松永沙耶は神である (スナックザップ)
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閑話と言う名の時系列不明
閑話 お誕生日は生まれてきたことをお祝いする日


ムック本買えなかった哀しみ


「あ、松永さん、3組の結城さんが来てるよ」

「あ、ありがとう」

 

荷物をまとめていると教室の入口に友奈が佇んでいる。

 

年末からバレンタインデーまで、勇者部と一緒に行動していたから、天の神の業務が溜まってるから今日くらい帰ろうかなって思ってたけど、何かあったのかな?

 

「どうしたの? 友奈~」

「えっとね。部室まで来て。今日はお誕生会だから」

 

ん? 今、友奈はなんて言った?

 

「お誕生会? 私と友奈の誕生日は21日だからまだ先じゃないの?」

「あ、違うよ。勇者部の3月生まれの人全員だから。わたしとシズ先輩、それから沙耶」

「ああ、そうなんだ」

 

これは夢なんだ。誰かが、もしかしたら私が願った夢。

私の制服だって讃州中学じゃないのに、全然目立ってない。

 

「ふふ、そっか、うん、わかった。じゃあ一緒に行くね」

「うん、それじゃあ、行こう」

 

友奈と合流した東郷さんと一緒に勇者部まで歩いていく。

 

それにしてもおかしい。神様になった私が夢を見るなんて。

確認したけど私はちゃんと眠る必要なく今もバーテックスを使って世界中を灰にしている。

 

まあ、意識をたくさん分割できるようになったから、こういうこともできるんだけど、

無意識が制御されていないとは思わなかった。

これは弱点になるかもしれない。歌野に負けそうになったこともあるし、より完全な神として…

 

やめよう。夢の中で考えることじゃない。

 

「それでね。私は東郷さんにお願いしたの。今年は東郷さんのが見たいって」

「ええ、任せて友奈ちゃん。しっかり用意したわ」

 

何だか、二人を見てるとこっちまであったかくなる。

 

こんな事夢にも思ってないとつもりだったけど、夢に出てきたってことは、ホントはこうしたかったんだよね。

 

友奈がいて、友奈の新しい友達もたくさんいて、ずっと毎日がいっぱいで。

 

どこかにこんな世界があれば、今度こそ、私は天の神の力のすべてで続けていきたいと思う。

友奈にひとめ会いたくて手を伸ばした力なんだから。

 

「さあ、着いたよ」

 

家庭科準備室の扉が開く。光が満ちて何だかフワフワいい気持ち。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボク、お誕生会なんて知らない。それなあに? ゆうなちゃん」

「えっとね、さやとわたしが生まれた日をおいわい? するんだよ」

「おいわい? おいわいってなあに?」

「えっと、えっと、おいわいはぁ、えーっと」

 

ボクとゆうな二人であたまを揺らしながらふしぎにしてる。

むかしのおんなじ日。ゆうなのお家でケーキを見ながら、ふたりで話してる。

 

「そう、みんなでおめでとうっていうの。テレビでいってたよ」

「おめでとう・・・うん、いい、それすごくいいね。」

「うん、そう、だからおたんじょうかいをやろう」

「うん、やろう。おいわいだから・・・ボク、ケーキつくる」

「じゃあ、わたしは、ほかのおりょうり、お母さんにおねがいしてくるね」

 

はじめて作ったケーキは失敗ばかりで、でも、そんなことにも気が付かなくて、

友奈のお母さんがこっそり直してくれていた。

 

だから、次の年からわたしは頑張ってケーキを作れるようになろうとしたんだ。

 

まだ、幼稚園のお友達もそんなにいなくて、ふたりだけだったころ。

 

世界はすごく狭くて、でも、だからふたりだけであったかくて、

友奈が喜ぶものは私も嬉しくて、私が嬉しいことは友奈も嬉しくって、どっちがそう思ったのかも分かっていなかったころ。

 

すこし、かたむいたお日様が眩しかったそんな日のこと。

 

ボクが笑って、友奈も笑って、友奈のお母さんもお父さんも、みんなが笑ってた。

 

ボクが私になる前のなんにもない代わりに、友奈がいてくれたそんな日のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今は私は神様になって、すべてを持ってるのに、誰も笑ってない。

 

 

時間さえも自由に支配できるのに、どんな場所にだって思うだけで行けるのに。

欲しいものは願うだけで現れるのに、人の心だって操れるのに。

永遠に生きることだってできるのに、みんなが欲しいと思うものは何でも持ってるのに。

 

 

そこは傾いた夕日も、笑顔のボクも、嬉しそうな友奈もいなかった。

 

 

 

 

いつか、どこかで、またボクは友奈とお誕生会をできるようになりたい。

あの頃よりもずっと上手になったケーキを食べてみてほしい。

 

心の底から、そう願った。

 

祈る神はもういないと解っていながら。



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閑話 それから

仕事で一人過労で倒れた。もうダメだ~。おしまいだ~。


「と言うわけで鷲尾須美改め東郷三森さんの誕生日について、相談したいと思います」

 

今では無い時、どこでもない場所。

 

構成した椅子だけを重力定数をゼロにすることで浮かせている。

当然無重力なのでフワフワして樹ちゃんなんかは座るのに苦労していた。

 

「これ、なかなか面白いわね。違った訓練ができそう」

「すごいよね。下に四国が広がっているなんて」

「むむむ、重力ゼロの空間。なんか閃きそう」

 

さすがに夏凜や友奈はすぐに慣れたみたいだけど、園子も割とすぐに慣れたのは意外だった。

 

「おっととと、それで部室じゃなくて、わざわざここで相談なのは?」

 

新しい高校の制服に着られている状態の風さん。

なんか新鮮というより違和感しか感じない。

 

「私なりに考えたプレゼントはあるなけど、私は長いこと天の神だったから、人間の感性に合ってるか不安で友奈に確認したら」

「せっかくだからみんなにも相談しよう、って話したんです。風先輩」

「なるほど。それでそのプレゼントっていうのは?」

「これです」

「どれよ?」

「だから私達が今いるここ、ナノマシン構成型宇宙戦艦グレイグー」

 

もともとは私が人間だった頃にバーテックスと戦おうとして作ったものだ。

天の神となった今では必要ないものだけど、不法投棄はできないから持て余していた。

 

「はあ? この船をプレゼントって、こんなのどうするのよ?」

 

風さんが何か言う前に夏凜が素早く切り込んでくる。

 

「まあ、聞いてよ夏凜。こいつを昔日本が作っていた戦艦と同じような艦橋とかに改装して、1日艦長体験でもしてもらうっていう案だよ」

 

神樹様が消え世界が復興に向けて動き始めた今、大型兵器なんて使い道が無くて悩ましいところだったけど、友奈から東郷の趣味のことを聞いてこれなら使い道がありそうだと思った。

 

「沙耶から聞いて、ちょっと不安だったんですけどどうでしょう。風先輩」

 

友奈が珍しく押しが弱い。最初に友奈に話した時も少し考えている様子だった。

 

「そうね…良いんじゃないかしら? いろいろあっても東郷の国防発作は健在みたいだし」

「そうですよね。良かった」

 

…後で確認しておこう。

 

「それじゃあ東郷さんのお誕生会もこの船のホールでやるのはどうかな? 私の時は空中庭園だったから」

「いいね。ゆーゆ、だったら衣装もそれっぽいのを用意しようよ。きっと乃木家にはまだあると思うよ~」

「素敵ですね。さっそく準備と予定を考えないと。友奈さん、当日の東郷さんの予定はお願いします」

「任せて、ばっちりエスコートするよ」

 

良かった。それじゃあ準備をしないと、きっとこの船の最期の役目になるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ暗な空間に太陽が灯る。私の権能、太陽の輝きが惨劇の場を浮かび上がらせる。

遺体の一欠片、血の一滴もない惨劇。

300年前に諏訪を収容した1番ドック。

 

当時のまま文字通りの意味で時を止めた空間。

 

飲みかけのスープの湯気だったり、洗濯物が風に吹かれたりした様子も、そのままの状態で時間が止まって300年が過ぎた場所。

 

思えばここで諏訪の人たちを消した時から、私は天の神として歩み始めたのかもしれない。

人は裏切り、また恐怖するものだと思い込み、すべてを変えてしまおうともがき続けた。

今でもどうすれば正しかったのか分からない。

 

もしかしすると今こそが正しかったのかもしれない。でも最善じゃなかったと信じたい。

そうでないと、歌野達が哀しすぎる。ただ捨て石にされるためだけに生まれてきたなんて。

 

 

(今更かな。全部天の神として私が引き起こしたことなのに、ままならないなんておかしいね)

 

いろいろあったけど、すべて人の元に返すことにしたよ。歌野、水都。

この先のことを見るつもりはない。

 

この艦を東郷さんに見せてどうなるか。

 

もしかしたら新しい混乱になるかもしれないし、1日だけ使ったら満足して終わりかもしれない。

ただ1つ言えることは彼女は勇者達の中で最も自分の欲望…もとい願望に忠実だったからかもしれない。

私には自分の願望に忠実なことと、人を思いやることが同居できることが今でも信じられない。

 

だから、どちらを選択しても構わない。あの時歌野に言ったように、その時こそ私は貴方達の最高の道具となる。

それは償いではなく、その未来を見てみたいと思うから。

 

 

神樹様に習合した神様の中に勇者と巫女の2つの力を持つ者が切っ掛けになると予言した神様がいるらしい。

 

結局それが何だったのか分からない。なんでも知ってるのに分からないことだらけで何だかおかしい。

 

残った蕎麦湯を私が勝手に作った石碑にかける。

 

「さようなら。歌野、水都。私が自分で望んで手にした友達。貴方達がつないだバトンはちゃんと届いていたよ」

 

いつか、人としての私が死んだときに分かるだろうか?

そして、その答えを(ボク)に伝えられる日が来るだろうか?

 

すべては神のみぞ知る。

 

でも、その(ボク)は知るつもりはない。

 

だから、最も人としてこの時代に生きた人にこの船の本当を知って欲しい。

天の神は何をしたかったのか、何を願っていたのかを。

 

 

 

 



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閑話 責任者は責任を取る人

 

「ええっと、これは…」

「埋もれてるわね。書類に、と言うか、なんで中学生の寮に?」

 

ん? 樹ちゃんと夏凜の声かな?

 

「ちょっと待ってねー。よいしょっと」

 

ある程度は実家送りの計を使ったけど、そろそろ限界かな。

 

「書類だけじゃなくて、本もありますね。これは…英語の本?」

「ああ、それはラテン語と古英語だね。私が天災を起こしたせいで失われた物をいろいろ再生しているところ」

 

当時の最新の技術や研究を再現すれば、みんなが元の時代に戻った時に何か役に立つかもしれない。

雪花ちゃんや若葉は私を赦すつもりはないだろうし、私も許されたいとも思っていないけど、できることはやっておきたい。

 

2人に来てもらったのもそのためだ。

 

「それで、アタシ達に相談って何よ? 一応アンタは天の神何だから、敵でしょ」

「まあ、人類の天敵ですよね。普通に」

 

夏凜だけでなく、樹ちゃんにもはっきり言われてしまった。

まあ、当然なんだけど…

 

だから、直接じゃなく間接的な方法を取ることにしたんだけど。

 

「二人に確認したことがあってね。犬吠埼さんのお宅って、スペースあるかな? ちょっと贈り物を考えているんだけど?」

「はあ?」

「贈り物、ですか? なんで?」

 

あれ? 全知全能の私が間違えた?

 

「ええっと、犬吠埼さんじゃややこしいか、犬吠埼部長の誕生日って5月1日じゃなかったっけ?」

「確かにお姉ちゃんの誕生日だけど、どうして?」

「そうよ! アンタ、アタシ達の敵なんでしょ? なんで敵に贈り物なのよ」

「え? それはもちろん、この世界では少なからず顔を合わすことになるんだから。でも私が勇者部には入れんでしょ。だから、直接ご自宅にって考えたんだけど?」

「普通に怪しいわ!」

 

おお、この反応。友奈の言う通り確かに突っ込みが鋭い。

 

「これが…完成型」

「アタシじゃなくても思うわ!」

「夏凜って怒りっぽいね。カルシウム足りてる?」

「アタシは毎日煮干し食べてるわよ」

 

それでも足りないんだ。どんだけ不足しているんだろ?

 

「真面目な話をすると、敵が話の通じる相手か、完全な化け物かでやり方が変わると思うんだけど?」

「えっと、つまり私達にバーテックスの情報をくれるってことですか?」

「ま、それだけじゃないけど」

 

二人が困惑しているみたいだ。

 

「…ねえ、アタシ達をバカにしてるの? 敵の総大将がくれた情報をそのまま信じると思う?」

「私は受け取っても良いと思うなー」

「園子? アンタも呼ばれてたの?」

「うん、わっしーとゆーゆも来るよー。ごめんね。ドアが開いたままだから聞こえちゃった」

「いいよー。いらっしゃい園子さん」

 

園子さんが来たから、後は友奈と東郷さんか。

まあ、二人には以前に話したことがあるし、進めようかな

 

「情報…いいんですか? それって裏切りなんじゃ」

 

樹ちゃんが、一歩前に出る。

 

「いいもなにも、私が責任者だからいいんだよ。責任取るのも私だけだし」

 

そう、天の名において行われることはすべて私の責任。

だから、バーテックスをどう扱おうと私が考えることだ。

 

「それじゃ…お姉ちゃんの誕生日のプレゼントで私があげたかった物があります。それは…」

 

けど、樹ちゃんが考えていた部長さんへの誕生日は私が思っていたよりも大変なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

珍しく私のスマホに知らない番号が表示されていた。

正確には私は知っているけど、私のスマホには登録していない番号だけど。

 

 

「もしもし、こちら松永沙耶さんのお電話でしょうか?」

「ええ、私、松永です」

 

かけてきたのは部長さんだった。けど、2、3秒ほど沈黙が続いて部長さんの息遣いとみんなが話す喧噪が聞こえた。

 

「…プレゼント、受け取ったわ。あと祝いの花束も。だから…ありがとう。理由を聞いてもいい」

「うーん、ホントは貴女達が友奈の友達だから、なんですけど、それだと誰も納得してくれないんですよね?」

「そうね、貴方にとっては本当にそうなんでしょうけど、それだけだと誰も行く先が無いわ」

 

それは、貴方達の気持ちだ。私の知ったことじゃない。

私はただ友奈とずっと遊んでいられれば十分。

天の神の権能なんてその程度の使い道でいい。

 

けど、私が口にしたは全然違う言葉。

 

「いいんですか? お誕生日の主役が誰かに電話なんて、彼氏だとか騒がれるんじゃないですか?」

「お、分かってるじゃない」

 

え? なんのコト?

 

「でもね、残念ながら今のところは恋愛は良いかなって」

「ああ、そうなんですね」

 

きっと、この人は、ずっとそうなんだろう。

ずっと自分の役割を果たそうと頑張って頑張って、いつか頑張りすぎてしまうのかもしれない。

 

だから、樹ちゃんは、プレゼントの相談をした時にあんなことを言ったんだ。

 

「樹から聞いたわ。貴方は自分が話せる敵だって思ってほしいのよね?」

「そうですね。正確な表現か分かりませんが」

「なら、もう一度聞かせて、なんで世界を滅ぼしたの?」

「答えは変わりません。そうしたかったらそうしただけです」

 

そう、今まで何度繰り返しても変わらなかった。これから何度繰り返しても変わらない。

私は人類を滅ぼし続ける。何度でも繰り返し。

 

そして、私はそうすることができる。そうしなければならないから。

 

「…そう、でも、本当に嫌なことなら止めておきなさい」

「大丈夫ですよ。世界を滅ぼすのって思ったより良いですよ。友奈もずっと構ってくれるし」

「だからって…そうね。きっとそうなんでしょうね。でも、だったらいつ止めたっていいはずよ」

「はい、でも今日は絶対に何も起こさせません。だから、今だけは受け取ってください。これは神様として約束します」

「分かったわ。それじゃ、プレゼントありがとうね」

 

さってと、それじゃプレゼントを始めますか。

 

ふと、樹ちゃんの顔を思い出す。

 

いつも、みんなの後ろに隠れているような地味な子だと思っていたけど、あんな顔もできるんだな。

 

 

「やっぱり、人間は楽しい。ホントはずっと見ていたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日常です」

「日常? 部長さんにとって、日常はないの」

 

園子さんも夏凜も黙って聞いている。

 

「…大赦の人たちに言われてから2年間。お姉ちゃんにとって日常は無かったんだと思います。園子さんもいるのに言うことじゃないかも知れませんが、ずっと、お姉ちゃんは戦いが来ることを心配してきたから。だから、お誕生日の時はバーテックスも事件も起こらない。そんなふうに思える日が欲しいです。できますか? 貴方に」

 

これは誰だ?

 

こんなことは私が天の神と認めないとできない。

逆に世界を滅ぼせる相手に正面切ってこんなことを言うなんて。

 

なるほど、確かにこれは敵の総大将にしかできない。

 

「その提案。受け取ったよ。確かに天の名において、その日は戦いは起きない。これで良いかな」

「はい、それが一番のプレゼントです」

 

そう言って微笑んだ樹ちゃんは、いつもの可愛い女の子にしか見えなかった。

 

でも、こういう日も悪くない。

 

何だかくすぐったい気分だ。

 

日常なんて遠すぎて記録でしかないけれど、私はそれを欲しいと思えない。

 

それでも、みんなが欲しいというなら、それはきっとかけがえのない想いだから。

 

「いつか、見つかるといいなあ」

 

そうつぶやく声は空に還っていった。

 

 

 



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閑話 夏の扉

ざー、とよく知る音に顔を上げれば、もうすぐ夏至だというのに、昼間の窓の外は暗く薄明かりが少し見える程度。

 

「本格的に降ってきたねー」

「そうね。友奈ちゃん」

 

手を止めて友奈と東郷さんも空を見上げている。

 

ふーむ、この後の予定を考えると、これは快晴に変更した方が良いか知らん。

 

「どうかしたの? 沙耶?」

「いや、ほら、夏凜の誕生日って今日なんでしょ?」

「うん、そうだよ。夏凜ちゃんの誕生日。だからみんなで準備」

 

あれ? 友奈は何とも思っていないのかな?

東郷も

もしかして、気になったのは私だけ?

 

「晴れていたほうが良いかなーってさ」

 

神樹様の中の世界から帰ってきたのだから、私が天の神としての力を使えば、ちょっと晴れにするくらい簡単。

というより、正直友奈が無事戻ってきた今となっては天の力は持て余してしまう。

記憶だけを返すなら方法だってないわけじゃない。

 

「うーん、きっと雨でもたくさんお祝いできるよ」

「あ、う、うん、そうだよね。そう」

 

きっと、今の私は挙動不審に目が泳いでいるだろう。

実際に友奈と東郷さんが顔を見合わせている。

 

「何かあるの? 松永さん」

 

東郷さんはまだ私を名前で読んでくれていない。

名前で呼んでくれるのは、友奈くらいだ。あとは園子があだ名を更新し続けている。どうもふさわしいのが思いつかないらしい。

 

「ごめん。何でもない。太陽が出てないと変な感じがするだけ、とりあえず飾り付けだけ済ませちゃおうか」

 

何となく、言葉にしにくいだけど、今私が考えたことは人間らしくなかった気がする。

いや、実際天の神の力があるんだから、人間じゃないって言えばそうなんだけど、考え方と言うか、心構えみたいなものが違う気がする。

 

「――だから、何だって言うのよ。はっきり言いなさいよ、風。わざわざ高校からここまで来て何の用なのよ」

「ええーい、皆まで言わせるな。とにかくアタシの話に付き合え」

「ええっと、ええっと、そうだ、夏凜さん、占いましょう。部長命令です」

「樹、アンタまで、風みたいなことを」

 

どうやら、夏凜を部室に近づけない工作は失敗したみたいだ。

ここはテレパシーもとい神託を風と部長に送って…

 

違うか、今、思ったところなのに。

 

なまじ、こんな力を長いこと使ってきたから、あたり前になっているけど、人間はどんなにお金を積んでも、友達がたくさんいても、大きな権力を持っても、人の心なんて読めないし、天候だって変えられない。学校に行くのも歩いて行くんだ。

 

戦いが終わって半年。

 

私はまだ次にやりたいことを決められていない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏凜ちゃん、お誕生日おめでとう」

「えーと、ま、あ、ありがとう」

 

どことなく照れくさそうな夏凜。みんなでもみくちゃに抱きつく。

さすがに私は遠慮して東郷さんから借りたカメラを回す役だ。

 

「ちょっと、そこ、何しれっと取ってるのよ!」

「駄目だよー。にぼっしー、ちゃんとお兄さんからの依頼なんだから」

「だ・か・ら、嫌なのよ」

 

うん、こうして見てると平和だ。東郷さんと園子が笑いあっている姿は相当大変だったらしい。

私はその時は別用があったからあの子たちに任せっきりだったけど。

 

「マッツァン、あとはカメラはそこの三脚においておいていいよー」

「ん、わかった」

 

今日の園子の気分は洋風らしい。

 

カメラを三脚の上に固定して、一人だけ部外者なのに混ぜてもらう。

未だに東郷さんや風さんとは硬い対応が多いので、できれば夏凜とは距離を縮めておきたい。

でないと、ずっと、友奈を心配させてしまう。

 

「はあ~、それにしても、まさか今年は部室で誕生日を祝ってもらうことになるとはね」

「あはは、でも、良いでしょ。みんな忙しくなってきたから、やっぱりちゃんと集まらないとね」

 

そう、風さんは高校だし、私達中学3年組は受験だってある。

私も全知の力は封印して受験勉強に取り組むつもりだ。

 

残念ながら、3年組の中では友奈と私が最下位争い状態だ。

 

最初、神様の私が今更受験なんて必要ない、って言ったら、神様も学生も両立してじゃないのかって、夏凜にやりこめられた。

どっちかって言うと、夏凜は言われる側だと思っていたのに、なんでこうなった。

 

私の知識や閃きは極端に計算能力に偏っていて、数学でもテスト的な状況設定型の問題は全然ダメだ。

他の教科で言えば好きな天文の知識くらいしかまともにテストで点数がとれない。

なので、トップクラスの園子はもちろん、ブーストできるらしい夏凜や、元から歴史からプログラムまでこなせる東郷さんとは土台が違いすぎた。

 

でも、みんな友奈と同じ高校に行きたがってるんだよね。おかげで最近友奈は勉強と勇者部活動が多すぎて、あんまり遊べなくなった。

おのれ、責任者出てこい。って、これも私の責任なのか?

 

 

 

 

 

 

しばらく、みんなとおしゃべりしながら、東郷特製の和風料理を頂く。

ケーキこそ私が焼いてみたけど、他のお料理はほとんど東郷にお任せだ。

どこでこんな調理技術を学んだのか。

 

頭の中に答えが表示されているけど、知らないふりをする。

あの一件で全知の力の自動化も解除したはずだけど、油断するとすぐに発動する。

 

(あーあ、上手くいかないな。適当に押し付けるわけにもいかないし)

 

「人の誕生日にずいぶん辛気臭い顔ね」

「あ、えっと、夏凜…ちゃん?」

「別に、呼び方なんてどれでも良いわよ。それで…」

 

うーん、顔に出ていただろうか。そう言えば夏凜ちゃんはどうするつもりなんだろう?

 

「あのさ、夏凜ちゃんはこれからどうするの? 友奈とかは普通に過ごすんだろうけど、もう私も戦う意味はないんだけど」

「ああ、そういうこと、確かにそれは他の人間には相談しにくいんでしょうね。1つの目的に絞って生きてきたから感覚が抜けないんでしょ」

 

そう、夏凜の指摘の通り100億以上の年月を天の神としてあり続けてきたから、私はもう自分が人間であった時の感覚が鈍くなっている。

物事が大雑把にしかとらえられないというか、ピントがずれるというか。

 

 

「ま、いいわ、アタシは普通に進学するだけよ」

「……それだけ?」

「それだけよ。何、文句ある」

「いえ、無いけど。ほら、私って、ある程度制限してても神様じゃない。今から何を勉強したらいいのかなーって」

「…アンタの成績は?」

「う、志望校までは届いていません。はい」

 

あれ? もしかして私がやる事って…

 

「ふん、分かったみたいじゃない。明日からはまたみっちりと勉強よ。私は…その」

「みんな一緒の高校に行きたいからね」

「友奈! いつから聞いてたの」

「うーん、夏凜ちゃんが私達と一緒に進学するってところから?」

「わー、声に出して言うんじゃないー!」

 

よし、夏凜ちゃんの興味が私から友奈に移った。撤退しよう。

 

慌てて夏凜ちゃんの隣から立つと、何故かみんながこっちを見ている。

いや、あたり前か。だって今日は…

 

「いやいや、夏凜も立派になった。昔は私は貴方達とは違う、とか言ってたのに」

「いつの話だー」

「お姉ちゃん、またそうやって。話が進まないよ」

「おおっと、そうであった。では、改めて、樹」

「え、あ、そっか。じゃあ、夏凜さん…」

 

ただ一言で良かったんだ。

 

 

 

 

 

―――お誕生日おめでとう―――

 

 

 



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閑話 人に還るまでに

「結局、貴方は因縁からは逃れられないのね。園子さん」

「逃れるんじゃないよ。私がやろうって決めたんだよ」

「そんなことをしても、誰のためにも、何のためにもならない。ただ、人間は縋って、押し付けて、下を向いていくだけ。それでは神婚と何が違うの? 結局、神が勇者に置き換わっただけで人は何も変わらないよ」

「変えていけるよ。私だって、ミノさんやわっしーと一緒に戦って、勇者部の皆に会ってからだって変わったよ。それにね。私だって大赦だけじゃなく、中学生も高校生もその先だって続いていけるんだよ。」

「そうじゃない。それじゃあ、神様が統治するのと変わらない。そんなものじゃ人には託せない。それしかないというなら、いっそそんな世界など滅んでしまったほうが良い!」

「その生き方は変えられないんだね。でもね、1つだけ覚えておいて、勇者も人なんだよ?」

 

 

こんなはずじゃなかった。やっぱり人には託せない。

 

人は相反するもの。人は矛盾するもの。人はすぐに心折れるもの。

 

園子さんが大赦のトップに立つことは勇者であったからこそ起こったことだ。それでは歌野の二の舞。

歌野は1人で逃げなかった、そして、結局私がこの手で滅ぼしたのだから。

 

 

 

 

 

 

今は天の神(ボク)としての肉体がない。神樹様の寿命と引き換えにした大満開。

それには確かに天に神を一時的とはいえこの世界から退去させるに十分な奇跡。

 

でも、ボクにはまだボク個人の力がある。

 

粒子変換能力だって使える。ナノマシンの作り方だって覚えてる。

 

神の力を受けた勇者は、神とともにヒトに戻るべきだ。

例えそれで世界がどのようになろうとも。

それが諏訪を滅ぼした時に決めたことだ。

 

(何やってるんだ、ボクは。せっかく友奈は助かったんだから、もう良いじゃないか。世界のことなんか目を瞑って、耳をふさいで、知らないふりをしていれば良い。園子さんが勝手にやってることじゃないか)

 

それでも、ボクはせっせと機械を組む。

大赦に変わる象徴。

 

それは、巨大なものが良い。

それは、誰もが安心できるような奇麗なものが良い。

それは、きっと輝くものが良い。

 

グレイグーは東郷さんにあげちゃったけど、また別の何を作ることはできる。

 

だから、それまでは…

 

 

園子さん向けのプレゼントは取っておこう。

かつての戦いで三ノ輪銀が自分の腕と共に落としたもの。

武器としての斧ではなく、ただ木を切り整える道具として。

 

 

「それまではおやすみなさい。何年かかるか分からないけど、お墓に入れるような真似にはさせない」

 

記録でしか知らない三ノ輪銀。その残したものを還して、天の神(ボク)の役割も終わりだと思っていたけど、

まだ終われない。こんな結末なんて絶対に認めない。

 

もし、この世界を最初に作った神様がいたなら、きっと私にこの力が託された意味はそこにある。

 

鞄一つを持って、私はもう一度この町を出る。

 

最後まで園子さんは残るつもりみたいだけど、そんなことはさせない。絶対に。

 

だって、それは友奈が夢見て、ボクが叶えたかった世界じゃない。

それでは、ボクが神様を止める理由にはなり得ない。

 

「だらか、もう一度だ。もう一度300年繰り返して見せる」

 

誰もいない、いつでもない、どこでもない、ただ私だけが満ちた世界でどこまでも声だけが響き続けていた。

 



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閑話 これから、は必要ない

「へい、お嬢ちゃん、なんでも言ってみなYo。この天の神さまが特別サービスしてみせるぜ。めいびー」

「はいはい、考えておきますね」

 

さっきから樹ちゃんにいろいろアプローチしてみるけど、すべてスルーされて相手にされない。

 

おかしい。ふだんからスタイルとか料理スキルとか欲しがってたから奇跡的なパワーでDIYしてみたのに、あまり公表ではないようだ。

 

「こら、そこ、今度樹を別人みたいに変更したら承知しないわよ」

「同じ失敗はしませんよ。あれは私のミスです。今度は顔のスタイルまで変えたり、全自動で気づいたら料理が完成するスキルにしたりしません」

 

とは言え部長のご機嫌を損ねて、またお怒りを買ったらたまらない。ここは一時撤退するしかないか。

 

「はあ、分かりました。市販の可愛いものでも買ってきまーす。今度は普通のプレゼントにするから機嫌なおして樹ちゃん」

「あ、待って。お母さんが沙耶に一度寄って欲しいって」

 

そのまま廊下の窓から外に出ようとしたところで、友奈に呼び止められる。

 

「おば様が? うーん、この町に戻ってきたのに全然挨拶してなかったからかな。うん、分かったよ。今日でも行くね」

「うん、そうして」

 

やる事が自然に増えていく。今までは自分で決めて増やしていたから、少し新鮮。

 

(樹ちゃんのプレゼント、去年は大失敗で部長さんが怒り狂ってたからな。今年は先にリクエスト聞こうとしたけど、ダメだったか…)

 

そう言えば、部長のプレゼントについて、話していた時の樹ちゃんの雰囲気はなんだったんだろう。

妙な威厳があったような気がする。

 

でも、それから一度もそんな圧は感じたことがないし、ただの偶然だったんだろうか。

名前も樹ちゃんだから、神樹のことが無意識にあったのかもしれない。

ちょっと、過敏になってるのが、自分でも分かる。

 

(それも仕方ない。今回は最初から天の神(ボク)がその身を晒して、人の中から直接これからを変えようとしているのだから)

 

そう、すべてはこれから、ようやく始まるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふらりと入った洋服屋さんで樹ちゃんの私服と同じメーカーの帽子を1つ買ってみる。

 

うん、気に入るかどうかわからないからこれは自分で使おう。

 

どうせだったらケーキ焼きますって言えば良かった。

無難に季節の果物にしよう。ただしミカン、雀がうるさいのでキミは外れてもらう。

 

いちご、なし、りんご、このあたりが妥当かな。やっぱりミカンがないのは少し寂しい。

 

せっかくなので、少量のフルーツタルトでも作って、ミカンはそっちに足そうかな。

あとは、自然な雰囲気のあるタロットクロス。

西暦にあった星とか月のは見当たらなかったから、草木と魔法陣ぽいものが書いてある。

 

足を使って市販品を選び、手を使って手作り品を作る。奇跡があるのに、奇跡を使わない。何だか中途半端な贈り物達。

 

(でも、何だか懐かしい。せっかく人間やるんだったら、もっとこういうことも増やしていこうかな)

 

ちょっとだけ、そんなことを思えてしまった。

 

わざわざカスタードを混ぜてタルト生地に塗ったり、火加減を見ながら焼いてみたり。

本当に手で作るって、こういうことだった。

 

今更そんなことを思い出す。

 

自分で手で作るのも、奇跡の力でもっと良いものを生み出すのも、同じボクの力のはずなのに、何か違和感が消えない。

 

(あ、そっか、昔に慣れてた動きだから分かりにくいけど、これちゃんと苦労してる)

 

念をこめる、あるいは念を残す、ではないけれど、こうすることで精神を落ち着ける作用があるみたい。

 

樹ちゃんのプレゼントで贈る側のボクが癒しを貰うとは…。

神たる身なのにここで得る気づきもあるのか。

 

ボクにとってはただの行程にある寄り道。

わざわざ行かなくてもよい流れの分かれ道。

ゴールに届かない行き止まりの道。

 

でも、無駄にはならない。どこかでそう確信が持てる。

 

 

(必要ないけれど、無駄にならないもの。矛盾しているその意味するもの。もしかして、これが・・・。いや、いいや、今はただ会心の作を作りたい)

 

そう、ただ作りたい。それだけでも良いはずだ。

 

夜になるまでひたすらにプレゼントを準備する。

 

奇跡も使わず、最上ではなく今の自分にできる最善。

質的にも量的にも奇跡を使えばよいはずで、実際ついさっきまではその方がよいと思っていた。

 

私も変化してきている? 神様以上って何だ? いや、以上じゃなくて、以外の何か?

 

分からない。分からないのに不安を感じない。それどころか満足している。

 

もうすぐフルーツタルトは焼きあがる。果物も切り分けている。

 

早く、この感情の答えを。

 

不思議な焦りがどこからか吹き込む。

 

こんなのは初めてだ。

 

いえ、違う。これはあの時、部長の誕生日の時と同じ。

 

(製作者すら意図しないことが起きる? そんなことがあり得る? もし、もしも、そんなことが起き得るのなら、それこそが…)

 

思考は焼きあがったことを知らせるオーブンの音とともに消えていった。

 

いろいろ考えていたはずなのに、完成と同時に雲散霧消。

まるで夢か幻のよう。

 

夢? 幻? もしかして、これから起こることも、これまで起こったこともすべてそうなの?

 

だとしたら、私は今何を考えていた?

 

(ま、いっか、ダメならまた時間を遡って繰り返せばいいや、今までもこれからも関係ない。ダッテ…)

 

 

――ボク(天の神)はそういうものなのだから――

 

 

 

 



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第1部
ある夏の日


――昔、むかし、あるところに魔王が住んでいました。――

 

 

 

みんなが魔王を怖がっていました。

 

 

 

魔王がいるから、みんなおうちからでることもできません。

 

 

 

おうちから出られないから、食べ物も満足に見つけることができませんでした。

 

 

 

みんな、おなかが減ってけんかばかりです。

 

 

 

ある日、ひとりの若者が魔王を倒しに行くと言いました。

 

 

 

 

若者は人一倍正義感が強かったので、いつか魔王を倒すことを夢見て、

ずっと、剣の練習をしていました。

 

 

 

 

みんなは口々に若者を褒めました。

 

 

 

 

 

お前こそは勇者だと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふー、ふー、登りは…やっぱり…きつい」

 

自分のつぶやく声とひたすら自転車をこぐ音、そして蝉たちの声だけがあたりに響く。

 

その先にあるのはかつての山荘…とそこに併設された天文台跡。

私の目的地。

 

「…はあ、今年は友奈も来ないっていうから、遠出してみたけど、すでに閉鎖されているなんて…失敗したかなあ。というか、こういう時に限ってあっという間につかないんだよね…」

 

今年は夏休み忙しいから家族旅行もなしとか言ってたっけ?

近くに有名な滝があるし、写真でも送ってみようかな?

 

友奈――結城友奈。

 

かくれんぼが原因で喧嘩したら、そのまま引っ越してそれきりになった。と思ったら、

翌年の夏休みに香川から訪ねてくるという暴挙に出る危なっかしい幼馴染。

元気…が特長のはずなんだけど、先週電話した時はちょっとカラ元気みたいに思えた。

部活動が忙しいみたいだから、疲れていたのかもしれない。

 

「…もう夏休みになったし、今年は私が久しぶりに香川まで行ってみようかな」

 

友奈の新しいお隣さんも見てみたい。確か…

 

「西郷さん? あれ? 北条さん? 南北じゃないから、やっぱり西郷さんか。ま、あとでメッセージで聞けばいいか」

 

そんなことを考えていると、ようやく目的の場所に着いた。

天文台…今日の目的地は山のキャンプ場の近くにある天文台…だったところ。

西暦に発生したウィルスの災厄が収まると、何故か人々は空への興味を恐怖へと変えていったらしい。

 

天空恐怖症候群…略して天恐

 

 

ウイルスが空から来たせいだとか、唯一残った四国に宇宙航空関連の施設が少なかったからだとか、

あるいは神樹様の教えだとか、

いろいろ言われているけど、真相は誰も知らない。ただ宇宙どころか飛行機すらほとんど使われなくなり、

その影響なのかここの天文台も使われずにそのままだ。

 

それでも人は忘れることで生きていける。100年もすれば天恐は沈静化し、その記憶は風化し、

今ではプラネタリウムや星の本もそれなりには見れる。

 

「つ…着いた」

 

300年近く閉鎖されていたという天文台。

一応建物が崩れてきたりしないように定期的に山荘の人が見回っているらしいけど、

中にまで人が入るのは300年ぶりだ。

毎年のように通い詰めてようやく借り受けた鍵を差し込み、音がしないようにわずかに扉を開く。

 

「うわー、これは酷い…」

 

薄暗い室内には何やら怪しげな動物や虫が山のようにいる。もちろん対策はしてきたけど、

実際に見ると気持ち的にがっくりだ。

 

「はいはい、君たち速やかに退去しなさいよー」

 

取り出した機械からキーンと言う音と、チカチカととした光を放つ。

市販で売っている電磁波で虫よけをする機械だ。

すると、我先にと動物も虫も飛び出していく。

もちろん私は入口から離れて進路妨害をしないように気を付ける。

 

「お次はと…ほい」

 

続けて、市販品の防犯スプレーをばらして用意した催涙弾を施設の中に放り込み、

自分は防風眼鏡と一体化したマスクをかぶる。

10分ほど待って中を覗くと、ほとんどの動物や虫はいなくなっていたけど、逃げ遅れたのが倒れている。

 

(まあ、人間に使ったら気絶しちゃう人も出るくらいだしね)

 

そのまま動物や虫を掃除して外に出す。

 

「ここをこうして…点いた」

 

天井一面に映し出される電子の星空。

 

プラネタリウム…星々をちりばめた天球儀。

私がここに来た目的は現実の星とこのプラネタリウムの星を見るためだ。

 

そして、できればこれを持って帰りたかったけど、西暦に作られたそれは市販されているそれと違い、

かなりの大きさがあるため持ち運ぶことは難しい。

 

昔から宇宙とか星の話とかが好きだった。でも、大人たちはいつも眉を潜めて私を戒める。

 

――神樹様がいらっしゃる四国の外にはウイルスの巣がある。そんな危ないところに興味を持つなんて、ましてや行きたいなんてどうかしている――

 

それでも、私は見てみたい。なんでかなんて分からない。

遥か昔西暦の時代には宇宙にだって行けたんだ。きっと。

 

私は松永沙耶。遥か星の海に憧れるだけの中学2年の普通の女の子。

 

変わったことといえば、すぐに迷子になってとんでもないところで発見されるくらいだった。

今日、この日までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、そう。終わったよー。…プラネタリウムも使える。大丈夫だって、今日は山荘に泊めてもらうから……うん、それじゃ」

 

心配性なおじいちゃんに無事を連絡する。

この山荘を管理している人もおじいちゃんの知っている人だから、到着と帰りの連絡だけすれば、としぶしぶ許可をくれたくらいだ。

山荘は今も人気だ。高知県にあるにもかかわらず、実はギリギリ神樹様が見えたりもする。

夏休みのシーズンになると近くにキャンプ場があるから人も結構いる。

 

今回も、ここで山荘の手伝いをすることを条件に宿泊していた。

 

日も傾き、東の空に見える神樹様の姿がまるで燃えているように赤く照らされている。

朝日が昇るときはもっと神々しい感じになるだろう。

プラネタリウムのことは山荘の人も分からないらしく、おそらく西暦の混乱期に運び込まれたものだと言っていた。

 

持ち出す手段と置き場所は考えないといけないけど、ようやく一歩といった感じだ。

 

見上げる天球儀の黄道十二星座赤から光が消えていく。電源を切って片づけ始める。

今度は電子の星空ではなく本当の星空見れる。

 

「それにしても、なんで西暦の人は急に星空が怖くなったんだろ? こんなにきれいなのに」

 

首を捻りながら、小学生の学習帳に書き込まれた写しを見る。

そこにはいろいろと調べた消えてしまった天文学の知識が書かれている。

大学に行かないと本格的な天文学は学べない。それも大赦が管理している一部の大学だけ。

 

「ま、四国だけで宇宙開発って言ったって、そんなとこに回せる資源も人もいなかったのかな。そうだ、友奈にも動画送っとこー」

 

スマホの写真をSMSで送信する。

そう言えば、なんか鳴子とかって言う新しいSMS使ってるとか言ってたけど、

結局検索しても見つからなかったな。

誰かがオリジナルで作ったアプリ何だろうか? 私はそっちは専門じゃないしな。

 

「機会があったら、聞いてみよ。友奈も見てみるかーい。っと送信。ポチっとな。あ、電池切れた」

 

西暦から続く由緒正しいボタン操作をボタンのないスマホで実行する。

こういうのは気持ちが大切。

でも、電池が切れちゃうなんて、山荘はすぐとなりだから戻れるけど、今の動画送れたのかな?

あとで電話してみよっと。

 

 

「―願い。――――今――助けて。友奈を」

 

 

…電池が切れたはずのスマホから声がする。

 

真っ暗になったスマホ。ボタンを教えても電源はやっぱり入らない。

なによりも…

 

「ちょっと、何なの、どうして私の声で喋ってるのよ。ちょっと」

 

声、私の声。それは何かで録音された私の声とそっくりだ。

けれど、そのままスマホは沈黙し暗い画面をさらすだけ。

 

(いたずら…にしては、電池が切れたスマホから音がするなんて。

 やめよ怪談は好きだけど、現実には出てほしくない)

 

「あれ、急に涼し……」

 

振り返ると、そこは見知らぬ病院の中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の横を何人もの患者さんや看護師さんが通り抜けていく。

いきなりここに現れた私のことを、誰も不審そうにするそぶりもない。

 

「はあ、またか。毎回だけど、どうやって移動しているんだろう? ええと、今回は……ッ」

 

天地がひっくり返るようなめまいと、突き刺すような頭痛。

これもいつものことだ。知らないうちに何十キロも移動していて、気が付いたら頭痛と一緒に保護される。

たぶん妄想の一種だとお医者さんは言っていたけど、迷惑な妄想だ。

最近は減っていたけど、久しぶりに長距離を迷子になったみたいだ。

 

でも、今日はいつもと違う。

 

立っているのも難しいくらいの痛みと気持ち悪さとともに、それはやってきた。

 

 

――こんにちは、あなたがこの家に住むの? 私は結城友奈、よろしくね――

 

誰かと話している友奈。

 

――と、東郷、三森です――

 

ああ、そうそう、西郷じゃなくて東郷だ。

 

――来たれ、勇者部へ――

 

今度こそ知らない人だ。何だか押しが強そう。

 

――は、初めまして、犬吠埼樹です。よ、よろしくお願いします――

 

どこか、さっきの人に似ている。でもこっちは気が弱そう。

 

 

――大赦から派遣された完成型勇者。それが私よ――

 

何だろ? これはコスプレ? 危ないから友奈の目の前で刀を振り回さないでほしい。

玩具だろうけど。

 

 

――わっしー、わっしー、ずっと呼んでいたよ――

 

痛々しい姿の女の子。なのに病院じゃなくて外にいる。

 

 

 

目の前の景色がいくつにも重なっていく。

 

 

 

――次に生まれてくる時も、あんずと一緒にいたい。本当の姉妹だったらいいな――

 

 

痛い。いたい。イタイ。今度はおなかが熱い。熱い何かが流れ出していく。

 

 

――もし、生まれ変わってもタマっち先輩と一緒でありますように。今度はきっと姉妹だったらいいな――

 

お腹の痛みが嘘のように消える。

 

(た、たすかぉっああああああ)

 

寒い。痛い、凍える。止まる、ワタシが止まって。

 

 

 

――嫌いなのと同じくらい……あなたに、憧れて……あなたのことが、好きだったわ――

 

平穏、ただ、何もない穏やかな…そして、思いも意識も魂さえも薄れていく。

 

 

いろいろな感情が起きては消えて、起きては消えていく。

 

そして…

 

 

――若葉ちゃん、ヒナちゃん……一人でも欠けることがないようにって……ごめんね、できそうにないや――

 

安心、ただ、みんなを守ることができた。暖かさだけが広がる。それでも……

(貴方は誰? どうして貴方だけ見えないの?)

 

 

でも、今度は何も浮かんでこない。

 

暗闇…音さえも無くなったような深い暗黒。

 

でも、今度は文字としての情報が私に直接刻み込まれる。まるで私が記憶していなくてもすぐに呼び出せるように。

 

きっと痛みは記憶じゃなくて、もっと別の何かに言葉が刻み込まれていく痛み。

 

転げまわりたいくらいだけど、そもそも、私の体がどうなっているのかさえも感覚がない。

 

天の神、バーテックス、炎の世界、神樹様、巫女、勇者、友奈と呼ばれ続ける少女達…

 

映像だけじゃなく、言葉もぐるぐると巡りながら回り続ける。

これまで起こったことと、これから起こること、そして、滅んだ世界の人々の怨嗟。

 

気持ち悪い。何なのこれ?

 

――それは、貴方は思い出したから――

 

――そして、たくさんの人が死んだ――

 

――それでも、貴方は許さなかった――

 

――だから、そんなものは信じない――

 

――それが、ワタシ達の誓い――

 

――今度は、友奈が消えてしまう――

 

――いずれ、みんな大切なものを失う――

 

――それなら、世界こそが間違い――

 

――だからこそ、間違いは終わりにしよう――

 

――今こそ、はじめよう。さあ、友奈はここにいる――

 

たくさんの"ワタシ"の声が聞こえる。

 

こんなものが聞こえるなんて思わなかった。いよいよ私の妄想も病気の一言で片づけられる状態じゃなくなってきた。

 

波が引くように声が小さくなっていく。気持ち悪かった。

 

まだ周りは暗いままだけど、深く息を吸い込む。

 

(終わった? 何だったの今の?)

 

でも、妄想というには、さっきの映像は見たことがない人がいた。

 

それに最後に見えた病室。あれはこの病院だと思う。

それにプレートに結城友奈って書いてあった。

もし、単なる妄想でないなら、この病院に友奈がいる。

 

まだ、刻まれた言葉を理解しきれてないけど、

今も油断するとすぐに頭の中に答え合わせのように、刻まれた言葉が浮かんでくる。

 

神樹様が…人の体を供物にして戦わせるなんて…

 

「よそう、単なる妄想だよ、こんなの。神樹様がそんな恐ろしいことするはずがない」

 

隣を通り過ぎたおじさんが一瞬ギョッとした表情を向けるけど、すぐに無関心に戻って過ぎていった。

 

もしかしたら、私のつぶやきで驚いたのかもしれない。

とにかく友奈を探そう。友奈がいなければ質の悪い白昼夢でも見たってことにして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに友奈が……」

 

現在時刻午前9時36分

プラネタリウムで動画を送った翌日ということになる。

もう一回飛ばされない限り学校はさぼりになる。テストは終わってるから、そんなに怒られないと思うけど、逆になんかもったいない。

山荘のお手伝いは夏休みからだから、そっちは間に合うだろう。

 

もっともこんな状態で行く気にはなれなかったけど。

 

あの怪しげな声は妄想と思いたところだったけど、もし本当に友奈が入院していたらと思うと、常識的な判断は放り投げてここまで来た。

そして、目の前の名前のプレートが現実であると主張する。

間違いなくあのプレートだ。

 

意識不明…漫画かドラマの設定でしか聞いたことがない言葉。

しかも、友奈は先週までは健康そのもので、事故にあったわけでもない。

 

(まだだよ。もしかしたら武術の練習で怪我でもしたのかもしれないじゃない)

 

何度かの深呼吸の後、扉を開くと、そこには…

 

 

「なに、これ…こんなの意識不明なんてものじゃ…」

 

意識不明と聞いて真っ先に浮かんだのは、目を閉じ横たわる友奈の姿だったけど、

実際は全く違った。

 

友奈らしいピンクのパジャマでベッドの上に"座っている"。

目も開いているし、心臓の音も聞こえているし、胸が上下していることから

自分で呼吸もできているんだろう。

 

これで確定だ。

 

私は、ボクは、友奈がこの世界のために戦って、満開の代償…

散華のために全身が供物になってしまっていることなんて知らないはず。

 

つまり…あの声が見せたものも全部妄想ですませられない。

なにより友奈がこんな状態で放っておけるはずがない。

 

見た記憶も、得た情報も、あの声の正体も、分からなかった。

何も分からない。

答えはあったけど、それはただの事実の集まりで、本を読んているのと変わらなかった。

 

でも、今目の前にいる友奈は…

 

「嘘…じゃない。嘘じゃないんだよね。これ」

 

本当は現実だって分かっている。確かに目は開いているけど、何も見ていない。

心臓の音は相変わらず聞こえているし、呼吸もできている。手に触れてみてもこんなに暖かい。

 

でも、それだけだ。

 

目には何も映っていない。耳は震えても音を聞いていない。触れてみても力を感じない。

 

視界が波打ち、鼻のあたりが熱い。

 

「こんな、こんなのってない。こんなのってないよ…」

 

本当は叫びたかったんだと思う。けど、言葉が詰まって出てこない。息が苦しい。

犬のように口を開けたまま息を吐き出す。とにかく吐き出す。

めまいのように景色が回る。病院のエアコンで冷やされたはずの汗が再び吹き出す。

情報としては知っていても、やっぱり目の前で起こっている出来事だとは信じられない。

 

「これは、こんなのは間違ってる。それなのに…」

 

呼吸と一緒に感情も収える。もう一度、友奈の様子を見る。

 

看護師の人に聞くと重体と言っていたけど正確には違う。

おじいちゃんの手伝いで病気の人も、ケガの人もたくさん見てきたけど、気を失っている人たちとは全然違う。

まして、その瞳はきちんと見えている。

瞳孔自体は正常で"見えているけど感じていない"状態に見える。

 

なにより、自分で座っている。自立ほどではなくても座っていることも人間の随意運動だ。

大赦所属の専門医が診ても分からないのだから、手伝い程度のボクが正しいなんてあり得ないけど、意識がない状態の友奈に点滴や人工呼吸器の準備さえしていないのは、どうしてなんだろう。

 

(これじゃ、まるで"絶対に死なない"保証でもあるみたいじゃない!)

 

実際に保障はあるのだろう。だけど、だからって準備すらしないなんて…

 

「これが散華…物理的な機能も、生物学的な意識も、論理的な結果も関係ない。ただの神の…神々の」

 

自分の声とは思えないくらい低くうめくような音。

続く言葉はない。どんな言葉を持ってきても、こんなものは認めたくない。

 

――こんなものは、認めない――

 

ボクの声と電話の向こうから聞こえた"ワタシ"の声が重なる。

 

何とかしないとこのままじゃ…けど、家族でもなくおじいちゃんみたいにお医者さんでもない

ボクにできることがあるの?

 

「もちろんあるよ。なにもできないんじゃない。あきらめないことができる」

 

完全に信用できるわけじゃないけど、あの声は友奈が意識を失った原因を、バーテックスとかいう化け物との戦いのせいだと言っていた。

ここまでくれば単なる妄想や詐欺じゃないだろう。確認したら友奈がここに担ぎ込まれたのは昨日の夕方。

たぶんボクがプラネタリウムにいた頃だ。

 

あの声の正体は分からないけど、時刻を考えれば病院に着くよりも早くあの声は友奈が意識を失ったことを知っていた。

だったら、あの声と共に"ワタシ"に刻まれた情報にも意味があるはず。

 

乱れた思考と呼吸と視界を無理やり平常に戻すと、立ち上がり病室を後にする。

 

「待ってて、友奈。今度はボクが会いに行くから」

 

面会時間はまだ少し残っているけど、そうと決まればすぐに動く。ここには友奈の体しかない。

本当の意味で心ここにあらずの状態。

 

まずは、一人称を戻そう。

 

「ボクは私だ。You Have Control」

 

いつも通りの儀式を済ませると、そのまま病室を出る。

ナースセンターへの挨拶もそこそこに廊下を進む。

途中でどこかで見たような美人な女の子が松葉杖で歩いているのが、何故か目についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友奈の家を出ると、一番近い国道から南に下りて、山越えをしながら1日程度をかけて移動するのが徒歩移動の一般的な動作だ。

今回は自由に"迷子"になれるから長距離の移動だって簡単なはず…だったんだけど、

何故か変な場所に出てしまった。

 

まだイメージ通りの時間と場所に移動するのは難しいみたい。

 

讃州の町から港に出て西10kmにある伊吹島。何故かそんなところに立っていた。

 

多分私が今いるのは島の中央にあるヘリポートの跡だと思う。

遠くに立ち入り禁止のマークと放置されたヘリコプターが見えた。

 

――空への恐怖――

 

それは確実に航空機の出番を減らし、島の人口減少と相まって、このヘリポートも人の姿はない。

名産と言われたいりこもそのうち取れなくなるかもしれない。

 

(予定と違うところに出ちゃったけど、ここから迷子になって家まで帰っても見つからないよね?)

 

いや、もうある程度自分で使えるんだから、迷子じゃないのかな?

 

刻み込まれた記録には私自身のこともたくさんあった。

その中には私が迷子になっていた原因。そして、その利用方法さえも…

 

「…おお、ホントに浮いてる!」

 

と思ったのも束の間、気が付くと宙にはじき出される。

 

原因…といってもホントの原因じゃなくて起こっていた現象が何かを知っただけだけど、私の肉体が素粒子レベルみたいな状態になって、特定の素粒子に再構成される。

物質を構成するものだけでなく、かつて宇宙誕生の際にしかなかったような特殊なものまで含まれている…らしい。

そもそも、それは本当に素粒子と呼べるようなものなのかさえも、よくわからない。

 

(今までだと、このまま私自身がインフラトンとかいうものに変換されていたみたいだけど、今は変換されないように、ゆっくりと…)

 

ただ一人、闇の中を飛ぶ。正確には飛んでいるのは私ではなく、電子そのものだけど。

家々の明かりが灯る町。そして…

 

「…さようなら、神樹様。あなたに怨みはないけど、もう貴方のことを神様とは思わない」

 

ここからだと他県になるはずなのに、その威容はしっかりと視界の左に存在している。

 

もちろん答えはないけれど、答えはもう必要ない。

振り返ってみるととおかしなことだらけだ。

確かに友奈は心配をかけないように味覚のことをおじさんやおばさんに隠したのかもしれない。

けど、病気だというなら二人に相談していたはず。それをしなかったということは…

 

(友奈は自分の味覚がなくなった原因を知っていた。それでも戦って…そして、今度は意識も戻らなくなった)

 

先は見えないけど、さんざん否定されてきた空を夢見たことさえ、今はこうして飛んでいる。

変換…自分の体の構成を変換できる今だったら、本当に宇宙にだって飛べるのかもしれない。

だったら、友奈の意識を戻す方法だって絶対にある。

 

 

「何もできなくても、何をするかは私が決めてみせるよ。思い通りになんてさせない」

 

 

 

――誰かが間違ってると言った気がした。――

 

 

けれど、その声を聞こえなかったふりをする。

そのまま、光となった私は夜空を鳥よりも早く飛び立っていった。

 

 




始めてしまった。右も左も分からないので、勢いで突っ切ります。
誤字脱字とか文法間違いとかあったら直すかもしれません。ご容赦を。


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幻の記録

明日(2022年1月1日)にSwitch結城EL版、じゃなくて有機EL版が、
月姫とともに届く。
仕事忙しすぎて受け取るタイミングなかったけど、ようやく受け取れる。



「これは…役には立ちそうだけど…。うーん、やっぱりオカルトは知識がないからな」

 

翌日から、早速私は友奈の意識を戻す方法を探していた。

正確には刻まれた言葉を思い出せばいいだけなんだけど、この情報量がとんでもなく多い。

 

 

私の行動は無駄かも知れないけど、ただじっと待っているなんてできなかった。

何よりまだ友奈の目覚める気配はない。

 

「魂だけがどこかに幽閉されている、って言われても…。ううーん、さっぱり意味わかんない」

 

だいたい魂とか人間に分からないもののせいで、人間の…友奈が意識を失うなんて。

いや、神樹様なんていたんだからこの世界自体がオカルトなのか?

 

どっちにしても、一方的にもほどがある。

こっちからは手を出せないのに、向こうからは一方的にって、バーテックスもそうだっていうし、この世界って一体…。

まあ、深く考えずに、神樹の加護をあたり前にしていた私達にも問題はあったんだろう。

 

困ったのは自分の身近に不都合が起きにくいから、誰も疑問に思わない。

逆におかしいって言ったほうがおかしいって言い返されそうだ。

 

「はあ、ダメ元で聞いてみよ。もしもし、友奈の魂はどこにあるんですかー?」

 

――高天原。天の神が道を閉ざしている。だから宇宙規模のエネルギーが必要――

 

投げやりにスマホに問いかけると、画面に文字が浮かんできた。

 

「は? 知ってる? ふざけてんの? だったら早く答えなさいよ」

 

文句を言いつつも頬が緩んでしまう。何せこんなに簡単に解決したんだから。

 

でも、行くためには宇宙規模エネルギーが必要って…それは答えてくれないんだろうか?

 

「宇宙規模のエネルギーを手に入れる方法も教えて」

 

――あなたの役割はそれを探すこと――

 

「ちっ、使えないやつ」

 

昔はこうやって舌打ちするたびに友奈と比べられてたな。そういえば…

 

まあ、昔のことは置いといて、そこまで都合よくは行かないか。

ん? 一番大変じゃないこれって?

具体的にどのくらいのエネルギーが必要なんだろ?

 

しばらく待っても何の反応もなかった。

どうも、与えられた情報源は内容に偏りがあるみたい。

 

「ネットで出るかな宇宙規模のエネルギー…うーん、あたり前だけど、直接的じゃないよね…」

 

だいたい、宇宙規模ってのが曖昧過ぎる。

まさか宇宙を作れるエネルギーが必要なんてことは……

 

やめとこ。とりあえず宇宙全体が明るくなるとかそんな物が必要ってことだろうし、

とにかく、そこまで来たら普通の手段じゃ無理だ。

宇宙規模のエネルギー、どこかにアプリで手に入ったりしないかな……

 

 

「あ」

 

宇宙規模のエネルギーではないけど、宇宙規模と言えるものがある。

 

「炎の世界…あれって、全宇宙規模で広がってるんだよね。そっか、あれを起こしたのが天の神だから、天の神の閉じた高天原への道を開くには同じくらいの力が必要ってことなんだ…」

 

さすがに宇宙を作るよりはマシかもしれないけど、スケールがおかしすぎて、きっかけさえ思いつかない。

 

もう一度整理した情報とにらめっこしてみる。

 

今のところ、確実に宇宙規模と言えるのは炎の世界だけだ。

 

かつて、伝説の勇者乃木若葉が見たという天沼矛がそのきっかけらしいけど、さすがにそれは情報以上のものがないから、当てにはできない。

 

「壁の向こうか、さすがに近づいたらバレそうだよね」

 

子供のいたずらで許される範囲かどうかは微妙なところだけど、方法だけを考えるなら空からが一番良いだろう。

 

ただ、問題はそれだけじゃない。

 

いつも燃えている世界なんて生身でいけるはずもない。

まして、その秘密を解き明かすなら、ただ行くだけじゃダメだ。

 

「観測する方法を考えて…ダメだ。友奈もいつまで時間があるか分からない」

 

もう一度刻まれた情報を脳の中から掘り起こしていく。

 

西暦の時代に天の神の怒り?に触れて、最終的に天沼矛による宇宙規模の結界と炎の世界が作られたから…

 

結界ってことはどこかと切り離しているってこと?

 

それに、天沼矛は神話の時代にもイザナギとイザナミが使って…

あれ? 天の神ってイザナギ?

ま、誰でも良いのか、そこは。

 

とりあえず天沼矛は"2回"使われていて、2回目で宇宙規模の結界が作られた?

それが今の私たちの世界なんだろう。

 

それとも作ったのは炎の世界だけで、宇宙規模の結界はまた別?

結界と言えば神樹様だけど、結局誰が何をしているのか…

 

(う~ん、肝心な情報が少なすぎる。とりあえず宇宙規模なんだから、外の炎の世界と結界を使うしかないのか…)

 

神樹様は四国に張った結界を維持するのにかなり力を使っているらしいから、

ちょっと違う気がする。

 

完全に行き詰った感じがする。

いくら過去の情報を持ってこれてもこれじゃ意味がない。

 

「ああ、もう、とりあえず情報を漁ってみるか。結界を作ったのは、っと…」

 

答えはすぐに返ってきた。これ、ホントに私必要かな? 

この答えてる知識があれば大赦とかが何とかしてくれないだろうか?

 

(誰かに相談することはできないか…危険性が高すぎる。よく考えたらこんなわけわかんない情報が四国中に広がったら大混乱だろう)

 

このことは保留しておこう。

 

まず炎の世界とは、元の世界を宇宙規模の結界で閉じた後に

新しい世界として作られたと考えていいみたいだ。

つまり、結界がなくなれば元の世界が姿を見せる。

それから、天沼矛が使われたのは2回。

 

「西暦の終わり300年前と、神話どおりならだいたい3000年前かな。ということは西暦の時代も何かの結界の世界だったってこと? まあ、これは今は良いか」

 

ひとくちに宇宙規模と言ってもピンからキリまであるみたいだ。

どれも人間の想像を超えているのは一緒だけど。

 

「一番旧い過去の情報って何?」

 

アプローチの仕方を変えてみよう。

確認できる一番古い情報から何が起こっているのか確認すれば…って、一番古いのは300年前なのか。

これはもう昔の情報を新しく手に入れるしかない。

方法自体は記録があるんだから、再現してみればいい。

 

「ええっと、結局これってイタコ的に誰かの魂を呼び出して、お伺いを立てるってことかな? これだと大赦の巫女みたいだけど何が違うんだろ?」

 

まあ、大赦の奥に隠されている巫女なんて、ただの中学生の私は見たことも聞いたこともないけど。

 

この方法は厳密には私の遺伝子上の記憶を遡って、過去の情報を人間に分かる形で翻訳している状態だ。

だから正しくは過去というより私を構成する情報が経験した事象ということみたい。

 

(これで、私に引き継がれてきた遺伝子情報やら分子構造がはじめの天沼矛生成の情報まで遡れなかったら、振り出しに戻るけど、まあ、その時はその時だ)

 

そういえば、なんで伝説の勇者の記憶なんて私は見れたんだろう。

大赦でも最高位の乃木家の親戚なんていないはずだけど。

遺伝子だけじゃなく分子構造の情報も手に入るみたいだし、そのことが何か関係しているのかな?

 

おかしな話だけど、情報自体に意味はない。

意味を作るのはいつだって今を生きている人間の役割だ。

与えられた情報をつなぎ合わせて理解できる形にしないと、テレビのニュース番組と同じでただ見ているだけになっちゃうんだろう。

 

私のほしいものまで遡れるだろうか?

西暦の時代の勇者はそんなに事情通じゃなさそうだし、もっと旧い時代の人、できれば3000年前の最初に天沼矛が使われた時の人の記憶が欲しいけど、まずは300年前に行けば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……痛」

 

再び激しい頭痛と幻の声が終わり、目を開くとそこはまた違う風景だった。

ただし、今度は私も変わっている。いや、厳密には私はいないから"視点"だけで宙に浮いて、VRゲームが進化したみたいな感じだ。

痛覚は余計だと思うけど。

 

半分ほどの高さになったビル。ひび割れめくれ上がったアスファルト。

どこかで火災でも起きているのか、石油ストーブのような匂いがする。

そして、大地に点き立つような光の柱がぐるぐると回り始める。

 

西暦2020年。はるか向こうには結界に包まれた四国とその前に立つ2人の少女がいる。

たぶん背の高いポニーテールのコスプレみたいな恰好をした子が乃木若葉だろう。

もう一人は誰だろう? 巫女みたいだけど、よくわからない。

 

と、いけない、いけない。今は歴史上の人物よりも天の神に集中しないと。

私の目的はこの時代で行われようとしている天沼矛の顕現を確認して、友奈救出に役立てること。他は失敗しても、そこだけは間違っちゃいけない。

 

今度は四国と反対側を見る。

光の柱の中心には巨大な円盤が浮いている。

何だから分からないけどノスタルジックな感傷を覚えてしまう。ただの円盤なのに。

けれど、今のところ矛らしいものは見当たらない。

 

突然円盤の中心から巨大な光が地上に突き刺さる。

輝きは視界を埋め尽くし、感じないはずの熱を幻覚で感じているよう。

いつの間にか乃木若葉達は結界の中に戻ったみたいだ。

 

でも、私は光を見つめ続ける。きっとここにヒントがあるはずだ。

炎の世界を生み出し、宇宙規模の結界を生み出したこの瞬間なら、必ず高天原に通じるヒントが。

 

(目、目が見えない。光が大すぎる。ううう)

 

これ以上見続けるとまずいかも知れない。

 

そう思い始めたころ、光が私を通り過ぎて代りに赤と黒が視界を覆う。

 

 

(これが……炎の世界…。さっきの光が天沼矛だったんだ。って、いけない。ボーっとしている場合じゃない。この後の天沼矛も高天原に戻るはず)

 

円盤のお化けみたいな物体の後ろに黒い点が現れる。

それは、少しずつあたりの光を飲み込むけど、中心の大きさは変わらず、光を失った空間が広がっていく。

 

(これ、吸い込まれている? まるでブラックホールみたい。あたりの炎もどんどん吸い込んでる)

 

すると突然円盤が黒い点に向かって動いていく。

 

(あの点に向かっている? もしかして、あそこから高天原にいけるの)

 

――そう、あの向こうこそが天の神のいるべき場所。でも、天の神はこの時代、この瞬間にだけ姿を見せた。――

 

スマホを開いていないはずなのに、例の声が聞こえる。

 

(それじゃ、天の神はどこ?)

 

――目の前にいる――

 

目の前って? まさか、この円盤?

 

神様っていうから人型だと思ってたけど、これじゃ神様っていうよりエイリアンの侵略だ。

 

(とにかく、高天原へ)

 

天の神へ置いて行かれないように、黒い点へと飛び込む。

 

(んなあーー!?)

 

飛び込んだと思ったら、暗い空がどこまでも続いている。

 

"視点"だけの今はなんてことないけど、実際のブラックホールだったら、今頃ぺちゃんこだっただろう。

 

どんどんと中心に向かって落ちていく。まだ円盤は向こうに見えているから、ブラックホールは閉じていないと思うけど、間に合うだろうか?

 

と思うまでもなく、天の神がどんどん大きくなっていく。

 

(そりゃ、そうか、だって見ているだけで実際に起こってるわけじゃないもんね。あ…)

 

ブラックホールに飛び込んだはずなのに、目の前が光でいっぱいになる。

さっきの天沼矛ほどじゃないけど、目が明けていられるような状態じゃない。

 

(ここは…って、風景が映った珠みたいなのがたくさん浮いてる? 

これって私が刻まれた情報と同じ?)

 

――"ワタシ"が私に情報を見せたのはここと同じ方法――

 

な、なんだってー? というのは置いておいて。

 

(ねぇ、誰かがこの場所のこと知っていたってことでしょ。だったら今更どうして…)

 

 

――知っていても、たどり着けなければ意味がない。それに高天原はまだ先――

 

 

まだ続くの? 

 

気が付くとたくさんの風景が雨や流星のように降り注ぐ不思議な宇宙だった。

"視点"だけになっている今の私は平気だけど、そのどれもが燃えている。

 

それこそ星の光に等しいような熱さだ。

触れれば体どころか魂まで焼かれてしまいそうになる。

 

――届いた――

 

 

 

聞き返す間もなく、また風景が変わっている。

今度は何もない空間だ。真っ暗じゃないけどぼんやりとした光と、黒と灰色の水平線を鏡合わせにしたような空間。

 

不意に影が差す。意識せずとも見上げてしまうその先に…それはいた。

 

(天の神。それじゃ、ここが……)

 

ここが高天原。

友奈の魂が囚われている場所。私が目指す到達点。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと、自分の部屋に戻っていた。今度は"視点"だけじゃない。

きちんと自分の体が見える。

 

(あんなところに友奈の魂だけが閉じ込められているっていうの?)

 

 

あんな何もない場所。ううん、友奈のことだから何もないより、"誰もいない"のは耐えられないだろう。

 

(助けなきゃ、何とかして…ううん、何とでもしてみせる)

 

友奈の笑顔、泣き顔、膨れっ面、起こった顔、寝ている顔、

そして、夕暮れで殴りあった時の顔。

 

「落ち着いて、落ち着いて、大丈夫、大丈夫だから…」

 

怖い夢ばかり見て泣いてばかりだった私に、友奈がおまじないのように言っていた言葉。

 

まずは、今見てきた体験を一つずつ考えてみる。

 

宇宙規模っていうのは高天原にたどり着くために、ブラックホールみたいに世界に穴を開けるような方法が必要ってことだろう。

 

距離だけじゃなくて、そもそも別の…時間や空間が地球とつながっていないような

場所なんだろう。

昔からブラックホールの特異点とその先については、学者さん達の中では議論がされてきたっていうし。

 

問題はブラックホールなんて作れないってことと、ちゃんと高天原につなげられるのかってことだけど、どっちも難しい。

正確にはブラックホール自体は存在しているけど、私がそこを通り抜けていく方法がない。

 

まずはブラックホールを見つけるか、作るかしないと。

 

見つけるのは無理だろうか? 炎の世界の記録を見てきたけど、普段はブラックホールどころか星一つない世界だった。

作るのはちょっと想像がつかない。

単純にとんでもない重さを集めるといっても地球より重いのだから。

 

考えながら、今見てきた光景と与えられた情報を思い出していく。

 

天地の神、バーテックス、勇者……どれも神様に選ばれた存在。

とてもじゃないけど、なろうとしてなれるものでもない。

 

一応、可能性だけで行くならブラックホールでも宇宙誕生でも起こらないわけじゃないけど、それこそ宇宙規模の時間が必要な確率。

 

「あ、もしかして、宇宙の始まりとか戻れる?」

 

思わず、本当に思わずスマホに聞いてしまった。当然答えは無かった。けれど…

 

「こ、これは…」

(こ、これは…)

 

さっきと同じように風景が切り替わり、"視点"だけになった感覚。

なのに、自分ではない誰かの声がする。

 

白い布と髪飾りだけのシンプルな服装の男の人とこちらもシンプルな服装の女の人。二人ともすごくきれいな人たちだ。

 

男の人は自分の背丈よりも長い槍のようなもので海をかき回している。

時々水面から姿を見せる槍には、教科書に乗っていた勾玉のようなものがくっついてる。

 

そして…

 

(高天原…ってことは、ここは宇宙誕生の瞬間だったり?)

 

でも、スマホから例の声はしない。

これはただの記録なんだから、実際にはスマホが近くにあるはずなのに。

 

さっきもだけど、高天原の記録なんてどうして見てるんだろう?

人間に縁がある記憶か何かだと思っていたけど、ここまでくると違うよね。

妄想にしても知らない情報を見れるっていうのは変だし…

 

とにかく、見えているのは確かだし、妄想にしてももうちょっと自分に都合がよいものだったり、自分が望むものになると思うんだけど、そういった特徴がほとんどない。

ただの映像の羅列が続いていく。

 

(それにしても何をかき混ぜているんだろう? 星座が多いギリシャ神話ならまだ知っているんだけど)

 

"視点"だけを移動して真上から槍――多分これが本当の天沼矛――が掻き混ぜている渦を覗いてみる。

 

(えっ、しまっ・・・)

 

"視点"だけだったはずなのに、気が付くと私は"足を滑らせて"落ちていく。

 

二人をすり抜け、槍の先を超えて、何の抵抗もなくその先にある黒い泥のような海に沈んでいく。

 

(た、助けて、息ができない)

 

ただの幻を見ていたはずなのに息苦しさを覚える。

信じられないけど、この泥は実際に私の体には触れていなくても、そこにある情報だけで押しつぶされるような重圧を私の意識にかけてくる。

 

混ざっていく。"世界"として…

 

(これ、記憶にあるだけで、こんな…)

 

搔き混ぜられているように見えているだけなのに、まるで自分がうどんのように広げられているような感じだ。

確実に私の意識は薄くなっていく。

 

暗い、昏い、真っ暗な海のような泥に私が混ざる。

それは神様よりも旧く人間よりも新しいもの。

 

ただ、ただ、沈んでいく。

 

空が揺らめく。希望に満ちた二人の顔も涙で滲んだよう。

 

けれど、そんな二人の姿もすぐに見えなくなる。

 

搔き混ぜていた槍も通り越して、私はただ沈んでいく。深く、遠く、永く。

 

 

初めに見えているものが分からなくなった。"視点"のはずなのに。

目を閉じた覚えはないから本当は見えているはずなのに、同じものばかりで分からない。

 

 

次に音がなくなった。もしかして寝っ転がってたから、何かで耳がふさがれているのだろうか?

 

 

お昼にしようとテーブルに置いたパンの匂いが分からない。

チョココロネだから、たぶん匂いはしているはずなんだけど。

 

 

独り言が出てこない。こうして考えているのに言葉にできない。

 

 

今私はどうなっているの? 

あれほど感じていた重圧感を感じない。

だいぶ前からかき混ぜていた流れも感じなくなっている。

 

 

でも、これはただの情報で、私は今も自分の部屋にいるはず? 

あれ? 私の部屋ってどんなんだっけ?

 

 

(ダメ、意思を強く持つの。私はまだ何もできていないじゃない。もう一度貴方に会いたい…友奈。話したいことがいっぱいあるの。聞きたいこともたくさん。だから…)

 

 

どれくらい時間が経ったのかも分からない。

周りはこの意識を薄くさせる泥のような海のようなものばかリ。

 

 

さっきまで感じてきた不安や孤独感が薄くなってきた気がする。

 

 

相変わらず見渡しても分からないし、聞こえているのかどうかも分からない。

口の動かし方は思い出せないままだし、匂いがしないのにも慣れてしまった。

まだ泥の中を落ちているのか分からないし、いろんなことを思い出すのがしんどい。

 

けれど、不安だけじゃなく、焦りも恐れも後悔さえもない。

ちょっと違うかな。なくなったわけじゃないけど、そういうものとして感じている。

ええっと、これは感じなくなったから?

 

そうなってくるとあたりを見まわしたり、いろんなことを考える余裕が出てくる。

と言っても、相変わらず泥の中だけど。

"視点"だけの私にあれほどの重圧をかけてくるなんて、もしかして、ホントに宇宙誕生の瞬間でも見ているのだろうか?

 

だとすればこの泥は、古典の授業か何かで出てきた混沌とか言うものだろうか?

 

 

そんなどうしようもないことばかりを考えてみる。

 

(ダメだ。ホントになんの手がかりも無さ過ぎる。もう、こうなったら時間でも数えてみよう。もうだいぶ経ったけど、まだ体感で2,3日くらいだろうし、すぐに終わるならその程度って思える)

 

暇をつぶすことはできるだろう。

 

 

 

 

……

………

…………

……………

………………

…………………

……………………

………………………

…………………………

……………………………

………………………………

…………………………………

……………………………………

………………………………………

…………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

数えられる桁数がなくなった。

 

それでも、暗闇の中をただ落ち続ける。

 

どうしよう。何も考えることがない。

私もじっとしているのは苦手だけど、考えることすらないのはつらい。

いや、考えることはいっぱいあるけど、さっきから気を抜くと気が抜けると言うか、感覚が鈍い。

ただでさえ気が付くと自分がどんな形だったかも忘れそうになるのに、このままだと本当に意識を失いそう。

たぶん、10億くらいまでは数えていたと思うけど、結局は体感時間だから当てにならない。

 

それでも、落ち続けている。

ううん、本当は上っているのかもしれない。

止まっているのかもしれない。

横に流されているのかもしれない。

 

眠い。なんだかとても眠い。いや、眠いんだろうか? そもそも眠いってどんなんだったっけ?

 

ああ、あくびも出ないくらい眠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………………

………………………………………

……………………………………

…………………………………

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……………………………

…………………………

………………………

……………………

…………………

………………

……………

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 

ぞくり、と寒気を感じる。誰かに見られてる?

 

でも、これってただの幻のはずじゃ…

 

(誰? 誰なの)

 

あたり前だけど返事なんかない。

 

スマホから聞こえていた声なんかじゃない。間違いなくここにいる。

 

でもそんなことって…ここはただの記録なのに、それじゃまるでコンピュータゲームのキャラクターがプレーヤーを見ているみたいじゃない。

今のAIはそれほど便利じゃないはずだし…

 

気のせいかもしれない。でも、この視線に見られている限り私は嫌でも自分のことを認識する。

 

また不安が目を覚ます。私は本当に幻を見ているだけなの?

 

本当におぼれていたりしない?

 

(戻り方……って、どうしたら良いの? やだ、この視線はなんか怖い)

 

この時は、ただ怖かった視線だけど、あとで考えてみると、私を見つめる視線のおかげで私は意識を取り戻したのかもしれない。

でも、視線は私が探していた友奈のそれとは似ても似つかなかった。

 

(でも、これは友奈と同じくらい旧いころから知っている気がする。あなたは誰?)

 

当然。返事なんてあるわけがない。

 

(ちょっと、いるんでしょ。答えなよ)

 

気が付くと、口を動かしていた。

 

独り言が耳を打つ。

 

どこかで甘いにおいを感じる。

 

匂いのせいなのか、口を動かすたびに感じないはずの泥の味がする。

 

目を開けば私がここにいることで波紋が広がり泥の海を動かしているのが分かる。

 

手を動かせば波紋は大きくなり、足を動かせば波紋は広がる。

 

それでも、落ちていく。沈んでいく。上ではなく下に。

 

 

(私は…私は――)

 

 

終われない。まだ終われない。

 

(私は絶対に諦めない!)

 

 

ようやく、というか終にと言うか、私は自分がどこにいるのか分かった。

 

これは幻でも夢でも現実でもない。

 

これは、これは…

 

(渾沌…そうなんだ。やっぱりこれは私の私たちの記憶なんだ。そしてここは今もある。ここなら…本当に宇宙規模)

 

天沼矛で天地が創造されるよりも前の記憶。天の神、いえ、そのご先祖様になる神様たちが

私達を作り出した元の元。

生まれる前の宇宙。そしていつか帰る(とき)

 

これは、これなら、宇宙規模の力に近づけないだろうか?

 

そのままじゃ無理でも、宇宙だって元はこれを材料にしているんだし。

 

(ようやく、やっと、手がかりを見つけたよ)

 

 

 

――誰かが間違ってると言った気がした。――

 

 

 

けれど、また私はその声を無視する。もし、誰かにそんなものに人が触れるべきではないと言われても鼻で笑っていたんだと思う。

 

そして、自分がそうできることにも疑問を持たない。

友奈がピンチだと言う事実が、都合よく私の優先順位を書き換える。

あたり前をあたり前と思わず、異常を異常と感じないままに。

 

 



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Encounter battle

あれから1ヵ月が経った。夏休みも終わり新学期が始まっている。

 

(早く戻してあげないと、ひとりぼっちであんな世界は寂しいもんね。

大丈夫、今の私ならできるから)

 

あの後、何度も渾沌の底に潜っては戻り、戻っては潜りながら、いろいろなことを調べたり試したりした。

 

スマホの声の正体は、この時点からの私が過去に向けて出していたメッセージってのが今の仮の結論だ。

試しに喋り方を変えてみたら、見事に記憶のほうも改竄されていた。

 

(なんか、スマホにメッセージ吹き込んだら、自分の記憶が改竄されるとか

気味が悪い。変化前と変化後の両方の記憶が残るから余計に不気味だ)

 

別にスマホでなくても良かったんだろうけど、中学生が個人で持てるものでは一番記録量が多い。

たぶん前の私もそんな感じだったんだと思う。

 

そして、やっぱり見れなかったものもある。

 

例えば、友奈が戦っている姿とかは見れなかった。

 

他にもところどころ欠けているものも多い。

 

理由は簡単で、やっぱり情報は私と私の元になったものしか分からない。

 

例えば、私が朝食べたパンがどこで作られた小麦かとか、畑を作っていた人は誰か、ってことは分かるけど。

 

友奈と東郷さんが友達になった瞬間を見るためには、その場所に行くか、そこにあった誇りとか粒子が運ばれてこないとダメみたい。

 

今、友奈がどうしているのか知りたくても、その瞬間にその場所にいないと分からない。

 

将来的には空気とかも拡散するから分かるようになるだろうけど、何かが起こる前に先手を取ることは難しい。

 

優れていても知識は知識でしかない。

頼っていて勝手な言い分だけど、実際に動かないとできないこともある。

 

だから、私は誰かの記録でじゃなくて私の記憶としするために、今ここにいる。

 

「これが…炎の世界」

 

もちろん人間がこんなところにいたら火傷じゃすまない。

だけど、宇宙誕生から数瞬しか経っていない高エネルギー粒子の集まりになってしまえば、逆に炎を焼き尽くすことだってできる。

燃えるものをすべてを、ただの粒子の集まりにして吸収してしまえばいい。

 

私が自由に変換できるものもいろいろ分かってきた。

 

電気の力になる電子、電子とともに物質の中心となる陽子、慣性質量を発生させるヒッグス。

ほとんどの物質との干渉を拒絶するダークエネルギー。

宇宙にあるすべての4つの力に干渉するゲージ場とその粒子。

 

そして、私の奇妙な迷子の原因にだったインフラトン。

昔の人が書いたインフレーション宇宙論で登場する現象。

その本質は宇宙の相転移前に満ちていた莫大なエネルギーを持つ真空。

偽とはいえ真空として宇宙全体のエネルギーを安定状態にしていたのだから、十分宇宙規模だろう。

 

(もし、本当に私の迷子の原因がインフラトンなら、最初から宇宙規模の

力は身近にあったってことなんだけど、そんな力どこにあるんだろう?)

 

安全を考えるなら、インフラトン変換の原因も知りたかったけど、友奈には時間がそんなに残っていない気がする。

 

意識不明のまま数十年眠っていた例もあるらしいけど、ほとんどの場合はそんなに永くない。

 

だから、私は危険を承知で炎の世界を調べに来た。

記録ではなく現実でこの光景は初めてだけど、やっぱりまともじゃない。

 

それでも、この光景でさえも、天沼矛の本当の宇宙創造を見た後なら納得できてしまう。

 

繰り返し見ていたイザナギとイザナミの姿を思い出す。

推測の域は出ないけど、いろんな神話で出てくる世界の創造や神様の交代は、真空の相転移を軸にすれば説明はできるんじゃないだろうか?

 

(だったら、この炎の世界も天沼矛に匹敵する力で崩壊させることができるはず。

いいえ、やってみせるよ)

 

真空の相転移で言うところのポテンシャルエネルギーの障壁。

それさえ突破できれば、元の世界が見えるじゃないかと推論を立ててみる。

もちろん合っているとは限らないけど、どこか確信めいたものを感じる。

 

「さてと、それじゃ始めますか。インフラトン変換、さあ、跳ぶよお」

 

瞬間すべてが暗転する。光も、音も、無限も、熱だって引き離す。

今の宇宙で私に追い付けるものは何もない。今なら時間だって歪むだろう。

早く、もっと速く、ずっと彼方まで。

 

「これなら…どうだ!」

 

プランク時間単位で自分の構成を次々に変化させる。

どの構成が引っかかるのか、それともどれも引っかからないのか。

 

不思議なのはこれで意識が保たれていることだ。

もしかすると、実際には変換のたびに死んで、生まれているのかもしれないけど。

 

思考だけじゃなく何かに体が引っ張られる感覚。

 

見かけだけなら、ブラックホールの脱出速度さえ超えている今なら無視することもできるけど、この感覚は覚えがある。

 

何かが強く抵抗して、さっきまでの引っ張る力が私を引き留めようとする。

極端に力が抜けていくような感覚。

あと少しで手が届きそうなのに、こんなんところで立ち止まってなんかいられない。

 

「まだだ、もっと、もっと、もっと」

 

抵抗はより激しくなり、何もないはずのところに近づけない。

ヒッグス粒子間の抵抗値を増加させて質量をさらに増やしていく。

 

「こぉんのォォ、いい加減、隠れるなああ―!」

 

抵抗は次第に熱を持ち、熱さは燃えるもの自体を消し飛ばしていく。

すでに周りは炎の世界ではなくなり、光だけが広がっていく。

 

「…届いた」

 

始まりは熱くても、終わりはあっけなかった。

 

そこはいつかみた記憶の雨が炎になって降る不思議な場所。

でも、今日は記憶は降ってこなかった。

 

「って、私の体が浮いてるー! って、あれ? 私の魂のほうが浮いてるの?」

 

記憶で見たときは友奈は魂のほうに意識があったけど、私は逆になってるみたいだ。

 

(ええー、魂のほうが意識がなくて、体のほうに意識がある? そんなことってあり得るの?)

 

私が戸惑っていると私の魂?が目を開く。

 

「ええー、私の体が勝手に動いてるー」

 

魂のほうも驚いている。ついでにお互いのことが頭に流れ込んでくる。

と言っても、ここに来るまでは同じだったんだから違いはないようなものだけど。

 

誰かこの状態説明してくれないかな。スマホさーん。

 

ディスプレイには何も映っていない。

 

「というか圏外ってなにさ。いや、そうなんだろうけど…とにかくここまで来たんだ。今更手ぶらで帰れないよ」

 

「そうだね。あっちから少し違う風を感じる。行ってみよう」

 

自分の魂と会話しながら手を取り合って移動するという奇妙な状態で、

私達(と言えるのか?)はその場所にたどり着く。

 

「眩しい。ちょっと魂ちゃん、ちゃんといるの?」

「私はここにいるよー。体ちゃんこそちゃんといるの?」

 

 

お互いの姿はちゃんとみえているのに、に確認するものの、しょせんは魂と体。

手を取り合っても本当に手をつなげるわけじゃない。

 

何とか声を掛け合いながら光の中を進む。

 

「あれ? 何これ進めない?」

「えっ、どうしたの体ちゃん。どこにいるの?」

 

先のほうから魂ちゃんの声だけが聞こえる。

 

「ごめん、やっぱりその先は魂しか通れないみたい」

 

その可能性については考えてはいたけど、やっぱり、この先はあの世みたいなもの何だろう。

 

この世とあの世の中間にあるここは、黄泉の坂か三途の川みたいなところだったり?

坂にも川にも見えないけど。

 

私たちは何とか体のほうも通り抜けられないかいろいろ試してみた。

インフラトン変換からさらに進めて、何もかもが一つだった時代。

幻のような時間にあったものまで呼び起こす。

 

「…ダメみたい」

「…そっか。それじゃ」

「うん、後は任せた」

「任された。友奈はきっちり見つけてくる」

 

魂が消えていく。よく考えてみればおかしな状態だ。

魂が無くても動いている私は一体何なのか?

 

最初はあれだけおしゃべりだった"ワタシ"を名乗っていた記憶達も、ここに来てから何も言わなくなった。

 

言う必要がなくなったのか、言えることがないのか、それとも何も言えなくなったのか。多分2週間くらいは音信不通だ。

 

(もしかすると、もう2度と出てこないかもしれないな)

 

風がふく。湯気がないのが不思議なくらいの熱い風。

 

(風? そう言えば魂ちゃんもそんなこと言っていたけど、こんなところで?)

 

それは突然やってきた。煌々輝く星の光のような炎がまっすぐに飛んでくる。

 

「うわわ、何だ」

 

慌てて避ける。

 

今の私はインフレーションに乗っかって速度をだせる。

光にだって負けない速さだ。どんな力からも引き離して見せる。

 

「この世の法を無視してるのはお前たちだけじゃない」

 

私の声に答えたわけじゃないだろうけど、異形の怪物達が姿を見せる。

炎の世界にうろうろしていた白いお化けたちとは違う。

怪獣映画のような巨体。

 

友奈たちが戦っていたバーテックスと呼ばれる化け物たちだ。

 

(こいつらどうやって? あれか!)

 

現れた怪物たちの中でも、一際大きな仏像の日輪のようなものを背負った巨大なバーテックス。

その背後の空間が赤く染まって、つぎつぎに白いお化け…星屑達がやってくる。

 

(あれで召喚していると思っていたけど、他の大型バーテックスを通せるってことは

移動手段にも使えるの?)

 

その炎の門の向こうから星屑だけじゃなく、いろいろな姿の化け物が姿を見せる。

 

炎の塊に続けて、水鉄砲や爆弾、雷まで殺到する。

 

「は、お、と、この好き勝手撃って…」

 

時にニュートリノやダークエネルギーに変動してすり抜け、時にインフラトンに乗って飛びのく。

 

そうして、しばらく飛び道具を避けていると、今度は地面の下からも出てきたヒレ付きが黒い煙のようなものが吹き出す。

 

(毒ガス? そんなものこうしてやる)

 

現れた毒ガスに向かって空気を電離させたプラズマを放り込む。

 

友奈を連れて帰るときに空気がないと不安だったけど、不思議と空気はあるみたいだ。

 

瞬間、光が音を消し去った。閃光と爆発があふれて私を揺さぶる。

 

毒ガスだと思っていたのはただのガスじゃなく、引火するなにかだったようで、あたり中が火の海になっても、まだ新しい爆発が連鎖的に続いていく。

爆風に吹き飛ばされ、地面の上を水切りのように跳ねながら、ようやく壁にぶつかって止まる。

 

「があふっっ」

 

息が詰まる。こんなことならずっと電子か陽子でいたらよかった。

インフラトンは寿命が秒単位も存在しないから、解除した瞬間は避けきれない。

 

でも、それは終わりじゃなかった。

 

(え? 壁が前からも、この)

 

慌てて飛びのくと、壁だと思っていたのはバーテックスの体の一部だった。

そして、壁使いは別のバーテックスが口から飛ばした針を反射して、打ち込んできた。

 

跳ね飛ばされた衝撃でふらふらする。この状態じゃまっすぐよけられない。

インフラトンは光さえも超える速度で広がるけど、それは目を閉じたまま自動車を運転するようなものだ。

 

周りに何もないときか、方向が決まっているときじゃないと、あっという間にどこかに衝突してしまう。

電気や磁石の力で小回りがきく電子や陽子のほうが普段は動きやすい。

それでも避けられないなら…

 

「そんな…ものでぇぇー」

 

針の雨が私の体に降り注ぐ。けれどそれは私の体に触れても力なく落ちていく。

 

慣性質量の無効化と重力加速度の無効化。

周囲の"重さ"自体に干渉する。

 

加速も質量も無ければ、どれほど鋭い牙も電子間の反発力を超えられない。

ただ表面に触れるだけだ。

 

まっすぐにこっちに突っ込んできた毒針のついた長い尾もサッカー選手のヘディングのように額で打ち返す。

 

ふらつきが収まってきたので、もう一度飛び立つ。

 

(いくらなんでもよってたかって、こいつら!)

 

「そっちがその気ならまとめて相手になるよ」

 

今度は慣性質量と重力加速度を無限大まで引き上げる。

 

体が悲鳴を上げる。

 

「けど、このまま…チェストォぉぉーー」

 

最も大きな個体。日輪のバーテックスへ目掛けて墜落する。

多分これがしし座の名を持つ個体。あらゆる文明の力が及ばないネメアの大獅子。

 

音自体も消えたような衝撃が広がり、文明では及ばない力が大小問わずにバーテックス達を吹き飛ばす。

 

発生した特異点に向かって、わずかに浮いていた物質が断末魔のように、光放ちながら引き寄せられる。

 

無理やり慣性系を変更した質量は星座を引き裂き、発生したバーストと銀河系を上回る大きさのブラックホールがすべてを飲み込んでいく。

 

バーテックスが星座の名前を持っていると知った時から考えていた。

星座自体を壊せるほどの質量なら通じるんじゃないかって。

 

「ぜぇ、ぜぇ、これで、ダメなら…」

 

次は銀河フィラメントの全質量と運動エネルギーをぶつけて、それでもダメなら、

ビッグバンそのものをぶつけてやる。

 

光が晴れるとそこには何もない。ただ暗闇の底があいたようなブラックホールが一つあるだけ。

 

「よしっ。さすがにブラックホールに飲み込まれたら耐えられなかったか。よかったー」

 

ガッツポーズを決めて立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、私は太陽に焼かれた。

 

「あああ、あつぅ、くぁあああ」

 

(なんで? どうして? どこから?)

 

何とかその場を飛びのき、熱を振り切る。

それでも、頭半分と左肩から下が無くなってる。

人間のままだったら即死どころじゃすまなったと思う。

急いで自分の質量を増やして、電子や陽子組み合わせて腕と頭を元に戻す。

 

「ハア、ハア、なんで、確かに倒したのに…」

 

光輪が3つ見える。光輪だけじゃない。

毒ガスを吐いてきた地面に潜っていたやつも、爆弾を投げてきたやつも、針をとばしてきたやつも、ええい、数えるのも面倒だ。

 

とにかく、見渡す限りに大きな方のバーテックス達があふれている。

 

でも、こいつらはここで倒し切らないと、友奈を見つけてもこんな奴らがいたら帰れない。

 

息を整えてもう一度睨み返す。一番大きな光輪を背負っている奴らは、今も炎を育てている。

 

 

これはもう、こっちも最大の力で仕掛けるしかない。

 

もう一度インフラトン変換を行う。

でも今度はそのまま寿命を観測効果で無理やり引き延ばす。

 

アキレウスは亀に追いつけず、放たれた矢は届かず、話された言葉は聞こえない。

 

何とか1、2秒くらいは保つはず。

そして、一本だけ髪の毛を引き抜く。結構痛い。物理的にじゃなくて女子的に。

 

 

「何でもかんでも自分たちの思う通りに進むと思うなよ!! そんな勝手な理屈、世界ごと焼き尽くす」

 

 

 

――誰かが間違ってると言った気がした。――

 

 

 

引き抜いた髪の毛を重力加速でバーテックス目掛けて打ち出す。

 

文字通りを光のような速さでそれはバーテックス達に迫る。

けど、本当に危険なのはこの後。

 

今回は普通の粒子ではなく最初から光になる。希望とかじゃなく本当の光。

ただの力そのもの。

多分これが一番影響が少ないはず。

 

そして、私の髪の毛はちょうど私とバーテックス達の中間くらいで、真空崩壊を始める。

 

まともな場所でやったら本当に宇宙全体が崩落するような一投。

宇宙自体の”壁”を突き抜けて、そのポテンシャルエネルギーを開放する。

 

投げつけた髪の毛が消えて、変わりに原初の記憶に見た泥が姿を見せる。

でも、見えているだけで、この世界にあてはめられないもの。

その見える形として、私が認識しているだけに過ぎない。

 

泥は海となり、指数関数的な速さで広がる。

触れたものをすべてを、遥かな昔、宇宙が作られた時に、最初の光へと還していく。

 

「これは、さすがに…きつい。くぅ」

 

すべてが光に包まれ、バーテックスだけじゃなく私も光に還されていく。

対応策として光よりも旧い時代への変換も用意していたけど、これじゃ、そんな隙間なんてどこにもない。

ここが元の世界から隔離された場所でなかったら、

四国も無事じゃすまなかったかもしれない。

 

すべてを光に還すはずの原初の泥さえも、灰すら残さず燃え尽きる。

いや、もうこれは燃えるなんて状態じゃない。

すべての物質が光に崩壊しても、バーテックスはまだ動こうとしている。

ブラックホールみたいに本当に場所ごと壊されない限り、平気みたいだ。

 

でも、真空崩壊はここからが本番。

文字通り宇宙自体が壊れて、本当にすべての決まりがひっくり返る。

もし、神様と戦うなきゃいけなくなったら、これしかないと思って用意していたけど、

まさか天の神が作っただけのバーテックス相手に使うなんて。

しかも、ぶっつけ本番の一発勝負だ。

 

バーテックス達の体が裏返り、真空が泡立つように目まぐるしく変化する。

もう渾沌さえもどこにも存在しない。

 

ブラックホールをも上回る本当の特異点。宇宙全体が沸騰し揺らぐ。

触腕や尻尾をもったバーテックス達から崩壊が始まる。

たぶん体積が大きい方が情報の散逸が早いのかもしれない。

もっとも他のバーテックスや私の消滅との誤差は一瞬にも満たない時間だったけど。

 

 

すべてが収まったときには何も残っていなかった。もちろん私も。

光さえも完全に消え去った静寂の世界。

もしかすると、宇宙が生まれる前はこんな世界があったのかもしれない。

あるいは世界が終わるときの姿なのか。

 

私が人の姿に戻るときに放出された光があたりを満たす。

人一人の構成物質でも真空崩壊直後の高エネルギー粒子から人体に戻る際には太陽に匹敵するような光を出す。

 

「さすがに、これは使えないよね。バーテックスは勇者以外倒せないってのは本当にそう思うよ」

 

バーテックスと一緒に宇宙が無くなったりしたら、バーテックスを倒したんじゃなくて舞台そのものをひっくり返すようなものだ。

 

それとも、対戦ゲームで負けそうになったからって、ゲーム機の電源を切ったり、サーバをハッキングしてデータを改竄するようなものだろうか?

 

「うわっ、何これ? 全部なくなってる」

 

どうやら魂ちゃんが戻ってきたみたいだ。

けど、友奈の魂は見当たらない。

 

「お帰り、友奈は?」

「それがいなかったんだよね。空っぽ。誰もいなかったんだよ。代わりにでっかい鏡が浮いていた。あれが天の神…なんだよね」

 

どうやら、友奈は入れ違いで別の場所にいるみたいだ。

 

「一度四国に戻ろ。私達も分離したままってのは落ち着かない」

「そうだね。でも友奈はどこへ行ったんだろう?」

 

 

ずっと後になってから、友奈は東郷さんの呼びかけで目を覚ましたと知った。

 

でも、この時の私は、友奈が奇跡的に回復するなんてことを全く想像できなかった。

きっと、信じられなかったんだと思う。

 

もし、この時友奈の様子を見に行っていれば私の話は終わり。

あとは普通に生きて、どこかで結婚したり、子供を生んだりしていたんだと思う。

 

けれど、私は友奈が目を覚ましたという事実に気が付かない。

気が付かないまま進み続けいたんだ。

 

そして、この世界にとっては絶対に変えられない運命が降り積もっていく。

 

 




戦闘描写に限らず、動きの描写って、イメージ通りにはできないですね。
練習あるのみかしら?


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そして、永遠への旅が始まる

――勇者は旅を続けます。魔王をやっつけるために――

 

 

 

みんなが力を貸してくれます。

 

 

 

 

一緒に戦うと言ってくれたヒトがいました。

 

 

 

 

少ない食べ物を分けてくれた人がいました。

 

 

 

 

 

とうとう、勇者は魔王のいる城に到着です。

 

 

 

 

 

「さあ、魔王。もう嫌がらせは止めるんだ」

 

 

 

 

 

いざ、魔王と対決! 勢い勇む勇者ですが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友奈は今どうしているのか。一時的に高天原にいたことは間違いない。

高天原以外に連れていかれたのならどこだろう? あの世とか?

やめよう。縁起でもない。

 

一度友奈の様子を見ておこうか?

 

 

これもやめよう。

 

多分、次に打ちのめされたら私は…ボクは立ち上がれないような気がする。

それでも、なんて言いながら立ち上がれるほど、友奈ほど強くはなれない。

 

とにかく、私の魂と肉体は一つに戻れた。

なら、友奈の魂だって見つければ元に戻す方法はあるはずだ。

 

このメカニズムが分かれば、友奈の魂を肉体に戻すこともできないだろうか?

 

あれから、いろんな素粒子に変化しながら、宇宙中を駆け回ったけど、友奈の魂について手がかりは得られなかった。

 

そもそも、宇宙のほとんどは炎の世界に書き換えられていた。

無理やり結界を突破しても廃墟の地球と何もない宇宙が広がっていただけだった。

 

不思議なことに、結界の一部を壊してすり抜けても、バーテックスは私を攻撃しなかった。

ただの人間なんて取るに足らないってことなんだろう。

 

いいよ。そのまま空の上でふんぞり返っていればいい。

別に友奈さえ助けられれば後のことは大赦にでも任せれば良い。

 

子供の…それも素人の私が何かするより、ずっと良い方法を考えてくれるはずだ。

今は、行き詰って満開なんて手段を撮ったみたいだけど、

私が手に入れた方法を提供できれば、きっと何か考えてくれる。

 

だから私がやるべきことは、友奈を取り戻す方法だ。

 

ここまで来たら次の手だ。

 

 

――時間移動――

 

 

そもそも、友奈が辛い目に会うこと自体が間違っているのだから、そんなことが起きないようにすれば良い。

 

 

本来なら荒唐無稽な妄想だけど。

 

どこぞのえらい学者が言うには本来時間は対称性があるから未来に移動するなら、過去にも移動できる…らしい。

 

つまり時間にも方向…ベクトルがあるのだから、逆方向のベクトルを持てば時間を遡ることもできる。

 

ただし、それも計算上だったり、原子とかよりも小さいレベルの話なので、人間には関係ない…はずだった。

 

けれど、どうやら私はもう人間じゃなくなってるみたいだ。

 

無我夢中だったから気が付かなかったけど、高天原でレオに吹き飛ばされた時、無理やり空間の"場"を励起させて、素粒子レベルから復帰できた。

できて…しまった。

 

生身では無理でも、人でないならできることもあるかもしれない。

なんか、都合が良すぎる気もするが、便利なのでこのまま使っていこう。

友奈を助けるのに有用なら、ご都合主義に参加したって構わない。

 

(だからさあ、手っ取り早くタキオンとかいうのになれないかな…)

 

まずは超光速、これはインフラトン変換で見かけ上は可能できているけど、あくまで時間の流れは一方向って感じだ。いったん保留っと。

 

次はブラックホールはどうかな。

 

(とりあえずブラックホールを事象地平面がシュバルツシュルト半径を超えるまで回転させて、電荷も与えたほうが良いかな。

電気でアプローチもできるかもしれないし)

 

もしかすると、結界を超えられれば適切なブラックホールがないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、そんな都合の良いブラックホールはないかぁ。いいですとも、私が作って見せましょう」

 

漂うバーテックスに話しかけてみるくらいには疲れている。

 

場所は地球から10パーセクほど離れたところで始めることにした。

育成ゲームみたいに楽しければ良いんだけど、これが面白くない。

やっぱり見た目が…なんかね。

とりあえず、あと3時間ほどで電荷を帯びて回転を始めると思う。

 

(やっぱり天体規模の災厄は大変だ。これだけやっても20年程度で蒸発しちゃうなんて)

 

問題は狙った時間に移動できるかだけど、実のところ過去方向に行けさえすれば後はそれほど気にしていない。

最悪でも130億年程素粒子になって漂っていれば、現在に戻ってこれるはず。

 

注意が必要なのは未来方向に飛んでしまうことだけど、ブラックホール外周で中性子を回転運動させて、降着円盤の物質を特異点の内側に取り込んでやればいい。

その結果を見ること自体は可能だと思う。

 

初めて天沼矛が使われた時代。

渾沌の中に取り込まれそうになったときは、10億年単位のオーダーで、数えて、数えて、とうとう数えきれなくなった。

たった、その5、6倍待てばいいだけだ。

 

ブラックホールの基本は質量と密度。大雑把に言えば泥でも金属でも集まりさえすればいい。

問題はその質量をどうやって集めるか?

 

答えは一つしかない。集めるのではなく本当に"作ればいい"。

宇宙空間そのものを励起して、真空のエネルギーを無理やり上げていく。

 

これは相転移と逆の現象。"固めている"状態になる。

 

私がレオに吹き飛ばされた後に再生できたのもこれのおかげだ。

 

「まずは1つっと、あと70個くらいはほしいかなあ」

 

あとは、物質が集まりだしたら、少し重力が強くなるレベルで

大きさを縮めて集めていく。

 

素粒子の変換の次に目を付けた方法。

 

いろんな力の数値を変更する。

パラメータとかステータスとかっていう変数を増やしても宇宙自体の限界がくる。

 

それなら、変数ではなく定数のほうを変更してやればいい。

定数を2倍強くすれば乗数的に強くなる。

 

今回も一定空間の重力定数を2000くらいに引き上げてやれば、

ブラックホールの作成も不可能じゃない。

必要無くなれば定数を元の値に戻してやれば良い。

 

大体1つのブラックホールを作成するのに2、3時間くらいかな。

 

その間に他の時間移動手段も調べてみる。

光の速度は超えても未来方向にしか移動できない。

 

もちろん特殊な状況だったら過去方向にずれることもできるみたいだけど、

きちんと確立した理論はなかった。

 

素粒子よりも小さい宇宙ひもっていうものの、周囲を移動する方法があるけど、

結局重力がよくわからないからできるかもって方法なんだよね。

だったら、最初からブラックホールを準備したほうが分かりやすい。

 

定数変化によって大幅に時間短縮できてこその抜け道だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラックホールが完成する。

 

 

回転速度の計算上からもホーキング放射の状態からも電荷と回転は予定の値を超えている。

 

後は私の気持ちだけ。

 

複数の素粒子に変換しながら、それぞれの素粒子に私にとって大事な情報を1つずつ持たせる。

こうしておけば、一番懸念している情報…記憶の消失についても、できる限りの対策はしたつもりだ。

 

一回だけ、自分の頬を両手でパンと叩く。

 

「突入!!」

 

以前の時は過去の記録でのことだったけど、

今度は正真正銘、現実のブラックホールに落ちていく。

私から変換した素粒子ばバラバラになっていく。

記憶の結合が解けていく。

 

 

 

――何も言わずに引っ越した時。友奈と一生会えなくなると思ったら…――

 

――すごく後悔した。――

 

 

――友奈とケンカして口も聞かなくなった時。きっと、この時――

 

 

――家を出た時の記憶――

 

――両親は神樹様の名前が着く小学校に行ってほしかった。けど、私は――

 

 

――ただ、無情に雨に煙る外を眺めていた時――

――なにも感じていなかった日々。友奈が私を見るまでそこには何もなかった――

 

 

1つずつ、少しずつ、ちょっとずつ、私の思い出は削れていく。

分解され、崩壊され、最小化されていく。

 

 

こうやって、意識保てているのはエンタングルメントのおかげだろうか?

 

 

最悪、死んでも良いと思っていたのかもしれない。

 

もう2度と友奈と会えなくなるのは嫌だったのに、その2度とが起こってしまった時からこうなることを望んでいたような気がする。

 

 

それでも、私はここにいる。

 

 

死んでも良いけど、死にたいわけじゃない。

 

私ができることがあるから…

私がそうなりたいと思うから…

私がそうしたいと願うなら…

 

 

「私は…私は絶対にあきらめない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬か、永遠か、とても長い時間が経った気がする。

 

高天原の先、かつて記録で見た渾沌の海。

 

 

再結合…完了。

 

ホーキング放射…終了。

 

エルゴ領域…終了。

 

 

(始まる…普通なら宇宙よりも長い時間が必要なブラックホールの蒸発)

 

それはあっけないほど一瞬で終わっていた。

 

エントロピーの限界を超えたブラックホールがその力を失い、大量の粒子となって宇宙に散っていく。

 

このまま放っておくと私が変換した粒子も散り散りに飛び去ってしまう。

その前に再構成を済ませないと。

 

できるタイミングは一瞬。

 

ブラックホールが蒸発して特異点の消滅と同時に、時間の流れが通常に戻る。

その瞬間だけはブラックホールの力でバラバラにされない…たぶん。

すごく微妙な力と時間のタイミング。

 

何も起こらないくらいの短い時間。

思考どころか意味すら起こらない瞬間。

最初の相転移が起こるよりも短い瞬間。何も起こらないはずの時。

 

(これで…3度目の正直)

 

「通れぇぇええー」

 

実際には声なんて存在していないはずだけど、自分の声を聞いた気がした。

 

光が闇に変わり、静寂が鼓膜を震わせる。

 

「ここは…宇宙。そうだ今は? って、しまったー。今がいつか測る方法考えてなかったー」

 

とりあえず背景放射から計算して…ってダメじゃん。

人の一生分じゃ誤差にもならないよ。

 

時間を移動すれば何とかなるのでは? 

と考えていたけど、そもそも自分がいる時間が分からない。

 

「とりあえず地球を目指そう。何回かインフラトンになって飛び続ければ、きっとすぐに四国にたどり着けるはず」

 

 

 

その時の私は過去を変えることで悲劇は変えられると思っていた。

けれど、その影響で何が起こるかを本当の意味で分かっていなかったんだ。

 

だから、この時の私は気が付かない。過去を変えた先に何があるのか。

そして、現実が真実よりも優しいことがあるのだと思い知らされる。

現実が厳しいほうがよっぽど幸せだったってことに気づくことになる。

 

 

それでも、すべてを知っていたとしても、きっとこの道を選択したと思う。

それも間違えなく本当のことだ。

 



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確かにそこにあった幸福

魔王は勇者を見るなり怯えて玉座の後ろに隠れてしまいました。

 

 

 

魔王は言いました。食べ物ならいっぱいあげるから殺さないで、と

 

 

 

勇者はびっくりしました。

 

 

 

魔王は勇者をお城の中庭に連れて行きました。

 

 

 

 

そこにはたくさんの苗が植えられていました。もう食べられる野菜もあります。

 

 

 

 

私が生きているだけでみんなが不幸になる。

 

 

 

 

でも、死のうと思っても、怖くて死ねなくて。

 

 

 

 

だから、せめてみんながお腹が減らないように畑を作ってみようって思ったの。

 

 

 

 

 

でも、私は魔王だから食べることも眠ることもないの。

 

 

 

 

 

 

せっかく育ててもみんながおいしいって言ってくれるかどうかも分からないの。

 

 

 

 

 

 

「だったら、一緒にやろう」

 

 

 

 

 

それから、勇者は魔王と一緒に畑を耕して、野菜を育てます。

 

 

 

 

魔王はとても嬉しそうでした。

 

 

 

 

 

それもそのはず、魔王は誰かと楽しく畑仕事なんてしたことがなかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張った甲斐があってとうとう、たくさんの野菜や果物ができました。

 

 

 

 

 

勇者も魔王も大喜びです。思わず手を取り合って踊ってしまいます。

 

 

 

 

 

そして、勇者はみんなにも食べてもらおうと提案します。

 

 

 

 

 

魔王はもっと大喜びです。そうすれば、きっと誰も困らなくていいね、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、137億年の月日が流れた…」

「沙耶、トワイライトしてないで、ちゃんと持って」

「うたのん、沙耶ちゃん、お、重いよー。はやくしてー」

 

今の私は勇者白鳥歌野と巫女藤森水都の小間使い。

 

松永沙耶は小間使いである…なんて予定はない!

 

過去に戻る。その超常の奇跡をフル活用して、私はバーテックスが歴史上に姿を見せた2015年7月30日を繰り返した。

 

初めの何回かは7月30日を起点に数日ずつ過去に戻りながら、天の神が姿が見せる時期を探り、バーテックスを逆に襲撃してみた。

けれど、どの日付で攻撃してみても結果は思う通りにはならなかった。

 

7月30日ちょうどでないと、天の神は姿を見せない。

その瞬間だけはバーテックスをこちらに送り込むためなのか高天原を捕捉しやすい。

他の時期だと世界の壁を突破しても高天原の位置がつかめないことがあった。

 

宇宙規模の災害となった今の私にとって、初期バーテックスは敵じゃないけど、攻め込んでいる間に世界のほうが全滅してしまうこともあった。

 

酷いときには、天の神を攻撃すると、何故かバーテックスが強化されてより強い個体が顕れた。

これは大きな誤算だった。

 

ある日突然襲来したバーテックスは数日で世界の主要都市に致命的な打撃を与えている。

 

そんな中で効果的な対策も、組織的な反抗もほとんどできないことが多かった。

逆に不思議なのは日本政府…いや、大社の準備が良すぎる点だ。

政府に掛け合っていたのか、住民の避難や政府機構の移動が他の国に比べてスムーズ過ぎる。

まるでバーテックスの襲来時期を知っていたかのように。

 

私が高天原に攻め込む方にも問題はいくつかあった。

まず、高天原自体がもう一つの宇宙と言えるほど広大な空間で、仮にたどり着けても天の神をすぐに発見できない。

 

それに休みなく攻撃されると、攻めるのも探すのも時間がかかりすぎる。

 

それとは別に、バーテックスの襲来以外にも、いくつか見過ごせないこともあった。

それが元で迷ったり、ためらったりして、バーテックスとの戦いが始まったときに、

実際の歴史よりも不利な条件になってしまったこともあった。

 

そんなことは分かっていたけど、せっかく過去に戻れたのならできるだけ良い方向に持っていきたい。

 

(友奈のことを忘れたわけじゃないけど、目の前の人たちも助けたい。

悲しい運命なんて終わらせて見せる。時間さえ超えた私なら)

 

それにしても肥料ってなんでこんなに重いのかな?

実際の歴史だと歌野と水都だけで、こんな重いもの運んでいたんだろうか?

 

「そろそろ、エントランスだからスロウ、スロウで進むわよ」

 

歌野の声に合わせて、少しスピードを落としながら、倉庫の入口をくぐる。

肥料を運んできたのは片づけるためだ。放っておくと日差しや動物でダメになってしまう。

 

何とか肥料を運び終えると歌野が倉庫に鍵をかける。

 

「二人ともベリーサンクス。でも、沙耶も肥料の大量生産はリトルシンキングが必要ね」

「う、わ、分かった」

「あと、あんまりたくさんロボットがお仕事してるのもちょっと…農家の人とか怖がって、余計に畑に出たくないって言ってるし」

「ぐ、まさか歌野だけでなく、水都にまで突っ込みを受けるなんて、でも確かにちょっと考えるよ」

 

今回、私は方針を変えて、各地上の拠点の地力を底上げするように動いている。

 

素粒子変換の副産物として、私は他の素粒子と同じように非局所性の存在になっている。

つまり、ここにもいるけど、あそこにもいることができる。

その気になれば全宇宙に私を存在させながら、意識を共有することだってできる。

 

最大でどのくらいの"私"が同時に動けるのか分からないけど、次の回があれば全宇宙に"私"を配備して、

 

―たぶん素粒子の場の数だけ用意できる―

 

バーテックス以上の数をそろえてみるつもりだ。

 

戦いは数だよ。

 

だったんだけど…

 

「そうね。みんな、ロボットが自分たちの畑で農作業していたらネガティブなサプライズね」

 

気力を失くした諏訪の人たちの代りに食料やインフラを支えるため、農作業や林業に対応できるロボットを大量に落としたんだけど、諏訪の人たちは空から降ってきたロボットを怖がって、余計に外に出てこなくなってしまった。

 

歌野の説得と、ロボットたちが諏訪のインフラを整備し続けてくれたおかげで、最近は少しずつ畑に来てくれる人も出てきたけど、実際の歴史よりも諏訪の人たちは元気がない。

 

私は何とかその失敗を埋め合わせようと、根本的な解決策を準備している。

今夜にもそれをお披露目できるはずだ。

 

おかげで今日はテンションはうなぎ上りで、気分は特上を注文した時みたいな状態だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「頂きます」」」

 

子供たち食事を配り終わると手を合わせて、歌野達が声を上げている。

けど、私は食事を横目にノートにいろいろ書き込んでいる。

時間の量子であるクローノンの使い方について考えをまとめるためだ。

 

(計算自体はあっている。だから次にやり直すことがあったら、今度は時間そのものを停止させながら、"私"を全宇宙で発生させてから、同時攻撃して…)

 

 

「ちょっと、リッスン? 沙耶」

 

歌野が私のノート取り上げる。

 

「え? なに、なんでノート取り上げるの?」

「なんで? じゃないわ。ほら、コールドしちゃう」

 

ああ、そういうこと。

 

あきらめて大根が入ったお味噌汁を一口飲んでみる。

自分たちで作ったものだからなのか、現代で食べていた時よりおいしく感じる。

 

「ちょっと、沙耶、頂きます。アゲイン」

 

「あー、沙耶が頂きますって言わなかったー」

「いわなかったー」

 

子供たちは何故か私を呼び捨てにする。

 

「あはは、沙耶ちゃんも、子供たちがマネするからちゃんと挨拶してね」

 

水都にまで言われては仕方ない。

 

「ひあい、ふぁい。いたらふます」

「もう、何をライティングしているか知らないけど、挨拶くらいはきちんとしなさい」

 

むう、何故か歌野は私には厳しい。これが水都なら、もう、みーちゃんてば、とか小芝居が始まるだろうに。

 

「でも、確かにそうだよ。何かうたのんの負担を減らそうと考えてくれてるんだろうけど、そんな無理ばかりしちゃダメだよ。これからも私たちの日常は長いんだから」

 

水都がやんわりと窘める。

 

(日常なんて悠長なことを言ってられないんだよ。歴史通りなら諏訪は…この子たちも、歌野や水都だって…)

 

挨拶なんて、あとでいくらでもできる。

うたのんの畑の手伝いはみんなが生きていくために必要だから仕方ないけど、諏訪が全滅することは…未来から来た私しか知らない。

 

きっと繰り返す私はこの思い出も無かったことにするんだと思う。

それでも今のこの人たちを助けたい。本当に自己満足でしかなくても。

 

理性だけで考えるなら7月30日に実行した高天原への逆侵攻が失敗した時点で、もう一度始まりまで戻るべきなんだと思う。

 

でも、うまく言えないけど、未来は作れるんだっていう希望みたいなものを残したい。

例え私の記憶の中だけのことだとしても。

 

結局、私は食事も適当に考えをまとめることに没頭する。

疲れが溜まってきたら、一度適当な粒子になって肉体ごと疲労も消せばいい。

高天原に突撃して、不眠不休で1年くらい暴れまわったことだってある。

 

それでも天の神は地球を攻撃することをあきらめなかった。

何が天の神をそこまで駆り立てるのか分からないけど、あの執念はまともじゃない。

 

(そもそも、天の神の目的が不明過ぎる。なんで神様ってこんなにコミュ症ばっかなの?)

 

短時間なら時間も止められるけど、時間停止中に物を動かした場合、そこは完全な真空になる。

そして、動かした先の空気とかをどけないととんでもないことになってしまう。

 

試しに一度だけ時間停止したまま、動物を担いで四国まで運んでみたけど、空気と融合して破裂してしまった。

 

もう少し素粒子の操作に慣れてくればできるかもしれないけど、そんな悠長な時間はない。

今回をスルーして次回に備えることも考えたけど、移動手段を用意できたんだから、

今はそっちでやりたい。

 

それに、1週間くらい前の戦闘では歌野も大きな怪我をしていた。

時間停止と素粒子操作に慣れるまでの時間はないと思う。

幸い複雑な分子構成を修正するのは初めてだったけど、足りない薬を作るくらいはできた。

 

(でも、もう、そんなに時間は残ってない。過去の例から考えて私が暴れまくっても、1年しか諏訪の滅亡は引き延ばせない。そして死んでしまったら肉体を再生してもダメだった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、歌野と水都に聞いてほしいの。諏訪から四国までの脱出計画について」

「四国までエスケープ? すごい距離があるんじゃないの?」

「そんな…大体、諏訪のみんなを連れて行くなら、1日や2日じゃすまないよ? …まさか!」

 

二人が疑問に思うのも無理はない。

 

「水都は何か気づいたみたいだけど、その心配はたぶんないよ。全員連れていく。今度は誰一人取りこぼさない」

 

歌野達に口にすることで、自分に言い聞かせる。

ここで諏訪の人を助けられても、きっと私はそれを無かったことにするだろう。

だからって見捨てない。

 

困っている人、苦しんでいる人、そして、死んじゃう人。

友奈だったら後先考えずに助けるはず。成功するか失敗するかも考えないだろう。

 

(だったら、私だってあきらめない。絶対に)

 

「それで、どうやって諏訪のみんなを四国へ? イージーじゃないと思うけど?」

「歌野が言う通り、諏訪から四国まで直線距離でも約500kmの道のりを、みんな連れていくのはすごく危険だよ。だから、今の道が使えないなら新しく作れば良いんだよ」

「ええっと、つまり道があるってこと?」

 

今日の水都は冴えている。

 

もしかしすると、水都も神託で何か諏訪の将来について受信していたのかもしれない。

 

「結論より証拠。一度外に出てくれるかな? そこでお披露目するよ」

 

本当は全員を素粒子変換すれば光速移動もできるけど、どんな影響があるか分からない。

私は平気だから大丈夫だと思いたいけど。

そして、いつかはバーテックスを抑えながら、高天原に逆侵攻をしないとこの戦いは終わらない。

どこかで諏訪の人達を安全な場所まで連れていく必要はある。

 

夜闇が去り外が真昼のように明るくなる。

どうやら時間通りに銀河系の中心からワープできたみたいだ。

 

 

「ワッツ? 何これ? バーテックスの次はエイリアンのインベード?」

「これって? UFO?」

 

諏訪の上空に時間の壁を裂いて姿を見せる光。

私が作り出したのは何度も失敗しながら、130億年以上の時間をかけて用意した天割く方舟。

 

「ようこそ、私が対バーテックスのために作り上げた船。ナノマシン嚮導船グレイグーへ」

 

私も最初に失敗した段階で一人で戦いきるのは難しいと思っていた。

 

じゃあ勇者達を連れて高天原に行けばよいか?

答えは否定だ。そんなことをするとバーテックスは人類をみんな食べてしまう。

私一人では世界の人々を守れなかったように。

 

「え? これって沙耶ちゃんが作ったの? でもいつの間に?」

「よくぞ聞いてくれました。と言いたいところだけど、それを説明するのはちょっと時間がかかるから後でね」

「それで、これにみんなでライドして四国までゴーイングするってこと?」

 

まあ、普通はそう考えるよね。でも…

 

「ふふふ。私はもっとスケールが大きいんだよ。これの全長は1000km。四国まで届く。もちろん中は床エレベータがあるから移動も楽々。あ、食べ物とかあるから手ぶらでOK」

「ええーと…」

 

さすがの歌野と水都も引いている。

と思ったら、突然頭を抑えてうずくまる。

 

「みーちゃん?」

「水都?」

「大丈夫、うたのん、急いで。バーテックスが来る。それも今までと違う大きな力も感じる」

 

なるほど、前回と同じく移動手段を探知して襲ってきたってわけね。

前回は普通のバスとかを大量に作ったら途中で日輪持ちに襲われて、私以外全滅してしまった。

だけど今度は違う。グレイグーはただの大きいだけの移動装置じゃない。

 

「それじゃ、始めましょう。ナノマシン散布。1番から120番まで相転移砲発射。続けて8秒毎に120番から2300番まで48分間斉射」

 

空に虚空が広がる。100を超える相転移砲から放たれた歪みはバーテックスを消し去っていく。

いろいろ試した結果として、バーテックスを物理的に倒す方法は無かった。

 

ブラックホールや相転移砲は普通の物理法則を超えている。

本当は倒せていないのかもしれないけど、どこかに消し去るくらいはできる。

 

どうせ空の上は敵しかいない。だったら遠慮なく相転移砲も数をそろえればバーテックスを抑えられる。

ただ、ブラックホールは以前に地球ごと壊しそうになったので、普段は使えない。

 

けど相転移砲ならある程度範囲を制御できる。

 

「さあ、今のうちにみんなをグレイグーに乗せて! 3時間ほどで四国まで着くから」

 

と、声をかけたものの歌野の姿は見えなかった。

 

「水都? 歌野は?」

「とりあえず、皆を呼んでくるって。それで、どうやってあそこまで皆を運ぶの?」

 

伊達に1年間共に諏訪にいたわけじゃないか。

だったら、こっちも急いで運送の準備を進めないと。

グレイグーの再生能力と相転移砲ならしばらくは保つだろうけど、バーテックスが無限に増えると考えた場合は、何があるか分からない。

 

 

「分かった。そろそろ…来た」

 

グレイグー型恒星間航行船はその巨体だけに地上に下りられない。

だから、軌道上から地上まで届く大型のトラクタービームの発射機構を各パーツごとに持っている。

 

「この光、木の葉とかが吸い込まれてるの?」

「そうそう、トラクタービームって言ってね。簡単に言うとUFOとかで牛を吸い込んでたりするあれと同じものだよ。」

「UFOって実在したんだ…」

 

なんか、水都がずれたところに感心している気がするけど、まあ、何も言わずにこんなの出したらびっくりするか。

 

「見ててね。よっと」

 

トラクタービームの範囲に入ると、そのまま私は浮いていく。

けど、途中で範囲の外に出ると地上まで落ちてきた。

 

「…っ、着地…成功。でも、足しびれるねこれは」

「だ、大丈夫? でも、これでみんなを一人ずつあんなに上まで連れていくのは無理なんじゃないの?」

 

そう、水都のいう通り、諏訪の人たちを引き上げることはできない。

グレイグーは上空100kmの軌道上にある。

 

みんなを引き上げようと思ったら、何往復もしなくちゃならないし、短くても1往復2時間程度はかかる。それ以上の速度は人間の体への負担が心配になる。

 

「だから、引き上げるのは人じゃなくてここ…いや、空気も一緒に動かすからここらへん?」

 

そういいながら私は下を指さした後、手を広げて丸く動かす。

 

それが合図だったように小さな揺れが起こる。

 

「ワッツ? みんなをコールしたのに、今度は地震?」

 

町の人たちを連れて戻ってきてくれた歌野はすでに勇者服に変わっていた。

 

「地震じゃないよ移動しているの。諏訪ごとね」

 

一人ずつ引き上げるのが不可能なら、諏訪ごとグレイグーに収納して移動すればいい。

 

それが、歌野たち諏訪の人たちみんなを助けるための私の結論。

 

諏訪の御神木を中心とした半径約50km。

諏訪湖の南北地域を含む諏訪全体をトラクタービームと空気と大地もろともに移動させる。

空気や重力も一緒に動かすから、衝撃波や加速度の影響もほとんどないまま、3時間ほどでグレイグーのある上空100kmに移動しながら、並行して四国まで500kmの道のりを4時間をかけて移動する。

諏訪の人たちの負担も無く、寝て覚めたら1日足らずで四国まで到着する計画だ。

 

 

「う、浮いているのか?」

「一体何が?」

「お母さん…」

「大丈夫、大丈夫よ。歌野ちゃんもいるから」

 

おや? 諏訪の人たちの様子が…

 

何となく不安…というかバーテックスが攻めてきた時と同じような?

 

おかしい? これでみんな助かるのになんで怖がっているの?

 

「あ…説明するの忘れてた」

 

まずい。もしかするとバーテックスの攻撃と勘違いしているのかも。

 

「えっと、み、みんな…」

「みんな、落ち着いて。これは敵の攻撃じゃない。これから私たちは仲間と合流するの。これはそのための一歩になる。だから怖がらずにまっすぐに見て。自分たちの目で」

 

歌野の声は私よりも小さいくらいだったのに、少しずつ波が広がるように人の心に届いていく。

ただ、諏訪全体が空に浮いて移動までしているという自体は、ちゃんと理解はできていないと思う。

 

「さ、ここからはちゃんと説明。それから始める前に相談してよね」

「ありがとう。歌野、水都。それから勝手に始めちゃってごめん」

 

私の知っていることは誰とも共有できない。

歌野が言う通り、今はみんなが四国についてきてくれるようにしないと。

 

「まずは、謝らせてください。勝手に諏訪を動かしてしまって。そして、これからどうしたいのか、聞いてください」

 

ようやく、ようやく動き始める。

ちらりと視界に二重映しで浮かぶグレイグーとバーテックスの戦況を見る。

物理的な攻撃が一切通用しないバーテックスだけど、ビッグバン直後の状態にまで宇宙を引き戻す相転移砲は、宇宙のあり方そのものを破壊していく。

バーテックスではなくバーテックスが存在している時間と場所を破壊する。

それこそが物理的にバーテックスを打ち負かす手段だと考えた。

 

少なくとも、黄泉平坂の戦いでブラックホールや相転移のような特異点を作り出せば、バーテックスにも通じることは分かった。

たぶん、既存の法則から離れたのに、また法則が変えられたことで、うまく物理的な現象を無視できなかったんじゃないだろうか?

考えてみれば、車や壁を壊していたんだから、物理的な全く干渉がないわけじゃないんだろう。

 

とは言っても、グレイグーも一方的に攻撃されているから、諏訪のみんなを四国に送り届けた後は自爆でもさせて廃棄するしかないだろう。

どうせ同じ型の船はいくらでもあるんだし。

 

どんな存在も永遠に戦い続けることはできない。私以外は。

だから、いずれ高天原に侵攻する方法も考えないといけない。

 

でも、今は歌野と水都を助けることができた。

それだけでも十分だ。さあ、行こう。これからすべては始まるんだ。

 

 



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無色の光

一部、諏訪組に対して否定的な表現があるかもしれません。
決して諏訪組に対して批判する意図はありませんが、
不愉快に感じる方がいらっしゃったら、申し訳ありません。

あと、もし分かる人がいれば、こんな時につけるタグも教えてください。


また、あくまで一人称視点なので、事実として書いているのではなく
登場人物の主観的なものだとご認識頂ければと思います。


勇者はみんなのところへ戻り、魔王のことを話ました。

 

 

 

 

 

けれど、いくら話しても誰も勇者の言葉を信じてくれません。

 

 

 

 

 

ついには、勇者は石を投げられ、せっかく作った野菜も果物も踏まれて、

 

 

 

 

つぶれてしまいました。

 

 

 

 

勇者は魔王の元に帰り、悔しくて泣きました。

 

 

 

 

 

どんなに大変な旅でも頑張ってきた勇者も、たくさんの人たちに恐れられた魔王も、

 

 

 

 

どうしていいのかわかりません。

 

 

 

 

魔王は戻ってきた勇者を慰めてあげました。

 

 

 

 

 

そして、二人で野菜を食べました。果物も食べました。

 

 

 

 

一緒にお料理だってしました。

 

 

 

 

勇者はこんなにおいしかったなんてビックリです。

 

 

 

 

それを魔王に笑顔と一緒に伝えたら、魔王も笑顔で喜びました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えた…四国だ」

 

空中に外の様子を映し出す。

諏訪の人たち全員が、グレイグーの天井に映った四国と瀬戸内海を見上げて歓声を上げる。

 

「あれがそうなのね。あそこに乃木さん達がいるのね」

「うたのん…本当に着いたんだね。これでみんなも助かるよね」

 

諏訪をグレイグーに収容した後、何故かバーテックス達の攻撃は急に弱くなった。

過去の経験からもう少し攻撃してくると思ったんだけど、バーテックスもグレイグーに対抗できる進化を遂げるまでは不用意な攻撃を控えたのかもしれない。

 

バーテックスが進化する。これはどういうことなのか?

普通に考えたら脅威だろうけど、私はこれを良い情報だと思っている。

進化するということは、今のままでは問題があると言うことだ。

 

例えば、バーテックスは無限に増えることはできるけど、何故か一度に襲ってくる数は無限じゃない。

 

理由が何であれ、無敵と思われているバーテックスの明確な弱点だ。宇宙中のバーテックスをすべて倒せば、一時的にその行動を制限できる可能性は高い。

 

(その間に高天原に侵攻する。悲劇なんて終わらせてやる。

そのための準備もできている)

 

この分ならグレイグーを自爆させなくても良くなりそうだし、うまくすれば、他の地域の生き残りを探すこともできるかもしれない。

 

「それじゃ、そろそろ諏訪を四国の近くに降ろすね。やっぱり紀伊水道の浅いところになるかな」

 

グレイグーの一部を近くの代わりにすれば、諏訪の人達を四国に移動させる間くらいは固定できるだろう。

 

もちろん、バーテックスもこの瞬間を狙ってやってくる。

今のところ、進化型を含めてすべてのバーテックスは相転移砲や、マイクロブラックホール弾頭で対応できている。

 

完全に倒せているかは分からない。世界自体が破壊されるので元の場所や時間に意味がない。

 

(ま、今、考えてもしょうがないことだけどね)

 

諏訪の着水まであと1時間ほどだろう。諏訪の人たちも興味深そうに海に浮かぶ四国を見ている。

 

「ん? あれは…海上自衛隊の船? なんで? 出迎えかな?」

 

諏訪の人たちは船を見て喜んでいる。やっぱり出迎えなんだろうか?

でも、なんで武装船なんて?

 

「ねぇ? 沙耶。この船って地上からのアタックには強い?」

「どうしたのうたのん?」

 

歌野の様子がおかしい。さっきまであんなに喜んでいたのに。

 

「まあ、バーテックスも何してくる分からないから、地上に向けても相転移砲は打てるけど…」

 

もともとはピスケス、地下に潜れるバーテックスを想定したものだけど、まあ、それは良いか。

 

「できれば、もうちょっと弱いウェポン…光とか音とかでサプライズだけみたいなのを用意して」

 

そう言い残すと歌野はどこかへ行こうとする。

 

「うたのん? どうしたの?…まさか!?」

 

水都の言葉に私も気づく。あの船は出迎えじゃなくバーテックスに追われているの?

 

「すぐにヘルプするわ。沙耶、もっとネイバーまで船を寄せられる?」

「わ、分かった。グレイグー地上100mまで降下」

 

けれど、次に起こったことは私の、いえ、歌野の予測さえ上回っていた。

 

「そんな…」

 

歌野が足を止めて目の前の光景を呆然と見つめている。

1年間共に行動してきて歌野がこんな表情をしたことなんてない。

 

 

目の前で歌野の手の中の勇者服が光になって解けていく。

まるで役目を終えたように。

 

「まって、待って、まだバーテックスは残っているのよ。お願い」

 

歌野の悲痛な声が響く。いくら何でも今はないだろう。

 

 

ただでさえ戦える勇者は少ないのに…

 

(しかも、ようやく諏訪の人たちを助けられるって時にどうして?)

 

けれど、それは始まりですらなかった。

 

何かが空気を裂いて町に降り注ぐ。それは空に浮かんだ町に赤い花を満開に咲かせる。

 

 

――炎と血でできた赤い花を――

 

 

 

 

旧海上自衛隊の護衛艦が発射したミサイルが諏訪の町に降り注いでいく。

 

「そんな…いやいや、何? 何故? 何が? 何なのこれは!?

 

今起こっていることが全然理解できない。防御結界は?

諏訪の土地神様はどうしたの?

そもそも、なんで海上自衛隊の船が私たちを攻撃するの?

 

私が混乱している間に四国を見ようと出てきていた諏訪の人たちが吹き飛ばされ、燃やされていく。

 

あたりに蒸発した血の匂いが立ち込める。

 

「くっ、沙耶、とにかく、みんなを避難させて」

 

立ち直った歌野の声に、はじかれたように立ち上がる。

そうだ。歌野が勇者に変身できない以上、私がみんなを守るしかない。

 

「ナノマシン戦闘濃度散布。降雨装置起動。地上は…」

 

火災を止めるために雨を降らせる。

ナノマシンを空中に散布してミサイルのエンジンを不活性状態にする。

 

人体への影響はないはずだけど、ここまで控えてきたのに、こんな形で空中散布をしてしまうなんて…

 

歌野が無線に飛びついて、何かを呼びかける。

 

「そこの船の人たち、聞こえますか? 聞こえていたらお願いです。攻撃をやめて」

 

けれど、返事は無言のミサイルだった。

 

(どうして? 国際救難信号は出ているはずなのに?)

 

今はミサイルや大砲だから撃ち落とすこともできる。

でも、もしもっと近づいて銃とかだったら?

たとえナノマシンで不活性化できても近づくことはできなくなっちゃう。

 

でも、でも…

 

(武装船を止めないと四国に下りられない。でも、あれは人が・・・)

 

歌野を…、水都を…、諏訪の人たちを…、守るためにはどうすればいい。

 

相転移砲を使えば護衛艦を沈めることはできるだろう。

でもそうなったら四国の人たちは私たちを受け入れてくれるの?

大体、なんで四国の人たちが私たちを攻撃してくるの?

 

水都は土地神様に必死に呼びかけている。

でも表情から反応が良くないことははっきりわかる。

 

火災はある程度収まったけど、武装船の人たちは狂ったように攻撃を続ける。

 

どうして? どうしてこんなことに?

 

グレイグーがバーテックスに見えた?

 

でも白旗は振っているはずだし、無線から歌野の声は聞こえているはず。

こんな状態でいきなりバーテックスと間違えたっていうの?

 

低い警告音が響く。

 

視界の隅にバーテックスの襲来を告げるアラームが表示される。

どういうこと? なんで水都にお告げが来なかったの?

 

「そんなこと、そんなのって、それじゃあ、私たちは何のためにここまで生きて…」

 

突然水都が立ち上がるけど、その貌を見れば良くない神託だってすぐに分かる。

 

「どうしたの? みーちゃん」

 

慌てて歌野が駆け寄る。

 

その間にも接近してきたバーテックスは、グレイグーの自動防衛装置の設定圏にまで入ってくる。

相転移砲が攻撃を始めるけど、すでに億を超えるバーテックスはグレイグーにとりつきつつある。

 

侵入したバーテックスに対して、ナノマシンが障害物を配置したり、船内でも急造の相転移砲が船もろともバーテックスを消し飛ばす。

 

でも、このタイミングは…

 

(まるで、神樹と天の神の両方が協力して攻撃してきているみたいじゃない?)

 

慌てて嫌な妄想をふりほど…

 

「私たちは…諏訪は最初から助からなかったんだよ。 最初から…四国の準備ができるまでの時間稼ぎ…ただの」

 

私の妄想は軽く吹き飛ばされていった。

 

(何を言っているの水都、それじゃあ、まるで…)

 

「捨て石だったんだよ!」

 

水都はそれを言葉にした。言葉には力があり、現実となる。

 

歌野が変身できなくなった理由…、武装船が攻撃してきた理由…、

バーテックスがタイミングよく現れた理由、それは…

私の悪い妄想を水都の言葉が現実へと変えていく。

 

「このまま…私達が四国にたどり着くと、天の神も四国を攻撃する。それだと、みんな助からないから。だから…だから…、四国以外の土地は…」

 

防衛する地域を狭くすることで、効率的に防御を行い、敵が疲弊した隙をつく。

 

 

 

 

旧い戦法。そして、人間相手にしか使えない言い訳だ。

 

ずっと、疑問だった。

何故諏訪は4年もの間、持ちこたえることができたのか?

 

それなのに、より強力な力を持つはずの四国の勇者たちが

1年しか戦い続けられなかったのは何故なのか?

 

(天の神は本気じゃなかったんだ。ううん、天の神も地の神も、

ずっと人を見ていたんだ)

 

今までにない数のバーテックスが相転移砲の嵐を無理やり突っ切って、グレイグーに体当たりを続けている。

 

多分、2、3日は持ちこたえられるけど、それには何の意味もない。

だって、私たちはどこにも逃げられない。

 

「勇者様…」

「歌野ちゃん…」

 

いつの間にか諏訪の人たちが本宮の周りに集まってきていた。

町の火は消したけど、みんな自主的に避難してきたみたいだ。

どの目も不安でいっぱいだ。

 

「みんな、ごめんなさいね。ちょっと敵の奇襲を受けたみたい。もう少しで四国だから、私が敵を倒すまでここで待っててね」

「歌野? 何を言って…」

「うたのん、待って。そんなの…」

 

けれど、歌野はそれだけ言い残すと走って行ってしまう。

ただ神の武器だけをもって。

勇者服が無い以上、いつものように戦うことなんてできないはずなのに、勇者でいる必要なんて無いはずなのに…

 

(なんで、なんでこんなことが起きる? なんでこんなひどい世界を用意したの?

神様たちって何なの? これが世界なら、これが神の意思なら…)

 

泣いている水都の姿が意識を失くした友奈に重なる。

 

 

「ふふふ、そう、そういうことをするんだあ。すごいねぇ神様って」

 

本当に…よくこんなことができるよ。

自分たちが作った人間に対する愛情どころか、愛着だってないんだろう。

そんなに悲しいことしかできないなら、そんな無能だというなら…

 

「重力子生成開始。エルゴ領域起動。回転を23プラス、電荷を3プラス…1番から480番までブラックホール砲。発射」

 

いつもなら、このままブラックホールが発生するだけで済むけど、今回は違う。

あり得ないほどの速度で回転するブラックホールから、シュバルツシュルト半径を飛び越えて、その内に抱えたソレをこの世に顕す。

 

――特異点――

 

あらゆる既知の宇宙の法則が通じない世界の欠落。

そして、この先には高天原に通じる黄泉平坂がある。

本当は歌野達が四国にたどり着いてからにするつもりだった。

 

けど、諏訪の人たちは大赦から…ううん、神樹から切り捨てられた。

 

たとえ、それが必要だったとしても、こんなやり方はあんまりすぎる。

神様たちは自分たちへの畏敬を求めるのに、人に対する思いはない。

 

本当は神樹様に諏訪の人たちを託したかった。きっと守ってくれると思っていた。

けれど、神様に人間の願いは届かない。

 

涙を流そうとも、汗を流そうとも、たとえ血を流そうとも、だ。

別にすべての願いをかなえてほしいとか、みんなを幸せにしろなんて言う気はない。

でも、せめて、せめて、チャンスくらいは上げてほしい。

 

神樹様に頼れないなら…私が。

 

「予定変更…このまま高天原に侵攻する」

「ちょっと、何を言ってるの沙耶?」

 

驚きすぎて水都の涙が引っ込んだ。これだけでもやる価値がある。

 

特異点を、黄泉平坂を超える時に普通の人にどんな影響があるのか分からない。

リスクを避けたかったけど、みんな、歌野も水都も死んでしまう。

 

「何を言っているのかって? このままだとみんな死んじゃう。もうそんなことは嫌なんだよ。何度繰り返しても苦い。私は甘いくらいの世界のほうが良い」

 

だったら、みんなの命を賭けにしてでも、戦ってやる。

傲慢だろう。身勝手だろう。やってることは神様と変わらないだろう。

それでも、このまま指をくわえて見ていることなんてしない。

 

真実がそうだというなら、そんなもの世界ごと叩き落としてやる。

 

バーテックス達が今までの戦い方が嘘のように一点を目指して集まってくる。

どうやら、私の意図に気づいたみたいだけど遅すぎる。

 

「ブラックホール砲発射、続けて、481番から1032番まで」

 

天に弓引く黒い輝きがバーテックスを飲み込んでいく。

 

回り続けるブラックホールから鈍色の虹がオーロラのように広がる。

すでに諏訪全体を船内に収容したグレイグーは大気圏を離脱し始めている。

外の様子はモニター越しにしか見えない。

 

「ちょっと、沙耶どこへフライアウェイ?」

 

 

諏訪が収容されたことで歌野も戻ってきた。

ちょうどいいかも。この後のことをみんなに聞いてもらわないと。

 

「歌野。水都も。私の話を聞いてほしい。そして、できればみなさんも」

 

そういいながら私はディスプレイに外の様子を映し出す。

暗黒の宇宙を塗りつぶそうとするように白い星屑が広がる。

 

誰かが息を飲む。

 

星屑たちはグレイグーに攻撃する一方で、私が作り出した無数のブラックホールにも群がっている。

 

当然飲み込まれて消えていくだけだけど、ブラックホールのエントロピーを増加させて蒸発を狙っているんだろうか?

 

だとすると、私が予想したバーテックスが同時に出現できる数の限界はなかったことになる。

 

まあ、今更バーテックスが無限に出てきても関係ない。

天の神さえ倒してしまえば、それでおしまいだ。

 

こんな時なのに、自分の口角が三日月に歪んでいるのが自覚できる。

 

「気づいている人たちもいると思うけど、四国は私たちを受け入れてくれませんでした。それが神の意思なのか、人間の都合なのか分かりませんが、もう私たちに助けはないの」

 

「そんなことはないわ。きっと大勢で押しかけたから驚いただけよ」

 

すかさず歌野が反論する。

 

「人間はそうかもしれない。けど…水都。土地神様は何か言っているの?

 歌野は勇者に戻っているみたいだけど?」

 

四国から離れるといつの間にか歌野は勇者になっていた。

本当に吐き気を催す邪悪さだ。これが神様のやり方なんだろうか?

 

「土地神様は…何も…ただ、ほかの土地には行けないとだけ…」

 

なるほど、そう来たか。諏訪ごと移動するのはグレーな気もするけど、土地神にも領分があるのかな。

 

どっちにしても逃げられない。

 

そして、逃げられなければ歌野たったひとりの消耗戦をするしかない。

元の歴史だと諏訪はそれで滅んだんだろう。

 

「そんな…それじゃ俺たちは…」

「他に、他に方法はないの? 歌野ちゃん一人で戦い続けるのは無茶だ」

「四国の連中は味方じゃないのか? 人類全体がこんな状態なんだぞ?」

 

諏訪の人たちも口々に言いたいことを言い始めたから、あたりはまた混乱し始めている。

 

頃合いかな?

 

「だから―」

「だったら、歩いていけばいい」

 

その一言で、あたりがしんと静まり返る。

 

正直、歌野がここまでやるとは思っていなかった。

けど、予想していなかったわけじゃない。

 

「そ、そうだよね。私たちを見て、生き残りがいたんだって分かってくれたら…」

「それは無理だよ」

 

偽物の希望なんていらない。

私は無線をスピーカーにつなげる。

 

そう、私は武装船への通信をつなげたままにしている。

現在の科学では難しくても、130億年の時間があった私なら、こういったことくらいはできる。

 

「…紀伊水道付近に出現したバーテックスおよび、バーテックス側についた人間たちは撤退。以上」

「…了解。これより帰投する。同じ日本人の中から裏切りがあるとはな。やりきれん」

 

無線から船員と思われる人たちが四国に向かって報告する声が入る。

そこまででいったんスピーカーを切る。

 

一度みんなの顔を見渡すと、ありありと困惑が見て取れる。

 

「四国の人たちは、私たちが裏切って思っているの?」

 

最初に歌野の畑に協力してくれていたおばさんがぼつりと漏らす。

 

「まさか、そんなことは…」

「いや、でも、それなら撃ってきたことだって…」

「なんでだ? 向こうにだって土地神様はいたんだろ?」

「そうだ、めったなことを言うな」

「まさか、本当に土地神様も私たちのことを…」

「おい、やめろ。政府は何をしているんだ?」

 

人々があちらこちらで隣の人と話している。

思ったよりも混乱しているみたいだ。ちょっと早まったかな?

私が声を上げようとした時…

 

「なあ、だったら、諏訪の土地神様はどう思っているんだ? まさか、御柱様も俺たちのことを…」

 

その声は、思わず漏らした程度の小さなものだったけど、全員に届いた。

届いてしまった。

 

「…水都ちゃん、あんた、土地神様の巫女…なんだよね。どうなんだ? 土地神様はなんて?」

 

何か…何か、黒いものが見える。

 

「わ、私は…」

 

まずい、水都はこんな人前じゃ上手に話せない。

 

「待って、待って、みんな落ち着いて」

 

歌野がすかさずフォローに入る。けど、今回は悪手だ。

 

 

 

 

――そうだ。歌野だって、俺たちを見捨てるつもりなんじゃないのか?――

 

 

 

 

誰が言ったのか分からない。

でも、奇妙なことに自分の声に聞こえた。

 

けれど、誰が言ったのかなんて関係なかった。

 

――みんな、どこかでそう思っていたんだから――

 

「そうなのか? 歌野ちゃん」

「そんなことないよね。水都。あんた達は見捨てるなんてことないよね?」

「こいつらじゃ分からんよ。土地神様を出せ」

 

そこから先は、驚くほど一糸乱れぬ行動だった。

ほとんどの人が縋るように詰め寄ってくるけど、中には土地神様と話をさせろという人もいる。

 

私は勘違いをしていた。

 

諏訪の人たちはみんな優しく、花すら育てたこともない私に農作物のことを丁寧に教えてくれた。

そんな人たちも、たやすく混乱にのまれて詰め寄ってくる。

攻撃的でないのは、歌野が頑張ってきた結果だろうけど、それも長く持たないだろう。

 

(そっか、そうなんだ。人は、人とは恐れる魂。そして、裏切る者。だから友奈に惹かれたんだ。恐れない、裏切らない、そんなものに私もなりたいって、でも…)

 

 

神様が酷い世界を作ったから、酷いことばかり起こっているんだと、だから正しい世界なら人間も正しく生きていけると、ずっとそう思いたかった。

 

でも、この世界は初めから間違えていたんだ。

 

間違えた神が作り出して、間違いを積み重ねていくだけの世界。

対処療法じゃダメだったんだ。原因を取り除くかしかない。

 

このまま、時間を遡っても良いけど、一つだけ最後にやるべきことが残っている。

 

腕を振り上げ光を顕す。

 

太陽のごとき眩しい光に歌野と水都に詰め寄っていた人たちが後ずさる。

 

でも、もう遅い。

 

腕をふり降ろす。光が人々を包み溶かしていく。

それも一瞬でただの陽子と電子にバラバラにしてしまうけど。

 

ポタリと、足元に雨音が落ちる。

おかしい。グレイグーの中なのに雨が降るなんて、まあ、どうでも良いか。

 

もうこの世界は…

 

「こんな世界は必要ない」

 

――助けてくれ――

 

誰かがそういいながら逃れようとする。

けど、逃がさない。大丈夫、死んでしまえばもう苦しむこともない。

 

誰かが私の腕にしがみつく。

 

光が逸れて近くの家が最初から無かったように消えていく。

 

歌野と水都だ。二人が私の光を反らしたんだ。

 

「みんな、クイック。離れて」

 

歌野の声を聞いてその場をみんなが離れていく。けど、そんな行為に意味はない。

 

「私は天の神ほど甘くないよ」

 

大地から、建物から、空気から、あらゆる場所から光が降り注ぎ、

人々を溶かし、また、解かしていく。

 

「ストップ。やめなさい。沙耶!」

「お願い。もうやめて」

 

歌野と水都が何か言っている。

 

歌野がその腕の藤蔓で私を縛り付ける。

けれど、そんなことをしても意味はない。

 

だって、グレイグーは私の心。

 

指一本動かせなくても、中に取り込まれた人たちを終わらせてあげることは簡単。

 

「ええ、もちろん、やめないよ。彼らは…いいえ、彼らでさえも間違えた。人は間違える。人は恐れる。人は裏切る。何度でも。だからこんなにも悲しい」

 

ふと思い出す。あの夕暮れの日、人は何度でも立ち上がると友奈は言った。

私は人は何度でも挫けると言った。

 

最後の一人、母親に抱かれた赤ちゃんに向かって、光をのばす。

 

「これで、ゼロ」

 

私の声に歌野が周りを見渡す。

そこには人々の生活の痕跡がそのまま残っている。

湯吞に入ったままのお茶からは湯気も見えている。

洗濯物が私が起こした人工の風に吹かれている。

 

ただ人だけを消した。死せる町。

 

 

 

 

 

 

 

 

頬に痛みが走る。いや、痛みなんてもう無くなってずいぶん経つから、これは頬に衝撃を与えられただけなんだろうけど。

歌野が見たこともない様相で私をにらみつける。

 

「なんて、なんてことをするの!! 分かっているの? 沙耶。みんなを…諏訪のみんなを」

「私が殺した。彼らはもうダメだった。あの先はあり得なかった」

 

そう、あり得ない。あの後に起こることは子供の私にだって分かる。

たぶん、歌野達にも危害を加えていただろう。

 

そこまで堕ちるくらいなら、その前に終わらせた方がいい。

 

時間の遡りを始める。

 

この時間はダメだ。ううん、バーテックスが地上に現れた時から、諏訪の運命は変わらなかったんだろう。

 

――そんな世界は必要ない――

 

あとできちんと消しておこう。

 

でも、その前に…

 

「歌野、水都、ありがとう。そしてごめんなさい。私が余計なことをしなければ…みんなもおかしくならなかったのに。ほんとうにごめんなさい」

 

最後に二人に頭を下げる。

 

二人はどんな表情をしているだろうか?

 

怒っているだろうか? 悲しんでいるだろうか? 困っているかもしれない。

 

けれど、最初の歴史のように何かを託す気持ちにはなれないかもしれない。

あれだけ、歌野に頼りきりだったはずの諏訪ですらこうなった。

 

私は根本的に間違えていた。ただ目の前の人を助けても、いつかまた倒れ、挫け、立ち上がれなくなる。

人は何度でも間違える。永遠に繰り返す。

 

それが、この世界での最後の記憶だった。

 



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簒奪

平日ってなんで時間ないんでしょうね。
時間作るの上手い人に憧れます。


次の日、勇者が起きると魔王はいませんでした。

 

 

 

 

中庭には畑と一緒に手紙が残されていました。

 

 

 

 

「私はちょっと出かけてきます。このお城と畑は勇者さんに差し上げます」

 

 

 

 

みんなには、魔王を倒して手に入れたと言って上げてくださいね。

 

 

 

 

勇者は、巨大な城とたくさんの野菜と果物を見ながら、ただ泣きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

縁側に腰掛けて、何もせずに夏の夕暮れを見送る。

光は弱くなっているはずなのに、目を刺す赤い刺激が妙に不釣り合いに思えておかしかった。

 

私がやってきたことは何だったのか?

 

始めは友奈が意識を失くしたことが始まりで、それから、過去を変えようとして…

 

確かに過去は変わった。悪いほうに。

 

いくら考えても、諏訪の人たちを四国に連れていく以外の良い方法があったとは思えない。

それなのに…強烈な眩暈。見えているものが理解できない。

あかいもの、ちゃいろいもの、しろいもの。

 

 

――自分の口角が三日月に歪んでいるのが自覚できる――

 

知らない! こんなものは私じゃない。

 

――まさか、御柱様も俺たちのことを…――

 

こんなことは起こってない! 絶対に!

 

「そうだよ…私がこんなこと…」

 

(私はただの中学生で…そんな人間が何百人という人をためらいなく殺せるはずない)

 

「そう、そうに決まっている。きっと夢だったんだよ。だから病院に行って、それから友奈がいないことを確認すれば良い。それだけで良いんだ」

 

嘘は吐き出せば吐き出すほど思い知る。

 

 

 

友奈が意識不明だったのに、全然気が付かなかったのは?

 

――この私だ――

 

みんながどれだけ願ってもできない再戦ができたのに、誰も救えなかったのは?

 

――この私だ――

 

あの時、諏訪の人たちを殺したのはバーテックスじゃない。

 

――この私だ――

 

 

 

「分かってる。そんなことは分かってる。だから…」

 

ぐるぐると目眩く。

 

 

私は今どこにいるの?

 

ボクはいつ歌野達に会ったの?

 

分からない。何も分からない。

 

ああ、誰か、教えてください。

 

私はどうすれば良かった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は慣れる生き物だ。どんな痛みにも苦しみにも。

それが日常となれば、余裕が生まれる。

 

きっとそれは誰かが与えてくれたチャンスだ。

 

7日7晩何もしなかった。呼吸していないことに気づいたのは一昨日だ。

けど、私は死ななかった。私が死んでもすぐに新しい私が生まれる。

 

間違っていたんだ。私は素粒子に変換できるようになったんじゃない。

理屈は全然分からないけど、どこかで私が消えても、どこかで生まれる。

 

かつて、人は燃えるという現象を、大地と同じように炎という何かがあるのだと勘違いしていた。

 

空気を知らず、その動きを水と同じようにどこかにある風と呼んで、

そうして、確かに存在するものと、ただ発生している現象を間違えたように、

 

「私も自分が存在していると思い込んでいたけど、火や風のように、ただそこで起こっている現象になってたんだ」

 

もう、とっくに私は存在していない。この世界にあるのはただの影法師。

 

だから、死ぬことすら終わりにならない。

ううん、ちゃんと死んでまた新しく生まれる。

ただ、意識だけが永遠に連続する。

 

物に宿らなくなった心は何と呼ぶのだろう?

 

私にはもう終わりということが理解できない。

 

だから、諏訪の人たちを消してしまったんだ。

 

ホントの意味で消えるわけじゃないと、やり直せると勝手に決めつけて。

 

でも、もう、間違えない。死んだ者は生き返らない。

だから、これは私が最後まで持っていく。

 

――私はみんなとは違っていたんだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、私の意思は、意識は、心はちゃんとここにある。

だから最後にやることがまだ残っている。

2015年7月30日より前に天の神を倒す。

 

天の神が神様だから、世界がおかしくなったんだ。

 

「そうだよ。どうせどこにもいないのなら、私が神様の代わりに…ううん、神様なんて最初から…」

 

時間を移動し、素粒子自体の変換を行い、

ナノマシンと組み合わせて様々な物を生み出し、

そもそも、宇宙が今の形になる前の時間にだって行ける。だから……

 

"最初から西暦2015年の世界を作り出してしまえば良い"

 

歴史なんて過去のことだ。どうせ誰も確認なんかできない。

5分前に世界が創造されていても誰も確かめることなんてできない。

 

だから、何も魂を創ったりとかオカルトなことをする必要ない。

もともと世界が作られるところで干渉して、神様たちを除外すればいいんだ。

 

うまくすれば、天沼矛だって奪えるはず。

 

 

立ち上がり、夕日に背を向ける。

 

 

 

――誰かが間違ってると言った気がした。――

 

 

 

 

でも、私の隣には誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこはどこかとしか表現のしようがない場所だった。

 

時間を遡り、宇宙が始まる前、何もなかったころにもう一度戻ってきた。

 

高天原にもすぐに着くだろう。このまま高天原に突撃して天沼矛を奪う。

 

そんなことをしていいのか?

疑問は尽きないけどあの世界は間違っている。

友奈や歌野みたいな子供がそこまで苦しむ道理はない。

それが人間の価値観だという人もいるかもしれないけど、

そんなことは知ったことじゃない。

 

神だろうと人だろうと勝手にふるまうなら、私だって自分の思う通りにやってやる。

 

大体そんなことを言い出したら、あの世界の住人だった友奈や歌野達も、

そして、この私も間違えているっていうことなんだろうけど。

 

「どうせ、間違えているなら、最後まで責任をとるよ」

 

必ず友奈も歌野も水都も生きている世界を作り出す。

時代まで同じにした方が良いのかは迷うところだけど、

あんな風に誰かが誰かを傷つけるだけの世界なら、私がここで終わりにする。

 

(みえた。高天原って、なにあれ?)

 

今回は宇宙の誕生よりも200億年ほど遡ったからイザナギやイザナミよりも前の神々に会えると思っていた。

けど、目の前にあるのは人ですらない。

原初の泥の海に潜ったことがあるから、驚いただけで済んでいるけど、こんなものが原初にあったとは。

 

そこには何もなかった。ただ光だけが満ちていた。

そして、光は意思を持っていた。

 

「そうはさせない。貴方達はどうせまた間違える。

 だったら、私が…ってなに? 何を言っているの?」

 

空気もないから言葉が伝わることもない。ただ光り続けるだけ。

でも何が言いたいのか私にも分かる。

 

「・・・・・・、・・・・・・」

 

光の呼びかけは優しく、心地より眠気をもたらす。

素粒子状態の私からさえエネルギーを奪い、励起された軌道をはずれバラバラになりそうだ。

 

特に何かに干渉された感じはしないのに、いったいどんな手品なんだろう。

でも、考えるのは後、ここまで来て引き下がれれない。

 

「こんのおぉぉぉー」

 

裂帛の気合を超えて、自分の内と外のすべてを燃やしてエネルギーを搔き集める。

 

接触なしで素粒子自体にまで干渉できる相手とは思わなかった。

戦う意思すらろくにない癖に、こっちだけを意のままにしようなんて、やっぱりろくでもない。

 

けど、私もむやみに突っかかったわけじゃない。

自分の記憶の中から一番苦い記憶達を取り出す。

 

相手が神様ならまともな攻撃は通じない。

 

けど、なんでも知っている神様は同時に知るべきではないことも知ってしまうんじゃないかと思った。

 

急に圧力が弱まり、光に陰りが見える。

 

知覚感染型ウィルスの発想から作り上げた狂気の増幅とその心を覗かせること。

神様対抗のために考えついた方法の一つだったけど、少しは効いたみたいだ。

 

「このまま、押し切る」

 

嬉しい記憶、楽しい記憶、痛い記憶、恥ずかしい記憶。

 

あらゆる感情を励起させ無理やり記憶を現実に重ねていく。

自分の感性を1秒ごとに変え続ける。

荒れ狂う情念がさっきまで大好きだったものを、親の仇のように憎む。

統合失調症の脳を模した思考パターンを幾重にも読み込む。

 

敵がこちらの心も読めることを前提にした方法。

 

ちょっとでも、心を閉ざせば意味がない方法だけど、そもそも向こうは攻撃されているという概念すら持っていないだろう。

 

「ああああああ」

 

光が叫ぶ。光が陰る。光が揺れる。それでも消えない。

苦しんではいても原初の神はまだそこにアル。

記憶を絞り出せ。感情を励起しろ。絶望を切望しろ。

 

友奈が東郷に裏切られて変身できなくなったのを俯瞰したのはどうしてだ?

わざわざもう歌野が諏訪の人たちに責められるように仕向けたのは誰だ?

地球の死んでいった人たちの絶望を直接私に流れ込むようにしたのは何故?

 

全部ぜんぶゼンブ、ここデ神様ヲけ詩てし舞得ばいい。

 

「まだだ。もっと、もっと」

 

もっと苦しい記憶を取り出せ。悲しいことはたくさんあっただろう。

神は事実として認識していても、人が思う真実じゃないはずだ。

両親が恐怖と共に私を海に沈めた時を思い出せ。

町で両親が新しく生まれた弟を大切にしていた姿を思い出せ。

 

その認識の齟齬だけが人が持てる。神にないもの。

本当は取るに足らない無意味なもの。

だけど、未来の記憶なんてものは処理するだけでも並大抵じゃない。

まして、それが狂気と絶望に囚われていれば…いれ…あぁぁ

 

アィ3ウダファヂユマーダクエア。ィエザツ4ダエ9パクォサンオノガヴァ5。

オヘ2ェクーダクエハオネウウェゼ、ケクァペテセエヂバレ。

 

アツイ。ナンダ??? 深いなノは消えれ…て。

 

*レ3ベエゲフ7ダェ1。

 

さらに光が強く輝く。

 

「…、…、………」

 

あれ? 正常に戻って…る?

 

だったらもう一度…いいえ、違う。

今も私の中には記憶が渦巻いている。

だけど、どれも届かない。アイツにはもちろん。

私自身さえも記憶が風化したように感情が動かない。

 

「・・・・、・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・」

 

なるほど時間を遡って耐性をつけてきたってことか。

そのうえで私のクオリアを壊したってことね。

 

つまり、一撃で倒さない限り次の瞬間過去に遡って対応策を持ち出される。

しかも、一撃で倒す方法思い浮かべると、テレパシーみたいに心を読まれる。

だから、一撃で倒すような反射行動が必要。

 

大丈夫、ちゃんと予想で来ている。

今更心が壊れたくらい何とでも直せる。

だいたい私はすぐに死んですぐに生まれるんだから。

 

心を狂わせて読み込ませてもダメな場合はどうするか?

 

もちろん最初から決めてきている。

方法も起動方法以外は記憶を消してきている。

私が覚えていなければ、来るとわかっていてもどんな攻撃か対応策はないだろう。

 

未来の私が作り、その記憶を消し、起動方法だけを残した武器。

 

「これ、エネルギーの奪い方がおかしい」

 

光が私のエネルギーを奪っていく。

零点エネルギーが低い粒子に変換していくけど、こっちの耐久力的にも一撃で決める必要がありそう。

 

「そんなことは知ってる。それでも、私は…。間違っていても、私は私の歩んできた未来を信じる」

 

どんなに失敗でもそれが私が自分で選んだ道だから、自分で変えられるはずだ。

 

偽の真空で隠していたエネルギーを爆発させて、ブラックホールの向こう側から私が送った何かを呼び寄せる。

 

空気もないのに唸り声が頭に響く。

暗闇なのに何かの存在が鮮烈に意識に焼きつく。

 

光が2つになった。

 

え? これだけ? これが未来の私の答え?

敵を増やしたっていうの?

それとも、まさか失敗?

 

けれど、私の予想はどれも違っていた。

 

光が2つ現れたその時から、光同士がお互いを消そうとうごめく。

 

あ、そっか。そういうこと。

未来の私が考えたのは神様を別の時間からもう一柱呼び出すことだったんだ。

 

普通に考えれば、別の時間の自分なんて一番協力できそうだと思ったけど、そうじゃないんだ。

神は唯一絶対でなければならない。

 

それが2つ存在すれば、どちらかを消そうとするのは本質的な行動なんだ。

お互いの力は互角。このまま相打ちになってくれなければ、もう1個の方法も使うしかない。

記憶から消しているから、こっちもどんな方法か分からないけど、

未来の私が創ったものなら、きっとこの時のためのもの。

 

 

どのくらい続いたのか分からない。

 

1分か、1時間か、1年か、光はお互いを消費しながら静かに消えていく。

 

後には何も残らない。完全な静寂。

 

(あれ? 天沼矛は? あ!?)

 

しまった。

 

今頃気づいたけど、天沼矛ってあくまで大地を創るための物なんじゃ…

だとしたら、このままだと宇宙が生まれる前の何だか分からない渾沌の海のままだ。

 

とにかくあたりを探そう。

あれだけのものだから目立つはず。

 

(ない、ない、ここにもない、あっちにもない、ど、どうしよう…)

 

もしかして、これは失敗なのでは?

 

原初の前に、あんなただ光ってるだけの塊が出てくると思わなかった。

てっきり天沼矛で攻撃してくると思っていたけど、あれじゃそんなことはできない。

 

そういえば、原初の泥も減ってきているような…

 

どうしようか? 全部なくなったもイザナギやイザナミは出てくるのかな?

もしかして、それに合わせて天沼矛も誕生したりしないだろうか?

 

日本神話で天沼矛ってどうやってできたんだっけ?

 

ああ、もう、こうなったら直接神世紀300年の世界を作ろう。そうしよう。

ごちゃごちゃ面倒なこと考えてたけど、落ち着いて考えてみれば、ついさっきだって別時間軸の神様同士をぶつけて戦わせたんだ。

 

地球の一つや二つ。未来から切り取って持ってこれるだろう。

最悪でも、四国くらいなら何とでもなるはずだ。

 

ぞくり、と背筋が震える。

 

振り返らずに5秒前に戻って、すぐに飛びのく。

 

「のわぁ、何!? 今の?」

 

見えない何かが通り過ぎたことだけは分かる。

でも、それが何なのか全然分からない。

 

エネルギーや物質は今の世界にはない…こともないけど、

そういう形や何事かじゃない。

もっと、あやふやな何かだ。

 

(まさか、さっきの光を倒せてなかった?)

 

目を凝らして見つめる。と言ってももう目で見ていないから気分の問題だ。

でも、この何もない空間では自分のことは自分で定義するしかない。

 

――そこには光失ったソレがいた。――

 

まさか、それにしても自分同士で対消滅してもまた出てくるなんてね。

これは、さすがにまずそう。

次が最後の手段。これ以上は本当に思いつかない。

 

 

そのまま用意していたそれを呼び出す。

 

いつくかの宇宙を繰り返して、思いついた最後の手段。

素粒子とよばれたものの本質。物質としての素粒子と広がって現象のようになった素粒子。

 

今まで私は素粒子として何度も生まれては消えていった。

けど、これからそれをさらに1段階飛び越える。

 

再び、励起したエネルギーが吸い取られていく。

だけど今回は抵抗する必要はない、

何故なら……

 

(これは、想像以上にきつい。油断すると私がすぐにバラバラになりそう)

 

嵐の夜に飛ばされた木の葉のように、荒れ狂う力に耐え続ける。

私の持つエネルギーはほとんど吸い取られてしまった。

 

それでも、あと少し、もう少しで届くはず。

 

立ち眩みにも似た前後不覚。その終わりとともに待ち望んだその時が訪れる。

 

(間に合った。もう一度だけ。届いて。お願い友奈)

 

光を失った神も、私が呼び出したそれに気づいたようだった。

 

何のことはない。私の目的がそのまま最後の力になる。

宇宙の創造という始まりを省略して、神世紀300年の地球の周辺時間を切り取って、時代をずらして置くだけだ。

 

瞬間、それまで吸い取られ続けていたエネルギーが嘘のように逆流し始める。

 

私がやったことはごく簡単な理屈。

正直なところそんなので何とかなるなんて自信は全くなかった。

 

私がいた神世紀300年7月30日をそのままこの時空に持ってくる。

 

――世界を作れる者はだれか? それは神のみである――

 

もともと作ったのは神様でも、まだ何もしていない神様ではなく、

すでに完成した世界を用意した私のほうが概念的には神様に近い。

 

これが中国の神様なら、一柱じゃそんなに影響力はなかっただろう。

これが西洋の神様なら、唯一絶対だから裏技で何とでもなるはずだ。

これがアメリカの神様なら、復活とかするかもしれない。

 

でも、この世界にいた神様は日本の神様だった。

だから、名前があり、言葉があり、そして魂を持っている。

何かを為した者が神様として敬われる。それがこの国だ。

 

「さあ、これでこっちのほうが格としては上だよね。

 貴方に恨みはないけどこの世界は私が引き継ぐ。

 そして、私こそが誰も泣かない世界にしてみせる」

 

それが正しいはずだ。みんなが笑顔であるならきっと正しいはずだ。だってそう言っていたもの。

 

声なんて意味はないけど、声にして宣言する。神様に、このボク自身に。

 

「…………………、…………」

 

壊れたレコードのような繰り返しの中に、いらだちと驚きの心がありありと見える。

でも、創世神自体がその感情に慣れていないため、まともに行動できない。

 

「傲慢ね…だとしても、だれも愛さない神様。貴方は…」

 

未だ最期の悪あがきのように不遜にも、私の上に昇り続けようとする

神様を見上げる。

 

「もう必要ないの。貴方は! この宇宙にとって!」

 

いくつもの宇宙を呼び出し唯一神を浸食する。

 

声にならない私への糾弾が虚空に響き渡る。

 

それでも私は諦めない。

どんなことがあっても、諦めることだけはしない。

 

世界の創造。文字通り想像すらもできないけれど、ここまで来たら後は進むだけだ。

 

矛盾する対の唯一神として力を使い、今また世界の創造という神の権能を私が先に掠め取った。

 

すでにそこにあるのは旧神。ただの神様の抜け殻だ。

 

因果関係で考えればおかしなことだけど、そもそも時間のない始まりだからこそ、

因果の考え方も違っている。

 

それでもなお、光を失い黒と化した旧神は私から世界を取り戻そうと迫ってくる。

でも、もう恐れるものは何もない。あれほど感じた唯一神としての迫力は

もうどこにもない。

 

「さようなら、神様……もう、終わりにしよう!!」

 

何度も繰り返してきた。

 

始まりは友奈が意識を失くしたと知った時だった。

ただもう一度友奈にひとめ会いたかった。

もうあの時の声も聞こえない。

 

それから、時間を超えられるようになって、幾度も幾度も宇宙の始まりまで戻っては繰り返した。

それでも、人の心の動きはいつも変わっていって、同じことは二度と起きなかった。

まるで不可逆なエントロピーのように。

 

歌野と水都に会ったときは、はじめは友奈に関係ないと思ったけど、何故か無視できなかった。

それなのに諏訪の人たちとの間に、修復できない傷を残してしまった。

今でもあの世界のことは後悔しか思い出せない。

 

それも、もう終わり。

 

すでに光も闇もただ静かに雪解けのように消えていく。

 

 

暗闇と静寂の中、ぽっかりと浮かぶ明かりが見える。

ああ、いつの間にかこんなに世界に近づいてきたんだ。

 

 

戻ったらどうしようか? 確か私が友奈の入院先に知った日だから、少し時間をおいてから友奈に会いに行こう。

 

それから、歌野と水都を助ける方法も考えないと。

あれ? この世界ってバーテックスいないんじゃない?

 

と言うかバーテックスがいないなら、神世紀じゃなくて新世紀になっているのかな?

ああ、でもやっぱりバーテックスが襲ってきたことになっているのかな?

 

たぶん、7・30災厄自体が起きようにできないと思う。

今の私ならそのくらい余裕だよね。邪魔しそうな天の神もそもそも作られなければどうということはない。

 

そうだよ。物語はやっぱりハッピーエンドにしよう。

 

期待はふくらみ、想像は捗る。きっと明日は希望に満ちている!

 

 

そう、確かにこの時の私はそう信じていた。

愚かで傲慢な私は、全然神様のことが分かっていなかったんだ。

 



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帰ってきた女子

区切り方が分からない。まだまだ修行が足りないです。


勇者さん、貴方が一緒に畑を作ってくれて、初めて一緒にご飯を食べて、一緒に眠れて。

そして、ようやく、私は初めて生きていていんだって思えたんです。

勇者さんがそう言ってくれたような気がしたんです。

 

 

私は勇者さんが励ましてくれたから、

こんなにたくさんお野菜も果物も作れたんです。

この世界に希望を見つけることだってできたんです。

だから、だから、ありがとう。

 

 

 

私はもう、ちっともさみしくない。とっても幸せです。

私を助けてくれた私の勇者さん。

逢えなくても私はずっと勇者さんと一緒です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クックックッ、はっはっはっ。ハーハッハッハ。ぐぇ、げほげほ」

 

口の中に虫が飛び込んできた。ギャー。

 

「ママー、あの人、お口に虫が入ったよ」

「見ちゃいけません。いくよ」

 

後ろで外野が何か言っているようだが、今の私は気分が良いので気にならない。

 

「今日は良い日だー」

 

諸手を挙げて今日と言う日に感謝する。

感謝する神様がいないので、ただの気分の問題だけど。

 

 

現在時刻午前7時3分。

 

あと100メートル直進すれば、友奈の家である。

 

この時をどれほど待ったことか!

 

ついに作り出した天地の神々は生まれず、友奈だけが誕生する世界。

試行錯誤は大変だったけど、バーテックスも生まれさえもしなかった。

人類は今も地球中に満ち溢れている。

 

神々がいない世界となった今、私を阻むものはもういない。

あ、やっぱ、今のなし。私が神様の代りだから、

神様いないと私がこの世界にいられないじゃん。

 

あの光の神は、原初の時にすら二度と現れなかった。

たぶん、時間や次元を超越した存在だから、

一度消えてしまうと過去現在未来すべてでいなくなるとか、そんな感じだろう。

 

門柱が見えてきた。間違いなく結城と書いてある。完璧だ。

 

あっ、やばい緊張してきた。

 

客観時間で見ても2年ぶり3000とんで4回目の友奈の家だ。

主観時間で考えたら…やめよう。

肉体年齢は13才なのに、おばあちゃんになった気分になる。

 

あと、10歩でたどり着く。ようやく届いた。

 

初めは何して遊ぼうか? 久しぶりに組み手とかやっても良いかもしれない。

それか、久しぶりにでっかいケーキでも焼いてみる?

 

あと、9歩

 

そう言えば東郷さんを紹介してもらうんだったっけ。

 

あと、8歩

 

一応、家の配置とか住んでいる人とかも同じになるようにしたから、

友奈のところに東郷さんもいるかもしれない。

 

あと、7歩

 

たしか、毎日起こしてもらっているとか言ってたっけ?

 

あと、6歩

 

でも、友奈って朝苦手だったかな? 一緒に登校していたころは

私が遅れる方だったんだけど。

 

あと、5歩

 

しまった。手土産とか持ってきた方がよかったかな?

地方の名産とか中学生が買える金額であったかな?

 

あと、4歩

 

よかった。中に人はいるみたいだ。

もし、友奈がいなくてもおじさんかおばさんはいるってことだよね。

 

あと、3歩

 

冷静に考えたら、平日じゃん。学校どうしたのって聞かれそう。

 

あと、2歩

 

また迷子になったっていうしかないけど、もう私も迷子にならないんだよね。

 

あと、1歩

 

インターホンに手をのばす。

 

あと…はない。ゼロだ。

 

思考と同時にインターホンが耳慣れた機械音を鳴らす。

 

「はーい、ちょっと待って…」

 

扉が開く。ようやく、ここまで、ここ………

 

赤い髪にワンポイントで飾られた花びらのような髪留めが揺れる。

まるでそれ自体が生きているかのように輝く瞳。

さっきまで聞きたかった声を奏でていたはずの柔らかそうな唇。

 

でも、それでも…

 

「ち…」

「あの?」

「ちが、ちが…ち」

「ええっと、血? 大丈夫ですか? 怪我とか?」

 

何なの? これは何なの? なんで? どうして?

 

目が眩むのは朝日が逆光になっているせいじゃない。

目の前の光景を理解できない。

 

自分の鼓動の音がひどく耳ざわりに響く。

心臓なんてとっくに要らなくなっているのに。なんで動いているの? 

お願いだから今はボクの邪魔をしないで。

 

「違う、違う、違う、違う。キミは違う。こんなのは間違っている」

 

鈍い頭痛が現実だと嘲笑う。髪を振り乱し叫び続ける。

 

「こうじゃない。こんな…こんなはずはない!!」

 

そんなことがあるはずがない。

 

ボクの目の前には確かに友奈はいるはずだ。

いいえ、確かに扉が開く直前まで友奈の声だった。

上空のグレイグーからは友奈の情報が送信され続けている。

 

今まさに! この瞬間にも! 

 

目の前に友奈がいることを示している。

3つの予備系統すべてが同じ値だ。

すべての機械が間違うことはない。あってたまるか!

 

でも、でも、今、目の前にいるのは…

 

――どう見ても、友奈に見えなかった。――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクは逃げた。逃げて、逃げて、逃げ続けた。

四国を飛び出し、地球を飛び出し、太陽系を飛び出し、銀河系を飛び出し、

宇宙をさえとびだし、過去に未来にさまよった。

 

まるで銀河鉄道のように。それでも、やっぱり戻ってきた。

私は諦められない。諦めることができない。もう、私の意思とは関係ない。

 

戻ってくると電子に姿を変え、いろいろ調べる。

讃州中学の名簿、市の戸籍や住民票、あらゆる公的な資料で、

友奈は間違いなく存在している。

 

住所も間違いない。両親も私の知っている人たちだ。

ちょっと悪いとおもったけど、東郷さんのパソコンにある動画にも映っている。

あのトラップの数々は普通のハッカー対策とは違う気がする。

何かやましいものでもあるのだろうか? 

 

電子そのものになる私は平気だけど、あれはまずいような気がする。

 

友奈がドアを開いた時も上空のグレイグーに監視させていたけど、

映像、音声、新陳代謝の変化、どのモニタリングデータで

見ても間違いなく友奈だった。

ドアが開いた瞬間に別の世界に入れ替わった可能性もない。

この日のためにすべての分枝世界は潰してきた。あの瞬間だけは、その可能性だけは100%だ。

 

(どういうこと? 他の人や機械は友奈を認識できるのに、私は友奈を認識できない? そんな馬鹿なことが…)

 

何がどうしてこうなった?

 

原因として考えられることを、整理してみる。

 

1つ、原初に戻った時に創世の神を倒したことが原因。

2つ、原初の泥が原因

3つ、素粒子変換が原因

4つ、時間移動が原因

5つ、どこかで神様関連の呪いを受けた

 

ダメだ。心当たりが多すぎる。

前例が無さ過ぎて何が起こるかなんて分かったものじゃない。

 

言えることは、3つから5つは認識がおかしくなっている原因としては

関連性が少なそうに見えることくらいか。

3つ目と4つ目は、おじいちゃんや両親に私のことが認識されている以上、

私から友奈への認識がおかしくなった理由としてはピンポイント過ぎる。

 

誰かが意図的にやっているなら分からなくもないけど、

今の私を陥れることができるような存在なんて、

よその世界の神様くらいしか思いつかない。

 

5つ目はそんな呪いを知らないうちに受けている、なんてことになったら、

友奈を認識できないどころの話じゃなくなってしまう。

 

倒せば解除できる呪いなら、神様を含めて対立した相手をすべて倒してきたから、

もう解除されていると思う。

念のためビッグバンあたりからやり直してみたけど、結果は変わらなかった。

 

「松永。俺の授業でよそ見とはいい度胸だな。当然、次の問題も答えられるんだろうな」

 

気が付くと、数学教師殿が私を見下ろしている。

 

そう、神樹様がいなくなったせいで、以前より人の心はすさんでいる。

だから、こういうやつも教師になれる。

まあ、今回は授業を聞いていなかった私が悪いんだけど。

 

「4(xー3)(y+17)で良いでしょうか」

 

私は黒板に立つことなく言葉だけで答える。

 

「…合ってはいるな。だが、授業は前を見て聞くものだ。注意しろ」

「はい」

 

そのまま教師は前は教卓に戻っていく。

 

「ねーねー、どうして今の分かったの? まだ式を書いてる途中だったのに」

「予習の力だよ、やっちゃん」

 

隣の席のクラスメートにあだ名呼びで答える。

 

未来予測で授業の内容を脳に無理やり記憶させているので、

予習には違いない。ズルだけど。

 

友奈と会える日について、トラブルが起きそうな分岐をすべて潰したので、

前後1日くらいなら未来予測も大きな誤差はでない。

 

まあ、記憶については、いろいろ覚えるために

脳を弄ってむりやり映像記憶を後付けした器質なので卑怯な気もするし、

いつかは削除しなくちゃいけない。

全部片付いたら自分の体も元に戻さないと。

 

そう、これは手段。目的じゃない。

 

その意味では友奈に会いに行った翌日から、いつも通りに動けていることに嫌な気分になる。

知っていたことだけど、ショックを受けた後の私の行動は正常すぎる。

混乱して友奈の目の前から電子になって飛び去るという慌てぶりだったのに、

寝る前には次の行動を計画し始めている。

 

理由は分かってる。迷子になる前からそうなっていた。

私の始まりの記憶。自分の本質。

 

 

 

 

 

昔から慣れるのは早かった。でも、そうじゃない。

 

(やっぱり、私は友奈がいないとダメみたいだよ。糸の切れた凧のようにどこかに行ってしまいそうだ)

 

過去に戻ったりするときは、自分の感情が劣化しないように

定期的に記憶に関する脳細胞や神経発火を維持強化していたけど、

客観時間でも2年経過していることで、いよいよ限界が近い。

 

持ってもあと半年くらいだろう。

 

それ以上は、また友奈と出会う前のようになってしまう。

 

ぶるり、と身を震わせる。まだまだ残暑が残る中なのに、

寒気を感じるのは心が冷たいから体もそう感じているんだろう。

 

私はまた戻ってしまうのだろうか? 両親から気味が悪いと言われていた日々に。

別に今更仲直りができるとは思わないけど、このままだと、

今の友達ともいつか、ずれてしまうかもしれない。

 

(友奈に会いたい。そうすればきっと…)

 

最後の授業は体育だ。そろそろ移動しよう。

 

もし、その時までに友奈に会えずに元に戻ったら、今の私はどうなるのだろう?

かつてのボクのようにわけの分からない衝動に任せて、

意味のない行動を繰り返すんだろうか?

 

記憶を保存し追加することはできる。

ニューロンを発火させれば喜怒哀楽を感じることもできる。

 

でも、それは心あるいは魂なのか。

私が本当に感じていると言えるものなのか、

それは誰にも分からない。なにしろ神様に匹敵するくらい長い時間を過ごしてきても、

私には人の心は分からない。自分の心もホントなのか分からない。

 

(神様か…うーん、やっぱりいたほうが良いのかな? でも7・30災厄はなあ)

 

一つだけまだ試していない前の世界との違い。バーテックスの襲来と人類の滅亡。

 

70億人の犠牲を見過ごすこと。

 

確かに一番違うところだけど、それは…

 

(いくら私でも、それは…ちょっと重いかな)

 

とりあえずは、他の方法を考えてみよう。

何とか時間だけはまだまだたっぷりある。

 

もう人類が滅びる危険はないんだから。

 



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松永沙耶は神である

とりあえずこの話で、始めに思いついたところまではほぼ書けました。



コーヒーから立ち上る湯気が室内に広がっては消えていく。

 

電子となってあっちこっちのコンピュータから手に入れた情報とナノマシンで採集した試料が映るディスプレイをにらみつける。

 

「やっぱり、普通に友奈が映ってる。いったい、何なのこれ」

 

いくらデータを見直しても、新しい情報を追加しても、物理的には友奈はそこにいる。

 

(やっぱり、おかしいのは私の方か。でも、どういう現象なんだろう? 見えているはずのものが認識できないって…)

 

今の私は素粒子レベルで宇宙のすべてに広がりをもつ非局所的な遍在者。

過去現在未来のすべて、森羅万象に常に接続している。

ううん、そのものと言ってもいい。

 

それなのに一番見たいものが見えないなんて、滑稽すぎる。

 

まったく論理的でも物理的でもないけど、私が世界の歴史を書き換えたせいなんじゃないかとさえ思えてくる。

 

(やっぱりそういうことなの? でも、それじゃこの世界は友奈にとって…)

 

前から考えていたことがある。

 

結城友奈とは何者か?

 

過去と未来を行き来し、何度も時を繰り返した今の私になら理解できる。

初代勇者の一人と言われる高嶋友奈。

その高い勇者としての適性を再現し、四国防衛のために供えられた勇者であるべき存在。

 

つまり、はじまりの勇者の一人である高嶋友奈が勇者とならなければ…

 

「友奈という存在はその一部が欠落する。人類が滅んだから友奈が必要?」

 

最悪の可能性。それは友奈がいるためには…

 

「世界の…人類が滅ぶ?」

 

ここまで友奈の因子が強いものだとは思わなかった。

これでは呪い…いや托卵じゃないのかと思ってしまう。

世界を救うためと言い、実際はその誕生と共に勇者として戦う運命を背負わせるなんて。

 

とにかく、初代勇者である高嶋友奈の因子が原因かまでは断言できないけど、確認するしかない。

ただ、そのためには…

 

「誰かが天の神の代わりに人類を滅ぼさないと」

 

ううん、違う誰かなんていない。天の神を二度と現れないようにした以上は、私がやるしかない。

 

やるしかない、はずなのに…

 

「できるの? 本当に?」

 

能力の問題じゃない。何も難しくない。歴史通りにバーテックスを作ればいい。

でも、人間である私が人類を滅ぼす。

誰のためにもならないし、誰の役にも立たないし、誰も望まない。

 

ただ私が望むために世界を滅ぼす。

 

それは本当に最期の方法。

きっとここが私が友奈がいる日常を生きていけるか、戻れない一線になる。

 

もちろん、ここを超えれば共に生きる未来はない。

 

そんなことは誰が赦しても私が赦さない。

 

西暦の勇者についても、歌野以外のことは知らないけど、歌野は上手くやっていたほうだと思う。

だけど、私がいただけで、諏訪はあんなにめちゃくちゃになってしまった。

 

今度はあの時とさえ比べ物にならない。

自分の意志で世界を滅ぼす。

 

「それでも、私は諦めない」

 

だから、バーテックスが現れなかった世界の西暦2306年の上に、原初にいた神様を倒した時と同じように、神世紀287年を上書きする。

 

後は天の神を滅ぼしてしまえばいい。

 

天沼矛もあるし、時間停止しながら高天原に昇ってサクッと天沼矛をフルパワーで撃てばいいし、1回でダメなら時間をプランク単位でずらしながら、何本でも撃ち続ければいい。

 

時間も場所も私自身すら複製できる今の私なら、できないことなんてない。

 

 

――ただ、友奈に会うことを除けば――

 

 

すべてが終わったら、私が過去に遡って知った記憶。手に入れた力。身に着けた知識。

そのすべてを破棄して、もう一度だけ友奈に会いたい。

 

(もう、天の神もバーテックスもいなくなれば、別に今の記憶がなくなっても良いんだから)

 

天の神がいなくなって、炎の世界がなくなれば、素粒子変換も時間移動もいらない。

 

永遠に等しい時間使い続けた能力だから、

あるのがあたり前だと思っていたけど、もともと普通の人間には必要ない。

 

あとは私と友奈の誕生日になる西暦2306年3月21日に帰れば良い。

 

歌野と水都のことはなんか適当に出会いのきっかけでも取り持てば、西暦2010年代の日本ならそうそうおかしなことは起きないと思う。

 

他には今回と同じように2306年までは世界に大きな混乱が起こらないように調節しないと、

2015年時点ですら人間社会はだいぶ揺らいでいたし、そのあたりもちょっとは手を入れたほうが良いだろう。

 

子供の私が余計なことをするとややこしくなりそうだけど、2015年以降も気分が悪くなるようなことが何度も繰り返されている。

確か大きな枠で見ても、大赦の嘘が本当になったようなウイルス疾患が流行ったはずだし、その混乱で戦争が起こったこともあった。

 

でも、人間はそのたびに立ち上がって、少しずつだけど全体としては世界は良くなっていっていたと思う。

 

もちろん、後退してしまうこともあったけど、四国しか残っていない世界よりは全然良い。

 

だから、お願い。

 

もし、まだ私が人だと言うなら、ひとめ友奈に会わせてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在の時刻は西暦2317年7月30日。私と友奈が小学校を卒業する年だ。

そして、友奈が転校した私を訪ねて高知の山中まで来てくれた日でもある。

友奈達が勇者になる前で私が友奈に会えた最後の日。

 

これが終われば私は神様の代りじゃなく、ただの一人の女の子に戻る。

 

 

この日までの記憶も間違いなく、私は数か月前まで毎日のように友奈と遊んでいた。

 

ちゃんと、友奈は友奈だった。

 

これでもう何も恐れることは無い。私の願いも叶った。

バーテックスがいないことも確認したから、今日が終わるころにグレイグーも

ディスアセンブラで自壊を始める。

 

歌野と水都を出会わせるのは、少しおせっかいを焼いたけど、

やっぱり二人とも仲良くなってくれた。

 

そう言えば高嶋友奈ってどんな人なんだろう?

結局今日まで確認してなかったから、最後まで貌も知らないままだ。

けど、まあ、いっか。どうせ神様のかわりなんてしなくて良いんだし、もう関係ないよね。

 

大丈夫。記憶も記録も間違いなく一致している。

 

縁側で切ったスイカを並べながら、友奈を待つ。

ホントは私から会いに行くことも考えたけど、できるだけあの時と同じにしたかった。

そうでないと、また、友奈が見えなくなってしまう気がして怖かった。

 

でも、それも、もう大丈夫。

つい数か月前まで、私は毎日友奈と一緒に遊んでいた。

 

友奈のお父さんに聞いたことがないような武術を教わり、

友奈の誕生日には友奈のお母さんといっしょにケーキを焼き、

毎日学校に通い、他の友達と勉強し、

時には二人そろって遅刻しそうになったり、

 

だから、間違いない。

 

私は友奈を認識できたし、友奈も私のことを認識している。

目の前には友奈が書いた手紙だってある。

今時紙の手紙とあの時は思ったけど、これのおかげで友奈がちゃんと私を見てくれるって、信じられる。

今となっては私の証そのもの。

 

「おーい、沙耶~」

 

だから、ほら、ちゃんと友奈が来てくれた。

もうすぐ着くと電話をくれた時は、驚いたけど、やっぱり友奈だとも思えた。

 

陽炎が立ち上り、夏の日差しが輝きながら、その道を照らす。

もう、その姿は見えているけど、眩しすぎて細かいところがぼんやりする。

 

それなのに…

 

 

ああ、真実が現実よりも優しければ、どんなに良かっただろう。

 

 

 

現実は間違いなく友奈がいるのに、私の心は正反対に沈みこんだままだ。

 

そう、詳細は見えなくてももう分かっている。今度もダメだった。

どんなに揺れる赤い髪が同じでも、

どれほどその笑顔があの日と寸分たがわず同じでも、

どれだけ待ち望んでいた声でも…

 

ゆっくりと手をふるその姿は友奈には見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、パチンとスイッチが切り替わるような音がする。

 

ここは私の部屋の中だから周りを見渡してももちろん誰もいない。

ボクはその姿を見たその瞬間、もう一度過去まで時間を引き戻した。

 

どうして、こうなってしまうんだろう?

ああ、誰か教えてください。神樹様…

 

 

 

ううん…違うよね。これは言い訳だ。分かっている。

バーテックス襲来を起こさないと、友奈は友奈として存在しない。

友奈因子がなくなっちゃうんだ。

 

 

やっぱり、私が結城友奈として認識しているのは、あくまで友奈因子を受け継いだ友奈だったんだ。

神世紀に生まれた友奈と呼ばれた少女をすべて確認したから理解できる。

 

300年だ。

 

そのほんのわずかな時間。

どれもが友奈が生まれてくるために、かけがえのないものだったんだ。

 

 

確かに時間を切り取って、その瞬間に世界を始めることはできる。

まるで時間樹の挿し木のように、昨日まで江戸時代だった日本を、明日には西暦4000年のシリウス星系に地続きにすることだってできる。

 

普通は何も影響はでない。というより物理的には何も問題は起きない。

物理的に見れば対称性が保たれていれば、時間も空間も置換可能な可逆なパラメータに過ぎない。

 

問題が起きているのは心とか意識とか、あるいは魂とかの方だ。

 

人の心は時間を不可逆のものとして認識している。

 

だから、時間の流れを途中で切りとって、宇宙の始まりに持って来ても、積み重なった歴史、引き継がれてきた想い。受け継がれた魂は存在しなくなる。

 

 

そして、バーテックス襲来が発生しない世界では、友奈は私が知らない姿になるんだろう。

 

「ああ、本当にもう私は友奈と違ってしまうんだ」

 

厳密には違うとわかっていてもそう言ってしまう。

どれだけ、物理的にも性格的にも完全な友奈がいたとしても、それは違うんだ。神様の視点から見れば同じでも違うんだよ。

 

神様の視点から見れば差異はなく、人間の視点から見れば違いが際立つ。

 

あれはまだ未確定な友奈の状態を人間に見える形で映しているだけに過ぎない。

ホントは最初から分かっていたことだ。

 

私が諦めて友奈因子を必要としない世界の友奈を認めれば、それで良いのかもしれない。

 

けれど、それはもう友奈じゃない。

これは理性や言葉の意味じゃない。それはただ友奈として反応するだけの別の人だ。

 

だとしても、私は決めなくちゃいけない。

すべてを満たす方法はもうない。

 

私が神様側に成り代われば、私は友奈を認識できない。

私が人間側に戻れば、友奈は最後の戦いで意識を失う。

 

 

友奈が生まれてくるために世界を滅ぼすか、友奈と二度と会えなくなるか。

正しくても間違っていても、きちんと自分で決めて、そして進むために。

 

私の心はすぐに世界を滅ぼせと囁く。

私の友奈との思い出は、たとえ二度と会えなくなっても世界を残せと言う。

 

間違いなく友奈ならそうするだろう。だからこの物語はこれで終わりなんだ。

 

私が歩く道はもう決まっている。

 

どれだけ力を得ても、どんな経験を積み重ねても、たとえ世界を支配できても、そうとしかなれない。

 

「だって、私は初めからそういうものなんだから」

 

つぶやく声は少しコーヒーの香りがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーコロジーの外に出てみようと思う。今日でこの世界は見納めになる。

 

アーコロジー…完全環境都市。

 

外界の汚染された大気と海洋から隔離され、天候にも左右されない人工の楽園。

普通の人なら市の許可とか、防護服の準備とかでそんなに気軽に外と出入りはできない。

 

人ならば、だ。

 

私はもう人じゃない。だから、光になればアーコロジーの特殊ガラスをすり抜けて、

こっそり外に出る。

 

アーコロジー計画自体は割と古い。

21世紀にはプロトタイプがアメリカのアーコサンティに存在していたらしい。

 

もっとも、今のアーコロジーは当時と違って、巨大建造物の中に都市が入っている。

マンションの親玉の中に、商店街をビルのテナントのように入れているみたいな感じ。

 

アーコロジー以外にもいろいろな都市計画がある。

できるだけ人の住める土地を限定することで、それ以外の土地の自然を回復させ、地球としての持続可能性を探るため、2100年代から様々なケースが作られては消えている。

 

将来的に発生するギガフロート海洋都市計画や、宇宙空間での居住についても、これが元になる。何度も歴史を繰り返して確認したから今回も同じだろう。

 

でも、その前に一つの問題を超えられない歴史もある。

 

ぶっちゃけ、お金がある人はアーコロジーの空調と水道が完備された快適な都市に住めるけど、お金がない人はそんなところの賃料や土地の購入はできなかった。

 

それでも、あらゆる環境に耐えるように設計されたアーコロジーは、皮肉にも環境の激変による人口減少により、辛うじて続けることができていた。

 

(でも、これって冷静に考えると、完全に人類の斜陽。黄昏時代だよね)

 

落ちる夕日に自分たちを重ねながらそんなことを考える。

 

西暦2319年、バーテックスがいなくても人類は少しずつ終わりへと進み始めていた。

いや、あらゆる生命は始まったときから終わりつつあるもの。

 

なんてことを思っているけど、結局はこの世界を無かったことにする言い訳だ。

 

それでも、バーテックスがいなければ、とにかくすぐにはどうこうならない。

100年か1000年か、それくらい先のことだ。

問題を解決して、海洋や宇宙に住めるようになる場合もたくさんあった。

 

(どんな終わりを選ぶかは自分たちで決められる。それが生命の特権だ。でも、私はそれを破壊しようとしている)

 

 

神様のいない世界にしておいて今更だけど、私個人が世界を良い方向に持っていける

自信は全くない。

 

どこまで行けても、私は中学生でただの子供でしかない。

良かれと思って余計なことをした結果、世界が混乱したりしたら目も当てられない。

 

でも、ここで見聞きした技術は次の世界でも役に立てられる。

問題はそれを実現する立場まで持っていく方法だけど、いきなりナノマシンを暴走させていろいろやっても、混乱しか巻き起こさなかった。

というか、一度それで大変なことになった。

 

誰か優秀な政治家さんとか、稀代の革命家とか、時代を進展させる科学者とか知らないかな。

 

まあ、そんな都合の良いものはいないし、何だったら自分がそうしろって話なんだろうけど、私は問題解決はできても、未来を創ることはできない気がする。

私ができるのは今ある何かを破壊することが前提だし。

 

例えば、グレイグーに使ったナノテクノロジーや量子重力の理論を使うとしても、どう使えばいいか私には分からない。

 

なにより、世界をどうするかは人間が考えることであって、人じゃなくなった私が手を出す領分じゃない気がする。

 

誰かに使ってもらうとしても、肝心の友奈と接触できないんじゃ何もできない。

友奈以外の友達も何人か思い浮かべてみるけど、みんな中学生だ。

実際のところ友奈が一番適しているように思う。

 

少なくとも物心つく前に量子状態の私を観測したのは友奈だ。

 

ハイハイ友奈が興味本位でベッドの下から私を引っ張り出してこなければ、私はそのまま何も感じないまま終わっていたんじゃないかな。

 

(そう考えると、私は友奈を友達だと思っているけど、本当のところは友達というより…やめよう。こんな事いくら考えても答えなんてないんだから)

 

あの時、私が初めて素粒子に変換されたのは、致命的なまでの確率の結果。

宇宙の寿命を三倍しても起こらないはずの確率が起こした偶然だ。

 

けど、たまたま同じ日に生まれた友奈が私の隣にいた。

 

そして、消えていく私を認識し、そこにあるものとして確定している。

 

普通の人間なら素粒子になって消えていく人間を見ることは叶わない。

けれど、友奈は神樹様によって生まれた特別な存在だ。

 

ヒト(モノ)としての私が消えていても、人間(たましい)をそこに見つけて。

 

 

そうして、私は人間として観測された。

 

過去に戻った際に、友奈に観測されていない場合も確認したけど、その場合、やっぱり私は行方不明のまま消えている。

 

実際の歴史と違って、両親はそのあとに生まれた弟を過保護なくらいかわいがっていたけど、今回はどうなるだろう? まあ、それも誤差に過ぎないか。

 

ちょっと、思考がずれた。

 

今は過去より未来のことだ。

いや、過去に戻るつもりなんだから、過去には違いないけど。

 

「ああ、もうややこしいな。よし、始めるよ」

 

一度頬叩いて立ち上がる。

 

戻るのは西暦2015年。

 

ゴールは私が生まれて2日後に行方不明になって、7時間後に友奈に観測されるまで。

そこまでの歴史を固定できれば成功だ。

 

私はやっぱり友奈に会いたい。

 

 

だから――

 

「私は西暦の人類70億人を捨てる。そのために私は…」

 

広がる荒野。汚れ切った空気。でも、人類は生きている。

 

それでも、私はそれを捨てる。私の望みのそのために。

 

10回くらい失敗した。

 

喉が引きつって声が出なくなった。

途中で泣きそうになった。

言葉がうまく出てこなかった。

威厳が足りずおかしな人になった。

バーテックスを出しすぎて、誰も残らなかった。

 

そして、そのすべてが私になる。

 

宇宙のすべての電子に接続し、この瞬間だけの叫びを込める。

この世界と、人としての私に向けて。

 

「礼賛せよ、喝采せよ、そして歓喜せよ。我はこの世界を創りし者。この世界は我のもの」

 

違う。こんなの嘘っぱちだ。この世界は本当は誰のものでもない。

 

けれど、私はこうやって進み続けてきたんだ。

 

そして、やっぱり、私は友奈にひとめ会いたい。

 

 

「我こそは汝らが祈ったもの、願ったもの、見上げるもの。 恵みを降らせ、光を降らせ、命を降らせ続けたもの」

 

 

だから、友奈が生まれてくる未来を作り出すために…

 

すべての時間の量子・クローノンをたたき起こし、インフラトンに情報を乗せて送り出す。

 

私が…

 

「我は天の神。我の望みをかなえられなかった汝ら、我の与えたものを使いつくした汝ら、そして、我の領域に届いたと嘯く汝ら、人類を粛清する」

 

天の神…人類を粛清し世界を滅ぼす者。

 

私がその天の神と成る。

 

目の前に広がるのは2015年7月30日の地球。

 

無数のバーテックスをあらゆる時間からコピーし地球へ降臨させる。

 

 

かつて、原初にあった泥さえすべて飲み干し、光さえその意思諸共消し去り、いずれ自分が見たであろう景色を出現させる。

 

時間もなく、居場所もなく、知る人もいない。

 

神を滅ぼした者が次の神となる。ある意味必然の理。

 

 

 

バーテックス達が人を食らう。

私の意思に従って、すべては300年後に友奈が生まれてくる世界を用意するために。

 

バーテックス達がいろんなものを壊す。

私の意思に従って、すべては300年後に友奈が生まれてくる時代を創るために。

 

バーテックス達がたくさんの地獄を生み出す。

私の意思に従って、友奈に会えないという私の理不尽な八つ当たりを広げるために。

 

 

 

 

なんだか、目がぼやける。焦点がずれたみたいだ。

まるで自分の意識が広がって薄くなっているみたい。

少し眠たい時に似ている。

 

まあ、いっか、寝ちゃおう。300年は待ちだし。

あとはバーテックスが人類を殺しすぎない程度に、逐次投入するようにして放っておけばいいか。

 

何だか考え方もおかしい。いや、もともと私はこんなんだったっけ。

 

ああ、もう、ホントに眠いや。あと、あとは何をしなくちゃいけないんだっけ?

 

でもあと一つこの世界でやる事が残っている。歌野と水都だ。

 

目が覚めたら、畑の手伝いをするって言ったんだっけ。

 

それが終わったら眠ろう。すべてが終わって一度だけ友奈会えたら、西郷さんを紹介してもらわないと、ちゃんと仲良くできるだろうか?

 

「だから、バーテックス。私が認め、私が許し、私が欲する。人類を粛清せよ」

 

 

そうして、私はとうとう天の神となった。

 



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Point of No Return

東京ドーム、さいたまアリーナ、武道館、偕楽園、兼六園、後楽園。

 

ただ、眺めていた。

 

普段は人にあふれていた場所も人の代りに血と骨がうず高く積み重ねられている。

やっておいて今更だけど、供養代わりに遺体を燃やしていく。

 

けれど、ただ鈍い痛みだけが心に疼く。

 

誰が言ったのか、一人の死は悲劇になるが、たくさんの死は数値にしかならないらしい。

 

生死でさえも希少価値で揺らぐ曖昧な者たち。それが人間なのだろうか?

 

(つまらない考えだ。ただ私が友奈が生まれてくるように世界を導くだけ。そう、ただそれだけ)

 

すでに世界の人口は1000万人を下回った。

人類が霊長なんて呼ばれていたのも過去のことだ。

 

でも、これも自然の摂理。必然なのかもしれない。

 

どんな強者も衰退と言う終止符を迎え、新しい世代へと移ろいいく。

 

「70億人か…私達の日常なんて、こんなに簡単に終わっちゃうんだ」

 

もう、笑いしか出てこない。最初の1年はだいぶ悩んだ気もしたけど、それもよくわからない。

 

それでも、狂気は必要ない。そんな弱さは私自身が赦さない。

他の誰でもない。私が自分の意思で人類を粛清したんだ。

だから、目は反らさない。どれだけ時間が経っても、どれだけ酷いことが起こっても、どれだけ必要だったとしても、

 

「私が背負うもの、だから狂って、泣いて、叫んで、逃げたりなんかしない」

 

いろんな人を殺した。

正しい人、間違っている人、善い人、悪い人、

賢い人、短気な人、優しい人、冷静な人、

偉い人、馬鹿にされていた人、みんな等しく分け隔てなく殺した。

 

「そう言えば、今日は友奈の誕生日か」

 

突然降って湧いたような感情。

 

友奈の誕生日と言うことは私の誕生日でもある。

けれど私の誕生日は祝われるものじゃない。

いえ、祝われてはいけないものだ。

 

けれど、友奈の誕生日なら祝っても良いだろう。ケーキでも作ろう。

まだ一緒にいられた頃はよく焼いていたイチゴの乗ったショートのやつで良い。

 

けど、そう思った時には焼きたてのスポンジに生クリームとイチゴが乗っかっていた。

 

願えば叶い、祈れば通じ、思えば顕れる。

 

私はもう何かを手ずから作る事さえもない。

私は世界であり、世界は私である。私が認めれば成り、私が拒絶すれば無かったことになる。

だから世界こんな風になったのは私の望みだ。

 

かつての天の神はなんて…もう関係ない。

 

今は私が天の神であり、私が人類を粛清した。それが真実だ。

 

壊れた喫茶店の野外テーブルの上で一人で座り、

十二星座のバーテックスに囲まれながら、今度はローソクの火を灯す。

 

レオから貰った火は風が吹いても、季節外れの雪にさらされても翳ることなく、白い蝋を溶かしていく。

 

「ハッピーバースデー、トゥーユー。ハッピーバースデー、ディア、友奈」

 

まだ、生まれていないのにバースデーソングを歌うのも何だかおかしかった。

 

「おいしいなぁ、味気ないなぁ」

 

腕前が落ちたわけじゃないと思う。再現度が悪いわけでもない。

確かに私が昔作ったものとおんなじ。ただ、味覚自体がない。

 

味覚だけじゃない、痛みも、暖かさも、冷たさも、何も感じない。

私はそんな外的要因の影響は受けない。

バーテックスとおんなじだ。

 

だから、今も感じるこの痛みは物理的なものじゃない。

ただ私が無様に縋って人間を懐かしんでいるだけ。

弱い心の象徴で、愚かさゆえに起こったもので、打ち克つべきものだ。

 

それでも、まだ私は人間としての心が残っている。この痛みがその証。

 

きっと、神様になるってこういうものに勝って行かないといけないのね。

 

バーテックスを降下させて3年が経った。

 

昨日、大阪の地下街も皆死んでしまったから、土地神の結界以外で人が生きている場所はない。

 

3年間は状況を変えたくなかったから、諏訪には歌野一人で対応できるほどの数しか送っていない。

 

けれど、そろそろ時間だろう。

この後カムイどもと海神どもも地上から退去させるつもりだ。

 

でも、その前にやることがある。

私は歌野と水都に会うつもりだ。

 

 

 

たぶん、二人は諏訪に残るだろう。

結果は分かり切っているけど、私はそれでも二人に話したいことがある。

 

「決着は私の手で終わらせよう。この時代の最後の未練だ」

 

蠟燭の火が消え、夕闇が町に満ちる。

 

さあ、行こう。わずかの間共にあった彼の地へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十二星座すべてのバーテックスとともに甲府盆地を飛び立つ。

このまま中央本線鉄道跡を北西に進めば、明日のうちに諏訪につく。

その時が諏訪の終わりの時だろう。

 

歌野がどれだけ頑張っても、十二星座すべてが集結し、天の神たる私自らが向かうのだから勝ちはない。

 

こっちが攻める側なのに気が重いのは、きっとこの先に起こることが分かっているからだ。

 

それでも、きっと歌野は私を止めるだろう。

 

だけど、話くらいは聞いてくれるかもしれない。圧倒的に有利な敵からの交渉の誘いだ。

自分ひとりならともかく水都のことも考えたら、無視はしないだろう。

というより、私が聞いてほしい。

 

「アリエス、アクエリアス、ピスケス、諏訪湖を迂回して北側に展開」

まず、3つの影が戦列から離れていく。いずれも諏訪湖自体に攻撃できる。

 

「スコーピオン、キャンサー、サジタリウスは西」

また、3つの影が離れていく。レオを除けば3体の連携は随一だ。

 

「カプリコーン、タウラス、ライブラは東」

さらに3体の影が3つの影が離れていく。タウラスのベルとライブラの風があれば十分だろう。

 

「レオ、ジェミニ、ヴァルゴは私とともにこのまま前進」

 

さて、これで明日にはこっちの布陣はできるだろう。

そうなれば諏訪からは誰も逃げられない。私を倒すか、あるいは……

 

まずは神託で水都に接触してみよう。

 

大丈夫、大阪の地下街で何人かに試してみた。

 

やりすぎておかしくなった人もいたけど、それも調整した。

 

 

……

………

 

これは…土地神が妨害しているの?

 

まあ、いきなり襲ってきて今度は少しだけ助けるなんて矛盾しているけど、このままだとどうにもならないと思うんだけどな。

 

仕方ない。

 

「やっぱり、直接降りるか」

 

降臨…いや神が臨むんだから神臨か?

 

「このまま進む。目的地は諏訪大社本殿」

 

私を乗せたレオがまた進み始める。

 

地上の有様は酷いものだった。

 

電車が倒れ、どこかでまだ燃え続けている。

いくつか原子炉も暴走を起こしていたはずだ。

何個の発電所は停止させたけど、数十年。下手をすると数百年は人が近寄れないだろう。

 

あまり急がずに定期的に神託を試みてみるけど、やっぱり邪魔されて届かない。

無理やり飛ばしても良いけど、別に諏訪に着いて直接会ってからでも構わない。

 

今日はこのあたりで寝よう。日も落ちてきてるし。

太陽神である天の神が地上に降りてきているのに日が落ちてきてるなんてウケルけど、冗談にならない。

 

寝ると言っても人類が築いた文明と一緒に建物もボロボロだから雨露をしのぐぐらいしかできない。

ほとんど野宿みたいなものだ。

 

違うか、そもそも、もう私は休みを取る必要なんてない。

ホントは味だって感じないんじゃなくて、必要ないんだ。

食べ物も、飲み物も、寝る必要だってない。

 

私は人間だ。

 

どんな力を手に入れても、どんな姿になっても、どんな権利を手に入れても。

 

分かってる。分かってる。分かってる。

 

この前みたいにケーキを食べたり、今みたいに横になるのだって、私が意地になっているだけだ。

 

地祇…神樹様や土地神に私は違う、っていやがらせみたいに人間として振舞っているだけ。

でも、実際やっていることはたくさんの人を苦しめて、殺して、悲しませている。

 

それでも、私は諦めない。絶対に友奈にもう一度ひとめ会うために…

 

パチンと焚火で木が爆ぜる音が響く。

 

バーテックスは何も語らない。ただ私のそばに侍るだけ。

 

眠れもしないけど、横になり目を瞑る。

 

思考を無数に分割し、平行世界を覗き込み、また世界を組み立てなおしても、

歌野は一度も引かなかった。

 

水都を無理やり四国に飛ばして、ひとりぼっちにしても、私の前に立った。

 

だから、今度はやり方を変える。

 

諏訪を守りたいと言うなら、あの時と同じように諏訪ごと四国まで移動させれば良い。

今度は自衛隊にも邪魔はさせない。

 

私自身の手で四国まで送り届ける。

 

その結果として、歌野達が疑われる世界線もあったけど、それでも死んじゃうようりはよっぽど良い。

最後、神樹の神託で歌野達が私の軍門に下ったわけじゃないのはすぐに分かったんだけど。

 

回想しているうちに夜が明けていた。思ったより時間が経ったみたいだ。

授業と同じで、嫌なことをしている時は時間が経つのが遅いはずなのに、やっぱり、少しの間でも一緒にいたから会いたいと思っているのだろうか?

 

「…行こう。全バーテックス移動開始、諏訪周辺500mまで侵攻。その後別命あるまで待機」

 

もう、日が昇る(わたしがみえる)。そろそろ歌野も畑に出ているだろう。

 

移動する数分間の間に話すことを考える。

 

まずは降伏勧告。次に四国まで送ることを提案しよう。

 

そして、大切なことがもう一つ。

 

これは絶対に受け入れてくれないだろうけど、それでも、言わなくちゃいけない。

たとえ、私の自己満足。ただのエゴだとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いちゃった…」

 

正直に言えば、ずっと今の状態が続いても良いと思っていた。

 

私がバーテックスを送り込む数を調整すれば、ずっと歌野は諏訪を守り続けられる。

 

その間に四国を先に攻撃して、歴史通りにすれば結界の外で歌野と水都の時間は止まり、神世紀300年まで残ることもできる。

 

 

「でも、きっとそれは違うんだよね」

 

今、私の目の前に歌野がいる。

 

天地を覆いつくすバーテックスの数はすでに歴史上の人類すべてを超える。

それらが微動だにせず、中心には人間である私と歌野だけがいる。

 

「貴方は…どうしてバーテックスの中に人が?」

「それは私が人でないから」

 

歌野は初めの間は、私が避難民だと思っていたみたいだ。

だけど、私はもちろん、歌野も攻撃しないバーテックスを見て話す気になったみたい。

ここまでは前の世界と同じ。

 

「人じゃない? それじゃ、貴方は誰?」

「私は…」

 

さあ、言うの。どんなことがあっても、私の思いはただ一つ。

 

私は諦めない。友奈に会うの。他のすべてを諦めて。

 

「私は天の神。貴方達人類を粛清した者」

 

歌野にしては珍しく本気で驚いて、そして、恐れの感情が見える。

 

「そう、そうなのね。そのフォース。バーテックス達は貴方に従っているように見える。とうとう…」

「ええ、私自らがここにいる。どうあっても諏訪に未来はない」

 

歌野、貴方ならわかるはず。

 

例えすべての土地神がそろっていても私を倒すことは無理だ。

本来の歴史通りの天の神ならともかく、今の私はその天の神さえも消し去ってここにいる。

いえ、これが本来の歴史になった。

 

もう、どこの並行世界にも、どこの時間にも、どこの場所にもあの天の神はいない。

あれがどんなつもりで人類を粛清したのかは分からない。

けど、私が人類を粛清する理由はただ一つ。

 

私はもう一度友奈に会いたい。

 

ただそれだけだ。だから、これが私ができる最大の譲歩。

 

「それは、分からないわ。逆に言えばここで貴方が粛清をストップすれば、それで人類は生き残るもの」

「倒す…とは言わないんだね」

「それはインポッシブルね。私じゃ無理でしょ」

 

 

 

歌野はあっさりとその事実を認めた。

てっきり、可能性があるならとか言い出すかと思ったけど、そうじゃないみたい。

どっちかって言うと、私の心変わりを考えているような言い方だ。

 

「それでも、貴方は…白鳥歌野は立つのね」

「オフコース。だって私は勇者だもの。最後のその時まで、みんなで生き残る道を諦めないわ」

 

そう、あなたはそう選択する。だからこそバーテックスではなく、私自らがここに来た。

 

「では、貴方に、いえ、提案…いえ、命じる」

 

両手を広げて、できるだけ尊大で、それでいて寛容な態度に見えるようにする。

大丈夫。バーテックス相手に何度も練習してきたから問題ない。

 

「命令? 今?」

 

歌野が不思議そうな顔をしている。同時に困っているようにも見える。

覚悟して出てきたら、敵の総大将に命令するって言われたんだから、当然だろう。

すっかり、喋り方が元に戻って口元も緩みまくってるけど、これも緊張の裏返しと思って、流してほしい。

って、私は天の神なんだから誰かに何かをしてもらう必要はないんだっけ。

 

「そう、今こそ、諏訪のすべての人々に告げる。私は天の神。降伏しなさい。そうすれば、今この時は貴方達を四国の安全圏まで送ってあげる。そして…」

 

満面のドヤ顔を決めて諏訪中の人の心に直接言葉を送り込む。

 

「代償として、歌野と水都には私の眷族として、私とともに悠久の時を生きてもらう」

 

完璧だ。これは間違いなく受けなければいけないだろう。

提案なら断られる。だったら命じればいい。これ以上はない。

諏訪にとって、最上の結果だ。

 

もし、これが歌野と水都だけを眷族にする提案なら歌野は断るだろう。

水都も首を縦にはしないだろう。

何故なら、それはすでに人の道ではないから。

 

でも、皆を助けられるならどうだろう?

 

重要なのは皆を人のまま生かし、歌野と水都を私の…天の神の眷族とすることだ。

これなら、諏訪は四国のための囮としての役目を果たしたことになる。

前のように歌野が合流したことで、天の神の侵攻が早くなったわけじゃないから、諏訪の人たちを追放したりする意味はない。

 

「さあ、返事を聞かせて!」

「それは…でも…」

 

何回やっても歌野と水都だけが助かる提案じゃダメだった。

けど、諏訪全体が助かる命令なら歌野は拒めない。

 

あとは諏訪の連中が……

 

あれ? 返事が返ってこない?

おかしい。ここはみんなそろって大喜びするとこだよ?

 

―なあ、これ違うんじゃないか?―

 

は? 今思ったやつ出てこい。私がどれだけ苦心してこの提案を考えたと思ってる!

 

―眷族ってことは歌野ちゃんと水都ちゃんを見捨てるってことなんじゃ―

 

何を今更! あの時と同じように歌野と水都に詰め寄れば良いじゃん。

自分たちだけ安全になれば、お前たちは満足だろうに。

 

―そうよね。今まで歌野と水都が頑張ってくれていたんだものね。二人を置いてけぼりになんてできないよね―

 

「みんな…」

 

ほら、私の提案を受けるか迷っていた歌野も驚いているじゃない。

 

「お前たち…何なのだそれは? いつも大勢のために少数を見捨ててきたくせに、なんでこんな時だけ違う? 今度も歌野と水都見捨てて、とっとと逃げれば良いだろうに。私は歌野と水都にしか用はないんだ!」

 

わけが分からない。なんでグレイグーを出したときはあれだけ歌野に詰め寄っていたくせに、今回は危険を冒してまで歌野と水都を助けたいなんて思うんだ?

 

「矛盾している。それだったらグレイグーの時に、信じてくれれば、そうしてくれていれば、私はこんなところまで来なくて良かったんだ! ねぇ、歌野、水都。分かっているでしょう? 貴方達ならみんなを助けるでしょう!」

 

苛立ちのまま喚きちらす。私が悔しくて地団駄を踏むたびに地震が起きる。

無数に分割したはずの思考すべてが沸騰する。

 

「…そうね。私は勇者だもの」

「私もそう思う。そして、土地神様も」

 

いつの間にか、歌野の隣に水都が来ていた。

あの怖がりの水都がバーテックスの海を歩いてきたのだ。

 

「水都もいるなら、ちょうど良い。さあ、私の手を取って。そうすれば…」

 

しかし、私は次の言葉がでなかった。

 

「結界が? どういうことなの? みーちゃん」

 

歌野が驚いている? では、これは土地神行っている。

そう……こっちはちゃんとあの時と同じように動いてくれるわけだ。

 

さすが神様。諏訪の人たちがバカなことを言い出した時はどうなるかと思ったけど、どうやら3年間待った甲斐があった。

 

諏訪の囮としての役目が終わったのだ。

だから、歌野から力を取り上げ、眷族になる前に邪魔者にならないように始末する気だろう。

 

「そんな!? 待って、今、変身が解けたら…」

 

歌野の変身が解除され農業王Tシャツに戻る。

 

「ふふふ、あーはっはっはっはっはっ、ひい、ひい。いやったぁあああ」

 

絶叫しながら、ガッツポーズを決める。

 

「ほら見ろ、ちょっと頑張ったくらいで、神なんて信用できるか? あいつらは思い通りにならなければ、簡単に与えたものを取り上げるんだ。はははははは」

 

ここだけ完璧で絶好調になりそうだ。

 

誰かが間違っていると言った気がした。それでも、今、この時は…

 

「ボクの勝ちだああああああああ!」

 

おっと、いけない。あんまり土地神が予想通りの動きをしてくれたから、一人称が小学生の時に戻ってしまった。

今は神様らしく振舞わないと、クールダウン。

 

「さあ、これで分かったでしょう。天だろうが地だろうが、神様は人の思いなんて分かっちゃいないんだよ。キミ達は見捨てられたの。だから、さあ、みんなが生きるためにボクの手をとってよ、歌野、水都。 そして、か弱い人間も、傲慢な神も、脆い肉体も、移ろいやすい魂も、みんな捨てて、共に永遠を分かち合おう! キミ達にはその価値がある。必要なら他ならぬ天の神がそう命じよう!」

 

歌野と水都に両手を差し出す。口調がどうにも戻ったままだけど、もう構わない。

繰り返すこと幾星霜。ついにボクは歴史を変革できるところまで来たんだ。

 

「そうね。貴方の言う通りかもしれない。それでも私は最後までみんなを、諏訪を守るわ」

 

歌野の静かな声が妙に響く。

 

「うたのん、聞いて、諏訪はもともと囮だったの。だから、もう私達が戦うことは…」

 

水都の悲しい声が響く。何も感じていないはずなのに、何かが目覚めそうだ。

 

「アイシー、分かっているわ。それでも私は、白鳥歌野は勇者として、人として戦う」

「…分かったよ。うたのん。だったら私も最期までうたのんの巫女として生きるよ」

 

そうだよ。それでこそ歌野と水都だ。

それはきっと、ボクが友奈と過ごしたかった日々だ。

だから、その光景を永遠のものとしたい。ずっと、見ていたい。

 

神だの、勇者だの、そんなものはボクが描く絵本の世界だけで十分だ。

手が届かないからこそ嬉しいものだ。

 

「うん、うん、そうだね。キミ達は諦めない。ボクはそのことを知っている。でも、もういいんじゃない? 土地神からは勇者のお役目は御免だって言われたんだよ? だったら、ボクの眷族として生きていけば良いんじゃない。大丈夫、ボクは約束を守るよ。ちゃんと諏訪の人たちを四国に…」

 

けれど、ボクの言葉は光に遮られて続かない。

 

そう、光だ。

 

圧倒的な光が質量を持ったように押し寄せてくる。

これは土地神の諏訪の力? 今更何を?

 

「なんの光ィ?」

 

―歌野も、水都も、今まで俺たちを守ってくれていたんだ。だったら―

 

青い光が歌野に降り注ぐ。

 

―そうよ、私達だけじゃない。歌野ちゃんも水都ちゃんも一緒に生きるの―

 

赤い光が歌野を包み込む。

 

―子供だけ差し出して知らんふりなんぞできるか―

 

黒い光がボク達を翳らせる。

 

―死ぬのは年寄からって決まってるんでな。順番は守らんと―

 

白い光が歌野の後ろから差し込む。

 

―勇者さま、いなくなっちゃ、嫌だよ。だから、帰ってきて―

 

金色の光が歌野からあふれ出る。

 

 

接続したままの諏訪の人たちの心が聞こえるたびに集まる光が増えていく。

 

声、声、声、接続を切っても、響き渡る。

その度に光が増えて、歌野が眩く輝き、あたりを照らす。

 

ボクの、天の、太陽の、光の、神に比べるべくもない。

でも、確かに光はそこにある。

 

そして、

 

「うたのん、聞いて。土地神様が…」

 

はじかれたように水都が顔を上げる。

神託か? でも今更何を?

 

ボクが思うまでもなくそれは顕れた。

 

「御柱? ミシャグジさまか。今度は人々の光を取りに来たかい?」

 

そう、こいつらがいる限り、ボクの勝利は揺るがない。

 

空に浮かぶ御柱達、こいつらが結界を解いた以上、例え歌野が変身できたとしても、例え水都の祈りがどれだけ真摯でも、例え諏訪の人たちの心が一つになっても、

 

「ボクは揺るがない。変わらない。そして、絶対に諦めない」

 

神が人を信じることはない。神とは信じられる者。

 

決して自分たちから人のほうに歩み寄る事なんてない。

できるはずがない。だからボクの前の天の神は人類を粛清したんだ。

だから、きっと、今度も役目が終わった歌野と水都に土地神が力を貸すことは無い!

 

 

 

 

 

―それは、違う―

 

 

 

 

 

 

否定。それは誰でもできる。だけど天の神であるボクを否定する者。それは…

 

「ふん、何が違う? どう違う。誰が違う? しょせん、お前たちは人に歩み寄れない! 何も変わらずそこにいるだけだ。分かったらとっとと四国に合流してこい」

 

顎で、南西の方角を指す。

 

 

―今、この瞬間において。太古の盟約を破棄す。勇者よ。人の子よ。その思い、その輝きがいつか消えるとしても―

 

 

何を? 土地神は何を言っている? 思い? 思いを見たから何だというの?

違う、そうじゃない。なんで…

 

「何故言葉で伝える!? それは…それでは、まるで人じゃあないか?」

 

 

―今代の我がすべて、そなたに託す―

 

 

は? え? それじゃ、結界を解いたのは…

 

光が満ち溢れる。太陽神(ボク)を差し押いて、遍く地上すべてを照らすかのように。

 

「ええ、ありがとう土地神様。ありがとうみんな。そして、ありがとうみーちゃん。私は、白鳥歌野は…」

 

光が人の形となって語っている。

 

「最後までみんなを守る!」

 

そうして、白鳥歌野は原初の時に見た底知れぬ泥ではなく、

中空の新しい光を纏って、ボクの前に立ち上がった。

 



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勇者、再び

できればURうたのんの前に投稿したかったです。


その姿は美しかった。

 

その姿は眩しかった。

 

その姿は思い出させた。

 

その姿を見て私は…もう一度信じてみたくなった。人間を…人を信じると言い切った歌野を。

 

「そう、そう来たんなら、もうボクはキミ達を否定しない」

 

そう、これだけされて、ホントは歌野を助けたいとか、こんなはずじゃなかったとか、そんな女々しい言葉なんて言わない。

たとえボクが女の子だとしても。

 

純粋にこの先に続く世界を見てみたい。

本当に人が人として生きると証明できるというなら、こうして話している間にも集まり続けて、

文字通り星の数のバーテックスを目の前にしても、諦めないと言うなら、

 

あの時、歌野達を見捨てた神が、歌野達を信じなかったはずの人達が、

 

「今度はボクに立ち向かうと言うのなら、全身全霊を持って応えよう」

 

天沼矛を引き抜く。そう、全身全霊だ。最初から使って見せる。

 

「ボクは松永沙耶。新世界の創造主にして、天の神。誕生日は神世紀287年3月21日。牡羊座。好きなものはうどん。特技は絵本作り。将来の夢は宇宙飛行士」

 

何の意味もない自己紹介。自己満足。自己陶酔。

ああ、ボクが神様になったのは、ちゃんとみんなのことを知って、ボクのことも知ってもらって、そうして歩いていくためだったんだよ。

 

「そう、それが貴方のリアルなのね。だったら…。私は白鳥歌野。諏訪を守る勇者。誕生日は2006年12月31日。山羊座。好きなものはそば。特技は野菜を育てること。将来の夢は農業王」

 

本当に何の意味もない。

それでも、やらなくちゃいけない。これまでも、これも、これからも。

 

「さあ、天の神。いえ、沙耶」

「うん、勇者よ、いえ、歌野」

 

 

ボクの体を通して光が広がる。光はバーテックス達を天へと退去させる。これはボクが望んだ戦い。

純粋な人達と、それに答えた神だけの世界。ボクが認め、ボクが愛し、ボクが向き合う。

 

「「勝負」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホントは戦わなくても良いんだろう。

最初に提案したとおり、歌野と水都を天の眷族として迎えれば良いだけなんだから。

 

でも、諏訪の人たちは前回と違って最期まで歌野達に付き合うと言った。

そして、今まで一方的だったはずの土地神が何故か人と共にあると言う。

 

できるというのなら見たい。

どれほど日常が遠くになっても人は帰れるというのなら…

 

「その意思が本物か試させて。炎よ」

 

首にかけた小さな鏡ペンダント。その12の宝石が赤く光る。

八咫鏡を模したそれから生まれた炎は間違いなくレオの最大火力。

 

月夜に浮かぶ太陽の輝き。

 

これを止められるなら、本当にも本気だと思う。

 

「さあ、今こそ! 今一度の戦う力を」

 

放たれた炎はまっすぐに歌野に飛んでいく。

 

本当なら結界でも張れば良いんだろうけど、時間が停止すると人の祈りも届かない。

そんなつまらない理由で勝っても嬉しくもなんともない。

相手の力を制限するなんてもってのほかだ。それでは天の神の名が廃る。

 

最初は炎を避けた歌野だけど、すぐに思い直したのかその腕の蔦を振るう。

 

(正解。それはボクの思い通りに動かせる。どうやら本当に土地神もやる気みたいだね)

 

レオの火球はオリジナルと違い、ボクの意思に従って手足の自由に操れる。

もし、諏訪の土地神。ミシャグジさまが中途半端な力しか貸さないようなら…

 

ここで終わる。

 

歌野は強いが、それはあくまで歌野個人の強さであって、勇者としての力―霊力は神世紀の勇者システムと比べれば脆弱だ。

 

太陽が真っ二つに分かたれる。歌野の手には藤蔓だけでなく、見たこともないきれいな剣が握られている。

刀に近いけど、打刀以前の直刀のように見える。

 

(なのに、精霊バリアでさえ簡単に防げないその炎を落とした。本当にすべての力を歌野に集めたんだ)

 

「いいぞ、それでこそだ。ボク自らが出向いて良かったよ。心の底から!」

 

今度は無数の蔓がボクに襲いかかる。蔓はさらに分かれながらボクを封じようと動く。

時に蛇のよううにうねり、ときに稲妻のよう鋭く、迫る藤蔓をサジタリウスの矢で串刺しにする。

 

「まだまだ、はああ」

 

続けて、歌野がドリルのように変形した茎を回転させながら、ボクの頭上に振るう。

 

「いいなあ、本当にいいなあ。あーはっはっはっ」

 

笑いとともに全身の穴中から炎を吹き出し、絡みついた蔓を灰と化す。

続けてカプリコーンの4足を集めてこちらもドリルのように回転させる。

 

二つの螺旋が幾度も交差しぶつかり合う。空を飛翔し、地を駆け巡り、海の中に潜り、

茎の繊維が引きちぎられ、砕けた足が粒子となって空へ上る。

 

「なんてハードなの。だったら」

 

二人とも武器が砕けると、思った瞬間…

 

茎の硬さが無くなりバターに刺さったナイフのようにカプリコーンの足が茎に埋まる。

続けて歌野の背後からもう一度無数の蔓が飛び出す。けど今度は先がきらめいてる。

 

(この茎…抜けない! それに、これは…)

 

蔓の先から水鉄砲のように無数の水滴が飛び、ボクの体を溶かす。

蔓の中には溶解液が通っているのか。

 

ほんの僅か遅かった。でも、まだ間に合う。

鏡が赤い光を放ち、無数の水柱がボク達を飲み込む。

 

 

アクエリアスの水圧が溶解液だけでなくボク達を押し流す。

さらに、水はそのまま意思を持つように蔓を切断し、新しく飛び散った溶解液を中和する。

そして、ボクを守るように水が壁となって立ち上がる。

 

「これは、避けさせない」

 

移動させておいたキャンサーの反射板とサジタリウスの矢があらゆる方向から歌野にとびかかる。

それでも、歌野は飛んできた矢をうまく落としている。

そう、"飛び道具"はどんなに速くても移動してくるものだ。だけど、移動が必要ない方法もある。

 

「かかった、いっっけぇぇええ」

 

"歌野の内側から"炎を纏ったサジタリウスの矢が飛び出す。

 

「熱っ! これは…まさかテレポート? こんなことまで」

 

レオが星屑を召喚した方法の応用だ。

扉のように開くものだけど、こっそり小さな炎の扉をあっちこっちにセットしておいた。

歌野が近づけば勝手に開く時限式のトラップ。

星屑の代わりに炎を纏ったサジタリウスの矢を隠していた。

 

「まだまだ、こんなものじゃ終わらないでしょ。キミたちは。人間は、さあぁ」

 

すべての扉をオープンにして、一斉に炎を発射する。

 

「炎おの…矢ぁぁぁー」

 

背後にはキャンサーの反射板前面には無数の召喚扉。

そのすべてに巨大化したサジタリウスの矢を埋め尽くす。

 

「それでも、立ち向かうだけよ」

 

歌野はそのまま反射板を力任せに引きちぎると、器用に回転を加えながら投げつけた。

回転しながら、反射板が矢の軌道を反らして地上を穿つ。

それだけでは終わらず、纏っていた炎を一面に広げる。

炎は燎原の火のようにあっという間に広がり、あたり一面を赤一色に染め上げる。

 

でも、炎はボクのもの。直接被害を受けることは無いはずなのに、どうして…

違う。これは…

 

(これは…炎が多すぎて歌野を見失った?)

 

どこ? どこへ行った?

 

歌野の攻撃方法から近づかないと何もできないはず。

 

だったら、

 

「そこかぁ」

 

スコーピオンの尾を振るいながら、その毒針を突き出す。

それは確かに人を貫いた。

 

「取った! って、違う?」

 

けれど、その人型はあっけなく燃え尽きる。

これは蔓で人型を作っていたの?

 

それなら次に来るのは…

 

地面すれすれを這うように迫ってきた牙のように鋭い刀刃を"地面に潜って"かわす。

 

「ワッツ、地面に潜ったの?」

 

今のはちょっと危なかった。さっきまでの蔓や茎と違って、今の刀の一撃が本命だったんだろう。

刀に憑く水龍はレオの炎から歌野を守り、逆に炎を割って見せた。

最初のレオの一撃をあれで消さなかったのは、ここ一番で最大の武器を生かすためだったんだろう。

 

歌野はピスケスと戦ったことがあまりないみたいで助かった。

 

お互いにある程度手の内をさらしたためか、さっきまでと違って、距離をおいて相手を見つめる。

 

「ホントによくここまで…まさか天の力をここまで防ぎきるなんて思わなかったよ」

 

そう、本当に思わなかった。ボクが天の神として慣れていないせいもあるかもしれないけど、ミシャグジさまだけでここまでできるなら、どうして地の神が負けたんだろうか。

 

「そっちもね。今までにないウェポンも貰ったんだけど、イージーにはいかないってことかしら」

 

どういう仕組みなのか蔓は大きくなった歌野の腕部装甲に収まるみたいだ。

 

「当然。星が無くなるくらいの時間を待っていたんだ。これくらいじゃ満足できないね」

 

そう、本当に長い時間待っていたんだから。でも、その待ち時間が無駄になるかもしれない。

それでも今は、この時の人を、その心に触れてみたい。

 

だから、

 

「さってと、それじゃもう一回いくよ」

 

再開の声を上げながら、今度はアリエスの雷を走らせる。

 

攻撃力は足りていると思うから、避けられない方法を考えたほうが良い。

そして、レオの炎はあの水龍に相性が悪い。

 

その意味では光に近い速度が出せる雷はうってつけの方法だ。

防ぐことは簡単じゃないし、下手に水龍や刀で防ぐと感電する。

 

「ライトニング!? これはファストね。この」

 

続けて召喚扉を開く。

 

扉の向こうに並ぶのは矢ではなく、卵のような形をしたヴァルゴの爆弾。

 

予測なのか何なのか雷撃の速度でも、ギリギリ歌野はついてきているようだ。

でも、いきなり開く召喚扉のせいで歌野も完全に交わし切ることは難しくなっている。

 

レオは大きな扉を開いて大量の星屑を召喚していたけど、戦略的に見れば空間支配や前線の概念を無視できることのほうが大きい。

自分たちの戦力を好きな時に好きなところに配置できる。

戦いにおいてこれほどの優位性は存在しない。

 

実際、ボクが昔バーテックス達と戦ってこれたのは、インフラトンの超光速移動のおかげで、包囲網を何度も潜り抜けてこられたからこそだ。

 

徐々にではあるけど、歌野がボクに攻撃する回数は減ってきている。

 

天の神となったボクの力が、ミシャグジさまの力だけの歌野よりも総量として上回っていることもあるけど、

どれほどパワーアップしても、どうしても戦うのは歌野が一人。

それに対して、魂自体を分霊化して高揚し、戦いにのまれている自分だけじゃなく、

冷静に先々のことまで考えている自分も同時にいる。

 

戦いは数なのだ。ボクは一人だけどたくさんになることができる。

 

ここで使うのはレオの炎やピスケスの毒ガスじゃやなくて、アリエスの雷撃やサジタリウスの矢のように目に見える武器だ。

さっきみたいに爆発や炎で歌野を見失うとカウンターを受ける可能性がある。

 

一つの雷撃が歌野の左側に直撃する。

 

「ッ!、これっくらい。遠距離からのマスアタック。この力本当に天の神なのね」

「卑怯とは言わないでね。全力で戦わないと神様は納得できないんだから」

 

歴史通りの天の神と違い、ボクは全力で戦って、人類が何を見たのかを知りたい。

だから、意味がないとわかっていても止められない。

これは感情だ。遥か昔、友奈がボクに与えたものだ。

 

もし、これが原因で歴史が変わるというなら…

その時は…その時こそボクはキミ達の最高の道具となろう。だから!

 

星よりも多い無数の矢が、天を埋め尽くすほどの稲妻が、泉のように湧き出る召喚の扉が、そのすべてが歌野の一挙手一投足を見ている。見つめている。見逃すまいと捉えている。

 

「オフコース。文句なんて言わせないくらいに勝って…」

 

隙間なんてないはずなのに、歌野が振るう刀が無数を超えて無限にも等しい矢を、受け止め、払いのけ、時に盾となりながら、歌野を前と進ませる。

その歩みは遅く、無視できるくらいでしかないのに、何故か目が離せない。目を逸らしたくない。いいえ、見逃したくない。

きっと、ダメだと分かっていても歌野に一緒に来るか聞きに来たのは、この瞬間を予感していたからかもしれない。

 

「私達は生きる!」

 

歩みが、疾走となり、疾走は跳躍となる。空を駆けるだけでなく、文字通り距離自体を縮めるかのような動き。

 

「違う!? これはホントに距離が狂っている?」

 

閃くように言葉を思い出す。

 

縮地、友奈と見ていた漫画で出てきたとんでも技。

二人で真似をしようとしていろいろ失敗した。あの大技をこの土壇場で!?

精霊の中には仙人でもいたのだろうか?

 

急激に近づく歌野にスコーピオンの矢は狙いが定まらない。

縮地を使ってショートカットしてくる相手に長距離狙撃は相性が悪い。

 

「届いた。はあああ」

 

歌野の振るう蔓や刀がボクに届く距離まで近づく。

けれど、途中で透明な何かに阻まれるように放電しながら、水龍は形を崩す。

 

「ワッツ? これはバリア的もの?」

「キミたち、というか将来の話だけど、精霊バリアならぬ天神バリアだよ」

 

今は天の神であるボクや神樹のような土地神が形成する結界くらいしかないけど、いずれ勇者にも与えられるもの。

 

でも、今の時代にはない。

それに歌野の今の変身は攻撃特化で天の神であるボクを倒すものだ。

精霊バリアに回す力まではないと見た。

 

「捉えたのはこっちのほうだ。いくぞ」

 

今度はこちらの番。スコーピオンの尾を鞭のように振るい歌野を弾き飛ばす。

 

その先にあるの、キャンサーの反射板で作られた箱庭。逃げ場のないその中へ尾の毒針を突き立てる。

 

「さあ、ボクを受け入れるんだ。歌野。ともに天にも昇ろう」

 

歌野がさっきと同じように反射板を引きちぎろうとする。

 

「きゃああああ、どうして?」

 

けど、今度は反射板に流していたアリエスの雷に弾かれて反対側の反射板にぶつかりそうになる。

それでも、歌野はダンスか体操のように体を回転させながら、狭い範囲でうまく毒針を避ける。

 

「でも、それは動けないでしょ」

 

そう、ここまでは時間稼ぎ。本命は動きを止めた瞬間。

 

「いくよ。これが天の神としての本気」

 

ペンダントの勾玉が今までの赤ではなく白く輝く。

 

かつて、原初で見た光。今ある世界となった輝き。闇を打ち払うもの。

 

「さあ、目を醒まして、天沼矛」

 

本来の歴史なら四国での戦いが終わった後で使うことになるけど、今となってはそんなことより、目の前のことののほうがよっぽど大切だ。

 

西暦で眺めるだけでなく神として臨んだのは歌野と水都を助けたかっただけ。

 

何度も失敗したけど原因であるバーテックスも掌握した今のボクならできると思った。

 

粛清を実行してしまった今、あとは歴史通りに乃木若葉以外の勇者を殺すしかないと思っていた。

 

――友奈以外は諦めるつもりだった――

 

でも、今、諏訪の神と人はボクの歴史を超えようともがいている。

必死になって生きようとしている。

ボクがグレイグーを使った時は、歌野にさえ疑いの目を向けた彼らが、だ。

 

「本当に、ホントに変われるというのなら、今こそ、ボクも応えてみせる」

 

後のことなんて関係ない。今は、今だけは、今、この瞬間こそがすべて。

友奈に会いたいという(わたし)の思いでなく、人を見続けた(ボク)として、今度は人の姿を間違えない。

 

もう、助けてと言える友達も、祈れる神も、憎む敵も持てなくなった。

全部自分だけで、自分のことを押し付けて、自分しかいないけど、それでも…

 

「うたのん、お願い」

 

祈りの言葉、ああ、聞こえないはずの鐘が聞こえる。

 

諏訪の人達は、もうほとんど生きていない。

人の形すら消えて魂だけが歌野にどんどん集まってくる。

 

歌野は気づいているのだろうか? いや、どっちでも歌野は進むだろう。

光の中をただまっすぐに。だけど…

 

「まだだよ。天の神(ボク)の力はもっと、もっと、ずっと遠くへ響く!」

 

鐘の音が大きくなる。タウラスのベルじゃない。もっと近く。心臓の音だ。

もう、とっくに要らなくなって気にもしてなかったけど、まだ動いてくれていたんだ。

ボクを人の形でいさせてくれたんだ。

 

見ているかい、地の神()よ、聞こえているかい、月の神()、そして、かつての天の神(ボク)よ。

 

「神として言葉は違えない。光よ!」

 

ボクは正しかった。間違っていたけど、この瞬間ができるというのなら人はまだ希望となれる。結果なんていう後付けじゃない。

ここにいるすべての人が天の神(ボク)に向き合っている。

 

どれほどの光が天沼矛から光が降ろうとも、世界の理が幾度消え去ろうと、人は変わらない。

 

ああ、もう歌野の顔がはっきりと見える。

あっちこっち傷や赤みが見えてる。それでも歩みは止まらない。

もう勇者装束もいつもの状態に戻っている。

それでも、光を切り裂きながらまっすぐに昇ってくる。

 

「これで…フィニッシュ」

 

歌野が大きく振り被り、その手の先にある鞭が、それ自体が意思を持つようにボクに届く。

いや、本当に意思を持っているんだろう。視界の端で御柱がひとつ砕けるのが見えた。

 

乾いた音が響き渡り、ボクの手から天沼矛が離れる。

弾かれた衝撃で天沼矛が光をバラまきながら飛んでいく。

海が、山が、町が、いくつも蒸発していく。

 

それでも、天沼矛は間違いなくボクの手から離れた。

 

――ああ、本当に届いたんだ。きっと、今の歌野なら元の天の神には勝てたんだろう。それなのに、どうして、本当の歴史ではできなかったんだろう――

 

 

「そうだね。これで終わり。キミたちの魂、確かに天にも届いたよ。だから…」

 

天沼矛さえ退けた今、それは確かに天の神にも届いただろう。

本当ならここでハッピーエンド。

 

歌野がボクに代わって天の神となるか分からないけど、ここで終わりにすることもできる。

けれど…

 

「ボクは絶対に諦めない」

 

何があっても、ひとめ友奈に会いたい。

 

だから、ここでは諏訪の人たちを見逃すことはできない。

 

「っ!、これは!?」

 

今、すべての束縛から諏訪から切り離す。

時間も、場所も、何もなくなる。

 

夢のような時が終わる。

 

 

これは天の神ではなく、ボクの持ち込んだ力。

 

真空崩壊による宇宙規模の消却。

 

かつて、高天原と黄泉の国の間で使ったバーテックスを力で倒すもの。

 

すべてが光へ、そして皆共に。

 

「貴方達も連れていく! 歌野おおお!」

 

光の満ちた先にいるはずの歌野と水都に手を延ばす。

 

御柱が完全に崩れ落ちる。それは戦いの終焉だ。

 

すべてがただの素粒子になり、魂さえも白く清められる。

諏訪の人々はすべて四国へ、そして、歌野と水都を天の眷族として…

 

「おおおおお、沙耶ぁああ」

 

音を置き去りに、光を飛び越えて、影さえ残さず、王が飛び立つ。

 

朝日が昇る。光がその透けていく横顔を照らす。

 

それは天の神となったはずのボクよりも……本物の太陽よりも輝く。

 

消える命の灯。最期の輝く姿だ。歌野、キミは、キミたちは…

 

「私の最期のアタック。受け取れぇぇぇ」

 

すでに神の力は失われ、肉体も還り、何の力もないはずの幻。

でも、目を逸らせない。指一本動かせない。声の一つもでない。

 

なにもできない。

 

私が、ボクが、神が、迫るその姿に自動で生まれるはずのバリアさえ作れない。

当然だ。そこにないものを防ぐ方法なんて、ありはしない。

 

歌野は気づいているんだろうか? 自分がとっくにいなくなっていることに。

ああ、きっと、それでも諦めない。それでもまっすぐに向かってくる。

 

そして・・・

 

「が、はっ……」

 

重さなんてないはずの歌野の幻がボクの胸を打つ。

それなのに、それでも、だからこそ、何かが壊れる音がした。

 

「うたのん、お疲れ様」

「みーちゃんも、最後までありがとう」

 

二人の姿も少しずつ解けていく。

その姿がぼやけているのは素粒子変換の影響じゃない。絶対に。

 

それなのに、それなのに、それなのに、なんで透けて見える諏訪の姿までぼやけるんだよ。

 

「…最後に教えて歌野。ボクにも分からない。なんでそんなに笑顔ができたの? 眷族でも良かったじゃんか。それでもどうして戦ったの?」

 

ボクは何を言っているんだろう? 自分で攻撃したくせになんで歌野達が消えることに動揺しているんだ?

だいたい答えなんて、さっき教えてもらったじゃないか。

 

「…そう、でも沙耶、私はやっぱり貴方とは行かない。私は最後まで…いいえ、最期を過ぎても人としてあり続ける。でも、もし貴方が人に還れたなら…」

「だから、その時は、またね」

 

ボクは今度こそ凍り付く。動いてはいけない。受け入れなくてはいけない。

例えどれほど哀しくても、どれほど悔しくても、どれほど口惜しくても。

 

人が歩いてきた道を否定なんてしない。絶対に。

 

確かに時間は遡れるけど、この時は繰り返したくない。終わってほしくない。いつまでも残っていたい。

放課後の校舎のような懐かしい感覚。

 

でも、声なき声さえ響かない。

 

「乃木さん、後は、よろしく頼みます」

 

二人の姿が朝露とともに消える。

 

胸元の鏡が朝日を返して輝く。その光が照らすのは諏訪の残骸。

魂はすべてここにある。目に見えるものじゃない。時空から切り取っても永遠にできない。

それでも、ここにある。いつまでもここにある。

 

「分かってる。分かっているよ。その魂は絶対に忘れない。どれほど時を繰り返しても。約束は果たすよ。だからおやすみなさい。勇者たち」

 

言っていることは無茶苦茶だ。この戦いを始めたときにこうなることだって分かっていた。

分かっていたはずなのに、私はボクを止められなかった。

 

殺したのはボクだ。歌野達が命を落としたのはボクがいたからだ。

それでも、歌野も水都もここにいたんだ。だから…

 

遠く、海を超え、空の向こう、星の彼方まで、ボクの声が遍く世界に届く。

それでも、もう、歌野の魂も水都の命も見えない。

 

ただ、自分の声がいつまでも響いていた。

 



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第2部
西暦2019年4月23日


歌野と水都は去った。もう、幻さえ見えない。

 

おそらくその魂はミシャグジさまを通じて地の神が回収したんだろう。

諏訪の人たちについては回収されなかった。

やっぱり神樹は何も分かっていない。

 

(御柱は…ミシャグジさまは分かってくれたんだろうか? 人は変わるものだって、変われるものだって)

 

もし、分かってくれたのなら、もしかするとこれからも変わるのかもしれない。

ボクが幾星霜費やそうとも変えられなかったものが変わった。

 

(もしかすると、ひとりではどれほどの力を得てもダメなのかな? だとしたらその違いは何だろう?)

 

もし、力を合わせることで変わるのなら、残りの勇者もその地域の人たちと協力して生きているのだろうか?

 

だとすれば、ボクは…

 

(あ、一人称戻しとかないと)

 

どうしても興奮すると"ボク"で喋ってしまう。

 

ゆっくりと一呼吸。

 

「ボクは私だ。私にすべてを委ねます」

 

今となっては必要ないけど、こうすると何となく落ち着く。

別に"ボク"でも構わないし、その方が自分らしくはできる。

もう喋り方が男の子みたいだとイジメられたり、注意されたりすることもないだろう。

 

でも何となく続けてしまう。もう人間の決めたルールに従うことなんてないんだけど、

それでもやめられない、やめたくないと思ってしまうの何故なんだろう?

必要がなくて、自分も好きじゃないことを、何故か続けてしまう理由。

きっと、今の私はそんな不便さ、不自由さ、フラストレーションを感じていたいと思ってしまう。

 

 

じくりと何かが痛む。

あちこちペタペタと触ってみても何ともない。

どこが痛いのかも分からない。

 

首をかしげてあたりを見渡す。

 

戦いの余波で廃墟とすら呼べない無機物の集まりとなった諏訪。

もちろん私しかいない。

 

畑を見て、ふと思い出す。

 

「…確か歌野が使っていた種があったはず。海外で回収した種も育ててくれるかな? それからバーテックス達に野生動物除けをさせておこう」

 

ああ、それなら天の神としての力で雨に濡れないようにしておくのも忘れないようにしないと。

いつか、四国に持っていくために。

 

確か手持ちにトスカーナと江蘇省、あとメキシコで取ってきたのがあったから、

いくつか育てられるのもあるはず。

きっと、この種はただ生きていくためでなく、人の証、生命の方舟になる。

だから、できるだけ多くの種を入れておこう。

 

そう言えば、バーテックスって農作業できるだろうか?

一度機能を足してみよう。何かの役に立つかもしれない。

 

「でも、できれば…よいしょっと」

 

これでも、1年くらいは歌野の手伝いをしていたから、最低限のことはできる。

土を掘り起こして柔らかくしながら、雑草も引き抜いていく。

 

それにしても、なんで私は畑仕事なんてしているんだろう?

 

種は残したし、ただ育てたいだけなら手でやるより、ナノマシンを使ったほうが早いのにね。

何だかおかしくなってきた。

 

「くぅ、くっ、うう、うああああん」

 

あれ? なんで? 私は何をしているの?

 

「笑え、笑えよ、沙耶。これで友奈にまた一歩近づいたじゃないか。歌野は立派だった。悲しむことなんて…悲しむ…こと…うう」

 

悲しい。哀しい。ああ、そっか、これが…

 

つぶやいた私の声は風にのってどこかへ消えていった。

 

私はどうすれば良かったんだろう。誰か教えてください。神様…

 

祈っても、願っても、縋っても、応えはない。

当然だ。だって今は私が神様なんだから。

人類の粛清も、歌野が戦ったのも、水都がずっと悩んでいたのも、全部私が始めたことが原因なんだから。

 

「それでも…それでも、私は諦めない」

 

今度は風に負けることなくつぶやく声は届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「順に回るなら北海道に行って戻ってきた方が良いかな? いや、バーテックスだけ北海道に送って、私は先に四国に行こう」

 

今更罪悪感を持つ資格もない。あとはただ時を流すだけ。

 

(それでも、ここは変えない。こんな素晴らしい魂を手放すなんてできない)

 

私の元には歌野と水都以外の諏訪の人々の魂がある。

眷族にするかは悩むところだけど、彼らは証だ。

人が変わって見せたことの数少ない希望になる。失うわけにはいかない。

 

 

 

――だから、もう歌野のような勇者には関わらない。――

 

 

 

関われば私はまた助けられそうになる。

 

どれほど決意していたとしても、きっとその時には揺らぐだろう。

だったら、知らなければいい。今の私は心が脆弱すぎる。

簡単に目の前の出来事を見過ごすことができなくなっている。

だから、どれほど勇者が素晴らしい人間であったとしても、知らなければいい。

 

いいえ、知ってはならない。

 

きっと、知れば知るほど、過去に遡ることができなくなってしまう。

それは大きな制約になる。

 

まずは歴史通り乃木若葉以外の"3人"の勇者には死んでもらう。

そのあとは適当な理由をつけて和睦してやればいい。

 

今度は絶対に間違えない。何より今の四国には高嶋友奈がいる。

彼女を殺して神樹に吸収させなくてはならない。

それこそが友奈が生まれてくる世界の絶対条件。

 

歌野と水都が手に入らなかった以上、それだけは絶対だ。

 

 

それから、今回の件で分かったことだけど、思った以上に天の神の力は弱い。

原初で戦った神様はもっと強かったと思うんだけど、この力の差は何だろうか?

せいぜい宇宙1つ分くらいのエネルギーしか増えた感じがしない。

 

それなら、真空崩壊でも倒せたんじゃないだろうか?

 

それとも、私が天の神の力を使えていないのだろうか?

でも天沼矛は間違いなく使えたし、世界の理を書き換えるだけの力も感じた。

 

まあ、別に今更そんなものがあったところで、どうってことはないんだけど、

300年あるなら、今考えている新世界のグランドデザインと合わせて調べてみよう。

 

と、いろいろ考えているけど、結局のところ私は勇者に会うのが怖い。

 

もし、勇者に会って自分が心変わりしてしまったら?

もし、巫女を見てその清廉さに心を開いてしまったら?

もし、人々が力を合わせる姿に心打たれたら?

 

「私は絶対に諦めない」

 

だから、もう一度自分に言い聞かせるように声に出す。

 

少しでも私の心が変わってしまう可能性があるなら、

なんで、こんなことをしてしまったんだって、罪悪感で潰される可能性があるなら、

友奈と逢えなくてもいいなんて、思ってしまう可能性があるなら、

 

「そんな世界は必要ない。だから……」

 

私の代りにバーテックスを率いる指揮官を用意したい。

思考し、認識し、工夫する。

 

「でもなあ、世界を滅ぼした天の神の側につく人間なんていないよね…」

 

いくら思考は分割できても、並列処理ができても、やっぱり私も一人だった。それは歌野と戦った時に思い知った。

あの時、もっと冷静に効果的に対応していれば、天の神の力に拘ったりせず、

最初から素粒子変換で御柱を破壊していれば、違う結末もあっただろう。

そんなことは望まないけど、次に同じことがあったら、私はボクを信じられない。

 

とにかく、決めつけるのは良くないし、まずは人の多くいるところに行ってみよう。

でも、勇者や巫女じゃなく、世の中に鬱屈した感情を抱えた人間なら悪魔の誘惑に乗ってくれるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さってと、それじゃ手筈通り進化体を数体用意して…」

 

アリエス、ジェミニ、ピスケスの進化体。

完全体ほどじゃないけど、私が四国にこっそり侵入するまでの目眩ましには良い人選、いや、天選かな?

 

星屑も2万体程度出しておこう。偵察と陽動の兼任ならこれくらいでいいだろう。

大体最後の方で諏訪に送っていた戦力と同程度になるはずだ。進化体は1体ずつだったけど。

 

次は私の肉体を素粒子変換で人間に戻す。

 

人間の制約を受けるから、運動能力も落ちるけど、壁越えまではピスケスの中に入っていけば、安全だろう。

 

とにかく見つからないようにっと。

 

 

「始まったかな?」

 

先発させた星屑5000体が、迎撃に出てきた四国の勇者たちと戦い始めたようだ。

 

「あれ? "5人"? なんだろう? 歴史で学んだ時より多い?」

 

何だろう? ちょっとわからないな。過去情報を引き出してみよう。

 

 

………………

 

 

なるほど、郡千景か。

そんな隠された勇者がいたとは、大赦の秘匿した切り札ってことかな?

 

ふふん、でも甘いね。私は仮にも神様だ。

まして、時間移動もお手の物。

知ろうと思えば、過去・現在・未来のあらゆる情報を集められる。

その私相手に秘匿した切り札なんて、ナンセンスだってことを見せてあげよう。

 

知ろうとしなければ、今回みたいに直前まで気が付かない可能性もあるけど、

そうなったらなったで、時間を遡れば良い。

 

 

「郡千景、貴方の力見せてもらうよ…タウラス」

 

やりすぎない程度に完全体のタウラスを郡千景の近くにタイムワープさせる。

 

さて、適当に相手したら撤退させるようにしておこう。

その間に私は四国へ至る橋の一つ、明石海峡大橋を盗んだ…じゃなくて勝手に借りたバイクで走り出す。

当然無免許運転だけど、この3年間放置された各種乗り物に乗ってみた。

 

いずれ宇宙飛行士を目指すなら乗り物に慣れる必要がある。

特に飛行機は四国で乗る機会はほとんどない。宇宙船はこんな時じゃないと見ることもないだろう。

 

30回くら爆発して、50回くらいロケットがコケっと横倒しになったときは、

素粒子変換でニュートリノかダークマター系の何かになって飛べばいいのでは?

と思ったけど、それだと職業宇宙飛行士にならない。

今では組み立て・整備・修理・操縦・補給まで完璧だ。

 

 

バイクは後で元の場所に戻して、せめてエンジンオイル交換とガソリンを満タンにしておこう。

農業用に新型バーテックスを作った際に遠隔操作で細かい作業ができるようになったし、

途中の淡路島から四国に入るときは目立たないように徒歩が良いだろう。

バイクを戻す時もバーテックスに任せればすぐに終わるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒岩水仙郷。

 

西暦時代にあった自生の水仙の花が咲いているところだ。

淡路島の観光名所の一つ…だったところだ。

 

写真で結構きれいとは知っていたけど、神世紀では見れなかったところだ。

 

「うわー、これはなかなか見ごたえあるな」

 

海岸沿いの県道を潮風を突っ切りながら走る抜けると、海に面した一面の水仙が姿を見せる。

 

これがすべて自生とは…元は欧州の花だって聞いていた気がするけど、植物はちゃんと育つ者なんだ。

まあ、お米だってもとは東南アジアあたりが原産地だって書いてた気がするし、

その辺は汎用性があるんだろう。

 

せっかくだし種も採取しておこう。距離的に近いし四国でも広げられるかもしれない。

 

道はアスファルトがめくれあがって、移動は少し時間がかかってしまった。

その間に戦闘も集結していた。

 

少し過剰戦力だったみたいで、勇者の一人、高嶋友奈が切り札を使っていた。

あのまま目的を達成しても良かったけど、戦いが終盤になるまで動かなかった郡千景と伊予島杏が気になる。

 

あの二人は何故戦わなかったんだろう?

 

何かの戦略だとしたら、もしかして高嶋友奈も、神世紀の勇者と同じように最初から生贄として扱われているのかもしれない。

勇者達の中で高嶋友奈だけは四国の外、奈良からの避難者だ。

もしかすると、家族とかを人質に取られて、いざと言う時は始めに切り札を使うように…なんてことを言われていたとしても、不思議じゃない。

 

だとすると哀れだ。

 

ようやくたどり着いた安全地帯だったのに、戦いを強制され、しかも真っ先に捨て駒にされたのだとしたら、救いが無さ過ぎる。

 

原因である私が言えたことではないけど、やっぱり、勇者と巫女には関わらな方がいい。

もし、そんな人たちを目の前にしたとき、自分が彼女たちを殺せるのか分からない。

 

水仙郷にだいぶ近づいたので、いったん思考を打ち切る。数日ほどこのあたりで休んで、第2波攻撃とともに四国に入ろう。

多分見張っている連中がいるけど、樹海化で時間も止まっているから通り抜けはできるだろう。

勇者に気づかれないようにバイクは淡路島において、後半は徒歩になる。距離はあるけど何とかやってみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜーぜー、はーはー」

 

自分の荒い呼吸が耳障りだ。

 

結局バーテックスは第4波攻撃まで実行することになってしまった。

距離があるとは思っていたけど、淡路島を出てから橋の上で夜を越す羽目になるとは思わなかった。

 

しかも、隠れて過ごしていたから少し寝不足だ。

 

でも…

 

(それも含めて、なんだか懐かしい。前に寝不足になった記憶なんて数えられないくらい前だけど)

 

さて、今は愛媛県内だけど、どこから人を調達しようか?

 

誘拐…はやめておこう。騒ぎは起こしたくない。そもそも強制だとうまく動いてくれないかもしれない。

私も300年の間にやることがあるから、人類を生かさない程度に、でも死なさない程度に攻撃し続けてもらわないといけない。

 

「…ん? ここ避難民向けの仮設住宅かな?」

 

こっちを見る人がほどんどいない。

あたりは静まり返って、淡路島の誰もいなくなったホテルとそんなに変わらない。

でも、座り込んでいる人もいるし、明かりが漏れている建物だってある。

 

それなのに、まるで生きている感じがしない。

 

「ああああああああ!、空が…空からぁ」

 

静から動へ、唯一の音は心臓に悪い錯乱した叫びだった。

 

曲がり角から一人の男が飛び出してきた。

 

あっちこっちにぶつかりながら、速度を緩めずまっすぐ突っ込んでくる。

 

そのまま、男は私を突き飛ばして走り去っていく。

思わず、その場に尻もちをついてしまう。

 

何だったんだ? とりあえず立ち上がらないと…あれ?

立ち上がろうと、地面に手を着くけどまるで氷の上をすべるように、冷たい水の上を滑り、

私は逆に倒れこんでしまう。

 

(は? え? 何これ? 今の…痛ッ!)

 

お腹が痛い。いや、もうこれは痛いなんてものじゃない。

これは…この感覚はずっと忘れてた。

 

あの時病院で見た。それじゃ…

 

(え? 嘘…だ。私が刺された?)

 

お腹だけは熱いのに、他には何も感じない。

倒れこんで肩から落ちたはずなのに、それも分からない。

 

「あ、が…」

 

声が出ない。怖い、恐い、コワい、私は何を…何をしているの? どこにいるの?

 

誰かが叫んでいる声が聞こえる。うるさいなあ。こっちはそれどころじゃないんだよ。

早く、叫んでるくらいなら助けてよ。ねぇ、誰か…お願いだから…。

 

何かを掴もうと手を伸ばす。けれど濡れた手は何もつかめず、ただ空を切るばかり。

ううん、ホントに手を伸ばせているの?

 

それでも、手を伸ばす。何か…とにかく立ち上がらないと…。

けれど、最後まで私は何もつかめず…

 

 

私の記憶はそこでゆっくりと闇に包まれていった。

 

 

 

この日、人間としての私はいったん終わったの。だから、この先には…

 




これで西暦の話は一区切りです。


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目覚め~Awaking~

真っ白な朝日が真っ白なカーテンを揺らし、真っ白なシーツを照らす。

 

いつもと同じ気持ちの良い朝の陽ざし。

 

今朝の献立は何にしよう。

 

確か鮭と小松菜がたくさんあったから、鮭は焼いて小松菜はおひたしかな。あとは少し甘めの卵焼き。

 

でも、わたし、そんなに和食派だったかな?

 

そう思いながら、目を明けようとするけど、目を閉じていても眩しい光に戸惑ってしまう。

 

わたし、起きる時間を間違えた?

 

そう言えば、誰かに呼ばれている気がする。

 

 

「起きろッ、須美!」

「起きてッ、わっしー!」

 

そう、こんな…"知らない子"の叫び!?

 

目を開いて"初めて"見たものは、

まるで"巨木のようなサジタリウスの矢"が眼前に迫る瞬間だった。

 

 

 

――目が覚めると、そこは戦場だった――

 

 

 

慌ててわたしは身を起こす。けれど、ものすごい勢いで迫る巨大な何かを避けることは間に合わない。

間に合わないから…わたしは自分の中から取り出した。

 

「ぐううぅぅ…」

 

―ルゥオオオオオオオン―

 

自分の口から出たものとは思えないような

叫び声とともにわたしは自分の心臓を引き抜いた。

 

これでもう大丈夫。”まだ生まれてすらいないわたしは死ぬことなんてない”。

 

目の前が真っ赤に染まる。

私の手の中の心臓はそれ自体が別の生き物のように蠢く。

 

それは、ずっと私の中に眠っていたもの。

それは、空の下に引きずりだされて、すべてのつながりが絶たれてもなお、それは動いている。

それは、今も形を変えて、わたしだけの…わたしのためのモノが生まれる。

 

そうして生まれたそれは一振りの剣だった。赤く、紅く、朱く。

血の滴る命の色にも、きらめく炎のようにも、そして沈む夕日のようにも見える。

 

波打つ刀身。

 

はじめはフランベルジェと呼ばれる剣に似ていたそれは形を変え続ける。

 

「だああああああ」

 

脈打ち血を流し続けるそれは自らが流した血を集め、天を突くような大きさでわたしの叫びに応えるように正面から巨木を断ち切る。

低血圧のわたしにしては気合の入った声が出た。

 

「わっしー、大丈夫! 立てる? ああ、こんなに血が、どうしよう? ミノさん」

「落ち着け園子、アタシらが慌てちゃ何にもならない。須美、返事できるか須美?」

 

そう言いながら、さっき声をかけてくれた2人がやってくる。

なんだか心配をかけてしまった。

 

一人はわたしと同じくらいの長さの髪に、紫を基調とした変わった服を着ている。ただ、わたしの髪は"赤い"けど、この子は"金髪"だ。

赤いと言えばもう一人、こっちは人懐こくて、それでいて目を引く、自分の体より大きい斧を2つも持っている。

 

けど…

 

「ええっと、ここは…なんで樹海? それに貴方達は誰…何ですか?」

 

見渡す限りの非現実的な空間。カラフルな巨木のようなものが絡まり合いながら、完全に大地を覆いつくしている。

まるでシュールレアリスムの絵画みたいだ。

 

そして、この光景をわたしは知っている。

 

「は? 何言ってんだよ須美」

「そうだよ。ねぇ、どうしちゃったの? わっしー」

 

わっしー…? 須美? 誰のことだろう?

わたしは…? そう、確かわたしは…そう、確かアイツに刺されて…。でも、なんで刺されてすぐに樹海にいるんだろう?

 

でも、バーテックスのことは覚えている。なんでわたしがバーテックスに攻撃されているのか分からないけど。

襲ってくるなら倒すしかない。どうせ、こいつらにホントの意味での死はないんだから。

 

「ごめんなさい。あとで説明するから。それよりサジタリウスの矢はキャンサーが反射してくるから、一度避けても油断しないで。あと、スコーピオンの毒は耐性を渡すよ。これがあれば2、3回くらいは平気だから。サジタリウスの相手はわたしがする」

「え? わっしー。どうしちゃったの?」

「おい、須美、須美ー!」

 

早口で言いたいことだけ言うと、わたしは二人の声を無視して、周囲の場に接続して一時的に格子振動のエネルギーを集める。

ナノマシンほどではないけど、3人分の物理的損傷は後でなんとかできるはず。手術とかは必要になるけど。

 

まっすぐにサジタリウスに向かう。

途中にキャンサーとスコーピオンがいるけど、そこは上手くすり抜ける。

大丈夫、こいつらは何度も新技の実験台になってもらってるから、どうすれば良いのか分かってる。

 

スコーピオンは尾の質量が大きいから威力も速度も高いけど、同時に連続で攻撃はできない。

その長大な尾もしなりが効いていなければ最大の威力はでない。だから、わたしは自分からスコーピオンの毒針に刺されに行く。

 

「痛ッ! でも、これで…わたしは"もう刺さらない"、"毒で倒れない"。」

 

何故、バーテックスが指揮官であるわたしを攻撃するのか分からないけど、

わたしが神様から与えられた能力を問題なく使えれば、バーテックスを恐れる必要はない。

 

「お前たちは…誰を攻撃…してるんだぁああ」

 

そのまま蠍の尾を掴み、キャンサーに投げつける。

あの二人がどこまで戦えるのか分からないけど、これなら少しはやれるはず。

その間に私は飛び道具を抑える。

 

けれど、連続して撃たれるサジタリウスの矢の前に、わたしは足を撃たれ、大地に縫い付けられる。

 

「しまった。足止め」

 

おまけに失血で意識を保つのがかなり辛くなってきた。あともう少しなのに……。

こんな訳も分からないまま倒れるわけにはいかないのに。

 

「わっしー、ひとりじゃダメだよー」

「須美、少し我慢してくれよ。すぐに動けるようになるからな」

 

間断なく降り注ぐサジタリウスの矢を、金髪の子が出した傘のようなもので受け止める。

その間に、もう一人は斧をおいてサジタリウスの矢を引き抜こうとする。

 

「!? いけない。一か所に固まったら、まだ"殴打"を受けて…」

 

風が頬を撫でる。それは世界を廻る爽やかな風じゃなくて、巨大な尾がわたし達を跳ね飛ばそうと、周りの風を押しのけて生まれた不快なものだ。

 

いち早く気が付いた髪の長い子が防ごうとするけど、彼女の傘はサジタリウスの矢を防いでいるから動けない。

斧を持っていた力持ちの子も気が付いているけど退くつもりがないみたいだ。

 

考えてみれば、先にサジタリウスの矢を少しでも受けておけばよかった。

そうすれば、わたしがあの二人の盾になって、時間をかけて倒すことができたのに。

目が覚めて突然矢が飛んできたから、慌てて防いじゃったけど、もっとうまく立ち回れたかもしれない。

 

そうすれば、私と髪の長い子はこんな風に空中遊泳なんてする必要は無かっただろう。

 

(ダメ、血が足りない。意識が…)

 

そう言えばなんでこんなに血が足りないんだろう?

心臓を引き抜くわたしは血が足りなくならないように、生命も魂も遠隔に分けているはずなのに。

 

もともと攻撃方法が多彩なスコーピオンやヴァルゴは、わたしにとって相性が悪かったけど、こんなことになるなんて。

大体なんでアイツらがわたしを攻撃してきたのかも分からない。

 

(せめて、スコーピオンかサジタリウスは倒さないと、1人じゃ無理)

 

ここから狙えそうなのは…サジタリウスの方か。神格はわたしの方が上のはず。

だから……

 

「オン・バーバ・シューニャ・ウン・バザラ・ウン・パッタ。ノウマク・サマンダ・ボダナン・マハーシャーラ・ソワカ」

 

わたしの手に引っ付いていた剣が今度は蒼い血を流す。

良かった。ちゃんと励起状態にはなれる。

そのまま、わたしはサジタリウスを瞬きしないように見つめながら、その光景を横薙ぎにする。

 

血の反転。人ではない証。場所は同じでも可能性だけが違う世界。

 

だからこそ、どこにでも届く。

 

「"わたしはそこにあなたをみない"。"わたしは百を殺してこそ、千を生かす"」

 

サジタリウスの御霊の位置が2つにずれる。

 

良かった。いつかどこかのだれかがサジタリウスを倒すことがあるんだ。

 

安心したのがいけなかった。

 

(あ、まず。これブラックアウトと同じ奴だ)

 

何とか体勢を変えないと、いや、それより落っこちてるんだから。

 

「須美、園子ー」

 

誰かの声が聞こえる。でも誰かは分からない。

 

暗くなった視界に見えたのは血ではなく炎の深紅だった。

 

けれど、そこまで、わたしの脳はそれ以上待ってはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きて、ねぇ、起きてわっしー。お願いだから…」

 

そのっちの声がする。

 

でも、おかしい。私は起きるのは早い……

 

違う!! 今はバーテックスと戦っていて、それから突然現れたバーテックスに、私は矢で撃たれたんだ。

 

「そのっち!」

 

視界が戻ると正面にいるそのっちを抱きしめる。よかった。無事だったんだ。

 

「よかった~。わっしーまで目が覚めなかったら…私、もう…」

 

けど、そのっちの様子はおかしい。完全に喜び切れない感じだ。

 

「そうよ、銀。銀はどこ?」

「わ、わかんない。私も目が覚めたばかりで、気が付いたら、ミノさんはいないし。わっしーはわっしーじゃないって言うし…もう、もう!」

 

何だか私が気を失っている間に大変なことになっていたみたいだ。

 

「ごめんなさい。そのっち。私はもう大丈夫だから、ね。ほら」

 

普段のそのっちとは全然違う様子に戸惑いながら、とにかくそのっちを落ち着かせる。

 

「そうだ、ミノさんのところに急がないと。わっしー、大変なの。ミノさんが一人で戦ってるんだよ」

「何ですって…そんな、3体相手に1人なんて」

「え? 1体はわっしーが倒したんだよ。スババーンって胸から赤い剣を取り出して」

 

赤い剣?

 

私の武器は弓なのに。でも、今はそれよりも銀を助けないと。

 

「でも、1人で2体も相手にするのは大変なはず、急ぎましょう。」

「うん、わっしーも元に戻ったし、後はミノさんと合流してバーテックスを倒すだけだよね」

 

二人で頷き合うと私はそのっちに手を差し出して、引き上げるように持ち上げた。

 

「銀、返事をしてー」

「ミノさーん、どこにいるのー」

 

二人で声を掛け合いながら、名前を呼び続ける。

 

お願い、銀。返事をして。

 

「あ、わっしー、あれ」

 

そのっちが指さす方角。

乾いて固まった血の跡がずっと先まで続いている。

 

まさか、これは銀の…

 

急がないと、二人でもう一度頷き合うと、痛む体を抑えながら歩いていく。

心は急くのに体はいうことを聞いてはくれない。

まるで鉛を引きずっているようにすべての動作が緩慢になってしまう。

 

時間の経過がもどかしい。もっと早く進んで、私達を進ませて。

 

10分くらい、いえ、1分かもしれない。もしかしたら、もっと短いかもしれない。

とにかく、樹海の中にうっすらと影が立っていた。

 

よかった。銀はちゃんと立ってる。敵の姿は…見えない。

そのっちと顔を見合わせ、力をふり絞って駆け寄っていく。

どこにこれだけの力が残っていたのか不思議なくらいだけど、とにかく今なら間に合う。

 

「銀…ああ、ほん…と…うに…?」

「ミノさーん、よかっ…あ…」

 

けれど、私達は気が付いてしまう。

 

駆け寄る速度は少なくなり、歩幅は小さくなる。その現実から遠ざかるように。

それでも、私達はどんなに遅くなっても、彼女のところへたどり着く。

 

そう、確かに銀は立っている。今も動き出しそうなくらい。

顔を上げて、空を見上げて、今もそこから来る者たちを見逃すまいとするかのように。

 

ああ、でも、銀、もういいの。もういいのよ。

優しい貴方。今も私達を守ろうとしてくれる強い子。

けれど、貴方はもう…

 

誰かの涙の音がする。そのっちかもしれないし私かもしれない。

 

けれど、それはどちらでも良いし、どちらにも違いはない。

2つの気持ちは混ざりあい、1つの命のよう。

ただ、私達の涙の音だけが樹海の終わりまで続く。

 

 

そう、思っていた。

 

 

 

 

 

不意にぐらりと眩暈に似た感覚が私の体を包む。

 

(いけない。こんなところで…え?)

 

気が付くと、樹海は消え見たこともない場所に立っている。

 

目で見えるのはどこまでも続くような草原で模られた地平線。

耳に届くのは不思議な鐘の音。

若草の匂いも風に運ばれてくる。

 

(ここは…そんなことより銀、銀を探さないと)

 

「銀…ええっと、確か斧を持っていた子かな?」

「誰? あ、あなたは一体」

 

いつからそこにいたのか、目の前には一人の女の子が立っている。

見た感じは私と同じくらいの年齢だ。そのっちと同じくらいの長い銀朱の髪が外套のように広がっている。

額にはあまり見たことがない石が鎖のようなもので止められている。

 

「わたしは十華、先に言っておくと本当の名前は分からないから偽名だよ。本当の名前じゃないってことなら貴方と同じだよ。鷲尾須美さん」

 

ドキリ、と胸を打つ。

 

「どうして、それを?」

 

このことは秘密ではないけど、大赦関係者以外には公にされていることでもない。

 

「知っている理由は簡単。わたしが神様から教えてもらったからだよ」

「神樹様から? でも何故?」

 

私の情報をこの子に教えることにどんな意味が?

 

「わたしは代理人ってとこかな? とにかくお使いだと思ってくれればいい。それで貴女にお願いがあるの」

 

一体どういうことだろう?

 

「神樹様のお使いであれば、もちろん伺います。でも、ここは? それに何故大赦からではなく何故直接?」

「その前に気になっているだろうことを先に説明すると、三ノ輪銀はまだ辛うじて息がある。けど、そんなに長くは持たない。だから一時的に貴女だけを別の時間軸に移動させている。樹海の中の樹海みたいな感じだ。だから、ひとまず銀さんのことは安心してくれていいよ」

 

「そう、なんですね。よかった…」

 

思わずその場にしゃがみこんでしまいそうになる。けれど、あわてて気を引き締める。

まだ、この子の言っていることが本当か分からない。

それに、今までの話だとわたしに何かをさせたいみたいだ。

 

「で、話を戻すね。もし、わたしのお願いを聞いてもらえるなら、わたしの寿命の半分を瀕死の重傷である銀さんに分けてあげる。どうかな?」

 

どこか不安げにこちらを窺うようにこちらを見ている。

 

 

「あ…」

 

そうか、神樹様の使いって、そういうことなんだ。

 

「ここまでは問題ないかな?」

「ええ、とにかく銀を助けてくれるんですね。だったら早く」

「ストップ、ストップ。さっきも言ったけど時間はあるから、その前にわたしのお願いも聞いてからにしてくれない」

「そんなの聞くまでもありません。銀を助けてくれるなら是あるのみです」

 

詰め寄る私に仰け反る彼女。数秒前の邂逅の時とは真逆のような構図だ。

でも、また3人でいられるのなら、どんな無理でも何とかしないと。

 

「近い、近い、ふう、まったく聞いていた以上に骨が折れるなあ」

「ご、ごめんなさい。つい…」

「まあ、良いよ。とにかく銀さんを助けるのは良いんだけど、3つお願いがあるの」

 

なんだろう? そのっちがいないのに私にだけ話す理由があるんだろうか?

 

「1つは銀さんが助かってもしばらくそのことを秘密にしてほしい。」

 

私の答えに何を感じたのか、安心した様子で矢継ぎ早に話し始める。

 

「2つ目は、ここで会話したことは記憶に残らない」

 

2つ指折りながらそう続ける。

 

「3つ目はある時が来たら1度だけわたしの行動を黙ってみていてほしい。だいたい5分間くらい。具体的に何をするかっていうとある人と話がしたい。攻撃したりとかはしないから」

 

どの条件もあまりにも奇妙だ。まず…

 

「最初の2つですけど、どうして秘密にする必要があるんですか?」

 

「誰に知られると良くないのですか? 銀のことを隠しておきたい人なんて…」

 

何だか、煮え切らない話ばかりだ。

怪しいけど、確かに銀はかなりの重傷だった。

 

「まあ、助けるだけなら良いんだけど、銀さんが生きていると勇者システムのアップデートが行われないから、死んだように見せかける必要があるんだよ」

 

なるほど、今回の戦闘の結果を受けて、勇者の力の改良行われるかが変わってしまうということなのね。

 

「それは…でも、それなら今回の戦いでも大変だったんですし、きちんと説明すれば大赦も対策を考えてくれるのではないのですか」

 

けれど、私の言葉を聞いても彼女は微妙な表情だった。

 

「それは…。アップデートで確かに強くなるけど、代償として身体機能が失われるから」

「な!? そんな、それじゃまるで…」

「まあ、酷い話だけど、このままだと貴女達は必ず負ける。次の敵…レオはかつてどの勇者も倒したことがない。今までのバーテックスとは比べ物にならない強敵だから」

「誰も倒したことがない敵…」

 

そんな敵が…でも、そのために私達は…

 

「大丈夫、希望はある。時間はかかるけどそれは間違いない。じゃないと、わたしはここにいない」

「あなたは一体…どうしてそんなことを言い切れるんですか?」

 

おかしな話だ。今の言い方だとまるで未来を知っているみたいだ。

 

「神樹は貴女達を助けたい。だから、ちゃんと貴女達が訴えれば、ちゃんと答えてくれるよ」

 

何だか頼りない言い方だ。でも、神樹様と直接話すことはできないから仕方ないのかもしれない。

 

「それでは最後のお願いは何のために?」

「それはわたしがちゃんと死んで、生まれてくるためだよ」

「一体、どういう意味ですか」

 

いろいろなことを考えていたけど、これは意外な答えだった。

もしかすると幽霊なのだろうか?

 

 

「あー、うん。ちょっと端折りすぎたね。わたしには肉体がないから人間か人形にとり憑かないと動けないんだよ。だから、わたしは自分の体を柵瀬資しているんだけど、大赦はそれを許さないかもしれない。そんな時風邪ひいたとか言い訳して、出撃を待ってもらえないかなって」

 

体がない? その割には気楽な感じだ。

 

「わたしもなんでこうなってるのかは分からない。たださっきは貴女にとり憑いてたから、まあ、話だけでも通しておこうと思ってね」

「はあ…え、私にとり憑いていたんですか?」

 

思わず、自分の体と彼女を交互に見てしまう。

何だろう。すごく、言葉にしづらいけど…

 

「あ、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだから、悪いこととかしてないから。いつもみたいな生体パーツだと思っていたから、ちょっと無理はした…かも? あの、本当にごめんなさい」

 

とりあえず、体の調子におかしなところはないと思うけど、戦闘で怪我をしているから細かなところは分からない。

 

「その話は、あとでじっくりと聞かせてもらいます。それで…その、銀のこと」

「とにかく銀さんが生きていることは絶対に秘密。でないとパワーアップできなくてレオに負けてしまうかもしれない」

 

まっすぐに目の前の子を見つめる。改めてみても不思議な感じだ。

額の飾り以外は変わった様子はない。格好も普通の洋装みたいだし、特別なものを持っている様子はない。「

 

でも、その眼差しは真剣で視線で切断されてしまいそうな錯覚を感じる。

それにこの視線どこかで…

とにかくここまで真剣にお願いされては無下にはできない。

 

「分かったわ、とにかく銀を助けて。貴女のことはもう少し聞かせて」

「ほ、良かった。…ここも何度か失敗してたから、ようやく抜け出せるよ」

「何か言いましたか?」

「ああ、何でもない。ちょっと安心しただけ、あ、やばもう時間切れだ」

「え? 説明とかは?」

「ああ、ゴメン、時間ないや。何となくわかるようにしておくから、後はよろしく~」

「ちょっと、待ってください。いきなり、そんな一方的に…」

 

始まったときと同じように私の視界が揺れる。

 

これで本当に良かったんだろうか? やっぱり怪しすぎる。

けど、私が何かをしたり、何かをお願いすることは無かった。本当にただ話したかっただけみたいな不思議な時間。

 

でも、銀の出血は酷かったし、あのままでは危険だったのも確かだ。

せめて、そのっちに相談できていれば…

 

そう考えてみるものの、私の意識はそれ以上この世界を見続けることはできなかった。

 

完全に意識が途絶える直前に、私は地上に降る巨大な3つの星を見た気がした。

 

 




しばらく神世紀の話が続きます。


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変わる世界~change the world~

「神様だったら、神様だったら、なんで姉ちゃんを守ってくれなかったんだよ」

 

静かな葬儀の場に悲鳴のような悲痛な叫びが聞こえる。

 

確か…銀さんの弟だったかな。名前は鉄男君。

まだ、幼いと言ってもいいくらいのその哀しみに感じるところはあるけれど…

 

今、鷲尾さんにわたしと話した記憶を思い出してもらうわけにはいかない。

 

 

勇者システムの強化はどんな犠牲を払ってでも完了させなければならない。

すべてが順調に進んでも神様を倒すには、結城友奈の…神樹の満開が絶対に必要だ。

あの白鳥歌野が諏訪中のすべての命と魂をかけて戦っても、宇宙を滅ぼして余りある力を持つ神様を倒し切ることはできなかった。

 

でも、一度は神樹様が満開して倒せている。それに賭けるしかない。

 

何人かの大人たちが鉄男君を葬儀場の外に連れ出していく。

 

こんなことばかりいつまでも…

 

本当は神様がやろうとしていることが正しいのかもしれない。

でも、それは余りにも空しい。寒々とした空疎な世界だ。

 

誰とも触れ合えないわたしだからこそ、そのことが分かる。

 

でも、神様にはそのことが分からない。

彼女は人の弱さを許すことができない。

いえ、本当は自分の弱さが許せないのかもしれない。

 

(あれ? 鷲尾さんと乃木さんがいない?)

 

これって…樹海化があったの?

 

(どういうこと? 誰の命令? わたしじゃないし、神様からは満開実装後だって…)

 

風景を揺らめかせながら、バーテックスの様子を見るため結界の外へ出る。

実体のないわたしは光速で移動することもできるし、人間の魂だから結界もそれほどの抵抗はない。

 

壊されたのは…ヴァルゴか。

 

須美さんや園子さんのことは分からないけど、何故このタイミングで単独出撃を?

星座の名を持つバーテックスでも、進化した勇者達を単独で倒すことは難しいと知っているはずなのに、これではまるで勇者たちにチャンスを与えているようなものだ。

 

(ううん、そうだ。チャンスだ。理由は分からないけど、神様は自分に弓引くはずの人間にチャンスを与え続けている。どうして?)

 

神様が戻ってくるまで、もう2年しか残っていない。

 

この先を考えると、銀さんも休ませてあげたほうが良いのかもしれない。

わたしが、かつて姉の最期を知って生まれてくる必要を感じなかったように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い、キサガイヒメ、ウムギヒメ」

 

神様の言うことを聞く対価としてわたしと契約していた復活の女神達。

神話通りなら焼け死んだ大国主命を再生したと言われる赤貝と蛤の神様たち。

 

この神様たちなら死んだ人間を生き返らせることも不可能じゃない。

 

本当はわたしが肉体を得るための契約として貰ったものだ。

 

「やっぱり、わたしは自分が生まれてくることに意味を感じられない。だったら望まれない命より、みんながいてほしいと思う命。だよね」

 

結局、わたしは体を得たところで天涯孤独に死んでいくだけだった。

 

当然だ。ホントは300年も前に死んだ怨霊のわたしじゃ、まともに生きられるわけがなかったんだ。

300年前と今じゃ価値観が違いすぎる。

 

そして、怨霊としても中途半端なまま、銀さんをトラブルに巻き込む程度しかしてこれなかった。

 

だったら、怨霊らしいやり方で自分の最後くらい決めよう。

 

「さあ、三ノ輪銀。今こそお前の魂を貰い受ける」

「ううう、ア、アタシは…」

 

そろそろ目を醒ますかな。

 

「やめろ、須美。カタカナに罪はないんだ。看板を塗りつぶすんじゃない」

 

思考が停止する。いったいどんな夢なんだろう? 少なくとも悪夢じゃないと思う。

 

「ええっと、銀さん?」

 

思わず、余計な一言が出てしまう。それが良くなかった。

 

「え、誰だ? それにここは?」

 

見つめ合うことを数秒。こうしてみると普段の印象と違い、銀さんもかわいい女の子って印象が強いかな。

動いていると結構凛々しい感じがしたのに。

 

じゃなくて、ちゃんとしないと。

 

「あ、わたしは、お、怨霊だ~。死んだお前も地獄に連れていく~」

「うわっ、マジか。ホントに怨霊? というかアタシ死んだのか?」

 

そんな元気な死人はいないと思います。

 

最初の一歩で失敗した。何とか立て直さないと。

 

「くっくっくっ、実はお前がトラブルに巻き込まれ続けていたのは、わたしがそう仕向けていたのだ~」

「そ、そうだったのか。でも、それじゃ怨霊っていうより…」

 

そう、そう、やっと本題に入れる。

 

「ハロウィンのいたずら妖精じゃないか?」

「う…、だ、だって、そ、それは、わたしだって自分以外の怨霊に会ったことなんてないんだもん。仕方ないじゃない」

 

思わず反論する。そう、わたしは何も知らない。ただ知識とバーテックスに対する権限を持ってるだけ。

指一本だって自分じゃ動かせない。

 

それこそが神様がわたしを引っ張ってきた理由。

勇者に直接かかわる血筋なのに、生まれることすらなかった者。その条件に当てはまった一人。

 

「と、とにかく、わたしがいろいろな人のトラブルが発生しそうなところに貴女をを誘導していたの。うらめしや~。さあ、蘇って、もう一度わたしの怨みを受け続けるのだ~」

 

うう、絶対変なお化けだって思われてる。

 

でも、とにかく体に銀さんが入ってくれれば間に合う。いいえ、間に合わせる。

今のまま神様と戦ってもまた無かったことにされてしまう。

 

神様は全能なのだから、だから、分かってもらわないと、貴方の作った世界じゃ駄目なんだって。

 

「なあ、お前一体何を怖がってるんだ?」

「…怖い? 怨霊は怖がらせる方だよ。なんで、そんなこと言うの?」

「いやだって、さっきからめちゃくちゃじゃないか。恨んでるのに生き返らせるなんて、怨霊じゃなくて守ってるみたいじゃないか」

「だから、それは貴女が生きていてくれないと困るし、鷲尾さんにも約束しちゃったから。あ…」

 

また、余計なことを言ってしまった。

ど、どうしよう。

 

「はは~ん」

「な、によ」

 

銀さんが絶妙なしたり顔に変化する。

 

「お前、実は悪さなんてしたことないだろ」

「え? なんで」

 

どういう意味だろう? たしかに小心者のわたしには、本格的な事件にまでは誘導できなかったし、発生するタイミングをずらしたくらいだけど。

 

「だってさ、お前がそこにアタシを向かわせたから困ってる人を助けられたんだろ? だったらお前はホントはそんなに悪さができないんじゃないかってな」

 

ああ、確かに貴女は、貴方達はそういう人たちだった。

 

「し、仕方ないじゃない。わたしにできるのは貴女をトラブルが発生する時間と場所に誘導するくらいしかできないんだもの。でも、そのせいで鷲尾さんに怒られていたじゃない」

「それは気にしなくいいって、須美はいつも怒ってるから」

「貴方達…ホントに仲良しなんだよね? ちょっと不安」

「あれ? アタシ達が仲が悪いと困ることがあるのかな~」

「そ、それは。でも、えっと…」

 

何か、何か言って気を反らさないと。

完全に銀さんにペースを取られている。

勢いのある人はやっぱり苦手だ。

 

「うう、そ、そんなこと言っても…だから、それは」

「あ、うん、分かった。もういいから。とりあえずアタシは結局どうなってるんだ? こうしてるってことは…」

 

ここからは少し真面目なお話。わたしのこれまでと、神様のこれからのお話。

ホントは2年後に起こるはずの戦いをここで終わりにするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳でかくかくしかじか。貴女の元の肉体は荼毘に付されたから、代りにこの肉体を使って、2人が満開するする前にレオを倒してほしい」

「だいだい分かったけど、アタシはホントに…」

 

銀さん…。ショックは隠しきれていないみたい。

当然だ。覚悟はしていても、自分がもう死んでしまったなんて言われて平気な人なんているはずがない。

 

「よし! しんみりするのは終わり。それよりも須美達を助けないとな。散華?だったか? 園子が寝たきりになったり、須美が記憶をなくしたりなんて絶対にさせない」

「わ、びっくりさせないでよ」

 

しばらく顔を俯けていた銀さん。急に顔を上げる。

わたしはどうしていいか分からなかったけど、驚いてひっくり返ってしまった。

 

「はは、悪い悪い。ま、とにかく、もう一度チャンスをくれるって言うのはありがたいけどさ、やっぱりその体はお前のもんだよ。お前が貰えたものなんだから」

「え? 悩んでたのはそこなの? ううーん、意外ってわけじゃないけど…」

 

どうしよう。これって銀さんは生き返れなくても良いって思ってるの?

今度こそみんなに会えなくなるのに…

 

「それでも、わたしは貴女に生きてほしい。そして、きっとみんなもこんなわたしなんかより、貴女のほうが大好きだよ」

「ストップ、 みんなに好かれてるやつじゃないと、生きてちゃいけないのか? 違うだろ?」

「それは、そうじゃない。わたしが生きても先は分かってるもん。でも貴方達には可能性がある」

 

銀さん、どうして。ホントは貴女はお別れなんてしたくなかったんでしょう。

 

喉に引っかかるその言葉を無理やり飲み込む。

 

だって、そんなの誰だってあたり前だ。何度もそうしてきたわたしでも嫌だったんだから。

だからこそ、天の神様はわたしに生き返る方法なんてものを与えたんだから。

彼女の本当の目的は分からない。でも、ホントに神様なら無意味なんかじゃないはず。

 

言葉を飲み込んだ代りにわたしの心は膨れ上がる。

 

「そういうことじゃ…ないんだよぉ」

 

 

ポロポロと雫が落ちる。情けないなぁ怨霊が泣きべそなんて。

 

「お前…そんなに泣くなって、ほら」

 

銀さんが背伸びをしながらわたしの赤髪を撫でる。

初めての感覚。頭ってこんな効果もあるんだ。なんだか不思議な気持ち。

 

もういいや、って気持ちと、それでも、って悲鳴のような心が揺れ動く。

 

そして、この時は…

 

「それでも、貴女がこの肉体を使わなくちゃいけない。二人を…鷲尾さんと園子ちゃんを助けるために」

「お前、どうしてそこまでするんだ? 会ったこともないのに」

 

それはね。貴方達は覚えていられないけど、わたしは知っているから。

神様は生き返る方法だけじゃなく、未来も過去も全部教えてくれた。

ううん、未来も過去も知ることができるようにしてくれた。

 

きっと、わたしが神様の元から離れていくと分かっていても、いろいろしてくれている。

 

理由は分からない。わたしが見渡せる世界は始まりから神樹様が満開するまで。

 

ホントはそれが良いのかもしれない。けど、それだと銀さんや犬吠埼さんがいなくなってしまう。

本来の流れを変えるのは大きな危険がある。

実際酷いときには神世紀300年より前に世界が滅んでしまうこともあった。

 

それでも、可能性があるなら、わたしだけがやり直すことができるのだから、一番良い未来を見つけ出して見せる。

 

「えっと、あのね。銀さん。これからすっごく大変なことを言うから聞いて。そうすれば、貴女に生き返ってほしい理由が分かってもらえるから」

 

できるだけ真剣に見えるように頑張ってみる。

 

しばらく見つめ合った後、銀さんは一度だけ目を閉じてしっかりと見つめ返してくる。

強い光だ。でもその強さは本当になれるんだろうか? それでも今は信じるしかない。

 

「分かった。何だかよくわからないが、お前が真剣なのは判る。だからさ、まずは…」

 

そう言いながら、銀さんは手を出してくる。

握れってこと?

 

「お前の名前を教えてくれ。いつまでもこっちだけ名前を知られてるのは落ち着かない」

 

名前…どうしよう? いや、でも銀さん達は忘れてる…はず。

だからきっと大丈夫。それに直接の名前じゃないし。

 

「わたしの…名前は…えっと、十華って呼ばれていたけど…ホントの名前じゃないの」

「ホントの名前じゃない? ああ、もうアタシには何だかさっぱりだ。とにかくお前の名前は十華で良いんだな?」

「そ、そうなんだけど…」

 

ここだけはちゃんと説明しないと、いつも哀しい思いをさせてしまうけど、この後の戦いの結果によっては、本当に未来が変わるから。

 

「あの、ね、わたしは本当に怨霊で、みんなみたいに生きていたことないの。わたしは生まれたことがないから」

 

ああ、銀さん。やっぱり困った顔をしている。

 

園子ちゃんや鷲尾さんがいるから、普段難しいことをあんまり考えていないようにみえていたけど、

やっぱり、銀さんはちゃんんと人の気持ちを考えられる人だから。

 

でも、そんな風に考えなくて良いんだよ。わたしにとってはこれがあたり前なんだから。

だから、何度でもこう言うの。

 

「わたしは…水子、だから。かつて300年前の災厄の時に、生まれてくることができなかった魂を神様が集めて作った者。それが今のわたしなんだよ」

 

銀さんの大きな瞳がより大きくなる。

 

「そっか、それじゃ…」

 

そう言いながら銀さんがわたしに近づいてくる。

 

ああ、これも知っている。今まで忘れていたけど、何度も繰り返したから近くになれば、デジャヴのように思い出す。

 

「やっぱり、この体はお前のものだよ。だって、せっかくこうしているんだから、一度くらい生きてみろって。きっと頭で考えてるよりずっとすごいぞ」

 

そういいながら、銀さんはそっとわたしを体のほうに押し出す。

 

そんなに強い力じゃないのにどうしても逆らえない。

 

「わ、わたしは、ダメなんだよ。わたしが生きていても、誰もいない。家族も、友達も、大切な人も、なにもない。そんなんだから何度も…」

 

少しずつわたしと銀さんの距離が開く。

これはわたしの弱さだ。

 

それでもやっぱり生きていたいと思ってしまう。醜い心だ。

わたしが体を得れば、バーテックスへの命令権も未来や過去を見通す力もなくなる。

ただの無力な子供だ。この後の神様の降臨でみんなは酷い目に会う。神樹様もいなくなる。それなのに…

 

「ああ、でも、でも、わたしが生きても、それじゃ、この世界は、神様は、天の神は止められない。だったら…」

「それでも、生きろ」

 

少しずつ、銀さんの顔が滲んで見えなくなっていく。

 

「生きられるなら、生きろ。他のヤツが駄目だって言ったって、生きろ。それでも駄目なら…」

 

銀さんが失わなかった方の手を握りこんで突き出す。

 

「アタシがぶっ飛ばしてやる」

 

どうしてだろう。こうして会うのは初めてなのに。

初めて会うような人のことをどうして思えるんだろう。

 

「でも、でも、やっぱり、みんなは…鷲尾さんは? 園子ちゃんはどうするの? 二人が待ってるんでしょ」

「あー、そんなこと心配するな。大丈夫、二人なら分かってくれるさ。誰かの体を取り上げてまでアタシを生き返らせろなんて絶対言わない」

「どうして、そんなこと言えるの? きっとあの二人なら、チャンスがあるなら命懸けででもやってみせるよ?」

「そうだな、けど、誰かの大切なものを取り上げないさ。あの二人は。分かるんだよ。何しろアタシ達は」

 

 

キサガイヒメとウムギヒメが開く。復活の時がくる。

 

「ズッ友だからな」

 

ああ、きっとこんな人たちだから勇者として選ばれたのかもしれない。

 

白い波がわたしと銀さんを飲み込む。

 

ただ、無力なわたしが天の神に怯えながら一人で生きていくだけ。

 

そう、このままでは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんてね」

「へ、アタシは…生きてる…のか?」

 

さすがの銀さんも驚いているようだ。

ギュッと目を瞑っていた目を恐る恐る開いていくのはちょっと可愛かった。

 

わたしもさっき思い出したところだから、本気でまた失敗したと思っていたんだけど。

 

「説明は向かいながらするよ。二人にも真実を知ってもらわないと、でないと天の神をいくら倒しても意味がない」

「二人って…、須美と園子か!」

「そう、二人の戦いはもうすぐ始まる。今来ているバーテックスは、かつて誰も倒したことがない最強のバーテックス。レオ・スタークラスター」

「最強のバーテックス…」

「だけど、もう神様は…天の神はそれさえも何体も送り込めるまで回復している。だから急がないと」

 

そう言いながらわたしは銀さんの手を掴もうとして…空振りに終わった。

 

「待った、待った。なんでお前はそんなことまで知ってるんだ。そんなの天の神の…えーっと、機密?事項じゃないのか?」

 

あ、そう言えばちゃんと説明してなかった。

 

「ご、ごめん、と、とにかく勇者装束も使えるはずだから、向かいながらで話すよ、まずはわたしも」

 

今までの失敗を積み重ねた集大成。3人でダメなら増やせばいい。

 

未来の鷲尾さんは、東郷さんとなって神樹様の壁を破壊した。

神樹様を直接攻撃することはできなかったけど、神様の作ったものは壊せる。

 

だったら、天の神様からバーテックス以上の力を持つわたしが3人を手伝えば可能性はある。

 

濃紅の花があたりに舞い、わたしを髪の色もそれに合わせていつもと違いどこか深くなる。

 

沈丁花――栄光と不滅を象徴する花――。

 

もし、神樹様が認めたら貴女にはこの花が共にあるだろうと神様が言っていた。

 

「お前も勇者だったのか…、いや、まあ、ここまでできるんだからあたり前なのか?」

「あはは、実は今日初変身だったりして…」

「そうなのか? まあ、いいや、とにかくこれから頼むぜ。十華」

「そうだね。改めてよろしくお願いします。三ノ輪銀さん」

 

やっと、変わる。銀さんの運命も、わたしの未来も。

 

そのために神様。わたしは貴女に背いてでも生きます。

 

 

 

 



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獣~the beast~

シロガネの一撃が頭部らしき器官を打ちぬかれたピスケスが擱座する。

 

「こっちは私が。そのっち」

「うん、任せて~、いっくよー」

 

そのっちの槍が伸びアリエスに突き刺さる。

やっぱり、勇者システムの強化で精霊以外にも攻撃の力も強くなっている。これなら…

 

「わわわ、あ、危ない」

 

アリエスがそのっちが刺さったまま空へ上昇を始める。

途中で槍を作り直したそのっちは何とか地上に着地する。

けれど、空中にいる間に狙いをつけていたアリエスの電撃がそのっちに落ちてくる。

 

「そのっち! 大丈夫?」

「この子が守ってくれたから大丈夫。ビリっときたけど」

 

良かった、と思う間もなく今度は擱座して止まったままピスケスが黒い煙とも墨とも見分けが突かないものを吹き出す。

 

「何これ、何も見えない」

「ガス? まさか?」

 

私の疑問はアリエスの雷撃で証明される。私達にとっては嬉しくない形だったけど。

 

「きゃあああ」

「うう、これじゃ何もできないよ」

 

ピスケスが出した煙幕と思われたものは、ピスケスの雷撃に反応してあたり一帯を空襲のように火の海に変えていく。

何度も爆発が繰り返し発生して、なかなか攻撃に移れない。

 

けど、その分、あらかじめ説明を受けていた精霊のバリアがそのすべてを防いでくれる。

これなら…

 

「これが勇者の新しい力…」

「来た、来た、来たー。いっくよー」

 

二人で同時に敵を倒す。

そうすれば厄介な連携はできない。新機能を使うならここで。

 

「「満開」」

 

 

神樹様から大いなる力が集まってくる。

初めて勇者になる時も感じた力だ。

でも、今度は変身だけじゃない。

 

私とそのっちの足元が浮かび上がる。

今までのただの武器ではなく、私達を運ぶ大きな船。勇者装束と同じ神樹様から頂いたものだ。

 

 

 

 

 

 

地上を離れた二人を追うようにアリエスの雷が、今度は直接私に迫る。

 

けれど、放電は私に届く前に精霊バリアに阻まれて届かない。

 

「もう、お前たちの攻撃は届かない」

 

私の腕の動きに合わせて副砲が角度を変え、一つの大きな力に変わる

 

「てぇぇー!」

 

私の掛け声に合わせて集められた力がアリエスの体を頭から尻尾まで一気に貫通する。

 

「何、あれ…」

 

貫通されたアリエスの体が鎮魂の儀も行っていないのに崩れながら、光のようなものが天に昇っていく。

 

 

そのっちの方も地面から現れたピスケスをたくさんの刃で攻撃しながらバラバラに引き裂いている。

こっちも体が崩れると光のようなものが天に昇っていく。

 

「これが…満開」

「もっと早くこれがあればミノさんも…」

 

残り1体。

 

銀、見ていてね。必ずお役目を果たしてみんなを守るから。

 

あれ? 満開が…解ける?

急激に力が抜けて、満開が解除される。ダメ地面にぶつかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

精霊のおかげで地面にはぶつからなかったけど、満開の時間制限は事前に注意されていたのに。

 

「急がないと…え? 足が…」

 

動かない? どうして?

 

「あれ、右目?」

 

よく見るとそのっちの右目と私の足に勇者装束が追加されている。

これはいったい・・・

 

と、とにかくもう一度満開して、敵を早く倒さないと神樹様にたどり着いてしまう。

 

何とか勇者装束のサポートで立ちあがる。私達をサポートしている?

 

 

仲間ががやられて最後の1体レオ・バーテックスは、ゆっくりと私達の方に近づきながら背負っていた日輪のような器官を左右に開いていく。

 

「もうここまで…え? な、なに?」

 

どういう理屈なのか、開いた向こう側が赤い炎になって、その中らから無数の小型のバーテックス ――レーダーには星屑と映っていた―― が炎に包まれながら誘導弾のように飛来する。

この数は…いけない。このままだと神樹様にたどり着いてしまう。

 

私とそのっちは慌てて船についていた武器で攻撃する。

 

 

「うわわー、なんかいっぱい来たー」

 

慌てて二人で敵を攻撃するけど、全然数が違う。

 

「きゃああ」

「わあ」

 

二人とも星屑の大群を抑えきれずに何度も跳ね飛ばされる。

このままだとやられてしまう。満開なら…でも、足が、そのっちの目も気になる。何か…

 

(今はやるしかない)

 

「そのっち」

「うん」

 

二人で頷き合いながら、もう一度…

 

「満開」

 

 

もう一度満開して、星屑たちを撃ち落とす。

 

「そのっち、さっき」

「うん、それに何だか変な感じ」

 

やっぱりそのっちもどこかおかしいんだろうか?

 

「まずはあの奥にいる。えっ」

「わっしー、危ない」

 

順調に星屑を減らしていた私達だったけど、奥にいたレオがまるで太陽のような炎で攻撃してくる。

信じられない。アリエスやピスケスの攻撃を防いだ精霊バリアでも熱が伝わってくる。

 

急に精霊バリアにかかる圧力が弱くなる。

 

「そのっち、私を守って」

 

私を守るために刃を使ったそのっちだけど、自分の守りに回す分が足りなくて、また満開が解除されてしまう

 

「そんな、大橋が…」

 

そのっちが離れた間も星屑達は増え続ける。副砲の角度を調節しながら撃ち落としているけど、このままでは押し切られてしまう。

 

「しまった」

 

星屑の一体が砲撃をすり抜けてとりつこうとしている。

けど、どこからか伸びてきた槍が近づいていた星屑達を倒してくれる。

 

「そのっち、無事だったのね」

「…ねぇ、わっしー、なんか変だよ。こんな戦い方で良いのかな」

「そうね。でも今は…あいつを止めないと。神樹様をお守りしないと私達の世界が無くなってしまう」

「…そう、そうだよね。」

 

私達を待っていた訳じゃないだろうけど、レオが再び炎を大きくしている。

 

「さっきの攻撃」

「やらせない。もうこれ以上は誰も!」

 

炎と光がぶつかり合う。炎がバラバラに飛び散り大地を焦し、光が残っていた大橋を完全に飲み込んでいく。

 

力が抜ける。私もまた満開の限界が来ている。

 

「そのっち、あとはお願い」

「うん…任せて、」

 

何とかそのっちが飛び立つまで船を維持する。

 

「満開」

 

そのっちがレオに向かって飛び出す。周りの星屑たちがすべて集まってレオを守る盾になるけど、そのっちは星屑の壁を突き抜けていく。

 

「どいてぇぇー」

 

そのっちの叫びが炎の向こうから飛び出す。

 

「ここからぁ、でていけー!」

 

それでもそのっちの船は止まらずに、そのままレオを突き刺しながら壁に向かってまっすぐにレオを突き刺す。

 

でも、あれならきっとバーテックスも無事じゃない。

 

「須美ー、園子ー」

 

ああ、銀、来てくれたのね。こんな時まで遅刻なんて、本当に仕方ないんだから。

 

「へへ、すまない。ちょっと巻き込まれてな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひどい…もう2回も満開しているなんて…」

「なあ、これからどうすればいいんだ?」

 

銀さんから気を失った鷲尾さんを受け取りながら、満開の後遺症を確認する。

2回で記憶を持っていかれるなんて、これじゃいつ戦闘できなくなる散華が起こるか分からない。

神樹様は本当にこれを使わせるつもりだったんだろうか?

 

 

「やってみせるよ。そのためにここに来たんだから。だから銀さんは園子さんを追いかけて」

「分かった。とにかく須美の方は頼む」

「ええ」

 

間に合わなかった。できれば満開を使わせたくなかったんだけど、仕方ない。

散華の効果は把握している。

後は移し替えればどうとでもできる。

 

(そう、わたしは、わたし達はそのための"癒す者")

 

「まずは…記憶」

 

鷲尾さんの頭に触れる。

別に触れる意味はないけど、神様と違ってわたしはまだこういうイメージを持った方がやりやすい。

 

(まずは…記憶だからわたし経由で鷲尾さんに鷲尾さんの記憶を転写して…)

 

奇妙な感覚。失われていたものが初めから手に持っていたことに気づいたような感じ。

 

「中央制御系接続…確認。音韻、視空間認知、励起。符号化…完了」

 

これはまた。感情の揺れ幅が大きい。あまり続けると自我境界が壊れそう。

 

と言うか、神様はこんなことをほぼ世界人口分やったって言うの?

どういう神経しているんだろう?

 

「記銘開始。続けてシナプス発火。概念としての忘却を一定期間停止」

 

これで散華のひとつ。記憶の忘却自体を機能としてできないようにしているはず。

 

「続けて、郡十華から鷲尾須美へ記憶をロード」

 

ざっと、2、3分で終わるから。そのころには銀さんと園子さんが戻ってくるだろう。

それまでに足の方も治しさないと。

 

それにしても、ホントに特定の記憶なんて非論理的な散華も起こるんだ。

 

「う、これはさすがに」

 

こめかみがズキズキと痛い。最初が記憶の転写と言うのは無理があったかも。

でも、まだ戦いは終わってない。

 

(わたしの同位体(アイソトープ)ももう少し増やさないと辛いかも。一人の脳じゃ処理しきれない)

 

足の方はいったん筋電位の変位を操作できるようにして、運動ニューロンからスタートするのは戦いが終わってからにしよう。

 

「う…ん、私は…」

「良かった。目が覚めた。鷲尾さん、今の状況わかる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鷲尾さん、今の状況わかる?」

 

そう言いながら私の顔を覗き込んだのは…やっぱり銀ではなかった。

満開が解除され意識が抜ける直前に銀の声が聞こえた気がした。

けど、現実はそんな私の夢想をかき消すように全然違う人を映す。

 

 

誰だろう? どこかで会った気がするんけど…

 

「怪我とかはしてないと思うけど、足は動かせる?」

 

そうだ、確か満開を使った後に足が…あれ? 今は動かせる?

でも、どこか違和感があるような気がする。何だろう?

 

「鷲尾さん、今の自分の状況は理解できる? ここがどこだか分かる?」

 

目の前の人。よく見ると私達と同じくらいの女の子だ。

周りは…戦闘の影響であちこちが灰色に崩れている。

どこかで燃えているのか、少し焦げた匂いが立ち込めて、遠くが熱で揺らいで見える。

 

「貴方は? いえ、それよりも樹海の中にいるということは貴方も勇者なの?」

「良かった。あれ? わたしのこと分からない?」

「すみません。どこかであったでしょうか?」

「うーん、どこか不具合があったのかな? 記憶は全部戻ってると思うんだけど…」

 

やっぱり見覚えはない。少なくとも名前は出てこない。

 

「おかしいな。確かに神樹の中で起こった記憶もロードできるようにしたつもりだったんだけど…経路がまだ不安定なのかな?」

 

目の前の子はどこから来たんだろう。

 

「すみません。それよりも、もう一人私の友達を知りませんか。金髪の…」

「園子さんね。大丈夫、もう一人が迎えに行ったから。これは実際に会ってもらった方が良いと思う」

「そのっち…乃木さんのことも?」

「ああ、そのっちさんで良いですよ。ちゃんと把握していますから」

「そう、ですか」

 

どういうことだろう? 大赦はほとんどの情報を渡しているの?

それなのにこの重大な局面で私達に伏せていたというの?

 

「そうですね。誤解のないように言えば、わたしは神樹様から力を頂いた勇者ではないです」

「それは…どういう」

 

神樹様意外にも神様が手助けをしてくれる。

 

「待てって、園子!」

 

(この声…まさか! いえ、でもそんな)

 

大橋の向こうからそのっちが飛んでくる。

そして、その後を追うように…

 

「ああ、幻じゃなかった。銀…」

 

見上げる私の元へそのっちと一緒に銀が降りてくる。

 

でも、どこか様子がおかしい。

 

「そのっち? 銀が…」

「ああ、そうだった。そうなんだけど、どうしよう」

 

おかしい。こんなに取り乱したそのっちは初めて見る。

 

「須美。落ち着いて聞いてくれ。バーテックスは12体だけじゃない。壁の外にまだいるんだ」

「そんな。でも、それなら確かに」

 

今まで誰も教えてくれなかったバーテックスがどこから来たのかという理由になる。

でも今はそれよりも…

 

「あのね。わっしー、壁の外の世界はいっぱいバーテックスがいるの。きっと私達だけじゃ倒しきれない」

 

そのっちがはっきりと断言する。

 

勝てない…私達は…負ける?

 

ビデオで見た旧日本軍のように?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱり、バーテックスが完成している。わたしの指揮権は…まだ効いているみたいだけど)

 

どうしよう。

 

バーテックスをいくら倒しても、実際のところ意味はない。

こんなの天の神から零れ落ちた代謝物のようなもの。

 

(高天原への道も開けそう。どういうことだろう? 神様はわたしが銀さん達勇者に力を貸していることを知っているけど、問題ないと思っているんだろうか?)

 

仕方ないとはいえ、人の生死に関わる力を与えておいて、放っておいても良いなんて、やっぱりわたしに肉体を与えたのは遊びみたいなものだったんだ。

 

「だったら、その慢心をつかせてもらうよ。アクセス」

 

神様に対抗することはわたしにできるはずもない。そもそもわたしは神様から与えられた天の力によって、この世に存在しているだけの遥か昔の人間の影法師。

でも、だからこそ散華の対策も思いついたんだけど、自分でも試すのは初めてだ。

鷲尾さんの記憶については補充できたと思うし、園子さんの視覚や運動神経も今は代替できている。

 

本格的に何とかするには準備不足だけど、この戦いの間くらいは満開を繰り返してもわたし一人で散華のデメリットを補える。

だけど、わたし自身が地の神に認めてもらえなければ、わたしが勝てても人類の生存につながらない。

 

「だから、わたしも精一杯やって見せる。アリエス、タウラス、ライブラ、スコーピオン」

 

呼ばれた4種のバーテックスが再生途中で浮かび上がる。でもその数は4ではすまない。いくつもの炎を纏いながら浮かんでくる。

 

(やっぱりネームドも量産できてる。でも…わたしが4種の力を奪い取って、次の段階に進めばまだこっちの方が早い)

 

「"今こそ我ら真に無形にして、虚無にあっても、揺蕩う闇である。主なる神に背き、神の威光を輝かせる者。すなわち光帯びたるものである。"」

 

集まった4種のバーテックスをわたしを中心に一つにまとまる。

 

 

言葉は力となり、力はわたし変容させる。

 

影が揺らめき、やがてわたし自身を周りから閉ざす。

 

―ルゥオオオオオオオン―

 

わたしの中からあの日と同じ絶叫が樹海に響き渡る。

引き抜かれた心臓が脈打ち、流れ出す赤い血が蒼く変わる。

 

違うのはわたし自身だ。

 

体中が爆発するように巨大化する。

 

自分の姿を見ることは叶わないけど、もうかなりの獣相が出てきているはず。

背中が熱い。何かが吹き出すように飛び出てくる。

予定通りならたぶん翼だ。鳥のそれではなく恐竜や蝙蝠のような膜を張ったような翼。

軽く動かしてみても、自分の意思通りについてくる。

視界が十重二十重に重なる。近未来の映像が重なっている。

普通なら脳が処理する器官を持たないその光景も、今更何も感じることはない。

伸びた犬歯が牙のようになって唇の外にまで伸びてくる。

顔の骨格自体が変化し、大きくなった顎から炎が零れ落ちる。

翼に続けて頭が現れる自分と自分が見つめ合う不思議な状態。

 

でも、やっぱりそこにあるのは、獣相を得て、角を冠で飾り、口から飛び出した牙を鳴らす。

 

獣相と翼竜の翼を持つ獣。豹のようにしなやかな筋肉を持つ腕と、熊のようにゆるぎない力強さを示す足が地に降り立つ。

 

わたしの姿。獣の姿。神に背く者にふさわしい。

 

かつての西暦で宗教で警告された10本の角と7つの頭を持つ神を冒涜する者。

人に知恵を与え、偽りを語り、地に留める。

 

そして、レオにも負けないその巨体のまま、炎の世界へと飛び立った。

 

 



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炎~incineration~

「ごめんね、わっしー。脅かしちゃって。でも、この先は」

「大丈夫よ、そのっち」

 

私達は、今壁の上に立っている。

 

この先は神樹様の加護受けていない炎の世界が広がっているという。

 

(こちらから見ているだけだと樹海が広がっているだけに見えるけど…)

 

「それじゃ、行くよ二人とも」

「うん」

「ええ」

 

銀が先頭を歩いていくと、途中から急に姿が見えなくなる。

 

「え? 銀は…銀は、どこに?」

「行こう、わっしー。たぶん見えないだけだから」

 

そのまま、そのっちに促されて私も一歩歩みを進める。

 

急に吹き付けた熱風に一瞬目を閉じるけど、広がる光景に目を見張る。

 

「これが、本当の世界」

 

夜空のような暗い空間には、けれど輝く星はなく、代りに白い星屑のバーテックスが広がり続けている。

その下には、宇宙なんてどこにあったのか忘れてしまうくらいに、無限の炎が広がっている。

時々吹きあがっている火柱は紅炎だろうか?

 

「こんな…本当に。あれ? そのっち、銀、あれは?」

 

炎の海の向こう。少し周りと違う赤色が動いている。時々爆発のようなものが起こっている。

 

「ホントだ。さっきまであんなの無かったのに」

「そう言えば、十華はどこだ? 簡単にやられたりはしないと思うけど」

 

銀が誰かを探して、周りを見まわしている。

 

「十華さん、銀を蘇らせた?」

「まあ、そうだよ。ただ、こうしていると自分がホントに死んだのか、すごく疑問だけどな」

「それは…でも、良かった。こうしてまた会いに来てくれた」

「あ、わっしー、ミノさん、なんかこっちに来るよ」

 

そのっちの指す方を見ると、やっぱり見間違いじゃなかった。赤い何かが炎をかき分けながら進んでくる。

 

間違いなくそれは炎じゃない。

 

その赤は炎よりも瞳に焼き付き、淡く白い輝きを持っていた。

その姿はどこか旧世紀の怪獣映画のようだった。

その大きさは周囲に浮いているバーテックス達さえ上回るくらいの巨体だった。

 

「あれは…バーテックスと戦っているの?」

 

時々、稲妻のようなものが空に走っている。遅れて雷鳴が届くくらいだから、かなり距離が離れているみたいだけど、

この距離でもはっきり見えるくらいだから、相当な大きさの稲妻だ。

 

「アイツが十華の本当の姿さ。天の3分の1を引き抜いて、神様に背いた昔のヨーロッパの悪魔とかいうやつ」

「まって、私は一瞬しか見てなかったけど、人間が変身した姿なの?」

「ああ、アタシもここまで来るときに運んでもらったんだけどな」

「そう、あれも人間…」

 

もう一度雷雲の向こうを見る。もうだいぶ近づいてきている。

いくつかの頭が長い首に支えられて四方八方を睨み、まるで距離を測るようにしながら、でも確実に近づいてきている。

 

「…あの子は満開のことを知っている。そして、私やわっしーの体を動かせるようにしてくれたんだよね」

「ああ、アタシに命を譲ろうとしたのも本当だろうな。荼毘に付されたアタシの体ごとこうやって蘇らせたんだから」

 

銀が生き返ったということも驚いたけど、満開の後遺症、散華を解消できるというのもよくわからない。

そんなことができるなら、大赦も動いていたと思うのだけど、それに天の神に属する彼女が何故そこまで私達に手を貸そうとするのかも分からない。

 

けれど、

 

「それでも、銀は来てくれた。今はそれだけで十分だわ」

「そうだね。それにさっきはああ言ったけど、私もまだまだやれるよ~」

 

そのっちも少し調子が戻ってきたみたいだ。

確かに一人でこの光景を見て、さらに満開に不都合な秘密があったなんて、その時点で戦う方法がなくなってしまう。

 

「こうやって3人がもう一度そろったのなら、まだ私達は戦える」

「そうだな。やってやろうぜ」

「うん、せっかくみんな無事だったんだもの。なんとかしてみせるよ」

 

3人が頷き、顔を上げると、目の前に10の獣の顔があった。

牙が伸び、角がある者もいる。爬虫類のや猫の目のようなものもいる。

 

でも、そのどれもが私達を待っていたように、じっと見つめていた。

その姿は恐ろし気なのに、不釣り合いなその様子は、なんとなくおすわりをしている犬みたいに見えてしまった。

 

不意に再び雷鳴が轟く。一瞬白くなった視界が元に戻ると獣はまるで悪夢のように消えていた。

 

「うーん、やっぱりテレパシーは一回わたしを認識してもらわないとダメなんだ。これ変身するたびに服がなくなるから、あんまり変身したくないんだけどね」

 

声? 

 

「ええー、なんて恰好しているんですか!」

 

そこにはさっき私が目覚めたときにいた女の子が、文字通り一糸纏わぬ姿でそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっと、何か着る物、上着とかでも良いから…」

「わわわ、樹海の中だから何もないよ。わっしー」

「でも、樹海から戻った時に大問題だわ」

 

鷲尾さんがこういう反応するのはある程度予想できたけど、実際に見るとちょっと申し訳ない。

 

獣になると、どうしたって服は無くなってしまう。

それは、大きくなって服がダメになるとかじゃなくて、獣の特性として衣服の代りに毛皮や鱗を持つからなんだけど、やっぱり人間に戻るときはちょっと恥ずかしい。

でも、ここでわたしが恥ずかしがると、余計に落ち着かないと思うからここはなんでもない振りを続けよう。

 

「鷲尾さん、気を使ってくれてありがとう。でも、安心してください。樹海から戻った時にもっと小さな動物になって家まで帰れば、衣服はありますから」

 

これは嘘だ。神世紀にわたしの家はない。300年前の人間であるわたしは保護者もいない。

当然お金も戸籍もないから、服を用意することも難しい。

 

極端に言えば、大赦が協力でもしてくれない限り、わたしは四国で生きていけないだろう。

代りにわたしはこの炎の世界でも活動できる。

 

「それで、この後のことなんだけど、鷲尾さんと園子さんにはこっちの世界ではちゃんと挨拶してなかったから、もう一度自己紹介をば」

 

そう、鷲尾さんと会うのは"今回は初めて"だ。

 

「これは銀さんにも言ったことだけど、わたしは神様の使徒、いわゆる天の御使い。人間の言葉でいえば天使ってところ。もっとも、わたしは預言通り反逆したから元天使の堕天使だけどね」

 

そう、わたしの反逆は天の神の預言どおりで、予定調和として()られていた。

 

「時間がないからわたしのことは後で、今から星座型のバーテックスが蘇ってくる。そのうち4種類の攻撃は精霊バリアがなくても効かないようにしているから、満開は適当に使って。とにかく生き残る事だけを考えてくれればいい」

「4種類の攻撃が効かないって言うのは、トーキチがそのバーテックスの力を持ってるから?」

「そうだよ。アリエス、タウラス、ライブラ、スコーピオン。で、そのトーキチっていうのは何、園子さん」

「気にしないで、ただの呼び名」

 

呼び名って…なんか調子狂うな。さっき銀さんと一緒に戻ってきた時はかなり焦ってたみたいだから、彼女もやっぱり子供なんだと思ったんだけど、まさかただの人見知りだった?

 

(とにかく、神様がわたしのバーテックスに対する執行権を破棄する前に数を減らす。あとは結城友奈殺せば神様は自暴自棄になる。その瞬間、我を忘れた時を狙うしかない)

 

「来るよ、アリエス・E・モード、電磁格子展開。続けてタウラス・ベルを前面150度仰角25度で斉射」

 

我が身を再び獣へと変え、周囲に発生させた電気の檻を神樹様の結界の外周に追加する。あくまで大型のバーテックスを通さないものだけど、わたしや星座が近接戦闘できないだけで星屑の突撃までは防げない。

その分、強度はただバリアを展開させた時より遥かに高い。ジェミニやキャンサーがほとんど無力化できるし、サジタリウスの大きいほうの矢も途中で止められる。

こっちも電撃とか普通の飛び道具は通せなくなるけど、音であるタウラス・ベルはその隙間を抜けて来た星屑達をバラバラに分解していく。

 

「なんか、アタシらやることないな」

「まさか、本番はこの後だよ。あ、これはテレパシーね。ビーストになってると人間の声帯は使えないから」

「わ、ホントだなんか耳塞いでも聞こえる」

「二人とも気を気を引き締めて、星屑が来るわ。満開はなるべく使わないこと」

 

おお、ちゃんと動いてくれる仲間って頼もしい。わたしの場合は、神様をはじめとして、ちょっとあれな人たちばかりだったからな。

 

格子をすり抜け、タウラス・ベルの弱いところを強引に潜ってきた星屑が近くまでやってくる。

 

「それから3人ともこれ受け取って、矢避けの加護があるから」

 

そう言いながら、七つの首の一つ獅子の鬣から一本ずつ引き抜く。

 

「鬣に効果があるわけじゃないけど、ライブラの風の力が宿っているから、少しは攻撃も防いでくれる」

 

これなら不意打ちが原因で気を失ったり、怪我をしたりすることも減るはず。

さすがにレオの炎は防げないけど、サジタリウスの小さいほうの矢なら気にしなくても良い。

 

「お、こいつ腕にくっついた。よっしゃ、それじゃいくぜ」

 

銀さんのいう通り、引き抜いた毛はそのままふわりと浮くとみんなの前腕内側に近いところにくっつく。

 

「これなら落とさずにすみそうね」

「あ、まってよ、二人とも」

 

銀さんが腕を振って落ちないことを確認すると、そのまま飛び出して大口を開けた星屑の一体を口に沿うように真横に分けていく。

その横合いを狙った星屑を鷲尾さんの矢が追いかける。

鷲尾さんに近づこうとした星屑も、園子さんの槍が遠くに近くにと、次々打ち払っていく。

 

(さて、順調だけど残りの星座の連中はどうする。って、やっぱり、そう来るよね)

 

わたしが出現させた格子を迂回するように地面に潜ったピスケスが飛び出そうとする。

 

「でも、それは悪手だよ。何も格子は地上だけじゃないし、そして、こういう方法もある。捉えよ風の槍」

 

空気逆巻く。わたしの周囲に10本以上の竜巻が生まれ、地中をショベルカーのように掘り進み、ピスケスの体を削り取る。

 

ピスケスを援護しようとするのかアクエリアスとサジタリウスが遠くから打ち込み続けているけど、格子の2メートルに満たない隙間を通すような精密射撃には向かない。

サジタリウスの狙撃用の大型の矢に至っては、後ろがつっかえて通ること自体ができない。

 

逆に、格子から発生させた電撃をアクエリアスに放ち、風の力で拘束したキャンサーをサジタリウスに向けて盾にする。

普通なら反射板を気にするところだけど、電気格子と風の力で飛び道具はまっすぐ飛ばないから、気にするまでもない。

 

 

「あれ、何かすごい勢いで走ってくる」

 

園子さんの声に惹かれるように前方を見ると、1対のジェミニがものすごい勢いで電気格子に飛び込んでいく。

 

確かジェミニの俊足は時速250km。

 

人間の視力で捉えるのは大変なはずだけど、七つの頭それぞれで視覚を持つわたしに死角はない。

 

(というか、ジェミニでも通り抜けできないと思うけど)

 

けれど、ジェミニは速度を落とさず、そのままジャンプすると頭から格子の隙間に飛び込んでいった。

いわゆる飛び込みでヘッドスライディングをやって見せたのだ。

 

「って、ええー、そんなのありか」

 

慌ててアリエスの電撃やライブラの風で拘束しようとするけど、どれも簡単に避けられてしまう。

噓でしょ。電撃の速度にどうやって対応しているんだ。

 

「く、狙いきれない。は、何かデジャブを」

 

鷲尾さんのスナイパーライフルも悠々と回避している。

 

「この、大した力もない癖に」

 

タウラス・ベルの向きを変えて、進路妨害を試みる。

 

「うわ、何だこの音」

「頭が、グワングワンって鳴ってるよー」

 

しまった、二人がジェミニを追っていたから、タウラス・ベルの影響を受けてる。

ジェミニもずっこけたけど、すぐに立ち直って走り出す。

 

即席で連携は無理だと思っていたけど、ジェミニがこんなに近くまでやってくるなんて思ってなかった。

 

(どうする? せめて神樹様の前に電磁バリアを張りなおして…)

 

わたしが電気格子を解除して、神樹様の直前に電磁バリアを展開すると、こんどはサジタリウス達の攻撃を防ぎきれない。

 

「園子、頼む!」

「うん、ミノさん。いっくよー」

 

二人も立ち直って、追いかけようとするけど、かなり距離が離れている。

けれど、銀さんはそのまま追いかけず、園子さんの槍の上に飛び乗ると、その槍は信じられない速度で大きくなっていく。

もう、銀さんの姿は、学校の屋上よりも高いところだ。

 

「よいしょっと」

 

園子さんが振り下ろした槍は重力加速度が追加されて、ジェミニ達の少し前に銀さんを送り出す。

 

「うりゃあ」

 

ジェミニ達は槍を避けようとしたけど、今度は槍を足場にして飛び出した銀さんの斧で、一体のジェミニが体をバラバラにされる。

 

けど、ジェミニを鎮花の儀で治めるためには、二体同時に実行しないといけない。

 

「もう一体は?」

「大丈夫、わっしーが見つけてくれてるから」

「位置さえ分かれば…はあ」

 

槍が着地した土煙を裂いて、銀の閃光が残ったジェミニに突き刺さる。

ジェミニがひっくり返っているけど、まだもがいている。

 

威力が足りない。

 

けれどどこから取り出したのか、鷲尾さんのもう一つの銃からたくさんの弾が吐き出されて、ジェミニの全身に降り注ぐ。

あれはかなり痛そうだ。

 

と、思う間もなく体を引きちぎりながらピスケスが鷲尾さんに覆いかぶさる。

 

「そんなに好き勝手させる訳ないでしょうがー!」

 

唯一の手持ちの武器、王権の錫杖が伸びる。

 

これの特長は長さを変えられること。

範囲は12万km。地球を貫くこともできる。

真芯で硬いものを捉えた感触。

 

「うおおおおおおお、ホぅームラン!」

 

そのまま振りぬき電磁格子に衝突したピスケスが五体?バラバラになって散らばる。

バラバラになったピスケスに目もくれず、火達磨になった星屑達が押し寄せる。

 

(レオが復帰した。やっぱり神樹様の結界の外で倒しただけだと再生が早い)

 

やっぱりレオが姿を見せ巨大な炎を放つ。

 

電磁格子に衝突した火球が轟音と共に電磁格子の一角を消滅させる。

考えてみれば、炎はエネルギーだけじゃなくてちゃんと燃えるし、音が聞こえるということはここは空気があるんだろうか?

 

「わわわ、いっぱい入ってくるよ」

「安心して、園子さん。ほら」

「消えた電気が戻ってる?」

 

電磁格子は電気でできた檻だ。

 

だから、爆発で吹き飛んだように見えても、電気が走る速度と同じように復元できる。

もちろん、わたしの力が尽きたらダメだけど、獣に堕ちた今なら思う存分力を振るっても、いくらでも元気なままだ。

 

バーテックスの特長はわたしだって持っている。

 

いつまでも思い通りになんかさせない。

 

遠くからの攻撃が炎でもダメだったからなのか、さっきやられたところのピスケスとジェミニ以外が一度に電磁格子にぶつかってくる。

 

ぶつかってきた端から、崩れて、そしてまた再生する。

 

「うへぇ、なんか気持ち悪いな」

 

銀さんが道端に落ちていた物を拾って食べたみたいな顔をしている。

 

「ねぇ、銀さん」

「ん、どうした?」

「わたしは?」

 

すいっと首の一つワニの顔だけを3人の方に向けながら確認する。

何の意味もない会話。銀さんが気持ち悪いと思おうと、そうでもないと応えようと、あるいは、適当なごまかしを言おうとも、

わたしのやることは変わらない。

 

わたしの本当の目的は神様を止めて、この世界の炎を沈めること。

でないとこの世界はいつか燃え尽きてしまう。

 

きっと、お姉ちゃんもそう願っていたはず。

 

「あー、そうだな、確かにちょっと怖い見た目だな」

 

確かにまるで物語にでてくる魔物みたいに、いろんな動物の首が生えているこの姿はおっかない。

 

「まあ、でも、こうやって話せるだから、そんなに気にしたことはないな。お前、その見た目のわりに小心者だし」

「ええー、わたし、そんなに小さいかな」

 

やっぱり、人間が嫌になるのは、理解できないものってことなのかな。

 

「うーん、私はもう少し可愛くしてもいいと思うんだけど、セバスチャンとかみたいに」

「そうね。あれだけ恐ろしい満開の機能を持つ精霊たちも、見た目は和むし、これでいろいろと動ていくれているのだから、きっと貴方も大丈夫よ」

「ホントにぃー? この見た目で怖くないって言うのもなー」

 

唸るように返事をする。

 

「お前、どっちだったら良かったんだ…」

 

銀さんは少し呆れたみたいにつぶやいている。

乙女心は複雑なのです。って、そろそろ冗談は止めないと。

 

「でも、3人ともありがとう。いろいろ聞いてくれて。けっこう楽しかったよ。さてっと、それじゃ、そろそろあっちも何とかしないとね」

 

今も電磁格子を通り抜けようとバーテックス達が火花を散らし、体を焦しながら、それでも前に進もうと踊り続けている。

 

「どうする? このまま持久戦で戦う? それともこっちから攻撃してみる?」

 

3人に改めて確認してみる。このまま相手が諦めるのを待つか、こっちから倒しに行くか。

 

「アタシとしては、そろそろ外のやつらを倒せるなら何とかしたい。持久戦って言っても何日もできないし、さっきのジェミニみたいなのもいるかもしれない」

「私もこちらから攻撃したいわ。後衛の私が言って仕方ないのだけれど、今のままだといつまでも終わらない」

 

銀さんと鷲尾さんは攻撃かな? あとは園子さんだけど…

 

 

「…もう少しだけ待っても良いかな? バーテックスの動きが少し変な感じがする」

 

そう言えば、さっきまでぶつかっていたバーテックス達が少し後ろに下がっている。距離を取るつもりならさせない。

 

「距離は開けさせない」

 

電磁格子がバーテックの動きに合わせて広がっていく。もしかしたら、隙間が大きくなると思ったのかもしれない。

けど、わたし作った電磁格子は物理的な存在と言うよりも高エネルギーが放射している結果だ。

一度途切れても隙間を埋めるように新しい電磁気を発生させ続ければ良い。

 

けれど、バーテックス達は後退していたわけじゃなかった。

 

レオを中心にバーテックス達が集まる。

形が崩れ、お互いの姿が曖昧となり、そうしてついには踊るように、レオの周りにつながっていく。そして・・・

 

「合体…した?」

 

3人だけでなく、わたしもこんな機能なんて聞いていない。

 

誰一人、言葉を紡げないまま、レオが燃える。レオ自身の体が崩れ御霊が炎に包まれる。

 

「自滅? 違う!」

 

誰が叫んだのか分からない。太陽と見紛うよう炎が吹き荒れる。視界が歪み、レオの御霊はすぐに見えなくなる。

 

「電磁格子解除、電磁障壁へ変換」

 

慌てて作り直した電磁バリアに炎が衝突した。いえ、炎が電磁バリアと神樹様の結界ごと四国自体を覆っている。

 

「こんな、これじゃどこに敵がいるのか分からない、いえ、世界自体が私達を…」

「この、どこに攻撃すれば良いんだ」

「何か、何か、私が考えないと…」

 

3人もそれぞれの武器を持って構えるけど、もう、ここまでくるとどこを攻撃していいのか分からない。

 

少しでも電磁バリアを解除すると四国自体が炎にのまれる。

世界の他の場所のように。

 

(でも、この熱さなら太陽くらいだ。わたしの電磁バリアが敗れることは無い。あとは、100年でも、1000年でも、根競べで…え? 熱量が上がって、まさか…)

 

「3人とも伏せて、これ、爆発する」

 

けれど、その言葉はどこにも届かない。膨張し続けた対応は限界を超えて…

とうとうあたりを白熱へ染め上げながら、その命をすべて解き放つ。

 

「「「満開」」」

 

爆発のほんの少し前に、3人が満開を起動している姿が見えた。

 

そうして、世界は炎の赤ではなく光へ還る白い輝きが満たされていった。

 

 

 

 

 



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地上代行者 ~agent~

爆発の光が収まると、3人とも満開の形態に変化していた。

 

(やっぱり満開無しでは難しいか…。でも、まだだよ。3回くらいなら、わたしだけでも散華は何とかできる)

 

「ひえー、ビックリした。初めて使ったけど上手くいって良かった」

「それが、ミノさんの満開なんだ。私やわっしーと比べて、ガッシリした感じかな?」

「そうね。でも、満開しなくてもさっきの爆発で周りのバーテックスもみんないなくなったみたい」

 

鷲尾さんの言う通り、あたりのバーテックスは爆発に巻き込まれていなくなっている。

今のうちに新しい電磁バリアを展開しなおしておこう。

 

「とりあえず、3人とも無事…とは言えないね。満開も使っちゃってるし。ごめん、読み間違えた。まさかレオのエネルギーをいきなり全部使ってくるとは思わなかったよ」

 

3人の近くにわたしも一度降り立つ。

 

「ああ、まあ、しょうがないさ。まさか自爆攻撃なんてな。でも、須美の言う通りレーダーにも何も…あ?」

 

銀さんがそう答えながら移動してくるけど、途中で首をかしげている。

 

「うーん、何か映ってる? 結構近くみたいだけど…」

 

園子さんが不思議そうにしている。

 

「ちょっとまってね。アクティブレーダー照射」

 

350度全周囲に向けて、レーダー波を広げてみる。

 

「人間…まさか」

 

まさか、そんなことって…

 

「人が紛れ込んでるのか? こんな火の中じゃ大変だ。すぐに行ってみよう」

「あ、待ちなさい銀」

「わっしーも、おいてかないでー」

「違う、3人とも待って。行かないで!」

 

そう言いながら、強引に3人を引き留める。

 

「わわわ、どうしたの急に?」

 

一番近くにいた園子さんが振り返りながら聞いてくる。

 

「まずいかも。強敵が来てる。2人…」

 

私の言葉が続けられない。七の首がすべて切り落とされて、呼吸が止まる。

ダメ、すぐに再生。いえ、離れないと。

 

「十華? うわあああ」

「銀、何? きゃあああ」

 

続けて、銀さんが展開していた要塞の足が切り落とされ、宙に浮いていた鷲尾さんが叩き落される。

 

(ダメ、みんなを逃がさないと、なんでアイツが出てくる?)

 

「え? みんな、ねぇ、わっしー、ミノさん?」

 

無事なのはわたしの首の影になって攻撃されなかった園子さんだけ。

 

「…っ!」

 

急に園子さんが真上に全力で飛び立つ。

 

「……」

 

目標を捉えそこなったおかげなのか、園子さんが浮いていたところに一瞬だけ影が見える。

間違いない。アイツだ。

 

だったらここで止めないと。

 

全力で電磁バリアをアイツの周りに張り巡らせる。

さらにタウラス・ベルを照射して三半規管への衝撃も与えておく。

 

 

「はっ、はっ、はっ、捕まえた。なんでお前がこんなところにいる。アル」

「…別に」

 

相変わらず何考えてるか分からない。死んだ魚のように焦点が定まらない瞳。血の気がなく青紫に近い唇。

 

でも、神様が四国以外の人類を滅ぼした時に特別にその魂を回収した人間。

プラチナブロンドとブラッドアイを持つ女の子。

かつてあった欧州の青い血受け継ぐだろう最後の一人。

 

そして、300年に渡りわたしと共に神様に生かされ続けた3人のなかでも最も神様の寵愛を受けたもの。

 

 

アルフレッド・アーネスト・アルバート。

 

 

本人は師の名前だと言っていたし、どう聞いても男性名だけど、その名にふさわしい威厳と戦闘センスを持つ戦う人。

 

でも、わたしに槍を刺して天から墜落させた時に、決して動けないよう同じ槍で縫い付けたはずだったのに、どうして?

 

「もしかして、今がその時だって言うの? 既に、結城友奈は勇者である、と?」

「…違う。これは私の意思」

「ふぅん、今日はよく喋るじゃない。それに自分の意思で動けたなんてね」

「…別に」

 

会話しながら、少しずつ電磁障壁を狭めていく。

コイツが持っている力はジェミニ、レオ、カプリコーン、サジタリウス。

物理的な破壊力と速度はすごいけど、ジェミニが混ざっている都合で防御能力は少し低めに設定されている。

何とかこのまま抑え込めれば良いんだけど、そううまくはいかないでしょうね。

 

「いてて、そいつがアタシ達を攻撃していたのか?」

「全然、気が付かなかったわ」

 

満開こそ解除されたものの銀さんも鷲尾さんも無事だったみたいだ。

 

「わっしー、ミノさん。良かった~。いきなり落っこちてビックリしたよ~」

 

それにしても、園子さんはよく見えない一撃を避けられたなー。

 

「3人とも無事でよかったよ」

「それで、十華は知っているのか? アイツのことを」

 

当然の質問。銀さんに返す言葉は1つしかない。

 

「あれは、わたしと同じ神様の、いいえ、天の神様の使い。本当は天の神様と一緒に降臨するはずだったんだけど…」

 

3人の視線がアルを見つめている。

 

「とこでさ、天の神、って結局何なんだ?」

 

銀さんの一言で全員がひっくり返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天の神、と言えば菅原道真公のことかしら?」

「あー、人の名前なのか? で、その菅原さんがなんでアタシ達を攻撃してくるんだ」

「いや、あの子の名前は菅原さんじゃないよ。アルフレッド・アーネスト・アルバート。本名じゃないと思うけど、間違いなく欧州の出身」

 

もしかして、大赦ってバーテックスが何なのか説明していないんだろうか?

確かに外の世界は機密にするかもしれないけど、よりによって天の神のことも秘密だったなんて。

 

「わー、海外の人。あれっ? ということは四国以外にも生きている人がいるの?」

「まさか、英米の…」

 

園子さんの表情がこんな時なのに、パッと輝く。

反対に鷲尾さんの表情が曇っているのが気になるけど、今はそっちは置いておこう。触ると危険な香りがする。

 

とにかく、みんなが驚くのも当然で、全滅したと思っていた世界が残っている可能性なのだから。

だから、この後は言い出しにくい気持ちになってしまう。

 

「ううん、少し違う。天の神とわたしが呼んでいる存在は神樹様じゃない。わたしやアルを過去の世界から呼び戻して、自分の手伝いをさせてようとしていたの」

 

報酬については…いっか、わたしはいらなくなったし。

 

「けど、どうして、その天の神が私達を?」

「鷲尾さんの疑問の答えはわたしも分からない。ただ天の神は人類を粛清しようとしているの。わたしはそれに反発して、自分を復活させた天の神から離れてここに来たってこと」

 

わたしの知っているのはここまでで、何があったのか神様は教えてくれなかったけど、人類すべてを対象にした粛清なんて、やり過ぎに決まってる。

確かに良い思い出なんてないけど、だからって、そんな取り返しのつかないことはしなくても良い。

 

「じゃあ、あそこにいる英米人も…」

「うん、わたしと同じで天の神が自分の下僕として復活させた一人。でも、まだ天の神の力を完全に受け止め切れていないはずなのに。どうして?」

 

わたし達は、生い立ちのこともあってすぐに神様の力を受け入れられたけど、アルだけは神様という存在を理解できていなかった。

だから、バーテックスの力を継承するのもあと1、2年かかるはずだけど、もしかして、未完成のままでてきたの?

 

「…何?」

 

わたし達の視線に反応しているけど、相変わらず表情に乏しい。

 

「ええっと、アルさん? 知ってて天の神に協力するのか? それってどんなことか分かってるのか? みんな死んじゃうんだぞ。アンタの家族も友達も」

 

そうだけど、違うんだよ。銀さん。

コイツはわたし達とは時代が違いすぎる。

 

「…そう、それが何」

 

これだ。わたしも同じようなことを聞いたことがある。

けど、コイツは自分の剣の師匠さえ容赦なく斬っている。

本当の意味で自分が生きることだけに生きているようなヤツだ。

 

いや、それも違うかもしれない。

 

本当は生きているのかさえ、分かっていないような生気のない平坦な声だ。

 

「それがって、それで良いのかよ?」

 

良いはずがない。だけど、いつも反応は薄い。そして、いつもこう返ってくるだけ。

 

「別に…」

 

結局、何考えてるか分からない。

 

わたし達の質問がそれだけだと思ったのか。電磁障壁を切り付けている。

 

「うっ、ちょっとまずいかも。3人ともお願い。とにかくなんでもいいから攻撃してアイツを無力化してもらえないかな?」

「それは、でも、相手は人間なのでは?」

 

返事をしたのは鷲尾さんだけだったけど、他の2人も同じ気持ちだったみたいで、少し困った様子だ。

だけど、議論している時間はない。

レオの力を持っているから強いとは思っていたけど、このままだと格子を壊してまた暴れ回る。

 

「お願い。アイツもわたしと同じで天の神に無理に蘇らされて、今度は人間を滅ぼす手伝いをさせられる。バーテックスと同じなの。アイツもわたしも死んだりしないから」

 

3人がそれぞれ百面相のように表情を変え続けている。ここにきていろんなことを知ってしまったから、整理ができていないんだと思う。

 

それでも、散華のことだけは知らせずに乗り切りたい。

今、知ってしまえば例え勇者でも、いいえ、勇者だからことそ許せないかもしれない。

 

「…終わったら、全部教えてね?」

 

園子さんがちらりとこちらを見透かすように、ジッと見ている。。

 

「もちろん、まだまだいっぱい話したいことがあるから」

 

園子さんから微妙に視線をずらして、3人に対して言うようにする。

 

散華のことを話せていない。今はまだ昔話にできていない。

 

(例え、それが神様の優しさだとしても、このままで良いわけないない。だから今は…え?)

 

乾いた音と煙と一緒に、何かが壊れる音が流れる。

 

「ぐ、痛」

 

これは、電磁障壁が壊れた反動?

 

「大丈夫か? 十華?」

 

近くにいた銀さんがわたしの首の近くに寄ってくる。

満開しているとはいえ、平気なのかな?

わたしの牙1本が銀さんよりも大きいくらいなのに。

 

「何とか、でもアイツがアルが電磁障壁を破ったみたい。また捉えないと、一度放たれたらアイツは光になって襲ってくる」

「光って、どうなるんだ?」

「うーん、とりあえず見えた時には攻撃されちゃうんじゃないかな?」

「そうね、何か対策を考えないと、っ!」

 

喋っている間に鷲尾さんが斬りつけられたみたいだけど、今度は構えていたせいか何とか躱せたみたいだ。

光変換による宇宙最速のスピードも欠点が無いわけじゃない。

最速になるために目標までの距離を最適解で走るから、目標がずれるとやり直しになる。

ようは常に気まぐれに動き回っていれば、意外と当たらない。

 

 

「あの子、わっしーを狙ってる?」

 

確かにさっきも鷲尾さんから狙っていた気がする。

そうか、やっぱりまだ完璧じゃないんだ。

 

「3人ともよく聞いて、きっとアイツは近寄らないと攻撃できない。アイツの力の一つが獅子座なんだけど、さっきレオは爆発したところだから、力が戻ってないのかも」

 

それでも、光になって襲ってくるアイツを止めることは難しい。

わたしの電磁障壁で捕まえても今度はこっちも攻撃できなくなるし、さっきみたいに力押しで壊される場合もある。

 

さっきの園子さんのように反射的な動作なら先読みもされにくいから、まだ避けられる可能性もあるけど、やろうと思ってできる動きでもない。

 

「光? 人間なのに? それに素粒子になっちゃったら・・・」

 

その園子さんが不思議そうにしている。

 

あれ? わたし何か間違っていたかな?

確か神様はそう説明してくれていたけど。

 

「間違ってはいないと思うけど、うん、ちょっと分からないかな」

 

分からないってどういうことだろう?

 

近くの銀さんにアイコンタクトしてみるけど、アタシに振るなと返された。

 

「その疑問は間違っていない。素粒子変換を行った場合、多様な情報を維持することは困難。だから私や天の神は維持できる情報量を単一になる」

 

ギョッと振り返ると、アルは光とならずに佇み続けている。

 

「ああ、そうなんだ。貴方達は1人じゃないんだね。だから、光になれるんだ」

 

園子さんは何が気になるんだろう?

 

「園子さん、素粒子変換の秘密が分かったの?」

 

素粒子変換のもたらす力。光の速度とブラックホールさえ蒸発させてしまう高密度エネルギーさえ解き明かせるなら、もしかしたら、神様に対抗できるかもしれない。

 

「ダメだよ」

 

けれど、すぐに園子さんは否定する。

 

「どうしてだ? 何があるんだ?」

「落ち着いて、そのっち。あの敵を止める方法がわかったの?」

「それでもダメ。絶対に。きっと何も残らない」

 

ここまで激しく否定するなんて、いったいどんな秘密があるって言うの?

 

「そう、なら、貴方達のおとぎ話はこれでおしまい」

「しまった」

 

そして、世界が光となってわたしを破壊する。

 

元始の光は悪しき獣を浄化し、化石となってわたしから剥がれ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 



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離散~diaspora~

燃えている。燃えている。燃えている。

 

アタシの体、が燃えて…。

 

それなのに、熱くもないし、痛くもない。何だこれ。

 

アタシだけじゃない。みんな燃えている。

 

須美も園子も、燃えている山みたいな影はバーテックス? それとも十華だろうか?

 

不思議と落ち着いた気分だ。満開はとっくに切れているし、なんでか耳が全然聞こえないけど、立ち上がることはできた。

 

「須美、園子、どうすれば。水が、アクエリアスは…近くにはいないか」

 

二人とも気を失ったまま燃えているけど、まだ生きている

 

あの光がすべてを、バーテックス達も皆吹き飛んでる。

 

「…私の炎は消えない。貴女達はこれで終わり」

 

静かな声が耳ではなく、頭の中に直接響いてくる。

 

「お前…爆発したのになんで平気なんだ?」

「…別に、さっき乃木園子が言ったように、私はこの世界に"熱"があればいくらでも顕現できる。肉体の死なんてもう考える必要もない」

 

なんか分からないけど、ちゃんと会話はできたんだ。それがどこかおかしかった。

 

少しずつ炎以外も見えるようになる。

 

ああ、でも、やっぱりアタシ達の体は燃えている。

満開だけじゃなく変身も終わっている。

 

「ッッァアア」

 

すごく遅れて、痛みと熱が襲ってくる。いや、思い出したんだ。

 

でも精霊バリアは動かない。ボロボロになった指でスマホ取り出したけど、光は消えて暗い画面のまま沈黙している。

 

(あれ? 変身できない。画面も真っ暗だし、どうして?)

 

「その端末は壊した。お前達はもう戦えない。だから、さようなら、勇者たち」

 

かざした手の上に、アタシ達よりも大きな火の玉が膨れ上がる。

それでもアタシは、アタシ達は…

 

「何のつもり? 変身できないお前では障害になり得ない」

 

冷たい言葉に負けないよう両手を広げて受け止める構えを見せる。

 

「そう、なら、最期も勇者らしく死ぬと良い」

 

アタシの体はあっけなく炎に包まれて、再び燃え上がる。

ゴメン、須美、園子、これはアタシじゃ止められないみたいだ。

 

けれど、アタシが見据える中で炎は影に覆われる。

黒い山がアタシの前に聳え立つ。違う。これは動物だ。

 

とてつもなく大きな動物。

 

「十華、お前、生きてたのか? 十華?」

 

―ルゥオオオオオオオン―

 

アタシに帰ってきた応えは言葉ではなく大きな遠吠えだけだった。

 

「おい、なあ、どうしたんだ?」

 

「無駄。十華は散華の肩代わりとしてヒトとしての自分を捨てた。だからもう獣から戻れない。そして十華が獣になった今、満開の後遺症はそのまま貴方達に現れる」

 

何を言ってるんだ? 満開の後遺症って…

 

「何だよ。それは、何なんだよ!」

 

何を言ってるのか全然わからない。でも、コイツに言っても仕方ないことだけは分かる。

 

「満開のような強大な力を振るうのは神樹も簡単ではない、だから、供物として勇者の身体機能を捧げる。それが後遺症。散華」

「身体…捧げる、何を。そんなの信じられるわけないだろ!」

「事実、既に体の機能が失われている」

 

上手く呼吸ができない。ゼイゼイと自分の息遣いが耳障りに聞こえる。

うまく動かない左腕は火傷のせいだけじゃないっていうのか。

 

「十華の役割は"癒す者"。誰かの代りに対価を支払うのが彼女の運命。後はヒトではなく獣となる。それももう終わった」

 

また、アイツの姿が薄くなる。

あの光になって攻撃してくるってやつか?

 

どうすりゃいいんだ? 十華は全然話せないし、アタシは変身できない。須美も園子もまだ起きてない。

変身できても満開は後遺症がある。

 

「それでも、アタシは! 応えてくれ神樹様」

 

今、やらないと、ここでやらないとダメなんだ。

だから、お願いだ神樹様。

 

―アタシに戦う勇気を―

 

言葉どこにも届かない。

 

それでもアタシは、アタシ達は、まだここで終われない。

 

コツン、と小さな石が光を遮り、黒い染みのような影を落とす。

 

「そうよ、例え何があっても今度こそ大切な友達を失ったりしないわ」

「須美、お前、そんな状態で…」

 

須美は確かに起きた。

 

でも一目でわかる。もう足が…

 

「須美? いえ、私は…」

 

それでも、あの体勢から命中させるんだから、アタシもまだ挫けてなんかいられない。

 

「今度はミノさんだけにしたりしないからね」

「園子、お前」

 

声は届いていないと思っていた。

 

確かに、神様には届かなかったかもしれないけれど、2人には、アタシの友達には間違いなく届いていたんだ。

 

「それで? 勇者でない貴方達なんて誰にも必要とされない。かつての私と同じように。人は役割を果たしてこと人となる。だから…」

 

バーテックスも既に燃えていなくなっている。ただあの敵だけがアタシたちの目の前に輝いている。

 

「お前たちはすでに人としての役割を終えている」

 

輝きが手を伸ばす。ただアタシ達に向かって。

 

だからこそ、あの敵は、アイツは、アルは意識していなかったんだ。

他のところから攻撃されるなんて、全然思っていなかったんだ。

 

「十華、貴方何を」

 

黒く焼け焦げた獣が光に触れて弾けた。

 

 

(違うよ。アル。人間は神様の役割のためだけにいるわけじゃない。わたしの人の心よ。最後まで燃えろ)

 

 

声は聞こえていないはずなのに、耳元で聞こえるようにハッキリと獣の声が聞こえる。

 

そして、輝きはすべて消え、暗闇が影を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私を…天の神から地上代行者とされたこの私を癒したのか。

 

十華の肉体を与えられれば、私は光でも熱でもない。神の権能もほとんど使えなくなるだろう。

 

(確かに、私を倒すためにに肉体を与えることは有効。でも、変身できない勇者達だけを残すなんて、それはそれで残酷なことだ)

 

このように明晰な思考ができるのは100年ぶりだろうか。

心だけでなく、体の方も鼓動が脈打ち、風が頬にぶつかる。

 

100年間あまりに長い間肉体の感覚を失っていたというのに、今はすべてが明瞭に分かる。

 

「十華? 人間に戻れたのか?」

 

赤い勇者が私に問いかける。いや、十華だと勘違いしているんだろう。

何故だが自分の口角が持ち上がっている。

 

「違う。十華は肉体を持たない私を"癒した"。今やこの体に宿るのは私の魂だけ」

 

空間を裂き炎となった星屑を復活させる。

 

小さな勇者の力では天の威光に届くべくもない。

何故こんな無駄なことに力を使う? 死にたくないというなら分かる。

でも、何故子供たちが私に挑む? 死にたくないと言いながらどうして死に急ぐ。

勝てないと理解できないのか? 何故十華は勇者を助けようとした? 神に従う限り自分の命は保障されていたのに。

 

「そう、そうなのか。なんで、勝手に決めるなんて」

「まだだよ。ミノさん。あの体を取り戻せば」

 

そして、人は絶望から目をそらし、耳を塞ぎ、妄想にまみれた希望が行動を縛り付ける。

やはり、人に希望など要らない。

 

「動くな。動けば今度は彼女の命もない」

 

光で編んだ腕の先に満開を解除された青い勇者が一人。

 

「わっしー!」

「人質か。卑怯だ」

 

卑怯? 人質? 何を言っている? ただ散華により記憶を失った彼女はもう戦えないというだけなのに。

 

「返す」

 

それだけを告げて、目覚めが近いその娘を残った勇者たちに投げる。

 

「わっしー」

 

紫の勇者が放り投げた彼女を捉える。それこそが私の狙いとも気づかず。

もう戦えない者を受け止めれば、動きを止めなければならないと分かっているだろう。

だから、ここは私が放り投げた物を見るのではなく、彼女を放っておけば良いのに、ヒトにはそれができない。

 

「…」

 

今は光にも熱にもなれない。けれど、人間だったころに積み重ねた日々は生きている。

放り投げた物の影に重なるように、一直線に紫の勇者に向かう。

 

「園子、駄目だ!」

 

私の剣から庇うように赤い勇者が前に出る。

 

変身できない以上、その身を盾に友を庇おうとする。

これも主の言葉通り。

 

天の代理人である私の剣は精霊バリアでも止められない。例え権能が使えなくても、精霊なしでは星座の質量に匹敵する質量を受ければ、人の姿など残りはしない。

残りはしないはずだったのに、肩口から腹までを引き裂かれ、おそらく刃は背の向こうまで突き抜けている。

体の感覚が追い付いていない。途中で刃が止まっている。

 

「ミノさん!」

 

無駄な事だ。これではただの物だ。この状態で動くのは人ではない。

だから、そのまま刃を引きぬき後退する。

 

「これで歴史は正しい道に戻る」

「嫌だよ。せっかくまた会えたのに。ミノさん。そんなのって…」

 

どうやら、もう聞こえていないようだ。こちらもその方が早く済む。

後は動かなくなった赤い勇者に縋りつく紫の勇者を複数回満開させればよい。

そのためには彼女の端末だけ修復する必要がある。

 

「これ、は」

「お前の端末だけを修復した。あと少しお前には戦ってもらう必要がある。天の言葉通りに」

 

浮かび上がった端末が修復されていく。その光にあてられたように気を失っていた青い勇者も目を醒ます。

 

 

「う、あ、何、これ。町は…。ひっ、人が倒れて…」

「わっしー? 何を」

「誰…ですか? 貴方達、は」

 

なるほど、記憶が無くなるとはこういう状態だったのか。

 

「やはり天の神の予言どおり記憶が失ったか。これで後はお前だけだ」

 

 

 

 

「き、おく?」

 

残った最後の1人が錆びた機械のようなゆっくりとした言葉を押し出す。

理解できているのか、いないのか、どちらでも良いけれど、これで後は1人だけ。

 

再び呼び集めたバーテックス達が星座の姿を取り始める。

これで十華の勝手な行動も修正できた。

 

記憶を失った青の勇者の瞳に私が映っている。

そこには敵意などなく、自分のことすら定かではない怯えた瞳だけ。

あれは既に勇者として機能しないだろう。

 

それなのに、紫の勇者はまた私に背を向けて語り続けている。

 

「大丈夫、後は私が何とかするから」

 

このまま紫の勇者を戦闘不能にするのは簡単だ。もう一度天の力で端末を破壊すれば良い。それで終わりだ。

だが、私の役割は彼女を21回満開させること。

それが天の神の望み。

 

「貴方の名前は鷲尾須美、私は乃木園子、あの子は三ノ輪銀。3人は友達。ズッ友だよ」

 

だから、私は待つことしかできない。もう戦えない青の勇者に紡がれる言葉は耳障りで、無意味で、何故か胸を締め付けられるのような感情を思い出させる。

不愉快で、苛立たしいのに、何故か涙がこぼれて叫んでしまいたくなるのに、瞬きすらせずに見つめ続けてしまう。

 

彼女は何をしているのだろう。私は何故この場から撤退しないのだろう。後はバーテックスに任せてしまえば良いのに。

 

「またすぐに会えるから…行ってくるね」

 

ようやく、彼女が私を、私が率いるバーテックス達を見上げる。

 

涙も不快も、何もなかったように奇麗に消えていく。

 

「満開」

 

 

紫の勇者の姿が変わる。一度に満開まで行ったようだ。

そのまま一直線に私を壁まで押し戻す。

 

これは怒りが為せる力か。

 

衝撃に耐えきれなかったのか、腕の力が入らない。

足の方は軽度の骨の損傷が見られる。

 

だが、今すぐ私が戦う必要はない。

ここは引き上げよう。そのためには紫の勇者を引き離す必要がある。

 

「命を捨てて勇者を阻め」

 

ようやくやってきた星座のバーテックス達を楯に天への帰還を始める。

 

「逃がさない。満開」

 

それでも残った紫の勇者は満開を広げて、バーテックスの海を突っ切ってこちらにやってこようとする。

ここは牽制が必要か。

 

剣を突き出し力を集める。

 

私自身は肉体に縛られたけれど、熱も光も消えたわけではない。

 

 

「光よ」

 

すべての光と力をそのまま前方に放出する。星屑が巻き込まれているが、星座のバーテックス達なら修復できるだろう。

 

「これ、くらいぃ、満開」

 

それでも光の奔流を突き破り、何本かの剣が飛来する。

すべて、キャンサーが楯となって防いでいるけれど、自由自在に動き回り、楯のない四方から斬りつけられてキャンサーのダメージが超過している。

 

怒り狂っているだけかと思ったけど、冷静に戦うこともできているようだ。

ただ、力を使い果たして満開が解除されている。次にゲージがされるまではバーテックス相手でも自由には戦えないだろう。

 

「絶対にここで! 満開」

 

けれど、紫の勇者はそのまま連続で満開を使って、再び浮かび上がる。

 

(デメリットを承知で連続での満開機能の行使。このような戦い方をする勇者を放置してよいのだろうか?)

 

逡巡、戸惑い、迷い。今まで感じたことのなかった感情だ。

 

――迷うくらいなら斬れ。殺した後で考えれば良い。――

 

師から名前と共にそう聞かされてきたというのに、何故こんなところで。

 

(それは貴方がわたしの肉体を得て、人間らしい心を取り戻したらから)

 

声? 何だこの不愉快な暖かい気持ちは。

こんなものは必要ない。必要ないはずだ。

 

(いいえ、これが、これこそが。アル、貴女がわたしから、銀さんから、鷲尾さんから、そして、園子さんから取り上げた物。だから貴方は知らなくちゃ不公平)

 

これは、肉体に残留した記憶からの感覚質か。

 

(いや、それだけじゃないさ。園子も須美も絶対に負けない。だらかアタシ達もまだやれる)

 

瞠目し声の元を探す。

赤の勇者は完全に沈黙している。それなのに、こんなことがあるのか?

 

とたん、私の体に火が灯る。私の熱ではない。何かが命が魂が燃える火だ。

振り払おうとしても、何かが私の腕をつかんで離さない。

 

(この炎は私ではない。熱と光を統べる私が知らない炎など、この既知宇宙にあるはずがないのに)

 

そこには何もないはずなのに、まるで炎自体が生きているように絡みついて私を鈍らせる。

 

「こんな、こと、何故聞こえる。赤の勇者、お前は不快な!」

 

(違う、アタシは、アタシは)

 

無いはずの炎に人が映る。

 

(アタシは三ノ輪銀)

(私は鷲尾須美)

 

これは、何だ。

 

死んだ人間なら魂か。だが生きているはずの青の勇者まで聞こえるのなんだ?

これでは私が幻を見ているよう。

 

目を放し、思考から敵が消える。今までで初めて。

人であった頃も、人でなくなってからも、初めて。

 

(だから、後はお前が決めろ。園子!)

(お願い、そのっち)

 

決定的な瞬間、無くなったはずの心の隙間。

埋めるように槍が今の私を貫く。

 

「か、は」

「届いた。これで、わっしーだけでも…」

 

不覚としか言いようがない。斬る事だけしかできなかった私が、斬る相手を見なかったなんて。

 

(私の役目もここまで…か、まあ、いいか。別に生きたかったわけでもなく、ただ死にたくなかっただけ。だから…)

 

不思議と痛みと共にどこか安らぎのような物を感じる。

 

最も、今まで安らぎなんて感じたことがないから間違っているかもしれないけれど、それもまた…

 

横目に見ると、満開が解除された紫の勇者に手を伸ばしている。

 

私の意思じゃなくこの体に残った心。けれど、それももう届かない。

 

帰ろうとした空を見上げれば、何十体もの星座たちが降りてくる。

 

地上に墜落した衝撃で体がバラバラになりそう。

実際には十華の肉体だから獣の強度を持っているはずだけど、魂と肉体が一致していないためなのか、痛みは消えない。

槍の一撃はすでに致命的で、指一本動かせない。

 

「は、ははは、これで終わり、か。これが私の役割だったの」

 

人を捨てて、世界も捨てて、それでも死にたくなかったと願ったはずなのに、どこで間違えた。

100年、すでに人としての限界は超えていたはずだ。魂の劣化も超えて見せた。

また人間に戻されて終わりだなんて、何の意味もない。

 

空の果てではまだ紫の勇者が満開を繰り返しながら、バーテックス達と戦い続けている。

決して終わることのない戦いだ。

 

彼女は生きたかったのだろうか? それとも死にたくなかったのだろうか?

 

おかしい。他の人間なんて関係ない。関係ないはずだ。

 

(それは、お前が気が付いたんだよ。お前は死んでなかったんじゃない。ただ生かされていただけなんだ。まあ、アタシもこうなって分かったことだけどな。)

 

空耳でしかない赤の勇者の、いや、三ノ輪銀の言葉が響く。

 

「そんな、こと、今更だ。私は斬り続けてきた。たくさん、たくさん。それ以外知らない。それだけだ。だから、最後に斬るのは!」

 

天から一振りの光が落ちてくる。

 

斬るものが無くなったから、最後に私が斬られて終わる。ずっと昔に先生に言われた通り。

 

(まさか、あれは私をからかっていただけだ。心配なんてするはず…ない、のに)

 

結局、結末は変わらない。勇者が戦っても、天の眷族である私達が降りても、すべての天の神の思し召しのとおりになるだけ。

 

それなのに、空の向こうで紫の烏が炎の空へ跳び続けていた。

 

この体で見る最後の光景が暗転し、100年ぶりに私は意識を手放した。

 



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神世紀298年12月24日

「私は…生きて…いる?」

 

何も見えない。ただ光だけに包まれた世界。

私はここを知っている。この場所は……

 

「お役目ご苦労様。アル。でも、もう少しだけ付き合ってくれるかな?」

 

――天の神――

 

私達に人を超える力を与え、人間としての終わりを選択するチャンスを与えた。かつて人であったという神。

 

「別に…。誰もが必要としなくなった日から、人間としての私はもういない。けど、して欲しいことがあるなら言えばいい」

 

何も変わらない。人間は役割があるから人としていられる。だから、誰からも必要とされない私は人間ではない。

だから、神の御心のままにすればいい。

 

「うっわー、相変わらず可愛げなーい。ねぇねぇ神様。アタシもそろそろ人間のみんな相手にいろいろ遊んであげたーい」

 

天の神でも私でもない第三者の声。

 

「そうだね。那由他もいつまでもバーテックスしかいない世界じゃ退屈だよね。でも、2年は神樹の作った世界で待ってもらうけど、それでも良い?」

 

2年、ということは、やっぱりまだ結城友奈は勇者になっていない?

それなのに十華の離反を静観していたのか。

 

一体何故? 神樹館には主の御心に関係する人間はいないと思ってたけど、実は違う?

 

「えー、2年後~。長すぎ―。あ、そうだ。いいこと考えちゃった」

「どうせ、ろくなことではないだろう」

 

どうにも、この那由多という女は分からない。

役割が違うから関わる必要もないはずなのに、こんな風に、時々よくわからないことを言っている。

 

「そーんなことないよー。それにアルは別に勇者たちと遊べる機会があるんだからほっといてよ。神様、アタシを讃州中学に送り込めない?」

「できるよ。それで設定とかどうするの?」

 

那由多が騒がしいから待つことになりそう。別に待つことは構わない。人間でないから時間はいくらでもある。

 

「それはねぇ~。勇者部の人たちとお友達になるんだよ。それで、未来の通りにバーテックスが送られたら、大赦が隠してることをアタシが教えてあげるの。どう、アタシ偉い? 親切? 可愛い?」

 

可愛いのは確かだが、他は神の御心と合っているのか?

 

「そうだね。それはひとつの世界として面白そうだね。いいよ、那由多は讃州中学に通えるように進めておくよ」

「やった。神様大好き。話が分かる。300年経っても進歩しない神樹ちゃんとは大違い」

「それは私が天の神なのに肉体で物事を見ているからだよ。だから、こうして3人を歴史の隙間から引っ張ってこれたんだからね」

 

だが、肉体があったからこそ、天の神は300年前に人間として一度死んでいる。その危険を経験したのに肉体に拘っている。

それこそが、私が師からかけられた最後の問題の答え。

 

(人間であり続けることに、どんな意味があったの? 先生)

 

「それじゃ、明日から那由多は地上の暮らしに慣れておいてね。変なところでバーテックスを呼び出すと騒ぎになるから注意だよ。あ、那由多は可愛いから知らない人に声をかけられても点いていっちゃだめだよ。あとは…」

「あは、神様心配しすぎだよ。アタシだって神様の眷族なんだから。キャンサーがあれば不意打ちにも強いし、ピスケスで地面や水に隠れることだってできる。そんなに心配しなくても大丈夫」

「そう、そうだね。ごめんね。自分が不意打ちで一度死んじゃったから、心配性みたい」

 

2人の会話はよどみなく進む。よくこれだけ話すことがあると思ってしまう。

 

「それじゃ、那由多」

 

その時、空気が入れ替わり、光があふれるように空間の輝きが再び強くなる。

 

「天の神として、役目を与えます。適切な時、適当な場所、適度な言葉で、勇者たちにこの世界とシステムの真実を告げるよう」

「使命、拝命致します」

 

数瞬の間、沈黙が落ちる。

 

「それじゃあ、新居とか地上での生活とかは準備しておいたから、2年の間は観光気分で地上の生活を楽しんでくれて良いよ」

「さすが、神様。仕事が超早い」

「神様だからね。どうせなんでもできるんだよ。何をすればよいかは知らないのに」

 

那由多はそのまま立ち上がると、姿が揺らめき消えていく。

 

「じゃ、アタシはこれで。地上生活の準備でもしてる。後はごゆっくり~」

 

那由多の気配が完全に消えた。

地上の拠点に赴いたんだろう。

 

「それで、私の次の使命とは?」

 

主がその場におられるので、話の続きを聞いてみる。

 

「そうだね。ちょっと変わった役目になるんだけど、ある人のところでメイド的な仕事をしてほしいの」

 

メイド? 宮廷にいた時は何人かは私にもついていた。もっともただのメイドと言うより先生と同じように私の監視も兼ねていたんだろうけど。

 

「私はその技能がない。それに生活の補助であれば、今もバーテックス達にさせているのでは?」

「私達はね。アル、あなたにももう一度地上に行ってほしい。そして、ある人物のもとで仕えていてほしい」

「分かった。誰に?」

 

主の言葉に従うように何もなかった空間に見知らぬ少女の姿が映し出される。

 

「彼女が?」

「そう、彼女は弥勒蓮華。十華と同じように、私の存在によってその在り方を変えた者。私を崇める人々により不思議な縁を持った子だよ」

 

浮かび出されたその姿をもう一度確認する。

特別な存在ではない。ただ、強い存在感がある。

 

「分かった。では、行ってくる」

「あ、ちょっと待って、まだ続きがあるから」

 

地上に切り替えようとした寸前で、もう一度呼び止められる。

 

「とりあえず十華の肉体のままだと不都合でしょ。まずは肉体を再構成して貴方の魂に合わせた形に戻しておくよ。それからまた100年かけて光なればいい」

「メイドの役割は果たせないのでは?」

「ちょっと説明不足だったね。メイドさんの期間は10年程度でお願いしたいかな。一度過去に戻ってから行ってもらうつもり。で、ここからが重要なんだけど…」

 

その条件は奇妙なものだった。

 

いや、期限もよくわからない。

 

未来を見るだけでなく、幾度も時間を巻き戻せる主の意向に間違いはないけど、ここ数回の繰り返しでは余分が多いように思う。

必要なことなのか、余裕の表れなのか、前回のように大満開が起きただけの結果だけでは不足なのだろうか?

 

「今までは300年放置だったけど、今回からは私達も積極的に人間に接触する方法を考えてるからね。いろいろとやることが多いんだ。これはこれで飽きが来なくて良いかなと思ってる」

 

不変である神も退屈を感じるのだろうか? だから、十華も変わってしまったのか。

あれが一番人間のことを恨んでいたはずだったのに、地上に降りたことで前とまったく異なる未来を進んだ。

 

それでも私は変わらない。変われなかった。しかし、今回は肉体を得ている。主と同じものが見えるのかもしれない。

 

「どうする? 那由多のようにすぐに行けそう? 世界に干渉すれば10年来仕えてる設定にもできるから、やりたくないなら、適当に人の意識を操作しても良いけど?」

「いや、そうじゃない。設定を変更できるのなら、以前の私の肉体ではなく師と同じ姿をお願いしたい」

「んんん!? それだと名前だけでなく本当の性別を変えるということ? ま、いっか、アルのめったにない希望だものね。でも、ひとつだけ覚えておいて」

 

なんだろう。特に問題は無かったと思うけど。

 

「それだとメイドじゃなくて、執事さんになっちゃうんじゃないかな?」

 

正直、どっちでもいいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが最後の私からの使命。これから貴方に全く違う人格と記憶を与えます。それを以って貴方は弥勒蓮華に仕えなさい」

「使命、拝命する」

 

タイミング的に前回と同じように進めば、私が記憶を取り戻すのは主なる天の神が自ら勇者たちと対峙するタイミングとなる。

つまり、今回、大満開があるならこうして天の神と直接話すのは最後だ。

 

「これまで永く私の地上代行者として、よくバーテックス達をまとめてくれました。心から感謝と称賛を」

「もったないことだ。私は主のおかげで死んでいない。そして、貴女いなければ、私はただ人を斬ることしかしらなかっただろう。だから、ありがとう」

 

少し、照れたようなしぐさで神がつぶやく。

 

「次に会う時はもう戦いは終わりに近い。それでも私のことを許してくれるなら、またゆっくりと話をしよう」

「分かった」

 

ゆっくりと光があふれて、主の姿が見えなくなっていく。

 

地上への転送が始まったのだろう。

 

それにしても、おかしなことだ。人に崇められてきたはずの主なる神が、私に許される必要などないはずなのに。

 

人を斬る事しか、教わらなかった私に人間の生きる様子を見せてくれた主なる神。

友達と遊び、親と暖かいうどんを食べ、何も気にせず眠りにつく。

 

私の始まりの記憶は王宮の一室に押し込められた結婚とは名ばかりの、人質のような生活。

人質としての役割が終わった後は、日の差さない地下牢で何人もの早まった者達を、斬り続けてきた。

その後は、ただ、逃亡と追っ手と戦う日々。

 

気分が悪くなるほど、すばらしい世界。残酷なまでの美しい世界。歪み淀んだ平穏な世界。

 

私の記憶と今の世界はまるで一致しなかった。

 

だから、私は主なる神、天の神の言葉を聞くことにした。

 

この落差はどこから来たのか、と。

 

 

 

――この世界には運命があった。でも、それはもうない。――

 

 

――だから、貴方も選ぶことができる。私と来れば………――

 

 

 

かつて、死にゆく私の頭上に降り注ぎ、そう告げた。

 

天の神がかつて人だったころのことは分からない。

 

でも、同じ道を歩めば、先生が最後に言っていた人を殺し続けることで生まれる見えない傷、というものも見えるようになるのかもしれない。

 

今は見えないその傷を、探し続けた答えが、もうすぐそこまで見えているような予感がする。

 

 

駄目だな。人間の体に戻ってから意味のないことばかり考えている。

 

 

もうすぐ、転送と同時に私の「      」としての記憶は失われる。

 

 

 

ああ、なるほど、残酷な運命はある意味で人にとって救いだったのか。

 

憎み、怨み、嫉妬、それを受け止めることこそ神の本来の姿。

 

だから、あの時、迫ってきていた正規の騎士達をすべて消し去ったのか。

 

 

この気づきを記憶として持てないことを少しだけ残念に思いながら、私の意識は光の中へと消えていった。

 

 

 



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西暦2319年12月24日

これで折り返しかしらん

と思っていたら、

サブタイトル間違ってたのでちょっと修正。失礼しました。


勇者は魔王と一緒に住んでいた城をでます。

 

いなくなってしまった。魔王を探して。

 

みんなが怖がっている魔王は、勇者にとっては全然怖くないのです。

 

いっしょに果物を育てて、いっしょにご飯を食べて、ちゃんとできるくらいなのです。

 

 

だから悪者にする必要なんてありません。

 

 

ただ、ちょっと、怖がりで、闇を広げられるだけの普通の子でした。

 

それでも、人は魔王が怖くて働けません。

 

魔王が怖くないよ、と言っても人は怖がることしかできません。

 

だから、勇者は魔王を探します。

 

 

大丈夫、一緒にいるよ。

 

 

魔王にそう言ってあげるために・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今年のクリスマスは最高気温25度、最低気温は17度。また、降水確率は10%。バーテックス出現確率は10%未満です。1日を通して過ごしやすい陽気となるでしょう。それでは次のニュース……」

「友奈、早くご飯食べちゃって、遅れるわよ」

「はーい、牛鬼、テレビと灯り切っといて」

 

お母さんに返事をしながら、急いで着替えを終える。

 

「いってらっしゃい、友奈サン」

「うん、行ってくるね牛鬼」

 

AIが浮かべるホログラムに挨拶なんていらないという人も多いけど、私はこうして牛鬼ともお喋りしていたい。

 

「おはよう、お母さん、お父さんは?」

「もうとっくに出たわよ。ほら、急がないと遅れるわよ」

「今日はまだ迎えにきてないよ」

 

そう、毎朝迎えに来てくれていたはず。

 

「お迎え? 誰かと約束していたの?」

「えっと、ううん、約束はいらない、いらなかったはず? あれ? 迎えってなんで私…」

「きっと、夢でも見ていたんでしょ。さっさと朝ご飯を食べて学校に行きなさい。しっかりしなさい。春からは中学生なんだから」

 

焼きあがった食パンを見つめる。

おかしくないのに、ワッって驚かされそうな不思議な気持ち。

 

「お母さん、今日はパン?」

「え? 今日はって、昨日もそうだったでしょ」

「あ、うんそうだよね。私、どうして?」

 

何か、ソワソワする。

ワーっと、何かを叫んでしまいそうな、不思議な気分。

 

「友奈、本当に大丈夫?」

 

お母さんが心配そうに覗き込む。

 

「うん、大丈夫。昨日見たネットの日本の影響で変な感じがしただけだと思う」

 

「もう、だから遅くまで潜っていては駄目って言ったでしょ。牛鬼がいるからって」

 

「う、ごめんなさい」

 

「もう、でも、あなた日本に興味なんてあったかしら?」

 

「うーん、勧められたんだけど…」

 

誰に勧められたんだっけ?

 

「はあ、本当に重傷ね。そろそろ本当に時間が無くなるわよ」

「わ、行ってきまーす」

 

時刻はもう8時を過ぎようとしている。走っていかないと間に合わないかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、友奈来た。良かった。登校日忘れてるんじゃないかと思ったわよ」

 

良かった。何とか間に合った。半年ぶりに実空間で会うのに、遅刻したら大変だったよ。

 

「それにしても、ポータルも禁止で徒歩か交通機関って100年は遅れてるわよ」

「あはは、でも、私はこうしてみんなと直接会えるのは嬉しいな」

 

授業も買い物もメタバースでできるけど、こうしてみんなと会えるとポカポカする。

 

「くう、やっぱり、友奈はええ子やー、これだけでも現実に浮かんできたかいがある」

「はいはい、あっと、そう言えば、今日、転校生があるんだって」

「転校生って・・・いったいいつの時代よ。しかも12月って、すぐに休みになって印象に残らないじゃない」

「あはは、じゃあ、今日でしっかり仲良くならないと、あ、そうだ。帰るときに一緒に誘っても良いかな」

「良いでしょ。友奈はクラス全員に声かけたんでしょ。あー確かに転校生を印象付けるには良い機会かもね」

「うん、良い機会。せっかくだから、やっぱり先生も・・・」

「だーめ、そんなことしたら盛り上げにくいって。それに」

 

そういうと、声を潜めながら私の耳は続く言葉を、心地よく聞いている。

変わっているって言われるけど、やっぱり、直接会って聞く声も良いと思う。

 

「先生、もしかしたら彼氏と約束してたりするかもしれないじゃん」

「あー、確かにそれは考えとかないとな。安芸先生もいい御年だしね」

「そうだね。安芸先生美人さんだし。わかった。じゃあ、今日は誘わない。あとは夏凜ちゃんと・・・」

 

話していると、学校までの道もあっという間。

 

安芸先生をお誘いできないのは残念だけど、クラスの子たちはみんな来てくれそう。

転校生の子も来てくれるといいな。

 

「貴方達、お喋りも良いけどあまり横に広がっちゃダメよ」

 

後ろからの声にビックリして振り返ると、明るい金髪の2人が立っていた。

1人は中学生の制服。もう1人はおとなしそうな小さな女の子だ。

 

「はーい。風先輩」

「でも今日は浮かれてても仕方ないか。あと、もう先輩じゃないしね」

 

上級生の人は犬吠埼風さん。それから妹の樹ちゃん。

風先輩は同じ小学校だったし、樹ちゃんは今も同じ小学校だから。

私達も何度か会ったことがある。

 

「ま、あんまり羽目を外しすぎないでね。それじゃ樹。お姉ちゃんも中学校だから。また後で」

「うん、行ってきます」

 

風先輩が名前のようにサッと流れる風のような動きで歩いて行った。

 

「樹ちゃん。一緒に行かない?」

「えっと、良いんでしょうか?」

「もちろん!」

 

私の返事に隣の二人も頷いている。

 

私達は今度は夢中になり過ぎないようにお喋りしながら、学校までのシャトルに乗っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー。友奈」

「うん、おはよう」

 

みんなに挨拶しながら自分の席に着く。といってもフリーアドレス席だからみんな適当に座っている。

 

「はい、みんな席について」

 

私が今日の自分の席に着く前に、安芸先生も教室に入ってくる。

 

「今日は半年ぶりの実空間での授業になります。6年生は6月の修学旅行以来ですね。それからもう聞いている人もいるかもしれませんが、転校生が来ています。鷲尾さん入って」

 

みんなの歓声が上がる。転校生は鷲尾さんらしい。

 

「はい」

 

すごく良い姿勢で女の子が教室に入ってくる。みんなの視線を受けても自然体のままだ。

先生の隣に来ると、クルっと直角に曲がってまっすぐ正面を見つめている。

 

(あれ? 見つめてる? 正面?)

 

そう、見つめている。見つめ合っている。

 

私と東郷さん。

 

そう、私が東郷さんを見つめている。

 

 

 

 

「友奈。おーい、友奈さーん」

「え、あ、うん。ごめん。ボーっとしてた。何?」

「相変わらずこの子は天然だねぇ。ほら、転校生をお誘いしないと」

 

あれ? まだ朝…じゃない。授業ももう終わってる。

ホントに急がないと鷲尾さんが帰っちゃう。

 

「あの! 鷲尾さん。まって」

 

何とか教室を出る前だった。良かったー。

 

「何でしょうか?」

「一緒にクリスマス会行かない? クラスのみんなで」

 

うわー、近くで見るとやっぱり奇麗だな。

 

「結構です。私は行きません。みなさんで楽しんでください」

「あ…」

 

そのまま、引き留める間もなく鷲尾さんは教室を出てしまった。

何だか"いつもと違って"ずっと緊張していたみたい。

どうしたんだろう?

 

「うわー。友奈が振られるところ初めて見た。なんて、おーい、友奈? 大丈夫?」

「う、うん。私は大丈夫。なんだか怒らせちゃったみたい。ごめんね」

「いやいや、友奈は悪うない。ああいうタイプは仕方ないよ。ちょっと早めの孤高でいたいお年頃なんだって」

 

そう言って2人が慰めてくれる。

でも、本当に落ち込んでいるわけじゃない。"外国のお祭りだから仕方ない"。

 

「おーい、友奈。アンタたちも早く行くわよ。他の面子は全部そろってるんだから」

「あ、夏凜ちゃん」

 

私達がなかなか出てこなかったから、夏凜ちゃんが様子を見に来てくれたみたいだ。

 

「それがさー、友奈が転校生も誘おうとしたんだけど…」

 

東郷さん、なんでそんなに緊張していたの?

なんだか"すごく怖かった"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、それで、あっさり断られてへこんでたってこと?」

「ううん、へこんではないよ。ただちょっとキューって締まっている感じがして」

「なになに、何の話」

 

私の反対側から1曲歌い終わって、夏凜ちゃんに話しかけている。

 

「いや、友奈達がなかなか出てこなかったから、何してたのかって話」

「ああ、さっきのね。なんか知んないけど、あの転校生あっさり断っちゃってさー」

「そうそう、私も日直で残ってたから聞こえてたけど、言葉使いだけ丁寧で拒絶してたね。あれは」

「あはは、転校してきたばかりだから、いろいろやることがあったんだよ」

「だとしても、そう言えって感じ。ああ、なんかああいうの気分が沈む。よし、友奈今度はデュエットだ」

「うん、良いよ。よーし、100点目指すぞー」

 

ちょっと気になることはあったけど、また今度、だよね。

 

クラス全員だと広めの部屋だから、しっかり歌わないとね。

 

私達の歌声を聞きながら、みんながワイワイと思い思いにお菓子やジュースを持ちながら、楽しそうにしている。

 

 

 

 

 

 

うん、やっぱり。今日はクリスマスやってよかった。

こんどは年末かお正月会なら"東郷さんも来てくれるかもしれない"。

 

「夏凜ちゃんも。今度は一緒に歌おう」

「え、ちょっと、ああ、しょうがないわね」

 

 

楽しい時間は過ぎるのが早い。今度は夏凜ちゃんとデュエットだ。

 

みんなが笑ってる。大変なこともいっぱいあるけれど、みんな笑顔でいられる。今が一番楽しい。

楽しい。楽しい。楽しい。

 

楽しい、けど、

 

「あれ、どうして」

 

ポロポロとこぼれている。私からこぼれている。

 

「ちょ、ちょっと友奈! どうしたのよ」

「あ、ごめん。夏凜ちゃん。目にゴミが」

 

それなのに、何か足りない。

私って、何が欲しいんだろう?

 

 

神様、私は何が欲しかったんでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、友奈。嬉しかったのは分かったから、もうそんなに感激しない」

「ご、ごめん、何だか止まらなくって。うわーん。夏凜ちゃん」

「うわわわ、こ、こっち振るな」

「三好嫌ならそこ変われ」

「じゃあ、三好はここが空くぞ」

「うるさい。男子。ほら、泣かないで友奈」

 

解散する時間になっても私の寂しさは消えなかった。

でも、そんなこと言えないから、うれし泣きだって、みんなにはウソをついてしまった。

 

「じゃ、俺たちはこれで」

「そうね。後は若いお二人で・・・」

「とっとと帰れ!」

「じゃーねー。友奈また明日」

「俺は別に三好でも・・・」

「ほら、お前もこっちだろ。ポータル閉じるぞ」

 

1人、また1人とみんなが帰っていく。

でも、私の帰る場所は、私の知らない場所みたい。怖い。

 

「夏凜ももうすぐ分かれ道だけど、どうする」

「…し、仕方ないわね。と言いたいところだけど、友奈、本当にどうしたの?」

 

残ったのは4人だけ。

 

だからなのか、夏凜ちゃんはやっぱりうれし泣きだけじゃないと思っているみたい。

そのことが嬉しいけど、ちょっと申し訳ない気持ちになる。

 

「本当に何でもないんだ。自分でもよくわからなくって。う、うんだから明日になったら元気。だよ」

 

3人が顔を見合わせている。

 

「ホントに大丈夫?」

「と、とりあえず私と夏凜で家までは送っていくよ。ね、いいでしょ夏凜」

「そうね。このままほっとけないでしょ」

「ありがとう。みんな」

 

私は幸せだと思う。こうやって友達がいっぱい仲良くしてくれている。

 

それなのに、何が寂しいんだろう?

 

それから少し歩いて、

 

「それじゃ、また明日」

 

3人

 

「もう、友奈の家見えてるね。じゃあね」

 

2人

 

 

「はい、到着。あ、友奈のおじさん。実は・・・」

 

1人

 

 

家に戻った後も、涙が止まらない。

 

お父さんとお母さんも心配かけてしまってる。

 

せっかくクリスマスで楽しいはずなのに。

 

それでも、お母さんの御馳走を食べて、お父さんの点けてくれたイルミネーションが明るくて、少し寂しくなくなった。

 

それなのに・・・

 

 

1人で部屋で寝ているとまた涙が止まらない。

 

どうしてなの。

 

 

 

お気に入りのアニメのメロディー。

電話だ。相手は私???

 

「もしもし、えっと」

「お願い、東郷さんを見つけてあげて」

 

私の声だ。

 

そして、それは突然やってきた。

 

 

 

 

 

――こんにちは、あなたがこの家に住むの? 私は結城友奈、よろしくね――

 

東郷さんと話している私。

 

――と、東郷、三森です――

 

そう、初めて聞いた大切な人の声。やっと思い出せた。

 

――来たれ、勇者部へ――

 

勇者部へ誘ってくれた風先輩。風先輩、私は本当に勇者部に誘ってくれて嬉しかったんです。だって・・・

 

――は、初めまして、犬吠埼樹です。よ、よろしくお願いします――

 

樹ちゃんも最初はなかなか名前で呼んでくれなかったけど、仲良くなれたらすごく楽しかった。

 

――大赦から派遣された完成型勇者。それが私よ――

 

夏凜ちゃんはいつもかっこよくて、大好きだったよ。でも、この恰好は?

 

――わっしー、わっしー、ずっと呼んでいたよ――

 

誰だろう? 東郷さんのことを呼んでいる。

 

 

 

 

目の前の景色がいくつにも重なっていく。

 

 

 

――次に生まれてくる時も、あんずと一緒にいたい。本当の姉妹だったらいいな――

 

 

っ! 痛い。今度はおなかが熱い。熱い何かが流れ出していく。

 

 

――もし、生まれ変わってもタマっち先輩と一緒でありますように。今度はきっと姉妹だったらいいな――

 

寒い。痛い、震えが止まらない。誰がこの子たちにこんなことを・・・

 

 

 

――嫌いなのと同じくらい……あなたに、憧れて……あなたのことが、好きだったわ――

 

哀しい。私じゃない私の心。ようやく素直に言えた。

 

 

いろいろな感情が起きては消えて、起きては消えていく。

 

そして…

 

 

――若葉ちゃん、ヒナちゃん……一人でも欠けることがないようにって……ごめんね、できそうにないや――

 

誰だろう何だか懐かしい気がするのに……

 

(貴方は誰? どうして貴方だけ見えないの?)

 

 

何も見えない。電話の光も消えている。

 

音さえもなくなった闇の世界。

 

でも、今度は文字としての情報が私に直接刻み込まれる。まるで私に忘れないでって一生懸命お願いしてくるみたいに。

 

きっとこの痛みはさっきの子達のものだ。そして、私は……

 

「私は…私はみんなを…みんなのことを忘れない」

 

私は叫んで、でも音は聞こえなくて、ガンガンと頭の中から鳴っている。

 

天の神、バーテックス、炎の世界、神樹様、巫女、勇者、私と同じ名前、友奈と呼ばれ続ける少女達…

 

映像だけじゃなく、言葉もぐるぐると巡りながら回り続ける。

これまで起こったことと、これから起こること、そして、滅んだ世界の人々の怨嗟。

 

気持ち悪い。何なのこれ?

 

――それは、あの子が思い出したから――

 

――そして、たくさんの人が死んだ――

 

――それでも、あの子は許さなかった――

 

――だから、今度は信じてあげたい――

 

――それが、ボク達の希求――

 

――今度は、みんなを忘れない――

 

――いずれ、大切なものを守る――

 

――だからこそ、世界だって守れる――

 

――今度こそ、間違いは終わりにしよう――

 

――今こそ、はじめよう。さあ、(友奈)はここにいる――

 

たくさんの"ボク"達の声が聞こえる。

 

 

 

 

 

「違う! これは私達の大切な想いだ」

 

 

ガラガラ、と何かが壊れる音がする。

 

真っ白な光が私を地上へとゆっくりと降ろしていく。

 

――どうして、友奈。ここにはすべてがあったのに――

 

 

懐かしい声が聞こえた気がした。

 

けれど、私はそこから引き離されて理解することができないまま。

目を醒ましていたんだ。

 

 

 



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第3部
The joys that love and life can bring


「起立、礼、神樹様に、拝」

 

天の眷族である私が地祇を拝む。うん、倒錯的でイイ感じ。

と、そんなことより友奈に例の件を頼まないと。

 

「友奈ー」

「うん?」

「今度の校外試合、また助っ人お願いしたいんだけど」

「OK、行くよ」

 

よしよし、これで戦力は十分だ。

 

「今日も忙しいの? 部活?」

 

友奈はすぐには答えず東郷の車いすに手をかけながら、微笑み合っている。

はいはい、ごちそうさまですね。

これ、どう考えても脈は無いんじゃないですかね。神様?

 

「うん、勇者部だよ」

「そう、勇者部」

 

息ぴったりじゃん。

これ、見えていよね? 神様。

それでも友奈のいる世界選ぶの? 選び続けるの? 

人類を粛清し続けながら何度でも。

 

「なんか、何度聞いても変な名前だね」

「そう? カッコいいじゃん。じゃあね!」

 

手を振りながら二人を見送る。

 

「ま、試合とかその他いろいろみんな助けてもらってるか」

 

難しいことなんていらない。私は私が楽しいと思う世界を渡り歩く。

 

「とりあえず校外試合の日以外は外して、どれで行こうかな」

 

伊達メガネを中指で押し上げながら、バーテックスの姿を思い浮かべる。

最初は1体でいいか。

 

そうだ。その次はスコーピオン、キャンサー、サジタリウスの3体にしてみよう。

 

それでも鷲尾須美が出てこないなら、いつか友奈のことも忘れるのかもしれない。

 

(そしたら、神様も私をほめてくれないかな。ほめてくれるといいなぁ)

 

「あ、なゆ。ちょうどいいところにいた」

「あれ? 先輩。どうしたんですか?」

「いや、校外試合の助っ人どうだったかな、と思ってね」

 

あ、そっか、今日はソフトボール部休みだった。

 

「はい、大丈夫ですよー」

「よし、今度こそあのにっくき巨人たちを倒すのよ!」

「もちろんです。ちょっといろいろ大きいからって、戦力の決定的な差でないことをみせてやりますよ」

「頼んだぞ。4番」

「お任せしちゃって下さい」

 

そう言えば、先輩は犬吠埼風から勇者部のこと聞いてないかな?

 

「そう言えば友奈は今日も部活みたいでしたけど、先輩、犬吠埼先輩と同じクラスですよね? なんでボランティアサークルじゃなくて勇者部なのか知ってます?」

「ん、ああ、なゆは学年違うからあんまり知らないか。実はね…」

 

そう言いながら、先輩は手招きする。

耳を傾けながら近づく。

 

「風ちゃんって、ちょっとね」

「ちょっと?」

 

もしかして、極秘で勇者部内で大赦からの指示を行ってるとか?

 

「ほら、中学2年生男子がかかるかっこつけた言い方しちゃうアレよ」

「あー、アレですか」

「そういうこと、本当は高スペック女子なのに、残念なのよね」

「それは・・・残念ですね」

 

大丈夫か? 勇者部。

 

友奈もカッコいいとかいってたし、東郷は友奈全肯定だし。

 

実は大赦の本命は讃州中学じゃなかったのか?

それとも戦闘訓練なしでカッコいいなんて言葉で騙してバーテックスと戦わせる気なんだろうか?

 

(こっち)も全力で攻撃しているわけじゃなくて警告とか牽制とかみたいなものだから、あんまり偉そーに言えないか?

神様が見た未来通り友奈の意識が天に召されるまではなぞるだけのつもりだから。

 

なんだろう? この奇妙な世界。

 

世界が滅びそうなのに、人類も天敵である私達も緩くまるでお芝居のような動き。

あ、違うか。これ神様がそうしてるんだ。

 

(それでも満開があるからって慢心してませんかね? 大赦さん? 本気出せばせいぜいブラックホールで生きていられる程度のバリアなんてすぐに潰せるんですけど)

 

単純なブラックホールやバーテックスは機械で便利だから使っているだけだ。

本気でやるなら私一人でも地球潰しだってできるって分かってるのかな?

 

賑やかと言うにはやや時代がかった音楽が流れる。

このメロディーは彼女だけのもの。

絶対に嫌がると思っていたのに、やっぱりそれでも止まらないんだ。

 

「もしもし」

「ダメだよ。投げやりにならないで」

 

ああ、やっぱり天から見守り続けているんだ。神様は…

 

「分かってるよ。神様」

 

電話の向こうは無音。闇のように広がるだけ。

 

そのまま電話自体の音をもう一度切る。電話は嫌いだ。こんなものができたせいで人はつながれると信じてしまったんだから。

 

「なんて、私も前回に引きずられてるなあ。よし、今のうち始めよう。おいでヴァルゴ」

 

誰もいない夕焼けの校舎でどこからともなく取り出した椅子に座りパチパチと拍手を鳴らす。

 

「まずは第一幕。はじまりはじまり」

 

神樹が永遠として時間を止めるなら、私は無限として見渡す限りの無限の広がりを持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、スマホが知らないアラームでビックリしたと思ったら、光の波がワッと広がって教室に広がっている。

 

「東郷さん」

「友奈ちゃん」

 

思わず目を瞑りながら、覆うように東郷さんを抱きしめる。

 

目がチカチカするけど、どこも痛くない?

あんなにパーって光っていたけど、何だったんだろう?

 

「東郷さん、大丈夫?」

「え、ええ。友奈ちゃんも?」

「うん、"今度も"大丈夫だよ」

「良かった…、え?、そんな?」

「どうしたの東郷さん。どこか痛いの?」

 

東郷さんが震えてる。その指先で・・・

 

赤、青、緑、黄色、いろんな木が集まってる。

 

学校も無くなってる。町も見えない。ずっと、ずっと、向こうまで。

 

「あ、"樹海化だったんだ"」

 

ポツリとつぶやく。

 

けど、まるで自分の声じゃないみたい。

 

「友奈、東郷!」

「本当にお二人もいたんですね」

 

横になっていなかった木の影から、風先輩と樹ちゃんの姿が見える。

 

「はい、東郷さんと私は大丈夫です。風先輩と樹ちゃんも?」

「ええ、大丈夫なんですけど・・・」

 

樹ちゃんがチラリと風先輩を窺う。

 

「風先輩?」

 

みんな無事だったのに、風先輩が何だか……ズーンって重たい。

 

「あ、友奈、東郷も、無事でよかった」

 

よかった。風先輩、すこし笑ってくれた。

けれど、今の風先輩何だか哀しそうで、泣きそうで。

 

「3人ともよく聞いて。私達が当たりだった」

 

とても真剣だった。

 

この日、私達の日常はいったん……

 

ダメだよ。おわらせない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはみんな鳴子アプリを動かしてみて」

 

鳴子アプリ。風先輩が勇者部に入った時にインストールしてって言っていたアプリだ。

東郷さんが調べてもおかしなウイルスとかはないって言ってたけど、アプリも風邪を引くのか不思議だった。

 

「黙っていてゴメン。これ、実は大赦から言われていた勇者になるためのアプリなの。そしてここをこうすると…」

 

風先輩が鳴子を操作すると、今度は画面いっぱいに地図が表示される。

けど、地図の上に見たことがない赤い光が映っている。

 

「この乙女座って書いてある赤い光が・・・」

 

東郷さんと同じようにスマホの画面を見る。そしてもう一度空を見上げる。

画面の光と合わせるようにソレもゆっくりと私達に向かってきている。

 

「そう、それがバーテックス。ウイルスの海から生まれてきた…敵よ」

「敵…こんなのが…」

 

風先輩がきっぱりと言い切った。

樹ちゃんは少しビックリしてるけど、怖いって感じじゃないみたい。すごいな。

 

私は…私は少し怖い。

 

風先輩はあの大きいバーテックスが神樹様のところに着くとこの世界が終わっちゃうって言っていた。

本当は世界が終わるっていうのはわからないけど、大赦の人達が言うならきっと良くないことが起こるのは本当だと思う。

 

「まずはアタシが戦うわ。みんなはひとまず隠れていて」

「戦う…でも、どうすれば…」

 

風先輩は自分が戦うって言ってくれたけど、東郷さんと私は二人で顔を見合わせてしまう。

あんなに大きいのをどうすればいいだろう?

 

「大丈夫、アタシはちゃんとやり方は大赦から聞いてるから」

 

そう言いながら私達を安心させようと風先輩がもう一度笑ってくれた。

 

「お姉ちゃん!」

「樹、アンタも隠れてなさい」

「ううん、私もついていくよ。どこまでも」

「…分かった。友奈、東郷。それじゃ、ちょっと行ってくるから待っててね」

 

そう言いながら、風先輩がスマホでまた鳴子アプリを動かしてる。

次の瞬間、世界中に花が舞う。

花びらがいっぱいになって、すぐに風先輩がみえなくなってしまう。

 

「風先輩!」

「お姉ちゃん!」

 

東郷さんと樹ちゃんの声が聞こえる。私は…

 

私は声が出なかった。

 

(知ってる。私、どこかで……)

 

 

――次に生まれてくる時も、あんずと一緒にいたい。本当の姉妹だったらいいな――

 

 

何かを思い出せそうで。でも、すぐにそんなことも忘れてしまう。

 

「風先輩……」

 

花びらが散って、風先輩が戻ってきたけど、その姿は変身ヒーローみたいに変わっていた。

 

「これがアタシたちの、勇者の戦うための力。鳴子アプリで戦う意思を示せば、神樹様の力で勇者になれる」

 

勇者、これが…

 

「樹…」

「これだよね。えい」

 

樹ちゃんが微笑んでいる。

風先輩はすごく心配そうだったけど、樹ちゃんは何も怖がってない。

 

また、花が舞う。

 

――もし、生まれ変わってもタマっち先輩と一緒でありますように。今度はきっと姉妹だったらいいな――

 

まただ。また"杏ちゃん"の声がする。どうして?

 

今度は樹ちゃんが見えなくなったけど、さっきの風先輩みたいにすぐに出てくる。

 

「それじゃ、行くよ。樹」

「うん、お姉ちゃんって、わあああ」

 

勢いよく二人がジャンプした。

 

あっという間に小さくなって飛んで行ったけど、二人とも無事みたい。

樹ちゃんがちゃんと着地できなかったけど、神樹様のおかげで怪我はなかったみたいだ。

 

「すごい、もう見えなくなっちゃった…」

 

ビックリしすぎて見てるだけしかできなかった。

けれど、敵は…"そう、天の神(あの子)は敵だって言った"。

 

待ってはくれなかった。ラグビーポールと卵の間みたいなものが、ドーン、ドーンって爆発している。

 

そうだ、私も2人を助けないと。

 

「友奈ちゃん…」

 

東郷さん……

 

「何故か分からない。でも、怖いの。あのバーテックスじゃない。何か、もっと、私達が分からないこと」

「大丈夫、落ち着いて。東郷さん。私はここにいる。ここにいるから」

 

なんだろう。すごくドキドキする。

 

確かにあの化け物、風先輩がバーテックスって呼んでた化け物だけじゃない。何か大切な……

 

「友奈、聞こえる」

 

聞き慣れた声にハッとしてスマホを耳に当てる。

 

「風先輩! 私…」

「ごめんなさい。こんなことに巻き込んで、まさか、本当にバーテックスが来るなんて、それにアタシ達が当たりになるなんて思ってなくて、だから…」

 

風先輩…、こんな時でも私達のことを。

 

「分かってます。風先輩は私達に心配をかけないようにしてくれていたんですよね。だから…謝らないでください」

「友奈、アタシは…、しまっ」

「風先輩? もしもし」

 

突然途切れてしまった風先輩の電話と入れ替わるようにドーンと雷よりも大きな音がして、ブワーっと風がいっぱい押し流されてくる。

目を細めながら、私はそれを見た。

 

炎と風に煽られて少しだけ風先輩と樹ちゃんが何かに守られながら、遠くに弾き出されるのが見えた。

 

そして、

 

「こっちに…向かってくる」

 

東郷さんの言う通り、乙女座の名前を持つバーテックスがこっちに来る。

急いで逃げないと。

 

「友奈ちゃん、私を置いて逃げて! このままだと友奈ちゃんも逃げられない」

「そんなの、ダメだよ。東郷さんを、友達を置いてなんていけない…」

 

そうだ! そんなの当り前じゃないか。

 

クルリと東郷さんに背を向けて走り出す。

 

「ここで、友達を見捨てるようなのは…」

「友奈ちゃん、駄目!」

 

大きな卵が目の前に迫る。風先輩が戦う意思を示せば…

 

――なんでそんな子供が先頭に立って戦わないといけないの!?――

 

"茉莉"の絞り出すような声が聞こえる。

 

左足を軸に思いっきり右足を振りぬく。

バーンって卵が壊れて、また爆発が起きたけどこんなの平気。

 

それにまだまだ卵が降ってくる。あのバーテックスが私に狙いを決めている。

だったら、私がここから離れれば、東郷さんは大丈夫。

 

風先輩と樹ちゃんがそうしたように、私も大きくジャンプする。

 

「友奈ちゃん!」

 

東郷さんの声が聞こえる。大丈夫、ちょっとやっつけてくるから。

 

 

――ゆうちゃん! ダメだよ!――

 

飛び上がった私に向かって、また卵が降ってくる。

けれど、もう一度今度はスマホを左手に持ち替えて、右手叩いて仰け反らせる。

卵がクシャってつぶれながら爆発する。

 

 

怖い、怖い、怖い、でも…

 

「友達がいなくなる方がもっと…イヤだ!」

 

いまなら私が見えていないはず。

 

「おおおおおおおおおお」

 

私のすぐ下に"天敵"がいる。そのまままっすぐに飛び込む。

 

「"勇者ぁああ、パーンチ"!」

 

知らずに叫んでいたその名前に合わせて、まっすぐに拳を突き出す。

 

何かを潜り抜けた感触。

 

――私は、『勇者』になります――

 

「私は、勇者になる!」

 

 

 

 

 



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You’re a wonderful friend

「そんな、治ってる」

 

私に突き破られた部分が少しずつ小さくなってる。

 

「どうやってバーテックスをやっつければいいんですか? 風先輩」

 

風先輩と樹ちゃんに合流しするけど、あんなふうに治ってしまったら、いくら叩いても終わらない。

 

「バーテックスはダメージを与えても回復するの。封印の儀式っていう特別な手順を踏まないと絶対に倒せないわ」

「手順って何。お姉ちゃん?」

「"あ、そうでした。確かスマホをこうやって"。あれ?」

 

私のスマホには漢字がいっぱいの画面が広がっている。

 

「友奈?」

「ご、ごめんなさい」

 

私、何をしようとしたんだろう?

さっきからおかしい。

 

「いいわ、攻撃がくるわ。避けながら説明するから聞いて。来るわよ」

 

風先輩の言葉を待っていたようにバーテックスがまた爆発する卵を出してきた。今度はたくさん。

 

「ま、またそれ? ハードだよ。お姉ちゃん」

 

私達は慌てて爆発から逃げる。

 

でも、これ以上進ませたら、神樹様に向かっちゃう。途中には東郷さんも。

はやく、倒さないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「説明は終わりかな。それじゃ、乙女座は再起動っと、で、こっちはまだ動けないか」

 

友奈たちとヴァルゴが戦っている間に、私はもう一度クレアボヤンスで東郷を見る。

 

「ま、今回は良いけど、スコーピオンを見てもそのままだったら、今回は東郷は変身できないかもしれない」

 

神様曰くに毎回初回は前の戦いの影響で変身できていないってことだったけど、どうみても今の東郷は恐怖に縛られている。

 

「やっぱり、前みたいに訓練するか、私達みたく実戦を積むしかないんじゃないかな」

 

どうにも大赦のやり方に違和感がある。徹底して少女達を戦士として使いつぶすわけでもなく、かといって自分たちで何とかするわけでもない。

まるで誰かが助けてくれるのを待っているみたいだ。

 

(そっか、待ってるんだ。神樹様の神託を。それに従えば間違いないって)

 

ため息交じりに両手を頭に背もたれに体を預ける。もちろん足は机の上に投げ出して。

 

これは思ったより根が深そうだ。

神様が大満開の後に幾億も遡り続けてきた理由がわかる。

寄りかかる大樹を失って倒れそうなんだ。人類は。

 

だったら、いっそ切っちゃえばいいんじゃない、ショック療法で。

恐怖に震え、飢餓に喘ぎ、満たされない日々に下を向きながら、それでも歩み続けるしかないんじゃないかな。

神様に会う前の私達がそうであったように。

 

もう一度友奈達とヴァルゴの様子を確認する。

 

3人とも必死に爆弾を避けながら、ヴァルゴに近づいていく。

 

「位置につきました」

「こっちも着いたよ。お姉ちゃん」

「よし、封印の儀、いくわよ。教えた通りに」

 

3人がヴァルゴを囲むようにして、スマホ片手に突っ立ってる?

何? 何が起こったの? 神様がざっくり聞いた感じだと、御霊を取り出す儀式らしいけど、これ反撃してもいいやつ?

とりあえず、ちょっと突っつかせてみよ。

 

ヴァルゴにピピピ電波を送って攻撃再開を命じる。

 

正面の風先輩に帯を叩いてる間に、友奈と樹が祝詞のような呪文を唱えている。だいぶたどたどしいけど、やっぱり練習と華必要だったんじゃないの?

 

「か、幽世大神、憐給」

「恵給、幸霊、奇霊…」

 

あーあ、どうしよう。これ攻撃しちゃダメだよね?

 

あと、守給、幸給が残って…

 

「おとなしくしろー」

 

風パイセンさすがっす。力技ですね。

 

「ええー、それで良かった?」

「い、いいのかな?」

「ようは、魂込めれば言葉は問わないのよ」

 

いや、問うからね。少なくとも(こっち)は気にするよ!

 

「はやくいってよー」

 

樹が嘆いている。そう、ホントに事前に言っておけば良いことさえも言えてない。

 

「なんか、べろ~んって出たー」

「ああ、それが御霊。心臓みたいなものそれを破壊すればバーテックスを倒せるわ」

「よーし、それなら、私がいきます」

 

飛び上がった友奈の一撃が御霊を破壊…できなかった。

 

「かっっったーい」

 

2年前の戦いで御霊が破壊されたから防衛策を講じていたんだけど、やっといてよかった。

 

「お姉ちゃん、なんか数値が減ってるんだけど」

「ああ、それ私達のパワー残量。それが無くなるとこいつを抑えておけなくなって、倒せなくなるの」

「ええー、ということは・・・」

「こいつが神樹様にたどり着きすべてが終わる」

 

終わりません。そもそも、これは出来レースみたいなもので、貴方達の勝ちは確定しているんだから。

って、教えてあげるわけにはいかないんだよね。

 

神様が一番手を焼いているのは300年と言う月日の間受け継がれてきた1日たりともスキップできないことだ。

おかげでこんな茶番をしなくちゃいけない。

 

(でも、まあ、この2年間の生活は悪くなかったか。退屈はせずに済んだかな)

 

「友奈、代わって」

「あ、はい」

 

手を痛めた友奈に代わって獲物が大質量の風の一撃が決まる。

 

すこしはダメージを与えたみたいだけど、そんなに悠長な時間はない。

 

「風先輩…あ」

 

少しずつ樹海の根が焼かれて枯れていく。

 

こちらもただ黙ってやられてあげられない。彼女たちが懸命に戦わないと、大満開を神樹が認めないから。

 

あー、ホントにややこしい。

 

(仕方ないか。ここは御霊を自壊させて…)

 

一瞬、私が目を離した時にそれは起こった。

 

「このー、はあああ」

 

(痛い、怖い、でも…大丈夫)

 

!? 今のは、友奈。でも、心の声が聞こえるなんて、いったいこれは?

 

なんで、どうして? 私にテレパシーはない。それは十華の力のはず。

人の心に寄り添い、その欲望を成長させる。

 

なんで、今、私に…

 

私が呆然としたまま樹海は解け、私達は敗北していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えば、世界のすべてがあらかじめ決められているとしたら、あなたはどう思うだろうか?

 

そんなバカなことと笑うだろうか。

 

けれど、私は知っている。

この世界には神がいらっしゃる。

 

なら、すべては最初から決められていたとしてもおかしくないのではないかと。

 

運命の相手なんてものがいる人はそれでも良いかもしれない。

けれど、そんな都合の良い相手もおらず、どうやっても、何度繰り返しても、不幸になるしかないとしたら?

 

そして、もし、ほんの少し、ほんの少しだけそれを変えられるとしたら、貴方はどうするだろう?

 

(神様はこうなることを知っていた? だから、ここで起こる事故のことも、どうすれば最小の被害で最大の望む結果を得られるかも…)

 

甲高いブレーキ音とともに、一台の軽自動車が横断歩道に突っ込んでくる。

少しだけの奇跡で摩擦係数を少し上げておく。

 

「これでガードレールに擦るくらいですむでしょ」

 

あとは、明日の放課後、友奈が日直をしている時に交通事故を見たって聞こえる程度で誰かと話していれば、先輩がいろいろと説明する…と言うことになっている。

でも、私の頭は昨日のことでいっぱいだ。

 

(どうして、友奈の心が聞こえたの? 私は自分の意志で2年早くここに来たつもりだった。それはただの気まぐれのはず。でも、もし、それも神様の未来通りなら)

 

まだ肌寒い季節だ。早く帰ろう。

 

少し身震いしながら、急いでその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日、隣町で事故が会ったじゃない」

「えっ、あの2,3人けがをしたっていうやつ?」

「そうそう、私びっくりしちゃった」

 

友奈は…うん、黒板消し持ったままだけど、ちゃんと聞超えてるみたい。

 

「そっちにメッセージ送ろうとしたら、電池切れてて」

「あるある、タイミング悪かったりするよね」

「ね、ホント、まあでもけが人って言っても、みんな警察の人と話し込んでたくらいだから、そんなに酷くなかったんだと思うよ」

 

その後も、2、3軽い雑談して私達は別れた。

 

私が教室に戻ると誰も残っていない。私もこの後着替えてソフトボール部の練習だけど、その前に少しだけ。

 

(アクセス、俯瞰視点。5次元モード)

 

空間、時間、異なる歴史…いろいろな角度から私と友奈に過去に関連が無かったか調べなおす。

 

 

 

 

 

 

(やっぱり、関連は無さそう。だったらあの声は…神様が聞いていた声が私にも聞こえた?)

 

 

うっわー、最悪。神様ってば好きな子の心の中まで覗き見したいとか、ストーカー以上じゃん。

もう、ストーカーを超えたストーカー。ハイパーストーカーだよ。

 

思わず頭を抱えてしまう。

 

普段の言動が落ち着いているから忘れがちだけど、さすが友奈が生まれてこないという理由だけで何回も時間を巻き戻しているだけのことはある。

遡っている回数も含めたら、きっとまともな数じゃない。

 

(よし、知らなかったことにしよう。空耳空耳)

 

そうだ、いくら何でも中学生女子にリアルストーカーなんて、例え同年代でも変質者過ぎる。好き嫌いならまだしも。

 

でも、神様は自分のことを棚に上げてストーカーは東郷三森の方だ、なんて言ってるんだから、この世界は本当に業が深すぎる。

 

東郷なんてただ友奈に依存しているだけでそんな危ないことはしていないのに。

 

こんなことなら早めに地上にくるんじゃなかった。心労が増えてく予感しかしない。

 

私はただ地上の暮らしを神様の奇跡で遊び倒して過ごしたかっただけなのに。

私の日常を返せー。

 

「よし、とにかくさっさとバーテックスを消費して、後は知らんぷりしよう。とにかく12体消費すればいいはず」

 

注意が必要なのは来週のカプリコーンで夏凜の見せ場を残すくらいだ。

まずは予定通りスコーピオン、キャンサー、サジタリウスで東郷の記憶を刺激する。

 

決意を新たに私は教室を出る。試合は来週。友奈に加えて夏凜を助っ人として、必ず勝つ!

 

「理由ならあるよ」

 

あ、また友奈の空耳が聞こえる。まさか神様が私にも友奈に好意を抱くような因子とか運命操作とかしてないよね。

 

「東郷さん、さっきは私のために怒ってくれたから。ありがとね。東郷さん」

「ああ、何だか友奈ちゃんが眩しい」

「え? どうして?」

 

 

なんだ、東郷も一緒にいるなら、幻覚じゃないのか安心した。

よく見たら、牛鬼も浮いているし、校外で勇者部の活動があるのかもしれない。

 

っと、盗み聞きも悪いし、そろそろ退散しよう。

 

恋バナは好きだけど、馬に蹴られたくはないし、何事も度を越えない程度に。

 

「私、昨日からずっとモヤモヤしてた。このまま変身できなかったら、私は勇者部の足手まといになるんじゃないかって」

「そんなことないよ。東郷さん…」

「だから、さっき怒ったのもそのモヤモヤを先輩にぶつけていたところもあって…」

 

…これ以上は本当に良くないね。

 

(人除けはサービスしておくよ。このまま終わりだなんて、イヤだしね)

 

二人の声が遠くなる。

 

いくらふざけたまま生きていたい私でも、人が真剣なのを茶化すほど趣味は悪くないつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さってと、東郷の波長も戻ってるみたいだし、そろそろ良いかな? 連日で恐縮だけど試合の日が近いからね。行けスコーピオン、キャンサー、サジタリウス」

 

私の命令を受けて3体が動き出すと、合わせるように神樹が樹海を広げる。

 

今回の目的は東郷が戦線に立てるようにすること。

3体の姿を見ても取り乱さずに戦えるか確認すること。

 

この2つだ。今後のためにもここは早く克服したいところだけど。

 

(友奈の説得がどこまで心に響いているか、この3体は強いよ)

 

「スコーピオン、キャンサーは所定の位置まで侵攻、それからサジタリウスは49秒ごとに斉射。状況開始」

 

さて、皆はどう動く。

 

サジタリウスの初撃に風が弾き飛ばされているけど、なんとか無事に戦闘に入っているみたいだ。

その隙間友奈がサジタリウスに向かう。

 

確かに近距離中心の今の友奈達にとってはサジタリウスは放ってはおけない。

だけど、それはキャンサーがいない場合だ。ここでは攻撃力と攻撃速度に優れるスコーピオンを倒しておかないと……

 

キャンサーの反射板に誘導された友奈がサジタリウスの針を迎撃している間に、地中からスコーピオンの毒の尾が迫る。

けれど、その攻撃は途中で見えない壁に阻まれたように、友奈に届かない。

 

(あれが精霊バリア。スコーピオンの全力の一撃をあれほど簡単に防いでみせるってことは、確かにバーテックスくらいの攻撃なら届かないみたい。だけど、あんなに飛ばされたら人間の身体では内臓にダメージが届く)

 

それは脳震盪だったり三半規管の不調だったりと言った形で、戦闘能力を大きく奪う。

 

実際スコーピオンの尾で何度も跳ね飛ばされて友奈はぐったりしている。

それでもスコーピオンは手を緩めず何度も友奈を突き刺そうと毒の針を振るう。

 

(やめろ…止めろ)

 

また、今度は東郷の…くぅ。

 

「何度も…何度も私に…」

 

東郷の姿がハッキリ見える。

 

「触れるな!」

 

スコーピオンの尾が戦闘能力がないはずの東郷へ向かう。

 

(しまっ!!)

 

失敗した。これじゃ、またやり直しだ。

 

けれど、私のミスはミスにならなかった。

青坊主が精霊バリアを展開している。

 

「友奈ちゃんを……虐めるな!」

 

絶叫のような東郷の心が響くと、どこからともなく花びらが降り注ぐ。

 

「な、んとか第1段階クリア…かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東郷さん…」

 

(私、いつも友奈ちゃんに守ってもらっていた。だから…)

 

「次は私が勇者になって友奈ちゃんを守る」

 

"懐かしい花の香り"と共に私の姿が変わる。変わっていく。

 

「きれい…」

 

良かった。友奈ちゃんは大丈夫みたい。

 

それだけを心に、腕を伸ばし小型の拳銃のような武器を取り出す。

 

(どうしてだろう。変身したら落ち着いた。武器を持っているから?)

 

「は!」

 

蠍座のバーテックスが尾を戻そうとしている。

 

「もう、友奈ちゃんに手出しはさせない」

 

銃をより大きな銃に取り換え、3点撃ちで敵の顔と思しき箇所を連続で撃ち続ける。

 

「すごい、東郷さん。これなら」

 

 

(良かった。やっと変身してくれた。ようやくだね。鷲尾須美)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、もうしつこいのは嫌われるわよ」

「モテル人っぽいこと言ってないで、何とかしようよ。お姉ちゃん」

 

何とも飛び道具だけでも厄介なのに、反射板を自由に飛ばして隠れている場所にまで攻撃が届く。

ホントにしつこい。

 

と、思ってたら、上から蠍座が降ってきた。

 

「そのエビ運んできたよー」

 

良かった。友奈無事だったのね。

 

「いや、レーダーに蠍って出てるでしょ」

「どっちでもいいよ。お姉ちゃん」

 

突っ込みとは余裕出てきたわね樹。

友奈も蠍に飛ばされた時はどうなるかと思ったけど無事でよかった。

 

 

「東郷先輩!」

 

樹の見る先には変身した東郷がいた。

 

「遠くの敵は私が狙撃します」

「東郷…戦って、くれるの?」

 

今度は東郷がしっかりと頷いてくれる。

 

本当にこの子たちは…

 

「援護は任せてください」

「わかった。2人とも封印の儀始めるわよ」

 

よし、ここは東郷に抑えてもらいながら、2体まとめて片づける。

できる女は行動が早いのよ。

 

「不意の攻撃には気を付けてください」

「うん」

「はい」

 

あっれー?

 

「私のより返事が良い……」

 

ええい、いい女はへこたれない。気を取り直していくわよ。

 

 

「出た! 御霊。私、行きます!」

 

友奈が御霊に向かっていくけど、近づくたびにかわされている。

 

だったら…

 

「友奈、代わって。点の攻撃をひらりとかわせても…」

 

ちょうと友奈の影から飛び出したアタシに対応できていない。今!

 

「面の攻撃で押しつぶす!」

 

巨大化した大剣の腹で逃げようとした御霊をペシャンコにする。

光があふれて御霊が天に還っていく。

 

「まずは1体。さあ、次、行くわよ」

 

もう1つの御霊を振り返ると、振動を始めている。今度はどうするつもり?

 

「か、数が増えたー」

 

友奈の声とともに分裂した御霊がバラバラに逃げようとする。

 

「数が多いなら…これで、まとめて。ええーい」

 

おお、さすが我が妹。逃げる前にワイヤーで全部縛り上げたのね。

 

「ナイス! 樹」

 

あとは1つ。

 

かすかな震えが端末から感じる。

 

「風先輩。部室では言い過ぎました」

「東郷…」

 

違う、悪いのは私だ。当たる確率が低いとか、言い訳ばかりで両親の仇を取ることに夢中になってた。

いいえ、そういう自分を見せたくなかった。

 

「精一杯援護します」

「心強いは東郷。アタシの方こそ…」

 

アタシが返事をする前に東郷の銃撃…もとい砲撃が次々に射手座に突き刺さる。

 

「えっと、ホント、ごめんなさい。ハイ」

 

東郷は怒らせないようにしよう。吹っ切れるとヤバいわ。

 

「よし封印開始。って、え!?」

「あの御霊…早い」

 

友奈と樹が驚いている。私ももちろんビックリだ。

まるで封印の儀の対応方法を知っているみたいに次々と…。

これは大赦に報告しておいた方が良いかも。

 

高速で自分の体の周囲を回り続ける御霊。

 

けど、1つの光がその動きを捉える。

 

「東郷先輩!」

「撃ちぬいた」

 

東郷にこんな特技があったなんて。いや、普通は柔軟て使わないから気が付かなくてあたり前だけど。

 

樹海化が解ける。戻ったらちゃんと東郷と話をしないと、今度はうやむやにはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東郷三森、いえ、鷲尾須美? どちらでもいいか。彼女も戦線に戻った。戻れてしまった。あとは三ノ輪銀の後継者…か」

 

そして、12体のバーテックスが倒れ…

 

でも、その後は今まで通りじゃない。

 

「さってと、そろそろ私も前口上を考えておかないとね。なるべく印象的にしよう」

 

そう、話が通じる人間が相手だと分かった時に、変わるのか、変わらないのか。

 

あと少し、私の日常の終わりが始まろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Bashfulness

「みんな、今日はよく頑張ってくれた。結城さんと東郷さんも助っ人ありがとうね。風ちゃんにもよろしく!」

「はい、わっかりましたー」

「しっかり報告しておきますね」

 

校外試合が終わり、部長の挨拶を友奈と東郷が受けている。

夏凜は…実はまだ讃州中学に来ていない。

 

(前回は2回目の襲撃が終わってすぐだったのに、やっぱり細かいところは変わってる)

 

変えられる未来と固定された未来。この差異はなんだろう?

 

校外試合の結果も少しずつ変わっている。

 

予知夢で予知しなおせば良いんだろうけど、眠らないと見れないから少しずつずれていくんだよね。

それが人間というか3次元空間上の生命体の限界。ただ神様が常時未来を見れる理由がよくわからない。

 

とにかく、あれから1ヶ月も経ってしまったから、そろそろカプリコーンを用意しないと。

 

夏凜が転校してくるのは明後日らしいけど、今日には来ているはずだから、後は勇者部の予定に合わせて始めよう。

 

「あ、友奈、東郷、明日って勇者部何か予定ある?」

「予定? うーん、特になかったと思うけどな。東郷さんは?」

「私も特にないわ。ホームページの更新も金曜日にすんでるし」

 

ふむふむ。じゃ、連日の運動になるけど、明日にしますか。

 

「何か相談事? なんでも聞くよー」

「ううん、今日のお礼もかねてちょっと寄ろうかなって」

「あら、では牡丹餅を1つ増やさないとね」

 

いや、そんなに頻繁に学校に甘いもの持ち込んでいいのか?

 

まあ、讃州は緩いから大丈夫なのかしら?

 

「今日は歩きだっけ?」

「うん、なゆちゃんもこっちだよね?」

「えっと、ちょっと寄るところあるから、私はバスかな」

 

この後、天に還ってカプリコーンを用意するから、ちょっと人目のつかないとこに移動したい。

 

「あら、陽は長くなっているけど、遅くなるわよ」

「いやいや、ただの買い物だからね。1時間くらいで終わるよ」

 

今日はそんなに遠くないから東郷の迎えにヘルパーさんは来ていないみたいだ。

歩いて帰るらしい。

 

「じゃ、また明日!」

「うん、それじゃね」

 

2人と別れて少し山手に向かうバスに乗る。

別にパッと消えても良いんだけど、こうやって乗り物に揺られるのも悪くない。

 

ただ速さだけを追求するのではなく、無駄を過ごす。

これもいつか振り返る日常の1コマ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが5体目のバーテックス…」

 

樹海化した世界のマップに山羊座と書かれた点が映っている。

その先にいるのは4本足みたいなのがくっついてる。

 

浮いてるのにあの足は何に使うのかな?

 

「久しぶりだけど、落ち着いて迎撃するわよ」

 

風先輩の言う通り、確か1ヵ月はバーテックスは来てなかったと思う。

 

「1か月ぶりだからちゃんとできるかな?」

「友奈さん、そういう時はアプリのここから…」

 

樹ちゃんの手元の画面を見ると、鳴子にもちゃんとヘルプがついていたみたい。

 

「おおー、なるほど。"そうだった。またありがとうね。"」

「え? また?」

 

あれ? 私なにか変なこと言ったかな?

 

「ええい、四の五の言わずビシッとやるわよ。為せば大抵何とか成る」

 

風先輩の言う通りだ。ここで迷っていても仕方ない。

 

「勇者部ファイトー!」

「「ファイトー! おお?」」

 

風先輩の掛け声に合わせて気合を入れる。

 

けれど、私達の声より先に何かが降ってきて、バーテックスの上で爆発してる。

 

「東郷さん!?」

「私じゃない……」

 

え、じゃあ、誰が……

 

 

「ちょろい!!」

 

"夏凜ちゃん、それだと自己紹介だよ"

 

「「「誰ー!?」」」

 

私達の上をバーっと赤い影が舞う。あれは勇者の服?

 

「封印開始」

 

私達がビックリしている間に赤い勇者は、持っていた刀を地面に突き刺して、もうバーテックスを封印し始めている。

 

「すごい、いつの間に結界をはったの?」

 

すごくキビキビしてる。

 

「あの子……1人でやる気?」

 

風先輩の言う通り、私達はまだ敵の近くにも移動できていない。1人で戦うつもりなんだ。

 

「ま、待って、御霊と一緒に何か出てくる」

 

樹ちゃんの言う通り、黒いモヤモヤーっとしたものがバーテックスの口からいっぱい出てくる。

 

「これはガス! クッ、狙撃が…」

 

東郷さんは遠くから狙うから場所が分かりにくいと、戦いにくそうだ。

 

「うわ! 何これ」

「ケホ、ケホ、見えない~」

 

そして、私達のところにもガスが流れてくる。

目がチカチカして、咳が止まらない。

この煙すごくイヤな感じ。

 

「そんな目くらまし…気配で見えているのよ! そこだー!!」

 

暗い空気を切り裂くようにさっきの声がして、急に明るくなる。

 

「殲…滅!」

「諸行無常…」

 

私達が咳をしている間に、あの子が1人でバーテックスを倒したんだ。

 

あれ? でも誰か別の声が聞こえたような…

 

でも、霧が晴れたら、私達のほかには1人しかいない。

 

「……誰?」

 

風先輩も知らないみたいだし、でも、バーテックスと戦っていたってことは勇者…だよね?

 

「揃いも揃ってボーっとした顔してんのね」

 

いきなりのダメだし!

 

「はあ、すみません…」

「ちょ、なに謝ってんのよ!」

 

ど、どうしよう。悪い人…じゃないよね?

 

「こんな連中が神樹様に選ばれた勇者ですって? ったく、冗談じゃないわ」

 

うわわ、もしかして、私達がちゃんと戦えてないから怒ってる?

 

「あ、あの…」

 

恐る恐る声をかけてみる。

 

「何よ、チンチクリン」

「う、チ、チンチクリン」

 

ちょっと、ショック。やっぱり私ってちょっと小さいのかな。

 

「友奈ちゃんはチンチクリンなんかじゃないわ!」

 

東郷さんのフォローが嬉しい。

 

「私の名前は三好夏凜。大赦から派遣された正式な本物の勇者よ!」

「え?」

 

三好夏凜、じゃ、夏凜ちゃんかな? 

でも、”やっぱり”風先輩は知らないみたい。

 

「つまり、貴方達は用済み。ハイ、お疲れさまでした」

 

「「「「ええーーー!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、と言うわけで今日から新しくみなさんのお友達になる三好夏凜さんです。三好さんは編入試験でもほぼ満点だったんですよ」

「いえ」

 

おい、勇者何目立ってんの!

 

私が能力隠して平凡なふりしてるのに、非常識を持ち込むんじゃない。

貴方は友奈と同じで脳筋枠でしょうに。

 

見てみなさい。友奈と東郷もビックリしちゃってるわよ。

 

私は自分の手で壊すが好きなんだ。人に壊されるのはイヤなんだ。

 

「それでは三好さんからもみなさんにご挨拶を」

「三好夏凜です。よろしくお願いします」

 

これだから大赦は駄目なんだ。人間には高圧的なくせに。

 

「はえー」

「まあ、なるほど」

 

東郷、分かってる? 貴方も同じなんだよ?

 

「ねぇ、ねぇ、三好さんはどこから来たの?」

「私は…」

 

それにしても、意外と受け答えできるのね。

脳筋は言い過ぎだったかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね。そう来たか。しかも友奈、東郷と同じクラスとは」

「そうなんです。それにすごいんですよ。夏凜ちゃん編入試験もほとんど満点だったです」

 

ほうほう、ということは頭脳もアタシの次に優れているというわけね。

 

「ふふん、私が来たからにはもう安心よ。完全勝利ね」

 

ふーん、ちょっと素直じゃなそうだけど、その分退屈しないで済みそうね。

 

「何故このタイミングで? どうして最初から来てくれなかったんですか?」

「大赦は二重三重に万全を期していたの。最強の勇者を完成させるためにね」

 

夏凜の答えは分かる。けど、秘密にするい理由がよくわからん。

東郷の疑問もそうだけど、大赦が助っ人のことをアタシにも伏せていたのが、ちょっと気になるのよね。

 

「それが私、貴方達先遣隊のデータを元に完璧に調整された勇者」

 

そこで、夏凜がいったん言葉を切る。私たち全員を確認しながら、

 

「完成型勇者三好夏凜よ!」

 

完成型か…それにしても、たった"1カ月半"で仕上げてくるなんて、いえ、1カ月もかかったと思うべきかしら。

大赦もどのチームが勇者に選ばれるか分からなかった以上、最初から送り込めなかったんでしょうけど、やっぱり1ヵ月はギリギリのタイミングね。

"あと半月も遅れていたら、5体目との戦いに間に合わなかった"。

 

「私のシステムは対バーテックス用に最新のアップデートした上、戦闘のための訓練を長年受けてきている。大舟に乗った気でいなさい」

 

うーん、躾甲斐がありそうな子が来たわね。

 

「そっか、よろしくね夏凜ちゃん、ようこそ、勇者部へ」

 

椅子から立ち上がった友奈が一歩夏凜に近づく。

 

「は? 誰が、なんで? 部員になるなんて言ってないでしょ。私は貴方達の戦いぶりを監視するために…」

「じゃあ、部員になっちゃった方が話が早いよね」

「確かに…そうですよね」

「…む、それならそれでいいわ。その方が監視もしやすいでしょうし。」

 

一応はそれでいいみたいだけど、アタシから一言言っておかないと、場合によっては大赦と相談する必要があるわ。

 

「監視、監視って、アンタね。見張ってないとアタシ達がさぼるみたいな言い方は止めてくれない」

「大赦のお役目は遊びじゃないのよ。偶然選ばれたトーシローが大きな顔をするんじゃないわよ。って、ギャー、何してるのよこの腐れ畜生」

 

その叫びの先で、牛鬼が夏凜の"義輝"にかぶりついていた。

 

「ゲドーメー」

 

ナイス牛鬼。よくやった。

 

「外道じゃないよ。牛鬼だよ。ちょっと食いしん坊さんなんだよね。"義輝は喋れるんだよね"」

「"いっつも牛鬼を放置するなって、言ってるでしょ”。勝手に出てくるなんてシステムがおかしいんじゃないの。んん、あれ?」

 

あれ? 今、何かおかしかったような…

 

「えっと、そ、そうだ。東郷さんの精霊は3体いるんだよ。ね」

「え、ええ」

 

そう、そうよ精霊の話よ。おかしなところなんてない。ないはずよ。

 

「そ、そう、それは"東郷がもう…"、もう?」

 

途中まで言いかけて夏凜も黙ってしまう。

 

「お、お姉ちゃん…」

 

樹の手をそっと取る。何、一体これは何なの。

 

「と、とにかく、明日からは夏凜も勇者部に来るってことで良いわね。みんな」

 

とにかく、今は大赦に連絡しないと、明らかにアタシたちは心当たりのないことを喋ってる。

何かに引きずられるみたいに。

 

「え、ええ、仕方ないわね」

 

最後は夏凜も自分の言葉に考え込んでいるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、夏凜ちゃん来てくれたんだ」

 

良かった。昨日はおかしかったから、気になってたけど今日は大丈夫みたい。

 

「昨日は中途半端だったから、今日も来てあげたわ。このままじゃ足を引っ張られるからね」

「それは良いんだけど…煮干し?」

 

そう、夏凜ちゃんの"右手"には煮干し入りの袋が握られている。

東郷さんが時々持っているものとちょっと違う感じがする。

 

「なによ、ビタミン、ミネラル、カルシウム、EPA、そして、DHA。煮干しは完全色よ。文句ある。あげないわよ」

「いや、要らないけど…」

 

そっか、直接食べるタイプの煮干しなんだ。

 

「じゃあ、じゃあ、私のこれと交換しましょ」

 

そう言いながら、東郷さんがササっと重箱を取り出す。

 

「なんでぼた餅があるの?」

「さっき、家庭科の授業で作ってたんだ。東郷さんはお菓子作りの天才なんだ」

「い、要らないわよ」

 

夏凜ちゃんが黒板にいくつか絵を描いている。

 

「気を取り直して、真面目にやるわよ。バーテックスの出現は周期的なものと考えられてきたけれど、今は相当に乱れている」

「確かに1ヵ月前は複数で出現していましたね。それにその前は1日しか間が空いてなかった」

 

東郷さんが数えるように思い出していく。

 

「私はどんな事態でも対処して見せるけど、アンタたちは注意しなさい。命を落とすわよ」

 

やっぱり、命がけなんだ。

 

「他にも勇者システムには戦闘経験値を積んで、パワーアップする機能がある。これを満開と呼んでいるわ」

 

―満開―

 

なんだろう。すごく胸が苦しい。

 

「満開を繰り返すことでより強力になる。これが最新の勇者システムよ」

 

メモしておこう。あれ? もう書いてる? 誰かが書いてた?

でもこれ私の字だし…。

 

下の方にも何か…散華?? 

 

「夏凜ちゃんは満開経験済みなの?」

「いいえ、満開は"安易にできない"。バーテックスと直接戦って…戦って…」

 

東郷さんの質問に夏凜ちゃんは違うって答えた。

 

でも、夏凜ちゃんの様子が…

 

「ええい、私は満開に頼らなくても基礎戦闘能力が違うのよ!」

 

そっか、昨日の授業でも運動選手みたいな動きだった。あ、そうだ。

 

「だったら、朝練とかしてみる。運動部みたいに」

「いいですね。私も頑張って…」

「樹は朝起きられないでしょ」

「友奈ちゃんも」

「あはは、そうだった」

 

残念、朝からみんなと一緒だと思ったけど、これからは早起きも頑張ろう。

 

「ったく、"相変わらず緊張感のない"」

 

夏凜ちゃんがちょっと疲れてるみたい。

 

「大丈夫、為せば大抵何とか成る、だよ」

 

黒板の少し上、風先輩が書いてくれた五か条を指さす。

 

「何とかとかなるべくとか、アンタたちらしいふわっとしたスローガンね」

 

あはは、夏凜ちゃん鋭い。

 

「はいはい、それじゃここからは別の議題よ。依頼はいっぱいあるんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏凜ちゃん来ませんね。どうしましょう。風先輩」

「仕方ない。始めるわよ」

 

どうしちゃったんだろう夏凜ちゃん。

 

「はい…そうだ、あとで夏凜ちゃんの家に行っても良いですか?」

「はあ、世話のかかる新入部員だ。いいわよ。でも、行くのは全員でね」

 

よし、そうと決まれば…

 

「はい、よーし、みんないっくよー」

 

ワ~って集まってくれた子供たちが寄ってくる。

 

まずは…ドッヂボールただし、私はパスと受けるだけ。

みんなでボールを投げるのが今日の目的。

 

 

東郷さんと樹ちゃんは中で小さい子と遊んだり、手品を見たりしている。

 

すっごく盛り上がってるみたいだ。

 

「ふふふ、友奈勝利は我が白チームが貰った」

「いくら風先輩でもそう簡単に負けません。赤チーム、みんないっくよー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えいや、夏凜ちゃーん」

 

マンションのベルを一押し。

 

反応なし。あれ? おかしいな? 部屋を間違えた?

 

「大丈夫会ってるわ。友奈ちゃん」

 

東郷さんが確認してくれたけどあっているみたい。

 

仕方ない。もう一度。

 

ピンポーンと音が響くだけで中の様子は分からない。

 

ちょっと不安になってきた。

 

「夏凜ちゃん、ねえ、夏凜ちゃん」

 

何度もベルを押してみる。

 

「退きなさい、友奈こうなったら強硬手段で…」

 

風先輩がドアノブを掴もうとしたその時…

 

 

「ああ、もう、うるさーい。誰よ!」

「「「「うわわ」」」」

 

ビックリした。夏凜ちゃんいたんだ。

 

「アンタ達…」

 

夏凜ちゃんが不思議そうに見つめている。

 

「あんたねー。何度も電話したのになんで電源オフってるのよ」

「そ、そんなことより何!? 何かあったの?」

「何、じゃやないわよ。いつまでも電話がつながらないから心配になってきてみたのよ」

 

夏凜ちゃんの様子は…うん、これなら大丈夫そう。

 

「でも、よかった。寝込んだりしていたわけじゃなかったんだよね」

「え? ええ…」

 

ちょっと、顔が赤い気もするけど、運動でもしていたのかな?

 

「じゃ、上がらせてもらうわよ」

「え? ちょ、ちょっと。何かってに上がってるのよーー!」

「おじゃましまーす」

 

部屋の中はトレーニング器具とか、机とダンボールくらいしかない。

そっか、引っ越しの片付け中だったのかな?

 

「い、いきなり来て何なのよ」

「あのね…」

 

ここまで隠し持ってきたその箱をパッと開ける。

 

「ハッピーバースデー、夏凜ちゃん!」

 

あれ? 夏凜ちゃん? サプライズに驚いてる感じとは少し違う。

 

「ん、どうした? 自分の誕生日忘れてた?」

 

風先輩が頭を傾けている。

あ、そっか、忙しくてそれどころじゃなかったとか?

 

「バカ…誕生日祝うのなんて…"帰って来てから"、やったことないから分かんないのよ」

 

その時の夏凜ちゃんの"嬉しそうな顔は何度見ても新鮮に映った"。

 

 

 

 

 

 



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Hallelujah

「あー、もう脚本が思いつかん」

「はぁ」

 

やっぱり何度占ってもいい結果にならない。

 

「あれ、2人は何を悩んでるのよ」

「ああ、風先輩は演劇の脚本だよ。樹ちゃんは…何だったかな?」

 

そう、夏凜さんの言う通りお姉ちゃんだけじゃなく、私も悩んでいる。

音楽の課題。来週のテスト。うう…、"前は上手く言ったけど、大丈夫かな"。

 

「ん、夏凜、アンタ"また"煮干し?」

「何よ、悪い。健康に良いわよ」

 

夏凜さんはそう言いながら、つまんでいた煮干しの位置を人差し指と中指に変えている。

 

(わ、まるで大人の人のタバコみたい)

 

「アタシは遠慮するわ。学校で煮干しを貪り食う女子中学生は夏凜くらいね」

「あ、じゃあ、私、食べてみたい。パク」

「んなぁ、直接私の手からぁ!」

 

夏凜さんの手にあった煮干しはお姉ちゃんではなく、その手から直接友奈さんの口の中に収まった。

 

「うーん、ちょっとしょっぱいかな~。東郷さんのぼた餅とセットなら、ちょうどイイ感じかも」

 

友奈さんがそんな感想を言っている。"確かに夏凜さんの煮干しはいつも食べているだけあって、良いものを買っているみたい"。

 

「すでに友奈に布教済みとは、"やっぱり"夏凜のことはニボッシーと呼ぶわ」

「勝手にゆるキャラみたいなあだ名を付けるな!」

 

夏凜さんがまたヒートアップしている。はあ。

 

「それで、樹はため息なんかついて、どうしたの?」

「え? お姉ちゃん?」

 

うーん、ちょっと恥ずかしいかも。でも…悩んだら相談、だよね。

 

「あ、あのね。もうすぐ音楽の小テストでうまく歌えるか占っていたんだけど…」

 

机の上のカードに視線を落とす。

そこには正位置の死神のカード。意味は破滅…。定期テスト以外で落第ってことはないと思いたいけど…。

 

「よし、それじゃ今日の残り時間はこれね」

 

そう言いながら、お姉ちゃんが黒板に書いた文字は音楽テストでの私の合格。

お姉ちゃんの脚本は良いんだろうか?

 

「そうね、まずは歌声でアルファ波を出せるようになれば、勝ったも同然ね。良い音楽はだいたいアルファ波で説明がつくわ」

「そ、そうなんですか!」

 

し、知らなかった。さすが東郷先輩

 

「そんな訳ないでしょ!」

 

う、やっぱりそんなに都合よくはいかないみたい。

 

「樹は1人だとうまく歌えるみたいだし、緊張しているだけだと思うのよね~」

 

お姉ちゃん…

 

(どうして、私が1人で歌っているところを知っているの??)

 

「それなら…習うより慣れよ、練習しよう。樹ちゃん!」

 

友奈さんが何かを思いついたみたいだけど、大丈夫かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃんが軽快なリズムに合わせてのびのびと歌っている。

 

友奈さんの提案でカラオケに来ているけど、なかなか曲を入力できない。

検索結果にはちゃんと課題曲が入っているけど、どうしてもボタンを押せない。

 

そして、何もしているうちにお姉ちゃんが歌い終わった。

 

「お姉ちゃん上手」

「ありがと」

 

点数も…92点!?

 

すごい。私、この後歌えるかな。

 

「ちょっとごめんね」

「あ……」

 

友奈さんが私の手からタブレットを持って、夏凜さんに話しかけてる。

 

「夏凜ちゃん、この歌知ってる?」

「知ってるけど、"歌わないわよ?"」

 

私が次の曲を入れられてなかったから、友奈さんは場をつなごうとしたんだろうか?

だとしたら、ちょっと、ちょっとだけ…。

 

「そうよね。アタシの後じゃ、歌いにくいわよね。ご・め・ん・ね」

 

お姉ちゃんがそう言いながら、点数のボードを指さす。

 

「友奈! マイク貸しなさい。歌うわよ!」

「は、はい!」

 

立ち上がった2人は息ぴったりでデュエット曲を歌っている。

友奈さんもそうだけど、夏凜さんも合わせるのが上手い。

 

もうすぐ2人の時間も終わる。

 

そうしたら、私の番だ。

 

大丈夫、ここには勇者部の人たちだけだから。"思い出して、前はどうしていたか"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~」

 

ダメだった。勇者部だけでも緊張してしまう。

 

「やっぱり、まだ硬いかな?」

 

お姉ちゃんがそんな感想をくれた。

 

「誰かに見られていると思ったら、それだけで…」

 

うう、歌のテストなんて無ければいいのに。

 

「ま、今はただのカラオケなんだし、好きな曲を好きなように歌えばいいのよ」

「樹ちゃん元気出して」

「お姉ちゃん、友奈さん」

 

あ、この曲は……。

 

「あ、私が入れた曲」

 

やっぱり東郷先輩の入れた。

だったら、あれをやらないと。

 

「え、え? 何、何なの。一体どうしたのよ? なんで立ってるの」

 

夏凜さんは座ったままだけど、今日初めてだもんね。

 

でも、やっぱりこの曲を聴くと立ってビシッとなっちゃう。

 

その後の3分私達は不動の姿勢を貫いた。

 

やっぱり東郷先輩の曲はなんかこうしちゃう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学生のころ、知らない大人たちが家に来たことがある。今思い出せば、あの人たちが大赦の人たちだったんだ。

私は仮面で顔が見えないその姿が怖かった。

 

私はお姉ちゃんの後ろに隠れていることしかできなくて、あの人たちが言っていた言葉もほとんど理解できなくて。

 

後で、お姉ちゃんがお父さんとお母さんがしんじゃったって教えてくれた。

 

 

あの日からお姉ちゃんは私のお姉ちゃんであって、でも、お母さんでもあって…

ずっとお姉ちゃんの背中が安心できる場所で…

 

お姉ちゃん、お姉ちゃんがいれば私は何だってできるよ。

 

でも、私は……

 

お姉ちゃんは勇者部のことをずっと1人で抱え込んでいた。"前と違ってお姉ちゃんがリーダーになったから、ううん、なるしかなかったから"。

 

――もし、私がお姉ちゃんの背中に隠れている私じゃなくて、隣にいれば、"――先輩は死なずに"――

 

私の前にいたはずのお姉ちゃんの背中が小さく見える。

 

違う、これは…これは…この人は、お姉ちゃんじゃなくて、"タ……"。

 

景色が暗転しても夢は途切れない。何かすごく大事な、とても大切なことを思い出せそうだったきがするのに。

 

「―ちゃんだって、きっと」

 

あれ? 私は何を? 私は…

 

暗い、何も見えない。でも、聞こえる。そう、音がある。何かの息遣い。誰かが生きている。

 

「誰…ですか? 誰かいるんですか?」

 

少しだけ間があった。

 

「ああ、こんなところに来れる人がいるなんて思ってなかった」

 

それは確かにそこにいた。巨大な熊のような、口を開いたワニのような、そして鳥の翼のような、それらをすべて持つ怪獣のような姿。

 

絶対に日本語なんて喋れないはずのそれは私に願う。

 

「鷲尾須美か乃木園子、どちらかに伝えてくれ。―――にお別れを言う機会くらいは作ってみせる。あとは……」

 

「まって、聞こえない」

 

獣が闇に沈んでいく。わたしはそれを見つめることしかできない。

 

そして、日が昇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「樹、いーつーきー、起きなさい」

 

ああ、お姉ちゃんの声が聞こえる。

 

「樹、着替えて顔を洗ってきなさいよ」

 

いつもの私の部屋だ。

 

キッチンに行くと、犬神が餌を貰ってる。

 

「ほら、座って。もう出来上がるわ」

 

ゆっくりとその光景を眺める。

 

「…あ、あの、お姉ちゃん!」

「お、おお、どうした? 樹」

 

今、言わなくちゃいけないこと別にある。けれど、お姉ちゃんに言わなくちゃいけないのは、別の言葉だ。

 

「ありがとう」

 

お姉ちゃんが食卓に着いた私を見つめる。

 

「う、うん、どうしたの急に?」

 

そう、いつもそうだ。お姉ちゃんは頑張って、一生懸命に私を守ろうとしてくれていた。

 

「なんとなく、この家のこと、勇者部のこと、全部お姉ちゃんにばっかり大変なことばっかりさせて」

 

お姉ちゃんの目が少しだけ泳いでいる気がした。

 

「いや、うん、でもね。これは私の理由でもあるの。樹」

「理由って…」

「うーん、世界のため、とか?」

 

きっとそれは言葉にしにくいもの。だって、本当はみんなが言葉を知る前から持っていたものだから。

 

「ほら、勇者だしね。でもね。樹、理由だけが大切じゃないのよ。自分が頑張れるならそれが一番大切なんだから」

 

自分が頑張れる理由……

 

私は、私にとって、頑張れる理由は……

 

勇者部に入ったのはお姉ちゃんがいたからだ。

 

勇者になったのもお姉ちゃんが勇者だったからだ。

 

それじゃダメなのかな。

 

私の理由なんて…何もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い夕日が橋の上を照らしている。夏至は過ぎたけれど夏はこれから。まだまだ日は長い。

 

「ごめんね。樹」

「え? お姉ちゃん、なんで?」

 

前を歩く私の背中をお姉ちゃんの言葉が追い越していく。

 

「樹を勇者なんて大変なお役目に巻き込んじゃったから、ね」

「お姉ちゃん……」

 

そんな、そんなことを心配してくれていたんだ。

 

「大赦に樹も勇者部に入れるように言われた時、アタシはイヤだって言えたらよかったんだ。そうしたら、もしかしたら樹は勇者なんてならずに、"あんな風にならずにすんだのに"」

「何言ってるの。お姉ちゃん。そんなの違う。違うよ。お姉ちゃんは間違ってない」

「樹…」

 

そうだ、そうなんだよ。お姉ちゃんは間違ってない。そして私が勇者になったのも間違ってない。"例えどんな結果になっても"。

 

「私、私ね。本当は嬉しいんだよ。いつも守ってもらって隠れてるばっかりじゃなくて、みんなと、勇者部で戦えることが」

 

"今度も、最後までいっしょだよ。それで良いんだよね"。

 

そう、これでいいんだ。これが良かったんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の歌う番が近づいてくる。結局緊張を解く方法は見つからなかった。

でも、私は、逃げない。だって、私だって勇者なんだから。

 

"私だっていつまでも守られているだけじゃない"

 

「では、犬吠埼さん」

「は、はい」

 

一段上にだけの壇上に昇り、歌の教科書を開く。

 

「あ」

 

教科書からヒラリと1毎のプリントが落ちてきた。

おかしいな。ちゃんと教科書は確認したはずなのに……

 

私はそれを拾い上げる。

 

 

――テストが終わったら打ち上げでケーキ食べに行こう――

 

友奈さん。

 

――周りの人はみんなカボチャ――

 

東郷さん

 

――気合よ――

 

夏凜さん

 

 

――周りの目なんて気にしない! お姉ちゃんは樹の歌が上手だって知ってるから――

 

お姉ちゃん

 

 

「犬吠埼さん、大丈夫ですか?」

「はい!」

 

私はみんなと一緒にいる。勇者としてだって、この歌だって……

 

 

 

――まだ、これは夢なんて言えなかった。私の小さなやってみたいこと。けど、どんな理由だっていいんだ。それがあれば私は"今度は後ろに隠れるん"じゃなくて、隣を歩いていける。そうすればきっと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(アタシの理由は、すごく個人的な理由。両親の仇)

 

そんな思考を断ち切るようにスマホから警報が鳴り響く。

 

「始まったのね最悪の事態が…あれ? 樹海化警報じゃない?」

 

 

 

「ふん、まとめて来たって一緒よ。この完成型勇者が…あれ? 画面が落ちた?」

 

警報が途中で止まるなんて、もしかしてバグか何か?

 

 

 

「東郷さん、今、鳴ってたよね?」

「ええ、でも、警報の種類が違ってたみたい」

「うん、でもすぐに消えちゃった……」

 

私達の画面には一瞬だけ表示されていた

 

 

――特別警戒警報――

 

 



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I surmount difficulties

残り7体。

 

そう聞いていた。けれど……

 

「何よ…この数」

 

風先輩の視線の先にはたくさんのパーテックス。

 

私が倒した乙女座

 

風先輩たペチャンコにした蠍座

 

樹ちゃんが捕まえた蟹座

 

東郷さんが撃ちぬいた射手座

 

そして、夏凜ちゃんが来て倒してくれた山羊座。

 

私達が倒したはずのバーテックス。私達が知らないバーテックス。

 

「あと7体……じゃない」

 

樹ちゃんの声は緊張しているみたい。

その後ろにそっと立って…

 

「あはは、あは、あははは。ゆ、友奈さん、ちょっと…」

「それ、こちょこちょこちょ」

 

これで少しでも…あれっ? ダメ?

 

樹ちゃんの緊張は解けたみたいだけど、みんなの顔は困ったままだ。

 

「た、大赦の人たちも数え間違えたんですね。きっと。7体じゃなくて、70体だった…とか」

 

東郷さんの銃が下がっている。

夏凜ちゃんも何も言わない。

風先輩は前を見つめたままで顔が良く見えない。

樹ちゃんはまた緊張してしまってる。

 

私が、私が何とかしないと……

 

「違うよ友奈。70体じゃなくて70億体だよ。今日、私が連れてきたバーテックスの数は」

 

私が何かを言う前に声は降ってきた。

 

「なゆちゃん? え? そんなところにいたら危ないよ」

 

私達と同じいつもの讃州中学の制服でバーテックスの上に座っている。

 

「大丈夫。この子たちは私と同じだから。っと、犬吠埼先輩と樹ちゃんは初めましてですよね。どうも2年3組の来島那由多です」

 

いつも通りのなゆちゃんだ。

 

「えっと、誰?」

「夏凜ちゃん、ほら、私の後ろの席の…」

「わ、分かってるわよ。まだ転校したばかりだから念のため確認したのよ!」

 

でも、どうして樹海になゆちゃんがいるんだろう。

 

「さっきバーテックスと同じだって…それって……」

 

樹ちゃんが呟く。まるで、尋ねるように、独り言のように、そして、誰にも聞いてほしくないように。

 

「そのままだよ。私はバーテックスと同じ四国の外からやってきたんだよ。本当のことを教えてあげようと思ってね。大赦が隠している大きな秘密」

「大赦が隠している秘密ですって? それに、四国の外はウイルスで滅んでいるはずじゃないの?」

 

風先輩が言う通り、この世界の外はウイルスでいっぱいだから神樹様の結界の外に出ちゃいけない。

それなのになゆちゃんは外から来たの?

 

「もし、興味を持ってくれるならこのまま結界の外まで連れて行ってあげるよ。もちろんバーテックスにも手は出させないし、何だったら、みんなだけを……」

「だったら、教えてくれるかな? 2年前にどうして私達が戦わなくちゃいけなかったのか」

 

なゆちゃんの愉快そうなお喋りは、後ろから聞こえた冷たい声に止められた。

たくさんの精霊が"そのちゃん"を守るように、"そして、逃げ出さない"。包帯とかいっぱいで心配になる。

 

でも、勇者っぽいし夏凜ちゃんと同じで大赦の援軍なのかな。

あんなに怪我をした子だから今までは病院にいたとか。

 

あれ、あの子、東郷さんを見てる?

 

「もちろん、そうでなければ、わざわざ神様に来てもらった意味がないもの。そろそろかな?」

 

なゆちゃんの言葉と同時に、地震のように地面が地響きを起こす。

 

「きゃあ」

「く、今度は何」

 

みんなも何とかバランスを取りながら、待っていると今度は樹海の様子が変わっていく。

 

「これは…」

「嘘でしょ。神樹様の結界が」

「解ける……。やっぱり来たんだ。私達勇者の本当の敵」

 

壁の向こうの景色がユラユラっと揺れている。

 

水たまりに雨が跳ねたみたい。

 

少しずつ少しずつ、揺らめきが大きくなって緑や家に覆われていた四国の外が消えていく。ただ緋色の世界。

 

そして…

 

「さあ、これ私達の世界の真実。でも、これは真実の始まり」

 

その世界はバーテックスだけがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なによこれ! 何なのよ、これは!」

 

うん、さすが夏凜。激烈にして熱烈だ。

 

「それをこれから、ゆっくりと、と、と、と?」

 

伸びてきた槍の一閃が私の首を軽く落とす。

 

「な!? ちょっとアンタ、いきなり」

「なゆちゃん!」

「……」

 

初動なしで攻撃とは…。確か乃木園子さんはもっとボケーっとした人じゃなかったっけ?

ほら、友奈とか、犬吠埼さん御姉妹とか、ビックリしてるじゃない。とりあえず安心させとこ。

 

「ああ、大丈夫大丈夫。こんなくらい何ともないから。なにしろバーテックスだからね」

 

落ちたままの首でみんなを落ち着かせようと喋る。

 

「そんな!? "そのっち"の攻撃で首を落とされても?」

「ひ! しゃ、喋ってる」

 

あ……しまった。余計に怖がらせたか。しょうがない。

とりあえず、落ちてる自分の頭を踏みつぶす。こうして機能不全になるレベルで破壊しないと、首の方から体が生えてくるから余計ヤバい見た目になるんだよね。

一瞬だけ目と一緒にが視界がつぶれて消えるけど、すぐに頭ごと再生される。

 

「ふぅ、あのさ、私がバーテックスだって理解してもらうには早くて確実だけど、さすがに止めようよ。みんなの精神衛生上よくないよ? これからもっとひどいことを話すのに」

「……」

「はいはい、こんどはだんまりですか。すっかり擦れちゃって、じゃあ、とりあえず始めましょうか」

 

園子以外は今回初めて見るはずだから噛んで含めるようにゆっくりと話していく。

 

「まず、今まで貴方達が結界の外に広がってると思っていた外の世界は、あの通り炎に包まれていて、ウイルスどころかバーテックスの残骸以外すべて燃えてなくなってる。ここまではわかるかな?」

 

みんなの精神状態を簡単にテレパシーで読み取ってみる。うーん、友奈と樹ちゃんが怪しいけど他は理解はできているみたい。

樹ちゃんは、そんなことより戦わなくちゃいけない理由が気になっているみたい。

友奈は友奈でこの段階でも、私と友達だからバーテックスと友達になれるのか考えている。

 

まあ、この2人は基本の考え方が決まっちゃって、あまりいっぺんにいろいろ考えないタイプだし、そんなところかな。

 

「というわけで、貴方達がいくら戦っても勝てる可能性は無い。ううん、勝ててもその先が無い。それでも大赦と神樹様は諦めずに12体倒せば終わりなんて言って、貴方達に終わりのない戦いをさせようとしていた」

 

東郷さんは少し大赦に対する不信感が強くなっている。

犬吠埼さんは…樹ちゃんとみんなを戦いに巻き込んじゃったことを本当に後悔し始めている。

夏凜はまだ戦う気があるみたい。

 

このままだと犬吠埼さんと東郷さんがいつも通り暴走しそう。

散華は……。まあ、戦って死んじゃうことに比べれば問題ないか。

いっぺんに覚えるのが苦手な子もいるだろうし。

 

そう、ここからが本題。神様の目的を暴かないと私も動きづらい。だったら神様が拘る友奈に真実を教えて煽るのが一番。

 

「大人しく降伏しない? 今ならサービスするよ?」

 

 

私の言葉にみんな戸惑いの心が見える。

そりゃあ、そうだ。私が貴方達と同じならそうなる。

 

「……1つ教えて。なんで今更なの。もっと早くにできなかったの?」

 

それでも、最初に戻るのは乃木さんだった。これも前と同じ。

 

「言っても納得してくれないと思うけど、満開システムが完成して貴方達が神樹様の…神様の本質を理解する必要があった、って、私達(バーテックス)の上にいる神様は言ってたよ」

「えっと、それってなゆちゃん達にも神様がいるけど、神樹様じゃないってこと?」

「神樹様以外の神様って誰よ?」

 

友奈と夏凜が不思議そうな顔をしている。神樹様は地の神が集まった集合体だから勘違いするのも仕方ない。

 

「2人の言う通りだよ。神樹様は地の神様の集まった姿。でも……」

「天にも神がいるから?」

 

2人の疑問を園子さんと東郷の2人が引き取るように答える。

うんうん、そうして自分たちで答えをあててくれると真実になるから、こっちも楽できてありがたいよ。

 

「つまり、アンタは、アンタとバーテックスは神樹様じゃなくて天の神の手下だって言いたいわけ。どうして! 人類を滅ぼそうとするやつの味方なんか!」

 

犬吠埼先輩はそろそろ限界が近い。東郷も記憶を戻したら爆発するかもしれない。乃木さんは既に私の首を刎ねるくらいにはやる気だ。

 

「うーん、人類を滅ぼした理由は友奈に教えちゃダメって神様に言われているから、今は言えない」

「え? 私!?」

 

そりゃ驚きますよね。いきなり人類を滅ぼした理由と自分が関係ありますって言われたら、気になるよね。

 

「でも、もう少しで神様がやりたいことは終わるんだって、それが終わったら、後は私の好きにさせてってお願いしたら、神様は良いよって言ってくれたの。だからもうやめない? 戦わなくても世界は消えたりしないよ? だって神様がそんなことするなんておかしいじゃない。自分で作ったものを自分で壊すなんて、やらないでしょ?」

 

ここで止めると友奈が御姿にならなかったり、みんなはともかく園子さんの体を作り直すのがこっち持ちになったりするけど、できなくはない。

ここが私達の限界点だと思う。これ以上進むとみんなが苦しむことになる。

 

「そ、そんなこと言われても、そうよ。大赦とも相談して……」

「うん、いいよ。だったら今日はこれで解散かな?」

 

夏凜ちゃんはまだこの段階だと、そう判断するしかないか。

まだ大赦がどんな組織なのか知らないもんね。

 

「なんで今なの? もっと早くできなかったの?」

 

んん? 園子さんはまだ何か引っかかってるのかな? もっと早く…ああ。

 

「2年前のこと? だったらあんまり意味なんて無かったんじゃない。神様もどっちでもよさそうだったし、私も2年前は担当じゃないから興味もなかったし、し、し?」

 

おや、視界が20分割されてる。ああ、また園子さんにバラされたのか。やっぱりこのタイミングだとダメか……。

 

「ふざけないでよ。お前たちの勝手な理由で今頃になって! もっと、もっと早ければミノさんは!!」

 

怖っ、何、完全に目が逝っちゃってる。

 

再生、分割、再生、分割……

 

いくら再生しても、21体の精霊が絶え間なく私をバラバラにし続ける。

これはお見せできない姿だなー。

 

1体は私の攻撃を防いで、その間に残り20体で攻撃か。もうどっちが人間じゃないのか分かんないな。

 

(とりあえず、バーテックス達も攻撃再開させるしかないか、園子さんだけこっちの世界に誘導しよう)

 

バラバラにされ続けながら、少しずつ結界の外へと向かう。

 

「逃がさない!」

 

よしよし、ちゃんとついてきてるな

 

「待って!、"そのっち"」

「東郷さん!」

 

ちょっと、友奈たちは来ちゃダメだって!

 

バラバラにされ続けているままでは私は喋れない。仕方ない。今回は諦めて戦おう。

 

(そんなに戦いたいなら相手になってあげる。だけど、今までみたいな簡単な戦いだと思わないことだよ。私の本当の姿は…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けばその名前を呼んでいた。

 

「待って!、"そのっち"」

「東郷さん!」

 

飛び込んだ先は…

 

地獄だった。

 

さっきも見えてはいたけれど、こうして実際に壁の外に出るとその光景が熱さと一緒にとして襲い掛かってくる。

 

まるで八大炎熱地獄を思わせるような熱風。

 

「いたよ東郷さん、"そのちゃんだ"」

 

友奈ちゃんの指さす方向を見ると、そこには再生し続ける那由多さんがいる。

呼びかけないと、今度は絶対に失ったりしない。

 

「あ、そ、その……」

 

ああ、それなのに何といえば良いのか言葉が出てこない。

絶対に忘れてはいけないはずなのに、そこだけが空白のように何も浮かんでこない。

 

「それ以上は良くないよ。だから落ち着いて乃木さん。そんなんじゃ若葉達が戦った意味がなくなっちゃう」

 

その言葉は耳を塞いでも、どれほど離れていても耳元で囁くように聞こえる。

その声はすべてを赦された安心をもたらし、本能に訴えるような恐怖を思い出させる。

その思いはあらゆる言葉よりも雄弁で、心を落ち着かせる静けさを秘めている。

 

あれほど激しい攻撃を繰り出していた彼女は、歯を食いしばってその重圧に負けまいと立ち続けている。

 

「あ、なたは…」

 

彼女だけじゃない。那由多さんも呆然としてそれを見上げている。

 

どれほど目を反らそうとも、常に目の前にいるような存在。

 

どこからどう見ても人間なのに、絶対に人間ではない誰か。

 

それは私達の目の前にいた。

 

「か、神様…」

 

掠れた那由多さんの言葉で理解する。

 

 

ああ、そうか。

 

あれが天の神。

 

バーテックスを生み出し神樹様に対を成す神様。

 

「"初めまして"、東郷三森、乃木園子。そして……」

 

天の神の視線は何故か友奈ちゃんにだけ合わない。

 

「あなたもそこにいるのよね。友奈……」

 

その時だけは、何故か天に手が届く気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、とどめ!」

 

戦闘が始まって何体のバーテックスと戦ってきたのだろう。

 

右手で斬りつけて怯ませた牡羊座のバーテックスの真下に左手の刀を投擲して封印する。

飛び出してきた御霊またおかしな動きをする前に、さらにもう一本の刀を出して投げつける。

 

幸いと言うべきなのか、バーテックス達の動きは鈍い。

いえ、ほとんど何もしてこない。

 

あいつの、那由多のいう通りなら、そもそも戦わなくても良いのかもしれない。でも…

 

(早く友奈と東郷を追いかけないと)

 

樹はタウラスとライブラを拘束して、風の巨大化した大剣が一度に二体を横薙ぎにする。

 

けれど、相手は次々に結界の中に入ってくる。

 

侵入してくる速度はそんなに早くないけど、これじゃいつまで経っても追い付けない。

 

「いい加減、そこをどけー」

 

3人の中で一番私が早く動ける。

何とか突破口を作らないと。

 

けれど、私の頭にはすぐにさっきの外の光景がちらつく。

 

侵入してきている奴らを倒せても、外には那由多のいう通りなら70億の星座がこの先にいる。

 

(それでも私は行く。行かなくちゃいけないのよ。こんなんで怯んでいたら、完成型だってアイツらに言えないじゃない)

 

樹が拘束している間に、私と風で1体ずつ封印の儀を始める。

飛び出してきた御霊が風船のように膨れ上がる。

時間をかけると質が悪い。速攻で決める。

 

「御霊まで再生までするの?」

 

斬りつけられた部位がすぐに治ってしまう。

 

だったら……

 

「再生するよりも早く終わらせる」

 

何だか玉ねぎの皮をはぎとってるような気分だけど、少しずつ膨れる速度より、私が切っていく速度が上回る。

 

「これで、とどめ!」

 

とうとう拳くらいの大きさになった段階で、ようやくいつものように天に昇った。

風の方も上昇して空に逃げようとした相手を大剣で丸ごと叩き潰していた。

 

これで残り4体。

 

それにしても、奥の大きいのは全然動かない。まるでその場所を守っているかのようだ。

 

「え? お姉ちゃん、夏凜さん、神樹様に近づいているのが1体いる」

「なんですって。やばい。夏凜、とりあえず走ってるやつを先に止めるわよ!」

「言われなくても!」

 

しまった。私としたことが前に集中しすぎて見逃すなんて。

 

反転して追いかける。

 

「きゃあああ」

「風!」

「お姉ちゃん!」

 

けれど、3歩も進まないうちに今度は風の姿がまるごと焔に包まれ見えなくなる。

しまった。ここででかいのが攻撃してきたのか。

 

このままじゃまずい。挟み撃ちになる。

 

「お姉ちゃん。今、今度は水!?」

 

風に向かってくる焔を途中で落とそうとした樹に、さらにもう一体が水鉄砲のように畳みかける。

 

(だったら、私が…)

 

けど、戦いの最中に他のことに気を取られていたのは2人だけじゃなかった。

 

突然の浮遊感。

 

(あれ? 私どうして? 跳ね飛ばされた?)

 

さっきまで私がいた地面が大きく陥没して、イカのような形をした魚座のバーテックスが飛び出してくる。

水だけじゃなく、地面まで潜ってくるとは思わなかった。

 

何とか体勢を戻して、また地面に潜った魚座を気配で探す。

けれど、私にも焔が迫ってくる。しかも、避けても追いかけてくる。

 

「くう、ああああ!」

 

熱い。何も見えない。このままじゃ…神樹様が。友奈、私は…

 

爆発に脳を揺さぶられてまともに立つこともできない。

 

「あんたの相手は…アタシだ!」

 

風の絶叫とともにそれまで戦場を支配していた焔がポッカリと穴が空くように吹き流される。

 

風の姿。あれは…満開したの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熱い。焔が空気まで燃やしているみたいだ。

樹は? 夏凜は?

 

みんなを巻き込んでおいてアタシが倒れるわけにはいかない。

せめて、全員を元の生活戻さないと。

それが勇者部を作ったアタシの責任だ。

 

だから…アタシはこんなところで終われない。

 

「あんたの相手は…アタシだ!」

 

焔の向こうにいるだろう最大のバーテックスに向かっていく。レーダーにも獅子座と出ている。

偽物や分身じゃない。

 

なんでか滑るように宙を飛んでいるけど、きっとこれも勇者の機能として用意されていたものなんだろう。

 

見えた。

 

向こうもアタシを捉えて無数の焔をばら撒く。

雑魚は無視だ。精霊バリアを突破できない。

 

「はあああああ」

 

勢い任せに突っ込む。

精霊バリアと焔がぶつかり合う。炎で焼かれることは無いけれど、熱は何となく伝わってくる。

 

アタシの擦り傷から流れた血が一瞬で沸騰する。

 

わずかの差で精霊バリアが上回る。運動量がすべて圧しかかり、その巨体が倒れる。

チャンスは逃さないのがいい女の条件。

 

「このまま押し切る」

 

いつもよりもさらに大きくなった大剣を倒れた巨体を覆うように振りぬく。

 

「浅い? 夏凜、アタシがコイツの相手をしている間に封印をお願い」

 

少しだけ、御霊が見えたのに……

傷を修復しながら、レオが浮き上がろうとする。

 

させない。

 

できるだけ、相手の頭上を抑えるように大剣を繰り出し続ける。

 

「わ、わかったわ」

 

夏凜が位置について、封印が開始される。

 

けれど、出てきた御霊は炎の珠を2人にバラまきながら、近づけまいと当たりを無差別に焼き始める。

 

「く、この。アンタの相手だけしているわけにはいかないのよ」

 

夏凜が燎原の火を突っ切ろうとしたけど、魚座と遮られて近づけない。

樹は神樹様に向かおうとしている双子座を倒そうと苦戦している。

 

カウントは残り10。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カウントは残り10。

 

お姉ちゃんは御霊がたくさん投げてくる焔が爆発して近づけない。

 

私も封印したまま、双子座を追いきれない。

 

間に合わない? この世界がなくなっちゃう? そんなのって、そんなこと。

 

「ダメ、そっちに…行くなあぁぁあー」

 

腕だけじゃくて、背中からも何か手が増えたような感覚。

 

大丈夫。自由に動かせる。これなら、届く。

 

100、1000、1000、まだ、まだ届かない。もっと、もっと、早く、遠くまで。

 

捉えた!

 

何とか、双子座の左足に一本だけワイヤーが引っかかる。

無理に引き戻すんじゃなくて、その動きを感じる。

 

「そこ」

 

双子座が踏み出そうとした右足をワイヤーの先から、さらに増えた別のワイヤーが捉える。

 

「おしおき」

 

半分のワイヤーが双子座を宙に張り付けにしたまま、御霊ごとバラバラに寸断していく。

 

残りのワイヤーは地面に潜ろうとした魚座を釣り上げる。

 

「ナイスよ。樹、くらえー」

 

ワイヤーの間を矢のように夏凜さんが潜り抜けて、飛び出した魚座の御霊を砕く。

 

けど…

 

「あ…」

 

カウント…零。

 

獅子座がもう一度動き出す。

 

もう一度封印を。

 

「そんな…封印の儀ができない」

 

何度もスマホをタップするけど、封印は起きてくれない。

 

「このぉおおお」

「お姉ちゃん!」

 

お姉ちゃんに集まっていた焔が増えていく。

 

魚座を倒し切った夏凜さんが封印を儀を行うけど、やっぱり何も起こらない。

 

封印の力がなくなったんだ。

 

 

「ここまで来て…ちくしょう」

「おねえちゃん…」

「樹、大丈夫、大丈夫だから…」

 

友奈さんも東郷先輩も戻ってこない。

 

その間も獅子座はゆっくりと神樹様に向かっていく。

 

「まだよ。樹、アイツをしっかり縛っておいて」

 

急にお姉ちゃんが何かを思いついたように、ううん、思い出したように飛び出していく。

 

だったら、私は、私がやる事はお姉ちゃんがやろうとしていることを手伝う。

 

「夏凜さん」

「ああ、もうわかったわよ。やるわよ樹」

「はい、それから、友奈さんと東郷先輩を追いかけましょう!」

 

私がワイヤーで拘束し、夏凜さんが近寄る焔を切っていく。

 

お姉ちゃんは満開しているのに、地面に降り立って静かに構えている。

 

「ちょっと、風、まだなの? アンタのやりたいことは!」

「……」

 

いつもと違って静かなお姉ちゃん。

 

こんなの初めて。

 

獅子座はあいかわらず私達に背を向けて神樹様の方に向かっていく。

 

他のバーテックスはまだ侵入してきていない。だから、だから…

 

(お姉ちゃん、お願い)

 

――任せ給へ――

 

 

(え、今のは)

 

「はああああ」

 

まるで、さっきまでの静かさがウソのように大きな声。

 

太陽のない世界で日が翳る。天の(はて)まで届き、空覆う大剣。

 

お姉ちゃんが掲げる翳りは獅子座を真っ二つに分けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏凜!」

 

声を聞いたのが先だったのか、私が飛び出したのが先だったのか、とにかく風が切り開いた先にあった。

 

再生が始まる。

 

けど……

 

「ここで、止まれるかぁぁーー!!」

 

私自身を矢のように風の切り開いた獅子座の中に飛び込む。

 

焔の赤と私の紅が混ざりあい、どこからが私でどこからが焔か分からなくなる。

 

(ここでやらないと、今じゃないと、みんな、やっと見つけた。私の――)

 

 

それでも、届いた刀では御霊を傷つけることはできても、破壊までには至らない。

 

焔だけじゃなく再生した獅子座に挟まれて、身動きがとれない。ダメ、このままじゃ終われない。

 

(通れ、届け、貫け)

 

そして、その時が訪れる。

 

何も見えない。獅子座の中に取り込まれたんだ。

 

ああ、風と樹の声も聞こえない。

 

暗い、静かだ。完全に取り込まれて指一本動かない。

 

何も見えない。何も聞こえない。何も動かない。ただ、それでも私はここにいる。

 

熱い。ただ熱だけが渦巻き、私の意識が薄れていく。

けれども私の心はここに、みんなと同じところにある。

 

わ、たしは、ここに……みんな、と……

 

私と熱が1つになる。1つになってしまう。

 

辛うじて精霊バリアのおかげで完全に取り込まれていないけど、すべて固められて、身動ぎ一つできない。御霊は近くにある。それは気配でわかる。あと少し、あと少し届けば。

 

叫んだつもりだったけど、本当に声に出せていたのか分からない。けれどやるべきことは分かっている。

 

熱い何かが私の思いとなって内側から迸る。

 

きっと、これを解放すれば届く。

 

何の根拠もないのに、そう断言できてしまう。

そして、そうなれば私は元に戻れない。

それも、確信できてしまう。

 

(だから…、だから、だから!)

 

「ここで、止める」

 

全身から何かが飛び出す。真っ暗で見えないけれど、ふらつく頭が大量の血を失ったことを分からせる。

 

それでも、それが私の最後の武器。私自身から飛び出し続ける朱い刃。

何かは分からない。けれど、これは、この剣だけは決して折れない。

 

「伸びろーーーー!!」

 

さっきまでの圧迫が霧が晴れるように切り払われる。

 

傷ついた御霊は…いた。

 

「覚悟しなさい。もう、アンタを守る外側はないわよ」

 

私の声に反応したわけじゃないと思うけど、御霊が振るえてまた焔が増える。

 

「またか、再生する前に…」

「いえ、させません」

 

私の後ろから幾条もの光が伸びる。ひとつひとつが生き物のように自由に動きながら、次々に焔を撃ち落としていく。

 

「樹、ナイス。あとはあの御霊を…って。あれ?」

 

力が入らない。立っているのもやっとだ。

 

「夏凜さん無理しないで。今、すごい状態ですよ」

 

どんな状態だ。いったい私どうしたって言うの? それでも関係ない。

 

 

私はただ……

 

切るの? 斬れるの?

 

ああ、でも今分かる。私は、私がもつ最後の刃が絶つのは、目に映る光じゃない。

深紅ではなく紅蓮と化した脈打ち続けるその刃を横に振るう。

力なんか入ってないし、だいたい全然届いていない。

 

何かがズレた感触。御霊は1度だけ振るえるとそのまま墜落する。

御霊はどこも傷ついていないのに、ハッキリ分かる。

あれはもう斬られた後だと。

 

――星が地に堕ちる。

 

そんなことを考えながら、私の意識は遠のき、暗闇の中で繰り返し飛び散る火花を最後に見た。

 

 

 




長くなり過ぎた。うまくまとめる人ってすごいですよね。


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Single-minded

天の神。

 

西暦の時代にすべての戦いを始めて、そして最後にはミノさんを。

 

「わっしー、結城さん。私は彼女と戦うよ。勝手な都合で生かされたくないからね。でも、2人は2人の考えがあると思う。だから」

「わ、私も一緒に、戦うわ。えっと、乃木さん」

「そうだよ、あの人が始めたなら、止めることだってできるかも!」

 

わっしー……。分かっていた。本当は分かっていたけれど、それでも直接会えたら、と思わなかった日は無い。

 

「ありがとう。東郷さん、結城さん」

 

本当はダメだって分かってる。でも、やっぱり嬉しい。

 

あの子はもういないけど、まだ、わっしーとはこうして再会できたんだ。例え一刻のことだとしても。

 

「東郷さん、援護お願い」

 

結城さんが飛び出すと、それを迎えるようにさっきの眼鏡の子が私達の前に立ちふさがる。

あれだけバラバラにしたのに何とも思っていないってことは、きっと痛みとか恐怖とかも特別な対策があるんだろう。

 

「させないよ、友奈って、え? 神様?」

 

けれど、彼女はそこから動けない。何より天の神が自分から結城さんの攻撃を受けにいっている。

それは、収まるべきところに収まるように神の右頬を捉えている。

 

「"久しぶり"に受けてみたけど、やっぱり友奈の拳は効くね。うん、やっぱりこれだ」

 

わざと攻撃を受けた。まるで嬉しそうにしている。神樹様と違ってすごく人間らしい仕草だ。まるでずっとそうしたかったかのような。

 

「ええっと、当たった?」

 

攻撃した結城さんも不思議そうに自分の手を見つめている。何だろう? おかしなところでもあったんだろうか?

 

(人間の敵が人間を理解して、人類の味方をして下さる神樹様が私達を理解できない)

 

何だかすごく淋しい。

 

「ちょっと、ちょっと、神様何してるの?」

「何って、友奈の手を久しぶりに感じてみたかったんだけど?」

 

そう答えながら首をかしげる天の神の正面に無数の銃弾が弾ける。

 

「友奈ちゃんから離れなさい」

 

わっしーの銃撃は天の神に当たっているのに、さっき結城さんの拳を受けた時と違って、何も起こらない。そう、衝突した音さえも。

これは、もしかして……

 

「みんな、いくよ」

 

光と刃と精霊たちを引き連れて天の神に迫る。そう、確かに天の神に届いた。

 

けれど、いつまで経っても何にも触れられない。

 

(やっぱり、これは)

 

長く留まることは良くないかもしれない。

 

考えるのと同時に私はさっきまでと同じ場所に戻っていた。

 

「え? どうして?」

 

前にいたはずの私が隣に現れてわっしーが驚いている。

その間にも天の神は結城さんに撃たれるがままに任せている。

何度かさっきの子とバーテックスが割って入ろうとしているけれど、そのたびに天の神自身が撃たれに行くから、上手くいっていないみたいだ。

 

「そうそう、これだよ。これ。って、これじゃあ、私が友奈にぶたれたいだけの変態さんみたいじゃない」

「えええー」

 

慌てて結城さんが飛びのいて私達の近くまで戻ってくる。

 

「何を考えてるの神様? 事実自分から攻撃を受けに行っているようにしか見えないじゃない」

 

まさかホントにそんな特殊なの?

 

「いやあ、さすがにそうじゃないけどさ。久しぶり過ぎて感動して、つい。あと、そろそろ皆も私のこと、ちゃんと名前で呼んでくれないかな?」

 

みんなと言っているけれど、その視線は結城さんがいたあたりを見ている。

 

何だろう? すごく変な感じだ。敵が名前を呼んで欲しがるなんて。それにさっきから久しぶりと言っているのも気のなる。

 

「ねえ、結城さん、天の神に見覚えはある?」

「え? ううん、たぶん会ったことは無いと思うけど…」

 

質問しながら見ないように天の神の様子を窺う。

 

こちらの話を聞いても特に何も感じていないように見える。そう、何も感じていないように見えるようにしている、そんな小さな変化だ。

 

(やっぱり、でも、天の神だけじゃない。私も結城さんには何か既視感を感じている。一体何があるの?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何なんだ? 一体。

 

神様が友奈にご執心なのは知っていたけど、ここまであからさまだったなんて。

天の神が浮足立っている。性格もいつもと違う?

 

「そうは言うけどね。これまでは鏡とかタタリとか経由だったんだし、私にとっては、ほんっとぉおおに、ようやくなんだよ!?」

 

真顔で抑揚をつけ、拳を握りしめ、唾を飛ばしながら、訳の分からないことを力説している。

 

いや、もうこれ神様を崇める人たちの前で天啓を与えた時より力が入ってる。

 

その間にも銃だの刃だのが飛んできているけれど、鏡の御神体を使わないとこちらから神様には干渉できない。

それは神様から力をもらっている私達でさえも。

 

(きっと神様には神様の力以外にも秘密がある。それさえ分かれば、きっと私は……)

 

「でも、このままだと友奈は近づいてくれないね。隠し事で威張ってるのもあの子たちに合わせる顔がない」

 

神様が私に背を向けて友奈と東郷。そしてかつての勇者であり、今や半神とも言える存在になった乃木さんに向き合う。

 

「もう気づいていると思うけれど、キミ達の攻撃は直接ボク達に届いていない。効果がないとか防御とかじゃなくて、届いていない。何故なら特別な経路が無ければ、7次元時空以上を飛び越えないとボクには届かない。ずれているんだよ。キミたちと私はだいぶ前にね。まだ300年前なら届いたのかもね」

 

何故だろう? それは神と人との断絶で、私が、私と十華が欲しかった"誰もが羨むような特別な力"だったはずなのに、神様はどこか残念そう。

 

ひと時の空白とともに東郷が銃を構えたままだ。やっぱり美人は何やっても絵になるな。

 

「それを信じろと?」

 

それはそうだ。だけど。

 

「信じろとは言わない。理解しろとも言わない。ただ自分たちの目で見ればいい。ただ、何があっても自分たちが見て。最初から何も知らずに決めつけることだけはしないでくれれば、それで良いよ。でも、その前に」

 

そう言って神様は何か外すような仕草をする。

 

けれど、その変化は劇的だった。

 

「わわ、何これ。体が重たい?」

「くっ、これは、まるで海の底」

「さっきと同じ。でも、まだ強くなってる。この力はたぶん…」

 

園子が何かを予想しているみたいだけど、たぶん間違ってるんじゃないかな。神様は何もしていない。ただ自分にかけていた慣性質量中和を解除しただけ。

 

ただし、神様が発生させている質量は星どころかこの宇宙全部を合わせたよりも大きい。そんな大質量が動けば、それだけで世界ごとぺちゃんこに押しつぶされるに決まっている。

それなのに3人ともまだ生きている。

 

(わたしたち)の力を使っていない? 純粋な物理学的な力なの? それでも時間の問題に過ぎないけどなんで? さっさと精霊バリアを貫通してしまえばいいのに)

 

友奈も東郷も膝をついて地面から起き上がれない。園子はもう宙に浮けない。

 

ま、こんなものだよね。人間だろうと勇者だろうと、例え神樹様だって、もっと大きな力が相手だとどうしようもないことがある。

 

「まだ、まだだよ。あなたが本当に神様でも、私達の世界を壊させたりなんてしない」

 

友奈。いえ、友奈だけじゃない。3人とも少しも諦める様子がない。やっぱり勇者となれる人間は違うってことだろうか?

 

「違う。そんなんじゃない。ボクは天の神だけど…ボクは、私の名前は」

 

何かに迷うように、それでも何かを求めるように、天の神はあらぬ方向をただ一途に見つめ続ける。そこに何もなくても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、まるで夜明けが訪れたかのようにその時が来る。

今の私は存在そのものが重くなりすぎて、いるだけで星どころか原子間の結合さえも引きちぎられてしまう。

今までは慣性質量の中和で抑えていたけど、それを解除すれば当然こうなってしまう。

 

けれど、それと引き換えに空間や時間の歪みは無くなったから、もう、直に攻撃が届く。

そして……

 

「ふ、うふふふ。見える。見えるよ。ボクにも友奈が見えるぞ。ああ、確かに、これは私が見せたかったのも分かる」

 

ひとめあなたにあいたかった。

 

例え、敵だと言われたって良かった。もうお前なんか友達じゃないって言われても構わなかった。

 

ただ、ただ、ただ、会いたかった。

 

「神様…涙が…」

 

ああ、そうだよ。

 

友奈が立ち上がる。とうとう、立ち上がる。友奈因子も天神地祇も関係ない。

 

友奈が立てるのはこれが特別なんかじゃない。私がいつか人がたどり着けた技術の果てだからだ。

友奈は、いいえ、"結城さん"だけは、私を人間として認識できる。

 

"結城さん"が私を見ている。

ボクが友奈を見つめている。

 

これは勇者(友奈)魔王(わたし)の絵本。どちらかがかけてもお互いにかけがえない。カビの生えた生贄の少女のおとぎ話になんて割り込ませない。

絵本を燃やすのはいつでも大人達の責任なのだから。

 

何故なら…

 

「私は結城友奈。誕生日は神世紀287年3月21日。牡羊座。好きなものはうどん。趣味は押し花。あなたは誰?」

「ボクは松永沙耶。誕生日は神世紀287年3月21日。牡羊座。好きなものはうどん。特技は絵本作り。将来の夢は宇宙飛行士」

 

これは、初めから綴られていた物語なのだから。

 

「友奈ちゃん、しっかりして。くぅ、こんな時に…」

「今度こそ、終わらせる。この先なんか無くたって」

 

誰かの声が聞こえる。それでも良い。

 

「神様、いったい。それに誕生日って…、将来の夢って…」

 

ああ、そうか那由多がいたんだ。まあ、いっか。

 

「そのままの意味だよ。私は絵本を作るのが得意で、将来は宇宙飛行士になりたかったんだ。もっとも、宇宙船いっぱい作っちゃったから、新しい夢を探さなくちゃいけないんだけどね」

「そうじゃ、そうじゃなくて、それじゃあ、貴女は神様は」

 

金魚のように口をパクパクさせながら、那由多の目が泳いでいる。

どうしたんだろうか? 呼吸なんて彼女にとっても意識的に行ってる真似だけで、意味なんてなくなっているのに。

 

「ううん、間違いなく私だよ。この宇宙を作り出す条件を設定し、要らない世界を枝打ちして、時間を起こして再現する。すべて私だよ。だから、ずっとずっと昔に夢見た。回帰定理通り。何度でも私が再生し続けて、本当にビデオ再生のように、光あれ、って繰り返しね」

 

うまく伝わっただろうか?

 

「だから、貴女はもう自由。私の願いは叶う。待ち続けていた絵本のおしまいはようやく。ねぇ、そうでしょう。"結城さん"」

 

赤い髪。薄い花びらのようなピンクの髪飾り。記憶の中の友奈より少し背が伸びて見えるのは、懐かしさだけじゃない。

 

それでも、今度こそ、本当に、現実として、目の前に友奈がいる。

 

グレイグーから受け取ったデータも完全に同じ。

 

少しだけ目を閉じる。ボクはあの日から続いてきた。この世が無くなろうと、あの世が無くなろうと、すべてが闇だろうと。

 

今回上手くいったのは歌野に直接接触したことが大きい。

 

今までは友奈だけを見て失敗していた。友奈を見たければ友奈を続けてきたすべてを理解して観測しなければならなかったんだ。

魂、遺伝子、細胞、原子としての性質。取り込まれていった生命。その一つ一つが辿ってきた歴史。

 

そう、すべてはつながっていた。ただ、友奈は他の人と違って友奈因子という要素が分かりにくくて再現に時間がかかっただけだ。

 

「貴方は、誰? どうして、あの子と同じことを言うの?」

 

友奈の瞳にボクが映っている。本当に私はあの姿になっているんだ。なってしまったんだ。

 

いっぱい話したいことはあるけれど、今はこれで十分。

 

「今は何も言えない。けれど、今のままでは動けないでしょう」

 

潰れていないのは神樹の加護と身体強化のおかげだ。けれど乃木さんはそろそろベッドに戻らないと、後が辛いだろう。

 

「何を勝手な、そもそもお前たちが攻めてきたんでしょう」

 

東郷さんが銃をハンドガンに変えて持ち上げようと試している。

 

でも、私がやったのは慣性質量を元に戻して、天の神としての権能を停止しただけだ。重力のベクトル化までは解いていない。

だから3人とも立つこともできない。

 

(満開すれば跳べるかもしれないけれど、任意で使えるものでもないしね。今はこれで十分)

 

東郷さんが再び銃を向ける。ただし上に向けて。

 

「軽く…なった?」

 

発砲しなかったのは素直にすごいと思う。いきなり慣性質量をもう一度中和したから、さっきまでと重力値が変わったのに良い反射神経。

 

「那由多が言っていた通り、ボクが戦いを続ける意味はもうない。目的も達成できたからね。それでも、というならもちろん相手にとって不足はないよ。私はただ友奈と戦っていられるだけでも幸せだからね」

 

でも、もう友奈の姿は見えない。たった1つの代価。

その唯一の代償のために唯一神が無限の時を彷徨い続けるなんて、

不可能が無いからと言って、思い通り生きられるわけではないんだろう。

 

1つできるようになれば、2つできるようになりたい願い、3つできないと悔しくて泣くんだろう。

 

今も昔もこれからも、永遠に。

 

「だったら、やっぱり私も戦うよ。私はあなたを知っている。覚えていないけど知っている。あなたと戦わなくちゃいけない」

「そう、そう、そうだよ。そのとおりだよ。"結城さん"。ボクこそが元凶にして、すべての因果の出発点。今こそキミの本当の呪いを絶とう!」

 

それはきっと私には選べない。ボクにしかできないこと。

 

無数の焔が夕立のように降り注ぐ。

 

「はあああ」

 

友奈の拳がいくつかを迎撃して、東郷さんの散弾がすり抜けた火の雨を砕く。

何故か乃木さんはじっと見つめたままだ。

 

バリアがあるから、という訳ではなさそうだけど、さっきまでの怒りがウソのように何も言わない。

 

 

再び結城さんのストレートが私を捉える。今度はちゃんと左頬に当たる。

違いは私もアッパーカットを繰り出して、結城さんが腕をクロスさせながら防いだことだ。

けれど結城さんは動きを止めたせいで、続けて来た"上からの"踵落としを避けられずに墜落していく。

 

空間を捻じれさせれば近接戦でも手と足が同時に出せたりする。

 

たぶん、マントル層を突き抜けてるから、後で補修しないと地球が爆散してしまう。

 

「散じて、今一度と、また集う。友奈の戦闘スタイルは一点集中過ぎるっておじさんにも言われてたのに直ってないな。とりあえず友奈はしばらく出てこれないかもしれないから、こっちも砲撃戦かな」

 

もう一度焔を作り出して、今度は友奈と東郷さんではなく、乃木さんの方に向けてみる。

 

着弾した衝撃で溶岩になった岩が石礫になって飛び散る。

 

避けるのは避けているけれど、あまり動いていない。やっぱり積極的に動くつもりはないみたいだ。

 

どうしたんだろうか?

 

首を傾げながら東郷さんが返してきたビーム上の攻撃を受け止める。

 

あれ? 足元が揺れてる?

 

「勇者ーキィーック」

 

まさかの下からの攻撃。溶岩とともに噴き上がった友奈の足を腕をクロスして受け止める。

けれど、掴もうと伸ばした先に友奈の足は既に見えない。

続けて横合いからの衝撃を受けてしまって、距離が離れる。

 

「おっと、まさか溶岩の中を泳いでくるとは思わなかった。私はかなづちになっちゃったからそこは見落とだねぇ」

 

友奈は変わっていく。変わり続けていく。それでも、その本質は変わらないように捻じ曲げられたままだ。

すべては人類の存続という大きすぎる目的を前にして、その原因たる私を理解しないまま進み続けてきたために。

 

まるで結城さんの動きを読んでいるかのように飛んできた東郷さんの銃撃を無視して再び衝突する。

結城さんの拳を捌きながら、薙ぐように両の腕で十字を切り同時に届くように時間を歪めたチョップを繰り出す。

 

もう一度腕を引きお互いの拳がぶつかる。

 

視界の片隅に銀色に輝くその攻撃が映る。けれど、光るなら友奈の攻撃じゃないから無視してしまえ。

今、私はようやく友奈を感じることができるのだ。

他の何かなんて――

 

そう、他の何かなんて関係ないはずなのに、ボクはその槍の穂先は私のソレに届いた。

 

「は?」

 

穂先は私の深くに突き刺さる。前に刺された傷。人間の時に刺されたから今も続く痛みの源泉。

 

「どうして知っていたの?」

 

穂先を掴んで無造作に傷跡から抜き取ると、乃木さんを東郷さんの射線に入るように投げ捨てる。

 

「知っていたんじゃないよ。わっしーと結城さんが戦っている時、貴方は絶対にその部分だけは見えないようにしていた。他の攻撃は気にも留めてなかったのに」

 

空中で体勢を取り直した乃木さんがいくつかの刃を打ち込むけれど、どれも防ぐ必要はない。

 

ただ、そっちに意識を向けた隙にに襟首をつかまれて引き倒されてしまった。

 

「おっと、絞め技はあんまり有効にならないよ」

 

そう言いながら、私も友奈の襟首を掴もうと2人でダンスのように立ち位置をクルクルと変えながら、お互いを掴もうと動き回る。

寝技を含めて接近戦は友奈の方が対戦成績上だからな。

 

「動きが鈍いよ。試合では3対7くらいで友奈の方が勝っていたでしょ」

「どうして私は貴方を知っているの」

「だって、みんなに私のためだけに生まれて(ボクを殺して)と望まれて来たんだもの。友奈がボクのことを知っているのは運命なんだ」

 

お互いに吐息がかかるくらいの距……

 

「もぐ!?」

 

口の中に目掛けて大量の鉛玉が放り込まれる。

 

「友奈ちゃん、離れて。そいつは危険よ」

「うん、ありがとう。東郷さん」

 

散弾銃で100m狙撃を全弾命中させるとは、友奈のことになると東郷さんの能力が飛躍しているような気がする。

 

入れ替わるように乃木さんの刃が友奈の前にバリケードのように立ちふさがる。

 

「即席の連携と言うのは失礼だね? 東郷さんが中間に位置すれば勝手知ったる何とか状態になってるし」

 

結城さんと乃木さんの連携が拙いなら、東郷さんが2人の間にワンクッション置くように動けば、2人とも動きやすそうだ。

 

ただ、東郷さんはそんな戦いやすさに少し戸惑っているように見えるけれど。

 

「さて、ではもう一度……と、言いたいところだけど、樹海の方が終わっちゃったみたいだね。私ももう十分だ。これ以上はワガママみたいだし、これで一度お開きにしよう」

 

私の総身に赤い紋が浮かび上がり、久しぶりに素粒子変換を起動する。

 

「すべては貴方達が夢見た唯一無二の世界を始めるために、私は他のすべてを諦める」

 

 

「きゃああ」

「え? 東郷さん!」

「わっしー!」

 

まずは東郷さんを掴んで結界の中に放り込む。

光よりも早く、時を置き去りにして、ブラックホールさえ振り切る。

最速の理。インフラトロン。

 

勇者たちがどれだけ頑張って戦っても悲劇を回避することはできない。

だって、私達

だから、彼女たちは忘れているけれど、待ち望んだ世界も重ねて統合してしまえばいい。

 

けれど、放られたはずの東郷さんは縫い留められたまま。

強制時間停止。クローノンの相互作用を止めて時間を孤独にする。

 

「ごめんね。乃木さん。貴方も思うところはあるあろうけれど、やっぱり私は友奈に会いたかったんだ。それもあと少し。私が消えるまでに時間があればいくらでも聞くよ」

 

そのまま、乃木さんも地上に向ける。

 

それから、もう一人。

 

「那由多。貴方もここは私達に譲ってね。バーテックス達もみんなお帰り」

 

潮が引くようにバーテックス達が天に還り、那由多もまた天の席に戻しておく。

あとで不満そうにするんだろうけれど、そう思ったから2年間友奈とずっと同じクラスにしてあげたのだから、今日くらいは譲ってほしい。

 

時間が溶ける。同時に炎の結界を少しだけ解いてしまう。

 

「え? え? 東郷さんは? それにここは?」

「大丈夫だよ。東郷さんも乃木さんも大橋に戻ってもらっただけだから、今は私達2人だけ」

 

友奈がぐるりと見回す。けれど、炎もバーテックスもない。いくつかの廃墟と溜まった雨水が流れているだけ。

 

「ようこそ、西暦の世界へ。やっぱり場所はココがふさわしい」

 

ボロボロになって焼け落ちた社。

 

かつて高嶋友奈が天の逆手を見出した場所だ。

 

「もし、ボクの結界を解除できれば、この通りキミたち人類は壁の外に出られる。だけど、そのためにはボクを倒さなくてはならない。そして、ボクを倒すということは、きっと今のままの世界ではいられない。それでも…」

「それでも、私は貴方と戦う。壁の外のことは分からないけれど、みんなが生きるためには絶対に世界は壊させない」

 

もう一度友奈が拳を握る。友奈の体力も精神力もそろそろ限界が近い。

 

気づいていないかもしれないけれど、既に勇者の姿は解除されている。

 

それでも、友奈はやっぱり立ち向かって来た。

 

「分かった。では、やっぱりこうしないとね」

 

友奈の全身に光が満ちる。

 

「これ、貴方の……」

「そう、私の力。絶対に世界を守りたいというなら、(てき)の力でも何でも使って見せて」

 

歌野の時は力の差を埋める方法が理解できていなかった。今度は間違えない。

 

「そっか、貴方は一緒になりたかったんだ」

 

友奈が何を思ったか分からない。

 

みんなのことも友奈のことも分からないまま、ここまで来た。

永遠に分かり合えない。無限に続く平行線。果てしない試行錯誤。

 

この宇宙の環境ではあらゆる有機生命体の活動には限界がある。それは死と断絶の連鎖。

不完全なエラーを吐き出したら、最後には何も残せない。それでもきっと貴方達にとっては違う景色が見えている。

完全となったはずのボクを今日まで導いてきた誰か(わたし)

 

「ずっと誰か(わたし)から何かを奪わずには生きていけない世界であったとしても、いつか終わるとしても、ここには大事なものがあるのでしょう?」

「そうだよ、私には大切な人たちがいる。だからこの手にすべての思いを込める」

 

2人の姿が輝く。そう見えているだけで実際に始まっているのは相転移現象だ。このまま進めばお互いに真空崩壊にまで到達する。

宇宙すべてを焼き尽くす焔。それでもなお足りない。あと一歩。

 

友奈だって友達とケンカする、というエピソードを夏凜に渡すためだけの存在(わたし)

 

神樹様が私に与えた役割に準じていれば、本当にみんなと友達となれたかもしれない。

東郷さんを紹介してもらって、ちょっとすねたり、そんな世界もあったかもしれない。

結城さんのことを本当に友奈と呼んで、そんな変化に気づいてもらえたかもしれない。

 

けれど…

 

すべての可能性は絶たれて、希望と夢は散って、今はただお互いに拳を向けている。

 

思い出は発生していない。2度と出会いは起きない。何故ならそれは結城友奈が勇者であるために、それほど必要ではなくなったから。

だからこそ貴方は私を知らない世界で生きていくの。初めから無かったこととして。

 

渾沌があふれることはもうない。

 

他の誰でもない私がそう決めるの。その世界を望まない。

 

――誰かが間違ってると言った気がした。――

 

「これで本当に対等。いくよ!」

「ゆぅうしゃぁあ、パーンチ!」

 

光が消え、闇が去り、お互いの姿だけが見える。

 

零点エネルギーを降った先。

 

ただ、世界は白に消えていく。

 

でも、今、目の前にいるのは…

 

――どう見ても、友奈にしか見えなかった。――

 

 

 

 



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Distrust Not Devotion

あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。

 

―マタイによる福音書 第26章 第34節より―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、風先輩、夏凜ちゃん。」

「来たわね。」

「あー、お疲れー。」

 

検査が終わって病院の待合室で風と今後について話していると、友奈も戻ってきた。

東郷と樹ももうすぐ来るだろう。

 

「みなさん、お待たせしました。」

 

噂をしていると待つ時間が早く感じるのは本当らしい。すぐに東郷と樹も戻ってきた。

 

「全員そろったわね。それじゃ、あれ? 樹、どうしたの?」

 

風は話を始める前に樹に何かを感じているらしい。

 

「それが、樹ちゃん、声が出ないみたいなんです。おそらく激戦で無理をしたせいではないかと、病院の先生は仰っていました。」

「うーん、声か。」

 

む、風も左目の視力がほとんど無くなったみたいだったし、"やっぱり散華の影響か"。

 

あれ? 今、私、何か大切なことを忘れてたような。

 

「お医者様が身体的に問題ないって判断しているなら、そのうちに治るでしょ。じゃ、みんな集まったことだし、今後のことを少し話をしましょうか。」

 

風が話題を切り替えることを宣言する。

実際ここからは割と深刻な話をしなくちゃいけない。

 

私達は待合室から1人だけ入院することになった東郷の病室に移動する。

 

「それじゃ、アタシたち壁の中でバーテックスと戦っていた組から説明しておくわね。結果としてはアタシと樹は満開を使って、何とかバーテックスを撃退した。ううん、バーテックスはあれ以上侵入してこなかった。あと、アタシは直接見てないんだけど、夏凜がかなり重傷を負ったはずなのに目を離した間に治っていた。樹、これで合ってる?」

 

樹が頷きながらスケッチブックに捕捉している。

 

(夏凜さんはあの時全身から燃えてる剣みたいなのが飛び出してきてたよ。)

 

刀ではなく、焔の剣か……。

 

あの時はとにかく友奈達に追い付くことしか考えていなかったから、自分がどうなっていたか振り返る余裕がなかった。

ただ、途中で貧血とか立ち眩みみたいな状態になってたから、どこかで血を失ったんだとは思っていた。

 

「ただ、壁の外に残っていたバーテックスは途中で途中から引き返して、どこかに行ってしまった。そして、入れ替わりに東郷ともう一人の勇者乃木園子が戻ってきた。」

 

乃木園子。大赦で聞いた話だと私達の先代の勇者で以前の戦いの傷が原因で一線を退いたと聞いていたけど、確かにあの姿は説得力があった。

 

「私達は乃木園子さんとともに壁の外まで那由多さんを追って、そこですべての原因である天の神が現れた。でも姿はどう見ても私達と同じくらいの女の子にしか見えませんでした。実在の制服を着用していましたし。」

「天の神が人間にしか見えなかった、ね。しかも、その時身に着けていた制服まで実在していたんじゃ決定的よね。」

「はい、戻ってから記憶を頼りにPCで確認しました。もしこの通りなら、実際にその学校に通っている可能性が高い。少なくともその制服を身に着ける理由はあるかと。」

「それで、乃木園子と東郷は地上に飛ばされたと…。」

 

乃木園子、確か大赦の記録では伝説の初代勇者乃木若葉の子孫で、自身も勇者だったけど、戦いで重傷を負って一線を退いていたはず。でも、実際には戦場に現れた。

 

「彼女は危険です。明らかに友奈ちゃんを狙っています!」

「お、落ち着きなさい。東郷。まずは整理しないと、ね。それで友奈。」

 

東郷からだいたいの事情を聞いた風が今度は友奈に話を変える。

 

「それが、その後のことはあんまりちゃんと覚えていないんです。ごめんなさい。ただ、東郷さん達を帰した後も沙耶と話をして、それから、それで、その後……。」

 

友奈が必死に何かを思い出そうとしている。

けど、それよりも今……。

 

「友奈ちゃん、今、なんて?」

「え? 沙耶と話をした後のこと?」

 

思わず唖然として友奈を凝視する。

 

「沙耶って、誰よ?」

「あ」

 

横でちょっと抜けた東郷の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで……出ました。確かにこの人です。」

 

東郷さんがそう言いながら、パソコンの画面にあの時に見た天の神とそっくりの女の子を映し出す。

 

「まさか、本当に人間じゃないでしょうね。まったくどうなってるの?」

「し、知らないよぉ。」

 

風先輩と樹ちゃんが会話する横で私達は東郷さんが調べてくれた情報を読んでいく。

 

「ええ、確かに。嫌だわ。私ったらあの時確かに自己紹介まで貰っていたのに。」

「仕方ないよ。いきなり自己紹介されたからね。」

 

東郷さんの手をそっと握りながら答える。

 

「居場所は分かったけど、さすがに遠いわね。勇者に変身して……って、言いたいところだけど、前のスマホが回収されちゃったのよね。」

 

夏凜ちゃんが腕組みしながら唸っている。

 

そうなんだよね。その学校があるのは高知県。私達のお小遣いでいくのは不安。

かといって、お父さんやお母さんに相談しても、なんて言えばいいのか分からない。

 

「ん? ちょっと待ってね。みんなゴメン大赦から電話みたい。 はいはい、え? それは、はい、分かりました。失礼します。」

「どうしたのお姉ちゃん?」

 

電話を終えた風先輩の顔は何とも言えない。雰囲気だった。

 

「みんな、お、落ち着いて聞いて、えっと、だから、うん、とりあえず、天の神は捕まったわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、もう一度初めから尋ねます。バーテックスを治めて、炎の世界を元の地球に戻してください。」

「だから、私はそんなの知らないです。私はただの天文マニアの女子中学生であって、天の神なんてものじゃないんですってば!」

 

仮面を被った大赦の女性神官にそう答える。

 

いきなり学校帰りに拉致されて大赦の奥まで連れてこられた。

自分でも何を言ってるのか分からない。

 

それなのに、恐怖を感じない。むしろ安心感さえ感じる。

 

どうしてだろう?

 

大赦と言えばこの世界に唯一残った人類の生存圏である四国を支配する組織なのに、暇なんだろうか?

 

「貴方が天の神であることは神樹様の神託により確認済みです。」

「だから、本当に知らないんです。きっと何かのまちがいです。」

 

とっ捕まった一昨日からずっとこの繰り返しだ。

 

ただ、初日に四国の外の真実を知らされた時も、ああ、そうだったんだって、どこか納得していたのは本当だけど、自分が神様とか名乗るのは頭おかしい奴だけだ。

 

矛先を変えよう。

 

「あの、学校を無断で3日欠席してますけど、いいんでしょうか?」

「問題ありません。学校には大赦の意向として伝えてあります。」

 

よし、ラッキー、3日休んでも問題なしってことだよね。これならおじいちゃんにも連絡はあるんだろうし、お父さんとお母さんはそもそも心配なんてしないだろう。

誰の良心も痛める事がない良い環境だ。って、違う。

 

仕方ない。閉じ込められてはいるけど、ご飯は豪華だし、部屋は高級ホテル並みに奇麗だし、ちょっとの間だけ満喫してしまおう。

どうせ何かの間違いなんだし、数日すれば出られるでしょ。あ、このエビチリおいしい。

 

「箸の手を止めて、真面目に答えてください。」

「自分が神様だ、なんて話、真面目に聞けるわけないじゃないですか。」

 

昨日から神樹様の神託の一点張りで、全然話がかみ合わない。もし、私が本当に神様ならあの炎の世界とバーテックスと呼ばれていた白いお化け達を作ったことになる。

 

「それなら、私がこう、いでよジェミニ・バーテックスって、言ったて出てきたりしないでしょ。」

 

私もただ闇雲に否定していたわけじゃない。いろいろ試してみたけれど、何にもそれらしいことは起きなかったし、感じなかった。

 

「そうだよねー。いきなり言われても分かんないよね。でもね、私もやっぱり貴方は天の神だと思うなー。」

 

一緒に遠くで扉が開く音と一緒にどこか間延びした声が聞こえてきた。

 

「今度は誰? ひっ!?」

 

近づいてきた声の主を見て思わず声を上げてしまう。

失礼だけど、全身包帯のその姿は普通じゃなかった。

 

「あ、あの、ご、ごめんなさい。その、姿は…」

「ああ、これね。ビックリするよね。でもこれも天の神との戦いの結果なんだよ。」

「それが、戦いって……」

「バーテックスは時々結界を越えてくるんだよ。だから戦って、戦って、それでも戦って、こうなったのさー。」

「あの、結界を越えたバーテックスは絶対に倒さなくちゃいけなかったんですか? 話し合いとかできなかったんですか?」

「そうしたいよね。でも、人間から神様に直接意見すると怒られちゃうんだよ。こらーって。」

「…………」

 

絶句としか言いようがない。聞く耳を持たずに襲ってくる敵。戦って神樹様を守るしかない。

 

鉄砲とか剣とか普通の武器が効かないから、選ばれた勇者たちが戦う。

昨日、そう聞かされた時は、絵本のような戦いを考えていたけれど、これじゃ絵本は絵本でも地獄絵図だ。

 

「だから、だから、私、なんですか? 私が天の神だから?」

「そうだね。」

 

否定は無かった。

 

「で、でも、私は本当に天の神なんて知らない。知らないです。四国の外にだって出たことありません。それなのに……」

 

下を向いたからいくつかポタリと雫がつたう。

 

本当に知らないのに、どうして。

 

急に女神官さんが立ち上がって電話を取り出す。

 

「失礼します。何でしょうか? ええ、ええ、彼女たちには調査中と。」

「待って、わっしー達も呼んであげて、もう、隠しておいて何とかなる状況じゃないよ。」

 

けれど、乃木さんが電話を切ろうとした女神官さんを呼び止める。

 

「しかし…」

「お願い、安芸先生。」

「わかりました。園子様。」

 

先生なのに様? この2人は昔からの知り合いなんだろうか。

 

私もできるなら答えてあげたいとは思うけど、何も思い浮かんでこない。

 

その後は、誰も言葉を発しなかった。

 

どのくらい時間が経ったんだろう。

 

さっき園子様?が入ってきた時と同じように、扉が開く。

 

今度はたくさんいる。5人。

 

知らず私は駆けだしていた。

 

「誰か、天の神が……」

「待って、安芸先生。」

 

後ろの声は早鐘のような私の鼓動と同じように置き去りにしていく。

 

見える。見える。見える。特別なことなんて何もないのにちゃんと見える。

 

そこにいる。そこに"結城さん"がいる。

 

そのまま、最初からそうあるべきかのように私は彼女の前で片膝をつく。

 

「"あやまれなくてごめんなさい。結城さんのこと好きでした"」

 

これは何? 薄暗い神社の奥のような場所なのに、ようやく咲き始めたサクラが散っている。

まるで、今はこれでおしまいだと言うように。

 

「友奈ちゃんから離れなさい!」

 

響き渡る悲鳴のような声が私を現実に戻す。

 

「あ、わ、っと、ご、ごめんなさい。初対面の人に、私は。」

「初対面?」

「え? 違い、ました? す、すみません。あの、私は…」

 

改めて立ち上がって、"結城さん"を食い入るように見つめる。

初めて会うはずなのに、ずっと前から知っている感覚。

 

たしかデジャヴュって言うんだったっけ?

 

「えっと、松永沙耶……さん?」

 

「沙耶と呼んで、私も友奈と呼ばせてもらっつつつ!!!」

 

そこまで言ったところで、私の意識は鈍い頭痛ともにブラックアウトしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せぇーい、ふっ!」

 

もうすぐ日が落ちる。そろそろ今日は終わりかな。

 

緊張が途切れると、心地よい疲労感に任せて砂浜に体を委ねる。

あの後すぐ、壁の外の調査が行われた。大赦はもっと時間をかけて進めるつもりだったのに、天の神の意向を受けていたという怪しい連中がその手段を提供したためだ。

 

天の神、つまり敵を崇める教団。

そんなものを信頼して良いのかという問題はあったらしいけど、大赦はすぐにでも外の情報を把握したかったらしい。

 

結果、壁の外の炎はまだ残っているけど、バーテックスの姿は見当たらない。

つまり……

 

「戦い、終わっちゃった…」

 

私の戦いも終わった。なんか何もしなくても戦いは終わっていたんじゃないかって、思えてくる。

 

赤い砂浜に新しいスマホの着信音が響く。

 

――バーテックスとの戦いの後、体におかしなところない?――

 

風か……おかしなところはない。無いはずだ。"だって、この時の私は満開していない"。

 

――ないわよ。何かあった?――

 

――満開を起こした人は、体のどこかがおかしくなってる。――

 

「っ、痛」

 

――あ、やば、間違えた。これもっと前にやらないと行けないやつだ。今回は跳ばそう――

 

誰? 何を間違えたの?

 

……

………

 

あれ? 私は鍛錬の途中だったはず。

何も映っていないスマホをじっと見つめる。

 

 

「おーい、夏凜ちゃん。あはは、あははっ!」

「友奈?」

 

砂浜での鍛錬をそろそろ終えようかと言う頃。急に友奈がやってきた。

 

「って、おおっ!」

 

けれど、砂に足を取られて顔面からいった。

 

「って、ちょっと、何やってるのよ。」

「痛い…。夏凜ちゃん、そこは駆けつけて受け止めてよ。」

 

「むちゃ言うな。もう~、ほら」

 

無理なお願いを言う友奈に呆れながら手を貸して起こす。

良かった、怪我とかはしていないみたいだ。

 

「何しに来たの?」

「部活へのお誘い。最近夏凜ちゃんが部活をさぼりまくってるから。」

 

その視線から逃げるように顔をそらす。

今の私が勇者部に参加する資格なんてない。

 

「このままだと、さぼりの罰として、腕立て伏せ1000回と、スクワット3000回と、腹筋10000回させられることになるんだけど…」

「桁おかしくない?」

「でも、今日、部活に来たら全部チャラになりまーす。さあ、部活に来たくなったよね?」

 

もう一度ため息を一つ。

 

「ならない。」

「部活来ないの?」

 

不思議と不安と不測が入り混じった表情。

 

「も…もともと、私部員じゃないし。」

 

そんな友奈の顔を正面から見れない。

 

「そんなこと…。」

「それに、もう行く理由がないのよ。」

「理由って?」

「私は、勇者として戦うためにこの学校に来た。あの部にいたのは、戦うために他の勇者たちと連携を取った方がいいからよ。それ以上の理由なんてない。」

 

そう、私はバーテックスと戦うために来たのに、戦いは私に関係なく終わってしまった。

 

「だいたい、風も何考えてるのよ! 勇者部はバーテックスを殲滅するための部なんでしょ? バーテックスがいなくなったら、そんな部、もう意味ない!」

 

そう、天の神が捕らえられ、バーテックスもいなくなった。私が何もしなくても…

 

「違うよ! 」

 

今度は正面から友奈を見つめる。

 

「勇者部は、風先輩がいて、樹ちゃんがいて、東郷さんがいて、夏凜ちゃんもいて、みんなで楽しみながら、人に喜んでもらうことをしていく部だよ。バーテックスなんていなくても、勇者部は勇者部!」

「でも…。」

 

でも、それなら、私は…。

 

「戦うためとか関係ない。」

 

友奈、アンタはそうなのかもしれない。けど……。

 

「でも、私、戦うために来たから…。もう戦いが終わったから…。だからもう、私には価値がなくて、あの部に居場所も、ないって思って…。」

 

木刀を握りしめる。そう、私は、私一人でここに来たわけじゃない。ここに来れなかった、来たかった人たちはたくさんいた。

だけど、みんなも、そして、私もゆずれない願いがあったから。それなのに選ばれたはずの私だけが………。

 

「勇者部五箇条、ひと~つ!」

「えっ?」

 

友奈、なんでここで五箇条?

 

「悩んだら相談!」

「えっ…。」

 

「戦いが終わったら居場所がなくなるなんて、そんなことないんだよ。夏凜ちゃんがいないと部室は寂しいし、私は夏凜ちゃんと一緒にいるの楽しいし。それに私、夏凜ちゃんのこと好きだから。」

「んなっ!」

 

ななな、なにをいいだすよの。今、大好きとか、そういう話をしてるじゃなくて、もっと真面目な、いや、これも大事なことだけど!

 

「ったく!」

 

木刀から外した人差し指と中指だけで少しだけ後頭部を掻くふりをする。

 

「しょ…、しょうがないわね。そこまで言うんなら、行ってあげるわよ、勇者部。」

「やった~! じゃあ早速行こう! っと、その前に……。」

 

 

 

 

 

 

 

「結城友奈、ただいま戻りましたー。」

「おかえりー、って、お、夏凜も来たのね。」

「ゆ、友奈がどうしてもって言うから、し、仕方ないでしょ。」

 

ほらね。夏凜ちゃん。みんな夏凜ちゃんにいて欲しかったんだよ。あとは東郷さんが戻ってくれば、あれ?

 

「どうしたの? 友奈ちゃん?」

 

東郷さんが不思議そうに私を見ている。

私、今おかしなことを考えてた。"まだこの時は東郷さんは入院しているって"。

 

うーん、ま、いっか。それよりも……。

 

「ううん、何でもない。それと、じゃーん! 差し入れです。」

(これ、駅前の有名なお店のですね)

「樹ちゃん。正解」

「友奈、でも味覚が……」

「あれ? 気づいていたんですか?」

 

東郷さんもどこか気づかわし気な雰囲気だ。そっか、みんなに隠し事はできないなー。こんなんだから私、単純って言われちゃうんだよね。

 

「うん、東郷がね。ごめん、友奈も樹も、私が勇者部なんて作らなければ、こんなに大事にならなかったのに。」

「大丈夫です。こんなのすぐに治ります。風先輩気にしすぎです。それに、私は自分から望んで勇者になったんです」

 

そう、こんなのすぐに治りますよ。風先輩。

 

「と、いうわけで、結城友奈は今後風先輩からのごめんは受け付けませーん。」

(私も!)

「そうです。お医者様もすぐに治ると仰ってましたし。」

「友奈、樹、東郷。ありがと」

 

 

 

夢みたいな戦いが終わったら、私達は日常に戻る。

勇者にならなくても、勇者部は続いてく。

時間はいくらでもあるんだ! だって……。

 

だって?

 

んー? なんだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神様、これが貴方の望んだ結末?」

「ええ。」

「こんなものが終わり?」

「ええ。」

「散華も何とでもするつもり?」

「ええ。」

 

すべて肯定された。

 

右目だけを閉じて静かに天の御座(みくら)に着くその姿は、以前と同じ、いえ、それ以上の神気を振りまく。

 

「なんで、何のためにこんなことを?」

「何度でも友奈に逢うため。でも、私はもう世界には戻れない。だから、代わりの私が生きていくの。そして、友奈と私の出会いそのものをなかったことにすればいい。大丈夫。その思い出は友奈に大きな影響を与えることは無い。だから、思い出なんてなくても、きっと彼女(わたし/ボク)は、幾星霜だって友奈達と仲良くなれる。」

 

唯一開く左目は爛々と神々しいまでの理性の光に満ちている。

 

神様の願いか。自分が一緒にいられないから自分の代わりを用意しようなんて、いえ、それ以前に。

 

「そんなことをして…人の記憶を操作することに罪悪感を持たないの? いえ、それ以前に自分の思い出は大切じゃないの?」

「? どうして? そんなこと何も特別なことなんてないじゃない。誰だって記憶を間違っていたり、忘れたりするじゃない。私は天の神。今やこの世界そのものと言ってもいい。だったら、自然に忘れるのも、私が忘れさせるのも違いなんてないよ。だいたい過去よりも未来のほうが大切に決まっているじゃない!」

 

そんなのって、そんなことって。

 

「たった、それだけの理由で世界を滅ぼして、300年も炎の世界を作って。今度は世界中みんなの記憶まで書き換えようというの?」

「ええ」

 

これも肯定。

 

「だったら、それが本当なら…。」

「私を倒したい? 何度も言うけれど相手にはなるよ。その代わり今の世界は壊れてしまうかもね。真空崩壊をぶつけても私の力は減じることが無かった。それ以上となると世界が保てないんじゃない。」

 

そうして、神様は一度首を傾げる。

 

「だいたい、何が困るの? 私ならみんなの散華だって治せるし、そもそもこれは終わりじゃない。次はもっと完全な世界になる。私はいつも忘れてそれでも同じ結果にたどり着く。その度に可能性(ふじゅんぶつ)は取り払われて、より完全に近づく。私は絶対に諦めないのだから。」

 

ああ、そうか、なんで私だけが残ったのか分かった。

 

これは、葬らなくちゃいけないものだ。きっとそれはこの世界の悲鳴だったんだ。

 

神様は……いえ、目の前のこれは、一部の隙もなく完成された絵を求める。すべての定めるものだ。

そこには自由な意思も、明日に期待する日々もない。永遠に続くただ同じ日常の繰り返し。

 

「今の平穏な日常を続けるのか、それとも、過酷の中を進んででも変容を求めるか、そんなの私達が決めることだ」

「いいえ」

 

これは否定。でも何を否定するのだろう。

 

「それは勇者たちが選択すればいい。貴方は貴方の願いを叶えるといいでしょう」

 

分かっていても私に力を与えたんだ。本当に私達を見下して、何もできないとタカをくくってる。

 

「いいよ。だったら、やってやる。見せかけの愛なんて、与えられた世界など壊してやる」

 

そうとも、私が望むものは原風景。

すべての人類に私が見た平らかなる真の平穏を。

 

勝手にしろって言うなら、勝手にする。

私は私の思う通りにやって見せる。

 

 

 

 

 



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Rural happiness

「夏休みになりました。」

 

車椅子のグリップを握る手がじんわりと熱が伝わる。

 

「私達が人類の敵、天の神とその部下のバーテックスをすべて倒したご褒美として、大赦はなんと!」

 

キュルキュルと車輪の音が小気味よく回る。

 

「合宿先を用意してくれたのです! やったー!」

 

いつもと少し違うけれど、いつも通りの日常の続き。

 

「そんなわけで私達は今、太陽がいっぱいの海にいます。」

 

砂浜に照り返す太陽が気持ちいい。今日は絶好の海水浴日和。

 

「友奈ちゃん、誰に言っているの?」

「誰って……もちろん……。」

 

――私、私、私に説明してくれてるんだよね。友奈――

 

(ん? あれ?)

 

今、誰かに……

 

振り返っても海水浴のお客さんがいる。誰かが振り向いている様子もない。手にはやっぱり車椅子の感触。

 

「友奈ちゃん?」

「ああ、ごめんごめん。食事も大赦が用意してくれるんだよね。良いのかな? こんなに至れり尽くせりで。」

「病院で寝ていた分くらいは遊んでいても良いんじゃないかしら?」

「そうだよねー! 」

 

うん、きっと大赦の人たちも、大きな仕事が終わったから、奮発してくれてるんだ。

 

「進行方向に人影なし。スピード上げるよー。」

「きゃ、友奈ちゃんたら、うふふ。」

 

後から、夏凜ちゃんもやってきて風先輩と何か話している。もしかして、移動中に話していた水泳の競争かな?

 

樹ちゃんもパラソルから出てきたけど、砂が熱すぎてすぐに海水に浸かっていた。

 

「夏凜ちゃん、泳ぐの?」

「優れた戦士は水の上でも格の違いを見せてあげるわ。」

「うん、頑張って。」

「が、頑張るのは当然よ。って、風、なにしてるの?」

 

風先輩は辺りを見回して、様子をうかがっている。

 

「いや、あんまり女子力を振りまいてナンパとかされないかと…。」

「何言ってんだか、だいたい…。」

「隙あり!」

「って、わぁあ、ひ、卑怯よ。待ちなさい!」

 

どうやら、先行は風先輩みたいだ。でも、2人とも早い。あっという間に砂粒のようにしか見えなくなった。

 

「よーし、こっちも行こう! すみませーん。」

 

介助をしてくれるお姉さんにお願いして、海水浴仕様の東郷さんと、少し体が解れた樹ちゃんと一緒に海に潜る。

 

深い深い海の底。

 

いろとりどりの海藻がゆらゆらと揺れている。

 

("みて、友奈ちゃん、これ押し花に仕えるんじゃないかな?")

 

とう、ごう、さん?

 

海の中で聞こえないはずの東郷さんの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あ、違うよ。もう少しだけボク達を多く持って行って。そうそう、そんな感じ)

 

棒の周りの砂たちをゆっくりと掬い取る。

 

「ぬあぁ~! そんなにいっぱい!?」

 

夏凜ちゃんの悲鳴に近い驚きが響く。

 

「ぬふふふっ。」

 

よし、会心の出来。

 

「友奈ちゃんの棒倒しは、子供たちとの砂遊びで鍛えられてるから。」

「そういうあんたは、どこでこのスキルを鍛えられたの?」

「まあ、いろいろと…。」

 

完成間近の東郷さん砂のお城を見ながら、風先輩が首を傾げている。

 

「砂がね、どれくらいまで取って大丈夫か、語りかけてくるんだよ。」

「うそこけ!ちょっと黙ってなさい、集中するから。」

 

ほんとなんだけどな。あ、夏凜ちゃん、そこは…。

 

砂の山が崩れてそそり立っていた棒が倒れる。

夏凜ちゃんの爪の一枚分だけ砂の山に踏み込みが強すぎたみたい。

 

「ああ~」

「よっしゃー!」

 

拳をぐっと握って小さなガッツポーズ。

 

「も、もう一回よ。友奈」

「かかってきんしゃい」

 

何回だってやるよ。夏凜ちゃんも楽しんでくれるしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しい時間はあっという間だー。私、お腹すいたよー。」

「友奈は夏凜でもかじって、我慢しなさい」

「はーい、はぐっ!」

「いや、ホントに齧るんかい。」

 

あらら、ホントに夏凜の左腕に口つけてる。

 

 

 

そんなことを話している間に、旅館まで戻ってきた。

 

戻ってきたのだが……

 

「うっわー、すっごい、御馳走」

 

友奈はいつもオーバーリアクションをくれるけど、今回はオーバーではなく、本当に豪華だ。

 

「大赦からお役目を果たしたご褒美ってことじゃない? 」

「つまり……全部食べちゃっていい、と? ゴクリ」

 

い、いかん。アタシの胃袋もそろそろ限界に近い。

 

(でも、友奈さんが…。)

 

樹がすらすらと書いたスケッチブック。”何故か”友奈は味覚がない。

 

あれ? なんで? "今回は友奈は満開してないんじゃなかったっけ?"

 

「おお! このお刺身のつるつるとした喉越し。イカのコリコリとした歯応えもたまりません!」

「もう、友奈ちゃん。いただきます、が先でしょう?」

「あははっ、そうでした。」

 

2人の表情にウソはなし。そうよね。お医者様も治るって言ってたんだし、今回だけよね。

 

「…友奈には敵わないわね。いろいろと。よーし、いつか、こういうのを自分で食べられるようにならないとね。自分で稼ぐなり、いい男を捕まえるなりで。」

(女子力!)

「そう、女子力よ。そうと決まれば……みんな、改めてよくやってくれた。食事も目一杯楽しみましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女5人そろって旅の夜にする話と言えば……。」

「言えば、何よ。辛かった修行の日々?」

「違わい! 恋の話よ」

(恋バナです!)

 

お、おお、ろくでもない話なのに、姉妹でシンクロしてるわね。

ま、私には関係ないけど。

 

「えーと、それじゃ、誰か恋をしている人は……」

 

友奈の振りに誰も答えない。ほら、見なさい。

 

「ま、まあ、みんな勇者とかで忙しかったし……。」

 

いや、それ今年からよ? その前はどうなのよ。

 

「そういう風は何かあるの?」

 

とりあえず、早く済ませよう。もう、だいぶ眠くなってきた。

 

「そうね、あれはアタシがチア部の助っ人をした時、そのチア姿を見てデートしないかとか言われたもんよ! もんよー、もんよ。」

「な、なるほど。あれ? アンタ達落ち着いているわね?」

 

(この話、10回目っス)

 

樹の言葉ですべての疑問は溶けてしまった。

 

「他に浮いた話がないのね。」

 

感心して損した気分。

 

「なによ、あるだけいいでしょ。ああ、この話は終わり。友奈、なにかきわどい話を。」

「ええ!、無茶振りを、ええっと……!」

「はい、きわどいのなら任せてください!」

「いや、東郷のは別の意味だから」

 

もう、こいつら、ホントに……騒がしくて……

 

 

 

 

 

 

あの日もこんな日だった。

 

空の快晴とは裏腹に地上は悲鳴と怒号が渦巻き、限られた生命への優先座席を奪いあうように人々が群がる。

 

「いやぁぁぁ! あの人が……」

「よせ、もう彼は無理だ。おい、船を早く出せ! これ以上は無理だ。」

 

私を抱く母の口から絹を引き裂くような悲鳴が迸る。

私の目にはうっすらと幕が下りたようにぼんやりとしている。まだ開幕に至っていない。

 

いや、違う。私にこんな記憶はない。だいたいなんで私、赤ん坊になってるのよ。

 

きっと、夢ね。

 

ただ、それにしてはリアルだし、あそこのバーテックスなんて最初に私が倒したヤツじゃない。

 

「うう、こんな事なら近道だからってお墓の傍なんて通らなければ……」

 

そのまま、母は気を失ってしまった。

 

「くそ、このままじゃ、追い付かれる。おい、いらない物は全部降ろせ!」

「さっきからやってます!」

 

ああ、もう、あのくらいのバーテックスなんて私が殲滅してやるのに、どうして動けないの?

 

耳障りな泣き叫ぶ声、自分の口から続く音。

 

――ごめんなさい。これはわたしの記憶。はるか300年前の、終わった出来事――

 

――おいおい、アタシもこんな話は苦手だぞ。これなら須美の怪談聞いてた方が良かった――

 

誰よ。まったく。どいつもこいつも、さっきから。

 

「ああ、もう、うるさい!」

 

体力が尽きたのか静まった赤ん坊を誰かが抱えて……

 

冷たい水の感触とともに私の意識も沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? ふわぁぁ」

 

うっすらと日と月が入り混じった光が差し込んでいる。

 

窓辺に浮かんでいるのは東郷さんの影。

まるで美術の教科書みたいにぴったりと決まっていて、自分が声をかけたら壊れちゃうんじゃないかと思ってしまう。

 

その姿をちゃんと見る。大丈夫、東郷さんはそこにいる。消えたりしない。

 

「東郷さん、おはよう」

「おはよう、友奈ちゃん」

 

ほら、やっぱり。

 

「肌身離さずだね。リボン。」

 

東郷さんが視線を落とした先にてのひらに巻かれたリボン。

 

「私が事故で記憶を失くした時から、ずっと……」

 

――これは、野暮だよね。私はちょっと失礼するよ。またね、結城さん――

 

一瞬だけ、東郷さん以外にも誰かがいた気がする。

 

「誰のものかも分からないけど、とても大切なもの…そんな気がして。」

 

まただ、また東郷さんがどこかに行っちゃうような不思議な感じ。

 

「海を、見ていたの? 起こしてくれても良かったのに。」

 

もう一度東郷さんが海に視線を戻す。

 

「……考え事をしていたの。バーテックスって、12星座がモチーフなんだよね?」

「そう聞いたね。」

 

「でも星座って、他にもいっぱいあるでしょ?」

 

確か……

 

「ああ~、夏の大三角形座とかね。」

「そんな星座はないよ。」

「えへへへっ。」

 

あれ? 違ったっけ? ああ、そっか、これは昔誰かが何度も教えてくれたアステリズムの話。

 

「ねえ、戦いは本当に終わったの?」

 

東郷さんの声を背に受け、私はポーチを取り出す。

いつもみたいに東郷さんのリボンを受け取ってブラッシング。大丈夫、いつも東郷さんの手触り。

 

「うーん、今、考えても仕方ないんじゃないかな。天の神も今は大赦の中に捕まって、大人しくしているみたいだし。きっと神樹様が守ってくださるよ。」

「神樹様……」

 

東郷さんの表情は見えない。

 

「そういえば、バーテックスってなんでいつも私たちのところに出てきたのかな? 太平洋側から来たら危なかったよね。」

 

ちょっと不思議。

 

「それは、神樹様がわざと結界に弱い所を作って、敵を通しているから。」

「東郷さん物知り~。」

「神樹様は恵みの源でもあるから、防御に全て力を使うと、私たちが生活できなくなるの。」

 

ん? 前にも同じことあったような……。

 

「あれ? どこかでそれ習ってなかった?」

「アプリに書いてあったよ。」

 

ああ、なるほど。

 

「ん…、んんっ。」

「忘れっぽいんだから。」

 

あはは、失敗、失敗。

 

「ふふ~。でも安心かも。」

「どうして?」

 

疑問も解決できたし、よーし、今日は少し挑戦してみよう。

 

「神樹様に、はっきり意志があるってことだもん。私たちのことだって、なんとかしてくださるよ。東郷さんが昨日言ってたとおり、病院で寝てた分は遊ばないと。」

「そうよね。一人になると、ついいろいろ悪い方に考えちゃって。みんなといると、そんなことも忘れられるんだけど。それにあの子のことも……。」

 

東郷さん、まだちょっと心配なのかな。

 

「勇者部五箇条、"悩んだら相談だよ"。」

 

ん? あれ? なんか違う気がする。五箇条は合ってるけど、"今日はこれじゃなかったっけ?"

 

「でも、こんなこと相談されても、困るでしょう?」

 

ふふ、東郷さんってば、遠慮なんかしなくてもいいのに。

 

「そうでもないよ~。一人になるとつい暗いこと考えちゃうなら、今日はも~っと東郷さんにひっついてよっと。」

「ありがとう、友奈ちゃん。」

 

よかった。やっと笑ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海行きたい、山いきたい、あーそーびーに、いーきーたーい!」

 

薄暗い神殿のような病室に私の声が響く。

外には大赦の神官さん達が控えているはずなのに、何の反応もない。

 

人をこんなところに監禁して、もう1ヵ月以上経つんですけど?

 

ネットもつながらないからスマホも役に立たない。そもそも充電もできないから、画面は闇の中だ。

 

やる事と言ったら、ひたすら勉強か読書だけ。私はどちらかと言えばアウトドア派閥なのに。

 

外では死亡扱いとかになってないよね? 戸籍なしとか嫌だよ。

 

「そうだねぇ~。ねぇ、ダメ?」

「申し訳ありません。園子様。お二人の現状では外にお連れすることは叶いません。代りにはなりませんが、息抜き勇者様達の動画でも…。」

「でも、晴信さん、夏凜ちゃんの動画しか持ってないじゃないですか。さすがに300回も見たら内容覚えちゃいますよ。」

 

このままだと幼女鑑賞会りたーんず、というヤバさしか感じない集まりになりそうだったのですかさず止める。

 

ヤバいのは刺激が少ないためなのか、園子さんは意外とこの鑑賞会を楽しんでいる節がある。

酷いときには怪しげなメモ帳に何か書き込んでる。

 

と言うか、筆が持てないからって私に口述筆記で代筆させるのはやめて欲しい。

 

変な性癖を植えつけられるくらいなら、大人しく本でも見ていたほうがましだ。

異性知性体愛好原理主義者過激派の看板を降ろした覚えはない。

 

「仕方がありません。では、予定通り沙耶さんの補講を行うとしましょうか。」

「はいはい、そうしてください。」

「私も私も~、手伝うんよ。」

「園子様は既に復学に十分な学力をお持ちでは?」

「いいから、いいから、はい、晴信先生質問で~す。」

「はい、何でしょうか?」

「先生が"にぼっしー"のことを気にするようになったのは、いつ……、くら、い……。」

 

まるで花が萎れるように園子さんの声が途絶えていく。

 

「ね、ねぇ、そ、"にぼっしー"って、あだ名、どうして"風さんは三好さんに"、つけた…の…かな…。」

 

空気を読まないように話を切り出したけど、自分の声も空を切っただけだった。

 

私は何を言っている?

 

にぼっしーなんて、あだ名がどうして風さんが三好さんにつけたって思うんだ?

 

3人ともが何も言わない。

 

何か、何か言わないと。でないと、本当に、いや、本当にってなんだ? 本当もウソももない。

私はただの女の子で、本当だったらここにいるのも場違いなはずなのに、なんでこんなにすぐに慣れちゃったんだ?

 

大赦なんていう国家機関に突然連れてこられたのに、怖いと思ったことは一度もない。

 

「ち、違う。わ、私は本当に……ただの……。」

 

カラン、とシャーペンが床に落ちる。

 

「落ち着いて、沙耶さん。我々、大赦も貴方自身が意識してウソをついているわけではないと判断しています。神樹様も貴方の真実はご存知です。」

 

晴信さんの声。とても落ち着く。

これでシスコンでなければ、本当に絵にかいたような理想の人生の先輩だっただろう。

 

良かった。私はまだ余分なことを考えられる。OK、まだ大丈夫。大丈夫。きっと大丈夫。

 

けれど、私はそれを見てしまう。

 

本物の稲穂のように揺れる乃木さんの”金色”の髪。

 

その瞳に映るのは誰? 日本人である私に蒼が見える。

 

瞳の中の私が振り返る先にあるのは、蒼か黒か?

 

まるで、熱に浮かされたような、ふわふわとした感覚のまま、ゆっくりと私は"正面から相対した"。

 

 

 

 

 

 



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Attaining the impossible

「な、んで? 私、風さんが三好さんのことを、にぼっしー、って……」

 

ああ、やっぱりこの子は天の神だったんだ。

人間の真似をして、ワ~ってみんなとはしゃいでみたかったんだ。

 

でも、それはみんなそう。私だって、ミノさんやわっしーと来年も再来年、その次も、ずっと遊んでいたかったんだよ?

 

貴方はそんな世界を作ることもできたんじゃない?

 

理由なんてわからないけれど、何かに恐れ慄くその姿は、見た目通りのただの人間に見える。

 

完全に透き通る空のような青色。けれど、見た目ではなくもっと根源的なところで違うと分かる。

 

「なんで、今さら私を刺激するの? 放っておけば無価値な人間(NPC)が1人増えて終わっていたのに、バーテックスもすべて退去しているのに何が不満だったの?」

 

ため息交じりにそんなことを言うその姿は、さっきまでの何かにおびえていたのが嘘みたい。

だけど、きっとそんなことはない。

 

きっと、どちらも本当。

 

何となく分かってきた気がする。きっと"ソレ"は"次は"ただの記録をなぞるだけの災害になる。

だから、本当のことを知りたいなら、今しかない。

 

成り行きだけど、これが最後のチャンス。

 

「貴方はやっぱり天の神なんだね。」

「ええ。」

「全部貴方が始めたことなんだよね。」

「ええ。」

「人類を作りながら、人類の敵になったの?」

「いいえ。」

 

ああ、やっぱりそうなんだ。そこだけはズレてる。彼女にとっては私達は……

 

「私は貴方達を敵だと思ってない。」

 

あっさりと言い切られてしまった。前に会った時もそんな感じだったけど、彼女は結城さんのことしか見ていない。でもこれだけは確認しないといけない。

 

「じゃあ、どうしてバーテックスなんて送り込んできたの?」

 

私の声に誰もが押し黙っている。300年前からみんながずっと考えてきたこと。でも、ちゃんと答えられる人は誰もいない。

ただ、天の神が、目の前にいる。

彼女こそはすべての答えを知っている。はずなんだけど……

 

目の前の彼女は初めて迷っているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、なんて答えれば良いんだろう。

 

理由ならいくらでもある。別の歴史の話なら誰もが望む答えもできるかもしれない。

 

でも、結局は天の神(ボク)が世界を滅ぼさなければ、神樹様は友奈因子を引き継ぐ必要がなくなってしまう。

そして、それは結城さんが誕生しないということになる。もっと言えば、ここにいる人類は消滅するだろう。

神樹様の加護というわかりやすい侵攻対象が人のこころ在り方を変えている。300年という月日をかけて。

 

だから、一番初めに私を観測した友奈もいなくなって、

でも、私は結城さんに会えることを知っていたからこそ、世界を始めているわけで、

今度は世界を始めた理由そのものが結城さんに会いたかった、ということになってしまう。

 

でも、そんなことを言っても誰にも理解してもらえない。

ふざけないで、って怒られるだけだろう。だから結局みんなが知りたい答えは真実にはない。

 

「私は今のこの世界良かった。それが理由にならない? それでもダメならこの世界はたった1人のためだけに私が用意したもの。それなのに私が人類を愛しているなんて勘違いをした300年前の人類を粛清しただけ。だって嫌でしょ? きっとあの子は自分事が好きに違いないなんて言って良い寄ってくる人類(ストーカー)みたいなの。」

 

大赦の人たちが動揺しているのがわかる。きっと私は笑顔だ。軽薄で酷薄で浅薄なイヤな笑い方。

けど、乃木さんはただ静かに見つめている。

 

「だから、私がすることは貴方達が何をしようと関係ない。あと少しの間、貴方達が結界を越えてこないならそれで良い」

 

その瞳に映っているものはどこにもいないはずの空虚で空疎で空想じみたお化けみたいだ。

何を思うのかその化け物を捉えて目を反らさない。

 

「そう、でも、貴方はそこにいないんじゃない?」

 

む、痛いところをついてきた。そう言えば乃木さんはこういうの得意な人だった。

確かに全部が為された時に、人間としての松永沙耶と世界である(ボク)達は可分な存在になる。

 

「それ、気にするところなの? 天の神(こっち)の理由は、結界を超えてこないことだけ。もちろん外の世界を取り戻すために勇者の力を用意したり、なんてことはしないでよね。」

 

このあたりは特に歴史の修正を必要としないんだから、あまり余計なことをしないで欲しい。

必要な調整は那由多と十華で綱引きすることになる。防人の方もアルがいてくれるから問題ない。このままオーバーライドしてしまえる。

今の大赦は何もしてくれなくていいのだ。

 

そうすれば、誰もが望むとおりになるのだから。

 

――それを園子に言ってやれば良いだろう。――

 

それをやるくらいなら、全部洗脳して平和な地球をどこかの並行世界からコピペして、人間だけパッと行く、で移動させるするのと変わらない。

そんなもんをお出ししてお茶を濁すくらなら、そもそも何もしない。

 

人間が自らの可能性だけでやることに意味があるんだから。

 

と、文句を言う筋合いじゃなかった。やっぱり人の形をとると思考が引っ張られれていけない。

 

「あと、あんまりこの子(わたし)を刺激しないでね。ただ、人生を全うするために生まれた子なんだから、何も知らないよ。それより、那由多を捕捉で来てるの? あの子は私の思惑とは別の願いで動くよ。」

 

そう、きっと那由多は動く私の願いが叶う前に動かなければ、私が過去を固定してしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵の生き残り。って、なゆちゃんのことだよね?」

 

那由多さん。確かに私達のクラスメートとして覚えている。

友奈ちゃんにソフトボール部の助太刀をよく依頼しに来ていた。

 

「そうね…あれから学校で見かけないし、でも出席はしていたことは確認したわ。」

「私達にだけ認識できないなにか……樹海みたいなのがあるのかもね。」

 

そう、私達3人は同じクラスなのに、あれから一度も会えていない。

相手が避けているのは確かだろうけど、友奈ちゃんが共通の友達に確認したら、

毎日出席していると帰ってきた。

 

彼女たちの認識が捻じ曲げられているのか、それとも、私達が認識できないのか、答えは分からない。

けれど、間違いなく私達の目に触れないところでまだ活動している。

 

「ホント、いつもいきなりでごめんね。」

「そんな、風先輩だって知ったばかりじゃないですか。」

「東郷さんの言う通りです。風先輩」

「私達は7体倒したんだから、あと1人くらいどんと来いよ。」

 

友奈ちゃんが風先輩を宥めて、夏凜ちゃんがそっぽ向きながらそんな風に遮る。

 

「ありがとう。それにしても……」

 

部室の中を所狭しと縦横無尽に動き回る精霊たち。

その数、総勢十一。

 

「大赦が端末をアップデートしてくれたのは良いけど、ちょっとした百鬼夜行ね。」

 

もし、もし、本当に百鬼夜行になってしまったら、その時は私達はどうなってしまうのだろう。

 

「もういっそ、文化祭これで良いんじゃないですか。」

「もう、良くないわ友奈ちゃん。」

「ですよね~。」

 

本当に友奈ちゃんは……。

 

「諸行無常…。」

「ギャー! アンタら、精霊の管理くらいちゃんとしなさいよ!」

 

また、義輝が牛鬼に飲み込まれそうになっている。

 

「わー。牛鬼、また、ダメだって~。」

「ああ、もう、全員端末に戻りなさい!」

 

風先輩の掛け声で何とか収まったみたい。

 

それにしても…

 

(精霊が増えたのは友奈ちゃん、風先輩、樹ちゃん、"今回は私は2回しか満開をしていないから、増えていない"。あれ? でも友奈ちゃんは?)

 

思考に戻る前に樹ちゃんがスケッチブックを掲げる。

 

(来るとしたら、次はいつくるんだろう。)

「そうね。完成型勇者の勘では来週あたりが怪しいわね。」

「実は神樹様の予知違いでしたってことは…。て、うわっ」

「来た…! なゆちゃん。」

 

これで絶対に最後にする。必ず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは、散華を恐れずよく来た。と言っておくね。友奈、東郷、夏凜。それから、犬吠埼先輩と樹ちゃんも」

 

那由多。学年が違うせいもあってアタシや樹はあまりかかわりが無いけど、友奈と東郷は席が近くだったからそれなりに仲良くしていた。

 

「散華って、何よ?」

 

でも、夏凜の真剣を向けられても、まるで何もないかのように振舞っている。

 

「もう知ってるんでしょ? 満開の後遺症。でも、三好さんは散華という私達に近くなってきてるのが原因。別の意味で危なないよ? いつまでも人間のふりを続けるのは限界が来る」

「アンタたちに近いって、なによ! 適当なこと言わないで」

 

いつも以上に夏凜の手が早くなっている。いろんない意味で。

 

「おっと、さすがに選抜で少しは訓練しただけあって、人間相手でも容赦ないね。でも、私も手の神から力を貰った使徒の1人。修羅場ならイヤと言うほど味わってきたわ。」

 

夏凜の攻撃に合わせるかのように、踊り曲がりくねるような歪な鈍器のような鉄の錫杖を手に、6対の白い翼から吹き荒れる羽根の吹雪がアタシ達と夏凜の間を阻む。

 

「あ、夏凜ちゃん!」

「待ちなさい夏凜!」

 

まずい、バーテックス相手と違ってこっちの戦力を分断する戦いで来たのか。

 

「安心しなさい。私は冷静よ! アンタたちはそっちの相手をしなさい。」

「風先輩、夏凜ちゃんの言う通りです。レーダーにバーテックスの反応があります。今までと違って小粒の相手のようですが…」

 

東郷が見つめる先にどこから湧いてきたのか手足も翼もない顔だけが異様に大きい芋虫のような怪物が大量に出現している。

 

(星屑ね。また星の名前。)

 

「仕方ない。夏凜以外は先に星屑の相手。終わったらすぐに夏凜を助けに行くわよ。」

「はい、よーし、いくぞ、勇者ぁキーック!」

 

友奈の新しい精霊・火車の力で炎が広がる。

 

それじゃ、アタシも。

 

空中に飛び出した小さな短刀を投げつける。

 

「飛び道具って、あんまり使ったことないけど、あると便利ね」

 

樹は………

 

「は!?」

 

思わず間抜けな声が出たのも仕方ない。

 

ワイヤーがおかしい。なんでそんなに分裂してるの?

違うか、なんかワイヤーが樹の手元以外からもいきなり空中とかから飛び出してるように見えるんだけど。

 

「わー、樹ちゃんすごーい。雲外鏡って"カガミブネと同じなんだ"。」

 

な、なるほど。ワイヤーだけを跳ばす力か。何というか、あれ、もしかして、樹1人でも倒せるのでは?

 

それにしても、この羽根本当に邪魔ね。

目くらましのつもりなの?

 

「本当は友奈だけを一緒にきて貰うのが天の神の本来通りなんだろうかど、もう、私は縛られない。だから、みんな、一緒に見ればいい。私も到達できていない天の神の真実を!」

 

何を、と言い返す間もなく、樹海がさらに別の結界に上書きされていく。

こんなこと、神樹様の力を上書きするなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、なんだあれ? 空に人が浮かんでるぞ。」

「え? 映画の撮影とか?」

 

樹海が消えた。しかも町の真ん中で。

 

「え? 友奈に東郷さん、三好さんまで…コスプレ?」

「え、ええっと、そ、そう、コスプレ、ヒーローショーのお手伝い…みたいな?」

 

どうしよう、私も友達に見られるとちょっと恥ずかしい。

でも、それよりもバーテックスは……まだ、たくさんいる。いけない。

 

「あんた、どういうつもりよ。こんな町の中に移動して、私達を戦いにくくしようってわけ。」

「まっさかー。でも、これでバーテックスも勇者の姿もばっちり人の目に映ってる。ちなみにテレビ電波も乗っ取って、すべてのチャンネルで流れているはずだよ。貴方達の雄姿も。」

 

空中では羽根を広げた那由多先輩を、あの時と同じまるで血でできたような赤い刃を全身に生やした夏凜さんが、空中で何度もぶつかっている。

 

時々、那由多先輩が狙ったように地上の人々に向けて差し向ける星屑を私達が倒し続ける。まだそんなに大きな被害は出てない。出てないけど……。

 

「おい、あれ、なんかこっちに来る。」

「に、逃げろ。これ、おかしいぞ!」

 

だんだん、周りの人も映画の撮影とかじゃないって思い始めたみたい。

それはそうだ。だって周りには制止する警備の人がだれもいないんだから。

 

一度誰かが始めると全員が自分にふりかかる細工なしの最悪の災厄を思い浮かべてしまう。

みんなが、我先にと走り出すのにそれほど時間はかからなかった。

 

「まずいわね。これ、パニックになってるじゃない。」

「なゆちゃん、もう止めて。このままじゃ私達の町が壊れちゃう。」

 

友奈さんが星屑を踏み台にして、後ろから那由多先輩を組み付いたまま地上に墜落する。

 

「何言ってるの。まだこんなんじゃ足りないよ。ううん、これからが本番なんだから!」

 

那由多先輩が振り被った歪んだ剣から光線のようなものが飛び出して、近くのビルを燃やす。

 

「そんな人が……。早く助けないと!」

 

那由多さんに背を向けて、友奈さんが走り出す。

 

「行かせない。ここでみんなが燃えていく様を見届けるの友奈。アイツらにはそれが相応しいんだから。」

 

無防備な友奈さんに斬りつけようとした那由多先輩だけど、降下してきた夏凜さんに横から蹴り飛ばされて、近くの電柱を巻き込みながら跳ね飛ばされた。

 

「やらせない。行きなさい、友奈。こいつは私が何とかする」

「ありがとう。夏凜ちゃん」

「痛ったーい。やってくれたね。もうかなり天の神の力を使いこなせるようになってきているみたいじゃない。夏凜。」

 

崩れた電柱やアスファルトをまき散らしながら、那由多先輩と夏凜さんがまた剣をぶつけ合わせている。

 

「樹、アタシたちもバーテックスを、って、あれ?」

(バーテックスが退いていく?)

 

素早くスケッチブックに書き込む。

 

なんで?

 

でも、答えはすぐに空から降ってきた。

 

「さあ、地上にいる愚かな人間ども、よおうく、目に焼き付いただろう。私達は天の神とその僕。お前たち約束を破った人類を粛清するためにやってきた。祈りの時間をくれてやる。1週間後、私はもう一度やってくる。その時がお前たちの世界の終わりと知るが良い!」

 

(お姉ちゃん、頭に直接…)

「テレパシーってやつかしらね。って…何?」

 

飛んできた石ころがお姉ちゃんの背中にこつんとあたる。

投げたのは小さな男の子。

 

1つ、2つ、すこしずつ数が増える。

 

「で、出ていけ。お前たちが俺の家を踏みつぶしたんだ。」

 

友奈さんは抱えてきた子供たちにポカポカと叩かれている。

 

「放せ。放せよ。なんで母さんたちはほっといたんだよ!」

「だから、もう…あそこには…」

 

友奈さんも叩かれながらオロオロとするだけ。

 

そうだ、夏凜さんは!

 

けれど、夏凜さんの周りには誰もいない。石も飛んでこない。

ただ、怯えたように遠巻きにする人の山。

 

「お前たちが…お前たちがさっきの化け物をつれてきたんじゃないのか?」

「お、俺は見たことがあるぞ。こいつらもさっき俺たちをおしまいだとか言ってたやつと同じ中学だ」

 

本当とウソが入り混じって、みんなが私達を見る。

 

パトカーがやってくるまで、結局誰もそこを動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東郷は?」

「それが東郷さんだけ別の部屋にって大赦の神官さんが…」

「それで、なんで東郷の代りにアンタがここにいるのよ。天の神さまとやらが」

 

私達が大赦に連れてこられてすぐ。東郷さんだけが別の部屋に呼ばれた。

私も一緒にって行ったんだけど、私は彼女から話を聞き出してほしいと言われてしまった。

 

「うーん、本当はすぐにでもこの子(わたし)を戻してあげても良いんだけど、ちょっと面倒だし、もいっこ体作るか。」

 

"前とおんなじ"で軽く言うと、私たち全員が瞬きする間に目の前の子が2人に別れていた。

 

 

「え? え? え!? なんで私がもう一人」

「あーもう、いちいち言葉で説明すると時間かかり過ぎ、えいや、ピピピ電波」

 

目の前の2人、天の神と人間・松永沙耶。

 

そっくりな見た目なのに明らかに違う。

 

きっと、今、私達に喋ってる方が本当の天の神なんだ。

 

そして、今、テレビを2つ同時につけて早送りにしたみたいにいろんなことを私達に送り込んでくる。

 

300年前のこと、2年前のこと、それから、この前のこと。

その時何を思っていたのか分からないけれど、全部本当だった。

 

本当にこの子は天の神で……私達の敵だった。

 

でも、それよりも東郷さんが…満開で……。

 

誰もが黙り込んだなか、1人だけ必死で天の神に詰め寄る。

 

「ウソだ。私はこんなことできない。できっこない。こんなのなんかのトリックで嘘っぱちだ。なんで、なんで私ばっかり、知らないことを言われるんだよ」

「それは貴方は人間として生まれて人間として生きた記憶しかないんだもの。元は私と同じでもね。」

 

最後の言葉を聞いて、彼女はいやいやと壊れた振り子のように首をふり続ける。

 

「し、知らない。そんなの私のせいじゃない。私は結城さんを助けたいからって、そんな恐ろしいことできるはずない。私はただの中学生で……」

貴方(わたし)はそうだよ。でもキミ(ボク)はそうじゃない。始まりなんて最初から無くて、終わりなんてどこまで探してもありえない。だって私達は神様になったんだから。自分の意思で。」

 

呆然としながら、糸が切れた操り人形のように神様の姿をした女の子が塞ぎこむ。

 

「ええっと、正しく認識できたかな? なんで、の理由以外は全部見せた通り、私はかつてこの世界にいた人間。そして300年前と2年前と今、貴方達が気に入らないから粛清しに来た。おとなしく四国の鳥かごで安らかに滅んでくれないかな? でないとキミ達は、永遠に戦い続けることになる。そして、戦い続ける限り貴方達は満開と散華を繰り返し、その度に……」

 

何故だかその顔は哀しそうに見えた。

 

「体の機能の一部を失っていく。それを止められるのは、もう私しかいないんだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく、会えたね。わっしー……。」

「貴方は乃木…園子さん」

 

前に会ったことがあるのは確かだけれど、あの時もこの人は私のことを知らない名前で呼ぶ。

 

「あの、私は…和紙じゃないです。それに……」

「ああ、そっか。ふふ、ごめんね。いっつも友達の…わっしーていう名前の友達のこと考えたから、間違えちゃうんだ。えっと、三森ちゃんでいいかな?」

「え、ええ……。」

 

それなのに知らない名前で呼ばれないと不思議な違和感。

 

「その、貴方も勇者だと聞きました。先代の……でも、今は戦えないとも。けれど、この前は戦っていました。」

「うん、怖がられちゃってるからね。普段は普通のスマホなんだ~。それとね。これは敵にやられたんじゃないよ。痛くもないしね。」

 

どういうこと? 敵にやられたわけでもない。それに戦うこともできていた。

 

「満開って分かるかな? ワ~って咲いて強くなるやつ」

「え、ええ。風先輩と樹ちゃんがなりました。」

「ねえ、わっしー、満開した後、花は散るんだよ。それが散華。」

「散華……。」

 

ゆっくりと、染みわたるように理解が進む。満開した後、風先輩と樹ちゃんにはそれぞれ視力と声に異常が顕れた。

あれ? それだと友奈ちゃんは?

 

「友奈ちゃんと夏凜ちゃんのことは、もう少し待ってね。それも理由はわかってるんだ~。ただ、どうしてそんなことをしたのか分からなくってね。」

「そんなことをした?」

 

それは誰かが意図的に行ったということ? いったいどうして?

 

「うん、その犯人はもう友奈ちゃんの前にいる。だから、逃げも隠れもしないよ。少なくとも私だったらそうすると思う。どんなに辛いことがあったって、友達とは一緒にいたかったから。彼女も自分の想いには逆らわないと思うよ。」

 

どうしてだろう。私は"そのっちにそんな想いをさせないって"思っていたはずなのに、思い出せない。まさか……。

 

「散った花はもう咲かない?」

「どうかな~。でも、今はまだ咲いてないかな。」

 

分かっていた。彼女は私達だ。私達の未来。行きつく先。そして、敵はまだまだいる。

 

それなのに、彼女はこんな状態でも戦えた。戦う時だけは動けてしまった。その意味するところは……

 

「でもね。勇者は死なないからね。もしかしたら、また咲くのか、それとも……」

 

いや。貴方はそんな顔をしないで。

 

でも、どうして自分がそう思っているのかさえも分からない私が、そんなことを言っても余計に哀しいだけだって分かってしまう。

 

勇者は死なない。死なずに戦い続ける。それじゃ、私達がもし……。

 

「大赦の人たちもね。このことを黙っていたのは、思いやりの1つではあるんだよ。こんなこと言われても困っちゃうだけだからね。でもね。私はそういうこと全部教えてほしかったから。」

 

一滴、彼女左目だけから零れ落ちるそれを、私は何故か先回りで受け止めていた。

 

「あ、えへへ、ありがとう。そのリボンにあってるね。」

 

そういった彼女は初めて年相応の表情に思えた。

 

「あ、りがとう。これは、私が"あの時"からずっと身に着けていて、でも大切だと言うことしか思い出せなくて…ごめんね。」

「ううん、そう思ってくれてうれ…」

 

世界すべてが傾いたかのような振動。

 

それはすべての始まりへ向けた胎動だったのか、それともすべての終わりへ向けた断末魔だったのか、

この時の私はすでにその答えを知っていたはずだった。

 

 

 

 



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Wisdom

「それじゃ、私達の後遺症は…。」

「もちろん治らない。当然だよね。供物として捧げられた体の一部は力の代償として消費されているんだから、ただ私と戦うためだけのために。」

 

ウソをつくのは神様っぽくないけれど、まあ、3万回に1度くらいしか散華からは回復していないんだから、完全なウソと言うわけじゃなし。

 

「大赦のみんなも知っているんでしょ。って言うか貴方達が勇者システムをそうしてくれるように神樹…に願い出たんだから、本人の意思も確認せずに、ね。」

 

「あ、大赦の人たち…。」

 

友奈の声でみんなは初めて気づいたようだったけど、私が正体を見せた時から、大赦の神官たちは陣を張り巡らせ、結界を展開し、私を捉え滅ぼす仕組みを準備している。

ようやく始める気になったみたい。

 

でも、貴方達は本命じゃない。私が繰り返した本命は私自身の手で用意している。

 

「天の神、ここで貴方を拘束する。始めよ。」

 

全身に圧し掛かる亡霊達。私の手で命を落とした数十億の人々の魂をこういう形で使うんだ。

 

なるほどね。だけど、たった数十億の魂で私をどうにかできるなんて、夢の見すぎでしょ。

幾星霜を幾度繰り返し、あと幾つ滅ぼすと思っているの?

 

「そんなんじゃ足りない。全然足りないよ。本気で何とかできると思っているなら、使い方を間違ってる。」

 

自分の言葉とは思えないくらい、甘ったるい言い方。

 

まあ、目の前に友奈がいるせいで、ちょっと興奮気味の自覚はある。

自制しないとすり寄って行きそうになる。

 

「これでも、足りないのか…」

 

前に出てきていた神官。晴信さんより地位が高そうだし、ちょうどいい。

 

「貴方が責任者? はいた唾くらいは飲み込んでもらうよ。"引けよ"。」

 

私の言どおり彼の肉体はクルクルと回りながら、樹ちゃんのワイヤーより細く、宇宙ひものように見えなくなっていく。

後ろの神官たちが1人を除いてざわめいている。

 

"上"に向けて、その力を放出する。

轟音とともに部屋の天上が抜け落ち、壁も崩れる。外の景色は突き抜けるような青空。その向こうに彼だった粒子が散っていく。

 

「え? 今のって……」

「死んだ? の…」

 

風さんと東郷さんの言葉でみんなが正気にも戻る。

 

「で、でも、神様なんだし…。」

「違うよ。友奈。今の人は間違いなく私が殺した。」

 

驚きで見開いた友奈の瞳に私の姿が見える。どこにいてもおかしい化け物。

 

(なんで……貴方にとっては全然大丈夫だったんでしょ?)

 

文字にすると残るね。

 

スケッチブックに書かれると今更ながら、ずいぶん遠くまで来たと実感する。

 

あの時分からなかったことが今なら分かる。

 

天の神(ボク)は、何故あのタイミングで、何のために人類を粛清し、何をしたかったのか?

 

私を見上げる私がいる。

事態の進展についていけていない。いくら私の経験を共有されても、それを夢幻ではないと理解するまで少しの時間がかかる。

 

けれど、その瞳に映るものは友奈に見えているそれと同じ。

 

人肉食み、人の魂を糧とし、涙で渇きを癒す。

愛を見ず、誰かの手を払い、友情を聞かない。

 

これで良い。すべてよし、だ。

 

「300年前、もう戦いは終わりにしたいって言ったのは貴方達だ。

それでも、300年前に約束した通りに大人しくしていることができない。

だから、彼は死んだんだ。もう一度思い出すため。キミ達が負けたんだということを思い出させるために。」

 

誰も一言も話さない。それも仕方ないことかもしれない。300年前の当事者なんていないのだから。ただ一人私以外は。

 

「そして貴方達も同じ。もう知っているんでしょ。満開の秘密。隠された機能、散華のことも。」

 

と言っても、これだけでは信じないだろう。けれど、園子さんから真実を聞かされれば、それも変わる。

 

「貴方達は神樹の加護なしでは生きていけない。けれど、神樹の加護は永遠ではない。ならどうすると思う?」

 

大赦の人たちが気まずそうにしている。仮面と無言で押し殺しても、自分の心までは騙せない。

 

「どうだって言うのよ!? どう取り繕ってもアンタが戦いを始めたんでしょう。」

 

切っ先を煌めかせながら、夏凜が変身を完了する。

 

他の子たちも、やる気みたいだ。

 

「そうとも、私が始めたことだ。貴方達の満開の後遺症は治らない。そして、私の戦力はいくらでもある。戦って、戦って、戦い続けて、全身が動かなくなっても戦い続けるしかない。それでも…」

「それでも戦うよ。だって…」

「勇者だから? そして、今度は誰かに助けてって言えるの? 友奈、貴方にそれはできない。何故なら貴方は人を助けることはできても、人に助けられることに慣れてない。ううん、それ以前に貴方の生きている間に戦いは終わらない。私は何百年でも何千年でも何億年でも続けられるよ?」

 

これは誰かが頑張れば何とかなる話にはしない。そんなものは私の理由じゃあない。

 

「いい加減なことばかり言うな!」

(今度は私達も)

 

降り下ろされた大剣と逃げられないように絡みつくワイヤー。

 

だけど、それは私に届かなかった。

 

「まってください。風先輩、樹ちゃん。」

「東郷さん?」

 

車椅子でここまで来たのか、東郷さんの息は少し上がっている。

 

「もう、聞いてきたんだよね。貴方達の体のこと。だったら、私がここにいる理由はない。後は貴方達が選べばいい。私は300年前の約束を守ってくれればそれでいい。」

 

ゆらゆらと皆の姿が滲んで、薄く満点の星と煌々とした炎だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれが私? そっくり、いいえ、同じだった。

 

でも、それでも、だからって。

 

(結城さんが生まれてくるためにこの世界は作られた? それじゃ、まるで結城さんこそが理由で、ウイルスで世界が滅んだことも、天の神が人類を粛清したっていうのも全部嘘じゃない!)

 

そんなことってあるのだろうか?

たった一人の人間のために世界を創造し、そしてまた破壊する。

それはあまりにも身勝手だ。選択肢なんてない。最初からこうなる以外の道がないなんて。

 

私を取り囲む隙間から盗み見るように結城さんの姿をとらえる。

 

(あの子が、結城さん、結城友奈。彼女がいなければ…)

 

「東郷さん、よかった。無事だったんだ。」

「ええ、ありがとう友奈ちゃん。」

 

みんなが東郷さんに駆け寄っている。私は、私は貌の見えない無言の大赦に取り囲まれたまま。そちら側に近づくことさえできない。させてもらえない。

 

(みんな分かっているんだろうか? 自分たちにこの先の未来がないことを。あんなのが私達を粛清?するだなんて。)

 

「教えてください。私達の後遺症は治るんですよね。さっき敵が言ったことは……」

「恐らく本当です。風先輩……」

「と、東郷さん? えっと、と、とにかく帰りましょう。今日はもういろいろありすぎて疲れたなー。なんて…」

 

誰も何も答えない。いえ、私を囲む輪から1人だけ。

 

「貴方達の体には医学的には何の異常もありません。直に回復するものと思われます。」

「でも、そういって1ヵ月以上経っているですよ!」

 

風さんの抗議をどう受け止めたか分からない。けれど、仮面の下からはさっきもう一人の私が仲間を殺した時のような緊張はないように見える。

 

知らなかった。ううん、いつも私達は知らないふりをして来た。

自分じゃない誰かが大変でも、どうしようもないって。

それが自分のことみたいになって、それでも誰もどうしようもなくて、本当に何もできない。

 

(本当に? 私は天の記憶を見せられた。でも他の人たちは全部は見えなかったみたいだ。だったら、私は、私だけが、やっぱり天の神と特別な関係なんじゃないか?)

 

特別な関係。それは何度も聞かされてきた。本当に私は天の神と同じ存在だったんだろうか。

 

恐ろしい。あんな風に扇ぐような気軽さで人を傷つけてしまうなんて。

そしてそのことを何とも思っていなかった。

 

「そ、そんなことばかり言って、わ、私のことだっていつまでも閉じ込めて、だから、今みたいになっちゃったんじゃないですか。できもしないことばかり言って、自分より立場が弱い人を好きなように弄んでるだけじゃないですか。」

 

あ、言ってしまった。

 

 

全員の視線が突き刺さる。仮面の大赦の人。不思議な服と見たこともない武器を持つ勇者たち。

 

そんな人たちの視線を自分が集めるなんて。

 

でも、ここまで来たら仕方ない。やぶれかぶれだ。

 

「あ、あの天の神は言ってました。出てこなければ攻撃なんかしなかったって、実際300年間も無事だったんでしょ。何もしてないはずないじゃないですか。」

 

そう、300年もの間、あのバーテックスっていう化け物は出てこなかった。

自分の姿でバーテックスを率いていた記憶は、ちょっと信じられないけれど、とにかく結城さんが無事生まれてきたから、天の神は積極的に四国を攻撃する理由なんてない。

やるんだったら、もっと早く攻撃してきていたと思う。

 

 

「貴方はやはり天の神か。拘束を一段階引き上げる。連れていけ」

「お、横暴だ。私の言ったことが図星だから言いがかりを! 痛っ、こ、んな……」

 

鈍い痛みが後頭部全体に広がり、まるで意識を吸っていくように私は気を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――戦い続けて、全身が動かなくなっても戦い続けるしかない。――

 

天の神の言葉がいつまでも憑いたまま離れない。

 

あれから1週間が過ぎた。大赦は何も言ってこない。私達の戦いは終わっていないはずなのに。

待機命令だけだして、そのままだ。

 

だからって、私達の周りだけ時間は緩く流れたりしない。

仮初の平穏。緊張の上の日常。東郷が作った砂上の楼閣よりも頼りない世界。

 

でも、天の神はその言葉の通りあれ以降もバーテックスを送り込んでくる気配はない。

まるで本当に四国の外に出てこなければ攻撃しないという約束は有効であるかのように。そして、天の神が嘘でないのならば…。

 

それでも私達は日常を繰り返そうと必死だった。

 

だから、東郷が自宅に呼んでくれた時も同じだと思った。"前と違って樹や夏凜も一緒だったとしても。"。

 

 

「それで、東郷、話って何?」

 

「その前にみんなに確認したいことがあります。あの少女、松永沙耶についてです。予め断っておきますが、あの子は戸籍も両親もハッキリしているただの人間です。私でも簡単に調べられるくらいに、分かり切っています。当然大赦が本気で調べればすぐわかる事です。」

 

友奈、アタシ、樹、夏凜、全員を1人ずつ見ながら、理解を待って確認するようにゆっくりと東郷が話しを続ける。

 

「それでも、大赦はあの子を天の神と見なしている。夏凜ちゃん、彼女はまだ拘束されているわよね?」

「私もはっきり言われていないけどね。ま、間違いないでしょ。でも、東郷の言いたいことも分かる。そっくりだからってそれだけで拘束しても意味は薄いでしょうね。」

 

夏凜の言う通り、あの日も大赦はあっさりと気絶させて拘束している。

友奈がそのやり方を止めようとするくらいに、かなり厳しい扱いを受けていた。

 

「はい、でも、彼女が言ったことと、先代の勇者である乃木さんが言ったことは、ほぼ一致している。敵味方ともに同じ事実を認めている。だから私は確認したんです。」

 

そう言いながら、東郷はいつも飾ってあった小刀を取り出して振り被る。ただし、自分自身に向けて。

けれど、鋭い火花を散らしながら、青坊主が東郷と刃の間で受けて止めている。

 

「東郷さん!」

「何をやっているのよ、東郷!」

 

慌てて飛びついた友奈と夏凜が悲鳴のように叫んでいる。

 

「アンタ、今、精霊が止めなかったら……」

「いいえ、止めます。精霊は必ず。」

 

は? 一体何をしたいの?

 

「この1週間、私は様々な方法で自害を試みました。割腹、服毒、首吊り、飛び降り、溺死…。しかし、そのいずれも精霊によって止められました。」

「何が言いたいの?」

 

精霊が私達を守っていることは分かっていたはず。

 

「今、私は精霊システムを起動していませんでした。」

(そういえば…)

 

確かにそうだけど…。

 

「乃木さんは全身が散華の影響と思われる状態で動かせませんでした。にもかかわらず、最初に見た時は那由多さんを的確に攻撃していた。」

「すごい動きだったよね。」

「つまり、体が動かなくなっても、精霊たちは私達を戦わせることができる。私達の意思に関わらず。」

「「「あ…。」」」

 

そうだ、そう言えば最初に東郷が変身した時も変身する前から青坊主が守っていた。

 

「そして、天の神も体の機能を失いながら戦い続けるとはっきり言っていました。敵対する2者からの同じ指摘。これが正しいとするなら、私達は……」

「ストップ、そこまでにしなさい。東郷。」

「風先輩…でも…。」

「お願い、今は止めて。お願いだから……」

(お姉ちゃん……)

 

耐えきれずに東郷を止める。

 

東郷の言い方だとまるで……私達は……。

 

知らなかった。私が勇者部なんて作らなければ、樹は声を失わなくても済んだなんて。

でも、今、それは言えない。

 

樹の目の前でそんな事実を確定させるわけにはいかない。いくわけがない!

 

 

 

どこをどう通って帰ってきたのか分からない。

樹は途中で友奈に話があると言って先に帰ってきた。

 

夏凜とは途中で別れた。

 

呼び出しの電子音、買って来たままのその音は自宅のものだ。

 

「突然のお電話失礼いたします。犬吠埼樹さんの保護者の方で"すね"。 イオナミュージックの……」

「はい、樹の保護者は私ですが…。」

「この度は樹さんが弊社のボーカリストオーディションにご応募頂きありがとうございます。今回、樹さんが一次審査を通過されましたので、今後のご予定についてお電話差し上げました。」

「い、いつですか?」

「3ヵ月前になります。」

 

ずるりと、受話器が手から滑り落ちる。

 

「樹、いつきぃ。いないの?」

 

慌てて樹の部屋のドアを開けてから気が付く。ああ、そうだ。樹は友奈の家の寄ってたんだ。

 

机の上の開けっぱなしのノート。

 

―喉に良いこと3行―

―声が元に戻ったら、やりたいこと3つ―

―ボーカリストオーディションの審査は3回―

 

 

起動したままのノートパソコン。

 

その1つに目が吸い寄せられる。オーディションのファイル名。

恐る恐るをそれをクリックする。

 

―讃州中学1年生。犬吠埼樹です。―

 

―私は歌手を目指すことで自分なりの生き方を見つけたい。―

 

―お姉ちゃんはしっかり者で、強くて、反対に私は臆病で、でも、―

 

―本当はお姉ちゃんの隣を歩いていけるようになりたい。自分自身の生き方。自分自身の夢を持ちたい!―

 

―そのために、今、歌手を目指しています。―

 

―今は歌を歌うのがとても楽しいです。―

 

―そして、私の好きな歌を1人でもたくさんの人に聞いてほしいと思っています。―

 

「では、歌います。」

 

 

―あのね。お姉ちゃん。私、やりたいことができたよ。―

 

「う、ううぁぁぁ、ぁぁぁあああ!」

 

まるで私の意思が伝わったかのように"端末に触れる前から"変身が始まる。

 

「あああああああああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂煙が舞い上がり、金色の影が飛び出していく。

 

(風、アンタ、何やってるのよ)

 

「待ちなさい。風。何をする気!?」

「大赦を……潰してやる!!」

 

そんな……なんで……。

 

いえ、"今回はみんな知っている。私も樹も。それなのに、また止められなかった"。

 

「こんなことが許せるか! 前にも犠牲はあった。それなのに、何も知らせず、今度は私達が犠牲にされた。」

 

風の大剣が実際以上に重い。

 

「だからって……大赦を……」

 

いや、本当は分かっている。大赦は"また、"間違えたんだ。

 

「なんで、私達がこんな目に合わないといけない。なんで…樹が声を失わないといけない!? なんで夢を諦めないといけない!?」

 

ダメ、抑えきれない。早く構えなおさないと。

 

「世界を救った代償が…これかあああぁぁぁ!!!」

 

精霊バリアに頼るしかないか。

衝撃に備えて思わず目を瞑る。

けれど、その衝撃は私の1歩前起こっていた。

 

「友奈!?」

「どきなさい。友奈!」

「イヤです。風先輩が誰かを、夏凜ちゃんを傷つけるところなんて見たくありません!」

 

やばい、風のやつ、私ならまだしも、友奈相手にも本気で大剣を振るってる。

 

「もう、分かっているんでしょう。"前とは違う"。今度は"まだ"失わなくちゃいけない。"後、何度こんな思いを繰り返せばいい"!!!」

「それでも、もし、後遺症のことを知らされていたとしても、私達は結局戦っていたはずです。世界を守るためにはそれしか方法がなかった。"でないと、ここまでもこれなかった"!」

 

風の大剣と友奈のバリアが何度もぶつかり、花びらのような光が吹き荒れる。

 

「知らされていたら、アタシは、樹を…みんなを巻き込んだりなんてしなかった。そうすれば…少なくとも樹は無事だったんだあああぁぁぁ!!!!」

 

風と友奈が同時に跳び上がる。瞬間、友奈の右手のゲージが目に留まる。それはもう八分咲きを越えている。

 

「友奈、それ以上はダメ!!」

 

ああ、それでも2人は止まらない。"どうしても、ここだけは避けられない。まるで誰かがそう仕組んでいるように!?!?"

 

――そうだよ、これは神様が望んだこと。こんな運命を変えるには――

 

今、私何を……

 

 

「風先輩を止められるならこれくらい。」

「友…奈…。」

 

ゲージ最大。つまり、もう友奈の満開は避けられない……。

 

あ…

 

風の腰辺りに細い腕が回る。

細くて頼りないのに絶対に話さない。

 

「樹……ううう、ゴメン、みんな、ごめんね。アタシが勇者部なんて作らなければ……。」

(違うよ。……)

 

樹がノートの一枚を風に差し出している。あれって、確か歌のテストの前にみんなで書いたアドバイス。

けれど、もう一人加わっている。

 

―勇者部に入らなければ、歌いたいっていう夢も持てなかった。だから、私は勇者部に入って良かった。"ありがとう、お姉ちゃん"。―

 

「私も樹ちゃんと同じです。風先輩。だから、そんなこと言わないでください。」

 

ただ涙とともに地に伏す風を、覆うように、守るように、そして隠すように樹が抱きしめる。

触れ合い、混ざりあり、溶けあい、どこからが風でどこまでが樹かもよくわからない。

まるで1つの生命が鼓動を打つように、ただその光景だけが夕闇に浮かび続けていた。

 

 

 

 



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Affection

「あ、そっか、みんなもういないだ。」

 

最初に抱いた感想はそんなことだった。初めて東郷さんのお家を見た時、そんなことを思った。

お隣に住んでいたあの人たちは急な転勤や出世いとかで急にいなくなってしまった。

小さいころから仲良くしていた人たちもみんな。

 

あ、だれか玄関にいる。

 

新しく来た人たちとは仲良くしたい。このあたりには珍しい大きな御屋敷みたい。

 

あ、私と同じくらいの女の子がいる。声かけてみよう。

 

「こんにちは、貴方がここの家に住むの?」

「え、ええ……。」

 

うーん、少しぎこちない感じ。まだ車椅子の扱いに慣れてないのかな?

それで、いきなり引っ越しだと不安だよね。よし。

 

「私は結城友奈。よろしくね。」

 

がっちり握手。少し驚かせちゃったかな?

 

「…東郷三森。」

「東郷さん! わあ、カッコいい苗字だね!」

 

なんか、最近教科書とかで見た気がする。

 

「この辺よくわからないでしょ? 何だったら案内するよ?」

 

桜もまだ見れる公園とか、このあたりも好きになってくれると良いな。

 

春は出会いと別れの季節。だから新しいお隣さんとも友奈は仲良くなれるって、言ってた。そう確かに言っていたはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方達におすすめの部活はあるわ。」

 

スルーすべきかは少し迷った。

 

「貴方達におすすめの部活はあるわ。」

「何故2回も?」

 

あとで聞いたんだけど、この時風先輩は私達2人に声をかけて勇者部を作るように大赦に言われていたみたい。

でも私はこの時、"また勇者部ができて"、その響きに食いついていた。

 

「なんだか、すごくワクワクする響きですね。」

「すごいところに食いつくのね。」

 

"まだ、一回目だから"、この時の東郷さんは私が振り回し過ぎて、困らせていないかちょっと心配。

 

「内容は迷いネコ探し、幼稚園や老人会のお手伝い。地域のボランティア活動ね。人にやさしくという神樹様の素晴らしい教え。でも、アタシたちの年頃だとちょっと気恥ずかしいところあるじゃない。だから勇気を持って実践する。だから勇者部よ。ま、これから作っていくんだけどね。」

 

――神樹様って、こんな風に作ってないのに、なんでこの教えにしたんだろ? ま、いっか。――

 

ふらりと、何かが通り抜けたような感覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悩んだら、相談。っと」

 

すらすらと風先輩がマジックで滑らせていく。

 

「なんかこういう5つの誓いみたいなの良いですね。」

「あと、1つは何にします?」

 

あ、そっか、あと1つ。あと1つか。何か無いかな。

 

「成せばなる為さねばならぬ、何事も。ってのでどう?」

「え? 誰?」

「上杉鷹山さんのお言葉。」

「よう…ざん? ちょっと難しい言葉のような…」

 

東郷さんが頤に人差し指をあててなにか考えている。

ん? あれ? 今、私、知らないことを考えていたような?

 

「なせば大抵何とかなる、とか?」

「それならバッチリ分かる!」

 

難しい言葉って、どうして、難しくしているのかな?

 

みんなに知ってもらえた方が良いのにね。

 

――よし、次があったら、ことわざとか無い世界にしよう――

 

うーん、勉強しなくてよくなるのは嬉しいけど、無くなるのはイヤかな。

 

――やっぱり、無くなるのは良くないよね。――

 

あれ? 今、誰かいたような?

 

 

 

 

 

 

 

「犬吠埼樹です。よ、よろしく、お願いします。」

「アタシの妹にしては、少しだけ女子力低めだけど、可愛いのよ。占いとかも得意だし。」

 

確かに風先輩の妹さんにしては、性格は大人しいみたい。

 

「へぇ、あ、そうだ。これあげる。幸運のお守り。」

「わあ、可愛い。ありがとうございます。」

 

友奈ちゃんが渡した小物を樹ちゃんが眺めている。さすが友奈ちゃん。敷居が上がってしまったけれど、この帽子と鳩の手品は定番。分かっていても目の前でいきなり起こると高揚すること間違いないわ。

 

車椅子の回転率を上げて、さっと一礼。

 

帽子に白い手巾で覆うこと3秒。

 

「わあ、鳩ですか? これどうやってるんです? それによく言うことを聞いてくれてる。」

 

この日のために訓練に付き合ってくれた鳩たちが樹ちゃんの周りを回って、私のもとに再び戻ってくる。

 

「ふふふ、この子たちとは"何度も"実演しているからね。この手品はね。ここの帽子に秘密があるの。」

「そうなんですね。へぇ、普通の帽子にしか見えない。」

 

風先輩の妹さんだけあって、この子も将来有望だわ。まずは人見知りでも、人の前では堂々できるようにしないと。

 

この1年はずっとこんな感じだった。毎日忙しくて、でもとっても充実していて、足のことも、記憶のことも、過去にしてしまいそうになった。でも……。

 

 

 

「それも、全部仕組まれていた。そうなんでしょ。"そのっち"。」

「うん、うん、うん、そうだよ。わっしー。」

 

今は東郷さんって言ったほうが良いだろうけれど、きっと、わっしーも思い出している。

始めに私達の前に女の子の姿で天の神が顕れた時、おかしな状態だった。

 

私達が知っている天の神ではない。

 

話していてすぐに分かった。でも何がおかしいのか分かったのは、もう少し後。

 

おかしなことだけど、私は、そして、きっとわっしー達も何度も天の神と戦っている。

結果までは思い出せないけど、間違いない。

 

けれど、あの子は天の神と名乗ったあの子は元は人間だったんだと思う。

 

どうして、ああなっちゃったのか分からないけど、西暦の時代に人類を粛清した天の神の代りに、天の神となっている。

 

(人類の敵に進んで鳴ろうとする理由。)

 

始めにおかしいと思ったのは、やっぱり友奈ちゃんにぶたれに行った時だ。ようやく会えたとようなそぶりだったけど、友奈ちゃんは全然覚えがなかった。

 

それなのに奇抜な行動で周りを見る余裕が無くなって、2人で話したいことがあったから、私達をわざわざ生きたままで帰して。

 

でも、ハッキリとわかったのは2人に分裂して見せたこと。

 

本当は分裂じゃないのかもしれない。同じ意識から出発しても違う道筋を辿った時に、もう別々の存在なんだと思う。

かつての…そう、今は思い出せない"もう一人の小さな私"と同じように。

 

ああ、やっぱり。これだ。

 

「まだ、おぼろげなところが多いけれど、あの敵が来た時から、少しずつ失っていた記憶のことをいくつか思い出した。でも、足はこのままだから散華から立ち直ったのではなく、記憶を後から追加されたんだわ。」

「そうだね。本当に治すつもりだったら、記憶だけーなんてことはしないよね。彼女。」

 

すっと居住まいをただす。

 

「"今回は、"もうほとんど分かってると思うけれど、やっぱり……え? わっしー。」

 

いつかのミノさんのように私のことを抱きかかえている。

 

「ごめんね。そのっち。すぐに思い出してあげられなくて。」

「ううん、いいんだよ。いいの。わっしー。こうして、もう一度会えただけで……。」

 

その先は言えなかった。こんな世界なんてーって何度も思ったけど、それでも、まだわっしーがいてくれて本当に助けられたんだよ。

もし、わっしーもいなくなってなら、私だってあの天の神と同じように、みんないなくなっちゃえーってなってた。

 

ただ、1つ気になっているのは……

 

「ぐすっ、うう、ホント、ごめんなさい。出ていけなくて。」

 

全身を炭素凍結されたままなのに、普通に喋りかけてくる少女。

大赦が手に負えず、私の部屋においていった天の神とならなかったままの姿。

 

「仕方ないんよー。貴方をどれだけ閉じ込めても無駄だって、本当はみんな分かっているんだけどね。みんな生まれる前からウイルスの世界として受け継がれてきたからね。」

 

彼女を閉じ込めても、傷つけても、それはもう天の神とは何にも関係ない。

 

それでも、誰もが彼女を解放することができなかった。

 

怖かったんだ。

 

目の前で一粒の粒子も残さず消滅したあの神官さんの姿は、それだけ印象付けられてしまった。

 

そして、大赦はこの子を私の病室においていった。何かあった時に最大の戦力である私がいればって、安心したかったんだ。

例え、最後は無駄になるとしても。

 

「せっかくだから、答え合わせってできないかな? 天の神も自分に対するよしみで普通は答えてくれないこともピッカーんと送ってくれたり。」

「わ、分かんないよ。そんなの。」

 

わっしーが交互に私達のやり取りを眺めている。

 

「じゃ、私が話すね。わっしーはどこまで思い出してるんだっけ?」

「だいたい全部よ。2年前、私は鷲尾須美だった。そして、そのっちと、銀と、3人で勇者だった。でも、銀がいなくなって、私は散華で記憶を失った。」

 

わっしーが実はわっしーじゃないって知った時は驚いた。

 

「え? 東郷さんは鷲尾さん? 何なんですか? それ……。」

 

そう、こんな風に。

 

「鷲尾家は大赦の中でも特に力のある家だった。だから勇者として適性の高い私を養子として迎えた。そして私達3人は戦った。そして、足の機能と記憶を失った。」

「そんなことって……、もし、そうなら、あの私がやったことは……。」

 

天の神が入れ替わったけど、それなのに、私達は同じことを繰り返している。繰り返すしかなかった。

 

(もし、なんで繰り返すのか分かれば、ミノさん……。)

 

「記憶を失った私は東郷の家に戻された。けど、それは次の戦いに備えたことだった。友奈ちゃんが勇者になることは初めから分かっていた。」

「大赦もね。自分たちだけで勇者を維持していくことができなくなったんだよ。彼女、勇者の適性が一番高かったんだって。」

 

勇者の適正とは何か? それは今も分からない。ただ分かっているのは……。

 

「いつの時代も神のいけにえになるのは無垢な少女だけ。穢れなき身だからこそ、その犠牲を以って大いなる力を宿せる。」

「でも、あの私はそんなの求めてないです。あの子と接続された時にたくさん知りました。前の世界はともかく、今のあの子が天の神だというなら、そんな風に世界を作ってないって。えっと…だから。」

「生贄は必要なかった?」

「そうなってたはずなんです。書き換えられたのだから。他ならない天の神自身の手で。私は自覚ないですけど。」

 

ああ、この子はもう自分が天の神だと認め始めてるんだ。その重荷をどうしていくのか分からないけれど、目を閉じ、口をつぐみ、耳をふさぐことを良しとはしなかったんだね。

 

「だったら、私達が知りたいこと、もうわかるよね?」

 

もう少しだけ早く気づけていたら、もっとたくさんミノさんともいろんなところに行ってみたり、遊んでみたりしてみたかった。

でも、それはもういいの。

 

だって、この子からその秘密を聞ければ、私はもう一度……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

園子さんは友達を、三ノ輪銀を取り戻そうとしている。

 

そして、天の神は結城さんが生まれてくるためにここまで世界を導いている。

ただ、それだけ。

 

本当だったら矛盾しないはずだったのに、いつの間にかこんなことになってる。

 

天の神に他の目的なんてなかった。

 

接続された時は混乱したけど、冷静に見てみれば煩悩まみれの俗人だった。

 

問題はそれを口にしてよいのかと言うこと。

 

こんなことを話して信じてもらえるだろうか? もし、信じてもらえたとしたら、きっとだれかは考えるだろう。

 

(私を殺せばワンチャン天の神を消せないかって、そんな都合の良い妄想あり得ないのに、今までの繰り返しで私は何万通りもそんな理由で殺されていた)

 

実感はない。

 

この夏が始まるまで、私は自分のことをちょっと家庭環境が複雑なだけの普通の子供だと思っていたんだから。

 

(話して大丈夫? この人たちは勇者だけど、あの神樹様と大赦が選んだんだ。勇者だからこそ、子供一人の命くらいで世界を守れる可能性が万に一つでもあるなら、自分の心だって裏切るんじゃない?)

 

実際、こうやって炭素凍結で生きながら死んでいるような状態で、指一本動かせないまま何日も放っておかれている。

 

私は見せられた三ノ輪さんみたいにはならない。なりたくない。

 

「繰り返しは……確かに天の神は時間を超越することができると思う。でも、やり方なんてわからないよ。それこそ……」

「それこそ、ボクに聞けばいいんだよ。呼んでくれればジャンジャジャーンって、こうやって出てこれるんだしぃ。」

 

うわ、今度は何の前触れもなく普通に出てきた。

 

「天の神……。警報は?」

「いやあ、いちいち騒がれるのもヤだし、今は電話みたいなもんだよ。で、銀ちゃんを助けろって言うんだよね。いいよー。ボクがキミ達を過去に送ればいい。」

 

へ? それOKなの? それだと友奈さんの魂が高天原に吸い込まれないから、つながらなくなるんじゃないの?

 

あ、そうか。それは時間を縦軸で見た時なんだ。

 

未来の出来事を実際の体験ではなく、知識として知るだけなら、因果関係を気にしなくても良いってこと?

そして、過去現在未来を人が移動可能な光円錐内のパラメータとして、すべてをはじめからすべて知っていれば、つなげる必要もなかったんだ。

 

「でも、それなら、なんで300年も待っていたんだろう? 自分の望み通りに最初から友奈さんがいて、毎日楽しい世界にすれば良かったんじゃないの?」

 

あ、しまった。

 

「友奈ちゃんが望み? どういうこと?」

 

園子さんも首を振っている。

 

まずい、ごまかさないと、絶対にまずい。

 

「ようやく現実を受け止められたんだね。でも、今のボク(わたし)はそれだけじゃない。ただ友奈が無事でも、それだけじゃ済まなかった。もっと、根本的なところを何とかしないと意味はないんだよ。」

 

こっちが認めた。なんで、この前まで隠そうとしていたのに?

 

「ここまでくれば、東郷さんが何もしなくても後は那由多が動けば、みんな表に出なくちゃいけないからね。必ず友奈は満開を使う。この世界を、みんなを守るためならば。」

「どういうこと? まるで友奈ちゃんの無事を願っているのに、満開させようとしている。そんなのおかしいわ!」

 

確かに東郷さんの言う通り矛盾している。だって、あと2回満開した時、友奈さんは……。

 

「そうか! 神樹様の代りに友奈さんの体を作り直すつもりか。」

 

今までの世界通りならここで友奈さんが、レオの御霊が昇天する時に一緒に高天原に巻き込まれてる。

その間に満開で霊的に機能停止していた友奈さんの体は、御姿として神樹様が再生して、またそのことが神婚につながってる。

だったら、最初から天の神自身が御姿を作ってしまうつもりか。

 

「うん、まあ、正確にはちゃんと私の半分が扱えればそれでいいだけなんだけどね。」

「貴方の半分って、一体何を!?」

 

東郷さんの聞きたかったことを、私は既に知っている。

こいつは本当に自分の力を半分にして友奈さんに注ぎ込むつもりか。

 

「神様(ボク)のものは(てん)に還し、私のものは友奈(■■■)に返すってこと。あるいは、貴方のよろこびは貴方のきょうだいと分かち合いなさい、かな。それは私と友奈の問題。貴方達は銀ちゃん助けたいんでしょ。やるなら今すぐにでも過去に送るよ。」

 

そこまで、一息に言い切ると私達を交代に見つめている。

 

「やるよ。でも、貴方はどうしてその約束を守るの?」

 

けれど、見つめられるより早く園子さんの心は決まっていたみたいだ。

ただ、天の神に理由がない。それはこれまでの記憶をリンクされた私でも理解できない衝動。

 

「決まってるじゃない。貴方と何より東郷さんが邪魔だから、貴方達の望み通りの世界に送ってあげようっていうだけだよ。私がいていて欲しいのは友奈だけだもの。他の人たちはどこへなりで幸福に過ごしました。めでたしめでたし、で良いよ。ここまでくればね。」

 

え? もしかして、魂だけ時間を遡るとかじゃなくて、直接送る気なの?

 

東郷さんの口が開く。

 

けれど、それよりも早く全員の端末が鳴り響く。ああ、そっか、那由多もこれが最大のチャンスだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わっしーは何も言わずに去った。

 

そのことに少しの不安と、それ以上の安心を感じている。

そんな自分がすごくイヤだった。

 

(ごめんね。ミノさん。私は貴方に会いたい。信じてそれだけは本当。でも、ひとりじゃ嫌なんよ。わっしーも同じだって。でも……)

 

もし、わっしーが過去には戻らないって言ったら?

 

私だけがそう信じている、なんてことはないって言い切れるの?

 

「私は……それでも1人でもできるの?」

 

来ていいる人はいる。でも答えてくれる友達はいない。

 

「貴方なら必ず。園子様。」

 

ただ、この人たち言えることは1つだけ。

 

「だから、わっしーやみんなと戦うしかないって?」

「それが"神樹様を"ひいては世界を守るためならば。」

 

はーって、ひとつため息。

 

この人たちだって本当は分かっている。だから仮面を外せない。外せばそこで立ち止まってしまうだろう。

 

だから、せめて私が、私だけが止められる。

 

もう2度と間違えないために。

 

「成り行きを見守るよ。」

「何故です? それでは……」

「じゃあ、何、わっしーやその友達と戦えって言うの?」

「しかし、壁の外では天の神が迫っております。この状態で犬吠埼風の暴走や東郷三森の放置は、本当に……」

 

誰もが分かっているのに、その方法は少しずつ戦う力を失っているんだって。本当に……。

 

「ふざけないでよ」

「園子様……。」

 

前と同じなるか分からない。でも、やっぱり、同じ……同じ? どうして? なんで同じにするの?

 

私達が知らないことがまだある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、きっと天の神は私達の誰が反旗を翻しても、何もしないです。」

 

通信が世界の壁を越えて、お互いの意思を飛び交う。

本当は言葉なんて必要ないけど、私達人間は誰かと言葉を交わす時間が何万年も長すぎた。

 

「……ただ、結城友奈が勇者であれば、それで良かったんですって。300年間四国に誰も出入りできないようにしていただけで。私達の本当の敵はその程度の浅い考えで……。」

 

思い浮かべるは、どこか危うい笑みを浮かべている神様。私達の本当の敵。天の神。

 

「はい、ですから、今は誰でも入れるようにしているんですって、彼女自身が待ちきれずに出てきてるんです。だから、これは最大のチャンスで。え? 四国の人たち? ごく一握りを除いて、誰もしりませんよ。ええ、だから、人手が欲しいんですって。いくら何でも私一人じゃ無理がある。そうです。はい、承知しました。」

 

 

淡い光が消えて通信が終わる。

 

ふと思い出した。これを初めて作った300年前の人も結城さんだった気がする。

 

さて、それじゃ。

 

「東郷が壁壊しをするかどうか分からんないし、今回は私がやるか。神樹様、14年間お世話になりました。ちょっとだけ壁を壊します。そして、きっと、私達が天の神を倒します。」

 

ナノマシンによる分解が進んで、自分の意識が鋼の中に解けていく。痛みはない。ただ、一瞬で有機生命体としての私が一度終わるだけ。

神樹様が"これから起きるはずだった歴史"で友奈の体を作り直したのと同じ。

違うのは神様か人間か。

 

「時間クローキング解除。NGC-2632 プレセペ起動。」

 

私の、いえ、私達のもう一つの姿。

 

外骨格表面を変形させて、γ線バーストを収束放射してみる。

これで壁を壊せればいいんだけど。

 

「やっぱダメか。普通のレーザーじゃ効果なし。ポッド射出、量子障壁展開。レーザー冷却と相空間モデルを再設定。」

 

いい加減、音声入力は止めて欲しいんだけど、これと電気信号の組み合わせが本人認証で一番だからって、いつまでも古典的なやり方ばっかりだ。

 

「出た。波動関数産出。フェルミ粒子からボース粒子へ変換。吸着用ラジエータ展開。これで……」

 

何の前触れもなく初めからそこに無かったかのように壁の一部が透き通る。まるで夢から醒めて現実へと覚醒したかのように。

 

「よし、急げ、急げ、吸着率は58パーセント。なんとかレオも通れるかな? おっと、せっかく穴を開けてやったのに、私が人間の被造物に見えてるの?」

 

集まってきた星屑の一部が私に食らいついてくる。

 

レーザー発振ポッドで外部から熱的ド・ブロイ波を偏向している今は物理的に噛みつかれても影響を受けていない。

ただ、こっちも神樹様の結界に穴をあけるために量子障壁を1度使ってるから残りエネルギーが心許ない。近接戦闘で戦うしかないか。

 

2度、3度、飛来した銃火で星屑たちが飛び散る。

 

誰? 東郷?

 

最初に東郷がやってきたのは、やっぱり運命からは出られていないってことか。

 

さて、今の彼女は私が那由多だと分かるんだろうか? それとも、ただの機械に見えるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは何?

 

バーテックスではない。機械人形?

とにかく助けないと。

 

「行って、川蛍」

 

花のつぼみのような浮遊砲台が機械人形の周りのバーテックス達を追い払う。

 

 

「ええっと、ハロー、東郷」

「は!?」

 

これは、まさか米英が作成した新兵器? いえ、でも、この声は…。

 

「まさか、それに乗っているの? 来島さん? どういうこと? 貴方はバーテックスを率いていたのではなかったの?」

 

確かにバーテックスを率いて、とうとう現実にまでやってきていたのに、どうして今更バーテックスと戦っている。

 

「まあ、いろいろあるんだよ。とりあえずあんまり精霊の力は借りない方が良いんでしょ。任せといて。これで……。」

 

ふわりと機械人形の巨体が持ち上がる。空戦ができる種類なんだろうか。

私がそんな考えを持った瞬間にその巨体が消えて、あたりのバーテックスも倒せたみたいだ。

 

けど、まだ彼女は信用できない。何より神樹様の結界はバーテックスには破壊できない。

だから、破壊したのは間違いなく彼女だ。

 

「何故、結界を破壊したの? 」

「天の神を呼び寄せるため。これを破壊すると天の神がプッツンしてやってくるんだよ。そこを倒す。」

 

天の神がやってくる?

 

「今までも何度も来ているじゃない。こんなことをしてしまったら世界が…、それにもう戦う必要はないって、天の神自身が言っていたじゃない。」

 

事実、この前までバーテックスはいなくなっていた。それなのにまた呼び寄せてしまったの?

 

「それで、いつかこの世界が滅びるまで放っておくの? 銀ちゃんの事も?」

「"銀のことって"、どういうこと? 銀はもう……」

「いいえ、まだだよ。まだ三ノ輪銀は完全に死んではいない。だって、ほら……」

 

指さす先、炎の海にも負けない赤い獣が飛び出してくる。

 

「あれは!?」

 

どこかで見た覚えはあるのに思い出せない。

 

「天の神の力を与えられた私達3人の1人。十華に与えられた意味は生命(セフィロト)殻で覆うもの(クリフォト)。魂さえ無事なら命をつなぐ方法もあるんだよ。だから……」

 

豹のようにしなやかな筋肉を持つ腕と、山のようなを持つ熊のよう両足。

10本の角と7つの頭を持つ大樹のような爬虫類じみた七つ首も、骨格と爪をを取り付けたよう蝙蝠の翼も、見覚えがある。

 

「銀……。どうしてそこにいるの。」

 

私のみ上げる先、捧げ持つように中央の4番目の首が抱える棺。

そこだけ赤みがなく、敷き詰められた花のように白い銀の顔が浮かんでいる。

 

 

「お願い、力を貸して勇者たち。もう二度と繰り返しなんてさせない。」

 

 

 

 



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I declare war against you

仕事忙しい…。1年前よりましだけど。


「助けて? 勝手よ。それならあの時どうして町の中でバーテックスをだしたの? 言っていることがめちゃくちゃじゃない。そのせいで友奈ちゃんはすごく悲しんでいたわ。」

 

あの後、突然危険に晒された人々がどれだけ動揺し、私達を敵とさえ間違えたか。

 

「だって、今の大赦は戦うつもりがないでしょ。助けたいすべてにはこの世界だってあるんだよ。それなのに何も知らせず、知らされず、みんなも知らないから仕方なかったって言い訳ばかり。そうやってこの世界は逃げ続けてきた。私達は違う。宇宙規模の結界で閉ざされても、肉体がすべて滅びても、私達はここまで来たのだから。」

 

無数の光が輝き大きな影が落ちる。どれもバーテックスとは違う。人間の匂いのする機械たち。

数は十一。ただ、どれも十華さんから距離を空けている。

 

「神樹様の結界を破壊すれば、バーテックス達は寄ってくる。そして天の神も怒りのままにやってくる。貴方達がかつての歴史でそうしたように。前の世界で貴方達がそうしたように。」

「ここを戦場にするつもり。させないわ。」

 

天の神が敵だとしても、せっかくバーテックスの姿が見えなくなっていたのに、これだと私達はまた戦わなくてはいけなくなる。

みんながあの苦しみを味わうことになってしまう。

 

「どうして? 天の神を倒さなければ、この世界だっていつか終わる。このまま助けの来ない状態を続けるの? 今なら私達の世界と力を合わせれば、戦うことができる。ただ、人としての肉体を棄てた私達にはもう未来がないだけ。それもこうして生きている人がいるというなら話が変わってくる。」

 

「だからと言って私達は今のままでは戦わないわ。だって、満開を行えば、友奈ちゃんが、みんなが私みたいに記憶さえも失ってしまう。大切な思い出も、大事な人も失ってしまうのよ! それでも戦えというなら…。」

 

再びシロガネを構えなおす。発砲するつもりはない。でも、戦いに駆り立てられるのは、もう嫌。

 

「え? ちょっと、東郷!? って、全員待ちなさい」

 

けれど、私が構えなおした瞬間。光の一つがふっと消えて、那由多さんと同じような鉄の巨人がその腕で私を叩き潰す。

 

「このなんて力。」

 

精霊バリアで直接受けていないのに、バリアに加えられる衝撃だけで気を失いそうになる。

 

「やめて。東郷は敵じゃない。」

「うるせー。銃を向けてきた時点でコイツもバーテックスと同じで人類の敵だ。どうせ、自分たち戦わなくていいから、次の世代に先送りする気なんだろう? そんな奴ら気にする価値もない。俺たちだけで勝手に始めれば良かったんだよ。」

 

やっぱり、こっちの機械巨人からも声がする。

 

「じゃあな、とっとくたばれ。」

 

このまま、みんなを戦わせたりしない。私がここでこいつらを止めれば。

 

「が!? この、やっぱり」

 

けれど、私を攻撃した機械は十華の首の1つに噛みつかれて、暗い宇宙に持ち上げられる。

そして、それが合図だったように残りの機械たちも十華に攻撃を始める。

 

けれど、機械たちが使う光線銃も誘導弾も十華を傷つけることができていない。もちろん十華の真ん中の首が守るように持つ銀の棺も煤一つ届いていない。

 

「全機、星座と同じように量子障壁を展開。存在確率を低下させて倒すよ。」

 

川蛍と同じような小型機が機械人形がから発射され、十華の周りを回りながら、さっきとは違うレーザーを集中させる。

 

「位相空間モデル再設定。レーザー冷却開始。このまま…。」

「十華避けて、銀が…」

 

急速に十華の動きが止まる。

 

「すべての世界を取り戻すために一緒に戦ってほしかったけど、こうなったら仕方ない。十華、今は貴方だけでもここで倒す。」

 

そのまま十華と銀の姿が霞のように消えていく。

 

「っしゃー。みたか。バーテックスども。これならどんな存在だろうが…。」

 

私を攻撃した機械人形の声が途中で途切れて、上半身が消えてなくなる。

 

「は? 索敵。バーテックスは?」

「周囲にバーテックスの影はなし。どこから。え?」

「くそ、もう1機やられた。どうなってる。身動きもしないでこっちを攻撃してるのか?」

 

余裕な感じで出てきた最初の様相から一変して、かなり混乱しているのが分かる。

バーテックスを攻撃することは考えていたけれど、星座の名を冠するバーテックスと戦うのは初めてなのかもしれない。

 

だとすると、私達が満開を使った時と同じことができるようには思えない。

 

「とにかく、今は早く存在確率を下げて。下手に攻撃して飛び散ると同位体(アイソトープ)化して増えるよ。」

 

そうだ、銀。銀の体があそこにはあるはず。足に力を込めて走り出す。

 

「東郷! 行っちゃダメ。あそこにあるのはただの物質としての体だけ。生きてはいない。」

「それでも、どうして銀の体が2つもあるの? もし、そのっちが言ったように戻せるのならば……」

 

もし、過去に行かなくても戻せるのなら……。

 

「そうだよ。そのためにここに帰ってきたのだから、わたしは。今こそ銀さんを呼び戻すために。そして……。」

 

この声は……

 

「喋った……神の使徒が?」

「人の言葉で……。」

 

間違いない。この獣は…いえ、この子は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだよ。そのためにここに帰ってきたのだから、わたしは。今こそ銀さんを呼び戻すために。そして……。」

 

そして、後2時間15分後に結城友奈を殺せば、天の神様は終わる。終わらせることができる。

とうとうそのチャンスが来たんだ。

 

唯一神の唯一無二の唯の友達。

 

だからこその、たった一つの弱点。

 

きっと、那由多達も同じことを考えている。

理由は不明だけど、天の神様自身が私達がそういう風に行動することを望んでいる。

 

もちろん、その行為は償えるようなものじゃない。

何回か繰り返した歴史で実行した時、鷲尾さんのショックは見ていられないほど酷かった。

だから、この2年間の記憶を鷲尾須美としての記憶で上書きする。

それなら、結城友奈に会う前に戻せるはず。

 

東郷三森にとって結城友奈は不可欠でも、鷲尾須美にとって結城友奈は出会ってすらいない。

 

「さあ、鷲尾さん、貴方の思う通りに、貴方達を生地獄を味わせる神樹の壁を壊して。もう、こんなことは終わらせて。」

 

あれ? 鷲尾さんも那由多のお仲間も、なんか微妙な雰囲気。

え、ちょっと、鷲尾さんなんで私に銃を向けるの?

 

「させないわ、せっかく戦わなくて済むのに、この世界を壊させたりしない。そして、銀の体も返してもらうわ。」

「ふぁ!? どういうこと!? いつもの時間軸なら今頃暴走して壁壊すタイミングじゃないの!?」

 

おかしい、どうなってるの?

 

「何を言ってるの。天の神様がいる限り貴方達の戦いは終わらない。あの方は結城友奈に一度でも危害をくわえた者を自動的に敵対する。だから貴方も。」

「私だって友奈ちゃんを傷つける人には何をするか分からないわ。」

「まさか……壁を壊すつもりはないの?」

「当り前でしょう。なんでわざわざ私が御国の危機を引き起こさなくてはならないの?」

 

あり得ないと思っていたけど、神様は融和路線でも始めるつもりなの?

この世界は一体?

 

「当てが外れたみたね。十華。私達の世界のために邪魔はさせない。このままその存在を消してあげる。」

「那由多。貴方も天の神から離れたのなら分かるでしょ。私達に未来なんてない。」

「いいえ、まだよ。私達はまだ生きている。たとえ肉体は滅んでも。たとえ世界がなくなったって。たとえ人間をやめたって。私達は生きるの。」

「私は…私はそんなふうに思えない。」

 

透けて見える翼を広げて残ったロボットたちに炎を吐き出す。

 

「散開。絶対に当たらないで、あれ一つで活動銀河中心核を撒いているようなもの。」

 

レーザーを絶やさずに蜘蛛の子を散らすように私の焔から距離をとる。

どういう仕組みなのか分からないけれど、あのレーザーで作られたバリアみたいなので私を閉じ込めた状態を続けている。

 

(存在確率がどうとか言ってたけど、私の体が透けて見えていることと関係あるのかな。歴史の流れもだいぶ違うみたいだし、とにかく新しい意識が誕生する前に銀さんの体に魂を戻さないと。)

 

 

「東郷さん!」

「東郷!」

 

あれは……結城友奈と三好夏凜か。

 

だったら、銀さんの端末も夏凜が持ってるはず、そして、やっぱり見つからなかった銀さんの魂はそっちに受け継がれちゃってる。

わたしの一部と一緒に。

 

「三好夏凜、私の一部返してもらうよ。そして、代りに銀さんの肉体を返してあげる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喋ってる。これって生き物?

熊みたいな体から首がいっぱいで、2足歩行で蝙蝠みたいな翼がある動物ってなんだろう?

でも前足は豹みたい。とにかくドーンと大きな赤い動物。

なんか額に文字みたいなものと頭に冠みたいなものがのっている。

バーテックスと同じ天の神が作った生物なんだろうか?

 

向こうの壁を壊したロボットと戦ってるみたいだけど、東郷さんとも戦っていたみたいだし、味方なのか分からなくなってくる。とにかく東郷さんのところへ行かないと。

 

力を込めて地面を蹴って思い切りジャンプ。したつもりだったけど、全然飛べない。

 

「うわわ、って、変身が!」

 

いつの間にか変身が終わってる?

まだ、戦いは続いているのに、バーテックスが逃げていったから?

 

「どいて、鷲尾さん。」

「きゃああ!」

「東郷さん!」

 

喋る熊から吐き出された炎が精霊バリアと一緒に戦艦ごと東郷さんを吹き飛ばす。

 

ダメだ。やっぱりまだ戦いは続いている。もう一度勇者にならないと。

 

スマートフォンの画面を操作してアプリを起動してい見るけれど、そこに映った文字は見たこともない表示。

 

――貴方は勇者ではありません。このアプリを起動することはできません。――

 

 

「嘘! どうして!?」

「友奈! 変身が…。」

 

驚いて夏凜ちゃんを見ると、夏凜ちゃんも制服に戻ってる。

 

「あ……」

 

聞き逃してしまいそうな小さな声。まるで夏凜ちゃんの声じゃないみたいな。

 

「「夏凜ちゃん!?」」

 

ゆっくりと、夏凜ちゃんの体が傾き、力を失ったようにぐったりしている。

 

「もらった。結城友奈ぁああ!」

 

速度を上げた喋る熊が迫る。急いで逃げないと…。

ダメだ。夏凜ちゃんが目を醒まさない。

 

急いで夏凜ちゃんを抱えると横っ飛びにドラゴンの攻撃をかわす。

 

だけど、こんな避け方じゃ、何度もかわせない。

 

熊もそれが分かっているのか、今度は大きな火の球で私を狙った。

 

ダメ。避けられない。

 

夏凜ちゃんを抱えるようにして目をつぶる。

 

お願いです。神樹様。もう一度勇者に、みんなと一緒にいられるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ? 私、何をしていたんだっけ?

そうだ、確か特別警報とか何とか、また天の神が攻めてきただ。

 

だったら戦わないと、友奈たちも戦ってるはず。

 

「いえ、貴方はもう戦わなくていいい。分かっているんでしょ。大赦にとって貴方は満開でボロボロになっても心の痛まない都合のいい道具だったって。」

「誰よ。いい加減なことを言うのは!?」

 

振り返る先には1人の赤い髪の少女。

 

そう。その色はさっき見た七つ首の山よりも大きな熊そっくりの結界の外の炎よりもなお赤く輝いている。

友奈の髪と違って、まるで燃やしては行けないものを焼いて出ているような煙る炎。

 

私はこの子を知っている。

 

「アンタは……。」

「始めまして…ではないよ。自己紹介はしてないけどね。銀さんの継嗣。三好夏凜さん。」

「は? 継嗣? これアンタがやってるの? だったら戻しなさいよ。」

「もちろん戻すよ。貴方には何の関係もない物語だから。でも、わたしの一部と銀さんの魂は返してもらうよ。それは貴方のものじゃない。」

「なによ、そんなものどこにあるのよ。」

「貴方の端末だよ。貴方の勇者としての力は神樹様に認められたからじゃない。銀さんの端末を使ってその魂によるものだ。だから…。」

 

――貴方に勇者の資格ない。――

 

声を上げる間もなく、また暗闇。自分の声も出ているのか、分からないほどの深淵。

 

ちくしょう。こんなところで私はまた役に立たない。

私は完成型勇者なのに。

 

世界が、友達が、大変だって時に……。

 

何かに触れているのか、何も触れていないのか、

落ちているのか、立っているのか、

見えているのかいないのか。

 

それでも、私は行かなくちゃいけない。

 

そうだ。気配。バーテックスの気配を感じられ…ない。

 

ずっと感じてきたバーテックスの気配。それすらももう感じられない。

 

考えろ、考えろ、考えろ。

 

まずはここを抜け出さないと、たぶん幻覚とかそう言うのだと思うけど、どうすりゃいい。

 

 

「―願い。――――今――助けて。友奈を」

 

 

今のは、天の神?

 

「な、何を言ってるのよ。アンタがやってきたせいで全部おかしくなったんでしょう!」

 

鳴き声だけがどこまでも聞こえる。

 

「おやまあ、てっきり東郷が来ると思ったんだけどな。やっぱり東郷の好きとボクの好きは違うってことか。」

 

言葉は光となって、深淵を天上へと塗り替える。

 

「こんばんは、三好夏凜ちゃん。恥ずかしいところ見られちゃった。」

 

ちょこっと舌出しながら、そう言う姿は間違いなくあの時顕れた天の神。

 

「ここ、どこよ。早く返しなさい。今、友奈は戦ったら……。」

「満開が発動する、だよね。それは私が思うところではないけど、貴方にボクに代わって、友奈を助けてくれるの?」

 

は? 何言ってのこいつ? さっきから聞いてればまるで友奈を助けたいみたいな事ばっかり言って。

 

「ふざけんな! 言われなくても友奈を助けるわよ。それから東郷も一緒に連れ帰って、あんたが追ってこなければ……。」

 

そう、すべてはコイツが始めたんだから、コイツが何もしなければ良かったんだ。

そう思うと、改めて怒りを込めて、その透き通る青空のような瞳を睨み返す。

 

「そうだね。もしかすると、貴方の言う通りボクは何もしなくてもよかったのかもしれない。でもね、友達が大変な時に、何もするなって言われて、はいそうですかって貴方は思えるの?」

「は? 友達。誰が貴方の友達だって言うのよ!」

「うーん、まあ、言っても信じられないだろうけど、私にとっては友奈は一番最初の友達なんだよねぇ。」

「は?」

 

こんな時だというのに本当に適当なことばかり。

 

「信じられないでしょ。だからさ、結局自分で真実を知るしかないんだよ。私も貴方も。でも、友奈に真実は知ってほしくない。全部自分のせいだ、なんてひどすぎる話でしょ。」

「さっきから、嘘ばかり並べて、私を混乱させようって言うの?」

「そんなつもりはない、って言っても意味ないよね。でも、今の貴方が戻っても、何もできないでしょ。十華に大赦の勇者としての資格を三ノ輪銀に戻されちゃったから。」

「そんなのさっきのヤツが勝手に言ってるだけで……? 待って、十華ってあの化け物熊のこと?」

「あー、化け物は酷いんじゃない。あれでも貴方達と同年代の女の子だよ。()の力で変身しているだけでね。貴方達の勇者システムの代りみたいなものだよ。」

 

さっぱり分からない。

 

「まあ、私が直接力を分けた使徒の3人でも、ここまで私の識閾下まで来たことないし、サービスするよ。なんせ今までの最高値はアルの六識だったからね。」

「い・ら・な・い・わ・よ。そんなことよりさっさとも戻しなさい。」

 

私の返答を聞いた瞬間拳を作って、一生懸命に上下に振り始める。

 

「ええー。この世の真理だよ。完全な真実だよ。哲学回答だよ!? こう、時代が時代なら黄金より価値あるんだよ?」

「いいからここから出しなさい。」

 

痺れを切らして天の神に掴みかかるけど、あっさりと宙に浮いてかわされてしまった。

 

「わー、わかった。分かったってば。しょうがないなー。じゃ、大サービスで余ってた使徒の力をあげるからそれ使って自力で帰って見せてよ。」

「いいわよ。さっさとよこしなさい。って、うわっ!」

「はい、よこしたよー。」

 

急に目が覚めたような感覚。ふと思い出すのは、鍛錬で疲れ切ってもう動けないはずなのに繰り出せた一撃。

 

ああ、分かるわ。これなら戻れる。

 

「それじゃ、またいつか逢いましょう。今度は友奈たちも連れてきてくれるとうれしいな。」

「アンタが世界を滅ぼさなきゃいくらでも来てやるわよ。」

「ふふふ、約束だよ。神樹様が、もうすぐそういう世界を用意してくれるからね。それじゃ友奈のことお願いね。」

「そんなの、頼まれなくても……」

 

あれ? 今、神樹様って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もらった。結城友奈ぁああ!」

 

敵の声で目覚めるなんて最悪だ。

 

私を守ろうとしてくれたのか、抱えてくれている友奈をそのままに跳躍、1度、2度、全部で7度。

全ての攻撃を避けて、大きな根の上に降り立つ。

 

「夏凜ちゃん! 良かった。」

 

ああ、目を醒ましたんだ、私。

 

友奈の声を聞いて、ようやく自分が戻ってきたと理解する。

口を開こうとすると炎が迫ってる。残念だけどゆっくりする暇はないみたいだ。

 

「勇者の力、まだ残っていたのか? それとも、だけど神様もアルもいないなら、ここで終わりにできる。」

「友奈ちゃん!!」

 

満開した東郷が攻撃を続けているけれど、ドラゴンは背を向け私達に迫り続けたまま、まったく攻撃に意識を向けていない。いえ、あれは当たる直前で何かに遮られてる。

 

でも、それよりも先にやってもらうことがある。

 

「とりあえず、降ろしなさい友奈。私はもう大丈夫。」

「でも、夏凜ちゃん。変身が!」

「それはアンタも一緒でしょ。大丈夫よ。原因、分かってるから。見てて。」

 

天の神が言った通りなら、友奈にも、私にも、天の力の一部が分けられてる。

それが神樹様の力と反発してるんだ。

 

だったら、その反発する力の流れを上手く調整してやればいい。気配を読むだけじゃだめだ。

 

「だったら、気配を掴んで流れを変えてやるのよ!」

 

すっかりなじんだ穏やかで包み込むような神樹様の気配。いつも身近にあった気配で気が付きにくいけど、私には分かる。

 

そして、もう一つ。

 

まるで、深海から見上げた太陽のように辺りを放射される光。触れるものすべてを炎とするような激流。

 

きっと、これが天の神の気配。

 

「友奈よく見ておいて。きっとアンタならできるから。でも、もし…いえ、何でもないわ。」

「夏凜ちゃん?」

 

変身の要領は今までと変わらない。ただ、戦いの意思を示してアプリをタップする。ただそれだけ。

 

けれど、本当に天の神は本当のことを言っているのだろうか?

 

いえ、迷ってる場合じゃない。東郷の砲撃を受けてもドラゴンは全くひるまず進み続けている。

東郷は攻撃されてないから無事だけど、もし、東郷を攻撃していたらどうなっていたか分からない。

 

そして、このまま進めばきっとあのドラゴンは言葉通りに友奈を攻撃する。

だったら、賭けてみるしかない。

 

「いくわよ!」

 

変身が始まってすぐに違いは分かった。ああ、きっと天の神は人間のことなんかやっぱり分かってなかったんだ。

 

背骨がまっすぐ盾に割れ、脊髄がドロリと零れ落ちる。

 

「ッアアアアク、がぁああああ!」

 

痛みに声が喉から飛び出すけれど、本当に音になっているのか分からない。

 

別れた背骨が私の体の中を透り、掌から飛び出す。まるで自分たちが私の新しい刀だと言わんばかりに、鋭く形を変えて手に収まる。

消えた背骨から新しく置き換わる。人間のそれではなく翼ある形で。

 

背中らから飛び出した翼は幾つもに分かれて、踊るように広がっていく。

 

翼は炎を遮り、精霊バリアのように私達を覆う。

 

「それ、天の神様、なんで貴方が? 私の一部は返してもらったはず。」

「知らないわよ。勝手に押し付けていったんだから。」

 

(でも、これはちょっと、早まったかも……)

 

変身するたびに背骨を引っこ抜いてぶん回すのは、なかなか慣れない。

でも、問題は追加された能力の方だ。

 

(ああ、もうさっきから近未来予測、近未来予測って、鬱陶しい。いくら相手の攻撃が読めてもこれじゃ戦いに集中できないじゃない。)

 

視界が幾重にも重なって見える。子供心に未来予知を考えたことはあるけど、実際使えてもこれじゃ気が散って仕方ない。

 

「一気に七識まで押し付けられたみたいだけど、感覚酔いが酷いでしょ。そんな状態でわたしだけじゃなく、壁を壊してる那由多達も相手にできる?」

 

「知らないわよ。そんなこと。でも、私はやらなくちゃいけない。アンタ達を止める。」

 

やっと、見つけたんだ。ずっと探していた。だから、絶対にこんなところで終わりになんかさせない。

 

ゆっくりと、お互いに上昇していく。

 

「天の神様の本当の目的は壁を壊したくらいじゃ何も影響しない。でも、結城友奈を失えば天の神は必ずこの世界を切り離す。そのためには……。」

 

瞳が収縮し、猫のように細くなる。

 

「結城友奈はここで殺す。絶対に。」

「させない。絶対に。」

 

右の腕を振り上げ、巨大な斬撃を集まってきていたバーテックスに向ける。

左の腕を降り降し、無数の小太刀を投擲して次々に爆破させる。

 

大丈夫、私はまだ戦える。

 

「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ、これが讃州中学2年、勇者部部員。三好夏凜の実力だ!」

 

 

 

 



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Passion

バーテックスは無数に存在する。

 

けれど、物理的に存在する以上、複数のバーテックスが同じ場所を占めることはできない。

光や重力とは違うんだ。

 

「だから、物理的な力さえ通じればこの通り。」

 

わたしに群がり喰いつくさんとするバーテックス達。

前とは違う。2年の年月の間にわたしの力は増している。

 

「大嫌いなバーテックスと、大好きな結城友奈とともに先に逝くがいい。三好夏凜。」

 

もっとも、その場合でも2度と会うことは無いだろうけど。

 

周囲の電磁障壁から稲妻を雨のように降り迸らせ、夏凜を追い続ける。

途中で夏凜が投げつけてくる無数の小太刀がいくつか突き刺さる。小太刀が突き刺さるたびに無数の爆発が眩しい。

 

「"私は、もう突かれない"。」

 

私が選んだ外部からの影響は2度と私を傷つけない。

 

残り4回、せめて結城友奈用に"殴打"と"焼かれる"の2回は制約を残しておきたい。

 

夏凜も限界が近いだろう。

 

どんな奇跡か知らないけれど、天の神様の力は生身の人間には全身を焼かれる猛毒。

わたしは獣の姿をとれば再生する。那由多は肉体の方が死んでもあまり意味がない存在。

 

私達と同じで神様から直接力を貰えた使徒なら、あの武器だって体の一部を切り取って変化させたものだ。

 

それを投げたり壊されたりするってことは……

 

「ゴホッゴホッ、何よ、これ…。」

 

やっぱり、だいぶ痛めてるね。

 

神様が鷲尾さんを追い詰めなかったから、だいぶ動きが変わってるけれど、運命はまだわたしの方に傾いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しまった、と思う間もなく、足を止めた瞬間、炎の世界がより高温の白光に照らされる。

攻撃はほとんど受けていないのに、ダメージが蓄積されている?

 

後はほとんど反射的により熱い場所に飛び込んでいた。

 

この光が攻撃ならこの先に敵がいる。

認識よりも早く首を刎ねる。浅い、4本しか落ちてない。また、さっきの白光が来たら、ちょっときつい。急いで離れないと。

 

「ぐ、だけど、これで"斬ることはできない"。あ……。」

 

反撃は来なかった。

理由は分からないけれど、別の方向に意識を向けている。

 

なら、こっちから追撃をあと3本落とせば、隙の1つも見えるか?

 

けれど、その1歩の代わりに出てきたのは、また肺が破れて漏れ出た空気と血混ざった音。

 

「ゴホッゴホッ、また。なんで?」

 

さっきの炎で肺が焼けたのかと思ったけど違う。これは明らかに体内の異常だ。

 

立ち続けられずに右の刀を杖のように、左の刀を軽くつま先に斬りつけて意識を痛みに寄せる。

 

「よくもやってくれたな。銀さんの体をとり落とすところだった。でも、もうその体では羽虫のように飛び回ることはできないでしょ。」

 

反論しようとして出てくるのは血泡ばかり。

 

巨大な豹のような前足で私を握りこむ。

 

ずいぶん器用だなと思ってしまうあたり、かなり意識が散漫になってきている。

ダメだ集中よ。刀を振るいなさい。三好夏凜。

 

「不便だよね、人間の体って。肺が破れると呼吸さえままならない。治るのだって獣となったわたしに比べれば豹と芋虫の差だ。貴方はよく戦ったけど、例え地の神だろうと勇者だろうとより大きな力の前では流されるしかない。それが天の神様のお創りになった運命だよ。このまま一息に潰してあげる。」

 

体中の骨が歪み軋み折れていく。

 

そうだ。確かにどんなに努力しても追い付けない。

 

そんなことは、もっと子供のころから何度も知ってる。

 

だけど、だとしても、だからって、

 

「あきらめられるわけないでしょう。満開!」

 

なんで、満開ができると思ったのか分からない。

でも、実際にできたのだから文句はない。

 

壊れていた体の代わりを義輝の……いえ、神樹様の力で補う。

それはつまり、その体の一部を諦めることに等しい。

それでも、まだ私はみんなで帰ることは諦めてはいない。

 

「諸行無常……。」

「本当にね。バカね。」

 

私も。

 

せっかく散華を気にしなくてもよかったはずなのに、結局満開に使うしかなかった。

 

「今更、寿命のつきかけた神樹様の力で、体を補ったところで何だと言うの。全身満開するまで戦っても私は倒せない。」

 

言葉よりも早く稲妻と白光が津波のように押し寄せてくる。炎の世界は、もうどこにもない。

あたりは稲光と雷鳴であふれかえっている。

 

「そんなもの、気配で見えてるのよ。」

「へ? 雷よりも早く動くなって、そんな……。」

 

雷よりも早く動けるわけじゃない。単に狙われたところから動いただけ。

さっきから、こいつの攻撃は単調だ。雷の速度と膨大なエネルギーによる範囲攻撃で押し切っているだけで、戦闘のセンスはない。

 

神樹様の加護。失ったと思っていたけど無くなってなんかいなかった。

それでも、私はもう勇者部の勇者だ。勇者でいていいんだ。

 

1度だけ、深く息をする。

 

雷が煌めき、炎を通り越した星の熱が満ちる。

 

それでも、今の私はどんな熱も追い付けない。

 

「この、そこか、違う? なんでだ? アリエスの雷もタウラスの音も当たらないなんて。」

 

あれだけ四方八方に動き回っているのの、七つの首はぶつかったり絡まったりすることなく、私を追い続ける。

 

でも、私もいつまでも逃げていたわけじゃない。

 

「勇者部五箇条1つ、挨拶は、きちんと。」

 

首を落としても倒せないなら、胴を狙うしかない。

だけど、七つの首すべての攻撃は避けられない。そう七つ全ては無理だ。

だからこの動いていない首は死角になる。

 

一直線に降下して4つの刃を縦横無尽に振るう。

 

「ぐふ、があああ。」

 

獣の絶叫が空を震わせる。私の刀を握りしめて逆袈裟で切り上げる。

 

(刀が動かない?)

 

首の付け根に差し込んだ刀が抜けない。斬りつけた他の刀も。

 

「銀さんの棺を抱えているのが弱点になってるのは知ってる。だけど、私を一瞬で消滅させるには銀河の星々よりも多くのエネルギーが必要なんだよ。貴方にそんな力が無いのは分かっていた。」

「この、負け惜しみを。わざと攻撃させたって言うの?」

「そうだよ。ここでスコーピオンの毒を使うためにね。」

「しまった!」

 

満開のアームに同じくらいの大きさの針が突き刺さる。

 

「くっ、この放せ。」

「お前が近づいて攻撃したそうだったから、こうしてやったというのに、つくづく人間は御しがたいな。」

「勝手に人間やめて何を言う!」

 

振り解こうとするけれど、耳障りなベルの音で平衡感覚がおかしい。

 

「このまま毒に溺れて落ちていけ。」

 

ダメだ。パワー負けしてる。

 

どうして、同じ天の神の力じゃなかったの?

いえ、考えても仕方ない。今やるべきはここから離れて、こいつを倒すこと。

 

「満開!」

 

一時的に底上げされた力。解除された時には……。

 

(左腕が動かない。毒のせい? いえ、これが散華か。)

 

「一時的に逃げたところで、もうお前の攻撃は届かない。三好夏凜。」

「だったら、効くまで何度だってやってやるわよ。」

 

もう一度ゲージを見る。あたり前だけど全然花は開いてない。

 

だから……

 

(天の神が私に力を押し付けてきたのだったら、私の中でそれを神樹様の力に近づけてやればいい。)

 

みるみるうちに満開のゲージが満タンまであふれる。

 

「連続使用? 満開したままでか!?」

 

ようやく、裏を賭けたみたいね。

 

それにしてもつくづく大きい。

 

だからって、怖じ気ついてなんていられない。

何度だって切り込む。

 

「勇者部五箇条1つ、なるべく……諦めない。」

 

2本、いえ、3本か。まだ浅い。でもこれで左側からの攻撃は死角になる。

 

「これで、きゃああ。」

 

制動をかけて、方向転換をした瞬間。

 

まるで引き寄せられるように相手の雷撃に辺りに行ってしまう。

 

(どうして、急に動けなくなるなんて!)

 

「ライブラ・ディスセティ」

 

な? いつのまに目の前に!?

 

辛うじて、山のような牙を避ける。咆哮が来る前に距離をとろうとするけれど、また、相手の口の前に飛び出している。

 

(なんなの、これ? こんなに高速で動けるの? は!)

 

気が付いた時にはスコーピオンの尾で跳ね飛ばされて、2、3度地面の上を跳ね飛ばされる。

避けられないなら、その勢いを使うまで。

 

「勇者部五箇条1つ、よく寝て、よく食べる。」

 

理屈は分からないけれど、距離を取ることができない。

 

再び目の前に巨大な影。

ただし、今度は満開の腕と同じ場所に現れる。

 

って、これ重なってるじゃない。

 

物体同士が重なったらどうなるか。私は知らなかった。

 

「!!??」

 

たぶん自分の声したはずなのに、爆発の勢いが早すぎて自分の声が置き去りにされる。

視界の端で、再生したはずの獣の首もまとめて吹き飛ぶ。

 

私が確認できたのはそこまでで、辺りは一面の白い光に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この、なんてことを」

 

閃光が収まると、赤い獣の体が真っ黒に炭化している。

再生にかなりの時間とエネルギーが必要だろう。

待っている時間はない。

 

夏凜は精霊バリアでダメージは軽減されているから、すぐに戻ってくる。

 

よりにもよって、刀と鱗を直接融合させるなんて、中学生の夏凜がこんな現象を知っていたんだろうか?

いや、どっちでもいい。

 

でも満開も解除されている。これがチャンス。

 

「これで終わり。ライトニング!」

 

 

わたしの最速の攻撃。

雷の雨が夏凜を直接叩く。

 

「勇者部五箇条1つ、悩んだら相談!」

「かわした!? なんでさっきから避けられるんだ。雷も音も人間が回避できるようなものじゃないはずなのに。」

 

 

再び夏凜が迫る。

 

「ライブラ・ディスセティ」

 

今度は空間と時間のポテンシャル変換を距離を空けるように使う。

 

打ち合いに持ち込んでも良いけど、銀さんの体を傷つけさせるわけにいかない。

 

それでも、避けきれなかったスコーピオンの尾と熊の後ろ脚に刃があたる。

 

「この、なんで切れないの?」

「当然。わたしは貴方達が生物が"実行する"行為自体に制約を賭けられるんだから。意識的に行った行動は削り取られて、何もできなくなって消えていくの。」

 

彼女はわたしを斬っているつもりでも、彼女の識閾下でその行動は最後まで実行できない。それこそ無意識で攻撃でもしない限り。

そんな、漫画の剣豪みたいなまねでできる現代人がいるとは思えない。

 

「その前にこっちで終わらせる。かわされるなら全面攻撃にするまでだよ。」

 

夏凜の周囲100mに電磁障壁を開く。

 

「このまま電磁障壁で押しつぶしてやる。」

「この、切れろー!」

 

夏凜が何度も突撃して電磁バリアを斬ろうとするけれど、圧力ではこっちの方が押し勝ってる。

 

「だったら、このままぶつかる。」

 

電磁障壁に接触して、雷をその身に浴びたまま、今度は夏凜が精霊バリアで私を捉える。

 

「夏凜ちゃん!」

 

耳障りな優しい声。

 

夏凜にもうその声は届いていない。散華で聴覚が機能していない。機能していないはずなのだけど……。

 

「友奈!」

 

弾かれたように結城友奈が顔を上げる。

 

「大丈夫、アンタもきっとまた変身できるから。だから、東郷を助けに行きなさい。コイツは私が何とかする。」

「でも! 夏凜ちゃんも満開して。」

「ごめん、さっきの爆発でよく聞こえないの。だからお願い。行って、友奈。」

 

 

夏凜を引きはがそうとするけど、電磁障壁と精霊バリアに挟まれて思うように動けない。

 

そのまま、もつれあうように2人ともバーテックスの墓場を突き抜け、天の神様が作り出した最下層。

新しい宇宙を創造するために蓄えられたエネルギーの中へと落ちていく。

 

 

「やめろ! このままじゃ銀さんの体が……。」

 

聞こえないのが分かっていても叫ぶしかできない。

 

「これで、最後! 勇者部五箇条1つ、為せば大抵なんとか成る!! 」

 

2回の満開で強化された精霊バリアに拘束されて抜け出せない。

せめて、せめて、銀さんの棺だけでも切り離さないと。

 

急造で再生した首で棺を抱えた首を引きちぎり、電磁加速をかける。

 

「銀さん、後で迎えに行きます。ああああ!」

 

熱で揺らめく空面を電磁加速された棺が昇っていく。泡のような光を放っているのはチェレンコフ放射だろうか。

 

あまりの高エネルギーで音を伝える媒質が消滅する。異様な静けさと反比例したようなガンマ線バーストの光が渦巻く。

 

「なんで、なんで、こんな真似を……相打ち狙いか。」

「友奈、必ず、一緒に帰るから。コイツは私がここで!」

 

答えになってない。やっぱり、今の夏凜には聞こえていない。

 

「何も分かってない。こんなの茶番でしかない。神様がその気になれば私達は永遠に繰り返すだけだ。」

 

こんな時まで、友奈友奈と鬱陶しい。

 

初代の高嶋友奈もそうだった。彼女がいなければ、少なくともわたしは独りぼっちになどならずに済んだのに。

本当に彼女たちは(わたし)を焼く光だ。

 

そうして、光を手にしたものは満足するけど、そのわたしは待っていた人には永遠に会えない。

 

「同じだ。永遠に同じことの繰り返し。貴方達もわたしも戦いから逃れられない。」

「繰り返しって、どういう事よ!?」

「そのままだよ。神様がいろいろ条件を変えているけれど、この世界も…わたしも初期設定自体が狂ってる。お姉ちゃんが勇者になる限り、わたしは!!」

「お姉さん!? 何を言ってる? うわ!」

 

突然光が消えて、青白い泥のようなものがあふれかえる。

 

直に見るのは初めてだけど、きっとこれがかつて神様が消却したという渾沌。

 

やっぱり、そうだ。

 

「ふふふふ、やっぱりわたしは正しかった。銀さんの再会を見逃したのは残念だけど、この一両日だけは神様の力が働いてない。いえ、わざと鎮めている。ここならわたしは生まれることができる。」

「生まれるって……。」

「貴方達には分からないことだけどね。この戦いは生きているものだけが動いているわけじゃない。」

 

だけど、それももう終わったことだ。これでわたしは未来を。

 

わたし達を渾沌が飲み込んでいく。獣の力も渾沌の向こうまでは持っていけないか。

でも、それは夏凜も同じ。すでに満開も勇者装束も解除されている。やっぱり私服で変身していたみたいだ。

 

「気づいているんでしょう。貴方の散華の後遺症は解除されている。ここは地獄の最下層(コキュートス)。時すら凍てついた永遠の苦しみ。変化によってもたらされたものはすべて忘れられる。」

 

言われて初めて、ハッとしているみたい。気づいてなかったんだ。まあ、散華で機能を失ったのがついさっきだからかな。

 

「どっちにしても、これ以上邪魔はさせない。ここで地獄にい続けろ。ぐううぅぅ…」

 

―ルゥオオオオオオオン―

 

獣の咆哮にも似た自分のものとは思えないような苦痛の呻き声。

血泡と共に吹き出し、心臓を引き抜く。

 

わたしの心。わたしの命。わたしの魂。

 

吹き出す血が波打つ刀身へと姿を変える。

 

「貴方は刀、わたしは剣。文句はないでしょ。」

 

音速の何十倍もの速度で、波のようにかき混ぜられた刀身が夏凜の喉元を狙う。

 

(外した。なんで? 満開していてもこの速度についてこられるはずないのに。いえ、衝撃波だけでも人間なんて跳ね飛ばされる。)

 

もう一度、今度は少しくらい躱されても、寿命を切れば関係ない。

 

今後も夏凜はその場からほとんど動かず、体をひねるだけで避けていく。

寿命自体を斬ろうとしても、せめて受け止めさせないと。

 

その後も繰り返し。何度やっても躱され続ける。一合も刃が交わらない。

 

 

「やっぱりね。アンタの腕じゃあてられないわよ。」

「速度はこっちが上なんだ。体力勝負でも負けてない。」

 

早く、もっと速く。

 

夏凜が避けた後に沿って、衝撃波と風圧で地面が抉れて、渾沌が巻き上がる。

 

それでも、夏凜に届かない。

 

「そんな素人攻撃、こっちは見えてんのよ。」

 

夏凜の最初の攻撃は、肘の裏側を横合いからたたくように、叩くような一撃だった。

 

「ウクッ、こんなことでとり落とすなんて。」

 

まるで電気が走ったように腕がピリピリする。座禅を組んで痺れた足にも似てる感覚。

ころがったフランベルジュを夏凜が蹴り飛ばす。

 

「こんな、こんなところで諦められるか。」

 

悔しいけれど、わたしに夏凜は倒せないみたいだ。全くもって理屈に合わないけど。だったら、剣での勝負なんてしなければ良い。

フランベルジュが文字通りの炎となって、荒れ狂う。

 

「アンタ、何を。」

 

自分諸共一面を焼き始めたことで、ようやく夏凜もこちらを本気で攻撃する気になったみたいだ。ただその判断は少し遅い。

 

「ふふふ、かつて神様がやったように渾沌を払い光となる。それで今度はわたしがこの宇宙を!」

 

きっとこの奥に天沼矛がある。今の神様は天沼矛がなくても良かったから放置されていたけど、こうやって渾沌が復活したってことは神様の力が制限されて、秩序が弱くなっている証拠。

 

(今こそ、世界再編の絶好の機会! あれだ。)

 

渾沌と炎の中。飾り気のない勾玉がいくつか付いただけのシンプルな矛。

 

でも、そこに宿る神聖な力は本物。

 

「わたしの、勝ちだー!」

「させるかー!」

 

手を伸ばすわたしを追う夏凜。

 

炎で揺らめく天沼矛。

 

わたしも夏凜も届かず、誰かが柄を握りしめる。

 

 

すべてが光の中へ、炎も渾沌も消え去り、天沼矛が輝きわたし達を飲み込んでいた。

 

 



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She's quick to forgive

夏凜ちゃんがいない。

 

炎を越えて行ってしまった。

 

私は、私も行かないと。

 

夏凜ちゃんが切り開いてくれた道を進まないと。

 

勇者になれない私に何ができるのか分からない。

けど、行かないと。

 

きっと東郷さんが戦ってる。

 

この世界を、みんなを守るために。

 

大切な友達が大変な時に何もできないなんて……。

 

「そんなのはイヤだ!」

 

ところどころ張り出している部分に足を引っかけながら、巨大な樹海の根っこを昇っていく。

 

「あ、」

 

つかんで部分が折れて、バランスを崩したまま下まで落ちる。

 

「―――」

 

地面にたたきつけられた衝撃で胸の中から空気吐き出される。

 

昇らないと。東郷さんのところへ、夏凜ちゃんも探して。

 

もう一度初めから、別のところをつかんで今度はすぐに壊れないか確認しながら昇る。

 

1歩、2歩、ようやく根っこを1つ越えた時、汗がびっしょりだった。

 

そのまま今度は降り。

 

急いで、でも慎重に。

 

 

 

「ねぇ、どうしてボクの力を使わないの?」

 

目の前に天の神がいた。

 

びっくりして、また足を滑らせそうになったけど、なんとか踏みとどまる。

 

「おっととと。ごめんごめん。とりあえず、下まで降りるんだよね?」

 

私の歩みに合わせるように、フワフワとゆっくりと浮きながら降りていく。

 

「よっと。」

 

ようやく下まで降りられた。東郷さん達は確か神樹様のほうに向かっていったはず。急がないと。

 

「歩きながらでも良いですか? 私、東郷さんのところに急がないと。」

 

少しだけ、天の神は迷うように目を彷徨わせている。それでもため息交じりに、わかった、と答えてくれた。

 

「力っていうのは、前に結界の外に来た時のことですよね。」

「そうだよ。あと敬語はやめて。私は貴方に敬語で話しかけられると淋しい。だから名前でよんで、お願いだから。」

 

敬語って哀しくなるのかな。神様ってたくさんの人から敬語で話しかけれているんだと思ってた。

 

「それじゃ、松永さん、沙耶、沙耶ちゃん」

 

一つずつ呼んでいくと、そのたびにコロコロと表情が変わる。

 

「あの時私と沙耶ちゃんのパンチがぶつかったら、ピカーって全部消えちゃったから。神様の力は気軽に使っちゃいけないんじゃないかな。」

「そんなことないよ。だって、私がいいって言ったんだから。いいんだよ。」

 

小さな子供のような言葉。

 

困った。急がないといけないんだけど、無視するのも何だか可哀そうな気がする。敵のはずなのに、そう、敵なんだったら。

 

「あの!」

「はい!」

 

私の声に打てば響くように返ってくる。

 

「戦い、止めない?」

 

もし、この子が本当に天の神で、バーテックス達のリーダーなら、戦いをやめることだってできるんじゃないだろうか。

例えば、風先輩がどこかの部活の助っ人を頼まれても、どうしてもできないことだったら断ったりすることだってある。

 

本当はこんな場合じゃないって分かる。

 

「それは…できない。例え友奈のお願いだとしても、今は未だその時じゃない。」

 

どこか今までと違って、空気を吐き出すようにそれだけを言った。そして吐き出した空気がずっとそこに留まっているような感覚。

 

「どうして、戦わなくちゃいけないの?」

「戦わなければ私の願いは叶わない。そうしなければ友奈は戦わなかったでしょう?」

 

あれ? 何だろう。今の言い方ちょっと変な感じ。順番がおかしかったような。

 

「思う通りに生きるって言うのは難しい、だよ。」

「神様なのに?」

「神様だから、かな。」

 

そう言うと、ふわりと私の少し前に降り立つ。

 

「何でもできるって言うのは、きっと何者にもなれないんだよ。これ、神様(ボク)が言うんだから、間違いないよ。」

 

そう答えた時には、何か嬉しいみたいにずっとニコニコしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さってと、それじゃ、私に使ってくれた分の時間くらいは帳尻を合わせないとね。友奈、手、出して。」

 

そう言いながら友奈に向かって手を伸ばす。きっとこのまま連れていくことができれば、すごく楽だろう。

 

けれど、友奈は永遠に笑ってくれなくなる。実際やってみてそうだったのだから。

 

だから今回は……

 

「…これでいい?」

 

少し躊躇った友奈の手が重ねられる。そのことに淋しく思うと同時に、東郷の艦に手を引きながら降り立つ。

 

「友奈ちゃん!」

「東郷さん!」

 

2人が駆け寄り、手を取り合って無事を確かめてる。

 

どうして、私はこのままにしておいてあげることができなくなったのか。

いえ、元から決まっていた道を歩いているだけなのだから、当たり前なんだけど。

 

「自分から来てくださるなんて、どういうつもり? 天の神。」

「私を高いところから見下ろそうなんて不遜じゃないかな? 那由多。」

 

東郷さんの艦を囲うように鋼鉄の影が飛び交う。

 

那由多とその仲間たち。ここではない滅んだ世界の残り火。

 

(大赦も那由多達もどうして私が出てきたら突撃してくるかな。大満開で上手くいったのは奇跡そのままなのに。)

 

あれは私もちょっとおかしくなってたし、よそ見運転してたら事故ったみたいなものだ。

結果的には70点くらいの結果だったけど、あの後がちょっとややこしくなったからこうやってやり直してるわけで。

 

「たとえ貴方が私達をこの宇宙を作ってくれたのだとしても、ただ滅ぼされるのを黙って待つつもりはない。」

 

ロボット達から離れた端末のようなものが私の周りを巡る。

とりあえず、ここから離れないと友奈たちを巻き込むかもしれない。

 

「まって、さっきの答え。」

 

友奈の声に、首だけを回しながら答える。

 

「知りたいと願うのも分かるけど、すべてを真実を知ることが常に正しいとは限らないよ。ま、危ないからちょっと行ってくる。」

 

だいたい200mくらい上昇してから停止する。

 

「自分から俺たちの中心に飛び込んでくるなんてなめてるのか。」

 

右側の緑のロボットが私の注意を引くために、わざわざ音声通信でそんなことを言う。

 

「あー、もうそう言うの良いから。さっさと始めれば? ボクはここにいる。」

「……量子レーザーユニットの展開は?」

「終わってるよ。」

「そうか。」

 

さっきまで挑発的な態度だった緑のロボットが静かになると、那由多達が私の周りに小型の無人機っぽい物を浮かせる。

 

「量子障壁展開。レーザー冷却、相空間モデルを再調整。Eプラス0.2、Nマイナス1.7」

 

光の檻に閉じ込められると、急激に私の体の存在確率が低下していく。

 

(体半分だけ存在確率を低下させて、残り半分と泣き別れにさせるってことなんだけど、そんなくらいで死んじゃうなら、とっくに諦めてる。)

 

結局、こんなことにしか仕えなかったことに、ちょっぴり失望を感じながら、私の肉体は消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やった? 倒せた? 天の神を……。」

 

何の抵抗もなく天の神は消滅した。

 

量子障壁を構成するレーザー発振が終わり、沈黙の中時間だけが流れる。1秒、1分。

 

私達の世界を、そしてこの世界も滅亡に追いやった存在の余りにもあっけない最期だった。

 

「やったぞ! これで世界ハ?」

 

歓声が途切れて、みんなの機体がいきなりいなくなる。

 

「ちょっと、なんでいきなり地上でワープなんか使ってるの?」

 

呼びかけても何の応答もない。みんなも艦も。

 

目の端に映るバイタルサイン。そこに映る少し上昇した心拍数だけが私がここにいる証みたいに思える。

 

「それはね。私が仮想的に設定しただけの存在だもの。もし、300年前に天災が無かった場合の進歩を想定してね。だから、私がいなくなれば皆消えてしまうの。それが神様の真実だよ。」

 

耳元で囁く声。振り返ることはできない。だって、うしろはシートのはずなのだから。

 

「どこ、どこにいるの。」

 

レーダー。映っているのは勇者たちだけ。バーテックスもいつの間にかいなくなってる。

レコーダー。何も残ってない。

赤外線。私の体温とエンジンの排熱だけ。

 

なにもいないはずだったのに。

 

「ここだよ。ボクはずっとここにいる。だってボクがここなんだから。」

 

視線の先。何もない場所。

 

「あ……」

 

分かった。分かってしまった。

 

「ちょっとした小話。むかし昔、神様という存在をいろいろ考えた人たち。」

 

 

これが中国の神様なら、たくさんいるから、一柱じゃそんなに影響力はない。

これが西洋の神様なら、唯一絶対だから何とでもできる。

これがアメリカの神様なら、復活とか複数に存在したりとかできる。

 

でも、この世界にいた神様は日本の神様だった。

だから、名前があり、言葉があり、そして魂を持っている。

何かを為した者が神様として敬われる。

この世界に森羅万象すべてに神は宿る。

 

「だから、世界を創世したものは世界そのもの。それを消せば世界に存在する貴方達も消えなくてはならない。こんな風にパッとね。」

 

何の理屈もない暴論。でも、現実はその暴論のまま進んでしまった。

 

「だったら、なんで貴方は未だいるの?」

「そりゃ、消したのは貴方の世界だけだもの。友奈達の世界を完全に消滅させるところに行く前に、貴方達の世界が消えちゃったからね。」

 

何の気負いもなく、まるで宿題の答え合わせくらいの気軽さでそんなことを言う。

ううん、事実として神様にとってそうなんだろう。だけど、そんなの……。

 

「納得できるかぁああー!」

 

沸騰した気持ちのまま、レーザーをミサイルを周囲全てに吐き出す。

 

「ダメか…仕方ない。」

 

どこか褪めた声で神様がポツリと呟いて、その冷めた声と反比例するように周囲が白熱化する。

耐熱温度が1億度を越えているはずのプレセべの装甲が瞬時に蒸発する。

 

――みんな、ゴメン。私達が安易に神様を倒せるなんて思わなければ――

 

あれ? 私まだ大丈夫? なんで?

 

 

「ダメだよ。沙耶! こんなの、神様だって言うなら、神様なんだったら、みんなが幸せになれる世界だってあるはずなんだ。」

 

私を背に神の前に立つのは……唯一人。

 

たったひとりの勇者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し、例え話に付き合ってくれるかな? 友奈。ああ、東郷さん達も良かったらどうぞ。」

 

相変わらず友奈ちゃんに親し気に語る。

 

「それは、戦わなければならない理由?」

「ええ。最初は違ったけどね。アリとキリギリスの話を覚えてるかな? 友奈が前に天の神(ボク)のタタリで苦しんだことがあるんだけど……?」

「ちょっとだけ、私がその話をしたことを覚えてる。」

 

友奈ちゃん? いったい何の話をしているの?

 

焦って艦を浮かせながら近づこうとするけれど、いつまで経っても遠いまま。

 

「東郷さん、いえ、あえてこう呼ばせてもらう。三森さん、近づけないのは影響を地上に出さないためだから、流れに逆らって近づかない方が良いよ。もう少ししたら落ち着いて近づけるようになるから。」

 

手を振りながら宥めるような仕草。

 

「どういうこと? 貴方は本当に天の神? 神を名乗るのなら、どうしてこんなことを。」

「まあまあ、もう少し待ってよ。ほら。」

「友奈!、東郷!、2人とも無事。」

「風先輩。」

「樹ちゃん。」

 

これを待っていた? わざわざ敵が来るのを?

 

「夏凜を待っても良いけど…、まあ彼女は十華から聞いてるから始めよっか。私、天の神が世界を滅ぼした理由。」

 

まるで昨日の晩御飯の献立を話すような気軽さで、やや芝居がかかった仕草をしながら、天の神は宣う。

 

「さっき、話しかけたアリとキリギリスの話。それが、そのまま答えだよ。貴方達はその身を犠牲にしながら戦った。何の見返りもなく。そして、文字通り先代から受け継がれてきた滅亡という負債を支払い続けなくてはならない。これって理不尽だと思わない?」

「何言ってるの! そうしたのは貴方でしょ。」

 

風先輩の言う通り。

 

彼女を天の神と認めるなら、四国を残して世界中の人間が死んでしまったのは、すべて彼女の引き起こしたことだ。

 

「そこのところで私に怒りをぶつけるのは正しいし、別に構わないのだけど、私が言いたいのはそこじゃない。なんで貴方達が戦わなくちゃいけないのかってことだよ。」

 

どこまでも真意が読み取れない。

 

「キリギリスの借金をアリがこっそりと返していたとして、キリギリスはまた借金をする。キリギリスはそういう生き物だから。」

「意味わからない。こんな話に付き合う必要は……。」

「同じように犬吠埼風の暴走の対価は結城友奈の満開と言う形になる。ねぇ、これってアリとキリギリスの話に似ていない? あと、もうだいぶ前の記憶戻ってるから分かってると思うけど、東郷三森が壁を破壊する場合もあったんだよ。その時は三好夏凜の4回の散華が対価になった。」

 

それほど大きな声でないのにその声は、天の向こう地の果てまでも響いて聞こえる。

 

そして、幾つもの風景が既視感と共に降ってきた。

 

 

――勇者は満開を繰り返してボロボロになり、いつか大切な友達や記憶を失って……――

 

 

ああ、そうか、ずっと、ずっと昔の記憶。私は真実に耐えられなかった。

 

(貴方の友奈に対する気持ちは、愛情ではなく違う感情を都合よく勘違いしたもの。汝が抱くその名は……)

 

私にだけ聞こえる声で、天の神が囁く。

 

――罪悪感――

 

私の心で何かが落ちる音がした。

 

 



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Spiritual beauty

ようやく西暦の方に戻れそう。


「違う!」

「友奈ちゃん……。」

 

友奈の拳を跳ね上げるように払いのける。

 

「何が違うの? ほら、自分たちで認められないのは、事実だからでしょ。」

 

勝ちたいなら、ここで友奈にも記憶を戻すべきなんだろうけど、正直なところ迷う。

そんなことで友奈との時間を使いたくない。

 

「それでも、東郷さんは私のことを友達だって、だから、私を見て辛いだけなんてことない!」

 

ぐらりと決意が揺れる。

 

今すぐ全部を放り投げて、みんな幸せに暮らしました、とハッピーエンドにしてしまいたくなる。

 

 

――もう良いんじゃない。ハッピーエンドに文句を言う人なんていないでしょ。――

 

 

いつかの自分の独り言。

 

 

だけど……。

 

(私は貴方とは違う道を歩きます。茉莉さん。)

 

 

さっきのは皮肉だ。アリとキリギリスの話。きっと借金を支払うのは友奈じゃない。だからね、友奈。貴方は過去に向き合えるはず。

 

「ひょっとして、自分は違うって、油断してない? 私は結構性癖歪んでるからね。こーんなことだってできちゃうんだよ。」

 

すべての記憶を戻さない。私が好きに切り貼りした真実のモザイク。

だから、ハッピーエンドは自分たちで掴んでね。

 

 

「こ、れ。」

 

「友奈ちゃん!」

 

あ、友奈の意識が切れた。

友奈は意外と繊細だから、俯瞰視点だけで感情までは引っ張られなくても、ちょっとショックだったかな。

 

「むぅ、今回もこれはダメか。っと、これはなんの真似かな樹ちゃん。」

 

できるだけ怖がられないよう丁寧に。この後のこともある。

 

「そんなの、避けられないために決まってるでしょうが!」

 

バーテックスすら覆いつくす大剣が頭上から降ってくる。

 

(なるほど、捕まえるためね。でも、せっかく鏡を使えるのに使い方は理解しきれてないってことか。)

 

「はぁつ!」

 

当然のように大剣の切っ先にヘディングを決める。

 

 

さっき友奈のパンチを払った時と同じように大剣が弾かれ、風さんは勢いで2、3歩下がってしまう。

その間に自分ごと発火してワイヤーに火をつける。

 

慌てた樹ちゃんがワイヤーをひっこめてる。

 

「貴方達の出番はもう少し後だよ。」

 

退きかけたワイヤーをひっつかんでグルグルとハンマー投げのように振り回して、風さんに放り投げる。

風さんが合わせるようにキャッチしたところで、ちょうど超新星爆発を一つまみ。

 

「きゃああ!」

「!?」

 

2人を地平線の彼方まで跳ね飛ばして、こっちはひとまず終了。

 

「風先輩! 樹ちゃん!」

 

三森さんの悲鳴が耳朶を打つ。

 

「とう、ごうさん……。」

「友奈ちゃん。」

「友奈。」

(友奈さん)

 

気が付いた友奈にみんなが駆け寄ってる。戦いに勝ちたいだけなら、ここに大技一発なんだけど、私のこころは別のことを考えている。

 

(良いなあ、私も混ざりたいなあ。混ぜてくれないかな。)

 

「ごめんね。東郷さん。風先輩も樹ちゃんも。」

「何を言ってるの。あれは私達じゃない。私達が辿ったかもしれないただの過去よ。他ならぬ天の神自身が認めていたじゃない。」

「違うの。私ね。初めて会ったとき、東郷さんの力になりたいって、でも、私はなんにもできなかったんだ。」

「そんなことないわ。いつも友奈ちゃんがいつも一緒にいてくれたから、私は。」

 

ゆっくりと友奈が端末を持ち上げる。

そこには勇者の精神状態が不安定なため霊的な経路が接続できない、という警告だけ。

 

「友奈ちゃん、どうして?」

「うん、だんだん分かってきたんだ。きっと天の神は私に神樹様の力でなく、自分の力を使ってほしいんだ。」

 

この世界の私で試した甲斐があった。

 

やっぱり友奈に私の心は共有できている。きっと、天の神としての力も。

 

(これで全身満開なんて無茶はしなくて済む。あとは決着だけ。ここだけは真面目にやるよ。)

 

「これで分かったでしょう。友奈。誰も貴方のことを分かってあげられないし、誰も貴方みたいにはなれないし、なにより貴方も分かってあげられない。だから、全員東郷のことを"暴走"だとしか思えてない。今だけじゃないよ? この後も似たようなことは起きた。」

 

分かって欲しい。でも、気づかないで欲しい。

 

駆け寄って、お疲れ様といってあげられれば、すごく落ち着く。

それでも、私はごめんなさいと謝る事よりも、この世界を破壊する。作られた平和など要らない。

 

「分かってあげられないかもしれない。私は東郷さんの友達だ。だから、ねぇ、東郷さん。今度も私と一緒に。」

「ええ、もちろんよ。友奈ちゃん。だって、あの時の私だって友奈ちゃんと一緒にいたかったわ。」

「まったく、2人とも心配させるんじゃないわよ。もう、急に倒れたり、知らない話しだすの話よ。」

(2人ともおかえりなさい。)

 

後は夏凜が戻って、園子がもう一人の私の意味に気づいてくれれば、一度はボクを倒せる。

それなら、これ以上満開を使う必要もない。

 

「みんなやる気だしてくれたみたいだし、何も言うことは無いかな。」

 

軽く腕を振るって天沼矛を取り出す。

 

「それじゃ、始めよう。」

 

すべてはここから始まり、すべてはここで終わる。

 

「これが私の全力全開。」

 

天沼矛からかつて渾沌を焼き払った熱を解き放つ。

炎よりもなお燃え盛る電子の海。バラバラに砕けていく陽子たち。

 

(ここは助けてあげられない。だから、貴方達の力を。)

 

「みんな行くわよ。」

「はい。」

 

4人全員が変身して私の放った光に立ち向かう。

 

押し寄せる光の波でお互いの貌もよく見えていないだろう。

 

「く、この4人全員で満開しても届かないなんて……。」

 

いや、風先輩そりゃそうですよ。いちおうそれ宇宙全部の質量を熱エネルギーに変換してますから。

 

「そこかぁあああ!」

「お待たせ。わっしー。」

 

一気に押し切られそうになっていた勇者部に寄り添う新しい花の模様。

 

「夏凜ちゃん!」

「まったく、アンタ達は私がいないとどうしようもないんだから。おちおちリタイヤしてられないわ。」

 

「そのっち。ありがとう。」

「ふふふ。どういたしまして~。ひっさしぶりに行くよー。」

 

夏凜と園子まで来てくれたか。だけど、たった6人で既知宇宙すべてと釣り合うことはできない。

少しずつだけど、神樹様の方に押しこまれてきている。

 

(そろそろかな。友奈貴方ももう分かっているんでしょ?)

(分かってるよ。それでも、私は友達のことを見捨てたりなんてしない!)

 

「……友達? 私だってそんなこと。ずっと……。」

 

思わず声に出てしまう。

 

音を言葉として拾うのは一瞬。瞬間的にその意味を理解できることを知っていたのは1人。私がずっと望んでいた答え。

その言葉に気をとられたのは一瞬。その瞬間に光が収まると知っていたのは1人。私の癖を知っている人にしか分からない死角になる場所。

どの言葉でも無く一瞬で選んだのは友奈だから。理解できた瞬間に動けたのはもう1人。きっと彼女も私ならこうすると思ったんだろう。

 

「だから、今度はちゃんと止める。」

「お願い友奈ちゃん、私達の世界を。」

 

光を裂くように花が咲く。

光と花びらが舞う中をまっすぐに友奈が飛び出してくる。

 

けど、そんな程度の力なんて、もう一度天沼矛を振るえばすぐに落とせる。落とせるはずなんだけど…。

 

「受けて立つ。結城さん。ボクはもう人の世には戻らない。」

「戻らなくたっていい。どんなにすごい力を持っていたって構わない。」

 

結城さんを迎えるようにクロスカウンターを構える。きっと彼女は避けない。彼女は来る。私は彼女が向かってくると信じている。

 

「私は、讃州中学勇者部、結城友奈。」

 

今、この肉体でできる最もふさわしい一撃を。

 

「とどけぇー!!」

 

目前まで友奈の拳が迫る。

 

よくここまで来てくれた。最初は御姿になることなく永遠に眠りについた友奈。

 

それが皆の助けを借りて、本当に何度も私の繰り返す世界でも諦めずにここまで。

 

―だからこそ、ここでは負けられない。―

 

 

「「おおおおおぉぉ」」

 

すでに勇者でも神でもなく、ただ人の子として、お互いの拳を振るう。

 

鈍い衝撃が頬を貫き、300年ぶりかの痛みを感じる。

互いの拳が斥力のように2人の距離を空ける。

だけど、その前に……。

 

「ボク一人で行くわけじゃない。キミも一緒に連れていく。友奈!」

 

天の彼方が開く。

 

これで、今度こそ友奈を連れて天に戻れば、すべてが始められる。

 

天沼矛がそのすべての力を放出して爆発する。

これで誰も追ってこれない。

 

「ああ、私は、ボクは、貴方を見ることができる。」

 

繰り返す歴史通りに友奈はしばらく眠るだろうけど、きっとすぐに三森さんが起こしに来る。

今度は前みたいに、有限の時間じゃない。

 

――時間補正。誤差修正不要――

 

――CPT対称性誤差修正。問題なし――

 

――観測限界。すべて無限遠まで延長――

 

――量子ゼノン効果による時間停滞。確認――

 

――粒子運動捕捉。終了。

 

――時間断面をレイヤー化。1層目、積層完了。続けて2層目――

 

――位置情報断面をレイヤー化。1層目。積層完了。続けて2層目――

 

――エネルギー断面をレイヤー化。1層目。積層完了。続けて2層目――

 

 

「さあ、始めてくれい。神樹様。かつて勇者たちに試練と称して作り出した仮想世界。時代を超えてみんなをここへ!」

 

今度は前とは違う。

 

かつて雪花が心配したような、神樹様の力不足で終わらせなければならないということは無い。力なんて押し売りするくらい余ってる。

若葉が拒否したように、元の世界のみんなを心配する必要はない。すべての時間断面を積層化してあの世界に引っ張って来ればいい。ボクにはそれができる。

敵がいないのにそんな歪めた世界ができないというなら、いくらでも成って見せよう。

 

だから………

 

「今こそ私達(ボクたち)の願いを叶える時ぃ!!」

 

ここからだ。ここから結城さん(友奈)私達(ボクたち)が同じ時を生きることができる。

 

同じ場所で生まれ、同じ時を生きてきたはずなのに、いつの間にか違う場所にまで歩み続けてきた。

 

これからは先は幸せにするから。

これまでのこともいっぱい話すから。

 

だから……。

 

「それでも、私は貴方と同じ場所には行かない。」

 

惚けてしまう。ただ、唯、口を開けたままで何も考えられない。

 

言葉が思い浮かばない。

 

「だって、だって、みんな幸せになれるよ。友奈だってその方が良いでしょ。ああ、そっか、東郷さんが昔の友達と仲良くするのが気になるんだね。大丈夫だよ。それでも東郷さんは友奈のことを…」

 

早口でペラペラと思いついたことを不安と一緒に吐き出していく。

まるで壊れたラジオの雑音みたいだ。

 

「違うよ。」

 

あれ? おかしいな。友奈のことなのに間違えた?

 

「あ、だったら、あれだ。そう、テスト! テストが気に成るんでしょ。大丈夫、私もそんなに成績良いわけじゃないけど、得意分野は友奈とバラバラだからね。教え合いっこすれば…」

 

友奈は謙虚だらかなあ。

でも、友奈もちゃんと勉強すればそこそこ良い点数が出ることを私は知っている。何だったら、未来予知を山勘として電波送信すれば…。

 

「わからないの?」

 

おかしい。友奈が怒っている?

 

「だ、大丈夫だよ。なんだから分からないけど、大丈夫なの。ボクは神様なんだ。神様になったんだ! 何だってしてあげられる。この世界だってボクが作ったんだ。だから、だから…。」

 

なんで? なんで分からない? 未来は見えている。

神樹様は練と称して、いろんな時代の勇者を集める。

私がキレて現実で侵攻を再会しない限り、それは順調に進むはずだ。中立神も止める理由はない。

 

それなのに友奈の心が読めない? 未来は間違ってないのになんで? どうして?

 

「友奈、落ち着いて。と、とにかく私は友奈に幸せになって欲しいの。だからそのために世界をより良く変えるの。変えられるんだよ。」

 

死者は復活しないとか、過去は変えられないとか、人間の尺度で凝り固まった倫理観なんて気にする必要はない。

だって、世界の創造主が良いと言っているんだから、良いことに決まってる。

 

「そんなことしなくても良いよ。だって私は今の世界で幸せだから。」

「今は、でしょ? 10年後は? 20年後は? もし、東郷さんが事故とか病気でいなくなってしまったら? イヤでしょ?」

 

まるで凪のように落ち着いた元気の欠片も無い友奈の表情。どこか慈しみをもった淋しそうな微笑み。

誰だ? 友奈にこんな、こんな表情をさせているのはなんだ?

 

「大丈夫だよ。10年後でも、20年後でも、もし、私達の歩く未来が一緒じゃなくても。」

 

戦いはもう終わると言うのに、永遠に続く日常さえ可能なのに、どうして?

 

 

「だって、そんな風にみんなの未来を失くしちゃうことは、何かを間違ってるよ。」

 

――誰かが間違ってると言った気がした。――

 

 

ずっと間違えていると言っていたのは友奈だったのか。

私の知っている私の中の友奈がこんなことは間違っていると言っていたのか。

 

なるほど、ならば間違いは速やかに正さなくてはならない。

 

「現在時間平面での全ての進行状態を保存。量子ゼノン効果による停滞はそのまま続行。」

「沙耶? 待って、なにも無かったことになんてならない。」

「ええ。それは十分に分かった。だから、間違いを修正するの。過去に戻って。だからこの時代とは少しお別れ。」

「違うよ。間違いはそうじゃなくて……」

 

友奈の声をもっと聞いていたいけれど、やるべきことをやり終えないと。

大丈夫、またすぐに会えるよ。

 

巻き戻しのように戻す必要もなく、パチンと切り替える。

 

300年前、私が一度死んだあの日にまで。

 

 



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神世紀300年10月1日

今回は舞台変更だけだから短め。
ある程度まとまったほうが良かったかも。


手を伸ばそうとした友奈が不自然な姿勢のまま停止する。

 

樹海の中でさらに時間停止するなかなか見る機会がない光景。

 

この世界も私が実行しようとしたことは問題なくできている。それなのに一体何が間違っているのだろう。

 

このまま進めば、いつも通り友奈が勇者たちの想いと魂を引き継いだ大満開で私を倒せば、ハイ、おしまい。

 

(そのはずだったんだけど、その後もみんなお手伝いでは済まないレベルで大赦に関わり続けるんだよね。)

 

特に園子さんは高校生あたりの年齢で大赦のトップと言っても差し支えない。

そんな歪みを許容するしかない世界をハッピーエンドでしたと思い込んで、次の世界に進めるわけがない。

 

樹ちゃんだけは歌手になるという夢に近づきつつあるけれど、他の人たちは程度の差はあれ大赦と言う組織に関わる。関われてしまう。

それは悪いことだけじゃないけど、選択の余地がなかったのも事実。

 

「私はそんな未来を望まない。友奈の未来に世界の命運なんて必要ない。私がいるのに人間が危険を冒す必要なんてない。危険もない。驚きもない。特別なこともない。平凡で、平静で、平和な世界なの。」

 

那由多がもともといた世界だってそう。アルや十華の存在はこの世界の分岐であり得るけれど、確たるものにするには私が手を出した方がいい。

 

すべては私が天災を起こす前の状態で、尚且つ、友奈が無事である世界のため。

この世界がちゃんと進まないと私も進めない。安心して大赦に、そして人間に任せられない。

 

これは神様の視点の話だ。だから、唯の中学生としては知らんふりだってできる。

 

それでも、だ。

 

「知らんふりなんてできるわけがない。だって大変なのは友奈たちなんだから。ずっと前の世界のことで、今は何にも聞かれない声でも、誰も語ることない話でも、私はイヤなんだ。」

 

大赦は頼りならない。

 

今までも何度となく手を入れたりしてきたけど、人間の作る国や組織は100年もすればおかしくなる。

平穏にあっては混乱と自由を求め、混迷にあっては平和と秩序を守ろうとする。

必要なのは人の心を改良するほうだ。100年でも、1000年でも理念を曲げず、それでも、時間の流れに合わせてより良く進歩できるような、私の名代として世界を管理させるために。

 

 

那由多たちを引っ張ってきたのも、大赦の補完的な役割を担ってほしかったんだけど、何故か彼らはこの世界に羨望から転じた嫌悪に近い感情を持つ。

ここ数回の結論としては、持たざる者が同じ境遇から持てる者となった他者への感情なのかもしれない。

 

「となると、やっぱり、次はアルに任せるかな。」

 

でも、その前に今回失敗した要らなくなった世界を滅ぼしてきれいにしておこう。

 

まばたき一つで視点は変わる。世界の外側。

20世紀の怪奇小説が描いた外宇宙よりもさらに離れた場所。

 

凍り付いたままの十華が目の前にいる。

 

この子も、とうとうここまでたどり着いたんだよね。

 

残念ながら、かつての渾沌に代わりここに敷き詰めていたのは秩序。

渾沌は私がすべて燃やしてしまったから、私を倒さない限り世界を元には戻せない。

ボクを止めるために私を倒すなんて、矛盾以外の何者でもない。

 

(ん? 矛盾してないような気がする。…まさかね。今、動いているのは私だけだ。)

 

一度頭を振って、雑念を払う。

ポケットから小さな取り出したビー玉くらいの球を宙に放り投げる。

 

ぐんぐん見る間に成長した球が美しい星空を模した天球儀に変化する。

 

もとは玩具に過ぎなかったこれも、私の手で世界となったもの。

撫でるように触れると、砂細工のようにサラサラと崩れていく。

これで、私が直接友奈たちの前に姿を見せた世界は終わり。

 

通常通り謎めいた天の神のまま。

那由多もあんまり役に立たなかったから、今回は元の通りにして、十華はそのままでも良いかな?

 

那由多がお休みで、アルと十華だけ残してた世界って今まで無かったよね。

 

ということは……。

 

 

「さ、もう一度世界を作らないと。」

 

やる事は簡単だ。あの時最初にいた名前も知らない元創造主を葬り去った時と同じ。

別の平行世界から複製した世界を、接ぎ木のように新しい天球儀として稼働する。

 

何度もこうやって世界を滅ぼしては作り直してきたのだから、今となってはできて当たり前。

 

昔はできなかったことができるようになる。

これは成長の証。

 

だから、まだ大丈夫。まだ私はあきらめない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しい天球儀を取り出してもてあそぶ。

 

奇跡を使って、私の意思を組む人間を混ぜて、神世紀を望む方向に向けようとしたけど、

やっぱりというか当然というか大赦の本質が変わらないから、めぼしい変化はなかった。

 

1度やりすぎて天の神教団みたいなものができたけど、テロを起こして潰されてしまった。

どうも人間と言うのは、誰かのためにはどんなにおかしなことでも平気でできるみたいだ。

 

上手くいっても友奈が私を倒して平和になるくらいまでで、その後は混乱の後始末に友奈たちが走り回る結末。そして最期には…。

 

友奈それで満足だと言っていたけれど、私はそれを許容できるほど心が広くはない。

 

宙に浮く立体映像のような風景を見渡す。

どの時間軸からやり直すべきなんだろう。

 

那由多と十華は、なんでか私を倒すために友奈たちを巻き込む事が多い。

これは私が友奈に執着しているために起こっているから、修正が難しい。

 

本当なら本命のアルを使いたい。ただ、アルは友奈達を巻き込まない代わりに、私を倒す動機がない。

 

戦うだけなら、4才から殺し合いを続けて、私が始めに使っていたのと同じ素粒子変換を使っても、自我に影響を浮けなかった希少な存在。

恐らく人間が考えつくような望みなら叶えられる。そう、例え死者を蘇らせるような真似であったとしても。

 

さて、弥勒さん。貴方ならアルを使ってどうする。自分の望みを叶えるのか、それとも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしても許可を頂けないでしょうか。」

「大赦の機密に関わることです。今回集合してもらった候補以外の外部の人間をゴールドタワー内に入れることはできません。」

 

秋が近づきつつあるとは言え、まだまだ暑い日にダークグレーの執事服とは、アルもやるなあ。

 

「もう、そんなに心配しなくても大丈夫ですわ。アルフレッド。」

 

後ろで黙っていた亜麻色に近い金髪の少女が、アルを声を止める。

 

「しかし、夕海子お嬢様。」

「そんなに神官さんを困らせるべきではありません。」

 

仮面の神官。安芸さんは表情は読めないものの頭を振るような仕草で否定の意思を伝える。

 

「いいえ、確かに心配したくなるのも分かります。ですが、これは神樹様の御意思なのです。」

 

夕海子さんがアルの一歩前に出ると、くるりと振り返る。

 

「さ、お見送りはここまでですわ。アルフレッド。帰って、お父様とお母様にもお伝えなさい。」

 

夕海子さんにここまで言われてしまっては、アルも反論できない。

 

「分かりました。お嬢様。くれぐれもご無理はなさらないでください。何かございましたらすぐにおよび下さい。例え次元の果てでも2分以内に駆けつけます。」

 

いや、アルってば、貴方が言うと洒落じゃなくできるからね。

 

「では、お嬢様、神官殿、申し訳ございませんが、こちらの荷物をお受け取りください。大変重いものですので、十分にご注意を。」

「まったくアルフレッドは心配性ですわね。こうやって受け取れ…って、重っ!!」

「ああ! お嬢様。お気を確かに!」

「気は確かですわ。あと、それはこういう時に使う言葉ではありません。」

 

なんか、ギャーギャーと主従でやってる。

 

アルってば、高天原にいた時とキャラ変わってる。いや、知ってたけどさ。もう別人だよ。

 

何とか体勢を立て直してテーブルセット&ティーセットをもった夕海子さん。

重ね持ちしてるけどよく持てるな。あれ。

バラン崩れないんだろうか?

 

2人がゴールドタワー内に門をくぐると、アルから表情が消える。

 

「主なる神よ。何故こちらに?」

 

おっと、高天原見てるからアルには見えてるんだった。

 

「気にしないで、上手くやってるかの確認だから、今のは演技?」

「演技ではない。ただ本当に人間には重そうだから心配した。主従とはそういうもの。」

 

なるほど、自分のお姫様時代を思い出し始めてるんだ。

 

「そっか、今の生活に不満がないなら続けてくれるかな? 十華と那由多は私から離れちゃったから、アルが失敗すると、今度はだいぶ過去に戻ることになるからね。」

「承知した。だけど、私に与えられた使命はお嬢様にお仕えするということだけで、特別なことは何もない。それでもよろしいか。」

「問題ない、問題ない。人の世を救済するものが、人間のこと知らないんじゃ困るでしょ。だから貴方達3人にはそれぞれ動いてもらったんだよ。まあ、2人は失敗しちゃったんだけどね。」

「そう、仕方ない。」

 

そう、アルの言う通り仕方ない。

 

人にはそれぞれ自分の意思がある。私はそれを許容すると定めたのだから。

 

「さて、それじゃ、しばらく私は見物させてもらうよ。防人達が何を守るとするか、しっかり見て、そして考えてね。」

 

しばらく友奈たちはお休み。防人達がどう動こうとも運命は変わらない。変えられない。それは遥か過去の物語のように。

だからこそアルが人を学ぶには最適。どうせなにも変わらない部分なら多少触っても、それこそ問題ない。

 

「では、私はこれで。まだ主命があるので。」

「うん、お勤め頑張ってね。」

 

アルに短く返事すると別れる。

 

(あ、何だろう、これで本当のお別れみたいな感じ。気のせいかな?)

 

首をかしげながら、少しずつ地上を離れる。

通り抜ける空もいつも通り焔の色を映していた。

 

 

 

 

 

 



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第4部
Debt is better than death


しばらく防人さんの話だけど、そろそろ人物紹介的な入れたほうが良いのかな。
原作からして登場人物多い話だし。
※23/10/9 一部乱丁・脱字みたいになっていたところを修正しました。


この光景が繰り返されるのは幾度目になるだろう。千は越えていると思う。

それでも、数億繰り返した内では、防人達にフォーカスしたのは1%未満。

 

アイツは、天の神となった別世界の私は何を思い、防人たちを見ていたのだろう。

無駄なことを嘲笑ったのか。健気なことだと感じ入ったのか。それとも、無関心にただ見つめていただけなのか。

 

枯れた樹皮にも似た灰色の壁。

海上に浮かびつつも、大破した瀬戸大橋を除く、しまなみ海道の多々羅大橋と淡路島を通る大鳴門橋で地上部分を通過する巨大な壁。

 

四国覆い私達を守る結界。

ほんの一月前までそう思っていた。ううん、実際今も神樹様は私達を守ってくださっている。

 

けど、私はどうだろうか? 守られている存在なんだろうか?

 

天の神を名乗ったもう一人の私。

 

あれと接触したせいで、知りたくもないことをイヤほど思い知った。

 

この世界だって、みんなが気づいていないだけで何度も消滅と生成を繰り返し、

一番回数が多かった世界線を下敷きにコピペしてきただけ。

そう、まるで素粒子(アイツ)自身のように。

 

あんなにも気軽に、玩具のように世界滅ぼす敵。

 

簡単に消滅して、次の瞬間すぐに生成されるから、きっと本当の意味で命が分からなくなってるんだ。

 

終わりがあるからこそ、人は1回きりの人生を真剣に生きる事が可能。

もし、終わりもなく何のデメリットもなく、思うがままに結果を思考錯誤できるなら、それはもう人間じゃない。

死ぬことすらも死ではなく、例え神様がいたって同格の存在をぶつけて消滅させる。

実際そうやってずっと前の世界で神様を奪い取ったんだから。

 

(勝てるわけないじゃない。あんなの。今までも何億もの平行世界の私が止めようとしてできなかったんだから。)

 

アイツには互角とか対等とかいう概念が通じない。

 

無限の出力を等分しても、倍増させても、ずっと無限のまま。

やるのだったら、1か0で完全に失くすか奪い取るかしないと勝てない。

 

そんな方法あれば、だけど。

 

私を含めて三十三名。勇者以外の唯一の戦力。防人。

 

こんなもので一体何ができるつもりなんだろう。

 

亜耶の祝詞と秋の清々しい空を恨めしく見上げながら、私は重い足取りで船に昇った。

 

こうして、私、松永沙耶は天の神となった別世界の私との対決を避けられなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

焔よりもなお高く、神樹様の加護を頂いた木造の船が宙を行く。

 

(私も雀ちゃんみたいに盾が良かったな。盾の後ろでプルプルしていれば良いだけなんだし、なんで鉄砲なんか担いでるんだろう。)

 

両親は神樹様のお役目と聞いて名誉なこと言っていたけど、実のところ大金を積まれたんだろう。あの人たちは神世紀に有るまじきそういう人たちだ。

 

(そう言えば、アイツの親の記憶とか住んでいた場所とか全然出てこなかったな。結城さんと友達になった時の記憶もハッキリしないし、なんでだろう?)

 

目的、天災をおこなさないと友奈因子の引継ぎがなくなって、結城さんが生まれてこれないとか、世界の重要な情報は繋がった時に理解できたのに、

動機、何故結城さんに拘っているのか分からない。そもそも高知から出たことない私がどうやって香川に住んでる結城さんと友達になったんだ?

 

「来る。銃剣隊構え、撃てー!」

 

隊長―楠さん―の声に思考を中断される。慌てて天の神から零れ落ちた力を叩き起こす。

 

急に周囲の動きがスローモーションのようにゆっくりになる。

 

実際は私の時間が10倍に加速している。もちろん相対的に周りは遅くなるんだからどっちも正しい。

 

(といっても、10倍程度だと、落ち着く時間くらいしかないんだけどね)

 

それでも、余計なことを考えていたと怒られることくらいは避けられる。

 

それで、バーテックスは……。

 

いた!

 

楠さんの視線のはるか向こう。

 

1000体は越えていないだろう星屑の集団がいる。

 

(良かった星屑か、出遅れた分ちゃんと当てないと特訓コースなんて冗談じゃない。私は筋肉なんかつけたくないのっと!)

 

まるで金縛りにあったかのように体が動かない。

相変わらず水の中を歩いてるみたいに体が重い。

 

時間が加速するということは空気や水の抵抗もその分強くなる。

やっぱり思考だけの加速しかできない。まあ、こんなことで貴重な時間を使いたくないから良いんだけどね。

 

未来予知で10秒後の星屑の位置を確認して加速状態を終わる。

 

落ち着いて、まずは確実に、楠さんの言う通り訓練通りにやればいい。

 

でも、大赦も私がとびぬけた能力なんて無いってわかってるはずだ。

 

こんな程度の加速と予知じゃ、アイツに、天の神には絶対に及ばない。

 

それなのに、私は大赦に命じられるまま星屑と戦い始める。

 

(あれ? 全然弾が少ない)

 

十七の銃火ではなく、全部で10ずつくらいしか銃火が飛んで行ってない。

よく見ると、みんなバラバラに銃撃をくりかえすだけで狙いも統一されてないし、敵の進撃を留めるというよりそれぞれが勝手に攻撃しているだけだ。

 

(まずい、これじゃ船に突っ込まれる)

 

「護盾隊、防御!」

 

楠さんの声は落ち着いていて、想定外の銃火の少なさも作戦みたいに聞こえて安心する。

構えた盾に沿うように緑の淡い光が私達を覆い、星屑たちの体当たりを阻む。

 

けれど、気持ちだけでは持たない時がすぐに来た。

 

「きゃあああ」

 

何度も繰り返された星屑との衝突で疲労が重なったのか、護盾隊の一人が跳ね飛ばされて、カバーに入った銃剣隊の一人が逆に防御の外側に釣りだされてしまう。

 

星屑たちは知性は無いけど知恵はある。アイツに情報だけは湯水のように与えられているから。

 

アイツならどうする? これも罠?

 

私が思考するうちに飛び出す影。

 

「楠さん!」

 

誰が叫んだのか、悲鳴のような声にも振り返らず、

 

(本来は採取用の道具だけど、これなら短時間天の力にも耐えられるはず。)

 

ありったけの時間を圧縮して無理に羅摩(かがみ)に注ぎ込む。

 

アイツの知識を間借りして、本来外の世界の土壌をサンプリングするための道具を、時間を停滞させたマイクロ結界に作り変える。

バーテックスを倒すには力が少なすぎるけど、注意くらいは引けるはず。

 

思い切り星屑に投げつけようとしたところで、星屑の山から楠さんが飛び出してくる。

何度も何度も、途中で追い付かれながら、それでも抱えた仲間を放そうとしない。

 

そんなに仲間思いじゃないはずなのに、ただ自分の評価を下げないために命をかけるなんて正気じゃない。

 

私は今まで通りの日常に戻りたい。

 

家族は微妙だったけど、学校には行きたいし、友達と喋っている時は楽しい。

元は同じ人間でも、平行世界よりも遠い存在になってしまった天の神のことなんて、私は知らない。

世界を救うだの、みんなを守るだの、それこそどこかの才能あふれる勇者がやれば良いんだ。

 

だから……。

 

「こんな無駄なことは終わらせる。」

 

カチンと火花が散るようなイメージとともに、もう一度時間加速をかける。

さっきみたいな補助じゃなくて、本気で敵を倒すために。

 

時間加速したまま、物体を動かせば加速された時間の分だけ運動エネルギーが増加する。

早く動くということはそれだけで力になる。

加速された力は爆発的に増加し、たったそれだけで私自身が星になったような重力を発生させる。

 

横を通り過ぎる時に雀ちゃんの襟首をつかんで、ちょうど盾を前にした状態のまま楠さんたちに追いすがる星屑たちへ投げつける。

 

恐らく、私達の持ち物で雀ちゃんの盾が一番硬い。それを体感10億倍の時間加速で放り込んだから、あと少しで青方偏移が生じるくらいの速度になる。

運動エネルギーでいえばマグネチュード7の地震を雀ちゃんに込めて打ち出したような状態。

当然あとで雀ちゃんは回収するけど、これなら星屑くらいは蹴散らせるはず。

 

「ギャー、すぐ死ぬ、今死ぬ、もう死ぬーー!」

「大丈夫、私が受け止める。」

 

横を並走しながら声をかける。

 

「へ? って、ぶつかるーーー!」

 

もうぶつかってるけどね。

 

雀ちゃんが盾から突っ込んだ衝撃で数百体程度の星屑たちが跳ね飛ばされて、楠さん達の退路が確保される。

 

「よっと、帰るよー。雀ちゃん。」

「頭が回るー、目から星が飛ぶー。」

 

ふらふらの雀ちゃんを抱えて、もう一度時間加速を起動する。

チラリと後ろに目をやると、跳ね飛ばされた星屑は原型を留めている。

 

(やっぱり、物理的な衝撃じゃ雀ちゃん砲弾でもダメなんだ。地球を貫通できるくらいの威力を出さないと効果ないのかな。)

 

「貴方、勝手に隊列を離れて。それに今のは一体何?」

「ごめんなさい。でも、お説教は後にして帰らせて。ほら、雀ちゃんもしっかり。」

 

雀ちゃんは五体満足。盾から突っ込んだだけだから傷一つない。

 

「いいわ、後にしましょう。全員撤退。元気な人たちは羅摩の運搬と負傷者に手を貸して。」

 

そこで、芽吹が一度言葉を切って、全員を見渡す。

 

「帰るわよ。全員で。」

 

みんなの顔に安堵が満ちる。

 

私も返事を返そう。

 

「は~い、そ…!?」

 

ゾクリと、氷柱を背中に入れられた時と同じような感覚。

 

アイツ……いえ、3人の使徒の誰かがいる。

 

どこ? どこにいるの?

 

「うう、頭がくらくらするよ。酷いよ。本当に死ぬところだったよ! ちょっと聞いてる?」

 

正気づいた雀ちゃんに構っていられない。

 

「黙れ。」

「ハイ、すみませんでした。」

 

できるだけアイツを真似て、短く呟く。

脅しつけてごめん。後でなんか埋め合わせするから。

 

雀ちゃんから意識を放すと、もうアイツの気配は消えていた。

 

何だったんだろう? 結界の外だからって、私も神経質になってたのかな?

 

首を傾げながら、慌てて芽吹の指示通り神経質なくらいに整列して、私達は最初の壁外調査を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の壁外調査任務はなんと2週間も間が空いた。

 

結局芽吹が助けた子と、バーテックスに跳ね飛ばされた護盾隊の子が去ってしまった。

他にもその様子を見て心が折れた子が2人。

 

合計4人の補充と訓練に時間が美つようだった。

 

(ただでさえ役立たずの私達がさらに質を下げてどうするの? それくらいなら補充なんて考えずに一気に投入すればいいのに。)

 

予備を残すかどうかは戦略を考えるうえで難しい判断になる。

 

ただ、今回は予備を残してどうするのか分からない判断に思えた。

 

終わったことを言ってもアイツみたいに過去を変える訳にもいかない。

 

今回は羅摩を手にそそくさと土壌サンプリングに回る。

 

あの後、芽吹のお説教と大赦の査問で酷い目にあった。

 

もう一度私を炭素凍結すべきか議論されていたらしい。

 

結果は様子見。

 

仮にも防人の仲間を助けたということで敵対敵でない、というのが恩着せがましい大赦の通達。

でも、実際は危機的状況であったにもかかわらず私が発揮した力が、天の神と比較して低すぎたためにもう少しデータを取りたいってところだろう。

少なくともテレパシーで見える表層だけ読んだ感じだと、安芸先生はそう考えているみたいだった。

 

(でも、大赦の本命は私のクローン人間部隊、神人計画のほうだんだろうな。)

 

結城さん達の戦いで大赦はレオ・スタークラスターの存在を知った。

もう、体の機能を捧げる満開でも必ず倒せるとは言い切れない難敵。

 

そして、勇者になれるのはごく一部の上、勇者を増やせば神樹様が勇者に与える力は分散され、1人1人が弱くなってしまう。

 

けれど、そこで私が現れた。天の神自身に直々に明かされた現・天の神(アイツ)と元を同じくする人間。

 

最後の戦いの後一度世界は滅ぼされたけど、何故かアイツはその記録については消去せずに、適当に私を放り込んで歴史を改竄した。

 

不整合だらけなのに、誰もそれに気が付かない。

 

それこそが頂点・線分・面積・立体・場所・時間・可能性…etcと無限に続く可算な次元で見続ける限り、アイツのやるようなことは認識できない。

 

アイツの広がりは次元で考えられる段階さえ越えてしまっている。だから改変されても滅ぼされても気づくことさえできない。気づかなければ抵抗さえできない。

 

勝負や対策は同じ次元上にいるからこそできる。そもそも次元という考え方の土台さえ違う。アイツをどうにかする方法なんて存在しなくなって久しい。

 

 

それなのに私達は未だに剣だの銃だのを武器として使っている。

 

いくら、私が訴えても大赦の誰も叱る事すらできず、不思議そうにするだけだった。

 

だから、私も何もしない。ただ、今をやり過ごせば良い。

どうせ、私がしなくても誰かが勇者になる。知らないうちに終わってる。

そして、私が気が付かなくて良い。アイツは結城さんに構ってほしいだけなんだから。

 

今回の目標分の八分目が終わったあたりで星屑の気配を4km先に感じる。

 

(バーテックス本体は出てこないだろうけど、進化体くらいはでてくるかな。)

 

でも、私には関係ない。だいたい私には無理。アイツと私は違う。

みんなでさっさと逃げかえればいい。

 

今いるのは旧・中国地方。

 

もう少し進めて日本海側の出雲に抜けられれば、いろいろ手に入るんだけど、運搬手段も移動手段もかぎられてる。

だいたい私以外は宇宙規模の結界を越えられない。

 

(いっそ、天の神の力を使って新しい勇者を任命したりできないんだろうか?)

 

相手の武器を鹵獲して使うのは人間同士の戦争ではよくやっていたって言うし、天の神が力の流出を今まで通り放置するなら、できそうな気もする。

ただし、今度は勇者にふさわしい人間がいないんだけど。

 

「よし、採取完了っと。えっと山伏さん。」

「ん、こっちもおわった。楠。」

 

密集陣形の中心にいる芽吹に隣の山伏さんが声をかける。

 

今までの歴史通りなら、そろそろ山伏さんのもう一人の人格・シズクが目覚める事件が起こる頃だ。

 

「終わったみたいね。撤退開始。」

 

今日は違ったみたい。

 

ふわり、と花が香るくらいの自然な感じで、また天の神の気配。

でも振り返った先にいたのは……。

 

「ぜぇー、はー、ぜぇー、はー、ふふふ、今回のお役目も、実に簡単でしたわ。あまりに歯応えが無さ過ぎて、すぅー、はぁー、居眠りするところでしたわ。」

「すごく息切れしてるんだけど、しかも、傷だらけ。」

「うるさいですわね。雀さん! あなたの眉毛を千本くらい抜いて面白い顔にして差し上げますわよ!」

「うわわ、ごめんんさーい。」

 

文字通り脱兎のごとく雀ちゃんが弥勒さんから距離をとる。

 

(気配のもとは弥勒さんか、でも弥勒は弥勒でも、ご先祖様の蓮華さんならともかく、今の弥勒家にアイツが手を貸すのかな?)

 

さすがに近未来予知だけじゃアイツの行動までは読めない。

ふざけたことばかり言ってるやつだけど、天の神であるのは真実だ。

 

「あああ!」

「雀、今度は何!」

「あれ、あれ、なんかいっぱい集まってる。あれ絶対良くないやつだよ!」

 

ああ、撤退タイミングで緊張が緩んだタイミングで来るのか。

 

そこにいるのは進化体。

 

かつて西暦の時代に勇者たちですら苦しめたバーテックスへの一歩目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

近くにいた護盾隊の子が慌てて盾を展開する。

けど、角持つあの巨体はタウラス型。

 

「きゃあああ!」

 

あっさりと盾ごとその子は吹き飛ばされる。

慌てて加速で地面にたたきつけられる前に受け止める。

なんかこんなの多いな。

 

吹き飛ばされた衝撃で気を失っているけど、息はあるし骨折とかもしてない。これなら大丈夫。

 

 

「なにあれ、何あれ、ナにアレー!! 死ぬ、死ぬ、死ぬー! 今度こそ死ぬー!! もうダメだー。おしまいだー!」

 

正面から受け止めるのは不利だ。

横合いから攻撃しようと、叫ぶ雀ちゃんに手を伸ばすけど、唯空を切るのみだった。

 

「ちょっと、なんで逃げるのさ。」

「イヤだよ、逃げるよ、避けるよ。だって、また私をあれに投げつける気だったんでしょ!」

「それが一番確実なの。あなたの盾が一番堅いんだから、私の加速で押し出せば倒し切れなくても、逃げるくらいの時間は稼げる。」

 

逃げ回る雀ちゃんに叫ぶ。

 

実際それがみんなで生き残る最善、だと思う。

 

でも、もう時間もあんまりない。

 

逃げ回る雀ちゃんを砲弾代わりにすることをあきらめて、銃撃を繰り返す。

 

(ダメだ。威力が弱すぎる。)

 

剣でないと進化体相手でもダメージも与えられない。頂点(バーテックス)相手でもこの様なんて、これじゃ無限次元(ヒルベルト)どころか、線分(エクスターナルライン)面積(クロスセクション)にも届かない。

 

「この、どきなさい。」

 

芽吹さん達が星屑を倒しながら、追い付かれた私達後続組を助けようとしてくれるけれど、間に合わない。

 

「まずい! 山伏さん!」

 

こっちに注意を引いて、山伏さん達が退く暇くらい作らないと。

 

加速度をあげて思い切り斬りつける。

逆に私の銃剣は根本から折れて、銃としても剣としても使えなくなる。

 

(まずい、武器がない。)

 

後悔先に立たずとはこういう時に言うのだろう。

やっぱり強度が足りなかった。

 

けど、進化体は私を無視して、座り込んで動けない様子の山伏さんを一飲みにした。

 

違う。着地点は見事に進化体の大角の位置。

最初から空中で体勢を変えられない私を後回しにしたんだ。

バタバタと空中でもがく。

 

けれど、未来は変わらない。

 

為すすべなくもう一度進化体に跳ね飛ばされた私は、せっかく視界の隅に飛び出した白刃を捉えたのに、そのまま意識を手放していた。

 

 

 

 

 



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Think not on what you lack as much as on what you have

しばらく視点変更なしで進めてみて、ダメだったら改修してみます。


未明3時。

 

日は変われど日は昇らず。

 

昼夜逆転でなければ、骨折した左足のためにも眠りたいところだけど、彼らはそれを許容しない。

 

病室に入ってきた影は3人。

 

「こんばんは、お勤めご苦労様、今度は何? 毒殺、刺殺、圧殺、斬殺、轢死、焼死、窒息。もういい加減うんざりなんだけど? そんなので私を殺せるなら苦労しないでしょ。貴方達も私も。」

 

点滴に麻薬やら空気やらを混ぜてたみたいだけど、私がおめめぱっちりなので、ギョッとしている。

見えなくても分かる。

この数か月で何度暗殺されたことか。

 

多い時には1日2回も殺されそうになれば、いい加減に慣れてくる。

 

ただ、それは相手も同じで、動きを止めたのは1瞬で滑るように近づくと、あっというまに私の首を切り落とした。

 

「出るぞ」

「いやいや、ダメでしょ。ちゃんと死亡を確認しないと。」

 

そう言いながら地面に転がった自分の首を拾い上げる。

 

「あー、こりゃダメか。」

 

私の視界が潰されて消える。

元の首が残ってると再現されないから先に潰してしまったのだ。

 

これは再生とか修復とかじゃない。再現だ。

 

気づいたのは1月前。

 

彼ら―大赦の過激派とか強硬派―が、禁則地である壁外の炎の中へ私を突き落とした時だ。

 

炎で焼かれながら、突き落とされた地の底から壁をよじ登るのに実に1週間。

 

結局最後は灰になった後に、熱でできた上昇気流に乗って壁の中に戻ってきた。

ファンタジーのフェニックスとかもこんな感じで復活するんだろう。

 

そして、一番大きな灰が景色がぶれるように私の姿になった。燃え尽きたはずの制服と一緒に。

 

私だけが戻ったのなら、治療したとか修繕したとか行程があるはず。

でも、制服には間違ってつけてしまったシミの跡すらなかった。

 

つまり、これは治したんじゃなく新しく作ってるんだと気が付いた。

 

何度死んだって良い。絶対に死なないんだから。と言ったのは誰だったか?

 

(芽吹さん、勇者になるって、私と同じように死なないってことだよ。その時が訪れるまで決して。ねぇ、それってどんな気持ちなのかな。私はもう忘れてしまったよ。)

 

だって、忘れることで生きていくんだから、普通の人間だった記憶なんて覚えてなんていられない。きっと頭がおかしくなる。

いえ、もしかしたら、とっくにおかしくなってるかも。

 

「悪魔め……」

 

低くうめくように3人の誰かが呟く。

 

「違うよ。私はいずれ天の神となって貴方達人類を根絶やす者。そこ間違えないでよ。だいたい、さ、無駄だって判ったらもう良いでしょ。夜中に起こされて未だ眠いんだよ。」

「そうはいかぬ。お役目の遂行は世界の平穏のため、我らの命など惜しみない。」

 

言うが早いか、3人ともが喉を掻き切り自害する。

パチンと電源を入れると3人の顔が見えるようになる。

 

一人はこのゴールドタワーで私達とともにお役目にあたっていたはずの神官だった。

 

(ああ、今度は呪いか)

 

呪殺とはまた一番可能性が低そうなことを。

 

物理的に殺せないからそうなったんだろうけど、あたり前のように私の体は死に、鶏が7度鳴き声をあげるころには、死んですっきりした頭で目覚めていた。

 

寝不足も怪我もすでにない。

 

死ねば完全な状態でアイツが私を再生する。それこそ動画編集よりも簡単に為してしまう。

 

分かっているのに、人は諦めない。

 

この世界の未来は保障される。でないとアイツは結城さんに補償できないから、それはアイツの天の神自身の保証なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよーございます。安芸せんせー。」

「おはようございます。侵入者の件は聞きました。ゴールドタワーの警備を強化します。」

 

ピンピンしている私を見ても安芸先生の声は平坦だった。

その胸の内までは分からないので触りに行こうとしたら、かわされた。

 

「何をしているのです。」

「何でもありません。欲望が暴走しました。」

「……今日から訓練に戻りなさい。」

 

声は相変わらずだけど、たぶん怒ってるんだろうな。

 

本当にやろうとしたわけじゃないのに。

完全に怒らせてしまったみたいなので、さっさと退散した。

 

私の部屋は昨日の呪詛と襲撃犯の遺体が残っている。

しばらくは戻れない。

今、いつも特殊清掃業者の人が対応してくれているけど、後1時間は欲しいと言ってた。

飲み物とお茶菓子くらいだそうかと聞いてみたけど、嫌がらせかと言われた。

なんでだろ?

 

今回は大赦に接収されたゴールドタワー内の出来事だから、警察の人は来なかった。

 

他の防人メンバーには虫が出たと言うことで説明されているらしい。

 

とりあえず朝ご飯にしよう。2日ほど点滴だけだったからお腹が空いている。

だから、私は強かったから朝からたっぷり焼肉定食。

もしも弱かったら、野菜炒め定食かな?

 

同じ船に乗っているメンバーに挨拶して、席に着く。

お肉おいしい。

周りがうへぇって顔してるけど、仕方ないじゃん。

火の通った玉ねぎ。元は赤みだったろうメインのお肉。

 

いやあ、幸せー。

 

幸せな時間はいつもあっという間に終わる。

そう言えば、私が気を失った後どうなったんだろう。

 

「ねぇねぇ、あの後どうなったの?」

「えっと、確か急に山伏さんが強くなって進化型を倒してくれたの。それで貴方も助かったんだよ。」

「おお、そうだったのか、じゃ、あとでお礼言っとかないと。」

「ううーん、でも、今は止めた方が良いかも。なんか山伏さん猫被ってたみたいだから。」

「猫?」

 

みんなに話を聞くと何だか険悪な雰囲気で、芽吹さんと山伏さんが訓練場に出ていったらしい。

 

集団行動を嫌う山伏さんに対して芽吹さんが物申したみたい。

 

その場にいたら、言い方アアァ、と平成の世風に叫んでいたかもしれない。

 

(芽吹さんてリーダーに向いてるんだろうか?)

 

リーダーの資質なんてことを言うつもりはないけど、特にカリスマって感じでもないし、言い方きついし、ちょい強引だし。

 

防人のみんなについては、取るに足らないってまともに記憶が共有されなかったんだよね。

それとも、そういう建前だけでごまかされたんだろうか?

 

 

 

 

 

訓練だから木刀なんだけど、まるで戦場で黒鉄がぶつかったような強化済み重低音が響いている。

 

(お、やってる、やって……)

 

まただ、このゾッとする感じ。

やっぱりどこかでアルが私を見ている。

 

どうなってるの? まさか神樹様の力ではアルを止められない?

 

確かにアルは単独で最強のバーテックス、レオ・スタークラスターさえ大きく超える火力を持ってる。

全宇宙の熱量に匹敵する力を持つ使徒。

 

でも、本当の神様である神樹様がそうそう押されることは無いと思いたい。

でも、2度も感じるってことは勘違いとも思えない。

でも、やっぱりこの気配はアルがいる。

 

芽吹さんと山伏さんをつばぜり合いを、意識の外に放り出し感性を研ぎ澄ます。

 

(やっぱり、アルの気配。でも、どこに、いえ、誰から……。)

 

意識の外に幽かに見つめる視線。

 

(ここにはいない。誰かを通して見ているだけ?)

 

緊張が雲散霧消する。気配だけ斬っても意味はない。

 

「気合入ってるじゃねぇか! そこまでして戦う理由はあるのか。」

「私は――」

 

視界が開け、芽吹さんの模擬刀が何度も山伏さんに受け止められる。

膂力は山伏さんの方が少し上みたいだ。

 

「私は勇者になるんだ! 大赦に! 神樹様に! 私の実力を認めさせる。だから防人のお役目なんかで立ち止まれない。あなたが邪魔をするなら力づくでも従ってもらうわ!」

「勇者、ねぇ。」

 

急に山伏さんが芽吹さんの攻撃を弾いた後、今までと違って後ろに下がって距離をとる。

 

(力で押し勝っているのに退いた?)

 

「だったら、一つ良いことを教えてやるよ。お前じゃ勇者になれない。」

「なんですって!? 勝手なことを言うな。」

 

おめめ三角にした芽吹さんが猛然と連続技を繰り返す。

 

「そうそう、それだよ。その感じが勇者じゃねぇ。」

 

相当な速度で打ち込まれても、山伏さんはそれを全て無効化している。

時に避け、時に受け、時に機先を制しながら。

 

「しずくが言っただろ。俺たちも小学は神樹館だった。だから、見てきたんだよ。勇者ってやつをよっ!」

 

強く弾かれた勢いで今度は芽吹さんが退く。

攻守が入れ替わり、今度は型を無視した力任せの山伏さんの剣に芽吹さんが立ち向かう。

 

「そいつらが戦っていたところはみたことがねぇ。だから、俺達が知っているのは普段のあいつらだ。」

 

山伏さんの性格がちょっと変わってる。猫ってこういうこと?

 

「ねぇ、これ、どういう状況?」

 

雀ちゃんの袖を引いて小声で尋ねる。

 

「え? わ、沙耶ちゃん、平気なの?」

「うん、この通り。で、なんであんなに言い争ってるの? ただの訓練じゃないの?」

 

小声でこそこそする間も、2人の戦いは激しさを増している。

 

手数だけでなく口数も含めて。

 

「あー、芽吹がシズク…様を要らないって言っちゃって、それで力ずくでもってなっちゃった。ねぇ、あれ何とか止められない。」

 

雀ちゃんに言われて、もう一度2人の戦いを見る。

何でも2重人格らしい。

なんでそんな重要情報を取るに足らないっていうかな。

 

 

「俺が知っているあいつらは普通だった。学校に通い、勉強して、友達と遊ぶ。」

 

何あれ、山伏さん、いえ、今はシズクか。

パワーだけでなくスピードもある。

 

「ごめん、雀ちゃん。あれは今は無理。」

「そっか、ううん、こっちこそ無理いって悪かったよ。」

 

そう、今は無理だ。人間の力でやり合って怪我したくない。

 

 

「鷲尾須美ってやつがいた。コイツはクソ真面目で不器用だったが、友達思いな奴だってのは見てても分かった。」

 

また、一段と力がこもっていく。

あんなの受けてたら腕の筋肉のクールダウンが間に合わない。

 

「乃木園子って奴がいた。マイペースで寝てばかりのくせに、本気になれば何でもできるやつだった。本気になるところは友人に関係することだけしか見たことないがな。」

 

完全に攻守が入れ替わってる。

 

「三ノ輪銀ってやつがいた。落ち着きがないトラブルメーカーだったけど、気さくで明るくて、みんなのことを思いやる。言うべきことをはっきり言えるすげー奴だった。」

 

この戦い、技術だけじゃなく、今のままだと心の込め方でも芽吹さんが押され始めてる。

 

勇者って言うのはただ自分が強いだけで慣れる者ではないの?

 

アイツが神樹様を作った時、勇者の選定基準を結城さんにしなかった。

ただ、人を学び良き心を持つ者を選ぶように定義しただけ。

 

まるで自分の私意を反映したくないみたいに。

勇者の基準。

アイツも知らない。

知ろうとしなければ、全知全能の意味はない。

 

 

「あいつらはお前とは違ってた。お前みたいにギラギラしてなかったぜ。俺が見たあいつらは普通に暮らしていた。どこにでもいる子供と変わらなかった! 勇者になる前もなった後も、そうなりたいとも、やりたくないとも言わなかった。お前みたいに勇者になりたいって駄々こねてた訳じゃないぜ。」

 

既に何十合と打ちこんでいるのに、芽吹さんは何とか致命的な隙を見せずにしのいでいる。

 

「だったら何? 普通であることが勇者である条件だとでも言うの?」

 

逆にシズクの動きが少しずつだけど大雑把になっている。

もともと精細な動きではなかったけど、今は精彩さも駆けてきている。

 

「さあな、神樹や大赦が何を基準にしているかなんて知らねぇ。だけどな。俺が見た勇者たちはカッコよかったぜ。楠! てめぇはただ他のヤツの玩具を欲しがるガキ。空を飛べないと文句たれてる鶏だ。そんなカッコ悪い奴が……。」

 

一瞬だけシズクの動きが静かになる。

止まったのではなく、ただ静かに、その時を待ち続けるかのように。

 

そして……

 

「勇者になれるわけねぇだろうが!!」

 

その時は来る。

体格に反するような膂力から生み出された神速と言える一撃が、ただ一点を突き動かす。

 

(これは決まったかな。残念だけどあの位置と威力では避けられない。かといって受ければ次につなげられない。)

 

やっぱり普通にできることなんてない。

 

シズクの突きを重心を使って斜に滑らす。

それも足掻き。

威力を殺し切れず芽吹の姿勢が崩れる。

 

「終わりだ!!」

 

そう、シズクの言う通りこれで終わりだろう。

そのまま、踵を返す。

 

だから、その声が追突した瞬間を見逃した。

 

「それでも、私は――勇者になるのよ!!」

 

瞬間は見逃したけど、決着がついたのは分かった。

 

あの体勢から踏み込んで、さらにシズクの攻撃をかわして、

その上で下がるシズクに追いすがって勝負を決めた。

 

呆れた無謀さ、シズクの力なら横薙ぎにできれば勝っていただろうに。

この勝負にかける意気込みの違いが結果に出た。

 

(模擬戦で勝ってもしょうがないでしょうに、呆れたやる気。)

 

シズクが切っ先を突きつけられたまま芽吹を見つめる。

 

「俺の負けだ。」

 

空気が緩む。

 

「まったく、あそこで踏み込んでくるか? 下手したら大けがじゃすまなかったぞ。」

「正直に言うわ。賭けだった。あそこで貴方が突きを選択してそれを受けるのも、次の一撃を捉えるのも。奇跡みたいなものよ。」

「いいや、奇跡なんてないさ。あれがお前の実力だ。あ~あ、負けちまったか。仕方ない。ちゃんと言うことは聞くから、頼むぜ楠。」

「ええ、誰一人欠けずにお役目をやり遂げて見せるわ。」

 

(あれ? アルの気配が無くなってる。いつの間に……。)

 

それともアルは最初からいなかったんだろうか?

 

それは後で考えよう。

今はそれより気になることがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきの勝負。

 

芽吹さんも言っていた勇者の条件。

普通であることなんてものはないはず。

 

少なくともアイツはそんなこと考えてない。

 

でもアイツが世界を創造してから130億年。

一度も修正されなかった神樹様の自己組織化は弛まず進み、人類だって遥か海の向こうで誕生した時から変わり果てた別の生き物になり続けている。

今この瞬間でさえも。

 

(普通なんて、そんな哲学みたいな条件。常なる何かなんて設定できるの?)

 

それを造物主(アイツ)被造物(カミサマやヒト)にそれを認め、望んでいるのだとしたら、その先は結城さんのために作られた世界に続いているんだろうか。

 

(いいや、世界なんて私の知ったことじゃない。やりたい人たち同士勝手に殺し合ってれば良い。私は何もしたくない。)

 

ただ、私がここにいることもアイツの仕掛け(かみのおぼしめし)なのだとしたら?

 

記憶を共有された程度では、全知全能どころか、万能ですらないのかもしれない。

 

それでも、アイツの記憶通りなら、私にも勇者を選ぶことくらいはできる。

なんでかアイツが押し付けていったから。

好きなように選んで良いって。

 

楠さんの叫びを思い出す。

 

あんなに勇者になりたがっていたのなら、一度くらいならせてあげても良いんじゃないだろうか?

 

そして、天の神と同一の存在である私は、誰かを勇者に選ぶことができる。

 

何故だか、全身が総毛立ち、暑さとは違う汗を不快に拭う。

 

(知らない。大赦の人たちもまともに取り合わなかったんだ。私には関係ない。)

 

 

 

 

翌日、治ったのなら早く訓練に参加しろと、芽吹さんに怒られました。

 

 

 



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In a calm sea every man is a pilot.

「「よーし、言うぞー、今日こそ言うぞー。防人辞めますって言うぞ? え?」」

 

誰だあ、私のセリフをとったのわ。

 

「あ、貴方も辞めたいの?」

「そりゃあ、ねぇ……」

 

警戒と期待がこぼれそうな瞳で確認する雀ちゃんに答える。

 

「そ、そうだよね。うん、普通はこんなのやりたくないよね。ね。ほら、メブ。」

「はいはい、そこまで言うなら止めないけど、雀、貴方、もう少し自信を持てば? ここ何回かの任務で見る限り貴方はより上位番号のみんなにも負けてないわよ。」

 

芽吹隊長の言うことも分かるけど、この戦いの結末は無意味なものだ。

出来レースなのだから。

 

「そ、そんなこと言っても怖いものは恐いし。よーし、言うぞ、ね、沙耶ちゃんも言うでしょ?」

 

どうやら、雀ちゃんは一人じゃないと知ってやる気を出したみたい。

 

「そうだね。こんな失敗するって判ってる戦い無意味だしね。」

 

あ……

 

しまった。と思った時には遅かった。

見る見る芽吹さんのおめめが三角になっていく。

 

けど……。

 

「そんなことはありません。神樹様が神託で示されたのです。きっと意味が……。」

 

こんな時でも、いつも通り穏やかな亜耶の声が癇に障る。

 

私はこの大赦の中でも巫女っていう連中が一番嫌いだ。

正しいことばかり言って、困ってることには何もできない。

300年前からずっとだ。

 

「神託なんて意味がない。バーテックス、いえ、天の神と直接対峙したことがないからそんなことが言えるんだよ。あんなの勝てるわけがない。」

 

たぶん、私の顔は今引き攣っている。

 

怒りを見せていた芽吹さんも、騒いでいた雀ちゃんも、窘めていた亜耶ちゃんも。

 

そして、後ろに立つ安芸先生も何もわかってない。

 

いえ、私がどれだけ訴えても誰も取り合ってくれない。

まるでギリシアのカサンドラの如く。

 

 

「もういいでしょ。安芸先生。このままだと私は……」

「席に戻りなさい。松永さん、今はまだ私の胸の内の留めておけます。でも、もし、ここから出るというなら……。」

 

安芸先生の言いたいことはわかる。

心を鎧で守っても、この人だって勇者達を見てきたんだ。

それが決して英雄譚でないことは知っている。

 

踵を返すとドカッとわざと大きな音を立てながら、自分の席に座る。

 

安芸先生は何事も無かったかのように授業を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃああああ、何あれ、無理無理無理~。殺されるぅううー! 死んじゃう~!!」

 

雀ちゃんの絶叫を聞きながら、正面のサジタリウスを見据える。

 

「サンプル採取中止。全員撤退!」

 

とうとう、進化体もあそこまで大きくなってきている。

 

後方のサジタリウスも厄介だけど、退路にもまだ星屑がたくさんいる。

 

銃剣隊のみんなが放った銃弾が命中し続ける。

傷つき、損傷しながら、前進をやめないサジタリウス。

破裂し、破砕しながら、仲間の屍を越えてくる星屑。

恐慌寸前で引き金を引き、盾を持つ手すら震える。誰にも誇れずただ恐れるだけの私達。

 

その姿はまるでホラー映画委のゾンビと遭遇した時のよう。

 

やっぱり防人の力で戦うなんて無理だ。

せめて、御霊を破壊できないと三ノ輪銀の時と同じようにいつか力尽きる。

 

(もういいや、どうせ、死ぬのなら抵抗して苦しい思いをするよりも……)

 

だんだんと熱が冷めていく。

銃剣を持つ手が下がる。

もし、勝って生き延びたとして何になるの?

 

親しい友達も、大好きな恋人も、優しい家族も、私にはない。

やりたいことも、自慢できる特技も、時間を忘れる趣味も、私にはない。

振り返る思い出も、惜しい瞬間も、期待する先も、私にはない。

 

 

他のみんなはどうだろう?

 

防人全員を知っているわけじゃないけど、アイツの記憶通りなら、この後起きる混乱の中で少なくない人が大変な目に会うと知っている。

 

知らないから、みんな戦えているだけだ。

 

展望が開ける芽吹さん達は、それでも良いと生き続けるのだろう。

誰のためでもなく。

 

でも、ほとんどのみんなは、ただ地を駆けずり回るだけで、こんな戦い何の意味もない。

 

だから、アイツから流出した記憶も防人の戦いについてはほとんど無い。

 

記録で十分なくらいアイツにとっては意味のない戦い。

 

それなのに私達はこんなにも必死になってる。

 

「この程度の雑魚、いくら数がいようとこの弥勒夕海子の敵ではありませんわ。芽吹さん、いえ、楠隊長、退路を開きましょう。」

「何言ってんの! 弥勒さん。そんなの無理だよ。星屑の数が多すぎるよう。」

「だったら、どういたしますの? 星屑は数が多くても倒せますが、サジタリウスに追い付かれては倒せませんわ!」

 

実のところ弥勒さんが言うことも雀ちゃんが言うことも正しい。

正しいからと言って、それが望み通りの結果になるとは限らない。

 

「前は星屑、後ろはサジタリウス。あああ、もう嫌だ。死ぬ死ぬ死ぬ。絶対死ぬ。動いたら絶対死ぬ。ここで留まるうぅぅぅ!」

 

言葉通り雀ちゃんは座り込んでしまった。

 

「それじゃ、無駄死にするだけですわ。さあ、行きますわよ。」

 

座り込んだ雀ちゃんを引っ張っていこうとする弥勒さんを止めたのは、以外にも芽吹さんだった。

 

「いえ、弥勒さん待ってください。このままどちらに動いても間に合いません。ここで留まって迎撃します。」

「芽吹さん!? 何を言ってやがりますの!? それでは……。」

「護盾隊は全員で盾を形成。サジタリウスの攻撃に備えて。」

 

動きを止めるの? このタイミングで?

 

迷い。焦り。疑い。

 

瞬間ごとに自分の主観が安定しない。

 

どうする? どれが正しい。いえ、知ってるはず。だったら今は流れに逆らわなければ良い。

 

ギリギリで滑りこんだ盾をサジタリウスの小型の矢が雨のように叩き続ける。

薄暗い中でもみんなの顔が引き攣っているのがわかる。

 

この程度の攻撃すら人間にとっては脅威なんだ。

 

大赦の人たちは星を砕りて宇宙を覆うようなアイツと戦っているつもりなんだろうか?

アイツは大赦も神樹様も気にも留めていない。

 

ただ、結城さんの未来を保障したいだけで。

 

気が付くと矢の音が止まっている。

 

「ぎゃああああ、嫌だあああ死にたくないぃー!」

 

代りに雀ちゃんが絶叫しながらサジタリウスに向かっていく。

 

「雀さん!? 何をなさっていますの?」

 

弥勒さんの慌てた声を背に雀ちゃんがもう一度盾を構える。

同時に先ほどまでの降り注ぐ矢ですら小雨と思える硬い金属同士がぶつかったような大音響が荒れ狂う。

 

サジタリウスが盾を貫通するために威力の高い大型の矢に切り替えたんだ。

 

だとしたら、いくら盾で防いでいても雀ちゃんは?

 

いた!

 

顔から地面にダイブしたみたいになってるけど、なんとか無事みたいだ。

 

「今よ、護盾体は盾を解除して、全員撤退。走って!」

 

芽吹さんの号令で弾かれたように、みんなが一目散に走っていく。

 

でも、ダメだ。今逃げたらサジタリウスの矢の再装填に間に合わない。

 

(今なら、みんな混乱していて大赦にも報告されないはず。)

 

時間加速、いえ、既に跳躍と言っていいレベルで動き出す。

 

すでにその速度は電気が伝わる速度に達する。

 

 

音速を超えている大木のような矢も、空中で静止しているように見える。

叩くのは1点。

 

先端の尖っている部分をぐちゃぐちゃにすれば、衝撃波でまっすぐ飛べなくなる。

 

そのまま矢の前に飛び出して、銃剣自体をやり投げのように矢の先端に投擲。

核兵器さえ超えるエネルギーと天の神の神通力が溶け合った光が、サジタリウスの巨大な矢と衝突する。

 

さっきみたいな大音響は出ない。

音を伝える空気そのものが音が伝わるより早く素粒子レベルまで分解されてしまったからだ。

 

サジタリウスの矢は砕けて、その破片で今度はサジタリウス自体が穴だらけになる。

もちろん、私の両腕も一緒に無くなってる。

 

「あれ? 飛んでこない?」

 

雀ちゃんの行動は正解だけど、それは人間尺度で見た場合。

私達の敵は数多の宇宙人たちさえ役に立たないと滅ぼしてきた本物の天の神なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大浴場で聞こえるみんなの声を聞きながら、今日の戦いを振り返る。

 

時間加速による打撃は有効だけど、毎回腕がダメになるからできれば避けたい。

大赦も私がバーテックスを倒せなくても、打撃を与えられると知った時、その力を危険視されないか不安になる。

 

素粒子変換ができれば、もっといろいろできる。

最初のころのアイツでも宇宙全てを滅ぼせるような力を出せたみたいに。

 

ただ、私にあれはできないと思う。

理屈が分かってもやり方が全然想像できない。

 

そして、もし、できたとしても私はやりたくない。

 

単純に素粒子に変換されるということは死ぬということなのだから。

 

アイツは全知全能だから、死んだ自分と復活した自分の差分がほとんどない。

それこそパソコンのバックアップデータみたいに自分を扱える。

 

アルも光や熱に変換しているけど、あれも同じだ。

アルの場合は天の神経由で掲示として常に自分の最新データを受信し続けて自我を復旧している。

 

どっちもまともな人間なら発狂する。

 

発狂してないから狂ってないのは確かだけど、自分の任意で発狂したり狂わないようにしたりできるなんて、意味が分からない。

 

たぶん、シナプスか電子かを弄ってるんだろうけど、考えるだけで気が滅入る。

 

「ねえ、松永さんはどう思う? 勇者様ってどんな人たちがなれるのかな?」

「そうだねぇ~。正直人間の限界じゃバーテックスと戦えないから、精神面が重要なんじゃない。」

 

急にあげられたパスにも、こうやって天の神の分け御霊として情報共有されれば、慌てなくても済む。

 

神樹様がこの300年で自律的に進化して変わってなければ、実際の基準は結城さんと仲良くなれそうかどうかのままだろう。

 

「精神面か、じゃ、こう後光とかキラキラーって出てたりするのかな?」

 

後光かあ、あれ、威圧効果以外は不便なんだよね。安眠妨害だし、本とかテレビも見づらい。

 

「うーん、どうかなぁ、見た目で分からないんじゃない? あえて言うなら、みんなが喋ってこの人が勇者なら納得する、みたいな?」

 

サラダのプチトマトを突っついて、考えるふりをしながら適当に答える。

 

「何それ? パッと見で分からないってこと、それだと夢がないじゃない。」

 

また、微妙なことを言って……。

 

「ほう、浪漫が必要と? じゃ、逆にどんな人なら勇者なの?」

 

せっかくだし確認してみる。確かに今の勇者の基準は、ちょっと神樹様の主観がはいりすぎているからね。

 

「うーん、そうだなあ。まず背は高いほうが良いかな。あと、ちょっと真面目で、いつもキリリとしてるんだけど、まっすぐで……。」

 

どんどん出てきましたよ。

 

ちなみに最終的には乃木若葉を書いて、これ?って聞いたら、それだって言われました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者も私達と変わらない普通の人だ。

 

芽吹さんはそう言うけれど、真実としてただの結城さんお友達クラブに真剣に悩んでいるのは、ちょっと可哀そうな気がする。

 

いっそ真実を明かせればよいのだろうけど、大赦から止められてるし、肝心の大赦も信じてくれない。

 

ただ安芸先生は、信じているかは微妙でも納得はしていた。

 

意外だったのは雀ちゃんも結城さん達に会っていたことだ。

満開を行う前だから、私がアイツによって引きずりだされるより前かな。

 

「横からごめんなさい。私も少しだけ聞きたいことがあるの。」

「聞きたいこと? なになに? なーんでも聞いてよ。」

 

なんか雀ちゃんが普段より態度大きい。

 

「最後に猫を助けようとして結城さんと一緒に落っこちた時、風さんが言ったんだよね。危険や苦痛を怖がらない人はどこかが壊れているって、そして、結城さんも危ないのも、痛いのも、怖いって。」

 

バーテックスと戦う時よりも、顔が強張っているのが自分でも分かる。

雀ちゃんも何かを感じてくれたのか、少しだけこちらを見ながら答えてくれる。

 

「う、うん、確かこんな感じだったかな。」

 

 

――勇気があるって言われる人は、危険も苦痛も怖がるけど、いざって言う時に頑張れる人。――

 

――でも、もし友達が困ってたら、危なくても痛くても助けようとすると思う。さっきの雀ちゃんみたいに。――

 

 

雀ちゃんが話してくれた結城さんと、アイツの記憶にある結城さんが少しズレる。

 

たぶん、アイツから見たら必要ないって共有されなかった。

だから、私は雀ちゃんが結城さんに喋ったことを知らなかった。

そして、今聞かされている内容はきっと結城さんとアイツの違い。

天の神と成りきってしまったから分からなくなったんだ。

 

それきり、黙り込んでしまった私は、お礼だけ言って寮の部屋に変えることにした。

 

 

アイツはいつか自分が結城さんのことを諦める可能性をすべて消してしまった。

痛み、苦しみ、絶望、いろんな理由で結城さんを助けることを諦めることがないように。

 

だから、色んなものを捨てたアイツは、きっともう私達とは違う……。

 

ただ、1つの目的を誤まらず、違えず、留まらず、まっすぐに進むシステム。

 

光が2点間の最短距離を進むと言われたフェルマーの原理のように。

 

(なんだろう? すごくドキドキする。まるで嵐の夜にこっそり起きて見ていた空のよう。)

 

あと少し、目の前に暗くて見えないけれど、何かがある。

そんな不思議な予感を感じる夜だった。

 

 

 

 

 

 



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Better die with honor than live with shame

「あれ? 外で何をしてるんだろう?」

 

白いテーブルに着いているのは弥勒さんだろうか?

カップを持っているからお茶を飲んでるんだろうけど、外にあんなのあったっけ?

 

芽吹さんと雀ちゃんと話している。

集合がかかっているのに何をしてるんだろう?

ちょっと気になることもあるし、行ってみよ。

 

「ごめーん、先に行ってて。」

「え? 急がないと怒られるよー!」

「大丈夫だって、芽吹さんよりは早く集合できるからー。」

 

そのまま来た廊下を戻り、階段から中庭に降りる。

 

「あら、ちょうどよいところに。すみませんが貴方も手伝っていただけませんか?」

 

廊下を降りると白いテーブルを持つ芽吹さんと弥勒さんがこちらに戻ってくるところだった。

 

「え、何で? 置いておいて後で片づければ良いんじゃない? 誰も持って行かないでしょ。今日は雨も降らないみたいだし。」

 

弥勒さんはもの言いたげだったけど、さすがにこれで遅れたら笑いしかとれない。

 

ようやく、追いついて来た後ろから椅子を抱えた雀ちゃんも不満を糧に何か叫んでる。

 

「そうだよ! 弥勒さんの持ち物なんだから、自分で片づけてよね。これで遅刻したら、私もメブに怒られるじゃない。」

 

いや、芽吹さんもここにいるんだから、大丈夫なんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勢ぞろいした防人達を前に安芸先生が次の作戦を説明する。

 

「今日までの結界外の調査ご苦労様でした。貴方達の努力のおかげで、壁外の大地と炎の性質が解明されました。」

 

やっぱり安芸先生は意識して淡白に聞こえるように話しているみたい。

 

「計画を次の段階へ進めます。」

 

安芸先生が手元で捜査したスライドが、大きく拡大されて宙に映し出される。

 

「これを壁外の大地に埋めてください。これは神樹様から頂いた種子。巫女が祝詞を唱えることで成長を促し、種を植えた場所に緑が芽生えるでしょう。」

 

「巫女が祝詞を? まさか……あややを壁の外に連れていくの!?」

 

雀ちゃんの言う通りなら、戦う能力を持たない亜耶ちゃんを護衛しながら、種を埋め祝詞を唱えて回るってことになる。

 

「待ってください。彼女を壁の外に連れ出すのは危険すぎます。だいたい壁の外の灼熱の炎はどうするつもりなんですか!?」

「心配はありません。巫女専用の装備が用意されます。同時に貴方達の装備にも改良が加えられます。外のバーテックスとの戦いもこれまでよりも優位に進められるでしょう。」

 

芽吹さんに詰め寄られても安芸先生は予想通りと言った感じで答える。

 

ただし、戦衣の改良は文字通りの意味じゃない。

私経由での天の神の力を掠め取って、人が使用できる形にフィードバックしたものだ。

 

天地両方の力を操作できる新しい装備。

 

敵の力を奪いながら、こちらの戦力を強化する。

戦争の基本ともいえる鹵獲兵器の使用だ。

 

本当だったらこれが完成して、大人たちが戦えるようにしたかったのに、何故か大赦は私の案を却下した。

曰く、神樹様の御意思を体現できるのは選ばれた者でなければならないという、酷い理由だった。

おかげで私達の危険度は跳ね上がるばかり、大赦は2年前の瀬戸大橋の戦いから何も学んでいない。

 

だから、こんな無駄な戦い方を繰り返す。

 

「楠さん、貴方には期待しています。国土さんのことをよろしくお願いします。」

 

安芸先生は彫像のように微動だにせず、録音テープのように淀みなくそう告げた。

 

「種を植えて…、そうやって、今度は壁外の大地を緑に変えていくのですか?」

 

今度は芽吹さんに代わって、弥勒さんが質問する。

 

「いえ、それだけでは、時間がかかりすぎるでしょう。種もそれほど多くありません。これは橋頭保を築き、その後はある場所を目指しすための計画です。」

「それはどこですの?」

「まだ先のことになるでしょうが、西暦の時代に近畿地方と呼ばれていた場所です。」

 

近畿地方って広いけど、大赦としてはどこを目指したいんだろう。

アイツの記憶には奈良と橋経由でよった場所くらいしかないけど。

 

「その後は勇者の役目と言うことですか?」

「貴方達の任務外のことです。知る必要はありません。伝達事項は以上です。」

 

ただ、安芸先生が今説明した計画の失敗はほぼ確定的。

と言うより、今までの繰り返す時間の中でいつも失敗していることを、私が園子さんに伝えたんだけどね。

 

 

だから、あの種は今まで繰り返してきた未来で使われるそれとは違う。

 

あれは神樹様の下さった種子であると同時に、私を分析して改良されたもの。

炎を…天の神の力を吸収して自分のものとする。

改良された戦衣も種ほどではないけど、同じように炎の霊的エネルギーを防人の力にプラスできる。

 

それこそが私が防人に参加を了承した理由。

 

(第2段階ということは、次の段階で私の出番は本番。)

 

第3段階。

 

目的地は諏訪大社跡。

 

そこに私にも共有されなかったアイツだけにしか存在しない記憶がある。

アイツの行動原理は天の神としても、結城さんを助けたいとしても、不必要なものが多すぎる。

 

初めてアイツと直接交戦した諏訪の勇者だった白鳥歌野。

彼女が何かをしたのは分からない。

けど、その後アイツは四国に移動したのに何もせずにバーテックスに任せるままで、ついには奉火祭であっさり和睦している。

 

(奉火祭はアイツにとって何の価値もない条件だった。何かある絶対に。)

 

 

 

 

 

午後の訓練が始まったけど、芽吹さんの機嫌は真っ逆さまだった。

 

「はあぁ!」

 

気迫のこもった一撃だけど力任せすぎて、対バーテックスの戦い方じゃない。

 

「あっぶねぇ。クソ、なんだよ。今日の楠は気合が入り過ぎだろ。」

 

受けたのがシズクだったから、吹き飛ばされた後も上手くいなしてバック転で体勢を直せたけど、山伏さんの方だったら壁にぶつけて怪我をしていたかもしれない。

 

「次」

「は、はい。」

 

立ち上がったのは私達の船の指揮をとってくれている子だ。

彼女も指揮官タイプの一人だけど、案の定、芽吹さんに吹き飛ばされてる。

 

「雀! こっちで盾を構えなさい。」

 

逃げようとしていた雀ちゃんが捕まえて、盾ごと雀ちゃんを吹き飛ばそうとするかのような連続攻撃だ。

 

これ以上は怪我になるかもしれない。

 

「ひええぇぇ~、メブの方がバーテックスより怖いよう。」

「雀、何か言った!?」

 

計画も第2段階だし、バーテックス側も今まで見たいな威圧目的でなく、こっちを倒すつもりになる。

こんな調子じゃ戦う前に潰れてしまう。

 

「次、来なさい。」

 

痛いのは嫌だけど、私なら怪我もなかったことにできる。

重い腰を持ち上げようとした時、先に弥勒さんが進み出る。

 

「では、わたくし弥勒夕海子がお相手致しますわ。新たな任務が始まるのですから、今日こそ芽吹さんに勝って前祝いと致しましょう。」

 

止めたほうが良いのかな?

 

私が迷っている間に、弥勒さんが突進していく。

芽吹さんは怒り任せながらも、冷静にその突進を受けずに最小限の動きで避けて、弥勒さんの背中に一撃を入れる。

 

「ぎゃふん、ですわ。」

 

良かった。実力差が大きくてお互いに怪我をするようなレベルじゃなかったみたい。

 

「弥勒さんは不用意に突っ込み過ぎです。だから不必要な怪我ばかりするんです!」

 

芽吹さんは倒れた弥勒さんに背を向けると今度は私達に矛先を向ける。

 

「みんな訓練が足りていない! その程度ではいつか本当に死んでしまうわよ! 大赦は私達のことなんて使い捨ての道具としか思ってない! 誰も守ってくれないのよ! 」

「だったら、辞めちゃえばいいのに……。」

 

あ、言っちゃった……。

私も自分で思うよりストレスかかってたかなあ。

 

無言で睨みながら、芽吹さんが近づいてくる。

でも、立ってなんかやらない。

 

「そうやって逃げるの?」

 

声こそ静かだけど、絶対怒ってる。

どうしよう。ここって歴史に影響しないところだっけ?

 

「そうだよ。逃げて何が悪い? みんなも見たでしょ。壁の外の世界。私達はもうずっと前に轢死してるんだよ! 天の神と言う車輪の下敷きで。」

 

車輪の下敷き。

 

芽吹さんの神経を逆なでする言葉。

 

そうだよ。どうせこんなの無駄なんだから、終わらせよう。

アイツから零れた吐息程度の天の力でも、分からせるには十分。

 

ほら、みんなも俯いてる。

ほんとは分かってるんだ。

 

「分かってるくせに、そうやってみんなを巻き込まないでよ。」

 

アイツと見るように芽吹を見上げる。

 

こうやって、弱い振りをして、みんなの心にも恐怖を思い出させていけば、防人による任務は遂行できなくなる。

そうすれば、私に対する監視も緩くなるかもしれない。

 

「貴方達……。それで良いの!? そうやって今までやってきた……。」

 

させない。

 

「そうやって自分の過去は無駄じゃなかったって思いたいだけでしょ。そう言うのダサいっていうんだよ。貴方の下らないプライドに巻き込まれるのはいい迷惑だって言ってるの。」

 

怒って突っかかって来い。

 

そしたら、本当の天の力を見せてやる。

それで、自分たちのちっぽけな過去に意味がないことを思い知れば良い。

 

「だったら、貴方達は何も思わないの? ここまで命を削り任務を果たしてきたって言うのに、下らない任務ばかりで、それさえも果たせず天の神に滅ぼされるのを今か今かと怯えて暮らすつもり!」

「そんなに死にたいなら今すぐ勇者にしてあげましょうか!? ええ!?」

 

売り言葉に買い言葉。

 

私も芽吹さんにつられるように言葉が止まらない。でも、構うものか。

アイツからあふれて私に零れ落ちた力を集めれば、芽吹さん1人くらい勇者システムを起動させられる。

 

「確かに今日の芽吹さんの言い方はよろしくはありませんでしたわね。ですが、わたくし達はこのままでは終わりたくはないのです。その気持ちは同じですわ。」

 

いつの間にか弥勒さんが私の肩に手を置いている。

これじゃ、芽吹さんじゃなくて私がいきり立っているみたいだ。

 

「それと芽吹さんも沙耶さんも"下らない"なんてことはございません。調査も陣地設営も誰かがしなければならない必要な任務です。今は地味な任務でも実績を積み上げて、いつか勇者かそれに近い重要な役目を任される日も来るでしょう。わたくし達にとって"下らない"任務など何一つもございません。すべて価値ある任務です!」

 

え……弥勒さんて、もしかして気づいた上でそのキャラだったりするの?

 

芽吹さんの……自分じゃない誰かの大切な想いが自分にとっても下らないものでない?

 

(知らない誰かが大切なものを自分にとっても大事な何かだというの? そんなことあり得る?)

 

知らない。

 

こんな記憶は天の神の記憶にもない。

 

でも、今は私が矛を治めるべきだ。

 

「ごめんなさい。芽吹さん。貴方が一生懸命なのは分かっていたのに、下らないなんてことないですよね。」

 

しばらく、沈黙が過ぎる。

 

「いえ、私こそ。みんなもごめんなさい。」

 

空気が晴れる。

 

何とかなった。……のかな?

 

 

 

 

 

 

 

「出発」

 

防人任務の第2段階。

私も最近気が緩んでいる。

 

この生活に慣れてきたせいで、昨日みたいな目立つ行動をしてしまった。

 

もう一度自分の考えと防人の目的が違うことを意識しなおさないといけない。

 

まずは目標として旧紀伊水道と淡路島の付近に種を植えることになる。

そのまま東へ移動すれば近畿地方だけど、問題は1つ1つの種でどこまで範囲を広げられるか未知数だということ。

大赦の目的はそのまま近畿地方での陣地作りだけど、そこで私は離反する。

 

始めに諏訪大社跡まで行って、そこを調査する。

そこで次の目標を達成するためのカギを手に入れたい。

 

それができたら、北東に行った先にある旧長野県松代を目指す。

正確にはこの世界では白鳥神社と呼ばれていた場所。

 

そこにアイツは粛清した人類のうち、諏訪大社跡に数百。

白鳥神社跡に70億程度の魂を保管している。

完全に成仏させるでもなく、地獄に落とすでもなく、ただ観測者として。

 

最初に天の神が諏訪を攻めたのは何もランダムじゃない。

 

そんなことをしでかすだろうアイツとアイツの類する人類の危険性。

 

(結局世界がこうなったのも、結城さんが生まれて勇者になったのも、全部松永沙耶(わたしたち)が原因だって、分かってるんでしょ。)

 

彼らを解放できれば、アイツの零れ落ちた力ではなく、対等の力を得ることもできるはず。

 

(それにしても、なんかいつもよりアイツの力が強いような気がする。なんかあったっけ?)

 

「き、来たあああ~。来たよメブ~。」

 

警報代りの雀ちゃんの叫びにつられて宙を睨むと、そこに雲のように広がる星屑たちがいる。

 

「護盾隊は各艦の防御を。雀、亜耶ちゃんは必ず守りなさい。」

「わ、わかったよー。あややと船は守るから、メブは私達を守ってよ。」

「芽吹先輩、私は大丈夫です。どうかお気をつけて。」

 

一番艦をチラリと見ながら、狙い撃ちで星屑を1つまた1つと砕いていく。

大きなことを考えていても、今の私はこんな小さな星屑達すらいちいち相手にしなくてはならない。

そんないらだちを込めながら、星屑を倒して進んでいく。

 

「着いた……。」

 

誰が呟いたのか、とうとう種を植える場所までたどり着いた。

 

亜耶ちゃんが持つ羅摩から種が植えられる。

 

ここからではよく聞こえないけど、きっと祝詞も始めている。

 

その推測を現実とするかのように、溶岩に埋められた種から次々に葉が、蔓が、茎が、通常の植物の生育を越えた速度で伸びていく。

まるで、合成フィルムのように普通に動く防人と星屑を無視して、そこだけ時間間隔が狂ったように緑が広がっていく。

 

「成功した……の?」

 

普段は戦闘に集中しろと注意するはずの芽吹さんも、一緒になってその光景を見ながら戦っている。

心なしか炎の熱気も和らいできている。

 

そのはずなのに……。

 

「あれ、力が……」

 

上手く力が入らない。まるで炎と同じように私の熱も吸い取られているみたいに、すごく体が重い。

 

こんなにも美しく神々しい光景が、私にとっては毒となるの?

 

「ちょっと、大丈夫? 調子悪いの? ねぇ、誰かちょっと来て……。」

 

私を心配してくれるその声は最後まで続かなかった。

一陣の風が緑も炎も吹き飛ばし、彼女やシズクを含めて何人かの防人を撥ね飛ばす。

 

「うおお、ぁぁああ!?」

 

そっか、そう言えば、このタイミングで来るんだった。

 

殺意を固めたような槍のような針を支える球体を連ねたような尾。

甲殻類に似た姿をしたバーテックス。

 

スコーピオン。

 

こんな時に厄介なのが来てくれた。

相変わらず気分は悪いまま、ううん、さっきの光景で余計に悪くなってる。

 

「だからって、このままでいいわけないでしょうが。」

 

気合を入れなおして、もう一度奮い立つ。

 

頭がくらくらする。吐き気までしてきた。

 

でも、まだ大丈夫。

 

勝って必ず……私は私になるの。

いつか天の神となるかもしれなからって、今の私は天の神じゃない。

 

銃剣の薬室を分子レベルで再構成する。

銃剣の先も変化して、二又の槍を合わせたような開放型バレルに変わっていく。

西暦では開発途中だったレールガン。

それも電子一つ一つを恣意的に操作してできる理想系。

純粋な条件でしか打てないはずの準光速の一撃。

 

 

雷を纏う銃弾が能面を砕き、後方の炎の海を一瞬で凪払う。

そこが見えないくらい深く引き裂いたのに、炎はすぐに闇を覆う。

 

「かかって来なさい。蠍野郎。私が苦しいのなら、貴方達だってそうでしょ。我慢比べなら人間もバーテックスも条件は同じだ。」

 

 

 

 




なんか仕事が忙しくなりそうな悪寒。


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Lights are usually followed by shadows

「何? 戦衣にあんな機能があるの? 大赦はまた私達に隠して……。」

 

芽吹さんが何か言ってるけど、今はスコーピオンを早く倒さないと。

毒針がかすっているなら、治療をしないといけない。

 

「はあああ!」

 

天の神の神気をジェット燃料のようにスラスターから噴射する。

そのまま甲板から離艦してさっきコピーした神樹様の種をレールガンで発射する。

 

(ようやく、力の使い方が見えてきた。でも、まだこれだけじゃ足りない。)

 

「えええええ! 空飛べるのこれ。」

 

雀ちゃんが驚いて自分の戦衣もあちこち見ている、

 

「雀、よそ見しない。全員退却準備。これより私が持つ指揮権は2番から8番の指揮官に移行します。準備でき次第撤退を開始して。」

「芽吹さん!? 貴方はどうなさるおつもりですの?」

「シズク達を連れて帰ります。理由は分かりませんがさっきの攻撃ではバーテックスが回復していない。弥勒さんと雀はこの船で亜耶ちゃんを連れて行ってください。」

 

時空間に記憶されたコピー品とは言え、神樹様の力を直接受けたスコーピオンは再生が遅くなっている。

 

「芽吹先輩! そんな一人は危険です。シズクさんの他の方もいらっしゃるのに。」

「亜耶ちゃん、大丈夫。私一人ならうまく立ち回れるわ。それにシズク達もそれほどひどく打ち付けてなかったみたいだから。お願い、今は先に戻って待っていて。」

「芽吹先輩……。分かりました。お早いお帰りを。」

 

何でもいいけど早く撤退してくれないかな。

と言っても、今回は新装備が充実しているから、戦い自体は優位に進めている。

 

再生するよりも早い速度であらゆる部位を砕いていく。

お面のような顔を、最大の武器である尾を、そして重心となる胴を、全てを砕き、原型も分からないほどに。

 

それなのに、すぐに再生を開始している。

 

「でも、これならどう。」

 

今度は種の時間を加速して、スコーピオンの中からさっき亜耶ちゃんがやったのと同じような樹を生やす。

 

「え? もしかして倒したの? よ、よかった~。」

「ざ、残念ですわ。せっかくの手柄が……ぶつぶつ。」

 

スコーピオンは既に木の養分として扱われるだけの運命。

 

無限に再生を続けながらも、永遠に樹木の糧としてそこに在り続ける。

 

「見てください。芽吹先輩。神樹様の力をあんな風に使うなんて私も知りませんでした。」

 

周りをレーダーで確認しても星屑さえも見当たらない。炎が噴き出す音だけがBGMだ。

 

「そうみたいね。全員確認。このまま負傷者を救助する。」

 

スコーピオンが動けなくなったことで、周りの緊張が少し解けた。

私も一度自分の船に着艦しよう。

 

私がスラスターを動かそうとする前に、芽吹さんに呼び止められる。

 

「まちなさい。松永さんだったわよね。さっきのは何? あんな機能があるなんてどうして知っていたの?」

「私? えっと、上手くいくかどうかは現地でやってみないと分からなかったから、安芸先生に頼んで秘密にしてもらっていたんです。」

 

(本当は情報漏洩が気になっていたんだけど、それは今は言わなくても良いかな。)

 

「そう、全員使えるの?」

「えっと、飛翔ユニットは訓練と素質が必要だよ。どっちかっていうと巫女的な意味でね。でもこっちはできるよ。私の手作業だから大量は無理だけど。」

「芽吹さん、これはもうやるしかありませんわ。この種子が少数とはいえ作れるのでしたら、進むべきですわ。」

「ええー、何言ってんの。せっかく任務も終わったんだから早く帰ろうよ、メブ。私、まだ嫌な感じが残ってるんだけど。」

「そうね。……今回は撤退します。任務も大切だけど、さっきの飛翔の訓練もしておきたいわ。」

 

みんなの言葉を聞いても芽吹さんは堅実だった。

どうやら、昨日までの焦りはとれたみたいだ。

 

もっとも、飛翔訓練する機会はないと思ったほうが良い。

 

このあとはタタリを何とかしないといけないから。

飛んでどうにかなるものでもない。

 

もちろん、勇者がいてもアイツ相手だと足しにならない。

 

そもそも、力を与えてくださっている神樹様だってアイツから派生したようなものだから、力の量が違い過ぎる。

 

「仕方ありませんわね。」

「ええ、私ももっと早く進めたいですが、何事も基礎を作る時間はしっかり用意すべきです。」

 

それじゃ、私もそろそろ着艦……。

 

「え……。」

 

目の前を太陽が通り過ぎる。

 

今のって、まさか……。

 

けれど、振り返った先で輝く日輪をかざす巨体は夢ではないように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、3番鑑。ロスト。見当たりませんわ!」

 

弥勒さんの声で我に返る。

 

 

3番艦って、わたしの帰るところ……。

 

目の前に召喚された巨体を見上げる。

 

私達の船も空を飛翔しているはずなのに、見上げなくてはならない巨体。

太陽を模し、さらに背負うかのような日輪。

顔も胴体も腕や足さえ見えない赤い巨体。

 

間違いない。あれは。

 

「レオ・バーテックス。それも御霊まで再生している……。」

 

呟く声が自分のものなのか、誰かのものなのか。

 

ふと、甲板を見るといつも騒ぐはずの雀ちゃんが黙り込んで呆然としているように見える。

 

驚きと言うにはその表情が虚無過ぎるのが気になる。

 

ダメだ。相手がレオなら考えてる余裕はない。

3番艦のみんなを回収して逃げないと。

 

もう一度スラスターを吹かせてレオのほうに突進する。

 

「何をやってるの!」

 

芽吹さんの叱責がくるけど、構ってる暇はない。

 

「船なんかで近づいたら3番艦みたいに良い的だよ。でも私一人ならこの通り。」

 

そう言いながら、再度充填された炎を余裕をもって回避する。

 

こっちはジェミニの数倍。

最大時速1000kmで飛び回れる。

時間加速がなくても相手の位置さえ特定できれば、回避するのは難しくない。

 

そもそも、こんな小さな的をそこまで器用に狙えるものでもないだろう。

 

そのまま横をすり抜け様にレールガンから種子弾頭を放つ。

狙いは間違いなく御霊に届くはず。

 

けど、弾はすべて焼き捨てられる。

 

コイツ、周りの焔を吸ってブーストしているのか。

 

ただでさえ、今の私ではレオの相手はしんどいのに。

 

だったら、時間加速で撃ちぬく。

準光速のレールガンの弾頭をさらに10億倍の時間加速で打ち出す。

時間加速に寄る速度はその大半が質量の増加と言う形でエネルギーとなる。

10億倍もの加速が質量となった力は、太陽が1年間かけて放出するエネルギーに近くなる。

太陽の化身と言われるレオへの皮肉のようなエネルギー。

 

発射した時の衝撃で、銃剣と一緒に腕が吹き飛び、私自身の体も後方に1kmくらい吹き飛ばされる。

 

レオがどうなったかはちょっと見えない。

 

煙どころか、炎も跡形もなく消えた虚空が数kmに渡って広がっている。

 

(発射角度を間違えてたらせっかく成長させた樹もふきとばすところだった。)

 

とにかく腕を再生して……。

 

「あ……」

 

この時のことは正直言って、あんまり覚えてない。

ただ、あの一撃ではレオは消えていなかった。

だから、私は目前に迫った太陽を前に何もできることがなかった。

 

(そっか、雀ちゃんが騒がなかったのは、もう何にも可能性がなかったからか。)

 

不思議と穏やかな気分だ。

着弾するまで2、3秒はあるんだし、私の心がしっかりしてれば、時間加速で逃げても良かったんだけど、もう、なんか嫌になった。

 

ここまでしても、アイツの手足にすらなれないバーテックスも倒せない。

 

その事実で自分がやろうとしていることがどれだけバカらしいか思い知らされてしまった。

 

「これで、何とかなったら、ホントに神様信じるよ。」

 

「それは、どちらの神か? 天か地か?」

 

だから、私のつぶやきに答えたその影が何だったのか、すぐには理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルフレッド! どうやってこちらに?」

「お嬢様に危険が近づいているかと、少々遅くなり申し訳ございません。」

 

アルフレッド……。

なんでアイツの使徒が私を助けるんだ?

 

そうだ! アルフレッドって弥勒さんの執事の名前だ。

 

それなのに、なんで気づかなかった!

 

絶対におかしいのに、まるであたり前のように気づかなかった。

 

(アイツがそうしたから? だったらアイツの記憶を共有されても、気づきを選別されたら何の意味もない。)

 

いや、そもそも この男性がアルなの?

気づくかどうかまで操作できるなら、記憶も絶対じゃない。

 

「お前、アル、なんで……。」

「あのままではお嬢様も危なかった。」

 

記憶の参照どおりの抑揚の少ない物言いだけど、確かにアルだ。性別が反転しているのは意味がわからない。

でも、本当に確認すべきなのはそこじゃない。

 

「そうじゃない。なんでお前の主が弥勒さんになるんだ! お前の主はアイツじゃないのか?」

 

アルにとっての主は天の神だけのはず。

それなのに、弥勒さんをお嬢様と呼んだ。

 

「それが今の私の役目なので。まずは降りられよ。」

「絶対、あとで聞くから。逃げるなよ。」

 

それだけ言い終えると、ようやく甲板に降り立つ…ことができずに尻もちをついてしまう。

 

防人の装備が強制解除される。

 

宙を舞う収まりの悪さから解放された安心感で油断した。

長時間の時間加速に加えて、天の神の力をフルで使っていたせいだ。

 

足が夢現の時みたいにピクッと震え、再現した手も痺れたように感覚がない。

 

(気持ち悪い。やっぱり神の力を適性のない私には負荷が大きい。)

 

ヒトの限界。

 

アミノ酸で合成されたタンパク質。

カルシウムを主な材料とする骨格。

高分子化合物の精密機械ともいえる内臓。

 

どれも大切だけど、繊細で壊れやすい。

心と同じように体も壊れやすいのだから。

 

適性のない私が天の神の力を完全に使い切るには素粒子変換が必要。

でも、その線分を越えることは確実に人間やめることになる。

物理的にもだけど、何より心の在り方が変わってしまう。

 

時間の束縛は鬱陶しいけど、自分の居場所でもある。

それすら捨て去ったら、戦う意味自体がない。

 

(アイツはそれを結城さんが好きだからそれくらい越えられると思ってるけど、既にその思いこそが結城さんを苦しめる元凶だよ。)

 

「うわ、顔真っ青じゃない。メブどうしよう。」

「少し休んでもらいましょう。」

 

雀ちゃんが顔真っ青にしながら、芽吹さんを呼んでいる。

芽吹きさんと雀ちゃんが私を受け取り、弥勒さんがアルフレッドへ尋ねる。

 

「アルフレッド、どうやってこちらに? いえ、どうするつもりですか?」

「まずはレオを仕留めましょう。お嬢様達はこちらでしばしお待ちください。」

「仕留めると言いましても、あれは何なんですの? いくら完全体とは言っても、今までのバーテックスと違いすぎませんか?」

「しかし、バーテックスには違いないでしょう。問題ございません。それから墜落した船の方々はまだ生きておられます。お早く。」

 

言うが早いがアルが軽く甲板をつま先で叩くと、もうレオの目の前にまで移動している。

大方、質量のない光子やボーズ粒子で移動したんだろう。

 

「わわわ、また出たあぁぁ~。」

 

雀ちゃんの悲鳴に合わせるように星屑とバーテックス達が現れる。

 

「今度はライブラか。」

 

こちらに近づくと、どういう構造なのかライブラの体が回転を始める。

熱風が吹き荒れ、竜巻に船が流される。

 

「く、全船舵取り。距離が詰まらないように注意して!」

 

芽吹さんの声も風切音でどこまで続いているか分からない。

 

「ぶつかる! ぶるかる! ぶつかるぅうう!」

 

雀ちゃんの言葉の通り、3つの船がお互いに手が届く距離まで近づいている。

 

「みんな伏せて!!」

 

芽吹さんの声に合わせて慌てて伏せる。

 

バリバリと木を砕く音と風切音が奇妙な合奏を続けて、私達の船はそのまま炎の中に乗り上げて停止する。

 

「きゃあああ!」

 

悲鳴は自分のものか、誰かのものか。

 

船は止まっても風は止まらない。

このままライブラが近づいてきたら、今度は乗り上げるだけじゃなくて、巻き上げられてから地面にたたきつけられる。

そうなったら、私達以上に亜耶ちゃんはきっと無事じゃすまない。

 

「弥勒さん。船の操作をお願いします。できるだけ地面に倒して少しでも風の影響を避けてください。」

 

いち早く立った芽吹さんがぐるりと辺りを見回すと、弥勒さんに船の操舵を任せたいらしい。

 

「芽吹さん、どうなさるおつもりですの?」

「このまま全員固まっていると、またぶつかって墜落します。だから、単騎で近づいて竜巻の上。風が止まっているところから攻撃します。」

「ええ~! 1人なんて無理だよ、メブ。死んじゃうよ~。」

 

雀ちゃんの元気はすっかり戻っている。

これなら後は3番艦の人たちを救出できれば撤退できるんだけど。

 

(上から倒す戦法はかつて勇者が使ってる。対策されてなければ良いんだけど…。)

 

全部アイツの匙加減だから、どうなるか分からないけど、やるしかないのか。

 

でも……。

 

「ちょっとだけ待って。芽吹さん。……これで良し。」

 

少し芽吹さんの手を握り、ちょっと呪い仕掛けをかける。

 

「何? どうかしたの?」

「ううん、ちょっと仕掛けを用意しただけ。亜耶ちゃんのお祈りじゃなくて悪いけど、今はこれで何とかお願い。」

 

天の神の力はもう少し使えるけど、ちょっと残しておく。

 

もし、アルがまだ天の神の地上代行者なら連戦になるかもしれない。

 

「分かったわ。貴方もあとでいろいろ聞かせてもらうわ。」

「それなら、必ず無事に戻ってくることだね。聞かせる相手がいない秘密ほど恥ずかしいものはないから。」

 

芽吹さんが頷き、ライブラに向かって跳躍する。

 

どうやら、飛翔ユニットの使い方は見ただけで覚えたみたいだ。

風に逆らわず、器用に竜巻の中心。ライブラの頭上を捉える。

 

「神だろうと……いつまでも好き勝手出来ると思うな!」

 

芽吹さん放った銃弾がライブラに向かって吸い込まれていく。

 

(吸い込まれる?)

 

私が思考した瞬間。

 

まっすぐ飛んでいたはずの弾が何かに引き寄せられるようにライブラを反れて、その天秤の測り皿に収まる。

 

「何!? 弾が……。」

 

驚く芽吹さんに向かって、測り皿の銃弾が芽吹さんを攻撃する。

けど、芽吹さんに届く前に銃弾は小型の結界に遮られる。

 

「ううー、怖いけど、怖いんだけど、メブがいなくなったらもっと怖い目に会うから、防御だけは私達が。」

「戦うことはできなくても、結界の補助くらいさせてください。芽吹先輩。」

 

雀ちゃんはまだしも、亜耶ちゃんまで。

 

「後輩たちに任せきりというわけには参りませんわね。」

「口は良いから手ぇ動かせや。お嬢。」

 

いつのまに近づいていたのか、文字通り地を這うようにしながら、風を避けた影が2つ飛び出して、測り皿の鎖を断ち切る。

 

「なんかいつもより切れやすくないか?」

「そんなことはありませんわ。これが弥勒の本来の力です。」

 

どうやら、天の神の力は上手く伝達されていたみたいだ。

同種の力だから、バーテックスが持つ加護も再生能力も阻害されている。

 

「本当にみんな。こんな無理をして。特に雀。亜耶ちゃんまで連れてきたのは後でお説教よ。」

「そんなぁ~!」

 

まだ、3番艦の人たちは回収できていないけど、アルが無事だと言ったんだ。

今はそれを信じるしかない。

たとえ敵の言葉だったとしても、アイツはそういう嘘はつかないし、つかせない。

他ならぬ自分のことだから分かる。

 

だから――

 

「楠、決めろ。」

「今回は譲って差し上げますわ。」

「芽吹先輩、お願いします。」

 

再び吹き荒れ始めた風を避けて、地上に落ちていくみんなの声。

 

「ええ、分かっているわ。みんな、ありがとう。」

 

それでも芽吹さんは取り乱さずに、みんなが作ってくれたチャンスを見つめてもう一度引き金をひく。

その銃身は大きく変わり、アイツの記憶の中で見た神樹様の中の世界の夢の切り札のよう。

 

うまくいった。

 

遥か彼方に神樹様の中の世界で呼ばれた試練の世界。

 

あそこであったことはみんなの記憶になくても、全知全能のアイツは知っている。

 

(だから、私には再現できる。これで防人の力も星座に届く。)

 

現実では神樹様の寿命が近いから、勇者の数は増やせない。

けど、私を通じて天の神の力をみんなに分けられるなら、勇者が増えたって問題ないはずだ。

 

アイツに時間を巻き戻されたせいで、失われてしまった世界の約束。

敵が無限の力を持つなら、こっそり分けてもらえないかなとは、園子さんの入れ知恵だ。

 

(天の神の力の横取り。まさか本当にできるとは思わなかったけど。)

 

芽吹の新しい銃口から放たれたビームと実弾が次々にライブラを穿つ。

 

御霊は……見える。

 

「そこかああぁあ!」

 

芽吹さんが最後に撃った一撃。

 

御霊が砕かれ、ライブラ・バーテックスは砂となって崩れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼は本当に弥勒さんの家の方なんですか?」

「ええ、それは間違いなく。けれど、アルフレッドがどうしてここに……。」

「それは、後で本人に聞けばいいじゃん。ほら、あっちも何だか勝てそうだよ。助かったあ。」

 

雀ちゃんが指さそう方向を見ると、アルはレオの炎を片手で地平線の彼方まで薙ぎ払っている。

 

「雀ちゃんの言う通り、アル、いえ、アルフレッドさんは勝てるよ。勇者以上に強いんだから。」

「どういうことですの? 松永さんはアルフレッドのことをご存知ですの?」

「それは本人に聞こうよ。私もどういう経緯でアルが弥勒さんの執事になったのか気になる。」

 

信じたくないけど、これもすべてアイツの思い通りかもしれない。

 

でも、その理由が全然分からない。

 

てっきり、私を乗っ取って結城さんと同じ時を歩みたいのかと思っていたけど、それだけじゃないみたい。

同じ人間なのに、分からないのはアイツが共有していない記憶にまだ何かあるからだ。

 

「とにかく、今は3番艦のメンバーの捜索をしましょう。確認が終わったら撤退よ。」

 

芽吹さんの号令にその場にいる全員が頷く。

 

「捜索でしたら問題ございません。すでにあちらに。」

 

私が少し喋っている1、2分の間に戻ってきたらしいアルが甲板の後ろ側を指し示す。

 

「みんな!」

 

慌てて近寄ると、ところどころ軽い火傷跡が見られる。

痛々しい姿で気を失ってるけど、みんな致命的な怪我とかはないみたいだ。

 

「アルフレッド、レオはどうしましたの?」

「御霊を破壊したので、すぐには復帰しないでしょう。」

 

合体前ならレオでも簡単に倒せるんだ。

 

やっぱり、アルなんだ。

アイツ自身が定めた地上代行者。

 

もう、未来を知っていても変えることはできない。

知っていても、気づくことができないようにされているなら何の意味もない。

 

自分が本当に生きているのか、生きていると感じさせられているだけなのかさえ、今の私には分からない。

もう、分からなくなって……。

 

「え? ちょっと、ねぇ!」

 

声をかけてくれたのは誰だったのか?

確認することは叶わず、冬に暖かい布団を被ったかのように、私の意識は薄く引き伸ばされていった。

 

 

 

 

 




そろそろ、もう一度西暦編に戻りたいです。

あと人増えてきたし、登場人物紹介とか、時系列とか、原作との対比点とかあったほうが見やすいんでしょうかね。
このあたりの作法が全然わからないです。本当なら作品外の説明なんて邪道なんでしょうけど、うまく説明しきれる自信がないです。



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I’ll pray for you

「暇だ~。なんで芽吹さんはいっぱいお見舞い来てたのに私は誰も来てくれないんですかぁ~。安芸せんせぇ~。」

「結界の外の焔が強まっています。戦衣の耐熱性能を超えるほどに。こえは貴方が知る記憶通りですか?」

「わっ。教師にスルーされたぁ。」

 

口調と裏腹に病室の空気は氷点下を思わせる。

軽口を叩きながらも相手の出方を探り、あっちをつつき、こっちをたたき。

 

止めよ。

 

たぶん奉火祭だろう。

 

防人に来たばかりのころの私だったら放っておいたんだろうけど、今の私は違う。

 

「ダメですよ。奉火祭なんて。そんな貴方を見たら3人に会わせる顔がないでしょ。」

 

雀ちゃんが持って来てくれたお見舞いのミカンをほおばりながら、できるだけ軽い感じで打ってみる。

 

「それは彼女たちが決めることです。そして私はお役目を果たさなければならない。この世界のために。」

「なければならない…ですか。でも、アイツは生贄なんて求めない。アイツが求めているのは結城さんの平穏。大赦がそれを許せば、アイツは人類の存続を赦しますよ。絶対に。」

 

アイツの目的は一度"特別"となってしまう結城さんを、普通の生活に戻してあげること。

そうでないと一緒に遊んだり同じ学校に通ったりできないから。

 

それは誰か1人の意思と力ではできない。

アイツは人を操ったり、脅したりできるけど、そうではなく人の意思でそうしてほしいと思っている。

 

人が人であるが故、人は大業を為した者を良くも悪くも放ってはおけない。

特にこの国のひとびとは祀り、寄こせ、赦せと言う。

 

神が人の世界に顕れるように、人も神と崇められ、畏れられる。

 

力で押さえつけることはできる。

でも、それは普通でないことを浮き彫りにするだけで、悪手だ。

 

アイツはそれを望まない。

 

仮に結城さんが違っても、園子さんは最初から逃れられない。

だったら、結城さんも逃げないだろう。友達がいるのだから。

 

今までの世界でも、300年という月日で積み上げられた歴史は、前の世界では神樹様を失っても残った。

 

(私は結城さんがそうしたいというなら、それも一つの結末だと思う。でも、アイツはそうじゃない。なんでだろう?)

 

最初は結城さんが意識不明になったことが始まりなんだけど、その後のことまで気にするようになったのは、300年前の西暦時代から戻った時だ。

 

白鳥歌野と戦った記憶は共有されているけど、大体あの戦いの後のアイツが人類を積極的に粛清する姿とつながらない。

 

その意味でいえば、奉火祭だって必要ないはずなのに、なんで認めたんだろう?

記憶は辿れるけど、その時の感情に追いつけないもどかしい感覚。

 

「……奉火祭の実施は決定事項です。ですが、他にも確認したいことがあります。もう少しすれば彼も来るでしょう。」

「ああ、アルですか。」

 

数秒も置かず病室がノックされる。

 

「どうぞー。アルだよね?」

 

扉がスライドするとリノリウム敷設した床の向こうからアルがやってきた。

 

「失礼する。安芸様に言われてこちらに来た。」

「はいはい、ようこそ。」

 

さっさとこんな茶番は終わらせよう。

 

「安芸先生が聞きたいのは、彼が本当に天の神の部下なのかってことですよね?」

 

無言で頷く安芸先生ではなくアルが続きを引き取る。

 

「その件でしたら、間違いなく私、アルフレッド・アーネスト・アルバートは、貴方達の仰る天の神の使徒です。ですが、そのことと弥勒家の執事であることは矛盾しません。」

「いや、それ普通の人は訳わかんないよ。」

 

0秒で突っ込んでしまう。

 

アルはアルでちょっとズレてるからな。

 

「えっと、安芸せんせに分かりやすく言うと、もう一人の私にとっては全てが自分の支配下にあるって考えなんです。だから…。」

「…自分の支配下にある者同士で主従関係が結ばれていたとしても、自分の支配下であることに変わりはないと? 例え敵でとなっても自身の支配下だと?」

 

安芸先生もこのあたりは何となく分かっていたみたい。

 

「ええ、はい。」

 

安芸先生はしばらく何かを考えた様子で、改めて私達に告げる。

 

「私達の予測を越えた事態が進行しています。天の神の怒りが壁外の熱量を上昇させました。既に戦衣でもこの高温を防ぐことは難しくなりつつある。このままでは四国そのものが結界ごと炎に飲み込まれる可能性すらあります。」

 

「それはない。絶対ない。大赦はアイツのことを見誤ってる。天の神となってしまった私は結城さんのことは本気では傷つけられない。雀ちゃんの魂を賭けるね。」

 

「神は結城様の未来のために幾度も時を巻き戻してきています。そもそも我々の世界自体が複数の時間軸から都合の良い事象を集めて1つの歴史としてまとめたのパッチワークでしかございません。」

 

あれ? スルーされた? 少しでも場を和ませるとっておきのブラックジョークなのに。

やっぱり安芸先生の笑いの採点は厳しすぎる。

 

「あの、今のジョーク……。」

 

「では、何故、今世界を炎で飲み込もうとしているのです?」

 

「そこまでは分かりかねます。ですが、神は言っていました。あと数か月。神世紀301年の初めごろにはいつも結論がでる、と。」

 

冗談で和ませる必要はないんだ。

ホントは真面目に考えたら、おかしくなるような現実だからイヤなんだけどな。

 

このまま進めば、いつもの通り、大満開と呼んでいる神樹様のすべてを使った一撃で天の神は倒れる。

 

でも、どう考えてもおかしいんだよね。

 

比喩でなく無限の力を持つアイツに届かない。

 

実際、西暦の時代に土地神様たちはアイツに各個撃破されて、往年の力を取り戻せていない。

それどころか、300年間結界を維持するために寿命さえ迎えようとしている。

 

(わらかない。どうして大満開だと倒せるんだ? 力の強弱の問題じゃないのか?)

 

ただ、私の想いは一つだけ確かだ。

アイツの思い通りなんて絶対に嫌だ。

 

私は防人のみんなと戦ってきたこの数か月が楽しかった。

 

地元でそれなりに話す人はいたけど、ただのクラスメイトやご近所さんだった。

話を合わせるだけで、中身のない言葉たち。

 

こっちは、すごく大変だったけど、だからこそある種の信頼みたいなものが分かった気がする。

だから、そんな仲間のひとりである亜耶ちゃんは失くさない。

 

 

結城さんのことは嫌いじゃないけど、アイツが私を分離した理由が分からないうちは、アイツと同じ道は絶対に選ばない。

 

「そうですか。ですが大赦の決定は変わりません。まずは種を回収し少しでも神樹様の力を戻します。そして……。」

 

そこで改めて安芸先生は大赦の決定を伝える。

結局みんなは何かをしないと不安なんだ。

 

アイツでさえもその不安からは逃れられない。

 

「奉火祭を行います。それが大赦の決定です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奉火祭ですって! 何ですかそれは! 天の神に赦しを乞う? 亜耶ちゃんを火に焚べる? ふざけるな。なんで、今更! そんなのが通じると本当に思っているんですか!」

 

芽吹さんの怒りに亜耶ちゃんは俯くけれど、安芸先生は何も感じていない。

少なくとも表面上は。

 

「奉火祭は300年前に行われ、天の神との講和を成した実績があります。その時は6人の巫女が炎の海にその身を投げました。」

 

本当のあんまりな事実。

 

犠牲を出しても講和までしか持っていけなかった。

 

でも、あの時と決定的に違うことがある。

たとえ赦されても神樹様の寿命がない。

 

だから、人類が種としてどう最後を迎えるかの時間しか残されていない。

 

選択肢は1つ、結城さんによる大満開しかない。

 

神婚は論外だ。

 

アイツが本気でプッツンする。

 

この宇宙だけでなく、周辺分枝100箇所と時間軸で100年前後が焼失された実績がある。

いくらなんでもお隣の平行世界に迷惑はかけちゃだめだろう。

 

「あなた方は天の神の怒りに触れる可能性があったのに、あんな稚拙な計画を行ったと仰るのですか? 隠そうともせずに。 アルフレッド、貴方も天の神の側仕えだったのでしたら、知っていたのですか?」

 

指弾する弥勒さん以外の他の防人たちも不満と怒りをため込んでいる。

 

ここに来た時はあれほど顔色窺うだけだった大赦の神官に対しても一歩も退こうとしない。

 

(この数か月で過ごした結果がこれなんだ。私だって亜耶ちゃんに生贄になんてなってほしくない。)

 

「お嬢様、御下問への答えは仰る通りです。天の神が壁外の火勢を強めることは、これより前の宇宙で幾度も行われてきておりました。」

「ちょっと!? アル、それはもう少し順番に言わないと。」

「これより前?」

「幾度も?」

 

興奮していた頭も突拍子も無さ過ぎる単語で冷えたのか、みんなの視線がアルに集まる。

例外は事前に園子さんからいろいろ聞いていた安芸先生だけ。

 

「私からご説明できる内容は神により与えられたもの。それで宜しければある程度はお答えいたします。」

「良いですわ。全部教えなさい。アルフレッド。まずは貴方と天の神の関係を。」

「え? 弥勒さんそっちが先なの? ごめんなさい。なんでもありません。」

 

雀ちゃんのいつもの調子で弥勒さんに突っ込みを入れに言ったけど、みんなの視線に負けて引っ込んだ。

 

「承知いたしました。もともと私はこの時代の人間ではございません。今より1200年ほど前、死にゆく直前に神により契約を持ちかけられたのです。私の願いは単純にまだ死にたくなかっただけですが、私以外の使徒、十華と那由多は別の契約がございます。ともかく私、アルフレッド・アーネスト・アルバートはそうして天の神の使徒となったのです。」

 

そこまでは理由も含めて私も記憶で知っている。

 

「では、天の神の使徒となった契約とはなんだったのですか? そもそも何故天の神が貴方を私の執事にしようとしたのか分かりません。」

「これは安芸様にも申しましたが、神がそれを望まれたからとしか言いようがございません。ただ私に人間を良く知って欲しいと聞かされております。」

「例えそれで貴方が天の神と敵対することになってもですか?」

「はい。」

 

アルの答えに誰もが納得していない。

 

一度は粛清した人類を部下として生かそうとした意味。

 

使徒達にも詳しくは明かされてないけど、私には知らされている。

 

神様のままだと、結城さんと一緒に遊べないから、代理の神様を作って置いておくつもりだなんて、さすがに言えない。

 

(いくら何でもふざけた理由だ。子供のわがままでしかない。)

 

我がことながら、本当にあんな子供じみた理由だとは信じたくなかった。

 

「そして、天の神は世界全体の時間発展を変更することが可能です。例えば私や沙耶がいないことで防人の任務が滞るようであれば、即座に私達の存在はなかったことにされるでしょう。あるいは世界全体の時間を巻き戻し、途中から再調整するといったことも可能でしょう。」

 

そこで、何かに気づいたように芽吹さんが口を挟む。

 

「それは、私達が勇者となれず、防人となってこんな危険な任務を行い、その成果さえ無駄にする予定だったってこと? そして、亜耶ちゃんが生贄にされることも?」

「はい、みなさまが勇者ではなく防人となることは、知らされておりました。少なくとも私は1200年前に使徒になった時に。」

 

しばらく、沈黙の帳が降りる。

 

「ふざけるな! 勝手すぎる。私達は玩具じゃない。そんな扱いをしたいなら、なんでこんな任務を仕組んだ。」

 

現実感の乏しい天の神の思考に、みんなが追い付けていない中、芽吹さんだけは怒りと言う形ででも反応できてしまう。

 

それでもアルは一番絶望的な事実を伏せている。

アイツはその気になれば、人の心そのものを操作できる。

 

例えば、朝ごはんを食べる時に、お米の隣に紅茶が置いてあるのが普通で、緑茶を置いている人はおかしいと思わせることができる。

 

緑茶という概念自体を世界中から失くしてしまうことだってできる。

あるいは、この瞬間今すぐに、人体に水分補給が不要な物理法則に変更するか。

もしかしたら、最初期の数回の時間ループ時と、今の私達ではまったくの別の存在になっているかもしれない。

 

例えば、芽吹さんを怠け者でギャル風にしたり、雀ちゃんを宝塚系の男役さんみたいにしたりしたことだって、20回以上はやってきている。

 

人が自分としてある根本。

 

魂と言っても良い部分さえ手を出して、口をはさむのがアイツだ。

 

それを知って、十華はアイツから離れる決心をしたくらいだから。

 

変わらないとすれば、結城さんくらいだろう。

 

「こんな結末、私は絶対に認めない。こんな結末のために命を懸けて戦ってきたわけじゃ……。」

「結末ではありません。奉火祭の後までわたしたち人類は生きていかなければなりません。」

 

これまでほとんどアルに話を任せていた安芸先生が、そこだけは明確に反応する。

 

「先ですって? 犠牲を前提とした時点でどんな素晴らしい計画を考えていたって、その前に犠牲をだしたことを失敗と考えられていない時点で、貴方達は……。」

「芽吹先輩。大丈夫です。ありがとうございます。」

「亜耶ちゃん……。」

「私は奉火祭に反対はしません。私、実は嬉しいんです。みなさんの、そして神樹様のお役に立てることが。今までみなさんが頑張ってきました。ですから今度は私達が艦ばります。」

 

生贄になる亜耶ちゃんに言われてしまっては、私達に今できることは無い。

 

そう、今は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、亜耶ちゃんは行ってしまった。

今回は東郷さんに自責の必要がないから、最悪二度と会えないパターンかもしれない。

実際、ここで奉火祭が実施されて亜耶ちゃんが帰ってこなかった世界もある。

 

アルや私については、あえて行動を制限しないことで天の神に恭順の意思を伝えるつもりらしい。

そんなことをしなくても、アイツはこっちの心隅々までお見通しなんだけどね。

 

部屋に戻って、私も準備を始める。

 

結局ここまではなにも変えられなかった。

 

ちょっとバーテックスを倒せるようになったくらいでアイツの裏をかくなんて無理なんだろう。

 

(やっぱり、アイツと直接対決しないと何も変わらないのか。嫌だなあ。絶対勝てないじゃん。あんなの。)

 

たぶん最初は余裕ぶって、こっちが何をするのか見ているはずだから、その間に一撃必殺を打ち込みたい。

そんな方法があれば、だけど。

 

でも、今はまず奉火祭の邪魔をしよう。

私だって亜耶ちゃんがいなくなるのはやっぱりいやだ。

大赦に言いたいことは未だいっぱいあるし。

 

そろそろかな?

 

「沙耶、みんな展望台に集合だって、なんか楠さんが呼んでる。」

「うん、分かった。でも、5分だけ遅れるから、先に始めてて。」

「ええー。そんなの言ったら、怒られるじゃん。」

「大丈夫、芽吹さんも分かってるから。」

 

しばらく逡巡したあと彼女は、ちゃんと言ったからねーって言いながら、先に言ってくれた。

 

私も急がないと。

 

ここに来たばかりのころならともかく、今の私だって亜耶ちゃんが犠牲になるのを黙ってみているつもりはない。

 

展望室に向かい階段を上がっていくと、芽吹さんの怒りの声が聞こえてくる。

 

「今回の大赦の決定に私は納得していない! みんなはどうなの?」

 

「私だって納得してないよ。あややはすごく良い子なんだ。私がいつも怖がっててもバカにしないで、防人として頑張ってるだけでもすごいって、でも大赦も決定したって言ってたし、どうしていいのか…。」

「わたくしだって国土さんを犠牲にするつもりはございませんわ。今となっては没落した弥勒家のことを知っているものも少なく、知っているものからも嘲りを浮ける状況に甘んじています。ですが、国土さんはそんなわたくしの誇りを認めてくださいました。そんな国土さんが犠牲となって良いはずがございません。」

「国土は、良い子。死ぬなんて……絶対にいや。」

 

私も最初は国土さんも大赦の巫女ってだけで思考停止したお人形ちゃんだと思ってた。

だけど、違った。

ちゃんと神樹様の教えを実践できる本当に巫女だった。

 

勇者となれなかったみんな。

大赦からは使い捨ての駒と扱われる私達・防人。

亜耶ちゃんはそんな私達一人一人を大切な価値ある人間として接してくれていた。

 

防人三十二人全員がこの部屋で亜耶ちゃんを助けたいと、声を上げているのが何よりの証拠。

 

「だったら、私達で亜耶ちゃんを助け出す方法を考えましょう。奉火祭までまだ1週間ある。絶対に方法を見つけ出す! 私が指揮する防人に諦めと犠牲は出さない!」

 

扉の向こう、芽吹さんの言葉に触発されてみんなが口々に意見を言い合っている。

 

1度だけ深く息を吐く。

 

さあ、行こう。

 

せめて、決着くらいは私の手でつけよう。

 

「本当に、亜耶ちゃんを助ける覚悟があるなら、私に賭けてみる気はある?」

 

後ろに掠め取った天の力で創り出した星屑とジェミニを引き連れて前に進み出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったじゃない。いったい何を……。」

 

芽吹さんの言葉は止まり、私の後ろに漂う星屑達に釘づけにされる。

 

こうしてみんなを見るのは初めてだ。

ところどころ絆創膏を貼ってたり、包帯みたいなの巻いてる子もいる。

 

それでも、みんなの目は活きている。

 

安芸先生はずっとこれを見てきたんだ。

見ることしかできなかった。

 

アイツは全知全能だけど、だからこそ生の感情も、向き合って得た言葉も軽く見ている。

自分で感じていない。

 

大丈夫、やって見せる。

 

 

「ええっと、遅れてごめんなさい。あと後ろの星屑は私が作ったコピー品だから攻撃しないでね。いろいろ聞きたいことはあると思うけど、みなさんの疑問に答えるために先にに知っておいて欲しいことがあります。」

 

アイツに共有された記憶。

みんなに渡す方法はある。

アイツが私に共有したのと同じ方法を使えばいい。

どんな人も自分で感じたことは裏切れない。

 

どんなに真実が残酷でも、信じられなくても、例えすぐには立ち上がれなくなっても……。

 

本当だと感じさせることができるはず。

 

「私は天の神となる運命を持つ者。いつか世界を滅ぼした者。」

 

あれ? だれかスマホ触ってない?

一世一代の大告白なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからは、ただ共有する記憶に合わせて言いたいことを言い放題。アドリブ全開。

 

「300年前。四国以外の世界は分かたれた私が天の神となって、人類粛清のために世界を焼いたのが始まり。」

 

天沼矛によって一瞬で書き換えられる世界。

監視役として炎の海に漂うバーテックス。

 

大地は焔と焼かれ、落ちた火砕流に塗れ、辛うじて固体となっているところも、鉄すら蒸発する高温で揺らめく。

 

「いまではない時、ここではない場所、はるか遠くのどこかの私がこのような恐ろしい世界を作ると知った時、自らの行為に恐怖しました。それは間違いない。」

 

昨日一夜漬けで覚えた記憶の転写に合わせた身振り手振りの説明。

 

「だから、このような世界を創り出した私を、恐怖し、嫌悪し、憎悪するかもしれない。それは正しいものの見方。その感情は間違っていません。」

 

いや、ホントは良くないんだけどね。

 

記憶を切り替えて映すのは西暦の勇者たちの最後。

 

「でもどうか知って欲しい。この真実を覆い、勇者と讃えておきながら、その勇者に全てを委ね犠牲を恃む大赦は、かつて世界を守らんと苦悩していた時代を忘れた形骸と成り果てている。」

 

ええっと、話がまとまらない。

とにかくみんなでもう一人の私を倒そう、って言いたいんだけど、どうすればいい?

 

「断言する。そんな大赦のやり方では、かつてバーテックスの存在を隠す以前よりなお悪い。そんな彼らでは別たれた私を、天の神を止めることは決してできません。」

 

ずっと考えていた私がどうしたいか、ここに来てみんなを見て、報われなくても必死に生きるその姿を見て、結果だけしか見ないアイツは間違っていると気づいた。

 

「まして、貴方達子供だけでは、大切なものも大事な人も守ることはできません。それでも、犠牲を厭い、諦めずに完全な結末を望む者たちがいるなら、敵対者であるからこそ天の神の名の下に告げたい。貴方達は勇者である。人類が認めず、神樹が認めず、今この世界を創った天の神となる私がそう認めるでしょう。」

 

結局のところ、認めたくなかっただけでこういうところは、私は結局松永沙耶(わたしもアイツも)は同じなんだなあって思う。

 

「だから、神の元を離れ、星と焔の海を越えてでも、貴方達にお願いしたい。大赦に集められたからではなく、自分たちの意思で、私達と一緒に天の神を倒してほしい。亜耶ちゃんを助けるために。」

 

すぐに次の言葉が続かない。

 

流れゆく記憶の最後。

 

確かにアイツは結城さんのことを一番に考えているように見える。

でも、私達はそれほど単純なんだろうか?

 

自分に置き換えれば分かる。

 

例えば、防人の誰かを犠牲にすれば、みんな助かる、と言われてすぐに納得できるとは思えない。

 

今だってそうだ。

 

「私から言えるのはこれだけ。これだけなんだ。」

 

しばらく、みんなが黙っている。

その表情からは内面を推し量ることは難しい。

 

他の大赦の神官たちの意識からこの場所のことは外しているから、誰も邪魔しに来ないのは確かだけど。

 

もし、みんなが納得できないと私を嫌うなら、私はここから出ていこう。

それで、防人からも脱走して、とにかく使えるものを全部集めてアイツと向き合おう。

 

もう逃げるのはイヤだ。余計にしんどくなる。

 

「つまり、貴方は天の神だから、その力を少しは使えるというのね。」

「うん、だから、倒すのは無理でも隙を作れれば、痛手を負わせて、そのうえでアイツのホントの望みをぶら下げて交渉する。」

 

ただ、結城さんお平穏を大赦に約束させるだけじゃダメだ。

 

自分の計画より私達がやろうとしていることの方が、良い道だと思わせる。

 

そのためには私達の力と覚悟を示す必要がある。

 

「良いじゃねぇか。ようやくまともにやり合える見込みがあるんだろう? 楠、オレに命令しろ。さっさと天の神に一発いれろってな。」

 

わ、しずくちゃんがシズクちゃんになってる。

 

「わたくしも当然参加させていただきますわよ。アルフレッドの力も借りられれば役に立つでしょう?」

「うん、それはすっごく助かる。それだけで今までの世界のどの戦いのときよりもこっちの戦力は大きくなる。」

 

本当は残りの使徒2人も味方にできれば良いんだろうけど、アルがいればバーテックスを気にせず、アイツと亜耶ちゃん救出だけに集中できる。

 

「ええっと、怖いんだけど、本当は行きたくないけど……、あややのためだ。今回は私も行くよ。」

「ええ、頼りにしているわ、雀。」

 

他の防人たちも形は違えど、みんな行く気みたいだ。

 

 

「それじゃあ、決まりだね。芽吹さん。いえ、楠隊長。」

 

私を含めた三十二対の瞳が芽吹さんをみる。

 

「みんな、これから私達は大赦の元を離れ、自分たちの意思で国土亜耶救出に向かう。何か他に意見のあるものは今のうちに申し出て。」

 

1秒、2秒、5秒、10秒。

 

誰もが芽吹さんだけを見つめて、あえて何も言わない。

 

「ありがとう。危険な道のりだけど、誰一人欠けることなく返ってこれると約束するわ。」

 

もう一度だけ、みんなの顔を1人ずつ芽吹さんが見渡す。

 

そのすべてを見て、芽吹さんが最後の号令をかける。

 

「これより防人は国土亜耶救出を目的とした作戦を開始する。」

 

神世紀300年11月。

 

私達、防人の最大の作戦が始まる。

 

 



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A Pisgah sight

月を隠した晩秋の空。

 

ひっそりとした夜空で景色が歪む。

今の私でもこれくらいはできる。

 

戦衣に光学迷彩を施しても、人間の無意識のちょっとした動作までは覆い切れてない。

でないと仲間の位置まで分からなくなったら、本末転倒だしね。

 

「ねぇ、本当に船で来なくて良かったの?」

 

雀ちゃんが小声で聞いてくる。

 

「いや、たぶん見張られてるでしょ。奉火祭の話を聞いた時にあれだけ反抗的な態度だったし。」

 

3番の指揮官。つまり私の直接の部隊長が答える。

レオの焔で船ごとやられたのに無事だったのは、アルが助け船を出してくれたおかげだ。

 

(ちょっと、タイミングが良すぎるような気もするけど、予言でもあったのかな。)

 

「仕方ないにゃ。それに大赦の知らない足なら見つからないし。」

「それにしても、よりによって敵の総大将が私達の中にまぎれて一緒に戦ったりご飯食べたりしてたなんてね。」

「厳密にはその可能性があるだけだよ? だから、あくまでね。」

 

今までと違って、芽吹さん以外の防人たちも色々と声をかけてくる。

 

私達は本当の意味で仲間になれたんだろうか。

 

少なくとも、ここにいるみんなが亜耶ちゃんを助けたいと思っている。

 

未来のことは分からないし、過去の因縁だって考えなくちゃいけない。

でも、今はこれで良いと思う。

 

「そう言えば、さっき私達は勇者だーとか仰ってましたけど、どういう意味ですの? は!? もしや、これで手柄を立てれば……。」

「ない。それはない。」

「たぶん、無理にゃ。」

「ないと思うな。」

 

弥勒さんが何かを言おうとしたけど、全員にボコボコに言われてる。

 

「わ、分かっていますわ。でも、天の神にその名が知れれば……。」

 

弥勒さん元気だなあ。

 

それともこうやって緊張をほぐしてる?

 

天然なのかボケなのか判断がつかない。

 

「でも、あれ、すっごく偉そうだけど支離滅裂なこと言ってたよね。」

 

うわ、こっちに戻ってきた。

 

「忘れろ、忘れろ、忘れろー!! あれは若気の至りだぁぁ! なんて説得するかめちゃくちゃ困ってたんだぞー。」

「大丈夫、ちゃんと録音してほら。」

 

あの時の私の言葉が流れ出す。

 

「消せ! 消せ! 消せ! 今すぐ消せーーーー!!!」

 

あの時のスマホ弄ってたのは録音だったのか!

自分でも分かるくらいに顔が熱い。

 

「いい加減にしなさい! 貴方達!! 見つかるでしょう!」

「「「「すみません」」」」

 

芽吹さんの雷が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごい…大きすぎない。これ? どこまで続いてるのこの船?」

 

雀ちゃんの言葉に全員同じ気持ちみたい。

じつは私も記憶として知っているだけで、実物見たのは初めてなのでビビってます。

 

防人の船は大赦に管理されている。

私達だけで炎の海を越えていくことはできない。

 

そして、奉火祭の儀が行われるのは炎の海のさらに向こう。

 

では、どうやって炎に身を投げ出す亜耶ちゃん達を助けるのか?

 

チャンスは2回、亜耶ちゃんが突き落とされる壁の下に待機する方法と、アイツが高天原まで亜耶ちゃんを昇天させる途中の道で待ち構えるかのどちらか。

 

後者の場合、儀式に乗っ取って奉火祭が行われた場合、ワームホールだかブラックホールだかが開いて、アイツの入る高天原に通じる道ができる。

やっかいなのは途中で魂と肉体が切り離されることだ。

 

でも、もう1つだけ行く方法がある。

 

アイツ自身が作った方舟。

 

その船の名前はナノマシン嚮導船グレイグーと名付けられていた。

 

今は誰も知ることないアイツの間違いの始まり。

 

300年前、諏訪地方全体を収納して四国まで移動するために作り上げたソレなら、私の力と合わせてアイツの認証を一時的にごまかすことができる。

というか、アイツのことだから方舟は通れるようにしているだろう。

 

なんせ、私もアイツも思い出の品は棄てられなくて、部屋のなかぐちゃぐちゃにしちゃう悪癖があるから。

実際何度世界を滅ぼしても、前の宇宙から持ち込んでいる時点でそういうことなんだと思う。

 

 

「さ、乗った。乗った。大赦は追ってこないと思うけど、奉火祭はあと1時間ほどで実行されるから、急いで儀式の場所までいって、身を投げ出す亜耶ちゃん達をキャッチしないと。」

 

全員が頷く。

 

と、同時にトラクタービームでみんなの体が持ち上がり、船に吸い寄せられていく。

 

「お、落ちるー」

 

雀ちゃんが暴れまわってクルクルとハムスターみたいに手足をバタバタさせるけど、どこにも動かず、ただまっすぐに昇っていく。

 

「大丈夫だって。反重力、抗引力、超電磁力。みんなのパーソナルデータは登録済みだから。」

 

「でも、誰が動かしているんですの? 私達の船と同じように動かせるのですか?」

 

弥勒さんが首を傾げる。

 

「それは私の方で操作しておりました。お嬢様。」

 

トラクタービームの光に並走するように、アルフレッドがいつもの執事服のまま宙を歩く。

シュール極まりない。

 

「見当たらないとは思っていましたが、アルフレッドさんが先行していたんですね。でもどうして?」

 

芽吹の疑問には私が答える。

 

「この船の操作は私かアルしか知らないでしょ。すぐに出発できるようにしてもらっていたんだよ。」

 

どうしても、人の力でも地の力でも封印を解けない。

だから、天の力を持つ私かアルが船に火を入れる必要があった。

 

「ちょっと、勝手に人の執事をとらないでくださいまし。せめて、わたくしくらいには行ってください。」

「はい、はい、そうしますよ。」

 

とにかくこれですぐにでも飛び出せるし、アルが本当に弥勒さんの執事として振舞うつもりなのも分かった。

 

(絶対何かすると思ってたんだけど、何もなかった。本当にただアルを人間社会にあてはめてるだけ?)

 

一度アルとも話とこ、テレパシーと記憶の共有を使えばお互いの意見交換くらい数秒で終わるでしょ。

 

トラクタービームが停止し、船の中にゆっくりと降り立つ。

 

「ようやく地面だ。って、メブが消えた!?」

「ご心配には及びません。雀さま。先ほどの扉の向こうを中央司令室につなげております。みなさまも一度そちらへ。」

 

アルの言葉の通り、この船グレイグーは1000kmに達する巨体だから、床エレベーターやミニ・ワープ装置みたいなのが付いていて船内を移動できる。

 

光を通り抜けるとそこは、漁船の操舵室みたいなところだった。

たぶんアイツのイメージで作られただと思うけどなんで漁船?

 

というか、司令室もこんな戦争映画に出てきそうな古臭い司令室だし。

舵とかいる?

 

動力は昔でも縮退炉と相転移炉を数千備えていたし、今となっては、私経由で天の神の力を無尽蔵に電磁気力に変換できる。

他にも船内の温泉施設も番台と瓶牛乳なんて、昔のテレビでしか見ないようなもの置いてるし、アイツの趣味だったのかな。

 

前で"アルから"船の説明を受けていた芽吹さんが振り返る。

 

「全員そろったわね。それじゃ、これからの予定を改めて確認するわ。バーテックスを迎撃しながら、奉火祭の場所に行って亜耶ちゃん達を連れて帰る。」

「ちょっと待って。弥勒さん、アルフレッドが2人なの?」

 

雀ちゃんがさっそく反応している通り、ここにはアルフレッドが2人いる状態になっている。

 

「し、知りませんわ。わたくしも驚いているところです。」

 

(ま、知らない人が見たらそうなるか。)

 

「いや、私だって天の神から分け御霊されてここにいるんだし、アルができてもおかしくないでしょ。」

 

アルはかなり力をこなせてるからなあ。

それに西暦の時代には分身できる勇者もいたんだし。って、これは正式な歴史には載ってないんだっけ?

 

「だったら、何故アルフレッドはわたくしの前に姿を見せなかったんですの?」

「特に理由はござません。ご案内については沙耶が行うと聞いておりましたので。」

 

うわ、弥勒さんすごく不満そう。

 

「ま、まあ、弥勒さんも一度アルフレッドに何ができるか聞いてみたら、どのくらいすごい存在か分かんないでしょ。」

「……今日のところは、それで引き下がりますわ。アルフレッド、いろいろと説明しなさい。」

「お嬢様、申し訳ございません。まだディナーの準備が終わっておりません。お話でしたら、その後で窺います。」

「ちょっと、アルフレッドー!!」

 

言うが早いが、室内にいた10体ほどのアルの気配がかき消える。

逃げる気だな、アル。

 

(アルが逃げるとはね。まさか、今までたくさんの人を殺してきたことを知られたくないとか? ははは、まっさかねぇ。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルが弥勒さんと2人きりにならないように逃げ回っていた以外は順調で、半日ほど先回りして、炎の底で待機している。

 

今、みんなそれぞれに最後の休憩時間を過ごしている。

 

芽吹さんはシズクと訓練。

雀ちゃんはそれをにぎやかそうとして捕まった。

弥勒さんはアルを探して事情聴取を行おうとしている。

 

アルは私の目の前にいるのに、弥勒さんに見えない。

目の前の存在をアルだと気づけないようにされているんだ。

 

だから、こんな風に喋っても弥勒さんの中で探していた人物として認識できない。

 

「いい加減、弥勒さんに答えてあげたら?」

「正直、自分でも困っている。何故私の過去をお嬢様にご説明することに、これほど忌避を感じるのか。あなたは答えを得ているのか?」

「答え? そんなの分かるわけないでしょ。今だって迷ってばっかりだよ。本当にこれでよかったのかって。」

 

返ってきた答えは無言。

まさか、アルがこんな反応をするとは。

 

「だが、2年前に大橋で戦った勇者たちは、生きる以外の答えを得ているようだった。勇者たちだけなら選ばれた高揚感が見せる幻想と切って捨てるが、十華までもが人の形を捨てる覚悟をもっていた。」

 

なるほど、ね。

 

そりゃ、アルが知っている"人間"とは全然違うか。

 

暗い瞳の聖職者達。

済んだ瞳で殺せと叫ぶ善人たち。

助けてくれと懇願する悪人たち。

 

記憶のコピーでしかない私でもあれは憂鬱な光景だ。

 

でも……。

 

「それが分からないって? そんなの誰にもわからなかったと思うよ。私もつい最近まで勇者ってバカだなあって思ってたくらいだし。今は歴史上の有名人みたいで、ちょっと感動してるんだけどね。」

 

アルの瞳が正面から私を捉える。

 

「あなたが分からない? あなたは既に全知全能に限りなく近い。1世紀にも満たない子供たちの純粋な心など見透かせるのではないのか?」

 

あ、弥勒さんが近づいて来た。

アルのすぐ近くを行ったり来たり、10センチも離れてないのに気づけない。

 

「心を見通せるからって、未来を望むように捻じ曲げられるからって、本当の全知全能じゃないよ。アイツも貴方もそのことが分かってない。」

 

自分に向けられた言葉と、誰かの会話で聞こえた音が違うように。

 

「そう……。しかし、剣を取ったこと後悔はしてない。」

 

ちょっと、昔のアルみたいになってるな。

 

「それはそうなんだけど……。でも、それは間違いなく誰かの大切な人だったんだよ。みんな誰かを傷つけながら生きてくしかないけど、その責任を取れるのも自分だけなんだ。」

 

それこそ自分に言い聞かせるように応じる。

 

そう、私はアイツじゃないけど、アイツから別たれたのも本当。

だから、アイツが世界を滅ぼした日のことを、きっとずっと思い出し続ける。

 

(全知全能って、イヤなことも忘れられないってことなんだよねぇ。)

 

力を振るえば振るうほど、アイツに近づいていく。

でも、近づくだけだ。

私はアイツにはならない。

 

目の前でアルを呼び続ける弥勒さん。

 

ハッキリ言って、彼女の望みは分不相応だと思う。

私も最初はどこか彼女のことをバカにしていたかもしれない。

ううん、弥勒さんだけじゃない。

 

芽吹さんや雀ちゃんのことも、何も知らないくせに、どうして私だけがって、ずっと思ってた。

 

でも、みんながきっと何かを失くして、だから今度は失くさないようにって頑張ってきたんだ。

 

(アル、貴方もちょっとずつ分かってきているんだよ。人間のこと。だから、もし……。)

 

らしくない、思考がその時を告げるアラームでかき消される。

 

「警告、壁外に複数の生体反応感知。パターンから登録目標の国土亜耶を確認。……。」

 

来た!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(芽吹先輩、どうか神樹様のご加護がありますように……。)

 

国土亜耶は幼いころに親元を離れ、巫女として生きてきた。

両親も大赦の役を与えられているので、会えないということは無かったが、巫女という特殊な環境は、普通の親子よりも時間の面では希薄だったと言わざるを得ない。

それでも、両親は間違いなく亜耶のことを愛してくれていたのだろう。

 

一度だけ、逃げる気はあるかと聞いてくれた。

 

それだけでも、亜耶にとっては感謝してもしきれない。

 

それは大赦の役目を持つ者としては失格なのかもしれない。

 

それでも、確認してくれた両親に、

だからこそ、彼女は逃げないと答えた。

 

(少しおこがましいことかもしれませんけど、きっと歴代の勇者様たちも、巫女の先輩方も、芽吹先輩たちも、こんな気持ちで戦ってくれていたんですよね。だから私も逃げません。)

 

以前に芽吹達と一緒に出た時よりも、火勢はさらに強く激しくなっている。

 

儀式の祝詞が進み……。

 

 

 

とうとう、彼女たちは火に中へ消えていった。

 

 

 

 

「こうやって、貴方達は繰り返すんだよね。」

 

問いかける少女に仮面は何一つ返さない。

 

敗残者達がすごすごと退き始める。

 

「でも、約束通り奉火祭は見届けたからね。後は私も好きにさせてもらうよ。」

 

続ける少女に初めて神官たちは反応してしまう。

今ここにいる位にある者たちは、直接話しかけることを赦されていないにもかかわらず。

 

「な、何を? すでに奉火祭まで行っております。これ以上……。」

 

ただ1人静かに横たえられたはずの声が浮き上がる。

何もできないと下を向いた仮面からさえ、ため息とも羨望ともつかない声が漏れる。

 

空からゆっくりと降りる。

 

「うん、やっぱりできた。沙耶ちゃんは天の神の記憶と体を共有していたから、同じように神樹様と勇者の間も空間を隔てて(ワイヤレス)でも繋げられる。今の私ならスマホだって必要ないんよ。後は双方向でやり取りできるようになれば良いんだけどね。」

 

何かを確かめるように手足を動かす少女。

突然の動き止めて壁の外を食い入るように見つめる少女。

 

事態の変化に仮面はただ平伏するだけ。

 

「来るよ……彼女たちはやっぱり諦めてなかった。でも、まさか連れてきてくれるとは思ってなかったけどね。」

 

何かと仮面たちが問う間もなく、地震のような振動が炎と空気をかき混ぜる。

振動に揺られたのか、炎が壁に立つ神官や少女のはるか上空まで吹き上げられる。

 

だが、それも後に来た変化に比べればささやかと言えるものだった。

炎が鎮まった先、壁のすぐ側にまで、銀とも灰とも見分けにくい光沢を持つ巨大な建造物が姿を見せる。

この場にいる誰も、それが宇宙が始まる前よりも存在する船の一部だとは気づいていない。

 

いつ、だれが、どうやって、そんなものをこの一瞬で用意したのか。

 

神官たちがそう考える中、少女が落ち着いて、しかし、絶対に逃さないという意志を込めて呼びかける。

 

「ねぇ、出てきてよ。アルフレッドさん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(え? え? え? なんで? どうして園子さんがいるの? あああ!!)

 

忘れていたわけじゃない。

 

でも、私もアイツから天の神としての視点と記憶を共有されていたせいで思い込んでいた。

 

園子さんは銀ちゃんの仇を討たないと。

 

バーテックスなら幾度も倒しているんだから、わざわざ仇と言う必要はない。

天の神を仇と捉えるなら、ある意味で結城さんと神樹様の満開で倒したと言えなくもない。

そもそも誰一人散華から回復していない今、園子さんが冷静であるという保証がない。

 

(限界に近かったんだ。園子さんだって。それなのに私も大赦も、園子さんは東郷さんと違って暴走しないって甘く考えてた。)

 

東郷さんが世界が無くなっても良いって思うくらい暴走したのに、園子さんはそうならないとなんで言い切れる。

園子さんの喪失だって、いつおかしくなっても不思議じゃないくらいだって、ちゃんと気づいてあげられなかった。

それなのに、私は勇者達で一番頼りになるからってアイツの記憶のほぼ全てを話してる。

 

他の人はまともでいられないだろうって、ごまかしてる世界をこんな風にした理由。

 

結城さんとまた会って遊べる世界を創るという、あんまりにもふざけた理由さえも。

 

 

誰だってそんな理由で、身体機能のほぼすべてを失ったり、友達を失ったら、受け止められると言えるのだろうか。

 

 

「お嬢様、申し訳ございません。これは私の落ち度です。彼女の目的は私です。ここは私にお任せください。早く巫女達を収容してここから離れてください。」

「アルフレッド、どういうことですの? どうして勇者が貴方を呼ぶのです?」

「それは、かつて彼女たちと戦い、その仲間の1人を、むぐっ。」

 

慌ててアルフレッドの口を塞ぐ。

いくらなんでも、そんなのこのタイミングでいわないでよ。

テレパシーで伝えようとしたけど、アルフレッドは2人に別れて、その言葉を続ける。

 

「勇者の1人、三ノ輪銀を討ったのは私なのです。ですから、おそらくこれは仇討ちの類かと存じます。」

 

あーあー、言っちゃった。

 

 

「アルフレッドが、」

「勇者様を……、」

「殺した?」

 

呆然と弥勒さんが名前を口にすると、みんなが戸惑いながらその意味を理解しようとしている。

 

ダメだ。今ここで冷静になったら、きっと良くない。

 

「とにかく、まずは亜耶ちゃん達を、うわっ!」

 

急に司令室全体が揺れて、壁の一部が崩れる。

 

「ふぅう、すっごくおっきいから時間がかかったよ。さあ、アルフレッドさん。今度こそ終わらせてあげる。」

 

既に満開状態の園子さんが煙の向こうからやってくる。

 

「お嬢様。お早く。来い乃木園子。」

 

アルフレッドが弥勒さんと園子さんに声をかけると、園子さんと共にその姿がかき消える。

 

「アルフレッド!!」

 

弥勒さんの声が空しく木霊のように響き渡る。

 

チャンスは今しかない。

アルフレッド、絶対死ぬんじゃないぞ。

お前がいないとアイツに勝てる確率ほとんどないんだから。

 

再び、船が振動する。

今度はエンジンを再起動させたためだ。

 

「ちょっと、沙耶、どこへ行く気? アルフレッドさんは?」

「アルは園子さんと第37空中庭園内で戦ってる。だからまずはここを離れて……。」

 

舌が凍る。

 

今まで感じたことがない重圧で息が止まる。

 

それはさっきまで混乱していた防人のみんなや、気を失っているはずの亜耶ちゃん達巫女も同じだ。

 

そして、私だけはこの気配を知っている。

 

ふざけた言葉に、どこからどう見ても笑っているのに、絶対に笑っていない貌。

原初よりも色濃い神気をまき散らし、日本よりも巨大なこの船さえも霞のように感じる存在感。

いつも通りの蒼髪に中学校の制服そのままで、まるで学校内のように声をかける。

 

「どうもー、もう一人の私がお世話になってまーす。現・天の神、松永沙耶です。もっと盛り上がってもらうために来ちゃいました~。」

 

壁に立つ神官達はあまりの重圧と神気で何人か発狂している。

 

「おっと、このままだと喋れないんだよね。気配、気配っと。」

 

ようやく重圧から解放される。

発狂していた人たちは、そのまま失神してしまう。

 

「ふざけるな! お前は、お前たち神がどれほどの人を苦しめたか!」

 

みんな重圧で押しつぶされていたけど、最初に立ち上がった芽吹さんが銃剣を構える。

 

「ん? 一応答えるよ。昨日までの時点を起点にすると757927800人かな? 時間を巻き戻したり、不要になって消した並行世界を含めるなら、これの1064乗だね。」

「芽吹さん、コイツとまとも会話しちゃダメ。ただ反応しているだけだから意味のある答えなんて返ってこない。」

 

芽吹さんの頭を冷やすため、そして、みんなを正気に戻すため、アイツが何か言う前に口を挟む。

 

「……そうね。ありがとう。神に人の言葉は届かないんだったわね。」

「そう、どうせコイツは問答無用だし。」

 

みんなが立ち上がり、護盾隊は巫女の前にさらに重なるように銃剣隊が構えをとる。

 

「一斉射撃、1番から3番は3秒間隔で10回、4番から7番は5秒間隔で7回、8、9番は10秒間隔で3回。」

 

最初の一撃は予想通りあっさりと受け止められる。

だけど、少しずつ間隔のリズムが狂っていく。

 

「おお? これは、なかなか……。」

 

この射撃の間隔にそれほど深い意味はない。

時間差でリズムを掴みにくくさせるくらいしかできない。

でも、アイツは考えて、理解しようとする。

 

どこまですごい力を得ても、松永沙耶(わたしたち)は本質的に結城さん達と同じ普通の女の子だから、園子さんみたいに直観的な理解ができるわけじゃない。

 

途中から被弾し始めたアイツがバリアを展開し続ける割合が増え、その表情もイライラとしているように見える。

 

(見えるだけで、真似事なんだけどね。)

 

本当にイヤなら船ごと私達を吹き飛ばすことだってできる。

そうしないのは、色々と試行錯誤しているからだ。

 

だからこそ、その思考を突く。

 

(もっと考えろ。探し物をしている時がお前の唯一無二の隙になる。)

 

「ふうん、退屈しのぎくらいはできる感じかな? 良いよ、キミ達の望みを少しだけ後押ししてあげよう。」

 

アイツがニッと口角をあげたと思った瞬間、浮遊感と共に薄暗い何もない空間に放り出される。

 

地面は…ある。

みんなもいる。

アイツとの距離も変わらない。

 

ただ、世界が広がった。

 

「メブ~! おかしいよ。ここレーダーが無限の広さを示してるうーー。」

「故障……じゃねぇな。おい、楠。まだ続けるか?」

「いえ、次の作戦に移す。」

 

よし、みんな気おされてない。

 

いきなり高天原に生身で迎えられて驚いたけど、これでブラックホール越えはなしだ。

 

「ようこそ高天原へ、こんなところまで来るとは思わなかったよ。と言いたいところだけど、とりあえず周り見てみ。」

 

野球選手のように肩を回しながら、アイツがそんなことを言う。

 

「あれって……。私達の銃剣!?」

 

誰かが指さす方向に、地面に突き刺さったボロボロの銃剣と戦衣の欠片が散らばっている。

 

「ど、どどど、どういうこと??」

 

雀ちゃんだけでなくみんなが動揺を隠せない。

 

「簡単なことだよ。もう一人の私に聞いていたんでしょ? キミ達が私に戦いを挑むのは初めてじゃない。その時の成れの果てだよ。仕方ないから私が供養してあげてるんじゃない。」

 

神が供養なんて質の悪い冗談だ。

ジョークセンスがないのは一緒か。

 

「まさか、こんな事で怖じ気つかないよね? その程度の覚悟で来られても私も迷惑なんだよ。だから、これは私の前に立つ資格があるかの確認かな?」

「ごめんなさい。怖気ついてます。だから、帰らせて~!」

 

芽吹さんが沸騰するよりも速く、雀ちゃんが土下座し始めた。

 

「雀、みっともない真似は止めなさい。」

「おい、加賀城、とっとと立て。そんなで帰れるなら苦労しねぇぞ。」

「そうですわ、最低限ここから脱出するまでは一緒にされたくありませんわ。」

 

何故かアイツは黙って防人達を見ている。

 

「う~ん、ホントに私を倒すんじゃなくて、国土さんを助けに来ただけなの? でもなあ、せっかく貰ったものをタダで返すのもねぇ。」

 

アイツ、こっちを煽ってないだろうな。

うん、煽ってないな。

素でやってる。

 

「貰ったものですって!? ふざけるな。亜耶ちゃんはモノじゃない!」

「え? でも本人も私に命を捧げるつもりなんでしょ? 焔だと東郷さん以外はヤバいことになるから、ひとまず来たんだけど? 良く言うでしょ。借金と病気意外は貰っとけって。」

 

ダメだ。これ以上アイツに掻き乱されたら、実力も発揮できない。

 

「お前だって、結城さんを助けたかったんだろう。だったら、みんなの気持ちが分かるはずだ。人間の心を知っているはずだ。」

 

少しだけアイツの表情が反応する。

 

反応したことを悟られないようにしたというだけの些細な変化だったけど、やっぱり結城さんの名前を出すと仮面が剥がれる。

 

「んだよ。神だって言うから何かと思えば、単に惚れた腫れたが言いたいだけかよ。しょうもない。」

 

あ、完全に仮面が透けてる。

 

「そ、そ、そ、そうだよ。結城さんだって、ふ、普通の女の子だったんだから、正面から会いに行けばいいでしょ。か、神様のくせに意気地なし。」

 

雀ちゃんそれはちょっとまずいかも。

 

案の定、アイツの纏う雰囲気が変わっていく。

 

「ふん、そこまで言うなら相手になってやるよ。退屈しのぎくらいにはなるでしょ。お前たちが終わったら、この世界も閉じる。それでこの茶番も閉幕だよ。カーテンコールも必要ない。」

 

アイツが何倍にも膨れ上がったような幻覚を覚える。

 

「来るよ、みんな。さっきまでみたいな小手先じゃないから気を付けて。」

 

私の恐怖が伝わったのか、みんなの顔が引き締まる。

恐怖を持っても、退くことは無い。

みんなと戦う理由を持ったから。

 

「全員迎撃準備。天の神を倒して。みんなで帰るわよ。」

「「「はい」」」

 

 

 




まずは陳謝致します。

園子ファンの方には申し訳ございません。

別に園子様が嫌いなわけではありません。
一応、真面目な言い訳としては、園子様に園子様の考えがあって行動して頂くつもりです。

追憶の園子買わないと解像度下がるのは分かるけど、過去に某特典CD競り落とした後に半額になって以来、公式以外は手を出しにくい。


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Every man is the architect of his own fortune

園子さまの解像度が上がらない。一番大事なところなのに。
やっぱり追憶の園子は必要かな。
後でいろいろ修正するかもしれません。


私は今盾に換装している。

 

万が一の場合、アイツの攻撃を読み取って対応できるのが私かアルしかいないからだ。

ほかのみんなはアイツが戦うところを直接は見たことがない。

私達は自分を守るだけでなく、アイツがキレてこの世界自体を消滅させないようにしなくちゃいけない。

 

行けないんだけど、最初から大技とは思ってなかった。

 

「それじゃ、まずは始まりに光あれってね。」

 

かつて、西暦の時代にいろいろと議論を重ねてきた量子的は真空のゆらぎ。

そこから生まれたこの世のすべてを内包する力。

 

「雀ちゃん、私の後ろで盾を広げて。」

「もうやってるよ。何なのあれ。もうヤダ~!」

 

泣き言を言ってもやる事だけはやってくれる。

 

この均衡状態が続いているのはアイツが私との接続を切断していないので、こっちも無限にエネルギーを供給されているためだ。

比喩じゃなく無尽蔵の力を手に入れたことで"力の減少"という事象自体が発生しないから、知ってはいても理解しようとしない。

 

なんでもできるからって、何もしなければ何もできないのと同じように。

 

宇宙と同程度の質量が、現実と違って爆発して広がらず、拳くらいの大きさのままで一気に熱に変わって落ちてくる。

 

私の張り巡らせたブラックホールのエントロピーが上限を越えて次々に蒸発していく。

 

「5、いえ30までは耐えて見せる。芽吹さん!」

「銃剣隊構え。攻撃が止み次第……。」

「耐える? 誰に対して言ってるの? ボクは無限なんだよ? こんな開闢程度のエネルギーなんて、永遠に放出してあげるよ。」

 

芽吹さんの号令無視してアイツは否定する。

 

(大丈夫、こうなることは事前にみんなとも話し合った。何のために1週間も経ってから救出に来たと思ってる。)

 

「もっともキミじゃ思いつきもしないだろうけどね。ボクでなければ、神たるボクでなければこんな事できやしないんだ。そう、ボクだけができるんだよ。友奈を助けられるのはボクだけなんだ。」

 

ほとんど独り言のようにアイツ言葉を吐き続ける。

 

「撃てー!」

 

アイツの言葉を無視して、芽吹さんの号令で種子弾頭が発射される。

 

「ん? 当たった? どうやって? ああ、"焼かれる前"に届いたのか。なんだ、キミ達全員そういうことができるようになったのか。」

 

いくつかの弾が光を超えて、アイツのバリアをすり抜ける。

 

タネは1つ。

 

時間加速を1極倍以上にすれば、プランク時間より短く、熱エネルギーで消滅という現象が発生する前に、数百メートル先のアイツにも命中させられる。

ただ、私の思考がそんな速度についていけるのが体感時間で30秒ほどしかなかっただけ。

 

それなのに、ちゃんと当たってるのに、全然ダメージがあるように見えない。

アイツ自体の質量の問題だ。

 

バリアを貫通して直撃させても、質量が大きすぎて当たった部分がどうなったのか肉眼で確認できない。

いくら素振りしても空気や水を完全に斬ることができないのと同じように。

 

神樹様の力をコピーしても完全にアイツに対抗するのは難しい。

 

「やっぱり、直接攻撃しかないわね。5、6番隊は引き続き射撃援護、残りは近接戦闘。私も出るわ。」

 

芽吹さんも銃撃戦ではアイツを倒せないと思ったみたいで刃で斬りかかる。

 

「む、時間加速での戦闘に慣れてる。」

 

山伏さんと同じ動き方で飛び出したシズクさんの一撃が綺麗にアイツの脳天に直撃する。

 

「よしって、言いてえところだが浅いか。しずく!」

「うん、任せて。」

 

シズクは無理せず山伏さんと入れ替わりながら交互に攻撃を続ける。

かと思えば、芽吹さんが上手くアイツの攻撃を捌く。

3人ほどではないけど、同じような2~4人ごとの仲の良い銃剣隊のメンバーが1つのユニットのように攻め続ける。

 

同じ姿かたちの2人による攻撃。

 

かつての西暦では7人同時に負けない限り戦い続ける勇者もいた。

それに倣って、短期間ではあるけど2人が同時に存在しながら、どちらも存在しない量子論的な存在。

 

もっともどちらかの人格が優先権を主張していた場合、すぐにバランスが崩れて確定してしまうから、使える状況はほとんどない。

 

ただ、シズクと山伏さんほどではないけど、他のみんなも時間加速下での訓練に付き合ってくれて、本当に助かった。

アルにも手伝ってもらったから、自分を見失って消滅したりってことはないと思うけど、かなり危険な訓練だったのに。

 

今回のアイツとの戦いはどうやったって奇襲だけで倒せない。

そもそも、直接アイツを倒すことは不可能と言ってもいい。

 

だから、アイツの精神を疲弊させて私が、アイツの精神に記憶とクオリアを流し込む。

どこまでできるか分からないけど、物理的に倒すのが不可能なら、アイツの精神自体を書き換える。

 

そのためにもアイツを攻め続けて隙を作る。

 

「なんで防人なんて連れてきたのか知らないけど、ボクはキミ達に用はないんだよ。」

 

アイツの姿が不意に消える。

 

「きゃっ!?」

「ッ、!?」

「ぐえ、ですの。」

「え? え? 何、なんでメブ達が撥ね飛ばされるの?」

 

その瞬間、防人の身代わりとして用意していた人形が次々に破裂する。

 

(来た、素粒子変換。今のはクローノンとインフラトロンの同時使用。)

 

光の速度を越える宇宙初期のインフレーションの広がり速度に、時間加速を重ねた本当の意味での神速の動き。

 

時間加速だけでは追い付けない。

 

だけど、やってくる場所が分かれば、そこに攻撃を置いておくだけでいい。

 

「捉えた!」

「こっちの動作を読んだ? 未来予知なしで?」

 

アイツが不思議そうにしている。

 

アイツが知らないものはこの世にもあの世にもない。

だけど、知っていても無視しているなら、アイツは対応しようと思わない。

 

これは"気づき"の問題。

 

だから、全知全能だろうと、完全善だろうと、絶対悪だろうと、"そうと思わなければ"何もしない。だから……。

 

「これはただの経験だ。今までの私達の積み重ねがお前の動きを読んだだけだ。食らえー!」

 

そのままお互いの額をぶつける。

 

ここまで近ければ、数か月前まで1つの存在だった私達には何も問題ない。

 

私の想っていること。

みんなをどう思っていたか。

話し合った戦いが終わった後のこと。

 

「何もかも欲しいなんて破廉恥なやつ。友奈を一番に考えない私など、ボクには必要ない。」

「何が恥ずかしいか、私はみんな大好きだ。最初は嫌いだったけど、大好きになったんだ。お前だって、ただ歌野と水都を助けたいって言えばよかったんだ。みんな助けたいって言えば良かったんだ。私達にはそれができたのに!」

「違う。私は、ボクが、友奈を助けたいんだ。だから、友奈以外のは全て諦めろ。そのために、そのためだけにこの世のすべてを地獄にして来たんだ。」

 

違うと叫ぶ激烈な拒絶の想念。

自分はそういう存在だという概念。

それ以外いらないという妄念。

 

「芽吹、撃って、コイツを!」

「全員構え、沙耶に当てるな。撃てー!」

 

十六の銃口から発芽しつつある種子が光速さえも越えて、アイツの体に埋め込まれていく。

 

「この、こんなもの今すぐ消し飛ばしてやる。」

「させない。邪悪な天の神(わたし)はここで終わらせる。」

 

アイツ自身の熱量が多重指数関数的に上昇していく。

 

近傍平行世界に一時的に逃げようにも、逃げ込んだ先の宇宙まで歴史そのものに至るまで燃やされちゃう。

 

今もみんなが種子を打ち込み、あるいは直接斬りかかりながら、理解できないほど小さい傷でもアイツに届いている。

どんな巨大な猛獣でも小さな傷を治さないと、命取りになることもある。

 

だから、誰も最後まで諦めない。

 

脳が焼き切れんばかりの勢いで、記憶と魂をアイツに転写していく。

目がチカチカする、絶叫マシン連続乗りをした時みたいに足元が覚束ない。

 

今まで記憶だけだったのに、アイツの魂も私に共有されていく。

 

「あああAAAA嗚呼アアアアアア!!!」

 

世界中の人間が叫んでもこんな声は出ないような叫び。

アイツの声なのか、自分の声なのか、深く深く裡なるものに引き寄せられて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乃木園子、お前は何のために戦う? 何故私の前に現れた。三ノ輪銀はどこにもいない。いない者のために戦おうというのか?」

「ミノさんの仇ーって言っても理解できない?」

 

対峙する2人は以前とは真逆のように立つ。

 

かつて、守ろうとして守れなかった少女。

かつて、それを奪い、また今度はその先を見る青年。

 

そこに流れる時間も空気も見守るかのように静寂のみを湛える。

 

「理解は……たぶんできている。」

「だったら、私がどういう気持ちでここにいるか分かるでしょ。」

 

精霊を漂わせながら、ゆっくりと園子が槍を構える。

合わせるようにアルフレッドもいずこからか顕した鉄塊のような剣を構える。

 

「では。」

「うん。」

 

2人はお互いのことを知らない。

ただ、敵だということしか知らない。

躊躇う理由など残されていなかった。

 

最初の一撃はお互いに真っ向から切り結ぶ。

払い、突き、降す。

 

どちらも決定的な一撃を出せないまま、何回も、何十回も、何百回も。

 

アルフレッドは考える。

 

今のアルフレッドの魂は未だ十華の体から離れることができていない。

確かに12歳の子供の体ではなく、師の肉体で上書きしているが、物質である時点でそれはかつての自分ではない。

 

神に次ぐと言える力も今は機能不全が著しい。

光にも熱にもなれない今の彼では、精霊バリアを突破できても、決定的な攻撃を繰り出せない。

 

何より、今まで何度も使ってきたはずの力にも関わらず、自分の心が驚くほどその力を躊躇する。

 

園子もまた最初に船に乗り込んでから満開を使っていない。

それが即優位性に繋がるのかはともかく、機会を探っているのか、別の意図を持っているのか、その表情からは読み取れない。

 

均衡が傾いたのはアルフレッドが園子を後ろに弾いた時。

 

距離が空いたと同時に、高天原への接続を進める。

 

アルフレッドにとって、乃木園子と戦う理由は既に無い。

 

隙を見て高天原に移動して、弥勒達防人のサポートをすると決めていた。

 

入口がなければ高天原に移動できないのだから、無理に園子と戦う理由はない。

ないと、アルフレッドは考えていたはずなのに、何故か逃げられない。

 

「逃がさない! 満開!」

 

満開どう使うべきなのか、園子は既にそのことを理解している。

始めのころは無駄に満開を繰り返していたこともあるが、戦いの中でどこで使うことが有効なのか理解していた。

 

再び詰まる距離。

 

満開状態で戦闘を継続する園子が、攻勢に転じる。

 

槍の攻撃から、船から飛び立った鉄骨ほどの大きさもある無数の刃へと変わる。

少しずつ攻撃する回数は劇的に園子の方が多くなり、アルフレッドは飛んでくる刃を跳ね返していく。

 

それでもアルフレッドにかかるダメージが急速に増加していく。

攻撃は受け止められても、その重量による斬撃は人間のままの状態では重い。

 

「ねぇ、どうした貴方は戦うの? 天の神に助けてもらったから? だから、ミノさんを斬っちゃったの?」

「違う。ただ、三ノ輪銀が死ななければ、東郷三森は結城友奈の友達にならなかった。だから十華が三ノ輪を助けないように、私がお前たちと戦った。それが御心だ。」

「だったら……」

 

急に方向転換を始めた刃が、一つに集まり刃を重ねたブーメランのように自在に飛び回る。

アルフレッドは何とか防ぐが今度は後ろに飛ばされてしまう。

 

「記憶でも何でも触って、みんな仲良くできるようにしてくれればよかったじゃない。ミノさんだって、結城さんだって、わっしーと友達になってもおかしくなんてないじゃない。」

 

刃から焔が吹き出し、アルフレッドも受けた刃から火に包まれた。

 

「……」

 

アルフレッドが焼失する。

 

入れ替わるように園子に影が差す。

人の視界では大きさを測ることさえ叶わない巨大な質量。

 

数億トンにも及ぶ巨大な鉄が園子の上に降りる。

 

けれど、園子は動かない。

 

精霊バリアで防げることを知っているからだ。

 

そう、ただの鉄であればどれほどの質量でも動く必要はない。

 

だから、今、動いたのは"もう一人"出現したアルフレッドが園子を攻撃したためだ。

 

「やっぱり、貴方達の素粒子変換ってそういうことなんだ。だったら、記憶も一緒に飛んじゃったんじゃない。」

「それを確かめたかったのか。確かに素粒子変換は死と同義。今の私はあの時の私ではない。記憶も肉体も、魂さえも新しく複製もの。素粒子への変換はボーズ粒子と同程度の寿命となる。」

 

だが、とアルフレッドは言葉にせずに考える。

 

今まで例え新生されたのだとしても記憶も魂も同じなのであれば、自分は続いていると歯牙にもかけなかった。

今、仮の主と過ごした時間がが失われたことに、不思議な寂しさを感じていた。

 

突然、園子が槍を降ろし、満開さえも解除する。

 

「それが、たいせつなものを失くすってことだよ。」

「……これが、そうか。これを私に与えた貴方は何者か。」

「私は乃木園子、貴方が討ったあの子は三ノ輪銀。友達だよ。それで十分。」

「私は、アルフレッド。アルフレッドとなったもの。私は何を大事にしていたのか。」

「それは私にも分からないよ。でも、貴方は誰かの答えを聞くんじゃなくて自分で答えを知ってるはずだよ。」

 

先ほどまで互いを憎むように戦っていたとは思えない静かな時。

 

1分、2分と過ぎていく。

 

「そう、貴方は乃木園子、あの少女は三ノ輪銀か。それなら……。」

「うん、だから、これで……。」

 

そのままゆっくりとお互いの刃を持ち上げる。

まるで合わせるような動き。

 

本当に僅かな間だけ、2つの影が消える。

 

消えた影が戻った時、2つが交差する。

残った1つの影はゆっくりと羽ばたいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対成す存在。

同一の魂から生まれた双子(わたしたち)

 

お互いの魂の波動を反転させて対消滅させる。

単純な力で勝つことはできなくても、アイツの行動原理を壊して停止させることができれば……。

 

視界が見えない。

いえ、見えているけど感じない。

 

今のボクは神? 悪魔? そのどれでもない?

 

なんでか、芽吹達が私に向かって来る。

 

「やっぱり反応しませんわ。」

 

弥勒さんが目の前で手を振っている。

 

「これ、天の神と沙耶のどっちが残ったの?」

 

雀ちゃんがグルグルと私の周りを回っている。

 

「知るかよ。もともとコイツは1人だったんだろ。どうなんだ楠。」

 

シズクちゃんは1人に戻ったみたいだ。ということは私からの供給も切れているんだろうか?

 

「仕方ないわね。いったん彼女も連れてもどりましょうか。」

 

私はアイツを倒せたの?

 

いえ、倒せたとしてもアイツはどこへ消えた?

 

素粒子になって散った?

 

なんだか、あれだけ暴威を振るっていたアイツの終わりにしてはあっけなかったな。

まさか、アルもいないのに勝てたなんて。

 

アイツは天の神になってから危険に晒されたことがないから、戦い方が粗雑になってたのかも。

 

指1本動かせない。

でも、視覚も聴覚も正常。

 

みんなに触られてくすぐったいのに、動けない。

もどかしい。

 

「ぷっ、くふふふふふ。ああ、キミ達はほんっとうにバカだなあ!」

「沙耶? あぐ!?」

「メブ!」

「楠!?」

「芽吹さん!」

 

え? なに? 私の口、勝手にしゃべって、芽吹さんを掴んで……。

 

「一回自我を消せば何とかなるなんて、本気で思っていたんだ。カ・ワ・イ・イ。」

 

一番近くにいた雀ちゃんとシズクが、芽吹さんと私を引きはがそうと……できなかった。

 

「放せって、くそ、なんだ。オレたちの体も動かない。」

 

私の、みんなの神経の化学物質を操作してる。

 

 

「さ、や、はどこに…。」

 

首を掴まれ、持ち上げられた状態で芽吹さんが尋ねる。

よく見ると指一本だけ首を掴まれる直前に差し込んで、窒息を免れてる。

 

私の空いている左手が持ち上がり、ボンヤリとした明かりが灯る。

 

「ボクも松永沙耶なんだけど、まあ、キミ達が沙耶だと思っていたペルソナなら、ちゃんとあるよ。同じ体と魂なんだから、こういうことで来てもおかしくないでしょ。」

 

わ、私がペルソナって!?

 

「わけ分かんねぇこと言ってんじゃねえ。そこに沙耶がいるなら、オレ達の前にいるお前はなんだ?」

 

シズクが斬りかかろうとしたまま動きが止まる。

 

「シズク!」

 

悲鳴のような声をあげたと思ったら、山伏さんから全ての表情が消えて、棒立ちになってしまう。

 

「これは……!」

「え、え、み、みんな……あ。」

 

気づくとみんな能面のような無表情のまま立ち尽くしている。

まるで、樹木のように微動だにしない。

 

(お願い、みんな、動いて。)

 

私の体なのに、視線一つも自由にならない。

 

動くのは私の体のみ。

いえ、アイツだけ。

 

普段のアイツとはだいぶ違うけど覚えがある。

 

結城さんと一世一代の大喧嘩した後だ。

 

記憶でしか知らないけど、あの後、結城さんが来てくれるまでの、アイツも今みたいな状態になってた。

 

これが本当の天の神となったアイツなの。

 

「ふざけるな!」

 

ただ一人、だれもいなくなってしまった世界で、芽吹さんだけが未だ手足を振るい、拘束から外れようと足掻いている。

 

でも、アイツは芽吹さんを持ち上げたまま、まわりのみんなと同じように微動だにしない。

 

「何が神だ。勝手に人をこんな風に扱うものなんて、私は求めない。誰も望まない。」

 

何も届かなくても、その意志だけは衰えない。

いえ、ますます燃え上がっている。

 

反対にアイツは何を言われても表層には何も浮かんでこない。

 

「うーん、ここは懇願したり、絶望したりするところだよ。ただの人間としてはね。だから……」

 

芽吹さんの首がより強く締め付けられる。

すでに唇が紫色になってきている。

 

「その感情は不適切、かな。」

 

 

 

(止めろおおおおーーーーーーーー!")

 

 

 

 

声が出せずとも、視線すらかすらずとも、指先にすら触れずとも、あらん限りの(たましい)を叫ぶ。

 

「「させない!」」

 

空から降り立つ剣が次々にアイツの腕に当たる。

 

それでも、芽吹さんは逃れることができない。

 

この攻撃は園子さんの精霊。

それじゃ、アルは……。

 

「芽吹様、少し御辛抱を。」

 

この声、アル!?

 

アイツの腕の中からすっぽりと芽吹さんが滑り落ちる。

芽吹さんの一部分を量子トンネル効果で不確定状態にしたんだ。

あんなに繊細な操作ができるようになるなんて。

 

「助かりました。アルフレッドさん。でも、どうして勇者と一緒に?」

「まあまあ、細かい事情は後で。今は。」

「今は?」

「逃げるんよー。ほらアルフレッドもみんなを抱えて抱えて!」

「承知しました。」

 

あっけにとられたのか、気にしていないのか、アイツは遠ざかる園子さん達をそのまま見送った。

 

「まってください。まだ沙耶が。」

「それは私にお任せください。楠様。」

 

急激な眩暈とともにフワフワと天にも昇るような心地。

 

ああ、とうとう私は召されるのか。

でも、良かった。

みんなは無事で…。

 

「って、なんで!?」

 

いつの間にかアルフレッドの上にみんなと一緒に山積みにされてる。

 

「貴方の意識が残っているのは分かっていた。後は肉体を再構成すれば事足りる。」

 

こともなげに言ってくれるけど、アルフレッドの能力がここにきて上がってない?

いや、迷いが晴れたって感じかな。

 

でも、これでいいのかな。

 

チラリと並走する園子さんを見る。

 

「あ、あの園子さん。アルのことは……。」

 

今、聞くべきじゃないかもしれないけど、これは私が蒔いた種だ。

もし、今も園子さんがアルを許せないなら、どうにかして分かってもらいたい。

アルも変わったんだって。

 

「うん、大丈夫。私もごめんね。どうしても確かめたかったんよ。アルフレッドが今も敵なのか味方なのか。もし、味方になってくれそうだったら、いつまでもメソメソしてたら、しっかりしろーって怒られちゃうから。」

 

い、意外と脳筋なことを……。

 

でも、考えてもしょうがないってのはその通りかな。

私もアルフレッドが、もし天の神の命令を優先したらどうしようって思ってたし。

 

でも、アルは間違いなく弥勒さんが復興しようとしている未来を見たがってる。

私はそれで良いんだと思うけど、園子さんも同じなんだろうか?

 

「えっと、それで、結果は?」

「うーん、保留。少なくとも今は人間なんでしょ。」

「もう、2度と人を棄てることはありません。私は生きていたい。叶うならお嬢様のお傍でその行く末を見ていたいのです。」

 

なんか、復活した防人たちに弥勒さんがからかわれる姿が思い浮かぶ。

 

そんな未来なら、絶対見てみたい。

 

だから……。

 

 

「園子さん、私が何もかも押し付けようと全部暴露しちゃったせいで、余計な苦労を追わせてごめんなさい。」

「うん、やっぱりそうするしかない?」

「はい。」

 

しっかりと頷く。

この世界のことお願いします。

 

「アル、みんなのことお願い。」

「元よりお嬢様はお守りする。絶対に。」

 

アルは結局こういう性格なんだろう。

ただ、生きづらいと思うから、ちょっと心配。

 

でも、誰かに問うのではなく、自分で答えを見つけられたから、きっともう大丈夫。

 

そして……。

 

「ちょっと、突然何を言ってるのよ。」

 

まだ苦しそうにしながら、芽吹さんが声を張り上げる。

 

「芽吹さん、ありがとうございました。貴方は私達防人にとって、間違いなく勇者です。貴方なら必ず運命を越えていけます。」

「だったら、貴方もその一人でしょ。私の防人達は誰も犠牲になってしないわ。」

「もちろんです。だから、私は……。」

 

ふわりと浮遊感。

 

そのまま"後ろ"に流れ落ちて、"正面の"アイツの前に降りる。

 

「私は絶対に死なない!」

 

全力でクローノンを吹き出す。

 

「停止か、加速か、停滞か、どれもボクには影響がでないんだけどね。」

 

「違うよ。お前に時間をかけるんじゃない。」

 

みんなと話したとっておきの秘密。

 

アイツが明かさなかった記憶の向こう。

 

西暦2018年10月31日から半年。

アルにさえ明かされていない空白。

 

その直前にほんの一瞬だけ感じた意識の喪失。

 

――誰かがアイツを傷つけ、意識を失うほどの重傷を追わせている――

 

その力を手にするために。

 

「みんな、お願い。どうかアイツの最後の秘密を!」

 

天の船が鈍く光り時間遡行を始める。

この船のもう一つの目的。

 

数多、繰り返す時間と平行世界を越えて保存するために、アイツ自身があの船だけは特別にしている。

だから、もし、ここで勝てない時は過去のその人が何を成したかを見届ける。

 

本当は揃って生きたかったけど、グレイグーを攻撃させないために、私かアルは残るつもりだった。

 

「さあ、来い。今は勝てなくても、いつか必ずみんなが見つけてくれる。それまでは絶対に通さない。そして……。」

 

お前を倒す、そう言えたのか分からないまま、私の意識もまた過去へと引きずられていった。

 

 

 

 



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囁く啓示

しばらく天の神の一人称になります


2人いたはずの私がボク1人になる。

 

「これで、また1つ可能性を減らすことができた。ただの人間相手にビッグバン級の力を使うことになるとはね。」

 

いくらでもエネルギーが供給されるからって、人間の体でフルに使えば素粒子の結合さえも引き裂かれて、欠片も残さず消滅する。

それなのに必要な瞬間だけに絞ってよく制御できていた。

心までは鍛えられないから、ちょっと感覚質を突っつけば活動限界を越えちゃうんだけどね。

 

せっかくだから、耐久試験としてビッグバンより上位の力を試してみても良かったかな。

使う意味も機会もない力だけど、できることはやっておきたい。

その意味では少し残念。

 

「それじゃ、そろそろこの世界も終焉としますか。」

 

あと数瞬。

 

砂粒ほどの時を費やせば、回帰が始まる。

 

今回は大満開まで進むるのか分からないけど、友奈と大赦との縁を完全には切れなかった。

その代わり、私が友奈以外を諦めない可能性の1つは減らせたから、痛み分けといったところか。

 

「天の神!」

「あいた。」

 

いや、痛くないけど、様式としてね。

 

上空5000メートルから自由落下で私のツムジに銃剣をたたきつけるとは、やるなぁ。

 

「誰かと思えばメブッキーじゃない。どうしたの?」

 

芽吹は衝突の反動でバランスを崩したのに、上手く着地する。

 

「沙耶はどこ?」

 

逃げずに何しに来たのかと思えばそのことか。

 

「さっきのキミ達にしたみたいに魂の方をチョイっと止めたからね。行動の源泉となる情動が動いてないんだよ。で、そうなると彼女はボクでもあるから鏡像が保てなかったってわけ。同一時間軸上に同一存在はあり得ない。だからパッと消えたんだよ。まさしく、彼女を象っていたのはキミ達の友情の力だったわけだ。」

 

もし、彼女が本気で素粒子変換の深奥にある意味を認めていれば、もう少しは善戦で来たかもしれないけど、そこは言わぬが花、だ。

 

「さ、わかったら帰りなよ。別に国土さんを連れ帰ったからって怒ったり呪ったりしないから、というか友奈以外を差し出されても迷惑だよ。」

 

僅かな時間でも大切な人と過ごせるのはうらやましい。

でも、そのことをねたむ必要はない。

 

神の愛は無辺なのだ。

 

だから、そうでなく偏りがあってこその人間なんだけどね。

 

 

「待って、楠さん。そのまま戦っても勝てない。」

 

そう言いながら、ミイラ園子さんが浮かんでいる記憶面を足場にビョンビョンと降りてきた。

器用だな。

 

「それでも、私は仲間を見捨てない。絶対に!」

 

「これだけ言っても、園子に言われても、まだボクと沙耶は別だと思っているのか。本当にキミ達は愚かだな。こんな奴らのために友奈が命を削る必要なんてやっぱりないよ。」

「何を勝手に。私は絶対に取り返す。そして、みんなで帰るんだああぁぁぁ!!」

 

未来予知を再開しているのに対応してくる。

獲物を振り回すような野蛮な戦い方ではなく、拳で語らう方が好みだけど、あの子が防人の訓練で何を掴んだのかも知っておいて良いかな。

 

「キミ達の攻撃なんて、何!?」

 

未来と逆方向からの切り返し。

根本の速度が違うから難なくかわせるけど、なんで予知がズレた?

 

縦軸の攻撃にも……またか。

 

次は上からの攻撃も筋を間違える。

 

おかしい。

 

そもそも最初の落ちてきた時も上手く予知が働いてなかった。

 

「ああ、もう仕方ない。ここでやるよ。って、普通に当たった?」

 

続く園子の突きもストレートに脇腹に突き刺さる。

 

瞳孔が見えるほどの距離

 

掌に圧縮した陽電子をビームとして打ち出す。

 

逆に私の反撃は大振に外してしまう。

芽吹だけじゃなく他の人たちもダメか。

 

(これは予知ができていないだけじゃないな。)

 

今までもたくさんの自分の可能性を消去して廻ってきたけど、こんな現象は初めてだ。

ううん、厳密には西暦が終わる前のボクなら神として不完全だったから、自分のことを把握できずにいっぱい迷惑をかけた。

 

(そうか、あの子の可能性を除外したから私の方のバランスが変わったか。それにしても……。)

 

まったく生起しなかった現象には新しい要素があるはず。

防人、勇者、巫女。

 

どれも新しい要素はない。

私が友奈を希求しない可能性など必要ないんだ。

 

 

 

 

 

――違うよ。みんなを好きになったって良いんだ。神様ならなおのこと――

 

 

 

 

グレイグーがまた光りだす。

 

時間遡行を始めるのか。肉体を失い、魂消るとも、まだ何の価値もない防人を守るのか。

 

「せっかくだからコノ高天原全体をキミ達の墓標にしてあげよう。」

 

理屈でできることは分かってたけど、試す意味がなかった大技。

意味なんてなくても必殺技って響きはワクワクする。

 

実は私もあんまり理解できてなかった。

 

ほんの10億年くらい前までクローノンもインフラトロンも実体がある何かがあるように感じていた。

 

でも、実際は違う。

 

対象をある一定単位で区切った記述が本来の意味での量子化。

人間が自分でやる時や道具を使う時は観測限界で空想になってしまうから、現実では気にする必要もないこと。

 

だけど、ボクは、神様はきちんと理解していないといけない。

 

言い換えれば、あの子もアルもこの領域の知識はあっても、その意味する本当のところをいまいち実感できていない。

 

そもそも、世界滅ぼすような力に一体どんな意味があるのかってことになるんだけど、できるとやってみたくなるのがボクだ。

 

1つの素粒子にコードできる情報はたった1つだけ。

 

インフラトロンなら量子トンネル効果による広がりの速度。

クローノンなら時間変化閾値。

あらゆるものの表面上での存在の有無。

 

 

だから、速度と慣性質量を同時に持とうとする量子テレポート。

時間を正確に規定できれば、エネルギーの跳躍、量子トンネル効果。

可能性を否定すれば、エントロピーと矛盾しないためのゼノンの矢。

 

それなのに、分子レベルまでくればたくさんの情報を持つ。

それが生命、動物、人間と変化すれば、さらに多様性に満ちた多くの情報を持つ。

 

集まればより強固に複雑な構成を取れる。

コンフリクトの解消も複雑化して面倒だけど、そういう本質があると理解できれば十分。

 

――あとはその繋がりをできなくしてしまえばいい――

 

宇宙の終焉の一つ。

 

「さあ、せっかくだから見て逝ってよ。永劫回帰のその向こう。原初から悠久まで、ボクが旅した永遠の彼方へ。」

 

そうすれば複雑系の集大成とも言える心は消える。

 

物理的にも壮絶な力だけど、それ以上に素粒子レベルで自己以外との相互作用ができなくなる方が、よっぽど知性にとっては悪影響。

天上天下唯我独尊と仰った覚者でさえ、天上天下があって初めて成り立つ。

立つべき世界はおろか、有無想うことさえ意味がなくなる。

 

インフレーションの広がる速度を加速し、素粒子間の距離を無限速で遠ざける。

ちょうどゴム風船に描いた絵が空気を入れて伸び始めると形を変えるように、破裂すると花びらのように散ってしまうように、その絵はバラバラになって元の形という情報を失う。

 

園子がなりふり構わず突っ込んでくる。

 

どんな速度で突っ込んできたんだよって感じだけど、さすがに0秒思考はできても0秒行動はできないのが人間の到達点。

 

「早く速く疾く。何よりも早く手を伸ばせ。全てを最果ての彼方へ。虚空発散(Divergence emptiness)。」

 

私の鼻先にまで迫っていたはずの槍の穂先が見えなくなる。事象の地平線の彼方まで、高天原の空間すべてが飲み込まれていく。

 

……はずだった。

 

「何の真似? そんな盾では秒も持たないよ?」

 

瞬時に視界から消えた園子に代わって、盾を構えた防人たちがボクと芽吹の間に割って入る。

 

「そ、そんなの分かってるよ。い、今だって逃げ出したい。でも、でも、でも……。」

 

なんだこのカッコ悪い生き物は?

確か加賀城雀、だったかな。

 

なんでこんな奴が逃げずに園子やアルの前に出てくる?

となりで一緒に盾を構えている12人も、いくら盾を持っているからって、そんなもの風に吹かれる綿毛ほどの障害にもならないと分かるだろうに。

 

「加賀城さん、貴方は間違ってないよ。」

「私達っていっつも亀みたいに引きこもってるだけだってけどさ。」

 

私は知っている。

 

こんなことが昔にもどこかであったはずだ。

あったはずだし、知っている。

それでもあの時と違って、何かがつっかえた様に心が動かない。

 

 

「どきなさい。雀! こんな攻撃くらいかわして見せるわ。」

「そうしたいけどさ、メブ。さっきので沙耶から貰ってた力使い切って、足、痛めてるでしょ。」

 

そう、さっきの5000メートル上空からのダイビングアタックの代償は決して小さくない。

もう一人の私がいれば、飛翔ユニットをへエネルギー供給できただろうけど、もう、防人とボクの間のつながりはない。

 

さっきまで戦えていたような動きはできない。

 

時間加速も飛翔ユニットも種子弾頭もない。

 

それなのに……

 

「アル、キミまで何をしているんだ? どうして弥勒さんを連れて逃げないの?」

「お嬢様は、そして私も、ここで終わりなど望まない。だから私も全力で応えたい。」

「そう、それがキミの出した答えか。だったら残念だけど、ここでお別れだ。」

 

加速が一層増していく。

 

盾で守り切れなかった船がひしゃげていく。

 

「そんな、亜耶ちゃん! くそ、こんな時に私は動けないのか。」

 

走り出す事も出来ずに、芽吹が拳を船体に打ち付ける。

 

「きゃああ。」

「すまない。」

 

防人たちが1人、また1人と魚のうろこ落としのように剥がれていく。

行く先は半分は素粒子にもなれず熱エネルギーにまで分解され、残り半分も事象の地平線へ落ちていく運命。

 

「ここまでか……。雀様、こちらもお使いください。」

 

アルがどこからかもう一枚の盾を取り出す。

 

あれは天石盾か。

 

昔に私が友奈の生まれてくる大地をあらゆる破壊から守り、実り豊かのものとするために剣神に託した物。

生身の人間に使えるものではないはずだけど。

 

「え、何、どうすれば良いの?」

「私とともに皆をお守りください。」

「何だか分からないけど分かった。って、すご! なにこれ。」

 

 

確かにあれなら何とでもなるだろう。

1回は、という条件付きになるけど。

 

「メブ。」

「なによ、やっぱりやればできるじゃない。」

 

そういう芽吹の顔は、こんな時だというのに自分のことのように微笑んでいる。

 

「えへへ、これも芽吹が私のこと見捨てないで、ずっと守ってくれたおかげかな。」

 

バカな子。

 

そんなに震えながら、ボクの前に立たれてもなんにもならないよ。

 

 

「いっつも、芽吹がみんなのこと守ってくれて、私のことも同じように守ってくれて。だから、今は私に……。」

 

とうとう伸張速度が無限速を越え、ありとあらゆるものがお互いを見失う。

 

ただ1つ。

 

主を失った白い盾の後ろを除いて。

 

あれは心の象徴。

 

けがれなき心であればどんな破壊からも癒せる。

 

でも、そんな人間はここにはいない。

 

半壊したグレイグーが鎮魂歌のようにうなりをあげる。

 

「雀……なんで?」

 

呆然とした芽吹の呟き。

 

ショックだったんだろうか。

まさか本当に人が死ぬようなことは無いとでも思っていたのだろうか?

 

だったら、答えてあげないとね。

 

「あの盾は天石盾。持ち主がかけがえのない想いを持って立つなら、どんな破壊も防げるように作ったからね。ただし、1点でも曇りあれば今みたいに持ち主が耐えきれないこともある。」

 

根本的に矛盾がある。

 

1点の曇りのない心なんて持っていれば、勇者に選ばれていただろう。

防人としてここにいたとはそういうことだ。

 

「ボーっとしてるんじゃねぇ! 楠!!」

 

雷鳴のような、慟哭のような、怒りに満ちた叫び。

稲妻となった剣閃が私に伸びる。

 

パリン、と乾いた硬い音が3つ。

 

一つは2つに分かたれたの彼女が振るった剣が砕けた音。

一つは彼女を庇った同じ顔の少女の戦衣が壊れた音。

最後の1つは戦衣ごと弱いほうの彼女の肋骨が全損した音だ。

 

「しずく!?」

 

即死だ。

 

本来、自分を守るために作られた者を守ったのだ。

 

砕けた骨が、肺に、気管に、そして心臓に突き刺さっている。

その瞳はすでに光を映さず、その耳はあらゆる音を心に響かせず、その体はただ冷たくなっていく。

それなのに、自分と同じ顔、自分と同じ時間、自分と同じ名前のもう一人を呼び続けている。

 

 

「しずく、おい、起きろって! がはっ!?」

「ちょっとうるさいよ。せめて静かに葬送(おく)ってあげなよ。」

 

サマーソルトを綺麗に決めて、つま先に引っかけた顎を降りぬく。

壊れた艦橋にシュートが決まる。

 

あ、壊れた船の中に堕ちた。

 

「ふざけるな!」

 

いつの間に近づいていたのか、片足を引きずった芽吹が私を銃剣で突き刺す。

 

もちろん、さっきと同じように銃剣の方が壊れてしまうけど、気づいていないのか、何度も斬り続ける。

 

「無様、貴方達みたいな不良品をそのままボクと友奈のおとぎ話に参加させたくないから、アルを張り付かせていたのに、それでもこの程度にしかならないなんて。 ねぇ、弥勒さん。」

 

器用に芽吹を避けて飛んできた銃弾を全て時間反転で持ち主に跳ね返す。

 

「くっ、アルフレッドに何をさせるつもりだったんですの!」

 

猪突猛進なのは性格だけなのか、自分の撃った弾が反射されてきたのに、躊躇せずかわしている。

 

「アルには人間というものを理解してほしかったんだよ。ボクの代わりをしてもらう時に、こんなはずじゃなかった、ってなっちゃうからね。人の織りなす悲しみを肴にできる程度には。」

 

でないと、神様なんてやってたら、どこかで世界なんて滅んでしまえーってなっちゃう。

 

「何を訳の分からないことを。だいたいアルフレッドはそんな人間ではありませんわ。」

「そうかな? 破壊、侮蔑、優越、嗜虐、略奪、讒謗、

他者に与える苦痛が生み出す悦楽の海。

それを得るためにあらゆる手段を考え、実践し、積み重ねる人々。

そうしなければ進歩を歩めない人間。」

 

神世紀は300年前から変わらない。

 

そんな人々を癒すことをよろこびとする人も。

 

「ボクが認め祝福を与えよう。キミ達は貶め辱めることを快い。

すべての生命はそのように創ったのだから。」

 

ボクの前の神様がね。

 

だからこそ、その上を越えて、もっと楽しいことを見つけて欲しい。

その時こそ、私は歌野達に勝手に宣言した約束を守れる。

 

「でしたら、わたくしがそのような名誉よりも、

今が屈辱でも最後に良かったと思える主君であり続けて見せますわ。

アルフレッドは主人はわたくしです。」

 

言うが速いが発砲する弥勒さんが、芽吹に駆け寄る。

 

残った銃剣隊の生き残りが散発的に攻撃してくる。

とても組織的な動きではないけど、弥勒さんが私の懐まで飛び込むくらいの時間は稼げたみたいだ。

 

と、思ったら、

 

「芽吹さん、失礼。」

 

機械的に剣を振るい続ける芽吹さんに無針注射器を押し当てる。

急に力を失い崩れる芽吹さんを抱えて、弥勒さんが一気に艦橋に跳び上がる。

 

「ん、それは正しいけど、芽吹がキミを許さないんじゃない?

アルもキミに失望するだろうなあ。」

「だとしても、ここで芽吹さんを失わけにはいきませんわ。

いえ、たとえどれだけ失おうとも、わたくしたちは生きます。」

 

船の輝きが最高潮となり、一瞬でその巨体が描き消える。

 

なるほど、ここで戦うよりももう一人の私とアルが残した時間遡行の道を走るか。

 

「それなら見届けると良い。それでも人には救う価値があると思うなら、

あの時の無力な私を倒してみるがいい。それが貴方達の本当の

おしまいの日になる。」

 

クルリと踵を返す。

 

「そう思わない? 乃木園子さん。」

 

私のほかに残ったのはただ一人、今、33回目の満開を繰り出した。神に最も近い少女。

 

「私もね、この世界なんてって、ずっと思ってた。でもまだここには私が守りたいものがある。もうそれが何だったかなんて思い出せなくなっちゃったけど、それでも、もう何も諦めない。」

 

最後に()ばれた精霊。

 

さすがにこれ以上の満開は人間のとしての機能を失わせるだろう。

 

「ええ、知ってる。貴方は今まで一度も諦めなかったもの。三ノ輪銀の人物評価は正しかったよ。貴方は失ったものではなく、これから得るものを数えるからね。」

 

だから、貴方が良かったというその時まで。

 

私は追わなかった。

追いたくなかった。

 

防人たちなんて取るに足らない存在よりも、園子さんと戦ってみたかったから。

 

結果は変わらない。

 

私の想いを変えられるような大業を彼女たちはできない。

 

 

それなのに……。

 

 

――あの子が、あの時の、あの場所で、間違ってると言った気がした。――

 

 

 

 

 

 

 

 




次話からは西暦編にもどります。
園子さま戦続きは次の神世紀冒頭予定です。


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第5部
西暦2019年5月12日


一番最初に書こうと思った時は、この話からが第一話だったり。

そして、この時系列だとあの子たちが……。
大満開の章みたいに出番がなくなってしまう。
時系列変更しようとすると、かなり前から改稿が必要になってしまうんですよね。


勇者は魔王を探します。

 

 

山の向こう、海の向こう、そして空の向こうまで。

 

 

会えたこともありました。

 

 

すれ違ったこともありました。

 

 

一緒にいると言えたこともありました。

 

 

それでも、魔王はいなくなります。

 

 

 

私がいるとみんなが怖がるから。

 

 

 

勇者はまだまだ諦めません。

 

 

 

だって、勇者だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い、何も見えない。

息が苦しい。

 

深い深い水底のよう。

 

 

ただ、流れる血だけが痛みをくれる。

 

 

(待って、お願い、待って……行っちゃイヤ。)

 

誰に呼びかけるのかもわからないまま、暗闇に手を伸ばす。

 

その手には何もつかめず、その手の先には何も見えず、その手は闇だけを払い透かす。

 

 

「待って!!」

「わっ!?」

 

ガチャンと何か硬いものが床に落ちる。

いっしょに散らばったのは水だった。

 

そう、水がこぼれてる。

 

その水に浮かんでいるのは夏の空のような髪の女の子。

 

私が左手に掴んでいた毛布らしきものを降ろすと、水面に移る姿は右手に掴んでいた同じ柄の毛布を降ろす。

 

これ? 私? 私の髪って青く見えたっけ?

 

「大丈夫? どこも痛くない? 」

 

隣から不意に声を駆けられる。

 

高校生くらいの女の子。

私より……あれ?

 

「私、何歳だっけ……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ。長い間眠っていたからゆっくりね。」

「ありがとうございます。」

 

受け取ったカップから少し柔らかい香り。

一口つけてみると、気持ちが静かになる。

 

「どうかな、落ち着いた?」

「はい、ありがとうございます。」

 

彼女は横手茉莉さん。

 

怪我をして道に倒れていた私を介抱してくれたらしい。

らしい、というのは私の記憶があいまいだからだ。

 

そう例えば…。

 

「あの、横手さん。この飲み物の名前は?」

「それは紅茶だね。ティーバッグのインスタントだけど。」

 

紅茶……。

 

また、知らない単語だ。

 

「それで、やっぱり名前とかも思い出せない。自分の名前が思い出せないなら、何でも良いんだけど、年齢とか、聞き覚えがある人とか場所とか。」

 

茉莉さんが優しく尋ねてくれるけれど、私は首を横に振る事しかできなかった。

 

「そっか、ボクも近所の人に確認してみたけど、みんな、貴方のことわからなかった。」

 

誰も私のことを知らない。

 

私は一体どこの誰なんだろう。

 

「大丈夫だよ。今はこんな状況だから行方不明の人とかのたくさんいて、みんなが大変なんだ。落ち着けば貴方のことも知ってる人がいるよ。」

「こんな状況?」

「あ、そっか、バーテックスのことも覚えてないんだよね。」

 

バーテックス……。

 

何だろう、すごくドキドキする。

どこかで聞いたことがあったはず。

 

その後、茉莉さんが教えてくれた今の私達の立場はひどい状態だった。

 

4年くらい前に突然現れた白いお化け。

天の神の創り出したという人類を粛清するための敵。

 

そして、とうとう勇者様達にも犠牲が出ていること。

 

 

「そんなことが……。」

「あ、ごめんね。怖がらせちゃって。でも、大丈夫、ゆう…勇者様たちは本当に強いんだから。きっと守ってくれるよ。」

 

私が怯えているよう見えたのか、茉莉さんが励ましてくれる。

でも、茉莉さんは勇者様達が戦っている状況を良く思ってないみたい。

話している時、自分が傷ついているみたいに苦しそうだった。

 

「さ、それじゃ、食事に出かけようか。一応貴方のことは大赦の人も認知しているから、心配しなくていいよ。このカード貴方の身分証明書代わりになってくれる。」

 

そう言いながら、茉莉さんは一枚の掌くらいの四角形の渡してくれる。

これがカードなんだ。

 

「ありがとうござ、わぁっ!?」

 

茉莉さんから渡されたカードがパチッと放電して私の指から弾かれてしまう。

 

「大丈夫? おかしいね。私が触っている時は何ともなかったのに……。」

 

そう言いながら、茉莉さんが落ちたカードを拾い上げる。

 

もちろんさっきみたいなことは起きない。

 

「どうしよう。これがないとお金が必要なんだけど、そんなに持ってないよね。」

「お金?」

「そっか、お金のことも覚えてないんだね。うーんとね、一万円札はちょっと無いけど、こっちが千円札、こっちが100円玉、10円玉、1円玉、それから、あった500円玉と5円玉。」

 

茉莉さんが口がきちんと閉じる小さめの袋みたいなものから、いくつかのお金を見せてくれる。

 

「こ、こんなにたくさんあるんですね。」

「うん、数字はわかるかな? 大きいほうが大切なんだよ。」

「はい、数は大丈夫です。読めます。」

「そっか、でもどうしようかな本人以外が提示しても受け付けてくれるかな?」

「すみません。なんか色々と……。」

「ううん、気にしないで、もしかしたらすっごく特殊な体質なのかも。このカードって神樹様の力がほんの少しだけ混ざってるから、悪いことに使えないようになってるんだよ。」

「そうなんですね。」

 

もう一度恐る恐る触ってみる。

 

(怖くないよ。ほら、大丈夫、大丈夫。)

 

話しかけるように触ってみると、今度は何ともなかった。

 

「それじゃ出かけようか。」

 

茉莉さんに手を引かれながら、私はその場所から1歩踏み出すことができたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、すっごく並んでる。」

 

まだ、お昼時じゃないと思っていたんだけど、私達の前には既に列ができている。

 

「仕方ないよ。今は食料の配給制度じゃなくて、食事の提供に切り替わってるから。」

 

そう言いながら、茉莉さんが最後尾につく。

 

「どうして配給じゃないんですか?」

「昔、避難民同士でちょっと暴動みたいになりかけたことがあってね。さっきの紅茶とか、ちょっとしたものなら配給されるんだけど、まるごと食料品とかは……。」

「ああ。」

 

みんな自分の家族や持ち物、あのお金とかいうものも失くしちゃったから。

 

「自分が持っている物がなくなったから、人から取り上げようとした?」

「そう……だね。悲しいことだけど。」

 

 

――地上の幸福は一定で分かち合うには少なすぎる――

 

 

あれ? 今なんか……。

 

「あ、私達の番だよ。」

「あ、はい。」

 

受け取ったお皿はさっきの紅茶のカップの下みたいに、丸くなくて、何だかでこぼこの穴に何かペタっとしたものが詰め込まれていた。

 

紅茶も知らなかった私が言うのもなんだけど、これ絶対においしくないやつだ。

 

場所もどこもいっぱいで立って食べるしかないみたい。

何とかカウンターみたいなところに食べ物を置いて、食べ始める。

 

「あんまり時間を取れないと思うから、早く食べよう。」

 

そう言う茉莉さんは食が細いのか、それほど早く食べられない。

対して、私はお腹が減っていたせいなのか、あっという間に食べてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、記憶が……。」

 

たぶん40手前くらいの細身のカッコいい系のおじさんが唸る。

 

この人は茉莉さんが四国に来るときに一緒に逃げてきたお医者さんで、私のことも手当てしてくれた。

 

「先生、何か方法ないですか?」

「私は内科ですからね。できても外科の簡単な処置になりますね。こころの問題は専門家に任せるべきだと思いますよ。」

 

理由は分からないけれど、ルリちゃんのお母さんもお医者さんも茉莉さんに丁寧に接しているように思う。

もちろん、私に対しても親切なんだけど、そういう子供に対するあたり前の優しさみたいなのじゃなくて、心から茉莉さんに感謝しているような感じ。

 

「大赦からも人が派遣されて事情聴取とかされるはずだよ。ただ、大赦も慢性的な人手不足だから、1ヶ月は先になるだろうね。

その間私もできる限り様子を見に来るよ。何か思い出したり、逆に思い出せずに困ったりしたら、相談してくれて良いから。

ただ、無理に思い出そうとしたり、逆に思い出すことを避けたりすると、精神のバランスが崩れやすくなるから、あまり気にせずいつも通りの生活を自然に送ることがいいだろう。」

 

お医者さんは私に向き直って、当面の方針について説明してくれた。

 

1ヵ月、その間は茉莉さんのところでご厄介になるしかないんだろうか。

 

「気にしないで、ずっといてくれたって良いんだよ。」

 

握りしめていた拳を茉莉さんが優しく包んでくれる。

おかしくない光景のはずなのに、何故だかお医者さんは目を反らしてなんとも言えない表情だ。

 

「横手さんがそう言うのでしたらお任せします。万が一の時もその方が安全でしょう。」

 

お医者様もそれでいいみたいだ。

やっぱり、普通の子供と違って信頼されているみたいだ。

 

「ただ、キミの名前は必要だろうね。いろいろな申請をする時でも、ただあくまで仮の名前だから、あまり凝ったものにしない方が良い。そっちが定着してしまうと後で混乱するからね。」

 

 

名前、名前、名前、

 

たくさんある同じものの中から、特別に区別するための代名詞。

 

脳に稲妻のように閃く。

 

手を伸ばしてくれた誰か。

 

覚えてない。だけど知っている。

 

 

その名前は……。

 

 

 

「結城友奈」

 

 

 

私のつぶやきを聞いた時の茉莉さんの表情を私は忘れない。

 

嬉しそうな、悲しそうな、何かを堪えるような、

怒っているような、笑っているような、悔しそうな、

大切なような、聞きたくなかったような、思い出しているような、

 

記憶喪失の私でなくてもうまく表現できなかっただろう不思議な感情。

 

 

そして、茉莉さんほどでなくても、お医者さんも驚いたような表情をしながら、茉莉さんに尋ねる。

 

「横手さん、高嶋さんのことは?」

「話していません。どうして……。」

 

高嶋さん?

 

誰だろう?

 

全然知らない人の名前。

 

今の茉莉さん達の複雑な表情と関係あるんだろうか?

 

「えっと、この名前って良くないんですか?」

 

2人が沈黙する。

 

1秒、10秒、30秒は過ぎなかったと思う。

 

 

「ううん、素敵な名前だね。」

 

 

ただ、一言、茉莉さんがそう言ってくれた。

 

 



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あなたの不在を悲しむ

ある夏の日差しで、打ち水がキラキラする焼けたアスファルトの上を私は走っていた。

 

「とう、神妙にお縄につきなさい。」

「ぐふ、がはっ。なんて……バカ力。」

 

ひったくり犯のヨレヨレ黒シャツさんはそれだけを言い残して気を失った。

やり過ぎたかな?

 

「あ、あの……。」

「あ、はい、これ。日用品の配給物資ですよね。」

「ありがとうございます。」

 

後ろから追いかけてきてくれたおばさんに配給用のパッケージを渡す。

 

「はあ、はあ、もう危ないよ。結城ちゃん。」

「ごめんごめん。茉莉さんも怪我とかなかった?」

 

汗だくの茉莉さんと、汗をかいていいない私が対照的だ。

 

「それはこっちのセリフだよ。1人で飛び出すなんて。大人の人たちも近くにいたんだよ。」

「あー、何というか、たぶんこうするんじゃないかなーって。」

「何言ってるのか分かんないよ……。」

 

いや、考えるより先に手足が出てしまうのも考えないといけないよね。

でも、記憶を失う前でもそうだった気がする。

 

なんか違うな。

 

どっちかって言うと今の茉莉さんみたいに追いかけてたような……。

 

んんん? ま、いっか。

 

結局、大赦の人から派遣されてきた心療の人がしてくれた簡単な逆行催眠でも、何も思い出せなかった。

正確には記憶の整合性がおかしくて、本で読んだ記憶を自分のものと錯誤して、まるで何千年も生きてきたかのような不思議な記憶になっていた。

 

だから、今の私は名前の候補だけで10通り以上あって、どれが本当の名前なのか分からない。

 

その中でも特に”結城友奈”と言う名前は、私の心に不思議な安定をもたらす。

だから、今は暫定で結城さん家の友奈さんだ。

 

本当の友奈さんが出てきたら、大人しく返却するけど、それまではちょっとだけ借りよう。

 

きっと笑って許してくれる。

 

そんな確信がある。

 

……茉莉さん達が決して名前で呼んでくれないのは、きっと高嶋友奈様のことがあるからなんだろう。

 

「はあはあ、あれ? ひったくり犯人ってこの人!?」

 

茉莉さんが私の下敷きになって失神している黒シャツさんを見て驚いている。

 

まさか、有名人だったりするのだろうか?

最近は元有名人でもこんなご時世で身を持ち崩して、悪いことをする人が出てきている。

 

「茉莉さんの知り合い?」

「そう、だね。」

 

あんまりよい知り合いじゃないみたい。

よし、このままお役所に突き出そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの人ね。いっしょに四国まで逃げてきた人だったんだ。」

「そうだったんですね。」

 

茉莉さんと一緒に四国に来たってことは、きっとそこまでの道のりで高嶋友奈様にいっぱい助けてもらった人なんだろう。

 

そんな人が悪いことをして、みんなを困らせてる。

戦況は良くないけれど、一般人への影響は少ない。

 

みんな悪い状況が当たり前になると、今度は希望の裏返しで勇者様のことを悪く行ったり、さっきみたいに悪いことをする人たちが出てくる。

 

(何だろう? 勇者様の悪口を言ったりする人たちって、ただ怖いとか怒ってるとかじゃなくて、なんか、こう嬉しそうにやってるみたいに思える。)

 

勇者様が無力だったら困るのは自分たちのはずなのに、怒っているふりして、心が笑ってるように見えるんだよね。

 

一度だけ頭を振ふって変な妄想を追い出す。

 

大丈夫、みんな不安なだけ、きっと勇者様がバーテックスを倒してくだされば、何とかなる。

 

「それで、結城ちゃん、大赦の人は何か分かったって言ってた?」

「ううん、やっぱり私は名無しの権兵衛さんだって。最初に思い出した"結城友奈"の名前も今のところ避難してきた人の名前に無かったみたい。」

 

そんなに珍しい名前じゃないと思うんだけどな。

そう、向こうから走ってくる女の子の名前もそんなに珍しくないから、すぐに身元は確認できたって言っていた。

 

「こんばんは、ルリちゃん。」

「あ、茉莉おねーちゃん。結城ちゃん。」

 

小学生くらいの女の子とそのお母さん。

 

彼女たちも茉莉さん達といっしょに奈良から四国まで避難してきた人たちだ。

 

「こんばんは、茉莉さん、結城さん。」

「こんばんは、これからお出かけですか?」

「ええ、仕事も落ち着いてきたから、今日はルリの好きなものを……。」

 

背中がゾワゾワっとするかんじ。

 

「あ……みんな逃げて。」

 

振り返る前に茉莉さんの声が追突してくる。

 

振り返った時、茉莉さんが何かに気づいた表情のまま、彫像のように静止している。

 

「茉莉さん。どうしたの? 何か危ないの?」

 

目の前で手を振ってみても反応がない。

よく見たら、太陽光線の当たり方や反射も変化がない。

こんなことは常識ではなく物理的にあり得ない。

 

(となると、超常現象?)

 

どうしよう、と考えた次の瞬間、壁の向こうから光が世界を書き換えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広がるのは目が痛くなるくらいカラフルな樹木の根に覆われた世界。

ところどころ、地形の後はあるけど、建物まで全部覆われている。

一瞬で1万年くらい過ぎて町が放棄去れたみたい。

 

「そうだ、茉莉さん!」

 

見渡しても茉莉さんどころか誰もいない。

 

まるで世界が滅んだような光景。

でも、樹木ってことは……。

 

(これ、神樹様の力だったりする? それともバーテックスの仕業?)

 

ゴクリと鳴ったのは無意識に飲み込んだ先に唾液はあったのか。

 

「よ、よーし、せっかく勇者様しか来れない"樹海"にいるんだ。で、できるだけ探検だあ~。」

 

誰もいないと元気ができないって言っていた誰かに話しかけるように、一人で口を回してみるものの途中で空しくなった。

 

あの樹木の上とかビョンビョンと飛べたら良いんだけどできないかな。

 

「ほへ?」

 

自分の口から出たとは思えない間抜けな感嘆詞だけど、これは仕方ない。

 

気が付くと私は、さっきまで見つめていたビルの上に重なったような樹木の上に立っている。

 

ついに私に超能力に目覚めたのか?

 

「うーん、はっ。」

 

今度は手を出して公園らしきところに見えてる三輪車っぽいものを動かそうとしてみる。

 

「うわっと、ただ動くんじゃなくて、こっちに出てくるのか。」

 

今度は樹木で覆われた三輪車が私の目の前にポンっと出てきた。

 

何だか良く分からないけど、いよいよ漫画とかアニメっぽくなってきた。

 

とにかく、元の世界に戻す方法を探そう。

 

キラッと視界の向こうで何かが光った感覚。

ずっと先。

あの方向は北西かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だったら、せめて、私から高嶋さんを取らないでよ!!」

 

と思った瞬間、目の前に大きな鎌を振り被った同じ年くらいの女の子が、もう一人の青い服の女の子に斬りかかるところに正面衝突していた。

 

なんかすごく血がいっぱい出てるから、茉莉さんが見たら卒倒しそうだなあ、って呑気に考えながら、衝突した女の子を抱えながら、グルっと回転。

 

きれいに受け身を取った後、勢いを利用して彼女を直立不動で立たせる。

途中で大鎌をさけるのはなかなか大変だった。

 

「ごめんね。いきなりこんな不思議な世界に来たから行先分からなくって。大丈夫だった?」

「な、な、な、な……。」

 

彼女は来ている服とおなじくらい顔を真っ赤にして、ワナワナと震えだしてる。

出血もしているみたいだし、やっぱり怪我しているんだろうか。

 

と言うわけもなく、何かを攻撃しようとして、私が邪魔しちゃったんだろうな。

 

「どうして、どいつもこいつも、私の邪魔ばかりするのよ! そんなに私が高嶋さんと話したいと思っちゃいけないって言うの!!」

「ごめんなさい。お願いだからその鎌を下げて、話を聞いてください。あ、そこの人、助けて!」

 

鎌を振り回し始めた彼女から逃げ回り、ちょうど前に3、4人いた人達に声をかける。

 

「助けて、ですって。それは"私"に言っているのかしら?」

 

振り返ったその顔は全員同じ。

よく見ると全員背格好も右手の大鎌まで同じ。

 

これって分身の術?

 

とにかく、絶体絶命のピンチ。

 

「やめろ、千景。一般人にまで手を出すな。」

 

青い服の女の子が私をかばって代りに大鎌を受け止める。

 

あれ? この人、食堂のテレビで見た勇者様にそっくり。

それに千景って確か勇者様の1人のお名前だった。

 

まさか勇者様同士で戦っているの?

 

こんな不思議空間でドラマロケってわけじゃないだろうし、きっとご本人なんだろう。

なんで2人が戦っているのか全然理解できないけど。

 

「そこの人。ここは危険だ。離れるか隠れるかしていてくれ。」

「貴方は……いえ、勇者様達はどするんですか?」

 

あえて、勇者様と呼びかけてみる。

 

「大丈夫だ。私達のことは私達で何とかする。だから、ここであったことは誰に口外無用だ。」

「そんな……。」

 

私が衝突したせいで中断していただけなのか、2人、いえ、8人はまた激しく刀と鎌で切り結んで、あっという間に行ってしまった。

 

やっぱり、勇者様だったんだ。

 

きっと、青い服の女の子が乃木若葉様で、混乱している千景様から引き離してくれたんだろう。

 

「逃げなきゃ。でも、どこへ行けば良いんだろう。あれ?」

 

急に空が真っ暗になる。

慌てて見上げると、ビルくらいの高さの良く分からないものが浮いている。

よく見ると、周りには大人の人より一回り大きいくらいの小型の白も浮いている。

 

そのうちの何体かがゆっくりとこちらに降りてくる。

 

大人の人くらいと思ったけど、その正面の口のような器官は大人の人がすっぽりと収まりそうだ。

 

「何、まさか、これがバーテックス?」

 

不思議な空間で勇者様達がいたのなら、その敵であるバーテックスがいるのはあたり前。

なんだけど……。

 

(不思議と恐怖を感じない。本当にバーテックスなら人類の天敵なんだけど。)

 

実際、降りてきたバーテックス達は呑気に私の周りをクルクルと周っている。

私が動けばそれに合わせて移動する。

 

「お手、お座り、待て」

 

試しに犬のしつけのような号令をかけると、それに合わせて触手みたいなのを私のてのひらに乗せたり、地面に着地してぴたりと止まったりする。

 

うん、これバーテックスじゃないな。

凶暴さが全く感じられない。

 

と、突然、私の周りのバーテックス(?)達が飛び立っていってしまった。

 

「あれは……。勇者様達。」

 

でも、千景様は数が減って、さっきと服装や雰囲気も違っている。

 

「なんでよ! あと少しだったのに、なんで、どうして! あ……。」

 

少し距離があるけど、悲鳴のような叫びが聞こえる。

 

私の前では従順だった白いお化け達が千景様に向かっている。

やっぱり、彼らはバーテックスだったんだろうか。

人を襲うはずの

 

千景様に攻撃されていたのに、乃木様は近づいて来たバーテックスを斬りながら、千景様を守っている。

 

「どうして……。私はもう勇者じゃないのに。」

「決まっている。仲間だから、郡千景は私の…私達の仲間だからだ。どこでなにをしていようと、お前は仲間だ。仲間は絶対に守る!」

 

仲間……。

 

裏切られた、かどうかは簡単に分からないけど、自分を攻撃した千景様も仲間なんだ。

 

って、そんなことを考えて場合じゃない。

 

いくら勇者だからって、あのまま動けないんじゃ負けちゃうんじゃない。

 

あたりを見回しても勇者様は2人しかいないみたいだ。

相変わらずバーテックス達は、私を攻撃せずに素通りして勇者様達へ向かっていく。

だとしたら、さっきみたいに止められないだろうか。

 

でも、もし、失敗したら?

 

バーテックス達が攻撃してこないのは、私よりも優先度が高い勇者様達がいるからでは?

 

それでも……。

 

「あ……。」

 

フラフラになりながら、千景様が乃木様に向かって走る。

 

その先にあるのは……。

 

トン、と聞こえないはずの軽く乃木様を押し出す音。

 

 

(最初からこうすればよかった。)

 

 

それは誰が思ったのか。

 

「ああああああああああああ!!」

 

人間の喉から出たとは思えないような絶叫。

千景様に咬みついた星屑を乃木様が切り伏せる。

 

「千景!」

 

 

何もかも遅すぎる。

だけど、そうだとしても、私は……。

 

「お前たちは、天に帰れーー!!」

 

遅かったとしても、遅すぎるとは限らない。

 

やっぱりどういう仕組みか分からないけど、バーテックス達が空に昇って消えていく。

 

どこからか花吹雪が走る。

 

世界が元に戻る。

 

なんでか分からないけど、そんな感覚だけを残して来た時と同じように、光があふれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千景、千景。待っていろ。すぐに医療班がくる。」

 

千景様に呼びかける乃木様の声が聞こえる。

 

「無駄、よ。今、生きているのだって、奇跡みたいな……」

「そんなことを言うな。言わないでくれ。」

 

私はこの人達のことを何も知らない。

勇者様だって言うから、きっとすごく良い人たちなんだと思う。

 

でも、もう少しだけ早く動けていれば……。

 

「高嶋さんに……伝えて……。今までずっと、ありがとう……って。」

 

呼吸するかのように細い声だ。

 

きっと千景様の命はもう……。

 

「乃木さん、……私は、貴方のことが嫌いよ。」

「知っている。」

「でも、嫌いなのと同じくらい……貴方に憧れて……。」

「……」

「あなたのことが好きだったわ。」

 

最期の言葉は

 

無言で2人に近づく。

 

「貴方は、そうか無事だったか。すまないが、医療班が来たら一緒に戻ってくれ。」

 

気づいた乃木様が一瞬だけこちらを見る。

 

「ええ、はい。でもその前に……。」

 

それだけを何とか答えると、ゆっくりと千景さんに尋ねる。

きっと、もう私が誰かなんてわからないだろう。

だからこそ、尋ねる意味があるかもしれない。

 

「千景様、まだ生きていたいですか?」

「……。」

 

この人はずっと誰かに優しくしたかったんだ。

だけど、その方法がわからなくて、勇者になればって頑張って。

 

勇者ってなんだろう。

 

こんなに頑張ってもネットでも、現実でも、上手くいかないのは全部勇者がしっかりバーテックスを倒せないからだって、不満ばかり。

 

(不満ならまだ良いほうだ。本当はみんな楽しんでいる。まるで、人を貶めることが楽しいみたいに。)

 

「無理に口にされなくても大丈夫です。でも、これからもずっとこんなこと繰り返すかもしれません。誰も貴方のことを信じてくれないかも知れません。それでも…。」

「……。」

 

もう、首肯することも難しいのか、しっかりと見ないと見逃すほどかすかに肯定される。

 

でも、意志は確かだ。

 

だったら、私ができることをしたい。

 

「分かりました。」

 

きっと、これは間違っている。

 

自分の姿が見える。

 

どこから見えているのか、不思議な感覚。

 

どういう原理なのか、総身で太陽を背負うかのような輝き。

 

「……直列時系列から特定部分のみを算出…複製開始。補正完了。」

 

言葉と一緒に知識も蘇る。

 

まだ、ぼんやりだけど、何だったのか分からないけど、おんなじように何かを治した記憶がある。

そうだ。これは治したと言うより、壊れた状態を元の時間まで戻かのよう。

 

どこでどう知っていたのか分からないけど、まだ失われていない命ならこれで……。

 

「千景!!」

「わ、たしは……まだ生きていて良いの?」

 

失われるはずの命が復活する。

 

なんて……。

 

 

 

 

寒気がするほど美しく残酷な光景だろう。

 

 

 

あれ? いま何を考えていたんだっけ?

 

自分の両手をじっと見つめる。

何だかそれが自分でない不思議なものに見えた。

 

(ま、いっか。これで良かったんだよ。千景様はいっぱい苦しんでいたんだから、チャンスがあっても……。)

 

 

――どこかで誰かが間違っていると言った気がした。――

 

 

 




今は助かった郡ちゃん。ただ本当に良かったかどうかは……。


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再び幸せが訪れる

暗闇の中、瞬間移動と空間転移を組み合わせて音も無く動く。

 

いろいろ試したけど、たぶんこの2つは別種の力だ。

少なくとも私は明確に分けて考えている。

 

私自身が別の場所に移動するほうが瞬間移動で、目の前に障害があると上手くいかない。

たぶんだけど、すごい力で素早く動いているんだと思う。

 

自分だけでなく、遠くに物を飛ばしたり、取り寄せたりする方が空間転移。

例えば壁の向こう側にある物を取り寄せたり、私自身が壁抜けしたりできる。

 

空間上の場所を入れ替えているだけなので、誰かが取り寄せたい物を動かしていると空振りに終わる。

もし、少しだけ場所がズレていたりすると、取り寄せたいものは切断され、泣き別れになった形でお届けされる。

 

実際あの後確認すると、私が取り寄せた三輪車は車輪の下半分だけが元の場所に取り残されて、切断されていた。

 

だから、私は逃げ回っている。

この力があれば、きっとどんなピンチでも切り抜けられるはず。

 

「結城ちゃあぁぁーん。」

「ひっ、ま、茉莉さん!」

 

まるで地の底から響くような声とともに、冷たい左手が肩に乗っかる。

 

おかしい。空間転移で100mは稼いだと思ったのに、先回りされている。

 

「い、イヤだ。私は戻りたくない。」

「ダメ。絶対に行かせない。」

 

そんな押し問答をしながら、半ば引きずられるように私は部屋に戻されてしまった。

 

「今日のノルマはあと少しだから頑張って。目標は70点だよ。再試験で夏休み失くしたくないでしょ。」

 

季節は夏。

 

私の不思議な髪と同じ青空の下。

 

夏休み前のテストの時期だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何とかノルマ終わった……。」

 

そのままフロアリングの床に倒れこむように横になる。

冷たくて気持ちいい。

 

仮設住宅は暑いんだよね。

 

エアコンも付いてなかったのを、私が廃品を共食い整備で作り出したものだから、本当に暑いときしか使えないし。

 

これも千景様を助けた時と同じモノの構造解析の産物。

 

「ダメだよ。そんなところで転がって。ルリちゃん達が来てたらまた真似するんだから。」

 

テーブルの上のグラスに雫が流れる。

 

起き上がって、中の麦茶を一気飲みする。

 

「ぷふー、この一杯のために……。」

「それもダメ。本当にみんなが真似するんだから。」

「茉莉さん、何だかお母さんみたい。」

「そんなに大きな子供を持った覚えはありません。」

 

千景様が助かったことを確認して、こっそり帰ってきてから、茉莉さんの心配性のレベルが上がった気がする。

その後の千景様の動静は静養中とのみ発表されている。

 

あそこであったことは非現実的すぎて、誰にも話せていない。

 

自分自身でどう考えていいのか分からないというのもあるけど、茉莉さんも最近出版社の人から内諾を貰えそうだし、大切な時期に余計に心配をかける必要はない。

 

(でも、もし、本当にバーテックスを天に還すことができるなら、私って実はすごい? えへへ……。)

 

直接バーテックスは倒せなくても、今回みたいに勇者様達の手助けになるかもしれない。

 

問題はなんでバーテックスが私の言うことを聞くのかってことだけ。

 

「え、どうしたの、急に笑い出したりして……。」

 

いけない、いけない。

 

茉莉さんが不審者を見る疑わしい目つきになってる。

 

最近の私の行動が、ルリちゃん達近所のお子様の教育に良くないって、怒られること多いから引き締めないと。

 

ルリちゃん達2、3人を腕にぶら下げてメリーゴーランドごっことか、ブランコを使ったエビぞり大回転分身パンチとかは、ルリちゃん達には受けたんだけど、茉莉さんがキレて封印された。

 

茉莉さんはキレるとめちゃくちゃ怖い。

 

……私も回転速度時速20kmオーバーはやり過ぎだったかもしれない。

 

 

「茉莉おねーちゃん、こんにちは。結城ちゃんいるー?」

 

噂をすれば影が差す。

ルリちゃんが訪ねてきた。

 

「はーい。すぐに行くよ。ほら、結城ちゃんもちゃんとして。」

「了解、あ、私が開けてくるよ。よっと。」

 

背中を丸めて腕を折りたたむと、勢いをつけてばね仕掛けびっくり人形のように、腕の力で跳び起きる。

 

「もう、家の中で暴れちゃダメだよ。」

 

茉莉さんのお叱りから逃げるように、玄関に向かう。

 

「いらっしゃい。ルリちゃん。あれ?」

「こんにちはー。あっついー。」

 

そう言いながら、ルリちゃんが部屋に駆け込んで行く。

 

でも、私はその後を追えない。

 

来客はルリちゃんだけじゃなかったのだ。

 

「こんにちは、結城さん。」

「亜紗さん、ルリちゃんと一緒だったんですね。どうぞ。」

「うん、お邪魔するよ。」

 

柚木亜紗さんは、茉莉さんのクラスメートで友達だ。

 

170cmオーバーの高身長からの視線と、今はなくなった宝塚で出てきそうな雰囲気の少女。

さらに、英語が超得意でめっちゃカッコいい系だったりする。

私の洋楽漁りの先生だ。

 

茉莉さんと違って、ボクっ娘ではないところが普段からカッコいいが身についているんだろう。

 

だから、この人の彼氏になると、……………(釣り合わなくて)苦労した。

 

まただ。なんか全然知らない記憶が流れ込んでくるときがある。

 

千景様の怪我を直したころから、大赦の人に記憶の治してもらっている時と同じように、変なことを感じたり思い出したりする。

 

「大丈夫? 結城さん。」

「えっと、はい、外の暑さでボーっとしちゃいました。どうぞ中へ。」

 

先に中でルリちゃんがグラスの麦茶飲んで一言。

 

「ぶはー、このいっぱいのためにいきているー。」

 

イントネーションがおかしいのは、私の真似をしているだけで意味が解ってないからだろう。

後で、お母さんの前でしないようようにお願いしておかないと。

 

「もう、ルリちゃん、結城ちゃんのそのオジサンっぽい真似はダメだよ。いらっしゃい、亜紗さん。」

「ありがとう。」

 

茉莉さんがグラスを亜紗さんに手渡す。

入れ替わりにルリちゃん用のグラスがテーブルに戻る。

 

「はーい。あのね、お母さんが結城ちゃんにまた修理お願いって。今度はお風呂の操作…なんとか?」

「うん、この後お家に一緒に行こっか。茉莉さんも一緒に来ます?」

 

出かけるなら、外暑いし私ももう1杯飲もうっと。

 

そのまま茉莉さんピッチャーを貰って、自分のグラスに注ぐ。

 

「ボクは亜紗さんに勉強を見てもらうつもりだから、今日は止めておくよ。ルリちゃん、ごめんね。お母さんにもよろしく。」

「うん、分かったよ、おねーちゃん。じゃあ、結城ちゃん、行こう。」

「はいはい、それじゃ、茉莉さん、亜紗さん、行ってきます。」

 

ルリちゃんが、麦茶を飲み終えたタイミングで私達2人は外に出る。

 

やっぱり、今日もかなり強い日差しだ。

 

夏は嫌いじゃないけど、お昼のこの暑さは元気が良すぎると夜にバテてしまう。

 

ゆらゆらとアスファルトの風景が幻のように揺らめいて見える。

 

「ルリちゃんは暑いのに偉いよね。お母さんに頼まれたことできて。この後も遅いんだよね?」

「うん、お母さんはお仕事だから、夏休みは私がちゃんとお留守番してないとね。」

 

ルリちゃんのお父さんとおばあさんは四国への避難民の中に見つけられなかった。

バーテックス襲来から4年の月日が流れ、裁判所の失踪宣言からも年月が立っていることから、ルリちゃんのご両親のようにお互いの状況が分からない家族には簡易な手続きで身元確認が進んでいる。

 

みんな、少しずつバーテックスによって変えられた世界を生き始めている。

 

そして、落ち着いて物事を考えられるようになると、次に考えるのは失ったものの回復だ。

 

「大赦は我々に隠し事をしている。神樹様の恵みを独占し、我々への供給を制限している。」

「本当はバーテックスはすでに去っているはずだ。我々を元の場所に戻せ。」

 

そう、子供たちが遊ぶ公園や地域の行政センターの前で掲げられるプラカードの数。

この4年間勇者以外にバーテックスを直に見た人間が減ったことにより、人々は恐怖よりも怒りや不満を見せ始めている。

 

その矛先は自分たちが済んでいる場所を取り戻せない大社と、勇者たちにも向けられてしまう。

バーテックスなんて訳の分からない化け物より、その化け物を倒せる力があっても言葉が通じて、見た目が同じ種族なら、理解できるからこそ感情もぶつけられてしまう。

 

いっぱい集まっていた人の中から外れて、前からやってきたのは、ルリちゃんと同じく避難民の女の子。

 

「あ、ルリさん。」

「十華ちゃん、遊びに来てくれたの?」

 

ただし、年齢はここに来た時のルリちゃんと同じ5才くらい。

くらいというのは当時の彼女は奇跡的に川から流れついただけで、私と同じように本当はどこの誰かもわからなかったからだ。

 

辛うじて子供服にあった十華という名前だけが私との違い。

 

ただ、4年前の2015年だと彼女は1、2才だったから、覚えてなくても不思議はない。

 

「十華、どうしてあそこに?」

「えっと、おじさんとおばさんがわたしも聞きなさいって。」

 

私が言うのも何だけど、こんな子供に社会への不満を植え付けてどうするつもりだ。

 

「それで、そのおじさんとおばさんは?」

「結城ちゃん、あそこ。」

 

ルリちゃんが指さす方を見ると、見覚えのある夫婦が盛んに叫んでいる。

 

初めて会ったときは自分たちも避難民なのに、流れてきていたのを見つけたというだけで十華のことを面倒見てくれた優しい人だと思った。

 

けど、今見えてるおじさん達は顔を真っ赤にして大社や勇者を責め立てて、あの頃の面影はない。

 

(いつもはニコニコして子供でもバカにしない良い人なんだけど。)

 

「どうしようっか。結城ちゃん。」

「急ぎでないなら終わるまで待った方が良いんだろうけど、この暑い日に子供だけって言うのは……。」

「えっと、わたしなら大丈夫だよ。」

 

十華はそう言うけれど、さすがにこのまま放ってはおけない。

熱中症だって怖い。

 

「2人ともここで待ってて。」

 

それだけを言い残すと、私は群衆の中に飛び込む。

 

「すみません。ちょっと通してください。ごめんなさい。」

 

私も亜紗さんみたいにおっきくないから、3歩進んで2歩流されるみたいな感じで、なんとか十華のおじさんとおばさんのところまでだどりつく。

トントンと軽く肩を叩くと2人はすぐに気づいてくれて、いつもの表情に戻った。

 

「あら、結城ちゃん、どうしたのかしら。」

「おや、十華も見当たらないぞ。」

 

2人はすぐに十華が近くにいないことに気づいた。

 

「なんか、人の波に流されちゃったみたいなんです。こっちにいますから。」

「あら、結城ちゃんが様子を見てくれていたのね。」

 

慌てて2人が私の後について群衆の中から抜け出す。

 

「十華。」

「おじさん、おばさん。」

「もう、ダメじゃない。勝手にいなくなって。」

「結城ちゃん、ルリちゃん、ありがとうね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手を振る十華達に見送られると、少し遅れたけどルリちゃんのお家でお風呂の配線を見る。

 

(うーん、とりあえずこれで直ったと思うけど、電気回路系の基盤がだいぶ古くなってる。)

 

私や茉莉さんが使わせてもらっている仮設住宅よりマシとは言え、やっぱりルリちゃん達も避難民だから、住宅事情はあまり良くないみたいだ。

 

避難民対策の住居は急ピッチで建設が進んでいるけど、廃村の古民家や廃業したデパートとかをそのまま使ったものが多くて、もともと居住用になってない。

中には悪い人もいて、書類上は改築済みとなっていても、嘘の書類を用意したりしてごまかしたりして事故が起きたりもしている。

 

ルリちゃん達が最初に借りたお家とかもそうだった。

 

(私にかかれば構造解析ですぐに分かるからあっさりお縄になったけどね。)

 

本当にひどいと、近所の建物を持ち主の不在の間に、自分の物だって嘘をついて勝手に売っちゃう人もいる。

 

やっぱりこの建物も築年数20年なんて嘘だと思う。

これ以上の修理は部品が必要になる。

パーツショップかジャンク品でも探してみようかな。

 

ただ、私達の仮設住宅の取り壊しも近いって言ってたし、この建物もそろそろ検査でひっかかりそうだな。

あんまり本格的な修理はしなくても良いかもしれない。

 

「ルリちゃーん、終わったよー。」

 

パタパタと軽い足音がしてルリちゃんがやってくる。

 

「これでお湯もちゃんと出る?」

「出る出る。ほら。」

 

軽く蛇口を捻ってお湯を出してみる。

 

「わー、ありがと。お母さんは未だ帰ってこないんだけど、晩御飯だけでも食べていく?」

「ううーん。私だけ御馳走になるのも茉莉さんに悪いし、今日は帰るよ。」

「そっか、残念。それじゃまたみんなで来た時に食べて。上手になったってお母さんにもほめられたんだよ。」

「それは楽しみ。それじゃ、何かあったらすぐに呼んでね。2時間以内に地球の裏側からだって駆けつけちゃうよ。」

 

軽口で挨拶して、ルリちゃんと別れる。

 

長い長い夏の日差しがようやく落ちようとしている。

 

ルリちゃんのお誘いを断ったのは茉莉さんのことだけじゃない。

 

この後、誰にも内緒で調べたいことがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――郡千景は一般人を傷つけたから処分されたんだ――

 

――そもそも、本当に勇者なんて必要か? バーテックスだってとっくにいなくなってるんじゃないのか――

 

「ダメか、やっぱり千景様の消息がネットの噂程度しかない。」

 

スマホ片手に調べもの。

 

でも、ネットにも欲しい情報があるとは限らない。

というより、どこにどんな情報があって、どうすれば手に入るかなんて分かれば苦労なしだろう。

 

それこそ、最初から全部知っていなければ、そんなことはできない。

 

ひとまず電車で、あの日、戦闘が終わった後に木の根っこだらけの不思議な世界から、現実世界に戻ってきた場所に着く。

 

このあたりにあれば良いんだけど……あった。

角度的にもあのカメラなら写ってそう。

 

最近の公園とかが避難民対策で監視カメラつけてところが多いから、もしかしてと思ってはいたけど、ちょっと複雑な気分。

 

まずはカメラを全て覆うようにアップで近づいて、酔っぱらいのフリをしながら、私お手特製の超音波や熱源の薄型シールを貼り付ける。

 

「うぃーーー、元気があればああ、何でもできる。元気ですかぁーー。」

 

古い映像資料でこれが一番酔っ払いのイメージに近かった。

 

後は適当に離れて、リュックサックから取り出した送受信機と信号用ブースターをスマホに取り付ける。

最期に耳栓とスマホの追加バッテリを準備して……。

 

「超音波データ窃取装置万銅鑼業羅(マンドラゴラ)君1号機。ポチっとな。」

 

幻覚剤を音楽にしならがら、黒板に爪を立てて演奏するようなヒステリックな音が10秒ほど続く。

 

監視カメラ網にマルウェアの作成成功っと、どんなセキュリティも超音波と映像データ経由で発生するメモリ上のバグまでは想定していないだろう。

というか、ソフトウェア的なマルウェアじゃなくて、ハードウェア的なマルウェアだからね。

 

送受信機やブースターをしまうと、今度はノートPCを取り出して、拾った信号を視覚データに再変換する。

 

いる。

 

専用の救急車みたいなので千景様を運んでる。

 

次の地点のカメラの情報に切り替える。

運ばれたのは発表通り大社直轄の病院。

 

このまま255倍速で3日ほど飛ばしながら見て行く。

千景様が入院していたのは2日ほどで済んだみたいだ。

 

次々にあの後の千景様の行動を街中の監視カメラで追っていく。

 

高速道路、公園、コンビニ、交番、駐車場。

 

つなぎ合わせれば、千景様の家が分かるはず。

あとはここ1月ほどの間でどう過ごしていたのか確認するのは簡単だ。

 

「ここが、千景様の家か。丸亀市内だったんだ。」

 

公式の発表されていたのは高知の方だったと思うけど、一時期噂になっていた一般人を攻撃してしまった事件と関係あるんだろうか?

 

そこから、1ヵ月間の録画を確認していく。

 

千景様はあんまり外に出てない。

最初の1週間くらいは外出されていたけど、後半の20日ほどはずっと家にいたみたいだ。

それにだんだんと顔色が悪くなっているみたい。

 

やっぱり怪我が直りきっていないのかな。

 

そう考えれば、大社が千景様を勇者のお役目から解いたのも納得はできるけど……。

 

(どうしてお医者さんも来ないんだろう?9

 

千景様が病院に出かけた様子もない。

あと時々出てくるこの人はお父さんだと思うけど、こっちも全然働いている様子がないし。

 

何だか胸がザワザワする。

鼓動ににたベルのような音が響いている。

 

音源は私のスマホだ。

 

慌ててノートパソコンをシャットダウンすると電話に出る。

 

「結城ちゃん、どこにいるの?」

 

茉莉さんだ。

 

「あ、っと、ごめんなさい。寄り道してました。もうすぐ帰るからちょっと待ってて。」

「あ、ちょっと、ゆう……。」

 

今日はここまでかな。

 

もう少し情報を集めてから千景様を尋ねてみよう。

 

一方的に切ってしまったけど、空間転移ですぐに戻れば嘘にはならないはず。

 

そのまま、監視カメラに張り付けたセンサーとかを回収して、パッと自分たちの部屋の前にすっ飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「突然ですが茉莉さん。夏休みのご予定は?」

「本当に突然だね。なんで?」

「いいから、いいから、友達と旅行に出かけるーとか、ネズミ運営テーマパークに行くとか、キャンプ女子に目覚めたとか、遠くまでお出かけしたりしないかな、と。」

 

晩御飯を先に食べ終わった私が茉莉さんに確認する。

 

早飯も芸の内。常在戦場。巧遅は拙速に如かず。

基本的に私の方が早く食べ終わるから、普段は待つけど、何事も早く済ませたほうが良い。

烏の行水はさすがにダメだけど。

 

 

もし、茉莉さんが亜紗さんとかとお出かけするなら、その間に千景様の様子を確認したい。

茉莉さんが勇者のお友達とかいればそっち経由でも良いけど、さすがに偶然が過ぎるでしょ。

 

千景様の家は丸亀市内に移っているから日帰りなら外出先をごまかせなくもない。

でも、できれば2、3日くらいは見張っておきたい。

 

いくら治療中でも外との接触がほとんどないのが健全だとは思えない。

 

(大社はどうして千景様の様子を確認しないんだろう? 今は戦えないとしても、先頭に立ってバーテックスを倒してきた功労者なのに。)

 

「うーん、お出かけは考えてないかな。次の絵本を正式に出してもらえることになったから、制作にとりかかりたいんだ。どこか行きたいところがあるの?」

「えーっと、行きたいところと言うか、何と申しますか……。」

 

困った。

 

今の茉莉さんだと2、3日フラッと出かけますって言っても、簡単に許可してくれない気がする。

 

ピンポーンと都合よく玄関からの呼び出し音。

 

「私が出るよー。はーい、どちらさまー?」

 

渡りに船。

 

ごまかすように鍵穴から除いて見ると十華だ。

 

「あの、遅くにごめんなさい。」

「十華? どうしたの?」

 

確かに今は夜の8時くらいだから、十華くらいの子供が外で遊ぶ時間じゃない。

 

「茉莉さん。」

「いいよ、上がってもらって。」

 

チェーンを外して、十華を案内する。

 

「で、どうしたの? 十華ちゃん?」

 

茉莉さんがお客様用カップにグレープジュースをいれて差し出す。

なんでか十華はこれが大好きなのだ。

 

それなのに、ジュースに目もくれず十華は一息に喋りだす。

 

「あの……。わたし、おじさんたちの他に話せる大人の人がいなくて、ルリさんのお母さんにも相談しようかなと思ったんですけど、ルリさん達もまだ辛そうなのに、私だけ良くないかなって。」

 

話が見えないけど、おじさんとおばさんはあまり話を聞いてくれなかったんだろうか?

 

「落ち着いて、十華ちゃん。大丈夫、ゆっくりでいいから。最初からね。」

「え、あ、はい、ごめんなさい。」

 

その後も話が飛び飛びで茉莉さんが質問しながら、十華は話し始めた。

 

十華の身元が判明した。

 

 

 

 

 

彼女の本当の名前は、郡十華。

 

郡千景様の父親違いの妹だった。

 

そして、お姉さんと同じく彼女にも勇者としての適性があった。

 

 

 




監視カメラのハッキングネタでいいの無いかなーっと思案中。
やっぱりちょっと調べただけだと、マルウェア系と電磁波系が多いですね。

作中はウイルスを送るのではなく、動作をリアルタイムで真似る感じで考えてみました。
人間の情報処理速度やタイピング速度じゃ無理な気もしますが、そこは2次創作なので。



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失われた希望

「すみません。無理を言って。」

「……勇者様の希望です。」

 

やっぱりこの神官達って苦手。

 

「本当に十華ちゃんは勇者なのか? 出まかせを言っているんじゃないだろうな?」

「神樹様のご神託です。」

「でも、それだって貴方達がそう解釈しただけなんでしょ。」

「神樹様のご神託は絶対です。」

 

おじさんとおばさんの言葉にも、神官さんは機械音声のように返答する。

それなのに仮面のせいなのか不気味な威圧感がある。

 

おじさんとおばさんは十華が勇者になることを強く反対した。

正確には大社には預けておけないという言い分だったけど、十華を心配したというより、バーテックスはもう存在しないって言う自分たちの言い分に基づいたものだと思う。

 

ただ、十華が自分の母親やお姉さんに会いたいというのには強く反対しなかった。

 

どんな思いがあったのかは分からないけど、十華への思いやりがあるのだと信じたい。

 

(本当に勇者が必要ないんだったら、どれほど良かったことか。)

 

昔から、大きな災害に見舞われた時に人は普段では考えられないような異常な言動をする。

 

変わってしまった現実の否定。

失ったものへの代償行動。

特定のモノや行動への依存。

 

できるなら、みんな、戦いが終われば普通の人だと思いたい。

 

神官さんが呼び鈴を押しても誰も出て来ない。

 

というか、これ電気通ってないんじゃない?

 

「どういうことだ? 本当にここは勇者の生家なのか?」

「正しくは引っ越してきたところだけどね。」

 

おじさん達の疑問はもっともだ。

神官たちも反応が無いとは思っていなかったのか、仮面越しでも戸惑っているのがわかる。

 

 

「……誰だ。」

 

 

しばらく待つとドアが15cmほど開いて、男の人が出てくる。

確か千景様のお父さんだ。

 

なんだか周りの様子を警戒しているみたいだ。

 

「大赦です。先日ご連絡した新しい勇者・郡十華様の件です。」

「そ、そうか、早く入ってくれ。」

 

神官さんを見るとさっきまでの急いで入るように急かしてくる。

 

なんだか様子がおかしい。

 

おじさん達と顔見合わせる。

 

私はカメラの映像で見てたから、少しは覚悟していたけど、みんなは面食らってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そいつが新しい勇者なんだろう。なあ。」

 

何故か私の腕を掴む千景様のお父さん。

 

「いえ、私じゃないですよ。」

「なんだ。紛らわしい。」

 

やっぱり感じ良くない人だな。

 

「な、これからも今まで通り。」

「もちろん、勇者様の生家の方には支援を致します。命を懸けてお役目に就いて頂く以上は憂いなきように。」

 

耳障りなこびへつらう声。

 

最近のおじさん達の様子もおかしかったけど、こっちはこっちで気が滅入りそう。

 

あたり前のように言ってるけど、これで子供売れって聞こえませんかね。

 

星屑はまだしも進化体のバーテックスは雑居ビルくらいの大きさがある正真正銘の化け物なのに。

 

勇者様以外に戦えないのは分かっているけど、もう少し不安そうにするとか、ないんだろうか?

 

毎年この時期に延々と聞かされる旧世紀の戦争の話だと、兵隊に取られる息子に別れを惜しむみたいな話だったのに、あれは美化していただけなんだろうか。

それとも表面上は万歳って言わないと、後ろ指を差されるとか思ってる?

 

「ちょっと、あんた。私達はこの子が勇者になることを全面的に承知しているわけじゃないぞ。」

「そいつの親権者は俺だろう。外野は黙っててくれ。だいたいアンタ達は誰なんだ。」

「なんて言い方。私達はこの子の、十華ちゃんを引き取って……。」

「皆さま、神樹様の神聖なるお役目を……。」

 

そこから先は、三者三様でバラバラなことを言い募る。

 

「あの! 先に十華をお母さんにお母さんとお姉さんに会わせてあげていいですか!」

 

できるだけ丁寧に、でも世界中に聞こえるように。

 

言い争っていた声が瞬間的に止むのに、私が希望した音は聞こえない。

 

これはやっぱりそういうことなんだろう。

だったら、まずは十華のお母さんだけでも確保しないと。

 

「そうですね。では、案内をお願いできますか?」

 

神官さんがいつも通り平静に千景様のお父さんに問いかける。

 

「あ、ああ、そうだな。母親に会いに来たんだよな。だけどな、電話でも言った通りアイツの天恐の症状はステージ4だ。会話は無理だ。」

 

少し間だけ沈黙。

 

「構いません。お願いします。」

 

年齢不相応なほどしっかりと十華が答える。

 

十華とおじさんとおばさんには、ぼかしてはいるけど、きっと後悔することになるとは事前に言ってある。

 

それでも、ここまでしっかりしていると、これが勇者と言うものなのかなと思ってしまう。

 

そっと開けられた奥の部屋。

 

ゆっくりと十華とおじさん達が入っていく。

 

私は……行かない。

次があるから。

 

この後の事だけを考える。

 

それでも、声だけは聞こえてくる。

 

「お母さん、分かる?」

「ええ、ええ、分かるわ。千景。あなたは私の……。」

 

きっともう天恐が進んで認知も歪んでいるのだろう。

確か今の十華は、母親が出ていった頃の千景様と同じ年頃だから、余計にごちゃ混ぜになっているのかもしれない。

 

声が少しずつ聞こえなくなる。

 

(私のお母さんはどんなんだっけ? お父さんはおじさんや千景様のお父さんに似ていないといいなあ。)

 

頭の中と手足が別々に動く。

 

扉を前に1回深呼吸。

2回軽くノックする。

そのあと3秒だけ待ってから呼びかける。

 

「千景様。起きていますか?」

 

やっぱり返事はない。

 

扉は……閉ざされたまま、鍵もかかっている。

 

1度だけ下に降りて、神官さんの1人に首を振る。

 

「鍵が閉まったままでした。開けても良いですか?」

 

神官さんが頷くと、千景様のお父さんが横から聞いてくる。

 

「開けられるのか? だったら俺も。」

「いえ、ご家族はショックかもしれませんので、少し待っててください。」

 

私の強い言い方に神官さんと顔を見合わせている。

 

そりゃ、そうだろう。

 

何を言われているのか分からないんだから。

私もきっと同じ反応をする。

 

でも、今の私は分かる。

千景様はこのままにしておくと長くないと。

 

2人の返事を待たずにもう一度ドアの前に立つ。

 

(蝶番がここで……ネジは1、2、3、4か。これなら直せるか。)

 

「よっ、と、これで…どうだ。」

 

空間転移の応用で扉の飛び出す部分―ラッチと言うらしい―を押し上げるように小石を詰めて、扉を開ける。

 

カチャという軽い音とともに扉が開く。

 

部屋の中はカーテンや雨戸も降りていて薄暗い。

 

ここまでして、中の千景様の反応がほとんどなかったというのは、つまりそう言うことなんだろう。

 

「千景様、失礼します。」

 

音一つなく、千景様を横向きに抱え上げて、なるべくく振動を与えないようにゆっくりと階段を降りる。

 

「千景様!」

「千景?」

 

私に抱えられたまま微動だにしていない千景様を見て異変を察知したのか、神官さんや千景様のお父さんもこっちやってくる。

 

いえ、こんなになるまで千景様を放っておいた者にそんな資格はもうない。

ただのそのあたりにいるだけの男だ。

 

「私達に……触れるな!!」

 

自分でも何に怒っているのか分からないけど、一度抑制が外れると操られるように動いてしまう。

 

気のせいなのか、神官さん達もその男もさっきまでの詰め寄ろうとした勢いをそがれて、何かの重圧に耐えるようなうめき声をあげる。

 

「結城…ちゃん。」

 

何かの儀式かなとも思ったけど、何だか十華も苦しそう。

千景様を抱えたまま近づいて、そっとソファの上に降ろす。

 

「十華、よく聞いて、この人が郡千景様。あなたのお姉さんだった人。」

「お姉さん……。」

 

降ろされた千景様を十華が覗き込む。

 

「あの、この人。お姉さんの呼吸が……。」

「うん、残念だけど、もう……。」

 

私と千景様を交互に見ながら、十華が混乱しているのがありありと分かる。

 

「どういうことなんだ? 勇者が死んだって?」

 

おじさんの声が今は少し苛立たしい。

貴方達にとっては虚飾の中心でも、十華のお姉さんであることには違いないのに。

 

「私にも分かりませんよ。そこの男に聞いてみればどうなんでしょうね。」

「そうだな。確かにこの状況は何なんだろうな? お前はどう思う。花本。」

「……こうなる可能性はあるって言い続けてきたのに。」

 

新しく姿を見せたのは2人。

 

白衣の女と私達と同じくらいの巫女服を着た女の子。

白衣の女が隙のない動きで玄関への道をふさぐ。

 

「烏丸久美子、それに花本美佳、なぜお前たちが?」

 

息苦しそうにしながら、大赦の神官さんが問いかける。

今の言い方からしてよく知った者同士。

と言うことはこの人たちも大赦の人間なんだろう。

 

花本と呼ばれた子が前に進み出る。

 

「郡様をどうするつもりですか! 」

 

その言葉に言いようのない怒りを覚える。

 

「お前たちのものじゃない。千景様のことさんざん放っておいたくせに今更しゃしゃり出てくるな。行くよ、十華。」

 

言うが早いが千景様を抱えたまま、十華のちっちゃい手を掴む。

 

「え? でも未だお母さんも……。」

 

十華の言葉の続きを待たず、空間転移で一気に茉莉さんの部屋の前まで跳躍する。

 

千景様を抱えたまま、急いで扉を開けると中に飛び込む。

 

「ゴメン。茉莉さん、少しの間だけ十華と千景様を預かってて。10分くらいで戻るから。」

「え? 結城ちゃん? 十華ちゃんも。」

 

戸惑う茉莉さんと、目を白黒させている十華を置いて、もう一度千景様の家に跳ぶ。

 

十華のお母さんを連れてくるためだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空間転移で一気に十華達のお母さんの部屋まで移動する。

しかし、そこに当然のようにお母さんの姿がない。

 

代りに待ち構えていた大赦の神官たちが驚きながらも、投網や催涙弾を投げかけてくる。

投網は持ち手の神官諸共振り回しながら、壁に叩きつけて気絶させる。

催涙弾は目を閉じ、息を止めて、バーテックスと同じような対人感覚で相手を倒していく。

 

それでも、振り被られた拳受け止めるしかなかった。

 

「完全に読んでいた状態で、ここまで奇襲を外したのは久しぶりだな。」

 

催涙ガスが薄くなったので目を開けると、さっきまでの白衣をどこかへやった女―確か烏丸久美子と呼ばれていた―が腕を引きながら、そんなことを呟く。

 

ガスが完全に晴れると、投網や催涙弾を投げてきた大赦の人はあっさりと昏倒している。

例えどれだけ強力な武器を持って来ても、素人が扱うなら、対策はいくらでもある。

 

(と言うことは、この烏丸久美子って奴は正規訓練を受けたほどでないにしても、それなりに経験者だ。)

 

本当の特殊部隊なら、身体能力が人間離れしていても、私くらいの腕ではさっきの拳を受け止められなかった。

そのまま関節技とかを決めてきていただろう。

でも、受け止めることはできたってことは、あくまで護身術とか喧嘩とかその程度なんだろう。

 

(だったら、やりようはある。)

 

正面から正拳のように拳を突き出す。

同時に瞬間移動で"床の一部"を取り除く。

 

「なに!?」

 

烏丸が私の拳を捌こうと一歩踏み出した瞬間、地面が消える。

 

それでも何とか私の拳を受け止めたのは、やはり実戦慣れしているんだろう。

でも、未だ終わりじゃない。

 

「はああああああ!」

 

そのままアッパーカットのように防御ごと家の天上にたたきつける。

それも何とか天上を背にして変則的な受け身のを取っている。

 

けれど、これで決まりだ。

 

床と違いまっすぐでない天上に叩きつけられてかなりの痛みがあったはずだ。

加えて、人間は空中から落ちてくるときは自由が利かない。

 

あとは格闘ゲームで拾得した対空キックを決めて仕留める。

烏丸はダメージコントロールも上手いみたいだ。

私の攻撃を防御の姿勢で迎えようとしている。

 

「郡様を返せ。」

「うわ、この!」

「よせ、花本。」

 

すっかり意識の外だったけど、もう一人いたんだった。

けど、貧弱なタックルでは私はビクともしない。

ちょっとビックリしただけだ。

 

でも、タイミングがずれたら無理をしない。

タックルしてきた花本を蹴り飛ばし、反動を利用して横っ飛びに落下地点から離れる。

 

「助かったよ。花本。でもあんまり無茶をするな。あれは素人が手に負える相手じゃない。やっぱり警察の力を借りるべきだったんだ。花本?」

 

だけど、花本は急に頭を下げる。

 

「何? 何の真似。」

「郡様を返してください。あの方は私にとって他の人間を差し出してでも、私自身を差し出してでも返して欲しい。」

 

え、何この想いが重い人。

 

すっかり毒気を抜かれてしまう。

それでも構えだけは解かずに否定する。

 

「貴方がそう思っていても大赦はそう思っていないのでしょう。だったら、返せるわけないじゃない。貴方達大赦は十華が勇者にならないと言ったら、人質にだってするでしょう。」

 

単純に自由意志で済むなら良いけど、既に千景様を含めて3人の勇者が落命しているのに、戦う意志を本人にゆだねるとは思えない。

状況がそれを許さないだろうし、何よりそこをうまくごまかせるような組織運営ができているなら、千景様があんな風になることはなかった。

 

「そんなこと!」

「よせ、花本。お前の事はさっき確認した。結城友奈……だったか? 」

 

詰め寄ろうとする花本さんを烏丸が止める。

 

「何ですか?」

 

私が急に襲ってこないと思ったのか、タバコに火をつけ、子供に諭す余裕の姿勢で語りかける。

 

「確かにお前の言う通り、大赦のやり方がまずい側面があるのはわかる。だが、このままどうするつもりだ? いつまでも逃げられる訳もないだろう。」

 

そんなことどうでも良いと思っているだろうに。

 

「大赦が力を持つのは、大赦と勇者だけがバーテックスに有効な手段を持つから。だったら、その前提を壊してやる。」

「何?」

 

空間転移で壁の外から星屑を数匹呼び寄せる。

 

呼び寄せられた星屑たちは大人しく私に頭?を撫でられたまま、誰を襲うこともなくフワフワと浮いている。

 

「バカな!?」

「バーテックスを手懐けている…。」

「恐ろしい。ああ、神樹様。」

 

さすがにこれは予想外だったみたいだ。

さまあみろ。

 

目を醒ました何人かの神官たちが跪いて神樹様に祈りだす。

滑稽だなあ、こういう時の人は。

滑稽すぎて関わり合いになりたくない。

 

「それでも! お願いします。郡様を返してください。」

 

まるでこの人は千景様以外何も見ていないみたいだ。

 

ガラリとドアが開く。

 

「行かせて…あげてください。結城ちゃん。きっとその人は千景さんを……お姉ちゃんのことを大切に思っているから。」

「十華、その姿は勇者の……。」

 

さっきまでの十華はあくまで勇者になれるだけだった。

でも、今は勇者になって、ここまで自分の力でやってきた。

 

その小さな腕一杯になっている千景様を抱えながら。

 

誰も動き出そうとしない中、まるで他の何者に臆することもなく、堂々と十華が私の前を通り過ぎて、花本さんのところまで千景様を連れていく。

 

"赤ちゃんだった"この子がこんなに凛々しくなるなんて、やっぱり子供の成長は早い。

 

「まだ、お姉ちゃんは生きています。でも、すごく衰弱していていつまで保つのか分かりません。目を醒ますかも分かりません。」

「それでも構いません。私は郡様の巫女です。今度は私が必ず郡様をお守りします。」

 

それを聞いて安心したのか十華が初めて笑顔になる。

 

「ありがとうございます。お姉ちゃんのことよろしくお願いします。花本美佳さん」

「もちろんです。勇者様。」

 

ゆっくりと、十華から花本さんに千景様が託される。

 

ほとんどの人が微動だにしない中、私は唯一人、声に出さずに微かに笑う彼女見る。

私の視線に気づいたのか、烏丸の顔はすぐにポーカーフェイスに戻っている。

 

(さっき、私が星屑を召喚した時も、この人は一瞬だけ笑っていた。気のせいだと思っていたけど、何考えてるんだか。)

 

「それで、お前たちはこれから……。」

 

きっと烏丸はどうするんだと聞きたかったんだろう。

 

だけど、誰も次の瞬間起こった出来事に対応できなかった。

この私も含めて。

 

前兆の一つもなく、それは突然やってくる。

 

激しい振動で立っているのも困難な地震が1回。

 

「今のはかなり大きかったな。おい、これもバーテックスか?」

「この子たち星屑は知らないみたいだ。」

 

何だか、外も騒がしい。

 

「うう、これは……。」

「美佳さん? 大丈夫ですか?」

 

急に頭を抱える花本さんに十華が慌てている。

 

「そんな、どうして、神樹様の壁が……。」

 

同時に私の携帯電話が茉莉さん専用の着信音を鳴らす。

この場に似つかわしくないその音を止めて、電話に出る。

 

「どうしたんですか、茉莉さん。今……。」

 

一瞬だけ、烏丸の表情が動いた気がするけど、茉莉さんの要件の方が先だ。

 

「どうしよう。どうしよう。どうしよう。世界が本当に終わっちゃう。壁が……。」

「壁? 神樹様の壁ですか? か、ぁ……。」

 

電話に出ながら窓を開けて壁を……見ることは無かった。

 

神樹様の壁は私の視界の範囲ではどこにも見えなくなっていた。

 

代りにそこに在るのは神樹様の壁すらかすむ巨大な何か。

横の大きさは私の視界に収まりきらず、縦の大きさは雲を遥かに突き抜ける。

そんなものが明確にこちらに近づいてきている。

 

距離はまだ50kmはありそうだけど、その大きさに比べれば、その距離も余りに頼りない。

 

 

きっと、私達は忘れていたんだ。

4年という年月は壁の外は安全なんじゃないかっていう妄想じみた不満まで発生させていた。

だから、みんなを守ってくれていた勇者たちを罵る自由だって、身勝手に貪ってこれた。

 

だけど、私達は思い知る。

 

自分たちが敗けて逃げてきたことを。

壁に囚われた哀れな虜囚でしかなかったことを。

哀れな小さな世界で息をひそめて生きていくしかなかったことを。

 

 

 

脳に響く茉莉さんの電話の声。

 

「どうしよう。バーテックス達が…来ちゃう。もう止められないよ!」

 

 

 

 




壁を壊したのはバーテックスではありません。
TV第一期10話で東郷さんが初めて壁を壊したように、バーテックス側は壁を壊せないみたいなので。


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あなたのことで頭がいっぱい

視点が変わります。




ここはどこだろう?

 

何だかボンヤリした光だけが見える。

少しずつ目が慣れてくると、光は人影になる。

 

私の良く知っている。

彼女の姿。

 

「芽吹先輩、どうか生きてください。大丈夫です。私は嬉しいんです。今まで皆さんを応援することしかできませんでしたら。」

「待って……亜耶ちゃん!」

 

光は顕れた時と同じように、ボンヤリと幽かに明滅しながら、消えていく。

 

「お願い、亜耶ちゃん。」

「メブは本当に前しか見えてないなー。」

「私達もいる……。」

 

確かに振り返る先には"いつもの通り"2人もいる。

だから、きっとこれはいつもの夢なのだ。

 

「なんだ。分かってるじゃん。」

「ん、だったら、楠はまだ大丈夫。」

「待って、大丈夫とかそう言う話では……。」

 

結局はいつも通り夢はここまで。

 

自覚すれば目覚めはすぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっはよーございまーす。本日は西暦2019年5月12日。ついにやってきました西暦時代! 何かあれば、グレイグー級5番艦ドレクスラーの万能分け御霊AIとなったサヤちゃんにお任せを。」

 

能天気というよりカラ元気なスピーカーからの音声とは場違いに、食堂に集まった者達の顔は暗い。

この数週間ずっとこの調子だ。

 

当然だ。

 

亜耶ちゃんを助けると言って天の神に挑んだ。

 

勝てないまでも、亜耶ちゃん達を助けて逃げるチャンスはあったのに、それを活かせなかった。

 

天の神にも届いて、それまでもたくさんの戦いを乗り越えて来て、どこかで勘違いしていた。

 

どれも神樹様や沙耶がいなければ、無かったのに自分の努力の結果だって。

 

 

大赦の大人たちが何もせずに諦めていると、仲間たちと力を合わせればどんな困難な戦いも乗り越えていけると、必ず亜耶ちゃん達を助けられると。

 

とんだ勘違いだ。

 

誰だって、こんな状況を甘んじて受け入れているわけがなかったんだ。

 

勇者だって、大赦だって、私達だって、天の神という大きな力から大切なものを守ろうと必死だった。

 

それなのに、私は自分たちだけが努力していたように思って、何も見えてなかった。

 

 

他のみんなはともかくリーダーである自分だけは、冷静に敵との戦力を見極めてみんなを生かして返すことだけを考えなければならなかったのに。

 

亜耶ちゃん達がいた船を攻撃されて、沙耶が消えて、怒り任せに攻撃して、その挙句に雀やしずく達を、仲間をたくさん失うなんて、隊長失格だ。

 

亜耶ちゃん達がどうなったかも確認せずに、怒りに身を任せて戦うなんて。

 

「こちらの席は空いていますか? 芽吹さん。」

 

声は1つ、影は2つ。

 

あまりにもいつも通りの弥勒さんと、感情表現を覚え始めたばかりの執事アルフレッド。

 

「弥勒さんは……いえ、なんでもないです。」

「わたくしのことを怒らないのですか? 勝手に撤退を指示して仲間たちの犠牲を無駄にしたと。」

 

そうか、弥勒さんはそんな風に考えていたのか。

 

でも、あの時そうしなければ、本当に全滅していただろう。

 

それが事実だ。

 

「ここもずいぶん淋しくなりましたわね。」

「半数以下となりましたからね。」

 

もう防人も10人といない。

 

「さて、芽吹さんの体調も戻ったようですし、参りましょうか。」

「承知しました。お嬢様。」

 

何を言っているのだ? この主従は。

 

「弥勒さん、どこへ行くつもりですか。」

「そんなの決まってますわ。さっきの放送お聞きでしたでしょう。沙耶もどきのAIのところですわ。いい加減次の行動を決めませんと。」

 

行動を決める……。

 

「次……なんてあるんですか?」

「そんなの分かりませんわ。でも、わたくし達はいつも次がどうなるか知らされないまま戦ってきたではありませんか?」

 

次が分からないか……。

 

確かにそうだ。

 

勇者の選出基準も、防人の任務の終了も、奉火祭も、私達の行動と関係ないところで決まってきた。

 

だったら、今度も何も変わらないということか。

 

「でも、私は仲間を守れなかった。いえ、それどころか危険だと分かっていたのに、勝手に自惚れてみんなとなら何とかなるって。」

 

弥勒さんとアルフレッドが顔を見合わせた後、こそこそとな声を潜めている。

 

「やっぱり、すぐには無理ではありませんか?」

「しかし、お嬢様。もう天の神は実体化しています。量子化しておらず、かつ、記憶を失っているこの時代のこの瞬間以外に機会はないかと。」

「でも、肝心の芽吹さんがこれでは。」

「それは、そうなのですが……。」

 

内緒話なのかわざと聞かせているのか分からないが、何か考えがあるみたいだ。

 

「わかりました。まずは艦橋に言って、あのうるさいAIを少し大人しくさせましょう。」

 

どうせ、そんなことくらいしかできないのだから。

 

 

 

「いや、本当に来ないかと思って、そろそろプランCに移行しようとしてたよ。」

 

仁王立ちで私達を向かえる立体映像。

 

「ええ、お待たせいましたわね。主役は遅れてくるものです。たっぷり活躍して差し上げますわ。さ、芽吹さん。」

 

弥勒さんに促されて一歩前にでる。

 

「弥勒さん達は良いですか?」

「ええ、わたくしたちは一足お先に伺っております。」

「良くお考え下さい。楠様。」

 

弥勒さんとアルフレッドが退出する。

 

1人で目の前の沙耶そっくりの立体映像に向き合う。

こうして直に確認するのは初めてだけど、後ろが透けていること以外は、生前とまったく同じに見える。

 

「とりあえず、椅子にどうぞ。」

 

AIの言葉とともにどこから現れたのか、床や壁と同じ暗めのブルーをした椅子が浮き上がる。

 

「普通に座れますよ。物体ではなく超音波振動で一定空間を圧力に抗性を持たせているだけだよ。」

 

私の疑問に答えるかのように告げる。

 

確かに触った感じは大丈夫そうだ。

ひとまずそこにかける。

どういう仕組みか

 

「他のみんなにはもう聞いているから芽吹が最後。単刀直入に聞くね。」

 

そこで、AIが一区切り。

 

「もう一度亜耶ちゃん達に会うために世界の敵となる気はある?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亜耶ちゃん達? 何を言っているの? みんなはもう……。」

「でも、それは未来のことだよ。今は2019年5月12日。ここからなら未来はいくらでも変えられる。」

 

思わず正気と聞きたくなってしまう。

 

けど、きっと正しいんだろう。

 

そもそも時間移動までしておいて今更なことなのかもしれない。

でも、それなら。

 

「未来を変えられるなら、やることは決まってる。あの時に戻って天の神にダメージを与えたら、すぐに亜耶ちゃん達を助けて逃げればいい。」

 

わざわざこんなに過去まで戻ることは無い。

 

「その後は?」

「後ってどういう意味?」

 

AIはすぐに答えず、1枚の立体映像を取り出す。

大きな樹の図だ。

ところどころ虫食いになっていて、何かの数値が変動し続けている。

 

「神樹様の寿命はあの後1年続かない。つまり、このまま未来に帰っても先が無い。と大赦は思っている。」

「なんですって!? それじゃ例え奉火祭が成功していても、人類が生き延びる手段がないじゃない!」

 

神樹様の寿命が尽きれば、その加護も失われる。

エネルギー、食料、工業の原材料。

 

すべて神樹様の恵みがあってこそ、四国という閉じられた世界は保たれてきた。

 

西暦の時代の日本はエネルギーや原材料どころか、食料さえも外国からの輸入に頼っていた。

いえ、日本だけでなく世界中であらゆるものが足りないから、お金を使ってやり取りをして、それでも足りていなかったと聞いた。

 

「あと、大赦でも神樹様からの神託を直接受け取れるごく一部の人間しか知らない真実がある。」

「なによ。真実って、さっきより重要な真実があるって言うの?」

「みんな、同じ反応するなあ。でも、あるんだよ。それが天の神の本当の目的。そして、天の神は私達だけでなく、この時代の神樹様に対しても時間遡行も含めたすべての情報を流している。」

「それって……?」

 

さすがに最後の情報は聞き捨てならない。

それが本当なら……。

 

「最初から防人の任務が失敗することは分かっていたって言うの? ふざけるな! 人を、みんなが命がけで戦ってきたことを何だと。」

 

私が詰め寄ると思わず仰け反るよう後ろに下がる。

もちろん映像だけなんだから、そんな必要はないはずだけど、そういうポーズなんだろう。

 

「待って待って、沸点早いよ。まだこの時代の話もしてないのに。」

 

これ以上何を知ろうと大社いえ大赦の評価は変わらない。

彼らは世界を守るけど、そこに住む人たちのことを考えていない。

いえ、考える余裕を明らかに失っている。

 

「ふぅ、やっぱり肉体があったころに伝えなくて良かった。芽吹、最初に言ったことを覚えてる? 亜耶ちゃん達を取り戻す気があるかって話。」

 

そうだ。今の話だけだと最初の話につながらない。

 

「話を続けるね。だからこの西暦時代の大赦も人類が敗北して、奉火祭をするしかないことも知っている。だから、彼らは最初のループの時代と違って、最初から"大社"ではなく"大赦"なんだよ。天の神と犠牲になる巫女たちに赦しを願って。」

 

何を言えばよいのだろう。

私はこの時代の"若葉"達のことは知らない。

私や夏凜とよく鍛錬に……。

 

「なに!? これは……。」

「記憶だよ。西暦時代の勇者と一緒に過ごした時のね。」

 

確かに知っている。

 

はるか昔の初めの勇者たちのことを。

私は知っている。

 

でも、そんなことはあり得ない。

 

300年も前の人たちと一緒に過ごした年月なんて、存在しないはずの記憶。

 

「それは神樹様、そしてもう1柱の中立の神が貴方達と対話するために用意した世界の話。そして、アイツ、天の神はそれで閃いた。」

 

ちょっと、情報の整理がしたい。

まるで私達は以前にも時間を越えて出会ったみたいだ。

 

「今、思ったことが正解だよ。みんなあの場所で一緒に過ごしたんだ。だから覚えている。」

 

だったら、今やるべきことは決まっている。

 

「若葉達を助ける。向こうは私達のことを覚えてないでしょうけど、それでも放っておけない。」

「まあ、だいたいみんな同じ答えだったよ。分かっていると思うけど、ここで天の神を倒しても、あの瞬間に戻って雀ちゃんとしずくちゃんがアイツに攻撃される前に戻って再戦する。そのことは忘れないで。」

 

言いたいことは分かる。

 

「でも、それだけで勝てるの?」

「それだけじゃないよ。私達にはまだ最後の切り札。神人計画があるからね。あの時は時間なかったけど、時間遡行中に準備はできてる。」

 

神人?

また新しい情報。

 

「そんな計画初めて聞くわよ。」

「前回は時間がなくて間に合わなかったからね。ほいっと。」

 

艦橋の大きめの机の上に形こそ人型なのに、半分金属半分樹皮のような異形なものが映し出される。

 

「私の細胞を神樹様の種子の苗床にして作った天神地祇のエネルギーを産生・供給できる生体機械。この船は特別に外部情報からの干渉を遮断してコヒーレンス時間の制限が無いけど、この船から離れて活動するときはこれに憑依して貰わなくちゃいけないからね。」

 

そこまでは分からないこともない。

だけど、こう言っていたはずだ。

 

「それがどうして世界の敵につながるの?」

 

そこが分からない。

 

「アイツが直接四国に攻撃するのは、1度だけ壁が壊された時だけ。あれは四国を守ると同時に天の神の占領地に攻撃しないという意味でもあったから。それが破られればアイツも自ら出て来て焔やバーテックスの量を調整しないと、結城さんが生まれる前に四国が無くなっちゃう。」

 

さすがに困った。

 

天の神を倒すためにはそもそもおびき出さないといけない。

相手はバーテックスを無尽蔵に送り込めるから、普通は出てこない。

でも、友奈が危険と分かれば出てくるわけか。

 

「大赦は良く今まで友奈を放っておいたわね。」

「そんなことしたら、どうなるか分かってたんじゃない。神樹様の神託とか、過去の世界でやらかした時の記録とか。」

 

となると、最後にもう1つだけ確認しないといけないことがある。

 

「若葉達が戦って負けることが分かっていたのに、どうして大赦は戦わせ続けたの?」

「高嶋友奈が神樹様に吸収されて、友奈因子を持った子供が生まれ続けないと結城さんが生まれないからだよ。」

 

怒りを通り越して呆れてしまう。

 

大社いえ大赦は、自分たちにとって唯一の希望を犠牲にすることを容認するほど敗けること前提なのか。

 

「一応言っておくと、大赦もいろいろ動いたんだよ。さっきの神人計画だって元は未来の大赦が私の細胞と神樹様の力を融合させる研究を進めていたから思いついたことだし、この時代の大赦は勝利を目指し続けた。何千億回なんてものじゃない回数挑み続けた。でも、惜しかったことすら1度も無かったんだ。それだけは分かってあげてね。」

 

真実だろう。

でなければ、戦いの最中に相手に媚びるような組織名にしたりはしない。

 

「ただアイツにも誤算はあった。結城さんだけをポイっと時空から切り離しても、300年間絶えず途切れず繋がれ続けた友奈因子がないと、結城友奈は存在しえない。アイツがこんな繰り返しを続けている唯一の理由。だからこの300年間はアイツにも制限がある。今記憶を失った自分を放置しているように。」

 

なるほど世界の敵ってそういう意味か。

 

「つまり、壁を壊しこの世界を危険にさらして、記憶を失って無力な子供を殺そうというのね。」

「そうだよ。そうしてでも亜耶ちゃん達を助ける気がある?」

 

なるほど、それは確かに世界の敵と呼ばれてもおかしくないな。

 

「でも、その子供はいずれ記憶を取り戻し、それこそ世界を滅ぼす。私達の大切な仲間もたくさん失われる。」

「そうだね。」

 

そうか、時々沙耶が見せていたもどかしそうな表情はこれか。

 

 

 

――直接亜耶ちゃん達を助けるのではなく、最初からこの時代の記憶を失った天の神を暗殺する方が遥かに易しい。――

 

 

 

確かにアルフレッドがいて、この船も複数所在が分かっていたなら、それも可能だった。

 

でも、それはたくさんの人を危険に晒す。

壁が壊れた瞬間に侵入するバーテックスによってたくさんの人が死ぬ。

いずれ天の神となるかも知れない沙耶のオリジナルも何も知らないまま殺すのだろう。

 

「芽吹、貴方以外の防人の答えを知りたい?」

 

みんなの答え。

 

シズク、弥勒さん、生き残った銃剣隊のみんなには確認したのだろう。

 

「いいえ、みんなの答えは聞かなくても分かっているわ。」

 

そう、私達が防人になった時から決めていた答えは……。

 

「犠牲はゼロにする。だからあなたのその提案は断る。」

 

 

少しの間時間が流れる。

 

 

はーっと、立体映像なのに本当に聞こえてきそうなため息。

 

 

「今回も1人も説得できなかったかー。うん、良いかな。それなら良いか。」

 

何だか1人で納得している。

 

「待ちなさい。何も良くないわ。これから……。」

「大丈夫、方法はもう1つあるから。」

 

声が……でない?

 

「安心して、声が出ないのはコヒーレンス現象が収束して、みんなが未来に還るからだよ。私以外はね。」

 

何なの、それで一体何が。

 

「亜耶ちゃん達を助けるもう一つ確実な方法。人は希望があると危険を承知でも行動してしまう。なら、私という天の神に対抗し得る希望を防人隊には無かったことにすれば良い。」

 

それは、その方法を取れば……。

 

 

「みんなと過ごした日々がきれいさっぱり消えてしまうのは惜しいけど、そんなのへーきへっちゃら。だってここで私が天の神を倒して、未来に戻ってからまた出会えば良いんだから、わたし(天の神)はそうやって、過去の自分自身と大切なものを取り合って繰り返し続けてきたんだ。もう1回くらい永遠が増えたって大丈夫。」

 

最後の真実。

 

今のサヤは記憶を失った本来の天の神より、うまく神の力を振るうだろう。

これは推測だけど、記憶を失った天の神はまた誰かと過ごして、その人たちを助けたいと時間を遡るんじゃないだろうか。

 

そうして松永沙耶は、天の神となった自分を永遠に殺し続ける。

 

以前に戦った天の神が言っていた。

1つ可能性を減らすことができたと。

 

そうやって全ての可能性が消えた最後に残る沙耶が選択した時に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、ひとりになっっちゃった。ま、当然か。」

 

生きるもの1人いない船の中。

機械音声のつぶやきだけが響く。

 

「それじゃ、はじめよう。トランスフォーメーション。強攻モード。」

 

音声など必要ないはずなのに、込められた音の分だけ震えた船が大きく姿を変える。

 

捻じれ、よじれ、軋みは悲鳴のように。

とても機械の動作とは思えないような歪んだ変化を追えて、船は巨人として立つ。

 

「さあ、天の神としての力の使い方。今なら私の方が上だ。」

 

機械の巨人が振り被った拳の一撃が、樹皮の壁を壊す。

 

「さあ、来い。もう1人の私よ。この世界すべてを犠牲にしてでも、私がお前を倒す。」

 

 

 

 

 

 




乃木若葉は勇者であるを読んだ時からの疑問だったんですよね。
西暦の時代に何故天の神は和睦を認めたのか。

こんなに都合の良い敵って、結構珍しい気がして、何かないかと考えてみたのですが、結局こんな話になっちゃいました。

クリスマスに何でこの話にしてしまったのか。
とりあえずケーキ食べてきます。

ゆゆゆいCS版予約しました。天の神まわりは補完されないと思うけど、大丈夫かな。設定すり合わせ難しいかも。


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私の最良の日々は過ぎ去った

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。


壊れゆく壁を見た時、最初に感じたのは怒りだった。

 

――また約束を守らなかった――

 

 

誰としたのか、何時したのか、どんな約束だったのかも覚えていないのに、その印象だけが強く焼き付く。

 

だから、私はただ叫び続けた。

 

「ふざけんな! 来い星屑達。」

 

私の影からあふれ出る幾億もの星屑達。

あるものは融合しながら、いくつかは私に寄り添い空を駆けていく。

 

鉄の巨人が何なのか分からないけど、あれは必ず破壊する。

 

 

「結城ちゃん! 待って。」

 

十華の声を背にしたまま告げる。

 

「花本さん、十華のことお願いします。」

 

一瞬だけ、目で見ずに筋肉の電位差だけで烏丸さんの微笑を感じる。

やっぱりこの人は危険だ。

でも、花本さんは少しは信じられる。

 

父親違いとは言え、千景様の妹に当たる十華をうまく導いてくれると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達の接近に反応するように、巨人からも何かが飛んでくる。

 

(あれは人? でも人間が空を飛ぶはずがない。それにあんなグロテスクな恰好。絶対悪いものに決まっている。)

 

それは確かに人型をしている。

 

だけど、顔はのっぺりして貼り付けただけの仮面だし、鉄とか石とか木の枝とか、色んなものが材料になってる。

壁を壊したロボットみたいなのと比べると、こっちは半分機械でできた人形だ。

 

 

ゴーレムもどきが口から何かを吐き出す。

何体かの星屑に命中すると、星屑から樹木が生えてきてそのまま墜落していく。

 

(何あれ、バーテックスに通用する武器なんてあるの?)

 

それでも慌てることなく、無機質にバーテックス達は敵に向かう。

進化体になったバーテックス達が鱗のような盾を構え、大きな針を弓のように飛ばしながら応戦する。

 

無敵と言うわけでなく、次々に針や雷撃に落とされていくけど、バーテックスもゴーレムもどきもやられてもやられても、仲間の残骸を乗り越えて恐怖など感じないかのように戦い続ける。

 

とにかくあの巨人を止めないと。

 

あのまま進むと太平洋側から四国に向かってる。

もし、あんなのが四国中を歩いたら、その被害は今までのバーテックスの襲撃ですら比較にならない。

 

この時の私は"四国中"を歩いたらなんて思っていたけど、後で四国中を歩くことなんてできないって知る。

だって、あのロボットの身長は1000km。

大気圏の最も高い場所。

外気圏にまで到達している。

 

"歩く"なんてしていたら街どころか、四国自体が踏まれた衝撃で壊れてしまう。

 

だけど、感覚としては知っていても知らなくても分かる。

あれが本当に四国に来たら、きっと何千、悪ければ何万人もの人が死ぬ。

 

「何十億も犠牲にしておいて今更そんな誤差でしょ。いえ、1064乗だっけ?」

 

その姿は私にそっくりだった。

 

それなのに私と違って、すごく吐き気がするほど美しく。

酩酊するほどに引き寄せられる。

 

同じなのに違う。

奇妙な感覚。

 

「浮いてる? 誰なの?」

 

私の答えを聞いて、何かに納得したような顔をしている。

 

「なるほどね。この時代だとお前は記憶を失っているのか、なんで修正していないのか知らないけど、ならこのまま倒させてもらう。天の神。」

「て、ん?」

 

天の神って、バーテックスの大将じゃないか。

なんで私がそんなんだって言うんだ。

 

天恐で発狂した通り魔(じぶんでまいたたね)に刺されて昏睡していた間抜けな神様(ラスボス)なんているわけないだろう。」

「勘違いしているようだけど、あの時のお前はまともじゃなかった。どっちかって言うと人間と変わらない。今もそうだけどね。こっちに来て天の神の気配もリンクも無かったのはビックリした。」

「いい加減なことばっかり、だったら言ってみろ。私の本当の名前は何なんだ?」

 

そう、本当に私のことを知っていて、私が天の神だと言うなら、名前だって知ってるはずだ。

まさか、天の神が名前じゃないだろう。

 

こんな話をしている間にもあの巨人は四国に向かっている。

バーテックス達もゴーレムロボットに遮られて届かない。

 

どうする?

何とかしてあれを止めないと。

 

「名前、名前、名前ね。人を、みんなを棄てて誰からも呼ばれない名前が可哀そうだけど、あるよ、名前。」

 

無視だ。無視。

 

「松永沙耶、それがお前の名前だ。そして、私の名前でもある。」

 

松永沙耶……。

私の名前?

 

「あーはいはい、そうですか。やっぱり聞き覚えないや。人違いだ。迷惑だからあの巨人を連れて帰れ。」

 

やっぱり覚えがない。

だったら、覚えていた結城友奈の方が正しいんじゃないだろうか。

 

「今の私は結城友奈。他の何も覚えてない。本当の私が見つかるまでは結城友奈だ。」

 

私の答えを聞いて、ホログラムなのに、何故かちょっと気持ち悪いものを見るような目になる。

 

「うっわー、なんて気持ち悪い奴。やっぱりまともじゃない。大好きな人の名前を勝手に名乗るなんて、そっち系か。」

「そっち系ってなんだよ。人を変質者呼ばわりするな。」

 

この感じだと、結城友奈という名前にも心当たりあるんだろう。

でも、そんなの後回しだ。

 

今のままだとあの巨人は倒せない。

蠍の毒針も射手の矢も牛の突進もなにも受け付けない。

 

ホログラムを無視して巨人を見上げる。

バーテックスが従ってくれている理由はやっぱりよく分からないけど、文字通り星の数ほど出現するバーテックス達でも数で押し切れていない。

 

巨人と言っていたけど、何となくこれも金属質に見える。

大きすぎて材質も何もわからなかったけど、これも飛び回っている人形たちと同じロボットみたいなものなんだろうか。

 

「だったら、これでどうさ。」

 

空間転移の応用ですっぱりとの足を宇宙空間に向かって切り取る。

バランスを崩した巨人ロボットが一瞬だけよろめくけど、何事も無かったかのように持ち直して移動を再開する。

 

(足で動いているわけじゃないのか。だったら、どうやって移動してるんだ?)

 

「驚いた。そこまで力を取り戻しているのに、記憶は全く戻ってないのか。でも、やっぱり今なら私でも勝てる!」

 

ホログラムの言葉に沿うように、巨人が私に向かって来る。

 

私を追ってくるつもりなら、四国じゃなくて海の方に向かう。

 

「そう思うならついて来い!」

 

瞬間移動を繰り返し、付かず離れずで飛び回る。

 

壁が無くなって外からもバーテックスがやってくる。

 

まずい、私が出したわけじゃないバーテックスはまた人を襲うかもしれない。

 

(勇者様たちが戦っていた樹海の時みたいに、制御できれば……、ええい、やってやる。)

 

「星よ、私に従えー!!」

 

四国に向かおうとしていた星屑たちがまとめてこっちにやってくる。

 

「で、できた。」

 

あの時と違って離れていたけど、それでもバーテックスは私の言うことを聞く。

少なくともこれで人類が襲われる可能性は無くなるんじゃないだろうか。

 

あの巨人を退けられればだけど。

 

「どこへ行こうというの?」

 

さすがにホログラムはあっという間に追い付いてくる。

でも、巨人は大きすぎて方向転換もできてないみたいだ。

 

「まさかお前が四国に気を遣うなんて、質が悪い。」

 

相変わらず憎々しそうに宙に浮く幻影が口も使わず呟く。

 

「私も四国を攻撃するのが目的じゃない。お前が自分から出てきてくれたのなら、それで目的は果たせる。もっともその前に倒してしまっても良いんだよ。」

 

言葉通りに今まで歩くだけだった巨人から目に見えない敵意が私を飲み込もうとする。

 

「そんな!」

 

慌てて避けると、先にあった海の水がごっそりと消滅する。

 

爆発とか、どっかに移動したとかじゃない。

 

パッと消えた感じ。

そして、何時まで経っても戻らない。

 

「まだまだ、相転移砲の数は何万だってある。」

 

相転移砲って何なのか知らないけど、あの敵意を向けられるとまずいってことは分かる。

実際に巻き込まれたバーテックス達の気配が感じられない。

 

あんなことを言っているけど、バーテックスには通じないレーザーとかミサイルとかが混ざっているのは、人間を相手にするつもりがあったってことだ。

実際、レーザーとかが近くを通ると、私も熱を感じる。

 

 

絶対にあんなもの街に向けさせちゃダメだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのくらい飛び続けたんだろう。

 

長い初夏の日差しも傾き始めている。

でも、ここまで来れば被害は抑えられるはず。

 

土佐湾から出てまっすぐ東に向かった先。

北太平洋海上ウェーク島の北西500kmで停止する。

 

なんで場所が分かるのかハッキリ言えないけど、ここなら一番被害が少ないはず。

 

 

「本当に街から離れたかったんだね。その心がほんの少しでも残っていれば、こんなことにならなかったのに。」

 

本当に残念そうにホログラムが呟く。

 

「そんなの今更だ。後悔だって、失敗だって、たくさんある。それでもみんな今を生きていくしかないんだ。」

 

空間転移で直上に呼び出した彗星群を無数に降らせる。

降り注ぐ彗星をやっぱりあの相転移砲とか言う武器で撃ち落としているけど、今回はこっちの方が数が上だ。

 

そして本当の攻撃はこれから。

 

「これが今私にできる最大。いっけえええぇぇぇ!!」

 

迎撃に手一杯になっている間に今度は切り取った巨人の体同士を、"同じ場所"に移動させる。

 

同一時空間上にフェルミ粒子で構成される物質は存在できない。

 

それでも、無理に同じ時間同じ場所に、2つの物質が存在する場合に考えられる帰結はいくつかある。

 

1つは自身を元に、同じ場所を占めたお互いの粒子同士結合してして、太陽のような核融合みたいな現象が起こる場合。

1つは重なってしまった部分が超対称性変換のようにフェルミ粒子ではなく、ボース粒子に変換されることで同一時空に同居する場合。

そして、最後の1つはあの機械の中のエンジンが私の想像通りだった場合、自重圧壊で爆縮する場合。

 

(もし、小さなブラックホールを作ってエンジンにしているなら、制御を失って重力の井戸に飲み込まれる。)

 

答えは……。

 

何も見えない空間がぽっかりと出現する。

 

答えは最後の1つ。

 

自らのブラックホールエンジンの制御を失って、圧壊していく。

 

後はこれを遠くの宇宙に空間転移で放りだせばおしまい。

 

ホログラムももう見えない。

 

終わってみればあっけない。

 

ゴーレムロボット達がまだ残っていて、バーテックスと戦っているけど、さっきみたいに母艦が無いから補給が尽きて、そのうち墜落していくだろう。

 

「終わった?」

「そんな訳ないでしょう。お互い力の使い方はほとんど失ってるけど、できることは一杯あるんだから。」

 

声だけが聞こえる。

 

と感じる暇も無かった。

 

急に自分の動きが緩慢になる。

まるで重しを乗せられたように鈍い。

 

「ど、こに。」

 

ゆっくりとでも周りを見ると、見慣れないドローンが私の周りに浮いている。

さっきまでの巨大な敵に気を囚われて気が付かなかった。

 

「お前を倒すのにまともな手段が通じない可能性は高かった。でも記憶が戻っていれば絶対にあの船に突っかかる。だから用意したの。私が持てる最後の切り札。時間遡行爆弾。」

「時間…を遡行? …な、んで、そんなんで……」

 

まともに言葉が続かない。

これ絶対やばいやつだ。

 

「そう、そのドローンをポインタにして、お前の周囲だけ時間を宇宙誕生以前まで巻き戻す。今度はあの時お前自身が滅ぼしたあの原初の光になるのさ。あとはお前に代わって私が天の神としての権限を得る。これまでも繰り返してきたとおりだ。

「ま、だ、そん、なことを!」

 

藻掻き、足掻き、むしり取るように空を掻く。

 

その動きさえも自分のものとは思えないくらいに苛立たしい。

 

「結城ちゃん!!」

 

ドローンの1機が撃墜される。

 

さっき呼んでくれたのは彼女だろうか?

どことなく十華に似てるけど、明らかに年齢が違う。

千景様かなと思ったけど、勇者としての装束がかなり違う。

 

「だ、れ?」

「わたしだよ。十華。返信したら大きくなっちゃんたんだよ。」

 

そういうこと。

 

確かに小学生にすらなっていない十華が勇者として戦えるのか疑問だったけど、勇者としての装備だけじゃなく、肉体自体をを変化させたんだ。

 

続けて反対側のドローンも撃墜される。

 

「今度は逃げるなよ。まだ礼も言えてないんだからな。」

「貴方がぐんちゃんのこと助けてくれたんだよね。」

「若葉様、高嶋様まで…。」

 

どういう仕組みなのか、2人の着地点に半透明な鱗のようなものが浮かび上がる。

よく見ると十華の背中から糸みたいなので繋がってる。

あれを伝ってここまでジャンプを繰り返してきたんだ。

 

「西暦の勇者たち邪魔をするな。そいつこそが天の神。そいつさえ倒せばすべて終わる。」

 

どこに隠れていたのか、破壊されたドローンが補充されて、また私を囲む時間遡行を再開しようとする。

 

「天の神だと? 神が人間の姿を取って普通に暮らしていたとでもいうのか。」

 

若葉様がその言葉を鋭く問いただす。

 

増えたドローンと十華の出す鱗を足場に次々にドローンを海上に切り落としていく。

 

「そうだよ。白鳥歌野が与えた精神的なダメージで天の力を上手く制御できなくなっていたんだよ。だから、人間の姿で回復を待っていたんだよ。そいつは。」

 

話す間もさっきまで時間遡行が進む。

私も何とか抜け出さないと。

 

「本当にその人が天の神たったとしても、私は信じる。ぐんちゃんを助けてくれたんだったら、絶対に悪い人じゃない。」

「高嶋様……。」

 

こんな、バーテックスを操るなんて怪しい私なのに……。

 

バカだなあ。

 

この人たちは今まで命がけで四国を守ってきた勇者なのに。

そんな人たちが、神樹様に選ばれたこの人たちが、ただバーテックスに襲われないだけで、私のことを敵だと思うはずなんてなかったんだ。

 

(あの時、逃げ出さずにちゃんと話していればよかったんだ。いや、今からだって遅くない!)

 

「おおおおおおおおお!!」

「やめろ! 時空断絶状態で空間転移なんてしたら……ああああああああ!」

 

時間遡行に包まれた範囲を細切れにするように空間転移を走らせる。

 

複数の空間転移を組み合わせたらどうなるか分からないけど、時間と空間には相互作用がある。

これで時間遡行を邪魔できれば……。

 

ふわりと体が軽くなる感覚。

 

「やった! 抜け出せ……。」

 

最後まで言葉を続ける前に空に影が差す。

 

ブラックホールによく似た真っ黒な穴が私達を包む。

 

「何だこれは。」

「ええーなんなの?」

「結城ちゃん!」

 

ダメだ。

 

このままだと勇者様や十華まで巻き込んじゃう。

 

「特異点をむき出しにしてしまったんだ。こうなったらせめてお前は逃がさない。」

 

ドローン達が群がって、私に集まろうとする。

 

だったら、逆手に取ってやる。

 

「若葉様、高嶋様、十華のことをよろしくお願いいたします。」

「そんなの……!」

 

みんなの答えを待たずに、ドローンの群れと共に空間転移で特異点に飛び込む。

 

「バカな!? 自分から特異点に飛び込むなんて。」

「バカははお前だ。私が本当に天の神でも、そのまま放っておけばみんな戦わずに済んだんだ。それをわざわざ刺激して!」

 

そうだ、何時だって松永沙耶(わたし)はそうだった。

 

何かをしようとして、悪い方向にばっかり。

 

私が何か良いことをしようなんて思わなければ良かったって思ったことは、星の数よりも多くあった。

 

コイツが私だって言うなら分かっていたはずなのに。

 

(もし、本当私達が同じなら、それでも動かずにはいられない。ずっとずっと、私はそう生きていくしかないんだ。)

 

私はこういう風にしか生きられない。

 

だから、これからもいっぱいみんなに迷惑をかけるんだろう。

だから、少しでも前よりも良かったって思えるようにしたい。

だから、今度も私は絶対に諦めない!

 

ドローンやゴーレムロボット達が特異点から逃れようと暴れまわる。

だけどバーテックス達に邪魔されて、特異点の影響圏から抜け出せない。

 

「私が、本当に天の神だというのなら! バーテックス、すべての私と共に特異点の彼方へ!」

 

 

私が召喚した物だけじゃない。

 

世界中からバーテックスが集まって特異点へと身を投げていく。

 

「そんな、バーテックスまで。」

 

高嶋様のその声に宿る感情は一言では言い表せない。

 

ただ、バーテックスという現象のすべてをみたひと。

 

できれば、私の思い出した名前のことを聞いてみたかった。

 

千景様の容体と烏丸久美子は気がかりだけど、千景様のことはきっと花本さんが守るだろう。

 

今はそう信じられる。

 

そう、い、ま、は、し、ん、じ、て。

 

 

――誰かが間違っていると言った気がした。――

 

 

 

 

 




これで西暦編の半分くらいが終わりのはず。


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私はすべてを失った I have lost all

そして、魔王はとうとうわかりました。

 

自分がビクビクしてちゃダメだ。

 

 

――私がみんなをビクビクさせないと、勇者さんは私を諦めない。――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

最初に思ったのはなんで無事なのかって言うこと。

あの時大量のドローンやバーテックスと一緒に特異点に飲み込まれたことは覚えてる。

 

特異点なんて通り抜ける時に素粒子に分解されて、事象の地平線から出てこれなくなると思ってたんだけど、どうも違ったみたい。

 

「これは……」

 

辺り一面を花が舞う。

 

夏にしては日差しが少しだけ弱いと思うけど、この花が咲き誇る季節ではなかったように思う。

 

「水仙か、これだけ咲いてるなら観光とかあるのかな……。」

 

冬の花が夏にも咲いてるなんて場所なら有名だと思うんだけど、ちょっと思い出せない。

 

辺りを見回しても人の気配はない。

 

とにかく少し歩いてみよう。

少し南の方から潮風も吹いているから、海の近くだと思う。

それに今いるところは周りより低いみたいだから、海沿いに進めば道と街があるような気がする。

 

途中から降りになってそのまま少し歩いて道まで出てみる。

待っていたのは前方の海岸線と建物。

 

「灘黒岩水仙郷? さっきまでの場所がそうなのかな。季節の花が一年中見れるような不思議スポットじゃなさそうだけど、ま、とにかくこれで道沿いに進めばどこかにでるでしょ。」

 

問題は道の左右どちらに向かおうか。

さっきの建物の中で見た地図だと、西向き、つまり左側に進めば四国に戻れる。

ただ、さっきまで戦っていた太平洋海上がどうなったのかも気になる。

 

仕方ない。今は一度四国に戻ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、少し暑さが弱くなってるみたい。もしかして何か月も気絶してたなんてことないよね。」

 

周りに誰もいないと独り言が多くなる。

 

これは人恋しさの反動みたいなものだろうか。

 

途中、民家や商店もあったけどどれも破壊しつくされて、食べ物とか水はほとんど手に入らなかった。

強盗というよりバーテックスのせいだと思う。

 

お店とかの近くにも血の跡らしきものを何回も見かけた。

 

(やっぱりバーテックスは普通人を襲うんだ。だったら、どうして私はバーテックスに襲われないんだろう?)

 

それどころか、バーテックスを従えたり、バーテックスが見聞きした内容が分かったりする。

 

まるで、本当にバーテックスの大将みたいだ。

 

あ、そうだよ。バーテックスに乗って移動すれば早いんじゃないかな。

 

さっそく呼び出そう。

 

影から出した星屑に乗ったから、移動自体は比較的楽に進んだ。

勇者様達があっさり倒していたから気づかないけど、星屑たちでもバイクや自動車くらいの速度は出せるみたいだ。

 

本当は瞬間移動とかで進みたいけど、目印がないところで使うとどこに出るか分からないから、さすがに四国入りするまではこれで行こう。

 

そのまま山の側に戻って、さらに道なりに進んむこと1時間。

鳴門の渦潮で有名な大鳴門橋が見えてくる。

 

やっぱり空からの移動は早い。

 

「はーい、お疲れ様。もう人間襲わなくていいからね。仲間にも伝えておいて。」

 

そう言いながら星屑から降りる。

そのまま、星屑はふよふよと飛んで行ったけど、たぶん通じている。

 

「おおーすっごい。」

 

バーテックスが登場して以来、一般人は四国から出られなくなったから、こうして大鳴門橋から渦潮を見下ろすのも初めてだ。

記憶を失う前に見たことがあったかもしれないけど、覚えてないのは仕方ない。

橋上から見てこれなら、船とかで近くから見たら本当に吸い込まれそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでか分からないけど、神樹様の作った結界が修復されていた。

ホログラムの私と巨人に破壊されたと思っていたけど、神樹様のお力で再生できたみたいだ。

 

ついでに橋の四国側は封鎖されていた。

面倒くさかったから、渦潮を見た後は瞬間移動で四国入りしたけどなんでだろう?

バーテックス襲来から4年以上経過した今の段階でも避難してくる人たちは多いんだろうか?

 

(良かった。これならきっと茉莉さん達も無事だ。)

 

まずは千景様の容体を確認しないと、私の力が人間の治療とかに役立てばよかったんだけど、できたとしてもがん細胞とか病原体をどっかに棄てるくらいしかできない。

実際ルリちゃんとかが熱を出した時も風邪原因菌を体内から取り出して、消毒アルコールの中に転移させたりしたことがある。

この力が強くなってくると、メチャクチャ細かいものが認識でも、ドーンと大きいものでも認識できるんだよね。

 

でも、海上自衛隊の艦もたくさん停まっていたのは良く分からない。

 

まるで人間の敵がいるみたいだった。

 

そのまま丸亀市内までは電車と徒歩で移動する。

ちょっとお金が心許ない。

 

こんな風にアルバイトやお小遣いの工面に苦労する女子中学生を捕まえて、お前は人類の敵・天の神だ、なんて怪しい宗教以外何者でもない。

 

「丸亀よ、私は返ってきた。なんてね。」

 

何だろう? ちょっと街の様子が変な気がする。

仮設住宅の数もあの巨人が来る前より多い。

お巡りさんの数も多い。

 

やっぱり、さっきの橋の様子と言い、巨人が来て一度結界が壊されたからだろうか?

 

でも、その割にみんなの様子は晴れ晴れしている。

 

なんか、勇者がどうとか言ってる。

 

「先ほど四国政府は勇者の氏名を発表しました。土居球子、伊予島杏、乃木若葉……。」

 

街頭テレビから流れてきた音声に思わず振り返る。

そこで映っていたのは、丸亀城の天守からテレビや観衆に姿を見せる"5人"の勇者の姿。

 

もちろん全員知っている。

 

「あれが勇者。えっと、さっき名前言ってたよな?」

「ホームページにも更新されてる。左から……。」

 

それなのに、街の人たちは今日初めて勇者を知ったような反応。

 

これじゃまるで……。

 

テレビや観衆から目を背けて、人々の歓喜の声を背に私はその場から走り去る。

 

「ウソだ……、こんなのあり得ない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ曲がれば、茉莉さんや私が住んでいた仮設住宅群。

 

1回深呼吸。

 

息を整えて、いつも通りの私で。

と言ってもまだ3ヵ月未満のいつも通りだけど、

陽気な感じで気楽に明るく振舞わなきゃ。

 

そのまま、扉を開ける。

 

「ただいまー。茉莉さん。千景様の容体はどう?」

 

返事を待たずに一気に部屋の中へ。

 

玄関にチラッとルリちゃんの靴が見えた。

 

まだ夕方だけど、明るい電気の光。

向こうに2人分の影。

 

「ルリちゃんも来てた…ん…だ。」

 

光の中には茉莉さんとルリちゃん。

そう、何もおかしくない。

完全に正しい。

 

だけど、だけど……。

 

「誰…ですか? 勝手に人の部屋に入ってきて。」

 

その震えは寒さだよね?

夏なのに寒いって、風邪でもひいたの?

あ、そんな風にルリちゃんを抱いてたら、感染(うつ)っちゃうよ?

 

「わ、私は……。」

 

セリフは瞬時にいくつも出てくるのに、口から出てくるの震えた声。

 

ダメだ。

 

こんな時でも、■■■■(結城友奈)なら明るく、何でもないように振舞わなきゃいけない。

空気を読めないふりでおっかしーなーって感じで。

 

「や、やっだなー、ま、茉莉さん、何を、何を言って、いるんですか。私だよ。私…。」

 

そうだ、私にはまだ名前がある。

茉莉さんが素敵だと言ってくれた、この名前が。

 

「友奈だよ。結城友奈。」

 

その効果は劇的だった。

 

茉莉さんの震えはピタリと止まり、ルリちゃんの肩から手を離す。

スッと、まるでよどみなく立ち上がる。

 

良かった。

 

やっぱり、この名前は……。

 

「ふざけるな。お前が、お前が、お前が……。」

 

茉莉さんの瞳。

 

浮かんでいるのは涙と……私もこれだけは知っている。

 

嬉しそうな、悲しそうな、何かを堪えるような、

怒っているような、笑っているような、悔しそうな、

大切なような、聞きたくなかったような、思い出しているような、

 

記憶喪失の私でなくても、うまく表現できなかっただろう不思議な感情。

 

 

ただ、あの時より1つだけ増えたのが怒り。

 

それなのに私は茉莉さんが何に怒っているのかさえも分からない。

 

ううん、本当は私だってわかってた。

私がたった1つ思い出したもの。

結城友奈と言う名前。

 

それを聞いた時も茉莉さんはこんな瞳をしていた。

 

怒りでは無かったと思いたいけど、それよりももっと深いところで同じ瞳だったんだ。

 

茉莉さんはきっと高嶋友奈という女の子に特別な思い入れがあるんだ。

 

それは単に奈良から一緒に逃げて来たって言うだけじゃない。

 

分かっていたけど、私はそのことを確認することを避けていた。

 

怖かったんだ。

 

それを確認してしまったら、私達の、私が手にしただろう永遠のように楽しい日常(いつもどおり)は終わってしまう気がして。

 

そして、やっぱりそれは正しかった。

 

 

――ほら、だからずっと言って来たじゃない。間違っているって。――

 

 

なるほど、あれは未来の私だったんだ。

 

 

「お前は、ゆうちゃんじゃない!!」

 

 

 

だから、私は……。

 

 

この時代、この場所で生きてきたすべてを失った。

 

 

 




短くなりましたが、きりがよさそうだったのでいったん区切ります。

短くなったのは、時間軸を第一部の諏訪を抱えてきたあたりに時間移動させて、主人公に諏訪を抱えてきた船を分け御霊AIサヤと誤認させて、四国政府に告発させようかなと思ったんですけど、次につながらないので没にしたためです。

ラストシーンが決めて進めてるから、こーゆー時に上手くつなげられる文才とか心理描写とか欲しくなる。



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西暦2018年9月20日

2/12 少しだけ最後の数行を加筆しました。


走る。走る。走る。

 

「はっ、はっ、はっはっはっ。アハハ!」

 

どこへ?

 

行き場所なんてどこにもない。

 

私の帰る場所も、知っている人も、私自身の記憶も何もない。

 

時に空間を転移し、時に瞬間移動で飛び回りながら、走り続ける。

 

(もう、誰もいない。本当に私は誰なんだ。)

 

悲嘆、哀切、痛切、どれも正しいはずなのに、良く分からないものが1つ。

 

「なんで、私は笑ってるんだ。」

 

理由なんてわかっている。

 

私はやっと自由になったんだ。

 

 

今、眼下に広がる無数の無残な無名の墓標となった廃墟たち。

 

「やっぱり、四国にもこういうところがあったんだ。」

 

天災では四国全体にもバーテックスが現れている。

勇者たちが集中していたとは言っても、全部を守れるわけじゃない。

 

こういう風に壊された街や建物だってある。

 

それはどこに行っても良いということ。

この四国以外は。

 

茉莉さんの元から去った後、どこをどう移動したか、どのくらいそうしていたのか分からないけど、世界中どこにも人は住んでいなかった。

 

「私、もうどこにだって行ける……。」

 

一瞬だけくらくらと立ち眩みのような気分。

 

気が付くと自分は空の果て。

大気圏の外にまで広がっている。

 

(あれ、息しなくても苦しくない?)

 

どんどん広がる。

 

太陽の向こう。

銀河の天涯。

虚空の海を越えて。

 

昔、学校の見学で見た気がする古いお寺の曼荼羅とどこか似た場所。

 

見た目はどこも似てないのに、奇妙な相似形。

 

でも、それもすぐに目に見えないくらい小さくなる。

 

本当は私が広がってるからなんだと思う。

 

それでもまだ光は遠くにある。

 

とうとう、まっくらな宇宙も無くなって、光ってるんだか暗いんだか良く分からない場所にまで広がる。

 

誰? 誰かいる。

私? 私がいるの?

 

誰もいないはずなのに誰かがいると確信できる。

 

意識の希薄化が止まり、広がる速度が急激に落ちる。

 

「おかえりなさいと言いたいところだけど、本当に良いの? 自分が創る世界に自分がいることはできないよ? 何でも思い通りになるってことは、独りぼっちと何にも変わらない。今までみたいに、防人達のもとに自分の代役を配置したとしても、やっぱり、それは新しい私だよ。」

 

どこから聞こえるのか、自分の声が頭蓋の中に反響する。

と言っても、本当に聞こえているのか、そもそも頭も残ってないと思う。

 

私の名前。

 

「記憶を失くした私。貴方はこのまま原初の記憶を取り戻さず人間として生きれる分水嶺。でも……。」

 

言いたいことは分かる気がする。

 

 

 

 

――見つけた。――

 

 

 

 

 

誰かが叫ぶような声。

 

辺り一面に浮かぶ私そっくりのホログラム。

 

「諦めないのは私だって同じだ。お前を倒して、私の過ちを、失くしてしまった防人のみんなも取り戻す。」

 

本当にしつこい。

 

私が特異点に飲まれても無事だったから、もしかしたらとは思っていたけど、こんな宇宙の外側にまで追ってくるなんて。

 

「まだ神としての力を取り戻す前なら、私にだってできる。」

 

また、あの巨人…達?

 

1人じゃない。

 

宇宙の外側さえも埋め尽くすような膨大な巨人の群れ。

 

「だけど、今更ただ大きいだけの存在なんて、怯むものか。」

 

一番近くの巨人を空間転移の応用で覚えた技で……消えた?

 

「きゃああああ! この、また、消えた。」

 

現れては消える巨人達。

辛うじて間に合う空間の断絶。

 

私が空間を切り裂こうとしても、一瞬で消えてしまう。

1000kmを越える巨体が目で追えないほどの速度で動けるなんて。

これって、前と同じような時間加速なんだろうか。

 

それでも、数えるのも難しいくらいの巨人たちすべての時間を操作するなんて、普通の力じゃない。

まるで、本当に神様の力みたいだ。

 

「もう、攻撃を受けてやらない。このまま記憶を取り戻す前に終わらせてやる。そして私が天の神として、バーテックスを天に還してこの戦いを終わらせる。」

「だったら、私達は同じはずじゃないか。誰かを助けたいはずだったのに、どうして神樹様の壁を壊したり、私を殺そうとしたりしたんだ。」

 

巨人たちは同士討ちも構わず、次々にブラックホールと化して私の居場所を失くしていく。

もし、宇宙の中で戦っていたら、どれだけの星が消えていただろう。

 

負けずにバーテックスを次から次へと影から喚びだす。

 

巨人の群れはお互いの攻撃で削られてもあっという間に再生していく。

バーテックスも天に還っても、また増え続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのくらい戦っているのか、時間間隔が分からなくなる。

 

詳しいことは分からないけど、あの巨人たちのナノマシンの再生速度が早すぎる。

もう、再生なんてものじゃない。

3Dホロの再生の巻き戻しみたいに直ってしまう。

 

「はあ、はあ、はあ、このどれだけいるんだよ。」

 

フワフワと浮いているホログラムを睨みつける。

 

「数える意味はない。このまま300年ずっとお前がすべての平行世界毎に作ったグレイグーを集めてきたんだから。いえ、いまは人型だからいっそグリゴリかな。」

「何でもかんでも私、私って。こっちはそんな記憶ない。」

 

近くのキャンサーと対消滅する巨人のブラックホール。

あれだけの脅威だった巨人さえ、代替可能な消耗品だったなんて。

 

「だから、こうやって来たんだ。未来のお前と私に力の差異はなかったけど、力の使い方、理解に決定的な違いがある。だから戦いを忘れたお前を倒したかった。でも、お前の力の使い方は記憶を失っていても、十分すぎるほどだ。元は同じ人間なのにこれほど差がつくなんて、本当に悔しい。でも、それもここでお前を倒せば同じことだ。」

 

巨人たちが少しずつ私の影からあふれだすバーテックス達を押し込む。

 

世界を滅ぼしたバーテックス。

文字通り星の数が押し切られるなんて、想像したことすらなかった。

 

考えないと、何とかしないと、このままだと壁を破壊したみたいに…あれ?

 

「あ……そっか、私、もう頑張らなくても……。」

 

頑張って生き残るのも自由なら、頑張らなくてこのまま眠っちゃうのも良いのかもしれない。

 

(頑張って、恨まれて、後ろ指を差されて、もう良いじゃない。)

 

どこにも、誰にも、なんにもなれなかった私。

 

 

最後のレオ・スタークラスターが相転移砲の光に消える時に、大爆発を起こして何体かの巨人達の連鎖ブラックホール化で、引き倒される。

 

それなのに立ち上がれない。

ううん、もう立ち上がれなくても良いからだ。

必要無くなった機能は錆びて動かなくなるだけ。

 

「まさか、平行世界中からかき集めたグレイグーをすべて倒すなんて。でも、あと1,2時間もすれば全て元通りだ。最後はこの銃剣で止めだ。」

 

なんだかおかしい。

 

さっきまで星も届かない威力を見せていたのに、最後は借り物の鉄砲なんて。

 

(ま、いっか、うん、もう良いよね。どうして私がって思うけど、それももうどうでも良い。)

 

撃たれて満足してくれるなら、もう、それでも構わない。

抵抗する意味もない。

 

私にあるのは、星さえ届かない、ただ、どこまでも続く自由な世界だけ。

 

 

自分の大切なものからさえも(ずっとさびしい)

自分の気持ちにをうまく言わなくても(だれともおはなしできない)

何より自分自身からさえも(がんばってもなにもない)

 

 

孤独にも似て非なる清々しさ。

無謀な期待も、未来に怯える必要もない。

昔の失敗に指を差されることもない。

 

誰かを攻撃する(まもる)必要もない。

誰かを気にする(おもう)必要もない。

誰かを憎む(あいする)必要もない。

 

 

引き金が下され、幕引きの一撃が私の心臓を撃ちぬく。

もう倒れているのに、衝撃で体が一度だけ跳ね上がる。

 

自由のはずなんだけど……。

 

(違う。違う。違う。私は何者だって関係ない。)

 

 

「それでも、まだ私はまだあの光に届いていない。だからまだ諦めない。」

 

あれが何か全然思い出せない。

だけど、大切なものだ。

大切なものだったはずなんだ。

 

 

自由になったはずなのに、それでも私は誰かを探す。

 

記憶ですらないただのイメージ。

 

――私はそばにいるよ。――

 

手をのばす顔も名前も知らないあなた。

 

必ずそこにいる。

 

天の北極星と同じように、地に足を着けて歩けるように、人がいる限り必ずあの子はいる。

 

吹雪のような白い風の中でもずっと輝く。

 

ずっと近くに。

 

 

だから、私の本当の記憶と願いも戻る。

 

 

私を完全にこの宇宙から消滅させるという本当の願いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、とうとうやった。」

 

やっと、天の神たるもう一人の私を倒せたのに、なんでか心が動かない。

少しずつ、アイツの体は砕けて塵になって積もっていく。

 

 

何故か最後は急にバーテックスが出てこなくなった。

こっちもグレイグーの再生までに時間がかかるから助かったけど、どうしてだろう。

 

でも、とにかくこれで。

 

「あとは、雀ちゃんが……。」

 

山伏さんは肉体的にも魂も体には留まっている。

私が作った霊的なヒトガタが壊れたショックで精神的に死んだみたいになってるけど、復活できないわけじゃない。

 

ふと、塵の集まりが目に留まる。

 

観測可能な宇宙の外側にあるこの場所だと、重力を始めとした自然界のどんな力も存在しない。

だから塵の集まりもただそこに漂うだけ。

 

問題はこれをどうするか。

 

熱処理しようにも、塵にみえているだけで鉄56の原子核がお互いの重力でまとまっているだけ。

 

およそ、あれ以上の変化の起きようがない。

 

例え反物質で消去しても反対属性の鉄56原子核に置き換わるだけ。

 

とりあえず、時間凍結で封印だけしておこう。

 

漂っていた原子核がピタリと止まる。

 

問題なく時間凍結できたみたいだ。

 

「帰ろう。芽吹達ももう私のことを覚えてないけど、四次元時空の枠組みを越えてるアルなら、私のことも認識できるはずだ。」

 

天の神の力をどうするのかとか、いろいろ問題は残るけどバーテックスが出てこないなら、神樹様が何とかしてくださる。

 

半ば再生したグレイグーの1隻に乗り込もう。

 

近くにあったそれが跡形もなく蒸発する。

 

「え?」

 

何が起こったの? いえ、誰に消された。

 

振り返ってもそこにあるのは時を止めた原子核の集まりだけ。

 

ぐるりと見回す。

 

また、1隻蒸発する。

 

信じられない。あれだけの巨体が一瞬で蒸発するなんて。

 

さっきまでのバーテックスとの戦いや空間転移の断絶なんかとは全然違う。

 

なにより、どこにいるのか全然分からない。

 

「どこを見ているの? 貴方が私を解き放ったんだよ?」

 

アイツの声だ。

 

これって、全方位から聞こえる。

 

「ああ、私が完全に純化される。なんて清々しい気分なんだ。何回繰り返してもこの気分が味わえるのはこの瞬間だけ。」

 

 

声……だったのかも分からない。

 

でも、分かったこともある。

 

ここは既に観測可能な宇宙の外側。

理論と空想でしか語られてこなかった外宇宙。

 

つまり、コイツは……。

 

「お前……本当にこの世界自体なのか。」

「ええ、私は今も膨張を永遠に続けるインフレーション宇宙そのもの。時間発展も平行世界も取り得る宇宙の初期条件も、私を源流に始まるもの。貴方達はずっと私の中で色々遊んできただけ。」

 

確かに記憶でそれっぽいことはずっと言ってた。

だけど、そこまで規模が違うと人間の感覚で理解できなかった。

抽象的な概念存在だと思っていたのに、そんなものじゃない。

 

コイツはおとぎ話の登場人物に憧れる子供か。

 

でも、観客ならまだしも

舞台…いえ劇場自体が舞台に無理やり這い上がろうとするなんて。

 

 

「自分が自分の中で生きていこうなんて……。だから、"私"か。」

 

答えは必要ない。

もうここで私にできることはない。

今は未だ。

 

やっぱり、コイツを本当に意味で倒すには結城さんでないとダメなんだ。

 

「もう貴方はこの時代に必要ないよ。未だやる気なら300年後で待っていると良いよ。」

 

 

伝わったのはそれだけ。

 

風景が以上に伸びていく。気が付くとあっという間に光が満ちて何も見えない。

 

意識を保てているのか、それともとっくに気を失ったのか。

 

 

「あ、……。」

「え? なになに、またメブが怒ってるの?」

 

ただ分かったことは1つ。

懐かしい声とともに私は元の舞台に流されていた。

 

 

 

 




ゆゆゆいCS版前編ゲットしたのに、仕事+風邪コンボでなかなかできない。


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途絶えぬ記憶 Unbroken Memory

風邪治りました。
ご心配をおかけしました。

コロナやインフルエンザではなかったです。


「記憶なんて戻ってないよ。だっていらないもの。なくてもただ"知っている"だけ。」

 

未来…いえ、はるかな過去に送り返した私に呟く。

 

記憶も記録も記述もいらない。

だって、ずっとずっと私の中に全部あるんだよ。

 

体だって、存在だって、魂だって、もういらない。

人間のように考えることも、樹木のように佇むことも、獣のように走り続けることもない。

 

 

私はどこにも存在しないから、誰からも、何からも、いつからも自由。

私はどこにも存在しないから、全てに宿り繋がり遍在する。

私はどこにも存在しないから、同時に森羅万象(ありとあらゆるもの)に満ちる。

 

なぜ最初に"なにもない"ではなく、"ないかがある"のか。

 

最初に考えた人はすごく急所をついている。

それって過去・現在・未来の縦軸の関係で考えれば、"ある"か"ない"かの2択になっちゃうけど、"ある場合"と"ない場合"を共存させてしまえばいい。

 

私は"ある"けど"ない"。

プランク時間ごとに生成と消滅を繰り返しているように見える素粒子や宇宙ひもと同じ。

 

友奈が私を最初に観測していなければ、こうして指向性を持つ必要すらなかった。

 

ようやく、もう1人の私や、アル、十華、那由多、すべて私が心惹かれる状況に配置して、役割を果たさせることができた。

 

誰かと繋がりたい、誰かと友達になりたい、誰かと一緒にいたい。

 

どれも脆弱な余分。

私が望むのは"誰か"ではなく、結城友奈でなくてはならない。

 

「ありがとう。いつもどおりこれで人間としての私はきれいさっぱりいなくなった。今のボクは必ず同じようにしてみせる。」

 

人間として誰かとともにいれる可能性がある限り、私はそこに引き寄せられて諦めたくなる。

だったら、そんな可能性は摘んでおければならない。

 

でないと、また諏訪の時と同じように変えたくない過去が増えてしまう。

 

全知全能なのに、やりたく無いからできないが増えちゃったら、友奈を助けるための選択肢を取り零してしまう。

 

実際、宇宙開闢からやり直せば、天災なしで友奈に巡り逢う方法も無いわけじゃない。

でも、その選択肢は取りたくない。

 

それは歌野達と戦った世界を選ばないということだ。

彼女達が選んだ選択を無かったことにすることだ。

そんなのは嫌だ。

 

例え余分でも私はそれを選びたくない。

 

そして、これ以上そんなの増やすわけにいかない。

 

「高嶋友奈、あなたに咎はありません。だけど私の本当の願いのため。あなたは生きていけないの。」

 

友奈因子という宿命の始まり。

 

また、神樹様を通じて実行する。

 

高嶋友奈を神樹様に吸収させ、最後の友奈に会いたいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意気込んでは見せているが、今のところすることは無かったりする。

 

彼女たちが四国内で防衛戦をする間は問題ないからだ。

何だったら、100年くらいは放っておいて、実戦なしで勇者は亡くなりました、でも良かった。

 

問題なのは、四国外の調査に出た時だ。

 

外に出た後、3度程四国外で高嶋様は帰らぬ人となったことがある。

そして、その場合は友奈は生まれてこなかった。

 

1度は諏訪を荒らされたと勘違いしてカッとなって、

2度は東南アジア方面でマラリアによって、

そして、3度は人間の手で毒を盛られて。

 

彼女たちは強い。

 

けど、人間の肉体は弱い。

 

精霊バリアのような自動防御がないと意識の隙間から命を落とすこともある。

 

この世界は1つの有機生命体が種として活動できる環境時間は有限だ。

無限に続く存在しない私とは、もう全然違う。

違っていなければならない。

 

最初の1度は私が冷静になれなかった結果だ。

 

畑を耕しているのを畑荒らしの害獣と勘違いしたんだよね。

畑護衛のバーテックスがやられている時点で、勇者以外ありえないのにテンパってやり過ぎてしまった。

 

おかげでその時だけでなく、同一時間軸上の平行世界でも同じ場所が破壊されたままになってる。

早く修復したいけど、バーテックスはぶきっちょな怪獣だから、2、3年くらいじゃ進まない。

 

 

やっぱり私は勇者たちのことが好きになるんだろう。

 

あれだけ、友奈のためと言っておきながら、恥ずかしい話だ。

 

一番はっきりしているのは歌野と水都。

それに、もう一人の私は防人の中で仲良くできた。

しかも、あのレディ・ディスコミュニケーションみたいなアルまでちゃんと人間を理解し始めている。

 

なんか、これだと私だけダメみたいだけど、これは私が選択した結果。

 

私は勇者たちには直接会わない方が良い。

 

でないと、変えられない過去が増えていく。

 

(その意味では茉莉さんと出会う時間の前だったのは良かった。)

 

あの頃の私は毎日楽しくやってたから、記憶が戻らなくてもいいやって、諦めそうになっていた。

実際、何回かはあのまま普通に生きて、普通に死んでから、今回みたいに思い出して、悶絶したこともある。

 

その場合でもちゃんと高嶋様は神樹様に取り込まれていたから、無駄にならなかった。

 

「やっぱり、もう一人の私を追い詰めると過去に遡って、早めに私の肉体を処分してくれるから、良い感じに進むね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えているうちに、さっそく勇者たちがバーテックスと対峙している。

 

けれど、勇者たちはすぐに戦闘を開始せずに、球子がゴソゴソと何かを取り出す。

 

あ、あれは!?

 

高級うどん玉!!

 

いけない、いけない。

思わず飛び出しそうになった。

 

あ、ジェミニが球子の投げたうどんをスルーした。

 

待って、ジェミニ。

 

それ回収…って、私、300年後に生まれるまでは機械の体だから、食べても味がしないんだった。

 

微妙に勇者たちも衝撃を受けてるけど、そもそもバーテックスは、私から直接無線エネルギー供給されてるから、食事の概念ないんだった。

 

あんまりふざけてるとジェミニが神樹様に到達しそう。

 

 

 

……やっぱり、ダメだ。

 

長いこと見ていると本当に心が揺らぐ。

 

今回は茉莉さんやルリちゃんと過ごした時間が長すぎたから、感傷的になってるのかもしれない。

 

ジェミニが引き倒される。

 

「よーし、うどんの仇はタマが決める。」

 

球子の投げた旋刃盤をキャッチする。

 

「なに?」

「え? 誰…ですか?」

 

お互いの顔が見えるくらい近くにいた球子と杏ちゃんが驚いている。

 

「初めまして、神樹…の勇者達。」

 

思わず神世紀からの癖で神樹様と呼びそうになる。

バレないうちにライブラの風で、同時に2人を他の勇者たちの近くまで吹き飛ばす。

 

「うわあああ!」

「きゃっ、タマっち先輩どこ掴んでるの。」

 

2人仲良く飛ばされていく。

 

「その言い方。勇者ではないのか。何者だ。」

 

乃木様の向ける切先が私の正面に着く。

 

「名乗る名などない。あえて貴方達の呼び方ならば、天の神。あるいは天津神。」

 

効果は抜群だった。

この時代の勇者たちは自分たちが土地神様から力をもらっていて、バーテックスが天の先兵であることを知っている。

 

「えーっと、天の神っていうことは、バーテックスの……。」

「ええ、高嶋さん。敵の総大将よ。」

 

2人を見ていると、ちょっとうらやましい。

私も本当はあんな風に友奈と毎日話していたはずなのにって思う。

 

 

「いかにも、バーテックスは私の玩具だ。四国から出ないなら見過ごそうかとも思っていたけど、だらだらと引き延ばしてもこんな消化試合では飽きるだけ。だから貴方達に命じる。」

 

すうっと息を吸い込むような仕草。

 

ロボット体だってバレても構わないけど、理解しやすい形には落とし込まないと無視されてしまう。

 

「降伏しなさい。条件は後で通達します。」

「断る。我々はお前に奪われた世界を取り戻す。お前に必ず報いを受けさせる。」

 

秒も考えずに乃木様が応じる。

 

「そんなの貴方一人で決めていいことじゃないでしょ。」

 

至極当然の言葉を首をかしげながらしたはずなのに、まるで意表を突かれたような顔をする。

 

「まあ、待て若葉。ここはタマに任せタマえ。えーっと、天の神? それは役名だろ。やっぱり名前を教えろ。」

 

ええー、なんて面倒なところに気づくんだ。

絶妙に悩ましいところだ。

 

下手に名前を明かすと、大赦が使用禁止にする可能性がある。

 

そうだ、あの人の名前を借りよう。

そうすれば、未来永劫大赦に語り継がれる。

ご先祖様の名前が語り継がれているっていういのは感慨深いしね。

ついでに高嶋様の反応も気になる。

 

忘れるつもりなら許さない。

 

ここで殺して、あとはバーテックスにお任せだ。

 

「横手茉莉、もちろん偽名だよ。」

「高嶋さん?」

「友奈?」

 

みるみるうちに高嶋様の顔が引き締まる。

固く結んだ唇と、血がにじむほど握りしめた拳と、急激につり上がる(まなじり)

悲壮とも悲愴ともとれる。

 

効果がてきめん過ぎてちょっと心が痛い。

 

「ウソだ。」

 

これも断定。

 

だけど、さっきの乃木様とは違い、こちらは信じる気持ちがそう言わしめる。

 

「だから、偽名だって。信じられないなら、烏丸久美子に確認すると良い。彼女は本物の動静を把握しているはずだよ。高嶋友奈。あなたにその勇気が残っているならね。」

 

せめてこれくらいはしないと、ちょっと歯がゆい。

 

「もう黙れ! そうやって人々を惑わしてきたのか。」

 

切っ先が私の頭上に落ちる。

もちろんダメージはない。

そして、あくまで彼女達に分かりやすい形を提示するための操り人形だから壊れたってかまわない。

 

「血の気が多いね。その力ではボクは倒せないよ。それにまだ話は終わってないよ。」

「話をする前に世界を滅ぼしただろうが、今、ここでお前を倒して世界を取り戻す。」

 

乃木様の纏う雰囲気と姿が少しだけ変わる。

 

源義経の伝承もとに精霊扱いしたもの。

 

ジャンプを繰り返すごとに速度が倍加する特性から、乃木様の居合の技と合わせて神速の攻撃を得意としている。

 

でも……。

 

「刃が通らない?」

「ちょっと違う。」

 

キィーンと高い音が響いて止まった刃をガッシリと掴み、少しずつひびを入れていく。

 

「話の続き。今のままでは勝てないよ。私と貴方達では、力の量に大きく差がある。でも、それだと対等なら勝てたと、希望があると、勘違いされるからね。そんな言い訳なんてさせない。」

 

もう一人の私にしたようにみんなにパスを通す。

 

これで宇宙全体のエネルギーを自由に使える裁量権を持てる。

それでも及ばないなら、私の方が強いということ。

 

「何だ? 急に活力が戻る。いや増えている?」

 

うん、乃木様の生太刀もちゃんと直ってる。

 

「なんか分からんが、すごい力だぞ。よーし、これなら。」

「ああ、待ってタマっち先輩。」

 

やっぱり球子は気が早い。

まだ力の使い方なんて慣れてないとどうにもならないのに。

 

飛んできた旋刃盤の中止を蹴りあげて、一度方向を変えて、今度は刃の部分を無造作に持って、杏ちゃんが打ち込んできた矢にまとめてぶつける。

それでも勢いが殺し切れなかった旋刃盤が、杏ちゃんに向かって飛び続ける。

 

「うわわ、なんで杏の方に飛んでいくだ。」

 

慌てて球子が旋刃盤を止めようとするが、念力でひょいひょいとかわす。

犬みたいでちょっと可愛い。

 

それから、杏ちゃんにも矢を返しておこう。

 

「"天に弓引き、唾することなかれ"」

 

旋刃盤に撥ね飛ばされた矢が運動エネルギーを取り戻し、ミサイルのような軌跡を描きながら、杏ちゃんに迫る。

 

「わ、私の矢まで。」

 

厳密には球子の武器は操っているだけだから、球子がちゃんと制御を取り戻せば終わりだけど、こっちは違う。

天若日子が天に弓引き矢を返されて死んだように、杏ちゃんに刺さるまでは、ずっと追い続ける。

もし、これを止める方法があるとすれば……。

 

私の考えを読んだわけではないだろうけど、触れていない矢も含めて、全て鋭い鎌の一撃だけですべて地に伏せる。

 

「千景さん、助かりました。」

「あまり、不用意に攻撃を仕掛けない方がいい。ボス前に回復があるけど、そういう場合は大抵セーブしておかないと失敗する。」

 

そう、矢を返されて亡くなった天若日子の友は、その友と勘違いされる。

その時使っていた大葉刈が振るわれるのは、矢を撃ったものが"死んだ後"で無くてはならない。

 

「でも、私ならどんな攻撃でも一撃では倒れない。」

 

七人御先で呼び出された分身達が同時に展開する。

確かに一見すると同時に倒すのは難しそうに思える。

 

「それ、近接格闘中心の貴方の戦いには向いてない。」

 

人形の全身から星の中心温度を越える熱を放射する。

一瞬で半数の分身が消滅し、地表の根が蒸発していく。

 

「く、近寄れない。」

「なら、近寄りたいの? だったら、私から近寄ってあげるよ。」

 

瞬間移動で千景様の1人の目の前に移動する。

 

「しまっ!?」

「このまままとめて灰も残さず素粒子に還ると良い。」

 

でも、こうすればきっと彼女は私の前に立つ。

 

「おおおおおおお!」

「高嶋さん、来てはダメ! 近づいたら燃えちゃう。」

 

振り被った手甲が燃えながら仮初の私の体を連打する。

「ぐんちゃんは守って見せる。」

「そんなこと言う割には、茉莉さんに冷たかったじゃないか!」

「どうして、茉莉さんのことを知っているんだ。勝手に名前まで使って。」

 

神造の皮膚がめくれ、鋼の骨格が折れ曲がる。

その間も高嶋友奈の全身は燃え続けながら、前に踏み出し続ける。

その姿に……気持ちが沸点を越える。

 

「お前が側にいてくれれば、茉莉さんは他にはもう何も要らなかったんだ。要らなくなるはずだったんだ。そうすれば、継嗣たる私だって、こんな焦燥をこじらせることだってなかった。」

 

人形を爆発させて、高嶋様を地面に叩きつける。

 

「高嶋さん。」

「友奈。」

 

勇者たちが高嶋様を心配している。

だけど、それは筋違いだ。

 

「無限力の正しい使い方を見るが良い。」

 

ブラックホールに等しい超重力が勇者たちに圧し掛かる。

それでも、私が強制的につないだパスが彼女たちの形を続ける。

 

ただし、仲間の姿も声も体温も感じられない完全なる闇とプレッシャーの中だけど。

 

このまま気絶させてしまおう。

余計なことを口走った。

私も少し頭を冷やしたい。

 

 

 

 

 

そう思っていたのに、この人はどうしてここに来たんだろうか。

 

ブラックホールが晴れ、遮られた光が戻る。

 

勇者たちがようやくプレッシャーから解放された落差で意識を手放す中、最後に高嶋様が朦朧とした意識でつぶやく。

 

「茉莉さん、ごめん……。」

「ゆうちゃん、謝るのは私の方だよ。私がちゃんとゆうちゃんの最後を受け止められていれば、あの子は生まれなかったんだよ。」

 

これは……。

茉莉さんも記憶が戻った?

いや、私とパスが繋がってる。

 

(まずい、早くパスの切断を……。)

 

「切らなくても良い。もう全部分かってるよ。結城ちゃん。」

「……………………。」

 

何を言うべきなんだろう。

謝罪、懇願、歓喜、陽気、尊大、命令、静観、無視、動揺。

 

グルグルと心の中を渦巻く。

 

初めての行動を取ったら、初めての結果が出るとは思っていた。

このタイミングで天の神として姿を見せ、高嶋様だけを犠牲にする提案を行う。

 

これが今回の初コンセプトだった。

 

茉莉さんがここにいる理由はわかる。

 

この状況で勇者たちの危機を脱するためには、私の動揺を誘う必要があるってことだろう。

まだ樹海化も解けていないというのに、神樹様も無理なことをする。

 

「あっと、本当は結城ちゃんじゃないんだよね。でも、もう慣れてるから。」

「……………………。」

 

ダメだ。喋るな。考えるな。感じるな。

振り返ると還りたくなる。

 

全部なかったことにして、歌野達を無理に生き残らせる方法だっていくつも知識として流入する。

 

全部ほっぽり出して、神樹様が以前に試練で用意した世界を再演してしまえばいい。

今度は永遠の敵として私がいる。

 

ずっと、みんな一緒にいられるようにだってできる。

中立神の後だから、茉莉さんだって、烏丸さんや安芸先生だって呼んじゃえる。

だって、決めるのは私だけなんだから。

 

きっと毎日楽しくて、忙しくて、世界を滅ぼす暇なんてなくなる。

 

でも、それは、それだけはしたくない。

 

みんな一生懸命だったのに、その軌跡を消して奇跡を起こすことだけはしたくない。

 

全知全能となってなお、うまく言えないけど、全部知っていても、その時でなければならないものがあるはずなんだ。

 

私が手にした永遠に遠く及ばないほど短い間でも、あっという間に過ぎてしまうものでも、今の私から見れば取るに足らない綿毛のようなものでも。

 

「綺麗だったんだ。生まれる太陽。消える星の最後の輝き。すべての平行世界を飲み込み、また生まれる量子の揺らぎ。それを知ってなお、綺麗なものだと思ったんだ。」

 

急造だからそんな機能なんて着けていないはずなのに、涙が流れている冷たさを感じる。

 

こんな残酷な世界であっても変えたくない。

最初から答えなんて決まっていたんだ。

 

300年繋がれていたのは友奈だけじゃない。

私だってボクからずっと続いて、続けてきたんだ。

 

「本当はみんな誰かから繋がってここまで来ているんだ。例え断絶しているように見えたって、物理的には時間ごと量子で分解できる数値でしかなくっても、本当は繋がってなんかないなずでも、やっぱりぜんぶ…。」

 

茉莉さんの指先が私の唇の前で言葉を止める。

 

「その先はボクじゃない。遥か未来のゆうちゃん達に聞かせてあげて。」

「うん、分かってる。だから、勇者たちが起きたら伝えて欲しい。」

 

私を見つめる茉莉さん(ボク)がいる。

ボクを見る沙耶(わたし)がいる。

 

きっと、300年後の最後に神樹様がいなくなる時まで、ずっと友奈を探し続ける。

 

私達はそういうもの。

 

例えそれが永遠に失われた未来でも、そうせずにはいられない。

 

だからこそ、私は今の茉莉さんに一番残酷な宣告を。

 

「高嶋友奈を差し出せ。そうすれば伊予二名洲を汝らの地として赦そう。」

 

それだけを告げると、その横顔を見たくなくて全部遮断したのに……。

 

全知全能なる私はその哀しい貌を永遠に思い出し続けることしかできなくなってしまった。

 

 

 



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君を離さない I'll never let you go

今回は視点変更があります。都合よく切れなかったので。



「バカな。友奈を生贄にして和平など!」

 

乃木様の叩きつけた拳で机が震える。

とても、14才の子供とは思えない。

これが勇者様。

戦い続け、人類の命運を背負ってきた者ということだろうか?

 

「落ち着いてください。若葉ちゃん。誰もそんなことさせません。」

「すまない。ひなた。熱くなり過ぎた。」

 

神樹様ではなく天の神の力と聞いて、我々大赦も勇者様達の医学的・霊的な調査を行った。

だが、得られた結果は心身ともに正常。

 

それなのに、勇者システムの出力は以前とは隔絶している。

神樹様のご神託でも、熱エネルギーだけですでに1フォエ*1に到達する。

 

(比喩でなく星、いや太陽すら生み出すほどの力か。我々人間に制御できるのか?)

 

「でも、私に用事があるって言うなら、私が行けば……。」

「お願いだから自分からそんな哀しいことを言わないで、高嶋さん。」

「そうです。天の神の考えがいずれであれ、勇者様がいなくなることは耐えがたきことです。」

 

神樹様のご神託で天の神の言葉は真実であると理解はできる。

 

しかし、何故今更人に合わせたのか。

 

未だ神樹様からは一方通行の神託しか頂けぬというのに、敵の方が先に人間に合わせた理由が分からない。

今までどおり一方的な暴力や押しつけだけの預言でなく、言葉で伝え、理解させようというのは何故なのか。

 

もしや勇者様達は天の神と和平をされようとしていたのだろうか?

勇者様のご様子ではそのようには思えないが、樹海の出来事は我々大赦にさえ知り得ない。

どのような動きがあったとしても、事後に知ることしかできない。

 

(密室……勇者様達だけであれば悪用されることもないが、このままで良いのだろうか。)

 

何も知らされずに自分たちの運命が決められていく。

 

人間はそれに抗い、文明を、政治を、社会を作り続けてきた。

だが、結局はすべて神の手の上。

 

「そうだよ。ゆうちゃん。それにあの子の目的はゆうちゃんを犠牲にすることじゃない。それは手段で、それだけではあの子の目的は果たせない。」

 

不明と言えば、この少女も不可解な存在。

横手茉莉と言う名前は、神樹様のご神託にも、大赦のいかなる記録にもない。

 

高嶋様が奈良からこちらに来られる時に同行していた避難民の1人だと言うが、天の神の言葉を勇者様に伝えた時も、今この場にいることもまるで自然に思える。

 

天の神の言葉を受け取り、また、我々の意思を天の神に伝える者。

 

(それではまるで天の巫女ではないか。)

 

神樹様のご神託は天の神は、次は本気で攻めてくるとのこと。

 

幾億、あるいはそれ以上繰り返されてきたという宇宙でも、西暦の時代に本気で人類の前に姿を見せたことは無かった。

 

だが、それも全て神樹様から頂いた知識。

 

はたして、それで全てなのか、それとも神ならぬ我々では知り得ぬことが隠れているのか。

 

できれば、もっと天の神と戦うための情報が欲しいところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お互い慣れない仕事は疲れますな。前は政治など無縁な者がほとんどでしたから。」

 

そう声をかけてきたのは花本という高知で神職を勤めていた男だ。

 

「嘆いても始まらないとは言え、こう何もかもが手探りでは、神経を使います。」

 

そう応じながら、彼の表情をうかがうと、確かに疲れを感じているようだ。

 

勇者様からの報告の後、今度は深夜までの大人たちだけでの議論。

確か以前は政治とは無縁の神職だった者だ。

いや、昔より以前、中世以前であれば、政治に携わる神職もいたかもしれない。

 

大人たちだけの議論でも、勇者様も含めて確認しても、結論は徹底抗戦だった。

だが、一部には天の神が認め、神樹様が認められるのであれば、勇者高嶋友奈の犠牲も無駄ではないのではないか、と言う極端なことを考える愚か者もいた。

 

自ら数少ない貴重な戦力を手放すなど、何の冗談かとも思ったが、彼らの言い分も全く無理筋でないところが状況の悪さを示している。

他ならぬ高嶋様ご自身がそれを完全に否定されない。

そんな中で彼らだけを完全に排除できなかった。

 

数えることができないほども繰り返したという神樹様のご神託が事実なら、今度もその繰り返していく1つで終わる可能性は常につきまとう。

もはや人の世を取り戻すことなどできないのではないか、という不安は誰の心の中にもある。

 

だからこそ、もしかしたら、ひょっとしたら、何か変わったら、高嶋様を手放すごとを恭順と認められるのではないかと言う空しい希望を捨てきれない。

 

「何か騒がしい様子ですね。」

 

花本が奥に目を向ける。

 

改めて神樹様にご神託を賜ろうとしていた巫女を中心とした者達が戻ってくる。

その様子が少しおかしい。

これ以上の非常時などそうあるとは思えないのだが、何かあったのだろうか?

 

そのうち近づいて来た彼らの声が聞き取れるようになる。

 

「……ですから、神婚の儀を行うと言っても実体が分かっていないんです。そのような状態で友奈さんを儀式に向かわせるなんてできません。」

「しかし、上里殿。バーテックスならまだしも、今回は星々をも破壊する勇者様のお力さえ一蹴した天の神が相手。あれはもはや人の理解が及ぶものではない。」

「だからと言って、良く分からない選択を安易にするべきではないのでは?」

「神樹様の示された選択肢の1つが良く分からないなどと不敬ではないか?」

「神託で示されたのは方法のみ。それがどのようなものかを考えるのが我らの務めだろう。」

 

どうも、神託を受け取った者たちの間で意見が割れているようだ。

 

「シンコン? 聞き慣れない言葉ですな。」

「神樹様のご神託なら、悪いものではないと思いますが、一体……。」

 

思わず花本と顔を見合わせてしまう。

 

「皆、深夜まですまない。神樹様から新しいご神託を頂いた。我ら大赦は神婚の儀を行う」

 

さっそく過激な愚か者が前のめりにそう宣言してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神婚。

 

神樹様と聖なる乙女との結合により、人類を地の神の眷族とする。

 

「それが……。」

「神婚、だと?」

 

本来であれば、御姿となった者が神樹様と結合するはずだが、すでに勇者様でも全てを守り切ることが困難となったために、提示されたのだという。

 

「神樹様までそのような……。」

 

さすがの乃木様もショックだったのか、言葉が続かないご様子。

 

それも止む得ないこと。

 

この3年間、人類を守ってくださって来た神樹様が犠牲を前提とした方法を示されたということは、本当に危険なのだろう。

 

(ここまでなのか? これが人の限界だとでも言うのだろうか。)

 

例えようもない無力感。

全てを吸いつくされたような虚無感。

屈辱さえも考えられない絶望感。

 

「神樹様のご神託であれば、それが正しい道なのか?」

「そんなこと言うな。友奈がいなくなったら……タマは、タマはイヤだぞ。」

 

議論の内容は同じだが、神樹様のご神託の影響なのか、神婚推進が優位になった感じだ。

今は過激な考え方と言うより、倫理的な側面で悩んでいるだけに思える。

 

(本当に神樹様の御意思だけで己で決めることなどできなくなっているのだな。我々は。)

 

思い悩むことなく正しい道を進めるのは、ある意味では幸福なのだろう。

もっとも、その幸福も長く続くものではないだろう。

いつか、上から押さえつけられることに不満を抱くものは出てくる。

 

 

「そうだ。天の神と意思疎通ができるのであれば、交渉できるのではないか?」

 

皆の視線が横手茉莉に集まる……ことはなかった。

 

彼女の姿はどこにもなかった。

 

「高嶋様のお姿も見当たらない。」

 

推進派も抗戦派もなく、その場は混沌と化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茉莉さん、いったいどこまで? ぐんちゃんも連れてどこへ行くの?」

 

ゆうちゃんはそう言いながらも、ボクを拒絶まではしなかった。

きっとどうしてよいのか、未だ混乱しているからだと思う。

 

(それにつけこむようなやり方だけど、今は逃げるほうが良い。)

 

沙耶ちゃん――結城ちゃんはあの子にとってのゆうちゃんだから、今は沙耶ちゃんで良いはず――から神婚については、教えられていた。

 

だから、大赦の人たちが気づく前にあの場所を抜け出して来たんだから。

 

「貴方、高嶋さんをどうするつもり。」

「このままだとゆうちゃんは神婚の儀に参加するでしょ。だから、このままここから逃げます。」

「そんな、ダメだよ茉莉さん。そんなことしたら、天の神だけじゃなくて、神樹様まで怒っちゃう。」

 

ゆうちゃんは変わらない。

成長して、強くなって、前よりずっと可愛くなったけど、初めて会った時と変わってない。

 

だけど、今度は3年前とは違う。

今度こそボクはその手を離さない。

 

「それは大丈夫だよ。天の神、いえ、沙耶ちゃんは勇者と戦うことを望んでる。だから、期限までは何もしてこないと思う。あの子は人間に夢を見すぎなんだよ。」

 

諏訪での戦いのこともすべて教えてくれた。

 

だから、あの子は人類がいつか沙耶ちゃん(天の神)を超えることができると、本気で信じている。

 

そのために人類を最後まで追い詰めるつもりだと思う。

諏訪の時とおなじように。

 

でも、それはきっと叶わない。

 

だって、諏訪の人たちはほとんどが勇者だった白鳥さんのことをちゃんと知っていたけど、四国の人たちは勇者の戦いをほとんど知らない。

 

遍在し、世界中の出来事を近くして、時間旅行までできるようになったあの子にとって、"真実"は、それほど価値がないように見えてる。

 

その意識の差は埋められない。

 

だから、ボクもこの3年間ゆうちゃんと一緒にいたこの人のことさえ良く知らない。

 

 

「花本さん、大丈夫。はい、お水。」

「はあ、はあ、申し訳、ありません。郡さま。」

 

 

意外だったのは郡さんと巫女の花本さんまでついて行くと言い出したことだ。

 

ううん、ボクが意外だと思いたかったのかもしれない。

やっぱり、3年前のあの時、ボクも巫女として残るべきだったんだろうか?

 

そうすれば、沙耶ちゃんが天の神とならなくても済んだ?

 

答えはない。

 

だけど、沙耶ちゃんは、松永沙耶は、今生の天の神は、遠い私の子孫だと言う。

 

(もし、そうなら、本当に最悪の場合は、ボクにできることがまだ残っている。)

 

「変な声が聞こえた時はまさかとは思ったが、本当にいるとはな。」

 

角を曲がったボクたちの前に、あきれ顔で久美子さんがやってくる。

 

「天の神とやらに教えられたよ。お前たちを逃がしてやる。」

「どういうことですか、久美子さん! 私が逃げたら、天の神は攻めてくるんじゃないんですか?」

「ゆうちゃん、違うよ。それだけはあの子が考えていないことだから。」

 

このままだとゆうちゃんはあの子と戦う。

そして、今度こそ命を落とす。

もし、神婚が行われても、人類が残るわけじゃない。

 

それじゃダメだ。

 

だから、畳みかけるように言葉を続ける。

 

「今、ゆうちゃんがここで背を向けて逃げても誰も責められない。ううん、今度こそ私はそうして欲しい。そして、それこそが沙耶ちゃんを挫く唯一の方法になる。」

 

 

沙耶ちゃんが持つ前提を否定しない限りあの子は止められない。

 

どれほどの絶望をぶつけても、あの子はきっと超えてくる。

そうなるように、そうにしかなれないように、自分自身を改変してしまってる。

 

例えば、ロイエンケファリンと呼ばれる化学物質は多幸感をもたらす成分があったり、人間の脳にだって、側頭葉の内側にある扁桃体には心や感情に関係する部位がある。

 

まだヒト科の形をしていた時に、素粒子変換の度にそんなところを操作していれば、素人目にも普通ではいられなくなる。

 

だからこそ、ゆうちゃん達は"友達のためなら比喩ではなく命をかける"という前提から変えていかないと、あの子の根源的なところは止めようがない。

 

沙耶ちゃんはその前提に成り立っている。

 

例えその可能性を"知っていても"、意識的に無視しているくらいに、絶対的な前提条件。

 

「なるほど神樹と違って天の神とやらは人間くさいな。ちゃんと(あし)まで用意している。機会があれば色々話してみたいところだ。お、外はよくあるSUVなのに、中は見たことないタイプだな。」

 

 

そう言いながら、久美子さんがどこか楽し気に沙耶ちゃんが渡したキーで、車に乗り込む。

 

「これは面白いな。ほとんど現代の自動車なのに、SFの宇宙船みたいじゃないか。キーは同じところで良いか。」

 

久美子さんが自動車を始動させる。

 

といっても、エンジンの音も匂いも感じられない。

 

本当に何で動いているんだろう?

 

「ぐんちゃん。やっぱり戻ろう。若葉ちゃん達も心配してるよ。」

 

ゆうちゃんは未だ戻ろうとしている。

ボクは戻って欲しくないけど、戻るとしても大赦も少し頭を冷やした方が良い。

 

今の大赦は自分たちの手に余る事態に呆然として、判断能力を神樹様に依存しすぎている。

なにより神婚の儀がおこなわれるとゆうちゃんが犠牲にされてしまう。

 

「ダメよ。高嶋さん。今、戻ったら確実に神婚が進められるわ。」

 

それは他の人たちも同じだったみたいで、こんな時なのにホッとしている自分がちょっとイヤだ。

 

「私も反対だな。神婚なんぞもってのほかだ。」

「烏丸先生? どうしてですか?」

 

花本さんの疑問に久美子さんがあの時と変わらない笑みで告げる。

 

「その方が面白そうだからだ。」

 

その言葉には続きがある。

 

沙耶ちゃんは久美子さんにも教えていたんだ。

 

(沙耶ちゃんが苦手なタイプだと思ってたけど、それも”結城友奈”のふりだったからなのかな?)

 

 

確かにボクだけだと、ちょっとうまく説得できたか分からない。

 

「久美子さん、その言い方だと個人の意見だけに聞こえますよ。」

「あたり前だ。個人的見解だからな。」

 

この人は相変わらず、みんなを混乱させようとする。

でも、今回は付き合ってあげる暇はない。

 

「よく聞いて、ゆうちゃん。神婚の儀を行えば、人類は絶滅する。」

「ぜつ…めつ? そんな神樹様がそんなこと。」

 

そう、神樹様の感覚では違うかもしれない。

でも、あんなものは人類の絶滅以外なにものでもない。

 

「やれやれ、そんなにすぐにネタばらしすることないだろうが。仕方ない。私から説明してやろう。」

 

ため息交じりに久美子さんが神婚の詳細を説明する。

 

神樹様と聖なる乙女の結合。

 

この場合はゆうちゃんが選ばれる可能性が高い。

 

その結果人類は"地の神"の眷属となって、"永久(とこしえ)"に生き続ける。

 

でも、考えればすぐわかる事だ。

永遠なんてありえない。

 

「その実態は人類が五穀となって地に満ちて、連綿と続いていくことだ。

考えることも、動くことも、感じることもなく。

私はそんなもの退屈でたまらない。

お前たちも誰のことも分からなくなるのはイヤだろう。」

 

久美子さんがそう説明を締めくくる。

 

悔しいけど、久美子さんはやっぱり説明が上手だ。

ううん、前よりも上手になってる。

 

「そんな…、神樹様がそんなこと……。」

 

ゆうちゃんの顔がみるみる青ざめる。

郡様も花本さんも、ゆうちゃんほどではないけど、ショックを隠せていない。

 

 

できれば、ゆうちゃん達にこんな顔をさせたくなかったけど、もう余裕がない。

 

「ボクたちは何も知らなかったんだ。でも、今なら、敵が誰かわかる。」

 

そうだ、沙耶ちゃんは敵なんだ。

 

どれだけ、ボクが作ったごはんをおいしそうに食べていても、ルリちゃんや十華ちゃんと楽しく遊んでいても。

 

諏訪でもそうだったように、最後は必ず自分の目的を果たそうとする。

 

例えどれだけ多くの人を傷つけても。

 

そういう子なんだ。

 

「それなら、私が天の神と戦います。それでもダメだったら、その時は……。」

「高嶋さん、まだ何も決まってないわ。私もようやくやりたいことができたもの。簡単に諦めない。」

「郡様、高嶋様……。烏丸先生。その未来は私も面白くありません。」

 

ゆうちゃんはキッパリとそう言い切る。

郡さんや花本さんも、力を貸してくれるみたいだ。

 

(良かった。ゆうちゃんは1人じゃなかったんだ。)

 

「まったく、お前たちは飽きないな。それで当てはあるのか茉莉?」

「まずは十華ちゃんを探します。」

「十華ちゃん? 誰ですか?」

 

不思議そうにゆうちゃんが首をかしげる。

一瞬だけ郡さんの顔をうかがうが、ほとんど変化はない。

やっぱり、十華ちゃんは、本当に誰も知らない子供だったんだと思い知らされる。

 

「郡十華。西暦に生まれる最後の勇者。100億に1度くらいの確率でしか四国にたどり着けない貴方の姉妹。まずはあの子と合流しましょう。」

 

人間としての彼女はただそれだけ。

 

でも、天の神の視点から見ればまた別の側面がある。

 

そのうち1000億に1度は天の神の使徒となる子。

神世紀300年の間、沙耶ちゃんとともに行動してきた彼女なら何かを知っているかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
標準的な超新星爆発1回分、10の44乗ジュールまたは10の51乗エルグのエネルギーだそうです。



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あなたと二人で旅をしましょう Let's travel together, me and you

サブタイトルが過去一番長くなってしまった。

今回から2、3話ほど高嶋チームは移動です。
その間に四国の若葉ちゃんチームは色々大変。

予定ルート
淡路島→明石海峡大橋→神戸・大阪→奈良・天理吹田方面→奈良御所市→吉野・紀伊山地→伊勢神宮→名古屋→北回りで日本アルプスの中→諏訪→???


徳島県鳴門市。

 

数年前まで四国と本州をつなぐ大鳴門橋により、香川県坂出市や愛媛県今治市とともに人の往来が多かった町。

 

郡十華がここに流れ着いたのもそう言う理由がある。

正確には数年前に家を出ていた郡千景の母親が、

本州から四国に戻る時に利用するルートはほとんどがここになる。

 

橋としてメジャーなのは鉄道が通っている瀬戸大橋だが、自動車を含めると東側のこの橋が多くなる。

 

私が奈良から四国に友奈や茉莉たちと来るときも最初はここを目指した、と言うことになっている。

 

実際は橋の前にバーテックスがいたから迂回したのだが、

工夫すれば裏道を通るルートもあるのに、

わざと遠回りで最終的にしまなみ海道通ることなったのだが、その間もいろいろあった。

 

十華と言う名前が勇者として認識されなかったのは、

年齢が小学生未満で、巫女の導きもなく、丸亀市からも離れていたため発見が遅れたのだろう。

 

「で、その十華とかいう子供はどこにいるんだ。」

「もう、来ていますよ。」

 

その子供は、一言で言えば異常者以外なにものでもない。

 

友奈や茉莉も特別だったが異常者ではない人間だった。

 

だが、目の前に1人で車道のど真ん中に立つ5、6才くらいの子供という構図は見た目だけでも、異様だとわかる。。

私が車を路肩に一時停車して降りる。

 

「十華ちゃん、えっと、初めまして。」

「久しぶりで大丈夫ですよ。茉莉さん。わたしは知っていますから、覚えてはいませんけれど。」

 

舌足らずで子供特有の高い声なのに、話し方は10は年嵩に思える。

 

「お前が郡十華か? いや、違うな。お前は誰の味方だ?」

 

これで大赦の人間だったら、さすがの私も人間不信になる。

 

「はい、郡という苗字にはまだ慣れませんが、わたしは高嶋様を生贄にするつもりはありません。

結城ちゃん、いえ、神様はそこまで人類に絶望していません。

だから面倒なんですけどね。」

 

こちらのことは完全に把握している、か。

 

面白い。

 

私が巫女というのは建前だからな。

こうやって直に神に近しい者と言葉でやり取りできるのはラッキーだ。

 

「ここでは目立ちますので、もう少し移動をお願いできますか?

まずはこのまま大鳴門橋を渡ります。」

「待ってください。貴方は本当に郡様の妹なんですか?」

 

そのまま車に乗り込もうとした十華を花本が呼び止める。

 

「遺伝的にはそうです。確かに片親分だけのつながりがあります。

ですが、それも生まれていればの話です。これ以上は先に移動しましょう。」

 

やはり奇妙な子供だ。

 

これだけ自分より遥かに大きな人間に囲まれていて、あのくらいの子供が落ち着いている。

 

「あれ? でも、大鳴門橋も封印されているんじゃなかったっけ?」

 

友奈が首を傾げる。

 

「地上からは難しいですね。ですが……。」

 

 

―ルゥオオオオオオオン―

 

響き渡る(いなな)きと共に大渦が粉々に千切れ飛ぶ。

 

(何かが出てくる。とてつもなく大きい。)

 

「かつてのわたしは銀さんを助けることはできなかったけど、夏凜と戦って気づいたことがある。」

 

夏凜? 銀? 何の話だ。

 

「何かを守るために、別の何かを犠牲にしていたら、いつまでも終わらない。だから……。」

 

吸い込まれるように十華の姿が海の底から現れた何かに吸い込まれる。

 

「高嶋様、今度はわたしも全部がうまくいく方法を考えてみます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獣の姿。

 

豹のようにしなやかな筋肉を持つ腕と、熊のようにゆるぎない力強さを示す足、赤い翼竜の翼。

 

そのどれもが元となった生物の何倍にも届く。

 

(これでも地上活動用のミニサイズか。確かにこれは戦ってどうにかできるものとは思えないな。)

 

「着きました。ここなら、大赦も追ってこないでしょう。今日はここで休憩して、明日には大阪。そして、そこからは神樹様の探知圏外なので、直接諏訪まで転送します。」

 

そう言いながら、十華が車を自動車道に降ろして変身を解除する。

 

「よし、ちゃんと服も再現できてる。」

「そう言えば、さっきあの大きな獣になる前、一瞬だけ服が無くなってたけど戻ってるね。」

 

確かに友奈の指摘通り、一瞬だけ過ぎて分からなかったが、

余分な服など無かったのにどうしたのだろう。

 

「はい、鷲尾さん、友達というには少し畏れ多いですが、

一緒に戦った人にそう指摘されたので、できるようにしたんです。こっちです。」

 

未来の話か、いろいろ聞き出せれば有効なんだろうが、それではつまらない。

結果を知っているスポーツ中継は九分九厘退屈だ。

 

しかし、友奈はそう思わなかったようだ。

「なんで? 鷲尾さんは未来ですっごく偉い人なの?」

「偉い人、と言うより、選ばれた人?でしょうか。結城友奈の最も大事な人だと聞いています。」

「そっかー、じゃ、私にとってのぐんちゃんみたいな感じかな。」

「そう考えてくださって構いません。」

「高嶋さん……。」

 

3年前に会った時と同じで、友奈は簡単にそういうことを言う。

前と違うのは、個人特定で言われた郡千景がまんざらでもなさそうくらいか。

 

面白いのはそんな千景をうっとり見つめる花本と、

さらにその後方で戸惑っている茉莉。

 

なんか、珍妙な人間関係ができているな。

 

(どうやら道中も退屈せずに済みそうだ。)

 

「今日はもう日も暮れます。一度休めるところにご案内します。

このまま山側の道を行ってすぐに灘黒岩水仙郷というところがあります。

そこは神様が何回も落下したせいで、天の力が強くて神樹様の探知が効きにくいはずです。」

「分かった。車はこのままでいいか?」

「はい、いざとなれば獣に戻って車ごと運びます。」

 

それだけ言うと十華は千景の方に行かずに、わざわざ遠回りしてドアに向かう。

 

「ねぇ、貴方、今、私を避けたでしょ。何かあるなら話してちょうだい。」

「…………………………」

 

私や郡たちからは彼女の背しか見えないが、何か小刻みに震えている。

さきほどまで、私とは普通に会話できていたのだが、体調の急変だろうか?

 

いや、そもそも天の神の使徒が、そんなに簡単に急変するなら、私達大赦も苦労しない。

 

何より、先ほどから茉莉が変なジェスチャーを送り続けている。

 

「茉莉、お前、そんなに愉快な奴だったか?」

「え? あ、いえ、これは、十華ちゃんにエールを……。」

 

なんだ? 茉莉の奴まで様子がおかしい。

 

気になって、茉莉のほうに長椅子を迂回して周っていく。

これなら、十華の正面に出るから何か分かるはずだ。

 

「あ、待って、久美子さんストップ。」

「なんだ? 本当にお前たち……は?」

 

3年前の7月30日に世界が滅亡寸前になってから、いろいろ驚いてきたが、これは何の冗談だ?

 

「何なの? いったい?」

「郡、せめてお前だけはこっちに来るな。話がこじれる。」

「は?」

 

郡のどこまでも温度の低い声。

だが、さすがにこれはダメだ。

 

「ううう、ひっく。うわあああああああーん。」

 

やっぱり、泣き出したか。

 

「こういう状態になったガキは手に負えん。

茉莉、お前の方が付き合い長いんだろう。何とかしろ。」

「は、はい。さ、十華ちゃん、ちょっとこっち。」

 

2人が別室に移動すると、私と郡、花本、そして友奈の3人が残った。

 

「なんなの一体。人に話しかけられて泣き出すとか。」

「きっと、郡様にお言葉を頂いて感激したのでしょう。」

「あるいは、お姉さんのぐんちゃんに会えて嬉しかったとか?」

 

たぶん、全部間違ってる。

 

さっきの反応が見た目通りで、今までの対応が異様だったと考えるべきだろう。

 

退屈はせずに済みそうだが、子供相手は茉莉と友奈に任せた方がよさそうだな。

私はもちろん、郡や花本も子供の対応なんてやったことないだろう。

 

結局、十華は泣き疲れて眠ってしまったと茉莉が連絡してきたのは、それから30分ほど経っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日はお見苦しいところをお見せしました。すみません。」

 

翌日、そう言いながら十華が頭を下げる。

勇者と言うのはまともではやっていけないという推察は当たっていたようだ。

 

「いいよ、いいよ。ぐんちゃん…お姉さんに初めて会うから、

なんて呼べばいいか分からなかったんだよね。」

「郡様を実際に前にしてその素晴らしさに姉と呼ぶのを躊躇うのは仕方ないことです。」

「ちょっと、2人とも十華ちゃんをあんまりからかわないで。」

 

友奈のやつも丸亀城で仲良くやれているようだな。

ただ花本はこんな奴だっただろうか?

 

3人のやり取りを見ていると昨日知り合ったばかりとは思えない。

 

だが、この世界が本当に何度も繰り返してきて、

そのすべてで勇者と巫女の関係は変わらなかったというのなら、そう言うこともあるだろう。

 

気に入らん。何もかも同じことの繰り返しなど悍ましい。

もっと悍ましいのは私がそれを知覚できないことだ。

 

知らないうちに昨日(過去)と同じ明日(未来)が、天の神により繰り返されているなど我慢できない。

 

「茉莉さん。みなさん良い人なんですね。それから……。」

「何、十華ちゃん?」

「なーんーでー、みんな、わたしの悩みを知ってるですかーー!!」

 

茉莉がいち早く部屋から逃げ出した。

しかし、廻り込まれてしまった。

 

「うー、うー、うー、絶対言わないでって言ったのにー。なんで言っちゃうのー。」

「ごめん、ごめん、ほら、十華ちゃんの大好きな玉子焼きお茉莉スペシャルあげるから。」

「茉莉さん、お料理できたんだ。私もそれ気になる。」

「高嶋さん……。く、RPGでも料理スキルは多いのに、習得すべきだったわ。」

「大丈夫です。郡様。私も得意ではありませんが、一緒に習得しましょう。」

 

空いた口が塞がらない。

 

友奈以外、私の知っている人物像から離れていっている。

何よりこのままだと収集がつかない。

 

「お前たちいい加減にしろ。朝飯くらいは構わないが、

大赦に追い付かれたらこの楽しい旅は終わりだ。さっさと本題に入れ。」

 

私が一喝すると、にぎやかな会話はピタリと止まる。

 

「そうだね。余り時間もないんだった。まずはその時間の話をしようか。

沙耶ちゃんがゆうちゃんを寄こせと言ってきている期限は、2018年12月31日。

今からだと一ヵ月ほど。それまでに沙耶ちゃんに天災を止めさせなくちゃいけない。」

 

「そのために、茉莉さんは天の神の使徒であるわたしと話したかったんだよね。」

 

茉莉はいろいろなことを話してくれた。

だが、後を引き継いだ十華はもっと詳細な事情を天の視点で語った。

 

勇者と巫女達どころか、大赦や神樹も把握しきれていないだろう事実。

 

一番初めに天の神として人類粛清を実行した神はすでに無いこと。

 

宇宙を創造した独神・別天津神さえも消し去ってしまう力。

 

その全てが未来の友奈。結城友奈のためだったこと。

 

私達が忘れている神樹が全ての勇者と巫女を集めた試練。

 

天の神に赦しを求め信仰対象としていた者たちに対する厳しい対応。

 

「まるでゲームの選択肢を選ぶような気軽さね。」

 

郡のいうゲームもそうだが、私は量子力学の方に近いと思った。

 

選択肢として価値なしと判断した世界は、近似値を取るより可能性がある世界に統合されていくらしい。

 

「今まで数えきれないほどの平行世界が沈んでしまったけど、

結城友奈さんが無事な世界を創るためには、高嶋様が神樹様に吸収されるか、

結城友奈さんにの素粒子配列が完全一致した存在が偶然に発生するしかないんです。

その可能性は推定で10の10乗の29乗分の1。*1

そして、3回ほど前から神様はもう高嶋友奈を吸収させる方法ではなく、

10の10乗の29乗分の1の確率を試行錯誤しても、

平行世界の可能性それでもたっぷりあります。

10の10の16乗くらいは繰り返せるだろうと推測しています。

今はそのうちの10の1064乗回目プラス700回目くらいだったはずです。」

 

なるほど、今の天の神は松永沙耶と言うのか。

 

「そいつはとんでもない暇人かとてつもない阿呆だな。」

 

たまらず吐き捨てる。

 

そんな回数同じ日々を繰り返すなんて、当初の目的を見失わなかったのが奇跡だろう。

 

「確かに沙耶ちゃんはあんまり学校の成績はボクより酷かったから。

あの子、能力の偏りがかなり残念なんです。」

 

茉莉が私の言葉をそう結ぶ。

 

「それで、そんな筆舌に尽くしがたい愚かな奴をどうケリをつけるつもりだ。」

 

難しいのはここからだ。

 

とにかく相手は無限に等しい寿命と時間操作の力を確実に持っている。

一筋縄ではいかないだろう。

 

「特に何もする必要はありません。ただ神様に見つからないように逃げ回れば良いんです。

今回は神樹様が高嶋様を吸収しないことに意味があります。

だから下手に高嶋様が見るに見かねて出て行って戦闘になる危険は冒さない方が良いです。

例え四国の人間が全滅することになったとしても。」

「ダメだよ! そんなの。ぐんちゃん、やっぱり戻ろう。」

「落ち着いて、高嶋さん、今はまだよくないわ。神婚を実行するかもしれない。

今はもう神樹様もあんまり当てにできないわ。」

 

慌てて飛び出そうとする友奈を郡が止める。

 

「そうだな。今戻ってもあまり事態が好転するとは思えない。

神婚の事実を大赦が認識すればまた別だろうが。」

 

こちらの言い分を信じさせることができないだろうか。

 

しかし、十華はそれも否定する。

 

「いえ、大赦は神婚を行えば人が種として根絶することは承知しています。

それでも、人の在り方を失ってでも、人の魂だけでも残そうとするのが神婚の本質ですから。」

「本当に天の神を何とかすることはできないの? やっぱり私が行けば、いいよって許してくれない?」

「それも難しいでしょう。過去の実績として西暦時代の悲惨な戦いが

あったからこそ、のちの神世紀で改善されている箇所も多くあります。

簡単な理由でその歴史の流れを返納するメリットが神様にはありません。

ですから、ここはもう一つの道を目指しましょう。」

 

やはり、まだ何かあったか。

 

さっきの言い方で友奈が引き下がらないことは織り込み済みなんだろう。

 

「わたし以外の残りの使徒にも呼びかけてみませんか? こんなことをもう終わりにしようって。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうして車を走らせていると、3年前を思い出すなあ。

あの時はもっと大人数だったが、それでも楽しかった。」

「そんなの、久美子さんだけですよ。みんな必死だったのに。」

 

茉莉がジト目で睨んでくる。

 

「ははっ、そう怒るな。結果的に全員無事だったんだから良かっただろう。」

「そうだよ、茉莉さんがピピーンって敵を見つけて、

私がえいやーって星屑を倒して、久美子さんがみんなを運んで……。」

「待ってください。高嶋様、今、なんて……。」

 

久しぶりに楽しく友奈たちを話していると、突然花本が割って入る。

 

いや、今のは完全に友奈の失言だ。

 

「高嶋様、バーテックスを見つけていたのは、"巫女"である

烏丸先生ではないのですか?」

「あ!?」

 

友奈がしまった、という顔で私を見る。

 

やれやれ、こうなるとウソを吐きとおすのは無理だな。

それに、他の人間がどういう反応をするのか興味もある。

 

「とうとうバレたか、今、友奈が言った通りだ。私は巫女じゃない。」

 

私達の楽しい旅はまだ始まったばかりだ。

 

 

*1
桁数0が10の29乗個。もう視覚的に数字として書けないですね。



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もう一度愛します I love you again

「燃料の再構成終わりましたよ。」

 

十華ちゃんが沙耶ちゃん(天の神)に与えられた癒しの力。

それが"失われた"と認識するものであれば何にでも有効というのは、

沙耶ちゃんらしいいい加減な設定だなと思う。

 

確かにガソリンがなくなったとか、表現することはあるけど、

それをそのまま実現するための条件にできるってどうなんだろう?

 

これは想像だけど、本当はなんでもありなんだろう。

でも、そうしない。

そうしないことで確認しようとしている。

 

「ああ、お疲れ様。出発前に使えそうなものを探しに行こう。

本当に1、2分で燃料を創造してしまうとはな。

おい、十華、全部片付いたら世界中廻ってみないか?」

「わたしは未だそこまで考えられません。」

 

ボク達は大阪の梅田地下街まで到着している。

 

地下が残っているなら地上よりは缶詰のような食品が残っていないかと

来てみたんだけど、何故かあっちこっちの入口が人の手で封鎖されていて、

まだ中に入れていない。

 

「よっと、久美子さーん、こっち側だけバリケードが破られてたところがあります。」

 

向こうからゆうちゃんと千景ちゃんが顔を出す。

 

「茉莉、花本、近くにバーテックスの気配は無いんだな?」

「えっと、うん、大丈夫だと思う。」

「……。」

 

花本さんは久美子さんから少し距離を開けてしまっている。

 

久美子さんが本当は巫女じゃなくて、

ゆうちゃんと合流した本当の巫女はボクだと言う事実。

 

花本さんが久美子さんとボクに対する不信を抱かせるには十分な理由だ。

 

今でもあの時どうすべきだったのか答えは出せていない。

 

ボクだってゆうちゃんと一緒にいたかったんだ。

 

でも、久美子さんの言う通りで、ゆうちゃんが戦って、傷ついて、

倒れてしまいそうになったら、きっと、沙耶ちゃんがいなくても、

ボクはきっと今と同じことをしていた。

 

きっと世界がおかしくなってしまっても、そうしていただろう。

 

変なことを考えていたせいで、その影が何なのか、最初分からなかった。

 

 

「だからって、それはないでしょ!!」

「友奈! 千景! そいつから離れろ。」

 

 

突然鋭い声がボクに落ちる。

寸前に十華ちゃんが宙に飛び出し、何かを、いえ、誰かを受け止める。

 

「若葉ちゃん!」

「何やってるのよ貴方は!」

 

驚いたゆうちゃんと千景ちゃんがこっちに来ようとして止められる。

 

「待ちタマえ、友奈、千景。」

「ああ、もう、若葉さんもいきなり攻撃しないでください。」

 

また新しい勇者。

 

(ダメだ。勇者同士が戦うなんてことになったら……。)

 

「十華ちゃん。戦っちゃダメ。」

「わかった。」

 

十華ちゃんが乃木さんから離れる。

 

「若葉さん、間違って、友奈さんや千景さんを傷つけてはダメです。」

「あ、ああ、すまない。」

「まったく、ビックリさせないでくれ。」

 

良かった。乃木さん達も本気で攻撃するつもりはなかったみたいだ。

 

「まったく、貴方はいつも突っ走るんだから。」

「そうだな。悪かった。千景、友奈も。」

「ううん、いきなり仲間がいなくなったら心配になるよね。私達も黙っててごめん。」

 

ゆうちゃんと千景さんが乃木さん達と楽しそうに話している。

 

(でも、やっぱりゆうちゃん達は戦うべきじゃない。)

 

ゆうちゃん達がいっぱい頑張ってきたけど、本気で沙耶ちゃんを何とかするためには、

今の時代では無理だと思う。

沙耶ちゃんは十華ちゃん達にさえ明かさなかった全てを教えてくれたけど、

ボクには宇宙の外って言われても分からない。

誰かに言えれば良いんだけど、誰に話せば良いのかも分からない。

 

そう言えば、沙耶ちゃんもボクより成績悪かったのに、

どうしてそんなに難しいことが分かるようになったんだろう?

 

神様になったから?

 

でも、それなら、全部を知っているけど、それを活かすことができていないのかもしれない。

少なくとも今は未だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカな! ひなたがそんなことをするはずがない。」

 

そして、また乃木さんの頭に血が集中している。

 

落ち着いたと思ったタイミングで、花本さんがボクと久美子さんの本当の関係を糾弾したからだ。

 

――貴方達は人類全体を騙している――

 

ボクはそこまでちゃんと考えていなかったけど、

久美子さんがあの時言った通り、ボクはゆうちゃんが戦うことに受け止められなかった。

 

でも、今度はちゃんと受け止めよう。

 

ゆうちゃんが戦うことも。

久美子さんの気持ちも。

沙耶ちゃんが世界を滅ぼすことも。

 

だからこそボクにできることがある。

 

 

ちらりと見ると、相変わらず久美子さんは楽しそうだ。

 

自分が糾弾されることさえ、この人は楽しんでいる。

楽しむことができてしまえる。

 

「真実は上里に聞けば良い。だが、私達は大赦に捕まってやるわけにはいかない。」

「ですが、今、四国は混乱しています。勇者が戻らなければ、きっと暴動になる。」

 

あくまで飄々とした態度を崩さない久美子さんに、”珍しく”伊予島さんが言葉を強くする。

 

気まずい沈黙が流れる。

 

事実としての神婚がとても救いとは呼べないから、ゆうちゃんも簡単に賛成しないと思うけど、

本当にどうしようもなくなったら、それも分からない。

 

そうしたら、人類は今度こそ滅亡して……、あれ?

 

沙耶ちゃんの目的は結城友奈さんが幸せになる事じゃなかったっけ?

そして、今まで時間を繰り返してきたのは、ゆうちゃんの持つ友奈因子を神樹様に取り込ませるため。

 

でも、ゆうちゃんが死ななくても友奈因子をもった結城さんが生まれてくるようにできるのなら、

そもそも、この時代自体が必要ないんじゃないの?

 

自分でも驚くくらいの勢いで顔を上げて、口を開くのとほぼ同時。

 

「でも、おかしいですね。友奈さんが必要無くなったのなら、

天の神はどうして私達の力を増やしたり、友奈さんを差し出せって言ったりしたんでしょうか?」

 

 

本当にどうして気づかなかったんだろう。

 

「そうだな。本当にどうしてなんだろうなあ。お前はどう思う? 十華?」

 

 

みんなの視線を一斉に浴びても、十華ちゃんの小さな体はピクリとも動じない。

 

「それは白鳥さんが頑張ったからでしょう。だから神様になってなお、

まだ自分が知らない素晴らしいものが人間にはあるという強迫観念に取りつかれている。

追い詰めればまったく違う可能性が誕生するかもしれないって。

みんなを死に追いやって強制参加させるなんてめちゃくちゃだけど。」

 

あ、そうなんだ。

 

うん、なんだか、そんなところは沙耶ちゃんっぽいな。

 

すぐに熱くなって、考えるより先に手が出て、意地ばかり張って、いつもトラブルばかり。

 

みんなが幽霊でも見たようなビックリした顔している。

 

「茉莉、お前、なんで笑ってるんだ。」

 

久美子さんがいち早く我に返って指摘する。

 

「え?」

 

ボクは自分の頬っぺたを触ってみる。本当だ。

 

「えっと、なんていうか、すごく沙耶ちゃんらしい理由だって。」

「らしい? どういう意味だ?」

 

乃木さんが首を傾げる。

 

意外だったのは十華ちゃんも不思議そうにしていたことだ。

 

「えっと、ほら、ボク達と一緒に逃げてきた黒シャツの男がいたでしょう。」

 

ボクがゆうちゃんと久美子さんに投げかける。

でも、反応は対照的だった。

 

「誰だっけ?」

「ああ、アイツか、そう言えば窃盗か何かで捕まったんだったな。」

「あの人が捕まったのって、沙耶ちゃんが後ろからキックで倒しちゃったからなんですよ。

人質を取られていたのに、近づくなって言い終わる前にナイフを蹴り飛ばして。」

 

あの時、あの男は追いかける沙耶ちゃんから逃げようと人質を取ろうとして、

お決まりの警句を言い終える前にナイフを遠くに飛ばされて、また逃げたけど結局捕まった。

危ないって後で言ったら、人質を取ってる自分から動かない相手だから平気って返されたけど、

そういう問題じゃないと思う。

 

「それが、歌野が頑張ったように人間すべてに頑張らせようとするのとどう関係しているんだ?」

 

球子さんが不思議そうにする。

 

「忘れられないんだよ。あの光景は沙耶ちゃんにとって、人の心の光に映ったんだ。」

 

忘れられなかったのはボクもだ。

 

どれだけ時が経っても、自分の幸せを手に入れても、ふとした時に思い出す。

あの時ゆうちゃんと一緒に大社に行くって言えなかった。

 

「そして、辛うじて可能性が残った。 もし、白鳥歌野がただ戦いがうまいだけの人だったら、

人類全体のことなんて気づかず、もっと早くに、ループしなくても結城友奈さんに会えるって

気づいていたでしょう。」

 

とうとう気づいたから、今回で終わりにして、もう一度結城友奈さんだけに絞り込んで、

ループなしで進めていこうとしているんだ。

 

その時が来たら、乃木さん以外の西暦の勇者は、今度こそ生き残れない。

 

(ゆうちゃんはそれでも戦うの?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅田地下街の入口。

 

バーテックスが通ったのか、階段とか壁とかが壊れたり崩落したりしているところがある。

クレバスみたいな裂け目を超える時は、基本的にボク達巫女はゆうちゃん達勇者に抱えてもらっている。

 

基本的には、ということは例外もいるわけで、そう例えば……。

 

「はははは、これは良いな。おい、十華。もっと身体能力を上げることはできるのか?

いろいろ試したい。」

 

久美子さんがビョンビョンと飛び回りながら、十華ちゃんに要求する。

 

「できますけど、ここ地下ですよ。」

「仕方ない、ん? お前たちちょっと止まれ。」

「うーん、先行しているのは久美子さんだと思うけどな。バーテックスですか?」

 

久美子さんの言葉にゆうちゃんが首を傾げる。

 

「違う。そういう意味じゃない。この先を見るならそれなりに覚悟しろ。かなりキツイぞ。」

 

さっきまでのはしゃぎようとは違って、まるで本当の巫女のような真剣な表情で

久美子さんがボク達を制止する。

 

 

「まずは私が見よう。ひなた、みんなと一緒に、ここで少し待っていてくれ。」

「はい、わかりました。若葉ちゃん。」

 

ひなたさん、ボクの代わりに久美子さんを巫女として迎え入れた巫女の代表みたいな人だ。

 

会ったのは1度だけだったから、あんまり印象がないけど、彼女もまた勇者を見つけた人。

 

(ボクとも花本さんとも違う。巫女も勇者に性格に統一性は見られないか。)

 

だとすると、選出基準はやっぱり”良い人”かどうかくらいしかないのかもしれない。

 

「みんな、来てくれ。ただ、烏丸先生が言ったように、かなりショックだから心してな。」

 

この先にあるのは泉の広場。避難してきた人たちの最期の場所だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茉莉さん、大丈夫?」

「大丈夫だよ。ゆうちゃん、ここには血を感じるものはもう何も残ってないから。」

 

たぶん、地下街に避難してきていただろう人たちの遺体…はもうなく、たくさんの骨が高く積み重なっている。

 

誰かの手で骨はここに運ばれている。

そして、亡くなった人たちはバーテックスに襲われていない。

バーテックスに襲われていれば、骨も残さず食べられていただろう。

 

その理由を、ボクはもう教えられている。

 

「いるんでしょう、アル。」

 

さっきまで何の気配もしなかったのに、ピリピリとした空気が闇の向こうから湧き上がってくる。

 

「……。」

 

出てくる。

 

12人の使徒の中でも一番の力を持ち、神に最も近い少女。

 

暗闇にあっても、月の光のように輝く白銀の髪。

伸びた青白い腕が入口とボロボロの剣をしっかりと掴む。

恐ろしいほどの黄金率で配置された絵画のような姿。

 

知らずに誰かが唾を飲み込む。

 

ここまで来れば、バーテックスと直接会ったことがある人間なら、誰でも分かる。

 

この子はバーテックスと同じだけど、どのバーテックスと比較しても別格の力を持ってる。

 

あれがアル。

 

「違う、それは先生の名前。貴方は先生を知っているの? そしてここはどこ?」

 

「ふぅ、今回はいきなり斬りかかってこなくて良かった。すかさず同期。」

 

アルが剣を降ろして、十華ちゃんが最初に言った言葉はそれだった。

 

 

 

「便利なものだな記憶の同期というのは。」

「でも、あまり使いたくないです。自分が自分でなくなったみたい。」

「そうか? タマは全然平気だぞ。」

 

記憶や知識をテレパシーみたいに共有する方法。

厳密には各脳神経を構成する原子に働きかけているって言っていたけど、

よく理解できていない。

 

沙耶ちゃんがボクにしたように、十華ちゃんもその方法を知っていた。

 

「これでわたしの知っていることはすべて。どう、アル、いろいいろ思い出せた?」

「……別に。だけど、どうせ行く当ても目的もない。四国に連れて行ってもらえるなら同行する。」

 

アルは表面上なにも変わった様子がない。

でも、この時点のアルは四国どころか、日本という国の存在すら知らなかったはず。

 

だから、十華ちゃんからの同期はうまくいっていると思う。

 

本当はボクも同期とかできれば、ゆうちゃん達の役に立てそうなんだけど、

あくまでボクは巫女の域を超えられない。

 

「貴方も頑張ってきたのね。間違えても、失敗しても。」

「おねえちゃん、ありがとう。わたしもみんな幸せになれるようにしたい。でも……」

 

十華ちゃんは、ようやく千景ちゃんをお姉さんと呼べるようになったみたい。

 

「あ、まだ、あなたの名前聞いてなかったよね? 十華ちゃんも本当の名前は知らないみたいだし。」

 

ゆうちゃんがアルに聞いた通り、みんなはまだアルの本当の名前を知らない。

アルフレッドはあくまで剣を教えてくれた人の名前だ。

 

アルが先生の名前を借りて、自分の名前を言わない理由。

 

1つはいずれ未来で執事をやるなら男装っていう沙耶ちゃんの間違った知識を真に受けたから。

沙耶ちゃんも自分が言ったことを神の言葉として、結構悪ふざけで使ってる気がする。

 

そして、もう1つ。

 

これが本当の理由。

 

 

「私の名前。両親に貰ったものなど、今となっては無価値なものだ。」

「そんなことないよ。やっぱりちゃんと知りたい。」

 

アルが十華ちゃんに視線を向けるけど、十華ちゃんは千景ちゃんに頭をなでられて気持ちよさそうにしている。

 

「シオン・ナースティカ・ベッケンシュタイン。昔にはなく、今となっては意味がない。

遠い未来にしかない名前。」

 

ようやく、正気に戻った十華ちゃんが首を傾げながら、こっちにやってくる。

 

「うーん、その名前って、どこかで聞いたような?」

 

久美子さんを見ると、首を振って否定する。

 

「ナースティカとベッケンシュタインがつながらない。まるでキメラみたいな名前だ。」

 

久美子さんがそう言うなら、たぶんそうなんだろう。

 

「あ、そっか、未来でまだ観測できない宇宙だ。」

 

十華ちゃんが何かを思い出すと、何となくアルがイヤそうな顔をしている。

 

「うーん、別に私も知りたかっただけだから、これからもよろしくねアルちゃん。」

「……そう、なら、それで。」

 

ゆうちゃんが差し出された手は間違いなく、受け止められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十華ちゃんとアルの力を借りて、地上にテレポートさせた骨を簡単に埋葬する。

 

「今はこのくらいしかしてやれないが、いつかすべてを取り戻した時に必ずちゃんと供養する。」

 

若葉ちゃんの言葉を合図に全員で黙とうだけを捧げる。

 

アルや久美子さんも思うところがあるのか、参加してくれていたみたいだ。

 

「それで、次の目的地は?」

 

久美子さんが問いかけると、意見が割れる。

 

 

「いや、その前に四国に戻らなければ、いつ敵が来るかもわからない。」

「でも、今戻ると高嶋さんを神婚の儀式に連れて行かなければならないわ。」

 

乃木さんと千景ちゃんの繰り返し。

結局はそこに戻ってきてしまう。

 

「やれやれ、お前たちは飽きずに同じことばかり、おい、新入り、お前は何かないのか?」

「別に私はどちらでも良い。」

 

久美子さんがアルに聞いてみるけど、乏しい反応しか返って来ない。

 

「ダメだよ。アルもわたし達と一緒に来るなら、神様と止める方法を考えてよ。

と言うか、最後の1人がいるでしょ。」

「那由多のこと? いても力不足。神に対することはできない。」

 

そう言えば、まだもう1人使徒が残ってたんだ。

 

あんまりこの時代で出てこない人だから、すっかり忘れていた。

 

「そう言えば、那由多さん?は今はどこ?」

 

2人の間に入って確認する。

 

「伊勢神宮ですね。わたしは諏訪の帰りで良いかなと思っていたんですけど、

先にここに来たから、寄っていきましょう。彼らが来る前の平行世界は先の天の神の怒りが

300年後ろにずれた時代だから、わたし達の持っていない技術をたくさん持っているかも?

アルの場合は5000年ずれで人類が衰退しちゃってますけど。」

 

ボクの質問にアルが口を開く前に、十華ちゃんが早口で答える。

 

「ふむ、と言うことだが、上里お前はどう思う?」

「そうですね。先ほどのお骨を回収してくださったときの力もすごかったですし、

味方が増えるのでしたら、そうしたいところですが、今の四国は不安定です。

誰か勇者がいなければならないと思います。」

「つまり、二手に分かれようというわけか。」

 

確かに戦うわけじゃないから、固まって移動する必要はないのかもしれない。

 

「なら、三手に分けて、伊勢に行く途中に私の武器を回収したい。」

 

今までほとんど意思表示をしなかったアルが自分の意見を言う。

 

「え? アルの武器ってあの杖じゃなかったの?」

「あれは本来戦いに使うものじゃない。私の剣はゾモロドネガル。貴方のフランベルジェと同じ。

主なる神の前では無力だと思っていた。だけど、今度は間違えない。」

 

人の心をもとにして沙耶ちゃんが作った剣。

 

「三手に分かれるのはいくら何でも分散しすぎだ。友奈と千景は3人目のところまで行ってくれ。

途中でその剣を回収できそうなら、してくれて構わない。

私達は四国に戻ろう。」

 

乃木さんが迷いを断ち切るように宣言する。

 

「でしたら、わたしも四国に一度連れて行っていただけませんか?

正式に勇者であると認めてもらえれば、勇者が増える可能性。

まだ対抗手段があるという宣伝くらいにはなるでしょう。」

 

十華ちゃんが挙手してそう告げる。

 

「それで良いのね?」

 

千景ちゃんが十華ちゃんに確認する。

 

「うん、生きてさえいてくれれば、おねえちゃん達にはまた会える。

大丈夫。わたしだって神様と一緒に数回は宇宙の熱的死も超えてきてるから。

そのくらい我慢するよ。」

 

「分かったわ。私達も必ず戻るわ。だから、それまで妹のことをお願いするわね。乃木さん。」

「ああ、任せておけ。立派な勇者にして見せる。」

「……………………。」

 

その後、千景ちゃんがこっそりと、杏ちゃんに耳打ちしていたことは

乃木さんの名誉のために黙っておこう。

 

 

「……伊予島さん、あなただけが頼りよ。脳筋にだけはしないで頂戴。」

「あはは、大丈夫ですよ。千景さん。ひなたさんもいますし。」

 

 

次の目的地は奈良県御所市。

ボク達の出会った場所だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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剣を取るものは剣によって滅ぶ Live by the sword, die by the sword.

ゆゆゆいCS版買ったのに全然進めてない。


御所市内に入ってもあたりは破壊された街並みが続く。

十華がいないので、道路が進めないような場所は私の限定時間遡行で一時的に巻き戻して進む。

 

「なあ、天の神のところをクビになったら私のところに来い。一緒に世界中を回ろうじゃやないか。」

「私は旅が好きじゃない。」

「久美子さんまた言ってる。大赦はもう良いんですか?」

「飽きた。勇者以外は刺激がすくないんだ。巫女(ガキ)のお守りばかりだ。」

 

烏丸の提案は断った。

旅は……追われる日々はもうたくさんだ。

きっと一生分はやって見せたはず。

 

私の生きていたころの旅の思い出は、ただ逃げるだけの記憶。

 

白く冷たい雪と、黒い大地と、灰色の森。

血で味付けされたパンと、誰かの命乞いの声と、苛立たしい祈り。

自分の命と、自分が奪った命と、自分の命を奪おうとする者。。

 

ただ、それだけの記録。

 

それでも今の道中はあの時よりもずっと良い。

当然のように一度たりともバーテックスに遭遇しない。

 

より上位の使徒である私がいるのに、バーテックスがわざわざ出てくる道理がないのだろう。

 

高嶋と横手は自分たちの家を確かめに行った。

 

どちらも辛うじて家だったモノが残っているだけで、人が住んでいないのは明らかだった。

彼女たちは何を思ったのか。

 

悲しみの中に諦めという安心があったように思える。

これでようやく幻を追い続けることはないのだから。

 

高嶋友奈のつぶやきを残して、私達はその場を去った。

 

「必ず帰ってくるから、それまで待っていてね。お父さん、お母さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道端の何でもないバス停のすぐ隣、首無し地蔵の下を少し掘り起こすと私の剣が出てくる。

埋めたのは1000年前だから錆びすぎて土と見分けがつかない。

 

柄に私のエメラルドをはめ込み、神気を行き渡らせると瞬時に往年の姿を取り戻した。

 

シャムシール・エ・ゾモロドネガル。

 

かつて神から王に与えられた権威の象徴。

何故か彼は一緒に与えた指輪ともどもこの剣も返された。

 

彼が何を思っていたのかは、今となっては分からない。

神も何も仰らなかった。

 

まだ人間のことは分からない。

 

でも、分かったこともある。

人間は多様であるということだ。

 

私が生きた時代に感じていた世界の一様さとはかなり趣が違う。

 

久しぶりに誰かといたためなのかお嬢様と会った時の夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがそうなのか? しかし、これは……。」

 

表札も弥勒とあるので間違いないだろう。

ただ、どうみても普通の一軒家で、人を雇っているようには見えない。

素性の怪しい西暦時代の外国人のような見た目ならなおのことだろう。

 

今日のところは天に戻り、改めて偽装工作をしたうえで出直すか。

背を向け振り返ったところで、目が合った。

 

4、5人ほどの小学生くらいの集団。何故かその先頭に彼女はいた。

 

(弥勒夕海子、私の新しい主。)

 

何故か子供たちは私を指さして開いた口がふさがらないといった様子だ。

神世紀も300年近くが経過した後、人種的な特徴は一度ほぼなくなる。

だから、私の特徴は珍しいのだろう。

 

もっとも、私自身は5000年後の出身だから、また人種は派生するのだけど。

 

出直したかったが出会ってしまったのであれば、できるだけのことをしよう。

 

「失礼。弥勒夕海子様でしょうか?」

「は…い…、ほ、ほら、見なさい。だからアルフレッドは実在するのよ。」

 

ついて来た子供たちに向かって弥勒夕海子が自慢気に言う。

 

「マジかよ……。」

「本物?」

「少なくとも、見た目は執事よ。」

「あの銀髪染めてないの。」

 

後ろの子供たちの驚きは本物だが、何故私の名前を知っていたのだろう。

 

「と、とにかく、これで納得したでしょう、わたくしが由緒正しい弥勒家の人間で、

執事だってちゃんといるって。」

「まあ、実際にいたしな……。」

 

ついてきていた子供たちは渋々引き下がり、そのまま解散となった。

残ったのは私と弥勒夕海子だけ。

 

これは私は執事として認識されているのか?

神が手配してくださったのかもしれないが、特に何も仰っていなかった。

 

「よろしいでしょうか?」

 

私の呼びかけにビクリと背中を震わせながら、弥勒夕海子が振り返る。

 

「えっと、これはその……。」

 

何かを言いたそうにしている。

 

しかし、仕えるものとしては、先に挨拶はしておくべきだろう。

 

「わたしの名前はアルフレッド・アーネスト・アルバート。

より貴方様の執事としてお仕えいたします。弥勒夕海子様。」

 

宮廷で見かけた執事の見様見真似だが、知識としても神によりインストールされている。

それほど間違ってはいないはずだが、何故かポカンとした顔で見上げられる。

 

「え? 本当ですの? ドッキリとかじゃございませんわよね?」

 

ようやくと言った様子でそれだけが返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、君は天の神の命によって、夕海子の執事になるようにと言われたわけか。」

「はい。」

 

対面するのは夕海子様の父上。

 

つまり弥勒家の今の当主ということになる。

確か前の当主はその祖母に当たる人物だった。

 

「だが、今の弥勒は零落しただの一市民に過ぎない。執事など不相応だ。

まして、君はそれなりの家のでなのだろう。」

 

半分自虐交じりに笑いながら仰る。

 

「人間社会でのご心配はご無用かと存じます。これは神の御意思。俗世の評価など無関係です。」

 

私の言葉を聞いても、なお納得はしていない様子だ。

 

「確かに神の心は人には計り知れない。それでも神樹様ならば未だ分かる。

だが君の言う神は天の神。人類の天敵バーテックスを送り出したのに、何故なんだ?」

「存じません。」

「君はそれで良いのか?」

「分かりません。ただ神の御意思は絶対です。」

「そうか、だから、天の神は君を弥勒(わたしたち)の元に呼んだのか。」

 

何故か分からないが、彼は今の答えだけで満足したようだった。

 

「分かった。期待するような報酬は無いと思うが、夕海子のことを頼もう。」

「委細承知いたしました。」

 

彼が何故を納得したのか分からないが、2、3ここでの生活について話した後、

居室を辞し廊下に出ると、夕海子様が待っていた。

 

「えっと、アルフレッド…さん、お父様はなんて?」

 

どこか不安そうに夕海子様がお尋ねになる。

 

「ご心配には及びません。明日からお願いいたします。夕海子お嬢様。」

 

そうして、私はお嬢様の執事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、食事中に近くに立たないでいただけません?」

「慣れてください。給仕を伴う食事も必要なことです。」

 

 

「あの、剣の修行なんて必要ですの?」

「はい、王侯貴族とはそういうものです。」

 

 

「寝言でお願いしたからと言って朝からフルコースは止めません!? 重すぎますわ。」

「問題ありません。すべて少量ですのでa piece of cakeというものです。」

 

 

宮廷での自分の体験を元にしたのが良くなかったのか、最初はかみ合っていなかった。

ただ、お嬢様が中学生になるころには馴染めて来ていた、と勝手ながら思っている。

 

 

そして、それは運命の日。

 

結城友奈が勇者になる時が近づいていた。

 

お嬢様も勇者の可能性があるということで、ほかの勇者候補たちと集められていた。

その与えられる端末が私によって命を落とした三ノ輪銀のものと言うのは、運命なのか皮肉なのか。

 

「絶対に無理はしないでね。お父さんも、お母さんも、弥勒の名前に未練はないのだから。」

「夕海子、私達の先祖は家名よりも、大切なことを知っていた。そのことを忘れずにな。」

「ご心配にはおよびませんわ。必ず弥勒の名前を再び轟かせて見せますわ。」

 

親子の会話は微妙にすれ違っていた。

それなのに、お互いにそれで良いと思えるのだろうか。

 

一度だけ、お嬢様に聞いたことがある。

 

「お嬢様は何故それほど弥勒の名前を上げようとされているのですか?」

 

ただ、お嬢様も即答はできないようだった。

 

「え? うーん、あれですわ、あれ、ええーと、わたくしの受け継いだ血が

大業を成せと叫ぶのです。」

 

「では、弥勒のように輝かしい者を受け継ぐことができない家の者は、どうなるのでしょう?」

 

そう、かつての私のように多くの者を苦しめ、支配していたのに、

ちょっとした失敗でそのすべてから恨まれていた。

 

栄誉も罪も個人に属するものではないのか?

 

私が追われる日々だったのは先祖の罪だから正当な結末だったのか?

 

「え? そんなの失敗すればやり直すだけですわ。」

「は? そんなことは許されるのでしょうか?」

「なんだか、今日は妙に突っかかってきますわね。でも、ダメとは言われていないでしょう。」

 

少しの黙考。

 

確かに神は怒ってはいても、許すとも許さないとも言っていなかった。

だからこそ奉火祭で巫女が命をかけた時には、条件付きとはいえ和睦を認めたのか。

 

(怒りと和睦は矛盾しないのか。では何が天の怒りだったのだろう。)

 

ただ、分かったこともある。

 

「それは素敵な世界でしょうね。では、弥勒家が復興する時もぜひお手伝いさせてください。」

「なんかバカにしていません? まあ、その時が来たら貴方も呑気にしていられませんわよ。

なにしろ、わたくしの第一の臣下なのですから、後輩に示しをつけなくてはいけませんわ。」

 

心からそんな日が来ればよいと思った。

許される世界であってほしいと思えた。

 

だから忘れていた。

 

私個人に由来する罪がどのように牙をむくのかを、神ならざる人の私では知りようもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚める。

目が覚める?

 

私は寝ていたのか?

 

睡眠が必要になれば、そんな肉体は破棄してすぐに再構成していたのに。

そこまでしなくても疲労した肉体の時間を巻き戻しても良かったはず。

 

それなのに普通に睡眠をとったり、食事をとったりしている。

それどころか、排泄機能まで再現されてしまっている。

 

(私はいったいどうしたのだろうか?)

 

 

「あ、起こしちゃったかな。その剣、大事なものなんだね。ずっと抱えたままだった。」

 

声をかけてきたのは高嶋だった。

 

「そうだな。私が天の神の使徒となった時に頂いたものだ。」

「ねぇねぇ、天の神ってどんな人? あ、神様だから人じゃないのかな。」

 

高嶋は唸りながら考え始めてしまった。

 

時刻は午前5時を過ぎたところか。

 

「人で構わない。元々この世界の人間に怒っていた天の神はもういない。今の神は人の身から出でた者。」

「そっか、で、その子ってどんな人?」

「そそっかしい、危なかっしい、馴れ馴れしい。およそイメージされる神とは対極。

それなのに神と認めてしまうよう方。」

「うーん、もしかして、あんまり深く考えてない?」

「だろうな。同じ能力が与えられていれば、もっとうまくできる者はいただろう。

だが、その才覚を持てるのは神のみ。だからこうなっている。」

 

乃木園子ならもっと妥当な落としどころを見つけられるだろう。

十華も姉離れしている状態なら、優しい世界を作れるだろう。

犬吠埼風ならもっと全体を考えた調整を行うだろう。

 

そもそも、ちゃんとした政治学を学んだ大人ならこれほど過激なことはしないだろう。

それとも、聖人君子の代名詞であるアーサー王にでも代理執権させればよかっただろうか。

それでも、優れた者でも正しい者でも優しいものでもなく、神たるは唯一あの方のみ。

 

代理と呼ばれた私でも、その全貌を抱えきることはできていない。

完全一致の素粒子構成を持つもう一人でもすべての外側には至れなかった。

そして、神が最も愛する結城友奈でも倒せども倒せども、神のいる場所には届かなかった。

 

 

 

彼女達は戦わなくてはならない。

 

どのような未来が待っているのか分からなくとも、彼女達にしかできない。

 

この時代を生きるということは他の誰にも、たとえ天主たる神にすらできないのだから。

 

 

少なくとも私はこの時代の人間でもないし、この時代で人に会うこと自体初めて。

そう、これまでの回帰では常に300年後が私の舞台だったのだから。

 

 

だから、この次の目的地。

 

伊勢神宮付近に直に赴いた先に那由多がいることも今まで知らなかったのだから。

 

 

 



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みんなをひきつける魅力 Charm that attracts everyone

伊勢神宮、天の神を祀る社。

 

ここに天の神の最後の使徒。那由多さん?がいる。

できれば、話し合いで協力してほしかったんだけど、上手くいくだろうか。

 

みんなの口数がだんだん少なくなってる。

たぶん御所市に入ったあたりからだ。

 

ゆうちゃんが明るく振舞っているけど、それが余計に哀しく感じてしまう。

 

今、伊勢神宮の門前にいるのは、

ゆうちゃん、郡さん、美佳さん、アルフレッドさん、久美子さん、ボク。

 

「誰かと思えば、アルフレッドじゃないですか。もうお嬢さんのお守りは

お役御免ですか?」

 

どこか皮肉っぽい笑みで、拍子抜けするほど普通に最後の使徒は姿を見せる。

 

来島那由多という名前以外、ほとんど姿を見せたことがない。

神世紀300年にほんの少しの間だけ使徒として暗躍して、

すぐに天の神から離れた人。

 

「夕海子お嬢様のことを言っているのであれば、300年後にまた

お迎えに上がる。いつも通りだ。」

 

ゆっくりとアルフレッドさんが石段を歩いていく。

 

「貴方ははいつもそうだ。どんなことが会っても冷静で、

腹立たしいくらいに変わらない。」

 

那由多さんは動かないけど、その後ろで何か大きいものが姿を見せる。

生物じゃなくてもっと機械的なものだ。

またロボットだろうか?

でも、あの船のように瞳に収まらないほどじゃない。

高層ビルくらいの大きさだろうか?

 

「いや、私も変わる。変わらないものなど存在しない。

例え永遠であっても、永遠だからこそ変わらなければならない。」

「あー、やだやだ。生の人間にまともに付き合ったことがないから、

目の前ばっかり見る。

貴方も神もいい加減に自分は人間じゃないって自覚したら良いのに、

そうしてくれていれば世界は残っていたのに。」

 

言葉とは違いどこか悲しそう。

 

いえ、3年前に天災で世界がこんな風になってからは、

みんなそんな風に思っているのかもしれない。

 

「えーっと、貴方が那由多ちゃん? 天の神の最後の仲間だった人で良いのかな?」

 

ちょうど会話が途切れて、ゆうちゃんが尋ねる。

 

「うん、そうだよ。それにしても本当にそっくり。高嶋さんの方がオリジナルなんだろうけど。」

 

さっきまでと違って、皮肉っぽさも、悲哀も払拭した那由多さんが頷く。

 

「みんなで天の神、ううん、沙耶を倒そうって言うんでしょ。

もちろん賛成。でもその前に手伝ってほしいことがあるんだ。」

 

ボクはさっきから黙ったままの久美子さんが気になってちょっとだけ見る。

久美子さんはつまらなさそうにタバコに火をつけようとしたところだった。

 

気づいているのか、気づいていないのか、那由多さんはそのまま続ける。

 

「この奥に天の神が守っていたものがあるんだけど、私1人じゃ扉が開かないんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鍵はかかってないな。だが取っ手やドアノブに類するものがない。」

 

扉を調べていた久美子さんが戻ってくる。

 

「それがどういうものなのか分からないけど、私は天の神が

その扉を開いて出てきたところを見たことがあるんだよ。

友奈、あ、この場合は結城友奈ね。天の神自身が、

友奈が生まれてくるまで、この扉を見張っているようにって。」

 

「それって、どのくらい前の話なのでしょう?

神宮自体は5世紀ごろ成立が有力ですが、同じくらいでしょうか?」

 

美佳さんが先を案内する那由多さんに確認する。

 

大泊瀬(おおはつせ)だっけ? そんな名前の暴君がいたころだね。

でもその時代じゃない。沙耶がずっと前の宇宙から度々持ち込んでる

から厳密には宇宙創成前になっちゃうよ。」

 

たぶんグレイグーに乗せて持って来てるんだ。

 

「なかなか興味深い話だが、結局この扉があかないなら、どうするんだ?

使徒だった奴は集めたんだったら、扉は諦めて四国に戻るか?」

 

しばらく扉と格闘していた久美子さんとアルフレッドが戻ってくる。

 

「アルでもダメだったのか。やっぱりここに神の力の秘密が……。」

 

あれ? 沙耶ちゃんの力って、使徒はみんな使えるんじゃないの?

 

「いや、神の力は那由多お前にも使えるはずだ。」

 

うん、やっぱりそうだ。

 

「自由に使えるが使いこなせていないってことだろう。人間の歴史でもよくある事だ。

だったら、ここには何があるんだろう?」

 

ふと、あるイメージが閃く。

 

本当に根拠なんて何にもない。

 

でも、できるような気がする。

 

「ゆうちゃん、ちょっと来て。」

「え? 私?」

「いっせーのーで、一緒に扉をしてみて。いくよ。」

「いっせーのー。わっ!?」

 

開かないと聞かされていたから、思いっきり二人で押すと拍子抜けするくらい

あっさりと扉が開いて、ボクとゆうちゃんは扉の向こうに倒れこみそうになった。

 

「高嶋さん、大丈夫。」

「なるほど、お前たちは関係者だからか。」

 

辛うじて、郡さんと久美子さんがボク達を引き留めてくれたから、顔からダイブせずに

何とか持ちこたえる。

 

「中は…明るくなってるな。バーテックスが作ったのか。」

 

久美子さんが中を覗き込む。

続けて、アルフレッドが特に中を確認もせずにスタスタと歩いていく。

 

「私達の世界で戦闘以外のバーテックスも様々な顕在化されているんだよ。 頂点(バーテックス)という名前も、宇宙全体を1つの場として、神の力によって励起される現象を指しているんだよ。」

「ほう、それは初耳だな。お前たち使徒は全員知っているのか?」

「もちろん、この世界でいうところのファインマン・ダイアグラムが近いかな。ただ、

高校の物理くらいの知識は必要だと思うから、アルも十華もあんまり分かってないと思うよ。」

 

久美子さんと那由多さんは、バーテックスの起源について話し込んでいて歩みがゆっくりだ。

 

細かいことは分からないけど、空間の1点に沙耶ちゃんが力が送られると、

宇宙空間からバーテックスいきなりピョコンって飛び出してくるみたいだ。

 

(まるで世界がボク達陣るを拒絶しているみたいだ。やっぱり沙耶ちゃんを止めないと元の世界に戻せない。)

 

そんなことを考えているうちに通路が2つに分かれている。

 

 

「分かれ道か、何か当てはあるか?」

 

先を歩く久美子さんと那由多さんが振り返る。

 

「特にない。少し時空の歪みがあるが、その分を補正しても方向は北北東に向かっている。」

 

最後尾のアルフレッドの声が響く。

 

「だったら、マッピングしながら進みましょう。歪みがあったとしても目印はRPGの基本よ。」

 

郡さんはこういう地下の探索ゲームとかやったことがあるんだろうか。

 

 

それから、10分ほど歩くと少しずつ上向きの勾配が現れる。

 

「地上に出られそうだな。さて、鬼が出るか蛇が出るか。」

 

それから5分もしないうちにまた扉が現れる。

今度も取っ手とかがないから押すしかできないんだけど、久美子さんが押してもビクともしなかった。

 

「やはりダメか、今度はアルと那由多でやってみてくれ。お前たちの力を存分にふるってな。」

「壊してしまっても良いのか?」

「ああ、そのつもりでやって欲しい。」

 

久美子さんの意図が読めない。

 

そこまでしなくても、30分も歩いてないんだから、元来た道を戻れば、また社の中に出られると思う。

 

ゆうちゃん達を振り返ってもみんな首をふるばかりで久美子さんが何をしたいのか分からなかったみたい。

 

 

「あれ? ただの扉が私達の力でも開かない。」

「と言うよりもこれは扉の絵だな。精巧だが、私達が開いた扉も同じだろう。」

「えーっと、どういうことかな?」

「セオリー通りなら、扉に見せかけた移動装置と言ったところかしら、

だから、開く方法も条件が決まっているのよ。」

 

郡さんの言い回しは時々ちょっと独特な感じがする。

なんだろう? 文法がおかしいとかじゃないと思うけど、ちょっと分からない。

 

でも、仕掛けならたぶん分かる。

 

「また、同じ方法じゃ駄目かな。さっきみたいにゆうちゃんとボクに反応しているんじゃないかな。」

「そうだな。友奈と茉莉でやってみろ。今度は何か仕掛けがないか私達も観察しておこう。」

 

 

ボクが手を挙げると久美子さんも賛成のようだった。

 

「それじゃ……。」

「うん、いくよー。てりゃ。」

 

たぶんゆうちゃんの掛け声は気分だけのものだったけど、やっぱりあっさりと扉は開いた。

 

 

「寒い。ここって……。」

 

さっきまでの太平洋沿いの海を臨む山とは明らかに違う。

 

「諏訪か……、ここにつながっていたのか。」

 

11月だというのに、アルフレッドが呟く息も少し白くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの通路はかなりの時空の歪みがあったみたい。グレイグーを作る場所を確保するためいうのが、私とアルの見解だけどどうよ。」

 

那由多さんがどこからか見つけてきたホワイトボードを前に話を進める。

 

「そのグレイグーは、伊勢と諏訪では収まらない。歪みと言っても半分以下にできるのか?」

 

久美子さんの言うとおりグレイグーを収めようとしたら、日本自体で蓋をするような形になってしまう。

 

 

「神の視点からみれば1000km程度誤差にもならない。直径4万kmの地球儀を

描いたらエベレストも地平線の一部にすぎないようにな。」

 

ボク達の視界に収まらないようなグレイグーも、沙耶ちゃんの大きさから見たら、

模写された地球の鉛筆の跡にしかならない。

 

じっと、自分の手を見つめる。

 

本当にボクと沙耶ちゃんは遠い先祖と子孫なんだろうか。

事実として理解できても、たぶん永遠に実感は得られない。

 

300年はやっぱり人間にとっては長すぎて、沙耶ちゃんにとっては一瞬にもみたない。

もう神様になってからの時間が長すぎたんだ。

 

開いた扉の先は少し薄暗く良く見えない。

 

「電気は…これだな。点けるぞ。」

 

久美子さん光を灯す。

 

光に照らされた先にはたくさんの大人の身長くらいののガラスの筒のようなものが光を反射する。

 

それだけでも、不思議な光景だったけどガラスの中にもっとビックリする。

 

「ゆうちゃん? ううん、ちょっと違う。それに知らない子たち。」

 

「なんだか、怖い感じがする。まるでお墓みたい。」

 

「大丈夫。これ生きてないと思うよ。これ人間に近い素材で作られた形代だね。

でも、これが神の秘密って言うのも違うような。」

 

あ、そうなんだ。

 

那由多さんの言葉を聞いて安心したのか、みんなが思い思いのままに筒に近づいていく。

 

「それにしても精巧にできているわね。素材はなにかしら?」

「郡様、こちらに何か書いてあります。犬吠埼……。」

「ぐんちゃん、美佳ちゃん、見てみて、こっちの子は私そっくり。

結城友奈さんだって、名前までおんなじ。」

 

 

「こっちには、乃木の名前もあるな。勇者の人形なんて作って天の神は

何がしたかったんだ?」

「神が散華した機能を修復する研究で使っていたものだ。時間遡行や

十華がいる今となっては前の宇宙から持って来ている理由が分からない。」

 

久美子さんの疑問にアルが答える。

 

でも、本当の理由が分からないみたい。

 

ボクはただ見られたくなかっただけなんじゃないかって思うんだけど。

 

同じ避難所にいた時も、よく変なもの作ってて注意したら、

こそこそやり始めたことがあった。

 

「あの、みんなそんなに深読みしなくても、捨てられなかっただけじゃないかな。」

「どういうこと? 茉莉さん。」

「えーっと、好きな子の等身大の何かを作ったけど、置き場所の

困るけど捨てられないみたいな?」

 

急に全員の注目を浴びると語尾が小さくなってしまった。

 

「ふむ、そういうものか。どうも天の神はよくわからん。」

 

久美子さんが腕組みしながら首を傾げている。

他のみんなも大体層みたいだけど、ゆうちゃんは恥ずかしそうに眼をそむけてる。

 

自分のそっくりさんでも困るのに、厄介ファンみたいな相手だって言われたら困るよね。

 

 

「天の神だと思うから分からないんじゃないですか? 沙耶ちゃんはもっと子供っぽいですよ。」

「茉莉、お前、わざとじゃないだろうな。私はそんな神なんて困るぞ。楽しくない。」

 

久美子さんらしい意見だ。

 

でも、みんな、ちょっと困った顔をしているのは本当だ。

 

 

「そんなバカなことってない。天の神と言えば世界を滅亡に追いやった存在だ。

この世界は四国しか残ってないし、私の住んでいた世界だって最初に襲来した時は悲惨だった。

それがたった一人のためというのでも悪ふざけなのに、そっくりの人形も大事だなんて。」

 

那由多さん、今までどこかはぐらかすような言い方だったけど、これが本音なんだ。

 

一息に喋ると、顔を俯けて急に黙り込む。

 

「那由多ちゃん? 大丈夫?」

 

ゆうちゃんが声をかけると、しばらく目を彷徨わせながらボーっとしている。

 

どうしたんだろう?

 

「ああ、うん、今、私の上司の人が言ったの。いっそこっちの世界にも来てもらえば良いって。」

 

いつ交信したんだろう? ボク達に見えないような通信機かな?

 

「それは興味深いな。とうとう未来世界か。私も連れて行ってくれ。そろそろバーテックスのいる

日常にも飽きてきたところだ。」

 

久美子さんが急にやる気を出している。

 

「未来ってどんなんだろうね。ぐんちゃん。」

「そうね。すごく進んだゲー……ん、コンピュータとかあるんじゃないかしら。」

「郡様はコンピュータについてもお詳しいのですね。」

「詳しいってほどじゃないけど、興味はあるわ。」

 

ゆうちゃん達は行くつもりみたい。

 

「では、那由多に案内してもらってくれ。私はかつて彼の地で天の神の使徒として

暴れたことがあるので、先に戻って、一度四国の様子を見てこよう。」

「貴方、こっちの世界でも天の神の使徒でしょ。」

 

アルフレッドさんの意見に郡さんがすぐに指摘する。

 

「那由多の世界は300年分の技術の進展がある世界だ。紛れ込むのもひと手間多い。」

「それだと、大赦のやり方では貴方達使徒の侵入は簡単だったように聞こえます。」

「巫女よ。簡単だったではなく、簡単なのだ。目も耳使わず神託のみで見る世界にどれほどの価値がある?」

 

確かにボク達はバーテックスを感知できる神託に頼り切りで、自分たちで探すことは

ほとんどしてこなかった。

 

できなかったということもあるんだけど、那由多さんの世界は違うんだろうか。

 

 

「でも、あんまり遅くなると四国の人たちが不安だよね。どうしようか?」

 

ゆうちゃんの顔が少し曇る。

 

大赦もひなたさん達もごまかして時間を稼いでくれているだろうけど、

いつまでも勇者が姿を見せないのは、不安が募るかもしれない。

 

「四国の人々の反応が気になるのであれば、こうすればよい。」

 

アルフレッドが一歩だけ、ボク達の前に進み出る。

 

それだけなのに、まるで名画を前にしたように世界のすべてがひきつけられる。

 

 

Verweile doch, du bist so schön(時よ止まれ)。」

 

まるでその魅力に引き寄せられるように、すべての世界が眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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