

 

それに。

 

 

(もう遅いよ。)

 

打球が転がり、ピッチャーの真木が自ら打球をとる。

あらかじめスタートを切っていた俺は、難なくホームへと突入する。

 

ホームアウトが無理と察した真木。

すぐに一塁に送ろうとするが、相手は何しろ倉持。

 

(今から投げても間に合わない。)

 

案の定、倉持は内野安打。

俺はホームに帰ったため、早くも同点に追いついてみせた。

 

 

天を仰ぐ、エース。

それほど追いつかれたのが悔しかったか?

 

残念だが、まだ消沈するには早いぞ。

なんてったって、俺たちの攻撃は。

 

 

 

まだ、続いているのだから。



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エピソード38

試合は、終盤。

俺たち青道高校は、6回の猛攻でついに逆転に成功。

 

亮さんの逆転タイムリーに、増子さんのダメ押しホームランと、打者一巡の連続ヒットで8−2と一気に突き放してみせた。

 

 

ということで、投手陣はリリーフへシフトチェンジ。

勝利の方程式に繋ぐ。

 

 

「いくぞ、ノリ。」

 

「ああ。」

 

一也が、次に投げる投手に声をかける。

少し、表情が硬い。

 

そんな姿を少し気にしていると、横から…というか、遠いブルペンから声が届いた。

 

「ノリセンパーイ!後ろには俺たちもいますから、遠慮せずやらかしてくださいねー!」

 

沢村少年である。

否、馬鹿である。

 

「あいつ、心配してんのかそうじゃないのやら。」

 

確かに。

でも、彼なりに緊張をほぐしてくれているんだろうな。

 

「俺も後ろにいるからな。安心してやらかしていいぞ。」

 

「いらないから!」

 

俺と沢村の激励(?)を受け、ノリも元気にマウンドへ。

気負いも、緊張もない。

 

ただ任されたマウンドを、守るために。

 

 

 

 

 

まずは1人目。

ストレート2球、低めでカウントを稼ぐと、最後はボールゾーンに逃げるスライダー。

 

サイドスロー特有の、真横に滑るように曲がる変化球で三球三振に斬って取った。

 

(おわ、絶好調。)

 

思わず、心の中で呟く。

 

なにせ、角度、コントロール共に完璧と言わざるを得ないボールを3球続けて見せたのだ。

きっと一也も、マスクの奥で笑っている。

 

 

続く2人目。

初球のストレートがインコースいっぱいに決まり、1ストライク。

 

2球目も同じコース。

鋭く切れ込んでくる、所謂クロスファイアと呼ばれる投球で詰まらせる。

 

この打者も2球目で手を出し、セカンドゴロ。

たった5球で、2アウトまで漕ぎ着けた。

 

流石に、テンポがいい。

俺とはまた違う、ノリとしての良さ。

 

サイドスロー独特の角度とキレのあるスライダーで打者に打たせてとる、テンポのいい投球。

リズムがいいし、守備も連携するから、チーム全体で守っているから流れに乗りやすい。

 

 

なお、調子がいい時に限る。

 

 

 

 

最後のバッターである9番をライトフライに抑え、7回の攻撃を終える。

まずはバトンを一つつなげる。

 

続くノリから、降谷へ。

変則サイドスローから、本格派剛腕右腕へ。

 

ここまでは先発が中心だったが、やはり起用法はワンポイントで力を出し切るというのが理想的。

スタミナを気にせずガンガン球威で押していくのが、良い。

 

 

打者は、1番から始まる高打順。

しかし、そんなことお構いなしと言わんばかりに、降谷は表情を全く変えない。

 

誰が相手だろうと、自分は自分が思う最高のボールを、投げるだけだと。

 

 

ワインドアップから、全身を縦回転。

純粋なオーバースローから放たれるのは、唸る豪速球。

 

まるで生命を宿しているのではないかと思えるほど勢いのある真っ直ぐが、一也のミットに叩きつけられた。

 

「ストライク!」

 

まずは、真ん中低めにストライク。

珍しく、力が入っていない。

 

点差がついているから、リラックスできているのか?

うまく力が抜けていて、いい意味で力感がない。

本当に、今の降谷の中では最高クラスにいい投球である。

 

続く真っ直ぐ。

これも真ん中低めに決まり、2ストライクと追い込む。

 

 

決め球はどうする。

おそらく今の降谷なら、遊び玉はいらない。

 

そのまま球威で。

 

(押していけ。)

 

 

最後は高めのストレート。

威力のあるストレートに打者も思わず反応してしまい、手を出してしまう。

 

「空振り三振!最後は高めの釣り球でした!」

 

あんな力強いボールなら、仕方ないだろう。

敵ながら、同情する。

 

 

続く2番に対しては、高めの直球3球勝負。

しかしながら、今までのようなボール球ではない。

 

高めながらも、打者がギリギリ手を出してしまうような際どいコース。

前のような、クソボールではない。

 

だからこそ、打者も手を出してしまうのだ。

 

 

 

最後は、クリーンナップの一角である3番。

 

まずは、ストレート。

この直球でガンガン押していくスタイルは、変わらない。

 

低めのこのボールをバットに当て、ファール。

 

 

初球から当ててくるか。

流石のバットコントロールだな。

 

だがストレートにタイミングがあっているなら、『あのボール』は打てまい。

 

2球目、同じくストレート。

これをわかりやすく外に外し、ボール。

 

1ボール1ストライク。

今度はインコース高めに投げ込む。

 

対角線の投球に、打者も思わずバットが出るも、少し降り遅れてファール。

 

 

今打者の目に焼き付いているのは、インコース。

目の前を通過した豪速球である。

そしてその前も、真ん中低めと外角のボール球である。

 

いわば、厳しいコースである。

そんな時にいきなり甘いコースが来たら、どうなるか。

 

 

答えは簡単。

それを狙うほかない。

 

ということで、降谷から放たれるボール。

真ん中に投げ込まれたそれは、誰が見ても甘すぎる、命取りのコースであった。

 

しかし、一也はそこに構えた。

そして。

 

 

投げ込まれた。

ストレートとほぼ同じ角度で投げ込まれる、ボール。

 

打者も念願の甘いボール。

先ほどまで魔に焼き付けた軌道と角度を計算し、バットを降り始める。

 

ドンピシャ。

だが、それは。

 

直球だったらの話だ。

 

 

 

 

「フォークボール、空振り三振!最後は変化球でした、マウンドの降谷!」

 

三者連続三振。

ストレート中心のリードで、それも一年生がやっているのだから驚きである。

 

やはり早い球を投げるポテンシャルで言えば、ダントツだな。

地区にも、ましてや全国を探してみてもなかなかいないのではないだろうか。

 

「ナイスピッチ、降谷。」

 

「まだ投げたかった。」

 

「文句言わないの。」

 

不機嫌そうにそっぽを向く降谷。

ここまで先発として長いイニングを投げる機会が多かっただけに、不完全燃焼感が否めないのだろう。

 

わかんなくは、ない。

俺も長いイニングを投げる機会が多いから、短いイニングだと少しばかり物足りないと感じることもあるにはある。

 

 

理想はその1イニングで全力を尽くすこと。

意外と、これが難しい。

 

「甲子園まで辛抱だ。多分甲子園は出番増えるぞ。」

 

今より気温の高い8月ならば、先発の投球回も制限される。

そうなれば、リリーフの投球回も自然と増えてくるから。

 

 

 

さて、だからこそ今大切なのは「繋ぐ」こと。

丹波さんはリリーフに繋ぎ、ノリはセットアッパーの降谷に繋いだ。

 

そして、降谷は。

試合を締める、青道の守護神に繋ぐ。

 

 

「ガンガン打たせていくんで、バックの皆さん、よろしくお願いします!」

 

マウンド上から、コート全体へ。

沢村の、むしろお家芸である。

 

「打たせてこいよ沢村!」

 

「バッター集中な、沢村ちゃん。」

 

それに応えるように、チームが後ろから声をかける。

他の投手にはない、チーム全体を鼓舞する力がある。

 

丹波さんのようなキレのある変化球はない。

降谷のような唸る豪速球もない。

ノリのような低めへの繊細なコントロールもない。

 

 

しかし。

それでも抑えを任されるのは、その強心臓。

 

どんな場面でも物怖じしないハートと、強い心の持ち主。

だからピンチでも大崩れしないし、抑えにはもってこいなのだ。

 

 

 

 

 

まずは先頭。

いきなり4番の真木を打席に迎える。

 

一発こそ怖いものの、特段技術がある訳でもない。

だが、やはり身体能力が高い分、当たるとよく飛ぶ。

 

 

まずは、4シーム。

純粋な縦回転をかけ、打者の手元で加速するようなストレート。

 

それが、外角低めいっぱいに決まる。

 

 

そして、2球目。

今度は、手元で失速し沈むボール。

 

ノビ上がり加速するストレートとは違い、伸びずに沈む。

この球速差というか、体感速度の差で打者のスイングを狂わせる。

 

インコースの甘いコースに入ったそのボールに真木も手を出してしまう。

 

「お兄さん!」

 

「わかってるよ。」

 

鈍い当たりはセカンド正面へ。

ここは名手の亮さんが軽快に捌いて1アウトを奪う。

 

「おーっしおしおし!」

 

やかましい。

だけど、その元気の良さがチームをまた勢いづける。

 

続く打者は、5番。

強いバッティングも、そして小技もできる器用な打者。

 

この打者に対しては、インコース攻め。

キレのある4シームをインコースの低めに続けて攻めていく。

 

初球は128km/h。

2球目は130km/h

 

早い段階で追い込むと、最後も同じようなボールでレフトフライに抑え込んでみせた。

 

ボールのキレもそうだが、ボールの出どころが見え難い変則フォームだからこそ打者目線から見ると球速以上に速く見える。

だからこそ、130キロのボールでも打者が詰まるのだ。

 

 

 

最後のバッターは、6番。

この打者に対しても、沢村はテンポ良くストライクを投げ込んでいく。

 

初球は高速チェンジアップ。

鷲掴みから手元で失速する高速変化球。

 

これをバットに当て、三塁線切れてファール。

 

続いて、4シーム。

この体感速度差に今度は振り遅れて空振り。

 

3球目は外角低めに少し外れてボール。

 

 

 

そして、勝負球。

最後はアウトコースのストライクゾーンからボールゾーンに逃げる高速チェンジアップを引っ掛けさせてサードゴロ。

 

「おーーっしおしおしおし!おしおしおーし!」

 

先発が試合を作り、打線が爆発して逆転。

最後は鉄壁のリリーフ陣がノーヒットに抑え、勝利。

 

理想的な、そして安定的な勝ち方で決勝戦へと駒を進めた。

 

 

甲子園まで、あと一つ。

 

 

 



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エピソード39

 

 

仙泉との試合を8-2と快勝した俺たち青道高校。

遂に、甲子園まであと1つという所まで漕ぎ着けた。

 

決勝戦の相手は、2つに1つ。

別ブロックに位置する、2つのチームのどちらかだ。

 

 

 

まあ、順当に行けば稲実だろうな。

去年の夏大会では俺たち青道高校を下して西東京地区を制し、甲子園ベスト8まで上り詰めた今大会の優勝候補筆頭だ。

 

堅実な守備と手堅い攻撃、そして投手力。

全てにおいて高水準に纏まっている、万能タイプのチームだ。

 

 

かといって得点力が劣るかというと、そうでもない。

 

4番の原田を中心にパンチ力のあるクリーンナップに、多種多様な打者たち。

強い個性をそれぞれが存分に出し、混ざり合う。

 

ある意味では、個の集団である。

しかしその個性が調和しているからこそ、強いのだろう。

 

 

 

対する相手は、桜沢高校という都立高校。

初のベスト4進出の、言ってしまえば無名校だ。

 

突出している攻撃力があるでもなく、恐ろしく硬い守備が自慢でもない。

ここまでの試合を全て接戦で、それもロースコアゲームで勝ち抜いてきた。

 

はっきり言って、ここまで勝ち抜いて来れるようなチームではない。

それこそ、去年までは10年連続で地区予選一回戦敗退という不名誉な記録まで持っていたほどだ。

 

 

 

 

 

しかしながら、ここまで勝ち抜いてこれたことには、確かな理由がある。

それは。

 

「ナックルボーラーか。」

 

「へえ、面白いね。あんまり見ないからさ。」

 

哲さんと亮さんが話す。

確かに珍しい。

 

ナックルといえば、簡単に言えば無回転のボール。

空気抵抗をもろに受けるから、風の向きによって不規則に変化をする緩いボール。

 

その不規則な変化から、漫画とかでも良く魔球と形容されることが多い。

それほど、軌道が読み難く対応の難しい変化球なのだ。

 

 

しかし、それだけのボールでも使い手が極端に少ないことには理由がある。

それは、投球難易度の高さだ。

 

腕の振りに対して反発する回転を、指の甲で弾くようにかけることで無回転のボールを放らなければいけない。

 

 

言葉にすれば簡単だが、これがとにかく難しい。

何が難しいって、まず普通に投げれば届かない。

 

 

ただでさえ投げにくい握りで、指に引っ掛けることもできない。

そして、基本は手投げになることが多いから、体の勢いも他のボールに比べて使いにくい。

 

さらに力が入ったら、大体回転がかかる。

つまりは、浮いた緩いボールになる。

 

リスクも隣り合わせという。

まあ、諸刃の剣というやつだ。

 

 

しかし、その繊細なボールだからこそ。

真に手懐けた時、輝きを放つ。

 

 

 

初回から稲実の強力打線を三者凡退に抑えると、2回は得点圏にランナーを置きながらも落ち着いて投げきり無失点。

上々の立ち上がりを見せた桜沢のエース、長尾。

 

 

ここまでエースの力投と、粘り強い攻撃で接戦を制してきた桜沢。

 

 

しかし。

彼らの目の前に立ち塞がるのは。

 

 

 

 

 

まごう事なき、最強だった。

 

先頭打者から、数えること7人。

全てのアウトを三振で奪う、まさに圧倒的な投球で他の追随を許さない。

 

 

最速148km/hの直球に切れ味のあるフォークとスライダーで三振に斬ってとる。

そして、緩急を生かす決め球、伝家の宝刀チェンジアップ。

 

 

それが、稲実のエース。

成宮鳴という、男だ。

 

全てにおいて、高水準。

高いレベルでまとまっている、関東ナンバーワン左腕と呼び声高い。

 

2年生ながら、プロのスカウトが注目するほどだ。

 

 

 

そして。

去年の夏。

 

俺を負かした、一年生投手。

そして、中学の頃何度も俺に黒星をつけた、因縁の相手でもある。

 

 

 

 

向こうはどう思っているか分からないけど、俺は勝手にライバルと思ってる。

他の投手とは違う感情を抱いているのは、間違いない。

 

俺よりも、質の高い投手。

俺よりも、良いエース。

 

 

まあ、それでも。

 

「俺が、勝つ。」

 

 

 

鳴が、また三振を奪う。

打者9人に対して、8個の奪三振で完全に抑えこむ。

 

その投球は間接的に長尾にプレッシャーを与えていく。

 

そして、4回。

ここまで落ち着いて投球していた長尾の集中が、途切れ始めた。

 

逆転できる糸口が、ない。

そんな思いが焦りを生み、焦りは長尾の感覚すらも乱していく。

 

 

そして、その感覚は直接、繊細なナックルを狂わせた。

 

 

 

 

 

 

 

たった一つの失投。

そこから、桜沢のエースは崩れた。

 

一度乱れた心は簡単には治らない。

その一瞬を責め立てた稲実が、ここぞとばかりに点を稼ぎ。

 

 

5回が終わる頃には、10点を回っていた。

 

 

 

 

 

 

5回コールド。

ただ、稲実の強さを再確認した試合だった。

 

 

何より、成宮という投手の質の高さを再認識した。

 

 

そして。

その投手に、勝たなければいけないということ。

 

俺が。

俺が投げ、勝つ。

 

 

それ以外、何もないのだ。

 

 

 



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エピソード40

やあ、大野だ。

今日も今日とて、絶好の野球日和だ。

 

 

 

決勝戦を明日に備え、練習。

今はブルペンで一也とキャッチボールをしている。

 

 

一也から放られた白球を左手のグローブで掴み取り、手の平で転がす。

まあ、癖のようなもの。

 

何となく、手に馴染ませるように。

コロコロと、右手の上で遊ばせる。

 

そうして縫い目を指に咬ませ、投げる。

キャッチボールの時から、回転は意識しておきたいから。

 

 

「ちょっと力入れてくぞ。」

 

「OK。」

 

全力の、約三割。

ここからどんどん力を入れていく。

 

ウォーミングアップから、投球練習へ。

調子の確認がてら、投げ込んでいく。

 

 

身体の力は抜きつつ、回転だけは意識。

強く弾き、ノビのある直球はいつでも意識している。

 

 

少しずつ、力を入れていく。

そして、肩が温まったとき。

 

一也が、座った。

 

ここから、力を入れる。

明日に向けての確認作業も兼ねて、投げていく。

 

 

 

 

白球を握った右手を左手のグローブで覆い、一也に対して身体の正面を向ける。

ふぅっと、息をひとつ。

 

右足をプレートにかけつつ左足をゆっくりと引く。

そして、打者に背中を向ける勢いで身体を捻転。

 

捻転で収縮された筋肉を、解放。

極端なほど全身を縦回転させ、全神経を指先からボールに叩きつける。

 

 

(ここ。)

 

強く、回転をかける。

引っ掛ける1歩手前、指先から一番力が伝達される状態で放る。

 

美しく力強い縦回転。

そこから生み出されるのは、風を切る快速球。

 

快音が、ミットを鳴らした。

 

 

コースは右打者の外角低め(アウトロー)

打者から見て最も遠いコースであり、俺が一番得意とするボールの1つ。

 

「ナイスボール!コースキレともに完璧。」

 

声とともに投げられた一也の返球を、左手のグローブで受け取る。

確かに、我ながらいいボールが行った。

 

「球速は相変わらずだけどな。」

 

「んなことわかってら。」

 

感覚的には、120キロ代後半。

多分、130は行ってない。

 

それでもいい。

球速なんて、あくまで判断材料の1つでしかない。

 

どんなに遅かろうが、ノビがなかろうが、シュートしてようがスライドしてようが。

抑えることができれば、何でもいい。

 

 

ただ俺は、チームが勝つことだけを。

 

「次、ツーシーム。」

 

「おう。ここな。」

 

そうして、一也が左打者のアウトコースに構える。

コースとしては、甘い。

 

ふぅっと、息を吐き、投げ込む。

ストレートと同じ腕の振りだが、少しだけ指で押し込むように。

 

本当に繊細な感覚の違いだが。

これだけで、俺のストレートは魔球に早変わりする。

 

球速は、ストレートとほぼ同じ。

しかし、所謂フォーシームのようなノビはなく、打者に限りなく近いところから失速するように高速で沈む。

 

俺の利き腕側、少し曲がりながら大きく沈む。

俺の、決め球だ。

 

この球も、寸分違わず一也のミットに収まった。

 

 

「次、カーブ。」

 

今度は、前の2つとは全く別の球。

一度ふわりと浮かぶ軌道から、縦に割れるカーブ。

 

カーブが決め球の丹波さんから教わって、以前よりキレが増した。

 

 

ストレートとツーシームに次いで、俺の自信のあるボール。

打たれないってよりは、上手く制球できる。

 

カウントから決め球まで、緩急もあるから結構使い勝手がいいボール。

一也も、よく使う。

 

 

「次、スライダー。」

 

カーブより小さく、利き腕と反対側に斜め下滑るように落ちていく変化球。

これといって、キレがいい訳でも変化が大きい訳でもない。

 

決め球には、あんまり使わない。

カウント球としてか、打ち気を逸らす時に使う。

 

「次、スプリット。」

 

SFF。

フォークボールより小さく、高速で真下に沈む。

 

これも、スライダーと同じ用途。

 

 

これが、今の俺。

俺の、現在地。

 

決め球として使える球は、3つ。

カウント球を含めると、5つの球種。

 

これを一也と選別し、稲実を抑えていく。

 

球速は最速136km/h。

お世辞にも、本格派とは言えない。

しかし、それでも勝ち方はある。

 

去年の成宮との投げ合いは、俺の我慢負け。

スタミナが切れて失投したところを完全に狙われた。

 

今年はスタミナの不安も、ない。

最後まで投げきって勝つのが、一応の理想。

 

エースとしての、投球。

それができて、最低限である。

 

 

 

 

 

ちらりと、横に目を向ける。

俺と同じように投げ込む、3人。

 

リリーフ登板の可能性も加味して、降谷と沢村、そしてノリ。

彼らも、最後の調整で投げている。

 

 

 

ノリは、右のサイドハンド。

角度のあるストレートと真横に曲がるスライダー、そして低めに集める制球力が武器。

 

日によってムラのない、安定感のあるその投球でチームのリリーフとして活躍してきた。

 

 

降谷は、剛腕セットアッパー。

俺と同じオーバースローから繰り出される、最速150km/hのストレートでガンガン押していく、右の本格派。

 

調子によってかなり左右されるが、良い日は手が付けられないほどの逸材である。

 

 

沢村は、変則サウスポー。

出処の見えにくいフォームからキレのあるフォーシームと手元で沈む高速チェンジアップを内外に投げ分ける。

 

中でも安定感は随一で、得点圏にランナーを置いても落ち着いて投球する姿は、守護神そのものである。

 

 

 

3年生である丹波さんは、昨日投げたから休み。

俺を含めた4人で、決勝戦を戦い抜く。

 

理想は俺が完投することだが、時点では継投。

早め早めに先手を打って、勝利の方程式に繋ぐ。

 

まあ、でも。

 

(欲を言えば、鳴に投げ勝ちたい…かな。)

 

去年の夏、彼との我慢比べに負けた。

だからこそ今度は勝ちたい。

 

それこそ、一緒に過ごしてきた3年生と、甲子園に行きたいから。

その思いは、去年とは比べ物にならないほど大きくなっている。

 

 

(勝つんだ、今度こそは。)

 

そう胸に刻み、俺はまた速球を投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード41

 

 

 

「以上が、稲実と桜沢の準決勝になります。」

 

そう言って、渡辺がノートを開く。

クリス先輩から直伝の、研究ノートだ。

 

彼もクリス先輩と同等の観察力を持ち、その真面目な性格と鋭い観察眼で対戦相手の癖を見つけていた。

 

 

 

 

明日、俺たちは稲実と闘う。

去年と同じ、最後の最後で壁となり立ち塞がる。

 

「まずは打線から。」

 

そうして、渡辺が口を開く。

 

 

先頭打者は、2年のカルロス。

走攻守三拍子揃った瞬足の中堅手だ。

 

とにかく足が速く、塁に出たら厄介なのは言うまでもない。

 

同じタイプの倉持よりも、パワーや打撃能力で言えばカルロスの方が上だったりする。

 

 

俊足のカルロスの次は、巧打者の白河。

バントからバスターなど、小技に長けた2番打者。

 

ちなみに、亮さんの下位互換である。

 

 

3番は、3年の吉沢さん。

厳つい、強打のサードでありながらチャンスメイクもできる。

 

クリーンナップなだけあり、やはり打撃能力で言えばかなり高いものがある。

 

 

そして、4番。

この稲城実業の中で最も注意しなくてはならない打者であり、強肩強打のキャッチャー原田。

 

高いミート力と抜群のパワーを誇り、チャンスにも強いという打の中心人物だ。

 

何より、チャンスで強い。

と言うよりは、ここぞと言う場面で打つ…と言うべきか。

 

試合終盤、一点が欲しい時や投手に疲れが見えた時など。

ここで打ってくれと言う時に、とにかく強い。

 

去年もヒット自体は打たれていないが、この打者にかなり神経を使った。

 

 

5番は、ピッチャーの成宮鳴。

投手能力は後述するため割愛するが、打者としての能力もかなり高い。

 

三振こそ多いものの、投手特有の柔らかいリストを生かしたシャープな打撃が最大の長所。

強い打球をどんどん飛ばすから、気をつけなくてはならない。

 

俺にとっては、因縁の相手。

去年の夏大では、こいつに一発を浴びて、負けた。

 

 

 

6番は、山岡。

一塁手の二年生で、所謂一発屋である。

 

ブンブン丸、扇風機、愛称はいろいろあるが、それに比例して当たった時の怖さは半端じゃない。

 

 

あとは割愛。

ここから下は、基本的に守備の人がメインになるから。

 

 

 

打線の怖さで言えば、市大三校や薬師の方が上だろう。

だがそれ以上に、神経を使わなくてはならない。

 

それぞれが特長を持っており、得意とするボールもスタイルも変わっていく。

 

何より全員が、自分がどのように動くのが最適かを理解してる。

 

 

「大野なら心配はいらないと思うけど、先頭打者のフォアボールは厳禁。特にカルロスみたいな足のあるバッターには特にね。」

 

「おう」

 

間違いなく、走られる。

そもそも球速ないし、トルネード投法という変則フォームの都合上、クイックはかなり遅くなる。

 

だからまず大切なのは、不要なランナーは出さないこと。

そんなのは当たり前だが、今回はかなり注意しなくてはならない。

 

あとは、ランナーをあまり気にしすぎないことか。

ある程度走られることは割り切って、バッターに集中すること。

 

 

先頭打者のカルロスと2番の白河は、ミート自体は特段高い訳ではない。

ストライク先行でガンガン攻めていくことが鍵になる。

 

クリーンナップに対しては、厳しく攻めていく他ない。

特に原田さんと成宮に関しては。

 

 

「続いて、攻撃です。」

 

まず抑えておかなくてはいけないのは、エース。

背番号はもちろん「1」、成宮鳴。

 

最速150キロに迫る直球と、切れ味のあるスライダーと落ちる変化球。

ともにカウント球として使えるほど精度が高く、勝負球に使えるほどの完成度を誇る。

 

ストレートもキレがあり、途中で加速するようなノビのある4シーム。

バランスよく高い精度を誇る縦横の変化球。

 

何より、決め球であるチェンジアップ。

昨冬に習得したであろうこの変化球は、ストレートと同じ腕の振りで利き腕側に緩く沈む。

 

軌道もストレートに近いため、ストレートのタイミングで合わせにいくと、確実に空振る。

 

 

「狙うなら、高めに浮いた変化球でしょう。成宮はそれほど制球も良くないため、試合終盤になれば必ず甘いボールも増えてくるはずです。」

 

確かにな。

制球自体は悪くないし、スタミナだって常人離れしている。

 

しかし、試合は炎天下。

汗もでるし、体力が無くなれば集中力だって削れていく。

 

どんなにスタミナがあっても、夏の大会で終盤まで体力が有り余っていることは、まずない。

 

 

勝負は、後半戦か。

わかってはいたが、そうなると先制点も取られることは許されない。

 

野手が焦らないためにも。

彼らがバッターとして最大の力を発揮できるように。

 

 

 

 

「明日の先発は大野。他の投手もいつでも行けるように準備しておけ。」

 

改めて、明日…決勝戦の先発として指名される。

こうやって言われると、一気に実感が湧く。

 

「エースとしての投球、期待している。」

 

「必ず。」

 

 

求められているのは、勝てるピッチング。

どんな投球だろうと、どんな内容だろうと。

 

任されたからには、期待に応えなくてはならない。

 

「一也。」

 

「ああ。」

 

俺は、少し息を吐いた。

 

「明日はよろしく頼む。」

 

彼は少しキョトンとして、笑った。

 

「ああ、よろしくな。」

 

そう言って、お互いに笑った。

 

明日になれば、全てが決まる。

終わりか、始まりか。

 

夢の舞台に立てるのか、夢で終わるか。

全ては。

 

 

 

 

明日、決まるのだ。

 

 



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エピソード42

 

 

 

 

 

「以上が、薬師高校との試合になります。」

 

そうして、稲城実業の研究班はノートを開く。

 

去年の夏大会では、プロ注目の大型スラッガーで東を擁する青道高校を接戦の末に打ち勝った当校は、2年連続の甲子園出場に向けて最後のミーティングを行っていた。

 

 

対戦相手は、奇しくも昨年と同じ青道高校。

昨年同様、4番を中心とした強打が売りのチームとして完成しており、今大会も最後の壁として稲実の前に立ち塞がる。

 

 

 

「まず注意しなくてはいけないのは、攻撃面ですね。」

 

1番から9番までそれぞれが特徴的な打者が並べられており、下位打線まで抜け目のない打線。

マシンガン打線と形容されるほど、一度始まったら止まらない。

 

1番は足の速い倉持。

ミート力とパワーは他のバッターに劣るものの、それを補う足。

 

塁に出れば盗塁に揺さぶりと、厄介な打者である。

 

 

2番は、小湊亮介。

高いバットコントロールを生かした、粘り強い打撃が特徴。

 

その出塁率は、バントなどをこなしても尚今大会中3番目に高いという、化け物じみた数値を誇る。

 

 

倉持が出塁し、チャンスメイク。

そして小湊でチャンスを広げ、得点圏にランナーを置いてクリーンナップに回す。

 

これが、青道の得点率の最も高いパターン。

 

 

そのクリーンナップも、全員が高い打撃技術を誇っている。

 

 

まずは、3番の伊佐敷。

フルスイングを貫きながらも逆方向にも放てる器用なバッター。

 

犠牲フライや流し打ちなど、得点圏にランナーがいる際は意外にも堅実なバッティングを見せる。

最低限の仕事は、確実に行うというピンチでは迎えたくないバッターの1人だ。

 

 

そして、4番はキャプテンの結城哲也。

今大会打率5割越えの怪物クラッチヒッターであり、今大会の打点トップの打点を叩き出している青道高校の4番。

 

高いミート力と本塁打を量産、さらに状況に応じて打撃スタイルを変えることのできる器用なバッターでもある。

繋ぎから長打、さらにホームランも放てる、密かに今年のドラフトの目玉となっている。

 

 

そんな結城だが、もちろんこの稲実バッテリーも最大級の警戒をしている。

 

まずは、得点圏にランナーを置いた状態で彼に回さないこと。

そして、とにかくギアを上げて全力で抑えにいくこと。

 

単純だが、この4番に対しての攻め方が試合を決めると言っても過言ではない。

稲実から見た結城もそうであり、青道から見た原田も同じだ。

 

 

 

さて、話を戻そう。

 

結城の次に控えている打者は、増子。

引っ張り方向に強い打球を放つ典型的なパワーヒッター。

 

本塁打数で言えば、今大会は結城よりも多く放っているほか、見た目の割に足が早いため、横に広い見た目の割にセーフティーバントの成功率が高い。

 

 

クリーンナップを終えても、打線は終わらない。

 

6番の御幸は、チャンスに非常に強い。

基本的には打撃能力はあまり高くないものの、ランナーが溜まれば溜まるほど、ホームに近づけば近づくほど集中力が上がる。

 

そのため、迂闊にクリーンナップを歩かせることもできない。

ランナーを置いて御幸を回すのは、もはや自殺行為でしかないから。

 

 

7番は、投手の大野。

高いミート力を誇り、長打こそあまり多くないものの繋ぎには非常に長けている。

 

特に御幸で一掃した後に、下位打線からのチャンスメイカーとして動いている。

 

8番は、1年生の降谷。

三振こそ多いものの、当たればよく飛ぶ。

 

投げては150キロ近いストレートをなげ、打ってはホームランと言う天才型の選手である。

 

 

9番は白洲。

走攻守の揃った器用なプレイヤーであり、大野か降谷が出塁した際は塁を進めるような打撃を、ランナーがいないときは上位打線へのチャンスメイクとなんとも幅広いプレーをする。

 

 

これに加えて、代打の切り札である小湊。

1年生ながら終盤での起用で打率10割を誇っている青道の切り札である。

 

 

 

と、やはり攻撃力はかなり高い。

それこそ、地区どころか関東圏内で見てみても上位に食い込んでくるほど、だ。

 

「聞いているのか、鳴。」

 

「わかってるし。気をつけるのは哲さんだけ。あとは抑え方ももう分かってる。」

 

 

成宮が、ため息を交えながらそう言う。

もう何回目だというか、昨日の試合後からしつこく言われ続けているのだ。

 

いくらナーバスになっているとはいえ、限度がある。

そんなことを思いながら、成宮は頬杖をついた。

 

 

 

あとは、守備面。

鉄壁のセンターラインに加え、守備範囲の広い内野陣。

 

ポジショニングから走力も踏まえた守備範囲の広い外野(レフトの降谷を除く)

と、かなり高いレベルを誇っている。

 

 

 

 

そして。

 

「明日の先発予定のエース、大野夏輝。やはりこの人は外せないでしょう。」

 

青道高校のエース。

高い制球力とキレのあるストレート、多彩な変化球を投げ分ける軟投派投手。

 

タメの大きいトルネード投法から放たれる、手元で加速するようなノビのあるストレートと、同じスピードから大きく変化するツーシームの組み合わせが最大の武器。

さらには緩急を生かしたカーブやスライダー、SFFなど多彩な変化球も放る。

 

外角低めから内角高めなど、四隅に的確に投げ込む制球力。

ピンチになるとギアが上がるなど、精神面も非常に強い。

 

今大会は登板数こそ少ないが、投げた試合では毎回存在感を放っていた。

 

 

「甘いボールも少なく奪三振数は多いですが、彼にも弱点がないわけではありません。」

 

そんな大野だが、分かり易いほどの弱点がある。

 

まずは、異常に球が軽いこと。

どのボールも球質が軽く、当たるとよく飛ぶ。

特にミートポイントの広い金属バットでは、振り切られるとかなりの確率でヒットゾーンに落ちる。

 

 

あとは、トルネード投法によるクイックの遅さ。

まあこれは、誰でもわかるだろう。

 

他の選手よりも腰を捻るため、それだけタメも大きくなる。

タメ、つまり投げるまでの時間が他の投手よりも長ければ、ランナーが走ることの猶予は多くなるのだ。

 

 

「とにかく、多少のボール球だとしても積極的に振ること。あとは塁に出たら前の塁をどんどん狙うことですね。いくら御幸の肩が強くても、彼のフォームの特性上盗塁の成功率はかなり高くなるかと。」

 

 

 

これが、稲実の戦略。

あえてシンプルに、積極的に攻めていく。

 

できれば、先制点をとっておきたい。

何故なら、エースに楽に投げてもらいたいから。

 

 

いくらエースとはいえ、成宮はまだ2年生。

元々精神的に少し幼い彼は、些細なことでリズムを崩されることがあるかもしれないから。

 

それに、何より。

 

(いくら鳴でも、3失点は覚悟しねえとな。)

 

それだけ、青道の打線は怖い。

だからこそ、エースの投球に少しでも影響が出ないようにリードしている展開を作りたいのだ。

 

まあ、王様気質の成宮の性格上、リードしている状態でねじ伏せにいく状態が最も強いというのもあるのだが。

 

 

研究班の発表を終えると、監督である国友は一つ頷き、一歩前に出て話し始めた。

 

 

「去年、我々を苦しめたチームがまた最大の壁となって立ちはだかる。かつての一年生投手は今や立派なエースとなり、打線はさらに強力なものに立っただろう。」

 

一息、そしてまた話を再開した。

 

「だが、変わったのは我々も同じことだ。何より、彼らが知らない景色を我々は知っているだろう。向かってくるは、最高の挑戦者だ。ならばこちらは、最強の王者として迎え撃つ。いいな?」

 

 

監督の国友がそう言い切る。

そして間も無く、選手たちが大きな声で返事をした。

 

「勝負だよ、夏輝。次も絶対負けねえから。」

 

成宮がボソリと、そう呟いた。







間に合わなかったぜ…。


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エピソード43

 

 

 

 

 

朝が、きた。

今日がまた、始まる。

 

既に日は登り始めており、空は青く染まっている。

 

(もう、7月だからな。)

 

果てしなく広がる青空を見上げながら、大野は一つ息を吐いた。

 

 

いつもと同じように、走る。

今日は少し、暑い気がする。

 

もしかしたら、今日が最後になるかもしれない。

だが、それでもやることはいつもと変わらない。

 

 

全国高校野球選手権西東京大会、決勝。

夏の甲子園、地区予選である。

 

夢の舞台、甲子園をかけた最後の戦い。

その朝が、やってきた。

 

 

 

軽くストレッチを行い、ゆっくりと走り始める。

今日はいつもより、少し暑い。

 

早朝だからまだ心地よい気温なのだが。

 

(昼間は地獄だろうな、こりゃ。)

 

これから始まるであろう決戦のことを考えると、溜め息をつきたくなる。

 

 

昨日の予報では、試合中の気温は30度を超える可能性が高い。

そんな中で、数時間投げなければいけないのだ。

 

溜め息もつきたくなる。

 

 

少し、ペースを上げる。

徐々に、試合の身体に持っていく為に。

 

そんな時、彼の後ろからテンポの良い足音が。

というか、何かを引き摺るような音が聞こえてきた。

 

「おはようございます、なっさん!」

 

大野の後輩であり、今大会は不動のクローザーとして活躍している沢村栄純。

大野を慕っている彼は、毎日のようにランニングを共にしていた。

 

「お前さ、流石に試合前にタイヤは怒られんぞ。」

 

そう、トレーニング用のタイヤを引き摺って。

 

「俺の相棒ですよ!?」

 

「だからって体力削ってどうすんだ。」

 

また、溜め息をつく。

試合当日の朝にタイヤを引いて走る馬鹿が、どこにいるのか。

 

(目の前にいるんだけど。)

 

いつも通りと言えば、そうか。

変に気負ってガチガチになるよりは、マシだ。

 

そんなことを思いながら、大野は再び走り始めた。

 

「今日の先発はなっさんっすね。」

 

「エースだからな。今日投げなくて、いつ投げる。」

 

「くーっ!次こそはこの沢村がエースに!」

 

唐突な沢村の宣言に、大野が笑う。

彼としても、競う相手がいるというのは刺激になる。

 

 

少し走り、また止まる。

そして、大野は沢村の方を横目で見た。

 

「沢村。」

 

「なんでしょう?」

 

その表情は影になっていて見えない。

が、先程までのような朗らかな表情ではないことは、声色から分かった。

 

「今日、準備しておけよ。」

 

大野の言葉に、沢村が目を見開く。

普段はそんな事言わないし、なんと言ってもこの人はできるだけ完投したいというタイプの人間だからだ。

 

そんな彼が、リリーフである自分に。

それもこんなにも大事な試合に準備を促すとは、正直想定していなかった。

 

 

無論、準備はしている。

毎試合、そしていつでも登板できるように。

 

「勿論ですとも!9回は任せてください!なんならもっと長いイニングでも…」

 

「いや、9回までは投げきる。」

 

 

去年は、延長12回。

リリーフ登板ながら、延長戦までもつれ込む長期戦となった。

 

想定しておいても、損はない。

あくまで、可能性の話だ。

 

「まあ任せてくださいよ!俺はいつでも準備してますから!」

 

「心強いな。」

 

そして、大野はいつもの朗らかな表情へと戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

 

 

 

艶やかな銀色の髪を靡かせ、己の調子を確かめるように。

稲実のエースも、走り始めた。

 

甲子園をかけた、最後の戦い。

決勝の舞台に向かうべく、彼もまた動き出していた。

 

 

対戦相手は、奇しくも昨年と同じ。

マウンドで投げ合う相手も、同じ。

 

去年は入学したての1年生の好投で、拮抗した。

今年もマウンドに上がる2人は同じだが、2人の立ち位置は大きく変わった。

 

 

共に、チームを象徴するエース。

チームに勝ちを運ぶ、エースとなっていた。

 

(わかってたよ、絶対ここでまた闘うことになるって。)

 

彼…稲実のエースである成宮は、ここまで投げてきた試合での失点はない。

 

打線が繋がりコールドゲームになったケースが多かったというのもあるが、何より彼の圧倒的な投球にここまで対戦してきた打者たちが着いて行けなかったというのが現状である。

 

 

故に、彼は物足りなかった。

ここまでの試合は圧倒していた分、緊張感やら何やらが少なかったのだ。

 

 

 

だからこそ、1点の取り合いにもなろうこの試合を、彼は待ち望んでいた。

大野夏輝という好投手と、投げ合うことを。

 

(先に点はやらねえ。というか、点はやらねえ。)

 

女房役である原田は、失点を覚悟していると言っていた。

具体的に言うと、2、3点ほど。

 

しかし、成宮は確信していた。

大野の調子次第では、その1点すらも命取りになるのだと。

 

 

その最たる例が、去年の夏。

共に、6回を投げて、失点は成宮のサヨナラ打のみ。

 

同じ展開になるのであれば、投手戦になることは必至だった。

 

 

「負けねえよ、今回だって。」

 

そう呟き、成宮は空を見上げた。

 








リアルの方が割とバタバタしてますので、最低でも6月までは投稿が滞ると思います。
また、稲実戦は纏めて書き上げたいので、恐らく期間空きます。

度々お待たせして申し訳ございませんが、気長にお待ち頂けると幸いです。


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エピソード44

 

 

 

 

「「行くぞおおおお」」

 

「「「おおおおおおおお!」」」

 

蝉が鳴き、騒々しい人々の音声が会場に渦巻いていた。

が、球児たちの元気な声と共に、それは一つに歓声となって纏まる。

 

今日の主役たちが大きな声をあげ、広い広いグラウンドの真ん中に集った。

 

 

「甲子園をかけた最後の戦いが始まります、西東京地区大会決勝戦です。」

 

空は、青空。

雲一つない、快晴。

 

照りつける太陽は大地に反射し、また青い芝を輝かせた。

 

 

「まずは稲城実業の先発、マウンドにはエースの成宮が上がります。」

 

同時に、観客席から声が響きわたる。

歓声の中心で、青年はぐるりと左肩を回した。

 

 

 

(あっつー。)

 

一年前と同じように心の中でそう呟きながら、捕手である原田から受け取った白球を左手で握った。

 

調子は、悪くない。

寧ろ、ここ最近の中で一番いいかもしれない。

 

そんなことを思いながら、成宮はボールを投げ込んだ。

 

「っし!」

 

声とともに、投げ込む。

刹那、原田のミットに直球が突き刺さった。

 

やはり、悪くない。

 

そして、淡々と成宮は投球練習を続けた。

全てを、なぎ倒すために。

 

チームに勝利を。もたらすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

成宮に、会場の全ての人の視線が集まる。

その端で、もう1人のエースは同じく投球練習に励んでいた。

 

「ナイスボール!」

 

ミットの快音が鳴り響くと同時に、女房役である御幸がそう声をかける。

受けたボールを投げ返し、再び同じように座り込む。

 

そして、ふっと小さく息を吐いた。

 

(珍しく緊張してる?)

 

少し、硬い。

そう感じながら、御幸はまた右打者の膝下に構えた。

 

ボールは、構えられたコースよりも高くなったが、力のある真っ直ぐが御幸のミットに収まった。

 

 

(やっぱり、明らかに力んでる。)

 

力が抜ききれていない。

球速云々より、いつもよりもストレートにキレがない。

 

これは少しばかり危険だなと、そう感じながら御幸はまたボールを返した。

 

 

できれば、援護が欲しい。

それも、初回からあると一番助かる。

 

大野にリラックスして投げてもらうためにも。

 

 

 

しかし。

それを許すほど、「エース」は生易しい存在ではない。

 

寧ろ重圧を上乗せするように。

己の力を誇示してみせた。

 

 

 

 

「いきなりエンジン全開!成宮、青道の上位打線を全く寄せ付けないピッチングで初回を三者凡退で切って取りました!」

 

 

 

思わず、顔を顰めた。

こうも、期待に応えてくれるかと。

 

できれば少しくらい隙を見せて欲しかった。

きっと、大野もまだ楽に投げられただろうに。

 

その時、御幸は背中から伝ってくる「熱」に気がついた。

 

降谷や結城とはまた違う、じわーっと静かに伝う熱を。

 

 

 

「夏輝…」

 

「行くぞ、一也。」

 

いつもより少し深く被られた帽子に、大野が手をかける。

その鍔から覗かれる紺碧の瞳は、いつもよりも深みを増しているように感じた。

 

 

仲間たちが、己の持ち場で待つ。

その中心に、悠然と歩みを進める。

 

青き炎のエースが、小さな玉座に昇ると同時に。

 

 

 

会場の視線は、移り変わった。

マウンド上にいる、小さな大エースに。

 

全ての人間が、大野の紺碧の水晶に魅了された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(一年越し、だな。)

 

少し掘られた、小さな丘。

いつもと同じだが、その景色というか、空気感は全く別のものだから。

 

自然と流れてくる汗を上腕で拭うと、そのまま右手で鍔に触れ帽子を被り直した。

 

 

(あっつー。)

 

意外にも、大野はリラックスしていた。

試合直前というか、マウンドに上がるこの瞬間までが一番緊張するというのはよくある。

 

動いてみれば、意外と緊張はほぐれるというものだ。

 

 

 

それもそうだが後は成宮。

ライバルである彼が最高のパフォーマンスを見せた。

 

普通なら緊張してしまうのだが、大野は違った。

何故なら、試合前に極限まで緊張していたから。

 

行くとこまで行ったら、あとは落ちついていくだけだ。

 

 

 

大野が目を瞑り、右手を胸の真ん中に当てる。

そして、ゆっくりと息を吐き出した。

 

雑念、緊張、弱気。

全てを、吐き出すように。

 

 

(行ける。)

 

そう確信し。

ゆっくりと、目を開いた。

 

 

 

 

 

打席に入るは、先頭打者のカルロス。

足も速く、パンチ力もある。

 

本塁打もそこそこ打つため、正直怖い。

それが、御幸の抱いていた思いであった。

 

 

 

(まずは、ここ。)

 

 

御幸のサインに無言で頷き、ゆったりと腰を捻り始める。

 

彼だけの、独特の投球フォーム…トルネード投法から、真っ直ぐを放った。

 

 

糸を引くようなストレート、低めから伸び上がってくるような真っ直ぐが、外角低めに決まる。

と同時に、審判のストライクコールが鳴り響いた。

 

 

126km/h。

球速表示で言えば、遅い。

しかし、打者であるカルロスの目から見れば全国レベルのストレートにも感じていた。

 

 

(やっぱ速く感じるな。)

 

一つ息を吐き、バットを少し揺らす。

そして、またバットを掲げた。

 

2球目、同じコースにストレート。

これも見逃し、2ストライクと追い込んだ。

 

 

ミットが動かない、全て構えたコースに来る。

思っていた以上にいい状態の相棒に、御幸の口角が上がっていた。

 

 

(ストレートで3球勝負も気持ちいいけど。)

 

(お前の思う最善なら、それを投げる。)

 

すると、御幸は先のサインとまた違うサインを大野に見せる。

 

そして、大野が同じようにゆったりとしたモーションからストレートを放った。

 

 

 

軌道は、外角低め。

先ほどとほぼ同じ、しかしながら少しばかり内に入ったボール。

 

追い込まれているということもあり、その真っ直ぐを狙っていたカルロス。

先の2球で焼き付けた軌道に、バットを合わせる。

 

 

タイミングは、完璧。

 

 

だが、カルロスのバットは空を切る。

 

御幸のミットは、遥か下。

ストレートを狙っていたカルロスのバットを掻い潜り、御幸のミットに収まった。

 

 

 

「空振り三振!好投の成宮に負けじとこちらもエンジン全開です、マウンドの大野!」

 

 

 

 

歓声が、大野の耳に突き刺さった。

 



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エピソード45





大変お待たせ致しました。
順次投稿していきます。






 

 

 

先頭のカルロスをツーシームで三振に切ってとると、続く白河をサードゴロ。

クリーンナップである吉沢をカーブでセカンドゴロに抑え、三者凡退で初回を終えた。

 

 

 

息を吐き、駆け足でベンチに引き上げる大野。

その背中に1つの声を感じて、振り向いた。

 

「ナイスピッチ。」

 

「ありがとうございます。」

 

セカンドであり、3年生の小湊。

彼もまた、大野の信頼する先輩の1人であった。

 

「オーバーペースじゃない?」

 

「大丈夫です、そんなヤワじゃないですよ。」

 

「言ったね?じゃあ9回まで頼むよ。」

 

小湊の言葉に軽く会釈をして返すと、流れてきた汗を軽く拭ってベンチへと入っていった。

 

 

(やっぱ今日、いつもより暑い。)

 

それもそのはず。

今日は、今年3度目の猛暑日が予想されているのだから。

 

そんな彼の姿を見てか、後輩である沢村がスポーツドリンクの入ったコップを手渡した。

 

「おう、サンキュー。」

 

「いえいえ、グイーッといってしまってくだせえ!」

 

独特な後輩の言い回しに少し苦笑いしながらも、彼は一口ドリンクを口に含んだ。

 

 

 

既に気温は30℃を超えており、またこの後も気温が上がっていくことが予想されている。

 

そんな今日の天気予報を思い出し、大野は小さく息を吐いた。

 

 

「先頭は哲さんか。」

 

横にいる女房役に、何の気なしに声をかける。

 

「ああ。見た感じ今日の鳴は絶好調だからな。早い内から点をとっておきたいな。」

 

おっしゃる通りで。

そう思いながら、大野は再び紙コップに口をつけた。

 

 

打席には、主将で4番の結城。

マウンドには、エースである成宮。

 

去年は、成宮から長打を放った数少ない打者の1人。

 

今大会でも打率5割を記録しており、決勝戦でのキーパーソンの1人となっている。

 

 

 

まずは初球。

真ん中低めに入るストレート。

 

これを振りにいくも、少し振り遅れてファール。

 

(甘いぞ。)

 

(振り遅れてんじゃん。でもまあ、危なかった。)

 

原田の返球を右手で掴み、その逆の手でロジンバックに触れた。

 

 

(こいつには特に気をつけて攻めろよ。)

 

(わかってるって。)

 

 

ワインドアップから足を高く上げる。

そして、2球目を投げ込んだ。

 

今度は外角に少し外れるボール球を見送る。

 

 

1ボール1ストライク。

続けて投げ込んだスライダーを見逃したものの、これが外いっぱいに決まって2ストライクと追い込んだ。

 

 

そして。

 

「空振り三振!最後は渾身のストレートで怪物スラッガーを三振に切って取りました!」

 

 

マウンドの投手はその利き腕を握り込み、打者は跪いた

 

 

 

一度目のエース対4番の対決は、成宮に軍配が上がった。

 

「すまん、夏輝。」

 

「まだ始まったばかりですし。やっぱり、すごいですか。」

 

「ああ。去年よりもかなり進化しているな。」

 

ストレートの最速自体は、そんなに変わっていない。

しかし、球の質自体はかなり向上していた。

 

 

続く増子も三振。

6番の御幸に打席が回る。

 

何度も言うが、チャンスでしか打てない。

ランナーがいなければ、初球打ちゴロ製造機となる。

 

 

 

 

(まあ、そんなすぐに点が入るなんて思っていないし。)

 

そう、言い聞かせる。

別に、そう簡単に点が入るとは思っていないし。

 

 

今はとにかく、点をやらないこと。

 

「やるしかない、かな。」

 

呟き、ベンチを立ち上がった。

 

 

 

「4番からな。慎重に攻めるぞ。」

 

「わかっている。」

 

御幸の言葉に、一言で返す。

そして、また帽子の鍔に手をかけた。

 

 

打席に立つのは、4番。

数分前、成宮が立っていたマウンドに、同じ状況下に立った。

 

 

 

打席に立つ原田に目を向けながら、マウンドに置かれた袋に手を置く。

白く染まった右手に息を吹きかけると、白い粉は粉雪のように舞い、宙に消えた。

 

やはり、大きい。

 

体が大きいと言うのもそうだが、やはり強打者特有の風格のようなものが漂っているのだろう。

 

 

少し、圧倒される。

が、構うことなく大野は息を吐いた。

 

御幸の構えたコースは、内角の低め。

 

 

(慎重にいくのでは?)

 

(あくまで見せ球だ。外一辺倒じゃ抑えられないぞ。)

 

(そう言うことなら、OK。)

 

小さく頷き、モーションに入る。

 

甘く入れば、長打。

だが、決まればかなり有効なコースになる。

 

(ここ。)

 

一点。

指先に、全力を注ぎ込む。

 

思い切り、振り抜いた。

 

 

 

乾いたミットの音。

同時に、審判のコールが響く。

 

「ストライク!」

 

内角低めいっぱい。

低めから伸び上がってくるような真っ直ぐがピンポイントのコースに決まった。

 

 

2球目、今度はインコース高めのボール。

迷わず振りにいったが、間も無くして白球は原田の視界から消えた。

 

 

 

 

内角、125km/hのツーシームファスト。

大野の生命線とも言われる、ストレートと対をなすウイニングショット。

 

これを空振り、早くも追い込んだ。

 

 

(流石の高速変化だ。やっぱこの球は中々打てねえよ。)

 

単体ずつで見れば、大したことのない2つの球種。

しかし組み合わされば、それぞれが魔球となる。

 

 

打者の手元、普通の投手なら失速するであろう地点から「加速するような」ノビのあるフォーシーム。

 

フォーシームと同じスピードで、且つ打者に近い点から「失速する」シンカー並みに落ちるツーシーム。

 

 

それを自由自在に制球できるから、また厄介なのだ。

 

(さあ、何で来る。)

 

ツーシームか、フォーシームか。

勝負球は、この速い球が多い。

 

だから、この2球種に狙いを定める。

 

 

3球勝負の可能性が高いため、ゾーンに入ってきたらバットに当てる。

且つ甘く入れば、強く叩く。

 

大野の3球目を待った。

 

 

 

高い打点から放られた3球目。

外角の低めに少し外れたボール球の直球。

 

これを原田が見逃し、1ボールとなる。

 

(見逃したか。)

 

(ってよりは、左右の揺さぶりで反応しきれなかった感じだな。入れてもよかったかも。)

 

(後の祭りだ。次はどうする。)

 

目を合わせ、御幸のサインに頷く。

 

 

「っつ!」

 

選んだボールは、内角真っ直ぐ。

インローのフォーシームに詰まり、打球は打ち上がり。

 

 

高々上がった打球は、落下点に入っていた結城のグローブを鳴らした。

 

 

 

 

「最後は129Km/hの直球で完全に詰まらせました。原田をファーストフライで打ち取りまずは1アウトです。」

 

また歓声が、大野の耳に突き刺さった。

 

 

 








どうやらまだ2回らしい(白目)


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エピソード46

 

 

 

試合は両投手の好投。

互いのエースが完璧な投球を見せ、0−0のまま折り返し地点に入ってきた。

 

 

 

成宮は、ここまで被安打1四球1の8奪三振。

ヒットは伊佐敷のポテンヒットのみ。

 

ここまで毎回の奪三振を奪う完璧な投球を見せてきた。

 

 

大野は、被安打2の無四球、6奪三振。

かなりいい投球だが、もう片方のエースのピッチングが圧倒的すぎるため、やはり少し見劣りする。

 

 

 

スコアボードに並んだ0の数は、9つ。

もう一つの0を増やそうと、エースはベンチからゆっくりと出た。

 

「疲れは?」

 

「態々聞くな。そんなヤワでもない。」

 

「ならいい。気温も上がってきたし、もう一回気合い入れ直せよ。」

 

「応。」

 

打順は5番から。

 

最初に回る山岡は一発があるため慎重にならなくてはならない。

が、どちらかと言うとブンブン丸の一発屋。

 

大野の得意とするタイプである。

 

 

ここまで大野はある程度抑えながらも順調に相手打線を抑え込んでいる。

しかし反面、何も仕掛けてこない稲実ベンチに御幸は若干思うところがあった。

 

 

(不気味だな、正直。)

 

各々が自分達のバッティングを貫いている。

と言うよりは、どちらかと言うと好き勝手やっているように見えた。

 

 

元々繋いで点を取ると言うよりは、それぞれの個性を尊重してそれが繋がって打線となる。

 

まあ、結果的に打線となっている感じだ。

 

 

 

だが、あまりに淡白。

 

(あくまで後半勝負なのか?)

 

だとしたら、抑えられる。

ここまでスタミナにもまだ余裕があるし、9回までなら問題ない。

 

だが、心配はある。

 

 

考えているうちに、御幸は大野に目を向けた。

 

(まずは目の前の打者だ。)

 

 

そう目で訴えてくる大野に、御幸は心の中でため息をつきながら頷いた。

 

(キャッチャーはそう行かんのよ。)

 

敢えて言わないが。

そしてすぐ、サインを出した。

 

 

まずは、外角低め。

大野の生命線であり、最も得意とするコースである。

 

 

 

2球目は外のボールゾーンからストライクゾーンに入るツーシーム。

これで早くも2ストライクとなった。

 

(決めるぞ。)

 

(ああ。)

 

最後も、同じように変化するツーシームで空振り三振に切ってとった。

 

その後も2人続けて三振に切ってとると、大野は声を上げた。

 

 

 

 

 

 

回は6回。

成宮は、状態を上げる一方。

 

初回から飛ばしているものの、要所要所で押さえているからスタミナにも余力がある。

 

殆どの打者にはストレート主体にしながら、決め球としてスライダーとフォーク。

また結城と小湊に対してはチェンジアップと、緩急で抑え込んでいた。

 

 

ここまで青道はまるで対応しきれていない。

しかし、青道ベンチとしては想定内。

 

「どうだ、タイミングは掴めてきたか。」

 

 

あくまで、後半戦勝負。

前半はタイミングをとりつつ球筋を見ていき、後半の少ないチャンスをものにして勝つ。

 

弱気に見えるかもしれないが、今日の成宮は状態が良かった。

 

 

「この回から三巡目にも回る。」

 

ここまでは、追い込まれるまで投げさせた。

 

「捨てるぞ、チェンジアップ。」

 

ここからは、真っ直ぐと高めに浮いた変化球のみ狙う。

 

 

腹を、括った。

 

 

左手に填めているグローブをベンチに置き、バッティンググローブに付け替える。

バットを握ってベンチを出た時、大野は監督に呼び止められた。

 

「すまない、大野。お前には重圧をかけてしまっているな。」

 

「背負うのが、エースですから。監督だって、そうだったのでしょう。」

 

彼がそう言い返すと、片岡は笑い、9番ピッチャーを打席に送り出した。

 

 

 

ここまでは、2打数の2三振。

 

打撃ではあまり貢献できないが、せめて投球では。

チームが攻撃に集中できるように。

 

 

自分のせいで負けるとか、勝つとかじゃない。

チームが勝つために、投げるのだ。

 

 

(それが、背負うと言うことだろう。)

 

そう思いながら、大野は打席に向かった。

 

 

(一丁前に打とうっての?)

 

(んなわけあるか。俺が打たなくても先輩たちが打ってくれるからな。せめて、嫌がらせくらいはさせてもらうぞ。)

 

 

指先にロージンバックを当てる成宮を一直線に見つめながら、大野がバットを揺すった。

 

 

 

初球はいきなりスライダー。

これを簡単に見逃し、1ボール。

 

 

2球目、ストレート。

これに完全に振り遅れ、空振り。

 

 

3球目、またもストレート。

今度はタイミングがさっきよりも合うも、三塁線切れてファール。

 

 

(ここも真っ直ぐでいくぞ。)

 

(って魂胆でしょ?)

 

 

1ボール2ストライク。

いつもなら、ここで変化球で空振りを奪いにくる。

 

が、大野は変化球への対応力が高いため、ここまでストレートで勝負してきている。

 

 

4球目、決めにきたこの真っ直ぐをバットに当てカウント変わらず。

 

5球目のストレートもバットに当てる。

 

6球目、外角のスライダーを見逃し、並行カウント。

 

 

流石に決めたい成宮。

ここで、一気にギアを上げた。

 

「っらあ!」

 

7球目のストレートも高めに外れていたが、勢いのあるストレートに、最後は空振り三振に喫した。

 

計測された球速は、148km/h。

しかし数字以上に、力のあるボールだった。

 

 

「ヒャッハー、投手に投げる球じゃねえよありゃ。」

 

「よく投げさせたじゃん。悪くなかったよ。」

 

頼れる上位打線の言葉を背中に受け、ベンチへと下がった。

 

 

ヘルメットを外し、タオルを頭の上に乗せる。

そして、ゆっくりと息を吐いて打席に目を向けた。

 

打席には、左打席に入った倉持。

率自体は低くないが、その実は内野安打が多いため打撃自体はそこまで。

 

 

(投手にあんな打撃見せられて黙って見てられるかよ。)

 

(右に入らないんだ、ふーん。)

 

一般的に、左投手に対しては右打者の方が有利と言われている。

が、倉持は敢えて左の打席にはいった。

 

あくまで、チェンジアップ封じ。

右打者に対しては外に逃げるように変化するチェンジアップだが、左打者に対しては中に行ってくるように甘く入りやすい。

 

 

(チェンジアップ使うまでもねえんだよ!)

 

(こいよ、高めのストレート!)

 

一球目。

外角のスライダーに手が出て、空振り。

 

(ほら、見えてねえじゃん。)

 

二球目、同じようなボールで空振りを奪う。

 

 

2球、同じようなボールで空振り。

いずれも、低めから外に変化する完璧なボール。

 

しかし、倉持は息を吐いた。

 

 

三球目、同じコースのスライダー。

今度は、我慢した。

 

 

ここで成宮は勝負に出る。

外に変化球を見せ球に、最後はインサイドのストレート。

 

大野を空振り三振にとったのと同じようなボールを、インコース高めのストレート。

このボールを、倉持は狙っていた。

 

「っち!」

 

どん詰まり。

振り遅れたが、思い切り振り抜いた。

 

 

打球は弱々しくショートの頭上へ。

 

そして。

 

 

「落ちたー!1アウトからレフト前に落ちるテキサスヒットで出塁します、1番の倉持!」

 

塁上でガッツポーズを掲げる倉持に、成宮はふんと鼻を鳴らした。

 

(腹立てんなよ、鳴。)

 

(別に?まぐれヒットじゃん。)

 

言いながら、額に青筋を浮かべている成宮。

それを見て、原田はため息をついた。

 

投手として成長し、人間としても強くなった。

だからエースを任されていたし、チームの中軸を任されていた。

 

しかしまあ、短気なのは相変わらずであった。

 

 

「珍しくヒットで出たね。ポテンだけど」

 

バットを肩に乗せ、左の打席に入る小湊。

そして、ゆっくりとバットを揺らした。

 

1アウトランナー一塁。

ランナーは、倉持。

 

バッテリーは、やはり盗塁を警戒していた。

 

 

牽制、鋭いボールが一塁に向けて投げられ、一塁ベースの山岡のグラブを鳴らした。

 

塁審が、両手を左右に広げた。

 

 

やはり、かなり警戒している。

それもそうだろう。

 

 

(ってなると、やっぱり早いボールで来るよね。)

 

そう思い、小湊は身構えた。

初球、倉持が二塁に向けて走り出す。

 

普段なら、空振りでアシスト。

しかし、小湊は。

 

高めの直球を狙った。

 

 

「センター返し!弾き返した打球は中堅手のカルロスの前へ!」

 

スタートしていた倉持だが、二塁は回れずストップ。

 

1アウト一、二塁。

 

 

 

 

ここからクリーンナップ。

が、ここは伊佐敷送りバントの構え。

 

青道ベンチは、ワンチャンスに賭けた。

 

 

クリーンナップだが、丁寧にバントを決めた伊佐敷。

ランナー二、三塁のチャンスで、4番を迎えた。

 

 

 

 

流石の稲実も一度タイムをとった。

 

 

「外野は定位置。ピンチだけど、失点もあまり心配しなくて大丈夫。まだ中盤戦、気負わずいけとのことです。」

 

ベンチからの伝令。

それを聞いても、成宮は何も言わない。

 

「大丈夫だよ、鳴。ちゃんと点ならとってやっから。」

 

セカンドの平井が言うと、他の選手もまた同意するように頷いた。

 

 

が、成宮は何も言わない。

無言で帽子の鍔に手を当て。

 

やがて、息を吐きながら顔を上げた。

 

 

「あぁ、アツくなってきた。」

 

そして、へへっと乾いた笑みを浮かべた。

 

「あん時と一緒。」

 

成宮が、笑顔で全員を見回し。

そして成宮を中心として、全員が笑った。

 

「一点もやるつもりないよ。ね、雅さん?」

 

成宮は笑っていた。

しかしその様子は、いつものそれとはまた違うものだった。

 

 

いつものような少年の表情ではない。

というか、目の色が違う。

 

 

水晶のような青い瞳。

その瞳は輝きながらも、どこか吸い込まれるように深みがあった。

 

 

 

今まで見たことのないその表情に一瞬たじろいだが、原田も応えるように笑った。

 

「ああ。当たり前だ。」

 

そして、2人は拳を突き合わせた。

 

 

 

 

 



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エピソード47

 

 

 

 

(あの目は…。)

 

目の前の投手の異様な姿に、結城はバットを構えた。

 

 

先ほどまでとは、まるで違う。

吸い込まれるような青い瞳は、さらに深みを増していた。

 

 

しかし、何よりも驚いたのはその表情であった。

 

 

 

笑っている。

 

 

力を入れる時、もしくは集中する時に表情が強張ると言うことはよくあるだろう。

それは野球でも当てはまることであり、ピンチになった際やギアを入れる際に鬼気迫る表情になる選手は多くいる。

 

しかし、笑っているとは。

結城は、少しばかりの恐怖を感じた。

 

 

(高めに来てもいい。力のあるボールで来い。)

 

(相手は結城さんだからね。ここはMAXで行くよ。)

 

 

初球、スライダー。

低めからワンバウンドするボールだが、原田が前に転がしてランナーは静止した。

 

(力入りすぎだ。)

 

(ちょっとね。もう大丈夫。)

 

続く二球目、今度はストレート。

外角高めに浮いているが、これに振り遅れてファール。

 

(速いっ…!)

 

バックスクリーンに表示された球速は、149km/h。

成宮の自己最速である。

 

 

三球目、同じくストレート。

これも外に外れてボール。

 

また、148km/hとかなりの力を入れてきていることが見てとれた。

 

 

2ボール1ストライク。

打者有利のカウントだが、内容としては成宮が押していた。

 

 

 

四球目、ストレートが外角低めギリギリいっぱいに決まってストライクとなった。

高めのボールが続いていた為、結城も手が出ずに見逃す。

 

 

並行カウント。

2ボール2ストライクになり、結城はまた息を吐いた。

 

 

五球目、真ん中高めのストレートを振りにいくが、前に飛ばずファール。

 

力がある、スピードがある。

他の投手にない、威力あるボールであった。

 

想いがこもっている、結城はそう感じた。

三年生にも負けない、気持ちの乗ったボールだった。

 

 

六球目のフォークはなんとかバットを止め、ボール。

 

七球目のストレートは、鋭いあたりが三塁線切れてファール。

 

 

 

(仕留め切れなかったか。)

 

フルカウント。

高めに来ているストレートにもタイミングが合い始めてきているほど、結城も集中力を高めていた。

 

 

「さすが結城さんだね。やっぱすげえや。」

 

成宮はそう呟くとまたセットポジションに入った。

 

(けど、終わりだよ。)

 

餌は、撒いた。

あとは、完璧に決めることだけ。

 

そうして、成宮はステップを踏んだ。

 

 

 

 

 

(くる。)

 

身構えた結城。

タイミングを合わせて、バットを振り始めた。

 

 

動き出すバット。

その瞬間、成宮の投げた白球は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まった」のだ。

 

 

 

「空振り三振!最後は伝家の宝刀チェンジアップでした!」

 

完全にスイングが崩された結城は、空振りを喫した状態からしばらく動けなかった。

 

「この回ピンチを背負いましたがなんとか無失点に抑えました、エースの成宮。稲実は6回の裏の攻撃に入ります。」

 

 

 

 

 

珍しく、結城が悔しそうな表情を露わにしていた。

その姿にナインもまた、彼の心情を察した。

 

と同時に、全員の脳にとある試合がフラッシュバックした。

 

 

 

それは、去年の夏。

同じ舞台、同じ投手。

 

あの時もまた、超高校級スラッガーである4番が完全に抑え込まれていた。

考えないようにしても、どうしても刻み込まれてしまっていた。

 

 

 

どことなくムードが悪くなったこの青道ベンチ。

その空気を破ったのは、エースだった。

 

「俺、点取られる予定ないんで。」

 

 

そうつぶやいて立ち上がるエースに、チーム全体がハッとする。

 

一番負担がかかっているだろうに。

そんなことを見せずに、彼はまた精一杯強がっていた。

 

去年と、同じように。

 

 

「あれは成宮が一枚上手だった。狙い球を絞っているんだ、ある程度は我慢も必要になってくる。切り替えていくぞ。」

 

 

片岡が締めると、ナインは頷いて声を上げた。

 

「っしゃあ!切り替えて守んぞ!」

 

「点は必ず取ってやる、心配するな大野。」

 

結城がそういうと、大野はいつも通り笑った。

 

「それでこそいつもの哲さんです。行きましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

マウンド上で、天を仰ぐ。

成宮が最高のピッチングをしたマウンドで、空を見上げた。

 

 

 

 

6回裏、稲実の攻撃。

打順は8番からということもあり、下位打線から。

 

マウンド上の投手は大野。

打席には、ライトの富士川が入った。

 

ここまでは2つの三振、全くついて行けていないという現状。

 

 

 

しかし、富士川は狙っていた。

終盤に近づき、球が浮き始めてくるこのタイミングを。

 

 

気温は既に35℃と猛暑。

雲一つない空は、燦々と輝く太陽を隠すことなく強調していた。

 

 

 

 

狙うは、フォーシームのみ。

追い込まれればツーシームにやられるため、追い込まれる前に。

 

さらに言えば、外角のフォーシーム。

特に下位打線に対しては外角低めに3球勝負というのが、特に多い。

 

 

ここまでは低めに上手く制球されている。

が、この炎天下、いくらスタミナのある大野でも疲れが出てくるはず。

 

 

疲労が溜まってきたこの試合中盤に球が高くなってきたところを、弾き返す。

そう再確認、富士川はバットを構えた。

 

 

(捩じ伏せたいのはわかるけど、低く来いよ。)

 

両腕を広げてジェスチャーをしながら、彼はミットを構えた。

 

コースは、外角低め。

下位打線に対しては、徹底的にこのコースを攻め続けている。

 

 

頷き、投げ込んだ。

 

風きり音、初球は外角低めのストレートを要求。

しかし投げ込まれたのは。

 

 

(高い…!)

 

 

暑さにやられたか。

はたまた、中盤になって気が抜けたか。

 

 

外の高めの直球。

いくらキレが良くても、球速は126km/hほど。

 

富士川は、狙い打った。

 

 

 

「狙ったー!富士川の打球はレフトへー!」

 

甘いボール、鋭い当たりがレフト前へ。

 

レフトの降谷が打球処理を少しもたついている間。

ランナーは足もある、富士川。

 

快速を飛ばし、バッターランナーは二塁へと悠々と到達した。

 

 

 

稲実、0アウトランナー二塁のチャンス。

ここで打席には、9番投手の成宮が立つ。

 

(さあて、今回も俺が決勝点打ってやろうか。)

 

 

普段は、クリーンナップ。

だが今日に関しては、エースとしてピッチングのみに集中するため、下位打線へと置かれた。

 

その効果は的中したのか、成宮はここまで抜群の投球を見せていた。

 

 

 

 

何より、この成宮という強打者が9番にいるというのが、青道にとってはとてつもなくやりづらかった。

 

(ここで、こいつか。)

 

 

0アウトランナー二塁。

打席には、強打者の成宮。

 

 

しかし、ここで切らなくてはならない。

何とかして、抑え込まなくては。

 

 

ここも低めを要求。

特に直球に強いこの成宮に対して、高めのストレートは厳禁であった。

 

まずは変化球。

一風変えて、スライダーを要求した。

 

 

外角ボールゾーンからストライクゾーンに切れ込んでくるスライダー。

 

これに反応できず、まずは1ストライク。

 

 

続いて2球目。

要求したボールは、外のフォーシーム。

 

外角の低め、最悪外れてもいいボール。

 

(高くなったらやられるからな。)

 

頷き、モーションに入る。

クイックモーションから投げられた直球。

 

 

 

 

やはり、高い。

先程ヒットを打たれたコースと同じような所に、ストレートが放られた。

 

持っていかれるか。

外角とは言え、長打を放つには十分すぎる高さ。

 

御幸は歯を食いしばり、快音を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

が。

 

「ファールボール!」

 

ジャストミートとは程遠い甲高い音とともに、審判の声が響き渡った。

 

 

(打ち損じた?)

 

かなり甘いコースだった。

横幅は上手く制球できているが、高さをみれば絶好球。

 

それこそ、成宮のパワーであればスタンドインなんてことも。

 

狙いを外したか。

それにしては、タイミングは完璧だった。

 

 

 

 

(高いぞ。)

 

(わかってる。)

 

念押しするように低めのジェスチャー。

そして、今度は内角低めに変化球を要求した。

 

 

選択した球種は、縦に割れるカーブ。

落差のある縦の変化球で、スイングを崩しに行く。

 

低めのストライクゾーンからボールゾーンに外れるナイスボール。

しかしこれを、成宮は見逃した。

 

 

(これを振ってくれないとなるとな。)

 

チラリと成宮に目を向け、すぐに自軍のエースに戻す。

 

いくらキレのあるツーシームとはいえ、狙い打ちされるのは怖い。

それこそ今の成宮であれば、反応で打たれかねない。

 

かと言って今の状態でストレートを投げさせるのは、怖い。

何故かはわからないが、かなり浮いている。

 

 

となれば、やはりカーブが一番無難。

先程の見逃しも、もしかすれば反応しきれなかったのかもしれない。

 

そうして、御幸は内角低めにミットを置いた。

 

(最悪歩かせていい。低く来いよ。)

 

大野が頷き、投げた。

 

しかし抜け気味の変化球は外角の中段。

これを、成宮は思い切り引っ張った。

 

 

タイミングとしては、少し早い。

が、強い打球はライト前でワンバウンドした。

 

 

ランナーは三塁でストップ。

打者成宮も一塁で止まり、ノーアウトで一三塁。

 

 

 

得点圏にランナーを置いて、上位打線を迎える。

 

 

 

 

「すいません、タイムお願いします。」

 

 

帽子を外し、汗を拭う。

そして、大野は天を仰ぎながらゆっくりと息を吐いた。

 

 

 

 

 

「どうした、抜け球多くなってるぞ。暑さにやられたか?」

 

小さな丘の上で2人、向かい合わせで立つ。

御幸が、そう声をかけた。

 

 

すると大野は帽子の鍔に手をかけて、ポツリポツリと話し始めた。

 

 

「暑いな。」

 

「暑いな、確かに。」

 

ふうっと息を吐き、今度は俯く。

声が、少し震えているように感じた。

 

 

「見たかよ、一也。鳴のピッチング」

 

「ああ。すごかったな。」

 

少し、いつもと様子が違う。

不安に感じて、御幸が大野の顔を覗き込んだ。

 

 

そして、御幸”も”笑った。

 

「何笑ってんだよ。」

 

 

吸い込まれるような、紺碧の瞳。

艶やかで、上品に煌めくその瞳は、遙か底のない深海のように深みを増していた。

 

その表情は、数分前に怪物スラッガーを三振に切ってとったもう1人の主役と、全く同じものであった。

 

 

 

「いや、別に。こっから上位打線、ピンチだけど頼むぜ。」

 

「ああ。」

 

 

そうして、いつも通り互いにグローブをポンと当てる。

 

18.44m、笑顔の2人が両端にいた。

 

 

 

マウンド上、1人になった大野が白球を右手で転がし、パンっと左手に嵌められたグローブに叩きつける。

そして、プレートのすぐ横に置かれたロージンバックに手を伸ばした。

 

(鳴、お前本当にすげえよ。)

 

チームを背負い、ここまでずっと全力で走りつづけてきている。

他を寄せ付けず、天才をねじ伏せて。

 

 

何より、完全に楽しんでいる。

 

俺と、投げ合うことを。

そして、自分の限界を超え続けることを。

 

 

右手で掴んだロージンをポンポンと弾ませ、元の位置に落とし。

ふっと息を吹きかけた。

 

(俺も、負けられねえよな。)

 

炎天下、猛暑の神宮球場に。

白銀の粉塵が舞い上がった。

 

 

 

初回同様、目を瞑る。

そして、胸に手を当ててゆっくり息を吐いた。

 

 

今までは、チームに勝ちを運びたいと思っていた。

ただただ、チームが勝てればそれでいいと思った。

 

 

だが、今は違う。

初めて、一個人として投げ勝ちたいと思った。

 

 

成宮鳴というエースに。

これまでの限界を超えたライバルに、勝ちたいと。

 

 

その意志は、大野に新たな扉を、開かせた。

 

 

 

 

(っし。行こうか。)

 

目を開ける。

視界は灰色に染まり、打者と御幸の姿だけが明るく鮮明に色付いた。

 

 

いつもと違う光景。

いつもと違う状態。

 

そんなもの、今は気にならない。

ただ、成宮に勝つために。

 

 

大野の世界から、音が抜け落ちた。

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード48

 

 

 

 

燦々と照りつける太陽。

その下、ゆらゆらと揺れる陽炎の元で、投手は帽子を深く被った。

 

(犠牲フライも、ゴロもできれば防ぎたい。内野フライか三振で頼むぞ。)

 

(簡単に言うね。)

 

御幸のサインで、意思疎通。

まるでテレパシーかと言わんばかりである。

 

 

 

(まあ、やってこそだよな。)

 

まずは、目の前のバッター。

それだけを考えて、大野はセットポジションに入った。

 

 

 

 

 

一つ、息を吐く。

 

心は、十分落ち着いている。

身体も、固まっていない。

 

 

求められているのは、いつもの投球。

しかし、それでは足りない。

 

 

 

 

 

限界を越えろ。

常に100%…120%で闘え。

 

今都内で最も強い成宮鳴という投手を、越えろ。

 

 

そう言い聞かせ、大野はプレートに足をかける。

そして、打席のカルロスと視線が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おいおい、冗談だろ?)

 

対するカルロスは、目の前の投手の姿に戦慄した。

 

きらりとガラスのように煌めく瞳。

太陽の光に反射するように輝きを増す。

 

帽子の影で薄らとしか見えないその表情。

それがまた、数分前に圧倒的な投球を見せた投手と重なってしまった。

 

 

 

ただ、あくまでそれだけだ。

 

表情と瞳が、酷似しているだけ。

まだ、「今の」成宮と同じとは言いきれない。

 

 

頭に過った弱気を振り払うように、カルロスは軽口を叩いた。

 

「随分余裕だな、お宅のエースさんはよ。」

 

それに対し、一番近くにいる御幸は何も返答を返さなかった。

カルロスも敢えて追及せず、バットを構える。

 

 

 

(さあ来い。甘く入ったら弾き返してやる。)

 

狙うは、高めのストレートと抜けた変化球。

厳しいボールを、態々狙う必要はない。

 

 

とにかく、1点。

あとは、自軍のエースがなんとかしてくれる。

 

カルロスも息を吐き、狙いを定めた。

 

 

 

 

大野の足が、ゆっくり動き始める。

クイックモーションだが、ランナーはほぼ無警戒。

 

盗塁を防ぐよりも、目の前の打者を打ち取ることを最優先とした。

 

 

 

 

(低く来いとは言わねえ。飛び切り「強い」ボール、投げ込んでこいよ。)

 

(高く来たら、弾き返してやる。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大野から白球が放たれたと同時に。

 

風を斬り裂く音が、走った。

 

 

その音は、薬師高校との試合で轟の耳に入ったものとは比べ物にならない大きさで、御幸のミットへと突き進む。

 

 

 

 

そして、乾いた破裂音が、鳴り響いた。

 

 

 

 

「うお、まじかよ。」

 

思わず、カルロスがそう漏らす。

 

 

御幸がミットを置いた場所は、外角低め一杯。

 

そこに、寸分違わず決める。

というのは、いつもと同じなのだが。

 

驚愕したのは、そのボール。

 

普通なら失速するはずのボールが、加速した。

 

 

ノビのある直球とはよく言うが、それにしても限度がある。

 

常人離れしたボールの回転数と、彼特有の極端なオーバースローによる縦回転がもたらしているのだろう。

 

 

近年流行りのムービングボールのような、芯を外すストレートではない。

ある意味では、時代を逆行するような。

 

混じりっけのない、純粋なストレート。

 

 

原理は、単純明快。

しかし、打者にとっては脅威そのものであった。

 

 

 

事実、カルロスはこのストレートを見たことがない。

ここまでノビのある、純粋なストレート。

 

昨年の大野のストレートよりも、数段進化したボール。

カルロスは、155km/hと言われても頷けるほどのスピードに感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

(まじかよ、この野郎。)

 

己の悪い予感が見事に的中してしまったことに、カルロスは薄桃色の唇を噛んだ。

 

 

球の速さも然ることながら、球の軌道もまた独特なもの。

 

他の投手の…それこそ先程までの大野のストレートでも、ある地点になると重力に負けて若干沈む。

 

 

が、このストレートはどうか。

沈むどころか、発生した揚力が常人とかけ離れているためか「伸び上がる」のだ。

 

 

故に、見た事のないストレート。

それが、完璧なコースに決まるからまた厄介なのだ。

 

 

「さっきお前、夏輝に余裕があるって言ってたな。」

 

御幸の言葉に、少し反応する。

顔こそ向けないものの、耳だけ傾けた。

 

 

「実のところ、俺もあいつがなんであんな表情になったか分かんなかったよ、さっきまでな。」

 

 

大野が、再びボールを投げ込む。

そのストレートは、またも外角低めに。

 

「すげえよな、あいつこんな球投げられるんだぜ。」

 

 

この132km/hのボールにも手が出ず、カルロスは追い込まれた。

 

 

「そりゃ、あんな表情にもなるよ。こんなに気持ちよく相手を捩じ伏せることができんだから。」

 

さっきよりも近くで聞こえる、御幸の声。

カルロスが、舌打ちと共に、歯を噛み締めた。

 

 

 

 

同じようにリリースされたボールは、先の2球とはまた違う。

 

丁寧にピンポイントに投げ込んでいた快速球ではない。

紛うことなき、大野の全身全霊を掛けた、最高の真っ直ぐ。

 

 

 

この試合。

いや、この高校野球の世界に入ってから初めてコースを気にせず投げたストレートは。

 

 

 

 

 

カルロスのバットの遥か上をすり抜け、高めに構えられた御幸のミットを、大きく鳴らした。

 

 

「お前たちに…成宮鳴に感化されたウチのエースは、お前たちのエースにも負けない投手になってくれたよ。」

 

 

空振り三振。

 

無様にバットを地面に突いたカルロスに、御幸はそっと耳打ちした。

 

 

「この後の2人に伝えとけよ。この回はストレートしか投げねえから、精々頑張って当てられるように、ってな。」

 

 

そうして、御幸は左手に収められた白球を大野に投げ返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だってよ、白河。」

 

御幸に言われた通りに、律儀に伝えたカルロス。

勿論、白河は舌打ち一つだけで返答した。

 

(ウザいウザいウザいウザい。舐めているにも程がある。)

 

 

 

白河は、あの2人が嫌いだ。

何故なら、いつも自分の前に立ち塞がるから。

 

それほど強くない癖に、ライバル面して。

 

 

いつも負ける癖に。

いつも悔しい思いをしてるはずなのに。

 

 

 

高校野球くらい勝たせてやろうと稲実に誘った。

それも、断った。

 

 

曰く「最強のメンバーが揃っている最強のチームに勝ちたい。その最強のチームはお前たちだから、同じチームにはなれない」と。

 

曰く「一也がそう言うなら」と。

 

 

 

 

(今回も、打ち砕いてやる。俺たちの元に来なかったこと、後悔させてやる。)

 

 

そうして、白河はバットを掲げた。

 

「カルロスからちゃんと聞いたか?」

 

白河は、何も返さない。

そんな姿を見て、御幸は何も言わずにミットを構えた。

 

 

 

コースは、内角高め。

 

普段はあまり高めに要求しないが、さっきのカルロスの打席、その前の成宮のファールで確信した。

 

 

今日の大野のストレートは、高めでも空振りを奪える。

それだけ、勢いがある。

 

 

 

 

初球。

御幸の予想通り、高めのストレートに白河は空振りした。

 

 

(くそ、速い。)

 

球速にして、133km/h。

高校野球ではよく見るその球速帯のはずなのに。

 

 

バットが当たらない。

全く着いていけない。

 

 

大野の吸い込まれるような、紺碧の瞳がまた煌めく。

そして、次は外角低めにストレートが決まった。

 

 

 

ツーストライク。

方法は違えど、ほとんどカルロスの時と同じ。

 

ストレート2球で追い込まれ、最後は自信のあるボールで仕留めにくる。

 

 

 

しかし白河も、大体ボールの軌道や速度感は掴んだ。

次は必ず打ち返すと、バットを構える。

 

 

「あんまり、調子に乗るな。」

 

歯を食いしばり、白河はストレートに狙いを定めた。

 

 

「何言ってんだ。」

 

呟いた白河に、御幸も返す。

そして、外角の低めに構えた。

 

 

 

大野が腰を捻り、全身の回転運動でボールを放つ。

鎌鼬のようなその快速球は、周囲の圧縮された空気を切り裂くように。

 

白河の前を、通過していった。

 

 

「調子になんか乗ってないさ。ただ、うちのエースがこれからやってのけることを、予め伝えてやってるだけだよ。」

 

 

 

そう、跪く白河に言い放った。

 

 

 

 



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エピソード49

 

 

 

 

 

「さあ、甲子園をかけたこの試合も終盤戦になりましたが、お互い得点は奪えておりません。両者0点のまま、回は8回表が終了しました。」

 

 

時刻は、12:00手前。

両投手の投球テンポが早いからか、回の割に試合時間は短い。

 

 

しかし、気温は36℃と猛暑。

選手たちの疲れは目に見えて出てきていた。

 

 

 

「試合展開としては、大方予想通りというところでしょうか。」

 

「そうですね。しかしまあ、やはり両投手ともにとんでもないですね。」

 

 

とんでもない両投手というのは無論、大野夏輝と成宮鳴である。

 

 

 

青道のエースである大野は、7回を投げて無失点。

被安打4ながら、四死球0の13奪三振。

 

 

稲実のエースである成宮も、8回を無失点ピッチング。

被安打5の四死球2、しかし奪三振は大野を上回る16奪三振。

 

 

出したランナーの数は、成宮の方が多い。

しかし、彼の圧倒的なピッチングは何となく試合を掌握しているような空気を出すため、どちらが劣っているというように見えない。

 

 

 

いや、比較すること自体が愚行か。

それほどまでに、2人のエースは完璧という他ない投球をしていた。

 

 

 

 

 

 

「っらァ!」

 

大野がそう叫ぶと同時に、打者のバットが空を斬る。

 

勢い余って帽子が脱げ落ち、それに隠されていた白銀色の髪が、ふわりと舞った。

 

 

 

ベンチ内、渡辺がノートに15個目のKを書き記す。

それを横目で覗き、片岡は小さく頷いた。

 

 

三振は多い。

しかし、それと相まって球数も増えていることが、少しばかり気がかりであったからだ。

 

 

 

大野は元々スタミナがある方ではない。

寧ろ去年までは、7回が精一杯の投手であった。

 

 

無論今は、冬のトレーニングの成果もあり、完投もできる。

 

それこそ薬師高校相手にも完投出来たし、他の試合でも最後まで投げきるケースは多々あった。

 

 

 

が、今回は状況が違う。

 

例年以上に高い気温と、決勝戦という大舞台。

スタミナを削る要素はいつも以上に多い。

 

 

尚且つ、成宮の投球に感化されてか、少しばかりオーバーペースである。

 

 

 

「球数は?」

 

「89球です。」

 

 

数は少ない。

 

が、力の入れ混み具合が違う分、やはり疲れは出てきているだろう。

 

 

大野の額から滝のように流れる汗が、それを物語っていた。

 

 

「どうだ。」

 

「まだ平気です。」

 

そう一言で返すと、大野はゆっくりとベンチに腰掛け、横に置かれた紙コップに口をつけた。

 

 

 

暑さで、汗が多い。

水分を取らなければいけないが、飲み過ぎればまた逆効果である。

 

煩わしいその汗をタオルで拭い、更に深く腰掛ける。

 

 

 

 

投げている時はあまり感じないが、やはりこうしてベンチに戻ると疲れがドッと出てくる。

 

というより、アドレナリンで隠れていた疲労感が顔を出した、というべきか。

 

 

念の為か、確認するように右手を握り込む。

 

 

(握力…大丈夫。まだ力も入るし、特段やばい箇所はない。)

 

 

そうして息を吐き、背もたれに身体を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だいぶ疲れが出てきたな。」

 

少し遅れて戻ってきた御幸に、片岡はそう言った。

 

 

「球数も増えてきたし、暑くなりましたからね。」

 

「お前の目から見て、どうだ。」

 

 

片岡の問に、御幸が少し考える素振りをする。

そうして間もなく、御幸が顔を上げた。

 

「球は要求通りに来ていますし、球威も球速も落ちてません。何より…」

 

「今の大野は、降ろせんな。」

 

 

調子も然ることながら、あの表情を見てしまってはな。

 

 

「交代のタイミングはお前に任せるぞ、御幸。降谷と沢村も準備は出来ているからな。」

 

 

正直、判断しにくい。

ここまで来るといつ「その時」が来るか分からない。

 

前の回まで好投していた投手が急に乱れるというのは、割とよくある話だ。

 

それこそ、疲れが溜まってきた終盤以降は。

 

 

 

特にベンチ側からは、調子が確認しずらい。

だからこそ、実際に受けている御幸に委ねた。

 

 

(援護さえやれりゃあ、こんなこと考えなくても良いんだけどな。)

 

 

そんなことはわかっている。

しかし、今の成宮は正直言って異常なのだ。

 

そもそも、大野の好投もこの成宮のピッチングありきなのだ。

 

 

 

 

 

「0-0のまま最終回を迎えます。なんとか先制点を取りたい青道高校は、クリーンナップからの攻撃です。」

 

 

 

声を上げながら打席に入る伊佐敷に、成宮はマウンド上で悠然と見下ろしていた。

 

 

別に、伊佐敷を下に見ている訳では無い。

 

ただ、投手として。

マウンドという玉座に座った以上、打者を見下ろして戦わなければならない。

 

 

 

チラリと青道のベンチを見て、すぐにキャッチャーに戻す。

 

そして、小さく笑った。

 

 

「あんにゃろう、この間までとはまるでちげえじゃん。」

 

 

呟き、左手に握られたボールを右手のグローブに投げつける。

 

そのボールを再び掴み、軽くストレッチをした後に深呼吸をした。

 

 

 

(っし。)

 

 

(準備はいいな?)

 

成宮が深呼吸を終えたのと同時に、原田が目線を合わせる。

また、さっきと同じ宝石のような瞳が、突き刺さった。

 

 

(伊佐敷さん、からね。結城さんの前にランナー出したくないし、抑えに行くよ。)

 

(ここも…だろうが。)

 

小さく笑い、ボールの握られた左手を隠すように、胸の前で両手を合わせる。

そしてその腕を、ゆっくり振り上げた。

 

 

 

 

初球、スライダー。

内角に切り込んできたこのボールを伊佐敷は見逃し、1ボール。

 

 

続く2球目。

ストレート、低め。

 

少し甘いが、力のあるボールに伊佐敷も前に飛ばせない。

 

 

 

3球目も、続けてストレート。

今度は高めに浮いているが、伊佐敷はこれを空振り。

 

 

高いが、それ以上にキレがある。

 

 

 

(っくそ。球がどんどん良くなってやがる。)

 

 

球速表示は、146km/h。

先程までと大して変わらないが、それ以上に力がある。

 

 

 

ワインドアップから足を高く上げ、全身の縦回転とともに振るわれる左腕。

 

正に、エースの風格である。

 

 

 

最後はワンバウンドのフォークで空振り三振。

ストレートの威力が上がれば上がるほど、変化球も生きてくる。

 

真っ直ぐと軌道の近い落ちる変化球に、伊佐敷も対応しきれなかった。

 

 

「さっきよりも球強くなってんぞ。気をつけろよ。」

 

「わかった。」

 

 

 

 

ここで、4番。

ドラフト指名確実と言われている怪物スラッガーが、打席に入った。

 

 

とはいえ、ここまで結城は4打数の3三振。

成宮が特に力を入れているとはいえ、不甲斐ない結果である。

 

 

ここは4番として打っておきたいところだが。

 

 

 

初球、ストレート。

これがインコース高め一杯に決まり、1ストライク。

 

 

 

2球目、先と同じボール。

145km/hのノビのある直球に、結城もバットに当ててファール。

 

 

 

 

 

高めの直球が2つ。

続く球は、見せ球か。

 

それとも、勝負にくるか。

 

 

外か、内か。

低めの変化球、チェンジアップか。

 

 

 

 

 

 

 

4番としての重圧か。

それとも。

 

 

主将としてエースが孤軍奮闘している姿に、気負ったか。

 

 

 

 

 

 

 

いずれにしても。

 

「不要な感情」が、再び結城に迷いを生ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「3球勝負!最後は自己最速の150km/h!最高ギアの成宮に結城、屈辱の三振です!」

 

 

 

跪く結城、再び雄叫びを上げる成宮。

 

これが本当に、4番とエースの対決か。

それほどまでに、圧倒的であった。

 

 

 

 

この後の増子もショートライナーに抑えられ、成宮は9回の表も無失点に抑える。

 

 

 

 

 

 

0-0のまま迎えた、9回の裏。

1点でも取られれば、その時点で試合は終わる。

 

 

しかし、大野は。

 

 

「さ、行くぞ。」

 

「おう。」

 

 

御幸を引き連れ、ベンチから出ていくエース。

普段なら最後の回だが、今日は違う。

 

ここから、点を取られたら負けのサバイバルが、始まる。

 

 

「らしくねえよな、哲さん。」

 

「気にしなくても次は打つ。それまで抑える。」

 

食い気味に、大野が言う。

投球に集中しているのだろう、そう思って御幸はうなずいた。

 

 

「あぁ。先頭は鳴からな、今のあいつは何しでかすか分かんねえから、気合い入れて投げろよ。」

 

「言われなくても。」

 

 

そんなの、自分が1番よく分かっている。

 

 

去年、嫌というほど味わっているのだから。

 

 

 

 

(まずは、ここ。)

 

御幸が要求したコースは、内角高め。

普段なら要求しない、はっきり言って危険なコース。

 

 

(随分思い切るな。)

 

(今のお前なら投げられるだろ。やり返してやれ。)

 

 

また、大野が笑う。

そして、ゆっくり腰を捻り始めた。

 

 

 

初球。

要求通り、内角高めにストレート。

 

成宮も振りに行くが、勢いのあるストレートについていけず空振り。

 

 

 

 

2球目。

同じくストレート。

 

今度は、さっきのボールと真逆。

成宮のストライクゾーンの中でも最も遠いコースにピンポイントで決める。

 

 

外角低め一杯。

大野夏輝が最も得意とするコースであり、最も頼れるコースである。

 

 

 

早くも、追い込んだ。

しかし、バッターは一発を警戒しなければいけない成宮。

 

 

(遊び球は?)

 

(いらないだろ。お前もあいつを捩じ伏せろ)

 

 

頷き、また大野が笑う。

先程よりも、瞳が煌めきを増していた。

 

 

 

要求されたコースは、高めのストレート。

今日はとにかく、このコースが冴えている。

 

 

(コースはいい。目一杯、一番良いボールを投げてこい。)

 

 

「っらァ!」

 

思い切り振るわれた右腕。

コースは、真ん中高め。

 

ストレートに狙いを向けていた成宮も、このボールに反応。

 

 

速球に強く、今大会に放った長打はほとんどストレートを弾き返したもの。

特に高めに強く、失投は逃さない。

 

 

成宮の反応か。

大野のストレートか。

 

 

 

 

 

少しばかり、大野のストレートが。

 

 

 

 

 

成宮の想定を、超えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空振り三振!まさかまさか、大野も自己最速を計測します138km/h!これまでの最速を2km/h更新する渾身のストレートに成宮のバットが空を切りました!」

 

 

投げ終えた反動で、半回転。

そのままぽとりと落ちた帽子を拾いに、打席に背を向けた。

 

その背に描かれた「1」が、やけに大きく見えた。

 

 

 

(まず、1つ。)

 

息を吐き、ロージンバックに手を当てる。

そして、額に浮かんだ汗を前腕のアンダーシャツで拭った。

 

 

(アンダーあと何枚あったっけ。確か1枚は確実…あ、もう1枚あるか。)

 

そんなことを考えながら、大野は再びプレート前に戻った。

 

 

 

 

この後のカルロスをセンターフライに抑え、打者は2番の白河に移る。

 

初球、縦のカーブ。

低めに決まるこのボールを見逃し、1ストライク。

 

 

2球目は、キレのある134km/hのストレートを外角低めに決め、2ストライク。

 

 

 

 

 

 

(こいつ、また3球で来る気か?)

 

あまりにも、安直すぎる。

そう思いながらも、それでも打てていない自分たちに舌打ちをした。

 

 

ストレートか、それともカーブか。

ツーシームなら、なんとかバットに当ててやる。

 

どのボールにも対応できるよう、タイミングを測る。

 

 

 

しかし。

 

 

「残念、どのボールでもねえよ。」

 

 

最後は低めに外れるスライダーを引っ掛けさせ、セカンドゴロ。

 

 

 

 

 

両投手の好投。

 

試合は、延長戦へと突入していった。

 

 



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エピソード50

 

 

 

 

 

10回の表。

 

本来野球というスポーツは、9回で終わる。

しかしこのように、9回を終えても勝敗が決しない場合。

 

 

2人のエースが躍動。

誰もを置き去りにした最高峰の投手戦は、遂に延長戦へ。

 

 

 

 

お互い、公式戦で9回以上投げるのは初めて。

まだスタミナにも余裕がある。

 

しかしながら、この炎天下。

 

 

 

未知の領域に、成宮は立った。

 

 

 

 

 

が。

 

今の成宮は、それすらも超越していた。

 

 

 

その暑さは、成宮の熱をさらに高め。

疲労感は、成宮の負けん気で力に変えた。

 

 

この回も御幸から始まる下位打線。

白州にスライダーを捉えられて出塁を許すも、失点まではさせない。

 

続く門田と大野を抑え込み、再びマウンドで吠えた。

 

 

 

 

汗を拭い、ベンチに戻る成宮。

それを遠目に見ながら、大野は息を吐いた。

 

「すまん、大野。」

 

「いえ。打てなかったのは、俺も同じですから。」

 

 

門田がそう謝ると、大野は一言だけ返してマウンドへ向かった。

 

 

 

好投し、ベンチに戻る成宮と入れ替わるように。

大野はまた、マウンドへと帰っていった。

 

 

 

(また、か。)

 

 

門田からの謝罪に、思い出してしまう。

 

去年のことを。

そして、急に大野に重圧がのしかかった。

 

 

ここから先は、一点も取られては行けない。

勝つには、あの絶好調の成宮から味方打線が打たなければいけない。

 

 

 

いつになったら、点を取れる?

いつまで投げれば、勝てる?

 

 

 

 

 

終わりの見えないこの投手戦にドッと疲労感が溢れ。

 

ため息が出そうになり、すぐに飲み込んだ。

 

心配をかけてはいけない。

エースなのだから。

 

淡々と、味方の援護を待つのだ。

 

 

 

 

 

灼熱の太陽は身を焦がし。

 

 

確実に、大野の体力を。

精神を、蝕んでいた。

 

 

 

 

 

「大丈夫か、夏輝。」

 

無言で頷き、白球を受け取る。

そして、息を吐いた。

 

 

(今は、目の前のバッターだけを抑えるんだ。それだけだろ。)

 

 

雑念を振り払うように首を横に大きく振る。

 

 

目を瞑り、大きく息を吸い込み、また吐き出した。

 

また、その瞳は煌めき出す。

もう1人の「エース」と、呼応するように。

 

 

 

 

打順はクリーンナップから。

 

先頭は打率も高い、3番の吉沢。

次にくる打者が打者なだけに、ここはランナーを出したくない。

 

 

 

初球、インコース高めのストレート。

これをゾーンに決め、まずは1ストライク。

 

続く2球目はカーブを放るも、低めに少し外れてボール。

 

 

3球目、ここもカーブ。

吉沢も2球連続は頭に無かったのか、このボールを空振り。

 

 

1ボール2ストライクと、追い込んだ。

 

 

(どうする。)

 

(ストレートは4、5巡目とだいぶ見せてきた。決めに行くぞ。)

 

大野が頷き、グローブを胸の前に置く。

そして、打者の外角低めに構えられた御幸のミットに視線を送った。

 

 

外角ボールゾーンからストライクゾーンに切れ込んでくる、ツーシーム。

 

 

それを確認して、投げ込んだ。

 

 

 

「っ!」

 

ど真ん中から、低めに決まる高速変化球。

これに思わず手が出てしまい、空振り三振を喫した。

 

 

 

 

 

 

まずは、1アウト。

テンポよく打者を抑えた反面、御幸は大野にしては珍しい姿に若干の不安を覚えていた。

 

 

要求されたコースは、ボールゾーンからストライクゾーンに切れ込む変化球。

言ってしまえば、見逃し三振を取りに行ったボールだった。

 

 

しかし、投げられたコースは外の中段。

それも、少し真ん中寄りのボールであった。

 

 

(コントロールミス…とまでは言わないけど。)

 

 

この炎天下で、しかも初めての10イニング目。

 

不安要素は、はっきり言って多すぎる。

 

 

 

 

御幸の不安を察したのか、大野が視線を送る。

ロージンバックを右手の上で遊ばせつつ、真っ直ぐ御幸を見た。

 

 

(心配するな。先制するまでは、堪える。)

 

 

右手に纏わり付いた白い粉塵に、ふっと息を吹きかける。

 

 

(わーったよ。次4番だからな、球数使うぞ。)

 

(OK。)

 

 

迎えるは、4番。

尚且つ主将で、エースを支える女房役。

 

接戦の場面。

特に終盤になればなるほど、打点に絡む。

 

 

(単打はまだ構わない。長打は勿論、四球もナシだ。疲労が出てきたのは悟られたくねえからな。)

 

 

 

 

できるだけ、隙は見せたくない。

相手に余裕ができれば、それだけいいプレーをさせる要因になってしまうから。

 

 

 

 

 

 

(やっぱり、デカい。)

 

身長182cm、体重90kg。

体格面での圧迫感もそうだが、精神面が大きい。

 

 

終盤での風格は、プロ顔負け。

特に投手が好投している、ロースコアの投手戦の時は。

 

 

(日和るなよ。ここまで全く当たってないからな。)

 

(わかってる。)

 

 

とはいえ、やはり意識してしまう。

こういうバッターほど、終盤まで打てていない時。

 

 

試合を決める一発を放ったりする。

 

 

 

 

一度視線を原田に向け、すぐに戻した。

 

まず出されたサインは、ツーシーム。

打者のインコースからボールゾーンに外れるボール。

 

 

昨年の決勝戦もかなり有効であったコース。

やはりまだ苦手意識があるのか、このボールに空振り。

 

 

次は、ストレート。

インコース高めに外れるボール。

 

 

これにも手が出てしまい、空振り。

 

 

 

 

 

明らかに力んでいる。

御幸の目からも大野の目からもそれは明白であった。

 

(決めに行くか。)

 

(いたずらに球数増やしても意味ないからな。決めるぞ。)

 

出されたサインは、バックドアのツーシーム。

 

 

ここまで原田に対しては、特にインコースを攻めている。

そのため、体が確実に反応しないとわかっていた。

 

頭でわかっていたとしても。

 

 

 

ゆったりとしたフォームから、全身を縦回転。

ストレートと全く同じ軌道から途中で失速する斜め横の変化球。

 

低めに決まるこのツーシームで空振りを奪う。

そう確信し、御幸はミットの快音を待った。

 

 

 

 

 

 

しかし。

 

 

「ファール!」

 

 

鳴り響いたのは、甲高い金属音。

白球と金属バットが擦れた音であった。

 

 

反応した。

ここまで一球も見せてこなかった完璧なボール。

 

まさかこのボールに対応できるとは。

 

 

(これが延長の原田さんか。)

 

(どうする。)

 

(行くしかないだろ。)

 

今更、逃げられない。

そもそも、追い込んでいるのはこちらなのだ。

 

 

もう一球、ツーシームを続ける。

今度は、真ん中高めからインコース一杯に決まるボール。

 

 

しかしこれも。

原田は、反応した。

 

 

 

右打席から聞こえる、深呼吸の音。

明らかに、集中力が上がっている。

 

ここで一度、打ち気を逸らすボール

そのため、低めに外れるスライダーを放る。

 

が、やはりこのボールも見逃した。

 

 

(生半可なボールは見られるか。)

 

6球目に選んだボールは、ストレート。

低めボール一個分外れる直球が要求通りに届き、外れて平行カウントになる。

 

 

 

 

(決めるぞ。)

 

(おう。)

 

 

決め球は、やはりツーシームか。

インコースのストライクゾーンからボールゾーンに逃げる高速変化球。

 

この打席の初球もそうだが、原田はこのコースに全くあっていない。

 

 

 

打てないコースであれば、しつこく攻める。

弱点を攻めるのは、勝負事の鉄則だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(来るか。)

 

原田も、身構える。

恐らく、決め球はあのツーシーム。

 

インコースのあのボールか。

だとすれば、ここまで全く対応できていない。

 

 

しかし、ここまで何度も見てきたボール。

変化も、大体想定がつく。

 

 

必ずバットに当てる。

甘く入れば、確実に決める。

 

 

そうして、原田は息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

一度、首を振る大野。

そんな姿に原田は若干の違和感を覚えながら、身構えた。

 

 

 

ゆったりとした、出処の見えにくいフォーム。

そこから放たれるのは、130km/h前後のボール。

 

反応で対応し切れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那。

 

 

全身の縦回転と共に。

鎌鼬が、原田の胸元を抉り込んだ。

 

 

 

「空振り三振!最後はインコース高めいっぱい、延長戦になっても4番に攻め込んでいきます、マウンド上の大野夏輝。その名の通り、真夏のマウンドで輝きを増します!」

 

 

はらりと舞い上がる白銀髪。

それを覆っていた帽子が落ちると同時に、大野は声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原田から奪った三振から勢いに乗った大野は、最後のバッターである山岡を三振に打ち取る。

そして、ゆっくりとベンチへと戻っていった。

 

 

(さすがにきつ。)

 

息を吐き、帽子の鍔を抑える。

 

 

当たっていないとはいえ、やはりクリーンナップ相手は神経を使う。

ただでさえすり減っているというのに、終わりの見えない投手戦というのが、大野にとってさらに負担になっていた。

 

 

 

 

汗を拭いながらベンチに深く座り込む大野。

表情にもやはり、疲れが現れていた。

 

 

 

 

 

しかし。

 

「流石に疲れてきたかな?」

 

「ええ、まあ。」

 

 

 

その姿は逆に。

 

 

「ヒャッハー!ここで絶対点とってやるからゆっくり休んでろよ!」

 

「ったりめえだオラア!」

 

 

味方打線を奮起させる材料としては十分すぎたのだ。

 

 

 

「必ず決めてくる。それまで、待っていてくれ。」

 

結城がそう言うと、大野は笑って返した。

 

 

 

「お願いします。」

 

 

 

 

 

 

青道打線の猛攻が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード51

 

 

 

 

 

 

11回目の表。

青道高校は、上位からという好打順。

 

先頭には、リードオフマンの倉持が向かった。

 

 

 

打席に入る直前、軽く屈伸。

そして、先程と変わらず左の打席に入った。

 

 

 

ヘルメットの横を右手の平で触れ、体をほぐすようにぐるりと両肩を回す。

 

それを見て、原田は成宮に視線を送った。

 

 

(チェンジアップは捨て…真っ直ぐ1本狙いだろうな。)

 

(だろうね。詰まってたとは言え、さっきの打席もストレートを弾き返してる。)

 

 

ここまでは、1安打のみ。

それも、どん詰まりのポテンヒット。

 

別段気をつける相手ではない。

 

が、この終盤。

と言うより、延長のこの場面。

 

出塁させて、勢いに乗られるわけには行かない。

 

まずは先頭を切り、4番の前に断ち切る。

 

 

「っしゃあ!」

 

声を張り上げ、バットを構える。

 

(甘く入れんなよ。内野安打もあるからな。)

 

(バットにすら当てさせないよ。)

 

 

そうして投じた初球。

まずはスライダーが外に外れ、1ボール。

 

 

続くボールはストレートのサイン。

外角のストレートを要求した。

 

振りかぶる成宮。

成宮が投じたボールに対し、倉持は。

 

 

 

バットを寝かせ、速球にコツンと当てた。

 

「んな。」

 

セーフティーバント。

倉持の俊足を生かしたバントによる内野安打を狙う方法。

 

 

転がったのは、サードライン側。

まさに絶妙なバントである。

 

 

しかし、原田もこれには警戒していた。

何せ、倉持が手っ取り早く出塁するにはバントヒットが最も効率的だからだ。

 

 

 

 

(打球が死んでいる。)

 

そうして成宮に視線を送る。

 

 

普段のフィールディングのいい成宮であれば、十分に間に合う。

 

 

が。

延長まで伸びた疲労感か。

少しバントの警戒が疎かになっていた成宮の動きは、明らかに鈍っていた。

 

 

 

「サード!」

 

チャージしてきた吉沢。

強肩の彼がなんとか一塁に投げたものの。

 

一塁塁審は、両手を横に広げた。

 

 

 

 

 

ノーアウト、ランナー一塁。

最も出したくないランナーを、出してしまった。

 

(ごめん、無警戒すぎた。)

 

 

確かに、普段の成宮はフィールディングもかなりいい。

しかしながら、彼とてかなりの疲労が溜まっているのだ。

 

 

何度も言うが、気温はすでに35℃を超えている。

それはあくまで外気温であり、高い壁に囲まれたこの神宮球場内はその人口密度も相まって灼熱と化していた。

 

 

球数は、すでに113球。

この炎天下の中と考えれば、疲労感は相当なものであった。

 

 

それくらい、原田も承知していた。

寧ろ成宮の疲労を考慮していなかった自分に腹が立った。

 

 

 

(仕方ねえ。ここまでほぼバントの素振りもなかったからな。次は恐らく送ってくるぞ。)

 

 

 

予想通り、ここは手堅くバント。

小湊が上手く転がし、ランナーを二塁に進めた。

 

 

 

 

ここから先は、クリーンナップ。

1アウト二塁と言うチャンスで、3番の伊佐敷を迎える。

 

 

 

ここまでは、全く機能していないクリーンナップ。

しかし、そんなことは自分たちが一番よくわかっていた。

 

「っしゃあ来いやオラア!」

 

 

 

初球、ストレート。

内角に抉り込んでくるボールに振り遅れてファール。

 

 

 

(くそ、もう少し早くか。)

 

続くボールは、チェンジアップ。

文字通り「止まる」ボールにスイングを崩されて空振り。

 

 

完全にタイミングは、ずらされた。

しかし、3球目のストレートにはなんとか食らいつき、ファール。

 

 

4球目はやや引っ掛け気味のスライダー。

これを見送り、1ボール2ストライク。

 

 

(落ち着けよ、伊佐敷純。できることを、やれ。)

 

 

最後の大会。

やはり、できることなら自分の手で決めたい。

 

 

しかし、わかっている。

ここで長打を打つよりも、繋ぐことが確率が高いと言うことを。

 

 

 

何より。

 

ここまで全く当たっていなくても信頼をおけるバッターが後ろにいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

5球目のフォークボール。

前の打席で空振り三振に喫したボール。

 

低めに決まるこのボールを、上手く拾った。

 

 

「拾ったー!打球はショート頭上を超えてセンター前へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

1アウト、ランナー1、3塁。

塁上で拳を突き上げる伊佐敷は、1人の男に視線を向けた。

 

 

 

(お膳立てはしたからな。決めちまえよ。)

 

 

 

延長11回。

チャンスはなかったわけではないが、やはり数が少なかった。

 

 

エースは、ここまでよく投げてくれた。

昨年を大きく上回る投球で、稲実の攻めを抑えてきた。

 

 

ここ数年間甲子園から遠のいていた青道高校。

いつも課題だと言われてきた投手陣は充実し、世代を代表するような絶対的なエースも台頭した。

 

 

今年こそは、確実に行ける。

そういう周りからの声もまた、主将である結城にはかなりのプレッシャーになっていたのも事実。

 

 

だからこそ、ここまでの6打席は完全に力が入っていた。

 

エースを援護するために。

周囲の期待に、応えるために。

 

 

 

「結城。」

 

打席に向かう直前、低い声に反応して振り返る。

そして、その声の主の元へと向かった。

 

 

「肩に力が入ってるぞ。それじゃあ、いいスイングはできんな。」

 

監督である片岡にそう言われ、一度頷く。

 

「ここまで歯痒い思いをしているのもわかっているし、お前が背負っていることも十二分にわかっている。」

 

一拍おいて、片岡は結城の肩に手を置いた。

 

 

「今は、背負うな、代わりに俺たちが背負う。だから今は、主将としてではなく。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一打者として。バッターとして、成宮鳴という投手に勝ってみせろ。」

 

 

背中を叩かれ、結城は元気よく、ベンチから離れた。

それはまるで、キャプテンになる前の結城。

 

 

去年の夏に、成宮から長打を放った時の姿に重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

延長11回。

ランナーは、1、3塁。

 

打席に向かうのは、4番の結城。

 

 

バットを右手で携えながら打席に入るこの打者に、原田は視線を向けた…

 

 

明らかに、集中力が違う。

目つきが、呼吸が、オーラが。

 

全てが、ここまでの打席とはまるで違うものであった。

 

 

 

危険すぎる。

できることなら勝負すらしたくないと感じるほど。

 

しかしながら、そうもいかない。

 

 

 

(明らかに空気感が違う。気をつけ…)

 

そう思って成宮に視線を動かしたところで、その心配がいらないことがわかった。

 

 

 

目つきが、変わった。

それこそ、覚醒を見せた6回の表に引けを取らないほどに。

 

 

彼もまた、結城の中から発せられる何かに感化されたのか、極限まで集中力を高めていた。

 

 

(ここで流れを断ち切るぞ。)

 

原田の思いを感じ取り、成宮はこくりと小さく頷いた。

 

 

 

初球のストレート。

外角の低めに決まるこのボールを見逃し、1ストライクと取られた。

 

 

「決めろや哲ー!」

 

 

塁上から、伊佐敷の声が響く。

 

球速表示は、147km/h。

終盤だが、やはりスピードは衰え知らずであった。

 

 

(集中。ストレートに狙いを合わせ、変化球には合わせにいく。)

 

 

ふうっと、息を吐く。

 

 

 

大野夏輝というエースの、圧倒的な投球。

周囲からの、期待。

 

ここまで、自分でもわかるほど緊張していたのだろう。

 

(俺は無頓着な方だと思っていたんだがな。)

 

 

無意識に、意識してしまっていたのだろう。

 

明らかにここまでの打席で一番の集中力だということは、当の本人が一番理解していた。

 

 

 

 

2球目。

インコース低めに逃げるスライダーを見逃し、カウントが並ぶ。

 

 

3球目、同じくスライダーを見逃して、2ボール1ストライクとバッター有利のカウントとなる。

 

 

 

(スライダーは見切ってるな。)

 

やはり、ストレートで押していくのが一番か。

 

しかしカウントが悪くなってのストレート。

甘く入れば確実に狙われる。

 

 

 

原田は、高めを要求。

敢えて、力で勝負することを選んだ。

 

 

「っ!」

 

少し真ん中高め、キレのある直球。

威力のあるこのボールにバットを合わせるが、若干振り遅れてファールとなる。

 

 

やはり、速い。

終盤になっても衰えないその勢いに、結城も尊敬の念すら抱いていた。

 

 

 

しかし、タイミングは完全に掴んだ。

次はアジャストできる。

 

 

 

並行カウントとなった5球目。

バッテリーは、勝負を決めに行く。

 

 

ストレートにタイミングの合っている結城に対して決めるのは、やはりウイニングボールのチェンジアップ。

 

 

外角のストライクゾーンから引き目に外れる変化球でスイングアウトを狙う。

 

 

 

 

「行けるぞ哲ー!」

 

「哲さーん!」

 

「決めろ結城ー!」

 

各所から聞こえる、結城への声援。

 

 

当の本人は、その声が届かない程に「深い場所」に入りこんでいた。

 

 

 

 

 

クイックモーションからリリースされるボール。

ストレートと同じフォームから放たれたボールは、緩く利き腕側に沈んでいった。

 

 

(チェンジアップ…!)

 

(もらった…。)

 

 

完全にスイングは崩した。

タイミングも外し、あとはボールが届くのを待つだけ。

 

 

 

そう思っていた。

が、鳴り響いたのは、甲高い金属音であった。

 

 

「ファール!」

 

スイングに崩されながらも食らいついた結城。

少し甘く入ったとはいえタイミングを完全に外したボールだけに、成宮も目を見開く。

 

が、すぐに切り替えてボールを受け取った。

 

 

(焦んなよ。あれに当てられたってことはストレートには合わないからな。)

 

(焦ってない。まあ、まさか当てられるとは思わなかったけどね。)

 

 

今度は、ここまで一番自信を持って投げこめているストレート。

低めのストライクゾーンに決まるボール。

 

速いボールだが、結城はこれにも反応してファールとなった。

 

 

 

 

 

息が、上がる。

少しばかり増えた汗を前腕で拭った。

 

 

(ここで打たれるわけにはいかねえ。確実に抑え込む。)

 

 

意識的にゆっくりと呼吸し、落ち着く。

そして、女房役である原田に目を向けた。

 

インコースのストレート。

コースというより、やはり威力を重視したボール。

 

 

 

7球目。

 

 

打者の内角を抉る、クロスファイア。

対角線に決まる速いボールに、結城はまた食らいついた。

 

 

というより、捉えていた。

 

少しばかり差し込まれていたもののミートしている。

が、この打球は一塁線切れてファールとなった。

 

 

 

 

カウントは、3球前と変わらず並行カウントのまま。

一応、もう1球余分に使えるバッテリーが有利なカウント。

 

 

(どうする、もう一球使えるが。)

 

(決めにいこう。今度こそ決めてみせる。)

 

決め球は、チェンジアップ。

 

 

内角の速球は、十分見せた。

あとは、コースに決めるのみ。

 

 

己の決め球に、全てを賭けた。

 

 

 

 

 

 

 

(これで、終わりだよ!)

 

クイックモーションから、左腕を思い切り振るう。

それはまるで、速球が放たれる時と同様の振りで。

 

 

球速差も去ることながら、落差も大きいため被打率は非常に低い。

特に右打者にとっては、逃げながら沈むため、高い奪三振率を誇る。

 

 

ストレート2球。

威力のある直球を見せ、タイミングは外した。

あとは、コースに決めるのみ。

 

 

 

 

 

「ッシ!」

 

 

勝負の、127球目。

 

成宮の左腕から、白球が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…来るか。)

 

 

白黒に染まった、視界の中…

 

 

集中力を限界まで高めた結城は、最後のボールに狙いを澄ました。

チェンジアップか、それとも速いボールか。

 

どちらにせよ、反応してみせる。

 

 

結城は、迷いを完全に捨てた。

 

 

 

 

 

放たれた白球。

結城の視界で、白球は「止まった」。

 

 

体は、速球に合わせて動き始めている。

 

 

(…!)

 

 

堪えろ。

できるだけ我慢しろ。

 

崩されずに、自分のスイングを。

 

 

 

 

 

 

信じろ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキィイン!

 

 

快音。

 

 

高々と上がった打球は富士川の頭を超え。

 

同時に、結城が右腕を突きあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード52

 

 

 

 

 

 

「均衡を破ったのは、4番の一振り!結城、勝ち越しの2点タイムリーヒット!」

 

一塁ベース上、右手を突き上げる結城。

歓声を背に、彼は柄にもなく喜びを露わにした。

 

 

 

危なかった。

打ててよかった。

 

 

自然と出てしまった右腕を、そっと下ろす。

 

無意識に出てしまった。

それ程までに、やはり嬉しかった。

 

 

好投しているエースを援護できて。

チームのみんなの期待に、応えられて。

 

 

 

自分自身そんなに感情を出すタイプではない。

しかしながら、今回だけは。

 

ぐっと、もう一度拳を握りこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

打たれた成宮は、がっくりと項垂れる。

己のウイニングボールを、反応されたと。

 

何より、一番打たれてはいけない相手に一番打たれてはいけないタイミングで、打たれてしまった。

 

 

 

両手を膝につけ、項垂れる。

緊張の糸が切れたように、彼は崩れ落ちた。

 

 

受け止めるように、女房役の原田が駆け寄る。

 

 

 

その頬には、額から流れてきた汗と共に。

また別の、光る物が伝っていた。

 

 

「おめえ、ほんとすげえよ。よく逃げずに投げきった。」

 

「ごめ、雅さん。俺、おれ…」

 

 

嗚咽を漏らしながら言葉を絞り出す成宮。

それを見て、原田はいたたまれない気持ちでいっぱいになっていた。

 

 

「おめえはよく投げた。ほんと、尊敬する。」

 

「でも…」

 

「ぜってえ、打ってやるから。心配しねえで、ゆっくり休めよ。」

 

 

 

必ず打つ。

 

 

 

否、打たなければならない。

 

 

そうでなければ、ここまで全身全霊をかけて投げてきたエースが、報われないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

成宮は降板。

1アウトで勝ち越し、尚もランナー一塁。

 

 

ここで稲実は背番号10の井口が成宮を継いで投げる。

 

 

 

 

まずは、5番の増子。

緊急登板ながら、増子に対して切れ味抜群のスライダーで空振り三振を奪う。

 

 

 

 

また、続く御幸に対して141km/hのストレートでショートゴロに抑えてこの回を最小失点に抑えてみせた。

 

 

 

この後始まる、味方打線の反撃につなげるために。

試合を作り、最後まで味方を鼓舞し続けた、エースのために。

 

 

 

 

 

 

「ファースト山岡が掴み取ってスリーアウト。追加点を許しません、この回から登板の井口が流れを断ち切りました。」

 

 

グラブを叩き、声を張り上げる。

そうして井口は、ベンチへと走り抜けていった。

 

 

 

 

 

 

しかし、青一色の三塁側ベンチは歓声。

関東No.1左腕と名高い成宮を打ち崩し、4番の一振りで遂に先制点をもぎ取った青道は大盛り上がり。

 

 

打った張本人は揉みくちゃ。

それほどまでに、成宮という好投手は打ち難い存在であった。

 

 

「よくあのチェンジアップ拾いましたね。」

 

御幸がそう尋ねると、結城は少し間を置いて、微笑んだ。

 

 

「そうか、俺が打ったのはチェンジアップだったか。」

 

 

そう呟く。

すると結城はヘルメットをおき、零した。

 

 

「とにかく集中して、集中して、来た球を打ち返した。俺は御幸や大野のように上手く配球を読むこともできない。上手く反応できてよかった。」

 

 

 

 

つくづく天才だなと、御幸は思った。

 

 

緩急も、あの落差にも対応できるのは、並の下半身と反応ではまず不可能。

それをストレートについていきながら弾き返したのだから。

 

 

やはり、天性の打撃センスを持っている。

 

 

 

何より。

決めて欲しいタイミングで、決めてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「逆転したとはいえ、2点。決して油断できる点じゃないことは、お前らもわかっているだろう。」

 

 

ナインが、頷く。

 

 

あとは、守り切るだけ。

長い長いこの投手戦に、終止符を打つために。

 

 

 

甲子園という、夢の舞台へ。

 

 

 

 

 

「行くぞ、甲子園!」

 

たった一言。

片岡の言葉に、青道高校ナインは大声で応えた。

 

 

 

 

あと、アウト3つ。

 

 

 

 

(あと、3つ。)

 

颯爽とベンチを出ていく野手たち。

その最後尾に、大野はゆっくりと出てきた。

 

 

 

 

重くなった身体を引きずり、ゆっくりと。

 

 

「大野。」

 

片岡に呼び止められ、振り返る。

できるだけ、疲れを悟られないように。

 

 

「最後、行けるか。」

 

 

「…ええ、勿論。」

 

 

そして、大野はマウンドへと向かった。

 

 

 

 

身体も、精神も、もう限界に近い。

しかし、ここまで来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か、夏輝。」

 

「…何が。」

 

マウンド上、ロージンを手に馴染ませながら軽く返事をする。

 

 

 

「甘い球増えてるからな。疲れちまったのかなって思ってさ。」

 

 

「そりゃ、疲れるさ。もう11回だぞ。」

 

 

「これで最後だ。そうだろ?」

 

 

「まあ、な。」

 

 

御幸が、そう声をかける。

 

 

いつも通りの、冗談を交えたマウンド。

少し話、御幸がミットを胸に当てる。

 

 

「みんなで行こうぜ、甲子園。」

 

「ああ。」

 

大野がぎこちなく笑う。

御幸も不自然に感じながらも、そのまま定位置へと戻っていった。

 

 

 

彼もまた、結城の一打に興奮冷めやらぬ、と言う感じだったのだろう。

だからこそ、大野の「違和感」に気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1人になったマウンド上。

その上で、大野は自分の右手を握り込んだ。

 

 

 

なんとなく、力が入らない。

気持ちの問題か、それとも。

 

 

 

少し過り、首を横に振る。

 

 

 

 

あともう一踏ん張り。

 

 

自分にそう言い聞かせ、大野は右手で胸元をグッと掴んで目を瞑った。

 

 

 

 

勝つんだ、勝つんだ。

ここまでと同じように、抑えるんだ。

 

 

言い聞かせる。

 

 

そして、ゆっくりと目を開けた。

 

 

 

 

 

まずは、1人目。

セカンドの平井。

 

 

初球、外角低めのストレート。

これが一杯に決まり、まずは1ストライク。

 

 

続く2球目。

 

ノーワインドから投じたこのボールが真ん中高めに抜けてしまう。

 

 

 

平井もこれを見逃さず狙い撃ち。

鋭い打球はセンター前へ、0アウトのランナーがついに出る。

 

 

 

(甘いぞ、次は厳しく攻めてこいよ。)

 

 

御幸が全身で、低めをアピール。

そして、また低めに構えた。

 

 

 

初球、外角低めのストレート。

これを見逃し、1ストライク。

 

 

続く2球目は、カーブ。

低めに外れるこの球を、今度は余裕を持って見逃す。

 

 

(やっぱ、ストレートの威力が落ちてるからか。)

 

 

ここまでは、ストレートに威力があった分、変化球とのギャップで抑えられていた。

 

しかし、最終回になって急激に球威が落ちてきている。

 

 

 

 

 

 

 

普段とは少し違う大野の姿に戸惑ったか。

それとも、勝ち急いだか。

 

 

焦りが、御幸のリードを少し慎重にさせすぎた。

 

 

 

3ボール1ストライクと、大野にしては珍しくボール先行。

最後はツーシームが高めに抜け、フォアボール。

 

 

0アウトで、ランナー一、二塁とピンチを作ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここにきて、疲れが出てきたか。

明らかに、抜け球が増えてきた。

 

流石に限界か。

 

しかし、この場面で継投はリスクが大きすぎる。

できれば大野に、投げ切ってもらいたい。

 

 

そう思い、御幸はマウンドに駆け寄った。

 

 

 

「大丈夫か?」

 

「あ?ああ。」

 

 

空色に反射した青い瞳が、御幸の目に映る。

 

 

 

その瞳は、少しばかり鮮やかさに欠いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード53

 

 

 

 

 

 

 

 

 

延長11回の裏。

先制を決めた青道高校、最後の守り。

 

 

 

これを守り切れば、甲子園。

待ち望んだ、夢の舞台に脚を踏み入れることができる。

 

 

 

 

 

 

 

普段は投げても最大9回。

それも、球数を抑えて投げているため、100球にも満たないケースがかなり多い。

 

 

特にこの夏は、リリーフで沢村や川上が後半を投げているため、7回で降板するケースが多かった。

 

 

 

 

そもそも、大野はもともと体力がある方ではない。

スタミナ面では心配ないのだが、身体に溜め込んでいるエネルギー量が他の選手に比べて少ないのだ。

 

 

初めての、延長戦。

それもこの炎天下である。

 

 

 

 

故に、不安要素が多すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

(あと、アウト3つ。)

 

息を吐き、セットポジションに入る。

クイックモーション、打席に入った富士川に対してストレートを投げ込んだ。

 

 

まずは、アウトロー。

打者から最も遠いコースを突きにいくも、これが微妙に外れてボール。

 

 

 

少し、感覚が狂い始めている。

疲労か、はたまた別の要素か。

 

 

どちらにせよ、コントロールが効きにくくなっている。

 

 

それに加え、球速もやはり落ちてきていた。

初速もそうだが、回転数が減ってキレが落ちてきている。

 

 

そのため、打者の体感速度からすればかなり打ちやすい速度帯になっていた。

 

 

(言い張ったなら、最後までやりきる。)

 

 

 

大丈夫かと聞かれれば、大丈夫と応えざるを得ない。

しかしそれでも、行けると言ったのだから。

 

 

任せてくれたベンチに。

チームに、監督たちに。

 

 

応えなければいけない。

 

 

 

 

もう一度、息を吐きだす。

 

 

覚悟を決めろ。

そして、向かい合え。

 

 

今自分が戦っているのは、成宮ではなく、稲実なのだから。

 

 

 

「っしっ!」

 

 

高めのツーシーム。

富士川もこの変化についてこれず、空振り。

 

 

 

カウント1−1。

続く3球目。

 

 

 

 

ここで、一塁ランナーと二塁ランナーは同時にスタートをきる。

 

「スチール!」

 

 

結城の声が、マウンドへ向かう。

 

 

 

スタートタイミングは、悪くない。

キャッチャーは強肩の御幸とはいえ、ほぼ無警戒の、それも変化球要求。

 

 

何より、ピッチャーはクイックが遅い大野。

トルネード投法による弊害が、ここにきて出てしまった。

 

 

(間に合うか?)

 

要求したボールは、低めのカーブ。

御幸も、ここまで動いてこなかったランナーだけに警戒心が薄れていた。

 

 

 

打者富士川は空振りで盗塁をアシスト。

 

最短のモーションから、御幸の武器であるバズーカで三塁に送球。

 

 

しかし。

二遊間に比べてタッチ技術の低い三塁手の増子。

それに際どいタイミング。

 

 

この勝負は、二塁ランナーの平井の足が、勝った。

 

 

「セーフ!」

 

 

三塁に送球したため、二塁はもちろんセーフ。

 

 

0アウトで、ランナーは二、三塁。

ここにきて、大野も最大のピンチを背負うことになる。

 

 

 

富士川に対しては最後にカーブで空振りの三振。

ランナーこそ進められなかったが、未だ1アウト。

 

 

ランナー二、三塁。

ついに、この試合最大のピンチを迎えることになる。

 

 

 

 

 

 

(ここにきて仕掛けてきたか。)

 

 

小さく、御幸が舌打ちをしてしまう。

が、大野に悟られないように直ぐに切り替える。

 

 

捕手が取り乱せば、それは投手にも伝染する。

 

 

 

 

息を吐き、御幸も考える。

 

 

 

今の大野は、さっきの回のようなボールの勢いも、普段の針の穴を通すような制球力もない。

 

あるのは、とはいえある程度コースに投げ分けられる制球力と、球威の落ちた120km/h台のストレート。

そして、細かく制球出来るのはカーブだけ。

 

 

 

タイムを要求し、マウンドへ向かう御幸。

このピンチの場面、内野はシフトの確認で集合する。

 

 

「一点覚悟でせめて行きましょう。まずはアウト一つ、確実に取ります。」

 

「わかった。」

 

 

バッターは、代打の矢部。

お世辞にもミート力のあるバッターとはいえないが、長打を打つ技術とパワーは持ち合わせている。

 

 

 

しかし、点差は2点。

最悪犠牲フライを打たれても、2アウトとなればだいぶ守りやすくなる。

 

打ち合わせを済ませ、内野手が散らばろうとした時。

結城が彼らを引き止め、一言だけ言った。

 

 

「ここを守り切って、みんなで行こう。」

 

 

そうして、右拳を前に突き出した。

 

小湊が拳を出し、増子が拳を出す。

 

倉持が拳を突き出し、遠く外野から伊佐敷と門田が、白洲が右拳を突き上げる。

 

 

 

御幸が拳を突き出し、大野に視線を向け。

最後に大野が笑って、拳を前に突き出した。

 

 

「行くぞ、甲子園!」

 

「「「応!」」」

 

そうして、彼らがそれぞれの守備位置に戻っていく。

最後に残った2人。

 

 

キャッチャーと、ピッチャー。

 

 

「一也。」

 

「なんだよ、夏輝。」

 

 

ミットで口元を隠しながら、御幸が応える。

すると大野は、少し言い淀んで、また笑った。

 

「なんでもねえよ。勝とうな、この試合。」

 

 

不思議そうに御幸が首を傾げ、少し笑ってミットを胸に当てた。

 

「ったりめえだ。」

 

 

 

笑顔と笑顔の18.44m。

二つの「異なる」笑顔が、交錯した。

 

 

 

煩わしい額の汗は乾き、感覚の鈍った右手に息を吹きかける。

そして、先ほど同様にセットポジションに入った。

 

 

 

打席には、代打として登場した矢部。

一発のあるバッターだけに、警戒していかなければいけない。

 

 

気をつけるのは、長打。

犠牲フライはまだ良し、できれば三振。

 

最悪なのは、一発。

逆転サヨナラだけは、避けたい。

 

 

 

(振り絞れ、最後の力を。)

 

腕に力が入らない。

身体が重い。

 

 

だが、抑えなければいけない。

 

 

チームを勝たせてこそ、エースなのだから。

 

 

 

 

息を吐き、白球のにぎられている右手を、グローブに収めた。

その瞳は、少しだけ光り輝いているように感じた。

 

 

 

 

初球、カーブ。

低めのボールゾーンに逃げる変化球だが、これを空振り。

 

 

続くストレートにも、タイミングが合わずにファール。

これも低めのコースに決まる。

 

 

0−2ストライク。

カウントは、大野らしいストライク先行のカウント。

 

 

 

 

3球目、ストレートが高めに外れボール。

少し抜けたボールを見逃し、カウントは1−2。

 

 

 

4球目。

低めのカーブを要求。

 

外れてもOK、空振りを奪えれば最高。

 

 

 

縦に大きく割れるカーブ。

これを低めに決めるも、矢部も執念を見せて食らいつく。

 

 

 

1ボール2ストライク。

もう一球、カーブを要求。

 

同じようなボールを見逃され、平行カウントとなる。

 

 

 

 

6球目。

この試合でいえば、127球目。

 

 

勝負の一球は、やはりストレート。

外角の低めに構えられた御幸のミットに目を向けた。

 

 

(外角低め。)

 

原点投球、自分が最も得意とするコース。

一番、信頼をおけるコース。

 

 

ここで、このバッターを決める。

 

 

 

 

セットポジション。

息を小さく吐き、足を上げる。

 

 

残っているエネルギーを全部絞り出すように。

 

 

 

思い切り腕を振り切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノビのある真っ直ぐ。

外角低めに要求された4シームは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇しくも、もう1人のエースがマウンドを降りた、127球目。

限界を迎えていた大野のストレートは高めに大きく抜けて行き。

 

 

 

広い神宮球場のバックネットにぶつかった。

 

 

 

 

 

日差しに照らされ、光り輝く広い広い芝生の上を、転々とする白球。

 

 

慌てて取りに行く御幸の最中、大野は崩れ落ちるように両膝を付けた。

 

 

 

 

 

2-2、同点。

両者のエースは崩れ落ち、マウンドから降りていく。

 

 

 

試合はまだ、終わらない。



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エピソード54





大野視点の作品になりますので。降板後は、割とサクサクいきます。


 

 

 

 

 

 

 

延長11回の裏。

マウンド上、左膝と左肘を地面につけ、右手を支えに突っ伏す大野。

 

 

涙を流すこともできず、ただただマウンド上の黒い土を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

御幸が、慌ててマウンドへ駆け寄る。

 

 

膝を折り、全く動けない炎のエース。

泥と汗で汚れたユニフォームは、その死闘を物語っていた。

 

 

「夏輝…。」

 

 

声をかけても、全く動けない。

 

限界は、とうにこえていたのだろう。

それでもここまで投げてきたこの投手に、御幸は素直に敬意を表した。

 

 

「立てるか、夏輝。」

 

 

大野の脇の下に肩を通そうとし、御幸は戦慄した。

 

この炎天下で投げているはずなのに、全く汗をかいていない。

中度の脱水症状か、それともそれ以外か。

 

 

なんにせよ、彼の限界はとっくに超えていた。

汗が出なくなるほどの脱水症状では、立っていることすらきつい。

 

 

 

そんな状況で投げ続け、味方たちを援護していたのだから。

彼に最大限の尊敬を感じると同時に、その姿に気づくことができなかった自分が不甲斐なくて仕方なかった。

 

 

いいや、本当は薄々気がついていたのかもしれない。

が、彼のその力投と、成宮と対等に投げ合いを演じるその姿に、投げさせざるを得なかった。

 

 

 

か細く息を吐く大野。

そんな痛々しい姿に、御幸はポツリと呟いた。

 

 

「お前、ほんとすげえよ。こんなボロボロになりながら、チームのために投げたんだな。」

 

 

そして、唇を噛み締めながら、吐いた。

 

「気がつけなくて、ごめん。ほんと、捕手失格だよな。」

 

 

そう言う御幸に一度視線を向け、すぐに戻す。

乾き切った頬に、一滴の滴だけが伝っていった。

 

 

 

 

 

大野は状態が状態だけに、そのまま病院に直行。

 

代わりにマウンドへ上がるのは、降谷。

セットアッパーとしてこの試合準備していた剛腕投手に、マウンドを託す。

 

 

 

バッターは、矢部。

カウントは大野のものから引き継がれ、1ボール2ストライク。

 

 

たった一球。

いきなり148km/hのストレートで、矢部を空振り三振に奪って見せた。

 

 

これで、2アウト。

ランナーはなしで迎えるバッターは、リードオフマンのカルロスが打席にはいる。

 

 

 

カルロスは真っ直ぐに強い。

反応が早く力負けしないパワーも併せ持つ彼は、降谷のようなノーコン速球派投手にはめっぽう強かった。

 

 

 

ワインドアップから、豪快に投げ込むその姿。

まさに、剛腕である。

 

高めのストレートでまずは、空振り。

先ほどの大野のストレートとの球速差も相まり、甘いコースながらもカルロスから空振りを奪うことができた。

 

 

球速表示は、146km/h。

大野のそれと比べると、差は歴然である。

 

 

 

 

続く2球目。

今度は落差のあるフォーク。

 

当然、ストレートに狙いを定めていたカルロスは、またも空振りを奪われた。

 

 

 

(この変化、こりゃ厄介だぜ。)

 

 

ようやくエースを引き摺り下ろしたと思えば、超高校級のストレート。

そしてストレートに合わせれば、落差のあるフォーク。

 

 

これが控えにいると言うんだから、驚きである。

 

 

 

変化球か、真っ直ぐか。

最後は、降谷が最も自信を持つ高めのストレートで、空振り三振に切ってとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

延長の12回。

ここまで力投したエースのためにも、なんとか得点を入れたい青道。

 

 

先頭は、7番の門田。

ここで青道ベンチは、代打の切り札を出す。

 

 

今大会打率10割のラッキーボーイが、打席へと向かった。

 

 

 

 

木製バットを携え、小湊春市。

抜群のバットコントロールで、この回から登板した平野からセカンドの頭を越えるヒットを放つ。

 

 

0アウトでランナーは一塁。

この場面で、白洲はバントでランナーを確実に進める。

 

 

1アウトランナー二塁。

打席には、投手の降谷がそのまま入る。

 

 

 

まずは外のスライダーに空振り。

 

続く2球目も同じようなボールで空振りをすると、最後は同じようなコースから変化しないストレートでファーストゴロに打ち取った。

 

 

 

しかしその間にランナーは三塁へ。

一打勝ち越しのチャンスで、打席には倉持が回る。

 

 

 

まずは速いボール。

131km/hのストレートを見逃して1ストライク。

 

 

成宮と井口のせいで隠れているが、この平野も普通に好投手である。

 

 

 

2球目のスライダーを引っ掛け、ここはセカンドゴロ。

この終盤、最後であり最大の勝ち越しのチャンスを、逃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青道のベンチに、不穏な流れが立ち上る。

このチャンスで点を入れられなかったのは、大きすぎる。

 

 

対する稲実は、ここから上位打線。

2番の白河からスタートと、好打順である。

 

 

 

マウンドには、先の回と同じように降谷。

 

 

まずは、ストレート。

低めに決まった145km/hのボールを見逃し1ストライクとなる。

 

 

続く2球目は、高めに抜けるストレート。

これは余裕を持って見逃し、カウント1−1。

 

 

 

3球目、低めに1バウンドするフォーク。

これも見逃し、2ボール1ストライクとバッター有利のカウントとなる。

 

 

 

 

4球目のストレートはバットに当て、平行カウント。

その次のボールもファールで粘り、カウントは変わらず。

 

 

(こいつ…)

 

(当てるだけなら、無限にできる…。)

 

 

この後3球連続でストレートをファールで粘られる。

8球目のフォークを見逃されると、9球目のストレート。

 

 

高めに外れたこのボールを見逃され、フォアボール

先頭に出したくない打者を、出塁させてしまった。

 

 

 

ここからクリーンナップ。

まず最初に迎えるバッターは、3番の吉沢。

 

ここは手堅くバントを決め、ランナーを進めた。

 

 

 

 

1アウトランナー二塁。

ここで打席に迎えるのは、4番の原田。

 

 

ここで青道ナインは、マウンドへ集まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(打つ、必ず。)

 

 

ゆっくりと息を吐き出しながら、原田はゆっくり肩を回した。

 

 

身体が強張っている。

明らかに、緊張で硬くなっているのは当の本人ですらわかっていた。

 

 

スイングを、一閃。

少し硬いが、今更逃げる選択肢はない。

 

 

覚悟を決めて打席に向かう。

そんな時、彼は監督である国友に呼び止められた。

 

 

「この打席、お前は4番の肩書きも、キャプテンという肩書きも一旦忘れろ。」

 

 

そんな国友から掛けられた言葉に、原田は思わず目を見開いた。

 

「ここまでの成宮を見て、お前はどう思った。」

 

「…敬意を払うと同時に、不甲斐なさを感じました。」

 

 

原田がそういうと、国友は首を横に振る。

そして再度、口を開いた。

 

 

「成宮のあの投球を見てそれしか思わないほど、お前は薄情なキャッチャーではなかろう。」

 

そう言われると、原田は一旦俯き、すぐに顔を上げた。

 

 

「あいつを、勝たせてやりたいです。」

 

「なら、行ってこい。4番としてでなく、キャプテンとしてでなく。あいつを支えた相棒として、試合を決めてこい!」

 

 

国友から背中を叩かれ、打席に向かう原田。

 

 

その目は、まるで。

 

極限まで集中力を高めた、あの打席の結城と重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マウンド上は、変わらず降谷。

いくら原田であっても、初見で降谷の豪速球に対応は出来ないだろうと踏んでの采配である。

 

 

 

 

まずは、降谷の軸となる、ストレート。

真ん中低めに決まったこのボールを、原田は見逃した。

 

 

「おぉ」

 

スコアボードに出た球速表示に、場内がどよめく。

 

 

刻まれた数字は、150km/h。

1年生ながら大台を越えたマウンド上の降谷。

 

それを感じ取っても、原田は至って冷静であった。

 

 

 

(今のが、一杯か。)

 

 

球速ではなく、コース。

低めから伸び上がってくるように、決まっている。

 

 

このコースに続けられては、打ちようがない。

しかし、そこに続けられるほど、緻密ではない。

 

 

 

2球目は高めに外れてボール。

これは余裕を持って見逃し、カウントは並んだ。

 

 

 

 

3球目、またも低め。

しかし、甘い。

 

 

思い切って振りに行くも、ボールは原田のバットの下を潜るようにして落ちた。

 

 

低めのフォーク。

中々これが、キレている。

 

変化量も去ることながら、とにかく落差が大きい。

 

 

 

4球目のストレートは何とかバットに当て、ファール。

これも低めに決まっているため、中々長打が出にくい。

 

 

 

 

5球目。

フォークが高めに抜け、ボール。

 

再び、カウントが並んだ。

 

 

 

並行カウント、降谷は再びストレートを投げ込む。

高めの釣り球、ボール球だがその勢いに押されて手が出てしまう。

 

 

また甲高い金属音が鳴り、打球はバックネットへ突き刺さった。

 

 

 

 

(まだだ、もっと喰らい付け。)

 

息を吐き、バットを掲げる。

鬼気迫る表情とは、正にこの事を言うのであろう。

 

 

迫り来る原田の圧力に、降谷は無意識ながら若干のプレッシャーを感じていた。

 

 

 

6球目、ストレート。

高めのこのボールが抜け、またもボールになってしまう。

 

 

 

 

 

バックスクリーンに灯る、5つのランプ。

黄色のランプが2つ灯り、緑色のランプは3つ灯っている。

 

それを確認し、原田はまた息を吐いた。

 

 

(これで、決める。)

 

 

長かった。

エースは今までで最高のピッチングを魅せながらも、結局勝利を手にすることは出来なかった。

 

 

 

だから、せめて。

彼の力投に応えるのならば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(もう一度、お前の球を…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7球目に選ばれたボールは、ストレート。

外角低めから伸び上がってくるこのボールを、原田は逆方向に弾き返した。

 

 

 

真芯で捉えた白球は、高々と上がり。

 

 

 

 

美しい放物線を描く。

 

 

 

 

 

 

 

 

長い長い、夏の予選。

その決勝大会は、両エースの独壇場。

 

見るもの全てを魅了するような圧倒的な投球のすえ、互いに延長戦で降板。

 

 

最後はエースの力投に応えた、無安打の原田が一発を放ち、試合は終焉を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

長い投手戦の末、1つの夏が。

 

 

呆気なく終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








第一部完!


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現状の能力云々





少し箸休めに。
青道の投手能力になります。






 

 

 

 

大野夏輝 2年 投手 右投左打

 

 

【絶好調時】

 

ストレート 球威S 136km/h

ツーシーム 球威A 132km/h

スライダー 球威E 変化量2

Dカーブ  球威C 変化量4

スプリット 球威E 変化量2

 

 

コントロール A84

スタミナ   B70

 

【特殊能力】

対ピンチA /ノビA /クイックF

キレ○/奪三振/低め/球持ち○/闘志/アウトロー球威/対強打者/全開/軽い球/負け運

 

 

 

 

球速はないもののキレのある直球と、それと同スピードで変化するツーシームで三振を奪う、青道のエースピッチャー。

また、緩急の効いたカーブも落差が大きく、空振り率も高い。

 

四隅に決める高い制球力を持ち、御幸の強気なリードも相まって少ない球数でテンポ良く攻めていく。

 

 

普段は高い制球力を活かして低めに集めて打者を手球に取る。

のだが、調子がいい時はとにかく真っ直ぐで攻めていく。

 

 

特に稲実との決勝戦は成宮の好投に呼応して、圧倒的な投球を見せた。

 

 

 

チームに勝ちをもたらすということに強いこだわりを持っているが、稲実戦では完全に成宮との投げ合いにのみ集中していた。

そのため、意外と…。

 

選手のモデルは特になし。

フォームはノーワインドのトルネード投法。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沢村栄純 1年 投手 左投左打

 

 

ストレート 球威C 134km/h

高速チェンジアップ 球威C 130km/h

 

コントロール D58

スタミナ   C68

 

【特殊能力】

対ピンチA /ケガしにくさA /ノビB

リリース○/勝ち運/闘志/球持ち○/内角攻め/緊急登板/調子安定

 

 

 

 

大野同様、球速はないもののキレのある直球と手元で不規則に変化する高速チェンジアップを組み合わせる青道の元気印。

動く球をテンポよく投げ込み、リズム良く抑えていく。

 

両サイドのコントロールも良く、大崩れしないため夏の大会では守護神を任せられていた。

 

 

大野のことをかなり慕っている。

と同時に、エースかなりのこだわりを持っており、大野にライバル意識を持っている。

 

 

同世代で怪物と評されている降谷には特に強いライバル視をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降谷暁 1年 投手 右投右打

 

 

ストレート 球威A 152km/h

フォーク  球威C 変化量3

 

コントロール E41

スタミナ   D53

 

【特殊能力】

対ピンチC/怪童

怪物球威/荒れ球/奪三振/ポーカーフェイス/四球/スロースターター/乱調

 

 

 

 

北海道から来た最速150km/h越えの剛腕投手。

コントロールは悪く、荒れている分的が絞りづらい。

 

制球、スタミナ共にまだまだ未熟だが、それを補う威力のある真っ直ぐで三振の山を築きあげてきた。

 

 

稲実との決勝戦では大野が降板後にリリーフ登板。

原田に一発を浴び、敗戦投手となった。

 

 

今作、原作よりも優遇する予定。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川上憲史 2年 投手 右投右打

 

 

ストレート 球威E 132km/h

スライダー 球威C 変化量4

 

コントロール B71

スタミナ   D53

 

【特殊能力】

対ピンチE /打たれ強さF

リリース○/低め/緊急登板/シュート回転/寸前×

 

 

 

 

 

高い制球力を活かして低めに集める技巧派投手。

サイドスローから放たれる角度のあるボールで、打者に打たせてとるピッチングを得意とする。

 

メンタル面に難があり、連打を許すと一気に崩れてしまう。

 

 

本作ではかなり影が薄い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余ったので経過報告。

 

 

稲実、かなり長引いてしまいました。

色々試行錯誤しながら書いていたら話数、現実世界での執筆日数共にかなり伸びてしまいました。

 

 

しかしながら、かなり時間を空けてしまい申し訳ございません。

 

ターニングポイントになる試合でしたので、自分としても力を入れて書きたかった所存です。

 

 

 

 

 

この後は普通に一人称視点に戻します。

大野くんのサクセスストーリー(?)をお楽しみください。

 

例の如く、投稿頻度は不定期です。

仕事もありましてね…意欲がある時というか、気が向いた時に一気に書くので…

 

 

気長にお待ちくださいと、何ともまあ無責任ですが。

まったりとお待ちください。

 

 

もしかしたら、キャラ絵とか描くかもしれません。

 

 

かも…です…。

 

 

 

                  れふ。

 



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エピソード55





第二部、スタートです。
例の如く投稿は不定期です、申し訳ない。


 

 

 

 

 

 

 

(堪えろ。あと少しだろうが。)

 

 

バックスクリーンに映るランプが、それぞれ灯る。

 

黄色が2つに、緑も2つ。

赤いランプは、1つだけ灯っていた。

 

 

 

 

相棒役であり女房役の、御幸一也。

彼が構えたコースは、外角の低め。

 

 

相手は、お世辞にもミート力がある打者とは言い難い。

低めに強いボールを投げ切ることができれば、抑えきれる。

 

 

 

 

ここまで126球投げ込んできた右腕は、重い。

指先には上手く力が入らず、球威も落ちてきていることは自覚していた。

 

 

 

 

最後。

外角低めに向けて投げられた、渾身のストレート。

 

それは指にかかることなく、一也の構えたコースを大きく外れて後逸した。

 

 

 

蓄積されてきた疲労か、それ以外か。

それとも、緊張の糸が切れたのか。

 

 

色褪せた世界の中で、俺は崩れ落ちるようにして、倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ」

 

視界は一転、鮮やかに戻る。

 

 

視界の先には、染みのひとつも無い真っ白な天井。

夏場なのに涼し気な風が吹き抜けているのは、ここがクーラーの効いた室内だからなのだろう。

 

 

 

「見知らぬ天井。」

 

 

ボソリと、呟いてしまう。

まあ大体は、把握出来る。

 

 

 

 

「負けたんだな、俺たちは。」

 

 

わかっている。

俺のワイルドピッチで負けた。

 

最後の最後に、俺は粘ることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

目に溜まった大粒の水滴を拭い、ゆっくりと起き上がる。

恐らくここは、近所の病院か。

 

 

辺りを見回す。

 

そこには、俺の母親と、真っ白の白衣を身にまとったハゲ…基、髪の薄い中年の男性が話していた。

 

 

「目が覚めたか?」

 

恐らく医者であろう男性が話を切り上げ、俺に声をかける。

 

 

「どこか痛むところはあるか?」

 

「肘が少し張ってる感覚が。あとは筋肉痛で全身が痛いです。」

 

 

現状を至って正直に話すと、医者は少し笑った。

 

 

「そうか。あともう少し安静にして、明後日以降だな、戻るのは。」

 

「わかりました。」

 

 

先生が言うには、俺は2日間まるまる寝込んでいたらしい。

 

 

熱中症と脱水症状のダブルパンチ。

水はこまめに飲んでいたつもりだが、それ以上に汗が出てたみたいだ。

 

 

特に脱水症状が深刻で、俺が降板したときは汗すら出ていなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼーっとしていると、少ししてドアが開く音が聞こえた。

 

「失礼します。」

 

 

声色からして、男性が入ってきたのだろう。

低い声とともに、近くに大きな影が写った。

 

 

褐色肌に筋肉質な腕。

スーツを身に纏い、室内なのに何故かサングラスをかけた強面の男。

 

 

 

紛うことなき、我らが監督。

片岡鉄心である。

 

 

 

「あっ、お疲れ様です監督。」

 

「体調はどうだ?」

 

少しばかり口角をあげ、朗らかな表情。

 

普段というか、練習とか寮生活のときじゃあまず見られないその姿に、俺は若干新鮮味を感じていた。

 

 

 

「まだ少し疲労が残ってますね。先生曰く、明日休んだらもう練習にも出れるそうなので。」

 

「そうか。今日と明日はゆっくり休め。」

 

 

 

その後、静寂。

というより、話すことが中々ない。

 

 

俺は敗戦投手で、監督は敗軍の将。

傷はまだ、互いに癒えていない。

 

 

 

均衡を破ったのは、監督から出た謝罪の言葉であった。

 

 

「すまなかった。お前が限界だと気づいていながら、最後まで甘えてしまった。」

 

 

椅子に座りながら、深く頭を下げる監督。

それを見て、俺は慌てて頭を上げるように頼んだ。

 

幾らなんでも、監督に頭を下げられてまともでいられる奴はいないだろう。

 

 

 

それに。

 

「…それも背負うのが、エースなんでしょう?」

 

俺がそう呟くと、監督は目を見開きながら顔を上げた。

 

 

良いタイミングだ、俺もここで吐き出させてもらう。

 

 

「最後の暴投は、俺の力の無さ故です。行けると俺が言いました。それで打たれたのは、紛れもないエースとして任せられていた俺の責任です。」

 

 

一つ息を吐いて、続けた。

 

 

「リードを守りきれず、すみませんでした。また、精進していきますので、これからもご指導お願い致します。」

 

 

そうして、俺も深深と頭を下げた。

 

 

 

 

俺にはまだ、足りないものが多すぎる。

 

球威はどうにもならないし、球速も多分爆発的に伸びることは無い。

 

最後までしっかり投げきれるスタミナと、筋持久力。

あとは強い球を投げる筋力。

 

コントロールは十分。

変化球の手札はそこそこあるが、もう1つ決め球が欲しい。

 

 

延長11回まで投げてわかったのは、俺の欠点。

汗や筋疲労でツーシームが抜けること、後半になると制球が上手くいかなくなること。

 

 

 

無い物ねだりは、しない。

しかし、得られるものならば。

 

 

 

 

己が力に変える。

 

 

 

 

 

 

 

勝てなかったのは、悔しい。

甲子園を目指して戦ってきて、その道が途絶えてしまったから。

 

 

だがしかし。

引退していった先輩達のためにも立ち止まるわけにはいかない。

 

 

ここから先は、俺たちの世代だ。

 

 

 

もう負けない為にも。

 

 

 

「強くならなきゃ、ですね。俺も、皆も。」

 

 

二度と負けないように。

あと一歩のところまで掴みかけた、夢の舞台へ。

 

 

「ああ。また、やり直しだ。」

 

 

そうして監督が立ち上がる。

頷き、俺も身体を起こす。

 

 

 

「お前は明後日まで休んでろ。」

 

「ですよねー。」

 

 

とりあえず休養か。

今はゆっくり休んで、次の練習に備えよう。

 

 

 

 

夏は終わった。

しかしそれは、全ての終わりではない。

 

 

新たなる世代の、始まり。

 

 

 

 

 

ひとつの夏が終わり。

 

 

もうひとつの夏が、始まる。



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エピソード56

 

 

 

 

 

 

新チームとして練習を再開した2日目。

俺は晴れて退院し、チームへ合流した。

 

 

「戻ったぞ。またよろしく。」

 

 

とりあえず、一也に挨拶。

去年もそうだが、こいつにも心配をかけた。

 

 

「意外と早かったな、エース。」

 

「元、な。それに、寝てても野球は上手くならん。」

 

「ご最も。」

 

 

互いに変わりない。

いつも通り冗談を交え、アップをする。

 

 

体をほぐすようにストレッチをしていると、一也がずっとこちらをみてきていた。

 

 

「何だよ。久しぶりで俺の顔忘れちまったのか。それとも恋心か?」

 

「ねーよ。意外と引きずってねえなって思ってな。」

 

一也が、そう言って笑う。

まあ、確かにそうだな。

 

 

「まあ、な。」

 

いつまでもくよくよしたって始まらないことは、去年の時点でわかっている。

だったら、もう二度と同じ思いをしないために、練習するしかない。

 

 

それに、これからは俺たちの世代なのだ。

いわば、俺たちのチームなのだ。

 

 

自分がチームの中心というのは、わかっている。

そんな俺がいつまでも部屋にこもっているわけにはいかない。

 

 

「待っていても、勝ちはやってこないからな。」

 

「お前らしいな。とにかく、よかったよ。」

 

 

それに。

成宮と投げあっている時の充実感みたいもの。

 

俺は何となく、決勝戦という舞台よりもそこに意識がいっていたのかもしれない。

 

 

 

 

「そういえば、キャプテン降りたんだな。」

 

 

新チームとして動き始めた青道高校。

何よりまず決めなければならないのは、チームを引っ張る大将。

 

 

つまり、主将である。

前年は満場一致で哲さん。

 

今年はその哲さんの推薦で一也の予定だったのだが。

 

 

「そういえば降りたんだな、キャプテン。」

 

「あぁ。お前の異変にも、降谷の緊張にも気がつけなかったからな。投手の変化にも気がつけないのに、チームは背負えねえよ。」

 

 

一也は投手ともう一度向き合いたいと監督に直訴。

 

主将ではなく一捕手となることを熱望した。

 

 

 

監督自身もそれを咎めることはとくにせず、御幸の意志を尊重することにしたらしい。

 

まあうちには、癖の強い投手しかいないからな。

それを纏めて尚且つチーム全体も見ろというのは、中々苦労する。

 

 

 

 

ということで、キャプテンとして上がったのが、外野手の白州健二郎である。

 

寡黙ながらも熱い心の持ち主で、チームのことも広く見えている。

 

1年時から試合に出ているため実力も伴っており、外野手としての野球IQも高い。

 

 

 

「白洲か。意外と適任なんじゃないか。」

 

「俺もそう思う。副キャプにゾノと倉持もいるし、チームの統合的には悪くないと思う。」

 

「そうだな。」

 

 

軽くキャッチボールしながら、話す。

流石に今日は投げ込まないが、少しずつ感覚を戻していかなければ。

 

 

それこそ、まる3日間寝ていたからな。

そもそも身体自体鈍ってる。

 

「投げるのか?」

 

「いや、今日はいい。肘の調子もあまり良くないし、もっと先にやらなきゃいけないこともある。」

 

 

走り込み、トレーニング。

あとはバッティングか。

 

肘がまだ張っている感覚があるし、ピッチング以外の練習をしよう。

 

 

 

「ありがとう。そろそろ時間か。」

 

「そうだな。」

 

 

日が昇り、だいぶ明るくなった。

蝉が鳴き、その音が夏の暑さをさらに感じさせる。

 

 

 

足早に整列し、監督がやってくる。

今日からまた、練習がはじまる。

 

 

次の大会は、秋大か。

春の甲子園に繋がる大会であり、東西東京すべてがトーナメント形式で試合をする。

 

 

そのブロック予選が、8月末から始まるのだ。

まずはそこに向けて、チーム作りを始める。

 

 

 

 

「昨日も話したが…」

 

 

チーム練習自体は昨日から再開しているため、新キャプテンの抱負とかはもう昨日のうちに済ませてある。

 

白洲が前で何か話すとか、中々想像できない。

 

それでも御幸がいうには、やはり決勝での敗戦を糧に優勝すること。

彼なりにそれを伝えたのだろう。

 

 

まあ白洲はしっかり者だし、大丈夫だろう。

そもそも心配はしていないし。

 

 

まあ副キャプテンは熱い男、ゾノこと前園健太。

もう1人は、意外と人の観察力がある人、倉持洋一である。

 

 

副キャプテンも2人体制でついているため、チーム管理はかなり円滑にいくのではないだろうか。

 

 

 

ブルペンの管理は、御幸一也。

元々キャプテンを推薦されていただけに、やはりここのまとめ役は彼しかいない。

 

 

投手は去年同様、俺が中心になってメニューは考えていく。

 

 

チーム方針としては、やはり昨年同様。

 

攻撃は積極的に仕掛けていく。

守りは、堅実に確実に相手にチャンスを作らせない。

 

 

打線は、御幸を四番に。

後は試行錯誤しつつ、大会まで見定めていくらしい。

 

 

 

「悔しさを忘れるな。それが明日への勝ちにつながる。今日もそれぞれ目標を持って取り組んでいけ!」

 

 

「ハイ!」

 

 

「じゃあランニングから、元気よく声出していくぞ!」

 

 

監督が手を叩くと、白洲が声を張り上げて先頭に。

 

「ランニング、いくぞおぉぉ!」

 

 

おっ、意外と様になってんじゃん。

しゃあ、俺も声出していきますか。

 

 

「いっ…」

 

「いっちにい!」

 

俺の声を掻き消すほどの声が、横から。

こいつは…。

 

 

「はっはー!なっさん、もうエース争いは始まってるんですよ!」

 

 

沢村である。

こいつはもう、休み明けだというのに変わらずやかましい。

 

 

ったく。

 

 

 

 

「俺がエースになる。」

 

「なっさん、俺だって負けませんよ!」

 

「俺も忘れんなよ。」

 

「いたのか、ノリ。」

 

 

明らかにシュンとするノリに謝りながら、ふと違和感に気がつく。

 

 

 

 

 

 

降谷…?

 

 

 








白洲推し、歓喜なのでは。





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エピソード57

 

 

 

 

 

 

バッティング練習もそこそこにし、小休憩を挟んでいるところ。

近くにいたチームメイトに話しかける。

 

 

「小野。」

 

 

俺が呼ぶと、鼻の少し大きい坊主の男が振り返る。

 

 

ランニング中、見当たらない降谷の事を尋ねようと、同部屋の小野に聞く。

まあ彼は元々キャッチャーというのもあり、割と話すからな。

 

 

「降谷は?」

 

 

俺が聞くと、小野は少し俯いて首を横に振った。

 

 

「まだ練習には出られる状況じゃなさそうだ。」

 

 

「そうか。」

 

 

無理もない。

リリーフ登板して、その自分が打たれ負けたのだから。

 

一年生の彼の精神には、傷が大きすぎる。

 

 

無論、誰も彼のせいだとは思っていない。

そもそも打たれた俺が悪いし、打てなかった打線も悪い。

 

 

というか、投げたコース自体は悪くなかった。

寧ろ降谷には珍しく、低めに決まった完璧なボールだった。

 

 

あれは、打った原田さんを褒めるしかない。

 

 

 

「あいつ、言ってたよ。大野さんに申し訳ないって。」

 

 

「そう、か。」

 

 

あいつ。

謝るのは、寧ろ俺の方だろ。

 

俺があんな状況でバトンを渡したから。

 

 

あの炎天下、準備しているだけでも疲れが溜まっていく。

その状況で緊急登板して、一回を抑えてくれたのは本当に評価に値する。

 

 

あの厳しい場面でよく投げ切った。

俺からしたら、本当に降谷のいいところが出てたピッチングであった。

 

 

 

「後で俺も行ってやるか。ありがとう、小野。」

 

「ああ。」

 

 

 

少し、話したほうがいいかもな。

去年同じ思いをした身として。

 

少しくらい、アドバイスできるかもしれない。

 

 

 

さてと、降谷のことは一旦置いておいて。

俺も練習に集中しないとな。

 

 

今バッティング練習をしてるのは。

金丸だな。

 

 

あいつも中々、思い切りの良いバッティングをする。

 

 

そのため、前の世代で控えであった樋笠との競争が期待。

2軍との壮行試合で実証済みの勝負強いバッティングは、すでに監督からも評価されている。

 

 

 

「ありがとうございやした!」

 

ヘルメットをとり、バッティングピッチャーのノリに礼を言う金丸。

彼がゲージから出るのを確認して、俺も入れ替わるようにそこへ入った。

 

「いいね、良いスイングだ。」

 

「あざっす、夏輝さん!」

 

 

さてと、俺もやりますか。

 

 

今日は投げられないから、その分他の練習をする。

打撃、守備、他の投手へのコーチング。

 

俺ができることはいくらでもある。

 

 

勝つためには、俺だけ成長すれば良いわけじゃない。

チームが、強くならなくては。

 

 

 

 

そのためには、降谷。

お前の力も、必ず必要なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の練習を終え、俺はシャワーを浴びて夕食へと向かった。

 

 

クリス先輩の荷物は、もうない。

こうしてみると、やはり実感してしまう。

 

 

軽く唇を噛んだ俺の姿に気がついたのか、金丸も気まずそうに俯いた。

 

 

 

負けたんだな。

そして、あの人たちは夏が終わったんだ。

 

 

残酷だが、それが高校野球だから。

 

 

 

「飯行くぞ、金丸。食うのも練習だ。強くなるために、食うぞ。」

 

 

「は、ハイ!」

 

 

高校野球の過酷な練習では、やはりかなりのエネルギーを消耗してしまう。

夏場は特に、エネルギーの消費が激しい。

 

だからこそ、消費してしまった分回復しなければいけない。

 

それ+で大きくなりたい、強くしたいと言うのであれば消費した以上に食べなくてはいけない。

 

 

特に、高校野球は体の強さがものをいう。

 

強い球を投げたい、打球の飛距離を伸ばしたい。

そうなれば、必然的に体を強くしなくてはならない。

 

 

 

故に、トレーニング。

食事もまた、上手くなるための練習である。

 

 

 

今日もまた、ペロリとどんぶり四杯を食べ終え、片付ける。

金丸は苦戦してるし、用事を済ませるか。

 

 

 

 

 

 

さて、と。

降谷のところに行くか。

 

 

 

小野には、先に言ってある。

だから部屋には今、あいつ1人だけだ。

 

 

 

部屋の前。

俺は一つ息を吐き、部屋に入った。

 

 

 

「入るぞ、降谷。」

 

 

「…大野先輩?」

 

 

俺の声を聞いたからか、降谷が身体を起こす。

その目もとは、意外にも少し赤みがかっており、少々腫れていた。

 

 

さて、来てみたは良いものの。

どうしたもんか。

 

 

降谷も俺が思っていた以上に繊細なのかもしれない。

 

 

静寂が続き、少し気まずい。

それを破ったのは、降谷の方であった。

 

 

「すいませんでした。先輩がせっかくあそこまで投げてくれたのに。」

 

「気にするな。そもそもあんな厳しい場面でよく投げてくれた。」

 

 

なおも俯く降谷。

やはり、彼としてもかなりダメージを受けたのだろう。

 

 

「やっぱり、悔しいか。」

 

 

俺がそう問うと、降谷は少し間をあけて、小さく首を横に振った。

 

 

「先輩たちの夏を終わらせてしまった。」

 

 

彼はか細い声で、そう言った。

いつもよりも小さく、消えてしまいそうな声で。

 

 

「中学の時仲間がいなかった僕にとって、初めて頼りたいと思えた先輩たちでした。もちろんそれは、大野先輩や御幸先輩も同じです。」

 

 

「そうだな。あの人たちは本当にいい先輩たちだった。」

 

 

「その先輩方の夏を終わらせてしまったのが、辛いんです。」

 

 

降谷がそう言い切ると、また俯いた。

 

 

こいつ、やっぱりかなり繊細なんだな。

そんでもって、意外と仲間意識が強いというか、本当にチームのためを考えているんだな。

 

 

ほんと、こいつもエースの気質あるよな。

 

 

 

また訪れた静寂。

あえて俺は、思ったことをそのまま話した。

 

 

優しく寄り添うでもなく。

本当に思ったことを語った。

 

 

「言いたいことは、それだけか?」

 

 

俺がそういうと、降谷はゆっくりと顔を上げた。

 

 

「お前は要求通りの球を投げて、期待以上のボールも投げた。文句のつけようだってない。何せお前の得意技のフォアボールだって出してないしな。」

 

 

「でも負けました。僕が打たれて。」

 

 

「違う。俺が踏ん張りきれなくて負けたんだ。」

 

 

俺は、あえて厳しい視線を送った。

 

 

「お前が打たれたせいで負けた?自惚れるなよ。そもそもお前が打たれる以前に俺が試合を締められなかったのがわるい。そうだろ。」

 

 

黙る降谷。

しかしその表情は、先ほどとは少し違う。

 

 

「負けたのが辛いか?俺も辛いさ。でもな、負けはお前の責任じゃない。」

 

 

 

俺も多分、少し涙目になっていた。

それくらい、こいつに感情移入していたんだと思う。

 

何せ、ほとんど同じ感覚を去年味わっているから。

 

 

なら、こいつはもっと強くなる。

きっとこの辛さもバネにして。

 

 

「責任は、打たれた俺だ。エースである俺が打たれたことが敗因だ。」

 

 

言い切った。

すると降谷は悔しそうに少しだが表情を変えた。

 

 

「悔しいか、降谷。」

 

 

無言で頷く。

そして俺は、言葉を続けた。

 

 

「悔しかったら、てめえの手でエースになってみろ。誰にも負けないと、叫び続けろ。そうしてチームを勝たせてみろ。そうすれば、二度と同じ思いはしなくてすむ。」

 

「はい。次は僕が、エースになります。もう誰にも負けません。」

 

 

「なら、強くなるしかねえだろ。」

 

「はい。」

 

「俺は二度と負けたくない。」

 

「僕もです。」

 

降谷の表情が、変わった。

これはもう、心配はいらないだろう。

 

 

「よく言った。明日から練習来いよ。」

 

「今から走ってきます。」

 

「今日はやめておけ。」

 

もう暗いしな。

今日は気分が変わっただけで十分だ。

 

 

ツーンとする降谷。

仕方ねーな。

 

「ま、明日の朝からまた走り始めるからよ。」

 

「行きます。」

 

「ははっ、完投できなきゃエースとは認めないからな。走り込んでスタミナつけろよ。」

 

 

そうして、俺は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに次の日、降谷は練習をバックれていたペナルティでずっと走らされていた。

俺もまだ肘に張りがあったため、付き合って一緒に走ってやったよ。

 

 

俺って優しいね。

 

 

 

 






こんな大野もええやん?
こんな降谷もええやん?


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エピソード58

 

 

 

 

 

練習が再開してから、1週間とちょっとが経った頃。

世間では、甲子園が開幕して話題になっている。

 

そんな中、俺たちはとにかく練習に打ち込んでいた。

 

 

 

夏休み、鬱陶しい勉強もせずに野球に打ち込むことが出来る期間。

尚且つ、大会は来月頭からなので、まだあと1ヶ月近く期間は空いている。

 

 

その為、今はとにかく身体作りというか、選手としての基礎作りに勤しむことができる。

 

 

 

 

と言うことで。

 

「ほら、まだ折り返し地点だぞ。」

 

「「は、はい。」」

 

 

体力トレーニングです。

 

 

 

野手たちはそれぞれの位置で守備練習。

投手はその間、俺がメニューを任されている。

 

 

まあ、なら走るよね。

だって今このチーム、誰1人としてスタミナ十分な選手いないし。

 

 

 

 

高校野球の体力増強期間といえば、やはり冬。

体外試合が禁止されている長い期間で体づくりに専念すると言うのが、よくある。

 

 

しかし、やはり効果的になるのは夏だろう。

 

30℃を超える炎天下で、尚且つ湿度の高い真夏に行うトレーニングは、やはり他の時期にやるトレーニングに比べると効果も高い。

 

 

 

何より、この暑さは夏にしか味わえないからな。

 

結局甲子園は真夏の一番暑い時期に行う。

この気温で高強度の運動をすることに慣れておかなければ、高いパフォーマンスを維持することはできない。

 

 

 

「ほら、顔上げろ降谷。酸素は下にねえぞ。」

 

 

俺がそういうと、胸を張って身体を起こす。

うん、いいぞ。

 

 

「そら、残り半分、行くぞ。」

 

そして俺がダッシュする。

それについてくるように沢村、ノリ、降谷と順番についてくる。

 

 

今しかできないことを、全力で。

最後の最後で、後悔したくないから。

 

 

 

今、決勝で戦った稲実は俺たちにはできない経験をしている。

きっとさまざまな刺激を受けて、秋の大会では成長してまた戻ってくるだろう。

 

それに勝つためには。

俺たちはその経験に勝る努力をするしかない。

 

 

俺たちにあるのは、敗戦の悔しさ。

もう二度と負けたくないと言う思い。

 

 

 

 

しかし、それだけあれば十分だ。

 

俺は滲み出た汗を拭い、歯を食いしばった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残りのランニングメニューを終えて、小休憩。

そこで倒れている降谷と沢村にドリンクを渡し、俺もその場に座り込んだ。

 

 

「疲れたか?」

 

俺がそう問うと、2人は勢いよく起き上がって、大丈夫ですと声を上げた。

流石、意地っぱり2人。

 

 

「ノリは、やっぱまあだ余裕ある?」

 

1人立ちながらドリンクを口に含むノリ。

彼も俺がそう聞くと、笑って俺と同じように座り込んだ。

 

「そう見える?ちょー疲れたんだけど。」

 

「でも2人よりは流石に余裕あるね。」

 

 

そう言うと、ノリは少し微笑んだ。

 

 

 

さてと、野手も一旦休憩か。

じゃあ、俺たちも合流するか。

 

 

「ほら、守備練習行くぞ。」

 

 

体力づくりの後は、外野ノック。

打球に素早く反応して落下位置に入ると言うのは、下半身に効果的なトレーニングだ。

 

 

 

まあ俺と降谷に至っては、そもそもレフトに入る機会も多いからな。

ここを守る練習するのは、当然である。

 

 

 

俺がレフトの守備位置に入ると、なぜか監督から呼び出された。

 

 

「お前はセンターの守備につけ。」

 

 

え、今なんと。

 

守った経験ないし、そもそもレフトで降谷と入れ替えが多いんじゃないの。

 

 

 

「お前足は割と速いし、運動神経も悪くないからな。」

 

 

と、一也から援護。

あ、これはやらないといけないやつですね。

 

 

 

と言うことで、初センター。

流石に初回ということもあり、中々お粗末だが、意外となんとかなりそうな感じはした。

 

 

 

今のところ、外野手の候補としては以下の通り。

 

 

 

まず主将でライトの白洲。

これは打撃と守備の双方で高い水準のため、当確。

 

 

後は、センターとレフト。

基本みんな外野全部できる奴が多いため、ここはまだ固定されていない。

 

 

 

まずセンター。

打撃と投手もできる点で、大野夏輝。

 

 

もしくは、外野専の麻生。

広い守備範囲と、安定感のある打球処理とそこそこの打撃。

 

 

足の速い関も、ありである。

守備も良く、カットなど小技に長けているため相手からすると結構厄介。

 

 

 

後かなり評価されているのは、東条秀明。

投手だけあって、やはりセンスがある。

 

高い反射神経と柔らかいリストを生かした巧打者であり、中学時代も守っていたらしく、守備も結構いける。

 

ただまあ、まだ力不足は否めない。

投手として2軍で経験を積みつつ、体力アップを図る。

 

 

 

レフトは、それこそさっき話に出た麻生と関。

 

もしくは降谷。

沢村は守備が酷すぎるため、今のところはなし。

 

 

 

こんな感じ。

 

守備だけでいえば麻生と関だが、バランスを考えると俺と麻生か。

かなりファイヤーだが、俺と降谷もなくはないか。

 

白洲の負担がマッハだが。

 

 

 

 

いい機会だから内野も紹介しよう。

まずはキャッチャー、これは勿論決まっている。

 

打撃と守備総合的に見ても御幸一也確定である。

 

 

後は、ファースト。

拮抗しているが、やはり声かけなどの観点から前園か。

 

 

セカンドは、小湊弟君。

兄譲りの広い守備範囲と現在のチームでは上位の打撃技術から。

 

 

ショートもまあ、倉持だろう。

これは説明不要。

 

 

サードは、まだ微妙なライン。

 

安定感でいえば、樋笠。

しかし中々、こいつもぽろりとする。

 

 

同室贔屓かもしれないが、俺的には金丸。

守備は樋笠よりも安定しているし、打撃もパンチ力がある。

 

 

 

 

 

おそらくは、こんな感じか。

とはいえ、まだ途上。

 

ここから今後の成長具合や練習での態度、練習試合の結果を見て監督も試行錯誤していくのではないだろうか。

 

 

 

 

新チーム初めての練習試合は、1週間後。

予定だが、対戦相手は夏の大会でベスト16の坂田丘高校。

 

 

まずは初めての実戦。

とにかく、いい勝ち方をしたいよな。

 

 

チームとして。

個人の力ではなく、打線のつながりで得点を重ねていきたい。

 

 

 

 

 

まあ、欲張りすぎかな。

とにかく実践の感覚を掴もう。

 

 

それが、最初の目標、かな。

 

 

 

 

 



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エピソード59

 

 

 

 

やあみんな、俺だ。

青道高校2年、元エースの大野夏輝だ。

 

今日は新チーム結成後初めての練習試合。

久しぶりの試合だし、俺も張り切っていくぞ。

 

 

 

ちなみに今日のオーダーは、こんな感じ。

 

 

 

一番 遊 倉持

二番 中 大野

三番 二 小湊

四番 捕 御幸

五番 右 白洲

六番 一 前園

七番 投 川上

八番 三 樋笠

九番 左 麻生

 

 

 

 

俺はセンターでスタメン出場。

まあ、今日はダブルヘッダー(1日で2試合行うこと)だからな。

 

俺はその二試合目に登板する予定だ。

 

 

 

一試合目の先発投手は、同い年のノリ。

リリーフで沢村の予定。

 

 

 

俺は午後の試合で先発予定。

そのリリーフで、降谷が入る予定。

 

 

 

 

 

さて、相手は言っちゃ悪いが確実に勝てる相手。

あとはそれぞれがどうアピールしていくか、だな。

 

 

相手先発は、一年の左腕。

スライダーが決め球の、最速136km/hの有望株である。

 

 

 

「コントロールは、普通かな。」

 

「スライダー、結構いい角度で曲がるな。打ちにくそ。」

 

 

ベンチ前でタイミングを合わせながら、倉持と軽く話す。

 

 

「先頭打者さん、まずはチャンスメイクお願いします。」

 

「っるせ。」

 

 

ちなみに、倉持セカンドゴロである。

完全にストレートに詰まってのゴロである。

 

 

 

「頼みますよリードオフマンさん。」

 

「るせ!」

 

さっきよりも、強めの怒気が帰ってくる。

 

 

仕方ない、実戦は約3週間ぶり。

最初の打席は、感じるだけでいい。

 

そもそも倉持は、元々率がいい方じゃない。

内野安打や足でもぎ取る安打が多い為、ヒット自体は少ない。

 

 

塁に出れば、ほぼ二塁打確定なんだけどな。

 

 

 

さて、と。

言っていても仕方ない。

 

 

「2番、センター、大野くん。」

 

 

ここは俺が、チャンスメイクをしていかねば。

 

 

「よろしくお願いします。」

 

「おや、今日は先発じゃないんですね。」

 

 

キャッチャーから、そう言われる。

向こうとしては、こちらの集中力を削ぐのが半分、単純に疑問を感じたのが半分だろう。

 

別に隠すも何も無いし、普通に答えるけど。

 

 

「そうですね。次の試合では先発しますんで、その時はよろしく。」

 

 

 

相手は、平均球速130キロほど。

俺よりも少し速く、決め球のスライダーもキレている。

 

情報はこれくらいか。

1年生なだけに、やはり情報があまり多くない。

 

 

特に夏の大会でもあまり投げていなかったからな。

 

できれば、隠れている「それ」を引き出したい。

 

 

 

まず初球。

インコース高め一杯にストレート。

 

あくまで見せ球だろうが、これが決まってストライク。

 

 

2球目、インコース低めにストレート。

これも見逃し、早くも追い込まれる。

 

 

 

スピードはそれぞれ120後半くらいか。

まあ、体感速度も大体違和感がないかな。

 

フォームも癖がないし、タイミングも取りやすい。

 

 

3球目、アウトコースのストレート。

これは外れてボール。

 

 

4球目のスライダーもカット、カウントとしては未だに1ボール2ストライクとまだ投手有利のカウントである。

 

 

 

(スライダーは、横気味だな。真っ直ぐも威力がある訳でもない。)

 

あとは、もう一つ変化球があるか。

そこだけ、知りたいな。

 

 

一つ息を吐き、構え直す。

もう少し辛抱させてもらうよ。

 

 

 

5球目、再びスライダー。

これが低めに外れてボール。

 

もう1球スライダー。

ゾーンにきたこのボールをカットして、並行カウント。

 

 

 

うーん、この感じはスライダーだけかな。

なら、そろそろ狙わせてもらう。

 

 

 

 

 

6球目、ストレート。

外角の甘く入ってきたボールを、弾き返した。

 

狙い通りライトのライン際。

逆らわずに打ち返した打球は切れることなく、ライトの前に落ちた。

 

 

 

とりあえず、ヒットだな。

球もだいぶ見せたし、2番の活躍はできたんじゃないか。

 

まあ、亮さんほどじゃないけど。

 

 

 

この後、続くのは春市。

彼も持ち前のシャープな打撃でチャンスを広げ、ランナーを一二塁と増やす。

 

 

2番、3番と仕事はした。

あとは、4番。

 

ここが機能するかどうかで、今年の打線が決まる。

 

 

 

さあ頼むぞ、4番。

 

 

「4番、キャッチャー、御幸くん。」

 

 

チャンスでしか打てない男。

得点圏にランナーが近づけば近づくほど、ランナーが貯まれば貯まるほど打力が向上する、不思議なバッターである。

 

その条件下であれば、このバッターはチーム1のパンチ力を誇る。

 

 

 

現在のランナーは、2人。

一、二塁とはいえ、得点圏である。

 

 

(悔しかったんだろ。打てなかった自分が不甲斐なかったんだろ。)

 

 

夜中、普段他の人の前で自主練をしないこいつが、バットを振っている時につぶやいていたのを知っている。

 

 

 

一番近いところで、あの怪物投手を見てきたのだ。

あの怪物投手に、完膚なきまでやられたのだ。

 

 

その悔しさは、必ず力になる。

 

 

 

 

 

相手投手が速球を放った初球。

甲高い金属音とともに、白球は右中間を抜けていく。

 

 

これがうちの4番。

チャンスでしか打てないが、チャンスなら確実に仕留めてくれる。

 

 

 

ムラっ気のなさは、今後練習をしていくしかない。

しかし今。

 

最も打線の主軸における男は、この選手なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この回一気に3得点。

やはり打の青道の名前は今年も健在であり、上位打線から得点を奪っていける。

 

 

さらに、先発の川上。

サイドハンドからテンポよく放り、5回までを1失点に抑える好投を見せる。

 

夏の大会では影が薄かったが、低めへの制球とキレのあるスライダーで打たせて取る投球は、やはり安定抜群である。

 

 

 

続く沢村は、序盤こそ制球に苦労したものの、御幸の巧みなリードと二つの速いボールの組み合わせで残りの回を無失点に抑えた。

 

 

俺も野手として3安打1打点と上出来。

打線もコンスタントに得点を重ねていき、7得点。

 

 

 

俺たちの練習試合初陣は7−1で大勝することができた。

 

 

 

 

反省点もあったが、とにかく勝った。

ノリも流れを作る投球に、沢村も立ち上がり以外はほぼ完璧な投球。

 

打線も二桁安打に7得点。

完成度としては、かなりの水準なのではないだろうか。

 

 

 

 

今のところは不安要素も特になし。

 

次の試合は、少しメンバーを入れ替えて。

あとは、俺と降谷か。

 

同じ対戦相手であり、先発も前大会でエースとして躍動した塩崎。

最速140km/hの直球と緩く沈むシンカーで試合を掌握する本格派サイドスローである。

 

 

 

入れ替えたのは、先発投手。

あとはサードの金丸とセンターに麻生、レフトに降谷が入る。

 

 

 

 

よし。

バックを守る仲間は変わっても、俺がやること自体は変わってこない。

 

 

チームを背負って、腕を振る。

 

 

 

新青道のエースとして。

俺は、マウンドへと向かった。

 

 

 



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エピソード60

 

 

 

 

時刻は、13:00。

気温は31℃とかなり高いが、あの時よりマシだ。

 

 

約、3週間ぶりか。

こうしてマウンドに上がるのは。

 

 

ブルペンで投げるのも、バッティングピッチャーとして投げるのも、やはり試合の時の緊張感には敵わないからな。

 

こうして空気感を確かめると、感じるものがある。

 

 

 

 

目を瞑り、ゆっくりと息を吸う。

大きく大きく、そして吸い込んだものを吐き出す。

 

不安、緊張、雑念。

吐き出す息とともに、身体から抜けていく。

 

 

 

己の中にある不純物が取り除かれたとき。

 

俺はゆっくりと、目を開けた。

 

 

 

「調子は?」

 

「大丈夫だ。」

 

捕手である一也との、端的なやり取り。

別に今更、詳しく打ち合わせをする必要もない。

 

 

「一巡目は結構見てくるからな。少ない球数で、攻めていくぞ。」

 

「了解。」

 

 

グローブを合わせ、頷く。

定位置に戻る女房役を横目で見ながら、俺はロージンバックに手を触れた。

 

 

 

あの時以来、ストレートの感覚は前と変わらない。

稲実戦で投げていたようなボールの感覚は、今はもうない。

 

けれど、それで抑えられる。

 

 

 

打者が、打席へ。

それを正面から見下ろし、俺は一つ息を吐いた。

 

 

(最初のバッター、大事に行くぞ。)

 

(OK。アウトローからな。)

 

 

胸の前でグローブに隠した両手を置き、左足を一歩後ろに引く。

 

ゆっくりと腰を捻り始め、相手打者に背中が見えるある地点まで到達すると、そこで一瞬静止。

その後、全身の回転運動と反動をフル活用し、捻転。

 

込められた力を、指先へ。

人差し指と中指で最後押し込むように、引っ掻く。

 

 

引っ掛けて暴投する一歩手前。

最も力が入る位置で、ボールを離す。

 

 

 

(…ここ。)

 

 

感じたタイミング。

ここで離すと、球は縦回転を強く受け、揚力を受けやすくなる。

 

 

放って仕舞えば、引っ掛ける一歩手前。

力が一番入っている、絶妙なタイミング。

 

リリースされた白球は、ベース手前になっても減速することなく。

打者の最も遠い位置に、すっぽりと収まった。

 

 

「ストライク!」

 

ストライクコール。

打者は目を見開くが、俺は一也から受け取った白球を右手で転がしながら投球準備に入った。

 

 

それはそうだ。

だって、ゾーンいっぱいに決まってるんだもん。

 

 

 

2球目も同じく、外角低めの真っ直ぐでストライク。

これまた見逃すが、こちらとしては好都合。

 

 

 

あっという間に2ストライクと追い込んだ。

 

 

普通なら様子見でもいいんだが。

元々そういうバッテリーじゃ、ない。

 

 

 

(さて、と。さっきの試合で見たし、様子見はいらねえな?)

 

(勿論。捩じ伏せるぞ。)

 

 

一也が構えたのは、打者のインコース低め。

狙いとしては、左打者の真ん中から外角低めに決まるボールか。

 

 

縫い目を若干動かし、白球を握る。

 

 

(来いよ。)

 

頷き、またモーションにはいる。

そして、要求通りのコースに向けて、投げ込んだ。

 

 

軌道としては、ストレートとほとんど同じ。

真ん中付近の甘いコースに、打者もバットを振る。

 

 

 

ほとんど完璧なバット軌道。

ストレートのタイミングで振り始められたバットは完璧なタイミングで走り。

 

 

 

最後に、空を切った。

 

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 

左打者から逃げていくように変化するツーシームで、空振り三振。

まずは、問題なく行けたな。

 

 

 

 

大丈夫、俺は投げられる。

今もこうやって、相棒が構えてくれている。

 

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 

みんなはまだ、俺を信じてくれる。

だから、もう期待は裏切らない。

 

 

「ストライク、バッターアウト!3アウトチェンジ!」

 

 

チームの勝ち頭として。

ただ、勝つために。

 

 

腕を振るう。

ただ、勝つために。

 

 

 

「ナイスピッチ。全開だな。」

 

「俺に与えられたチャンスは5イニングなんだ。悠長な投球なんてできるか。2人があんなにアピールしたんだから、俺も負けられない」

 

帽子をとって汗を拭いながら、近づいてきた一也にそう返す。

 

 

今日も暑いな。

だが、あの時はもっと暑かった。

 

 

「今日は全力で捩じ伏せにいく。相手には気の毒だが、俺もエースになりたいからな。」

 

俺がそういうと、一也は少し笑って答えた。

 

 

「わーったよ。次の回からはカーブも使うからな。できるだけ三振とりにいくか。」

 

「そうだな、球数は嵩んでも構わん。」

 

 

頷き、ベンチに入ろうとすると、倉持から蹴りが飛んできた。

 

 

「ヒャッハー、たまにはこっちにも飛ばしてこい!」

 

 

「その前にお前は塁に出ろよ、倉持。」

 

「るせ!おめえもチャンスでしか打てねーだろ!」

 

 

一也と倉持でやり合ってるが、気にしない。

ベンチに腰掛け、俺もドリンクに口をつけた。

 

「後ろに飛んだら、よろしく頼むよ。」

 

「任しとけ!」

 

 

こう見えて、やはり守備にいるとかなり頼もしいのだ。

倉持もそうだが、セカンドの春市なんかも。

 

 

 

 

 

とか言って、結局俺は5回を投げてパーフェクトピッチ。

打者15人に対して12個の三振を奪う投球で降谷へと残りのマウンドを任せた。

 

 

 

少し力を入れ過ぎたか。

久しぶりの試合というのもあって若干肘に張りを感じるな。

 

とりあえずケアを丁寧にやって、だな。

監督にもこの試合は野手出場なしって言われたし。

 

俺の代わりにレフトには関が入り、マウンドには降谷。

 

 

 

こいつもまあ、コントロールが最低限決まればな。

この程度の相手なら、まず撃たれないだろう。

 

 

案の定、降谷も残りの4回を被安打2の無失点。

アウト12個のうち8奪三振を奪い、課題の与四球は3つ。

 

 

失点には繋がらなかったが、やはり多いな。

 

 

ここに関しては、本当に投げていって直していくしかない。

あとは足腰鍛えて、フォーム固めて。

 

方法は色々あるから、一緒に練習していこう。

それこそ沢村も、コントロールがいいとは言えないからな。

 

比較的いいっていうだけで。

 

 

 

 

試合は相手先発の好投もあり、一試合目ほど点は取れなかった。

が4−0と快勝。

 

 

俺たち新青道の初陣は、二連勝で飾ることができた。

 

 

 

試合後。

カエルのような男性と、目があった気がした。

 

 

 

 

 

 



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エピソード61

 

 

 

 

 

坂田丘高校との練習試合から、2日が過ぎた頃。

俺たちは次の試合に備えて、ブルペンに入っていた。

 

体力トレーニングを終え、時刻は14:00過ぎ。

気温は、今日も30℃を超えている。

 

 

「あっちー。」

 

「だな。」

 

 

右手でユニフォームの胸元を扇ぎながら、そう零した。

 

 

 

「っし。座ってくれ。」

 

「あいよ。」

 

 

一也が、防具をつけて座り込む。

そして、ミットを前に出した。

 

構えられたコースは、右バッターの外角低め。

そこに視線を送り、クイックモーションで投げ込んだ。

 

 

 

力としては、6割ほど。

快速球が、構えられたコースにピシャリと決まった。

 

 

「OK、ナイスボール。キレは十分だが。」

 

「…あの時には、及ばねえな。」

 

 

こればかりは、仕方ない。

自分で言うのもあれだが、あの時の集中力は異常だった。

 

感覚も、集中力も。

今までにないほど、研ぎ澄まされていたような感じがしていた。

 

 

 

しかし、それこそ無い物ねだりだ。

必要であれそれを引き出す方法がないのに、悔いても仕方ない。

 

今あるもので、今の俺で何処まで力を伸ばせるか。

 

 

 

 

さてと。

ということで今日やりたいのは、変化球。

 

夏の大会中から少し気になっていたのだが、少し投げてみたい変化球があったりする。

 

 

「少し、試したい。」

 

俺がそういうと、一也はわかっていると言わんばかりに肩を竦めた。

 

 

「カットボールか?」

 

 

「まあな。」

 

 

 

カットボール。

打者の手元で利き腕と反対側に曲がる、言わばスライダー方向の変化球。

 

スライダーよりも速く、打者の近くで高速変化する。

 

 

 

俺の決め球は、ツーシーム。

利き腕と同じ方向に、曲がりながら沈む高速変化球。

 

 

つまりは、同じような球速で曲がる、対の変化球なのだ。

 

 

きっかけは、夏の大会の準々決勝。

薬師高校の投手であった真田が投じた、打者の胸元を抉るカットボールに思いっきり詰まったから。

 

 

大会期間中は感覚が狂うからやめておいたのだが、昨日思い出して一也に話した。

 

意外とツーシームと身体の使い方と似ている上に、人差し指できること自体は同じだ。

 

 

 

まあ、机上論だけど。

実際投げてみないとわからないし、そもそも俺の身体で投げてどうなるかはわからない。

 

 

結局人の筋肉の就き方や身体のバランス、腕の長さから柔軟性、さらには細かい指先の感覚まで色々な要素で個性が出る。

 

 

 

「別に今のままでも抑えられるけどな。」

 

「もっと上手くなりたいのよ。悪いか?」

 

 

一也の言葉に、思わず意地悪な返答する。

すると、彼は先ほどよりも大袈裟に肩を竦ませ、笑った。

 

 

「まさか。相棒の成長が嬉しくないキャッチャーはいねえよ。」

 

 

思わず、俺も笑ってしまう。

 

 

「御宅並べてねえで投げんぞ。時間は有限だからな。」

 

 

これは、照れ隠し。

向こうもわかっているから、軽く返答して座る。

 

 

2球、3球と若干抜ける。

しかしまあ、感覚は大体わかってきた。

 

もっと強く切ったほうがいいのか。

 

 

 

お、少し曲がったな。

しかし、カットボールにしては遅いな。

 

なんとなく握りを見返し、投げる。

 

 

何球か、試しながら投げ込んでいく。

しかしまあ、上手くいかない。

 

 

ちなみにツーシームの時は、割とあっさり投げれるようになった。

 

 

 

もう一球、投げてみる。

速さは少し上がったが、今度は曲がり始めがかなり早くなってしまった。

これじゃどちらかというと、スライダーと変わらん。

 

 

「お前、どうやって握ってんの。」

 

 

一也から言われ、俺は右手を差し出して見せた。

 

縫い目を2本かけ、若干ストレートよりも深く。スライダーよりも浅く握っている。

簡単にいうと、フォーシームから少し縫い目をずらして深く握っている感じ。

 

 

「もっとストレートと同じように投げてみろ。握りはほぼ真っ直ぐと同じで構わない。全身を使って、小手先で曲げようとするな。お前はツーシームでも同じことしてんだから、なんとなく感覚はわかるだろ。」

 

 

「なるほど…え。」

 

思わず感嘆してしまうが、その声の主は一也ではない。

マジで、知らん人の声である。

 

 

「あなたは?」

 

割と常識あるほう(抜けている幼馴染とか他の投手たちに比べて)な俺でも、流石に聞いてしまう。

 

だって、知らん人だもん。

だって、学校の敷地内だもん。

 

 

「いいから、やってみろ。」

 

 

はあ。

顔を見てみると、この間目があったカエルのおっさんである。

 

 

まあ、やる価値はあるか。

少し苦戦していたしな。

 

 

えーっと。

手元じゃなく、全身で曲げる感じね。

 

 

ノーワインドから、思い切って腰を捻る。

試合とできるだけ近い状態で投げれば、感覚もなんとなくわかるかもしれない。

 

 

そんなことを思い立ち、俺は投げ込んだ。

 

 

球速で言えば、ストレートとほとんど同じ。

軌道も大して変わらず、一也のミットの手前で少しだけ沈んだ。

 

 

 

お、おお。

今のは、かなりカットボールしてたぞ。

 

 

もう一球、投げてみる。

感覚としては確かに、ツーシームに近いかもしれない。

 

小手先で曲げずに、全身の微細な感覚で曲げる。

 

 

「おお、ありがとうございます。えーっと。」

 

結局誰だ、この人。

 

「まあ、なんだ。時期にわかる。」

 

「は、はあ。」

 

 

知らんけど、ここに入って咎められていないということは、ここのOBなのだろう。

知らんけど。

 

まあ、危害加えられてるわけじゃないし、俺は構わない。

 

 

なんとなく、感覚は掴めてきたな。

今度は、少し強く切ってみるか。

 

 

人差し指で、少し強めに。

ギリギリで離したら、もっと変わるかも。

 

 

「お、今の結構横に曲がったな。」

 

「だな。これなら試合でも使えるかも。ありがとうございます、おじ…」

 

 

俺がそう言いかけた時、ブルペンにやってきた高島先生に遮られる。

 

 

「ここにいらっしゃいましたか。落合コーチ。」

 

「ええ、まあ。この子が少し難儀していたようですからね。」

 

 

 

ん、コーチ?

 

「紹介するわ。この夏から投手コーチとしてきていただいた」

 

「落合だ、よろしく。」

 

 

 

「あ、はい。よろしくお願いします。」

 

呆気に取られたが、コーチならそりゃブルペンにいてもおかしくないな。

うんでも、紹介くらいしてくれないと、心配になるよ高島先生。

 

 

 

 

 

何はともあれ、これが俺と落合コーチの。

俺の今後の野球人生を大きく変える出会いになる。

 

 

が、それはまた別のお話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード62

 

 

 

 

 

 

日が昇って、まだ一時間ほどの東京。

喧しい蝉の鳴き声にうんざりしながら、俺はゆっくりと歩みを進めた。

 

ルーティーンというには大袈裟かもしれないが、いつも体力トレーニングも兼ねて行う早朝のランニング。

これをしないと、1日が始まらない。

 

 

「おはようございます、なっさん!」

 

朝らしからぬ元気な声が、俺の耳に突き刺さる。

 

 

よく言えば元気だが、こちらからしたら喧しいことこの上ない。

流石にもう、慣れたが。

 

 

「ああ、おはよう。」

 

「今日もいい朝ですね!絶好のランニング日和です!」

 

 

少しずつペースを上げつつ、テンポ良く走る。

リズム良く、気持ちよく走るというのが目的。

 

 

身体を起こして、身体のキレを出すように。

 

そうすると、自然と練習の強度も増す。

 

 

 

 

俺と沢村がランニングしていると、ちらほらとグラウンドに人影が増え始めていく。

白洲をはじめ、前園や春市、金丸。

 

さらに時間が経つと、チームのほとんどの選手がバットを握り、グラウンドに集まる。

 

 

バットが風をきる。

空気を切り裂く音が、グラウンド各地で木霊する。

 

 

この時間になると、誰に言われるでもなくみんながバットを振っている。

 

いついかなる時も、誰かが練習をしている。

上の世代から継がれてくる、青道高校の伝統のようなもの。

 

 

少ししてから、監督がグラウンドに出てきた。

 

 

 

今日もまた、練習が始まる。

8月も終盤に差し掛かっており、夏休みも佳境を迎えている。

 

練習自体は体力作りがメイン。

炎天下なだけに、とにかくきつい。

 

 

まあ、必要なことだからな。

強くなるには、練習するしかない。

 

 

練習試合だが、チーム状況としてはかなりいい。

 

ここまで六試合は全勝。

俺が先発した二試合は、14イニングを投げて無失点。

 

バッターとしても打率4割台をキープしており、チームの中でも二位の打率を誇っている。

なお一位は、小湊春市である。

 

 

チームとしてもなんとなく打順が固定されてきているため、それぞれの役目も段々と自覚してきている。

 

四番に入ってる一也は、ムラっ気こそあるものの主砲としての役割をしっかりと果たしているし。

リードオフマンの倉持もまあ、率こそ2割台と低迷しているものの、塁に出た際の得点に絡む確率はかなり高い。

 

1番の倉持が出塁、俺が繋いでクリーンナップで得点というのが理想。

これができている日は、大体大量得点で勝てる。

 

まあ、そう上手くいかないように相手もしてくるわけで。

 

 

 

実際一番は投手陣が大崩れすることが少ないため、勝利が先行している。

 

 

降谷は10イニングを投げて3失点。

先発した一試合では無失点だったが、中継ぎ登板した時にアウト一つも取れずに3失点して降板してしまった。

 

それ以外は安定していたため、やはり先発向けなんだろうな。

 

 

ノリと沢村はかなり安定感がある。

2人ともリリーフ登板が多かったものの、抜群の安定感の投球を見せていた。

 

 

 

チームとしてはかなり状態がいい。

打線も若干繋がり始めて、投手も安定してきた。

 

特に大きな要因というのが、この人である。

 

 

「次、アウトコースに3球。6割でいいから必ずストライクに入れることを意識しろ。」

 

ブルペンの主、カエルの神様、敏腕コーチ落合さんである。

 

俺のカットボールの時もそうだが、コツを教えるのがうまい。

流石、強豪である紅海大相良でバッテリーコーチをしていただけある。

 

 

 

この2週間で、それぞれが課題を見つけて、それを克服しようと努力している。

まだ改善はされないが、簡単に解決できないから課題なのだ。

 

 

しかし、結局戦うのは現状の俺たちなのだ。

夏のブロック予選を戦い抜くのは、今の俺たちなのだから。

 

大会までは1週間とあと少し。

ここいらで、夏休みの集大成をしなくてはならない。

 

 

 

 

そんな僕達に、ある一報が届く。

それは、監督から告げられたとあるチームとの練習試合の申し込みであった。

 

 

そのチームは。

今夏の大会で旋風を起こしたダークホース。

 

 

 

 

 

3日後、薬師高校がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

落合博光コーチの青道高校選手メモ

 

 

 

白州健二郎

2年 176cm 66kg

 

チームの主将であり、高い順応性とバットコントロールを持つ。

守備走塁の意識も高く、範囲が広い守備とポジショニングからライトで外野の中心を担える能力を持っている。

 

下位打線から上位打線まで打てる器用さアリ。

三年が引退する前は他に埋もれていたため下位打線を打っていたが、新チームでは上位打線で使うべきか。

 

 

理想はクリーンナップ。

3番か5番、もしくは2番6番が適正か。

 

 

 

 

 

倉持洋一

2年 170cm 63kg

 

チーム1の走力と加速性、走塁技術を持つ。

塁上での揺さぶりも上手く、出塁した際の得点率はかなり高い。

 

守備力は都内随一であり、小湊と連携を高めればセンターラインは安泰か。

 

バッティングはまだ荒く、率は他のレギュラーに比べると劣る。

そのため、一番よりも下位打線からのチャンスメイクが良。

 

適正打順は現在置かれている1番か、あえて9番もありか。

 

 

 

 

 

 

 

小湊春市

1年 164cm 50kg

 

小柄ながら非常に高いバットコントロールを持ち、勝負強さの光るバッティングは◎

体格のせいかパワー不足は否めないが、ヒット性の当たりを打つ技術はかなり高いため上位打線に置くのもありか。

 

打率、出塁率はチームトップ。

そのため、クリーンナップに置くのもアリ。

 

セカンド守備は反射神経、走力共に高いため範囲は広い。

少し慎重すぎる気がするが、遊撃手の倉持との連携を高めていけば問題はない。

 

適正打順は2番か3、もしくはヒットメイカーの1番としてもアリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

御幸一也

2年 179cm 70kg

 

正捕手で主砲であり、バッテリー内でも高い信頼を誇っている。

意外にも生粋のパワーヒッターであり、得点圏打率はかなり高い。

 

ここ最近はチャンス以外での率も上がっており、特に制球力の高い投手に対してはかなり相性がいい。

 

捕手としての守備力は言わずもがな。

強肩とキャッチング技術は全国でも高い水準。

 

 

適正としては6番くらいか。

しかし今年のチーム方針として、御幸は4番。

 

 

 

 

 

 

 

降谷暁

1年 183cm 65kg

 

一年生ながら才能溢れる豪速球の持ち主。

最速153km/hのストレートに落差の大きいフォークで三振を奪っていくことができる。

 

制球力はまだまだ課題だが、ゾーンで勝負できるようになればプロ入りも約束されるほどのセンスがある。

スタミナもまだまだだが、先発させて徐々につけていけばよし。

 

 

覚えさせるのであればストレートと同じように投げることができるツーシームかもしくはチェンジアップ。

横変化があれば投球の幅もかなり広くなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

沢村栄純

1年 175cm 65kg

 

最速は136km/hで、左右のコントロールも良いためかなり好投手。

貴重な左腕であり、さらには出どころの見え難い変速フォームとかなり希少性が高い。

 

ストレートと利き腕側に沈む高速チェンジアップとのくみ合わせもあり、安定感抜群。

新たに教えるのであれば、同じく速い変化球のカットボールか、緩急を使えるチェンジアップだろう。

 

 

 

 

 

 

 

川上憲史

2年 173cm 63kg

 

右のサイドハンドで、ための長い少し変則的なフォーム。

サイドから放る角度のあるスライダーは◎

 

低めへの制球力は高評価、あとは決め球があれば尚よし。

基本はロングリリーフで、相性によっては先発でもアリ。

 

決め球には、シンカー系が無難か。

あとは球数を減らすために流行りのカットボールもありか。

 

 

 

 

 

 

 

 

大野夏輝

2年 176cm 68kg

 

ストライクゾーンに自在に投げ込むことができ、制球力は全国でもトップクラス。

キレのある直球と同速で変化するツーシーム、またカーブの精度もかなり高い。

 

球速は遅いながらも空振りを奪えるキレのあるストレートは高評価。

キレもそうだが特に回転軸と回転数がいい。

 

出力は降谷の方が上(というより降谷が圧倒的すぎるだけ)なのだが、まだまだ伸び代もある。

 

特に稲実との決勝戦で見せた出力は、はっきり言って成宮よりも上。

全国でもトップになれる可能性もある。

 

 

決め球が捻りを加えるツーシームなだけに、肘に若干の不安があるか。

 

 

 

打者としても優秀なため、打順は上位で使いたい。

投手には珍しく、高いヒット性能を誇り、2番か1番、もしくは6番か。

いずれにしても下位で使うには勿体無い。

 

 

 



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エピソード63

 

 

 

 

 

8月も終わりに近づいてきた。

 

日中こそまだ夏日が続くものの、若干暑さは和らいできたように思える。

 

夏休みも終盤。

新チームになっての総括と決め込みたいところに、絶好の相手が今日やって来る。

 

 

 

「おぉーっ!でけえ!!」

 

 

試合の準備の為Bグラウンドでストレッチをしていると、そんな声が耳に突き刺さる。

 

来たか。

噂をすればなんとやら、だな。

 

 

 

薬師高校。

今夏に大ブレイクした高校であり、甲子園出場校の市大三高を破ったとして話題になったチームである。

 

4番の轟を中心にパワーヒッター揃いであり、超攻撃的なチームとして人気を博していた。

 

 

「いきなりでけえ声出すな、雷市」

 

「よう、久しぶり。」

 

 

右手を上げて挨拶をしてくる真田に、俺も頷いて答えた。

まあ、投げ合った仲だしな。

 

あまり会話はしていないが。

 

 

「今日は宜しくな。もう結構試合してんの?」

 

「まあな。今んとこ10連勝中だから、今日勝って11連勝に伸ばさせてもらうぜ。」

 

おお、流石。

元々薬師の中心選手は、轟を含めた1年生3人と、エース格の真田くらいだからな。

 

3年生たちも怖いバッターではあったが、彼らが残っている分チームとしてはすぐに再建できたのだろう。

 

 

 

「今日の先発は?」

 

「俺だよ。どこまで投げるかはわからないが。」

 

 

別に、隠す必要もない。

俺が先発して、途中から沢村か降谷、もしくはノリにシフトするとのことだ。

 

 

向こうの先発は三島。

夏の大会では投げていなかったと思うが、中学では元々ピッチャーをやっていたらしい。

 

恐らく、途中から真田も投げるだろう。

 

 

「前回はやられちまったけど、今日は勝つからな。雷市も状態あげてるし、今日こそ打ってやるよ。」

 

「望むところだ。宜しくな。」

 

 

そう言って、真田も自分たちのチームへ戻っていく。

流石、コミュ力高いなと感心しながら、俺も自分のアップを終えて野手に合流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ始まります。

先攻は俺たち青道高校。

 

オーダーに関しては、以下の通りだ。

 

 

1番 遊 倉持

2番 投 大野

3番 二 小湊

4番 捕 御幸

5番 右 白洲

6番 一 前園

7番 三 金丸

8番 左 降谷

9番 中 麻生

 

先発は、真田に言った通り俺。

成績も踏まえ、今のところは暫定エースとして試合をしている。

 

 

サードは最近かなり当たっている金丸。

まだまだムラっ気はあるものの、当たる日はとにかく当たる。

 

 

これも自主練の際に指導してくれたクリス先輩のおかげだろう。

 

守備もかなり安定してきており、今の所のレギュラー筆頭になっている。

 

 

 

外野手は、安定感の麻生と打撃の降谷。

これが今は定着しつつある。

 

 

 

開脚しながら少し股関節を伸ばし、深呼吸。

やることを整理するために、頭の中で一つずつ確認していく。

 

 

先頭の秋葉は一発もあるし、何よりヒットメイカーである。

チームで1番出塁率が高く、こいつが出塁した際の得点率は本当に高い。

 

まあ十中八九、4番の轟に打席が回るからなのだが。

 

あとは、今名前の出た轟。

彼に打たれると、このチームは本当に強い。

 

細心の注意を払って投げる必要がある。

 

三島も危険だな、あとはチャンスに怖い真田。

何より全員が一発を狙ってくるもんだから、怖い。

 

 

まあその方が、こちらとしては抑えやすい。

それに真っ向勝負の方が、楽しい。

 

 

 

「今日の調子は?」

 

一也からの問いかけに、俺は若干首を傾げて答える。

 

 

「感覚自体は悪くないな。」

 

 

筋肉痛で体のキレはあまり良くないが。

そこまで言わなくても、彼は多分理解してくれている。

 

 

「あくまで練習試合だからな。打たれてもあんま凹むなよ。」

 

「わかってる。でも今の俺の最善は尽くす。」

 

 

俺がそう言って白球を手渡すと、一也も笑って定位置に戻った。

 

 

右の肩を2回3回と回し、首をぐるりと大きく回す。

そしてそのまま、右手で胸元を握りしめた。

 

目を瞑り、ゆっくり息を吐く。

練習試合とはいえ、集中しなきゃやられる。

 

 

1番いい状態でやらなきゃ、意味ないしな。

 

 

 

 

息を吸い直し、また吐き出す。

今の最大限をぶつけ、俺の現在地を、チームの現在地を確認する。

 

 

いつもよりもう一つ大きく深呼吸。

中途半端にやるくらいなら時間をかけて感覚を研ぎ澄ます。

 

 

 

「…っし。」

 

行ける。

俺はゆっくりと目を開けた。

 

 

 

 

視界が少しばかりぼやけ、打者の姿だけが鮮明に映る。

俺が視線を少しずらすと、今度は打者もぼやけて一也とそのミットが鮮明に映し出された。

 

 

狙うのは、その一点のみ。

そこに決める能力が、俺にはある。

 

 

他の3人にはなくて、俺にあるもの。

 

降谷のような豪速球はない。

沢村のような癖玉も柔軟な関節もない。

ノリのような角度のあるサイドスローでもない。

 

 

 

ただ、真っ直ぐに。

俺は、一也を信じて投げ込むだけだ。

 

 

息を吐き、腰を捻り始める。

ゆっくり力を溜め、溜め。

 

限界まで溜め込んだ力。

それを身体の捻転とともに。

 

 

 

解放。

収縮された力を全て指先へ。

 

最後に、押し込む。

 

 

(ここ。)

 

 

慣れ親しんだ感覚。

しかし、今日のそれは。

 

 

いつもの「それ」よりも、遥かに鋭い感覚で抜けていった。

 

 

 

 

 

いつもよりも、少し鈍い音が一也のミットから鳴った。

 

コースは、外角少し甘め。

しかし、秋葉はこのボールを見逃した。

 

 

 

この感覚は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード64

 

 

 

 

 

 

 

(また速くなった?)

 

 

打席に立っていた秋葉は、2ヶ月に見た同じような快速球に、思わずため息をつきそうになった。

 

 

純粋且つ美しい縦回転。

さらに力強く弾かれた、フォーシーム。

 

全身のバネを最大限生かしたこのボールは、明らかに2ヶ月よりも速くなっているように感じた。

 

 

 

 

コースは、前よりも甘い。

寧ろ外角を上手く流す技術を持つ秋葉からすれば、打ち頃のボール。

 

しかし球の力も相まって、全く手が出なかった。

 

 

 

(次はどうくる。)

 

 

おそらく真っ直ぐだろう。

このバッテリーは、初回は球数少なく、なおかつストレートでガンガン攻めてくる。

 

 

そう思い身構えた秋葉に投じられた2球目は、緩く変化するカーブであった。

 

落差と球速差ともにあるこの変化球に、空振り。

 

 

これで完全に崩された秋葉。

最後はインコースの真っ直ぐで空振り三振に喫した。

 

 

 

 

「なんでえ秋葉。おめえらしくねえな。150キロくらいだったか?」

 

 

ベンチにふんぞりかえる。

本当にその言葉が似合う姿勢で深く座り込んでいる雷蔵は、冗談まじりにそう吐いた。

 

この夏休み、さらにバットコントロールを磨いて三振数の減った秋葉が、こうも簡単に三振するとは。

 

 

「本当にそれぐらいに見えますよ。コントロールはビタビタって訳じゃないですけど、球威は前回より上がってます。」

 

 

気がつけば、2番の増田すらもアウトを献上していた。

低めのストライクゾーンからボールゾーンに逃げていくスライダーを引っ掛けてのセカンドゴロ。

 

安定感抜群の小湊が上手く捌き、2アウトである。

 

 

続いて、3番の三島。

轟同様、一発のある危険なバッターである。

 

しかしながら、バッテリーはと言うと。

 

 

 

(ここは?)

 

(当てさせなけりゃ、だろ?ガンガン攻めていくぞ。)

 

 

サイン交換。

後に頷き、投手はグローブに白球を収めた。

 

 

要求されたコースは、外角低め。

しかし大野が投げ込んだのは、それとは相反して真ん中付近のボールであった。

 

 

三島からしたら、絶好球。

初球だが、三島は思い切ってフルスイングしにいった。

 

 

(もらっ…)

 

 

バットは、空を切った。

 

 

理由は単純明快。

三島の振ったバットは、投げられた白球の遥か上を通過していたのだから。

 

 

 

ツーシームファストボール。

大野夏輝のウイニングボールであり、彼の象徴である速球。

 

 

 

2球目、同じボールで空振りを奪う。

全く同じコース、同じ変化、同じ球種。

 

しかし三島は、全く反応出来なかった。

 

 

単体で見れば、大したことはない。

キレも球速も一級品だが、実際の球速で言えば130キロに満たないケースが多いのだから。

 

 

しかしどうしても、ストレートの残像が残ってしまう。

同じ球速で加速し伸びるフォーシームか、伸びずに沈むツーシーム。

 

相反するこの二つの球種に、前回も手玉に取られたことを、覚えている。

 

 

 

(もう一球見られれば。)

 

 

そう思った三島に投げ込まれたボール。

それもまた、ふわりと一度軌道を描く、カーブであった。

 

 

完全に崩された三島はこれまたセカンドゴロ。

再び小湊が危なげなく処理して、テンポ良く3つのアウトを奪っていった。

 

 

 

 

肩を一回転、ゆっくりとベンチに引き上げていく大野に、御幸は駆け寄った。

 

 

「ナイスピッチ。今日はカーブがキレてるな。」

 

「コントロールが少しずれてんな。やっぱりバランスが少し悪くなってる自覚もある。」

 

「言うほど悪くねーよ。」

 

 

そう言って、ミットで軽く頭を叩く。

どちらかというと、ツッコミのような。

 

 

 

確かに御幸の目から見ても、いつもよりコントロールが定まっていないように見えるのは事実。

 

しかしながら、別にそこまで深刻に見る必要はないように感じるほど球に力が篭っていた。

 

 

 

元々自己分析ができる、寧ろ少し自分の力を低く見積る傾向があるこの男に心配は要らない。

 

寧ろ彼には、少し楽観的なくらいの声掛けが丁度いい。

 

 

(実際、今の状態でも他の「制球自慢の投手」よりもコントロール良いしな。)

 

 

あながち、間違いではない。

 

それに、今の彼のボールに力があるのも確か。

この状態で打たれることは、まあ中々ないだろう。

 

 

 

 

 

対する青道の攻撃。

先頭打者には、いつも通り倉持洋一。

 

 

(確かストレートとフォークがメインだよな。あとは、カーブくらい?とにかく、球を炙り出すのは後ろに任せる。)

 

 

見るのも大事なのだが、まずは出塁すること。

 

塁上に出てから輝く男なだけに、先頭打者の役割を全うすることが、今の彼には求められているのだ。

 

 

 

「下手に色々やろうとすると、あーなる。だからこそ、集中すれば出られるだろ。」

 

「打撃自体元からアレだしな。」

 

 

ベンチの外でバットを振りながら、同じくベンチ近くで用意する御幸に大野はボヤいた。

 

 

あーなるというのは、ここまでの練習試合の打率のこと。

実に現在の打率は、.195と2割を切っている。

 

普通なら1番を剥奪されるところだが、それを余ってある足の能力。

倉持が出塁した際はほぼ二塁打確定の為、やはり得点に絡む確率がとにかく高い。

 

 

また、彼本来の打撃ではないということを、片岡自身も分かっていたのだろう。

 

 

丁度少し前の試合まで、粘ることと相手投手の球種を引き出すことをとにかく重点的に行っていた。

 

その為か普段から後手に回ってしまい、追い込まれてから難しいボールに手を出さざるを得ないという悪い流れがあったのだ。

 

 

しかしここ数試合では、完全に出塁することだけに集中している為か、固め打ちを始めている。

これも我慢して使い続けた片岡監督の賜物だろう。

 

 

「あ、出た。」

 

「ほらな。」

 

 

倉持は、ショートへの内野安打で出塁。

それを確認した大野は、バットを右肩に携えて打席へと向かった。

 

 

 

塁に出た倉持は、正に水を得た魚。

あれよあれよという間に塁を盗み、二塁へと到達。

 

大野はしっかりと繋ぐ打撃でヒット。

ランナーを進めると、ここからクリーンナップ。

 

 

0アウトランナー一、三塁で、ミート力のある小湊。

低めのフォークを上手く拾い、センター前に運ぶ。

 

この間に倉持は悠々ホームイン。

打った小湊とファーストランナーの大野は無理せず、それぞれ一二塁でストップした。

 

 

何故なら、次に繋がる男は。

チャンスに強い男、四番の御幸一也なのだから。

 

 

 

 

(ここで…正直怖いな。)

 

(チャンスの時のこの人は本当に計り知れねえからな。)

 

 

目線を合わせ、小学校からの幼なじみは目の前の打者に最大限の警戒を置いた。

 

 

夏の大会でもそうだったが、御幸の得点圏の打率は実に7割越え。

はっきり言って、まともに勝負する方がおかしい。

 

 

(厳しく行くぞ。まずはインコースのストレート。これは外せよ。)

 

秋葉のサインに頷き、クイックモーションでボールを投げ込む三島。

 

 

比較的コントロールはアバウトながら、力で押していくタイプのピッチャーである三島なのだが、この初球はナイスコースのボールであった。

 

インコース少しボール球。

低いとは言いきれないが、普通ならファールにしかならないボールである。

 

 

要求通りに来たボールに秋葉もホッとしつつ、左手に来るべき衝撃に備えた。

 

 

 

 

 

しかし。

鳴り響いたのは、乾いた音ではなく。

 

 

(性格上、そりゃインコースのストレートだよな。)

 

 

響き渡るのは、金属音。

肘を上手く畳んで、インコースのボール球を捉えた。

 

 

打球はライト線フェア。

フェンスダイレクトで届く長打で、あっという間にランナーを返して見せた。

 

 

 

 

これが、今年の四番。

チャンスで真価を発揮する、青道の四番。

 

上位打線の活躍で、初回からあっという間に3点を先制して見せた。

 



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エピソード65

 

 

 

 

 

 

初回から3得点を重ねた青道。

更にチャンスで回った白州にもタイムリーが生まれ、4-0といきなり得点差を作った。

 

しかしながら、2回以降三島も調子を取り戻し失点を許さない。

4回までランナーを出しながらも何とか無失点に抑え、堪えている。

 

 

 

対する青道の先発、エース大野。

いつもより制球は細かく決まっていないものの、球威がある為、中々打たれていない。

 

 

三振も多いし、四死球もない。

成績で言えばいつも通りなのだが、御幸は少しばかり不穏な空気を感じていた。

 

 

(今の状態だと、4分割か。)

 

回を追うごとに、少しずつ制球が乱れている感覚がある。

最初こそ本当に誤差の範囲内だったが、2回以降少しずつ「ズレ」が大きくなってきている。

 

しかし、それでもヒットを打たれない。

球威はむしろ上がっており、奪三振数に関しては4回終了時点で8個と圧倒的なものであった。

 

 

 

「どっか感覚悪いところあるか?痛むところとか。」

 

ベンチ内でコップに口をつけようとした時、御幸から声をかけられた大野。

コトンと横にそのコップを置き、首を若干傾げた。

 

「うーん、痛みはないんだがな。何となく、ズレてる感じはする。」

 

 

投手というのは、繊細なのだ。

少し指に違和感があったり、怪我があったりすると本来の力を発揮できなくなる。

 

特にコントロールのいい投手は、身体のバランスをとても大事にする。

 

その為下半身と上半身、ましてや身体の末端までの感覚が上手く連動することを大事にしている。

 

 

「悪くは無いんだけどな、感覚としては。」

 

そう言って、改めてドリンクの入ったコップに口をつける。

少し甘酸っぱい、塩味のあるドリンクを舌の上で転がして、飲み込んだ。

 

夏だから、汗がよく出る。

だからこそ、この手の水分補給はこまめにやらなければいけない。

 

 

「疲労はどうだ。」

 

「相手が相手だし、ある程度ギアを上げている。」

 

だから程々に疲労は溜まってきている。

そこまで言わなかったが、御幸も何となく察した。

 

 

練習試合とはいえ、相手は強打の薬師高校。

暫定とは言えエースである以上、失点する訳にはいかない。

 

 

 

球が来ているのは、それだけ力を入れているからか。

それにしても、今日の大野のボールは速い。

 

 

(でも、感覚がいいのは確かだな。)

 

ストレートの指のかかり、ツーシームの捻り。

どちらを見てみても、今日の大野は絶好調であった。

 

 

 

 

 

5回の表。

青道の攻撃に対して、薬師ベンチが動く。

 

「言っちゃあれだが、悪ぃ流れだな。」

 

「今年も怖い打線ですね、ホントに。」

 

 

ベンチ奥で悪態をつくようにして、雷蔵が溜息を吐く。

 

真田も態度で大体察したのだろう。

その姿を見て、彼も肩を回して準備を始めた。

 

 

「悪ぃ流れ断ち切ってくれんだろ、真田?」

 

「そんな大層なもんじゃないっすよ。」

 

笑って、真田はベンチから出ていった。

 

 

先程まで使っていたグローブとは別のものを嵌める。

受けるためのグローブから、投げるためのグローブへ。

 

 

薬師もエースがマウンドへ。

テンポの良い打たせてとる投球はリズムを生み出し、チームの攻撃へと弾みをつける。

 

 

「っらぁ!」

 

この回もカットボールやシュートを巧みに扱い、三者凡退に押さえ込んで見せる。

 

球が強く、お世辞にも制球力があるとは言えない。

 

 

荒々しく、豪快。

薬師高校のエースとしてこれほど適任な男は、いない。

 

 

 

 

「ほんと、いい投手だよな。」

 

ベンチ前でキャッチボールをしながら、投手と捕手は呟いた。

 

「心が強いよな。お前とは違う意味で、攻めてる。」

 

 

方や、制球力に絶対的な自信を持っているからこそ。

コントロールを間違えない実力があるから、リスクのあるコースを攻めることができる。

 

方や、球の力と絶対に間違えない心の強さがあるからこそ。

制球力には難があっても、力強いボールと強い心で続けて厳しいコースを攻めることが出来る。

 

 

 

どちらもエースであり、チームを象徴する選手。

形は違えど、その背中は同じ。

 

 

「負けられねえよ、本当。」

 

そう言って大野が息を吐く。

俯き気味で肩を1回、2回と回し、顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

「っし。行くぞ、一也。」

 

帽子の鍔に手をかけ、笑った。

 

 

御幸もその瞳を見て、確信する。

今日はもう、打たれない。

 

 

紺碧に輝く水晶のような虹彩は次第に深みを増していき、彼の投球への没頭を表すように煌めいた。

 

 

 

 

 

マウンドで再び深呼吸をする大野。

それを見て、雷蔵は薄らと嫌な予感を感じ取っていた。

 

(クソッタレ、なんで練習試合であんな目になんだよ。)

 

あれは、極度の集中状態に陥っている表情。

もしかしたら、彼の奥にある”それ”を引き出してしまったかもしれない。

 

 

真田という好投手に呼応したのか。

 

 

 

遠目からではあったものの、見た。

稲実との決勝で、あの強力打線を完膚無きまで押さえ込んでいた、あの時の表情。

 

自分たちが抑えられた試合よりもギアを上げていた、圧倒的な投手。

その姿と重なっているように見えたのだ。

 

 

 

 

 

 

「疑念」が「確信」に変わったのは、四番の轟に対する初球。

大野の投げ込んだボールを見た轟は、全く手を出さなかった。

 

 

 

内角高め。

驚異的なスイングスピードと反射神経を持つ轟にとっては最も打球を飛ばすことができるコース。

 

初球からガンガン振っていく轟が、得意なコースを見逃したのだ。

 

 

 

 

「おぉ、すげえ。」

 

思わず、轟もそう漏らしてしまう。

それも、前の試合の時よりも速い。

 

 

一度バットを振り、再度打席へ。

次に放られた高めのストレートに、轟はバットを当てた。

 

 

 

鈍く当たった白球は前に飛ばず、バックネットへ。

その打球を見て、御幸は大野へと視線を送った。

 

 

(アジャストしてきたか。)

 

(危険なコースに2球続けたからな。今の状態じゃなきゃ、投げさせねーコースだよ。)

 

 

投げ返された新しいボールをグローブに収め、白球を右手の上で捏ねるように転がす。

 

何となく手とボールを馴染ませて、御幸のサインを前屈みに覗き込んだ。

 

 

(一球外すぞ。3球勝負で抑えられるほど、楽な打者じゃない。)

 

(分かった。)

 

 

構えられたコースは、内角。

必ずボール球であくまで見せ球という条件。

 

ストレートが少し大袈裟に外れ、一応要求通りのカウントとなった。

 

 

 

カウント1ボール2ストライク。

 

(決めるぞ。)

 

御幸が両足の間で、指を2本立てる。

大野の決め球である、ツーシームのサインである。

 

その後、彼は轟よりも少し遠い位置に構えた。

 

 

三振が取れるのが理想だが、高速変化に滅法強い轟。

サードゴロかショートゴロがいい所か。

 

御幸がそのコースに構えると、大野も頷いてモーションに入った。

 

 

 

 

コースは、低め。

外角甘めから外一杯かギリギリ外れるコースに構えられたミットに向けて進んでいく白球。

 

 

(少し甘いか。)

 

 

要求したコースよりも、少し内寄り。

そんな予感がして、ミットを動かそうとした時。

 

 

 

普段よりも大きく動いたツーシームは、御幸が構えたミットに吸い込まれるように変化して、収まった。

 

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 

ポトリと落ちる、青い帽子。

勢い余って蹴り出すように、右足を振り上げた。

 

 

空振り三振。

いつもより大きく変化したツーシームで、今世代生粋のスラッガーからまたも三振を奪った大野は小さくガッツポーズを浮かべた。

 

 

 

続く真田もカーブで空振り三振。

平畠に対してもツーシームで空振り三振を奪ってみせる。

 

 

真田の登板と同時に調子を上げた大野。

その姿に、投手コーチの落合は鋭い視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 



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エピソード66





今回ガチでガバです。
特にガバです。








 

 

 

 

 

(しー。)

 

ヘルメットを外し、御幸は軽く頭を振って髪崩す。

夏は過ぎたが、キャッチャーはユニフォームに加えて分厚い防具を付けているため、この時期でもかなり暑い。

 

 

暑さで蒸れた防具を外し、一息つく。

今日は相棒であるエースの調子が、とにかく良い。

 

その為か、御幸自身も気持ちよく配球できる。

 

 

やはり好投手を自分のリードで生かすことは、本当にやり甲斐もあって楽しい。

そんなことを思いながら、大野に目を向けた。

 

 

 

 

しかし、そんな状態でも心配がない訳ではない。

寧ろ、なんとなく嫌な予感すらしている自分に少し驚いた。

 

 

稲実との決勝戦。

彼は投げ続けた末に、最後は力尽きて倒れた。

 

あの時は、自分の気遣いが足りなかった。

しかし、それを抜いたとしても。

 

 

あの時と姿が重なると言うこともあり、何か代償があるのではないか。

 

 

そんな不安を胸の片隅に置き、御幸はベンチに身体を預けた。

 

 

 

「良い調子だな、大野。」

 

ふと後ろから声をかけられ、振り向く。

そこには、投手コーチである落合が座っていた。

 

「ええ。寧ろ良すぎるくらいです。」

 

 

御幸がそう呟くと、落合は少し顔を歪ませた。

 

 

「お前もそう思うか。」

 

「少し。オーバーペースなのも気になります。」

 

すると落合は、顎に蓄えられた髭に軽く触れながら、右目を瞑った。

 

 

「この回、あいつのボールを受けてて何か違和感を感じたか?」

 

そう問われると、御幸は轟に対しての最後のボールを思い出した。

 

 

いつもよりも変化の始まりが遅く、変化が大きい。

所謂、キレが良いという。

 

普通ならばいい傾向なのだが。

 

 

「制球が乱れているのも、何か関係があるかもしれないですね。」

 

「そうだな。少し様子を見た方がいいな。」

 

 

 

もしかしたら、何かの前兆かもしれない。

 

今年の夏も、去年の夏も。

自分が大野の異変に気がつくことができれば、もしかしたら負けていなかったかもしれない。

 

 

何も無ければ、一番。

何かあってからでは、遅いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く6回の表。

薬師高校エースの真田は、青道の7番の金丸から始まる下位打線を完璧に抑え込む。

 

先頭の金丸は、インコースのシュートでサードゴロ。

続く降谷はストレートに詰まってセカンドフライ。

9番の麻生もカットボールを上手く打ったものの、レフトフライに落ち込んだ。

 

 

 

 

味方の反撃に勢いをつける、エースの投球。

その強気なピッチングは、強打で攻撃的な薬師高校を、正に象徴する選手。

 

その姿をベンチ前で見ながら、大野は手元に置かれていたグローブに手をかけた。

 

 

(フォームかっこいいなぁ。)

 

 

例の如く、全く緊張感のない男は、マウンド近くに置かれたロージンバックに手を触れた。

 

 

白粉が宙を巻い、消える。

指先に付いた余分な粉を吹きかけて飛ばすと、白球を握り締めた。

 

 

 

(正にエースって感じだよな。)

 

強いボールに、気迫。

強気なインコース攻めに、雄叫び。

 

これが、薬師のエースだ。

 

 

だからこそ、負けられない。

同じ、チームを象徴するエースとして。

 

 

息を吐いて、大野は力のある球を投げ込んで行った。

 

先頭の阿部を、内角高めのストレートで空振り三振。

続く米原は、外角の低めに落ちるツーシームで空振り三振。

最後の森山も、インコースのカットボールでライトフライ。

 

 

 

この回投げた球数は、たったの10球。

 

テンポよく、尚且つ三振を2つ奪うナイスピッチングで薬師高校に反撃の糸口を掴ませない。

 

 

 

紛うことなき完璧な投球。

傍から見ればこれといって問題は無い、寧ろいい作用なのだが…。

 

 

いつもと違うことが、違和感に繋がる。

御幸と落合、そして内容を聞いた片岡もまた注意を強めた。

 

 

「どうだ夏輝。」

 

「どうだと言われてもな。」

 

問うにしては、情報が少なすぎるだろう。

 

いつもならそうやって突っ込みを入れるが、監督である片岡やコーチである落合の耳にも入る距離感では流石に口を慎んだ。

 

 

「特に問題はないが。何かあるのか?球が走ってないとか。」

 

「いや、寧ろ球は良いぜ。夏も佳境だし、確認しただけだよ。」

 

 

 

まだ何かあったと決まった訳では無い。

だからこそ、今注意を向けていることを悟られては、きっとこちらに気を使うだろう。

 

大野は恐らく、怪我を隠す。

 

 

一時的にそれはチームの戦力を削らない為プラスに作用する事もあるだろう。

しかしそれは、大野の選手生命を短くすることに直結するだけでなく、今後の投手の成長にも影響が出てくるだろう。

 

 

 

変化量が大きくキレも増している。

しかしそれは、普段の大野よりもどこかで別の捻りが加わっている可能性を示唆している。

 

 

 

あくまで可能性の話だが。

しかし大野とて、関節等の可動域は広い。

 

 

特に肩甲骨の可動域で言えば、沢村を凌ぐ。

肘や肩を踏まえての総合では、沢村の方に軍配が上がるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その兆しが確信に変わったのは、すぐ次の回であった。

ここまで好投をしていた大野が、急に制球を乱し始めた。

 

それも、抜け球が非常に多いという。

 

 

ここまで多少のコントロールミスはあったものの、それでも並以上の制球と尋常ではないキレを誇っていた。

 

しかし急に、暴投のオンパレード。

更に首を傾げながら肘を曲げたり伸ばしたりする動きをする大野

 

極めつけに、掌に息を吹きかける大野を見て、御幸は確信を持った。

 

 

 

 

持ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

原因は、はっきり言って特定できない。

しかしこれは、とても何の気なしにする行動ではないから。

 

 

恐らく、肘に関する何らかの問題か。

そうなると、話はきっと稲実戦まで遡らなければならない。

 

 

 

 

稲実戦。

あの日も少し、肘の痛みを感じていた。

 

それはきっと、絶好調が故に可動域も少し上向きになっていたからか。

 

肩甲骨を支える広背筋は身体の中でも有数の大きな筋肉の為、負荷がかかってもそれほど影響は受けにくい。

 

 

しかし肘の場合は。

元々筋肉が付きにくい箇所であり、何より支えているのはゴムのような腱だけ。

 

絶好調時の大野の投球に、彼の肘は付いていけなかったのだ。

 

 

 

 

「夏輝。」

 

「すまん。少し力が入らない。」

 

大野が利き手である右手を開く。

そしてまた、閉じる。

 

そんな素振りを見せるエースに、御幸はその手首をガシッと掴んだ。

 

 

「それだけじゃないだろ。」

 

「なんだ、急に。そんなに痛かねーぞ。」

 

 

少し大袈裟に…否、急に手首を掴まれれば驚くのは当然か。

しかし今の御幸には、そんな配慮をしている余裕はなかったのだった。

 

 

「どこだ。」

 

「少し、肘が張っている。普段は大丈夫なんだが、試合終盤になると少し感じる。それにしても、今日はいつもより激しい。」

 

 

大野が少し溜息を着くと、御幸はゴクリと息を飲んで片岡に視線を向けた。

 

「どっちにしろ交代だな。今の状態でマウンドは任せられないし、残りは沢村と降谷にまかせておけ。」

 

 

真剣な眼差しで御幸がそう言うと、大野は少し固まる。

その後、彼もまたゆっくりと頷いてベンチへと、そして近くの病院に、向かっていった。

 

 

 

 

 



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エピソード67




例の如く、ガバです。
というよりは、ご都合主義です。




 

 

 

 

 

 

「肘部管症候群だな。」

 

「え。」

 

「言ってしまえば、肘の神経が圧迫されて、痛みや痺れが来てるってことだ。」

 

 

 

 

 

いつも赴いている病院より、少し大きくて綺麗な病棟。

目の前に座っている初見の医師から告げられた言葉は、想像以上のものであった。

 

 

 

練習試合、肘の痛みで途中降板した俺は、とりあえず落合コーチと片岡監督の支持に従い、病院に向かった。

 

確かに肘が張っている…というより少し痛みがあった。

試合終盤になると張りを感じる、あとはそうだな、少しばかり指先の力が抜ける感覚もあったか。

 

 

 

青道高校通いつけの病院で診てもらっても回答が出なかった為、俺は近くの大型病院に向かってみた。

 

 

大したことないと思っていたんだが。

せめて疲労だろうと高を括っていただけに、そこまで重い症状だとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

こうなると、ブロック予選は難しいか。

まあ幸いなことに、俺たちのブロックにベスト8クラスなと、所謂強豪校がいないということくらいだな。

 

 

「全治はそうだな…最低でも3ヶ月はかかるだろう。」

 

「3ヶ月!?」

 

 

思わず、声が大きくなってしまう。

3ヶ月って、流石に長すぎでしょ。

 

 

「寧ろ短い方だよ。君の場合は早期発見が出来たから、3週間くらい経てば野手出場くらいならできる。」

 

「けど投げるのは無理ってことですかね。」

 

「…肘の怪我っていうのは、人によっては手術だって必要なケースもある。だからこそ、君の異常に気がついた捕手の子とコーチさんには感謝しなきゃいけないね。」

 

 

「それは…そうですよね。」

 

 

 

思わず、俯いてしまう。

 

夏の屈辱を晴らす為に、チームはここまで練習してきた。

それこそ、血も汗も流れるほどの練習を。

 

 

あの夏。

俺が打たれて負けたあの夏の悔しさを、噛み締めて。

 

なのにまた、俺はチームに迷惑をかけるのか。

 

 

 

「切り替えろというのは無理な話だろうが。それでもな、選手生命が絶たれたわけじゃない。寧ろ高校野球の舞台にまだ立てるのだから。」

 

 

医師からそう言われ、俺は眉間の辺りを親指と人差し指で抑えた。

 

それでも俺は、チームの為に投げたかった。

投げなければ、いけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、同行していた高島先生と太田部長と一緒に学校へ戻る。

その間も俺は、何も話すことが出来なかった。

 

 

 

悔しい。

負けることよりも、チームの為になれない事が、何より悔しい。

 

 

学校に戻った後、直ぐに監督室へ行き報告。

 

俺の怪我の状況と、全治。

そして、これからの起用法を話しに。

 

 

部屋に入り、状況報告。

中にいた落合コーチと片岡監督。

そして一緒に入った高島先生と太田部長と話をした。

 

 

「そうか。」

 

「戦列を離れてしまい、すいません。」

 

俺の頬に涙が通過し、落ちる。

 

悔しい。

何も出来ないことが、こんなにも悔しいとは。

 

 

俺が俯いていると、監督は再び口を開いた。

 

 

「大野。お前の異変に気がつけず、すまなかった。」

 

そうして、監督が深々と頭を下げる。

クリス先輩の時もそうだが、昨年に続いて出してしまった怪我人。

 

共に、疲労の蓄積によるものであり、未然に防ぐことももしかしたら出来たかもしれない。

 

 

しかしそんなのは、当の本人が言わないと気がつけないほど内面的なものが殆どなのだ。

 

 

 

それに、俺もクリス先輩も。

怪我をしたことが監督の責任だと思ってなどいない。

 

世間的に見たら監督不足というが、この部員数100人越えのチームだ。

 

 

些細な違いまで目を向けることは、はっきり言って難しい。

 

 

 

「監督。」

 

「なんだ。」

 

俺は1つ息を吐いて、言葉を絞り出した。

 

「俺は、2度チームを終わらせました。2個上の先輩の代も、1個上の代も。」

 

監督は、何も言わない。

 

俺のせいじゃないっていうのは、もう何度も聞いた。

それでも俺は、自分の責任だと言い切った。

 

 

チームを背負うというのは、そういう事だから。

監督も高校時代、同じようにこのチームでエースナンバーを背負ったのだから、わかっている。

 

 

「そんな俺をまだ、戦力として見てくれますか。」

 

「当たり前だ。お前がこのチームの、エースなんだからな。」

 

 

怪我を背負った以上、今は戦力にはなれない。

しかし、そんな俺でもまだ戦う場所をくれるのであれば。

 

「今はまだ力になれませんが、まだ必要としてくれるのであれば、骨を埋めるつもりで。」

 

 

高校野球が、ゴールではない。

そんなことは、俺だって分かりきっている。

 

だけど。

俺はこの青道高校(チーム)で。

 

片岡監督と、甲子園に行かなければいけないから。

 

 

 

 

少しの静寂。

その均衡を破ったのは、コーチであり俺の怪我にいち早く気がついてくれた落合コーチであった。

 

 

「確かに投手としてはチームに貢献できないかもしれない。だが、それがお前の全てではないと思うがね。」

 

 

そう言って俺に笑いかけた。

 

 

 

そう、か。

そうだよな、簡単な話じゃないか。

 

 

チームの為になれない事が、悔しい。

それならば、投げるところ以外でチームに貢献すればいい。

 

 

 

「考えようによっちゃ、この時期で良かったかもしれないな。」

 

 

まだ、再起不能な時期じゃない。

大会前とはいえ、夏までは1年近く時間はある。

 

 

今は、何もかも見直すべきか。

それよりも先に、目の前の大会でできることを探す。

 

 

 

打撃でも、投手へのアドバイスでも。

俺にできることは、きっとある。

 

 

 

とりあえず俺の療養は、2週間。

ここは完全安静になる為、野球は勿論極力利き腕を使うことはしない。

 

その後は、チームの為に精一杯動く。

 

 

部屋を退出する際、最後に一つだけ言った。

 

 

「エースナンバーは一度返却します。俺がまた投手としてエース争いに参加できるようになったら是非、検討して下さい。」

 

 

俺は、この大会は野手として戦う。

ならば、背番号1を背負うには無責任過ぎる。

 

背番号1は、エースの番号だ。

 

 

「検討しておこう。」

 

 

監督の返事を聞いて、俺は部屋から退室した。

 



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エピソード68



遅なりました。







 

 

 

 

 

「なっさんが怪我!?」

 

 

次の日。

肘のサポーターを付けながらブルペンへ向かった俺。

んで待っていたのは、案の定喧しい反応をする男であった。

 

 

「まーね。肘やられちゃってさ、全治は3ヶ月だと。」

 

「それじゃあ、秋大は…」

 

「すまないが、無理だな。お前らには迷惑かける。」

 

ここで濁しても、仕方がない。

なら割り切って、頼るしかない。

 

 

 

今戦力になる投手は、4人。

 

 

投手能力では最強、剛腕の降谷。

 

最速150km/h越えのストレートとキレ落差ともに十分なフォークボールを武器に三振を奪う。

 

コントロール、スタミナに課題あり。

所謂、ノーコン速球派。

 

また、ムラッ気がとにかくすごい。

6者連続三振する日もあれば、三者連続四死球やるときもある。

 

 

能力は最強。

しかしはっきり言って大一番を任せるのは、怖い。

 

 

 

もう1人は、降谷と同じ1年生の沢村。

 

このチーム唯一のサウスポーであり、変則フォームから手元で加速するフォーシームと、打者の手元で動くムービングファストを操る。

 

球速は130km/h前後だが、左右の制球力がまとまっている為大崩れしないのが最大の魅力。

その為夏の大会ではクローザーを任されていた。

 

現状最も信頼が置けると、俺は思う。

 

あとはもう1つ切り札があれば、かな。

 

 

 

 

俺と同じ2年生には、ノリ。

 

高い制球力でストレートとスライダーを低めに集める、右のサイドスロー。

 

ゆったりしたフォームからタメを作って投げ込む為、意外とタイミングの取りにくい変則フォームである。

 

沢村とは違い、高低のコントロールが非常に優れており、ゴロを打たせてとる安定感ある投球が持ち味。

夏の大会では、ロングリリーフを任されていた。

 

低めに集める安定感が持ち味なのだが、ガラスのハートという中々にアンバランス。

しかし、降谷よりは崩れにくい。

 

 

 

 

夏の大会で投げたこの3人は、確実に選考。

あとは、補強でもう1人欲しいところ。

 

 

そこで白羽の矢が立ったのは、1年の東条。

 

シニア仕込みの投球術に、多彩な変化球でゴロを奪う技巧派投手で、完成度で言えば沢村や降谷よりも高い。

 

120km/h代のストレートに、スライダーとカーブとカットボール。

あとは大野直伝のツーシームと、手札がかなり多い。

 

また、コントロールがいい為安定感がある。

メンタル面も沢村の次にブレにくい為、難しい場面やロングリリーフでも重宝されるだろう。

 

あとは、決め球がないのが課題だと本人も自覚している為、今後練習をしていくしかない。

 

 

 

 

この4人か。

東条はバッティングも上手く、どちらかと言うと俺と同じようなアベレージヒッターなので、まあ使い勝手もいいだろう。

 

 

運動神経もいいから、守備範囲も広いし、守備もある程度安定しているため俺のサブとしてもありだろうな。

 

 

 

 

 

俺が抜けたとはいえ、投手が充実していることには変わりない。

 

あとは俺がどれだけ回復が見込めるか、だな。

せめて準決勝とかまでに投げることができれば…

 

 

 

いや、無理だな。

そんな簡単に治る怪我なら、今もこうして休んでいない。

 

要らん希望を持つくらいなら。

今できることを、精一杯やろう。

 

 

 

 

まだ練習はできないから、とりあえず投手陣のお手伝い。

 

各選手のフォームを見たり球筋を見て、アドバイスできるところはする。

 

 

特に東条なんかは俺とタイプが似ている。

投球スタイルは違えど、球速や変化球の数なんかは、かなり近いものがある。

 

というか他の3人が癖がありすぎて、俺が1番近いというか。

まあ何にせよ、幾らか助言はできる。

 

 

 

「なっさん!俺の新球種カットボールはどうでしょうか!」

 

やたらデカい声が耳に刺さり、その方向に視線を向ける。

 

沢村か。

俺が落合コーチから受けた指導を軽く沢村にアドバイスしたら、彼も気づけば投げられるようになっていた。

 

 

足を高く上げ、体重移動しながら右手で壁を作る。

 

身体の開きを抑え、最後まで力を溜め込むために。

尚且つ、後ろを走る左腕が身体で隠れる為、打者から見てみても左腕が遅れて出てくるように見える。

 

そこから、右脚を踏み込む。

溜め込まれた力を、捻転で解放。

 

人差し指で弾くように、リリース。

放たれた白球は、捕手である狩場の手元で左打者から逃げるようにして変化した。

 

 

「おっ、今の良い曲がり。」

 

「ほんとですか!」

 

分かりやすく喜ぶ沢村。

投げ始めにしては、かなりよく曲がってるからな。

 

 

「コースは甘々だけどな。お前の場合できれば、右のインコースに投げるのが効果的だ。」

 

「右のインコース、ですか。」

 

「真田が攻めていたコースの一つだ。」

 

打者がインコースのゾーンだと思って振る。

そこから手元で小さく曲がるから、バットの根っこに当たって凡打に繋がる。

 

もし変化に対応出来たとしてもスピードが速いため、詰まりやすい。

 

 

「それを続けられるように、まずは投げる。それが出来るようになったら、今度はストレートと高速チェンジアップの間に混ぜながら慣らしていく。それで完璧に制球できるようになれば、初めて操れるはずだよ。」

 

俺がよく、新球種を練習するときに必ず行うもの。

 

実戦では、続けて同じ球種を投げ続けることは中々ない。

 

ストレート以外のボールと変化球では、指先の感覚や身体の動かし方も感覚的に変わる為、感覚がズレたり抜けやすくなったりする。

 

 

その為、練習の内から身体に染み込ませるまで投げる。

それができるようになれば、試合で必ず決めたい場面で、しっかりと投げきることが出来る。

 

 

 

 

 

色々な球種を折り曲げながら投げ込み始めた沢村。

問題なさそうだな。

 

そう思い、今度は横で投げ込んでいる東条。

彼も先日からブルペン入りしている為、少し様子を見てみる。

 

 

「ッシ!」

 

スリークォーター気味のフォームから繰り出されたのは、ストレート。

アウトコースの中段に決まる。

 

 

サイドのコントロールはまあ、OK。

高さは、悪くないくらいだな。

 

 

「ナイスコース。」

 

「あっ、大野さん。ありがとうございます。」

 

 

金丸と言い、やはり松方シニアの面々は礼儀正しい。

それに、感じがいいというか、人間性も。

 

普段はそれでいいんだけど。

 

 

捕手の要求に完璧に答えようとする余り、少し置きに行ってるように見えるな。

あれじゃ、打たれる。

 

二軍との壮行試合のときは、自分から攻めているように感じたんだけどなぁ。

やっぱり一軍だと、少し合わせちゃうか。

 

 

「コントロール重視でやってるでしょ。今のうちはもう少し思い切って投げきった方がいい。お前の実力なら、全力で投げてもそんなに乱れないからな。」

 

「そうですかね。自分の武器はコントロールなので、どうしてもそこに念頭が行っちゃいますね。」

 

「それは仕方がないことだ。でも練習のときくらいは多少意識を変えてやるのも手だと思うぞ。練習であれこれ試したり、失敗したりして、試合本番ではその時の全力を尽くせばいい。」

 

 

俺がそう言うと、東条は少しボールに視線を落としてから、また顔を上げた。

 

「分かりました。もう少し思い切ってみます。」

 

「投げてみれば、意外と制球できることがわかる。それに、ワンバウンドなら痛打されることはないからな。思い切って叩きつける気持ちでもいいかもしれないぞ。」

 

 

俺がそう言うと、東条は頷いて再び投げ始めた。

 

 

少しお節介だったかな。

でもまあ、実践するかどうかはこいつら次第だし、寧ろ思ったことをそのまま言わない方が気持ち悪い。

 

 

「やってるか。」

 

そんなこんなで数分後、落合コーチが入ってくる。

コーチはブルペン内を少し見回すと、俺の近くに置かれた椅子に座り込んだ。

 

「雰囲気がかわっているな。何か助言したか?」

 

「少し出しゃばりました。」

 

「構わない。寧ろドンドンお前の意見も出してやってくれ。」

 

 

落合コーチも、そう言って降谷の方へ向かう。

どうやら彼も、少し変化球を覚えようとしているらしい。

 

そんな様子を見ながら、今日の練習は続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード69

 

 

 

 

 

 

夏休みも、終わった。

 

 

甲子園予選を戦い抜き、稲実と死闘の末に敗北。

先輩たちが高校野球生活を終え、俺たちの世代になり。

 

そして灼熱のグラウンドで厳しい練習を重ねる。

俺は夏休みに肘の怪我が見つかり、現状は野手登録。

 

 

物事は沢山あったものの、あっという間に過ぎ去ったこの1ヶ月半の長期休暇が終わりを告げた。

 

我々高校生、学生の本務である授業も再開し、またいつも通りの生活に戻る。

 

 

 

 

 

 

さて、時期は9月頭。

秋の大会のブロック予選の対戦相手も決まり、チームも仕上げの段階に。

 

レギュラーも決まってきており、打順なんかも大体決まった。

 

 

俺は現状、未だに安静の状態。

もう1週間は野球も出来ないため、今回のブロック予選に関しても出場は見合わせる予定だ。

 

 

回復自体はしてきているんだけどね。

もうバットも振れるし大丈夫なんだけど、やはり早く回復させるのがいいと思う。

 

だから今は、我慢だ。

 

 

 

 

俺たちが入ったブロック。

他チームは全て都立高校の、尚且つ夏の大会でも初戦敗退か2回戦敗退のチームのみ。

 

その為、一次予選に関しては問題なく勝ち進めるだろう。

 

 

 

「よし。」

 

靴紐を結び終え、軽く屈伸。

走る分には問題ないと先生からも言われているので、徐々に体力を戻していく。

 

とりあえずは、投手のランメニューから。

ノリと沢村、あとは降谷と東条と走り始める。

 

 

 

 

「そういえば、今日だったな。」

 

 

ランニングの間、ノリがそう話を切り出す。

今日?今日なんかあったっけ?

 

俺がそんな反応をすると、半ば呆れたようにノリは答えた。

 

 

「ベンチ入りメンバーと、あと背番号だよ。」

 

「あっ、そっか。」

 

 

今大会、秋の予選のベンチメンバーの発表。

それに伴って、選手たち1~18の背番号が割り振られる。

 

すっかり忘れていた。

いつもはエースナンバーが貰えるか否か気になっていたんだけど、今回はもう貰えないことは分かってるからな。

 

 

センターだから、背番号8とか?

投手控えの番号だったりして。

 

まあ貰えるのであれば、なんでも構わない。

 

 

 

「エースナンバーは誰だろうな。」

 

「大野じゃないの?」

 

「投げられない奴を、エースになんてしないだろ。」

 

 

俺がそう言うと、ノリは苦笑してまた走り始めた。

なんと言うか、気まずくしてすまない。

 

とは言え、これは本音だ。

 

 

「エースになるのは、この俺だあああああ!」

 

 

ポールの折り返し地点で現れるは、やかましい人。

基、沢村である。

 

その後ろから走ってくる降谷もまた、静かに闘志を燃やしていた。

 

 

エースになるために、か。

そうだな。

 

今はきっと、もらえない。

だからこそ、次の大会では。

 

 

必ず自分の手で、取り戻してみせる。

 

 

 

 

 

 

 

この後俺たちはみっちりと練習をして、その夜。

室内練習場に集められた俺たちは、監督を待った。

 

「エースナンバー、誰だろうな。」

 

俺が、隣にいる一也にそうやって聞く。

すると彼は、軽く首を傾げてから、少し笑った。

 

 

「さあ、な。」

 

「なんだそれ。」

 

 

年功でいけばノリだが、うちはそんなことないからな。

それこそ俺も一年時から背番号1はもらってたわけだし。

 

そう考えると降谷?

ムラっ気はあるけど、今1番いい投手ではあるからな。

 

 

沢村もなくはないしな。

安定感に関しては今チーム一だと思うし。

 

何より、チームを鼓舞すると言う点では、かなり適任だとは思う。

 

 

東条はまだ流石にないかな。

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えていると、監督が練習場に入ってきた。

 

案外、俺の背番号も気になる。

まあ監督の発表を待とう。

 

 

「それでは、背番号を渡していく。」

 

引退後ながら屈強な身体をゆらりと揺すり、横にある段ボールへと手をかける。

そして真っ白な布切れ一枚を、拾い上げた。

 

 

 

ノリか、降谷か。

それとも、沢村か。

 

 

誰にせよ、今大会の主軸になる投手だ。

 

大事な試合を任せられる、チームの柱だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず初めに、背番号1番。」

 

監督から前に来るように促されたのは、俺が想像していなかった男であった。

 

 

 

「2年、大野夏輝。」

 

「…え。」

 

 

思わず、素っ頓狂な声が出てしまう。

今、なんと??

 

「どうした。早く取りに来ないか、大野夏輝。」

 

「え、あ、はい。」

 

 

なんで俺なんだ?

俺は投げるどころか、一次予選では出場すらできない。

 

こんな俺がエースナンバーを背負ってもいいのだろうか。

 

 

 

本心は、嬉しい。

だけど。

 

だけど、とてもじゃないがこんな俺が…今の俺が受け取っていいとは思えない。

 

 

「本当に俺が、この番号を受け取ってもいいんですか。」

 

「不服か?」

 

この番号の意味は、監督もよくわかっているでしょう。

そう目で訴えかけるように、言葉を続けた。

 

 

「俺は投げられません。」

 

「わかっている。」

 

「それでも、ですか。」

 

 

そうすると、監督は大きく頷いた。

 

 

「これは俺だけでなく、他の投手からの推薦でもある。」

 

他の投手?

なんであいつらが、わざわざエースを。

 

 

「俺たちはまだ、なっさんに勝った訳じゃないですから。な、降谷!」

 

 

沢村はそういうと、降谷の背中をドンと叩いた。

そう言うと降谷も、こくりと小さく頷いた。

 

ノリもまた、頷いて肯定する。

 

それを見て監督はまた、話を始めた。

 

 

「確かにお前は今大会投げられないだろう。しかしそれでも、俺はお前はエースであってほしいと思う。」

 

 

そう言われ、俺は思わず泣きそうになってしまう

なんだろう、すごく嬉しい。

 

 

「日々の生活から、練習への態度。もちろん実力もそうだが、前の二つが1番、メンバーを決める上で大切だと思っている。それは、お前たちもわかっているはずだ。」

 

 

もちろん、頷く。

それは常々言われていることだし、少なからずみんなそれを意識している。

 

 

「常に自分ができる最善を尽くしてチームに勝利をもたらす。チームのためにそれができることこそがエースだと俺は思っている。違うか?」

 

「いえ。」

 

「ならお前は、このチームのためにいつも最善を尽くしてきたじゃないか。投げられないながらも、それでもチームが勝てるように行動していた。だからこそ、他のチームメイトもお前をエースに推薦したんだと思うぞ。」

 

 

チームのために、自分ができることをする。

勝つために、己の最善を尽くす。

 

 

「もう一度言う。背番号1番、大野夏輝。」

 

 

俺は、投げられない。

今の段階では、試合で、プレーでチームに貢献することはできない。

 

それでも。

俺ができることだけ、精一杯やろう。

 

 

その誓いを胸に、俺は大きな声で返事をした。

 

 

 

監督から手渡される背番号。

俺はそれを、両手でしっかりと握り締めた。

 

 

 

 

「受け取れるな?」

 

「謹んで、受け取らせていただきます。」

 

 

そうして俺は、監督の手から離れた背番号を受け取った。

 

ただの布切れ一枚に過ぎない。

しかし、重い。

 

 

俺はその番号を、大切に抱えた。

 

 

 



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エピソード70

 

 

 

 

 

 

まだ残暑こそ残っているものの、少しずつ秋模様が顔を出し始めてきた9月半ば。

 

 

遂に、秋大の一次予選。

所謂、ブロック予選が開幕した。

 

 

秋季東京都高等学校野球選手権大会。

東西東京がブロック予選を経て、トーナメント形式でぶつかる大型の大会である。

 

 

新チーム発足後の最初の大会であり、他の競技で新人戦と呼ばれるものに位置するこの大会は、11月より行われる明治神宮大会の実質的な予選となっている。

 

 

 

そして何より、選抜高等学校野球大会。

俗に言う、春の甲子園への優先的な出場権を与えられる大会でもある。

 

その為、各チームの意気込みはかなり高い。

 

 

 

俺たち青道高校も、今日がその初戦。

対戦相手は、豊崎学園である。

 

言い方は悪いが、万年1回戦敗退のチーム。

普通に戦えばまず、負けることはないだろう。

 

 

今日の先発は降谷。

現段階でエース格のこの1年生投手に、マウンドを任せる。

 

 

ちなみに私大野夏輝は、右肘の怪我でお休み。

バッティング自体は問題ないが、少しでも回復を早める為にブロック予選は休む予定だ。

 

一応ベンチには入っている。

まあ、万が一の代打としてだけどな。

 

 

先攻めは対戦相手の豊崎学園。

ということで、マウンドには先発投手の降谷が上がる。

 

 

 

気になる初回の立ち上がり。

普段からスロースターターと言われ、中々四死球無しで三者凡退と行けない降谷なのだが。

 

 

 

 

まずは先頭に対して、高めのストレートで空振り三振。

続く2番に対しても5球目のストレートを振らせて三振。

最後の3番も高めのストレートで空振り三振。

 

全く同じ光景だが、これが三者連続続く。

つまり、ストレートによる三者連続三振である。

 

 

 

正に完璧な立ち上がりで、尚且つド派手なスタート。

その為、会場に集まっていた野球ファンは大いに盛り上がった。

 

 

 

しかしまあ、それは観客目線の話。

ベンチに戻ってきた降谷を待ち構えているは、俺と落合コーチ。

 

そして、降谷と共にやって来た御幸一也である。

 

 

「四死球ないのは○だな。」

 

「球が高い。」

 

「球数を使いすぎだ。」

 

 

ちなみに上から、落合コーチ、一也、俺である。

辛口で有名な落合さんがフォローに回るという、異例な光景である。

 

 

 

 

野手陣ないし、他の人が見たら圧をかけすぎてるように見えるだろう。

しかし、これも彼が望んだことだ。

 

 

「今の相手ならその高さで空振りが奪える。だが、これが稲実や薬師だったら抑えられるか?」

 

俺がそう聞くと、降谷は首を横に振る。

わかってるならよし。

 

 

はっきり言って、地区レベルならまず降谷のストレートは打てない。

それこそ、ど真ん中に集めてフォークを絡めてるだけで抑えられるくらいには。

 

しかし、目指すところは「そこ」じゃないだろう。

 

 

 

「エースになるんだろ。なら、相手に合わせてる暇ねーぞ。」

 

夏で悔しい思いをしたんだ。

少し厳しくした方が、こいつの為になる。

 

ポテンシャルは異常なほど高いんだ。

 

 

きっと、こいつは…

 

 

 

「御幸、2回以降はカーブも混ぜてやれ。実際に公式戦でやってみれば、より馴染むだろう。」

 

 

「わかりました。」

 

そう、降谷だがこの夏休みの間にカーブを練習していた。

 

 

降谷の持ち味と言えば、やはりその豪速球。

高めならば吹き上がるようにして加速し、低めでも落ちずに伸びる最速153km/hのストレート。

 

そしてその対を為す、フォークボール。

ストレートと殆ど同じ軌道で、伸びずにストンと落ちる変化球。

 

 

 

この2つの組み合わせで、ストレートを軸にしながら追い込んでからフォークを使って三振を奪ってきた。

 

しかし、2巡目や3巡目以降。

強豪校であれば、降谷の速球にも対応してくる。

 

 

そうなると、必要になって来るのは緩急。

緩い変化球を混ぜることで、彼の最大の武器である速球をより速くみせる。

 

更に投球に幅を持たせるために、今カーブを練習しているのだ。

 

 

 

軌道としては、俺の縦カーブに近い変化なのだが、まだ感覚を上手く掴めていない為中々変化が小さい。

 

まあ実際練習試合では何度か投げている。

が、やはり中々感覚が安定しないらしい。

 

 

 

こればかりは、人によって指先の感覚から体躯から差ができるから、俺が口頭で説明するのも難しい。

 

何より、とにかく体格が違うからな。

実際投げて、掴んでいくしかないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、対する青道高校の攻撃は、倉持がサードゴロで倒れて1アウト。

 

しかし、今日2番で起用されている白州がライトオーバーのツーベース、さらに3番の小湊がレフト前に運び、チャンスを広げる。

 

 

1アウト、ランナー一三塁。

この大チャンスで打席に回るのは、4番の御幸。

 

 

超チャンス男、得点圏打率7割近くのこの男。

流石にバッテリーもこの男との勝負は出来ないと思ったのか、四球。

 

1アウト満塁と変わり、打席には5番の前園。

 

 

典型的なプルヒッターであり、努力の鬼。

現在はチームバッティングを意識しすぎる故に、不振である。

 

 

元々引っ張るのが得意な前園である為、無理に右方向を意識するが故に、力ない打球になってしまう。

 

 

内野ゴロでも、外野フライでも1点の場面。

最悪なのは、内野手の正面に転がってのダブルプレー。

 

 

ゲッツーだけは打つなよ。

そう思ったせいか…

 

 

「あっ。」

 

 

 

中途半端に当てた打球はセカンド正面。

一塁ランナーの御幸を余裕を持ってアウトにすると、そのまま一塁に転送。

 

4-6-3のダブルプレーで、初回の攻撃を無得点で終えてしまう。

 

 

 

大丈夫か、青道打線…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード71

 

 

 

 

 

「アウト!ゲームセット!」

 

 

ふぅ…終わった…。

ベンチ内の選手もグラウンドに集まるように促され、俺はホームベース近くへ向かう。

 

そして、グラウンド後方の得点板に目を向けた。

 

 

豊崎 0 0 0 1 0 1 0

青道 0 0 0 4 2 4 ‪✕‬

 

 

試合は、10-2の7回コールドで勝利した。

結果だけ見れば圧勝なのだが、内容自体はいいものではなかった。

 

 

 

序盤は中々点が取れず、チャンスを作ってもランナーが残塁してしまうという悪い流れが漂う。

 

そして4回、フォアボールからランナー三塁に置かれた場面。

ここで甘く入ったストレートを4番の香月が弾き返し、一二塁間を抜けるヒットとなる。

 

 

 

しかし、先制された直後。

6番の降谷が自援護のホームランを放ってすぐさま追いつくと、7番の東条と8番の金丸で連打。

 

その後麻生のタイムリーヒットで逆転すると、倉持、小湊にもタイムリーが生まれてこの回一挙4点を入れる。

 

 

残りの回はこちらも勢いに乗り、コールドまでこぎつけた。

 

 

 

 

ちなみに俺の出番はなかった。

まあ、そこまでやばい展開じゃ無かったわけだし、そもそも俺が出たところでと言うところはある。

 

 

降谷は先発として6回を投げきり2失点。

初回から飛ばしていたというのもあり、7回までは投げきれなかったが、試合を作った点で言えばかなりの成長だろう。

 

最後はノリが三者凡退に抑え込み、試合を終えた。

 

 

 

 

降谷は、いい出来だったと思う。

特に初回からフォアボールがなく、失点してからの大崩れしなかった。

 

初回はボールが浮いていたが、回を追うごとに低めに集めることも出来ていた為、今日の降谷は上出来だったというのが、俺と落合コーチからの評価である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1週間後。

青道、ブロック予選2回戦目を迎える。

 

相手は都立三野高校。

1回戦目の相手同様、苦戦するような相手ではない。

 

 

 

今日の先発は、練習試合でも安定した投球をみせている沢村。

主にリリーフが多かったものの、先発でも結果を残していた為、監督も思い切って先発に指名した。

 

 

まあ、そうだな。

あとは俺が抜けた分を補う為っていうのもあるんだろう。

 

 

元々俺と降谷が先発、ノリと沢村がリリーフも兼任という形でやっていた。

 

その為もう1枚の先発として、沢村。

沢村が抜けた分に、東条が入ってリリーフも2枚になった。

 

 

 

夏の大会ではその安定感を評価されて、抑え。

しかし、俺と一緒に毎朝走っていると言うのもあり、スタミナもかなり上がっている。

 

また、投球幅も落合コーチからのコーチングによって広がった。

 

具体的に言うと、不規則に変化する高速チェンジアップに、ある程度コースを決めることができるカットボール。

また、得意のインコース攻めと夏の大会で得た外角低めの投球。

 

ある程度制球も安定しており、投球テンポもいいため、野手も勢いに乗って攻撃に移りやすい。

 

そんなこともあり、実は夏大会後から沢村の先発自体は計画されていたのだ。

 

 

 

 

 

さて、気になる沢村の立ち上がり。

先頭打者にこそ四球で歩かせてしまったものの、失点を許さずに投げ込んでいく。

 

 

打線も初回からチャンスを作る。

 

相手投手が乱調というのもあり、倉持、この日2番に入った東条が連続ヒットで出塁。

また、3番の白州が四球で出塁し、いきなり0アウト満塁のチャンスを作る。

 

 

ここで回りますは、4番の御幸。

チャンスヒッター、生粋のクラッチヒッターであり、今年の青道の4番である。

 

 

(俺なら勝負だが。)

 

無理に勝負して撃たれるくらいなら、歩かせた方がいい。

失点する勇気か、抑え込みにいくか。

 

 

勝負だけが、全てじゃない。

寧ろ投手に求められるのは、勝つことだから。

 

 

さあ、どうする。

 

 

 

キャッチャーは、座った。

 

 

「ほう、勝負するか。」

 

 

落合コーチがそう零す。

初回から逃げてては、勝ち目がないと感じたか。

 

 

「勝負するなら、腹括っていくしかないですね。」

 

 

抑えにいくなら、それだけの力が必要。

でなければ、火傷する。

 

逃げ腰なら、やられる。

なんて言ったって、満塁の一也は悪球だろうが平気で外野まで飛ばす。

 

 

構えられたコースは、外角の低め。

少し、ボール気味か。

 

案の定、外れてボール。

 

続けて投げられたコースは、さらに外に外れてボール。

 

 

逃げ腰だな。

投手ではなく、リードしている捕手が逃げ腰になっている。

 

 

魂胆としては、厳しく攻めてカウントが悪くなったら歩かせる、かな。

だとしたら、悪手だな。

 

その逃げ腰は、投手にも伝染する。

 

 

 

案の定、少し入れた外角のボール。

しかし、力はない。

 

もちろん一也は、これを狙っていた。

 

 

 

 

快音。

逆方向に飛んだ打球はレフト方向。

 

外野手も全く追いかけることもなく、そのまま場外へと消えていった。

 

 

 

 

 

初回、一気に4得点を入れた青道高校。

この熱い援護に応えて、沢村もテンポ良く投げ込んでいく。

 

打線もコンスタントに点をとっていき、4回終了までで11得点と大爆発していた。

 

 

 

ラスト一回。

スタミナに余裕がある沢村がベンチに下がり、マウンドにはこの男が上がる。

 

 

「東条ー!お前ならできるぞー!」

 

「余計なお世話だっつーの。」

 

 

ベンチでアイシングをしながら声をかける沢村。

すかさず、チョップをかましてツッコミを入れる。

 

 

高校野球の公式戦では初登板。

かなりの点差もあり、気持ち的にも余裕があるはず。

 

 

そもそも、中学時代は投手だったのだ。

きっと、大丈夫。

 

 

「東条ー!頑張れよー!」

 

「なっさんも言ってるじゃないですか!」

 

 

熱いピッチャー返し…基ツッコミを受ける。

こいつ、やるな。

 

 

そんなことをやっているのとは関係なく、東条がマウンドへ。

 

 

まずは、先頭の8番に対しての投球。

 

 

初球、外角のストレート。

これが低めに決まり、1ストライク。

 

続く2球目。

先ほどより甘いコースのストレート。

 

これに打者は手を出す。

 

球速としては120キロ台。

しかし打者は、打ち損じた。

 

 

球の正体は、ムービングボール。

打者の手元で高速で小さく変化する、ツーシームファストでセカンドゴロに抑えた。

 

 

 

 

続く打者に対しては一転。

緩い変化球カーブを2球続け、これを引っ掛けさせる。

 

力なく弾き返された打球はピッチャー正面。

これを東条が丁寧に捌いて2つ目のアウトを奪う。

 

 

落ち着いてるな。

流石に強豪シニアで投げてきただけあって、マウンド捌きもいい。

 

これは思っていたより期待できるんじゃないか。

 

 

 

 

最後の打者は、1番。

この打者に対して、初球はスライダー。

 

外角に逃げていくこのボールに、空振り。

 

2球目、同じようなボールを投げるも、これは見逃されカウント1−1。

 

 

3球目、今度はインコースのツーシーム。

これがバットに当たるが前にとばず、ファール。

 

 

 

 

追い込んだ。

カウントは以前、バッテリー有利のカウント。

 

 

1−2から放った4球目。

 

最後は低めのボールゾーンに落ちるカーブを拾われるも、強いあたりをサードの金丸がガッチリキャッチ。

 

 

金丸のファインプレーで、沢村の先発挑戦と東条のデビュー戦は無失点で飾ることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード72

 

 

 

 

 

9月20日。

前日のブロック予選に引き続き、今日はその決勝。

 

この試合で勝つことが出来て初めて、秋大の本戦…トーナメントに進むことが出来る。

 

 

対戦相手は、成翔学園。

都立高ながらブロック予選を勢いを持って勝ち上がってきている。

 

 

 

 

この大事な試合でマウンドを任されたのは、降谷。

沢村は昨日投げているため休みの予定だが、例の如くブルペンに入っている。

 

 

ちなみに先発オーダーは、以下の通りだ。

 

1番 遊撃手 倉持洋一

2番 右翼手 白州健二郎

3番 二塁手 小湊春市

4番 捕手 御幸一也

5番 一塁手 前園健太

6番 投手 降谷暁

7番 三塁手 金丸信二

8番 中堅手 東条秀明

9番 左翼手 麻生尊

 

 

今現状、降谷が先発した際のベストオーダーになる。

 

今回はより攻撃的な打順ということで、前回3番に入っていた白州を2番に。

そして前園が5番にはいっている。

 

 

 

対する相手先発は、最速135km/hの右腕。

決め球としてスライダーとチェンジアップを使い、三振を奪いに来る投手だ。

 

ちなみに、試合を見た感じではあまりコントロールはよくない。

昨日からの連投ということもあり、ある程度点はとれるであろう。

 

 

 

試合準備をするチームメイトを見ながら、俺はバットを振るう。

 

 

そう、バットを振っている。

少し早めだが、先生が思っていたよりも回復が早かった為、この試合からは野手として出場する許可は降りたのだ。

 

 

まあ監督が大事をとって先発は流石にないが。

 

 

「大野。」

 

ベンチから聞こえた低い声。

その片岡監督である。

 

 

「はい。」

 

「肘の状態はどうだ。」

 

 

一言、そう問われる。

俺も一言に行けますと答えたいところだが、まあ流石にね。

 

監督自身、クリス先輩の怪我もあって神経質になっているだろうし、ちゃんと御託は並べておく。

 

 

「問題ありません。実際、守備打撃に関しては問題なくこなせます。」

 

「そうか。今日の後半行くから準備しておけ。」

 

 

おっ、まじですか。

確かに練習自体は先週から再開してるし、打つ守るに関しては全然問題ない。

 

寧ろ先発させて貰ってもいいくらいですよ。

 

 

「わかりました。」

 

「試合展開によっては早まるかもしれんが、必ず起用する。」

 

 

きっと、本戦で使えるかどうかの試験も兼ねているであろう。

守備打撃ともに大丈夫か見て、戦力になるかを確認するための。

 

 

となれば、準備をせねば。

代打としてでなく、両方こなせるように。

 

まあ、実際準備はしてたしね。

いつでも、出る準備はできている。

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんなこの試合の展開だが。

動き出したのは、初回の成翔高校の攻撃からであった。

 

先攻の俺たち青道が無得点に終わったその裏の攻撃。

先発のマウンドに上がった降谷は、まさに大乱調というにふさわしいスタートを切った。

 

 

「ボール、フォア!」

 

 

なんと、三者連続の四死球。

初回から0アウトで、ランナー満塁のピンチを作ってしまう。

 

前回登板では、初回の立ち上がりは完璧だった。

球数こそ多かったが、試合を通していい投球を見せていた分、この乱調は中々に厳しい部分がある。

 

 

これが降谷の読めないところ。

完璧な投球をする日もあれば、大乱調になることもある。

 

ブルペンに入っていた時は悪くないように見えたんだが。

まあ実際、あり得ないことはないからな。

 

 

実際マウンドに上がると、調子を崩すということは稀にある。

 

ブルペンでの投球と実際にマウンドに上がった時に起こりうるギャップのようなもの。

調子がいい投球練習時と今投げている現実の齟齬が時間ごとに大きくなり、それは悪循環してさらに乱れる。

 

 

これは環境もそうだし、緊張感のような精神的なものもあるだろう。

一概に原因は言い切れないがな。

 

 

 

この後降谷は甘く入った真っ直ぐを弾き返され、2点タイムリーとなる。

 

バックの助けもあって最小失点に抑えることはできたが、内野ゴロの間にも1点を追加されていきなり3失点。

やっぱり、読めない投手だな。

 

 

 

ベンチに戻る降谷。

その額には、大粒の汗が溜まっていた。

 

 

「大丈夫か、降谷。」

 

 

無言で頷く降谷。

まあ寧ろ、よく立て直したもんだ。

 

 

「ここからだぞ。」

 

「はい。」

 

 

調子がいい時は、それはもう誰も手が付けられない。

 

ストレートで空振りをドンドン奪え、ストレートに合ってくればフォークでまた空振りを奪う。

 

球に勢いがあるから高めに投げ込んでもバットに当たらないし、低めに決まれば上手く拾えない。

 

何より、同じ軌道から沈むフォーク。

これで的を散らすことが出来れば、降谷が打たれることはない。

 

 

しかし今日のようなとき。

コントロールも細かく決まらない、フォークが上手く抜けない。

 

こんな不調な日こそどうやって立ち回るか。

 

投球にマウンド捌き、態度。

ここが今の、降谷の課題。

 

 

 

 

続く2回。

5番の前園から始まる青道の攻撃は、相手先発の八木の好投もあり三者凡退。

 

こちらは寧ろ、降谷の逆。

普段よりも制球も効いており、球にキレがある。

 

 

 

対する降谷は2回、ヒットでランナーを許すものの無失点。

 

まずは失点をした次の回を抑えたところはOK。

切り替えが大事なイニングで、よく丁寧に抑えた。

 

 

 

 

2回以降、降谷も安定して両者無得点のまま試合は進んでいく。

逆に言うと、ランナーを出しながら、互いに決定打を打てないでいた。

 

 

試合が再び動き出したのは、6回の表。

初回以降、打ちあぐねていた成翔学園が再びチャンスを作る。

 

 

 

2アウトながら、ランナーは二三塁。

疲れが出てきた降谷に対して、バッターは4番。

 

 

ここまで3打数の無安打、2三振。

降谷が無意識にギアを入れているというのもあり、全く当たっていない。

 

それだけに、怖い。

こういう打者は、打てていない日ほど、何かを起こす。

 

 

 

(気をつけろよ、降谷。)

 

恐らく今日は、ここまで。

疲労もあるし、状態が悪い中よく投げているくらいだし。

 

だからこそ、ここでしっかり止める。

 

 

打たれて替わるのと、こちらのタイミングでスイッチをするのとでは、相手に与える印象もかなり変わる。

攻撃に弾みをつけるために、流れを変えるために。

 

そんな継投をする為にも、何とか抑えていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初球、低めのストレート。

球威こそ落ちてきているが、コースとしては完璧。

 

これにバットが空を切り、空振り。

 

 

2球目、同じようなコース。

先程より甘いコースにアジャストする打者だったが、これもバットは空を切る。

 

何故ならボールは、ストレート軌道よりも遥か下。

手元でストンと落ちるフォークでカウントを2ストライクと早くも追い込んだ。

 

 

 

ストライク先行でテンポよく。

ココ最近の降谷が、最も意識していること。

 

以前までは、ボール先行の中ストレートで強引に攻めていた。

しかしそれでは、適応されてきてから苦労してしまう。

 

 

目指すはエース。

チームの柱であり、勝負の責任を問われる投手。

 

その立場に置かれたいなら。

せめてこんなピンチ、完璧に押さえ込んで見せろ。

 

 

 

 

 

降谷がチラリと一瞬、こちらを見た。

 

 

 

 

3球目。

一也が構えたコースは、外角の高め。

 

思い切って空振りを狙いに行っての、強いストレート。

コントロールは気にせず、力一杯腕を振るう。

 

 

 

 

剛腕は、また唸りを上げた。

 

 

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

 

 

最後は151km/hのストレート。

今日最速、力のある高めのストレートで空振りの三振に切ってとって見せた。

 

 

 

小さくガッツポーズを浮かべる降谷。

6回3失点、予選にしてはとても良い結果とは言えないが、それ以上に収穫のある登板だったはずだ。

 

 

さて、ここからはバッターの番。

降谷が作った流れをそのままに、逆転を狙う。

 

 

 

「大野。準備は出来ているな?」

 

「勿論。」

 

監督に呼ばれ、俺はベンチから立ち上がる。

 

「麻生のところで行くぞ。」

 

「わかりました。」

 

 

攻撃は、8番の東条から。

代打大野夏輝、デビューである。

 

 

 

 

 

 



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エピソード73

 

 

 

 

 

6回の裏、青道高校の攻撃。

先頭打者の東条が低めのスライダーをしぶとく拾って、センター前ヒットを放ちチャンスメイクをする所から始まる。

 

0アウト、ランナー一塁。

ここで遂に、俺大野夏輝の出番が回ってくる。

 

 

「9番、麻生くんに変わりまして、代打大野くん。」

 

 

投手で貢献できない分、打撃で。

試合前から予告されていたように、後半戦で代打として起用された。

 

 

「あまり深く考えすぎるな。自分の反射神経を信じて、とにかく来た球を弾き返していけ。」

 

 

監督から一言、励まされる。

肯定するように首を縦に振り、息を吐いた。

 

 

ベンチ前でバットを2閃。

調子は悪くない、集中力も高まってる。

 

いける。

 

 

 

相手投手は、右の本格派。

スライダーと、チェンジアップが決め球か。

 

ベンチから見た軌道的には恐らく、スライダーは斜め横で変化量は大きい。

チェンジアップは沈むというよりは、止まるチェンジアップだな。

 

 

「かなり状態良いからな。コントロールいい投手って仮定してもいいくらい。」

 

「わかった。」

 

 

ここまで無安打の4番に耳打ちされ、頷く。

確かに、今日は荒れているようには見えない。

 

どちらかというとノーコンなタイプなはずなんだけど。

 

 

まあ、いいか。

寧ろ狙いやすくて、やりやすい。

 

 

 

ふぅっと息を吐き、打席に入る。

 

なんか、変な感じだな。

いつもは投手として結果を求められ、打撃がそこそこ率を残せるから上位でも使われていた。

 

でも、今日は違う。

完全に打撃だけで、評価される。

 

 

 

集中しろ。

この1打席に、入り込め。

 

 

 

狙い球は、真っ直ぐ。

というより、ストレートにタイミングを合わせる。

 

動いたら、対応しろ。

きっと、できる。

 

 

 

 

マウンドには、1年生エース。

投手としては未熟だが、未来のあるいい選手だ。

 

昨日と今日と、連投。

しかしボールには、まだ力がある。

 

 

 

初球は、恐らくストレートだろうな。

きっと投手の俺に対しては、インコースをドンドン攻めてくるだろう。

 

普段なら無視するのだが、今日の俺は打者だ。

 

踏み込んででも、ヒットを打つ。

どうにかしてでも、塁に出る。

 

今日の俺に求められているのは、打者大野夏輝の結果なのだから。

 

 

 

 

初球、案の定真っ直ぐ。

これを振りに行くも、空振り。

 

やはり、速い。

というか、ギア入れてきてる?

 

 

 

2球目、同じようなボールに空振り。

 

またも深呼吸して、俺はバットを掲げた。

 

 

 

同じ投手としての、意地か。

俺にだけは打たれないって言う気概を感じる。

 

 

 

(気持ちはわからんでもないけど。)

 

 

俺も、同じような感覚になることはよくある。

特に打撃成績の良い投手なんかだと、ね。

 

所謂、数少ない直接対決だから。

代打で出てきたエースを抑えれば、チームには少なからず焦りが生まれる。

 

だからこそ、あの投手はここでギアを入れてきてる。

 

 

 

が、逆にここで打てれば。

流れはこちらに持ってこれるし、上位打線に繋がる。

 

上まで持っていけば、あとは何とかしてくれる。

だから俺は、とにかく塁に出る事だけを考えればいい。

 

 

 

3球目、今度は少し中に入ったボール

これをバットに当てたものの、流石に力を入れているだっけある。

球威に押されて前に飛ばずファール。

 

 

 

完全に押されている。

あの投手の勢いに押されている。

 

しかし、やることはさほど多くない。

というより、俺ができることなんて限られている。

 

 

一発は、俺にはない。

俺にできるのは、繋ぐこと。

 

そしてこの状況を打破すること。

 

 

 

 

 

 

もう一度、整理する。

 

最速135キロのストレートと、大きく変化するスライダー。

あとは、この試合ではあまり投げていないが、チェンジアップ。

 

コントロールはあまり良くないと聞いていたが、今日は絶好調。

ボールもあまり荒れていない。

 

そして、俺に対してかなり力を入れて投げ込んできていること。

 

 

 

これが、相手投手のこと。

あとは、そうだな。

 

 

 

自分の能力を信じて、バットを振れ。

 

 

 

 

 

4球目。

真ん中高めのボール。

 

早いボールか。

角度的には、ゾーン内にきているボール。

 

これは確実に仕留める。

 

 

ストレート軌道。

ある地点で、ボールは徐々に変化を始める。

 

 

曲がり始めた。

こちらに近づいてくるように、曲がってきた。

 

 

 

反応しろ。

最短を走れ。

 

無理に引っ張ろうとせず、確実にコンタクトする。

あとは思い切り振り抜けばいい。

 

 

狙いは、外野の上ではない。

内野の頭さえこえてくれれば、それで。

 

 

 

 

 

金属の快音。

少し鈍いが、これはこれでいい。

 

 

少し詰まり気味の打球がレフト前に。

内野の頭をこえて外野の前に落ちるヒットで、上位打線に繋いだ。

 

 

 

一塁ベース上、レガースと肘当てを一塁ランナーコーチの木島に渡す。

 

「ナイスヒット。」

 

「サンキュ。あんま綺麗なヒットじゃねーけどな。」

 

「関係ないさ。」

 

そう言って、木島が笑う。

いやまあ、そうだね。

 

 

本当に打てて良かった。

ここで打てるかどうかで試合の流れもだいぶ変わっていたから。

 

 

 

3点差を追いかける俺たち青道高校。

この回遂に、0アウトランナー一二塁と大きなチャンスを作る。

 

 

明らかにこちらに視線を向ける投手。

やっぱり、俺に打たれるのは癪だったか。

 

ムキになるのもわからなくはないけどさ。

しかし、いつまでも引きずって打たれてちゃ本末転倒だぞ。

 

 

 

 

打順は1番に帰り、リードオフマンの倉持が打席へ。

 

打撃成績は、ココ最近あまり良くない。

恐らくここは、バントだろうな。

 

倉持の後からは、白州と小湊、そして御幸とその後はチャンスに強い打者が続く。

チャンスを広げて繋ぐのが、理想だろう。

 

 

 

倉持は初球のストレートをバント。

三塁線に転がる絶妙なバントで、ランナーは二塁と三塁へ。

 

 

しかし、ここで投手がファンブル。

倉持の脚の速さに焦ったか、処理を誤ってしまった。

 

隙を見せたが最後、倉持は一気に一塁を駆け抜ける。

ギリギリの勝負で、倉持の足が勝った。

 

 

 

バントでの内野安打。

これで、ランナーは満塁。

 

 

一発出れば、逆転。

ここからはチャンスに強いバッターが続く。

 

 

(さあ、大一番。決めろよ、キャプテン。)

 

 

バッターボックスには、元仕事人。

今は、チームを束ねる長。

 

必ず、返してくれるはず。

 

 

 

 

どうにかして逆転したい。

単打だとしても、その後には小湊御幸と続くため、まだまだチャンスはある。

 

バッテリーとキャプテンの真剣勝負。

勝敗が決したのは、その初球であった。

 

 

 

 

少し浮ついたストレート。

これを力まずに反応し、センター前へ。

 

お手本のようなセンター返しで、外野まで打球を運んだ。

 

 

三塁ランナーの東条はホームへ。

少し前に出ていた外野手の前に落ちるセンター前ヒットで、チャンスの状況を維持したまま繋いでみせた。

 

 

 

未だ満塁のチャンス。

 

ここから俺たち青道高校はクリーンナップへ。

チャンスに強い、というかそもそも率が高い小湊が打席へ。

 

木製バットのしなやかさを活かした柔らかいバッティングで確実にミートする技術は、この青道の中でも現状トップだろう。

 

 

この小湊がさらにタイムリーヒットで追加点。

これでランナー2人還り、なおもランナー一、三塁のチャンス。

 

 

 

同点までこぎつけたこの場面。

ここで打席に立つのは。

 

 

(やっぱり、お前なんだよな。)

 

 

4番、キャッチャー、御幸一也。

この青道高校で最もパンチ力がありある程度の率もある。

 

尚且つ、チャンスにつよい。

特に、ビハインド時や勝負所では異常なほどの集中力を誇り、チャンスの強さが際立つ。

 

 

この大会でも既にホームランを放っており、絶好調。

 

 

ここで、決めろ。

それができなきゃ、4番とは言えんだろう

 

 

「絶対打てよ。4番のお前が決めちまえ。」

 

すれ違いざま、声をかける。

すると彼も、ニヤリと笑って答えた。

 

 

「プレッシャーかけんな、馬鹿。」

 

「その方が燃えるくせに。」

 

「るせ。」

 

 

目が、物語っている。

このチャンス、かなり集中力が高まっている。

 

 

左バッターボックスに入る御幸。

 

投手の集中力は、既に切れかかってる。

一年生がゆえ、だな。

 

まだ我慢強さは、足りていない。

 

 

投げ込まれた初球の真っ直ぐは高めに抜け、1ボール。

 

 

「決めろ、一也。」

 

 

俺がそう呟いた、2球目。

 

外角少し高くなったチェンジアップ。

これを思い切り引っ張り、叩いた。

 

 

 

強い打球はライト後方。

長打警戒していた守備の頭をこえて、フェンスに直撃。

 

逆転となる2点タイムリーヒットを放ち、3−5。

 

 

勝負を決める長打を放ったのは、やはりこの男であった。

 

この回で一挙5点。

逆転に成功した青道高校は、次の回から継投に入る。

 

 

 

7回は東条がしっかりと無失点。

残りの2回を川上がしっかりと抑え、試合は終わった。

 

 

3−5。

降谷は初回から乱調だったものの、2回以降からはしっかり立て直して何とか投げ切った。

 

打線はまあ、あれだな。

起爆剤があればという感じだな。

 

もう少しなんとかしなきゃいけないよな。

俺も含めてだけど。

 

 

あまりいいとは言えない内容であったが、まあ後の祭りだ。

とにかく本戦には進んだ。

 

 

ここからはそう簡単にはいかないだろうが、やるしかない。

 

 

 

 







大野くんが入ってことにより、チーム自体はかなりの上方修正が掛かっています。
そのため相手にもかなりバフをかけているので、何とかバランスをとっていきたいと思います。



なんというか、インフレが…。


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エピソード74



10万UAありがとうございます。





 

 

 

 

 

 

秋大のブロック予選を1位通過で、本戦へと駒を進めた俺たち。

今日もまた、練習に勤しんでいるところだ。

 

 

「センター、バックホーム!」

 

ノッカーの声に反応し、俺も声を上げる。

 

「お願いします!」

 

バットの快音、打球は高く上がってセンター前へ。

これを無難に前で処理し、打球を収める。

 

そして最短で右手に移し替えてステップ。

低い弾道で、ホームへと送球してみせた。

 

 

「ナイス送球!今のは倉持でも回れねえよ!」

 

夏休みから始めたセンター守備も、だいぶ慣れてきた。

まだシフトや打球処理には課題があるものの、何とかこなせる。

 

 

まあ守備位置とかに関しては完全に白州任せだけどね。

そこら辺はやっぱり、外野歴が長い人にお願いしちゃう。

 

 

インプレー時の動きに関しては、ある程度何とかなる。

元々レフトを守っていたというのもあるし、足自体結構速い方だから、範囲に関しては悪くないと言われた。

 

最低限、だと思うけど。

でも守備面に関しては、シニアの時から一也と、同チームで今は稲実のセンターを守っているカルロスからもみっちり教えこまれていたからね。

 

 

 

 

打撃自体の調子も、悪くない。

投球を気にしなくて良い分、良くも悪くもリズムを崩されることがないから安定した成績を残せる。

 

長打がないから、あまり怖いとは思われないんだけど。

それはまあ、俺の力的に言っても仕方がない。

 

 

 

 

 

 

さて、秋風が少し心地よくなって来た今日この頃。

風物詩である秋の大会の本戦が近づいてきている。

 

それに合わせて、今日はトーナメントの組み合わせ抽選会の日。

キャプテンの白州と、高島先生が都内ホールにて抽選会に赴いている。

 

 

その間、俺たちは練習を続ける。

 

 

「さあ諸君、ラン行くぞ。」

 

 

諸君とは勿論、投手4人である。

 

基本的には野手と練習をしているのだが、フィジカルトレーニングやランニング時は投手と混じって行っている。

 

 

理由だが、片岡監督から直々にこんなことを言われているからだ。

 

「野手としての出場とはいえ、お前はエースだ。その姿勢や意識で、他の投手を引っ張っていけ。」

 

練習に対する姿勢から、考え方。

俺から伝えられること、出来ることは全て見せていかなければいけない。

 

あくまで俺は、野手でありエースでもあるから。

4人の投手で、勝つために。

 

この背中の番号は、その役目を果たすために与えられている。

 

 

 

「なっさん!今日はどのようなメニューでしょうか!」

 

この喧しい声は、沢村である。

走るっつってるだろーが。

 

 

「今日は中距離だな。1kmのインターバル走を9本ね。」

 

明らかに、降谷の表情が暗くなる。

まあこの子はほんとに体力ないからね。

 

 

「タイムはそんなに厳しくないから安心しろ。その変わり、タイムが明らかに落ちたらやり直しね。ペース配分ちゃんと考えるように。」

 

9本は勿論、9回まで完投することを想定してのこと。

 

 

先発をして長いイニングを投げるとなれば、ずっと全力というのはまず無理な話。

 

流すとは言わないが、ある程度余力を残した状態で長い回を投げなくてはいけない。

 

そして要所で力を入れて、抑え込む。

所謂、ギアを入れるというもの。

 

 

今回は、その訓練の一種。

心肺機能、下半身を鍛えることもそうだが、メインは投手としての力配分を身体に染み込ませることが主となる。

 

 

 

実際、きつい。

 

ただでさえインターバル走は負荷がかかる強度の高いトレーニングなのだ。

それをタイムを落とさずペース配分も考えてともなると、まあきつい。

 

 

 

 

それはもう、みんな瀕死である。

俺含めて。

 

 

俯せで屍と化している降谷。

彼はそっとしておこう。

 

沢村とノリも、かなりキツそうだ。

 

 

あとは、東条。

シニア時代も練習量は多かったらしいが、高校野球の強度には及ばない。

 

 

「きついか、東条。」

 

「えぇ。着いていくので必死です。」

 

 

そんなことを言いつつ、立っていられるのは流石。

降谷は屍になっていると言うのに。

 

 

「その割にはまだ余裕ありそうだな。」

 

「意地で立ってるだけですよ。大野先輩は流石ですね。」

 

 

「俺も死にそうなんだが。」

 

「その割には余裕ありそうですけど。」

 

「意地で立ってるだけです。」

 

 

9本目なんかはもう、意地である。

気合と根性で走っている。

 

俺は投手であり、エースなのだ。

弱々しく倒れて付けた土など、あってはならない。

 

 

要は、偉そうに言ってる奴がぶっ倒れてちゃかっこ悪いだろってこと。

限界まで追い込んでるけど、倒れない。

 

 

「降谷、きついのは分かるが、すぐ止まったら乳酸溜まるぞ。歩け。」

 

そう言っても、降谷は中々立ち上がれない。

そんだけきついんだろうな。

 

けど、すぐに止まったら疲労が溜まって後日に影響が出てしまう。

そうなると怪我のリスクにも繋がるし、練習の質も下がってしまうからね。

 

 

だから、そうだな。

 

「投げ終えて跪く投手はエースとは言えないぞ、降谷。」

 

人のこと言えないけど。

しかし、俺がそう言うと、降谷はスクッと立ち上がった。

 

「何処かに掴まりながらでいい。無理にでも歩くんだ。最悪、足踏みでもいい。」

 

 

そうして、降谷がフェンスに手をかけながらゆっくり歩く。

 

いいぞ、それでいい。

高強度のトレーニングで追い込んだ、言わば筋肉が傷んでいる状態で動きを止めてしまうと、筋肉は硬直してしまう。

 

それを防ぐために、歩くのだ。

適度な刺激を与えて緩やかに硬直を進めると、その後の動きにも影響が出にくい。

 

 

その為、歩くのが難しくても、その場で足踏みなど軽い刺激を与えてやるだけでも効果はあったりする。

 

 

 

「っし、各自ちゃんと水分取れよ。少し休んだら、そのまま自重トレーニングに移るからブルペン前に集合な。」

 

 

「う、ウス!」

 

「わかった。」

 

沢村とノリが返事をする。

降谷も、遠くで(というよりかなり後ろで)頷く。

 

 

「夏輝。」

 

「あ、おかえり白州。どうだった?」

 

そんな感じで次に移ろうとしていると、組み合わせ抽選から白州が戻ってきた。

 

うーん、自重は後にするか。

組み合わせも気になるし。

 

「あぁ、それに関しては練習後のミーティングで話すよ。」

 

 

あっ、そういう感じね。

じゃあ予定通りかな。

 

 

「了解。じゃあ投手もそのまま練習続けるわ。」

 

俺がそう言って離れようとすると、白州がもう一度呼び止めた。

 

なんだよ。

そう返そうとすると、間髪入れずに白州は右手を立てて言った。

 

 

「すまんと、先に言っておく。」

 

「え?」

 

 

この時の俺は、頭に疑問符が浮かびまくっていた。

しかしその謝罪の意味が分かったのは、ほんの数時間後。

 

 

組み合わせ表を見たときの、ことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ど、どーなっちゃうんだー!?





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エピソード75

 

 

 

 

 

練習と食事も一通り終え、食堂。

みんなが集合して囲んでいるのは、1枚の紙切れである。

 

そこには数多の学校名が記されており、線で繋がっている。

言わば、トーナメント表というやつだ。

 

 

今大会は、4校で組まれたブロック予選を勝ち上がってきた東西東京が合算されたトーナメント形式で行われている。

 

つまりは、ある程度の精鋭が集まっている。

少なくとも、ブロック予選を通過してきたチームな訳だから、弱いチームなどない。

 

 

それを踏まえた上で、俺たちはトーナメント表を覗き込んだ。

 

 

「えーっと、白州さん?」

 

「…なんだ。」

 

 

もう一度言おう。

ブロック予選を通過してきたチームなのだから、弱いチームはいない。

 

だからこそ、楽なブロックなどないのは確かなのだが。

 

 

「…まず白州さん、トーナメントを読み上げて下さい。」

 

「初戦は成孔、2回戦目に帝東、3回戦目に稲実、準決勝には市大三高、だな。」

 

 

成孔学園。

西東京のベスト8常連校であり、強い打線が売りのチーム。

 

特にウエイトトレーニングに力を入れており、投手が投げる球から打者のスイングまで、とにかく力強い。

 

 

帝東高校。

東東京の雄であり、夏の大会では甲子園ベスト8まで上り詰めた強豪校である。

 

バランスの良い打線と堅守で守り勝つ、稲実に近いチーム性がある。

 

 

あとの2校は説明不要だろう。

西東京のライバル2校ということで、強さは言わずもがなである。

 

 

 

ここまで言えばもうわかるだろう。

この白州キャプテン、なんとまあ。

 

「くじ運、悪すぎない?」

 

「…自負はある。」

 

一也がそう言うと、白州は額に手を当てて溜め息をついた。

 

 

トーナメントで当たるチームというのが、ベスト8以上常連の高校ばかりという。

 

中でも稲実は甲子園で準優勝。

帝東は甲子園でベスト8と、中々意味が分からない。

 

 

「決まった以上、やるしかねーけどな。そう考えると、哲さんのくじ運って良かったんだな。」

 

朗報 哲さん変なところで評価がまた上がる。

そんなことは置いておいて、倉持が言ったことは間違いない。

 

 

「泣き事言っても仕方ない。寧ろ勢い全部持ってく気持ちでやってやろうぜ。」

 

 

 

初戦の相手は、成孔学園。

全ての選手が筋肉量が多く、ピッチャーバッター共にパワーがある。

 

特に打線は、繋ぐ打撃ではなく一発を狙っている。

 

三振は多いものの、ほぼ全員がフルスイングで向かってくる。

その為、投手にかかる重圧は半端ではないだろう。

 

 

1つずつ勝ち上がっていかなければ、ならない。

 

一戦必勝。

全員で勝つんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抽選日からはや3日。

秋大の本戦を明日に控え、俺たちは最後のミーティングを行っていた。

 

 

「明日のスターティングメンバーは、ボードの通り。レフトの先発は麻生、センターは大野、サードは金丸。」

 

「「「はい!」」」

 

 

明日のスターティングメンバーは、以下の通り。

 

1番 遊 倉持

2番 中 大野

3番 二 小湊

4番 捕 御幸

5番 右 白州

6番 一 前園

7番 三 金丸

8番 投 降谷

9番 左 麻生

 

 

相手先発は、恐らく2年の小島。

例の如く、威力のある直球とスライダーでガンガン押していく投手であり、制球は悪くない。

 

スライダーはそんなにキレていない為、ストレートに張りながらドンドン強くはじき返すことを意識して行けば何とかなるはず。

 

少なくとも、失投がない投手ではない。

 

 

 

先発投手は降谷。

相手はスイングが強く典型的なパワーヒッターが多いため、打たせて取る沢村なんかは相性が若干悪い。

 

ミートポイントの広い金属バットだと、小さく変化するボールでも力で押し切ると外野まで飛んだり、多少詰まってもヒットになったりしやすい。

 

 

その為、どちらかと言うと三振を奪いに来る降谷や躱していくノリの方が相性は良かったりする。

 

 

 

それにしても、危険なことには変わりない。

 

三振が多く、パワーヒッター揃い。

それはつまり、いつでもフルスイングで向かってくるということ。

 

それはつまり、1点ゲームになった際にかかるプレッシャーは非常に大きいだろう。

 

 

 

精神的疲労も踏まえると、長いイニングを投げることは危険。

そこで監督は、総力戦を決断した。

 

 

先発は降谷だが、基本的には一巡ずつで投手は替えていく。

相手に的を絞らせない、先手先手の継投でペースを握らせない。

 

 

先発の降谷、次に沢村。

継いで東条、最後はノリが抑える。

 

あとは展開次第で変えていくはずだ。

 

 

 

 

 

ロースコアのゲーム、若しくは僅差のゲーム。

或いは、その両方の条件が揃った時、成孔のような一発狙いの打線は怖い。

 

特に、一発打てば逆転の場面などだと特に真価を発揮する。

 

 

そしてこの手のチームほど、一発が出ると続けて打つことが多い。

言わば、2連発や3連発を平気でやる。

 

 

その為、大事なのは投手だけでは無い。

 

ある程度のリードを取っておく、打線。

これが、この試合で勝つために最も必要なものだと思っている。

 

 

先制点は、必ず取らなくてはならない。

先に点があるかどうかで、投手にかかってくる負担も変わってくる。

 

 

あとは、中盤での追加点。

初回からガンガン得点をとっていくのは良いことだが、できれば中押しの追加点も欲しい。

 

相手には常に攻め込まれている感覚を植え付け、こちらの守りには失点してもすぐに取り返せるという意思表示を見せることができる。

 

 

 

全員で、戦う。

そして、全員で勝つ。

 

これが、今大会のテーマ。

 

 

考え方によっては、初戦の相手が成孔で良かったかもしれない。

全員で戦い勝ち切ることができれば、きっと一気に流れに乗れると思うから。

 

 

「今、チーム状況としては、エースの大野も投げることもできず、良い状態とは言えない。これまでの実績で言えば俺たちの方が上だが、それはこれまでの話であって、今の俺たちの力の本質とは言えない。それはお前たちもわかっているな。」

 

監督がそういい、俺たちは頷く。

それを確認して、監督は話を再開した。

 

「今の俺たちの実力と成孔の実力では五分だろう。」

 

 

打線は、なかなか先制点を取れない。

ここ1番で爆発することはあっても、楽な展開に持っていくことはできない。

 

 

投手も、一年生が3人とノリ。

唯一の二年生のノリもエースクラスではない。

 

一年生は、まだ荒削り。

 

 

穴だらけで、歪だ。

だからこそ、俺たちは。

 

 

「俺たちは、挑戦者だ。王者ではなく、向かっていく挑戦者なんだ。最初から最後まで、戦う姿勢を見せていかなければいけない。」

 

 

監督が自分の胸に拳を当て、息をはく。

そして、その拳をこちらに向けた。

 

 

「全力で闘おう。俺たちは、俺たちらしくだ、いいな。」

 

 

「「はい!」」

 

 

監督の檄に、声を上げる。

勝つんだ、俺たちらしく。

 

 

まずは、一戦必勝。

挑戦者らしく、攻めていく野球で、勝つ。

 

 

 

 

俺は小さく、右手を握りしめた。

 

 

 







なかなか毎日投稿とはいかへんな。


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エピソード76

 

 

 

 

 

 

試合当日。

今日の対戦相手は、成孔学園。

 

典型的なパワーヒッター揃いで、その力強いプレーで試合の流れを強引に持っていく攻撃的なチームだ。

 

 

「うお、近くで見るとでけーな。」

 

御幸がそう呟き、俺も同調の意を込めて頷く。

 

確かに、デカい。

上背もそこそこにあるのだが、何より身体の厚みが違う。

 

 

野球選手というよりは、本当にボディビルダーとかラガーマンのような筋肉の付き方だな。

 

余分な脂肪を落としてシャープな身体付きとは、真反対。

大きく、とにかく強い力を出せる身体。

 

 

 

きっと、相当ウエイトトレーニングをやり込んでいるだろう。

それに、食事面もきっとかなり管理されている。

 

筋肉を構成するのは、トレーニングと栄養、そして休養。

この3つが揃っていなければ、強い筋肉というのはできない。

 

 

トレーニングは多くの高校が取り入れている。

しかしそれでは、筋肉は上手くつかない。

 

栄養と休養がそれぞれ十分に取れる高校というのは、そもそも少ないからな。

俺たちみたいな全寮制で食事管理されていないと、難しい。

 

 

「スイングスピードも速いな。」

 

「特に4番の長田は要注意だな。真っ直ぐにとにかく強いのは分かるが、変化球に合わせる技術もある。」

 

 

昨年秋まではストレートブンブン丸の扇風機だったのが、今ではミート力もかなり上がっている。

 

捩じ伏せるなら、力勝負。

と言いたいところだが、それでも変化球は振ってくれる。

 

 

 

 

 

先攻めは、相手の成孔学園。

その為、こちらの先発投手である降谷がマウンドへと上がった。

 

 

1番打者の、枡が打席に入る。

 

この成孔学園という強打のチームでは珍しく、俊足好打の高アベレージのバッター。

また高打率ながら粘り強くカットも上手い為、先頭打者の中でもかなり嫌な部類に入る。

 

 

 

初球、外角の真っ直ぐ。

147km/hのストレートを見逃し、1ストライク。

 

2ストライク目も真ん中低めに決まるストレートを同じく見逃し、2ストライクと早くも追い込む。

 

 

やはり、2ストライクまでは見るよな。

ここからがしぶといだろうから、敢えて決めに行った方がいい。

 

やはり御幸も、高めに構えた。

 

 

(ここは思い切って、高めに来い。)

 

 

選んだボールは、威力のあるストレート。

外角高めの直球は枡のバットをすり抜け、御幸のミットを鳴らした。

 

最後は150km/hで空振り三振に切ってとってみせた。

 

 

「良い調子だな。」

 

「球も相当走ってるからな。今日の降谷は、多分打てない。」

 

 

コントロールもある程度低く行ってるし。

今日の降谷は、高めでガンガン空振りが取れるくらい調子がいい。

 

あとは、フォークだな。

これが上手く決まるようならそれこそ今日の降谷は打たれない。

 

 

2人目のバッターは、山下。

 

このバッターに対しては、低めのストレートを打たせてサードゴロ。

続く3番の西島をフォークで空振り三振に切ってとり、無失点に切り抜けた。

 

 

初回からエンジン全開。

成孔打線に全く付け入る隙を与えず、真っ向勝負で捻じ伏せた。

 

 

「ナイスピッチ。今日はマジで100点に近い。」

 

「高めのボールも狙って投げれば確実に空振りが取れるからな。」

 

「毎回これができれば良いんだがな。」

 

 

今日は、珍しく3人ともベタ褒め。

それくらい、今日の降谷は最高の出来であった。

 

後ろに頼れる投手がいるからこそ、か。

継投前提だからこそ、ここまで出力を出しているんだろうな。

 

 

ポワポワとしている降谷。

たまには、俺も褒める。

 

 

「んじゃ、降谷の力投に応えて撃ってくるか。」

 

「セーフティでもいいぞ。」

 

打席には、あまり頼りないバッター倉持。

新チーム結成後の彼の打率は、.221。

 

しかしそれでも1番で起用され続けられるところには理由がある。

 

 

 

「セーフティ!」

 

捕手の桝が声を上げる。

それに反応した三塁手の長田は急いで打球処理のために猛チャージ。

 

鈍足且つ、お世辞にも守備が上手いとは言えない長田。

 

 

この競争は、流石に倉持に軍配が上がった。

 

 

セーフティバントによる内野安打。

こうやって塁に出ると、とにかく強い。

 

この男が塁に出ると、青道に得点が入る。

 

 

 

 

 

さてと。

 

ランナーには、倉持。

ピッチャーの小島はあまりクイックは早くない。

 

そうなると、確実に走るだろう。

んで、スイングでのアシストさえすれば多分セーフになる。

 

 

「2番、センター、大野くん。」

 

 

できれば初球で仕掛けて欲しいけど、どうせ倉持の足は警戒されている。

となると、何球か待つべきか。

 

そんなことを考えながら、俺はベンチに目を向けた。

 

 

バントは、ないかな。

俺あんまりバント上手くないし。

 

 

(打ちに行って良いぞ。初球から狙っていけ。)

 

(マジですか。)

 

 

盗塁を仕掛けるのであれば、待った方がいい。

フライやライナーでダブルプレーになってしまう確率が高くなるから。

 

まあ打てと言われれば、打つ。

 

 

 

初球はおそらく高めのボール球。

倉持の盗塁を警戒しているのなら、初球はウエストするであろう。

 

そうなると、狙いは2球目か。

警戒しているのであれば、自然と速い球で攻めてくるはずだけど。

 

 

 

(倉持、初球から行きそうだな。)

 

 

そうだな、そしたら狙ってみるか。

多少のボール球でも、弾き返してみよう。

 

 

クイックモーション。

迷いなく倉持がスタートを切る。

 

 

投げ込んできたコースは…ドンピシャ。

高めの速いボール、これを叩く。

 

 

強く叩きすぎるな。

弾き返すだけでいい。

 

高めの直球を、上から下に。

思い切って、狙った。

 

 

 

「っつ!」

 

少し詰まった当たり。

しかし少し前に出ていたファーストの頭を抜けるヒットとなる。

 

スタートしていた倉持は三塁へ。

ファーストの頭を越えるヒットで出塁。

 

 

ランナーは、一、三塁。

ここから、クリーンナップへ。

 

 

 

 








成孔はサクサク行きます


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エピソード77

 

 

 

 

 

 

(こいつ、これで本当にエースじゃないのか?)

 

 

目の前で自慢の強力打線をキリキリ舞にされる姿に、成孔の枡は目を見開いた。

 

 

捕手であり1番打者でもある彼はこのチームのまとめ役であり、いつもチームを引っ張ってきていた。

そんな彼ですら、自分たちの打線がここまで手も足も出ないなんてことは、初めてであった。

 

 

 

最速152km/hのフォーシームはまるで生き物かのように唸りを上げ、それが低めにしっかり投げ込まれている。

 

そして高めに投げ込まれたそれは、重力など感じていないかのように、加速しながら伸びていく。

 

 

高めのボールには全くついていけず、低めは力に押されて弾き返せない。

 

更に成孔学園を苦しめていたのは、ストレート軌道から手元で消えるフォーク。

このボールが頭にあると、ストレートに詰まってしまう。

 

 

 

かく言う自分も、その高めのストレートに釣られてしまった。

 

自分で言うのもなんだが、枡自身選球眼とミート力には自信がある。

そんな彼ですら、たったの3球で捩じ伏せられてしまったのだ。

 

 

「バケモンじゃねえか、あの野郎。」

 

前評判では、ムラが凄まじい投手と聞いていた。

好調のときは手が付けられないというのも分かっていたのだが、まさかここまでとは。

 

はっきり言って、超高校級と言っても過言では無いと、枡は唇を噛み締めた。

 

 

どう攻略する、どう攻め立てる。

2巡目までは捨てて、勝負は3巡目か。

 

かといって、今許しているリードは3点。

初回に御幸と金丸のタイムリーで取られたこの3点が、果てしなく遠い。

 

 

できれば早く返したいところだが。

 

どうする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に思われているとは露知らず、降谷はまた自慢の右腕を振るっていた。

 

 

「ストライク!アウト!」

 

 

9番の城田を空振り三振で切り落とし、マウンドからゆっくりとベンチへ戻っていく。

 

今日はなんだが、調子がいい。

自分で投げていても、とにかく狙ったところに強い球が投げられる。

 

これは褒められるのもわかると、降谷は右手に目を向けた。

 

 

「降谷、もう一巡行けるな?」

 

 

ベンチに戻る降谷に、片岡がそう問う。

というよりは、確認するように言った。

 

間髪入れずに頷く降谷。

初回から前回とはいえ、まだ3回。

このままなら、もう一巡くらいならいける。

 

 

「一巡と言わず完投でも…」

 

「それはない。」

 

これまた間髪入れずに返答される。

完投できるスタミナがこの降谷にはまだ、ない。

 

 

「まあ続投なだけいいだろ。元々一巡の予定だったんだから。」

 

大野がそういいながら、飲み物の入った紙コップを手渡した。

それを受け取り、降谷は飲料に口をつけた。

 

 

「調子はどうだ。」

 

「いい感じだと、思います。」

 

 

大野も、うなずく。

今日の降谷は、それだけ調子がいい。

 

 

「あと一巡、きちんと抑えてこいよ。」

 

降谷はまた頷く。

しかしその表情は若干だがくらいものであった。

 

 

そんな姿に少し不安を覚えながらも、大野は打席に向かう準備をした。

 

 

 

 

 

 

 

このあとなかなか追加点が奪えない青道高校。

なんとなく嫌な空気が流れる中。

 

その空気を断ち切ったのは、先発の降谷であった。

 

 

 

9番の城田から、クリーンナップを超えて6番の小島までの7人を連続三振で切ってとったのだ。

 

 

7者連続の三振。

圧倒的な投球の前に、青道ベンチだけでなく会場の観客のほとんどが魅了されていた。

 

 

歓声が沸き立ち、会場が揺れる。

 

安定感もあり、球速も出ている。

この会場の誰もが、この降谷の完投を期待していた。

 

 

どこまで速い球を投げるのか。

どこまで三振記録を伸ばすのか。

 

 

7番の小川にようやくレフトフライを打たれたものの、続く加藤と城田にはまたも三振を奪い、今日の三振記録を伸ばした。

 

 

 

ここまでは、四死球0の被安打0。

そして、打者18人に対して14奪三振。

圧倒的という他ない投球に、会場はさらに盛り上がりを見せた。

 

 

 

しかし、青道ベンチは動き始める。

というのも、投手交代は元々計画していたもの。

 

降谷は帽子に手をかけてベンチに深く腰掛けた。

 

 

汗がよく出る。

今日の気温は、22℃。

そこまで暑くないが、それだけ全開で投げているのだろう。

 

 

(疲れた。)

 

 

そんな風に思いながら、降谷は大野から手渡されたドリンクに口をつけた。

 

 

「よく投げたな。なんだかんだ、高校野球最長イニングじゃない?」

 

 

大野がそう言うと、降谷は黙って頷いた。

やはり、全力で投げていただけあって汗の量がすごい。

 

 

「大野先輩は、すごいです。」

 

「俺が、か?」

 

唐突に言われた賞賛に、思わず想定外といった感じで振り返る。

降谷はまた、小さく頷いた。

 

 

「どんなにいい投球をしても、自分はたった二巡しか任せられません。スタミナがないのも、信頼が足りないのも分かっています。」

 

「今日はどちらにせよ、そういう日だからな。」

 

 

継投で、的を絞らせない。

最後まで後手に回らずにこちらのペースで勝つために。

 

最初から計画されていた継投。

 

 

「大野先輩ならきっと、最後まで任されてました。」

 

 

エースである大野夏輝は、基本完投型である。

試合を通して大崩れすることはなく、スタミナも十分な為基本的には最後まで投げ切るケースが多い。

 

夏の大会でも、沢村や降谷に経験値を積ませるために降板していたものの、大一番では一試合を投げ切る。

 

 

それを任せられ、やり遂げることができるからだ。

 

 

「どうかな。俺も調子次第だとは思う。」

 

「何となく、今日は調子がいいことは僕自身でもわかります。それでも、今日は継投が前提でした。」

 

 

自分でスタミナが無いことは、自覚している。

それに安定感に欠けており、試合によって調子の浮き沈みが激しいことも。

 

「僕にはまだ、足りないものが多すぎると感じました。」

 

 

スタミナが無ければ、完投させてもらえない。

安定感が無ければ、一試合通して任せて貰えない。

 

 

エースがいないからこそ、実感できる。

 

自分がどれだけ、エースまで遠いか。

そして、足りないものが多いか。

 

 

目指すべき姿が目の前にいるからこそ、要求も自然と高くなる。

 

その「エース」が本物ならば、尚更。

大野夏輝という象徴のような存在を超えなければ、届かない。

 

 

真っ直ぐ大野を見る降谷。

対するその「エース」は、一旦間を空けて、息を吐いた。

 

 

「焦りすぎるなよ。お前が目指すべき場所が何処にあるかはわからないが、全部一緒に克服できるほど甘いものじゃないはずだ。」

 

 

スタミナなんて、時間をかけなければつかない。

コントロールも、数を投げなくては安定しない。

安定感だって、場数を踏まなければ良くならない。

 

 

「焦るなよ。1つずつ、できることをやっていくしかないからな。」

 

 

無論、それは大野自身もわかっている。

だからこそ、今自分が出来ることに専念している。

 

そんな姿に降谷は、まだ自分がエースには値しないということを感じていたのだ。

 

 

「僕が、エースになります。」

 

大野先輩を超えて。

そこまで言わなかったが、大野も察していた。

 

 

今はまだ、届かないかもしれない。

それでも、いつかは。

 

できれば、大野夏輝を超えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は降谷の後ろを投げた沢村が1回を無失点。

続く川上も2回を被安打2の1失点で抑えこみ、初戦を3-1で青道高校が勝利を収めた。

 

 

 

 

 

 



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エピソード78

 

 

 

 

成孔学園との初戦で勝利を収めた俺たち青道高校。

 

3得点で尚且つ初回以降追加点を奪えなかった為、お世辞にも打線は好調と言えないが、それを補って余るほど降谷が完璧な出来であった。

 

 

しかしその絶好調に代償は必至。

横にいる降谷暁は、明らかにフワフワしていた。

 

 

「で、大丈夫?」

 

「…大丈夫です。」

 

 

身体、キツイんだろうなぁ。

 

公式戦では、これまで最長5回まで。

それも、得点差も多い初戦だけ。

 

精神的にも肉体的も疲労が溜まっただろう。

 

 

普段よりも良いピッチングをしたと言うのもあったのかな、多分。

いつもより高い出力で投げていたから、その分身体にもきているはずだ。

 

 

「次の試合は1週間後だし、今日は流しでいいぞ。お前含め、沢村もノリも投げてるからな。」

 

 

大会はこれからも続いていく。

初戦と2回戦目の感覚こそ1週間と空いているものの、試合を重ねれば重ねるほど、間隔はどんどん短くなっていく。

 

それが、トーナメント形式。

だから休める時に休み、余分な疲労は残さないようにしなくては。

 

 

俺も今日は野手練習に専念。

外野ノックを受けたり打撃練習をしたりと、それぞれ課題を潰していく。

 

肘の状態もだいぶ良くなり、痛みも無くなった。

 

 

実はもう、投げられたりする。

けど流石に大事をとって、この大会は投げない予定だ。

 

 

「じゃあ東条、お願い。」

 

「はい!」

 

ということで、シート打撃。

実戦形式で東条に投げてもらい、それを打つ。

 

東条はある程度制球も良く変化球も多彩な為、練習には本当にもってこいなのだ。

 

 

東条もまた、打者の立っている状態で投げ込みができる。

 

特に高校野球での投球経験が少ない東条にとってもかなり練習になるのではないだろうか。

 

 

 

 

この後、球種指定とフリーで何打席か行い、打撃練習に励んだ。

 

「ありがとう、東条。」

 

「いえ、こちらこそいい練習ですから。」

 

 

本当に、いい練習になる。

 

東条も最近ピッチングに専念してからは球の質も上がってきているし、変化球のキレも良くなってきている。

 

 

きっと実戦形式が多くなってから打者の反応を見てどんどん改善出来てるんだと思う。

投手として、本当に数に数えられるようになってくれた。

 

 

 

東条に礼を言い、バッティングのゲージから外す。

バットを肩に乗せて歩き始めると、また声が耳に突き刺さった。

 

 

「なっさん!俺も空いてますよ!」

 

 

声の方向には、左肩を大袈裟に振り回す男。

 

沢村である。

昨日投げたのは1イニングということもあり、彼も東条同様バッティングピッチャーの役を買って出てくれていた。

 

彼もかなり制球が纏まるようになってきているし、安定感で言えば今の投手陣で一番だろう。

 

 

あとはまあ、貴重な左腕。

左からの角度はこいつからしか練習できない。

 

 

(寄りにもよって変則なんだがな。)

 

 

出処が見えにくく、球持ちよく伸びのある快速球を投げてくる。

そして、手元でブレる高速チェンジアップとカットボール。

 

中々こう、練習相手にしては癖がありすぎる。

 

 

これもまた、対左のいい練習になる。

しかし今日は、そうだな。

 

 

「悪いな、今日は俺もう上がるんだ。」

 

「社長退社!?」

 

 

沢村からのよくわからんボケ(?)はスルーしつつ。

俺は、言葉を続けた。

 

 

「肘の検診。怪我してる以上、定期的に診てもらわなきゃいけないんだよね。」

 

「くーっ、限りあるなっさんとの対戦が儚く消えてしまった!金丸ー!付き合ってくれー!」

 

「俺は滑り止めかおい!」

 

 

ツッコミを入れつつ、打席に入る金丸。

彼もまだムラこそあるものの、サードの中では最もバランスが取れている選手となっている。

 

 

元々は守備こそ反応良く飛び込む為評価されていたが、打撃はパンチ力があるという程度だった。

 

しかし、同室の俺やクリス先輩との自主練が功を奏し、打撃でも確実性が増した。

 

 

フォームを高校野球の速球にも負けないように下半身をより強く使えるようにスタンスを少し広げ、それに合わせてトレーニングもかなり重点的に行ったりして。

 

クリス先輩のメニューもまたかなり厳しいものなのだが、愛ゆえ。

金丸もそれをわかっていたからこそ、クリス先輩について行っていたんだろう。

 

今考えると、クリス先輩の打者としての弟子は金丸なんだろうな。

 

負けん気とか、向上心とか。

あと結構、我慢強い。

 

意外にも、クリス先輩の一番弟子である沢村との共通点は多い。

 

 

 

攻撃面では、金丸。

守備面では、沢村。

 

クリス先輩が遺してくれた、遺産のようなもの。

 

 

 

荷物を纏め、ベンチへ。

そしてベンチ前で練習を見ていた監督に、声をかけた。

 

「監督、よろしいですか。」

 

「昨日言ってた肘の検診か?」

 

予め昨日伝えて置いた為、監督もわかっていた。

というよりは、定期的に診てもらわなきゃいけないためらここら辺は監督もある程度把握してくれている。

 

 

「はい。ですので、今日はお先に練習を上がらせて頂きます。」

 

「部員の怪我は、監督である俺に責任がある。終わり次第、必ず報告してくれ。」

 

 

また、こういう事を言う。

仕方の無いことだが、こればかりは外から見て分かるような異変は無かった。

 

だから多分、監督を責めることはできない。

 

 

「分かりました。では、失礼します。」

 

俺がそう言うと、監督も頷いてバッティングゲージへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

結果から言うと、検診は問題なく終わった。

というより、寧ろ予定よりも早く回復しているらしい。

 

投球禁止は変わらないが、とりあえずは回復に向かっていて良かった。

 

 

そのことを報告しようと学校に戻る。

 

外は暗くなり、練習は終わっている。

しかし未だに、金属バットの子気味良い音が幾度となく鳴り響いていた。

 

 

(俺もバット振りたいけど、とりあえずは報告が先だね。)

 

 

そう思い、俺は外出した制服のまま、寮の奥にある監督室へと向かった。

 

何だかんだ監督室入るの緊張するんだよな。

特に悪い報告じゃなくても、やっぱり気を張る。

 

そんなことを考えながら監督室の前に立ち、俺は一度息を吐く。

 

 

ノックをしようと左手を扉に軽く当てた瞬間、監督室の中から声が聞こえた。

 

 

「本気でーーーー」

 

声は…高島先生か。

何を言っているか聞き取ろうと耳を澄ませたのだが、そこから聞こえた話は俺が予想していなかったことだった。

 

 

 

 

監督が、クビにされるだと?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

おまけ。

 

 

東条秀明 右投右打 1年

 

【基礎能力】

ストレート 球威E 132km/h

ツーシーム 球威F 127km/h

スライダー 球威D 変化量3

カットボール 球威E 変化量1

カーブ 球威D 変化量3

 

コントロール C68

スタミナ D52

 

 

 

弾道 2

ミート C61

パワー E45

走力 C60

肩力 B72

守備 D54

捕球 D50

 

守備位置 投手 中堅手

 

【特殊能力】

対ピンチD/打たれ強さF

低め○/球持ち○/軽い球/調子安定/変化球中心

 

送球B

粘り打ち/バント○/チャンスメイカー/対変化球○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金丸信二 右投右打 1年

 

【基礎能力】

 

弾道 3

ミート D51

パワー C64

走力 C60

肩力 D54

守備 C68

捕球 E47

 

守備位置 三塁手

 

 

【特殊能力】

チャンスB

初球○/対ストレート○/逆境/意外性/ヘッドスライディング

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード79

 

 

 

 

 

 

 

「監督がやめる?」

 

 

部屋に戻って早々、何故か俺の部屋にいた一也に、俺は監督室でのことを話した。

 

 

「…かも、だ。」

 

 

断定はできなかったが、恐らくは監督の進退についてだ。

 

 

前回の榊監督時代は甲子園の常連校。

しかし引き継いだ片岡監督時代は、6年間で未だに甲子園の舞台に届いていない。

 

若い片岡監督の采配に疑問を持つOBや後援会の人間も、少なからずいるだろう。

 

 

 

私立高校は、OBや後援会と呼ばれる人達の力が強い。

この青道高校のようにプロを排出している高校となれば、尚更だ。

 

彼らからの圧力というのは、時に校長たちよりも強まることが、あったりする。

 

 

「監督が退任するかもって、どうするんですか。」

 

 

自分の学習机に向かいながら質問してきたのは、金丸。

うーん。

 

 

「どうって、俺達にできることなんてたかが知れてる。」

 

 

生徒の力には、限界がある。

教師に給与を払っているのは学校側であり、後援会等の資金から部活動が成り立っている節はある。

 

そうなると、俺たちのできる範疇を超えていると言えば、超えているのだ。

 

 

 

「まー、何も出来ないわけじゃないが。」

 

 

俺がそう言うと、一也も頷く。

すると金丸が、不思議そうにこちらに返答した。

 

 

「どうするんですか。」

 

俺たちは、笑顔で答えた。

 

 

「簡単な話だ。勝てばいいのだよ、金丸くん。」

 

「甲子園行きを決めた俺たちをほっぽって行く程、監督は無責任じゃねーよ。」

 

 

要は、成績を残せていないから悪いのだ。

 

ならば、勝てばいい。

今まで甲子園に行けなかったのであれば、今回行けばいいのだ。

 

 

まだこの秋大までは猶予がある。

この大会で勝ち上がって結果を残せば、という訳だ。

 

 

 

「ってことで勝つ確率をあげるために、バットでも振ってくるわ。」

 

「あっ、俺も行きます!」

 

俺がそう言って着替えると、金丸も同じく立ち上がる。

一也もそれに合わせて、立ち上がった。

 

 

「んじゃ、俺も自分の部屋に戻るかな。」

 

 

とか言いつつ、こいつも多分バットを振りに行く。

いつも誰も見ていないところで練習をしている。

 

ある種、恥ずかしがり屋なんだろうな。

 

これだけ一緒に居ると、わかる。

そんな能天気な奴じゃない。

 

 

 

暗くなったグラウンド。

そこにはもう、誰もいない。

 

しかし明るくなっている室内練習場からは、声が聞こえる。

 

 

「おう、帰っとったんか大野。」

 

「うん。とりあえず順調だってさ。」

 

 

いつもバットを振っている男、前園。

通称ゾノである。

 

その横でトスを上げてるのは、小湊だな。

 

 

「お疲れ様です。」

 

「大丈夫?ゾノにいじめられてない?」

 

「んな訳あるかい!」

 

 

平常運転、速攻でツッコミが入る。

流石、関西のノリである。

 

とは言え、このゾノ。

打撃練習の数で言えば随一なのに、結果が伴わない男No.1である。

 

 

 

元々インコース捌きは上手かったのだが、チームバッティングを意識し過ぎて空回りしてるように見える。

 

具体的に言うと、逆方向を意識し過ぎているというか。

それで引き付けすぎて、詰まっている。

 

ストレートに差し込まれてポップフライかボテボテのゴロが多い。

 

 

(自分のスタイルをブラしちゃ、元も子もない。)

 

 

そんなことを思いながらも、俺は近くにネットとボールを寄せた。

 

「金丸、先打つ?」

 

「いいんすか?」

 

「いーよ。」

 

 

この室内練習場には、俺たちとゾノと小湊だけ。

だから気にせず、少し場所を取るトスバッティングを行う。

 

素振りも大事だけど、やっぱり実際にボールを打つ方が手応えとか力の入れ具合なんかも具体的にわかるから俺は好き。

というか打数が少ないから、感覚を染みつけなければいけない。

 

 

まあしかし、金丸を先に打たせる。

 

ゾノと小湊がいる間に、情報共有も兼ねてね。

俺は割と感覚派とか言われてるし。

 

配球は読む方だけど、肘や手首の使い方、身体の捻りなんかはもう何も考えずにやっちゃってるから、自分でも説明できない。

 

 

だからこの辺は、ちゃんと理解してる人達と情報共有して欲しい。

 

 

「金丸は結構スタンス広めだよね。」

 

「あぁ。俺はこっちの方が力が入りやすくてな。ストレートに力負けしないようにクリス先輩がな。」

 

 

小湊と金丸が2人で話している中、ゾノがこちら側へと来た。

 

 

「大野、少しええか?」

 

「いいもなにも。」

 

 

「大野は結構逆方向得意やろ?どういうこと意識してるんか教えてくれへんか?」

 

 

あー、なるほどね。

あんまり説明なんかは得意じゃないし、そもそも俺の身体とゾノの体は違うわけで。

 

正直、さっきも言った通り身体の使い方に関しては、感覚はなところがある。

 

 

「ゾノはなんで逆方向に打ちたいの?」

 

おれがそう聞くと、ゾノは首を傾げながら答えた。

 

 

「なんでって、そら得点圏でランナーが帰りやすいのは右方向や。チームバッティングせなあかん立場やからな。」

 

そうか。

基本的にはクリーンナップや6番などチャンスで回ってきやすい打順に置かれることが多い。

 

あとは、副キャプテンという立場だから、か。

 

 

 

「じゃあ、俺の目的ってか打ち方とは違うから。」

 

「どういうことや?」

 

「俺は基本的には下半身で我慢しながら泳ぎつつ打ってる感じだから、ゾノとは完全に打ち方は違う。基本、流し方向には強い打球打てないからな、俺は。」

 

 

俺はチームバッティングというよりは俺が打ちやすいからそう打ってるだけ。

あとは多少詰まってても手首が柔らかいから上手い具合で返せるだけなのだ。

 

 

「せやか。まあ、打ち方はそれぞれやからな。」

 

「そういうことだよ、ゾノ。」

 

 

気が付いたか。

そう思ったが、またも不思議そうな表情を浮かべるゾノ。

 

こいつ、自分で言ってるのに。

 

 

「俺には俺の打ち方があって、ゾノにはゾノの打ち方がある。」

 

俺は粘って流し方向に打つのは得意。

だけど、引張方向に強い打球はあまり打てない。

 

ゾノは方向を指定してうまく打つのは苦手。

だけど、強い打球は打てる。

 

 

それぞれ得意なことがあって、感覚だって違う。

そう考えたら、ゾノは多分、逆方向を意識しすぎるとバットをうまく振り切れないんだと思う。

 

 

「あんまり難しく考えないほうがいいと思うぞ。シンプルに、少し意識して引き付けたり前で打ったりっていうのを意識すればいいと思うよ。」

 

 

無理に引っ張ったり流したりという意識が、ゾノを空回りさせている気がする。

だからあまり難しく考えないほうがもっと、楽に打てると思う。

 

 

それに。

 

「野球は楽しいのが一番だ。チームのためもそうだが、おまえ自身のためにやるのもまた大切だと思うぞ。」

 

 

「俺自身のため、か。」

 

俺は、成宮と投げ合っていたあの日。

この野球人生で一番いい投球ができたと同時に、楽しかった。

 

全力プレーで楽しい時が、一番いいプレーがでてくれる。

 

 

 

だからゾノはもっと、気楽にやったほうがいいと思うな。

 

 

「俺からいえるのはここまでだな。技術的なことは白州とかに聞いたほうがいいと思う。」

 

 

すると、ゾノは黙って俯く。

困らせたか、この返答は。

 

 

少し静寂が続き、なんとなく気まずくなる。

 

その静寂を破ったのは、顔を上げたゾノの声だった。

 

 

「参考になったわ、ありがとう。」

 

「うん。じゃ、俺も打とうかな。」

 

 

それぞれが、得意なことは違う。

それぞれを補っていくからこそ、チームなのだ。

 

 

だから、そうだな。

今できることを、精一杯やろうというわけだ。

 

 

 

 

 

 



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エピソード80




今回は短めです。


 

 

 

やあ、大野夏輝だよ。

次の試合、二回戦目に向けて、練習後の食堂で試合ビデオを見ているよ。

 

 

二回戦目の対戦相手は、東東京地区の帝東高校。

現在の東京地区でもトップクラスの守備力を誇る強豪校だ。

 

 

内外野はもちろん堅牢。

球際の強さ、守備範囲ともに高校生のチームとは思えないほど精度が高い。

 

 

何より、バッテリー。

 

一年生エース、左の技巧派サイドスローの向井。

扇の要でもあり打線の中心でもある正捕手で四番、乾。

 

この二人のコンビメーションで、数多の打線を沈黙させてきた。

 

 

 

向井は、最速こそ余り速くないものの、抜群のコントロールと投球術で試合を掌握するタイプ。

 

 

コントロールで言えば多分、俺よりもいい。

なぜなら彼が操作できるのは、平面上のストライクゾーンだけではないからだ。

 

 

 

ストライクゾーンというのは、3次元である。

正面から見れば、横幅はホームベースと同サイズであり、高さは打者の片上部とズボン上部の間から膝下までが、一応の定義である。

 

しかしそのストライクゾーンには、奥行がある…らしい。

 

面は上で書いてあるような長方形である、五角柱のような形でストライクゾーンは存在している。

 

が、普通の人間ならば平面的にしか見ることができないから、それを実感することは中々ない。

 

 

「狙って投げてるよな、今の低めも。」

 

「あぁ。ゾーンから外れるスクリューは見極めマジでキツそうだな。」

 

 

平面上ではボールでも、立体の途中でストライクゾーンを通過して見逃し三振を奪ったり。

その逆を使って、ボール球を振らせたりなど。

 

 

しかも厄介なのは、キャッチャーもそれを理解していること。

 

且つ、それを最大限生かすことができる捕球の上手さを誇っているからこそ、この向井の投球は成立する。

 

 

一也のように柔らかいキャッチングというよりは、ピタリとミットを止めるキャッチング。

 

向井のコントロールを完璧に信頼してるからこそ、審判に「ここだ」というのをよりアピールしている。

 

 

本当に、嫌な組み合わせである。

組むべくして組まれたというか、そんな感じの運命を感じるようなバッテリーだ。

 

 

夏の甲子園でこそ、大会優勝校の巨摩大藤巻には投手戦の末に敗れた。

 

しかし、今世代でもトップクラスの完成度を誇るバッテリーだろう。

 

 

 

 

「ストレートは終盤にもしっかり制球できてるな。」

 

「けどスクリューは高めに浮いたりもありそうだ。球数をある程度投げさせれば、失投も必ず来ると思う。」

 

近くで見ていた白州とそんな事を話ていると、前で画面を操作していた渡辺…通称ナベが頷いた。

 

「大野が言った通り、球数を投げさせられた試合では例外なく終盤で少し球が浮いてる。特にスクリューとかスライダーに関しては真ん中付近に抜けることもあるので、ここは確実に仕留めたいですね。」

 

 

スタミナは結構あるイメージだけど、まあ終盤になると流石に球は浮くか。

浮いた変化球を狙って、少ないチャンスを活かしていく。

 

 

「低めの厳しいコースを早打ちしても、相手をリズムに乗せるだけだ。しっかり球数を投げさせ、球が浮いてきた終盤に確実に点を取る。我慢が必要な試合になるが、好投手を相手にする以上は、仕方ないことだ。」

 

 

当然だな。

成孔学園との試合みたいに序盤に点を取れたら楽だろうが、中々そうもいかないだろう。

 

特に向井のように安定感のある投手が相手になる以上、相手の失投とかミスを狙う必要があるからな。

 

 

「粘り強く、我慢強く。負けた悔しさ、それにここまでの厳しい練習を乗り越えてきたお前たちなら、できるはずだ。」

 

 

そう言って監督は、こちらの表情を確認するように、見回す。

頷き、言葉を続けた。

 

 

「全員で勝つぞ。」

 

 

去年のような、核弾頭の4番はいない。

爆発するほど打線も、力は無い。

 

エースは不在、投手を担っているのは殆どがまだムラの多い1年生。

 

 

勝つには、全員の力が必要だ。

だからこそ、監督はこの言葉をいつも口にしていた。

 

 

「明日の先発だが…」

 

 

帝東は強い。

一筋縄では行かないどころか、勝てるかどうかすらも怪しい。

 

全員で、勝つ。

それが、今大会俺たち青道高校のテーマだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合当日。

 

天気は、正に曇天。

というより、寧ろ雨模様。

 

霧雨で尚且つ、時間によって強さがマチマチである。

 

 

投手は神経使うな、こりゃ。

向井もそうだが、特にうちの先発の子なんかは。

 

 

「今日は冷え込むぞ。身体もそうだが、肩は特に冷えないように気つけな。」

 

「わかってますよ、なっさん!!」

 

 

左肩を回しながら、笑う沢村。

 

今日の試合を勝ったとして、次の対戦相手は恐らく稲実。

試合間隔も短くなっていくと、それだけ降谷の負担も大きくなっていく。

 

 

その為、監督はこの試合。

思い切って、先発に沢村を指名したのだ。

 

 

 

相手先発の向井も、技巧派サウスポー。

奇しくも、1年生サウスポー同士の投げ合いとなる。

 

 

スターティングメンバーは、先日の試合と同じ。

レフトに降谷が入り、俺がセンターに入る。

 

先攻めは、相手の帝東高校から。

 

 

注目の立ち上がり。

沢村、大一番の先発はどう転がるか。

 

「ガンガン打たせていくんで、バックの皆さん、宜しくお願いします!!」

 

 



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エピソード81

 

 

 

1回の表。

帝東高校の攻撃。

 

テンポよく打者2人を抑えた沢村に対して、迎えるバッターは3番。

 

インコースのフォーシーム2球共にファールで追い込み、3球目。

 

最後も同じようなボール。

少し詰まった打球は高々と上がり、浅いセンターフライとなる。

 

 

「っしゃあ!センター!」

 

「はいよ。」

 

 

沢村栄純、注目の立ち上がりは三者凡退。

持ち前の強気な投球で、テンポよく初回の攻撃を終えた。

 

「おーしおしおし!おーしおしおし!」

 

「はえーよ。」

 

「回を無事に終えましたんで!」

 

「毎回やる気か!」

 

俺と金丸のツッコミによる、テンポの良い会話。

その後倉持からも鋭い蹴りが飛んできたのは、言うまでもない。

 

しかし冗談はさて置き。

 

主砲、4番の乾に回す前にリズム良く押さえ込んだ。

まずは立ち上がりは完璧かな。

 

 

「今ので丁度いいテンポだからな。これ以上投げ急いでも慌てるだけだから、このペースで行くぞ。」

 

女房訳である一也がそう言うと、沢村もまた応えるように大きな声で返事をする。

 

 

「コースは悪くない。球もキレてるし、丁寧に投げれば何とかなるぞ。」

 

「そうですね。あとはアウトコースに甘く入らないように。乾は外のボールも飛ばすパワーがあるからな。」

 

 

落合コーチと俺も一言ずつ。

 

「温存して抑え切れる相手じゃないからな。後ろにはノリも東条も、それに降谷だっている。スタミナ気にせずガンガン攻めてけよ。」

 

沢村も、頷く。

 

元々この沢村もエースを目標にしている為、完投への拘りは非常に強い。

その為にスタミナをつけているのだから。

 

 

しかし、全員で勝つ。

みんなでそれを掲げているからこそ、沢村も全力で瞬間を闘う。

 

 

 

1回の裏、青道高校の攻撃。

先頭打者の倉持が、右の打席へ。

 

「低めのスクリュー、引っ掛けんなよ。」

 

「わーってる。」

 

左打者にとって、サイドスローの向井のような角度のついたボールは非常に見えにくい。

 

だから右で打てるのならば、基本は右で打った方がいい。

 

 

さて、そんな倉持だが。

4球目のスライダーを見逃し三振で切り落とされる。

 

 

 

スライダーのキレも良さそうだったし、気をつけなきゃな。

 

「っし、どうするかね。」

 

左対左。

基本的には、打者が不利のこの場面。

 

尚且つ、向井はサイドスロー。

更に角度がつくから、より打ちにくいだろうな。

 

 

セットポジション。

横から投げられたストレートは、少しシュートしながら外低め一杯に決まった。

 

 

(うお、見えにく。)

 

 

角度がついてるせいか、やはり視野外から投げられてる感覚。

 

背中からボールが出てきているように見えるとはよく言うが、本当にそう見える。

 

 

しかも、コースがいいんだわ。

対角線上で少しシュートしたからこそ、ギリギリに決まった。

 

2球目、先程より少し甘いコース。

しかしこれを見逃すと、ボールは途中で逃げるように変化し、ボールゾーンへと外れていった。

 

(スライダー、これもやっぱキレもいいな。)

 

サイドスローの横変化は独特だ。

 

オーバースローやスリークォーターのスライダーは基本、縦か斜め下。

しかしサイドスローは横滑りするように変化する。

 

だから左打者からすると、他の投手よりもキレがよく感じる。

 

 

今のも正直、打ちにいってたら空振りしていたと思う。

我慢した俺、グッジョブ。

 

しかし、3球目のインローのストレートで追い込まれる。

 

 

4球目のスライダーは何とかバットに当てたものの、最後は低めのスクリューを引っ掛けてセカンドゴロとなる。

 

 

 

この落ちるボール。

ゾーンからボールゾーンに沈むこのスクリューを見極めなければ、打てない。

 

「やっぱり低めはどうもキツイな。高めに的を絞って、あとはお前のバットコントロールに任せる。」

 

打席に向かう小湊にすれ違いざま、そう言う。

この試合の鍵になる1人なだけに、彼が塁に出られるかどうかで試合も動いてくるはずだ。

 

 

 

しかしこの小湊もヒットを生むことはできず、5球目の外低めのスクリューにバットが出てしまい、ファーストゴロとなる。

 

 

やられたな。

テンポ、打たせ方、共にバッテリーのペースで運ばれたな。

 

守備も堅いから不安もないし。

こりゃ確かに、甲子園出れるわ。

 

 

初回の攻撃は両者無得点。

互いの先発左腕が躍動し、このあとの投手戦を予感させるような立ち上がりとなった。

 

 

 

 

2回の表。

この回は4番キャッチャーの乾から。

 

甲子園でも本塁打を放っている強打者であり、打てる捕手として来年のドラフトでも密かに噂されている選手の一人だ。

 

 

この乾に対して、沢村。

初球は外角低めの真っ直ぐでカウントを取る。

 

続く2球目、インコース低めのストレート。

126km/hのこのボールに乾も合わせるも、少し詰まりファール。

 

 

テンポが良い、球持ちが良い。

打者が気持ちを整える前にポンポン投げるから、中々タイミングも取りにくい。

 

 

3球目も外角低めの直球。

これもファールにされるも、バッテリー有利のカウントに違いない。

 

 

 

最後はインコース。

ストライクゾーンからボールゾーンに逃げる高速チェンジアップでショートゴロ。

 

沢村のウイニングボールで、4番の乾を完璧に押さえ込んだ。

 

 

続く5番、6番もテンポよく打ち取り、3アウト。

持ち前の強気な投球で、この回も三者凡退で終えた。

 

 

 

対する向井も、4番の御幸にヒットを打たれたものの、その後はピシャリと抑えて3アウト。

 

2回、3回とお互いに得点が動かずに進んでいく。

 

 

 

 

そして、4回。

ポツリポツリと、淡い雨が少し肌に当たった。

 

 

 

 

 

 



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エピソード82




ダイヤのA、完結おめでとうございます。
このような素晴らしい作品と巡り会うことができ、とても楽しませて頂きました。

16年間、お疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。





 

 

 

 

 

「降ってきたな。」

 

「あぁ。」

 

守備位置であるセンターに向かいながら、隣で守る白州にそう言う。

 

 

4回の表。

ポツリポツリと降り出した雨。

 

沢村は変わらずマウンドに上がるが、少しばかり不安はある。

 

 

降谷のようにガンガンストレート、強いボールで押していく選手であれば、ある程度制球が効かなくてもなんとかなる事が多い。

 

 

しかし沢村のボールは、そこまで速くない。

むしろ高校生の中では中の下、くらいである。

 

甘く入れば長打を喰らうし、球質も俺同様、軽い。

 

 

彼の持ち味は強気なインコース攻めと、それと相対するアウトロー低めに投げ込む技術。

 

キレのあるストレートと動くボールを、両サイドを広く使って制球するのが、沢村の攻め方。

 

 

雨で制球が効かなくなってくると、甘く入って痛打されやすい。

 

それに、グラウンドコンディションが悪くなっての守備のミスも懸念されると、リズムにも乗りにくい。

 

沢村にとっては、雨は結構痛手かもしれない。

 

 

 

ここまで出したランナーは、2人。

ヒットとフォアボールで出塁こそ許したものの、その後は後続を絶っている。

 

良いリズムできているだけに、痛いな。

ここからリズムが崩れると、流れも持っていかれ兼ねない。

 

 

さあ、打者は3番から。

この回はクリーンナップから始まる。

 

前の打席では、完璧に抑えた。

乾の前にランナーを出したくないというのもあるから、ギアを上げていくはずだ。

 

 

俺の予想は当たり、一也と沢村もここは意識して攻めていく。

まずはアウトコースのストレート。

 

少し高めだったものの、合わせきれずにファール。

 

 

2球目は、外に逃げる高速チェンジアップ。

外角からボールゾーンに逃げるこのボールを捉えられるも、サードライナー。

 

少し強い当たりだったが、ここは金丸が反応。

しっかりと、強い打球を掴み取った。

 

 

 

形はどうあれ、まずは1アウト。

ランナーがいない状況で、乾と勝負できるのは大きい。

 

まだ雨の影響は少ないのか、抜けるところまでは行ってない。

できればこの回までテンポよく抑えたいが…

 

 

 

肩に当たる水滴が、大きい。

少し雨が強くなって来た気がするな。

 

打席には、4番の乾。

1打席目はこの乾も、しっかりと抑えることができた。

 

 

しかし、2巡目。

対応され始めるこの打席で、どう対処できるか。

 

 

 

初球、先程とは打って変わってインコースのストレート。

内角高めのボールを見逃すも、少し外れて1ボール。

 

際どかったが、少しインコースに寄りすぎたか。

 

 

2球目、同じくインコースのストレート。

これも見逃され、1ボール1ストライクとカウントが並ぶ。

 

 

 

できれば次のボールを入れて追い込みたいが、迂闊に入れてしまえば持っていかれる。

 

難しいラインだな。

沢村、それにボールの状態が中々に、読めない。

 

 

3球目、外要求の一也のミットに反して、内のボールゾーンへ。

少し乾も仰け反るも、これは外れてボール。

 

 

ボール先行、2ボール1ストライク。

しかし打者が打者なだけに、中々ストライクを取りに行くのも難しい。

 

厳しく、結果的に四球でも…という感じか。

 

 

 

いや、一也と沢村なら勝負だろうな。

少なくとも、俺と一也の時は確実に勝負しにいく。

 

(エースを狙うんだろ。ここで勝負しなきゃ、スタートラインにすら立てねーからな。)

 

 

4球目。

インコース、ボールゾーンのストレート。

 

少し外れているが、強引に引っ張る乾。

しかしこれはゾノの横を抜けていき、ファール。

 

 

 

5球目、再びインコース要求。

今度は先程よりも大袈裟に外れ、ボール。

 

 

3ボール2ストライク、フルカウント。

青と黄、2色のランプが全て灯る。

 

 

 

内に、2球続けた。

否、寧ろ抜け球も合わせれば、この打席はインコースのみの攻め。

 

勝負球は、アウトコース。

できれば、外角の低め。

 

 

しかし乾も捕手ならば、そこを狙いに来る。

乾ほどの好打者なら、内角攻め後の外角にも対応できるからだ。

 

 

この2巡目が終われば、恐らく継投に入る。

となれば今更、4番に対して出し惜しみする必要はない。

 

ここまで使った事の無かった攻め方で、決める。

 

 

 

一也がサインを出し、沢村がそれを見て頷く。

 

ワインドアップからプレートと並行になるように身体を傾け、足を高々と上げる。

並外れた身体の柔らかさと体幹の強さから織り出される、豪快なフォーム。

 

そこから右手に嵌められたグローブで壁を作るように、前に突き出す。

身体の開きを抑えて、全身の捻転と溜めを生かすために。

 

 

 

一也が構えているコースは、アウトコース低め。

 

コースはある程度アバウトでいい。

流石の乾でも、初見のボールは捉えられまい。

 

 

スライダー方向に強くかけられた回転。

打者の手元で、利き腕と反対側に高速変化するカットボール。

 

左打者の乾にとっては、外に逃げていくように変化する。

 

 

 

コースは、一也が構えたコースよりも少し内。

とはいえ、低めに決まるナイスボール。

 

初見でこのボールは、捉えられない。

 

 

 

 

そう思った刹那。

乾のバットから、快音が響いた。

 

 

僅かに芯は外している。

しかし、乾はこの変化に対応した。

 

強引に振り抜いた打球は左中間。

レフトを守る降谷と俺の間に打球が上がる。

 

しかし、打球が落ちてこない。

おいおい、まさかだろ。

 

 

「ちょ、マジかよ。」

 

 

鋭い当たりは左中間フェンスに直撃。

あわやスタンドインという当たりだったが数cm足りず、ツーベースヒットとなった。

 

 

すげえな。

少し甘いとはいえ、沢村も悪いコースではなかった。

 

しかも初見のカットボールをあそこまで運ぶなんて。

 

どんなパワーだよ、おい。

敵ながら天晴れだ、本当に恐ろしい。

 

 

 

 

それと同時に。

 

あの打者と、対戦したい。

 

技術も、頭も、力も。

どれも高い水準を誇るあの打者に。

 

 

あのスラッガーを、捩じ伏せたい。

 

 

 

(今はそんなこと言っていられる立場じゃない。)

 

だけど。

次は、必ず。

 

 

 

 

 

息を吐き、俺は声を出した。

 

「1アウトな沢村ー!コースは悪くなかったから、引き摺るんじゃねーぞー!」

 

今の俺は、投げられないエース。

投手のリーダーとしての、立場。

 

今は自分ではなく、チームの為に。

 

 

声を出せ。

周りに目を配れ。

 

投げられないなら、他で貢献するしかない。

 

 

「次も5番、攻めてけよ沢村!」

 

「わかっておりますなっさん!ガンガン打たせていきますんで、他の方もどうかお力添えを!!」

 

これを皮切りに、ナインたちの声もさらに大きくなる。

 

 

 

 

この後沢村は5番をファーストゴロ。

ランナーを三塁に進めたものの、最後の6番に対してもストレートを詰まらせてセンターフライで、この回も無失点に抑えて見せた。

 

 

高々上がった白球を掴み取り、アウトコール。

 

3つ目のアウトを取り、ベンチに戻る時。

 

 

すれ違いざま、乾と視線が重なった。

 

 

 

 

 







沢村強いな。
そして乾も上方バフかかってます。




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エピソード83

 

 

 

 

 

試合は中盤。

5回の裏と、折り返し地点まで進む。

 

 

5回の攻撃を無失点で抑えた沢村に対して、向井。

 

ここまでの投球内容は、御幸が放ったヒット1本のみ。

好投を見せている沢村よりも、正直圧倒的な内容であった。

 

 

(やるな、向井太陽。)

 

 

低めの制球力は、やはり抜群。

ストライクからボール、ボールからストライクを徹底してるから、長打が生まれにくい。

 

甘く入るボールは、未だに0。

雨の影響もあまり受けていないように見える。

 

 

この回の攻撃も8番の金丸をセカンドゴロに打ち取ると、沢村を三振、倉持をライトフライで打ち取り、この回を終えた。

 

 

 

乾とのコンビネーションか。

互いに一球一球目的を理解し合って投げているから、とにかく投げミスがない。

 

正に、阿吽である。

 

 

 

 

 

6回の表。

雨は強まる中、沢村はマウンドへと向かう。

 

冷え込み、少しばかり雨が煩わしい。

そんなことを思いながら、沢村は利き腕である左手に息を吹きかけた。

 

 

体温は高いはずなのに、雨と時折吹く風で若干冷える。

 

なんとなく、嫌な感触であった。

 

 

「沢村!」

 

ホームベース後方から届いた声に反応し、振り向く。

そして投げ返された白球を、右手で受け止めた。

 

 

息を吐き、頷く。

そして、迎える打者が打席に入るのを待った。

 

 

 

この打席は、1番から始まる高打順。

しかし、雨の影響を感じさせない沢村は、先頭打者に対してカットボールでセカンドゴロ。

 

 

ここにきてもなお、テンポが崩れない沢村に帝東打線も打ちあぐねていたが、このリズムを絶ったのは、他でもない、味方のエラーであった。

 

 

 

グラウンドコンディションの悪化により、イレギュラーバウンドをした打球は二塁手小湊の前で不規則に変化。

と言うより、小湊の前で急激に減速し、止まる。

 

ぬかるんで足の遅くなった打球に小湊も猛チャージをかけるも間に合わず、内野安打となった。

 

 

この回出したくない先頭打者を出してしまった沢村。

 

続く2番が堅実にバントで送ると、1アウト二塁のチャンス。

 

この場面で迎えるはクリーンナップ。

ここまで当たりがないだけに、怖い。

 

 

 

声を上げ、バットを掲げる3番。

しかし沢村もまた、このピンチで集中力を最大限まで高めていた。

 

煩わしい雨。

そして、味方のエラー。

 

集中力も切れそうなこの場面。

中学時代、弱小高校のエースであった沢村には、こんな逆境には慣れっこだった。

 

 

 

ふうっと一息。

それは、エースである大野夏輝と同じ仕草。

 

そしてその瞳は、黄金色に輝き始めていた。

 

 

(この雨じゃ打球が読めねえのは仕方がないことだ。後続たって、切り抜けるぞ。)

 

御幸のサインに、沢村が頷く。

そして、セットポジションに入った。

 

 

初球、アウトコースのストレート。

少し高めに浮いたものの、これに手が出ず、1ストライク。

 

 

続く2球目はインコースわずかに外れボール。

 

3球目も同じくインコース。

これにはバッターも手が出てしまい、三塁線切れてファール。

 

 

追い込んだ。

このストライク先行のカウントこそが、沢村の真骨頂。

 

最後はアウトコース低め、131キロのストレートで見逃しの三振。

目一杯サイドのゾーンを使った投球で、まずは2アウトまで漕ぎ着けた。

 

 

「ナイスボー沢村!いい球来てるぞ!」

 

 

左手に収まった最高のボール。

これを握り、沢村に投げ返す。

 

特に表情を崩さず、マウンドの土を鳴らす沢村。

その姿は、やけにエースの姿に重なった。

 

 

(すげー集中力。できればこのまま行きたいけど。)

 

 

心の中でそう思いながら、御幸は曇天の空に視線を向けた。

 

明らかに雨が強い。

そして審判団も少し、ざわついている。

 

 

できれば、この回までは続けてほしい。

 

沢村の状態がいいと言うのもあるし、一旦区切ったことによって気が散る可能性も考えられる。

特にまだムラっ気の多い一年生の沢村にとっては、中断という初めてのことにはかなり影響があるはずだと。

 

 

しかし御幸の祈りは届かず、審判から届いたのは、試合中断の合図であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌なタイミングだな。」

 

ベンチで防具を外す御幸に、そのエースである大野が声をかけた。

 

「まあな。ピンチになってからの状態がよかっただけに、できれば続けたかったよな。」

 

 

しかし、いっても仕方がない。

互いにわかっているし、このあとどう対応するかが重要なのだから。

 

 

「どうなの、沢村は。」

 

「どうかな。気は抜いていないんだけど。」

 

「入れ込みすぎってことか。」

 

「抜けてなさすぎるっていうかな。」

 

 

いつまで続くかわからないこの中断。

そんな中でずっと気合を入れていては、肝心の再会後にベストに持っていけない。

 

というか、疲れてしまう。

ただでさえ長いイニングを投げているわけで、肉体的な疲労はかなりあるはず。

 

 

 

そんな懸念点もありながら、試合は再開した。

 

 

 

中断間、気を抜かなかった沢村。

集中力は保ったままだが、御幸の懸念は、当たった。

 

 

人間の集中力は、長くても20分しか持たない。

そんな中集中しきっていた沢村。

 

長い中断でも集中はしていたが、逆に集中のピークを過ぎたためか、逆に少し注意力が散漫している。

 

 

 

2アウトランナー二塁。

打席には、4番の乾。

 

 

(この状況で本当に迎えたくないバッターが来たな。)

 

 

甘く入ればスタンドへ。

気が抜ければ間違いなく長打。

 

さっきも初見のカットボールを上手く弾き返された。

 

 

 

御幸が要求したコースは、インコース。

中断明け、あえて厳しいコースを要求した。

 

 

 

(一に攻めのインコース。時点で様子見の外角か。)

 

 

しかし乾も、このコースを狙っていた。

 

先ほどは外角のボールを流して長打。

バッテリーとしても外には、投げづらい。

 

さらに言えば、強気なバッテリー。

きっとインコースでいきなり勝負しにくる。

 

 

身構えた乾。

沢村が放ったコースは乾の読み通り、インコースの低めに投げ込まれた。

 

 

 

 

乾の目つきが変わる。

その変化に御幸が気がついた頃には、もう遅かった。

 

金属の快音。

完璧にアジャストした打球はライナーで右中間を抜けていった。

 

 

俊足の二塁走者は一気にホームへ。

この乾の一振りで、試合は動き始めた。

 

 

 

先制は、帝東高校。

4番の乾の一振りで、投手戦と予想されていたこの試合は再び動き始めた。

 

 

 

再開後、嫌な予感が的中してしまった御幸。

先制点を打たれた沢村に声をかけようとタイムをかける。

 

しかしそれを阻止したのは、紛れもなく沢村本人であった。

 

 

2アウトに追い込みながらも失点した沢村。

こちらも負けていない。

 

失点を取り返すべく、彼は息を吐いて、また息を吸った。

 

 

「皆様、再開後バタバタしてしましたが、もう大丈夫です!雨にも負けず、風にも負けず!力足らずで失点してしまいましたが、なんとか最小失点に抑えたいと思います!ではバックの皆さん、残りアウト一つ、お力添えお願いします!」

 

 

 

この切り替えに、場内が一瞬固まる。

そして、湧きあがった。

 

このあと5番を高速チェンジアップでセンターフライに抑えると、このまま沢村はお役御免。

 

 

6回1失点というナイスピッチングで、マウンドを後続に任せた。

 

 

失点を喫した青道。

しかし、打順は2番の大野から。

 

 

青道高校の逆襲が、始まる。



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エピソード84

 

 

 

高々と上がった打球を掴み取り、審判からアウトのコールが飛ぶ。

6回の攻撃を最小失点に抑え、赤いランプが3つ全て灯ったことを確認して俺はベンチへと引き上げた。

 

お決まりの掛け声を出そうと口を開き、抑える沢村。

 

 

「ナイスピッチ沢村。やらないのか。」

 

「点取られちゃったんで。乾さんへの初球は痛手でした。」

 

 

走りながら少し俯く沢村。

うーん、正直乾が上手く打った感じしたけどな。

 

コースも少し甘かったが、狙われる球でもなかった。

 

 

「試合自体は作ってくれた。ここまで失点しなかったのはかなり大きいと思うぞ。」

 

「ありがとうございます。でもやっぱ、悔しいっスね。先発任されて、先制点取られるって。」

 

「そうだろ。だから次は、点を取られないように投げる。」

 

 

しかし、それでもいい投球だったと思う。

 

帝東高校といえば堅い守備のイメージだが、打線も4番の乾を中心に繋ぎの打線はかなりの得点力を誇る。

 

 

そんなチームを6回1失点で抑えたことは、正しく沢村が好投手であることの証である。

 

 

 

 

「安心しろ、沢村。」

 

後ろからそう言われ、俺も思わず振り返る。

そこには我らが4番、御幸が立っていた。

 

 

「ちゃんと勝ち投手にしてやるからよ。」

 

「おっ、それかっこいいね。」

 

「るせ。」

 

 

この回得点を取り返すことができれば、勝利投手の権利を得ることができる。

プロ野球ほどの大きな意味は持たないが、それでも気持ちの問題である。

 

 

投手心理というか、点を取った次の守りで失点することは非常に多い。

試合の流れというか、気持ちというか。

 

だからこの回は、ある種大きなチャンスでもある。

 

 

「大野。」

 

 

聞き慣れた、低い声に俺も足を止める。

バッターボックスに向かう俺を、監督が引き止めた。

 

 

「ここまでの打席、意識してきたことを言ってみろ。」

 

「低めは捨てて、できるだけゾーンを高く。甘いコースに狙いを絞って、できるだけ球数を稼ぐ、ですかね。」

 

 

その成果もあってか、今の向井の球数は91球。

6回にしては、かなり多い。

 

そろそろ浮き球も増えてくるはず。

そして何より、失投が出てくるはず。

 

俺がそう言うと、監督は小さく頷いた。

 

 

「追い込まれるまではできるだけ粘ってみろ。アウトになってもいいから、できるだけ向井の球数を稼いでくれ。」

 

「亮さんのように上手くいくかはわかりませんが、やってみます。」

 

 

粘ってみろ、か。

 

 

 

マウンドには、変わらず向井。

疲れている仕草も見せなければ、表情も変わらない。

 

 

初球、ストレート。

これが外角低め少し外れて1ボールとなる。

 

2球目、今度はこれを入れてきた。

ほぼ同じようなボールだったが、ボール半個かそれ以下の変化でゾーンに入れてきた。

 

 

すごい集中力だな。

終盤にきて、少しギアを上げている感じだな。

 

球威もそうだが、本当に完璧に掌握している。

このストライクゾーンと言う「空間」を。

 

 

いいね、むしろコントロールがいい方が狙いやすい。

 

 

3球目、今度は同じコースから少し沈むスクリュー。

このボールになんとかバットが止まる。

 

ぶね、追い込まれてたら手ェ出てた。

 

向井も少し不服そうに表情を歪めたが、すぐに戻った。

おやおや、顔に出てますよ。

 

 

この後半戦、なおかつ雨。

向井としても、不安要素は多いのだろう。

 

できるだけ早く切り抜けたいのはわかるが、こちらも勝たなきゃいけない理由があるからな。

 

 

粘るなんて綺麗なもんじゃない。

できるだけ、食らいついて見せる。

 

 

4球目、外のスライダー。

ストライクゾーンからボールに逃げていく変化球を見逃して3ボール。

 

フォアボールでもいいと思うけど、向井がそう簡単にランナーを出すとは思えない。

 

 

5球目、インハイのストレート。

外から内、このボールに反応できず、フルカウントとなる。

 

ここから。

 

 

6球目、高めのストレート。

少しボール球だったが手が出てしまい、ファール。

 

 

7球目、今度は打って変わってアウトコース。

少しくさいコースだったが、ここはバットを出す。

ここで見逃し三振したら、流石に流れが悪くなるからな。

 

 

 

次はどのボールだ。

逃げるスライダーか、それともスクリューか。

 

ストレートもなくはない。

裏をかいて高めというのもありえる。

 

 

 

狙いは、ストレート。

変化球がきたら、食らいつく。

 

さあ、来い。

 

 

 

8球目、向井から投じられたコースは、やはり低め。

バットを出し始めるが、ボールはこちら側に沈みながら変化していく。

 

 

(スクリュー…!)

 

もうバットは止まらない。

反応しろ、粘れ。

 

下半身全部使って我慢しろ。

 

 

最後に。

 

拾い上げろ!

 

 

「っら!」

 

体制はかなり崩された。

しかし、なんとか右手一本で当てた。

 

あまり強い打球ではないが、超える。

 

 

打球は二塁後方。

ライトの前に落ちるヒットで、繋いだ。

 

 

 

 

一塁上、右手を上げる。

向井が一瞬こちらを見たが、すぐに視線を戻す。

 

 

 

続く小湊は、エンドランを試みるもファーストゴロ。

1アウトランナー二塁のチャンスで。

 

クラッチヒッター、恐怖の4番打者。

御幸一也が、打席にはいる。

 

 

ここまでは唯一まともにヒットを放っているのは、この御幸くらい。

どうやら配球を読むこいつは、制球が良い投手はとことん強いらしい。

 

 

相性としては、かなりいい。

向こうもそれをわかっているのだろう。

 

なんとここで、バッテリーは御幸を敬遠。

空いている一塁を御幸で埋め、次のバッターで勝負することを決断した。

 

 

 

5番は、今日久しぶりにクリーンナップに起用されたゾノ。

そのせいか少し空回りしている気がする。

 

いつもよりスイングが硬い。

 

少し前の、チームバッティングを意識しすぎているスイング。

すこし、鈍い。

表情も固いし、これじゃいいプレーはできない。

 

 

「ゾノー!」

 

塁上、大きな声でゾノを呼ぶ。

振り向いた彼に、俺は上腕で力こぶを作り、左手で触れる。

 

あまり声は掛けられないし。

思い出してくれれば、良い。

 

 

(自分のスイングだぞ。お前のプレーで、お前のスイングで、その結果チームに貢献できればいいんだぞ。)

 

 

できないことを無理にやろうとしても、空回りするだけだ。

監督だって、ゾノの思い切りのいい強い打撃を買って起用しているはず。

 

 

深呼吸をするゾノ。

それを遠目に、俺は祈るようにしてホームを見つめた。

 







細かく描写するとどうしても文字数が嵩んでしまう。
話数増えちゃうんだよなぁ


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エピソード85

 

 

 

 

 

 

(集中するんや…俺が打って、決めるんや。)

 

 

自分の前の打者であり、4番の御幸が敬遠される中。

ネクストバッターズサークルで、前園はバットを握り締めた。

 

 

ここまで、唯一長打を放っている御幸は勿論歩かされる。

 

尚且つ、左打者では打ちにくい左利きのサイドスローのピッチャー。

右打者である自分が、一番確率が高い。

 

 

沢村も、失点こそしてしまったものの、強力な帝東打線相手ここまでよく投げてくれた。

1年生が頑張ってくれた分、こちらで取り返さなくてはいけない。

 

 

先輩として、副キャプテンとして、クリーンナップとして。

 

その重圧が、前園に重く伸し掛る。

 

息を吐く。

身体が、少し強ばっている。

 

分かっていても、無意識に身体が張ってしまう。

 

 

 

打席に入る時。

彼を平常心に戻すべく、二塁上から声が飛ばされた。

 

「ゾノー!」

 

 

男には珍しく、大きな声が発せられる。

その声に思わず、前園は二塁に視線を向けた。

 

 

そこでは何やら、右腕で力瘤を作るジェスチャーをして、左の掌でそこに触れる。

 

 

何が言いたいのか、ゾノには全くわからなかったが、おそらく励ましてくれているのだろう。

それは、なんとなくわかった。

 

 

 

(せや、忘れ取ったわ。)

 

一度バットを両足で挟んで、両肩をグルリと回す。

そして胸を開く動作で広背筋と大胸筋の可動域を広げるように動かす。

 

息を吐き、打席に入った。

 

 

(こいつは安牌でしょ。)

 

(さっきまでとは雰囲気が違う。気をつけろよ、太陽。)

 

 

ここまでは、3打数の無安打。

全てバッテリーが手玉に取る形で、圧倒している。

 

外の球は弱い打球になり、内のボールには詰まっている。

 

 

ここのピンチの場面でも気負って、きっと中途半端なスイングになるはず。

攻め方は相手の反応次第だが、ゲッツーも視野に入れて配給できる。

 

 

初球、外のストレート。

アウトローいっぱいに決まるこのボールを見逃し、1ストライクとなる。

 

 

(ほら、やっぱ反応できてないじゃん。)

 

(確かに外の反応は悪いままだな。これならある程度計算できる。)

 

 

 

バッテリーからのそんな評価をされつつも、前園はお構いなしにスイングをし直した。

 

チームのためにバッティングをするのは勿論だ。

しかし、打てなくては意味がない。

 

 

自分はそこまで器用な打者ではない。

だから、できることに自信を持っていくしかない。

 

まずは、自分のプレーを。

それを貫いていかなければ、いけないのだ。

 

 

 

二塁にいるあの男が、1番歯がゆい思いをしているはずなのだから。

 

チームのために腕を振るい、その末に腕を怪我して今大会は投げられなくなってしまった。

それでも自分ができることはしようと、今はバットでチームの為に戦っている。

 

 

(あいつかて、今の自分ができることを精一杯やっとるんや。俺やって…。)

 

 

息を吐き、バットを構える。

今度は少し、肩の力が抜けている気がした。

 

 

2球目、同じようなコースにきたものの、これは見逃してボール。

 

3球目は外に少し逃げるように変化しながら沈むスクリューで、空振り。

早くもまた、追い込まれた。

 

 

それでも前園は、動じなかった。

自分ができることをする。

 

 

(大体打ち取るビジョンは見えた。)

 

(…ああ。)

 

互いに頷く、バッテリー。

そして乾は、ミットを大きく開いて構えた。

 

 

乾がミットを置いたコースは、インコース高め。

少しボールゾーンになるコースに構えた。

 

 

インコースの見せ球で体を起こして、最後は反応の鈍い外角の変化球で引っ掛けさせてダブルプレー。

もしくは三振で、この回は安泰だと2人は確信していた。

 

 

(このカウントになった時点で、お前は負けてんの。)

 

(できることを、最大限尽くす…!)

 

 

サイドスローから放たれたボールは、狙ったコースと寸分違わず突き進んでいく。

 

インコースのボールゾーン。

普通の打者なら確実にファールになるコース。

 

この見せ球に、前園は思い切りスイングしていった。

 

 

(強く、叩く!)

 

金属の甲高い音。

少し引きつけているものの、腕をたたんで上手く捌いた。

 

 

鋭い打球は、引っ張り方向。

ライナー性の強い当たりはレフト線へと飛んでいく。

 

 

(おいおい、ボールだぞ?)

 

(大丈夫だ、あのコースは打ってもファールにしかならない。)

 

 

マスクを外して打球の行方を追う乾。

打球はライナー性だが、ファールゾーンに切れるかどうかは際どいライン。

 

しかし大野と御幸は、迷わずスタートを切った。

 

 

 

前園は、外を上手く捌いて右方向に飛ばすのは、下手だ。

引き付けて捌く意識があまりイメージできず、弱い打球になってしまう。

 

しかし反対に、インコースを捌く技術に関しては。

 

 

 

チーム随一の、センスがあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鋭い打球は、レフトライン際。

白線の内側、ギリギリで地面と接地した。

 

 

「フェア!」

 

 

塁審のコール。

大野は全速力で三塁を回り、ホームベースを踏む。

 

早めにスタートを切っていた御幸も長打を確信して三塁を蹴る。

そしてクロスプレーの末、御幸もホームへと帰還した。

 

 

「んだらっしゃあ!!」

 

 

塁上で雄叫びを上げる前園。

 

逆転のホームを踏んだ2人もまた、ハイタッチをして二塁上の前園に拳を向けた。

 

 

 

 

2-1。

ここまで全く当たりのなかった前園が、逆転のタイムリーツーベースヒット。

 

それに合わせたかのように、雨が少し弱くなってきた。

 

 

 

 

 

この後白州と降谷を三振で抑え、向井も後続を断つピッチングを見せる。

 

しかし、1点差とはいえ終盤。

実質エース格である降谷を温存しているだけに、この逆転の意味は大きい。

 

 

「沢村。」

 

「まだ行けます!」

 

 

青道高校ベンチ。

監督である片岡が声を掛けると、沢村も間髪入れずに返す。

 

 

「…ここまでよく投げたな。お前のピッチングのおかげで勝ちの糸口を掴めたと言っても過言では無い。」

 

「じゃあ…」

 

「ここからは、降谷にスイッチする。お前もここまで全力で投げきったんだ、ここから先は後ろの投手に任せてくれ。」

 

 

片岡がそう言い切る。

それでも沢村は食い下がろうとして、やめた。

 

ここまで全力で、繋ぐために投げてきた。

チームの勝ちに拘って行かなければいけない以上、継投するのは仕方ない。

 

 

自身が投げきるにはまだ、力が足りない。

遠回しだが、沢村にはそう言われているように感じ取れた。

 

 

(あの人に届くには、まだ遠いってことか。)

 

 

大一番で任され、最後まで投げ切ることがどれだけハードルの高いことか、改めて再認識する。

 

そしてそれを任される「エース」という存在が遠いことも。

 

 

「…わかりました。」

 

 

まだ遠い。

悔しいが、それは事実なのだ。

 

だからこそやり甲斐がある。

自分が目指しているエースという存在は、それ程までに価値のあるものなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

この回から、青道高校は降谷の交代。

前回の試合で強打の成孔学園を圧倒した剛腕が、今日も帝東の前に立ち塞がる。

 

登板した7回は、下位打線を三者連続三振で切り捨てる。

 

自慢の豪速球は唸りを上げ、この日も最速150km/h。

そしてフォークボールも低めに決まり、帝東打線も殆どお手上げ状態であった。

 

 

 

続く8回も、先頭に対してフォアボールを出してしまうも、その後はセカンド小湊と倉持のファインプレーでゲッツー。

 

最後も、降谷に変わってレフトに入った麻生がしっかり打球を掴み取ってレフトフライ。

 

 

2回を完璧に抑え、自慢の剛腕をアピールした。

 

 

 

最後の回は、川上。

ランナーこそ出したものの、最後は二三塁から得意のスライダーでサードゴロに抑えゲームセット。

 

甲子園ベスト16との熾烈な投手戦を制し、青道高校が3回戦へと駒を進めた。

 

 

 

 

 



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エピソード86

 

 

帝東高校との試合を2-1と接戦の末に勝利した俺たち青道高校。

 

初戦、2回戦と強豪続きで疲労は出てきたものの、次の試合が一つターニングポイントとなる。

 

 

なぜなら。

3回戦目の相手は、夏に敗れた、因縁の稲城実業高校なのだから。

 

今頃彼らも試合を終えているだろう。

もしくはそうだな、コールドで一足早く終わってるかも?

 

 

「向こうはもう終わったかな」

 

「んー、今白州がナベに電話してる。」

 

 

因みに夏の大会同様、ナベが偵察と分析を行ってくれている。

 

 

「にしてもゾノ、ナイス引っ張り。」

 

「ほんまええ感触やったわ!それにあの向井の表情、ほんまスカッとしたで!」

 

 

あぁ、わかる。

俺はピッチャーだから逆の立場だけど、自分が苦労して相手を越えた時は本当に気持ちが良い。

 

何より、負けず嫌いのあの悔しそうな顔が、特に。

 

どっかの誰かさんに、似ているからな。

 

 

 

(あいつ、もっと凄くなってんだろうな。)

 

 

因縁の相手は、きっとあの時よりも成長している。

できれば一緒に投げ合いたかったけど。

 

今は勝って、片岡監督と次の夏も一緒に戦うことを目標に。

それだけを、目指して。

 

 

ゾノと軽く会話を交わしていると、白州の方もナベと繋がったみたいだ。

 

「お疲れ様、取り敢えず勝てたよ。そっちはどう?」

 

 

電話口で話す白州。

向こうが何を言っているかは分からないが、まあ多分結果報告かな。

 

そんな事を思いながら見ていると、明らかに白州の表情が歪む。

 

 

どうしたんだろう。

なんかあったのかな。

 

「あぁ、ありがとう。そしたら俺たちも帰るから。うん、気をつけて。」

 

 

電話を切る白州の表情は、少し暗い。

というよりは、疑念を持ったような表情であった。

 

 

「どうした。まさか稲実が負けたとか?」

 

 

冗談でそう言うと、白州はふぅっと息を吐いて。

 

ゆっくりと、頷いた。

 

 

「え?嘘でしょ?」

 

 

少し冷たい風が、吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほどな。

対戦相手は、鵜久森高校。

 

東東京地区の無名校で、到底稲実に勝てるようなチームとは思えない。

 

 

2-1か。

確かにロースコアゲームだ。

 

あの稲実打線を初回の1失点で抑えたのも凄いし、成宮から2点も取ったことも。

 

 

 

試合の流れとしては、そうだな。

 

初回に稲実の速攻で先制点を上げ、1-0の所からスタート。

そこからは、鵜久森も粘りながら追加点を許さない展開。

 

対する稲実先発の平野。

スライダーとカーブを低めに集めてゴロを打たせるこの投手が好投し、途中まで失点を許さない。

 

 

特に鵜久森の打者たちは、かなり積極的に振ってくる。

その為、平野自体も球数を抑えて投げていた。

 

しかし、7回の裏。

先頭打者のセンター近藤がヒットで出塁すると、すかさず二塁へ盗塁。

 

 

続く大西はスライダーでファーストゴロに抑える。

 

この間にランナーは二塁から三塁へ進塁。

1アウトランナー三塁のチャンスで、クリーンナップへ。

 

 

 

3番の丸山がフォアボールを奪い、迎えるバッターは4番。

 

背番号1、エースの梅宮。

この男こそが、今日の試合の主役と言っても過言では無い。

 

 

 

対する稲実は、ここで投手交代。

捕まり始めた平野に替わり、温存していたエースの成宮が向かう。

 

初戦では、参考記録ながら5回を投げてパーフェクトピッチ。

状態としては、かなりいいと思う。

 

 

投打の要である、エースの梅宮。

対してマウンドに上がったのは、甲子園準優勝のエース。

 

この2人の対決で、勝負は決まった。

 

 

 

先手を打ったのは、成宮。

初球、低めのフォークを空振り。

 

 

2球目は、内のストレート。

緊急登板にも関わらず、147km/hの力のある速球で梅宮に対して力で押していく。

 

このボールは梅宮もバットに当てたものの、前に飛ばずファール。

 

 

追い込んだのは、稲実バッテリー。

 

続く3球目は、インコースのスライダー。

ストライクからボールになるこのボールに梅宮は反応し、粘った。

 

 

4球目、ストレート。

外角低め、ボール少し外れている。

 

しかし梅宮はこれを強振。

痛烈な当たりだが、これは一塁線切れてファールとなる。

 

 

 

梅宮は、確実にストレート狙いだろう。

あの感じだとフォーク、若しくはチェンジアップなら三振を奪える。

 

少なくとも、ヒットになることはない。

 

 

勝負の5球目。

首を振った成宮。

 

バッテリーが…というより、彼が選んだボールは。

 

 

ストレートだった。

 

 

 

 

 

案の定、速球狙いだった梅宮は低めのこの直球をフルスイング。

快音とともに、場内の観客は湧き上がった。

 

 

高く上がった打球はライトの頭を越え、長打コース。

ライトが処理を若干もたついた隙をつき、一塁ランナーの丸山も三塁を蹴る。

 

丸山とキャッチャー多田野のクロスプレーになるが、多田野がボールを零しセーフ。

 

瞬足のランナー2人が生還し、三塁上で梅宮が大きく右腕を突き上げた。

 

 

これが決勝点となり、最後まで追加点を奪えなかった稲実は、2回戦で敗退となってしまう。

 

という訳で、俺たちの次の対戦相手は、鵜久森高校に決定した。

 

 

 

にしても。

 

 

「成宮さんが打たれるなんて。」

 

 

沢村がそう言うと、御幸は溜め息を吐いた。

まあ、何となく俺も共感してしまうがな。

 

 

「どう見たって、梅宮はストレート狙いだったからな。首を振ってまでに投げる必要は、ない。」

 

腕を組み、目を瞑りながら御幸が答える。

 

 

少し間を置いて、俺も答えた。

 

 

「鳴が首を振った時点で、バッテリーは破綻していたな。」

 

恐らくあの捕手は、変化球を要求していた。

ボールになろうがカウントは有利なままだし、投球の幅も広げられたはずだ。

 

その上で、成宮は首を振った。

 

真っ直ぐでねじ伏せることができるとおもっていたのか。

 

 

引っ張らなくてはいけない立場である成宮が自分勝手にうごいてしまえば、ああなるのは当然だ。

 

 

キャッチャーの多田野が成宮に一声かけに行くことができたらもう少し結果も変わったのであろうが。

 

 

成宮がどう思っているかはわからないが、それ以上に多田野はチームの勝利を考えていたと思う。

 

 

「悪いが、今のあいつを俺はエースとは言えないな。」

 

 

 

とはいえ、だ。

 

 

「今は、成宮の話をしている場合じゃないだろ。な、白州。」

 

「そうだな。次の対戦相手が変わった以上、いつまでも稲実の話をしている暇もないぞ。」

 

 

予想外とはいえ、これがトーナメントだ。

勝ったチーム同士が対決するのだ。

 

「寧ろ好都合だな。稲実を倒した鵜久森の勢いそのままもらっていこーぜ。」

 

 

御幸がそういうと、チームのメンバーも頷いた。

 

 

 

リベンジはいったんお預け。

次の鵜久森、必ず勝つぞ。

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード87




前回の続きです。







 

 

 

「けど、この梅宮もいい選手だね。」

 

MAX138km/hのストレートに、100km/hに満たないスローカーブを上手に制球して試合を組み立てる。

 

 

リーゼント頭に切れ長の鋭い目付きに似合わず、コントロールが良い。

 

稲実との試合で出したフォアボールも試合を通じて2つ。

それも主砲の山岡をやむを得ず出したものと、もう1つだけ。

 

基本的にはゾーンで勝負してくる。

 

 

 

そして、何より稲実のド肝を抜いたのは。

 

「この…縦スラかな?」

 

「っぽいな。」

 

試合終盤から使い始めた、この縦変化。

カーブよりも鋭く、滑るようにして落ちる。

 

ビデオで見る感じだと、縦スラっぽい。

 

 

稲実との試合の秘密兵器として出したのだろう。

これも混ざるとなると、結構厄介な感じがするな。

 

ストレートと近い軌道で沈む変化球と、ストレートと球速差の大きい変化球。

んでもって、そこそこコントロールも良い。

 

 

 

 

またこの鵜久森、攻撃も中々厄介。

 

4番の梅宮を中心に、ガンガンスイングしてくる。

特にクリーンナップはかなり積極的に強振してくる為、長打も多い。

 

 

逆に1番、2番に関しては、足で掻き回すタイプ。

内野安打や四死球で出すと塁上でもかなり動いてくる為、投手は神経を使うはずだ。

 

 

 

似ているチームとしてはそうだな、薬師が近いかな。

積極的で強気なプレーで流れを引き寄せ、勢いそのまま自分たちのペースで試合展開していく。

 

しかしまあ、薬師よりも丸いかな。

あそこは全員が一発狙ってるわけだし。

 

鵜久森は、割とそれぞれが役割を全うしてる感じもあるからな。

 

 

 

鵜久森を相手にする上で最も意識しなければいけないのは、梅宮にいい場面で回さないこと。

 

ピンチの場面は勿論だが、特に気をつけなければいけないのは、接戦の場合。

 

一打同点、もしくは逆転の場面では確実に回してはいけない。

それほどまでに、勝負強いバッターである。

 

 

良くも悪くも、鵜久森というチームは梅宮を中心に動いていく。

梅宮を止められるかどうかで、決まると言っても過言では無い。

 

 

「明日の先発は降谷。沢村と川上、東条も準備しておいてくれ。あまり長いイニングを投げさせるつもりはないから、各々しっかりと準備しておくように。」

 

「「「はい」」」「イエスボス!」

 

 

英断だ、稲実を倒した勢いもあるだけに、やはり出し惜しみはしていられない。

 

 

野手先発は、初戦と殆ど同じ。

で、打順が少し弄られている。

 

 

先頭打者に指名されたのは、なんと小湊。

 

走力で言えば倉持が群をぬけている訳だが、彼の打撃低迷もある為、今大会チームトップの打率を誇る小湊がリードオフマンとして起用される。

 

 

 

1番 二 小湊

2番 中 大野

3番 右 白州

4番 捕 御幸

5番 一 前園

6番 投 降谷

7番 三 金丸

8番 左 麻生

9番 遊 倉持

 

倉持は思い切って9番へ。

下位打線から上位打線にチャンスを作るために、敢えて。

 

 

今回の布陣は、こんな感じ。

今日の帝東戦も厳しい戦いだっただけに、試合展開によっては明日もかなり心臓に悪い試合になりそうだな。

 

 

ミーティングを終えた俺は、最終確認として御幸と一緒に室内練習場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 鵜久森

 

 

甲子園準優勝高校である稲実との熱戦を終えた鵜久森は、軽めの確認を終えてロッカールームで談笑していた。

 

 

「やべー、ほんとに稲実に勝っちまったよ!」

 

「梅ちゃんほんと、最高だって!」

 

 

無論、梅ちゃんと言うのは今日の試合で投打に渡って大活躍をした梅宮のことである。

 

内容と言えば、その稲実に勝利したことで持ち越しであった。

 

 

「おう!自分で言うのもあれだけど、あん時が一番盛り上がったよな!ほんと、あの強えボールも打った瞬間は最高に気持ち良かったぜ!」

 

そうして、振り返るようにスイングをする。

梅宮のその姿にナインは笑い、盛り上がった。

 

すると、パンパンと手を叩く音と共に、1人の青年が口を開いた。

 

 

「ほら、梅宮もさっさと上がれよ。今日も完投して疲れ溜まってんだから、明日の為にさっさと休むこと。」

 

「わーってるよ、南朋。」

 

南朋と呼ばれた車椅子の青年がゼリー飲料を投げ渡すと、梅宮は笑って肩を回した。

 

 

「にしても、トーナメント鬼すぎね?」

 

「稲実倒しても青道だろ?じゃなかったとしても帝東って、甲子園レベルの相手と2連戦確定かよ。」

 

 

トーナメントの性質上、強豪と続けて当たることもあるのだが、それにしても酷い気がする。

松原も心の中ではそう思いながらも、飲み込んだ。

 

 

「打線は稲実ほどじゃないし、気をつけなきゃいけないのはクリーンナップぐらい。打率の高い小湊と白州、4番の御幸の3人を抑えれば、何とかなるはずだ。」

 

 

青道はどちらかというと、大量得点というよりは少ない点で粘り勝つチーム。

接戦になれば、まだ希望はある。

 

 

あとは、相手の投手陣。

ここまで先発している降谷と沢村、そして後ろを投げる東条と川上と質の高い全くタイプも違う投手が4人。

 

そして、今大会まだ登板がないエースの大野。

ここまでセンターとして試合出場はあるのだが、まだ登板はない。

 

 

「沢村は多分、先発ないね。今日もそこそこ長いイニング投げてるし、相性と実力も考えて降谷が先発だろうね。」

 

 

降谷が先発ならば、ある程度対策は取れる。

 

 

降谷の空振り率の高さの理由は、そのストレートの勢いから来るもの。

 

勢いに思わず手が出てしまい、高めのボールゾーンで勝負されてしまい空振りというのが、一番多いパターンであり降谷が勢いに乗るパターン。

 

 

敢えて、高めのストレートは捨てる。

ストレートを軸にする投手だけに、これが決まらなければリズムに乗れないはず。

 

あわよくば、勝手に崩れてくれれば。

 

(そう上手くいかないだろうけど。)

 

思い切って低めのみを狙って見た方が、当たるかもしれない。

ある程度希望的観測にはなってしまうが、絶好調じゃなければ何とかなる。

 

 

 

できれば、4~5点は欲しい。

梅宮も連投というのもあって、自覚はなくとも明日は今日より苦労する。

 

稲実に続けて、都大会準優勝の青道。

彼にとっても、精神的な疲労が必ず出てくる。

 

 

それに、稲実とは違い一度観られている青道。

初見では何とか抑えることができた、しかし手札を見られてしまった次の試合は一筋縄では行かないだろう。

 

対応力のある強豪校なら、途中で攻略されかねない。

 

 

 

余裕を持って得点を取れなければ、負ける。

それくらい、強豪チームの得点力というのは注意しなくてはいけない。

 

「とにかく、先制点だ。降谷は高めを捨てて、逆に低めを叩く。成宮のようにコントロールのいい投手じゃないから、甘いコースにも来るよ。」

 

「問題は、あのエースだよな。」

 

梅宮が呼ぶエースとは、青道の背番号1。

今大会はまだ登板ない、大野夏輝のことである。

 

 

針の穴を通すと称しても過言では無い、高い制球力。

 

それに加えて、加速するようなフォーシームと大きく沈むツーシーム。

落差のあるカーブと、完成度がかなり高い。

 

 

何より、その闘志。

夏の大会では、プロ注目の原田有する稲実に対して10回まで無失点、17奪三振という圧倒的な投球を見せていた。

 

 

「正直、あいつが出てきたら手がつけらんねえぞ。」

 

 

梅宮がそう言うと、松原は手元のノートを閉じた。

 

「彼は登板しない。怪我か理由はわからないけど、投げないだろうね。」

 

青道高校は、初戦でほぼ必ずエースを投げさせる。

大事な試合だという認識と、初戦を勝つ難しさを知っているから。

 

 

それにここまで全く投げていない。

 

予選も合わせると5試合。

全く投げずに温存とは、流石に考えられまい。

 

 

「大野の心配はしなくていい。降谷を打ち崩せば、相手は確実に投壊する。」

 

 

そう言って、松原は笑った。

 



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エピソード88




前回投稿時間間違えましたわ。


 

 

 

 

 

鵜久森との試合が始まって、少し時間が経った頃。

初回の守りについている俺たちナインを待ち受けていたのは、降谷の大乱調であった。

 

 

先頭の近藤にフォアボールで出塁を許すと、大西にヒットを打たれた。

 

丸山を何とかライトフライに抑えたものの、迎えたバッターは4番の梅宮。

 

 

ピンチで迎えたくないバッターNO.1。

このチームで一番打たれてはいけない打者。

 

結果は、真ん中高めを思い切り引っ張られて3ランホームラン。

 

 

スコアボードに刻み込まれた「3」という数字を見て、俺は溜め息をついた。

 

「どーすんのよ、これ。」

 

「俺に言われてもな。」

 

俺が零すように呟くと、横にいた白州も顔を背けた。

 

 

 

 

これだよなぁ、降谷の難しい所は。

 

 

絶好調の時は、相手は全く手が付けられないほどに打者を圧倒する。

 

しかし絶不調の時は、こちらからは全く手が付けられないほどに乱れて自滅する。

 

 

捕手の手でもどうにも出来ないから、直しようがない。

 

 

 

この後何とか後続を断ち、3失点に抑える。

幸いなことにフォークはある程度落ちてるから、それで何とか三振が取れていた。

 

 

「成宮もストレート勝負でやられてたし、梅宮にはそういう能力でもあんの?」

 

「んな訳あるか。」

 

 

御幸からツッコミを受け、それを流す。

まあ、取られてしまったものは仕方ない。

 

俺たちが点を取り返してやれば、負けることはないからな。

 

 

ということで、裏の俺たちの攻撃。

先頭打者は、初のリードオフマン起用の小湊。

 

 

「やることはいつもと変わらない。初球から狙っていけ。」

 

監督がそう言うと、小湊も頷く。

右手で木製のバットを握り締めながら、打席へと向かっていった。

 

 

倉持が足で掻き回すリードオフマンだとすれば、小湊に期待するのはヒットによる出塁。

出塁率の高いミート力を生かして、ランナーを置いたケースを増やすことが目的だ。

 

何より、ランナーが出れば初回から4番に回せる。

先発からしたら、嫌だと思う。

 

 

相手は、コントロールのいい投手。

尚且つ、強気に攻めることができるメンタルもある。

 

 

(甘いコースは来ない。だから、思い切っていけ。)

 

 

そう思いながらネクストで待っていると、その初球。

 

木製バット特有の小気味良い音が、鳴り響いた。

 

 

強い打球は、センター前へ。

初球の甘いボールを、完璧に弾き返した。

 

 

「いらない心配だったか。」

 

 

そもそも、気負うようなタマじゃないか。

普段はおとなしいが、打席にはいると本当にボールのことしか見てないからな。

 

塁上、赤面しながら右手を突き上げる小湊。

それを見て、なんとなくホッとする。

 

いつも通りだね、なんか安心した。

 

 

 

 

さて、じゃあ俺の打席だな。

 

できればランナーを進める、か。

元々バントは得意じゃないし、方法としてはヒットで繋ぐのが俺の役目なんだ。

 

 

コントロールが良くて、ストレートとカーブが持ち球。

縦のスライダーは、とりあえず無視だな。

 

集中、ストレートに狙いを澄まして。

カーブは粘って、弾き返す。

 

 

初球、低めのストレートが高めに外れているものの、手が出てしまいファール。

 

焦りすぎたか。

珍しく、がっつきすぎた。

 

 

2球目、カーブ。

かなり、遅い。

 

上手く合わせたものの、これが一塁線切れてファール。

 

 

うーん、これは打っても長打になりにくそう。

やっぱりストレートを弾き返すのが1番かな。

 

 

難しいことは考えるな。

シンプルに、来た球に反応する。

 

集中、集中。

 

 

来た球は、速球。

外のボールに対して俺は、思い切り弾き返した。

 

 

あまり強くない当たりだが、これがサード後方に落ちてヒットとなる。

 

 

(コース、良くなかったな。)

 

やっぱり、昨日からの連投が影響している。

そんなことを考えながら、俺は一塁上でレガースを外した。

 

 

「ナイスバッチ。いい流し打ち。」

 

「サンキュ。詰まっただけだよ。」

 

 

ランナーコーチの木嶋と軽く話して、外したレガースを手渡した。

 

 

 

 

さあ、立ち上がりの不安定なこの状態で、できるだけ多く得点を取りたい。

ここから先は。

 

打撃のプロが、並ぶのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後白州がフォアボールで出塁すると、満塁のチャンスで4番の御幸。

 

ランナーが貯まれば貯まるほど、得点圏に進むほど打力が上がる不思議なバッター。

つまり今の御幸は、最強だ。

 

 

カウント3−1。

ストライクゾーン内で変化した早い変化球を、御幸は弾き返した。

 

 

打球はライト後方。

強い打球はライトとセンターの横を抜けていき、一塁ランナーの小湊と二塁ランナーの俺がホームに帰る。

 

4番の御幸の2点タイムリーツーベースで、得点差を一点まで詰めた。

 

 

 

なおもチャンスの場面で、打席には昨日逆転のタイムリーを放ったゾノ。

 

この男もインコースのボール球をうまく捌き、これもまた長打となる。

またもランナーが2人帰り、逆転に成功。

 

 

この後金丸のタイムリーを含む打者一巡の攻撃で、初回からいきなり6得点と大躍進。

降谷もなんとか立て直し、2回以降失点を許さずに抑えていく。

 

得点圏に何度もランナーを置いたものの、決定打を許さない。

 

 

しかし、反対に。

 

初回から6失点を喫した梅宮もまた、これ以上の得点を許さない。

 

 

普通の投手なら崩れてもおかしくないのだが、ここまで立ち直るとは。

少し、異常な気もするくらいだ。

 

激動の初回以降は、静かな展開が続く3回戦目。

 

 

3−6で迎えた5回の表。

試合が、動き始める。

 

 

 

 



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エピソード89

 

 

 

 

 

「嫌な感じだよな、この空気感。」

 

ベンチ内で俺がそう言うと、御幸も防具を付けながら答えた。

 

「ああ。こっちがリードしてるのに、向こうペースで進んでる。」

 

 

ピンチを背負いながらも、何とか抑える降谷。

元々調子が悪いだけに、中々リズムを作れない。

 

 

 

こういう時に、一点でも返せれば、ある程度リズムにも乗れる。

のだが、梅宮の調子が上向きになりつつあり、こちらも中々攻めあぐねている状態であった。

 

 

 

何点失点しても、折れない。

この梅宮が作る空気感が、会場さえも味方につけ始めていた。

 

 

 

それはそうだろう。

観客は、面白い試合が見たいのだから。

 

無名の高校が強豪校を喰らう姿を。

所謂、ジャイアントキリングを期待している。

 

 

少し鵜久森に傾いた空気感。

それを、鼻先でツンと感じた。

 

 

 

 

5回の表、鵜久森の攻撃。

 

打者は先頭に還り、1番の近藤が打席にはいる。

 

 

足が早い、内野安打が多い。

そして、粘り強い。

 

稲実との試合でも、3つの四死球を選んでいた。

 

 

盗塁もそうだが、塁上での揺さぶりがいやらしい。

できればランナーで出したくないバッターだ。

 

 

この回も、降谷が続投。

ピンチになり次第、ノリにスイッチする。

 

 

しかし、中々制球が定まらない。

この近藤に対して、フルカウントからストレートが抜けてしまいフォアボール。

 

 

疲労も溜まってきたか、さすがにそろそろ交代か。

そう思った矢先。

 

自分はまだ投げられると言わんばかりに、降谷が最後のギアを上げる。

 

 

大西に対してはストレートで空振りの三振。

3球で料理をすると、続く丸山。

 

この丸山に対してもストレートで押していく。

が、ライト前に落ちるポテンヒットでランナーを許してしまう。

 

 

 

ここで待ち受けているのは、この試合3打点の梅宮。

この選手に撃たれたら、間違いなく試合の主導権を渡すことになる。

 

(このバッターだぞ、降谷。)

 

 

さっきは、甘くなったストレートが弾き返された。

 

真っ直ぐにめっぽう強い梅宮。

しかしフォークに対しては、やはり反応が鈍い。

 

 

とにかく、低めの変化球勝負。

最悪歩かせてもいい、くらいが丁度いい。

 

 

 

初球、ストレート。

低めをいきなり振りにくるものの、これは前に飛ばずファール。

 

2球目は、フォーク。

真ん中からゾーン内に変化したボールだったが、これに梅宮は空振り。

 

 

やはり、ストレート狙いか。

 

今度は外のボール球。

大きく外れて、ボール。

 

 

4球目、同じようにこれも大きく外れてボール。

これで並行カウント、2−2。

 

 

次のボールは、高めのストレート。

ボール球だが梅宮もこれに反応する。

 

146キロのボールを打ち返したものの、これは三塁線切れてファール。

 

 

このスピードに降り遅れない、さすがの反応速度だ。

 

だけど、このボールに目がいけば。

決め球であるフォークには、当たらない。

 

 

 

 

バッテリーの選んだラストボール。

おそらく、フォークボールだろう。

 

投じた6球目。

 

 

 

ストレートと同じような軌道から、ボールはストンと手元で落ちる。

さっきのストレーとに合わせて仕舞えば、手が出てしまう。

 

しかし。

 

 

俺の、耳に入ったのは。

というか、俺たちの耳に入ったのは。

 

紛れもない、快音であった。

 

 

鋭い打球は俺の頭をこえ、センターオーバーのツーベースヒットとなる。

二塁ランナーの近藤はホームへ。

 

一塁ランナーの丸山は三塁ストップ。

これで得点差は、2点と縮まる。

 

 

打席には、前の打席でレフト前ヒットを放っている犬伏。

引っ張りに強い打球を放てる。

 

 

ここで降谷は交代。

疲労の面もそうだが、やはりストレートに強いチームだけに、相性もあまり良くなかったか。

 

まあ、一番は降谷が絶不調だからなんだろうけど。

 

 

 

代わりに投げるのは、2年のノリ。

ランナー二三塁で、一打同点の場面で、火消しのマウンドへと上がる。

 

 

 

右対右で、なんとか後続を経ちたいところ。

 

初球は、低めのスライダー。

犬伏も初球を見逃し、1ストライク。

 

 

続く2球目。

同じようなボールで空振りをとると、早くも追い込むことに成功する。

 

 

最後は外に逃げるスライダー。

さっきと同じようなボールで攻める。

 

 

しかし、犬伏もこれに喰らいつく。

そして、打球を上げた。

 

高く上がった打球は、セカンド後方。

 

 

センターの俺も前進するが。

これは、間に合わない…!

 

 

 

この打球もセカンドの小湊とセンターの俺の間に落ちて、ヒット。

三塁ランナーがホームに帰り、一点差にまで縮められた。

 

 

 

さらに、続くバッターの西。

ここでランナーである犬伏が走る。

 

西もエンドランを強行。

スライダーをなんとかバットに当て、進塁成功。

 

 

弱い打球はセカンドゴロ。

しかしこの打球がイレギュラーバウンド。

 

小湊が打球を弾いている間にランナーの西も、一塁を駆け抜ける。

 

 

相手にとってはラッキーな。

こちらにとってはアンラッキーな内野安打で、梅宮もホームへ。

 

 

あれよあれよという間に、同点に追いつかれてしまう。

 

 

 

 

 

ここまで鵜久森のバッターは、高めのボールに全く手が出ていない。

というよりは、意図的に出していないのか。

 

逆に低めを拾ってのポテンヒットが多い気がする。

 

 

狙っているのか?

俺もマウンドで見ているわけじゃないからわかんないけど。

 

 

 

この後ノリは7番の有明を三振。

続く最後のバッターもサードフライに抑え、なんとか同点で切り抜けた。

 

 

 

 

 

「やべーな、この雰囲気。」

 

 

同点に追いついてから、鵜久森のベンチが。

そして、観客が明らかに盛り上がっている。

 

寧ろ2つのアウトをしっかりとったノリには感謝だ。

 

 

「流れを、なんとか断ち切りたいよな。」

 

 

攻撃で一気に突き放すことができれば、可能だろう。

しかし今調子が上向いている梅宮から、中々連打も見込めない。

 

 

 

この回もクリーンナップが、三者凡退。

センターの好守もあり、さらに鵜久森のベンチが盛り上がる。

 

嫌な空気が、さらに増す。

 

 

 

 

6回の表。

ついに、鵜久森に逆転を許してしまう。

 

 

連打を浴びて、6−8。

会場のボルテージは最高潮。

 

会場の誰しもが、大物喰らいを、確信していた。

 

 

空気は、こちらからしたら最悪。

鵜久森が強豪を喰らうところだけを、期待されている。

 

 

「完全にヒールだな。」

 

「…だな。」

 

 

倉持と白州がそんな会話をしている。

確かに、会場から聞こえる声は、鵜久森を応援するものばかり。

 

そして、俺たちを蔑むものも、ちょっとだけ。

 

 

 

少し、ムカついた。

この試合の主人公は、別に鵜久森じゃない。

 

俺たちが悪役でもなければ、鵜久森が正義でもない。

 

 

 

「御幸。」

 

「なんだよ。」

 

防具を外している彼に、声をかける。

そして俺は、念のためバッグに忍ばせていたものを取り出し。

 

御幸に、キャッチャーミットを投げつけた。

 

 

「お前、無茶す…」

 

「いくぞ。」

 

 

そうして、俺はベンチから足速に出る。

 

左手に、この秋初めて使うグローブを嵌めて。

 

 

「監督、少し我儘を許してください。」

 

 

監督は少し間を置き、ため息をついてから答えた。

 

 

「練習でも投げられるようになったのだろう?自分のことは、自分が一番良くわかっているはずだ。」

 

 

監督に言われ、俺は小さく頷く。

そうして、俺はブルペンへと向かっていった。

 

 

 

 



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エピソード90

 

 

 

 

 

「おい、南朋。」

 

「あぁ、動いてきたね。」

 

 

ブルペンでキャッチボールを始めた「背番号1」。

その姿に、鵜久森の核である2人は息を飲んだ。

 

表情こそ崩していないものの、2人に少なからず動揺が走る。

 

 

ここまで、怪我の影響で投げていなかった大野。

勿論その事実を鵜久森サイドは知らないわけだが、少なくとも何らかの影響があって投げられないと確信していた。

 

そんな彼が、投球準備をしている。

甲子園を準優勝した稲実を、完璧に押さえ込んでいた。

 

 

鵜久森との試合のときのように、繋がりのない打線ではない。

 

チームとして完成していた、紛うことなき最強のチームを相手に、真っ向から立ち向かっていたあの無双のエース。

 

 

大野夏輝が投げると、青道ベンチが沸き立つ。

彼がエースたる所以は、そこにあった。

 

実力で言えば、降谷や沢村もかなり上がってきたのだろう。

 

 

しかし大野という存在がマウンドに上がるだけで、チームに勢いがつく。

投げれば、捩じ伏せて相手の心を折る。

 

チームを勝たせる、故にエースなのだ。

 

 

(大野が上がるってなると、かなり厳しいね。)

 

 

タイミング的には、抑えとして出てくるか。

そうなると、9回の攻撃はかなり厳しくなる。

 

 

そして、何より。

大野が後ろにいることに対して、他の投手への安心感にも繋がるはずだ。

 

 

だとしたら、なぜここまで登板しなかった?

怪我という線が一番有力だと思ったが、本当に温存していたのか?

 

もしかしたら怪我が治って、今日から復帰登板するつもりなのか?

 

 

少なからず、松原の脳内に迷いが生じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鵜久森ベンチがざわつく中、ブルペンにやってきた大野に対して、沢村が声を張り上げた。

 

 

「なっさん!なぜこんなところに!?」

 

 

ブルペンには、沢村と東条。

次の回から登板予定の東条と、なぜかブルペンにいる沢村である。

 

「予定が変わった。」

 

「肘は、大丈夫なんですか?」

 

「いいわけねーだろ。牽制みてーなもんだよ。」

 

御幸がそう訂正し、大野に白球を手渡す。

 

 

 

「無理すんなよ。」

 

「わかっている。」

 

間髪入れずに、返答する。

そして、2人はキャッチボールを始めた。

 

無論、大野の肘の怪我は完治していない。

投球練習自体は自主練でも少しずつおこなっているため、投げること自体は特段問題なく行えるのだが、流石に実戦登板はまだ無理だ。

 

しかし、そんなことは青道高校の中で浸透しているだけであって、他校が知る由もない。

 

 

故に、牽制にはなる。

 

相手には、「まだエースが残っている」という印象がつく。

そしてそれは、確実にプレッシャーになる。

 

 

「軽くでいいからな。準備をしている仕草だけで十分だ。」

 

 

無言で大野が頷き、軽く腕を振り始める。

あくまでキャッチボールをしているだけだが、それでいい。

 

 

それで、いいのだが。

 

「おい、夏輝。」

 

徐々に、力を入れ始める大野。

まるで本当に、登板準備をしているようなそんな姿に、御幸が釘を刺す。

 

 

「安心しろ、自分のことは自分が一番よくわかっている。」

 

 

投げられないことくらい。

そこまでは言わなかったが、大野の表情を見て御幸も理解した。

 

 

 

 

 

大野の投球練習の影響が出ていたのは、鵜久森だけではない。

その影響は、味方の青道高校の攻撃陣にも。

 

 

「大野のやつ、投げるのか?」

 

降板した降谷の代打で準備をする山口が疑念の言葉を投げかける。

すると、金丸が訂正するようにそれを否定した。

 

「まだ大野先輩は投げられる状態じゃないっすよ。」

 

同じ部屋だからこそ、わかる。

全開じゃないのに投げることがないことも、それほど無責任な投手ではないことも。

 

 

「俺たちに発破かけてんだよ。あいつは。」

 

 

少し間を空けて、倉持がそう言った。

 

大野はまだ、投げられない。

しかしいざとなれば、無理にでも投げるぞという心意気。

 

たとえ自分の身体が壊れようと、勝つという意志が。

 

 

続けて、白州も言った。

 

 

「挑戦的な鵜久森に、俺たちは無意識に受け身になっていたのかもな。」

 

 

だからこそ、つけ込まれた。

それを弾きかえすには、こちらも全力で迎え撃つ。

 

いや、向かっていかなければいけないのだ。

 

 

だからお前たちも、闘えと。

全身全霊をかけて、闘えと。

 

 

「俺たちは、王者なんかじゃない。」

 

力も足りなければ、課題だらけ。

何より、エースも不在。

 

だからこそ、チャレンジャーなのだ。

 

「喰らいつこう、泥臭く行こう。何としてでも、逆転するぞ!」

 

 

珍しく声を上げた白州に、ナインも自然と口角が上がる。

そして、山口が打席に向かっていった。

 

 

(レギュラーがあんだけ体張ってんだ。)

 

一度、ブルペンで準備をする大野に目を向ける山口。

そして、雄叫びを上げた。

 

(控えの俺が泥臭くやんなくて、どうすんだよ!)

 

 

「っしゃあ、いくぞオラア!」

 

 

その闘志は、梅宮にも伝わってくる。

 

 

(何だこいつら、急に雰囲気変わりやがった。)

 

そして、笑った。

 

こういう真っ向勝負が、したいのだ。

強気で、己の魂をぶつけ合うような勝負を。

 

 

(何が何でも弾きかえす!)

 

(やれるもんなら、やってみやがれよ!)

 

 

互いの闘志をぶつけ合った、真っ向勝負。

 

勝敗は、喰らい付いた山口に軍配が上がった。

 

 

低めのスローカーブを崩されながらも拾い、二遊間を抜けるヒット。

これでチャンスメイクをして、先頭の山口は出塁。

 

 

打席には、金丸が入る。

 

(大野先輩。)

 

部屋でもリハビリに勤しむ姿を見てきた。

 

怪我をしてからの、少し歯痒そうな姿も。

そして、引退したクリスの姿も見てきた。

 

 

(今、全力で闘える俺が…)

 

バットを一閃。

そのスイングは、今日の誰よりも鋭い。

 

 

そして、打席にはいって声を上げた。

 

 

(俺が決めんだよ!)

 

 

突き刺すような、視線。

それに、梅宮も応える。

 

(おめえもかよ、その闘志!)

 

 

そして、投げ込んだ。

初球のストレート。

 

 

金丸の集中力が、頂点に達した。

 

 

「っっうっらあああ!」

 

 

高めに浮いたこのボール。

これを、フルスイングした。

 

強い当たりは、レフト後方。

 

ライナー性で伸びていく打球を追っていく外野たち。

しかしその必死の追跡も、途中で終わった。

 

 

少し静まりかえる、会場。

その沈黙を破ったのは、一塁ベースを回って右腕を突き上げた金丸の影だった。

 

 







全く進んでなくて草




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エピソード91

 

 

 

 

 

「っしゃあ!」

 

 

一塁ベースを踏みしめたと同時に、右腕を突き上げた金丸。

彼が放った打球は、低い弾道のまま外野の奥へと突き刺さった。

 

 

ノーアウトで、ランナー一塁。

チャンスでは無かったが、一発出れば同点という、大事な局面。

 

この場面で結果を残せたのは、やはり金丸の心の強さなのだろう。

 

 

ただのチャンスヒッターではない。

自分が決めなければいけない、試合展開の上で重要な局面で真価を発揮する。

 

同じクラッチヒッターでも、御幸とは違う。

大舞台、特に逆境の場面で、結果を出す。

 

何処と無く、前キャプテンで4番の結城と重なる所があった。

 

 

 

まだ、彼のような圧倒的な打撃力はない。

しかしここぞという場面で打ってくれる。

 

それが、投手にとって…特に同じ学年の1年生3人にとって、かなりの精神的な安定剤となった。

 

 

「カネマール!」

 

「ここで叫ぶな、五月蝿い。」

 

 

ブルペンで騒ぐ沢村に、大野がチョップを入れる。

そうして、大野は息を吐いてまたボールを投げ始めた。

 

淡々と、御幸へボールを投げ込んでいく。

 

 

8-8、同点。

これ以上、点はやれない。

 

残り3回で、残っている投手は2人。

沢村と東条、沢村は昨日登板している為、あまり長いイニングは投げられない。

 

 

その為、確実に東条の回跨ぎが必要になる。

 

しかし。

 

 

(きついな、多分。)

 

 

準備をする東条を横目で見ながら、御幸は大野にボールを投げ返した。

 

東条は、登板回数が少ない。

中学の時こそエースとして投げる機会が多かったが、高校の公式戦はこの大会が初めてとなる。

 

普段ならそこまで心配する必要は無いのだが、状況が状況なのだ。

 

この緊迫した空気の中で、それも会場が鵜久森サイドで盛り上がっている。

精神的にかかる重圧も、かなりある。

 

 

できれば、沢村に8回から投げてもらいたい。

しかし、どうだろうか。

 

(もし夏輝が投げることができたら…)

 

 

そう思ったと同時に、御幸はハッとした。

そしてその感情を払拭するように、首を大きく横に振った。

 

 

 

 

この後、さらに倉持が出塁。

続く小湊がタイムリーヒットを放ち、すぐさま逆転に成功する。

 

 

8-9、青道リードで迎える、7回の表。

鵜久森の攻撃は、5番の犬伏から始まる。

 

 

ここでマウンドに上がるのは、1年生の東条。

今大会初登板と不安材料はあるが、致し方ない。

 

 

「東条。」

 

「はい。」

 

御幸が、東条に声を掛ける。

 

少し、表情が硬い。

やはり、緊張しているか。

 

 

「相手はガンガン振ってくるのは、見ててわかったよな。」

 

ミットで口元を覆い、御幸が小さく言う。

東条も同じようにして答え、小さく頷いた。

 

「だからこそ、インコースですね。」

 

「お前のコントロールなら、できるはずだ。幸い、ボール球でも結構手を出してくるから、動くボールをインコースに集めて打たせていこう。」

 

 

少し間を置いて、東条が再び口を開いた。

 

 

「信二も、大野先輩も、自分の気持ちを思い切りぶつけてましたよね。」

 

「そうだな。」

 

「俺も向かっていかないと、置いていかれちゃいますよね。」

 

東条の表情を見て、御幸は少し目を見開く。

そして、東条の胸元にミットを当てた。

 

 

「俺もあいつには、驚かされっぱなしだよ、いつも。今日だって本当に投げる勢いで準備してたしな。」

 

「投げさせるわけにはいきませんからね。」

 

そう言って、互いに笑う。

しかし東条の瞳は、鋭く、闘う瞳をしていた。

 

 

「負けんなよ、東条。」

 

「…はい!」

 

 

ここからの東条は、圧巻だった。

 

球速こそ120キロ台なものの、インコースにツーシームやカットボールなどを集めて、打ち気のバッターからどんどんゴロを奪ってゆく。

特に梅宮に対しては、インコースのツーシームを使ってファール2球で追い込み、最後はストレートで見逃し三振。

 

他の2人にはなかった攻め方で、梅宮をねじ伏せた。

 

7回はたった7球で、8回も9球で三者凡退に抑えて見せる。

この東条のピッチングが流れを呼び、8回にはさらに2点を追加して勝負を決めた。

 

 

最終回は、沢村。

昨日も登板したこの男が、今日は夏同様クローザーとしてマウンドに上がる。

 

帝東高校に対しても好投したこの男が、その名の通り試合を締め括る。

 

 

最後まで諦めない鵜久森打線を寄せ付けず、三者凡退。

 

 

8−11で、後攻めの青道高校が勝利。

試合開始直後から続いた熱戦は、拍子抜けするほどにあっけなく終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひゃー、危なかったなほんと。」

 

わざとらしく猫背で歩く御幸に対して、俺は逆にポップに背中を叩いた。

 

案の定、面倒くさそうにこちらに視線を向けてくる。

普段こういうテンションで絡まないというのもあるが、まあ、疲れたのだろう。

 

 

 

シーソーゲームというほどではないが、やはり逆転して逆転されてというゲームは、疲れる。

 

特に帝東のときとは全く逆の展開だっただけに、な。

 

 

降谷は課題だらけだった。

だが、それでもよく投げた。

 

ノリも、まあ課題だな。

火消しをすることを期待されていただけに、正直物足りない。

 

東条は完璧。

ココ最近で一番いいピッチングが出来ていた。

 

沢村は、いつも通り。

むしろ昨日の勢いそのまま出てくれたから、良かった。

 

 

(人のこといえねえんだけどな、俺は。)

 

 

やはり、自分の力不足というか、無力さを感じた。

 

投げられないのが、こんなに辛いのか。

チームの為に全力を尽くせないのが、こんなに辛いのか。

 

 

俺は己の右肘にちらりと視線を送って、歯を食いしばった。

 

 

 

 

 



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エピソード92

「王谷学園?」

 

「うん。前に甲子園にも出場してる都立高校だね。」

 

 

鵜久森との試合を終えた俺たち青道だが、安堵したのも束の間。

1週間後に控えた次の試合に向けて、早速ビデオで相手の確認をしていた。

 

 

王谷学園か。

あんまり聞かないけど、都立ながら優れた戦略性と技術で、体格差をものともしない野球をしてくる。

 

 

 

エースは、2年生の若林豪。

フォークを中心に投球を組み立てる、軟投派。

 

ゾーン内で変化させる小さいフォークにシュートを巧みに操ってゴロを打たせるピッチャーだ。

 

 

「フォーム結構クセあるよな。」

 

「手投げ気味っていうか、どっちかっつーと野手投げっぽいね。」

 

 

確かに。

倉持と白州の会話に、俺も頷く。

 

投球間隔も結構短いし、案外打ちにくいかも。

 

 

打線は正直、あまり怖くないかな。

4番の春日と5番の山里を要警戒で、他は微妙。

 

警戒するに越したことはないけどね。

だけど、慎重になりすぎる必要もないってこと。

 

 

 

「まずは一戦必勝。1つずつ、取っていこう。」

 

 

監督の言葉に、全員が大きく返事をする。

 

鵜久森との試合もあるし、やはり油断はできない。

流れに乗っているチームは、怖い。

 

それが昨日の試合で、身に染みた。

 

 

 

 

 

ミーティングを終え、大きく伸びをする俺。

 

「なあ、大野。」

 

「ふぁい?」

 

 

そんな時に急に声を掛けられるとどうなるか。

少なくとも、素っ頓狂な声は出る。

 

そして、追加で俺は椅子から落ちかけた。

 

 

うん、死ぬかと思ったよ。

掠れたこの声の主は多分、倉持か。

 

 

「大丈夫かよ。」

 

「何とか。で、どうしたの。珍しいね。」

 

「ちょっと付き合ってくれよ。」

 

 

そう言って、外を指す倉持。

これを見てどこか買い物に付き合ってくれと解釈するほど、俺は能天気ではない。

 

 

「いーけど、俺にできることなんてたかが知れてるぞ。」

 

「別に、ただ一緒に打とうってだけだよ。投手目線ってのも、気になるしな。」

 

 

そうですか。

まあ、現状レギュラーの中では一番打ててないバッターだからな。

 

守備走塁面を加味するとやっぱり必須級な選手だけに、控えにすることもできない。

 

打撃も並に戻ってくれれば正直1番打者として固定できる為、彼の復調はかなり重要になってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、トス上げればいいか?」

 

「ああ、頼むわ。」

 

ボールが入ったプラスチック製の黄色いケースを、よいしょよいしょと持ってくる。

そして、倉持の近くに置いた。

 

 

あれ、そう言えば倉持って練習のときはどっちから打つんだろ。

 

普段はスイッチヒッター…所謂、投手によって打席を変える両打ちのバッター。

だから練習でも両方打つだろうけど。

 

やっぱメインが左だから、左からかな?

 

 

「どっちから打つ?」

 

 

俺がそう聞くと、倉持の動きがピタリと止まる。

そして、少しの間静寂。

 

え、何。

気まずい空気が流れた数秒後、倉持が口を開いた。

 

 

「なあ、大野。」

 

「なんだよ。」

 

打撃のアドバイスはあまり期待するなよ。

そんなことを付け足して答える。

 

「俺、左に専念しようと思うんだよ。」

 

ポツリと呟いた倉持の、俺はボールを掴もうとして止まる。

 

左に専念。

スイッチヒッターである彼が、左打者として専念しようということだろう。

 

 

本来俊足のバッターであれば、左打席の方が有利だ。

一塁ベースからの距離も右に比べて近い為、内野安打や振り逃げによる出塁の確率も上がる。

 

それに、スイッチヒッターというのは所謂両打者。

 

左にだけでなく、右でも打てるように。

他の打者に比べても、倍の時間を要することになる。

 

 

裏を返せば、スイッチを辞めれば、今右打ちに割いている時間も左に回せる。

つまりは、今の倍左打ちの練習に費やせるのだ。

 

 

確かに合理的だ。

 

しかし。

 

 

「逆に聞くけど、なんでスイッチヒッターなの?」

 

別に足を生かすなら、左でいい。

 

 

「そりゃ、か…」

 

「か?」

 

倉持が言いかけて、やめる。

そして続けて答えた。

 

 

「投手からしたら、そっちの方が厄介だと思ったからだよ。」

 

そうか。

左投手なら右打席、右投手なら左打席。

 

基本的には相対している打席の方が出処が見えやすいというのもあるし、変化の大きいスライダーカーブなどにも対応しやすい。

 

 

確かにわかるのだが。

 

 

「だとしたら、どうかな。現に俺はあまり左打者を苦手にしてないし。」

 

 

実際、俺はどちらだろうとあまり関係ない。

 

軸にしているボールはストレートとツーシームで、基本的にはどちらも左右を苦にしない。

 

 

それに。

こいつが言い淀んだ、ほんとの理由が知りたい。

 

 

「そうか。ありがとな。」

 

 

そう言いながらも、倉持の表情が暗い。

やっぱり、やめたくない原因がある。

 

 

「…さっきのは、あくまで投手としての俺目線だ。こっから先は俺個人、倉持のチームメイトとして言わせてくれ。」

 

 

アドバイスなんて、大層なものじゃない。

ただ俺が思ったことであり、俺の考え方。

 

そして俺の野球選手として形成する、基礎となるもの。

 

 

「野球選手としてやっていく上で、壁に当たるのはわかる。その中で添削というか、捨てるものがあることもわかる。」

 

 

そうやって、上手くなるのだ。

 

 

「けどな、拘りだけは捨てちゃダメだと思う。ポリシーとか、倉持洋一っていう選手を形成するものは絶対に変えちゃダメだと思うんだ。」

 

 

憧れの選手とか、目標の選手とか。

あとは自分なりの考え方とか。

 

人それぞれ、自分が自分であるというものがある。

 

 

その「芯」は、簡単にブラしちゃいけないと思うんだ。

 

「お前にとって重要なことだったら、絶対変えるな。」

 

「俺にとって…か。」

 

 

倉持が、右手の人差し指で鼻を擦る。

そして、押し黙る。

 

少しして、倉持は頭を掻きむしって話し始めた。

 

 

「俺にとって、両打ちは憧れなんだよ。大好きな選手がそうだったから、その選手がかっこいいから、今でもそうしてんだよ!」

 

 

照れくささを紛らわすように、半ギレ。

その証拠に、頬当たりを中心に倉持の顔が赤らんでいた。

 

 

憧れの選手ね。

 

 

「いいじゃんか、かっこいい選手がいて、それを真似ることの何が恥ずかしい。」

 

 

物真似は、手っ取り早い上達のコツだ。

それは別に悪いことでもないし。

 

だから恥ずかしがることも、ないだろう。

 

 

俺が言い切ると、倉持は目を見開く。

そして、笑った。

 

 

「やっぱお前に相談して良かったわ。」

 

「そら良かったよ。」

 

ヒャハハと、甲高い声。

いつもの、倉持洋一の声。

 

その姿を見て、俺はあんしんした。

 

 

「やっぱ俺、スイッチヒッターで行くわ。」

 

「てか倉持の好きな選手ってあれでしょ、松井でしょ?」

 

「なんで分かんだよ!」

 

「だって構え方とかモロだし。両打ちで俊足のショートとか松井稼頭央じゃん。」

 

 

ぐぬぬと、倉持が噛み付こうと言わんばかりに睨みつけてくる。

おー、怖い。

 

「やるからには、松井稼頭央くらい打ってな。」

 

「っるせ!!その為に練習すんだよ!」

 

 

バットを構える倉持に、俺は思わず笑ってしまった。

 

 

やっぱ俺、こいつが1番がいいな。

浪漫とか、人間的にもね。

 

引っ張ってもらいたいっていうか。

 

まあその為には、打ってもらわなきゃ困るんだけど。

 

 

「じゃあ上げるぞ。」

 

 

そうして俺が白球に手をかけると同時に、声を掛けられた。

 

 

「なっさん。」

 

 

そこには、グローブを脇に携えた、沢村が立っていた。

 

「どうしたの。」

 

俺がそう聞くと、沢村は1つ息を吐く。

そうして彼が言い放ったのは、中々に強烈なものであった。

 

 

「俺、変化球を覚えたいんス。」

 

 

 

 



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エピソード93

 

 

 

 

 

「変化球を覚えたい、ね。」

 

グローブを嵌めた沢村が放った言葉に、俺は顎に手を当てて考える仕草を見せる。

 

 

「言うのは簡単だが、短期間で出来るもんじゃないぞ。」

 

 

変化球というのは、握り方や腕の振りを変えてストレートとは違う回転を掛けるボール。

 

 

外から見たらあまりフォームの変化はなくとも、感覚や身体の内面で確実に別の投げ方になる。

つまりは、ストレートとは全く別の感覚になる事が多い。

 

 

「カットボールの時はすんなり行ったじゃないですか。」

 

「あれは握りを少し変えただけで、感覚的にはストレートと殆ど変わらなかっただろ。」

 

 

元々無意識に動くボールを投げていた沢村だからこそ、カットボール自体はすぐに習得できた。

 

しかし彼が言う変化球は、恐らくムービングボールの類いではない。

 

 

「オフシーズンでも十分間に合うと思うんだけどな。それこそ、今の投球でも十分抑えられてるし。」

 

 

俺がそう言うと、沢村は押し黙る。

彼自身、やはり難しいことは承知なのだろう。

 

すると沢村は、それでもと言わんばかりに口を開いた。

 

 

「帝東との試合、乾さんに打たれた時に思ったんスよ。動く球だけじゃ、抑えきれない相手が出てくるって。」

 

「あれは例外と言えば例外だが…確かにそうだな。」

 

 

2回戦目の、帝東との試合。

あの時、初見で打たれた外角のカットボール。

 

軸にしている、ノビのあるストレートと、球速としてはさほど変わりない。

だからこそ、パワーのあるバッターだと、飛んでしまう。

 

尚且つ、高校野球は一般的に金属バットを使う。

木製などミートポイントの狭いバットなら芯を外して討ち取ることは容易だが、ミートポイントの広い金属バットだと、多少芯を外されても飛ぶケースがある。

 

特に乾のように、振り抜くバッターだと。

 

 

そうなってくると、対処法は2つ。

 

スライダーやフォークのように、大きい変化球。

バットが届かないような変化量のボールであれば、そもそもバットに当たらなければ意味が無い。

 

 

若しくは、タイミングを外すような緩いボール。

カーブやチェンジアップのように、ストレートと球速差のあるボールで、振らせる。

 

 

どちらか、なのだが。

そう簡単に覚えられるもんじゃないんだよな。

 

元々変化球を投げるのが苦手な沢村なだけに、やるとしてもかなり時間がかかると思う。

 

だからこそ、時間のあるオフに回したかった。

 

 

「やっぱり沢村、多分…」

 

「いや、なんとかできなくはないぞ。」

 

 

「「おわ!」」

 

 

どこからともなく、低い声が届く。

突然掛けられたその声に、俺だけでなく沢村も肩を跳ね上げて驚いた。

 

 

声の主は、落合コーチだ。

 

 

「んな驚かなくていいだろ。」

 

「驚きますよ普通。」

 

 

腰に手を当て、俺は溜息を着く。

すると落合コーチも、蓄えられた顎髭に手を当てて眉をひそめた。

 

 

いやいやいや、そんなことより。

俺が口を開く前に、沢村が落合コーチの言葉に疑問を投げた。

 

「変化球、なんとかなるんですか?」

 

「お前次第だがな。」

 

 

2人がそんな事を話している最中、俺は少し懸念点があった。

 

今までストレート系のボールしか投げてこなかった沢村に、抜く変化球は緩いボールをこの短期間で習得できるのか。

 

もしできたとしても、今軸にしているストレートや高速のチェンジアップに影響が出ないのか。

 

 

 

消極的かもしれないが、俺はそう思った。

 

今の沢村でも十分戦えるだけに、変化球を覚えようとして調子が崩れたら元も子もない。

 

 

「少しコツを教えてやるだけだ。本人が欲しているのなら、やってみる価値はある。それに、変に希望を持つよりも、出来ないなら出来ないで割り切った方が良いだろ。」

 

 

落合コーチの言葉に、俺も額に手を当てる。

そしてまた、溜め息を吐いた。

 

 

「わかりました。じゃあ、一也を呼んできます。」

 

「悪いな、大野。」

 

「コーチの言うことも、わかりますからね。」

 

 

そうして、一度室内練習場から離れる。

こうなった以上、しっかりとしたキャッチャーを。

 

そして、やるからにはとことんやる。

 

 

次の試合、王谷との試合に使えるように仕上げたい。

 

 

 

 

 

 

 

「…という訳だ。いくぞ、一也。」

 

「…俺もお前に同意見だけど、落合コーチが言うならな。」

 

学習机で、普段使い用のメガネ。

パジャマいうよりは部屋着のパーカーを身に纏った御幸が、椅子の上で大きく伸びをした後に立ち上がった。

 

 

机の上に置かれたミットに手を取ると、そのまま室内練習場へと向かった。

 

 

 

「落合コーチが言うことは分かるんですけど、どうするんですか?」

 

そう言って、俺は沢村を親指で指さす。

 

「高校生にもなってストレート一本だぞ、今どきその方が珍しい。が、こいつが筋金入りの不器用なのもわかる。」

 

 

ぐぬぬと、沢村が分かりやすく歯を食いしばる。

その姿を一度横目で見て、また落合コーチに視線を戻した。

 

 

「チェンジアップ、ですか。」

 

俺がそう言うと、落合コーチも同意するように頷いた。

 

 

「本当はカーブスライダーがいいが、こいつに捻りや抜く感覚なんかは無理だろうな。できたら、もう御幸がやっているだろうしな。」

 

「そうですね。」

 

 

俺たちのやり取りを聞いて、沢村が大きく手を上げる。

 

 

「なっさん!御幸先輩!因みにチェンジアップとはなんの事でございましょうか!」

 

 

こいつ、期待を裏切らない。

やれやれと言わんばかりに首を振る落合コーチと御幸を見て、俺も溜め息をついて答えた。

 

 

「稲実の成宮が投げてた緩い球があっただろ。」

 

「あぁ、あの腑抜けたボール!」

 

「それに三振しまくるんだよなぁ。」

 

 

ストレートと同じ腕の振りで、緩くミットに到達する変化球。

打者のタイミングを外す、所謂チェンジオブペースに使うボールだ。

 

傍から見たらただの緩い球だが、打席からだとその球速差で大体タイミングをずらされる。

 

 

まあ、成宮のボールはまた特殊だけどな。

あれほどまでしっかり球速が落ちて、尚且つ少し沈むとなると、反応できても打てない。

 

だからこそ、アレを打った哲さんの打撃センスは凄い。

 

 

 

 

さて、話を戻そう。

 

「握りはこう。親指で輪っかを作ってボールを握る。あとの指は、包むように。」

 

落合コーチが実際にボールを持って、握りを見せる。

そしてそのボールを、沢村に軽く投げた。

 

「あとは勝手に抜けてくれる。できるだけストレートと同じように、むしろストレートよりも強く振ってもいい。」

 

 

腕の振りの速さと球の遅さのギャップが大きければ大きいほど、打者は騙される。

 

 

それを説明されても尚、沢村はボールを投げる仕草をして首を傾げる。

 

これは完全に、頭の上に「?」が浮かんでいる顔だ。

 

 

「大野、ちょっとやってみせてくれるか?」

 

「ああ、構いませんが。前に俺が投げた時はあまり落ちなくて。あとはよく抜けます。」

 

 

まあ、投げられなくはないけど。

俺的にはカーブの方が使い勝手が良かったから、投げてはいない。

 

「中指と薬指でリリースしてみろ。特に落差は気にするな。」

 

「わかりました。」

 

 

 

えーっと、親指と人差し指で輪っかを作って。

中指と薬指で、リリースする感じか。

 

できるだけしっかり体重移動して。

 

 

腕も、強く振る!

 

 

少し引っ掛け気味だが、低めに緩いボールが進む。

球速にしては、大体100km/h前後か。

 

これが、御幸のミットに収まった。

 

 

「お、おぉ。」

 

かなり、いい感触だった。

少し引っ掛けた感じはしたけど、逆にいいコースに決まった。

 

「悪くねーじゃん。軽く投げてこれだし、試合でも使えそうだわ。」

 

「そうだな。もう少し投げる。」

 

 

俺がそう言うと、落合コーチが咳払いをした。

 

おっと、目的はそうじゃないよな。

 

 

「しっかり立って、腕を振る。これぐらいを意識すれば多分、投げれるぞ。」

 

そして俺は、右手で握った白球を、下手投げで沢村に返した。

 

 

「ウッス!」

 

 

今度は、沢村の番。

ゆっくりと足を上げて、俺と同じ握りで腕を振った。

 

するとあら不思議、ものの見事に白球は地面へと叩きつけられた。

 

 

「何故だ!」

 

「力入れすぎだ、馬鹿。」

 

頭を抱える沢村に、俺がチョップを入れる。

そして落合コーチも、頷いた。

 

何となく指にボールがかかっていないから、気持ち悪いんだろうな。

今まで投げたことのないボールなだけに、心配があるんだろう。

 

 

「お前、もっと試合では足あげてんだろ。おんなじようにやってみろ。」

 

「試合と同じように、ですか。」

 

 

なるほどな。

 

試合の時と同じような投げ方であれば、自然と下半身に意識がむく。

そうなってくれれば、上半身には無駄な力が抜けてくれる。

 

四苦八苦しながら色々試していく。

 

そうして投げた、何球目か。

今度はしっかりと球速が落ち、御幸のミットへと到達した。

 

「お。」

 

「お、おお、おおお!」

 

何拍か空けて、沢村は声を上げた。

 

 

今のは、完璧。

コースは甘いが、高さはいい感じだ。

 

それに何より、しっかりと球速も落ちていた。

これなら確実に、タイミングを外せるだろう。

 

 

「ありがとうみんなー!俺はみんなが大好きだー!」

 

「もっと投げてみろ、感覚忘れるぞ。」

 

「は、はい!」

 

 

そうして、何度も投げる。

 

というかこんなに早く投げられるようになるとは。

 

 

落合コーチ、やっぱり教えるの上手いな。

なんだかんだ、俺もチェンジアップ使えるようになったし。

 

 

この人なら、俺の…。

 

 

いや、今考えることじゃないか。

投げられるようになってから、だ。

 

 

今は、俺のことはいい。

 

 

そうして俺は、覚えたての変化球を楽しく投げる沢村を見つめた。

 

 



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エピソード94




王谷はサクサクいきます。





 

 

 

 

 

迎えた、第4回戦。

王谷との試合で先発を任されたのは、好調の沢村。

 

先攻めの王谷に対し、安定感抜群の投球を見せる。

 

 

初回からキレのあるストレートを軸に、上位打線を三者凡退。

抜群の制球力で、付け入る好きを与えない。

 

 

 

 

対する俺たち青道高校の攻撃は、先の試合から先頭打者として起用されている小湊から始まる。

 

 

この小湊も、今大会絶好調。

いきなりフォークを捉えて二塁打を放つと、3番の白州がライト線に落ちるヒットで早速一点を取る。

 

 

御幸に対しては、サイドスローからのシンカーでダブルプレーに抑えたものの、初回から失点を許した若林。

 

なんとか味方の反撃を待ちたいところだが、立ち塞がる沢村である。

 

 

テンポの良い投球で、間隔が短い。

打者が配球を読む前に、バッテリーのペースでどんどんボールが投げ込まれる。

 

何より、ストライク先行ですぐに追い込まれる。

 

出処の見えにくい変則フォームから快速球でファールと見送りでカウントを稼ぐと、最後は動くボールでゴロに打ち取られてしまう。

 

 

 

 

 

しかし、4回の表。

 

2アウトランナーなしというこの場面。

打席に立つのは、4番の春日に対してのピッチング。

 

 

ストレート2球で追い込んだ沢村は、遊び球として1球ストレートを外す。

 

1ボール2ストライク。

追い込んだバッテリーが最後に選んだボール。

 

 

最後は低めに決まったチェンジアップで、空振りの三振に切って落とした。

 

ここまでは、あくまで速い変化球。

ストレート系のボールで心を外していた。

 

 

が、ここに来て、速度差すら操るようになった。

 

ただでさえ速いボールだけでも打ちあぐねていたのにも関わらず、緩急としてチェンジアップが混ざれば、王谷にとっては絶望的な状況となってしまう。

 

 

 

 

守りでは、沢村が新球種であるチェンジアップを決めてさらに勢いつく青道高校。

 

 

攻撃の面でも、倉持が3安打の猛打賞、1打点と復活。

4番の御幸も2安打2打点、白州も打点を付けるなど活躍を見せた。

 

さらに、先頭を打っていた小湊も、7回にキャリア初の本塁打を記録。

木製バットでのパワー不足を感じさせない打撃で、チームの勝利に貢献した。

 

 

 

最終的には、7-0で青道高校が勝利。

チェンジアップを解禁した沢村が7回を被安打0の無失点で抑え切り、参考記録ながらノーヒットノーランを達成し、準決勝進出を勝ち取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合を終えて、俺たち青道高校の面々は観客席へと向かった。

 

なんてったって、次の試合の勝者が俺たちの準決勝の対戦相手になるんだからな。

 

 

投げきった沢村と共に観客席のベンチへと向かっている時。

最上段の広いスペースで待っていた男性が目に入った。

 

大きな上背に、筋肉質で分厚い身体。

そして、見慣れた甘いマスク。

 

その姿を確認した沢村は、笑顔で男に駆け寄った。

 

 

「クリス先輩、どうでしたか俺のピッチングは!」

 

満面の笑みで問う沢村に、クリス先輩も笑顔で答えた。

 

「アウトコース、インコースの投げ分けは相変わらずだな。ストレートも走っていた上に、チェンジアップもかなり効いていた。成長したな、沢村。」

 

 

師からの太鼓判に、思わず声が漏れる沢村。

そして、大きな声で笑った。

 

 

「お前か。」

 

俺がそう聞くと、後ろからやって来た御幸が小さく頷いた。

 

「まあな。成長した沢村の姿も見せたかったって言うのもあるし、何よりクリス先輩が気にかけていたからな。」

 

 

まあ、確かにな。

 

クリス先輩は、沢村の投球に関する師匠のような存在。

 

フォームからストレートの投げ分け、ピッチャーとしての考え方云々は、クリス先輩から教わってきたのだ。

 

クリス先輩も元から人柄が良い方ではない。

むしろ他の人からは、敬遠されるような暗い存在だ。

 

 

それでも慕っていた沢村には、クリス先輩もなんだかんだ思うものがあるんだろうな。

だからこうして、今でも気にかけてくらているのだろう。

 

 

「大野、お前も元気そうだな。肘はどうだ?」

 

「ボチボチですよ。肘はまあ、投げられる程度には回復しました。試合では投げませんけどね。」

 

 

俺がそう返すと、クリス先輩も苦笑して返した。

 

 

「あまり無理するな…というのは、お前が一番分かっているか。」

 

「まあ、原因が原因ですからね。できることに専念しますよ。」

 

「それが一番だ。慌ててやっても、はっきり言っていい結果は出ない。焦らず、しっかり治していくのがいい。」

 

「違いないですね。」

 

 

そんなことを話していると、続いての試合が始まろうとアナウンスが鳴り響いた。

 

 

 

こちらのブロックの準々決勝は、俺たち青道高校と王谷学園。

そしてもう1つの試合は。

 

 

「市大三高と春日第一か。」

 

春日一高は、西東京の強豪校。

普段からベスト8の常連校であり、強力な打線が売りのチームだ。

 

 

対する相手は、市大三高。

昨夏は薬師高校に屈辱のサヨナラ負けを喫したものの、言わずと知れた甲子園常連の高校。

 

稲実と肩を並べ、甲子園で何度も優勝を経験しているチームだ。

 

 

昨年躍動した打線は、今年も健在。

打撃の中心を担っていた星田や宮川を中心として、また強力な打線を形成している。

 

 

しかし気になるのは、投手事情。

投手層自体は厚いものの、未だに未知数。

 

 

以前は、エースである真中が君臨。

切れ味抜群の高速スライダーで三振を奪いまくるこの投手が、チームの柱として活躍していた。

 

はっきり言って、薬師との試合ではパッとした2年生投手はいなかった。

 

今年は暫定エースか、それとも誰か台頭してきたか。

どちらかわからないが、チームを象徴とするこの投手がいるかどうかで、かなり変わってくる。

 

 

 

そうして視線を送ったマウンド上。

大きな身体を揺すり、市大三高の背番号1が、白球を受け取った。

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード95

 

 

 

 

まだ薄暗い、東京の空。

都内とは言え、少し首都からは外れているこの場所の空は、澄んでいた。

 

 

(さむ。)

 

季節は秋。

日中こそ気温が上がってくるが、早朝は少し冷え込む。

 

 

夏場は、明るかったからなぁ。

冬に近づいてくると、どんどん日が登るまでの時間が遅れていく。

 

一年中ずっと同じ時間だからこそ感じられる、季節の流れ。

なんとなく実感しながら、俺はランニングを始めた。

 

 

 

何だかんだで、もう準決勝か。

野手として出場するのも正直不安でしか無かったのだが、あと残り2試合。

 

気がつけば、他のピッチャーたちも凄く成長していた。

 

いや、今もまだ成長途中か。

あのストレートしか投げられなかった沢村はチェンジアップを覚えて、早くも完投勝利。

 

降谷も怪物投手として覚醒の兆しが見え始めている。

 

ノリも練習でシンカーを解禁して、前2人を支えるリリーフエースとして存在してくれている。

 

今大会から投げ始めた東条も、登板機会は少ないが要所要所で仕事をしていた。

 

 

みんな、凄く成長した。

偉そうに言える立場じゃないけど、やっぱり実感する。

 

嬉しい半面、少し。

俺が投げていなくても成り立っている投手たちに、なんとなく寂しさを感じたのもあった。

 

お門違いなのはわかるけどね。

そもそも怪我した俺が悪いわけだし。

 

 

俺は首を横に振って、走るペースを少しあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の対戦相手は、準々決勝を制した市大三高。

その自慢の強打で春日一高を捩じ伏せ、7-1で勝利を収めた強豪校が次の対戦相手に決まった。

 

 

やはり、自慢の強打は健在。

 

クリーンナップとして君臨していた星田と宮川を中心に抜け目のない打線は、今年もかなりの得点力を誇っている。

 

 

そして、守備も。

昨年までエースとして活躍していた真中から1を引き継いだ男が、いた。

 

その名は、天久光聖。

威力のある直球とキレのある変化球でガンガン空振りを奪う本格派右腕だ。

 

制球力こそ抜きん出ている訳ではないが、カーブとフォーク、そして伝家の宝刀である縦のスライダー。

そしてそれを生かす強いストレートでガンガン押していく強気なピッチャーだ。

 

 

 

正直言って、完成度で言えば真中さん以上だ。

ストレートも140km/hオーバーで、尚且つ変化球のキレが異常なほど。

 

ここまでの投球を見ていても、何故昨夏の登板が無かったのか不思議なくらいだ。

 

 

怪我か、或いは何か他に原因があるのか。

なんにせよ、今大会に影響することでは無いだろう。

 

その証拠に、今のところは大会を通して崩れている場面はない。

 

 

スライダーこそ引っ掛けている…というよりは、曲がりすぎて制御出来ていないと見るべきか。

俺のツーシームもたまに暴走することもある(だいぶ前に御幸が取り損ねた)し、感覚のズレで制御できないことは、よくある事だ。

 

しかし、それでもカーブとフォークも並以上ではある。

ストレートの威力も相まって、大会前半はこのボールだけで殆ど押さえ込んでいた。

 

 

ピンチでも物怖じせず、むしろストレートで強気に押していく姿。

 

「どことなく、お前に似てるとこあるよな。」

 

「どこが。俺はあんなに球は速くないし、あんなにコントロールも悪くない。」

 

 

シートバッティング待ちの御幸にそう言われた。

確かに攻め方は似てるけど、俺はリード通りに投げている訳で。

 

ストレートを軸に、変化の大きい高速変化球を織り交ぜて三振を奪う。

そしてその変化球を意識させて、更にストレートを生かす。

 

 

あれ、もしかして結構似てるのかも?

特徴は違えど、言われてみれば確かに。

 

 

何はともあれ、良いピッチャーであることに変わりない。

そして、打たなければ始まらない。

 

「っしゃ、今日も練習しよう。」

 

らしくないが、両手を上げてわざとらしくそう言う。

それを見て、御幸は若干引き気味にこちらを見た。

 

「やけにやる気だな。」

 

「たまにはな。それに俺は、いつもやる気はある。」

 

そうして一つ伸びをすると、俺は左手で握っていたバットを肩にかけて、打席に入った。

 

 

「お願いします。」

 

「打たせません、大野先輩。」

 

マウンド上の降谷から、オーラのような何かが出ているように見える。

コラコラ、打撃練習なんだから。

 

しかし、実戦に近い感覚は、最も練習になるというもの。

彼がその気であれば、こちらも全力で向かう。

 

 

とはいえ、コースは外限定。

できるだけしっかりと振り抜く。

 

 

クイックモーションから投げられる、豪速球。

振りに行くも、流石に空振り。

 

うお、すげえ威力。

やっぱり打席で見ると、怪物っぷりが実感できるわ。

 

 

しかし、そう易易と何度も空振りまくっていられない。

 

次の直球にバットを当てるも、レフト線に切れてファール。

その次に投げられたカーブを捉えて、レフト前に落とした。

 

 

やはり外限定というのもあり、ある程度は捉えられる。

それでも長打が出ない当たり、球威の高さを感じるな。

 

 

 

右半身に付けられた肘当てとレガースを外す。

そして、降谷の方をチラリと見て、すぐにバットに視線を戻した。

 

「あのカーブ、何とかしてえよな。」

 

「おわ。」

 

ベンチ前を通る時、またも急に掛けられた声に肩を揺らした。

 

「腕の振り的には出来なく無さそうなんだけどな。イマイチ感覚が掴めねえんだろうな。」

 

「少し抜けすぎてる気がします。」

 

俺がそう言うと、落合コーチは顎髭に手を当てて言った。

 

「お前も結構カーブ得意だろ?」

 

「感覚は人それぞれですからね。俺の投げ方を伝えてもイマイチピンときてない見たいですし、参考にならなそうです。」

 

「そうか。あいつのスタイル上、カーブがあると御幸もだいぶリードしやすくなるんだけどな。」

 

 

最速150km/hオーバーのストレートと、ストレートと同じ軌道から沈むフォーク。

 

これに緩く落差のあるカーブが加われば、速度差でも惑わすことが出来る。

 

 

のだが、中々俺の感覚とは合わないから伝えようがない。

 

元々上背もかなり違う上に、フォームもかなり違う。

変化球を投げなれている俺に比べて、これまで投げたことがあるのはフォークだけの降谷。

 

自分で言うのもあれだが、俺は変化球を投げる感覚はそこそこ鋭い。

 

 

だから、そうだな。

 

降谷の上背に近くて、オーバースローで。

尚且つ、カーブが得意なピッチャー。

 

誰か身近にいればいいんだけど…

 

 

「そう簡単にいねえもんな。」

 

「そうなん…あ。」

 

 

言いかけて、止める。

そうだ、俺はかなり凄いことを忘れていた。

 

 

 

 

いるじゃないか、背が高くてカーブが得意なオーバースロー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







次回、あの人が再登場するかも!?




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エピソード96



お気に入り500件ありがとうございます。





 

 

 

授業と授業の間、言わば休み時間というもの。

その中でも最も長い昼休憩の時間帯に、俺は一つ階段を降りて3年生の教室階へと赴いていた。

 

理由は、勿論。

3年生で、要件がある人がいるからだ。

 

 

周りは先輩だらけ。

こういう時に限って、何故か知っている人とは出会えない。

 

少し緊張を抑えるように息を吐く。

そして、横開きの戸をノックして、教室を覗き込んだ。

 

 

「2年生の大野と申します。丹波さん、いらっしゃいますか。」

 

 

俺がそう言うと、近くで食事を取っていた女性が笑って、答えてくれた。

 

「野球部の大野くんでしょ、丹波くんならノート出しに行ってるから、少ししたら戻ってくるよ。」

 

「ありがとうございます、少し待たせて頂きます。」

 

 

一応、愛想は振りまく。

まあ先輩だしね。

 

 

言われた通り、丹波さんはすぐに戻ってきた。

 

「なんだ、大野か。珍しいな。」

 

「お久しぶりです、すいませんね、時間頂いちゃって。」

 

「ああ、大丈夫だ。そんなに時間に追われてないからな、俺は。」

 

そう言って、丹波さんが表情を緩めて近づいてくる。

 

引退してからこうして表情も柔らかくなった当たり、現役の時は相当突っ張っていたのだろう。

 

いい意味で、ね。

 

 

「少しご相談が。」

 

「お前が相談なんて、珍しいな。俺から教えることなんてないだろう。」

 

 

悪戯に笑う丹波さん。

この人はほんと、こういうところが意地悪である。

 

 

「俺ってよりは、降谷のことで。」

 

「降谷か。もっと珍しいな。」

 

 

丹波さんと降谷は、本当に絡みが少ない。

まあ元々結構尖っている人だし、目つきも悪いし、そもそも1年生と話していること自体も少なかったからな。

 

 

「単刀直入に言うんですけど、もし大丈夫でしたら今日練習に来てくれませんか?」

 

「構わないぞ。」

 

「え?」

 

余りにも簡単に返された答えに俺は思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 

いや、受験生だろうし、時間とかいいのか?

というかそんな急に来てくれるのか?

 

「セレクションも何とか引っかかりそうだし、俺も大学に向けて身体を動かそうと思っていた所だからな。」

 

「本当ですか。だとしたら、すごく助かります。」

 

 

思いもよらぬ速い回答。

どうしよう、話したい内容終わっちゃった。

 

元々そんなに仲も良かった訳じゃないし。

 

 

なんとなく気まずい空気が流れた直後、その静寂を破ったのは丹波さんだった。

 

 

「肘、大丈夫なのか?」

 

「ええ、だいぶ。一応もう投げられはするんですけど、今大会はお預けですね。」

 

原因が原因なだけに。

そう付け加えると、丹波さんも小さく頷いた。

 

「血行障害ってやつか。」

 

「みたいなもんです。元々肘に張りが出やすいってのもありますし、ツーシームが特に肘に負担がかかるみたいです。あとは、夏大がかなり影響したみたいです。」

 

 

ストレートと違い、少し捻りと肘の靭帯に張りが出る力の入れ方をしてしまうツーシームを投げていること。

 

そして稲実との決勝。

あの時、初めて身体の限界というか、キャパシティを超えた出力が出てしまった。

 

だからこそ、その負荷に身体が追いつかなかったのかもしれない。

 

 

こればかりは、仕方がない。

俺の管理能力の無さが招いてしまった。

 

 

「方法としては、自然治療しかないですからね。今はゆっくり休むしかありません。」

 

「そうか。でも、打撃もかなり良いみたいじゃないか。」

 

 

実は、今大会チーム3位の打率である。

まあアヘ単というか、ほぼ単打だから他に比べて貢献度は少ないと思う。

 

1位は、文句なしの小湊春市。

やはり兄譲りというか、抜群のバットコントロールでヒットを量産している。

 

2位は、4番の御幸。

チャンスは勿論だが、ココ最近はランナーが居なくても安定的に出塁出来ている。

流石に4番の貫禄が出てきたな。

 

 

ちなみに、白州よりちょっとだけ率は高い。

仕事人だからね。

 

 

「でも、他のピッチャーが凄く成長してくれてますからね。俺も、安心して見て居られますよ。」

 

俺がそう言うと、丹波さんは懐疑的な目でこちらを見て、すぐに逸らした。

 

「複雑か?」

 

「まさか。怪我して出れない分際で、そんなこと思えませんよ。」

 

少し間を置いて、丹波さんは息を吐いた。

 

「まあ、今日行くよ。」

 

「ありがとうございます、待ってます。」

 

 

手を挙げて教室に戻る丹波さんに頭を下げ、俺も自分の教室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数時間後。

俺たちの練習開始に合わせて、丹波さんも来てくれた。

 

「てか、用意周到ですね。直近で言って来てくれるなんて。」

 

「何かあったとき用にな。純や哲がいきなり行こうとか言い出しても、行けるようにはしていた。」

 

 

キャッチボールをしながらそんなことを話していると、ブルペンに落合コーチが入ってきた。

 

 

「誰なんだ?OBか?」

 

あ、そうか。

丹波さん、面識ないもんね。

 

「ピッチングコーチの落合コーチですよ。」

 

「丹波だっけか、悪いな来てもらっちまって。」

 

「いえ、こちらこそ宜しくお願いします。」

 

落合コーチ自体は、試合を見ている時に何度かピッチングを見ていたらしい。

 

その時の評価は…まあ、ここでは置いておこう。

 

 

じゃあ早速、本題に入ろう。

 

 

「降谷なんですけどね、今変化球の練習をしているんですよ。」

 

「フォーク以外、ってことか。」

 

フォークは、丹波さんがいるときから投げていた。

無論、それともう1つの変化球の精度を上げたいのだ。

 

 

そして今、降谷が練習中の変化球はカーブ。

できれば速度の遅い、変化の大きいカーブ。

 

 

さて、皆様思い出していただきたい。

この丹波光一郎の投手能力を。

 

高いリリースポイントから投げ下ろす、本格派右腕。

そこそこ速いボールを強気に投げ込み、追い込んだ後はボール球の変化球で三振を奪う。

 

そして彼のウイニングボールは、縦に大きく割れるカーブだ。

 

 

とはいえ、丹波さんと降谷の感覚が全く同じなんてことはあり得ない。

しかし、参考にはなると思う。

 

 

 

「降谷、ちょっと投げてみろ。」

 

丹波さんの言葉に頷き、降谷がカーブを放る。

そのボールは少し緩く、小さく斜めに変化した。

 

 

「もう一球投げてみてくれ。」

 

そうして放る、カーブ。

やはり、緩い。

 

そして、少し高めに抜けている。

 

ストレートが高めにいく分には最悪かまわない。

寧ろ降谷の高めのストレートは極端に奪三振率が高いため、御幸もあえてリードすることが多い。

 

 

しかし、変化球は別だ。

高めに抜ければ変化も鈍くなりやすく、なおかつ狙われやすい。

 

何より、よく飛ぶ。

 

 

そんなことを考えていると、早速丹波さんが口を開いた。

 

「降谷、少し引っ掛かるイメージがあるのか。」

 

 

え、なぜ。

ここまで降谷のカーブで多いのは、高めに抜けるものばかり。

 

引っ掛けている感じは、しない。

 

 

しかし俺の考えとは逆に、降谷は小さく頷いた。

 

 

「引っかかって、抜くイメージを持つと。」

 

「そのまま抜き過ぎてしまう、か。」

 

なるほどな。

それで上手く抜く感覚が掴めなかったってわけか。

 

 

「だがこれ以上は、俺とお前で感覚が変わってくる。やっぱりものは試して見るしかない。」

 

丹波さんがそういうと、落合コーチは右目を瞑って言った。

 

 

「それがわかっちまえば、やりようはあるな。」

 

 

落合コーチがそういうと、ボールを要求するように手を差し出す。

その手に、俺は白球を軽く放った。

 

そうして、降谷に握りを見せる。

 

 

「簡単な話だ、引っかかる感覚があるのなら、指を外してやればいい。」

 

中指を縫い目にかけ、人差し指は指先で軽く触れるだけ。

形としては、ナックルカーブと呼ばれるものに近い。

 

確かにこれなら、引っかかる心配はかなり減る。

 

 

降谷も試しに投げると、かなりいい感触だったみたいだ。

 

「最初のうちは抜ける感覚が気持ち悪いかもしれないが、練習で徹底的に低めに投げる意識でやればいずれ慣れる。」

 

そして、何度も投げ込んでいく降谷。

確かにさっきより、変化も大きく低めに向かっていっている気がする。

 

「流石、カーブの名人ですね。」

 

「あまり茶化すな。俺も同じように感じていた時があったから、可能性を述べたまでだ。」

 

 

いや本当に、茶化してなどいない。

単純に、すごいと感じた。

 

「あいつ自身自分の感覚を言語化するのが苦手なところがあるからな。」

 

だから、落合コーチも手を焼いたのだろう。

こうして似ている感覚を伝えられる人がいると、かなーり助かる。

 

 

「いい感じだ、降谷。」

 

「ありがとうございます、丹波先輩。」

 

 

遠くで見守る俺と落合コーチ。

まだ使える変化球まではいかないが、まあ大会中もびっくりドッキリとして使えるとこまでは持ってこれたな。

 

「大野。」

 

「何でしょうか、落合コーチ。」

 

神妙な面持ちでこちらに声をかけるコーチ。

なんだ、急に。

 

「丹波って俺の中だとあまりいいイメージなかったんだけどな、いいやつじゃねえか。ちゃんと自分の考えもはっきりしてるしな。」

 

「最初の一行は聞かなかったことにして、だいぶ丸くなった方ですよ。」

 

そう付け加えて、俺は自分の練習に戻った。

 

 

 

余談だが、落合コーチの丹波さんの印象は、ガラスメンタルのノーコンカーブピッチャーだそうだ。

 

流石にひどいが、秋大のビデオと夏の大会の試合を見た時の印象らしい。

 

怖いもの見たさではないが、逆に俺の当時の評価とかも聞いてみたいな。

いずれ、聞いてみようかな。

 

 

 

 






(丹波さんの印象)大体合ってる




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エピソード97




遅くなりました。
これから少しバタつくので、頻度落ちるかもです。




 

 

 

 

 

 

大きなグラウンドに、ポツリと十数名。

緑色のジャージを身に纏った俺たち青道高校野球部は、珍しくボールを蹴っていた。

 

 

「ヘイ!パス!」

 

走る倉持に、ゾノが的確にパスを出す。

その瞬間に倉持にマークが集中する。

 

 

倉持なら躱せる。

そう確信した俺は、幼なじみであり相棒でもある男にアイコンタクトを送った。

 

交差する俺と御幸の視線。

 

(いくぞ、一也。)

 

(任せろ。俺がマークを集めっから、お前が決めろ。)

 

互いに頷き、意思疎通を済ませる。

そして、御幸が倉持に声をあげた。

 

「ヘイ、倉持!」

 

「決めろや御幸!」

 

そうして出されるパス。

これを御幸が受け取って、シュートと見せかけて俺にパス。

 

 

の、流れを想定した俺。

 

 

地面を這う白黒のボール。

御幸はそれを受け止めようと足を上げ。

 

見事に、すり抜けた。

 

 

そしてその刹那、横並びでパスを待っていた俺もトラップを見事にスカる。

 

正に阿吽、俺と御幸はやらかす所まで一緒である。

 

 

結局フォローに入っていた白州が無難にシュートを決め、ゴールネットを揺らした。

流石、仕事人である。

 

 

「先輩たちがグレちまったぁぁぁ!」

 

唐突に飛ばされる、野次。

校舎上階から放たれたやけに通るその聞きなれた声の主を、俺はよく知っていた。

 

 

沢村である。

 

「うるせーぞ。」

 

「んでもって、なっさんも御幸先輩も下手すぎる!」

 

「「うるせーよ!」」

 

重なる、俺と御幸の声。

これぞまさしく、阿吽である。

 

 

 

 

まあなんで俺たちがサッカーをやっているかと言うと。

他の2年生たちは、修学旅行に行っているからだ。

 

高校の3大行事とも名高い一つ、この修学旅行。

無論、俺たちは大会と重なるため完全に不参加である。

 

 

別に構わない。

確かに修学旅行も行きたかったけど、今は何より野球だ。

 

大会で優勝したい。

そして、監督と最後まで野球がしたい。

 

今は、それだけだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、学校の授業も程々に。

俺たちは、いつもと変わらず練習を始めた。

 

 

今日は2年生が修学旅行の影響か、授業が早く終わった。

 

だからこそ、練習も長く取れる。

準決勝前にこうして長い時間が取れるというのは、かなりプラスだ。

 

 

 

今日もまた、天気がいい。

本当に、野球日和のいい日だ。

 

そんなことを思いながらアップをしていると、いつもよりも早く監督がグラウンドへとやってきた。

 

 

「紅白戦を行う。準決勝前に行える最後の実践形式だから、チーム全体で共通の課題を持つように。それと、しっかり個人でも課題を持って取り組むこと、以上だ。」

 

 

 

なるほど、紅白戦か。

ここ最近やっていなかったし、準決勝と決勝は連日で行う。

 

チーム分け自体は、今のスターティングメンバーとベンチ入りメンバー。

そしてBチームの方には監督が、Aチームの方には落合コーチが入るみたいだ。

 

 

「俺からは特に何も言わねーからな。お前達で話し合って、考えてやれ。そんで、勝て。大会中にベンチメンバーに負けるようじゃ、話にならねーからな。」

 

 

厳しいが、その通りだな。

ここで苦戦しているようじゃ、まず市大三校には勝てない。

 

しっかり勝ち切って、尚且ついい内容で。

 

 

今大会の課題は、得点力。

 

初回に得点を奪えても、中盤から終盤にかけて追加点が奪えなかったり、相手に反撃のチャンスを与えてしまって接戦になってしまったり。

とまあ、なかなか完璧な流れで進むことができていない。

 

まずは、初回にしっかり先制点を奪うこと。

相手投手に圧をかけて、試合の展開を楽にする。

 

そして、中盤での追加点。

相手に攻められている意識を植え付け、流れを渡さない。

 

 

あとは、連打。

得点を奪った後も簡単に終わるのではなく、食らいつく。

 

相手の心を折る攻めを。

そして、最後までこちらのペースで進めることを。

 

 

 

これが、今回俺たちの共通課題。

となると、俺がやるべきことはチャンスメイク。

 

連打のために、何より流れを止めないことが大事。

だからランナーを返すというよりは、チャンスを維持してクリーンナップに回すこと。

 

 

ということで、今日はいつもと同じような打順。

 

1番 遊 倉持

2番 中 大野

3番 二 小湊

4番 捕 御幸

5番 一 前園

6番 右 白州

7番 三 金丸

8番 左 麻生

9番 投 降谷

 

王谷戦で復活した倉持がリードオフマンに復帰。

その後ろは、いつもと同じように並んでいる。

 

先発は降谷で、後ろで投げる予定なのはノリ。

 

 

今の、ベストメンバーだ。

 

 

 

相手の先発は、沢村。

向こうもセンターに東条もいるため、試合途中で交代してだろうな。

 

 

 

先攻は、Bチームから。

という訳で、Aチームの先発である降谷がマウンドへ。

 

それに合わせて、Bチーム先頭打者の木島が打席に入った。

 

 

この木島は、とにかくいやらしいバッティングをする。

アベレージヒッタータイプで、とにかく粘る。

 

追い込まれてからはカット、カウントが悪くなって甘く入った所を狙うか、球数を投げさせてフォアボールを誘う。

 

3年生の亮さんに近い打撃。

 

そもそもこの木島は、亮さんをかなり意識している。

と言うよりも、崇拝に近いかもしれない。

 

 

この木島に、降谷はどう対処するか。

 

まずはストレート。

速いボールが真ん中に行くも、木島は見逃してストライク。

 

続く2球目も、外の高めに決まりストライク。

 

 

御幸も、木島なら追い込まれるまで手を出さないと分かっていたのだろう。

だからこそ、強気にどんどんストライクに構える。

 

 

しかしまあ、面倒なのはここから。

ここから如何に球数を投げずに抑えられるか。

 

 

一年生の時は、粘られてフォアボールが本当に多かった。

そうでなくても、中々球数を投げさせられる。

 

 

 

思い切りいけ、降谷。

攻めろ、一也。

 

2人が選んだボールは、高めのストレートであった。

 

 

最後は152キロの直球。

最後の一球にマックスのギアを入れて、いきなり三球三振で幕を開けた。

 

(これなら今日は、心配いらないかな。)

 

 

立ち上がりは、完璧。

いつも立ち上がりが悪い…所謂スロースターターというべきか。

 

今日は、いい。

 

この後関をセカンドゴロ、三番の日笠はレフトフライと、テンポ良く三者凡退に仕留めてみせた。

 

 

マウンドから戻る、バッテリー2人。

降谷の表情を見る限り、自分でも状態がいいと感じているのだろう。

 

ベンチで防具を外す御幸に、俺は近づいた。

 

 

「状態、いいみたいだな。」

 

「まあな、できれば試合にピークを持って行きたかったけど、こればっかりは降谷の特性だからな。」

 

絶好調があれば、絶不調もある。

その幅が、異常なほど大きい。

 

 

しかし、せっかくの紅白戦の場。

できることなら、試したいことはあるはずだ。

 

「カーブは使うのか?」

 

「そりゃあな。実戦で試せるうちに、使わねーと。」

 

丹波さんから教わった、降谷のカーブ。

というよりは、丹波さんと降谷の感覚と、落合コーチの知識を擦り合わせたカーブ。

 

練習でもだいぶ投げるようになり、だいぶ制球できるようになってきた。

 

 

握りとしては、ナックルカーブから少し変更。

人差し指を完全に離して、中指と親指でのみ支えるような握る。

 

降谷のオーバースローと相まって、高いところから縦に落ちるカーブが結構相性がいい。

 

 

「これを、どの場面で投げられるか。」

 

「フォークほど使えなくていい。追い込んでからというよりは、カウント稼ぎで使えることが理想、だな。」

 

 

まずは、試合で問題なく投げることができる。

そして、ランナーを背負っている場面でも投げることができれば良い。

 

コントロールに関しては、ストライクからボールに落ちる球なんて欲は言わない。

真ん中から低めに落ちれば、OK。

 

 

追い込んでから、三振を狙ってフォーク。

ストレートの目眩しというか、カウント球としてカーブ。

 

役割分担というか、そんな感じ。

 

 

 

 

 

さあ、降谷の話もそうだが。

今日の課題は、攻撃だもんな。

 

 

「じゃ、いくぞ倉持。」

 

 

ここ最近は不調だったこの男。

やはり彼が一番にいる方が、しっくりくる。

 

この間の試合では、猛打賞。

打撃は復調の傾向にある。

 

「繋ぐ準備しとけよ、大野!」

 

「おう、出ろよ倉持。」

 

 

青道のリードオフマンが、蘇る。

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード98

 

 

 

 

 

 

試合前最後の紅白戦を行った俺たち。

結果からいうと、かなり良い内容になった。

 

まずは初回。

Aチーム先発の降谷は、三者凡退に抑える。

 

 

対するBチームの先発は、沢村。

先頭の倉持をセカンド後方に落ちるヒットで出塁すると、すかさず盗塁。

 

続く俺がヒットで繋ぎ、クリーンナップへ。

 

しかし、沢村も粘り強さ見せる。

 

3番の小湊をセンターフライ、4番の御幸にヒットこそ打たれたものの、5番の前園はセカンドフライ。

最後の白州も、レフトフライに抑えて最小失点で抑えてみせた。

 

 

降谷はカーブを織り交ぜつつ、5回を投げて被安打6の2失点。

高くなってしまったカーブを痛打されたものと甘く入ったストレートを弾き返されたものの2つのタイムリーで失点を喫した。

 

しかし、結果以上にいい内容。

何より、カーブとの緩急差が思った以上に効果的面であり、ストレートをより生かすことができた。

 

 

課題はやはり、フォアボールだろう。

連打を浴びての失点というよりは、フォアボールからランナーを進められての失点。

 

前々からの課題なんだが、まあ仕方ない。

そう簡単に直せるものじゃないことは、御幸も落合コーチも、勿論俺も分かっている。

 

 

 

対する沢村も同じく、5回を投げて2失点。

初回こそ連打で失点してしまったものの、ストライクゾーンの両サイドを目一杯使った投球で、試合を作る。

 

特にチェンジアップがかなり冴えており、キレのある直球と相まって三振を取れていた。

 

 

課題は、左への攻めだな。

少し利き手側に変化するチェンジアップが浮いてしまうと、やはり痛打されてしまう。

 

失点は2つとも、甘く入ったチェンジアップを御幸と白州に打たれたもの。

ここは投げ込んで、失投を減らすしかない。

 

 

 

ノリと東条も内容としては○。

 

シンカーを解禁したノリは、対右だけでなく左に対してもかなり刺さっていた。

 

東条は、持ち前の制球力と多彩な変化球でゴロを量産。

低めに小さく動くボールを投げ続け、しぶとく抑えた。

 

 

 

野手の先発は、それぞれが躍動。

倉持は5打数2安打2盗塁と、出塁してからの強さを発揮。

 

御幸は4打数の2安打、3打点。

勝負強さもそうだが、やはり安定感が出てきている。

 

 

ちなみに俺は、4打数2安打。

倉持と共に得点に絡むケースを作ることが出来た。

 

 

 

チームの状態は、かなり良くなっているはず。

 

投手陣も、頼もしくなってくれた。

野手もそれぞれが仕事を全うし、打線も形を帯びた。

 

 

あとは、仕上げか。

次の試合は、市大三高。

 

そして、その次の試合は。

 

 

 

 

いや、まずは目の前の試合だ。

天久というエースに、強力な打線。

 

はっきり言って、昨春に戦ったときと変わらないか、それ以上の実力があるはずだ。

 

 

あと2つ。

勝って、監督と長く野球をしたい。

 

その思いを胸に、息を吐く。

するとまた、耳に突き刺さる声。

 

 

「なっさん!どうでしたか今日のピッチングは!」

 

 

沢村である。

こいつはまた、今日もうるさい。

 

 

「低め要求の小野に対して、浮いた球が多かった。特にチェンジアップ、市大三高からは狙われるぞ。」

 

「ぐぬぬ、おっしゃる通り。」

 

 

抜けた変化球は、球質も軽く変化も小さい。

特にチェンジアップは、高めに浮くとただの棒球になる。

 

市大三校は、爪の甘いチームではない。

気の抜けたボールを投げれば確実に仕留められる。

 

 

「試合を作る技術に、お前の持ち味を生かしたピッチングは、見れた気がした。」

 

「そうですか!」

 

テンポのいい投球に、意図して動かせるボール。

さらに緩急を作る、チェンジアップ。

 

強気な投球は、健在。

外の投球にも磨きをかけて、攻めの幅も広がった。

 

 

本当に。

 

「成長したな、沢村。」

 

あ、やば。

こういうのは大会後に行ったほうがよかったか。

 

試合前にこんなこと言って気負わせたら悪いし。

 

 

そう思っていた俺だったが、沢村から返ってきたのは、予想外の答えであった。

 

 

「まだ、敵いません。」

 

「…なんのことだ。」

 

「まだ、足りません。エースになるにはまだ足りないって、今日もまた実感しました。」

 

 

そう言って、沢村は俯いて胸に手を置いた。

 

「はっきり言って、なっさんにも、降谷にも届いていないのはわかります。」

 

ほう。

 

「でも、俺は。」

 

「成長しているさ、確実にな。」

 

 

入った時は、ただ面白いやつだとは思った。

東さんを三振で抑えた時は、少なからず可能性を感じた。

 

夏の大会で、こいつの才能に驚愕した。

 

 

 

そして、秋大会の今は。

降谷と並んで、チームを支える投手になってくれた。

 

はっきり言って今は、俺なんかよりもずっと。

チームのために、戦っている。

 

 

「今のお前は…」

 

「待ってください!」

 

俺が言いかけた時、遮るように沢村は割って入った。

 

「なっさんがいるから、俺たちは成長できたと思っていますし、これからも成長できると思っています。まだ実際に越えられたなんて思っていません。次の大会で必ず、エースナンバーを奪って見せます。」

 

 

沢村の瞳に、俺がどうやって移ったかわからない。

しかし、いらん心配をかけた。

 

俺は、どんな顔をしていたのだろうか。

自分でもわからないし、あまり想像したくないかな。

 

 

「まあ、そうだな。俺も負けないよ。」

 

 

遠いな、この2人は。

それに、眩しすぎる。

 

少し褪せた視界に、沢村と降谷がやけに眩しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード99

 

 

 

 

 

「以上が、青道高校の予想スタメンになります。」

 

 

市大三校。

都内でも有数のスポーツ強豪校であり、各スポーツで全国に名を轟かせている。

 

特に野球部は甲子園常連で、群雄割拠で有名な西東京地区でもトップスリーに入る強豪校として名高い。

 

 

そんな彼らが準決勝で対戦する相手は、同地区のライバルの青道高校。

 

決勝で当たる薬師高校に雪辱を果たすためにも、この試合は何としてでも勝たなければいけない。

 

 

対戦相手の青道高校といえば、今大会でも優勝候補筆頭と言われる実力のある高校だ。

 

充実した投手陣に高い守備力。

扇の要である御幸を中心に、守備範囲の広い二遊間、そして身体能力の高い中堅手による堅牢なセンターライン。

 

 

投手は、怪物と呼ばれる一年生、降谷暁。

最速154キロの直球に大きく落ちるフォークが持ち味の本格派右腕。

 

コントロールは悪いものの、その剛腕から放たれるボールは異常なほど、奪三振率が高い。

 

 

「調子の良し悪しは激しいですが、フォアボールが多いです。甘いボールは少なからず来るため、そこを狙い打つしかありません。」

 

 

もう1人の先発候補は、沢村。

こちらは、安定感のある軟投派左腕。

 

外内の左右を幅広く使い、快速球と動くボールでテンポ良く打者に打たせる。

 

 

「今大会からチェンジアップを投げていますが、これのせいで更に投球術に磨きがかかりました。」

 

 

正直、今の青道の中で一番出てきてほしくない投手。

安定感含め、意外と降谷よりも付け入る隙がない。

 

そしておそらく、この男が先発してくる。

 

 

「動くボールは厄介ですが、しっかりと振り抜けばかなりの確率で内野の頭を抜けますね。球威もある方ではなさそうなので、多少芯を外してもヒットを許している光景は今大会でもありました。」

 

 

特にミートポイントの広い金属バットだと、少し芯を外しても飛ぶ。

 

あとは、やはり一年生。

コースが甘くなることも、変化球が高めに浮いてしまうこともある。

 

そこをしっかり狙えば、連打の可能性も出てくるはずだ。

 

 

あとは、リリーフ2人。

サイドスローの川上と右の東条。

 

比較的コントロールがいい2人で、短いイニングで出てくる可能性が高い。

 

 

「ちょっと待ったー。」

 

 

言動と比例しない覇気の無い声で、天久はわざとらしく手を上げて言った。

 

 

「エースは大野夏輝だろ?投げねーのかよ。」

 

「原因はわからないけど、多分投げられないと思う。怪我か、それ以外の理由があるのか。どちらにせよ、帝東との試合で投げなかった時点で、今大会は投げないと思います。」

 

 

今大会、まだ投球が無いエースの大野夏輝。

夏の大会では、強力な稲実打線を圧倒した、世代でもトップクラスの実力者だ。

 

針の穴を通すほどの精密なコントロールと、キレのあるストレートとツーシームの投げ分けで三振を量産する。

 

安定感、またピンチを背負った時の集中力も高い。

且つ、要所で見せる最大出力は、世代最強左腕と名高い成宮を凌ぐとも噂されている。

 

 

そんな彼も、今大会はここまで登板ゼロ。

度々ピンチがあったにも関わらず投げなかった彼は、きっと投げないはず。

 

 

「まーいいや、何にせよ点取られなきゃいいだけだし。」

 

しかし、少なからず天久にも思うことはあった。

 

 

(投げ合いたいなとは、思ってたんだけどな。)

 

夏の大会でも、その前の春の大会でも。

どことなく、大野夏輝という投手に魅力を感じていた。

 

強気な投球スタイルに、キレのある変化球。

球速も球種もまるで違うが、何となく自分と似ているような気もしていた。

 

だからか、普段からあまり他の投手に興味を示さない天久も、大野に対しては少しばかり気にしている所があった。

 

 

(関係ないか。今は俺を迎え入れてくれたみんなのために、投げることだけを考えよう。)

 

 

天久は、一度チームを離れていた。

 

充実した生活というか、高校生らしい生活。

彼女と遊んだり、普通に友達と遊んだり。

 

しかし、ここは都内屈指の強豪校。

練習量も多ければ、拘束時間も長い。

 

そのため、もちろん遊ぶ暇もなければ、それこそ休日に出かけることなんかもできない。

 

そんな生活に嫌気がさした彼は、チームから去っていった。

 

 

しかし、野球から離れた約一年。

天久に、充実感はなかった。

 

転機は、夏の大会。

 

ダークホースに敗れ、崩れ落ちるエース真中。

涙を流すナインを、天久は観客席から傍観することしかできなかった。

 

 

己の無力さと、何もせず腐っていた不甲斐なさ。

ある種、投手としての、責任感のようなものかもしれない。

 

チームに戻った彼は、ひたすらに練習に励んだ。

この市大三校の勝利のために、腕を振るうことを決心したのだ。

 

 

一度逃げた自分を迎え入れてくれた、チームメイトのために。

 

 

 

 

 

 

「あとは、投手陣に目が行きがちですが、攻撃力も地区トップクラスになります。」

 

 

そう、この青道はかなりの得点力も有している。

帝東との試合では一点ゲームになったものの、他のチームとの試合ではかなり点が入る。

 

4番の御幸は言わずと知れたチャンスヒッターだが、今大会からはランナーがいない場面でも出塁するケースがかなり増えている。

 

 

1番の倉持は、俊足のリードオフマン。

 

今大会打撃の方では不振に陥っているのだが、塁上での揺さぶりと走塁技術は健在。

塁に出す訳には行かない。

 

 

2番の大野だが、打者としても優秀。

長打こそないものの、高いミート力を生かした出塁し、チャンスでクリーンナップに回す。

 

3番の小湊は、チームトップの打率を誇る安打製造機。

この上位打線で、確実にチャンスを作って4番の御幸に回す。

 

 

5番の前園は、天性のプルヒッター。

上記の打者に比べて確実性には欠けるものの、帝東戦で決勝タイムリーを放つなど勝負強さを発揮していた。

 

 

6番の白州は、仕事人。

主将である彼は、派手さこそあまりないものの、状況に応じたバッティングが強み。

 

何より、かなり打撃技術が高い。

ミート力も高く長打も打てるため、打撃の総合力は御幸を上回る。

 

 

 

この6人が、打線の中核。

他にも、鵜久森との試合でホームランを放った金丸や降谷など。

 

上位には打率の高い打者、そして下位には一発のある打者と、抜け目のない打線はかなりの得点力を誇っている。

 

 

 

 

「かなりバイオレンスな打線だが、抑えられない相手じゃない。どんなにいいバッターでも、パーフェクトな訳じゃない。天久ボーイ、いけるな?」

 

 

監督である田原がそういうと、天久が小さく頷く。

それを確認して、また視線をナインに移した。

 

 

「野手は天久ボーイをアグレッシブな守備で盛り立ててやってくれ。攻撃は、何も心配していない。君たちのパワフルな打撃で、相手を圧倒しようじゃあないか!」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

おそらく、今大会最も緊迫した試合になる。

青道の面々もそう思っているだろう。

 

 

現時点で最高峰の完成度を誇る両チームの熱戦が。

始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード100




記念すべき(?)100話になります。/チキチキバンバン!/
まだまだ続きますが、どうかお付き合い下さい。





 

 

 

 

秋の昼空は、澄んでいた。

 

雲ひとつないほどの快晴は太陽の光を帯びて輝く。

適度に上がった気温は、秋特有の心地の良い空気と相まって絶好の行楽日和となっていた。

 

「いい天気だな。」

 

ベンチ前でバットを振りながら、御幸がそう言う。

確かにここ最近晴れること自体は度々あったが、やはりここまで綺麗な晴れは久しぶりだ。

 

何より、かなり気温が上がっている。

 

 

「だな。絶好の野球日和だ。」

 

「呑気にいうよ、全く。」

 

 

肩をぐるりと回し、俺も息を吐いた。

これから始まるのは、きっと厳しい試合になる。

 

もちろんここまで楽な試合なんてものはなかったが、それでも。

多分、一番苦しい試合になると思うんだ。

 

 

「集合。」

 

監督に呼び集められ、ベンチ前に揃うナイン。

ピリついた空気に、みんなの顔も険しくなる。

 

試合が、始まる。

 

 

「ここまでの試合、一つも楽な試合はなかった。お前たちもよく、ここまで勝ち上がってきた。」

 

監督が全員の目を見て、続けた。

 

 

「これ以上、何も言わん。俺たちの野球で、勝とう。いいな?」

 

「「「はい!」」」

 

「白州、いつもの言っておけ。」

 

「はい。」

 

 

そうして、白州に合わせてナインで円陣を作る。

 

これが、青道高校の伝統。

 

戦う準備はできた。

あとは試合開始を、待つだけだ。

 

 

 

白州が胸に手を当てる。

それを確認して、俺たちも胸に手を当てた。

 

一息吐き、白州が口を開いた。

 

 

「ここまで来たな、みんな。」

 

成孔学園から始まり、その次は帝東。

鵜久森も本当に、強かった。

 

王谷も決して楽な相手じゃなかった。

 

 

俺は投げられず、一年生頼み。

それでもみんなで、勝ち上がってきた。

 

 

「俺が引っ張ってきたとも思っていないし、みんなが俺を助けてくれたと思っている。」

 

 

寡黙で、静かに闘志を燃やす男。

言葉でというよりも、行動やプレーでみんなを引っ張る男。

 

前キャプテンの、哲さんのような主将となってくれた。

 

 

「ここまできたんだ。行こう、最後まで俺たちらしく。」

 

 

白州が笑う。

そして、みんなが笑う。

 

そして、俺たち青道の主将が、大きく息を吸った。

 

 

「俺たちは誰だ!」

 

「王者青道!」

 

「誰より汗を流したのは!」

 

「青道!」

 

「戦う準備はできているか!」

 

「応!」

 

「我が校の誇りを胸に、狙うは全国制覇のみ!」

 

 

「行くぞオオオオオオオオ!」

 

「オオオオオオ!」

 

 

天高く挙げられた腕。

燃え上がる青い炎は大地を揺らし、観客たちの声援と共に舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先攻は、俺たち青道高校。

青道のリードオフマン、倉持が打席に入る。

 

打撃復調、というよりは開花したこの男。

きっと何とかしてくれる。

 

 

そう思った、刹那だった。

 

 

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 

三球三振。

まさに圧巻の投球で、倉持を捩じ伏せる。

 

勢いのまま振り上げられた右腕。

その人差し指が、ピンと一本起き上がった。

 

 

「まずは、一つ。」

 

見下ろすその姿は、まさにエースそのもの。

既視感にも似た感覚は。

 

(同じだ、俺と。それに、鳴と。)

 

 

バットを肩にかけ、打席へと向かう。

そして息を吐き、右手に握られたバットを天久に向けて掲げた。

 

ゆらゆらとバットを揺すり、タイミングを取る。

 

 

 

初球、速いボール。

甘めのコースに入ったストレートだが、球威に押されて空振り。

 

速い、何より威力が凄まじい。

 

これが、天久のストレート。

はっきり言って、ここまでの相手とは比べ物にならないほどだ。

 

 

2球目もストレート。

これもバットに当たらず、ストライク。

 

 

追い込まれた。

最後は、何で来る。

 

倉持に対しては、フォークだった。

 

 

ストレートか、スライダーか。

どちらにせよ、ゾーンに来たら反応する。

 

 

3球目。

ストライクゾーンの高めに迫るボール。

 

甘い、これなら、捉えられる。

 

 

そう思った瞬間、俺の視界から白球が「消えた」。

 

 

「…は?」

 

 

思わず、後ろを振り返る。

キャッチャーミットに収まっているボール。

 

三振したのか、俺は。

 

 

これが、噂のスライダー。

正直、真中さんのそれとは比べ物にならないぞ。

 

 

 

俯き加減でベンチへ戻る。

そしてすれ違い様、小湊に耳打ちした。

 

「やばいよ、あのスライダー。」

 

「反応を見れば、何となく。」

 

「正直俺は視認できなかった。キャッチャーミットに入ってから、スライダーだって認識した。」

 

「そんなにですか?」

 

 

うん。

何なら、消去法で、あのキレはスライダーだって決めつけてるだけ。

 

でも、俺よりも目が良い…というよりは、感覚が鋭い小湊ならきっと。

 

 

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

しかし、天久。

ここもスライダーで空振り三振。

 

たった10球で、1、2、3番を三者連続三振。

天久光聖の圧倒的な投球で、この試合は幕を開けた。

 

 

「GOGO三校!GOGO三校!」

 

「いけ!市大三校!」

 

 

天久の投球で、流れは市大三校に持って行かれた。

会場も何となく、彼の圧巻の投球に目を奪われている感じだ。

 

この嫌な感じは。

 

 

いや、これを払拭できるのは、お前だけだぞ。

 

 

肩をぐるりと回し、マウンド上で淡々と準備をする男。

高い上背の肩がゆらりと揺れる。

 

男は小山で腰を折ると、そこに置かれた小さな袋に手を当てた。

 

 

流れを変えろ。

この空気を、強引に引き寄せることができるのは。

 

 

お前だけだ、降谷。

 

 

(流れを変えろ、降谷。そして、全てを。)

 

 

 

捩じ伏せろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード101

 

 

 

 

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 

球審のコールが響き渡り、マウンド上からゆっくりと降りる降谷。

彼が振るった剛腕はまさに、怪物という異名がぴったりだった。

 

市大三校と青道の準決勝。

伝統の一戦とも呼ばれる強豪校同士の戦いは、両投手の圧巻の三者連続三振で幕を開いた。

 

 

「飛ばし過ぎだ、バカ。」

 

「完全に天久に感化されたな。」

 

 

ベンチに向かうこの短距離で、エースと正捕手に囲まれる降谷。

そしてその表情は、不服そのものであった。

 

何と言っても、ご指摘2連発だから。

 

 

「しかし、よく流れを渡さなかった。」

 

 

ベンチに帰ると、座っていた落合がつぶやく。

思わず降谷も、その言葉で表情が和らいだ。

 

 

辛口で有名な落合が、フォローに回る。

 

まさに異様な光景であり、他のチームが見たら中々呆気にとられるであろう。

 

 

「確かに。」

 

「あれくらいやった方がいいかもな。今日は沢村も控えているわけだし、出し惜しみして抑えられる打線じゃあるまい。」

 

 

相手は、都内でも随一の攻撃力を誇るチーム。

省エネで抑えられるほど、甘くはない。

 

 

しかし、そんな降谷のことよりも青道にとって攻略しなくてはいけない問題が一つ。

それは。

 

 

(あいつだよな、問題は。)

 

 

マウンド上で肩を回す天久。

先ほど投げた降谷と同じ仕草を見せると、捕手から投げられた白球を掴んだ。

 

 

 

今日の最速は、既に145km/hを計測している。

この速いストレートに加えて、同じ軌道から高速で変化するスライダー。

 

基本的には不安定というか、日によってかなり変化量とキレが変わるボールである。

甘く小さく変化することはあまり無いが、大きく変化し過ぎて制御しきれないことは偶にある。

 

 

しかしこの日の天久のスライダーは。

と言うより、天久の感覚は最高潮まで研ぎ澄まされていた。

 

ストレートは指にかかり、スライダーのキレは最高。

変化こそ大きくなりすぎているが、それでも制御出来ないほどでは無かった。

 

 

(こんな感覚、久しぶりだ。)

 

 

2回の青道の攻撃は、4番の御幸から。

 

チームでもトップクラスの打撃センスを持つこの男。

4番に相応しい実力者。

 

 

しかし、今日の天久を止めることはできなかった。

 

 

スライダー2球で追い込み、ストレートを一球外す。

最後も低めに外れるスライダーを振らせて三振。

 

前の回から4者連続の三振で、天久のエンジンはどんどん上がって行った。

 

 

(こいつ…)

 

三振に喫した御幸は、思わず小さく舌打ちをしてしまう。

全くバットに当たらない、何より完璧にやられた。

 

 

 

元々天久は、立ち上がりがいい方ではない。

寧ろムラッ気のある彼は、スロースターターと形容されるほど立ち上がりはあまり良くないのだ。

 

 

なのだが。

今日は、初回からフルスロットルである。

 

後半どうなるかは誰もわからないのだが、現時点の彼は関東最高クラスの投手と化していた。

 

 

 

この後の前園は高めのストレートに空振り三振。

またも威力のある146km/hの直球で、前園のバットをくぐり抜けていく。

 

降谷ほどではないが、この天久も中々粗い。

しかしそれだけに、力はある。

 

 

最後の白州がなんとかバットに当てるも、これも弱い打球。

 

セカンド正面に転がった打球は完全に討ち取ったものであり、二塁手の福田が軽快に捌いて3アウト目を奪った。

 

 

これが天久光聖。

市大三高の、エース。

 

マウンド上で躍動するその男に、大野は少しばかり嫉妬心すら覚えた。

 

 

そしてすぐに、その思いを噛み潰した。

今更、投げられることを羨んでも仕方ない。

 

自分の、不注意だ。

そう言い聞かせて、大野は外野手用のグローブを左手に嵌めた。

 

 

マウンドへ向かう準備をする降谷の背中を、ポンと叩く。

 

 

「感化されることは悪くないが、それでペースを乱したら元も子も無いからな。お前は、お前の投げたいように投げろ。」

 

 

エースとして、自分ができる最善を尽くそうと。

そう、大会が始まる時から決めていたのだから。

 

 

「大野先輩。」

 

「なんだ?」

 

普段頷くだけの降谷が、珍しく返答をした。

 

目を合わせるでもない。

ただ降谷は、帽子の鍔に手を当てて、小さく呟いた。

 

 

「必ず、繋ぎますから。」

 

 

そう言って降谷は、マウンドへと向かっていく。

その姿は正に、逆境でもチームを背負って投げ続けた、エースの姿と重なった。

 

 

 

 

剛腕は大地を鳴らし、歓声は空を揺らす。

天久のそれを上回る為に、降谷は右腕を振るった。

 

まずは、この回先頭の星田。

昨年から5番を任されており、その力強い打撃から満を辞して4番を任された。

 

その力量は本物であり、打点は今大会トップタイの11打点である。

 

 

長打力は去ることながら、高い打率とチャンスにも強い。

間違いなく、今世代の東京都を代表するスラッガーの1人である。

 

 

 

しかし降谷は、この星田に対して真っ向勝負。

高めのストレートで力押しをすると、最後はフォークで空振り三振。

 

天久の好投で傾きかけていた流れを、強引に引き戻す。

 

これが、降谷暁。

不器用ながら、それができる。

 

 

続く5番の森をフォークで空振り三振。

6番の高見もストレートで空振り三振に切ってとると、天久が作った5者連続三振を上回る6社連続三振を繰り出し、次の回まで連続三振記録を継続させた。

 

 

 

傾きかけていた流れを引き戻す。

寧ろその圧巻の投球で、会場の流れを降谷が独占した。

 

 

「いいぞ降谷!」

 

「今日最速更新するんじゃねえか!?」

 

「こいつなら160出るんじゃねえの?」

 

 

球は走り、フォークも切れる。

 

何より、球が荒れている。

高めでガンガン空振りを奪うから、観客は見ていて気持ちがいい。

 

 

そんな光景を見ながら、三校ベンチは若干ながらやりにくさを感じていた。

 

 

会場の空気が、完全に向こうのもの。

こういう時は決まって、ムードがいいチームに何かが作用する。

 

 

「やりにくいな、大丈夫か光聖?」

 

 

チームの主軸である宮川が、思わずこぼす。

しかし、当の本人でありこれからマウンドに上がる男は。

 

 

「何が?」

 

 

すっとぼけていた。

というよりは、何がやりにくいのか本当にわかっていない様子だった。

 

 

「何って、完全に青道ペース…っていうか、降谷ペースじゃねえか。」

 

 

ため息混じりにそういうと、天久はまたしても首を傾げた。

 

 

「関係ないっしょ、俺には。やることは変わんねーし、勝手にやらせときゃいいでしょ。」

 

「その通り、天久ボーイ!YOUたちはYOUたちの野球で驚かせてやりなさい。」

 

そうして、監督である田原はサムズアップ。

それを見て、ナインたちは笑った。

 

 

「まずは先頭からな!行こうぜ光聖!」

 

「それにさ…。」

 

 

声を上げる主将の安達。

しかしそれに構わないと言わんばかりに、悠々とマウンドへと向かう天久は独り言のように呟いた。

 

「黙らせりゃいいんだろ。ここの主役は、俺たちなんだからよ。」

 

 

そう言い放った天久の瞳は、帽子の影で目立ちはしなかったが。

 

 

ある日のエースたちのように、黄金色の輝きを増して光った。

 

 

 

 

 

 

 








世代を代表する右腕は、天久でなくては。




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エピソード102

 

 

 

 

 

 

回は進んで、5回。

ここまで走者を許さない三校エースの天久が、またもマウンドに上がる。

 

打席に立つのは、4番の御幸。

チームの主軸であり、幾度となく試合の流れを変える一打を放ってきた。

 

 

その御幸と天久の二度目の対戦。

正直この手の打者を、御幸は苦手としていた。

 

 

コントロールが悪く、球が荒れている打者。

何より、この日の天久の様子に、御幸は違和感を感じていた。

 

 

(あの瞳は…。)

 

帽子の鍔で、上手く見えない。

が、深く被られている帽子からチラリと見え隠れする大きな黄金色の瞳が、キラリと煌めいた。

 

 

どことなく、見覚えがあった。

 

否、鮮明に覚えていた。

忘れもしない、色こそ違えど、あの瞳の輝きは。

 

 

真夏の太陽で輝いた、彼らと同じものである。

 

 

極度の集中状態に陥り、且つチームを背負った男。

そして何より、投手として全てを捻じ伏せることを許されたものだけがたどり着くことができる状態。

 

所謂、ゾーンに入るというもの。

この状態を陥った選手を攻略することは、まず難しい。

 

 

しかし、それだけに弱点があることも御幸は理解していた。

 

 

(目の前で見てたからな、いやでも忘れらんねーよ。)

 

 

まずは、目の前の投手に集中。

御幸は頭の中を一度クリアに史、打席へと入った。

 

 

球は走り、コントロールこそブレて居るものの、変化球のキレは圧巻。

何より、どのボールにも力がある。

 

だからこそ、御幸はシンプルに考えた。

 

 

 

息を吐き、バットを掲げる4番。

小さな丘の上で、エースは打者と同じようにフッと小さく息を吐いた。

 

 

(なーんか、やな感じ。打ちそうだよね。)

 

 

ゆったりと両腕を振り上げ、頭の後ろで腕を組むようにして静止。

その腕を胸の前に持ってくると同時に足を振り上げ、腰を捻り始める。

 

打者に左肩がまっすぐ向けるとまた静止して、身体を弓のように張って、投げた。

 

 

(風格あるっていうかさ。)

 

投げられたコースは、真ん中高め。

御幸も初球から振りに行くが、彼の視界から再び白球は消えた。

 

ストライクゾーンからボールゾーンに滑り落ちる、縦のスライダー。

とにかく今日は、これが切れている。

 

 

(てか、結構イケメンだよな。あのバイザー似合うのあいつぐらいだろ。)

 

2球目のストレート。

スライダーを少しでも意識してしまうと、これに手が出ない。

 

あくまで、ストレートがあっての変化球。

この真っ直ぐに力があるからこそ、対を為すボールに命が宿るのだ。

 

 

(4番でキャッチャー、チャンスに強い。高校野球の申し子感すげーし。)

 

 

3球目のストレートは御幸も反応し、ファール。

147km/hの高めに決まるボールだが、御幸も食らいついてみせた。

 

しかしこれに対応すると。

 

 

 

「ここもスライダーで空振り三振!幾度となくこのボールにバットが空を切っています!」

 

 

未だにランナーすら許さない天久。

所謂、パーフェクトピッチングというもの。

 

 

対する降谷もまた、フルスロットル。

初回から7者連続三振を含む12奪三振を見せるなど、圧巻の投球。

 

 

強打がウリの2チームが、得点を奪えない。

2人の本格派右腕が、どんどん輝きを増していく。

 

スコアボードに刻まれていく0。

 

 

 

その均衡を破ったのは、エースである降谷自身であった。

 

6回表、2アウトランナーなし。

未だにパーフェクトピッチングをする天久が投じた、3球目。

 

2ボールとボールが先行した打者有利のカウントで、バッテリーはストレートでカウントを取りに行く。

 

 

しかしそのボールを。

今日絶好調のこの男が、見逃すはずがなかった。

 

 

内角高め。

コースは、甘い。

 

ピッチングのリズムが良く、集中力も高まっている。

 

 

甲高い金属音と共に舞い上がる打球。

力強い打球をじっと見つめながら、降谷は一塁ベースへと向かっていった。

 

 

「は、入った入ったホームラン!今日は投打で大暴れです、ピッチャーの降谷!」

 

 

観客は湧き上がり、青一色のベンチは大盛り上がり。

 

 

「まさに怪物!降谷暁の怪物伝説はここから始まります!」

 

 

歓声で揺れ動く球場の中で、マウンド上だけは静かだった。

 

ガックリと項垂れる天久。

その額からは、先ほどまでとは打って変わって大きく汗が浮かび上がっている。

 

明らかに、大ダメージであった。

 

 

「代償、か。」

 

 

肘当てをつけながら、ベンチ内で大野は御幸に言った。

 

夏の大会、決勝。

その試合で見せた、大野と成宮は圧巻という他がない投球をしていた。

 

後半から両者限界を超え、実力以上の出力を発揮していた。

 

 

普通、ことに於いて練習以上の実力を発揮するということはまず難しい。

というか、ほぼ無理だ。

 

しかし、互いが意識をし、互いが高めあう。

極度の集中状態から、拮抗した実力の持ち主が向かい合った時。

 

 

稀に、限界を超えることがある。

 

 

しかし、それもまた代償がある。

 

本来の実力を超えて投げているからこその、代償。

身体か、精神か、とにかく普段とは比べ物にならないほどの負荷が襲いかかってくる。

 

 

それを象徴するのは、あの夏の試合であろう。

2人のエースは、全く同じタイミングで力尽きた。

 

 

 

当然、スタミナがある2人ですらそうなったのだ。

一時戦列を離れており、スタミナもない天久が、そう長いイニング保つはずもない。

 

 

降谷に一発をあびた天久は崩れ、続く倉持にもヒットを許す。

そして打席には、エースナンバーを背負った大野夏輝が打席に入った。

 

 

マウンド上で項垂れながらも、何とか体を起こす天久。

痛々しい姿にも、大野は淡白な感情を抱いていた。

 

 

(死んだな。)

 

 

無論、生物学上での話ではない。

 

エースとして、戦う瞳ではない。

その目はもう、死んでいる。

 

 

(ここで、折る。)

 

 

そして大野は集中力を高め、バットを掲げた。

 

まずは、ストレート。

高めに抜けているこのボールは完全に外に外れており、見逃してボール。

 

先ほどまでの勢いはもう、ない。

そんな姿を見た大野は、少しばかり寂しさを感じていた。

 

 

(面白いと思ってたんだけどな、こいつも。)

 

 

2球目の抜けたカーブを、完璧に捉えてライトの前へと運んだ。

 

 

一時の集中状態で言えば、本当に成宮と大野と肩を並べていた。

が、流石に戦列を離れていたこともあり、最大出力は長くは持たなかった。

 

 

ここから青道はクリーンナップへ。

2アウトながら、青道は最大のチャンスを迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード103

 

 

 

 

 

2アウトランナー1.2塁で、迎えたバッターは小湊。

今大会の打率ランキングでも3位のバットコントロールの持ち主であり、青道の中ではトップの率を誇る。

 

この小湊もしっかりと仕事をして、天久のストレートをクリーンヒット。

次の打者が最も力を発揮できる状態で、繋いだ。

 

 

満塁。

用意された3つの塁が埋められている状態である。

 

一打出れば、大量得点。

しかし実際には、守りの方が有利と言われることが多い。

 

 

バッテリーは腹を括って勝負することができ、盗塁やセーフティなど、戦略的な攻撃や揺さぶりもかなり使いにくくなる。

 

攻撃面で言えば、意外とやりにくい。

満塁で1点でも、という焦りが生まれやすく、得点が取れる確率が高いとされる分重圧も大きくなるからだ。

 

一般的には、満塁というのは攻撃有利なのだが。

意外と、満塁から無得点というのはよくある話だ。

 

 

 

しかしまあ、これにも例外はいる。

 

 

「4番、キャッチャー、御幸くん」

 

ウグイス嬢の放送と共に、湧き上がる歓声。

それに応えるように、ネクストバッターズサークルからゆっくり歩みを進める打者は、一閃、また一閃とバットを振るった。

 

 

天性のクラッチヒッターであり、チャンスでの打率は異常な程に高い。

 

さらに彼の特性として、ランナーが得点圏に近づけば近づくほど、数が多くなれば多くなるほど打力が上がる。

 

 

つまり、この御幸という男にとって満塁という好条件。

それも、最高の状態で迎える。

 

 

(球は浮いてきてるし、変化も少なくなってる。何より、さっきまでの勢いはどうした。)

 

 

ここまで見せていた圧巻の投球。

その姿は正に、夏の大会で見せた成宮や大野に重なるものがあった。

 

というより、投球スタイルも相まって大野の姿と重ねてしまっていた。

 

 

そのせいか、天久の投球に高揚感すら覚えた。

天久が圧倒的な投球をする姿に、「もし」を連想させていた。

 

だからこそか。

御幸は、力なく投げ続ける天久の姿を見て少し思うところがあった。

 

 

(勝手に、重ねておいてガッカリするとか。)

 

 

首を横に振り、一息吐く。

そして小さく一礼し、左の打席へと足を踏み入れた。

 

ちらりと、投手に目を向ける。

細かい所までは、視力の問題で見えない。

 

しかし、遠目でもわかる。

 

先程までの、吸い込まれるような瞳の輝きはない。

その姿にまたも、歯を食いしばった。

 

 

(なにイラついてんだ、俺。)

 

 

そして御幸は、バットを掲げた。

 

バイザー越しに鋭い眼光が、天久に向けられる。

苛立ち、集中、4番の重圧。

 

もう一息吐いた直後に、御幸は二塁方向から飛ばされた声に振り向いた。

 

 

「一也ー!楽になー!」

 

エースである、大野。

人の気も知らないで…とか思いながら、御幸も小さく笑った。

 

そしてすぐに、天久に視線を戻した。

 

 

初球、スライダー。

少し抜け気味ながら、ゾーンに決まりストライク。

 

また、御幸は息を吐いた。

 

まだ声をかけ続けている大野に一瞬視線を移し、戻す。

 

 

(人の気も知らねえでよ、ったく。)

 

 

また、こうして気を使う。

 

大野夏輝という男は、かなり気を使う。

チームが強くなるために全体を底上げするという側面から、チームメイトに献身的に尽くすことが多い。

 

沢村や降谷は勿論、川上の相談や東条の投手としてのレベルアップの立役者。

 

口数が少なく、人見知りなところもある降谷には、背中でエースを語る。

沢村のような特急列車には、共に行動して時どきブレーキとして面倒を見た。

 

自己肯定感の弱い川上に対しては、いつも気にかけて細かい変化を伝えていった。

賢く投手能力が低い東条に対しては、自分の投球術を伝えていった。

 

 

はっきり言って個性が強すぎるこの4人を、自分と共にまとめ上げてくれた。

投手王国と呼ばれるまでこの青道高校を押し上げた功労者は間違いなく、大野夏輝だと。

 

 

そして投手だけでなく打撃陣の復調も。

それだけ、チームのことを思っていつも行動しているのだ。

 

 

試合になれば、チームを最優先に考え、腕を振るう。

それも、限界を超えるまで。

 

だから、壊れた。

あの肘の怪我は、確実に投げ過ぎによるものだと御幸は踏んでいたのだ。

 

 

この大会は投げられないと分かってからもチームのために、とにかくできることを尽くした。

打撃から守備、そしてコーチングまで。

 

それが結果的に投手全体の底上げにつながったのだが。

 

 

 

普段から、自己犠牲をしがちなのだ。

 

それはきっと自身の責任感の強さだけではない。

2年連続で甲子園の夢を、それも直前で潰えたことが彼の、エースである大野夏輝の中で大きな罪悪感があったと思うのだ。

 

無論、いずれも投手戦の末に最小失点で抑えたのだから、大野には責任を押しつけることはできない。

 

しかし、大野は決まってこういう。

 

「エースだから。」

 

勝ちをもたらすのが、エースであり、投手としての役割。

いつも口癖のように言っていた。

 

 

自分を犠牲にし、チームの勝利を最優先に考えている。

だからこそ、御幸は。

 

 

 

(お前のその姿勢が。)

 

 

バットを握りなおし、目を開く。

 

(肩を並べることも、堂々とマウンドで気の抜けた球を投げることも。)

 

 

投げられた、2球目。

真ん中高めのストレート。

 

失投。

 

 

御幸は鬱憤を晴らすように。

その球を、叩いた。

 

 

 

(並んでねえんだよ、鳴にも。それに、うちの夏輝にも。)

 

一閃。

理想的なスイングで捉えられた打球は、高々と登っていき。

そのまま、大きな大きなバックスクリーンに突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 






一応、次でサクッと市大三校は終わりです。
天久も現時点では、こんな感じです。


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エピソード104

 

 

 

 

 

あ、どうも。

大野夏輝です、市大三高との試合を終えました。

 

試合結果は、5-2で勝利。

6回の集中打で一気に流れをもぎ取り、そのままリードを守りきることが出来た。

 

 

初回から全速力の降谷は、6回を投げて1失点。

後半こそスタミナ切れでマウンドを降りたものの、そこまでは完璧な出来であった。

 

 

圧巻の投球を見せる天久に負けじと、初回からペースを渡さないピッチングをして流れを掴んだ降谷は、正にこの試合の立役者。

 

投球結果以上に、貢献度は高いと思う。

 

 

やはり試合を決定付けたのは、4番。

 

降谷のソロホームランで乱れた天久を一気に攻め立て、作ったチャンス。

それを完璧に生かしたダメ押し満塁ホームランは、4番の風格と相まって凄まじい盛り上がりを見せた。

 

 

その後天久に替わってマウンドに上がった三崎から追加点は奪えなかったものの、4点差あれば十分。

 

7回途中、0アウト二塁で降谷は降板。

降谷に替わって入ったノリが見事に火消し。

 

2回を投げて無失点。

スライダーと、久しぶりに解禁したシンカーで三振を奪った。

 

 

最後の9回。

何とか反撃の糸口を掴みたい市大三高。

 

それに対して青道は、1年の東条をマウンドに送った。

 

 

4点差という大きな点差。

少し焦りが出たバッターたちを、御幸と東条は見逃さなかった。

 

ツーシームと小さく変化するスライダーを低めに集め、最後はストレートを詰まらせる。

カーブも混ぜ、スイングを崩しながら打たせれば、あとは守りの硬いバックが何とかする。

 

4番の星田に1発こそくらったものの、それを引き摺らずに最後まで投げきった。

 

 

 

挨拶を終え、足早に片付け。

勝利の余韻に浸りたいところだが、そうもいかないのだ。

 

何故なら。

 

 

このあとここに、俺たちの決勝戦の相手がやって来るからだ。

 

「早くいくぞ、沢村。次が来るからな。」

 

「は、はい!」

 

 

そんなことを話していると、目の前に現れた影に気がつく。

何かを感じて視線を上げると、そこには見覚えのある男が立っていた。

 

 

「よっ、久しぶり。」

 

黒いアンダーシャツに、縦縞のユニフォーム。

とある球団を連想させる色合いだが、チームカラーはまるっきり違う。

 

切れ長の目付きに、前髪の上がった特徴的な髪型。

成宮のせいであまり話題にはならないが、かなり整った顔立ちのクールなこの男。

 

 

「真田か。夏ぶりだな。」

 

 

真田俊平。

薬師高校のエースであり、クリーンナップを担う薬師の中心的選手。

 

そんなに話し込んだことはないが、この社交的な性格も相まって、会った時には少し話す仲ではあった。

 

 

「だな。肘だっけか、大丈夫だったか?」

 

「まあ、程々にな。」

 

 

俺の肘の怪我が発覚したのは、夏の薬師との練習試合の時のこと。

当然真田も、知っている。

 

それに実はこの真田も、怪我持ち。

確か足だったか。

 

先日肘の検診で行った際に、奇しくも出会ってしまった。

彼も太腿の怪我持ちで、定期的に通っているらしい。

 

それもあって、まあちょっとは話す。

 

 

「相手は、仙泉か。」

 

「そう。決勝で待ってろよ、この間のリベンジしてやるから。」

 

 

真田がそう言って笑う。

やはりこいつは、いい性格をしている。

 

俺も笑うと、もう1つの影が現れる。

真田のそれよりも小さいが、何となく圧を感じる。

 

 

と同時に、とんでもない大音声が耳に突き刺さった。

 

 

「カハハハハ!全員ぶっ飛ばァァす!」

 

こいつもまた、聞き覚えのある声。

自分の顔を鏡で見なくてもわかる、多分今の俺はめっちゃ眉を顰めている。

 

その五月蝿い男と眼が会うと、そいつは俺を指さした。

 

「オオノナツキ、ぶっ飛ばァァす!」

 

「え、えぇ…」

 

思わず、困惑してしまう。

いやまあ、わかるんだけどね、面と向かって言われると流石にあれだな。

 

結構、困る。

 

 

「ああ、宜しくな。轟雷市。」

 

俺がそう返すと、轟も少し間を置く。

そして、大袈裟に頷いた。

 

 

あまり長居しても仕方がない。

それに次の試合も控えている。

 

それこそ早く、出ないとな。

 

 

 

「悪いな、すぐ出るよ。」

 

「良いって。足止めしたのは俺だからよ。」

 

 

最後にそう言って、俺と沢村は慌ててベンチから離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせた。」

 

「おせーよ。薬師のやつらに変なことゲロってねーだろうな。」

 

「そこまで不用心じゃない。」

 

 

先に観客席に腰掛けていた御幸の横の席に早足で座り込む。

その横に、沢村も座らせた。

 

 

「随分真田と仲がいいな。」

 

「向こうが社交的なんだろ。話してみるとわかる。」

 

 

バッグから水を取り出し、口をつける。

そしてすぐに、俺はグラウンドへと目を向けた。

 

 

真田は…リリーフか。

 

ここまでの起用としても、彼はピンチや拮抗してる重要な場面で登板するケースをよく見る。

 

恐らく、それが薬師の勝ちパターンなのだろう。

 

 

まずは試合を作る投手が投げ、圧倒的な打力で点をとったら真田で抑え込む。

薬師のような強力打線だからこそ、できる。

 

 

今日の先発は、1年の秋葉。

去年の夏は投げているところを見てなかったが、投げられるのか。

 

サイドスロー気味のスリークォーターからテンポよく投げ込む右腕。

 

ストレートとスライダーかな、持ち球。

あのフォームじゃ、多分落ちる球はない。

 

 

典型的な、打たせてとるピッチャーだろう。

 

 

 

まあでも、気になるのはやっぱり攻撃だな。

先攻は薬師か、早速見せてもらおうか。

 

 

打順は昨年とあまり変わらず。

1番に秋葉が入り、3番に三島。

 

そして4番に、轟雷市が座る。

 

 

 

打力に磨きが掛かっているのは間違いないはずだ。

さて、どんなもんか。

 

 

残った試合は、ただ1つ。

最後の相手を決めるこの試合、拝見させてもらおう。

 

 

 

 



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エピソード105

 

 

 

 

 

「えぇ、まじで。」

 

 

薬師高校と仙泉高校の準決勝。

 

試合は、思いもしない結果に終わった。

 

 

仙泉のエース、真木を完璧に打ち崩した薬師。

そのスコアは、はっきり言って準決勝のそれでは無かった。

 

 

14-2、5回コールド。

先攻の薬師高校は、17安打14得点の暴力的な得点力でスコアボードに数字を刻んで行った。

 

 

全員がパンチ力のある、強力打線。

ファーストストライクからガンガン振ってくるし、外野まで運ぶ力もある。

 

去年から同じだが、質が上がっている気がする。

 

 

 

いや、違うな。

磨きが掛かっているのは、4番(あいつ)か。

 

今日の試合での結果は、2打数の2本塁打。

殆ど敬遠気味に勝負されたのにも関わらず、少ないそのチャンスを完璧にものにしている。

 

 

昨夏から凄まじい打撃能力だったが、経験値が上がってかかなり対応力も向上している。

 

あとは単純に、技術が上がっている。

 

外を如何に強く叩くか。

そして、速いボールへの対応にも、キレのある変化球への対応力も。

 

全ての水準が、上がっている。

 

 

「すげえ爆発力だな。あれで一年だもん。」

 

 

俺がそうやって呟くと、横にいる御幸が大きな、大きなため息をついた。

それはもう、誰かに何かをアピールするように。

 

何が言いたい。

そう言わんばかりに彼を見つめると、御幸は額に手を当てた。

 

 

「本当他人事だなーもう。誰のせいだって思ってんだよ。」

 

「誰のせいって、誰のせいでもないだろ。あいつがそれだけ練習してきただけのこと。」

 

「分かってねーなー。」

 

 

また、そう言う。

何が言いたいんだこいつは。

 

すると御幸は、頭を掻きながら俺にいった。

 

 

「お前を打倒するために決まってんだろ。」

 

「何だそりゃ。」

 

「あいつの目とかみてりゃわかんだろ。そういうとこ鈍いよな。」

 

 

わかんねーよ!

 

そう言いたかったが、またややこしいことになったら嫌だから何も言わなかった。

 

 

確かに、夏の大会でも3打数の無安打、3三振。

全くもって、寄せ付けなかった。

 

ただそれは、その日の俺が異常に調子が良かったと言うのも大きい。

それこそ、調子でいえば決勝の稲実戦に次いで良かったと思う。

 

夏休みは、俺途中降板してるし。

まあだけど、それまでは完全に抑えていたから…。

 

 

うーん。

俺を倒すために、か。

 

スイングは以前と比べ物にならないほど鋭く、力強い。

何より、1打席1打席に対する集中力がすごい。

 

と言うよりは、考え方が変わっているように見える。

 

 

ただ打席を楽しんでいただけの夏とは、少し違う。

今は、勝ちを求めることにも。

 

だからか、勝負強さも良くなっている気がする。

 

 

「大変だな、あいつを抑えるのも。」

 

「お前がいたらさぞ楽なんだがな。」

 

「買い被りすぎだ。それに、今はこいつらの方が、信頼できるだろ。」

 

 

さ、帰るぞ。

そう言って俺は、バッグを左肩にかけて歩き始めた。

 

 

轟雷市、か。

夏もかなり意識はしていたが、何となく独りよがりというか、個人軍としてのイメージが強かった。

 

だからこそ、怖い打者というイメージしかなかった。

 

 

しかし、こうして見ると。

俺を倒すために練習してきたのかも、そう思ってしまう節もある。

 

 

彼の過去は知らないが、あの時の打席での反応を見るかぎり、完全に抑えられたことはあまり多い経験ではなかったのだろう。

 

だから、試合を通してねじ伏せたあの日。

きっと、何か思うところはあったのだろうな。

 

 

外の球への対応。

そして、キレもあり大きい変化球への対応力。

 

自意識過剰かもしれないが、多分俺対策だ。

 

 

俺の外角低めへの対応と、ツーシームの対応。

そして、速い球への対応力か。

 

 

(最後のは違うだろうけど。)

 

 

しかし、きっと、

彼は、俺を意識してきた。

 

そしてそれは多分、最高の形で成長を遂げた。

 

 

俺たちにとっては最悪だけどな。

んでもって、肝心の俺は投げられないと。

 

 

本当に、苦労をかけるな。

御幸にも、沢村や降谷、それに東条とノリにも。

 

 

 

最後にもう一度、グラウンドに目を向ける。

一瞬轟と目が合うが、俺はすぐにその視線を逸らした。

 

悪いが轟、期待には応えられない。

まだその権利も、力もない。

 

だから今はまだ、お前と戦うことはできない。

 

 

だがそれでも、俺たちも負けるつもりはない。

今は、勝つことだけ考える。

 

 

監督とまだ野球がしたいから。

最後まで、監督が監督で、一緒に甲子園に行きたいから。

 

今は、ただ。

勝つことだけを。

 

 

そうして俺は、投げることのできない右手を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ 各選手の選手能力(秋大決勝時点)

 

尺というか、少し文字数が足りませんがキリが良かったのでかさましします。

 

 

 

 

 

大野夏輝 2年

 

【野手能力】

弾道 2

ミート B72

パワー D56

走力 C60

肩力 A82

守備力 B70

捕球 D51

 

【守備位置】

中堅手 投手

 

【特殊能力】

アベレージヒッター/流し打ち/粘り打ち/ラインドライブ/チャンスメーカー

 

 

 

 

 

 

御幸一也 2年

 

【野手能力】

 

弾道4

ミート B72

パワー A81

走力 D52

肩力 A80

守備力 B78

捕球 B70

 

【守備位置】

捕手

 

【特殊能力】

チャンスA/キャッチャーA/送球A

ホーム死守/対エース/バズーカ送球/決勝打/逆境

 

 

 

 

 

 

白州健二郎 2年

 

【野手能力】

弾道 3

ミート B76

パワー C68

走力 B71

肩力 C64

守備力 B75

捕球 B71

 

【守備位置】

右翼手

 

【特殊能力】

チャンスB/走塁B/送球B

アベレージヒッター/流し打ち/カット打ち/バント○/守備職人/粘り打ち/いぶし銀/選球眼

 

 

 

オリキャラの大野くん。

そして、原作から少し能力改変を入れている2人です。

 

白州はまあ、本当にもっと評価されていいと思う。

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード106

 

市大三校との試合を終えた俺たち。

しかし、うかうかしていられない。

 

何故なら、次の試合は明日に迫っているのだから。

 

 

明日は、決勝。

対戦相手は、準決勝でも圧倒的な攻撃力を見せた薬師高校に決まった。

 

 

 

「で、どうよ。」

 

「どうよと言われましても。俺はエスパーじゃないですよ、純さん。」

 

 

試合を明日に控えているということで、今日は最後の調整。

チーム全体の確認練習と調整を行うということで、今日は三年生の先輩方もきていただいた。

 

打撃練習の番を待ちながら、俺は三年の伊佐敷純さんと軽く談笑しながら待っていた。

 

 

「調子だよ、チームの。」

 

「いいと思いますよ。打順も固定されてきて、何より一年生たちの伸び代がすごいです。」

 

 

沢村と降谷は勿論、東条や金丸。

それに、小湊も体力がついて守備やプレーに安定感が出てきた。

 

金丸は、思い切りの良い打撃に勝負強さ。

東条は、足りなくなった中継ぎの枚数を補ってくれた。

 

 

みんな、すごく成長してくれた。

それにきっと、これからもどんどん成長してくれるはずだ。

 

 

「俺の目から見たら、お前らも随分変わったように見えるけどな。」

 

「え?」

 

純さんの言葉に、思わず俺は聞き返してしまう。

 

 

「俺たちが引退したばっかの時は、皆がそれぞれが全部やろうとしてたように見えたからな。俺たちの時もそうだったんだけどよ。今はお前ら、いい意味で役割分担できてるっていうか、それぞれができることを集中してやってるからか。ともかく、前よりもお前ら、雰囲気良くなってるぜ。」

 

 

お、おお。

あまり実感はなかったけど、そう言って貰えると嬉しい。

 

確かに、役割分担。

個の力というよりは、それぞれができることを全うして、強いチームを作るのを目標にしてきた。

 

 

それは俺たちがここまで掲げてきたテーマ。

監督と共に言った、「全員で勝つ」。

 

 

「でもお前、良いバッティングするようになったじゃねえか。」

 

「そうですかね、長打はないもんですから。」

 

「お前だってブンブン丸よりもミート上手い方が嫌だろ?」

 

 

確かに、それはそう。

にしても俺も、そこまで率が高いわけじゃないし。

 

そんなことを話していると、俺の出番が回ってきた。

 

 

バッティングピッチャーは、東条。

タイプこそ真田と真逆だが、使っている変化球は近しいものがある。

 

特に東条はコントロールがいい為、俺が苦手なコースもガンガン放ってくれる。

 

 

「インコースのカットとツーシーム多めで頼むわ。あとはお前の裁量で。」

 

「わかりました。」

 

テンポよく投げ込まれるボールを、弾き返していく。

真田はインコースにドンドン攻めてくるから、後手に回ったら完全にやられる。

 

強気に、こちらも応えていくしかない。

 

 

内に来たボールを、引っ張り方向と流し方向にそれぞれ打ち込んでいく。

 

この大会、俺は投手として闘うことができなかった。

だからこそ、最後まで。

 

この大会は、打者として。

チームの勝ちに、貢献してみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通り練習を終えると、俺たちは決勝前最後のミーティングへ。

 

研究のスペシャリストである渡辺が分析結果の報告を終えて、大体の試合の流れを掴んだ。

 

 

 

スタメンと、先発投手。

そして、試合運びや流れの確認。

 

あとは、対戦相手の薬師について。

 

 

今更、こうしろああしろと、細かい話はない。

最後の確認作業のような、そんなもの。

 

 

 

「明日の先発は、降谷。早い回から沢村も行けるように準備しておけ。」

 

監督の発表に、降谷が小さく返事。

それに続くように、今度は喧しいくらいの声で沢村が返事をした。

 

 

薬師のようにガンガン振ってくるチームに、沢村や東条は分が悪い。

ミートポイントの広い金属バットに対して、動くボールは木製よりも有効打になりにくい。

 

振り抜かれてポテンヒットというのが、かなりあるのだ。

 

 

降谷のような豪速球で捩じ伏せるのが、多分1番効果的だ。

特にフォークを投げる降谷にとっては、速球に対して合わせてくる薬師とはかなり相性はいいハズ。

 

まあ、甘く入ったらやられるのだが。

 

 

しかし次点では恐らく、沢村が投げるのがいい。

ストレートと手元で沈む高速チェンジアップ、そしてカットボールを左右にしっかり投げ切れる。

 

あとはチェンジアップで崩すことができれば、一番。

 

 

昨日6回を投げきった降谷は、恐らく早い回で替わる。

そこから沢村、イニング次第で東条を挟みつつ最後はノリでいくのがベストか。

 

 

 

 

にしても。

 

 

「轟だな、問題は。」

 

 

横にいる御幸も、俺の言葉に頷く。

 

今大会の打率は何と8割越え。

本塁打は7本と打点15はトップであり、今大会文句なしの三冠王である。

 

 

昨夏も怪物っぷりを発揮していたが、今大会はそれ以上。

間違いなく現段階では、この都内で最も良いバッターである。

 

 

特に今大会は、得点圏での打率が高い。

 

まあ恐らくは、薬師の他の打者の出塁率が高いからこそ、チャンスの場面で多く轟の打席が回ってきているのであろうが。

 

 

 

まずは、先頭打者の秋葉。

出塁率が高く、尚且つ足もそこそこ速い。

 

イメージとしては、小湊が先頭を打ってる時と同じような感じか。

尚且つパンチ力もあり、今大会でも2本の本塁打を放っている。

 

 

2番は、小技のうまい増田。

 

どちらかというと、守備の人。

だが、足は速い。

 

 

そして、ここからクリーンナップ。

 

 

3番は、強打者の三島。

典型的なパワーヒッターでありながら、打率も意外と高い。

 

難しいボールでもきちんと拾う技術があるからこそ、轟の前を任されているのだろう。

 

 

4番の轟は、先述通り。

このチームで一番気をつけなくてはいけない打者であり、最悪歩かせても良いと思う。

 

のだが、そう簡単にいかないのは、この後に控えている打者もまた怖い。

 

 

それが、5番に座る真田俊平。

投手でありながら薬師のクリーンナップを務めるのには、理由がある。

 

それが、得点圏打率の高さ。

 

というより、ビハインド時や勝負所でヒットを打つ確率が、高い。

逆境での集中力は、チームトップクラスになる。

 

今大会でも勝負を決める一打や、逆転、決勝タイムリーを放っている。

 

だから、迂闊に轟との勝負を避けることもできない。

 

 

下位打線も一発を狙う打者が多く、下位からもチャンスメイクができるのだ。

 

 

 

積極的なプレーは健在。

 

バントは今大会でもまだなし。

盗塁数も多く、走塁死も多い。

 

しかしその分、流れに乗ると怖い。

 

 

守備はまだまだ荒さはあるものの、昨夏に比べてもかなり安定感が出てきている。

しかし連携は、まだ甘いところはある。

 

そこの隙をつけば、上手く撹乱できるはずだ。

 

 

攻撃から守備まで、強気で攻め手。

荒いからこそ、流れに乗ったら止められない。

 

 

 

投手は、主に3人で回している。

 

 

先発の可能性が最も高いのは、三島。

恐らく彼は本業投手であり、チーム内で2番目の投球回を投げている。

 

130キロ台の真っ直ぐに加えて、キレのあるフォークとカウント球のカーブとスライダーで試合を作るスターターだ。

 

ピンチでも物怖じしない度胸もあり、むしろギアを上げる。

 

 

 

あとは、準決勝で先発した秋葉。

サイドスロー気味のスリークォーターからテンポ良く投げていく。

 

恐らくは、明日は投げないはず。

 

 

 

あとは、エースの真田。

今大会先発はまだなしだが、チームトップの登板数である。

 

先発で試合を作るというよりは、ピンチの場面やこれ以上失点したくない場面で出てくる。

 

理由は多分、スタミナに不安があるから。

単純な体力面もあるが、彼も足に怪我を抱えている。

 

だから先発完投はまずないだろう。

 

最速140キロの球威のある真っ直ぐに、カットボールとシュート。

そして今大会から投げ始めた、縦変化のツーシーム。

 

インコース攻めはかなり強力であり、とにかく内で詰まらせてくる。

 

 

 

恐らくは、先発で三島。

中盤の勝負所で真田が出てくると思う。

 

先制点は取りたい。

できれば、真田が出てくる前に点差を開きたいかな。

 

 

 

「明日の先発は今日と同じ。打順もこのままいくぞ。」

 

 

いま、一番安定している。

何より、相手もかなり嫌なはずだ。

 

変に変える必要はない。

今一番良い状態で向かっていくのが、一番いい。

 

 

あくまで、やることは変えない。

今はただ、真っ直ぐに。

 

自分たちの野球で、勝つ。

 

 

 

あらかた話終わり、少し静寂が訪れる。

すると監督は、息をふっと吐いた。

 

ゆっくりと、俺たちの顔を見渡す。

そして、髭の蓄えられた口を少し開いた。

 

 

「お前らも目の前で見た通り、相手の薬師高校は強い。今、都内で一番強い対戦相手だってことはわかっているな?」

 

 

当然だ。

だから、この決勝という舞台に立っているのだ。

 

強いから、ここまできた。

決してまぐれで勝ち上がれるような、甘い場所ではない。

 

 

「だが、それはお前たちも同じだ。」

 

 

ここまで一切楽な試合はなかった。

それでもここまで、勝ち上がってきた。

 

これも、まぐれではない。

 

 

「あえて言うぞ。お前たちが、都内で一番強い。だからここまで来た。」

 

 

監督がそういうと、俺たち全員が頷く。

もう迷いなんて、ない。

 

 

「最後まで俺たちの野球で、勝とう。強い青道の野球で、自信を持っていこう。」

 

 

 

最後の監督の言葉。

一拍開けて、噛み締めるように俺たちは声を張り上げた。

 

 

勝っても負けても、明日が最後の試合だ。

この試合が終わったら、長い冬がやってくるんだ。

 

 

 

だから。

ベストを尽くそう、俺たちの野球で。

 

 

そう、胸に秘めた。

 

 

 

 

 



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エピソード107

 

 

 

 

(明日、か。)

 

 

黒く染った空を見上げて、真田は息を吐いた。

 

10月末とはいう事もあり、日が落ちると少し肌寒い。

熱気で包まれているこのグラウンドですら、風が吹くと流石に堪えた。

 

 

次勝てば、甲子園。

夏の時はあまり具体性を帯びていなかった大舞台が、手の届くところにまで近づいている。

 

しかも相手は昨夏、自分たちの夏を終わらせた張本人。

 

 

最強だと思っていた攻撃力は、劣っていた。

無敵だと思っていた4番は、完膚なきまでに叩き潰された。

 

尖っていると思っていた場所で、劣っていた。

 

 

だから、磨いたのだ。

自分たちの長所は伸ばし、短所は補った。

 

今の自分たちは、薬師高校は強い。

 

 

次の試合に勝てば、甲子園。

春のセンバツ大会とは言え、それには変わりない。

 

夏の時は、影しか見えなかった。

 

 

 

あの夏を、超える。

最後の砦には、十分すぎる役者だ。

 

今、都内でいちばん強いチームである青道を倒して、夢の舞台へ。

 

 

 

「んなとこにいたのか、真田。」

 

突然かけられた声。

しかし馴染み深い声だから、特に驚くことも無く振り向いた。

 

 

「なんだよ、平畠キャプテン。」

 

 

この尖りまくっている薬師高校を統括する、主将の平畠。

 

あまり目立った選手ではないが、計画性もあり真面目である。

やんちゃな選手が多い薬師を纏めるには、最適な人間の1人だ。

 

「お前わざと言ってるだろ。足の状態はどうだ。」

 

「マッサージ受けて終わり。そもそも、最近は特になんもないんだってば。」

 

 

夏の大会前に怪我をした、左大腿部。

 

真田の特徴的な、踏み込み足に全体重を思い切り乗せて弾き返すフォームは、一般的な右投げの投手とは比べ物にならない程左脚に負担がかかる。

 

だから、その負荷に耐えられなかった下半身が限界を迎えた。

 

 

しかし今は、球数制限やリリーフ登板の影響もあってかなり良好。

今のところは不安要素がない。

 

 

「そりゃ、心配になる。」

 

「ははっ、流石にキャプテン。皆は?」

 

「まだ打ってるよ。そろそろ集まって上がるけどな。明日も朝早いし。」

 

「そっか。じゃあ俺もちょっと打つかな。」

 

 

真田は今日も登板があった為、連投になる日は基本すぐ帰る。

明日は確実に、投げることになるから。

 

しかし、マウンドに上がらなくても大事な打線の主軸。

投手専念で打てませんでは、話にならない。

 

 

2人で練習に戻ると、真田もバットを肩にかけてチームメイトの元へ向かう。

 

 

「真田はあんまし無理すんなよー。他の奴らはみっちり振れ!明日のピッチャーたちは今日の奴とは比べもんになんねーぞ!」

 

 

相手は、都内でも屈指の投手王国。

エース大野を筆頭に、怪物と呼ばれる降谷暁、変則左腕の沢村。

 

この3人の陰に隠れているが、リリーフの2人も悪くない。

 

サイドスローでスライダーとシンカーを巧みに低めに集める川上。

そして、高い制球力を活かして低めに動くボールと緩い変化球を織り交ぜて打たせる東条。

 

それぞれ全く違う投手が、5人。

故に、投手王国である。

 

 

 

1人打ち崩しても、また別の投手。

また1人崩しても、また1人と。

 

特に、あまりフォーカスされていないが、沢村。

彼が意外と、強敵である。

 

 

降谷は言わずもがな、剛腕でガンガン押してくる。

 

最速150キロ越えのストレートもそうなのだが、案外厄介なのはフォーク。

 

ストレートが速い分、それに自然と目がついていく。

その速度と軌道に目が慣れてしまうと、いきなり沈むフォークが来ると、完全に視界から外れる。

 

 

調子極端なのが欠点だが、なんとこの大会は安定している。

そのため、大荒れの線は考えない方が良い。

 

 

 

大野は恐らく、投げない。

あの時、練習試合で緊急降板した時以来、登板しているところを見たことがない。

 

注意しなくてはいけないのは、降谷と沢村。

この2人。

 

案外、川上と東条はなんとかなる。

 

 

薬師のナインは、2人の投手に狙いを絞っていた。

 

 

「しっかり振っとけよー!相手の打線もやべえかんな、ミッシーマも点取られちまっからよ!」

 

「取られねーっすよ!」

 

 

監督である雷蔵の言葉に、すぐさま三島が返答する。

もはやお家芸の流れに、チームの面々も笑った。

 

 

明日は決勝。

今更緊張することもなければ、やることを変える訳でもない。

 

いつも通り。

奇しくも、対戦相手である青道と全く同じような前日練習の空気感が流れていた。

 

 

「盛り上がってるっすねー。」

 

「お久しぶりです、監督。」

 

 

大きく欠伸をした雷蔵の背後から、声が届く。

これまた慣れ親しんだ、けれども懐かしいその声に、慌てて雷蔵も振り返った。

 

 

「おめえら、こんな時間に何してんだよ。」

 

 

高圧的だが、それでも優しい。

雷蔵が言葉を放ったその先には、夏の大会を最後に引退した三年生たちであった。

 

 

「いやあ、大会前ですから。差し入れ。」

 

 

そう言って、ブレザー姿の山内は両手にそれぞれ携えられた袋を顔の高さまで持ち上げた。

 

 

先輩たちの姿に、ナインたちも思わず集まってくる。

と言うより、練習自体はもう終わって、自主練という感じだった。

 

集まり、三年生が持ってきた差し入れに手を伸ばす。

 

そこには、エネルギーになる果物筆頭のバナナ。

それとゼリー飲料に、スポーツドリンクが入っていた。

 

 

「お前ら、勉強してんだろうな?さんざん俺はやれって言ってんだから、進路決まんねーとかやめてくれよ。」

 

「言ってましたっけ、そんなこと。」

 

「言ってただろうが!俺みたいになっちまうぞってな。」

 

 

思わぬ自虐に、三年たちも、現役のナインたちも笑う。

 

すると決勝にちなんで、三年生たちはとあることを提案した。

 

 

 

明日の抱負。

メンバーでそれぞれ、自分の目標を話していくことを提案した。

 

抱負や目標というのは、口に出してこそ真に意味をなす。

だからこそ、先輩たちというギャラリーがいる中で言うことに、意味がある。

 

 

守備で貢献したい。

良いところで打ちたい。

ホームランを打ちたい。

 

さまざまな目標がある中、とうとう最後の選手に順番が回った。

 

 

「おい雷市!おめえも食ってばっかねーでなんか言え!」

 

 

雷蔵が声を飛ばした先には、息子であり4番の雷市。

 

口下手で人見知り。

そして、よく食べる。

 

 

そんな彼も、促されるままにみんなの前に出た。

 

 

俯き加減で、頭をかく。

そして、少しばかり静寂が流れる。

 

みんなも雷市の性格を知っているから、ゆっくり待つ。

 

 

少し待つと、雷市は重い口をそっと開いた。

 

 

「も、もっと。俺、もっと打ちたい。すごいピッチャーを打ちたい、すごい舞台で打ちたい。だから次も、勝ちたい、です。」

 

 

一つ息を吐き、雷市はまた口をひらいた。

 

 

「でも、それより。みんなのために、打ちたい。みんなのために打って、勝ちたい。そしたらもっと、楽しい。」

 

 

そう言い切る。

 

今までは、自分のために打っていた。

高校に入ってから本物の投手と戦うことが楽しかったから、バットを振った。

 

他にも色々な理由があるが、第一にピッチャーと対戦することに喜びを感じていた。

 

 

しかし、夏の大会を終えて。

そして、多くの時間を仲間と過ごしていくうちに。

 

彼の感情は、少し変わってきていた。

 

 

聞いていた全員が拍手をする。

 

その光景に、雷蔵は微笑んだ。

 

 

「うーっし、そうと決まりゃ今日は終わりだ。明日のためにさっさと帰って休めよ!」

 

 

場所は違えど。

青道と薬師、それぞれの校内で、同じように時間は流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード108

 

 

 

 

 

 

10月某日。

秋も真っ盛り、夏の残暑すらとうに過ぎ去った今日この頃。

 

高校球児たちは、一種のターニングポイントを迎えていた。

 

 

「いくぞオオオオ!」「いくぞオオオオ!」

 

 

2人の主将から放たれた掛け声と共に、選手たちがグラウンドへと集結する。

 

試合を構築する数十人がグラウンドに集結し、試合開始を告げる。

 

 

礼を重んじる日本人として、野球人として。

そして、これから闘う相手に敬意を払って。

 

互いに、顔を合わせた。

 

 

 

秋季東京都野球選手権大会。

東西東京の頂点を決める大会であり、選抜高校野球選手権大会への切符を手にすることができる大一番。

 

今、この大会で最も強い2校が、相対する。

 

 

先攻は、Aブロックから勝ち上がってきた薬師高校。

今夏からいきなり頭角を表した超攻撃的なチームであり、今大会でも圧倒的な得点力で相手をねじ伏せてきた。

 

 

Bブロックを勝ち上がったのは、後攻の青道高校。

抜群の安定感を誇る投手陣と強力打線を誇り、強豪犇くBブロックを這い上がってきた。

 

 

試合前評判は、6−4で青道有利。

しかし、ほとんど五分である。

 

薬師が勢いに乗るか。

青道が、王者の貫禄を見せるか。

 

 

互いのプライドをかけた大一番が今、始まる。

 

 

 

「まずは、1人な。秋葉も良いバッターだぞ。」

 

 

後攻めの青道が、まずは守りに入る。

 

今日の先発は、降谷暁。

昨日からの連投になるが、大野が投げられない以上、彼の他に薬師戦で先発を任せられる投手はいない。

 

小さく頷き、マウンド横に置かれた小さな袋に手を当てる。

そして指先に息を吹きかけた。

 

 

左のバッターボックスからそれを見た秋葉は、合わせるように左手に息を吹きかける。

 

 

(ここまでスピードボールはたくさん見てきた。今更、驚かねー。)

 

 

もう一度小さく息を吐き、バットを掲げる。

 

練習試合から、大会を通じて、速いボールの投手とは何回も当たってきた。

 

降谷の速球でもきっと対応できる。

そう思った刹那。

 

彼の目の前に走ったのは、まるで生命を感じるかのような勢いのある何かであった。

 

 

轟音と共に、噴き上がる直球。

バットを出すことすらできずに、秋葉はその初球を見逃した。

 

 

「うわ、まじかよ。」

 

 

思わず、口に出てしまう。

それほどまでに、豪速球。

 

2球目は振りに行くものの、これもバットに当たらず空振り。

 

 

(速い、それに強い。軌道もあんまり見たことない軌道だ。)

 

 

ストレートが、浮き上がって見える。

手元で加速するような、それでいて唸りを上げて昇ってくる。

 

間違いなく、ここまで見てきたストレートで「2番目」に凄まじいボールだと、思った。

 

 

3球目。

御幸は、低めのストレートを要求。

 

投げ込まれたボールはわずかに外れてボール。

 

 

1−2で、バッテリーが追い込んだカウント。

しかし秋葉は、リラックスしていた。

 

 

(確かにすごいボールだ。だけど…)

 

 

投げ込まれたのは、真ん中付近のストレート。

これに対して、秋葉は完璧にコンタクトした。

 

金属バット特有の、甲高い音。

それと共に、鋭い打球は右中間を破った。

 

 

『弾き返したー!降谷の150キロのストレートを完璧に捉え、先頭の秋葉、チャンスを作ります。』

 

秋葉は俊足を生かして二塁へ。

いきなり食らった鮮烈なパンチに、降谷は目を見開く。

 

マスク越しにそれを見ながら、女房役である御幸も、苦虫を噛み締めるような表情を浮かべた。

 

 

(やっぱ、連投の影響は出ちまってるな。)

 

 

確かにストレートに勢いはある。

しかし、いつもほどではない。

 

追い込んで勝負しに行けば無意識にギアが上がると思ったが、それでも三振を取れる力はなかった。

 

 

いや、寧ろ。

連投の影響というよりは、この舞台か。

 

決勝という大舞台で任された、先発。

しかもそれが、初めての二連投。

 

球が浮つくのも、頷ける。

 

 

続く、増田。

このバッターに対しては、初球からフォーク。

 

先ほどまでとは打って変わって、これは良いところに決まって空振り。

 

 

(調子は悪くない。ただ、いつもより出力が出ないって感じか。)

 

 

こればかりは、仕方ない。

連投の疲労でマックスの力が出ないのは、御幸も想定してのことだった。

 

(そうなっと、秘密兵器がどうか、だな。)

 

(手先の感覚は悪くない。多分カーブも、上手くいく。)

 

 

御幸の言う秘密兵器というのは、カーブのこと。

丹波直伝の縦に大きい割れる緩いカーブは、試合でも少ししか投げていないため、薬師の頭の中にもないはず。

 

何より、勢いが足りないとはいえ、この緩急差。

150キロの浮き上がる球と120キロ以下で落ちるボールでは、スイングも崩れる。

 

 

増田に対して、2球目はストレートで空振り。

このストレートは、やはり並の打者では捉えることができない。

 

 

3球目は、そのカーブ。

ど真ん中から低いコースに決まったこのボールに増田は空振り三振。

 

 

やはり調子自体は、悪くない。

寧ろ無駄な力が抜けて、安定感はいつも以上だ。

 

ミットに収められた白球を掴み取り、マウンド上にいる降谷に投げ返す。

 

 

 

そして、続く打者に目を向けた。

 

3番打者の三島は、典型的なパワーヒッター。

しかし、当てるのも上手い。

 

轟の前にランナーは、貯めたくない。

最悪この男を抑えることができれば、轟を歩かせるという選択肢も出てくる。

 

 

何としても、抑えたいバッテリー。

しかしその考えも、三島は何となく感じ取っていた。

 

 

(俺を抑えて、雷市との勝負を安全にする魂胆だろうがな。)

 

 

しかし、三島は初球攻撃。

降谷の低めのストレートを完全に狙い撃ち、打球を上げた。

 

 

(雷市に回すまでもねえ!俺が決めんだよ!)

 

 

高々と上がった打球は、セカンド後方。

少し詰まっているが、打球はライトとセンターの間に落ちるテキサスヒットで、出塁した。

 

 

意気込みの割にしょぼい当たりだが、あえて誰も突っ込まない。

何故なら、出塁することに大きな大きな意味があるから。

 

 

次に打席に入るのは、4番。

チームを象徴する選手であり、最も信用のおける打者。

 

そしてこの薬師高校で座るその男は。

 

 

『4番、サード、轟くん。』

 

 

都内で今、最も打っているバッターである。

 

 

今大会、文句なしの三冠王。

打率は8割越えであり、本塁打7本と打点15は悠々一位。

 

 

(ほんと、勝負したくねーな。)

 

 

バッターボックスに入る轟にチラリと視線を送り、戻す。

やはり、打ちそうというか、強打者特有のオーラのようなものがある。

 

初球のフォーク。

これがワンバウンド、外れて1ボール。

 

 

2球目、同じようなボールも見逃してボールが先行してしまう。

 

 

 

カウントとしては、歩かせたい思いもある。

 

しかし、状況が状況。

この一、三塁という状況で歩かせるわけにはいかない。

 

 

何より、5番打者は勝負所に強い真田。

そんな男を、満塁で迎えるわけにはいかない。

 

ここで簡単に歩かせるわけにはいかない。

 

 

しかし、無理に攻めて轟に一発をもらうのは、最悪。

 

 

 

ほんの少しの迷い。

そして、躊躇。

 

捕手のそれは、投手にも伝染する。

 

 

 

 

迷いがあって、抑えられる打者ではない。

だからか、御幸は少し。

 

 

焦りすぎた。

 

 

 

 

『高めのストレート狙ったー!何という男だ轟、全く打球の方向を見ません!意気揚々と一塁へと走っていきます!』

 

 

高高度まで舞い上がった打球は、最後まで見送る必要がない。

そう思わせるほど完璧な当たりは、神宮球場の高い高いバックスクリーンを超えて。

 

誰の目にも届かない場所まで、放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







今作の轟はとんでもないバッターにするつもりです。
原作でも猛威を振るっていた彼にさらに強化バフをかけるので、多分環境壊れます。





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エピソード109

 

 

 

 

 

さて、初回の守りが終わった決勝戦。

 

降谷は一発こそ食らってしまったものの、その後はしっかりと立て直して最小失点に抑えた。

 

 

しかし、いきなり取られた、3点のリード。

しかも警戒していた1年生全員にやられた3点。

 

これはバッテリーとしても、大きな意味を持っていた。

 

 

「悪ぃ、降谷。少し雑になっちまった。」

 

「いえ…」

 

 

少し額に滲んだ汗を手の甲で拭い、降谷が帽子の鍔に手を当てる。

 

今日の気温は、かなり涼しい方。

しかし初回の猛攻のせいか、少し降谷の表情に疲れが浮かんでいる。

 

そんな姿を見て、捕手である御幸は歯を食いしばった。

 

 

 

「歩かせても良かった、と思ったが。」

 

ヘルメットを外し、防具をベンチに置く御幸の耳に、そんな言葉が入る。

幼い頃から何度も聞いてきたその声に、振り向いた。

 

 

「それほどのバッターだからな。だけど、簡単に歩かせる訳にもいかない。」

 

「そうか。」

 

御幸の返答に、大野が相槌を打つ。

そしてそのまま、打席に向かう準備をした。

 

「実際に降谷を1番近くで見ているお前が判断したんだ、俺からは何も言えない。のだが…」

 

「なんだ?」

 

言いかけて、大野はやめた。

 

「何でもない。お前も4番なんだから、準備しとけよ。回すから。」

 

「わーってる。取り返すさ。」

 

 

3点リードとは言え、まだ初回。

先制パンチこそ喰らってしまったが、裏の攻撃で反撃の意志を見せることが大事なのだ。

 

しかし、悔やまれる。

 

打たれることは仕方ない。

相手の実力が上だった、それだけのことだ。

 

だが、それでも自分の攻めに迷いがあったことに、自覚はあった。

 

 

攻めるなら攻める。

避けるなら避ける。

 

それを降谷に伝えられなかった。

 

というよりは、珍しく自分でも迷ってしまったのだ。

 

 

(なんで迷ってんだ、俺は。)

 

 

攻めきれなかった。

普段なら確実に攻めていたはずなのに。

 

無意識のうちに、御幸の中で少しばかりらしくない感情が、蠢いていた。

 

 

大野がいない。

これまで共に死線をくぐり抜けてきた戦友が、いない。

 

安定感然り、能力然り。

彼が最も信用のおける投手であり、ある種相談相手でもある。

 

 

何より、大野夏輝という男がエースにいたからこそ、彼の中の精神的な負担も軽くなっていた。

 

引っ張ってくれたエースがいない。

自分が強気に攻めても、抑えてくれている大野がいたから。

 

 

チームで野手としているのはわかっている。

しかしマウンドに上がらないというだけでも、何となく勝手が違った。

 

 

それに、大野はチームのことを考えすぎている。

それ故の自己犠牲がすぎる時もあるのだ。

 

だから、大野にも負荷をかけたくない。

自分のことだけを考えなくてはいけない。

 

 

御幸が、自分がまとめなくてはいけない。

突っ走りすぎないようにと、少し弱気な面も出ていた。

 

 

 

 

無論、無意識ということは御幸自身の意識が普段と違うことを自覚できていなかった。

だからこそ、迷いが生じてしまったのだ。

 

 

『4番、キャッチャー、御幸くん。』

 

 

1アウトランナー一、二塁。

このチャンスで、回ってきた打席。

 

しかしこの場面で、御幸はショートゴロ。

6−4−3のダブルプレーを打ってしまう。

 

 

 

(何やってんだ俺は。)

 

自分でも、迷いがある理由がわからない。

だからこそか、4番としてやっては行けないことをしてしまった。

 

 

「すぎたことだ、気にすんな。」

 

 

三塁ベースで残塁してしまった大野が、御幸の肩を叩く。

しかしそれでも彼の表情は、まだ暗いものであった。

 

 

 

今まで、どんなにリードで失敗したとしても。

それこそ失点してしまっても、攻撃では切り替えることができていた。

 

ある種ドライだからこそなのだろうが、勝負師としてある程度割り切っていたのだ。

 

 

それほど、大野が投げられない影響というのが出てしまった。

 

 

防具をつけながら、ふと息を吐く。

まだ心の中に蟠りがあるような感じがして、御幸はまた小さく舌打ちした。

 

 

ミットをつけて、ベンチを出る。

 

 

 

切り替えなくては。

そう何度も言い聞かせていると、外で待っていた大野が再度肩を叩いてきた。

 

 

「さっきはああ言ったけど、やっぱ言っとくわ。ちゃんと攻めてけよ、弱気なお前になんか、相手だって怖さなんて感じねえぞ。」

 

 

そして大野は、御幸の胸に拳を当てた。

自然と、胸の中にあったものがスーッと抜けていく感覚があった。

 

 

「らしく行こうぜ。面白え御幸一也の野球を見してくれよ。」

 

「うるせ。お前も外野飛んだらちゃんと取れよ。」

 

「へえへえ、わーってますよ。」

 

 

そうして、御幸の背中を叩いて、大野は足早に外野へ向かって走っていく。

その背中にまた、御幸は感じてしまった。

 

 

「かなわねえな、ほんと。」

 

 

そうして、ミットを叩く。

もう、迷いはない。

 

捕手御幸一也が、出陣する。

 

 

 

 

 

 

「降谷、こっからはガンガン攻めていくぞ。」

 

「御幸先輩こそ、もういいんですか。」

 

 

マウンド上、ぞれぞれ左手で口元を隠しながら、バッテリーは話す。

 

「気にすんな。それより、この回しっかり押さえれば反撃のチャンスはできる。一緒に攻めていこうぜ。」

 

 

小さく頷く降谷。

それを確認して、御幸は降谷の胸に右拳を当てた。

 

それはまるで、自分が大野にされたものと同じように。

 

 

「ピッチングでチームを鼓舞して、流れを掴む。それがエースの条件だぜ。」

 

「エース…。」

 

 

御幸の言葉に、降谷の中からいきなりオーラのようなものが沸き立つ。

さっきよりも明らかに、目つきが変わった。

 

 

「いこうぜ、相棒。」

 

 

 

ここから降谷のピッチングは圧巻。

 

下位打線から始まる7、8、9番を3者連続三振。

先ほどの御幸からの言葉に発奮したからか。

 

何より、御幸のリードが変わった。

 

 

普段通りの、高めのストレートを最大限生かす、強気なリードで三振を奪いにいく。

 

 

 

しかし、まだ下位打線。

ここで攻めに行けるのは当然なのだ。

 

 

3回の表。

薬師高校の攻撃は、上位打線から。

 

先ほどこっぴどくやられた一年生トリオとの、真っ向勝負となる。

 

 

(ここだぞ、降谷。こいつらをしっかり抑えるかどうかで一気に流れは変わるからな。)

 

 

まずは、先頭の秋葉。

チーム内では轟に次ぐ打率を誇り、強いボールにも力負けしないパワーも兼ね備えている。

 

 

初球、ストレート。

低めにキレのある146キロの真っ直ぐが決まり、1ストライク。

 

 

続く2球目は、フォーク。

これが低いところに決まって、秋葉もバットを出してしまう。

 

 

3球目、ここでバッテリーは3球勝負を選択。

初球のそれとはまるで違う、152キロで空振り三振に切ってとってみせた。

 

 

続く増田に対してはカーブでセカンドゴロ。

 

最後の三島に対しても、最後はフォークボールで空振り三振で抑え込む。

初回の失点を全く気にしないと言わんばかりの投球に、会場もざわついた。

 

 

しかし、薬師先発の三島も粘り強く投げていく。

 

下位打線の8、9番と一番の倉持を三者凡退に抑えて、追撃を許さない。

 

 

 

3−0、薬師高校リードで、試合は中盤戦。

ここで打席に入るのは、4番の轟。

 

薬師としては、突き放すチャンス。

しかし青道にとっても大きな意味を持つ。

 

試合の展開を変えるにはここで抑えていけば。

或いは、流れが変わるかもしれない。

 

 

降谷と御幸が、大きく息を吐き出す。

自分の中の迷いと、雑念を捨てるように。

 

そして、視線を重ねた。

 

 

 

(こいつら、さっきと違う。)

 

打席に入った轟も、バッテリーの変化に気がついた。

 

さっきまでのような、迷いのあるバッテリーではない。

完全にこちらを捩じ伏せようという意志が、ヒシヒシと伝わってきたのだ。

 

 

闘争心剥き出しの姿に、轟も笑った。

 

「カハハハ!降谷暁、ぶっとばあああす!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






悲報御幸くん、不甲斐ない。


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エピソード110

 

 

 

 

 

(ここだぞ、降谷。夏輝はこいつを捩じ伏せたからな。)

 

(はい。)

 

 

打席から感じる、威圧感。

マウンド上にいる降谷は、この18.44mの距離があっても尚感じるプレッシャーに恐怖すら感じていた。

 

しかし、逃げれば。

それこそ、先程と同じ結末になる。

 

 

大きく深呼吸。

そして、目を開ける。

 

ここが、正念場。

全身全霊をかけて、抑えに行く。

 

 

 

初球、外低めのフォーク。

これを轟が見逃して、まずは1ボールとなる。

 

(フォークは、見切ってるのか。)

 

(これは、ギュインッて落ちる。さっきみたいにンゴーって来るのとは、速さが違う。)

 

 

初速か、或いは軌道なのか。

どちらにせよ、常人では判断のできないような場所を、完全に見分けている。

 

 

2球目。

ここは敢えて高めのストレート。

 

フォークとの球速差と軌道の違いを、より出すために。

吹き上がりやすい高めに要求して、これが轟のバットを掻い潜って1ストライクを取る。

 

 

唸りを上げる豪速球。

正にそう言わんばかりのボールに、轟はまた口角を上げた。

 

 

(すげえ、さっきよりも速えし、強え!)

 

 

空振りしたのにも関わらず、笑う轟。

それを横目で見た御幸は、次のサインを出した。

 

 

(決め球には使えねえ。なら、せめてカウントは取らせてもらうぞ。)

 

 

出されたサインに、降谷が一度反応し、すぐに頷く。

 

今日、この試合で最も出された数が少ないサイン。

それを確認して、降谷はボールに手をかけた。

 

 

3球目。

先の2球とは全く違うリリース。

 

一度ふわりと上がったボールに、轟の身体も少し反応して浮く。

何とか対応し、鋭い当たりが三塁ベースギリギリに切れてファールとなった。

 

 

縦に割れるスローカーブ。

この試合轟に投げる初めてのボールで、ファールを取った。

 

良い当たりだったが、それでもファールに変わりは無い。

 

 

1-2。

バッテリーが追い込んだカウント。

 

御幸は、勝負を選択した。

 

 

(行けんだろ、降谷。最高の真っ直ぐで、こいつを捩じ伏せろ。)

 

 

構えられたコースは、内角高め。

一般的には危険なコースなのだが、降谷の伸び上がるストレートだと話は別だ。

 

浮き上がるような軌道を描くこのボールは、低めよりも高めに投げられた方が威力も上がるし、揚力も大きくなる。

 

故に、彼の良さを最大限に生かすコース。

だからこそ、御幸は敢えてこの危険なコースに構えた。

 

 

 

息を吐き、受け止めた白球を右手に握る。

キラリと一瞬瞳が煌めき、また帽子の鍔の影に隠れる。

 

 

(もっと、先へ。)

 

 

白球が握られた右手を左手で覆うように収めて、振り上げる。

両手を後ろで組むようにして、背筋を開く。

 

 

(その先に、あの人がいる。)

 

 

そして腰を捻転すると、合わせた両手を顔の横へ。

右足で蹴り出すと同時に、右腕を振るった。

 

 

(超える。あの人を、超える…!)

 

 

ギアを一気に最大まで上げた、ストレート。

正に唸りを上げるストレートが、突き進む。

 

高め、少しインコースに外れているボール。

しかし勢いも相まって、轟もバットを出す。

 

 

ジャストミートか。

完璧な当たりを象徴する金属音が、鳴り響く。

 

しかし少し振り遅れている。

 

 

 

 

 

 

 

痛烈ながら詰まった当たりは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降谷の投げたボールと同じ軌道を描き。

 

 

 

鈍い音と共に、白球はピッチャーの前に転がった。

 

 

『ピッチャーライナー!強い当たりが降谷を襲いました!』

 

 

球足の速い打球は、降谷の肩口へ。

 

嫌な音と共に転がる白球。

蹲り少し体勢を崩す降谷を見て、慌てて御幸がボール取りに行く。

 

 

が、しかし。

 

マウンドの男は、目の前のアウトを全力で奪った。

 

 

悶えながらも、転がる打球を掴む。

そして流れる身体を精一杯に支えて、一塁の前園に投げ込んだ。

 

 

 

「アウト!」

 

 

一塁塁審の声が耳に入った瞬間。

マウンド前で、倒れ込む降谷。

 

利き腕である右肩を抑え、蹲るように。

 

 

「降谷!」

 

 

駆け寄る、御幸と片岡。

そして遠くから走ってくる大野が、すぐに追いつく。

 

 

当たった位置は、右肩。

不幸中の幸いか、咄嗟に出た左手のグローブがクッション代わりになり、直撃は防いでいた。

 

しかし、投手の命である利き腕の肩。

当然、ここでマウンドを降りる。

 

 

4回表、途中で実質エース格の降谷が降板。

 

暗雲立ち込める神宮球場。

代わりに登板する沢村がマウンドに到着するも、降谷は白球を握ったままだった。

 

 

意地か、投手としてマウンドを降りたくないという負けん気か。

そう思い、声をかけようとした御幸に、大野が右手を広げて静止させる。

 

 

直後、動き出す降谷。

そしてその右手に握られていた白球を、左手に移し替えた。

 

痛みでか、右手は上がらない。

だから、利き腕でない左手のグローブで沢村に直接渡した。

 

 

「…込めといた、から。」

 

ただ一言。

悶えながらも絞り出して、沢村に託した。

 

 

普段から自分の主張をあまり声に出さない。

それこそ同学年でエース争いのライバルである沢村には、尚更。

 

 

いや、ライバルだからこそか。

チームメイトであり、良きライバルだからこそ。

 

最善を、尽くすのだろう。

 

 

 

まだ闘争心のある、降谷の瞳。

沢村のその瞳と視線が重なり、彼も頷いた。

 

 

「任せろ。」

 

 

その返事を聞き降谷は、一瞬間を置き、唇を噛んだ。

 

自分で失った、3点。

挽回出来ずにマウンドを降りるのが、悔しい。

 

 

しかし。

 

今は投げられないエースも、できることを尽くしてきた。

 

 

 

全員で勝つ。

チームの為に、今できることは。

 

託すこと、だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降谷が降りたマウンド。

そこに残された沢村は、降谷から手渡された白球をじっと見つめた。

 

 

「どうだ、そのボールは。」

 

「…重い、っすね。」

 

彼の思いも乗せて。

 

そしてエースの思いも肩に乗せて。

 

 

「行きましょう、御幸先輩。俺も、真っ向から闘いますから。」

 

「前屈みになりすぎんなよ。お前はお前らしく、だ。その上で俺も、お前の良さを最大限に生かしてやる。」

 

 

先程、エースからやられたことと同じように。

女房役である御幸は、右手で沢村の背中をトンと叩いた。

 

 

「一緒に闘おうぜ。俺たち2人で、あの爆弾魔たちを倒してやろう。」

 

「…はい!」

 

 

そこからの沢村の投球は圧巻だった。

 

1アウトランナーなし、緊急登板ながら真田をセカンドゴロ。

平畠をチェンジアップで空振り三振に奪って、完璧に降谷の後を継いでみせた。

 

 

 

 

3-0

薬師有利のまま迎えた、4回の裏。

 

青道高校の攻撃。

 

 

打席には、エースが立った。

 

 

 

 

 

 



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エピソード111

 

 

 

 

4回の裏、青道高校の攻撃。

 

マウンド上から打者を見下ろす三島は、同級生の捕手のサインを覗き込んだ。

 

 

(典型的なアベレージヒッターだ。フォークの対応力はチーム内でもかなり高いし、ストレートで押していこう。)

 

(さっきの打席もフォークを撃たれてるからな。)

 

 

高校通算のホームランは、0。

二塁打は多いが基本的には、単打で率を残して、クリーンナップに繋ぐ役目が主である。

 

 

しかし、気になるのは。

 

 

(前の対戦時とは、また雰囲気変わったな。)

 

 

マウンド上で相対しながら、三島はそう思った。

 

いつも、試合を見ている時でもどこか余裕があるように見えたのだが、今日。

というか、この打席は少しばかり雰囲気が違った。

 

何となく、鬼気迫ると言うか。

 

 

しかし、三島は臆さない。

目標がエースである以上、こんなところで怯むわけにはいかないからだ。

 

それに。

 

 

(所詮、あんたは投手専だろうがよ!)

 

(初回の失点、やり返させてもらう!)

 

 

初球攻撃。

インコースのストレートを捉えてセンター前に。

 

そもそも、反射神経のいい大野だが、元々打撃は相手バッテリーの配球を読んで狙い打つという、どちらかというと御幸の打撃に近いものがある。

 

 

そのため、あまり得意ではないインコースの速いボールを完全に狙った。

 

 

(げっ、また打ちやがった。)

 

(完全に狙われてた。切り替えるしかない。)

 

 

というか、強打で打っているチームで2番を打っているのだ。

打撃の技術はチームでもトップクラスのものがあるのだろう。

 

そう割り切り、バッテリーは次に入る3番に目を向けた。

 

 

ここからクリーンナップ。

打席には、一年生の小湊が入った。

 

ホームランこそ少ないが、打率は高い。

そして、外野の間を抜ける長打も、かなり打っている。

 

 

さらに小湊がライト線を破るヒットでさらにチャンスを広げる。

 

 

 

0アウトランナー一、二塁。

ここで4番の打席。

 

先ほどはゲッツーでチャンスを潰した御幸。

 

だが、この打席は違う。

チャンスであり、ビハインド。

 

何より、成長を遂げた降谷が死に物狂いで最小失点に抑えた。

 

 

4番であり、女房役として。

ここで打たねば、顔向けできない。

 

 

カウント2−1。

打者有利のカウントで投じられた4球目。

 

低めのフォークを上手く弾き返し、フェンス直撃のタイムリーツーベースで2点を返して見せた。

 

 

『狙い撃ちー!マウンドを降りた降谷に負けは付けさせない、女房役の一振りで点差を1点にまで詰め寄ります!』

 

 

二塁上、ベンチに向けて拳を突き出す御幸。

そしてその後、ホームベース近くの大野にも、同じように指を刺した。

 

 

 

未だ0アウト、なおもチャンスの場面で打席には5番の前園が入る。

これ以上の追撃は防ぎたい薬師高校は、ここでエースを投入。

 

ファーストに入っていた真田がマウンドへ。

そして、三島がそのままファーストに入る。

 

 

薬師高校の、最も強い布陣。

これが、薬師のベストナインである。

 

 

 

切れ味のあるシュートとカットボール。

そして、威力のある直球とツーシームで打者を真っ向から叩く強気なピッチャー。

 

夏の連戦を経てその投球術には磨きがかかり、さらに増えた縦に落ちるツーシームで投球幅もより広がった。

 

 

まずは、前園。

インコース捌きの上手い彼に対して、あえてインコース攻め。

 

彼の得意なコースから少しボールゾーンに外れるシュートを上手く打たせて2球で一つ目のアウトをとる。

この間に二塁ランナーの御幸は三塁へ。

 

 

しかしここから、真田のピンチに対する強さが本領発揮。

 

青道の主将であり職人である白州をセカンドフライ。

そして金丸に対してはツーシームを引っ掛けさせて3つのアウトを奪った。

 

 

要した球数は、たったの8球。

テンポの良い、それでいて危なげのない投球で、エースとしての存在感を発揮した。

 

 

 

 

マウンドから戻る真田に、集まるナイン達。

その姿を遠く見つめながら、沢村は左手に目を向けた。

 

別にどうという意味はない。

 

 

 

しかし、あの真田という投手を意識しているだけに、沢村も少し力がはいってしまう。

 

投球スタイルに、強気な攻め。

そして、憧れるエース像。

 

似ている。

何より、よく御幸からも参考にしろと口酸っぱく言われていた。

 

だからこそ、彼の投球をあらためて目の当たりにすると、変に意識してしまうのだ。

 

 

そんな思いを察してか、ベンチから出た沢村に、エースナンバーを背負う大野は声をかけた。

 

 

「気負うなよ、降谷にも言ったが、お前はお前だ。自分らしく、自分の武器で戦っていけばいい。」

 

「は、はい。」

 

 

それでも、どこかまだ少し表情の硬い沢村。

 

先ほどは火消しということもあって集中しきっていたためあまり影響はなかった。

しかし彼も、このような大きな大会での決勝のマウンドは初めて。

 

それに失点の許されない反撃直後のマウンド。

 

 

 

大野は、言葉を続けた。

 

 

「大丈夫。お前は真田に負けてなんか居ねえ。自信持ってけよ。」

 

 

夏の大会では、不規則に動くムービングのみ。

あとは基本フォーシームだけだった。

 

そんな沢村も、今ではある程度自在に、ボールを操れるようになった。

 

 

「インコース攻めから外角低め。内と外の投げ分けは真田よりお前の方が上手い。それに、あいつが持っていない武器を、お前は持ってんだろうが。」

 

「チェンジアップ、っすね。」

 

 

威力のある直球を内角に丁寧に集めてガンガン攻める真田。

ストライクゾーンを幅広く使って、動くボールと緩急で打者を抑える沢村。

 

強気な投球とムービング使いという点では同じだが、投球内容としては案外異なる部分が多いのだ。

 

 

「真田とお前の持ち味は似ていても、同じじゃない。お前にはお前の良さがある。」

 

 

そして、最後に。

大野は彼の背中の番号に触れて、言った。

 

 

「沢村栄純のピッチングで、投げ勝てよ。」

 

「…うっす!俺、負けませんから!」

 

 

笑い、外野に走っていく大野。

その背中に書かれた数字に目を向けて、沢村は息を吐いた。

 

 

「いくぞ、沢村。」

 

 

防具をつけ終えた御幸に促され、沢村もマウンドに向かう。

そしてまた、口を開いた。

 

 

「いやあ、大変すね、このマウンドの上に立ってるのって。」

 

「何だよ急に、緊張でもしてんのか。」

 

「いや、そうじゃないっすけど。」

 

 

手渡された白球を左手の上で転がし、手に馴染ませる。

それを右手のグローブに収めて、帽子の鍔に手を当てた。

 

 

「真田さんって、すごくいいピッチャーすよね。」

 

「だな。」

 

「降谷も、すげえ気迫でしたよね。」

 

「そうだな。」

 

 

2人の名前を出し、一泊置く。

 

 

「なっさんだって、本当は自分が投げたいはずなのにいつも俺たちに気を遣ってくれるの、すごいっすよね。」

 

「ああ、すごいな。」

 

 

3人の名前を出し、俯く沢村。

少し珍しいそんな光景に、御幸は思わず沢村の顔を覗き込む。

 

そしてすぐに、若干の心配すらもやめた。

 

 

「ここに立つだけで、3人もライバルがいるんですよ。もちろん、ノリ先輩も東条も、ですけど。」

 

 

その沢村の表情は。

 

笑っていた。

 

 

「負けたくねえっす、御幸先輩。真田さんにも、降谷にも。それに、‘’夏輝‘’さんにも。」

 

 

小さな丘の上で。

研磨途中の宝石が、輝きを増した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







どうしても要所要所を書いちゃうので、イニングなんかはかなりすっ飛ばします。
じゃないとマジで何話掛かるかわからない…。





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エピソード112

 

 

 

 

5回からは、完全に試合の流れはストップ。

 

薬師エースである真田は持ち前の強気な投球でチームに弾みを付ける。

しかし対する沢村も、持ち前のテンポの良さで相手に流れを渡さないピッチングで薬師に付け入る隙を与えない。

 

両投手の好投で迎えた7回の表。

 

 

ここで薬師の主砲との対戦。

轟が三度目の打席にはいる。

 

彼のここまでの打撃成績は、初回の本塁打とピッチャーライナー。

 

それこそ、ピッチャーライナーに関しても降谷のファインプレーであり、今のところは2打席とも会心の当たりを打っている。

 

 

その為か、会場も轟がどんな当たりを打つか。

そんなのことに、期待を寄せていた。

 

一般的には、球速の速い降谷の方が打ちにくいと言われている。

それこそ沢村は、最速も130km/h台であり、大きな変化球もある訳では無い。

 

 

 

しかし、当の轟は、この沢村に降谷と同等のポテンシャルを感じていた。

 

(こいつの球も、面白え。ピッて来る球と、クッて曲がる球。あとは、あの遅い球。外から見てても、すげえ球投げてるって分かった。)

 

 

綺麗な縦回転の掛かった、キレのある真っ直ぐと、途中で不規則に高速変化する高速チェンジアップとカットボール。

 

そして、ストレートと同じ腕の振りで緩急をつける、チェンジアップ。

 

 

それを、出処の見えにくいフォームから左右に散らして投げてくるから、打者目線から見るとかなりやりにくいのだ。

 

 

(でもやっぱ、クッて曲がる球。あの球で来い。)

 

 

打ち返すなら、速球。

沢村という少年の最も面白い、そして唯一無二のボールを、彼は待っていた。

 

 

 

 

 

 

(ガンガン攻める…とはいえ、無計画に行く訳にはいかねえな。)

 

 

速いボールへの対応力は、折り紙付き。

それこそ、昨夏には大野のツーシームにも着いていけていた。

 

だからこそ、崩すのであれば。

 

 

(打ち気を逸らす。絶対に高く投げるなよ。)

 

(分かってます。低めに。)

 

(しっかり腕は振れよ。ボールでいい、思い切り来い。)

 

 

バッテリーが初球に選んだボールは、チェンジアップ。

外角の低めに向かって落ちていくボールで、轟のスイングも少し崩れる。

 

金属音、ほぼ同時に、鋭い打球が一塁手の前園の横を通過した。

 

 

「ファー…」

 

「ちがーう!このボールじゃねええ!」

 

 

球審のコールに被さる、轟の声。

それを見て狙い球が何となくわかる、というか。

 

 

(わかりやすすぎだろ、寧ろ疑いそうになるわ。)

 

 

狙いは速球か。

ならば、早めにカウントを取らせてもらう。

 

 

2球目。

ここもチェンジアップを低めに。

 

轟も2球連続に少し面食らったか、しかしスイングし三塁線切れてファール。

 

 

「これもちがーう!」

 

 

ジャストミートされた2球。

しかし、追い込んだ。

 

 

(まだストレート狙い。でも、もう一球投げたらいかれる。)

 

(大丈夫だ、ここまでタイミングを合わせていたら、逆にストレートに合わない。)

 

 

少し疑問を持った沢村。

しかし御幸は、それを踏まえてサインを出した。

 

チェンジアップは、布石。

普段は決め球にしているこの球を、カウント球に。

 

 

最後は速いボールで、ねじ伏せるために。

 

 

普通に攻めても、完全にやられる。

その例が、初回に降谷がもらった1発だ。

 

下半身が強いからこそ、チェンジアップにも対応できる。

 

 

そんな轟に対しては、あえてストレートで無意識のうちに詰まらせる。

 

 

 

球速差を出すのであれば、やはり先に投げたコースの対角線。

特にインコースであれば、速いボールにも詰まりやすい。

 

御幸が構えたコースは、インコース低め。

 

 

沢村も一瞬硬直するが、すぐに頷いてグローブに白球を握った左手を収めた。

 

 

 

鼓動が早まる。

 

覚悟は、決まっている。

攻める、攻めて轟を抑えて。

 

 

 

(負けねえ!)

 

 

高く振り上げられた右足。

そして、自慢の左腕を思い切り振るった。

 

インコース、少し高めに浮いているものの、僅かに外れているボール球。

 

 

しかし、轟のスイングが、沢村の直球を捉えた。

 

 

 

少し詰まった打球。

高々と上がった打球はセンター方向に向かって進んでいく。

 

 

振り返る沢村。

 

御幸もヘルメットをとった。

 

 

(やべ、高くなった。)

 

(大丈夫。詰まってるし、ボール球だ。)

 

 

要求通りではなかったとはいえ、ほぼ完璧なボール。

 

完全に、打たせた。

 

 

センターの大野が追いかける。

彼も長打警戒で下がっていたため、何とか打球には間に合う判断だった。

 

 

しかし、失速しない打球。

その打球に大野も、その打球の伸びに不安を感じた。

 

 

(おいおい、冗談だろ。)

 

 

詰まった打球、そしてボール球。

が、その高々と上がった打球が大野の手元に落ちてくることはなかった。

 

 

 

『は、入ったー!なんと本日2本目!これが一年生轟、夏に目覚めた号砲はこの秋も大暴れです!昨日に引き続きのマルチ弾で青道を2点差に突き放します、4−2!』

 

 

一気に盛り上がる薬師ベンチ。

そして、それはベンチだけでなく会場全体にまで伝染していった。

 

何とか引き留めていた、薬師に傾いた流れ。

轟の一発で、会場の雰囲気とともに持って行かれた。

 

 

 

しかしそんな中。

マウンド上は切り離された場所のように、違う空気が流れていた。

 

 

「完全にやられたな。あんだけいいコースに投げて打たれちゃ、やりようないわ。」

 

「ヒャッハー!完全に実力負けだな。」

 

マウンドに集まった金丸と倉持が、沢村にそう言う。

続けて、内野のまとも枠である小湊が慰め、前園が励ます。

 

尚も俯いたままの沢村。

ようやく口を開くと。

 

 

「なんで打たれたんですか!」

 

 

突如として、大音声。

思わず集まった全員が仰け反り、すぐさま倉持が蹴りを入れた。

 

 

「るせーよ!焦りすぎて日本語おかしくなってんじゃねーか!」

 

「だって完璧なコースだったでしょ!」

 

 

また蹴られる沢村。

 

そして案外凹んでいないその姿に御幸も安心し、言った。

 

 

「今のお前ができる最高の投球だった。でも打たれた。完全に力負け、俺たちの実力じゃ敵わなかったってわけだ。切り替えていこう、打たれた後が肝心だからな。」

 

 

今はまだ、足りない。

球速、コントロール、決め球。

 

実力が足りない。

轟を超えるにはまだ、足りない。

 

 

実感していたが、改めて。

 

 

「遠いじゃねえか、まだ。」

 

 

そう呟いた。

 

 

敵わない相手が多い。

まだ届いていない相手が、多すぎる。

 

 

だが。

だからこそ、ここにきたのだ。

 

高い目標があるからこそ、ここにきたのだ。

 

 

お山の大将ではない。

この強いチームで、エースになるために。

 

 

それには。

これくらいの試練は、付き物なんだと。

 

 

「御幸先輩!」

 

「ああ、点なら取る。切り替えていけよ。」

 

「そうじゃなくて!」

 

 

すると沢村は、両手で頬を叩く。

少し赤らんだ頬、急に後ろに振りむき、そのまま沢村は声を上げた。

 

 

「こっぴどくやられた訳ですが、まだ逆転のチャンスはあります、しっかり切り替えていきましょう!力不足ですが皆さん、どうかお力添えをよろしくお願いします!」

 

 

「自分で言うなバカ。」

 

「さっき俺が言っただろ。」

 

「ヒャッハー、二遊間は抜かせねえからよ!」

 

「バッター集中、栄純くん!」

 

「肩の力抜いてけ沢村。」

 

「一つずつな!」

 

上から大野、御幸、倉持、小湊、白州、金丸である。

それぞれが声をかけ、マウンドの男を盛り立てた。

 

 

まだ、届かない。

しかしそれは今すぐ解決することはできない。

 

だから。

今できることを、精一杯を尽くすのだ。

 

 

一つずつ。

ただ一つずつ、アウトを奪う。

 

 

この回を最小失点に押さえた沢村は、次の回の攻撃に託した。

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード113

 

 

 

 

 

「どうだ真田。」

 

「ええ、悪くないっす。調子もいいもんで、中々失点するイメージ湧かないっすね。」

 

 

額に浮いた水滴を右手の甲で拭い、ふっと一息吐く。

そして、ベンチに座り込んだ。

 

7回の守りを終え、三島と交代した後は無失点。

 

自分でも完璧な出来だと、真田自身感じていた。

 

 

しかし、監督である雷蔵が懸念していたのは、そこではない。

寧ろ、真田の投球技術に関しては、全幅の信頼を置いていると言ってもいいくらいだ。

 

 

そんな雷蔵が懸念しているのは。

 

 

「足はどうだ?まだ大丈夫そうか?」

 

 

春先に痛めた太腿痛。

筋肉疲労によるものであり、真田の軸足に全体重を乗せて蹴り出す特徴的なフォームだからこそ起こる癖のような怪我。

 

その為、雷蔵は怪我の完治した夏以降も、慎重にその様子を見ていた。

 

 

 

「大丈夫っすよ、監督。今んところはそっちも問題ないっす。」

 

「そうか、わかった。あと2イニング、いけんだな?」

 

「心配しすぎっすよ、監督。緊張してんすか?」

 

「うるせえ!」

 

 

そう言って、雷蔵はまた腕を組んで座り込む。

そしてすぐさま攻撃の指示を行なっていた。

 

 

ベンチに座り込み、横に置かれたスポーツドリンクに手を伸ばす。

一息ついて額にタオルを当てた。

 

 

(後、六つ。)

 

 

甲子園の舞台まで、後アウト6つ。

 

夏の頃は全く見えなかった朧げな姿は、カウントダウンできる程にまで現実味を帯びてきた。

 

 

流れ出る汗を鬱陶しく思いながら、真田は目を瞑った。

 

 

 

できれば、もう少し点差が欲しい。

もしくは、何とか相手の反撃の勢いを止めてもらいたい。

 

失点こそ許していないものの、徐々に増していく青道打線のプレッシャーに、真田もかなりの疲労感を感じ鬱蒼としていた。

 

 

 

しかし、そんな真田の心理に反すように、青道のリリーバーである沢村が好投。

持ち前のテンポの良さと高い精度の投球で、あっという間にアウト3つを奪っていった。

 

 

 

 

 

 

8回の裏。

青道高校の攻撃は、4番の御幸から。

 

打席に向かっていく彼に、大野は耳打ちした。

 

 

(真田、かなり疲れが出てきてる。甘いところも増えてるし。)

 

(そうか?あんまし変わってねえように感じるけど。コントロールがアバウトなのは元々だし。)

 

(ベンチに向かう表情でわかる。精神的にも、かなり追い込まれてると思う。)

 

(なるほどね。)

 

 

やはり、よく見ている。

投手特有というか、エースでしかわからない場所か。

 

大野の言葉を頭の片隅に置き、打席に入った。

 

 

(最初の3失点は、俺のせい。降谷は良く投げてくれたし、沢村も良く投げてくれた。)

 

 

鳴り響く、子気味良いブラスバンドの演奏。

それに合わせるように、御幸はリズムをとった。

 

 

(また、あいつに気付かされたよ。)

 

 

それに、先発を担ってくれた2人は、本当に助けられた。

口酸っぱく多くのダメ出しをしてきたが、内心では一年生ながら良く大野の代わりを担ってきてくれたと思う。

 

だから、か。

 

 

4番として。

捕手として。

 

やらなければいけないことが、ある。

 

 

 

点差は、2点。

先頭打者として、まずはチャンスを作る。

 

 

四球目、甘く入ったカットボールを弾き返し、ライトへ。

これが長打となり、右中間を破る二塁打となった。

 

 

(やっぱり、夏輝が言った通りか。)

 

 

後半戦というのもあり、疲れが出てきている。

 

先ほどまで甘く入ってこなかったインコースのボールも、今は少し甘い。

特に、高くなってきているように感じた。

 

 

 

 

続く打席には、右の前園が。

彼もまた、大野から言われた言葉を頭に浮かべながら打席にはいった。

 

 

(自分ができることを精一杯やって、結果的にチームのためになればいい、か。あいつが一番説得力なかったわ。)

 

 

自分が不振に陥っている頃、彼はそう言った。

 

そんな大野自身が、勝利のために自己犠牲を厭わない姿を度々見せていたこともあり、自分でも笑ってしまった。

 

 

(せやな、あいつが安心して自分の事考えられるようにやらなあかんよな。)

 

 

三球目のシュート。

インコースボール球のこのボールをしっかり引っ張り込み、レフト前に落ちるヒットでランナーは一、三塁とチャンスを広げた。

 

 

 

 

0アウトランナー一、三塁。

ここで打席には、主将である白州が打席に入った。

 

 

夏の敗戦。

エースの力投の末に、最後まで打撃で貢献できないまま、崩れ落ちるエースを、ただ見ていることしかできなかった。

 

そして、主将を任されて、夏のリベンジを誓った。

しかし、アクシデントはまた起きた。

 

 

勤続疲労による、大野の怪我。

 

エースがいなくなってしまったというのもあるが同時に、自分を犠牲にしてまで勝ちにこだわる姿勢に、主将として見習わなくてはいけないと思った。

 

 

しかし当の大野は、他の選手に自分のためにプレーをしろと呪文のように言うのだ。

 

誰よりも勝ちを求め、チームを背負う。

エースである以上に、チームの中心であることを本当に意識していたのだろう。

 

 

そんな姿勢に、自分よりもキャプテンシーを感じていた。

だからこそ次第に、そんな大野の思いを無碍にしないために。

 

自然と、チーム全体での結束力が高まっていったのだ。

 

 

自分ができること。

それぞれが精一杯それを尽くし、結果的にチームとして完成する。

 

 

(俺はキャプテンらしいことは何もできていない。だがせめて。)

 

 

勝って。

甲子園というあの舞台で、彼を投げさせたい。

 

 

(青道高校で、みんなで行くんだ…!)

 

 

ストレート。

高めに浮いたこのボールを完璧に捉え、飛翔。

 

強い当たりはフェンス直撃、ランナーが2人帰り、あっという間に同点に追いついた。

 

 

 

一塁塁上、ガッツポーズを浮かべる白州。

そしてその拳を、ベンチの方向に向ける。

 

視線の先には、大野夏輝がいた。

 

 

(終わらせない。それに、まだこれから始まるんだろ、大野。)

 

 

チームを背負う。

同じ志だからこそ、共にチームを盛り立てたいのだ。

 

 

まだ、終わりじゃない。

こんなところでは、止まれない。

 

エース大野夏輝がいる青道高校で、甲子園に行きたいのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尚も逆転のランナーを置き。

打席には、今大会から覚醒の兆しを見せた金丸。

 

大野の同室の後輩であり、世話になってきた。

 

 

同室で高校野球の、野球選手としての行動を学んだ。

 

初めて相談したのは、春。

金丸がブレイクのきっかけとなった、一年生と2軍の紅白戦。

 

2軍を打倒するために尽力してくれたのは、彼だけでなく一年生全体からの信頼を得た。

 

 

夏以降も多くのアドバイスを受け、いつも練習にも付き合ってくれた。

 

それこそ野手と投手という立場の違いはあるが、他の人とはまた違う目線でくれるアドバイスが、彼を成長させてくれた。

 

 

 

(正直勝ちへの執着には、怖さすら感じた。でも、試合を重ねていくうちに、大野先輩の思いもだんだんわかってきた。)

 

 

だから。

そんな大野と一緒に、勝ちたいのだ。

 

一年生だとか、関係ない。

 

同じチームメイトとして。

 

 

(俺たちで、勝つんだ!)

 

 

続く金丸も、ヒットで繋ぐ。

0アウトランナー一、二塁。

 

この後沢村が送りバントをしっかり決めて、ランナー進塁。

 

1アウトランナー二、三塁。

 

 

 

しかし、真田もここで踏ん張りを見せる。

 

麻生を三振に切ってとり、2アウト。

 

 

ピンチを背負いながらも、漕ぎ着けた2アウト。

何とか同点までで切り抜けたい薬師。

 

 

 

 

ここで打順は1番の倉持に回った。

 

 

 

 

 



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エピソード114

 

 

 

 

 

 

(っし、ここで俺か。)

 

 

打席に入った倉持は、右手を前に出してバットを掲げた。

 

ここまでの大会打率は.268。

決して高い数字とは言えないが、大会序盤で全く打っていないということを考えればこの終盤、復活を感じさせる打棒を発揮していた。

 

特に左打席では高い打率を誇っており、打点をつけたのもこの左打席である。

 

 

故に、彼はスイッチヒッターではなく左打席に専念しようと迷っていた時期があった。

しかしそれもまた、鶴の一声ならぬ大野の一声で、スイッチヒッターを継続することを決めたのだ。

 

 

自分らしく、信念を曲げない。

 

憧れであり、野球を本格的に頑張ろうと感じさせてくれたきっかけである男。

彼のようになりたいと始めたスイッチヒッターを、続けたいと一層感じるようになった。

 

 

(決めたのは、俺だ。だけど、あいつの言葉がなけりゃ、決めきれなかった。)

 

 

自分だけではない。

そんな彼の姿に、みんなが頼った。

 

だからこそ彼は、壊れた。

全てを背負い、勝利のために彼は己の腕を犠牲にしていた。

 

 

だから、せめて。

この最後の試合くらいは。

 

彼がやってきたことが間違っていなかったことを証明するために。

そして、彼に恩返しの意味を込めて。

 

 

(俺が、決める。)

 

 

独りよがりな、思いではない。

ここで決めて、みんなで繋いだこの場面で、勝ちたいのだ。

 

 

初球、インサイドストレート。

ここに来て追い込んだ真田は、ギアを一気に上げてきている。

 

球速は、139km/h。

 

ピシャリと決まった威力のあるボールが内角へ。

これを見逃して、1ストライクとなる。

 

 

 

2球目、同じようなコースから打者に切れ込んでくるように変化するボール。

カットボールに手が出てしまい、ファール。

 

 

0-2、早くも打者が追い込まれた。

 

右手に息を吹きかけ、バットを掲げる。

そして倉持はまた、息を吐いた。

 

 

 

(大丈夫、落ち着いてる。)

 

スイングを一閃。

身体も硬くなっていない、まだやれる。

 

自分らしく、持ち味を生かして。

そう言い聞かせて、倉持は最後のボールを待った。

 

 

投げられたボールは、インコースへ。

低めに来るこのボールに倉持は反応した。

 

 

見慣れた軌道、見慣れたスピード。

 

迫り来る白球。

打者の手元で、そのボールは急激に沈む。

 

 

ツーシームファストボール。

打者の手元で、シュート方向に高速変化する落ちるボール。

 

ストレート軌道から高速で変化するというのもあり、打つのは困難。

ゴロを打ちやすいボールだ。

 

 

今大会多くのバッターを打ち崩してきた、真田の決め球。

 

倉持は。

 

 

(嫌になるくらい見てきたんだよ、このボールは…!)

 

 

多くの、経験。

そして、記憶。

 

 

完璧に、白球を捉えた。

 

 

(前からも…後ろからもな!)

 

 

 

打った瞬間、倉持が右腕を突き上げる。

 

幾度となく見てきたそのボール。

自軍のエースが何度も見せたそのボールを捉え、平畠の頭上を越えていった。

 

 

逆転となる、2点タイムリーツーベースヒット。

 

土壇場で出た連打からの逆転劇。

5−3と試合をひっくり返し、青道高校は最後の守りへと向かっていった。

 

 

 

 

 

9回の表、ここまで好投してきた沢村が続投。

 

打順は2番の増田から。

 

彼をカウント1−1からカットボールを打たせて、セカンドゴロ。

まずは丁寧に、1つ目のアウトを奪った。

 

 

しかし、油断ならないのが、この薬師高校。

ここから始まるクリーンナップに一発もらえば、一気に食われる。

 

 

まずは、3番の三島。

この試合でこそヒットはポテンヒット一本だが、パワーヒッター。

 

一発出れば逆転という場面で、迎えたくないバッター。

だがしかし、バッテリーは冷静だった。

 

 

 

倒すべき敵は、目の前の打者だけではない。

ただ逆転しただけで安堵していては到底届かないのだ。

 

 

三島を高速チェンジアップでライトフライに抑える。

そして打席には、4番の轟が入った。

 

 

 

 

ここでバッテリーは、やや敬遠気味に四球。

カウント3−1から、外に外れるストレートで轟を歩かせた。

 

 

(この試合で、改めて距離を感じた。)

 

 

怪物のような、天才バッター。

そして、それを抑えた、自軍のエース。

 

 

これから倒さなくては前に進めない、怪物。

追いかけなければいけない、エースの背中。

 

改めて、その道のりを感じた。

 

 

遠い、遠い。

そして何より、大きい。

 

 

(俺にはまだ、届かねえ。)

 

 

近づいて、形は見えてきた。

だからこそ。

 

形が見えたからこそ、その実態の大きさを改めて感じた。

 

 

今はまだ、足りないものが多すぎる。

見えただけ、それが明日の糧になる。

 

 

わかったんだ。

目標が、道筋が。

 

そして、超えなければいけない存在の大きさが。

 

 

ならば、それに向かって。

 

 

走るしかない。

 

 

 

『最後はピッチャーゴロ!沢村が華麗なフィールディングを見せ、27個目のアウトを奪いました!』

 

 

最後はカットボール。

真田も操るそのボールで完全に打たせ、ピッチャーゴロ。

 

要求通りの完璧な投球で、最後のアウトを奪った。

 

 

 

一塁手の前園がしっかりと掴み取り、その瞬間にナイン達がマウンドに集結する。

 

激戦は終え、夢の舞台の切符を手にする。

 

夏の敗戦、エースの怪我での離脱。

そして、圧倒的と言われた攻撃力は、すでになかった。

 

しかし最後まで。

それぞれが自分の良さを全面に出し、互いを助け合う。

 

全員で足りないところを補い、戦う。

 

 

全員で勝つ。

最初に掲げられたこのテーマは、最後まで貫き通され。

 

そしてこの試合の最終盤、逆転劇という形となって結果が出た。

 

 

 

エースのいない秋。

青道高校は、選抜の切符とともに、都内最強の冠を手にする、最高の結果で終末を迎えた。

 

 






長かった……。

何とか薬師戦に関しては、毎日投稿できたはず。


とりあえず、神宮大会に関してはスキップです。

大野くんはまだ投げれませんし。

ここから冬のトレーニング期間に一気に移動します。
それを終えて初めて、第二部完!ということで。

またごゆっくりとお待ちください。


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エピソード115




早々に冬へと入っていきますよー。







 

 

 

 

 

歓喜の渦に包まれた、長い長い秋が終わり。

青道高校は、春の甲子園への切符を手に入れた。

 

エース不在ながらも、1年生投手の大活躍。

そして何より、個性の強い打者が並んでいる、強力打線。

 

何だかんだで、完成度が高かった気がする。

 

 

しかし、楽な試合は無かった。

 

 

初戦からほぼ厳しい試合展開。

強豪揃いのリーグを、それこそナイン皆の力で勝ち上がってきた。

 

完成度がある程度高かったからこそ、粘り勝つ試合が多かった。

 

 

しかし裏を返せば。

他の高校は、その粗を削ってよりまとまりを帯びてくる。

 

確実に春、夏と一気に強くなる可能性が高いのだ。

 

 

 

ならば、ある程度バランスの整ったチームは、どうか。

新たに突出したものを伸ばしていくか、或いは満遍なく伸ばしていくか。

 

 

青道高校は、後者を選んだ。

 

打線は、個々の能力をそれぞれ上げていく。

そしてより強く濃い線に、そして抜け目のない打線を作る。

 

守備は、より強固に。

各々の身体能力向上は勿論のこと、連携をより綿密に行い、鉄壁を形成する。

 

投手は、より我儘に。

個性の強さをより強く出しながら、それでいて弱点も最低限まで持っていくことで、層の厚さを。

 

 

 

そして。

この大きな一角を担う男が。

 

今、動き始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「投球練習はどうかな。」

 

「えぇ、徐々に力を入れてやってます。もう全力近くで投げても問題無いです。」

 

 

とある大型病院の一角。

ただ検診するには、些か大袈裟すぎるような部屋。

 

そこで俺は、肘の定期検診に赴いていた。

 

 

 

夏の終わりに怪我をした、肘。

勤続疲労というか、要は投げすぎで肘が休まる前に投げてしまったのが原因の、肘部管症候群と呼ばれるもの。

 

 

肘の炎症が収まるまでの3ヶ月間の猶予を言い渡された。

 

 

 

さて、今日はその3ヶ月。

経過としては、予定より早めに回復をしていた。

 

まあ、定期的に見に来てる時も言われたのだが、どうやら俺は怪我の回復がかなり早いらしい。

疲労も他の人に比べて溜まりにくいはずなのだが…

 

そこは、俺のフォームと投げる球種が原因らしい。

まあそこに関しては、後で話そう。

 

 

 

とりあえず、登板禁止は解除。

試合自体でも投げることはOK、そして様子を見ながらとのことだ。

 

 

「これからも大会前や調整の時に来なさい。マッサージとかできる所はサポートさせてもらうからね。」

 

「ありがとうございます、是非。」

 

「実は、僕は担当医であって、青道高校エースの大野夏輝選手のファンでもあるんだ。やれることはやるよ。」

 

そう言って、先生が笑う。

俺もそれを見て、笑顔で返した。

 

 

2人の1年生は、本当に頼もしい先発になってくれた。

それぞれが、いい形で試合を作れるようになった。

 

負けられない。

秋大では投げられなかったが、だからこそ。

 

今まで持っていたのは、あくまで暫定的なものでしかない。

 

だからこそ、この冬。

さらに鍛え上げて、本当の意味で。

 

 

エースの座を、取り戻す。

 

 

 

そして俺は、足早に学校へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、夏輝さん!どうでしたか!?」

 

 

戻って早々、いつも通り沢村の声が聞こえてくる。

その横に、落合コーチと御幸、そして控え捕手の小野がいた。

 

 

「うん、とりあえず投げて良いって。というより、投球練習自体はしてたろ。」

 

「なんかあるじゃないですか、そういう雰囲気!」

 

「知らねーよ。」

 

 

軽くあしらいながらも、こうして喜んで貰えるのは嬉しい。

 

最近は確かに投球練習も徐々に再開していたが、実際に全力で投げていいと言われると、確かに思うところはあるかもな。

あながち、沢村が言うことも間違いでは無い。

 

 

「降谷と沢村は、川上と東条と合流してトレーニングだ。」

 

「YES、コーチ!」「また体力づくり…」

 

 

敬礼をする沢村。

そして、明らかに項垂れる降谷に苦笑しつつ、俺はグローブに手をかけた。

 

 

「身体は温まってるな、大野。」

 

「ええ、アップは終わらせてから合流しましたから。」

 

 

コーチが頷くと、御幸に視線で訴えかける。

すると彼も頷き、俺に白球を投げてきた。

 

 

「ほら、さっさと肩作るぞ。」

 

「おう。」

 

 

渡された白球を、軽く投げる。

徐々に距離を離していき、力を加えていく。

 

指のかかりも、気にしながら。

センターを守っているときには余り意識していなかったからこそ、しっかり感覚を研ぎ澄ます。

 

 

正直、少し鈍くなってはいる。

指先で切る感覚も、何となくズレている。

 

 

少しずつ力を入れていき、マウンドへ。

そこからさらに、力を入れていく。

 

 

 

にしても…

 

「抜けてんな、ちょっと。」

 

「久しぶりで感覚が戻ってきてないんだろ。とにかくコントロールは気にせず、ドンドン切る感覚を思い出せ。」

 

 

やはり、感覚が鈍くなっている。

 

少し力を入れて、投げてみる。

うん、力が入ると何となく感覚も鮮明になってくるな。

 

 

投げていく内に、ボヤけていた感覚が、戻っていく。

まるで先端の丸くなってしまった鉛筆を、徐々に徐々に削って尖らせていくように。

 

 

 

今のうちは、とにかく意識しろ。

コンマ1秒の調整をして、あの時を思い出せ。

 

少しずつ、指にかかるストレート。

だいぶ感覚も、慣れてきた。

 

 

これならば。

グローブで御幸を指し、しゃがむようにジェスチャーをする。

 

 

「一也、座って。」

 

「…わかった。」

 

 

キャッチャーが、試合と同じように座る蹲踞のような姿勢。

そして、グローブを前に出した。

 

構えられたコースは、右打者のアウトロー。

 

 

腰を大きく捻り、投げ込んだ。

 

少しミットこそ動いたものの、ほぼ完璧に近いコース。

それを見て、俺は少しばかり感動した。

 

 

投げられる。

 

ただそれだけだが、俺は。

その事実だけで、心が動いた。

 

 

「OK、ナイスボール。コースは完璧。」

 

 

こうして御幸から返球されるのも、いつぶりか。

涙目になりながら、受け取る。

 

 

投げていく。

自分の感覚を研ぎ澄まして、研ぎ澄まして。

 

夏の感触を、思い出すために。

 

 

ストレートがかなり、指に掛かってきた。

3ヶ月丸々ピッチングが出来ていなかったとはいえ、シャドーピッチ等のフォーム固め自体はやっていた。

 

何より、何年も続けてきたこの動作。

そう簡単に、忘れられるものでも無い。

 

 

 

幾度か続けた後。

俺が、ストレートから少し握りを変える。

 

 

「一也、次は…」

 

「ここまでだ。」

 

 

俺が言いかけると、それを静止するように落合コーチが言った。

 

まあ、今日が本格的に投げ始めて初日だもんな。

変化球いきなり投げようとするのも、よくないか。

 

 

「明日以降、ちょっとずつツーシームとかも混ぜていく。」

 

 

そう言うと、何故か少し気まずい雰囲気。

え、俺不味いこといいました?

 

御幸が俯くと、落合コーチが重い口を開いた。

 

 

「お前、ツーシームを捨てろ。」

 

 

投手として本格的に復帰した、その日。

突如伝えられたその宣告に、俺は唖然とすることしか出来なかった。

 

 

 

 

 



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エピソード116

 

 

 

「お前、ツーシームを捨てろ。」

 

 

突如として伝えられた、宣告。

ただの一つの球種とはいえ、俺はその重すぎる言葉に唖然としてしまった。

 

 

ツーシームファスト。

一般的にストレートと呼ばれるフォーシームから縫い目の向きを替え、速球と同等のスピードで変化するボール。

 

小さくシュート方向に曲がる変化球。

普通は、打者にわざと打たせてゴロを打たせる小さな変化球だ。

 

 

しかし俺のそれは、他のツーシームのそれとはまた違う。

 

フォーシームとほぼ同等のスピードで、尚且つ寸前まで同等のノビを誇りながら、打者の近くで大きく沈む。

 

三振の奪える、高速変化球。

俺のウイニングボールであり、真っ直ぐとこの球を軸にして俺は投げてきた。

 

 

「言っている意味がわかりません。」

 

「言葉の通りだ。そのツーシームを投げるのを、やめた方がいいというんだ。」

 

 

今度は少し淡白に、落合コーチは言った。

 

ツーシームは、俺の決め球だ。

ストレートと対を成す、俺だけの変化球だ。

 

それを捨てろというのは。

 

 

「俺に、投手としての一つの特徴を殺せと?」

 

「そうは言っていない。しかしお前もわかっているだろ。その強力な球の裏側にある、リスクを。」

 

 

コーチの言葉に、俺も口を紡いでしまった。

 

何となく理由はわかる。

自覚もあるし、投げている時も“その”感覚はあったから。

 

 

「お前のその球は、諸刃の剣なんだよ。爆発的なキレと変化量を生み出す代わりに、肘に莫大な負荷がかかってるんだ。」

 

 

ツーシームは、ほとんどストレートと投げ方自体は変わらない。

 

それこそ、シームと呼ばれる縫い目の位置を変えるとある程度は簡単に曲がってくれる。

 

 

しかし、その反面。

投げる際に一瞬人差し指に強い力が加わるため、肘の腱に負担がかかりやすい。

 

また、フォーシームと違い、縫い目に若干指がかからないため、余計な負荷が肘にかかる。

 

 

さらに俺のツーシームは、他よりも感覚的に強めに捻りを加える。

だからこそ、肘の負担も大きくなるのだろう。

 

 

実際、ツーシームなしで投げた時と普段通り投げた時とでは、肘の張りもかなり変わっていた。

 

 

 

しかし。

もちろん、ここまで俺が投げて来れたのは、はっきり言ってこのボールがあったからこそだ。

 

多少キレがあるとはいえ、遅いストレート。

それを生かしたのは、同じ軌道から大きく鋭く沈む、このボールがあったからこそだ。

 

 

そのツーシームを、捨てるか。

 

肘に負担がかかるのは、わかる。

しかし、俺の武器だ。

簡単に捨てることなんて、できない。

 

 

「あのボールを削って抑えられるほど、いい投手でもありません。」

 

「それは違うな。お前のストレートは超一流だ。球速が遅いだけであって、絶好調の時は降谷を凌ぐ。」

 

 

回転数は、多い。

他には見ないほど極端なオーバースローだから、ストレートに掛かる揚力が普通より多い。

 

重力と空気抵抗がぶつかって起こる吹き上がる力が、強いのだ。

 

 

確かに言われてみれば、稲実との試合での投球内容は、ほとんどがストレートが占めていた。

 

それも、決め球として、だ。

 

 

「大野、お前のストレートはプロ並みだ。普段から自分で卑下しているが、はっきり言って高校生とは思えない質をしている。」

 

 

突如として言われた言葉に、俺は目を見開いた。

 

 

「お前は日本一の投手になれる。いや、その先ですら、お前が躍動する姿は浮かぶ。」

 

「その…先…?」

 

 

俺がそう返すと、落合コーチはハッとしたように口を紡ぐ。

そして、一度咳払いをして一蹴、また口を開いた。

 

 

「お前の野球人生だ、最終的にはお前が決めなきゃならない。しかしな、このまま続ければ、取り返しのつかない事になる。」

 

「夏輝…。」

 

 

思わず、俯いてしまう。

 

自分でも分かっているのだ。

あのボールは、今の投げ方では確実に肘を壊すと。

 

 

だがそれは。

ツーシームを捨てるというのは、俺にとって。

 

 

 

 

俺は唇を噛み締めて、黙り込んだ。

見かねたコーチは、溜息を吐きながらもまた言葉を綴った。

 

 

「ツーシームの代わりになるボールなら、俺が見つける。オフの長い期間があれば、何とか身につくはずだ。だとしてもお前は、甲子園で戦える投手にはなれる。確実に、な。」

 

 

 

ツーシームが無くても、甲子園で戦える。

だがそれで本当に、稲実に勝てるのか?

 

あの時の、俺の全開でやっても敵わなかった成宮に、投げ勝てるのか?

 

 

あいつはもっと成長しているはずだ。

それこそ、鵜久森に負けたからこそ。

 

現状ですら負けた相手に。

成宮は成長して、俺は武器を一つ捨てる。

 

そんなことで、本当に勝てるのか。

 

 

甲子園で戦えるのは、わかる。

しかしそれ以前に、その場所に足を踏み入れることが出来るのか?

 

 

 

 

敢えてそれを口にすることはない。

だがしかし。

 

俺にも少し、考える時間が必要かもしれない。

 

 

 

少しの静寂。

重い空気が流れ、何となく息苦しい。

 

考えても、仕方がない。

 

 

というよりは、こんな短時間で解決するような話では無い。

 

 

「少し、考える時間をください。」

 

「その方がいい。だが、試すなら早い方がいいからな。」

 

 

頷き、俺はグローブを外す。

そして、ブルペンから離れていった。

 

 

「御幸、少しいいか。」

 

「俺、ですか?」

 

 

離れ際、そんな声が聞こえた。

 

 








ここのクダリは少し時間を頂きます。
大きなターニングポイントになるので、ここは少し話数を使います。

んでもって、次回は御幸と落合コーチのパートになります。





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エピソード117




かなりガバ理論が展開されます。
悪しからず。




 

 

 

 

 

グローブを外し、ゆっくりとブルペンから離れる大野。

その小さな背中を見つめながら、御幸と落合は目を合わせた。

 

 

「全く、厄介なもんだな。」

 

「ええ。」

 

 

肘部官症候群という怪我を患ってから約三ヶ月。

やっとの思いで投げ始めた大野に待っていたのは、目を背けたくなるような現実だった。

 

これまで決め球にしてきたツーシームは、肘への負担が大きすぎる。

 

今回の原因も、登板過多と肘に負担のかかるボールを投げてきていると、落合は見立てを立てていた。

 

 

「やっぱり、夏輝の肘には重すぎるんでしょうか、ツーシームは。」

 

「ツーシームだけじゃない、夏から投げ始めたカットボールもおそらく原因の一つだろう。」

 

 

フォーシームよりも縫い目の掛かりにくいツーシームは、ボールに力を伝えにくい分、肘の腱に負担がかかる。

 

さらに大野のそれは、一般的なツーシームよりも人差し指で強く押し込み、尚且つ捻りが大きい。

 

 

だからこそ、大野のツーシームはシュートしながら手元で大きく沈む。

その代償として、肘に大きな負担が掛かるのだ。

 

 

しかしもう1つ。

大野が夏から投げ始めたカットボール。

 

これもまたツーシームに近く、最後に人差し指で押し込み、捻りを加える。

その為、関節の構造上無理な形になりやすく、肘への負担も掛かりやすい。

 

 

 

「御幸、お前はどう思う。」

 

「どうって、そりゃ怪我して欲しくないですよ。でも、ツーシーム無しで抑えろというのもまた難しい話です。」

 

 

御幸が応えると、落合は顎髭に手を当てる。

そして、左目を瞑った後に溜め息をついた。

 

 

「いいか、御幸。あいつのボールは特別だ。あの精密機械ばりのコントロールにあの威力の直球があれば、正直ツーシームが無くても抑えられる。」

 

 

それこそ、替りになる変化球があれば。

 

肘への負担を考えれば、順当にチェンジアップだろう。

投げ方としてはストレートと変わらない為、捻りが加わらない分怪我にも繋がりにくい。

 

そして、沢村が参考にする為に、言わばお手本で投げたチェンジアップ。

あれが案外、落差もあり球速差もあった為、決め球としても十分使えるはずだ。

 

 

そう落合が言うが、御幸はそれでも言った。

 

 

「でも、夏輝は多分ツーシームを投げます。アイツにとってあのボールは、特別なんです。」

 

「ただの一変化球ではない、と?」

 

 

そして御幸が小さく頷く。

 

大野夏輝にとってツーシームは、いわば象徴的なボール。

ストレートと同等、寧ろそれ以上に大野を表すボールとして数多の三振を奪ってきた。

 

 

大野自身は遅いと言っているが、彼のストレートはキレもあり打者目線から見ればかなり速い。

回転数が異常に多く、ほぼ垂直に近い縦回転が揚力を生み出し、打者の手元で加速するような錯覚するほどのノビを誇る。

 

 

このストレート、所謂フォーシーム単体でもかなり強いのだが、やはりほぼ同速で変化するこのボールがさらにストレートを際立たせる。

そしてフォーシームに目付けされすと、今度はツーシームが視界から消える。

 

 

尚且つ、出どころが見えにくいトルネード投法から、快速球。

そして精密機械のような、ピンポイントに決まるコントロール。

 

これが、大野が数多の三振を奪ってきた所以。

 

 

大野が武器にしている二つの剣。

いわば大野夏輝という投手の翼の、片翼である。

 

だからこそ、御幸は大野がツーシームを投げることに反対はしなかった。

 

 

「それに。」

 

 

顔を上げる御幸を、落合が横目で視線を向ける。

そして御幸は、少し笑って言った。

 

「あいつにとってあれは、初めて自慢ができたボールなんです。」

 

 

遡ること、四年前。

当時ただのコントロールがいい球の遅い投手だった彼が、ツーシームを習得してから迎えた初めての大会。

 

地区でも随一の実力を誇っていた城南シニアとの試合。

その時に対戦した2年生エースとの会話から、彼はメキメキと成長していった。

 

 

「お前、名前なんてゆーの。」

 

 

白髪が靡く、端正な顔立ちの少年。

その美しい顔立ちから想像もできないような佇まいで投げていたその男は、2年生ながらその完成度の高さを評価されて地区トップの左腕として評価されていた。

 

そんな彼に言われた大野は、ただ一言返す。

 

 

「大野。大野夏輝。」

 

「覚えたかんね、君のこと。あの落ちるボールは自信持っていーと思うよ、今まで見てきたフォークの中で一番すごかったよ。」

 

 

そう言って、離れていく少年に、御幸はため息をついた。

 

確かに実力はまだ向こうが上だが。

しかし、自分勝手な男だと思った。

 

 

「なんだあいつ。偉そーにしやがってよ。」

 

「ああ、そうだな。上から目線だし。それにフォークじゃねーし。」

 

 

大野も、御幸と同じように言う。

 

しかし、そう言われた張本人は、笑っていた。

 

 

確かに、地区でも随一と言われる実力者である彼に認識されたと言うのは、中々心にくるものはあった。

 

何より、自分勝手で他の投手にあまり興味がないで有名なその投手が自分のことを覚えてくれたと言うのは、当時目立つ事のなかった大野からすれば自信を持つきっかけになある出来事だった。

 

 

側から見たら、ただの一言の会話でしかない。

しかし大野はこの一言、と言うより具体的な比較相手ができてから。

 

意識をする相手ができてから、彼の飛躍は始まった。

 

伝家の宝刀は、さらに磨き上げられ。

そしてそれに比例するように、彼の自信に満ち溢れる投球は良くなっていった。

 

 

投手大野が自慢できる、初めてのボール。

思い出のボールだからこそ彼は、固執するのだ。

 

 

 

 

「しかしな、怪我の原因として考えられるボールなだけにな。」

 

 

それでも落合は、その姿勢を変えない。

確認しながら御幸は、とある疑問を投げかけた。

 

 

「だとすれば、これまでも投げていたのになぜ怪我しなかったんですかね。カットが加わったから、って事っですか。」

 

「どうかな。夏の大会からの勤続疲労もあると思うぞ。」

 

 

そう考えると、確かに大野が投げているイニングはかなり長い。

夏の大会や練習試合では、長いイニングを投げられない丹波にリリーフを使っていたため、大野は基本完投か8回まで投げることが多かった。

 

 

「にしても、あいつ、意外と夏場の成長が著しかったですよね。」

 

「確かにな。真っ直ぐが一気に良くなったのは薬師との試合だったか。」

 

 

夏の大会の準々決勝。

その試合で投げた大野のボールは、何かの蓋が外れたかのように覚醒した。

 

 

この時ふと、落合に1つの可能性がよぎる。

 

 

(もしかすると、あの覚醒がある種きっかけなのか?)

 

 

小柄な体格ながら、意外にも身体のバネがある。

身体能力も高く、肘や肩甲骨など関節もかなり柔らかい。

 

だからこそ、か。

 

体格の割に、強度の高いボールを投げている。

そう感じることは、夏以降よく見られた。

 

 

しかし、裏を返せば。

自分の体に見合わない出力が出てしまっているのではないだろうか。

 

身体のキャパシティを超えているにも拘らず、その負荷が肘にかかってしまっているのであれば。

 

 

肘という部位は、鍛えることができない。

だからこそ、弱いのだ。

 

 

大野夏輝が引き出せる最大出力に、彼の肘が限界を迎えたのかもしれない。

彼のある種能力が覚醒したといえるような夏以降に怪我をしたと言うのも、頷ける。

 

 

 

 

だとすれば。

 

「明日の大野の出した答え次第だが、御幸。もしかしたら、長いオフになるぞ。」

 

「俺は覚悟できていますよ。あいつが怪我をした時点で、必ず何か動かなきゃいけないって思いましたから。」

 

 

御幸が笑顔でそう答えると、落合は瞑っていた左眼をゆっくりと開く。

 

その目はいつになく、鋭い視線そのものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







みなさま良いお年をー。




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エピソード118



あけましておめでとうには遅すぎる投稿です。
やはり流行病には気をつけましょう。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日を跨いで、朝。

肌を突くような冷たい風が眠気から遠ざけるものの、早朝というのもあり、思わず大きな欠伸をして薄暗いグラウンドへと顔を出した。

 

広いグラウンドに1人、ストレッチをして体をほぐす。

そして、この早朝には珍しい顔に、大野は驚きながらも声をかけた。

 

 

「珍しいな、こんな時間に起きているのも。」

 

「だよな。俺もそう思う。」

 

 

寝坊常習犯。

早起きとは無縁のこの相棒の登場に少し動揺しながらも、大野は少しずつ身体を動かし始めた。

 

時刻はまだ、朝の5時。

秋とはいえ、この時間帯は少し冷えた。

 

 

身体を温めるためにも、早々に走り始める2人。

 

ある程度体感の温度が落ち着いてきた頃、ようやく話を始めた。

 

 

先に口を開いたのは、大野であった。

 

 

「あと三ヶ月は試合できないんだよな。」

 

「オフシーズンだからな、早くても三月の練習試合だし。」

 

 

野球というスポーツは、冬季の期間中はオフシーズンという形で対外試合を禁止している期間が設けられている。

 

 

都内や温暖な地域と冬季に雪が降ってしまい練習がままならなくなる地域との不平等をなくすということを目的に作らせた制度。

 

グラウンドが寒さで固まって怪我に繋がりやすいというのも理由の一つ。

あとは、肩肘に負担がかかりやすいスポーツというのもあり、休ませるという理由もあるだろう。

 

 

そんなこともあり、一般的には体力作りに充てられることが多い。

 

 

「まあ、一から作り直すにはいい機会、だよな。」

 

「…そうかもな。」

 

 

この時はまだ、御幸も大野がどちらに転ぶかわからない。

彼がどうするのか、まだ直接的には聞いていないから。

 

ツーシームを止めるのか、それとも投げるのか。

 

 

しかしその表情をみれば、彼が何を考えているかはなんとなく分かった。

 

 

「なあ、一也。」

 

「なんだ?」

 

 

少し息が上がり始めた頃、大野が足を止める。

それに伴って御幸も足を止める。

 

 

白髪というには、艶がある。

少し黄金色に艶めいている成宮とは違い、純粋な白で形成される白銀の髪。

 

長い前髪が、冷たい風に靡く。

 

 

そしてその切長の目の中央に入っている水晶のような青い瞳は、まるで人形のよう。

吸い込まれるような瞳を、御幸も真っ直ぐに見つめた。

 

 

「俺はまだ、力が足りない。成宮に勝つことも、全国制覇をすることも。エースが今の大野夏輝ではそこに辿り着くことはできないと思う。」

 

 

その視線が空に向けられる。

まだ暗い空には、紺色に色づいたままだ。

 

 

「変わらなきゃいけない。削るのではなく、俺という存在を創り直す。」

 

 

確かに秋大では優勝した。

しかしその時、マウンドにエース大野夏輝はいなかった。

 

そのため、彼の投手としての記憶は、あの夏の敗戦で止まっているのだ。

 

 

 

創り直す。

言うのは簡単だが、長い年月ををかけて積み重ねてきたものを変えると言うのは、難しい。

 

しかし大野は、言った。

 

 

現状維持ではなく、あくまで成長を。

リスクを負ってでも高みを目指すことを、選んだ。

 

 

その理由は、単純なものだった。

 

 

 

 

「みんな、いい意味で変わった。成長している中で俺だけ現状維持じゃ、置いてかれちまうからな。チームのために、俺も変わらなくてはいけない。秋大は、何も出来なかったから。」

 

 

そう言って、大野は遠い空を見つめる。

 

まだ見えない自分の、未来の姿。

良くも悪くも、変わることが必要だと。

 

 

「夏輝、お前はみんなが変わったって言うけどな。」

 

「なんだよ、急に喋り始めやがって。」

 

「いいから聞け。」

 

 

御幸が言い切ると、大野は押し黙る。

 

基本的には冗談で返したり、毒を吐いたりするこのやり取り。

しかしいずれかが本気の時は、必ず真剣になる。

 

そこら辺の常識は弁えているし、何より互いにとっての大切な事が多いため、割と真面目に聞く。

 

 

「お前が変わるっていうから、先に言わなきゃ行けないことがある。この際だから、お前に考え方を改めて貰わなきゃいけないからな。」

 

 

ここで、御幸は覚悟を決めた。

 

息を吐く。

何となく鼓動が早まっている感覚がしながらも、御幸は構わず口を開いて話を始める。

 

 

 

「チームは変わった。1年生2人はお前に次ぐほど成長したし、野手も本当に良くなった。」

 

 

沢村と降谷は、技術的にも精神的にも大きく成長した。

前園と倉持は、大会中にその打撃を開花させた。

 

 

「でもな、それもお前だったんだ。あいつらが変わったんじゃない、お前が変えたんだ。だから夏輝。何も出来なかったなんて言うな。お前が居たから、勝ったんだ。」

 

「俺が、変えた?」

 

 

御幸が、頷いた。

 

沢村と降谷が大きく成長したのは、大野がいたからこそ。

 

絶対的エースという大きな背中を見てきたからこそ2人は、そこを超えるために練習してきた。

 

そして何より。

夏の大会での覇気を見たからこそ、目指してきたその場所の厳しさを知った。

 

 

小山の大将などではない。

巨大な城ほど、その道のりは厳しい。

 

 

ならば、生半可な気持ちではいけない。

覚悟を決めて、その彼を超えたいと思ったから。

 

 

大野夏輝という絶対的エースを追いかけてこそ、成長したのだ。

 

 

 

 

野手もまた、然りだ。

倉持や前園のように、実際に助言を受けて急成長を遂げた者もいる。

 

しかしそれ以上に。

 

あの夏の敗戦が、野手の大きな発奮材料となった。

 

 

 

夏の都大会決勝。

稲実との最終決戦、成宮と大野の独壇場となったエース対決。

 

両者の圧倒的な投球で迎えた延長戦、遂に2人は力尽きた。

 

 

1点でも取れていれば。

 

そんな後悔と不甲斐なさが心を占める中。

マウンド上で崩れ落ちたエースを、呆然と見つめることしか出来なかった。

 

 

これが、2年連続。

経過は違えど、同じような結末を二度辿った。

 

 

もう、負けてはいけない。

だからこそ、バットを振った。

 

あの時の記憶が、鮮明に残っているから。

 

弱音を吐いたことがない彼が泣き崩れた姿が、全員の脳裏に刻み込まれたからこそ、必ず「打って勝つ」と誓った。

 

 

 

そのお陰か、昨年よりも攻撃力が大幅に落ちると言われていた前評判を覆して、大量得点で勝利を収め。

 

総合力で言えば、一つ上と肩を並べるほどに成長できた。

 

 

 

 

「お前と勝ちたいんだ。俺たちは。エース大野夏輝がマウンドにいて、俺たちが守っている。監督が、落合コーチがベンチにいる青道高校で甲子園に行きたい。」

 

 

成長できた自分達と。

骨身を削って投げ続けた、エースと。

 

上の舞台に行きたい。

 

 

「だが俺に、そんな権利があるのか。監督の進退が問われる大事な試合でも投げられず、二度も夏を終わらせた。」

 

「背負ってくれたお前だから、任せたいんだよ。」

 

「だが俺は…。」

 

 

尚も渋い表情を浮かべる大野。

 

夏の敗戦に加えて、秋大は怪我で投球禁止。

エースを任された大野にとってできることは、チームのために尽くしてきた。

 

その上で、チームは秋大で優勝。

春の甲子園への切符を、手に入れた。

 

 

だからこそ、二度の敗戦を喫した自分が本当に必要なのかどうかすら感じていた。

今までの投手しての自分では感じたことのなかった感情だったのだが、投げられない期間を経て大野の中で生じた新たに生まれた負の感情だった。

 

 

元々自己肯定感が低い、というよりは実力を過小評価している節はある。

そして何より、責任感が人一倍強い男。

 

 

 

投げられなかったこの期間。

彼の中では、「自分の必要性」を感じなくなってきていた。

 

 

 

そんな様子を見た御幸は、ため息をつきながら答えた。

 

 

「めんどくせー男だな、ほんと。」

 

「うるさい。」

 

 

 

そうして、ペースを上げる大野。

それについて行く形で、御幸が追いかける。

 

するとまた違う方向から声が届き、思わず大野は歩みを止めた。

 

 

「なんや朝から元気やな。」

 

「あれ、御幸いんの珍しいな。」

 

 

これまた、朝からバットを振る野手の面々。

 

前園に倉持。

そして白州と、同学年の主力である

 

彼らもまた日課でバットを振っているのだが、今日は少し早くきていた。

 

 

「昨日からピッチング再開したんやろ?なんか力になれることあったら言うてくれや。俺たちだって手伝ってもらったんやからお前の力になりたいんや。」

 

「センバツ勝つにはお前いなきゃどうにもなんねーからな。頼むぜエース。」

 

 

前園が笑顔でそう言い、大野の左肩をパンと叩く。

すると大野の中で何か、たかが外れたように頬を大粒の涙が通過した。

 

 

「あ、ゾノが泣かした。」

 

「嘘やろ!おいどうしたんや大野!俺なんかあかんこと言ったんか!」

 

「あーあ、ゾノ泣かしたわ。」

 

「じゃかし!」

 

 

てんやわんやの青道グラウンド。

少し落ち着いて、大野が泣き止むと、御幸は大野に向けて言った。

 

 

「だから言ったろ。お前が変えたんだって。」

 

「うん。」

 

「だから、このオフだけは、お前のためだけの時間に当ててほしい。」

 

 

これまでは、沢村や降谷など投手の面倒を見ながら練習をしていた。

 

エースとしてチームの底上げをしなければいけないとわかっていたから。

チームの勝利を第一に考えてきたからこそ、そうしてきた。

 

 

だからこそ。

この、最後の冬。

 

 

大野には、自分のことだけに集中して練習して欲しかったのだ。

 

 

「ありがとう。みんな。」

 

 

赤く腫れたその目で、大野が顔を上げる。

珍しいその姿に集まっていた面々が笑うと、そこにこれまた珍しい刺客が。

 

 

「意外と盛り上がっているな。」

 

 

そう言ってきたのは、コーチである落合。

 

先ほども言ったが、まだ朝である、

全体練習も始まっていないこの時間に投手コーチが来ることは、中々ない。

 

 

だからか、困惑の表情を浮かべる大野に落合がその旨を伝えた。

 

 

「御幸に呼ばれたんでな。こんな朝からよくやるもんだ。」

 

「コーチ、昨日の答えが出ました。」

 

 

昨日の答え。

 

肘の怪我の原因を作った可能性が最も高いツーシームを捨てるか。

それとも、別の可能性を見出すか。

 

 

まあその答えは、初めから出ていたようなものであった。

 

 

「日本一のチームには、日本一の投手がいなくてはな。」

 

「ええ。まだ力不足ですが、よろしくお願いします。」

 

 

落合が言うと、大野も笑顔で答える。

そして落合は、御幸に対しても言った。

 

 

「御幸。長いオフになる。付き合ってくれるな?」

 

「もちろん。焚き付けたのは自分ですからね。」

 

 

 

 

青道高校エースの。

 

否。

投手、大野夏輝の長いオフが、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







落合コーチがどんどん聖人化してしまう。




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エピソード119

 

 

 

 

 

 

寒空の快晴。

冬に近づいてきた秋の空は、とにかく澄んでいる。

 

 

オフシーズンに突入した俺たち青道高校。

 

各々が個人のレベルアップや体力作りに勤しむこの期間。

俺も例に漏れず、これからトレーニングが始まる。

 

 

投手として。

ただの能力向上ではなく、チームのエースとしてでもなく。

 

 

純粋な投手としての能力を、引き上げていく。

 

 

俺が、俺自身であるために。

 

 

 

 

 

「準備はいいか。」

 

「ええ、大丈夫です。」

 

 

 

そうして用意された、タブレット端末に目を向ける。

 

幾つも小分けにされた動画。

小さな画面に写っているのは、各試合の自分の投球シーンだ。

 

 

最後の本格的な投球からかなりの期間が経ってしまっているため、あらためて自己分析から。

 

と言うことで、夏の大会の各試合と夏の練習試合。

そして、昨日の投球の参考映像を用意してもらった。

 

 

 

ノーワインドアップから、体の正面を三塁側に向ける。

振り上げた左脚をゆっくりと後方に持っていき、打者に背中に見える位置まで捻転させるとそこで一瞬静止。

 

そこから肘を豪快に振るい、始める。

 

 

体の開きを抑えながら踏み込み。

全身を縦回転させ、オーバースロー。

 

打点の高さにより生まれる位置エネルギーと、強いスピンによる異常な回転数。

そして純粋な縦回転から生まれるマグヌス効果により吹き上がるようなフォーシームが投げられるようになる。

 

 

さらにそのツーシームもまた、このフォームが影響しての変化になる。

 

極端なほどの縦回転に反してさらに肘を捻り込みながら人差し指で押し込むことができるからこそ、横に変化しながら縦に大きく沈む。

 

 

 

これが大野の、特徴的な投球スタイルを形成している。

 

投球フォームが縦回転がメインということもあり、スライダー系の変化球はあまり得意ではない。

そしてフォークは、個人的に回転がかかりすぎて球速が落ちにくい上に変化が小さく、それならツーシームでいいとなってしまう。

 

 

あと、大会後に投げ始めたボールといえばカットボールか。

変化としてはスライダー系に近いのだが、高速で小さく変化する。

 

いわば、ツーシームの反対側に変化するボールだ。

投げ方自体も、通ずるものがある。

 

 

 

話が脱線したな。

 

とりあえず、動画の方に戻ろう。

 

 

 

「今のが、夏大の初戦だな。」

 

「次が、薬師高校ですかね。」

 

 

次に映し出されたのは、さらに炎天下の日のグラウンド。

俺がこの大会で2番目にできが良かったと感じたマウンドだ。

 

 

 

この日はストレートのキレがとにかく良かった。

なのだが、特段他に異変というか、普段と違うところはなかった。

 

 

 

そして、問題の稲実戦。

これもまた、序盤は全く同じフォームなのだが。

 

 

「このイニングからか。」

 

「何がですか?」

 

 

コーチが動画を一度止める。

そして、薬師との試合と見比べるように再生した。

 

 

6回の裏。

富士川と成宮にヒットを許し、ピンチを背負った中盤戦。

 

1番から始まる上位打線に対して、ストレートの真っ向勝負。

その上で、3者連続の三振で切り抜けた。

 

 

「お前の球質が一気に変わったところだ。」

 

「確かに、あのイニングから俺の中で、別の感覚が生まれた気がしました。」

 

「ほう、別の感覚と言うと?」

 

「なんと言いますかね。俺が今まで感じたことなかったと言いますか。いつもより格段に力が入った感じがしました。」

 

 

何故かはわからなかったが、いつもよりもたまに力が乗っている気がしていた。

 

いつもは、捻転したのちに少し抜けていってしまう感覚があったのだが、この日はその力がそのまま球に力が乗って速くキレのあるストレートが投げることが出来ていた。

 

 

 

「確かに、球にも力があったな。いつもより球威がある感じしたし。」

 

 

一緒に見ていた御幸がそう言うと、コーチも右目を瞑る。

そして、その顎に蓄えられた豊かな髭に手を当てて、言葉を発した。

 

 

「トルネードをした後にできる若干の溜めが少し大きくなった。それに伴って、腕の振りが大きくなっている。上手くバランスが合って球に力が乗ったんだと思うぞ。」

 

 

確かにそうだ。

溜めがワンテンポ長い気がするし、その後の腕の軌道も普段と少し違う。

 

だからこそ、あの球が投げられたのか。

 

 

「しかし、肘が後ろに引かれ過ぎている。こいつの可動域が広い故にでくる芸当で出力は出るかもしれないが。」

 

「その分、肘は壊れると。」

 

 

人間とは、本来投げる動作をするようにできていない。

 

さらにその可動域の限界を超えて投げていたのであれば、壊れるのは当然だ。

 

 

「ならどうすれば。元の投げ方に戻せば治ると。」

 

「それはそうだが、まず無理だな。変化して一度定着したものを戻すのは容易じゃない。」

 

 

ならばどうするか。

現状維持のつもりは毛頭ないわけだし。

 

同じような使い方ができて、負荷がかかりにくい投げ方か。

 

 

「そうだな、肩周り…と言うよりは広背筋を大きく使うのがいい。」

 

「広背筋ですか。」

 

 

背中に広がる大きな筋肉。

これを投球時に使えればかなり有効なのではないか。

 

 

要は、肘だけでは耐えきれない負荷を他の部位に回すと言うもの。

肘という腱が集中していながら筋力がつけられない箇所ではなく、上半身で使える大きな筋肉を使う。

 

 

 

「少しの違いにはなるが、投球フォームを少し変えていこう。」

 

「具体的には。」

 

「肘の上げ方を変える。無理にしなりを作るよりは、最短距離を走るように腕を振り上げる。」

 

 

イメージしやすいのは、メジャーの選手か。

 

投げ方的には少しコンパクトに見えるが、肘が詰まらない分負荷がかかりにくい。

あとは、腕が背中近くの軌道に行けば、それだけ無理な体制になる分痛めやすい。

 

なので、できるだけ身体の前で完結させるようにする。

 

 

あとは、若干アーム気味に。

これは本当に気持ち程度。

 

 

「ん?アーム投げって怪我しやすいイメージあるんですけど。」

 

「肩に負荷がかかりやすいからな。肘の怪我のしやすいお前にとっては今より怪我しにくいはずだ。」

 

「肩も可動域広いし、柔らかくて強いしな」

 

 

コントロールは多少ブレるかもしれないが、広背筋を使う意味では今より力を出せる可能性も出てくる。

そのため、負荷軽減と共に球威も上がるのだ。

 

 

ただ懸念点とすれば、出どころが多少見やすくなること。

しかし投げられないよりはマシだ。

 

 

 

 

要点をまとめると、変更点は以下の通り。

 

・捻転時の静止で1テンポ多くためを作る。

・テイクバックと肘の上げ方を変更。

・捻転時に少し腕を伸ばし気味にしてアーム投げの要素を入れる。

 

 

あとは、これをオフの期間に投げて定着していく。

 

 

 

 

ゆっくりフォームを組み立てていく。

フォームがためだけでなく、トレーニングでさらなる飛躍を。

 

力をつける。

過去の俺を超える。

 

 

 

来るべき、冬が明ける時まで。

 

 

 

 

 

 



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エピソード120

 

 

 

 

季節はあっという間に流れ。

既に、冬のど真ん中に入っていた。

 

 

「寒いからしっかり解せよ。特に冷えてる時こそ体が大きく使いにくいもんだ。」

 

「わかりました。」

 

 

吐き出す息が、白く可視化して見えるほどには、気温は落ちている。

 

いついかなる時でも、やはり冬はあまり好きではない。

寒いと怪我のリスクにもなるし、何より試合ができない。

 

 

まあ、だからこそやれることもあるのだが。

 

 

 

 

投球フォームを改造してから、早一ヶ月。

 

12月なかば。

学生としても、冬休みが近づいてきたこの頃。

 

 

投球フォームもかなり形になり、それぞれの球種も同じようにコントロールできるようになってきた。

まだ完璧なまではいかないが、沢村と同じくらいにはコントロールもまとまる。

 

スピードは、冬ということもありまだそんなに出ない。

これはまあ、徐々にだな。

 

 

 

さて、今日の本題だが。

少し、変化球に関すること。

 

 

この期間に投げているのは、まずフォーシーム。

あとは、感覚が染み付いているカーブとツーシームだけだ。

 

実戦でも決め球になるこの球だけを投げているのだ。

 

 

しかし、この期間のうちにできればもう一球種決め球に使えるボールがほしいと思っていた。

 

 

 

「使うならスライダー方向か。落ちる球が一番だが、ツーシームがあるからな。」

 

「斜め下に曲がるやつ投げたいんですよね、少しスピードの落ちたやつ。」

 

「ああ、悪くはないな。三振をとりにいくスライダーは武器にする投手も多いからな、持っているに越したことはない。」

 

 

元々スライダーは投げていたが、基本カウント球。

キレも変化量も、そんなにいいものではなかった。

 

だから、それが決め球になればいいと思う。

 

 

 

しかし、何球か投げていると、落合コーチは言葉を漏らした。

 

 

「お前、スライダーなげんの下手くそだな。」

 

「ええ、自覚あります。」

 

 

何回投げてみても、変化が緩い。

変化も小さいし、とても追い込まれてから空振りを奪えるような球ではない。

 

切る感覚も抜く感覚もあるのだが、捻りながら切るスライダーはあまり得意ではない。

 

 

「少しカット気味に投げてみろ。案外その方がスピンがかかってよく曲がるかもしれん。」

 

 

少しカット気味か。

となると、握りも変えてみるといいかもな。

 

少しフォーシームから握りをずらし、投げてみる。

やはり変化は、小さかった。

 

若干キレは良くなったが、これではただのカットボールだ。

 

 

 

「ツーシームの握りで投げる。一也、多少暴走するかも。」

 

「わかった。」

 

 

御幸が構えたコースは、左バッターインコースの胸元。

 

カットを投げるのでは、一番変化しやすいコース。

ここに向けて、ゆっくりとモーションに入る。

 

 

 

(あんまり、変化させようとするな。)

 

 

ツーシームは、そうだった。

なら多分このボールも、無理に変化させる必要はない。

 

要所だけでいい。

全身で、投げる。

 

最後の一手で、力を入れる。

 

 

(ここ。)

 

あるタイミング。

身体の中でどこか歯車があったような瞬間に、一気に人差し指で強いスピンをかける。

 

さらに、思い切り肘を捻り込んだ。

 

 

普通のスライダーより強い回転。

ミットに対して水平にかかっている、いわゆるジャイロ回転。

 

弾丸のような回転をしたこのボールは、御幸に向けてまっすぐ進んでいく。

 

 

そして、ベース盤手前。

急激に変化し始める。

 

俺の利き腕とは反対側。

弾丸のような回転をしたボールは、伸びながら曲がった。

 

 

「…は?」

 

御幸のミットに触れることなくすり抜けた白球。

それが、コロコロと転がるのを、俺たち3人は唖然として見つめていた。

 

 

 

明らかに、さっきまでとは違った。

 

キレ、そして変化量。

共に、圧倒的だった。

 

 

何より、他とはまるで違う軌道だった。

 

斜め下に変化するはずのカットボール。

もしくは、高速スライダー。

 

なのに今回のボールは、加速しながら曲がった。

 

 

「今のボールは?」

 

「カットのつもりで投げたんですが。最後に思い切り切るのと、ひねる要素を少し強くしたんです。」

 

 

そしたら、ノビがある状態で一気に曲がった。

 

ジャイロ回転と言うのもあって空気抵抗を受けにくい分ブレーキがかかりにくい

だから、加速しながら曲がるのだろう。

 

 

「同じように投げてみろ、今度はもっと力を入れて。」

 

「わかりました」

 

 

さっきの力配分で、大体7割くらい。

ならもう少し力を入れたら…。

 

 

今度は、打者に向けて少し吹き上がるようにホップして曲がった。

 

 

「今度は浮いたか。」

 

「少し待て、俺の情報処理が追いつかん。」

 

 

そう言って、コーチが俯く。

 

確かに、変化球で浮き上がるなんて聞いたことがない。

投げている俺もその真相は、よくわからないのだ。

 

 

無論、本当に浮き上がっているわけではない。

ただフォーシームと同じように、揚力を受けて沈む幅が小さいだけなのだ。

 

 

 

「回転軸が完全に垂直なわけじゃないのか。少し軸が利き腕側にズレているから、フォーシーム同様揚力を受けてホップ成分が生まれるのかもしれない。」

 

 

 

その上、最後にかかるスピン量が多いから、独特の軌道を描くらしい。

 

 

コーチが顎に手を当てて、そういう。

なるほどわからん。

 

 

要は、ストレートとカットボールの間というわけか。

だから球速がそのまま、尚且つホップ成分もあり打者の真横に変化する。

 

 

「肘はどうだ。」

 

「特に違和感はありません。まだコースの制御はできませんが。」

 

 

アームにした影響か、これを投げてもあまり痛みはない。

それどころか、肘の違和感も特にない。

 

 

「あれだけ制球できるのであれば十分だろ。なあ、御幸。」

 

「ええ。ある程度決めてくれるだけで打者は空振りしますよ。」

 

 

なるほど。

 

何はともあれ、痛みが出ないのであれば決め球に使えるはずだ。

変化量もしっかりあるし、軌道上内野フライが欲しい時に使える。

 

 

案外あっさり決まってしまったこの決め球問題。

 

ふと、御幸がとあることを言い出す。

 

 

「あれ、そういえばお前、沢村がチェンジアップの練習してた時試しに投げてたよな。」

 

 

ああ、確かに。

そういえばそんなはなしもしていた気がする。

 

というか、コーチにコツを聞いたら俺まで投げられたということがあった。

 

 

「ああ、中指と薬指でリリースするって話ね。あの時以来投げていないな。」

 

「そうだな。あん時も正直沢村よりも良くスピードが落ちていたし、使えるんじゃないか。」

 

 

と言うわけで、これまた投げてみる。

 

秋大中の投げれない期間ですらしっかり投げれていたと言うこともあり、こちらはすんなり投げることができた。

 

 

成宮のもののように、落ちたりはしない。

どちらかというとスローボールのような、本当に緩急だけで打ち取るものだ。

 

変化量も大きいわけではない。

 

しかし、轟のように早い変化に対応できるバッターには使えるかもしれないな。

肩肘の負担も、変化球の中では一番小さいし。

 

 

これで使える変化球は、4つ。

冬前に投げているのも含めたら、6つになった。

 

 

 

これで俺の新しい武器探しは、冬の期間中に新たに2つ見つかってしまった。

 

 

 

 



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エピソード121





今回はかなり短いです。
そしてオフは、今回までです。

次回以降、選抜大会編に入っていきます。





 

 

 

 

 

 

 

「くああ。おはよ、金丸。」

 

「おはようございます、大野先輩。」

 

 

部屋の中でも漂う、冷たい冷たい風。

乾き切ったこの風にため息が出そうになるも、部屋の後輩にゼリー飲料を渡した。

 

 

「あざっす。珍しいすね、大野先輩と同じ時間ってのも。」

 

「今日から冬合宿が始まるからな。流石に俺も、この期間は走る余裕がない。」

 

 

時期は、年の瀬が近づいてきた12月後半。

この季節、俺たち青道高校が伝統的に行なっている地獄の冬季合宿がある。

 

試合形式ができないオフシーズンということもあり、基本的には体力づくりが中心。

技術練習もあるが、それでも個人練習が主となる。

 

 

 

そのため、精神的にも肉体的にも鍛えられる合宿なのだ。

 

 

 

「そんなにきついんですか。」

 

「まあな。トレーニング自体はそうでもないんだが、やはり連日やるとな。筋肉痛と疲労で体が動かなくなるから、日が経てば経つほどきつい。」

 

 

さて、待っていても仕方ない。

軽く準備して、金丸と共に外に出ていく。

 

まず朝からランニング。

 

身体を起こす意味も込めて、そして調子を確認するように。

 

 

 

「おっはようございます夏輝さん!」

 

「おはよう、相変わらずうるさいね。」

 

 

耳に指を突っ込みながらそう答える。

この男、本当に朝から元気である。

 

しかしこの明るさがどこまで持つのか。

 

 

 

 

早朝は、個人でのバッティング練習。

ティーバッティングや素振りなど、それぞれが行う。

 

あくまでメニューは、個人の能力を鍛えるもの。

 

見つめ直し、身体に染み込ませる。

 

 

 

朝の練習が終わると、朝食。

 

まあみっちり練習して消耗したエネルギーを回復。

そしてこれから消費するエネルギーを蓄える為に、とにかく量を食べなければならない。

 

いつも以上にしっかり入れる。

 

 

去年は後半ガス欠だったからな。

しっかりエネルギーは、入れられる時に蓄えておこう。

 

 

 

日中は、サーキット中心。

 

跳躍や自重、無酸素運動なども入れながら全身運動。

効率よく身体に負荷をかけ、尚且つ強度も高い。

 

 

 

そして、夜。

日が落ちてからは、地獄のランメニューが待っている。

 

長距離ランからインターバルのような高強度のダッシュトレーニングまで幅広く行う。

 

 

まあ、これが本当にきつい。

何がきついって、日中散々下半身をいじめ抜いているから、体がついてこない。

 

 

「頭を上げろ、背中を丸めるな!」

 

 

監督からの檄が、度々とぶ。

 

この人も良くやるもんだ。

朝早くから夜遅くまで、最後までずっと付き合ってくれる。

 

まあこのクソきつい中だと鬱陶しいと思うのが、学生の本音だと思う。

 

 

 

 

 

 

これが、約1週間続く。

夏合宿とよく比較されるのだが、これは比にならないほどきつい。

 

追い込み時期というのもあり、体力的にも精神的にも追い込まれていくのだ。

 

 

「大丈夫か、沢村。」

 

 

絶賛足元で死んでいる沢村。

 

まあ一年なんかは、初めてだもんな。

俺も最初はかなりきつかったのを覚えている。

 

 

というか、俺も実際クソきつい。

立っているのがやっとだ。

 

 

だが後輩が倒れている反面、エースである自分は意地でも立っていないといけないと思っていた。

 

 

「エースになるんだろ。なら辛い時でも突っぱねろ。エースは背中を汚さない。」

 

「余裕です、夏輝さん!」

 

 

そうして、慌てて立ち上がる沢村。

足は震えているが、よくやっている。

 

 

「宜しい。さ、飯行くぞ。」

 

「うっす。」

 

 

そんなこんなで、冬の合宿もどんどん進んでく。

下半身も上半身もバキバキになり、各所が悲鳴をあげているのを感じてきた。

 

そんな合宿も気がつけば最終日。

 

年明けも間近に迫っている中、最後の夜を迎える。

 

 

 

 

棒のように硬く、鉛のように重くなった脚を最後まで動かす。

 

 

倒れ込みそうになる降谷を抑え、立ち上がらせる。

 

無理もない。

夏合宿もある程度余力の残っていた俺ですらギリギリなのだ。

 

体力のない降谷はとうに、限界を超えている。

 

 

しかし、俺はあえて強い口調で言った。

 

 

「俺に勝つんだろ。ここで折れてどうする。」

 

「はい。」

 

 

すぐに降谷が立ち上がり、走る。

 

夏に誓いを立てたのは、俺だけではない。

あいつもまた、悔しい地獄のような思いをしてきたんだ。

 

 

そして秋大の決勝。

彼は志半ばで力尽きた。

 

 

エースになる。

そんな男は、こんなところで折れていてはいけないのだ。

 

 

 

 

最後のランメニューを終えた時、少し空が明るくなり始めていることに気がつく。

 

日が登ってきたか。

そう思い、今年の練習も終わったのだなと実感が湧いてきた。

 

 

今年も長かった。

できなかった期間があったからこそか、とても長く感じた。

 

来年で、とりあえず節目を迎える。

 

高校球児として、当たり前に野球ができていた時期は、夏までだ。

 

 

 

そこから先は、未知の世界だ。

 

 

まあ、今はそんなこと考えることはないか。

今はただ、このメンバーで甲子園に行く。

 

それだけを考えて。

 

 

 

チームのメンバーが並び、登る日に向けて一つ礼をした。

明くる年の、その新たな日に。

 

一つの誓いを、込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード122

 

 

 

 

 

 

晴天の春。

果てしなく、青い。

 

 

まだ3月だというのに、なんだか蒸し暑い。

 

むせかえるようなそんなこの熱気。

まだ会場に入っていなくてもわかる、この空気感。

 

 

全国高校野球選抜大会。

春の甲子園だとか、選抜とか呼ばれるこの大会。

 

春季とはいえ、甲子園。

夢の舞台に、到達した。

 

 

 

 

 

実感なんてない。

何せ、俺はほとんど何もしていないのだから。

 

 

だけど、届いた。

夢の舞台に。

 

 

ベンチでタオルを被り、俺は息を吐いた。

 

 

「緊張しているな、珍しく。」

 

 

声の主を、横目でみる。

蛙のような見た目に、確かな投球理論を持っているこの人は、俺のオフに大きな影響を与えてくれた。

 

 

「甲子園ですからね。空気感はやっぱ違いますよ。」

 

「安心しろ。マウンドはマウンドだ。どこだろうが、それは変わらない。」

 

 

コーチが笑顔でそう言う。

そして俺も、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息をもう一度吐き、俺は立ち上がる。

頭に乗せられたタオルをベンチに置き、目を閉じる。

 

ここが、甲子園か。

 

 

実感と、微かな緊張。

今までなかった感情に、俺は思わず笑ってしまう。

 

 

「大野。」

 

「はい、監督。」

 

 

褐色肌に強面、そしてサングラス。

明らかにそっちの方面に精通してそうな顔だが、野球一筋である。

 

 

「エースは時に、孤独なものだ。俺も最後に信じられたのは、自分だけだった。」

 

 

目は合わない。

だけど確かにわかる。

 

この人もまた、同じ番号を背負ったのだ。

 

 

「優れたエースは、エゴイストでなくてはいけない。自分勝手になれた時、投手は本当の意味で覚醒することができる。自分を信じろ。」

 

 

監督の言葉に、頷く。

俺は置かれたグローブに手をかけた。

 

 

 

声の圧が。

大地の熱が。

空の透明感が。

 

何もかもが、ひさしぶりだ。

 

 

グラウンド中央に用意された、小さな山。

ここが、投手だけに用意された、玉座だ。

 

 

ここからの景色を、どれだけ待ち望んでいたか。

 

 

 

大きく、深呼吸。

そして、そこに置かれた小さな板に手を置いた。

 

 

帰ってきた。

ついに、俺の場所に。

 

打者としてやってきたが、やはり俺の居場所はこのマウンドだけなんだ。

 

 

 

目を瞑り、胸に手を当てる。

そして、息を大きく吐き出す。

 

不安、緊張、雑念。

全てを吐き出し、己の投球に集中できると確信した時。

 

 

俺は、ゆっくりと目を開いた。

 

 

 

「いけるか。」

 

「勿論。」

 

女房役である御幸に言われ、最低限で答える。

半年前と同じようなやりとりに若干安心しながらも、俺は肩を小さく回した。

 

 

「体の調子は?」

 

「気にしすぎだ。大丈夫、俺は投げられるよ。」

 

 

俺がそう答えると、御幸は笑って俺の胸にミットを当てた。

 

 

「馬鹿、鼻から心配なんかしてねーよ。全部使ってくからな、ちゃんとついてこいよ。」

 

「わかっている。」

 

 

離れていく御幸。

それを見つめながら、プレート横に置かれたロジンバックに手を当てる。

 

白い粉塵が宙を舞い、消える。

 

 

 

「行こうぜ大野!」

 

「ヒャッハー!一つずつな!」

 

「後ろはまかしときい!」

 

 

バックの声に安心し、頷く。

 

なんとなく、足が浮つくが、抑える。

珍しく、緊張していると言うのは、あながち間違っていないかもしれない。

 

 

もう一度、念のため深呼吸。

 

戦う準備は、できた。

あとは、投げるだけだ。

 

 

 

 

 

 

まずは、切り捨てる相手が1人。

 

先攻めは、九州代表の宝明高校。

先頭打者の三森が打席に入った。

 

 

俊足巧打。

王道を行く、リードオフマン。

 

前大会でも高い出塁率から塁上の揺さぶりを行うという、得点に絡むことの多い選手。

 

これをまずは、しっかり抑えること。

御幸に口酸っぱく言われてきた。

 

 

(最初から全開で行く)

 

(だろうと思ってた。コースには決めろよ。)

 

 

頷き、モーションに入る。

ノーワインドアップから全身を三塁側へ向ける。

 

腰を回転、トルネード投法から全身を縦回転。

 

 

(ここ。)

 

 

最後の一押し。

自分の中で最後の歯車が噛み合った時、指先の力を一気に加える。

 

 

 

狙ったコースは、外角の低め。

俺が幾千もの回数投げ込んだ、俺の最も得意とするコース。

 

打者視点から見ると最も遠いこのコース。

 

このコースに、完璧に決まり。

審判の右手が、上がった。

 

 

 

「ストライーク!」

 

 

そこは一杯か。

ここから「今日の幅」を確認する。

 

2球目、同じようなコース少し外。

これもストライク判定、さっきよりも幅を広げた。

 

 

(今日の調子をみる、いいな。)

 

(わかっている。)

 

 

今更お前のリードに文句など言うか。

そう内心で呟きながら、俺は最後の一球を投げ込んだ。

 

 

最後はもう少し、外。

気持ちボール気味かなと思うようなストレート。

 

しかし審判の手は、上がった。

 

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

思わず、審判に振り返る打者。

無理もない、ボールと言われても仕方のないボールだったからな。

 

しかし「今日の審判」は、そこを取る。

どうやら今日は、外に広いらしい。

 

 

「OK、ナイスボール!」

 

 

御幸から白球を受け取り、頷く。

 

 

続く打者は、田口。

典型的なアベレージヒッターで、ミートが上手い。

 

タイプ的には、薬師の秋葉に近いか。

彼よりパワーは、ないと思う。

 

 

(当てさせたくないよな。)

 

(使おう。暴走の可能性も捨てきれないから、早めに選別するのも悪くない。)

 

 

練習試合で何度も投げてきているが、公式戦では初めて。

だからここで、試しておく。

 

 

まずは、ストレート。

初球を見逃されて1ストライク。

 

続く2球目、真ん中低めの球。

コースは、甘い。

 

これに振りにくるも空振り。

 

甘いコースからボールゾーンに逃げるツーシームで早くも追い込んだ。

 

 

(いいコース。)

 

(遊び球は?)

 

(いらないだろ。ここで決めたい。)

 

 

御幸のサインに一瞬止まるが、頷く。

 

公式戦初か、投げるのは。

ここで投げきれなきゃ、意味がない。

 

 

ツーシームから握りを少しずらし、息を吐く。

 

狙ったコースは、インコース。

コースはあくまで、目安で。

 

浮き上がる軌道を生かすのであれば、高め。

 

 

回転の意識は、ジャイロ回転。

最後に人差し指で引っ掛けると同時に、肘を捻って回転を強くかける。

 

 

ストレートと同様の軌道。

そこから、真横に滑るように大きく曲がる。

 

ボールは、田口のバットの上をくぐり抜けるようにミットに納まった。

 

 

『2者連続三振!最後はスライダーで田口を三振に切ってとります。』

 

 

オフに手に入れた、ジャイロ回転のカットボール。

新たなる武器で、2つ目の三振を奪う。

 

 

最後は3番。

パワーのある強打者であり、典型的な当たったら飛ぶバッター。

 

ストレート3球で追い込んだ4球目。

この打者に対しては。

 

 

(ツーシームで決めるぞ。)

 

(バックドアで見逃し三振ってのはどうだ。)

 

(最高。決める。)

 

最後は御幸の要求通り。

外のボールゾーンからストライクゾーンに切り込んでくるツーシームファスト。

 

俺のウイニングボールで、見逃し三振を奪った。

 

 

 

 

『三者連続三振!甲子園デビュー戦のエース大野、最高の立ち上がりで闘志全開です!』

 

 

 

 

 

 



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エピソード123

 

 

 

 

 

 

全国高校野球選抜大会、1回戦。

 

青道高校と宝明高校の試合も、早くも終盤戦。

中盤で一気に点を取った青道高校有利で迎えた7回の表、宝明高校のラッキーセブンの攻撃が始まる。

 

 

4-0で迎えた7回表。

 

マウンドには、変わらずこの男が上がる。

 

 

「まだ行けるな。」

 

「舐めるな。最後まで投げる。」

 

 

ここまで宝明を被安打2の11奪三振で完璧に抑えている、青道エースの大野。

この回もまた、彼がマウンドへと向かった。

 

 

「カットは減らす。必要以上に見せることもないからな。」

 

「分かった。リードは任せる。」

 

「はいよ。」

 

 

女房役である御幸と言葉を交わし、別れる。

そして、グラウンド中心にある小さな山に置かれた、その袋に手を当てた。

 

あと3回。

スタミナも十分。

 

援護も貰い、あとは抑えるだけでいい。

 

 

宝明の攻撃は、クリーンナップから。

一発のある3番が、打席に入る。

 

 

(ストレートに合わせようとしてる。カーブで崩すぞ。)

 

(OK。)

 

 

まずは、初球カーブ。

縦に割れる大きな変化球で、空振りを奪う。

 

御幸の見立て通り、大きな空振りでまずは一つストライクを奪った。

 

 

2球目、同じようなカーブ。

今度はもう少し低く投げ、これにも空振り。

 

 

追い込んだ3球目。

最後は高めのストレート。

 

ボールゾーンに投げて空振りを誘う、所謂釣り球。

 

キレのあるこのボールを打ち上げてしまい、ショートフライ。

カーブの軌道に目が焼き付いてしまったバッターは、完全に振り遅れてしまった。

 

 

 

そんな姿を、4番である岸田はネクストバッターズサークルで見ながら、軽く舌打ちをした。

 

 

(大野なんて聞いたことないぞ。なんでこんなに打てない。)

 

 

過去、甲子園の出場経験はなし。

それに、中学でも全国大会に出ている姿は見た事がない。

 

東京と言ったら、左腕の成宮鳴。

全国でも有数の左腕である彼と肩を並べるほどだと、岸田は思った。

 

 

しかし、泣き言は言っていられない。

ここで負ければ、宝明の甲子園は終わりだ。

 

なんとか繋ぐ。

若しくは、反撃の糸口を掴む。

 

 

そう噛み締め、岸田は左の打席に入った。

 

さほど身体は大きくない。

しかし全身を目一杯使ったトルネード投法が、印象的だ。

 

 

高い打点から振り下ろされる、右腕。

真っ直ぐに伸びてきた直球が、岸田の膝元に決まる。

 

 

速い。

そして、軌道が綺麗すぎる。

 

思わずバックスクリーンに目を向け、またその129km/hという球速表示に驚嘆した。

 

 

(とてもそうは見えないがな。)

 

 

はっきりいって、地区で体感した145km/hよりも速く感じる。

回転数が多いからか、手元で加速するように伸びてくる。

 

それでいて、ストライクゾーン一杯。

この球が、完璧なコースに決まるのだ。

 

 

甘いコースを狙っても、そこには来ない。

前の2巡で、それはわかった。

 

厳しいコースを拾うしかない。

 

 

狙い定めた2球目。

今度は、外角の低め。

 

長打を打つのも難しく、打者視点からしたら遠く感じるこのコース。

 

思わず見逃すも、審判の手は上がった。

 

 

3球目、同じようなコース。

さっきより若干遠いコースに決まるが、審判は手をあげなかった。

 

 

(んー、さっきは取ってくれたじゃん。)

 

(同じコースなんだけどな。ゾーンが可変されると困る。仕方ない、ここで決めるぞ。)

 

 

外角低めのストレートを見送り…というより、手が出なかった。

しかしカウントは、1-2。

 

未だに、投手有利のカウントである。

 

 

(際どいコースは全部バットに当てるしかない。変化球も、なんとか対応するしかない。)

 

 

追い込んでから投げるボールは、勝負の高めのストレート。

若しくは、ストレートとほぼ同速で大きく落ちるボール。

 

あとは、前の打席で見た謎のボール。

軌道としてはストレートに近いが、浮き上がるようにして打者側に切り込んできた。

 

 

 

追い込まれた、5球目。

ボールの軌道は、高めの直球。

 

コースは際どい。

しかし、低めを拾うよりはマシだ。

 

 

(貰っ…)

 

しかし、突如視界から消える白球。

 

勿論、バットは空を切る。

気がつくと、背中から乾いた音が鳴り響いた。

 

 

「ストライク!バッターアウト。」

 

 

鳴り響く、球審のコール。

先の2度聞いたその声に、岸田はバットを握りしめた。

 

 

(くそ、またこれか。)

 

 

ストレートで追い込み、最後は同じ軌道から曲がる変化球。

こちらの打者が何度もやられたそのパターンに、してやられた。

 

 

至って単純な投げ分け。

だからこそ、攻略の糸口が見当たらなかった。

 

ランナーを出せば、ギアを上げて一気に抑え込む。

そうでなくても、快速球と落ちるツーシーム、そしてカーブで躱してくる。

 

 

とても、初見で打てるボールではないと感じていた。

 

 

 

「追い込まれたら、確実にやられる。多少厳しくても、早いカウントで打った方がいい。」

 

 

生まれた2本のヒットは、追い込まれる前にストレートを弾き返した2つ。

勝機は、そこにしかない。

 

 

4番である岸田が5番にそう耳打ちし、次の打者が右の打席へと入った。

 

 

 

 

(2アウト、ここはテンポ良く行きたいな。)

 

 

打席に入るのは、クリーンナップ最後の刺客。

彼を横目で見ながら、御幸は大野にサインを出した。

 

 

(初球から振ってくる。ここは、コレで。)

 

(確かに、早打ちしそうな感じはある。)

 

 

テレパシーばりの意思疎通を当たり前のようにするバッテリー。

 

サインに大野が頷くと、御幸は外角低めに構えた。

 

 

 

まずは、初球。

ストレートの振りで緩い軌道を描くチェンジアップ。

 

完全にストレートに狙いを絞っていたバッターは、これにスイングを崩される。

 

 

(ここでチェンジアップかよ。)

 

 

ストレートに狙いを定めれば、高速変化するツーシームとカットボールが視界から消える。

速いボールに対応しようとすれば、カーブとこのチェンジアップで崩される。

 

そしてコントロールも完璧。

マウンド捌きもスタミナも十分と、手の施しようのない完成度の投手。

 

幾度となく強豪校と試合をしてきた宝明高校のバッターたちも、ここまで完成度が高く投球の幅が広い投手を見たのは、正直初めてであった。

 

 

2球目。

同じようなコースに決まるストレート。

 

これにバットを当てるも、フェアゾーンに飛ばずファール。

 

 

チェンジアップのスピード感が目に焼きついたからか。

ストレートの速度感についてこれていない。

 

 

3球目、ここは外に外れるカーブ。

これをなんとか堪え、1ボール。

 

 

(珍しく遊び球を使うな。)

 

(相手も全国レベルだからな。警戒していくに越したことはないだろ。)

 

(なるほど、そう言うことか。)

 

(次回以降の布石にもなる。ここは、幅を見せていくぞ。)

 

 

最後に出たサインに、大野が無言で頷く。

 

幅を見せる。

手札がまだあるぞという、次以降に当たる相手にも牽制をかける。

 

 

 

ストレート。

外角のボールゾーンに進んでいくスピードボール。

 

 

(外れてる、これは。)

 

 

そう思った瞬間。

突如として変化する、このボール。

 

動いたと脳が理解した時。

 

 

ボールは、ストライクゾーンぎりぎりを掠めた。

 

 

『見逃し三振!最後はバックドアのツーシームです!恐るべき技術、恐るべきコントロール!これが青道高校のエース、大野夏輝です!』

 

 

吠える事もなく、ガッツポーズをするでもなく。

ただ、抑えるのが当たり前と言わんばかりに。

 

悠然と、エースはマウンドを歩いて降りた。

 

 

 

この大野の完璧な投球の前に、宝明打線は完全に消沈。

 

 

 

しかしこの圧倒的な投球を、スタンドから見下ろす1人の男がいた。

 

 

「大野夏輝、か。」

 

 

黒いウインドブレーカーを身に纏い、短髪の球児がその椅子から立ち上がる。

 

甲子園のトーナメント中と言うのもあり、チーム全体で対戦予定のチームの試合を研究するのは当然だ。

 

 

そしてその男は。

 

この大会で、最強と名高い投手である。

 

 

「いくぞ、政宗。」

 

 

無言で頷き、球児はグラウンドに背を向ける。

ふと、もう一度。

 

 

「野球の申し子」は、マウンドのエースに、目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 






次か次の次に能力解説やります。
夏輝の投球が解禁されたので、現状の能力解説入れます。

記載した方がいる選手がいれば、教えていただければ幸いです。

今のところは青道の主要選手のみです。



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エピソード124

 

 

 

 

やあ、大野イン甲子園だよ。

今日はオフだから、ホテルからお送りするよ。

 

俺が先発した初戦、宝明高校との試合は、いい流れのまま勝利。

 

中盤の連打と終盤のダメ押しで打線は6得点と好調。

 

 

登板した俺も、9回最後まで投げ切って被安打2の無失点、15個の三振を奪い完封勝ちを収めた。

 

 

 

 

続く2回戦目も、勢いのまま勝利。

先発降谷が、試合を作り5回を無失点投球。

 

その後を投げた沢村は、登板初回こそバタついたものの、そのあとは安定感のある投球を披露。

最速130キロ後半の直球と動くボールを巧みに操り、相手に的を絞らせない。

 

 

最終的には4−1で3回戦目に駒を進めた。

 

 

 

 

「なるほど、これが甲子園の王者か。」

 

「巨摩大藤巻。去年の夏、稲実を倒した高校、か。」

 

 

しかし、安息する間も無く次の試合がやってくる。

 

3回戦目の対戦相手は、巨摩大藤巻高校。

前回の夏の甲子園、エース成宮を擁する稲実との接戦を制し、春夏連覇を成し遂げた北の雄。

 

今大会も、文句なしの優勝候補筆頭である。

 

 

 

高い守備力と、バランスの良い打撃が持ち味の野手。

充実した投手による、継投での安定感抜群の守り。

 

監督の新田さんの攻撃的采配は「新田マジック」と呼ばれるほど的確で、稲実との試合で見せた連続代打や4継投は衝撃的であった。

 

 

 

そして、このチームを象徴する、絶対的エース。

 

それが。

 

 

「本郷正宗、か。こいつが難敵だな。」

 

 

本郷正宗、2年生ながらこの強豪校でエースを張る本格派右腕。

 

最速151キロの威力のあるストレートに、高速で沈むSFF。

特にこのSFFが厄介で、打者が変化球と判断することのできるポイントを超えてから沈む。

 

ストレートとスピード差も小さい為、判別するのが難しい。

 

SFFの他にも、キレのある斜めに曲がるスライダー、緩く変化するカーブもある。

このスライダーも奪三振率が高い為、おいこんでから良く投げられる。

 

 

コントロールも良く、ピンチになると一気にギアを上げ、そうなると手がつけられない。

 

あとは、継投で勝っているチームでありながら、本郷自身は一試合投げ切るスタミナもある。

 

 

明らかに、世代を代表する右腕。

既にドラフトの話題になるほどの、逸材だ。

 

 

 

「低めは思い切って捨てる。甘いコース、高めに狙いを定めて少ないチャンスをモノにする。相手が好投手なだけに、我慢が必要な試合になるぞ。」

 

 

低めのストレートとSFFは、見分けはほぼ無理。

となれば、やはり狙いは浮いたボールか。

 

攻略法は、成宮のときと殆ど同じ。

 

しかし、恐らく彼よりも、低めの見極めは難しくなりそうだ。

 

 

「守りも同じだ。下位までしぶといバッターが並んでいるから、集中力を切らさず守る。こちらもしつこく、我慢強くだ。」

 

 

監督の言葉に、俺達も頷く。

 

 

本郷か。

確かに、能力は世代を代表するのは間違いない。

 

それに、闘志も。

 

 

「いいピッチャーだな、ほんと。」

 

横に座っていた御幸の言葉。

それに同意の意志を表すように、頷いた。

 

 

「良い瞳をしてる。全てを捩じ伏せる、ベンチすら敵視している瞳だ。」

 

 

背負っていると同時に、追われる立場という自覚もある。

あれもまた、エースか。

 

 

投手としての完成度、それに潜在能力。

現状の能力ですら、俺より確実に上だ。

 

 

これが、全国。

 

立ち塞がるか、俺の前に。

 

 

「大丈夫か、夏輝。疲れてんのか。」

 

 

横目で俺を見る、御幸。

構わず俺は、呟いた。

 

 

「面白い。」

 

「は?」

 

 

見れば見るほど、凄い。

だからこそ、燃える。

 

目の前の相手が、投げ合う相手が。

 

すごい投手なら、尚更。

 

 

「何でもない、大丈夫だ。」

 

 

まだ抑えろ。

 

明日になれば、どちらにせよ解放するんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青道高校がミーティングしている最中。

また別の場所で、相対する王者がその試合模様を見ていた。

 

 

「なるほど、いいチームだ。」

 

 

試合のビデオを流し終え、監督である新田がそう呟く。

 

 

攻撃面では、それぞれが個性のある打者集団。

しかしそれでも、纏まりがあり打線となっている。

 

そして、全員が走塁意識が高い。

 

 

クリーンナップは要注意。

 

3番の小湊は率が高いアベレージヒッター。

4番の御幸は、得点圏打率が高いクラッチヒッター。

そして主将であり5番の白州は、万能な何でも屋。

 

この3人が、打者の要注意人物。

 

ランナーがいる状態で回したくない、クリーンナップだ。

 

 

 

守備は堅牢で、特にセンターラインは守備範囲も広く連携も取れているため、失点を多く防いでいる。

 

あとは投手陣。

先発回数が多いのは二年生2人と、三年生エース。

 

 

左腕の沢村は、最速137キロのフォーシームと高速変化するムービングファスト。

あとはチェンジアップ、このボールを両サイドに広く使う、変速フォームの技巧派サウスポーである。

 

右の本格派の降谷は、最速154キロのストレートと大きく落ちるフォーク、スローカーブを投げる。

コントロールは粗く調子も両極端だが、爆発力は非常に高い。

 

 

しかし、彼らより優先的に警戒しなくてはいけない投手がいる。

 

 

それが背番号1、エースである大野夏輝だ。

 

 

 

針の穴を通すコントロールとキレのあるストレート。

そして高速変化するツーシームと、今春から投げ始めたカットボール。

 

あとは縦に割れるカーブと球速の遅いチェンジアップ。

 

 

トルネード投法で極端なほどのオーバースローから繰り出すボールは、他の投手と軌道が違う。

 

 

 

 

「簡単に投げ勝てる相手じゃない。完成度もコントロールも、貴様より数段上だぞ。」

 

 

新田がそう言うと、この巨摩大藤巻のエースである本郷は、噛み付く勢いで睨みつけた。

その反応に、新田もすぐに言い返す。

 

 

「なんだその目は。自分があれよりも上だと。自惚れるのも大概にせい。」

 

 

無論、新田自身も本郷の方が最大出力は高いと自負している。

本郷という投手はそれほどまでの逸材であり、確実に世代を代表する投手になると確信していた。

 

だからこそ、対抗の相手が自分より上だと。

その反骨精神で、高めてほしいのだ。

 

 

怒りは、エネルギーだ。

そのエネルギーを投球に向けることができれば、それは大きな武器となる。

 

 

「スタートは前回と同じ。先発は正宗でいく。」

 

 

そこからミーティングを行い、数十分後。

大まかな戦略や試合運びの話も終え、各々が席を離れる中。

 

 

最後に残ったのは、次の試合でバッテリーを組む、二年生2人であった。

 

捕手でありながら、打撃でもクリーンアップを務める円城は、ぶっきらぼうな本郷にとって良い相談相手である。

 

 

 

「どうした、正宗。」

 

 

自分の投球に集中しがちな彼にしては珍しく、相手投手の大野の試合をまた見ていた。

 

それも、今大会ではなく、夏の予選の決勝戦である。

 

 

「同じだ。」

 

「何が。」

 

「あの時の成宮さんと、同じ目だ。」

 

 

夏の甲子園決勝。

継投による全員野球で勝ったこちらに対して、稲実はただ1人のエースが最後まで投げきった。

 

 

味方の援護がなくとも。

最後の最後まで投げぬく様は、正にエースそのものであり、負けても尚絵になった。

 

 

それと同時に。

本郷は、その成宮の方が自分より上だと、確信した。

 

だからこそ、そんな成宮と同等の実力を持った大野には、珍しく好奇心のような感情を抱いていた。

 

 

「明日になれば、わかるか。」

 

 

今の自分が、どの位置にいるのか。

何よりこの大野という男が、どれ程の投手か。

 

 

「明日が楽しみだ。」

 

「…そうだな。」

 

 

相方の思わぬ発言に少し戸惑ったが、捕手である円城は同意するように頷いた。

 

 

 

 

 



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現状の能力云々(センバツ時)





青道高校各選手の能力、センバツ大会時点のものになります。
物語の箸休めにどうぞ。







 

 

 

 

 

 

大野夏輝 3年 右投左打

ポジション 投手 中堅手

背番号1

 

 

【基礎能力】

 

ストレート 138km/h 球威A

ツーシーム 136km/h 球威A

カットボール  変化量6 球威B 

チェンジアップ 変化量4 球威D

Dカーブ     変化量4 球威C

スライダー   変化量2 球威E

SFF 変化量2 球威E

 

コントロール A80

スタミナ   B76

 

 

【特殊能力】

対ピンチA /ノビA /クイックF /ケガしにくさF

キレ○ /奪三振 /精密機械/球持ち○ /牽制○ /闘志 /要所○/原点投球/対強打者○/全開/軽い球 /負け運

 

 

野手能力

 

弾道2

ミート B71

パワー D56

走力  C67

肩力  A80

守備力 B71

捕球  D52

 

 

アベレージヒッター /流し打ち /ラインドライブ/チャンスメイカー /カット打ち/対変化球○

 

 

 

 

 

【寸評】

 

高い制球力を活かして、キレのあるボールで打者を掌握する青道高校のエース。

 

角度のあるフォーシームはスピン量が異常に多く、他の投手のストレートと比較にならないほどのキレとノビを誇る。

そのキレは本物であり、落合からはプロレベルだと評価されるほど。

 

持ち味であるツーシームは、ストレートと同速同じ軌道で大きく沈むため、ストレート狙いの打者の視界から消える。

そのため、魔球と形容されることもしばしば。

 

また、オフのトレーニングで身につけたカットボールは、ジャイロ回転しながら真横に大きく曲がる為奪三振能力が非常に高い。

 

 

緩急を生かす縦カーブは落差キレともに十分。

そしてチェンジアップも幅を広げるために使う。

 

かねてより投げていたスライダーとSFFは、投球頻度こそ減ったが、カウント玉として使うことも可能。

 

 

投球スタイルは、ストレートを軸に同じような軌道から変化するツーシームとカットボールで空振りを奪う、打者をねじ伏せる。

 

制球力が高いことと御幸の攻撃的リードもあり、短い投球間隔で少ない球数でテンポ良く投げ込んでいく。

 

 

 

 

肩甲骨と肘の関節が非常に柔らかく、ツーシームやカットボールを投げる際に捻りの動作による強いスピンが掛けられる。

 

さらに、小柄ながら全身のバネや体内から発揮される出力が常人離れしている為、ストレートに掛るスピンも多い。

 

 

それ故に、可動域の限界を超えてしまった。

また、発揮された出力が肘にかかる負担を超えてしまった為、夏には肘の怪我をしてしまう。

 

 

 

その為オフのトレーニングでは、フォーム改良と上半身のトレーニングを重点的におこなってきた。

 

フォーム変更により、怪我のリスクが少なくなると同時に、新変化球であるジャイロ回転のカットボールを投げられるようになる。

また、新たな投球フォームも身体の構造上大野にあっているためか、変化球は夏時と大きな変化はない。

 

 

 

チームの勝利を第一に考えていることが多いが、好投手との投げ合いの際は自分のピッチングにのみ集中する。

 

特に能力が拮抗するエース格と投げ合う際は、その力に呼応して本来の実力以上の力を発揮する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御幸一也 3年 右投左打

ポジション 捕手

背番号2

 

 

 

 

【基礎能力】

 

弾道4

ミート B70

パワー A80

走力  D56

肩力  A81

守備力 B74

捕球  B78

 

 

【特殊能力】

 

チャンスA /キャッチャーA /送球A

広角打法/意外性 /4番○ /バズーカ送球/対エース○

 

 

 

 

 

 

 

白州健二郎 3年 右投左打

ポジション 右翼手

背番号 9

 

 

 

 

【基礎能力】

 

弾道3

ミート B76

パワー C68

走力  B70

肩力  C62

守備力 B75

捕球  C62

 

 

 

【特殊能力】

 

チャンスB /走塁B /送球B

アベレージヒッター /流し打ち /バント○ /いぶし銀 /守備職人 /カット打ち/選球眼

 

 

 

 

 

 

 

倉持洋介 3年 右投両打

ポジション 遊撃手

背番号6

 

 

 

【基礎能力】

 

弾道2

ミート C61

パワー D54

走力  A88

肩力  C69

守備力 B79

捕球  B71

 

 

 

【特殊能力】

 

盗塁A /走塁A /送球B

内野安打○ /バント○ /チャンスメイカー /かく乱/ヘッドスライディング/守備職人/選球眼

 

 

 

 

 

前園健太 3年 右投右打

ポジション 一塁手

背番号3

 

 

 

 

【基礎能力】

 

弾道4

ミート E42

パワー B73

走力  E45

肩力  D52

守備力 D57

捕球  C61

 

 

 

【特殊能力】

 

チャンスB

プルヒッター /三振/ヘッドスライディング /悪球打ち/インコースヒッター /強振多用

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川上憲文 3年 右投右打

ポジション 投手

背番号10

 

 

 

 

【基礎能力】

 

ストレート  135km/h 球威E

スライダー  変化量5 球威C

シンカー   変化量3 球威C

 

コントロール B71

スタミナ   C62

 

 

 

【特殊能力】

 

対ピンチE /打たれ強さF /回復B

リリース○ /低め○ /キレ○ /緊急登板/寸前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降谷暁 2年 右投右打

ポジション 投手 左翼手

背番号11

 

 

 

 

【基礎能力】

 

ストレート   154km/h 球威S

スローカーブ  変化量2 球威E

フォーク    変化量4 球威C

 

 

コントロール E45

スタミナ   D58

 

【特殊能力】

 

打たれ強さB /怪童

怪物球威 /荒れ球 /奪三振 /ポーカーフェイス /四球 /スロースターター/乱調 /調子極端

 

 

 

 

 

 

 

沢村栄純 2年 左投左打

ポジション 投手

背番号18

 

 

 

 

【基礎能力】

 

ストレート      139km/h 球威C

ムービングファスト  134km/h 球威B

カットボール     変化量4 球威D

カットボール改    変化量6 球威A

チェンジアップ    変化量4 球威C

 

コントロール C68

スタミナ   B74

 

 

 

【特殊能力】

 

対ピンチA /ケガしにくさA /ノビB /回復B

キレ/リリース○ /勝ち運 /闘志 /球持ち○ /内角攻め /アウトロー球威 /クロスファイア/調子安定

 

 

 

 

 

 

東条秀明 2年 右投右打

ポジション 投手 中堅手

背番号8

 

 

 

【基礎能力】

 

ストレート 135km/h 球威E

ツーシーム 128km/h 球威F

スライダー 変化量3 球威D

カットボール 変化量1 球威E

カーブ 変化量3 球威D

スラーブ 変化量3 球威C

 

コントロール C68

スタミナ D52

 

 

 

弾道 2

ミート C61

パワー E45

走力 C60

肩力 B72

守備 D54

捕球 D50

 

 

 

【特殊能力】

対ピンチD/打たれ強さF

低め○/球持ち○/軽い球/調子安定/変化球中心

 

送球B

粘り打ち/バント○/チャンスメイカー/対変化球○

 

 

 

 

 

 

 

金丸信二 2年 右投右打

ポジション 三塁手

背番号5

 

 

 

 

【基礎能力】

 

弾道 3

ミート D56

パワー C69

走力 C60

肩力 D54

守備力 B70

捕球 E47

 

 

 

【特殊能力】

 

チャンスB

初球○/対ストレート○/逆境/意外性/ヘッドスライディング

 

 

 

 

 

 

小湊春市 2年 右投右打

ポジション 二塁手

背番号4

 

 

 

 

【基礎能力】

 

弾道2

ミート A83

パワー D52

走力  C60

肩力  E49

守備力 B78

捕球  C62

 

 

 

【特殊能力】

 

チャンスB /走塁B

アベレージヒッター /固め打ち /チャンスメイカー /連打/粘り打ち/守備職人 /代打○ /ミート多用

 

 

 

 

 

 

 

 

青道高校

 

西東京地区東京都国分寺町に位置する私立の強豪校。

同地区の市大三校と稲城実業と肩を並べて、三代強豪校と呼ばれている。

 

部員数は100人を超えることもあり、青心寮で泊まり込む野球留学の選手がほとんどである。

 

 

監督  片岡鉄心

部長  太田一義

副部長 高島礼

コーチ 落合博光

 

 

高い守備力と投手王国と呼ばれるほどの充実した投手陣。

また、高い攻撃力で大量得点を狙う強打のチームである。

 

投手陣は、エースである大野を中心に個性の強い投手が揃っており、完投型の大野と継投で繋ぐ2パターンで基本形成されている。

 

 

 

 

 

 

スターティングメンバー(選抜初戦)

 

1番 遊撃手 倉持洋一

2番 投手  大野夏輝

3番 二塁手 小湊春市

4番 捕手  御幸一也

5番 右翼手 白州健二郎

6番 左翼手 降谷暁

7番 一塁手 前園健太

8番 三塁手 金丸信二

9番 中堅手 東条秀明

 

 

 

 

 







こんな感じで書いてみました。
寸評は大野くんだけで勘弁してください・・・

パワプロのアプリ準拠で考えつつ多少物語の進み具合で能力を練っています。
全体的に能力は上がっている、と思います。



次回以降、巨摩大藤巻戦入ります。


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エピソード125

 

 

 

 

空は、青天。

心地良い春風が吹き抜けながらも、暖かい日の光がグラウンドを温める。

 

まだ寒さも残るこの3月。

 

 

春の甲子園は、熱気が漂っていた。

 

 

「巨摩大の先発は本郷かな。」

 

「だろうな。青道も今大会はかなり強いから、巨摩大もベストメンバーで行くんじゃね。」

 

「青道は大野だろ。甲子園初出場とは思えないコントロールだよ。」

 

「いやあ、本郷の方が能力は高いよなあ。」

 

 

観客席から飛び交う、それぞれのチームの先発の名前。

 

どちらも強力な打線を有するのは勿論だが、それ以上にこの2チームに共通しているのは、絶対的エースの存在である。

 

 

青道高校は、3年の大野夏輝。

巨摩大藤巻は、2年の本郷正宗。

 

世代を代表する2人の右腕。

しかし下馬評では、能力の高い本郷有する巨摩大藤巻が有利だと言われていた。

 

 

 

その空気感は観客席を超え、グラウンド内の選手にも伝わる。

 

ここは甲子園。

メディアもいれば、新聞などでも取り上げられるような舞台、多くの声や下馬評などが目に入るのは困難なことではなかった。

 

 

マウンドに向かう大野。

ゆっくりとその小山に向かっていく。

 

 

「夏輝。」

 

 

マウンド手前、軽くジャンプをする大野に、御幸は駆け足気味で声をかけに行く。

 

この声援の殆どが、本郷見たさによるもの。

そしてこの甲子園という、注目が集まるグラウンド。

 

 

少しでもマウンドのエースの緊張を解すために、最善を尽くすのは当然の思考であった。

 

 

「まずは1人ずつな。本郷にプレッシャーかけるくらい、すげえの頼むぜ。」

 

 

無言で頷く、大野。

心配で御幸が少し止まるが、その表情をみて杞憂に終わった。

 

 

あの夏と、同じような目つき。

深く被られた帽子の影からわかる、水晶のような紺碧の瞳が煌めいた。

 

 

「一也、先に謝っとく。」

 

「なんだよ。」

 

 

帽子の鍔に手を当て、大野がフッと息を吐く。

そして、言葉を紡いだ。

 

 

「今日は多分、チームを考える余裕がない。エースとしては不甲斐ないが、他の投手のことは頼む。」

 

 

その言葉に、御幸は思わず目を見開いた。

 

これまでチームの勝利を最優先にし、自己犠牲を厭わなかったこのエースが。

自分の投球に集中してくれるというのは、御幸にとっては嬉しいことこの上なかった。

 

 

「当たり前だろ。それが俺の仕事だ。お前はお前の。大野夏輝という、存在を証明しろ。」

 

「…俺が俺で、ある為にか。」

 

 

御幸が笑い、大野の前に左手のミットを突き出す。

その姿を確認して、大野は笑って御幸のミットに軽く自分のグローブを当てた。

 

 

「行こう、夏輝。」

 

「頼むぞ、相棒。」

 

 

珍しいその言葉に、御幸は思わず笑みが零れる。

 

 

ここまで長かった。

最高のエースであり、最高の相棒である大野は秋に怪我をし、終わりの見えない長いトンネルを彷った。

 

共に歩んできたから。

共に超えてきたから。

 

 

(夏輝、今日は何も背負わなくていい。お前はお前だ。エースである前に、お前は大野夏輝だ。)

 

 

位置につき、いつもの様に大野の目の前でしゃがみこむ。

 

18.44mのその距離で、バッテリーは笑った。

 

 

(輝け夏輝。その存在を、見せつけろ。)

 

(今までの限界を、超える。俺が、俺であるために。)

 

 

構えられたのは、外角低め。

大野の原点であり、彼の最も自慢のできるコース。

 

鋭いストレートが、御幸のミットに突き刺さった。

 

 

(完璧なコース。次は、ここ。)

 

 

続く2球目は、インコース高め。

これもまたピンポイントのコース。

 

尚且つ、威力のあるストレートにバットが空を切る。

 

 

 

追い込んだ3球目。

 

(ここで使うか。)

 

(今日の調子占いみたいなもんだ。決まれば、使える。)

 

 

御幸が構えたのは、同じようなコース。

先程よりも甘いコースのボールだ。

 

速いボールがインコースのストライクゾーンへ。

 

打者も反応し、バットを軌道にのせる。

しかし白球は。

 

 

「うお!」

 

 

滑るようにして打者の胸元を抉った。

 

 

大野の、彼のウイニングボールの一つであるジャイロボール。

ストレートと同じ軌道から、吹き上がるように真横に滑る高速の変化球で、空振りの三振を奪った。

 

 

 

(おいおいおい。こりゃたまげたな。)

 

 

大野の調子を占うこの第一打席。

結果は、御幸も唸るほどの、圧巻の投球であった。

 

 

球の勢い、それにコントロール。

何より気迫が、物語っている。

 

キラリと光る、瞳。

 

その瞳を、御幸はよく記憶していた。

 

 

 

続く2番の西に対して、初球は打ち気を逸らすカーブ。

 

一度ふわりと浮かんでから途中で加速するように落ちるキレのある縦カーブで、まずはカウントを取る。

 

 

2球目、再度カーブ。

今度は少し低めに動かし、ボールゾーンへ投げ込む。

 

しかし、相手もまた一流。

 

西もこのカーブはしっかりと見逃し、1-1とカウントが並ぶ。

 

 

(やっぱ、地区で通用しても、ここじゃな。)

 

(仕方ない、相手も一流だ。)

 

 

生半可なボールでは駄目。

ならば、ここは力押しで。

 

御幸が構えたコースは、高め。

 

外角の高めに、打者も食らいつくもファール。

 

 

(終わらせるぞ。)

 

(ああ。)

 

 

最後は、外角低め。

要求した御幸も、ストライクボールどちらとも取れるコースを要求。

 

ここでストライクと出るか。

それとも、ボールと出るか。

 

 

乾いた革の音と同時に。

 

球審の手は、上がった。

 

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

 

同時に、大野が小さくガッツポーズを浮かべる。

今日の審判もまた、少し外に広い。

 

となるとやはり、大野にとってはこのコースが最大限生かせるため、今日の投球の追い風となるのだ。

 

 

外角低め(アウトロー)一杯。

打者の目線から最も遠いこのコースが完璧に決まり、打者も全く手が出なかった。

 

 

 

 

「ストレートも凄いけど、カーブもまた厄介だな。スピード感といい落差といい、結構いいカーブだぞ。」

 

 

打席に向かう谷中に、先程三振に喫した西がそう耳打ちをする。

それに頷き、クリーンナップの一角である彼は、右の打席に入った。

 

 

(確かに凄いのは見てわかった。)

 

 

息を吐き、バットを掲げる。

そしてそのまま、真っ直ぐにマウンド上の投手に視線を向けた。

 

 

(だけどな、うちの正宗の方が…)

 

 

刹那。

彼の視線の先を通過したのは、まるで。

 

閃光のように、駆け抜けていった。

 

 

 

思わず、谷内は目を見開く。

 

あまりに速い。

直感的に青緑色のバックスクリーンに目を向け、またも驚嘆した。

 

 

球速表示は、136キロ。

彼の最速を考えると速い方なのだが、それでも谷内には150キロ越えのストレートに感じた。

 

 

何より、軌道がおかしい。

打者の手元で加速する、浮き上がるように感じるノビ。

 

無論、物理的に考えてそのようなことはあり得ない。

しかし打席の谷内から見たら、手元でトップスピンがかかってさらに加速しているように見えた。

 

 

2球目。

今度は低めのカーブを投じるも、谷内はこれを見逃した。

 

 

(これを見逃すか。)

 

(相手は全国だぞ。)

 

 

生半可なボールは、通用しない。

それは、わかっていたことだ。

 

 

強気に攻める。

彼が超高校級と称された時の投球スタイルは、あくまでストレートを軸に組み立てた時。

 

 

 

(お前も日和るな。らしくない。)

 

(余計なお世話。見せ球だっての。)

 

 

そうして御幸が構えたコースは、内角の真ん中寄り。

一般的には甘めのコース。

 

チーム内でもトップクラスの打撃能力を誇るこの谷内。

 

甘いコースは決して見逃さない。

思い切ってバットの軌道を合わせる。

 

 

(真っ直…)

 

 

タイミングは完璧。

さすがの修正能力である。

 

ストレートの軌道、そしてタイミングは完璧。

 

しかし白球は、突然軌道を変えて沈み始めた。

 

 

「…は?」

 

 

タイミングは、完全にあっていた。

しかしその白球は、捕手である御幸のミットに収められていた。

 

 

そしてこれが大野夏輝のウイニングボールであるツーシームだと気がついたのは、空振りをしてから間も無くであった。

 

 

(こんなに速いのか。それに軌道も、全く判別がつかない。)

 

 

はっきり言って、空振りしてから気がついた。

それほど軌道の違いはなく、どこで変化したかも理解できなかった。

 

 

(次は何が来る。ストレートか、それともツーシームか。)

 

或いは、もう一つか。

 

 

追い込まれた谷内。

しかし、その迷いが生まれた瞬間。

 

 

打者はもう、負けているのだ。

 

 

 

 

『三者連続三振!137キロ、高めのストレートで巨摩大打線を全く寄せ付けません!青道高校エースの大野、圧巻の立ち上がりです!』

 

 

湧き上がる青道ベンチサイド。

そして観客もまた、青いユニフォームのエースに視線を奪われる。

 

歓声が上がる。

またそれを背に、大野はマウンドを降りてきた。

 

 

「どうよ、甲子園の歓声は。」

 

「宝明の時はそうでもなかったがな。やっぱり、悪くないと思う。」

 

 

マウンドの時とは一転、朗らかな表情を浮かべる大野

 

しかしその歓声を掻き消すように。

傾きかけた流れを全て押しつぶすように。

 

 

もう1人のエースが、全てを捩じ伏せた。

 

 

『最後は151キロのストレート!今度は本郷が魅せます、三球三振!夏の大会沸かせた王者が再び、この甲子園のマウンドを燃え上がらせます!」

 

 

両エースが先発したこの春の甲子園準々決勝。

 

その初回は、これからの熾烈な投手戦を確信させる圧倒的な立ち上がりで幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード126

 

 

 

 

 

春の選抜大会の準々決勝。

西東京代表の青道高校と南北海道代表の巨摩大藤巻の一戦は、両エースの圧巻の投球で幕を開けた。

 

 

互いに奪った三振は、3つ。

打者3人に対して、アウトを全て三振で奪い、その試合を開幕させた。

 

 

「すげえな、本郷。こりゃキツくなりそうだな。」

 

 

そう零す、大野。

しかしその発言とは裏腹に、大野の表情は澄んでいた。

 

 

先ほどまで、怪物が上がっていたマウンド。

 

そこにまた、もう1人の怪童が上がった。

 

 

「その方が燃えるくせに。」

 

「うるさい。行くぞ。」

 

 

また、ミットとグローブを合わせるバッテリー。

意思疎通をする為の、2人の癖のようなものだ。

 

4番から始まる、巨摩大藤巻の攻撃。

 

 

しかし大野は、この4番に対してストレートでの3球勝負で捩じ伏せた。

 

 

先程の、本郷の三球三振を。

そのまま主砲に、牙を剥いた。

 

それはまるで、己の力を誇示するように。

 

 

『ここもストレートで三球三振!前の回から4者連続の三振です!』

 

 

勢いのまま、左足を視点に右足を振り上げる。

そしてその流れのまま、空振りで体勢を崩した4番打者に、背を向けた。

 

 

背中に描かれた、「1」

 

大野の小さな背中に描かれたそれは、やけに大きく見えた。

 

 

 

 

 

(なるほど、正宗が成宮さんと並ぶって言ってたのも、頷ける。)

 

 

打席に向かう円城は、マウンドでロジンに手を当てる大野をじっと見つめる。

 

 

最速130km/h台のストレートは、数字上で見れば速くない。

 

トレーニングや技術の発達した昨今の野球界では、平均球速の向上が著しい。

 

特に高校野球でも、140km/h後半や150km/hを出す高校生も数年前より珍しくなくなってきた。

 

 

そう考えると、大野のストレートは球速表記で言えば平均値、寧ろ地区レベルでもざらに見る数値である。

 

しかし、単純にスピードガンでは測れない、スピード感。

 

 

この試合で目の当たりにして、彼の「フォーシーム」の質の高さに気がついた。

 

 

 

 

それでも円城は、落ち着いていた。

 

確かに凄い勢いのストレートだ。

それに変化球のキレも素晴らしい。

 

 

(わかってるな、このチームで一番気をつけなきゃいけないバッターだぞ。)

 

 

だが、本郷と比べれば。

絶好調の時の本郷に比べたら、それほどまでの脅威は無い。

 

 

(分かっている。)

 

 

そして今日。

本郷は、その絶好調の日だ。

 

球威も、キレも、闘志も。

 

先程までの投球を見た中では、今日の本郷を上回ることはない。

 

 

 

 

円城がバットを構え、大野を見据える。

 

(立ち上がり、叩かせてもら…)

 

その瞬間、彼の肌に突き刺さったのは、先程までとは比にならないほどの「違和感」のようなものだった。

 

 

彼の周りを漂う白銀の粉塵が、太陽光と反射する。

それが、大野の吐息とともに宙に消える。

 

 

本郷と組んでいても、感じなかった空気。

 

圧力ではない。

ただ純粋に、彼の纏う風格のようなものが漂っている。

 

 

深く被られた帽子の鍔の影で、表情は上手く読み取れない。

 

ただ一つ。

その鮮やかな紺碧の瞳だけが、キラリと艶めいた。

 

 

 

 

 

次に円城の耳に突き刺さったのは。

金属音のような異音と、それとは相反して子気味の良い乾いた破裂音だった。

 

 

「うお。」

 

 

ぱさりと、マウンドに落ちる青い帽子。

それによって押さえつけられていた白銀の髪が、ふわりと舞う。

 

 

速い。

投げたと認識したと思ったら、異常な風きり音とともに前を通過した。

 

否、視認すらちゃんと出来たか。

 

はっきり言って、軌道なんぞ全く覚えられなかった。

 

 

分かったのは、他のストレートとは比べ物にならない程のノビと、ホームベースで加速しながら浮き上がる軌道、ということ。

 

 

2球目。

同じようなコース。

 

これは敢えて手を出さず、見逃して2ストライク。

 

 

これ程までの質の高さを持つストレート。

今まで見たことのないボールだから、見送った。

 

 

次に打つために。

 

高い洞察力と打撃センスを持つ円城にとってその行為は、初めて本郷と対戦したときと同じ対処法であった。

 

 

 

(なるほど、ここまでのキレか。)

 

2球目で、訂正。

この大野夏輝のストレートは、本郷のそれよりも圧倒的に速い。

 

軌道も、大体把握した。

 

それを、この2球で掴む。

天才に相対するこの打者もまた、天才だった。

 

 

 

3球目。

真ん中高めのストレート。

 

これを円城は、捉えた。

 

 

「甘い…!」

 

「な…!」

 

 

強い当たりは右中間。

巨摩大藤巻に生まれた初めてのヒットは、女房役の痛烈な当たり。

 

右中間を破るツーベースヒットを生み出した。

 

 

 

(コントロール気にすんなって言ったけどさ…)

 

(悪い、ギア入れるとやっぱりまだブレる。)

 

 

本当は、御幸が構えたコースはインコース高め。

しかしそれは、縦横ともに真ん中に寄ってしまった。

 

とはいえ、初見でこのボールを捉えた円城の打撃センスも常人離れしているということには変わり無かった。

 

 

早速招いたピンチ。

1アウト二塁で、打席に向かうのは今日先発の本郷。

 

圧巻の投球に目を奪われがちだがこの男、リリーフとして登板した前の試合でもタイムリーを放つなど打撃も一流である。

 

 

 

しかし今の大野は、打者としての本郷には特に何も関心は無くなっていた。

 

 

(すげえな、本当に。)

 

 

昨年稲実の4番を打っていた原田ですら、自分の全力のストレートを初見で捉えることは無かった。

 

確かにコースは甘かった。

しかし間違いなく、あの円城という打者の打撃センスは非凡であることを表している。

 

 

(これが全国か。これが、王者か。)

 

 

 

打席から大野の姿を見た本郷は、思わず目を見開く。

 

マウンド上のエースは、先述の通り表情は読み取りづらい。

しかし、影で隠れていないその口角が上がっていることに気がつく。

 

 

そして、直ぐに身構えた。

何故ならそれは、大野が圧倒的なパフォーマンスを見せた試合と、同じような光景だったから。

 

夏の大会、西東京予選。

その決勝で投げあった2人のエースの表情は、笑顔だった。

 

 

今考えれば、甲子園の決勝で投げていた成宮は本調子では無かったのだろう。

 

度重なる連投、予選から続いていた勤続疲労。

 

 

そして、相対するエース。

あの2人が投げあっていた試合こそ、成宮と大野共に最高傑作と言っても過言では無い投球だったと思う。

 

その1人が今、目の前に立っている。

しかも今日の大野は、画面越しでみていたあの試合と同等。

 

いや、それ以上か。

 

 

 

 

本郷の打席。

外角低めのストレート2球で追い込むと、最後は高め。

 

136km/h、ギアを上げたストレートで空振り三振を奪う。

 

 

 

続く7番の羽生もツーシームで見逃し三振に切り捨て、最初のピンチを切り抜けた大野。

 

そのマウンドでは、エースの咆哮が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード127




昨日上げられなかったので、2話一緒に。





 

 

 

 

 

圧巻の投球を見せる両エースの組み立てる試合は、早くも折り返し地点。

 

5回の裏の攻撃は、青道高校。

4番から始まるこの攻撃、御幸が打席へと入った。

 

 

(そろそろ打たにゃならんよな。)

 

 

ここまで本郷が許した出塁は、0。

青道の打線が本郷に献上した三振は、既に9個に登っている。

 

幾ら本郷が絶好調とはいえ、打てませんでしたでは話にならない。

 

夏、あの時のエースの姿が焼き付いているからこそ、言い訳なんて出来なかった。

 

 

 

ストレートの勢いは凄まじく、決め球のSFFはストレートとの判別が効かない。

 

コントロールも纏まっており、バタつかない。

 

 

 

とはいえ、コントロールが良いというのは御幸にとって好都合。

 

ある程度配球を読んで打つ彼のバッティングスタイルからすると、要求通りのコースに投げてくれる分、読みが当たればしっかり打ち返せるのだ。

 

 

(さあ、何で来る。)

 

 

打席から本郷を見据えたとき。

 

ピリピリと肌に、圧を感じる。

 

 

(見たことあるか。雪の上を走る白球を。野球に魂を売った、悪魔を。)

 

 

吹雪のよう舞う、粉塵。

それを振り払い、本郷が両腕を振り上げる。

 

 

(俺たちは、野球を楽しむために北海道から来たんじゃねえ。)

 

 

正に本格派エースを表すような、豪快なワインドアップ。

ゆったりと左足を振り上げ、グローブを前に突き出す。

 

スリークォーター気味のオーバースローから放たれるは、豪速球。

 

 

「ッラア!」

 

 

轟音と共に、本郷のボールはミットに収まった。

 

150km/h。

計測された数字は、既に超高校級と称されるに相応しい。

 

 

2球目、今度はインコース。

力任せの剛腕が唸る。

 

同じく150km/hのストレートに、御幸のバットが空を切る。

 

 

3球目、低めのストレート。

これはバットに当て、ファール。

依然、カウントは0ボール2ストライクのままである。

 

 

4球目。

最後はやはり、伝家の宝刀を引き抜いた。

 

『最後は伝家の宝刀スプリット!早くも二桁奪三振に乗せました!』

 

 

振り抜いた勢いそのまま、右腕を握りこむ。

そして、咆哮を上げた。

 

 

(洒落くせえ!てめえら雑魚は引っ込んでろ!)

 

 

続く白州は、ストレートを詰まらせてショートゴロ。

最後の降谷は高め、149km/hのストレートで空振り三振に切って取った。

 

 

 

「正宗、ムキになりすぎだぞ。あそこまで力いれる場面じゃないだろ。」

 

「うるせえ。ムキになんかなってねぇ。」

 

 

駆け寄ってきた女房役にそう言われ、帽子の鍔に手を当てる。

 

確かにクリーンナップとはいえ、些かやり過ぎだというのは否めない。

しかし本郷は、額から流れた一滴の汗を拭って言った。

 

 

「こっちがギア抑えたら、一気に持ってかれんぞ。あの人はそれだけの力を持っとんのじゃ。」

 

 

そう言って、本郷が青道側のベンチに視線を送る。

視線の先には、やはりエースの大野夏輝がいた。

 

 

「そんなにか。」

 

「圧力とかそんなんじゃねえ。もっと違う、何かだ。」

 

 

ここまでの成績は、被安打1の10奪三振。

円城に長打こそ浴びたが、それ以降は全く巨摩大打線を寄せ付けない投球でチームを鼓舞している。

 

 

 

「わりぃ夏輝、打てなかった。」

 

「そう簡単に打てる投手じゃないことは、分かっている。相手も思っていることは同じだ。」

 

 

白銀の髪を覆う帽子を、一度被り直す。

 

ここまでの本郷は、未だに防御率0.00

昨年の夏の大会も合わせても、許した失点はたったの1点である。

 

 

そんな男から点を取る事は、容易ではない。

それは最初から、分かっていた。

 

いや、だからこそか。

大野は本郷が圧倒的な投手だからこそ、その投球に呼応して力を発揮していた。

 

 

 

ただ、同時に。

この終わりの見えない兆しを見せる投手戦に、少しばかりの不安を覚えたのも、嘘ではなかった。

 

 

「余計なことは考えんな、今日は9回で終わる。お前はお前のことだけに集中しろ。」

 

 

そんな表情を読み取られたのか、御幸がそう言った。

 

 

「言う前に打ってくれ、2三振。」

 

「るせ。円城からだからな、今度はガチで行くぞ。」

 

 

相手は、先程唯一のヒットを許した円城。

しかしこの男の存在もまた、大野の好調を後押しする存在となっていた。

 

 

相手投手が好投手であれば、それを超えようと普段よりも力を発揮する。

 

そして対戦する打者も、例外ではなかった。

 

 

何故か知らないがこれが相手投手にも影響し、対戦相手もまた限界を超えて力を発揮してしまう欠点はあるのだが。

 

こればかりは、仕方ない。

 

 

 

 

 

 

『あーっと空振り三振!先程唯一のヒットを許した円城に対して、ここは伝家の宝刀ツーシームで空振り三振に切ってとりました!』

 

 

円城が狙い澄ました、4球目。

大野のツーシームは、彼の想定を大きく超えた。

 

真ん中低めからボールゾーンまで沈む、高速変化球。

 

文面だけで言えば本郷のSFFと大差はないが、大野のそれはSFFよりも遥かに速く、細かくコントロールが効くのだ。

 

 

 

(くそ。)

 

内心舌打ちしながらバットを持ち帰る円城は、ヘルメットに手をかけてネクストバッターズサークルの近くを通過した。

 

 

「言ったろ、あのピッチング続けられちゃ、流れは確実に持っていかれる。」

 

「あぁ。さっきよりも増したな、力が。」

 

 

すれ違いざま、本郷と言葉を交わす。

 

確かに先程よりもギアが上がった。

というよりは、勢いが変わったと言うべきか。

 

さっきよりも思い切りがいい。

 

 

何よりその表情が、印象的であった。

 

 

 

続く打席には、エースの本郷。

 

 

 

(こいつもいいバッティングするからな。気をつけ…って、いらねえ心配か。)

 

マウンド上での表情を見れば。

そう付け加えて、御幸はサインを出した。

 

 

(外、高めのカットで空振りを誘う。)

 

(OK。)

 

 

ロージンバックを手のひらで転がし、マウンド横にそっと置く。

手先に着いた余分なそれに息を吹きかけ、粉塵が宙を舞う。

 

そして大野は、空を見上げた。

 

 

(すげえな、ここは。)

 

 

全員がすごい選手で、マウンドに上がる男はもっと凄い。

 

 

声の圧が。

この空気が。

空が。

球場の雰囲気が。

 

全てが、特別だ。

 

 

(すげえな、本郷は。)

 

 

年下のそのエースは、自分なんかよりもよっぽどいい投手だ。

 

力も、技術も。

気概も、背負っているものも。

 

 

(ここにはこんなにすごい投手がいる。)

 

 

ゆったりと足を上げ、ウイニングボールを投げる。

外から逃げる、彼の独特のカットボール。

 

大野夏輝の大野夏輝だけのこの変化球に、本郷のバットも空を切る。

 

 

(まだ通過点なんだろ。ここがまだ途中なんだろ。)

 

 

続く2球目は、同じコースに投げ込まれたストレート。

この速球に反応しきれず、本郷は見逃す。

 

 

(お前が見た景色は、もっと凄いとこなんだろ。)

 

 

3球目、外角低めのストレートだが、これは本郷も何とかバットに当ててファール。

 

しかし、前に飛ばない。

捉えきれない。

 

 

(俺も見なきゃ、敵わないのはわかってる。)

 

 

御幸からの返球。

自然と口角が、上がる。

 

音の抜けた、白黒の世界。

 

彩られているのは、本郷と御幸だけ。

 

 

(もっと強く。もっと高く。)

 

 

ゆったりと足を上げ、右足を軸に全身を捻転。

 

ある地点まで到達すると、静止。

エネルギーを収縮して、溜め込む。

 

そこから、解放。

 

 

(昇って見なきゃ、並べねえよな。)

 

 

大野の中にある常人離れした出力から放たれる、速球。

 

さらに肘を思い切り、捻り込む。

同時に、人差し指で縫い目を思い切り弾き返す。

 

外角のボールゾーン。

少し高めの所から、速球は一気に切り込んできた。

 

 

(しまっ、手が…)

 

 

認識した時には、もう遅い。

本郷がバットを出す隙もなく、ミットの音が鳴り響いた。

 

 

外角ボールゾーンから、ストライクゾーンに抉り込む。

 

所謂、バックドア。

138km/hで大きく沈んだ、ツーシームファスト。

 

 

 

大野の決め球であるこのボールを、大野の持ち味である繊細なコントロールで。

 

本郷に、見せつけた。

 

 

(そうだろ、鳴。)

 

 

帽子が落ち、ふわりと銀髪が浮かぶ。

 

その額からは、キラリと汗が輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大野夏輝 (絶好調)

 

【基礎能力】

 

ストレート 球威S 140km/h

ツーシーム 球威A 138km/h

カットボール 球威A 変化量6

Dカーブ 球威B 変化量3

 

コントロール A87

スタミナ C65

 

 

【特殊能力】

 

対ピンチA /怪童 /クイックF /ケガしにくさF

キレ○ /ドクターK/精密機械/球持ち○ /意気揚々/闘魂/要所○/原点投球/対強打者○/全開/軽い球 /負け運/ミックスアップ

 

 

 

 

 

 

 







ミックスアップ…拮抗した能力の選手と対戦した際に、能力が大きく上がる。また、ストレートのノビが良くなる。


という感じのオリジナル超特殊能力。



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エピソード128

 

 

 

 

6回の裏、青道高校の攻撃。

円城、本郷、羽生を三者連続三振をお見舞いしたエースの力投に、奮起したい打線。

 

この回は、下位打線である7番の前園から。

 

 

(折角ここまで来たんや。あいつが戻ってきても、打てへんでしたじゃ話にならんで。)

 

 

しかし、届かない。

大野のピッチングに呼応した、本郷は更にギアを上げる。

 

インコース低めのストレートは、150km/h。

 

 

内角を捌くのが上手い前園が、前に飛ばせない。

それどころか、完璧に差し込まれている。

 

 

そしてまた、このボールでやられる。

 

 

『ここもスプリットで空振り三振!青道打線に対して未だに出塁すら許しません!』

 

 

8番の金丸に対しても、最速151km/hのストレートで空振り三振。

 

その球には、いつもより力が乗る。

 

目の前で見せられた、圧巻の投球。

それに対する、反骨心と怒り。

 

 

正に大野にやられた三振を、やり返すように。

本郷は、目の前の打者を捩じ伏せる。

 

 

最後、チャンスメイクを得意とする東条。

 

何とか自分からチャンスを生み出したいところだが、それを許すような相手ではない。

 

最後は内に入ってくるスライダーを打たされ、サードゴロ。

 

 

 

この回もまた、チャンスどころか出塁すらできない。

 

野手たちも焦りが出る中、この男だけは変わらずマウンドへと向かう。

 

 

「疲れはどうだ。」

 

「まだない。心配しなくても、最後まで投げ切る。」

 

 

この最後までというのが曖昧な意味を持ってしまうというのは、ここまでの好投手の投げ合いだからこそなのだろう。

 

無得点での延長もあることを考えるか。

それとも、9回までのことを指しているのか。

 

 

大野にとっては、どちらでも無かった。

 

 

「投げ切るさ、勝つまではな。」

 

 

笑う大野。

夏以来、久しぶりに見た表情に御幸の心も高鳴ったのも事実。

 

しかし同時に、心配もあった。

 

 

普段よりも、汗が多い。

 

多いと言っても気温が気温なので夏ほどではなく、他の試合に比べても多い程度だ。

無論ギアを入れているのもあり当然ではある。

 

 

だが、御幸の直感か。

捕手として、相方として。

そして、あの夏を見た張本人として。

 

少しの違和感でも察知できるように、アンテナを張らなければいけないと思っているのだ。

 

 

それもあり、いつもは7回ほどに形式的に聞いている疲労感も、今回ばかりは少し見られた為早めに確認した。

 

 

 

 

 

この回は8番の江藤から。

しかしこのバッターに、いきなりヒットを許してしまう。

 

コースは良かった。

だが、捉えられた。

 

 

9番の佐々木が完璧に送り、1アウト二塁。

 

この試合2度目のピンチで、上位打線に回る。

 

 

 

空かさずタイムを取る御幸。

 

相手の本郷がまだパーフェクトピッチングを続けているというのもあり、1点ゲームになることは確実。

 

できれば、失点したくない。

 

 

 

「何だよ、疲れた訳じゃねーぞ。」

 

「そこは心配してねーよ。お前下位打線だからって力抜きすぎだっての。相手は初球から振ってくんぞ。円城の時くらいとは言わねーけど、ある程度な。」

 

「分かった。」

 

 

共に口元をグローブで隠しながら、確認。

 

御幸としても、疲れが出て許したヒットでないことくらいは、わかる。

球に力が無いわけでもなく、抜けている訳でもない。

 

 

「今日のお前なら、多少甘くても球の威力で押せる。コントロールは気にしすぎるなよ。」

 

「それは降谷の戦い方であって、俺のものじゃない。それに、俺がやりたい事でもない。キレも出しながら、コントロールはどうにかする。それで良いだろ。」

 

 

御幸の言葉に、大野がそう返す。

いつもとはまた違ったその返答に、御幸は思わず吹き出してしまった。

 

ただの提案でしかないのに、そこまでムキになるか。

 

それだけ自分の投球が何処まで通用するか見てみたいということか。

あとは、大野のポリシーのようなもの。

 

 

自分の強み、特長をとにかく強く持つこと。

 

これまで多くの選手に伝えてきた「自分らしく」というのを、大野はこの冬で更に強く意識するようになった。

 

 

エースとしてでなく、大野夏輝として。

巨摩大と、本郷と戦うから、その芯は曲げないのだ。

 

 

「わーったよ。言ったからにはやれよ、夏輝。」

 

「当たり前だろ。それでなきゃ、俺じゃない。」

 

 

互いに笑い、グローブとミットを合わせる。

そしてそれぞれの持ち場に、戻った。

 

 

しかし御幸の中にあった心配。

これに関しては、少し大きくなった。

 

 

少し入れ込みすぎか。

珍しく、ペース配分が出来ていない気がする。

 

こうなると、終盤は疲れで能力が落ちる。

できれば完投してもらいたかったが、失点してしまえば意味が無い。

 

 

(あの2人が通用するのは分かってる。)

 

そんなことを考えながらも、御幸は首を横に振って頭をリセットする。

 

 

今は目の前で背負ったピンチを、切り抜けるところだ。

 

相手は全国トップクラスの上位打線だ。

余計なことは、考えていられない。

 

 

 

しかし、ピンチになってギアを上げた大野。

 

先程下位打線に打たれたとは思えない出力で1番2番を連続三振で切ってとり、あっさりとこのピンチを切り抜けた。

 

 

「できんなら最初からやれっつーの。」

 

「るせ。」

 

 

汗を拭い、大野がマウンドを降りる。

 

 

「ナイスピッチや大野。」

 

「おう、そろそろ打ってくれよ。」

 

 

和やかにそう話し、ベンチに戻るナイン。

 

上位打線から始まるこの攻撃。

なんとか、点を取りたい。

 

 

先頭の倉持が打席に向かい、次に打席に入る大野がネクストバッターズサークルへと入る。

 

 

それを確認し、御幸は片岡の元へと向かった。

 

 

「どうだ、大野は。」

 

「思っていたよりも疲れがあります。多分、本人も自覚はあまりありません。恐らく9回は投げ切れると思うのですが。」

 

 

普段と違い、かなり長い時間全力で投げているからか。

この舞台のせいか。

 

要因は様々あるが、疲労が溜まっているように感じるということだけは変わり無かった。

 

 

「いや、大野は8回までだ。」

 

「…本気ですか?」

 

 

疲れがあるとはいえ、今日の大野は打たれない。

9回までは恐らく問題ないと思うし、何故8回で変えるのか。

 

 

「こちらから先手を打つ。沢村と降谷も、かなり状態がいいからな。それに…」

 

 

8回まで投げ、その後は2人の2年生に任せる。

 

前の試合でも奮闘した沢村と降谷。

それでも御幸は、その2人には荷が重すぎると感じたのも事実だ。

 

 

しかし片岡は、続けた。

 

 

「お前が不安に感じるのなら、恐らく大野にも何かしら影響が出てくるかもしれん。それは受けているお前にしか分からないことだ。」

 

「俺にしか、分からないこと。」

 

 

そう言われ、御幸は少し考え込んだ。

 

 

疲れが何となく見える。

普段とは違う。

 

基本的に弱みを見せない彼だからこそ、交代のタイミングは中々掴みにくい。

 

 

互いに口には出さないが、同じ過去を思い浮かべた。

 

 

 

「確かに、いつもよりバテてる気がします。もしかしたら…」

 

「そうか。実際に試合の流れで決めるが、大野は8回までの予定でいく。沢村と降谷にも準備はさせておく。」

 

 

替えるのも勇気か。

御幸はそう言い聞かせ、唇を噛む。

 

本当の事を言えば、大野がどこまで通用するか見たいところはある。

 

しかし、それ以上に。

勝たなければいけないのだ。

 

 

「降谷、ブルペンから沢村を呼んでこい。」

 

「…はい。」

 

 

ベンチ前に、2人の2年生が集まる。

そして、片岡が2人の肩に手を置き、耳打ちした。

 

 

7回。

この拮抗した試合で、青道ベンチが動いた。

 

 

 



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エピソード129

 

 

 

 

 

「なんだかベンチが騒がしいな。」

 

「だな。まあ、関係ねーよ。」

 

 

打席に入る直前。

ネクストバッターズサークルで、軽く言葉を交わす大野と倉持。

 

ここから上位打線で、3巡目。

 

何とかして、得点の糸口を掴みたい。

 

 

「低めは完全に捨てていいと思う。高めも必ず使ってくると思うぞ。」

 

 

倉持が頷き、打席へ向かう。

 

何とか塁に出る。

そして、4番に繋ぐ。

 

 

しかし、ここも本郷のピッチングが上回る。

 

自己最速の152km/hを計測し、食らいつく倉持を寄せ付けない。

最後は低めの150km/hのストレートで見逃しの三振に切ってとった。

 

 

スプリットかと思えば、ストレートに反応できない。

そのストレートに合わせて仕舞えば、スプリットに手が出てしまう。

 

後手に回れば打てないというのは承知だが、それ以上に本郷の投球は圧倒的だった。

 

 

 

 

(ストレートで押してくるんだろうな。俺ならそうする。)

 

 

投げあっている本人だからこそ、わかる。

ここまで絶好調になると、かなり強気に攻めていく。

 

それは投手も、捕手も同じ。

ならば、そこを狙う。

 

特に、速い球についていけていない巧打者なら、尚更。

 

 

(さて、と。俺にできることは限られているからな。)

 

 

高めのストレートは、恐らく力負けしてしまう。

ここは敢えて、低めのストレートを弾いて単打を狙う。

 

兎に角、繋ぐこと。

自身にはそれしか出来ないことくらい、わかっている。

 

 

点を取れなければ、勝てない。

投手とはいえ、打線に入ればバッターの1人なのだ。

 

打てませんは、言い訳にならない。

 

 

 

まずは、初球。

大野の見立て通り、ここはストレート。

 

低めに直球148km/hが決まり、1ストライク。

 

しかしこの直球に、大野は少し違和感を感じた。

 

 

(ん、少し威力が落ちてきた?)

 

 

疲労か、或いは他に要因があるのか。

 

おそらく前者だろう。

ここまでかなりギアを入れてなげていた大野と並んで投げあっていたのもあり、本郷自身もかなり消耗している。

 

 

とはいえ、それほど極端に疲れが出ている訳では無い。

 

気持ち程度、というくらい。

しかしそれでも、その些細な変化に大野は切り口を見つけた。

 

 

(となれば、こちらとてやりようはある。)

 

 

スポーツというのは、相手が嫌がることをやって正義。

 

同じ投手なら、尚更。

やられて嫌なことは、重々理解している。

 

 

 

ストレート2球で追い込まれるも、ここから。

 

(強気なバッテリー、速球に弱い投手。ストレートでの3球勝負とみた。)

 

大野の読み通り、ゾーン内のストレートで攻めてくる。

この高めのストレートをバットに当て、ファール。

 

 

(んで多分、早めに終わらせたいからスプリット。)

 

低め、ストレート軌道。

このボールに全く手を出さず、低めから落ちるボールを見逃して1ボールとなる。

 

 

(これを見逃すのか。)

 

(読まれたな。反応すらしてなかった。)

 

(ふいー、珍しく冴えてる。次は、力押し。)

 

 

高めのストレート。

これもまたカットして、カウントは変わらず。

 

1ボール2ストライク。

未だバッテリー有利のカウント。

 

しかし、ここまでしっかりついていけているのは試合を通して初めて。

 

 

(さーて、ここから先は未知数。)

 

 

この先のリードは、はっきり言って予測できない。

 

難しく考えるな。

迷えばやられる。

 

感覚のままに。

 

秋を経て、それができるようになった。

 

 

 

5球目、低めのストレート。

これもカットし、カウントは変わらず。

 

 

6球目、真ん中寄りのストレートをカット。

 

 

7球目、スプリット。

少し抜けているこのボールだが、これもカットしてファール。

 

 

(これを仕留めないということは、あくまでカット狙いか。)

 

(長打は見込めない。ならせめて、少ないチャンスの数を増やすことが、俺にできること。)

 

 

なんとか粘って、投手に精神的に圧力をかける。

同時に、簡単に抑えられないぞという、意思表示のようなもの。

 

何より、球数の嵩むこの終盤。

 

少しでも失投を誘うには、1イニングに投げさせる球数を増やすのが近道ではあった。

 

 

しかし、その意識を察知した円城は、ここで真ん中要求。

最も威力のあるボールで、力押し。

 

最後は空振り三振で、8球の勝負に決着がついた。

 

 

 

「やられた。でも、ちょっと疲れは見えてきてる。」

 

「なるほど、わかりました。」

 

 

打席に向かう小湊に耳打ちし、ベンチに戻る。

そして、自分の手の平に視線を向けた。

 

 

(まだ力は入る。肘も違和感はない。けど、なんか重い気がする。)

 

 

ふっと息を吐き、汗を拭う。

すると片岡が、軽く声をかけた。

 

 

「大野、最後まで行けるか。」

 

「勿論。特に疲れも来てないですし。」

 

 

それを聞いて、片岡は御幸の言っていたことをなんとなく理解した。

 

先ほどの本郷もそうだが、ここまで両者フルスロットル。

普段から完投能力のある2人だが、ここまで全力投球していれば溜まる疲労もまた倍掛けである。

 

 

さらに言えば、投げ合っている2人は疲労を自覚していない。

 

なぜかはわからないが、大野は投げ合っている相手投手の能力を引き上げることがある。

というよりは、無意識にリミッターを解除させることが多いのだ。

 

 

その何が心配かというと、その疲労感。

 

気がついていないが、溜まっているその疲労は、ふとした時に一気に流れ込んでくる。

それがいつなのか読めないのだ。

 

 

それに気がつけなかった例こそが、夏の決勝。

 

成宮がついに喫した失点で緊張の糸が解けた彼にかかった疲労は、彼のキャパシティーを悠に超えていた。

 

だからこそ、受けている本人の目線が必要だったのだ。

 

 

 

「っし、行くか。」

 

小湊が7球粘った末にサードゴロに抑えられ、この回は攻撃終了。

 

 

八度目のマウンドに向かう大野に、片岡は彼の肩に手を置いた。

 

 

「焦るな。まだ御幸は準備できていない。」

 

「そうですね。」

 

 

少し熱を持つようになった肩に置かれた手に少し力が入る。

もう一度帽子を被り直す大野にまた、軽く声をかけた。

 

 

「投げ急ぎすぎているように見えるぞ。一息、一息。肩の力を入れすぎるな。」

 

「はい。」

 

 

そうして大野が深呼吸をする。

一度、二度。

 

心を落ち着けて、目を開ける。

それを確認して、片岡は肩に乗せたその右手を背中に回した。

 

 

「気負いすぎるな。まず3つ。しっかり取ってこい。」

 

 

頷く大野に、片岡は力強くその背中を押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード130

 

 

 

 

 

監督である片岡に背中を押され、マウンドへ向かうエース。

 

ゆっくりと甲子園の地面を踏みしめ、視線に入った小山に上る。

 

 

女房役から投げられた白球を掴み、右肩を一回転。

そして、帽子の側頭部を抑えて帽子の具合を直す。

 

いつも通りの感覚に戻り、その胸に手を当てて目を瞑る。

 

 

(ここまで、かな。)

 

 

恐らくだが、自分はこの回を最後に交代するのであろう。

 

監督はきっとそれを勘づかれないように隠していたが、大野は何となく察していた。

 

 

欲を言えば、まだ本郷と投げ合いたい。

 

彼の闘志に引っ張られて、自分も普段よりもいい投球が出来ているから。

 

 

まあ実際のところ立場は逆。

大野の闘魂に、本郷が引っ張られている形だ。

 

互いに意識し合い、限界を限界でなくす。

 

 

ミックスアップ。

大野夏輝という投手だけが持つ、異質な特性。

 

それによって、本郷の底力が発揮されているのだ。

 

 

 

無論、大野自身がそれを知る由もない。

そして知ったところで、どうにもならない。

 

 

今はやるべき事をやると、迷いを振り払う。

 

 

深呼吸をして。

ゆっくりと、目を開ける。

 

 

「行けるか、夏輝」

 

「あぁ。」

 

 

幾度も続けた、このやり取り。

互いにいつも通り答え、頷く。

 

 

「まず3つな。」

 

「分かってる。しっかり繋ぐさ。」

 

 

すると御幸は、驚いたと言うように少し目を見開いた。

 

 

「気づいていたのか。」

 

「何となくな。俺も普段より疲れが出ているのも嘘では無いし、沢村と降谷も調子が良い。ある種見切りをつけるとは、思っていた。」

 

 

完投にこだわりがないわけではない。

というか寧ろ、かなりこだわりがある。

 

しかしその理由というのは、継投で打たれることを恐れているから。

 

 

特に彼が入学して間も無くは、大野以外の投手は基本ノーコン乱調の炎上系投手たち。

その印象が強かったからか、負けないために投げ切るというのが、彼にとって完投にこだわる要因なのだ。

 

 

が、今は沢村と降谷のように、甲子園でも先発を任せられるレベルの投手が後ろにいる。

 

彼たちになら託せると、大野もまた感じていたのだ。

 

 

「まずはアウト3つ取るぞ。話はそれからだ。」

 

「OK。」

 

 

そうして離れていく御幸の背を見て、白球を手のひらで転がす。

すると御幸が振り返り、また言った。

 

 

「甲子園はまだ途中だからな。」

 

「わかってら。」

 

 

そうして、互いに笑う。

 

試合終盤とはいえ、大会を通してまだここは通過点。

勝てばまだ、あと2試合ある。

 

 

(俺が疲れているのであれば、本郷もそこそこスタミナにきてるはずだ。)

 

 

それは肉体的にも、精神的にも。

ここで完璧に抑えることは、単にイニングを無失点で切り抜けること以外にも意味を持つ。

 

できるだけ、圧倒的に。

そして、完璧に。

 

 

抑えることが、エースの使命なのだ。

 

 

 

まずはこの回先頭の本郷。

 

彼に対しては、3球勝負。

外角低めのストレート2球で追い込み、最後に外のカットボールで空振り三振。

 

高めから高速で真横に変化するこのボールで、本郷をねじ伏せた。

 

 

 

(実際球威は落ちてきてる。コントロールも少しズレが出てるし。)

 

 

大野の球を受けながら、御幸は見立てがあっていたことに若干安心する。

 

今はチーム内でもトップクラスのスタミナを誇るこの大野。

尚且つ球数の少ない彼は、イニングイーターとしてはかなり優秀であり、実際のスタミナ以上に長いイニングを投げることができる。

 

 

しかし今日に関しては、力の制御が少しうまく行っていないというのあり、スタミナ消費が激しい。

 

その弊害がすでに、若干ながら出ていた。

 

 

 

とはいえ、あくまで若干である。

並の投手、というかコントロールがそこそこいい投手と相変わらずの制球力はある。

 

球のキレは健在であり、多少球威が落ちているくらい。

 

 

(気にする必要がないほどとは言え、不安要素がないわけじゃない。)

 

 

フォーム変更して、初の大会。

怪我をした肘の負担はほぼなくなっているとはいえ、それでも怖さはある。

 

1試合投げているとはいえ、超高校級のエース投手と投げ合うのは夏振り。

 

実際にかかっている負担は、かなりあると思う。

 

 

それに、自分から疲れたことを口にすることはない。

 

おそらく本人の自覚以上に疲労はきている。

集中状態により疲労を感じにくくなっているというか、楽しんでいる分この疲れが顔を出していないというか。

 

ふとした時に、一気に疲れが噴き出す可能性がある。

 

 

 

何より、大会を通して勝ち上がるには、大野を限界まで投げさせるわけにはいかないのだ。

 

沢村と降谷の調子がいい以上、彼らに託すのも手ではある。

 

 

 

(下位打線とはいえ、ここをリズムよく抑えるかでかなり変わってくる。)

 

(わかった。テンポ良くいこう。)

 

 

7番の羽生。

強く振ってくるというよりは、この試合では軽打で当てようとする姿が見える。

 

厳しいコースでもバットに当ててくる可能性は、ある。

 

 

まずは初球。

インコースを抉る外から入るカットボールで1ストライク。

 

2球目も、同じボール。

厳しいところに決まり、バットを振らせることなく追い込む。

 

 

この変化球で追い込めるのが、大野の強み。

そして3球勝負でも厳しいコースを攻められる。

 

 

(ツーシームで決めよう。外のボールゾーンに逃げるやつ。)

 

(OK。)

 

 

しかしここで、大野のツーシームが真ん中にいってしまう。

 

変化こそ大きく動いたためゴロになったが、ストライクゾーンからストライクゾーンでの変化。

失投とまではいかないが、やはりコントロールがブレては来ていた。

 

 

(悪い。)

 

(気にすんな。変化は問題なかったし、失投とまではいかない。)

 

 

最後のバッターは、江藤。

彼に対しては、低めのストレートを徹底。

 

 

初球は外角低め、比較的甘いコース。

しかしこれが前に飛ばず、ファール。

 

 

2球目は、外角少し外れているボール。

しかしこれに手が出てしまい、当ててファール。

 

また同じようなボールで今度は見逃し、1ボール。

 

 

カウント1ボール2ストライク。

 

 

(久しぶりの配球だな。)

 

(いやか?)

 

(いや、俺は嫌いじゃない。)

 

 

最後のサインを出す御幸。

 

しかし、ここまで長い間ともにやってきた。

出されなくても、最後のボールは何かわかっている。

 

 

原点投球。

大野の生命線であり、最も得意とするコース。

 

そして、彼という投手を構築する、象徴的なボールの一つ。

 

 

最後は外角低め、128キロのフォーシーム。

打者は全く反応できず、見逃し三振。

 

 

マウンドのエースは、再び吼えた。

 

 

「っしゃあオラア!」

 

 

グラブを叩き、右腕でガッツポーズを作る。

 

 

 

鼓舞されるように、内外野から声が上がる。

それはベンチにも伝達し、そこからさらに観客席のも伝染する。

 

盛り上がり、湧き上がる青炎。

 

青道サイドの反撃の狼煙が、上がる。

 

 

 

 

本人は、あくまで個人として。

大野夏輝という一投手として今日は戦い、そして出たこの咆哮。

 

 

しかしその姿は。

紛れもなく、エースを象徴するものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8回裏。

エース大野の鼓舞により迎える攻撃は、奇しくも女房役である御幸が打席に入った。

 

 

「いけー御幸!」

 

「とにかく出ろー!」

 

 

ベンチからの声もヒートアップする中、渦中の御幸は極限まで集中力を高めていた。

 

ここ最近は得点圏にランナーがいない状態でも安定感のある打撃を見せていた御幸。

それでも、チャンスになると彼の打撃が一味変わるのは事実である。

 

 

しかし今日の、特にこの打席に関しては、その時以上の集中力を誇っていた。

 

 

 

チャンス以外での打席でここまで集中するのは、彼にとっても中々ないことである。

それほどまでに大野の投球に感化されていたのだ。

 

彼の球を受けている御幸本人は、尚更。

 

 

外部の音がシャットアウトされ、彼の視界に変化が起こる。

 

若干モヤがかかるような周囲に、それでいて投手だけは鮮明に色づく。

視野がいい意味で狭くなっている、御幸にとってかなり集中力が高まっている状態であることを証明するものだった。

 

 

狙い澄ましたのは、決め球。

3球目のスプリットを上手く拾い、右中間を破るツーベースヒット。

 

遂に出たランナーに、更に初の長打。

 

 

この大終盤。

チャンスの場面で、主将に打席が回った。

 

 

(今のボール、少し高かったか。)

 

 

先ほどの御幸の打席を見て、白州はそう思った。

 

ここまでの打席は完璧に制球ができているイメージだったのだが、ここにきてスタミナが切れたのか。

それとも、何か他の要因があったのか。

 

 

 

答えは、前者であった。

 

ここまで全開で投球をしたこと、そして投げ合っている大野に呼応して普段よりもギアを上げていたこと。

それにより、普段以上に疲労感が出ている感覚はあった。

 

さらに拍車をかけたのは、8回の表。

 

回を追うごとにギアが上がっていく相手エース。

 

そしてその咆哮は、終わりなき戦いを意味しているのか。

特に最後までコントロールの乱れない姿は、いつまでも投げてやるという闘気すら感じ、それに対して本郷は初めて恐怖すら感じた。

 

 

これがエース。

これが大野夏輝。

 

成宮鳴と肩を並べた、男。

 

 

この男といつまで投げ合わなければいけないのか。

 

終わりなき戦い。

それは本郷の疲労の引き金を引くには、十分であった。

 

 

 

 

『初球狙ったー!』

 

 

刹那、白州のバットから快音が鳴り響く。

 

威力はあるが、コースは甘い。

しかしそれを仕留められないほど、白州は詰めが甘い打者ではない。

 

 

その速いボールを完璧に捉えた。

 

弾き返した打球は左中間へ。

御幸は一気にホームへ帰り、遂に一点先制。

 

刹那の速攻で、止まっていた試合を動かしたのは、青道高校であった。

 

 

 

 

 



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エピソード131




遅くなり申し訳ありません。






 

 

 

 

0の並んだ、スコアボード。

しかしその最後についた数字だけは、0と異なる数字が刻まれた。

 

 

8回裏。

疲労を見せた本郷の一瞬の隙を突いて、遂に先制をする事に成功した青道。

 

遥かに遠いと言われた1点を、4番と主将の連打で遂にもぎ取って見せた。

 

 

 

9回の表。

マウンドには、夏ぶりに守護神として沢村が上がる。

 

 

(ここで、夏輝さんは投げてたのか。)

 

 

同じ甲子園のマウンド。

先日上がった沢村だが、その時とはまるで別の場所に感じた。

 

 

先の試合では、感じなかった圧迫感。

これが、甲子園優勝候補との試合か。

 

空気感が。

そして、熱気がまるで違う。

 

少し息苦しようで、それでいて高揚感がある。

 

 

沢村にとっては、今までにない不思議な感覚であった。

 

 

「緊張してるか。」

 

 

黙々と準備をする沢村に、御幸が声をかける。

 

緊張するのも無理は無い。

ここまで圧巻の投手戦、本郷も追加点を許してはくれないだろう。

 

そんな中でもぎ取った一点を、守らなければ行けないのだ。

 

 

大野から繋がった、このバトンを。

最後まで、ゴールに運ぶ為に。

 

 

 

しかしそんな沢村から返ってきたのは、また違った回答であった。

 

 

「すごいっすね、このマウンドは。」

 

 

帽子の鍔を掴みながら、マウンド上の土を足で慣らす。

 

いつものような明るい声ながら、普段とは少し違った落ち着いた声。

それに御幸は、若干違和感を感じた。

 

 

「違和感、あるか。」

 

「本郷が投げて、夏輝先輩が投げて。すごい2人が投げた場所って考えると。やっぱり、変な感じはします。」

 

 

続けざま、彼は息を吐いてこう言った。

 

 

「まだ遠いのは分かってます。でも、負けたくない。」

 

 

決して弱気なわけではない。

はっきり言って、先程まで投げていた2人と比べてしまうと見劣りしてしまうのは事実。

 

まだ遠い。

お世辞にも彼らと肩を並べられるとは思っていない。

 

 

しかしその姿に、御幸は沢村の将来に期待を寄せた。

 

 

真っ向から捩じ伏せる剛腕はない。

 

天才とはいえ、超天才ではない。

工夫をしてようやく、打者を抑えられる。

 

だがそれでも、唯一無二の武器を持ち合わせ。

それを生かす技術も着いてきた。

 

 

なにより、その姿勢。

 

ただ真っ直ぐ、目指すべき道へ。

高すぎるその目標を、後ろ向きなことなどまるでないその心で、突き進む。

 

 

その姿は、一気に成長を遂げた大野と重なった部分があった。

 

 

成宮という天才を超えるために、全力を尽くしてきた大野。

そしてその大野を超えるために、突き進む沢村。

 

目指すべき相手は違えど、共通点があまりに多いが故に、御幸の沢村に対する期待値がさらに上がったと言っても過言では無い。

 

 

 

そしてもう1つ。

遂に才能を開花させ、世代を代表するエースになりかけている大野の姿に感化されているのは、投手だけではない。

 

それを受けてきた御幸もまた。

共に闘ってきたからこそ、彼を生かせる選手でなくてはいけない。

 

だからこそ、御幸もまた大野に追いつかなければいけないという考え方があったのだ。

 

 

「底知れねえよな、あいつもよ。」

 

「ほんとですよね。秋でなんとか近づけたと思ったのに、まだ先にいて。」

 

「あぁ。ったく、追っかける側も辛いもんだぜ。」

 

 

そして2人は、笑う。

 

先程までの緊張感は、薄れた気がした。

 

 

「さあ行こう。一緒に挑もうぜ、相棒。」

 

「行きましょう!」

 

 

互いに、グローブを合わせる。

2人が笑うと同時に、沢村の瞳もまた僅かながらに光を帯びた。

 

キラリと光ったその眼に御幸も既視感を感じ、そしてまた笑う。

 

それこそ正に、絶好調の大野が見せる表情と重なったから。

 

 

 

マウンド上。

沢村が両手を広げて大きく息を吸う。

 

鼻から吸い、純粋な空気を肺に入れて、吐き出す。

一度、二度。

 

大きな深呼吸を見せてから、彼は両手を大きく掲げ。

 

普段と変わらず、声を上げた。

 

 

「本日はお日柄も良く、過ごしやすい天候ですが!この甲子園のマウンドは、非常に暑く感じます!久しぶりの抑えのマウンドですが、相手は強豪校!皆さんのお力添えが必要です!ガンガン打たせて行くんで、宜しくお願い致します!」

 

 

伝統芸。

しかし、甲子園ではあまり見ない光景。

 

全国の野球ファンに、この沢村の決意表明が広がる。

 

 

余談だが、この沢村の決意表明がテレビで取り上げられ、かなり話題になるのはまた次の試合以降の話である。

 

 

 

 

 

何とか食らいつきたい巨摩大藤巻。

遂に絶対的エースが替わったということもあり、何とか点を奪いたい。

 

しかし、この沢村もまた。

 

大野不在時に、降谷と共に柱として投げた1人。

青道を支える、エース級投手の1人なのだ。

 

 

 

 

見据えたバッター。

まずは9番の佐々木が打席に入る。

 

 

(球速は確か、130くらい。変則気味のフォームで、外角で組み立てる事が多い。)

 

 

甘く入れば、初球から叩く。

そのマインドで見据えた最初のボールは、膝元を抉るインサイドのボールであった。

 

 

(はや…。)

 

 

球速としては、135km/h。

準備をしていた分、初球からかなり出ている。

 

何より、手元が見えにくい独特なフォーム。

 

球持ちも良く、左腕もまた独特なタイミングで出てくる為、球速表示よりもかなり速く感じやすい。

 

 

そして案外、キレがいい。

回転数が多いため、手元で加速するように伸びる快速球である。

 

 

続けざま、今度は外角低め。

インサイドアウト、左右の幅広いゾーンを使った投げ分けで早速追い込む。

 

テンポがいい。

そしてコントロールが良い。

 

圧倒的に速いボールでもなければ、キレでもない。

 

それでも彼の投球術で、抑え込むことができる。

 

 

3球目、内角低めのボールは詰まりながらもバットに当ててファール。

 

そして4球目。

最後はアウトコースに伝家の宝刀チェンジアップ。

 

 

速球に合わせていた佐々木は完全に引っ掛けてしまい、ショートゴロ。

ショート倉持が軽快に捌き、まずはテンポよく1アウトを奪う。

 

 

「ナイスショート!」

 

「しゃあ!まずは1アウトな!」

 

 

ここから上位打線。

高いバットコントロールをもつこの打者に、佐々木が耳打ちする。

 

 

「綺麗なストレート。かなり速く感じる。」

 

 

その情報の元、打席に入った一番打者。

 

初球は低めの速いボール。

これを合わせに行くも、ボールは急激に失速し、シュート方向に曲がった。

 

2球目。

同じようなコースから、今度は真下に沈むボール。

 

これもバットに当てるも、ファール。

 

 

(めっちゃ曲がる…全然綺麗なストレートじゃねえ。)

 

 

そう思った刹那。

最後は外角低めのフォーシーム。

 

ノビのある直球に反応が間に合わず、見逃しの三振となる。

 

 

思わず天を仰ぐバッター。

最後の最後にきたこの綺麗なストレートに、反応出来なかった。

 

 

 

この快速のフォーシームと、不規則に変化する高速変化球のムービング。

そして、球速差をつけるチェンジアップ。

 

これらを投げ分け、テンポよく左右のゾーンを幅広く使える。

 

バランスの良い左腕。

変速フォームで小さく変化するボールと、尖っているように見えてかなり整っている。

 

 

早くも2アウト。

巨摩大藤巻にとっても、なんとか奪いたい1点。

 

しかし、攻めあぐねていた大野に替わって出てきた沢村。

 

彼もまた、エース級の投手。

初見で、尚且つ守護神として出てきた彼を打ち込むのは、容易ではなかった。

 

 

 

2番の西に対しての初球。

まずは外角低めのストレート。

 

初球から叩くも、前に飛ばずファール。

 

 

2球目、同じようなボール。

これは見逃し、僅かに外れる。

 

3球目、インコースのストレート。

これもバットに当てるもファール。

 

 

やはり、打者視点から見てもかなり早く感じるのか。

中々前に飛ばない。

 

 

1ボール2ストライクと追い込んだ。

ここで勝負を決めたいバッテリーが選択したのは、沢村の新たなウイニングボールであった。

 

 

(行けるな、沢村。)

 

(夏輝さんだって投げてたんですから。負けられないですって。)

 

 

キラリと光ったその瞳。

 

それを確認し、御幸は外角にミットを構えた。

 

 

握りをずらし、ツーシームの握りに。

感覚を研ぎ澄まし、ワインドアップから右足を振り上げる。

 

グローブを突き出し、身体の開きを抑えたフォーム。

 

そこから投げられたボールは、外のボールゾーン。

かなり速いボール、そしてムービングでも入らないほど外れている。

 

 

追い込まれながらもバットを止める西。

しかしその瞬間、急激に曲がり始める。

 

 

(しまっ…)

 

 

反応した時にはもう遅い。

外のボールゾーンからストライクゾーンに変化する高速のスライダー。

 

否、大きく変化するカットボール。

 

通称「カットボール改」

 

 

最後も見逃しの三振。

奇しくも大野が本郷から奪ったものと同じようなボールで、この激戦に終止符を打つ。

 

 

 

大野と本郷という世代を代表する右腕同士の投げ合いは。

 

 

激闘の投手戦の末、1-0で青道高校に軍配が上がった。

 

 






WBC楽しみ。




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エピソード132

 

 

 

 

『最後はバックドアの高速スライダーでしょうか!外角に決まる高速変化球で見逃しの三振!沢村、最後は全く寄せつけずに試合を締めくくりました!』

 

 

両手を広げ、咆哮を上げる沢村。

同時に、捕球した御幸が沢村に駆け寄る。

 

内野も集結し、少し遅れてエースと外野がマウンドへと集まった。

 

 

マウンド上は忽ち歓喜の渦。

優勝決定戦と勘違いするほどの状況だが、それほどまでの激闘であった。

 

 

 

 

前年夏の優勝校である巨摩大藤巻を、息を飲む投手戦の末に破った青道高校。

 

御幸と白州による速攻で決めた1点を守りきり、最後は抑えの沢村が完璧に締めて激闘に終止符を打った。

 

 

『互いに世代を代表する投手、激闘の末に勝利を手にしたのは青道高校です!』

 

 

互いに奪った三振は、2桁。

被安打も、同じく2つ。

 

そのタイミングが噛み合った青道と、そうでなかった巨摩大。

 

ほんの僅かな差であった。

 

 

両エースは共に絶好調。

 

大野も復帰後まだ2試合ながら、完璧なピッチング。

それに呼応するように投げた本郷も、ココ最近でのベストピッチであった。

 

 

 

「よく投げきったな沢村。」

 

「いえ!夏輝さんに負けたくねえっすから!」

 

 

ベンチ前で試合を終えた選手たちが、互いを労う。

 

強力巨摩大藤巻打線を完璧に押さえ込んだ大野と、その後を継いでパーフェクトリリーフを見せた沢村。

 

そして、一攫千金のタイムリーを放った白州。

 

 

 

多くの記者がカメラを回す中、もう1人のエースがそこへと近づいていった。

 

 

「本郷、か。」

 

 

試合を終えれば、また同じ野球人。

案外、こういうこともある。

 

 

向かい合う、エース2人。

 

鬼の形相、というほどではないが渋い表情を浮かべる本郷。

対して、ある程度愛想というか、弁えている大野は朗らかな表情である。

 

 

先に口を開いたのは、大野の方であった。

 

 

「不服か。俺が最後まで投げなかったことが。」

 

 

大野がそう言うと、表情を崩さなかった本郷が眉を動かす。

 

その直後、今度は返すように本郷がいった。

 

 

「試合後半、あんたの出力が明らかに落ちたのはわかった。」

 

「ほう。」

 

 

見抜いていたか。

実際、久しぶりの登板で出力の調整が上手く出来なかった為か、後半はスタミナが少し切れかけていた。

 

それも踏まえて、御幸と片岡は大野を替える選択肢を取ったのだ。

 

 

「まだ本調子じゃないのは、わかってます。それでも、凄いピッチングでしたけど。」

 

「そりゃ、評価されていると取っていいのか。」

 

 

小さく、本郷が頷く。

それを確認して、大野もまた小さく笑った。

 

 

「今度は、最後まで投げ合おう。お互い全開でな。」

 

「…負けません。」

 

 

大野が右手を差し出す。

 

しかし本郷は、その手を握らず背を向けて離れていった。

 

 

「手ぇ出てたぞ、政宗。」

 

「知らん。まだそれに、その時期じゃない。」

 

 

まだ敵わない。

そう、本郷自身は痛感していた。

 

無論投手としての能力で言えば、本郷の方が上だろう。

 

しかしそれでも、彼自身の中で「負けた」という事実上、自分の方が劣っていると感じていたのだ。

 

 

拳を握る本郷。

が、その表情をみて円城は少し目を見開いた。

 

 

「随分饒舌だな、あの人と話す時は。」

 

 

円城がいつもとは異なる本郷の姿に思わずそう聞く。

すると本郷は、顔を背けて鼻を鳴らした。

 

 

「久しぶりに、勝ちたいと思った。」

 

「いつも思っているだろ。」

 

「違う、そうじゃない。」

 

 

立ち止まる本郷。

そして再び、青い装いのベンチに目を向けた。

 

 

「あの人に、勝ちたいと思った。俺は。」

 

 

チームとしてではなく。

1人の投手として、投げ勝ちたいと思った。

 

それはある種、独りよがりなところでもあるが。

 

 

「そうか。」

 

 

しかしそれでも。

こうして本郷が追い越したいという相手に出会えたこと自体が、相方である円城としては嬉しくて仕方がなかった。

 

 

「夏、また出直しだな。」

 

「あぁ。」

 

 

次こそは。

最後まで投げ合い、その上で勝つ。

 

今度こそ、あの真っ赤な優勝旗を持ち帰るために。

 

 

そして、大野夏輝に勝つために。

新たな誓いを立て、怪童は北の大地へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーーー疲れた。」

 

右肩と肘に大きな氷嚢を携え、俺は大きく伸びをした。

 

 

今日はとにかく疲れた。

 

投げている時はそうでも無かったのだが。

こうして終わって落ち着いた状態になると、思い出したかのように疲れが来る。

 

 

本郷との投げ合いではずっと気を張っていたからな。

 

1点でも取られたら負ける覚悟だったから。

それだけに、力を入れて投げ続けていた。

 

 

でも、楽しかった。

あのピリピリとした空気感というか、本郷のような凄い投手と投げ合うという充実感。

 

それが、俺の力に変わっていたような気がした。

 

 

相手の打線も強いということもあり、かなり力を入れて投げざるを得ない。

だから、正直途中で変えてもらえて助かったところはあった。

 

そのために準備してもらってた沢村には感謝だな。

 

 

 

しかし、欲を言えば投げ切りたかったが。

こればかりはスタミナ管理ができなかった俺に落ち度がある。

 

まあこれは、夏までの課題だな。

 

 

新フォームに変えてから、やはり力の調整が難しくはなった気がする。

 

以前までのフォームよりも体を大きく使う、というよりは大きい筋肉を意識的に使うためか、以前までの力配分が難しくなった感覚はある。

それに加えて、今日のような試合展開になると中々。

 

トップギアで投げるといのもそうだが、やはりあの緊張感や圧力による精神的な面での疲労蓄積がある。

だから、今後はよりギアの調整も考えていかなければならないな。

 

 

特に夏になれば、今以上に気温という敵が現れる。

 

成宮や市大三校の天久。

仙泉の真木や薬師の真田などのような好投手との対戦でガス欠で投げれませんでは話にならない。

 

何よりそれでは、面白くない。

 

 

 

話が逸れたが。課題は見つかった。

 

こればかりは試合を重ねていく他ない。

特に強いチーム、全国レベルとの試合でなくては。

 

 

戻った後もやることばかりだな。

 

 

 

「なんかやりきった感出してるけどさ。」

 

「なんだ。」

 

 

横にいた御幸に声をかけられ、現世に意識を戻す。

そんなに呆けて見えていたか。

 

 

「まだ準々決勝だからな。巨摩大倒したからって終わりじゃないぞ。」

 

「わかってる。」

 

 

別に忘れてなどいない。

ただ、なんだろうな。

 

甲子園での一勝ってよりは、本郷に投げ勝ったっていう印象の方が強いから、次の試合に向けてというよりもまだ課題の方が先に来た気がする。

 

 

決して忘れてなどいない。

そしてやりきった感が出るのは仕方ないと思うのだが。

 

実際やりきった感出てるし。

 

 

しかし目指すべきは甲子園優勝だ。

全国制覇が悲願なのだから。

 

 

まずはしっかり休むこと。

来るべき決勝のために、この疲れた体をしっかり回復しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







更新頻度が落ちまくっていますが、一応元気です。
モチベーションも悪くないのですが、如何せん終盤にかけて話を練っているのもあり更新が遅くなっています。

ご了承下さい。



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エピソード133

 

 

 

 

 

 

春の甲子園も遂に終盤。

 

準々決勝の巨摩大藤巻との試合を終えて、遂にベスト4へと駒を進めた俺たち青道高校。

 

 

先の激闘もあり、疲労も溜まっているチームだが、それ以上にこの舞台で戦えているという充実感がチーム内の雰囲気をよくしていた。

 

 

「流石に次の試合は登板なしか。」

 

「まあ、お前の疲労蓄積に関しては未知数だからな。」

 

 

確かに。

フォームを変えてから、投手としてこなした公式戦はまだたったの2試合。

 

怪我のリスクが減り、肘にかかる負担が減ったのは確かだが。

先の巨摩大との試合でもわかったが、まだ力の加減や細かいところの制御ができていない。

 

その分疲労度も読めないところがある。

 

 

それは見ている周囲の人間もそうだが、俺自身もまだわかっていなかった。

 

 

あまり無理もできない。

 

それに今のところは、2年生2人の調子がとにかくいい。

沢村降谷が他のチームのエース級と遜色がないことから、任せることもそんなに抵抗がないのだ。

 

 

唯一の心配といえば、2人の投手か。

 

ノリと東条に関しては、まだ登板がない。

初戦の余裕がある時に投げさせておけばある程度の物差しになったのだが、こればかりは試合展開の都合上仕方ないだろう。

 

一つ負ければ終わりのサバイバル。

負けていい試合など一つもない。

 

しかし、彼らの力は必要不可欠だ。

 

 

どうしたものか。

 

 

「明日の先発は降谷。初回から全力で抑えに行き、展開に関わらず川上か東条への継投でいく。」

 

 

ほう、監督は完全にそう行くか。

 

確かに降谷としても、終わりが見える方が全力で行きやすい。

彼としては恐らく最後まで投げたいと思っているのだろうが、実際スタミナないしな。

 

多分、短期集中で一気に捩じ伏せて、あとは任せる。

 

降谷もそうだが、リリーフ2人も心構えができる分、準備をしやすい。

だからこそ、先に公表したのだろう。

 

 

「大野はセンター。投げさせるつもりはないが、念のため準備を怠らないように。」

 

「わかりました。」

 

 

エースだからな。

最後の最後で、支柱でなければいけない。

 

投げない予定だろうか、確実に準備はしておく。

 

 

続けて監督は、沢村にも目を向けた。

 

 

「沢村。」

 

「はい!」

 

「巨摩大との試合ではよく準備をしてくれた。次の試合でも同じように準備しておいてくれ。お前のその姿が、チームにとってもプラスになってくれる。」

 

 

確かに。

後ろの投手が準備してくれていると、先発としてもやりやすい。

 

それこそ沢村のように、いつでもいける準備をしてくれていると。

 

 

「YESボス!この沢村、いかなる時でも投げる準備は出来ています!」

 

「うむ。」

 

「なんなら次の試合の先発も!」

 

「それはない。」

 

 

コントか。

目の前で繰り広げられるやりとりに内心1人でツッコミを入れながら、俺は小さく溜め息をついた。

 

 

「頼りになるっても、あいつも変わんねーな。」

 

「まあ、性格的なところだからな。急に大人しくなっても、それはそれで不気味だぞ。」

 

 

隣の御幸の言葉に、俺も思わずそう返した。

 

 

 

 

 

次の対戦相手。

所謂、準決勝の相手は、白龍高校。

 

足を巧みに使い、積極的な走盗塁でかき回す走力野球で得点を奪ってくるチームだ。

 

 

隙を見せれば走り、前の塁を狙う。

そして、本塁を落としめるという、かなり尖ったチームだな。

 

 

要注意人物は、3番の美馬総一郎。

高い走力を誇りながら打撃能力も高く、とにかく得点に絡むことが多い。

 

これは塁に出てからホームに帰るというのもそうだが、チャンスでの集中力が高いことから自ら打点を上げることも多いのだ。

 

 

どことなく雰囲気は白州に近いところはあるが、走力は倉持並みと予想できる。

 

打撃のミート力で言えば、白州と同等か。

もしくはそれ以上だと思う。

 

 

「いい選手だな、俺はあまり相手にしたくないタイプだ。」

 

「クイックできねーもんな、お前。確実に走られる。」

 

 

俺はフォームの都合上、クイックがあまり早くない。

腰を捻る分、その時間差が発生するから。

 

案外、このチームであれば俺よりも沢村とか降谷の方が相性はいいかもしれない。

 

降谷も俺よりクイックが早い。

それに、クイックの時の方が力が抜けていいコースに決まりやすいため、うまく丸め込めるか。

 

 

あとは、御幸の肩による抑止力。

それがあるだけで、相手にかかるプレッシャーも増すはずだ。

 

 

打順は変えず、安定の布陣で。

ただ降谷を投手に持っていくことで、レフト守備の上手い麻生が入れる為、外野の守備力は相対的に上がりやすい。

 

この麻生も、打撃こそ物足りないが、守備の面で言えばこのチームでもトップクラスの技術を持つ。

 

一つ上の門田さんのような感じだ。

彼がいるだけで、守備の厚みはかなり良くなる。

 

 

上位打線はほぼ変わらず。

倉持、大野、小湊、御幸、白州、降谷。

 

ここの並びに関しては、監督も意図的に変えていない。

 

奇策もありだが、ここは甲子園。

安定感のある慣れた戦い方が、いいと思う。

 

一発勝負。

危ない橋を渡るベストではなく、安定感のあるベターを選ぶ方がいい。

 

 

特に、実力が拮抗している相手なら尚更だ。

 

 

 

「相手の白龍は、かなり動いてくるはずだ。塁上での揺さぶりは勿論、積極的な盗塁や走塁でこちらの守備の隙をついてくる。投手に関しては、まずはバッターとしっかり向き合うこと。そして内外野は連携をしっかりとること。少しの隙を見せれば付け入ることのできるクレバーなチームだけに、しっかり切らさずにいくぞ。」

 

 

まずは投手。

しっかりとバッターと向き合い、抑えること。

 

確かにランナーの動向は気になるが、それでは思う壺だ。

 

できるだけシンプルに、目の前からアウトを一つずつ奪っていく。

だからある程度割り切ってランナーを切り離すのも悪くないだろう。

 

 

白龍の常套手段といえば、上位打線が出塁してから揺さぶり、それで甘く入れば痛打。

守備の乱れや連携ミスを突いて一気に得点へと結びつけてくる。

 

だからこそ、バッター集中でいいのかもしれない。

 

 

特に降谷の豪速球と御幸の肩だ。

そう簡単には、走られまい。

 

 

あくまでシンプルに。

 

降谷自身も、難しく考えるよりもそういう感じの方がうまくいくと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、気になる相手の先発は、恐らくエースの王野。

 

高い制球力と左右の変化球でバンバンストライク勝負をしてくる投手。

 

タイプ的には若干真田に近いか。

変化球自体は大きい変化だが、投げ分けと攻め方に関してはかなり近しいものを感じる。

 

 

「今どき珍しいよな、シュートピッチャー。」

 

「ああ。シュートとスライダーの組み合わせ、最近はあんまし見ない。」

 

 

近年はそもそも主流が小さく高速変化するムービングボール。

それに加えて落ちる変化球が好まれる傾向にある。

 

それだけに左右の変化球で、それも大きい変化球を使うオールドスタイルは結構少なかったりする。

 

 

でも、ロマンはある。

 

 

 

 

できるだけ我慢。

こういう投手は、ポンポン打たされるとリズムに乗りやすい。

 

なので、追い込まれるまではしっかり見る。

 

多分、インコースで結構外してくれる。

 

 

まあ実際試合になって見ないとわからないけど。

これで絶好調でバンバンストライク先行でってなったら話は別だ。

 

 

ここまできたらあとはやるべきことをしっかりやることだ。

難しく考えず、できることをやる。

 

それが、勝利への近道かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード134

 

 

 

 

 

 

準決勝。

センバツもいよいよ終盤戦、トーナメントを勝ち上がった各チームが戦い、決勝の舞台に上がるチームを決定する。

 

 

カードとしては、下馬評通り…とは行かず。

 

まさかの西東京地区から、2校がベスト4まで上がるという、珍しい顔ぶれとなった。

 

 

Aブロックでは、優勝候補筆頭であった巨摩大藤巻を破った俺たち青道高校。

 

そして、熊本の強豪校である好永高校を、持ち前の機動力野球で破った白龍高校。

 

 

Bブロックでは、昨秋大阪桐生を破った勢いそのまま勝ち上がってきた清正社高校。

 

 

 

もう1校は、これまたダークホース。

 

 

都大会では、接戦の末に青道高校に惜敗。

しかし今大会では自慢の強打が大爆発し、ここまで大量得点で勝ち上がってきた、薬師高校がベスト4に肩を並べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、その初回。

俺たち青道高校と白龍高校の1戦は、いきなり動き始めた。

 

 

『狙い撃ちー!四番の一振で早速先制攻撃!白龍高校、今大会1番出場の美馬からのチャンスメイクで、颯爽と一点を奪いました!』

 

 

 

先頭からクリーンナップによる目まぐるしい攻撃で、初回からいきなり先制点を奪ったのは、白龍サイド。

 

ここまでクリーンナップである3番で起用されていた美馬を思い切って1番へ。

 

 

この采配がジャストフィットし、立ち上がりが不安な降谷をいきなり攻撃。

 

高めに浮いた149km/hのストレートを弾き返し、右中間を破るヒット。

そのまま快速飛ばして三塁を落し入れる。

 

続く2番はフォアボールを出してしまったものの、3番は空振りの三振。

 

 

しかし四番にヒットを打たれ、美馬はホームイン。

 

その姿は、正に速攻。

圧倒的なスピード感で、降谷はいきなり失点をしてしまう。

 

 

「あの速さは流石だな、美馬総一郎。」

 

「ああ。全く減速せずに三塁まで行ったからな。走塁意識もそうだが、打球判断もいい。」

 

 

横に並ぶ白州とそんなことを話す。

やはり、チームの柱はどこに入っても確実に存在感を放つ。

 

そしてこのチームの、白龍の柱は間違いなく、今日1番起用の美馬である。

 

 

さて、あっという間に失点を許してしまった降谷。

このあと5番にもヒットを浴びてしまい、なおも1アウトランナー、一三塁。

 

6番の犠牲フライで早々に2失点目を献上。

 

なんとか後続の7番を抑えて3アウト。

しかし、降谷にとっては厳しい初回の立ち上がりになった。

 

 

「やられたな、上手く。」

 

「ああ。さすが全国レベル、降谷の隙を完全につかれた。」

 

 

初回からしっかり力入れている。

しかし彼の元来の性格というか、性質というべきか。

 

試合開始直後は試合に入りきれていないからか、立ち上がりが悪い。

 

球が浮いたところを狙われて、失点。

修正しようとしたところで厳しいコースを単打で上手く繋がれてのもう一失点。

 

 

 

(流石は全国常連だな。詰めの甘さがまるでない。)

 

主軸のチャンスメイクから、クリーンナップで仕事。

そして、投手が、持ち直そうとしたところでダメ押し。

 

普段なら降谷も開き直って立ち直れるところを、一気に詰められた。

 

 

 

 

 

「やるな、白龍。大丈夫か、降谷。」

 

 

無言で頷く。

疲労感は見て取れないが、彼にとってもここまで上手く打たれたのは少しばかり意外だったのだろう。

 

制球は荒れてはいるが、球は悪くない。

 

むしろ冬を乗り越えて、前よりも安定感と最大出力は底上げされている。

その上で打たれているのだから、白龍のレベルの高さが窺える。

 

 

「すみません、先制点取られちゃいました。」

 

「いや、むしろよく2点で抑えたと思うぞ。それだけ完璧な速攻だった。」

 

 

それに。

 

 

「まだ初回だ。点は取り返す。」

 

 

白州がそう言うと、降谷もまた頷いた。

 

 

「はい、信じてます。」

 

 

まだ初回。

俺たちの攻撃は、これから始まる。

 

まずは、一点。

しっかり繋いで、俺たちらしい攻撃。

 

これで、少しずつ点をとる。

 

 

「だってよ、倉持。主将が啖呵切っちゃたから、俺たち出ざるを得ない。」

 

「ヒャッハー、言われなくてもだろ大野。」

 

 

屈伸をして、軽くバットを振る。

うちの1番バッター、リードオフマンの彼が打席に向かう。

 

 

「お前が出てくれないと始まらないぞ、通算二割五分。」

 

「うるせえ!公式記録はもっとたけえだろ!」

 

 

具体的にいえば、公式戦の記録でいえば.278。

決して悪い数字ではない。

 

が、不調の期間の印象が強すぎて打ってないイメージが先制している。

練習試合も含めて、夏場から秋口は本当に打撃不振だったからな。

 

打撃復調してからは、選球眼もよくなり打率も良くなってきた。

 

 

うちの誇るリードオフマンとして、完成してきたのだ。

 

 

 

 

初球、三塁方向。

叩きつけた打球は高々と上がる。

 

サードの猛チャージ。

左打席の倉持が一塁方向に向けて一気に加速する。

 

三塁手との競走。

 

一塁を踏むのが先か、グローブが音を鳴らすのが先か。

 

 

 

(さあ、見せつけてやれ。お前の。)

 

 

見せてやれ。

青道高校の、トップスピード。

 

 

「セーフ!」

 

 

審判が両手を横に広げ、倉持の足が勝ったことを明かす。

その瞬間、青一色のベンチは一気に盛り上がる。

 

 

「ナイスチー!」

 

「ナイスチーター!」

 

 

沢村が定着させた、このチーター呼び。

本人は悪態ついているが、まんざらでもなさそうである。

 

トップスピードは、白龍にだって負けない。

 

これがうちの、切込隊長だ。

 

 

 

 

さて、と。

せっかく出てもらったんだ。

 

俺も、なんとか返さないとね。

 

 

『2番、センター、大野くん。』

 

 

右手のバットを左手に添え、息をはく。

折角上位を任されているのだから、尽力させてもらう。

 

秋大で打者専念してから、打撃でも貢献したいと感じるようになった。

 

より強くなった、と言うべきか。

 

降谷が投げやすいように、ここは俺たちで一点返しておきたい。

 

 

 

ベンチサイドをチラリ。

まずは一球待てのサイン。

 

まあ、わかる。

 

初球、インコースのストレートを見逃してボール。

 

 

そして、倉持に目を向ける。

仕掛けるか。

 

あまり大きくないリード。

帰塁を考えなくても済むからこそ、思い切ってスタートを切ることができる。

 

 

恐らく、向こうは警戒している。

 

 

(そんなの気にする球じゃねーか。)

 

 

王野がモーションに入った瞬間、スタートを切る倉持。

速球、空振りでアシストをする。

 

二塁に悠々到達。

 

これで、チャンスを広げた。

 

 

カウントは1−1。

甘く入れば、狙う。

 

難しく考えるな。

反応できない球じゃない。

 

比較的シンプルなフォーム。

ノーワインドアップからスリークォーター気味に放る。

 

 

「おっ。」

 

 

3球目、外角から入ってくるスライダー。

低めに落ちるこのボールを、拾い上げた。

 

 

打球はセンター前。

 

合わせた打球が落ち、倉持が一気にホームへ帰る。

 

 

一塁ベース上、右腕を掲げる。

また、声援が届く。

 

 

「速いな、そちらの1番も。」

 

「打撃はからっきしだけどな。でも、足は負けてねーだろ、うちのもさ。」

 

 

一塁手と軽く挨拶を交わし、リードをとる。

 

さて、ここからクリーンナップ。

追加点を奪って同点、ないしは逆転したいところ。

 

 

しかし、ここはギアを上げた王野に抑え込まれる。

そのため、俺たちの初回の攻撃は一点止まりで終わってしまう。

 

 

とはいえ、点差は縮めた。

降谷の好投に期待をしつつ、2回へと向かう。

 

 

 



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エピソード135

 

 

 

 

初回以降、両者1歩も譲らず投手戦。

 

降谷も2点を奪われた以降はいつも通り三振を奪い、6回までに10奪三振と好調。

 

コントロールも安定しており、しっかりと投げきれている。

 

 

対する白龍先発の王野もまた、好投。

シュートとスライダーを軸に左右でしっかりと投げ分けるピッチングで、ゴロを打たせている。

 

特にインコースに切り込んでくる変化球が良く、左右打者ともに苦戦している印象だ。

 

 

ここまで2−1。

白龍に一歩リードを許しているような状態だ。

 

 

7回の表。

なんとか流れを変えたいところで、監督が動く。

 

 

初回の失点以降は安定感のある投球をしていた降谷を替え、東条。

 

ここで攻めの継投に出る。

 

 

 

「固くなるなよ、東条。お前はお前だ。お前の投球をすれば、自ずと結果は出てくる。」

 

 

「ええ。降谷みたいな球は投げれませんから、逆に継投で緩急使えるんで助かるくらいですよ。」

 

 

「そんだけ言えりゃ十分だ。」

 

 

剛腕で、150キロのボールをガンガン高めにも勝負に行く。

大きな変化球で空振りをとる。

 

そんな本格派の象徴のような降谷に対して、超軟投派の東条。

 

 

最速140キロに満たないストレートと、それに類似した小さな変化球で芯を外す。

 

スライダーとカットボールや小さいツーシーム、そしてタイミングを外すために時折放るカーブ。

 

 

これを低めに丁寧に集め、ゴロを打たせていく。

 

俺たちの内野陣が強固だからできる、流れに乗りやすいピッチングだ。

 

 

降谷のようにガンガン抑えていくのもまた、強引に流れを持ってくることもできる。

しかし東条のような打たせてとる投球は、守備も連携して流れを作るため、チーム全体から攻撃に弾みをつけやすい。

 

降谷にはできない。

もちろん、俺にもできない。

 

 

(お前だから選ばれているんだぞ。)

 

 

流れを変えることができるのは。

東条だからこそだ。

 

 

ずば抜けた能力はない。

よくいえば万能型、悪くいえば器用貧乏。

 

決め球はない、威力のある直球もあるわけではない。

 

 

しかしそれでも、試行錯誤しながら全力で抑えるのだ。

 

 

まずは先頭に美馬。

彼をスライダーでセンターフライに抑えると、続く2番に対しては4球目のカットボールでセカンドゴロ。

 

 

最後はクリーンナップの一角である3番。

 

彼に対しては初球からツーシームとカットボールでファール2球で追い込む。

3球目、外角低めのストレートが外れてボール。

 

4球目、ここも同じようなボールだが、小さく変化する。

少し内寄りだが、外に逃げていくちいさな変化球で打球を前に飛ばさない。

 

 

タイミングは直球に合っている。

ここでバッテリーは、決め球に新しい手札を切った。

 

 

スリークウォーター気味のオーソドックスなフォームから、投げる。

 

腕の振りはストレートとほぼ同じ。

そこから緩く放たれる、遅球。

 

チェンジアップ。

同じチームでも、俺と沢村も投げている変化球だ。

 

 

しかしそのボールは、上記の2つとはまた違う。

 

キレこそ劣るが、縦変化の若干生じる変化球。

掌から回転を抑えて投げる、緩い変化球。

 

 

パームボールに近い緩い変化球。

 

最後は真ん中低めから沈むこのボールで空振り三振に切って取って見せた。

 

 

 

 

 

 

さて、東条がテンポ良く抑えた裏の攻撃。

この勢いに乗じて、逆転したいところ。

 

打席には、主将でありクリーンナップの白州が向かう。

 

 

職人気質の彼だが、チャンスメイクから打点稼ぎまで幅広く行えるバランス型。

 

しかしその高いバットコントロールのためか、どちらかというとアベレージヒッターという位置付けになることが多い。

 

 

 

そんな彼だが、やはり対応力も非常に高い。

三巡みた相手であれば、対応できる。

 

インコース低めに落ちるスライダーを拾い上げ、ライト前に落とすヒットで出塁する。

 

 

このあと、東条にもヒットが生まれ、0アウトでランナー一、二塁。

 

ここまで甲子園であまり目立った活躍をできていない前園。

ここは大事なバントをしっかり決めてチャンスを広げる。

 

 

 

1アウトランナー二、三塁。

この逆転のチャンスで、打席に回ってくるのは。

 

 

「こいつはほんと、大事な局面で回ってくるよな。」

 

「まあそこで結果残せるって信じられてるから使われているもんだからな。」

 

 

深呼吸をして、明るい髪色の青年はバットを振る。

キッと鋭い細い目が、ヘルメットの鍔からチラリと見える。

 

去年の秋から春にかけてパワーアップのためにトレーニングに勤しんだ。

 

 

身体の厚みも、下半身も。

以前に比べて大きくなっている。

 

 

 

 

甲子園。

その、準決勝。

 

一打でれば、逆転の場面。

 

 

そして、いいライバルであり親友でもある東条が尽力した裏の攻撃。

 

 

(こんな状況、アツくならねーわけないよな。)

 

 

 

そう言う男だ、金丸は。

だからこそ俺は可能性を感じたし、将来チームを引っ張る選手になると確信している。

 

 

変えろ金丸。

あの時と同じように。

 

この熱い場面で。

お前の全てを、見せてみろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合終盤、遂に迎えた逆転のチャンス。

 

打って逆転するか、チャンスを潰すか。

その命運をかけられた打者は、曲げていた膝を伸ばして立ち上がった。

 

 

(やべぇ、ここで回ってくるかよ。)

 

 

それは、弱気では無い。

この大一番、勝負を決める場面で自分に出番が回ってきたことへの高揚感が、金丸の中で先行していた。

 

 

金丸自身、このような大舞台にとにかく強い。

 

大舞台や緊張がかかるシーン、そして勝負を決めるか否かという瀬戸際。

とにかく、そんな場面に強い。

 

 

とはいえ、流石の彼も初めての甲子園。

少なからず、普段と違って後ろ向きな気持ちがあったことも事実である。

 

緊張。

そして、打てなければ勝利から遠ざかるという、不安。

 

 

そんな彼に声をかけたのは、エース。

否、同室の先輩という立場である、大野であった。

 

 

「打てば、今日のヒーローだぞ。」

 

 

そう言って、大野は金丸の背中をトンと叩く。

 

傍から見れば、緊張に追い打ちをかけるような一言。

しかし逆境に強い金丸からすれば、それは発奮材料にしかならない。

 

 

さらに追い風となったのは、監督である片岡だった。

 

 

「当てに行く必要も、犠打も必要ない。お前のスイングで、決めてこい。」

 

「っ、はい!」

 

 

求められているのは、強いスイング。

この大一番で決められる、思い切った打撃。

 

求められているから、応えたい。

 

 

 

 

それに。

金丸の中でもう1つ、ある種負けず嫌いな一面が彼を奮い立たせた。

 

 

 

同じ2年生である降谷は、初回こそ点をとられたが、この甲子園という舞台でも自分の持ち味を活かして投げている。

 

それこそ本人は気がついていないが、かなりの新聞社やスカウトが彼のその剛腕に話題性を感じて注目をしているのだ。

 

 

それに、沢村。

彼もまた、リリーフながらこの甲子園で存在感を放っている。

 

何より巨摩大藤巻との試合では、あの緊迫する場面で見事に投げきって見せた。

 

 

昨夏からチームの主力として戦っている、同じ2年生。

彼らに負けたくないと、いつも意識していた。

 

 

 

 

そして、東条。

親友であり、ライバル。

 

幼い頃から一緒に野球をやってきて、そんな関係である東条もまた、今日結果を残した。

 

 

同じく苦労をしてきた彼が、こうして活躍するのは嬉しい。

それと同時に、金丸は悔しさすら感じた。

 

仲間とはいえ、最も身近なライバル。

 

 

だからこそ、彼らに置いてかれたくない。

負けたくない。

 

 

そんな負けず嫌いな思いが、彼の集中力を高めていった。

 

 

(まだ、負けてねえ。俺は、まだ。)

 

 

同い年に、負ける訳にはいかない。

置いてかれる、訳にはいかない。

 

 

降谷(おまえ)も、沢村(おまえ)にも。そんで、東条(おまえ)にも。)

 

 

マウンド上、ピンチの王野が金丸を見下ろす。

その名前と、マウンド上という玉座から見下ろす態度。

 

相まって、貫禄を感じる。

 

 

しかし金丸も。

いや、だからこそか。

 

真っ直ぐ、見据えて向かっていった。

 

 

クイックモーションから放たれた初球。

内側中段、金丸の得意なコース。

 

 

(負けてねえんだよ、まだ!)

 

 

インコースに抉りこんでくるシュート。

先発である王野が最も得意としており、武器にしているボール。

 

これを金丸は狙った。

 

 

少しボール玉。

普段なら、詰まってしまうようなコースだが。

 

肘を上手くたたみ、腰を回転。

 

 

狙い澄ました一撃は、4番を彷彿とさせる圧巻のスイング。

 

同時に右手を掲げる金丸。

鋭い当たりは、弾丸ライナーでフェンスへと直撃した。

 

 

「っしゃあ!」

 

 

打球は左中間。

白州は勿論、瞬足の東条も三塁を回ってホームへ帰る。

 

1アウトランナー二、三塁。

逆転のかかったこの大事な局面で、金丸が放ったタイムリーヒットで2点を返す。

 

 

この終盤、1年生の一打で遂に逆転に成功し、3−2。

 

決勝の舞台に一気に近づいた。

 

 

 

 

さらに、麻生のヒットと大野のタイムリーヒットで追加点をとると、最後は沢村。

 

 

前回の試合で守護神として登板した彼が8回9回を完璧に抑えてシャットアウト。

 

 

4−2で白龍高校を下し、優勝候補の肩書を胸に決勝の舞台へ。

 

 

 

 

青道高校史上最強の世代が、優勝へと向かう。

 

 

 

 

 



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エピソード136




選抜はもうそろそろ終わります。





 

 

 

 

迎えた決勝戦。

対戦相手は、準決勝にて薬師高校を8-7で下した清正社高校である。

 

高い攻撃力と、絶対的エースによる存在で勝ち上がってきたこのチーム。

 

 

エースで4番の川崎を中心とした、パンチ力のある打線は、薬師高校との乱打戦を制するほど。

 

特に、コンタクト力とパワーともに水準の高い川崎に加え、もう1人。

 

 

2年生ながら主力を張っているリードオフマン、1番ショートの山田。

 

高いバットコントロールと、低めでもスタンドへと運べるパワー。

そして、並外れた動体視力からの反応。

 

足も速く、走塁面や守備面でもチームを救うことが多い。

 

 

打って走って守れる、野手の象徴的存在。

この清正社を引っ張る、川崎と同じくチームの柱である。

 

 

 

 

 

対する俺たち青道高校のスターティングメンバーは、以下の通りだ。

 

 

1番 遊 倉持

2番 投 大野

3番 二 小湊

4番 捕 御幸

5番 右 白州

6番 三 金丸

7番 中 東条

8番 一 前園

9番 左 麻生

 

 

スタメンは大方いつもと同じような、所謂ベストメンバーである。

 

昨日先発した降谷はとりあえずベンチスタート。

代わりに、守備の安定感のある麻生をレフトへ。

 

打順も下位が少し変わっている。

 

昨日も決勝タイムリーを放った、好調の金丸を6番へ。

 

その後7番から始まる下位打線は、あわよくば東条のチャンスメイクから一点を取れるような布陣。

 

 

ベンチ内から出ると同時に、強い日差しを受けて目を細める。

 

今日もまた、春先と同じような天候。

かなり暖かく、過ごしやすい絶好の行楽日和である。

 

 

外野手、内野手がそれぞれ走って持ち場に着く。

少し遅れて捕手がホームベースに向かい、最後にマウンドへと向かう。

 

 

「前回登板の疲れはとれたか。」

 

「あれだけ丸々空けてもらえばな。」

 

 

日程としては、中3日。

 

2日前の試合では野手出場こそあったものの、投げてはいない。

 

 

実際、本郷と投げあった試合も、8回までしか投げていない。

 

ギアを入れていた分投げていたその時は疲れたが、疲労感自体は特段多い訳では無い。

 

 

「調子は?」

 

「悪くない。まあ、特段良くもないがな。」

 

 

ブルペンで投げた感じは、悪くない。

本郷と投げあった時ほど良くは無いが、コントロールも効くし球も走っている感覚はある。

 

絶好調ではないが、好調ではある。

 

 

「1巡目はストレートとツーシームを軸に。チェンジアップも効くか見てーかな。2巡目以降からカーブ、状況次第でカットも使っていこう。」

 

「OK、そこは任せる。」

 

 

組み立て方に関しては、御幸に一任しても特に心配は無いし、今までだってそうしてきた。

 

今更覆そうなんて思わないし、それがベストだと思うし。

 

俺より賢いあいつが四苦八苦してくれているのだから、下手に突っ込む必要は無い。

 

 

「コントロールも大丈夫だ。リリースも個人的にはちゃんとイケてる。」

 

「受けててもわかる。あん時ほどじゃねーけど、それでもいい状態だぜ。」

 

 

御幸の言うあん時というのは、巨摩大藤巻との試合のこと。

受けていた彼からしてみても、やっぱり良かったらしい。

 

球威、球速、変化球のキレ。

そしてなにより、コントロールがいつも以上に完璧に決まっていた。

 

 

恐らくあれが、俺の最大値。

 

それを基本と考えるのはあまり現実的ではないが、基準のひとつとして数える分にはいいと思う。

 

 

 

一頻り確認作業を終え、御幸からボールを受け取る。

 

少し、重い。

物理的にではなく、気持ち的な話し。

 

 

この決勝という舞台。

残された最後の2校の、直接対決。

 

負けたチームがいるから。

蹴落としてきたから、ここにいる。

 

 

このマウンドには。

このボールには。

 

敗者たちの思いも、込められている。

 

 

 

フッと一息。

それを見て、御幸が笑う。

 

 

「何が可笑しい。」

 

「いや。流石に甲子園の決勝だと、いつもと雰囲気違うなっておもってさ。」

 

 

当然だろう、そんなことは。

この全国という舞台に立つこと自体珍しいのに、さらにその決勝なのだ。

 

そして高校野球の全国といえば、注目度はトップクラス。

それこそメジャーリーグのスカウトすら見に来るほどだ。

 

 

 

この熱気も。

この空気も。

 

ここでしか味わえないし、ここはその頂点だ。

 

 

違って、当然だ。

 

 

 

「あんま気負うなよ。って、お前にはいらねー心配か。」

 

「いや、実際そうだからな。少し、いつもとは違う感情はある。」

 

 

いつも通り、俺は預かった白球を左手のグローブに収める。

 

目を瞑りながら、帽子の両脇を軽く押え、直す。

そしてその鍔に手を当てて、帽子を深く被る。

 

 

「この選抜という舞台は、今日で最後だ。」

 

「そうだな。」

 

 

もう一度息を吐き、目を開く。

自然と俺の口角は、上がっていた。

 

 

「なら、楽しまなきゃ損だろ。」

 

 

誰も来れない場所なのだ。

俺たちだけが、来れたのだ。

 

なら、俺たちが目一杯味わい尽くさなくてどうする。

 

 

「ここから先は、俺たちだけの舞台だ。好きなだけ暴れようぜ、一也。」

 

「当たりめーだ。初っ端から見せつけてやれよ、夏輝。」

 

 

グローブを合わせ、離れる。

18.44mのこの間で始まる。

 

打者が打席に入り、審判がコールをかける。

 

 

打席に入るのは、2年の山田。

ビデオで見た限り、俺でもわかるほどの天才。

 

打撃のセンスは超一流。

 

今はまだ注目されたばかりだが、将来必ずプロにいくような男だ。

 

 

走攻守、全てが高水準。

全国トップクラスの実力者。

 

まだ荒削りなのにわかる、この器の大きさ。

 

 

 

 

(こんな奴が平気でいるから、ここは面白い。)

 

 

御幸の構えるミットに、視線が向かう。

まずは挨拶代わりのインロー。

 

山田のような反応で打つバッターは、案外初球から打ちに来やすい。

 

中途半端なボールは絶対NG。

決め球と同じような覚悟で、いく。

 

 

 

バットを掲げ、クイックイッと揺する特徴的なフォーム。

その膝元に、フォーシームを決めた。

 

 

2球目、今度は外角低めのストレート。

これもまた見逃し、2ストライクで追い込んだ。

 

 

3球目。

1つ前のそれより、僅かに外に外れているボール。

 

これを投げ込むも、バットは止まり1ボール。

 

 

(これを見るか。)

 

(いいバッターだな。打ちに行きながらあれを堪えるとは。)

 

 

ファールか、或いは三振か。

しかしこれを見れるバッターは、中々珍しい。

 

様子的に、手が出なかったという理由でもないし。

 

 

(なら。)

 

(決めるか。こういうバッターには、出し惜しみする訳にもいかねーからな。)

 

 

御幸の出したサインは、先の3つとは全く違うもの。

それに頷き、グローブを構える。

 

 

視線の先のミットは、外角のストライクゾーンギリギリ。

 

そこを確認して、俺は息を吐いた。

 

 

 

ここまで登ってきた感じた、全国の広さ。

そして自分が、案外戦えることもわかった。

 

だからこそ、実感してきた。

 

この全国という舞台もそうだが。

それより先の舞台。

 

 

高校野球の先。

 

選ばれた中からさらに選ばれた、天才たちの集い。

幼いころから目指してきた、その場所。

 

その世界が、まだ影ながらぼやけて見えてきた。

 

 

 

 

 

俺はまだ、いける。

 

もっと上へ。

その先へ。

 

 

見た事のない世界へいくんだ。

 

 

 

パァン。

小気味のいい、ミットの破裂音。

 

山田のバットはピクリとも動かず、ストライクのコールは鳴った。

 

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

 

今はただ、前へ。

全てをねじ伏せて、俺は声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






投稿頻度が中々安定しなくて申し訳ない。
もう少ししたら上げられると思うんで、お待ちください。


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エピソード137

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清正社の先頭打者である山田を見逃し三振で一つ目のアウトを奪うと、続く2番の江原をストレートでセカンドゴロ。

 

最後は3番の開田。

コンパクトな打撃もできるパワーヒッターで、試合展開によって打撃を変える器用な打者。

 

 

(テンポよく2アウトまでいけた。できればここで、チェンジアップも試したいけど。)

 

(OK。追い込んでから最後に使おう。)

 

 

となれば、速球に目を向かせたい。

 

前の打者2人に使ったのは、ストレートとツーシームの2球種のみ。

共に速球だが、緩い変化球で抑えているところを見せれば、相手に迷いを植え付けることができる。

 

 

手札を見せることのメリットは、「自分がこんな武器を持っている」という意識付けができるということ。

 

2つの球種を待つのと3つの球種を待つの。

そして、さらに速度差もあると考えれば、相手はタイミングを取りづらくなるはずだ。

 

 

 

チェンジアップも決め球として使えるという印象を相手に与えることで、的を絞らせない。

 

その意味も込めて、使いたいところだが。

 

 

まずは追い込むところから。

 

初球はここもストレート。

外角低め僅かに外れているボール球だが、これを開田はバットに当ててファール。

 

 

(そこのコースは手を出す、か。)

 

 

元々外を打つのが上手い打者なだけに、狙っていたのだろう。

やはり、手を出してきた。

 

 

(内で決めるか?それならチェンジアップはカウント球で使うことになるぞ。)

 

(いや、外で攻める。徹底的に攻めてやるのも、案外効果的なものがある。最後は外のチェンジアップ。)

 

(わかった。お前がそう言うのなら、そうしよう。)

 

 

2球目、アウトコース低め。

ゾーンいっぱいのこのボールを開田が見逃し、ストライク。

 

2ストライク、追い込んだ。

 

ここから勝負に行ってもいいのだが。

どうせなら、試せるものは試しておきたい。

 

 

3球目も同じくアウトローのストレート。

これも外に僅かに外れている。

 

今度は完璧に見逃し、1ボール2ストライク。

 

 

次はアウトコース高め。

ここで敢えて高めを投げて、よりホップが強い軌道を見せる。

 

これもボール球、しかしバットに当ててファール。

 

 

(決めるぞ。変化しねーんだから、コースだけは間違えんなよ。)

 

(誰に言ってる。)

 

 

この1巡目に使う最後のピース。

 

ストレートと同じフォームから投げる、緩いボール。

近年多いシンカー気味に変化するボールではなく、本当にタイミングを外すことに特化しているチェンジアップ。

 

 

これを見せることができれば、もう少し幅も効く。

 

 

狙うコースは、外角低め。

外を打つのが得意だからこそ、敢えて執拗に攻める。

 

俗に言う、裏をかくということ。

 

 

 

投げ込まれたチェンジアップはしっかりとゾーンに制球され、外角低め一杯へ。

 

打者も完全にストレートに目線が向いていたため、完全にタイミングが外れる。

 

 

「っ!」

 

 

引っ掛けた打球はファースト正面。

弱い打球を前園がしっかりと処理をして、3アウト目を奪った。

 

 

「初見でも当ててきたか。速球にも対応出来ている辺り、いい打者揃いなのは間違いないな。」

 

「崩れているとはいえ、ミートしてるからな。次の回からはツーシームも少し増やしていこう。」

 

 

この初回は様子見も兼ねて、ストレートを中心に組み立てた。

 

それこそこの回で使った変化球は、たったの3球。

初回の山田に対して投げ込んだものと、江原のカウント球として使ったツーシーム。

 

そして、最後の開田に対して投げ込んだチェンジアップ。

 

 

元々はツーシームもかなりの割合で投げ込んでいたのだが、ココ最近はストレートの走りが良かったこともあり、かなりストレートの比率を上げていた。

 

相手の対応を見ている限り、抑えている間も無さそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

打って変わって初回の攻撃。

 

裏である青道の攻撃は、1番の倉持から始まる。

 

相手先発はエースの川崎。

威力のある直球と、非常に質の高いパワーカーブで三振を奪っていく本格派右腕。

 

 

球種こそストレートとパワーカーブ、フォークと少ないが、兎に角その質が非常に高い。

 

中でもパワーカーブは全国でも注目されるキレを誇っており、落差もかなり大きい。

 

 

またストレートもかなり威力がある為、この2球種のギャップがある分非常に厄介なピッチャーだ。

 

 

 

この先頭の倉持が、やはりパワーカーブで空振りの三振。

彼の反応を見る限りでも、かなり落差があるのだろう。

 

 

「やっぱ落ちるか、結構。」

 

「結構なんてもんじゃねえぞ。あんまり見た事ねー軌道だったし、何より速い。」

 

「速いか、了解。」

 

 

三振に喫した倉持からそう聞き、俺も打席へと向かう。

 

カーブとはいえ、スピン量の多いキレのあるパワーカーブ。

恐らく体感は、かなり速い。

 

 

それを踏まえた上で、俺は左の打席に入った。

 

 

顔といい、風格といい。

何となく、1つ上の大阪桐生の館さんを彷彿とさせる。

 

タイプも何となく似てるしね。

 

重いストレートに落差のあるカーブ。

それでいて、4番。

 

あの厳つい顔も相まって、何となく重ねてしまう。

 

 

初球、いきなりパワーカーブ。

真ん中付近から急激に滑り落ちるこのボールをまずは見逃して、1ボール。

 

 

(ここまで落ちるか。追い込まれてたら振ってたな。)

 

 

カーブと言うよりは、スライダーに近いか。

縦軌道の速い変化球という認識の方が、いいかもしれない。

 

軌道は確かに浮かんでから曲がってくるが、兎に角曲がってからが速い感じがするな。

 

 

2球目はストレート。

高めのこのボールに、空振り。

 

やはり、速い。

今のボールも140km/hを超えている辺り、平均球速もかなり速い方だ。

 

 

これで、連投である。

あの薬師高校が抑えられたっていうのも頷けるな。

 

 

3球目のストレートも空振りをしてしまい、2ストライクと追い込まれる。

 

そして、4球目。

やはりこの伝家の宝刀パワーカーブで、俺も三振に喫してしまった。

 

 

速い。

それに、落差が大きい。

 

中々、手の付けられないボールな気がする。

 

 

「縦スラに近いかも。縦変化に近いから、気をつけて。」

 

「分かりました。」

 

 

3番の小湊にそう耳打ちをして、俺はベンチへと下がる。

 

その小湊も最後は三振で抑えられてしまい、この回は三者連続の三振で川崎に完璧にやられてしまった。

 

 

 

「ノリノリだな、今日は。」

 

 

思わず、そう零してしまう。

 

こうなってくると、バッティングもまた怖い。

この手の投打の要というのは、投球の調子がいいと打撃もまたいい方向に作用しやすいのだ。

 

 

「警戒しろよ。こういう日の投手は、何を起こすか分からないからな。」

 

「…ああ、わかってる。」

 

 

嫌というほど、味わったからな。

 

そこまで言わなくても、御幸も察してそれ以上なにも言わなかった。

 

 

右の大砲。

コンタクト力というよりは、パワーが自慢の打者。

 

それでいて、運動神経がいいから、上手く拾う技術もある。

 

 

(この手のタイプはストレートに滅法強いイメージがある。)

 

(確かにそれは合ってる。ホームランを打ってるのもほぼストレートだからな。)

 

 

反応が早い。

そして、パワーがあるから甘く入れば持っていかれる。

 

 

ならば、反応させない。

 

その術を、俺は持っている。

 

 

 

外角低め、バックドアのツーシーム。

高速で変化するこのボールが外から抉りこむから、相手は反応できない。

 

2球目は、チェンジアップ。

 

奥行のあるこの遅いボールで川崎は空振り。

今度は位置ではなく、タイミングがズレての空振りだ。

 

 

 

ストレートと相対する2球種。

 

ストレートと同速で、大きく斜め下に沈むツーシーム。

ストレートと同じリリースで全く違う速度のチェンジアップ。

 

 

そして、最後に。

この2つに意識が向けば。

 

 

「お前のボールには、着いてこられないよ。」

 

 

御幸がそう呟くと同時に。

俺のフォーシームが、外角低め一杯に決まった。

 

 

 

 

 

 

 





お解りの方も多いでしょうが、清正社の山田はあの履正社でヤクルトな山田です。
あまり選手の露出が無いチームなので、こういう強化もありかなと思いました。


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エピソード138

 

 

 

 

清正社との選抜決勝は、いよいよ中盤戦。

序盤から絶好調のエース、川崎は3回を終えた時点でノーヒットの6奪三振を奪っている。

 

かくいうこちらも、5番の大西にヒットこそ打たれたが、すぐにダブルプレーを取って帳尻合わせをしている。

 

 

 

3回の裏の守りでも、下位打線をしっかりと押さえ込み、三者凡退。

 

4回の表の攻撃に向けて、準備を始める。

 

 

 

「あんなカーブは中々見れねえよな。」

 

 

ベンチ前、屈伸をしながら倉持がそう漏らす。

確かに今日の彼のパワーカーブは、特にキレている。

 

それこそ、キレと落差共に全国トップクラスというのに相応しいだろう。

 

 

「まあな。真っ直ぐも強いから、カーブが生きる。」

 

「甘いコースは来るんだから、ストレート狙いでいいと思うぞ。」

 

 

俺と倉持の間に、御幸が入ってくる。

まあ確かに、それくらいでいいかもしれない。

 

川崎のように、少ない球種を軸にしていく投手は、練度の高いボールを続けて使えるということもあってシンプルに攻めやすい。

 

そしてそれが魔球レベルなら、バッターも捉えるのは容易ではない。

 

 

しかし、球種が少なければそれだけ狙いやすくなる。

 

ストレートとカーブが軸なのであれば、2分の1。

フォークも入れても、3分の1である。

 

 

無論そんな簡単な話では無いのだが、少なくとも多種多様な球種を使う投手よりは絞りやすい。

 

 

「カーブは思い切って全部捨てても構わん。狙い球を絞る以上、我慢が必要になるが、仕方ない。」

 

 

監督の言葉に、倉持が頷く。

 

そして俺と監督の視線が合い、俺も頷いた。

 

 

こういう戦いには、慣れているつもりだ。

相手が好投手なら、こちらの我慢が必要なのも。

 

エース対決だから覚悟はしていたし。

 

 

何より、任されるというのは、嫌いじゃない。

 

 

「大野、小湊、白州。」

 

 

俺もネクストバッターズサークルに向かおうとしたところで、監督に呼び止められる。

 

何かと思い、共に集められた小湊と白州の横に並ぶ。

 

 

「どうだお前ら、川崎のカーブは。」

 

「速いですね。球速もそうですけど、軌道が普通のカーブと違いますから速く感じやすい気がします。」

 

 

パワーカーブと呼ばれているが、若干縦スラに近い。

少しフワッと浮かぶカーブよりかは、スライダー系に近い変化をしている。

 

そうだな、鵜久森の梅宮の速い変化球に軌道は近いか。

 

まあ彼のものより変化はかなり大きいが。

 

 

「二巡目以降、他の奴らにはストレート狙いに徹してもらう。しかしその狙いを悟られるとやりにくい。」

 

 

なるほど、それで俺たちが呼ばれたわけか。

 

バットコントロールのいい小湊に、ミート力の高い白州。

そして、変化球対応の得意な俺。

 

この3人は狙い球をカーブに絞ることで、相手に悟られないように。

 

 

選手によって狙い球を変えていると相手が察したらそれはそれで儲けもの。

川崎ないしはキャッチャーにも余計な思考を割かせるこもができるのだ。

 

 

ということで俺がネクストバッターズサークルに向かおうとすると、倉持とすれ違った。

 

 

「随分早いご帰宅だな。」

 

「るせ!」

 

 

ちなみに、2球目インコースのストレートを弾き返したものの、少し詰まった当たり。

悪くは無い当たりだったが、センターフライに落ち込んだ。

 

まあ、ストレートをしっかり捉えていたからいいと思う。

 

 

 

さて。

じゃあ、こちらもやれる事はやらせてもらおうか。

 

 

『2番、ピッチャー、大野くん。』

 

 

マウンドから見下ろす、川崎。

やはり遠目からでもわかる、強気。

 

表情から豪快なフォームまで、自信に満ち溢れているのがわかる。

 

 

絶好調だからか、ここまで散々三振の山を築いているからか。

 

 

(両方だろうな、多分。)

 

 

こういう投手は、自信を持って投げている時が一番いい。

 

キャッチャーもそれを理解しているはずだ。

 

 

 

なら、思い通りにいかなければ。

或いは、少し乱れが生じてくる。

 

例えばそうだな。

 

簡単に三振をしていた打者が、そのボールに対応してきたら。

 

 

 

初球、ストレート。

これを見送り、まずは1ストライク。

 

速い、しかし甘い。

それでも威力があるから、抑えられる。

 

特にカーブとのギャップがあるから、打線も苦労しているところはある。

 

 

2球目。

真ん中付近のボール。

 

先の球より少し緩い。

このスピード感は、カーブか。

 

これは見るのに徹していた為、完全に見送ってボール。

 

 

 

やはりキレも落差もすごいな。

追い込まれていたら、というか振らないと決めていなければ完全に振っていた。

 

 

 

しかし、軌道は見えた。

タイミングさえ捉えられれば、いける。

 

 

3球目、このカーブはゾーン内。

バットに当てるも、前に飛ばずファールとなる。

 

まだ、もう少し下か。

でも、速度感には対応出来てる。

 

 

4球目、ここはストレート。

これは狙う必要が無いボール、バットに当ててファールとした。

 

 

5球目、6球目もストレート。

これも振り遅れながらもバットに当ててファールを続ける。

 

 

完全に速いボールで押してきてる。

でもこれなら、対応くらいは大丈夫。

 

 

 

(そろそろ三振が欲しい頃だろ。)

 

 

投手相手に、いつまでも粘られたくない。

先頭をテンポよく切っただけに、ここもリズム良く抑えて攻撃に弾みをつけたいのだ。

 

ここまで粘られたならせめて、三振が欲しい。

 

 

 

バッテリーの空気が、投手の目が変わった。

そろそろ来るだろ、パワーカーブ。

 

 

(ほら、ドンピシャ!)

 

 

投げられたボールは、正にそのパワーカーブ。

縦に大きく割れる鋭いカーブが、外から入ってくるような軌道で抉り込む。

 

悪いがこの手のボールは。

 

苦手では無い…!

 

 

『おっ付けて打ったレフト前!ここは青道エースの大野に軍配が上がりました、1アウト一塁!』

 

 

軽く弾き返した打球は、サードの頭を超えてレフト前に落ちるヒットとなる。

 

良かった、思っていたよりも落ちなかった。

本当はゴロを打つ予定だったんだけどまあ、結果オーライだな。

 

 

 

さて、まずは俺でカーブを打った。

ここで小湊もカーブを打つ、ないしは狙っている素振りを見せることができれば。

 

それである意味、布石を投じたことになる。

 

 

理想はヒット。

最悪、ゲッツーにならないゴロ。

 

ダブルプレーと三振はリズムに乗られるから、ダメ。

 

 

それが難しいんだけど。

でも、小湊ならできる。

 

 

3番、カーブ狙いを任された小湊は初球打ち。

少し浮いたカーブを完璧に捉えてセンター前に運ぶ。

 

 

 

 

これで1アウト二三塁。

初めてのチャンスの場面で打席に入るのは。

 

恐怖の4番、圧倒的クラッチヒッター。

 

俺たち青道打線を引っ張る主軸の中の主軸。

 

 

投手の花形がエースだとすれば、打者の花形はこの男だ。

 

 

 

『4番、キャッチャー、御幸くん。』

 

 

 

狙いはストレート、の予定。

しかし監督も、このチャンスの場面になれば。

 

恐らくは、御幸の判断に任せるだろう。

 

 

何故か。

理由は簡単だ。

 

 

チャンスの場面のウチの4番は。

 

確実に、結果を残すのだから。

 

 

 

初球、低めのカーブ。

これを振っていき、当てるもファール。

 

さっきよりキレてる。

それに、落差も大きい。

 

ピンチになって、向こうもギアを上げたか。

 

 

投手戦が予想されているだけにできれば失点をしたくない。

 

特に向こうもまだヒットが生まれていないだけに、なんとしてでも抑え込みたいのだろう。

 

 

 

カーブで攻めてくるのか。

まああの手の強気な投手は、ストレート勝負でくることもある。

 

そしてそれができる強いストレートと、見せ球にも決め球にもできる象徴的なカーブを投げられる。

 

 

さて、どうくる。

 

 

2球目、ここもまたカーブ。

これは少し低めに外れており、見送ってボール。

 

 

3球目、ここもカーブ。

これはゾーンに入っており、見逃して2ストライク追い込まれた。

 

 

御幸はストレート狙いか。

順当にそれが1番可能性も高いしな。

 

元々ストレートに負けないパワーもあるし、多分ついていける。

 

 

 

4球目、ここもカーブ。

これも少し泳ぎながらだが、ファール。

 

なんとか食らいつき、三振しない。

 

 

 

ここまでしつこくくるとなると、見せ球として使っているのか。

それともしつこくカーブでくるのか。

 

今のところはどちらでも攻めようがある。

 

 

そして今の御幸の反応を見るに、相手バッテリーも御幸がストレート狙いだということを感じ取ったと思う。

 

ならばおそらく、相手はカーブで最後まで攻めてくるか。

 

 

 

でもなあ。

 

 

なんとなく、さっきのファールが不自然に感じた。

あれは多分、カーブを狙ってる。

 

 

完全にストレートのタイミングで振った4球目。

 

おそらくあれは、相手にストレート狙いだという間違った認識を植え付けるための布石。

 

 

バッテリーから見れば、ストレート狙い。

そんな相手に対してはしつこくカーブで攻めていき、打ち損じを誘う。

 

 

 

5球目、案の定最後の決め球カーブを狙った。

 

 

「おっ。」

 

「あっ。」

 

 

バッテリーの漏れた声。

同時に俺も、声が出てしまう。

 

打球の角度、それに飛距離。

 

 

間違いなく、完璧な当たりであった。

 

 

 

高々と上がった打球は右中間。

打った瞬間確信できる当たりに、御幸も一塁ベースに向けてゆっくり進み始める。

 

 

御幸がバットを投げて走り始めたと同時に。

 

打球はライトスタンドへと、吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード139

 

 

 

 

 

4回の表、4番の御幸による3ランホームランで先制をした青道。

 

さらにダメ押しで金丸のタイムリーヒットで4点目を奪い、この回一気に得点を重ねていく。

 

 

 

さて、その裏の攻撃。

ここまでヒット1本に抑え込まれている清正社に相見える。

 

ここから二巡目。

一巡目こそ完璧に押さえ込んだが、一度見たボール。

 

ここからしっかり抑えられるかが、勝負になる。

 

 

「相手も全国トップレベルだ、そろそろ目付けをして打ちにくるぞ。」

 

 

口元をミットで覆い、先程本塁打を放った女房役がそう言う。

4番という攻撃の花形でありながら、捕手という守備の要。

 

かなり負担のかかる場所なのだが、だからこそ良いのだと彼は言った。

 

 

「わかっている。ここからは出し惜しみナシだ。」

 

「カットも入れてくぞ。ストレートとツーシームを軸に、決め球でツーシームかカットを選ぶ。いいな?」

 

「それはお前が決めることだ。お前が投げろと言うなら、俺はそれに従う。」

 

「はいはい、エースさんに怒られない要求をしますよ。」

 

「お前はすぐそういうことを言う。」

 

 

やり取りをして、お互いの左手を合わせる。

 

そして御幸はホームベース側へ。

俺はマウンドへと、上がった。

 

 

いつもと変わらない景色。

慣れてしまえばこの甲子園という舞台も、いつもの球場と変わらない。

 

成宮は違うと言っていたが。

 

そうだな、今の俺には分からない。

 

 

 

でも。

やるべきことは、分かっている。

 

 

(行こう。行けるところまで。)

 

 

まず先頭は、1番の山田。

この大会当たっている、期待の2年生。

 

はっきり言って一番怖い。

 

小柄ながら飛ばす力を持っており、それでいて反射神経がとにかく良い。

 

特に高速で変化するボールには非常に強い為、俺みたいなタイプはやりにくい。

 

 

(ツーシームはもう見せてる。決め球はカットでいきたい。)

 

(わかった。ここは慎重にいくぞ。)

 

 

1打席目はバックドアのツーシーム。

これで見逃し三振を奪った。

 

まずは外角低め。

ギリギリ外れているコースに投げ込むと、ここはしっかりと見逃してボールとなる。

 

 

(ここは手を出さねえか。)

 

(外の目付けはかなり良いな。)

 

 

先の打席でも感じたが、外の低めの見極めが非常にいい。

前の試合アウトローをホームランにしていたこともあり、恐らくは得意コースなのだろう。

 

となれば、内角低めか。

間違えればホームランボールになりかねないが、厳しく攻めれば詰まってゴロになりやすい。

 

 

ここはインローのストレート。

ゾーン一杯、ギリギリのコースに決まってストライク判定。

 

 

(少し反応鈍かったね。)

 

(低めが悪いのか、内の反応が悪いのか。どちらにせよ、攻める他ない。)

 

 

次の3球目。

次もインコース、少し甘いコース。

 

振りに来るも、ボールは急激に失速。

内角のボールゾーンに抉り込むこのコースで空振りする。

 

 

このコースはやはり、反応が遅れるか。

 

ならもう1球、同じコースで。

 

 

今度は反応し、バットに当てられる。

しかしコースが悪いためか前に飛ばず、ファールとなる。

 

 

(もう反応してきたか。流石に見極めている訳じゃなさそうだが。)

 

(ここら辺は流石だな。もう1球続けてゴロを打たせるのもいいが。)

 

(三振だ。心を折りに行くぞ。)

 

 

このチームの柱の一つ。

表では投打の要である川崎に対して、期待のホープであり切込隊長であるのがこの山田。

 

この選手を抑えられることができれば。

 

 

 

絶好調のエースが4回の時点で3失点。

険しい投手戦と予想されたこの試合で痛恨の失点を喫した。

 

だからこそなんとか点を返したいこの4回の裏。

 

点を取られた回の裏というのは、案外得点が動くことが多い。

 

 

ここでチームで一二を争う打者であるこの山田を捩じ伏せることができれば、相手の焦りを一気に誘うことができる。

 

 

 

一つ息を吐く。

そしてグローブを口元に置いて前屈みになり、御幸のサインに目を向ける。

 

 

御幸が出したのは、今日初めて出したサイン。

 

それを見て、俺は小さく頷いた。

 

 

構えたコースは外角高め。

ストライクゾーン少し甘めを目掛けて。

 

全身の捻転。

そして下半身から腰、そして上半身。

 

溜まりに溜まったエネルギーを余すことなく、広背筋から肩、そして肘指先まで伝えていく。

 

 

最後の最後、肘を捻り込み、ボールに螺旋状の回転をかける。

 

弾丸のような回転で加速するボールは空気抵抗をほとんど受けることはなく、加速しながら回転方向に向けて曲がる。

 

 

オフから取り組んできたフォーム変更。

今までよりも全身の力を余すことなくボールに伝えることができるようになってから編み出された。

 

全身の捻転をストレートとごくわずかな軸の違い。

そこに加えることで螺旋状の、所謂ジャイロ回転をかける。

 

そうすることによってそれは、加速して伸び曲がる魔球へと変化する。

 

 

 

ストレートとほぼ同等の速さ。

外のボールに反応し、山田がバットを振り始める。

 

スイング、角度、タイミングは完璧だ。

 

 

ただそれは。

 

 

(俺が投げたのが、ストレートだったらの話だがな。)

 

 

急激に加速したボールは山田のバットから逃げるようにして変化する。

スライダー方向に伸びながら曲がり、山田のバットを掻い潜った。

 

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

 

俺の、もう一つの変化球。

ストレートと同等の速度の変化球であり、互いに対をなす決め球。

 

ジャイロ回転で伸び上がるカットボール。

 

 

二巡目にして切ったもう一つの切り札で、山田を空振りの三振で捩じ伏せた。

 

 

 

目を見開き、何を振ったのかわからないと言ったばかりの打者の姿に、思わず笑ってしまう。

 

 

(こらこら、顔に出過ぎだって。)

 

(すまん、でもあれだけわかりやすく困惑したらな。効果覿面だったみたいだな。)

 

 

決め球を後から披露するメリットはいくつかある。

 

一つは、相手が自分のボールに慣れないようにできること。

もう一つは、1試合で多くの配球を組み立てることができること。

 

 

そして。

 

ここまで全く打てなかった中もう一つ決め球が増えることで、相手にさらなる迷いと焦りを生むことができる。

 

 

 

 

この後2番3番も連続三振。

 

カットボールを解禁した俺はさらにギアを上げて、清正社打線を完全に押さえ込んでいく。

 

4番の川崎から始まる5回の裏も三者凡退。

6回の裏も下位打線を完全に抑えて終盤戦へと向かっていく。

 

 

しかし相手エースの川崎も追加点を許さないと言わんばかりに奮起。

さらに三振を重ねていき、攻撃に弾みをつけようと圧巻の奪三振ショーを披露する。

 

 

4−0で迎えた7回の表。

この春の甲子園決勝もいよいよ終盤戦に入っていき。

 

 

この男が、目覚めた。

 

 

『行ったーーー!高々と上がった打球は左中間!反撃の狼煙を上げるリードオフマンの一撃が絶対的エースに襲い掛かります!恐るべき2年生、天才山田が遂に目覚めました、4−1!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード140

 

 

 

 

 

 

『行ったーーー!高々と上がった打球は左中間!』

 

 

弾き返された打球を振り返り、その行方を追う。

高い弾道、伸びはあまり無い。

 

しかし、あまりに飛距離がある。

 

 

 

上手く捉えられた。

 

 

7回の表、ここまで順調に抑えて来れたのだが、遂に許した失点。

それが、1番の山田から浴びた一発であった。

 

 

インコースの高め。

カットボールの見せ球に投げたボール球のストレート。

 

 

これをしっかりと捉えられた。

 

ボール球だが、際どいコース。

まさか長打に、それもホームランにされるとは思っていなかった。

 

 

 

思わず眉を顰める。

というより、表情に出ていたのだろうか。

 

御幸が駆け寄り、様子を伺ってくる。

 

 

「派手に飛ばされたな。」

 

「まあな。あんな小柄なのに、どこにあれだけのパワーがあるんだか。」

 

 

あーいうのを天才というのだろうな。

おそらくプロの世界に行くだろうし、きっとその世界でもきっと活躍できると思う。

 

しかしまあ。

 

 

「やっぱり、一発病だな。」

 

「しゃーねーよ。改善されたとはいえ、球が軽いのはあんま変わってねーし。そう簡単に直るようなもんじゃねーよ。」

 

 

球が軽い。

質も割にというか、当たるとよく飛んでいく。

 

身体が小さいからか、力が弱いからか。

 

ストレートのキレとかバネとかはある方だと思うけど、球威はない。

 

 

 

当たればよく飛び、ヒットこそ少ないが被本塁打はある。

捉えられると長打になりやすく、痛手になりやすい。

 

それはわかっていたが。

 

 

いざ露呈すると、な。

 

 

(切り替えるぞ。今更焦るもんじゃねーし。)

 

(わかっている。)

 

 

 

今大会を通じて、わかった。

 

通用することも、通用しないことも。

そして、案外なんとかなることも。

 

 

 

続く2番をセカンドゴロ。

3番からは浅いセンターフライ。

 

そして4番の川崎に対しては、カットボールで空振り三振を奪う。

 

 

 

 

最後のバッターである川崎を抑え、俺はフッと息を吐いた。

 

 

まだ足りないものはある。

 

力配分、ギアチェンジ、完投能力、球質。

改善していかなければいけないし、でなければ今よりもっと過酷な夏では戦っていけない。

 

 

(難しいな、野球は。)

 

 

それと同時に。

 

 

(面白い。)

 

 

この場所は。

この空気は。

この景色は。

 

高校野球の聖地であり、選ばれし猛者だけが集まるこの地。

 

ここでまた、戦いたい。

そしてこの地に。

 

 

約束もできたしな。

 

2年生の怪物がまた俺を待っている。

 

 

 

 

無敵と称され、北の怪童と揶揄された。

北海道からきたあのエースは間違いなく、俺よりも優れたエースであった。

 

負けたくない。

 

今も、この後も。

 

 

 

 

 

 

 

 

その過程でも、負けては行けない。

奴が負けを糧にするのなら、俺は負けないことを糧にする。

 

負けることは人を大きく成長させる。

それはもう、経験した。

 

 

なら次は。

勝ち続けて、負けないことの難しさ。

 

それを、力に変える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

回は進み、9回。

8回に少し乱れた川崎を打ち込み、白州のタイムリーヒットで追加点を奪って6-1で迎えた最終回。

 

 

マウンドに上がるのは。

いや、言うまでもないな。

 

 

「行けるか、大野。」

 

「勿論。」

 

 

監督からの、一声。

未だに表情は崩していないが、声が少し浮ついている。

 

まあこの人にとっても念願だからな。

 

高揚してくれない方が、困る。

 

 

「もう少し待ってて下さい、監督。今度は3年生じゃなくて、俺たちがあのマウンドで胴上げしますから。」

 

俺がそう言って帽子を被ると、監督はフッと笑って返してきた。

 

 

「生意気な。しかし、そうだな。」

 

 

すると監督が俺の前に拳を出す。

それに応えるように、俺も拳を出した。

 

 

「任せたぞ、大野。」

 

「任されました。行ってきます。」

 

 

コツンと拳を合わせ、俺はベンチを出る。

 

 

「ヒャッハー!最後しっかり締めろよ!」

 

「1人ずつな。」

 

 

倉持と白州が、背中を叩いて守備位置に向かう。

 

それに続いて麻生が、東条が。

小湊と金丸、前園が守備位置へと走っていく。

 

 

「夏輝さん!最後もお願いします!」

 

「バックは任せて下さい。」

 

 

 

 

俺はゆっくり、マウンドへと向かっていった。

 

 

 

小さな丘。

いつもと変わらないマウンドだが、ここに上がれるのは何人いるのだろうか。

 

その頂点になる、か。

 

 

マウンドへ上がり、軽く跳ねる。

 

身体は大丈夫。

疲れはあるけど、投げ切れる。

 

それ以上に。

まだ投げたい。

 

 

プレートの横に置かれたロージンバックに手を当て、指を擦り合わせる。

 

少し白く染まり馴染んだ指にフッと息を吹きかける。

 

余分な粉塵が飛ぶその様は、まるで粉雪。

太陽と反射して結晶のように輝くそれが、宙に消える。

 

 

俺は、右手を胸に当て目を瞑る。

そしてゆっくりと、息を吐き出した。

 

 

 

1つ1つと思って戦ってきた。

 

そもそも全国という舞台もそんなに経験が無かったし、こうして注目されることも無かった。

 

 

強い相手がいて。

というよりは、周りには強いチームしかいなくて。

 

巨摩大藤巻は強かった。

白龍も強かった。

 

それに負けないように、やってきた。

 

 

だから、頂点とかあまり考えている余裕はなかった。

 

 

 

 

ゆっくりと目を開け、帽子の鍔に手を触れる。

待っていたように声をかけてきたのは、頼れる4番で女房役の御幸だ。

 

 

「行けるか。」

 

「ああ。」

 

 

いつもの様に、確認。

 

 

「漸く、だな。ここまで来れたのは間違いなくお前の力があったからだ。ありがとう。」

 

「何だよいきなり、気持ち悪いな。」

 

「照れんなよ。感謝を伝えただけだろ。」

 

 

そういう負けフラグみたいなのやめてくれよ。

そんなことを思いながらも、敢えて口に出すことはない。

 

でもまあ、そうだな。

 

 

「俺もだ。お前がいたから、この舞台まで来れた。ありがとう。そんで、これからも宜しく。」

 

「ああ。」

 

 

2人でそう言い合い、そして笑う。

 

やはり改めてこういうことをすると、気持ち悪い。

それに何となく、照れてしまう。

 

 

「さて、と。最後の3人だけど。」

 

「そうだな。抑えられればなんでもいいんだが。」

 

「わーってるよ。お前も案外ええかっこしいなとこあるからな。」

 

「見返したときに、そっちの方が見栄えがいいだろ。」

 

 

2人で笑い、互いのグローブとミットを合わせる。

 

いつもと同じように。

そして、各々自分たちの場所へと着いた。

 

 

 

 

最後の回。

しかし待っていたかのように、ここからクリーンナップで始まる。

 

でも、やるべきことは変わらない。

 

 

まずは先頭、開田から。

緩急にも強く、器用なバッター。

 

そして、パワーがある。

 

 

まずは、外。

外角低めから高速で変化するツーシームを振らせて早速1ストライクを奪う。

 

やはり初球の外角低めを狙っていたか。

 

 

今度は、同じコースにストレート。

少し迷ったか、バットが遅れて出てファール。

 

 

2ストライク、追い込んだ。

 

 

遊び球を入れるのも悪くはないが。

それはまあ、らしくねえな。

 

 

強気に、それでいて丁寧に。

 

真っ向から…行く!

 

 

『空振り三振!3番の開田はインハイのクロスファイア!127km/hの快速球が唸りを上げます!』

 

 

「っし。」

 

まずは一つ目。

思わず小さくガッツポーズが出てしまう。

 

 

しかし気持ちを切り替える。

なんと言っても、次は4番。

 

エースで4番の川崎が、打席に入る。

 

 

(ここまで合ってないけど。)

 

(ハマったら怖いかな。)

 

 

山田と同じで、反射神経がいい。

それでいて、パワーも非常にある。

 

ここまで当たっていないが、間違いなくこのチームで注意しなくてはいけない打者の1人。

 

 

 

まずは外に決まる縦のカーブ。

これを振らせて1ストライクを取る。

 

2球目、インコースのストレート。

少しギアを上げ、胸元を抉るボール。

 

132km/h、これも手が出てしまい早くも2ストライク。

 

 

間を開けず、最後はツーシーム。

1打席目ストレートで三振を奪ったコースから、今度は変化するボールで空振り三振。

 

 

『落としてきた三振!4番を三球三振で仕留め、残り1人と言うところまで来ました!』

 

 

「っらあ!」

 

 

2アウト。

投げきり、右手を握りしめたと同時に、御幸がボールを投げ返す。

 

 

(まだ取っとけ。)

 

 

胸に手を当て、そうアピールする。

 

 

まだ終わっていない。

何があるか分からないこの高校野球。

 

打席に入るのは、山田と共に唯一ヒットを放っている5番の大西。

 

 

一度リセットをするように、深呼吸。

 

もう、大丈夫。

 

 

 

初球、インロー抉り込むカットボール。

これをファール、ストライクを取る。

 

2球目、外角低めのストレートで見逃し。

 

 

3球目、少し抜けたストレートが外角高めボールゾーンへ。

 

 

(緊張しすぎだろ。)

 

(すまん。とはいえ、流石に緊張するなという方が無理だろ。)

 

 

息を吐いて両肩を2回転。

サインに頷き、投げ込む。

 

先程の川崎を三振にとったものと同じようなツーシーム。

 

しかしこれは見逃されてカウント2-2と、並行カウントとなる。

 

 

 

 

 

まだ、行ける。

俺はまだ、強くなれる。

 

今の先へ。

限界の、その先へ。

 

 

『高く上がったー!ライト白州は定位置のまま、掴みました3アウトー!』

 

 

外角低めのストレート。

これを打ち上げライトフライ。

 

しっかりと最後は白州が掴み取って試合終了。

 

 

心地よい風が吹き抜ける中、照りつける太陽。

 

 

 

俺は我慢していた両腕を、上に突き上げた。

 

 

 

 

 

 



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エピソード141

 

 

 

 

 

 

 

『長い道のり、秋の都大会に引き続き高い総合力で激戦を制してきました。その中で悔しい思いをしながらも、チームを率いたエースが優勝へと導きました!青道高校、悲願の初優勝!』

 

 

審判のアウトコール。

それが響いた瞬間、エースは両腕を突き上げてマウンド上で吼える。

 

間もなく、駆け付けて抱きつく捕手御幸。

 

そして内野が、外野が駆け寄り歓喜の渦が生まれる。

 

 

『素晴らしいチーム、素晴らしいエース。強いチームを作り上げた片岡監督の瞳にも光るものがあります!』

 

 

現役時代、最後の最後で敗れた甲子園。

あと一つが届かなかった彼が、十数年の時を経て。

 

今度は監督として、叶わなかった夢に手が届いた。

 

 

 

七ヶ月前の夏、涙を飲んだ大会。

接戦の末に甲子園の夢が途絶えた前年、エース同士の死闘の末に大野は敗れた。

 

その王座奪還。

いや、悲願の甲子園のためにと稼働し始めた新チーム。

 

 

しかしその最中、エース大野が怪我。

理由は勤続疲労によるものであり、夏の大会からの長いイニング投げてきた分のツケが回ってきたのだ。

 

エースとしての責任感が強い彼だけに、全てを背負っていた時期でもあり、全身にかかっていた負担もかなりのものであったのだろう。

 

 

それをチーム全体が知ったからこそ。

チームのコンセプトは、「全員で勝つ」。

 

 

エースが抜けた穴を、投手は一年生の降谷と沢村が中心となって。

野手は主将の白州と4番の御幸が中心となって、チームを引っ張ってきた。

 

 

そしてそのテーマのもと戦った秋の大会は、まさに全員で勝った大会。

 

毎試合違う選手がヒーローとなり、それぞれがそれぞれの役割を果たしていき。

その末に、遂に秋大会を制して甲子園の切符を手に入れた。

 

 

そして遂にやってきた甲子園の舞台。

 

エース不在で勝ち抜いてきたこの青道に、エースが舞い戻る。

 

 

勤続疲労の怪我により、打者に専念していた大野が投手に復帰。

 

肘の怪我を防ぐためにより効率的に投げられるフォームに改良したこともあり、さらに力をつけて戻ってきた。

 

 

強い球と新たな武器。

高い回転数を誇るキレのある直球と、同速で鋭く大きく落ちるツーシームファスト。

そして、ジャイロ回転で伸び上がるカットボール。

 

質の高い高速変化球を武器に舞い戻ったエースは、やはり圧巻の投球を披露。

 

 

ただでさえエース無しで勝ち上がってきたこの青道に、世代を代表するエースが戻ってきた。

 

 

そんなこともあり、下馬評でも優勝候補と銘打たれていた。

 

迎えたセンバツ。

初戦から圧倒的な強さで、宝明に6−0で完勝。

 

さらに2回戦目は、秋大時にチームを支えた1年生ダブルエースが投げる。

 

降谷から沢村のリレーで1失点。

打線も初戦同様投手を攻略し、4−1で快勝。

 

 

そして準々決勝。

相手として立ち塞がるのは、夏の甲子園の覇者。

 

優勝候補として上がっていた青道と、もう一つの高校。

 

それがエース本郷を誇る、巨摩大藤巻だ。

 

 

世代最強クラス右腕2人の投げ合いは、案の定投手戦。

中盤まで全く試合の動かない展開で終盤戦を迎える。

 

最終盤、8回の裏。

 

4番の御幸と主将の白州の連続2ベースで得点を奪った。

 

 

最後は大野の疲労も加味して投手交代。

抑えのマウンドには、昨夏に守護神として起用されていた沢村が9回のマウンドへ。

 

そこからは彼の安定感のある投球で3者凡退。

緊迫した投手戦を制したのは、より高い完成度を誇っていた青道に軍配が上がった。

 

 

 

 

準々決勝ながら、優勝候補同士の一戦。

それもあり、今大会でも特にレベルの高い投手戦だった。

 

 

更に準決勝の白龍高校に対しても、圧巻の勝負強さ。

 

決勝に向けて、エース大野を温存。

先発の降谷が白龍持ち前の機動力に翻弄されて先制点を奪われてしまうが、中盤以降は安定した投球を披露する。

 

 

そして終盤、リリーフ投手の東条の登板から流れが変わる。

 

軟投派の彼が流れを作る三者凡退のピッチングで弾みをつけると、2年生の金丸の決勝タイムリーで逆転。

 

同級生2人の強気な姿勢が功を奏し、この準決勝も4-2と辛くも勝利を収める。

 

 

 

そして、決勝。

プロ注目の川崎と、天才山田が率いる大阪の清正社との対戦。

 

準決勝は乱打戦を清正社に対して、準々決勝から休息を取っていたエース大野の対決。

 

 

本郷との投げ合い時ほどではなかったが好調の大野が、清正社打線を完璧に抑え込む。

 

対する川崎も一巡目こそ完璧な投球を見せたが、二巡目。

 

4番の御幸が甲子園初アーチとなる3ランホームランを放ち、この試合でも攻撃力を示す。

 

 

大野は山田にこそ終盤に一発を浴びてしまうが、それ以外は失点を許さない。

 

 

 

最後まで投げきったエースが、ここまで封印していたガッツポーズを遂に解禁し、甲子園の頂点へと立ったのだ。

 

 

 

『素晴らしいピッチングでした、今のお気持ちは?』

 

『ええ、最高です。はい。最高ですね。』

 

 

試合後のインタビューで、笑顔でそう答える大野。

 

その整った顔立ちと美しい銀髪、そして綺麗な青色の瞳がまるで絵本の中の人だと、密かに話題になっている。

 

 

しかしまあ、本人は知らない。

 

 

『7年ぶりの出場で悲願の甲子園初優勝、素晴らしい結果になりましたね。』

 

『本当ですね。監督を胴上げできて、僕も嬉しい限りです。』

 

 

因みに大野の他にも、各所で質問をされている男たちがいる。

 

主将の白州と、ホームランを放った4番の御幸。

そして、今名前が上がった監督の片岡である。

 

 

『印象に残った試合はありましたか?』

 

『そりゃ、全部ですよ。強いて言えば本郷くんと投げた試合ですかね。彼の投げる球が凄かったから、こっちも頑張らなきゃなって思いました。』

 

 

『その本郷くんに投げ勝ったのだから、すごいものだよね。』

 

『…まあ、打ってくれましたからね。あの絶好調の本郷を打てたんですから、間違いなくあの2人は日本トップクラスのバッターだって思いましたよ、正直。』

 

 

4番の御幸と、さらにそれを返した白州。

彼らの土壇場でのあの集中力は、光るものがあった。

 

 

『やっぱり次の目標は、甲子園の春夏連覇ですか?』

 

 

とある記者の質問。

それを聞いて大野は、少し笑って答えた。

 

 

『そうですね、でもその前に…』

 

 

そして、言葉を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稲城実業、ロッカールーム。

 

室内にあるこのテレビ前で、1人の少年はポケットに手を入れながらその画面に目を向けていた。

 

 

 

画面の中には、同世代の一人の投手。

昨年の夏に負かした、同い年の最強の右腕。

 

その姿を見て少年は、フッと笑う。

 

 

(嬉しそーな顔。)

 

 

甲子園という舞台。

全国の高校球児が憧れるその舞台で、頂点になったのだ。

 

嬉しくないはずがない。

 

 

そして自分が届かなかった場所なのだ。

嬉しくなくては、困る。

 

 

 

インタビューの終盤、テレビを消そうとしたところで、少し止まる。

そして彼が最後に言った言葉に、成宮はまた笑った。

 

 

『まだやり残したことがあります。まだ勝っていない相手がいるんで、そいつに勝ってからまた考えたいと思います。』

 

 

笑顔でそういう画面内の大野に。

成宮は笑って、言った。

 

 

「カッコつけやがって、くそ。」

 

 

そしてテレビを消し、踵を返す。

するとタイミングよく、女房役である多田野がロッカールームに入ってきた。

 

 

「そろそろ行きますよ、鳴さん。」

 

「わーってるっての。強くなんなきゃいけねーってさ。」

 

 

そして勢いよく、グラウンドへ向けて走り出す。

 

 

「気づいたら、あいつは俺の知らねーとこまで行っちまったな。」

 

 

春のセンバツとはいえ、甲子園優勝。

その頂点に立つことの難しさを知っているからこそ。

 

成宮は、大野に対する認識が少し変わっていた。

 

 

ライバル、同じ立場から。

今は、相手が。

 

大野が、王なのだ。

 

 

「樹!」

 

「なんですか、鳴さん。」

 

「今度は俺たちが挑戦者だな!」

 

 

進化を遂げたもう1人のエースが、またその名を轟かせる日は、そう遠くない。

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード142

 

 

 

 

 

 

 

 

春の甲子園であるセンバツを優勝という最高の形で終えた俺たち青道高校。

 

全日程、そして閉会式を終えた俺たちは、東京へ凱旋した。

 

 

 

のだが…

 

 

「人、多すぎじゃね?」

 

 

学校に戻って早々、まあ人が多い。

 

それこそ歩くのすら大変なくらいに。

 

それだけ注目されていたといえば野球選手冥利に尽きるのだが、とはいえ限度がある。

 

 

「仕方ねーだろ。」

 

「悪いとは言っていないだろ。」

 

 

元々目立つのは嫌いでは無いが、支障が出るとな。

正直疲れてるし、早く休みたいところではある。

 

 

「大野ー!ナイスピッチングだったぞ!」

 

「夏輝くーん!」

 

 

「ありがとう。」

 

手を挙げて、応える。

早く帰りたいなぁとも思いつつ、こうして自分が注目されているというのは悪い気はしなかった。

 

 

「すごい人気ですね、夏輝先輩。男女問わずすごい人数ですよ。」

 

「ああ、俺は御幸のようにイケメンじゃないんだがな。」

 

 

やはり先発は華があるというわけか。

身長も大してない俺でもここまで女子が来てくれるのだから。

 

自分で言うのもアレだが、御幸や降谷といったイケメンコンビに比べると、劣る自覚はある。

 

 

そう続けると、金丸がため息混じりに言った。

 

 

「よく言いますよ、夏輝先輩もすげえイケメンだってもっぱら話題になってますよ。」

 

「まさか。」

 

「綺麗な顔立ちで綺麗な髪と瞳が相まって人形みたいだって。」

 

「それは褒められているのか。」

 

 

ため息をつきながら、俺はベッドに寝転ぶ。

 

まあ、イケメンと言われて悪い気はしない。

と言うよりむしろ、嬉しいと思う。

 

 

にしても疲れたな。

 

1週間とちょっと、丸々甲子園の近くのホテルにいたから。

慣れないところでの生活というのもあってか、少し新鮮な気持ちにはなった。

 

というより、少し浮ついたかな。

 

少し遅めの修学旅行というか。

こういうのもどうかと思うのだが、休みの日や夜なんかはやっぱり舞い上がった。

 

 

でも、普段慣れているところと違って疲れは蓄積される。

終わってから、ようやく疲れがどっときた。

 

 

「金丸もゆっくり休みな。練習も大事だが、お前も体に疲労が溜まってるだろうし。休むのもまた、いいパフォーマンスをするために必要なことだからな。」

 

 

俺たち投手陣はもちろんそうだが、フルイニングで戦っている野手もまたかなり疲れが溜まっている。

 

内野は慣れない土のグラウンドで、神宮とはまた違った環境下である。

ゴロはイレギュラーしやすく、人が多いから熱気も停滞しやすい。

 

何より、全国大会という緊張感。

 

心身ともにかなり疲れが溜まっているはずだ。

 

 

金丸も自主練をしたい気持ちがあると思うが、我慢も必要。

 

疲れたところで練習しても質を上がりにくいし、怪我にも繋がる。

彼もまた、自分が思った以上に疲れが溜まっている。

 

 

「今日くらいはゆっくりしな。明日も休みなんだから、自主練は明日以降で大丈夫だと思うぞ。」

 

「そうですかね。言われてみれば体重いかも。」

 

「連戦だったしな。たまの休みだし、俺も休む。」

 

 

そうしてベッドに入り、俺は息をはく。

 

金丸に言った通り、たまの休みだ。

ゆっくり休もうと思い、目を瞑る。

 

 

いろいろなことがあったな、センバツは。

カットボールはかなり通用したし、チェンジアップも意外と使えた。

 

 

足のイメージだったが美馬はかなり上手かった。

山田から喰らった一発は正直圧巻だった。

円城も、あのシャープのスイングはすごかった。

 

何より、本郷。

あの闘気というか、覇気は他の人間とはまた違ったものだった。

 

新たなライバルというか、俺のもう一つ目標になったかな。

 

 

また、あいつと投げ合いたいな。

 

あいつと投げていると、俺もまた頑張ろうと思える。

負けたくないから、すごい相手に勝ちたいから。

 

元来というか、俺はそういう性格らしい。

 

 

感覚的にはそうだな、成宮と投げ合った時に近かった。

同い年で幼い頃から目標にしていたから感覚としては若干違うんだけど。

 

 

それにまだ足りないものもあった。

 

山田に打たれたのは、インハイのボール球。

そこのコースに強いボールが投げきれなかった。

 

球威はもちろんだが、角度の作りにくい高めはやはり痛打されやすい。

特に俺のように軽い球の選手は。

 

 

それに、力配分。

フォームを変えてからまだ上手く力が抜けきれていない感じがある。

 

夏に比べても、疲れが早く溜まる感覚があったな。

 

 

巨摩大藤巻との試合でも、途中から少しコントロールが乱れたし。

やはり、ギアの入れ替えや力配分は考え直したほうがいいかな。

 

 

でも、通用したことも多かった。

 

 

どうやら制球力は全国でも自慢できるらしい。

かなり褒められることが多かった。

 

 

あとは変化球とストレートの投げ分け。

カーブとチェンジアップの緩い球と速いボールの緩急。

 

低めのコースからストレートとツーシーム、高めのカットボールで三振を奪う投球は俺としてもかなり通用したと思う。

 

 

 

 

明日からまたやるべきことはたくさんだな。

 

次はもう、最後の夏の大会。

そこまでは時間があるようで、たったの三ヶ月しかない。

 

 

できることは限られているが、やれることもやるべきこともまだある。

 

 

これからはラストスパート。

忙しくなるな、これからは。

 

 

 

だからこそ、今日はゆっくり休もう。

 

そうしよう。

 

 

 

 

と、思ってきた頃。

 

 

「夏輝さん!今よろしいでしょうか!」

 

「俺ならいないぞ。」

 

「なんですって!いないのに声がするわけないじゃないですか!」

 

 

おっしゃる通りで。

ため息をつき、ゆっくり体を起こす。

 

沢村のやかましい声に起こされた俺は、降谷と沢村の反省会に付き合わされるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード143

 

 

 

 

 

 

こんにちは、大野夏輝だよ。

センバツから帰ってきて次の日、ようやくゆっくりできた。

 

しかし、落ち着いたのも束の間。

 

 

季節は春。

別れの春であり、出会いの春。

 

ついに新たな戦力が加わる。

 

 

「今日だっけか、新しい子来るの。」

 

「ええ、確か。センバツあったから遅くなりましたけど。」

 

 

例年なら3月中に合流するのだが、今年に関しては選抜で首脳陣が出ていっていたため新入生も遅れて入ってきた。

 

金丸がいうには、夕方から合流らしい。

まあ今日はオフだし、ゆっくり準備するか。

 

 

いつものルーティンであるランニングとストレッチを終え、バッティングに取り組む。

 

今日はノースローだから、打撃練習。

金丸や東条、白州らと自主練をしているとあっという間に時間が過ぎていった。

 

 

「おっと金丸、そろそろ時間だな。俺たちは準備しに戻るぞ。」

 

「あっ、はい。」

 

 

折角夢を持ってこの寮に入ってくるのだ。

迎え入れる側の俺たちとて、しっかり準備をしなければ失礼にあたるだろう。

 

 

「名前なんだっけ。」

 

「大京シニアの瀬戸ですね。足が早くて走塁技術がいいって噂ですよ。」

 

「詳しいね。」

 

「夏輝先輩が疎すぎるだけっすよ…。」

 

 

そんなもんか。

まあ確かに、シニアの情勢とかあんまり興味ないし。

 

新入生の情報なんて本人から聞けばいいし。

 

 

そう考えると、クリス先輩の存在って大きかったな。

 

それこそ俺もクリス先輩に聞くまでは金丸のこと知らなかったし。

 

 

瀬戸ね。

足が速くて尚且つ技術もあるってなると、倉持のタイプだよな。

 

どうしよう尖ってる子が来たら。

 

 

「ヒャッハーとかいうやつだったら困るな。」

 

「ないと思います…。」

 

 

眉間を押さえながら俺が顔を俯くと、金丸が溜め息混じりにそうツッコミを入れてくる。

 

おっしゃる通りである。

 

 

そんなやりとりをしていると、ついに扉をノックする音が響く。

ついに来たか。

 

 

「今日からお世話になります、瀬戸拓馬っす!よろしくお願いします!」

 

 

あら、まともな子。

上背はそんなにないかな、それにまだ線は細い。

 

メガネでタレ目が特徴的だな。

 

 

「おう、よろしく。俺は2年の金丸、とりあえず荷物置いて座れよ。」

 

「はい、ありがとうございます。」

 

 

荷物を置き、床に座る瀬戸。

それを確認して、俺も飲み物を用意してその場に出した。

 

 

「まあ、楽にしなよ。一応、自己紹介してく?」

 

「そうっすね。改めて、2年の金丸信二。ポジションはサードだ、よろしく。」

 

 

すると軽く会釈をする瀬戸。

それを見て、俺も咳払いをして話し始める。

 

 

「3年の大野夏輝、ポジションはピッチャー兼センターやってます。」

 

 

よろしくと小さく礼をする。

 

 

「わかる通り、このチームのエースだな。」

 

「知ってます。センバツの時と前の夏大のピッチングは本当にすごかったです。」

 

「お、知ってくれてんの。」

 

 

流石に全国まで行くと知名度も高くなるのか。

覚えてもらえるってのも中々ないから、嬉しいもんだ。

 

そういえば高島先生も今年は特にスカウトが楽だって言ってたな。

 

 

知名度も出てきたからか、やはり他県からもきてくれる選手が多かったらしい。

 

 

「ちなみに歓迎会とかはやらないよ、明日も早いし。」

 

 

金丸がそう言うと、瀬戸が頷いて前に出されたコップに口をつける。

 

毎年のことながら、明日は新入生の挨拶や身体測定など中々やることが多いため、朝が早い。

あんまりはしゃいで遅くなるのも悪いし、早めに休むのが吉と見ている。

 

 

実際、遅れている人間がいるからな。

 

昨年歓迎会をやった倉持の部屋は、見事に沢村が寝坊した。

 

 

「そういえば、大京シニアからもう1人来てるんだろ?」

 

 

オレンジジュースで喉を潤し、金丸がそう質問する。

 

大京シニアというのは、どうやら神奈川のシニアらしい。

どうりで知らないと思っていたが、近辺の強豪校ではなくこちらまでくることはかなり珍しいらしい。

 

確かに俺も、大京シニア出身のチームメイトは聞いたことなかったかな。

 

 

「ええ。奥村ってキャッチャーなんですけど。」

 

 

瀬戸がそういうと、俺はコップを口元から離す。

 

 

「奥村でキャッチャー、確か一也の部屋だったかな。」

 

「御幸先輩と同じ部屋なんすね。」

 

 

へえ、それは面白いな。

 

前評判ではかなりクレバーなキャッチャーだって聞くし。

気が合うとは安易に考えられないが、上手くやるだろう。

 

 

「あいつも大野先輩のボールを受けてみたいって言ってましたよ。」

 

「期待しすぎだろ。」

 

 

そうしてすぐに休むように促す。

 

明日も早いし。

何より瀬戸も、慣れないところでの生活になる。

 

早めに休んで、明日に備えるべきだと思う。

 

 

 

 

瀬戸か。

かなり丸い子ではあるけど、性能的には尖ってそうだな。

 

いやまあ、そういう方が戦力にはなりやすい。

 

 

さーて、他にはどんな子来るんだろうな。

 

そんな期待を胸に、俺も眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

まだ霧が晴れないこの明け方に、それぞれ一年生が挨拶をしていく。

 

 

「矢澤中学出身、鈴木陽平です!ポジションは外野全般です!」

 

 

元気、まさにフレッシュ。

そんな彼らの挨拶を聞いていると、一躍存在感を放つ彼が口を開いた。

 

 

「赤堂中学出身、結城将司。可能性を狭めたくないのでポジションは全て希望します。」

 

 

結城。

みなさまお察しの通り、前主将の哲さんの弟である。

 

彼以上に身長があり、身体の厚みもすごい。

飛ばす力でいえばおそらく、哲さん以上だろう。

 

 

まあ、あの人はどちらかというとアベレージヒッターだったからな。

 

技術とパワー、そしてメンタル全てが良かった。

 

 

「高校野球はあくまで通過点。将来的にはメジャーで活躍する選手になりたいと思います。」

 

 

ほう、でかいことを言う。

身体だけでなく、言うこともまたスケールが大きいな。

 

中学時代もずっと四番。

 

意識も高くスケールがデカいと、哲さんも言っていた。

 

 

 

あとは、あれか。

 

「間宮シニア出身、由井薫!小中とキャッチャーとしてやってきたので、キャッチャー以外は考えられません!」

 

 

小学生のリトル時代、世界大会では主将として代表を引っ張ってきた実績があるキャッチャー。

中学時代も強豪間宮シニアにて不動の正捕手として活躍してきた。

 

身長はないな。

かなり小柄な部類だが、下半身は結構大きい。

 

広角にも強い打球が打てると言う前評判にも頷ける。

 

 

「案外小さいんだな。」

 

「まあな。しかし体格は言い訳にはならん。本人もわかっててここまできたんだろ。」

 

「お前が言うと妙に納得できるわ。」

 

「うるさい。」

 

 

 

横にいる御幸とそんなやりとりをしながら、一年生の挨拶に目を戻す。

 

すると我が部屋の期待の新星、瀬戸の挨拶が終わったタイミングであった。

 

 

 

「大京シニア出身、奥村光舟。希望ポジションはキャッチャー。憧れの選手とかは特にいないです。」

 

 

綺麗な白髪に、鋭い目つき。

なるほど、あれが瀬戸の言ってた奥村か。

 

 

しかしまあ、面白い刺激にはなるはずだ。

 

即戦力とは言わんが、おそらくいい影響をもたらしてくれるだろう。

 

 

「奥村、お前と同じ部屋だったろ。どうだった。」

 

 

御幸に俺がそう聞くと、なぜか嬉しそうに笑って答えた。

 

 

「中々生意気なやつだったぜ。さっさとレギュラーキャッチャー奪ってやるってさ。」

 

「嬉しそうな意味がわからないが、まあいい影響を及ぼすならいいか。」

 

 

確かに競争相手がいるというのは、彼にとってはかなり久しぶりなことだったか。

 

小野はそもそも俺のツーシームを取れないから使われることはあまりないし、狩場はそもそもベンチ入りすらしていない。

 

 

そう考えると、実績のある2人のキャッチャーの加入は御幸にとっても。

あとは投手陣にとっても、かなりいい影響を及ぼすはずだ。

 

これまで俺や御幸が引っ張ってきたものを、今度は後輩を引っ張っていく立場に変わっていく。

 

 

特に沢村や降谷、東条にとってはいい経験になるはずだ。

 

 

 

(そうか、もう次の世代のことを考える時期か。)

 

 

そんなことを内心で思いながら、俺は新入生たちの挨拶を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード144

 

 

 

 

 

新入生が入学、新戦力が加入して間も無くのこと。

センバツ終了からまだ1週間程度しか経っていない中、春大が始まる。

 

ようやく落ち着いてきた頃、このタイミングの大会。

中々厳しいところはあるが、やるしかあるまい。

 

 

対戦相手は、永源高校。

最速140キロのストレートを投げるエース率いるチーム。

 

 

 

さて、そんな今日の試合で先発するのは、この男。

 

 

「ガンガン打たせていくんで、バックの皆さん、よろしくお願いします!」

 

 

本来というか、基本的に大会の初戦の先発は俺が任されることが多いのだが、今回はセンバツ決勝で俺が投げたこともあり登板回避をした。

 

沢村もセンバツで登板した際にかなり通用していたのもあり、安定感を評価されてこの試合を任されたのだろう。

 

 

というわけで、今日はセンターの守りに入った。

 

 

「らしくいけよ沢村!」

 

「気楽にいけよー!」

 

「ヒャッハー!打たせてこいよ沢村!」

 

 

守備の声を一身に背負い、沢村が深呼吸をする。

 

 

 

この起用に応えるように、沢村が快投を見せる。

 

初回からフォアボールでランナーを出してしまうが、最速138キロのストレートとムービングファストでテンポよくアウトを奪っていく。

 

 

打線も甲子園の経験からかつながりを見せる。

 

初回からいきなり御幸のホームランで4点を奪うと、その後もしっかり得点を重ねていく。

 

 

4回までに奪った得点は12点。

 

援護を受けた沢村はさらにギアを上げる。

 

 

チェンジアップとストレート、そして手元で動くムービングを巧みに操り。

そして最後は、カットボール改で決める。

 

決め球を上手く制球。

そしてインサイドアウトサイドに投げ分けて、相手にマトを絞らせない投球で4回をノーヒットに抑える。

 

 

この5回の表を抑えることができればコールドという場面。

 

ここで監督から、声をかけられる。

 

 

「最後はエースであるお前が締めてこい。」

 

 

抑えとして、俺がマウンドへと送られる。

 

センバツから戻ってきて初のマウンド。

調子の確認も兼ねて、きっと送り出してくれたのだろう。

 

 

「どうする、夏輝。」

 

「最優先は確認だ。とはいえ、相手に敬意を払わなくては失礼というものだ。全力で応えよう。」

 

「OK。ツーシームは使っていく。一回だけだ、出力上げていけよ。」

 

 

御幸の指示に、俺が頷く。

そうして差し出された左手に、自分の左手を当てた。

 

やるべきこと。

 

しっかり、やり切る。

 

 

疲れは、大丈夫。

だと思う。

 

だいぶ休ませながら使ってくれたから。

 

 

 

(まずは、アウトローのストレート。)

 

 

初球、要求されたコースは外角低め。

 

最も痛打されにくいコースであり、最も打者が目測を謝りやすいコース。

できるだけ勢いのあるボールを、このコースに。

 

ノーワインドアップから、全身を三塁ベース側に捻転。

そこからさらに腰を捻り込み、トルネード。

 

全身の捻転の力とバネ、限界地で静止し力を貯める。

 

 

下半身、腰、広背筋。

大きな筋肉をそれぞれ集約し、指先へ。

 

その力を込めた一球を、放った。

 

 

 

投げ込まれたボールは外角低め一杯。

御幸が構えたコースのドンピシャ、寸分違わず決まった。

 

審判の右手は、上がった。

 

 

(手は、出さないか。)

 

(ってよりは、手が出なかったかんじだな。)

 

 

2球目、同じコースで少し外れているボール。

しかしさっきのボールに手が出なかった為か、手を出してしまう。

 

見逃しとファールで追い込んだ。

 

 

(何で行こうか。)

 

(まずはストレートの調子が見たい。”決める真っ直ぐ”で来い。)

 

 

指定されたのは、ギアを上げた決め球として使うストレート。

コースはやはり、外角の低め。

 

目標としては、手を出させないこと。

 

 

反応させる間も無く、ストライクコールを聞く。

 

 

狙ったコースは、1球目と同じ場所。

ギリギリのコースに、キメに行く。

 

 

「っし!」

 

 

最後は空振りの三振。

外角低め、少しうちに入ったボールにだったがこれについてこれず、空振り三振に喫する。

 

 

(うーん、目論見とは少し外れたけど。)

 

(やっぱりまだ、ギアを入れると制御し切れないかな。)

 

 

調子がいい時に関しては、最大出力でもピンコースにコマンドできるのだが、普段はやはりずれてしまう。

 

それこそフォーム改造してからアーム投げを若干取り入れたため、力を入れた際の制球は若干落ちている。

まあ、御幸も気にするほどじゃないとは言っていたのだが。

 

 

 

2人目の打者に対して。

ここでは、ストレートとツーシーム、そしてカットの投げ分け。

 

速いボールの投げ分けで、ストレートを視認させない。

 

 

初球、外からバックドアのツーシーム。

これが綺麗に決まるが、コールは鳴らずにボール判定。

 

 

(おっと。)

 

(沢村のカットボール改も、バックドアで取ってくれなかったからな。今日の審判は、入ってくるボールには結構厳しい。)

 

(ってことは、ゾーンから外れる球で行くか。)

 

 

外から入る球が厳しいとなれば、ゾーン内からボールに逃げる球。

 

見逃すボールから、空振りを誘うボールにシフトする。

 

 

次は高め、インハイのストレート。

これを振らせて1−1。

 

今度は同じ軸から、外に逃げるジャイロ回転のカットボール。

 

 

ほぼストレートと同じ軌道。

 

そこから吹き上がるように、スライダー方向に真横に変化する高速変化球で空振り。

 

 

(本当に思ったように振ってくれるなあ。)

 

(まあ、普通の選手じゃこうなるわな。)

 

 

 

カウントは1−2。

追い込んだのは、俺たちバッテリー側。

 

 

決め球は、低めから振らせるツーシーム。

 

ストライクからボールに逃げるこの変化球で投げ込みにいくも、これを見逃されて平行カウントとなる。

 

 

(見逃した、って感じではないな。)

 

(だな。)

 

 

これは見逃された、というよりは手が出なかったという感じか。

 

となれば、わざわざ捻りを加える必要はない。

 

 

 

最後はストレート。

インコース低め、膝下に決まるボールで見逃しの三振で終わった。

 

首を傾げて走るバッターを横目で見送り、俺は打席から一度背を向ける。

 

 

「ツーアウト!」

 

 

手を挙げて、アウトカウントを確認。

それに合わせて、バックも声をかける。

 

 

最後のバッターは、8番ピッチャー。

 

ここまで少しばかりの誤差はありながら、思惑通りにはなってくれている。

あとはそうだな、他の変化も試しておきたい。

 

 

チェンジアップと、カーブ。

さっきの打席で速い変化球で三振を奪ってきた。

 

この打席では、緩急。

 

速いボールと緩い変化でどこまでやれるか。

 

 

感触的にも甲子園でかなり通用したと思うこの二つの変化球を使っていく。

 

 

(さて、決め球はカーブで行くか。)

 

(了解。)

 

 

最初は、いきなりチェンジアップ。

速球狙いだったのか、完全に崩された打者は空振り。

 

 

(思っていたよりしっかりストレート狙いだな。)

 

 

本当はこういう打者にはツーシームとかで三振をとりに行きたいのだが。

 

まあ、試したいのはカーブとチェンジアップ。

となればそれを生かすストレートを一度見せておきたい。

 

 

2球目、高めストレート。

ボール球だが、バットが出てしまいファール。

 

 

3球目、前の一球よりギアを上げたストレート。

これが少し甘めのコースに入るが、前に飛ばずファールとなる。

 

 

(今のは打ち損じだな。またズレた、すまん。)

 

(許容範囲。まあこれで空振りが取れないあたり、正直疲れは取りきれてないかな。もしくは調子が上がり切っていないか。)

 

 

全開ではない、ということか。

たしかに感覚的にも、少し鈍い感じはしていた。

 

特に制球が安定していない。

 

 

まあ大荒れというわけではない。

コマンドでぴたりと決まらないだけで。

 

まあ確実に言えるのは、甲子園の時ほどの調子ではないということか。

 

 

(初戦でそれがわかっただけでも儲け物か。)

 

 

変化球が現状どれだけ通用するかは、正直このレベルだとあまり当てにならなかった。

だから現状の自分の状態を公式戦で実際に投げて確認できたのは良かったかな。

 

 

最後のサインに頷き、モーションに入る。

先ほどのストレートと同じようなコースから変化する縦のカーブ。

 

速球にタイミングが合っていた打者は完全に崩され、空振りの三振。

 

 

甲子園からの凱旋初登板は、三者連続三振で終え、同時に青道高校は春の東京都大会で4回戦目へと駒を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、また別の地点にて。

 

 

 

『ここはエースの真田、縦に落ちるツーシームでセカンドゴロ!薬師高校、甲子園からの凱旋初試合はなんと18得点で大量得点でその攻撃力を見せつけました!』

 

 

『空振り三振!最後は大きく曲がる縦のスライダーで切り捨てましたマウンド上の天久!』

 

 

『カーブ空振り三振!真木が最後まで投げ切り、仙泉3回戦進出!』

 

 

『最後は速いボールで三振!成宮鳴、最後は148キロ直球で捩じ伏せました!』

 

 

 

 

東京各所にて、それぞれのエースが躍動していた。

 

 

 

 

 

 



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エピソード145




意味もなく、改変をしたくなる。





 

 

 

 

 

4回戦目。

対戦相手は、国土館高校。

 

昨年は、クリス先輩のライバルでもある財前さんが所属していた高校だ。

 

 

昨年同様、やはり勢いは健在であり、エースを温存させた前の試合でも7−8の乱打戦の末に勝利した。

 

財前さんの後を継いでエースとなった松本は、最速140キロのストレートとフォーク、カットボールとスライダーと多彩な変化球でゴロを打たせるピッチャー。

 

 

特に真っ直ぐ。

回転数が多くキレがあるストレートは、体感速度も非常に速く感じるだろう。

 

 

 

対する先発は、俺。

まあ前回の登板から予告されていたようなもんだし。

 

スタメンもほぼほぼ変わりなし。

 

俺がセンターで入っていたところに東条が入り、不調の前園のところに山口が入る。

 

 

「さて、今日はどうするか。」

 

「調子は前回登板で確認できた。これ以上手の内を見せる必要もない。」

 

 

俺がそういうと、御幸もまた同じ意見だったようで、同調するように頷いた。

 

 

「ツーシームとカットは封印な。真っ直ぐとカーブ、チェンジアップを決め球に。カウント球でスライダーとスプリットも使っていこう。」

 

 

前2球種に関しては同意だが、スライダーとスプリットも使うのか。

そう思っていたのが御幸にも悟られたのか、付け加えるように続けた。

 

 

「今日使ってみて、どこまで使えるか試したい。それに、幅が広がるに越したことはないからな。」

 

「それは、確かに。」

 

 

捻りが大きいぶん肘に負担の掛かりやすいツーシームとカットに比べれば、ある程度負担の少ない球種たち。

 

これがどこまで使えて、どこから使えないか。

それを、ある種取捨選択するようなもの。

 

 

「失点は覚悟しろよ。ウイニングボール二つ使ってねーんんだから。」

 

「そうはいかない、いかなる状況でも負けない投球をするのが、エースだ。」

 

「頑固者だなあ。俺らが点とるんだから負けねーよバカ。」

 

 

そう言って、彼はミットをはめた左手を前に出す。

 

頷いて、俺は自分の左手をそのミットに軽く当てた。

 

 

 

相手は勢いのある打線。

まずは上位を押さえ込んで、勢いを止める。

 

先頭打者が打席に入り、確認して息を吐く。

 

 

初球、大事に。

ますは厳しいコースで、相手に様子を「見てもらう」。

 

 

どちらかというと、カウントをとる制球重視の直球。

 

 

外角低めストレート。

118キロの直球が際どいコースギリギリに決まり、1ストライク。

 

2球目も同じコース、121キロのストレート。

これも見逃し、2ストライクとテンポよく追い込んだ。

 

 

3球目、今度は少し外しているボール。

同じようなコースから少しだけ外にズラしたボールゾーンに投げ込み、1ボールとなる。

 

 

(決めに行くか。)

 

 

一つ息を吐き、縫い目に指をかける。

グッと、力を込める。

 

アップの時は、悪くなかった。

 

 

(多少ズレていい。外に空振りを奪うボールで来い。)

 

(OK。)

 

 

さっきまでは、カウントをとるストレート。

要は、相手が手を出したくないと思うような際どいコースに完璧に決まる投げていた。

 

ここでギアチェンジ。

 

制球よりも、威力を意識したボールで、空振りを奪いにいきたい。

 

 

 

 

モーションから、指先一点集中。

引っ掛ける寸前、最も指に力が入るタイミングでボールを弾く。

 

 

(…ここ!)

 

 

スピンのかかったストレートは、外角へ。

先程とほぼ同じコースに進んでいく。

 

相手も追い込まれているため、タイミングを合わせてバットを出す。

 

 

しかしそのバットが、白球に当たることは無い。

 

振り遅れたバットは、白球の遥か下を通過した。

 

 

『空振りの三振!外角低め、132km/hのストレートが唸りをあげます!』

 

 

ポトリと落ちる帽子。

その背中に描かれた数字を見せつけるように、俺は勢いのまま半回転。

 

それは大野夏輝による、圧巻の投球の幕開けを宣言するものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『空振りの三振!外角の低め、132㎞/hのストレートが唸りを上げます!』

 

 

先頭打者である荒木が見たそれは、まさに圧巻であった。

 

 

追い込まれるまで投げられたボールは、厳しいながらも正直言って打てないボールではないと思っていた。

 

球速にしても120キロ前後と、お世辞にも速いとは言えない。

しかし最後のボールは、はっきり言って今まで見たことのないような勢いとキレのボールであった。

 

 

それもそのはず。

大野と御幸のバッテリーが、追い込むまでに投げ込んでいたボールは完全にコントロール重視のボール。

 

ギアとしては、7割くらいの力加減で投げていた。

 

 

しかし追い込んだ最後のボールは、完全に三振を奪いに行った威力重視のボール。

 

 

追い込んで勝負をかけに行く前のボールと、決め球である意味「緩急」を作っていたのだ。

 

 

 

「綺麗な真っ直ぐで、ガンガン押してくる。」

 

 

次に入る打者に耳打ちし、すれ違う。

 

130キロとはいえ、実際の体感速度はかなり速い。

となればしっかり直球待ちで行くしかない。

 

幸いこのバッテリーは、初回のうちはストレートでほぼほぼ押していくことが多い。

 

 

基本的にストレートで追い込んで、最後はキレのある変化球で三振をとるというのが1番多い攻め方。

今日の立ち上がりを見てみても、おそらくストレートを軸にくるはずだ。

 

そう自分に言い聞かせ、2番である稲田は打席に入った。

 

 

(綺麗な真っ直ぐでガンガン攻めてくる…。)

 

 

トルネード投法という、腰を大きく捻転させる独特なフォーム。

そこから若干アーム気味で投げ込まれる。

 

 

(綺麗な速い真っ直…)

 

 

バットを振るも、ボールは全く届かない。

完全に崩されながら振ってしまい、チェンジアップに空振り。

 

 

ストレート狙いの稲田に対し、2球目。

 

再びチェンジアップ。

 

 

ストレートで押してくる投手だけに、まさか2球連続でチェンジアップがくるとは思わず、ファール。

 

 

(ストレートで決めに来るのか?それともツーシームか?例の高速スライダー?)

 

 

彼が追い込んでから投げる割合としては、多くはツーシーム。

次いでストレート、そして最近になって投げ始めたのは高速で浮き上がる軌道のスライダー系のボールである。

 

となると、ここで投げ込んでくるのはこのどれか。

 

 

しかし、迷ったが最後。

 

ここまで2球、チェンジアップで完全に遅い球に目が慣れてしまった。

外2球で追い込まれ、狙い球も絞りきれていない。

 

 

「っ!」

 

 

最後はインコース高めのストレート。

 

緩いボールに完全になれてしまっていたため、ストレートに着いていけず空振りの三振に喫する。

 

 

 

 

そして、最後のバッターは3番投手の松本。

昨年のこのチームの柱が財前さんだったように、投打の要であるのがこの松本である。

 

速いボールとパンチ力のある打撃。

 

 

(さてと。たまにはこんなことしてみるか。)

 

(珍しいな、甘いコースは。)

 

 

まずは外角低め、少し甘いコース。

これを見送り、まずは1ストライク。

 

 

2球目、今度は初球よりもわずかに外にずれたボール。

 

これもギリギリコースに入り、2ストライクと追い込んだ。

 

 

 

3球目。

 

 

(決まったら気持ちいいだろうが、流石に外れていないか?)

 

(大丈夫。俺を信じて、投げ込んでこい。)

 

 

最後はさらに外にずれたボール。

ストライクかボールか、どちらに取られてもおかしくないボール。

 

はっきり言って、審判も判定に迷うコースである。

 

そこである種、判断材料になったのは、バッテリーの特徴。

 

 

完璧に静止したミット。

そして、3球勝負が多い、制球が安定している大野。

 

ここも、ギリギリのコースに決まっている。

 

些細なことが、この際どいコースを決める差を生んだ。

 

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

 

審判のコールに、項垂れる松本。

明らかに不服そうな表情を浮かべているのは、それだけ際どいコースだったから。

 

その姿を見つめながら、、ゆっくりとマウンドを降りた大野に、御幸はかけよった。

 

 

もちろん、悪い顔をして。

 

 

「どうだ、審判も掌握してる感じで気持ちよかったろ。」

 

「まあ、嫌ではない。」

 

 

圧巻のストレートでの3球勝負。

外角低めに3球続けて、国土館の主軸に全くバットを振らせない完全に押さえ込むピッチングを見せつける。

 

 

「しかしまあ、たまにはな。こういう時にしかやらないから面白さはある。」

 

「だろ?まあ、これで相手もムキになってくれたら儲けもんだな。」

 

「相変わらず性格が悪い。」

 

 

この大野の投球が幸いしてか、松本は力が入る。

 

先頭の倉持にフォアボールを許すと、すかさず盗塁。

大野がレフト前に落ちるヒットで繋ぎ、そこからクリーンナップ。

 

 

大野の投球に感化された松本は、力が入ってしまい制球を乱す。

 

 

そこからは、青道打線が爆発。

3番の小湊がツーベースヒット早速2打点を上げると、御幸フォアボールで白州ホームランで5得点をあげる。

 

 

 

さらに次の回も追加点をあげ、4回までで10得点とこの試合でもその攻撃力を示す。

 

 

大野もチェンジアップが冴え渡る。

ストレートでテンポよくカウントを奪い、最後は緩いボールで三振を奪う。

 

また、カーブで高さを使いながら、高低での揺さぶりもかけつつ打ち損じを増やしていく投球で的を絞らせない。

 

 

大野はこの試合も4回を投げて1失点と、ツーシームとカットの2球種を封印しながらでもまとめられる投球術を見せつけた。

 

 

 

5回の表、ここで投手交代。

センターを守っていた東条がマウンドに上がり、大野はそのままセンターへ。

 

この東条も低めに集めるピッチングで上手く打たせて取り、三者凡退。

 

テンポよく抑え、裏の攻撃に弾みをつける。

 

 

 

10−1で迎えた5回の裏。

ここで東条に代打が送られる。

 

 

ベンチに入っていたのは、この青道高校に新たな風を吹き起こす存在。

 

新戦力であるこの男が、大きな身体を揺すりながら、ついに与えられた打席に向かった。

 

 

『9番、代打、結城くん。』

 

 

昨夏都内で存在感を与えたその弟が、高校野球の初陣で。

また、新たな伝説を作った。

 

 

 

国土館の投手の放ったその初球。

 

高く浮いたその直球を、完全に「叩いた」。

 

 

 

豪快なフルスイング。

高く上がった打球は大きく大きく弾道を描く。

 

 

初出場初打席で、その初球。

それを完全に捉え、フルスイング。

 

 

 

コールドとなるサヨナラのソロホームランを放ち、都内に結城将司の名を轟かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






センバツ優勝やそのほかかなり改変がありますので、多少対戦相手や他校の選手能力なども原作と変わっていきます。

とは言え自分もなかなか確認不足な点もあるため、おかしいところなどあれば指摘などいただけると非常に助かります。




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エピソード146

 

 

 

 

 

桜の花も散り、徐々に春模様が薄らいできた。

 

それでも、まだ春。

朝方は少し冷える。

 

 

いつものジャージを身につけ、自室のドアを開ける。

 

風が冷たい。

しかしもう、慣れたものだ。

 

 

大きな欠伸をして、一呼吸。

 

まだ誰も荒らしていない綺麗なグラウンドに1つ礼をして、その中に踏み入れる。

 

 

「っし、行こうか。」

 

 

ゆっくりと歩き始め、そこから徐々にペースを上げていく。

 

 

眠気が段々と覚め、それに合わせて身体も起きてくる。

少し走っていると、いつものように元気な声が響く。

 

 

「おはようございます、夏輝さん!」

 

「おはよう、今日も元気だね。」

 

 

いつもの如く、早朝とは思えない大音声。

 

基、元気な声で現れた沢村に溜め息をつきながらも、ランニングを再開する。

 

 

 

春季東京都大会、3回戦目と4回戦目をコールドで勝利した俺たちは、準々決勝も危なげなく勝利。

 

 

 

 

対戦相手は春日第一高校。

足の速い左打者が多いというのもあり、こちらの先発は沢村。

 

 

テンポよく、尚且つマウンド捌きもいいサウスポーと、これまたかなり相性がいいということで先発を任された。

 

 

序盤こそ膠着状態で進んだ試合だったが、勝負を分けたのは4回。

白州のスリーベースから、この試合6番に抜擢された金丸が、低めのフォークを捉えて三遊間を破るヒット。

 

甲子園から好調をキープしている彼が、しっかりと返して一点を先制する。

 

 

さらに5回にも上位打線が連打。

 

少し乱れたところを一気に攻め立て、さらに追加点で4点。

中盤の時点で5−0と、大きく点差を作る。

 

 

 

守りで言えば、沢村が5回を完璧に抑えて無失点。

被安打2の6奪三振で、マウンドを降りた。

 

 

後を継いだのは、川上。

今大会初登板の彼が、残りのイニングをピシャリと抑える。

 

1失点こそしてしまうが、安定感のある投球でイニングをしっかり稼ぐ。

 

 

打線も終盤にさらに得点を重ねて、8回の代打由井のタイムリーヒットで8点差を作り、コールドで試合を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

さて、今日は準決勝。

対戦相手は、秋大でも戦った俺たちのライバル校、市大三校である。

 

昨年同様強力な打線でどんどん得点を奪う、打のチーム。

 

そしてエースの天久の台頭により、今年もまた仕上がっている。

 

 

特に成長が著しいのは、エースである天久光聖。

 

ストレートの質や変化球のキレはもちろん、安定感がかなり増している。

特に秋大では終盤にかなり乱れていたのだが、それも改善されていた。

 

もともとムラっ気のあるタイプだが、絶好調の時は手がつけられない。

 

しかし悪い時はとことん悪いと、調子の振り幅が大きかった。

 

 

が、今大会を見る感じは、そこまで悪い投球はない。

悪い日でもある程度まとまってはいる、ようになった。

 

 

 

 

 

 

一応今日のスターティングメンバーは、以下の通り。

 

 

1番 遊 倉持

2番 中 大野

3番 二 小湊

4番 捕 御幸

5番 右 白州

6番 三 金丸

7番 一 山口

8番 投 降谷

9番 左 結城

 

 

先発は今大会初登板となる降谷。

 

打順は前の試合とほぼ同じ。

ただ前の試合レフトで入っていた降谷が投手に入ったため、4回戦目でサヨナラとなるホームランを放った結城が先発出場。

 

 

 

夏のシード権はすでに手に入れているため、あとは関東大会に行けるかどうかを決める試合。

甲子園制覇を目指すのであれば、この関東大会もとりに行きたい。

 

まずは決勝に行くこと。

そうすれば、関東大会への切符を手に入れることができる。

 

 

実際には甲子園につながる大会ではないのだが、数少ない公式戦で他地区と対戦することができる機会。

 

甲子園で勝つことを目標としているのならば、経験としてこの大会に出られるに越したことはない。

 

 

 

さてと。

ならばなぜ俺が先発ではないのか。

 

自分で言うのもアレだが、エースである。

 

今大会で言えば決勝よりも、関東大会出場を決めるこの大事な準決勝の方が、はっきり言って重要である。

 

 

ならばそこでエースが先発するのは当然。

とまではいかないが、まあセオリーではある。

 

 

 

理由は簡単。

俺の肘の調子が、まあよくはないからである。

 

痛みや張りがあるわけではないのだが、若干違和感がある。

 

 

少し寒さのある中で投げたからか、或いは何か他に要因があるのか。

感覚的には少し違和感があるだけで、去年怪我した時とはまた違った感覚だから多分、大丈夫。

 

 

だが今回は大事をとって、登板回避となった。

 

これが最後の大会というならばまた話は別だが。

まだ、その時ではない、と言うわけだ。

 

 

 

「よし、そろそろ飯だな。戻るぞ。」

 

「はい!今日も食いますよー!」

 

 

相変わらず元気な彼にまたため息をついて、俺たちは食堂へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は午前10時。

 

試合開始時刻となり、俺たちも一斉にグラウンドに出る。

 

 

「どうだ、降谷の調子は。」

 

 

先攻めは俺たち青道高校。

これまた、立ち上がりの悪い天久を打ち崩して、先制しておきたい

 

そうすれば、降谷もある程度気楽に投げられるだろう。

 

 

「うーん、球自体は悪くないんだけどな。」

 

「含みのある言い方だな。どうした。」

 

「少し気負いすぎている気がするな。白龍の時もそうだったが、少し硬くなってる。」

 

 

なるほど。

どうしてかわからないが、御幸が言うように降谷の調子が最近おかしい。

 

いや、怪我をしてたりとかそういう感じではないのだが。

 

 

おそらくは、精神的な面か。

 

俺自身、自分のことで手一杯になっていたからなかなか声をかけられなかったのだが、少し迷っているように感じている。

 

 

(少しごっちゃごちゃ考えすぎな気がする。)

 

 

元々シンプルな投球ゆえに、迷うことは少ないはずなんだけど。

 

 

しかしそれを今言ったところで、さらに心を乱すかもしれない。

まずは先制して、気楽に投げさせてやるのが最善策か。

 

 

 

先頭打者の倉持がセカンドゴロに倒れ、次は俺の番。

 

先ほどの打席を見る限りでも、やはりまだ球は高い。

なんとかここで、チャンスメイクして行きたい。

 

 

 

にしても。

 

(いい面構えになったな。)

 

 

秋大時点よりも、貫禄が出たというか。

なんとなく、エースらしい顔つきになった。

 

 

こりゃ後半になったら手えつけられなくなるぞ。

 

 

持ち球は、4球種。

 

ストレートと緩いカーブ、そしてキレのある縦変化のフォーク。

そして伝家の宝刀、スライダー。

 

このスライダーが厄介で、高速で縦に大きく滑り落ちる落差の大きい変化球であるため、奪三振率が以上に高い。

 

 

フォアボールが多いのだが、意外とコントロールは悪くない。

 

これは俺も勘違いしていたのだが、フォアボールが多いのは変化球がキレすぎて制御できないことがあるかららしい。

確かにコントロールは悪いわけではないのだと。

 

 

追い込まれたらスライダー。

前回対戦も、それで完全にやられた。

 

 

あまり考えすぎるな。

俺はまず、来た球にしっかり反応する。

 

 

初球、少し甘めのストレート。

これを、弾き返した。

 

詰まりながらも打球はショート後方に落ちるヒット。

 

 

ここはしっかり出塁してクリーンナップに繋いだ。

 

 

 

 

3番の小湊が安定しない天久に対して、フォークを捉えて右中間を破るツーベースヒットでチャンスをさらに広げる。

 

1アウトランナー二、三塁。

ここで打席には、4番が入る。

 

 

ここはなんとか先制しておきたい。

そんな心中を察してか、と言うよりリードする捕手だからこそ、なんとか安心させたいと言う心があるのだろう。

 

外のストレートを捉えて、レフト前。

タイムリーヒットで、一点を先制する。

 

 

 

さらに白州のセンター前ヒットで、この回2得点。

 

早くも先制点を挙げて、先発である降谷に繋いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード147

 

 

 

 

初回、いきなり先制点を挙げた俺たちの初回の守り。

 

ここは予定通り、マウンドには降谷が上がる。

 

 

ブルペンの時からあまり状態は良くなかったが、どうかな。

調子が悪いと言うよりは、少し気負いすぎている感覚。

 

まあ、遠目で見ている感覚の話だから、本人がどう思っているのかわからない。

 

 

どちらにせよ、甲子園から帰ってきてから。

と言うより、甲子園のどこかのタイミングからか。

 

彼の意識というか、おそらく考え方が変わったような気がする。

 

 

(緊張している、ってわけじゃなさそうなんだけどな。)

 

 

センターから彼の背中を見つめ、俺は顔を顰めた。

 

 

 

 

 

初回、まずは三者凡退の立ち上がり。

 

相手もある程度様子を見てきていたのだろう。

あとは制球が上手い具合に荒れてくれて逆に的が絞れている感じだった。

 

 

「どうだ、降谷は。」

 

「球の力はあるんだけどな。どうも乗り切れていないっていうか。」

 

 

やはりか。

どこか本人の頭の中で引っかかる部分があるのか。

 

 

「まあ、心当たりがないわけじゃあねえな。」

 

「…まじですか。」

 

 

落合コーチが顎髭を触りながら、そう言う。

 

 

「今言うべきじゃねえからな。おそらく、あいつにとってもな。」

 

 

打席に向かう降谷を横目で追いながら、そう呟いた。

 

 

 

 

2回、天久は完全に立ち直り、2奪三振を含む三者凡退で切り抜ける。

 

やはり立ち上がりの不安定な段階で先制することができてよかったと思いつつ、降谷の状態に目を向けた。

 

 

 

制球は安定していない。

とはいえ、調子が悪いわけではない。

 

特に球に力は乗っており、球速も出ている。

 

 

ただ、そうだな。

変な力が入っていると言えば、そう捉えることもできる。

 

 

こちらもフォアボールを出したものの、4番の星田から始まる打線をしっかり抑える。

 

 

 

3回、4回と互いに無失点投球。

 

互いに出塁を許しながら粘り強く投げている結果なのだが、その投球内容自体はかなり差が出てきていた。

 

 

 

失点しながらも、どこか余裕のある天久。

必ず逆転できるという、チームへの信頼と自信か。

 

対する降谷は、どこか追い込まれているように見えた。

 

 

スコアで言えば、2−0でリードしている俺たちなのだが。

流れは若干、三校側に傾いているような気がした。

 

 

試合展開が一気に変わったのは、5回の裏の市大三校の攻撃。

 

この回1番からの好打順ということもあり、警戒したいところ。

しかしここで、先頭の森にフォアボールを与えてしまう。

 

続く2番の福島にも甘く入ったストレートを痛打されてしまい、この試合で1番のピンチを迎える。

 

 

0アウトランナー一二塁で迎えるバッターは、3番の宮川。

このチームで警戒しなければいけない打者の1人であり、コンタクト力パンチ力ともに優れている打者である。

 

 

ここで降谷もギアチェンジ。

力入れて投げ込んでいき、初球からいきなり153キロを計測する。

 

まずは見逃して、1ストライク。

 

 

2球目、同じくストレート。

152キロ、高めのストレートで攻めるもバットに当てられるもファール。

 

追い込んだ。

 

しかし、ここから2球連続でフォークを引っ掛けてしまいすぐに並行カウントとする。

 

 

テンポよく追い込んだのだが、ここも同じく多く球数を放ってしまう。

 

 

(なんとなく、空回りしている気がするな。)

 

 

力を入れているのが、裏目に出ている。

そろそろ、狙われるか。

 

 

市大三校の打者、特にこの宮川と次の星田は詰めの甘い打者ではない。

 

同じような高めのストレートを、見逃してはくれない。

 

 

御幸としても、おそらくはストレートを入れに行きたくはない。

しかしフォークが制球できない以上、ストレートで行かざるを得ない。

 

 

ムラがある投手だから上振れもあれば、こう言う日もある。

 

仕方ないのだが、それでもやりにくいだろうな。

 

 

案の定、ストレートを弾き返されて満塁。

ここで打席には、4番の星田が入る。

 

 

 

 

これはまずいか。

 

御幸も一度タイムをとり、マウンドへと向かった。

 

 

「ここまで荒れるのは久しぶりだな。」

 

「最近はやけに安定してたからかな。元々安定感のある投手ではないしね。」

 

 

外野で腕を組みながら、俺と白州がそう話す。

 

 

 

どちらかと言うと、調子極端で有名な投手。

 

昨年の秋なんかはその上振れの日に市大三校と当たったため、投手戦の末に勝利することができた。

 

 

それだけに期待値が高かったんだけどな。

こればかりは仕方ない。

 

 

内野は前進守備で、外野は長打警戒。

 

内野はホームでアウトを取りに行き、失点を許さないように。

外野は、最悪一点入っても最小失点で抑えられるように。

 

それぞれ、守備位置についた。

 

 

 

狙われたのは、甘く入った初球であった。

 

150キロのストレート、これを星田が捉えてレフト前へ。

詰まった当たりだが、どうか。

 

 

 

十分取りに行ける当たりだが。

 

少し判断も難しい打球。

何より、少し長打警戒で下がっていた。

 

 

経験値の低い結城では、上手く取り切れない。

 

 

(ダメか…!)

 

 

結城も懸命に打球を追うも、1歩届かず。

打球は結城の前でワンバウンド、フェアの判定が下る。

 

更に不幸と言うべきか。

 

ショートバウンドを捕球しきれず、後逸してしまう。

 

 

確認して、直ぐに俺がカバーに入る。

その間にランナーは一気にベースを回る。

 

 

(欲は張らん、せめて一人刺す…!)

 

 

勢いをつけ、送球。

狙いはホームベース、御幸に向けて投げる。

 

できれば、刺してアウトを奪いたい。

 

ただ最低限、せめて。

俺の肩が、抑止力になればいい!

 

 

低く、速く。

無理にノーバウンドでいく必要はない。

 

が、そこに正確に投げ込む実力があるのなら。

 

 

「ストップ!」

 

 

三塁ランナーコーチャーの声が響く。

 

さすが市大三校か、ここは無理に走らない。

0アウトなだけに、チャンスを作ったままで攻撃を継続することを選択したか。

 

まあしかし、最低限抑止力にはなった。

 

 

 

 

まだ同点。

ここからしっかり立ち直ることができれば、次の攻撃に繋げることができる。

 

 

しかし続く5番にもヒットを許すと、ランナーが一人帰ってランナー一三塁で逆転を許してしまう。

 

更に6番に犠牲フライを浴びて4-2。

ようやくアウトこそ奪えたものの、この回一気に4失点を喫する。

 

 

1アウトランナー一塁。

ここで7番の安達にフォアボールを与えてしまい、1アウトながらまたもランナー一二塁となる。

 

 

ここで降谷は交代。

後続のランナーを残したまま、リリーフ投手の川上にマウンドを任せる。

 

 

 

 

しかしこの川上も、スライダーを捉えられてヒット。

ここでも痛恨の追加点を許してしまう。

 

尚もランナー一三塁。

 

5-2で、未だ1アウトという状況。

中々アウト1つが遠い。

 

 

打席には、9番の天久が入る。

 

 

初球、ストレート。

外側の速いボールをしっかりと決めて、まずは1ストライクをとる。

 

更に2球目、同じようなコースからスライダー。

 

これをしっかりと投げきり、空振りを奪う。

 

 

追い込んだ3球目。

決めに行くべく、2球目と同じようなコースのスライダーを投げる。

 

しかし、これが少し甘く入る。

 

 

引っ掛けた打球、これを小湊と倉持が鮮やかにダブルプレーを取り、3つのアウトを奪った。

 

 

 

川上は失点こそしてしまったものの、最小失点で切り抜ける好リリーフ。

なんとか反撃の糸口を掴みたいところだ。

 

5-2。

 

決して逆転できない点差では無い。

 

 

 

しかし、大量援護を得た天久が、ここでギアをあげる。

 

 

3番の小湊に対しては、真ん中からボールゾーンまで沈む速いスライダーで空振り三振。

 

4番の御幸に対しては、今日最速の150km/hのストレートで空振り三振。

 

5番の白州にも、ストレート2球で追い込み、最後は縦のスライダーで三振を奪う。

 

 

 

小湊から始まるクリーンナップに対して、三者連続三振。

 

理想的な形で、抑え込まれた。

 

 

スライダーのキレが冴え渡る。

そして真っ直ぐもまた、威力がある。

 

何より先程までとは比べ物にならない勢いがある。

 

 

 

最後まで食らいつく俺たち青道。

しかし力及ばず。

 

なんとか終盤に反撃をしかけることができたが、最後まで逆転をする事はできなかった。

 

 

調子の良い天久は、この試合完投。

粘りの投球で、9回を4失点に纏めたピッチング。

 

 

春の都大会は、5-4で市大三高に敗れ、俺たちは準決勝にて敗退という結果に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






本番は夏ですから…


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エピソード148

 

 

 

 

 

春の東京都大会は、降谷と天久の投げ合い。

 

前評判では、全国レベルと名高い投手2人ということもあり投手戦の予想だったのだが、序盤からスコアが動く。

互いに得点を取り合う展開になったものの、最後は天久がしっかりと投げ切って5−4で敗北した。

 

 

 

 

その試合から一夜明け、ブルペンに入った俺。

 

昨日違和感のあった肘は問題なく、投げた感じも変な感覚は無くなっている。

これなら昨日投げてもよかったかなーなんて思いながら、俺は口を窄めた。

 

 

「投げればよかった、と思ったか?」

 

 

図星をつかれた。

落合コーチの言葉に俺は目を向けて、すぐに首を傾けた。

 

 

「まあ、まだ無理する段階ではないですから。」

 

「わかっているならいい。今日は軽めに投げてお前も上がれよ。」

 

 

今日ブルペンに入っているのは、俺だけ。

 

昨日登板のあった降谷とノリは休み。

そして東条は今日、野手練習に参加している。

 

沢村はランニングであり、今は俺がブルペンで投げているのだ。

 

 

キャッチャーに入っているのは、もちろん御幸。

 

一息吐いて、俺は彼のミット目掛けてストレートを投げ込んだ。

 

 

 

「ナイスボール!今の何割くらい?」

 

「だいたい7割くらいかな。いい感じではある。」

 

 

コントロールは多少ぶれているが、試合になればもう少しまとまる。

 

なんというか、試合くらいの緊張感じゃないとコマンドに決める能力はない。

 

 

もう一球続けて投げようと言うところで、俺はとあることを思い出して投げるのをやめた。

 

 

 

「そういえばコーチ。」

 

「なんだ。急にどうした。」

 

「昨日の試合で言ってたじゃないですか。ほら、降谷の不調の原因ってのが。」

 

「ああ、あのことか。」

 

 

昨日の試合…と言うよりは、甲子園から帰ってきてからか。

降谷が少し、乱れているような気がする。

 

調子が悪いわけじゃない。

 

のだが、少し力が入りすぎている気がする。

 

 

「甲子園から戻ってきてからっすよね。燃え尽き症候群とかですかね。」

 

 

俺がそういうと、御幸と落合コーチがわかりやすく顔を顰める。

 

 

「違うのか。」

 

「おそらくな。」

 

 

御幸が端的に答え、腕を組み直す。

すると落合コーチは、右目を瞑って話し始めた。

 

 

「俺が想像するに、どこか焦りによるものだと思うんだがな。」

 

「焦り、ですか。」

 

「目の前で自軍のエースと同世代の、それも出身も同じスター選手がとんでもない投げ合いをしたんだ。追いかけてる身としては、焦りがあってもおかしくないだろう。」

 

 

巨摩大との、本郷と俺の投げ合いか。

 

確かにあの時の俺は、自分で言うのもなんだがかなり調子が良かった。

それこそ、本郷にも負けていないと思った。

 

 

目の前でエース争いをしている相手が好投したら、俺もやらなきゃと思う。

まさに俺も、秋に大きく飛躍した沢村と降谷を見て、すごく焦った。

 

だからこそ練習したし、もっと上手くなりたいと思った。

 

 

「あとで話に行ってきます。」

 

「そうだな。今のあいつに必要なのは、考えをまとめる時間だ。それを手伝ってやれ。」

 

 

頷くと、俺は再び投球練習に戻る。

 

降谷は、あれでかなり繊細だからな。

それでいて、不器用だ。

 

 

なら、まとめることくらいは手伝おう。

 

 

 

何球か力を入れて投げ終えると、タイミングよく沢村がブルペンに戻ってくる。

 

このあとは沢村が投げるから、俺は終わり。

クールダウンをして、練習を終える。

 

 

まあ、元々自主練だからね。

 

それに今日は午後からまた予定がある。

だから、とりあえずそれまでの空いている時間に降谷の部屋へいく。

 

 

 

彼も今日は完全オフを言い渡されているため、部屋にはいるはずだ。

 

 

部屋の前で一つ深呼吸して、俺はドアを叩く。

 

 

「入るぞ。」

 

 

そう言って、俺はドアノブをひねる。

 

同室の小野は、ウエイトか。

今部屋には、降谷しかいない。

 

 

「身体は大丈夫か?」

 

「はい。」

 

 

小さく、そして最低限返答して、降谷は身体をベットから起こした。

 

うん、本当に特に問題なさそうだね。

 

 

「そうか。今日はゆっくり休むんだな。なんだかんだで球数も放っているし、疲れも溜まってるはずだ。」

 

「わかりました。」

 

 

沈黙が流れる中、俺は落ちていた白球に手をかける。

それを右手の手のひらで転がしながら、俺は話を続けた。

 

今更、回りくどいことを言うこともあるまい。

 

 

「なあ、降谷。」

 

「はい。」

 

「お前にとって、甲子園という場所はどんなところだった。」

 

 

俺がそう聞くと、降谷は俯き加減で答えた。

 

 

「僕の力不足を、感じた場所でした。」

 

 

自慢のストレートは弾き返され、低めの難しいコースでもヒットにされる。

白龍戦では、失点してから普段なら割り切れるのだが、それでも追加点を許した。

 

 

「同世代のすごい人たちがたくさんいて。僕はまだ、足りないと感じました。」

 

 

同い年、か。

 

この高校野球で、2年生で大きく活躍する選手は、少なくない。

能力の高い選手が優先的に使われるのであれば、学年なんて関係ないからだ。

 

 

巨摩大藤巻のエースは、降谷と同じ2年生。

それも、出身は同じ北海道の苫小牧。

 

彼なりに、意識するところはあっただろう。

 

 

 

他にも、俺がこの大会で唯一失点を許した、清正社の山田。

彼もきっと、将来的にはこの高校野球のスター選手になる器の選手だ。

 

 

 

そしてきっと。

降谷の言っている同世代のすごい選手という中に、沢村も含まれているんだろうな。

 

 

 

「厳しいな、この世界は。」

 

 

どんなに成長しても、周りの選手も成長している。

 

そして各地には、まだ見ぬ強敵がいて。

 

 

だからこそ面白いと、俺は思ったんだけどな。

 

 

 

「刺激になったか、甲子園は。」

 

 

俺がそういうと、降谷は迷わず頷く。

その姿を見て俺は、小さく笑った。

 

 

「そうか。」

 

「でもそれは、本郷を見たからじゃ、ないんです。」

 

 

そうして降谷は顔を上げて、俺の顔を見た。

 

 

「改めて、ここにいる人たちはすごいんだと、感じました。」

 

 

思わぬその発言に、俺も目を見開いてしまった。

 

てっきり俺は、甲子園で出会った選手に感化されたのかと思っていた。

 

 

 

「東条も、栄純も。それに、大野先輩も。僕にとっては、みんながすごい選手だと思いました。」

 

 

だからこそ、負けたくない、か。

もっと上手くなりたい、すごい投手になりたい。

 

その上でエースに、なりたい。

 

 

 

 

気持ちは、分からんでもない。

というか俺も、同じような気持ちになることはよくある。

 

 

その、焦りか。

 

 

 

「なあ、降谷。お前が目指しているところは、どこにある。」

 

「僕が目指すところ」

 

 

目先の、目標ではない。

 

言ってしまえば、現状考えられる自分の完成形を、考えてもらいたいのだ。

 

 

「僕は、誰にも負けないピッチャーになりたい。」

 

「ほう。」

 

「チームメイトにも、対戦相手にも。負けるのは、嫌です。」

 

 

そういう降谷に、俺は思わず笑ってしまう。

 

なんだ、思っていたより切実じゃないか。

全てを捩じ伏せようというように見えたが、案外考えていることはシンプルだな。

 

 

「大丈夫。お前はすごい投手になれるよ。」

 

 

苦い思いを知っているからこそ。

降谷はもっと強くなる。

 

 

稲実との試合で、負ける悔しさを。

 

巨摩大藤巻との試合で、大きな壁を。

 

そして、同じチームに好敵手を。

 

 

大投手になる素質もある。

何より、誰にも負けない武器がある。

 

 

「負けたくないのは、皆同じだ。ならどこで他を出し抜くか。」

 

 

少し間を置く。

そして俺は、降谷の右肩に手を置いた。

 

 

「それは、お前だけにしか持ってない、誰にも負けない武器なんじゃないかな。」

 

 

俺がそうだったように。

 

そこまで言わなかったが、降谷は理解をしたように頷いた。

 

 

「とはいえ、俺も負けるつもりは毛頭ない。多分沢村も、東条も、ノリも。」

 

「わかってます。その上で。」

 

「なら、練習するしかない。俺もまだ未完成なように、お前も未完成だ。もっと上手くなろう、もっと強くなろう。」

 

 

きっとこいつは、俺よりすごい投手になる。

 

世代を代表するだけじゃない。

きっと将来的には、日本を代表する投手になれる。

 

 

眠っている大器があまりに大きいからこそ。

そして、背負う意思が強いからこそ。

 

上手くいかないことは多くある。

 

 

だがそれを乗り越えた先に。

 

こいつはきっと。

 

 

「じゃ、俺は行くからよ。」

 

「はい。ありがとうございます。」

 

 

そういって、俺は椅子から立ち上がる。

降谷も見送るように立ち上がると、会釈をした。

 

 

午後からの予定も迫っているし、俺も部屋を後にする。

 

直前で、思い出したので降谷に言った。

 

 

「そういや今日、午後から1年と二軍の試合あるから、暇なら見に来いよ。」

 

「練習しなきゃいけないので。」

 

 

あ、そう。

 

 

 

 



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エピソード149

 

 

 

 

4月某日。

この出会いの季節。

 

各校で新戦力が頭角を見せる中、この青道高校でもそれを選定する試合が行われていた。

 

 

一昨年から恒例化した、この一年生と二軍の壮行試合。

 

壮行試合とは名ばかりであり、実際は二軍の戦力を。

そして、即戦力の一年生を選定する試験的な意味合いが強い。

 

 

特に今年に関しては、選抜優勝という快挙もあった為、ある程度レギュラーは固定化されている。

 

そこに食い込む為の数少ないチャンスということもあり、二軍チームの意気込みは相当のものであった。

 

 

 

ここまで見ると、一年生の為と言うよりは、戦力となる二軍を探す意味合いが強い様に見える。

 

あながち間違えではないのだが。

 

しかし、監督である片岡はもう1つの新戦力にもかなり期待値を高く持っていた。

 

 

即戦力となりうる、一年生。

 

二年前には、現エースの大野と正捕手の御幸と川上は夏から主戦力として。

そしてリードオフマンの倉持と、主将の白州は控えながらベンチ入りメンバーとしてチームを支えた。

 

 

そして、昨年。

エースを支える両翼である、エース級投手2人。

 

変則ながら高水準の能力を誇る左腕、沢村。

最速155km/hの本格派右腕、降谷。

 

 

また、野手も。

現在クリーンナップを打つ好打者、小湊。

そして、クラッチヒッターの金丸。

二刀流で外野とブルペンを支える東条と、かなり戦力を蓄えた。

 

 

今年は選抜出場の効果もあり、強豪シニアからの入学も多くあった。

その為、例年よりも即戦力に期待ができるというわけだ。

 

 

 

「やっぱり、即戦力は結城と由井か。」

 

「だな。結城は降谷みたいに、下位打線に置いて一発狙いするだけでもかなり怖いだろうし。」

 

 

そうして大野と御幸が芝生に座り込む。

グラウンドが丁度見えるこの位置に、レギュラーメンバーが何人が座った。

 

 

 

 

まずは二軍チームの攻撃から。

 

先頭打者の高津が、まずは打席に入った。

 

 

足が速く、打力もある。

倉持の控えショート、且つ代打の切り札の位置を狙うこの2年生が、早速結果を出す。

 

 

一年生チーム先発の九鬼から早速ヒットを放つと、すかさず盗塁。

 

早速チャンスを作り、一年生チームに襲いかかる。

 

 

このチャンスを、二軍チームはしっかりものにして、いきなり得点を奪って貫禄を見せた。

 

 

 

「高津、存在感出してきてんな。」

 

「最近かなりアピールしてるよな。ワンチャンベンチ入りあるぞ。」

 

 

ショートの倉持の壁が高すぎるため、あくまで控えに過ぎない。

しかし、それでも。

 

なんとか戦力になりたい。

 

できることなら、試合に出たいと思うのだ。

 

 

 

 

しかし、ここで存在感を見せたのは、一年生の九鬼。

 

いきなり失点をしてしまうものの、腐ることなくしっかりと投げ込んでいく。

 

 

4回を投げて6失点と、決して褒められた結果ではないが、それでも強い精神力で可能性を見せる投球内容となった。

 

 

 

「いい面構えで投げている。」

 

「そうだな。どっかの誰かさんに通ずる物があるよな。」

 

 

大野と白州の会話に、沢村が耳を立てる。

 

確かに、大きな武器がなくとも、強い気持ちでどんどん攻めていく姿勢は沢村に通ずるものがあった。

 

 

また、九鬼を援護すべく、女房役の由井が奮起。

 

九鬼がフォアボールで出したランナーをしっかりと刺し、得点圏にランナーを置かせない。

 

 

さらにバットでも、2安打と存在感を示す。

 

3番に入った初回、調整登板で上がった川上から、いきなりスライダーを捉えてライト線の二塁打。

 

 

2巡目にも川島からも、ストレートをレフト前に放ち、その天才的な打撃センスをアピールした。

 

 

 

小柄だが、下半身が強い分パワーがある。

何より、バットコントロールが上手く、レフトライト構わずヒットゾーンに飛ばすことが出来るのが、強い。

 

 

一発狙いの結城に対して、ヒットで繋ぐことが出来る。

 

そう考えると、代打での起用としては非常に使いやすい。

 

 

(元全日本選手を代打ってのも、また贅沢だけど。)

 

 

そんなことを御幸もふと考える。

 

とはいえ、日本代表というのはリトル。

つまり、小学生時代の話だ。

 

またこの高校野球という舞台と比べたら、過去の栄光に過ぎない。

 

 

しかし、実際この早さで高校球児のストレートに合わせられるだけで、即戦力としての期待値が高まるのは事実だ。

 

 

 

 

さて、試合は進み5回。

ここまで投げきった九鬼がマウンドを降りる。

 

更に活躍していた由井も、バッテリー丸ごと交代。

 

 

 

マウンドに上がるのは浅田。

 

線は細いものの、高い身長と左腕という希少性から、完全に素材型としてスカウトの高島が見つけてきた選手。

 

 

そして、浅田を受けるべくキャッチャーに入るのは。

 

 

(奥村光舟。)

 

 

その捕手が定位置につくと、大野と御幸は小さく笑う。

 

ふと、奥村が2人に目を向ける。

そしてすぐに、マウンドへと視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ことは遡ること、一週間前。

永源との試合前日のブルペンのこと。

 

その日は先発の沢村が正捕手である、御幸とペアを組んでいた。

 

 

普段であればもう1人の3年生である、控え捕手の小野と組むのだが。

 

 

「奥村、受けてもらってもいいか?」

 

 

大野としては、未だにコミュニケーションをあまり取れていない一年生と交流の意味合いを込めて。

 

あとは、単純に好奇心で。

 

神奈川の強豪シニアからここまで来た意味と、同室の瀬戸が絶賛する捕手能力が単に気になったから。

 

 

無論、そんなことを奥村は知らない。

 

しかし、先輩。

それもこのチームの絶対的エースが直々に指名してくれたとなれば、断る理由は無かった。

 

 

「…いいんですか。」

 

「俺が頼んでいる身だ。寧ろ決定権は、お前にある。」

 

 

そう言って大野は、白球を右手の上で転がす。

そして、悪戯に少し笑った。

 

 

「どうかな?」

 

「是非。お願いします。」

 

 

おとぎ話の主人公のような、綺麗な白髪。

色合いと艶やかな髪質から、どことなく連想されるのは、世代最強左腕の姿。

 

ホームベース奥に座り、ミットを構える。

 

 

捕手を見据え、大野がセットポジションに入る。

 

コースは、右打者の外角低め。

敢えて小さく、ピンポイントを狙わせる構え方に、大野は感心を向けた。

 

 

(降谷のときとは、また違う呼び込み方だな。)

 

 

降谷のようなコントロールがアバウトな投手に関しては、大きく構えてできるだけ強い球を意識させて投げさせていた。

 

それに対して大野は、コントロールが非常にいい。

 

だからこそ細かく、明確にどこに投げさせるかを指定することで、迷いを生ませない。

 

 

「真っ直ぐ。」

 

「はい。ここにお願いします。」

 

 

低めから伸び上がるように加速する、ストレート。

これを、奥村はしっかりと掴み取った。

 

 

「ナイスボールです!」

 

(ほう。)

 

 

かなり、柔らかいキャッチングをする。

小気味良い音を鳴らしてくれるから、投手もリズムに乗りやすい。

 

どこか自分の相棒に近い捕球に、大野は小さく笑った。

 

 

「今度はここにお願いします。」

 

「OK。」

 

 

続けてストレート。

今度は左打者の外角低め。

 

またも吸い込まれるように、ミットに収まる。

 

 

「ナイスボールです!」

 

「いいね、投げやすい。」

 

 

そうして大野がサムズアップをする。

 

なんとも珍しい光景に、思わず横で受けていた御幸が吹き出した。

 

 

「なんだよ。」

 

「ごめん、何でもない。」

 

 

実際この大野夏輝は、練習中はあまり感情を表に出さない。

 

淡々と自分がやらなくてはいけないことを全うしているのだ。

 

しかしその男が、表情に似つかないポップな動きを見せれば、そのアンバランスさに笑う人間が出てきても仕方がない。

 

 

試合になれば、よく吼えるのだが。

 

 

 

 

「チェンジアップ。」

 

「スライダー。」

 

「スプリット。」

 

 

 

 

ストレートから、今度は変化球に。

この初見の変化球にもしっかりとアジャストしており、捕球しきる。

 

大野のコントロールが完璧だからこそ取りやすいというのもあるのだが、やはり奥村のキャッチャーとしての能力を表すものであった。

 

 

 

しかし、大野の真骨頂はここから。

 

伝家の宝刀である2つの球種を、投げる。

 

 

「ツーシーム。右打者のバックドア。」

 

「はい。」

 

 

そして身構える奥村。

 

ここまで投げていた球種は、あくまでカウント球。

比較的軌道が読みやすいストレートと、一般的な変化球3つ。

 

 

これから投げる球種は、紛うことなき決め球。

 

大野の中で最も優れた変化球が、投げ込まれる。

 

 

「気をつけろよ、奥村。スピードも軌道もほぼストレートだからな。」

 

 

御幸がそう呟き、奥村は小さく頷く。

 

そしてボールは、投げ込まれた。

 

 

投げ込まれたストレートは、外のボールゾーンへ。

少し抜け球かと思うほどのコースだが、奥村は我慢して最初に要求したコースにミットを置いた。

 

 

すると、快音。

奥村が変化をしたことに反応したと同時に、乾いたミットの音が響いた。

 

 

「ナイスキャッチ。いい音鳴らすな。」

 

 

大野がそう呟き、ボールを返球するように要求する。

 

しかし受けた奥村は戸惑いで思わずミットの中のボールを覗き込んだ。

 

 

まるで反応出来なかった。

しかしながら大野の卓越した制球力で、自分のミットに収めた。

 

というより、ボールからミットに吸い込まれていくような感覚だった。

 

 

「さあ、もう少し付き合ってくれよ。」

 

 

笑顔でそう言う大野。

 

その姿に奥村は、寧ろ恐怖すら感じた。

 

 

自分自身で着いていけるのか。

奥村にとって初めて、自分の捕手能力の力不足を大きく感じた。

 

 

 

そして、それと同時に。

 

 

 

(これが、大野夏輝。)

 

 

 

ここまで圧倒的なエースがいるこの高校にきて、良かったと。

まだ見た事のない世界に、踏み入れることができて、良かったと。

 

 

 

負けていられない。

まだ力は足りないが、それでも。

 

 

自分もこの世界で戦えるようになりたいと、奥村は切に感じ、ミットを構えた。

 

 

 

 



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エピソード150

 

 

 

 

この回から一年生チームはバッテリーごと入れ替え。

 

ここまで粘りの投球をしていた九鬼を下げて、長身の左腕である浅田がマウンドへ上がった。

 

さらにキャッチャーには、守備打撃でともに存在感を示していた由井に変わって、奥村が入る。

 

 

 

完全素材型の未完成な投手。

誰もが打ち込まれると思っていたところだが、ここでは浅田と献身的な奥村のリードが輝いた。

 

 

最初のバッターにこそいきなり初球の失投を捉えられてセンターオーバーのツーベースを打たれるが、ここからは圧巻。

 

クイックモーションで癖のない投球モーション。

 

ただでさえ高い上背から、敢えて小さいステップ幅で投げることでさらにリリースポイントを高くしたフォーム。

さらに左投手特有の独特の軌道を描くカーブが、空振りを誘う。

 

 

奥村も細かく声を掛けに行き、気弱でまだ精神的にも弱い浅田を検診的に支える。

 

それもあり、浅田が1回を無失点としっかりと抑えてみせる。

 

 

 

そして、その次の攻撃。

 

瀬戸がヒットで出塁すると、すかさず盗塁。

さらに打席に立っている奥村が揺さぶりをかけて、投手を掻き回す。

 

 

塁上と打席両方からかけた揺さぶり、最後は甘く入ったストレートをしっかりと右方向に弾き返して一点を返した。

 

 

しかし、一年生の反撃はここまで。

 

最後は二年生の金田が寄せ付けず0封。

今日は決め球のフォークが冴え渡り、失点することなく押さえ込んだ。

 

 

 

 

 

試合が終わり、俺はぐーっと伸びをする。

 

 

「いやー、実りのある試合だったな。」

 

「例年と違って試合にはなったな。」

 

 

俺が呟くと、返すように御幸が言う。

まあ確かにそうなのだが、もう少し言い方があるだろう。

 

実際、間違いではないのだが。

 

 

今日見た限り、戦力になりそうな選手は何人か。

 

 

 

二軍で出場してきた選手は、二年生の高津と金田、三年生で言えば関と木島か。

 

 

高津は1番ショートで4打数3安打4打点2盗塁の活躍。

主に攻撃の面で活躍を見せた。

 

金田は、投手で3イニングを投げて無失点。

特に低めから沈むフォークがキレており、ストレートとの投げ分けがしっかり出来れば一軍でも投げられるレベルだった。

 

 

関と木島は、元から一軍の控えで帯同していたということもあり、レベルが違ったかな。

 

自分がやるべきことをしっかりと理解しており、攻守ともに存在感を示していた。

 

 

 

あとは、一年生。

即戦力でいえば、2人かな。

 

 

まずは、先発捕手で出場していた由井。

守備ではランナーをしっかり刺し、攻撃では2打数2安打と打撃の強さを見せた。

 

 

あとは、結城。

この試合でも途中出場でレフトに入り、2打数1安打2打点の一本塁打。

 

見ての通り、強いスイングで大器の片鱗を見せた。

 

 

 

結城は、降谷と麻生との併用でレフトだろう。

下位打線でフルスイング、一発当たればラッキーの勢いで置いておくのが、相手にとってもプレッシャーになるはずだ。

 

由井は、昨年の小湊のような代打の切り札。

今日の試合でも川上と川島両方からヒットを放っており、一軍レベルの投手にも対応出来ることを示した。

 

 

奥村はまだ、一軍と帯同するには力が足りない。

勿論捕手の能力でいえば非常に高いし、上手いのだが。

 

それでも、今は二軍で経験と体力作りが優先になる。

 

 

瀬戸も同様。

あの足は魅力だが、まだ体力的に足りない部分がある。

 

 

 

あとは練習試合で様子を見ていき、最後の大会のピースを嵌め込んでいく。

じっくり、2ヶ月かけて決めていく。

 

最後の大舞台であり、決戦の地に向けて。

 

 

 

しかし、新戦力が入ったと同時に、入れ替えられる選手が出てくる可能性がある。

 

下から勢いのある選手が上がってくれば、レギュラーメンバーもそれに負けじと練習をする。

 

切磋琢磨し、高め合うのだ。

 

 

(まあ監督としても、これが目的なんだろうな。)

 

 

新戦力を、見つけるのも目的。

 

 

しかし真の目的は、俺含め一軍メンバーに二軍と一年生の勢いを見せて、焦りと緊迫感を生ませる。

 

所謂、チーム全体で緊迫感を高めて能力を底上げするのが、意味合いとしては強いのだろう。

 

 

 

そしてそれは、首脳陣の思惑通りに作用していくことになる。

 

一軍の面々も刺激を受けて、いい表情になっている。

だからこそ、追いかける二軍もさらに気合いを入れる。

 

 

 

最後の夏の大会まで、あと3ヶ月。

誰しもが狙う、このベンチの枠を、争う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日は少し経過し、4月半ば。

 

今日もまた、元気に走る俺たち投手陣。

 

 

迫り来る甲子園予選である都大会は、真夏の真っ盛りである7月に行われる。

それこそ気温で言えば、30℃越えは当たり前になってくる。

 

動いていなくても汗ばむ季節になっていく。

 

そんな中で投げていかなければならない。

ということもあり、全員が一定以上のスタミナがなければ、1人の投手に負担がかかっていく。

 

 

 

夏の戦いは、長い。

そして、過酷だ。

 

 

現に去年の決勝は、俺と成宮は最後に力尽きた。

 

だからこそ、今度は負けないようにしなくてはいけないのだ。

 

 

 

自然とペースが上がる。

もう負けたくないから。

 

そしてもう、負けてはいけないから。

 

 

 

「ちょ、夏輝さん!」

 

 

呼び止められて、俺は我に返ったように振り返る。

声をかけてきたその正体は、ともに走っていた沢村であった。

 

 

「ああ、すまん。大丈夫か。」

 

 

夢中になってしまったな。

最初はペースを合わせて走っていたのだが、気がついたらかなり先行していたみたいだった。

 

辛うじて付いてきているのは沢村だけ。

 

それでも、かなり息を切らしている。

 

 

東条とノリは後ろの方で各々走る。

そして金田と降谷は死屍累々と化していた。

 

 

「今日はペース早いっすね。」

 

「そうかな、そうかもな。」

 

 

少しペースを抑えて、沢村に合わせる。

 

確かに少しオーバーペースだったかもな。

 

 

でも、まだ練習強度を抑える時期ではない。

むしろこの後は仕上げに入っていくこともあり、追い込める今のうちに体に負荷をかけて行くべきだと思う。

 

 

身体は、限界に達してから大きく伸びる。

 

というよりは自分が限界だと感じた後のもう一息で発揮される、いわば火事場力というのが身体の限界値というか、最大値を伸ばすのに効率よく自分の身体に還元されていくのだ。

 

 

今だからこそ、できることがある。

そして今しかできないことが、ある。

 

追い込みは、今しかできない。

 

だからこそ、やるのだ。

 

 

「後、三ヶ月しかないからな。最後の大会、俺はまたエースになって頂点にたつ。その上で…」

 

 

俺は言いかけて、やめた。

 

 

「なにしろ、時間がない。まだ勝てていない相手がいるからには、それを超えなきゃ話にならんしな。」

 

 

そう言って、頬を通過した汗を拭う。

すると沢村は、少しぽかんとした後に、すぐにペースをあげた。

 

 

 

「じゃあその残りの期間でエースナンバーは奪いますから!」

 

「おう、負けねーぞ。」

 

 

沢村の表情を見て、俺も小さく笑ってペースを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード151

 

 

 

 

季節は、春が過ぎて大型連休が始まる直前。

 

4月中は少し追い込むメニューに切り替えていたが、ここにきて少し調整に入る。

 

 

理由は簡単。

大会前の最後の長期休みには、練習試合が立て続けに計画されているからだ。

 

 

5日間で、8試合。

 

遠征と迎え入れてのもので4試合ずつと、かなりのハードスケジュールで試合を行う。

 

 

 

特に今回の目玉で言えば、この2校。

甲子園出場校である帝王実業高校と、同じく好永高校。

 

共にドラフト候補の強打者がいる打のチームであり、攻撃力が非常に高い。

 

 

帝王実業は、3番の友沢。

打って守って走れる、総合力に長けた選手であり、その全てが高い水準で纏まっている大型ショートだ。

 

ミート力、長打力、走力、守備力、送球力。

全てを兼ね備えた5ツールプレイヤーと、ドラフトでも期待の選手となっている。

 

 

好永高校は、4番の志麻。

天性のホームランアーティストであり、内外問わず高い弾道でスタンドへと運ぶ強打者。

 

高校通算60本越えの実績に加え、選抜でも4本塁打と状態も非常に仕上がっている。

 

 

恐らくどちらかは俺が、どちらかは降谷or沢村が先発するだろう。

 

状態的には、やはり沢村かな。

降谷も調子を取り戻してきているが、安定感に関しては沢村が上だから。

 

 

 

何にせよ、甲子園常連の2校と実戦ができるのは大きな経験だ。

 

強いチームと試合をして、勝ち切る。

それが夏に向けて、今最も重要な所になってくるはずだ。

 

 

「夏輝、ミーティング後監督室な。」

 

 

そんなことを考えていると、本当に呼ばれた。

 

まあ恐らくは、監督室でこのゴールデンウィークの試合での先発予定を知らされる形だろうな。

 

 

 

 

 

 

 

そして、練習が終わり、食事を済ませた俺。

御幸から言われた通り、俺は寮の奥に設置された監督室へと足を運んだ。

 

一度息を吐き、戸を叩く。

 

 

「三年の大野夏輝です。」

 

「入れ。」

 

「失礼します。」

 

 

簡潔に挨拶を済ませ、その部屋に入る。

 

数々の賞状と、トロフィー。

これまでの青道高校が歩んできた、軌跡。

 

 

横目でそれを見ながら、椅子に座る監督と相対した。

 

 

 

「最近調子はどうだ。」

 

「ええ、問題ないですね。肘のコンディションも悪くないです。」

 

「そうか。」

 

 

以前怪我をしてから、少し神経質になっている。

 

とはいえ今の話に関しては、本題に入る前の軽い前置きのようなもの。

そこで俺は、他に来るべく人物を待ちながら、首脳陣と軽く話をした。

 

 

 

「まあ、ここからハードスケジュールだからな。お前は心配いらないんだが、降谷と沢村は突っ走り過ぎない程度に見ておいてやれ。」

 

「はい。でも彼ら、結構考えてるみたいですよ。投げ過ぎないように自分で制御できてはいますね、前に比べたら。」

 

 

最近は、自分なりに考えている姿も見受けられる。

 

率先して一年生と組んだり、リードの意図を考えていたり。

引っ張ってもらう側から、引っ張る側になる自覚が芽生えてきたようには、感じる。

 

 

「どうだ、後輩の成長は。」

 

「どうだって。長期離脱していた俺なんか言える立場じゃないっすから。」

 

 

でも、まあ。

 

 

「嬉しい反面、負けられないですよね。」

 

「よく言うな。あれだけ圧倒的なもの見せておきながら。」

 

「彼らはあれでまだ発展途上ですから。いつ追い抜かれるか、怖いもんですよ。」

 

 

そう言って話をしていると、再びノックの音。

 

俺も音に釣られて目を向ける。

 

 

「沢村、入ります!」

 

「失礼します。」

 

 

ノリと沢村、そして東条が入る。

少し遅れて、降谷も程なくしてやってきた。

 

 

集まった理由は、他でもない。

 

ゴールデンウィークの、連戦。

これの先発スケジュールの確認だ。

 

 

 

まあ、簡単にまとめると以下の通りだ。

 

まず、先発は俺と沢村、そして降谷の3人。

あとはリリーフとしてノリと東条がフル回転する予定だ。

 

 

先述した通り、このゴールデンウィークに待ち構える大きな試合が2試合。

 

徳島県の好永高校は、3日目。

兵庫県の帝王実業は、4日目。

 

 

ちなみに俺は、好永高校で先発予定。

そして帝王実業は、沢村が先発をする予定だ。

 

まあ順番的には、俺、沢村、降谷で回していく。

 

 

連日で投げることもあるため、かなり負担もかかりやすい。

 

だからこそ、今回の俺の課題を克服するのにはもってこいだろう。

 

 

 

俺が選抜の時に感じた課題といえば、やはり力加減。

 

要所で力をいれ、余計なところではある程度力を抜きながら調整する。

ピンチや大事な局面ではギアを入れる、などなど。

 

 

夏大や甲子園の連戦を想定したこのスケジュール。

 

この機会にしか経験できないこともあるからこそ。

やはり、有意義な週間には、しなきゃダメだよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴールデンウィーク初日。

対戦相手は、神奈川の強豪チームである紅海大相良が相手だ。

 

この5日間の連戦の初陣を任されたのは俺、大野夏輝。

 

 

調子も悪くない。

 

身体もキレてるし、ここ最近は投げていても球が走っている感じがする。

 

 

相手は強打者の集団というよりは、シャープなスイングでヒットを繋いでいく打線だ。

 

そして、いやらしい打者が多い。

バットコントロールがよく、厳しいボールをファールで粘る技術もある。

 

 

 

「まあ、そういう指導をされているからな。」

 

 

落合コーチが、顎に蓄えられた小さな髭の山に手を当てながらそう呟く。

 

 

「指導していた側でしょう、あなたは。」

 

 

俺がツッコミを入れるように、そう言う。

何を隠そう、この人はこの紅海大相良で約20年コーチとして指導してきたのだ。

 

 

「俺は主にブルペンだったからな。」

 

 

あっ、そうですか。

 

まあ、関係ないか。

俺はただ、目の前の打者を抑えるだけだ。

 

 

とにかく今日の課題は、ギアチェンジ。

脱力と全力を使い分ける。

 

 

 

「あんまり飛ばしすぎんなよ。」

 

「わかっている。今日だけじゃないからな。」

 

 

ベンチを飛び出し、ゆっくりとマウンドへと向かう。

 

歩きながら、深呼吸。

帽子の鍔に手をかけ、情報整理をする。

 

 

一度帽子を外して、深く被り直すと、俺はその小さな山に足を踏み入れた。

 

 

 

最大出力の出し方は、もう掴めてきた。

あとは、それを調整する力。

 

なにも、打者によって変えるだけが方法ではない。

 

 

 

(少し大袈裟にやってもいいぞ。この手のチームの打者は、初球から手を出すことはまずない。)

 

(OK。)

 

 

打たれても経験だ。

今回は、お試しも兼ねてやる。

 

 

初球、ここはいつも通り。

俺の原点であり、俺の最大の武器であるアウトロー。

 

120キロのストレートをしっかり決め切り、まずは1ストライク。

 

 

同じようなボールを続ける。

後半から粘る打者というのもあり、わざわざ厳しいところを打ちに行くはずもない。

 

 

(まあ、今日はそっちの方が好都合。)

 

 

そう思い、俺は一息はく。

 

さて、ここが勝負。

コントロール重視から、一気にギアを入れる。

 

 

わざわざ遊び球を使う必要はない。

 

むしろ相手に隙を見せることなく、ねじ伏せる。

 

 

 

(今までは多少荒れてもいいって言ってきたけど。)

 

(ああ。これもまた、成長しなきゃいけないところだ。)

 

 

 

ギアを入れたからといって、アバウトなコースに投げるわけにはいかない。

しっかりと決め切る。

 

コマンドに決めてこそ、大野夏輝だ。

 

 

 

「っシ!」

 

 

投げ込んだボールは、同じく外角低め。

最後は132キロの直球で、当てにきたバットを掻い潜る。

 

空振りの三振で、先頭打者を切り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード152

 

 

 

 

 

まずは初陣、紅海大相良との試合は三者凡退で幕を開けた。

 

先頭に対してはストレート3球で見逃し三振。

続く2番に対しては、2球目のスライダーを引っ掛けさせてセカンドゴロ。

3番に対しては、小さく動かしたカットボールでサードゴロ。

 

 

この初回で球数は8球。

 

いい感じで、節約しながら投げることができた。

 

 

 

「悪くねーな。一巡目は低めをしっかり打ってくれそうだから、この調子で打たせていこう。」

 

「ああ。」

 

 

ねじ伏せるも一つ。

しかしそれでは、こちらの消耗も激しくなる。

 

 

俺のスタミナは有限だ。

 

特に連戦になる夏場になってくれば、疲れもとれにくくなる。

日を跨いでも疲れは残るため、基本的に球数を抑えるに越したことはない。

 

 

 

2回以降は、ツーシームとカットボールを織り交ぜながら三振を奪っていく。

少しストレートの出力を抑えながら投げたため、所々痛打される場面はあったが、変化球は制球出来ていた。

 

 

ピンチになったら、もちろんギアを上げる。

 

あとは、カウント球と決め球で少し出力を変えながら投げていく。

 

 

 

 

(まあ、まあ。及第点ではある。)

 

 

失点こそしてしまっているが、今日はそこが課題ではない。

 

結局のところ、これは練習試合。

最悪今は勝てなくてもいい。

 

公式戦で、勝ち切ることができれば。

 

 

今日の課題は、省エネと出力変更。

ストレートもカウント球と決め球での出力を変える。

 

 

今までもやってきたことだが、より明瞭に。

相手が追い込まれてからギャップを感じやすいように。

 

 

そうだな、言葉を選ばなければ、相手に俺のストレートを誤認させる。

 

カウント球で使っているストレートは、あくまで見せ球。

厳しいコースに決めて、相手に誤った球の速度感を植え付ける。

 

 

そして最後に、追い込んでから。

いきなりギアを入れたストレートを投げ込めば。

 

打者からしても、前の球よりもいきなり勢いのある球がきたら相手も反応できない。

 

 

具体的に言えば、そうだな。

高い確率で打者は詰まる、もしくは振り遅れる。

 

 

ある程度節約しながら、且つ決めるところではしっかり決め切る。

さらに相手にも、迷いを生むことができる。

 

完璧ギアチェンジができることが前提なのだが。

 

 

 

 

 

 

この日俺は7回を投げて2失点。

援護があった為ある程度余裕を持って投げていたこともあり失点はしてしまったが、纏まってくれたからよかった。

 

打線は相手エースの野上を完全にうち崩し、序盤から大量得点。

 

 

2回に前園のタイムリーで先制をすると、そこを切り口に追加点。

 

俺がマウンドを降りる7回時点で8得点と、打線も絶好調をアピールした。

 

 

 

リリーフで登板したのは、サイドスローの川上。

甲子園でこそあまり出番はなかったが、その反動か本人もかなり気合いが入っていた。

 

いつもよりストレートも走っており、低めのスライダーとシンカーを振らせる「彼らしい」ピッチングで、2回をピシャリと押さえ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、この日の2試合目。

先発のマウンドには、沢村が上がる。

 

オフのトレーニングで鍛え上げてきた下半身と、上半身。

 

以前よりもフォームが安定したことで、制球力も良くなった。

 

 

さらに、多くの球種への挑戦。

長いオフの期間だったからこそ着手できた、新たなる武器。

 

 

その一つが、彼の新たなる武器である変化球。

それが、カットボール改と呼ばれる高速で大きく変化するボールだ。

 

俺が投げているそれよりも大きく、それでいて高速で変化する。

 

 

ストレートと同じ振りで緩く変化するチェンジアップと、相反する変化球。

もう一つの決め球として、生まれた。

 

 

 

さらに言えば。

もう一つの、今習得途中のもう一つの決め球。

 

まだ完璧に操ることができるわけではない暴れ馬だが、これも大きな武器になっていくはずだ。

 

 

まあ、それに関しては追々。

今はまだ、その時じゃない。

 

 

 

 

この試合の沢村は、5回を1失点。

序盤から変化球の制球が乱れていたものの、要所要所ではしっかりストレートで締め直して試合をしっかりまとめ上げた。

 

残りの4回。

ここでマウンドに上がったのは、春から一軍に合流した二年生の金田。

 

 

この日も決め球のフォークがキレており、しっかり低めに投げ切った彼が4回を2失点。

打線の援護もあり、落ち着いて投球しているのが見てとれた。

 

 

ゴールデンウィーク初日の2試合は、ともに快勝。

1試合目は10得点、2試合目は6得点と計16得点で打線の好調ぶりを見せた。

 

 

 

あ、ちなみに今日の俺は8打数の4安打3四球。

打撃もまあまあいつも通りの感覚で打てていたし、それが相手投手にあっていたからしっかりヒットも打てた。

 

相変わらず長打は少ないが。

 

 

 

全体的にいい滑り出しができたかな。

俺含め、投手野手ともに上手い具合に噛み合っている。

 

 

 

 

 

 

 

このままの調子で迎えた2日目。

 

今日は午前中の1試合のみとなっており、先発は降谷。

 

 

相手は千葉県の専修八尾。

前回の大会でも県ベスト4に入る強豪校であり、左右のダブルエースを有するチームだ。

 

 

俺はいつも通り、2番センターでスタメン出場。

相手はチームのエースである左腕、山木がマウンドに上がる。

 

 

 

投手戦になるため先発の降谷の調子が試合を決めるかな。

 

そう思いながら迎えた初回。

この日は特にカーブがしっかり制球できており、速いボールとの緩急で今までにない引き出しを作ることができていた。

 

 

ストレートは最速151キロだったがそれ以上に威力があり、緩いカーブとのギャップで三振を量産。

7回を投げて11奪三振の被安打5で1失点。

 

フォアボールは3つとあまり多くなかった(本人比)ため、しっかり試合を作ることができていた。

 

 

 

後を継いだ東条は、2回を投げて1失点。

 

 

打線は序盤こそ山木に抑え込まれるものの、中盤に連打で先制。

終盤にもしっかりと追加点を奪い取り、4−2で勝利した。

 

 

 

この二日間で、まずは三連勝。

打線も然り、投手がそれぞれ頑張っていた。

 

特に不調気味の選手も調子が上向きになってきたこともあり、いい具合に仕上がってきている。

 

 

ここから始まるのは、強豪との二連戦。

それも、甲子園常連のチームである。

 

 

まずは、しっかりと目的を持って試合を迎えることは当たり前。

 

課題を改善する、その上で勝ち切ること。

 

 

 

これがまず、大事になる。

 

 

明日は徳島の好永高校を迎え入れて。

特に4番の志麻は、今年のドラフトでも有望株の大型スラッガーだ。

 

相対するからには、抑えたい。

 

 

まあ、楽しみではあるからな。

俺も、全力で向かっていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード153

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、来たか。」

 

 

ゴールデンウィークも迎えるところ3日目。

この練習試合ラッシュの大一番である、好永高校との試合。

 

徳島から遥々やってきた彼らに敬意と感謝を感じつつ、大野は試合に向けて身体をほぐしていた。

 

 

「徳島っつーと四国だからな。本当に遥々だよな。」

 

 

しかしこの好永高校もまた、この青道と練習試合がしたいと心待ちにしていた。

それこそ、遠路遥々この東京の地に訪れるほどには。

 

 

青道高校といえば、甲子園でもトップクラスの投手王国。

特にエースと二年生のダブルエースクラスピッチャーは、全国でも有数の好投手が3人揃っているという魔改造ぶり。

 

 

エースの大野夏輝は、今大会で全国から一気に注目を集めた右腕。

球速こそMAXで140キロと、お世辞にも高校野球でも平均少し上くらいの速さ。

 

しかしながら、並外れた回転数と綺麗な縦回転を描くフォーシームということもあり、他に追随させない圧倒的なキレを誇る。

 

 

また、それと対をなす多彩な変化球もまた、一級品。

 

 

まずは彼を形容する変化球の、ツーシーム。

 

本来のそれは高速で利き腕側に小さく沈み、ゴロを打たせるムービングボールの一種だが、大野のそれは同方向に高速で大きく落ちる。

 

 

また、選抜で姿を見せた新たなる魔球が、カットボール。

 

ジャイロ回転をしながら真横に高速で曲がるこのボールは、その独特な浮き上がるような軌道とストレートのようにノビがあるため高めで空振りを誘う。

 

 

さらにカーブとチェンジアップも、このストレートとのギャップが生まれて空振り、もしくは打ち損じをさせるにはもってこいのボールもある。

 

 

そしてその全てを完璧に制球する能力。

外角低めから内角高め、さらにはストライクボールの出し入れも徹底的にこなす。

 

失投も少なく、1試合を投げ切るスタミナもある。

 

それでいてピンチになるとギアを上げるクレバーさと精神力も持ち合わせている。

 

 

まさに、エース。

チームに勝ちをもたらす、絶対的な投手である。

 

 

 

 

 

 

しかし、青道高校の強みは、この大野以外にも全国レベルの投手がいるということ。

 

 

まずは、降谷暁。

大野とは打って変わって、完全な本格派右腕で、最速155キロの速球とキレと落差ともに申し分ないフォークボールを武器にガンガン三振を奪う投手。

 

この選手は大野がいなければ、それこそ新聞の一面を飾ってもおかしくないほどの能力がある。

 

 

 

そして、沢村栄純。

出所の見えにくい変則フォームから、キレのあるボールを内外に決める左腕。

 

ノビのあるストレートと、手元で小さく沈むムービングファスト。

そして決め球でもある緩いチェンジアップと、大きく鋭く変化するカットボール改をコースにしっかり決め切る、安定感のある投手だ。

 

 

この3人を中心に、サイドスローの川上と軟投派の東条とそれぞれが個性の強い投手陣が最大の売りである。

 

 

 

 

また、これでいて打線も強烈。

4番のクラッチヒッター、御幸一也を中心に個性だらけの打者たち。

 

特に上位打線での連携から、下位打線からのチャンスメイクと、どこからでも得点が奪える、相手投手からしても嫌な構造をしている。

 

 

 

そんな現在でもトップクラスの強さを誇る高校との練習試合であれば、ここまでの距離があろうと赴く理由にもなろう。

 

 

 

 

 

キャッチボールをしながら、大野は打撃練習をする志麻に目を向ける。

 

その大きな身体を揺らして、力感のないスイングから長打を放つ姿は、まさにアーチスト。

ホームランを打つために最適化されたフォームで、そのバットから快音を連発させる。

 

 

「すごいな、よく飛ぶ。」

 

「まあな。当たればだけど。」

 

 

そして、よく当たる。

三振かホームランが基本なのだが、スイングスピードが速いから対応力も高い。

 

だからこそ、この世代でもトップの本塁打数を誇っているのだ。

 

 

 

「調子は?」

 

「身体のキレはある。前回の登板のおかげで、上手い具合に調整出来てる感じかな。」

 

 

相手は、全国でも随一のホームランバッター。

せっかく相手をするのであれば、やはり調子が良い方が良いに決まっている。

 

 

それ以上に、捕手御幸としては。

自軍のエースであり、相棒である大野が何処まで通用するのか。

 

 

否、どこまで志麻を圧倒できるか。

 

それが楽しみで、仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそんな中、当の大野は。

 

 

(んー、身体がキレてはいるんだけど。)

 

 

普段と違った、「違和感」を若干ながら感じていた。

 

 

確かに、普段よりも広背筋や肩肘の可動域が広いような気がする。

身体も軽いし、疲れも残っていない。

 

何より、指先の感覚が普段より鋭利になっている。

 

ボールに力を伝える感触、回転をかける位置と強さの把握。

いつもより、研ぎ澄まされている感覚はあった。

 

 

 

 

ここまで大野の感覚を並べてみると、一見いい事づくめに見える。

 

実際身体の調子自体は良いのでその認識で間違いは無いのだが、当の本人からすれば、それは違和感でしか無かった。

 

 

普段と違う感覚。

普段と違う、身体の状態。

 

状態は良いのだが、どうにも。

 

 

自分の意識というか、脳と身体で齟齬があるように感じたのだ。

 

 

 

 

そしてそれは、試合ですぐに顕著にあらわれた。

 

 

青道が三者凡退でスタートした、1回の裏の守り。

マウンドに上がったのは、この日先発予定のエース大野夏輝。

 

 

先述した通り、コントロールが良くフォアボールは極端に少ない。

比較的立ち上がりも安定しているし、初回からしっかりと立ち回れる投手なのだが。

 

 

「ボールフォア!」

 

 

いきなり、2者連続のフォアボール。

 

普段からフォアボールを与えない、それどころか余分なボール球を投げない大野。

そんな彼がいきなり、フォアボールを与えた。

 

 

球は悪くない。

受けている御幸から見ても、普段とさほど変わらないキレがある。

 

しかし、これがとにかく引っかかる。

 

 

一般的に制球しやすいと言われるこのストレートが、中々コントロール出来ていない。

 

この状況に、御幸は可能性を2つに絞り込んだ。

 

 

ひとつは、一昨日投げたことによる疲労。

 

軽い疲労度で本人としては感じにくいこの疲れも、身体の何処かで溜まっているのかもしれない。

 

それこそ大野は、肘に爆弾を抱えている。

この肘に違和感があるとき、彼は制球が一気に乱れる。

 

 

しかし、この線は薄いだろう。

なぜなら、もし痛みや疲れがあるとしたらこちらに報告して来るはずだからだ。

 

 

元々調子が悪い時には、試合前に御幸と相談をして、その日の調子に合わせて配球を組み立てるようにしていた。

 

それに加え、昨年の怪我以降、違和感や痛みがあればすぐに報告してくれるようになった。

 

 

負けない為に、チームの為に。

ココ最近は逐一報告を忘れずに、行っていたのだ。

 

だからこそ、大野の不調や怪我の線は薄いと感じていた。

 

 

 

 

 

 

となれば、この乱調は何故か。

それが、もう1つの御幸が感じた「可能性」である。

 

彼がかなり前に、制球を大きく乱したときのこと。

 

 

 

遡ること、1年前。

大阪桐生との、練習試合。

 

彼は今までとはまた違った感覚を指先に宿したとき、脳内のイメージと実際の身体の動きに齟齬が生まれ、上手く制御できていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

2人目の打者にフォアボールを出し、大野が帽子の鍔に手をかけて息を吐く。

 

それを見て、御幸はすぐにマウンドへと駆け寄った。

 

 

 

 

 

 






大野くんの進化は終わりません。
そして、他の投手の進化も同様です。



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エピソード154



今回も例の如くガバです。
ご了承ください。




 

 

 

 

(なんだ、コントロールいいんじゃないんか。)

 

 

打席に入る好永高校の主将である栗原は、そのマウンドにいる投手に目を向けてそんなことを考えていた。

 

 

前評判というか、甲子園での彼の評価は、絶対的な制球力と球のキレで強気に攻めてくる超高校級投手と呼ばれた完全無欠のエースと言われていた。

 

それこそ、多くの野球有識者の中では、この大野こそが世代最強右腕と言われるほどに。

 

 

的確に四隅を攻め、キレのある直球と高速で変化する変化球で打者をねじ伏せる。

与四球が非常に少ないながらも奪三振が多いと、なんとも完成度が高い。

 

 

 

そういう意識で、この青道を遥々訪れてきたというのに。

蓋を開けてみれば、いきなり連続フォアボール。

 

 

今日はたまたま乱調なのだろうか。

 

だとしたら、とんだ不幸だなと思いながら、栗原はバットを幾度か振った。

 

 

 

 

 

「どうした。どこか痛むか。」

 

 

らしくないエースの姿に、御幸は思わずそう聞いた。

 

元々、乱調自体はそんなに多くない。

むしろ、少ない方だ。

 

試合途中で制球が乱れたりすることはあるものの、ここまで大きく乱れたことは久しかった。

 

 

ミットを口元に寄せ、2人が向かい合う。

 

すると、御幸の質問を否定するように彼は首を横に振り、返答するべく口を開いた。

 

 

「違和感があるか、どこかに。」

 

「俺の意識と感覚に乖離がある。悪いわけじゃないんだが、なんとなく噛み合っていない。」

 

 

身体のキレというか、状態は悪くない。

寧ろ、いつもよりも可動域が広いし、感覚は研ぎ澄まされている。

 

しかし、裏を返せば、普段とは違う状態ということ。

 

 

繊細な感触の持ち主である大野からしたら、それが「違和感」として感じてしまうのも仕方がないことであった。

 

 

「少しアジャストに時間がいる、付き合ってくれるか。」

 

「何年バッテリー組んでんだよ。」

 

 

そう言って、御幸が右手の拳で大野の胸をトンと叩く。

 

 

(2人で地獄は見たからな。死なば諸共、最後までお前に付き合うって決めてんだよ。)

 

 

あの時。

昨年の夏、エース同士の力投の末に敗れ、甲子園を逃した試合。

 

あの時、大野の異変に気がつくことができなかったことに、彼は不甲斐なさと大きな後悔を感じた。

 

 

同時に彼の中で芽生えたのは、彼を頂点に連れて行きたいという、野心。

 

ここまで勝ちに恵まれず、その勝利のために自己犠牲をしてきた。

そんな彼が頂点に立つことができなければ、それこそ報われないと感じていたのだ。

 

 

勝てなかったから、もっと強く。

 

そして遂には、頂に手が届いた。

 

 

それでも。

ここまでの彼のことと実力を考えれば、まだ足りない。

 

ただ純粋に、強く。

遥か遠くに、その先に。

 

夢のまた、その先に。

 

 

何より、今より高く飛べるのなら。

 

それこそキャッチャー冥利に尽きるというものだ。

 

 

 

 

「それが、キャッチャーの役目、だろ?」

 

「…そうだったな。頼む。」

 

「おう。気にすんな。」

 

 

2人で笑い、いつものように大野がグローブを顔の前に差し出す。

それに応えるように御幸もとんとミットを当てた。

 

ホームベース側に戻る御幸を背に、大野が手のひらで白球を転がす。

 

 

(さて、と。ああは言ったが、だいぶ感覚は掴めてきた。少し整理しよう。)

 

 

ここまで投げたボールは、10球。

 

そのうち大きく外れた球は4球で、いずれも引っ掛け気味にバウンドしているもの。

 

 

可動域が少し増えている為か、腕の振りが大きくなっている。

 

その振りが大きいからこそ、遠心力と反動の関係で、普段よりボールに力が乗りやすくなっている。

 

故に、普段とはまた違う感覚になっているのだ。

 

 

 

(いつもの引っ掛けるイメージよりも、押し込む感覚を強くしてみるか。)

 

 

指の感覚と、意識を擦り合わせる。

幸い今日は手先の感覚が鋭利な為、最後の一押しを変えてみることは出来る。

 

 

息を吐き、リセット。

 

イメージは、ボールの中心にあるコルクを、思い切り押し込むイメージ。

より強く、回転をかける気持ちで。

 

かと言って、持ちすぎない。

引っ掻くよりも、押し込んで回転をかける。

 

 

 

 

対する3番。

このチームで最もバットコントロールが良く、長打もある左打者。

 

整理した内容を落とし込み、大野は投げ込んだ。

 

 

まず初球。

少し浮いたストレートを見送り、まずは1ストライク。

 

 

2球目。

ボールゾーンに抜けたが、先程より力のあるボール。

 

それを確認きて、御幸は大袈裟に頷いた。

 

 

(大丈夫。確実に良くなってる。コースは気にせず、とりあえず今は感覚を優先させろ。コマンドはその後考える。)

 

 

はっきり言って、リードをする御幸側からすると、制球が効かないというのはかなり厳しい。

 

しかし、出来ないことをやれというほうが非現実的だ。

 

 

それに、これは大野の飛躍の為。

悪いながらも何とかまとめて試合に勝つという思考から、自分のいいピッチングの為に、やろうとしている。

 

口には出していないが、御幸の目にはそう映った。

 

念願というか、自分の為に投げて欲しいという思いが伝わったような気がして、御幸としては嬉しい気持ちの方が先行していた。

 

 

 

3球目、4球目と続けてボール球。

カウント3-1と、らしくないボール先行のカウントになる。

 

しかし、徐々に球のキレは良くなってきている。

 

制球も大きく引っ掛けたり抜けたりではなく、ゾーンには近づいてきた。

 

 

5球目、外の低め。

ギリギリ…という訳では無いが、厳しいコース。

 

栗原も振りに来るも、前に飛ばずファール。

 

 

(OK、良い感じ。)

 

(感覚はほぼ掴んだ。これなら、決められる。)

 

 

指先の感覚。

そして、いつもより広い可動域。

 

普段とは違う身体の状態と、イメージの齟齬。

 

擦り合わせて、纏まった。

 

 

 

まだ完璧にアジャストしている訳では無い。

しかし御幸は、思い切ってコースを指定した。

 

 

構えられたコースは、外角の低め。

大野が最も得意なコースであり、これまで組んできて最も多く要求してきたコース。

 

原点投球。

 

彼らにとって正にそう言うに相応しい、そのコース。

 

 

(思い切ったな。)

 

(まだ難しいのはわかる。振り切って、最悪周辺に来てくれればいい。)

 

(やってみなけりゃわからん。投げるさ。)

 

 

サインに頷き、チラリとランナーを見る。

 

動く素振りはない。

どちらにせよ、ここはバッターに集中する他ない。

 

 

(ここまで何度も投げてきたろ。)

 

 

息を吐き、大野は投げ込んだ。

 

全身を使い、身体を縦回転。

ボールをリリースするとき、いつもより押し込む。

 

 

(…ここで、強く!)

 

 

投げたボールは、外角低め。

いつもとほぼ同様のコースに、突き進む。

 

しかしその速度は。

 

 

(…速い!)

 

 

打者である栗原も、先程までのボールとの違いに驚愕。

 

実際の球速もそうだが、球のキレがさらに上がった。

何より、強度。

 

ボールの圧力というか、威力が増している。

 

 

この強いボールに、流石の栗原も反応が遅れた。

 

 

 

「ボールフォア!」

 

 

思わず、大野が前屈みになって表情を歪める。

同じく御幸も、同様の反応を見せる。

 

 

(うーん、我ながらいいボールだと思ったけど。)

 

(仕方ない。反応はされてなかった。強度もあるし、コントロールもいつも通りになってきた。ここからはいつも通り配球するぞ。)

 

(了解。)

 

 

元々コンディションは悪くなかった。

寧ろ身体のキレはいいし、感覚もいい。

 

だからこそ、これがアジャストしてくれれば、ボール自体は普段よりもいい物になるのだ。

 

 

 

しかし、ここで打席に入るのは、志麻。

全国最高峰のホームランアーティストが、打席に入る。

 

0アウト、満塁。

犠牲フライでも、1点。

 

それどころか、一発出れば一挙4点である。

 

四球を出せば、押し出し。

 

 

逃げ場のない状態で、このバッターを迎えた。

 

 

 

(ハナっから逃げる気なんてねぇだろ。)

 

(当たり前だ。ここでこの打者を捩じ伏せられないようじゃ、二冠は夢で終わりだ。)

 

 

 

帽子を被り直し、一度目を瞑る。

そして、軽く深呼吸。

 

ここまでの状況を、まずはリセット。

 

ピンチなのだが、大野は敢えて全てを忘れて、目の前の打者だけに集中した。

 

 

キラリと光る、青い瞳。

その瞬間、御幸も頷いてミットを構えた。

 

 

コントロールが効くことは、わかった。

あとは、完璧に決められるか。

 

 

 

(さあ来い、東京の怪物。その手並み、見せてもらおう。)

 

 

どっしりとしたスタンスで、力感なくバットを揺する。

懐が深く、強打者特有の打ちそうな風格がある。

 

甘く入れば、飛ばされる。

満塁、打者は満塁に強い打者。

相手は、全国屈指のホームランバッター。

 

 

練習試合とはいえ、最高潮の緊張感。

 

対する大野は、まだ本調子ではない。

 

 

しかしこの不利な状況。

寧ろ大野にとっては、この緊張感こそが毎度の覚醒の糸口となっていた。

 

 

 

(初球で多いのは、外角低め。だがピンチになると、強気でくる。)

 

 

今までの見てきた傾向を整理し、志麻はバットを掲げる。

 

予測したコースは、内角低め。

速いボールというか、自身のあるストレートを内角低めに決めてくる。

 

 

(甘く入ったら、狙う。)

 

 

そして志麻のその予測は正しく、御幸も内角に構えた。

 

 

全身を捻転する、豪快なフォーム。

そして腕を大きく振るい、縦振りで投げ込んでくる。

 

 

 

狙ったコースは、内角低め。

ボールは志摩のバットを掻い潜って、御幸の構えたミットの位置に完璧に入り込んだ。

 

まずは、1ストライク。

それ以上に、志麻に与えた衝撃は計り知れなかった。

 

 

狙ったコース、狙った球種。

そして、球速は絶好の速さ。

 

当たればよく飛ぶ、縦回転の要素の多いストレート。

 

 

しかし、当たらない。

 

 

視認した、そしてイメージしていた軌道とまるで違う。

 

途中で加速するように、そして浮き上がるように伸び上がる。

 

 

 

 

何より、志麻の目で見た大野のストレートに対する率直な感想は。

 

 

(速い。)

 

 

今まで見てきたストレートで、圧倒的に速い。

それは実際の球速ではなく、体感速度の話。

 

純粋な縦回転で且つ、全身を使って強い回転をかけるから、初速と終息の差が限りなく少ない。

 

だからこそ、打者から見たギャップが大きいため、早く感じやすいのだ。

 

 

そして、当の大野も。

 

 

(今の感覚。いつもと違う。)

 

 

先日の試合で投げたせいか、肩周りや肘、広背筋の可動域が広がっている。

より身体のバネが使える為、普段よりも球に力が乗っている。

 

 

いつもより速いストレート。

コントロールも、完璧に決まる。

 

 

この緊張感の溢れる試合で、大野はさらに蓋を開けた。

 

 

 

 

志麻に対して、三球三振。

それも全て、純粋なフォーシームを続けて、ねじ伏せた。

 

さらに次の打者である5番に対しては、小さく動かしたツーシームを引っ掛けさせてダブルプレー。

 

 

バタバタした初回の守りは、大野夏輝の圧巻の投球で無失点で切り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







今回の覚醒は、一時的なものです。
2日前の投球で身体がほぐれて、可動域の限界値が広がったような感じで。

なのでこの試合が終われば戻ります。


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エピソード155

 

 

 

 

 

「うーん、中々。」

 

「まあ、仕方ねえな。球の力があるから抑えられてるけど、いつも通りとは行かねーよ。」

 

 

試合は、終盤。

好永高校との練習試合は、4−2と俺たち青道高校リードで、7回の守りを終えた。

 

俺はここまで7回を2失点の、13奪三振。

 

被安打は4、しかしフォアボールは4個。

 

 

概ね悪くないのだが、なんだかな。

今日の身体の状態にアジャストできなくて、少しバタついた。

 

初回はもちろんだが、やはり中盤でも少し制御が効かない場面があったかな。

 

 

やはり、ストレート。

ギアを入れると、少し乱れる。

 

ただ、ピンチで志麻に回った際はしっかり抑えることができているから、そこはOKだな。

 

 

ベンチに戻り、汗を拭う。

 

やはり5月になり、少し気温も上がってきた。

そのせいか、かなり汗が出てしまう。

 

 

 

「疲労度はどうだ。」

 

「身体は特に。少しペースをあげても、最終回まではいけます。」

 

 

 

ギアチェンジしてるから気疲れはしてるけど。

あとは普段とまた違う感覚ってのもあって。

 

しかし、身体の状態でいえばまだ問題ない。

 

 

「なら、残りのイニングも頼むぞ。」

 

「あ、勿論です。」

 

 

なんだ、続投か。

 

いや勿論最後まで投げ切るつもりだったのだが、いつもの感じならここでリリーフにスイッチすることが多いから、今回もそのパターンだと思っていた。

 

 

 

「今日以降もまだ連戦だからな。大会でもお前は完投起用になるだろうし、投げられるのなら9回まで行ってもらいたいところはある。」

 

 

補足するように、落合コーチがそう言った。

 

確かに、俺はイニングイーターとして評価されている部分もある。

球数も少なく後半に大崩れすることもないから、最後まで投げ切ることが多い。

 

 

まあ実際、俺のエース像はチームを勝たせる完投投手。

だからこうして評価されるのは、いつもながら素直に嬉しい。

 

 

「実際のところ、疲れはどうだ。」

 

「身体はな、まだ。気疲れはしたけど。」

 

「身体は何割くらいだ。」

 

「八割くらい。初回のバタバタがあったから、余計に疲れたな。」

 

 

ただ、9回までは行ける。

 

疲れはあるが、今の身体の状態にもアジャストできているから、今は効率よく投げられている自覚はある。

 

 

 

 

 

8回の守りもまた、無失点。

下位打線相手とはいえ、しっかりと抑えることができた。

 

球数は、ここまでで121球。

 

少し多い気がするが、許容範囲だろう。

 

 

対する相手投手である増田もなかなか得点を許さない。

途中交代した7、8、9回をしっかりと無失点に抑え込み、反撃の糸口を掴ませない。

 

 

相手も全国の猛者というわけか。

やはり、こちらに流れを掴ませてくれない。

 

強いチームだ。

 

だが、負けるわけにはいかない。

 

 

「最後だ。油断すんなよ。」

 

「上位だからな。言われんでも、気は勝手に入る。」

 

 

俺が答えると、御幸が小さく頷く。

 

さあ、最後の守りだ。

相手は、上位打線。

 

 

勝つだけでは、足りない。

相手がこのあと戦ったら勝ち目がないと、そう感じるほど完膚なきまでにやる。

 

この大事な時期に、練習試合をしているのだ。

 

プレッシャーの一つや二つ、かけさせてもらう。

 

 

 

「いつも通りの配球で行く。捩じ伏せるぞ。」

 

「OK。」

 

 

要所要所で力を入れる。

それも、俺のピッチング。

 

しかし今求められているのは。

 

 

相手に手も足も出ないと感じさせる、圧倒するピッチングだ。

 

 

先頭の1番に対しては、ストレート2球で追い込んだ後に、カーブを振らせて空振り三振。

 

まずはテンポ良く、斬り捨てた。

 

 

 

続く打者は、選球眼のいい2番。

 

早打ちはせず、相手に球数を投げさせて失投を待つタイプ。

初回もいきなりフォアボールで出塁されるなど、嫌らしいバッターではある。

 

 

 

 

裏を返せば、簡単に追い込むことができる。

ゾーンで強気に攻めていくのが、シンプルで且つ最も効果的な対処法。

 

ギリギリに強い球を決めることが、求められる。

 

 

(できんだろ?)

 

(当たり前だ。何年やってきてんだよ。)

 

 

まずは、インロー。

膝元に反応出来ないボールを、投げ込む。

 

やはり、バットを出してこないか。

 

これが内角低め、膝元いっぱいの決まってストライク。

 

 

 

2球目、今度は外角低め。

今日のゾーンは若干外に狭い気がするから、そこも加味して狙う。

 

これもいっぱいに決まる。

 

しかし相手も予測していたのか、バットを振ってきた。

前に飛ばなかったものの、バットに当ててファール。

 

 

(結構引き付けているのを見るに、外狙いか。それも速いボール。)

 

(インコースで決めるか?)

 

(いや、外で行こう。ストレートの支点で、そこから落ちるボールで。)

 

 

縫い目を90°ずらし、指にかける。

 

シュート回転を強くかけながら、落とす。

できるだけ指にかけて、速度は落ちないように。

 

 

俺の、俺だけの決め球。

 

ストレートと同じく、俺を象徴するボールの一つ。

 

 

このボールを要求通り決める。

御幸の構えたコースにドンピシャ、しっかりとストライクからボールに落ちて空振りを奪うボールで、三振に切ってとった。

 

 

 

 

 

あと一つ。

御幸に向けて人差し指と小指を立て、頷く。

 

 

しかし、ここからクリーンナップ。

できれば志麻まで、回したくない。

 

相手はバットコントロールが良く、選球眼もいい栗原。

 

塁に出るには、持ってこいの打者。

一発の怖さがない分、出塁率が高く嫌なタイミングで塁に出る。

 

はっきり言って、志麻の前にはいて欲しくない。

 

 

 

(左だし、カットを使っていくか。)

 

(傾向的には変化球打ちが多い気がする。選球眼も良いから、強い真っ直ぐで空振りを取りたい。)

 

 

しかし2球目、狙われた。

 

外の少し甘く入ったストレート。

これを詰まりながらもセンター前に運ばれ、出塁を許す。

 

 

失投という程では無い。

 

しかし、上手く打たれた。

 

 

 

(悪い、少し甘く行った。)

 

(仕方ねえよ。抜けてるわけじゃねーし、打つ方も上手かった。)

 

 

とはいえ、できれば許したくなかったランナー。

志麻の前に出るというのは、それだけで大きな意味を持つ。

 

ただのヒット一本とは、訳が違う。

 

 

(割り切るしかない。切り替えて、志麻を打ちとろう。)

 

(了解。ここはギアを入れる、リードは任せる。)

 

(おう。)

 

 

感覚を研ぎ澄まし、集中力を高める。

 

相手は全国屈指の打者。

この2点ビハインドの場面、必ず狙ってくる。

 

 

1発出れば、同点。

何より、一気に流れを掴める。

 

 

こういう場面、4番は強い。

 

 

 

(身に染みているからな。俺は。)

 

 

極限まで集中力を高めた後、目を開ける。

 

 

今のところは、4タコ。

しかしそれが、当てになるような選手ではない。

 

 

威圧感もそうだが、それ以上に。

投げ込んでこいという、懐の広さ。

 

ストライクゾーン全てをホームランにしようという、誘い込んでくるような感覚。

 

これが、ホームランアーティスト。

全国トップの、ホームランバッター。

 

 

 

 

 

 

 

 

それがどうした。

相手がなんであろうと、俺は青道のエースだ。

 

 

打てると言うなら打ってみろ。

生易しい球は、投げるつもりはないからな。

 

 

 

息を吐き、全身を捻転。

 

そして、内角低めにストレートを投げ込んだ。

 

 

「っらァ!」

 

 

このストレートに、空振り。

志麻も思わず、態勢を崩した。

 

 

やはり狙っているのはストレートか。

 

カーブを打つのも上手いから、変化球を使うなら速いボールで行きたい。

 

 

(ストレートは走ってる。これで押していきたいのは山々なんだが…)

 

(リードは任せると言ったろ。お前の考える最善ならば、俺はそれに従うだけだ。)

 

(…なら、インコースに切れ込むツーシームで行こう。ストレートを打ちに来てるから、振るはずだ。)

 

 

要求通り、インコースのツーシーム。

少し甘めのコースから、内のボールゾーンに切れ込んでくるこのボールは、御幸の目測通り志麻のバットを掻い潜った。

 

ストライク2球。

 

 

これで、追い込んだ。

安直に攻めるなら同じコースだが、恐らくバットに当ててくるはず。

 

それに、俺のツーシームは続ければ反応される。

 

 

ストレートとの球速差とキレがある為、基本的には真っ直ぐと誤認して振らせるというのが俺の決め球。

 

しかし単体で見れば、少しスピードのある落ちるボールだ。

反応される可能性も大いにある。

 

 

(もう一球、ストレートでいく。インコース、見せ球。)

 

(OK。)

 

 

1球、ボールゾーンにストレート。

最後のボールを生かすための、所謂見せ球と呼ばれるボール。

 

インコース、胸元にストレートを投げ込む。

 

 

バットが、出かけた。

しかし、止まった為1ボール2ストライク。

 

まだ俺たち有利のカウント。

 

 

遊び球は使えるが。

ここは、勝負だな。

 

わざわざ、打ち気になっている状態を逸らす必要も無い。

 

 

(振らせよう。高めに、お前のカットだからこその軌道を描け。)

 

(俺のボールで、ね。)

 

 

抑えるのは、絶対条件。

 

今見せなければ行けないのは、圧倒。

俺らしく、それでいて相手を捩じ伏せる。

 

 

 

沢村に無ければ、降谷にもない。

ノリにも東条にもない。

 

俺だけの、決め球。

 

 

 

 

外角の高め。

ストレート軌道で突き進むボールに、志麻もバットを出す。

 

完璧なスイング、完璧なタイミング。

 

 

でもそれじゃあ。

 

 

「当たらねえよ、ホームランバッター。」

 

 

最後は空振りの三振。

小気味良いミットの破裂音が響き渡ると同時に、俺の咆哮が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード156

 

 

 

 

 

「しゃあ!」

 

 

グローブを叩き、声を上げる。

 

ホームベースからこちらに向かってくる御幸も右拳を握り込み、喜びをあらわにした。

 

 

タフな試合になった。

 

たかが練習試合。

しかし、この緊張感でしっかり勝ち切れたことが、まずは嬉しかった。

 

 

「ナイスピッチ。」

 

「らしくなく、はしゃいじまった。」

 

 

少し、気恥ずかしい。

しかし御幸は、そんな俺に茶化しながらも、笑って言った。

 

 

「俺としては、それくらい感情出してくれた方が見ていて気持ちいいぜ。嬉しい時は嬉しいって目に見えた方が、他のやつはわかりやすい。」

 

「そんなものか。」

 

「そんなもんだよ。」

 

 

そんなやり取りをしていると、遠くから近づいてくる影。

 

やけに、大きい。

青道にはいない、巨漢がこちらへやってきた。

 

 

「やられたよ。凄いな、君は。」

 

 

対戦相手の、志麻だ。

今日の成績は、5打数の無安打、3三振。

 

元々三振かホームランの打者だけに、当たらない日があるのは仕方ない。

 

その一発があるからこそ、攻めている側は怖いものだ。

 

 

今日抑えても、次はどうか。

甲子園で当たったとき、もしかしたら爆発するかもしれない。

 

 

「プレッシャーは感じていたからな。第一打席も最後の打席も、すごい緊張感だった。一発貰ってりゃ、分からなかった。」

 

「よく言う。完膚なきまでにやられた。また出直しだ。」

 

 

正直、この志麻はかなり警戒していたからな。

俺も力を入れていたし、打たれないように厳しく攻めていた。

 

 

「だが、面白かった。また会おう。」

 

「ああ。甲子園で会おう。次も打たせん。」

 

 

そう言って志麻は笑うと、踵を返してこちらに背を向ける。

 

気持ちのいい選手だ。

プレーも、人柄も。

 

サッパリしているその様は、どこか東さんを連想させる。

 

 

甲子園、か。

また、負けられない理由が出来たな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

この連戦の目玉である、もう一つの対戦相手が、やってくる。

 

相手は、帝王実業高校。

 

漫画のような名前のチームだが、その実力もまた甲子園常連の強豪校。

 

 

野手は3番ショートの友沢を中心とした、強力打線。

それぞれが各々の役目を全うする、まさに打線。

 

投手もエースである久遠。

キレのある横滑りのスライダーとストレートを組み合わせる、本格派右腕。

 

最速148km/hの直球と、ある程度コースを纏めることできる制球力もある。

 

 

 

強いて言えば、ピンチになると制球を乱すことがある、というくらいか。

 

いや、投手としてはかなり致命傷なのだが。

それを補う打力があるから、あまり気にならない。

 

 

 

しかし、やはり警戒しなくてはならないのは友沢。

チャンスメイクからスイープ、そして一発も狙えると、この打者を起点に攻撃も始まることが多い。

 

スイッチヒッターで左右を苦にせず、守備も上手く、走塁も上手い。

 

天才型ショートで、走攻守全て揃った5ツールプレイヤー。

 

 

なんだろう、うん。

 

 

「倉持さん。君より松井っぽい人来たよ。」

 

「っるせ!俺も自覚あるっつーの!」

 

 

冗談はさておき、とにかくこの友沢に打たせないこと。

 

あとは他の打者たちも厄介だからこそ、警戒しなくてはならない。

 

 

2番の蛇島は、ミートが上手く、去年の亮さんに近いタイプ。

打率も高く、カットやバントなど幅広いプレイに対応できる、器用な打者だ。

 

あとは、4番の猛田。

チャンスの場面は勿論、サヨナラの場面や一打逆転の場面など、勝負どころに強い打撃がウリのバッター。

 

 

ここ3人は、特に注意して投げたいところだ。

 

 

 

 

こちらの先発は、沢村。

入学してから最も成長著しいこの男が、全国屈指の強豪校に挑む。

 

 

初回からストレートを軸に攻める沢村。

 

今日は制球が冴えており、フォーシーム以外にもカットボール改とチェンジアップでもカウントが取れていた為か、かなり優位に進める。

 

友沢に対しても、アウトロー2球とインコースカットボール改で3球勝負で三振を奪うなど、この日の好調ぶりを表していた。

 

 

この日も打線は好調。

初回から倉持が出塁すると、いきなりチャンスを作って満塁。

 

そこから御幸が走者一掃のタイムリーを放って一気に先制をする。

 

 

さらに白州が追い討ち。

犠牲フライで追加点をとり、初回だけで一気に4得点を奪った。

 

 

しかし中盤、帝王実業の強力打線が沢村に牙を向く。

 

 

6回、ここまで被安打1のほぼ完璧な投球をしている沢村に対し、2番の蛇島が打席に入る。

ここは彼の特徴的ないやらしい打撃を見せる。

 

12球粘ったのちに、フォアボールで出塁。

 

嫌な形でランナーを許すと、ここからクリーンナップ。

 

 

友沢。

ここで彼が、決め球のカットボール改を弾き返し、チャンスを広げる。

 

ノーアウトランナー1、3塁。

 

 

さらにチャンスに強い、猛田。

できれば迎えたくなかった場面で、迎えてしまう。

 

 

しかしここは、相手も強豪校。

 

初回のお返しと言わんばかりに、猛田が見せる。

 

 

沢村の外のストレートを捉え、フェンスオーバー。

ここで勝負強さが出た猛田の3ランホームランで、点差を一点に縮められる。

 

 

 

しかし沢村、しっかりと立ち直って6回3失点で投げ切った。

 

そこから先はノリにスイッチ。

が、ここで変わったノリが誤算だった。

 

 

先頭打者にフォアボールで出塁を許すと、連打で一気に失点。

 

下位打線から繋がれて、逆転を許してしまう。

 

 

なんか、迷いがあるんだよな。

制球は安定しているのだが、球に力が乗っていない気がする。

 

 

9回時点で、6−4。

なんとか逆転したい俺たち青道の攻撃は、9番の川上から。

 

ここで監督は、代打に由井を送り込む。

 

 

現在のベンチ内でも屈指の打撃能力を誇る、今年の夏の代打の切り札候補。

 

身体は大きくないが確かな技術があり、高い出塁率を誇る。

かつ、下半身が強いから、長打も放てる。

 

 

ここは由井がしっかりとチャンスを広げ、ツーベースヒットでアピールをする。

 

 

上位打線、チャンスの場面で倉持。

なんとなく、対戦相手の友沢に対抗意識を持っている彼が、今日はバットで見せる。

 

珍しく長打を放った彼が打点をつけ、1点差に詰め寄る。

 

 

0アウトランナー二塁。

 

続く俺が進塁打を打ち、1アウト三塁。

ここからクリーンナップに入る。

 

 

 

しかしここは、小湊が空振りの三振。

抑えの石井の外のスライダーに手が出てしまい、やられてしまった。

 

 

追い込まれた、俺たち青道。

 

ここで打席に入るのは、信頼できる男御幸。

 

 

一発出れば逆転。

一打出れば、同点のチャンス。

 

打席に立つのは、チャンスに強い我らが主砲。

 

 

甲子園から帰ってきてから、一皮剥けた。

チャンス以外にも、ここで打って欲しいという場面で、打てるようになってきた。

 

確実に成長している。

 

 

そして何より。

昨年の4番と、姿が重なるようになってきた。

 

 

(俺が全幅の信頼を置いていたバッターは、ここで決めていたぞ。)

 

 

左の打席で、バットを掲げる御幸。

 

相手もまた、好投手。

ピンチで割り切り、完全に切り替えている。

 

 

失点しても、最後に締めればいい。

それくらいの心意気で、きている。

 

 

初球、インコースに威力のあるストレート。

少しシュートしながらゾーンに入ってくるボールを見送り、1ストライク。

 

 

2球目、真ん中のスライダー。

これに空振り、早くも2ストライク追い込まれる。

 

このスライダーとシュートするストレートのギャップが、中々やりにくい。

 

 

 

3球目。

今度はストレート。

 

少し抜けているボールを見送り、1ボール。

 

 

4球目、ストレート。

今度はインコースにしっかり決める。

 

御幸も捉えるが、一塁線切れてファール。

 

 

5球目、同じくストレート。

 

やはり球威で押してきている。

これもファールで、カウントはかわらず。

 

 

 

ここまで、あくまでストレート勝負。

 

このボールを当てにしているのか、はたまた。

決め球に使うボールのための、見せ球か。

 

 

おそらくは、後者か。

 

というよりは、御幸がそうするように誘導している。

 

 

敢えてストレートにタイミングがあっているように見せて、決め球のスライダーを狙っている。

 

 

 

猛田がインコースに構える。

そして石井が、投げ込んだ。

 

少し甘く入った、スライダー。

悪いボールではない。

 

最後はボールに外れるインコースに滑り落ちる決め球には十分。

 

 

 

 

が、これを御幸は狙っていた。

 

元々パワーもあり、狙い球を絞れば悪球でも長打にすることもできる。

そして、今回は狙い球が完璧にあっていた。

 

 

インローのボール球を捉えた御幸。

 

完璧に捉えた打球は悠々と外野フェンスに届き、逆転の一髪を放った。

 

 

 

2アウトランナー二塁。

ここで4番の起死回生の一発で、サヨナラ勝利。

 

甲子園レベルの強豪校相手に二連勝で、俺たちは残りの試合をこなしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード157

 

 

 

 

長かったゴールデンウィークの連戦も、最終盤。

 

その残りの試合も何とか勝利を収めることに成功し、俺たちはこのゴールデンウィークの8連戦を全勝で切り抜けることができた。

 

 

さて、しかし手放しで喜ぶ訳にもいかない。

 

各々課題が出てきており、それを解消していかなくてはならない。

 

 

俺たち3年生であれば、残り3ヶ月。

もう既に、時間は残っていない。

 

出来ることをやっていき、出来ないことはある程度割り切るしかない。

 

 

俺で言えば、球速のアップは見込めない。

長期スパンで身体を作ってから芽の出ることに関しては、今からやってはもう遅い。

 

 

だからこそ、今できることをやるのだ。

 

 

沢村や降谷、東条。

彼らにはまだ、来年がある。

 

だから伸び代もあれば、壁にも当たる。

 

そしてその壁を超えて、強くなれる。

 

 

俺には時間がない。

いや、俺たちには時間がないのだ。

 

3年の俺にも、ノリにも。

 

 

 

 

トレーニングをしながら、シート打撃で投げるノリに目を向ける。

 

ストレートが、左打者の内角にズバッと決まる。

あれでは打者も、手が出ないだろう。

 

 

練習ではいいんだけどなぁ。

試合になると、外中心になってしまう。

 

まあ低めで打たせてとるのがノリのピッチングだから、わかるには分かるのだが。

 

後手後手になることが、多い。

 

 

「練習ではいいんだがなぁ。」

 

 

そんな声に、俺はビクッとする。

心を読まれたのかと思い後ろを見ると、それは落合コーチが漏らしただけの言葉であった。

 

 

「まあ、ある程度やってくれますけどね。」

 

「ある程度じゃダメだろ。あの夏の過酷な状況じゃあ、沢村と降谷の完投はまず見込めない。お前も基本連投はやらせる訳にはいかないし、アイツがリリーフエースになるくらいじゃないと、いつかガス欠で共倒れになるぞ。」

 

 

そんなことは、わかっている。

 

 

「技術とか悪くねえんだ。あとは、考え方次第だろ。」

 

「そう、ですね。」

 

 

俺とか沢村、それに降谷なんかはどちらかと言うと、強気に出るタイプ。

 

俺は、試合を掌握して、力を見せつける。

降谷は、自慢の剛腕で真っ向から捩じ伏せる。

沢村は、持ち前の強い心で攻め込んでいく。

 

細かい違いはあれど、大分類は同じ。

こちらから攻めて、相手を上回る。

 

 

ノリは、はっきり言ってわからない。

 

 

 

(待てよ。もしノリもまた、こちらと同じ考え方なら?)

 

 

 

そういや、ちゃんと話したことなかったかもな。

 

沢村や降谷は、俺が面倒を見なければいけないと思っていたから、積極的に声をかけてきた。

 

 

 

あれでノリは、案外しっかりしているからな。

だからこそ、あまり関与していなかった。

 

本人にも芯があると思うし、下手に俺が指摘する必要もないと思っていた。

 

 

低めに慎重に、丁寧に打たせて取る。

それで、強気に行くというよりは、相手に合わせていくというのがノリのピッチングだと思っていた。

 

 

案外それも、俺の決めつけなんじゃないか。

 

もしかしたら、本人も攻めていきたいと思っていたのかもしれない。

 

 

 

そうだな。

同じ三年生同士、一度目線合わせをするのも、悪くない。

 

 

最後なのだ。

 

せっかくなら、少し話すのもいいか。

 

 

 

 

 

 

まあ、後での話だ。

今はただ、力をつけるための練習する。

 

そんなことを考えながら、俺は心を練習に戻した。

 

 

「ほら、ラスト三本行ってこい。」

 

「はい。」

 

「負けませんよ夏輝さん!」

 

 

やかましい男を右に添えながら、俺は走る。

 

そうだな、練習後に話に行こう。

まともにゆっくり話すのも、中々ないチャンスだしな。

 

 

そうして俺は、練習に没頭した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、夜。

練習、そして食事も終えてひとときの休息。

 

ある者はバットを振り、ある者は勉学に励む。

 

 

 

そんな中、俺は誰もいない食堂で座っていた。

 

右手で白球を転がし、なんとなくため息をつく。

中々俺は、こういう役回りが多いな。

 

まあ、チームを背負っている身だ。

 

 

ここ最近は自分勝手にやることも多いから、こういう普段の練習や生活で協力できるところは、協力していきたい。

 

 

 

「ごめん、お待たせ。」

 

「誘ったのは俺だ、気にするな。」

 

 

俺の近くで、ノリが座る。

 

 

軽く浮かせた白球を掴み取り、話す。

なんだろう、こうして面と向かって話すのは、案外気恥ずかしいものがある。

 

 

「まずはそうだな、今日も練習お疲れ。」

 

「ずいぶん畏まるね、お疲れ。」

 

 

そんなことを言って、2人で笑った。

 

 

「いや、なんかこうして話すのも初めてだろ。なんか緊張しちゃってさ。」

 

「そうだよね。なんでわざわざこうなったのかわからない。」

 

「俺も器用じゃなくてな。」

 

 

確かに。

というか無難にキャッチボールしながらとかでもよかったな。

 

失敗したなーとか思いながら、俺は話を続けた。

 

 

他愛ない話、最近の調子とか。

俺のメンタル管理とか、そんな話をしていた。

 

 

「すごいね、大野は。やっぱりしっかりしてるし、よく考えてる。」

 

「ありがとう。」

 

 

改めて言われると、照れる。

それを隠すようにボールを転がす。

 

するとノリは、少し俯き加減で言葉を並べる。

 

 

「正直俺の実力不足は自覚してる。降谷はもちろん、沢村みたいにすごい武器があるわけでもない。だからこそ、なんとか自分のできることをやるのに一杯一杯になっちゃうんだ。」

 

 

最速155キロのストレートの本格派右腕。

多彩な変化球で相手を惑わす変則左腕。

 

あまりに個性的すぎる二年生は、確かに大きな剣を持った2人といえる。

 

 

でも、そうだな。

 

 

「ノリはお前が思っているほど、普通の投手じゃないよ。」

 

「え?」

 

 

だって、サイドスローって時点で割と変則だし。

 

最近は増えてきてるとはいえ、やはり対右に対しては圧倒的な強さを誇る。

そして落ちる球としてシンカーもあるから、最近は左もあまり苦にしていない。

 

 

 

そしてこのノリ。

フォームも、少し特徴的である。

 

元々は結構シンプルなサイドスローだったのだけど、入学して少ししたタイミングで独特なためを作るフォームに改造していた。

 

力を溜めながら、相手の打者のタイミングを外す。

その独特なタイミングで投げる姿は、北海道の鉄腕サウスポーを彷彿とさせる。

 

 

サイドスロー独特の、真横に滑るスライダー。

そして聞き手側に曲がりながら手元で沈むシンカー。

 

ストレートだけで言っても、角度があるから中々癖がある。

 

 

そして実は、最速135キロと意外と速い。

 

 

 

そうこの男、スペックで言えばかなり高いのだ。

 

ただこの癖の強さと能力の高さを理解していないから、弱気になる。

 

 

 

しかしこれは、ある種仕方がないことでもある。

 

自分で自分の力を正確に測ることができるのは、本当に数少ない。

それこそ俺も、みんなに色々言ってもらえたからこそ、今の大野夏輝がいる。

 

 

だから、誰かが言わなければいけないのだ。

 

 

 

「ノリはさ。すごい投手だよ。」

 

「そうかな。」

 

「なんてったって、お前がやっていることは、俺たちにはできない。俺は勿論、降谷や沢村、器用な東条だってできない。それがお前の武器なんだよ。」

 

 

それに。

 

 

「お前がどんだけ頑張ってきたかっていうのも、近くで見てきたつもりだ。前よりも球は強くなったし、安定感だって増してきた。はっきり言って練習量で言えば、沢村とか降谷よりもやってきていると思う。」

 

 

球速だって、上がった。

下半身の安定感が増したから、球も強くなった。

 

 

「自信持てよ。お前だって、甲子園優勝チームのピッチャーなんだぜ。」

 

「そう言われると、プレッシャーおっきいね。」

 

「事実だ。お前はそれだけの力がある。」

 

 

このチームで求められるのは、個性。

 

レギュラーメンバーはそれに加えて総合力も高い。

 

 

そしてノリは確実に、その二つは備えているのだ。

 

 

「最近ノリのクロスファイヤー、いいよ。折角ストレートも強くなってきたんだからもっと使ったほうがいい。」

 

 

って、御幸と落合コーチ言っていた。

 

 

「強気に攻めろとは言わないが、もっと気持ちは出して言ったほうがいい。負けたくないんだろ、お前だって。」

 

「当たり前だよ。俺だってエース狙ってんだから。」

 

「じゃあもっと貪欲に来いよ。受け身のやつにこの番号は背負えねえぞ。」

 

 

そう言って、俺は笑った。

 

もうきっと、大丈夫。

そもそもノリは、いい投手だ。

 

 

「沢村にも降谷にも、東条にも。それに大野、君にも。負けたくないって思うし。」

 

「俺もだ。誰にも負けたくない。それは投手にとって、ごく自然な考えだと思う。」

 

 

マウンドに上がる投手は、1人だ。

だからこそ、ある意味エゴイストでなければいけない。

 

自分が1番で、自分に自信を持たなければ負ける。

 

1人だからこそ、最後に信じることができるのは他でもない、自分自身だけなのだ。

 

 

 

「そんなもんかな、俺が話したかったのは。ねみーし、そろそろ部屋戻ろーぜ。」

 

「そうだね。」

 

 

呼び出しておきながら先に欠伸をする。

 

まあ実際時間も遅くなっており、そろそろ消灯も近づいていた。

 

 

「じゃ、また明日。」

 

「うん、ありがとう、大野。」

 

「別に感謝される覚えはねーよ。俺が呼んだだけだし。」

 

「そうだったね。」

 

 

笑うノリを背に、俺は己の部屋に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード158

 

 

 

 

 

 

ゴールデンウィークも終えて、5月も中旬。

 

最後の大会まで残り二ヶ月弱となり、またやれることも限られてきた。

 

 

追い込みと、仕上げ。

土日の練習試合でチームの完成度を上げていき、総合力を高めていく。

 

 

チームとしては、非常に大事な時期。

 

そんな中、俺たちにとある知らせが届いた。

 

 

 

東京選抜による、ウインドユースアカデミーとの壮行試合。

海外の野球チームとの試合で、俺たちが推薦された。

 

 

そもそもウインドユースアカデミーというのは、MLBが野球振興のために設立、運営している野球アカデミーであり、元メジャーリーガーなどがボランティアで指導をしている。

 

経済的な理由などで野球ができなくなった選手たちに無料で育成プログラムを提供していると言うもの。

 

 

海外ではそれこそ、野球どころか生活すらまともにできない世帯は数多くいる。

有望な野球選手となりうる才能がそこで埋もれてしまうと言うのは、非常に勿体無い。

 

何より、人は等しく平等に楽しむ権利があるはずだ。

 

だからこう言う働きはすごくいいことだと思うし、協力できることは俺たちもやりたい。

 

 

 

まあ正直、海外の選手への関心というか。

単純に、日本の野球とは違う試合を体感したいというところは、ある。

 

 

主に東京都内の各校から三年生を1人ずつ招集し、東京選抜としてチームを作る。

 

 

 

 

ちなみにうちは例外で、俺と御幸2人の選出となった。

甲子園での活躍と俺たちの仕上がりを見て、2人とも出していいと監督も判断したのだろう。

 

顔合わせ、そして都内の大学と練習試合。

 

そしてアメリカチームと2日間試合と言う、計4日間チームを離れることになる。

 

 

俺はともかく、御幸がチームを離れるのが大きいだろうな。

チームの大事な時期に抜けるのは心苦しいが、仕方ない。

 

投手陣はまあ、心配いらないだろう。

 

俺がいなくても、ノリがまとめてくれるし、実力的にも。

沢村と降谷もいるし、東条と金田も枚数として計算できる。

 

 

問題は野手だよな。

核となる4番がいないわけだし。

 

俺らが抜ける間にも、対外試合がある。

それも、山守学園と成邦と、直近でも甲子園出場経験のある強豪校との試合だ。

 

ここまで練習試合も負けなしで連勝しているわけだが、まああくまで練習試合だ。

大会で負けるよりはマシだし、あまり気負いすぎず頑張ってもらおう。

 

 

日程は5月末から6月頭にかけて。

 

だからとりあえず今は、チームのことを考えていこう。

 

 

 

「由井くん、たまには受けてもらおうか。」

 

「はい、お願いします!」

 

 

基本はバッテリーも入れ替えながら、それぞれの組み合わせでしっかり力を発揮できるようにする。

 

今日は御幸と沢村、小野と降谷、ノリと奥村、俺と由井。

東条と金田は、野手練習に参加しているというところだ。

 

 

 

「ストレート、外角低め。」

 

「はい。」

 

 

由井が構え、そこに狙いを澄ませる。

力のあるボールを投げながら、コントロールもしっかり決める。

 

それができるから、やる。

 

 

投げたコースは、構えたコースにドンピシャ。

少し鈍い音が、鳴った。

 

 

「すいません!」

 

「構わん、勉強だ。」

 

 

由井はまだ、高校生のスピードについてきていない。

 

打撃の際はなぜか反応できるのだが、ことキャッチングに関してはまだ完璧に反応できてはいない。

 

 

だからこそ、このスピード帯に慣れてもらう。

変化球も速球も、ガンガン受けて感覚を養っていく。

 

自分で言うのもアレだが、俺はコントロールがいい。

 

構えたコースに投げられるから、由井がこのスピード感になれるにはちょうど良かったりする。

 

 

「次、ツーシーム。」

 

「はい!」

 

 

今度は、変化球。

このボールは、少し取り損ねてしまった。

 

やはりまだ、速い変化球は取れないか。

 

後ろに逸らさないだけマシだけど。

 

 

実際ちゃんと取れたのって御幸とクリス先輩、あとは奥村くらいだしな。

小野もたまに落とすし、宮内先輩もしょっちゅうポロっていた。

 

 

「御幸先輩、今日はアレ試したいっす!」

 

「はいはい。」

 

 

セットポジションから、足を高く上げる。

沢村の独特なフォームで、スリークォーター気味にの腕の振りで投げ込んだ。

 

 

御幸が構えたコースは、右打者の外角。

投げ込まれたボールはストライクゾーンギリギリである。

 

しかしそこから、逃げるようにシュートしながら、ボールは手元で落ちた。

 

 

 

変化的には、スプリットに近い。

しかし、速い。

 

落差は小さいが、その分スピードとキレがある。

 

ツーシームより大きく、スプリットより速い。

沢村の、彼の落ちる決め球。

 

 

「スプリーム、いい感じだな。」

 

「今日はな。いい感じに回転もかかってるし、変に抜こうとしてない分自然と投げられてるな。」

 

 

極めて安直な名前だが、ある意味分かりやすい。

 

スプリットの落差とツーシームのキレとはいかないが、その間の変化球にはなった。

 

 

ツーシームの握りから中指だけを外し、シンカー方向に強い回転をかける。

 

イメージというか、感覚は俺のツーシームに近い。

中指を外してスプリットの要素がある分、俺のツーシームよりも縦変化の要素が多い。

 

 

 

速度的には、ツーシームより少し遅い程度。

 

だから変化球の中では、かなり速い部類だ。

 

 

 

 

これで沢村の持ち球は、7つ。

 

 

ストレートに近い腕の振りで緩急を作るチェンジアップ。

 

鷲掴みから不規則に変化をする高速チェンジ。

 

利き腕の反対側にストレートと同じようなスピード感から高速で大きく曲がるカットボール改。

 

そして、今投げているスプリーム。

 

 

それに加えて小さく変化するカットボールとツーシーム。

 

 

全てを管轄する、軸となるのはキレのあるフォーシーム。

純粋な縦回転で手元で加速するような、混じりっ気のないストレート。

 

 

縦横の決め球として使える変化球に、緩急を作るチェンジアップ。

 

手にした順序は違えど、昨年の成宮に近い完成度にはなってきた。

 

 

 

 

 

「他あってこそだからな沢村。欲張んなよ。」

 

「わかってますって!よいしょー!」

 

 

そうして、ストレートを投げ込む。

うん、ストレートにもあんまり影響がなさそうだし、本当に使えそうだな。

 

 

すると、その奥からさらに轟音。

明らかに対抗するような、強いストレートの音。

 

この音は、間違えようもない。

 

 

「あんまり無茶すんなよ、降谷。」

 

「してません。」

 

 

そうして、彼もまたストレートを投げていく。

真ん中低めに決まった、いいストレート。

 

思いっきり投げている割には、案外ちゃんと制球できてるな。

 

 

脱力もできてるし、無駄な力も抜けてるから荒れてない。

 

 

「ちゃんと変化球も混ぜろよ。特にカーブ。」

 

「…カーブ。」

 

 

忘れてたね。

しかしこれもまた、ストライクゾーンに決まっていた。

 

いい感じだな。

これが試合でも決まるようになれば、本当に化け物になる。

 

 

 

「俺が言いてえこと全部言ってくれんな。」

 

「あ、いえ。俺が感じてたことですから。」

 

「まあお前から言ってくれる方があいつらには効くからな。」

 

 

 

それを確認して、俺も自分の練習に戻る。

 

 

「悪いね由井くん、待たせた。」

 

「いえ、お願いします!」

 

 

こうして俺もまた、ストレートを投げていった。

 

夏は、総力戦だ。

だからこそ、チーム全体の総合力アップが必要不可欠になる。

 

それはピッチャーだけでなく、キャッチャーも。

 

 

炎天下で防具を着込み、その上ずっときつい態勢で最も長くグラウンドにいるのだ。

投手だけでなく、この捕手の控えも必ずいなくてはならない。

 

 

 

 

そのテストと考えれば、意外と俺らが抜けるのも、ちょっとしたチャンスになるかもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







沢村ですが、原作と違いナンバーズで変化球を管理していないため、このような球種としています。


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エピソード159

 

 

 

 

 

「緊張してる?」

 

「そりゃあな。」

 

 

5月末。

甲子園、最後の大会に向けて大事なこの時期。

 

俺たちは、稲実のグラウンドに訪れていた。

 

 

ウインドユースアカデミーとの、交流戦。

アメリカでもかなりの才能の持ち主が集まったこのチームと、俺たち日本の球児が戦う。

 

 

というわけで、その練習の場所として稲実が買って出てくれたというわけだ。

 

設備、人員。

環境面でも、これ以上ない場所なだけに、稲実の国友監督には頭が上がらない。

 

 

 

周囲を見渡せば、各校の中心選手。

 

薬師の真田に、市大三校からは星田。

お、あれは鵜久森の梅宮か。

 

成孔の長田に、すごいな。

それこそ各校の4番とエースが揃ってきている感じだな。

 

 

こうやって見ると壮観だな。

 

 

「あ。」

 

 

グラウンドの入り口。

そこで待ち構えていた4人に、思わず声を漏らした。

 

 

「ようこそ、マイホームグラウンドへ。」

 

「ご丁寧にお出迎えとはね。」

 

 

成宮の言葉に、御幸が笑って答える。

 

 

「まあ、よろしく頼むわ。カルロスも久しぶり。」

 

「ああ、一時休戦、だな。」

 

 

成宮と白河、カルロスと山岡。

稲実の中心選手であり、今回の交流戦のメンバー。

 

普段は互いに戦う、ライバル。

しかしこの4日間は、互いに協力するチームメイトになるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラウンドで準備を済ませると、早速顔合わせ。

この4日間共に戦うチームメイトと、挨拶を交わす。

 

 

キャプテンは、帝東の乾。

まあ、妥当だろうな。

 

 

しかし、国友監督も粋なことをする。

 

この男まで代表に招集するとは。

実力で言えば、確かに都内でも上位の実力者だしな。

 

 

「明川学園、楊舜臣。ポジションはピッチャー。」

 

 

台湾から留学でやってきた彼は、高野連の規定でもう大会に出ることはできない。

そんな彼に、こういう舞台を用意するとは、国友監督も考えたな。

 

 

 

 

 

それぞれポジションが被っているため、他を守れる選手は他ポジションへ。

 

予め通達があったように、御幸はファーストで。

俺は他の投手と同じくレフトの守備にも入る。

 

 

にしても…

 

 

「似合ってるね、帽子とファーストミット。」

 

「笑うなよ。」

 

 

珍しい御幸の姿に、思わず笑ってしまう。

 

捕手以外守るの、いつぶりだろう。

少なくとも高校に入ってからは、見たことない。

 

あれでも器用だからな、案外ちゃんとこなせる所が凄い。

 

 

 

さてと、俺はレフト。

普段からセンターを守っているし、2年の時はレフトもやっていた。

 

だからそうだね、他よりは守れる。

 

 

「ん!どらぁぁ!!」

 

「送球が高い!ステップ多すぎ!それじゃ守りで出番ないよ!」

 

「んだと!」

 

 

おやおや、成宮と梅宮。

やはり秋大の試合結果があってか、少し空気が悪い。

 

 

「バウンドをしても良いから低く行くといい。キャッチャーが捕ったときにミットが高い位置にあるか低い位置にあるかどちらが飛び込みやすいか、梅宮ならよくわかるだろう。」

 

 

無茶なとこよく突っ込むし。

 

稲実との試合でも、タッチアウトこそしたものの積極的に走っている様子はよく見た。

 

 

さて、俺は普段から外野もやってるからな。

ここでそのアドバンテージを見せていこう。

 

 

「レフト!」

 

「お願いします。」

 

 

打球はレフト前。

これを最小限の動きで、刺す。

 

前進しながら身体を落とし、グラブへ。

 

 

素早く利き手に持ち替え、ワンステップでホームへ。

 

強く投げるよりも、速く伸びる球。

この手の返球は、得意な方だ。

 

 

低い弾道でホームへ。

キャッチャーがランナーをタッチしやすい位置に、投げ込んだ。

 

 

「流石、上手いもんだな!」

 

「数こなしてるからね。肩は梅宮も同じくらい強いだろうし、運動神経は君の方が良いんだから、あとは少し考え方を変えれば文句はないだろう、鳴?」

 

 

そう言って俺が成宮に目で訴えかけると、彼もまた腕を組みながら答えた。

そりゃあ、不服そうに。

 

 

「まあ、最低でも夏輝ぐらいやってくれるならね。」

 

「手厳しいことで。」

 

 

成宮の守備を見ながら、俺も後ろへ下がる。

 

 

「流石、扱い上手いな。」

 

「そりゃ、長い付き合いだからな。」

 

 

成宮鳴は、かなり根に持つタイプ。

負けた試合やその結果をかなり引っ張るし、よく突っかかる。

 

ようは、ガキンチョなのだ。

 

 

しかし野球には真摯。

だからこそ、野球の話になればこのひねくれたというか、ガキみたいな性格はまだ緩和される。

 

 

 

 

続いてサインプレー。

 

普段顔を合わせていない相手とのやり取りだからこそ、出来るだけシンプルに。

それでいて、確実に。

 

特に、投手は最も長い時間ボールを持つプレイヤー。

だからこそ、マウンドに上がれば、毅然と。

 

 

「上手いもんだな、楊。」

 

「この手の立ち振る舞いも疎かにはできんからな。」

 

 

さすが精密機械。

ピッチングも去ることながら、こういう部分も上手い。

 

惜しいな、チームがチームであれば、欲しいと思う大学も球団もあったであろう。

それほどまでの、総合力の高さと安定感。

 

 

そして、成宮も。

改めて見るとやっぱり、上手い。

 

クイックは早いとは言えないか、牽制の間のとり方が上手い。

 

 

足を使う倉持筆頭に、ランナーは警戒だな。

前よりここら辺の立ち振る舞いも良くなってるから、戻ったら皆に伝えとこう。

 

 

 

ブルペンに入ってからは、俺は乾とバッテリー。

主に俺と成宮、あとは真田が彼とバッテリーを組む。

 

 

まあ主に、西東京と東東京で別れた感じだな。

 

流石に夏大直前に同地区でバッテリーは組ませないってことだろうね。

 

 

「よろしく、乾。」

 

「君とはいずれ組みたいと思っていた。よろしく。」

 

 

あら、結構評価してくれてるんだ。

 

確かにコントロールも良い自負はあるし、キャッチャーとしてもやりやすいのかな。

 

 

決め球もあるし、ストレートで空振りを奪える。

 

帝東といえば、エースの向井の制球力も超逸品。

しかし俺も、それに劣る訳では無い。

 

というか、期待されているのなら負けていられない。

 

 

 

ミットを構える乾に、横目で視線を送る。

 

コースは、右打者の外角低め。

これに加えて彼らは、奥行も使っているのだ。

 

 

阿吽のバッテリーだからこそ、できる意思疎通。

俺と御幸ができるように、彼らもまたできる。

 

 

 

「ッシ!」

 

 

まずは、フォーシーム。

低めから伸び上がるように加速する直球を、乾の構えたコースに決めた。

 

 

「ナイスボール!」

 

 

上手いな、キャッチングが。

 

俺が投げたコースに対して、ピタリと止まる。

 

 

御幸はどちらかと言うと、柔らかくミットを使うタイプ。

ゾーンギリギリや際どいコースを、出来るだけストライクに持ってく技術。

 

所謂、フレーミングを使いながら止める。

 

 

対して乾は、完全に止めるタイプ。

投げ込んだコースに対してしっかり止めることで、審判に誤った認識を与えない。

 

 

どちらも、良いキャッチング。

正しく柔と剛である。

 

しかし、どちらにとっても俺はやりやすい。

 

 

普段慣れているのは御幸だが、逆にコントロールが完璧に決まる日なんかは、乾の方がいいのかな。

まあ、相性も含めると確実に御幸なのだが。

 

2人の性格もガンガン攻めたい、捩じ伏せたいという意識。

 

乾は将棋のように自分たちのペースに追い込んでいくやり方。

 

 

「次、ツーシーム。」

 

「コースは?」

 

「どこまで指定できる。」

 

「構えたコースには投げられる。ストレートと同じように要求してくれ。」

 

 

俺がそういうと、乾が目を見開く。

 

何かおかしいこと言ったか、俺。

 

 

気にせず、投げ込む。

構えられたコースはストライクゾーンギリギリからボールゾーンに逃げるツーシーム。

 

そこに、投げ込んだ。

 

 

取ってから静止する、乾。

それを見て俺は、思わず突っ込んだ。

 

 

「え、何その間。」

 

「いや、どおりであそこまで抑えられるのだなと。よもやこの質の変化球をそこまで操れるとは。」

 

 

なんだそりゃ。

少し、いやかなり癖がある。

 

まあ、いいさ。

 

 

「カット。右打者の内角高め。」

 

「うむ、来い。」

 

 

すると、乾のミットの構えが若干変わる。

なんというか、さっきよりも少し小さいような気がする。

 

いや、別に悪い気はしないのだ。

 

 

むしろ「ここに狙って投げてこい」という意識が見れて、こちらとしてはやりやすい。

 

変えているのか、投手の力量に応じて。

というか、制球力で判断しているのか。

 

俺なら変化球でもここまで制球できると、判断してくれたということか。

 

 

だとしたら、少し達成感。

一つ下の世代とはいえ最高峰の制球力を誇る向井と、この短時間で同じように要求されるというのは、嬉しい。

 

 

これも構えたコースにズバリ。

しっかりと威力のある変化球を、投げ込んだ。

 

 

 

これが俺の特徴。

そして、俺の武器。

 

キレのあるボールを正確に投げ込み、打者を抑え込む。

 

 

このまま乾と変化球のサイン交換を行い、俺はこの日のピッチングを終えた。

 

 

 

ちなみにこの試合で使う変化球は、あまり絞らない予定。

強いて言えば戦力になるボールだけ、使うくらいかな。

 

ストレート

ツーシーム

カットボール

Dカーブ

チェンジアップ

 

他の小さいカットやスライダー、SFFなんかは使わない予定。

 

あまり長いイニングを投げることもないし、わざわざ手札を晒すこともないからな。

 

 

明日から早速実践。

今日は早いとこ休んで、登板に備えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード160

 

 

 

 

次の日。

俺たちはアメリカ代表との試合に備えて、大学チームとの練習試合を行う。

 

相手は強豪、明神大学。

 

フィジカル面ではやはり相手に分があるが、それはアメリカチームも同じ。

 

 

俺たちは俺たちで、それぞれできることをやり切る。

 

 

先発は、成宮と乾のバッテリー。

予定ではその後に俺、最後に真田と3回ずつ投げる。

 

 

午後の2試合目は、御幸と楊のバッテリー。

あとは他の東東京の投手が御幸と組んで、投げていく。

 

 

ちなみにポジションと打順は、以下の通り。

 

 

1番 中 カルロス(稲実)

2番 遊 白河(稲実)

3番 一 御幸(青道)

4番 三 長田(成孔)

5番 捕 乾 (帝東)

6番 左 星田(市大)

7番 投 成宮(稲実)

8番 右 真田(薬師)

9番 二 奈良(創成)

 

 

ライトには、打撃も買われて真田が。

俺は途中交代で、投手に入る。

 

まあ、このメンバーじゃ俺は打撃で戦力にはならないわな。

 

 

強力打線の中でもクリーンナップを任されている真田は、やはり打撃の面でもかなり評価されているのだろう。

 

 

 

 

さて、先攻は明神大学。

相対するは、実質エースである(というかそう言って聞かない)成宮。

 

威力のある直球とキレのある大きいスライダー、ストレート軌道から手元でストンと落ちるフォーク。

あとは打ち気を逸らすカーブ。

 

そして決め球、チェンジアップ。

 

最速150キロでさらに左腕という希少性。

さらにコントロールも悪くないという、高ステータス投手である。

 

 

まずは立ち上がり。

先頭打者に対しては4球目のスライダーを振らせて空振り三振。

 

続く打者に対しては、ストレートを詰まらせてショートゴロ。

 

さらに3番に対しては高めのストレートで力押し。

自分よりも強い打者に対して真っ向から勝負していき、捻じ伏せて見せた。

 

 

やはり、すごい。

力、そして完成度。

 

何より、気の強さ。

 

投手としてまた、大きくなりやがった。

 

 

「ナイスピッチ。球走ってんね。」

 

「おうよ!」

 

 

ウキウキでベンチに戻ってくる成宮。

よほど調子がいいのか、いい笑顔である。

 

 

さらに打線も好調。

先頭のカルロスがヒットで出塁すると、盗塁と白河のバントで早くもランナー3塁へ。

 

このチャンスで御幸が内に入ってくるスライダーを上手く弾き返して、早速打点を上げてみせる。

 

 

 

2回表、4番から始まる強打者たちに対して、成宮はチェンジアップを解禁。

 

今日最速の146km/hで力押しをしながら、最後は魔球チェンジアップで崩す。

 

 

さらに彼のチェンジアップ。

以前までのそれと比べると、圧倒的に落ちている。

 

イメージ的には、スクリューのような感じか。

 

ストレートと同じような腕の振りから、緩く、さらに利き手側に大きく沈む。

 

 

更に3回の表も下位打線に全く隙を与えない。

 

ストレートとスライダーを軸に大学チームを全く寄せ付けず、三者凡退で押さえ込んでみせた。

 

 

 

「大野、次の回から行けるか。」

 

「えぇ、勿論。」

 

 

次の回からは、予定通り俺。

 

乾と初めてバッテリーを、組む。

 

 

青道高校ではない。

他チームの監督から評価されて、呼ばれたこの試合。

 

出来ることなら、大会前の大事な時期。

手の内は見せたくないが。

 

 

「目の前であんなの見せられちゃあ、な。」

 

 

見せつけられたまま終われるほど、俺はできた人間じゃない。

 

 

 

追加点を奪った3回の裏を終え。

2-0で迎える、4回の表。

 

 

「高校チーム、選手の交代をお知らせします。ピッチャーの成宮くんに替わって、大野くん。7番ピッチャー大野くん。」

 

 

いつも通り。

フッと息を吐き、ゆっくりとベンチを出る。

 

 

「さぁ、お手並み拝見と行こうかね。」

 

「お前の後ろを守るなんて。」

 

 

稲実コンビに追い抜かれ、頷く。

 

他の内外野が俺を抜いて定位置に向かっていく。

それを見ながら悠然と歩いてマウンドへ赴いて行った。

 

 

玉座のような、小さな山。

今日の相棒が、そこに登ってくる。

 

 

「変化球中心で攻めよう。君にはその器用さがあるからな。相手は身体の強い大学生だ、慎重に来いよ。」

 

 

成宮のときはガンガン押してたんだけどね。

 

俺のときは、躱すピッチングか。

俺じゃあ、力不足というわけか。

 

 

ふーん。

 

 

 

「リードは任せる。」

 

「相手の反応を見て様子は見る。君の凄さを見せてくれ。」

 

 

頷き、乾が離れて行くのを待つ。

それを確認して俺は数回、マウンド上で跳ねた。

 

身体の調子は、良い。

 

調整してきているから。

仕上がりとしては、悪くない。

 

 

右肩を大きく二回し。

 

すると馴染み深いいつもの女房役の声が、近くで聞こえた。

 

 

「おい。」

 

「なんだ。腹は立ててねぇぞ。」

 

「言ってる時点で腹立ててんだろうが。」

 

 

口元を、普段とは違う形状のグローブで覆う御幸の姿を見て、俺は溜息混じりに答えた。

 

 

「わかってる、ちゃんと…」

 

「やられっぱなしで終わんなよ。お前は甲子園優勝投手でウチのエースなんだからな。」

 

 

そう言って、御幸が俺の背中をぽんと叩く。

 

思ってもみなかったその返答に、俺は呆気に取られてしまった。

 

 

「日和んなよ、バカ。」

 

「黙れ、ファースト御幸一也。」

 

「へぇへぇ。」

 

 

全く。

 

しかし、さっきよりも何となく、背中の方からジワジワ熱を感じる。

 

 

言いたくはないが、やはり俺の乗せ方をわかっている。

 

言いたくはないが。

 

 

 

目を瞑り、胸に手を当てる。

深く深く息を吸い込み、雑念とともに全てを吐き出す。

 

迷いも、弱さも。

 

今は、ない。

 

 

 

「敵わないな、お前には。」

 

 

そう呟いて、俺は目を少しずつ開いた。

 

 

 

正面にいるのは、いつもとは違う捕手。

しかし都内でも有数の、名捕手。

 

相棒であり、敵だ。

 

まずはこいつから、認められる。

 

 

打席に立つのは、好打者の1番。

相手は大学生とはいえ、打たれるわけにはいかない。

 

意識している相手が、完璧に抑えているからな。

 

 

ここは、ねじ伏せる。

 

 

 

 

要求されたコースは、外低めのツーシーム。

 

替わりっ鼻を狙われている。

だからこそ、打ち気の打者に対しては、逃げるボールで振らせる。

 

 

これは狙い通り、完全に振らせて1ストライク。

 

 

 

2球目も、同じようなボール。

しかしこれは見られて、ボールとなった。

 

 

3球目。

二つの見せ球があったからこそ、光るストレート。

 

同じ視点で今度は伸び上がる真っ直ぐで、打者も反応できず見逃した。

 

 

追い込んだ。

要求されているのは、高めの釣り球。

 

おそらくは、見せ球。

 

最後に投げる低めの決め球を有効に活かすための、ボール。

 

 

 

高めのボールゾーンのストレート。

 

意図は、わかる。

しかしその予測を超えなくては。

 

 

(そうじゃなきゃ勝てないことは、わかっている。)

 

 

高めのストレート。

最後はギアを入れた132キロの直球を、振らせた。

 

 

鈍いミットの音。

 

同時にぱさりとかぶっていた帽子が落ち、勢いのまま右足を振り上げる。

 

そして、振り遅れた打者と。

捕手乾を、見下ろした。

 

 

2番に対しても、ストレートでカウントを取ったのち、最後は左打者のインコースを抉る高めのカットボールを振らせて空振り三振に切ってとる。

 

 

 

「ナイスボール!」

 

 

乾から投げ返された白球を受け止め、右手の小指と人差し指を立てる。

 

ツーアウト。

ここまできたら、初回はねじ伏せたい。

 

 

右の大砲。

打席に立つのは、まさにそういうにふさわしい。

 

 

厳しいコースをついていき、追い込んだ。

カウントは1ボール2ストライク。

 

ここで乾の構えたコースとサインに、俺は笑って頷いた。

 

 

 

大きく腰を捻り、捻転。

全身を縦回転して、白球に強い力を込めた。

 

 

打者のバットは、出ない。

 

小気味良いミットの破裂音と共に、審判の右手が上がる。

 

 

「っしゃあ。」

 

 

小さく拳を握り込み、最後のアウトを奪った俺はマウンドを降りた。

 

 

「ナイスピッチ。」

 

「流石、青道のエースなだけある。」

 

 

ゆっくりとグラウンドを横断する俺に、声。

それを帽子の鍔に手を当てて答えつつ、ベンチに戻った。

 

ドリンクに手をかけ、ベンチに座る。

 

ふっと一息ついた俺の横に、乾が腰掛けた。

 

 

「すまない、大野。俺は君を少々過小評価していたみたいだ。失礼なことをしたな。」

 

「俺もムキになっていないといえば嘘になるが、どうあれ今の捕手は君だ。それに応えるのが、投手だろう。」

 

 

俺がそう返すと、彼は笑って答えた。

 

 

「配球を少し変える。力押しで、真っ向からねじ伏せる。ついて来てくれるな?」

 

「リードは任せると言った。力は尽くす。」

 

 

そう言って2人で、右拳を突きあわせた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード161


今回かなり短めです。
悪しからず。



 

 

 

 

「っらぁ!」

 

 

真田の声とともに、鈍い音が響く。

 

打ち取った当たりは転々と転がり、セカンド正面。

しっかりと奈良が捌き、一塁の御幸へと送球。

 

 

最後のアウトを奪い、真田は小さく拳を握りこんだ。

 

 

「ナイスピッチ。要求通りだ、最後はいいとこ決めてくれた。」

 

「おう!」

 

 

捕手である乾と握手を交わし、マウンドを降りる。

 

投球結果で言えば、3回を投げて1失点。

唯一許してしまった失点も、フォアボールと少し抜けた変化球を捉えられてしまったもの。

 

真田の長所であるインコースと強気な投球で取られた訳では無い分、ある程度は割り切れると、乾も感じていた。

 

 

何より、相手は身体の強さで自分に勝る大学生。

 

そんな相手に対して自分の持ち味を活かしながら真っ向勝負できていることが、収穫であった。

 

しかしそんな中、真田の胸中は悔しさが残っていた。

 

 

(こうなると、完全に見劣りするよな。)

 

 

被安打3でフォアボールは1つ。

3回を投げて失点は、たったの1点。

 

決して真田の投球が悪かった訳では無い。

 

 

しかし。

その前に投げていた2人が、圧巻であっただけなのだ。

 

 

「まあ今日は俺の勝ちかな!」

 

「どこをどう見てだ。奪三振は俺の方が多かった。」

 

「俺はヒット打ったっての!」

 

 

成宮と大野のやりとりを見て、真田が苦笑する。

 

まるで小学生、それもチームメイトかのような。

純粋な少年のように見えた。

 

 

「ギラギラしてんだろ、あいつ。」

 

「イメージとは、違ったな。」

 

両手を後頭部で組み、溜息混じりに笑う。

そんな姿に、返すようにして御幸も答えた。

 

 

「だろ。普段は毅然としてるんだけど、こうしてガキみてーになる時があんだよ。」

 

 

普段はエースとしての自覚と態度から、チームの柱として毅然とした姿で立ち振る舞う。

グラウンドにいる時は、特に。

 

闘志を燃やし、チームを鼓舞する。

 

 

チームを勝たせなくてはならない。

そんな責任と、使命感。

 

チームを背負うエースだからこその、気概。

 

だからこその、マウンド上の姿なのだ。

 

 

しかし時に、青道のエースというチームの柱の肩書きを降ろすときがある。

そしてその引き金こそが。

 

 

「それが、成宮か。」

 

「まあな。」

 

 

チームを背負うことも。

そして、青道のエースということも忘れて、投げるのだ。

 

 

ただ一つ、忘れていないのは。

 

成宮に、負けないと言うことだけ。

 

 

それが同じチームだとしても、対戦する相手だったとしても。

 

 

「互いに意識し合ってるって訳か。」

 

「俺から見りゃあ、好投してた甲子園ですら成宮と投げあったときの勢いには及ばなかった。それだけ成宮ってのは、夏輝の力を引き出す引き金になってるんだ。」

 

 

 

今日の成績は、互いに被安打はなし。

フォアボールもなければ、ランナーすら許していない。

 

奪三振は、それぞれ大野が6つ。

そして成宮が、5つ。

 

打者9人に対して、半分以上を三振でアウトを奪うのだ。

 

 

 

それも、地区大会などではない。

 

相手は、自分たちより年上の。

それも高いレベルで試合をしている、大学生たちなのだ。

 

 

決して真田は悪い投球ではない。

しかし比較される2人が怪物だからこそ、見劣りすると本人も感じていたのだ。

 

 

 

(まだ足りねーってわけかよ。わかってたことだけどさ。)

 

 

薬師高校もまた、甲子園でベスト4に入るなど全国にその名を轟かせた。

 

それこそこの真田も、強気な投球でガンガン攻めていくその様が人気を博し、そこそこ騒がれていたのだ。

 

 

怪童と呼ばれる2人に、近づけた。

そう思っていたのだが。

 

怪童もまた、進化するのだ。

 

 

 

相対するには、まだ力が足りない。

立ちはだかる壁は、大きすぎる。

 

だからこそ、真田は。

 

 

「激アツすぎんだろ、あいつら。」

 

 

高すぎる壁と、同世代の天才に。

彼の心の炎が、燃えたぎっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く2試合目は、東東京の中心で投手を組む。

 

野手も入れ替え、前の試合に出なかった選手とポジションを試しながら試合をこなしていく。

 

 

前の試合とは裏腹に、初回から大学生チームが先制。

先発の楊からいきなり連打で1点を奪う。

 

その後も途中登板した梅宮も捉え、6回までに5−0と点差を放される。

 

 

 

しかし高校チームも終盤、その粘り強さを見せていく。

7回に奈良のタイムリーで1点を返すと、そこから猛攻。

 

御幸と星田の2者連続ホームランで3点を返し、反撃の糸口を掴み取る。

 

 

最終回は代打構成。

長田と乾の連打ですぐさま同点に追いつくと、最後は山岡のタイムリーヒットで サヨナラを決めた。

 

 

 

 

5−6。

一試合目とは打って変わり、今度は攻撃力を見せつける。

 

この東京選抜の試合ぶりを。

 

明日の対戦相手であるアメリカチームの面々は、観客席から見下ろしていた。

 

 

『中々パワフルな奴らじゃないか。』

 

『ああ。ジャパンはスモールベースボールのイメージだったんだが。』

 

 

確かに、スモールベースボール。

所謂、撹乱やバントなど緻密な攻撃で得点をあげるのも、野球の醍醐味だ。

 

 

『鋭い眼光で、狙い球が来たら一閃。まるでサムライだな。』

 

『エルビスもいるしな。』

 

『おいやめろって。あのリーゼントのことだろ?』

 

 

そう言って笑う。

しかし、直ぐに話題は東京選抜に戻る。

 

 

折角の国際試合。

 

この機会だからこそできる真っ向勝負を、アメリカチームも所望していた。

 

 

『これなら、ベースボールが出来そうだ。』

 

 

そう言って、国境を超えた2つの野球人の視線が、交錯した。

 

 

 

 



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エピソード162

 

 

 

 

大学チームとの練習試合を経て、迎えるはアメリカからの刺客、ウインドユースアカデミーの選手たち。

 

 

家庭の事情や金銭面などの問題で野球が出来ない子供たちに無償で育成プログラムを提供するなどして、将来有望な若者を支援するMLBの画策。

 

都市部の活性化や野球界全体のレベル底上げを図る為に創設されたこのチーム。

 

 

そのイベントとして、東京都の高校球児、主に3年生を中心とした代表チームを結成。

親善試合として、2日にかけて試合を行う。

 

 

「でけえな。わかってたことだけど。」

 

「まーね。でも、流石に高校生って感じ。身長も馬鹿でけえ訳じゃねーしな。」

 

 

ベンチ前で準備をするカルロスに、大野はそう声をかけた。

 

 

普段は別のチームで汗を流す選手たちが、今日は違う。

 

同じ目標で同じ敵を倒す為に、肩を並べる。

 

 

(身体も大きいけどそれ以上に、派手だな。)

 

 

ジャンピングスローや厳しい体制からの送球など。

身体の軸が強いから、届く。

 

そもそもの体つきから違うというのもそうだろう。

 

筋力量も骨格も、ましてや身体のバネまでまるで違う。

 

 

しかしそれでも。

相対して、やるしかないのだ。

 

 

 

 

第一試合の先発投手は、成宮。

 

稲実のエースであり、世代No.1左腕と呼び声高いこの男が、マウンドへと上がる。

 

 

巨漢揃いのアメリカに対して、小柄な少年。

それを見たアメリカチームは、案の定ざわついた。

 

 

『なんだ、日本は中学生も呼んでいるのか?舐められたもんだ。』

 

『いや、高校生で招集していると言っていた。おそらくは緩い球で乱してくるタイプだろう。』

 

 

彼らの目測では、この先発は技巧派左腕で、低めに緻密に投げ込んでくる投手だろうと予想を立てていた。

 

それもそのはず。

チームの投手内でもかなり小柄の部類であるこの投手だ。

 

器用さを買われて試合を組み立てることを優先しての選出だと思われても、なんら不思議ではない。

 

 

 

 

 

『まずは外からか?日本の野球は慎重なイメージだからな。』

 

 

バットを掲げ、先頭のアンソニーが息を吐く。

狙いはストレート。

 

身体の力も、強さも自分に分がある。

 

だからこそ、真っ向勝負でならば負ける気がしなかった。

 

 

『そのファストボールを…』

 

 

だが。

ここでマウンドに上がるこの投手は。

 

まごうことなき、「王」なのだ。

 

 

 

天高く挙げられた右足。

 

一昔前のエースを彷彿とさせるような豪快なフォームから放たれた真っ直ぐは、インサイドに完璧に制球された。

 

 

『おっと。』

 

 

思わず、目を見開く。

 

その速球は、想定したよりもあまりに速すぎる。

そして何より、強い。

 

 

『軟投派なんて嘘だ。とんでもない豪腕だ。』

 

 

決まったのは、3球目。

ゾーンに投げられたたった3球が全て決める球となり、最後はインハイのストレートで空振りの三振に切ってとった。

 

 

『なんだありゃ。日本の投手はもっと緻密で精巧なものだとばかり思っていた。』

 

『とんだ荒くれ者だ、完全にこちらを捩じ伏せに来てる。』

 

 

さらに2番3番と連続で抑え込み、三者凡退。

 

フィジカルで完全に劣るアメリカに対して、成宮は完全に見下ろして投げた。

 

 

 

「やるね。」

 

 

ベンチに戻る成宮。

まずは初回の攻撃を0で抑えた彼に対して、中継ぎで予定している大野がドリンクを手渡した。

 

 

「悪いね、あんがと。」

 

「完全に振り遅れてたな。やっぱインコース弱い?」

 

 

渡されたコップにそっと口をつけ、成宮が頷いた。

 

 

「まーね。向こうは外に広いっていうし、それ考慮して乾も要求してくれてるからね。」

 

「内角の、特に直球はまるで手が出ていないな。反応を見るに、やはり目付けができていないのだろう。前半は攻めて行っていいかもしれんな。」

 

 

防具を外した乾もそう言って、成宮の横に腰をかける。

 

確かに、アメリカの野球界では外のストライクゾーンが広い。

それはMLB然り、学生リーグでも同じことなのだろう。

 

 

だからこそこの日本の、内角に広いストライクゾーンに適応できていないところはあるのだろう。

 

 

しかしそれ以上に。

アメリカチームの選手たちは、軒並みこの成宮の想定以上のボールで、圧倒されていたというのが1番であった。

 

 

さらに2回。

4番のカーライルから始まる打線。

 

日本を代表する左腕と、アメリカの主砲が相見える。

 

 

内角のストレート。

少し甘いが、これに振り遅れてファールとなる。

 

 

『速いな。しかし、その覚悟で来ればなんとかなりそうだ。』

 

 

幸いなことに、左打者に対して右はまだ見やすい。

 

特にこのカーライルは速球に強く、コンタクト力にも長けている。

できればここで速球を叩きたい。

 

 

 

そう思った2球目。

速球かと思っていた白球が、「来ない」のだ。

 

 

狙い定めたカーライルのバットは、空を切った。

 

 

『なんだこれ、スクリューまで投げるのか。』

 

 

ストレートと同じ腕の振りから、緩く遅い球。

それでいて打者の手元で鋭く大きく沈む。

 

魔球、チェンジアップ。

 

他のそれとはまるで桁違いの魔球に、カーライルのバットは空を切った。

 

 

(思い切ったね、俺のチェンジアップを見せ球にするなんて。)

 

(決め切れるストレートがあるからな。思い切って、捩じ伏せに来い。)

 

 

乾が構えたコースに、成宮は思わず笑みを浮かべた。

 

 

(決め切れるだろ。)

 

(当然…!)

 

 

最後は内角高めのストレート。

 

敵の4番に対して、たった3球。

それも危険な高めのストレートで空振り三振に切ってとった。

 

 

続く5番にヒットを打たれるものの、後続を切って無失点。

 

 

強力なアメリカ打線に対して完全に見下ろして投げている。

 

強いストレートと切れ味のあるスライダー、そして打者を嘲笑うチェンジアップ。

そしてこのマウンド捌きまで。

 

 

まるで圧倒的な投球は、結果にも現れていく。

 

4回を投げて、被安打はたったの2つ。

一つのフォアボールを許し、失点はない。

 

奪った三振の数は、7つ。

相手が積極的に振ってくる打線だったというのもあるが、それにしても多すぎる三振を奪ってみせた。

 

 

この日の最速は、148キロ。

それに対し、チェンジアップは球速120キロ台。

 

同じ腕の振りからこの球速差で追い込んでくる。

 

 

この圧倒的な投球に、東京代表の面々は頼もしさを感じると同時に、近い将来この男と対戦して打ち勝たなければいけないのかと戦々恐々としていた。

 

 

 

 

ただ1人を除いて。

 

 

「大野、次の回から行くぞ。」

 

「はい。」

 

 

そうして大野が、ゆっくりと目を開く。

 

 

日本を代表するもう1人のエースが。

その瞳を煌めかせ、体内で滾る炎を燃やした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード163

 

 

 

 

2チームの試合も、中盤戦。

1-0と投手戦で迎えた5回の表。

 

 

『どうする、やはり角度的には右の方がやりやすそうだが。』

 

『冗談だろ、右からしたらあのスクリューは打てそうもないぜ。』

 

 

アメリカチームが話題にしているのは、やはりこの男。

 

日本チームの先発投手である、成宮。

最速148km/hのストレートに大きなスライダー、そして大きく沈むチェンジアップ。

 

更にコントロールも良く、内外角に投げ分ける技術も度胸もある。

 

 

彼がマウンドに上がってから、許したヒットは2。

 

四球は1つだけであり、勿論失点は0である。

 

 

 

何より、力で勝るアメリカチームに対して、真っ向から捩じ伏せる投球。

 

力勝負では負けないというアメリカチームの心を折る投球をここまで繰り広げていた。

 

 

 

 

ここまでは、圧巻の投手戦。

特に成宮の躍動で流れてきてこの試合の流れ。

 

これがついに、変わるきっかけが生まれる。

 

 

 

 

日本チームの野手が守りにそれぞれついていくなか、最後に守備位置につく男。

 

それはここまで試合を完全に掌握していた男ではなく。

東京選抜のもう一つの剣が、その小さな玉座に、腰をかけた。

 

 

『おい、ナルミヤはもう降りちまうのか?』

 

『先手で投手を変えていくのだろう。おそらくナルミヤが向こうで1番いい投手だろうが、慣れられる前に変化をつけようというところだろう。』

 

 

軽くキャッチボールをして、マウンド上で跳ねる。

 

 

『WAO、トルネードだぜ。ド派手だ。』

 

『球はナルミヤよりも遅いな。これなら捉えられそうだ。』

 

 

小山に置かれた小さな袋に手をかけ、指先に白粉を付着させる。

そして余分についたその粉塵に息を吹きかけた。

 

 

『まずは初球から振っていこう。』

 

『OK。』

 

 

マウンド上、舞い上がる白銀の粉塵。

 

少し深く被られた帽子からチラリと見える紺碧の瞳に不気味さを感じながら、4番のカーライルは打席に入った。

 

 

白球を手元で転がしながら、大野はゆっくりと息を吐く。

そうして、帽子の鍔に手をかける。

 

 

(準備はいいか。)

 

(腹はとうに括っている。)

 

 

バットを掲げたカーライル。

そしてマウンドの大野の視線が重なる。

 

少し深く被られた帽子の鍔から見え隠れする瞳はきらりと輝き、宝石のように光を増した。

 

 

 

構えられたコースは、内角低め。

 

風を切る白球は、そのまま打者の膝下いっぱいに決まった。

 

 

ストライクコール。

審判の右腕が上がると、思わずカーライルは二度見した。

 

ここまでアバウトな制球の成宮に対して、完璧にコースに決まった大野。

 

球の勢いで押してきた彼はまだ内角の甘いボールがあったが、今度は徹底的にコースを攻めてくる。

 

 

先ほどよりも顕著に、日本のコースとギャップが出る。

普段見慣れているストライクゾーンの違いを再認識させられ、カーライルは軽く舌打ちをした。

 

 

(ここまで踏み込んでくれるなら、内角は攻め放題だな。)

 

 

アメリカのストライクゾーンは日本の高校野球に比べると、内に狭く外に広い。

だからこそ、かなり踏み込んで外のボールをしっかり飛ばす事が多いのだ。

 

見慣れない膝下のボール。

ここに寸分違わず決め続ければ。

 

 

或いは、全く手が出ることなく、相手の強打者をねじ伏せることができるのだ。

 

 

 

 

 

インコース低めで追い込んだ3球目。

 

伝家の宝刀は、引き抜かれた。

 

 

 

少しインコースよりの真ん中。

最も危険なコースに投げ込まれた白球にカーライルも反応してバットを出す。

 

 

『What!?』

 

 

しかしそのボールは彼のバットを掻い潜り、低めのボールゾーンまで落ち切った。

 

 

声を上げるでも、ガッツポーズを浮かべるわけでもない。

ただ悠然と、第一の打者を切り捨てた。

 

 

 

さらに5番をインコース低めのボールで見逃しの三振。

 

最後の打者である男を内角のカットボールで空振り三振に切って取る。

 

 

要した球数は、たったの9球。

それぞれのバッターに使ったのは、最低限のストライクボールのみ。

 

3者連続の、3球三振。

 

 

己が球で完璧に抑えたマウンド上の投手は相手の強力打線を見下ろすように、咆哮した。

 

 

「どうでしょう。」

 

「完璧だな、怖いくらいにな。」

 

 

マウンドからゆっくりと歩いて戻る大野。

それに駆け寄り、乾は改めてこの男の能力に感動した。

 

寸分違わぬ制球力。

いくら制球に自信がある投手でも大抵は少し狙いからズレることが多い。

 

 

 

しかしとにかく、構えたところに続けて決めることができる。

その技術が、そして危険なコースにも投げることができる度胸もまたある。

 

だからこそ成宮の時には要求できなかったインコースに連続でストレート要求など、勇気のいる要求ができたのだ。

 

 

 

さらにコントロールだけではない。

 

高めで空振りが奪える勢いとキレのあるストレート。

そしてそれを活かす、二つの剣。

 

高速で変化する、大きな変化球。

 

それが、ツーシームとカットボール。

ストレートと同速そして凄まじいキレで変化するこの2球種があるからこそ、手元で加速するストレートがさらに生きるのだ。

 

 

 

三者連続三球三振で最初の回を終えた大野に、肩を氷嚢で大きくした成宮はツンとして話しかけた。

 

 

「なーんか、調子良くない?」

 

「別に。」

 

「嘘だー!絶対俺がいいピッチングしたからってムキになってんでしょ!」

 

 

成宮からドリンクを受け取り、大野がため息を吐いて否定をする。

 

 

 

無論、大野は完全に意識はしていた。

 

普段投げ合っている自分のライバルが。

 

未だかつて超えたことのない相手が、こんなにも近くにいるのだから。

 

 

そんな男が。こんなに近いところで。

自分たちよりも大きな相手打者たちに全く怯むことなく真っ向勝負でねじ伏せてきているのだから。

 

 

自分のライバルが、凄まじい投球を、むしろ見せつけてきているのだ。

 

それに応えない方が、男ではない。

 

 

 

 

 

しかし成宮の好投に感化されたのは、大野だけではない。

 

それは相対している、アメリカチームにも。

 

 

『ここまで手厚いもてなしを受けては、こちらも黙っているわけにはいかない。』

 

 

マウンドに送られた投手。

 

長身で四肢が長く、そして大きい。

帽子からはみ出る長髪が風で揺らめき、そのアメリカ人らしい威圧感に拍車をかける。

 

 

「でかいな。」

 

 

思わず、大野がつぶやく。

 

成宮含め、彼らは投手の中ではかなり小さい部類。

だからこそ、マウンドに上がった時の威圧感が、2人と比べてもかなり大きいものとなる。

 

 

 

 

その体躯の大きさは、投球動作で更に優位性を見出してくる。

 

長身で、四肢が長い。

そこから繰り出される、豪快なサイドスロー。

 

 

というよりは、思い切り腕を振って力が出る場所からリリースした結果がサイドスローなのだろう。

 

だからこそその球は速く、強い。

 

 

 

威力のある直球をどんどんゾーンに集めてくる。

 

先頭の大野を内角のストレートを完全に詰まらせてセカンドゴロ。

圧倒的なその球威で完全に捩じ伏せる。

 

 

(ってぇ…)

 

 

思わず、大野はその力技に左手をフラフラと揺する。

 

完全に詰まらされ、それこそ振り遅れてやられてしまった。

やはりその力は、桁違いである。

 

 

それを象徴するように、続く真田をストレートでピッチャー正面のゴロ。

更に奈良に対しては切れ味鋭いスライダーを低めに決め切り、空振りの三振。

 

コントロールはアバウトながら、力技で打者を捩じ伏せる。

 

純粋なまでの力に、日本チームのナインたちも思わず苦笑を浮かべる。

 

 

「とんでもねえのが出てきやがったな。」

 

「全く、追加点も一苦労だぜ。」

 

 

そしてそれぞれが守備位置に向かっていく。

 

コンラッドが登板して、失点を許せない場面。

出来れば流れを掴める投球ができれば、理想。

 

相手も流れを変えてきた。

空気は、捩じ伏せに来たコンラッドのおかげか、若干アメリカに傾いている。

 

 

 

 

しかしそんな空気とは露知らず。

 

 

「さあ大野、行こうか。」

 

 

大野夏輝は、その瞳を輝かせる。

 

 

「投げ負けたら許さないから!」

 

「うるせーよ、鳴。」

 

 

ただ投げ合う好投手に、呼応するように。

そして、もう1人のエースに負けないように。

 

 

「言われなくても、滾ってらあ。」

 

 

エースは、炎のマウンドへと上がった。

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード164

 

 

 

 

 

「やべえな、コンラッド。」

 

「あぁ。恐らくメジャーでも引っ張りだこだろうな。あの球威はロマンあるし。」

 

 

各々が守備位置に着いていく中、マウンドに向かう大野に御幸は声をかけた。

 

 

今は女房役ではない。

普段やり慣れていない一塁手だが、他投手たちを受ける兼ね合いもあり、今日は乾に任せている。

 

しかし話し相手になるくらいなら。

 

 

そう思い、御幸は自然といつものように、彼の調子を伺うように話した。

 

 

(まあ、心配いらなそうだな。というか寧ろ…)

 

 

いつもより、凄みを増している。

 

しかしこの状態、御幸にとっても想定外という訳ではなかった。

 

 

というのも、これは大野夏輝という投手の性質のようなもの。

 

成宮鳴というライバルがいるとき。

そして、マウンドに自分と同格、若しくはそれ以上のポテンシャルを持つ投手が上がっている時。

 

彼は普段の力にも増して、限界以上の力を引き出す。

 

 

ベンチには、成宮鳴。

彼もまた、大野の前に先発して、圧巻の投球をみせた。

 

そして相手投手であるコンラッドもまた、荒削りながら潜在能力と力で言えば彼らに匹敵する力を有している。

 

 

だからこそ、彼の能力は解放された。

 

 

 

「すまん、一也。先に謝っとく。」

 

「なんだよ、急に。」

 

「多分、制御できない。俺の全力を、敵に見せることになる。」

 

 

そう言って、大野は帽子を深く被り直した。

 

普段はエースとして、チームの勝利の為に戦う。

 

その為、このような練習試合というか、エキシビションマッチで手の内を見せることには少し抵抗があった。

 

こう言った好投手との投げ合いになると、自分の投球に没頭することが多い。

だからこそ自分の制御が効かない可能性を、危惧していた。

 

 

「構わねーよ。それを踏まえて俺が組み立てんだから。」

 

 

現状の戦力と、相手の条件。

その上で配球と試合を組み立てる。

 

だからこそ、見せてしまえばそれを考慮してまた試合展開を組み立て直せばいい。

 

 

何より、御幸にとってはそれ以上に大事なことがあった。

 

 

 

 

「折角みんないるんだ。ここで絶望して貰えりゃ、それはそれでやりやすい。」

 

 

 

 

東京都の選抜だから、各チームの代表たちが集合している。

 

この仕上げの時期。

手の内を見せるというのは、デメリットが多い。

 

しかしながら、できることもある。

 

それは、敢えてその力を誇示すること。

圧巻の投球という形で力を見せつけ、嫌な印象を持ち帰らせる。

 

 

いざ試合になれば、この印象というのは相手の焦りや萎縮を産むことが有り得る。

だからこそ、その力を誇示することにも若干ながら意味があるのだ。

 

無論、これは投手の力量が圧倒的ではなければ成立しない。

 

 

だが、今の大野夏輝であれば。

相手に絶望を与える、その力を有していることは確かであった。

 

 

 

「暴れて来いよ。その方が俺も、やりやすい。」

 

「俺はやりにくいがな。エラーしないか不安で仕方ない。」

 

「うるせ。捕逸してねーだろ普段。」

 

「ファーストだからな。珍プレーしたら笑ってやるよ。」

 

 

そうして、大野は笑みを浮かべる。

瞳は、あの時と同じように煌めく。

 

これが大野の、彼のスイッチのようなもの。

 

その紺碧の瞳が光を帯びるとき、彼は例外なく最大出力のピッチングを見せる。

 

 

 

 

 

 

 

「下位打線とはいえ、力のある打者だ。君の感覚に委ねる。」

 

「配球は任せる。嫌なら、首を振る。」

 

「それでいい。組み立てはこちらに任せてくれ。」

 

 

そして、今日の女房役との打ち合わせを終えて、白球を受け取る。

 

軽くマウンド上で跳ねたのちに、帽子の鍔に手を触れる。

そして大野は、息を吐いた。

 

 

 

まずは7番。

パワーもあるが、ミート力に長けている打者。

 

下位打線のチャンスメイカーとして、第二の加速装置として作用している。

 

 

この試合でも、成宮が許したヒット二本の内、一つはこの打者から生まれている。

 

そんな警戒すべきバッター。

この相手に対して、バッテリーは初球に緩い球を選択。

 

 

高い打点からぬるっと落ちるカーブ。

先ほどまでのキレのある球に対してこの遅いボール。

 

真ん中付近から綺麗に落ちるボールに思わず、空振り。

 

 

 

『ドロップカーブ、こんなのも持ってんのかよ。』

 

 

続けてストレート。

緩急を活かしたこの速いボールについていけず、これにも空振り。

 

 

 

緩い球の後というのもある。

 

しかしこのストレート、明らかに速い。

この回またギアを上げたキレのあるストレートは異次元の軌道であり、手元でホップするような感覚に打者も戸惑いを見せた。

 

 

『浮き上がったのか?俺は確かに上から叩いたつもりだったが。』

 

 

普通のストレートであれば、当たっていた。

 

しかしこの大野特有のストレートが。

純粋な縦回転と全身から繰り出される強い回転が、とてつもない揚力と加速性を生み出す。

 

そのストレートは常人とは比にならないキレを誇る。

 

 

 

最後もストレート。

内角低めの直球を反応させず、見逃しの三振に切ってとった。

 

 

緩い球で崩し、速い球で苦手なコースを抉る。

 

極めてシンプルながら、効果的な攻め。

相手が内角の攻めが見慣れていないからこその、強気な攻め。

 

そしてこれは有効的なだけでなく。

 

強気な大野の調子を後押しする、可燃剤となりうる。

 

 

 

 

続く8番に対しては、初球外角低めストレート。

 

 

(外に外すくらいでいい。それでも振ってくるはずだ。)

 

(OK。)

 

 

アメリカチームの目付は、どちらかというと外に広い。

 

これはアメリカというか、海外のストライクゾーンの違いによるもの。

だからこそ日本での外いっぱいが打ち頃になる可能性もあるのだ。

 

 

外に2球、これをファールで追い込む。

 

続くボールは、カーブ。

縦に大きく割れるこのボールで空振りを奪いに行くも、バットに当てられてファール。

 

 

(反応したか。)

 

(高い打点からのカーブは見慣れているのだろう。だが、それが目的だ。)

 

 

低めに落ちるボールで目線を下に落とした。

あとは、料理するだけ。

 

大野のストレートがあれば、斬れる。

 

 

 

高め、三振。

 

ボール気味の釣り球のストレートで空振り三振で切ってとった。

 

 

 

最後の打者は、マウンドに上がったコンラッド。

 

長身の左打者が、打席に入る。

 

 

初球、ストレート要求。

外のボール球、これをしっかり投げ切ると、ファールでカウントを稼ぐ。

 

やはり、腕が長いからよく届く。

 

 

しっかり捉えられたが打球は一塁線切れてファール。

 

 

2球目、今度はインコース。

甘めのコースに投げ込む。

 

ここまでなかった甘いコース、コンラッドは迷わず振りにくる。

 

 

しかしボールは高速で横移動。

真横に吹き上がるようにスライドしたボールは内側を抉るように切り込んでいき、コンラッドのバットの根本に当たった。

 

 

 

 

高々と上がった打球は、ピッチャー正面。

 

この打球を大野は、敢えて掻っ攫うように左手で掴み取った。

 

 

特段意味はない。

しかしこのマウンドの王であること。

 

そして、こちらが優位であるという、見下ろしていることを強調するように。

 

 

打球を掴み、コンラッドを見下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

『どうだコンラッド。目の前で見た感想は。』

 

『ナルミヤもそうだが、すごい球の圧力だった。』

 

 

元々制球がいいことは聞いていた。

 

すでに完成された制球力とキレのある変化球でゾーンをいっぱいに使ってくる投手。

どちらかというと、かわしてくる投手だと思っていた。

 

 

それゆえに、この向かってくる投球には、コンラッドも驚いた。

 

 

『あれが日本の、甲子園優勝投手。ジャパンのNo. 1ピッチャーか。』

 

 

アメリカチームの選手たちがベンチでそう話す。

すると彼らを管轄する監督が、彼らに向けて言い放った。

 

 

『しっかり目に焼き付けておけよ。近い将来、彼らこそがこの大きなベースボールの世界を引っ張っていくリーダーとなっていく存在になるはずだ。無論、君たちと一緒にね。』

 

 

そう言って、アメリカチームのメンバーは再び口角が上がる。

 

そしてこの試合に、より没頭していくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスピッチ。見せつけるねえ。」

 

「落とせばよかったのに。惨めな姿晒してたら笑ってやった。」

 

 

稲実コンビに抜かれながら、ベンチへ歩いて向かっていく。

そして、じっとアメリカチームのベンチへ目を向けた。

 

 

ここまで許したヒットは、0。

しかしながら、一発がある打線。

 

正直怖い。

 

この手のチームは、一発出始めると止まらない。

一つの間違いさえ許せない。

 

だからこそ、内容以上に大野は相手打線に重圧を感じていたのだ。

 

 

(追加点が欲しいところだけど。)

 

 

そう大野が思った矢先。

スコアボードの打順を見て、その心配が杞憂であったことに気がついた。

 

 

ここから始まるのは、上位打線。

 

都内ナンバーワンの、12番コンビから始まる。

 

 

 



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エピソード165

 

 

 

 

6回の裏。

 

 

「ッシュ!」

 

 

コンラッドの投げた初球。

外高め、甘く入ってきたこのボールに対して逆らわず右へ。

 

逆方向に飛んだ打球はライト前。

 

 

しかし圧巻だったのは、その後のプレー。

 

ライトのゴロ処理が少しもたついたのを判断すると、すかさず二塁へ。

慌てたライトの送球が逸れたのも重なり、単打の当たりで二塁まで陥れた。

 

 

「あの当たりで二塁行くのかよ。」

 

 

 

ここまで来ると、最早呆れてくるスピードである。

 

味方だから、心強い。

しかし一ヶ月後にはこれが敵になるのだから、笑えない。

 

そんな事を考えながら、大野は苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

続く2番の白河は、バントの構え。

 

試合も終盤に近づいてきたこの場面、久しぶりに出たノーアウトのランナー。

 

 

さらに言えば、コンラッドと相対して初のランナーである。

 

 

この大事なチャンスの場面。

順当に、堅実にいくのであればバントで三塁に進めるのがセオリーである。

 

 

『やはり、スモールベースボールか。なら、アウト1つ頂く。』

 

 

捕手のカーライルがバント処理に動こうとした矢先。

白河がバットを引き、振りかぶる。

 

そして、高めの直球に対して振り抜いた。

 

 

バントでチャージしてきたコンラッドの頭を超え、二遊間を抜けるヒット。

 

当たりを見たカルロスは三塁を蹴り、更に加速していく。

 

 

『おいおい、ジョークだろ!?』

 

 

慌ててセンターから返球が来るが、間に合わず。

二塁ランナーのカルロスがあっという間にホームに滑り込み、追加点となる2点目を奪う。

 

更に、打った白河もすかさず二塁へ。

 

 

(あの当たりで帰ってくるか。隙がないな。)

 

 

これに加えて、一発のある山岡もいる。

 

投げては、エース成宮鳴。

守備も鉄壁。

 

やはりこの総合力の高さが、稲実の強さだろう。

 

 

(これが、稲実の野球。俺たちが負けた、そして俺たちが勝たなきゃいけない、チーム。)

 

 

未だ勝てていない、唯一の相手。

夏の、最後の砦。

 

その高さに、大野は息を呑んだ。

 

 

 

 

しかしこの圧巻の速攻に驚嘆したのは、眼前の敵。

アメリカチームもまた、この稲実の一二番コンビの質の高さに、最早リスペクトすら感じていた。

 

 

『ジャパンの選手はエンジン積んでるやつまでいるのか?』

 

『全くだぜ。』

 

 

緻密ながらも、大胆。

理論に乗っ取った、技術と能力によるシンキングベースボール。

 

ただの細かいスモールベースボールではない。

 

 

『これが、ジャパンのベースボール…いや、日本の”野球”か。』

 

 

ベースボールと、野球。

異なる戦略だからこそ、面白い。

 

そして、アメリカチームのナインが、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続けて打席に入るのは、3番の御幸。

ここまで左バッターはまるで手が出ていないコンラッドに、何とか食らいつきたいところ。

 

 

(とはいえ、あの角度は左にゃちょっときついよなぁ。)

 

 

そんなことを思いながら、ネクストバッターズサークルから立ち上がる。

 

するとその後ろから、というよりベンチからの聞き慣れた声に、思わず振り返った。

 

 

 

「んだよ。」

 

「わかっているとは思うが、簡単に終わるなよ。」

 

 

大野がそう言うと、御幸は思わず眉を動かした。

 

 

「青道のチームはな、白州が率いて、俺がエースで。それで、御幸一也が4番のチームだからな。打線の顔であるお前が簡単にやられて舐められちゃ承知しない。」

 

「わかってるよ、馬鹿。」

 

「足元見られんなよ、青道の主砲。」

 

 

稲実の一二番は、らしい攻撃で見せつけてきた。

ならば、こちらも。

 

そのチームの顔である主砲が、ある種やり返さなければ。

 

 

しかし、相手はコンラッド。

サイドスロー気味のフォームから最速150km/h越えのストレートと切れ味鋭い真横に曲がるスライダーを操る、左腕。

 

一般的に左対左、特にスライダーのように逃げるボールがある場合は、打者が不利になりやすい。

 

特にサイドスローが相手となると、リリースされたボールは見えにくい上に、角度がついて打ちにくさに拍車をかけるのだ。

 

 

 

しかし。

 

 

(ったく、お前に言われちゃあな。)

 

 

 

御幸は、コンラッドを見据えて笑った。

 

ここまで青道が強く、そして甲子園を制したのは間違いなく、この大野夏輝というエースの存在があってこそだ。

 

 

それこそ御幸自身も本塁打や打点で貢献していたが、それでも数多の0を築き上げてきたこのエースの存在には、頭が上がらない。

 

 

何より、今の強い青道を作り上げた最大の功労者は、間違いなく大野だ。

 

怪我をしている期間も他の投手から、悩める野手まで。

できることを最大限やってくれたからこそ、気にかけてくれたからこそここまで強いチームになったのだ。

 

 

 

そんな彼に、チームの象徴だと言われたら。

 

それはもう、やるしかないのだ。

 

 

(そうだな、初球はスライダーも有り得るけど。ここまで右にストレートを打たれてムキにならないような、そんな優しいピッチャーには見えないし。)

 

 

どちらかというと、ガンガン攻めてくる。

 

さらに言えば、左打者に対しては見下ろすように強気にストライク勝負で来る。

 

 

しかし、捉えられているのは外の真っ直ぐ。

お世辞にもコントロールがいいとは言えない彼の、高めに浮いた外の球を弾き返されている。

 

 

(開き直って高めで空振りを奪いに来るか。スライダーで先手を取りに来るか。これに関しては、キャッチャーの性格が出るかな。)

 

 

前者なら、強気。

後者なら、相手に合わせるタイプ。

 

 

とは言え、どちらもコンラッドの決め球。

 

二択とはいえ、優劣は特にない。

 

 

 

傾向を見るに、前者か。

そうヤマを張り、御幸がバットを掲げた。

 

狙い通り、初球はアウトハイのストレート。

 

 

しかしこの力押しに振り遅れ、前に飛ばずファールとなる。

 

 

(強。てか、ギア上がってね?)

 

 

明らかに、球の力が強い。

先程の2人の時よりも、確実に。

 

失点して、目覚めたか。

 

 

どちらにせよ、前の回。

それこそ、直前の2人の打者よりも確実にいい球が御幸に襲いかかっていた。

 

 

 

(けどまあ、大方予想通りね。てなると、今の反応を見るにストレート狙いってのは相手も分かったはず。それでいて打てていないのであれば、ほかの球は決め球に使いたいと思うはず。だからここは…)

 

 

2球目。

外に逃げていくスライダーを見送り、1-1。

 

 

 

(これでスライダーは見切れてると判断するかな。そう思ってくれると助かるんだけど。できれば、甘い変化球狙いとか勘違いしてくれれば超やりやすい。)

 

 

 

3球目。

同じようなスライダー。

 

これも見送り、御幸は息を吐いた。

 

 

 

カウントは2-1。

ボール先行で、打者有利のカウントとなる。

 

ここまでストライクにどんどん放ってきていただけに、バッテリーも少し嫌な感覚を覚えていた。

 

 

 

狙い球は?

何で抑えるか?

 

ここまでの集中力と余裕を見ている限り、中々簡単に打ち取れる相手では無いことは確か。

 

 

『迷うことは無い。ここはフォーシームだ。』

 

『スライダーの送り方を見る限り、狙いは変化球だろう。ここは強気に、カモンコンラッド!』

 

 

ここでバッテリーが選択したのは、やはりストレート。

 

この打席全く着いてこれていないこのボールで、思い切って攻め立てる。

 

 

 

ランナーはいながら、足を振り上げるコンラッド。

 

その長い手足を目一杯大きく使い、全身を横回転。

 

 

大野の重力と縦横の捻転とは違う。

身体のバネと長い手足を使った横回転は、純粋にコンラッドのみの恩恵。

 

彼だけにしかできない豪快なフォームで、唸りを上げるストレートが御幸に向かってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、これを。

 

 

(狙い通り、待ってたよそれ!)

 

 

スライダー狙いに対して、ストレート。

変化球に偽造して振り遅れを狙いに行った、左バッターの外低め。

 

 

威力のあるこの真っ直ぐを、御幸は強く振り抜いた。

 

 

外の難しいボール。

だが少しシュートしながら入ってきたこの球を逆方向へ。

 

高い打球はレフト後方。

 

入るか際どいところだが。

本人は確信して、ゆっくりと一塁方向へと歩き出した。

 

 

 

『Oh my God』

 

 

 

カーライルが思わず呟いた嘆きと同時に、白球はスタンドへと入り込んだ。

 

追加点となる2ランホームラン。

これが勝負を決める一打となり、4-0。

さらにアメリカチームを突き放して見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






甲子園での経験等もあり、御幸もかなり進化してます。



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エピソード166

 

 

 

 

 

やあ、東京選抜→青道高校に戻ってきた大野夏輝だよ。

 

 

 

試合は結局、一勝一敗という結果。

1試合目は、3人の投手リレーで0封。

 

成宮が4回を被安打2の無失点で試合を作り、俺が8回までを被安打1の無四球で真田に繋ぐ。

 

最後は抑え登板した真田がテンポよく三者凡退に抑え、試合は終了した。

 

 

2試合目は、乱打戦。

 

試合序盤に先制を許したものの、こちらもすぐに追いついて食らいつく。

点の取り合いとなるシーソーゲームの末、最後は粘りの末に8-7で敗北を喫した。

 

 

まあ、結果よりもあれだ。

こういうエキシビションマッチも、楽しい。

 

中々ない試合だし、それこそ普段対戦している相手とチームを組んで戦うというのは本当に面白かった。

 

それも相手は、戦い方も考え方も全く違うアメリカのチーム。

新鮮な気分で挑めたし、楽しかった。

 

 

 

「収穫はあったな。鳴や真田の球筋を直に見れたし。お前も調子上げてるみたいだしな。」

 

 

 

帰路を歩きながら、俺は頭の後ろで腕を組む。

 

同地区のライバルである2人の投手を、うちの主砲が直に見ることができたのは、かなりのアドバンテージになる。

 

薬師もシードがなくなったこともあり早い段階で当たる可能性が出てきた為、真田を見れたのがかなり大きい。

 

 

さらに、御幸も好調。

 

この試合を通じてホームラン1本を含み、8打数5安打6打点と大暴れ。

甲子園から戻って長打力に磨きがかかり、打棒でかなり存在感を見せていた。

 

 

 

そんなことを思いながら御幸に話しかけると、彼は溜め息をついて答えた。

 

 

 

「能天気なこと言うよ。球筋見られてるのはお前も一緒だし。星田とか稲実の奴らに見られたのは、そこそこ痛い。」

 

「それはお互い様だろ。お前が2人のピッチングを見れた方が大きいと思う。」

 

 

すると御幸は、目を見開いて頭をかいた。

 

 

「平気でそういう事言うよな、全く。」

 

「打ってくれるんだろ?」

 

「そりゃあな。打つしかねえんだから。」

 

 

俺のピッチングを見られた代わりに、御幸は西東京のエース級投手を2人も見れた。

 

捕手でリードしてくれたのは乾だからバッテリーの傾向を見られることも無かったし。

 

 

俺自身、御幸ありきなところはあるからな。

彼と組んでる時を見られていなければ、大したダメージにはならない、と思う。

 

 

 

あとはそうだな。

俺たちが留守の間も練習試合があった。

 

それこそ相手は強豪、甲子園にも出場経験のある山守と成邦高校だ。

 

 

山守に関しては今大会ベスト8で、阿吽の双子バッテリーかなんかで話題になっていたし。

 

 

まあ俺がいなくてもどうにでもなることは秋大で証明済みだから大丈夫とはいえ、問題は御幸が不在だったということ。

 

普段マスクを被っている正捕手がいないというのは、かなり痛手。

 

 

 

「そういや、残ったヤツらはどうだったんだろうな。」

 

「それなら心配いらないぞ。」

 

 

 

おっと。

急に聞こえてきた白州の声に若干驚き身を震わせたが、すぐに平静に戻る。

 

気がつけば、もう青道高校の寮まで到着していた。

 

 

 

「お出迎えとはどーも。」

 

「出迎え流行ってんの?」

 

 

少し前…具体的に言えば一昨日の稲実グラウンドでの既視感に思わず笑ってしまった。

 

 

「なんの事だ。」

 

「何でもねーよ。そっちはどうだった?」

 

 

俺がそう聞くと、白州は指を3本立ててその手をこちらに向けてくる。

 

彼らしからぬそんなポップな表現に、俺も御幸も思わず顔を見合わせた。

 

 

「えっと。」

 

「三連勝だ。ちゃんとお前らがいなくても連勝伸ばしておいたぞ。」

 

「あっ、はい。」

 

 

ここまで共に生活していると、何となくわかる。

表情こそ崩していないが、少し不服そうにする白州。

 

仕方ないでしょうが、突拍子もなく意味わからんことしだすんだから。

 

 

 

 

 

 

土曜日は川上と東条のリレー。

 

打線も探り探りながら各々がしっかりと自分の仕事をこなしていき、11-4で勝利を収める。

 

 

 

 

そして日曜。

この日は変則ダブルヘッター、強豪2校とぶつかり合う。

 

 

まず山守との試合。

 

先発を任されたのは降谷-小野のバッテリー。

初回から力感なくゾーン勝負をしていき、ストライク先行のいいテンポで試合を掌握。

 

時折投げるカーブがいい具合に相手を崩していき、7回を投げて2失点としっかり試合を作った。

 

 

さらに降谷の好投に打線も応える。

この試合2番に入った白州と3番の小湊が連打で先制をすると、中盤にも相手バッテリーを攻め立てて5得点。

 

最後はノリがしっかりと試合を締めて、5-2で勝利を収める。

 

 

 

 

2試合目の成邦との試合は、沢村-奥村のバッテリー。

 

この日は変化球の精度が少し甘かったものの、ストレートで要所を締める投球。

 

時折打ち込まれるシーンは見受けられたが、中盤以降変化球も安定して失点を許さない。

 

 

打線も相手エースの明石から中々得点を奪えなかったものの、中盤に連打で一気に4点を奪うと、最後まで投げきった沢村の粘り勝ち。

 

 

仕上げてきた成邦相手に、4-3。

エース不在の中、沢村の粘りの完投は次期エースの姿を連想させた。

 

 

 

 

「まあ、心配はしてなかったけどな。特にピッチャーに関しては。」

 

「本当に良くやっていたぞ。チームをピッチングで引っ張る覚悟と自覚は、誰かさんに通ずるものがあったよ。」

 

 

本当に大きくなった。

 

入った時の漠然としたエースという形ではなく、自分が何をしなければいけないのか。

それがわかってきたからこそ、自然とチームを引っ張るという立場になったのだ。

 

 

 

「因みにそっちはどうだったの。」

 

「4回被安打1無失点8奪三振。」

 

「.625ホームラン1本6打点。」

 

「だいぶ暴れてきたな。」

 

 

確かに。

お祭りごとというか、こういう試合が大好きな2人だから、何だかんだ大暴れしてきた自覚はある。

 

 

「んじゃ、とりあえず監督に報告行ってくるわ。」

 

「そうだな、とりあえずお疲れ。」

 

「おう。」

 

 

そして白州と別れを告げると、俺と御幸はそのまま監督室へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労だったな、2人とも。」

 

 

報告がてら、監督室へ。

 

恐らく試合の総括をしていたのか、並べられたスコアブックとノートに目が行く。

 

が、すぐにその視線を戻した。

 

 

 

「どうだった、向こうは。」

 

「えぇ。かなり収穫は多かったです。直に他校のエース級を、それも実戦の彼らを見ることができたのはかなり大きかったですね。」

 

 

 

落合コーチと御幸がやりとりしている中、俺は他校の主軸を思い出す。

 

稲実の4人組は特に凄かった。

成宮の完成度はとてつもなく高かったし、昨年とは比べ物にならないほど総合力が上がっていた。

 

野手3人も。

確実に、俺たちの前に立ちはだかる。

 

 

あとは、各チームの4番たち。

やはりチームの主軸ということもあり、勝負強い選手が多かったし、打席での雰囲気なんかも凄かった。

 

 

「大野、お前はどうだった。」

 

 

急に話を振られて、少し戸惑う。

いやまあ普通に考えれば報告に来てるんだから俺も聞かれるのは当然なんだけど。

 

 

「言わなきゃいけないことは御幸が言ってくれたんですけど。両投手はやっぱり良かったですね。」

 

「真田と成宮か。」

 

「ええ。特に真田、彼も甲子園を経て相当進化してます。」

 

 

成宮も然る事ながら、特に真田。

やはり彼の伸び代というか、未知数なところはある。

 

甲子園を経て彼もまた、立ち回りを少し変えているように感じた。

 

 

プレートの使い方、さらには身体の使い方も変わっていた。

 

より軸足側に乗せたあとは踏み込み足。

そこに体重を乗せるというよりは、弾くようにして反発の力を利用している。

 

 

だからこそストレートはより力強く、効率的にパワーを発揮している。

 

そのお陰か球速自体も、以前までの140km/h弱から140km/h中盤まで出ていた。

 

 

 

プレートはできるだけ三塁側まで使い、シュートにより角度がつくように投げていた。

そのおかげか、右バッターの外から入ってくるシュートでカウントを取る場面を何回か見ていた。

 

投球術にも磨きがかかってる。

 

 

彼単体で見れば脅威というほどではない。

しかし薬師のエースと考えると、なお怖い。

 

 

 

「それなりに収穫があったのならいい。何より怪我とかしなくて。」

 

「それはまあ、俺たちも意識してましたから。」

 

 

 

 

みな、仕上がっている。

最後の大会に向けて。

 

甲子園というたった一つの夢の舞台への鍵を手に入れるために。

 

 

俺たちが目指しているのは。

いや、行かなきゃいけないのは、そんな場所なのだ。

 

 

厳しい戦いになるのはわかっている。

 

だからこそ、面白い。

だからこそ、燃えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード167

 

 

 

 

甲子園まで、大まかなイベント事は終わった。

夏も近づき、甲子園に向けて最後の追い込みをかける。

 

 

「そうか、もうそんな季節か。」

 

 

ベンチメンバーの発表まで、あと1週間。

つまり最後の大会に出場する刺客が、選定される。

 

 

 

 

最後の大会に選ばれる、20人のメンバー。

 

3年生だから、最後の大会だからと言って、選ばれる訳では無い。

あくまで実力の上で、選出される。

 

 

2年間、文字通り血の滲むような努力をしても、届かないこともある。

 

 

残酷な話かもしれないが、それが強豪校。

甲子園を目指す、この青道高校なのだ。

 

この部員100人以上の中から選ばれる20人を、精鋭として最後の大会に臨む。

 

 

 

 

「御幸も戻ってきてからより打撃に磨きがかかったな。相当感化されてきたな?」

 

 

俺が打撃練習待ちをしている中、ゲージ内でシート打撃を行う御幸。

それを見て、落合コーチがそう言葉を漏らした。

 

 

「そうっすね。」

 

 

これから戦う相手を直に見たからこそ。

より具体性を帯びると、自然と意識も変わりやすい。

 

他校のライバルの、それこそ中心選手が集まった今回の試合。

 

張り切るには、申し分ないキッカケである。

 

 

 

「でも、それだけじゃないと思いますよ。」

 

「ほう。」

 

 

 

あれでやはり、責任感が強い。

 

俺がエースとしてチームを背負うように、あいつも4番として背負っている。

 

 

それこそ、最後に選手として出られない彼らの為にも。

最後まで勝ち続けなければいけないことを、知っている。

 

 

背負っているのだ。

ナインではなく、青道高校の4番として。

 

一緒に背負おうと、言ってくれたからな。

 

 

 

 

「奴らしいと言えば、らしいな。」

 

「あれで責任感強いっすからね。前キャプテンには主将に推薦されてたくらいですし。」

 

「ただでさえイケメンなくせに、んなキザな感じじゃあ、ずるいよな。」

 

「男前ですよね。」

 

 

 

そう最後に残して、俺は打撃練習に入る。

 

試合では、他の野手に変わって外野に入ることが多い。

エースとしてグラウンドにいるということに意味があるからこそだが。

 

 

しかしそれは、他を押し退けて試合に出場しているということ。

 

投手だから打てませんでは、理由にならない。

せめてグラウンドにいるときは、バッターとしても責任を持ってプレーしなければいけないから。

 

 

 

バッティングピッチャーの東条。

彼の低めのストレートを右、左、センター返しと弾き返していく。

 

一発を打てるパワーもなければ、それをして中途半端な打撃をするのも勿体ない。

 

 

俺に出来るのは、チャンスメイク。

小さなヒットで頼れる後ろに任せる、接着剤として。

 

内野を超えるヒット、若しくは外野を抜けるヒット。

 

出来ることを、やる。

それが秋から続けてきた、俺の攻撃面での役割。

 

 

とにかくランナーとして出て、打点に貢献する。

ホームランを打たないと割り切って、ヒットに極振りしてきた。

 

 

 

最後までそれを貫く。

投打ともに、自分らしく。

 

俺がここまで意識してきた、最も大事にしてきたことだ。

 

 

 

何より。

俺は投手であり、エースだ。

 

チームに価値をもたらす投手だ。

 

 

投げて勝つのが俺の仕事であり、俺ができることだ。

 

 

御幸のようなカリスマ性も、白州のような統率力もない。

ただ俺が投げるその闘志で、チームを勢いづける。

 

それこそが。

俺という投手に任された、役割だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

週末。

夏のメンバーが発表される前の最後の週末の練習試合。

 

 

この土曜日の対戦相手は、東郷学園。

 

オーダーを変えての2試合。

その1試合目の先発を任された。

 

 

 

その日のオーダーは、いつもと変わったオーダー。

 

ショートに2年の高津、セカンドに1年の瀬戸。

外野には三村が入る。

 

 

「さて、今日はどうする。」

 

「アピールの場だからな。全力で行く。」

 

「おう。本番のつもりで配球するからな。」

 

 

 

御幸の言葉に、頷く。

 

前回はエースを任されたとはいえ、まだ不透明。

 

沢村も降谷も、俺と御幸が留守の間チームを鼓舞して頑張っていた。

だからこそ、負けられない。

 

 

当確ではない。

俺も選ばれるためには、ここで発揮しなくては。

 

 

 

 

この日は初回からガンガン攻めていく。

課題であった力配分もうまくいき、かなりスタミナに余力を残すことができていた。

 

ランナーを出したら力を入れるピッチング。

 

それがうまくいき、7回時点で無失点の投球で試合を作る。

 

 

 

しかし8回。

0アウトの場面から、ヒットとショートの高津のエラーでランナー一、二塁のピンチを作る。

 

 

「まあ、仕方ないな。」

 

「これを背負うのもエースだろう。」

 

 

 

味方のミスもまた、ないことはない。

それこそレギュラーの二遊間2人がおかしいだけで、高校野球だと割とエラーはある。

 

しかしエースならば。

 

 

 

「わかってんじゃん。失点すんなよ。」

 

「ギアを上げる。ねじ伏せるぞ。」

 

 

それを取り返すことも、帳消しにすることもできる。

 

 

 

このあと上位を連続で三振に切ってとり、完全にねじ伏せる。

 

 

2番に対しては、ストレート2球で追い込むと、最後はインハイ吹き上がるカットボールで空振り三振。

 

3番に対しては、カーブで目線をずらしながらバックドアのツーシームで見逃しの三振。

 

4番に対しては、外角低めの出し入れでストレート勝負。

最後まで真っ直ぐを続けて、最後はチェンジアップで完全に崩した。

 

 

要した球数は、11球。

 

ストレートとツーシーム、そしてカットボール。

さらにはカーブやチェンジアップといった遅球など持てる球を駆使して三者連続三振に切り落として見せた。

 

 

今日は調子自体は、あまり良くない。

まあ、ストレートだけで三振を奪えない日、っていう感じだな。

 

他の変化球もまだ制球できるし、キレ自体は出てるから三振は取れるけど。

 

 

 

俺はここまで。

最後の9回に東条が登板し、1回を三者凡退で抑えて試合終了。

 

打線もしっかりコンスタントに得点を重ねていき、7得点。

7−0で快勝することができた。

 

 

 

この日の2試合目。

 

先発の川島が3回に捕まり、一気に4失点を喫する。

 

 

しかし川島を援護しようと打線が奮起。

レギュラー陣がしっかりと得点を重ねていき、8回に逆転する。

 

 

さらには4回から引き継いだ川上が残りを投げ切って1失点と好投。

 

試合自体は7−5でこの日2連勝で東郷を下した。

 

 

 

 

次の日は、埼玉の強豪校である永倉と戸高西を迎え入れる。

 

永倉の先発は、降谷と由井のバッテリー。

この日は無駄な力が抜けており、安定した投球を披露する。

 

 

低め中心の配球で、要所要所で高めを使う攻めで試合の流れを作った。

 

 

8回からは東条と奥村のバッテリー。

 

これも丁寧に低めを攻めながらストライクゾーンでガンガン勝負していき、少ない球数でリズムを作る。

彼らしい投球を奥村も引き出し、いいリズムで終盤を無失点で切り抜けた。

 

 

この試合は4−2で勝利。

御幸を休ませながらもしっかりと試合を展開する層の厚さを見せた。

 

 

 

 

 

続く2試合目、戸高西の試合は沢村ー奥村のバッテリー。

 

この日は変化球が少し暴走気味だったものの、ストレートとチェンジアップでしっかり締め直して試合を組み立てる。

 

 

インサイドとアウトサイドで目線をずらし、相手打者にマトを絞らせない。

さらにピンチになると、インコース中心の強気なリードで沢村を乗せていく。

 

 

さらに中盤からは、カットボール改とスプリームも織り交ぜて三振も奪っていく。

 

彼固有の変化球もしっかりと決まり始めて、いい形で7回まで投げ切った。

 

 

 

 

「いいな、奥村。東条の時もそうだったが、沢村の良さをうまく引き出せている。」

 

「コミュニケーションもしっかりとってるからな、案外。」

 

 

 

 

どことなく御幸に似ているなと感じながら、俺は投球練習に入った。

 

 

8回からは、俺がセンターからマウンドへ。

奥村と実践で初めてバッテリーを組む。

 

 

 

「連投のせいか、あまりストレートが走っていません。感覚はどうですか。」

 

「おっしゃる通り、あまり良くはない。カットツーシームはしっかり変化する。カーブは悪くないかな。」

 

「わかりました。ストレートは見せ球で、変化球中心で組み立てましょう。」

 

「OK。その辺は任せるさ。」

 

 

 

残りの2回。

 

カウント球にもツーシームを混ぜながら、カーブや小さいカットで打たせて取るピッチング。

さらに途中で織り交ぜたストレートを詰まらせて打者にマトを絞らせない。

 

 

打者8人に対して、被安打2の無失点。

奪三振こそ一つだったが、しっかりと抑える。

 

試合は6−1で快勝し、この週末の試合を四連勝で飾った。

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード168

 

 

 

 

早朝。

 

小鳥の囀りと共に喧しい蝉の鳴き音が、この暑い夏の空を染める。

 

 

 

夏になり、日も長くなった。

明け方というのは、少し明るすぎる。

 

そんな夏空を、俺はそっと見上げた。

 

 

 

「今日か、決まるのは。」

 

 

 

夏の大会に臨む、最後のメンバー。

これが、選定される。

 

 

いずれくるとは思っていたが。

 

それでも。

ここまで一緒にやってきただけに、こうして選ばれない選手がいるという事実。

 

やはり心にくるものがある。

 

 

 

(あんまり重く考えちゃいけないのは、わかっているんだけどな。)

 

 

 

この青道高校という強豪だからこそ、ベンチに入れないことは皆入る時からわかっていることだ。

 

層が厚く、切磋琢磨できるからこその強さもある。

それだけに、入学した時から皆覚悟はしていたはずだ。

 

 

でも。

いざその時になると。

 

 

(いかんな、今日は。)

 

 

今日はなんとなく、その気にならなくて。

軽く走り込んで、俺はいつもより少し早めに自室へと戻っていった。

 

 

 

「お帰りなさい、大野先輩。」

 

 

 

部屋に戻ると、瀬戸が準備で着替えをしていた。

 

 

 

「おはよう。これからバット振りに行くのか。」

 

「ええ。金丸先輩が先に行ったんで、俺も準備出来次第いきます。」

 

 

そうか。

 

彼もまた、選ばれるかどうかの瀬戸際。

 

 

一年生の中でも奥村、由井、結城と一軍帯同していた彼もまた、活躍を見せていた。

 

 

セカンドとして出場した試合では打率.270を記録。

主に2番で起用されており、チャンスメイクをどんどんしていた。

 

守備も高い走力を生かして広い範囲をカバー。

 

主に組んでいた高津のフォローをしながらうまく立ち回れていた。

 

 

特に塁上の揺さぶりは倉持にも負けていない。

 

盗塁走塁などすでに高い技術を誇っていた。

そこが瀬戸のセールスポイントであり、それを買われて一軍帯同しているのだ。

 

 

 

同室の後輩の贔屓はあるが、割とベンチに入れてもいい選手だと思う。

 

特にうちのようにレギュラーが固定されており、怪我にも強い選手揃いだとこういう代走の切り札という選択肢もあっていいと思う。

 

 

代打の切り札、代走の切り札。

あとは、守備固め要員。

 

昨年でいえば、小湊や門田さんなんかがその位置にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、練習前に集合。

 

室内練習場に一軍帯同の選手が集められ、最後のベンチメンバーが発表された。

 

 

一軍帯同で追加招集されたメンバー。

 

一年生から4人が、新たに招集された。

 

 

 

控え捕手として奥村。

そして代打の切り札、外野と捕手で由井。

外野レギュラーで結城。

そして、代走の切り札と小湊のバックアップで瀬戸が選出された。

 

 

 

「瀬戸も選ばれたか。」

 

「ま、意識の高さが見えてたしな。あの足は魅力だし、守備走塁の安定感は一年の時の倉持に通ずるものがある。」

 

 

 

特に俺と同室の金丸と一緒に、よく練習に取り組んでいた。

 

それこそクリス先輩から受けた技術を、瀬戸にどんどん継承している。

俺が他の投手にしているように、金丸もまた後輩にそうしているのだ。

 

 

それが監督の目にも入ったのだろう。

 

練習試合でもかなりチャンスをもらっていたし、それをしっかりものにしていた。

 

 

セカンドの控えには、木島もいる。

安定感のある三年生がバックアップでいれば、瀬戸も気楽にできるはずだ。

 

 

 

他はまあ、いうまでもない。

 

正捕手の御幸の控えとして、奥村。

彼の観察力と投手の力を引き出す能力に関しては秀でたものがある。

 

 

特に過酷な夏の大会。

 

投手はもちろん、捕手もかなり過酷だ。

 

 

30度を超える炎天下、それも観客に囲まれた球場は特に気温が上がりやすい。

それを重い防具をつけた状態で、長時間我慢しなくてはならない。

 

何より、投手よりも疲労具合がわかりにくい。

 

だからこそ、この控え捕手と言うのがかなり重要になってくる。

 

 

 

由井は、代打と外野、そして捕手。

主な起用法は昨年の小湊と同様、代打の切り札として期待されている。

 

特に勝負強さとコンタクト力、そしてパンチ力の打撃の総合力が非常に高い。

 

だからこそ、ここで打ってほしい、流れを変えたいという場面で起用されるのが多いかな。

 

 

また、案外器用。

外野も守ってみれば形にはなっているし、投手によっては結城に変わってレフト起用もありだろう。

 

 

捕手としても後逸がかなり減り、高校野球の球に順応している姿は見えている。

 

 

 

 

そして、結城。

現在かなりレギュラーで使われる機会が増えてきている選手。

 

一年生ながら卓越したパワーを誇るため、一発で試合の流れを一気に引き寄せる可能性を秘めている。

 

 

なかなか当たらない。

しかし、当たればよく飛ぶ。

 

下位打線においたら、かなり怖いのではないだろうか。

 

投手からしても下位打線に一発がある打者がいると、休まるところもなくかなり疲れやすくなるはずだ。

 

上位に置くには少し頼りないが、下位におくにはかなり有効な打者ではある。

 

 

それに今は、だ。

今後どのような形であれ、確実に中軸を担う打者になる。

 

だから今は、その糧になるように。

 

それで、いい。

 

 

 

昨年は、3人。

そして今年は、4人。

 

それだけ有望な選手が来てくれている、ということだろう。

 

 

実力があれば、年齢なんて関係ない。

 

 

 

 

 

 

 

そして、だ。

追加招集があるということは、つまり。

 

ここで、選ばれなかったものもいる。

 

 

 

一軍帯同していた選手。

 

三年生からは、川島と関、三村が。

二年生は金田と高津が、指名から漏れた形になった。

 

 

 

そしてそれ以外も。

この20人のメンバーに選ばれなかった三年生は、この時点で現役を終える形になる。

 

 

 

 

 

(悔しいさ、俺も。)

 

 

できることなら、みんなで行きたい。

ここまで共に頑張ってきたメンバーなのだから。

 

今この場にいる奴らに、頑張ってきていない選手なんていない。

 

だからそれが、報われてほしい。

 

 

 

だが、勝たなきゃいけないのだ。

 

この20人の枠は、勝てるチームづくりを。

選手を選ばなきゃいけないのだ。

 

 

 

 

だから、選ばれた俺たちができることは、ただ一つ。

 

勝つことだけだ。

 

 

 

勝ち続けなければいけない。

そして俺は、勝たせる投手でなくてはいけない。

 

チームを勝たせる。

 

それが、俺のできること。

青道高校の大野夏輝の、最後の使命なのだ。

 

 

 

戦うことのできない選手もいる。

だからそれを、背負う。

 

俺が。

 

 

 

拳をギュッと握った時。

御幸にとんと、肩を叩かれた。

 

 

 

「言っただろ、一緒に背負うって。」

 

「…わかっている。」

 

 

でも、それでも。

これで背負わなければ、エースではない。

 

俺がそうしたいから、そうするのだ。

 

 

俺は俺らしく。

それでいて、その上でチームを背負うのだ。

 

 

大野夏輝として。

 

いや、青道高校エースの、大野夏輝として。

 

 

 

目指すのは、頂点だ。

誰が相手だろうと。

 

全てを倒して、最後まで青道高校の夏で終わらせる。

 

 

 

 

 

 

何にせよ。

 

 

「決まったな、最後のメンバーが。」

 

 

夏の大会の、最後のメンバー。

そして、三年生の。

 

俺の高校野球最後の大会が、着々と近づいてきていた。

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード169

 

 

 

 

ベンチメンバーが決まった。

 

目指すべき頂点、そこへ向けて共に戦うメンバーが。

肩を並べて戦う精鋭が、決まった。

 

 

それはつまり、選ばれなかったものがいることの象徴。

 

彼らの上に俺たちが立っているということを、理解しなくてはならない。

 

 

 

『これからも、俺の誇りであってくれ。』

 

 

ふと、昨日の監督の言葉を思い出す。

 

ベンチ外になった、3年生に送った言葉。

それは、選手ではなくともチームの力になってくれという力強い頼み。

 

 

そんな彼らの代表として。

俺たちは、戦わなければならない。

 

 

 

彼らの誇りを。

そして、彼らの思いを。

 

胸に込めて、戦いの場へ向かうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

俺たちが戦う舞台は、過酷な夏。

連日30℃を超える炎天下の中でのプレーを強いられる。

 

日本の、特に東京の夏は過酷だ。

 

湿度が高く、気温も高いため汗が出やすい。

そこから熱中症、脱水症状のリスクが高まってくる。

 

 

 

さらに言えば、球場。

周りが客席で囲まれており、尚且つそこには多くの観客が入っている。

 

ただでさえ暑い夏。

球場の作り上、熱が逃げにくく人口密度で熱気が生まれやすい。

中の体感温度は、気温以上に高く感じるのだ。

 

その環境はどんどん体力を蝕み、パフォーマンスの低下や怪我の危険性にも繋がってくる。

 

 

 

だから、暑さに負けない体力。

この夏の大会に関しては、それが非常に重要になってくるのだ。

 

 

 

 

 

さて、その体力をつける為に、これから青道高校でも恒例の夏合宿が始まろうとしていた。

 

 

 

 

「キツイんですか、合宿って。」

 

 

夏合宿を明日に備えた大野部屋。

数少ない…というか、唯一の合宿全員参加部屋である。

 

 

俺は勿論、金丸はスタメンのサード。

 

そして今回1年生の中からベンチに選出された、瀬戸。

 

 

 

「どうかな。そこそこの水準のキツさだとは思うが。強豪ってほどのシニアじゃ無かったから元々練習緩かったから基準がわからん。」

 

「適当なこと言わないでくださいよ夏輝先輩…。」

 

 

瀬戸に聞かれた通り俺は答えると、金丸がため息をついてツッコミを入れる。

 

そうか。

まあ確かにキツイとは思うが。

 

キツいと思うためにやるトレーニングな訳だし。

それが当然なわけだし、辛さは人それぞれだ。

 

経験してきたものの差でも、変わってくる。

 

 

 

「この人は異常だから真に受けない方がいいぜ。沢村と降谷、あと小湊は去年死にかけてたからな。」

 

「うお、マジっすか。」

 

 

 

そういえば、そうだったな。

 

今でこそ沢村はよく走れるスタミナ十分の投手だが、当時はまだ体力も発展途上。

元々スタミナのない2人と一緒に死んでいた。

 

 

というか1年は例年死にかけてる。

なんなら1年の時は俺も死んでいた。

 

 

 

「よく走るし、よく動く。連日のトレーニングで身体も重くなるし、何より夏場で回復が遅い。しっかり食って寝なきゃ、マジで死ぬからな。」

 

「なるほど。」

 

「そういうことだから、瀬戸も早く寝ろよ。俺達も寝るから。」

 

 

そう促し、俺は部屋の電気を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿スタート。

 

まずは早朝のランニングから。

チーム全員で並び、身体を起こすように走る。

 

 

戻ってきてからはバッティング。

 

それぞれでペアを組み、トスバッティングを行っていく。

 

 

どちらかと言うと、型の確認やスイングの確認作業。

 

 

 

実戦的な練習は午後にやるから、ここではあくまで基礎的な練習をする。

 

 

 

午後に技術練習を行う。

打撃練習も実戦形式で、実際に守備も入って試合に近い形で。

 

 

ランナー一塁で、俊足のランナー。

バッテリーは、マウンド裁きのいい沢村と由井。

 

セオリー通りならバントでもいいが

 

生憎俺は、転がす方が可能性が高い。

 

 

カウント2-1。

打者有利で、ランナーが走りやすいカウント。

 

 

(整えたいよな、この場面。)

 

 

カウントを。

もっと言えば、彼らのバッテリーとしてのリズムを。

 

一度、締め直したいタイミングだろう。

 

 

彼の生命線。

混じり気のない、キレのあるフォーシーム。

 

比較的制球しやすく、この球でリズムを作る。

 

 

(でも、ここで縋るのはあまりに安直だ!)

 

 

 

外角低め、フォーシーム。

これを逆らわずに逆方向へ。

 

敢えて引っ張ろうとせず。

 

外野の前に落とすイメージで弾き返した。

 

 

 

「ぐあー!ここでも夏輝先輩に敗れるとは…!」

 

「わかり易すぎるんだよ。特に流し打ちが上手い打者なんだから、強気にいっても良かったな。」

 

 

御幸に解説をされ、尚もぐぬぬと続ける沢村。

 

まあ、その通りだね。

だからカウントを悪くするといい事がないし、多少危険でもストライク先行で攻めた方が抑える確率が高い。

 

 

「いい変化球があるんだ。カットボール改とかでフライ狙い、或いはスプリームとか落としてゴロでも良かった。多少甘くてもランナーが走りたい場面、ストレート狙いで変化球は見逃す予定だった。」

 

「夏輝先輩が一枚上手だったという訳ですか…!」

 

「ほら、次行けよ。」

 

 

守備から打撃。

時間がないからこそ、考えて行う。

 

今できることをとにかく行い、可能性を潰していく。

 

 

何試合に1回、あるかないかのプレー。

そして、いつ起きるかも分からないプレー。

 

しかしそれが起こる可能性があるのなら、夏に向けて確認しておく。

 

 

起きるか分からないということは、起こるかもしれないということ。

今わかるのであれば、ある程度のルール作りをする。

 

 

それこそ、夏は一点を争うゲームになる。

 

特に準決勝、決勝。

恐らく上がってくるであろう強豪校には、必ず絶対的エースがいる。

 

そのワンプレーで。

勝敗が決まることだってある。

 

 

備えあれば憂いなしだ。

今できることは、全てやらなくては。

 

 

 

 

 

 

 

練習が一段落すると、ここで補食。

 

そろそろ日が落ちてきた。

練習強度に対してエネルギーが足りなくなってくるこの時間に一度補給を行い、この後の練習でも高いパフォーマンスで取り組むことができる。

 

 

 

何より。

 

 

「マネージャーの手作りおにぎりで英気を養うのだ。」

 

「去年と同じようなこと言ってる!?」

 

 

そうしてベンチ前に駆けていく。

当たり前だ、マネージャーが丹精込めて作ったおにぎり、無下にする訳には行かない。

 

 

一度練習を切り上げ、栄養補給。

 

エネルギーとなる米に、糖分も多いバナナ。

そして豊富なビタミン成分とタンパク質の多い納豆など、この後のハードワークに耐えられるように。

 

 

「おっ、いい食いっぷりだな結城。どんどん食えよ。」

 

「良いんですか。」

 

 

あっ…。

金丸先輩の餌食となってしまった結城を見ながら、俺は静かに手を合わせる。

 

 

「瀬戸、同室の先輩からのアドバイスだ。食べ過ぎるなよ。」

 

「何となく察してます、この後のメニュー。」

 

 

何せこの後は。

 

 

 

 

 

 

 

「っしゃあ元気だしてくぞ!」

 

「っらぁー!」

 

 

ここから先は、ランメニュー。

 

 

追い込み。

過酷な夏場を乗り切るための体力を付けるという意味合いもあるが、きつい練習を全員で行って忍耐力と団結力を高める。

 

 

しかし、メインは追い込み。

普段のベースランよりも、きつい。

 

 

 

行う人数も少なければ、普段よりもコートを増やして行う。

 

より数が多く回って来て、休憩も短い。

 

 

 

日が落ちているとは言え、夏。

特に湿気の高い日の夜は、熱帯夜となり身体を蝕む。

 

 

案の定、1年のペースがどんどん遅れていく。

昨年の沢村たちもそうだったが、普段よりもペースが早い練習は、3ヶ月練習をしてきて慣れてきた身体に突き刺さるのだ。

 

 

 

「オラ1年!ペース落ちてんぞ!」

 

「後ろがつっかえてるぜ!」

 

 

野次に、由井の顔が上がる。

そして続けて、奥村と瀬戸、結城も。

 

唇を噛み締め、険しい表情を浮かべる。

 

 

 

そうだ、それでいい。

 

クソ喰らえと、反骨心こそ強さに変わる。

今辛い思いをして、試合で笑え。

 

 

 

「へいへい夏輝さん!余所見とは随分余裕そうですね!」

 

 

俺が別グループに目を向けていたのが分かっていたのか、沢村が俺を煽る。

 

面白い。

 

 

「俺を煽るってことは、覚悟が出来ているんだろうな。」

 

「ここで勝ってこそ、エースへの第一歩だと言うもの!負けませんよ夏輝さん!」

 

 

 

歴史は繰り返されるということか。

昨年俺と純さんがそうだったように、今年は沢村からペースをあげるように煽ってきた。

 

初日から追い込むスタイル。

自らに試練を与える。

 

 

 

自然と俺たちのグループの回転が早くなる。

 

余談だが、当然の如く遅れた1年たちのグループの本数を増やすことになった。

 

 

すまない、1年生諸君。

きつい思いを今のうちに味わってくれたまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード170

 

 

 

 

恒例の夏合宿も、中盤。

 

徐々に疲労回復と身体への負荷のバランスが崩れてきて、疲れが蓄積してきた頃。

 

 

それぞれ選手たちの動きも、次第に重くなってくる。

例年であれば練習試合に向けて投手は調整練習に入るのだが、今年は少し変えてみている。

 

 

「残り半分。ペース落とすなよ。」

 

「ウッス!」「はい。」

 

 

ダッシュトレーニングやサーキットなど、全身運動。

 

夏場で尚且つ身体の筋疲労がピークに来ているこの状態で敢えて高強度のトレーニングを加える。

 

 

意図としては、身体が思うように動かない状態でも最大限、その時点での最大出力を出せるようにする。

 

身体がきつい状態で単純且つ高強度、それでいて全身を使う運動をすることで、無理やり限界値での力の引き出し方を身体に覚え込ませるのだ。

 

 

夏場の甲子園、終盤になれば身体は疲れる。

 

そうした時にでも効率的に力を発揮できれば、終盤に打ち込まれるという事故的なリスクも減るのだ。

 

 

 

 

とはいえ、諸刃の剣。

身体が疲れている状態でトレーニングをする訳だから、注意しなければ容易に怪我をする。

 

だからこそ、俺だけでも良かったんだけど。

 

 

「夏輝さんがやってるのに俺たちがやらなきゃ、エースは奪えませんからね!」

 

 

そんなことまで言われちゃ、やらざるを得ない。

 

あとは疲労と身体の管理を、落合コーチにも見てもらいながら注意して行う。

 

 

 

「降谷もだいぶ着いてこられるようになったな。」

 

「そう、ですか。」

 

 

まあ、最初が最初だからな。

 

体力がなくて直ぐにバテていた彼も、気がつけばランメニューに着いてこられるようになった。

 

 

スタミナもついて、長いイニングも投げられるようになった。

うちは継投が中心だからわかりにくいが、それでも終盤までパフォーマンスが落ちない降谷と沢村は、かなり体力も出来ている。

 

 

それに加えて、コントロール。

 

走り込みとトレーニングのお陰か、フォームが安定して前よりも制球が乱れにくくなった。

 

 

今も荒れることには荒れるが、そこまで。

試合を壊すことは、無くなった。

 

 

 

「前に比べて、ということだ。ほら、行くぞ。」

 

「…はい!」

 

 

そうして、俺は再び走る。

 

後ろのふたりに、負けないように。

そして、彼らの中で絶対的な存在でいられるように。

 

 

近くては、ダメなのだ。

圧倒的で、目指すべき道でなくては行けない。

 

超える壁が容易く越えられるようでは、彼らの成長には繋がらない。

 

2人のエースを伸ばす最後の壁として。

それが俺の、青道のエースとしての最後の役目の1つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の合宿も中盤。

過酷な夏を戦うための最後の追い込みであり、最後まで戦い抜くための体力を作り上げる大事な期間。

 

追い込みということもあり、この中盤までになると皆が体力が削られている。

 

 

特に1年生は顕著。

初日から着いていくので精一杯だった彼らの身体はボロボロ。

 

日を追う事にきつくなって行くメニューに、軽く絶望すら感じていた。

 

 

 

さらに彼らを驚嘆させたのは、他のチームメイト。

特に投手たちの練習メニューを見て、彼らは息を呑んだ。

 

 

 

「あの人たち、夜も走り込んでるのに昼間もどんだけ追い込むんだよ。」

 

 

 

無論、大野を筆頭にトレーニングをする沢村たちである。

 

夏にも負けない、特に運動量の多い投手たちだからこそ、この時期の昼間に追い込みをすることに意味がある。

 

 

 

「化け物だわあの人ら。」

 

 

思わず、瀬戸はそう漏らした。

 

元々同部屋ということもあり、早朝から夜遅くまでトレーニングに勤しんでいることは知っていた。

 

だからこその実力と、試合の時のエースとしての立ち振る舞いがあるだと言うことも分かっていた。

 

 

しかし、ここまでとは。

はっきり言って常人が行っている練習量とは思えなかった程であった。

 

 

 

そしてそれに着いていく降谷と沢村。

他のチームでもエース候補と言われる所以は、この大野に着いていってるからこそなのだろう。

 

超えるべき壁が高いから、それを超えるために努力をする。

 

それに追いつかれない為に、エースもまた壁を高くする。

 

 

 

正に、切磋琢磨。

これが日本一のチーム。

 

そして日本一の投手陣なのだと、1年生の面々もまた再確認させられた。

 

 

夜のランメニューを終えても尚、練習をしようとする彼らの姿。

 

しかしそれで日和るようでは、今のレギュラー陣に食い込むことは出来ない。

そして割っていけるからこそ、選ばれているのだ。

 

 

 

「大野先輩。投げるのであれば受けさせて下さい。」

 

 

先陣を切ったのは、由井であった。

 

 

 

「投げないよ、疲れてるし。」

 

「そう、ですか。」

 

 

確かにそうだ。

 

今は追い込み時期。

特に投手陣はかなり追い込んでいる為、心身ともに疲労はかなり溜まっているはずだ。

 

 

それに、大野は昨年の夏に肘を大怪我している。

 

原因は疲労困憊と、勤続疲労によるもの。

だからこそ、彼の身体のバランスを崩す訳にはいかない。

 

 

配慮が足りなかった。

聞いてから、突っ走った由井は苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。

 

 

 

それに対して大野は、少し表情を弛めて答えた。

 

 

「有り余っているのなら、倉持の部屋に行くといい。何かと良くしてくれるはずだ。」

 

 

 

例年というか、昨年から何故か集まるようになった。

 

というのも、ゲーム機関係など色々揃っている彼らの、倉持と沢村の部屋に関しては集まるにはピッタリなのである。

 

 

 

「中々先輩たちと話す機会もなかっただろ。同じチームとして1ヶ月共にするんだ、折角ならゆっくり交流してもいいと思うぞ。」

 

 

 

勿論、シャワー浴びて小綺麗にしてからな。

 

そう付け加えて、大野はグラウンドを後にした。

 

 

合宿中盤で、全員かなり疲れが出てきている。

練習練習で怪我のリスクを抱えるよりは、それ以外の面でチームの連携を高めるというのも、大会を前にするチームには必要なことだ。

 

 

 

 

そうして練習後、1年生の面々もまた倉持の部屋へと赴いた。

 

 

「なんや、お前らまで来おったんか!」

 

「ヒャッハー、大野に諭されたか。」

 

 

この後、小湊が瀬戸にゲーム対決を持ち込んだり、結城と御幸の将棋が始まったりと、案の定盛り上がり。

 

しかしその中に、大野夏輝の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード171

 

 

 

 

騒がしい宿舎を避け、すぐ近くにある遊歩道を踏みしめる。

いつも飯を食い、体を休める我らが青心寮を見下ろす形でランニングコースとしても使われるこの道で空を見上げた。

 

 

都内とはいえ、都心から少し外れた住宅街。

 

案外空を見上げれば、星模様も拝める。

 

 

 

 

部屋着であるパーカーのポケットからスっと、右手を出す。

そして若干欠けた金月を見上げ、そっと手を伸ばした。

 

 

黄金色に淡く光る月輪に、右手をかざす。

 

 

 

「こんなとこで何耽ってんだよ。」

 

 

 

慣れ親しんだ声が耳に届き、俺は咄嗟に上がった右手を再びポケットの中へと収めた。

 

夏の夜風が吹き抜ける。

 

少し生温いが、程々に過ごしやすい夜の風と考えれば心地よいものか。

 

 

 

「結城と打っていたんじゃないのか。」

 

「沢村に押し付けてきたよ。あの弱さは血だな、ほんと。」

 

 

打っていたというのは、将棋のこと。

 

兄である哲さんもそうだったのだが、弱い。

それも仕草や立ち振る舞いは一流なのだが、如何せん弱い。

 

しかし、好きなのだろう。

 

捕手で勝負事に強い御幸に闘いを挑み。

そしてよく、負けている。

 

 

 

「どうしたんだよ、こんなとこでさ。」

 

 

 

月に向けていた視線をそっと声の主に戻し、俺は御幸の問いに答えた。

 

 

 

「夜風に当たっていた。少し、思うところがあって。」

 

 

 

その瞬間、ふっと弱い風が吹く。

夜風が俺の前髪を揺らし、目元を掠める。

 

夏とはいえ、夜の涼し気な風が心地よかった。

 

 

 

「思うところ?」

 

「…俺は、去年の夏を終わらせた男だ。未熟ながらもエースとして、チームを背負って戦ってきた。」

 

 

 

そしてその末に、負けた。

ただ1人の投手との投げ合い、最後は共倒れという形で2人とも力尽きた。

 

踏ん張りきれなかった。

 

最後まで、勝つチャンスを与えられたのにも関わらず、俺は敗れたのだ。

 

 

 

しかし、それはいい。

もう過ぎたことであり、今悔いたところで変わらないことは分かっている。

 

何より、夏を終えた先輩たちが、今はまた別の道を歩んでいるのだ。

 

今更こんなことを言っても、仕方ない。

 

 

 

その後は秋大を離脱。

投手として戦列を離れた俺は、野手としてチームを支えた。

 

チームも絶好調で、何より沢村と降谷が安定感抜群の投球を見せてくれたからこそ、秋の大会で頂点を取った。

 

 

 

投手として肘が完治し、春の甲子園。

遂に許された、投球。

 

久しく戻ったマウンドは、やはり良かった。

 

 

巨摩大藤巻の本郷と投げ合い、勝った。

 

 

 

 

その時の俺の心境は、ただ大野夏輝という1人の投手として本郷に向かっていき、ある種挑戦者として純粋な気持ちで戦った。

 

エースとしてではない。

大野夏輝として投げ、チームが打ってくれたから勝った。

 

 

 

 

 

しかし。

俺はエースとしてチームを背負ったのは、夏が最後だ。

 

昨年の夏、稲実との試合で負けてから。

 

 

俺はまだ、自他共に。

特に自分自身で、エースとしてチームを背負ったとは思えていない。

 

 

 

確かに俺が1人の投手として、相手エースと投げ合う。

互いに高めあったときにこそ真の実力が出ることは薄々気がついている。

 

しかし、そうではないのだ。

 

俺はエースとして。

チームを勝たせる、青道のエースとして勝ちたいのだ。

 

 

「以前、お前に言われたな。もっと自分勝手にやってくれと。」

 

「まあな。正直、秋とか冬のお前は見てられないくらい自己犠牲を厭わなかったし。」

 

 

 

ため息混じりに御幸がそう言う。

秋は特に、俺は投手としてチームを支えることが出来なかったから。

 

だからこそ、自分を犠牲にしてでもできることを探した。

 

 

 

それ故に、か。

もっと自分勝手に。

 

自分の為に、投げてくれと言われた。

 

 

「俺は大野夏輝だ。それ以上に、俺は青道高校のエースでありたいと思っている。」

 

 

チームを背負い、甲子園を制する。

全ての試合を勝ちで終え、日本の高校野球の頂点は青道高校だと。

 

優勝旗を掴み取って、誇示したいのだ。

 

 

 

「チームの為に投げるのが、俺の自分勝手だ。誰のためでもない。俺自身の為に。」

 

 

 

しかし自分自身がエースを名乗っても、それはただの自称でしかない。

 

自他ともに認められた者こそ。

エースとして、名乗っていいのだ。

 

 

 

「なあ、一也。俺はこのチームのエースに相応しいか。」

 

 

 

改めて、そう聞いた。

 

 

しかし、言ってから気がつく。

こんな風に聞いてしまえば、余程のことがない限り肯定される。

 

そうでなかったとしても、まだ20人のメンバーが決定しただけのこの状況。

背番号が決まっていないこのタイミングで聞くというのは、あまり得策ではなかった。

 

 

 

「変なことを聞いたな。そろそろ部屋に戻ろう。」

 

 

 

そうして俺が踵を返す。

少しばかりの静寂に、自分の質問に若干ながら後悔しながらも、俺は寮に戻ろうと歩もうとした。

 

 

しかしそれを静止するように、御幸が口を開いた。

 

 

 

「甲子園での成績は3戦3勝、26イニングを投げて失点は僅か1。それも大量リードでの一発のみ。1点ゲームになった本郷との投げ合いでは、それこそ相手を全く寄せつけることなく、8回無失点で勝利。」

 

 

 

さらに御幸は続ける。

 

 

 

「圧倒的な投球と高校生離れした完成度で試合を掌握し、チームに勝ちをもたらす青道史上最高峰のエース。これが世間の、大野夏輝に対する評判だ。」

 

 

 

少し、風が吹く。

今度は俺の前髪だけでなく、御幸の茶気味のそれも靡かせた。

 

 

 

「投手も、野手も、もちろんずっと一緒にやってきた俺も。夏から今まで…いや、東さんの代で負けてからか。お前がずっとチームを背負ってきたことも、お前が青道のエースってチームの皆が認めてる。それはお前だって、薄々感じてるはずだぜ。」

 

 

 

御幸に向けていた視線を外し、俺は空を見上げる。

 

こうして改めて褒められると、やはり来るものがあるな。

照れるとかそういう感情もあるが、それ以外にも。

 

 

だからこそ、少し視線を外してしまう。

 

しかし対して御幸は、俺から視線を外すことなく、話し続けた。

 

 

 

「お前、まだ去年の夏のアレが忘れらんねーんだろ。」

 

「それは。」

 

「俺もだ。あの時、お前の異変に気がつけなかったことに今でも後悔してるし、再三打てなかった自分にも腹が立った。忘れらんねーよ、俺だって。」

 

 

 

引き寄せられるように、御幸の瞳に視線を戻す。

メガネ越しながら、切れ長の目元。

 

その中心に位置する黄金色の瞳が、眩しかった。

 

 

 

「お前自身がまだ認められないんだろ。だったら俺だって付き合ってやる。最後の最後、お前が自分自身を「青道のエース」として認められるまでな。」

 

 

 

御幸にそう言い切ってもらい。

俺は肯定するように、首を縦に振った。

 

 

 

「なら、頼む。俺は最後までこのチームで勝ち続けたい。あの甲子園の頂点で。願わくば、スタンドから熱い青炎をもらって。最後は一緒に、マウンドで笑いたい。」

 

 

「クサイこと言うな、ホントに。まあでも、協力するよ。」

 

 

 

そうして出された拳。

そこに向けて、俺も自身の利き手の拳を、向けた。

 

 

 

「行こう、行けるところまで。」

 

 

俺が、真のエースとして。

 

真夏の夜空の下。

またひとつ、小さな誓が交わされた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード172

 

 

 

 

夏の合宿もいよいよ大詰め。

 

一通り練習メニューを終えた週末。

合宿最後の土日は、練習試合で締めくくる。

 

 

投手陣は試合前ということで、調整。

 

追い込むことも大事だが、怪我をしては元も子もないということでコーチの指示で軽めにした。

 

 

 

今日は俺と降谷は完全に投手メニューのみ。

 

外野守備練習や打撃練習も参加はなし。

体幹メニューや軽めのピッチングで練習を終える。

 

 

 

 

そんな中、野手たちは最後の練習メニューをこなしていた。

 

 

 

「どうした!もう終わりか!」

 

「まだまだァ!」

 

「声だけでどうする!足を動かせ足を!」

 

「っしゃあ!」

 

 

 

監督直々のノック。

去年同様、最後の追い込みは彼自身のバットでその厳しさを見せつける。

 

望は、頂。

目指すべき場所は高く、険しい。

 

 

だからこそ、直々に。

 

ある種、監督と闘うのだ。

険しい頂点を再び取るために、その厳しさをこちらに突き立てる。

 

監督の高い理想と完成系を、それぞれが超えるために。

 

 

 

今より上へ。

もっと先へ。

 

 

「負けてねーっすよね。去年のあのひとたちにも。」

 

 

沢村が、そう呟く。

 

去年の、強い3年生たち。

いや、今は俺たちが3年生な訳だが。

 

昨年の最高学年は、前評判が低かったからこそその成長度合いと完成度の高さが本当に素晴らしかった。

 

 

 

だが。

力と団結力で言えば、今の俺たちの方が上だ。

 

俺はそう信じてるし、実際そうだと思う。

 

 

 

凄いチームメイトたちだ。

 

 

御幸は、チームの柱

個性溢れる投手陣を見事に纏めながら、爆発的な攻撃力と鉄壁の守備を束ねる長。

 

ゾノは、努力の結晶。

天才でもなければスターでもないが、それでも並外れた努力はチームを励まし、全体の底上げに繋がった。

 

小湊は、打撃の天才。

兄の真似事から始めた未完の大器は、兄以上の卓越した打撃技術で、チームに安定した攻撃力を与えた。

 

倉持は、加速装置。

時に後ろから仲間の背中を押し、時にチームを引っ張る、そして卓越した走力はチームの意識全体を加速させた。

 

金丸は、起爆剤。

その負けん気と逆境での強さから、土壇場での勝負強さと粘り強さをチームにもたらした。

 

白州は、縁の下の力持ち。

個性溢れるこの面々を束ねながら、それぞれの良さを損なわないように後ろから支え続けた。

 

 

他にも皆が、すごい。

皆がチームを作り上げてきたし、皆でここまで来れた。

 

素晴らしい選手たちと、仲間。

 

 

本当に良かった。

このチームで野球ができて。

 

この青道高校で、仲間と出会えて。

 

 

「俺を日本一の投手にしてくれると言ってくれたんだ、これくらいやってくれなきゃ困る。」

 

 

そう言って、俺は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿最後の練習試合。

 

疲れた身体に鞭を打つ、というよりはこの疲れた状態で最大限のパフォーマンスを発揮するのが目的。

 

 

 

 

 

「夏の合宿総決算!まずは1試合目、疲れがある中でしょうが、やるっきゃありません!先鋒として景気づけに頑張らせて頂きますんで、バックの皆さんよろしくお願いします!」

 

「バラしてどうすんだ。」

 

 

 

一発目に先発するのは、沢村。

 

疲労が残る中、得意の打たせてとるピッチングで主導権を譲らない。

 

 

特にこの日はチェンジアップが冴えており、低めに制球されたストレートとの緩急差で上手く引っ掛けさせる。

 

途中から織り交ぜたスプリームと小さいカットボールを低めに集め、テンポ良く投球し7回を3失点に留める。

 

 

疲労はバックも同じ。

いつも通りの守備範囲とは言い難い状態でのこの試合組み立ては、上出来と言って良いだろう。

 

 

所々甘く入ると痛打されてしまったものの、最後まで1度もリードを許すことなく長いイニングを投げた。

 

 

 

打線もボロボロながら奮起。

序盤には御幸がホームラン、中盤に小湊が走者一掃とチームの主軸が打点を荒稼ぎ。

 

更にはこの日5番として起用された金丸も、その起用に答えるように2打点を上げる。

 

全体で8得点と、柏木に対してしっかりと要所で点を奪い取り、8-4でまずは勝利を収める。

 

 

 

 

 

ダブルヘッダーの2試合目は、東条。

東条もまた、沢村同様打たせてとるピッチングで試合を掌握する。

 

力感なく低めに集める投球は、バックを上手くリズムに乗せる。

 

 

ストレートとカットボール、ツーシームと緩めのスライダーでゴロを打たせる。

そしてピンチを背負うと、新たな決め球であるパームで空振りを奪い、今までにない武器での可能性を見せた。

 

 

この試合では2番起用された白州が打って走って大活躍。

スリーランホームランを含む5打点に、2つの盗塁と疲れがありながらも積極的なプレーでチームを鼓舞。

 

打線も7回に逆転に成功すると、最後は9-7で勝利。

粘り強く投げた東条は自己最長となる8回を投げきり、勝利に貢献した。

 

 

 

 

 

 

 

そして、合宿最終日の日曜日。

 

 

 

1試合目の菊田の先発は、降谷。

 

前日丸々休みがあったからか、前日2人に比べてもかなり疲労は少ない状態。

それもあり、序盤から奪三振を量産。

 

 

合宿後ということもあり、無駄な力感が抜けているからこそ低めに集まった投球。

ストレートとフォークを投げ分けながら、ランナーを背負うとギアを入れて高めのストレートで空振りを奪う。

 

時折混ぜる縦のスローカーブで崩しつつ、圧巻の投球内容を見せつけた。

 

 

試合は接戦で迎えた6回。

代打で起用された由井のタイムリーを皮切りに、打線が爆発。

 

6回に一挙5点を奪い、菊田を一気に突き放す。

 

 

最後は昨日の2試合に引き続き、ノリがリリーフ。

ここまで中継ぎとして3試合目を投げる彼が残った2回をピシャリと抑えて、試合は8-2で勝利した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、合宿最後の試合。

強豪である九重の先発を任されたのは。

 

 

「確かに、総決算だな。」

 

 

視線の先にある左手のグローブを開け閉めし、感触を確かめる。

 

 

合宿で少し重くなった身体。

マウンドの上で軽く跳ね、体を揺する。

 

 

 

うん、調子は悪くない。

 

確かに疲れがあるから身体が重いけど、それはみんな同じ。

 

 

 

「どうだ、疲れは?」

 

「そりゃあ、ある。お前も同様だろうしな。けど、去年ほどじゃない。」

 

 

昨日も休ませて貰ったしね。

 

それ以上に、スタミナがついたことを実感する。

 

緩やかでも、成長しているということだろう。

疲れているが、去年の合宿のように全然だめって言う訳でもない。

 

 

 

感覚は良い。

余計な力が抜けている分、指先の繊細な感覚は普段よりも研ぎ澄まされている。

 

去年ものにした感覚は、今の俺の大きな武器になった。

 

 

「お前の言う通り、総決算だ。春から着手してるギアチェンジも、今日の状態ならかなり重要になるぜ。」

 

「ノリも疲れてるだろ。求められているのは完投ということは、理解している。」

 

 

もちろん先発するのも疲れる。

だがそれ以上に、状況に応じて準備して、大事な場面に何度も出なくてはならないノリも、このチームに必要不可欠な選手だ。

 

力感は抜きつつ。

あとは、ピンチで力を入れること。

 

春の選抜で露呈した、ペース配分。

 

もう感覚は、掴めてきた。

 

 

 

 

互いのミットを合わせ、それぞれの持ち場に戻る。

 

俺と、相手投手だけの玉座。

マウンドというこの小さな山に立ち、グローブを口元まで上げた。

 

 

いつも通り。

見慣れた一也の構え、サインに頷く。

 

幾度となく投げてきたそのコースを狙い澄ます。

 

 

 

(…ここ。)

 

 

 

俺の中での、最高点。

最も球に力を乗せられる到達点で、スピンをかける。

 

 

遅い快速球が、先頭の左打者の最も遠い位置に吸い込まれた。

 

 

 

2球目は、さっきより少し遠く。

これを打者は見送り、1ボール1ストライク。

 

 

 

(見送ったってよりは。)

 

(ハナから手ぇ出す気なかったな。)

 

 

 

出塁率が高く、足も速い。

恐らくは、追い込まれてからも粘り強い。

 

となれば、早くカウントは取らせてもらう。

 

 

3球目、縦のカーブ。

外から入ってくるこのボールも見送り、2ストライク。

 

 

 

ここは勝負。

一度ふわりと浮かぶ軌道を見せたからこそ、速い球で決める。

 

高低差、さらには緩急差。

2つの要因で異なるこのボールを使った後。

 

 

俺のストレートは、更に輝きを増す。

 

 

 

インハイストレート。

甘く入れば、危険なコース。

 

しかし。

 

 

俺は、間違えない。

 

 

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

 

 

見逃し三振。

まずは先頭打者に全く反応させず、アウトを一つ奪い取った。

 

 

 

御幸に向け、人差し指をピンと立てる。

 

 

まず、1つ。

そうジェスチャーを交わし、俺は彼から投げ返された白球を受け取った。

 

 

 

続く2番は、ツーシームでセカンドゴロ。

 

3番に対しては高めのカットボールを打たせてライトフライ。

 

 

疲れはある中だったが、初回は危なげなく三者凡退で終わらせた。

 

 

 

 

「出力がいつもより出てねーから、カットとツーシームはあまり曲がらんな。ストレートは130出れば上出来ってことかな。」

 

「それでもキレは出てるから、空振りは奪える。カーブとチェンジの配分を増やして、決め球にも使おう。」

 

 

 

状態も、最悪では無い。

確かに疲れはあるが、身体は動く。

 

キレも出せてるし。

バックも頑張ってくれている。

 

 

 

「このレベルなら多少抑えていても、纏められる。」

 

「おい、あまり舐めるなよ。相手も強豪だぞ。」

 

 

舐めている?

馬鹿言え。

 

 

「正しい物差しで言ったまでだ。安心しろ、最後まで投げ切る。」

 

 

疲れているのは重々承知。

しかし、その条件下で結果を出してこそ。

 

それに。

 

 

「こんな所で苦戦を強いられていては、日本一のチームとは言えない。そうでしょう、監督?」

 

 

俺がそう言うと、監督も小さく頷いた。

 

 

「夏の甲子園は、春とは比べ物にならないほど過酷だ。このコンディションでしっかりと勝ち切る。まずは先制点。立ち上がりの不安定なところを突いて得点を奪ってこい。」

 

 

その監督の言葉に答えるように、小湊と御幸のタイムリーで2点を先制すると、中盤にもしっかりと追加点を奪う。

 

 

俺自身も投球でチームに貢献。

 

途中に連打で失点こそしてしまったものの、要所を抑えるピッチングでリードを許さない。

 

 

最終的には9回を投げきり、被安打7の2失点。

 

 

試合も4-2で、合宿最終試合も勝利で締めくくる。

 

過酷なこの夏合宿の総括となるこの練習試合4連戦を全て勝利で飾り、夏の大会への仕上がりを見せた。

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード173

 

 

 

 

恒例の夏合宿を終えて、いよいよ調整。

ある程度溜まった疲労も解消した今日この頃。

 

俺たちが練習試合で汗を流している中、落合コーチは都内のホールへと足を運んでいた。

 

 

 

理由は、簡単。

 

夏の大会、所謂最後の甲子園をかけたトーナメントの抽選会である。

 

 

シードは決まっていたし、一応確認でコーチが行ってくれた。

 

 

 

「どうだろうな。」

 

 

食事を済ませ、他の3年生と談話しながらそんな話題になる。

 

 

「シードは決まってるし、どこで稲実や市大と当たるかやな。」

 

「何にせよ、そこ2つは倒さなきゃ行けないって訳だ。」

 

 

 

恐らく、準決勝で市大三高。

決勝で稲実、かな。

 

シードを取り逃していながらも怖い相手もいる。

 

 

長く強豪の仙泉や、強打がウリの成孔。

それに忘れてはいけないのが、あの薬師高校。

 

彼らと早い段階で当たる可能性も、ある。

 

 

「できることなら序盤は強豪を避けたいが。」

 

 

正直、やりたくない。

 

特に成孔や薬師なんかは。

乱打戦の末にやられる、所謂事故的な負け方をする可能性が出てくる。

 

 

 

分かりやすいところで言えば、市大三高と薬師。

去年のこの一戦が、その一例だろう。

 

地力、総合力。

全てにおいて上だった市大三高が、それこそ大番狂わせを起こされた。

 

 

当時の粗だらけだった薬師のその攻撃力と勢いに飲み込まれた、と言うべきか。

前評判では、それこそ名前すら知られていなかったチームが食われるほど、何が起こるか分からない。

 

 

 

出来れば当たりたくない。

それこそ調子が上がる前の序盤には、特に。

 

 

 

「残念ながら、過酷なトーナメントになりそうだぞ。」

 

 

 

そう言って、白州がトーナメント表を持ってくる。

 

 

 

「何を言っている。白州が引いてないから今回は当たりのはずだ。」

 

「秋大のことはもう許してくれ。」

 

 

 

白州といえば何を隠そう、前回の抽選会で魔境のトーナメントを引いた男。

 

成孔、帝東、稲実(番狂わせがあったから鵜久森)、市大三高、薬師という錚々たる面々とぶつかった秋大。

流石にこの男にくじを引かせる訳にはいかないということで、落合コーチが出陣した…という背景もある。

 

 

期待の落合コーチ。

白州ほどではないことを祈っているが。

 

 

「悪いが、そう上手くは行かなかったな。」

 

 

それが淡い幻想だったことを思い知ったのは、ほんの数秒後だった。

 

 

渋い顔をしながらこちらにトーナメント表を向ける。

 

稲実は別ブロック、てことは決勝か。

準決はやっぱり、市大三高がこっちくるよね。

 

何となくそんな予感してたし、仕方ない。

 

 

 

そんな順当が続く中。

思いもよらぬ組み合わせに、俺たちは目を丸める。

 

そして、白州が言っていた意味を改めて理解する。

 

 

「おいおい、冗談だろ。」

 

「紛れもなく、事実だ。」

 

 

そして再び、分かりやすく眉を寄せて白州を見る。

 

 

敢えてこちらと目を合わせない白州。

また俺は、トーナメント表に視線を落とした。

 

 

 

「いきなり、薬師かよ。」

 

 

 

全国高等学校野球選手権大会西東京地区の2回戦。

つまり、シードである俺たちの初戦となる、この試合。

 

その対戦相手となりうる可能性が高いチーム。

 

 

 

今年度の春の選抜ベスト4であり、接戦の末に清正社に敗れた強打のチーム。

 

春の都大会こそ疲労で序盤に敗退したものの、やはり打線は全国トップレベル。

 

 

全国の猛者に対して超攻撃的な野球を披露。

4番の轟雷市を中心とした強打のチームの筆頭、且つそのチーム全体の勢いからかなりの話題性があり、それこそテレビでもかなり取り上げられていた。

 

 

はっきり言って一番当たりたくなかった対戦相手。

欲を言わなくても、最初には当たりたくなかった。

 

 

 

「よりにもよって、一番危ねーとこと当たったな。」

 

「まあ、決まってしまったものは仕方ないな。誰が相手でも、勝たなきゃ話にならん。」

 

 

 

さっき言った「事故」が最も有り得る相手。

というよりは最近地力も付いてきたこともあり、都内でも4強の看板が板に付いてきた。

 

本来であれば準々決勝以降に当たるような相手。

 

しかしこれが俺たちの初戦で当たるというのがらトーナメントの怖いところだな。

 

 

 

 

「嘆いていても仕方ない。どちらにせよ、強い相手を倒さなきゃ甲子園には行けないんだ。」

 

 

 

もっと言えば、大会終盤には強い相手しかいない。

 

多くの対戦相手を蹴落とし、その思いを乗せてきた強い相手しかいないのだ。

 

 

勝ち抜いていけば、どちらにせよ強い相手と当たる。

 

それが少し、早いだけの話だ。

 

 

 

「わかっとるわい!どんな相手が来ようと、俺たちは勝つしかないんや!」

 

「それさっき言った。」

 

「ゾノ、ちょっとうるさい。」

 

「ゾノはもう少し打ってくれたら助かるな。」

 

「じゃかあーしぃ!」

 

 

相手は、強い。

だからと言って、負ける言い訳にはならない。

 

 

 

勝つんだ。

 

このチームで、長く試合をしたいから。

俺を生かしてくれた、この青道高校で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某所。

青道高校がトーナメント表に目を通している裏で、この高校もまたそのトーナメントの内訳に表情を歪めた。

 

 

「真田先輩!なんでよりにもよって青道引いちゃうんすか!」

 

「ははっ、わりい。」

 

 

青道といえば、春の選抜。

つまり春の甲子園で優勝を収めた、今の日本で最も強い高校。

 

ドラフト候補である4番の御幸を筆頭とした抜け目ない強力打線に加え、高い守備力。

 

磐石な投手陣に、それを束ねる絶対的なエース。

 

 

 

そんな相手を2回戦で迎えることとなったのは、同じく春の選抜でベスト4に輝いた薬師高校である。

 

 

 

「まさか序盤にぶつかるとはな。それも、一番当たりたくねー相手に。」

 

 

 

監督である雷蔵が、手元のトーナメント表からナインたちに視線を戻す。

 

 

チームの状態は、決して悪くない。

選抜から戻って以降もチームの状態も上向いており、打線は特に好調。

 

特に4番の雷市は、甲子園で全国屈指の投手を見てきたからか更なる飛躍をした。

 

 

他の2人、つまり秋葉の出塁率と三島のパンチ力にも磨きがかかり、大会でも大暴れ。

 

チーム全体の底力も向上し、全体的なレベルアップもした。

 

 

更に1年生には即戦力左腕で、新たなる武器も手に入れた。

 

 

力は付いている。

以前に比べて、穴もなくなった。

 

しかしそれでも。

 

 

現実的に見て、勝機はかなり薄いと雷蔵は感じていた。

 

 

 

「そんなにすごいんですか、この大野さんは。」

 

 

すらりと高い身長。

そして特徴的な癖毛の青年が、雷蔵にそう聞いた。

 

 

 

「おう友部。すげえなんてもんじゃねえ。1年の時とは言え、雷市がコテンパンにされちまったくらいだからな。」

 

「そんなことがあるんですね。俺たちから見れば、雷市さんが抑えられるなんて想像できないのに。」

 

 

青年…もとい、その即戦力左腕である友部の問いに、雷蔵も思わず顔を顰めた。

 

 

自分とて、自慢の息子があんなにも簡単に抑えられるとは思わなかった。

 

それこそ、当時ドラフト候補でもあった真中を打ち砕いたときには。

都内には、成宮以外の敵はいないと思っていたくらいだ。

 

 

しかしまあ、怪物というのは案外近くにいる。

 

 

 

「つくづく、因縁がありますよね。」

 

 

声、今度は友部とは違う。

 

ここ2年間、雷市と同様チームの柱として本当にずっと聞いてきた声。

 

 

このチームのもう1人の柱である、エースの真田である。

 

 

 

「ったく、気楽に言ってくれるぜ。これで勝たせなきゃいけねー俺の身にもなってくれよ。」

 

「後援会もいますしね。」

 

 

 

そんな雷蔵でも、少しの期待。

それこそが、この2人の柱が暴れてくれること。

 

 

 

エースである真田は、甲子園でも投球の質の高さを見せた。

 

決め球であるシュートにも磨きがかかりつつ、ストレートの球威も増している。

 

球速も冬のトレーニングを経て、ベースも140中盤まで出るようになった。

 

 

下半身が安定し、制球も改善。

今までインコース主体だったものも、左打者の外に逃げるシュートが有効的に使えるようになってきた。

 

 

 

上手くハマれば、強豪相手でも大量失点はしない。

それくらい、最近の真田は技術メンタルともに完成しきっている。

 

あとは、雷市。

全国でも有数のホームランアーチストという評価を受け、さらに進化をした彼が、何とかしてくれれば。

 

 

 

「それ以外、方法ねえよなぁ。」

 

 

そう言って、雷蔵が頭を掻き毟る。

ただ少しの可能性を信じるしか、ない。

 

こと野球に関しては現実主義な彼ですら、それを願う他ないほど、強敵であった。

 

 

 

対してエースの真田は、こう言う。

 

 

「まあ、分かりやすくていいじゃないすか。どうせ強い相手倒さなきゃ、上には行けないんす。それが少し、早いだけの話ですよ。」

 

 

そんな楽観的なセリフに、思わず雷蔵はため息を吐きたくなる。

しかしそれを止めたのは、真田の表情を見てすぐのことだった。

 

 

(ったく、どうしたらこのトーナメントを見てそんな表情が出来るんだか。)

 

 

キラリと鈍く光る黄金色の瞳。

 

その口角は、若干ながら上がっている。

 

 

既に燃えているのか。

その瞳と表情は、やはりあのときの彼らの表情に酷似している。

 

 

「負けの言い訳なんざ、あとで幾らでもできっからな。今はただ、勝つことだけを考えるしかねえ。」

 

 

そうして、雷蔵はトーナメント表を置いてベンチから離れた。

 

 

 

「オラてめえら!真田が負けられねーってっからよ!20点取れるくらい振り込めよ!」

 

 

雷蔵の檄に、選手達が声を上げる。

 

 

 

そんな最中、エースは静かに闘志を燃やしていた。

 

 

(あの時。一緒に投げた時からずっと思ってたんだ。同じマウンドで、お前みたいなアツい奴と投げ合いたかったんだ。)

 

 

ぐっと、拳を握り込む。

そして、星々が煌めく空へと目を向けた。

 

 

(見てるんだろ、頂点を。なら、話は早い。)

 

 

握りしめた手を、そっと空へと向けて、開いた。

 

 

 

(紛れもねえ最強のエース、ぶっ倒して頂点を取らせて貰うぜ。)

 

 

真田の胸に、闘気が宿る。

 

正に、激アツ。

燃え上がる心の炎に、真田は再び笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







アメリカチームとの試合の時点で察している方もいると思いますが、今回真田は怪我をしてません。

全開の状態です。


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エピソード174

 

 

 

 

 

夏の大会を間近に控え、俺たちも調整の段階に入ってきた。

 

開会式も迫って迫っている中、その戦いに向けて。

この夏の背番号を、与えられた。

 

 

 

支えてきてくれた、みんなの為に。

そして、共に汗を流してきた仲間の為に。

 

その思いを背負って。

 

 

重い重い20枚の布片。

監督から直々に渡される、証。

 

 

 

その責任と、誇り。

 

俺は悠然と。

背番号を、受け取った。

 

 

 

「背番号1、大野夏輝!」

 

「はい!」

 

 

 

背番号1。

一般的にエースと呼ばれるこの番号。

 

チームの中で最も若い番号であり、試合の流れを大きく左右する。

 

良くも、悪くも。

 

 

 

その使命は、ただひとつ。

 

チームを勝たせる、選手であること。

 

 

 

チームで最も勝ちを運べる選手。

そして、チームに最も信頼を置かれている選手。

 

その番号に誇りを持ち、俺は監督の前へと躍り出た。

 

 

 

「エース大野夏輝の立ち振る舞いを期待している。」

 

「勿論。最後まで戦いましょう、皆で。」

 

 

小さく監督が頷き、俺は大きく「1」と書かれたその布を受け取った。

 

 

ただ一枚の布きれにすぎない。

幾度となく貰ってきたこの番号でも、やはり最後の夏となるとまた重みが変わってくる。

 

 

重いな。

そう思うと、自然と背番号を握る手に力が入った。

 

 

胸を張れ。

選ばれたのだ。

 

遠慮気味の方が、かえって申し訳が立たん。

 

 

俺は俺として。

エースの責務を全うする。

 

 

 

 

 

 

 

そして、共に戦う仲間。

甲子園の頂点を目指す、戦士たち。

 

 

 

背番号2

御幸一也 3年生 捕手

 

文句なしの正捕手。

守りでは守備の要、攻めでは4番とこのチーム最大の柱。

 

チャンスに強いのはもちろんだが、好投手との対戦を経て安定感と長打力にもさらに磨きがかかった。

 

 

 

背番号3

前園健太 3年生 一塁手

 

バランスのいい守備とパンチ力のあるファースト。

 

最近は不調続きだが、引っ張り方向への強い打球とパンチ力はやはり魅力的な選手だ。

 

 

 

背番号4

小湊春市 2年生 二塁手

 

チーム随一のバットコントロールと打撃センスを持ち合わせた、天性のアベレージヒッター。

 

守備での貢献度も高く、倉持との連携の取れた二遊間は全国でもトップレベル。

 

 

 

背番号5

金丸信二 2年生 三塁手

 

広い守備範囲とパンチ力のある打撃がウリのサード。

 

特に逆境に強く、一打逆転や同点など重要な場面でしっかりと打点を上げる心の強さも持つ。

 

 

 

背番号6

倉持洋一 3年生 遊撃手

 

卓越した走力と盗走塁技術でグラウンドを掻き回す青道の飛び道具。

 

前述した通り守備力も高く、持ち前の瞬発力と球際の強さから広い守備範囲を誇る。

 

 

 

背番号7

麻生尊 3年生 左翼手兼中堅手

 

 

安定感のある守備力が魅力の外野手。

 

守備範囲も広くスローイング等の技術も高い為、降谷や他の外野手には攻撃力が劣るものの、投手戦など緊迫した場面で起用されることが多い。

 

 

 

背番号8

東条秀明 2年生 投手兼中堅手

 

 

高い身体能力で幅広く外野を守るアベレージヒッター。

 

投手と兼任で投げながら守備も入る、投手としては高い制球力を生かした小さい変化球を打たせてとる投球で野手のリズムを作り出す。

 

 

 

背番号9

白州健二郎 3年生 右翼手

 

 

チームを束ねる万能型プレイヤーの主将。

範囲の広い守備とエラーの少なさから来る安定感は、流石主将というところ。

 

御幸と共に打撃の中心を担う選手であり、小技はもちろんの事打率を残しながらも勝負所での強さもある打撃職人。

 

 

 

背番号10

川上憲史 3年生 投手

 

ロングリリーフから抑え、はたまた先発まで幅広くこなす器用なサイドハンド。

 

サイドスロー特有の横曲がりのスライダーに加え、オフを経て力強くなった直球と手元で利き手側にスルスルと落ちるシンカーは、左右どの打者も苦にしにくい。

 

 

 

背番号11

沢村栄純 2年生 投手

 

 

チーム唯一の左腕であり、全国でも話題になった炎のエース(候補)

 

スリークォーター気味から放たれる多彩な変化球に加え、キレのある直球を左右にしっかりと決め切ることができる安定感のあるピッチャーの1人。

 

 

 

背番号12

小野弘 3年生 捕手

 

 

状況判断と声掛けの冴える控え捕手。

 

絶対的正捕手の御幸という存在がいる為中々日の目を見ることは少ないが、ブルペンの運用や選手のケアでチームを支える。

 

 

 

背番号13

山口健 3年生 一塁手

 

 

持ち前のパワーで長打を狙うファースト。

 

ミート力に難はあるがしぶとさがあり、重要な場面でしっかりと仕事をすることができるのは、やはり強豪ならではである。

 

 

 

背番号14

木島澪 3年生 二塁手

 

 

高いバットコントロールを生かした出塁能力と粘り強さが持ち味の二塁手。

 

前年のレギュラーであった小湊亮介を目標としており、そのスタイルに非常に近いものがある。

 

 

 

背番号15

結城将司 1年生 左翼手

 

 

前年主将で絶対的4番の結城哲也の弟。

 

若干アベレージ寄りの兄に対して典型的なパワーヒッターであり、ホームランか三振というロマン枠。

 

 

 

背番号16

樋笠昭二 3年生 三塁手

 

 

パンチ力のある打撃と熱血プレーでチームを鼓舞する三塁手。

 

やや守備力に難があるが、持ち前の全力プレーと特徴的な声掛けでチームを盛り上げていく。

 

 

 

背番号17

由井薫 1年生 捕手兼外野手

 

 

卓越した打撃技術と小柄ながら長打を放つことができる強打の捕手。

 

捕手としてはまだ未熟ながら、打撃能力は既に一流。

昨年の小湊同様代打の切り札として起用を期待される。

 

 

 

背番号18

降谷暁 2年生 投手兼左翼手

 

 

最速155km/hの直球を放つ本格派豪速球右腕。

 

沢村に比べてムラッ気はあるもののハマった時は超高校級。

敢えて俺が1年時に背負った背番号で、心機一転夏に挑む。

 

 

 

背番号19

瀬戸拓真 1年生 二塁手兼遊撃手

 

 

爆発的な走力と高い野球IQからなる走塁技術で塁上から揺さぶりをかける代走の切り札。

 

その技術は倉持に次いでチームトップクラスを誇る。

 

 

 

背番号20

奥村光舟 1年生 捕手

 

 

高い捕球技術と抜群の守備力で1年生ながら控え捕手として選ばれた期待の新戦力。

 

まだ線は細いものの、野球IQは勿論リードや観察眼も目を見張るものがあり、捕手としての能力は非常に高い。

 

 

 

 

 

これが、最後の夏を戦う布陣。

基本的にはレギュラーが固定されているものの、秋同様全員野球で頂点を目指す。

 

 

狙うはただ1つ。

最後の最後まで負けることなく、一番長く夏を戦うこと。

 

そして、甲子園の舞台で。

 

 

マウンドで青道高校のみんなで笑いたい。

 

 

 

ただその一心で。

俺たちは、最後の最後の戦いへと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 







ラストスパートです。





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エピソード175

 

 

 

 

 

早朝。

最後、夏の大会の開会式を控えた俺は、いつもとなんら変わることなく明け方の空を見上げた。

 

 

「っし、行くか。」

 

 

軽くストレッチをして、ゆっくりと走り始める。

 

 

夏場だからか、すでに日は登っている。

しかしまだ日が登って間もないためか、心地よい。

 

 

 

 

開会式とはいえ、俺たちはシードのためここから1週間試合はない。

 

しかしこのランニングは、いつもの日課。

所謂ルーティーンというもの。

 

調子を維持するためにも必要な工程として、毎日行う。

 

 

一年生の時。

体力がないと御幸に言われて始めたランニングも、気がつけば俺の日課になった。

 

 

今ではこれもまた、心地いい。

 

 

 

 

 

「おはようございます、夏輝さん!今日もタイヤ日和ですね!」

 

「おはよう。確かにいい天気だな、タイヤ日和かはわからんが。」

 

 

 

そして沢村がくる。

 

いつも通り。

彼はタイヤを引きずり、俺はそれと一緒に走る。

 

 

これもあと何回か。

もう終わりが見えてきた。

 

 

寂しさすら感じつつ、いずれ終わるこの高校野球に悔いを残したくないと、俺は改めて感じた。

 

 

 

続いて降谷が合流し、彼も共に走り始める。

 

そして野手もポツポツと外に出てきて、練習を始める。

 

 

いつも何処かで。

必ず誰かが練習をしている。

 

 

俺たちだけではない。

 

もっとずっと前。

この青道高校が強豪と言われた頃には出来上がっていた、この風景。

 

 

俺の一つ上も、東さんの代も。

さらに遡って、監督が現役の頃も。

 

 

紡がれて、継承されて。

そして今に至る。

 

このチームにとっての当たり前。

 

 

貫いて、ここまできた。

 

 

 

それはこの夏も変わらない。

そしてこれからも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、行こう。」

 

 

白州の合図に、皆が頷き準備をする。

 

それぞれが己のユニフォームを身に纏い。

これから最後の熱戦を繰り広げる舞台へ。

 

 

バスに乗り込み、神宮球場へ。

 

俺はいつも通り、御幸の隣で会場へ向かう。

 

 

「案外緊張してねーな。」

 

「まあ、今日はまだ試合ないしな。それに今更。」

 

 

やり残したことはない。

もうここまでやってきたことを、やり遂げるだけだ。

 

 

「行こうぜ。」

 

「ああ。」

 

 

 

全国高校野球選手権大会西東京地区大会。

 

良くも悪くも印象の残るこの球場。

俺からしたら、あまりいい思い出ではないが。

 

しかしここが、決戦の舞台になる。

 

 

 

 

ちなみに開会式は東西合同で行うため、ここには都内総勢250近くの高校が集まっていることになる。

 

 

そして神宮球場に集結して試合をするのは準決勝以降。

 

まずはここに戻ってくること。

そうでなければ話にならない。

 

 

 

バスを降り、辺りを見回す。

 

人口密度が夏場の湿度と相まって蒸し暑さを倍増させている。

しかし、嫌な暑さではない。

 

 

これもまた、「熱気」か。

 

 

 

ちらほらと見える知った顔に、軽く会釈をする。

 

あれは成孔、相変わらずでかいな。

それに帝東の乾はアメリカ代表との試合ぶりだな。

 

 

 

そしてすぐ。

俺の前に現れたのは、市大三校の背番号1。

 

 

「投手として相見えるのは初めてだな、天久光聖。」

 

「大野だっけ。投げあうの楽しみにしてるよ。」

 

 

天才、天久光聖。

 

最速150キロオーバーの直球と高速で変化する縦スライダーと切れ味のある変化球が武器の本格派右腕。

 

 

 

 

おっと、あれは。

馴染みのあるその顔を見て、俺は思わず足を止めた。

 

 

 

「よう。」

 

「真田。」

 

 

いつものような、軽い空気ではない。

明らかに、こちらを意識している。

 

それもそうか。

 

相手からしたら、最初の関門。

秋からの因縁の相手と言うべきところか。

 

 

 

真田の表情が物語っている。

 

笑顔ではあるものの、なんとなく目が据わっているような感じがする。

早くも臨戦体制というわけか。

 

 

互いに目線を合わせる。

どうやら俺はこの真田と何かと縁があるらしい。

 

そして、なんとなく波長が合うのだ。

 

 

俺をじっと見据える真田。

彼に対して俺は、真っ直ぐ目を見て答えた。

 

 

 

「そう焦るなよ。すぐに相対することになる。」

 

 

すると真田もまた、口角を上げて答えた。

 

 

「…お前と投げること、楽しみにしてるよ。」

 

 

そうして、彼は離れていった。

 

 

 

 

「なんか、雰囲気違いましたね、真田さん。」

 

「まあな。それだけ入れ込んでいるんだろ。」

 

 

完全に戦う顔をしていた。

 

最後の大会だからな。

青道のエースが俺であるように、今年の薬師は真田のチームだ。

 

轟もそうだが。

それ以上に、チームの最後の砦としていつも支えた。

 

 

薬師がここまでどんな苦難と戦ってきたかは俺にはわからない。

しかし、それでも。

 

 

この夏に入れ込む気持ちはきっと、俺たちと同じはずだ。

 

 

 

 

 

 

面白い。

ならその思いも共に、ねじ伏せる。

 

勝つのは俺だ。

俺たちだ。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその間も無く。

やはりこの男は、俺の前に現れた。

 

 

「や、久しぶりじゃん。」

 

「一ヶ月ぶりだろ。お前のホームグラウンドであってんだから。」

 

 

先の春の都大会では圧倒的な投球で、帝東に対して1試合15個の奪三振を奪った怪物投手。

 

関東大会でもその圧巻の投球は全開。

猛者だらけの大会で防御率0.00と完全に試合を掌握しつづけた。

 

 

 

キングの名の下、敗北を糧にさらなる進化を遂げて復活を果たした、まごう事なき世代最強左腕。

 

 

 

「何もいうまい。決勝で会おう。」

 

「マウンドで語ろうってわけね。お前らしいよ。」

 

 

 

俺の因縁の相手であり、倒すべき相手。

 

勝たなければならない、相手。

 

 

 

「じゃあな。また決勝で。」

 

「うん。またね。」

 

 

 

そうして、稲実の面々とも別れる。

 

倒すべき相手。

それがいざ前に出てくると、実感する。

 

 

こいつらを倒してようやく、頂点が見えるのか。

 

 

そう考えると、道のり険しすぎる。

 

 

 

「ほんと、頼むよ。打ってくれなきゃ勝てない。」

 

 

横にいる4番で女房役の男に、そう投げかける。

 

ハナから心配はしてないけど。

最近の好調を見る限りは、打線が全く打てないということもまず無いだろうし。

 

 

「分かってる。去年みてーに見殺しにはしねえ。」

 

「鳴からは3.4点取ってくれりゃあ嬉しいな。」

 

「冗談きついぜ。」

 

 

半分は、冗談。

半分は、本気で思ってる。

 

 

まあ実際、今の成宮からそう点を取るのは容易くないだろう。

 

それこそレベルで言えば、本郷クラス。

世代最強、超高校級というに相応しい左腕である。

 

 

でも、去年のことがある。

俺も1点も取られる気はないが、取ってくれるに越したことはない。

 

 

何にせよ、強豪揃いの魔境トーナメント。

 

だがそれを勝ち抜いてこそ、意味がある。

 

 

まずは薬師の真田と轟。

 

そして市大の天久。

最後に、成宮鳴。

 

 

こいつら全員に投げ勝って、甲子園。

頂点まで行かせてもらう。

 

 

(約束みたいなものも、あるしな。)

 

 

次世代最強の怪童との約束を胸に仕舞い。

俺は、神宮球場の中へと赴いた。

 

 

 

 

 



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エピソード176

 

 

 

 

 

夏の甲子園予選の開会式も終え、無事最後の夏が開幕した。

 

 

各地でそれぞれ試合が行われ。

半分弱の高校が、その夏を終える。

 

 

 

俺たちはシードで1回戦目、2回戦目は試合がない。

だから俺たちの対戦相手は、その2回の試合を勝ち抜いてきた勢いのあるチームということになる。

 

 

そしてその相手こそ。

 

 

「まあ順当にくれば、そうなるよね。」

 

 

俺たちが所属する山の、1回戦目。

 

まずは坂乃江高校と豊吉高校の試合。

この試合が接戦の末に、豊吉高校がサヨナラで勝利を収める。

 

 

初戦から早速サヨナラ勝ちを見せた、勢いのある豊吉。

 

2回戦目はその豊吉と、センバツベスト4の薬師。

下馬評では薬師が圧倒的な評価だったが、それでもムラッ気のあるチーム。

 

それだけに、何かしらの番狂わせもあるのではという、一部界隈での話題があった。

 

 

まあ、しかし。

現実はそう、甘くない。

 

俺たちの初戦にあたる試合で対戦相手となる高校。

それを決める試合だったのだが、文字通り薬師の圧倒的な強さを見せつけるだけの試合となってしまった。

 

 

スコアで見れば、21-1の5回コールド。

 

前評判通り、薬師が攻撃力を見せつけて24安打の21得点。

特に4番の轟はとことん勝負を避けられながらも、少ないチャンスを確実に仕留めて2打数の2安打、2本塁打。

 

まるでパワプロである。

 

 

ちなみに2打数しかないのは、ランナーがいる状態ではほぼ敬遠されていたから。

 

まあ、確率を考えればそうなる。

実際、勝負した2打席両方でホームラン打たれてるし。

 

 

 

そして怖いのは、轟以外の打者。

 

彼が敬遠された鬱憤を晴らすが如く、打ちまくりコールドまで持っていった。

 

 

さらに、投手。

以前までは先発としてフォークピッチャーの三島が投げていたが、この日の先発は1年生の新戦力。

 

 

友部先人。

最速140km/hに迫るストレートを投げるスリークォーター気味の左腕。

 

速いストレートと長身で長い腕を生かした角度のあるスライダーは奪三振率も高く、ピンチでも中々動じない。

 

 

この試合でも4回を投げて1失点。

初回にばたつきこそしたものの、全体を通して見れば概ね良好といえるだろう。

 

特に目を見張るのは、奪三振数。

 

12個のアウトのうち三振は7個。

半分以上のアウトを三振で奪うという。

 

 

大事な初戦を任されるだけはある。

そしてその期待に応える実力と自信も、あるようだ。

 

 

しかし彼を先発させたのは。

 

多分、俺たちとの試合を見越してのことだろう。

 

 

友部に全幅の信頼を置いているというよりは、どちらかというとエースを温存しておきたかった。

俺は、そう捉えていた。

 

 

その証拠に、最終回を投げたエースの真田。

 

明らかに、彼は調整登板だった。

 

 

 

「どう思う?」

 

「明らかに調整だろ。次の試合、先発するためにな。」

 

 

ノリの問いかけに、御幸も頷く。

 

まあ、やっぱりそう判断するよね。

 

 

 

今、チームで最も実力のある投手であり、マウンドでの立ち振る舞いもまたエースそのもの。

 

チームを鼓舞し、マウンドに上がれば試合の流れを強引に持ち込む。

 

 

そんな彼が、この大一番に先発しないわけがない。

 

 

 

 

「一也、そろそろ投げる。」

 

「ああ、悪い。今日はどうする。」

 

「試合までまだ2日ある。今日は全体的に投げる。」

 

「OK。確認も兼ねて丁寧に投げろよ。」

 

 

御幸と言葉を交わし、頷く。

 

 

「球数は投げるなよ。徐々にスピードを上げて、最大出力で数球。明日と試合前日は完全に調整だけしかしないから、前回の感覚をしっかり染み込ませろよ。」

 

 

コーチからの確認も頭にいれ、投げ込む。

 

 

まずは立ち投げで数球。

アップと怪我予防で、念入りに。

 

特に夏場で体温が上がっているからこそ、身体がほぐれているか分かりにくい。

 

肘の怪我持ちの俺は、尚更。

だからこそ、しっかりと体をほぐす。

 

 

そして徐々にスピードアップ。

ストレート、カーブ、チェンジアップ。

 

負荷のかかりにくいこの変化球から、さらにスピードアップ。

 

 

 

身体はほぐれてきた。

 

ここから、この夏の俺の全速力。

練習だが、ギアを上げて投げていく。

 

 

 

 

大きく腰を捻り込み捻転、全身を縦回転させる。

俺の固有フォームであるトルネード投法で、まずはストレート。

 

右打者の外角低めに構えられた御幸のミットに向けて、力を入れた真っ直ぐを投げ込んだ。

 

 

「ナイスボール。キレもノビも十二分。」

 

「それは轟を過小評価しすぎだ、今のコースでも狙いにくる。」

 

 

俺が御幸の言葉にそう返すと、落合コーチが顎髭を触りながらいった。

 

 

「わかっているなら良い。コースが良くてもあいつは振りにくる、何なら多少ボール気味でもヒットにするからな。」

 

「そうですね。できれば球威というか、球の質に念頭を置きたいところだな。」

 

 

 

「いや。コースに決めた上で、だ。」

 

「それが大野夏輝のピッチングだから、だろ?」

 

「わかっているならわざわざ言うな。」

 

「お前ら本当にめんどくせーな。」

 

 

そんなやりとりを3人で交わしながら、俺は投球を続ける。

 

ストレートは大体球速130キロくらい。

まあ、練習というのを考慮すればまずまずのスピードだな。

 

 

指先の感覚はいつも通り。

これも変わりなく。

 

最後の夏だからって急に能力が上がるわけではないし、それを期待などしていない。

 

いつもの通りだ。

それが、良いのだ。

 

 

続けて、ツーシームファストボール。

高速で変化しながら、手元で大きく落ちる俺のウイニングショットの一つ。

 

 

俺が決め球に使える要素は、欲しいところで空振りを奪えるという点と、どんな状況でも自在に制球できること。

 

そして、ストレートとのギャップを生み出せるということ。

 

 

それを満たすことのできた、俺の初めての決め球。

俺を、この大野夏輝を象徴する決め球の一つになった。

 

 

 

「いいね。いい意味でいつも通り。」

 

「そりゃどーも。」

 

 

 

 

 

続くボールは、カットボール。

冬に手に入れた変化球で、ジャイロ回転で高速で真横に大きく変化する、ノビのある変化球。

 

これもまた、上に同じ。

 

要所でもしっかり制球でき、空振りを奪える。

それでいて、俺のフォームと柔軟な広背筋と肘から生まれる、固有変化球である。

 

 

「これがモノになっただけで大幅強化だったよな。」

 

「最初は暴れ馬だったがな。よく懐いてくれた。」

 

 

沢村のカットボール改にも、力になれたしね。

 

 

 

 

 

続くボールは、縦のカーブ。

ドロンと落ちる、気持ち速めのキレのあるカーブ。

 

ストレートと軌道差と緩急差が大きいため、速球待ちにはよくはまる。

 

落差は、まあまあ。

俺は身長もないから、高さによる落差のギャップが作りにくい。

 

 

「何気に便利。他が優秀すぎてあれだけど、普通にいいよ。」

 

「褒めてるのか?」

 

「じゃなきゃ要求してねーよ。」

 

 

 

 

そして、チェンジアップ。

カットボール同様、冬のトレーニングで得た産物。

 

変化は、特にない。

 

ストレートの遅い版、完全にタイミングを外すためだけの、所謂チェンジオブペースと呼ばれる。

 

成宮のそれの、下位互換。

でもまあ、よく刺さる。

 

 

「まあ、便利。肘の負担も少ないから投げさせやすいし。」

 

「確かに。春先はよくお世話になった。」

 

 

 

 

そして、スライダーとスプリット。

悪くないが、特段よくない。

 

カウントは取れるが、決め球には使えない。

 

そうだな、ビックリドッキリメカだな。

ハッタリ程度には使える。

 

 

これは去年からあまり進化はないかな。

 

正直落ちる変化球はツーシームで事足りるし、曲がる変化球はカットで事足りる。

中途半端で、正直あんまり使わない。

 

 

 

 

 

 

これが、俺の現在地。

そして、高校までの俺の最高地点。

 

あとは。

持ち合わせた力を最大限に生かし、投げる。

 

 

センバツはチームの力もあり、全国制覇。

 

チームを勝たせるエースに、なれたかな。

 

 

まだ確信は持てない。

俺にとっての甲子園は、あくまで夏だ。

 

最後の甲子園で優勝しなければ、そこで再び監督を胴上げしなければ。

 

その為には、去年負けたあいつを倒さなければならない。

 

 

 

 

まだ終われない。

まだ止まれない。

 

 

その第一歩に。

 

まずは薬師高校、捩じ伏せさせてもらう。

 

 

 

 

 



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エピソード177

 

 

 

 

 

 

 

「うーし、お前らみっちり振り込めよ!今更おせーなんてことはねえ、最後まで諦めねえやつが最後に笑えるんだ。」

 

 

試合まであと1日。

そんな中、薬師の監督である雷蔵は頭を抱えていた。

 

 

明後日になればもう試合が始まってしまう。

 

口ではこう言っているものの、そう簡単に奇跡が起きないということは重々わかっていることであった。

 

 

この甲子園の予選。

3回戦に当たるこのカードでぶつかるのは、まさかの甲子園優勝校。

 

どちらにせよ頂点に向かう際、当たるのはわかっていた。

 

しかしできれば。

決勝など彼らが少しでも消耗してる時にあたれれば、そう思った。

 

 

(まあ層が薄いのはこっちだしな。向こうは大会初試合だし、こちらも消耗してないって考えれば…)

 

 

そんなことを思いつつ、雷蔵はその甘い目測を振り払うように頭を掻きむしった。

 

 

甲子園の緊迫した舞台で、それも優勝候補筆頭の巨摩大藤巻から接戦の末に勝利しているのだ。

そんなチームが、初戦に固くなるなんてまず考えにくい。

 

 

やはり、ガチでやるしかない。

 

せめて奇襲でも。

打順を変えて先手を取るか。

 

 

 

 

恐らく予測はされているだろう。

 

敢えて雷市を初回に確実に回るように3番までに置くのも良いのだが。

 

 

残念なことに相手先発予定の男は、立ち上がりが悪くない。

 

 

それならば、彼らも今までと同じ立ち位置の方がやりやすいだろう。

ここは手堅くいくべきか。

 

いやしかし。

ただでさえ低い確率なのに、アクションを起こさなければ。

 

 

 

(勝つ喜びを知っちまってんだ。そんな奴らがいるのに、俺が最善を考えなくてどうすんだ。)

 

 

 

社会人野球で40を超える歳まで現役を続けた。

 

引退をきっかけに職を失った自分の第二の野球人生として始めたこの薬師の監督生活。

 

 

はっきり言って、その勝負の年はこの年だ。

圧倒的な打力を持ちながら、真田というエースを要するこの代が、はっきり言って最大のチャンスだったりする。

 

 

だがはっきり言って相手が悪すぎる。

 

 

青道高校。

西東京地区の三代強豪校の一つであり、今年に関しては甲子園を制覇するという。

 

 

文句なしの、最強。

 

 

世代最強の右腕のエースを筆頭に、充実しすぎている投手陣。

堅牢な守備陣、そして抜け目なくパンチ力のある攻撃力。

 

さらに手堅い。

 

バントからエンドラン、足を絡めた戦法も加えてくる。

 

 

接戦をモノにする力も、一気に突き放す力もある。

 

チーム全体が勝負強い。

だからこそ、強豪なのだ。

 

 

以前までは打の青道、攻撃力はとんでもないが投手陣が決壊していると言われていた。

 

そこに優秀な投手が加わるということは。

 

 

 

思わず雷蔵もため息を吐きそうになったが、それを飲み込んで腕を組み直した。

 

 

 

(俺は監督だ、どんな状況でもチームを勝たせなきゃならねえ。)

 

 

諦めるなんてもってのほか。

ただ勝つことだけを、そのために何をするかだけ考える。

 

 

 

 

守備の面では、まず打線。

 

上位打線に何もさせないというのが、大事。

 

 

先頭の倉持が出た際に得点に絡むことが極端に多い。

塁に出た際に揺さぶりから盗塁など前の塁に進む技術も高いため、できれば出したくない。

 

打者としては普通のため、これはまずランナーとして出したくない。

 

 

 

 

あとは、クリーンナップ。

3番の小湊はアベレージ型だが、外野の間を抜く長打が非常に多い。

 

得点圏での打率も高く、倉持が出塁した後に打点を根こそぎ奪っているのが大抵こいつである。

 

 

あとは、4番の御幸。

 

チームの本塁打稼ぎ頭であり、打点乞食。

長打が多く安定感も出てきたため、今年のキャッチャーの中ではダントツ一位の評価を得ている。

 

チャンスでの強さは健在。

直近の試合では、得点圏にランナーを置いている状態では歩かされている場面が多々見受けられた。

 

 

一番、勝負したくない。

この男とまともに勝負していてはまず、どこかでやられる。

 

 

5番の白州も、高いミート力も長打もある巧打者。

 

ケースバッティングができる上に対応力も高いため、何かと得点に絡むことが多い。

 

 

 

他の打者もしぶとい打者が多く、パンチ力があるため本当に油断ならない。

 

色々な種類の打者がいるためこれもまた、抜け目ない。

 

 

しかし、クリーンナップ以外は率が高いわけではない。

変に気を抜かなければ、失点はしにくいだろう。

 

最悪、御幸は歩かせていい。

 

 

それくらいの気概で、雷蔵は考えていた。

 

 

 

(問題はそこじゃねーんだよなあ。)

 

 

そうして、手元にある資料に目を向ける。

 

そこに書かれたのは、甲子園で投げていた相手エースの大野夏輝の情報。

 

 

しかしこの大野こそが、難題であった。

 

 

キレのあるストレートをコースギリギリに制球し、高速の変化球で空振りを奪う。

 

 

本格的にピッチングを目にした夏の大会では、最速135km/hほど。

 

雷蔵としても、軟投派のイメージがあった。

 

 

しかし、甲子園で投げた最速は140km/h。

エンジンがかかったときの彼は、既に本格派投手の片鱗を見せている。

 

 

まあ実際、昔から投球スタイルは本格派そのもの。

 

キレのあるストレートを軸にしながら、落差の大きい変化球で空振りを奪う。

それで自慢の息子は、3打席連続三振を食らっている。

 

 

 

完投能力も高く、長いイニングを高い質で投げることができる。

そのため重要な場面で先発し、打者を手玉に取りながら最後まで投げてくるのだ。

 

 

 

調子の善し悪しは少ないが、稀に極端に絶好調になることがある。

 

 

昨夏の稲実、成宮との投げ合い。

センバツでの、巨摩大藤巻の本郷と投げあった時。

 

何れにしても、強豪の超高校級投手との投げ合い。

 

そして、いずれも凄まじい投手戦による接戦。

 

 

恐らくは、エース級投手と投げ合う時に真の力が引き出される。

および、崖っぷちの投手戦のような緊張感のときの試合に発揮される。

 

 

 

つまりまとめると。

 

ノビのあるストレートをコーナーに決めながら、同じ軌道とスピードで変化する大きい変化球を投げ分けつつ、ランナーを背負うとギアを上げて三振を奪い、最後の回まで高い強度で投げ続ける。

 

なんともまあ、鬼畜仕様である。

 

 

 

(だが、全く打てないわけじゃねえ。雷市と秋葉に関しては恐らくギアをあげてくるだろうが、他は多少手を抜くはず。そうでもなきゃ、夏のこの球場で9回なんて投げきれねえ。)

 

 

俺の想定だが。

そう心の中で付け加えて、雷蔵はグラウンドでバットを振る選手たちに目を向けた。

 

 

大野の性質上、というよりは、できるだけ失点をしないようにクリーンナップや各チームの要注意の打者に対しては高い出力で投げている印象がある。

 

この薬師では、チーム内トップ。

いや、今の西東京地区で見てもトップクラスの打者である雷市。

 

そして、高いミート力を誇り雷市の次に出塁能力の期待ができる秋葉。

 

 

この2人が、要注意人物として警戒されるのは間違いない。

 

 

時点で強打者の三島と、クラッチヒッターの真田か。

 

 

裏を返せば、そこ以外の打者に対してはある程度抜いて投げるはず。

下位打線でなんとか塁を埋めて、上位で勝負せざるを得ない状況を作る。

 

全打席、雷市と勝負すれば必ず事故が起きる。

 

 

だからこそ、逃げさせない。

無論勝負を避けるとは思わないが、重圧をかけて勝負させ続けることで終盤の疲弊したタイミングで連打をすることができれば。

 

或いは、一発。

得点圏にランナーを置いている状態ではギアを上げてくるが、ランナーを置いていない状態。

 

力としては、抑えている状態。

そこでいきなり攻め立てること。

 

 

以上の二つが、得点を奪う可能性がある攻め。

 

あとはクイックが遅いため盗塁も狙いたい。

のだが、御幸の盗塁阻止率と大野の牽制の上手さと技術を見るに簡単には走ることができない。

 

トルネードという走られやすいフォームながら、思っている以上には走られていないのだ。

 

 

 

だからこそ、結局はバットで返すしかない。

ヒットかホームランでなんとか、得点を奪う。

 

 

 

 

そして試合を勝つ条件として最大の条件こそが、大量失点しないこと。

 

理想は、無失点。

相手打線も強豪と考えれば、まず無理だろう。

 

 

2失点まで。

それが、雷蔵が真田に託した目標値であった。

 

 

(波乱を期待しなきゃいけねえ実力差だってのはわかってらあ。)

 

 

しかし、妙な期待感がある。

 

それこそ、真田俊平の存在だ。

もし彼が圧倒的な投球で試合を掌握し、会場の雰囲気をこちらに取り込むことができれば。

 

 

何か起きるのが、高校野球。

波乱も、大番狂わせも。

 

この真田の出来次第で、試合が決まると言っても過言ではなかった。

 

 

 

(綺麗な勝ちなんていらねえ。みっともなくても構わねえ。泥臭く、這いつくばって、最後の最後まで噛みついてやる。)

 

 

そうして雷蔵は、腹を括ったようにベンチから出た。

 

 

 

「雷市!秋葉!マス!ちょっと来い!」

 

 

ダークホースから、強豪へ。

センバツベスト4の挑戦者が、最強の相手へと挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード178

 

 

 

 

 

薬師高校との初戦を明日に控えた俺たち青道高校。

 

この字面になんとなく違和感を感じながらも、俺は食堂の椅子に深く腰掛けた。

そりゃ、初戦に薬師だもん。

 

 

表に出る前だった昨年までならまだしも。

 

今の彼らは、センバツベスト4の強豪校だぞ。

 

 

「決まっちまったもんは仕方ないんだけどな。」

 

「まあな。」

 

 

そんなことを御幸と話しながら、俺は渡辺が指すホワイトボードに目を向けた。

 

 

 

薬師高校。

高い攻撃力でガンガン攻める、勢いのあるチームであり、良くも悪くも積極さと荒さが目立つチーム。

 

特に4番の轟を中心とした上位打線は、打ち始めると止まらない怖い打線。

 

さらに下位打線も思い切って振ってくるため、上から下までいきのつく間がない。

 

 

 

 

「怖いのはやっぱり4番の轟。この間の試合でも敬遠されて2打席しか打てなかったのに、その2打席でホームランを打ってる。あのシャープなスイングにも磨きがかかってるし、どんな場面でも一発に警戒しなきゃならない。」

 

 

鋭いスイングから高い弾道で打球を飛ばすアーチスト。

 

純粋なパワーもそうだが、特筆すべきはその対応力。

ミート力もありスイングが速いため、変化球への対応やコンタクト力も非常に高い。

 

正直、怖い。

 

しかし逃げるつもりは毛頭ない。

 

 

高速変化への対応力は、いい。

去年の真中さんのスライダーも弾き返していたし、俺のツーシームにも対応できていた。

 

下半身の粘り強さはあるが、緩急にはあまり強い印象がない。

それこそ春の都大会では成宮のチェンジアップに手も足も出ていなかった。

 

初見のカットボールをどれだけ有効に使えるかと、ゆるいボールでカウントが取れるか。

 

 

まあそこらへんの配球は御幸任せになるかな。

 

 

 

あと注意したいのは、秋葉か。

イメージは左の小湊くらいの印象がある。

 

打率も高いしホームランも狙えるため、轟の次には危険視している。

 

 

 

あとは三島。

彼も中々しぶとい打撃をするし、パンチ力もある。

 

 

チャンスでの真田も要注意だな。

 

彼も集中力を研ぎ澄ました場面での打撃は、かなり怖い。

 

 

 

打線は怖い。

が、そこまで怯えることもない。

 

 

 

「守備面も、春を経てかなり安定してきています。エラーもかなり少なくなり、そこでの乱れはあまり期待できませんね。」

 

「まあ、端からそんなのには期待できないよね。」

 

 

秋の時点では割りかし連携ミスもあった。

しかし今の時点では、エラーの数自体もかなり減っているように見える。

 

まあ、相手のミスを期待しても仕方ない。

 

 

何より、投手。

エースである真田を温存している為、まずこの男が先発するのは間違いない。

 

 

「エースの真田は昨年の秋とは全く別人になっています。」

 

 

最速146km/hの直球と、切れ味抜群のシュート。

そしてシュートと相反する方向に変化するカットボールと、縦に落ちるツーシーム。

 

左腕を高く上げて遠心力を使い、地面を弾き返して反発のエネルギーを使う。

 

それにより、高い球威の真っ直ぐを投げ込めるのだ。

 

 

さらに投球動作にも変化が。

 

今までオーソドックスに使っていたプレート。

それを敢えて一塁側に目一杯使うことで、その自慢のシュートにより角度がつくように工夫している。

 

 

右打者のインコースにくい込んでくるボールは勿論、左打者の外に逃げるボールも角度が付いているため、左もまたやりにくいのだ。

 

文字通り、彼の攻撃的な性格を体現した武器。

それを、磨いてきたのだ。

 

 

 

「けど、コントロールはやっぱり荒いね。ゾーンに集まってるからフォアボールは少ないけど、所々甘いコースに来ることはあるよ。」

 

 

まあ、そうだな。

 

降谷が外れるタイプのノーコンだとしたら、真田はその逆。

ゾーンに集まるが、その中でかなり散らばる。

 

まあ、キャッチャーとしては操作はしやすい。

 

 

 

「狙いは終盤。お世辞にもスタミナがあるとはいえないし、特に7回以降は失投も増え始めます。」

 

 

清正社との試合でも、大量失点したのは終盤。

エラーも絡んでの失点が続いていたが、早い回はあの強打の清正社ですら手も足も出ていなかった。

 

 

 

やはり肝になるのは、攻めか。

真田に対してどれだけプレッシャーをかけられるかが、試合の鍵になるな。

 

 

 

「打者はとにかく粘り強く。簡単にアウトにならず、強いスイングで真田に対してプレッシャーをかけ続ける。ムービングボールは確かに詰まりやすいが、それを恐れずにバットを思い切って振りきり、内野を超える打球を狙おう。」

 

 

監督がそう言うと、野手たちが大きな声で答える。

 

 

一発ではない。

内野を超える打球で、とにかく繋いでいく。

 

 

 

「打順はいつも通り、金丸は六番、前園は七番でいく。薬師は一点入るだけでも大きく勢い付く、付け入る隙を作らないためにレフトには麻生を入れる。」

 

 

 

まあ、ベターだな。

 

敢えて変える必要もないし、左右苦にしない真田に対してはいつも通りの布陣でいくに越したことはない。

 

 

 

「薬師は勢いに乗ると手がつけられない相手だ。こちらとしても、付け入る隙を見せたくない。先発は大野でいく。こちらも全力でぶつかりにいくぞ。」

 

 

監督の指名を受け、俺は小さく頷いた。

 

 

 

 

 

打順は、以下の通り。

 

1番 遊 倉持

2番 投 大野

3番 二 小湊

4番 捕 御幸

5番 右 白州

6番 三 金丸

7番 一 前園

8番 左 麻生

9番 中 東条

 

 

 

上位打線はいつも通り。

入れ替えられているのは 、しぶとい打者である東条を敢えて9番に置き、上位打線に繋げる。

 

 

「初戦とはいえ、大きな山場の試合になる。しかし、ここがゴールでもない。まずは一戦必勝、目の前の試合に集中して取り切るぞ。」

 

 

 

監督の締めに、ナインが大きな返事で答える。

 

 

 

 

 

 

 

「敢えて、その道で来たか。」

 

 

都内でも有数の好投手になった。

 

強いストレートに攻めの投球。

そして、味方を鼓舞する覇気と気迫。

 

それでも彼は、挑戦的な姿を貫いている。

 

 

 

同じく、怪我を経験した仲。

境遇も、そしてピッチングに関することも何となく通ずる所があった。

 

強気に攻める姿は、正に修羅。

 

 

負ける訳にはいかない。

彼がそうであるように、俺もまた青道を勝たせる「エース」なのだ。

 

背番号と、その名だけではない。

 

 

 

明日の試合。

もちろん強力打線の薬師だが、それよりも。

 

 

(開会式でのあの瞳を見ちまったら、俺だって熱くなっちまう。)

 

 

開会式の日。

彼の鋭く、そして輝く瞳は彼のその力の入れ具合を表している。

 

 

 

(戦う準備はできている。)

 

 

向こうも、同じように。

きっと俺との投げ合いを、待ち望んでいる。

 

なら俺も全力で。

 

魂を、全身全霊をかけて。

青道のエースである大野夏輝を、ぶつけさせてもらう。

 

 

 

 

勝負だ。

日本一アツい投手よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード179

 

 

 

 

 

全国高等学校野球選手権大会西東京大会第3回戦。

 

まだ大会序盤のこの試合。

しかしながら、会場はなんと早々に満員になるという異例の事態となった。

 

 

それもそのはず。

 

今日のこのカード。

それこそが、青道高校と薬師高校の一戦。

 

 

ともにセンバツ出場、青道はセンバツ制覇、薬師はベスト4とそれぞれが全国トップクラスの実力者が大会序盤にぶつかる。

 

 

 

「俺たちは誰だ!」

 

「王者青道!」

 

「誰より汗を流したのは!」

 

「青道!」

 

「誰より涙を流したのは!」

 

「青道!」

 

「我が校の誇りを胸に、目指すは全国制覇のみ!いくぞおおおお!」

 

「おおおおおおお!」

 

 

 

青道主将の白州が、伝統の円陣を行い会場は大盛り上がり。

 

 

名門と、新生。

互いに今年実績を積んだ、文句なしの強豪。

 

その両チームが、今日相見えるのだ。

 

 

会場は、若干ながら薬師に傾くムード。

 

超攻撃的な薬師が、絶対的エースである大野を打ち砕くことを。

センバツ優勝校である青道を打ち破る大番狂せを期待する観客が、多々いた。

 

 

 

 

「かーっ、やっぱ盛り上がるよな、あー言うの。俺たちもやってみるか。」

 

 

青道の伝統的なその円陣を見据えながら、雷蔵は冗談まじりに言った。

 

 

「柄じゃないっすよ。」

 

「いざやるって言ったら嫌がるじゃないっすか。」

 

 

間髪いれずに、秋葉と平畠がツッコミを入れる。

 

まあ、言い始めた当の本人である雷蔵も、甚だやるつもりはない。

ハングリーと言うか、王道ではなく逆転が好きな雷蔵としては逆にああいう伝統的なものを行うチームを喰らいたいという欲望の方が強かった。

 

 

「相当気合いは入ってそう。やっぱ向こうも入れ込んでるよな。」

 

「なまじセンバツで結果残しちまったからな。むしろ無警戒でいてくれた方がやりやすかったんだけどなあ。」

 

 

 

そうはいかない。

雷蔵自身それもわかっていたのだが、思わずそう嘆きたくなるくらいには、相手の青道の実力は高いものだった。

 

 

 

(なんとか、出鼻を挫きてえ。)

 

 

相手は、大会初戦。

少なからず緊張もあるはず。

 

まだ体の調子もわからない。

 

だからこそ、この不安定の可能性が高い初回、ここで点を取りたい。

 

 

相手はマシンガン打線。

打ち始めたら止まらない。

 

できる限り、点は取れる時に取りたい。

 

 

何より、真田は打たせて取りたい投手。

 

先制点を取れば少なからず相手に焦りも生まれるはず。

そうすれば、よりテンポよく、有利に守りに就くことができる。

 

 

事故でもいい。

とにかく、何がなんでも先制点を取りたい。

 

その為に、打順も変更したのだ。

 

 

 

これまで最も多かった打順は、1番秋葉2番増田3番三島4番轟。

 

チームで最もいい打者である轟を4番に据えた、ある意味ベターな打順。

 

 

しかし今日は、その轟を2番に。

そして2番の増田を敢えて9番に置き、しぶとい打撃でチャンスを作るのだ。

 

 

まずは初回。

ここで秋葉に出塁してもらい、轟で先制パンチ。

 

あわよくば、続く真田で追加点が生まれれば。

 

 

 

淡い期待を抱いた、初回の攻撃。

 

 

 

 

そのマウンド上、白銀の髪がゆらめく。

 

グローブを傍に差し、右手に握られた帽子を左手で軽く叩いて形を慣らす。

太陽光で反射するその髪を帽子に収め、左手にグローブをはめ直す。

 

 

「騒がしいな、外野が。」

 

 

マウンド上、盛り上がっている観客席を見まわしている大野に御幸がそう声をかける。

 

あまりに、盛り上がっている。

それはもう、準決勝や大会終盤とも思えるような。

 

それほどまでに、熱気が停滞している。

 

 

 

 

 

しかし。

当のエースは、マウンド上の土を蹴りながら。

 

我関せずと言わんばかりに、帽子の横を手のひらの腹で抑えて言った。

 

 

 

「じきに静かになる。」

 

「だな。」

 

 

 

そうして御幸が笑う。

 

昨日からの状態は悪くない。

とはいえ、絶好調ではない。

 

 

 

どこか、気が散っている感覚がある。

 

ふと視線を薬師のベンチ方向に向けた大野に、御幸は釘を刺した。

 

 

 

「意識しすぎるなよ。秋葉もいいバッターだからな。」

 

「うるさい、わかっている。」

 

 

 

このチームで最も警戒しなくてはならない打者は、轟。

 

センバツでは大会本塁打王であり、打率も高かった。

さらにいえば、昨年の秋には沢村と降谷ともにホームランを打たれている。

 

 

自然と轟に警戒が向いてしまうのは、必然的なことであった。

 

 

 

(さて。初回からランナーを置いた状態で轟を迎えたくはない。ここは切りてーぞ。)

 

 

 

頷き、構える。

 

先頭は、出塁率の高い秋葉。

 

 

前回対戦時、青銅バッテリーが轟に次いで警戒していたバッター。

ヒット能力も高い上に長打も多い。

 

選球眼もよく、出塁率の高さから雷蔵からの信頼も厚い。

 

 

 

(まずは、ここ。出方を伺う。)

 

(OK。)

 

 

御幸が構えたコースは、外角低め。

 

打者にとって最も遠いコースであり、最も長打を打ちにくいとされているコース。

 

 

様子を伺うにはもってこい。

しかし、この球。

 

 

(傾向的には、大体7:3。外角低めのストレートか、内角のストレート。でも、様子をみるなら外低めか。)

 

 

 

秋葉は、狙い澄ましていた。

 

 

『外流し打ち!サイレンが鳴り響く中、秋葉が初球打ちー!詰まりながらもレフト前に弾き返します!』

 

 

 

狙っていた。

詰まりながら弾き返した打球はレフト前へ落ちるヒットとなる。

 

 

思わず顔を歪める大野。

そして御幸もまた、彼と同じような反応を浮かべた。

 

 

 

(狙ってたな、初球のストレート。)

 

 

 

確かに、大野のコントロールはいい。

しかし、良すぎるのだ。

 

完全に秋葉は外の真っ直ぐに。

 

もっといえば、外角低めギリギリいっぱいのコースを狙っていた。

 

 

 

(完璧に捉えたつもりだったけど、少し打ちあげちった。詰まってたし、球は去年以上にキレてる。)

 

 

ここは、流石の大野のストレート。

 

秋葉でも見慣れていないストレート軌道に、想定外の打球にはなった。

が、問題は出塁できるかできているか、否か。

 

 

そして秋葉は、出塁した。

轟の前に、ランナーを置いた。

 

正に、雷蔵が見ていた先制のビジョン。

 

 

その為か、ベンチ内で雷蔵は思わず拳を握り閉めた。

 

 

 

(でかしたぜ秋葉ー!)

 

 

2番に轟を置いた理由は、ここにある。

なんとか秋葉が出塁して、バタついている序盤に先制する。

 

 

あとは、轟。

彼がしっかりランナーを返せるかどうか。

 

 

打席に向かう轟。

それをマウンド上で見据えながら、エースは息を吐いた。

 

 

(意識しちまってたなら仕方ない。責任とって抑えろよ。)

 

(わかっている。らしくなく、打者に集中仕切れなかった。)

 

 

リセットするように、大野が息を吐く。

 

少し浮ついていた。

センバツでさらに進化したスラッガーと対戦できることを。

 

そして、最後のこの大会、大事な初戦で真田と投げ合えることを。

 

 

その2人に集中していたが故に、出鼻をくじかれた。

 

 

 

0アウトランナー一塁で打席には轟。

薬師としては、いきなり先制のチャンス。

 

 

バッテリーとしては、バッター集中だろう。

でなければ、抑えられる打者ではない。

 

 

特にこの大野。

 

得点圏にランナーを静止させるよりも、どちらかといえばバッターを切ることに念頭を置いている。

 

 

そもそもクイックが遅いため、ある程度走れるケースを想定しているというのもあるが。

 

この轟との勝負の場面。

大野は打者に集中していた。

 

ように見えた。

 

 

 

 

(トルネード投法だから、クイックは遅い。できれば得点圏に進んだ状態で…。)

 

 

そうして秋葉がリードをとった瞬間。

 

秋葉の前に、閃光が走った。

 

 

 

(まずっ…)

 

 

感じ取った時には、もう遅い。

大野の矢のような牽制に、秋葉は完全に逆を突かれた。

 

 

「アウト!」

 

 

ここで秋葉がまさかの牽制死。

 

グラブを掲げてアピールする前園に、大野も指を突き立てる。

まずは大野の鋭い牽制で、一つ目のアウトを奪った。

 

 

 

(これで、帳消し。ここから試合開始ってところでどうだ。)

 

(ナイス。とはいえ、相手は轟。気合いは…って、心配いらねーか。)

 

 

 

視線の先。

マウンド上の大野は、紛う事なきいつもの「エース大野夏輝」であった。

 

 

 

(来い、あの真っ直ぐ。ギュウンってくる、あのボール。)

 

 

轟がバットを掲げる。

狙いは、自分が昨年悉く空振りした、勢いのあるストレート。

 

純粋な縦回転で、噴き上がるように手元で加速しながら伸び上がる純度の高いフォーシーム。

 

 

 

その轟のバットが、空を切った。

 

 

『初球カットボール空振り!轟もフルスイング!』

 

 

まずはインハイ。

轟の胸元を、浮き上がりながら曲がるジャイロ回転のカットボール。

 

彼が初めて見る変化球で、空振りを奪った。

 

 

(すげえ!今、手元でギュインって!しかも、速えし浮き上がった!)

 

 

次は真っ直ぐ。

彼の武器の一つである快速球が膝下に決まり、すぐさま追い込んだ。

 

 

(遊び球は?)

 

(いらん。出し惜しみは、しない。)

 

(だよな。決めるぞ。)

 

 

御幸のサインに頷く。

 

握られた白球を右手で転がし、縫い目を合わせる。

幾度と投げてきたこのボール。

 

感覚がピタリとあったところで、指に縫い目をかける。

 

 

広げられた、御幸のミット。

外の若干ボールゾーンに構えられたそのミットを凝視し、モーションに入る。

 

 

 

豪快に腰を捻り、終着地点で静止。

限界まで捻転して集約された力を、徐々に解放。

 

マウンド上で巻き起こる、トルネード。

 

 

圧倒的な出力を誇る大野から、スピードボールは放たれた。

 

 

快速球は、ストライクゾーンの甘めを突き進む。

それを視認した轟は、思い切ってスイングを始める。

 

が、刹那。

 

白球は轟の近くまで迫った後。

打者が変化球を見極めることができるポイントを通り過ぎてから。

 

 

彼の「ウイニングボール」は、大きく沈んだ。

 

 

 

『空振り三振!マウンドの大野、センバツ3本塁打の轟をいきなり三球三振で切り捨てます!』

 

 

 

美しいほど、綺麗な空振り。

 

完全にストレートと誤認した轟のスイング。

それを見て、大野は小さく頷いた。

 

 

 

 

人差し指と小指をたて、大野がバックに声をかける。

 

まだ、アウトは二つ。

簡単に、終わる相手ではない。

 

 

自分に言い聞かせる意味も込めて、そうジェスチャーをした。

 

 

 

最後は、真田。

チームのエースである彼をストレートで見逃し三振に切って取り、この回を実質3人で終えて見せた。

 

吼えるでもなく。

 

ただ淡々と。

 

 

さもこれが当たり前だと言わんばかりに、大野はマウンドをゆっくり降りて行った。

 

 

 

 

 

 

「相当タフな試合になりそうだぜ。真田!」

 

 

迫り来る、死闘の予感。

それを覚悟し、雷蔵はこの試合の鍵を握るエースに視線を向けた。

 

 

「頼むぜ、なんとか…」

 

 

 

言いかけて、雷蔵はやめた。

 

なぜなら、そのエースの表情を見たから。

 

 

心配はいらない。

もう真田は、試合に入り込んでいる。

 

 

帽子を深く被り直し、右手で鍔に触れた。

 

 

「何か言いました、監督?」

 

 

切れ長で鋭い目。

その中心に位置する黄金色の瞳が、きらりときらめいた。

 

 

 



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エピソード180

 

 

 

 

 

「真田はストライクこそガンガン取ってくるが、決してコントロールの良い投手ではない。早打ちはせず、甘い球を待つ。粘り強く好球必打。お前たちなら出来るはずだ。」

 

 

初回を3人で止めた青道高校、その裏の攻撃。

 

 

まずは先頭打者である倉持が、打席の準備を始める。

 

瞬足のリードオフマン。

高い走塁技術に裏付けされた塁上での立ち回りは、その強打の青道の加速性へ一役かっている。

 

 

「だが、中途半端なスイングでは返って真田をリズムに乗せかねない。しっかりと強く振り切り、内野の頭を超える打球を狙っていけ。」

 

 

監督である片岡に耳打ちされ、倉持は小さく頷く。

 

打席では、平均値。

しかし塁に出れば、水を得た魚が如く活躍する。

 

 

 

マウンドには、薬師のエース、真田俊平。

力強いストレートと、近い球速で変化する高速変化球で打者に敢えて打たせるピッチャー。

 

その熱気と闘魂は、投球スタイルと相まって打者に立ち向かっていく姿が、薬師という挑戦者的なチーム形状を象徴していた。

 

 

 

(立ち上がりはあんまり良いイメージねえよな。中継ぎメインだったってのもあるけどよ。)

 

 

多少のムラッ気はあるものの、安定感のある投手。

しかし立ち上がり自体は制球が安定していないケースがある。

 

 

初球、真ん中付近に来たら狙う。

 

 

 

そう頭の中で整理し、左打席に立つ倉持はバットを掲げた。

 

 

 

まずは初球。

ワインドアップから放たれたストレート。

 

力強い彼の、文字通り真っ直ぐが倉持の胸元に決まった。

 

 

「ストライク!」

 

 

コース、キレ。

共に初球とは思えないほど、完璧なボール。

 

同時に、イメージよりもかなり速度があると倉持は感じた。

 

 

(ストレート強いな。でも、これに合わせねえと。)

 

 

2球目。

今度は同じようなコースから、少しインコースに落ちるカットボール。

 

完全に詰まったものの、一塁線切れてファール。

 

 

テンポ良く投げ込まれ、早くも追い込まれる。

 

これが真田の、強み。

ストレート狙いの打者に対して高速の変化球で打たせてカウントを取れる。

 

 

 

3球目。

外に少し外れているボールを我慢し、1-2。

 

 

 

最後はインコースのツーシームを打たされる。

高いバウンド、瞬足の倉持なら十分内野安打も有り得る。

 

だがそれを阻んだのは、この薬師のもう1人の柱であった。

 

 

 

「カーッハッハ!」

 

 

サード轟の軽快なチャージ。

グローブで取れば間に合わないと判断すると、ベアハンドでボールを掴み送球。

 

少し高くなった送球を三島がしっかりと掴み取る。

 

 

際どいタイミングはアウト。

 

まず先頭の倉持は、守備のファインプレーもありサードゴロに抑えて見せた。

 

 

 

悔しそうな表情を浮かべながら、倉持は次の打者である大野の元へと向かった。

 

 

「惜しかったな。」

 

「やられたわ。ヒット一本損した。」

 

 

しかし、重要なのはそこではない。

彼が大野に伝えたかったのは、その真田の気迫と。

 

打席から見えた、彼の様子であった。

 

 

 

「今日の真田、やべえぞ。」

 

「やばいって、何が。」

 

「打席であいつの面見りゃわかる。お前ならな。」

 

 

倉持からの言葉に、何となく心当たりがある。

 

そしてそれが本当に当たっているとしたら。

相当厳しい闘いになる。

 

 

 

(できるだけ粘りたいが、どうかな。)

 

 

倉持の反応を見るに、かなりストレートは走っている。

 

コントロールも大荒れではないし、むしろ多少荒れてる方が彼としては強みになる。

 

 

マウンド上、プレートの一塁側一杯に仁王立ち。

少し深く被られた帽子の鍔から見え隠れする黄金色の瞳。

 

 

少し伸びた襟足と彼の切れ長の鋭い目付きは、どこか野性味というか少し危なげな荒々しさを著している。

 

 

 

胸の前に置かれたグローブ。

そこから腕を天高く振り上げ、頭の後ろで抱えるように腕を組む。

 

腕を胸の前に戻しながら全身を半回転させ、足を上げて静止。

 

 

(…来る。)

 

 

突如として襲いかかる、寒気。

 

真田から放たれているプレッシャーか、それを直に受けた大野は思わず身構えた。

 

 

 

高く上げられたグローブ。

そこから地面を弾くように踏み込み足で蹴り上げる。

 

 

「っらあ!」

 

 

 

外角ストレート。

胸元に走る直球を振りにいくも、振り遅れて空振り。

 

速い。

 

やはり大野も、倉持同様そのストレートの速さに驚嘆した。

 

 

 

(140中盤。いきなりこのスピードか。)

 

 

速度で言えば、剛腕で言われている天久にも近い球速である。

 

さらに、この強さ。

球速以上に、力強さを感じる。

 

手元で伸びるキレと、強度の高さ。

 

 

このボールこそ、彼が冬に最も進化させたボールである。

 

 

 

 

同じようなボール。

バットの先に当たり、これはファール。

 

 

しかしここから大野が粘る。

 

インコースに投げ込まれたストレートをファール。

そして4球目もまた同じようにカットしてファール。

 

 

5球目、今度はカットボール。

食い込んでくるこのボールもバットに当てる。

 

 

6球目、少し抜け気味のストレートが外れてボール。

 

 

(こいつ、しつこいな。)

 

(2番を任されているからには、仕事はさせてもらう。)

 

 

 

投げている真田も、なんとなく大野の意思を汲み取り、内心で舌打ちをする。

 

 

明らかに、長打を狙っているスイングではない。

 

むしろ、ヒットすら狙っていないように感じた。

 

 

できるだけ相手投手の情報を引き出し、投手が嫌がることをする。

 

 

 

(まあ、いいや。決めようぜ秋葉。お望み通り全力投球で。)

 

(…わかりました。ここは全力で。)

 

 

 

そうして構えられたコースは、真ん中高め。

 

コースは気にせず、力でねじ伏せる。

センバツでも追い込んでからの力強いボールで、抑えていた。

 

 

ワインドアップ。

帽子の陰から若干見えた表情に、大野は目を見開いた。

 

 

勝負の7球目。

最後は、146キロの直球で空振り三振に切って取られた。

 

 

 

 

(こいつも、目覚めたか。)

 

 

投げ終わり。

勢い余って右足が振り上がる。

 

その姿を見て、相当力を入れていたことが見てとれた。

 

 

 

何より、その表情。

どこか余裕があり、見下ろしている。

 

煌めく瞳は、成宮や天久。

 

そして、大野と同じ表情が酷似していたのだ。

 

 

 

 

更に3番、アベレージヒッターの小湊も内に食い込みながら沈むツーシームを打たせてセカンドゴロ。

 

大野同様、初回を3人でピシャリと抑えて3アウト。

 

 

高い得点力を有する青道を完全に見下ろす形で、三者凡退に仕留めてみせた。

 

 

 

「ナイスピッチナーダ先輩!」

 

「愛してるぜ真田ー!お前ならやってくれると思ってたぜ!」

 

「出来すぎなくらいですよ、監督。」

 

 

 

薬師ベンチは、エースの圧巻の投球に大盛り上がり。

 

先制の許せないこの試合。

その心配を振り払うような、圧倒的な投球は薬師ナインの大きな勇気になった。

 

 

 

 

あまりに長い、投手戦の予感。

未だ地区の3回戦ながら、全国でも高いレベルの試合が展開されようとしていた。

 

 

 

「なるほど、倉持の言っていた意味がわかった。」

 

 

守備の準備を忙しくするナイン。

各々が駆け足で守備位置に向かっていくのを横目で見ながら。

 

「こちらの」エースもまた、悠然とマウンドへ向かった。

 

 

急ぐでもなく。

ただゆっくりと。

 

まるでこの試合の中心は自分だと言わんばかりに、自分勝手に歩いた。

 

 

 

 

マウンドへと到達し、静かに空を見上げる。

 

会場の熱気、そして夏の気温。

この球場異様な空気を感じ取りながら、大野はゆっくりと目を閉じる。

 

 

声の圧。

細かいところまで聞こえる訳では無いが。

 

やはり、薬師の方に流れは傾いている気がする。

 

 

 

どうやら皆、この薬師というチームが相当好きらしい。

 

挑戦的で、攻撃的。

そしてロマン溢れる2年生スラッガーに、炎のエース。

 

 

力で劣る部分を勢いでカバーする姿、立ち向かう姿は観客にとって応援したくなる要素なのだろう。

 

 

(まあ、俺には関係ないか。いや。)

 

 

ひとつ息を吐き、ゆっくりと目を開ける。

 

青く輝く空。

これが、夏の空。

 

 

(俺達には、な。)

 

 

そしてその青空と同様。

 

大野夏輝の瞳もまた、青く輝き始めた。

 

 

 

 



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エピソード181

 

 

 

 

 

 

試合は、両投手の好投もあり0-0と両者得点が動かず。

 

強力打線を掲げる二校の打線は、それぞれ二校を象徴するエースによって抑え込まれていた。

 

 

 

試合は早くも中盤戦。

夏場の太陽が高く昇った、4回の表。

 

 

変わらずこの男が、マウンドへと上がった。

 

 

「轟からな。ヒットは最悪OK、ホームランだけは勘弁かな。」

 

 

彼の女房役であり、4番。

投手の代表がエースである大野だとしたら、間違いなく野手の代表。

 

その御幸の言葉に、エースは首を横に振った。

 

 

「それこそ余計な考えだ。抑えることだけを考える。」

 

「最悪って言ってんだろ…、って聞いてねえか。」

 

 

溜め息を吐き、御幸は右手で頬をかいた。

 

 

「分かった。じゃあ俺が構えたとこに、強いボール投げてこいよ。そうじゃねえと抑えられねえ相手だかんな。」

 

「当然だ。」

 

 

そうして、大野は口元に置かれていたグローブを御幸の前に突き出した。

 

 

「やるんだろ、相棒。付け上がっているあいつらを真っ向から叩き潰してやろう。」

 

「行こうぜ、エース。」

 

 

笑顔の大野のジェスチャーに、御幸も答えるように笑う。

そして突き出された左手のグローブに、己のミットをトンと当てた。

 

 

 

 

(速いボールへの対応力は最高。だけど、緩急に強いイメージはあんまりない。まずは、これ。)

 

(OK。)

 

 

初球、バックドアのカーブ。

縦気味に落ちる緩いボール、これを轟は当ててくるもファール。

 

 

(やはり振ってくるか。)

 

(だろうな。積極的に振る打者だし、基本速球に張ってる。ここはしつこく。)

 

 

 

2球目、チェンジアップ。

外低めに緩いボールを投げる。

 

甘く入れば、棒球。

 

しかし、そのコントロールを間違える投手ではない。

 

 

これも轟はスイングを崩され、ファールとなった。

 

 

しかし。

崩されているとはいえ、鋭い打球。

 

フェアゾーンに飛べば長打となっていただろう。

 

 

 

(気にするな。ヒットにならなきゃいいんだろ。)

 

(ああ。追い込んでいるのはこちらだからな。)

 

 

 

カウントは、0ボール2ストライク。

早い段階で追い込んでいる為、かなり投手が有利なカウントである。

 

使えるボール球はあと3つ。

 

あとは、如何様にも料理出来る。

 

 

 

(どうする?)

 

(餌は撒いただろ。ここで捩じ伏せるための、な。)

 

 

 

僅かに口角を上げ、大野が頷く。

 

対してサインを出した御幸は、溜め息を着きそうになりながらミットを開いた。

 

 

 

技術的なことは、繊細に。

しかし心は、大胆に。

 

あくまで強気に、攻める。

 

 

 

(まだ始まったばかりだろ。まだ強くなるんだろ。このチームは。)

 

 

 

狙ったコースは、内角低め。

インコース若干ボール気味だが、轟なら確実に振りに来るはず。

 

そしてバッテリーの見立ては寸分違わず当たる。

 

 

振り遅れたバットを通過した白球は、乾いた破裂音を鳴らしながら御幸のミットに収められた。

 

 

 

(ここで止まる訳にはいかねえんだよ。どんな奴が相手だろうとな。)

 

 

 

勢いのあまり、ポトリと落ちる青い帽子。

そこに収められていた銀髪がふわりと舞うと同時に。

 

マウンド上のエースの咆哮が、木霊した。

 

 

 

先程の打席とは打って代わり、完全に振り遅れた形で崩された轟。

 

そしてマウンド上では、右足を振り上げて吼える大野。

 

 

あまりに大きすぎる力の差。

流石の轟もまた、らしくなく表情を歪めた。

 

 

 

強打者轟に対して、まさかの2打席連続三球三振。

 

 

続く真田もストレートで見逃しの三振。

更に最後の打者である三島に対してもアウトハイで吹き上がるカットボールを振らせて空振り三振。

 

 

この要警戒の上位打線に対して、全てのアウトを三振で。

所謂三者連続三振で、力の差を見せつける。

 

 

 

その圧巻の投球と気迫。

更に言えばこのマウンド上での所作。

 

 

全てにおいて、薬師を圧倒していた。

 

 

 

 

 

しかし、この大野のピッチングに。

 

もう1人のエースが。

激アツなこの男が、燃えないはずがない。

 

 

(そうだよ、それでこそ倒し甲斐が有るってんだよ。)

 

 

帽子の鍔に触れながら、ベンチから駆け出す。

 

 

 

少し踏み荒らされた、マウンド。

そこから見下ろすようにして、打席に入る小湊を見る。

 

 

木製バット使いの、アベレージヒッター。

 

チーム内でもトップクラスのバットコントロールを有しており、それを生かしたしなやかな打撃で勝利に貢献してきた。

 

 

(懲りねぇな、こいつも。やっぱりその木製にもなんかポリシーみたいなのあるのかな。)

 

 

まずは、外。

力強いアウトハイの真っ直ぐは球速も出ており、このボールに小湊は空振りした。

 

 

(やっぱり、速い。去年よりもかなり球速が上がってる。)

 

 

続くボールは、インコース。

 

これも速球、小湊はなんとかバットを当てるも前に飛ばずファールとなる。

 

 

全体的に、球は高い。

甘いボールもちらほらあるのだが、それでも勢いのある強いボールに中々青道打線も打ちあぐねている。

 

 

何より。

 

 

(まあ、なんでもいいけどさ。)

 

 

この、真田の気迫が。

そして、覇気が。

 

 

(そのプライドごと、へし折ってやるよ!)

 

 

最強と名高い青道に、牙を剥いた。

 

 

 

「っ!!」

 

 

 

先程のストレートと同様のコース。

そこから高速でインコースを抉るように変化するシュートに小湊もバットを出してしまう。

 

インコースを抉った真田の決め球は、小湊のバットの根元を抉り。

 

その力と相まって、彼の木製バットをへし折った。

 

 

 

まずは、力ないショートゴロで1アウト。

 

なんとか口火を切りたい青道の攻撃、打席には主砲の御幸が入る。

 

 

(あー、やっぱりこうなっちまうよな。)

 

 

ヘルメット越しにマウンドの真田を見ながら、御幸は若干溜め息をつきそうになった。

 

 

凄まじい闘魂と、勢いのある投球。

そして、絶好調の大野の副産物というか、デメリットに近い特徴。

 

自分の投球に相手を呼応させてしまい、底力を引き出してしまう。

 

 

昨年夏の成宮といい、巨摩大藤巻の本郷といい。

 

彼が絶好調のときには、投げ合っている相手投手までも力を漲らせてしまうのだ。

 

 

(まあこればかりは何とも言えねーけど。迷信みたいなもんだし。)

 

 

 

しかし、それを裏付けるような内容。

 

この真田も、試合を通して被安打はたったの1つ。

あとは3回に出したフォアボールのランナー以外は、走者すら許さないピッチング。

 

特にクリーンナップに対しては圧巻の投球を見せていた。

 

 

(ま、打てない言い訳にはならねーな。)

 

 

そうして、御幸は肩にかけていたバットを掲げた。

 

 

 

真田の持ち球は、フォーシームを抜いて3種。

 

 

利き手側に抉り込むように曲がるシュート。

これが彼の生命線であり、1番自信を持っているであろうボール。

 

それと反対側に小さく曲がるカットボール。

 

あとは、若干シュート方向に小さく縦に落ちるツーシーム。

 

 

全てゴロを打たせるのに特化したボール。

インコースを詰まらせる、若しくは外角を引っ掛けさせる。

 

 

さらに選抜を経て、左打者への外の出し入れを磨いてきた。

 

 

 

(選択肢を減らすためにできればシュートを打ちたい。その為にはまず、ストレートに着いていく。)

 

 

ここまで彼のストレートは、平均で約145km/h前後。

さらに体重が乗っているフォーシームは、球速以上に体感速度が速く感じるのだ。

 

 

しかしここも、真っ直ぐ。

何とか食らいつくも、ファール2つで早くも追い込まれてしまう。

 

 

 

やはりクリーンナップに対してはギアを入れている。

 

その証拠に、御幸に対して投じた2球目は、147km/hを計測していた。

 

 

 

3球目、インコースに変化するカットボール。

これも当たり損ない、しかし一塁線上手く切れてファール。

 

4球目もインコースのストレート。

これは捉えたものの、ファール。

 

 

 

しかし、立て続けのインコースで目付けされてしまった。

 

最後は外から逃げる方にボールゾーンへと曲がるシュートに空振り三振で御幸の打席は終えた。

 

 

 

続く打者は、白州。

 

御幸とともにチームを支える主将、打撃でもパンチ力と緻密さともに持ち合わせた好打者であり、高いミート力と選球眼での出塁率はスカウトも高く評価している。

 

 

 

が、真田はその上をいく。

 

力の入れたストレートをゾーンに集めて、テンポ良く追い込む。

何とか粘る白州に対して、真っ向から攻めの姿勢。

 

 

8球目、最後は高め。

インコースの厳しいコースに続けた後の外角高めは力強く、秋葉のミットを鳴らした。

 

 

 

「っしゃあオラァ!」

 

 

 

普段よりも、力強い咆哮。

小気味良い破裂音が鳴り響くと同時に、真田が左手のグローブをパンと叩く。

 

正に、炎のエース。

 

灼熱のグラウンドで狼は、牙を剥いた。

 

 

 

チームを鼓舞し、ベンチへ舞い戻るエース。

真田の向かっていく姿勢はベンチだけでなく、番狂わせを期待する観客たちにも熱を伝染させる。

 

会場は大盛り上がり。

やはり球場の雰囲気は、薬師に若干傾いていた。

 

 

 

 

しかしその指揮を執る雷蔵は。

 

圧巻の投球による代償を懸念していた。

 

 

 

 

(明らかにオーバーペースすぎる。ここいらでペース戻さねえと持たねえぞ。)

 

 

普段は打たせてとる投球で球数を抑えながらチームの流れを作る投球。

しかし今日は青道にどうしても流れを渡したくないからこそ、強引に力強い投球でムードを掻っ攫った。

 

 

それはいい。

絶好調の真田だからこそ今の青道を捩じ伏せられているし、それ以上にこの会場の空気を味方にできているのは大きい。

 

だが。

 

慣れない三振を奪う投球。

そして、炎天下のグラウンド。

 

さらに言えば、元から抱えている下半身の怪我。

 

 

不安要素は、あまりに多すぎる。

今のままいけば、ふとした拍子に一気に喰われる。

 

 

 

だがここで真田を落ち着かせては。

リズム良くいけているこの場面、却って調子が変わりかねない。

 

今の状態なら、心配はいらない。

 

だが、隙を見せれば。

見逃してくれる甘いチームじゃない。

 

 

 

(真田が適度に楽できるにゃあ、点を取るしかねえ。真田が作った空気、何とかして物にしねえと。)

 

 

 

淡い期待を抱き、顎に手を当てる。

何とかして得点が欲しい。

 

欲は言わない。

 

1点でも、先制点が欲しい。

 

 

 

 

 

しかし。

この試合の主役は。

 

 

(流石だよ。すげえ投手だってのはわかってたけど、はっきり言って俺もここまでやるとは思わなかった。)

 

 

ただ淡々と、チャンスを待つ薬師の打者たちを、薙ぎ倒した。

 

 

(甲子園にもお前以上にアツいやつはいなかった。だからこそ、認識は改めさせて貰う。)

 

 

 

そして真田にやり返すと言わんばかりに。

大野は、同じようにグローブを叩いた。

 

 

 

(日本一アツいエース真田俊平、全身全霊をかけてお前を捩じ伏せる。)

 

 

 

キラリと煌めく紺碧の瞳。

吸い込まれるような深みを持つ宝石のような綺麗な瞳に、雷蔵は思わず舌打ちをした。

 

 

 

 

日は、最高地点。

真夏のこの地方球場は、既に32℃を計測していた。

 

 

 

 



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エピソード182

 

 

 

 

(暑っついな、流石に。)

 

 

額を通り過ぎ、頬を伝って流れ落ちる汗。

それを右肩の袖口で拭い、マウンド上の大野は溜め息をついた。

 

 

気温は既に32℃。

 

テンポよく試合は展開されているが、終盤まで来るとかなり疲れも出てくる。

 

例に漏れず、この大野も余力は残しているものの、若干の疲労感は感じていた。

 

 

 

「どうだ、体調は?」

 

 

女房役である御幸が、確認も兼ねてそう問う。

 

ここまでの投球内容は、6回を投げて無失点。

付け加えるなら、被安打2四死球0の10奪三振。

 

強打がウリの薬師に対して、これでもかと言うほどの圧倒。

 

 

だがそれは、裏を返せば常時全力投球で向かっているということ。

 

ある程度ギアを上げて投げている上に、相手は強打の薬師。

肉体もそうだが、真っ向から闘えば精神的にも圧力がかかって疲労感に拍車をかける。

 

 

加えてこの気温。

不安になる要素は、多い。

 

とはいえ、御幸は必要以上に心配することはなかった。

 

 

「漸く温まってきたところだ。真田も全力で来てくれているし、俺もそれに応えなきゃ失礼に当たる。」

 

 

そう言って笑う大野に、御幸もホッとする。

 

雰囲気的にも、強がっている訳では無い。

球の力も全く問題ないし、寧ろ力は増している。

 

 

これが、好投手と投げ合っている時の大野夏輝。

 

そしてその対象に真田が加わったことが、彼の大きな成長を意味していた。

 

 

(夏輝がここまで燃えてんのは相当久しぶりだぜ。それこそ、本郷のとき以来だよ。)

 

 

 

勿論、この真田という好投手との投げ合いが大野の真の力を引き出しているのは間違いない。

 

しかしそれに上乗せするような条件が、もう1つ。

 

 

それが、この舞台なのだ。

 

 

 

(やっぱり、夏はいい。これくらい暑いほうが、燃える。)

 

 

 

暑い。

だがそれがまた、大野の調子を上向かせる。

 

本人の名前にあるように。

 

 

 

彼は夏に輝く。

 

 

 

(さあ。蹴散らすぞ。)

 

(悪ぃけどここは球数使うからな。見下ろすなら、取れるところは三振で行くぜ。)

 

(甘く見るな。まだスタミナも余裕はある。)

 

 

 

真夏の青空の下。

彼の澄んだ紺碧の瞳が、水晶のように輝く。

 

深く被られた帽子の影から微かに見え隠れする端正な顔立ちから笑みが溢れる。

 

 

 

彼が絶好調の時の、証。

高まっている時の、象徴。

 

この状態まで昇った大野は、例外なく圧倒的な投球を見せつけるのだ。

 

 

 

 

7回表。

打席にはまたも轟が立つ。

 

ここまで全くいい所なし。

 

 

センバツではその打棒で大暴れ。

ホームランを量産し、何しろその打球のインパクトで会場を湧かせた。

 

さらに昨年の市大三高の試合では、エースの真中を完全に打ち砕いたこのバッターも、夏場に強いスラッガーである。

 

 

 

雷市なら何とかしてくれる。

この絶望的な状況に、風穴を開けてくれる。

 

そんな望が、薬師ナインの希望の光。

 

 

しかし。

目の前に立ち塞がるエースの投球は、ナインたちの希望を絶望へと叩き落とすのだ。

 

 

 

『ここも空振り三振!大野夏輝のストレートがまた唸りを上げて139km/h!東都の怪物スラッガーが全く手も足も出ません!』

 

 

 

要した球数は、たったの4球。

外のツーシーム2球で追い込むと、同じところにチェンジアップ。

 

緩い球で感覚を鈍らせた後、最後はインローにズバッと切れ込むストレートを投げ込み、轟雷市の自慢のバットを掻い潜った。

 

 

 

続くバッターは、真田。

ここまで彼も、2打数のノーヒットである。

 

 

というより、大野がこれまでに許したヒットはたったの2つ。

 

先頭の秋葉に打たれたものと、下位打線に打たれたポテンヒットのみ。

それ以外はランナーすら許していない。

 

 

 

(こりゃあ、そろそろやべえな。)

 

 

たらりと流れた汗をアンダーシャツで拭い、真田はマウンド上のエースを見据える。

 

チラリと覗かせるその青い瞳は、まるで吸い込まれるかのように澄んでいる。

 

 

何より、その表情。

深く被られた帽子の影から若干ながら見えるその笑顔は、どこか底の見えない不気味さすら感じた。

 

 

どこまで余力がある。

どこまで伸びてくる。

 

 

 

 

初球、外角低めのストレート。

完璧なコースに決まったそのボールに、思わず真田も唸った。

 

いや、真田だけではない。

 

 

薬師高校のベンチ。

そして青道のベンチの落合も、思わず唸った。

 

 

(勘弁してくれって。)

 

 

反射的に、バックスクリーンに目を向ける。

そして自分の悪い直感が完璧に当たってしまったことに、流石の真田も溜め息をつきそうになった。

 

 

 

『142km/h』

 

 

自己最速を2km/h更新する、フォーシーム。

 

混じりっけのない、純粋すぎるストレート。

高い回転数を誇る、手元で伸び上がるこの球は120km/h代でも魔球と称されるほどのキレを誇る。

 

 

それが、自己最速。

勿論、対戦する打者は初めてそのスピードと相対する。

 

 

しかも、打者から最も遠いコース。

 

ただでさえキレのあるボールが、打者の目線から最も遠いコースに伸び上がるように入り込む。

 

 

 

(でも、ストレートで来てくれた。いくら速いとはいえ、集中すりゃ捉えられる…と思う。)

 

 

 

真田は狙いを完全に絞って打ち返すタイプ。

 

反射で対応というよりはストレートに狙いを張って、長打を打つ。

その為変化球への対応が疎かになることもあるが、集中している際はとにかくミスショットが少ない。

 

 

だからこそ、自己最速を記録したこの打席。

そのストレートを軸に組み立ててくれれば、ゾーンのストレートを狙える。

 

 

 

 

2球目、同様のコース。

 

狙い澄ました真田のバットはストレートの軌道にバッチリと合い。

 

 

綺麗に空振った。

 

 

バットはボールの遥か上。

つまり、ストレートに合わせたバットに対して、ボールは手元で大きく下に落ちた。

 

 

(ツーシーム…!)

 

(そりゃ、あんだけストレート狙いがわかりやすけりゃな。夏輝はそんな球速に拘ってねーって。)

 

 

 

このピッチングこそが、大野の真骨頂。

 

手元で加速するように伸び上がるストレートと、同じくらいの速度で手元で伸びずに落ちるツーシーム。

 

似たような速度感と軌道から、急激に方向が変わる2つのボール。

 

 

いや、今は3つのボールか。

それを組み合わせて打者を惑わす。

 

 

 

3球目、ここは一度縦のカーブ。

速度差のあるボールでタイミングを外す。

 

ふわりと一度浮かび、途中からキレよく鋭く曲がるこの変化球をバットに当ててファールとなる。

 

 

 

球速差と、軌道と変化の違い。

 

高低と奥行ともに違う、変化球を見せられた。

こうなると、反射的にもう速いボールには着いて来られない。

 

 

胸元のストレート。

ふわりという軌道を描くカーブに対して、今度は純粋に伸び上がるストレートをボール気味に放る。

 

これを狙っていたものの、詰まってファールとなる。

 

 

(くそ、これ打ちたかったな。)

 

 

 

真田が小さく舌打ちをする。

 

その様子を見て、御幸はラストボールを選択した。

 

 

 

(安心しろよ。初球のストレートを仕留められなかった時点で。)

 

 

 

トルネード投法。

大きく捻転をして豪快に全身を縦回転させるこのフォームから。

 

遅く緩いボールが、ミットに向けて放たれた。

 

 

 

(もう、詰んでる。)

 

 

 

乾いた破裂音。

最後はチェンジアップで、真田を空振り三振に切ってとった。

 

 

 

ストレートと同じ振りで放たれる、緩いボール。

 

変化は特にない上に、抜ければただの棒球。

しかしストレート狙いのバッターに対しては。

 

 

これ以上ないボールである。

 

 

 

右脚を振り上げ、反動のまま全身を半回転。

 

そして小さく一息を吐く。

一連の流れでマウンド横のロージンバックに手を当てる。

 

 

 

 

最後のバッターは、4番に入っている三島。

 

前の2人に倣い、2三振。

ここまで完全に大野に捩じ伏せられている。

 

 

 

(真田先輩と雷市が打ててねぇ今、流れを変えられるのは俺しかいねえ。)

 

(論外。敵じゃないよ、お前は。)

 

 

 

マウンドから文字通り見下ろす形で、三島に視線を送る。

 

大柄で、典型的なパワーヒッター。

それでいて、しぶとい。

 

 

しかし大野との対戦成績は、散々なものである。

 

 

 

 

初球、ストレートを外角低めに決めてストライク。

 

2球目、ほぼ同じコース。

だがこれがボール一個分僅かに外れて、ボールとなる。

 

 

(はいはい、そこを見逃すってことは。)

 

 

3球目、初球と同じコース。

ギリギリ一杯のところに入れたこのボールを打ちに行くも、完全に振り遅れてファールとなる。

 

 

(振り遅れるよね。)

 

 

全て予期している。

というよりは、全て想定通りに事が進んでいる。

 

そう言わんばかりの大野の表情に、三島は思わず歯を食いしばった。

 

 

(余裕な面しやがって。どうせ真田先輩のときみたいに仕留めてえんだろ。)

 

 

ストレート勝負か、若しくは緩いボール。

決めに来るツーシームも有り得る。

 

何が来てもしぶとく食らいついてやる。

 

 

そう言い聞かせた4球目。

 

 

バッテリーが選択したのは、外角高め。

恐らくは空振りを狙いに来た、高めのストレート。

 

 

三島はそれを、狙っていた。

 

 

 

(舐めてんじゃねえ!)

 

 

 

シャープに振り抜いたバット。

 

しかしそこから、快音が響き渡ることはなかった。

 

 

手元で高速で伸びながら外に曲がる、ジャイロカットボール。

完璧にと言うべきか、バットの先に直撃する。

 

 

高々と上がる打球。

ピッチャーの遥か上に舞い上がった打球に、大野は内野を静止するように左手を地面に平行に上げる。

 

 

 

力のないイージーフライ。

 

それを敢えて、顔の前で掻っ攫うようにして掴み取った。

 

 

 

 

悠然と、ゆっくりとマウンドを降りるエース。

 

そこに駆け寄ったのは、女房役である御幸であった。

 

 

 

「まーたやったな。」

 

「道化が過ぎたな。だが、手っ取り早く絶望させることは出来るだろう。」

 

 

安全策を取れば、というより普通に取った方がいいに決まっている。

 

しかしここは敢えて。

派手に、カッコよく。

 

余裕を見せることによって、格差を見せつける。

 

 

 

「あまり褒められたものではないがな。」

 

「ええかっこしいだな、お前は。」

 

「すみません。」

 

 

 

首脳陣に小言を言われ、さすがの大野も頭をかいた。

 

しかし、やろうとしている意図はわかる。

そう付け加えて、片岡は野手に発破をかけた。

 

 

「相手も大野の投球で相当焦りが出ているはずだ。守備でリズム良く出来たこのチャンス、何としてでも物にする。」

 

 

攻撃は、クリーンナップから。

3番の小湊から、始まる。

 

 

「お前たちが粘り強く球数を稼いできた分、真田にも相当疲れが見えてきている。ここまでの全力投球、確実に代償があるはずだ。」

 

 

エースが捩じ伏せ。

クリーンナップが勝負を決める。

 

それが、青道の勝ちパターン。

 

 

 

「大きな一発はいらん。鋭く振り抜いて、内野の頭を抜ける打球でいい。繋いで繋いで、細かい一点を取りに行こう。」

 

 

 

ここから、青道の。

日本一の猛攻が、挑戦者真田に一気に襲いかかる。

 

 

 

 

 






テンポが悪い!!!

最後の大会なのでご了承ください!!!


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エピソード183

 

 

 

 

 

(やべぇな、こりゃあ。本格的に点が取れるビジョンが見えねえ。)

 

 

ベンチ内、マウンド上で三島のピッチャーフライを掻っ攫うようにして掴み取ったエースの姿を見て、雷蔵は組んでいた腕を解いて立ち上がった。

 

 

まるで圧倒的な投球を見せつけられた。

 

雷市どころか真田、三島に対しても。

この終盤に来て、確実にギアを上げてきた。

 

 

まるで、奪三振ショー。

彼の独壇場になりつつあるこの試合。

 

真田がなんとか堪えているから勝負になっているが、こちらが打ち崩せる姿がなんとも見えない。

 

 

 

その真田も、このピッチングがどこまで持つかわからない。

 

元々スタミナも多い訳では無いし、昨年から抱えている下半身の怪我のこともある。

 

何より、今の真田の投球スタイル。

 

この炎天下で、大野に負けないようにずっと高い出力で投げ続けている。

それも、強力な青道打線を見下ろすために敢えて奪三振を取るようにしているせいで普段よりも多く球数を使っているのだ。

 

 

センバツでも高い攻撃力を見せた打線に、相手エースもハイパフォーマンスで投げている。

 

1点も、取られては行けない。

 

 

ただでさえ重圧のかかる状況で、拍車をかけるように大野はプレッシャーを上乗せしてきたのだ。

 

 

 

延長になれば、勝ち目はない。

しかし残り1回で、どう点をとる。

 

 

 

「友部、投げる準備しとけよ。延長に備えておけ。」

 

 

珍しく声を張る。

 

立ち上がり、忙しく指示を出す雷蔵。

らしくないその姿に、真田が静止するように声を出した。

 

 

「監督が焦ったらそれこそ隙になります。俺なら大丈夫っすよ、心配しなくても。どこまでも投げますから。」

 

「真田、お前…。」

 

 

エースの頼もしい言葉に、思わず目頭が熱くなる。

 

チームを任されて初年度。

息子が入学する前に形だけは作ろうと手をつけた際、一際可能性を秘めていた投手。

 

全く期待していなかった初期の面々で唯一、このチームを背負う力を秘めていると感じた彼が。

 

 

ここまで、おおきくなったかと。

 

 

 

「んな事言って、大丈夫なんだろうな?そんなこと言われちゃ、俺も流石に期待しちゃうって。」

 

「平気っすよ、まだ余力あるし。それに…。」

 

 

帽子を被り、ベンチを飛び出す真田。

そして直ぐに、帽子の鍔に手を当てて雷蔵の方へ振り返った。

 

 

「俺、今すげー野球楽しいっす。あの怪物ピッチャーと投げ合ってると、俺もあいつと張り合ってんだなーって思えて。同時に負けたくねえって思うようになったから、そう簡単にマウンド降りれねーっすよ。」

 

 

そう言って、真田は笑う。

 

瞳孔は開き、普段とは異なる姿。

それほどまでに集中しており、没頭し。

 

なにより、楽しんでいる。

 

 

(んな面見せられちゃ、俺も易々と替われなんざ言えねーって。)

 

 

再び頭を掻きむしると、雷蔵もベンチを出る。

 

そして真田の大きな背中。

背番号1が刻まれたそこに右手をパンと当てた。

 

 

「っしゃあ!このチームの柱は間違いなくてめえだ真田!言ったからには絶対負けんじゃねえぞ!あの無敵のエースに勝ってこい!」

 

「ウッス!」

 

 

そして元気よく駆け出す真田。

エースナンバーを背負ったその背中は、余りに大きく。

 

そして、思わず頼りにしてしまう背中だった。

 

 

しかし、楽観している場合ではない。

 

正確に物事を把握し、動く。

チームの勝ちのために、二手三手先を読む必要がある。

 

たとえ嫌われ役になろうと。

 

 

それが、監督の役目なのだ。

 

 

「友部、お前はほんとに準備しとけよ。俺の目から見て真田がやべえと思ったら直ぐに替える。心の準備だけはしとけ。」

 

 

雷蔵の言葉に、友部は小さく頷く。

 

延長戦になれば、勝ち目はない。

しかしそれでも、戦わなくてはならない。

 

 

相手はエース級2人の投手に加えて、リリーフのプロフェッショナル2人がいる。

それも全て、違うタイプの厄介な投手たち。

 

対してこちらは、まともにイニングを投げられるのは三島と友部。

あとは野手と兼任している選手のみ。

 

 

なにより。

かなり消耗している真田に対して、向こうのエースは延長まで投げる実力もあるのだ。

 

幾度も経験している、長い投手戦。

それこそ0-0の延長戦まで進む試合は、真田も初めてである。

 

 

(頼む。何とか空気を変えてくれ、真田。絶対点は取る。)

 

 

そう願いを込めて。

半ば祈るようにして、雷蔵はベンチにドカッと座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マウンド、流れ出る汗を手の甲で拭い、真田は息を吐く。

 

 

(あー、啖呵切っちまったよ全く。どうしようかな。)

 

 

握られた白球を軽く手の上で真上に放る。

そうして、落ちてきた白球を掴んで、ベンチに目を向けた。

 

 

(でも、悪くねー。確かにプレッシャーはかかるけど。それでも、こうして頼ってもらえるのはいいな、一緒に頑張ってきたチームを任されてる気がして。)

 

 

 

そうして、その雲ひとつない真夏の綺麗な青空を見上げた。

 

 

 

(これがお前の見てきた景色なんだな。なおさら、負けられなくなった。)

 

 

 

また、黄金色の瞳が煌めく。

同時に、額からたらりと流れた汗が頬を伝った。

 

 

 

 

 

終盤戦。

疲れの見えてくるこの場面、なんとか打ち崩していきたい青道。

 

打席には、小湊が入った。

 

 

 

(絶対、疲れはある。シンプルに。さっきの打席は、もう忘れる。)

 

(うちで1番いいバッターがとことん抑えられてるんだ。対する俺が、4番を抑えてようやく対等になる。)

 

 

 

前の打席は、バットを折られて完全に凡打。

完璧に、捩じ伏せられている。

 

しかし、タイミングは合っている。

 

 

 

初球、外高めのストレート。

これを見逃すと、まずは1球外れてボール。

 

 

2球目、同じくストレート。

今度は内角の低め、これに振り遅れてファールとなる。

 

 

3球目、今度はシュート。

内からストライクゾーンに切れ込んでくるこの変化球を見逃し、2ストライクと追い込まれる。

 

 

球速表示は、ストレートが141キロ。

まだ気になる程落ちていない。

 

 

 

ふと、マウンド上の真田。

彼のとある仕草に、小湊は気がついた。

 

 

(今、御幸先輩のことを。)

 

 

ほんの一瞬。

しかし確実に、彼はネクストバッターズサークルにいる御幸に視線を向けた。

 

 

雷市が抑えられているからこそ、なんとか青道の1番いいバッター、つまり4番の御幸を完璧に抑えたい。

そんな意識が、無意識の中で自然と彼の視線を向けさせたのだ。

 

 

 

カウントは、投手有利の状況。

 

 

しかし追い込まれた小湊は、冷静だった。

 

 

 

(球速のわりに、キレは無くなってきてる。やっぱり疲れてる?それとも御幸先輩を意識してるのか?)

 

 

 

そうして、小さく頭を振る。

なんとなく、心を整理するように。

 

 

(どっちにせよ、変に意識した方が打てない。‘’俺‘’は、そういうタイプだから。)

 

 

 

雑念は、全て捨てて。

 

小湊春市の、彼自身の反射神経と、抜群の反応速度に身を委ねたのだ。

 

 

 

5球目。

インコースのストレート。

 

内角中段のストライクゾーンギリギリに迫るこのボール。

 

 

しかしこれが、手元で小さくシュート方向に小さく沈む。

 

ストレートと近い速い速度で、最後に小さく変化する彼の変化球の一つ。

ツーシームが、内角に切れ込む。

 

 

「っ!!」

 

 

若干ボール気味に入ってきたこのインコースのボール。

 

普通ならば凡打になるであろうこの球を、小湊は捉えた。

 

 

タイミングは、合った。

少し詰まりながらも強く振り抜いた打球は、ショートの頭を超えてレフト前に落ちた。

 

そのインコース捌きはさながら同室の前園を彷彿とさせるような鋭いスイングであった。

 

 

 

 

 

一塁上、パンパンと手を叩いた後に右手を掲げる小湊。

 

例に漏れず赤面しながら掲げるその姿に、らしさを感じながら御幸は打席に向かった。

 

 

(亮さんとはまた違ったバッターに成長したな。あの赤面だけは治んねーけど。)

 

 

小技やカット打ちなどチームバッティングを最優先としたいやらしい左バッターの亮介。

それに対して、基本的にバントのサインが出ない春市は、彼の生まれ持った天才的なバッティングセンスを活かしたスイングでガンガンヒットを生み出してもらう。

 

内外を苦にせず、多少のボール球でもしっかりとヒットにするバットコントロール。

 

これが彼の同室の前園の技術までも貪欲に飲み込み、さらに幅広い打撃を手に入れた。

 

 

 

 

(さて、と。ここまでタコってるからな。流石に打たなきゃ、話になんねー。)

 

 

ここまでの成績は、2打数の2三振。

文字通り完璧に抑えられている。

 

 

不振とは言わないが、全くいいところがない。

 

 

 

そんな彼の耳に突き刺さったのは、自軍のスタンドから一年振りに鳴り響いた主砲の演奏であった。

 

 

小気味良いアップテンポの前奏。

懐かしい、それでいて聞き慣れたその演奏に、思わず御幸も口角が上がってしまった。

 

 

(哲さんの。)

 

 

 

前年4番、結城哲也の採用していたルパン三世のテーマ。

小気味良いトランペットの音楽に、鳥肌がたつ。

 

 

昨年の代で絶対的な信頼を得ていた4番と同じテーマ。

それこそ御幸も絶大な尊敬と信頼を向けていた主砲と同じものを使ってもらえる粋な計らいに、自然と彼も高揚して行った。

 

 

 

 

 

真田も疲れが出てくる終盤、なんとか点を奪いたい。

 

 

それ以上に。

 

 

(俺がどこまで成長できてるのか、ここで確認しなきゃなんねえんだ。本当に‘’これ‘’を使える資格が、あるのかどうか。)

 

 

昨年の夏。

成宮と大野が投げ合った試合。

 

自分は全く、打撃で貢献出来なかった。

 

 

今は、違う。

この最後の夏は、打撃でも大野を楽にしてあげたい。

 

 

 

(あいつ1人に背負わせねえ。一緒に支えるって決めたんだ。)

 

 

せめて攻撃面では。

何も心配させないと。

 

この終盤戦。

 

御幸の集中力を極限まで高めたのは、大野の好投が最たる要因であった。

 

 

 

 

 

(すげ。さっきまでとはまるで違う空気。)

 

 

打席に入る御幸を見ながら、真田は彼の身に纏う雰囲気に若干気圧される。

 

4番であり、チームを支える守備の要。

そしてエースの幼馴染で、女房役。

 

 

おそらくは、打たなくてはいけないという使命感と。

彼の責任感が、青道の4番が身に纏う独特の風格を身に纏わせるのだ。

 

 

 

(でもよ。俺にも負けられねー理由があるんだ。)

 

 

 

チームを任されているから。

それこそこの薬師を再建するのにあたって最初に雷蔵が言っていた、甲子園というセリフ。

 

最初はただの発奮材料だったかもしれない。

 

しかしいざ走ってみれば手の届かない場所ではないことはわかった。

 

 

夢は、見せてしまった。

だからこそ、それをまっとうする責務がある。

 

チームを背負うとは、そういうことなのだから。

 

 

(それが、エースってもんだろ!)

 

(一緒に背負うって言ったんだ、俺がここで決める!)

 

 

 

勝負が決まったのは、3球目。

 

先ほど三振を喫した外に逃げるシュート。

少しばかり甘く入ったこのボールを、御幸は完璧に捉えた。

 

 

打球は左中間。

コンパクトに振り抜いた打球は鋭く、外野の横を抜けていく。

 

それを確認した青道の主砲は、右手を高々と掲げた。

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード184

 

 

 

 

 

7回の裏。

膠着状態だったこの試合を動かしたのは、主砲の一打であった。

 

 

二塁ベース上、右手を突き上げる御幸。

 

さらにランナーで還った小湊が白州とハイタッチをする最中。

 

 

 

マウンド上では、腰に手を当てた真田が表情を歪めて唇を噛んだ。

 

 

この終盤。

先制されたくなかった場面で、打たれたくない相手に打たれてしまった。

 

チームを任せてもらえて、意気揚々と出てきたここで失点してしまうとは。

 

 

相手エースの力量も考えれば、先制点を取られた時の打線への重圧は凄まじいものになる。

 

だからこそ、先制点は許したくなかった。

 

 

 

それは真田自身だけでなく、ベンチにいる雷蔵ともまた。

チームの少ない勝ち筋の一筋が、真田による無失点であった。

 

 

同時に、ベンチ内の雷蔵にひとつの可能性に戦慄する。

 

 

ここまでオーバーペースと言えるほどのペースで投げてきた真田。

彼がこの失点をきっかけに疲れが噴き出すのではないか。

 

極度に集中している時、本人は疲れを自覚しにくい。

 

だからこそ、打たれたこのタイミングで、隠れていた疲れが一気に出てくるのではないか。

 

 

そう思い、急いでレフトを守る友部に視線を向けた。

 

 

準備は、出来ている。

そう言わんばかりに、彼もベンチを見る。

 

それを確認し、交代の指示を出そうとベンチを出ようとする。

 

 

 

 

しかしマウンド上の真田は静止するように、ベンチに向けて右手のひらを突き出して向けた。

 

 

 

(んだよおめえ、まだ投げるってのか。とっくに限界まできてんだろ。)

 

(まだ1失点です。それに、俺に任せてくれたんでしょ、監督。逃げ出すには、まだ早い。)

 

 

 

真田の表情を見て、雷蔵はベンチに戻る。

 

交代の必要がないと、判断したから。

 

 

そうして彼は、真田にこの7回のマウンドを託した。

 

 

 

ここから真田はしっかりと切り替え、白州、金丸、前園をテンポよく抑え込み、この7回の裏を1失点の最小失点に抑え込んだ。

 

 

ただ印象的なのは、この後。

最後の前園をレフトフライで抑えたのち、マウンドを降りた真田はその両手を合わせて俯いた。

 

 

この投手戦。

先制を許してしまったことへの謝意だろうか。

 

真意は本人しかわからないが、その姿には薬師のナイン達も思わず目を見開いてしまった。

 

 

 

 

「わかってんだろうな。お前らエースに頭下げさせて、簡単に終わるんじゃねーぞ。絶対点とって、真田を勝ち投手にしてやれ!」

 

 

8回表。

なんとか奮起して投げ切った真田の力投に報いを与えるためにも、逆転したい薬師。

 

強打の薬師が。

1−0で負けるわけには、いかない。

 

 

そんな思いが交錯する中。

 

しかし立ち塞がるのは。

まごう事なき最強、無敵のエースである。

 

 

 

 

 

「明らかに空気変わったな。やっぱり真田の力投が発奮材料になったか。」

 

「かもしれないな。実際それだけのことをやっている。」

 

 

選抜でもその強打をいかんなく発揮していた青道の強力打線を、たったの1失点。

 

それも彼らを完全に見下ろして、投球していた。

 

 

普段はテンポよく打たせてとるピッチングを展開しているが、敢えて三振を奪いに行く投球。

 

力の差のある相手に対してチームを勢い付ける、効果的なピッチングであった。

 

 

 

「すげえよな、真田。もっと評価されていいと思うピッチャーだよ。」

 

 

御幸がそう言うと、横にいた大野も首を縦に振る。

 

 

「同感だ。本当に投げ合っていて気持ちいい投手だと思う。実際打席でも、あの迫力に気圧された。」

 

 

 

実際、この大野夏輝が都内で最も真田を評価していると言っても過言では無い。

投球術然り、能力然り。

 

個人的な意見だが、その真田の投球スタイルも大野が評価している点のひとつ。

闘志を全面に剥き出しでチームを鼓舞するエース。

 

 

だからこそ、大野は彼を大きく評価しているのだ。

勿論過大評価ではなく、正当な評価ではある。

 

 

 

だが、それとこれとは別。

 

真田がどれだけいい投球をしようが。

どれだけ薬師の打線が奮起しようが。

 

 

 

「目の前にいる打者を圧倒する。そうだろ、一也。」

 

「分かってるじゃん。得点が動いたこの回、点を取られるか取られないかでも相手の勢いは変わってくるからな。分かってるとは思うけど。」

 

 

 

試合の中で、得点が入った直後に失点するというのはよくある。

 

膠着した試合でふとしたことから、ガタガタと一気に動くこと。

会場の空気感なのか、選手たちの中の気持ちに変化が起こるからか。

 

もしかしたら、迷信のようなものかもしれない。

 

 

何にせよ、試合が動きやすいタイミングにはなっている。

 

 

 

「完璧に抑えて、心を折る。」

 

「それが最善だな。ストレート軸に、外攻めもやる。」

 

「OK。」

 

 

裏を返せば。

この得点が動きやすいこの場面で完璧に捩じ伏せることができれば、或いは相手に大きなダメージを与えることも出来る。

 

しぶとく勢いのあるチームには。

完全に心を折るまで、何が起こるかわからない。

 

 

特に薬師のような、ふとしたきっかけで一気に流れに乗るチームは。

 

 

 

打席に入るのは、5番の友部。

薬師で唯一の純粋な左利きであり、1年生ながらクリーンナップを任される好打者。

 

ピッチャーとしても非常にいい選手であり、真田の後釜として育つであろう選手。

 

 

(だが、まだその器じゃない。)

 

 

初球、外角低めのストレート。

少し甘めのこのボール、様子見の為に見逃してストライク。

 

 

今日の審判の傾向を見るに、外はそんなに狭くない。

 

だからこそ、外に厳しく攻めてもある程度ゾーンに乗ってもらえる。

 

 

 

2球目、若干ボール気味。

外角低めのこれに手が出てしまい、ファール。

 

早くも、カウントは2ストライクと追い込んだ。

 

 

(さて、何で行きたい?)

 

(多分ストレート狙いでしょ。タイプ的にも速球張って反応するタイプだし、ここは抜こう。)

 

 

最後のボールは3球目。

 

ストレートと同様のコースに投げ込まれた遅いチェンジアップ。

 

 

御幸と大野の見立て通り、ストレートに狙いを定めていた友部は完全に崩され、空振りの三振で切ってとった。

 

 

右脚を振り上げ、人差し指を立てる。

 

まずは1つと。

そんな風に、彼はジェスチャーした。

 

 

 

続く打者は、平畠。

チームの主将であり、しぶとい打者。

 

薬師の中でも珍しいタイプの選手である。

 

 

しかし平畠に対しては、変化球で攻める。

 

バックドアで入ってくるカットボール。

このボールを2球続けてファールでカウントを稼ぐ。

 

 

(OK、これで終わらせる。)

 

(おう。)

 

 

最後は内角ギリギリいっぱい。

インローの膝元いっぱいのボールを振らせて空振り三振。

 

2者連続の三球三振で2つのアウトを呆気なく奪うと、今度は人差し指と小指を立てた。

 

 

 

 

3人目の打者は、7番の阿部。

パンチ力があり、思い切りのいいスイングで勝負してくる。

 

 

(やる?ゾーンも狭くないし、こういう時の為に実戦でも使ったし。)

 

(任せるって。まあ、圧倒するなら手ではあるな。)

 

 

 

御幸のサインに頷き、大野が構えられたミットに視線を落とす。

 

外角低め、少し内より。

しかし決して、甘いコースではない。

 

これをまずは見送ってもらい、1ストライク。

 

 

2球目、先程よりも少し甘く。

これは強く、さらにキレを重視して。

 

前のボールよりも鋭く伸びるボールに振り遅れ、ファールになる。

 

 

若干甘めのコースに2球見せた。

 

外の目付けは出来ているが、それは少し甘いコース。

 

普段は基本的にストライクゾーンのいっぱいに続ける彼が外にボールを続けた。

 

となると、前の2球も厳しいコースになげてきたのではないかと。

所謂、間違ったストライクゾーンを阿部に視線に植え付ける。

 

 

だからこそ、ギリギリいっぱいのアウトローが。

 

遥か遠く、そしてボールゾーンに外している球に見える。

 

 

 

 

乾いたミットが鳴り響いた瞬間。

大野は確信したようにマウンドを下りて御幸のミットを指さす。

 

同時に、審判のやや大袈裟なジェスチャーが、最後のストライクを合図した。

 

 

 

『アウトコース見逃し三振!ここにきて三者連続の三球三振で1点のリードを守ります!』

 

 

 

阿部が手が出なかったと言わんばかりに、天を仰ぐ。

それを確認した御幸もまた、大野に向けてミットを突き出した。

 

 

 

「どうでしょう?」

 

「完璧。」

 

 

 

流れを、完全に潰した。

 

真田が強引に持ち込もうとしたこの流れを。

 

 

 

残したイニングは、あと1。

三者凡退で終わらせれば、轟まで回らない。

 

 

 

「真田は流石に降りるかな。これまで完投も見たことないし、あんなペースで投げてれば…」

 

「どうかな。」

 

 

倉持がこのあとの投手についてそう言う。

 

しかし大野は、何となく察していた。

恐らくこちらに張り合って、真田はこの回も投げる。

 

 

自分が投げることでチームが鼓舞できるから。

 

責任感の強い彼ならば。

 

 

(投げるんだろ、真田俊平。)

 

 

案の定、この8回裏のマウンドに真田が上がる。

 

疲れはかなり出ている。

しかし、まだ闘気はまるで衰えていない。

 

 

 

この8回。

最後の力を振り絞り、全開で投げる真田の姿。

 

青道の8、9、1番を連続でしっかり三者凡退に抑え、マウンドで真田が吼えた。

 

 

 

最後の9回。

正に投手戦と言えるこの熱戦もいよいよ最終版。

 

8番から始まるこの最後の回。

 

ここまで完璧に押さえ込まれていた薬師打線。

選抜でもベスト4まで昇った爆発力の持つこのチームは。

 

 

真田のここまでのピッチング。

彼の後先を考えずに投げた自己最高の投球で鼓舞された彼らは。

 

 

そう簡単に、終わることはないのだ。

 

 

 



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エピソード185

 

 

 

最終回。

両投手のテンポのいい投球故に試合時間は短いが、非常に濃密な試合となったこの薬師と青道の一戦。

 

互いのエースが最大限のパフォーマンスを見せた試合は、9回表の時点で1-0の超接戦。

 

 

 

何とか追いつきたい薬師は、チーム全員でそのベンチの前に躍り出ていた。

 

 

「分かってんだろうな。もう後はねえんだ。死ぬ気で点もぎとんなきゃ、俺たちの夏はここで終わりだ。」

 

 

普段はベンチ内で指示を出す彼も、熱くなりベンチから出る。

 

センバツベスト4にも入れたこのチーム。

エースである真田がいたからこそ昇れたこのチームが、こんな所で終わる訳には行かない。

 

負けられない。

例え相手が、最強だとしても。

 

 

負けないために策を講じたい。

しかし、そのどれもが愚策でしかない。

 

奇策はそもそも、あのエースには通じない。

生半可なプレーは、却って悔いを残すことになる。

 

 

少し考え直し、雷蔵は腹を括った。

 

 

 

「てめえら。野球、楽しいか?」

 

 

予想外の質問に、ナインも思わずと言わんばかりにその目を見開く。

 

そして少し間を置いてハッとし、直ぐに頷いた。

大きく大きく、迷いなく。

 

 

それを見て雷蔵は、笑って言った。

 

 

 

「俺もだ。てめえらの野球見てんのは、すげえ楽しいぜ。多分真田もそう思ってっから、ここまで投げてくれたんだ。わかるな?」

 

 

唯一、ベンチ内で休むエースの姿。

 

普段よりもギアを入れて、尚且つ球数も多い。

凄まじいまでのプレッシャーの元投げてきたこの男は、間違いなくこの薬師のエースであった。

 

 

「まだ戦い足りねえだろ。まだ試合してえだろ。なら必死こいてやるしかねえんだ。てめえらでその権利、掴み取ってこい!」

 

「「「はい!」」」

 

「半端なプレーはいらねえ!自分の最大限のスイングで、てめえらの夏を掴んでこい!」

 

 

雷蔵の檄に、ナインたちが大声を上げる。

 

最終回。

残されたチャンスは、アウト3つまで。

 

全てを賭けて、思いを込めて。

 

 

彼らは、打席へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「空気が変わったな。」

 

「あぁ。」

 

 

マウンド上には、変わらず大野。

薬師のベンチを見ながら、この試合8個の0を積み重ねてきた男はそう呟いた。

 

 

「疲れは?」

 

「そりゃな、だが余力はある。最終回はセーブせずにいく。」

 

 

汗で蒸れた帽子を外し、頭を軽く振る。

ふわりと銀髪をなびかせ、再び帽子に髪を納める。

 

季節は夏。

何もしていなくても、気温と太陽光で疲れが溜まっていく。

 

 

そんな中で投げ続けた102球。

 

さらにいえば、無失点とはいえ相手は強打の薬師高校。

当然、尋常ではない圧力が大野にもかかっていた。

 

 

頬を伝った汗を、肩の袖で拭った。

 

 

 

「1人でも出せば轟に回るからな。打たれてないとはいえ、1番事故があり得る相手だぜ。」

 

「わかっている。最後まで任されたからには、最後まで投手としての責務を全うする。」

 

 

 

打席に向かうのは、ここまで無安打の米原が入る。

 

今日の打撃成績は、セカンドゴロ、レフトフライ。

この試合数少ない三振のないという選手だが、それは大野が完全に手を抜いているだけであり、特段三振しにくい選手ではない。

 

 

(ランナー出しちゃ元も子もない。ここは掌握したい。)

 

(OK。)

 

 

初球、外角のカットボール。

外に逃げるこのボールに強振するも、空振り。

 

 

(やっぱ狙いはストレートだな。ここまで強く振るのは想定外だけど。)

 

(舐められてるみたいで癪だけど、妥当。)

 

 

最終回までスイングを貫くか。

 

その潔さに敬意を表しながら、大野はもう一球ボールを投げ込んだ。

 

 

今度はインコース。

ストライクゾーンからボールゾーンに切れ込むツーシームに空振り。

 

 

早くも追い込んだ3球目。

投じたストレートをファールにされ、カウントは変わらず0−2。

 

 

やはり、球の勢いは落ちている。

おそらく本人も自覚しているが、この終盤までくるとどうしても疲れが出てきてしまう。

 

先ほどまで八割くらいでも空振りを奪えていたストレートが、同様の力加減ではバットに当てられてしまうのだ。

 

 

(だいぶ改善された方だけどね、去年とか選抜の時に比べたら。)

 

(まあ、自覚あるしいいよ。それも加味してリードするのが俺の仕事だし。)

 

 

最後は低めに落ちるカーブを振らせて空振り三振。

 

完全に速いボールで目を慣れさせたのちに遅いボールで空振りを奪う。

緩急で呆気なく1つ目のアウトを奪うと、大野は小さく息を吐いた。

 

 

(後、2つ。)

 

 

 

続いて打席に入るのは、9番の増田。

 

打順の1番最後。

しかしこれは、9番の増田がしぶとく粘って上位の秋葉と轟に繋げる。

 

 

 

(こういう打者が9番にいるのが、かなり面倒。)

 

 

 

その証拠に、この試合少ない球数で各打者を抑えている大野に対して、増田は2打席で12球粘っている。

さらに、この試合で許したヒットのうちの一つはこの増田から生まれたものである。

 

 

長打は少ないが、なかなかバットコントロールがいい。

 

しぶとく中々三振しない、薬師の中では珍しい打者である。

 

 

 

初球、外角のゾーン内からボールに落ちるツーシーム。

まずはこれを見送り、1ボールとなる。

 

 

(…っぱ、見送るよな。さっきからツーシームは、なんか知らないけど見逃してくる。)

 

(そーなんだよ。多分速いボールに山張りながら、ファールで甘い球待つって感じなんだろうけど。)

 

(こんな芸当できんのもまたこいつの強み。正直秋葉の次にやりたくない相手ではある。)

 

 

しかも、塁上に出ても鬱陶しい。

 

安易に出塁させられないというのが、また厄介である。

 

 

2球目、外から入るツーシーム。

今度はこれをファールにして、カウントは1-1。

 

次は手を出してきた。

追い込まれるまで手を出さないのかと思っていたが、振りに来た。

 

 

1打席目は、2-2からの外角低めのストレートを打つもサードゴロ。

2打席目は低めのカーブを拾ってのライト前ヒット。

 

中々、意図が汲み取れない。

 

変化球狙いかと思うのだが、その割に最初の打席はストレートを。

さらに今の打席も、バックドアの難しいツーシームを打ちに来た。

 

 

 

 

そんなバッテリーの読みの裏腹に。

案外増田側の思惑はシンプルなものであった。

 

 

(打つのは低め。ゾーンに来たら振る。あとは、完全なボール球は少ないから、バックドアとかは振りに行く。)

 

 

約束事だけ決めて、あとは見送る。

 

正直、高めのストレートや真ん中付近の甘いコースが来たら対応出来ていない。

ここまでバッテリーが警戒している為か高めが少ないため、これが上手く嵌っている。

 

 

(頼むぜマス。長打を警戒されていないお前が唯一出塁の可能性があるんだ。何とか出てくれ、そうすりゃ雷市に回る。)

 

(外角低めのストレート、狙う。)

 

 

とにかく、厳しいコースを狙う。

ここまでコントロールがいいと逆に狙いやすいまであり、増田は確実に来るであろうそのボールに狙いを定めた。

 

 

 

3球目のストレート。

 

内角のボールゾーンに抉り込むストレートに反応が遅れるも、これが功を奏して2ボール1ストライクと打者有利のカウントとなる。

 

 

 

 

(終わってたまるか。真田先輩が作ったこの試合、俺が終わらせない。)

 

 

相手投手も、疲れが出ている。

確かにいまだに速いが、先ほどまでよりもストレートの威力も落ちてきている。

 

これなら、狙える。

 

 

 

4球目。

 

カウントが悪くなったこの場面で、厳しく攻めたいバッテリー。

なかなか打者も手を出したくないコースのストレートで締め直したい。

 

御幸が構えたコースは、アウトロー。

サインはストレートで決定する。

 

 

しかしこれが。

 

外角低めのストレートを完全に狙っていた増田の思惑が合致。

それは即ち。

 

彼のヒットを意味するのだ。

 

 

 

『狙ったー!そう簡単には終わらないと9番増田必死のヒット!最終回、薬師にようやく同点のランナーが出ました!』

 

 

一塁ベース上、大声をあげてガッツポーズを掲げる増田。

普段声をあまりあげない彼が、大きく感情を露わにする。

 

終盤、ようやく出た同点のランナー。

 

しかしただの、1人のランナーではない。

 

 

薬師最強の打者である轟の前にランナーを置けた。

それが何よりも、大きいのだ。

 

 

 

1アウト、ランナー一塁。

ここで打順は1番にかえり、薬師高校屈指のアベレージヒッターの秋葉が打席に入る。

 

 

(中々、嫌な流れ。)

 

(わかる。ここは無理にいかず、丁寧に。1つ取りに行こう。欲張ってゲッツー取りに行く必要はねーからな。)

 

(OK、わかってる。)

 

 

 

まずはインローストレート。

 

ここはしっかりとギアを上げたストレートが唸りを上げ、136km/hのキレある直球がコースに決まった。

 

 

まだ力はある。

 

そう判断した御幸は、緩急ではなく速い2つの決め球を駆使してアウトを取りに行く選択をした。

 

 

 

2球目、低めのボール。

 

真ん中付近から大きく変化したツーシーム。

 

 

若干甘い。

しかしながら抜けている訳では無い。

 

変化は普段通り落ちているため、意図せず打たせる球に最適なボールとなる。

 

 

(やっべ!)

 

 

甘いボールに思わずバットが出てしまう秋葉。

 

その卓越したバットコントロールが仇となり、ピッチャー前に打球を放ってしまう。

 

 

少し強い当たりだが、ゲッツーコース。

フィールディングのいいピッチャーである大野が捌く。

 

 

 

(タイミング的に二塁、いける。)

 

 

そう思った瞬間。

 

野球の神の悪戯は、やはり真夏の大舞台で起こるものなのか。

 

 

大野…というよりは、アクシデントが起こる。

 

 

「っと!」

 

 

変な回転が掛かった打球はマウンドの傾斜で高く弾み、イレギュラー。

 

予想外の打球に大野も身の危険を感じて身体を避ける。

 

 

そしてこのイレギュラーに、内野手も一瞬反応が遅れる。

 

慌てて倉持が打球を処理しようとチャージ。

 

二塁は無理。

一塁に目を向けてランニングスロー。

 

(間に合うか…!)

 

倉持も何とかアウトを取ろうと果敢に全力プレー。

厳しいタイミングとなるが。

 

 

「突っ込め!秋葉ァ!」

 

 

ベンチから身を乗り出し、雷蔵が声を張り上げる。

 

同時に、秋葉が一塁に向けてその身体を投げ出した。

 

 

 

 

スライディング音と、砂煙。

一瞬間があき。

 

審判が、その両手を真横に開いた。

 

 

 

「セーフ!」

 

 

 

思わずといった様子で、ここにきて初めて大野が表情を歪める。

 

 

ただの内野安打ではない。

最終回、真夏の神の悪戯が。

 

奇しくも雷蔵が勝機を見出していた増田、秋葉の出塁を経て。

 

 

 

センバツホームラン王の、怪物スラッガーに打席が回った。

 

 

 

 

 

 

 






そう簡単には終わらない。




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エピソード186



細かい描写が増えているので、読むの疲れるかもしれません。
悪しからず。





 

 

 

『決死のヘッドスライディングの判定はセーフ!1点ビハインドのこの土壇場に増田と秋葉の連続ヒットで逆転のランナーを置きました!』

 

 

一塁ベースを抱え込み、ユニフォームを真っ黒に汚した秋葉が右手を握り込む。

 

この試合唯一の。

そして最初で最後の、得点圏にランナーを置いた大チャンス。

 

しかもこの場面で、打席に入るのは。

 

 

『苦しい苦しいこの試合展開、遂にやってきた千載一遇のチャンスで打席に入るのは主砲、轟雷市!誰1人まだ諦めない!薬師高校の夏はまだ終わらない!』

 

 

 

ネクストバッターズサークル。

肩膝立ちでバットを杖代わりにして虎視眈々と。

 

その機会を待ち望んだ轟が、その閉じられた目をゆっくり開いた。

 

 

笑みは、ない。

固く結ばれた口元は、普段のような野球を全力で楽しんでいる彼の表情とは掛け離れた真剣な眼差し。

 

虎のように鋭い眼光。

怖いほどに純粋に、轟はチームの為に打つと意気込んだ。

 

 

入れ込んでいる訳では無い。

 

もっと深く。

深層までまで没頭し、集中力を最大限まで高めている。

 

 

彼の身に纏う風格と空気感。

迷わず、御幸はタイムを取って内野を集めた。

 

 

「内野は定位置、外野は少し深めの引っ張り警戒で。最悪1点取られても裏の攻撃がある。まずは集中してこの打者を抑えよう。」

 

 

シフトの確認、そして意思疎通。

守備の連携を再確認し、内野が散らばる。

 

マウンドに残された2人のバッテリーは、素直に目の前の打者の感想を述べた。

 

 

 

「凄い雰囲気だな。」

 

「あぁ。恐らくあれがあいつの本気というか、最高地点だろうな。」

 

 

 

限界まで集中力を高め、深く深く潜り込んでいる。

 

楽しむのではない。

どこか使命感のように。

 

本能のままに、迫り来る。

 

 

 

「容易くねえぞ、ありゃ。」

 

「これまでもそうだっただろ。あいつと相対しているとき、俺は一度も警戒を解いたことは無い。」

 

「これまで以上にってこと。下手したら持ってかれて3ラン、有り得るからな。」

 

 

 

御幸の言葉に、大野もゆっくりと頷く。

 

普段なら、完全にねじ伏せて「そうはならない」と否定するが。

今の轟なら高い確率で打ってくると、大野自身も彼の力量を見定めて認識を改めたのだ。

 

 

それ程までの、強敵。

今までも都内トップクラスだったスラッガーが、責任感と覇気を身にまとい、大野の前に立ち塞がるのだ。

 

 

 

「全身全霊を持ってして、倒す。」

 

「あぁ。逃げねえからな、お前の全部使ってあの怪物スラッガー抑えんぞ!」

 

「当たり前だ、行くぞ一也!」

 

 

 

珍しく、声を張り上げて大野と御幸が拳を突き合わせる。

 

怪物と怪物。

最後の最後で、この試合最高の山場がやってきた。

 

 

 

 

御幸も離れ、マウンド上にただ1人。

 

孤高に空を見上げたエースが、ゆっくりと息を吐き出す。

 

 

その眼を閉じ、心を落ち着けるように何度か深呼吸。

 

いつも通りではない。

 

いつもより、深く。

相手の轟がそうであるように、純粋に。

 

 

目の前にいる打者だけに、ただ只管に没頭する。

 

 

 

(…いける。)

 

 

 

そう確信し、大野は最後に息を吐き出し。

ゆっくりと、紺碧に色付いた宝石のような瞳が姿を現した。

 

この試合で最大の、集中。

 

 

最大限感覚を研ぎ澄ました状態で、怪物スラッガーと相対する。

 

 

 

(待ってたぜ、夏輝。)

 

(あぁ、待たせた。行こう。)

 

 

 

大野が見据える先。

 

轟が、ゆっくりとバットを掲げ上げる。

 

 

オーソドックスな構え。

その懐の深さが、内外を苦にしない怖さを感じる。

 

セットポジション、上体を前屈みにしてサインを覗き込んだ。

 

 

 

(今の状態を確認する。お前と、轟の。)

 

(そうだな。)

 

 

 

御幸が構えたコースは、外角低め。

若干外のボールゾーンに外している、フォーシーム。

 

打ち気のある普段の轟なら、恐らく振りに来る。

 

 

御幸の意図を汲み取り、そのサインに大野が頷いた。

 

 

 

ランナーがいながら、簡易的なトルネード。

クイックの速さを多少捨て、勢いのある球を投げ込む。

 

まずはアウトローにストレート。

 

 

「ッシ!」

 

 

ふわりと、青い帽子がマウンドに落ちる。

 

キレのある137km/hのストレートが、構えたコースドンピシャに決まる。

これを轟は、見送った。

 

 

(ほう。)

 

(手が出てねえってより、見切ってた感じだな。なら。)

 

 

2球目、インハイ。

先程の外のボールと相反する、内側高めのストレート。

 

ストライクゾーンの端から端、極めて難しい投げ分け。

 

 

しかし、その分。

効果は、絶大である。

 

反応速度の早い選手でも、ストライクゾーンの端から端となると、見極めは難しい。

特に鋭く速いストレートを投げる投手のそれは、特にである。

 

 

「っらァ!」

 

 

2球目は、138km/hのインハイストレート。

これは轟も反応するが、タイミングが合わずファールとなる。

 

 

(合わせてきたな。さっきまでと反応がまるで違うぜ。)

 

(織り込み済みだ。ファールでカウント取って、追い込んでから勝負。追い込めばできればカットで行きたい。)

 

(だな。落ちる系の対応力は割とあるし、去年もツーシーム当てられてるからな。)

 

 

 

純粋な強い縦回転から手元で伸び上がるようにして加速するストレート。

 

それに対して、同速で手元で失速し大きく沈むのが、彼のツーシームファスト。

 

 

この2つの投げ分けで、昨年は轟を抑えてきた。

 

しかし、落ちるボールもあまり苦にせず早い変化球への対応利用が素晴らしい轟に対して、ツーシームはヒットになる可能性が高い。

 

 

できれば、見慣れていないジャイロのカットボール。

類を見ない、大野夏輝のウイニングボールである浮き上がるカットボールで、仕留めたい。

 

 

 

3球目。

御幸が出したサインは、チェンジアップ。

 

緩急にあまり強くない彼に対して、緩いボールを使ってタイミングを外す。

 

 

しかしこれに、大野が首を振って否定の意思を見せた。

 

 

(珍しいな、首振んの。)

 

(生半可なボールじゃ、やられる。直感的にな。)

 

(なら、それは信じるべきだ。ただ、轟くらいのバッターになりゃ緩い球見せねーと慣れられる。ボール先行でも仕方ないから、カーブで視線を一度リセットさせよう。)

 

(OK。)

 

 

 

ここは打って代わり、縦のカーブ。

 

外から入ってくるこのボール。

ストライクになれば儲けもの、最悪ボールでもいい。

 

そう思い投げ込まれた緩い変化球は、外に僅かに外れてボール判定となった。

 

 

 

(いい、いい。これは軌道を見せるだけで十分。寧ろストライク入って痛打される方がヤバかった。)

 

 

大袈裟なくらいに、御幸が大きく頷く。

 

言葉の交わせない、この18.44m。

敢えてこういう風に意思を示すだけでも、バッテリー間でのコミュニケーションはより良くなりやすい。

 

尤も、この2人ほど意思疎通が取り合えていれば、不要なのかもしれないが。

 

 

 

4球目、インローにストレート。

 

先のカーブの軌道が有効的に活かされ、轟も振り遅れる。

 

 

頭の中で分かっていても、視覚的に一度焼き付いてしまったカーブの軌道。

だからこそ、少しタイミングをずらすことが出来た。

 

 

 

追い込んだ。

カウントは2-2の並行カウント。

 

どちらかと言うと、遊び球を使えるバッテリーが有利のカウントである。

 

 

 

(決めに来る覚悟で。最高ギアで、ここに決めよう。)

 

 

 

御幸のサインが出され、肯定するように大野が数度小さく頷く。

 

外角低めのストレート。

コースよりは威力とキレを意識した、ボール。

 

轟ほどのコンタクト力とパワーがあれば、多少のボール球でもヒットにする可能性が大いにある。

 

そうなると、できれば力で押し切りたい。

 

 

強く、キレのある。

打者から見て脅威だと感じるストレートで、捩じ伏せる。

 

 

「っらァ!」

 

 

金属音にも似たような風きり音と共に、快速球。

 

手元で大きく伸び上がり、加速するストレート。

刹那、鈍い金属音が轟のバットから響いた。

 

 

「ファール!」

 

 

電光掲示板に表示された数字は、140km/h。

回転数も多く、手元で加速するボールは降谷のストレートにも引けを取らない体感速度。

 

 

それがしかも、外角低め一杯。

 

つまり御幸が構えたドンピシャ、ストライクゾーンで最も長打を打たれにくいそのコースに完璧に決めている。

 

 

 

(やべえ。今のボール、ココ最近で一番いいストレート。この威力でこのコースに決めりゃまずヒットゾーンには飛ばねえって。)

 

 

 

だからこそか。

これをバットに当てたということに、御幸は却って轟という打者の実力に寧ろ恐さすら感じた。

 

 

最大限の集中力と、スイングスピード。

そして、打席から放たれる、異様なほどの圧力。

 

 

 

 

今、間違いなく。

 

全国トップクラスのスラッガーは、この轟雷市であった。

 

 

 

(いい反応だ。なら。)

 

 

 

6球目。

先程とほぼ同様のコース。

 

そこからボールゾーンに落ちるツーシーム。

 

 

ストレートと球速差が限りなく小さく、それでいて大きく落ちる。

軌道も近い為、見極めは非常に困難であるこのボールを、同じコースから落とすことでストレートと偽装する。

 

 

打者が追い込まれているカウント。

 

特に打ち気の轟であれば、高確率で振る可能性のあるボール。

 

 

しかしこれを見切られ、フルカウントまで持っていかれてしまった。

 

 

(マジかよ。)

 

 

ミットに収められた白球。

思わず、固まってしまう。

 

確実に、振るとは思った。

三振とはいかなくても凡打か、ファールか。

 

 

この速度感を目で追えるとなると、本格的に対処のしようがなくなる。

 

 

 

しかし当の本人である大野は、御幸に早くボールを返すように要求する。

どことなく割り切っているというか、想定していたと言わんばかりに。

 

グローブを開き、白球を受け取った。

 

 

 

毅然とした、エース。

やはりこの背中に御幸は、また助けられた。

 

自分のリードを信じる。

 

相棒がそうしてくれているように。

自分自身で、大野を最大限に活かしているという、自信を。

 

 

そして、自軍のエースを信じる。

 

目の前の打者を、完璧に抑えられると。

どんなにすごい打者でも、抑えられる力はある。

 

 

 

外のボールゾーンから抉りこんでくるように入ってくるツーシーム。

 

外角低め一杯にバックドアで入り込んでくるこのボール、これを轟はバットに当てる。

 

 

鋭い当たりは三塁線切れてファールとなった。

 

 

 

(やっぱりコンタクトしてきてる。多分、見えてる。)

 

 

 

ファールになったとはいえ、いい当たりだった。

 

タイミングも悪くないし、スイング軌道も完璧。

あとは若干修正できれば、ヒットに出来ている。

 

 

やはり、対応出来ている。

 

それを再確認して確信し、2人はアイコンタクトをとった。

 

 

 

(よし。なら、これで行こう。理想はさっきのストレート。)

 

(分かった、決める気で行く。)

 

(ボールは絶対ダメ。威力で押し切るけど、ちゃんとゾーンに決めよう。出来るだろ?)

 

(当たり前だ。何球投げてきたと思ってんだ。)

 

 

 

8球目、外角低めのストレート。

 

先程と同様に、ストライクゾーンギリギリいっぱいのコースにバチッと決まるベストボール。

 

 

またも140km/hを記録したこのストレートも轟はバットに当て、スタンドへ。

レフト線きれてファールとなった。

 

 

 

徐々にハードコンタクトに近づいてきている。

 

タイミングも合い始めているし、打球も上がってきた。

 

 

痛打されても、おかしくない。

フルカウントで攻めざるを得ない状況。

 

はっきり言って歩かせるという選択肢もあるが。

 

 

 

このバッテリーには、ハナから逃げるという文字は、無いのだ。

 

真っ向から攻める。

そしてそれを実行し、成功する実力が。

 

 

ある。

 

 

 

(餌は撒いた。)

 

(低めに徹底的に集めて、轟もだいぶこの低めのゾーンに目がいってるはずだ。)

 

(あぁ。ここで決める。)

 

 

 

御幸が構えたコースは、内角高め。

 

集中力の高まったこの場面、特に長打のある轟であれば非常に危険なコース。

 

 

しかし、敢えて低めを続けてボールの軌道を目に焼き付けた。

 

最後の決め球の威力を、より高めるために。

 

 

 

バッテリーが選択したのは、ジャイロ回転で浮き上がりながら高速で曲がるカットボール。

高めで伸び上がる、彼の見慣れていないこの変化球で空振りを狙う。

 

 

ここまで布石として投げてきた、低めの落ちる球。

それに相反して浮き上がるボールを、選択した。

 

 

インハイ、甘く入れば痛打される。

 

しかしそれを、間違える投手ではない。

 

 

トルネード投法から、投げ込まれる高スピンのボール。

弾丸のように回転する鋭いカットボールは、このボールが最も輝くインハイに向かっていく。

 

 

ストライクゾーンギリギリのコース。

 

ここから高速で、真横に吹き上がりながら曲がる。

 

 

多くの打者を圧倒し、三振の山を築き上げてきた。

 

 

風きり音と共に。

大野夏輝のもう1つの剣が、鞘から引き抜かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!」

 

 

しかし、刹那。

轟のバットから、金属音が鳴り響いた。

 

 

コースは、完璧。

 

ストライクからボールに変化する球。

しかし空振りを取れるとほぼ確信していただけに、食らいついた轟に御幸も思わず絶句した。

 

 

正に、怪物。

歴戦の猛者をも薙ぎ倒してきたこのボールを、捉えてきた。

 

それも、追い込まれて且つ視線も完全に低めに持っていかれている状態でバットに当てた。

 

 

 

何で、空振りが取れる。

どうすれば、凡打を打たせることができる。

 

御幸の脳裏に駆け巡る、選択肢。

 

しかしどうしても、悪い予感が先走る。

 

 

 

それをかき消したのは。

やはり目の前の、エースであった。

 

 

(逃げるなよ。らしくねえリードしたら、付け込まれる。)

 

 

帽子の影からチラリと見える瞳が、御幸を射抜く。

 

 

(去年も、初見のツーシームを捉えてんだ。こいつはいいバッター。これくらいは想定してる。)

 

 

 

一息吐き、御幸も落ち着く。

 

思考を整理し、考える。

その結果、御幸は自軍のエースの最大出力に全てをかけてサインを出した。

 

 

(本気で言っているのか。)

 

(本気だぜ。ここまで完成されているなら、それを超える力で向かっていくしかねえんだ。)

 

 

小手先は、通用しない。

 

ならば。

全てを捩じ伏せる力で、相手を上回る。

 

 

(信じろよ、自分自身を。俺もお前を信じる、夏輝。)

 

 

 

防具越しに胸を拳で叩き、ミットを構える。

それを見て、マウンドの大野も笑顔で小さく頷いた。

 

 

(本当に底が見えない。俺が今まで見てきた中でもトップクラスのバッターだ。)

 

 

小さく息を吐き、セットポジションに入る。

 

マウンド上、舞い上がる旋風。

風を巻き込むようなトルネードが生み出される。

 

 

(こんなにもすごい選手が、こんなに近くにいる。)

 

 

最高地点。

全身のエネルギーを集約したストレート。

 

投げ込まれたそのボールは。

 

 

 

正に彼の、原点とも言える投球であった。

 

 

 

『141km/hストレートで空振り三振!吼えた大野夏輝!最後は外角低めに決まる速球でスイングアウトの三振を取りました!』

 

 

 

吼える大野に、項垂れる轟。

 

その対比に、グラウンドはくっきり明暗が分かれた。

 

 

 

最後のバッターは、運命のイタズラか。

ここまで力投を演じた、真田俊平。

 

最後は彼に対して、最大限の敬意を払い。

 

 

そして、薬師高校という強い者たちへの、手向けとして。

 

 

 

全力投球で、真田を捩じ伏せた。

 

 

『最後はツーシームで空振り三振!息の詰まるような投手戦、死闘の末に勝利を収めたのは、選抜優勝の青道高校!4回戦進出!』

 

 

 

 

 






少し長くなってしまった。


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エピソード187



試合で長い話が続いていたので、今回は短めで。





 

 

 

「っしゃあ!」

 

 

最後の打者である真田を空振り三振で切り落とし、右拳を握り込むと共に声を上げる。

 

 

直後、胸を撫で下ろすと同時に笑みが零れた。

 

 

真田との、緊迫した投手戦。

そして、轟を筆頭とした強力打線。

 

その2つからの解放された俺は、思わず溜め息をついてしまった。

 

 

 

「良かったぁ…、まじで。」

 

 

まず最初に、零れた本音。

それを聞いて、横にいた御幸が俺の肩を掴んだ。

 

 

「ほんとお疲れさん、夏輝。」

 

「まじで疲れたよほんと。もうこの大会投げられん。」

 

「冗談でもそういうこと言わないで、まじ。」

 

 

それくらい疲れたっていう比喩だろう。

 

内心でそう呟きながら、俺は共に戦った仲間と共に整列した。

 

 

 

 

「届かなかったわ、すげえよお前。」

 

 

礼を終え、声をかけてきた真田。

 

この試合で俺が本当に苦労した、相手。

彼の熱投があったからこそ、今日の試合は死闘になったのだ。

 

 

「また会おう。次に投げ合えることを楽しみにしてる。」

 

 

すると真田が驚いたように、目を見開く。

 

確かに高校野球は彼にとって最後かもしれない。

しかし彼ほどの実力ならきっと。

 

もっと上の舞台で、巡り合わせがあるはずだ。

 

 

いずれ。

きっとそれほど遠くない未来。

 

また、どこかで投げ会えると思うんだ。

 

 

「また、か。」

 

 

真田が苦笑しながらそう返す。

 

今は、まだ考えていないだろうが。

でも真田はきっと。

 

いや、真田だけではない。

きっとこの轟も、いずれまた上の舞台で会えるはずだ。

 

 

最後の打席。

あれははっきり言って、ココ最近で一番怖かった。

 

緊迫と、重圧。

 

でもそれが、楽しかった。

 

 

「強いチームだったな。」

 

「そうだな。きっと来年も、苦労することになる。」

 

 

引き上げる薬師のナインを見送りながら、俺はこの試合ずっとバッテリーを組んだ御幸とそう話した。

 

 

「苦しい試合展開だが、よく我慢して投げきってくれた。」

 

 

ベンチへ戻ると、監督から肩を叩かれる。

 

 

「いえ、エースですから。」

 

「明日はゆっくり休め。今日の投球内容だと、実感以上に疲れが溜まっているだろうからな。」

 

 

落合コーチからそう付け加えられ、俺は小さく頷く。

 

まあ確かに、疲れはしたからね。

ここはお言葉に甘えさせてもらおう。

 

 

苦しい試合だったが、まだ初戦。

まだまだ、先は長い。

 

特に終盤になれば、連戦続きになる。

 

できればそこまで、疲労は残したくない。

 

 

幸いウチには、安心できる投手が他にもいる。

 

 

「次の試合は任せたぞ。」

 

 

「はい喜んで!」「はい。」

 

 

同時に返事をした沢村と降谷。

そして、啀み合う2人。

 

本当に、仲がいい。

 

 

まあ、次の先発は監督のみぞ知る、だ。

どちらでも、信頼をおけることに変わりは無いがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、肘も炎症なさそうだね。投げ終えてこれなら上々。よく我慢してケアしてきた。」

 

 

試合後、念の為病院へ。

 

久しぶりの夏大で、しかもフルイニング投げた。

それも、かなり高い出力で投げ続けていた為、確認がてらね。

 

 

違和感も無かったし、勿論痛みもなかった。

 

だから大丈夫なのはわかっていたけど、実際診てもらってプロからそう言って貰えると、安心できる。

 

 

「試合、見たよ。すごいピッチングだったね。」

 

「…相当待たせましたからね、みんなを。だから、頑張れました。」

 

「そういうのはインタビューで言うんだよ。」

 

 

確かに。

そんな事を思いながら、俺は荷物を左肩にかけた。

 

怪我をしてから、約1年弱。

 

フォーム改善から、肘に負荷が掛かりにくい状態をつくり、最近は全く問題もなくなった。

 

 

この先生にも。

そして、フォーム改善を手伝ってくれた御幸と落合コーチにも。

 

勿論、支えてくれたチームメイトのみんな。

我慢してくれた、監督にも。

 

 

本当に、皆に支えてもらってきた。

 

皆に、助けてもらった。

だからこそ、恩返しも込めて。

 

チームを背負って、闘う。

 

それも俺の、「らしさ」だから。

 

 

 

「ありがとうございます。」

 

「今日は帰って休むんだよ。明日もノースロー、明後日からゆっくり動かしなさい。」

 

「そのつもりです。流石に疲れましたからね。」

 

 

 

頷き、俺は病院を後にした。

 

 

 

 

「お勤めご苦労様です!」

 

「おかえり、どうだった。」

 

 

学校に戻ると、お出迎え。

 

なぜか門前で待っていた沢村と御幸に右手をあげて答える。

 

 

「どうもなにも、確認でしかないからな。良好だってよ。」

 

「ま、だろうな。」

 

 

 

 

次の試合は、3日後。

当然俺は投げる予定は、ない。

 

いざとなれば投げるが、その必要はない。

 

おそらく先発で降谷、状況次第で第2先発の沢村か。

 

とはいえ、次の試合で降谷が炎上するとも思えない。

そう考えると、沢村は次の試合は投げないかな。

 

 

降谷が長いイニング持ってくれれば、試合慣れの為に東条を投げさせると思う。

 

 

3試合目までに皆に投げさせたいと思うから、ここで先発沢村か。

 

順当に行けばここでノリと、登板間隔が空きすぎないように俺も少しなげると思う。

 

 

準々決勝で再度降谷。

ここは沢村も準備しておいて欲しいが、ノリと東条。

 

おそらく2人への継投で、降谷は長いイニングあまり投げさせないようにしたい。

 

 

 

で、準決勝。

恐らくは、というよりほぼ確実に市大三高が来ると思う。

 

決勝は、ほぼ間違いなく稲実。

 

 

この連戦で、俺は2試合とも先発になる予定。

 

準決勝の天久との投げ合い。

春の投球を見る限りは、ここはかなり厳しい試合になる。

 

決勝を控える中で消耗したくない。

なのでここは、継投で沢村、降谷も投げてもらう。

 

 

 

あくまで予定だが、一応こんな流れで投手運用はしていくと落合コーチと監督から言われている。

 

 

これが最低限先発の疲れを分配した計画。

それでいて準決勝、決勝の超高校級2人との投げ合いで俺たち3人が全開で投げられるようにした、投手運用。

 

予定だけど。

 

 

長いイニングを俺と沢村、降谷で投げて、ノリと東条の2人で中を継いでもらう。

 

この炎天下だからこそ、5人でしっかり回すことでこの過酷な夏を乗り越える。

 

 

 

しかし、それができるには前提として、勝つこと。

 

1度負ければ終わりのこのトーナメントで、最悪のケースは敗退。

だからこそ、その危険性があれば。

 

勝つために、いつでも俺は投げるがな。

 

 

 

まあ、その心配はおそらく要らない。

 

そんなにヤワな野手じゃなければ、貧打ではない。

 

 

真田の前に中々得点を奪えなかったが、あれは正直真田が良すぎた。

向こうが点を奪えなかったのと同じように、こちらも真田を打ちあぐねていただけ。

 

当の本人たちは、そんなこと思ってないだろうけど。

打てなくて相当歯痒い思いというか、フラストレーションが溜まっていると思う。

 

 

だからきっと、次の試合からは爆発してくれるはずだ。

 

そう簡単に割り切るような、諦めるヤツらはここにはいないからな。

 

 

そうそう、心配はいらないと思う。

 

 

 

 

まずは、次の試合。

投手としてはしっかり休んで、他の投手に任せる。

 

それで、来るべき決戦のために。

 

 

力を蓄える。

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード188

 

 

 

 

2回戦目。

相手は、八弥王子高校。

 

身体能力の高い堅守好打のセカンド川端が率いるチームだ。

 

 

良くも悪くも、彼が中心のチーム。

1人が飛び抜けているチームはその1人が活躍すると流れが変わるが逆に、その1人が抑えられたとき、何も出来なくなる傾向にある。

 

その1人というのが、この川端である。

 

 

前の試合では、2本のタイムリーヒットで3打点。

さらにいくつものファインプレーと、攻守で暴れている。

 

 

「どれだけこの川端にやらせないか。それが肝だな。」

 

 

ベンチからマウンドに向かおうとする降谷に、俺がそう伝える。

 

彼も小さく頷き、ゆっくりとマウンドへと向かう。

 

 

 

今日の先発は、予定通り降谷。

ここまでの調整で状態も悪くないし、ブルペンではいつも通りの状態だった。

 

絶好調ではない。

まあ、正直これくらいの方が丁度いい。

 

変に気負うこともないし。

 

 

 

野手のスターティングメンバーは、ほぼ変えずに。

センターには東条、レフトには攻撃面でのインパクトも兼ねて結城が入る。

 

察している通り、俺はベンチ。

この試合に関しては、完全休暇らしい。

 

 

打順は、2番に白州が入って5番に金丸。

6番にゾノ、7番に降谷、8番に結城、9番に東条が入っている。

 

上位打線でチャンスメイクし、クリーンナップで仕留める。

そして下位打線からは、一発狙い。

 

そんでもって、9番に出塁率の高い東条を置いて上位に繋げる。

 

 

 

「まず1人目だぞ、降谷!」

 

 

ベンチから声を掛ける。

すると降谷がちらりとこちらを見て、再び御幸へと視線を戻した。

 

 

 

まずは先頭の、井上。

俊足の左打者が、打席へ。

 

ここはストレート押し。

 

 

外148km/hのストレート2球で追い込むと、最後は力を入れたボール。

 

真ん中高めで大きく吹き上がる151km/hのストレートを振らせる。

 

 

完全に詰まった当たりはセカンドへ。

弱いフライを小湊が掴み取り、先頭の井上をまずはセカンドフライで打ち取った。

 

 

 

続く坂下に対しても、ストレートでカウントを取る。

ここも外中心で、低めに140km/h後半のストレートを続けると、最後はフォーク。

 

低めのストライクゾーンからボールゾーンにストンと落ちるこのボールで空振り三振。

 

 

 

 

まずは2者凡退。

ここで打席には、3番の川端。

 

このチームで最も警戒しなくてはならない、柱の選手を迎える。

 

 

 

対して、初球。

まずはフォークで様子見をする為に、低めへ投げ込む。

 

これをしっかりと見送り、まずは1ボール。

 

 

2球目、低めのストレート。

147km/hのボール、これは川端も捉えきれずにファールとなる。

 

 

力感が上手く抜けていて、球が走っている。

 

球速も安定しているし、コントロールも大荒れしているわけじゃない。

 

 

3球目、ストレート。

しかしこれは真ん中低めに外れてボールとなる。

 

 

 

4球目、これが勝負のボールとなる。

 

外角高め、148km/hのストレート。

高めから吹き上がるように唸りを上げるストレートを川端がバットに当てる。

 

捉えた打球は二遊間。

 

 

そう思った矢先、セカンドの小湊が逆シングルでスライディングキャッチ。

そこから身体を起こして一塁に送球。

 

際どいタイミングはアウト。

ここはセカンド小湊のファインプレーで、川端をセカンドゴロに仕留める。

 

 

 

いい当たりだったが、ここはバックが盛り立てた。

 

降谷自身も、外中心でしっかりゾーンに集めている。

シンプルな思考だからか、降谷もしっかり投げきれている感じはするな。

 

適度に荒れてはいるのだが、大きく外れるボールはない。

 

 

球速以上に、状態は良さそうだ。

 

 

「ナイスピッチ。よくコントロールできてるね。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

相手先発は、エースの夏目。

 

右のサイドスローから、小さく動く変化球を主体として投げていく打たせてとるタイプのピッチャー。

 

 

決して球速は速くない。

 

打ち頃だからこそ、動くボールを打たされて上手い守備に阻まれる。

 

 

少ない球数でテンポよくアウトを奪い、リズム良く攻撃に繋げる。

 

 

 

(ってのが、理想でしょ。)

 

 

 

このピッチャーのというよりは、このチームの試合運びの理想。

自分たちはリズムに乗って、相手は焦らせる。

 

特に二塁手の川端のファインプレーから、チームが盛り上がることが多い。

 

 

(でも、そう簡単に上手くいくかな。悪いけどうちの打線は。)

 

 

 

そちらの思い通りに行くほど容易く、単純な打者は誰1人いない。

 

誰1人、な。

 

 

 

「セーフ!」

 

 

まずは先頭の倉持がサード前方に高いバウンド。

鈍い当たりだが、俊足の倉持からしたら十分。

 

守備のいいサードと競争になるが、ここはうちのチーターに軍配が上がる。

 

 

 

さて、打率は普通だが塁に出れば完全に水を得た魚。

単打だとしてもその盗塁技術で実質ほぼ二塁打確定にしてしまう。

 

しかし勿論、相手もそこには警戒してくる。

 

 

確かに順当な考えだ。

こんなほぼ確定で走る様なやつを野放しにするわけにはいかない。

 

 

打席に入るのは、今日2番での起用の白州。

 

バントも十分考えられるケース。

自然と相手バッテリーも慎重に攻める。

 

 

しつこく牽制を入れた3球目。

 

ここで倉持がスタートする。

球種さストレート、タイミングとしてはギリギリになりそう。

 

しかし白州もヒッティング。

盗塁を警戒して投げてきた速いボールしっかりと引っ張る。

 

 

ベースカバーに向かった川端の逆を付いた形になり、一二塁間抜けるヒットとなる。

 

さらにスタートを切っていた倉持は減速することなく一気に三塁を蹴る。

 

 

慌てたライトがバックホームするも、少し雑になった送球は高くなり、スライディングした倉持が見事本塁セーフ。

 

その間、隙をついた白州も二塁を陥れてチャンスを継続させる。

 

 

 

鮮やか、そしてあっという間の得点劇。

正にこれが、攻撃的一二番による速攻で早速先制点を上げて見せた。

 

 

 

さらに3番の小湊がショートの頭を超えるヒットでランナー一三塁の大チャンス。

 

 

改めて感じる、うちの打線の強さ。

前の試合では真田が良すぎたせいで1得点に止まったが、やはり爆発力も安定感も去年に負けていない。

 

そしてしみじみ感じる。

 

ほんと、味方でよかった。

 

 

 

 

未だノーアウト。

この大チャンスの場面で打席に回るのは、4番の御幸。

 

 

高い長打力と、3年生になってから得た安定感。

さらに言えば、チャンスに強い集中力は健在である。

 

 

その性質は、御幸特有。

ランナーが貯まれば溜まるほど、そしてランナーがホームに近づけば近づくほど、打力が向上する。

 

 

もちろん、そんな相手にバカ正直に勝負する必要はない。

一発も見込める打者で、その可能性が非常に高い。

 

対する次の打者は、パンチ力こそあるものの、御幸には劣る2年の金丸。

 

 

ここは無理せず、半ば歩かせ気味に四球を与えて満塁とする。

 

 

 

ランナー満塁。

ここで打席には、2年生の金丸が入る。

 

 

今大会。

というか、初めてのクリーンナップでの起用。

 

この金丸がコールされたとき、若干ながら観客席がざわつく。

 

まあ、観客たちの言いたいこともわからなくはない

 

 

打率は三割に満たない。

ホームランも極端に多いわけではないし、目立った成績でもないかもしれない。

 

彼の上にいる打者たちに比べると、やはり見劣りしてしまう。

 

 

 

しかしそれ以上に、チャンスや打って欲しいときに打ってくれる。

 

 

何より、逆境。

 

チームが劣勢の時、もしくは己が不利な状況のときこそ集中力が高まる。

 

 

監督から呼ばれ、金丸がベンチに戻る。

 

そして少し言葉を交わしたのち。

俺も一言、加えた。

 

 

 

「目立つなら、いい場面だぞ。ここは熱くならなきゃだぞ、金丸。」

 

 

 

期待されている。

そして、それに応える実力は確実に、ある。

 

ここまでしっかり経験もしてきた。

それに、戦ってきた。

 

 

俺の言葉に小さく頷く金丸。

 

 

薬師との試合、歯痒い思いをしたんだろ。

 

同じ2年生のサードと比較されて。

何より、打てなくて。

 

 

だったらムキになれ。

もっと強気に、もっと負けん気をだせ。

 

それができるからお前は、ここで選ばれているんだぞ。

 

 

「負けんなよ金丸。観客全員、見返してやれ。」

 

「はい!行ってきます!」

 

 

そうして走り抜けた金丸。

 

0アウトランナー満塁。

ここで打席に入るのは、青道高校の起爆剤。

 

 

 

マウンドにはサイドスローから小さい変化球を低めに集める投手。

打たせてとるピッチャー。

 

そして持ち合わせた変化球。

 

 

金丸も、見慣れているはずだ。

 

 

(容赦するな。決めちまえ。)

 

 

 

そう思った矢先、4球目。

 

低めの小さいカットボールを掬い上げ、大きく高い打球を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード189

 

 

 

八弥王子との試合は、初回から大盛り上がり。

 

金丸の満塁ホームランを含む6得点で一気に得点を重ねると、2回以降も降谷はしっかりと抑えて青道ムードで試合を運ぶ。

 

 

2回には御幸のタイムリーで、3回には前園のタイムリーで5点を追加すると、もう止まらない。

 

4回裏に代打で起用された由井のタイムリーツーベースで2点をさらに追加してダメ押し。

 

 

 

 

守っては、降谷が好投。

 

初回からストレートが走っており、150km/h前後を外に集めて空振りを奪っていく。

 

特に圧巻だったのは、3回。

フォアボールで許したランナーを二塁に置いた状態での、川端の打席。

 

 

ここで自己最速タイの155km/hを連発。

川端も何とか粘ったものの、カウント2-2からの6球目に真ん中高めのストレートで空振り三振を奪う。

 

 

この打席に、川端は思わず苦笑い。

 

 

それもそのはず。

6球のうち、ストレートは5球。

 

そのうち3球が155km/hという豪腕ぷりを遺憾無く発揮し、真っ向から完全に捩じ伏せて見せた。

 

 

こんな具合で降谷は八弥王子打線を圧倒。

フォアボール2つを出してしまったものの、被安打はたったの1つ。

 

さらに奪った三振は、アウト12個のうち7個とアウトの半分以上を三振で奪うという怪物の名に相応しい姿を見せた。

 

 

 

4回終了時点でコールド圏内の13-0。

 

降谷は余力を見せながらも、ここで降板。

そのままベンチへ下がり、マウンドには2番手としてノリが上がる。

 

 

彼はもう、言うことはない。

 

その安定感は職人芸。

不安なメンタル面も3年生に上がった責任感と度重なる経験で克服し、大事な場面でも任せられるような投手になった。

 

 

サイドスローから角度のあるスライダーでカウントを奪いつつ、要所で混ぜるストレートで詰まらせる。

 

そして最後は縦に落ちるシンカーでゴロを打たせてアウトをとる。

 

 

テンポよく8球で、三者凡退。

アウトを3つ積み重ねて、ゲームセット。

 

 

 

13-0の5回コールドで、八弥王子を下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く5回戦目。

対戦相手は、法兼学園。

 

思い切りのいいスイングで勢いにガンガン乗る強気な打のチーム。

 

 

特にメジャーで流行りのアッパースイングを中心に取り入れており、前の試合でも低め中心に集めるピッチャーに対してかなり有利に試合を運んでいる。

 

 

チーム全体で取り組んでいるのだろう。

徹底して、打者たちがアッパースイング気味で振ってくる。

 

 

とはいえ、粗は多い。

 

ガンガン振ってくるアッパースイングのチームでいい例で言えば、成孔か。

しかし彼らほどパワーがある訳でもない。

 

 

アッパースイングといえば、スイングの軌道上低めは非常に捉えて長打になりやすい。

 

しかしそれに対して、高めに関しては非常に弱い点がある。

 

 

 

「高めの使い方はかなりミソになりそうだな。」

 

「たしかに。」

 

 

 

見た限りは、スイングの割に怖い打線では無い。

対処さえしっかりできれば、大丈夫。

 

先発は沢村だが、俺も登板する予定だ。

 

 

 

 

打順は、以下の通り。

 

 

1番 遊 倉持

2番 中 大野

3番 二 小湊

4番 捕 御幸

5番 右 白州

6番 三 金丸

7番 一 前園

8番 左 降谷

9番 投 沢村

 

 

 

ほぼいつも通りの、並びで。

当たっている金丸はそのまま、クリーンナップ後の6番で起用。

 

やはり最低限の守備と一発のある打撃が期待ができる降谷をレフトに入れてある。

 

 

今日は俺も、スタートから2番センターで出場する。

序盤は野手として、そして最終回に抑えとしてマウンドに上がる予定だ。

 

 

 

先攻は俺たち青道。

それはつまり、相手先発投手がマウンドに上がるということ。

 

こちらとしての予想はエース格の先発、背番号1のサイドスローか。

 

 

しかしマウンドに上がったのは、異なる背番号。

 

背番号18の卜部が、マウンドに上がった。

 

 

恐らくは、こちらに対する秘密兵器。

いい、投手を温存して、隠し球としてこちらにぶつけてきたのだろう。

 

 

 

「投球練習見る限りは、本格派かな。」

 

「だろうな。綺麗なオーバースローを見るに持ってるのは縦変化…だったりして。」

 

 

 

ベンチ前で屈伸をする倉持に、俺はそう返して答えた。

 

 

「追い込まれる前に打った方がいい。お前が出ると出ないで、試合の運びは変わってくる。様子見は俺らに任せろ。」

 

「わーってるよ。任しとけ。」

 

 

速球派とはいえ、対応できるはず。

倉持も打撃好調だし、出塁はある程度期待して良いだろう。

 

左打席に入る、倉持。

 

 

彼がすっと、バットを掲げた。

 

 

 

初球、アウトコースストレート。

少し浮いているが、142km/hの速いボールが決まった。

 

 

やはり、速い。

 

キレも悪くないし、コントロールもそこまで荒れてない。

 

 

しかし、そうだな。

 

 

(捉えられない球じゃないだろ。)

 

 

2球目、外の高めに来たストレート。

これを逆らわず逆方向へ。

 

合わせた打球は三遊間を抜けるヒットとなった。

 

 

 

こちらに向けて右拳を向ける倉持。

それに笑顔で返して、俺は打席へと向かった。

 

 

見た感じは、やはり速球派。

ストレートも140km/hオーバーがアベレージか。

 

 

結構、速い。

 

特に凄いのが、序盤からこんなにポンポン140オーバー出せること。

少なくとも俺には、できない芸当だ。

 

ギアを上げてリズムに乗ることができたら、どうなるか。

正直計り知れない。

 

 

 

しかし、弱音は言っていられない。

 

倉持に様子見は任せろなんて啖呵を切ったからには、仕事はさせてもらう。

 

 

 

「よろしくお願いします。」

 

 

 

ヘルメットの鍔に手を当てて、軽く会釈をする。

特に反応のない捕手を見て、俺は左の打席へと入った。

 

 

上背は、大して。

 

でもやっぱり、身体の厚みはそこそこある。

 

 

持ち球は、わからない。

今のところ140中盤のストレートのみ。

 

フォームを見る限りは、縦変化か。

 

フォーク系か、縦のスライダーか。

三振を取りに来たいのであれば、何となくその2つが有り得そう。

 

 

ベンチをちらりと見る。

監督とアイコンタクトをとり、サインを確認する。

 

指示は特になし。

てことは、スイングしに行ってよさそう。

 

 

小さく頷き、俺はバットを揺すって投球を待った。

 

 

(初球は、ストレートか。倉持の足も警戒してるだろうし。)

 

 

140km/h中盤ってなると、目安は真田くらいか。

倉持の反応を見るに、捉えられなくはない。

 

狙ってみようか。

 

 

 

そう思った初球。

クイックモーションで投げられたボールは、俺のバットよりも下に滑り込んだ。

 

 

(沈んだ。)

 

 

スピードとしては速く、そして小さく落下した。

 

軌道とスピード、それに落差。

恐らく球種は、スプリットか。

 

 

降谷のフォークと同速、それでいて落差はそれ以下。

 

ただし軌道は、降谷のそれよりストレートに近い。

 

 

 

(なるほどね。こりゃ組み合わせたらかなり厄介だわ。)

 

 

もう一度、ベンチへと目を向ける。

 

すると監督からのサイン。

今回は、さっきとはまた違うサインが出された。

 

 

(少し見れるか。)

 

(出来る限りは。)

 

 

ヘルメットの鍔に触れ、小さく頷く。

 

 

とりあえず、今考えられるボールはストレートとスプリットのふたつ。

低めに集められたら目付けは難しいが、様子見だな。

 

 

 

2球目、今度はストレート。

これは球筋を見るのに見送るが、高めに外れてボールとなる。

 

しかしまあ、速いな。

これで143km/hってなると。

 

力感的にはそんなに入れて無さそうだし、ギア上げたら140後半出るんじゃないか。

 

 

3球目、同じくストレート。

高めのこのボールをもう一球見送るも、これはストライクゾーンに決まって2ストライクと追い込まれる。

 

 

 

さて、と。

ここからが、俺の仕事。

 

できればもう一球、スプリットの軌道を見たい。

 

 

4球目、ここもストレート。

内角低めのボールをカットしに行き、ファールにする。

 

 

5球目、外角高めのストレート。

これも振り遅れてファール。

 

 

6球目、真ん中高めに外れるストレート。

恐らく釣り球だろう、ここは我慢しきって見送り。

 

これによってカウントは並行カウントとなる。

 

 

 

(さーて。粘る打者にそろそろ変化球使いたくなるんじゃないの。)

 

 

 

7球目の低めのストレート。

これもカットして、カウントは継続。

 

そろそろ球数も嵩んで、空振りを奪いたいところ。

 

 

うーん、見逃すのが一番効果的な気がするけど。

 

ストレートと擬態させている速い変化球。

これを見切っているとアピールするのが、相手としてはかなりのダメージになる、と思う。

 

 

事実俺がそうだから。

ストレートに近い振らせる軌道のボールを見送られたとき、少なからず動揺は生まれる。

 

特に選択肢が少ない、投手なら。

 

 

 

そろそろスプリットか。

待っていた8球目。

 

ごちゃごちゃ考えるな。

 

 

変化球に反応する目も反射神経も。

それを対応できるぎじもある。

 

 

たしかに余裕を持って見送るのが、1番ダメージがでかい。

 

しかし。

 

 

 

(生憎、そんなにいい選球眼()は持ち合わせていない…!)

 

 

 

真ん中低めのスプリット。

ボール球のこれを上手く合わせてセカンド頭上。

 

内野を越えてライトの前に打球を運び、クリーンナップに繋いだ。

 

 

明らかに表情を変えるバッテリー。

 

高々決め球を狙い撃ちしただけだろ。

それだけでこんなにコロコロ表情変えてちゃ、話にならないぞ。

 

 

 

なんてったってこのあとは。

俺より怖いバッターが、ゴロゴロいるんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード190

 

 

 

 

初回、続く小湊がセンター返しで先制点を奪うと、ランナー二三塁の場面。

 

4番の御幸は歩かされるが、続く白州がタイムリーヒットを放ちさらに2点を追加する。

 

上位打線の連打で早速3得点を奪うことに成功。

 

 

このいい流れでマウンドに上がるのは、今日先発の沢村である。

 

 

 

「やるべきこと、整理はできてるか。」

 

「高めに強いストレート、あとは低めからボールに外れる変化球の使い方ですね。」

 

「OK。それくらいシンプルでいい。迷わずお前の長所を生かしていけば、それほど苦労する相手じゃない。」

 

 

今大会初先発。

というよりは、夏の大会で初めての先発のマウンド。

 

しかし硬くなってる様子は無い。

 

 

まあ、肝っ玉は座ってるからな。

心配をする方が、失礼か。

 

 

 

「らしくいけよ、沢村。」

 

「はい、夏輝さん!」

 

 

ポンと軽く背中を叩き、それぞれの守備位置へ向かう。

俺はセンターへ、沢村はマウンドへ。

 

そしていつも通り。

 

彼特有の掛け声が、グラウンドに響き渡った。

 

 

 

「空は晴天、雲ひとつない綺麗な青空の元、多くの人の支えもありここで野球ができます!一戦一戦、全力投球で望んでいこうと思いますので、バックの皆さん、今日もよろしくお願いします!」

 

 

「いい声出てる。」

 

「1つずつね、栄純くん!」

 

「後ろは任せろ!」

 

 

沢村の言葉に各々が反応する。

そして俺は、中堅手から沢村の投球を見届けた。

 

 

やることさえやれば、そう簡単に打たれる投手じゃない。

 

強いストレートと、同じような軌道から変化する速い変化球。

できることなら、試せるものも試したい。

 

 

でもまずは、欲張らずに。

 

 

まずは先頭。

初球外角低めのストレート。

 

134km/h、しっかりと制球されたボールはストライクゾーンいっぱいに決まる。

 

 

2球目、今度は高め。

 

アウトハイに136km/hのキレのあるストレート。

これもまた打者は見逃し、早くも2ストライクと追い込む。

 

 

(高めは見送るか。目付けなのか、完全に低め狙いなのか。)

 

 

どちらにせよ、好機。

沢村の状態もいいし、そのまま押し切れば。

 

流れは完全に掌握できる。

 

 

(俺を超えたいんだろ。なら、ここは押しどころだぞ?)

 

 

頼れる、そして身近に成長を見届けてきた後輩。

それでいて、エース争いをしたライバル。

 

原石は磨き抜かれ、煌びやかな宝石が顔を出し始めた。

 

 

まだデカくなるのは、わかっている。

それでも。

 

見せてみろ、今の輝きを。

 

 

 

『ここは3球勝負、内角高めのストレートは138km/hで空振り三振です!』

 

 

投げ終えた勢いで、弾むように左足を振り上げる。

それを見て、俺は自然と口角が上がるの自覚していた。

 

 

なんて事ない、1球かもしれない。

 

しかし、そのストレートは。

キレも角度も、そして力も。

 

正に欲しい所に、要求通りの完璧なボールだった。

 

 

 

 

さて、まずは先頭打者を完璧に捩じ伏せた沢村。

 

低め狙いで強振してくる打者に対して、真っ向勝負で抑えることができたのは大きい。

 

 

相手も流石に迷うことは無いだろうが、少なからず動揺はしているはずだ。

 

続く2人目の打者。

先程のストレート押しが効いていれば、他のボールもまた生きてくる。

 

 

寧ろここから先が、沢村の真骨頂。

 

キレのあるストレートを左右に散らしながら、同じようなスピードと軌道で独特な変化をするボールを振らせる。

幅広く、どんな打者でも柔軟に対応できるピッチング。

 

 

まずは同じくアウトハイのストレート。

それを見送って、1つめのストライクをとる。

 

そして2球目。

 

今度は、相手が狙いの低め。

外角低め、少し内に入った甘いボール。

 

 

打者も狙いのこれを強振するも、バットは空を切る。

 

 

何故なら、沢村の投げたボールはバットの僅か下。

手元でかくんと、利き腕側に落ちた。

 

彼の決め球の1つであるスプリーム。

速い速度でシンカー気味に、ツーシームとスプリットを足して2で割ったような変化をするボール。

 

これを振らせて、早くも2ストライクで追い込んだ。

 

 

 

早い変化球で追い込んだ3球目。

 

先ほど先頭を切ったボールと同じような直球。

 

 

インハイに抉りこむようなストレートは、完全に打者を詰まらせる。

 

詰まった打球は、サード正面。

金丸が軽快に捌いて、2アウト目を奪った。

 

 

 

最後の打者は、クリーンナップの一角。

 

このチームで特にスイングが鋭い打者であり、一発も警戒しなくてはならない打者である。

 

 

しかし、方針は同じ。

なら、攻め方も対応されるまではとことん続けていい。

 

特にそれが、相手のウィークポイントなら、なおさらな。

 

 

ここまで続けてやられているのが、高めのストレート。

追い込まれてからのこのボールに対応できていない。

 

 

なんとかまずは、このボールをなんとかしなくてはならない。

 

 

そう思ってきたころだろう。

しかしうちの沢村は、そう簡単にはいかない。

 

 

初球の速球に狙いを澄ました打者。

彼が目にしたのは、ストレートとかけ離れた緩いボールであった。

 

 

『初球、チェンジアップは空振り!』

 

 

速いボールだけではない。

この遅い球が、打者のタイミングを外す。

 

外の低めに決まったチェンジアップをまずは振らせて、空振りを奪う。

 

 

 

2球目は、それと相対するボール。

内角高めのストレートを投げ込み、カウントを稼ぐ。

 

打者もこの緩急に翻弄され、振り遅れてファール。

 

 

早くも2ストライク。

そして、打者もまるでタイミングが合っていない。

 

 

続く3球目。

今度は外角高めのボール。

 

僅かに外れているこのボールを相手は見逃し、1ボール2ストライク。

 

 

 

ラストボール。

最後に御幸が選択したボールは、カットボール改。

 

スライダーよりも遥かに打者の近くで。

そしてカットボールよりも大きな変化量の彼特有のウイニングショット。

 

 

追い込まれてから投げられれば、対応できない。

 

敢えて高めに投げ込まれたこの誘い球を振らせて、空振り三振に切ってとった。

 

 

「おーしおしおし!おしおしおーし!」

 

「るせぇ!」

 

 

マウンドから走りながら声を上げる沢村。

 

そしてそれにツッコミを入れるように、蹴りを入れる倉持。

 

 

 

しかしそれにしても、完璧に近い立ち上がりだった。

キレのあるストレートを軸に制球しながら、多彩な変化球で打者に的を絞らせない。

 

降谷のような、圧倒的な力ではない。

しかし高い水準で纏まりながら唯一無二性も持ち合わせた、好投手。

 

 

どちらも、天才。

そして、これからもっと輝きは増していく。

 

 

 

 

 

2回の表。

初回の勢いのまま、先頭の倉持のヒットからチャンスメイク。

 

小湊のタイムリーヒットと御幸の2ランホームラン、降谷の2点タイムリーツーベースなどで5点を追加する。

 

 

沢村も2回以降、安定したピッチングを披露。

際どいコースに集めながら、決めるところで高めのストレートで空振りを取っていく強気な投球。

 

特に制球も荒れることなく、御幸の要求から大きく外れるボールも無かったことが、沢村の状態の良さを表していただろう。

 

 

それは、完全に投球内容にも、結果にも顕著に出ていた。

 

3回までのアウト9つに対して、打者9人。

つまり、パーフェクトピッチで一巡を終える。

 

 

 

そして4回。

この大会初、遂に俺がタイムリーを放つ。

 

交代したサイドスローのエースのカットボールを上手く捉えてライトの横。

フェンス手前まで飛んだ打球での長打でタイムリーツーベースで、コールド圏内となる10点目を奪った。

 

 

 

4回裏。

ここから予定通り、ノリがマウンドへ上がる。

 

 

中々登板機会に恵まれなかった彼だが、やはり信頼の置ける男。

ピンチでも開き直って投げることができ、何よりコントロールが良いから大崩れしにくい。

 

メンタルが弱いと散々言われてきたが、2年生たちの台頭と最後の夏への覚悟からか、大きく成長してきた。

 

 

(目に見える進化は少ないかもしれない。でも、本当に信用出来る投手になってくれた。)

 

 

 

低めのストレートと、スライダー。

そしてシンカーを集めてカウントを稼ぐ。

 

追い込んでからは低めから変化するボールで振らせる。

 

左打者に対しても角度のあるインコースのストレートや外から落ちるシンカーで差し込みに行くピッチングを展開。

 

 

打者3人に対して、三振2つを含む三者凡退。

 

特に3番に対しては外のスライダー2球で追い込んだ後の、高めのストレートでの3球勝負。

 

 

浮いたのでは無い。

意図して投げ込んだ、力の籠ったインコース高め。

 

昨年まではやらなかった攻めで、クリーンナップを捩じ伏せてみせた。

 

 

 

「ナイスピッチ、後ろから見てもいいボールだった。」

 

「ほんと?」

 

「一也と違って嘘は苦手な方だよ、俺は。」

 

 

マウンドから降りたノリの背中に、ポンとグローブを当てる。

 

 

まあ、事実である。

御幸は捕手というポジションである以上、どうしてもその場での最善を選択しなければならない。

 

多少の嘘を絡めながら本人の良さを引き出すこともある。

 

それは捕手として、必要なことだから。

 

 

(半分、性格の悪さもあると思うけど。)

 

 

そんなことは心の中に留めておく。

 

 

 

 

そして、5回表

川上の代打で出てきた由井のタイムリーで追加点。

 

全く攻撃の手を緩めずに更に2点。

 

 

 

12-0で迎えた裏の守り。

ここで3点以上取らなければ5回コールドとなってしまう場面。

 

何とか反撃の糸口を掴みたい。

いや、せめて一矢報いたいという法兼に対して。

 

 

(やるな、沢村。それにノリも。)

 

 

ベンチに置かれたグローブ。

この前の回まで付けていたグローブを置き、もう1つのグローブを嵌め直す。

 

先程までの、少し長めのポケットの深いグローブではない。

 

投げるのに特化した、橙色のグローブ。

 

 

ベンチの階段をゆっくりと上がり、帽子を被り直す。

少しばかり気持ちを整理するように。

 

ここまでは野手としてプレーしていたから。

 

最後は投手として。

何よりこの青道のエースとして、相手チームにも最大の敬意を払う。

 

出し惜しみは、しない。

 

 

踏み荒らされたマウンドを少し足で慣らし、プレートの上に立つ。

 

やることは、変えない。

いつも通り、内容を整理して。

 

何より、俺の俺らしさを全面に出して。

 

身体も、心も。

何もかも全開で、いく。

 

 

息を吐き、俺はゆっくりと目を開く。

 

 

「分かってるな。」

 

「あぁ。攻め方は理解しているつもりだ。」

 

 

小さく御幸が頷く。

そして手渡されたボールを右手に握り、グローブを前に出した。

 

 

「何事もなく終わる。だけど、それだけじゃダメだ。」

 

「あくまで、この先も見据えて、な。調子の確認と現状の状態の確認。使えるボールは全部投げたい。」

 

 

 

打順は、4番から。

このチームで最もシャープなスイングをする、強打者。

 

しかし攻め方は、変えない。

 

 

強気で。

それでも、乱雑ではなく。

 

 

まずは、狙っているであろう外角低め。

そこから急激に落ちるツーシームを振らせて、1ストライク。

 

 

やはり狙いは低めのストレート一点狙いか。

 

特にコントロールがいい投手には、リスクを最小限にする為に低めを投げてきたところを強振して打ち込むというのが彼らの戦い方なのだろう。

 

 

(1発狙いというのは悪くは無いが。)

 

 

当たらなければ、そう怖くない。

 

 

2球目。

今度はインコース膝元。

 

ズバッと決まったこのボールに審判の手も上がり、2ストライクと早くも追い込んだ。

 

 

(低め狙いでも、手が出ねーよ。)

 

(追い込んだぞ。最後の攻めは、お前に任せる。)

 

(んじゃ、ここ。)

 

 

御幸が構えたコースは、真ん中高め。

 

思わず眉間にしわが寄るのを自覚し、すぐに戻す。

 

 

(4番だけど。)

 

(大丈夫。もう目線は下がってるよ。)

 

(まあ、いい。お前が言う最善なら、応えるだけだ。)

 

 

危険なコース。

それも、相手はチームで最もスイングが鋭いバッター。

 

もっと厳しく、それにもっと球数を使ってもいいかもしれない。

 

 

しかし、ここで攻めてこそか。

 

 

 

(悔いすら、残させん。)

 

 

 

最後はギアを入れたストレート。

真ん中高めから吹き上がるように加速する、136km/hのボールはバットを掻い潜り、御幸のミットに収まった。

 

 

投げた勢いそのまま、身体を半回転。

 

流れのまま、マウンド横に置かれたロージンバックに手を当てる。

 

 

 

(まず、1つ。)

 

 

 

打たれない自信は、ある。

しっかりと抑えられるほど力の差はあることを自覚しているし、出来て当然なのはわかっている。

 

 

しかし、それでも。

内心ほっとしながらも、毅然として己の人差し指を立てる。

 

そのサインに御幸も小さく頷き、声を上げた。

 

 

「OK!ワンナウト!」

 

 

ロージンが余分に付いた指先に、フッと息を吹きかけて飛ばす。

 

マウンド上に仄かに舞う粉塵が、宙に消える。

それを確認して、俺は再び御幸へと視線を戻した。

 

 

白球を握り、御幸のサインを覗き込む。

出されたものは、先程まで一度も出されなかったサイン。

 

それに頷き、俺はグローブを胸元へと上げた。

 

 

(迷わせる。ストレート狙いなら、まず前に出されるはず。)

 

 

初球、外角低めのチェンジアップ。

ストレートと同じ腕の振りから放たれる、特に変化のない遅いボール。

 

そのコースのストレートを狙っていた打者のバットは完全に回り、空を切る。

 

 

2球目、同じコースにストレート。

分かっていても、一度見てしまった緩い軌道。

 

それと相対する速いボールについていけず、振り遅れてファールとなる。

 

 

 

3球目。

外角低めのストレート。

 

僅かに外に外したこのボールは見送られ、1ボールとなる。

 

 

(我慢したか、流石。)

 

 

最後の意地か。

でも、余計に粘られても面倒だ。

 

出し惜しみは、しない。

 

 

(ここで終わらせる。)

 

(あぁ。)

 

 

最後はインハイ。

胸元のストライクゾーンからボールゾーンに変化する、ジャイロのカットボール。

 

ストレートと同スピード、同軌道から急激に伸びながら曲がる、俺の俺だけの変化球。

 

このボールを振らせて空振り三振。

 

 

打者も何を振らされたか分からないといった様子。

やはり初見じゃ、中々捉えられないな。

 

 

(それだけ、あの試合の轟の最終打席は研ぎ澄まされていたという訳か。)

 

 

でも、今は目の前の相手。

余計なことは、考えなくていい。

 

そう言い聞かせて、俺は最後の打者と相対する。

 

 

 

初球、外のギリギリ外れるカーブ。

相手もこれを我慢して見送り、まずは1ボール。

 

続く2球目。

外角高め、力を入れたストレート。

 

これはアジャストされることはなく、ファールで1ストライク。

 

 

 

 

(見ているんだろ、どこかで。)

 

 

息を吐き、全身を捻転させる。

 

来るべき決戦の相手。

そして、その前に立ち塞がる難敵。

 

 

最早、語るまい。

 

態度で。

投球で。

 

俺の全てを、見せつける。

 

 

3球目、インコースの膝元一杯のストレート。

ギリギリ決まったコースに審判の手も上がり、打者も顔を顰める。

 

 

(大野夏輝を、青道高校を。)

 

 

御幸から出されたサイン。

頷いて、モーションに入る。

 

 

(待っていろよ、天才ども。勝つのは俺だ。俺たちだ。)

 

 

最後は135km/h、外角低めのストレート。

 

強いスピンの効いた伸びのあるストレートで空振り三振を奪い、俺は拳を握りしめた。

 



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エピソード191

 

 

 

『最後は外角低めのストレート!沢村、川上と続き最後はエースが締め括って5回コールド、圧倒的な投手力を見せつけて青道高校、準々決勝進出!』

 

 

小さくガッツポーズを作るマウンド上、大野。

 

そして歩み寄った御幸とハイタッチをすると、その強ばった表情を解いて笑みを浮かべた。

 

 

 

「5回パーフェクト、何気に凄いことやってんのよ。」

 

 

煩わしいマスクを外し、御幸がそう呟く。

しかし対して大野は、その結果が当然と言わんばかりに冷静に答えた。

 

 

「向こうもこんなにガッツリ高めを攻められるとは思っていなかっただろうし、2度目やればこう上手くはいかん。」

 

「んなことは分かってるよ。でも、2度目は無い。」

 

 

一度負けてしまえば、次は無い。

 

それが夏の怖さであり、最後の大会の怖さ。

俺たちにも言えることであり、対策できなかった相手が悪かったと言えばそれまでである。

 

 

「それに、褒められるべきは沢村だ。あそこまで完璧に試合を作ったのだからな。俺と、それにノリもそれに乗じたに過ぎない。」

 

「試合中はノリに優しくしてた癖に。」

 

「事実を言っているまでだ。本人にも言ったが、俺はお前と違って嘘が得意じゃない。」

 

 

はいはいと、ため息混じりに御幸が答える。

 

しかし、実際この試合のMVPは間違いなく沢村。

 

初回から相手のやりたいことを尽く潰していき、弱点を完全に突いていた。

 

 

当たれば、怖い。

しかし限りなく、当たらないように対処できていた。

 

高めの強いストレートと低めの変化球。

 

降谷にはない、沢村の安定した制球力と投球幅のなせる技。

 

 

贔屓目で見ているせいかもしれないが、今都内で成宮に次いで質の高いサウスポーではないかと、大野は感じていた。

 

 

「あの投球スタイルは今後の沢村の進む方向性として間違っていないと思う。あれが確立して地力が増せば、いずれは成宮と肩を並べるくらいにはなる気がするよ。」

 

 

ベンチに戻りそんな事を言っている大野。

そんな彼が沢村に声をかけに行ったのを確認すると、御幸はまたもため息をつき、横にいた落合に視線を向けた。

 

 

「ですって、コーチ。」

 

「あいつは若干天然が入っているよな。自己肯定感が低いのもあるが。」

 

 

何を隠そう、沢村の現在の投球スタイル。

 

高い制球力で、特段球速は速くないがキレのあるストレートをコースに集めつつストレートに近い軌道とスピードの変化気を操る。

 

決め球はチェンジアップと、高速で大きく変化するカットボール改、そして高速で手元で大きく落ちるスプリーム。

 

 

沢村も真似て、という訳では無い。

しかし少なからず参考にした部分と意識していた部分はあった為、沢村自身も明確な目標地点として大野の姿を映していた。

 

 

 

それ以上に、沢村の描いているエース像は、正しく大野夏輝の姿なのだ。

 

毅然とし、勇敢に。

そして強気でありながら、丁寧に。

 

仕事のようにある時は淡々と。

そして何とか流れを変えたいときは、ド派手に。

 

チームが消沈していれば、その背中で鼓舞する。

 

 

何より、大事な局面を押さえ込んで吼える姿は、感情を全面に出す沢村にとってあまりにわかりやすく、格好良かった。

 

 

 

 

無論、細かい能力で言えば違いは沢山ある。

 

分かりやすいところで言えば左右の違い。

それに純粋な縦回転、所謂オーバースローの大野に対して若干スリークォーター気味の沢村。

 

若干アーム気味の大野よりも、柔らかい肩関節を生かした出処の見えにくいフォームの沢村の方が、球持ちがよく相手もギリギリまで目付けがしにくい。

 

 

しかし、それと比べても余りある大野夏輝という凄さ。

 

怪童と称されるストレートの質も、針穴を通すと言われる制球力も。

それに多種多様な変化球とそれぞれの精度で言っても大野に軍配が上がる。

 

それ故に大野がエースであり、全国でも指折りの投手でもあるのだ。

 

 

 

(最近はめっきり言うこと無くなっちまったな。嬉しいような寂しいような。)

 

 

そしてすぐ、自分の中で感じたこと無かった感情に落合は自身で驚きを隠せなかった。

 

 

今までは勝ちを第一に、それでいて投手はある種自分の育てた駒として考えている節があった。

それこそドライに、あまり情を入れることも多くなかった。

 

 

(中々俺も、自覚以上に感情が揺れ動くらしいな。)

 

 

尤も、それは大野という投手の存在によって変わったというのは落合自身も理解していなかった。

 

 

 

「だが、トントン拍子にコールド出来るのもここまでだな。」

 

「ええ。ここからベスト8、相手も確実に強くなる。エース格もプロに目を付けられるような好投手ばかりですからね。」

 

 

次の相手の創成。

そして市大三高と、稲実。

 

各所で順当に勝ち上がってきている強豪校。

 

そこを勝たねば、甲子園の舞台は見えてこないのだ。

 

 

 

「楽な相手なんて、ここまでだっていなかったですよ。」

 

 

みな、信念を持って。

最後の夏に賭けてきていた。

 

強い気持ちを持つ選手たちは、最後まで何を起こすかわからない。

 

だからこそ、油断もできなければギアをあげている場面も多々あった。

 

 

そう付け加えて、大野は少し乱れた前髪をかきあげた。

 

 

 

「試合、見にいくぞ。この後創聖の試合だろ。」

 

「わあーってるって。」

 

 

創聖学園。

堅牢な守備と高い攻撃力、そして毎年質の高い投手を輩出するベスト8常連の強豪校。

 

ここまでの試合も2試合連続でコールドで勝ち上がっている。

 

 

キーマンは間違いなく、この2人。

 

まずはエースの、柳楽。

最速146キロのストレートと大きく落ちるツーシーム、所謂創聖ツーシームと呼ばれる変化球を投げる本格派の右腕。

 

 

ストレートも非常に質の良いボールを投げており、特に手元で落ちるツーシームと相まって投げ分けた際の軌道のギャップが大きい。

コントロールもよく基本ゾーンで勝負するため、球数少なく強気に攻めることが多い。

 

そのため、高い制球力を活かしつつ、速さも近く質の高い2球種の投げ分けが彼の持ち味である。

 

 

「軌道はツーシームってよりはスプリットっぽいな。」

 

「俺と比べたらな。縦の要素が大きくて、ストレートと若干の球速差がある。」

 

 

試合を見ていた白州がそう言う。

 

確かに大野に比べると、どちらかというと変化はフォーク系というか、縦の変化球に近い。

まあ実際、彼のツーシームがあまりにおかしい軌道をしているだけなのだが。

 

 

 

 

「奈良って確か東京選抜に来てたんだよね。」

 

「上手かったぜ。守備もそうだけど、打撃もパンチ力あって。ポジショニングが結構面白くてさ、かなり大胆にとったりもしてたな。」

 

 

もう1人のキーマンは、4番セカンドの奈良。

 

東京選抜に選ばれるほどの実力の持ち主であり、走攻守揃った内野手。

 

 

打撃ではシャープなスイングから放たれる鋭い打球を量産。

 

さらには走塁技術、走力もかなり高いため足を使った攻めもできる。

 

 

特筆すべきは守備。

セカンドの名手といえば、先日対戦した八弥王子の川端。

 

彼が華やかで派手な守備と形容するならば、奈良は堅実で地味な守備。

 

凄さは分かりにくいかもしれないが、確かに広い守備範囲。

それは、大胆な守備シフトや球際の強さなんかがそれを表している。

 

 

 

 

試合は、大方の予想通り創聖ペースで進んでいく。

 

序盤から先発の柳楽が好投。

低めのストレートとツーシームの出し入れで打たせつつ、時折見せる高めのストレートで空振りを奪う。

 

 

(キレがいい。特に指にかかったストレートは。)

 

 

球速としては、140キロ前後。

確かに速いのだが、それ以上にキレがある。

 

おそらく体幹の速度とホップするような軌道は傍目で見るよりも感じると思う。

 

 

そんなことを考えながら、大野は右手を顎に当てた。

 

 

「低めの見極めに関してはやっぱり、実際に見てみないとわからないな。特にツーシームに関しては独特な変化するだろうし、こればかりは試合中に対応するしかない。」

 

 

 

この柳楽が7回を投げて1失点と試合を作る。

 

野手も中盤にかけて得点を重ねていき、9−1の7回コールドで試合を終了させた。

 

 

 

「決まったな、準々決勝。」

 

 

試合が終わり、大野が立ち上がる。

それに合わせて他の選手も立ち上がる。

 

 

出揃った、ベスト8。

 

ここから戦いの舞台は、神宮球場へと移る。

 

 

 

 



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エピソード192




ちょっと遊びたくなりました。





 

 

 

 

 

「サラッとあれだな。俺らの試合よりも面白そうなカードが多いな。」

 

 

創聖との試合を控えた俺たち青道高校。

 

俺も次の試合に向けてバットを振っていると、御幸がそんなことを言っていた。

 

 

「確かに。隣のブロックでは市大三校と仙泉。反対側では稲実と成孔か。」

 

 

後者が、特に。

超強力打線の成孔に対して、相手は世代最強左腕の成宮。

 

最強の矛と盾。

 

どれだけ緊迫した試合になるかは、見ものだな。

 

 

「そんなことより目の前の試合…と言いたいところだが。正直、俺も気になる。」

 

 

だって、面白そうだもん。

そこまでは言わなかったが、御幸の言葉に肯定するように頷いた。

 

 

「だろ?」

 

「だが、試合の後でいい。それに今は、創聖。そのあとも市大三校も待っている。」

 

 

とてもそっちに、思考は避けられない。

そもそも俺たちは横綱相撲をする気はない。

 

常に攻撃的に、そして攻めの姿勢で。

 

まずは目の前の試合。

 

投手運用や選手起用、今後のことは監督と落合コーチが考えているはずだ。

 

 

だから俺たちは、ただ一つ。

目の前の倒すべき相手に、集中する。

 

 

 

 

「奥村と大野、お前たちは明後日の神宮での試合を見に行ってこい。」

 

 

御幸と話していたのも束の間。

監督から。そんなことを言われた。

 

 

「これから投げ合うエース、明日の試合で必ず投げるはずだ。お前はエースとして、肩を並べている投手たちを直に見てこい。」

 

 

なるほど。

まあ実際俺は先発しないだろうし、1日肩を休める日としていいかもしれない。

 

それにしても、三高の天久はわからないが、稲実は確実に成宮が投げるはず。

 

相手はあの成孔だからな。

ここで出し惜しみしていれば、十分喰われる可能性もある。

 

 

あの強豪打線にどう成宮が投げ切るか。

 

それに気になるのは。

握りを改良して大きく沈むようになったチェンジアップ。

 

そして、恐らく。

 

 

(何かしらの隠し球は、あると思うんだよな。)

 

 

成宮が現状使っている決め球は、主に3つ。

スクリュー回転で大きく沈む魔球チェンジアップと、切れ味鋭く滑る大きなスライダー、そしてフォーク。

 

あとたまにカーブを投げているくらいか。

 

でも、去年のチェンジアップ同様、何かしら武器を隠している可能性がある。

それを見ることができれば、上々かな。

 

 

「わかりました。行かせて頂くからには、必ず収穫は持って帰ってきます。」

 

 

俺が返答すると、監督は大きく頷く。

そして付け加えるように、監督は奥村を見て言った。

 

 

「奥村。お前は渡辺と一緒に細かい分析を頼む。捕手ならではの視点で見ることができるのはお前しかいない。頼むぞ。」

 

「分かりました。」

 

 

おお、なるほどね。

俺は本当に、その投手たちを感じてこいってだけか。

 

監督がそれを許してくれるなら、俺もそうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

夜が明けて、次の日。

 

3日後に控えた創聖の試合に向けて、柳楽対策をしたいところ。

 

 

140キロ前後で、コントロールが良くて、決め球がツーシームの右腕。

どこか聞き覚えのあるこの特徴。

 

 

「球速を盛るな。」

 

「バレたか。」

 

 

まあ確かに。

俺の球速は、平均130キロ前後。

 

というより、最近ようやく130キロを超えてきた。

 

 

最速というか、力を入れた時は140を超えることもぼちぼち出てきたが、先発である以上、ずっと全速力で走るわけにはいかない。

 

マラソンで全速力でダッシュする人がいないように、先発は長いイニングをある程度の力を持たせなくてはならない。

 

 

まあ球速は少し落ちるが。

実戦でできる方が、マシン打撃よかいい練習になるだろう。

 

 

「しゃあねー。じゃあキャッチボールするか。」

 

 

御幸がそう言ってキャッチャーミットを用意する。

何してるの?

 

 

「お前は4番だろ。打撃の軸がやらんでどうする。」

 

「まじ?」

 

「ストレートとツーシームなら奥村も十分取れる。」

 

 

 

ということで、経験も兼ねて奥村とバッテリーを組む。

 

まあ投げるのはストレートとツーシームだけ。

あとのリードは、奥村に完全に委ねている。

 

 

「基本クイックだよね、柳楽のフォームは癖ないし。」

 

「いえ、あまり深く考えなくて大丈夫です。大野先輩はいつも通りで。そのほうがきっといい練習になります。」

 

 

あら、そう。

ならお言葉に甘えて。

 

リードも2軍の試合見てた感じ結構面白いリードするし。

 

特に沢村と降谷をリードしていた時、かなり強気なリード。

つまり御幸に結構近いような配球をしていた。

 

 

「沢村と御幸がお前のことを散々オオカミ小僧って言っていたが、案外普通じゃないか。」

 

「あの2人のいうことは信用しないでください。」

 

 

そう言って表情を歪める。

あー、こういうところね。

 

なんとなく近寄りがたい雰囲気を、意図して出している感じ。

 

過去に何かそういう経験があったのか。

そんなことは聞いても仕方ない。

 

 

「リードは任せる。俺はお前が要求したところに投げ込む自信はある。」

 

「よろしくお願いします。」

 

 

そして俺がグローブをつけた左手を肩の高さまで上げる。

 

すると奥村は目を見開いて一度固まる。

そしてすぐに、俺のグローブに向けてとんとミットを当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大野が投げんのか、珍しいじゃん。」

 

 

バットを両手で持ちながら屈伸する倉持が、そう洩らす。

 

実戦形式のシート打撃。

そう指示をされた為準備をしながら、マウンドに上がる大野に視線を向けた。

 

 

「右で落差の大きいツーシーム。それにコントロールもいい柳楽対策だ。本人も投げる気でいたからな。」

 

 

腕を組み、これを企画した片岡がそう言った。

 

柳楽のツーシームは、大野のそれに比べると速度も遅く、縦の変化が大きい。

しかしこの高速変化に慣れておくだけでも少し変わってくると思ったからだ。

 

 

「それで、明日試合見に行かせるようにしたんですね。」

 

「あぁ。アイツのことだ、練習で投げただけだと言って次の日もブルペンに入りかねないからな。半強制的に休ませる。」

 

 

よく無理をする選手。

それは、昨年の夏からよくわかっている。

 

 

「さあ、やろうぜ。言っておくが、まるで打たせる気はないからな。」

 

 

マウンド横に置かれたロージンバックを右手に乗せて、トントンと揺すりながら大野は不敵に笑う。

 

 

「ヒャッハー。やる気満々じゃんか。真剣勝負といこうぜ。」

 

「ハナからそのつもりだ。」

 

 

右手に乗せていたロージンバックを落とし、指先についた余分な粉を吹き飛ばす。

 

そして、覗き込むようにして前屈みに奥村のミットへ視線を向けた。

 

 

(さて、と。どうする?)

 

(球種を指定されている以上、わかりやすく攻める必要はありません。ここは押さえ込みに行きましょう。)

 

(そう言ってくれて嬉しいよ。)

 

 

実戦形式の練習とはいえ、折角チームメイトと対戦できる機会。

 

それも相手は、強打と名高い青道。

選抜でもその得点力の高さで優勝まで上り詰めた、強打のチームだ。

 

仲間とはいえ、強い相手と戦える喜び。

 

それは、変わらない。

 

 

(左バッターですが、バットコントロールは極端に良いわけじゃありません。ここは外の出し入れで。)

 

(OK。見せ球で内は使った方がいいと思うが。)

 

(いえ、変に詰まって内野安打も有り得ます。しつこく攻めてみましょう。創聖もそういう配球をしてくるかもしれません。)

 

(なるほど。そういう事なら。)

 

 

まずは外、ストレート。

状態の良い大野の、吹き上がるような真っ直ぐがストライクゾーン一杯に決まり1ストライク。

 

 

「遠く見えるけど、やっぱ入ってんだ。」

 

 

思わず倉持が洩らす。

 

あまりの、際どいコース。

普通ならボールと言われても仕方ないようなコースだが。

 

これもまた、奥村のキャッチングのセンスと大野の精密機械ばりのコントロールの賜物である。

 

 

(いい反応。)

 

(そうですね。次はここで。)

 

 

2球目、またも外低めのストレート。

1球目よりも少し内に入っているが、決して甘くは無い。

 

先程よりも内、それこそさっきのストレートでも外いっぱいに入っている。

 

 

倉持もここを振りに行くが、ボールは急激に失速。

 

さきほどのフォーシームとは違いノビがない。

振り抜いたあとに、倉持は思わず目を見開いた。

 

 

(こんなに速えのか。まじでストレートにしか見えなかった。)

 

 

コース然り、軌道然り。

特にスピード感とボールの軌道はまるでストレートそのものであった。

 

 

通りで、強打者がきりきり舞いにされている訳だ。

 

こんなにも速さと軌道は近いのに、最終地点は全く別なのだ。

 

 

ストレートは伸び上がるように。

ツーシームは途中で失速して逃げるように大きく落ちる。

 

 

(さあ、決めるか。それとも餌を撒くか。)

 

(決めましょう。わざわざ間を開ける必要はありません。)

 

 

なにより貴方はその方が燃えるでしょ。

そう心の中で呟き、奥村は己のミットをコースに構えた。

 

 

(ほう。)

 

 

奥村の構えたコースは、外角高め。

 

ここまで低めで攻めていただけに、大野は眉を顰める。

それと同時に、見慣れたそのリードに思わず口角が上がった。

 

 

(思い切る。)

 

(遊び球はいりません。ここは押し切りましょう。)

 

(分かっている。)

 

 

ノーワインドアップから身体の正面を三塁側へ向ける。

 

そしてそのままゆっくりと腰を捻転。

ある地点まで到達するとそこで一瞬制止。

 

身体を大きく振るい、左足を踏み込む。

 

若干アーム気味で振るう腕。

出処の見えにくさを犠牲にしてより、兼ねてより弱かった肘を、怪我をしにくく、更には強いボールを投げ込むことに振り切った。

 

 

そのフォームから繰り出された速球は風を切り、高めから吹き上がりながら伸びるストレートを生み出す。

 

力の乗ったストレートは、倉持のバットを軽くすり抜けた。

 

 

「言ったろ。まるで打たせる気はないとな。」

 

 

実戦形式の、練習。

緊迫感の走ったこの時間は、まだ始まったばかり。

 

 

 

 

 



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エピソード193



少し遊びたくなってしまいました。



 

 

 

 

「後ろで見るよりもすげえぜ。」

 

 

空振りの三球三振で切って取られた倉持は、続けて打席に向かう白州にそう言った。

 

その光景はまるで、試合中に投手の情報を伝える様子そのもの。

 

 

グラウンドに緊張感が走る。

試合さながら、白州は大野を見据えて打席に入った。

 

 

(2番は白州先輩です。選球眼がいい故に、初球は見るはずです。入れましょう。)

 

(ただ、甘く入ればファーストストライクから振ってくる。)

 

(はい。では、ここを攻めましょう。)

 

 

初球、大野と奥村で選択したのはフロントドア。

 

インコースのボールゾーンからストライクゾーンギリギリの中段に入るツーシームで、ファーストストライクを奪った。

 

 

(この軌道で入ってくるか。)

 

 

変化量が多い。

特に縦の要素だけでなく、シンカー系の横の変化要素があるのが厄介だ。

 

尤も、柳楽のツーシームはどちらかというと縦の変化が大きいため、フロントドアやバックドアのような外から入れてくる芸当はあまりやって来ないのだが。

 

今はお互い、目の前の対戦に集中している為、大して気にしてはいなかった。

 

 

 

2球目もツーシーム。

今度は外の低めからボールゾーンに逃げる、所謂空振りを奪いに行くボール。

 

これを、バッテリーの思惑通り白州は空振った。

 

 

(続けてきたか…!)

 

(簡単にストライクは取りにいけないからな。お前ら3人には、最大の警戒をする。)

 

 

3球目、胸元を抉るストレート。

 

先の2球とは違い、変化はない。

しかし手元で浮き上がるように加速する、綺麗なストレート。

 

さらに言えば、初球と同じようなコース。

 

ツーシームなら入っているし、ストレートなら外れている。

似たような軌道と速度でこう投げ分けられてしまえば、ボール球だとわかっていても手が出てしまうものだ。

 

 

つまり、いくらスイングがシャープな白州でも想定していなければ、バットが出てしまうということだ。

 

 

「っち!」

 

差し込まれた打球は、ショート正面。

 

完全に打ち取っており、弱い打球をチャージした瀬戸が上手く捌いて一塁の山口へ送球。

 

足の速い白州もこれは間に合わず。

ここはボール球を打たされてショートゴロにされてしまった。

 

 

「いいじゃん。上手いね瀬戸。」

 

「無難な打球なら、ミスできませんって。」

 

 

メンバー選考前から、徐々にショートコンバートを進めていた瀬戸。

 

元々は俊足のセカンドとして入学して来たのだが、その高い打球判断力と守備力を買われて、この夏は代走の切り札や守備固めでの起用も念頭に置かれ、ショートでも起用され始めている。

 

 

それだけではない。

このショートでの起用は、夏大会後。

 

つまり現在の3年生が引退したあとも想定してのこと。

 

 

1年秋から絶対的なショートのレギュラーとして君臨していた倉持が引退したあとの、後継者。

現在二軍では高津が中心に守っているのだが、如何せん守備範囲の狭さとエラーの多さが目立ち、ショートを守らせるには物足りない。

 

 

何よりセカンドには小湊がいる。

現在でもチーム内トップクラスの打撃能力を誇りながら、守備も重要なセンターラインを支えている。

 

つまりセカンドでは、来年までレギュラーとして出るのは難しいのだ。

 

 

(監督としても、この瀬戸の守備走力、何より高い野球IQをベンチに置いておくには勿体ないと思っているんだろうな。)

 

 

特に青道は、レギュラーを固定しがちだ。

 

一戦も落とせないこの高校野球において、投手が入ったりして入れ替えの激しい外野と比べると、内野に関しては連携を崩してまで選手を変えることは少ない。

 

となると、瀬戸は使えてもいいところ代走か守備固め。

まだ経験の浅い1年夏ならまだしも、2年までその立ち位置で使うというのは、中々勿体ないところはある。

 

 

 

さて、その小湊は外のボールゾーンから入ってくるツーシームに反応して弾き返すもライトフライ。

僅かに芯が外れて長打とはいかなかった。

 

 

(怖い打者3人のうち、2人は何とかなりました。あとは…)

 

(一番怖い奴、だな。)

 

 

視線を合わせて、大野と奥村は小さく頷いた。

 

 

「すいません、一度タイムを。」

 

 

奥村がそう言い、ブルペンに向かおうとする。

急な要望に、片岡も理由を聞くべく眉を顰めた。

 

 

「何?」

 

 

しかしながらこの奥村の行動を助長したのは、2人の想定していなかった人物。

そう、近くで見ていた落合であった。

 

 

「良いじゃないですか。練習とはいえ、アウトカウントで考えれば3アウトを奪っています。本番を想定するなら、寧ろ間を開けるのが普通かと思いますがね。」

 

「…良いだろう。内外野も集めてシフトの確認も許可する。」

 

「ありがとうございます。監督、それに落合コーチも。」

 

 

そう言って、奥村がマウンドへと向かった。

 

 

「すみませんね、どうしても守備側に肩入れしてしまう性分でして。」

 

 

申し訳ないと言いながら全くそんな意志を見せない落合。

何ともそんな様子にも慣れてしまうものだと思いながら、片岡は素直に答えた。

 

「いえ、実戦形式と言いながら私も頭が堅くなっていました。試合に近いこの練習で本人が良かれと思ってやることを、否定はできませんからね。」

 

「えぇ。まあ少しばかり、私のエゴみたいなものもありましたが。」

 

 

落合の思わぬ返答に、片岡はまた落合に視線を向ける。

年相応に白くなった顎髭に触れながら、落合は少しばかり笑って続けた。

 

 

「数年後、それだけで何万もの人を呼ぶような2人の対戦、折角ならお互いにいい形でやらせた方が見てて面白いでしょう?」

 

 

右目を瞑り、視線だけ片岡に送る。

対して片岡も言葉こそ返さなかったが、その口角を僅かに上げていた。

 

 

 

「お待たせしました。」

 

 

奥村が定位置に戻ったことで片岡も頷き、再開の合図をする。

 

 

左打席に入る、このチーム一番の強打者。

元々チャンスで打つ人だったのだが、オフを経てパワーに磨きがかかりココ最近ホームランを量産している。

 

 

左右苦にせず強打を放つことができるが、どちらかというと引っ張り方向に長打を放つことが多い。

 

とはいえ前園のように常に引っ張りという訳ではなく、あくまで広角にも強い打球を放つことが出来る。

 

 

内野は若干引っ張りより。

そして外野は長打警戒のシフトが敷かれる。

 

 

(真剣勝負。球は制限されてるけど、持てる全力を尽くす。)

 

(どー見ても本気の眼だよな。それだけバッター御幸にも期待してるってこと?)

 

 

無論、その通りである。

 

捕手としてだけでなく、大野は4番御幸一也にも全幅の信頼を置いている。

 

 

だからこそ、その信頼のおける強打者との対戦。

本気でやるからこそ、意味がある。

 

 

(さあ行くか、奥村。怪物退治といくぞ。)

 

 

どっちが怪物だ。

そんなことを内心呟きながら、奥村も覚悟を決めた。

 

 

まずは、外角低め。

僅かに外れたボールを要求したのは、警戒半面。

 

もう半面は、普段の大野ならば高い確率で初球からストライクを取りに来るという意識を却って利用すること。

 

 

外れているのは、ボール一個分。

これを、御幸は見送った。

 

 

(案の定、かな。)

 

(まあ、ここを簡単に振ってくるとは思っていませんでしたが。にしても、少しくらい反応してくれた方が嬉しかったです。)

 

 

2球目。

今度は、逆に若干甘めのコース。

 

外角の少し内より。

 

ここのストレートを、御幸は見送ってカウントは1-1となる。

 

 

甘いボールだ。

しかしこれに御幸が手を出さなかったのには理由がある。

 

このコース、普段御幸が大野にツーシームを要求する際によく投げさせるコースなのだ。

 

 

同じ支点から、同じような軌道のボール。

御幸の頭の中にも若干ツーシームがチラつき、敢えて手を出さなかった。

 

 

 

(へぇ、いい所に要求する。)

 

 

自分の普段のリードを利用したこのコースに、御幸は内心舌打ちを打ちそうになる。

 

なるほど、甘いが効果的なコースだ。

 

特に大野のことを分かっていればわかっているほど、だ。

 

 

3球目。

今度は完全にギリギリのコース。

 

御幸も追い込まれる前に強振しにいくも、これはツーシーム。

 

外角低めからボールゾーンに落としたツーシームに、空振りする。

 

 

カウントは、1ボール2ストライク。

形上はバッテリーが追い込んでいるカウントだが、ここからが長い。

 

 

4球目、外角低めのストレート。

コースとしては、ストライクゾーンのギリギリ一杯。

 

大野が普段カウントを奪う、ないしは見逃し三振を取りに行くコース。

 

打者が最も目付けしづらく、最も長打を放ちにくいコース。

 

 

御幸はこれを、バットに当てて堪えた。

 

 

(際どいコースはファールですか。)

 

(まあ、変に打ちに行くコースじゃないし。)

 

 

ならここで。

バッテリーは、勝負に出る。

 

狙ったコースは、外角低め。

 

 

(決めましょう。)

 

 

ここで投げ込んだボールは、ツーシーム。

ストライクゾーンギリギリからボールゾーンに逃げながら落ちるボールで空振りを奪いに行く。

 

ストレートなら、見逃し三振。

さらに言えば、大野ならここでストレートで攻めかねない。

 

 

しかし御幸は出しかけたバットを止め、このボールを見送る。

それを見て、奥村は目を見開いた。

 

 

(見逃した、まさか見切っているのか?)

 

(違う、読まれていただけだ。大丈夫、まだ見切られた訳じゃない。)

 

 

その奥村の感想を否定するように、大野は首を振った。

 

 

(大丈夫、ここまで見せてきたんだ。最後はこれで。)

 

(分かりました。)

 

 

ここまでの5球。

全て、執拗いほどに投げ込んだのは外角。

 

それも、外角低めである。

 

 

だが、或いはこれが見せ球だったら。

奥村は前のツーシームで終わると想定していたが、大野はそれよりももうひとつ先。

 

執拗に投げ続けた、外を見せ球に。

 

 

ストレートでは、安直に行き過ぎる。

だからこそ、ここはふたたびツーシームを選択する。

 

 

ストレートでもギリギリストライクになるところ。

そこから真ん中低めに落ちるツーシーム。

 

出来ればストレートで差し込みに行く、と誤認して欲しい。

 

 

そう思い投げ込んだツーシーム。

勝負の6球目。

 

内角を抉り込むボール。

 

 

(裏をかきにくるのは、分かってる!)

 

 

これを、御幸は反応しきった。

 

センター方向、少し詰まりながらも上手く弾き返した打球はセンター前へ。

予め長打を警戒していた外野の前に落ちてセンター前のヒットとなった。

 

 

一塁まで走った御幸に、大野は思わず眉間に皺を寄せるも笑みを見せた。

 

 

やられた。

それ以外の言葉が見当たらず、大野は奥村に右手を立てて謝罪の意を見せた。

 

 

(ストレートなら空振りだったかな。)

 

(いえ、後の祭りです。相手の狙い球なんて完璧に読めることは中々ありませんから。)

 

 

寧ろこれは、完全に一撃で仕留めた御幸を褒めるべきだろう。

ここまでしっかりと反応して弾き返すのは、やはり御幸の卓越した反応速度と打撃の技術。

 

何より、普段からこのツーシームを見ているというのも、大きなアドバンテージとなっただろう。

 

 

しかしこれ以降、大野は打者一巡でヒットを一本も許さない。

 

5番の金丸にはツーシームを3球続けての三球三振。

6番の前園にはストレートを中心に振らせてセンターフライ。

 

7番の降谷、8番の結城と連続で三振を奪うと、ラストバッターの東条。

 

彼に対しては外角高めのストレートで完全に捩じ伏せる。

 

 

つまり御幸以外この一巡を、出塁すら許さない形で終えた大野。

 

東条で終わったこの一巡。

しかし大野は惚けたようにして、続けた。

 

 

「あれ、一巡で終わり?本気でやる割には随分静かに終わるね。」

 

 

この大野の一言で野手陣は片岡に直談判。

 

片岡自身も明日に休養を与えるということを前提としていた為、もう一巡やってもいいと許可を出し、再びこの青道打線と大野の対戦を許した。

 

 

因みにそれでもヒットを放てたのは白州と小湊のみと、やはりこのチームの打撃の主軸3人だけであった。

 

 

 

 






ということで、大野対御幸でした。
まあストレートとツーシームの縛りということで、今回はこんな感じで。

ゆくゆくは試合で2人の対戦を…


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エピソード194

 

 

 

 

 

「今日は成宮さんは投げるでしょうね。天久さんはこちらとの準決勝に向けて投げない可能性が高いですが。」

 

 

電車に揺られながら、奥村の言葉に俺は視線を向けて答えた。

 

 

「ああ。稲実も成孔打線の怖さもわかっているだろうし、全幅の信頼を置いている成宮に任せるはずだ。」

 

 

相手は、4番の長田擁する超強力打線の成孔。

言い方は悪いが、正直にいうと俺たちが前回対戦した法兼学園の上位互換と言えるチームだろう。

 

全員が同じ方向を向いて長打を狙い、アッパースイングでガンガン強振してくる。

 

そしてそれを行うことでホームランにできるパワーとフィジカルを持ち合わせた、いわゆる攻撃に振り切ったチームである。

 

 

秋大で俺たちも当たったが、降谷が絶好調で全く打たれる気配がなかったから良かったものの、俺もできればやりたくないチームだ。

それこそ怖さでいえば、薬師に近いところがある。

 

 

一発から、何かを起こす。

一気に流れを変えることもできる。

 

投手としては本当に、重圧がかかる。

そしてリードする捕手からすると、事故がこわい。

 

しかもほとんどが生粋のパワーヒッターという、打順で息のつく間がないのも厄介なところなのだ。

 

 

「大野先輩はどう見ますか。」

 

 

奥村の質問。

これに俺は、目を瞑りながら腕を組んで答えた。

 

 

「あいつは俺とよく似ているからな。楽しみにしているんじゃないか。」

 

「…そういうことを聞いているわけじゃありませんが、まあいいです。」

 

 

呆れるように溜め息をつく奥村。

なんだ、俺に期待しすぎるんじゃないと内心思いながら、俺は続けて言った。

 

 

「成宮の調子次第。とはいえ、奴は緊迫した試合の時ほど実力を出す。大方成宮が抑えると見て間違いはないだろうな。」

 

 

具体的に言えば、エース同士の投手戦、強力打線を相手にする時など。

己にプレッシャーがかかる時に、ギアをあげるというか、本気でやる印象がある。

 

 

元々コントロールでというよりは、力でガンガン押すタイプ。

 

別に制球も特段悪い訳では無いし、寧ろ良い方。

だから失投も少ないし、適度に荒れているから的も絞りにくい。

 

それに、強いストレートと相対する緩いチェンジアップがある。

 

あの組み合わせを、簡単に成孔が捉えられるとは思えない。

 

 

「何しろあのチェンジアップのおかげで左右ともに苦にしない。」

 

 

チェンジアップというよりは、変化量は利き手側にスルスル落ちるスクリュー。

 

さらに言えばスクリューよりもストレートと誤認しやすくブレーキが効いているため、三振率の高いボールとなっている。

 

 

右バッターからすれば、逃げるように変化する。

そして左バッターに対しては、大きく変化するスライダーがある。

 

ともに外から逃げるボールがあるというのは、かなり武器になるのだ。

 

 

「最速も前の大会で152km/hと更新している。左で言えば過去でも類を見ない速さなんじゃないか。」

 

「えらく饒舌ですね、成宮さんの話になると。」

 

「意識はしているからな。」

 

 

そう返して、俺は再び目を開ける。

 

そろそろ会場に近づいてきた。

まあ百聞は一見にしかず、だ。

 

実際に見させてもらおうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構入ってんな。」

 

 

そう呟きながら、俺は少し狭い座席に腰をかける。

 

 

「準々決勝の中でも一番注目されてるカードだからね。でも、初戦の薬師との試合はもっと入ってたよ。」

 

 

お世辞にも座り心地のいいとは言えないその座席を軽く手で払い、横にいた渡辺の言葉に返答した。

 

 

「そうか?」

 

「うん。まあ、大野は試合に集中しきってたから見えてなかっただろうけど。」

 

 

確かにあの試合は中々観客席にまで目は行かなかったな。

 

真田との投げ合いに没頭してた部分もあるし、そこまで入り込まないと薬師の打線を抑え込むことはできなかった。

 

 

というかそもそも、そんなに観客とか気にしてないし。

盛り上がった方が楽しいし、熱くはなるけど。

 

でも大体、そこまで気は回らない。

 

 

 

しかし、まあ。

 

 

「俺らと薬師の試合ほどは、接戦にならないだろうな。」

 

「そうですね。確かに面白い組み合わせではありますが、力の差はあると思います。」

 

 

一発が出れば面白くなるだろうが、それはないだろう。

奴はそこまで詰めも甘くないし、稲実の面々の地力を考えると、成孔はかなり厳しい試合を強いられることだろう。

 

 

 

先攻は成孔学園。

このチームのリードオフマンである桝が打席へと入る。

 

 

先発のマウンドには、やはりこの男。

 

仄かに黄金色に輝く白髪を靡かせ、左肩を1回、2回と大きく回す。

 

 

小柄ながらも力強く、じわりと圧力を感じる。

この存在感こそが、エースの証か。

 

代表の時も思ったが、少し身体の厚みが増している気がする。

 

元々小柄でシュッとしていたのだが、特に下半身がしっかりしている。

 

 

 

桝と言えば、対応力の鬼。

パワーヒッター揃いの成孔にとって、しぶとく粘って出塁でき、尚且つ足も速くヒット性能も高いというこの選手は、キャプテンらしくこのチームを支えている。

 

その、初球。

 

 

まずは真ん中付近、外よりのストレート。

様子見か、まずはこれを見送って1ストライク。

 

球速は、142km/h。

 

そこまで力を入れているようには見えなかったが、それでも140km/hオーバー。

 

球速のベースがかなり上がっているような気がする。

相手も成孔と強力打線である為か、初回からエンジンを上げてきているな。

 

 

2球目も外のストレート。

今度はより厳しいボール、しかしこれを桝はバットに当ててファールとなる。

 

 

3球目は、スライダー。

1度目線外しで外に逃げるボール。

 

しかしこれは見送り、カウントは1-2。

 

 

依然、追い込まれているカウント。

 

 

ここで決め球に選択したのは、インコース。

 

外3球で追い込んだ後のインコースストレートを振らせにいく。

 

 

カウント1-2。

144km/hの直球を、桝は弾き返した。

 

 

「おっ。」

 

 

打球はセンター前。

成宮の強いストレートをしっかりと捉え、あまり良くない立ち上がりにチャンスを作る。

 

 

決して、甘くはなかった。

これは、桝の技術を褒めるべきだな。

 

 

「いいバッターだよな。全然ストレートに振り負けていない。」

 

「うん。この桝が1番にいるのが、ある種成孔の強みでもあるね。」

 

 

パワーヒッターだらけのこの成孔で、高い出塁率を誇る打者。

 

足も速くゲッツーにもなりにくい為、この桝が出るだけで初回から4番の長田まで打席が回る可能性が高い。

 

 

一発のあるチームに、不安定な初回からランナーを置いた状態で対戦。

これはどんな投手でも、かなりの重圧を感じる。

 

 

 

しかし成宮、ここは強気に攻める。

 

ストレートを軸に、2番の山下をスライダーで空振り三振。

続く西島を内角のストレートで鈍いサードゴロ、ランナーこそ二塁に進めるも2アウト目を奪う。

 

 

 

2アウト、尚もランナーは二塁。

初回ながらもここでピンチを招く。

 

 

打席には、4番の長田。

 

 

「立ち上がりはあまりいいとは言えない。が、どうかな。」

 

 

中々器用なやつだから、ここでギアをあげるはず。

 

それこそ去年も、哲さんや亮さんなどしぶとい打者に対してギアをあげ、それ以外に対してはある程度抜いてスタミナ温存をしたりというのが、上手くできるタイプである。

 

 

ストレートを軸にしながら変化球で空振りを取りに行くか。

 

右の長田に対しては特に、逃げるように変化するチェンジアップはかなり有効的に使える。

 

 

決め球に使うなら、チェンジアップか。

長田からすれば、追い込まれる前に勝負を決められるか、だな。

 

 

 

 

そんなことを思いながら見据えた対戦。

しかし4番とエースの対戦は、俺たちの予想よりも遥かに圧倒的な力の差を見せつけてきたのだ。

 

圧倒したのは、最早言うまでもない。

 

 

力を入れたストレートで全球真っ直ぐ勝負。

追い込んでからはこの試合最速の148km/h、内角高めに吹き上がるようにして決まったボールで、長田のバットを掻い潜った。

 

 

「初回からこのスピード。冬を経て球の強度も増してるね。」

 

「遠目から見ててもわかりますね。春時点で151km/hまで出ていましたし、ベースもかなりスピードが上がってます。それでも制球が大きく荒れていないところが素晴らしいです。」

 

 

ストレートの質に関しては実際見てみないと、わからない。

しかし長田の反応を見るに、かなり手元でキレているはずだ。

 

それも、球速も150近い。

 

コントロールも高めに行っているが、恐らく意図して投げ込んだもの。

厳しく攻めている分、威力のある直球で振らせるには絶好のボールである。

 

 

 

この後、稲実はカルロスからチャンスメイク。

先発の小島をとことん打ち込み、初回からいきなり3得点を奪う。

 

さらに3回、4回と山岡のホームランなどで2点ずつ追加。

 

5回表時点で7-0。

 

未だに被安打は初回の桝から受けたセンター前ヒットのみ。

それ以降はヒットどころか、フォアボールや出塁すらも許していない。

 

 

 

確かにギアは入れている。

しかしどこか、余裕もある様な気がする。

 

 

(まだ底じゃないのか?いや、それはそうなんだろうけど。にしても余裕がありすぎる。)

 

 

下唇に人差し指を当て、俺は渡辺の記入しているノートに視線を落として成宮の投球を振り返る。

 

 

ここまで51球で、ストレートが42球で残りの9球はスライダー。

 

八割以上の比率で投げ込んでいるストレートに対して、使っている変化球はスライダーのみ。

ここまで全く、チェンジアップは使っていない。

 

 

(軸にしているのはストレート。それは去年となんら変わりないが、比率は明らかに増えている。)

 

 

スクリュー系のチェンジアップに制球の不安があるのか。

それとも使うまでもないと、そういうことなのか。

 

ここもテンポよく打者2人を抑えると、早くもツーアウト。

 

 

2アウトランナーなし。

打席に入ったのは、4回からマウンドに上がっている小川。

 

センスがよく、打撃も悪くない左バッター。

そして大柄な見た目通り、パワーは十二分。

 

 

マウンド上、左手の上でロージンを遊ばせて、その後に小袋マウンドの横に落とす。

 

辺りを見回す成宮。

そして軽く形を上下させて、息を吐く。

 

 

何となく、俺と目が合った気がした。

 

いやきっと、この距離で認識していることは無い。

しかし確かに感じたんだ。

 

 

(見せつけようって、そんな魂胆か。)

 

 

となると、このタイミング。

去年のチェンジアップを投げる時、完全にこちらを意識していたのを見る限りは。

 

ここで使ってくるか、隠し球。

 

 

 

初球。

いきなりカーブ。

 

普段あまり使わないこの変化球。

 

恐らく対左での緩急を生かすのに使ったボールだろう。

 

 

ワインドアップから右足を高く上げる美しい左腕の系譜。

どこか優勝請負人と呼ばれた伝説の左腕を彷彿とさせるような独特な、それでいて綺麗なフォームから放たれたのは、緩いボール。

 

 

リリース時、1度ふわりと浮かぶような軌道。

目線を外すにもタイミングを外すにも非常に効果的な変化球。

 

しかしボールは、打者の近くで高スピン。

 

それこそ途中で加速するように落ちる縦のカーブに、思わず俺は立ち上がった。

 

 

「今のカーブは。」

 

 

彼が今まで投げてきたカーブとは、まるで違う。

今までのタイミングを外す変化球ではない。

 

完全に空振りを奪いにいける、強いボールだ。

 

 

軌道とキレは、決め球にも使えるウイニングショットクラスだろう。

その証拠に、打者である小川もボール球なのにも関わらず完全に振らされていた。

 

 

そして俺と同様、奥村もまた表情を若干ながら歪めていた。

 

 

「あれは、赤松のカーブ。」

 

「赤松?」

 

 

俺がそう言って首を傾げると、渡辺が補足するように言った。

 

 

「赤松と言えば、関東で投げてた1年生投手だね。高い打点から2回曲がるって評判の、すごいキレのカーブを投げるらしい。」

 

「なるほど。」

 

 

珍しいな、もしかしたら奴が教えを乞うた可能性があるということか。

 

最後の大会。

エースとして、使えるものは全て使うと、そういうわけか。

 

そして足りないものは、他から補う。

 

独りよがりではなく、背負う。

それはきっと、秋から大きく成長した部分なのだろう。

 

 

(キング)、か。

兵力を全て己の糧として、そして武器として使う。

 

あの時のワガママ王子ではないということか。

 

 

「お前も、あの時とは違うという訳か。」

 

 

でなければ、面白くないというものか。

いつまで経っても奴は、俺の前に立ち塞がる。

 

超えるべき、相手。

 

 

俺はお前を超えるために、ここまで来たんだ。

 

チームを背負う、青道のエースとして。

そして、大野夏輝として。

 

 

去年負けた成宮鳴、お前に勝つために。

 

 

「負けねえよ。」

 

 

その為なら、俺は。

何処までだって、投げ続けてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード195

 

 

 

 

「やはり、こうなったか。」

 

 

準々決勝それぞれの試合を見終え、俺は固く組んでいた腕を解いて立ち上がった。

 

 

 

一試合目の稲実と成孔の試合は、9-0で7回コールド。

 

高い攻撃力を誇る打線は、4番山岡の2ホーマーを含む9得点。

また初回から1番のカルロスや3番の早乙女の連打で3得点など、それぞれが個々の力を振るって得点を重ねた。

 

 

何より、エースの成宮。

投球成績で言えば、7回を投げて被安打2の無失点。

 

四死球はたったの1つで、許した出塁はたったの3つだけ。

 

その上、4番の長田に対しては3打数の3三振。

 

打たれてはいけない相手に対して、ギアを上げて完全制圧。

これは俺たち自身にも、関係してくる。

 

 

うちの打線は、基本的にはクリーンナップを中心にした打線。

この間の俺との模擬戦でもわかる通り、御幸、小湊、白州の3人が頭一つ抜けている。

 

つまりそこに対しては最大級の警戒をおいて、他に対しては少し抜き気味で投げる。

 

 

俺が昨年から取り組んできたテーマと、同じもの。

決戦時に、長いイニングを投げるための工夫。

 

しかしその抜き加減もまた、上手くなっている。

 

 

制球が安定して無駄なボール球も減っているし、今日も球数87球とさほど多くない。

それでいて奪三振は2桁奪っていると、かなりゾーンで勝負できていることになる。

 

 

 

(被安打が増えれば、返って球数は増える。ある程度力を抜きながらもしっかりと強い球を放っているとなると、下半身の安定感が増したか。)

 

 

余計な力みがないから、力の無駄がない。

それもまた、このギアチェンジの上手さの要因の一つなのだろう。

 

 

 

あとは、空振りの取れる大きな変化球。

 

ストレートとかなり軌道のかけ離れたボールであるカーブが強化された事で、よりゾーン内で勝負した時の被打率が下がっている。

 

 

ストレートと近い軌道とほぼ同じ腕の振りから放たれる、チェンジアップ。

そして、ふわりと一度浮かんでから加速するように落下する縦のカーブ。

 

緩急を生かす武器が2つに増えたことで、その威力のあるストレートはより輝く。

 

 

「あの縦のカーブは要注意だね。終盤にはカウント球でもかなり使ってたし、本人としても結構制御しやすいんだと思う。」

 

「それに対してチェンジアップは試合を通して3球のみ。かなり温存していたな。」

 

 

不安要素があるか、それともできるだけ軌道を見せたくなかったのか。

 

恐らく後者だろう。

アメリカチームとの試合でもかなり安定して低めに投げ込まれていたし、浮きやすいとかはないはず。

 

となるとやはり、あえて比率を落としていた。

そう考えるのが、普通かな。

 

 

「対右に対しては必殺、左に対しても最高クラスの決め球であるチェンジアップか。それに加えてあのカーブは、何とも攻略が大変なもんだ。」

 

 

それでいてストレートも速く、コントロールも悪くない。

投げっぷりもよく、スタミナも十分にある。

 

ピンチに強く、失点は少ない。

 

 

つくづく、完成度の高い投手だと思い知らされる。

投げ合うとなると、本当に厳しい闘いになるだろう。

 

昨年もそうだったが、大量失点は見込めない。

 

 

「ったく、なんでこんな奴と投げ合わなきゃいけねぇかな、ほんと。」

 

 

俺がそう言うと、渡辺が苦笑をうかべる。

同時に奥村もまた、溜め息をつきながら返してきた。

 

 

「その割には、随分楽しそうですね。」

 

 

楽しそう、か。

 

 

「そうだな。確かに楽しみだってのは、あながち間違ってはいない。」

 

 

確かに成宮は、いい投手だ。

それに俺は、いい投手と投げあっている時のあのピリついた感覚が好きだから、自然と楽しみに感じているのもあるかもしれない。

 

しかし、それだけじゃない。

 

成宮は俺が本格的に投手として上を目指そうと思わせてくれたきっかけだ。

 

あいつに認められたくて。

あいつを、倒したくて。

 

 

 

甲子園を制覇しても、まだ足りない。

なぜならまだ、俺はあいつに勝っていないから。

 

でなければ。

本当の意味で日本一になれたとは、言えない。

 

 

成宮という、俺の目標。

そして、最強で最高のライバルと投げ合うこと。

 

高揚しないはずが、ない。

 

 

(これもまた、俺のエゴかもしれないな。)

 

 

ただ、勝ちたいのだ。

1人の投手として。

 

いや、青道高校のエース大野夏輝として。

 

 

(超えなきゃいけない。じゃなきゃそれは、本当の│頂点《てっぺん》とはいえない。)

 

 

自然と笑みが零れるのを自覚する。

 

 

 

早まるな。

まだ2試合も先の話だ。

 

まずは目の前の試合。

そこに、集中する。

 

 

「いい刺激になった。」

 

「お気楽ですね。」

 

 

俺がそう言うと、奥村がそう返してくる。

 

なるほど、気楽と取るか。

いやまあ、別に楽観している訳では無いんだけど。

 

 

「信じているからな、みんなを。俺が0に抑えて、皆が点を取る。そうすれば、勝てる。」

 

 

またも苦笑を浮かべる渡辺。

そして奥村もまた、半ば諦めるようにして黙った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は経ち、準々決勝の2日目。

 

対戦カードは前評判通り、今年の春の甲子園優勝校の青道とベスト8常連の創聖。

 

 

強力打線と絶対的エース率いる充実した投手陣と最強の矛と盾を持ち合わせた、日本一に相応しい今大会の優勝候補筆頭である青道に対して、堅守で接戦をものにする創成。

 

戦力的にもキャリア的にも、青道が有利である。

 

 

反対に創聖の勝ち筋で言えば、やはり持ち前の堅守。

エースである柳楽がなんとか抑え、少ない点差で勝ちを拾う。

 

何とも残酷な話かもしれないが、勝負になる可能性があるだけでも、都内でも有数の強豪校と言えるだろう。

 

 

 

先攻めは、青道高校。

 

本日の青道打線は、一風変えた。

というよりは、最も多く採用されているオーダーから少し変更されているものである。

 

 

1番 遊 倉持

2番 右 白州

3番 二 小湊

4番 捕 御幸

5番 三 金丸

6番 投 降谷

7番 一 前園

8番 左 結城

9番 中 東条

 

 

上位打線は2番に白州、先頭の倉持が出塁してバットコントロールのいい白州を次に置くことで、2人で一点をもぎ取る。

初回の立ち上がりに安定していない投手から得点を、間髪いれずにクリーンナップに繋げて追加点を。

 

打撃が良く、走れるセンターの東条は9番におき、先頭への繋ぎとしての役割を担う。

 

 

 

相手が好投手だからこそ、取れるうちに点をとる。

 

それが、今回青道がコンセプトにした打線だ。

 

 

 

創聖の先発は、予想通りエースの柳楽。

最速146km/hのキレのあるフォーシームに、手元でストンと縦気味に落ちるツーシーム。

 

主にこの2球種を、高い制球力を活かして低めに投げ分ける本格派右腕である。

 

 

前の試合では7回を投げきり、1失点。

試合は9-1でコールド勝ちと大差がついていたが、最後まで気持ちを切らさずに投げきっていた。

 

 

 

対する青道の先発は、2年生の降谷。

 

最速156km/hのストレートと速い速度で手元で落ちるスプリット。

そして、ふわりと浮かんでからドロンと緩く落ちるスローカーブ。

 

コントロールはあまり良くないが、余りあるボールの勢いと出力を持つ、本格派右腕だ。

 

 

 

 

まずは、先頭打者の倉持が、打席へ入った。

 

 

(表情といい目つきといい、なーんか不気味。)

 

 

上背は、あまり大きくない。

しかしながらその少し伸びた髪と、帽子の影からちらりと見える視線が、どこか不気味なプレッシャーを与えてくる。

 

そんなことを思いながら、倉持はスっとバットを掲げた。

 

 

初球、アウトコース低めのストレート。

下から伸び上がるようにしてゾーンに決まるボールを、まずは見逃した。

 

 

(OK、感覚はわかった。速度もそうだけど、やっぱキレがいい。)

 

 

大野ほどではないが。

そう付け加えて、2球目を待った。

 

 

続くボールも、ストレート。

これもアウトコースのストライクゾーンに来たキレのあるフォーシーム、狙いに行くも前に飛ばず、ファールとなる。

 

 

球速表示は、139km/h。

高校生としては、悪くないスピード。

 

しかしそれ以上に回転数が多く、キレがあるように感じた。

 

 

3球目、同じくストレートは外に。

積極的に振りに行ったものの、これもファール。

 

 

 

やはり外に集めてきている。

恐らく、外から若干逃げるように落ちるツーシームへの布石なのだろう。

 

ストレートと近い軌道からストンと落ちる変化球だからこそ、ストレートの軌道を染み込ませるほど振りやすい。

 

 

 

4球目、ここも外角。

スピードボールだが、先程とは若干ながら感覚が違う。

 

 

(来たか、ツーシーム…!)

 

 

初見だが、何となく軌道はイメージ出来ている。

 

それに速度感も、大野との実践練習で何となく感じ取れる。

 

 

 

強振というよりは、ミート重視で。

自分は少ない長打よりも、多くの単打を狙った方がチームの為になる。

 

それが自身の、役割だから。

 

己がチームのエースがそうだったように。

青道のリードオフマンもまた、チームの為にバットを振るった。

 

 

「…ッシ!」

 

 

低め、ストライクゾーン内で変化したこのボール。

 

すり足で完全に合わせた打球は、三遊間抜けるヒット。

逆らわずに上手く弾き返したことにより、ヒットを生み出した。

 

 

 

これで、初回からノーアウトのランナー。

しかもそれは、創聖のバッテリーとしては最も出したくなかった、瞬足のランナーである。

 

 

 

打席に向かう白州を傍目に、キャッチャーの後藤は一塁へと目を向け、唇を噛んだ。

 

 

(随分でけえリード取りやがって。舐めているのか?)

 

 

キャッチャーとしては、可もなく不可もなくの肩。

しかしそう簡単に走られるような、技術でもない。

 

 

一度、一塁へ牽制。

ギリギリのところで、倉持は帰塁しセーフの判定が下る。

 

先程と同様、倉持は大きなリードを取り始めた。

 

 

(見せかけだ、そこまで気にする必要は無い。走りたければ、走らせてやればいい。)

 

 

しかし当の柳楽は、首を振って後藤の迷いを振り切る。

 

変に走者を気にするよりは、打者に集中するべき。

特に青道の今日の打順のコンセプトは、一二番で得点を奪える攻撃的な布陣。

 

だからこそ、ここはバッターをしっかり抑えることに集中しなければいけないと、柳楽は考えていた。

 

 

(派手さはないが、技術もパワーも一級品。この尖ったチームの主将というのも頷ける。)

 

(怖いバッターだ。ランナーは気にせず、ここはバッター集中で行こう。)

 

 

だが、一塁上では瞬足のランナー。

少し撹乱気味に取られた、大きなリード。

 

バッターに集中しているとはいえ、視線に入るだけで鬱陶しい。

 

気になる。

否、気にしてしまうのだ。

 

 

 

ほんの少しの、気の乱れ。

それが、柳楽ではなく後藤を迷わせた。

 

 

外角低めのストレート。

多少安直に攻めてしまったこの初球。

 

このファーストストライクを、白州は狙っていた。

 

 

 

「…フッ!」

 

 

甲高い音と共に放たれた打球は、右中間。

 

思い切って強振した当たりには強いスピンがかかっており、低く鋭く進んでいく。

 

 

そして、神宮球場のベンチへ弾丸ライナーで突き刺さった。

 

 

 

 

 

 






全国大会での経験、そして大野との実戦もあり大幅に強化が入ってます。
ごめんな奈良に柳楽。



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エピソード196

 

 

 

 

『入ったー!刹那の先制劇!主将白州の渾身の一打は弾丸ライナーによる先制ツーランホームラン!』

 

 

鋭く速い打球。

それがスタンドまで届くまでは、さほど時間はかからなかった。

 

口を固く閉ざしながらも態度で、具体的に言えばその右腕を突き上げてチームを鼓舞するように喜びを表す。

 

 

その瞬間、大きな大きな歓声が会場を包み込んだ。

 

 

 

「堅実な繋ぎのバッターって聞いてたのに、とんでもないホームラン打つねぇ。」

 

 

腕を組みつつ、創聖の監督である小泉はその打球に思わず固唾を飲んだ。

 

確かに強豪校、身体つきもスイングスピードも並では無いことはわかる。

しかしそれでも、柳楽のストレートを初見でまさか捉えて、しかもスタンドまで持っていくとは。

 

 

表情こそあまり崩していないが、昨日の時点で綺麗に剃りあげた無償髭に手を当てそうになる程度には、動揺していた。

 

 

 

しかし、そんな小泉の不安を払拭してくれたのは、やはりこのチームの柱である2人であった。

 

 

打たれた柳楽はまるで失点は気にしていないとばかりに腕を振る。

 

3番の小湊に対してはストレートを詰まらせてセカンドゴロ。

 

 

そして4番の御幸にヒットこそ浴びたものの、5番の金丸にそのツーシームを打たせる。

 

予めセンター寄りに守っていた奈良のグローブにボールは収められ、奈良自ら二塁ベースを蹴って一塁転送。

セカンドの奈良1人で3つのアウトを奪い、初回の攻撃を終わらせる。

 

 

白州のホームランで、2失点。

しかし初回に連打で大量得点を奪うことの多い青道に対してしっかり修正して2点で抑えただけ良かったのである。

 

 

 

同様に、青道ベンチ側ももう少し点を奪いたかったと感じていた。

 

 

「手強いな。あそこから立て直すってなると。」

 

「大きな野望と負けん気がなきゃ、できんな。相当、上を目指す気持ちは強いみたいだ。」

 

 

それこそ、強豪犇めくこの西東京で頂点を目指すくらいでもなければ。

 

相手が強くても言い訳にはしない。

勝ち切り、甲子園を目指す。

 

でなければ、初回の白州の一打で多少の乱れはあったはず。

それが無かったということは、それ相応の実力を持っている自覚もあるのだろうと。

 

 

そんなことを思いながら、大野は準備をする降谷の近くへと寄った。

 

 

「わかるか降谷。相手は完全に俺たちを喰う気で来てるぞ。」

 

 

ハナから負けると思っているチームなんていない。

だがこの創聖は、こちらに対して真っ向からぶつかって勝ちにきている。

 

その姿勢を躱すこともできるが。

 

 

「お前は真っ向から捩じ伏せてこそだ。相手が真正面から来るのなら寧ろラッキー、お前はその力で向かってくる敵を薙ぎ倒せ。その実力も気概も、お前にはあるはずだ。」

 

 

大野の言葉に、降谷は小さく頷く。

 

今日は控え、エースとしていつも自分が投げる時は後ろで守ってくれることが多い。

しかし今後の連戦に備えて、今日は完全休養日としてスタメンから外されている。

 

 

(監督も、大野先輩も、信じてくれてる。)

 

 

チームの為に。

何より、目指すべきエースに認めて貰うために。

 

ただ真っ直ぐに、勝ちに拘る。

 

 

「繋ぎますから。必ず。」

 

 

降谷が小声で零した言葉に、大野も小さく笑う。

 

 

「肩に力が入ってるぞ。それじゃいいピッチングも出来ない。深呼吸でもして、リラックスしろ。大丈夫、普通にやってればお前は打たれない。」

 

 

そう大野に言われると、降谷は頷いて大きく深呼吸をした。

 

 

不器用だなと、改めてそう感じる。

しかし、案外その真っ直ぐなところが試合や練習態度にも出ている。

 

 

向上心の塊であり、純粋。

彼のいい所であり、沢村と同様この高校に入ってからの急成長を後押ししている部分。

 

 

時に迷うことはあれど、大野夏輝という大きなエースの背中があったお陰で上手く伸びていた。

 

 

 

エースに見送られ、怪物がベンチを後にする。

 

それこそエース同様、己のペースでゆっくりと。

若干ながら柳楽によって踏み荒らされたマウンドに踏み入れ、軽く足で整える。

 

 

目を瞑り軽く跳ね、息を吐く。

まだ若干、肩に力が入っていることを自覚する。

 

それだけ勝ちたいと思っているし、任された責任も感じている。

 

だからこそ降谷は、いつも大野がやっているように軽く身体を動かしてその硬さを解していた。

 

 

「完全に緊張を解す必要はないぜ。適度にプレッシャーある方がアドレナリンも出るから、無理にリラックスしようとしすぎるなよ。」

 

 

女房役である御幸にそう促され、降谷は頷いてグローブを口元へと置いた。

 

 

「まずは出方を伺う。コントロール重視で低め中心な。ストレートを軸にしながら、要所でカーブも使っていこう。」

 

「適度に抜きながら、ランナーが出たらギアを上げていきます。」

 

 

互いにやりとりし合い、御幸の指示に降谷が頷く。

そして彼が返した言葉に、御幸は口角を少し上げて返した。

 

 

「それが出来りゃ、一番だ。」

 

「やります。」

 

 

そうして、目付きを鋭く御幸を射抜く。

何だかオーラでも出ているのではないかという圧力、そしてやると言い切った降谷に御幸は思わず笑った。

 

 

「夏輝も言ってたけど、普通にやってりゃあお前はそう簡単に打たれない。後ろにはノリも東条も、沢村もいる。お前の言った通り、抜くとこ抜いて入れるとこ入れりゃ、完璧だな。」

 

 

ギアを入れた高めのストレートは、確かに一級品。

それこそ、空振りを奪いに行けるストレートという超高校級の象徴でもあるボールを有している。

 

しかし全力投球で投げ続けることは、無理。

 

それは余計な力みにも繋がり必要以上にスタミナを削られたり、疲れで感覚が鈍ってキレが落ちたりすることもある。

 

 

故に、脱力。

余計な力を抜いてスタミナを温存しながら、リリースの強く弾く感覚を繊細に感じながら吹き上がるストレートを放つ。

 

低め中心にある程度打たせ、球数も減らす。

 

さらに言えばストライク先行でテンポよく投げていけば、野手の攻撃のリズムにも繋がりやすい。

 

 

「投げるだけ、じゃない。エースを目指すならチームを勝たせてこそ、だ。口うるさく言われてるだろ?」

 

「はい。」

 

 

そう言って、マウンド上に降谷を置いて御幸は自分の定位置に戻っていった。

 

 

 

打席に入るのは、サードの菊永。

スイングの鋭い、尚且つパワーのある右打者。

 

そして、足がそこそこ速い。

 

 

(とはいえ、それしか情報がない。まずは様子見。)

 

 

相手のというよりは、降谷の。

はっきり言って調子極端のこの男がまず、どうなのか。

 

大野の言葉、そして降谷の態度。

 

これが、どちらに転ぶか。

力んで自滅か、最大出力で圧倒か。

 

 

すぐに分かることでは無いが、できればその中間であって欲しいと御幸は内心呟いた。

 

 

初球、構えたコースはアウトコースのストレート。

 

要求内容としては、低めでコントロール重視。

強くというよりは、相手の出方を伺う。

 

 

美しいワインドアップから、身体を半回転。

長い足をスっと振り上げて、グッと身体に力を溜める。

 

込められた力を解放するのに身体を縦回転。

 

リラックスした肩肘、そのリリースの瞬間に一気に力を加える。

 

 

 

(リズム良いフォーム。ここからどれだけのストレートが来る。)

 

 

ビデオで幾度と見てきたフォーム。

タイミングはお世辞にも、取りにくいとは言えない。

 

タン、タン、タン。

 

自身でリズムを取りながら、菊永は降谷を見据えてバットを掲げた。

 

 

(スト、レー、ト…!)

 

 

完全にストレート狙い。

本格派である故に、そのストレートを軸にして組み立てるに違いない。

 

立ち上がりは、悪い。

 

だからこそ、この安定しないタイミングで打つ。

 

 

菊永が狙っていたのは、皮肉にも青道の狙いと同様。

しかしそのバットから、快音がなることは無かった。

 

 

 

初球打ち。

外角中段に投げ込まれたキレのあるストレートに、菊永も強振する。

 

 

「うっ!」

 

 

しかし完全に詰まった当たり。

降谷の手元で吹き上がるような唸りを上げるストレートに、完全に差し込まれた。

 

 

球速としては、150km/h。

鈍い当たりはセカンド後方。

少し追いかける形になったが、小湊がしっかり掴み取ってセカンドフライとなる。

 

 

高かったが、球のキレで押し切った。

打者も完全に詰まっていたし、降谷もあまり力みを感じない。

 

しかしそれでも御幸は、打者の反応を見てこの後の組み立てを思考した。

 

 

(詰まってたとはいえ、捉えてはいた。スイングも鋭いし、回が進めば慣れられる可能性もある。)

 

 

なんて事ない、初球打ち。

しかも簡単に打ち上げた、観客からすれば勿体ないと思ったくらいだろう。

 

しかしこのスイングに、御幸だけでなく降谷も警戒心を高めていた。

 

 

 

 

(迷いなく振ってくる。)

 

(そうだな。ここまで思い切って振ってくる、それに鋭いスイングだ。相当振り込んできてる証拠だぞ。)

 

 

 

 

2番はレフトの五島。

 

初球は外角低めのストレート。

低めから伸び上がるこのボールを、五島は見送って1ストライクとなる。

 

 

2球目は、152km/hのストレート。

 

再び外の低めに決まったボールに、また甲高い金属音。

今度はしっかりとミートされた為か、先程よりも気持ちの良い快音が鳴り響く。

 

 

高く上がった弾道は、レフト方向。

 

しかし打球にノビはなく、定位置で守っていたレフトの結城の大きなグローブにしっかりと収められた。

 

 

 

(これも捉えてきた。ってなるとやっぱり、外のストレート狙い?)

 

 

ベンチへ戻る五島を横目で追いながら、御幸は自分のマスクに手をかけた。

 

 

確かに前回登板もそうだが、最近は外中心での組み立てが多い。

 

降谷は荒々しい印象があるが、実の所の心情はかなり繊細で、細かい組み立てをやろうとすると難しく考えすぎるところがある。

 

だからこそ敢えてシンプルに、テンポ重視で投げさせていたのだ。

 

 

(ストレート狙いですか。カーブとかも混ぜますか。)

 

(いや、慣れていない序盤はストレート中心で行こう。)

 

 

2アウトランナーなし。

初回に得点を奪えたということもあり、できれば三者凡退で終わらせたい。

 

 

(外のストレート狙いなら、ここ。多分、振りたくなるはず。)

 

 

要求したコースは、外角高めのストレート。

僅かにボール球、所謂釣り球と呼ばれる、高めを振らせるボールである。

 

しかし3番の七月は、これを見送った。

 

 

(見極めてるか。そしたら。)

 

 

今度は、外の中段から落としたフォーク。

甘めのコースからストライクゾーン内で変化させるボールは、空振りを奪うというよりはカウントをとるフォークである。

 

 

ストレート狙いだと思ったからこその、要求。

しかし七月はこれを打ち返した。

 

 

結果は、ショートゴロ。

鋭い当たりだったが、倉持が軽快に捌いて3アウト。

 

しかし簡単に押さえ込んだ結果に対して、御幸は嫌な印象すら感じていた。

 

 

 

 



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エピソード197

 

 

 

 

試合は、既に中盤戦。

青道の初回の2得点以降、ぴたりと針が止まった時計のように試合展開は硬直する。

 

 

青道先発の降谷は、ここまで被安打1つにフォアボール1つの好投で未だに失点はなし。

 

テンポよく組み立てているのが功を奏しているが、少し捉えられている。

 

 

対する柳楽も、初回以降は失点を許さないピッチング。

 

ヒットで出塁こそ許しながらも、二塁は踏ませない。

要所を抑えるピッチングというよりは、青道側が中々繋がりに欠けているという状況である。

 

 

 

 

回は、5回の表。

2-0で迎えたこの回もまた、柳楽の前に打線が沈黙した。

 

8番の結城はツーシームで空振り三振。

9番の東条もツーシームを打たされてサードゴロ。

 

そして初回にヒットを放った倉持もまた、奈良のポジショニングに阻まれてセカンドゴロとなる。

 

 

 

(嫌な感じだな。)

 

 

防具を身につけながら、御幸は眉間に皺を寄せてそう思う。

 

 

 

勝っているとはいえ、中々追加点が奪えない。

 

それこそ柳楽が完璧なピッチングで抑え込まれているというよりは、打線が繋がっていないというところで抑えられている。

 

そこがまた、ムードが悪くなっている要因の一つだった。

 

 

 

(何とか起爆剤が欲しいところだが…)

 

 

降谷がギアを上げて、捩じ伏せるのが一番。

しかしそれを狙って変に力が入ってしまう方が、怖い。

 

それこそ、相手の思う壷だろう。

 

 

追加点が欲しい、何とか緊迫した状況を打破すべく焦った所に付け入る。

 

だからこそ、ここまで負けているながらも彼らは落ち着いて戦っているのだろう。

そのどこかマイペースな余裕すら、御幸は不気味に感じていた。

 

 

降谷も状態は悪くない。

しかし、次の試合から市大三高、稲実と連続で緊迫した投手戦が想定される。

 

そこで投げる可能性の高い降谷を、あまり引っ張りたくはない。

 

 

今のところ準備しているのは、川上。

 

6回以降いつでもいけるように準備をしているが、ピンチになれば緊急登板できるように試合序盤からブルペンへと入っていた。

 

 

 

「降谷、とりあえずこの回までだ。」

 

「はい。」

 

 

普段ならば、まだ投げると言わんばかりにアピールをする降谷。

しかし彼もまた、このあとの試合の過酷さが分かっているからこそ、ベンチの指示に大人しく従っていた。

 

 

全員で勝つ。

 

特に過酷な夏場を勝ち抜くためには、総力を決して戦わなければならない。

 

 

「ここからの3人を捩じ伏せて、攻撃に繋げよう。それがお前に残された、降谷暁の役目だぜ。」

 

 

御幸がそう言うと、降谷は小さく頷く。

そして、ゆっくりとマウンドへと向かっていった。

 

 

この回、6番から始まる創聖の攻撃。

 

思い切りのいい打者たちに対して、降谷は真っ向勝負で捩じ伏せていく。

 

 

6番の中沢をフォークで空振り三振。

7番の神田を高めのストレートを振らせて空振り三振。

 

そして、8番の後藤すらも今日最速の155km/hのストレート。

アウトコースのこのボールを振らせて、空振り三振。

 

 

「…っしゃあ!」

 

 

最後のこの空振り三振を奪った瞬間、降谷は右手を握り込む。

珍しく感情を顕にしながら、マウンドを後にした。

 

 

任された最後の回。

 

この5回を、三者連続の空振り三振。

想定していた、というよりは希望していた結果そのままに尽くしてくれた降谷の姿がエースと重なり、御幸は思わず身震いした。

 

 

 

「ここだぞ。降谷が流れを作ったここで一点でも多く奪って流れを取り切る。」

 

 

監督である片岡がそう発破をかける。

 

この回は2番の白州から。

そんな最中、1人の男がブルペンへと向かっていった。

 

 

 

 

同時にそれを観客が確認すると、ざわついた後にベンチサイドは大盛り上がり。

そして、マウンドに上がった柳楽もまた、若干目を見開いた。

 

 

(お前も投げるのか。)

 

 

マウンド上、打席に入る白州を見下ろしながら、柳楽は横目で青道高校側のブルペンを目で追っていた。

 

 

 

じわりと、汗が滲むのを感じる。

 

暑さのせい、だけではない。

それは確実に、焦りも要因。

 

失点をした場面でも表情すら崩さなかった柳楽の表情が、一瞬強ばる。

 

 

ただでさえ2点ビハインドの場面。

しかし安定感のない降谷が相手であれば、後半に得点を奪うこともできたはず。

 

だがここで、大野が出てきたら。

 

 

先を想定してしまった柳楽は、思わず表情を歪めてしまう。

 

その瞬間を、白州は見逃さなかった。

 

 

 

初球、ストライクゾーンに来たストレート。

これに対して、敢えて強振。

 

キレのあるフォーシームに思わず空振りをしてしまったが、それでいい。

 

柳楽に見せたかったのはその姿勢。

先程と同様、ストライクゾーンに来れば狙っているぞと。

 

 

これは初回に初球をホームランに打った白州だからこそかけることのできる、圧。

 

 

 

 

もう1つ。

それは、ストレート狙いだという意思表示。

 

迂闊に入れてくれば、やられる。

しかし狙いがわかる分、攻め方もある程度思い切って配球できる。

 

 

(ゾーンから落ちるツーシーム。しつこく行こう。)

 

 

ストレートとツーシーム。

スピードの近い2つのボールを、ストライクゾーンとボールゾーンで出し入れする。

 

コントロールが良く、しっかりと投げ分けのできる柳楽の最も効果的な攻め。

 

 

 

2球目の、ツーシーム。

ボールゾーンに落ちるこの球を、我慢して1ボール。

 

3球目も同じようなボールを見送り、今度はボール先行となる。

 

 

(ストレート狙いじゃないのか。それとも、見極めてる?)

 

 

あまりに、余裕を持って見送られている気がする。

こうなると、ストレートとツーシームを見極めている可能性が高い。

 

勝負するのは、危険か。

 

 

しかし白州の狙いは。

 

 

(追い込まれるまでは、見る。)

 

 

 

案外、シンプルなものだった。

 

初回にホームランを打っている打者で、いきなりの強振。

それでいて、バットコントロールもいい。

 

 

本能的にバッテリーも警戒を強めてしまう。

 

だからこそ、ファーストストライクを献上してでもバッテリーに対して迷いを植えるために強振したのだ。

 

 

 

この打席の駆け引きは、白州の勝ち。

高めのストレートを余裕を持って見逃して、フォアボールで出塁。

 

クリーンナップへと繋ぐチャンスメイクをしてみせる。

 

 

 

 

試合は中盤戦。

 

何とかこの山場を乗り切って反撃の糸口を掴みたい創聖と、一気に突き放したい青道という、互いにとって大きな場面。

 

ノーアウト一塁。

この場面で始まる、青道の怖いクリーンナップ。

 

ここで乗り切ることができれば。

創聖としても、大きく流れに乗ることができる。

 

 

 

 

しかし青道のクリーンナップは、易しくはなかった。

 

小湊が一塁方向にゴロを転がして、1アウト二塁。

さらに御幸が半ば歩かされたフォアボールで出塁すると、ランナー一二塁の場面を作る。

 

 

コントロールのいい柳楽が許した、フォアボールのランナー2人。

 

ここで打席に入ったのは、2年生の金丸。

ストレートには滅法強く、パンチ力のある青道の次期4番候補のバッターである。

 

 

しかしそれに対して、変化球には弱い。

特に落ちる系のボールに対しては、空振り率も高くクリーンナップの中で特に三振率が高い。

 

 

 

 

ネクストバッターズサークルで大きく深呼吸をする金丸。

 

ここが山場だと、本人もかなり意識しているのだろう。

流れ出る汗をユニフォームの袖口で拭い、もう一度息を吐き出す。

 

 

身体が、少し固まっている。

それを自覚しながらも、やらなければならない。

 

クリーンナップを任せて貰っているからには、結果を残したい。

 

 

その気概が焦りを生み出し、表情も強ばる。

わかりやすく緊張したこの金丸の姿を見たブルペンの男は、珍しく大きな音を立ててその直球をミットへと捩じ込んだ。

 

 

パァンという、小気味の良い破裂音。

 

思わず金丸もブルペンへと目を向ける。

 

 

「…大野、先輩?」

 

 

そう自然と零す。

同時に、今この時点で大野がブルペンにいることに気がついた金丸は、己がどれだけ緊張して視野が狭まっているかを認識した。

 

 

鋭い視線が、金丸を射抜く。

気がする、ではない。

 

確実に自分に対しての視線だと、金丸は確信していた。

 

 

 

(3年生を押し退けてクリーンナップを任せてもらえてるんだ。ここで答えなきゃ、男じゃねえ。)

 

 

緊張と焦りで流れていた汗。

 

しかしそれは徐々に、金丸の沸騰するような血潮による発汗へと変わっていく。

 

 

瞳孔が開き、鼓動が早まる。

そして、打席に入る直前にその口角を上げた。

 

 

 

後ろ重心で、懐を広く取りながらバットを掲げる。

元同室のクリスから教わった、彼の打撃フォーム。

 

小湊や東条のような、器用な打撃はできない。

降谷のような、圧巻の恵体とパワーも持ち合わせていない。

 

 

あるのはここ一番での集中力と、熱くなる場面での勝負強さ。

大事な場面で活躍できる、熱いハート。

 

そこに、確かな技術とオフでのトレーニングによるフィジカルも上乗せされて来た。

 

 

圧倒的では無い。

 

それでも、泥臭く。

そして大事なところで打つ姿は、青道4番の系譜。

 

 

 

勝負を決めたのは、3球目。

 

ツーシーム2球で追い込まれたが、金丸の頭には先日の大野との実戦形式を思い出した。

 

 

『2球種を投げ分ける投手なら、こうしてしつこく続けてくることもある。特にお前のように得意球がわかりやすい打者なら。』

 

『ってことは、それを逆手に取れば…』

 

『そういうことだ。たまの大事な場面、敢えてストレートを捨ててでもその軌道を焼き付けて打ち返すことも、手段のひとつだと思うぞ。』

 

 

3球目。

ストレート狙いの打者に対して、全球ツーシーム勝負。

 

 

前の2打席。

そして、追い込まれるまでの2球。

 

もう、目に焼き付いている。

 

ストレートだったとして、それで三振でも構わない。

泥臭く、そして粘り強く。

 

 

(天才に勝つにゃ、思い切り努力して思い切り頑張らなきゃいけねえ!綺麗にやろうとは思わねえ。)

 

 

金丸は、3球目の低めのツーシームを引っ張った。

 

 

(俺は俺のやり方で、打ってやる!)

 

 

打球は、サードライン際。

鋭く強い打球は三塁手の横を抜けて長打コースとなる。

 

 

 

二塁ベース上、右拳を握りしめる。

 

試合を決定づける、追加点。

2点を追加して、この試合4得点目を奪ったのは、青道。

 

 

同室の後輩の姿に思わず表情が崩れたが、すぐに一緒にプルペンへと入っていた奥村に視線を向けた。

 

 

 

「さて、大野先輩はここで終わりだ。ここから先は、青道のエース大野夏輝だ。付き合ってくれるな、奥村。」

 

 

そうして、エースはその役目を全うすべく、白球を右手に握りしめた。

 

 

 

 



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エピソード198

 

 

 

 

 

6回裏。

4-0の青道高校リードで進んでいるこの試合も、後半戦へと突入する。

 

 

後攻めの創聖の攻撃。

なんとか1点でも詰めておきたいこの回。

 

しかしそれを許さないとばかりに、青道高校のエースが。

 

 

ゆっくりと、そのマウンドへと向かっていった。

 

 

 

『青道高校、選手の交代をお知らせします。降谷くんに替わって、ピッチャー大野くん。6番ピッチャー大野くん。』

 

 

小柄ながらも、少し広い背中。

その背中に刻まれた、『1』

 

チームを象徴し、チームに勝利をもたらす。

 

 

エースが。

この試合を終わらせるべく、エースがマウンドに佇んだ。

 

 

 

 

 

ぽんぽんと手の平でロージンを揺すり、軽くマウンド横に放るようにして置く。

程々に視線を感じ、創聖ベンチをチラリと横目で見て、先程の片岡との会話を思い出した。

 

 

 

「正直に言ってくれ。肘に違和感や疲労感はないか?」

 

「ありません。この間投げたとはいえ、70球もなげてませんし。普段のブルペンのほうがまだ、投げてます。」

 

 

そうか、と返事をした片岡は投手コーチである落合に視線を向ける。

すると、示し合わせていたように落合も小さく頷き、片岡は大野へと視線を戻した。

 

 

「2イニング、お前に任せる。心を折ってこい。」

 

「わかりました。後ろのイニング全部いけますが。」

 

「その必要はない。残りのイニングは川上も準備している。」

 

 

2イニング。

この9番から始まるこの回と、そのままいけばクリーンナップまで繋がる次の回まで。

 

特にこのチームの主軸である奈良と柳楽を捩じ伏せることで、相手の心を折る。

 

 

それが、この2イニングを任された大野の役目。

 

否、エースの役目である。

 

 

 

「行けるか。」

 

 

聞き慣れた声が耳に入り、意識を現在へと振り戻す。

 

いつも通り、マスクを外してミットで口元を抑えながらこちらに確認をする女房役。

 

大野も答えるようにして頷き、朱色のグローブで口元を覆った。

 

 

「あぁ。短いイニングだから、隠さず抑えに行く。」

 

「出し惜しみはいらねえ。ただ全開は、次の回にとっとけ。」

 

 

次の回。

三者凡退なら、4番の奈良と5番の柳楽を迎える打席である。

 

 

「まずは、3人だ。」

 

「わーってる。でも、出さねえだろ?」

 

 

つくづく、自分を乗せるように挑発してくる。

そしてそれにいつも乗っかってしまう自分もまた、単純なものだと少し可笑しくなってしまった。

 

若干口角をあげた後、すぐに表情を戻して口を開いた。

 

 

「当たり前だ。」

 

 

そうしていつも通り、グローブを前に突き出して御幸のミットとトンと合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは、9番の星。

どちらかと言うと守備の人だが、数少ない左打者。

 

息を吐き、大野がグローブを胸の前へと持ってくる。

 

 

 

手も足も、出させない。

真っ向から完全に、叩き潰す。

 

 

舐めているわけではない。

 

捩じ伏せるなら、見下ろす。

これは大野夏輝だからこその、ある種心構えのようなもの。

 

 

少しも付け入る隙がないと。

そして、もう勝ち筋すら見えないと。

 

圧倒的な力の差を見せつけて、完全に心からへし折る。

 

 

 

(下位に置かれてるけど、しぶといぞ。)

 

(構っていられるか。ここはストレートで押し切る。)

 

 

狩人のような鋭い視線で御幸に訴えかける。

それを見て、御幸は溜め息をつきかけて、飲み込んだ。

 

 

(降谷に力入ってるとか指摘してた癖に。お前がムキになってどーする。)

 

(生憎俺は、あいつと違って力が入っても制御できる。それにここでムキにならなきゃ、エースとして送り出された意味がない。)

 

 

そんな大野の訴えに、流石に御幸も耐えきれずに溜め息を零して頭をかいた。

 

 

(わーったよ。なら、付き合う。)

 

 

そうして、胸元で小さく指を3本立てる。

大胆なサインというか、ジェスチャー。

 

しかし御幸が大野の意思に同調するということを表すには、十分すぎた。

 

 

(それでこそ俺の相棒だ。捩じ伏せるぞ。)

 

(言ったからには、やってくれよ。)

 

 

とはいえ、御幸は大野のこの態度を見るのが、好きだった。

 

一見してみれば、あまりに自己中で高圧的な意思表示。

しかしその実は、チームを勝たせる術のひとつとして、意識してそんな態度を取っている。

 

 

そして何より。

 

大野史上最高のピッチングは、夏の大会決勝と春のセンバツ準々決勝。

いずれも大野がエースとしてではなく自分の為に、ある意味では自己中的に相手に勝ちたいと考えてきたときこそ真価を発揮してきた。

 

 

チームのために腕を振るい、傷を負った。

 

だからこそ、意図してとはいえこうして大野が自分勝手に投げてくれることは、御幸としても嬉しいことであったのだ。

 

 

 

 

 

そして結果は、御幸の想定通り。

 

星に対して、要した球数はたったの3つ。

それも全てストレート、綺麗に吹き上がるフォーシームを外角低めに連続で投げ込んで空振り三振に斬った。

 

 

ガッツポーズなど、浮かべない。

ただ抑えて当たり前と言わんばかりに、悠然と。

 

投げ終えて反転し、その背中に描かれた大きな『1』を見せつける。

 

 

 

続けて、1番の菊永。

ここまでヒットはないが、いずれもヒットになってもおかしくない当たりを放っている。

 

 

(いいバッターだよな。1番に置かれてるのも、頷ける。)

 

(奈良や柳楽ほどではないが、スイングも鋭い。こいつは。)

 

 

出し惜しみ、なしだ。

 

 

 

初球は、内角高めのストレート。

インハイのストライクゾーンぎりぎりいっぱい。

 

先の2打席は共に、外のボールを打ち返しているもの。

 

だからこそ、インハイ。

コースを間違えれば長打に繋がりやすいコースだが、それは圧倒的な制球力を誇る大野からすれば、不安要素にはならなかった。

 

 

 

抉り込むような、キレのあるフォーシーム。

全国で数多の打者を捩じ伏せてきた快速球が、唸りを上げた。

 

 

 

(うわ、何これ。)

 

 

 

打者である菊永は、思わず目を見開く。

 

球速は確かに138km/hと、特段すごい数字では無い。

だがバックスクリーンに表示されたこの数値を、菊永は俄に信じられなかった。

 

とにかく、速い。

これが降谷のストレートよりも15km/hほど遅いボールとは思えないほどの、スピード感とノビ。

 

そして何より、おかしな軌道をしている。

 

 

純粋すぎるほどの、真っ直ぐ。

あまりに癖がなさすぎる、癖のあるボールは手元で加速するように感じる。

 

これまで長く野球をしてきた中で初めて見た軌道のボール。

それがまさか、最も多く見てきたストレートだとは思いもしなかった。

 

 

 

降谷のような、轟音ではない。

 

大野のコントロールの良さと御幸の卓越したキャッチング技術に裏打ちされた、故に鳴り響く快音。

乾いた破裂音が、会場に響き渡った。

 

 

(これに着いていけっての?)

 

 

初見ではまるで、捉えられる気がしない。

できればもう少し、見たいところだが。

 

しかし時は待ってはくれない。

 

 

2球目もまた、インコース。

同じようなコースにまたも振り遅れ、空振り。

 

 

(もっと早く、ね。でも2球も同じコースで見せて貰えりゃ、何となく感覚はわかるって。次はとりあえず、当てる。)

 

 

狙いは一貫して、外のストレート。

こういう好投手相手なら、特に狙い球を絞らなければ打てるものも打てない。

 

 

3球目。

ノーワインドアップで腰を大きく捻る、トルネード。

 

そこから全体を縦回転させながら振り下ろされる右腕からは、先程同様鋭くノビのある速球が放たれた。

 

 

 

外角高め。

狙っていた、外の速いボール。

 

待てば投げてくれると思っていた外のボールがこんなにも早く。

それも、高めに来てくれるとは。

 

 

狙いがまだ悟られていないのか。

 

若しくは単純に、甘く見られたか。

 

 

 

なんににせよ、狙わない手はない。

 

球速は先程のインコースとさして変わらない。

ならばタイミングも、幾分か測れる。

 

 

(もらっ…)

 

 

完璧なタイミング、完璧なスイング軌道。

そこから繰り出されるシャープなスイングは。

 

 

ボールの遥か内側を通過し、豪快に空振った。

 

 

 

「…えっ、はっ?」

 

 

乾いたミットの音と共に掛けられる、スイングアウトのコールを球審から伝えられる。

 

マウンドには、背を向けてロージンバックへと手を当てた大野。

 

 

何が何だか分からないと思いながら、菊永はベンチへと下がりボソリと呟いた。

 

 

「何だ今のボール。」

 

 

ヘルメットを外し、頭を搔く菊永。

 

自分の感覚では、というよりスピード感と軌道的にはストレート。

実際に表示されていた球速表示も135km/hとストレートと同速であった。

 

 

自分で言うのもアレだが、ストレートであれば完全に当たっていた。

少し振り遅れていたとしても軌道は合っていたし、バットには当てているはず。

 

なのに、空振り三振という。

 

 

「スライダー系だな。」

 

 

返したのは、奈良。

遠目で見ていたが、東京選抜の際にアメリカチームが同様の反応をしている姿を後ろから見せられていたからだ。

 

まあ実際アメリカチームの場合は、バットに当ててはいたのだが。

 

 

 

「あいつ自身はカットボールと自称している。まあ、そんな単純な変化じゃないことは、実際に見た菊永も分かっただろ。」

 

「カットって…。速度も軌道もほぼストレートだったぞ。」

 

「大野のカットはおかしいんだ。ストレートとほぼ同じ軌道で打者の遥か手元で曲がる。何より、ストレートと同じように加速しながら伸び上がる。」

 

 

特に高めの際は、尚更。

ジャイロ回転を描き、伸びながら文字通り真横に曲がる。

 

 

「これに加えてツーシーム。それにカーブとチェンジアップもあるんだろ?どんだけ引き出し多いんだよ。」

 

 

基本ストレートで押してくる降谷は、フォークとカーブをたまに投げる程度。

それにカーブは軌道自体が軸にしているストレートとは異なるため、見分けはつきやすい。

 

 

対して大野は、かなりの幅の広さ。

 

ただでさえストレートだけでも手が負えないところに、ストレートに近い球速の2つの変化球。

加えて軌道が近いチェンジアップに、まるで軌道が異なりストレートとのギャップを生み出すカーブと、投球幅が非常に広いのだ。

 

 

それをすべてカウント球としても決め球としても使える制球力があるからこそ、狙い球を絞って我慢するというのは難しいことだった。

 

 

最後の五島。

彼に対しては、ここまで見せていなかった緩急での勝負。

 

初球のストレートと2球目のカーブでカウントを取ると、3球目は低めのストレートをファール。

 

1球インハイにボール球を見せて身体を起こすと、テンポよく間を開けずに最後は外のチェンジアップ。

 

 

外角低め一杯、ほぼ変化しない遅い球。

チェンジオブペースとも呼ばれるこの遅球をギリギリ一杯に投げ込んで空振りの三振。

 

 

テンポよく。

ある種仕事の様に淡々と投げ込み、打者を斬り捨てる。

 

その姿はまさに、絶望を呼ぶ投球であった。

 

 

 

「相手側もかなり嫌な空気になってるだろうな。こうもやられちゃあ。」

 

 

御幸の言葉に、大野が帽子を外して頭を振るう。

ふわりと銀髪を靡かせて、熱気の籠った頭部を露出させる。

 

そして、再び帽子を被り御幸の言葉に返答した。

 

 

「まだ折れてはいない。こういうチームはとことんやらなきゃ、いつ目覚めるかわからないからな。次の回、柱を折って試合を決める。」

 

 

チームの柱。

このチームで言うところの、奈良と柳楽である。

 

 

(一時はチームメイトとして戦っていたが、今は敵だ。悪いが、譲歩する訳には行かないぜ。)

 

 

三者連続三振という、厳しい現実。

しかしそれでも、諦めなどない。

 

まだ負けてないと、闘志を燃やしているのが大野にも伝わる。

 

 

 

奈良の鋭い視線を感じ、大野の瞳はきらりと煌めいた。

 

 

 

 

 



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エピソード199



キリのいい所まで書いたらとんでもない長さになってしまった。
読み疲れるかもしれませんので、ご注意を。





 

 

 

 

 

 

7回。

なんとかムードを持っていかれないようにと奮闘する柳楽だが、疲れが出てくる。

 

 

金丸が2打点を上げて、大野が三者連続三振で作った流れ。

ここでなんとか試合を決めたいと思った片岡は、ここで8番の結城に代打を出す。

 

 

一発の見込める結城から、高い出塁率を誇る由井を代打へ送り出す。

 

 

欲しいのは、一発ではない。

今欲しいのは、畳み掛ける連打と終わらない攻撃である。

 

 

 

ここで由井は初球攻撃。

 

卓越したセンスとバットコントロールで、柳楽のツーシームを捉える。

 

少し浮いていたとはいえ、しっかりと捉えて綺麗な流し打ち。

外の変化球を逆らわずに逆方向へ打ち返して起用に応えてみせた。

 

 

「上手い。」

 

 

思わず大野がそう洩らす。

 

スイング自体は強振。

強く振り抜いているのだが、それでいてしっかりとミート出来ている。

 

 

卓越した反応速度と高いバットコントロール。

それこそ、昨年の小湊同様の特徴。

 

これが青道の、代打の切り札である。

 

 

更に東条が繋いでノーアウト一二塁。

ここから倉持のファーストゴロの間にランナーがそれぞれ進塁して1アウト二三塁と大きなチャンスとなる。

 

 

ここで打席には、1打席目でホームランを放っている白州。

 

流石に前の打席同様、簡単に勝負はしてこない。

2球連続で低めのツーシームで誘うも、既に見極め始めている白州は見送り、ボール先行。

 

何とかツーシームをゾーンに入れてファールを取るも、4球目の僅かに外に外れているストレートを見送られて投手が追い込まれる形となる。

 

 

3ボール1ストライク。

柳楽が投じた外のツーシームを掬いあげて、お手本のようなセンター返し。

 

ダメ押しとなる2点タイムリーヒットを放ち、点差を6点まで引き離す。

 

 

さらに青道の猛攻は収まらない。

続く小湊が初球、アウトコース高めのストレートを三遊間に弾き返してチャンスを広げる。

 

 

1アウト一二塁。

ここでこの試合ヒット2本の御幸が打席へ入る。

 

左打席、バットを肩にかけて投手へと視線を向ける。

 

橙色に輝くバイザーサングラスの中にいる、切れ長の鋭い目つき。

周囲に纏う強打者特有の威圧感を真っ向に受け、柳楽も少なからず重圧を感じる。

 

 

ぞわっと、肌をピリピリと刺すプレッシャー。

 

 

(恐れているのか、この男を。)

 

 

チャンスに強い主砲。

ただ、それだけではない。

 

風格と圧力、そしてプライド。

 

 

全てが、桁違い。

逃げそうになりながらも、胸を張る。

 

 

逃げたら、投手として負ける。

勝負云々ではなく、1:1で始まる前から負けるなんて、あってはならない。

 

リスクを考えれば、勝負することは得策ではない。

 

しかし。

自分が投手ならば、ましてやエースなのであれば。

 

 

(勝負しますよ、監督。)

 

(お前が逃げたら、それこそ勝ち筋なんて無くなっちまう。お前がやるって言うんだ。それを間違いだとは思わない。)

 

 

ベンチから、肯定の頷き。

それを確認すると、柳楽は再び捕手へと視線を戻した。

 

 

 

特段大きくは無いが、スタンドへと運ぶパワーは充分ある。

 

高校通算は、40本越え。

3年になり確実性も上がってきており、4番としての風格が出てきた。

 

 

投手目線から見ると、若干懐も深い。

インコースにも詰まりにくいが、外もしっかりと届く。

 

比較的引っ張り方向に強い打球を放つ傾向にあるが、流し方向にもスタンドインさせる技術とパワーもある。

 

 

(狙うはツーシーム、だけど。)

 

 

ここまで軌道は焼き付くほど見てきた。

それこそ速度感と落差は大野とさほど変わりはないが、キレや軌道は異なる。

 

どちらかと言うと大野の方がストレート軌道に近い分、2球種の見分けは難しい。

 

 

しかしそれでも、判断してから打つというのは無理。

ある程度の速度を持ちながらほぼ近い軌道で変化するため、追い込まれては対応しきれないところはある。

 

 

 

初球、ここで柳楽が投じたのはカーブ。

変化自体は特段すごいものではなかったが、面食らった御幸はこれを見送って1ストライク目を奪われる。

 

 

隠していた訳では無い。

使えるレベルではないから、そもそも使っていなかった。

 

とはいえ、ハッタリ程度にはなる。

 

 

案の定、御幸も初球から初めて見たボールに手を出すほどの博打はしない。

特にこのチャンスの場面、狙い球を絞って対応できるなら、それに越したことはないのだ。

 

 

2球目は、外角に外れているフォーシーム。

これは流石に手を出さず、見送って1-1。

 

3球目のフォーシームは、ゾーンに決まる。

 

回転数も多くキレのあるストレートが外の低めビタビタに決まり、2ストライクと早くも追い込んだ。

 

 

(決め球で使ってくるのか?それとも。)

 

 

 

しかし柳楽は、押し切った。

 

テンポよく投げ込まれた4球目。

得点圏にランナーを背負っているこの場面で、最後は内側。

 

ツーシームに頼りきらず、強気に攻めた内角低めのフォーシームは、今日最速の146km/hを叩き出してみせた。

 

 

金属音。

しかし、若干詰まり気味だがいい当たりで放たれる打球。

 

鋭い当たりは一二塁間。

 

 

あわや追加点という当たりを防いだのは、やはりこの男であった。

 

 

 

『奈良が飛びついたー!鋭い当たりでしたが、ここは名手奈良の守備範囲内!青道の追加点を防ぐファインプレーで2アウト目を奪います!』

 

 

 

一二塁間抜けるという当たり。

これに飛びつく奈良がなんとか追いつき、一塁転送。

 

普段ポジショニングでできるだけ丁寧に対処する奈良にしては珍しい姿。

 

 

それほどまでに必死に。

そして諦めない姿は、奮起してなんとか抑えようとする柳楽を鼓舞するには十分すぎた。

 

 

 

最後は金丸に対しては、ストレート勝負。

5球目に投じた外角低めのフォーシームで、空振り三振に斬ってとる。

 

直球に強い金丸に対してしっかりと投げ込み、力勝負で押し込んだ。

 

 

「っしゃあ!」

 

 

右拳を握り込み、柳楽が吼える。

失点こそしてしまったが、まだ負けが決まった訳では無い。

 

せめて、一矢報いる。

 

 

(まだ負けられない。こんなところで、終わってたまるか。)

 

 

ベンチに戻り、なおも声を張り上げる。

それに応えるように奈良が、そして他の選手たちもまた声を張り上げる。

 

まだ、負けていない。

こんな所で終われない。

 

 

諦めない。

ただひとつの、執念。

 

全国最強の高校に一矢報いると、創聖のベンチは今年の夏一番の盛り上がりを見せた。

 

 

打席に向かう準備をしながら、奈良がグラウンドを見つめる。

 

 

(勝ちたい。まだ、終われない。)

 

 

昨年。

稲実に負けた、夏。

 

薬師のような話題性もなければ、今対戦している青道のような地力の強さもない。

 

地味と言われれば、それまで。

 

しかしそんな自分たちだって、甲子園を目指して練習してきた。

 

 

見返したい。

誰も勝つと思っていないこの緩みきった会場の空気を、ぶち壊したい。

 

最初は、そう思っていた。

 

 

しかしどうしてか。

見返したいというその感情から、ただ純粋に勝ちたいという想いに変わっていた。

 

 

 

「いいチームだな。」

 

 

マウンドへとゆっくりと向かう大野に向けて、防具を身にまとった御幸が早足で近づいてそう言う。

 

 

確かに大野自身も投げていてプレッシャーを感じていたし、スイングも鋭いと感じていた。

 

しかしそれ以上に、癖のなさ。

派手のなさは隙のなさに直結する。

 

 

「監督が時間をかけて作ってきたんだろう。お前の言う通り、いいチームだと思う。」

 

 

同じ目線で、それを徹底できている。

堅守、丁寧でいながら思い切りよく。

 

単調ではない。

同じ目線ながらも、自分たちが出来ることをしっかりとやり切っている。

 

 

強い弱い関係なしに、いいチームだ。

 

そう、大野は内心で呟いた。

 

 

「まあ、関係ない。頂点を目指すというのなら、踏み台にしなければならない。」

 

「……だな。」

 

 

冷酷な視線と、湧き上がる熱気。

どこかアンバランスな空気感は、マウンドを見上げる打者からすれば少し不気味なものである。

 

 

「奈良と柳楽に引導を渡す。悔いは、残さん。」

 

「捩じ伏せよう。2人を完璧に抑えれば、試合は終わる。」

 

 

チームの柱である、2人。

野手の柱である奈良と投手の柱である柳楽を抑える。

 

意思疎通を済ませ、2人はそれぞれの持ち場へと戻って行った。

 

 

 

(なーんて格好つけたけど。あっさり3番に打たれんなよ。)

 

(んなことは分かっている。手加減無しだ、全力でねじ伏せる。)

 

 

3番の七月は、ここまで降谷のストレートに振り送れていない。

その上高めも全然釣られないと、中々厄介である。

 

御幸のサインに大野が小さく頷き、スっと左足を引いた。

 

 

(まずは。)

 

(これを、振らせる。)

 

 

低めのフォークは、打ち返している。

恐らく低めのボールを狙っていると思うのだが、コースさえ間違えなければ上手く振らせることができるはず。

 

まずは外角低めの速球。

 

スピードを持って進んでいく速球は、手元でシュートしながらストンと落ちた。

 

 

「ストライク!」

 

 

手始めに、外角低めのストレートを多投するコースから変化するツーシーム。

これを狙い通り振らせて、1ストライク。

 

 

さらに2球目も同様のコース。

先程落としたコースにストレートを放って見逃しの2ストライクを取ると、早くも七月を追い込む。

 

 

そして、3球目。

内角高め、吹き上がるようにして真横に曲がるジャイロのカットボールで空振り三振。

 

 

 

右脚を振り抜き、反転。

 

ロージンバックに右手を当てて、フッと息を吐く。

 

 

まずは、1人目。

白く染まった人差し指をピンと立て、18m先の相方に向けた。

 

 

(さあ、ここだぞ。)

 

 

御幸の表情に、大野は頷いて深呼吸をする。

 

心を落ち着ける。

同時に、余計な考えを全て捨てて、勝負に徹する為に。

 

 

(奈良。)

 

 

ほんの短い期間であったが、共に戦った。

少しの思い入れは、ただの敵とはまた違うことを再認識させられる。

 

いい選手だ。

 

仲間として戦ったからこそ、よく感じる。

 

 

(大野。)

 

 

そしてそれは、打席に立った奈良も同様。

 

さらに言えば、実際に後ろを守っていて感じた。

本当のエースと、投手としての完成度。

 

何より、無敵という文字が本当に似合っていた。

 

 

甲子園優勝投手は、伊達じゃない。

間違いなく実力でも風格でも、それに姿勢もまた。

 

日本で一番すごい投手だというのは、甲子園に行っていない奈良ですら感じていたのだ。

 

 

(だが、負けん。)

 

 

理由にならない。

負けたくない、まだ終わらせたくない。

 

勝つのなら、この大野夏輝を打たなければいけない。

 

 

 

 

瞳孔を開き、鋭い眼光で大野を見据える。

それを感じ取り、大野もまた七月らと勝負している時とは違う、最大級の集中時の瞳が開いた。

 

 

(その瞳だ。怖いほど澄んでいて、吸い込まれるような、綺麗なのに不気味な瞳。これが、本気の合図なんだろ。)

 

 

ここまではあくまで、本気ではなかったということか。

 

仲間がコケにされた。

その事に若干腹が立ちつつも、自分自身の評価がそこそこに高いこともなんとなくわかった。

 

 

無論、大野もしっかりと力を入れていたつもりだ。

しかし本気のさらに上、奈良という好打者との対戦により集中力を高めきった今こそが、大野の感覚を研ぎ澄ました状態なのだ。

 

 

 

 

初球。

奈良に襲いかかったのは、完璧なコースに決められた純粋すぎる高スピンのフォーシームであった。

 

 

『138km/h』

 

 

バックスクリーンに表示されたスピードが、大野の本気を物語る。

 

勝負がほぼ決まっている今。

さらに言えば、準決勝と決勝が控えているこの試合で。

 

 

会場の誰もが青道の勝利を確信している。

しかしそんな中でも。

 

マウンドにいるエースは、目の前の打者に対して本気で向かって行っていた。

 

 

(くそっ、速い。それにどんだけいいコースに投げてんだよ。)

 

 

思わず、苦笑を浮かべてしまう。

 

ギアを上げてスピードが上がる投手というのは、確かによくある。

それこそ投げている力をさらに増して投げていればそれだけスピードも上がっていくというもの。

 

 

しかし大野のそれは、最大限まで感覚を研ぎ澄ました状態。

 

スピードだけでなく、コントロール。

そしてボールのキレや変化球の強度まで上昇するのが、この大野夏輝の「本気」なのだ。

 

 

 

2球目。

今度は内角高め。

 

前のボールとは全く逆、ストライクゾーンの上下左右の幅を目一杯使った縦横無尽の投球は、奈良のバットをいとも簡単にすり抜ける。

 

 

『ここも空振り!奈良、早くも2ストライク追い込まれます!』

 

 

にわかに盛り上がる会場。

 

奈良はバットを持ち直し、再び高く掲げた。

 

 

(終わるかよ、こんなところで。)

 

 

3球目。

内角低めのストレート。

 

これもかなり窮屈なスイングで何とかバットに当てて、ファールとなった。

 

 

(かなり引き付けてるな。全部に対応するつもりか。)

 

 

息を乱し、必死の形相でバットを掲げる奈良を見て、御幸は大野にサインを出した。

 

 

目が慣れて変に対応される前に、終わらせる。

 

要求したのは、外角高め。

ここまで大野が空振り三振を量産してきた、カットボールで仕留める。

 

 

この御幸の思惑を理解した大野も小さく頷き、伝家の宝刀を思い切って引き抜いた。

 

 

ジャイロ回転で、ストレートと同軌道同速度で突き進む。

奈良もストレートだと視認してスイングするが、幾度となく見せられてきたシーンが頭に過り。

 

 

(カットボール…!)

 

 

無理やり、スイングの軌道を変えた。

 

弱々しい打球だが、なんとかバットに当てることに意味がある。

ギリギリ当てて粘った打球は、一塁線切れてファールとなった。

 

 

(対応した?)

 

(反応したな。轟ほどじゃないが、ここで当てられるとは思わなかった。)

 

 

しぶとく食らいつく奈良に、大野が思わず笑みを零した。

 

ただ純粋に、いい打者だという感心。

それと同時に、好打者との対戦に高揚していた。

 

 

4球目は、外のチェンジアップ。

ここまでの速いボールに対して遅いボール。

 

これもまた何とかバットに当てて、ファールで粘った。

 

 

(緩急にも。)

 

(まだ終われないんだよ。どんな球が来ても食らいついて見せる。)

 

 

息を吐き、再びバットを掲げる。

 

形なんてどうでもいい。

ただ今は、負けないように。

 

 

5球目は、内角低めのストレート。

膝元のボールも詰まりながらバットに当てて、ファール。

 

 

(いい選手だ、本当に。)

 

 

まだ負けていないという姿勢を、見せるために。

そしてベンチに希望を見せるために。

 

ここまで必死に粘る姿は、やはり最後の大会ということをヒシヒシと感じさせる。

 

 

(だが、終わらせる。)

 

 

最後は、伝家の宝刀。

先程の内角低めと逆、外角低めから沈むツーシームを落とす。

 

ツーシームと判断した奈良も、その時にはもう遅い。

 

 

真横に曲がるカットボールは何とかバットに当てたものの、落差の大きいツーシームには流石に対応しきれず。

 

粘った末に最後は、135km/hのツーシームで空振り三振に仕留められた。

 

 

 

空振り三振、項垂れたまま動けない奈良。

それを見下ろし、大野はすぐに次の打者である柳楽へ視線を移した。

 

 

奈良が空振り三振に喫してもなお、鋭い眼光で大野を睨む姿。

その闘志剥き出しの柳楽に、大野はマウンドで投球の準備をした。

 

 

(少なからず、劣等感はあった。)

 

 

高い制球力を活かして、ストレートと近い軌道で変化するツーシームを投げ分けて試合を作る。

 

 

言わば、大野とほぼ同じである。

さらに言ってしまえば、春のセンバツで世代最強の称号を手にした彼と比較しても、完全な劣化版という烙印を押されていた。

 

制球力も、変化球の精度も。

同じツーシームは大野の方が落差も大きくキレもあるし、何よりストレートとの見極めは至難である。

 

それに加えて、同じく決め球として使えるジャイロカットボール。

緩急のチェンジアップとカーブなど、投球幅も広く高い精度で制球できる。

 

 

基本ストレートとツーシームの投げ分け、そして時折投げるカーブのみの柳楽に対しては、どうしても対応力も大野とは比較にならない。

 

 

唯一ストレートのスピードで言えば、最速147km/hである柳楽に軍配が上がる。

が、ノビとキレのせいか、空振り率は大野の方が高い。

 

あとは、被本塁打は大野の方が多い。

試合数自体が全く違うのもあるが。

 

 

(レベルが違うのも、実力が劣っているのもわかる。だけど、ハナから諦めてたまるか。)

 

(何がなんでも食らいつく気だ。こういう奴は何を起こすか分かんねー、気をつけろよ。)

 

 

柳楽の視線に御幸が思わず大野を見る。

しかし、大野は小さく首を振って答えた。

 

 

(言っただろ、悔いはのこさないと。それに。)

 

(それに?)

 

(こいつは特に、本気で抑えなければいけない相手だ。)

 

 

実力云々ではない。

ただ、同じエースとして。

 

そして、酷似したピッチャーとして。

 

 

これまで見せていた若干の笑みも也を潜め、鋭い眼光を柳楽に送り返す。

 

帽子の鍔から見え隠れする、紺碧の瞳。

顔半分が鍔の影で暗くなっているその姿が不気味に見え、柳楽は若干気圧される。

 

しかしすぐに、大野の視線を受け止めた。

 

 

 

 

 

初球から、バックドアのツーシーム。

外のボールゾーンから抉り込むこの高速変化球をストライクゾーンに入れて1ストライク。

 

 

(これが、大野のバックドア。俺には出来ない芸当。)

 

 

テンポよく2球目。

続けざま、今度は外角高めでストライクゾーンからボールゾーンに逃げるカットボールで空振り。

 

 

(なんて球だ。振るまでストレートかと思っちまう。)

 

 

早くも追い込まれた柳楽。

しかしここから食らいついてやると、息を吐いてバットを構えた。

 

 

3球目は、真ん中付近からキレよく曲がる縦のカーブ。

これには柳楽も何とかバットを止めて、1ボールとなる。

 

 

1ボール2ストライク。

そこから選択したボールは、チェンジアップ。

 

外角低めでほぼ変化なく、遅いボールをキワキワのコースに投げ込んだ。

 

 

「っ!」

 

 

この遅いボール。

何とか柳楽も粘ってバットに当てて、カットした。

 

 

(こいつ、俺に見せつけようってのか。)

 

(全勢力をもって、お前を抑える。)

 

 

ノーワインドアップから、トルネード。

マウンド上で巻き起こった竜巻は、溜められた全エネルギーを白球へと込められ、放たれた。

 

 

文字通り、全勢力。

己の持ちうる全てのボールを使って、柳楽を抑え込む。

 

 

最後は外角低め。

大野の軸となるこのキレのあるフォーシームは、139km/h。

 

今日最速のこのボールを見事外角低めの完璧なコースに決めて、柳楽を空振り三振。

 

 

完膚なきまでにやられた柳楽は、表情を崩さないままベンチへともどっていく。

 

 

 

345番。

このチームのクリーンナップであり、奈良と柳楽というチームの柱を押さえ込んだ形で、7回の裏を終えた。

 

 

 

 

 

 



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エピソード200



記念すべき200話です。
まさか自分もこんなに長引くとは思っていませんでした。

もう少しお付き合い下さい。





 

 

 

『試合終了ー!最後は川上が3人できちっと締めてゲームセット!粘る創聖を一気に突き放して9-0で8回コールド。青道高校、ベスト4進出です!』

 

 

マウンド上で右拳を握り込み、声を張り上げるノリ。

その後に駆け寄ってきた御幸とハイタッチをして笑みを浮かべる。

 

ベンチ内でそんな姿を見つめながら、俺も氷嚢で大きくなった肩肘を気にしつつ拍手をしながらベンチを出た。

 

 

 

グラウンドへ並び、礼。

 

この試合ができるように準備してくれたスタッフと、会場への感謝の為に。

そして、互いの健闘を称えるように。

 

 

向かい合って、頭を下げた。

 

 

「「ありがとうございました!」」

 

 

礼を終え顔を上げると、創聖の選手たちの目には熱いものが浮かんでいた。

 

 

当然か。

彼らもまた、甲子園を目指して2年半この高校野球に身を捧げてきたのだ。

 

その道を途中で絶たれたのであれば。

 

 

少なからず、悔しさはあるはずだ。

 

 

 

こういう姿を見ると、また負けられない理由が一つできたと感じる。

 

無論、何がなんでも勝つつもりだが。

一つの夏が終わるのを目の当たりにすると、背負うものが増えると実感する。

 

 

「大野、御幸。」

 

 

声をかけてきたのは、奈良。

 

その目元はほんのり赤らんでおり、試合に全力で向き合って泥だらけになったユニフォームのままこちらへ向かってきた。

 

 

「負けるなよ。まずは次、市大三校は手強いぞ。」

 

 

彼の言葉に、俺たちは力強く頷く。

 

まずは、か。

甲子園を目指しているからこそ、出る言葉だな。

 

おそらくその先の稲実との試合も見据えていたのだろう。

 

 

東京選抜として一緒に戦った、好敵手。

 

彼から差し出された右手は、とても硬かった。

 

 

 

奈良が離れていき、御幸が俺をベンチへと促す。

 

しかし近づいてくる選手がもう1人いることを察し、俺はそちらへと視線を向けた。

 

 

「一也、先戻ってて。」

 

 

俺がそう言うと、御幸は小さく頷いて先にベンチへと戻っていった。

 

 

「柳楽、か。」

 

 

7回1/2、9失点。

数字にしてみれば、決していいとは言えない。

 

しかし強力打線であるうちをしっかりと向き合って投げ切ったのは本当に素晴らしかった。

 

 

どこか雰囲気も近寄りがたいものがある。

しかし投げている姿も風格もまた、チームを背負ってなんとか勝たせようと奮起する姿はエースそのものであった。

 

そんな彼から放たれた言葉は、俺の予想もできないような言葉であった。

 

 

「ありがとう、大野。最後に全力で向き合ってくれて。ここまで完璧にやられては、俺も諦めがつく。」

 

 

最後に見せたのは、この日柳楽が見せた初めての笑顔であった。

 

その瞳には涙も浮かんでおらず、どこか清々しい。

きっと悔いも、残っていないのだろう。

 

 

そうだな、悔いも残さないと意気込んで投げたが。

でも、最後の打席の諦めない姿を見て考えが変わった。

 

 

「また、やろう。」

 

 

俺がそう言って右手を差し出すと、柳楽も小さく笑って頭を軽く掻く。

そしてすぐに、俺の右手をガッチリ握り返してくれた。

 

 

「よく言うよ。俺の心完全に折るつもりで投げていただろう。」

 

 

バレてた。

 

 

「あー、まあね。早く試合を終わらせないと、正直何があるかわからないし。」

 

「そりゃあ決め球全球種使った上に最後にあのコースにストレート決めるなんてな。どんだけ器用なんだよ。」

 

 

まあ、コントロールには自信あるし。

 

当然、どの変化球も制球できなきゃ意味がない。

と言うより、大事なところで決められない球を決め球とは言えない。

 

その点でいえば、柳楽のツーシームは間違いなく完成度の高い決め球ではあった。

 

 

「負けるなよ。いらん心配かもしれんがな。」

 

「いや、ありがとう。お前たちの思いも背負うさ。」

 

 

俺がそう答えると、柳楽が笑って付け加えた。

 

 

「余計なことは考えるなよ。変に気負われても悪いしな。」

 

「なんだ、打席から見た俺の背中は、そんなにちっぽけだったか?」

 

「…面白い男だな、大野。またお前と試合がしたい。」

 

 

どこか複雑そうに、彼は笑う。

そうして離れていく柳楽を見送りがら、俺は小さく笑った。

 

 

柳楽、案外喋るんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西東京の4強が、決定した。

 

 

反対側のブロックは、稲実と紅海大菅田。

3年連続の甲子園出場を狙う王者稲実に挑むのは、ここ最近一気に力をつけた菅田。

 

こちら側のブロックは、市大三校と青道高校。

 

兼ねてよりのライバル校同士の、決戦となる。

 

 

 

市大三校。

稲実、そしてうちと合わせて三強と呼ばれている西東京の強豪校。

 

高い攻撃力で大量得点を狙い、さらにはしぶとさもある。

 

4番で東京代表にも選ばれた星田と、3番で主将の宮川。

彼らを中心としてしぶとく、且つ凄まじいパンチ力を誇る。

 

 

そして何より、チームを支えるエース。

昨年は、真中さん。

 

そして今年は言わずもがな、背番号1の天久光聖。

 

 

最速150キロオーバーのフォーシームに加え、カーブとそこそこに落ちるフォーク。

 

そして何より、彼を象徴する変化球のスライダー。

縦に大きく割れる大きなスライダーは、この都内でも高い奪三振率を誇る。

 

コントロールは決して悪くはなかったが、良い方ではない。

 

と言うよりは、とにかく本人のやる気のパラメーターの上下にとにかく調子が左右されやすいため、コントロールが悪いと思われやすい。

 

 

しかしまあ、春の都大会では完投。

 

こちらと試合するときはいつも調子は悪くない。

 

恐らく俺たちというか、強豪と試合をするときは少なからずやる気は高い方になるのだろう。

その証拠に、関東大会では好投を連発していた。

 

 

 

「昨日も投げていたが、恐らく次も投げるだろう。」

 

「まあ、スタミナもあるしな。3日開くわけだし、全然投げられると思う。」

 

 

俺がそういうと、前に座っていた倉持も腰掛けていた椅子を少し傾けて返答した。

 

まあ、確かに。

俺のように怪我持ちという訳でもないし、連投もあまり苦にしているようには見えない。

 

 

何より、この大1番。

先発しない意味が、ない。

 

 

 

そんなことを話しながら、俺は先程から流れているビデオに視線を戻す。

 

試合は、先の準々決勝。

市大三高と仙泉の試合である。

 

 

互いにエースを投入したこの試合。

 

序盤は仙泉リードで進んだが、中盤にかけて市大三高が逆転。

その後はギアを上げた天久を攻略することができず、6-2で市大三高が勝利

収めた。

 

 

「お前、奥村とナベと一緒に見に行ったんだろ。どうだった?」

 

 

横にいた御幸にそう聞かれて、俺は思い出すように顎に手を当てる仕草を見せる。

 

 

序盤は制球に苦しんでいたように見えたが、3回にはいつも通りゾーン内で強気に勝負していた。

 

特にストレートの威力が凄まじく、仙泉もかなり振り遅れているように感じた。

 

 

 

何より。

スライダー系のもう1つのボールを、習得している。

 

これは春時点では投げていなかった、新球種。

 

 

「見た感じは恐らく、ジャイロの小さい縦スラ。スライダーと投げ分けられたらかなり苦戦しそうだな。」

 

 

俺がそう言うと、沢村が首を傾げて言った。

 

 

「ジャイロって、夏輝さんが投げてるカットボールもそうですよね。変化の仕方が全く違う。」

 

「同じジャイロでも、回転軸が違う。」

 

 

俺のジャイロは、回転軸としてはフォーシームと同じ。

 

言わばフォーシームをそのまま進行方向の垂直に角度を変えて弾丸回転にしている感じ。

俗に言う、フォーシームジャイロと呼ばれる変化球である。

 

 

特に俺のものは回転軸が進行方向に若干傾いているため、揚力が生まれて浮き上がりながら曲がる。

 

空気抵抗は極端に少ないため減速しないまま真横に曲がる。

 

 

 

 

対する天久のそれは、回転軸はツーシームと同じ。

 

ツーシームの回転軸で弾丸のような回転、いわゆるジャイロ回転をしながら突き進む。

進行方向と垂直にスピン、且つその回転軸はツーシームとほぼ同じ。

 

これは俗に言う、ツーシームジャイロと呼ばれるボールである。

 

 

一般的なスライダー系に比べて極端に空気抵抗が少ない為、ブレーキがかからず手元で加速するようにストンと縦に落ちる。

 

特に俺のジャイロカットボールは揚力で少し伸びるのに対して、天久のものは縦にストンと落ちるものである。

 

 

因みに、一般的にジャイロ回転のスライダーと呼ばれるものは、天久のような縦変化を指すことが多い。

 

 

「それってどっちが良いんすか。」

 

「人それぞれ、だな。ストレートに偽装して投げる俺のジャイロは出来るだけストレートに近いほど打ち損じさせやすい。天久のは恐らく、彼の縦スラに偽装させているのだろう。だとしたら、縦気味にストンと落ちた方が使いやすいと思う。」

 

 

へぇっと頷く沢村に、俺は再びビデオに目を向けた。

 

イメージしやすい球で言うと、天久が普段投げているものよりも小さいスライダー。

恐らく三振を取りに行く大きいスライダーが制御しきれないからこそ、ゾーン内に投げ込める小さい変化球を取り入れたのだろう。

 

 

今まで変化が大きすぎて見送られていたスライダーに近い、小さいゾーン内に集められる変化を加えたのは、あまりに合理的で効果的であった。

 

 

 

「スライダーに加えてこの変化球。ストレートも速く、コントロールも良い。ゾーン内で勝負してくる強気な投手なだけに、積極的に振っていこう。」

 

 

監督がそう言うと、みんなが声を上げる。

 

まずは、ここ。

最も大きな山場の一つが、この市大三高との試合である。

 

 

そして何より。

 

 

「この試合、大野に投げさせるつもりは無い。沢村、降谷。お前たち2人に任せる。」

 

 

俺は今日投げたことで、市大三高戦では投げないとコーチと監督から予め聞いていた。

 

と言うより、これは2人からのメッセージ。

俺は次の決勝戦。

 

成宮鳴との決戦に備えて、万全の状態にしておく。

 

 

 

とはいえ、何かあればすぐに出るつもりだ。

 

 

まずは、前回の春の大会では敗北してしまったこの対戦相手に、勝ち切る。

 

でなければ、俺たちの甲子園は春で終わりなのだから。

 

 

 

 



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エピソード201

 

 

 

 

 

市大三高との準決勝を控えた、7月末。

 

俺は監督やコーチなどの配慮もあり、稲実戦に集中するべく今回は野手としての先発出場となっている。

 

 

とはいえ、前回も天久を完璧に攻略できていない上に、相手は新球種も手にしている。

 

少なくとも、真田と同等クラス。

下手をすれば、実力自体はそれ以上かもしれない。

 

攻略は、容易ではない。

 

 

「シュッ!」

 

 

脱力気味にバットを揺すってから、来た球を弾き返す。

 

 

打者の中ではマシン打撃をあまり好まない選手もいる。

 

まあ実際の投手の球と感覚も違えば、生きているボールや勢いのあるボールは来ない。

とはいえ俺のように場数の少ない投手に関しては、全然マシンで事足りる。

 

というか、俺はそこまで気になる次元ではない。

 

 

速いボールをフォームを振り負けずに打ち、変化球にも合わせる。

とにかくそれに限る。

 

 

 

まずは天久のスピードボールを打つ。

最速150km/hで強いボールを投げてくるピッチャーで、それもかなり強気に攻めてくる姿がよく見られる。

 

特に気持ちよく投げている時は、ガンガン真っ直ぐで勝負してくる為、スライダーだけに意識を向ける訳には行かない。

 

 

何球か続けて、今度はスライダー。

斜め下に迫りながら滑り落ちるこのボールを弾き返す。

 

掬うようにして、センター返し。

 

 

それを何度も続けている内に、後方からの視線を感じて俺は打席を外した。

 

 

「上手いですね、大野先輩。特に流し打ちめっちゃ綺麗です。」

 

 

こちらを見ていたのは、順番待ちをしていた由井。

そろそろ変わるタイミングかと確認すると、ヘルメットを外して由井の言葉に答えた。

 

 

「あぁ、当てるのはな。一也曰く、肘の抜き方と手首が器用なんだってな。」

 

「確かに。内角の捌き方とかはほんと、参考になります。」

 

 

よく言うよと、そう思った。

 

由井も割と天才型で、来た球に上手くミートして弾くタイプ。

長打も多いが極端にパワーがあるというより、上手く芯に当てて飛ばしている。

 

そうだな、タイプ的には小湊。

どちらかというとアベレージヒッターで、最も調子が良い時は反応でバンバン打ちまくる。

 

降谷や結城のような典型的なパワーヒッターとは、反対だ。

 

 

「まあ、あんまり考えすぎないことだな。特に君のようなタイプは。」

 

 

ほれ、チェンジだろ。

そう言って俺は、由井に打席を譲ってブルペンへと向かった。

 

 

 

「どうですか、2人の調子は。」

 

 

ブルペンのベンチにドカりと座り、顎髭に触れている中年男性に声をかける。

 

もはやブルペンの主として定着したこの落合コーチ。

この青道のブルペンを底上げし、全国でも有数の投手王国を作るのに一役かってる男。

 

そして俺の、大野夏輝の投手復帰を支えてくれた1人である。

 

 

「あぁ。状態はかなり良いな。コントロールもある程度纏まっているし、最高とは言い難いがまあ、許容だろう。」

 

 

そう言って満足気な表情を浮かべている。

 

恐らくコーチの目からみても、状態はかなり良いのだろう。

 

 

しかし極端な期待を持たせないために、ある程度含みを持たせて言っている。

この人の性格なら多分、そうだと思う。

 

 

その証拠に、俺の目から見ても降谷と沢村の調子はかなり良さそうに見えた。

 

 

「コントロールも纏まってますし、脱力も出来てて良さそうですね。本人たちには言えませんが。」

 

「まあ、な。」

 

 

そう言って、コーチが若干口角を上げる。

 

本人たちに調子がいい事を言ってしまえば、彼らはそれを意識して変な力が入ってしまう。

 

特に2人のような未成熟の投手は、意識次第でかなり乱れることがある。

 

それこそ、いい状態に持っていこう持っていこうと意識をし過ぎて変な力が入り、却って調子を落としたり怪我に繋がったりすることもある。

 

 

責任感を持つことも、決して悪いことじゃない。

しかしそれで調子を崩しては、元も子もないのだ。

 

なんと言っても、今のふたりは頼りになる。

下手に気負わなくても、変に意識しなくても。

 

2人は既に、この都内を代表できる格の投手となっているのだ。

 

 

 

 

降谷は、圧倒的な最大出力とプレーで見せる姿勢。

それに加えて、極端だった調子の下振れがかなり減り、制球力もスタミナも大幅に改善された。

 

 

そしてストレートを生かす、2つの変化球。

 

まずは、フォーク。

ストレートに近い軌道でストンと真下に大きく落ちる変化球。

 

落差と軌道も相まって高い奪三振率を誇り、慣れのお陰かかなり制御も上手く出来ていた。

 

 

そしてもう1つは、スローカーブ。

ストレートとは真逆、完全に打ち気を逸らす緩い変化球。

 

緩急でタイミングを外し、彼の最大の特徴であるストレートをより輝かせる。

 

 

精神的にも成長し、安定感が出てきた。

さらにトレーニングを重ねたことで下半身にも粘りが出て、フォームも固まった。

 

制球も前ほどは悪くないし、ゾーンでどんどん勝負できる。

 

 

創聖との試合でもそうだったが、ここ最近は本当によく試合を作れていた。

 

 

 

 

沢村は、空気を変えるピッチングと底知れぬ明るさ。

それに加えて、これまでに無かった快速球と彼だけの個性とも言えるオリジナル変化球たち。

 

 

キレのあるフォーシームを軸とした、空振りも取れるムービングボール。

 

 

カットボール改とスプリームは、ストレートに偽装して打者を惑わす高速変化球。

高い制球力で、正に縦横無尽にボールを動かす。

 

あとは、チェンジアップによる緩急。

ストレートと同様の腕の振りから放たれる、遅いボールで一気にタイミングを外す。

 

さらに言えばツーシームやカットボール、無造作に動く高速チェンジアップなど敢えて小さく動かす変化球で打たせてとることも出来る。

 

 

入学後からしつこく続けてきたランニングでスタミナは十二分。

その上足腰もかなり強くなった為、左右への投げ分けとコントロールはかなり良い。

 

 

出会った頃とは本当に、別人になった。

それは2人ともそうなのだが、沢村は特にそうだ。

 

 

 

「夏輝さん!今日はどうでしたか!」

 

「大野先輩。どうでしたか。」

 

 

耽っていると、急に近くにいた沢村と降谷。

こいつらは本当に、俺の気も知らずに。

 

落合コーチの視線。

 

 

(余計なこと言うなよってことですね。)

 

(下手なこと言うなってこと。)

 

 

右目を瞑り、小さく息を吐くコーチに俺も頬をかいて一言返した。

 

 

「ま、悪くなさそうだな。試合も近いから投げすぎんなよ。」

 

 

そう当たり障りも無いことを言って、俺はそそくさとブルペンから離れていく。

 

そろそろ休憩時間も終わりだし。

野手練習の方に、戻らなきゃいけないし。

 

 

そう思い、俺はグラウンドの方へと戻って行った。

 

 

 

 



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現状の能力云々(夏大準決勝時点)

 

 

 

3年

背番号1 大野夏輝

ポジション 投手 中堅手 左翼手

 

【基礎能力】

 

ストレート 140km/h 球威A

ツーシーム 138km/h 球威A

ジャイロカット 変化量6 球威B

チェンジアップ 変化量2 球威C

Dカーブ 変化量4 球威C

スライダー 変化量2 球威E

SFF 変化量2 球威E

 

 

コントロール A84

スタミナ A81

 

 

 

【特殊能力】

対ピンチA /ノビA /クイックF /ケガしにくさF

キレ○ /奪三振 /精密機械/球持ち○ /牽制○ /闘志 /要所○/原点投球/対強打者○/ギアチェンジ/エースの風格/全開/軽い球 /負け運

 

 

野手能力

 

弾道1

ミート B71

パワー D56

走力  C67

肩力  A82

守備力 B70

捕球  D50

 

 

アベレージヒッター /流し打ち /ラインドライブ/チャンスメイカー /カット打ち/対変化球○

 

 

 

 

 

大野夏輝(絶好調)

 

 

【基礎能力】

ストレート 142km/h 球威S

ツーシーム 140km/h 球威A

ジャイロカット 変化量7 球威A

チェンジアップ 変化量2 球威C

Dカーブ 変化量3 球威B

 

 

 

コントロール A89

スタミナ B74

 

 

 

【特殊能力】

対ピンチA /怪童 /クイックF /ケガしにくさF

キレ○ /ドクターK/精密機械/球持ち○ /威圧感/意気揚々/闘魂/要所○/原点投球/対強打者○/エースの風格/全開/軽い球 /負け運/ミックスアップ

 

 

 

 

 

 

 

 

3年

背番号2 御幸一也

ポジション 捕手 一塁手

 

 

【基礎能力】

 

弾道4

ミート B74

パワー A82

走力  D56

肩力  A81

守備力 B77

捕球  B78

 

 

【特殊能力】

 

チャンスA /キャッチャーA /送球A

広角打法/意外性 /4番○ /満塁男/一掃/威圧感/ホーム死守/バズーカ送球/対エース○

 

 

 

 

 

3年

背番号3 前園健太

ポジション 一塁手

 

 

【基礎能力】

 

弾道4

ミート E46

パワー B73

走力  E45

肩力  D52

守備力 C60

捕球  C61

 

 

 

【特殊能力】

チャンスB

プルヒッター /三振/ヘッドスライディング /悪球打ち/インコースヒッター /強振多用

 

 

 

 

2年

背番号4 小湊春市

ポジション 二塁手

 

 

 

【基礎能力】

 

弾道2

ミート A84

パワー D52

走力  C60

肩力  D52

守備力 B78

捕球  C62

 

 

 

【特殊能力】

チャンスB /走塁B/送球B

アベレージヒッター /固め打ち /チャンスメイカー /連打/粘り打ち/カット打ち/守備職人 /アイコンタクト/代打○ /ミート多用

 

 

 

 

 

2年

背番号5 金丸信二

ポジション 三塁手

 

 

【基礎能力】

 

弾道 3

ミート C63

パワー B71

走力 C60

肩力 D54

守備力 B70

捕球 E47

 

 

 

【特殊能力】

チャンスB

初球○/対ストレート○/逆境/リベンジ/決勝打/意外性/ヘッドスライディング

 

 

 

 

 

3年

背番号6 倉持洋一

ポジション 遊撃手

 

 

 

 

【基礎能力】

 

弾道2

ミート C64

パワー D54

走力  A88

肩力  C69

守備力 B79

捕球  B71

 

 

 

【特殊能力】

 

盗塁A /走塁A /送球B

内野安打○ /バント○ /チャンスメイカー /かく乱/ヘッドスライディング/守備職人/アイコンタクト/選球眼

 

 

 

 

 

3年

背番号7 麻生尊

ポジション 左翼手 中堅手

 

 

 

【基礎能力】

 

弾道1

ミート D50

パワー D54

走力 C69

肩力 B70

守備力 B74

捕球 C63

 

 

【特殊能力】

チャンスE/送球A

守備職人/レーザービーム

 

 

 

 

 

 

2年

背番号8 東條秀明

ポジション 中堅手 投手

 

 

 

 

 

【基礎能力】

 

ストレート 136km/h 球威E

ツーシーム 130km/h 球威E

スライダー 変化量3 球威D

カットボール 変化量1 球威E

カーブ 変化量3 球威D

スラーブ 変化量3 球威C

パーム 変化量3 球威D

 

コントロール C68

スタミナ D52

 

 

【特殊能力】

対ピンチD/打たれ強さF

低め○/球持ち○/軽い球/調子安定/変化球中心

 

 

弾道 2

ミート C65

パワー E48

走力 C60

肩力 B72

守備 C67

捕球 D50

 

 

送球B

粘り打ち/バント○/チャンスメイカー/対変化球○

 

 

 

 

 

3年

背番号9 白州健二郎

ポジション 右翼手

 

 

【基礎能力】

 

弾道3

ミート B78

パワー C68

走力  B70

肩力  C62

守備力 B75

捕球  C62

 

 

 

【特殊能力】

 

チャンスB /走塁B /送球B

アベレージヒッター /流し打ち /バント○ /いぶし銀 /守備職人 /カット打ち/選球眼

 

 

 

 

 

 

3年

背番号10 川上憲史

ポジション 投手

 

 

【基礎能力】

 

ストレート  136km/h 球威E

スライダー  変化量5 球威C

シンカー   変化量3 球威C

 

コントロール B74

スタミナ   C62

 

 

 

【特殊能力】

 

打たれ強さF /回復B

リリース○ /低め○ /キレ○ /緊急登板

 

 

 

 

 

2年

背番号11 沢村栄純

ポジション 投手

 

 

【基礎能力】

 

ストレート 139km/h 球威B

ムービングファスト 134km/h 球威B

カットボール 変化量4 球威D

カットボール改 変化量6 球威A

チェンジアップ 変化量4 球威C

スプリーム 変化量3 球威B

 

 

コントロール B70

スタミナ   B76

 

 

 

【特殊能力】

 

対ピンチA /ケガしにくさA /ノビB /回復B

キレ/リリース○ /勝ち運 /闘志 /球持ち○ /内角攻め /アウトロー球威 /クロスファイア/調子安定/テンポ〇

 

 

 

 

 

1年

背番号15 結城将司

ポジション 左翼手

 

 

【基礎能力】

 

弾道4

ミート F26

パワー A80

走力 E48

肩力 B77

守備力 E43

捕球 F36

 

 

 

【特殊能力】

パワーヒッター/三振/エラー/調子極端

 

 

 

 

 

 

1年

背番号17 由井薫

ポジション 捕手 左翼手

 

 

【基礎能力】

 

弾道3

ミート C64

パワー B70

走力 D50

肩力 D52

守備力 C60

捕球 E49

 

 

【特殊能力】

チャンスB/キャッチャーE

代打〇/三振/流し打ち

 

 

 

 

 

2年

背番号18 降谷暁

ポジション 投手 左翼手

 

 

 

【基礎能力】

 

ストレート   156km/h 球威A

スローカーブ  変化量2 球威D

フォーク    変化量4 球威C

 

 

コントロール D51

スタミナ   C60

 

【特殊能力】

 

打たれ強さB /怪童

怪物球威 /荒れ球 /奪三振 /ポーカーフェイス /四球 /スロースターター/乱調 /調子極端

 

 

 

野手能力

 

 

弾道4

ミート D50

パワー A82

走力 D50

肩力 A88

守備力 E48

捕球 E45

 

 

パワーヒッター/レーザービーム/エラー

 

 

 

 

 

センバツから夏にかけて強化されたところ、あとは少し見直しをかけました。

主要キャラのみに絞っていますので、悪しからず。

 

要望があればおまけ的な感じで瀬戸と奥村も入れますが、パワプロ等で実装されているものと差異は特にないので、今のところは入れる予定はありません。

 

あと現状試合が終了している選手能力で意見があれば、追加します。

 

 

が、とりあえずは現状、今作の青道メンバーはこの能力になります。

 



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エピソード202

 

 

 

 

 

真夏の夜。

この西東京地区大会の一つの難関である市大三高との準決勝を控えた青道高校は、試合前夜のミーティングを行っていた。

 

 

「明日は恐らく、天久が先発でしょう。仙泉との準々決勝でも投げていましたが、球数はそこまで多くなかった上に前の試合から4日空いています。」

 

 

多数の視線の先に映し出された、高身長の投手。

丁度ビデオは、仙泉の4番である真木が空振り三振で抑え込まれているシーンが流れていた。

 

 

天久光聖。

最速150km/h越えのストレートに加えて、縦に大きく割れるスライダー。

 

そして、スライダーに近い軌道で小さく曲がる新球種であるツーシームジャイロ。

 

 

調子は極端なのだが、上振れに向いた際は都内でも成宮、大野と並んで最高クラスの投手になりうる。

 

 

 

(まあ、あちらさんが天久を出さない理由がないからな。投手戦になることは間違いないが。)

 

 

右目を瞑り、落合は己の顎に蓄えられた豊かな白髭に右手を当てる。

 

 

 

市大三高の目線から見れば、この青道との試合はこの西東京地区の最大の山場である。

 

確かに稲実と青道の力量はどっこい。

しかし実績や今年のセンバツ優勝という実力も加味すると圧倒的に青道との試合が最も苦戦すると想定していた。

 

 

 

 

大野と天久。

2人の完成度と安定感、何より最大出力で投げあった時の躍動感。

 

球速など表面的な部分での評価では無い。

 

しかしどの観点から見ても、大野の方が優れている。

自チームのエースという贔屓目からかもしれないが、少なくとも投げあって勝つ確率が高いのは間違いなく大野であると、落合は考えていた。

 

 

 

だが、今回の懸念点で言えばやはり、大野が投げないということ。

 

絶対的なエースであり圧倒的な実力を誇る彼は、稲実戦という激闘に向けて温存。

 

 

特に昨年の大野と成宮の投げ合いを考えると、延長まで想定しておかなければならない。

そう考えると、正直決勝も4日後に控えているという場面で大野を投げさせる訳には、いかないものだ。

 

 

 

そうなると、やはり先発は完成度と安定感、創聖との試合で6回を投げた降谷の疲労を考えても沢村だろう。

 

大野ほどではないが、高校野球の中でも高い制球力を誇り、キレのあるストレートを軸に多彩な変化球を織り交ぜていくことができる。

 

 

特に市大三高のような対応力の高い打者が多いチームに対しては、色々なことがしやすい沢村の方が攻めやすかったりする。

 

 

 

 

理想は、沢村が6~7回。

完投までは難しいかもしれないが、試合終盤まで投げきっていければ御の字だろう。

 

最低でも5回、折り返し地点までは投げてもらいたいところだ。

 

 

残りのイニングは、降谷。

しかし彼は、前の試合でそこそこ長いイニングを投げている。

 

だからこそ、沢村には終盤戦まで投げてもらいたいのだ。

 

 

 

出来れば沢村7回、残りの2回を降谷。

若しくは沢村6回、2回か3回を降谷、状態によって川上。

 

投手運用的には、このどちらかで進めば苦労は無いなと、落合は目を瞑った。

 

 

 

しかし問題は、攻撃。

ある程度全国でも評価されている投手陣というよりは、プロ注目の天久を打たねばならない野手。

 

どんなに守り抜いても、点が入らなければ勝てない。

 

それを象徴したのが、去年の夏大の決勝だろう。

 

エースの力投。

互いに限界まで投げ抜き、その果てに互いに力尽きた。

 

 

 

 

 

話を戻そう。

 

相手エースは、プロ注目の天久。

高い上背と最速153km/hのストレートは、素材としても一級品。

 

コントロールもバラけてはいるものの、制御は効いている。

 

 

高いレベルの東京都内でも光るものがあると、評価されているのだ。

 

 

 

 

ストレートは力のある、最速153km/h。

平均球速も150km/h近く、そのスピードと威力も相まって奪三振率も高い。

 

 

それに加えて、高い奪三振率を誇る変化球。

 

まずは大きなスライダー。

縦に大きくスパッと斬るようにして曲がる縦のスライダーは、言わずもがな。

 

圧倒的な変化量とキレを誇りながら、球速も140km/h近い。

 

速く大きな変化球。

それが中々目付けのしにくい縦方向に変化するのだから、高い奪三振率を誇る。

 

 

 

あとは、スラッター。

これもスライダーと同様縦に滑り落ちるのだが、その性質は若干異なる。

 

縦気味に高速で、小さく曲がる。

 

球速は140km/hを超えてくるが、スライダーと大差はない。

だからこそ、大きく曲がるスライダーとの差別化ができており、2つの球種を擬態させて投げ分けることができる。

 

 

投球割合のほとんどは、この3球種。

 

時折カーブやフォークを投げることもあるが、大半はこの自慢のストレートとスライダー系の変化球のみである。

 

キレのあるカーブは緩急を付けるために時折。

フォークは殆ど投げない。

 

 

恐らくフォークに関しては、スライダーで事足りるからだろう。

 

しかし、覚えておくことに越したことはない。

 

 

 

一通り球種の動画を見終えると、渡辺が頷いて話を再開した。

 

 

「投げる球は一級品ですが、やはり付け入る隙はあります。コントロールも悪くはないものの、決して良くありませんし、甘いコースもそこまで少なくありません。牽制やマウンドでの立ち振る舞いや技術に関しても成宮や大野に比べても一歩劣ります。」

 

 

ムラっ気もあれば、コントロールもばらつく。

変化球だけでなくストレートもコントロールが甘くなることもあるし、その性格故に多少強引に攻めてくることもある。

 

真っ向から勝負する必要は無い。

 

足を絡めて、あとはとにかく粘る。

そして何より、少ないチャンスをしっかりと物にする。

 

好投手との勝負の鉄則である。

 

 

 

その言葉に片岡も頷き、1歩前に出て話を始めた。

 

 

「相手はプロにも注目される好投手。簡単に、単純に点を取ることのできる相手では無い。まずはしっかりと我慢。そして甘いボールを確実に仕留める。」

 

 

天久のようなタイプは、空振りを奪って調子を上向かせる。

 

だからこそ、気持ちよく三振を取らせないこと。

最悪ゴロアウトやフライアウトになる分には構わない。

 

あとは。

少ないチャンスであるボールをしっかりと、仕留めること。

 

これが出来なければ、如何なる好投手にすらも勝つことは出来ないのだ。

 

 

 

「相手が天久なだけに、簡単に点は取れないだろう。失点も最小限に抑えたい。だからこそ沢村、降谷。この試合はお前たちに任せる。」

 

 

 

片岡の言葉に、沢村と降谷が小さく頷く。

 

大野が登板しないことは予め分かっていた上に、沢村と降谷自身もこの三高戦で投げることを覚悟していた。

 

 

全ては、甲子園を制覇するために。

その為にはまず、目の前の試合に勝つこと。

 

そして最後の大一番を勝利で収めることが必須であり、大野が決勝で投げ勝つことが必要不可欠である。

 

 

エースを温存しながら、市大三高に。

天久光聖に、沢村と降谷で投げ勝つ。

 

大きな一戦のメンバーが、発表された。

 

 

 

1番 遊 倉持

2番 中 大野

3番 二 小湊

4番 捕 御幸

5番 右 白州

6番 三 金丸

7番 一 前園

8番 左 麻生

9番 投 沢村

 

 

 

「先発投手は沢村。状況に応じて降谷、そして川上もしっかり準備しておくように。」

 

「はい!」

 

 

2人の投手の眼が光ると同時に。

エースはその瞳をそっと閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

この都内で明日、青道と熱闘を繰り広げるチームもまた、英気を養っていた。

 

 

「青道はベリーストロング。実績も含めて、この西東京で最も強いチームと言えるだろう。」

 

 

 

監督である田原がそう言い切り、ナインたちへと目を向ける。

 

 

自他ともに認める、都内で最強クラスの高校。

 

昨年のセンバツでベスト4にも入っており、稲実と青道と肩を並べて強豪校としての地位を築いていた。

 

 

勿論、甲子園に行ける練習もしてきたし、実力があるのも確かだ。

だがそれ以上に、対戦相手である青道は隙がなかった。

 

 

弱気などではない。

正しい戦力分析の結果が、そうなのだ。

 

かと言ってこの勝負事。

 

戦力で劣っているとしても、勝てない道理はない。

 

 

 

「相手の先発ははっきり言って予想できません。ローテーション通りなら沢村ですが、エースである大野が登板する可能性もあります。」

 

 

最有力は、沢村。

前の試合では3回という短いイニングながら、パーフェクトピッチ。

 

ギリギリまで球の出どころが見えにくい変則フォームから放たれる最速140km/hに迫るストレートと、決め球は緩急をつけるチェンジアップ。

 

 

ストレートは130km/h台ながらキレがあり、手元でのノビもある為球速以上に速く感じやすい。

 

かと思えば手元で無造作に、そして小さく沈むボールもある。

 

 

 

あとは、3種の決め球。

 

まずは落ちる変化球のチェンジアップ。

ストレートと同じ腕の振りから放たれる緩いボールで、僅かに手元側に落ちるサークルチェンジのタイプ。

 

 

そして、カットボール系。

ストレートと同様の軌道から途中で急激にスライダー方向に曲がるボールで、沢村の決め球の中でも特に被打率の低いボールである。

 

 

そして今大会から投げ始めている落ちる変化球。

軌道としてはツーシーム系なのだが、変化量は大きい。

 

速いシンカーというべきか。

 

このボールもまた、ストレートに軌道が近く引っ掛けやすい。

 

 

 

個性溢れるこの球種を、出処の見えにくい変則フォームから放ち、且つ両サイドに高い精度でコントロールする。

 

軟投派のような特徴でありながら、前述した通りフォーシームもキレがあり、その上球速は140km/h近いとそこそこ速い。

 

 

変化球に対応しようとすればストレートに差し込まれ、ストレートに合わせると速い変化球に対応しきれない。

 

 

 

この沢村の投球スタイルが、捕手として高い能力と知能を持つ御幸のリードと相まって、なんとも打ちにくい投手と化すのだ。

 

 

 

確かにこの大事な準決勝でエースが投げるというのが、一般的な意見だろう。

 

しかし大野はリリーフながら、この前の2試合で連投。

さらに決勝も世代最強左腕である成宮との投げ合いを控えている。

 

 

何より、マウンドを任せることの出来る好投手が、いる。

 

それこそ沢村と登板機会こそ少ないが、センバツでも通用している上に高い完成度を誇っている。

 

全国でも底抜けた明るさでチームを鼓舞し、高い制球力で個性溢れる球種を上手く操る姿はかなり評価されていた。

 

 

恐らくは切羽詰まるまではエースも出てこないと、田原は予想を立てていた。

 

 

 

「ユニークなボールを高いコントロールでバンバン勝負してくる。打たされてしまえば却って調子を上げかねないな。」

 

 

ストレートはともかく、変化球は芯を外しているだけで特段飛びにくい訳では無い。

 

しっかりと振り切れば、案外外野まで飛ぶ。

その上小さい変化球は空振りというよりもバットに当てて打たせるというのが目的の為、多少の事故は起こり得る。

 

 

打たされてしまえば、テンポよく勢いに乗られやすい。

 

だからこそ強振ではなく、コンパクトに。

小さいヒットを積み重ねて、得点を取る。

 

圧倒的な攻撃力を誇りながらも丁寧に細かく攻撃をできるからこそが、この市大三高の強さであった。

 

 

 

「沢村だろうが降谷だろうが、はたまた大野だろうが。こちらはこちらの野球で勝ちに行く。ボーイたちのバットを存分に振るってきなよ!」

 

 

田原がそう音頭を取ると、大きな声でナインたちが返事をする。

 

この大一番。

三高の選手たちの張り詰めた空気が漂う中、緊張感の欠けらも無い声がふわりと届いた。

 

 

「んで、何点取ってくれんの?」

 

 

声の主に自然と全員の視線が移る。

そこには壁によりかかり、パックのドリンクを飲んでいるエースが、リラックスした状態で立っていた。

 

あまりに楽観的。

しかしそれが、市大三高の張り詰めた空気を一蹴してくれた。

 

 

「何点とって欲しいんだ!言ってみろ!」

 

「指定以上の点とってやんよ!」

 

「声でか。」

 

「うるさいってなんだよ!」

 

 

そんな和やかなプロレスの末に、天久は小さく笑った。

 

 

「まあ、正直期待してる。まじでさ。」

 

 

そう言うと、納得したようにビデオに視線を戻す。

 

何ともまあ素直な姿だと内心でため息を付きながら、天久は肩を竦めた。

 

 

 

「Good。今回はボーイたちがチャレンジャーだ。思う存分ぶつかる。必死になった者が最後に笑うんだ。OK?」

 

 

ここから先は、死闘。

甲子園常連校しかいないベスト4の闘いが、幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 








皆様、良いお年を。





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エピソード203




あけまして…というには遅いでしょうか…。
今年もよろしくお願いします。






 

 

 

 

 

7月26日。

 

時刻は10時に近づき、選手たちがグラウンドへと足を踏み入れる。

 

 

全国高校野球選手権西東京大会。

甲子園出場校を決める、所謂夏の大会。

 

遂に甲子園への切符をかけて戦うチームは、4つまで減った。

 

 

(すげー歓声。)

 

 

多くのチームがその夏を終え、夢の舞台への道が潰えている中。

 

この神宮球場で、また頂点を争う戦いが始まろうとしていた。

 

 

市大三高と青道高校による、準決勝。

互いに甲子園常連校と言われ、全国でも名の知れた強豪校同士の試合。

 

加えて、地区のライバル関係である市大三高と青道、更には互いに今年も高い完成度まで持ってきている。

 

 

会場は既に満員。

 

このカードの注目度と、西東京大会の注目度を表している。

 

 

特に市大三高エースの天久は関東大会での好投もありドラフト候補という注目ぶり。

 

選抜優勝校であり強力打線を誇る青道に対してどんなピッチングをするのかという点でかなりの観客が押し寄せていた。

 

 

 

ざわめき、そして熱気。

神宮球場に漂う独特な空気に、マウンドで準備をする沢村は固唾を飲む。

 

そして同時に、昨日の夜のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミーティングを終え、少し夜風に当たろうと寮外の遊歩道へ向かう。

 

すると一足先に待っていたのは、決勝に備えて温存されているエースであった。

 

 

薄手のパーカーに半ズボン。

ラフな格好で身を包み、その両手をポケットに収めている。

 

湿気った風に流される白銀の髪はどこか儚さすら感じるが、それ故に彼の後ろ姿は夜空と相まって絵になった。

 

 

「夏輝さん!」

 

 

呼び掛けに気が付き、大野はゆっくりと2人の方へと振り返った。

 

 

「どうしたの、こんな所で。」

 

「夏輝さんこそ。」

 

 

何となく反射的に聞き返し、遊歩道で見下ろしていた大野の元へと近づいた。

 

 

「何、ただ風に当たっていただけだ。試合前にはよくここにいるし、特段不思議なことでもない。」

 

 

すると、ふわりと柔らかい風が吹く。

 

夜ということもあり、夏場にしては過ごしやすい気温。

心地よい風が吹き抜けると、乱れた前髪を直して大野は口を開いた。

 

 

「明日は頼むな、沢村。」

 

 

階段を登りきった沢村が、大野の顔へと視線を向ける。

 

暗くて表情の全ては悟れない。

しかし何となく、普段とは異なる空気を身に纏っていることは容易に感じ取れた。

 

 

「体調は?」

 

「いい感じです!」

 

 

いつも通りこちらに気をかける大野の姿に安堵しながら、沢村は元気に肩を回して好調を表現した。

 

 

この日のブルペンでは、軽く調整のみ。

とは言え、実戦前の最終確認も兼ねて、全力で10球ほど投じている。

 

監督である片岡自らが打席に入って直々に確認。

 

 

それこそ片岡自身も沢村の状態の良さに太鼓判を押すほどよかった。

 

ストレートは球速こそあまり出していなかったが、細かく制球ができておりキレも出ていた。

 

変化球もよく制御出来ており、調子ムラの出るものも良く変化していた。

 

 

キレや変化もそうだが、何よりコントロール。

インサイドアウトサイド上手く投げ分けが出来ていた為、落合片岡両名から好調であると評価されていた。

 

 

「なら、いい。お前も降谷も並の選手じゃない。いつも通りやれば、結果は着いてくる。」

 

 

しかしそれに対して沢村は、あまりいい反応ではなかった。

 

 

「そうっすよね。」

 

「なんだ、煮え切らない反応だな。」

 

 

そう返されると、沢村は自身の頬を掻きながら言った。

 

 

「やっぱ、プレッシャー掛かりますね。天久さんと投げ合うのもですけど、やっぱり夏輝さんの代わりに任されたって考えると。」

 

「緊張するのは当然だ。それは責任を感じているからこそ。チームを背負う、勝つ覚悟があるからこそ重圧を感じるんだ。逆に俺は、緊張しない奴を信用しない。」

 

 

ポケットに手を入れたまま振り返った大野。

真っ直ぐ沢村の瞳に視線を向け、微笑んだ。

 

 

 

「まあ、行けるさ。何もお前を評価しているのは、俺たちだけじゃない。」

 

 

 

都内だけでなく、センバツという全国での登板機会。

それは沢村に知名度を与え、変則フォームという面白みと話題性の出やすいマウンドでの特徴的な口上は多くの高校野球ファンの心を掴んだ。

 

その明るい性格に対して、投球自体はかなり曲者。

 

右足を高くあげる豪快なフォームから、打者目線からは見えにくい独特なテイクバック。

 

そして放たれるボールは、ストレートを筆頭にキレのある特徴的な球種たち。

 

 

コントロールも良く、精神的にも強い。

特にピンチの場面では一気に集中力が上がり、高いギアで捩じ伏せる姿は現エースの大野と重なる部分もある。

 

 

都内では勿論、話題に。

それこそ都内では成宮に継いで次世代の左腕代表になると、揶揄されていた。

 

 

全国でも長いイニングを投げればかなり良い評価を得られるだろうと、大野だけでなく多くの選手や関係者が感じていたのだ。

 

 

 

「俺は成宮と決着をつけなきゃならない。はっきり言って、手負いで勝てるような相手じゃないことは、俺もわかっている。それこそ力で言えば、劣っているからな。」

 

 

本音だと、沢村は察した。

同時にここまでの大野へ対する違和感もまた、沢村は理解した。

 

普段からどんなに大事な試合が控えていようと目の前の一戦に集中していた大野が、違う。

 

 

見据えているのは、甲子園ではない。

目の前の市大三高戦でもない。

 

そして恐らくは、稲実との決勝戦というわけでもない。

 

 

ただ只管に。

成宮鳴との決戦を、美しい瞳で見据えていた。

 

 

 

「エースとしてあってはならないが、俺は1人の投手として成宮に勝ちたい。」

 

 

少し言い淀み、大野は沢村を見つめて言った。

 

 

「市大三高は強い。そして、天久も。」

 

「はい。」

 

「だが、お前なら。お前たちなら、任せられる。」

 

 

沢村が目を見開くと同時に。

大野はまた、微笑んだ。

 

 

「明日は、任せたぞ。」

 

 

監督である片岡の言葉と重なり、沢村は鼓動が早くなることを自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「沢村。」

 

 

ふと掛けられた言葉に、思わずビクリと肩を跳ねさせる。

 

しかし呼び掛けの主はそれを追求することなく、ミットを口元に置いて沢村の背中に右手を当てた。

 

 

「相手は恐らく、お前の軸にしているストレートを狙ってくる。初回から変化球もガンガンサイン出すからな。」

 

「そうっすよね。」

 

 

御幸からの言葉に沢村も直ぐにグローブを口元に置いて話を始める。

 

相手は強打の市大三高。

左打者が多く、更にスイングスピードも速いから対応力も非常に高い。

 

 

だからこそ、敢えて速く小さい変化球を振らせてテンポよく投げ込む。

 

勿論甘く入ればやられてしまうが、それはどんな球を投げていても同じことであった。

 

 

 

「…不安、か?」

 

 

少し落ち着かない沢村に、御幸が小声で聞く。

 

実際、御幸も沢村と大野が昨日やりとりをしていることはわかった。

 

 

尊敬するエース直々に託された、この試合。

まだ2年生である沢村には少々重く、緊張するのも無理は無い。

 

 

しかし沢村は、予想外なことに首を横に振って答えた。

 

 

「確かに緊張はしてるんすけど、不安とはまた違くて。」

 

 

そう言って、深呼吸をする。

 

それも1度ではなく、2回3回と。

明らかにガチガチに緊張してるじゃないかと、御幸は逆に安心してしまった。

 

 

「…でも、頼られるって良いっすね。大事な試合に託されるって。」

 

 

目を瞑ったまま、帽子の鍔に左手を当てる。

そしてゆっくりと目を開く。

 

 

幾度となく見てきた、仕草。

しかし沢村からは初めて見た、青道のエースのルーティン。

 

鍔から手を離し、ゆっくりと空を見上げる。

 

 

「これが、夏輝さんが見てた景色。」

 

 

最後にフーっと息を吐き、ゆっくりと目を開いた。

 

 

 

「夏輝は、勝ってきたからな。」

 

 

 

御幸がそう言うと、沢村は横目で視線を送る。

 

やはり、悪い人だ。

こうしてまた、乗せてくる。

 

そう思いながら、沢村は高鳴る鼓動を抑えることなく笑った。

 

 

 

「じゃあ、もっと負けられなくなりました!」

 

「なら、一緒に行こうぜ。相棒。」

 

 

そして、御幸の出したミットに沢村もグローブを当てる。

 

 

 

 

試合開始の合図。

その直前に、沢村は後ろを守る内外野手へと向けて声を張り上げた。

 

 

「大会も残り3試合になりました!空は晴天、会場は満員!多くの方々の支えもあり、こうして試合を続けて来ることが出来ました!泣いても笑っても、あと2試合!我ら青道の誇りを胸に、今日も一球入魂で投げていきたいと思います!」

 

 

両手を広げ、熱の充満する会場の注目を一身に受ける。

 

これが沢村。

青道の名物の1つになりつつあるこの口上。

 

 

「ガンガン打ち取っていきますんで、バックの皆さんよろしくお願いします!」

 

 

試合開始を告げる合図。

 

確認して、打席には市大三高の千丸が右の打席に入った。

 

 

 

 



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エピソード204

 

 

 

 

(キレがあるとは言え、最速140km/h。練習試合でも関東大会でも、嫌という程見てきた。)

 

 

打席に入った千丸は、打席へ入りながら足場を慣らす。

 

投手から外野手にコンバートした彼は、前の試合でも2打点。

それだけでなくチャンスメイカーとして幾度となく得点に絡んできた。

 

 

春から急に頭角を表してきた選手だったが、やはりこの市大三校の先頭打者を任されるだけの実力の持ち主であった。

 

 

 

 

(嫌な打者だぞ。初球から思い切りくるからな。)

 

 

御幸がそうサインを出すと、沢村はコクリと小さく頷いた。

 

息を吐くと同時に瞳がきらりと輝く。

それを見て、エースの姿とまた重なった。

 

 

(ここは。)

 

(出し惜しみせず、ですね。)

 

 

グローブの中で縫い目を動かし、構える。

 

 

打者である千丸が打席でバットを掲げるのを確認すると、沢村は両腕をスッと振り上げた。

 

 

天高く振り上げられた両腕は頂点まで達すると、頭の後ろで抱えるようにして静止。

そこから全身を半回転させると、ここから沢村のオリジナリティ。

 

軸足で綺麗に立ったところから、右脚を高々と上げる。

 

並外れた体幹と柔軟性を生かした、豪快なフォーム。

そこから右手のグローブを壁のようにして、限界まで体の開きを抑える。

 

 

打者目線から見れば中々出どころも見えにくいフォーム。

そして次の瞬間、左腕から放たれたのは、速球であった。

 

 

 

(やっぱ、真っ直ぐ…!)

 

 

 

コースとしては、甘め。

それも千丸の得意なインコースの中段。

 

初球でも迷いなく振り抜き、ドン詰まりした。

 

 

(えっ。)

 

 

完全に、打たされた。

そう悟った時には、もう遅い。

 

得意なインコースだったからこそ、食いついてしまった。

 

 

恐らく今のが。

 

 

(カットボール。こんなに手元で曲がるのか…。)

 

 

ベースを踏む前に、前園のファーストミットから乾いた音が鳴る。

 

まずったなと思い、千丸は天を仰ぐ。

 

 

ストレートを軸にする投手だからこそ、初球から狙っていた。

そこを逆手に取られ、初球からストレートに近いボールをわざわざ得意なコースに投げ込んできたのだろう。

 

 

 

 

「っし。」

 

 

まずは一つ。

狙い通りのアウトに、沢村は息を吐き出しながら小さく2度頷いた。

 

 

御幸も同じように頷き、今の沢村の初球が良かったと表現する。

 

少し高かったが、概ね悪くない。

それこそ相手は狙い球と勝手に反応してくれて、振ってくれた。

 

 

狙い通り。

できれば、初回は3人で終わらせておきたい。

 

 

次もまた、右。

 

この次、つまりクリーンナップから左打者が続く。

 

 

 

 

 

御幸はここで、一つのサインを出した。

 

 

(今日の状態を見る。浮いてもいいから、しっかり腕振れよ。)

 

 

胸元に置かれたグローブがぴくりと動く。

そしてまた、モーションに入る。

 

 

 

2番の森に投げ込んだ初球は、外角の速球。

外角少し甘め、しかし決して悪いコースではない。

 

キレのあるストレートに、振り負けない。

 

そうして振ったバットはストレートの軌道に上手く合わせて。

 

 

 

思い切って、空振った。

 

 

(この速度で沈んだ。それに、少し逃げた?)

 

 

軌道としては、スプリットに近い。

しかしそれにしてはシンカーのように少し逃げた。

 

 

このボールの正体を探っているうちに、沢村はまたすぐに右足を振り上げる。

 

 

2球目も同様に、このスプリット系。

やはりまた、利き手側に曲がりながら落ちて、芯を外された。

 

 

これが夏から投げ始めている、高速のシンカー。

それとも、高速のスプリットか。

 

ストレートに近いところから高速で急に落ちるところはスプリットに近い軌道。

しかしその変化の仕方を見ると、どこかツーシームやシンカーのような動きをする。

 

 

速い。

 

このボールをケアしながら、チェンジアップもあるのか。

 

 

 

森の中に、焦燥と迷いが生まれる。

そうなればもう、バッテリーの勝ちである。

 

 

 

「っ!」

 

 

鈍い音と共に、内野を転々と転がる白球。

 

差し込まれた打球はサード正面。

完璧なまでのクロスファイアで打者を捩じ伏せ、サードの金丸に処理を委ねた。

 

 

「サード!」

 

 

強豪校の鉄壁守備。

丁寧に捌き、2つ目のアウトを奪う。

 

 

迷いの見せた打者。

対して考える隙も与えずに、テンポよく。

 

そして、変化球のケアを最優先に考えた打者には、こうしてキレのある真っ直ぐで抑える。

 

 

 

ここまでは順調。

しかしここからは、地獄のクリーンナップ。

 

昨年からレギュラーを張っていた宮川が打席に入る。

 

 

左の強打者。

パワーもありシャープなスイングで、低い弾道でもスタンドへ運ぶ。

 

ホームランも怖いが、速い打球で外野の間を抜かれる長打も怖い。

 

 

何より、初回からピンチで主砲とぶつかりたくない。

 

 

 

ここを大事に。

わかりやすく御幸が低めを大きく表現する。

 

沢村も頷き、ワインドアップ。

 

 

(さっきの2番のサードゴロ見りゃ、いやでもストレートに張るだろ。)

 

 

目測通り。

御幸が要求したボールに対して、宮川は大きくスイングを崩された。

 

 

チェンジアップ。

 

無意識に速球に狙いを定めていたため、ここで遅いボールに崩された。

 

 

(これでいい。この宮川には徹底的に攻めるぞ。)

 

 

2球目は、外からさらに逃げるカットボール改。

少し高いが、悪くない変化。

 

これに反応し、バットに当てる。

 

打球は前に飛ばず、バックネットへ突き刺さった。

 

 

(すんません、浮きました。)

 

(大丈夫、変化はいいぞ。)

 

 

ここまでイケイケで押している。

 

御幸自身も正直ひやっとしたが、ここは沢村に目一杯やらせようと大丈夫だとジェスチャーした。

 

 

続いて、外角低めのストレート。

沢村の生命線であり、軸となるボール。

 

わずかに外れて、この試合初のボールカウントを点灯させた。

 

 

 

普段なら、表情を歪める。

しかし集中力を高めている沢村は、ある程度割り切っていた。

 

 

4球目は外で沈むスプリーム。

 

外角中段で変化する、スピードボール。

これが宮川のバットに当たってしまい、鈍いゴロとなってセカンド小湊の正面へと転がった。

 

 

軽快に捌き、アウト。

 

3つ目のアウトカウントを奪ったことにより、2つの赤いランプも消える。

 

 

 

まずは上々の立ち上がり。

ここで御幸は、とりあえず一つ安堵した。

 

 

プレッシャーはかかっているが、ボールは走っている。

コントロールも荒れていないし、何より勢いが素晴らしい。

 

この気迫なら、三高の打者相手でも大丈夫だろう。

 

 

懸念で言えば、やはり変化球が少々高いこと。

 

しかしチェンジアップは低めに投げきれているし、カットボール改は割といつも高めで勝負することがある。

 

 

御幸もさほど、気にしていなかった。

 

 

 

 

 

さて、問題は相手先発の天久光聖。

 

彼の状態によっては、長期戦を見据えなくてはならない。

 

 

 

ゆらりと大きな身体を揺すり、マウンドに上がる。

 

オーバースローで、最速150キロ越えのストレート。

さらに極めて奪三振率の高いスライダーを投げる、本格派。

 

加えて、スラッター。

 

縦の大小のスライダーが加わったことで、投球幅も広がった。

 

 

コントロールは、さほどよくはない。

 

しかし自滅というパターンは、ほぼない。

 

 

 

一つ一つ内容を整理し、倉持は打席へ入った。

 

 

 

(入りは、悪いはず。初球から狙う。)

 

(感化されたって思われたくねーけど、まあいいか。)

 

 

 

まずは初球。

速いボールに完全に狙いを定めた倉持は、天久のフォームに合わせてリズムをとる。

 

放たれた白球は、風を切る。

 

 

(全国No. 1チームに、早々お披露目。出し惜しみなし、唖然としろ…!)

 

 

ストレートに合わせた倉持のバットは、完璧な軌道。

 

しかし結果、から振り。

なぜならその軌道に、天久のボールはないから。

 

 

想定以上に、下。

しかし、スライダーほど落ちきらない。

 

 

これを天久は、曲がりきらないスライダー。

 

「スライ」と、呼んだ。

 

 

(いきなり来やがったか、この球。)

 

 

空振りをして、勘づいた。

これが、天久のスラッター。

 

 

速い。

 

傍から見ればスライダーとの投げ分けかと思っていたのだが、ストレートとも軌道がかなり近い。

 

スピード感で言えばどちらかというとストレートに近い気がした。

 

 

 

2球目もまた、同じボール。

 

今度は目に焼きつける為に、見送る。

ジャイロ回転で少し落ちるスライダー。

 

やはり、見分けるのは至難か。

 

 

そう思い、倉持はバットを掲げた。

 

 

(スライダー?それともスラッター?)

 

(残念、それ以外。)

 

 

 

最後は高めのストレート、150km/h。

 

コースは甘い。

しかし変化球に目がいってしまった倉持はこのスピードボールに着いて来れず、センターフライに抑えられた。

 

 

 

「いきなり大台だな。」

 

 

一塁から帰ってくる倉持に、ネクストバッターズサークルで準備をしていた大野が言う。

 

対して倉持も、頷いて彼の言葉を肯定する仕草を見せた。

 

 

「速えーよ。スライダーに目ェ行ったら確実に着いてけねーな。」

 

「だろうな。」

 

「あと、スラッターが結構速ぇ。思ってたよりもストレートと見分けがつかない。」

 

 

 

実際に球を見た倉持の感想に頷き、大野もバッターボックスへと向かった。

 

 

(ピッチャーとしてのお前はすげー。でもバッターの大野は、正直興味無い。)

 

 

青道高校の2番センター、大野夏輝。

 

高い対応力と抜群のミート力を誇る。

対してパワーはさほどなく、高校通算してもホームランは0である。

 

 

基本は読み打ちだが、運動神経がいい為反応で上手く打つことがある。

 

 

 

(さて、と。変化球は割と得意な方だけど。)

 

 

バットを軽く揺すりながら、考える。

 

選択肢は、ストレートとスライダー、あとはスラッター。

あとはカーブもありえる、フォークは捨ててもいい。

 

 

ヒットは比較的、変化球の方が多い。

 

 

(狙ってみる?スラッター。)

 

 

速い変化球は、苦手ではない。

 

ここで一本打てれば、天久も多少動揺するはずだと。

そう思い、大野は初球を待った。

 

 

 

一球目。

 

唐突に投げられたボールは、若干高めの緩い変化球。

 

 

ぴくりと反応する大野。

 

少し前に出されてしまったが、ここでも大野は粘った。

 

 

(流石に、舐めすぎ…!)

 

 

強い下半身でしっかりと我慢しきり、崩されながらも右手で合わせる。

 

 

 

いきなり投げ込まれたスローカーブ。

天久も少しばかり気を抜いていたのか、甘めのコースに迫る。

 

ドロンとタイミングを外すボールだったが、強引に我慢してショートの頭を超える打球を放った。

 

 

 

「あらー、うま。」

 

 

思わず、天久も目を見開く。

当てるのが上手いのはわかっていたが、初見でスローカーブを当ててヒットにするとは、天久自身も思っていなかった。

 

長打はないとはいえ、やはりクリーンナップの前にランナーを置くのは、いい気分ではない。

 

 

特に高い攻撃力を誇る青道のクリーンナップ。

チャンスに強い打者が並び、対応力が高く一発もある。

 

はっきり言って、天久も打たれた後にまずったと再認識した。

 

 

 

 

何より。

 

 

(あららー。たかみんぜってー怒ってるよ。)

 

 

たかみんというのは、捕手である高見のこと。

 

この高見は大野の様子を伺うために一旦手を出しにくい遅い球、それを低めに投げ切って欲しいとジェスチャーしていた。

 

 

コースは甘く、変化も緩い。

特に甘くなれば打たれやすいボールなだけに、もう少しマシな球を投げてもらいたかった。

 

何より、明らかに気を抜いていた。

 

いくら長打のない打者とはいえ、あそこまで分かりやすく加減されると、捕手目線でも中々に見立てが立てにくいものだ。

 

 

ここで打たれたら、ベンチで言おう。

 

そう思った高見だったが、マウンド上のエースの表情を見て、恐らくそれができることは無いということを感じ取った。

 

 

(派手な髪色。染めてんのかな。)

 

 

どこか、自分の中の世界を持っている。

 

彼の中での、没頭のサイン。

集中力が高まっている時、周囲のことなど関係なしに。

 

 

己の世界に入り込んでいるのだ。

 

 

(見かけによらず、めっちゃ怖かったりして。)

 

 

初球、スライダー。

これを見切ることができず、小湊は空振り。

 

 

(ヤクザ映画とかで、リーダーとは違うけど、官僚クラスの重役。)

 

 

続いてストレート。

内角低めの149km/hに反応出来ず、早くも2ストライク追い込む。

 

 

(裏で何人か抹殺してるタイプかも。何にせよ、ポッケに銃は仕込んでるわ。)

 

 

決め球は、スライ。

凄まじいキレで小さく落ちるこのスライダー系のボールを捉えきれず、球足の速い打球はセカンド町田の正面。

 

4-6-3、鮮やかなセカンドゴロゲッツーで一気に3つ目のアウトを奪った。

 

 

 

「すみません。」

 

「そんなに速いのか、あのスラッター。」

 

 

二塁から戻る大野がそう聞くと、小湊は小さく頷く。

 

やはり、倉持が言った通りかなり速いのか。

そしてそれ以上に、軌道が厄介なのだろう。

 

 

(しかし、これは。かなりの投手戦になりそうだ。)

 

 

自分の外野手用のグローブを左手に嵌めて、大野はそう内心呟く。

 

 

 

2回の表は、いきなり4番から。

 

今大会かなり当たっている星田は、現状の大会本塁打数で言っても3位である。

 

 

一発のある、怖い打者。

それ以上に、高いコンタクト力が怖い。

 

ブンブン振り回してくるパワーヒッターな癖にコンパクトに当ててくるから、よく飛ぶ金属バットのアドバンテージと相まって怖さが増す。

 

 

何かを呟きながら、打席へと入る星田。

その姿を見て、市大三高の田原は人差し指と中指の2本を彼へと突き立てた。

 

 

(確かに沢村ボーイのコントロールは1級品。しかしそれは、ストレートに限ったこと。先程のスプリットが浮いている所を見るに、まだ制御し切れないのだろう。甘く入ればコンパクトにだ、星田ボーイ。)

 

 

天久同様、自分の世界を持つこの星田の姿。

 

独り言をブツブツ呟きながら打席に入る様は誰が見ても怖いのは確かだが、それが集中力を高めている合図だとすれば。

 

御幸も沢村も、一層の警戒心を払っていた。

 

 

(不気味だよな。代表の時も見たけど、スイングも鋭いしよく飛ばす。)

 

 

まずは、ストレートでカウントを取りたい。

 

しかし、狙われている気がする。

初球から狙ってくると仮定すると、ここはスプリームで振らせたいところだが。

 

 

(最悪ボールでもいい。外の低めに。)

 

(高くなれば、狙う。まずはストレート。)

 

 

御幸のサインに頷き、沢村が重ねた両腕を振り上げる。

 

 

ツーシームから中指を外す。

というよりは、スプリットの握りで人差し指を縫い目にかける。

 

スピードを維持したまま若干落ちるこのボールは、利き腕側にシュートしながら少し落ちる。

 

 

スプリットとツーシームを併せ持つボール。

そこから、スプリームと名付けられた。

 

 

理想は、低め。

しかし4番相手で若干力の入った沢村。

 

御幸が構えたコースよりも、僅かに高めに入ってしまう。

 

 

このスプリームは、利き腕側に曲がるという性質上、左打者に向かうように変化する。

 

つまり高めになると、外から入ってくる軌道になる為、左からすれは打ちやすくなる。

 

 

ゾーン内での変化。

とはいえ、極端に高くなった訳では無い。

 

 

始動する星田。

ストレートに合わせたスイングは、ストレートに比べて少し速度の落ちたスプリームに対しては少しタイミングが早い。

 

 

(崩した。)

 

 

そう確信した御幸。

しかし次の瞬間、星田は思い切り下半身で粘り、強引にスプリームにコンタクトする。

 

 

「…ぬん!」

 

 

高々と上がった打球。

 

崩されたせいか、右手1本で振り抜く星田は、打球の行方を見つめる。

 

 

コトンという、金属バットが落ちる音と共に。

星田は人差し指を立てた右腕を突き上げた。

 

 

 

弾道は、高い。

 

右中間へ上がった打球を追いかける大野は、落ちてこない打球に表情を歪めていく。

 

 

(冗談だろ、崩されてんだぜ…!)

 

 

 

しかし追いかけた大野の思いも虚しく。

 

打球は高い弾道を維持したまま、フェンスを超えてスタンドへと辿り着く。

 

 

 

この試合。

いきなり風穴を空けたのは、市大三高の主砲の一振であった。

 

 

 

 

 



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エピソード205

 

 

 

 

 

 

弾き返された打球の行く末を見つめたまま、呆然とする沢村。

 

高い弾道でスタンドへと入った打球は、右中間。

 

崩されながらもしっかりと捉えた打球は、見事にスタンドへと入る先制のソロホームランとなった。

 

 

打たれたボールは、スプリーム。

若干高かったが、ストライクゾーン内での変化とはいえそこまで悪いコースではなかった。

 

 

思わず帽子を外して唇を噛む沢村に、御幸は駆け足で近づいた。

 

 

「どうしようもないホームランだ。あれは打った星田を褒めるしかない。」

 

 

そうして左手のミットを沢村の背中に当てる。

 

実際、上手く打たれた。

というよりは、若干内に入ってくるスプリームの軌道が裏目に出て、少し甘めに入ってしまったのだ。

 

 

アンダーシャツを纏った前腕で額の汗を軽く拭い、沢村は鼻から大きく息を吸う。

 

そして、吐く。

 

 

それを、5回。

繰り返して、沢村は何度も頷いて口を開いた。

 

 

「切り替えました!」

 

「時間かかったな。」

 

 

まだ、1失点。

寧ろ星田に対しては、最も被害の少ない状態で勝負できただけマシだった。

 

このあとしっかりと抑えることができれば、或いは反撃のチャンスは必ずやってくるはずだ。

 

 

「大丈夫。最小限に抑えれば必ず点は取り返す。まずはこの回、ストレートで締め直していこう。」

 

 

御幸の言葉に沢村も頷く。

 

確かに打たれたとは言え、自チームの打線なら必ず点を取り返してくれる。

それを確信していた。

 

何より、もう取られてしまったもの。

今更後悔しても巻き戻ることもなければ無かったことにもできない。

 

 

ならば、切り替えるしかない。

これ以上傷口を広げずに、反撃のチャンスを潰さないようにするのが、今沢村にできる最善であるのだ。

 

 

 

 

 

打席には、5番の佐々木。

しかしここで攻撃の手を緩めないのが、市大三高が強豪校である所以だ。

 

 

(絞め直したいところだろ、ここは!)

 

 

沢村にとって最もコントロールの効くボール。

そして、自信もあり奪三振率も高い、ユニークな球種を投げる沢村にとっての生命線とも言える。

 

 

外角低めの、ストレート。

 

自軍のエースの象徴とも言える、ボール。

これを佐々木は、狙っていた。

 

 

ホームランを打たれた初球。

 

多少厳しく来ても、球種さえわかれば打ち返せると言わんばかりに、弾き返した。

 

 

『打球はセンター前!』

 

 

一塁のベース上で、佐々木がガッツポーズを浮かべる。

 

4番のホームランから、5番のヒット。

できれば星田のあとは3人で切りたかったが、やはりしぶとい。

 

沢村は何の気なしに後ろを見た。

 

 

(落ち着けよ。何も焦る時じゃねえんだ。)

 

 

沢村の視線には、腕を組むエースの姿。

そして目が合うと直ぐに、視線の先のエースは両掌を軽く前に開いてジェスチャーした。

 

 

まだ、序盤。

反撃のチャンスは、幾らでもある。

 

そう思い、沢村は目を瞑って再び深呼吸をした。

 

 

 

 

(ストレート狙いか。分かりやすいけど、こんなにとことん打たれるとはな。)

 

 

恐らく初回は、ストレートをほとんど投げなかったからこその三者凡退。

 

あとは絞め直したストレートを、狙っていたか。

簡単にストライクが取れるこのボール、それだけでなく厳しいコースに攻められる。

 

だからこそ、ホームラン後のストレート。

特に厳しいコースを狙っていたか。

 

 

 

こうなると、何とか建て直したい。

少し次の解答に迷いながら、御幸はマウンドの沢村へと視線を向けた。

 

 

左手でロージンバックを握り、空を見上げる。

 

いつものように声を上げるでもなく、淡々と。

ふわりと舞い上がる白粉が沢村を覆い、放るようにしてロージンバックが落とされた。

 

地面に落ちて、再び煙が舞う。

 

 

 

左手で帽子の鍔を持ち、沢村はゆっくりと目を開いた。

 

 

(あの瞳…?)

 

 

沢村の開いた瞳に、違和感を感じる。

 

きらりと煌めく、黄金色の瞳。

派手では無い、淡く輝くその煌めきは夜空に輝く黄金の月。

 

 

その瞳の輝きは、極限まで集中力を高めている証。

 

一発を浴びて、尚且つノーアウトのランナーを置いた場面。

ここに来て、沢村は集中力を研ぎ澄ましていた。

 

 

 

 

打席には、6番の安達。

ここは手堅く、バントの構えを見せる。

 

まずは奪った得点。

しかしそれ以上に、もう一点が確実に欲しいところ。

 

ここは勝負ではなく、バントでの進塁を選択した。

 

 

 

初球。

御幸は自身の考察が正しいかの裏打ちが欲しく、ここは沢村の状態を確認するべく投げた。

 

 

(目覚める時は、今だぞ。)

 

 

御幸のサインに、沢村が小さく頷く。

研ぎ澄まされた沢村は冷静であり、感覚もまた鋭利になる。

 

クイックで投げ込まれたボールは、緻密なコントロールでインハイへ。

 

 

甲高い音を立てながら、打球は高く打ち上がった。

 

 

『打ち上げたー!高速スライダーでしょうか、手元で変化させるボールを打たせてバントを阻止しました!』

 

 

バントのしにくいとされる内角高め。

さらにそこから変化させて、打者のバットの根元を抉りとる。

 

完璧なコースからカットボール改でさらに変化させて、キャッチャーフライ。

 

 

まずは1アウトを、ランナーを動かすことなく奪うことに成功する。

 

マスクに手をかけた御幸は、半ば俯き気味に口角を僅かに上げた。

 

 

(驚くことはない。お前もとっくにその次元なんだよ。)

 

 

確かに完成度で言えば、昨年の大野の方がまだ上だ。

 

しかしここぞという場面の集中力と独自性で言えば、沢村だって負けていない。

 

 

 

続く打席には、捕手の高見。

決勝の稲実戦の為にも天久を温存したいと思う女房役は、ここで追加点を奪って楽な展開に進めたいと考えていた。

 

 

初球、御幸が構えたコースは外角の低め。

 

最も長打になりにくく、ストライクの見極めが最もしにくい遠いコースである。

 

 

 

コースは、際どい。

更に低めから伸び上がるようにして決まったボールに、高見は思わず見送る。

 

瞬間、僅かにミットを動かす御幸。

 

 

審判の手は、上がった。

 

 

 

思わず審判を見る高見。

 

しかしすぐに自分の行為が今後の攻撃に影響することを懸念して投手へ向き直した。

 

 

2球目も同様のコース。

先程のボールもあった為、これもストライクと判断されかねない。

 

ここは高見もバットを振りに行くも、前に飛ばずファールとなる。

 

 

(やっぱり、ストレートのコントロールはいい。)

 

 

スピードは、136km/h。

そこそこ速い上にキレもあり、ここまでしっかり制球されると中々手が出ない。

 

 

 

続く3球目。

御幸は最後の確認として、普段沢村にはあまり構えないコースに構えた。

 

 

(さて、ここに投げ込めるかどうか。)

 

 

御幸がミットを開いた場所は、先程のボールよりも僅かに外。

 

少し甘く入れば、ストレート狙いで軌道にも慣れてきた高見に弾き返される可能性もある。

外れすぎてしまえば、効果は薄くなる。

 

緻密なコントロールが出来てこそ、要求できるコース。

 

 

集中力を高めている状態。

ストレートのキレも確かに上がっている。

 

しかしもしかしたら、それ以上の能力向上があるかもしれない。

 

 

(もし、夏輝と同じタイプなら。)

 

 

軸足でしっかりと立ちながら、右脚を振り上げる。

 

豪快なフォームから投げ込まれたボールは、御幸が構えたコースと僅かな違いもなく、収まった。

 

 

僅かに外れた…というより、僅かに外したストレート。

審判の手は案の定上がらず、カウントは1-2と已然追い込んだバッテリー有利のままである。

 

 

傍から見れば、ただの一球。

しかし御幸、そして打席に立っていた高見からすれば大きな意味を持つ一球となる。

 

 

(外れたってより、意図して外したのか?)

 

 

距離にして、ボール一個分。

この制御が出来るとなると、見極めが極端に難しくなる。

 

今のように意図して外すことができるとなれば、逆も。

意図して際に入れることも、できるということだ。

 

 

こうなると、よりストライクボールの見極めがしにくく、クサイコースは全て振りに行かなければならない。

ただでさえ長打が狙いにくいコースなだけに、あまり手を出したくないのが本音だった。

 

 

 

4球目。

先程よりも甘めのコース。

 

漸く来た甘いコースに、高見は振りに行く。

 

 

数少ない、失投。

ここを狙いに行き、高見のバットは空を切った。

 

 

振り抜いた後に、高見は御幸のミットを見る。

 

そこには、自分が思い描いていた軌道とは全く別。

具体的に言えば、少し低めのところに決まっていた。

 

 

スプリーム。

ストレートと同様の軌道から高速で、そしてストンと利き腕側に沈む変化球。

 

まんまとしてやられたと、高見は歯を食いしばった。

 

 

 

「OK、ナイスボール沢村!」

 

 

投げ返された白球を右手で掴み、再び沢村はロージンバックに手を当てる。

 

その毅然とした態度に、御幸は心の中でガッツポーズを浮かべた。

 

 

(やっぱ同じだ。あん時の夏輝と。)

 

 

感覚が研ぎ澄まされたことによる恩恵。

ストレートや変化球のキレが増すのに加えて、コントロールが良くなる。

 

ギアを上げたことによる、制球の向上。

 

 

これが、沢村の全速力。

大野夏輝と同じタイプの、最大出力である。

 

 

 

「すげーな。沢村ってこんなにコントロール良いんだ。」

 

 

打席に入るのは、8番ピッチャーの天久光聖。

 

彼に対しても、沢村と御幸は徹底的に攻めた。

 

 

2球連続スプリームで空振りを奪うと、最後はインハイの釣り玉。

 

高めのボールゾーンで空振りを誘うボールを見事に振らせたストレートは、今日最速の138km/hを計測した。

 

 

 

被弾こそしてしまったが、まだ1失点。

まだやり返すチャンスは幾らでもある。

 

それに、沢村が覚醒したことが何より大きい。

 

 

最後、天久を空振り三振に切ってとった瞬間に、今まで抑えていた咆哮を上げる。

 

その背に描かれた背番号は、まだ2桁。

しかしふわりと、エースナンバーが重なったように見えた。

 

 

 

 

 

2回裏。

打席には、4番の御幸。

 

沢村の好投に答えるべくマウンドには、やはりと言ってはあれだが天久が上がる。

 

 

(沢村は、応えてくれた。)

 

 

フッと息を吐き、御幸がバットを掲げる。

 

 

凛としたフォルムは、強打者特有の風格を放つ。

オフを経て力強さと安定感を得た姿は、青道の4番としての威圧としても申し分ないところまで進化した。

 

 

(ここで応えられなきゃ、4番じゃねえ!)

 

 

先程の星田の一発をやり返すように、初球打ち。

 

天久の初球のストレートを捉えて、右中間。

ジャストミートした打球は、鋭く外野の間を抜けてツーベースヒットとなる。

 

 

 

更に5番の白州が甘く入ったスライダーを捉えてセンターオーバー。

フェンスダイレクトの長打を放つ。

 

二塁ランナーの御幸は楽々ホームイン。

 

更に打った白州も二塁へ。

4番と主将の連続ツーベースヒットで、同点。

 

 

刹那の得点劇で天久を一気に攻めたてた。

 

 

『主砲と主将の連続ツーベースで早くも同点!センバツでも存在感を見せたこの2人が、2年生の沢村を盛り立てます!白州のタイムリーツーベースヒットで同点!』

 

 

二塁ベース上で右拳を上げる白州。

 

それに背を向けながら、先程の沢村同様天久もまた深呼吸をし直していた。

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード206

 

 

 

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 

2回以降お互い投手が好投し、膠着状態へ。

 

回にして、5回の表。

現状まだ、1-1のままスコアは動いていない。

 

 

最後の打者であった宮川を空振り三振に切って落とし、沢村はゆっくりとマウンドを降りた。

 

 

「ナイスピッチ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

エースである大野に声をかけられ、漸く表情を解いた。

 

 

投げている時の淡々とした姿に不安感を覚えていたが、いつも通りの笑顔を見せた沢村に、大野は頷く。

 

ここまでに要した球数は、71球。

普通に見れば特段多い訳では無いが、普段からゾーン内で勝負する沢村からすれば、多い方である。

 

 

ふうっと息を吐き、いつもより多く流れ出ている汗を拭う沢村。

それを見て、大野は若干ながら不安要素を抱いた。

 

 

(無理もない。かなりハイペースで投げている上に、相手は市大三高。重圧が掛からないという方がおかしい。)

 

 

付け加えるなら、天久。

彼も同点を許した2回以降は、二塁すら踏ませないピッチングでその圧倒具合を発揮している。

 

少しでも気を抜けば一気につけ込まれる。

そして追加点を許せば、簡単に試合が決まることもわかっている。

 

 

更に、今の沢村の状態だ。

 

緊迫した試合で集中力を限界まで高めているからこそ、無意識に出力を上げている。

 

例に出すなら、ピンチを背負ってギアを上げた沢村。

この集中状態が試合を通して続いているということ。

 

 

だからこそ、沢村は普段よりも過負荷が掛かっている状態で投げ続けていたのだ。

 

 

 

「ナイスピッチ。疲れはどうだ?」

 

「今んとこは大丈夫っす。」

 

 

女房役である御幸の言葉に、沢村は簡潔に答える。

 

またも流れ出た汗を拭い、ベンチで用意されていたスポーツドリンクに手を伸ばした。

 

 

 

確かに、いつもより疲れてはいる。

 

だがそれ以上に、投げていて楽しい。

自分の感覚じゃないくらい研ぎ澄まされているし、繊細だ。

 

後半戦に差し掛かるに当たって疲れもあるが、それはいつものこと。

 

 

投げ切るためにいつも走ってきたし、やり切る能力も付いてきた自覚はある。

これなら8回、それこそ完投までいけるか。

 

 

 

そんなことを考えている沢村に対して、彼を客観的に見ていた3人。

 

エースである大野と、実際に球を受けている御幸。

そして、投手を管轄している指導者の落合は、沢村本人とは違う判断をしていた。

 

 

「どうだ、御幸。」

 

「実際、球の力はいつも以上ですし、何よりコントロールが良い。ただ…」

 

「疲労の観点で言えば未知数、か。」

 

 

小さく頷いた御幸に対して右目を瞑り、落合は顎髭に手を触れる。

 

 

「未知数…というより、危険と見ていいと思います。明らかにペース配分が出来ていません。」

 

「最大出力の代償か。或いは、天久の。」

 

「だと思います。」

 

 

やはり好投手の投げ合いで無意識に出力を引き出されている。

 

それだけに、力の調整が悪い意味で出来ていない。

いつもピンチで発揮している高出力を、ほぼずっと出しているのだ。

 

 

御幸と落合のやりとりに、大野もまた不安材料を口にした。

 

 

「やはり、本人に自覚がないのが一番危険です。上手く投げている時はいいですが、ふとしたキッカケで疲れが一気に吹き出す可能性がある。」

 

 

そう言う大野の姿に、御幸は昨年の夏を重ねる。

 

幾度となく思い出す、あの時の決勝。

成宮との投げ合いで最大出力を出していた大野もまた、同様の状態に陥っていた。

 

彼のふとしたきっかけは、成宮の降板。

試合が動いたタイミングで、彼の集中力はプツリと切れた。

 

 

「次の回は何とかしてくれると思いたいが、問題はそれ以降だな。」

 

「降谷の状態も悪くありません。3イニング降谷でも良いかもしれませんね。」

 

 

御幸の提案に落合も肯定の意を込めて頷く。

 

そうなると、欲しいのはやはり追加点。

勝ち越し、出来れば2点か3点の猶予が欲しい。

 

 

しかしその願望を早々に打ち砕いたのは、懸念である天久の奪三振であった。

 

5番の白州が、ストレートに空振り三振。

その球速は、152km/hを計測していた。

 

 

高い強度のストレート。

スピードだけでなく、威力がある。

 

これが、天久光聖の捩じ伏せる投球。

 

スライダーという絶対的な武器がありながらも、あくまでストレートによる力押しで攻める姿は、エースの貫禄を見せていた。

 

 

 

続く6番の金丸も、スライを打たされてセカンドゴロ。

 

最後の打者となった前園もまた、得意のストレートに着いて行けず空振り三振。

やはりどうしても変化球に視線が向いてしまい、ストレートに振り遅れてしまう。

 

 

ストレートが変化球を生かし、変化球がストレートを生かす。

 

実に単純明快であり、理想的なピッチングであった。

 

 

 

 

あまりの圧倒的なピッチング。

沢村同様、天久も今大会でのベストピッチを見せている。

 

その要因は言わずもがな。

3年生という責任もあるが、やはり投げ合っている沢村の存在。

 

 

高い集中力で投げている様は、投げている相手の力も引き上げる。

 

終わりの見えないほど圧巻の投手戦は、後半戦を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天久がマウンドを降りたのを確認すると、ベンチに預けていた身体を起こして足に力を入れる。

 

 

まだ、大丈夫。

 

多少の疲れはあれど、暑い夏はこんなもの。

じわりと絶え間なく流れ出る汗に嫌気が差しながらも、頭に載せていたタオルを握り直して顔を覆った。

 

 

(漸く折り返し地点。)

 

 

しかし、遠い。

普段ならば完投を目指す沢村だが、今日はまた事情が違う。

 

相手は都内でも有数の打撃力を持つ市大三高。

 

ギアを入れている分肉体的に疲労が溜まるのは当然だが、分厚い打線を相手にするのは精神の摩耗も計り知れない。

 

 

何より、天久。

彼の捩じ伏せる圧巻の投球は、青道打線を抑え込むという効果だけに留まらない。

 

 

圧倒的な投球は沢村自身に重圧をかけると共に、終わりの見えない投手戦を演出していた。

 

 

 

(今日は最後までってより、行けるとこまで全力で。)

 

 

 

ベンチからゆっくりと足を踏み出し、マウンドへと向かう。

 

視界はなんとなく、暗い。

色褪せた世界の中で、自分の玉座へ近づいて行く内に己の耳に刺さる歓声すら徐々に離れていくように感じた。

 

 

集中できている。

この回、まずは目の前のこの6回を抑える。

 

 

打席には、星田。

前の打席こそ抑えているが、1打席目にホームランを打たれている。

 

 

(シチュエーションで言えば、2回にちょっと近いかな。いやーな空気ではある。)

 

 

前の回にテンポよく抑えた。

そして先頭打者は、4番の星田。

 

 

先程は浮ついていたからこそ上手く打たれたが、今度は疲れが出始めた終盤。

 

何か、起きるか。

 

 

そう思い、御幸は沢村に向けてサインを出した。

 

 

 

まずは、外角低め。

細かく制球されたボールだが、星田も強振する。

 

しかし星田の合わせた軌道からボールは急激に失速。

 

ストンと手元で落下し、空振った。

 

 

(このコースでしっかりと落とせれば大丈夫だ。)

 

(はい。)

 

 

 

続けて、今度はインハイのストレート。

僅かに外れているボール球、星田もこれを見送って1ボール1ストライクとなる。

 

 

3球目、もう1球ストレート。

同様のコースだが、僅かに内に入れているもの。

 

先程反応しなかったが、ストライクゾーンに来た途端星田はスイングした。

 

 

 

鋭い打球。

しかし打球は一塁線、前園の横を抜けていった。

 

 

(やっぱり、怖いな。)

 

 

あわや長打コースになっていた打球。

しかし尚も表情を崩さない星田の姿を、御幸は横目で見た。

 

 

とは言え、追い込んだ。

 

 

普段なら強気に攻めたい所だが、相手は星田。

今日当たっているし、何より一発だけは貰いたくない場面。

 

ここは丁寧に、しっかりと沢村の長所を生かす。

 

 

御幸の構えたコースは、外角低め。

そこから僅かに外に外している、ボール球。

 

 

追い込まれている以上、振りに来る。

打ち損じてくれれば儲けもの、ファールになっても外に目付けをさせる事ができる。

 

どちらにせよ、遊び球が使えるバッテリーからすれば、決め球への布石とすることが出来る。

 

 

要求通り、外角低め。

 

僅かに外れているボールを、星田はバットに当ててファールとなった。

 

 

 

(一番近いコースから一番遠いコースへの投げ分け。でも、よく対応してくる。)

 

 

再び沢村が息を吐き、顎まで伝った汗を手の甲で拭った。

 

 

(追い込んでるのは俺たちだ。自信を持って投げてこい。)

 

 

御幸が胸を叩いてそうジェスチャーすると、少し間を空けてから沢村は頷いた。

 

 

(大丈夫っすよ、御幸先輩。抑える自信なら、あります。)

 

 

グローブの中で重ねられた両腕を、天高く振り上げる。

 

鍔の影からチラリと見えた瞳は煌めき、瞳孔が開く。

身体を一塁側へ向けてから左脚で綺麗に立ちつつ、右脚を高く上げてから投げ込んだ。

 

 

 

インコースのボールゾーン。

膝元の厳しいコースだが、そこからボールは急激に変化。

 

ストライクゾーンに掠めたボールは、インコース低め一杯へ入り込む。

 

 

ギリギリ一杯。

いや、低めに外れているか怪しいところ。

 

御幸もここで決める為に、僅かにミットを上げる。

 

 

 

 

 

少しの静寂。

御幸にとっては、かなり長い静寂。

 

その沈黙を破ったのは、沢村の咆哮と突き上げられた審判の右腕だった。

 

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 

星田に対して、見逃し三振。

この試合初めて投げる低めのカットボール改でのフロントドア。

 

研ぎ澄まされた感覚で投げ込まれたボールは、今日一番のベストボールであった。

 

 

 

しかし、星田に入れ込んでいた為か、5番の佐々木に対しては制球が乱れてフォアボール。

 

更に6番の安達にも甘く入ったストレートを弾き返されてしまう。

 

 

1アウトランナー一二塁。

星田という山場を乗り越えて少し乱れたところを叩かれて、この試合最大のピンチを背負うことになる。

 

 

(やっぱ疲れが出てきたか。)

 

 

肩を少し上下させた沢村を見ながら、御幸は危惧していたことが起きてしまったと歯を食いしばる。

 

ふとしたきっかけで疲れが吹き出すという、先ほどの大野の言葉。

そのきっかけが、最初の打席で集中力を最大限まで高めてくれるきっかけを作った相手である星田を、乗り越えたことだった。

 

 

ここで失点したくはない。

何とか星田を抑えたこのいい流れを、攻撃に繋ぎたい。

 

 

一度タイムを取り、御幸はマウンドへと向かった。

 

 

 

 

 






著しく投稿頻度が落ちていますが、私は元気です。
とは言えまだ話を練りながらゆっくり書いておりますので、気長にお待ちいただけると幸いです。


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エピソード207

 

 

 

 

 

「疲れてきたか?」

 

 

マウンドで汗を拭う沢村に、御幸は単刀直入に聞いた。

 

まだ、6回途中。

とはいえ、相手は市大三高という都内でも有数の攻撃力を誇るチームを相手にしている為、疲労が溜まるのは当然。

 

その上、ここまでの高出力でのピッチング。

投球時にかかる負担はいつもの倍は掛かっている。

 

 

 

 

「球が浮いてきてる感じはします。でもまだ、大丈夫です。」

 

 

沢村の返答に、御幸は頷く。

 

ここまで、だな。

コントロールが乱れ始めている上に、球威も若干落ちてきている。

 

 

本人も多少自覚はできているが、恐らく本人が考えている以上に疲れは出てきている。

 

その証拠に、ここまで完璧に制球できていたストレートですら少し甘く入るようになってきているのだ。

 

 

「星田を抑えても、後続に打たれちゃ意味ないからな。ここ、切り抜けるぞ。」

 

 

この先は、捕手の高見と投手の天久。

 

はっきり言って上位ほど警戒する必要はないが、油断はできない。

 

高見も今大会既に本塁打を放っている上に、天久もまた今日の良い状態ではバッティングにもいい作用が働く可能性もある。

 

 

ここまで完璧に抑えているからこそ、怖い。

もしかしたら、何かが起きる可能性だって大いに有り得る。

 

何故なら、それが夏の大会だから。

3年間野球に尽くしてきた球児たちは、平気で奇跡を起こしてくる。

 

 

(こっちにも有り得るんだろーけど。)

 

 

御幸はそれをアテにするほど、楽観的な人間ではなかった。

 

 

 

 

 

 

まずは高見。

ここまでの打撃成績は、2打数の2凡。

 

それも、内容を見ても沢村が完全に上回っている。

 

 

しかし前の2打席は、沢村が全開の状態でぶつかれているだけに、この打席に関しては全く読めないと御幸は考えていた。

 

徒に球数を増やすことは無い。

とは言え、簡単に攻めるわけにもいかない。

 

 

ここは1球、高見が手を出したくないであろうボールを選択した。

 

 

まずは、外。

最悪外れても構わない。

 

タイム後で、ピンチの場面。

一度、沢村の生命線でもあるストレートで締め直す。

 

捕手の高見なら、きっとそこを狙ってくる。

 

 

(お前も、そうしたくなるだろ。)

 

 

初球、スプリーム。

外角の中段から少し落としたボールを、振らせた。

 

 

ひとつ、危険な初球は理想的な形で投げきれた。

コントロールも然り、特にスプリームもしっかり落とせている分勝負はできる。

 

御幸は、2球目を要求した。

 

 

 

続けて投げたのは、インサイドのカットボール改。

 

多少甘くなっても、スピードと変化があれば比較的長打は打たれにくいボール。

 

 

元々沢村は、入部する前から内角のコントロールに関しては申し分ないものがあった。

 

本人の性格上、外で様子を見るというよりは向かっていく方が得意。

そして付け加えるなら、何も目印がない外よりもバッターというある程度の目標がある内角の方が投げ込みやすいという側面もある。

 

無論、投げ込む度胸は必要だが。

そこに関しては、沢村に心配をする必要がないのは言うまでもない。

 

厳しいコースで抉りこんだカットボール改。

打者に近いところで大きく内角を抉るボールだが、外れて1ボールとなる。

 

 

(うわ、キレはまだ健在。)

 

 

見送った訳では無い。

外から内の投げ分けに反応しきれず、手が出なかった。

 

それが幸いして、カウントは1ボール。

 

 

 

しかしこの反応を、御幸は見逃していなかった。

 

 

(カットは、視認できてないな。)

 

 

となれば、カットボール改は布石を打って決め球に使いたい。

 

やはり、厳しいコースを攻めれば打ちに来ない。

特に両サイドの投げ分けには反応が少し鈍い。

 

 

(ってことは、わかるな?)

 

(甘く入ったとこを狙ってるってことっすね。)

 

(疲れが出たところの、甘いコース。追い込むまでは厳しいコースは打ちに来ないと思う。)

 

 

軽く意思疎通を済ませると、御幸は再びミットを構える。

 

 

再び内角。

今度は内角低めの厳しいストレートを膝元に投げ込むように要求する。

 

が、コントロールが少し乱れて引っ掛ける。

 

 

ボール先行。

コントロールが良くテンポのいい沢村にしては、珍しくボールが先走る形となる。

 

それも、意図してというよりは、乱れて。

 

 

 

 

(やっぱきついか。)

 

 

キレがあり、変化球も特殊。

とはいえ、甘くても打たれないような強いボールでは無い。

 

ましてやミートポイントが広い金属バット相手では、沢村のように小さく動かす変化球は、多少詰まっていたり心を外していてもヒットになりやすい。

 

 

そうなると、重要なのは制球。

長打を打つのが難しいコースで尚且つ、相手の狙いを外して初めて抑え込める。

 

そのコントロールが疲れで荒れるとなると、抑えるのは難しくなる。

 

 

 

ベンチにちらりと視線を送る。

監督である片岡も沢村の状態を危惧して、川上と降谷にも準備をさせている。

 

 

最悪、歩かせるか。

しかし満塁で天久というのも、何となく怖さを感じる。

 

だが高見に長打を浴びてしまえば、元も子もない。

 

 

 

一瞬で思考を巡らせる御幸だったが、マウンド上の沢村を見て直ぐに考えを固めた。

 

 

(ま、らしくねーよな。逃げんのはよ。)

 

 

御幸自身も、沢村も。

上手く躱していく技術はあるが、それは沢村の良さを引き出す投球ではない。

 

真っ向から、闘う。

自軍のエースが、そうであるように。

 

目指す場所があるのなら、目を逸らしてはいけない。

 

 

(目指すんだろ、夏輝を。なら、お前らしく真っ向から闘って切り抜けるぞ。)

 

 

求められているのは、個性。

強い気持ちで攻め込み、ピンチでも物怖じせず闘う。

 

個性的で唯一無二のボールをテンポよく投げ込み、チームに勝利の風を吹きかける。

 

 

 

 

 

 

 

(今まで投げて分かったけど、やっぱりいつもより冴えてる。)

 

 

マウンド上。

左手で白球を握り、グローブを胸元に置いた状態。

 

星田を抑えたことで浮ついた心を落ち着ける為に、深呼吸。

 

鼻から大きく息を吸って、雑念と共に大きく息を吐き出す。

再び気持ちを入れ直し、御幸の構えるミットへ視線を向けた。

 

 

コースは、先ほど同様内角の低め。

 

疲れは少し出てきたが、投げ切れる。

今日は狙ったように、ボールが操れる。

 

 

(これが、夏輝さんが見てる世界。)

 

 

高い集中力で、感覚が研ぎ澄まされている。

 

確かに自分自身が思ったようにボールが動かせるし、御幸のリードのお陰もあって打者を手玉に取ることも出来ている。

 

しかし普段よりも集中している上に、高い出力を出している為、疲労が溜まっている感覚はいつも以上にあった。

 

 

(それに、成宮さんと夏輝さんが闘ってる次元。)

 

 

初めて踏み入れた、この領域。

 

極度の集中により見えてきた、景色。

全国トップの2人が戦っている、次元。

 

 

 

いや、実際のところはまだ踏み入れてすらいないのか。

 

まだその領域を、覗き込んだだけかもしれない。

息が詰まるようなほどピッチングに没頭し、打者を捩じ伏せ。

 

そして、投げ合う相手に呼応し、身体の限界以上の出力を発揮する

 

 

(まだその次元じゃない。そんな事は、わかってる。)

 

 

クイックモーションで振るった左腕。

そのストレートは、御幸の要求通り内角低めにズバッと決まった。

 

 

135km/h。

 

キレは、悪くない。

しかしそれ以上に、ボールカウントから手を出したくないコースに、決め切ることが出来た。

 

 

追い込んだ。

遊び球は使えるものの、やはり決め切りたい場面。

 

 

 

御幸は、外に構えた。

 

 

(決めるぞ。今のお前なら、絶対に投げ切れる。)

 

 

布石は、打った。

 

内のカットボール改を見せたあとからは続けてストレート攻め。

特にインサイドのストレートを続け、目線を慣らした。

 

 

 

御幸のリードに小さく頷き、構える。

 

そして、ふぅっと息を吐き出した。

 

 

(でも、背中は見えてきたんだ。)

 

 

朧気だったエースは、鮮明に見えた。

 

だからこそ改めて感じた、壁の大きさ。

しかし道筋しか見えなかった目標は、形となって高すぎる壁となって立ちはだかった。

 

 

「絶対、負けねえ。」

 

 

今はまだ、届かない。

寧ろその壁の大きさを、再認識させられた。

 

だからこそ、超えたいのだ。

 

 

エースである大野夏輝にも。

そして、自分と同じ左腕であり、大野と肩を並べている成宮鳴にも。

 

 

今はまだ、遠い。

 

しかし近い将来。

いや、どんなに時間がかかってでも。

 

 

必ず、超えてみせる。

 

 

 

ぼそりと、沢村の口から零れる、負けないという言葉。

 

その誓いは誰にも聞かれることなく、虚空に消える。

 

 

誓いを掲げた左腕のウイニングショットは、外角低めに抉り込むようにして決まった。

 

 

最後はバックドアのカットボール改。

横変化の要素が大きいこのボールに高見は反応しきれず、バットを出すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

2アウト。

 

ランナーは、二三塁。

ピンチは依然続いている中で、打席にはもう1人のエースが入った。

 

 

(たかみんがバット出せなかったって、相当キレてんね。)

 

 

そんなことを内心思いながら、打席へと入る天久。

 

 

ここまで沢村と共に投手戦を演じている彼もまた、投球内容としてはほぼ完璧。

 

失点こそしているが、2回の御幸と白州による連打によるもの。

それこそ全国トップクラスの本郷から得点を奪った時と同じパターンでの失点は、ある種致し方ないところがある。

 

 

以降は、無失点。

寧ろ圧倒していると言っても過言では無いほど、都内最強と名高い強力打線を掌握していた。

 

 

 

調子はいい。

身体もキレているし、ボールも制御できている。

 

ストレートに力も乗っているから、力押しで打者を捩じ伏せていた。

 

 

(油断するなよ沢村。こいつも、何しでかすかわかんねーからな。)

 

 

大きな上背に、スラッとしたシルエット。

しかし近くで見ると、やはり大きい。

 

 

サインを覗き込み、頷く。

 

まずは、外のストレート。

パワーがある打者である以上、迂闊にインサイドで入るのは危険だ。

 

 

特に、相手は投手。

上位打線と比べても、外を捌く技術も劣っている。

 

厳しく攻めることができれば、まず手は出してこない。

 

 

御幸の大方の予想通り、初球の外角低めストレートを天久は見送った。

 

コースは、完璧。

球速も若干落ちてきてはいるものの、全く問題はない。

 

審判の右手が上がり、沢村は頷く。

 

 

2球目。

またも、同じコース。

 

これも見送り、早くも2ストライクで追い込んだ。

 

 

しかしながら、全く焦りの見えない。

何処か毅然とした態度を取る天久に、御幸は嫌な予感がしていた。

 

 

(こんな感じ。ストレートの軌道は見えた気がする。)

 

 

ひとつ息を吐き、バットを掲げる。

 

バットは振らずに見るのに専念した2球。

あとはストレートを待つだけ。

 

そう思い、天久は沢村に視線を向けた。

 

 

(前も思ったけど、やっぱいい投手だよなぁ。)

 

 

前の試合では、沢村と投げ合っていない。

それこそ秋の時点では降谷が好投しており、残りのイニングも川上と東条で押さえ込んでいた為、登板機会自体がなかった。

 

春は、降谷の乱調。

 

ビデオや観客席から見ることはあれど、何だかんだで沢村を生で見るのは初めてであった。

 

 

研ぎ澄まされている投球に、吸い込まれるような黄金色の瞳。

 

表情からわかる、勝利への渇望。

見据えている相手が相手だからこそ、エースの風格すらも感じていた。

 

 

それこそ、天久自身よりも。

 

 

(ま、関係ねー。負けたくねーのは、俺も一緒なの。)

 

 

3球目。

先程よりも少々高めに行ったが、外のスピードボール。

 

速球に対して、天久は反応して振りに行く。

 

 

(エースらしくねーってのは、わかってる。だからさ…。)

 

 

ボールは、失速。

手元でシュート方向に小さく沈んだ。

 

 

(ちょっとくらい必死こいてやんなきゃ、このチームのエースに相応しくねーだろーよ!)

 

 

食らいついたが、沢村のスプリームに芯を外される。

 

甲高い音と共に、弾む白球。

打球は高くバウンドし、サード方向へ。

 

 

打球は、死んでいる。

しかし、いい所に転がってくれている。

 

 

(間に合うか。)

 

 

引っ張り方向の強い打球に備えていた金丸が、猛チャージ。

 

弱い打球だったが故に、タイミングは際どい。

寧ろ、アウトに近いタイミングだ。

 

 

(ちょっとくらいの馬鹿は許してくれよ、監督…!)

 

 

内心で覚悟を決めると、天久は飛び込むように一塁ベースへ身を投げ出した。

 

 

 

 

決死のヘッドスライディング。

捕球が先か、到達が先か。

 

塁審の両手が、左右に広げられた。

 

 

土煙と共に、泥だらけのエースは右拳を握り締める。

それとほぼ同時に響き渡ったのは、捕手である御幸の指示であった。

 

 

「バックホーム!」

 

 

2アウトで、走り始めていた二塁走者の佐々木。

 

走力も兼ね備えている彼が三塁を回っており、本塁へ。

思い切り伸ばしていた身体を慌てて立て直し、走者に目を向ける。

 

 

慌ててホームへと投げ込まれた送球は、ややホームよりも一塁側へと逸れてしまう。

 

捕球した御幸は、手早く身体を屈めてホームベースへとミットを当てに行く。

 

 

しかしその刹那。

宮川の右足がホームベースへと到達した。

 

 

ホーム周辺、どちらと言われてもおかしくない判定。

球審が下した判定は、先程の一塁同様。

 

振り払うように広げられた両腕を見て、御幸は思わず天を仰いだ。

 

 

 

 

 



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エピソード208

 

 

 

 

静寂が続いていた試合が遂に動き出した、6回。

 

歓喜に包まれるベンチの中で、市大三高の監督である田原は額に手を当てて呟いた。

 

 

「オーマイガー。クレイジーすぎるぞ天久ボーイ。なんて事をしてくれる。」

 

 

エースである天久のヘッドスライディング。

確かにチームを鼓舞するには、十分すぎる。

 

しかし、チームを代表するエースとしてはあまりに危険で、無謀すぎるプレーであった。

 

 

(だが、その気概はボーイたちに勇気を与えてくれる。あんな無茶だけはして欲しくなかったがな。)

 

 

とはいえ、勝ち越し。

 

欲しかった追加点に、田原も心の中でガッツポーズをしていたことに変わりはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーっ。」

 

 

腰に手を当て、思わず顔を歪める御幸。

 

やりたくなかった、失点。

この大きな1点、勝ち越しの1点は重すぎる。

 

 

ストレートで攻めても良かったか。

それとも、チェンジアップで完全にタイミングを外しても良かったか。

 

何れにせよ、択を間違えた。

 

 

パワーがある打者であり、引っ張り方向に警戒をしていた金丸を攻めることもできない。

 

切り替えてマウンドへ視線を移すと、違和感。

 

 

両膝に手を付く沢村。

その姿を見て、御幸は1年前の同じ時期のことがフラッシュバックした。

 

 

(限界か…!)

 

 

タイムを取り、慌ててマウンドへと駆け寄る。

 

肩を上下させ、息を荒らげる沢村。

そんな彼の肩を担ぐようにして、御幸は身体を預けるように促した。

 

 

「大丈夫か。」

 

「すみません、抑え、きれませんでした。」

 

 

流れ出る汗が、地面に零れる。

 

夏とはいえ、あまりに多い。

それほどまでの疲労と、そして重圧だったのだろう。

 

がっくりと項垂れた沢村の肩を、御幸はそっと抱き寄せた。

 

 

「いや、よく投げた。悪かったな、お前を最後の最後に生かしきれなかった。」

 

「応えきれなくて、すいませんでした。」

 

 

帽子の鍔を摘み、少し目元を隠すように深く被る。

 

マウンドに置かれた白球を、沢村は両手で覆うように最後は握り締めた。

 

 

忙しなく動くベンチ。

そしてブルペンから、もう1人の投手が駆けてくる。

 

 

沢村に対して、左手に嵌められたグローブを出す。

対して沢村とまた、握り締められたボールを相手のグローブへと収めた。

 

 

「込めといた。」

 

「うん。あとは、任せて。」

 

 

ただ、一言。

そんな会話を交わし、沢村はマウンドを降りる。

 

悔しい。

自分で作ったピンチを、この難しい場面を任せてしまうことを。

 

何より、任せてくれた監督やコーチ、大野を裏切るような結果になってしまったと。

 

 

歯を食いしばり、俯き加減でマウンドから離れようとする。

しかし刹那、降谷は声を上げた。

 

 

「繋ぐから、大野先輩に。栄純が、そうしようとしたように。」

 

 

耳に入った言葉に、沢村は思わず振り返る。

 

降谷は、敢えて沢村の方を見ない。

真っ直ぐと、盛り上がる市大三高のベンチを見据えている。

 

 

その背中は、大きい。

単純な上背もそうだが、やはり大きな背中に沢村はどこか頼もしさを感じる。

 

 

一瞬間を空け、沢村は口を開いて降谷に背を向けた。

 

 

「あとは、頼む。」

 

 

背番号18の降谷が、マウンドへ。

前の試合では打ち込まれた彼が、満を持してリベンジの舞台へと舞い降りた。

 

 

 

 

 

2アウトながら、ランナー一二塁。

 

勝ち越しを許してなお、ランナーは2人。

依然ピンチには、変わりない。

 

打席には、9番の宮本が入っていた。

 

 

 

 

追加点は、渡せない。

 

だからこそ、バッテリーは自身の一番の持ち味である力押しで攻めた。

 

 

試合序盤から準備していた降谷はエンジン全開。

 

初球から150km/hオーバーを叩き出し、全球ストレート勝負。

 

 

最後は外。

153km/hのストレートを振らせて空振り三振。

 

見事に火消しをして、以降の攻撃へと繋いだ。

 

 

 

しかし、6回の裏。

遂に勝ち越しに成功した市大三高のエースが、本領発揮。

 

自分のバットにより生まれたリードを守るように、8番の麻生から三者凡退で斬り捨てる。

 

 

 

 

 

得点が動いた裏の攻撃。

比較的得点が動きやすいとされているこのシチュエーションを、完璧に抑え込まれた。

 

何となく、嫌な空気が流れる青道ベンチに旋風を吹かせたのは、降谷の一言であった。

 

 

「大丈夫です。僕は…僕達は、信じてます。」

 

 

逆転を。

そこまで言わなかったが、チームメイトが理解するのに時間はかからなかった。

 

 

ベンチからゆっくりと歩き出し、マウンドへ。

荒れたマウンドを軽く足で慣らしながら、空を見上げた。

 

 

青い空。

疎らに散らばる白い雲は眩しすぎる太陽を隠すことは出来ない。

 

マウンドに停滞する熱気を受け、降谷は打席を見下ろした。

 

 

(まだ、終われない。終わらせない。)

 

 

御幸を真っ直ぐに見据えて、降谷はロージンバックを放るようにして落とす。

 

 

打席には、一番の千丸。

ここまでの打撃成績は、1安打。

 

いい打者だ。

ミート力もあるし、何より反射神経がいい。

 

 

(春のことは忘れたか?なら、思い出させてやる。)

 

 

春の都大会では、5失点と滅多打ち。

 

更に前の試合でも登板した為、少なからず疲れも残っているはず。

そう思い、千丸はバットを掲げた。

 

 

(狙う。)

 

 

甘く入れば、そのストレートを狙う。

 

ワインドアップから、全身を縦回転。

リズミカルなフォームから、純粋な縦振りで白球は放たれた。

 

 

(狙…)

 

 

最速156km/h。

それにタイミングを合わせた千丸と相反して、球は来ない。

 

ふわりと一度浮かんでから独特の軌道を描くスローカーブ。

 

生き物のように唸りを上げるストレートとは対象的なボールに、千丸は空振った。

 

 

 

110km/hのスローカーブ。

ここまで沢村も投げなかった緩いボールに、タイミングを外される。

 

 

(器用だな、思ってたよりも。)

 

 

続けて、今度はストレート。

低めにしっかりと決められた豪速球は、またも御幸のミットを鳴らした。

 

 

球速差は、約40km/h。

何よりここまで投げていた沢村とは左右の違いもあれば、球の質も大きく異なる。

 

手元でピッと伸びるような快速球の沢村に対して、唸りをあげる豪速球の降谷。

 

 

最後も152km/hのストレートを高めに投げきり、千丸を空振り三振に斬り捨てる。

 

 

3日前の登板から少し休んで調整。

そのお陰か、余計な力が抜けている。

 

それでいて、リリーフ登板ということで念入りに準備していたからこそ、しっかりと試合に入り込めている。

 

 

 

(今日は、”当たり”だな。)

 

 

 

内心そう呟きながら、御幸はそっと胸を撫で下ろす。

 

ここまでの沢村の好投で力が入る可能性も大いにあったし、そこからの四死球コンボも無いとは言えない。

 

 

最近は安定感があったとはいえ、元来調子極端。

更に前回対戦時は、5失点と打ち込まれている。

 

不安要素があっただけに、この千丸をカーブとストレートを使って抑えられたのはかなり大きかった。

 

 

 

続けて打席に入るのは、2番の森。

彼に対してもストレートをゾーン内に集める。

 

2球目の真ん中低め。

 

このボールを弾き返されるも、ライトの白州は定位置。

彼の正面に打球は飛び、早くも2アウトまで漕ぎ着けた。

 

 

 

(ここまでは上手く行ってる。でも、気をつけなきゃいけないのはここから。)

 

 

ここからクリーンナップ。

3番の宮川はまだ当たりこそないが、今大会既に2本の本塁打を放っている。

 

何より、出塁率が高い。

ヒットを生み出すシャープなスイングもそうだが、積極的にスイングをしながら選球眼が中々いい。

 

チーム内でも、星田に次いで良い打者であることに間違いは無いだろう。

 

 

(出来れば3人で締めたい。出し惜しみは、ナシだ。)

 

(わかってます。全力でいかなきゃ、抑えられる相手じゃない。)

 

 

初球、高めのストレート。

今日最速の154km/hを計測したボールだが、これは僅かに高めに外れておりボールとなる。

 

 

2球目は、少し低く。

ゾーン内に来た球に宮川も反応し、スイング。

 

ストライクゾーンに投げられたボールは、途中で失速してストンと落ちて空振り。

 

 

ここで大きな変化球。

沢村とは全く逆の、本格派。

 

速いストレートに、大きい変化球。

球数は嵩んでしまうが、その分空振りを奪いやすくバットにすら当てない。

 

 

3球目もフォーク。

初球の速い球に目が行ってしまう為か、ここも空振り。

 

やはりストレートを軸にしている、それも強いストレートを投げる投手なだけに真っ直ぐに合わせないと着いて行けない。

しかしストレートに合わせすぎると、フォークやスローカーブに対応し切れない。

 

調子が悪いと、自爆。

しかし調子がいいと、手が付けられない。

 

そんな投手が、リリーフで出てくる。

 

 

(確かにすげえ投手だよ。でもな…)

 

 

追い込まれて、最後のボール。

フォーク2球でタイミングを外された後のストレート。

 

低め、今日最速の154km/hは、弾き返された。

 

 

(うちのエースにゃ、まだ届いてねえんだよ!)

 

 

少し詰まった当たりは、ジャンプした倉持を越えてセンター前のヒットとなる。

 

 

2アウトから出塁したランナー。

ここで打席には、星田が入る。

 

 

第一打席の本塁打以降、まだ当たりはない。

しかし星田は、それでいい。

 

少ない一打を、大事なところで打つ。

それを、どデカい一発で。

試合を決定付ける一撃を決める、4番。

 

 

遂に勝ち越しを決めたこの回。

あとは、トドメを刺すだけ。

 

大事にバットを抱えながら、星田は打席に入った。

 

 

(光聖。)

 

 

ベンチ内、泥だらけのエースをチラりと見て、星田は息を吐く。

 

一度逃げてからまた戻ってきた時は、少なくともいい印象とは言えなかった。

 

しかしその後の彼の努力も近くで見てきたし、一緒に強くなってきた。

悔しい場面も、同じ思いをしてきた。

 

そんな中で、エースとしての自覚が芽生えていく姿。

背負っている背番号が徐々に馴染んでいくのも、なんとなく感じていた。

 

 

そして、今日。

貪欲に、更に勝利の為にチームを鼓舞する姿に、その大きな背中に描かれた「1」がぴったり馴染んだことを実感した。

 

 

投手の柱である天久。

そして、打者の柱である星田。

 

天才と秀才。

2人の主軸が、勝ちだけを求めた。

 

 

(下手なプライドは、要らん…!)

 

 

短く持ったバット。

上手く合わせた当たりは、一二塁間を抜けてライト前のヒットとなった。

 

 

 

 

2アウトながら、ランナーは一二塁。

 

追加点を奪えば、今日の天久の状態であれば勝ちが約束されていると言っても過言では無い。

 

 

この絶好のチャンスの場面。

示し合わせたように、この大事な局面で打席には主将の佐々木が入った。

 

 

(やっぱ、降谷のストレートに振り負けてない。分かっていたことだけど、合わせに来られると厄介だな。)

 

 

ここに来て、拘って当てに来ている。

長打よりも単打、特に三振でリズムを作っていく降谷をペースに乗せないという工夫。

 

それが、いい方向に作用してくれている。

 

勝ちに、貪欲に。

とにかく泥臭く、形はどうあれ勝利をもぎ取る。

 

まずは、勝つこと。

それが、市大三高としてのプライド。

 

 

何より。

言葉にこそあまりして来なかったが、やはり天久を甲子園に連れていきたい。

 

彼ほどの逸材を、こんな所で終わらせる訳には行かない。

 

 

(お前の無茶見てたら、嫌でもわかるよ。俺たちだって、同じだからな。)

 

 

甲子園へ行きたい。

 

共に戦ってきた、仲間と一緒に。

エースである天才がどこまで通用するか見てみたい。

 

そして、多くの苦労をしてきた監督である田原を、甲子園に連れていきたい。

 

 

(絶対連れてってやるから。行こう、甲子園。)

 

 

強いチームの主将としての、誇り。

そして、チームの想いを背負い。

 

佐々木は、じっと降谷を見つめた。

 

 

 

初球、フォーク。

低めに外れているこのボールを見送られ、まずは1ボール。

 

更に2球目のフォークも、見送られてボール先行のカウント。

 

 

(手を出さないか。)

 

 

しかしこれが見送られるのであれば。

 

御幸は、降谷にストレートを要求。

変化球に視線を向けさせて、力強いストレートを詰まらせる。

 

ストライクゾーンに来た、ストレート。

 

少し甘いコースだったが低めの球をミートしきれず、ファールとなった。

 

 

スピードは、153km/h。

しっかりと腕は振れているし、コントロールも出来ている。

 

脱力している為か球もキレているため、簡単には打たれない。

 

 

佐々木も実際に降谷のストレートに振り遅れていたものの。

彼は、落ち着いていた。

 

 

(大丈夫、大丈夫。見えてる。)

 

 

一度息を吐き、呼吸を整える。

 

確かにストレートは、速い。

だけど、それに対応できるように練習してきた。

 

 

ストレートを狙う。

フォークは我慢。

カーブは、無視。

 

まだカウントは、打者有利。

 

一度、監督である田原に視線を向けた。

 

 

(判断は任せる。自身のスイングで決めなさい、キャプテン。)

 

 

人差し指で、こちらを指す。

それは、こちらに委ねるという合図。

 

しかしそれでいて、決めてこいというサイン。

 

 

ヘルメットの鍔に手を当てて、佐々木は深呼吸をした。

 

 

(主砲とエースがプライド捨ててでも、勝ちたいと言っているんだ。)

 

 

クイックモーションから、オーバースローで投げ込まれる。

 

降谷のクイックはさほど速くはないが、決して遅くは無い。

何より脱力できている分、スピードも維持しながらコントロールも良くなってくれる。

 

 

放たれたボール。

速い、が。

 

ストレートほどの威力はない。

 

低めのボールは、ストライクゾーン内。

バットを振り始めるが、脳裏に過ぎる球種。

 

一球前のストレートよりも、体感僅かに遅い。

 

 

バットは止められない。

しかし、粘ることは出来る。

 

これまで練習で培ってきた対応力と、鍛えてきた身体。

 

 

主将として。

先頭に立って、努力してきた。

 

その結晶を、ここで。

 

 

(お前たちのプライドも、持っていく…!)

 

 

バット軌道を強引に変え、合わせる。

彼の中で感じたスピード感は案の定、手元で失速するようにして落ちる。

 

掬い上げるようにして当てた打球は、センター方向へ。

 

強い当たりは定位置にいた大野の頭を越えた。

 

 

宮川が三塁を回り、ホームへ。

さらにスタートをしていた星田も、センターを越えたことを確認して三塁を回る。

 

ホームへ。

 

4点目を奪おうとホームへ到達しかけた、その刹那。

 

 

低い弾道で星田を射抜いたのは、怒りにも似た鋭い返球であった。

 

 

(それ以上、好き勝手はさせん。)

 

 

あまり見せてこなかった、ストライク送球。

ここ一番で、失点を抑える抑止力として。

 

エースは、刃を抜いた。

 

 

「アウト!」

 

 

大野のストライク送球により、ホームはアウト。

マウンドの降谷を助けるエースの守備で、3つ目のアウトを奪い取った。

 

 

 

「ナイス大野!」

 

「っしゃあ、ここから行くぞ!」

 

 

マウンド外では珍しくガッツポーズを浮かべて吼える大野。

 

 

残りは、3回。

相手にリードされているとはいえ、2点差。

 

相手が天久と考えると大きな2点だが、そんなこと言っていられない。

 

 

まだ、諦めるには早すぎる。

 

何より、そんなことは許されない。

 

 

負かしてきた相手がいる。

託されてきた、夢がある。

 

終われない。

 

 

 

しかし、下位打線から始まるこの攻撃。

 

遂に十分の援護を手に入れた天久は、トドメを刺さんと。

その豪腕を、遺憾無く振るった。

 

 

「ここまでしてもらえば負けやしねー。」

 

 

希望も、期待も。

全てを、消し去る。

 

最後の打者である代打の結城を空振り三振で切ってとり、勝利を確信した天久は右手を握り締めて突き上げた。

 

 

「もう負けねー。てめーが出てこなかったことを後悔するんだな、大野夏輝。」

 

 

圧巻の奪三振ショー。

青道を絶望へとたたき落とす、三者連続三振で捩じ伏せた。

 

 

徐々に焦りが見られる青道ベンチ。

 

しかし、虎視眈々と見つめるエースは、マウンドへ向かう降谷の肩に手を置いた。

 

 

 

 

 

 



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エピソード209

 

 

 

 

「すいません、大野先輩。」

 

「何を言ってる。まだ負けていなければ、反撃はこれからする。謝ることはないだろ。」

 

 

ベンチ前、炎天下のマウンドへと向かう降谷に、大野はそっと肩を叩く。

さらに、近くにいた御幸をチラリと見て、付け加えるようにして言った。

 

 

「マウンドはお前たちに任せると言っただろう。だから攻撃は、俺たちに任せておけ。」

 

「はい、お願いします。」

 

 

最後にポンと背中を叩き、大野は自分の定位置へと向かう。

 

それを見送ると、今度は御幸が降谷と共にマウンドへと歩み始めた。

 

 

「去年までのあいつなら、ブルペン行ってたよな。」

 

 

御幸がそう言うと、降谷は肯定するように何度か頷く。

 

以前までの大野は、チームの為になら次回以降の予定なぞかなぐり捨ててでも、流れを変えるべくマウンドへと向かっていた。

 

 

エースだから。

たったその一言で、身を粉にしてチームに尽くしてきた。

 

故に、時には限界を超えることもあれば、身体自体が先に悲鳴を上げてしまうこともあったのだ。

 

 

無論、今もその考えは変わっていない。

一度負ければ終わりのトーナメント形式において、次のことを考えすぎて負けてしまえば本末転倒ではある。

 

だが、今回の大会。

 

大野の心の中にも、変化があったのだ。

 

 

「やっぱり大野先輩にとって、成宮さんはそれほどの相手なんですよね。」

 

 

中学からの因縁の相手。

さらに言えば、2度の夏の大会でいずれも大野は決勝で彼に敗北している。

 

特に昨年の夏は、延長11回にも及ぶ熱闘の果てに、奇しくも同じ球数で互いに力尽きた。

 

 

だからこそ、備えている。

必然的に高い出力を出さざるを得ない試合なだけに、できるだけ力は温存しておきたい。

 

 

「それだけじゃねーよ。」

 

 

御幸の返答に、降谷は首を傾げる。

 

そんな反応に苦笑い。

付け加えるようにして、御幸は降谷に言った。

 

 

「あいつ言ってただろ、任せるって。今まで先輩たちですら信頼することが無かったあいつが、お前たちになら託せるって言ったんだよ。」

 

「僕たちを、ですか。」

 

「頼ることを知らなかった奴が、な。唯一お前と沢村になら委ねられるってよ。素直じゃねーから、そこまで言わねーけどな。」

 

「信頼…任せる…。」

 

 

すると、降谷の内から流れ出る、闘志。

 

 

炎のように巻き上がるオーラが、まるで目に映るかのように存在感を出す。

 

それは、任されたことによる責任。

信頼されたということは、認められているということ。

 

 

「エースになるんだろ?じゃ、応えなきゃな。」

 

「はい。」

 

 

そこからの降谷は、圧巻だった。

 

6番の安達に対しては、ストレート。

5球連続で150km/hオーバーを叩き出し、最後の154km/hで空振り三振。

 

更に高見には、カーブを織り交ぜて緩急。

110km/h代のスローカーブでタイミングを外した後に、155km/hのストレートを高めに投げ込んで空振り三振。

 

 

 

テンポよく2者連続三振で、残した打者は天久光聖。

 

 

(沢村は完璧にボールを操ってた。お前はどーなのよ?)

 

 

前の打席では、勝ち越しとなった内野安打。

この試合、誰が見ても現状MVPは彼である。

 

そんな絶好調男の天久に対しての初球。

 

 

(どーせ、ストレート。いち、にの、さんでしょ。)

 

 

というより、ストレート以外打てない。

 

フォークは対応しきれないし、カーブはタイミングが合わない。

打ち返すなら、ストレート狙い。

 

そんなことを内心で呟くと、天久はバットを掲げる。

 

 

ワインドアップから、リズム良く身体を縦回転。

それに合わせて、天久もタイミングを取る。

 

そして。

 

 

(いち、にの、さ…ん!?)

 

 

完全に振り遅れ、思い切り空振った。

 

コースは、外角高め。

降谷が強く腕を振り切ったこのボールは、吹き上がるようにして天久の想定よりも遥か上を通り過ぎたのだ。

 

 

(これが怪物のエンジンってやつ?明らかに人が投げてる球とは思えない。とんでもねー馬力だわ。)

 

 

2球目は、内角低め。

適度に荒れているから、逆に的が絞れない。

 

 

(操るってよりは、敢えて暴れさせてる?そう考えたら、沢村とはまた別の凄さ。)

 

 

3球目。

最後は高めの釣り球。

 

少しボール球だが、腕を振り切り力強いボール。

 

 

高低の投げ分けで目線が追いつかず、空振り三振。

最後は降谷のストレートを最大限に生かすコースで155km/hをたたき出すと、この回は三者連続の三振で捩じ伏せてみせた。

 

 

熱気漂う神宮球場。

ふわりと舞った雫が太陽光に反射して煌めき。

 

同時に、怪物はマウンドで静かに咆哮した。

 

 

「こいつらこれで2年かよ。そりゃあ投手王国って言われるわ。」

 

 

ユニークなボールを自在に操る沢村。

怪物(モンスター)クラスのボールを暴れさせる降谷。

 

高い完成度を誇りながらも、まだ未完。

 

各チームでもエースクラスの2人との投げ合いは、天久を高揚させ、喜びを与える。

 

 

しかし、欲を言えば。

その2人を超える男。

 

世代最強と言われ、この2人のエースクラスをも優に超える最強のエース。

 

 

魔球と称されるボールを自由自在に手懐ける、無敵のエース。

彼がマウンドに上がると忽ち、彼の独壇場になるほどの圧倒的存在感。

 

 

(ま、叶わねーならいいや。”今の”俺にとっちゃ、勝つことが一番なの。)

 

 

いい投手と、投げ会いたい。

そして高め合いたい。

 

しかしそれ以上に、今はただ勝ちたい。

 

1度逃げ出したのにも関わらず、迎え入れてくれたチームの為に。

 

 

「天久ボーイ、疲れは?」

 

「全然、問題ねーよ監督。心配しなくても、ちゃんと連れてってやっから。」

 

 

田原からの質問に軽く返すと、頭に被ったヘルメットを脱いで帽子に被り直す。

 

 

ベンチに置かれた、草臥れた茶色のグローブに右手を引っ掛ける。

少し重く感じ、それが染み込んだ汗によるものだと考えつくと、左手で持ち上げる。

 

 

「てか、2点もありゃあ十分。もう負けねーよ。」

 

 

不思議と、左手で持ったグローブは重く感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残り2回。追い込まれているとは言え、まだ慌てる必要はない。」

 

 

8回の裏に向け、円陣を組む青道ベンチ。

 

この回は、上位からの攻撃。

先頭は、試合開始同様1番の倉持から始まる。

 

終盤にして回ってきた、好打順。

 

試合展開を見ても、これがラストチャンス。

 

 

点差は2点。

天久から奪うには、大きな壁である。

 

 

しかし、この炎天下。

 

天久にとってもかなり応えているはず。

 

元々コントロールはすごく良い訳では無い。

スタミナも極端に多い方では無いため、終盤になれば抜け球は多くなる。

 

 

ラインを上げて、抜け球をしっかり仕留めきる。

 

 

「天久のここまでの奪三振は、12個。確かに多いが、それに比例して球数も107球まできている。それにこの炎天下だ。ここから先は、天久にとっても辛いマウンドになってくるはずだ。」

 

 

ここまで、軌道は見てきた。

ストレートとスライは見分けがつかないが、スライダーは追い込まれるまでなら我慢くらいならできる。

 

高めに浮けば、打てる。

スライダーは捨て、ストレートとスライの小さい変化を狙う。

 

 

あとは、ゴロ。

先ほどの天久の内野安打然り、転がせば何かが起こる可能性は出てくる。

 

フライではなく、極端に低く。

 

打球は上げずに、細かく連打で点を返す。

 

 

地道に、コツコツと。

全員で、力を合わせて勝つ。

 

 

「目の前の勝利のために、全員の力を貸してくれ。行こう、全員で勝つぞ。」

 

 

片岡の音頭に、全員が声を上げる。

 

 

打席に向かう、倉持。

彼に対して、大野は軽く耳打ちした。

 

 

「難しく考えすぎるな。お前なら、対応し切れる。」

 

 

小さく頷き、倉持が打席へと入った。

 

 

ここまでの打撃成績は、3-0

未だに、いいところはない。

 

 

足のイメージだが、今大会打率も3割越えと調子がいい。

 

特にすり足気味で合わせて単打を放ち、塁上でプレッシャーを掛けるという搦手が板についた。

 

 

(足だけじゃん。要は、出さなきゃいいってこと。)

 

 

ロージンバックを指先に当て、馴染ませる。

 

マウンド上から打席を見下ろし、白球を右手の上で転がした。

 

 

(顔こわ。睨み殺す気かよ。)

 

(ぜってー出る。)

 

 

初球、スライダー。

ファーストストライク、そのストレートを狙っていた倉持はバットを止めた。

 

1ボール。

 

やはりスライダーなら、見える。

試合も終盤、追い込まれなければ確かに見切れる。

 

 

続けて2球目。

今度は、高めから低めにまで滑り落ちるスライダー。

 

ゾーン内での変化だったが、これを見送って1-1となる。

 

 

3球目は、ストレート。

148km/hの真っ直ぐは、外の高め。

 

しかしスピードボールに狙いを定めていた倉持はバットを出すが、力強い真っ直ぐに打球は前に飛ばない。

 

打球は球審の横を抜け、ファールとなった。

 

 

(今の仕留めたかったな、高めに来たストレート。)

 

 

内心軽く舌打ちをしたが、表情には出さずに倉持はバットに目を向ける。

 

カウントは1-2。

既に追い込まれており、バッテリーが有利なカウント。

 

 

ここまでの倉持の反応と天久の状態。

それを擦り合わせ、高三はサインを出した。

 

 

(ストレート狙いなのは目に見えてわかる。ただ、スライダーは見えてそうだ。ここは早く仕留めよう。)

 

(OKたかみん。ここは、スライで。)

 

 

ワインドアップから、回転。

 

高三が要求したコースは、低めのボール球。

ストライクゾーンからボールゾーンに落ちる、奪三振率の高いコースへミットは構えられた。

 

 

 

ジャイロ回転で突き進む、速球。

 

バットを掲げた倉持は、すり足でタイミングを合わせる。

 

 

そして、打者に近いところで手元で小さく曲がり始めた。

 

 

(来た、ゾーン内…!)

 

 

難しく、考えない。

合わせるようにして、低めのボールにバットを当てた。

 

 

「っし!」

 

 

金属音と共に、ダッシュ。

打球はショート深いところへと転がっていく。

 

安達も丁寧に捌いたが、ここは倉持の足が勝って内野安打をもぎ取った。

 

 

「っしゃあ!」

 

 

終盤にして出塁した、ノーアウトのランナー。

 

この回詰めなくては勝機が薄くなる青道高校に、最後のチャンスが訪れる。

 

 

(まあ、安定感ってか出塁自体はかなり期待できる様になったよね。)

 

 

打席に向かうは、背番号1。

そして青道高校の繋ぎの2番、アベレージヒッターの大野が打席へと入った。

 

 

(あとは、俺が繋ぐ。)

 

 

脱力しながら、軽くバットを揺する。

 

一発こそないものの、卓越したセンスとバットコントロールで高いヒット性能を誇る選手である。

 

 

(ま、怖かねー。)

 

 

内心で天久は呟く。

 

このピンチの場面で、やはり怖いのは同点の一発。

それが限りなくゼロに近い相手であれば、やはりプレッシャーは少ない。

 

 

(変化球に強いのはわかってんの。ストレートには全然付いてけねーのも。)

 

 

しつこい牽制。

ランナーが、倉持だからというもの。

 

簡単に、走らせたくは無い。

 

 

(大野夏輝。ここで負けて、投げなかったこと後悔しろ!)

 

 

そして、初球。

内角高めの力強いストレート。

 

外の変化球に合わせるのが得意な大野に対して、有効なコース。

 

 

しかし。

 

 

(それは狙ってなきゃの話…!)

 

 

肘を上手く畳み、身体をコマのように回転。

高めを弾き返し、ライト前に落ちる単打で繋ぐ。

 

 

(言ったろ降谷、攻撃は任せろって。休ませて貰ってる分は、ちゃんとバットで取り返す。)

 

 

一塁ベース上、右手を突き上げる大野。

 

終盤にして、最大のチャンス。

ノーアウトながら生まれた2人のランナーに、青道ベンチサイドがさらに盛り上がる。

 

 

「ありゃー、上手く行かねーもんだな。」

 

 

マウンド上で腰に手を当てる天久は、思わずそう零す。

 

ここからクリーンナップ。

青道で最も得点能力を有する打者たちが、並ぶ。

 

 

 

ここまで我慢されていた分、立て続けに上手くやられている。

倉持もスライに上手く合わせられ、大野も完全にストレートを狙われた。

 

ここに来て青道の勝負強さが出てきたと、女房役である高三も感じていた。

 

 

(まあ、こいつら全国獲ってるんだよな。そりゃあ一筋縄じゃ行かねーよ。)

 

 

唇を噛む天久だったが、直ぐに切り替えてボールを受け取る。

 

ノーアウト、ランナー一三塁。

打席へと向かうのは小湊。

 

 

 

 

続けてネクストバッターズサークルに入るのは、4番の御幸。

 

何とか逆転したい、この8回。

自然と身体が強ばることを自覚していたが、4番である以上これも仕方がない。

 

何度か息を吐き、心を整える。

 

 

「御幸先輩。」

 

 

するとその背中に、降谷の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード210

 

 

 

 

「御幸先輩。」

 

 

鼓動が早まる御幸の耳に入ったのは、降谷の声。

 

何か言伝か。

そう思って御幸はネクストバッターズサークルへと向かう足を止める。

 

 

しかし、降谷から言われた言葉は想定とは異なり、あまり降谷からは言われないような内容であった。

 

 

「大野先輩が僕たちに任せてくれたのは多分、御幸先輩たちのことも信頼してるからだと思います。きっと点を取ってくれるから、僕たちに負けを付けさせないと思ってくれてるんだと思います。」

 

 

内気ながら、プライドが高く負けず嫌い。

しかし、エースである大野のことは尊敬しており、彼には大きな憧れを抱えていた。

 

そんな大野から任されたことは嬉しかっただろうに、降谷は思ったことを伝えた。

 

 

「だから、御幸先輩。」

 

「わかってる。ちゃんと応えてやるから。」

 

表情を変えることなく、御幸はそう答えた。

 

視線は真っ直ぐ天久を見つめ、じわりと身体から熱が帯びている。

そんな主砲の姿を、降谷は無言で見送った。

 

 

 

打席では、小湊。

このチームでも特にミート力に長けている彼が、粘った末にスライを引っ掛けてファーストゴロに倒れる。

 

しかしその間にランナーは前の塁へ進み、結果的にはチャンスを広げる形となった。

 

 

 

1アウトランナー二三塁。

 

打席に入るのは、2回にツーベースを放っている御幸。

 

 

本来であれば全く勝負をしたくない相手。

ピンチの場面で尚且つ、チャンスに強い4番、それも投手を支えてきたキャッチャー。

 

何かを起こす要素は、大いにある。

 

 

(こえー。でも、ここで逃げてちゃエースとは言えんでしょ。)

 

(歩かせたって、後ろには白州。腹括っていこう、光聖。)

 

 

チャンスに強い4番。

しかしそれを越えた先にも、仕事人であるキャプテンがいる。

 

それに今日は、市大三高の主将である佐々木もタイムリーを放っているように、両軍共に主将が得点を上げている。

 

 

簡単に逃げてしまえば、やられる。

しかし迂闊に攻めても、やられる。

 

 

求められているのは、最大出力。

全身全霊をかけた、フルスロットル。

 

全てを薙ぎ倒す、エースとしての圧倒である。

 

 

 

 

大きな大きなターニングポイント。

 

会場を包む緊張感に、一瞬訪れた静寂。

開戦の合図を知らせる、子気味良いトランペットの前奏。

 

 

前4番である結城を象徴する、ルパン三世のテーマが鳴り響く。

 

さらに湧き上がる会場を背に、18.44mはあまりに静かであった。

 

 

(変わったな、空気が。)

 

 

 

ヒリヒリと伝わってくる緊張感と、彼から伝わってくる重圧。

 

ツンと肌を突き刺す違和感に、天久も息を呑む。

額からスーッと流れてきた汗がマウンドに落ちると共に、黄金色の瞳がキラリと輝いた。

 

 

 

これまでの、ある種リラックスしている状態から一転、鼓動が早まるのを感じる。

 

御幸の集中状態に、天久も引っ張られているのだ。

 

 

 

初球は、スライ。

外の低め、ストライクゾーン内の変化球でカウントを取りに行く。

 

しかし、その刹那。

 

天久の背を寒気が襲う。

 

 

直感的な判断で、少し引っ掛け気味にボールゾーンへと外れる。

いや、意図して天久は外した。

 

 

(っぶねえ。多分、狙われてた。)

 

 

ジワジワと迫り来る圧力と、熱気。

 

これがチャンスの、御幸一也。

青道高校4番の、全集中。

 

 

2球目、ストレート。

敢えて強気に攻めた天久は、内角高めのストレートを投げ込む。

 

ここは御幸がバットを出すも、空振り。

 

それと同時に、会場内がわあっと沸き立った。

 

 

『153km/h』

 

 

彼の自己最速である、速球。

 

援護を受けた、最後の山場。

ピンチの場面で迎えた4番に対して、天久は最大出力で応えたのだ。

 

 

(…。)

 

 

天久の球筋を見て、御幸はふっと息を吐き出す。

 

焦りは、ない。

鼓動は早くなっているが、それは緊張の類いとはまた少し異なるものであった。

 

 

(えらく冷静だな。見えてるのか?)

 

 

この場面ですら毅然とする態度に、高見は横目で御幸をちらりと見る。

 

天久の強みはやはり、威力のあるストレートと大きなスライダー、そして2つのボールと偽装ができるスライ。

 

その3つを投げ分けることで三振を取りに行くのが、彼の最大の強みである。

 

 

見えているとなると、やはり怖い。

天久の状態を加味しても、勝負を避けるという選択肢をとってもいいと高見は思っていた。

 

 

 

しかし、天久は勝負を選択。

それが間違っていなかったと証明するために投げ込まれた3球目は、御幸のバットを躱して高見のミットへと収まった。

 

 

(見えてんなら、上回ればいいんだろ。てめえの想定をよ!)

 

 

3球目は、スライ。

否、先程までよりも大きな変化をしたスライである。

 

天久の独特の感性による微調整が生んだ、魔球。

 

このボールで、御幸は追い込まれた。

 

 

 

カウント1-2

肩甲骨を回すように肩をぐるりと回す。

 

バットを握り、チラリとベンチへ目を向ける。

 

 

(そんなに不安そうな顔すんなよ。ちゃんと打ってやるから。)

 

 

そうして、大きく息を吐いた。

 

白黒の世界に、僅かに色づく沢村と降谷。

さらに二塁でヘルメットに手を当てる大野にも視線を向け、目を閉じた。

 

 

あの夏。

マウンド上で涙を流しながら力尽きた大野を見て、自分の不甲斐なさを再認識した。

 

だからこそ推薦されていた主将の座も降り、投手とまた向き合いたいと。

そして任された自身の選手としての立場に集中したいと、覚悟を決めていたのだ。

 

 

(お前は、背負ってきたんだよな。)

 

 

再び息を吐き、閉じられていた瞳をゆっくりと開けた。

 

 

4球目。

真ん中付近から低めのボールゾーンへと外れる、縦のスライダー。

 

スパッと、文字通り打者を斬り捨てるように曲がる大きなスライダーは、多くの三振の山を築いてきた。

 

 

追い込まれていた、この場面。

御幸は、見送った。

 

 

(こいつ、見えてるのか?)

 

 

バッテリーも、決めに行った4球目。

流石の選球眼に、高見は内心唸った。

 

 

 

ここに来て、最高潮の集中力。

 

勿論、チャンス。

御幸にとって集中力を高められる状況ではあるのだが、それ以上に。

 

 

打線の柱である、4番として。

ここまで重圧の中投げた、二人の2年生投手を支える、捕手として。

 

そして、青道高校最高のバッターとして。

 

 

(沢村、降谷、それに夏輝。)

 

 

色も音と抜け落ちた世界の中。

 

ゆっくりと動き始めた天久を見て、御幸は始動する。

振るわれた右腕から解き放たれた白球が、異音と共に突き進む。

 

 

(次は俺も背負うから。)

 

 

コースは、真ん中低め。

進行方向とは垂直、所謂ジャイロ回転と呼ばれる弾丸のようなスピンが効いたボールは、御幸の近くまできた所で落ち始める。

 

甘めのコースから、低め一杯に落ちるスライ。

 

 

先程のスライダーの幻影が過ぎれば、見逃してしまうコース。

だが、研ぎ澄まされた一閃は。

 

 

 

 

 

 

 

甲高い金属音と共に、白球は空へと舞い上がった。

 

 

 

完璧な音。

完璧な弾道。

 

それを確認すると同時に、御幸は左足を踏み出す。

 

そして、振り抜いたバットを、右手で天を貫くように掲げてゆっくりと歩み始めた。

 

 

(まだ通過点。目指すのは、頂点だけだからな。)

 

 

ふっと宙を舞うバット。

そして、空いた右手で盛り上げろと言わんばかりに御幸はベンチを指さす。

 

刹那、青く染ったスタンドは大きな熱気と青炎で沸き立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御幸の3ランホームランにより、遂に逆転を果たした青道高校。

 

打った御幸はガッツポーズ。

8回の裏にして試合をひっくり返された天久はガックリと項垂れ、膝に手を置いた。

 

 

失投…というほどではなかったが、それでも厳しいコース。

それを完全に、上手く打たれた。

 

 

 

4-3。

青道高校4番が、決めるべくして決めた一打。

 

流れに乗って追加点が欲しかった青道だったが、唇を噛み締めた天久が何とか抑えて1点差で堪えた。

 

 

 

 

 

 

9回表。

最後の回になるか、追い込まれた市大三高の最後の攻撃が始まる。

 

 

大盛り上がりの青道ベンチは、最終回。

 

 

マウンドへと送り出されたのは。

 

大野同様、最後の大会となっている川上が、チームの命運を背負って白球を受け取った。

 

 

 

 

目を瞑り、深呼吸をする川上。

 

軽く身体を揺するように跳ねると、もう一度深呼吸をして目を開けた。

 

 

「行けるか、ノリ。」

 

 

マウンドで御幸がそう問うと、川上は小さく頷く。

 

 

「大野に”任せる”って言って貰えたからね。あの責任感の塊みたいな奴にそう言って貰えたら、やるしかないよ。」

 

 

沢村が試合を作り、降谷が繋いだ。

 

年下である2人が奮起して作った試合。

最後は3年生である自分が、責任を持って締める。

 

 

全ては、大野に繋ぐため。

 

ここまで自己犠牲をしながらもチームを強くしてきた、エースを。

もう一度、甲子園の舞台で頂点に立ってもらいたい。

 

 

「行こう、御幸。みんなの為に、俺も投げるから。」

 

「あんま気負い過ぎんなよ。お前はお前の持ち味があんだから、らしく行けよ。」

 

 

そう言われると再び川上は頷き、肩をぐるりと回してセットポジションに入った。

 

 

 

まずは先頭の宮本。

どちらかと言うと、守備の人。

 

 

しかし、足が速く器用。

 

簡単に組み立てれば、ヒットもしくは内野安打でピンチを招きかねない。

 

 

いつも通りスライダーを軸にカウントを取りに行き、最後はシンカーを振らせて空振り三振。

まずは安定感のある投球で打者を躱し切り、1つ目のアウトを奪ってみせる。

 

 

 

更に、1番の千丸。

 

右のサイドスローである川上にとって、右バッターは特にやりやすい。

 

内から入ってくる、もしくは外に逃げていく。

右打者からすると背中の方から出てくるような軌道で視覚という面からも、有利に働きやすいのだ。

 

 

「っ!」

 

 

最後は外から逃げるスライダー。

バットの先に当たった打球は、センター方向へ打ち上がる。

 

ここは定位置の大野がしっかりと掴み取り、2アウト。

 

 

 

テンポがいい。

この緊迫した場面でも安定して投げ切れる姿は、やはり3年生としての貫禄。

 

昨年では考えられないほどの落ち着きに、大野もまた笑みを浮かべて声を上げた。

 

 

「ノリ!最後まで!」

 

 

無論、心配はいらない。

 

沢村、降谷のような才能はないが、彼も強豪校でここまで努力してきた好投手。

 

高い制球力で低めに集めながらコツコツとアウトを取る姿は、努力の結晶。

 

 

最後は2番の森に低めのシンカーを引っ掛けさせて3アウト。

 

転々とセカンド前方へと転がった打球を小湊が軽快に捌くと、マウンド上の川上は右拳を握り締める。

 

 

死闘の果てに、終盤の大逆転で勝利を収めた青道高校。

 

エースである大野を温存しながら、一足先に西東京地区大会の決勝へと駒を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード211



市大三高戦でわりとでかいミスやらかしてます。
何となく気がついている人もいると思いますが、完全に勘違いでやってます。

作品上あまり違和感が出ないように修正しますが、多少原作とは異なる部分と違和感が出てしまう可能性があります。
少々お待ちください。

また、本作を描いてるにも関わらず勉強不足故の間違えで読者の方も不快にさせることもあるかと思います。

合わせて、申し訳ございません。
あとはご指摘頂いてる方、また普段から修正等して頂いてる方、いつもありがとうございます。


残り少ない話数にはなってきましたが、改めてお礼を言いたかったのでここに纏めさせて頂きました。
長々失礼致しました、それでは本編どうぞ。






 

 

 

 

マウンド上で右拳を握り締めるノリが、声を上げる。

 

 

逆転に次ぐ逆転。

更に相手は天久光聖という、プロ注目の好投手。

 

激闘の末に、4-3で勝利を収める。

センターの定位置で俺も小さくガッツポーズを作り、マウンドへと駆け寄った。

 

 

「ナイスピッチ。」

 

 

そうして、ノリの背中をぽんと叩く。

 

 

本当に、ヒヤヒヤした試合だった。

というより、改めて強豪校の強さを再確認させられた。

 

 

 

やはり、強かった。

 

星田は4番らしいクラッチヒッターだったし、他の打者も怖かった。

沢村が良かったから傷口は浅く済んだが、そうでなかったことを考えると今でもゾッとする。

 

いや寧ろ、あそこまで研ぎ澄まされた沢村ですら6回で2点も取られたのだ。

 

俺が登板してたとしても、無事では済まなかっただろう。

 

 

天久の投球も凄かった。

スライとストレートは正直見分けがつかなかったし、何よりそれぞれの球種の強度がやはり高かった。

 

 

それこそ、御幸があそこで打ってくれたから。

 

信じていたとはいえ、あそこまで完璧に期待に応えてくれた姿は、哲さんの背中を重ねてしまうほどだ。

 

それに、終盤の集中力というか。

沢村や降谷を思って打つ姿は、どこか原田さんにも似た所があった。

 

 

ただのクラッチヒッターではない。

青道高校の4番として、最高クラスの実力と強さ。

 

本人には言わないけど。

 

 

 

 

試合を終える、挨拶。

最後に両チームで集結し、その健闘を称え合う。

 

互いに向かい合い、礼。

 

 

俺は向かい合っていた、相手エースと相対した。

 

 

「やられたよ。強いな、お前の後輩たちは。」

 

「あぁ。本当に、頼もしい限りだ。」

 

 

清々しい表情の天久に俺は意外に思いながらも、彼から差し出された右手を握り返した。

 

 

「また、会おう。」

 

 

そう一言返した天久は、踵を返してそのままベンチへと戻って行く。

 

それでも市大三高側のベンチからは、大きな拍手。

彼のピッチングを称えるような景色は、天久をエースと表現するには十分すぎると言わざるを得なかった。

 

 

涙は、見せなかったか。

 

やはり、最後までエースだったな。

俺はその背中に描かれた「1」を見送りながら、俺は右拳をぐっと握りしめた。

 

 

 

今日の主役はやはり、沢村。

星田には一発喰らってしまったが、一時は天久を上回るほどの集中力でピッチングをしていた。

 

はっきり言って、次元で言えば成宮クラス。

それこそ、昨年の成宮以上の集中状態になっていたと思う。

 

まだ彼自身、力配分が出来ていなかった為か6回途中で降板したが、それでもとてつもない輝きを放っていた。

 

 

あとは、御幸。

先制点を奪われた直後の2回裏に、白州と共に同点へ追いつく。

 

やはり、8回裏の3ランホームラン。

 

あの時の風格と纏う空気は、流れていた演奏と相まって凄まじいものがあった。

 

 

 

「何はともあれ、並んだな。」

 

 

突如背中を叩かれて、俺はその主を見る。

 

そこには、今日のヒーロー御幸。

彼の発言の意図を読めないほど、遠い仲ではない。

 

俺は、御幸の言葉にすぐ返答した。

 

 

「あぁ。あとは、奴が来るのを待つだけだ。」

 

 

そう返して、俺は御幸と共にベンチへと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荷物を整え、俺はベンチを後にする。

 

 

「持ちます。」

 

「悪いな。」

 

 

同部屋の瀬戸が俺の荷物を持つと、そのままスタジアム通路へ。

 

やはり、御幸は囲まれてるな。

それに沢村も。

あとは主将の白州も、やっぱ取材されてるな。

 

 

今日登板しなかった俺は瀬戸と共にこっそりと抜け出す。

まあ、折角投げなかった時くらい、さっさと逃げさせてくれ。

 

 

そう内心で呟きながら観客席へと向かっていると、俺はとある選手と鉢合わせてしまった。

 

 

「あっ。」

 

「げっ。」

 

 

思わず、声が出てしまう。

 

対して相手は、待っていたと言わんばかりにこちらへと振り返った。

 

 

そこには、今日の敗戦投手。

市大三高のエースである天久が待ち構えていた。

 

この状況に警戒心というか、争いごとを極力避けたい瀬戸は若干焦っているように見える。

その為、彼を先に行くように促すと、俺は天久とまたも向かい合った。

 

 

「なんだ、俺も負かしたチームの投手とすぐに切り替えて話せるほど肝は座っていないぞ。」

 

「まあまあ。投げあってないんだし、そもそも試合が終わったら同じ野球人だろ。」

 

 

何とも清々しい言葉に、俺は却って不審に思ってしまう。

それを察してか、天久は更に言葉を続けた。

 

 

「まあ、な。話したいことがあったんだよ。同じエースとして…いや、同じ、って言ったらお前に失礼かもしれねーか。」

 

 

そう自嘲する天久を、俺は軽く否定をした。

 

 

「いや、少なくとも今日の試合を見る限りお前は優れたエースだった。」

 

 

俺がそう返すと、天久は安堵するように少し笑う。

そして天久は、抱えるように後頭部を両手で抑えて壁へと身体を預けた。

 

 

「まあ、本音言うとさ。お前と投げ合いたかったんだよ。稲実との決勝を控えている上にあんないいピッチャーが2人もいるんだから、出てこないのは分かってたけど。知ってる?俺、お前のこと滅茶苦茶評価してんの。」

 

 

相対して、やはり再認識する。

こいつは少し、ズレてるなと。

 

いや、悪い意味では無いのだ。

 

ただこう、感性が他の人とは少し異なっている。

どこかさっぱりとしている清々しい姿は、寧ろ尊敬すらできた。

 

 

とはいえ、あまりの饒舌に気圧されたのも事実。

少し圧倒され、俺は戸惑いながら返答した。

 

 

「あ、ありがとう。」

 

「なんかさ、お前が投げてる試合見たんだけど、成宮も巨摩大のエースも、薬師の真田も。お前と投げてる時は楽しそうだったんだよな。」

 

 

そうか?

いやまあ、成宮と真田は何となくそういうタイプだから分かるけど、本郷なんかは楽しいとは程遠いように見えたけど。

 

確かに、いいピッチングをしてはいたな。

寧ろ俺がそれに引っ張られているような感じだった。

 

 

「俺が圧倒すりゃあ、お前も出てくると思ったんだけどさ。すげーな、沢村ってやつ。あいつもやべーピッチャーになるぜ。勿論、後で出てきた降谷もだけど。」

 

「まあな。今は、あいつらより信頼できるピッチャーは他にもいないよ。」

 

 

俺がそう言うと、天久は意外そうな表情を浮かべた後に、やっぱりなと言わんばかりに肩を竦めた。

 

 

「通りで強い訳だ。エースが直々に準決勝を託せる投手が2人も居る投手陣に1人で挑んで、勝てるなんてはずなかったわな。」

 

 

俺が怪我で離脱したときは、ノリではなく2人がチームの投手の柱として引っ張っていた。

まあノリもノリで、2人を支える形でいたんだけど。

 

あの秋、やはり大きく成長してくれた。

 

だからこそ今でも、大事な試合に任せることができる。

 

 

 

静寂と共に、気まずい空気が流れる。

はーっと大きな溜め息をつくと、天久は寄りかかっていた壁から背中を離す。

 

凛と立つ姿は、やはり大きい。

 

少し見上げる形で俺も彼を見ると、天久はこちらへ向き直って言った。

 

 

「俺はプロに行く。今すぐは無理でも、必ずな。」

 

「そうか。」

 

「また会おうって言っただろ。今度はもっとでけー舞台で。何万人の観客に囲まれた舞台で、投げ合おうぜ。」

 

 

そう言って、天久はニヤリと笑った。

 

 

「勝てよ。成宮にも、甲子園のピッチャーにも。甲子園優勝投手、ドラフト最有力のピッチャーとしてプロの舞台で待ってろよ。」

 

 

そして、彼はこちらに背を向ける。

 

まだつけられた「1」の大きな数字を見て、天久の口から出てきた言葉に俺は漠然と考えた。

 

 

「プロ…か。」

 

 

今は、目の前の戦いか。

ただ真っ直ぐに、成宮との投げ合いに集中する。

 

そして、右手を上げて離れていく天久を、俺はじっと見ていた。

 

 

「行けよ、甲子園。」

 

 

最後に呟かれた言葉を、俺は彼にも伝わるようにしっかり答えた。

 

 

「あぁ、必ず。」

 

 

天久、思っていたよりもアツい男だったな。

 

 

 

そんなことを思っていたが、俺は次の試合が近づいていることに気がつく。

午後は、成宮擁する稲実と西東京地区に突如現れたダークホース紅海大菅田。

 

 

決勝戦の相手を決める、準決勝。

順当に行けば、やはり稲実。

 

エースの成宮を筆頭に、強力な打線を誇るバランスのいいチームだ。

 

 

前の成孔との試合を見てれば、嫌でも強さがわかる。

 

 

 

「待たせた。」

 

 

横の席を開けてくれていた御幸に一声かけ、座る。

そうして座席へ腰掛けると、御幸は溜め息混じりに言ってきた。

 

 

「なんかお前、試合後に呼ばれること多いよな。」

 

「言われてみれば確かに。何でだろうな。」

 

 

楊然り、真田然り。

何かと、呼ばれることが多い。

 

まあ、なんかの因果があるのだろう。

 

知らんが。

 

 

「稲実は、やはり鳴は投げないか。」

 

 

マウンドで準備する1年の赤松を見て、俺はそう聞く。

 

独特な軌道のカーブを武器に、登板した試合ではかなりいい投球を見せている。

 

 

やはりコントロールやストレートの強度で言うとまだまだな部分があるが、それでも有り余るカーブの質の高さ。

 

この試合でも菅田の打線を全く寄せつけず、5回を投げて1失点としっかりまとめあげている。

 

 

更に、打線は爆発。

昨年同様、カルロスや白河、そして山岡らを中心とした個性溢れる攻撃陣で投手を一気に捲し立てる。

 

初回から3得点を奪うと、5回裏には今年4番の山岡が堂々の2ランホームランを放つ。

 

 

更にこれを皮切りに、稲実打線は一気に加熱。

6回には白河のタイムリーと3番の早乙女のツーベースで更に2点。

 

7回は捕手の多田野が今大会2本目のホームラン、さらにはエラーも絡んで追加点を奪う。

 

 

投手陣で言えば、残りのイニングは平野。

先発から抑えまでどこでもこなせる彼は、最後の大会でもブルペンを守り、その高い安定感で相手打線に隙を与えない。

 

若干サイド気味のスリークォーターからテンポよく放り、スライダーとカーブを軸にしながら低めで打たせていく。

 

 

6回、7回とさらに援護を受けた平野がピシャリと抑えてゲームセット。

 

 

最終的には7回時点で9-1。

 

正に、王者の貫禄。

昨年の秋こそ転けたが、それでも最後の最後に仕上げてきた、最強のチーム。

 

 

わかっていたことだが、やはり彼らが上がってきたか。

 

 

カルロスに白河、山岡に成宮、あと矢部か。

それに、2年の多田野と早乙女も悪くない。

 

昨年同様、やはり打線も凶悪なものになっている。

 

 

何より。

 

 

(お前も、見据えているんだろう。決戦を。)

 

 

ベンチでふんぞり返る成宮。

きっと彼も同じように、俺との投げ合いを想定して今日は登板回避をしたはずだ。

 

 

「負けてねえよ、うちは。」

 

 

御幸の言葉に、俺は反応して横目で彼を見る。

 

勿論、その通りだ。

彼らに負けたあの日から、俺たちはもっと強くなった。

 

 

秋大で優勝し、センバツを勝ち抜き。

そして、全国一位の称号も得た。

 

しかしまだ、やり残したことがある。

 

 

それこそが、この稲実。

彼らに負けた昨年の夏、そのリベンジは未だ果たせていない。

 

 

「とうとう来たな、ここまで。」

 

「あぁ。」

 

 

3年最後の大会。

全国高校野球選手権西東京大会決勝。

 

奇しくも昨年と同様のカードは、目前に迫っていた。

 

 

 



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エピソード212

 

 

 

 

「ッシ!」

 

 

試合を終えて、高校へ戻る。

 

投手3人は、流石に休養。

野手たちも特に練習という訳でもなかったが、示し合わせたかのように全員がバットを握りグラウンドへと出てきた。

 

 

試合は、2日後。

トーナメントの初戦から比べると、試合スパンもかなり短くなっている。

 

無駄な時間は、一切ない。

 

何より相手は、昨年打ちあぐねた成宮。

冬を経て更に強くなった彼を打たねば、勝てない。

 

 

「お前も振んの?」

 

「あぁ、まあな。明日はもう、投手としての仕上げに専念する。だからバッティングは今日できる所までやっておく。」

 

 

既にトス打撃を始めていた御幸とそんなことを話し、バッティング手袋をつける。

 

そして、軽くスイングを始めた。

 

 

「あんまし振りすぎんなよ。明後日に影響出たら元も子もないからな。」

 

「わかっている。が、心配しすぎだ。」

 

「するだろ、普通。」

 

 

そんな返答をされながらも、俺は肩を竦めてトスを上げてくれていた瀬戸を見た。

 

 

とは言え、御幸の言うとおり。

決勝での俺の役割はとにかく、点を取られないこと。

 

そして、エースとしてのピッチングで流れを掴むこと。

 

 

それが、明後日俺がやらなきゃいけないこと。

打撃もまあ大事だが、二の次でいい。

 

正直それくらいの気概じゃないと、耐えきれない。

 

それだけ、稲実は強い。

昨年、嫌になるほど身に染みた。

 

 

 

追い込むと言うよりは、軽く調整。

フォームと軌道を確認するだけして、あとは疲労を取るのも兼ねて流し運転をする。

 

何度か繰り返し、満足が行ったところで瀬戸へと代わった。

 

 

 

夕暮れ。

 

まだ明るい空の元、俺も部屋へと一度戻る。

 

 

試合は明後日。

疲労を残す訳にはいかない。

 

今日も野手として炎天下の中試合には出ていたため、少なからず疲れはある。

 

 

軽くストレッチをして食堂に行くと、そこには久しぶりの面々が待っていた。

 

 

「あれ、先輩方。」

 

 

そこには、ひとつ上の先輩方。

哲さんを中心に、発破をかけに寮に来てくれていたのだ。

 

 

「おっ、エース様は早いな。」

 

「茶化さないで下さい、門田さん。みんなももう少しで来ますよ。」

 

 

そんなことで談笑していると、俺が言った通り他のメンバーも来てまた食堂内が盛り上がる。

 

それぞれが話している最中、俺も一緒にいた御幸はクリス先輩に声をかけられた。

 

 

「攻守ともに状態も良さそうだな、御幸。」

 

「そうですね、前よりもだいぶ見えるようになって来ました。」

 

 

御幸からすれば、憧れの先輩。

そして俺からしても、ともに生活をしてきた同室の先輩だ。

 

怪我のときも、よくお世話になった。

 

 

「肘はもう大丈夫か?」

 

「えぇ。春以降は痛みどころか違和感自体もほぼないですね、何かとお世話になりました。」

 

「そうか。金丸もよく打てているようで安心した。」

 

 

なんだかんだで色々な話をしながら、時間はあっという間に進む。

 

 

 

 

そして、食事の時間。

いつも通りしっかりとエネルギーを補給する為に、食べる。

 

 

栄養補給と休養。

そしてその間に、研究。

 

食事を取ると、すぐさま試合のビデオへと目を向けた。

 

 

まずは、今日の自分たちの試合。

沢村の好投から降谷への継投、そして川上が締めて完璧な投手リレー。

 

 

「バント殺しのインカット凄いな。」

 

「お前あんなにコントロール良かったっけ?」

 

 

そして、終盤の御幸の3ランホームランで逆転しての勝利。

 

 

「まじよく打ったよな。」

 

「さらっと倉持と大野出てるのもな。あの状態の天久からヒット打ったのまじすげーよ。」

 

 

やはり良い形で得点ができたからこそ、良いイメージができる。

 

それこそ上位でしっかりとチャンスメイクし、4番で決める。

理想的な得点の取り方で、逆転をすることができたことが何より良かった。

 

 

集中してからの、爆発的な強さ。

そして、強豪校と真っ向勝負をして上回る地力の強さ。

 

更には、土壇場からでも勝ち切れる勝負強さ。

 

 

これは、稲実はこのトーナメントで経験していないアドバンテージとなる。

 

 

そして何より。

向こうが経験した甲子園という舞台を、こちらもセンバツという舞台で経験。

その上一度も負けずに、頂点へと立った。

 

 

全てを捩じ伏せて、頂点に立つ。

それは、稲実も経験していない、俺たちの優位性になるはずだ。

 

 

 

 

 

さて、続けて試合は稲実のものへと変わる。

 

明後日、超えなくてはならない相手。

そして、甲子園へ行くには避けては通れない、高い壁。

 

 

実力云々もそうだが、やはり因縁のようなもの。

 

宿敵であり、なにかと縁がある。

何より、俺たちの甲子園は尽くこのチームに阻まれてきた。

 

 

秋の敗戦で精神的な強さは磨きがかかり、最強のチームは生まれ変わり、さらなる進化を遂げて立ちはだかる。

 

 

 

やはり稲実の強さは、今年も総合力の高さ。

 

チーム力というよりはどちらかと言うと個々の強さ。

一人一人が高い能力を誇り、それが結果的に繋がってチームというひとつのまとまりになる。

 

 

全員で勝つをテーマにチーム力を高め、そこから個々の力を強くしていった俺たちとは、逆。

 

しかし過程は違えど、目指した所と到達したところはかなり近しいものとなった。

 

 

 

まずは、攻撃面。

やはりリードオフマンのカルロスと白河は、昨年同様。

 

軸となっていた2年生たちが成長を遂げて、今年も強力な打線を形成している。

 

 

1番のカルロスは昨年以上にパワーがつき、一発も期待できる打者に。

今大会も3本のアーチのうち、2本の先頭打者ホームランを放っている。

 

出鼻、油断をすれば簡単にやられてしまう。

 

 

そして2番の白河は、卓越した打撃技術。

小技だけではなくヒット性能が非常に上がっており、こと出塁率に関しては6割近くを維持している。

 

 

原田さんの跡を継いでの今年の4番は、山岡。

打率は決して高くないが、当たれば長打を期待できるホームランアーチスト。

 

因みに通算は、72本。

御幸が49本と考えると、恐ろしい数字ではある。

 

 

当たれば飛ぶというのは、やはり怖い。

確かに当たる可能性は低いにしても、終盤に行けば行くほど。

 

そして、対戦が多ければ多いほど当たる確率は上がっていく。

 

 

何より、ケースバッティングや勝負強さを見せていた原田さんに対して、純粋なパワーヒッターである山岡は今年の稲実の象徴でもある。

 

チーム力だけではなく、個の強さ。

これが、強すぎる個性を持つ稲実が出した、答えである。

 

 

更には、2年生。

夏から矢部に代わってクリーンナップを張る早乙女は、高い打撃センスを持つ好打者。

 

打率も5割近く、どこか小湊味を感じる彼がクリーンナップにいるのはやはり嫌なものだ。

 

 

そして攻撃面ではあまり目立っていないが、捕手の多田野もここ最近はよく当たっている。

 

今日の試合では試合を決めるホームランを放っている他、やはりタイムリーなど打点に絡むことが多い。

 

 

全員が全員、違う。

個性溢れる野手たちが犇めくこの攻撃陣に関しては、そう簡単に掌握することはできない。

 

 

 

そして、守備面。

守備範囲の広いカルロスを軸に堅牢なセンターライン。

 

 

 

なにより、存在するは絶対的エース。

 

世代最強左腕と謳われた圧倒的な実力を誇る、言わずど知れた稲実のエースである。

 

 

先の春に行われた関東大会では、大会を通して失点は0。

27イニングを投げて、防御率は0.00という驚愕の成績を残した。

 

 

 

最速150km/hのストレートはノビがあり、左腕の中でもかなり速い上に質も高い。

 

さらにそのストレートを生かす変化球。

 

否、決め球である変化球を生かすためのストレートというべきか。

 

 

高い精度を誇る2つの変化球。

中学生の時から投げているスライダーとフォークのキレはかなり良く、今でもカウントから決め球まで幅広く使われている。

 

しかし、それでも昨年よりも比率がかなり減っている。

 

 

それには、理由がある。

何故なら、スライダーとフォークを超える魔球を、彼が手にしているから。

 

 

 

その一つが、彼のウイニングボールである必殺のチェンジアップ。

 

サークルチェンジとも呼ばれる利き手側に若干沈みながら落ちるタイプの緩い球だが、彼のそれはただのサークルチェンジではない。

 

腕の振りに合わせて強いスピンをかけることにより、ブレーキをかけながらスクリューのように大きく沈む魔球となる。

 

 

 

もう一つが、この大会で投球比率が増えたカーブ。

 

今までは緩急をつけるために投げていたこのボール。

しかし今大会からキレが増し、更には落差にも磨きが掛かって高い奪三振率を誇る決め球へと変わった。

 

 

奥村が言うには、2段階曲がるカーブ。

 

ふわりと浮かんでから1段目、そして加速するように強く曲がる2段目。

独特の軌道を描く縦気味のカーブらしい。

 

 

三振を取りに行く、この2つのボール。

追い込んでからはこの球を振らせて三振を奪っているように見えた。

 

 

 

 

それにしても、ストレートの比率が多い。

今大会に入ってからは、特に。

 

しかしビデオを見ているうちに、次第にその理由が見えてきた。

 

 

「これは、ストレートじゃないな。」

 

「うん。多分、狙って投げてると思う。」

 

 

観客席という遠い距離では分からなかった、僅かな変化。

 

ストレートよりもノビが無く、手元で若干沈んでいる。

それも、僅かに利き手側を抉るようにして。

 

 

「投げているな、ツーシーム。」

 

 

シュート回転をしながら、僅かに沈むボール。

スピードはストレートとほぼ変わらず、140km/h台後半ほど出る。

 

左打者に対して抉り込むように変化するこの球は、ゴロを打たせるにはあまりに丁度いい。

 

 

薬師の真田を始め、多くの選手が用いているムービングボール。

 

そして何より、俺の最も自信を持っている変化球だ。

 

 

 

そんなに大きく落ちていないが、それがまた厄介だな。

 

特に左打者は、ストレートだと思って振りに行けば詰まってしまう。

 

 

「東京選抜の時は投げていなかったからな。」

 

「そうだな、あいつ隠してやがったな。」

 

 

一時期はともにプレイもした俺も、同じく東京選抜へ行った御幸にそんなことを言う。

 

 

恐らくは、俺らへの対策。

今大会でも高い得点を有している御幸と白州を抑え込む為の、切り札だと思う。

 

 

 

高い精度を誇る縦横の変化に、緩急をつけるチェンジアップ。

そして、タイミングを外すカーブに、意図して打たせるツーシーム。

 

全てを纏める、高い質を誇るストレートと、球種自体の強さもあるがそれぞれが高い精度を誇っている。

 

 

更にコントロールも悪くはなく、むしろ良い方。

試合終盤でもバテないスタミナを誇り、全速力で投げても恐らくは最後まで投げ切れる。

 

 

フィールディングやマウンドでの立ち振る舞いも、良い。

完全にエースとしての、王者の風格を纏っている。

 

 

「とうとう来たか、鳴。」

 

 

文字通り、王者。

最強のエースとなって、俺たちの前に立ちはだかった。

 

 

成宮だけではない。

野手たちも含めた稲実として、最強の軍団は俺たちの前で最後の障壁となる。

 

 

負けられない。

ただ一言俺は呟き、ぐっと右手を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード213

 

 

 

 

「しっかり解せよ。んで、調整がメインだからな。明日に疲れを残したら元も子もない。」

 

 

動態ストレッチをしながら身体を解す俺に、ベンチに腰掛けている落合コーチがそう言う。

 

 

入念に広背筋と肩周りを解していく。

俺の改良後のフォームは大きい筋肉を主導に使うフォームの為、ここを意識して動かす。

 

 

 

高い気温に、高い湿度。

既にほんのりと温かくなった身体を動かす。

 

身体は、軽い。

 

しっかりと調整ができている証拠だ。

 

 

頬を伝う汗を肩の袖口で拭うと、俺は軽く屈伸してグローブへと手を伸ばした。

 

 

「心配し過ぎですよ。そこまで俺もアガっていません。」

 

「心配にもなる。相手は中学からのライバルなんだろ?気合いの入れようが違うことは、目に見えてわかる。」

 

 

ため息混じりに落合コーチがそう言うと、俺は苦笑しながら肩を竦めてみせた。

 

 

「お見通し、ですか。でも大丈夫です、その辺の調整は自分の中で上手く制御できます。」

 

「あまり緩くやりすぎるとそれはそれで明日に影響が出る。短時間で出力出して、確認はやっておけ。」

 

 

俺が小さく頷き、朱色のグローブを左手に嵌める。

 

今日ブルペンで受けてくれるのは、やはりこの男。

小学校からの腐れ縁でここまで苦楽を共にしてきた、文字通り女房役。

 

青道高校の絶対的正捕手であり、最強の4番。

 

俺の相棒である御幸一也が、受ける。

 

 

「コーチが口酸っぱく言ってるし、お前も分かってるだろうから俺からは何も言わねーよ。」

 

「おう、頼むわ。」

 

 

軽くキャッチボールをして、肩を温める。

 

夏場ということもあり、既に火照ってはいる。

しかし肩肘をしっかり解す意味でも、徐々に力を入れていく。

 

 

5割、6割と力を入れていき、ある程度温まったところで御幸にグローブを突き出した。

 

 

「一也、座って。」

 

「わかった。」

 

 

多く交わさなくても、わかる。

ここから、最終確認をしていく。

 

 

ひとつ息を吐き、セットポジションに入る。

 

掌でボールを転がし、ピタリとハマったところで止める。

2本伸びた縫い目に人差し指と中指を添え、ぎゅっと握る。

 

握りを見せるように御幸へと突き出し、声を出した。

 

 

「真っ直ぐ。」

 

「おう。」

 

 

まずは、コースを気にせず。

真ん中辺りに構えられた御幸のミットに目掛けて、投げ込む。

 

力は、入れすぎない。

意識するのは、回転軸と強いスピン。

 

指先に力を込めて、投げ込んだ。

 

 

スピードは、さほど速くない。

しかし、キレは抜群であり、手元で伸び上がるようにして御幸のミットに収まった。

 

 

何球か続けると、俺は右肩をぐるりと回す。

 

 

その仕草に察したように、御幸はミットをコースへと構えた。

 

まずは、右打者の外角低め。

ストライクゾーンの目一杯外に構えた。

 

 

全身を捻転して、縦回転。

鋭く突き進んだボールは御幸の構えたミットを動かすことなく、ピタリと決まった。

 

 

「ナイスボール。キレもスピードも悪くねーな。」

 

 

御幸から投げ返されたボールを受け取り、頷く。

 

身体の状態は、良い。

それに、感覚も研ぎ澄まされている。

 

 

まあ、その為に調整してきたしな。

全ては、ここで勝たなければ意味が無いから。

 

 

「もう1球。」

 

 

続けて、同じコースに構えられる。

外角低めに続けて投げ込むと、同じように御幸のミットが子気味良い音を立てた。

 

 

「OK、ナイスボール!」

 

 

御幸からの返球をグローブで受け止める。

グローブの中の白球を放るようにして右手に投げ返して、先程と同じように掌で白球を転がした。

 

 

「次、ツーシーム。」

 

「おう。」

 

 

ストレートから縫い目を90°動かし、2本の縫い目に添えるようにして人差し指と中指で押さえつける。

 

幾度となく投げてきた、俺の相棒。

伝家の宝刀であり、共に歩んできた武器。

 

感覚を集中させて、俺は投げ込んだ。

 

 

フォームは、ストレートと同じ。

しかし感覚はツーシームの時、リリースの瞬間に一気に腕を捻り込み、強く弾きながらシュート回転をかける。

 

変化はさせなきゃいけないけど、ストレートと誤認させるのが一番大事。

 

だからこそ、ストレートと差ができないように投げる。

 

 

俺の感覚通りボールは左打者の外甘めからボールゾーンへと逃げながら落ちた。

 

 

「OK、コースも完璧。感覚はどうだ?」

 

「悪くない。お前が受けた通り、制御も出来ている。」

 

 

コースも変化の大きさも。

そして軌道もまた、俺が思い描いていたものそのものだった。

 

 

「次、カット。」

 

「高めな。しっかり振り切れよ。」

 

 

頷き、白球を握る。

 

握りは先程のツーシーム同様、2本の縫い目に指を添える。

今度はシュート回転ではなく、弾丸のようなジャイロ回転。

 

僅かに浮力を付けるために軸を少しずらして、揚力を出しながらジャイロさせる。

 

 

力強く投げたボールは弾丸のような回転、空気抵抗の少ないボールは打者の手元で吹き上がるようにして曲がった。

 

 

「ナイスボール!良い曲がり。」

 

「おう。」

 

 

 

これが、今俺が軸にしている三種のボール。

 

キレがあり、加速するような独特な軌道を描くストレート。

ストレートの軌道から手元で伸びずにストンと沈むツーシーム。

2つと同等のスピードで吹き上がりながら曲がるカットボール。

 

同じくらいのスピードで変化するボールを操り、打者を欺く。

 

 

あとは緩急で打者のタイミングを外して優位に進める為の、ボール。

 

 

「カーブ。」

 

 

一度ふわりと浮かびながら、弧を描くようにして変化。

純粋な縦振りだから、縦に割れるようにして曲がって落ちた。

 

 

「チェンジアップ。」

 

 

中指と薬指でリリースするようにして、ストレート同様腕を振る。

 

軌道はストレートに近いが、遅い。

変化は特にしない、所謂「遅いストレート」である。

 

 

 

ここまで、全て要求通りのコース。

やはり主として使うこの5球種に関しては、しっかりと制御制球することが出来ている。

 

 

「一応、スライダー。」

 

 

そう言った後、今度も右打者の外に構えてもらう。

 

投げられたボールは緩く変化し、少し外に逃げながら小さく曲がった。

 

 

「スプリット。」

 

 

続くボールは、小さく沈む。

ツーシームよりも変化が小さいが、それよりもスピードも遅い。

 

三振というよりは、引っ掛けさせてゴロを打たせる為に使えなくはない。

 

 

まあ、幅を効かせるのにって感じだな。

正直使うことはないと思う。

 

 

 

 

今回の試合でも、あくまでやることは変わらない。

 

ストレートを軸にしながら、高い能力を誇る2つの変化球を織り交ぜる。

時折緩急をつける為に、スピードの違うボールでスピード感にもギャップをつける。

 

 

勿論コースは、厳しく。

それが俺の、持ち味であり「俺らしさ」でもあるから。

 

 

 

ボールの状態も確認できた。

すると、後ろで見ていた監督がブルペンに入り、ヘルメットに手をかけた。

 

 

「直に状態を確認させてもらう。」

 

「えぇ。よろしくお願いします。」

 

 

そう言って打席に入る監督に、俺も一礼する。

 

 

「15球、力を入れて投げろ。それなら明日にも疲れは残らないし、その方がお前も落ち着くだろ。」

 

 

コーチにそう促され、俺は無言で頷く。

 

少し浮ついていると言われれば、否定はできない。

いつもとは違う、心ではある。

 

変に気負うくらいなら、今の状態を正確に把握して頭を整理した方がいいはずだ。

 

 

「一也。実戦同様、ノーワインドから入る。監督も、宜しいですかね。」

 

「OK。」

 

「お前に任せる。好きなようにしろ。」

 

 

マウンド横に置かれたロージンバックに手を当て、軽く跳ねる。

気持ちを落ち着かせて、神経を集中させる。

 

そっと目を開けて、グローブを首元まで持ち上げた。

 

 

「まずは外角低め、ストレート!」

 

 

御幸の言葉に頷き、左脚を引く。

 

引っ掛けるようにして右足をプレートに添わせながら、全身を捻転。

左脚を地面に擦りながら腰を捻り込み、最高到達点で一瞬静止する。

 

それは、捻転による力を最大限まで蓄えるため。

 

そして蓄えられた力を一気に解放するようにして、全身を縦回転。

風を巻き込みながら、力強く踏み込んでから腕を振り下ろす。

 

 

(…ここ。)

 

 

振るった右腕。

俺自身の中で通過する「その時」に、力を加える。

 

先ほどまで溜められた力を一気に指先へと装填。

 

そこから、引っ掻くようにきてボールを押し込む。

 

 

「ッシ!」

 

 

純粋な縦回転で放たれた直球は、伸び上がりながら低めへ。

ストライクゾーンの外低めいっぱいにピタリと決まったボールは、御幸のミットを鳴らした。

 

 

「OK、ナイスボール!」

 

 

投げ込まれたボールを受け取り、再びロージンバックに手を当てる。

 

 

先程も言ったように、感覚もいい。

それに身体もキレてるし、状態はいいはずだ。

 

案の定、ボールもかなり良いボールが行った。

 

 

 

「次はインハイ、ストレート。」

 

 

 

続けて投げ込むのは、先程とは真逆のコース。

 

打者の目線から最も遠いコース。

対して、今度は打者に対して最も近いコースと、縦横無尽に投げ分ける。

 

 

続けざまのボールに監督も若干腰を引くが、ストライクゾーン一杯に決まった。

 

 

 

「次、バックドアのツーシーム。」

 

 

ここまでの2球は、混じりっけのないストレート。

本当に純粋な、癖のないフォーシームである。

 

ここから先は、意図して曲げるボール。

 

球速が遅く、ボールを制御することで抑える俺の生命線とも言えるボールたちだ。

 

 

 

利き手側に曲がりながら高速で縦に大きく沈む、ツーシーム。

 

俺の決め球であり、共に戦ってきた剣。

最も思い入れのある球であり、初めて認めてもらえたボールでもある。

 

 

ひとつは、外から入るボール。

もうひとつは、内を抉り取るボール。

 

2球、続けて投げ込んだ。

 

 

「スピードも落差も悪くない、何よりキレがいい。ナイスボールだ。」

 

「えぇ。いつも通り、制御もできています。」

 

 

監督と御幸がそんな話をしているのを軽く聞きながら、俺は次のボールに意識を向ける。

 

 

「次、外角高めのカットボール。」

 

 

次は、スライダー系。

というより、俺たちはカットボールと呼んでいる。

 

 

俺のもう1つの、剣。

 

俺だけが投げる固有変化球と言うべきか、真横に吹き上がるようにして加速するカットボール。

 

ジャイロ回転から僅かに軸がズレている為生まれる揚力が、この球を魔球とする。

 

 

投げ込んだのは、右打者にとっての外角高め。

 

イメージは、バットの上を通す。

ストレートと同様、そこから更に横に動かしてフライアウトをとるように。

 

 

同じく破裂音が鳴り響き、俺はフーッと息を吐いた。

 

 

 

その後はチェンジアップとカーブを投げていき、持ち球の状態をそれぞれ確認する。

 

どれもキレは悪くない。

最高の状態では無いが、いい状態であるとは言えるだろう。

 

変化球もしっかり制球できているし、球も意図した通りに動いてくれている。

 

 

「最後、ストレートで締めよう。」

 

 

監督の言葉にコクリと頷き、俺は初球と同じように縫い目に指を掛けた。

 

 

明日で、決まる。

俺たち青道高校の夏が終わるか、夢の舞台へ駆け上がるか。

 

それも、相手は俺の。

俺たちの、因縁の相手である。

 

 

既に吹き出しそうな力を押さえ込み、落ち着く。

 

大きく深呼吸をして、俺は最後の直球を投げ込んだ。

 

 

パチンと決まったボールは、アウトロー。

俺が極めてきた、原点投球で締めた。

 

 

 

「ありがとうございます。」

 

「ボールの状態は悪くない。今日は早めに休んで明日に備えろ。」

 

 

監督にそう促され、早速疲れを取ろうとダウンを始める。

 

 

御幸と監督が話すのを横目で見えながら、俺は左手に嵌めていたグローブをベンチへと置いた。

 

 

 

 

 



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