空戦シミュレーターを極めたので異世界でエースとして君臨します (PlusⅨ)
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AIのべりすとに読み込ませた設定

 チラシの裏に書きなぐっていた妄想設定です。

 とりあえず世界観と組織、あと主人公の設定だけ考えて放置していましたが「AIのべりすと」の存在を知って、興味本位で入力してみました。


≪この世界の歴史≫

 

 第二次世界大戦末期の1945年2月、ソ連は史実よりも早くドイツ全土を占領し、ナチスドイツは消滅、ソ連主導によるドイツ民主共和国が成立した。

 

 米英はドイツの分割統治を求め、ヤルタ会談にてソ連と交渉したものの合意には至らず、却って双方の不信感を高めることとなってしまい、結果、連合国内は西側陣営と東側陣営に分裂した。

 

 欧州で遅れをとったアメリカは、アジアへのソ連の進出を抑えるべく、日本との早期講和を模索し始める。

 

 一方ソ連は、アメリカと日本が沖縄戦で膠着状態に陥っている隙をついて、日ソ中立条約を一方的に破棄し、南進を開始した。

 

 1945年4月、ソ連は満州国へ侵攻、その首都である新京に後一歩のところまで迫っていた。

 

 しかし、その新京へ隕石が落下し衝突。関東軍とソ連軍、そして多くの人々を巻き込み、新京は消滅。直径100キロメートルにも及ぶ巨大な湖・満州湖が誕生した。

 

 1945年5月、隕石衝突による地球規模の気候変動、満州国とソ連侵攻軍の壊滅により、日本はアメリカと早期講和を締結。ここに第二次世界大戦は終結した。

 

 アメリカは講和条件として満州国の独立を日本に認めさせ、対ソ連の防波堤として、壊滅していた満州国の復興に乗り出した。

 

 一方ソ連は、満州国を迂回して中国共産党と共に南進を継続、戦後の混乱に紛れ、朝鮮半島全土を占領。朝鮮民主主義人民共和国の成立を宣言した。

 

 こうして、戦後のアジアは、日本と満州国が西側陣営、中国大陸と朝鮮半島が東側陣営となった。

 

 その後、満州湖に隕石由来の貴重資源が大量に存在する事が判明。ソ連と中国、朝鮮は満州国の成立は無効であると宣言し、満州湖の帰属はこの三国にあると主張。対する満州国はアメリカの支援の元、満州湖の資源を守る為、軍備増強に乗り出す。

 

 満州国を中心に東西冷戦が激化する中、米ソはほぼ同時期に核爆弾の実用化に成功。国共内戦が続く中国大陸で、共産党がソ連から供与された核爆弾を国民党の支配地域に対して使用し、さらにその報復として国民党がアメリカ供与の水爆を共産党支配地域に使用したことから、核兵器の威力が世界的に知れ渡った。

 

 国共内戦は互いに核を使用したことにより、膠着状態となり、以後、東西陣営は核抑止による冷戦状態となった。

 

 一方、満州湖の資源を巡る対立は続いていたが、国家規模の大規模な衝突を避けるため、東側陣営は満州国内の反動分子へ密かに軍事支援を行い、満州解放戦線なる反乱軍を設立。満州国を内乱状態に陥し入れる。

 

 西側陣営は反乱鎮圧及び東側陣営の内政干渉を避けるため、反乱鎮圧のための専門部隊を設立。正規軍とは別の治安維持組織・満州湖水上警察を組織し、反乱軍を鎮圧しつつ満州湖の防衛に乗り出したのだった。

 

――――――

 

≪主人公が属する組織≫

 

・「満州湖水上警察」

 

 警察と名がついているが、その実態は正規軍に次ぐ規模と装備を誇る準軍事組織である。

 

 満州湖水上警備用のコルベット多数、満州湖沿岸を守備するための陸上部隊、そして航空隊を保有する。

 

 基地は満州湖を囲むように沿岸沿いに配置されており、本部は第二新京市に設置されている。

 

 

 

・「満州湖水上警察航空隊・第八八特別戦術隊」

 

 主人公・レイが所属する部隊。レイの他にも多くの転生者がパイロットとして送り込まれている。

 

 史実では西側陣営が開発した第一世代から第二世代の軍用機が数多く配備されている。

 

 満州湖の制空権を巡り、反乱軍航空隊と連日激しい空中戦を繰り広げている。その損耗率は凄まじく、所属するパイロットの八割が配属されてから二週間前後で撃墜されてしまうと言われている。

 

 パイロットは給与の他にKPと呼ばれる特別ポイントが与えられ、戦闘機や武装の購入、機体のアップデート等はこのKPで支払っている。またパイロット自身のスキルもKPで購入する他、転生者の生命維持にもKPを消耗しており、これがゼロになると転生者は死亡してしまう。

 

 KPが付与されるのは八八隊の基地だけであり、転生者の脱走及びサボタージュの防止にもなっている。

 

 

――――――

 

 

・≪主人公の設定≫

 

「巣飼 零士(すがい れいじ)」通称レイ

 

 主人公。年齢22歳。

 

 元引きこもりであり、前世ではリアルな空戦シミュレーターゲームでエースとして君臨していた。

 

 しかし自宅が家事で全焼し、そのまま焼け死んでしまう。

 

 神を名乗る存在の手引きによりこの世界に転生し、パイロットとして迎え入れられるが、配属されたのは転生者ばかりを集めた傭兵部隊だった。

 

 激戦区に投入され、消耗品のように死んでいく仲間たちを前に、レイは新たな人生を人間らしく生きるため、任期である三年間をなんとしてでも生き抜こうと決意する。

 

固有能力:動体視力アップ、視野拡大、最大8Gまで耐えられる。

 

乗機;F4Dスカイレイ。獲得したポイントにより改造が施されており、最高速度はマッハ1.5、レーダーも改装し夜間飛行が可能。




 以上の内容を「AIのべりすと」に入力したところ、登場人物設定を次々と吐き出してくれました。

 という訳で、次からはAIによる登場人物設定です。


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AIによる登場人物設定

 入力した情文章が登場人物紹介で終わっていたので、そのまま構成を真似て色々と出力してくれました。

 ただ、矛盾してたり飛躍が激しい部分はこちらで修正。


・「アレックス」

 

 金髪碧眼の女。22歳。

 

 アメリカ人と日本人のハーフだが、両親は生まれてくる前に紛争地帯での爆撃任務中に死亡している。その為孤児院で育ち、国籍上は日本人となっている。

 

 同じ部隊の生き残りにして親友。レイと同じく過酷な状況下を生き延びてきた。

 

 戦闘時は冷静沈着な判断力と、抜群の射撃センスを発揮する。しかし普段は明るく気さくな性格の為、部隊内でもムードメーカー的存在になっている。

 

固有能力:被弾回避( 敵からの致命的な攻撃を一度だけ、確率50%で回避できる)、航空支援要請を事前に察知できる。

 

乗機:F100スーパーセイバー。獲得したポイントにより、ミサイルパイロンの増加と、搭載燃料が増加されている。

 

 

・「クラリス」

 

 茶髪の少女。17歳。

 

 ドイツ系満州国人。両親は共に医者。将来は両親の跡を継ぐべく医学の道を志していた。

 

 しかし社会主義国であるドイツ民主共和国では共産党の独裁政治が行われており、一家は政治犯として逮捕され、ソ連のシベリア収容所へと送られてしまう。

 

 一家はそこで満州湖の資源回収という危険な強制労働をさせられた。

 

 クラリスの両親はその作業中、満州湖水上警察と反政府勢力の戦闘に巻き込まれ、死亡。クラリス自身はその戦闘に紛れ収容所を脱走し、満州湖を渡る船に乗って満州国への亡命を図る。しかし逃亡中に乗っていた船が撃沈してしまい、漂流していたところをレイたちに助けられる。

 

固有能力:危機察知(自身の危険に対して警報を発してくれる。しかしあまりにも強い衝撃には無力化されることも)

 

乗機;T-6テキサン練習機。獲得ポイントにより、レーダーの性能が向上されている。

 

 

・「エナ」

 

 黒髪の女性。21歳。

 

 中国人と日本人のハーフ。幼少期に親が離婚し、母親と共に中国へ渡っていたが、中国で内戦が勃発してしまい難民キャンプ生活を強いられることになる。

 

 その最中、国連軍の兵士に助けられるが、その際受けた銃撃が原因で母親は死亡してしまう。

 

 その後は国連軍の庇護を受け満州国に移動、そこで第八八隊に入隊すれば任期満了後に満州国籍を得られると知り、また第八八隊の敵である反政府勢力の裏に、母を殺した組織も絡んでいると知ったことから、エナは入隊を決意した。

 

固有能力:危機感知(自身に向けられた敵意や殺気に反応して警告を発することができる。ただしあまりに強力な攻撃に対しては無力化してしまうこともある)

 

乗機:Mig-21フィッシュベッド改。獲得ポイントにより、電子戦装備が追加されている。また機体各部の防弾性能も強化されており、生存性が向上している。

 

 

・「リリィ・ホワイト」

 

 銀髪の白人女性。24歳。

 

 日本人の母とロシア人ハーフの父を持つクウォーターの女性。父親はソ連軍の特殊部隊に所属していた経歴を持つ。しかし父の正体はアメリカのスパイであり、第二次世界大戦中の作戦中にアメリカへ亡命した。

 

 父はアメリカで母と出会い結婚。リリィが産まれた。リリィはその後、アメリカ海軍のパイロットとなる。

 

 彼女が第八八隊に入隊した理由は、アメリカ軍の軍事顧問としてであり、教官として入隊したレイたちに空戦技能を叩き込んだ。

 

 しかし一部では、父が元ソ連特殊部隊出身であったことからソ連との繋がりを噂され、アメリカ軍から追い出されたのではないかという噂もある。

 

固有能力:ホークアイ(敵機の動きを高い精度で予測することができる)

 

乗機;F86セイヴァーFX。獲得ポイントにより、レーダー及びセンサー系の性能が引き上げられている。




 ……最初の設定を理解した上で次々と新キャラを出してくるのが面白い。

 でも異世界要素=ハーレムもの、とでも思っているのか、女性しか出してこないのはどうかと思う。

 T-6テキサン練習機をお出してきたときは流石に笑った。このAI、私がエリア88パクってるのに気づいてやがるなww

 次回からいよいよ本編。

 基本的には上記の設定に沿って行きますが、話の展開次第では設定を後付けで追加、または変更していくので、設定と本編で多少の矛盾が生じると思いますが、まあそこは「AIが勝手にやった」ということにしておいてください。

 ではでは。


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第1話・スクランブルファイター

 空戦描写の参考資料は「エースコンバット」です。

 ハッキリ言ってガバガバです。

 誰か詳しい人いたら教えてくれると助かります。


 満州国国境沿い上空一万メートル。

 

 俺、巣飼零士は、相棒のアレックスと共に、国境に侵入しようとする国籍不明機を追い返すため、緊急出撃していた。

 

 国籍不明機は旧式のミグ15が二機。こいつを追い返す、もしくは警告を無視するようなら撃墜する。俺のF4Dスカイレイと、アレックスのF100スーパーセイバー。俺たち二機でかかれば、容易い任務だった。

 

 そのはずだった。

 

「こちらレイ。レーダーコンタクト。敵機を捕捉した。おいおい、ちょっと待て。話が違うぞ?」

 

 最前線基地からの要撃管制に従って敵機の近くまで飛行した俺は、自機のレーダー画面に映った敵の数を見て、目を見張った。

 

 隣で飛行するアレックスが、悪態をついた。

 

「六機もいるじゃないのよ! 地上レーダーぶっ壊れでもしたの?」

 

 その文句に、要撃管制官が「無茶いうな」と言い返してきた。

 

「おそらく国籍不明機は密集陣形で二つのグループに別れて接近してきたんだ。地上レーダーの性能じゃ二つの塊しか映らん。現場に到着してから詳細が判明するなんていつものことだろ。すぐに増援を出してやるから、文句言うな」

 

「増援が到着するまで、私たちが生き残っていればいいけどね」

 

 アレックスが皮肉混じりに答え、続けて、俺に対してこう言った。

 

「レイ、編隊の後方に回り込むわよ。三回警告して相手が従わなかったら即攻撃。一撃加えた後は、さっさと距離を取って増援くるまで粘る。いいわね」

 

「こちらレイ、了解。……だが警告する暇は無さそうだぞ。敵機が散開した。そのうち二機が反転。こいつは攻撃行動だ。ミサイルが来るぞ! アレックス、回避だ!」

 

 俺がスカイレイを急旋回させたと同時に、ミサイルの接近を知らせる警報がコクピットに鳴り響いた。

 

 俺は右手で握る操縦桿を手前に引きつけると同時に、左手のスロットルを前方へいっぱいに押し込む。

 

 スカイレイはアフターバーナーを点火し急上昇し縦ロールを開始。俺の体に加速Gによる凄まじい負荷がかかり、俺の視界が暗くなりかける。

 

 警報が鳴り止んだ。ミサイル回避に成功したのだ。

 

 縦ループを続けていたスカイレイは上昇から急降下に移ろうとしていた。俺は機体を横ロールさせ、インメルマンターンで再び敵編隊に機首を向ける。

 

 レーダー画面では、真正面から敵の二機が接近しようとしていた。おそらく俺たちにミサイル攻撃を仕掛けてきた二機だ。お互いに正面から向かいあった場合、赤外線による熱源誘導ミサイルは使えない。発射した機体がレーダーで命中する瞬間までミサイルを誘導してやる必要があるため、その間、単調な動きしかできないのだ。

 

 ミサイルを回避した俺にとっては絶好の反撃の機会だった。

 

 しかし、スカイレイに搭載されている空対空ミサイル・サイドワインダーも単純な赤外線追尾でしかないため、敵の後方に回り込まないとロックオンできない。

 

 俺は敵の予測針路に機首を向け、機関砲発射トリガーを引いた。スカイレイの主翼に装備されている20ミリ機関砲四門が咆哮をあげ、空中に曳光弾が尾を引いて飛んでいく。

 

 正面から迫っていた敵の一機が、その曳光弾の射線に飛び込んだ。

 

 すれ違いざま、俺はその敵機が胴体から細かな破片をいくつも飛散させたのを確認した。

 

 俺は固有能力として「動体視力アップ」と「視野拡大」を獲得している。そのため、常人なら視認できない一瞬の光景でも、ハッキリと視ることができた。

 

 先ずは一機撃墜。残る一機の対処を考える間もなく、「ヤバいヤバいヤバい、もうだめかもぉ!?」と、悲鳴じみた声が上がった。アレックスだ。

 

 俺はスカイレイを旋回させながら、素早く首を巡らせて彼女のスーパーセイバーを探す。

 

 居た、下方だ。三機がかりで格闘戦に持ち込まれ、追い立てられている。

 

「アレックス、俺が上から突っ込む。その隙に急降下で逃げろ」

 

「了解、頼んだ!」

 

 アレックスが答えた時、俺はすでに機首を大きく下げ、パワーダイブを仕掛けていた。サイドワインダーのシーカー作動。スーパーセイバーを狙う三機のうち一機に狙いを定める。

 

 ロックオンを知らせる音が鳴り響き、俺はミサイル発散トリガーを引いた。スカイレイの主翼のパイロンからサイドワインダーが白煙を引きながら空中に躍り出て、三機のうち最後方に居た一機に吸い寄せられていった。

 

 俺はサイドワインダーの命中を確認する前に機体をひねり、スーパーセイバーのすぐ後ろに迫っていた敵機に機首を向け、20ミリ機関砲を撃ちながらフルスロットルで突っ込んだ。

 

 機関砲は命中しなかったが、俺の攻撃に気づいた敵機が散開し、スーパーセイバーへの包囲網が崩れた。

 

 アレックスは即座に機体を急旋回させ、目の前を横切ろうとした敵の一機を機関砲で撃墜、そのまま急降下する。

 

 俺も彼女の後を追って急降下。地表面近くまで高度を下げる。

 

 要撃管制官からの通信。

 

「レイ、アレックス、針路を東北東に取れ。その方角から加藤とエナが急行中だ」

 

「分かった」

 

 俺とアレックスは同時に返事をした。

 

 俺の脳裏には先ほどの敵機の残骸が過ぎっていたが、パイロットの脱出を見た覚えはなかった。

 

 すなわち人を殺した訳だが、それ以上深く考える余裕は無かった。今は生き残って任務を果たすことだけに集中しないと、次の瞬間にも死ぬかもしれないのだ。俺を殺そうとした奴の死に囚われたせいで死ぬのは御免だった。

 

 俺とアレックスの後方では、僚友を失った敵戦闘機たちが慌てて編隊を組み直し、俺たちを追撃しようとしていた。しかし、その動きは明らかに鈍っていた。

 

 スカイレイのレーダーが、俺たちの前方に新たに二機の機影を探知した。敵味方識別装置が味方機の信号を受信する。加藤のF101ヴードゥーと、エナのMiG21フィッシュベッドだ。

 

「こちら加藤。レイ、アレックス、まだ生きてるか」

 

「こちらレイ。三途の川を渡りかけている。さっさと鬼どもを追い払ってくれ」

 

「こちらエナ。任せて・アタシが全滅させてやる!……って、畜生、逃げるな!」

 

 エナが突然喚きだしたので何事かと思いレーダーを見ると、敵機が反転して引き返しはじめたのがわかった。向こうもこちらの増援が接近しているのに気づき、撤退を決めたのだろう。

 

「こちらエナ、敵機を追撃する」

 

「やめろ、エナ。深追いするな。それは任務じゃない」

 

 加藤がエナを押し留める。

 

 エナは昔、親を紛争で殺されている。俺たちが戦っている反政府勢力がエナの仇と繋がっているらしいことから、エナは時に、敵を深追いし過ぎることがあった。

 

 そんな彼女の抑え役が、うちの部隊のベテランエース、加藤の役目だった。

 

 敵機はそのまま、国境の外へと出ていった。その数は三機に減っていた。

 

 アレックスが言った。

 

「私が一機撃墜、レイが二機撃墜か。これで今月のトップエースはレイで決まりだね。おめでと」

 

「……」

 

 その称賛に、俺は素直に喜べなかった。前世の俺なら、トップエースと呼ばれたら傲慢なくらい増長しただろう。だがこの世界では、現実の戦場では、それは「人殺しが上手い奴」という意味にしか、俺には思えなかった。

 

 それにもうひとつ、気分が乗らない理由があった。その月のトップエースに選ばれた奴は、パイロット全員に酒を奢らなくてはならないという暗黙の掟が、ウチの部隊には存在するのだ。

 

 アレックスが弾んだ声で俺に言った。

 

「山﨑ウィスキーのシングルモルト!頼んでもいいよね!?」

 

「もっと安いやつにしろ」

 

 俺がそう言うと、アレックスは不満そうな声を上げた。

 

 その後、俺たちは、加藤とエナと合流し、基地に帰還した。

 

 帰還後すぐに俺たちは四人揃って隊長室を訪れ、報告を行った。

 

「ご苦労だった」

 

 第八八隊の隊長、狭山 桜(さやま さくら)中佐は、俺たちの戦果報告を聞き、無感動にそう告げると、俺たち四人にそれぞれカードを手渡した。

 

「出撃及び戦果分のKPだ。これを使って、機体と、そして君たち自身の更なる強化を行うといい。引き続き活躍を期待する。以上だ。下がってよろしい」

 

 俺たちはラフに敬礼し、さっさと退出した。

 

 俺はそのまま自分の部屋に引っ込もうとしたが、しかしアレックスに捕まってしまった。

 

「トップエースさん、どこ行こうとしてるのかしら〜?酒場はそっちじゃないわよ」

 

「日も暮れないうちから飲むつもりかよ」

 

「今日は金曜日だから、いいの!」

 

 アレックスは、俺の腕を掴んで離そうとしない。

 

 俺とアレックスは、同じ隊に配属された同期だった。

 

 アレックスは俺のことをレイと呼ぶが、俺もアレックスのことを呼び捨てにする。

 

「レイ、一緒に飲まない?」

 

「嫌だよ。お前の酒癖の悪さには付き合いきれない」

 

「えぇ〜、ケチ〜」

 

「ケチで結構」

 

「じゃあ、せめて一杯だけ付き合って」

 

「……しょうがないなぁ」

 

 腕を絡ませてしなだれかかってくるアレックスに、俺は根負けした。

 

 こんな俺たち二人の様子を、加藤とエナがすぐ近くで見ていたが、彼らも俺たちのやりとりは見慣れているので、いつものこと、と特に反応もせずにスルーしている。

 

「加藤、エナ、あんたたちも一緒に飲む?」

 

 アレックスの問いに、加藤とエナは二人揃って首を横に振った。

 

「遠慮する。俺は一人で飲むのが好きだ。飲み代はレイにツケておくよ」

 

「アタシも、飲むより先にシャワー浴びたいね。アンタら二人でよろしくやってればいいよ」

 

 二人はそう言い残して、さっさと立ち去ってしまった。

 

 結局、俺たち二人は連れ立って基地内にあるバーに向かった。

 

 エナからはよろしくやれといわれたが、俺とアレックスは別にそんな関係じゃない。

 

 正直、アレックスを女として意識していないと言えば嘘になる。美人だし、性格も明るく、俺とも気が合って会話もよく弾む。

 

 ただ、恋人同士では無い。あくまで友人だ。男女関係を深めるには、俺たちの関係はあまりにも近すぎた。

 

 俺が転生して養成部隊に送り込まれた時からの同期生。それ以来、ずっと同じ部隊でコンビを組んで戦い続けている。

 

 恋人を通り越して、もう家族のようなものだ。血の繋がった家族同様、身内に欲情を感じるのは抵抗感を感じてしまう。

 

 アレックスもその辺は同じで、一度、俺のことを異性としてどう思うか、と尋ねたら顔をしかめて「ありえない」と言われたことがある。腕を絡めたりとスキンシップは過剰だが、それはあくまで俺が家族と同類として扱われているからであり、要は文化の違いに過ぎないのだ。

 

 広い基地の片隅にあるバー『黒ネコ』に着く頃には、すっかり日が暮れていた。

 

 バーの中に入ると、カウンター席の一つに見知った顔を見つけた。

金髪碧眼の女。見た目通りの外国人である彼女は、俺たちの姿を見つけると、軽く手を振ってきた。

 

「やあ、お疲れ様」

 

「ホワイト教官、あなたがこの時間からバーに居るとは珍しいな」

 

「今月のトップエースがそろそろ決まる時期だからな。タダ酒にありつくチャンスは逃せんよ」

 

「さすがは教官殿ね。いい勘してるわ」

 

 アレックスが俺の背中を叩きながら、目の前の女、リリィ・ホワイトに言った。

 

「本日の出撃で、撃墜二機よ! 我らがスカイレイが圧倒的戦績で今月のトップエースに確定しました!」

 

「そうか。よし、マスター、そこのウォッカをボトルで入れてくれ。支払いはレイの名義で……あぁ、忘れてた。レイ、おめでとう」

 

「恐ろしく雑なお祝い、感激で泣けそうだ。ていうかアレックス、なんでお前が自慢げに言うんだよ」

 

「相棒の栄誉だもの。自分のことみたいに嬉しいに決まってるじゃない」

 

「なら飲み代も分け合おうぜ」

 

「それとこれとは別よ」

 

 アレックスは手のひらを返したかのように冷たく言い放つと、リリィ・ホワイト軍事顧問の隣のスツールに腰掛けた。

 

 リリィ・ホワイトはロシア系アメリカ人だ。アメリカ軍から俺たち傭兵パイロットに戦闘技能を指導する傍ら、実戦データを本国へ報告する役目を負ってこの第八八隊へ出向してきた女だった。

 

 そのため俺たちと違って最前線へ出ることは無いが、彼女の戦況分析と戦術指導には何度も助けられているので、立場は違えど俺たちの大切な仲間には違い無かった。

 

 俺もアレックスに続いて席に着く。そこで、俺はホワイトのそばに、既に二本の小さなボトルが並んでいることに気がついた。

 

 一本は既に空で、二本目も半分以上は減っているようだった。

 

 とんだ飲み助、と事情を知らない者が見ればきっとそう言うだろう。

 

 ボトルに気が付いた俺たちに、ホワイトが微かに微笑んで言った。

 

「お祝いの前に、弔いの乾杯に付き合ってくれるか?」

 

 黙って頷いた俺とアレックスの前に、バーテンダーがグラスを用意してくれた。

 

 ホワイトが残っていたボトルの酒を俺たち二人に注ぎ、そして自分のグラスにも注いだ後、掲げ持った。

 

「キムとリーに」

 

「安らかに……リーの奴、やっと見つかったんだな」

 

「君たちが緊急出撃した直後に捜索隊から連絡があった。撃墜地点から二十キロ離れた谷底に落ちていたそうだ。パラシュートが体に絡まって身動き出来ず、そのまま衰弱死したらしい」

 

 リーは一週間前に撃墜された仲間だった。機体から脱出したきり消息不明になっていた。

 

 俺はリーが残したボトルの酒を飲みながら、もう一人の戦死者、キムのことを思い出す。あいつが戦死したのは昨日のことだ。生きていれば、今月のエースはキムで確定だった。

 

 戦死者がこのバーに遺したキープボトルは、他のパイロットたちの共有財産として好きに飲んでいいという暗黙の掟があった。

 

 だが、死んだ奴の酒を飲むのは縁起が悪いと敬遠されることも多く、好き好んで飲みたがる者はごく僅かだった。

 

 ホワイトは、その僅かな内の一人だ。もっとも、彼女が好き好んで飲んでいるかは知らないが。

 

「口に合わないわ、コレ」

 

 アレックスが馬鹿正直に味の感想を述べた。

 

「クセが強くて飲みづらい。リーの奴、こんなの飲んでたわけ?」

 

 アレックスの問いに、俺は首を横に振った。

 

「あいつは飲んでないさ。酒に弱かったんだ。こんな味だなんて知らなかっただろうよ」

 

「飲みもしないボトルをキープしてたの?」

 

「私が頼まれたんだよ」

 

 ホワイトがボトルに残っていた分をグラスに注ぎながら言った。

 

「リーから頼まれたんだ。死んだら、コイツを飲み干してくれってね。ハハ、酷い酒を残してくれたよ、ホント……」

 

 ホワイトは苦笑いの表情でそう言って、グラスの酒を一息に飲み干した。リーのボトルは、それで空になった。

 

 ホワイトの目尻には涙が滲んでいた。酷い酒だ、本当に。

 

 俺も、アレックスも、死んだキムとリーも、この基地にいるパイロットはみんなホワイトの教え子も同然だった。彼女はこれまでも何人もの教え子を見送り、残されたボトルを空にしてきた。

 

「さて、湿らせてすまなかった。改めてレイのお祝いといこう。トップエースおめでとう、レイ」

 

「ありがとう、ホワイト」

 

 ホワイトが新たな酒が注がれたグラスを掲げる。俺も自分のグラスを掲げた。俺のグラスにはまだリーの酒が残っていた。俺はそれを飲み下す。

 

 この酒が酷いかどうか俺には分からなかった。俺も酒には弱い。飲む時はいつも弔い酒だ。そんなことを考えていたら、不意に、俺も何かを遺したいという気持ちに襲われた。

 

「……ホワイト、頼みがある」

 

「なんだ、レイ」

 

「あんたがさっき入れたボトル、アレ、俺の名前にしてくれないか」

 

「なんだ、藪から棒に」

 

「俺が死んだら飲んでくれ」

 

「………」

 

 俺の言葉に、ホワイトはその顔から表情を消した。

 

 何も言わないホワイトの隣で、アレックスが怒った顔で言った。

 

「レイ、冗談が過ぎるわよ」

 

 俺は答えず、曖昧な笑みだけを返した。不意に出た言葉だった。自分でも理由はよく分からない。でも、撤回する気にはならなかった。

 

「俺は本気さ。…ホワイト、頼むよ」

 

 俺の懇願に、ホワイトはまだ涙の残る目で俺をしばらく見つめたが、やがてため息を一つつき、バーテンダーに先程のウォッカのボトルを俺の名前に変えるよう伝え、そして席を立った。

 

「レイ…すまない。君の気分を害してしまったようだ」

 

「違うさ。あんたには感謝してる」

 

「……私にその酒を飲ませてくれるなよ」

 

 ホワイトはそう言い残して、バーから去って行った。

 

 ホワイトの姿が見えなくなった途端、アレックスがカウンターテーブルに掌を叩きつけた。

 

「レイ、なんてこと言ってんのよ、このバカ! 教官の気持ちを考えなさいよ!」

 

「静かにしろよ、アレックス。もう他の客も入って来てるんだぜ」

 

 アレックスはサッと店内を見渡し、俺の言葉どおり二、三人の新客の姿を見つけ、忌々しそうにため息をついた。

 

「マスター、さっきのボトル出して」

 

「おい、それはホワイトのだ」

 

「あんたのボトルでしょ。ホワイトには飲ませない。私が空にしてやる」

 

「何を言ってるんだ」

 

「それはこっちのセリフよ。…マスター、席を移るからボトル持ってきて」

 

 俺はアレックスに腕を引かれ、店内の一番奥のボックス席へと連行された。

 

 席に腰を落ち着けるなり、アレックスは俺に言った。

 

「レイ、理由を言いなさい」

 

 俺は改めて自分の気持ちを見つめ直した。答えはすぐに出た。

 

「別に死ぬつもりは無い。ただ、遺せる物があるなら、遺したかった。そんな気分になったんだ。思いついたら、すぐやるべきだ。死ぬ気はないが、明日も生きられる保証は無い。それだけだ」

 

「それだけ…って、ホワイト教官の気持ちも考えなさいよ。二人死んでナーバスになってるのに、あんたまで負担かけるんじゃ無いっての」

 

「確かに、無神経だったな。すまん」

 

「私じゃなくて、教官に謝りなさい」

 

「そうだな、そうしよう。…俺は昔からそうだ。他人の気持ちより自分を優先してしまう。そのせいで前世じゃいつも他人を苛つかせてばかりだった」

 

「前世、ね。レイは転生前、引きこもりだったんだっけ?」

 

「ああ、高校の時に誰からも無視されるようになって、孤立して、それから数年間、部屋に引きこもり続けた。あの時は孤立させられたと思っていたが、今から思えば、俺から世間に背を向けてたんだな。他人を苛つかせる原因が俺にもあると、微塵も思っていなかった。全部周囲のせいにして、自分は被害者だと憤って、何にも残さないまま死んじまった」

 

「そして気がついたらこの世界に転生してた、か……。だから、何でも良いから遺したくなったの?」

 

「いや……違う、多分」

 

 俺は改めて自分の気持ちを見つめ直した。さっきは前世のことまで考えていなかった。この気分は、もっと別の理由だ。トップエースとして祝おうとしてくれたホワイトの好意を素直に受け止められなかった、その理由。

 

「多分、無意識に重ねてしまったんだ。死んだキムとリーを、俺が墜としたあの二機と」

 

「どういうこと?」

 

「敵も今頃、弔い酒を飲んでるだろうな、って、そんな気になっちまったんだ。だから、おめでとうと言われても素直に受け止められなかった。自分もそっち側だと思った。…多分、そうだ」

 

 エースと呼ばれたくて撃墜した訳じゃ無い。自分が生き延びるために敵を殺したのだ。きっと敵も同じ気持ちで戦っているのだろう。

 

 だが、それはつまるところ、俺もいつか敵の誰かが生きるために殺されるということを意味していた。

 

「レイ、それって……」

 

 アレックスは何か言いかけて口をつぐみ、グラスに注いだウォッカに口をつけた。

 

「レイ。私はやっぱり納得できないわ。あんたの言いたいことは何となく分かるけどさ、やっぱりこう……苛つくわ。あんたのそのナーバスな態度にさ」

 

「すまん」

 

「そうやって簡単に謝罪するところも苛つくわ。あんたが元引きこもりって初めて知った時は信じられなかったけど、今ならわかる。レイ、あんたの性根は引きこもりのままよ。自分の本音なんて誰にも理解されるはず無いって思い込んで、他人の気持ちに背を向け続けているんだわ。……だから、死人なんかに感情移入しちゃうのよ」

 

「……アレックスは、しないのか」

 

「……何を?」

 

「自分が殺した相手のことを、考えたことはないのか」

 

 アレックスはしばらく黙り込み、やがてため息混じりに答えた。

 

「あるよ、たくさん。でも、仕方ないじゃない。私たちは戦争してるの。殺し殺され、それが当たり前の世界にいるのよ」

 

 俺は何も言えなかった。平和な前世で引きこもっていた俺と違い、アレックスは戦争の耐えないこの世界で生まれ、その戦争で両親を亡くし、孤児として生き抜いてきたのだ。生きる意味を問うまでもなく、生きることだけが目的だった。

 

 そんなアレックスが傭兵になった理由は、孤児院のためだった。孤児だったアレックスを拾い育ててくれた孤児院に金を送るため、彼女は戦い続けている。

 

 アレックスには、戦う明確な理由がある。だから俺みたいに迷いなく戦えるのだし、そして今まで生き残ってこれたのだろう。

 

 そんな事を考えながら空のグラスを弄ぶ俺を、アレックスがウォッカを飲みながら睨みつけていた。

 

「死人より、生きてる人間の事を考えなさいよ」

 

「ホワイトにはちゃんと謝るよ。さっきもそう言っただろう」

 

「違うわよ。私のことよ、私」

 

「アレックスの?」

 

 それなら今ずっと考えていたところだ。だが、俺がそう言おうとするより早く、彼女が続けた。

 

「私の気持ちも考えてよ。今日、私が生きて帰れたのは、レイ、あなたに助けられたからなんだよ? その上、トップエースにまでなってくれてさ、私、本当に嬉しかったんだから」

 

 それなのに、とアレックスはウォッカを煽って、言った。

 

「なんでそんな、明日にも死んじゃうかもしれないこと言うのよ。私はあなたを信じてるのに、レイと一緒ならどんな時でも二人で生きて帰れるって信じてるのに、肝心のあんたがそんなんじゃ、私はどうすれば良いのよ!」

 

「どうと言われても、な…」

 

「私の目を見てよ、レイ!」

 

 いきなり両頬を手で挟まれて、無理やりアレックスに向き合わされた。

 

「レイ、全然飲んでないじゃない」

 

「俺が酒に弱いことは知ってるだろう」

 

「あんたの酒でしょ」

 

「ホワイトに飲ませる酒だ」

 

「飲ませないって言ったでしょ。あんたは死なせない。レイは私が守るんだから!」

 

「それは頼もしいな。…だいぶ酔ってるぞ、お前」

 

「酔ってないわよ! レイ、あなたからも言ってよ、ほら!」

 

 何を?と訊いたら殴られそうな気がしたので、大人しく思いついた言葉を口にした。

 

「アレックスは俺が守るよ」

 

「……っ!?」

 

「だから、俺を置いて死ぬなよ」

 

「……」

 

「おい、聞いてるか?」

 

「き、聞こえてるわよ。当たり前でしょ、バーカ!!」

 

 アレックスは顔を真っ赤にして、ウォッカの瓶を掴むと、そのままラッパ飲みし始めた。

 

「あぁもう、ムカツクわね、あんた。何でそんな恥ずかしい台詞サラリと言えるのよ。酔ってないくせに!ほら、あんたも飲みなさいよ!」

 

「瓶ごと押し付けるな。っていうか、ウォッカなんてラッパ飲みする酒じゃ無いだろ!?」

 

「私の酒が飲めないっての!?」

 

「俺の酒だ!」

 

「だったら飲みなさいよ!飲めないってんなら、私が飲ませてやるから!」

 

 アレックスは再びラッパ飲みすると、いきなり俺の首根っこに腕を回して体を寄せた。あまりに突然で予想外だったので、俺は何も出来なかった。

 

 アレックスの柔らかい唇が俺の唇に重ねられ、舌で無理やり口をこじ開けられた。それと同時にウォッカが俺の口いっぱいに流し込まれ、俺はその衝撃にむせ返りそうになったが、アレックスに唇を塞がれたせいで飲み下すしかなかった。

 

 アレックスは俺の口から溢れたウォッカを舐め取り、ようやく解放してくれた。

 

「お、おまえ、何やって――」

 

 問い詰めようとした瞬間、視界がぐらりと揺れた。飛行中に失速したような感覚。畜生、急性アルコール中毒で墜落だ。俺は無意識に脱出レバーを掴もうと手を泳がせ、アレックスの手からウォッカのボトルを弾き飛ばしてしまう。

 

 ボトルが床に落ちて砕けると同時に、俺自身も床に倒れて意識を失った……




―――第1話あとがき―――

 本編もAIの支援を受けて執筆。まず自力で3~4行を執筆した後、AIに続きを書かせ、その内容が気に入れば採用、そうでなければ消去してまたAIに書かせるか、または自力で継続というやり方。

 この第1話で、AIの案を採用したのは下記の通り。

・最初の空戦シーンでアレックスが助けを求めるセリフ

・バー『黒猫』という名前と、既にリリィが先客としているという展開

・終盤のアレックスの露骨にツンデレた態度とセリフ。

 地の分よりも会話の方がAIは書きやすいような印象。ただし男女の会話だとすぐにラブコメにもっていこうとする模様。

 あとたまにそこに居ないキャラクターが突然登場したり、キャラクターの性別が入れ替わったりする(リリィの一人称が「俺」になったり、レイが女言葉になったり)。

 AIは基本的に文脈で判断しているらしいので、中性的な話ことばだと性別がブレることがよくある模様。ちなみにキャラ設定については別枠で設定しておけばブレることは無いらしい。


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第2話・転生者、巣飼 零士

 ここはAI支援なしです。


 俺の名はスカイレイ。通称「レイ」とここじゃ呼ばれている。満州湖水上警察航空隊第八八特別戦術隊に所属する戦闘機パイロットだ。

 

 俺の名前は、愛機がF-4Dであることから、この機体の通称である「スカイレイ」をそのまま名乗っている、と周囲からは思われている。

 

 まあそれはあながち間違ってないが、全部正解ってわけでも無い。俺の本名は「巣飼 零士」と書いて「すがい れいじ」と読む。俺が生まれ育った日本では、ありふれてはいないが、特に珍しくも無い苗字と名前だ。

 

 俺がまだ幼い頃、誕生日祝いに親にねだって模型屋につれてもらい、そこで見つけたのがF4Dのプラモデルだった。箱絵に書かれていた水平尾翼のない三角翼の特異な形状。それでいて機首や主翼の先端が丸みを帯びており、どことなく羽根を閉じた蛾を思わせるシルエットに、俺は興味を惹かれた。

 

 だが何より俺の目を引いたのは、その機体の愛称だった。「F4Dスカイレイ」、箱にはそう書かれていた。「巣飼零士」と「スカイレイ」。自分の名と似た名前を持つその戦闘機に親近感を覚え、俺は親にねだってそのプラモデルを買ってもらった。これが、俺が戦闘機オタクになるキッカケだった。

 

 そう、俺は単なるオタクだ。だった、というべきか。確かに今じゃ戦闘機のパイロットをやってはいるが、これは別に幼い頃の夢を叶えたとか、そういうものじゃない。

 

 幼い頃、パイロットに憧れていたのは事実だ。だけど義務教育を終える頃には、俺の学力や体力じゃパイロットなんて目指すのは到底無理だと気づいてしまった。いや、パイロットどころか、まともに人並みな仕事さえできるとは思えなかった。俺は、引きこもりになっていた。

 

 世の中全部に背を向けて部屋に閉じこもっていた俺の唯一の楽しみは、パソコンゲームの空戦シミュレーターだけだった。実機とほぼ変わらないリアルな操縦が体験できるVRゲームで、オンラインネットワークで世界中のユーザーと対戦することができた。

 

 このゲームは爆発的にヒットしているわけじゃ無かったが、いつログインしても対戦相手に困らないくらいには売れていた。アップデートも滞ることなく行われ、バランス感覚も絶妙な、良心的な運営だった。

 

 俺はそのゲーム内じゃエースとして持て囃されていた。それが単なる称賛じゃなく、暗にゲーム廃人、社会不適合者と皮肉られていることも承知していたが、俺は意図的に見えないフリをしていた。

 

 昼夜もわからないカーテンを閉め切った暗い部屋の中で、俺は一日中VRゴーグルを被り、ネット通販で購入した専用コントローラー(操縦桿、スロットル、ペダル)を握りしめ、仮想世界の空を縦横無尽に駆け回り、トップエースとして君臨し続けた。

 

 飯も食わず、何夜も徹夜してプレイし続けた挙句に、気絶するように眠ることもしばしばだった。

 

 そして、俺はある日、気絶したまま死んだ。死因は火事だったそうだ。隣家が失火を起こし、我が家まで巻きこんで全焼したらしい。

 

 同居していた家族は外出していて無事だったらしいが、引きこもってゲームに興じていた俺は、火事に気付かないまま煙に巻かれ、意識を失って、そのまま焼け死んだそうだ。

 

 神とやらは俺にそう説明した。

 

「巣飼零士くん、君は本来、ここで死ぬはずではなかったのだが、現場の者が火加減を間違えてしまってね、君の家まで燃やしてしまった。申し訳ない。したがって君を別世界に転生する。この書類にサインしたまえ」

 

 俺の生死に関わる重大な事実を、神はひどく淡々と事務的に説明し、そして俺に一枚の紙とボールペンを差し出した。まるでお役所だ。そういえば俺はいつのまにか、安そうな机を前に、神と対面に向かい合って座っていた。

 

「…手違いって…?俺、ほんとに死んだのか?」

 

「死んだよ。だけど生き返る。別の世界だがね。安心したまえ、君の才能を十分に活かせる世界だ。さらにチートもつく。詳細は書類に書いてある通りだ」

 

 俺は書類に目を通した。

 

 日本語で書いてあったが、ひどく小さな字でびっしり書いてあり、しかもその中身は妙に回りくどく、そう、お役所言葉のようでひどく読みづらかった。

 

 それでも何度か目を通して、俺は転生後、戦闘機パイロットとしての人生を送ることができる、ということだけはなんとか理解した。

 

「サインしなかったら、俺、どうなる……すか?」

 

「人と話し慣れていないのが丸わかりだな。もちろんこのまま死ぬだけさ。引きこもりのままね」

 

「………」

 

 神の態度は明らかに俺を嘲っていた。それが面白くなくて、俺は黙ったまま、その書類に乱暴な筆跡で自分の名を書き殴った。

 

 それだけじゃ自分の怒りは伝わらないと思って、持っていたボールペンを机に叩きつけ、書類と一緒に神へ突き返す。

 

 神はそれを無表情に受け取り、俺の背後を指差して言った。

 

「お出口はあちら」

 

 俺は椅子を蹴立てながら立ち上がり、その出口へ歩き出した。

 

 自分でも一体どうしてこんなに不愉快な気分になっているのか分からなかった。ただ、無性に悔しかった。誰も俺に敬意を払おうとしない。俺は死んだんだぞ。死んでしまったんだ。畜生、畜生!!

 

 俺は怒りを込めて、目の前の出口と記された扉を押し開けた。

 

 転生チートで戦闘機パイロットというなら、最高じゃないか。俺はそこで、世界を見返してやるんだ。今度こそ!

 

 そう思いながら、俺は転生への扉を潜った。その先が、俺の甘っちょろい人生観など簡単に消し飛ばすような、本物の地獄だとも知らずに……




―――第2話あとがき――――

 私が最後にやった据え置きゲームはPS2の「エースコンバットZERO」だった……

 それ以降の新ハードはどの機種も手さえ付けてませんね。興味が無いとかそういう問題じゃなく、「艦これ」にハマって時間が全部そちらにとられただけですがね。

 「艦これ」や「ウマ娘」みたいな兵站や育成を中心としたいわゆる「盆栽ゲー」みたいなに慣れ切ってしまって、エースコンバットやアーマードコアみたいな複雑な操作と反射神経が求められるゲームは、多分もうできない気がする……


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第3話・命賭け

 登場人物設定に無いキャラクターが次々と出てきますが、気にしないでください。

 登場人物設定に追記はしません。新キャラが主要キャラとなるか、それともモブのまま死ぬか、それは作者にすらわからないので……


 目を覚ますと、そこは自分の部屋のベッドの上だった。だが俺は、すぐにはそこが「自分の部屋」だと認識できなかった。

 

 当然だ、そこは俺が何年も引きこもっていた「前世の自宅の私室」ではなく、満州国に属する武力組織、満州湖水上警察航空隊第八八特別戦術隊の基地にある隊員居住区、そこに割り当てられている俺の部屋なのだから。

 

 久しぶりに昔、前世の夢なんか見たから違和感を覚えたのだ。俺は寝ぼけ眼を擦りつつ、枕元の時計を確認する。アナログ式の目覚まし時計は午前6時を指していた。

 

 頭が痛い。二日酔いだ。それで自分が昨日、アレックスからウォッカを無理やり飲まされぶっ倒れた事を思い出した。倒れてからの記憶がない。自力でここに戻ってこれたとは思わないから、きっと誰かに運ばれたのだろう。俺は頭痛に顔をしかめながらも、上半身を起こした。

 

 その時、俺の枕元に一枚のメモが置いてあったのを見つけた。

 

『酒場ではゴメン、やらかした。忘れて』

 

 短く簡潔なそのメモの字は、アレックスのものだった。

 

「忘れろ、か……勝手な事言ってくれるな」

 

 俺は唇に残る感触を思い出し、モヤモヤとした気持ちを胸に抱いたまま、手の内のメモを握りつぶした。

 

 俺はそのメモを部屋の隅のゴミ箱に捨てようとしたが、そこで、ゴミ箱の中に同じようなメモ紙が三枚、握りつぶされて捨てられていたのを見つけた。

 

 昨日、ゴミ箱の中身は全て捨てたはずだから、これは俺が捨てたメモじゃない。

 

 ということはアレックスだろうな。そう思いながら拾い上げ、広げたメモにはやっぱり彼女の字でこう書いてあった。

 

『レイ、ごめんなさい。私がやり過ぎたわ。でも、あなたが悪いのよ? 私の気持ちも知ら』

 

 メモはそこで終わって捨てられていた。

 

 別のメモにはこんなことが書かれていた。

 

『悪かったわ。調子に乗りすぎた。あなたがお酒弱いこと知ってたけど、でも、なんか無理やりそうしたくなったっていうか、あなたが遠くに行っちゃいそうで』

 

 このメモもそこで終わってゴミ箱行き。

 

 最後の一枚は一言だけ、いや正確には二言、書いてあった。

 

『ILOV Silly』

 

 最初の四文字は書いた後に横線をぐちゃぐちゃに引かれ、その後にシリーと書いてあった。最初のイルブだかイロブだかの単語の意味はわからないが、後ろの五文字の意味はわかる。シリー、英語で「バカ」という意味だ。

 

 やれやれと、俺は肩をすくめて全てのメモをゴミ箱に戻した。

 

 窓の閉め切ってあったカーテンを開けると、眩い太陽の光が部屋に差し込んできた。その外にあるのは開けた平野と、そこに伸びる滑走路だ。

 

 滑走路を轟音を上げながら複数の戦闘機が飛び立っていく。その向かう先は戦場だ。あの戦闘機がまたここに戻ってこれるとは限らない。ここはそういう世界だった。

 

 もしも前世で部屋のカーテンを開けることができたなら、そこにはきっと平和な日本の日常風景が広がっていた筈だ。でも、俺はそうしなかった。あの頃の俺には、それが平和な日常だと認識できなかった。俺は、世界には敵しかいないと思っていた。そいつらは俺を無視という行為で攻撃し、俺もそいつらを無視することで反撃したつもりになっていた。

 

 どんな戦いだ、と我ながらバカバカしくなる。俺はいったい戦うことで何を守ろうとしていたのだろう。今となってはわからない。ただ、少なくとも命ではないだろう。

 

 戦うということは、命を賭けるということだ。懸ける、とは違う。賭ける、だ。この世界に転生させられて、それを思い知らされた。

 

 しばらく窓の外の景色を眺めていた俺の耳に、サイレン音が聞こえてきた。この音はエマージェンシーだ。飛行中の航空機から緊急着陸の要請が入ったのだ。

 

 滑走路に向けて消防車が走っていく、その上空を、一機の戦闘機が黒い煙を大量に引きながら飛んでいるのが見えた。

 

 これが今の俺にとっての日常だ。俺は顔を洗い、歯を磨き、着替えを済ませて、部屋を出た。

 

 俺が格納庫まで歩いて向かっている間に、その戦闘機は滑走路に着陸した。エンジン部に被弾して火災を起こしながらの着陸だった。主翼にも被弾していたのか、左右に大きくフラついて危うく墜落寸前だったが、なんとかひっくり返ることなく接地した。

 

 ただ、左後部の着陸脚が一本、そこで折れてしまったために、結局その機体は左に傾いて主翼の左側をへし折り、胴体部をゴリゴリと地面に擦りながら左へとカーブし、滑走路から大きくはみ出した位置で停止した。

 

 あれじゃ、あの戦闘機はもう使い物にならないな、と俺が格納庫へ向かう道すがら眺めていると、コクピットからパイロットが飛び降りたのが見えた。

 

 あれはサイモンだ。サイモン=ケンジ。漢字で書くと西門健児、日本人で、俺と同じく転生者だった。

 

 サイモンは消防車に泡消火剤をかけられている愛機の無惨な姿をしばらく眺めた後、肩を落としながら格納庫へと歩き出した。

 

 ちょうど俺が格納庫にたどり着いた頃、サイモンも格納庫に到着した。

 

「ようサイモン、無事で何よりだ」

 

「レイか。あとちょっとだったのに、畜生、やっちまったよ。着陸脚の整備にKPをケチったせいで今月の稼ぎがパァだ」

 

「気を落とすなって。生きてるだけで丸儲けだよ。まあ教訓代は高くついたようだが。俺も気をつけるとしよう」

 

「パトロール任務中に移動中の反乱軍部隊を見つけたんだ。トラックと戦車が数台、いい獲物だ」

 

「へえ」

 

「半分くらい吹っ飛ばしてやったが、ドジって対空砲を喰らっちまった。レイ、お前のスカイレイを貸してくれ」

 

「冗談言うな、貸すわけないだろ」

 

「俺はまだ飛べる。戦車がまだ半分くらい残ってるんだ。敵のエアカバーも届かない地域だ。今なら俺一人でやれる。ボロ儲けだ。貸してくれたら二割くれてやってもいい」

 

「美味い話だが、駄目だ。俺のスカイレイは要撃機だ。対地爆弾用のパイロンはミサイル用に改装しちまった。頼むなら戦闘爆撃機を持ってる連中に頼めよ」

 

「そいつらなら俺が戦車部隊を見つけた報告を入れた時点で命令も無しに飛び上がっちまったよ。任務外の飛行は弾も燃料も自費だってのにがめつい連中だぜ」

 

「お前も他人のことは言えないだろう」

 

「スカイレイはデルタ翼で低高度、低速でも安定性が高い。機関砲でも十分やれる。なあ、頼むよ」

 

「やなこった。それだったら俺が自分でやるよ」

 

「なんだ、お前も出る気か?」

 

「出ない。昨日の緊急出撃で戦闘したばかりだから今日は非番だ。機体も整備しなきゃならん」

 

 俺はサイモンに背を向けて格納庫へ足を踏み入れた。そこは資材庫だった。広い倉庫いっぱいに積まれた数多の機材を横目に、倉庫内片隅にある事務所の扉を潜る。

 

「マッキー婆さん、居るかい?」

 

「あいよ、そろそろ来ると思って待ってたよ」

 

 ひひひ、と甲高い声で笑いながら、山姥みたいな婆さんか事務所の奥から答えて、俺を見た。

 

「あん? てっきりサイモンだと思ったのに、レイじゃないか」

 

「俺じゃ不満かい」

 

「不満ってわけじゃないさ。いらっしゃい、レイ、毎度あり」

 

「まだ何も買ってないのに、毎度あり、とはな」

 

 呆れて肩をすくめた俺に、マッキー婆さんはまた甲高い声で笑った。

 

 マッキー婆さんはこの基地で資材搬入を担当している。といっても軍人じゃない。民間人だ。しかも軍属ですらない。俺たちパイロットと個人契約で商売している訳のわからん婆さんだ。

 

『松木雑貨店』というのが、この倉庫に掲げられた看板だ。その看板娘――と本人は言い張っている――がこの婆さん、「松木 梅」だ。

 

 軍事基地の倉庫を丸々一つ占有する雑貨店なんて無茶苦茶もいいところだが、扱っている商品もまた無茶苦茶だった。ここには世界中の酒タバコと言った嗜好品から漫画や雑誌も含めた書籍、レコード盤、洋服、化粧品、食器、包丁、ナイフ、拳銃、ライフル銃、機関砲、ミサイル、エンジン、レーダー、火器管制装置、そして航空機そのものまでなんでも揃っていた。

 

 これじゃまるでどっかの漫画の世界だ。俺たち転生者パイロットにはあの漫画のファンが大勢居た。この婆さんがマツキではなくてマッキーだなんて呼ばれたきっかけも、きっと転生者の誰かが言い出したに違いない。

 

「んで、レイ、何を買ってくれるんだい」

 

「FCSの改装を頼む。スパローミサイルを撃てるようにセミアクティブホーミング機能を追加したい。そろそろヘッドオンで先制攻撃できるようにしないとキツくてね」

 

「だったらいっそ機体ごと変えたらどうだい。アンタのF4スカイレイと同じデルタ翼のF102が手に入ったところさ。こいつなら全方位交戦可能なセミアクティブホーミングミサイルをデフォで使える。安くしとくよ」

 

「デルタダガーか。機銃が無いミサイルキャリアー専門の機体じゃないか。とてもじゃないが、格闘戦をやれるような機体じゃない。それにフライトオフィサーが必要な複座型だろ。しかも並列式だ。俺には扱いにくいよ」

 

「機銃ならサービスで付けといてあげるよ。フライトオフィサだってアンタの腕なら希望者がいくらでもいるだろうさ」

 

「デルタダートなら考えるけどな。F106だ。ダガーの上位互換だよ。こいつなら格闘戦能力も悪くない」

 

「そいつはアメリカ空軍の最新鋭機だよ。数も少ないから市場にもまだ出回ってないね」

 

「だろうな。俺の前世じゃダガーはダートが配備されるまでの間に合わせだったんだ。試作機も作らずにいきなり大量生産したはいいものの、肝心の性能が中途半端すぎたんで慌てて開発したのがダートだ。……こっちのアメリカ空軍も大方、似たような経緯を辿ったんだろ」

 

 俺の指摘に、マッキー婆さんはシワだらけの顔をしかめた。そうすると目も口もシワに埋もれたみたいになる。

 

「ったく、転生者ってのは余計なことばっかり知ってるね。ああそうだよ。後継機のダートの配備が進んできたから、用済みになったダガーが市場に大放出さ。今ならバーゲンセールだよ」

 

「やめとくよ。俺はスカイレイでまだやれる。改装も進んでるし、スパローが撃てるなら第二世代ジェット機相手でも問題ない」

 

「だったら、そいつは俺が買うぜ」

 

 俺の背後から、別の声がそう言った。

 

 振り向くと、そこにサイモンが居た。

 

「おんや、サイモンじゃないかい。緊急着陸で機体をぶっ壊したから、すぐにこっち来るかと思ったのに中々来ないからさ、てっきりおっ死んだのかと思ってたよ」

 

「バカ言え、このとおりピンピンしてらぁ。それより婆さん、さっそく商談と行こうぜ」

 

 前のめりなサイモンに、俺は思わず「いいのか?」と訊いていた。

 

「サイモン、お前の得意分野は地上攻撃だろう。ダガーは高空の爆撃機を迎撃するための要撃機だぜ」

 

「70ミリロケット弾を24発に加えてスパローミサイル6発を積めるペイロードがある。ミサイルの代わりに対地爆弾を積めるように改装すりゃあ、爆撃機としても十分使えるさ。婆さん、改装費込みでいくらになる?」

 

「へいへい、待っとくれよ。すぐに試算するからね」

 

 ガメツそうな顔でさっそくソロバンを弾き出した婆さんに、俺は声をかけた。

 

「俺の改装依頼の方が先だぜ。そっちから勘定してくれ。…サイモンも今さら焦って機体を買ってもしょうがないだろ。お前が見つけた地上部隊は今ごろ他の連中に狩り尽くされてるよ」

 

「けっ、わかってらい。婆さん、レイの勘定を早いとこ済ませてやってくれ」

 

「はいはい、年寄り遣いが荒いこった」

 

 ぼやくマッキー婆さんにカードでKPを支払い、俺はサイモンをそこに残して事務所を出た。

 

 俺は自分の愛機が納められている別の格納庫へ向かいながら、手元のカードを何となく眺めた。

 

 このカードは一種のポイントカードだった。ポイントは「KP」と呼ばれている、この基地専用のものだった。俺たち第八八隊のパイロットは皆、給金に加えてこのKPを付与されていた。

 

 KPは基地内であれば現金と同様に使用することができた。こいつがあればなんでも買えた。雑貨でも、飯でも酒でも、戦闘機でも、そして、自由さえも……

 

 KPが何の略か、実は誰も知らない。任務の成功報酬としても追加で景気良く支払われるので、獲得ポイントだの、景品ポイントだの、中には敵を殺して得るものだからキルポイントだなんて呼んでる連中もいる。

 

 機体の改装にも使えるので、改装ポイントだという説もある。なんでも買えるから、買い物ポイントだなんて緩い呼び名をつけている奴も居る。(アレックスはそう呼んでいる。)

 

 そして俺は密かに、このKPのことを「解放ポイント」と呼んでいた。口に出してそう呼んだことは無いが、一種の願掛けみたいなものだ。

 

 KPを限度額まで貯めれば、この部隊を除隊する権利を買うことができた。ただの除隊じゃない、年金付きの悠々自的なセカンドライフを送ることができる、その権利だ。

 

 この部隊で三年間、パイロットとして最前線で戦い続けるか、もしくは高額のKPを支払うことができれば、その権利が手に入る。そうすれば俺は、もう一度、自分の人生をやり直すことができる……

 

 ……でも、ただ人生をやり直すだけなら、こんな戦場にしがみつく必要なんて無い筈だ。こんなところはさっさとおさらばして、街の片隅でひっそり生きるって手もある。年金は無いが、自分一人、食っていくバイタリティぐらいはここで身につけた自覚はあった。

 

 でも、駄目なのだ。俺たち転生者を含めここのパイロットたちは、途中除隊できないようになっていた。それは、俺たちがサインした、あの書類のせいだった。

 

 神を名乗るあいつが差し出した書類によって、俺たちは戦闘機パイロットとしてすぐに飛べるだけの肉体と、戦うためのスキルを手に入れた。

 

 しかしその代償として、俺たちパイロットは、常に一定のKPを消費しないと生きていけない体にされていた。

 

 俺たちパイロットは、毎月の給料と共に一定のKPも支払われているが、腹立たしいことに、このKPは俺たちの体を維持する分しかなかった。

 

 KPを食うとか、そういう類の行為をするわけじゃ無いが、カード内のKPは補充しなければ勝手に減っていく。

 

 そしてそれが尽きてしまった時、転生者たちは劇的な体の変化に襲われる。

 

 俺は一度、サボタージュを図った転生者パイロットを見たことがある。そいつは人を殺す罪悪感に苛まれた挙句、出撃を拒否するようになった。

 

 そいつは抗命行為により軍法会議にかけられ、KPの差し止めが命じられた。要するに一種の減俸措置だ。

 

 出撃拒否ってのは反逆罪にも等しい行為だから、てっきり銃殺刑になるかと思ったのに随分と温情な措置だ。仲間内ではそう噂していたものだが、すぐにそれが思い違いだと知った。

 

 KPを差し止められたそいつは、KPが尽きた途端、見るも無残に痩せさらばえ、病人同然な姿に成り果て、それから三日と保たずに、死んだ。

 

 そう、俺たちはKPによって生かされているのだ。それを思い知らされた。その支配から逃れるには、あの神との契約を果たす以外にないのだ。

 

 それは俺やサイモンのような転生者に限らず、元からこの世界の人間であるアレックスやエナも同様だった。あの不思議な書類にサインすれば、KPに縛られることと引き換えに、どんな素人でもすぐにパイロットになれるだけの肉体とスキルを手に入れることができた。

 

 まさに神の仕業というべきか。もっとも、神は神でも死神の類としか俺には思えないが。

 

 そんなことを考えているうちに、俺は愛機が待つ格納庫へ着いた。

 

 通用口から中に入ると、広い格納庫内に俺のF4Dスカイレイが、整備員に囲まれて駐機されている。

 

 おそらくマッキー婆さんから電話で指示を受けたのだろう、機首のノーズコーンが外され、そこに納められているレーダーの換装が始まっていた。俺が松木雑貨店のある格納庫からこの格納庫まで歩いて移動してもせいぜい十数分しか経っていない。そんな短時間にも関わらず、換装作業は既にかなり進んでいるようだった。

 

 この手際の良さは人間業とは思えない。この光景を目にするたびにそう思うが、それもある意味当然だった。

 

 この整備員は人間じゃ無かった。では何者がと言われてもその正体は不明だが、とにかく人間じゃないのは確かだった。

 

 整備員たちは全員、顔が無かった。その体は影のように漆黒で、光さえ反射していない。影人、と俺たちは呼んでいた。

 

 影人の手にかかれば、機体は魔法のように修理、改装することができた。本当に魔法としか思えない手腕だ。彼らが機体にどのような手を加えているのか、傍目から見ても一切認識できないのだ。それは俺に専門的な知識が無いせいかもしれないが、それだけではなく、何か不可知な力が働いているのも確かだった。

 

 影人たちは、スカイレイのノーズコーンを取り外した後、その内部のレーダーに群がって何やら手を加えた後、またノーズコーンを付け直した。改装はそれで終わりだった。

 

 作業を終えた影人たちは、近くにいる俺を無視してそのまま立ち去っていった。残された俺はコクピットに上り、計器をチェックする。

 

 すると、俺の脳裏に、新たに追加された機能に関する知識が勝手に思い浮かんできた。

 

 FCSのセミアクティブホーミングの操作手順とスパローミサイルの発射手順だ。俺は新たな操縦スキルを手に入れたらしい。

 

 こういう体験をするたび、この世界が前世とはまるで違う、ファンタジーに片足を突っ込んだ異世界なのだと実感する。とはいえ、この魔法のような能力をこの世界の住人全てが持っているわけではない。

 

 あくまで、この基地特有の現象だ。この、満州国大統領直轄組織である満州湖水上警察航空隊第八八特別戦術隊のみ。

 

 どうしてそうなっているのかといえば、俺も詳しいことはわからない。だが、これらは大統領のチートスキルが関係しているらしい、という噂はあった。

 

 俺を送り込んだ神、いや死神は、俺たちパイロット以外に、この世界のお偉いさんとも契約を結んでいるらしかった。

 

 俺たちみたいな転生者や現地徴用の素人を次々とパイロットに仕立て上げて送り込む代わりに、この世界の歴史を神が望む方向に修正すること。

 

 この満州国の国家元首である大統領も転生者らしい。おそらくそいつが神にとっての本命なのだろう。俺たちパイロットは戦争を有利に進めるための、本命転生者の手駒に過ぎないって訳だ。

 

 つまり俺たちをここに召喚したことや、影人による荒唐無稽な機体の改装も、本命転生者である大統領の「チートスキル」の一端に過ぎないのだ。

 

 そう考えると、俺は悔しさと同時に虚しさを覚えてしまう。俺にとって、これは誰のための戦いだ。本命転生者のためなどとは絶対に思いたくなかった。

 

 俺は、俺のために戦うのだ。俺を良いように利用する奴のために、死んでなんかやるものか。俺は、改めてそう誓った……




―――第3話あとがき―――

 第3話ではAI出力で採用した部分はありません。

 けれど、的外れな展開や期待外れな描写ばかりでも、それを没にしたり添削、修正する過程で自分の書きたいものが具体化してくるので、アシスト機能としては非常に助かりますね。

 どうやら私、他人にダメだしするときが一番想像力が湧くのかもしれない。そんなことに気づいてもあんまり嬉しくないなぁ……

 戦闘機のうんちくはWikipedia先生の丸パクリです。詳しい人いたらツッコミ、修正、駄目だし等、よろしくお願いします。


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第4話・罪びと

 AIちゃんさあ、展開を動かすとき、すぐ新キャラ出そうとしてない?


 数日後、俺はアレックスと共に再びパトロール飛行を行っていた。

 

 あの日以来、反乱軍との戦闘は無かった。

 

 その代わり、このところ反乱軍の陸上部隊が満州湖の近くに集結しつつあるらしいとの情報があった。

 

 先日、サイモンが爆撃して返り討ちにされた陸上部隊もおそらくその一部だった可能性がある。

 

 どうやら反乱軍の連中は、かつて隕石が落下して出来た満州湖への侵攻を狙っているようだ。

 

 かつて満州帝国時代の首都・新京があったその場所は、世界大戦を終結させるきっかけとなった隕石落下によって、全長100kmにも及ぶ広大な湖と化していた。

 

 この湖には、隕石由来の大量の鉱物資源がいくつも沈んでいるらしく、それを狙うソ連や中国が反乱軍を支援して泥沼化してしまったのが、この内乱の現状だ。

 

 だが、そんな世界情勢は俺にはどうでも良かった。

 

 俺はこの国を護るために戦っているんじゃない。俺は、俺自身が生きるためにこの国を護るだけだ。

 

 俺とアレックスは特に敵機との遭遇も無く、哨戒任務を終えて帰還しようとしていた時だった。

 

 陸上基地の要撃管制官から、俺たちに緊急支援命令が下令された。

 

『加藤とエナのペアからの支援要請だ。敵機と遭遇しこれと交戦中。君たちが一番近い。急行せよ』

 

 指示されたポイントは隣の哨区だった。アフターバーナーを使えば数分も経たずに辿り着ける。燃料も十分残っている。

 

「こちらレイ、了解した。行くぞ、アレックス」

 

「オッケー。先日、助けてもらった借りを返さなきゃね!」

 

 俺たちはスロットルを叩き込み、アフターバーナーを起動させて一気に加速する。

 

 機体はぐんぐんと速度を上げていく。レーダーコンタクト。六機が空中で入り乱れている。加藤とエナを除くと、敵は四機。俺たちが加勢すれば数は互角だ。

 

 俺は僚機の位置を確認する。いた。二時の方向だ。

 

 加藤のF101ヴードゥーが敵機の追撃を振り切ろうと高度を落とし暖旋回しながら、こちらに近づこうとしていた。

 

 そのすぐそばに、真っ赤に彩られたMiG21フィッシュベッドが一機、並んで飛行している。あれがエナの機体だ。更にその後方から同じくMiG21が四機襲いかかろうとしていた。エナの機体は敵からの鹵獲品だ。

 

「アレックス、加藤とエナは俺たちに向けて敵を誘い込む気だ。スパローでやる」

 

「了解」

 

 俺は中距離ミサイルであるスパローの発射準備にかかる。

 

 その瞬間、俺の耳元で警告音が鳴り響いた。ロックオンアラート。レーダー照射を受けている。

 

 レーダーを照射しているのは、前方の敵機では無かった。四機とも俺たちに機首を向けていない。ということは別の方角からのレーダー波だった。敵はまだ他にも居る。

 

「ブレイク!」

 

 俺は回避を宣言しながら反射的に操縦桿を押し倒し、フットペダルを蹴飛ばすようにして機体を右旋回させた。

 

 その直後、俺の視界端で左斜め後ろにいたアレックスのスーパーセイバーの翼端が爆発を起こしたのが見えた。

 

「アレックス!?」

 

「大丈夫、直撃じゃない、まだ飛べる!」

 

 アレックスは至近距離での爆発で一瞬、失速しかけたものの、そのまま機首を下げ、急降下して速度を保ち、機体を安定させながら旋回。回避を続けた。

 

 俺もその後方に続きながら、周囲を確認。今、攻撃してきた敵機を探す。

 

「レイ! 三時の方向、上空に居る。あいつよ!!」

 

 アレックスの声に俺は右手を見る。

 

「あれか……!」

 

 俺の視線の先に、黒い点のような物が見える。俺たちはそのまま右旋回し、ヘッドオンの態勢になる。

 

 FCSがロックオンを告げる。俺はスパローの発射ボタンに指をかけたが、しかし、敵の速度が速すぎる。

 

 敵機が真正面から急接近。俺はスパローミサイルの発射を中止し

機銃に切り替える。

 

 敵機は真正面、衝突コース。俺は機銃を発砲。即座に機体をロールさせ、敵機をかわす。

 

「くっ……」

 

 俺の視界を敵の放った曳光弾の光がいく筋もの線となって横切り、直後にその敵機が俺の真横をすれ違った。

 

 お互いに音速に近い速度を出していたはずだ。相対速度は軽く音速を超え、俺の機体が衝撃波に激しく揺さぶられた。

 

 紙一重だった。回避が一瞬でも遅れていたら、敵の機銃攻撃がコクピットに直撃し俺は蜂の巣になっていただろう。

 

 しかし敵もいい腕だ。俺の機銃攻撃もかわされた。

 

 だが、奴は一体何者だ? 俺は一瞬すれ違った際に目に焼きついた奴の機体を思い出す。

 

 細い円筒状の機体に三角翼の単発機はフィッシュベッドと同じだが、鋭く尖ったノーズコーンと、その機首にカナード翼を装備し、さらにその下部にエアインテークが位置した形状は、初めて見る機体だった。

 

 どことなく米軍の戦闘機・F-16ファイティングファルコンを思い起こさせるが、こちらの世界ではファルコンはまだ開発計画さえ存在しない。それに反乱軍はソ連から技術や兵器の供与を受けているのだ。だとすれば、あれはソ連の新型機の可能性が高い。

 

 俺は急旋回しながら奴の姿を探す。

 

 居た。加藤とエナに向かっている。あの二人は、俺たちが援護できなかったことで、再び敵の四機に囲まれていた。

 

 しかし、それでもまだ持ち堪えられているのは、その高度がかなり低いからだった。加藤とエナは地上スレスレを旋回飛行していた。

 

 加藤のF101ヴードゥーは低空での運動性能に優れた機体だ。対する敵のMiG 21フィッシュベッドは小回りと上昇力に優れるが、低速低空での安定性に欠ける。

 

 その点はエナのフィッシュベッドも同じだが、加藤のヴードゥーが低空低速で敵を誘い込んだところへエナが高速で一気に敵の後方へ回り込んで撹乱するというコンビプレイでなんとか凌いでいた。

 

 あのカナード付きは俺たちに目もくれず、攻めあぐねている仲間の四機の援護のためだろう、加藤のヴードゥーへ急降下しながら襲いかかろうとしていた。

 

 俺も即座にその後を追う。

 

「アレックス、ついて来れるか!?」

 

「無理。主翼のダメージで高機動はできそうに無い」

 

「そのまま離脱しろ。あとは俺がやる!」

 

「ごめん、任せた!」

 

 俺は無線を切り換えて加藤とエナへの通信回線を開く。

 

「加藤! 七時の方向から敵機だ。ブレイクポート!!」

 

「ブレイクポート!」

 

 加藤からすぐに応答があった。ヴードゥーが左旋回。ほぼ同時にカナード付きがヴードゥーへ向けミサイルを発射。

 

 俺もカナード付きへ向け、サイドワインダーを発射する。しかしカナード付きは既に急上昇に転じていた。物凄い上昇力だ。カナード付きはサイドワインダーを振り切って、そのまま俺との距離をグングンと離していった。その後を他の四機が付いていく。

 

 見事な引き際だ。あっという間に視界の果てへ遠ざかっていく敵の編隊から目を逸らし、加藤の様子を確認する。

 

 加藤のヴードゥーは地面スレスレを高速で飛び続けていた。その背後の大地で爆発が起き、火球が膨れ上がっていた。どうやら加藤機を追尾していたミサイルは低く飛びすぎて地面に激突したようだ。

 

 流石は加藤だ、と感心しかけたところで、俺はその地面での爆発の周囲に、人影を視認した。

 

 誰か倒れている。まさか…?

 

「レイ……」

 

 通信機から、加藤の声が聞こえた。

 

「……人が、いた……民間人だ……避難民だ…畜生…巻き込んじまった……畜生……」

 

 俺は言葉が出なかった。




―――第4話あとがき―――

 空戦描写をAIに任せると、高確率で別方向から新たな敵の不意打ちを食らう展開を繰り返す傾向が有りますね。

 しばらくAI任せに書かせてみたら敵が四方八方から次々と現れてはそれを回避するという展開をひたすら繰り返していました。敵機はいったい何機襲ってくんねん。

 それを修正し、敵の増援は1機のみとしました。機体の形状は1960年代に制作されたソ連の試作機がモデルです。


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第5話・クラリス・フェルナー

 視点交代

 一人称は、別の登場人物の内面を描くときに章ごと変えなきゃいけないので、あんまり好きじゃないんだよね……


 ドイツで反動分子として捕らえられ、家族ごとシベリアへ送られてから半年。私たち一家は、同じ収容所に居た他の政治犯と共に、強制労働の最中に脱走した。

 

 私たちが向かったのは満州国だ。脱走を手引きしてくれた西側陣営のスパイが亡命の手配を整えてくれているらしい。満州湖までたどり着けば、そこに用意された船で対岸に渡り、政府軍の勢力下に入ることができる。

 

 しかしそのためには、東側陣営の支援を受けている満州国反乱軍の勢力圏を抜ける必要があった。

 

 かつて戦争終結のきっかけになった隕石落下により荒野と化した中国北部の大地を、私たちは徒歩で歩き続けた。

 

 けれど、途中、ソ連の指示を受けた反乱軍の襲撃にもあい、仲間たちは次々と命を落としていった。

 

 最後に残っていたのは、私たち一家だけだった。若干17歳の少女の私と、その両親のために、他の仲間たちは皆、自ら囮や捨て駒となって私たち一家を先へ逃してくれた。

 

 そんな数多の犠牲の果てに、私たちはようやく満州湖の近くまでたどり着くことができた。満州湖を渡る亡命用の船が待つ場所まで、後十数キロメートルほど。あと少しだ。私たちは疲れ果てた体を引き摺るように歩き続けた。

 

 上空で爆音が聞こえたのは、その時だった。見上げると、幾つもの飛行機の黒い影が、頭上で入り乱れるように飛び交っていた。

 

「お父さん、 あれは何?」

 

 私は父に問いかけた。

 

「政府軍と反乱軍の空中戦だ」

 

 父も空を見上げ、少し興奮したように笑った。

 

「政府軍の戦闘機が勝てば、ここは安全になるぞ」

 

「どちらが政府軍なの」

 

 と、母は空を見上げず、足元に目を落としたまま呟いた。長い逃避行で、母の気力と体力は限界に達していた。

 

「MiGが反政府軍だろう。…政府軍より数が多いな…」

 

 父の声から力が抜けたのがわかった。それで政府軍の方が不利なんだと私は悟った。私の体からも力が抜けそうになる。

 

「お父さん、もう歩けないよ」

 

「大丈夫、もう少しだから頑張ろう」

 

 父も疲れ切っているようだったが、それでも私のことを励ましてくれた。

 

「でも、あの飛行機がこっちに来るわ!」

 

 そう言って私が指差した先には、さっきよりも明らかに近づいている、戦闘機の姿があった。

 

「伏せて!!」

 

 父が叫んだ瞬間、すぐ頭上をその戦闘機が物凄いスピードで通過していった。

 

 父は咄嵯の判断で、私を抱え込むようにして地面に倒れ込んだ。その直後、大地が揺れ、轟音と衝撃波が私たちを跳ね飛ばした。

 

 私はそのまま気を失ったのだろう。一体どれだけの時間が流れたのか、私がハッと目を覚ました時、空は既に暗くなり、星が瞬いていた。

 

 私は父の胸に強く抱きしめられたまま、地面に仰向けに倒れていた。父はうつ伏せになって私に覆い被さっていた。

 

「お父さん……お父さん……」

 

 父からの返事は無かった。私は父に抱きしめられたまま、上体を起こす。父の体が私の上から転がり落ちた。

 

 父は下半身を吹き飛ばされ、死んでいた。

 

「あっ…お父さん……お父さん……っ」

 

 頭がパニックを起こしそうになる。でも泣き叫びそうになる前に、私は母のことを思い出し、必死に理性を繋ぎ止めた。

 

「お母さん、お母さんはどこ?、返事して!お母さん!?」

 

 私は必死になって母の姿を探そうとした。しかし、既にその周囲には動くものは何一つ無かった。

 

 数十メートル離れた場所に、クレーターがあった。その縁に、幾つもの塊が散らばっている。暗くてわかりづらいけれど、近づくと肉が焦げた匂いがして、それでこれが人間の欠片だと分かった。

 

「うぅ……あぁああああ!! おとうさん、おかあさあん!!」

 

 私は大声で泣いた。泣いて叫んで、喉が潰れるまで泣き続けた。そしてその後で、自分が助かったことに気がつき、また声を上げて泣いた。

 

 

――――

 

 

 基地への帰還後、俺たちはいつもどおり狭山司令の元へ報告へ向かった。俺と、アレックスと、エナの三人だ。加藤はついて来なかった。

 

 着陸し、機体から降りてきた加藤は、呆然とした様子で、そのまま格納庫にあるパイロット控室に入ったきり、出て来なかった。

 

 俺たちも加藤を連れて行く気にはなれなかった。司令室に入り、狭山司令から加藤が居ない理由を問われ、俺はあらましを説明した。

 

「そうか。……加藤の件は了解した。しばらく放っておいてやれ」

 

 と、狭山司令は言った。いつも通り淡々とした表情で、加藤が民間人を巻き込んでしまったことなど大した問題では無いと感じているような態度だった。

 

 そう、彼女はそういう人間だ。それはわかって居たが……

 

「ほっとけって、司令、それはないでしょう!」

 

 俺より先に、エナが声を荒げた。

 

「加藤の気持ちを考えなよ! いくら戦争だからって、兵士を殺すのと訳が違うんだぞ!」

 

「言いたいことは分かるが、あいにくウチにはカウンセラーなんて気の利いた者は居ないのでな。折り合いは自分でつけてもらうしかない」

 

「そんな突き放した言い方! あんた、私たちの上官だろうがっ!?」

 

「加藤が私に慰めてもらいたがっていると、そう言いたいのか、エナ?」

 

「そうじゃない、そうじゃないけどさ!」

 

「奴が望もうと、そうでなかろうと、私が何を言ったところでその民間人が生き返るわけではあるまい。……それはエナ、君が一番理解しているはずだ」

 

 狭山司令の言葉に、エナは押し黙ってしまった。そう、彼女も戦闘に巻き込まれて家族を失っている。その復讐のためにここでパイロットをやっているのだ。

 

「この部隊に居るのは傭兵だけだ。みな自分の都合で人殺しをやっている。そして誰もそれを非難する権利は無い。その代わり、干渉もできん。それがここのルールだ」

 

「でも……加藤は私の相棒なんだよ……」

 

 力なく呟いたエナに、狭山司令は意外なことを言った。

 

「では、君が支えてやればいい。それが君の役目だろう」

 

「えっ……」

 

「違うのか?」

 

 狭山司令の口調はいつも通り淡々とした感情を感じない声だった。けれど、エナには届いていたようだ。

 

 しばらくの沈黙の後、エナは頷いた。

 

「……そうだね。司令、あんたの言う通りだ。加藤は私が面倒見る。……私じゃないと、多分、ダメだ」

 

 エナは背筋を伸ばし、狭山司令に敬礼した。

 

「ユン・エナ、退出します」

 

「許可する」

 

 エナは小走りに司令室を出ていった。狭山司令はそれを見送ると、すぐに俺に目を戻した。

 

「レイ、お前はあの新型機について調べろ。カナード付きのMiGなぞ聞いたことがない。おそらく新型だろう」

 

「了解だ。しかし調べろって、どうやって?」

 

「正規の情報部には私から依頼する。お前はとりあえずマッキー婆さんに訊け。金さえ積めばクレムリン宮殿さえ引っ張ってきてやると豪語する婆さんだ。ソ連の新型機の情報くらい持ってるだろう」

 

「いよいよもって漫画のキャラめいてきたな。マッコイ爺さんがTS転生したんじゃないか?」

 

「お前が何を言っているのかさっぱり分からん」

 

「エリハチって、有名な漫画が前世にあってな」

 

「やかましい、説明する必要は無い。転生者の戯言には興味ない。帰れ」

 

「了解、巣飼 零士、退出します」

 

「同じくアレクサンドラ・カー、退出します」

 

 二人揃って敬礼し、司令室から退散する。狭山司令からの指示どおり松木雑貨店へ向かう道すがら、アレックスが俺に言った。

 

「レイ、前から思ってたんだけど、あんた、狭山司令に対してけっこう気安く話しかけてるよね」

 

「そうか?」

 

「あの堅物女に漫画の話をするの、あんたぐらいよ?」

 

「そうかな」

 

「そうだよ。……まあ、いいけど。それより、どうすんの? 加藤のこと」

 

「さぁな。あいつが自分で立ち直れるならそれで良し。無理だったらその時考える」

 

「ふーん。意外と冷たいのね」

 

「別に冷たくはないだろ。ただ、俺には加藤に何かを言える資格が無い。あるとすれば、それは巻き込まれた民間人本人か……または……」

 

「……似たような境遇のエナだけってことね」

 

「そういうこった」

 

 話しているうちに松木雑貨店に着いた。

 

「婆さん、居るかい?」

 

「ああレイかい、おかえり。機体を買い換える気にでもなったかい?」

 

「買う気はないが調べてもらいたい機体がある」

 

「なんだい、珍しい依頼だね」

 

 マッキー婆さんに例のカナード付きについて話すと、婆さんは店の奥から分厚いファイルを引っ張りだしてきて、それをめくり始めた。

 

「うーん、無いねえ。そんな機体は見たことも聞いたこともないよ」

 

「やっぱりそうか」

 

「市場に出回ってない試作機って可能性があるね。やろうと思えば調べることができるけど、どうするね?」

 

 マッキー婆さんはそう言って、親指と人差し指で丸を作って見せた。つまり、情報料だ。

 

「支払いは司令につけといてくれ」

 

「前金ももらうよ」

 

「払うから領収書くれ。宛先は狭山で」

 

 俺が勝手に司令の名義で取引をする様子を、アレックスが傍で呆れた顔で見ていた。

 

 

 

 

 それから二日後のことだった。第八八隊の非番のパイロット全員に集合がかけられ、俺たちは作戦会議室に集まっていた。

 

「本日未明、偵察任務中だったアズラエルが撃墜された。彼は直前に敵の新型機と遭遇している。レイ、君が先日交戦したカナード付きだ」

 

 狭山司令はいつも通りの淡々とした口調で言った。

 

「あいつがまた出てきたのか」

 

「アズラエルはカナード付きを目撃した後、すぐにアフターバーナーを吹かせて離脱を図ったが、奴の方が早かった。振り切ることができずに、そのまま堕とされた。推定速力はマッハ2だ」

 

 それを聞いて、室内が思わずどよめいた。現在この基地に所属している機体で、こいつを振り切れる者は先ずいないだろう。厄介な相手だ。

 

「このカナード付きだが、先日と今朝の行動から、おそらく満州湖近辺の反乱軍基地に所属しているものと思われる。アズの任務はこの基地の偵察だった。撃墜される前に、この基地で大編隊が出撃準備しているらしいとの報告を行なっている。その直後にカナード付きに撃墜されたことを考えると、おそらくこの基地兵力が満州湖へ侵攻してくる可能性は極めて大と判断する」

 

 狭山司令の目が光を帯び、その口元にうっすらと笑みが浮いた。

 

「敵の兵力は最低でも十五機、いずれもMiG 21フィッシュベッドだが、カナード付きも出てくるはずだ。これを迎え撃つ。全機対空兵装に換装せよ。費用は全て基地持ちだ。好きなだけ使え!」

 

 パイロットの誰かが口笛を吹いた。

 

「総員、スクランブル待機!」

 

 俺たちは敬礼、一斉に格納庫へ走り出す。その中には、エナと肩を並べて走る加藤の姿もあった。

 

 俺の隣で、アレックスがその様子を目にして言った。

 

「加藤、元気を取り戻したみたいだね。エナのおかげかな」

 

「だといいがな」

 

 各自が出撃準備を整え、愛機のそばで待機してから二時間後、スクランブル発進が下令され、俺たち第八八隊は空へと飛び立った。

 

 その数、十五機。満州湖上空で、一大空戦が始まろうとしていた。




―――第5話あとがき――――

 満州湖だなんて設定だけど、ぶっちゃけデカい湖ぐらいしか設定決めてないので、周りの都市がどんな風になってるとか、そもそも基地がどこにあって、反乱軍がどこから攻めてくるのかとか、そんなものまるで決めてない、行き当たりばったりな世界観だったりします。


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第6話・償いとは

 クラリス視点から始まります。

 思ったより描写が増えてきた。これじゃまるでもう一人の主人公みたいだな。

 AIがクラリスに込み入ったバックボーンを付けたせいだ。


 亡命用の船は、確かに私たちを待ってくれていた。私たち収容者を逃してくれたスパイは完璧な仕事をしてくれたのだ。ただ唯一の誤算は、生き残りが私一人しか居なかったことだ。みんな、死んだ。スパイ自身でさえも。

 

 あのスパイ自身は、私たちを脱走させたその日に、収容所で処刑されていた。

 

 船の船長は、私の姿を一目見て全てを悟り、黙って船出の準備を始めてくれた。船長五十メートルほどの貨物船だった。私たち脱走者の全員が身を隠すための偽装コンテナも用意されていたけれど、もうそれは必要なく、船員は私を個室へと案内してくれた。

 

 屋根のある場所と清潔なベッド、その両方を得たのはいつぶりだろうか。きっと祖国から連れ出されて以来だろう。いったいあれから何ヶ月、いや何年経ったのか、私はもう思い出せなかった。

 

 船が出港する。波のない穏やかな湖面を進む船の中で、私はベッドに倒れ込んで微睡んだ。

 

 全身が疲労を訴えて、意識が消えそうになる。私は心からの安堵を感じると同時に、この世にもう愛する家族が居ないことを実感して、どうしようもない喪失感に襲われた。

 

「お父さん…お母さん……」

 

 泣きたいのに、体が疲れ過ぎて涙も流せない。ただ、ぼんやりと薄れて行く意識の中で、私は、あの時頭上を飛び去っていったあの戦闘機の影を思い出していた。

 

(あいつに殺された…お父さんも、お母さんも…あの飛行機に殺されたんだ……)

 

 そのまま眠りにつきそうになった、その時、私は部屋の外から轟音が鳴り響いたのを聞いた。

 

 船のエンジン音じゃない。この音は聞き覚えがある。

 

 飛行機だ。戦闘機が飛んでいる。あの時と同じ音だ。私は飛び起き、部屋を出て甲板へと駆け出し、空を見上げた。

 

 満州湖を進む貨物船の上空で、数十機もの戦闘機が激しい戦いを繰り広げていた。

 

 

――――

 

 

「敵、三時方向より接近中! 距離五万、高度三千」

 

「敵機群、散開しつつ降下開始。こちらを包囲する気だぞ」

 

「こちら第一小隊長のレイだ。高度を上げて敵の頭を押さえる。ついて来い」

 

「第二小隊のサイモンだ。レーダーコンタクト、前方の敵機、速度マッハ1.2、突っ込んでくる。第三小隊と共に迎え撃つ。スパロー発射用意」

 

「第四小隊長、エナだ。私たちは左に回り込んだ敵をやる!加藤、フォローミー!」

 

「こちら加藤、ラジャー」

 

 一個小隊は四機編成、それが四つ。しかし第三小隊はアズラエルが既に撃墜されているため、三機編隊だった。こちらの総数は十五機。

 

 レーダーに捉えた敵機は十四機だった。カナード付きらしき敵がいない。今朝、アズを撃墜するために出撃したからもう出てこないのか、それともどこかに隠れ潜み、奇襲の機会を伺っているのか。

 

 サイモンのデルタダガーがスパローを発射。併せて彼が率いる第二小隊、第三小隊の各機もミサイル攻撃を仕掛ける。

 

 何本もの火線がはるか彼方の敵編隊へ吸い込まれて行く。命中まで残り十秒…九秒……

 

 ……四秒前。サイモンのデルタダガーが横ロール急旋回、チャフを撒きながら回避起動をとった。その直後、彼に続こうとした第二、第三小隊の六機が空中で爆散した。

 

 敵からの中距離ミサイル攻撃が直撃したのだ。回避に成功したのはサイモンのデルタダガーだけだった。

 

 だが敵機もサイモンたちのスパローミサイル攻撃によりその数を減らしていた。

 

「第一小隊、突っ込むぞ。サイモンを援護する!」

 

 俺はスロットルを開け、加速する。スカイレイが軋むような音をたてた。

 

 操縦桿を握る手に力を込める。

 

「アタック!」

 

 サイモンのデルタダガーを攻撃しようとしていた敵の先頭集団に向けて突撃をかける。

 

 高い位置から、敵の左斜め後方めがけ急接近、スパローミサイル攻撃。俺が狙っていた敵機はそれに気づきチャフを散布しながら回避起動を開始、俺の放ったスパローは空中のチャフ――大量の細かいアルミ片ーーにレーダーホーミングを引き寄せられ、あらぬ方向へと飛んでいった。

 

 だがそれは最初から織り込み済みだ。

 

「アレックス、今だ、やれ!」

 

「任せて、ドンピシャよ!」

 

 俺の後方を飛ぶアレックスのスーパーセイバーがサイドワインダーをすかさず発射。回避した直後を狙いすましたその一撃に、敵機はなす術もなく撃墜された。

 

「ナイスアシスト! 次、行くぞ」

 

「了解、レイ」

 

 俺たちはそのまま残りの敵に向かっていく。

 

「小隊長、援護お願いします! 右だ、右に回って、早く!?」

 

「くそっ、こいつら速い。振り切れない!」

 

 同じ第一小隊に属する仲間からの援護要請だ。

 

「すぐ援護する。そのまま右に旋回を続けろ。旋回半径を緩めるな!」

 

「くそっ……ブラックアウトしそうだ…っ!?」

 

 敵機を振り切るために高速で急旋回を続ける仲間の元へ駆けつけようとしたが、俺が辿り着く前に、仲間の機体は急に旋回をやめてしまった。

 

 おそらくブラックアウトで失神してしまったのだ。急旋回による遠心力と加速Gにパイロット自身が先にやられたのだろう。

 

 俺の目の前でその仲間が敵のミサイル攻撃で木っ端微塵にされた。だがそのために敵の軌道も単調なものになっていた。俺は愛機のスカイレイをその後方に急接近させる。

 

「仇は撃ってやるよ」

 

 機銃のトリガーを引く。四門の20ミリ機関砲が火を吹き、敵機のエンジンを貫いた。

 

 俺は、敵の撃墜を確認する前に即座に旋回、離脱を図る。直後にミサイル警報が鳴り響く。俺はすかさずチャフとフレアをばら撒いた。

 

 どこからともなく放たれた二発のミサイルがチャフとフレアに引かれて俺のそばを飛び去っていった。

 

 間一髪だ。この乱戦状態で目の前の敵にこだわっていれば、たちまち他の敵の餌食にされてしまう。

 

「第一小隊各機へ、一度東へ抜けて態勢を立て直す。サイモン、生きてるなら着いて来い」

 

「こちらサイモン、かろうじて生きてるよ。俺はとっくに東へ抜けてる。ダガーの高速性能のおかげだな。格闘戦はさっぱりだが一撃離脱にはもってこいだ」

 

「こちらエナ。だったらサイモン、もう一回突っ込んでこっちを援護してよ。こいつら手練れだ。手強いよ!」

 

「おう、任せておきな!」

 

 レーダー上でサイモンのデルタダガーが東の方向から再度接近を開始する。その時、アレックスから通信が入った。

 

「レイ、レーダーコンタクト! 北から高速目標が急速接近中!」

 

 スカイレイもその機影を捕捉していた。マッハ2近い速度だ。サイモンのデルタダガーの横っ腹めがけ突っ込んでくる。

 

 こいつはまさか。

 

「サイモン、回避しろ!奴だ、カナード付きが来た!」

 

「あん、マジか―――」

 

 通信途絶、デルタダガーがレーダーから消えた。サイモンがいた方向へ首を巡らせると、空中に黒いシミのように爆炎かポツンと浮いているのが見えた。

 

 そのすぐそばを、あのカナード付きが超音速で飛び抜けていく。

 

「畜生、あのスピードで突っ込んで一撃命中か。いい腕してやがる……っ!」

 

「レイ、どうする?」

 

「味方は今、何機だ?」

 

「第一小隊は私たち含め三機、第二、三小隊は全滅、第四はエナと加藤だけみたいね」

 

 俺はレーダーを確認。敵の数を数える。カナード付きを含めて四機だ。

 

「俺がカナード付きを引きつける。アレックスはマオと共にエナと加藤を援護しろ」

 

「了解!」

 

「了解しました!」

 

 アレックスと、そして第一小隊のもう一人である女パイロット、マオ・チーアンが、俺と分離し、加藤とエナの元へ向かっていく。

 

「行くぞ!」

 

 俺はスロットルを全開にし、加速。スカイレイは甲高い音を立てて軋むように鳴く。

 

 カナード付きは高速のまま離脱するかと思ったが、奴はすぐに旋回し、俺の方へと向かってきた。ここまでの戦い方から高速での一撃離脱を好む奴かと思っていたが、向こうから格闘戦を望んできたとなると認識を改めるべきかもしれない。

 

 奴は、カナード付きは、強敵だ。俺は歯を食い縛りながら、奴の背後を取るべく、スカイレイの機体を捻り、急旋回を開始した。

 

 

――――

 

 

 湖の上空で政府軍と反政府軍の戦闘機が、激しく戦い合う様子を、私は貨物船の甲板から見上げていた。

 

 どちらが政府軍で、反政府軍なのか、区別はつかない。少なくとも十数機以上もいて、それが空一面を目まぐるしく入り乱れている。

 

 飛行機の流線的な機影が太陽の光を浴びてキラキラと輝きながら、何本もの飛行機雲が幾つもの円を描き、その雲の線が混じり合うたびに、飛行機が黒煙を吐いて落ちて行く。その光景はまるで、花火のようで目が離せなかった。

 

 不覚にも綺麗だと思った。だけど時折、遠くから響く雷鳴のようなエンジン音と爆発音に、私は胸を締め付けられた。

 

 人が、死んでいるのだ。この空で、人と人が殺し合っていた。

 

「おい、嬢ちゃん、そこは危険だ。船内に戻れ!」

 

 駆け寄って来た船員に腕を掴まれ、私はハッとなった。船員は私を引っ張りながら叫んだ。

 

「流れ弾があちこちに落ちてきてる。ここまで来て死んじまうなんて、そんな馬鹿な真似だけはするんじゃねえ!」

 

「ご、ごめんなさい…っ!?」

 

 確かに、湖の湖面のあちこちに水柱が上がっていた。空中戦で放たられた機銃弾やミサイル、そして撃墜された戦闘機の破片が、高速で飛散しているのだ。

 

 その時、私は高い空から、二機の戦闘機が急降下してくるのを見た。

 

 先を行くのは、細長い円筒形の機体に三角の大きな羽を付けた機体。その後ろから、角ばった機体が追いかけている。

 

 後ろの機体、遠目からでも私はその機体に見覚えがあることに気がついた。後部の縦に伸びる羽の上に水平の翼が付いている、特徴的なその機体はまさしく、あの時――

 

 ――父と母が死んだとき、私の頭上を飛び抜けていった、あの戦闘機だった。

 

 その機体が、羽の下から白い煙を放った。ミサイルだ。その直後、隣に居た船員が私を突き飛ばし、甲板に倒れた私の上に覆い被さった。

 

 先を行く円筒形の機体が船のすぐそばで爆発した。爆風に船が煽られ、破片が高速で船体に当たる音が響き渡る。私たちの頭上を、あの戦闘機が飛び去って行く。

 

 あいつだ。私はまた、あの戦闘機に殺されかけたのだ。あいつは、死神だ。人の命を刈り取ることをなんとも思っていない悪魔だ。私は遠ざかっていく機影を恐怖と怒りに震えながら睨んだ後、自分にのしかかる重さに気がついて、ハッとした。

 

「船員さん!?」

 

 私はその時、船員に父の姿を重ねていた。あの時、私を庇って死んだ父のように、彼も…っ!?

 

「俺は大丈夫だ。嬢ちゃんは無事か? 無事だな、よし!」

 

 私が気遣う暇も無く、船員はすぐに体を起こし、周囲を見渡した。

 

「空の上の連中はいつも足元がお留守で困る。……おーい、船長、船に穴は空いてないか!?」

 

 甲板の上から、船の後部にある船橋に向かって船員が呼びかけた。船橋の横のウィングから船長が顔を覗かせ、叫び返した。

 

「平気だ! だがトンビ連中のドンパチよりもっと厄介な奴らが来たぞ」

 

「どうした、何が来た!?」

 

 船長が後ろを指さす。私と船員がそちらへ顔を向けると、遠くから白波を蹴立てながら、数隻の小型船がこちらへ向かって走って来ていた。

 

 その内の一隻から小さな光がフラッシュのように瞬いた。

 

「クソっ、砲撃か!」

 

 船員が私を抱えるように船橋のドアめがけ走り出した。耳元に風切り音が聞こえ、それはどんどん大きくなってくる。

 

 ドアを開く寸前、船のすぐそばに爆発音と共に大きな水柱がそそり立った。砲撃だ。雨のように降り注ぐ大量の湖水を浴びながら、私たちは船内に避難した。

 

「反乱軍の哨戒艇か。どうやらこの船が亡命者移送船と気づかれたようだな。…嬢ちゃん、こっちだ」

 

「は、はい……」

 

 私は船員に連れられて、船の奥へと進み、通信室のすぐ隣の部屋に案内された。ここは船の重要区画で、一番安全だと船員は言ってくれた。

 

「貨物室の方が防弾効果はあるかも知れないが、万一船が沈むとなったら逃げ場が無くなるからな。ここならいざと言う時、外にも逃げやすい。でもとりあえず壁際には近づくんじゃないぞ。いいな?」

 

 船員さんそう言って、隣の通信室へ向かった。

 

 開け放したドアから、船員さんと、通信員のやりとりが聞こえてきた。

 

「国際無線でSOS信号を打て! 民間船が巻き込まれていることを連中に示すんだよ!」

 

「でもそんなことしたら反政府軍の機体にやられますよ!?反乱軍の哨戒艇が追いかけて来たってことは、その空軍だって我々が亡命の手助けをしてることに気づいているはずだ」

 

「だからだよ。政府軍の戦闘機を味方につけるんだ。こっちの正体を明らかにして反政府軍から俺たちを守らせる。それしかない」

 

「船長の許可取ってくださいよ。いくら政府の工作員だからって、船の責任者は船長だ」

 

「船橋の内線電話は、これか。――船長、私だ、三木だ。オープン回線で政府軍に援護を呼びかける。そうだ、上空の戦闘機に俺たちを守らせるんだよ。巻き込んだ責任を取ってもらう」

 

 私は部屋を出て、通信室の入り口から中を覗き込んだ。あの船員さん――本当は工作員のミツキと言うらしい――その彼が、通信機のマイクを握りしめていた。

 

「満州湖上空で戦闘中の政府軍、聞こえるか! こちらは満州湖を航行中の民間貨物船、新高丸だ。本船はただいま満州政府の要請を受けて難民を移送中だ! 繰り返す、本船はただいま難民を移送中! 反政府軍の攻撃を受けている。至急救援を要請する!」

 

 

――――

 

 

 俺が操るスカイレイと、カナード付きとのドッグファイトは熾烈を極めていた。

 

 相手の機体は、格闘戦でも高い運動性を示していた。おそらくその特徴的な機首のカナード翼が高速域での安定性を高めていることに加え、水平尾翼や主翼のフラップと連動して動くことによって旋回能力を高めているのだろう。

 

 だがその高い運動性を確保するためか、機体の固定武装はかなり貧弱なようだった。主翼のパイロンはミサイル用が二つのみ、一発はサイモンのデルタダガーの撃墜に使用したらしく、残るミサイルは一発のみだ。だが、それもさっき俺に向かって放たれ、俺はそれをなんとか回避していた。

 

 これで奴に残る武器は機銃のみだ。しかしその機銃も固定武装では無く、外付けのガンポット式であり、その流線形の優美な機体に、異形の瘤のような機銃が付いている様は妙に不恰好に思えた。

 

 こいつは試作機だ。本来、戦うための機体では無いのだ、という直感を抱きながら、俺はスカイレイを急旋回させる。

 

 相手の後ろに回り込み、ロックオンしようとした瞬間、敵はバレルロールでこちらを翻弄し、回避行動を取った。キレのある鋭い旋回だった。正面に捉えていたはずの奴の機影が、一瞬にして搔き消えた。

 

 何処に行ったのか、それを探す前に俺は反射的に左足でフットペダルを踏み込み、機体を水平姿勢のまま左方向へ滑らせた。

 

 直後に右側面を曳光弾の列が追い抜いて行く。バレルロールで俺の背後に周り込んだカナード付きからの機銃攻撃だ。あの一瞬で正確に真後ろに付かれていた。いい腕だ。ほんの一瞬でも回避が遅れていたら撃墜されていた。

 

 俺がスカイレイを横滑りさせた事で、カナード付きは俺の進行方向を見誤ったようだ。俺がスロットルを戻し速度を落とすと、奴の機体が再びオーバーシュートして俺の前方に出た。俺は即座にトリガーを引く。

 

 20ミリ機関砲四門の弾幕が奴を包み込む。カナード付きが、きりもみを打ったように激しく回転して急降下した。

 

 堕とした訳じゃない。全弾避けられた。なんて奴だ、失速上等で回避しやがった。

 

 スピンしながら高度を落としていく敵機めがけ、俺は追撃をかけるべく降下を開始する。このまま機体制御を失って墜落するかと思ったが、奴はそんな間抜けな奴じゃない。

 

 俺の予想通り、カナード付きはすぐに水平姿勢に戻し、機首を上げて急上昇に転じた。ほとんど真上を向くような急角度の上昇だ。パイロットには凄まじいGがかかっているはずだ。

 

 俺も奴を追って操縦桿をめいっぱい手前に引き込み、急上昇に転じる。6Gを超える負荷が俺の全身に襲いかかった。俺はスキルのおかげで7Gまではなんとか意識を失わずにいられるが、それでも目の前が暗くなり、ブラックアウト寸前まで陥った。

 

 カナード付きが旋回径を緩めないまま水平旋回に移った。俺も同じく水平旋回に移る。

 

 これは我慢比べだ。Gに耐えきれず旋回を緩めた方が負ける。俺は歯を食いしばり、必死に機体をコントロールした。

 

 だが旋回能力はカナード付きの方が上だった。じわじわと奴の機影が俺の背後へと迫って行く。しかし機体の能力はともかく、パイロットがこの状況でまだ冷静に機体を操っていられるというのは驚嘆に値する。おそらく俺以上のGに晒されているはずなのに、とんでもない奴だ。

 

 カナード付きにいよいよ背後を取られそうになったその時、通信機が急に喚き出した。

 

『満州湖上空で戦闘中の政府軍、聞こえるか! こちらは満州湖を航行中の民間貨物船、新高丸だ。本船はただいま満州政府の要請を受けて難民を移送中だ! 繰り返す、本船はただいま難民を移送中! 反政府軍の攻撃を受けている。至急救援を要請する!』

 

 オープン回線の国際無線だ。誰彼構わず無差別に語りかけている。

 

 しかし、なんだって? 難民移送船からの救援要請だと? そのあまりにも荒唐無稽な呼びかけに対し、思わず呆気に取られた。

 

 その難民移送船、新高丸は無線交話の構文など無視してさらに叫び続けた。

 

『この船の難民は、シベリア収容所から命からがら逃げ出して来た亡命者だ。仲間も家族も皆殺しにされ、たった一人きり生き残った17歳の少女だ。そんな子がここまで来て殺されるなんてあっちゃならねえ。そうだろ、なあ!』

 

 知るか、と叫び返したかった。こっちはそれどころじゃない。自分の命の瀬戸際なんだ。他人まで構ってられるか。そう言ってやりたかったが、凄まじいGに押しつぶされて声が出せない。

 

 カナード付きがついに真後ろに周り込んだ。ロックオンアラートが鳴り響く。拙い。奴にはもうミサイルは無いが、火器管制レーダーは機銃とも連動している。ロックオンされたなら、こちらの動きを見越した射撃をされてしまう。そうなったら逃げ場は無い。

 

 加藤機が反乱軍の哨戒艇に攻撃をかけた、とエナの声が聞こえたのはその時だった。

 

「加藤、何やってるのさ!? まだ命令は出てないよ!?」

 

「あの子だ――」

 

 加藤が呟くように答えた。

 

「――俺が巻き込んだ子だ。間違いない。あの船の甲板に居たんだ」

 

「加藤! 待って、勝手に行かないでよ!?」

 

「俺には責任がある!」

 

 アラートが鳴り止んだ。バックミラーに目をやると背後からカナード付きの姿が消えていた。旋回を続けた俺の視界内に、アフターバーナーを噴かせて俺から遠ざるカナード付きの姿が見えた。

 

 奴の向かう先に、加藤のヴードゥーが居た。湖面ギリギリを低空飛行しながら、機銃掃射を行なっている。湖面には加藤が破壊した哨戒艇が黒煙を上げながら沈もうとしていた。

 

 その加藤めがけ、敵の生き残りが背後をとって攻撃を仕掛けようとしていた。そこへエナのフィッシュベッドとアレックスのスーパーセイバーが援護に入ってなんとか追い払うが、当の加藤はそんなことなどまるで目も暮れず、哨戒艇への機銃掃射を続けようとしていた。

 

 哨戒艇はまだ二隻残っていた。ヴードゥーがその一機を仕留める。しかし、もう一隻が、例の貨物船、新高丸にかなり近づいていた。哨戒艇からの銃撃を受け、新高丸の甲板上にいくつもの火花が散っている。

 

 ヴードゥーが一旦上昇し、その哨戒艇へ機首を向けて降下を開始する。しかし、その単純な軌道は、敵の良い的だった。

 

 加速したカナード付きが一気に接近し、機銃を放つ。ヴードゥーから破片が飛び散り、黒煙が上がった。

 

 そこはエナのフィッシュベッドが駆けつけ、カナード付きへ攻撃を仕掛けた。カナード付きは即座に機体を捻り、離脱する。

 

 加藤は――まだ飛んでいた。エナが叫ぶ。

 

「加藤! 脱出して! 早く!?」

 

 

――――

 

 

 周りの様子がどうしても気になり、船橋へ上がった私は、窓の外に、こちらへ近づいてくるあの戦闘機の姿を目の当たりにした。

 

 私を二度にわたって殺そうとした、あの死神。今度こそ私は殺されるのか。

 

 私は迫る戦闘機を見据えたまま、硬直していた。

 

 時間の感覚がおかしくなり、全てがスローモーションのようにゆっくりと動いていた。

 

 あなたはどうして私を付け狙うの? どうして私を殺そうとするの? 私は、私たちは、どうして生きてはいけなかったの!?

 

 理不尽、不条理な運命に対する怒りをぶつけるように見つめた私の視界の中で、その戦闘機が破片を飛び散らせ、黒煙を上げた。それはまるで、私の怒りが彼を傷つけたようで――そうだ、彼だ。私はコクピットに座る男と目が合った気がした。

 

 それほど近くを飛んでいたのだ。船橋スレスレを掠めるように戦闘機は飛び去り、そして……

 

 ……この船に向かって攻撃を続けていた、反乱軍の哨戒艇と衝突し、大爆発と共に湖の底へ消えて行った。その光景を見て私はようやく我に返った。

 

 全身の力が抜けていくようだった。

 

 ああ……神様……私は……私は……過ちを犯したのかも知れません。

 

 

――――

 

 

 反乱軍の哨戒艇は全滅した。新高丸は銃撃を受けていたものの、大きな損傷も無く航行を続けている。

 

 カナード付きは、新高丸へは攻撃を加えることなく、敵の生き残りを連れてそのまま空域を離脱していった。

 

 前線地上基地の要撃管制官からの帰投指示を受け、俺も味方の生き残りを集め、帰投進路についた。

 

 出撃時には十五機いた第八八隊の生き残りは、俺と、アレックス、エナ、そしてマオ。この四機だけになっていた。

 

 多くの仲間たちがまた散っていった。そのことを思うと、俺の心の中には、いつも得体の知れない感情が渦巻いてくる。

 

 胸が締め付けられるような、それでいて、何かがふつふつと湧いてくるような、不思議な気分だった。

 

 仲間の死に対する悲しみか、それとも生き延びたことへの喜びか、戦いを終えて生き延びるたびに抱くこの感情の正体を俺は未だに掴めないでいた。

 

 僅かな仲間と共に編隊を組み、帰投進路に着いた俺たちに、通信機から狭山司令の声が届いた。

 

『諸君、よくやってくれた。君たちの奮戦のおかげで満州湖上空の航空優勢は守られた。そのために多くの機体を失ってしまったが、いくつもの救助ビーコンが発せられているのを救助部隊が探知したそうだ。人的被害は予想より少なそうだ』

 

 その言葉に、俺は安堵しつつも、それでも言いようの無いこの気持ちは消えることは無かった。

 

 何故だろう。そう思った時、エナが言った。

 

「加藤は…脱出しなかった……アイツ…死んだよ…っ!」

 

 その一言で、胸に渦巻くものが消え去った。代わりに、今まで感じたことも無いほどの喪失感が胸を占めた。

 

 別に死んだのは加藤だけじゃない。脱出できなかった奴は他にも居た。だけど、アイツは、加藤は、自分から死を選んだ。それが自己犠牲なのか、自殺なのか、いやその違いになんの意味があるのか、俺はそれを言葉にできなかったし、そもそも何故、加藤の死にこんなにも胸をかき乱されているのかも、よく分からなかった。

 

「加藤の…バカ……バカだよ…バカ…」

 

 通信機から漏れ聞こえるエナの涙声を聞きながら、俺たちは基地へと帰投した。




 サイモン、あっさり撃墜。加藤も死亡。男キャラに厳しいな。そんなに主人公ハーレムがしたいのか。

 新キャラ、三木(みつき)登場。AI任せにしてたらクラリスをかばうモブの船員として登場後、なぜか船長とタメで会話しだしたやべー奴。面白そうだったので名前を付けて新たな登場人物としました。


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第7話・あれは死神

 生きとったんかワレェ!


 それから二日後のことだった。基地にあるパイロット用の待機室でくつろいで居た俺の元へ、マオが血相を変えて駆け寄って来た。

 

「た、隊長! レイ隊長! ニュースです、ビッグニュースです!!」

 

 この傭兵部隊に階級は無い。一応役職はあるが、基本誰もがTACネームか名前を呼び捨てるのが普通だ。指示に従うのは任務上のことであり、人間関係に上下関係を持ち込まないのがこの部隊の暗黙の了解だ。俺に対して役職付きで呼ぶのは彼女・マオぐらいのものだろう。

 

 マオはまだ入隊したばかりの新人で、哨戒飛行を数度経験しただけで、本格的な実戦は二日前の空戦が初陣だった。あの日以来、何故だか知らんが普段でも俺を「隊長」と呼ぶようになった。

 

 で、そんな彼女が何を興奮しているのかといえば、

 

「サイモンさんが…っ!」

 

「サイモン? アイツがどうかしたのか?」

 

 一昨日から昨日にかけて空戦で撃墜された多くの仲間が救助されたが、サイモンはそこに含まれてはいなかった。

 

「帰って来たんですよ!」

 

「マジか」

 

「おう、マジだよ」

 

 マオの背後から、当の本人がひょっこり姿を現し、部屋に入ってきた。

 

「よっ、ただいま」

 

「あ、ああ…お帰り。……サイモン、お前、生きてたのか!?」

 

「当たり前だろ。俺は不死身の男だからな。まぁ、今回はちょっと危なかった。脱出に成功したのはいいものの、救助ビーコンがぶっ壊れててな、満州湖のど真ん中に置き去りよ。いやー、マジでやばかった」

 

「それでどうやって帰ってきたんだ。まさか、泳いできたのか?」

 

「最悪それも考えたが、そうなる前に通りかかった船に拾われたんだよ。運が良かった。これも日頃の行いが良いおかげだな」

 

「悪運って言うんだよ、それ。とにかく、無事でよかった」

 

「俺が死んだらホワイト教官がまた曇っちまうよ。おう、そうだ。俺のキープボトル、まだ飲まれて無いよな」

 

「大丈夫だと思うが、どうだろうな。さっきホワイトがバーへ行くのを見かけたから、今頃もう飲み出しているかもしれないぜ」

 

「そいつは拙いな。早いとこ彼女に俺の無事を伝えなきゃ、あの姉さん、いよいよもってアル中になっちまう」

 

「ああ、早いところ教えて安心させてやってくれ」

 

「んじゃ、ちょっくら行ってきますか。……ああそうそう、忘れるところだった。レイ、狭山司令から呼び出しだ。司令室に来いだとよ」

 

「呼び出し?」

 

「俺を拾ってくれた船の関係者が、俺をここに送るついでに司令のところに来てるんだよ。…新高丸って言や、要件は見当つくだろ」

 

「…加藤の件か」

 

「エナも今頃、司令室に向かってるはずだぜ。お前らから色々と話を聞きたいそうだ」

 

 サイモンはそう言って俺から目を逸らすと、そばにいたマオに目を向けた。

 

「おい新人、お前は俺と飲みに行くぞ。生還祝いだ。嫌とは言わせねえぜ」

 

「ちょっと勝手に決めないで下さい! それ、パワハラでアルハラですからね!」

 

「そんなもん知るか。ほれ、さっさと来い」

 

「わわわ、腕引っ張んないでって、いやああ、セクハラ、変態、バカぁぁ」

 

 そのままサイモンにズルズルと引っ張られていくマオを見送った後、俺は司令室へと向かった。

 

 司令室の扉を開ける。中には、既にエナの姿があった。

 

 広い司令室の中央に応接用の大型ソファーが向かい合っており、狭山司令はそこに腰掛けて居た。そしてその向かい側に、男女の二人組が居た。

 

 狭山司令が立ち上がり、その男女に俺たちのことを紹介した。

 

「お待たせしました。こちらが一昨日の空戦に参加した私の部下、巣飼 零士と、ユン・エナです」

 

 俺とエナが軽く頭を下げると、その男女もソファーから立ち上がり、男の方が頭を下げた。

 

 男は日本人のように見えた。歳の頃は二十代半ば過ぎくらいか。スーツ姿だが、その体つきや目つきは、鍛え上げられた者のそれだった。

 

 かたや、女の方は――女というより、少女だ。十代後半の少女、欧米人だ。彼女は会釈ではなく、俺に向かって手を差し出した。

 

「クラリス・フェルナーです」

 

「どうも」

 

 握手を求められているのだと気づき、慌ててその手を軽く握り返す。

 

 クラリスという少女はエナにも手を差し出し、握手した。

 

 エナは、俺とは違い、クラリスの手を離そうとしなかった。

 

「アンタが……あなたが、新高丸に乗っていた、亡命者なの?」

 

「ええ、その通りです。……ユンさん、あなたが加藤さんのパートナーであることは、サイモンさんや狭山司令からお聞きしております」

 

 エナの顔が強張る。

 

 クラリスは、エナの手を離し、数歩ほど離れてから、今度は頭を深々と下げた。

 

「私を助けて頂いたこと、心より感謝いたします」

 

「……やめて……」

 

 エナが、声を絞り出すようにそう呟いた。エナの肩が震えていた。

 

「あたしにそんなこと言わないで……加藤はずっと悔やんでた……あんたを巻き込んだって……自殺さえ考えていたんだ……だから……っ」

 

 そこから先は言葉にならず、エナは壁に背をもたれて、両手で自分を抱きしめながら、俯き唇を噛み締めた。

 

 そんなエナの前で、クラリスが顔を上げた。彼女の顔は、エナの態度に驚くでもなく、むしろ、全て分かっているかのように、哀しみに満ちた目をして、呟くように言った。

 

「私が…加藤さんを死に追いやってしまったのですね……」

 

 この少女は、それを伝えに来たのだ、俺はそう悟った。

 

「君は、加藤の死に責任を感じているのか?」

 

 俺は思わずそう訊いていた。

 

 クラリスは哀しげな瞳を伏せたまま、小さく頷いた。

 

「何故だ」

 

 俺は再び訊いていた。

 

「君は俺たちの戦闘に巻き込まれた被害者だ。そのせいで身内を失ったんだろう」

 

「レイ!」

 

 エナが、俺の肩を掴んだ。

 

「加藤は巻き込みたくてやったわけじゃ無い! あれは事故だったんだ。あの低空でミサイルを回避するには、地面に叩きつけるしかないって、アンタだって分かってるだろ!?」

 

「だが巻き込んだのは事実だ。故意にしろ事故にしろ、被害者には関係ない。――クラリス、君は俺たちを恨むのが自然だろう」

 

 俺の言葉に、彼女は微かに首を横に振った。

 

「加藤さんが死んだのは、私のせいです」

 

「筋違いだと言っているんだ。君に責任をとってもらう必要なんてない。俺たちの生死は俺たち自身のものだ。加藤は自分の命でケジメをつけた。それだけだ」

 

 クラリスは、ゆっくりと目を閉じる。そして、静かに息を吐いてから、口を開いた。

 

「確かに、私は加藤さんの事故により、父と母を失いました。そのせいで加藤さんを死神だと、恨んでいました……」

 

「だったら」

 

「加藤さんが撃墜される寸前、私は船橋に居ました。迫ってくる戦闘機を前に、私は怒りをぶつけていたんです。死神め、死んでしまえ、と。その直後に戦闘機は被弾しました。まるで、私の祈りが通じたかのように……」

 

 クラリスの唇が震え出した。

 

「……私は、神に祈ってしまったのです。……あの人の死を……お父さんとお母さんを殺した男を殺してくれと…神に…祈って……」

 

「違う」

 

 そう割り込んできたのは、もう一人の男の方だった。

 

「俺が通信機で君の存在を明らかにして支援を要請したんだ。君の存在を利用して、彼らの同情を引こうとした。そういう意味では、加藤機を哨戒艇へ体当たりさせた責任は俺にある」

 

「無線の声はあんただったのか。いったい何者だ」

 

 俺の問いに男は答えた。

 

「亡命に関する政府機関の担当者、とだけ答えておく。悪いがこれ以上は言えない。後は察してくれ」

 

 要するに満州国のスパイだ。俺は頷いて了解の意を示した。

 

 クラリスは立ち尽くしたまま、顔を手で覆って微かに嗚咽を漏らしていた。泣かせたのは、俺だ。

 

 エナも壁にもたれかかったまま、必死になって唇を噛み締めている。お互い、もう話を続けられる様子じゃなかった。

 

 狭山司令に目を向けると、彼女は俺を睨んでいた。余計なことを言いやがって、お前なんかさっさと出て行け、そう言っている目だ。

 

 俺は背筋を伸ばし、狭山司令に敬礼する。

 

「司令、申し訳ありません。口が滑りました」

 

「出てけ。貴様は後で説教だ。覚悟しろ」

 

「はっ!」

 

「エナ、君ももういい。退出しろ」

 

「司令……でも……」

 

「加藤はフェルナーさんを救うためにその命を捧げた。軍人として名誉の戦死を遂げたのだ。フェルナーさんが直々に謝意を述べて下さったのだから奴も浮かばれるさ。……それでいいだろう」

 

「……はい」

 

 司令も相当、不器用な人間だな。そんなことを思いつつ、俺はまだ落ち込んだままのエナの手を引いて、司令室を後にしたのだった。

 

 むしゃくしゃする。俺は加藤のことを思った。彼は、自分の命を犠牲にするだけの戦う理由を見出し、それに殉じたのだ。だが俺に言わせりゃ、それこそ死神の正体に違いなかった。

 

 冗談じゃない。俺の足は自然とバーに向かっていた。

 

「エナ、飲みに行くぞ」

 

「え?……嫌だよ…そんな気分じゃない」

 

「そうかよ。だったら勝手にするさ。サイモンの生還祝いの最中だ。加藤のボトルを空にしてやる」

 

「レイ…あんた、変だよ。なんであの子にあんなこと言ったのさ…?」

 

「死にたくないからだ。罪だの償いだの、戦う理由を外に求めたら、いずれそれに殺される。俺はそんなのはゴメンだ」

 

「でも…あたしも家族を巻き添えで殺されたんだ。…あの子が誰かを恨む気持ちもわかっちゃうよ…」

 

「恨んだ相手を殺して、罪悪感を感じることもか」

 

 その問いに、エナの足が止まった。

 

「感じたことなんてなかった。これまでは……」

 

「これまでは?」

 

「今は、もう、わかんないんだ。加藤が罪悪感で苦しんでいた時、あたし、アイツに言ったんだ。…事故だよ、誰のせいでも無い、仕方なかったってね……。最低だよね……あたし自身が、同じことした敵をずっと憎んでいるくせにさ…」

 

 エナは泣きそうな顔で笑っていた。そんな彼女を見据え、俺は言った。

 

「俺は自分のために戦う。他人など知ったことか。俺が生きるために敵を殺す。それだけで充分だ」

 

「それさ、もしかして、あんたなりの励まし? それとも慰めてるつもりなのかい」

 

 エナの言葉には答えず、俺は歩き出した。

 

 俺たちは、これからどうなるのだろうか。

 

 この先、何度となく、こんな思いを味わなければならないのかもしれない。

 

 そう思うと、気が重かった。

 

 俺の背中を、エナが追いかけてきた。

 

「あたしも飲む。加藤のボトルを飲み干して、それで今回のことは全部忘れるよ」

 

 俺は頷き、そのまま、俺たちは肩を並べてバーへと向かったのだった。




―――第7話あとがき―――

 墜とされたサイモンがひょっこり帰ってくるあたり、エリ八のグレッグ生還と被る。AIさんも間違いなくエリ八を意識していると思われる。

 あと前話でAIがマオという新キャラをぶっこんできたので、採用しました。

 ついでにキャラ設定も出力させてみました。

――――

「マオ・チーアン」

 中国系満州国人。19歳。

 中国東北部出身の少数民族。元々中国東北地方に住んでいたが、文化大革命の影響で漢民族が大量虐殺され、一族ごと流浪の旅に出た。その際に難民キャンプで保護された。

 両親とも健在であるが、現在は中国内戦が激化しており、故郷に戻ることができない状況にある。

固有能力:直感力向上(第六感による危機感知能力の向上。高すぎると未来予知に近い効果を発揮できるが、その直後に意識がブラックアウトしてしまうため、戦闘中に発動すると致命傷になる可能性が高い)

乗機:BACライトニング。獲得ポイントにより、電子戦装備が追加されている。また機体各部の防弾性能が向上している。

――――

 え? 漢民族が招集民族なの? しかも文革で虐殺されたとかナニコレ(汗)


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第8話・神のみぞ知る

――――

 

 

 満州湖水上警察の航空部隊基地を訪れた後、私はヘル・ミツキと共に国から充てがわれたアパートメントへと帰ってきた。

 

 私は満州国の協力によってここまで逃げ延びたものの、まだ私の立場は難民であり、亡命者としてこの国での暮らしを公的に認められたわけではなかった。それにも関わらず軍事基地を訪れ、最前線で戦う司令と面会した私の行動は、担当機関内で問題になってしまったようだ。

 

 今、ミツキはアパートメントにかかってきた電話の対応をしてくれているけれど、その相手、おそらく上司の方から、かなり強い口調で責め立てられてしまっているようだった。

 

「はい、申し訳ございません。ですがその件につきましては、すでに報告をあげてますし、八八隊司令との調整を終えた上で訪問しているので手続き上に問題は……勝手に出歩くなって言われても、そんな行動制限は指示されて無いでしょう。彼女は囚人じゃない。……それはそっちの都合でしょう?こちらとしては、亡命者の保護という任務に従っているだけです。……八八隊に借りを作ったって、そんな言い方……そりゃ確かに八八隊に支援要請したのは俺ですけど、あの状況じゃ仕方ないじゃないですか……増援出さなかったのはそっちでしょ、俺たちに死ねって言うんですか!……わかりましたよ、責任とりゃいいんでしょ? ええ、はい、はい、それで責任とやらが取れるのなら構いませんよ。ではこれにて失礼!」

 

 ミツキは乱暴に受話器を置き、大きくため息をついた。

 

「大丈夫ですか?ヘル・ミッキ…ミ、ツーキー」

 

「ミツキだ。三つの木という意味。…いや、君には発音しづらい名前だってのはわかってる。すまない、少し苛ついていた。俺のことはミッキーでいい」

 

「ありがとうございます。ミッキーさん」

 

 私がそう呼ぶと、彼の疲れた表情で目だけが笑ったように見えた。きっと収まりが悪い気持ちなのだろう。私もそうだ。なんだかファーストネームで彼を呼んでいるような気分になる。

 

「そういや、大丈夫かって話だったな。まあ大丈夫だ、君はな。俺は……君が気にすることじゃない」

 

「でも、私が加藤さんの仲間にお会いしたいと言ったせいでしょう?」

 

「俺が君の意見に賛同した。だからこれは俺の責任でしたことだ。自分の意思で仕事をしている。だから、後悔もしていない」

 

 そう言って、彼はクックッと含み笑いを漏らした。

 

「レイだったかな、あのパイロットもそんなことを言ってたな。俺たちの生死は俺たち自身のものだ。自分で責任をとる。君が背負う必要は無い」

 

「でしたら、私は何故、生き延びたのでしょうか。収容所に潜入して逃してくれた名前も知らないスパイの方、私たち家族を先に行かせるために囮となって殺された他の収容所の方々、私を庇ったお父さんとお母さん……そして、加藤さん。私は、数えきれない人々の死のお陰でここにいます。だったら、私は……」

 

「やめとけよ、そういうことを考えるのは」

 

「でも」

 

「生きる理由なんてのは今だから悩むことができるんだ。戦場じゃ生き延びることしか考えてない。だったらそれが答えだ。死んだ奴の分まで背負ってちゃ早死にするぜ」

 

 ミッキーさんはそう言って、部屋の片隅の机の引き出しから、封筒と一枚の書類を取り出し、リビングのソファーに腰掛けている私の前の机に置いた。

 

「当座の生活費だ。といっても慎ましく暮らすなら一年程度は働かなくてもいい。余計なことは考えるな。君のような立場の人間が生きる理由を外に求め出したら、都合よく利用されるだけだ」

 

 私は目の前の封筒に目を落とす。かなり分厚い。おそらくこの中に現金が包まれているのだろう。

 

 もう片方の書類についてミッキーさんは教えてくれなかったが、そこに書かれている内容に目を通すと、既に彼が私のために警告してくれていたことが分かった。

 

 それは志願票だった。満州湖水上警察特別航空戦術隊への、入隊志願書。

 

「満州国は、私に反共戦線の先方に立て、と言っているんですね」

 

「都合のいい広告塔だ。君の復讐心を煽り、プロパガンダに利用しようという腹づもりさ。祖国の解放だとか、家族の仇討ちとか、考え無い方がいい」

 

「復讐は、私には向いていません。加藤さんを憎んでしまったことで、それがよく分かりました」

 

「なら良い。こいつはしょせん志願書だ。強制じゃない」

 

 ミッキーさんが書類を取り上げようとした。でも、私はそれより早く、その書類を取り上げた。

 

「おい!?」

 

「ミッキーさんの言う通りかもしれません。けれど、私の行動が誰かの役に立つのなら、私はそうしたいと思います」

 

「復讐じゃないなら、なんだ。償いのつもりか」

 

「神さまから与えられた、試練だと思います。父はよく言っていました。人生の苦難は、全ては神の思し召しであらせられる。全てに意味はあるのだと。その言葉を頼りに、私たち一家は生きてきました」

 

「君に人殺しをさせることが、神の御心か。ふざけるな」

 

「それを推し量るのは、私には畏れ多いことです。でも私は、求められた役割を果たすべきだと、そう思います。きっと父もそう言ってくれるでしょう」

 

 私が微笑むと、ミッキーさんは呆れたようにため息をついた。

 

「君はバカだ。大バカ者だ」

 

 神の前では人は皆等しく愚かで罪人だ、と言ったら、きっとこの人は侮辱されたと思うだろう。だから私は、無言で席を立ち、部屋の隅の机からペンを手に取り、書類にサインをした。

 

 それをミッキーさんに渡す。

 

 彼は険しい顔でそれを受け取り、懐に収めながら、私に言った。

 

「俺は神とやらに会ったことがある。君の信じる神とは違う類だろうが、奴は自分をこの世界の神と名乗っていた」

 

「神の名を騙るのは恐ろしい罪です」

 

「俺もそう思う。いけすかない最低な野郎だった。だが奴の力は本物だ。俺はそのせいでこの世界で生きる羽目になったんだ。奴は君も利用するだろう。この書類にサインするということは、その力の支配下に置かれるということなんだ」

 

「おっしゃる意味が、よくわかりませんが、神を騙る者が居るのであれば、その者はいずれ神の名の下に罰せられるでしょう」

 

 私がそう言うと、ミッキーさんは顔を歪め、皮肉な笑顔を浮かべた。

 

「神の名をもって神を殺すか。そいつはいい」




―――第8話あとがき―――

 AIが文脈を判断するために認識する文章量は、概ね5千文字程度(ボイジャー会員の場合)なので、AI任せにして展開を続け過ぎると、すぐに内容が破綻します。

 整合を取るには、シーンごとの登場人物設定、会話や描写のテーマを別枠で入力したうえで出力する必要があります。でもその作業がめちゃくちゃ面倒。それするぐらいなら自分で描いたほうが早いわ。

 「aiのべりすと」のAIは大量のビッグデータを持っていますが、利用者が書いた文章はビッグデータとしては収集されない仕様になっています。私の小説を学習したAIとか興味あるので個人的には収集して欲しいですけど。

 やらない理由はきっと、有象無象の素人文章をビッグデータとして収集したところでノイズにしかならんという判断かもしれません。

 まあ、私としては、AIの突拍子もない出力文書を見て、発想を刺激されているところもあるので、サポートツールとしてはそこまで精密さを求めていませんね。今のままでも十分面白いです。


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第9話・ライバル

 AIが色々とぶっこんできた。


 クラリスが面会に来たあの日から二週間後、第八八隊に新たなパイロットが二名、機体と共に補充された。

 

 日本にある養成所から海を渡ってこの基地へ渡ってきた、二機のフィアットG.91――イタリアが開発した軽戦闘機――が、滑走路に着陸し、大勢の報道関係者が集まった格納庫前へと牽引されてくる。

 

 一機が報道陣の前で止められ、コクピットの風防が開かれた。

 

 一斉にカメラが向けられフラッシュが炊かれる中、そのパイロットは姿を表した。この二週間、新聞やラジオ、そして街頭テレビのニュースで何度も報道された有名人、クラリス・フェルナーその人だった。

 

 コミンテルンが支配するドイツで反逆者の汚名を着せられ、流刑の果てに家族を失いながらも、満州国へ逃れてきた悲劇の美少女。

 

 その地獄を乗り越え、彼女は今、これ以上の悲劇を繰り返さないために、戦闘機パイロットとして戦う決意を固めた。

 

 そう話し終えたクラリスの横に、狭山司令が進み出る。

 

 我々はフェルナー女史の苦難に同情し、その覚悟に涙した。その彼女を迎え入れ、並び立って戦えることは光栄である。彼女の祖国解放への情熱と勇気ある決断を、我々は称えなければならない。

 

 明日の新聞の見出しを飾るに相応しい言葉が発せられるたび、記者たちが忙しくメモを取り、カメラマンがシャッター音が鳴り響かせる。

 

 俺はひとつ隣の格納庫のそばから、その馬鹿げた記者会見の様子を眺めていた。実は、ここからはクラリスのインタビュー内容なぞ聞こえはしないが、しかしその内容は聞かずともわかっていた。何しろ昨日、この会見のリハーサルを見ていたからだ。

 

 クラリスも狭山司令も、一言一句、台本通りに喋らされている。その台本は政府広報機関が用意したもので、本人たちは一切関わっていないし、訂正も許されなかった。

 

 狭山司令は昨日、自分が会見に参加すると勝手に決められて不機嫌だったところへ、台本まで押し付けられて憤慨し、そしてリハーサルで台詞を三回とちったあたりで遂にブチギレた。

 

 キレた狭山司令はリハーサルの中断と休憩を一方的に宣言して、パイロット控室へやってきた。

 

 そのとき、俺は控室の窓越しにリハーサルの様子をぼんやり眺めていた。狭山司令はそんな俺に気づいていたんだろう、控室にやってきた途端に、俺に向かって台本を投げつけてきた。

 

「こんなことは私の仕事じゃない。レイ、貴様がやれ」

 

「意味がわからんぞ。なんで俺が?」

 

「クラリスの配属先は第一小隊だ。マオと組ませる。上司が会見しろと言うのだから、小隊長がやってもいい」

 

「バカ言うな」

 

「バカなことを言わされてるのは私だ」

 

「混ぜっ返すな。俺はやらんぞ」

 

「上官への反抗は軍規違反だ」

 

「正当性のない命令には従わない権利がある。そもそもこの会見は上からの命令だろう。そいつを投げ出すなら、あんたこそ軍規違反でしょっ引かれるぜ」

 

「ふん……コーヒーを淹れろ」

 

「へいへい」

 

 俺は控室に備え付けのドリッパーでコーヒーを淹れてやった。別に彼女の好みなんざ知らないが、俺が淹れる、俺の好みに合わせた味が彼女の好みでもあるらしい。

 

 俺の淹れたエスプレッソ並みに濃いブラックコーヒーを狭山司令は眉間に皺を寄せながらゆっくりと飲み干し、そして長い長いため息をついた後、俺の手から台本をひったくってまた出て行った。

 

 正直、俺は狭山司令が何を考えているのか分からんし、興味も無いが、少なくとも俺のコーヒーが気に入っていることと、俺の前でコーヒーを飲みたがる時だけはやたら愚痴っぽくなることは確かだった。

 

 その後彼女は今日、なんとか怒りを抑え込んで会見を続けていた。しかしその様は、用意された原稿を読み上げるだけのロボットのようだった。

 

 側のクラリスは終始、和やかな笑顔を崩さなかった。あの子の内心も俺には知る由も無い。

 

 しかし知る気もない、と突っぱねるわけにもいかなかった。俺の部下になるのなら、ある程度は知らなければならない。最低限、俺を背中から撃つようなタイプかどうか見極めないことには一緒に飛ぶわけにはいかない。

 

 そんなことを考えている内に、俺のそばにもう一機のフィアットが牽引されてきた。クラリスの護衛兼ダミー役を務めていた機体だ。

 

 国家の広告塔になった彼女が移動中に狙われないよう、記者会見場に着く直前までどちらのフィアットがクラリス機なのか分からないようになっていた。

 

 そのダミー機からパイロットが降りてくる。見覚えのある顔だ。あの日、司令室でクラリスと面会した時、一緒にいたスパイの男だった。

 

「もう一人の補充兵のミッキーてのは、あんただったのか」

 

「レイ、だったな。三木 光(ミツキ ヒカル)だ。ただ彼女が俺の名を発音できなくてな、だからTACネームをミッキーにしてもらった」

 

「スパイってのは多芸なんだな。彼女の護衛のためにパイロットまでやるのか」

 

「もともとこっちが本業だ。…俺も転生者だよ。最初に獲得したスキルに異言語習得ってのがあったんだ。そっちの面で情報部に注目されてな、養成所にいる間に引き抜かれた」

 

「そんな奴も居たのか。意外だな。みんなパイロットにされるものだと思ってた」

 

「似たような奴は他にもあちこちに居るよ。ただ、どこに配属されようが所詮、俺たちは捨て駒さ。俺の同期もシベリアの収容所に潜入させられたあげく、そのまま処刑された」

 

「…クラリスに入れ込むのは、その同期の意思を継ぐためか?」

 

「他人の死を背負ってちゃ長生きできねえよ。あんたもわかってるだろ」

 

「だったら、どうしてここに来た」

 

「スパイはお払い箱にされた。あんたらに支援を求めたり、面会したりと色々やったからな。上司がヘソを曲げやがった。自分が何もせずに現場に丸投げしておいて、手柄だけ持っていって都合の悪い部分は俺に押し付けやがったのさ。第八八隊への借りを返すための人身御供だよ」

 

「ここはそんな奴らの吹き溜まりさ」

 

「レイ、TACネームか、本名か?」

 

「TACネームはスカイレイ、本名は巣飼零士。好きに呼べ」

 

「じゃあ、レイ、これからよろしくな。クラリスはあんたに預ける」

 

「押し付けるな。彼女のナイトなら最後まで面倒見ろ」

 

「ごめんだね。俺は長生きしたいんだ」

 

 ミッキーはそう言って、俺に背を向けてその場から逃げるように立ち去っていった。

 

 逃げるように、ではなく、逃げたんだ。俺は、こちらへ新たな人物が歩み寄ってきたのを認めた。

 

 クラリスだ。どうやら記者会見はようやく終わったようだ。ミッキーめ、本気で俺に彼女の面倒を押し付けるつもりらしい。

 

「失礼します、レイ隊長ですね。お久しぶりです」

 

「……ああ」

 

「この度、第一小隊への配属が決まりました。改めて自己紹介させていただきます。クラリス・フェルナーです。以後、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

 

「そんなバカ丁寧な挨拶をされたのは初めてだ。敬語なんてやめろ。ここは傭兵部隊だ」

 

「私の命を預ける方です。礼節と敬意を尽くして然るべきかと」

 

「俺が欲しいのは君の本音だけだ」

 

「本音、ですか?」

 

「俺の背中を撃ちたいか、どうか。知りたいのはそれだけだ」

 

「……おっしゃる意味がよくわかりません。私が何故、隊長の背中を撃つと思うのですか」

 

「敵機を見つけたら反射的に殺す。見敵必殺。それが空の掟だ。ここはそれが本能まで染み付いた輩ばかりさ。そんな物騒な奴の本音が見えないのは怖い。背中を預けたくはないね」

 

「だから、常に本音で話せ、と?それが他人を不快にさせて更なる諍いの火種になるかもしれませんが、その場合はどうするのですか?」

 

「少なくとも背中を撃たれた理由はわかる。訳も分からず死ぬよりマシだ」

 

「なるほど」

 

 クラリスはそう言って、かすかに微笑んだ。

 

「なんとなく理解できた気がします。どんな形であれ、納得して死にたいのだ。私はそのように解釈しました」

 

「君がどう解釈しようが、俺にはどうでもいい。本音で話せ。これは命令だ」

 

「了解いたしました。では、ご質問をどうぞ」

 

 どうぞ、と言われて俺は一瞬、言葉に詰まってしまった。我ながら間抜けなものだ。そもそも俺は彼女の何を知りたいのだったか。

 

 ああ、俺の背中を撃つ気があるか、だったか。しかしこれは我ながら無茶な言葉だった。これは質問ではなく、俺の他人に対するスタンスの話しであって、彼女の立場ではいくら悩んでも答えようがないだろう。

 

 俺は、クラリスが常に本音で話してくれるようになればそれでいいのだ。そして彼女はそれを一応、理解してくれたようだ。

 

 なら、それを確かめる意味で、質問をしてみるのもいいかもしれない。

 

「では、質問だ。君はこれから戦場で人を殺す。それについてどう思う」

 

 俺の質問に、彼女はわずかに目を伏せ、しばし押し黙った。

 

 そんな彼女に、俺は言った。

 

「言葉を選ぶな。本音をそのまま口にしろ。それで相手の機嫌を損ねようが、関係ない。ここはそういう部隊だ」

 

「……私は、殺したくないんです」

 

「何だって?聞こえないぞ」

 

「守りたいものがあっても、できれば、殺したくはありません。私はきっと、いつまでも中途半端な覚悟のままでしょう」

 

「臆病風に吹かれた、とでも言うのか」

 

「違います。ただ、誰かを殺すことよりも、誰かを守る方がずっと難しい。そんな気がするだけです」

 

「俺には理解できないな」

 

「それで結構です。これが私の本音です」

 

「そうだ、それでいい。他人の理解など求めるな。それで恨みを買って殺しにくる相手がいるなら、それが誰であっても関係ない、返り討ちにしろ」

 

「それでは周り中が敵だらけになりそうですね」

 

「自分の本音を曝け出してそうなるなら、それはそれで諦めがつくというものだ。自分を偽った結果、そうなっては目も当てられん」

 

「隊長はこの部隊の最古参と聞きました。敵が多ければ生きて来れないと思います。貴方の本音は善良だと信じます」

 

「返り討ちにしてきた、と言ったらどうする?」

 

「本音ではありませんね。それぐらいはわかります」

 

 あっさりと返された。やれやれ、自分が情けない。

 

「……冗談だ。いいだろう、俺の負けだ。君は本音で話せという命令を実行した。これからもその調子で頼む」

 

「了解しました。ところで、私からも質問をよろしいですか?」

 

「なんだ?」

 

「隊長はなぜ、ここで戦っていらっしゃるのでしょうか」

 

「……何故そんなことを訊く」

 

「純粋な好奇心です。特に理由もなく、なんとなく。これも私の本音というものでしょう?」

 

「…別に、話すほどのことは無い」

 

「ノーコメント、ということですか。確かに、話したく無いという気持ちも本音かもしれませんね」

 

「そうじゃない。本当に無いんだ。俺には語るべき過去なんて無い。ここで戦う必然性もな。……俺は、このまま無意味に死にたくない。それだけだ」

 

 そう、これは嘘偽りのない俺の本音だ。この世に生まれてきたにも関わらず、何一つ成し遂げてこなかった空っぽの人生、それが俺だ。

 

 だから俺はこのまま死にたくない。せめて、何でも良いから、自分の人生に納得してから死にたい。

 

 クラリスの質問に答えることで、俺は再び自分の心と向かい合っていた。

 

 クラリスはそんな俺を暫く見つめ、そして目を伏せた。

 

「そうですか。……立ち入り過ぎたことを訊いてしまったようですね。申し訳ありません」

 

「気にするな、俺がそうしろと言ったんだ」

 

「そう言ってくださると、助かります」

 

 クラリスは少し力の抜けたような、ホッとした雰囲気を見せた。

 

「隊長、ありがとうございました。おかげで少し、気が楽になりました」

 

「どういうことだ」

 

「久しぶりに本音を零せた……ここしばらく台本通りの言葉しか話していなかったので、窮屈だったんです」

 

「そうか」

 

「隊長となら上手くやれそうです。安心して下さい。黙って背中を撃つ真似はしません」

 

「そう願う。事前通知は忘れずにな」

 

「その時はサイン付きの書面にしてお渡しします」

 

 軽口に軽口で返しながら、彼女は俺に手を差し伸べた。俺はそれを握り返す。

 

 タフな少女だ。修羅場を幾度も潜り抜けてきただけある。握手を放し、俺は彼女に背を向けて格納庫へ向かった。

 

 その時、背後から声がした。

 

「隊長は、私が守ります」

 

 振り返ると、クラリスが小さく敬礼し、そしてさっと踵を返して、その場から立ち去っていった。

 

――誰かを殺すことよりも、誰かを守る方がずっと難しい。

 

 俺は遠ざかるクラリスの背中を見送りながら、彼女の言葉を思い出した。

 

 その背中に、ふと、加藤の影が重なった。

 

 いや、きっとそれは加藤だけじゃない。クラリスの細く華奢な後ろ姿には、背負いきれないほどの多くの影が重なっているように、俺には思えた。

 

 

 

 しばらくして、俺は格納庫の中へ足を踏み入れた。

 

 半開きになっていた扉の横を通り抜けたとき、すぐ近くに人の気配を感じた。

 

 足を止めて横を向くと、ちょうど扉の内側に、背中をもたれて立っていた女が居た。

 

「アレックス、こんなとこで何やってるんだ」

 

「あ、えと……私が格納庫に居たら悪いわけ?」

 

「悪くはないが、ここに居たなら声くらい掛ければいいだろう」

 

「なんでそんなことしなきゃいけないわけ?それじゃまるで、私が常にあんたの側に居るみたいじゃない」

 

「違うのか?」

 

「……〜〜っ!」

 

 アレックスめ、急に俯いて黙りやがった。なんだ、そんなに俺の前に出て来たくなかったのか。

 

「お前もしかして、クラリスが苦手なのか?」

 

「なんでそうなるのよ!?」

 

「話したく無いから隠れたまま出てこなかったのかと思って」

 

「全然違うわよ!見当違い!バカ!」

 

「じゃあ何だってんだ?」

 

「ノーコメント!」

 

「そうか」

 

 俺はそのまま通り過ぎようとしたが、彼女が俺の腕を掴んだ。

 

「待って!」

 

「なんだ」

 

「あ、あのさ……レイは、私も…背中を撃つかもしれないって……思ってたりするの……?」

 

 何かと思えばそんなことか。俺は肩をすくめた。

 

「あるわけ無いだろ」

 

「ほ、ホント…?で、でも」

 

「でもも何も、お前以外に背中を預けたことなんて、一度も無いじゃないか。……まあ、クラリスとのやりとり訊いて、そんな気持ちになったんだろうけどな」

 

「う…そ、そんなこと…」

 

「お前がそばに居たらそんな言葉は出さなかったよ。聞かせてしまって悪かったな」

 

「あ、う、うん……そう、そうだよね…あはは、私こそごめんね、変なこと聞いてさ」

 

 腕を掴む力が緩む。

 

「うん、そう、あんたの背中を守るのは、私の役目だからね」

 

「ああ、頼りにしてるぜ、相棒」

 

「それ、本音だよね」

 

「世辞が言える男だと思うか?」

 

「……いや、全く」

 

「そういうことだ」

 

「だよねー。…あっ、そうだ」

 

 と、アレックスは俺の腕を放し、いつもの調子に戻って言った。

 

「狭山司令から私たちに呼び出しだよ。司令室に来いだってさ」

 

「今度はいったいどんな用件やら」

 

「すごく不機嫌そうだったよ。レイ、あんたまた司令に失礼なことでもしたの?」

 

「またと言われる覚えは無いぞ。不機嫌な理由は会見のせいだ。薄っぺらいプロパガンダ演説を無理やり言わされたんだ。会見の時の司令、死体みたいな目をしてたぜ」

 

「……それを他人事みたいに見てた、あんたのそういう態度が司令を不機嫌にさせたんじゃないの?」

 

「そうなら、会見が終わった途端に俺のところに来て散々愚痴るよ。あの人はそう言う人だ」

 

「人となりをよく理解してるわね。あんたと司令の関係って、ホントよく分からないわ」

 

「俺にもよく分からん。ま、とにかく司令室に行けば分かることだ。行くぞ」

 

 俺たちは格納庫を後にして、司令室へ向かった。

 

「巣飼零士、入ります」

 

「アレクサンドラ・カー、入ります」

 

「入れ。レイ、コーヒー」

 

 いきなり何を言ってんだ、この女。

 

「コーヒーデリバリーのために俺を呼んだのか?」

 

「いいから淹れろ。…淹れてくれ。自分で淹れてもあの味にならん。ストレスを発散したいのに溜まる一方で、仕事にならん。要件はその後だ」

 

 そう言った狭山司令の声は疲れ果てていた。まったく、しょうがない。

 

「了解しました、司令殿」

 

 俺はため息をついて司令室の片隅にある備品のコーヒーメーカーに向かった。

 

 その間、立ちっぱなしだったアレックスに、司令は中央のソファに腰掛けて待つように指示した。

 

「アレックス、君も飲むといい。砂糖とミルクは好きなだけ使っていい」

 

「ブラックでお願いします」

 

「レイのコーヒーはバカみたい苦いぞ。平気か」

 

「知ってます。慣れてますから」

 

 うそつけ、と俺は言いたいのを堪えた。こんなの飲めたもんじゃ無い、体に悪いからやめろといつも口うるさく言っているのは何処のどいつだ。

 

 俺はカップに注いだ黒い液体を、司令の前に置いた。

 

「どうぞ」

 

 司令はそれを手に取って、一口すする。

 

「相変わらず、クソまずいな」

 

「だったらなんで毎回頼むんだ」

 

「良薬口に苦し、だ。気付け薬にちょうどいい」

 

 俺は肩をすくめて、アレックスと自分の分のコーヒーを用意した。

それをもってソファーに座り、隣のアレックスにカップを手渡す。

 

「ありがとう、レイ」

 

 アレックスめ、受け取ったは良いものの、顔が引き攣っていた。何のための対抗意識か知らないが、司令の前だからって変な意地を張るからだ。

 

 それでも、アレックスは意を決してカップの中の液体に口をつけた。

 

 一口飲んだ次の瞬間、アレックスの目が見開かれた。その目が隣の俺に向く。

 

 俺も横目で彼女と一瞬だけ目を合わせると、すぐに目を逸らして自分のコーヒーを飲んだ。

 

 俺と司令のコーヒーは、刺々しい酸味と苦味の、まさに気付け薬みたいなコーヒーだ。しかしアレックスの分はお湯で割って、そこに砂糖を加えて飲みやすくしてあった。いわゆるアメリカン風コーヒーだ。

 

 日本の世間一般じゃお湯で割った薄いコーヒーをアメリカンと呼ぶが、これは誤りで、本来のアメリカンコーヒーは浅煎り豆を使ったものを指す。さっぱりとした酸味が特徴だが、俺の気付けコーヒーをお湯で割るとちょうど似たような感じに飲みやすくなるので、だから俺もたまにそうやってアメリカン風を楽しんでいる。

 

 アレックスもこれなら飲めるようで、彼女は俺の隣でカップを両手で包み込むように持ちながら、一口ずつ味わうように飲み続けた。

それはともかく、

 

「それで? 要件って何ですか」

 

 俺の問いに、司令はコーヒーを飲みながらデスクの上にあった書類を俺に向かって差し出した。

 

「カナード付きの件だ。ようやく詳細が判明した。これは情報部やマッキー婆さんからの情報、そしてお前の交戦記録をまとめて分析した資料だ」

 

「そいつは良いニュースだ」

 

「対策会議だ。リリィも呼んである。彼女が来るまで資料に目を通しておけ」

 

 俺は立ち上がり、司令から資料を受け取った。ソファーに戻り、アレックスと一緒に目を通す。

 

「……なるほど、こいつは厄介だ」

 

「えぇ、そうね……」

 

 Ye-8。それがカナード付きの機体番号だった。開発したのは、ソ連のミコヤン・グレビッチ設計局。まだ正式採用されていない試作戦闘機だ。

 

 機体そのものはソ連の主力戦闘機MiG-21フィッシュベッドをベースにしているものの、フィッシュベッドの弱点だった電子兵装を強化するためにノーズコーンを大型化。それに伴い空気取り入れ口を胴体下面に移設。さらに運動性能や高速時の安定性を高めるために機首に小型水平翼つまりカナードを装備している。

 

 武装は空対空ミサイルが二発のみ。機銃は固定武装に含まれていないが、20ミリ機関砲ガンポットを一基装着可能。搭載可能重量は約6トン。最高速度は推定2.2マッハ。

 

「外見はフィッシュベッドと別物だが、主翼周りなんかは意外と似通っているんだな」

 

「そうね。でも、速力や運動性能がまるで違うわ。カナード翼も効果はあるんでしょうけど、大型化したレドームと空気取り入れ口が変更されたことが一番の理由でしょうね」

 

「米海軍のF-8クルセイダーと同じ効果ってことか。ノーズコーンが空気取り入れ口の上に突き出すことでショックコーンの役目を果たし、エンジンの性能を最大限に引き出しているんだな」

 

「制作数は…今のところ確認されているのは二機だけみたいね。いったいどういう経緯で反乱軍に流れたのかしら?」

 

「おそらく、実戦テストだろう」

 

 と、俺たちとは別の声が答えた。

 

 その声がした方に振り向くと、司令室の入り口にリリィ・ホワイトが立っていた。

 

「軍事顧問リリィ・ホワイト、入ります。遅れて失礼いたしました、司令」

 

「気にするな、ちょうどコーヒーブレイクが終わったところだ」

 

 司令はコーヒーを飲み干し、席を立って、俺とアレックスとは向かい合わせのソファーに座った。

 

 ホワイト教官も狭山司令の隣に座る。

 

 司令が言った。

 

「さて、これで役者が揃ったな。では始めるとしよう。カナード付きの機体詳細は資料の通りだ。で、実戦テストという意味についてだが、リリィ、君から説明してやってくれ」

 

「了解です。先ず、ソ連では現在、フィッシュベッドの後継機を選定中だ。今のところ我々が知る限り候補は三機種ある。スホーイ設計局の『T-58D』、それとミコヤン設計局の『Ye-23』と、同じく『Ye-8』だ」

 

 スホーイはミコヤンと並ぶソ連の航空機メーカーだ。現在、ソ連ではスホーイが開発したSu-9フィッシュポットが迎撃戦闘機として配備されている。ただ、ソ連本国にしか配備されていないので、こっちの満州戦線では見かけない機体だ。

 

 反乱軍が主力として運用しているMiG-21フィッシュベッドはミコヤン製の機体だ。単純で頑丈な機体に高出力エンジンを積んだ高機動戦闘機。電子兵装に難があるが、格闘戦に持ち込まれたらなかなか厄介な相手だった。

 

 ホワイトは続けた。

 

「選定中の三機種だが、T-58Dはまだ初飛行を終えたばかりの開発中の段階、Ye-23に至ってはまだ地上試験を繰り返している状況らしい。どちらも旧機種とはまったく違う新機軸を色々と盛り込んでいるらしく、その分、開発が難航しているという事だな。しかしこのYe-8は既存のフィッシュベッドをベースに改装したため、開発が速かった。それで他機種との差を広げるために、実戦データを欲しがったのだろう。反乱軍としてもまったく違う新型よりも、運用し慣れたフィッシュベッドの改装型なら扱いやすい」

 

「この満州での内乱は」

 

 と、狭山司令が言った。

 

「いまや、東西冷戦の最前線だ。世界中の航空機メーカーが我々の空中戦をメモを片手に見守っている。戦闘機の見本市にして試験場だよ、ここは」

 

 司令は腕組みをして天井を見上げた。

 

 俺は資料に目を落としながら言った。

 

「カナード付きはフィッシュベッド譲りの高い運動性能に加えて対戦略爆撃機用の迎撃戦闘機にも劣らない超音速飛行能力を併せ持っている。だが、一番の脅威は電子兵装だ。超音速飛行しながら正確にミサイルを狙い撃ってきた。1対1じゃコイツに勝てない」

 

 俺の言葉にホワイトも頷いた。

 

「確かに、我が部隊にはこれと並ぶ性能をもった機体は居ないだろう。だが、それは反乱軍も同じことだ」

 

「どういうことだ?」

 

「フィッシュベッドと性能が違い過ぎて連携できていない可能性がある。これまでの目撃例からして、カナード付きが常に単機で行動しているのがその証拠だ。それにカナード付きはまだ試作機だ。制作された二機とも反乱軍に供与されているにしても、内一機は予備機として保管されているはずだ」

 

「つまり、その稼働率はあまり高くはないってことか」

 

「そのとおり。1対1では勝てない相手でも、2対1の状態に持ち込めるなら勝算はある」

 

「といってもさ」

 

 とアレックスも口を開く。

 

「向こうもそれは承知の上だと思うよ。カナード付きはいつも主力から遅れて参戦してくるけど、多分、それが理由なのよ。バディを組める相手が居ないから、単機で支援に徹しているんだと思うわ」

 

 アレックスの指摘に、俺も頷いた。

 

「俺もそう思う。あいつはいつも乱戦状態になったときに、横合いから殴りつけるように突っ込んで場をかき乱す。そしてこっちが態勢を立て直す前に仲間を連れて引き上げていくんだ」

 

「しかし、前回は違った」

 

 と、ホワイトが俺を見て行った。

 

「二週間前の戦闘では、カナード付きは君にドッグファイトを挑んできた。何故だと思う?」

 

「いや、わからん」

 

「警戒されていたからだ。レイ、君は反乱軍から優先目標としてマークされているんだよ。スカイレイを捨てておけば被害が拡大すると、カナード付きは判断したんだ」

 

 そう言われて俺は複雑な気分になった。敵も脅威と認める本物のエースと言えばカッコいいが、しかしそれで命を狙われては堪ったものではない。

 

 アレックスが俺の様子に気づき、「どうしたの、難しい顔をしてさ」と訊いてきた。

 

「反乱軍も今頃、俺を殺すための対策会議しているのかもしれん、と想像してな」

 

 俺がそう言うと、アレックスは呆れたように肩をすくめた。

 

「ウチのトップエース様はナーバスだこと」

 

「レイの気持ちはさておき、スカイレイが戦場に出れば、カナード付きは優先的に狙ってくる可能性は高い」

 

 と、ホワイト。さておかないでくれ。いや、それより、

 

「じゃあ何か?俺にカナード付きを誘い出す囮になれ、と言うのか?」

 

「端的に言うと、その通りだ」

 

「断る。冗談じゃない。奴が俺に食らいついたあとはどうする?俺とアレックスの二人がかりなら勝てるかもしれないとは言え、どちらかは落とされかねない。それだけヤバい相手だ」

 

「撃墜しろとは言ってない」

 

 そう言ったのは狭山司令だった。司令は続けた。

 

「カナード付き対策の目的は、奴から受ける被害を局限することだ。つまりカナード付きの乱入を防げればいい」

 

 司令の言葉を受け、ホワイトが引き続き言った。

 

「案としては、君たち第一小隊を哨戒パトロール任務のローテーションから外し、援護に専念してもらおうと思う。カナード付きが就いている任務と同じことをやるんだ」

 

「奴が来たら、俺たちが現場に駆けつけて相手するわけか。カナード付きの注意を惹くことができれば、そのまま撤退しても構わないんだよな」

 

 とは言え、マッハ2級の戦闘機相手から逃げるのは至難の業だ。

 

「無理強いはしないが、引き受けてくれると助かる」

 

「……わかった」

 

 俺はため息をついて言った。

 

「ただ、一つだけ条件がある」

 

「なんだね」

 

「俺たちの機体ではスペックが足りない。当面はスキルと改装でなんとかしのいでみせるが、戦術でどうこうするのも限度がある。奴を超えるスペックの機体が早急に必要だ」

 

「わかっている」

 

 と、狭山司令が頷いた。

 

「現在、大統領府にアメリカ軍の最新鋭機をまわしてもらえないか要請中だ」

 

「機種は選べるのか?アメリカ空軍の主力機はデルタダートだが、あれは戦略爆撃機を撃墜するのに特化した迎撃戦闘機だ。高高度で性能を発揮する。ミサイルキャリアーだよ。格闘戦性能も悪くはないが、せいぜい俺の改装スカイレイと似たようなもので、カナード付きには劣る」

 

 俺に続けて、今度はアレックスが口を開いた。

 

「アメリカ海軍のファントムⅡは?配備されたばかりで性能は未知数だけど、大出力の双発エンジンと長い航続距離を確保するための大容量の燃料タンク、それに電子兵装も視界外射撃に対応した遠距離仕様よ?」

 

 俺は腕組みした。確かにファントムⅡは名機だ。現時点ではそれが最適の選択かもしれない。しかし、マストであってもベストでは無い。

 

 ファントムⅡは前世でも航空自衛隊が何十年にも渡って採用を続けただけに馴染みが深いが、体感としては運動性能だけならカナード付きは既にそのレベルに達しているように思えた。

 

「おそらく最新鋭のファントムⅡでカナード付きと互角というところだろうな。ファントムⅡの格闘戦性能は確かに高いが、しかしあれはもともとミサイルキャリアーとして開発されたもので、やはり本格的な空戦になると厳しい部分は多い」

 

「私も同じ考えだ。自分の本国への文句になってしまうが、最新鋭機の開発思想がミサイル万能論に支配されてしまったツケが早くも出てしまったようだ。とはいえソ連を前提とした本国防衛を主眼にすると、広い太平洋上空で敵の戦略爆撃機を遠距離から撃ち落とすというのが一番合理的となってしまうのは致し方ないが……」

 

「欲しいのは中〜短距離での制空能力だ」

 

 と、俺は口を挟んだ。

 

「満州湖の制空権を奪い合うここの戦場に一番必要なのは、大出力のエンジンと、高い旋回性能、戦闘後も空域に留まれるだけの燃料。そして陸上基地との連携可能な早期警戒能力と、それを活用した先制攻撃力だ」

 

 まあ、無い物ねだりとは理解しているが、俺たちは命を賭けているのだから、要望ぐらい好きにあげたっていいだろう。

 

 狭山司令とホワイトは二人揃って考え込む素振りを見せた。てっきり「無茶を言うな」だの「そんなもの都合のいい戦闘機など無い」と一蹴されるかと思って今のだが。

 

 ややあって、ホワイトが口を開いた。

 

「実は、無いこともない。ただし、君たちの要求を全て満たす機体は現時点では存在しない。しかし、その全てを満たす可能性を持った機体が、たった今開発中の試作機の中に存在する」

 

「本当か!?︎」

 

「どんなやつよ?」

 

 俺とアレックスは身を乗り出して訪ねた。

 

「VFX-14トムキャット。グラマン社が現在開発中の艦上戦闘機だ」

 

「トムキャット!?もう開発されてたのか!?」

 

「レイ、知ってるの?」

 

「ああ、前世じゃファントムの後継機として開発された大型戦闘機だ。図体はでかいがそれをものともしない大出力エンジンと、コンピュータ制御の可変翼によって圧倒的な格闘戦能力を持っていた。さらに射程200キロの遠距離ミサイルも搭載した、まさに死角なしの戦闘機だ」

 

「うわ、早口」

 

 と、アレックスが笑い、すぐに真面目な顔に戻って続けた。

 

「でもレイの要求どおりの戦闘機じゃない。もしかして、このトムキャットを念頭に置いて言ってたの?」

 

「まあ否定はしない。だが、前世の開発経緯を考えると、こっちでトムキャットの開発が始まるのはまだ数年先と思っていた」

 

「君たち転生者への聞き込みによって、前世世界の歴史については我々もそこそこ把握している。特にベトナム戦争については本国アメリカでも注目している者は多い。だが、それ以上にこの満州での内乱が、軍事メーカーに大きな影響を与えているんだ。とはいえ、アメリカ軍内部では、今現在、二つのドクトリンが対立関係にある。一つは従来どおり、戦略爆撃機から本土を守るための高高度超音速のミサイルキャリアーを主眼とするもの。そしてもう一方が、この満州で明確化しつつある、制空権の確保、維持を目的とした大出力及び格闘戦能力の向上を主眼とするものだ」

 

「その後者がVFX計画ってことか」

 

「そうだ。グラマン社はこの計画を『第4世代ジェット戦闘機開発計画』と呼んでいる。既に試作機が十機ほどロールアウトしているが、しかし、前世世界のベトナム戦争と違って、満州内乱戦線にはアメリカ軍は直接関与していないからな、制空戦闘機の需要がなかなか高まらず、注目が薄いらしい」

 

 ホワイトの言葉の後に続けて、狭山司令が言った。

 

「それで、だ。グラマン社から内々に、この試作機をうちの基地で試験してくれないか、という打診があった」

 

「驚いたな、そんな都合のいい話があったのか。さすがはアメリカだな。抜け目ない」

 

「いや、違う。これはグラマン社の非公式な依頼だった。いくらアメリカで注目されてないとはいえ、機密の塊みたいな試作機を会社の一存で国外に流すのをアメリカが許すとは思えん。私の権限で了承できる話じゃない」

 

「じゃあ何か。結局、ただの絵に書いたモチってことか」

 

「ま、手がないわけじゃないがな」

 

 狭山司令がニヤリと笑った。

 

「マッキー婆さんなら非公式ルートでこいつを調達することも可能だろう。もっとも、それなりに値は張るし、時間もかかる。当然、私とリリィの立場と人脈もフル活用しての話だ。そこまでして、果たしてこの試作機が実戦でどれだけ使えるかは未知数だが、しかし、何も無いよりマシだ。……その代わり、だ」

 

 と、狭山司令は俺に対して、上体を乗り出すように傾けた。

 

「レイ、この試作機は貴様が責任を持って管理しろ。調達費用はこちらで持つが、維持費は貴様持ちだ」

 

「ちょっと待て。どうしてそうなる」

 

「そもそも貴様が言い出したことだぞ、この機体に乗せろというのは」

 

「個人で欲しけりゃ自分でマッキー婆さんに頼むさ。俺は部隊全体の戦力の底上げという意味で提言したんだ。だから維持費も部隊で持つのが筋だろう」

 

「そのマッキー婆さん相手に、勝手に私の名義で買い物をしたのは何処のどいつだ」

 

「あんたが婆さんから情報を仕入れて来いと言ったんだ」

 

「買ってこいとは言ってない」

 

「婆さんがロハでものを寄こす訳が無いだろう。あんたもそれは承知のはずだ」

 

「減らず口め。…ふん、コーヒーのお代わりだ。それで勘弁してやる」

 

「へいへい」

 

 どっちが減らず口だ、と思いつつ俺はもう一杯注いでやる。狭山司令がそれを眉をしかめて飲むのを、隣のホワイトが呆れ顔で眺めながら、俺に目を戻して、言った。

 

「レイ、維持費はともかく、試作機の管理は君にやってもらいたい。ただ、実戦で乗れという訳じゃない。使い物になるかどうか君の評価が欲しいという事だ。グラマン社も現場の所見を参考にしたがっている」

 

「仕事が増えるな。給料は上がるのか?」

 

「出来高制だ」

 

 と、狭山司令。ホワイトが苦笑いを浮かべた。

 

「まあそういう事で、君にはこれから、VFX-14トムキャットの慣熟飛行を行ってもらう。もちろん君一人でじゃない。アレックスも一緒に乗って評価して欲しい。機体は複座式だが、パイロットは二人まで搭乗可能だ。整備員も用意するから、万全の整備体制で臨んでくれ」

 

 俺は頷く前に、隣のアレックスを横目で見た。

 

「私も構わないよ。報酬はフィフティーフィフティーでよろしくね、相棒」

 

「了解。とはいえ、仕事はトムキャットを手に入れてからだ。当面はカナード付きを追い払うことが最優先だな」

 

「そのとおりだ。しばらくは地上でスクランブル待機が続いて負担が大きいだろうが、よろしく頼む」

 

 ホワイトが表情を引き締め、そう告げた。その横で、狭山司令が相変わらずコーヒーを啜っている。これじゃどっちが司令かわかりゃしない。

 

「分かった。それじゃあ失礼する」

 

 俺とアレックスが席を立って、司令室から退出しようとしたとき、狭山司令が「レイ」と、俺を呼び止めた。

 

「なんだ?」

 

「……コーヒー、今度は私にもアメリカンを淹れてくれ」

 

「………」

 

 気づいていたなら最初からそう言えばいいものを。俺は無言のまま、肩をすくめた。隣ではアレックスが怒りというか恥ずかしそうというか、なんとも言いようがない顔をしている。ホワイトは意味が分からないという顔だ。

 

「以上だ。 早く行け」

 

 真顔のままの佐山司令に手を払われて、俺たち二人は司令室の扉を閉めた。




―――第8話あとがき―――

 狭山司令が急にあざとくなった。外見も年齢もバックボーンも何も決めてない分、この人は次にどう動くのか本当にわからん。AIはこの人をどうするつもりだ。

 アレックスから負けヒロインの気配が漂ってきた。


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第10話・クラリスの闘い

 日本人って英国製武器と英国料理が大好きよね(ネタ的な意味で)

 でもネタとしか思えない武器や料理から歴史を変えるレベルの傑作が出てくるのもまた事実である。


 あれから数日後、地上待機中の俺とアレックスの元に、スクランブルが下令された。

 

 要請してきたのはパトロール飛行中のエナと、その新たな相棒となったミッキーのペアだった。

 

 俺たちはすかさず飛び立ち、現場へ向かった。俺たちが辿り着くまでの間に、別のルートをパトロール中だった、マオとクラリスのペアも急行させた、と地上基地の要撃管制官から連絡があった。

 

『とはいえ新人コンビじゃ心許ない。レイ、お前さんの部下だ。フォロー頼んだぜ』

 

「丸投げするなよ。死にそうにないところに誘導して、牽制に徹するように指示するのがそっちの仕事だろ」

 

『そうしようと思ったが、お嬢ちゃんたち、もう敵群に突っ込んじまった。血気盛んだな』

 

「畜生」

 

『隊長なら部下をちゃんと教育しておけ。死なせたくなかったらな』

 

「了解だ」

 

 吐き捨てるように返答し、俺はアフターバーナーを作動させ、スカイレイを加速させる。アレックスも同じくついて来ながら、現場の仲間たちへ通信を行った。

 

「こちらアレックス、あと五分でミサイルレンジに入る。それまで持ち堪えて!」

 

『こちらエナ。私とミッキーは離脱に成功した。でも、代わりにマオとクラリスが敵機と格闘戦になって追いかけ回されてる』

 

「敵は何機?」

 

『フィッシュベッドが三機。マオに一機、クラリスに二機が食らい付いている。めまぐるしいドッグファイトになってて割り込めない』

 

 その状況を聞き俺は内心で舌打ちした。数の上ではこちらが有利だが、ドッグファイトに持ち込まれてしまっては数の有利が活かせなくなる。

 

 高速で飛行する相手を攻撃できる位置というのは非常に限られる。空中戦というのは、その位置の取り合いだ。そして数機がかりで襲いかかろうとも、その攻撃位置につけるのは常に一機のみだ。

 

 空中戦とは漏斗の如し、とは撃墜王と呼ばれた名パイロットの言葉だ。味方が多くても、同じ攻撃位置に集まってしまえは空中衝突して自滅してしまう。

 

 数の有利を活かすには、距離をとってミサイルを同時発射するか、又は誰かが囮役となって敵を引きつけているうちに、別の味方が有利な攻撃位置につくという連携が必要だ。しかしたった一機で大立ち回りを延々と続けられては、連携もクソも無い。

 

 逆に言えば、数の上で不利な場合は、敢えてドッグファイトに持ち込んで、相手の数の有利を潰すという戦術とも言える。もっとも、こんな戦術を選べるのは、腕に相当な覚えがある奴だけだ。

 

 つまりもし敵が敢えてそうしたならば、手強い相手と言うことになる。

 

「アレックス、中距離ミサイル発射準備だ」

 

「待ってよ、レイ、この距離じゃ敵とマオたちを区別できない。同士討ちになっちゃうよ」

 

「撃ちはしない。敵にロックオンアラートを聞かせてやるだけだ。それで少しは牽制になる。――マオ、クラリス。こちらレイだ。今からミサイルロックオンしたままそっちに突っ込む。その隙に離脱しろバカタレども!」

 

 返答は無い。そんな余裕がないことぐらい承知済みだ。俺はFCSのミサイル誘導電波を照射しながら、戦闘空域へと突入した。

 

 

――――

 

 

 レイ隊長の声が聞こえた。

 

 バカタレ、という罵倒に思わず口元が緩んでしまう。隊長は無愛想なのに、人の好さが隠しきれていない。そんなマオの評価を思い出しながら、私は左ロール、左ヨーを同時に行い、背後の敵機からの機銃攻撃を避けた。

 

 その敵機がオーバーシュートして私の前方に出てくる。絶好の攻撃チャンスだが、私はその敵を追わず、すかさずローリングシザースに移る。

 

 まだ背後に敵は居る。その敵は、私が前方の敵を狙う瞬間を待ち構えていた。今ここで攻撃に転じるのは自殺行為以外の何者でもない。

 

 私は上下左右に愛機のフィアットを振りながら、周囲の状況を確認する。

 

 支援を要請していたエナさんとミッキーさんたちは離脱に成功したようだ。

 

 あの二機は敵機の奇襲を受けて、共に翼の一部を損傷していた。飛行に問題は無いけれど、戦闘機動は無理だ。そう判断した私は、マオと共に敢えて敵にドッグファイトを挑み、乱戦に持ち込むことで二人を逃した。

 

 ここまでは目論見通り。次はマオに逃げてもらわないと。

 

 私の視界に一瞬だけ、マオの機体・BAC ライトニングの姿が目に入った。双発エンジンを縦に並べたその特徴的な機影は遠目でも非常にわかりやすい。イギリス人は思考は合理的だが作るものは奇天烈だ、と父はよくボヤいていた。ライトニングはそれを象徴するような機体だ。だけど、奇天烈な機体だけど性能は高い。流石は大英帝国だ。

 

 そんなことを頭の片隅で考えながら、私はスキル・三次元高速演算を発動させた。

 

 私の脳裏に、今見渡した光景が俯瞰図となってイメージされる。敵と味方の位置関係が一目で理解できる。私は、マオと、彼女を追う敵機と、自分の位置関係を把握し、さらにその予測進路を割り出す。

 

 このままだと、マオは左に急旋回しようとするはずだが、敵機は既にその動きを読んで、先手を打ってその予測進路上めがけ機銃攻撃を放つ筈だ。

 

 しかしそうなる前に、レイ隊長がレーダーを照射したようだ。私の耳元にロックオンアラートが鳴り響く。マオを追っていた敵も自分がロックオンされたことに気づいたのか、その動きが、一瞬だが戸惑ったように鈍った。

 

 その隙に私は急旋回、急加速、マオと敵機の間に割り込む。

 

「マオ、今のうちに離脱して!」

 

「了解!って、クラリスはどーすんのさ!?」

 

「私は大丈夫、逃げ続けてれば死にはしない!」

 

 マオのライトニングが離脱し、私は三機に囲まれた。ロックオンアラートが一瞬途切れ、すぐにまた鳴り出す。位置関係から見て、これは背後の敵機からだ。それに気がついた私は、新たなスキルを発動させた。

 

 スキル・被弾回避。敵からの致命的な攻撃を確率50%で回避できる特殊スキルだ。

 

 けれどこれは、誰がどこから攻撃してきたかを私自身がハッキリ認識していなければ効果はない。そのため、基本的に目視外や、背後からの攻撃が基本となる空中戦では使い辛いスキルとして他のパイロットからは敬遠されているマイナースキルらしい。その上、こんな乱戦だ。単独で発動させても効果は無い。

 

 だから私は、もう一つのスキルを発動させた。

 

 スキル・ステータスオープン。

 

 私は、この空域にいる人たちのステータス画面を、イメージ図として周囲に浮かび上がらせた。もっとも、視界や計器を塞がないように縮小させて片隅に浮かべているので、詳しい内容はわからない。でもそれで充分だ。私が知りたいのは、「誰が私を攻撃するのか」その一点だけだから。

 

 視界の片隅で、ステータス画面の一つが赤色に変わり点滅した。攻撃だ。脳裏の三次元イメージ図とステータスが一致する。私は即座に操縦桿を引き、フットバーを蹴飛ばして愛機を左斜め上方へと急上昇させる。

 

 その直後、先ほどまで私の居た空間を、ミサイルが白煙を引きながら飛び去って行った。確率50%とはいえ、それは回避機動を取らなかった場合の話だ。ちゃんと回避機動を行った上てスキルを加えれば、ほぼ確実に攻撃をかわせる。

 

 だけどロックオンアラートは鳴り止まない。三機ががりの攻撃が矢継ぎ早に私に襲いかかる。私はそれを必死になって避け続けた。

 

 ――このまま避けきれれば、敵もいずれ弾切れになる……

 

 戦闘機が全力で戦える時間は多くない。燃料、弾薬、そしてパイロットの体力、それらは一秒毎に目に見えて減少していく。

 

 あと数分でいい。私は避け続けるだけで、この空域での戦いを収めることができる。

 

 回避、上昇、降下、ロール、宙返り。

 

 私はただひたすらに愛機のフィアットを操り続け、敵の攻撃を避け続けていた。

 

 その時だった。敵の一機が私の前方へオーバーシュートした同時に、私の背後の敵がミサイルを放った。

 

 私は反射的に回避機動とスキル・被弾回避を発動させ、そのミサイルを避けた。

 

 その直後、目の前の敵機が爆散した。

 

「えっ!?」

 

 私が避けたミサイルが、そのまま前方の敵機を追尾し、命中してしまったのだ。

 

 コクピット内に開いていたステータスの一つが消滅する。死んだ。あのパイロットは脱出する暇すらなく、爆炎で燃やし尽くされた。

 

(私が避けたせいだ。私が殺した…)

 

 その事実に愕然とすると同時に、私はあることに思い至った。そういえばさっきからずっと鳴っていたはずのロックオンアラートが止んでいる。

 

「まさか……」

 

 私が背後を振り返ると同時に、背後に二機いた敵の内、一機が爆発したのが見えた。

 

 脳裏の三次元映像に、レイ隊長のスカイレイの機影が加わっていた。今、敵を撃墜したのは隊長だ。さらに残る一機も、その射程に収めている。

 

 私は無意識にエアブレーキを全開にしながら操縦桿を引いていた。両手両足で操縦桿、スロットル、フットレバーを同時に操作し、急減速、急旋回、螺旋軌道を描かせながら、スカイレイと敵機の間に、私はフィアットを割り込ませた。

 

 

――――

 

 

 クラリスに襲いかかっていた二機の内、一機を撃墜し、即座にもう一機もミサイルロックオンした、その直後だった。

 

 まるで瞬間移動したかのように、俺と敵機の間に、クラリスのフィアットが出現した。

 

「――っ!?」

 

 俺はミサイル発射トリガーにかけていた指を咄嗟に放し、機体を旋回させた。

 

 危うく衝突しそうなほどの至近距離だった。

 

 俺は離脱しながら、敵機とクラリスの方を見た。クラリスは敵の背後にピッタリと食らい付いている。攻撃には絶好のチャンスだ。

 

 しかし――

 

 クラリスは撃たなかった。

 

 だが一度ならそれも不可解な話ではない。攻撃という行為は人殺しに他ならないのだ。その心理的負荷がパイロットに与える影響は大きい。兵士の誰もが容易く引き金を引けるわけでは無いのだ。

 

 ましてやクラリスは新人だ。そんな彼女がいきなり敵機を墜とせるはずがない。

 

 だから俺は、攻撃命令を出さなかった。代わりに通信回線を開き、彼女に呼びかける。

 

「離脱しろ、クラリス。そいつは俺がやる」

 

 返事はない。彼女はまだ敵を追っている。攻撃機会は既に失したが、それでも敵機に振り切られることなく食らい付いている。

 

 いい腕だが、しかし、一機の敵にばかり何分も掛かり続けるのは愚策でしか無い。

 

 クラリスのフィアットが再び攻撃チャンスを得たが、彼女はやはり撃てなかった。

 

(……いや、あえて撃たなかったのか?)

 

 まさか、と俺はその考えを否定しようとしたが、俺があの敵をロックオンした時に、まるでそれを遮るように割り込んできたフィアットの動きを思い出した。

 

(あれは意図的だったのか? いや、それこそまさかだ。どんなに腕が良くても、あんなにタイミングよく割り込めるはずが無い。まして、何故そんなことをする必要が――)

 

「――レイ、新たな敵機をレーダー探知したわ。きっとカナード付きよ!」

 

 アレックスからの通信にハッとなる。確かに、新たに一機の反応が現れた。このタイミングで単機で来るなら、確かにカナード付きに間違い無いだろう。

 

 クラリスが敵機にかかりきりになってしまっている以上、そちらには手を出せない。ならば、当初の計画どおり、俺とアレックスでカナード付きを相手にするしかない。

 

「アレックス、俺たちで先にカナード付きをやる。上昇して奴の頭を押さえるぞ」

 

「了解よ」

 

 俺はスロットルを開けて一気に加速すると、そのまま急上昇を開始した。そのすぐ後をアレックスのスーパーセイバーも付いてくる。

 

「……来たか」

 

 俺のスカイレイも敵をレーダー探知。速度マッハ2、数は一機のみ。間違いなく奴だ。クラリスめがけ一直線に突っ込んでくる。

 

「……させるものか」

 

 俺は機体をさらに上昇させ、そのまま縦ループさせながらカナード付きの予測進路に向け降下を開始した。

 

 スパローミサイル発射準備。ロックオンレーダー作動。カナード付きの側面上方からビームアタックの態勢でパワーダイブ開始。

 

 ロックオン。

 

「アレックス」

 

「私もロックオンしたわ」

 

「時間差でやる。フォックス2」

 

 俺はミサイル発射を宣言しトリガーを引いた。

 

 スカイレイから放たれた二発のスパローミサイルが真っ直ぐに飛んでいく。

 

 一呼吸置いてアレックスのスーパーセイバーからも二発のスパローが発射された。

 

 俺の攻撃を避けたとしても、アレックスの攻撃が襲いかかる二段構えの作戦だ。

 

 しかし、

 

「反転しただと!?」

 

 レーダー上で敵機の機影が急に遠ざかり始めた。そのままミサイルの射程外へとあっという間に遠ざかってしまう。ミサイルは燃料を消費しきって、届かなかっただろう。

 

「あいつが仲間を見捨てるとはな…」

 

 意外な成り行きに思わずそう呟いたが、すぐにそれは誤解だと気がついた。

 

 もう一機、敵機が遠ざかっていくのを、レーダーが捉えていた。

 

 あれはクラリスが追いかけまわしていた機体だ。クラリスは敵を撃墜できず、結局、振り切られたのだ。カナード付きはそれを確認して、すぐに離脱したのだろう。

 

 しかし、奴がこの空域に接近したことで、俺とアレックスはそちらへの対応を余儀なくされ、敵機が離脱する隙を与えてしまったのは事実だ。カナード付きが敵機を救援に来たというなら、奴はきっちりその任務を果たしたわけだ。

 

 とはいえ、クラリスがもし敵機を撃つことができれば、そうならなかったわけだが。

 

「クラリス、無事か?」

 

 俺は通信回線を開いて呼びかけた。しかし、返事は無い。

 

「クラリス! 聞こえているなら応答しろ!」

 

 もう一度叫ぶと、「……はい」とようやく気落ちしたような声が返って来た。

 

 先程の彼女への疑念が頭を掠めたが、俺はそれを振り払った。ここは戦場の空だ。飛んでいる時に余計な疑念に囚われてしまうのは命取りになる。

 

「第一小隊、帰投する。アレックス、クラリス、編隊を組んでついてこい」

 

 俺はそう宣言し、基地へ機首を向けた。




―――第9話あとがき―――

 アレックスのスキルが盛り盛りになってもうた。

 だれがどんなスキルをいくつ持っているかは明確に決めておらず、話の都合及び私とAIの思い付きでどんどん後付けされていく予定です。


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第11話・道連れ

 一応、簡単なプロットというか方向性は考えていますが、AI次第で展開は変えるようにしています。


 基地の滑走路に着陸し、フィアットのコクピットから降り立った私の元へ駆け寄って来たのは、先に帰投していたマオだった。

 

「クラリス、大丈夫? 怪我は無いよね」

 

「うん……ごめんなさい、心配かけて」

 

 私は力無く答えた。マオは私の無事を確認した後、大きくため息を吐き、そして、私の耳元に顔を寄せて小さな声で言った。

 

「私には別に謝んなくてもいいけどさ、隊長には頭を下げといた方が良いよ。あんた、隊長の射線に割り込んだ挙句に、その敵機を逃しちゃったらしいじゃん」

 

 あの時の状況については、帰投途中に基地へ無線報告していたため、先に離脱していたマオにも伝わっていた。

 

 私は、敵機の背後をとることに夢中になって、カバーに入ってくれたレイ隊長の存在を失念していた……そう報告していた。もちろん嘘だ。

 

「あ、隊長が帰って来た」

 

 最後に着陸したスカイレイが格納庫へ移動し、レイ隊長が降りて来た。そのそばにはアレックス先輩の姿もある。

 

「ほら、クラリス。謝りに行くよ。私も付き合うから」

 

 マオが私の腕を引いて走り出す。

 

「隊長〜、隊長、隊長! ごめんなさいでしたー!!」

 

 レイ隊長の前に着くや否や、マオは私の後頭部に手をかけ、そのまま無理やりお辞儀をさせながら、マオ自身も深々と腰を折って謝罪した。

 

「ーきゃっ!?」

 

 こういう日本人的な謝罪の仕方は慣れてないので、あまりの突然の行為に、私は前へつんのめってしまった。そのまま目の前に居たレイ隊長めがけ飛び込んでしまう。

 

「おっと……」

 

 私が倒れ込む一瞬の間に、レイ隊長が私を避けようとして、しかしすぐにその場に踏み止まったのがわかった。それがわかるのもスキルで得た常人離れした動体視力のおかげだ。でも私の体はバランスを立て直すことはできず、そのまま彼の胸に受け止められた。

 

「あっ……」

 

 ぶつかられても微動だにしないレイ隊長の存在感を実感してしまい、私は頭が真っ白になった。

 

 そんな私の耳元に、彼の声が降り注ぐように聞こえた。

 

「……先に謝ってからぶつかってくるとは斬新だな」

 

 それは随分な呆れ声だった。

 

「…え、あ…そ、その…」

 

「ああああ!?隊長ごめんなさい隊長ぉぉ!?」

 

 マオが慌てて駆け寄り、固まって動けなくなってる私をレイ隊長から慌てて引き離した。

 

「クラリスちょっと何やってんの、ってやったのは私だわ、ごめんクラリスマジごめん、隊長、ホントにすいませんでした! でもでも謝りたかったのはコレじゃなくて別のことなんですけどそっちはクラリスがやらかしたことって言うか、いやえっとなんて言えばいいのかえーとっおお!?」

 

 パニックになったマオを前に、レイ隊長は静かな口調でこう言った。

 

「マオ、もういい。言いたいことはわかってる」

 

「ホントですか!? じゃ許してくれるんですね! さすが隊長!」

 

「お前はとりあえず基地の外周を三周走ってこい」

 

「ぎゃあああ!?」

 

 マオは悲鳴を上げながら、その場に力なく崩れ落ちた。

 

 航空機部隊の基地は広い。その外周は走っても一周するのに一時間以上はかかる。実戦で心身ともに疲弊した状態で帰還した直後にそこを三周走ってこいと言われたなら、倒れたくもなる。

 

 しかし元はと言えば、これは私の責任だ。私は地面に蹲るマオのそばにかがみ込み、レイ隊長を見上げながら言った。

 

「罰は私が一人で受けます。六周走りますので、マオは見逃してあげて下さい」

 

 マオは「クラリス!?」と驚いた様子だったが、私は構わず続けた。

 

「そもそも要撃管制官の指示を聞かずに格闘戦へ持ち込んだのは私のせいです。マオは悪くありません」

 

 そう言って見上げる私を、レイ隊長は無表情に見下ろしていた。

 

「……いいだろう。ただし、俺も一緒に走るぞ」

 

「え?」

 

 レイ隊長の意外な言葉に私は虚を突かれた。私だけではなく、マオや、アレックス先輩も目を丸くしている。

 

 レイ隊長は私たちの様子を気に止めることなく、こう続けた。

 

「クラリス、お前のミスは、俺のミスだ。お前が何かをやらかせば俺も道連れになるということを自覚させてやる」

 

 レイ隊長は厳しい目で私を睨みつけていた。私の罰に付き合うのは優しさや、隊長としての責任感からじゃない。私の性格を見越した上で、私に枷を嵌めるための行動なのだ。

 

 アレックス先輩もそれに気がついたのだろう、彼女は呆れた表情で肩をすくめながら、レイ隊長に言った。

 

「だったら隊長どの。私も付き合いましょうか?」

 

 アレックス先輩が冗談めかして申し出たが、レイ隊長はそれを手で制した。

 

「必要ない。これは俺とクラリスの問題だ。……司令への報告後、正門で集合だ。行くぞ」

 

 レイ隊長は私に向かって顎をしゃくるとそのまま踵を返し、歩き出した。

 

 それから数十分後、私はレイ隊長と二人きりで、広い基地の外周をひたすら走り続けていた。もちろん全力疾走などしていないが、それでも息が上がりそうになる。

 

 レイ隊長の背中を追って、ただ黙々と足を動かす。

 

 しかし不意にその背が近くなった。レイ隊長がペースを落としたのだ。彼は走り続けながら、私を振り返った。

 

「どうした?もうへたばったのか?」

 

 無言のまま首を横に振る。そんなことはないという意味を込めて。

 

「ふん……」

 

 私の反応を見て、レイ隊長は再び前を向いてしまった。それからしばらく、沈黙が続いた。一周を終え、二周目がまもなく終わろうという頃には、もう太陽も沈んでしまい、空には夜の星空が広がっていた。

 

 そろそろ疲労で体が重たくなってきた。夕食も食べていない。しかしこのペースでは六周を走り終える頃には真夜中を回ってしまうだろう。

 

 こんな目に遭うのが私一人だけなら気が楽なのに、けれど目の前には、同じ状況で走り続けるレイ隊長の背中があった。

 

 私を先導するように走ってくれているけれど、彼も呼吸がかなり荒くなっていた。レイ隊長をそんな目に合わせてしまったのは私の責任だ。彼の思惑通り、この併走に私は大きな負い目を感じていた。

 

 体力の限界よりも先に良心の痛みにこらえきれなくなった私は、意を決して口を開いた。

 

「あの……」

 

「なんだ」

 

「ごめんなさい」

 

「……」

 

 返事はない。

 

「私が悪かったです。だから、隊長はもう休んでください」

 

「……それは無理な相談だな」

 

「どうしてですか」

 

「お前のミスは、俺のミスでもあるからだ」

 

「それはもう十分実感しました。今後、もうご迷惑はかけません」

 

「迷惑をかけない、とはどういう意味だ」

 

「それは……」

 

 口籠もった私に、レイ隊長は前を向いて走りながら、さらに私に問いかけた。

 

「躊躇わずに引き金を引けるのか、そう訊いているんだ」

 

 その言葉の意味を理解したとき、私は思わず足を止めた。レイ隊長も立ち止まり、私に向き直り、言った。

 

「新兵が引き金を引けないことはよくあることだ。俺も初出撃のとき、そうだった」

 

「……」

 

「だが、そのせいで仲間が死んだ」

 

 突き刺すような、冷たい声で彼は続けた。

 

「俺は敵機に追われている仲間を助けようとして、その敵の背後についた。だがその時、俺は躊躇った。引き金を引けなかった。ほんの一秒か、二秒か、その間に、追われていた仲間は撃墜された」

 

 レイ隊長の口調は淡々として、怒りや憎しみといった感情は感じられなかった。しかしだからこそ、彼の気持ちが伝わってきた。

 

「仲間の撃墜を目の当たりにした時、俺は反射的に引き金を引き、その敵機を撃墜した。……それが俺の最初の戦果だ。俺はあの時、二人の命を奪ったんだ。敵と、そして仲間の命だ」

 

 レイ隊長はそこで言葉を切った。

 

「クラリス。お前は以前、俺に言ったよな。誰かを殺すことよりも、誰かを守る方がずっと難しい、と。…お前がその考えに従って何をしようが俺には関係ないが、ただこれだけは覚えておけ。誰かを殺す覚悟ができない奴は、誰かを守るどころか、自分の命さえ守れやしないってな」

 

 そう言って再び走り出したレイ隊長の背中を、私は見つめることしかできなかった。

 

 それからも私たちは足を引きずるようにしながら夜通し走り続け、真夜中を過ぎてようやく完走した。

 

「これで分かったか?」

 

「はい……。すみませんでした、隊長。……ありがとうございます」

 

「礼なんかいらん。行動で示せ」

 

「……はい」

 

 レイ隊長は私に背を向けると、そのまま基地の中へと戻っていった。

 

 私はその場に座り込んで、乱れる息を整えながら、ぼんやりと星空を見上げた。

 

「私は、間違っていたのかな……」

 

 主よ、私に力を授け給え。そう口の中で祈りを呟く。敵も味方も無い、傷つき死んでいく人々を救いたいと願う、私の信念を貫くための、心の強さをお授けください。

 

「どうか、神よ……」

 

 私は、星空に向かって祈り続けた。




―――第11話あとがき―――

 当初のプロット。

「クラリスが謝罪。レイは無視」
「クラリスは自室で、眠れない夜を過ごす」
「眠れずに星を見に行こうと屋上へ上がったとき、そこでレイと出くわす」

 でした。

 しかしAIにより、クラリスがレイに抱き着いたり、マオがギャグキャラと化したり、罰走を与えたらレイまで一緒に走ると言い出したり、と全く違う展開になりました。


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第12話・束の間、戦いを忘れて…

 今回は、文量の半分くらいAIによる執筆です。


 翌日は休日だった。出撃後は体力回復のため、よほど大規模な作戦が無い限りは非番になる。

 

 私はマオから、他の非番組と一緒に外出に誘われた。身支度を整えて正門前へ向かう。

 

「あ、来たわね!こっちよこっち!」

 

 先に待ってくれていたマオが私の姿を見つけて手を振った。その傍らにはアレックス先輩と、そしてエナ先輩の姿もあった。

 

「おはようございます。遅れて申し訳ありません」

 

 三人の元に辿り着き、謝罪する私にアレックス先輩が言った。

 

「まぁ、昨日は真夜中まで走ってたもんね。むしろちゃんと起きてこられただけ大したもんだよ。ほんと、レイもバカなことさせるよね」

 

「へぇ、レイがそんなことやらせたんだ?」

 

 とエナ先輩が物珍しそうに言った。私たちは街へと歩きながら、エナ先輩に昨日のあらましを説明した。

 

「なるほど、隊長としての責任感じゃなく、アンタに負い目を感じさせるための連帯責任ってわけか。なんだか回りくどいというか、なんというか」

 

 八八隊は傭兵部隊だ。パイロットたちに正規の軍人は居らず、上下関係もあいまいだ。各小隊の隊長に任じられている者たちも、出撃時以外に隊長としての権限を振りかざすことは少ない。エナ先輩も第四小隊の隊長に任じられているけれど、空を飛んでいるとき以外に仲間を部下扱いしたことは無いと言っていた。

 

「っていうか、そもそも出撃以外で隊長が隊員と関わること自体、あんまり無いんだけどさ」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。別にアタシらは軍人じゃないし、なんなら作戦によって小隊のメンバーだってころころ変わるしね。第一小隊ぐらいだよ、最近メンバーが変わってないのってさ」

 

 とエナ先輩は言った。

 

 基地の近くからバスに乗り、街中へとたどり着いた。基地近くの町は都会というにはいささか小規模だが、必要な物資や娯楽は一通りそろっている。私たちはマオの案内で、手近の喫茶店へ向かった。

 

「ここですよ、ここ! 最近オープンしたお洒落なカフェ! 雑誌で紹介されてたから、一度来てみたかったんですよねぇ」

 

 店内は落ち着いた雰囲気の内装だ。壁には絵画や写真などが飾られていて、天井からはアンティーク調のシャンデリアが吊り下げられている。私たちの他に客はなく、店員さんも暇そうだ。

 

 私たちは席に着くと、それぞれ注文した飲み物を手にして雑談を始めた。

 

「それで? レイとはどうなった?」と早速、エナ先輩に訊かれた。

 

「……何も変わりません」

 

「それって、許してもらってないってこと!?」とマオ。

 

「いいえ、違うわ。許すとか、許さないとか、そういうことはあの人は口にしなかった。ただ、”誰かを殺す覚悟ができない奴は、誰かを守るどころか、自分の命さえ守れやしない”…そう言われたわ」

 

「うわ、厳しいね……」とマオ。

 

「ま、でもそのとおりだけどね」

 

 とエナ先輩は少しため息をついて、そしてこう言った。

 

「アンタも訳アリでここに来たんでしょ。目的が何であれ、死んだらお終いだよ」

 

 私は無言のまま、こくりと首を縦に振った。

 

「だったら、もうちょっと頑張んなさいよ。とはいえ、レイのやり方もバカバカしいわ。隊長だからって地上じゃ対等なんだから、馬鹿正直に言う事聞く必要なんか無いわよ。今度またレイの説教食らいそうになったときは、あたしたちも一緒になって説得するわ」

 

「ありがとうございます。エナ先輩」と頭を下げる私。

 

「あはは、気にしなくて良いって。それよりほら、せっかく来たんだしさ、なんか頼まないと!」

 

「そうですね。では、このパンケーキを頂きます」

 

「おおっ、美味しそ~。じゃ、アタシはこのパフェにしちゃおっかな」

 

「じゃ、じゃあ、わたしはチーズスフレでお願いします」

 

 私たちはそれからしばらく、他愛のない会話を楽しんだ。

 

「そういえば、エナ先輩のフィッシュベッド、あれ反乱軍からの鹵獲品でしたっけ。敵と同じの使ってるのって、珍しいですよね」

 

 とマオ。エナ先輩がお茶を口にしながら、頷いた。

 

「マッキー婆さんが戦場で墜落した部品をかき集めてでっち上げた代物だよ。敵の戦力分析と、訓練の仮想敵役として基地に置いてあったやつさ。アタシが機体をぶっ壊したときに新しい機体がなかなか届かなくてね。それで使わせてもらったんだけど、意外と気に入っちゃってさ。それでもらい受けたわけ」

 

「でもでもですよ、ソ連製じゃないですか。交換部品とか足りてるんですか?」

 

「マッキー婆さんが格安で売ってくれるから、多分、他の連中より維持費は安いと思うよ」

 

「へぇ~……って、いやいや待ってください。格安部品って、それやばい奴じゃないですか。絶対その辺の墜落機体からひっぺはがしてきた中古部品ですよ、それ!」

 

「そうかもね。でもちゃんと動いてるから問題ないよ。反乱軍の主力機はどれもこれもフィッシュベッドの派生型だから、規格がほぼ統一されてるのよ。おまけに構造が結構シンプルで頑丈だからさ、ああ見えて信頼性が高い良い機体よ。電子兵装は流石にあれだけど。むしろさ、マオ、あんたのライトニングの方がぶっ飛んでると思うわ。なんなの、あの縦置きの双発エンジン?」

 

「そうそう、可愛いでしょ、あれ」

 

「は、可愛い?」

 

「マッキーお婆ちゃんのところでカタログ見せてもらったときに、一目見てキューンってきちゃったんですよ!」

 

「え、あんたそんな理由で乗機を決めたの?」

 

「だって、性能とかよくわかんないですし。それにどうせ、どの機体を選んでも改装していけば似たような性能になるじゃないですか。だったら、可愛いの選んじゃおうかなって思って」

 

「いや、ないない、それは無い」

 

「う~ん、私はその気持ちわかるけどな~」

 

 と言ったのはアレックス先輩だった。

 

「うそ、アレックス、もしかしてあんたのスーパーセイバーも見た目で選んでたの?」

 

「選んだときは流石にそうじゃなくて、性能とか使いやすさとかいろいろ考えてたけどさ、最終的に決めたのって、やっぱ顔だったのよ」

 

「顔? 戦闘機の?」

 

「スーパーセイバーのノーズインテークのあの横長な感じがさ、正面から見た時になんか可愛いなぁ~って、思って。おかげで機体に愛着持てたしさ。そういうの大事じゃない?」

 

「わかるぅ~。わかります、アレックス先輩!」

 

「いや、わかんないわ、アタシ。……クラリスは?」

 

「え~っと、その、私もそんなに戦闘機には詳しくないのでよくわかりませんけど……でも、自分のフィアットは使いやすくていい機体だと思います」

 

 正直、戦闘機パイロットなのに戦闘機に詳しくないというのも妙な話だけど、それでもパイロットとして戦えるのはスキルのお陰だ。私は養成所でのたった二週間の訓練だけで、最前線で戦えるだけの技量を身に着けていたけれど、それは私自身の努力や勉学で習得したものでは無く、まるでこの体に書き込まれるように、勝手に染み込んだものだった。同じく養成所で訓練していたミッキーさんは、これを「スキルのインストールだ」と言っていたが、私にはうまく理解できなかった。

 

 ただ、少なくともこのスキルのお陰で、私はむやみやたらに敵を殺すことなく戦場で戦えた。それは、昨日の戦闘で証明することができた。

 

 私の内心を余所に、世間話は勝手に盛り上がっていた。

 

「聞いてくださいよ、サイモンさんたら、酷いんですから、マジで」

 

 と、マオがパフェをほおばりながら憤慨していた。

 

「バーに行くといっつも絡んでくるんですよ。セクハラですよ、パワハラですよ、アルハラですよ、もう存在そのものがハラスメントですよあの人」

 

「マオー、それただの愚痴じゃん。もっとこう、具体的にさあ」と、アレックス先輩。

 

「えー、具体的にって言われても、えーっとですねぇ」

 

「なになに?『お前、俺の女になれよ』とか言って肩を抱いてきたりとかさ、あとは胸元ばっかり見てくるとか、尻触ってくるとか?」

 

 と、エナ先輩。マオが「えーっ!?」と声を上げた。

 

「はああ!?︎ 何それ、最低! ありえない! エナ先輩、サイモンさんにそんなひどいことされてたんですか!?」

 

「いや、されてないから。アタシの話じゃなくてあんたの話だから」

 

「なんだ、びっくりしましたよ。あの人、私にはそんなことしないのに他の人にはしてるのかと思ってビックリしたじゃないですか」

 

「されてないの?」アレックス先輩が苦笑する。「だったら何がハラスメントなのよ」

 

「ハラスメントされてますよ。だって私が愚痴とか失敗とか話すと、あの人いっつも大爆笑しながらダメ出ししまくってくるんですよ。腹立つじゃないですか。しかもこっちが真剣に相談してるっていうのに、『可愛い悩みだな』とかいいながら頭撫ででくるんですよ。あれ絶対馬鹿にしてますよね?」

 

「うわぁ……うん、まあ、その、バカにしてるっちゃしてるわね」

 

 半分呆れた様子のエナ先輩の横で、アレックス先輩がポツリと「…頭なでなで…レイからなでなで…」と呟きが聞こえたような気がした。今の会話のどこにレイ隊長が出てきたのだろう?

 

 マオは憤慨しながらさらに続けた。

 

「それにですね、前に一度、撃墜された後、行方不明になってたことあったじゃないですか」

 

「ああ、あの気が付いたらシレっと帰って来てた、あれね」

 

「私、めちゃくちゃ心配してたんですよ。なのに当たり前みたいな顔して、“よっ、久しぶり”とか言ってきて、なんなんですか、ホントにもう、どう思いますか?」

 

「どうって、こっちが聞きたいわ。アンタはいったいサイモンのことをどう思ってるのさ」

 

「え、嫌いに決まってるじゃないですか。なんていうか、実家のお兄ちゃんを思い出しちゃうんですよ。妹の私をいっつもバカにしくさってて、いい歳こいた大人なのに、ぜんぜん子供っぽいですし」

 

「う~ん、なるほどぉ」

 

 エナ先輩が腕組みしながら頷き、私とアレックス先輩を呼んで、三人で顔を寄せた。

 

「これは審議の必要があると思わない、アレックス?」

 

「マオ自身が自覚ないところが可愛いわね。クラリスはどう思う?」

 

「肝心のサイモンさんが、マオをどう思ってるか気になりますね」

 

 三人でひそひそ話をしていたところに、マオが「三人で何やってんですか!」と声を上げた。

 

「審議の結果、しばらく生暖かい目で見守ろうという結論に至りました」

 

「待ってクラリス、何なのさそれ?」

 

「この話題はいったん温めておくとして」とアレックス先輩が割り込む。「そういや、エナはさ、ミッキーさんとはどうなの? 新しい相棒としてうまくやっていけそう?」

 

「あー、うん、そうだねぇ」エナ先輩は曖昧な返事をした。

 

「まあ腕はいいよ。スパイとして何度か修羅場も潜ってんだろうね。戦場でも冷静だし、無駄口叩かないし、頼りになる感じではあるけど」

 

「だけど?」

 

「なんかねえ、アタシと相性が悪いみたい」

 

「ああ、確かに」

 

「あの人の前だと調子狂うんだよ。何考えてるかわかんないから、変に緊張するっていうかさ」

 

「それ分かります」とマオも同意した。

 

「なんだろう、やっぱ元スパイだから、こっちが探られてる気分になるのかな」

 

「確かに、あんまりしゃべらないし、表情も変わらないし、ちょっと無愛想ね。まあその辺はレイもいっしょか」

 

 と、アレックス先輩。

 

 でも、とマオが口を挟む。

 

「クラリスには割と優しいじゃないですか。昨日だって、帰還後にクラリスのこと気にかけてたし?」

 

「ミッキーさんは」と私は口を開いた。

 

「責任感が強い真面目な方ですよ。それに私の救出のために多くを犠牲にされましたから、それを無駄にしたくないのだと思います」

 

「アンタに死なれたら、苦労が水の泡ってこと? そんなもん別に気にしなくていいのに」

 

「そういうわけにもいきませんよ」

 

「あの人、結構面倒くさいよ。アタシのことも信用してないし、何か裏があると思ってるフシもあるし」

 

「疑われるようなことしたの?」

 

 とアレックス先輩の問いに、エナ先輩は首を横に振った。

 

「まさか。でもさアイツ、アタシが家族の仇討ちのために戦ってるって、いつの間にか知ってたのよね。アタシ、アイツには言ってないはずなのに、多分、他の奴に聞いたんだよ。……アレックス、アンタじゃないよね?」

 

「言ってないよ。私、ミッキーとはそんなに絡んでないもん。…多分、レイじゃない? 最近、立ち話程度には一緒に居るの、よく見かけたし」

 

「あーそうか、レイか。ちょっとアレックスさ、レイに言っときなよ。あんまり他人のことぺらぺら喋るなってさ」

 

「わかった、伝えとく。でも、アイツは有ること無いこと言いふらすような男じゃないけどね。変な話はしてないと思うよ」

 

「まあ、そういう奴じゃないってのは分かってるけどさ……」

 

「あのあのですね、アレックス先輩、つかぬことをお伺いしますが」

 

「ん? なに、マオ、どしたの?」

 

「アレックス先輩って、なんか二言目には隊長のこと口にしてますよね?」

 

「え、そう?」

 

「そうですよう! ていうか、しょっちゅう二人で一緒に居ますし、付き合ってるんですか? あの人のことが好きなんですか?」

 

「いやぁ、まあ好きっちゃ好きだけど、家族として、みたいな感じだよ」

 

「え~、なんですかそれ、恋愛じゃない的な?」

 

「そうそう、弟的な。…マオがサイモンに感じてるのと同じみたいなもの?」

 

「ちょちょちょ、なんでそこで私とサイモンさんが引き合いにでるんですか!?」

 

「あれ、違った? だってお兄さんみたいな感じなんでしょ?」

 

「違いますよ! リアルなほうのメンドクサイ兄貴面した奴と一緒にしないでください!」

 

「まあまあ、落ち着いて、マオ」

 

「うぐぐぐ」

 

「……でもさぁ」とエナ先輩が呟いた。

 

「そうなると、アレックスって、もしかして男に興味がない?」

 

「え、なに、その怖い質問」

 

「だって普通、気になる異性の一人や二人居てもおかしくないじゃん。でも、そういう話を聞いたことないし」

 

「エナ…アンタがそれ言う?」

 

「いや、アタシは別にいいんだけどね? ただ、アンタの好みってどういうタイプなんだろ、と思って」

 

「私もちょっと興味あります」

 

「えーと、じゃあ、そうだな……。強いて言えば、包容力のある年上かな」

 

「ほぉ~、なるほどねぇ。で、ウチの部隊にそういうの居る?」

 

「居たらその男の名前を上げてるわよ。エナはどう?」

 

「アタシは、働き者であればそれでいいよ。毎日、畑耕して、家族を養ってくれるなら誰でもいい」

 

「エナ先輩、なんかもう、条件が現実的すぎて夢が無いですね…」

 

「正直、恋愛とかアタシも良く分かんないのよ。東北部の貧しい田舎の生まれでさ、色恋だとかに浮かれてる余裕もないまま戦火に巻き込まれちゃったし……。ああ、ごめん、変な事聞かせたね。それよりマオ、アンタはどんな男が理想なの? やっぱりイケメン?」

 

「そうですねえ……、私よりも背が高くて、肩幅が広くて、手が大きくて、顔が小さくて、そんでもって目は切れ長よりちょっとタレ目気味のほうが好きですね!」

 

「…………マオって、結構、乙女だよね」

 

「むっふふーん、分かりますか、アレックス先輩。実は今、流行りの少女漫画を読んでまして、その中で一番好きなキャラがそういう感じなんですよ!」

 

「へぇー、漫画ねえ。ちなみにタイトルは何? 教えてよ」

 

「『氷雨の降る夜に』っていうんですけど、知ってます?」

 

「知らない。けどタイトルから察するに、なんか切ない系のラブストーリーっぽいね」

 

「そーなんですよ、戦争に行く恋人が主人公の男の子で、女の子は婚約者なんですが、結局、二人は離ればなれになってしまって、手紙でのやり取りだけが続くって感じです」

 

「なんか重い話になりそう」

 

「そうでもないですよ。まあ、確かに内容は暗いというか、かなり重めの話ではあるんですが、主人公がカッコイイんで全然嫌味にならないんです。あと、ラストシーンが特に最高で」

 

「ふぅん、ちょっと読んでみたいかも」

 

「だったら、すぐに読めますよ。実はこのカフェの近くに貸本屋があって、そこに全巻揃ってますから」

 

「そうなんだ。んじゃ、マオ、借りといてくれる?」

 

「あー、それってつまり、ホントは興味ない人の反応だ~。ショック~」

 

 貸本屋、という珍しい店に私は興味を惹かれた。私も本は大好きだ。幼いころに両親から読み聞かせてもらった絵本に始まり、自分で字が読めるようになってからは、父の書斎にあった本を片っ端から読み漁っていた。内容が理解できない部分は多かったけれども、博識だった両親に質問しながら知識を増やしていく過程はとても楽しかったものだ。

 

 けれど、そんな幸福な時期も政治犯として家族そろってシベリア送りにされてからは途絶えてしまった。思えば本と呼べるものを久しく読んでいない気がする。だから、今日はいい機会かも知れなかった。

 

「ねえ、マオ。だったら今日の帰りに私が借りてくるわ。久しぶりに私も本を読みたいし。だから場所を教えてくれないかしら」

 

「お、クラリスも興味持ってくれるの?や~ん、うれし~。んじゃ、この後の買い物の途中で場所教えるから、よろしくね」

 

「ちょい、マオ、あんたは一緒に行かないのかい」

 

 とエナ先輩の指摘に、マオが「だってえ」と唇を尖らせた。

 

「今日は日頃のストレス発散にいっぱい買いこむ予定ですからね。全50巻の漫画なんて持ち歩いてる余裕なんか無いですよ!」

 

「なるほどね~。……って、え? 全50巻?」

 

 エナ先輩とアレックス先輩が顔を引きつらせた後、その目が私に向けられた。多分、私も同じ顔をしていたと思う。……腕力アップのスキルも獲得しておけばよかったかしら。私は引きつった顔のまま、力ない笑みを浮かべていた。




―――第12話あとがき―――

 女三人寄ればなんとやら(今回は四人)という事で、AIも書きやすかったのでしょうか。おしゃべりを延々と続けてくれました。

 書きたい場面の登場人物、場所、会話のテーマを設定することで、概ね自然な感じで文章を出力してくれます。

 漫画のあらすじを語る下りでマオがやたら早口気味になっていましたが、漫画の話題を振ったのも、その内容も全部AIのオリジナルです。このAI、もともとプロフィール設定やあらすじを書くのが得意な傾向があるので、かなり活き活きとしながら出力してきた印象があります。


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第13話・二人の距離感

 女性四人での買い物を終えた後、私はマオとの約束どおり少女漫画を借りるべく、ひとりで貸本屋に向かった。

 

 貸本屋の店内には所狭しと本が並べられていて、独特の匂いが立ち込めている。昔、父の書斎に立ち入ったときに嗅いだ匂いとよく似ている。懐かしい、思い出の香りだ。家を失い、そして両親を失い、もう二度と帰ってはこないあの穏やかだった日常が脳裏をよぎり、私の胸を締め付けた。

 

 それにしても、なんという本の量だろう。それなりに広い店内には天井まで届きそうな背の高い大きな本棚が、何列も連なって並んでいた。その棚すべてに本がぎっしりと詰められている。その棚を一列ずつ眺めながら店内を進んだが、そのあまりの多さに、私はちっとも前に進むことができなかった。

 

 本の数も凄いが、その種類の多さに私は目を見張った。学術書や実用書、専門書の類はこの世界のあらゆる分野を網羅しているかのようであり、また小説のジャンルもかなり多様なものが揃っていた。

 

 私の祖国であるドイツは、ソ連に全土が占領されてから共産党による社会主義国家となったので、出版物はほぼすべて共産党の厳しい検閲を受けていた。ドイツ共産党は共産主義のイデオロギーを広めるためならどんな手段でも使う組織だったので、党の意向に反するような思想的な書物は発売禁止となっていたのだ。そのため、私たちの生活は娯楽に飢えていた。読書もそのひとつだった。

 

 しかしこの満州国はアメリカの保護国という歴史を経た影響か、ここに並んだ大量の書籍からは自由を感じられた。思想の自由、表現の自由、そして娯楽を楽しむことの自由を。

 

「あら、お客様。何かお探しですか?」

 

 ふと背後から声をかけられて振り返ると、そこには和服姿の店員さんが立っていた。

 

「いえ、ちょっと本を探しに来たんですけど、量が多すぎてどれが目的の本なのか分からなくて……」

 

「そうでしたか。よろしければご案内いたします。本のタイトルはお分かりですか?」

 

「ご親切にありがとうございます。『氷雨の降る夜に』という、えっと、マンガ、という分野の本…だったと思います」

 

「はい、それでしたらこちらの棚にございますよ」

 

 私は店員さんの後に続いて店の奥へと進んでいった。

 

 やがて立ち止まった彼女が指差す先には、そのタイトルの本が確かにあった。全50巻、つまり五十冊もの本がずらりと並んでいる。確かにこれだけの量があると、一人で借りるのは骨が折れそうだ。

 

 とはいえ、何も一度に全部借りる必要は無いのだ。取り敢えず第1巻から第10巻前後ぐらいまで借りて、後はそれを返すときにまた続きを借りればいい。私は借りる前に中身を一応確認しておこうと思い立ち、一冊を手に取った。

 

 実は私は、漫画というものを一度も読んだことは無かった。ドイツ人民共和国で流通していた絵が主体の本と言えばヴェショルィエ・カルチンキ(楽しい絵)と呼ばれたソ連製の絵本ぐらいしかなかった。

 

 それ以外の、例えばアメリカ製のコミックブックなどは低俗で退廃的なプロパガンダという理由で排斥されていたのだ。とはいえ、コミックが全く存在しなかったわけではない。海賊版のコミックが若者たちの間では密かに広まり、官憲や熱烈な共産党支持者たちに見つからないように隠れながら読まれていた。

 

 私も、仲の良かった友達から一冊だけ見せてもらったことがあった。それは質の悪い黄ばんだ紙に、同じく質の悪いインクで印刷された、ボロボロの薄い本だった。きっと多くの人間の手を渡り回し読みされてきたのだろう。ページの所々が破け、途中の数ページは落丁していたが、私はそれを夢中になってむさぼるように読みふけった。その内容は超人的な力を持ったヒーローが悪漢たちを懲らしめるという、単純な内容で、正直に言って私の好みでは全くなかったのだけど、今まで見たことも無かった新しいスタイルで描かれていたということと、なにより禁じられた本を読んでいるという背徳感とスリルが、私を夢中にさせていた。

 

 私はその時と似たような興奮を味わえるかも知れないと思って、少しワクワクしながら手に取った漫画に目を通した。

 

「へえ…」

 

 私は思わず声を漏らしていた。漫画というのは、思っていたのとは全く違っていた。あの思い出のコミックブックに確かに似ているが、なんといえば良いのか、そう、没入感とでも言うのだろうか、受ける印象がまるで違っていた。

 

 私がかつて読んだコミックは、絵が並んでいるだけだった。それぞれの場面を描いた絵画を、単に並べ、そこに説明文のようなセリフが描かれているようなものだった。だけどこの漫画は、絵が動き、音が聞こえるかのようだった。まるで自分がこの本の中にいるかのように感じられたのだ。

 

 それはコマの形や並べ方、セリフの書き方、絵のアングル、そういうあらゆる要素が複合し影響し合ったことによる演出なのだろう。それは恐ろしく高度なテクニックだった。あまりにも高度過ぎて、違和感をまったく感じさせないくらいだ。ページに描かれたいくつもの絵を流し見するだけで、そこに描かれた内容が全て頭に入ってくる。いや、漫画のキャラクターと同じ視点に立ち、同じ心をもって、その世界を生きているように錯覚してしまう。

 

 私は本棚の前に立ったまま、あっというまに第1巻を読み終えてしまった。一冊の本をこんなにも早く読み終えたのは初めてだ。私はまったく無意識に第2巻へと手を伸ばしていた。そのとき、

 

「お客様?」

 

 店員から声を掛けられ、私はハッとした。

 

「あ、すみません! 立ち読みなんかしてしまって」

 

 立ったまま本を読むなど、はしたない。そう父にたしなめられたことを思い出す。

 

「いいえ、構いませんよ。その本、お気に召しましたか?」

 

「はい! とても面白いです!」

 

「それはよかった。しかし立ち読みではお疲れでしょうから、奥の席をご利用くださって構いませんよ」

 

「いいんですか?」

 

「もちろんですよ。ゆっくり読んだ上で借りる本をお決めになってください。持ち帰って読みたい本というのは、きっと何度も読み返したくなるものでしょうから」

 

「ありがとうございます。それじゃあお言葉に甘えて、ちょっと休ませてもらいますね」

 

 そう言って私は店の一番隅にあるテーブルと椅子が置いてあるスペースに移動した。ここは他の客からは見えない場所になっているので、ゆっくりとくつろいで読むことができる。

 

 漫画『氷雨の降る夜に』は、マオが説明してくれたとおり、戦争に出征した少年と、その帰りを待つ恋人の少女が織り成す甘く切ないラブストーリーだった。そして、マオが言っていたように、確かに素晴らしい作品だった。続きが気になって仕方がなく、一気に第10巻まで読んでしまった。

 

 席から立ち上がり、本棚から第11巻目を手に取ろうとしたとき、店内の時計が目に入り、私はハッとした。もう夜の八時を過ぎている。店内に入ったのはまだ夕方四時ごろだったから、かれこれ四時間以上も長居してしまったことになる。

 

 基地はここからバスで20分程度の距離にあるが、街はずれにあるためバスの本数は少なく、そろそろ最後の便の時間が迫っていた。歩いても帰れない訳ではないけれど、その場合は2時間近くはかかってしまう。私たち傭兵パイロットは非番であれば特に門限はないけれど、あまり遅いとマオやアレックス先輩たちも心配してしまうだろう。

 

 私は続きは借りて読むことに決めた。けれど当初借りる予定だった第1巻から第10巻まではもう読んでしまった。であれば第11巻以降を借りていきたいところだけど、そもそもここに来た理由はアレックス先輩にこの漫画を読んでもらうためだ。アレックス先輩は興味が薄そうだったけれど、でも私自身がこの漫画を読んで、是非とも先輩にも読んでもらいたい気になったので、やっぱり第1巻から借りていきたい。

 

 でも、でも、そうなると一度に十冊以上の本を借りて持ち運ぶことになる。それはかなり厳しい。どうしよう。

 

 私がそうやって本棚を前にして葛藤していると、不意に、横から声をかけられた。

 

「誰かと思えば、クラリス、君か」

 

「え?」

 

 聞き覚えのある男性の声。

 

「レイ……隊長?」

 

 なんでここに? という疑問はすぐに解けた。貸本屋に来たのなら本を借りに来たに決まっている。その証拠に彼は手に一冊の本を持っていた。

 

「どうしてそんなところに突っ立っているんだ?」

 

「いえ、あの、その、漫画を読み過ぎちゃって……」

 

「立ち読みしているようには見えないな。手に何も持っていない」

 

「えと、それはそうなんですが、そうではなくて、これを借りたいのですけど、あんまりにも面白すぎてどこまで借りればいいか、その、迷ってしまって」

 

 なぜだか、しどろもどろになってしまった。レイ隊長は私の前に並ぶ漫画を眺めると「なるほど」と頷いた。

 

「『氷雨の降る夜に』か、確かに面白い漫画だ。長いのを除けば、だが」

 

「はい! 本当に素敵な漫画なんです! ーーって、隊長も読んだことがあるんですか?」

 

「マオの奴があんまり進めるもんでな。先週の非番の時に読破した。面白いことは面白いが、俺はもう少し短い方がいいな。一度に全部借りるのは骨が折れた」

 

「え、これを一度に全部借りたんですか?」

 

 おうむ返しに言った私に、レイ隊長は呆れた表情をしながらこう言った。

 

「結末も知らずに死んだら悔しいだろう」

 

 死んだら? あぁ、そういうことか。ここで漫画を読んでいた時はうっかり忘れていたけれど、私たちは最前線で戦う傭兵パイロットなのだ。明日を知れぬ身であれば、確かに続きが読めるとは限らない。レイ隊長らしい考え方だと思う。

 

 けれど、戦場で戦う最中に漫画の続きが気になって未練に思うなんてあるのだろうか。私は、レイ隊長が戦場で敵機に追いかけられながら少女漫画の結末を気にしている様子を想像してしまった。

 

 それはあまりにもシュールで、私は思わずクスリと笑ってしまった。

 

「何を笑ってるんだ?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

「いや、今、俺のことを笑っただろ」

 

「そんなこと……」

 

 再度否定しかけて、ふとレイ隊長が以前、私に”本音で話せ”と言ったことを思い出した。そう、この人の前では、私は思ったことをそのまま口にすべきなのだ。だから私はこう言った。

 

「…確かに笑いました。隊長のこと、可愛いって思ったので」

 

「か、可愛い、だと」

 

 途端にレイ隊長は耳まで真っ赤にした。いつも冷静沈着なこの人がここまで動揺するのは珍しい。やっぱり本音で話せるというのは楽しいものだ。

 

 そんな私を前に、隊長は困ったように頭を掻きながら言った。

 

「笑うのが悪いとは言わないが、それは心の中で留めておけ。俺をからかっているのか」

 

「からかったつもりはないですよ。本音で話せという命令に従っているだけです」

 

「まったく君は……。それで、結局、何冊借りるんだ?」

 

「え?」

 

「漫画の話だ。何巻から借りるのか知らないが結構な量だろう。半分手伝ってやる」

 

「え……あ、ありがとうございます。ちなみにこれ全部ですけど」

 

「…途中まで読んだんじゃなかったのか?」

 

「私は読みましたけど、元々はアレックス先輩に読んでもらおうと思って借りに来たんです。もっとも、マオが勧めたとき、あまり興味は無さそうでしたけれど」

 

「そうでも無い。あいつかなり好きだぞ、こういうの」

 

「そうなんですか?」

 

「他人に知られるのが嫌なのか、隠れて読んでいることが多いけどな。しかも少女漫画を読んだ後はいつも決まって、しばらく俺と目を合わせようとしないんだ」

 

「はぁ、そうなんですか。…何故でしょうね?」

 

「さあな」

 

 レイ隊長は軽く肩をすくめながら、本棚から漫画を次々と下ろし始めた。優に三十冊以上はある。レイ隊長はそれを両腕で軽々と持ち上げながら、私に言った。

 

「残りのそれぐらいなら君でも持てるだろう。とりあえずレジまで持ってこい」

 

「はい」

 

 レジで貸し出しの手続きをすると、店員さんが持ち運び用に大きな革製のバッグを渡してくれた。五十冊の漫画ならこれ一つで全部入りそうな大きさだった。

 

 私は、二十冊程度が入りそうな中くらいのバッグか紙袋は無いかと訊いたけれど、もう他のお客さんに渡してしまい在庫が無いという返事だった。

 

 レイ隊長はそれを聞くと、何も言わずに漫画を全部バッグに仕舞い込んで、さも当然のように自らの肩にかけてしまった。

 

「だ、ダメです隊長!私が借りたんですから私が持ちます!」

 

「君の腕力では無理だ。まともに歩けやしない」

 

「そんなこと――」

 

 言いかけた途端、レイ隊長が私にバッグを押し付けた。両手で慌てて受け止めると、レイ隊長が手を離す。

 

「――あっ!?」

 

 想像以上の重さに体がふらつき、バッグを落としそうになる。レイ隊長がすぐに手を伸ばし、バッグを再び持ち上げた。

 

「ほら見ろ。人間、出来ることと出来ないことがあるんだ。自分の力を冷静に見極めて判断しろ」

 

「はい。…でも、これは私が借りたものですから、レイ隊長が負担するのも筋が通りません」

 

「アレックスに読ませるんだろう。アイツは俺の相棒で身内みたいなものだ。なら、俺が荷物持ちをするのが筋だ」

 

「え?」

 

 私は戸惑う。理屈がよく分からないこともそうだけど、何故か胸が少し、チクリと刺されたような痛みを感じた。

 

「行くぞ。帰りのバスに遅れる」

 

「は、はい」

 

 レイ隊長は私の隣を歩き足早く店を出て行った。私も後を付いていくように早足で歩く。

 

「あの、隊長」

 

「なんだ?」

 

「隊長にとって、アレックス先輩ってどういう人なんですか?相棒だって言ってましたけど」

 

「急だな」

 

「いえ、ちょっと気になっただけです」

 

「身内みたいなものと言っただろう。養成所からずっと一緒に飛んできた腐れ縁だ」」

 

「そうじゃなくて、もっとこう……えっと、だ、男女の仲とか…そういう意味で……です」

 

「よくある質問だな。ま、誤解されるのも仕方ない距離感だと自覚はしている」

 

 レイ隊長はしばらく黙ったあと、静かに言った。

 

「何度か意識したことはあるが、ただ、あまりにも近すぎるんだ。養成所からずっと一緒に生き残ってる仲間はアレックスだけだ。女としてどうとかじゃ無くて、もう俺の半身みたいなものなんだよ」

 

「今の関係を壊したく無いんですね」

 

「かもな」

 

「…でも、アレックス先輩はそう思ってないかもしれませんよ」

 

「かもな」

 

 レイ隊長はさほど驚きもせず、私の言葉を肯定した。

 

「どれだけ近かろうが所詮は他人だ。家族と言えども内心で何を考えているか全部分かるわけじゃない。ただ、お互いに理解し合えているかのように振る舞っているだけだ」

 

「…なんだか、突き放した言い方ですね」

 

「昔、そうやって他人が何を考えているのかが分からなくて、それが怖くて、ずっと他人を避けていたことがあった。どんなに親しそうに見えたって、裏じゃ俺を嘲笑っているんじゃないかと疑心暗鬼になって、それで他人が怖くなって、自分の部屋にずっと引きこもっていた」

 

「…え?」

 

 レイ隊長は立ち止まった。私たちはバス停に着いていた。

 

「俺は、他人の考えや感情を理解するのが苦手だ。人の気持ちが分からない。だから世間に背を向けてずっと引きこもっていた。それが俺の前世だ。空っぽの、何も無い人生さ。そして自分でも気づかないまま死んで、この世界に転生させられた。馬鹿みたいだろう」

 

 くっくっくっ、とレイ隊長は自嘲的に笑いながら、私を見た。

 

「君の壮絶な半生に比べたら、ぬるま湯みたいなふざけた人生さ。この世界に投げ込まれて自分の悩みの小ささをようやく自覚したよ。他人からどう思われようが、それがどうした、だ。所詮、生きるか死ぬかだ。それ以外はどうでもいい」

 

「アレックス先輩にもし嫌われても、どうでもいいと思えるんですか?」

 

「俺を殺したいほど憎んでいなけりゃ、それでいいさ……」

 

 ま、もしそうだとしても、とレイ隊長は呟いて続けた。

 

「……アイツに殺されるなら、それはそれで良いさ。多分、俺は納得して死ねる」

 

 本音だろう。私はそう思った。レイ隊長は私にそう命じたとおり、自分もちゃんと本音で語ってくれている。

 

 だからこそ、私は戸惑っていた。

 

 胸の奥に感じるこの痛みの意味に、私は戸惑い続けていた……

 

 




―――第13話あとがき―――

 すっかりクラリスがメインヒロインみたいな感じになってきた。

 どうしたらいいの、教えてAIさん……。


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第14話・キャットウーマン

 設定とは後から生えてくるもの。


 基地の滑走路へ向けて、一機の大型戦闘機が舞い降りてくる。可変翼を備えた双発の戦闘機、VFX-14トムキャットだ。

 

「思ったよりも早く入手できたんだな。もっと遅れるかと思った」

 

 俺がそう言うと、隣に居たマッキー婆さんがしわがれた甲高い声でヒッヒッと笑った。

 

「手数料をたんまりもらったからのお、最優先で取り掛かったのさ。多少は手間取ったが国家ぐるみで黙認してくれたこともあって順調に行ったわい。機体を非合法に密輸することに比べりゃ朝飯前よ」

 

「国家ぐるみで黙認って、具体的にはどうやったんだ?」

 

「先ず完成していた試作機のうち三機分をグラマン社の方で廃棄処分にしてもらってな。実験中の事故で故障したという理由じゃよ。それでバラされた部品を日本軍のF-4ファントムⅡ用の部品と偽って持ち込んだんじゃ」

 

「それを日本で組み立ててこっちに回してもらったのがアレって訳か」

 

「いやいや、まだもう少し続きがあるんじゃ。日本軍に回された部品は当然別物じゃから、書類の手違いってことで在日米軍の基地に返還されてな。そこでしばらく保管されているうちに今度はグラマン社の別の試作機用の部品として米国に返却されることになったんじゃが、その部品を載せた貨物船が出港中に試作機計画がキャンセルになってしもうたわけよ。結局行き場をなくした部品は再び日本の港に下ろされ、しばらくコンテナに収められたまま放置されることになった、と」

 

「ちょっと待ってくれ、なんでそんなにややこしいことになっているんだ?」

 

「意図的にややこしくしたからじゃよ。おかげで関連した書類が大量に発生してね。わずかなミスがどんどん重なっていき、気が付けばその所有者も責任者も誰が誰やらという状態さ。そうなったところへ、アタシが中古のF-4Dを発注したんだがの、ちょっと書き間違えてF-14って注文書に書いてしまってのお。同じ港に置いてあった大量のコンテナからVFX-14のコンテナが運ばれてアタシの工場に届いちまったってところさ」

 

「もはや訳がわからん。よくそれでアメリカや日本で大問題になってないもんだ……そうか、黙認ってそういうことか」

 

「そのとおりだ」

 

 と、別の方向から声がした。そちらへ振り返ると、ちょうど狭山司令が傍に歩み寄ってきたところだった。

 

「大統領閣下が米国大統領と日本の首相に直接交渉してくださってな。おかげでとんとん拍子さ」

 

「凄いな」

 

「ああ、まったくさすがは閣下だ。人たらしの天才だよ」

 

「いや、凄いと言ったのは大統領のことじゃない。その大統領を動かした司令の人脈に感心したんだ」

 

「お? 私のことか?」

 

「ああ、いくら満州湖水上警察が大統領直轄組織だからって、その戦術部隊の司令官がおいそれと会える相手でも無いだろう」

 

「まあ確かに、正規の手続きを踏んでいたら何年たっても無理な話だな。だから非公式な手段で直接、話を聞いてもらった」

 

「どうやったんだ」

 

「なあに、簡単な話だ。自宅で夕飯を食いながら相談したんだ。娘の頼みとあって、あっさり承諾してくれたよ」

 

「自宅? 夕飯? 娘?」

 

「言ってなかったか? 大統領閣下は私の父だ」

 

「はあっ!?」

 

「ま、正妻ではなく側室の子の一人だけどな。……どうした、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして」

 

「豆鉄砲どころかミサイルをぶち込まれた気分だ……」

 

 突然のカミングアウトに頭が追いつかないうちにVFX-14トムキャットが滑走路に着陸した。いつのまにか格納庫前では、新型機の噂を聞きつけた他のパイロットたちも押しかけ、その姿を眺めていた。

 

「やっぱりデカイな。この基地のどの戦闘機より一回りは大きいんじゃないか?」

 

「あれで艦上戦闘機ってんだから信じられねえよな。機体が重すぎて空母の短い滑走路じゃ飛ばせないんじゃないか?」

 

「その辺はエンジン出力の向上と可変翼のコントロールによる揚力の増加、そしてカタパルトの発展で問題なかったけど、そいつはあくまで前世の話だからなぁ。この世界より十年は先の技術で開発された場合の話しだ」

 

「こっちの世界はせいぜい六十年代半ばぐらいの技術力だからな。前倒しで開発されたあの試作機が、果たして使い物になるかどうか…」

 

 背後のパイロットたちがそんな話をしながら、ちらちらと俺に視線を向けてくる。アレの管理と評価は俺が任されることになっているので、彼らの反応も当然だった。

 

 格納庫前へ牽引されて出てきた機体は、やはり大きかった。

 

 全長19m、主翼を全開にした状態での全幅20m、全高5m。大柄な体格は前世で見慣れたものだったが、この世界の基準で見るとかなり巨大だ。

 

 コクピットの風防が開き、副座式のシートから、パイロットが降りてきた。一人だけだ。フライトオフィサは居ない。

 

 そのパイロットがヘルメットを脱ぐと、クセっ気のある赤い長髪が零れ落ち、彼女――パイロットはそれを鬱陶しそうに手で撫でつけながら、こちらへと歩み寄ってきた。身長165cmほどの小柄な体躯だが、その瞳には自信に満ちた光が宿っている。挫折を知らない順風満帆な人生を送ってきたのだろう。戦場を知らない瞳だが、まあそれも当然だ。彼女は軍人ではないし、傭兵でもない。

 

 その彼女が狭山司令の前で右手を差し出した。

 

「グラマン社より派遣されてきました、アビー・ミラーです。お久しぶりです、ミス・サクラ。父がよろしくと言っておりました」

 

「歓迎するよ。父のウィリアム大佐は元気かね」

 

 狭山司令は差し出された手を握り返しながら、にこやかに尋ね返した。

 

「ええ、いつも通りお元気ですよ。あなたに会えたらきっと喜ぶでしょう」

 

「それは光栄だ。ところでトムキャットの調子はどうだったかな」

 

「最高でした! 戦闘機って、こんなにも気持ちよく飛べるのですね!セスナとは全然違いました」

 

 アビーと名乗った女パイロットは興奮気味に目を輝かせた。

 

「グラマン社の設計士である私がテストパイロットを務めろなんて言われたときは流石に耳を疑いましたが、まさか本当にたった二週間で戦闘機を飛ばせるようになるなんて、今でも信じられません。なんだか夢のようです。これが“チートスキル”と呼ばれている満州国の最高機密だったのですね」

 

「私が言うのも何だが、かなりオカルトだと思うよ。大統領以外は原理も理屈もわからない謎の力だ。必要とはいえあの“契約書”にサインしてもらった以上、三年間は君の行動に制約がかかってしまうが、そこは了承してもらいたい」

 

「もちろんです。私自身、納得してここに来ていますから。もし叶うなら、父が開発したこの機体で実戦だってこなして見せます」

 

 その言葉に狭山司令は苦笑した。

 

「勇ましいな。しかし君に万が一のことがあっては、ウィリアム大佐に合わせる顔が無い。…アビー、君は彼とともに性能評価試験を行って欲しい。紹介しよう、トムキャットの管理担当者の巣飼零士だ」

 

 そう言って俺の方へと手を向ける。俺は一歩前に踏み出して、軽く頭を下げた。

 

「巣飼だ。これからよろしく頼む」

 

「八八隊トップエースのスカイレイね。噂はホワイトから聞いているわ」

 

「ホワイト教官とも知り合いなのか。酷い噂じゃなけりゃいいが」

 

「安心して、凄腕という評価よ。このドラ猫もあなたなら乗りこなせるって太鼓判を押していたわ」

 

「いくらホワイト教官でも見たこと無い新型機の評価は下せないだろう。ただのリップサービスだ。あの人もそれくらいは言うさ。…で、実際のところどうなんだ、こいつは。飛ばしてきた君の意見を聞きたい」

 

「あら、もう仕事の話? 熱心ね」

 

「む?」

 

 アビーの反応に戸惑っていると、狭山司令に横から肘で小突かれた。

 

「相変わらずデリカシーの無い奴だな、貴様は。先ずは彼女を休ませてやれ。仕事の話はそれからだ」

 

「それもそうか。すまん」

 

「先ず控室へ案内してやれ、彼女の私物もそこに置いてある。それから居住区へ」

 

「それは俺に運べということか?」

 

「不満か」

 

「運ぶぐらい別にいいが、女性用居住区に俺が立ち入るのは拙いだろう。それこそデリカシーの問題だ」

 

「貴様からデリカシー云々言われると腹が立つな」

 

「お互い様だろう」

 

「貴様の部下たちを使え。それで問題解決だ」

 

「わかった。司令の命令だと言ってやらせよう」

 

「おい、なんで私に責任を押し付けようとするんだ」

 

「俺たちは傭兵だ。地上じゃお互い対等なんでね」

 

「この前クラリスに罰走させたくせによく言うわ」

 

 俺が狭山司令にさらに言い返そうとしたとき、傍でアハハと笑う声が聞こえた。アビーだ。

 

「ミス・サクラにここまで言わせるなんて、あなた面白い人ね。気に入ったわ」

 

「それは誉め言葉か」

 

「もちろん。あなたは知らないでしょうけれど、この人、超がつくお嬢様なのよ。こんなに気安く話せる相手なんてそうそう居ないわ」

 

 お嬢様か。確かにそれはついさっき知ったところだ。まあ知ったところで今さら態度を変えるのも不自然な気もするし、そもそもだからどうしたという気分でもある。

 

 狭山司令もその辺はあまり気にしてないようで、いつもどおり「ふん」とそっぽを向いて面白くなさそうにこう言った。

 

「こいつはこういう奴だ。というか傭兵部隊のパイロット連中はみんなこんなものだ。家柄だの権威だの全く意に介さん。私の苦労も知らずにな」

 

「自由とはそういうものでは、サクラ?」

 

「アメリカ的な自由を想像していると幻滅するぞ、アビー。それと私のことは職務中は司令と呼んでくれ。無頼な傭兵連中ばかりだが、一線は引かねば示しがつかん」

 

「は、了解しました。司令」

 

 アビーは背筋を伸ばし、綺麗な敬礼をしてみせた。狭山司令も敬礼を返し、俺に言った。

 

「では第1小隊長殿、司令の名をもって小隊員を荷物運びに使用することを命令する。ちなみに見返りを要求されたとしてもそれは小隊長のポケットマネーで支払うように。これも命令だ。以上、復唱」

 

「開き直ったな……畜生、了解、司令の名をもって小隊員を荷物運びに使用します」

 

「よし、かかれ」

 

 俺が肩を落としながら答えると、司令は満足げな顔で手を振ってその場から立ち去って行った。

 

「まったく、あれで大統領の娘とか冗談だろ」

 

「あら知っていたのね」

 

「君が着陸する直前にカミングアウトされたばかりだ。正直、今でも信じられない」

 

「でもあの若さで司令なんてやっているんだもの。正規の出世ルートを辿っていないことぐらい想像つくでしょ?」

 

「まともな経歴の奴なんて、ここには一人も居ないさ。君だってそうだろう」

 

「あら、私の経歴に興味があるのかしら?」

 

「話したければ話せばいいさ。ただ、どんな高学歴でもここじゃ意味がない。経歴じゃ敬意は得られんよ。……そうか、狭山司令もそれを分かっていたから、今まで自分からひけらかさなかったんだな」

 

 それに気が付き、俺は狭山司令のことを見直した。別に軽んじていた訳でも無いが、これからはコーヒーぐらいは文句言わずに淹れてあげようという気にはなった。

 

 そんな俺の隣で、アビーが軽くため息を吐いた。

 

「これからパートナーになろうって女性を前にして、他の女性のことばかり話題にするなんてね」

 

「出会ったばかりでいきなり嫉妬か。……悪い。冗談が過ぎた」

 

「自覚はあるみたいだけど、私へのフォローは無し?」

 

「すまん」

 

「素直なのはいいけど、意外と女慣れしていないのね。それでよく戦闘機乗りなんかやってられるわ」

 

「関係あるのか、それ」

 

「パパが言ってたわ。戦闘機を操縦するのは女性を乗りこなすより難しいって」

 

 シレっと言い放つアビーを前に、俺はどんな顔をすればいいのか分からなかった。笑えば良いのか? というかそれは下ネタじゃないのかアビーパパ?

 

「女性三人を部下に持つ凄腕のエースって聞いていたから、さぞかし浮ついたプレイボーイだろうと思っていたのに、そうでもないのね」

 

 それは幻滅なのだろうか。しげしげと俺を眺め始めたアビーの視線に堪えかねて、俺は控室へ向けて歩き出した。

 

「控室へ案内する。いい加減、君も疲れただろう。早く休め」

 

「サンクス」

 

 アビーを控室の奥にある更衣室の扉の前まで案内する。控室に届けられていた荷物から、アビーは着替えが入ったバッグを手にもって更衣室の戸を開けた。

 

「レイ、これからよろしくね」

 

「ああ」

 

「それと、私、あなたのこと別に幻滅したりしてないから。むしろホッとしたわ」

 

「……そうか」

 

「また後でね」

 

 アビーは俺に微笑むと、静かにドアを閉めた。

 

 なんだこれ、どういう意味にとればいいんだ?

 

 アビー・ミラー、初対面でいきなり距離を詰められた気がする。アレックスのような長い付き合いでもないのに、いきなりこんな馴れ馴れしくされても困るのだ。そうだ、アレックスを呼ぼう。これ以上アビーと二人きりだと精神がすり減りそうだ。というか荷物持ちで呼ぶつもりだったんだ。そうだ、早く呼ぼう。

 

 俺は控室の内線でアレックスを呼び出し、助けを請うような気持で手伝いを頼んだのだった。




―――第14話あとがき―――

 展開に困ったらとりあえず後付け設定と新キャラ投入で乗り切る。先のことは明日の自分とAIに任せるスタイル。

 なんだかんだ言ってレイはヘタレな童貞メンタル。



[登場人物設定]

名前:アビー・ミラー

性別:女性

年齢:22歳

出身地:アメリカ

 グラマン社の社員であり、VFX-14トムキャットの開発チームの一人。テストパイロットとして第八八隊に配属される。

 明るく快活な性格で誰からも愛されるタイプの美人。

 父親はアメリカ空軍のトップエースで現在はトムキャットの開発責任者であるウィリアム・ミラー大佐。父の影響で腕利きの戦闘機パイロットはプレイボーイだと思っている。そのためレイのことも「第八八隊のトップエースでプレイボーイ」と思っていた。

 アビー自身は恋多きタイプではなく、異性との恋愛よりもスポーツやゲームなどの趣味に時間を費やしたい派なので、レイに対して特別な感情があるわけではない。

 ただ、レイのことは嫌いではない。


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第15話・雲の下にみえたもの

『こちら管制塔、進路クリア。スカイレイ、離陸を許可する。グッドラック』

 

 トムキャットが滑走路を駆け抜け、空中へと舞い上がる。俺はスロットルレバーを押し込み、トムキャットのエンジン出力を上げた。

 

 機体にGがかかる。エンジンの回転数が上がり、トムキャットが轟音を上げながら上昇する。

 

 トムキャットのコクピットから見える景色が変わった。

 

 青い空と白い雲、そしてどこまでも続く水平線が見える。あれは日本海だ。いつもの哨戒飛行とは反対方向への飛行ルートを取り、俺は訓練用の空域へと向かった。

 

 俺が操縦するトムキャットと編隊を組み、アレックスのF-100スーパーセイバーが付いてくる。今日の飛行目的はトムキャットの性能を評価するための模擬戦闘訓練だ。アレックスは仮想敵を務める。

 

「レイ、調子はどう」

 

 そう問いかけてきたのは、トムキャットの後席に座っているアビー・ミラーだ。

 

「悪くない」

 

 と、俺は答える。

 

「大型の機体の割に離陸が軽やかだ。エンジン出力が高いだけじゃないな。可変翼のコントロールが絶妙なんだろう」

 

「嬉しいこと言ってくれるわね」

 

 俺がそう評価すると、アビーは楽しげな声を上げていた。アビーは俺の部下として、今日から第1小隊の部下となる。

 

『ポイント到着。レイ、訓練空域に進入したわ。こっちはいつでも準備OKよ』

 

 と、アレックスから通信が入った。

 

「了解だ。編隊を解く。アレックスはこのまま西進し、200km離隔したのちに反転。それから模擬戦闘を開始する」

 

『こちらアレックス、了解』

 

「アビー、高度1万mまで上昇する。計測してくれ」

 

「了解、準備できてるわ」

 

「いくぞ、計測開始」

 

 俺はトムキャットを急上昇させた。その動作は非常に滑らかで、大型機であるにも関わらず上昇力も高い。機首をさらに上げ、垂直上昇に近くなる。

 

 途端に、機体が大きく揺れた。

 

「キャッ!?」

 

 アビーの悲鳴を耳にしながら、俺は操縦桿を戻し機体を水平飛行させた。

 

「計測中止。……仰角40°、速度0.8マッハで上昇中にフラッター(振動)が発生。上昇を取りやめ水平飛行とした」

 

 俺はボイスレコーダーに音声記録を残した後、アビーに問いかけた。

 

「今のフラッターの原因は分かるか?」

 

「えっと……恐らくだけど、速度の増加に対して可変翼の追従タイミングが遅れた可能性があるわね。水平飛行中での試験は問題なかったんだけど、上昇角度と関係があるのかしら。もう一度、同じ条件で上昇してくれたら原因がわかるかも」

 

「もう一度繰り返すのは気が進まないな。主翼の負担が大きそうな揺れだった。訓練中に墜落はごめんだ」

 

「慎重ね」

 

「他人事じゃないぞ。君の命もかかっているんだ。今回の模擬戦闘では仰角40°以上の旋回及び上昇は行わない。いいな」

 

「わかったわ」

 

「アレックスの現在位置を知らせ」

 

 俺の指示に、アビーは後席のレーダー画面を確認する。

 

「間もなく西約100マイル(約200km)の位置につくわ」

 

 トムキャットの最新型レーダーははるか彼方に離隔したスーパーセイバーの動静を詳細に捕捉し続けていた。文句をつけようが無い性能だ。これで長距離ミサイルがあれば、敵の射程圏外から一方的に攻撃することができる。

 

 アビーもそう思ったのか、彼女はポツリとこう呟いた。

 

「フェニックスミサイルの開発が間に合えば、まさに無敵だわ」

 

「射程200kmの超遠距離ミサイルか。確かにスペックだけみればそうかもしれないが、実戦はそんなに単純な話じゃない」

 

「どういうこと?」

 

「200km以上先の目標は補足できても、トムキャット単機では敵味方の識別が付けられないからな。敵と誤認して味方や民間機を撃ちかねん。レーダーやミサイルの射程だけじゃなく、識別装置も工夫する必要がある」

 

「それは戦闘機のスペックとは別問題じゃないかしら。どちらかといえばROE(戦闘規定)の範囲でしょ?」

 

「現行の戦闘規定だと敵味方がはっきりしないと攻撃できないからな。せっかくの長射程ミサイルも宝の持ち腐れだ。敵を殺すだけじゃなく、戦場で情報をいち早く収集するシステムも合わせて考えないとダメだろう」

 

「難しい要求ね」

 

「君には欲張りでわがままに思えるかも知れないが、現場に出て自分の身体で体感すれば納得できるさ。さて、そろそろ始めるぞ。訓練開始コードを発信しろ」

 

「了解。…コード発信完了。アレックスから応答信号を確認。模擬戦闘訓練開始」

 

「西約200kmのレーダー探知目標の識別信号を確認」

 

「識別信号無し。目標の国籍不明。こちらへマッハ1で接近中」

 

「民間航空機の航路と相関は取れるか?」

 

「えっと…いいえ、民間航路とは離れているわ。速力、高度、針路を考えればこれは敵よ。先制攻撃が適当」

 

「まだ早い。オープン回線で呼びかけろ。所属、飛行目的、行先を確認せよ」

 

「そこまでするの? もう間に合わないわ。これじゃトムキャットの性能がまったく活かせないわよ」

 

「そういうことだ。どんなに高性能でも条件次第では無用の長物と化す。この機体がどんな状況に対応できるか、できないのかを確かめるのも試験の目的だ」

 

「屁理屈に思えるわ」

 

「文句は後から聞いてやる。不明目標との距離を知らせ」

 

「不明目標との距離50km、尚も接近中。間もなく視界内」

 

「目視で敵味方を識別する。アビー、外をよく見ていろ。レーダーじゃなく、自分の目を信じるんだ」

 

「わかったわ」

 

 俺はトムキャットの機首を上げて、不明機に進路を向ける。その先に小さな黒い点が視えた。

 

「視えたわ。アレックスのスーパーセイバーよ」

 

「細部まで視えていない。思い込みで判断するな」

 

 俺がそう注意している間に黒い点はみるみる大きくなり、あっという間にすれ違った。

 

「機種を視認した。あれは確かにスーパーセイバーだ。敵機に間違いない」

 

「ホントに視えたの?」

 

「君は視てないのか?」

 

「計器に目を落としていた……こんなに一瞬だなんて思わなかったわ」

 

「ここから先は計器を見ている暇はないぞ。格闘戦だ。スーパーセイバーを見失うな」

 

「了解。って、アレックスは何処?」

 

「背後だ」

 

「え、うそ、もう回り込まれたの!? キャッ!?」

 

 左ロールから背面降下。旋回しつつ、速度を上げながら、反転して急上昇。

 

 アビーが悲鳴を上げるが構わず、スロットルレバーを叩きつける。トムキャットのエンジンが轟く。

 

 だが、アレックスも負けじとくらいついてくる。スペック的にはスーパーセイバーを振り切ることも、旋回力にものを言わせて背後に回り込むことも容易に出来そうだったが、ある一定以上の機動をさせようとしたその寸前に、わずかに挙動が不安定に感じることが多々あった。そのため、俺はそのギリギリ手前で抑えながら戦闘を継続した。

 

 しかしそのせいでスーパーセイバーを振り切れない。

 

『ほらほらレイ、どうしたのさ、今日は調子悪いね』

 

 背後のスーパーセイバーから、アレックスが煽るように言った。まるで彼女の笑い声のようにロックオンアラートがトムキャットのコクピット内に鳴り響く。

 

「可変翼の追従がコンマ数秒遅れるせいだ。かなり繊細な機体だよコイツは」

 

 俺は答えながら機体を左右に素早く切り返す。

 

『ドラ猫って噂だけど、今はさしずめ借りてきた猫ってところかしら?』

 

 スーパーセイバーはぴったりと張り付くように追従する。相変わらずいい腕だ。

 

 俺はアレックスから逃げ惑いながら、トムキャットの機体性能と、自分の技量を冷静に分析する。可変翼のフィードバックが鈍いのはある程度、把握できた。なら初めから動かさなければどうなるだろうか。俺は一度上昇し高度を稼いだ後、急降下に移行するわずかな間――速度が緩み機体への負荷が減るわずかな間に、可変翼制御装置を操作し、主翼を全開状態で固定した。

 

 こうするとスピードは落ちる代わりに旋回能力が大きく向上する。急降下に移ったトムキャットは加速を抑えられた代わりに、これまでとは比べ物にならない旋回力で一気にスーパーセイバーの背後へと回り込んだ。

 

『へー、そんなことできるんだ?』

 

「この機体の弱点はだいたいわかった」

 

 俺はそう言うと、今度は主翼を最大限まで後退させながら一気に加速し、スーパーセイバーに食らいつく。背後から急接近、機銃の射程内。ロックオン直前でスーパーセイバーは急ロールで背面飛行に移り、直後、俺の視界から消える。

 

「背面急降下したのか…いや、逆か、上だな!」

 

『ご名答♪』

 

 上方からの声。スーパーセイバーは背面飛行で俺を惑わしながら上昇したのだ。頭に血が上りそうな機動だ。

 

 だがそれを予想できていたので早めに反応できた。俺はその攻撃をひらりとかわす。

 

『やるね、レイ!』

 

 スーパーセイバーは再び宙返りをして背後に回ろうとする。それを読んでいた俺はスーパーセイバーの後ろを取ろとしたが、主翼が後退したままでは旋回能力が落ちる。だが、再び可変翼を開くには時間的余裕がもう無かった。

 

 スーパーセイバーに背後へ廻られ、ロックオンアラートが無慈悲に鳴り響いた。

 

『フォックス2』

 

 アレックスがミサイル発射を宣言する。俺はトムキャットを水平飛行に戻し、安定させた。

 

「こちらレイ、俺の負けだ。状況中止、模擬戦闘を終了する」

 

『了解、お疲れ様、良い訓練だったよ』

 

「アビー、記録終了だ。聞こえているか?」

 

 俺の問いかけに、アビーが大きくせき込んだ。ヘッドセットからは苦しげな咳の音だけが聞こえる。

 

『レイ、アビーは大丈夫なの?』

 

「気絶はしてないようだ」

 

『そう、なら大したものね』

 

 アレックスの言葉を余所に、アビーが大きく深呼吸をした。

 

「うぅ~、まだ頭がふらふらするわ……ドッグファイトがこんなにも激しいものだとは思わなかった」

 

「これでも半分以下の性能だろう。可変翼の追従が完璧に機能すればもっと激しい動きが可能になる。それは君が一番分かっているはずだ」

 

「えぇ、そうね。でもそうなったら人間が耐えられるのかしら。頭では理解していたつもりだけど、こうして自分自身で体験してみるとこのドラ猫の恐ろしさがよくわかるわ」

 

「まだこいつは仔猫さ。アレックスに言わせれば借りてきた猫だそうだ。それを育てるのが君の仕事だ」

 

「そうね、一緒に育てていきましょう、レイ」

 

「ん?」

 

 何気なく当然のようにそう言われて、俺は一瞬戸惑ってしまう。いや、アビーが別におかしなことを言っている訳でも無いのだが。

 

『アビー』

 

とアレックスが割り込んできた。

 

『無駄口叩いていないで、データを整理したらどう? レイも早くこの後の指示をしてよ。この訓練の責任者でしょ』

 

 何処か不機嫌な口調だ。

 

「そうね、アレックス、ごめんなさい。すぐに取り掛かるわ。……ところで、私が何か、あなたの気に障ることでもしたかしら?」

 

『別に何も』

 

 二人の間に言い知れない不穏な空気が漂った気がした俺は、咄嗟に割り込んだ。

 

「訓練終了、これより基地に帰投する」

 

 宣言し、基地へ針路を向けようとしたとき、別の仲間から通信が入った。

 

『レイ、こちらサイモンだ。聞こえるか』

 

「こちらレイだ。どうしたんだ? たしかそっちは今、攻撃任務の最中じゃなかったのか」

 

『ああ、ちょうどさっき終わったところだよ。戦果は上々てやつさ。ただな、第三次攻撃隊に参加していたラックが帰投中に針路を見失って日本海に出ちまった。敵味方識別装置も故障して現在地がわからん。おそらくお前たちの訓練海域の近くに居るはずだ』

 

「ラックの奴が迷子だって? ざまみろだ。あいつ、この前の麻雀で独り勝ちしやがったからな。それで運を使い果たしたんだろう」

 

『ダブリ―ツモ上がりチーホウで役満とかふざけた強運だぜ。おかげ大損だったな。このまま勝ち逃げさせてたまるか。レイ、意地でも連れて帰って来てくれ』

 

「こちらレイ、了解だ。リベンジ戦でラックに吠え面かかせてやろう」

 

『あぁ楽しみにしている』

 

 交信を終えると、背後からアビーがクスクス笑う声が聞こえた。

 

「ざまみろ、だなんて言うからてっきり見捨てるのかと思ったわ。仲がいいのね」

 

「ラックと卓を囲んでいたら殺してやりたくなるぞ。君は麻雀はできるか?」

 

「やったことないわ」

 

「そうか、なら勝てるかもな」

 

「どういうこと?」

 

「ビギナーズラックに期待できるかもしれないってことさ。ラックのバカみたいな強運に対抗するにはそれぐらいしかない」

 

「そんなものなのかしら……」

 

 アビーが呆れたように呟く。俺はアレックスにもこのことを伝え、二機揃って針路を変更した。

 

 ラックが彷徨っていると思われる空域は、訓練海域の北の方角だった。下手をするとソ連の領空に入ってしまう恐れもある。サイモンとは軽口を叩き合っていたが、それは内心で渦巻く嫌な予感を誤魔化すためのものだった。

 

「高度を上げてレーダーの範囲を広げよう。アビー、捜索開始だ。さっきの訓練を思い出せ。民間航路以外を飛んでいる国籍不明機を探し出すんだ」

 

「わかったわ。やってみる」

 

 俺たちは編隊を組み直し、北へと機首を向けた。

 

「レーダー探知、見つけた。きっとこれよ!」

 

 しばらく飛んでいると、アビーが叫んだ。俺もレーダー画面に目を落とす。そこに目標が一つ映っていた。どうやら低空で飛んでいるようだった。

 

「アビー、目標情報を確認。識別信号の有無、民間航空路との相関、それから――」

 

「――オープン回線で国籍、針路、行き先を確認すればいいんでしょ。識別信号は受信できないわ。でもこれは距離があるせいかもね。民間航空路とは相関が取れない。高度がかなり低いわね。通信設定を行う」

 

 てきぱきと手順を進めていくアビー。呑み込みが早い。

 

「ポイントC-2付近を高度1500ft、速力0.5マッハで東北東へ向けて飛行中の航空機、応答せよ。こちらは満州国水上警察航空隊軍用機である。繰り返す――」

 

『こちらラック、お仲間か。助かった!』

 

 すぐに回答が来た。間違いない、あの目標はラックだった。

 

「よおラック。こちらはレイだ。早めに見つけることができてよかった。お前、ソ連の防空識別圏のギリギリを飛んでいるぞ」

 

『ヒュー、怖い怖い。レイ、ありがとな。被弾して電子機器のほとんどがイカレちまった上に燃料も心細くてよ、今日こそはもう駄目かと思っていたんだ』

 

「まったく運が強い奴だよ、お前は。針路を230度に取れ。それが最短での帰投コースだ」

 

『了解だ。ソ連のおっかない連中からいちゃもん付けられる前に、とっととオサラバだ』

 

「大丈夫よ」と、アビーが割り込んだ。

 

「今のところはソ連空軍機が飛んでくる気配はないわ」

 

『そうかい? ならいいんだけどな。ところでレイ、その女の子は誰だい?』

 

「私のこと?」

 

『そうだ。あんたのこと。アレックスじゃないな』

 

「私はアビー・ミラー。ダグラス社から派遣されたVFX-14トムキャットのテストパイロット。レイの相棒を務めているわ。よろしくね」

 

『俺はラックだ。おいおいレイ、機体だけじゃなく女まで乗り換えたのかよ』

 

 ラックが笑いながら言った冗談を聞きながら、俺は背筋が寒くなりそうだった。横を見ると、編隊を組んでいたスーパーセイバーの風防越しに、アレックスがこちらに向けて中指を突き立てていた。

 

『ラック、あんた、帰ってきたら覚えておきなさい』

 

『げ、アレックス!? お前もそこに居たのか!』

 

『アビー、あんたもよ。軽々しくレイの相棒だなんて口にしないで!』

 

「あら、ごめんなさい」

 

 アビーは口ではそう答えながらも、コクピットのバックミラー越しに目が合ったその表情は、悪戯っぽく微笑でいた。

 

 彼女が何を考えているのか、どうもよく分からない。ただ、アビーがアレックスをからかっているのは確かなようだ。なら、ここはきちんと叱っておくべきだろう、そう思って口を日開こうとした矢先のことだった。

 

『…光?』

 

 と、ラックがポツリと呟いた。

 

「どうした、ラック」

 

『いや、北の方角で一瞬、何かフラッシュのような―――』

 

 言いかけた途中で通信が不自然に途切れた。

 

「ラック!?」

 

 俺はレーダー画面に目を落とす。さっきまで存在していたラック機のシンボルが消滅していた。

 

「アビー!」

 

「ラック機、レーダーロスト! まさか、墜落したの!?」

 

『ラックは、何か光ったと言っていたわ。敵の攻撃で撃墜されたのかもしれない』と、アレックス。

 

「でも、トムキャットのレーダーは他に何も探知していないわ。敵はいない」

 

「アビーはレーダーによる捜索を継続しろ。ラックの再探知及びソ連領空からの近接目標に注意するんだ。アレックス、いまからラックがレーダーロストした地点に向かう。未探知の敵が出てくる可能性も高い。ロスト地点付近に到着後、俺は低空で海面を警戒するから、アレックスは高度を上げて後方でカバーしてくれ」

 

『それだったら、私が低空でラックを捜索するわ。いざ敵と遭遇した時、試作機じゃ心もとないでしょ』

 

「いや、逃げ帰るだけならこいつの方が足が速い。そのとき俺の背中をカバーしてくれるのは、アレックス、お前だけだ」

 

『……了解っ!』

 

 アレックスの力強い返答を聞きながら、俺はスロットルを押し込み、ラックが消えた地点へと機体を向けた。

 

「ラック……無事でいろよ」

 

 向かう先には低い雲が立ち込めていた。雨雲だ。ラック機の墜落予想地点に近づきつつある。しかし眼下は雲海に閉ざされ視認できない。

 

 俺は先に打ち合わせた通り、アレックスを後方に残し、高度を下げて雲の下に入った。そして、そこで見たものは……。

 

「うおおおおお!!??」

 

 目に入ったモノが何かを判断するよりも早く、俺は反射的に操縦桿をいっぱいに引いてトムキャットを急上昇させた。

 

『ちょっとレイ!? 何があったの!?』

 

「戦闘機だ! それも超高速で突っ込んできた!!」

 

『どこよ? 私には何も見えないけど?』

 

「レイ、レーダには何も映ってないわ!」

 

「雲の中だ! アビー、後ろを振り返れ!」

 

「えっ…あ、居たわ、真っ黒な機体!」

 

 バックミラー越しに黒い影が一瞬映ったのを見た俺は、即座に急旋回し、再び高度を落とした。海面ギリギリめがけダイブする。主翼は全開で固定、エアブレーキをかけ、海面スレスレを飛びながら機体を立て直す。

 

 そのトムキャットの頭上を、背後から急接近していた謎の機体が追い越していった。

 

「何だ、こいつは…?」

 

 機体色は漆黒に近い黒。水平尾翼の無いクリップドデルタ翼だ。垂直尾翼も無く、代わりに二対の尾翼が外側に大きく傾いて装備されていた。機首は異様に長く、その全長は恐らくこのトムキャットよりも大きいだろう。その謎の機体は双発のエンジンから長大なバーナー炎の尾を引きながら高度を上げ、あっという間に雲の中へと消えて行った。

 

 俺はスロットルレバーを操作し、主翼を後退させ、操縦かんを引く。

 

 機体の速度と高度が上がり、視界が一気に流れていく。

 

 やがて、トムキャットは再び雲海の直上に躍り出た。敵機の姿を探す。だが、いない。見失った。

 

「アレックス、不明機の姿を見たか?」

 

『ダメ、視認できなかった。ただ一瞬だけだけど、雲の切れ目を何かの影が凄い速度で飛んで行ったのは視えたわ』

 

「こちらもレーダーでは全く掴めなかった。ステルス機なのか。まさか、そんな……」

 

「レーダーステルス技術は、グラマン社でも研究が進んでいるわ」と、アビーが言った。

 

「私も不明機を目撃したけど、あの形状はステルス形状を意識したもので間違いないと思う。でも、まだ完璧じゃない。雲の下で私たちを追い越した後、離隔する短い時間だけだったけれど、レーダーでは捕捉できていたわ」

 

「そうか。なら奴がどこへ行ったか分かるか?」

 

「針路は北北西、ソ連の領空へ向かって行ったわ」

 

「ソ連機……っ!?」

 

「多分、間違いないでしょうね。その速力は驚くべきことにマッハ3、しかもレーダーロストする瞬間もまだ加速していたから、最大速力はまだ速いはずよ」

 

 俺は言葉を失った。あのカナード付きをはるかに超える化け物が現れたということか。にわかには信じられなかったが、しかし、自分の目で見てしまった以上、現実として受け止めるほかない。

 

 ラックは、その謎のソ連機に墜とされたのだろう。

 

「アレックス、アビー。もう一度、ラックが消えた付近を捜索する」

 

『了解』

 

 アレックスが冷静に答えたのに対し、アビーが狼狽えた様に言った。

 

「レイ、あの黒い機体がまた襲ってくるかもしれないわ」

 

「わかっている。だから捜索はあと10分間だけだ。それで見つからなければ……帰投する」

 

「……了解」

 

 俺は再び雲の下へと降下する。そして数分後、海面に散乱する機体の残骸を発見した。その周囲にパイロットらしき漂流者は無く、救助ビーコンの受信や、パラシュートのような脱出の痕跡も見当たらなかった。

 

「ラック……よりにもよってこんな形で運が尽きちまうなんてな……」

 

 ラック機の墜落位置を確認した俺は、それを地上基地へと通報し、併せて帰投を宣言した。

 

 その帰路の途中、アビーが俺とだけ回線を開き、言った。

 

「ごめんなさい」

 

「…なんで急に謝る?」

 

「ラックの捜索を続けようとしたとき、私、反対しようとしたわ。あの黒い機体がまた襲いかかって来るんじゃないかって思って、怖くなったの。……ラックがまだ生きてたかもしれないのに、見捨てようとしたんだわ」

 

 アビーの声は震えていた。

 

 俺は言った。

 

「間違っちゃいないさ。俺だって同じように思っていた。だけど自分を無理やり納得させるために10分だけ捜索したのさ。俺は、仲間を見捨てなかったと、自分に言い聞かせるためにな」

 

「ラックは死んだの? ……ううん、もしかしたらまだ海上を彷徨っているかもしれない。さっきまで会話していた相手が、もうこの世に居ないだなんてまだ実感ができないわ。――ねえ、レイ、お願い、もう一度あそこへ戻りましょう。ラックは、きっと…っ!」

 

「あいつは死んだ」

 

「レイ!」

 

「死んだも同然だ。あの海域は雨雲が立ち込めて天候が急速に悪化している。海上部隊が救助に行くだろうが、辿り着くのは何時間以上も後の話さ。救助ビーコンの反応も無かったんだ。流されてしまったら、もうどうにもならない」

 

「そんな……だったら、どうしたら……」

 

「どうにもできん。これが戦場だ。君が気に病む必要は無い。……明日は我が身さ」

 

「……」

 

 返事は無い。バックミラー越しに後席を見ると、アビーは俯き、微かに肩を震わせていた。

 

 目を前方に戻すと、その先に見慣れた基地の滑走路の景色がある。生きて帰ってきた証だ。だが、俺はそれを素直に喜ぶ気持ちにはなれなかった。

 

 ラック、安らかに眠れ。俺は心の中でそう呟きながら、トムキャットを着陸コースへと向けたのだった。

 




―――第15話・あとがき―――

 また新しい機体を出しちゃった。

 AIに架空戦闘機のスペックを書かせようとすると必ずステルス戦闘機になる。まあ現代の最新鋭機が軒並みステルス機だから当然かもしれないけど、もっとこう、浪漫が欲しいなぁ。


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第16話・ブラックスワン(1)

 戦闘機パイロットの朝は早い。

 

 クラリス・フェルナー女史の起床は午前5時30分、そこから手早く洗顔と歯磨きを終え、6時には格納庫へ入ります。

 

 格納庫は広く、中には数機の戦闘機が並んでいます。同じ機体は滅多になく、世界各国のさまざまな戦闘機がここには配備されています。

 

 

――フェルナーさんの機体はどれですか?

 

「この小さな青色の飛行機です。フィアットというイタリア製なんですよ」

 

――整備員が見当たりませんが、いつもご自分で整備を?

 

「いいえ、専門の整備員の方々がいらっしゃいますよ。ただ、あの人達は、その、恥ずかしがり屋なもので取材はNGなんです。申し訳ございません」

 

――いえいえ。しかしご自分でもこうして毎日、機体の様子は確認されているんですね。

 

「私たちパイロットにとっては、自分の機体の状態を知る大切な機会です。整備員に任せきりにせず、必ず自分で確認しろ、と小隊長から教えていただきました」

 

 フェルナー女史はコクピットに入り、点検項目に従って各箇所を確認していきます。

 

 戦闘機パイロットにはとても高い能力が求められますが、しかしフェルナー女史はこれをたった二週間でマスターしたといいます。

 

「それは私だけの力ではありません。パイロット養成所での訓練がとても効率的なおかげですね。私のような素人の女性でも戦う力を得られることは素晴らしいことだと思います」

 

――出撃は怖く無いですか?

 

「ええ、恐怖は常に感じています。しかし、私の祖国を奪い、家族を奪ったコミンテルンを追い出すためならば、私は死を覚悟して戦います」

 

――フェルナーさんにとって、愛国心とは?

 

「そうですね……やはり国を愛しているからこそ命を懸けられるのだと思います。私達は、国が無ければ生まれませんでした。だから、もし私が死んでも、誰か別の人がこの国の未来を守ってくれると信じて戦い続けます」

 

――それでは、最後に視聴者に向けて一言お願いします。

 

「みなさま、どうかこの国に勝利をもたらしてください。そして、私達の分まで生き抜いてください」

 

――ありがとうございました。

 

 テレビニュースのドキュメンタリーコーナーが終わりCMに切り替わる。それでようやく、私はテレビの前で緊張を解くことができた。

 

 代わりに、どっと疲労感が胸の内に押し寄せてくる。テレビに映っていた私の姿はまるで人形のようだった。自分自身という気がしない。

 

「はぁー…」

 

 私の隣で、マオがため息をついた。

 

「…クラリスってやっぱりテレビ映りいいよね〜。肌もきめ細やかで綺麗だし~、マジでお人形さんみたいだったよ」

 

「…そ、そう」

 

 私の内心とは真逆の評価だったけれど、マオ自身は褒めているつもりなのでやめてとも言えない。なので私は曖昧に笑って受け流した。

 

 他人に合わせて自分の内心を抑えるのは良くない癖だ、と父からよく嗜められていた。古き良きドイツ人は己の感情に正直に、そして理路整然と主張したものだ、と懐かしそうに語っていた。

 

 けれどドイツが敗戦し社会主義国となったことで、公的な場では監視や密告が当たり前になってしまい、そんな社会で生まれ育った私たち若い世代は、内心や感情を抑えて生きるのが常識になってしまった。両親はそれをよく嘆いていたものだ。

 

 その点、パートナーにして友人でもあるマオは、大陸のおおらかな気質で育ったこともあってか、思ったことをそのまま素直に口にする性格だった。

 

「うん、うん。クラリスのお肌に比べたら私なんかニキビだらけだよぉ」

 

 その言葉に、近くに居た男性が声を上げて笑った。

 

「そりゃあマオ、お前が食べ過ぎだからだよ」

 

「うっ!……まあ、そうなんですけど、サイモンさんにだけは言われたくありませ~ん!」

 

 マオは自分のお腹を手で押さえながらその男性、サイモン=ケンジさんに反論した。

 

 サイモンさんも私やマオと同じこの第八八隊のパイロットの一人だ。年齢は20代半ばぐらいだろうか。まだ若いけれど、この基地ではレイ隊長に次ぐ戦歴をもつベテランパイロットだった。

 

「俺は太らない体質なんだよ。筋肉が発達してるからな、消費カロリーが多いんだ」

 

「嘘ですぅ~、だってこの前、飲みに行ったときも『明日からダイエットしよう』とか言ってましたよね~」

 

「あの時はたまたま体調が悪くて食欲が無かっただけだ。俺が食いたい時に食わなくてどうすんだ」

 

「またそうやって誤魔化そうとする~。私、知ってるんですからね。こないだ、しゃがみこもうとしてパンツのお尻のところビリッて破いたでしょ」

 

「なんで知ってやがんだよテメエ!?」

 

「うるせえぞ二人とも。もう少し静かにできないのか」

 

 そう不機嫌そうに嗜めたのは、同じくパイロットの男性、ミッキーこと三木 光さんだった。

 

「「はぁーい」」

 

「まったく……それにしても相変わらずつまらん取材だったな。中身が空っぽの台本を読み上げるだけのインタビューになんの価値があるってんだ」

 

「私のような経歴の人間がこの部隊に居る。それを世界中の人々に知らせることができれば、言葉の中身は何でもいい。広報部の方はそう仰っていました」

 

 私の答えに、ミッキーはさんは面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。

 

「だからと言って、あんなドキュメンタリー仕立てにしなくてもいいだろうに」

 

「仕方ありません。この番組を見た人々が私達の部隊に興味を持つことは間違い無いのですから」

 

「しかし、君の過去を何も知らない連中に同情されるのも気に入らないな。単なる悲劇や美談にしていい過去じゃない」

 

「それは……」

 

「おい、あんまりクラリスを困らせるんじゃねえ。こいつはただでさえ目立つことが苦手なんだ。インタビューを受けただけでも十分すぎるほど頑張ってくれたさ」

 

「ふん……そういえば、貴様もいたんだったな、サイモン」

 

「忘れていたみたいな言い方をするじゃねぇか」

 

「実際、忘れかけていたよ」

 

「へっ、言っとけ」

 

 サイモンさんとミッキーさんは粗暴な口調で言い合っていたが、不思議と険悪という雰囲気は感じなかった。

 

 ミッキーさんは苦笑しながら、私に目を戻して言った。

 

「クラリス、いい加減パイロットになったことを後悔してないか。こんな馬鹿どもと四六時中一緒なんだからな」

 

「ふふ、お気遣いありがとうございます。でも、皆さんとても良い人ばかりなので、それほど苦労しているとは感じていません。むしろ、毎日が楽しくてしかたがないという気持ちが強いですね。戦場にいるというのに、不思議ですよね?」

 

「……そうか」

 

 ミッキーさんの苦笑が、微かに和らいだ笑みに変わったような気がした。

 

「あー、またミッキーがクラリス口説いてるー」

 

「ちげぇよ!」

 

 マオにからかわれて、ミッキーさんの顔が今度は赤くなった。

 

 パートナーのエナさんからは、内心で何を考えているかわからない男、と厳しめに評価されてしまっていたけれど、私はそんなことは全然無いと思う。単に優しさを表に出すのが苦手なだけだと思う。

 

 そうやって四人で賑やかに過ごしていたところに、また別の人物がパイロット控室にやってきた。

 

「ふむ、相変わらず騒がしいな」

 

 私たちより少し年上のその女性の名はリリィ・ホワイト。アメリカ合衆国からこの部隊に派遣されている軍事顧問だ。私たちパイロットに戦闘技術を指導してくれる教官でもある。

 

 その彼女が、私に言った。

 

「クラリス、さっきまで放送していたドキュメンタリーを観たか?」

 

「ええ、ちょうど今、この四人で観ていました」

 

「ならちょうどよかった。この取材の続きをしたいという依頼が広報部から来ている。しかも今度は実際に操縦して飛んでいるシーンも撮りたいそうだ」

 

「そうですか。私は別に構いませんが、しかしどうやって? 私のフィアットは単座型ですから取材クルーは同乗できませんよ?」

 

「取材クルーを乗せた別の航空機と一緒に並んで飛ばそうと思っている。最初は旧式のレシプロ観測機にしようかと思ったが、それだと速度が遅すぎてな。だから…」

 

 と、ホワイト教官はサイモンさんの方へ顔を向けた。

 

「俺か?」

 

「サイモン、君のデルタダガーは並列複座型だったな。カメラマンを乗せて取材に協力してくれ」

 

「ほぉー、珍しい依頼もあったもんだ。まあいいぜ。面白そうだ」

 

「ありがとう。それとミッキー」

 

「何だ?」

 

「君にはクラリスの護衛を頼みたい。場合によっては代役も兼ねてもらう」

 

「代役……なるほど、つまりスタントマンか。模擬戦闘でもやらせようってのか」

 

「そうだ。広報部がよこした台本では訓練中に突如、敵機が乱入し、クラリスはそれを見事に返り討ちにする、という筋書きらしい。なんともドラマチックなドキュメンタリーじゃないか」

 

「バカバカしい限りだな」

 

 それを聞き、ミッキーさんは軽蔑した様なニヒルな笑みを浮かべた。

 

「まあいい。依頼は受けよう」

 

「助かる。仮想敵役はエナが務める。当日の打ち合わせをしたいのでクラリス、サイモン、ミッキーは後で私のオフィスに来てくれ」

 

 そう言って立ち去ろうとしたホワイト教官に、マオが「待って待って!」と声をかけた。

 

「私は? 私は何をすればいいんですか? クラリスのパートナーとして彼女をカッコよく助ける役とか大歓迎ですよ!」

 

「ああ、君は……」

 

 ホワイト教官は、そういえば忘れていた、という顔でマオに言った。

 

「エナの代わりに哨戒パトロールに出てくれ」

 

「そんなぁ、なんで私だけ!?」

 

「たださえ人手不足なのにこんな取材に四人も取られて、猫の手も借りたい状態なんだ」

 

「私は猫扱いですか!」

 

「猫は嫌いか?」

 

「大好きです!」

 

「なら問題ないな。頼んだぞ」

 

 ホワイト教官はそのまま去っていった。

 

「え、ちょっと待って、なんか今の会話おかしくなかった? ねえ! ねえ!?」

 

 去っていったホワイト教官にマオが恨みがましい視線を送っている横で、サイモンさんが大声で笑い出し、それでまたマオが憤慨して騒がしくなったところをミッキーさんが嗜める……

 

 ……そんな何気ない日常の一コマに身を置いて、私は心が休まるのを感じていた。



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第16話・ブラックスワン(2)

 模擬戦の取材の当日。私たちは、日本海上空の訓練空域を飛行していた。私と共に編隊を組んでいるのは、ミッキーさんだ。

 

 ミッキーさんの機体は私と同じイタリア製の軽戦闘機・フィアットG.91。開発国のイタリアでは空軍のアクロバットチームにも採用されている軽快な運動性能が特徴の、全長11m程度の小柄な機体だ。武装も12.7㎜機関銃が2丁と、ミサイル用パイロンが2基のみと低火力で、私がこの機体を選んだ時、一緒に養成所で訓練していたミッキーさんから「こんな機体じゃ戦えたもんじゃない」と猛反対されたものだ。

 

 でも私はこれが良かった。現代ジェット戦闘機は20㎜以上の機関砲を高速連射するのが主流だけど、それだと相手を木っ端みじんにしてしまう。でも12.7㎜機銃なら、コクピットに直撃でもしない限りパイロットを殺すことは無い。ミサイルは持ってさえいれば相手に対する牽制になる。

 

 いくら戦争だからって、相手を必ず殺さなければいけない訳じゃない。追い返せさえすれば、それでいい。それが私の闘い方だ。でも、私はそれを他の仲間にまで押し付ける気は無かった。だから、ミッキーさんまでフィアットを選んだと知ったときは驚いた。

 

 しかも機体の色まで一緒。私とうり二つな紺碧のフィアットだ。ミッキーさんは、国のプロパガンダとして最前線に立つ私の影武者を引き受けてくれたのだ。

 

「クラリス、そろそろ来る頃だ」

 

 ミッキーさんのその言葉とほぼ同時に、空の向こうから新たに二機の航空機が現れた。サイモンさんのF102デルタダガーと、エナさんのMiG21フィッシュベッドだ。

 

 サイモンさんのデルタダガーは、その名に「デルタ」とついているとおり、尾翼の無い三角翼が特徴的な機体だ。アメリカ空軍では既にその後継機が部隊配備され始めたことから、不要になった機体が満州国に大量に流れてきたらしいのだけど、その大半が練習機として使用されていたものなので八八隊パイロットたちの間ではあまり人気がない機体だそうだ。

 

 そのせいで機体の売買を担当しているマッキーおばあさんは大量の在庫をさばくために価格の値引きや抱き合わせ販売なんかもやっている。そのため最近では乗機を故障や撃墜で失ったパイロットたちが取り敢えずの間に合わせとして乗ることも増えてきたらしい。

 

 サイモンさんのデルタダガーも練習機を改装したもので、そのコクピットには座席が横に並んで二つ存在している。なので取材クルーはパイロットの隣に乗って撮影するようだ。

 

 エナさんのフィッシュベッドは、先日、カフェでの世間話でエナさん本人が話してくれたように、もともとはマッキーおばあさんが戦場で墜落した部品をかき集めて再現した非正規の戦闘機だそうだ。訓練の仮想敵役が本来の用途だというのだから、今日の模擬戦はある意味、正しい使い方ともいえた。

 

 私とミッキーさんは、サイモンさんとエナさんと一度合流し、同じ針路に向けて四機で編隊飛行を行った。

 

 私のすぐ横にサイモン機が並び、そのコクピットに居るカメラマンがハンディカメラを私へと向けた。無線からそのカメラマンが呼びかけてくる。

 

『クラリスさん、こっちに視線下さい。ヘルメットのバイザーもあげて……ん~、ちょっと絵が遠いなあ。ねえパイロットさん、今これで距離何メートルぐらい? え、20m? もっとさあ寄れないの? せめて10mぐらいまでいってよ』

 

『あほか、これ以上近づいたら空中衝突しちまうわ!』

 

『えぇ~、アクロバットチームの編隊飛行は1mぐらいまで近寄ってたのに? 別の同僚が取材した時はそう言ってましたよ』

 

『俺は曲芸師じゃない。サーカス野郎どもなんかと一緒にするな。ここは戦場だ。好き好んで敵に近づくやつなんか居るかよ』

 

 ぶっきらぼうに答えるサイモンさんの声は刺々しかった。

 

『仕方ないなぁ、じゃあこの距離で我慢しますよ。このまま並んで真っ直ぐ飛んでください。…あ、そこのもう一機の青い飛行機、カメラに映り込んじゃってますから下がって下がって! なにやってんですか、もう!』

 

 もう一機の青い機体、というのはミッキーさんのことだ。私を挟んでサイモンさんとは反対側を飛んでいたから一緒に映ってしまったのだろう。ミッキーさんは即座に機体を旋回させて、サイモン機の背後にピタリとついた。

 

『おいミッキー、なんでその位置についた?』

 

『別に、他意はない』

 

『真後ろにまわること無いだろ! 銃口をこっちに向けるんじゃねえ!』

 

『考えすぎだ』

 

 サイモンさんとミッキーさんが言い合っているのを余所に、カメラマンは私に次の要求を告げた。

 

『クラリスさん、今度は手を振ってください。あ、バイザーは上げたままでお願いしますね。はい、そのまま。次は機体を少し傾けて……いいですね、それじゃあ、いきましょう。3、2、1、ハイッ!』

 

 私は指示通りに動いた。

 

『いいですよ、その調子です。あともう少し右に寄せてもらえれば、コクピットの中が見えるんですけどねぇ……。クラリスさんの方からこっちに近づいてもらうってできますか?』

 

「できません」と私ははっきりと拒絶した。

 

「編隊飛行時の距離は規則で決まっているんです。それを破ることはできません」

 

『お堅いなあ。でもこれじゃ視聴者は退屈しちゃいますよ。規則の問題ってんならボクが上と掛け合いますよ。プロデューサーが基地で待機してますから、無線で連絡とってくれますか』

 

「そういう問題ではありません。命を守るための規則です」

 

『はあ、仕方ないなあ』

 

 呆れたような溜息が無線機から漏れ聞こえてくる。私もつられて溜息が出そうになった。広報部が選定して送り込んでくる取材班というのは、なぜか、ここが最前線で戦う部隊であることをあまり理解してない人が多い気がする。

 

 それもそのはず、彼らは日本のテレビ局の人間だった。太平洋戦争でアメリカに条件付き降伏した日本は、その後、満州国をアメリカに差し出す代わりにソ連や中国共産党との対立までアメリカに押し付け、その国力を国内経済の再発展に傾注していた。その甲斐あって日本は空前絶後の経済発展を遂げ、また満州国での内乱も対岸の火事として、平和な世を謳歌していた。

 

 第八八隊のパイロット養成所は日本にあるので、私も養成所で訓練中に一度だけ外に出たことがあった。そこは高層ビルが立ち並び、店は物であふれ、人々は誰もが着飾り明るい表情で他愛もないことで笑い合う……そんな、とても敗戦国とは思えない光景が広がっていた。

 

『おい、テレビ屋さんよ。あんた、ここにいったい何しに来た?』

 

 サイモンさんの声だ。

 

『何って、戦争の取材に決まってるじゃないですか。国際社会にこの満州国で何が起きているか、その真実を届けるのが報道の使命ですよ』

 

『だったら実戦の出撃に付き合ったらどうだい。さぞかしいい画が取れるぜ』

 

『そういうのは戦場カメラマンの仕事ですよ。僕は番組ディレクターでね』

 

『は? どう違うんだよ』

 

『あなたが曲芸師じゃないと同じくらいの意味で、違いますよ。人の死体を撮影する趣味は無いね。視聴者はそんなを求めていないんですよ。悲惨な映像は却って逆効果だ。視聴者の共感を得るには、あなた達パイロットも親しみやすい人間だと知らせるのが一番いいんですよ』

 

『だったら飛ぶ必要なんかねえな』

 

『可憐な美少女が戦闘機を華麗に操って、空を駆ける。最高の題材じゃないですか』

 

『………』

 

 その会話は、サイモンさんの大きなため息を最後に終わった。

 

 そこへ、今まで黙っていたエナさんが口を開いた。

 

『あのさあ、そろそろ模擬戦の時間なんだけど、はじめちゃっていい?』

 

『ええ、ええ、早いところお願いします!』

 

 勢い込む自称番組ディレクター・カメラマンの返答を得るや否や、エナさんがフィッシュベッドを急上昇させてサイモン機の後部上方に移動した。

 

『んじゃ、打ち合わせ通りにいくよ。先ずは奇襲から。サイモン、機体を動かすんじゃないよ』

 

 言うや否や、エナ機は急降下を開始した。そのまま私とサイモン機の間をすり抜ける。衝撃波で私たちの機体が大きく揺れた。

 

 一呼吸遅らせたタイミングで、私は急バンク、背面急降下でエナ機を追いかける。私とエナ機の追跡劇をカメラに収めるべく、後ろからサイモン機が同じく急降下してついてくる。

 

『うわぁっ! ちょ、ちょっと、待って、ひぃい―――』

 

 カメラマンの悲鳴。

 

 エナ機が水平飛行に移行し、私も同じく操縦桿を戻す。

 

『どう、上手く撮れた?』とエナさん。

 

『まあ、なんとか……』とカメラマン。

 

『じゃ、次行こうか。今度はサイモン機に対して正面からヘッドオンで突っ込むから、よろしくね』

 

『え、へっどおん…そ、それなんですか…う、うわあああああ!!??』

 

 サイモン機とエナ機が真正面から高速ですれ違う。

 

『ほらサイモン、そこで反転して上昇。追いすがってみてよ』

 

『よっしゃ任せておけ!』

 

 サイモン機が機首を急激に上げ、フルスロットルで上昇する。

 

『ひいいいいいい――ぐぅ……ううう……』

 

 カメラマンの絶叫が聞こえてくる。それが途中で苦し気なうめき声に変わった。大G旋回によるブラックアウトに襲われたのだろう。この分では撮影どころではないかもしれない。

 

『やれやれ』

 

 と、私たちから離れた場所を飛んでいたミッキーさんが呟いた。

 

『こんな動き、事前の打ち合わせに無かっただろう。規則を破っているのはどっちだよ』

 

 そのとおり、ヘッドオンから先は計画に無い勝手な動きだった。エナさんとサイモンさんは私とミッキーさんを放置して勝手に模擬戦闘を始めていた。

 

「ええっとその、どうしましょうか?」

 

『ほっとけ。カメラマンに対する嫌がらせだ。吐くか気絶するかしたら止めるだろう』

 

「取材も中断ですね」

 

『君もそうしたかったんだろう。俺もだ。あいつらがやらなかったら俺がサイモンごと撃墜していたところだ』

 

『おいミッキー、今の聴こえたぞ。てめえやっぱり俺を撃つ気満々だったんじゃねえか!』

 

 エナ機を追撃していたサイモン機が急旋回し、こちらへと向かってくる。

 

 ミッキー機も急旋回し、フィアットの軽快な運動性能を活かしてあっという間にサイモン機の背後に回り込み、機銃を撃った。

 

 曳光弾がサイモン機から離れた場所を追い越していく。それでもコクピットから見ればさぞや肝が冷える光景だろう。

 

『ひいいいいいい、撃たれた!?撃たれた!?』

 

 どうやらカメラマンはまだ意識を保っていたようだ。それに被せるようにサイモンさんが大声で笑い声をあげた。

 

『ひゃーはっはっは、どうだテレビ屋さんよぉ、迫力満点な映像だぜ。しっかり撮んな! それはそうとミッキー、マジで撃ちやがったな、てめえだけは許さねえからな!』

 

『誤解するな、模擬戦のシナリオにあった警告射撃だ。当てる気は無い』

 

『それはエナ相手にやるシナリオだろうが!』

 

 そう言ってサイモンさんが急に機体を横滑りさせた。

 

『きゃあああ!!』

 

 カメラマンが悲鳴をあげる。

 

『ほらもう一回いくぜ。次はミッキーの野郎に向けて突っ込む!』

 

『仮想敵役はアタシだよ。忘れちゃ困るね!』

 

 ミッキーさんのフィアット、サイモンさんのデルタダガー、エナさんのフィッシュベッドが入り乱れるようにドッグファイトを行っていた。私は巻き込まれないように高度を上げ、その様子を見下ろす。

 

「…これ、私がカメラを持っていたらいい画が撮れたんじゃないかしら?」

 

 ふと、そんなどうでもいいことを考えてしまう。続いて思い浮かんだことは、後で司令とホワイト教官に怒られるな、という事だった。取材は大失敗だろう。報酬も払われず燃料代や整備費用も各自負担になるだろうけれど、多分、あの人たちはそんなことはきっともうどうでもいいのかもしれない。私も巻き添えだけど、まあ仕方ない。多少なりともウンザリしていたのは事実なのだから。

 

「ふふ……楽しそう……」

 

 私も混ざろうかしら。憂いも何もかもを忘れて、ただ自由に空を駆け抜けるのも悪くないだろう。

 

 そう思って操縦桿を傾けかけた時、不意に別の人間から通信が入った。

 

『こちらレイだ。取材対応チーム、聴こえるか。訓練空域で遊んでいる場合じゃないぞ!』

 

「レイ隊長?」

 

 そういえば飛行前のブリーフィングでも、私たちが取材対応している間、レイ隊長たちは今日もVFX-14トムキャットの試験飛行のために近くを飛ぶと情報を知らされていたのを思い出した。

 

「こちらクラリスです。どうかしましたか?」

 

『今、トムキャットの広域レーダーが200㎞先に不明航空機を捕捉した。お前たちの空域から北に130㎞の位置だ。真っ直ぐそちらに向かっている』

 

「了解。取材対応を中止し、空域から離脱します」

 

『急げ。こいつは恐らく、このまえラックを撃墜したあの黒い不明機だろう。レーダーの捕捉が不安定で、その上恐ろしく速い。武装は不明。交戦しようと考えるな。とにかく逃げろ!』

 

「了解しました。ミッキーさん、サイモンさん、エナさん!」

 

 私がバンクを打って旋回し帰投針路に向けた時は、他の三人は既に、私よりも先に基地へ向かってまっしぐらに飛んでいた。さすがと言おうか、なんと言うべきか。いや、感心している場合じゃなかった。私もフルスロットルでその後を追う。

 

『不明機、レーダーロスト』レイ隊長が重い声で告げた。『ロスト前の最終速力マッハ3.5。しかもまだ加速していた。…化け物め。ロスト位置から考えて、このままだと数分で追いつかれるぞ。高度を下げて雲の中へ逃げろ!』

 

「了解」

 

 先を行く三機が高度を落とし、近くにあった巨大な積乱雲へ向かって行く。私もその後を追う。

 

 しかしフィアットの最高速度は、改装したこの機体でもマッハ1に届くかどうかといったところだ。一方、サイモンさんのデルタダガーとエナさんのフィッシュベッドはマッハ1.5以上の速度を出すことができた。私とミッキーさんのフィアットは、サイモン機とエナ機からじりじりと離されていく。

 

『不明機、再探知!――クラリス!』レイ隊長が叫んだ。『君の背後から急接近している! ブレイクポート、急降下旋回で回避しろ!』

 

「はいッ!!」

 

 私は、機体を横滑りさせるように捻り込み、操縦桿を引きつけた。

 

 後ろを振り向く余裕はない。レーダー画面を見る限り、確かに後方から猛烈な速度で迫ってくるものがあった。それが敵機であるかどうかは分からない。だが、その速度は尋常ではない。とてもではないが振り切れないだろう。後は私の回避スキルに賭けるしかない。

 

(AMEN!)

 

 胸のうちでそう唱えた瞬間、私の視界に青い影が迫っていた。

 

「!?」

 

 青いフィアット、私と瓜二つの機体、ミッキー機だ。私と位置を入れ替えるように、急減速したのだ。

 

 身代わりになる気だ。

 

「ダメ、ミッキーさん!」

 

 ミッキー機を追って背後を振り向いた私の視界に、片翼を吹き飛ばされたフィアットの姿が映った。フィアットの風防が外れ、コクピットからパイロットが射出される瞬間がまるでスローモーションのように見えて、そして……

 

 ……その更に背後、遠い空から、黒い点がみるみると大きくなり、それは巨大な戦闘機の姿となって、私を追い越していった。

 

 長く突出した機首と、後方に大きく広がった無尾翼のデルタ翼のシルエット。それはまるで白鳥のようだった。

 

(ブラックスワン……)

 

 それは衝撃波で私を揺さぶりながら追い越していくと、先をゆくサイモン機とエナ機に急接近していった。その主翼の下から閃光とともにミサイルが放たれ、サイモン機へと吸い込まれていく。

 

「―――!?」

 

 全ては一瞬だった。私が何かを叫ぼうとして、それが声となって喉から出る前にサイモン機は火球に包まれ砕け散っていた。

 

 その直前、エナ機は積乱雲に逃げ込むことに成功していた。ブラックスワンは速度を落とさないまま大きく旋回し、そのまま彼方へと去って行った……

 

「サイモンさん……」

 

 沈黙する無線。誰もが何も言わない。

 

『訓練中止』レイ隊長の声だけが静かに響いた。『クラリス、エナ、直ちに帰還せよ。繰り返す、即時帰還だ。いいな?』

 

 

 

 

 




―――第16話あとがき―――

 プロパガンダ的な受け答えをAIに書かせたらお手本みたいな薄っぺらいセリフをすらすら書いてくれた。

 新型機の名称はブラックスワンに暫定的に決定。外見はフィヤーフォックスの丸パクリですけどね。エナはドイツ人だからドイツ語的な名前にしようかと思ったんですけど、Schwarzer Schwanだとピンとこないので止めました。


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第17話・命の選別

前話終了直後からの続きです。


「クラリスより八八隊司令部へ。本機は間もなく帰投します。燃料と武器の補給準備をお願いします」

 

 訓練空域から基地への帰投を目前にして、私は空中で司令部にこう要求した。

 

『こちら司令部、司令の狭山だ。クラリス、もう一度出撃する気か?』

 

「ミッキーさんの救助ビーコンは確認しています。ですがサイモンさんとカメラマンさんは行方不明のままです。私にも捜索させて下さい」

 

『許可しない。レイとアビーのトムキャットを現場に残してある。捜索はあいつらにやらせる。それに救助ヘリが間もなく発進する。君は休め』

 

「ヘリの護衛機はあるんですか? あの不明機は訓練空域まで進出してきました。また襲ってくるかもしれません」

 

『不明機…黒い白鳥のような、と君は言ったな。ブラックスワンか。内陸じゃカナード付きがまだ暴れまわているというのに、厄介な敵が増えたもんだ』

 

 狭山司令はため息を吐いた後、こう続けた。

 

『満州湖方面の最前線でも反乱軍の動きが活発化している。先に帰投したエナや、トムキャットの試験にあたっていたアレックスも既に帰投させて、反乱軍対応のために待機させるつもりだ。クラリス、君もだ。出撃に備えて待機しろ』

 

「出撃命令があれば捜索現場からそのまますぐに向かいます。ですから、それまでは私に捜索をさせてください」

 

『強情っぱりめ。任務以外の出撃は燃料代から整備費用まで全部自己負担だ。それでいいなら好きにしろ』

 

「ありがとうございます、司令」

 

『体力がもたなくなっても知らんぞ』

 

 司令は素っ気なくそういうと、無線の回線をマッキーおばあさんに回してくれた。

 

「おばあさん、補給の準備をお願いします。着陸後、すぐにそっちの格納庫の前に向かいます」

 

『時間が無いねえ。値引きには応じないよ』

 

「ありがとうございます」

 

 私は滑走路に着陸。マッキーおばあさんの店がある格納庫まで移動した後、エンジンをタキシングさせたまま機体を停止させた。

 

 待ち構えていた整備員たちがいっせいに駆け寄り、私のフィアットに燃料を補給していく。

 

 マッキーおばあさんが書類と水筒を手にもって、コクピットのそばにやってきた。

 

「ほら、補給品のリストだよ。サインしな。ああ、こっちの飲み物はサービスさね」

 

「いつもすみません」

 

 コクピットに座ったままリストにサインし、受け取った飲み物を口に運ぶ。薬草の匂いと苦み、それと酸味や甘さが入り混じった得体のしれない味がした。

 

「けほっ、けほっ!?」

 

「どうだい、松木印の特性栄養ドリンクだよ。連続出撃するなら精をつけておかないとね」

 

「えっと、あの……」

 

「遠慮することはないよ。これはうちの旦那が作った試作品なんだ。飲んだら感想を教えておくれ。評判いいなら商品化するからさ」

 

「味は改善するべきだと思います」

 

「はちみつでも混ぜるかねぇ。ま、その辺の改善策は後で聞くよ。だから、ちゃんと帰っておいでよ、いいね?」

 

「はい」

 

 マッキーおばあさんが離れていく。それからほぼ間を置かずして補給も終了し、整備員も離れて行った。私はコクピットの風防を閉め、フィアットを滑走路へ移動させる。

 

「クラリス・フェルナー、これより行方不明者捜索のため出撃します」

 

 管制塔から許可が下り、私は再び大空へと舞い上がった。

 

 現場の訓練海域まではジェット戦闘機なら二十分程度で到着する。燃料消費を抑えるため最短ルートで目的地に向かう。レーダー上に二機の機影を捕捉。敵味方識別措置に反応有り。捜索ヘリと、そしてレイ隊長とアビーを載せた試作戦闘機VFX-14トムキャットだ。

 

『クラリス、聴こえる? こちらトムキャット、アビーよ』

 

「こちらクラリス、感度良好です。どうぞ」

 

『レイがカンカンに怒ってるわ。“どうして出てきた、このバカタレ”ですって』

 

「そちらの残燃料では捜索はできても、戦闘まではできないと判断しました。ブラックスワンがいつ再び出てくるか分からない状況ですので、二機で救助ヘリを護衛すべきです。レイ隊長にそうお伝えください。……というか普通に聞こえてますよね?」

 

『私が止めたのよ。彼に回線を渡すとあなたへの説教だけで日が暮れそうだったからね。……レイから伝言、“基地に帰ったら足腰立たなくしてやる、朝まで覚悟しろ”ですって』

 

「覚悟はできています」

 

『何だか意味深なやりとりね。レイってばこの子に何をする気…――きゃあっ!?』

 

「アビーさん?」

 

 突然の悲鳴を残し通信が途切れた。レーダーに目を移しトムキャットの様子を確認するが、しかし特に異常は無さそうだった。

 

『ちょっとレイ! 急に旋回しないでよ、びっくりして舌噛むところだったわよ!?』

 

『変な勘繰りをするからだ』

 

 これはレイ隊長の声だ。どうやら機体に異常は無いらしい。急旋回した理由はなんとなく察した。

 

『クラリス』

 

 レイ隊長が私に向かって呼びかけた。

 

『来てしまった以上は仕方ない。しっかり役に立ってもらうぞ。君が察した通り、こっちは戦闘するだけの燃料が無い。俺たちは高空でレーダー警戒を行うから、君は捜索ヘリの近くで護衛しろ。敵の接近を探知したら君が囮になって引きつけつつ、俺たちの方へ誘い込むんだ。危険な任務だが、できるか?』

 

「任せてください。やり遂げて見せます」

 

『俺たちがしくじれば救助ヘリはもう二度とここへは来ない。つまり戦闘になって墜落、脱出しても誰も助けてはくれないということだ。救助ヘリの護衛とはそういう意味なんだ』

 

「…肝に銘じておきます」

 

 レイ隊長はいつもそうだ。不機嫌な態度の裏には、常に合理的で明快な理由がある。だから私は彼のことを信頼している。

 

 私はフィアットを旋回させ、低空飛行する救助ヘリの近くへと向かう。救助ヘリの邪魔をしないように、距離を開けてその周りを飛んだ。

 

 それから十数分後、救助ヘリから生存者発見の連絡が入った。

 

『こちら救助ヘリ、生存者を視認した。おいおい、驚いたな。ありゃサイモンだ。機体が木っ端みじんになったって聞いていたが、元気よくこっちに向けて手を振ってやがる。あいつ不死身かよ』

 

 救助ヘリパイロットが苦笑交じりにぼやいたのを聞いて、私はひとまず安どした。サイモンさんが撃墜された瞬間を私は目撃していたけれど、彼が脱出したかどうかは確認できていなかったし、救助ビーコンの発信も未確認だったから、生存は半ば絶望視されていたのだ。

 

 もう一方のミッキーさんはまだ救助ビーコンを受信できていたから、おそらく生きているはずだ。彼は私の身代わりに撃墜された様なものだ。なんとしてでも助かって欲しい。そのために私は全力を尽くそう。

 

 レーダーを確認すると、救助ヘリが海面ギリギリまで高度を下げ、ホバリングを開始したのがわかった。サイモンさんのホイスト救助が始まったのだろう。

 

 救助ヘリから通信。

 

『サイモンを機内に収容した。命に別状なし。五体満足でぴんぴんしてやがる』

 

「こちらクラリスです。サイモンさん、ご無事でよかった。同乗していたカメラマンさんはどうなりましたか?」

 

『こちら救助ヘリ。カメラマンは死んだそうだ』

 

「……えっ?」

 

『サイモンと一緒に脱出したが、そのときにどこか負傷したんだろう、着水後、しばらく一緒に漂っていたそうだが衰弱して沈んだ。サイモンはそう言っている』

 

「そうですか……」

 

『救助ヘリから護衛機へ、本機はこれよりミッキーの救助に移行する』

 

「こちらクラリス、了解しました。引き続きよろしくお願いします」

 

 見知った人がまた死んだ。その事実が私の胸に重くのしかかる。シベリアへ連行されて以来、多くの身近な人間を失い続けてきた私だったけれど、決して慣れることはできなかった。

 

 慣れてはいけない。と私は思い直す。人の死に慣れてはいけない。この心の痛みを他の誰にも味わせたくない。そのために私は戦う道を選んだのだ。

 

 救助ヘリからミッキーさんらしき人影を発見したと通報があった。

 

 そのときだ。通信機からレイ隊長の声が響いた。

 

『トムキャットから各機へ、不明目標をレーダー探知した。救助地点から北へ150キロの位置。マッハ2.5で急速接近中。アビーに国際無線で呼びかけさせているが応答なし。ブラックスワンの可能性が高い。――司令部へ、先制攻撃の許可を請う』

 

『こちら司令部、狭山だ。先制攻撃は許可できない。ソ連機の可能性がある。ブラックスワンだと明確に確認しなければ駄目だ』

 

『ブラックスワンはソ連の差し金だろう。今さらだ』

 

『ソ連は認めていない。満州国はソ連とは交戦関係に無いんだ。あくまで表向きは、だが』

 

『ブラックスワンに先制攻撃されたら手遅れだ』

 

『止むを得ん。救助は――』

 

 中止だ。狭山司令がそう言おうとしたのを察して、私は咄嗟に通信に割り込んだ。

 

「待ってください。私が不明機を確認します。だから、救助はこのまま続けて下さい」

 

『危険すぎる』と狭山司令。『不明機は現時点でマッハ3近く出ているんだぞ。フィアットで敵う相手じゃない』

 

「大丈夫です。私には回避率50%アップの固有スキルがあります。たとえミサイルであっても一撃くらいなら躱せます。敵の正体を突き止めるか攻撃を受けるかさえすれば、あとは反撃できるんですよね」

 

『しかし』

 

 狭山司令が何かを言いかけたところで、救助ヘリが通信に割り込んだ。

 

『こちら救助ヘリだ。要救助者はもう真下に居るんだ。あと十分だけ時間をくれれば救助できる。頼む、やらせてくれ』

 

『五分だ』

 

 狭山司令が感情を押し殺した声で答えた。

 

『五分以内にミッキーを機内に収容しろ。それ以上時間がかかるようならたとえ吊り下げたままであっても海に捨ててその場から撤退するんだ』

 

『ひでえ命令だ』

 

『君たち救助班は我々の最後の砦だ。失う訳にはいかん。先に救助したサイモンだけでも必ず連れ帰れ。いいな』

 

『こちら救助ヘリ、了解。いまから五分後に現場を離脱する。護衛機、頼むぜ、ぎりぎりまで粘ってくれよ』

 

「こちらクラリス、了解しました。――レイ隊長、これより不明機確認のため北上します」

 

『こちらレイだ。不明機が攻撃行動に移ったと判断できれば敵機認定できる。無茶をするなよ』

 

「了解」

 

 私のフィアットではまだ不明機をレーダー探知できていない。トムキャットから位置を教えてもらい、私はスキル・三次元高速演算を発動、会敵位置を算出し、針路を向ける。

 

 不明機の速力は既にマッハ3に達したそうだ。おそらくあと数秒で視界内に入る。

 

『こちらレイ、不明機が針路を変えた。クラリス、君に向かっている。これは攻撃行動と判断できる。もう十分だ、旋回してこちらに誘い込め。ブレイクスタボード』

 

「了解!」

 

 レイ隊長の警告を受けて、私は急旋回、急加速。エンジンの出力が上がり、時速1200キロに達する。風防ガラス越しに見る景色がどんどん後ろに流れていく。私は操縦桿の武器選択レバーを操作し、ミサイル発射準備を行う。

 

 フィアットのレーダーが急接近する機影を捉えた。スキル・ステータスオープン。私の視界の端に、不明機パイロットのステータスが表示される。

 

――コンドラート・チェレンチェヴィチ・チェルヌィフ少佐。これがあの不明機のパイロットの名前だ。男性。年齢29歳。私のフィアットを撃墜するつもりでいる。

 

 私のこのスキル・ステータスオープンは精度の低いテレパシーのようなものらしい。相手が常に自覚している名前、性別、年齢といった情報の他、そのときに強く意識している事柄が、思念として私に伝わり、このようにステータス画面として表示される。

 

 このパイロット、チェルヌィフ少佐がミサイルを発射した瞬間、すなわち私を殺すことを決意した瞬間、それはこのステータスで表示されるのだ。

 

 この不明機――ブラックスワンで間違いないだろう――が速度をわずかに落とした。攻撃をあきらめたわけじゃない。むしろ逆だ。あまりに高速だとミサイルの誘導が効かないため、せめてマッハ2以下まで減速する必要があるのだろう。つまり、私にミサイルを撃つまでもう猶予は無いという事だ。その時間は残り二秒か、一秒か…私は操縦桿のトリガーに指をかけた。

 

(神よ――)

 

 私はこれから、この人を殺します。殺すつもりで引き金を引きます。そうしなければ、ミッキーさんもサイモンさんも救うことができないから。誰かの命を助けるために、私は、命を奪います。

 

 ステータス画面が赤く染まる。ブラックスワンがミサイルを私に向けて放ったのだ。

 

(神よ、どうか――)

 

 許しを請うのは傲慢だろうか。答えは出ない。私は言葉にならない祈りを無意識に捧げながら、操縦桿を引き、フットレバーを踏み込んで回避機動を行いながらスキル・被弾回避を発動させた。同時にスロットルを開き、最大推力にして機体を横滑りさせ、ミサイルを回避する。

 

――キィィン!

 

 甲高い音とともに、機体のすぐ脇を小型ミサイルが超音速で飛んでいき前方へ過ぎ去っていく。

 

 その直後、黒い白鳥が私を追い越し、前方へと飛び出した。ブラックスワンだ。

 

「フォックス2!」

 

 私は即座にトリガーを引き、ミサイル発射を宣言した。両翼から放たれた二発のサイドワインダーが白煙を引きながらオーバーシュートしたブラックスワンへと吸い込まれていく。

 

 しかし、ブラックスワンは双発のエンジンノズルから長大なバーナー炎を放出しながら、その速力を一気に上げた。一瞬でマッハ2を超えさらに加速しながら旋回を行う。

 

 サイドワインダーの速力はマッハ2だ。二発のミサイルはブラックスワンに直撃するぎりぎり手前で速度を上回られ、届くことなくエンジンノズルの後方十数メートル手前で自爆した。

 

 その途端、ブラックスワンの速度が急激に落ちた。エンジンノズルの片方からバーナー炎が消え、代わりに大量の白煙が吐き出されている。どうやらミサイルの至近距離爆発でエンジンにダメージを受け、片肺飛行状態になったらしい。

 

 勝負はついた。私はホッと息をついた。ブラックスワンが高性能だったおかげで致命傷を与えずに済んだのだ。ダメージを負った以上、ブラックスワンは不利を悟りこのまま撤退するはずだ。私はそう思っていた。

 

 だけど――

 

「どうして…っ!?」

 

 ブラックスワンは大きく旋回を続け、私の背後へと再び回り込んできた。撤退する気が無いのか。

 

「お願い、帰って! あなたはもう戦えないのよ!?」

 

 聴こえるはずも無いが、思わずそう叫んでしまった。

 

 しかしブラックスワンは片肺飛行で速度が落ちたとはいえ、ただ、それだけだ。パイロットのチェルヌィフ少佐は、私一人程度ならまだ倒せると思っているのかもしれない。

 

 そう、チェルヌィフ少佐は気づいていないのだ。私以外に、ここにもう一機、レイ隊長のトムキャットが居ることを。

 

 ブラックスワンが、片肺飛行でありながらもマッハ1.5もの速度で私の後方へ急接近してくる。

 

 私は右へ旋回、上昇。

 

「……ごめんなさい」

 

 この謝罪に意味などないと自覚しながら、私は機体を急降下させた。ブラックスワンがそれを追うために旋回する。その瞬間、無線からレイ隊長の声が聞こえた。

 

『フォックス2』

 

 トムキャットからミサイルが発射されたことを示す宣言だった。

 

 直後、私の背後でブラックスワンの機体が爆発した。私の視界からもステータス画面が消失する。

 

 チェルヌィフ少佐は死ぬ瞬間まで、背後に回り込んだレイ隊長の存在に気づいていなかった。恐らく私のミサイル攻撃で後方警戒レーダーが壊れたせいかもしれない。この空域には救助ヘリと私しかいないと思い込んだまま、攻撃を続行したのが、彼の敗因だった。

 

『クラリス、よくやった』

 

「はい……」

 

 敗因? いや違う、彼は負けていない。私が彼を負かしたわけじゃない。人の生き死にを勝ち負けで論じたくない。あるのはただ、私が一人の命を死に追いやったという事実だけだ。

 

 私がチェルヌィフ少佐をキルゾーンに誘い込み、レイ隊長に引き金を引かせた。だけどレイ隊長にこのことを告げても彼はきっとこう言うだろう。勝手に背負うな、と。

 

『こちら救助ヘリだ。ミッキーを機内に収容した。命に別状はない。これにて救助を終了する』

 

 この海から二人の命を救い出した救助ヘリが、現場を離れていく。私もフィアットの針路を基地へと向けた。

 

 私はコクピット内で振り返り、遠ざかっていく撃墜地点を眺めた。

 

 空と海は、そこで人が二人死んだというのに、最初から何ごともなかったかのように静かに拡がっていた……。

 

 

 

 




―――第17話・あとがき―――

 なんかロシア人っぽい名前が欲しかったので、AIに生成させました。
 やり方は簡単、「Q、ロシア人キャラクターの名前を作れ(男性)」と入力するだけ。なんかそれっぽい名前がずらずらと出てきます。自然な名前になっているかどうかは知らないけれど。

「AIのべりすと」の機能としては他にも、「Q,」をつけて質問形式にすることでAIに様々な指示を出すことができます。

例えば「Q、ここまでのストーリーを要約せよ。」と入力した場合、AIが認識する概ね5~6000字以内の内容を要約してくれます。

 ちなみに今回の話をAIはこんな風に要約してくれました。

Q、ここまでのストーリーを要約せよ。
A、レイとクラリスが頑張って敵を倒した。

 雑ぅ!!


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第18話・変わりゆく日々

 また新キャラ投入


 満州湖上空1万5千メートル。俺はトムキャットに乗り、戦闘空域を飛行していた。しかし今、俺に向かって襲い掛かってくる敵はいない。戦火を交えんとしているのは俺が居る場所よりもさらに50kmほど先の空域でのことだった。そこには味方である第2、3、4小隊の三部隊、計12機が、侵攻してくる反乱軍の大部隊に立ち向かおうとしていた。

 

 味方でもっとも先を行く第3小隊の戦闘機四機と、敵である反乱軍の戦闘機十機が今まさに遭遇しようとしていた。その状況を俺はトムキャットの高性能レーダーによって詳細に把握することができた。

 

「キャットワンから第3小隊各機へ」と、俺の後席で、アビーが前方の味方部隊へ呼びかけた。

 

「敵は全部で十機、北西から四機、西から六機の二手に分かれて侵入中。北西の四機はきっと囮よ。気を付けて」

 

『了解!』という声とともに、味方の戦闘機部隊が散開する。

 

 俺とアビーが見守る中、はるか前方で戦闘が始まった。第3小隊は敵の囮と思われる四機と接敵する前に反転し、一度南下し始めた。そのまま西から侵入してこようとする敵六機の側面を突くような針路をとった。いい判断だ。第3小隊は敵に囲まれること無く、逆に有利な位置から先手を取ることに成功した。

 

『第3小隊長より各機へ。中距離ミサイル発射用意。――発射』

 

 第3小隊の先制ミサイル攻撃により西からの敵六機を一撃で全滅させることに成功した。第3小隊はそのまま囮役だった北西の敵四機へと突っ込んでいく。

 

「キャットワンから第3小隊へ。南西方面からさらに敵六機をレーダー探知。このままでは背面を突かれるわ。第2、第4小隊は援護せよ」

 

『第2小隊了解』

 

『第4小隊了解』

 

 南西から侵入してきた敵六機を第2小隊と第4小隊が挟み撃ちを仕掛ける。その間に第3小隊が北西の敵四機へと接近していく。俺はその様子をレーダー画面で確認し、アビーに言った。

 

「アビー、第3小隊に敵を俺たちの方へ誘い込むように伝えろ。トムキャットの遠距離ミサイルで援護する」

 

「了解。第3小隊へ、ターンスタボード。敵をトムキャットの射程内へ誘い込め。こちらから援護する」

 

 第3小隊は中距離ミサイルを撃ち尽くして短距離ミサイルしか持っていないはずだ。そのまま同じ数の敵と正面から当たるのは得策ではない、との判断からの指示だった。第3小隊が指示通り旋回しこちらへと引き返してくる。その背後を追って敵が針路を変えたのを確認し、俺は長距離ミサイルの発射準備にかかった。

 

「レイ、発射前に電子妨害をしかけて敵のレーダーを攪乱するわ。第3小隊へ、レーダーが乱れたら即座に北上せよ。レイ、発射タイミングを合わせて」

 

「分かった。敵機ロックオン」

 

「電子妨害開始。――第3小隊の北上を確認!」

 

「フォックス1」

 

 長距離ミサイルを発射。トムキャットから放たれた大型ミサイルが、反乱軍の機体めがけて飛んでいく。

 

 しかし、敵はすぐにそのことに気づき、回避行動を取った。長距離ミサイルは全て外れたが、しかし敵に回避機動を取らせたことでその編隊が乱れ無秩序な散乱状態にさせることができた。

 

 第3小隊が反転。散乱し連携が取れなくなった敵を次々と各個撃破していく。

 

 それから数分後、この空域での戦闘は終結した。生き残った機体は全て味方のものだけだ。

 

 アビーが通信回線を開いた。

 

「こちらキャットワン。全機聞こえる? 被害状況を報告せよ」

 

 すぐに返事があった。まず、第2、第3小隊は全員無事。しかし、第4小隊からは一機が撃墜されたことが告げられた。

 

「脱出は確認できたの? ……そう。残念だわ」

 

 気落ちしたアビーの声。以前、ラックの死を目の当たりにして以来、彼女は仲間を失うことを恐れるようになった。それが例え、圧倒的な勝利を得た戦いであっても、たった一機、たった一人の兵士の死は、アビーにとって大きな重荷に感じている様だ。それがとりわけ、自分の指揮で生じたものならば尚更と言えた。

 

 しかし、それが“普通”というものだ。平和な社会に身を置いていればの話だが。

 

 ここは戦場だ。死は日常的に訪れる。自分自身にもだ。俺は他人の死を悼む感情よりも、自分が生き延びたことへの安ど感の方が先に立ってしまうようになった。アビーもいずれそうなる。そうなりたくなくても、だ。

 

 基地の要撃管制官から状況終了が宣言され、俺たちに帰投命令が下された。俺は機体を帰投針路に向けたあと、後席とだけ通じる専用回線に切り替えて彼女を呼んだ。

 

「アビー、よくやった。周辺警戒は俺が兼ねるから、帰投まで休憩することを許可する」

 

「あら、気を遣ってくれているの? ありがとう。でも大丈夫よ。着陸するまで任務は続けるわ」

 

「短時間でもいいから気を抜くのも大切だ。集中力が途切れればミスが増える」

 

「……分かったわ」

 

「……黙っていても気が晴れないって言うなら、喋っていてもいいぞ。操縦の片手間なんで聴くだけだが、それでいいなら相手になる」

 

「ふふっ、どうしたの。妙に優しいじゃない」

 

「仲間を失ったとき、感情がぐちゃぐちゃになるのは覚えがある。……笑っていても、声が震えているぞ」

 

「………」

 

 バックミラー越しに、アビーが俯いたのが見えた。そして、しばらくしてから顔を上げて言った。

 

「ねえ、レイはどうして強くいられるの?」

 

「……強いわけじゃない。ただ、慣れてしまっただけだ。死んだ奴のために泣いてやりたいが、涙は枯れちまった」

 

「そう……」

 

「泣きたいなら泣けばいいさ。同情だとか、罪悪感だとか、そんなものはどうでもいい。涙が枯れちまった連中の代わりさ。そう思えばいい」

 

「うん」

 

「アビー、お前はよくやってくれた。だから、今は休め。後のことは全部、俺に任せろ」

 

「ごめんね、レイ」

 

「気にするな」

 

「ありがと」

 

 アビーが鼻水をすする音が聞こえた。その後、彼女は何も言わなかった。俺は通信を切り操縦に集中した。

 

 彼女の涙もいずれ枯れる。ここで生き延びるというのは、人間として大切な何かと引き換えにすることなのだ。

 

 だけど、生き延び切ればそれもいつか取り戻せる。俺はそう信じる。信じたい。

 

 基地の滑走路が見えてきた。俺は他の仲間を先に着陸させ、最後まで空中に残り続けた。そして、アビーが泣き止んだことを確認してからトムキャットを着陸させた。

 

 帰投後、俺はアビーに自室で休むように指示した後、司令への報告の為に各小隊長とともに司令室に向かった。同行する小隊長は第2小隊長のエナ、第3小隊長のサイモン、そして第4小隊長のアレックスだ。アレックスは今回、損耗によって空席になっていた第4小隊を臨時で率いていた。

 

 指令室へ立ち入ると、そこには狭山司令の他に、軍事顧問であるリリィも待っていた。俺たちが狭山司令へ口頭で簡単な戦況報告をしている間、リリィは要撃管制官がまとめ上げた詳細な戦況報告資料を読みふけり、分析にかかっていた。

 

 司令への口頭報告の席で、狭山司令はこう言った。

 

「トムキャットを早期警戒機代わりに使うという案は悪くなかったが、しかしこれは宝の持ち腐れというものだな。本物の早期警戒機があればトムキャットを最前線に投入できて、さらに効率よく戦うこともできたろうに」

 

 俺はそれに答えた。

 

「そうしたいのは山々だが、まだ矢面に立てるだけの性能じゃないな。可変翼の機構やプログラムが複雑すぎて調整に難儀している。まあ、実戦データが取れただけでも良しとするしかないだろう」

 

「今日の指揮も悪く無かったぜ」

 

 そう言ったのはサイモンだ。彼はこう続けた。

 

「アビーに指揮を任せると聞いた時はどうなるものかと思ったけど、あの子も大したもんだぜ。このまま専属で鍛えて行けばいい戦力になる。エナもそう思うだろ?」

 

「どうかしらね。試作機のフライトオフィサやりながら前線部隊のナビゲートなんて荷が重いんじゃない? アビーが頑張っているのは認めるけれど、今回よりも規模が大きいと彼女が潰れるでしょうよ。ね、アレックスもそう思うでしょ」

 

「まあね」

 

 と、アレックスも頷いた。アレックスは一瞬、俺に目を向けてから、すぐに目を逸らしてこう言った。

 

「アビーをこのまま最前線に出し続けるのは私は反対。彼女はあくまで開発要員よ。トムキャットの試験に集中させるべきだわ」

 

 アレックスの意見に、サイモンが「じゃあ、早期警戒のナビゲートは誰がするんだよ?」と反論した。

 

「本物の早期警戒機や人員がありゃ解決だけどよ、無いものは無いんだ。だったら手元にあるものを活用するしかないだろ。アビーは優秀だ。遊ばせるにはもったいない」

 

「遊ばせてる訳じゃない」と、俺は反論した。「俺もアビーをこれ以上、前線に出すのは反対だ。彼女には彼女にあった戦場がある。敵を殺すだけが戦いじゃないさ」

 

「おいレイ、なんだよお前、カッコつけたこと言うじゃないか。まさか惚れたか?」

 

「阿保言うな」

 

「なんだ、つまらん」

 

 サイモンの益体の無い冗談は即座に否定しておかないと後が怖い。俺は隣に居るアレックスからの妙なプレッシャーを必死で無視しながら、狭山司令に言った。

 

「アビーは出さないが、トムキャットに引き続き早期警戒をさせることは良策だとは俺も思う。サイモンの言うとおり無いものねだりをしてもしょうがない。あるものは活用したい。代わりのナビゲーターについては……これから考える」

 

 すると、それまで黙っていたリリィが、読んでいた資料から顔を上げて口を開いた。

 

「それなら私がやろう」

 

「ホワイト教官が? 軍事顧問が前線に出ていいのか?」

 

「軍事顧問だからこそ、最前線で状況を分析したいと常々思っていたところだ。それに最近は養成所の設備や教育体系も整ってきて、私が直接戦術を指導する機会も減ってきていたしな」

 

 リリィは冗談めかしてそう言った後、真面目な顔つきになってこう続けた。

 

「正直なところを言うと、米国でも本格的な早期警戒機の開発、運用が始まったばかりでね。この戦場での運用実績は重宝がられている。私としてはトムキャットの開発を進めながら、同時に早期警戒機の運用方法も確立したい。一石二鳥という奴だ」

 

「なるほど、それは名案だな」

 

 狭山司令は頷きながら、あっさりとその案を承諾した。そしてほんのわずかに考え込んだ後、俺の顔を見てこう言った。

 

「ついでだ。レイ、貴様もトムキャットを降りろ」

 

「は? あんたいきなり何を言ってるんだ?」

 

「誤解するな。腕利きのエースを早期警戒にだけ使うのも勿体無いという話だ。トムキャットを実戦で使う際には別のパイロットにやらせる。どうせ後方で遊覧飛行するだけだ。新入りの補充兵に任せても良いだろう」

 

「ああ、そういう話か。驚かせないでくれ。いきなりクビにでもされたかと思ったぞ」

 

「戦力外通告されるのが怖いのか。後方勤務になれば少なくとも死ぬ思いで飛ばなくても済むぞ?」

 

「必要最低限のKPしか支給されずに一生こき使われるのは御免だ」

 

 俺の言葉に、アレックスやエナ、そしてサイモンも同意するかのように頷いた。別に好き好んで命を懸けている訳じゃないが、ここまで生き延びてKPを稼いできたんだ。契約を満了して除隊する権利を捨て、奴隷に成り果てるつもりは俺たちには無かった。

 

「そうか。ま、その話は後にしよう」

 

「後?」

 

「新入りの補充兵だが、遊覧飛行とはいえウチの重鎮であるリリィを預けるんだ、それなりの腕前が必要だと思ってな。それでちょうどいい奴が来ると思い出したんだ。レイ、これがその資料だ。明後日には到着するからトムキャットについてしっかり申し継いでおけ」

 

 狭山司令はそう言って、司令室にある書類棚に並べられたファイルから人事資料を抜き出して俺に差し出した。俺はそれを受け取って目を通す。

 

――鷹峰 徹(たかみね とおる)。それが新入りの名前だった。年齢は22歳。この男のどこがちょうどいいというのか、それはどうやら経歴が理由のようだ。

 

 鷹峰は転生者ではなく、この世界の日本で生まれ育った人間だった。彼の元の所属は日本空軍。その第8航空団・第六〇飛行隊・F-104スターファイターのパイロットだ。 日本空軍飛行予科練習生として十四歳からパイロット養成教育を受け、十八歳で正規軍パイロットして入隊。その後わずか二年で腕利きが集まるアグレッサー部隊へ配属された天才エリートパイロットらしい。

 

「なんというか……凄いな。本当に大丈夫なのか? この男」

 

「大丈夫なのか、とはどういう意味だ?」

 

「エリート中のエリートがこんな傭兵部隊に来るんだ。そうとうヤバいことをしでかして日本を追い出されたとしか思えないだろ」

 

 俺がそう言うと、狭山司令は鼻を鳴らして笑った。

 

「安心しろ。鷹峰は人格的には問題ない。ただの馬鹿だ」

 

「なんだそりゃ」

 

「ちなみに女性関係も派手だ。既に五人の女があいつのベッドで泣いている。ちなみにその一人は軍高官の愛人だったとか」

 

「うわぁ……」

 

 そりゃ追い出されるわけだ。そう思わず声を漏らしたのは俺だけじゃなかった。アレックスとエナもドン引きしている。サイモンはケタケタと笑い転げていた。

 

 そしてこんな男と組まされる肝心のリリィはと言えば、なんと意外なことに、とても楽しそうな表情を浮かべていた。

 

「なかなか性根が腐っているな。これはしごき甲斐がありそうだ」

 

「……ああ、そういうこと。なんというか、頼もしいな…」

 

「当たり前だ。私は教官だぞ」

 

 そう言って胸を張るリリィ。教官としての仕事が少ないとも言っていたし、まさにそっちの意味でもちょうど良かったわけだ。なるほど、納得した。

 

 狭山司令が言った。

 

「しかし、人格はともかく腕は確かだ。足りないのは実戦経験ぐらいだろう。トムキャットで経験を積ませて鍛えれば、すぐに使い物になるはずだ。レイ、貴様はしばらくその男に付きっきりになって指導してやれ」

 

「えぇ……。また面倒な仕事を押し付けやがって」

 

「文句を言うな。敵を殺すだけが戦いじゃないとは貴様が言ったことだ。リリィと協力して後進を育てるのもトップエースの戦いさ」

 

 ふと、狭山司令の表情が優しくなったような気がした。それはほんの一瞬で、単に俺の見間違いだったのかもしれないが、けれど俺は彼女が俺を信頼してこう言っているのだと、無意識にそう思ってしまったのだろう。

 

「……わかった。鷹峰の指導も請け負うよ」

 

 と、素直にその指示を受け入れた。

 

「よし、話は終わりだ。各自持ち場に戻ってくれ」

 

「はい」

 

 俺たちは立ち上がり軽く敬礼すると、司令室を後にする。扉を閉める寸前に見えたのは、狭山司令が満足そうに微笑む顔だった。

 

 

 

 

 その日の夜のことだった。俺はガンルームの自分のデスクで、これまでの戦闘記録を見直していた。

 

 ガンルームというのは、パイロット控室とはまた別の、俺達パイロット用の仕事場所だ。パイロットと言っても戦闘機に乗って飛ぶだけが仕事じゃない。飛ぶ前は飛行計画の作成、分析、機体の整備計画、帰還後も詳細な報告書の作成など、やるべきことは山積みだ。それらをこなすための仕事部屋である。

 

 とはいっても、ここに数時間も居座って仕事をしているパイロットなどほとんどいない。みんな自分に関わる必要最低限の仕事しかしないからだ。俺も少し前まではそうだったが、クラリスという国家の広報搭みたいな特別扱いのパイロットを部下に持ったこと、そしてトムキャットの試験評価の担当者になったこと、さらに鷹峰とかいう新入りの指導まで請け負うことになって、このところ仕事が激増していた。

 

 お陰で俺は誰も居ない静かな広い部屋で、独りきり、紙ファイルの束をめくりながら気になった箇所に鉛筆でメモを書き込むという作業に追われていた。

 

 この世界にはパーソナルなコンピュータという便利な代物はまだ存在しない。ワードプロセッサー、いわゆるワープロはようやく欧米で開発されたばかりだ。漢字変換能力をもったワープロが日本で開発されるのは、前世では1970年代後半のことだ。史実とは違う歴史を辿っているこの世界でもこういった民生品レベルの発展度合いは大差ないらしく、俺がワープロの恩恵に預かるのは恐らく十数年後のことだろう。それまで生きていればいいが。

 

 いや、十数年たってもこんな書類仕事に追われているような人生は嫌だな。と、ふと思い直す。俺は自分の人生を取り戻したくてここで戦っているんだ。仕事の奴隷みたいな人生は勘弁してほしい。俺は鉛筆を置き、ファイルの束を閉じて椅子の背もたれに背中を預けて大きく背伸びをしながら、部屋の壁に掛けられた時計に目を向けた。

 

 時刻はフタサンマルマル…夜11時を既に回っていた。出撃から帰還した日だというのに我ながら残業のし過ぎだ。そろそろ切り上げようか、と思う反面、どうせ明日は非番だしもう少しやってもいいかな、なんて考えも片隅にあったりする。

 

 こんなことを想う自分が、自分でも少し意外だった。前世では社会人として生きることさえせずに引きこもっていた俺が、だ。

 

 この世界には前世みたいな娯楽は無い。科学技術も1960年代レベルで、しかも日本ではなく内乱中の新興国だから生活だって不便ばかりだ。なにより自分が生き延びることに精いっぱいで、引きこもる余裕なんてなかった。そんな俺が、いつの間にか自分以外に関わる仕事を抱え込んで自ら進んでデスクワークなんかやっている。それが良いことか悪いことか俺にはよくわからないが、少なくとも転生した当初には思いもしなかった変化であることは確かだった。

 

 そのことに妙な感慨を抱いていると、ふと、ガンルームの扉が開き、ある人物が室内に現れた。

 

「レイ、まだ仕事していたの?」

 

 アレックスだ。彼女は俺の姿を認めると驚きと呆れが入り混じった表情を浮かべた。

 

「お前こそ珍しいじゃないか。いつもならとっくに寝てる時間だろ」

 

「ええ、まぁね」

 

 そう言って、彼女は肩をすくめた。

 

「ちょっと眠れなくて、一人で時間を潰してたところ。貴方もでしょ? こんな時間に明かりが点いてるのが見えたもの」

 

「まあな。寝たほうがいいとは分かっているが、資料を読み込んでいると止まらなくなってな」

 

「それ、今日の資料?」

 

「いや、この前のさ。ブラックスワンを撃墜した時の資料だ。ほら、ここを見てみろよ。あの時は必死だったからあまり気にしていなかったが、冷静になってみると色々と見えてくるものがあるんだよな」

 

 そう言いながら、俺はファイルを彼女に手渡そうとした。

 

「いやよ、夜中に細かい文字なんて読みたくない。それに私はあの時、戦場に居なかったから文章だけ読んでもピンとこないわ。レイ、あなたの口から聞かせてよ」

 

「ふむん、それもそうか」俺はファイルをデスクの上に放り投げた。

 

「ま、かいつまんで言うと、なんでブラックスワンは俺たちに気づかなかったのかってことだ?」

 

「俺たち?」

 

 と、アレックスは首を傾げる。俺とアビーのこと、と言い直すとアレックスの眉間に皺が寄った。どうした、いったい。

 

「頭でも痛いのか」

 

「気にしないで。……ブラックスワンを撃墜した時って、確かクラリスが囮になってトムキャットが攻撃しやすい位置まで誘い込んだんでしょ? トムキャット自体は離れた場所に居たんだし、それなら気づかれなくても当然じゃないの?」

 

「確かに気づかれないように距離を取って大きく回り込んだから、それがうまくいったと思っていたんだ。ただな、トムキャットのレーダー記録を見返していて気づいたんだが、ブラックスワンはこちらのレーダーレンジ限界の位置から、正確にクラリスや救助ヘリの位置を目指して高速で飛来していた」

 

「ふんふん、それで?」

 

「つまりブラックスワンも、トムキャット並みの遠距離レーダーを装備していた可能性があるってことだ。こちらの動きを遠距離で捕捉していなければ、こんな芸当はできない」

 

「はあ、なるほど……ん? ああ、そういうことね。だとしたらブラックスワンがトムキャットに気づかなかったのは確かにおかしいわ。こっちは不安定だったとはいえステルス構造のブラックスワンをある程度捕捉できていたのに、同程度のレーダーを持っているブラックスワンがこちらを捕捉できないなんてこと、あるはずないもの」

 

「ましてやトムキャットはステルス性を考慮していない設計だからな」

 

「じゃあレイは、ブラックスワンがどうしてあんな油断しきった機動をしたと思っているの?」

 

「そいつがわからんからずっと記録を読みふけっていたんだよ」

 

「それもそうか」

 

 アレックスは肩をすくめて、そして俺のデスクに並べられている他の仕事に関する多くのファイルにも目を向けた。

 

「いっぱい仕事を任されるようになったんだね。私のデスクとは大違いだわ」

 

「敵に殺されるより先に仕事に殺されるかもしれないな」

 

 俺も思わず苦笑した。殺しあうよりマシか、とちょっとでも思ってしまったあたり俺も相当毒されてきている。

 

「レイはさ」と、アレックスは言った。「パイロット、辞められるものなら、辞めたいって思ったこと……ある?」

 

「どうした、唐突に」

 

「今日、狭山司令が言っていたでしょ。後方勤務になれば少なくとも死ぬ思いで飛ばなくても済む、って。私、あれを聞いてさ……司令、案外本気なんじゃないかなって思ったんだ」

 

「本気って…じゃあなにか? 司令は俺をクビにしたがっているってことか?」

 

「いや、そうじゃなくてさ。…その、上手く言えないんだけど、レイを最前線から下げたがってるんじゃないかなって、こと。こうやって色んなことを任せたりしてるのも、レイをいずれはホワイト教官みたいな立場にしようとしているのかもって……う~ん、まあ根拠は無いんだけど。女の勘って奴かな」

 

「ふむ……」

 

 俺は腕を組んで考え込む。なにやら買い被られているような気もしないでもない。ただ、パイロットをクビにされるのではなく、パイロット技能を活かす形で後方勤務になるというのであれば、KPを減らされること無く、安全に任期満了まで軍役を果たして堂々と除隊できるかも知れない。そういうことならば悪い話じゃない。

 

 だけどそれは希望的観測という奴だ。俺はアレックスの、少し不安に表情を曇らせているその顔を見ながら肩をすくめた。

 

「正直、俺はパイロットを辞めるだの辞めないだのと、そんなことを考えたことなんてなかったな。そもそも先のことも考えちゃいなかった。目の前の戦いを生き延びることで精一杯さ。司令が俺をどう評価してるなんて気にもしてなかった」

 

「自分にも他人にもあんまり興味ないもんね、レイは。でも、トップエースとして頼られているって自覚は持ったほうがいいよ」

 

「けなされているんだか、褒められているんだか……でもトップエースってのは俺一人の評価じゃないだろう。アレックス、俺とお前の二人そろっての評価さ」

 

「え、そ、そう?」

 

「もしだ、仮の話だが司令が俺を後方に下げようと思っているなら、その時はお前と一緒じゃなきゃ断るって言うよ」

 

 俺の言葉に、アレックスは一瞬呆けた表情をして、そしてすぐに顔を真っ赤にした。

 

「ちょ、ちょっと! なに言ってるの、いきなり!?」

 

「なんだ? なにか変なことを言ったか?」

 

「言ったわよ! そ、それってさ、私一人を最前線に置いていかないとか、そ、そういう意味だよね…?」

 

「もちろんだ。俺たちはバディだろ。デスクワークなんていうバカみたいな最前線に俺一人で立ち向かうなんてやってられるか。アレックス、お前の手が必要なんだよ」

 

「え?」

 

「なにせ今でさえこの様だからな」

 

 俺はため息を吐きながら、デスクにずらりと並んでいる大量のファイルに向き直った。戦闘記録分析の他に、トムキャットの改良案、鷹峰の指導計画、クラリスの広報スケジュールの管理まで、まだまだ仕事は山積みだ。

 

「アレックス、手を貸してくれないか。一緒にこの強敵に立ち向かおう……って、おい!」

 

 振り返ったとき、アレックスは既にガンルームから出て行こうとしているところだった。

 

「おいこらアレックス、相棒、俺を置いていくつもりか!?」

 

「ごめん、金にならない敵とは戦わない主義なの。サービス残業とか真っ平だわ」

 

「この傭兵根性め」

 

「骨ぐらいは拾ってあげるわ。じゃあまた明日。おやすみ~」

 

 アレックスは手をひらひらさせて、逃げるように去っていった。

 

「くっ……薄情な奴」

 

 戦場では背中を預け合える心強い相棒だというのに、こういう時はあっさり見捨てていく。俺は再びため息をついて、しかしもう一度ファイルに目を向けた。

 

「まあ、仕方ない。やるしかないか」

 

 俺は書類仕事を片付けるべく、再び鉛筆を手に取ってファイルと向き合った。

 

 

 




――第18話あとがき――

 また新キャラ増えた。ここから先どうやって動かしていこう?

 こんな風に先の展開に悩んだらサイコロ振る感覚でAIに任せていくつか書かせてみて、面白そうなのを選んでいます。

 ヒロインとの恋愛模様どころか登場人物の生死も割とサイコロ次第。


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第19話・アビーの想い

 これまで一人称に拘ってきましたが、書きたい展開が書きづらくなってきたので、以降、三人称も使い分けていきます。

 とりあえずアビー寄りの三人称視点からスタート。時系列は第18話の直後からです。


 トムキャットを早期警戒管制機として活用しようと言い出したのは、アビーだった。ブラックスワンとの戦いを間近で見て、経験して、彼女はこの策を思いついたのだ。そしてレイやリリィと協力して索敵や指揮方法を研究し、それを実行したのが昨日の作戦だった。

 

作戦の立案者として、アビーは自分が指揮を取ることに拘った。

 

トムキャットのシステムに最も習熟していることもあって誰からも異論は出なかったが、ただその時、レイだけは賛成も反対もしていなかったのをアビーは今さらながら思い出した。

 

──無理するなよ。

 

 彼が示した態度はそれだけだった。そのあっさりとした言葉に、彼は私のことなど興味がないのだろうかと思い、アビーは軽く失望さえした。ラックの死を目の当たりにして以来、自分もこの部隊の力になろうと必死で考えた末の案だし、レイもそれを喜んで後押ししてくれると思ったのに……

 

 ……だけど、自ら実戦に参加した今、彼が言った「無理するなよ」という言葉の意味の重さを思い知った。人の命が消耗品のように消えていく戦場の非情さを目の当たりにして、アビーの心は激しい困惑に襲われていた。

 

 死んだ味方パイロットとは特に面識があったわけでもないけれど、自分が参加した作戦で、しかも自分の指揮で、誰かが死んだ事実は想像以上に精神に負担を強いていたようだ。

 

 仲間の死を意識した時、それはさらに「自分の指揮で敵が死んだ」という事実をも彼女は強く意識することになった。自分自身が手を下したわけでも、敵が死んだ瞬間を目にしたわけでもない。ただレーダー画面上に映る光の点の群れが消えていくのを見つめていただけだ。

 

 だけどその他人事のような光景が、アビーの心を戸惑わせた。人の命は、こんなにもあっけなく、現実感もなく、淡々と消えていくものなのか。

 

 もちろん、戦場に出るということは殺し殺される世界に身を置くことだと頭では理解していたし、覚悟もしていたつもりだった。だけどそんな理屈だけの理解や覚悟なんてものは、実際の経験の前では役に立たなかった。頭は冷静に任務は遂行していても、身体がどうしようもなく恐れ慄いていた。

 

 それは仲間が死んだことへの悲しみなのか、敵を殺したことへの罪悪感なのか、はたまた自分が死ぬかもしれなかったことへの恐怖感なのか、全てが渾然一体となって言葉にできない感情に身体が震えていた。

 

 この感情をどう理解していいのかわからない。どう対処すればいいのかも。だからせめて目を逸らそうとした。任務に集中し、必死に冷静であり続けようと堪え続けた。

 

 そんな時、彼が、レイが言ってくれた。

 

――泣きたいなら、泣けばいいさ。同情だとか、罪悪感だとか、そんなものはどうでもいい。涙が枯れちまった連中の代わりさ。そう思えばいい。

 

 その言葉を聞いた時、アビーの中に堰き止められていたものがどっと溢れ出した。無理しなくていい、と彼が示してくれた。

 

 アビーが空の上で泣いた時、レイは機体が着陸する順番を部隊で一番最後に回してアビーが落ち着くまでの時間を作ってくれた。その上、着陸後は泣き腫らした顔を人目に晒さないように後の業務も全部引き受けてアビーを部屋に返してくれた。

 

 何もかも彼に頼りっぱなしね。とアビーは翌朝、目覚めたベッドの上で天井を見上げながらぼんやりと思っていた。

 

 結局、部屋に帰った後もアビーの涙は止まらなかった。

 

 きっとレイは、アビーが戦場の現実に触れて戸惑うことを予期していたのだろう。彼はアビーに対して無関心なわけではなく、ちゃんと見ていてくれた。そして彼なりのやり方ではあるが気遣ってくれている。目が覚めた今、アビーはそのことにようやく気づくことができた。

 

「レイに、お礼を言わなきゃね……」

 

 アビーは呟き、小さく微笑んだ。

 

 とは言っても、口で礼を告げるだけというのも素っ気ない気がする。何より、昨日は帰投後の業務を全部レイに任せっきりにしてしまった借りもある。

 

 ベッド脇の枕元の時計を見ると、時刻は朝5時を回ったばかりだった。昨晩は肉体的にも精神的にも疲労していたので夜が更ける前に眠ってしまったこともあって目が冴えてしまっていた。

 

 なら、今のうちに昨日サボってしまった仕事を片付けてしまおうと思いついた。身支度を整えた後、アビーは居住区からガンルームへと向かった。

 

 驚いたことにガンルームの照明は点灯しっぱなしだった。最初は消し忘れかと思ったが、室内に入ってそうではないことを知った。

 

 レイだ。まだ勤務時間外だというのに、レイは自分のデスクに向かったまま、椅子に座って寝息を立てていた。

 

 彼の前には仕事関係の書類ファイル何冊も転がっていた。仕事の途中で居眠りをしてしまったらしい。

 

(もしかして、昨日からずっと仕事をしていたのかしら?)

 

 アビーはそっと近づいてレイの傍らにしゃがみ込んだ。よく見ると、目の下に隈ができていた。アビーの胸に、申し訳ないという気持ちと、彼への感謝の気持ちが入り混じってじんわりとした熱さとなって広がった。

 

「……ありがとう、レイ」

 

 アビーは囁くような声で感謝の言葉を口にすると、レイの目元を指先で軽く撫でた。その時、レイが微かに笑ったように見えた。

 

 アビーはふと思い立ち、レイの頬を人差し指でつん、と突いてみた。むず痒かったのだろうか、レイの口から小さな声が漏れ、身じろぎをした。

 

 アビーはくすりと笑うと立ち上がり、彼のデスクから処理がまだ終わっていない書類ファイルを取り上げて、自分のデスクに持っていき、なるべく音を立てないように静かに仕事を始めたのだった。

 

 

***

 

 

 夢の中で、これは夢だと自覚することはたまにある。今回もそうだ。俺はいつものようにコクピットの中で目を閉じ、出撃前の準備をしていた。だが、コクピットの中、計器盤の上に何かが置いてある。

 

 それは写真立てだった。中に飾られているのは家族の写真だ。父さん、母さん、それに俺。三人で並んで写っている。この世界に来る前の世界のことだ。こんなものがコクピットにあるはずがないのでこれは夢だと自覚しながら、俺はその写真を眺めていた。

 

 おかしいな、誰か足りない。そんなことを考えながら。

 

 ああ、思い出した。姉貴がいないのだ。姉といっても同じ年齢、同じ誕生日の双子だ。

 

 巣飼 零華(すがい れいか)

 

 俺の片割れ。幼いときは何をするにしても一緒だった。だけど、いつからか彼女は家に帰らなくなった。両親に聞いても、理由は教えてくれなかった。ただ、「ごめんなさい」「すまない」を繰り返すだけだった。

 

 やがて両親は離婚して、それぞれ新しい相手と再婚した。だから、彼女と会うことは二度となくなってしまった。

 

 どうして今まで忘れていたんだろう? もう顔も思い出せないのに。それとも、忘れようとしていたのか。

 

 とにかく、あの時のことを謝りたかった。今さら遅いかもしれないが。

 

 ふいに、人の気配を感じた。横を見る。姉さんが居た。幼い頃の思い出の姿の零華だ。彼女が微笑みかけてくる。

 

 零華と生き別れたのは中学生になってからだったが、不思議とその頃の彼女の姿よりも、幼かった頃の姿ばかりよく思い出す。それはお互い二次性徴を迎える前は外見的に男女差があまりなくよく似ていたからだろう。だから、今でもたまに自分の姿を鏡で見た時に姉の面影をふと見出すときがある。

 

 二次性徴を迎えてからは男女差が外見にもはっきり現れてきて差異が大きくなっていった。それは外見だけじゃなく思考や性格もお互いに変化して、いつのまにか相手が何を考えているのか理解出来なくなっていた。中学に入った頃には姉のことはすっかり他人扱いしていた気がする。

 

 そして今、目の前に居た零華は幼い頃の容姿から大人びた姿へと成長していた。

 

「久しぶりね、レイ」

 

 と大人になった零華が微笑む。

 

 懐かしいな。元気にしてたか? と問い返すと、彼女は寂しそうに笑いながら、俺の目元を指先で軽く撫でた……

 

 

***

 

 

 まだ薄らぼんやりした意識のまま目を覚ました俺は、すぐ隣のデスクに女が座っていることに気がついた。

 

「姉さん……」

 

「ん、ああレイ、起こしちゃった? ごめんね」

 

 そう言って微笑み返したのは、アビーだった。

 

 時計を見ると、すでに朝九時を回っていた。

 

「アビー…いつからここにいた?」

 

「それはこっちのセリフかしらね。レイ、あなた昨日は何時まで起きて仕事をしていたの?」

 

 そう言われて俺は記憶を探る。

 

「確か夜中の三時を回ったまでは覚えている。そこで寝落ちしちまったみたいだな。…それで九時過ぎまで寝てりゃ世話ないな」

 

 ガッツリ六時間睡眠だ。夜なべした意味がまるで無い。自分で呆れながら体をほぐすために立ち上がろうとすると、急に目眩を感じて尻餅をつくように椅子に鍵を落としてしまった。

 

「あんまり無理しちゃダメよ、レイ」

 

 アビーが心配そうな顔をしている。ということは他人を気遣えるくらいには気を持ち直したということだろうか。昨日の涙が止まらなかった彼女の姿を思い出しながら、俺は訊いた。

 

「君こそ、もう平気なのか?」

 

「平気って? あぁ、昨日の……うん、まぁね。泣くだけ泣いたら少し楽になったわ。ただ、人が死んだってのに気楽になってもいいものかどうか、良心が痛むけどね。ただ、それさえも偽善に思えちゃって、たまにどうしていいのか分からなくなるときもあるわ」

 

「偽善か……確かにな。同情したって死んだ奴には関係ない。だけど、それが自分で分かっているなら、それでいいんだ。感情は理屈じゃない。死者を悼んで泣くことの何が悪いというんだ。感情を抑える必要はない。泣きたいときに泣けばいいさ」

 

 まだ心が動いている内にな……。そこまで口に出してしまったとき、アビーの表情がまた曇ったのがわかった。

 

 どうやらあまり慰めにはならなかったのかもしれない。そう思ったが、アビーはすぐに微笑みを浮かべて言った。

 

「うん……ありがとう、レイ。私も、あなたの力になれるように頑張るわ」

 

「…あまり無理するな」

 

「無理したいのよ」

 

 ふふっと笑うアビーを見ながら、俺は彼女に告げるべきことがあったのを思い出した。トムキャットのフライトオフィサから外れてもらう件だ。

 

 ただ、今アビーにそれをはっきり告げると変に誤解を招きかねない気がした。アビーは実戦に出たがっているし、それが単なる好奇心ではなく、この部隊の一員として役に立ちたいという使命感からだということも理解している。

 

 だからこそ「実戦に出さない」と安易な言葉で伝えてしまうと、アビーは自分の居場所を失ったように感じるんじゃなかろうか。

 

 居場所を失ったと思い込んだ時の辛さを、俺は知っている。

 

 社会や他人との関係の中で孤独を感じてしまったら、人は生きていけない。家族との間ですら居場所を失ったら、後はもう暗闇の中に閉じこもるだけだ。そんな経験をアビーにさせたくない。ここは言葉を慎重に選ぶべきだ。

 

 俺がそんなことを考えている横で、アビーがデスク上のファイルを取り上げた。

 

「ねぇ、レイ。あなたが進めかけていた仕事、このファイルを読ませてもらったわ」

 

「ああ、トムキャットの改装案のことか」

 

 今の試験機は不具合点を徐々に改善し完成に近づきつつあったが、しかしそれでは前世で正式採用されたF-14トムキャットと同レベル程度にしかならなかった。もっとも、それはそれで充分な性能だが、せっかく戦闘機の開発に関われたのだから、何か新しいものを作りたい。俺はいつしかそう考えるようになり、こうしてトムキャットをさらに改装する案を練っていた。

 

 ちなみに俺はトムキャットを改装するに当たって考えていた案は二つあった。一つは機体後部のエンジンノズルを大型化して、推力偏向ノズル化すること。もう一つは水平尾翼(昇降舵)と垂直尾翼(方向舵)を無くし、その両方の役割を兼ねるために二枚の尾翼をV字レイアウトに配する、というかなり野心的なものだった。

 

「これ、凄いわね。でも、こんなことをしたらバランスが悪くなって機動性が落ちないかしら?」

 

「いや、そこは考えがある。トムキャットの主翼の後退角を増やすことで、機体の重心位置を下げる。それによって安定性が増すはずだ」

 

 アビーがファイルを閉じる音が響いた。彼女は俺の顔を見つめて言う。

 

「レイ、楽しそうね」

 

「ん、楽しい? そうだな……確かに面白いよ。戦闘機の設計は」

 

 他人から言われて初めてそれを意識した気がする。自分が関わったものが形になっていくというのは嬉しいものだ。やり甲斐を感じる。そう、それは前世では得られなかった実感だった。

 

 この世界に転生し、不本意な殺し合いを強要され、その片手間に押し付けられた面倒な仕事だったはずなのに、俺は今のこの境遇に多少なりとも充実したものを感じていた。

 

 そのことを自覚し、俺は口を開いた。

 

「何かを作るってのは、良いものだな。アビー、君も本来は設計士だ。そう思わないか?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

 心なしかアビーの瞳に明るさが戻った気がした。彼女は続けた。

 

「何かを創っていると幸せな気分になれるの。小さな部品たちが集まって、結合して、意味を持った大きな存在になっていく様を見るたびに感動するわ」

 

「ああ、わかる気がするよ。トムキャットの不具合が調整されていくだけでも充実感があるのに、この改装案が実現した時のことを考えると、きっと楽しくてしょうがないだろうな、って思うんだ」

 

「絶対楽しいわ、楽しくないはずが無いもの。私が設計士として駆け出しだった頃、出したアイデアが初めて採用された時は嬉し過ぎて眠ることさえできなかったわ。あんなに嬉しくて眠れないなんて、ミドルスクールの頃に男の子からダンスパーティーに誘われた時以来よ──」

 

 アビーはそこまで言って、不意に赤面した。

 

「──あ、そのね、男の子ってのは、まあその付き合う…とかまでは行かなかったんだけどね」

 

 誰もそんなことまで聞いちゃいないのだが、けれどアビーが心から戦闘機開発という仕事が好きで、そして誇りに思っているのは理解できた。

 

 ならばやはり彼女をこれ以上、最前線に立たせては行けない。

 

「アビー、俺は君にその喜びを失って欲しくない」

 

「…え? レイ、どうしたの、急に」

 

 俺はアビーに向き直り、彼女の目をまっすぐに見据えて言った。

 

「君にはトムキャットのフライトオフィサから外れてもらう」

 

「─っ!?」

 

「待て、言いたい事があるのは分かっているから、もう少しだけ俺の話を聞いてくれ。頼む」

 

 アビーが開きかけた口を再び閉じて、渋々と頷いたのを確認してから、俺は言葉を続けた。

 

「先ずはっきりと言っておく。君はこの部隊に必要な、失われてはいけない人材だ。そしてこれまでの君の功績は、戦場での働きも含めて誰もが認める優秀なものだ。昨日の戦闘だったそうだ。君のナビゲーションのお陰で、俺たちはほとんど被害を出さずに戦えた。君のお陰で多くの仲間たちが死なずに済んだんだ」

 

「だったら、レイ!」

 

「だからこそだ。君を潰すわけにはいかない。君の心がボロボロになるのを放っておく訳にはいかないんだ」

 

「そんなの、結局、私が弱いからって事でしょ……。私が、レイたちみたいに強くないから……」

 

「戦争に…人殺しに強い奴なんかいない。そんな奴は戦争だろうが異常者だ。俺はそうなりたくないし、君にもそうなって欲しくない」

 

「だからって、私一人、あなたを戦場に残して引っ込めっていうの? そんなの耐えられないわよ」

 

「俺はやらざる得ないからやっているんだ。できるなら早いところオサラバしたい。…このトムキャットが完成すれば、それが早まるかもしれない。このクソみたいな内戦だって終わるかもしれない。そうなったら他の仲間たちもみんな解放される。アビー、君の役目はそれなんだ。このトムキャットを完成させることで、俺たちを人殺しから解放してくれ」

 

 俺の言葉にアビーが俯いた。唇を強く噛み締めて俯いている。何かに耐えているような表情だった。

 

 しばらく沈黙が流れた。聞こえてくるのは部屋の外から響くエンジン音だけ。

 

 やがてアビーが顔を上げた。その目尻に涙が浮かんでいた。彼女は震える声で呟くように言った。

 

「……わかったわ。でもね、ひとつだけ約束してほしいの」

 

「なんだ?」

 

「死なないで」

 

「努力する。してるさ、いつも」

 

「そうじゃなくて…本当にもう!」

 

 突然、アビーが顔を寄せてきた。頬に柔らかな感触が伝わってくる。

 

 キスされたのだと分かった。

 

 俺は慌てて飛び退いた。アビーは悪戯っぽく笑っていた。

 

「お守り代わりよ。貴方がはっきり約束してくれないんだもの。これぐらい良いでしょ」

 

「あ、うん…うん!?」

 

 不意打ちを食らって狼籍える俺を見て、アビーはクスリと笑うと、そのまま背を向けた。そして席を立つとガンルームのドアへと歩いて行った。

 

 扉を開けながら、彼女が振り返ることなく手を振る。

 

「レイ、仕事はあらかた終わらせておいたから、今日はもう休んだ方が良いわよ」

 

 そのまま扉を閉められた。残された俺は、ただ呆然としていた。

 

 思考はすっかりぐちゃぐちゃでまともに考えることはできない。だけど、眠気と疲労がどこかに吹き飛んでしまったことだけは確かだった……。

 

 

 

 




――第19話あとがき――

 主人公・レイのバックボーンもそろそろ掘り下げておこうと思い、家族関係を振り返る夢のシーンをAIに書かせたら、思った以上に闇が深そうな背景がでてきた。

 キャラメイクのときもそうだけど、AIさんって基本、曇らせるような重いバックボーンしか出してこないですね。

 アビーがかなり積極的になってきた。というかAIをほっとくと数行でベッドシーンに突入しようとしやがる……


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第20話・意外な素顔

 今回も会話シーンの半分くらいをAIに任せてます。
 AIがレイに変なことをさせ出した……


 鷹峰徹がさっそく騒ぎを起こしている。さっさと何とかしろ。

 

 司令からの不機嫌な声を、俺はガンルームで電話越しにぼんやりとした頭で聞いていた。今日も終わりの見えないデスクワークに追われて、ちょっと休憩しようとデスクに突っ伏して昼寝をしていた時に内線電話が鳴り響いたのだ。

 

「鷹峰って、例の新入りか。騒ぎってなんだよ、まだ着任予定時刻じゃないだろう」

 

『基地に来る前に街で騒ぎを起こしたそうだ。貸本屋から苦情の電話がきた』

 

「貸本屋? それってあそこか」

 

『そう、貴様のいきつけのあの貸本屋だ。常連だろ。ちょっと行って謝ってこい』

 

「いやいやいや、待ってくれ。話がいきなりすぎる」

 

 俺は頭を振って眠気を吹き飛ばすと、受話器を握りしめて抗議した。

 

「第一、俺はまだあいつのこと何も知らないんだぞ。どんな奴かも分からないし、何が起きているのかもわからないのに謝罪に行けと言われても困る。だいたい、なんで俺が」

 

『鷹峰は貴様の部下だ』

 

「まだ着任してないだろ」

 

『人事発令は本日付で出されている。本人が居ようが居まいが、日付が変わった瞬間から鷹峰は第1小隊の隊員だ』

 

「なんて理不尽な理屈だ」

 

『管理職になるとはそう言う事だ、今のうちに慣れておけ』

 

「勝手に出世させるな。給料上がってないぞ」

 

『鷹峰の不始末を片付ければ報酬をくれてやる』

 

「つまり緊急任務として扱ってくれるという事だな。了解した。出撃命令をくれ」

 

 俺は念を押した上で司令の命令を受け入れた。

 

『達成条件は貸本屋の店主に詫びを入れて、それから鷹峰を連れて基地に戻って来ること。あとでさらに苦情の電話が来たら報酬は減額するからな』

 

「了解、これより出撃する」

 

 ブツッという音と共に、通信が途切れた。

 

「はぁ……」

 

 俺は天井を見上げながらため息をこぼす。なんとなく、狭山司令も同じようにため息をついているような気がした。彼女の苦労もわかるが、しかし同情する気にはならない。俺も部下に仕事を押し付けることができれば別かもしれないが。

 

「アレックス達に押し付ける訳にもいかないし、俺がやるしかないか」

 

 とりあえずまずは問題の現場を見てみないことには始まらない。俺は机の上に散らばっている資料をまとめて立ち上がると、そのままガンルームを出て行った。

 

***

 

 いつもの貸本屋に借りていた漫画を返しに行った私は、店内で珍しい光景に出くわした。

 

「レイ隊長…?」

 

「ん、クラリス? ここで何をしている?」

 

 店の奥のカウンターに座っているのはレイ隊長だった。彼は私の姿を見つけるなり、驚いた様子だった。

 

「それは私のセリフです。どうして隊長が店番をしているんですか」

 

「……どうしてと言われても、話せば長くてな」

 

 レイ隊長は深いため息を吐きながらその理由とやらを話そうとしてくれたけど、そのとき他のお客さんが本を手に私の後ろに並んでしまった。

 

「あの、隊長。他のお客様が…」

 

「そうだな。説明はあとだ。君の返却手続きを先にしてしまおう」

 

「あ、私は後でいいので、先に後ろのお客様を」

 

 私は振り返って並んでいた客を先にレジへ通した。だけどよく考えたらこのレジには店員は居らず、代わりにレイ隊長が居るのだ。お客さんを通してしまって良かったのだろうか。

 

 そんな疑問に固まってしまった私の前で、レイ隊長はお客さんを前ににこやかな笑顔を浮かべていた。

 

「いらっしゃいませ。貸出ですね、商品をお預かりします」

 

 レイ隊長はお客さんから本を受け取ると、手慣れた様子で貸し出し手続きを済ませてしまうと、代金を受け取り本を手渡していた。

 

「はい、どうぞ。ご利用、ありがとうございました」

 

 レイ隊長は最後まで営業スマイルを絶やすことなく見送った。そのあまりの手際の良さに、私は呆然と立ち尽くしてしまった。

 

「……あの、隊長?」

 

「なんだ」

 

「今のって、どういうことですか?」

 

「何がだ」

 

「いえ、だから、なんで貸本屋の店長みたいなことをしてるのかなって思って」

 

 私が尋ねると、レイ隊長は少し困った顔をして頭を掻いた。

 

「まあ、成り行きでこうなったんだが」

 

「えっと、つまり、どういう事なんでしょう」

 

「話せば長くなる」

 

 レイ隊長は言いづらそうにしながらも、ゆっくりと事情を説明してくれた。

その事情とやらは本当に長い話だった。

 

 事の起こりは、新たに第八八隊に配属される予定だった鷹峰徹というパイロットが、着任前にこの店に立ち寄ったことから始まったらしい。

 

鷹峰さんの目当ては本ではなくて、彼が探していたのはこの店の店主だった。なんでも鷹峰さんは、彼に命を救われたことがあるのだという。

 

「それで、鷹峰さんはその恩を返したくてここに来たんですよね」

 

「ああ。だが肝心の店主は不在だった。そこで鷹峰はしばらく待っていたらしいんだが、そのとき彼の相手をしていたのが、ここの看板娘でもある店員の女の子だ」

 

「はいはい、いつも笑顔が素敵なあのお姉さんですね」

 

「そうそう、その子だ。鷹峰は店主を待っている間、その子と二人きりだったらしい」

 

「ふぅん。それがどうかしたんですか?」

 

「鷹峰は彼女に惚れたんだろうな」

 

「はぁ」

 

「店主が戻ってきたときには鷹峰はもう居なかった」

 

「……」

 

「そして看板娘の女の子も居なかった」

 

「それ、ただのナンパじゃないですか?」

 

「俺もそう思う」

 

「はぁ」

 

 その後、店主は周りの店の知り合いから事情を聞いて、鷹峰さんが来たことを知ったそうだ。そもそも店主は知り合いの鷹峰さん本人から八八隊に配属されたことは聞いていたらしく、それで苦情の電話をかけ、それを受けてレイ隊長が謝罪に訪れた……と、ここまでは理解できたのだけど。

 

「そこから何がどうして店番をする羽目になったんですか」

 

「店長に頼まれたんだ。鷹峰と店員を捜してくるから、それまで店番してろってな」

 

「いくら常連でも無茶苦茶な頼みじゃありませんか、それ?」

 

「昔、図書館で仕事していたことがあるんだ。といっても通っていた学校で図書委員として働いていただけだがな」

 

「図書委員?」

 

「生徒が図書館の管理をするんだよ。日本じゃ割とよくある話さ。俺が通っていた学校はでかい図書館があってな、本屋の店員並にこき使われたもんだ」

 

「学生がそんな活動をするなんてまるで想像ができません。学生が学業以外のことをさせられるなんて」

 

「そういう文化なんだよ、日本って国は……いや、俺が知ってる前世の日本ではの話だ。こっちの日本は知らん。とにかくそういう経験があるって店主には話したことがあるし、実際にここの手伝いもしたことが何度かある」

 

「手伝っていたんですか」

 

「バイト代として、奥の休憩所を利用するときコーヒーとケーキを付けてくれるって言うからな」

 

「………」

 

 この隊長が甘いものにつられて店番を引き受けていたとは思わなかった。レイ隊長はカウンターで腕を組みながら言った。

 

「しかしまあ、今回は流石にただ働きだ。鷹峰の奴め、どうしてくれよう」

 

「あ、あの隊長? お客さん来たみたいですよ」

 

「む」

 

 扉を開ける音がして、お客さんが入ってきた。私は慌ててレジから離れる。レイ隊長はお客さんが本棚を眺めながらぶらぶらと歩いている様子を眺めながら、レジから立ち上がり本棚の整理を始めた。

 

「隊長、私も手伝っていいですか?」 

 

「経験があるのか」

 

「父の書斎はこの店くらいの広さがありました」

 

「凄いものだな……わかった。頼む」

 

 レイ隊長は私の申し出を受け入れてくれた。

 

 それからしばらくの間、私とレイ隊長は本屋の仕事に没頭した。お客さんが来たときは二人で協力して接客を行い、お客さんが帰ったらまた作業に戻る。それを何度も繰り返していくうちに、気付けば日が落ち始めていた。

 

「あいつらいつになったら帰ってくるんだ」

 

 暗くなり出した外の通りを眺めながらレイ隊長がため息を吐いた。私は壁にかけられている時計を見上げる。時刻は既に夜の七時を回っていた。仕事帰りに立ち寄った客も概ね捌けて、世間は夕食の時間だ。貸本屋への客足も一刻の空白の時間に入り、店内は再び私とレイ隊長の二人きりになった。

 

 その隙を見計らい、私たちも夕食を摂ることにした。私が三軒隣りにある近所のパン屋へ買い出しに出かけている間に、レイ隊長がコーヒーを淹れてくれていた。店内の奥の休憩スペースで二人、夕食を摂る。

 

「そういえばクラリス、君は今日、何をしにここへ来たんだ?」

 

「貸本屋ですよ。本を借りに来たに決まってます」

 

「そりゃそうだ。何を借りに来た、と訊くべきだったな」

 

「あのマンガですよ、『氷雨降る夜に』。最新刊が入荷されたと聞いて借りに来たんです」

 

 答えながら私は傍の手荷物から借りた最新刊を取り出した。これ一冊しか入荷されていなかったので仕事の合間に借りておいたのだ。公私混同、職権濫用と言われてもしょうがないので良心が痛む。だから近いうちに教会で懺悔でもするとしよう。

 

「ああ、それか。前巻はすごく気になる終わり方をしていたな」

 

「はい。私も最新刊が出るのが待ちきれなかったです。続きを読めなかったら死んで死にきれない、って隊長が以前仰ってましたけど、その気持ちが理解できてしまいました」

 

「あの時、君は俺のことを笑ったよな」

 

「申し訳ありません。漫画の魅力がこれほどまでとは……マオが掲載誌で追う派なので、ことあることに先の展開を話したがるんですよ。あの子の口を塞ぐのにどれだけ苦労したか」

 

 私の言葉を聞いて、レイ隊長が急に顔を顰めた。

 

「…なるほど、そういうことか」

 

「どうしたんですか?」

 

「この前、酷い目にあった。マオが深刻な顔をしながら相談に乗って欲しいというから聞いてやったんだ。そしたらあいつ、最新刊の内容をベラベラ話しやがった。誰も聞いてくれないからストレスが溜まっていたんだと。アホかあいつ」

 

「そういえば隊長から酷く怒られたって言っていましたね」

 

「アレックスも掲載誌派だから俺もそうだと決めつけてペラペラ喋りやがった。俺も楽しみにしていたのになぁ…畜生」

 

 目に見えて落ち込んだレイ隊長が不憫に思えて、私はおずおずと最新刊を差し出した。

 

「あの、よろしければ先にお読みになりますか」

 

「いや、そこまでしなくていい。ただ…」

 

「ただ?」

 

「俺だけネタバレされて悔しいから、先に展開を話してもいいか?」

 

「絶対にやめて下さい!」

 

 私は最新刊をバッグに戻した。

 

「読まないのか?」

 

「まだ仕事中です。途中でお客さんが来て読書を中断したら、先が気になって接客に身が入らなくなるじゃないですか」

 

「真面目なようで割と自分本位な意見だな」

 

「本音ですので」

 

「納得のいく答えだよ」

 

 そう言ってレイ隊長は微笑んだ。つられて私もクスリと笑う。この人の前では何も取り繕う必要が無い。その気楽さが、とても好きだ。最近、仕事以外で共通の話題ができたことも気楽さの一因だと思う。

 

「あの、隊長…ネタバレ抜きで漫画の話しません?」

 

「つまり?」

 

「隊長的に、知ってしまったその展開は予想通りでしたか? 期待通りでしたか?」

 

「それズルくないか!?」

 

「ストーリーも佳境に入ったところでのどんでん返しの引きでしたからね。先の展開が想像もつかないですし、これでもし期待外れな展開だったらどうしようと不安でしょうがなくて……」

 

「入れ込み具合が思いの外重症だな」

 

「離れ離れになっていた恋人同士がようやく再会できて感動のキスシーンというところで、まさかの敵同士だと判明して別れることになるなんて誰が思うんですか。そんな残酷なことありますか。こんな結末ならいっそ死んだ方がマシですよ」

 

 私はテーブルに突っ伏しながら嘆いた。レイ隊長が呆れながら首を振った。

 

「だめだこれは。こんなんじゃ先に読んでしまった方が気が楽だろう。接客はもういいから最新刊をさっさと読んでしまえ」

 

「いいんですか、ありがとうございます」

 

 私はすぐにバッグから最新刊を再び取り出した。一度深呼吸をして早る気持ちを押しとどめながら、ページを開く。

 

 そこには待ち焦がれていた物語の続きがあった。

 

「……はぅぅ、良かったぁ」

 

 読み終えた私を前に、レイ隊長がコーヒーを啜りながら言った。

 

「思いの外、ベタな展開だったな、というのが俺の感想だ」

 

「何を言っているんですか。こういうのでいいんです、こういうので。愛し合う二人は幸せなキスをして終了。最高じゃ無いですか」

 

「キス、か……」

 

 そう呟いてレイ隊長が目を細めた。何やら考え込んでいるような表情だ。

 

「どうしたんですか、隊長?」

 

「いやな、ちょっと気になったんだが、その、西洋じゃキスとかは挨拶がわりと聞いたことがあるような無いような気がしたんだが……実際のところ、どうなんだ?」

 

 いったい急にどうしたのだろう? レイ隊長にしては随分と歯切れの悪い質問だった。私は訝しみながらも、祖国での暮らしを思い出しながら答えた。

 

「そうですね、人によると思いますが、親しい間柄では頬に軽く唇を触れさせる程度の軽いスキンシップはしますね」

 

「やっぱりするのか」

 

「はい。家族同士では親愛の情を示すためによくやりますよ」

 

「へぇ」

 

「……いったい、どうしたんですか?」

 

「何が?」

 

「この漫画の話題にしては不自然です。隠し事してませんか?」

 

「いや、それは…」

 

 レイ隊長は言い淀んだが、しかし私に本音で話せと命令したことを彼自身も思い出したのだろう。

 

 彼は渋い表情のまま、ポツリと呟いた。

 

「…昨日、アビーからキスされた」

 

「はぁっ!?」

 

 思わず大きな声が出てしまった。他に客がいなくて良かった。いやでも、キス!? アビーさんが、レイ隊長に!?

 

「いや、だから頬へのキスだぞ! つまり単なる挨拶とかそういうレベルだろ!? 変なことじゃないんだろ!?」

 

「変ですよ! 挨拶のキスってのは家族とかそういう仲でのことです! 仕事の同僚程度じゃしませんよ!」

 

「そ、そうなのか…?」

 

「あ、いえ、でも挨拶のキスにもいくつかありますから、あながち…うん、あながち……なくもない、です」

 

 私は自分に言い聞かせるようにそう言った。何故そう言い聞かせているのか自分でもよくわからないが。

 

 まあ実際、知人友人レベルでも頬キスに近い挨拶はする時もある。軽くハグしながら、一瞬だけ頬と頬を寄せ合い、唇は接触させずにチュッと音だけ鳴らすやり方だ。

 

 そんなごく軽い挨拶でもアジアでは一般的では無いことぐらい、私も知っている。だからレイ隊長も、ちょっとそれで驚いてしまったのだろう。きっとそうだ。

 

「念のために訊きますが、どういう状況で、どんな感じにされたんですか?」

 

「あ、ああ、確か──」

 

 レイ隊長が語った昨日の話を聞き、私は頭を抱えてしまった。

 

 戦闘のショックで落ち込んでいたところを慰めてもらって、挙句、レイ隊長の無事を祈るためのお守り代わりのキスとか、これのどこが挨拶レベルですか。こんなのもう火を見るよりも明らかじゃないですか。

 

 というかどうしてアビーさんにだけそんなに優しいんですか。私の時とは対応が大違いじゃないですか。夜通し走らされた私は何なんですか。

 

 まぁあれは私が自ら言い出したことではありますし、レイ隊長も付き合ってくれたのでそれはそれで良いんですけど。それにもともと開発要員であるアビーさんと、志願して戦闘要員になった私とじゃ扱いが違うのも当然だと分かってはいます。分かってはいますけど!

 

 でも何か納得いかないというか……。

 

「く、クラリス…? 急に黙って、どうした?」

 

「いいえ、なんでもありません。大丈夫です、気にしないでください。アビーさんのことも、あれはただの挨拶レベルのキスです。ええ、そうです」

 

「そうか…なら、安心した」

 

「安心…ですか」

 

「ああ。てっきり、アビーが俺のことを、その…す…好きなのかと勘違いしそうになってな」

 

「ええ、無いですね。あり得ないです。まったく無いです」

 

「…いや、そこまで強く否定しないで欲しいんだが」

 

 珍しく弱気で戸惑っている隊長を前に、私は内心で舌を突き出していた。いつもなら本音を隠さずなんでも口にできるけれど、どうしてだか今だけはその気持ちを表に出したくなかった。自分でも気持ちがうまく整理できない。

 

 そんな時、ちょうど店に客がやってきたので、私はこれ幸いと席を立って仕事に戻った。レイ隊長も同じく仕事に戻り、これでこの話題は立ち消えとなって、私は少しホッとしたような、でもやっぱりちょっと残念なような──

 

──あぁ、本当に自分の気持ちがよくわからない……

 

 

 

 そんなこんなで夜八時になってしまった。このままでは帰りのバスに乗り遅れてしまう。というかもうすぐ閉店の時間だ。

 

「どうします?」

 

「扉を閉めて鍵をかける。レジも閉めろ。売り上げを確認する必要は無い」

 

「了解しました。で、それからは?」

 

「鷹峰と看板娘と店長を探す。手分けして近所に聴き込みだ」

 

「ですね」

 

 大きくため息を吐くレイ隊長と共に店を閉め、二人で外に出た時のことだった。通りの向こうから三人の人影が近づいてきたのが見えた。背の高い青年と大柄な中年男性が、互いの肩を組んで大声で笑いながら歩いてくる。そしてその後を女性がニコニコと笑顔でついて来ていた。

 

 その姿を見て私は胸を撫で下ろした。大柄の男性は店長、後ろの女性は看板娘だ。ようやく帰って来てくれたようだ。では長身の男性が鷹峰さんなのだろうか。

 

「遅い」

 

 不機嫌に言い放ったレイ隊長の前で、三人は足を止めた。

 

「よおレイ。店番ありがとうな。助かった」

 

「助かったじゃないですよ。いったい今まで何をやっていたんですか」

 

「昔の知り合いと再会したんだから飲みに行くに決まってるだろう」

 

 ちっとも悪びれた様子の無い店長。その息は確かに酒臭かった。

 

「他人に店番押し付けておいてよく飲みにいけるな、あんた。どんな神経してるんだ」

 

「レイは細か過ぎるんだよ。そんなんじゃ世の中やっていけねえぞ」

 

「あんたが貸本屋を営んでいられるのが不思議だよ。いや、酔っ払いにこれ以上何を言っても無駄だ。それより」

 

 レイ隊長は店長と肩を組んで……というか酔ってフラフラになっている店長に肩を貸して支えている青年に目を向けた。

 

「君が鷹峰だな」

 

「ああ、そうだよ。すまんね、店長引き止めちゃってさ。この人昔からこんなんでさ。って、店員なら知ってるか」

 

「君ほど知らん。俺は店員じゃないからな」

 

「え、そなの?」

 

「巣飼 零士。満州湖水上警察特別航空隊、第八八隊第1小隊長、と言えば意味が分かるか?」

 

「第八八隊? って、え、第八八隊!?」

 

「君の上司だ」

 

 鷹峰さんの顔色が青ざめた。

 

「おい待ってくれ。──店長! なんでそんな人に店番させてるんだよ!」

 

「あ、言ってなかったか? レイは常連なんだよ」

 

「常連でも客に店番させるなよ!? た、隊長、あんたもあんただよ、なんで素直に店番しちゃってるんだよ!?」

 

「誰かさんが着任前に民間人を拐かしたと苦情が入ったもんでな。部下の尻拭いでタダ働きだ」

 

「すんませんでしたぁ!」

 

 鷹峰さんは店長を放り出すと、即座にその場で土下座した。店長は道路に伸びて、そのまま高イビキをかき始めてしまった。後ろで看板娘さんが相変わらずニコニコしている。正直、訳がわからない。

 

 土下座していた鷹峰さんが顔を少し上げて言った。

 

「あの、これには深い事情がありまして」

 

「言わんでいい。聞く気も、その時間もない。俺が受けた任務はお前を部隊に連れて帰ることだ。言い訳は司令相手に好きなだけやってろ」

 

「うっわ〜、そんなに話が大きくなっちゃうんすか。ヤバいね、俺またクビになりそう」

 

「安心しろ、そうはならないように俺が取り計らってやる」

 

「マジっすか! さすが隊長、話がわかる男!」

 

「ウチも人手不足なんでな。減俸で最前線送りが妥当なところだ。せいぜい役に立ってから死ね」

 

「鬼ですかアンタ!?」

 

「いいか、鷹峰」

 

 レイ隊長はしゃがみ込むと、土下座した鷹峰さんの胸ぐらを掴み、顔を引き寄せた。

 

「お前が何を思ってあの契約書にサインしたか知らないし、知る気もないが、これだけは言っておく。ここは戦場だ。お前が何をしようが勝手だが、俺や仲間たちに迷惑をかけるようなら、俺はお前を殺すことも辞さない」

 

 鷹峰さんは顔を引きつらせながら何度も首を縦に振った。

 

「いい返事だ。では帰るぞ」

 

 レイ隊長がそう言って、鷹峰さんを立ち上がらせたときのことだった。不意に、夜の町の通りに、ピンポンパンポン、と金管楽器の音色が流れた。

 

 その音に、ニコニコ笑っていた看板娘さんが首を傾げた。

 

「あら、商店街の町内放送だわ。こんな時間に珍しいわね」

 

『緊急連絡、緊急連絡』

 

 と、通りの電柱に備え付けられたスピーカーが叫び出した。

 

『警急呼集命令、警急呼集命令、第八八隊隊員は速やかに基地へ帰投されたし。繰り返します。第八八隊隊員は速やかに基地へ帰投されたし。以上で放送を終わります』

 

 これは外出している隊員への連絡手段の一つだ。私はレイ隊長と顔を見合わせた。隊長が頷いたのを確認して、私は大通りへ走り出し、そこでタクシーを捕まえた。

 

「第八八隊の隊員です。さっきの放送を聞いていましたよね。あと二人来ます。そうしたら基地までお願いします」

 

 すぐにレイ隊長が鷹峰さんと共にタクシーに乗り込んできた。鷹峰さんも緊急事態とすぐに察したのだろう。目つきが軍人としてのものに変わっていた。

 

「着任早々、実戦ですか」

 

「嬉しそうにするな」

 

 私が座った助手席の後ろ、興奮している鷹峰さんと不機嫌そうなレイ隊長を後部座席に乗せたタクシーは基地へと向かって走り出したのだった。

 

 

 

 




ーー第20話あとがきーー

 クラリス視点でAIに書かせた時、レイが何故かカウンターの奥に居てなんじゃこりゃってなりました。面白そうだからそのまま話を進めたら二人の意外な素顔がどんどん露わに。

 クラリスがただの漫画オタクと化してキャラ崩壊気味ですが全部AIのせいです。


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第21話・大統領、誘拐(1)

 更新再開しました。
 AI任せの展開と、私の悪い癖が出始めたせいで、会話ばかり増えて話が進まなくなってきた……


 基地へ帰投した俺たちは、すぐさま作戦会議室へと集まるように指示された。

 

 会議室には非番のパイロットが既に全員集まっていた。どうやら俺たちが最後だったようだ。

 

 パイロット全員が揃ったことを確認し、狭山司令が口を開いた。

 

「緊急事態だ。今から話すことは一切他言無用の最重要機密である。心して聴け」

 

 いつにない真剣な声色に室内の空気が張り詰めた。司令が言った。

 

「海外訪問中の大統領閣下を乗せた政府専用機が、ハイジャックされた」

 

「っ!?」

 

 司令の言葉に、その場に居た全員が息を呑んだ。司令は目を瞑り、深く呼吸をした。気持ちを整えたのだろう。無理もない、大統領は彼女の父親なのだから。

 

 狭山司令はいつもと変わらぬ風を維持しながら、続けた。

 

「政府専用機は今から五時間前、大統領閣下を乗せ、訪問中のフィリピンから離陸した。しかしフィリピンの防空識別圏を超えた直後、ダミーとして編隊飛行していた二番機が空中爆発し、墜落した」

 

 重要人物を乗せる政府専用機は必ず同型機の二機編隊で飛行するのがセオリーだ。万が一攻撃を受けたとき、どちらに重要人物が乗っているかわからないようにするためだ。

 

 墜とされた二番機は大統領を乗せていないダミー機だ。

 

 その一番機から二番機爆発の報告が入ったすぐ後、通信機から激しい銃声が聞こえ、交信が途絶えた。そしてその後の消息は不明。現在この事実を知っているのは大統領府以外では、直轄組織である満州湖水上警察のみ、と狭山司令は説明した。

 

「これが反乱軍によるもの、又は反乱軍を支援する勢力による仕業であることはほぼ間違いないだろう。大統領閣下が行方不明となった今、敵はこの隙に総攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。──これより我が第八八隊は総員戦闘配置へと移行する」

 

 続いてホワイト軍事顧問が前に進み出て、俺たちに言った。

 

「第二、第三、第四小隊による定期哨戒飛行はこれまでどおり維持する。第五、第六小隊は地上攻撃用の武装で待機だ。なお各員の武装、整備、修理に関するKPは基地側で持つ。各員は自機を万全の状態に保っておけ。なお現在機体を失っている、または修理で飛べない者にはデルタダガーを充てがう。各小隊で欠員が生じた場合に補充要員として速やかに前線に出てもらうから、こちらも整備を怠るな」

 

 それから、とホワイトは俺に目を向けて言った。

 

「第一小隊は政府専用機が発見された場合、そちらの対応にあたってもらう」

 

「対応、とは?」

 

 俺の質問には、ホワイトではなく狭山司令が直接こう答えた。

 

「わからん。その時の状況次第だ」

 

「つまり出たとこ勝負か」

 

「そうだ。だからさまざまな状況に対応できるよう、第一小隊の面子を一部変更する。──ミッキー、今任務はレイの指揮下に入れ。元情報部員である貴様の知見を当てにしたい」

 

 狭山司令の指示に、ミッキーが「了解した」と頷いた。

 

「以上だ。各員、配置につけ」

 

 作戦会議の後、俺はクラリス、マオにミッキーと鷹峰、そしてホワイト教官を加えたメンバーと共にパイロットスーツに着替え、格納庫へと移動した。

 

 スカイレイを始めとした俺たちの愛機は既に影人たちの整備を受け、万全の状態で待機していた。俺たちはそれぞれ自分の搭乗席へ乗り込み、最終チェックを開始した。機体の動作確認、武器の状態、燃料、弾薬の確認、レーダー/センサー類、無線機器、エンジン、冷却系、操縦桿、フットペダル、スロットルレバー、操縦系統の異常の有無、それらを入念に行う。

 

 特に俺のスカイレイはつい先日、新たな、そして大幅な改装を施したばかりだった。その箇所は主に二つ。機体後部のエンジンノズルと、主翼内の機関砲だ。

 

 スカイレイの単発エンジンのノズルには、新たに一回り大きなノズルが覆うように追加されていた。これは推力偏向ノズルだ。従来の戦闘機のそれと違い、噴射の方向を制御できるというものだ。これにより戦闘機は高速で旋回することが可能となる。

 

 また主翼内部の四門の20ミリ機関砲だが、この砲身を内側二門は2度、外側二門は2.5度、機体の中心軸より上側に仰角をつけて搭載しなおしていた。

 

 あえて仰角をつけたのは、機関砲を使用した戦闘がほぼ旋回中に行われるからだ。機体を90度パンクさせて急旋回しながら逃げる敵を狙う時、機首を敵機に向けたまま機関砲を撃っても、弾丸が届く頃にはその位置に敵機はもう居ない。命中させるには、敵機の旋回予想位置にあらかじめ機首を向けておく必要があるのだ。

 

 しかしそのためには、敵機よりも旋回半径を小さくする必要がある。だかそうすると敵機が反対方向へ切り返して回避行動を取った場合、それに気づけなかったり、気づいても切り返し機動が遅れてしまうという欠点があった。

 

 だが、機関砲に初めから仰角をかけておけば、機首を敵機に向けたままでもその予測進路方向へある程度は弾丸を置くことが可能になる。もっとも、そのための最適角度はまだ試行錯誤の段階ではあるが。

 

 正直なところ、この改装が実戦で本当に効果があるかどうか半信半疑な部分はある。特に推力偏向ノズルは、この時代、まだどこの国でも戦闘機で実用化した機体は無いはずだった。

 

 それでもこの改装に踏み切ったのは、トムキャットへの改装案を早く試してみたかったからだ。普通の国なら机上プランで終わるようなこんな改装も、マッキー婆さんという何でもアリの調達屋と、影人という便利な職人集団、そしてパイロット個人の機体への裁量や自由度が異常に高いこの部隊ならではの環境のおかげで、プラモデルの改造並みの気軽さでできてしまうのは有り難かった。

 

 とはいえ、その効果は自分の命を的にして確かめなきゃならんのだが。

 

 コクピットでの点検を終えて機体から降り、俺は同じ格納庫内にあるもう一機の愛機へと向かった。

 

 VFX-14トムキャット。俺の要望によりアメリカから強引に調達し、そして手塩をかけてテストと改良を重ねてきた最新型の試作戦闘機。スカイレイへの無理やりな改装もこのトムキャットを実用化を目指してのことだ。

 

 今このトムキャットのコクピットには、新たに俺の部下になった鷹峰徹が神妙な顔つきをして座っていた。

 

「機種転換は上手くいっているか、鷹峰」

 

「ん…ああ、隊長、どうかしたんスか」

 

 鷹峰は一瞬、自分が誰だかわからなかったのか頭を二、三度強く振ってから言った。

 

「なんでしょうね、この変な感覚は。頭や体中に勝手に知識や経験が流れ込んでくる…チートってやつ…どうも慣れない。気持ち悪いッスよ」

 

 そう言って鷹峰は顔をしかめた。

 

「まあ無理もない。俺だって最初はそんな感じだったからな」

 

「はは、マジすか。けど、なんかこう、あれッスね。俺の体が俺のじゃないみたいです」

 

「チート、つまりズルさ。予科練からパイロットとして厳しい訓練を受けてきたお前にしたら、ふざけた能力だと思うだろう。何しろズブの素人でさえたった二週間で戦闘機パイロットに仕立て上げてしまう悪い冗談みたいな能力なんだからな」

 

「ホント、マジで洒落にならねえッスよ。単にコクピットに三十分も座ってりゃ機種転換が済むなんてね。俺が十代の青春を捧げて血の滲むような訓練をしてきたのはいったいなんだったんだよって話だわ」

 

「お前のような正規パイロット上がりなら文句をいう資格はある。…俺は文句も言えん」

 

「どういうことっスか?」

 

「俺は素人あがりだ。チートに頼らなきゃ自動車の運転さえも怪しい凡人さ」

 

 俺は自嘲気味に笑って言った。

 

 実際、俺自身の能力なんて大したもんじゃない。確かに戦闘機の操縦技術や兵器の扱いに関する知識などは前世からたんまり頭の中に入ってる。でも、それだけだ。所詮はゲームや漫画、後はネットを漁って得た知ったかぶりの知識でしかない。そんな調子だから、この世界に転生した後、役に立った知識なんて結局一つも有りはしなかった。

 

 この世界で俺がやっている戦争は現実だ。何度でもやり直せるゲームとは違う。そのくせチートスキルなんていう都合のいい、人を戦うための兵器に仕立て上げる不可思議な現象だけは存在しているときた。

 

 俺自身、自分がどうしてこの世界に来たのかもわからないし、この先どうなるかも見当がつかない。だが少なくとも、俺のこのチートは間違いなくこの世界を歪めていると感じていた。

 

 この力があれば俺は戦場で生き延びれるかもしれない。いや、もしかしたらどんな敵にも負けない最強の存在になれるかもしれない。

 

 だけど、それは同時に、誰かを不幸にするだけの忌まわしき呪いでもある。俺はこの力を、そして自分自身を呪っていた。

 

 そんなことを内心で思っていると、頭上のコクピットから鷹峰がくっくっと笑う声が降ってきた。

 

「凡人とはね。隊長のそのセリフ、日本空軍のパイロット連中に聞かせてやりたいッスわ。アイツら、どんな顔するかな」

 

「どういう意味だ?」

 

「満州国きっての空戦エース、スカイレイこと巣飼零士の名は日本軍でも有名なんスよ。平和憲法に縛られた敗戦国の空軍パイロットじゃ足元にも及ばない、本物の死線を潜り抜けてきたエースパイロットだ。誰もがアンタに憧れてるのさ」

 

「莫迦莫迦しい、何がエースパイロットだ。俺は名を上げようなんて思っちゃいない。必死に生き延びてきただけだ。……憧れているのは俺じゃなくて、実戦という名の幻想だろう」

 

「ま、そうかも知れないッスね。専守防衛の名の下に手足を縛られた軍隊モドキでしかないことへのフラストレーションが半分、そして隊長、アンタへのやっかみも半分ってところッスよ。練度じゃ負けていない。憲法の縛りさえなけりゃ俺たちだって実戦で縦横無尽に活躍してみせる、って誰もが思ってる」

 

「…お前もか。実力を証明したくて、だから好き好んでこんな最前線へやってきたってのか」

 

「迅雷のトールこと、鷹峰徹の名が歴史に刻まれる日がいよいよやってきた、ってところッスかね」

 

「刻むのは歴史じゃなく墓碑銘の間違いだろう。今のうちに石材屋に電話しておけ。その小っ恥ずかしい異名を墓石に刻んでおいてくれってな」

 

「日本空軍でのTACネームはスターホークでしたよ。スターファイターの鷹、その空戦機動の鋭さは雷鳴の如し。故に迅雷のトールの異名で呼ばれた。…あ、トールってのは雷神トールと、俺の名前である徹を掛けて──」

 

「無駄に異名の多いやつだな。やかましい。今のお前はせいぜい猫の運転手だ」

 

「なるほど、トムキャットドライバーの鷹って訳ッスね。略してトムホーク。いいね、俺の新しいTACネームはこれで行きましょう」

 

「能天気な奴だ。言っておくが、この戦闘機の機長はお前じゃない。ホワイトだ。お前の任務は彼女の指示に従い、彼女を守ることだ」

 

「ホワイトってのは、ブリーフィングで作戦説明してたあの美人さんッスね。俺、ああいうクールビューティータイプも好みッスよ」

 

「彼女はお前のことなど好みじゃ無かろうよ」

 

「あ、ひでえ」

 

 鷹峰は苦笑しながら肩をすくめた。そこへちょうど、ホワイトのその人が格納庫内へ姿を現したのが見えた。

 

「噂をすれば何とやらだな」

 

 リリィ・ホワイトはロシア系アメリカ人だ。髪は短く切り揃えられていて、化粧気のない白い肌と切れ長の目が印象的な美人だ。

 

 その側にはもう一人、アビーも一緒に付き従うように歩いていた。

 

 アビーはトムキャットのそばに居る俺に気がつくと、すぐに俺から目を逸らすように別の方向に目を向けてしまった。とはいえ二人はそのままトムキャットに向かって歩き続けていた。つまり俺はあからさまにアビーから目を背けられたわけだ。

 

 なぜだろう、と訝しむには心当たりがありすぎる。俺はくすぐったいような感触を頬に思い出した。

 

(まあキスされた俺の方が目を逸らしたい気分なんだがなぁ……)

 

 あれ以来、どんな顔してアビーと会えばいいのか頭を悩ませていたわけだが、クラリスから、キスなんてものは欧米じゃ挨拶代わりで深い意味なんて無い、と聞いて俺も考え過ぎかと気が楽になった……

 

……と思っていたのに、その当の本人からこんな反応されたんじゃ、いよいよもってどんな顔をすればいいのか俺もわからなくなってきた。

 

 そんなことを考えている横で、トムキャットのコクピットから鷹峰が降り立ち、二人を出迎えた。

 

「はじめまして、ミス・リリィ。貴女のナイトの任を賜りました、鷹峰徹です。トムホークとお呼び下さい」

 

 そう言って鷹峰が右手を差し出すと、ホワイトはその手を握り返しながら言った。

 

「君が私のアッシーくんか。どうぞよろしく」

 

 鷹峰は一瞬だけ、その顔に戸惑いを浮かべたが、すぐさま笑顔で応じて見せた。

 

「こちらこそ宜しくお願いします。ところでその……アッシーくん、とは?」

 

「なんだ、知らないのか? 日本では

女性のエスコート役をそう呼ぶと聞いたのだが」

 

「それはいったいどこの日本のことっスかね……」

 

「あぁ、なるほど。転生者連中の前世日本のことだったか」

 

「転生者連中?」

 

「気にするな。それよりアッシー、私のことはホワイトと呼べ。ファーストネームを呼ぶには半年早い」

 

「たったそれだけの期間で良ければ喜んで我慢しましょう」

 

「ここで新入りが二週間生き残る確率は二割だ。せいぜい頑張るんだな」

 

「俺たちは同じ機体に乗る一連托生のパートナーでしょう?」

 

「脱出装置は後席の方が先に作動するんだよ」

 

 鷹峰はホワイトの言葉に苦笑いを浮かべるだけだった。

 

「じゃ、またあとでなアッシー」

 

 ホワイトは鷹峰の脇をすり抜け、そのままトムキャットの後部座席に座った。

 

「やーれやれ、俺の女王様は敵より手強いみたいッスね」

 

 鷹峰は苦笑いのままため息を吐くと、俺に背を向けてパイロット控室の方へと歩き去っていった。

 

 トムキャットのそばに残っていたのは一緒についてきたアビーだけだったが、彼女もまたラダーを登り、後部座席のホワイトの側で、機器操作の説明を始めた。その間、俺に声どころか視線すら合わせてくれなかった。

 

(嫌われている……訳ではなさそうだな)

 

 俺のそばを通り過ぎたとき、彼女の顔が耳まで赤く染まっていたのが見えたからだ。

 

(うーむ、分からん)

 

 俺は女心どころか他人の内心すら理解できないコミュ障の元引きこもりだ。だからこれ以上は考えるだけ無駄だった。なので俺も控室へ戻ろうと思い、トムキャットの側から離れかけた、その時だった。

 

「あ…レ、レイ、待って!」

 

 背中にアビーの声を受けて、俺は足を止めて振り返った。

 

 アビーがラダーから降り立ち、何か言いたげに俺の顔を見つめていた。

 

「レイ……」

 

 数歩ほど離れたところで足を止め、俺の名を口にしたきり、彼女は口籠もった。何か言いたいけれど、うまく言葉が出てこない、と言った感じだ。

 

 正直、俺もそうだ。先日、彼女の唇が触れた頬が熱くなってきた。

 

「どうした?」

 

 俺は努めて平静を保ちながらそう訊ねた。するとアビーは一瞬目を伏せたがすぐに顔を上げ、真っ直ぐに俺を見つめてきた。

 

「この前の約束、覚えてる?」

 

「約束?」

 

 口では訊き返しておきながら、俺は無意識に自分の手で頬を撫でていた。

 

「生きて帰る、って約束よ。……私を独りで置いていったら、ダメなんだからね」

 

 アビーの言葉を聞いた瞬間、俺の顔はさらに赤くなったと思う。

 

「あ、ああ。わかっている」

 

 かろうじてそれだけ口にできた。

 

 アビーは俺の言葉を聞くと、ようやくホッと安堵したような笑みを浮かべた。

 

「レイ、あのね」

 

 アビーは再び顔を赤くして俯いた。今にも消え入りそうな声で言った。

 

「私、あなたのこと、好きよ」

 

 アビーはそういうと、駆け出して格納庫から出て行ってしまった。

 

「え……へ……?」

 

 いったい今、俺は何を聞いた? 何やら奇妙な幻聴を聞いた気がする。気のせいだろう、聞き間違いだ。そうだ、そうに違いない。

 

 なぁ、そうだろう、ホワイト?

 

 俺はトムキャットの後部座席に座るホワイトを見上げた。

 

 彼女はヘッドレストに頭を預けたまま、ニヤリと笑いながら俺を見下ろしていた。

 

「君も罪な男だな、レイ」

 

「なんの話ですか!?」

 

「アレックスには黙っておいてやろう」

 

「だからなんの話ですか!?」

 

「アビーから相談されたんだ。勢い余ってレイにキスしたけど、今更どんな顔して会えばいいのか分からないって。だから私は言ってやったんだ。自分の気持ちに素直になれってな。それでやっと決心がついたようだ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。つまり…その…アビーは俺を…?」

 

「目の前で今はっきりと言われただろう」

 

「聞き間違いだ…あ、ありえない…お、俺なんかが……」

 

 ホワイトは呆れたようにため息をつくと、後部座席から降り立って、俺の肩を叩いた。

 

「君は自分を過小評価しすぎる。度が過ぎるとクソボケと呼ばれるぞ」

 

「自分でもそう思ってますよ…」

 

「童貞を拗らせた見本だな、君は。アビーも面倒な男を好きになったものだよ」

 

 ひどい言葉だが一切反論できない。パニックになりかけて動けない俺を残し、ホワイトもまた控室へと去って行ってしまったのだった。

 

※※※※※※

 

 アビーさんがレイ隊長に何かを伝えたその光景を、私は、同じ格納庫にある愛機・フィアットの側から眺めていた。

 

 ここからトムキャットまではそこそこ距離があるので、アビーさんが何を言ったのかは聞こえなかったけれど……

 

 顔を真っ赤に染めながら全力疾走で格納庫から飛び出して行ったアビーさんと、呆然とした顔で立ち尽くすレイ隊長の様子を見れば、だいたい何を言ったのかは想像がついた。

 

(アビーさんの気持ち、やっぱりそうだったんだ……)

 

 アビーさんがレイ隊長にキスしたという話を聞かされた時から、まあそういうことだろうとは思っていたけれど、しかしこう、直接その光景を目の当たりにしてしまうと、うん、その、なんだろう。

 

 すごくモヤモヤする。

 

「やっほー、ク〜ラリス」

 

 不意に、傍から能天気な声をかけられた。相棒のマオだ。彼女は振り向いた私と目が合うなり、うわ、と声を漏らした。

 

「どしたのさ、そんな怖い顔しちゃってさ?」

 

「別に何でもないわ」

 

 私が答えると、マオは私の隣に並んでトムキャットが駐機している方向を眺めながら、「ふぅん」と呟いた。

 

「クラリス、もしかして隊長からまた罰でもくらった?」

 

「どうしてそうなるのよ」

 

「隊長のこと睨んでりゃ、そう思うって。まして前科ありだし?」

 

「…………」

 

 マオに言われたくは無いけれど、隊長から何度か雷を落とされてるのは事実なので、言い返すことができなかった。

 

「なんだ、またやらかしたのか?」

 

 マオとは違う、男性の声がそう問いかけてきた。同じく近くにいたミッキーこと三木光さんだ。

 

 彼は私のフィアットの隣に駐機していたF-5フリーダムファイターの点検を終え、私のそばに歩み寄ってきたところだった。

 

「また、と言われるほどしょっちゅうやらかしているわけじゃありません」

 

「どうだかな。クラリス、君はレイが絡むと対応が素っ気なくなる。あまり上手くいって無いのか?」

 

「そういうんじゃありません」

 

「なら良いがな。今回はいつものミッションとは違う。何が起きるか分からん状況だ。個人的な感情でチームワークを乱さんようにな」

 

 それだけ言うと、整備を終えたばかりのF-5のコックピットに潜り込み、機体の最終チェックを始めた。相変わらず真面目で仕事熱心な人だ。

 

 私は小さく嘆息すると、改めてトムキャットの方を見た。アビーさんはまだ戻ってきていない。レイ隊長はというと、まだぼんやりとした表情で佇んでいた。

 

(ミッキーさんの台詞、レイ隊長にこそ言うべきじゃ無いかしら)

 

 モヤモヤが晴れないままそう思っていた時、格納庫内にスクランブルを告げる警報が鳴り響いた。

 

 出撃だ。警報に続き、格納庫内のスピーカーから狭山司令の声が響いた。

 

『たった今、地上レーダーが政府専用機らしき目標を探知した。位置は黄海海上空第32エリア。第一小隊は現場の状況確認のため直ちに出撃せよ!』




ーーあとがきーー

 基本的にアビーの言動はAIに任せてます。こちらでシチュエーションとレイの言動を書き込み、アビーがどんな反応するかをAIに書かせるという形式。

 AIさん恋愛脳なもんですぐにアビーとレイをくっつけたがる。これまでも「早い、早すぎるよ!?」ってな感じでイチャラブに持ってこうとするAIの文章を訂正してきましたが、流石に抑えきれなくなり、告白されてしまいました。

 こっから先、どうすっかな……。


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第21話・大統領、誘拐(2)

 航空機アクションものなのに、空戦するの久々な気がする…


 出撃命令から数分と経たず、俺たち第一小隊は空へと舞い上がっていた。基地上空で編隊を組み、要撃管制官から示された針路に機首を向ける。

 

 目指すは黄海。政府専用機がその上空を朝鮮半島へ向けて真っ直ぐに飛行しているのを、沖縄と九州それぞれにある在日米軍のレーダー基地が捕捉していた。

 

 それはすなわち、俺たちが政府専用機の元へ辿り着くには、朝鮮半島を超えてさらに西へと向かわなければならないということだった。

 

 つまり朝鮮社会主義人民共和国領を通り抜けることを意味する。当然、戦闘も避けられない。

 

「本当にこの針路でいいんだな? 朝鮮軍に攻撃されても反撃するな、なんて命令は受け付けないからな」

 

 俺は作戦司令室にいる筈の狭山司令に向かって声をかけた。

 

『今更、覚悟の上だ』

 

 狭山司令は短く答え、そしてこう続けた。

 

『朝鮮半島が反乱軍の拠点となっているのは誰もが知るところだ。その上、政府専用機の針路は真っ直ぐ平壌空港を目指している。今回の一件、朝鮮が表立って反乱軍に協力しているのは間違いないだろう。一刻を争う事態だ。狂った独裁者なんぞに遠慮は無用。朝鮮半島上空を全力で突っ切り、政府専用機を確保せよ!』

 

 了解、とだけ返し俺たちは空を駆けた。

 

 内心ではとんでも無くヤバい作戦に加担していることは理解している。しかし命令は命令だ。俺はそれに従う。

 

 これは思考放棄じゃない。これは狭山司令個人の暴走では無く、満州国の総意であり覚悟であるはずだった。

 

 もしそうで無くとも、そうなる。誰がなんと言おうとも、だ。満州国にとって大統領の存在はそれほど重要な位置を占めていた。

 

 まもなく朝鮮領空に差し掛かろうとした時、俺の耳に通信機を通して朝鮮語が聴こえてきた。

 

「朝鮮の人民空軍からの警告だ」

 

 そう言ったのはミッキーだった。流石は語学センスを買われて諜報機関に引き抜かれた元スパイだ。彼は通信機越しの不明瞭な朝鮮語をすぐに訳して伝えてくれた。

 

「領空侵犯機に告ぐ、一分以内に引き返さなければ撃墜する。だそうだ。ホワイト、こちらから何か言い返すことはあるか?」

 

「問答無用だ」

 

 トムキャットのホワイトの声が届いた。

 

「キャットワンから各機へ。前方、朝鮮人民軍の迎撃部隊と思われる戦闘機群を発見」

 

 レーダーを確認すると確かに敵影が映っていた。数は十機以上。対するこちらの戦力は五機。圧倒的不利だ。

 

 しかし、だからといって逃げるわけにはいかない。ホワイトが俺たちに対し、矢継ぎ早に指示を下す。

 

「先ずはトムキャットで遠距離ミサイルを叩き込み敵編隊を崩す。発射と共にダイヤモンド陣形を組んで突っ込むぞ。一撃を加えた後はそのまま黄海目指して離脱する。先頭はトムキャット、しんがりはスカイレイだ。──レイ、君に私たちの背中を預ける」

 

「了解だ」

 

 返事と同時にトムキャットの主翼下ハードポイントに搭載された六発の長距離空対空ミサイル、フェニックスが放たれた。最大射程200Km、慣性飛行後、自らアクティブレーダーを発してターゲットを追尾し攻撃を加えるタイプだ。

 

 200Km先の目標など機種はおろか戦闘機か民間機かどうかも判別不能だ。しかし民間機は編隊飛行などしないし、そもそも今回は攻め込む側であるので、立ちはだかるものは問答無用で撃ち倒す覚悟だった。

 

 トムキャットから放たれたミサイルが、白煙の尾を引きながら遥か前方へ飛び去っていく。俺たちはトムキャットを先頭に編隊を組んだまま加速、敵編隊へと突撃する。

 

 ミサイル到達予想時刻になり、トムキャットパイロットである鷹峰が結果を告げた。

 

「命中三、不明三。目標残り八機。敵は編隊を乱し散開した」

 

「アッシー、針路215度だ。まだ編隊を維持している奴が三機いる。コイツを叩く」

 

 ホワイトの指示でトムキャットが針路をわずかに変更し、加速を開始。その動きに俺たち他の四機が追従。

 

 ホワイトからの指示が飛ぶ。

 

「アッシー、トムキャットの短距離ミサイル用意。惜しむな、ロックオンした片端から撃ち落とせ。ミッキー、マオ、トムキャットのミサイル発射後、前方に出て機関砲で牽制射撃を加えながら突破しろ」

 

 指示の直後、トムキャットの翼の下に搭載していた短距離空対空ミサイル・サイドワインダーが次々と放たれた。ミサイルが白い航跡を残しながら飛翔していく。

 

 そのミサイルを追うようにミッキーのフリーダムファイターと、マオのライトニングがアフターバーナーを吹かせ、加速しながら前方へ出て、機関砲を放つ。

 

 その向かう先で閃光と爆発が立て続けに起きた。

 

 敵機がブレイク。散開するなかをフリーダムファイター、ライトニング、トムキャット、フィアットが飛び抜ける。

 

 散り散りにされた敵機が慌てて反転し追撃に移る。

 

 しんがりである俺はその様子を味方編隊から離れた後方上空から眺め下ろしていた。

 

 先行する四機の背後に回り込もうとする敵機を、さらに背後から攻撃するのが俺の役目だ。しかし俺の背中を守る奴はいない、危険なポジションでもある。俺はコクピットで独り、言葉を漏らした。

 

「背中が寒い。……アレックスが居ないせいか」

 

 味方編隊の背後に回り込もうとする敵機を見つけ、俺はその背後に向けて機首を向ける。

 

 敵の機種は旧式のMiG-17。俺はスロットルレバーを押し込みパワーダイブ。敵戦闘機との相対高度差がどんどん縮まっていく。

 

 サイドワインダーロックオン。

 

「フォックス2」

 

 機体下部から放たれたミサイルが一直線に飛んでいき、そして敵機に突き刺さった。爆炎が上がる。

 

 俺はそれを一瞥すると、すぐに操縦桿を操り旋回。先行する仲間と合流するべく機速を上げた。他の敵機はもう着いてこれないようで、その距離はみるみると開いて行った。

 

「高度を1000フィートに落とせ」

 

 ホワイトからの指示。彼女は続けた。

 

「ここから先、朝鮮半島上空を駆け抜けるぞ。いつどこから地対空ミサイルが飛んでくるか分からん。低空飛行のまま黄海を目指す」

 

「了解」

 

 高度を低く保ちつつ、起伏の多い土地を飛び抜ける。

 

 朝鮮半島の土地は痩せて赤茶けており、山々にはほとんど木が無ければ、田畑にもあまり作物が育っていない。まるで砂漠地帯のような土地だ。

 

 この国は第二次世界大戦終結後、日本から分離独立したものの、北朝鮮こと朝鮮人民民主主義共和国と、南の大韓民国の二つの国家に分裂した。

 

 しかしそれから数年後、満州国での内乱発生と呼応するかのように、北朝鮮軍が大韓民国へ侵攻し、朝鮮戦争が勃発。半島全土を焦土と化す激戦の末、大韓民国は敗北し、済州島へと追いやられてしまった。そして北朝鮮が「朝鮮社会主義人民共和国」と改名し、半島唯一の国家となったのだ。

 

 しかしその治世が碌なものでは無さそうなのは、こうして高速で低空飛行しているだけでも充分見て取れた。荒野に告ぐ荒野。緑はほとんどなく、あってもそれは痩せた畑に芽吹いた僅かな野菜でしかなかった。都会のような高層ビルはどこにもない。未舗装の道には車やバイクの姿は無く、時折り農夫らしきものが引く大八車がポツリポツリと見えるだけだった。

 

 こんな場所でも人は住んでいるんだな。そう思いつつも、どこか哀愁漂う景色だった。

 

 やがて、視界の端に海が見えてきた。黄海だ。俺たちは速度を落とし、編隊を組み直す。

 

 その時だった。レーダー画面上で新たな反応が現れた。その数は五機。

 

「新手だ。待ち伏せされたな」

 

 俺は呟きつつ、まあ当然そうだろう、と内心では思っていた。戦闘の再開に備えスロットルを押し込もうとした時、ホワイトが言った。

 

「いや、待て。まだ仕掛けるな。待ち伏せでは無さそうだ」

 

「どういうことだ?」

 

 ホワイトは俺の問いには答えず、代わりにミッキーにこう問いかけた。

 

「ミッキー、聴こえているか。航空用の国際無線だ。連中がどこかと交信している」

 

「ああ、聴こえている。──どうやら相手は政府専用機のようだ」

 

「やはりそうか。この敵編隊は政府専用機を確保するために出てきた部隊だ。ミッキー、交信内容を解読しろ」

 

「もうやっている。……しかしまさか、なんてこった…」

 

「ミッキー?」

 

「機内ではまだ銃撃戦をやってるらしい。ハイジャックした反乱軍に対し、大統領のボディガードが反撃している」

 

「そうか、まだ抵抗が続いていたか。大統領は無事か?」

 

「そこまでは……いや、今会話に出てきた。大統領はコクピットに立て篭っているそうだ。…くそ、連中、政府専用機に対して撃墜命令を下したぞ。どうやら大統領の身柄確保は諦めたらしい。ハイジャックした連中もろとも吹き飛ばして殺すつもりだ」

 

「領空を強引に突破して正解だったな」

 

 ホワイトの呟きは、静かでありながら、どこか獰猛な響きをしていた。彼女は続けた。

 

「各機散開! 政府専用機を墜とさせるな。敵を叩き潰せ!」

 

 俺たちは一斉に増速。敵機との距離を詰めていく。その様子に気付いた敵機が慌てて回避機動を取り始めた。俺はそれを追うように機体を滑らせる。敵機との距離がみるみるうちに縮まり、ミサイルの射程に入った。

 

「フォックス2」

 

 俺はトリガーを引く。ミサイル発射と同時に機首を引き上げ上昇。ミサイルの航跡を残しながら敵機へ接近。

 

 敵機はフレアを連続射出しながら急旋回しミサイル回避機動をとる。俺はそれに合わせ同じく急旋回。

 

 ミサイルはフレアに引かれて外れたが、その間に俺のスカイレイは敵機を機関砲射程内に収めていた。HUD(ヘッドアップディスプレイ)の中心に旋回を続ける敵機の姿を捉える。相対距離は約1,000ft。メートルにしておよそ300といったところだ。

 

 これまでの機関砲であれば、このまま撃っても当たらない。敵機の未来位置に機首を向ける必要があった。しかし仰角をつけた改装機関砲なら、果たしてどうなるか。

 

 俺は操縦桿の武装選択スイッチを機関砲に入れた。火器管制レーダーが機関砲モードに切り替わり、HUDに敵機に対する弾丸の飛来予想位置がレティクル(照準環)として表示される。それは敵機としっかり重なっていた。

 

「フォックス4」

 

 俺は機関砲攻撃を宣言するとともに引き金を引いた。放たれた曳光弾が敵機の主翼を撃ち抜く。敵はそのまま錐揉み状態で墜落していった。これで二機目。俺はスロットルレバーを押し込み、次の獲物を探す。

 

 だがそこへ、

 

「レイ、6時方向に敵機。ブレイクポート」

 

 ホワイトからの通信を受け、俺は反射的に左へ急旋回する。後方から迫っていた敵機が俺を追尾すべく同じ方向へ旋回するが、俺はそれよりも早く右へと切り返していた。

 

 操縦桿を手前に引きつけつつ、推力偏向ノズルを上に向ける。その瞬間、スカイレイはほとんど直角に近い角度で急旋回し、同時に機体は横滑りを起こしていた。

 

 急激なGで内臓が圧迫される。視界がグルリと回転し、一瞬意識が飛びそうになるがなんとか堪えた。耐Gチートスキルの強化に加えてコツコツと耐G訓練も続けていた甲斐があったというものだ。

 

 しかし俺の身体は持ち堪えられたものの機体にも凄まじい負荷がかかったようで、あちこちから軋むような音が聞こえてくる。

 

 俺は推力偏向ノズルを定位置に戻しながら再度左旋回。背後にいた敵はスカイレイの急激なシザース機動に併せて切り返そうとしていたが、しかし旋回能力は圧倒的にこちらの方が上だった。

 

 敵機が前方にオーバーシュート、今度はこちらが追いかける番だ。

 

 レーダー上で敵機の位置を確認しロックオン。サイドワインダー発射。敵機はフレアを散布しつつ回避行動に入る。

 

 その動きを読んでいた俺は、敵機の回避行動に併せて旋回、機関砲を発射した。機体中心部へ曳航弾が吸い込まれるように着弾し、大量の破片が煌めきながら空中に散乱する。

 

 敵機は煙を引きながら落下していった。

 

「グッキル」

 

 ホワイトは俺にそう告げると、すぐに別の僚機に対して指示を飛ばす。

 

「マオ、敵への攻撃に五秒以上かけるんじゃ無い。背後に別の敵が回り込んで来ているぞ。クラリスはマオを援護しろ」

 

 流石はホワイト、的確な指示だ。

 

 彼女を乗せたトムキャットはミサイルを既に撃ち尽くし、今は戦闘空域を見下ろせる高空へ退避している。彼女はそこで敵機の動きを監視し、俺たちの戦術指揮をとっていた。

 

 その護衛にはミッキーのフリーダムファイターがついており、彼はトムキャットの周囲を警戒しつつ敵の交信に耳を澄ませていた。

 

 待機中にミッキー自身から聞いた話だが、奴のフリーダムファイターには暗号通信を傍受するための特殊な改装が施されているらしい。

 

 狭山司令の指示による改装と任務だそうだが、敵地のど真ん中で空戦しながらパイロット自身がスパイ活動をするなどオーバーワークもいいところだ。だからミッキーは積極的に戦闘には参加していない。

 

 クラリスはマオと組んでいるので、必然的に俺はソロで戦っていた。ホワイトが戦闘機部隊のリーダーとして俺をフォローしてくれているが、それでも背中が薄ら寒い。

 

──この前の約束、覚えてる?

 

 不意にアビーの言葉が脳裏をよぎった。

 

「レイ、敵が接近中。ブレイクポート」

 

 再びホワイトの声。

 

 俺は操縦桿を一気に押し込むと同時にフットバーを踏み込んだ。機首を急激に下げ左旋回しつつ急降下。直後に頭上を敵が放ったであろうミサイルが通過していく。

 

 俺はそのままの勢いで海面スレスレまで降下すると、機体の引き起こしと同時に急上昇をかけた。

 

 急激な機動によって発生した遠心力で身体がシートに押し付けられる。Gに耐えながらもなんとか上昇軌道に復帰する。敵は既に振り切っていた。回避成功だ。

 

──生きて帰る、って約束よ。……私を独りで置いていったら、ダメなんだからね。

 

 お守り代わりにくれたキス。戦闘中だというのに頬がむず痒い。

 

「験を担がせてもらうぞ、アビー」

 

 俺はスロットルレバーを押し込みアフターバーナー点火。スカイレイは猛スピードで加速し、戦闘空域へと舞い戻った。



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第21話・大統領、誘拐(3)

 接敵から数分、五機いた敵機は、レイ隊長が瞬く間に二機を撃墜し、残り三機となっていた。

 

「マオ、敵への攻撃に五秒以上かけるんじゃ無い。背後に別の敵が回り込んで来ているぞ。クラリスはマオを援護しろ」

 

「こちらクラリス、了解しました」

 

 ホワイトさんからの指示に従い、私は敵機に狙いを定める。

 

 私のバディであるマオが一機を追っているうちにその背後を別の敵機に突かれていた。私はホワイトさんの指示に従い、さらにその背後から敵機に迫った。

 

 短距離ミサイルロックオン。それに気づいた敵機が慌てたように急旋回し回避運動に入る。それに合わせて私も急旋回、敵機にさらに接近する。

 

 敵のMiG -17は格闘戦能力に秀でたMiG-15の発展版だが、ミサイルや電子兵装などの装備を増強した分、重量増加により最高速度や格闘戦能力が低下していた。その上、増強した装備も西側諸国の装備に比べて見劣りすることから、西側諸国では旧式機として分類されている。

 

 もっとも、私のフィアットもMiG17とほぼ同世代の旧式機だった。しかし第八八隊特有のKPによる機体改装や私自身へのスキル取得があるので、基本スペックの低さをそれで充分に補い、敵よりも優位に立つことができる。

 

 敵機との相対距離が縮まるにつれて視界が狭まっていく。敵機の動きがスローモーションのように見えてくる。意識だけが異様に研ぎ澄まされ、まるで自分の肉体から切り離されたかのような錯覚を覚える。

 

 ミサイルロックオンを知らせる電子音に重なるように別の警報が鳴り響いた。爆発危険界に侵入していることを示す警報だ。ロックオン目標との距離が近すぎて、ミサイルが目標付近で自爆した際に自機も巻き込まれる恐れがある。

 

 しかし私は、そんなことは承知の上で距離を詰め続けた。

 

 敵機まで距離200mを切ったことを確認し、私は武器選択スイッチを機関砲に切り替えた。コクピット内のHUDに表示されたターゲットマーカーは旋回を続ける敵機より下方に位置していた。私は操縦桿をさらに手前に引き込み、フィアットをさらに鋭く急旋回させる。機首が相手の進行方向へ向き、それと連動してターゲットマーカーが機体の中央に重なった。

 

 私は敵機を見据え、ターゲットマーカーの位置がブレて主翼に移動した瞬間を狙ってトリガーを引いた。機首から放たれた弾丸が敵機を捉える。

 

 敵機の主翼に穴が空き、フラップの一部が落剥した。それでも旋回を続けようとしていた敵機は主翼へのダメージによりバランスを崩して失速し、海面へ向かって急降下していった。

 

 もう充分だ、トドメを刺す必要は無い。私はフィアットを旋回させ、再びマオの援護に戻る。

 

 しかしもう援護の必要は無さそうだった。マオは私がさっきの敵と戦っている間に、彼女が追っていた敵機をミサイルで撃墜していた。その様子は、私のチートスキルである三次元高速演算とステータス・オープンで把握することができた。

 

 私の脳裏に広がる三次元俯瞰イメージ図には、敵機はもはや一機しか残っていなかった。

 

 視界には敵パイロットのステータスが表示されているが、それも既に二人に減っている。このうち一人は私が撃墜した機体のパイロットだ。墜落する機体から脱出できたらしい。

 

 残る一機はレイ隊長のスカイレイと巴戦を繰り広げていた。けれど、私とマオが援護に回るまでもなく隊長機があっという間に追いつめていった。

 

 あれが推力偏向ノズルの効果なのだろうか、レイ隊長の機体・スカイレイは敵機を追って旋回している最中、まるで横滑りするかのような異様な空戦機動を行いながらジリジリと高度を下げていた。

 

 敵機の方は懸命に逃げ回っているが徐々に追い詰められていく様子が見て取れる。そして次の瞬間、隊長機の機関砲攻撃を受けて空中分解を起こし、四散した。

 

 スカイレイの20ミリ機関砲四門の一斉掃射の破壊力は強大だ。その威力を示すかのように、ステータス表示から敵パイロットの表示が消えた。

 

(神よ、赦し賜え)

 

 心うちで無意識にそう呟いていた。誰への赦しを乞うているのかもわからぬままに。

 

「捉えたぞ、南南西だ──」

 

 通信機からホワイトさんの声が響き渡った。

 

「──敵味方識別信号を受信、レーダー補足目標と方位一致。間違い無い、政府専用機だ。間に合ったな」

 

 ホワイトさんがそう告げると同時に、安堵のため息をついたのが聞こえた。

 

 けれど、

 

「まだ終わってないぞ。ここからが本番だ──」

 

 ミッキーさんが深刻な声で言った。

 

「──オープン回線で暗号が流れてる。こいつは政府専用機から緊急支援要請だ。大統領からの直接通信だぞ。みんな、俺が今から言う周波数に合わせろ!」

 

 ミッキーさんの言葉に私たちはすぐに行動に移った。

 

 周波数を切り替えた通信機から、ノイズ混じりに声が聞こえてきた。

 

『……こちらは政府専用機01号に搭乗中の満州国大統領、シミュラクラ=パライドリアである。満州国戦闘機部隊よ、聴こえているか。応答せよ』

 

 その問いかけに、ホワイトさんがすかさず応答した。

 

「こちら満州湖水上警察第八八隊部所属、リリィ・ホワイト軍事顧問です。任務は大統領閣下の捜索及び救助。周辺の敵機は片付けましたが、そちらの状況は如何ですか?」

 

『貴官らの迅速な対応に感謝する。私は現在、コクピットに立て篭り機体の制御はこちらが確保している。しかし敵はまだ機内にたくさん残っている。……機外からの支援攻撃を要請する』

 

「支援攻撃? しかし、どうやって…」

 

『撃て、この機体を』

 

 その言葉に、私を含めた全員が驚愕した。

 

『連中は今、コクピット後方の区画に集まっている。そこを機関砲で狙い撃て』

 

「危険過ぎます」

 

 ホワイトさんが動揺を隠しきれない声で訴えた。

 

「戦闘機の機関砲は20ミリ弾を高速発射するものです。そんなもので機体を撃てば、ハイジャック犯だけではなく機体そのものをへし折りかねません」

 

『知っているさ。でも、20ミリではない機関砲を装備している機体が、そこにいるじゃないか』

 

 その時、私は大統領がニヤッと笑みを浮かべるのがわかった。

 

「まさか……」

 

 私は、彼がこちらを指差したことさえ感じとっていた。

 

「ああ、そうだ。クラリス=フェルナーの愛機、フィアットG.91。搭載しているのは口径12.7ミリの機関銃。これなら機体をへし折らずに済む」

 

「っ!?」

 

 大統領の声が、耳元すぐ近くに聞こえた気がして、私は身震いした。

 

(何? 何なのこれはっ!?)

 

 ヘルメットの通信機とは明らかに質感が違う、これは生の声だ。まるで大統領が私のすぐそばにいるかのような───

 

 ──そうか、ステータス画面だ。私の視界の隅に、自分でも出した覚えのないステータス画面が表示されていたことに気が付いた。

 

 それは、大統領と、そして他にも十数人にも及ぶ人たちのステータス画面だった。

 

(そうだ、これは政府専用機に現在乗っている者たちのステータスだ。私も含めてね)

 

「っ!?」

 

 今のは現実の声じゃない、心の声だ。でも、私の心じゃない。大統領のものだ。彼の思考が直接伝わってくるのだ。

 

(あなたは何者なの!? 私に何をしたの?)

 

 私の問いに、大統領は愉快そうに笑いながら答えた。

 

(私は転生者だよ。君達と同じチートスキル持ちさ)

 

(テレパシースキル? でも、そんなスキルは聞いたことが無い)

 

 私が問うと、彼は否定した。

 

(テレパシーというなら君のスキルこそそうだろう。スキル・ステータスオープンは簡易テレパシー能力だ。私も似たようなスキルを持っていてね。だからこうして君とチャンネルを合わせることができた。サクラもそれを見越して君を派遣したのだろう。流石、私の娘の一人だ。有能な子だ)

 

(……)

 

 黙り込むと、また大統領の声が響いた。

 

(さあ、早くしてくれ。でないとコクピットは制圧されてしまう)

 

(……撃てと言うのですか。私に、人質ごと)

 

(ほう…君にもこちらの様子が見えていたか)

 

(見えているのは貴方の記憶です!)

 

 そう、私の脳裏には政府専用機内に居る大統領の様子と、その記憶が流れこんできていた。

 

 フィリピンでの訪問を終え飛行場を離陸した直後、政府専用機はハイジャック犯に占拠された。しかしそのハイジャック犯の正体は、大統領側近の部下たちだった。

 

 彼らは反乱軍から送り込まれたスパイたちだったのだ。彼らは反乱軍に内通し、大統領であるシミュラクラ大統領を暗殺すべく政府専用機に潜り込んでいたのである。

 

(手引きしたのは内閣の連中だろう。反乱鎮圧のために大統領に権限を集中させたことへの不満が高まっていたからな。まったくあの老害どもめ、自分らの利益しか考えていないくせに余計なことばかりしてくれる。まあいい、今更どうしようもないことだ)

 

 私は目を閉じ、心を落ち着けようとした。けれど、できなかった。こんなことは初めてだ。

 

(撃てないのか、クラリス=フェルナー。人質がそんなに気になるか)

 

(当たり前です。それに……子供じゃ無いですか、貴方の!)

 

 私は、泣きそうな声で叫んだ。

 

 政府専用機の中には、ハイジャック犯に捕らえられたシミュラクラ大統領とその家族たちが居た。その人数は十名ほど。皆、十代前半から半ばくらいの子供たちである。

 

 その母親たちは、ハイジャック犯たちにより既に皆殺しにされていた。

 

(ああ、確かにこの子達は幼い。だから何だというんだ? 私の子だ。私が生き延びるために犠牲になるなら本望というものじゃないか)

 

(ふざけないで! 貴方はそれでも人の親なんですか!? 子供を何だと思っているんですか!?)

 

(私の資産だ。大切な宝物だよ。ハイジャック犯もそう思っているようだ。子供を人質にして私にコクピットから出てこいと要求している。バカな話だ。私を殺した後、証拠隠滅のためどのみち皆殺しにされるというのに…)

 

 大統領のため息と共に、急に私の体が強張った。まるで、誰かが私の体を操り始めたかのように──

 

(さて、それではそろそろハイジャック犯の要求に応えてやろうかな。これ以上時間稼ぎしても仕方がない)

 

(待って、体が動かない、何をしたの!?)

 

(別に何もしていないよ。ただ、私の命令を君に伝えただけだ。私がハイジャック犯の姿を目視したら、その場所を撃て、とね)

 

 私はその言葉を聞いて愕然とした。

 

 操縦桿を握る手が勝手に動き、機体を政府専用機の方向へ向ける。私自身の視界に、遠くから飛来する政府専用機の姿が見えた。

 

 スロットルが押し込まれ、フィアットが加速して政府専用機に近づいていく。私の体は、私自身の意思を完全に無視していた。

 

(やめて!?)

 

(さあ、もうすぐ射程距離だ。準備はいいね)

 

 大統領が操縦系統を自動操縦に切り替え、機長席から立ち上がった。そう、機は大統領自身が操縦していたのだ。振り返ったコクピット内には、機長と副機長の死体が転がっていた。

 

(機体の爆破に失敗したハイジャック犯が、次に狙ったのがパイロットたちだったのさ。私は後部の貨物室で爆弾を解除した後、敵から奪った銃で戦いながらコクピットへ向かったが、辿り着く前に機長と副機長は殺されてしまった。制御を失って墜落する前にコクピットを奪還するのには随分と苦労したよ)

 

 大統領は笑いながら、コクピット後方のドアに手をかけた。

 

 ドアの向こうから誰かの声が聞こえる。子供の命が惜しければ出てこい、と叫んでいる。

 

 大統領は、わかった、今から出ていくから子供達には手を出さないでくれ、とまるで泣きそうな声をあげながらドアを引いた。

 

 そこに、座席に座らせた子供達に銃を突きつける男たちの姿があった。

 

(敵は五人か。機体前方のドアから数えて二つ後方の窓から七つ目あたり、だな)

 

(嫌だ、お願い止めて!)

 

 私は心の中で悲鳴を上げた。しかし無情にもフィアットは大統領が確認したとおり、政府専用機の真横から、その前部側ドアめがけ12.7ミリ機関銃の照準を合わせていた。

 

 大統領が扉を開けてからここまで全てが一瞬のことだった。時間は間延びし、開けた扉の向こうで数人のハイジャック犯たちがスローモーション映像のように構えていた銃をゆっくり持ち上げている光景が見える。

 

(ああ……)

 

 私の指が、私の意思とは無関係に引き金を引いた。

 

 フィアットの機首に装備されている12.7ミリ機関銃四門が火を噴き、曳光弾の群れが狙い違わず政府専用機へと飛んでいく。

 

 他の戦闘機に装備されている20ミリ口径の機関砲と比較すれば、この12.7ミリは小口径だ。当然、威力だって低い。

 

 だけど、それはあくまで高速戦闘する全長十数mもの航空機を撃墜するために必要な威力という意味だ。人間を狙って撃つにはあまりにも過大な武器だった。

 

 歩兵用の対人ライフルである7.62ミリ弾ですら、当たりどころが悪ければ手足がちぎれ飛ぶのだ。シベリア収容所からの逃避行中、共に脱走した仲間たちは追っ手からの激しい銃撃をその身に受けて、目も当てられないほど悲惨な死に方をしていった。

 

 そして今、それよりも酷い光景が、大統領の目には映っていた。

 

 毎秒百発近い弾丸が政府専用機の前部側ドアと周辺を貫通し、その付近にいたハイジャック犯たちを撃ち倒した。いや、それは撃ち倒したなんて生易しいものじゃ無い。彼らは肉片となって飛び散っていった。

 

(あ……ああ……!)

 

 私は、震えていた。自分がやったことが信じられなかった。けれど、現実に私の手は引き金を絞り続けている。

 

 窓ガラスがいくつも砕け、そのガラスは外へと吸い出されていく。高高度の空は気圧が低い。一気圧に保たれていた機内は、外部との気圧差で空気が激しい勢いで吸い出され始めた。

 

 吸い出されていくのは空気やガラス片だけじゃない。粉々になったハイジャック犯の肉片や、まだかろうじて原型を保っている死体、そして、巻き込まれ、座席に座らされていた子供たちも一緒に外へと放り出された。

 

 一瞬、子供特有の甲高い悲鳴が聞こえたような気がした。大統領の耳が捉えた声だったのだろうか。しかし、大統領は銃撃が始まるとすぐにコクピットのドアを閉めていた。

 

 私が今、目の当たりにした光景は、大統領がドアを閉めるほんの一、二秒の間に起きたことだった。大統領はドアを閉め、それに背中をもたれながら、ガタガタと全身を震わせていた。目の前で起きた惨劇に耐えられず、失禁さえしていた。

 

「おお、神よ。我を許したまえ」

 

(狂ってる! あなたは正気じゃない!)

 

(狂人には罪を問えない。責任能力が無いからな。私は大統領として、この罪を背負い続ける責任がある。狂うことは許されない)

 

 そう語る彼の肉体は恐怖に震え失禁さえしているのに、私に向けたその心の内は酷く冷徹だった。

 

 この男は、正気なのだ。何もかも理性的に思考し、自らの子供たちごとハイジャック犯たちを葬り去った。そのことに恐怖し、悲しみ、殺した子供たちへ懺悔する気持ちもある。

 

 だが、この男はそれを感じる己の心に、同時に満足さえしていた。

 

(私は昔から、無感動というのかな、そういうところがあったんだ。周りが盛り上がろうが、悲しもうが、全て他人事のように思えてしまう。だけどアスペルガーのような精神疾患とか、そんな大袈裟なものでは無いんだな。こうやって悲惨な光景を目の当たりにするたび、ちゃんと感情を揺さぶられる自分が居る。そのことにとても安堵するんだ)

 

 この男の言葉を聞いているうちに、私の中で何かが壊れていく音がした。

 

(あなたは怪物よ、人間じゃない)

 

(狂人でなければ怪物とはね。ふふふ、内乱国家の大統領なんてものを長年やっているんだ、怪物にもなるさ。だがね、君だって同類さ)

 

(私は貴方とは違う…っ)

 

(戦場で不殺の信念を貫き続けるなんて、狂人で無ければ怪物さ)

 

 大統領があざ笑うように言った後、不意に、私の体に自由が戻った。

 

 フィアットは既に射撃を終え、政府専用機から離脱していた。

 

『ご苦労、クラリス。こちらは大統領だ。君の勇敢な行為によりハイジャック犯たちは殲滅された。ありがとう』

 

 政府専用機が旋回し、朝鮮領空から離脱するコースを取った。

 

「キャットワンから各機へ」

 

 リリィさんからの通信だ。

 

「政府専用機内の制圧を確認。政府専用機は大統領ご自身が操縦される。我々はこれより政府専用機護衛の任務に就く。以上」

 

 私は、どうすればいいのか分からなくなっていた。

 

 自分の手は汚れている。人を撃ったのだ。それが大統領に操られた行為とはいえ、私はハイジャック犯だけではなく子供さえ殺してしまったのだ。こんな手で、これからどうやって生きていけば良い?

 

 呆然としながらも、私の体はまるで自動機械のように機体を操り、政府専用機を取り囲んで飛ぶ仲間たちに加わって、寸分の狂いもなく編隊飛行を始めた。

 

 こんな芸当ができてしまうのも、チートスキルのおかげだろう。養成所でのたった二週間という短期間の基礎訓練にも関わらず戦闘機乗りとして必要な技能を全て身につけることができたのも、チートスキルによるものだ。これさえあれば、体は勝手に動く。

 

 そういえば、チートスキルは元々大統領のみが身につけていた力だったという噂を思い出した。私たちパイロットのスキルは、それを分け与えられたものに過ぎないのだ、と……

 

「キャットワンから各機へ。我々はこれより南下して日本の領空に向かう。山口県にある在日米軍岩国基地が迎え入れてくれるそうだ」

 

 リリィさんの指示で、私たちは針路を変えた。

 

 対馬海峡を越えて日本海へと向かう途中、私はコクピット内で独り、何度も嘔吐を繰り返した……

 

 

 



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