暁美ほむらの依頼/時間跳躍の法則 (あおい安室)
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法則1:暁美ほむらの探偵は本屋にいる
一応その残滓っぽいのはあるけどそれを多分コメディが塗りつぶすことになる気がする……
その前に一つ自論を語らせてくれ。
もしも。この世界に運命の出会いがあるのなら。
それはいつもの日常に紛れて突然遭遇する物だと自分は信じたい。
だって、その方が面白いと思わないかい?
通学途中のちょっとしたトラブルや、授業中に急遽襲来したハプニング、放課後の一時に起きるアクシデント等――なんか厄介事ばかり想定しているな、自分。でも、そんな感じで運命の出会いが訪れると考えたら……物語を読むのが好きな自分からしてみると、すごく面白いことなんだよ。
実際のところ、自分が遭遇した運命の出会いはそういう出来事だったからね。
さて、まずは軽い自己紹介から始めよう。自分は見滝原に住んでいる中学生で、趣味は読書で部活は一応文芸部……もっとも部員不足で活動停止しているから実態は帰宅部だけどね。
見滝原は日本の地方都市なんだけど、近年都市開発が活発に進んでいることもあって街に並ぶ建物のほとんどが日本離れした海外の建築物じみていることがウリの一つ。自分はこの町を物語の舞台となる街と内心呼んでいる。明らかにぶっとんだ構造やデザインの建築物も多いし。
ただ、そんな街で普通の中学生として生きることは正直言って退屈だった。
こんなマンガやアニメみたいな町なのに自分が過ごしているのは平凡かつ平和で退屈な日常。アタリマエじゃない街なのに、そこに流れている時間がアタリマエということに不満があった。
中二病の類でも患ってるんじゃないか、なんて笑いたいなら笑ってくれ。例えるなら……ほら、夢の国とか言う遊園地にずーっと住んでいるのに、パレードとかアトラクションが全くなくて、普通に遊園地を清掃するだけの日々が続いたらつまらないだろう?え、例えが下手?ごめんね。
とにかく。自分はこのアタリマエの日々に変化が欲しいといつも願っていた。
だからスーパーヒーローやファンタジーの世界を描く本を読むことに夢中になったのだろう。今日も放課後に書店を訪れて色々な本を物色しようとしていたら――運命の出会いを果たした。
いつも通り。普段通り。好みの本を手に取ってレジへ向かっていると。
「そこのあなた、ちょっといいかしら。何を買うつもりなの?」
突然呼び止められて振りむく。そこにいたのは同級生か年下くらいの黒髪の少女だった。少女が身に纏っているのは他校である見滝原中学校の制服で、恐らく初対面のはずだったが、妙に馴れ馴れしい。自分が忘れているだけでどこかで会ったことがあるのだろうか、と考えていると。
「それが買う予定の本ね。見せなさい」
少女は有無を言わせずに自分が抱えていた購入予定の本を勝手に奪って本のタイトルや帯などを確認すると、彼女は奇妙な反応を見せた。
「……っ、日常物ラブコメ。最悪のパターンじゃない」
本のジャンルを見るとなぜか落胆される一連までの奇妙な出来事。これが自分にとって彼女との運命の出会いだった。少なくとも、今ここにいる自分にとってはそうだと考えてる。
落胆した少女が立ち去ろうとするのを慌てて引き止める。君はいったい何者だ、自分が日常物ラブコメを買ったら何か君に不都合でもあるのか。あ、もしかしたらこれ読みたいの?とか。色んな言葉をかけて彼女を呼び止めると、彼女はため息を吐いた後にこう言った。
「6、4、5、1、2、6、3、2、1、5」
突然10個の数字を述べたことに首をかしげていると、メモを取ったかと問われたので慌てて携帯にメモした。その後彼女はこういったのだ。
「それ、あなたの学校で明日ある予定の小テストの回答よ。これが何を意味するのか分かったら今日と同じ時間に隣の喫茶店に来て答えを聞かせて。待ってるから」
言いたいことだけを言うと、こちらが質問する前に少女は人ごみに紛れてあっという間に見えなくなってしまった。まるで魔法でも使ったかのように一瞬で姿が消えているのだ。レジの店員の咳払いに気が付くまで、自分はどこかにいってしまった少女の姿を探していた。
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翌日。小テストの回答を少女に言われた通り回答すると、見事に10点満点だった。いつも6~8点くらいなのに珍しいこともあるものだ、などと隣の席のクラスメイトには言われたが。
これで少女の正体に確信を持った。
放課後になると急いで昨日の書店に併設される形で営業している喫茶店を訪れた。一番隅の方にある二人用の席に少女はいた。自分を見つけた少女はティーカップを掲げてニヤリと微笑む。
「それで。ここに来たということは私の正体がわかったのかしら、探偵さん?」
探偵なんて大それたものではない、と前置きした上で彼女のからかい言葉にこう返した。
君と比べたら探偵なんて小洒落た称号は消し飛ぶさ、
「ふふっ……どこのあなたも最初はそういうのね。その答えは50点よ」
50点。半分は正解。その上で考慮すべきは――『どこのあなた』。この言葉だ。
テストの回答を知っていたことから恐らくは未来預言者か時間旅行者のどちらかと思っていたが、後者で50点ということは時間に関連しているのは確実。つまり、この少女の正体は。
「わかったみたいね。それじゃ、自己紹介と行きましょうか」
ちょうど通りかかった店員に少女は追加の紅茶と自分へのコーヒーを注文する。少女が注文したコーヒーは自分が何度もこの喫茶店で注文していたお気に入りで、彼女の正体への確信を強めた。少女はコトリとテーブルの上にあるモノを置いた。違う世界から飛び出してきたようなモノ。
それは紫色の卵型の宝石に装飾を施した、不思議な雰囲気を感じさせるモノ。宝石の表面をクルリと指でなぞると、自分を指さしながら少女は自らの正体を明かした。
「私は
予想通り。未来のことを知っており、自分と比較できるほどにどこかのあなたと出会っている存在となれば……何度も同じ時間を繰り返している時間跳躍者だろうと考えていた。
「依頼の内容はこうよ。今から約一か月後にこの町を大きな嵐が襲う。その当日か、あるいはそれ以前に必ず私の親友が命を落とす。その未来を変えるために何度も逆行して時間跳躍している」
「今のところその突破口は見えないけれど、ループごとに人間関係や能力など細かい部分に違いがあることに過去のあなたが気付いた。これに親友を救うヒントがあるはずだと私は考えている。その上であなたに依頼することは――推理よ」
「ループごとに生じている違い、違いが起きるきっかけあるいは違いが起きた判断に使える事象、それらを踏まえて今回のループで果たすべき目的。そして、失敗するとしても次回以降の行動などなどなど。私と一緒に未来を変える第一歩について考える協力をしてほしい」
代金はこの店のコーヒーとケーキでいかがかしら、と笑みを浮かべる彼女にゾクりとしたものを感じた。物語の中にしかないはずの存在が目の前にあることに好奇心を覚えながら。
自分は少女が提示した奇妙な依頼を引き受けた。この出会いが、運命の出会いであると確信しながら。
「OK。短い間だけど、仲良くやりましょう。探偵さん」
依頼を引き受ける選択を聞いた少女は小さな微笑みを返した。
これから君が見るのは二人が繰り広げる奇妙な物語。
探偵さんと呼ばれるごくごく普通の世界に生きる中学生である自分と、
時間跳躍者兼魔法少女というファンタジーな世界に生きる女子中学生暁美ほむら、
生きる世界が異なる二人が見つけ出した時間跳躍に伴う法則の物語――そして、その果て。
どうか最後までご覧あれ。退屈はさせないことを約束しよう。
「ちなみにあなたは毎回この出会いを運命の出会いと呼んでいるわ」
……なんでそんなことまで分かるんだ。
「このループが多分320回目くらいだから。もう少し多いと思うけど詳しい数はメモを見ないとわからないし、詳しいことは後で話すわ」
ループ数が予想以上にエグイんだが。てっきり多くて20回前後かと。
今更ですけども、この作品はAAを使用します。
特にギミックがあるわけでもなく、ただの挿絵感覚で使っているだけですのでお気になさらず読んでいただければ幸いです。
・探偵さん
本当にごく普通の中学生であることはほとんどのループで確定している。職業が探偵ではなく、家族が探偵ということもない。実は極道とか忍者で魔女と戦えるとかそういうことはない。
・暁美ほむら
皆ご存じほむほむ。親友であるまどかを救うために何度も時間跳躍=タイムリープを繰り返しているが、今のところ成功したことはない。過去のループで探偵さんと協力関係にあった。
後、本来のほむらが経験したループ回数は10回前後がいい線とのことから恐らく多くても20回前後と思われる。そのため今作の約320回というループ回数は明らかにおかしい数値……ということに気付いた方もいるかと。
今作は膨大なループを積み重ねた結果原作から遠くかけ離れたIFの世界ということでご理解していただければ。
まどマギで例えるなら、まどマギポータブルのアイドルマミさんとか出てくるほむほむが吹っ切れた番外編ルート的な。
他の作品で例えるなら、シュタゲの比翼恋理のだーりん。大雑把に言うとループ繰り返しすぎてシリアス吹っ飛んだコメディ時空に突っ込んだ作品。
つまり?深いことは考えるな!!
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法則2:愛読書『日常ラブコメ』=魔法少女全滅
喫茶店の隅の方は人気が少なく、二人きりで秘密の会話をするにはうってつけの状況だった。
まずはコーヒーを一口飲んで苦みで頭をすっきりさせると、自分は少女に事情や正体についてさらなる情報開示を要求することにした。いくつか疑問はあるのだが、特に魔法少女というメルヘンな単語が出てくるのはあまり想定していなかった。
「ええ、できる限り答える。ただし条件が一つだけ。互いの名前はもちろんこちら側の関係者の名前は明かさないこと。全員あだ名で呼ぶことになるけどそれだけは了承してちょうだい」
名前を明かさない。そういえばまだ少女の名前も聞いていなかったことに気付く。その理由について聞くと彼女は「自分で考えてみなさい、あなたは探偵でしょう?」とあきれ顔で返された。
しかたない、探偵らしく推理してみることにしよう。というか、そもそもただの中学生である自分を探偵と呼ぶのか疑問ではあるが。おそらく過去……ループする前の自分が少女にこう呼ぶように言ったのだと思われる。その理由は……なんとなくだけどかっこつけな気がするが。
ちょうどいい。少女に質問してみよう。
「あなたを探偵さんと呼ぶのはあだ名なのか?ええ、そうね。ちなみにその提案をしたのは私と初めて出会ったあなたよ。結構頭がキレてたし本当に探偵やってると言っててあだ名もそこからよ」
マジか。少女に初めて出会った自分がどういうやつで、何を考えていたのか気になる。
……いや、待てよ?考えていたことを推測する手段があるかもしれない。
少女は昨日自分が購入した本のジャンルを確認した後、最悪のパターンと言っていたはずだ。ここから推理するに、ループのパターンは『自分の購入した本のジャンルで分けることができる』のだろう。逆に言えば『どのループでも自分は確実に本を購入する』はずだ。
そうでなければパターン分けする条件として用いるにはちょっと不安定な気がする。最初の自分が探偵と言われて驚いたが、恐らくどのループでも読書趣味は共通しているのだろう。
つまり。あだ名で呼ばせる条件は読書の中にある可能性が高い。
恐らくはタイムリープ物で生じていた名前を明かすことによるトラブルを元に、少女にあだ名呼びを徹底させたのではないかと推理した。さて。その場合に生じる問題と言えば――
「名前を知るとタイムパラドックスが起きて消える?違うわ」
「私か私の関係者が子供を産んだときの名前に影響する?発想が飛躍しすぎ」
「名前を知るだけで未来が変わる?ふむ、もう少し具体例が欲しいところだけど……及第点としましょうか。まあ、何も知らない状態で出せる答えとしてはこんな物かしらね」
自分の出した答えに納得した少女は紅茶を一口飲む。悪くはないけれど、もっと美味しく作れるわね。などとボヤいている。その発言は店員に聞かれないようにしてくれ……
周囲に店員がいないか警戒している自分を気にすることなく少女は話を進める。
「さて、結論から言いましょうか。名前を明かせないのは、探偵さんが私や私の関係者の名前を知ると――高確率であなたが死ぬ未来が訪れるからよ」
……なんだって?
「私は時間跳躍者の魔法少女って言ったのは覚えてる?魔法少女はマンガやアニメの中の存在に近いものを連想してもらえばわかると思うけど、当然魔法少女と敵対する存在と戦うことがある。その際にあなたが巻き込まれる可能性が高くなる条件の一つが、『私の名前を知ること』なのよ」
そんな小さな理由で自分の生死が変わるのか……未来というのは些細なことで変わるらしい。実際自分が読んできたタイムリープ物で失敗が起きた原因も、大抵小さいことではあったが。
「というか。探偵さんが私や関係者の名前を知ると詳しい事情を調べに来て事件に勝手に首突っ込んで死んでるのよ。救助もほぼ確実に間に合わないか失敗する」
……えっ。
「それを言ってやめさせたけど名前を教えたループでは、偶然街を歩いているときに住民の会話で名前を聞いて話を聞こうとしたら事件に巻き込まれて探偵さんは死んだわ」
………えっ。
「それもちゃんと説明した上で名前を教えたループでも探偵さんはなぜか死んでるわ。新聞の交通事故の被害者欄にあなたの名前を見つけた時は申し訳ないけど呆れたわよ」
最後雑すぎません?てか、酷い。
「だけど、名前を教えなかったら普通に生きてるのよ。だからもうめんどくさいし名前を明かさずに進めた方がいいっていう結論に達したわ。たかが名前くらいあだ名で十分だし」
そこは諦めるなよ。せめて名前くらいは知りたいと思って当然じゃないか。それに今も君をどう呼べばいいのか脳内で色々と考えてるところなんだぞ、本名の方が色々と楽だ。
「言っておくけどその結論出したのはあなただから。議論する時間がもったいないそうよ」
……あー、その。すまなかった。余計なことに嚙みついた自分が悪かった。
「わかればいいのよ。付け加えるとあなたが付けるあだ名は大抵私の趣味に合わないから、採用する気はないわよ。最初の頃のあなたの付けたあだ名とか本当に酷かったから」
そんなにひどいのか。参考程度に聞かせてもらっても?
「っ、聞いてくるパターンなのね……―――む、よ」
む?小さくて聞こえなかった。もう一回。
「……ほ――む」
もう一回。ワンモア。
「……ほむほむ」
吹いた。どこから連想したのかわからないが、恐らく彼女の名前がほむなんとかなのだろう。
「わ、笑わないで。もうっ、聞いてきた場合答えなかったら、あなたが機嫌を損ねて使い物にならないから本当に面倒なのよ……」
ほむほむ。一つ思ったんだが。自分、ループ時の死亡条件といい結構めんどくさい人間なのではないだろうか。
冗談やお世辞でもいいから否定してくれ。頼む、ほむほむ。流石に自分がめんどくさい人間ということを知って喜ぶ人間はいないんだぞ。え?黒の魔法少女って呼ばないとダメ?
そ、そうか……それが君が考えたあだ名なのか。……その……センス、そのまんますぎないか?もっと凝ったあだ名を考える人がいるけどそっちの人のセンスはもっとアレ?
……必殺技名をわざわざ付けてて、名前はティロ・フィナーレ。ああ、イタリア語で最終砲撃ね。まんまだな……
何故わかるって目で見るな。
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依頼に関して詳しい事情を聴き終えた頃にはテーブルの上からケーキの姿は消えて、コーヒーもほとんど冷めてぬるま湯となっていた。彼女から聞いたことを噛み締めているとやはり思うことがある。
自分、本当に役に立てるのだろうか?どう見てもブラックの話し相手以上の役割がないぞ。
「間違ってないけれど、話し相手と一言で片づけられるのはちょっと困るわね」
とは言われても、自分は魔法少女でもなんでもないから君を助ける手段が会話しかないんだが。君から色々な出来事について聞いて考えることしかやることはない。
「……あなたが女の子のループ時は、魔法少女として私を支援してくれてたこともある。会話以外にもできることはなくはないわ。最も男の場合は事件に首突っ込むと高確率で死ぬから控えてほしいけれど」
地味に衝撃的な事実が発覚したんだが。性別が異なるどころか魔法少女のループもあるのか。
「ちなみにそのループでの愛読書は主人公が魔法か何かで性転換しているファンタジーのはずよ。男装までしてるから話しかけるまで分からないのが面倒なのよね」
自分からしてみればTSしている存在の愛読書がTSファンタジーって笑えないんだが……最初の自分は探偵だったしループごとに自分は結構異なる自分になっているんだろうか。
「でも、根本的なところは変わりないわ。話しているだけで気付かなかったことに気付くこともあるしどのループでも頼りになる探偵であることは確実、とだけ言っておくわ」
……もっとも、今回は最悪パターンのループだからあまり頼る時間はないけど。
嬉しい褒め言葉の後にそう話し彼女の表情はどこか引きつっていた。黒の魔法少女さん曰く、様々なループの中で生じる違いはいくつかのパターンに分類化されており、それを最も早い段階で大雑把に掴む方法が自分が愛読している本のジャンルらしい。なぜそうなるのかは不明だが。
で、その本のジャンルの中で黒の魔法少女さん曰く最悪なのが日常ラブコメパターン。依頼内容の説明にかまけてまだ聞いていなかったそれに関して説明を促すと黒の魔法少女さんの表情が死んだ。
そんなに最悪なパターンなのか、と問いかけると重々しく頷く。
「……条件が発覚した時は私も探偵さんも甘いカフェオレを飲んでいたはずなのに、苦く感じたのをよく覚えてる。日常ラブコメというジャンルに対して皮肉な結末を迎えるパターンだから」
そこまで酷いと黒の魔法少女さんが断言したことに少し恐怖を覚えた。魔法少女と敵対する存在の総攻撃で街が一か月後よりも前に壊滅して、生き延びることすら難しい滅亡世界のルートなのか?
「そういう未来には今のところ遭遇したことはないわ。むしろこのパターンでは敵対する存在は比較的弱い部類ではある。このパターンの問題は魔法少女側にとんでもない問題があることよ」
魔法少女の数が本来より少ない?あるいは実力が他のパターンより低い?考えられる範囲で魔法少女側にデメリットがある未来を想像して聞いてみるが、どの未来に対しても「それはない」か「別のパターンの未来」という回答だった。しびれを切らして何が問題なのか聞くと。
「……恋よ」
恋……?予想外の回答に拍子抜けした。もっと規模が大きい問題を想定していたが、その程度の問題で済んだとは。軽く笑いながらケーキをつまもうとすると、黒の魔法少女さんがバン、と机を叩いた。
「笑い事じゃないわよ……!これは本当に深刻な問題なのだから」
そこまで言うのなら逆に恋で何が起きるのか聞いてみたくはあるが。恋が原因で生じる問題ねぇ。精々痴情のもつれくらいしか見当もつかないのだが。
「本当にそうなのだけど……痴情のもつれで見滝原で活動していた魔法少女が私以外全滅するわ」
……マジで?
「悲しいことに事実よ。まず、このパターンの特徴は青色の魔法少女の幼馴染がなぜか黄色と赤色の魔法少女から好意を向けられていることよ」
かなりぶっ飛んだ特徴が出てきた。青色の魔法少女というと、回復力が高い近接戦闘型の魔法使いで幼馴染の怪我を直すために魔法少女になった――というのが彼女の話だったはずだ。
「このループでも幼馴染の怪我をそれを直すために青色が魔法少女になる部分は共通してるけと、怪我の具合が比較的マシで外を出歩いてる際に他の魔法少女と出会ったみたい」
「最もこのパターンに遭遇したことはあまりないから詳しい部分まで調査したことはない、というか調査する前に彼と関係を持つ魔法少女がドンパチやらかしてそれどころじゃないというか……」
「黄色が「私の拠り所である彼を取らないで!」と言いながら赤色が「てめぇはあたしよりもいろいろ持ってんだろうが、男くらい譲れ」とかいって毎日喧嘩してて……」
「そこに青色が勝手なことを言ってる二人をボコボコにするために乱入、事態は悪化の一路……」
語り続けていた黒の魔法少女さんが机に突っ伏した。急にどうした。
「……最終的に魔法少女三人がドンパチやってる間に私の親友が彼を心配してたことがきっかけで、彼と親友が交際を始めるわ。どうして彼を選んじゃうのよぉ……」
親友取られる未来が待ってるとしたらそりゃあこうもなるかぁ。仕方ない。
「そして、彼を取られたショックで魔法少女三人が親友を殺すために暴走開始。私一人で立ち向かわざるを得ないんだけど、多勢に無勢ってレベルじゃないから準備を念入りにしないといけないからこれから忙しくなるし……そこまでしても、親友を守りきれたループは一度もない……」
「一か月後に絶望的な未来が待っていても、それまでの時間で親友と触れ合う機会があるからまだ耐えられたのに……このパターンだと後一週間もしないうちに……フフ、フフ……絶望しそうね」
なんか色々と可哀そうすぎるんだが……聞いてる限りだとほぼほぼ黒の魔法少女さんが部外者なのに、一番ひどい目に合ってるように見える。彼女が一体何をしたというのか。
「わからないわよ……毎回ループが始まる前で手が出せないところでこういう状況になってるから、どうしようにもないわ」
確かにループ前はどう頑張っても変えようがないよな……それでも毎回変化があるのが謎だが。変えられないはずの過去が黒の魔法少女さんの知らないところで変化している。
……となれば。一つ検証して欲しいことがあるのだが。
「奇遇ね。実は同じことを過去のループから言われてる。調査結果が仕上がるまで後二回ほどループしておきたいところね」
わかった。一応聞いておくが、その内容とは―――
……よし。合ってるな。結果はその時のループ時の自分に伝えてくれ。どうか君の行く先に明るい未来があらんことを祈る。
……これから魔法少女の痴話喧嘩に巻き込まれる私に言うことか?ごもっとも。
まあ、そっちの対策もあるっちゃある。どうだ、一つ話に乗ってみないか、ほむほむ?
……銃を向けるのはヤメロォ!他の人に見られたらどうする!というかどこから出した!!
・探偵さん
ほむほむの地雷を踏むことに定評がある男子中学生。ちなみに黄色の魔法少女こと巴マミと遭遇した際のループでは彼女の独特なセンスでつけられたあだ名をガチで嫌がってたことがある。なので呼び方はシンプルな探偵さんに統一されたという経緯があるが、本人は当然過去のループなので知らない。
・暁美ほむら
皆ご存じほむほむ。親友であるまどかを救うために何度も時間跳躍=タイムリープを繰り返しているが、今のところ成功したことはない。
探偵さんの提案で、今回のループでは青色の魔法少女の幼馴染こと上条恭介を逆に落とすような行動に出てみた。
恋愛軽減税率に乏しく付き合うとまではいかなかったが、彼の気を引いた結果親友のまどかが彼と付き合うことはなかったが、最終日に大きな嵐もといワルプルギスの夜に勝利できなかったためこのループも失敗。
原因は上記の行動の副産物として他の魔法少女との仲が非常に険悪になったことで連携が取れなかったことと推測している。
なお、次のループで探偵さんをしばいた。理不尽。
・今回のループ
ギャルゲーループ。多分ほむほむは周回プレイ時のみ攻略できる隠しヒロイン枠。
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法則3:愛読書『■■■な本』×探偵さんは魔法少女=予想外の結果
前回も大分おかしい自覚はあるけど。
酒飲んで書くのはやっぱりダメですね。
黒の魔法少女――つまり私、暁美ほむらが死ぬ気で
これまで通り小テストの答えを提示することで私がタイムリーパーであると探偵さんへ証明する過程や以来の説明は完了済み。その上で今回のループで探偵さんが呼んでいる本のジャンルを把握したかったのだが……ちょっと今回は初めてのパターンのループになりそうだ。
「えっと……愛読書、ですよね?以前お話した通り恋愛小説なのですが……」
探偵さんはおどおどしながら私の質問に答える。ループごとに探偵さんの性格が全く別物になることは何度もあったし、今回のような大人しい小動物のような性格だったことはある。
「……はい?本当は違うだろう、って?」
ただし、変わるのはあくまでも性格と愛読書、それに伴って外見が多少変わるくらい。それ以外の身振り素振りはあまり変化していた記憶はない。少しだけ目線を合わせずに左足をトントン、と踏み鳴らしていることから――おそらく探偵さんは誤魔化しているのではないか。
「えっ!?わ、私にそんな癖があったんですか!?き、気を付けないと……黒の魔法少女さん、どうにかしてこの記憶を次回以降に引き継ぐことはできませんか?」
堂々と私に嘘をついても誤魔化す相談をしないでほしいんだけど。そもそも引き継ぐ方法は過去のループで調べたことはあるが、探偵さん自身がその結果を示しているだろうに。
「な、なるほど……私にループの記憶がない、ということはそんな方法はないっていうことですよね……魔法少女さんに私は隠し事もできない、ということになりますか」
なるわね。だから……その。何を隠してるのかも大体想像ついたわ。
「……殺してください。ひと思いに殺してください。時間操作ができるあなたのことです、時間停止もできるのでしょう?それで殺気を感じることなく殺してください。どうか、どうか……!!」
お断りよ。まだ本格的に活動する前だから魔力の無駄遣いは避けたいし、協力者を初期の時点に殺すのは色々な意味で私の首を絞めるだけだから。
「鬼がいます……!!」
残念、魔法少女よ。もっとも、今回のループでは――
探偵さんも魔法少女になる可能性がある女の子だけど。
「ま、魔法少女になってすぐに自殺します……」
自殺目的で魔法使いになる人初めて見たわ……知ってる魔法少女もたくさんいるってわけじゃないけれど、そんな目的で魔法少女になる人は絶対少数派よ、断言できる。最も魔法少女になること自体が遠回しな自殺行為であるから、間違っているとは言えないか。
「――えっ?」
ああ、そういえばまだ言ってなかったわね。
魔法少女の証であり、あなたとここで一時を過ごすときはいつもテーブルの上においてある宝石はソウルジェムっていうのだけど、これって魔力を使ったり負の勘定を抱くと濁るのよ。
「に、濁るんですか……洗えば綺麗になるかもしれませんね。ちょっと家から洗剤とってきます」
やめなさい。そんなことをするのは青の魔法少女くらいよ。
「……冗談ですよ?というか、そんなことをする魔法少女っているんですね……」
アレならやる。やりかねないという確信がある。
「遠回しにその方が馬鹿って言っているのでは……あ、はい、そうですか。でも、一回くらいやってみません?」
お断りよ。やりたいならあなたがやりなさい。そんな簡単に綺麗になるなら私は苦労しない。
それから私は彼女に魔法少女の真実を伝えた。
魔法少女になることは魂をソウルジェムへと変えること、ソウルジェムを肉体から離しすぎると肉体は死体となって放置しすぎると腐敗することもあること、ソウルジェムさえ無事ならば魔法少女は復活することができる人知を超えた生命体であること……大体想定されてたのは驚いた。
そして、魔法少女が魔女になるという結末も……探偵さんは想定していた。
これまでの探偵さんが女の子だった場合のループでは魔法少女の真実を教える前に魔法少女になっているパターンが多く、彼女が混乱することを避けるために教えてはいなかった。
……でも。あなたはきっと真実もわかっていたのかしら。
問いかけるべき相手は既に過去のループと共に消えている。どれだけ時間を積み上げても私の背中を守ってくれた彼女に会えることは絶対に、ない。それは自分がよくわかっているはずだ。
――いいえ。わかっていないのね。
わかっているのなら、私はそれを悲しいと感じることはないはずだ。
ソウルジェムが濁ることも――ないはずなのだ。
僅かにドロリと濁った宝石を抱いて夜の町へと飛び込んだ。ああ、どこかに魔女はどこかにいないだろうか。魔法の都合上無駄遣いは避けるべきなのはわかっているけれど。
この行き所のない感情を早く忘れ去りたかった。
私のこの想いだけは探偵さんにも、まどかにもゆだねることはできない――
……はい。暁美です。ああ、探偵さん?どうしたの、こんな夜に。
……もう魔法少女になったの?すごいわね、私の記憶してる限りでは最速記録じゃない……と、言うとでも思った?もう少し相談してほしかったわよ、馬鹿!
今回のループはきっとダメだから私の力を使ってほしいって?
はぁ……女の時の探偵さんは生存率高いし、私の名前を知っても死が確定しないのはいいけど、本当に言うことを聞かないわね。ねえ、探偵さん。これまでのループでちゃんと聞けなかったことを聞きたいんだけどいいかしら?過去のループを想定した回答じゃなくて、今のあなたの回答よ。
あなたはどうして魔法少女になってでも私を助けてくれるの?その理由が私にはわからない。
『それは――言わない。ううん、言えない』
『あなたを助ける理由をこれまで何度もループしてきた黒の魔法少女さんが知らない、ということはこれまでの私が意図的に教えてないことだと思うから。違うかな?』
……バレたか。ええ、そうよ。過去のあなたはどれだけせがんでも教えてくれなかったわ。
『あなたがすべてを終わらせた時にその理由は教えよう、とか言ってたかな』
ええ、言ってたわね。ズルはする物じゃないわね……ケチ。
『はいはい、ケチでごめんなさい。でも、あなたの努力に免じて一つだけ教えてあげる』
『私はね、本を読むのが好き。本の中で運命を変えてくれる人と出会う主人公に憧れてた』
『そして私はあなたと出会ったことを運命の出会いだと感じてる。意味、分かる?』
……遠回しな告白?
『ふーん……どうでしょうねー。答えは全てを終わらせてからのお楽しみ』
言うと思った。言っておくけれど私の趣味はノーマルだから、せめて男の探偵さんじゃないとダメよ。やたらと親友を守ろうとしてるあなたにはそっちのケがあるんじゃないか?まどかは特別だからいいのよ……絶対変な目で見てるでしょう、探偵さん。あなたも会えばわかるわ。
ちょうどいいわ、探偵さん。このループは成功率が高いループだから、出し惜しみはしない。全力で行くからちゃんとついてきなさいよ、新米魔法少女さん。
どういうことかって?他の魔法少女の状態が最高と言ってもいい状態なのよ。
黄色の魔法少女は既に魔法少女の真実を知ってそれでも生きるための覚悟を固めた。
青色の魔法少女は自らの全てをかけてでも愛した幼馴染の未来を守るために戦っている。
赤色の魔法少女はそんな皆に希望を見てもう一度誰かのために魔法を使う決意がある。
魔法少女全員が理想的な状態のループ故に、私の目標であるループ開始日に訪れる嵐の正体であるワルプルギスの夜が撃破できる可能性が一番高いのだから。
なぜそこまで言えるのか、ですって?あなたの愛読書が何かわかったから。
……い、言わないとダメなの?わかったわよ。言うわよ、言うから……
……あなた、エッチな本愛読してるでしょ。書店で未成年が買えるギリギリのきわどい本を買ったり、橋の下に捨てられてる本もこっそり拾って帰ったりしてる。聞きたくなかったけど。
橋の下は盲点だった。ってことは――書店では買ってるのね。頭が痛くなってきたわ……
墓穴掘った!じゃないわよ、うるさいわね。おめでとう、変態探偵さん。魔法少女になった以上死ぬことはまずないから諦めなさい。あ、今後の連絡は全部電話ね。対面して話したくないわ。
最後に一つだけ聞いてくれ?何かしら。
……ソウルジェム水洗いすると気持ちいい?感覚共有されてるんだね?
探偵さん……そこ、動かないで。今から殺しに行くわ。そこまで重症だとあなたを生かしておくことが魔法少女並びに今後のループで出会うであろう探偵さんにとって害になりそうだから。
探偵さんが魔法少女、探偵さんがエッチな本を愛読している。このどちらかの条件は私にとって大きなメリットなのだけれど、これが同時に重なればある意味最悪のループになるのね。
勉強になったわ。もっとも、この知識は絶対に、絶対に、ぜっっったいに。封印しておくけど。
さあ、変態探偵さん。覚悟しなさい――これがあなたの最期の夜よ!
ご愛読ありがとうございました!
・探偵さん
魔法少女になると主に超能力路線で戦う女子中学生。
愛読書がアレ&すでに魔法少女になってしまったことから、魔女化したらかなりヤバいと判断されたほむらにガチで殺されそうになって逃げ回ってたらループが始まって消滅した。かなりのレアケースで今後ほむらがこの条件のループに遭遇したことはない。
・暁美ほむら
皆ご存じほむほむ。親友であるまどかを救うために何度も時間跳躍=タイムリープを繰り返しているが、今のところ成功したことはない。
今回のループでは探偵さんが頼りにならないと見切りをつけて始末にかかった。他の魔法少女から咎められることもあったがどうしようにもない変態としてあることないことを盛りまくった結果ギリギリ黙認されたらしい。嘘だろオイ。
ただし、その行動が原因でやはり連携を取れるほど他の魔法少女と親しくなることはなかったため、ワルプルギスの夜と戦った際は魔法少女が全員揃っているにもかかわらず勝利することはできなかった。
最終的にみんなの窮地を見たまどかが魔法少女になってしまったためループは失敗した。
なお、余談だがこれまでのループで黄色、青色、赤色の魔法少女が魔女化した姿を見たことや戦ったことはあるが、探偵さんが魔女化した姿を見たことはないらしい。
・今回のループ
コンシュマーハードで出せるレベルのそういうループ。多分ほむほむは好感度最悪でイベントシーンは主人公殺害のバッドエンドの方が多いキャラ。
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法則4:愛読書『ホラー』=難易度普通
先生……シリアスになりたいです……!
というわけで続きです。流石に前回のアレで終わるのは色んな意味でアレですし……
数週間前の話だ。書店で出会った少女は突然数字の羅列を囁いた。それが気になって覚えていたのだが、なんとその数字は翌日の小テストの回答だったのだ。慌てて放課後に同じ書店へ駈け込んで少女を探していたところ、店員が僕へ一枚のメモを差し出してきた。
【未来を知りたいのなら、連絡しなさい。代金は私の会話に付き合う事】
と、簡潔に記されたメモの下には電話番号が……記載されてなかった。暗号を記しているだけでこれを解かないと電話番号がわからないという、それなりに凝った形式だったっけな。
その暗号を解いてから彼女との奇妙な関係が始まった。少女の正体はタイムリーパー兼魔法少女と近年増えつつあるライトノベルっていうジャンルの主人公らしい設定だと思ったけど、毎週のように小テストの回答を伝えてくることが事実であると宣言している。
そして、ついに黒の魔法少女と名乗る少女と再会したのだが、機嫌が悪いのが基本なのだろうか。探偵さんと呼ばれている男子中学生……というか、ボクが彼女に抱いた感想はそれだった。
こうなった原因が何かと考えたところ、心当たりは場を和ませようと吐いた冗談くらいか。魔法少女が皆持っているソウルジェムという宝石は負の感情を抱くと濁るという情報を前に聞いたのを思い出して、「少し濁ってるし洗った方がいいんじゃ?いい洗剤知ってるんだ」と言ったら。
「――変態?」
って言って表情がさらに険しくなったんだっけな。覚えてる覚えてる。
……ってことはそれ以前から機嫌が悪いな。さらに表情が険しくなったって記憶してるということは元々機嫌が悪いってことじゃないか。うむむ、記憶力はいいけれど、判断力はイマイチだな。
こんなボクが探偵さん、だなんて呼ばれるのはおこがましいことだけれど。
物語の中にいるような素敵な女の子に頼りにされているんだ。応えてあげなきゃ、力になってあげなきゃ、男が廃るっていうのだろうね。さて、と。まずは誤解を解くところから始めようかな。
「誤解?何のことかしら?」
変態発言だよ。いくら何でもソウルジェムを洗う発言程度で変態と結び付けられるのは、ちょっと発想が飛躍しすぎてると思うのさ。もっとも魔法少女にとっての常識で――例えば、ソウルジェムを洗濯することは変態的行為である――という物があるのかもしれないけど。
ボクはそうじゃないと考えてるんだ。過去に似たような発言をされたことがあって、その相手が変態だったパターンとか。それを言ったのが他の魔法少女なのかボクなのかわからないけどさ。
だとしたらさ、ボクが変態呼ばわりされるのはちょっと理不尽かな、ってね。
「……ふうん。そうね。ええ、言い過ぎたわ。ごめんなさい探偵さん。変態だったのは前のループの探偵さんのことよ……はあ、どうしてあんな子になっちゃったの……」
謝るだけじゃない、一つ理解しておいてほしいことがあるんだ、黒の魔法少女さん。
ボクを、私を、俺を、自分を――これまでの、これからの探偵さんを同じ人物と考えないで。
「えっ……どういうことかしら?私はこれまでのループのあなたを同一人物とは考えてない」
ウソだね。いや、ウソと自覚していないウソと言ったところか。おっと、これから話すことはあくまでもボクの想像していることだから気にしないでほしい。ただの独り言だからね。
これまでのループで出会った探偵さんは色んな探偵さんがいると思う。ボクみたいな色々と考えるタイプやら適当に答えるタイプだとか、女の子だったり大人だったりと肉体面でも差があったかもしれない。そんなボク達を君は『探偵さん』という一個人として見ていると思うんだよね。
君の頼れる味方、相談役、話し相手だとか、とにかく君に利益をもたらす相手として。
それはきっと間違ってはないんだろうけどね……人間というのは育った環境で別物に変わるってこと、理解してるかな。例えばこのノートは覚えてるかな、黒の魔法少女さん。
「――っ!それは、っ!私が経験してきたループにおける違いを記録していたノート……っ!」
次に君はどうしてあなたがそのノートを持っているの!?と言う!……言ってくれよ。あ、ネタが通じない?ションボリだ。全部を話すのには時間がかかるけれど、このデータを基に過去の探偵さんが発見した法則について再確認したいと考えているんだっけ。メモがあったよ。
「……どうして、そんなことを……っ!まさ、か。あなたの愛読書は――っ!」
ああ、全てのデータに目を通したからこのまま話を続けさせてくれ。まず、これまでのループで発見した大きな法則として君と過去の自分が考えているのは、ループごとに自分が愛読している本のジャンルで合っているか?見たところそれで情報がリスト化されていたんだが。
ふむ、沈黙は肯定とみなそう。言ってみたかったんだよね、これ。
何故かボクが愛読している本のジャンルによってそのループにおける大まかな未来がわかるみたいだけど、今回のループでは微妙な未来らしいね。
今回の僕の愛読書は地味に面倒なパターンとある。この場合は魔法少女が戦う相手もホラー寄りの傾向があるから、不意打ちされることも多く歴戦の魔法少女でも苦戦することがあり、予想外のところで死んでいたこともあったようだ。いやあ、大変だったねぇ。
が、何度もループを積み重ねた今となってはそれらは全て既知の出来事。ある程度助言すれば彼女達の死亡率を下げられる、が……大抵情報源を疑われて話がこじれるのが問題とある。
「……っ。そうよ、ええ、そうよ。だから困ってるのよ、悪い?」
いいだろう、ボクがどうにかする方法を提示してあげるよ。
安心してくれ、このループにおけるボクは役に立たないと君は書いているが……ボクがその結果を覆してみようかな。さて、それじゃあ相談を始めようか。ああ、そうそう。一つ確認だよ。
君の親友の名前、確か鹿目――
まどかだったね?
うんうん、魔法少女になって攻撃する判断が早くていいことだ。これでボクは名前を知っているから早死にする可能性は高い、安心してくれ。と、言っても安心できないか。何故親友の名前を知っているのか怖くて仕方ないだろうしね?ほら、ちゃんと狙いなよ。
震えてるぜ、魔法少女。
・探偵さん
普通に黒の魔法少女さんが目立つから、声だけと初対面時だけの記憶でわかるだろうと思って探してたら学校までたどり着いた。
ちなみにループの記憶が記載されていたノートは普通にほむほむが学校に忘れてたのを早乙女先生が回収、他校まで調べに来た探偵さんと偶然出会って「この女の子知らない?今度会う約束してるんだけど」と話していた彼に押し付けたらしい。
その際にまどかの名前も利き出したが代償に強くこういう男はダメだトークされたとか。
ちなみに不敵な行動をしまくってるけど全部強がり。
・暁美ほむら
皆ご存じほむほむ。親友であるまどかを救うために何度も時間跳躍=タイムリープを繰り返しているが、今のところ成功したことはない。
探偵さんのハッタリに後で気付いてしばき倒したらしい。後日ホラーが愛読書の場合のループの難易度に「ただし、探偵さんの推理力が高いパターンあり」と修正。今回のループで何かを見つけたらしい。
この数日後、交通事故で死亡した探偵さんを発見。出来る限りの調査を試みたが、やはり魔女の関与は認められなかった。
・今回のループ
探偵さんが普通にヤベーやつのループもあるんだぞ、的な。多分ほむほむは最後まで生き残るけど、一緒に生き残った仲間が不敵に笑うパターン。まどかが魔女化するから大体あってるか。
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法則5:愛読書『ミステリー』+黒の魔法少女=探偵ほむら
慣れないAA入れまくってるのが原因なのはわかっているのですが……
魔法少女になったあの日から、暁美ほむらの人生に平穏な日々という文字は消えてしまったのではないか、なんて考えることがある。見滝原中学校に転校して、まどかたちと過ごす日常は休憩にしかすぎず、少し休めばまた長い旅を続けなければならない渡り鳥――
なんて、ちょっと変わったことを考えるようになったのはどの探偵さんの影響だったか。
その姿を思い出すことはできず、彼、あるいは彼女には申し訳ない気持ちが満ちる。大切な記憶がぼやけつつあるあたり、私という存在に限界が来ているのだろうか、なんて考えてしまう。
後何度私はループすることができるのだろうか。その前に私は魔女化してしまうのではないか。
「珍しいね、黒の魔法少女さんがそういう顔するのって」
思考の海に探偵さんの言葉が落ちる。なんでもない、と誤魔化しながら私はコーヒーに角砂糖を落とした。冷めつつあるが一つくらいは溶かしてくれるだろう、多分。
……まだ苦い。どうやらそういうコーヒーのようだ。
今回のループは特筆するべき点はない平凡なループである。
探偵さんは
黄色の魔法少女は、魔法少女の真実に絶望することがある。
青色の魔法少女は、恋が実ることなく絶望して道を誤ることがある。
赤色の魔法少女は、託した希望が潰え絶望に呑まれることがある。
ワルプルギスの夜に立ち会える魔法少女の数は安定せず、運命が諦めろと喚いているレベルで絶望的な世界だけれど、最初の頃の私が生きていたのはそういう世界だ。慣れている。
だから、今回のループで私がすべきことは。
バッグから一冊のノートを取り出して探偵さんに差し出して読むように促した。
「拝見します。ちょっと待っててくれるかな――すぐに読み終わる」
今回のループにおける探偵さんは、どうやら速読が得意なようだ。どのループでも探偵さんは本を読むことが好きだけれど、今回は目に見えて読むスピードが速い。
あっという間に読み終えた探偵さんはポツリと一言。その顔に不敵な笑みを浮かべながら。
「――ふむ、なるほど。今回の俺の役割はワトソン博士かな?」
ええ、そうね。今回は私がホームズよ、探偵さん。たまには探偵の仕事をさせてくれるかしら?これまでに私がかき集めたデータを基に法則を見直したいのよ、付き合ってもらうわ。
「OK、ホームズ。それじゃあ――推理を始めましょう」
あなたの今回の愛読書はミステリー。そんな物語の中の探偵らしく推理できるかしらね……?
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そもそもの話になるが。何故ループごとにここまで違いが出るのが謎だった。
同じ時間を繰り返しているのなら遭遇する出来事も全く同じであるべきだがそんなことはなく、ループごとに異なる状況に私は何度も振り回されてきた。最初の頃の探偵さんはこの理由を考察してみるべきだろう、と言っていた。目標を果たすことにつながるヒントがあるのではないか、と。
「いい読みだろうね。この場合に置いて検証すべきは変わる状況と変わらない状況になるだろう」
ええ、その通り。ループを重ねても変わらない物もあれば、変わりやすいものもあった。それらを考慮してこれまでの400回を超えようとしているループのデータと照合した結果、答えが出た。
最初に気付いたのは私が通っている中学校に市外から通っている生徒が変わっていることだった。名前や性別などは一致していても、体格や容姿に違いがみられたことが奇妙だった。
「そんなところが違うのかい?」
不思議なことにね。ある生徒に何度か質問をしたりして違いを比較したところ、市外でどんな生活をしていたか、という部分が毎回異なっているのよ。他にもいろいろと調べた結果見滝原に在住の人物はほとんど変化していないことが分かった。違っているのは市外の人物。
たったそれだけで何が変わるのか、ですって?大きく変わっているループがあったのよ。
「といえば……『日常ラブコメ』のループだね?このループでは青色の魔法少女の幼馴染がやたらとモテているのが大きな違いとあったが、それを紐解いた調査記録があった」
私がループを始めるよりも前の時間に、市外から来た医者の治療を受けて容態が他ループよりも良くなっている。そのために外出する頻度も増えており、他の魔法少女と縁を結ぶ機会があった。
……後、エッチな本のループでやたらと有利になっていたのは、市外の魔法少女が黄色の魔法少女を支援していたことがきっかけで運命の歯車が少しずつズレていたことだと判明したわ。
真実を知った上でも共に進める仲間がいたからこそ、黄色の魔法少女は青色の魔法少女の先輩として戦い抜く覚悟が生まれた。青色の魔法少女はその姿を通して大切な物を守り抜く意志を抱き、赤色の魔法少女はその意志に希望を見た。だから魔法少女の状態が最高の状態だった。
「なるほど、そういうことだったのか……ちなみにその市外の魔法少女は最終日に来る嵐の時はどうしているんだ?」
別件で用事があるということでこちらにかかりきりにはなれないそうよ。何でも、神浜市という町でやることがあるみたいで……戦力が多いに越したことはないけれど、残念ね。
「仕方ないさ。だって、君が見つけたであろう法則に基づくならば――」
その魔法少女が存在しない可能性も少なくはない、でしょう?
私は一つの法則を提案する。
・ループが確実に働く範囲は見滝原のみ。それ以外はループごとに変動する。
故に市外の医者や魔法少女が存在しないループでは私がよく知っている厳しい状況のループ、つまり今回のようなループになると私は考えている。幾多ものループで集めた情報から判断するにこの法則は間違っていないと思うわ。
「……いいんじゃないかな、俺はあり得る法則だと思うね。いくら魔法少女とは言え、単独でループしてるんだろう?流石に魔法少女一人の力で世界丸ごと巻き戻せるのか疑問だったんだ」
それもそうね。一応時間の流れは一致しているみたいだし、見滝原だけ周囲から見て10数年前、みたいな状況になったことはないから時間だけは正確に巻き戻せるのだと思う。
ただ、巻き戻した時間から到達する結果を一致させているのは見滝原だけで、外側では結果がランダムになっているからこうなっている……それが私が使っている時間跳躍の魔法の効果なのかもしれない。自分の魔法もちゃんと理解できていないのは頭が痛いが。
「無理もないさ、自由気ままに使える魔法じゃないんだから。他に何か気づいた法則はあるか?」
そうね。探偵さんの愛読書が変わるのは、小学生の頃まで市外で生活していたから生活環境が毎回違っていたのが原因ってことが判明している。それがループの指標になるのは謎だけど。
「……ああ、なるほど。それでこんなに読む本のジャンルがバラつくと……同じ自分であるはずなのに読んでいる本のジャンルが雑食気味だったのは疑問だったよ」
実際探偵さんは何でも読んでるから……まだ中学生なのに競馬雑誌やバイク雑誌とか読んでるループがあったことには本当に驚いた。毒にも薬にもならないループだったけど。
それと――あと一つ、気になる法則らしきものがある。
「ふむ?らしき?」
確証が持てないことだから、自信がないのよ。これが意味することが何かわからないからあなたの助言が欲しい。推測するしかないのだけれど、頼めるかしら?
「任せてくれたまえ、ホームズ君」
……黒の魔法少女、でいいから。
からかい交じりの探偵さんに苦笑しながら、念のために記録を見返してデータ上ではそれが間違っていないことを確認した。もっともそのデータも私の体感に近い計測データなのだが。
これは計測データ。このデータが示す値は初期のループから比較するとやや低下しつつある。
それは利益となることであるなら喜ぶべきことなのだが――不気味で仕方ない。
なぜ、どうして、この数値は下がるのだろうか。
そして、もう一つ別の数値も下がりつつある。なぜか、どういうわけか。
・探偵さん
愛読書がミステリーの場合は特筆するべき部分が特にない本当に普通の男子高校生。
むしろこれまでがちょっと異常すぎたともいうが……ちなみに女の子とのデート中にも普通に本を読んで激怒させるくらいのミステリー本好きというだが今後披露する場はない。やっぱり変人じゃないか。
・暁美ほむら
皆ご存じほむほむ。親友であるまどかを救うために何度も時間跳躍=タイムリープを繰り返しているが、今のところ成功したことはない。
毎回戦力が異なっている&戦闘時間を正確に測っていなかったことが理由でこれまで計測していなかったが、改めて調べ直したところ違和感に気付いた。
今回のループの終わり間際、邪魔が入りにくいであろうタイミングで白いケモノもどきなアレを問い詰めてみたが「全く覚えがない」とのこと。腹いせにケモノは爆破されたらしいが、これまでの所業がアレなので是非もなし。
――なお。これらの原因は本当にキュゥべえによるものではない――
・今回のループ
ミステリーに行こうじゃないか。ということで、そろそろ種明かしというか回答編みたいな感じでループの謎に迫ります。
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法則6:愛読書『日常』ー■■■■=戸惑いの日々
文字にすれば二、三行で片づけられそうな平凡な日常――日常モノを愛読する私としては文句を言いたいが――を過ごしていた私の日々は、黒の魔法少女と出会ったことでほんの少し彩りを増した。放課後に書店横喫茶店でコーヒーとケーキセットを食べ終わるまで彼女の相談に乗るおよそ30分のティータイム。そんな時間が、楽しくて仕方ない。
主にすることと言えば黒の魔法少女のお悩み相談なのだが、その内容は一般人の私からしてみれば創作物の出来事に近く、サブカルチャーにどっぷりな私にはよくわかるものばかり。
……最初の頃の私が彼女に声をかけたのって、そういう意味で面白がってた可能性あるのでは?
などと絶対彼女には言えないことを考えていると、うつむいていた黒の魔法少女がポツリ、と。
「ループって、どうすれば終わるものなのかしら」
ふと、そんなことを呟いた。飲み干そうとしたコーヒーをテーブルに置き直し、彼女の呟いたことについて考えてみる。ループの終了条件とは、何か。
最近よくあるループ物と言えば、死に戻りというのが有名らしい。
死ぬと特定の時間まで時間が巻き戻る能力を持っている主人公が、何度も死にながら未来への突破口を求めて死にあがき続ける姿を最近のループ物小説で見た記憶がある。
「……私のループはそういう痛みを伴う物じゃないわよ」
それは知っているとも。魔法の砂時計を使って時間を巻き戻すことができるが、巻き戻すためには砂時計の砂が落ちきる必要がある為任意のタイミングでループを始めることはできない。加えて巻き戻せる時間にも制限があり、およそ一か月間前が限界である……だったか。
「付け加えると、一か月よりも前まで世界を巻き戻している節がある。見滝原に住む人々は大体同じ状態に巻き戻るけれど、市外は必ず同じ状態を迎えるとは限らない」
だから、君がループを始めて目を覚ますより前に市外の人々が見滝原に影響を与えてしまう。故に黒の魔法少女はループごとに全く別の状況から始めざるを得ない。大変だね。
「他人事みたいに……」
実際他人事だと思うが。
「……それもそうね。はあ、疲れているのかしら」
その可能性はあるだろう。元々自分の意志で始めたループと言えば自分が諦めるか目的を果たせば終わるモノだ――みたいな話をこれまでにされなかったのかい?
君の目的は親友と共に一か月後の未来へたどり着くことだろう。
それ以外に君のループが終わる理由はないはずなのに、どうしてそれを迷っているのか。
「ええ、そうね。それはそう、なのだけれど。何か違和感がぬぐえないのよ」
黒の魔法少女はノートをペラペラとめくって一枚のデータを開示する。解決するべき問題として、彼女と出会った最初の日から提示していた2つの謎の法則のデータ。
法則その1:最終日に排除すべき存在がループごとに弱体化している。
※ただしこちらも戦闘中に弱体化する都合と法則その2の兼ね合いで勝利したことはない
法則その2:親友が魔法少女になるタイミングがループごとに早くなっている
※ループ初期から見ておよそ30分早くなっている=戦える時間が30分短くなっている
前者は黒の魔法少女にとって有利な条件をもたらす法則であるためまだいい。が、後者が致命的な問題であり時間をかければ勝てる戦いもタイムリミットが短くなれば勝ち目がない。
親友が魔法少女になるとその時点で色々な事情からループの失敗が確定してしまう、と改めて黒の魔法少女は念押しした。私に全ての情報を明かすことができないため、その理由は想像するしかない、が。恐らく親友を過酷な運命に巻き込むのが嫌なのか、あるいは親友が――
魔法少女になった後で世界を滅ぼす厄ネタの持ち主である、とか?
全ては想像するしかないというのがもどかしいところだが仕方あるまい。フルーツたっぷりロールケーキの最後の一切れを口に放り込み、果物の甘みを堪能して頭をリフレッシュ。
「ねえ、探偵さん。私、こんなことを考えてしまうことがあるのよ」
ふむ。聞こうか。
「このループ……いえ、ループを繰り返すこの生活が……終わらなければいいのに、って」
……それは、親友を救うのを諦めるという意味かな?
「かも、しれないわね。何度も何度も同じはずの日々を過ごしているはずだったのに、ループごとに変化する日々が私を迎えてくれるから……退屈、しないのよね」
だからこの日々が続いても黒の魔法少女の精神は崩壊していない、と。
「急にどうしたのよ、私の精神が崩壊するとか怖いことを言うわね」
ループ物ではよくあるんだよ、どう頑張っても変わらない結果に絶望して心が折れる展開が。
「そうなったら私は魔女になって世界ごと滅ぼしてるわね、多分」
――魔女?
「ええ、魔女」
……魔女?
「……あっ。今回のループではまだ魔女について説明していなかったわね」
しっかりしてくれよ、黒の魔法少女。他のループと記憶が混濁していたらいつまでたっても望む未来は得られないよ?いいかい、今の君に必要なのは休息、安らかな日常、これに尽きる。
魔法少女としてやることで忙しいのかもしれないが、11時までにはベッドに入って8時間くらいは睡眠をとってくれ。おっと、寝る前にはホットミルクを飲んでストレッチを20分くらいしておくと体がほぐれて快適な睡眠を提供してくれる。朝までぐっすり熟睡間違いなしさ。
「ふうん……睡眠方法についても詳しいのね、探偵さん」
今読んでいる日常マンガのキャラクターの習慣だよ。これが意外と効くんだよね。
「そうなの?私も読んでみようかしら……そのキャラクターってどんなキャラクターなの?」
争うことを避けて平穏を好み、平凡なサラリーマンとして生きようとするけど根っこが異常者だから何度も失敗するコメディな主人公かな。
「へえ。ループする前の私みたいね、そのキャラクター。あの頃の魔法少女であることを隠そうとしてなんとか日常生活を送ろうとしていたのが懐かしいわね」
ちなみにその主人公、綺麗な手を見ると切り取って殺さずにはいられない性癖持ち。
「それのどこが日常マンガの主人公なのか疑問なのだけれど?」
私に聞かないでくれ。ところで……君の手は綺麗だね?
……黒の魔法少女がいない!?そしてこれは――手りゅう弾、だと?
殺害方法が爆破とか漫画と――
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……なんて、ただの音爆弾で大騒ぎしてるのかしら。
背後から聞こえた騒ぎにクスリと笑みを浮かべながら私はショッピングモールを去る。時間停止してまで音爆弾を置いていくのは少しやりすぎだったかもしれないけれど――
でも。これでいいのだ。印象深く、思い出に残った方がいい。
思い出せばいつだって笑えるほどに、強く焼き付くほどに衝撃的な方がいい。
今回のループで改めて分かった。
有利な条件と不利な条件に惑わされて本当になすべきことを忘れつつあったのだろう。
ループの度に幾度と姿形を変えて襲い掛かって来る現実に戸惑っていたのだろう。
長い時間という抗いようのない現実に惑わされて道を迷っていたのだろう。
だけど、それももう終わり。もう、終わらせなければならない。
無駄な時間はもういらない。暁美ほむらは使える魔法の性質上弱い部類であることは自覚している。だからこそ、目的を果たすために。ワルプルギスの夜を倒すためには多くの武器が必要だ。
だから、これからのループでは探偵さんと会わない。
探偵さんと会う時間を武器調達の時間に当てれば、これまで惜しいところまで追いつめることができたワルプルギスの夜を倒すための火力が足りるはず。あくまでも推測にしか過ぎないが。
――でも。不安だ。不安に気づいた。気づいてしまったのだ。
暁美ほむらは探偵さんに依存している。
変わりゆくループの中で自らを見失わないための道しるべとして、探偵さんを利用していることに、探偵さんの愛読書が『日常モノ』である比較的平和なループで気付いてしまった。
だから、これまでのループで私の心は壊れずに済んでいたのだろう。それを断ち切ってしまって本当に大丈夫なのだろうか、弱い魔法少女暁美ほむらはそれじゃ生きていけないだろうに、と不安が叫んでいるが――そうしないと目標を果たせないことに気付いた。
後少し、後少しなのだから……やらなければならない。やるしかないんだ。
次のループで、全てを終わらせよう。全てのループを終わらせてまどか……できることなら、■■■■も一緒に好きな本でも読みながら時が流れていく平和な日々にたどり着くんだ。
そして、私は――
私は――
私、は――
わた、し、は――
わ、た、し、は――
不意に妙な感覚が体中に満ちた。歩いてきた道を引き返して私はこのショッピングモールにある喫茶店横の喫茶店へ向かった。姿が魔法少女のままであることを周囲の人が気にしていたような気がしたが、気にするな。私は気にしていないのだから。
それよりも、気になるモノが――あそこにあるだろう。
そんな、気が、したのだけれど。どうも気のせいだったような感覚がある。
「あっ!さっきまで店にいた方じゃないですか。実は先ほどあなたが座っていた席で爆発があったんですよ」
そんな私を見つけた店員の一人が話しかけてきたが、邪魔なので適当にあしらう。そのついでに私はこんなことを尋ねてみることにした。私と一緒に誰か来ていなかったか、と。
「いえ?あなた一人でしたけど……って、どうして泣いているんですか?」
泣いている?私が?
触れた頬には冷たい感覚があった。本当だ、確かに泣いている。でも……
ただ、目にゴミが入っただけね、きっと。さて、早く逃げないと。これから警察が来て取り調べのパターンだろうし、ここで時間を無駄にするわけにはいかないのだから。
……そのはず、なのに。どうも胸騒ぎがするのはなぜだろうか?
あれ……?胸騒ぎ?全然そんな物は感じていないのに何故そんなことを考えるのだろうか。
・探偵さん
「ああ、やっとわかった。君の戦場はあっても――居場所がないんですね?」
「だから何度もループを繰り返していると……ふむふむ、いい傾向かと」
「これであなたはもうループから抜け出せないかもしれませんね?」
誰かの声は、黒の魔法少女には聞こえなかった。
ただ、この言葉を見ているあなたにしか聞こえていない。
・暁美ほむら
皆ご存じほむほむ。親友であるまどかを救うために何度も時間跳躍=タイムリープを繰り返しているが、今のところ成功したことはない。
今回のループは取り返しのつかないミスをしているため、既に成功することはないと悟っている。次のループに賭けるために入念な準備をした後、倒すべき対象の悪プルギルスの夜の動きを再確認。準備が整ってすぐに次のループを始めた。
その結果――次のループでは親友を救えたらしい。おめでとう。
・今回のループ
次のループに全てをかけるための最後の平和なループでした。でも、ほむほむが親友を救う結末は確定しているのでバッドエンドでないことだけは約束します。
……後余談なのですが、今回の愛読書が「日常」であることを実はうっかりしておりました。愛読書「日常ラブコメ」の回があるから「日常」が被っているという……
まどマギ杯終了後、こっそりと修正させてもらってもいいですか……?
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法則7:愛読書『ループ』=幸福な未来÷最後の推理
「何か変なところに繋がった感覚があるけれど……」
「まあいい。ボクのやることを始めよう」
崩れる。崩れていく。崩れ落ちていく。
長きにわたり栄華を誇っていた巨大の城とでも言わんかのような風貌を持つ巨大な存在が崩れ行くその姿に仲間たちが歓喜の声を上げているのが見えた。黄色の魔法少女は感極まって崩れ落ち、青色の魔法少女は思わず赤色の魔法少女に抱き着いて無理やり引きはがされようとしていた。
そして。私の隣には一人の少女がいた。大切な、大切な、大切な、親友。
「――やったね、ほむらちゃん」
ニコリと微笑む彼女の名前は鹿目まどか。ただ、その姿は望んでいた姿とは少し違っていた。
「さぁ――みんなで帰ろう!帰っていっぱい大騒ぎしよう!」
そう言って魔法少女鹿目まどかは魔法少女暁美ほむらに手を差し出した。
まどかの手を取るべきか、私は躊躇してしまった。
本来私が望んでいた未来は彼女が魔法少女になることなく普通の世界へ戻る道を選ぶ未来だった。けれど、今回はまどかが魔法少女になる事を止めることはできなかった。そして、ワルプルギスの夜との戦いで彼女は命を落としてしまうのではないかと絶望しかけたが――
幸か不幸か。彼女が命を落とす前にワルプルギスの夜を倒すことができた。できてしまった。
故に私は――迷っている。もう一度ループするべきなのではないか、と。同じことを繰り返せばまどか抜きでワルプルギスの夜を倒すことができるのではないか、と。そうすれば――
『望む未来にたどり着く?でも、これでもすでに幸せな未来ですよ?』
いや、何を考えているんだ、私は。同じことをしたとしてもこの結果にたどり着くとは限らないし、今回のループが奇跡的な結果をもたらした可能性だって普通にあるじゃないか。
『たどり着いた未来を受け入れなさい、暁美ほむら。これは幸せな未来なのよ。』
「……大丈夫だよ、ほむらちゃん」
悩んでいた私を見かねたまどかがぎゅっ、と抱きしめてくれた。突然のことに混乱しかけたけれど、そのまままどかが耳元で囁いてくれた言葉で私の心は安らいだ。
「何を悩んでいるのかはわからないけど、きっと全部うまく行くよ。私がついてるからね」
そうだ……ええ、そうね。そうよ、何を悩んでいたのか。この未来にはまどかがいる。マミがいる。さやかがいる。杏子がいる。皆がいるのだから何があってもきっと大丈夫だろう。積み重ねた時間がたどり着かせてくれたこの時間を、幸福な未来を生きていこうじゃないか。
『そう、私には皆がいるのだから。』
……違う。
違う。何かが違う。何かを間違っていると誰かが囁いている気がした。その声の主を探して、突然まどかを振りほどいて周囲を見渡す私の姿を見た皆が戸惑っているが、私はそれよりも探すべき存在がどこかにある気がしてガレキまみれの周囲に視線を巡らせている。
「暁美さんどうしたの?もしかしてどこかに爆弾でも落とした、とか言わないわよね」
それはない。私の火力をほぼ全て投入したから、爆発物は牽制用の音爆弾しか残っていない。
「ははーん……もしかして、まどかからもらった御守り的なのをなくしちゃったとか」
それもない。残念ながらまどかからそう言った品物はこのループでは何ももらっていない。
「……おい。まさかとは思うが、ワルプルギスの夜がまだ生きてるとか言わないよな」
それは……ワルプルギスの夜が復活しないとは言い切れないから否定はできないけれど。それは別件で考えるとして、私はもっと別のモノを探している気がした。
例えば――仲間とか。どうしてそう考えたのかはわからないけれど。
「「「「仲間????」」」」
「って言われても……ここにいる皆でワルプルギスの夜と戦ったメンバーは全てよね。誰か他にこの戦いに参加してたかしら?」
「わかんねぇな。この規模だから他の地域の魔法少女も加勢しに来ていた可能性もゼロって言いきれねえけど……さやか、おまえそういうのどっかで見たか?」
「いやぁ?というか、戦ってる魔法少女が他にいたら前線で切り込んでたあたしか杏子が見てるでしょ。遠くから支援してたまどかこそそう言うのは見えてないの?」
「見てないよ。他に攻撃してる人がいたら、わかると思うんだけど……ねえ、ほむらちゃん。皆こう言ってるんだし、きっと気のせいだよ。私たちの他には――」
『仲間なんていないよ?』
まどかの言う通り……言う通り、じゃないか。存在しない仲間を探してしまうとは私は大分疲れているのかもしれない。帰ったらゆっくりベッドで眠ろう……。
……でも。やっぱり、何かがおかしい気がする。どうしてなのだろうか。
言いようがない不安を抱えた私をまどか達は励ましてくれた。『大丈夫だよ、気のせいだよ。』と言って私の違和感を拭い去ってくれていると本当にそんな気がしてきた。でも、やっぱり何かがおかしいような気がする日々を過ごしていって――数か月の時が流れた頃。
奇妙な来客が私、というより全ての魔法少女の元へやって来た。
キュゥべえである。詳しい説明は長くなるか省くが、この生命体は魔法少女を生み出しているだけでなく魔法少女を最終的に魔女へ変えようとしている非常に凶悪な生命体である。
そんなコイツが突然やってきた際には思わず残っていた武器であるハンドガンで撃ち殺したが、すぐに新しい個体が登場して文句を言いながら銃殺した死体を食べ始めた……といったように、やはりこいつは人類の理解の外側にいる生き物、いや、そもそも生き物と言えるのだろうか。
などとボヤいていると新しい個体が衝撃的な言葉を発した。
「……別に僕のことをどう呼んでくれてもいいけれど、少しくらいは話を聞いてくれ。今日は君達魔法少女に引退の話を持ってきたんだけど、聞くつもりはないかい?」
魔法少女、引退?それはつまり魔法少女が一般人に戻れるということなのだろうか。
「その通りだよ。元々僕たちはソウルジェムがグリーフシードに転化する際のエネルギー……わかりやすく言うと魔法少女が魔女になるエネルギーを求めていたんだけど、それが目的の量に達したのさ。だからもうこれ以上魔法少女は産み出す必要はなくなったし、存在する意味もない」
だから今いる魔法少女を人間に戻す形で引退の話を持ち掛けており、既に生まれた魔女についてもキュゥべぇが存在した証をこの地球に残したくないらしくこちらで処理するとのこと。
『だからこちらにソウルジェムを渡してくれないか。』
それが魔法少女を引退するための条件らしい。
――悪い話ではないように思えた。ただ、信用はできない。それが私の出した一つ目の理由。
「ふむ?別にいいけれど、なるべく早く引退の話を持ってきてほしいな。ちなみにまどかとさやかは既に引退しているよ」
……絶対さやかが率先して引退してまどかはそれに釣られる形で決めたわね。マミと杏子は?
「僕が信用できないのと魔女の生き残りを警戒して一旦保留、だってさ」
やっぱりね……あなた、聞かないと答えない性質はいつまでも変わらないのね。
「そういう風にできているからね。ちなみに一つ聞いてもいいかな?さっき、一つ目の理由って言ってたということは二つ目の理由があるんだろう。良かったら聞かせてほしいな」
――まだ、終わった気がしないからよ。
その答えにキュゥべえは「そうか。まあ、好きにしなよ」と返すとどこかへと消えていった。さらにそれから数か月後、もう大丈夫だと考えたマミと杏子も引退を決めて人間に戻った。だけど、私はまだキュゥべえにソウルジェムを渡しておらず魔法少女のままだった。
それを仲間から心配されるだけでなく、キュゥべえからも「君の魔法って時間停止だけど、もう使えないよね。なのにまだ魔法少女をやる意味があるのかい?」と言われる始末。
でも。まだ終わった気はしなかった。この違和感が消えるまでソウルジェムを返せない。
そんなある日、私は奇妙な噂を聞いた。どんな謎や悩みでも解決してくれる人がとある喫茶店にいるらしい。一見どこにでもいる一般人だけど、話してみるといつの間にか自分の全てをその人にさらけ出してしまうとか。そして、その人は見せられた全てから的確な答えを推理してくれる。
そして、その人は――探偵さんと呼ばれている。
私のどこかで欠けていたピースが埋まった感覚がした。噂を聞いたのは昼休みの学校だったが、私は居ても立っても居られず仮病で早退してすぐに探偵さんがいると喫茶店へ向かうことにした。
●
●
●
今思えばあの時点で私は全てを理解していたのだろう。だって、噂はどんな謎や悩みでも解決してくれる人がとある喫茶店にいる、というだけでどこの喫茶店にいるのかはわからない。
それだというのに私は正解の喫茶店にたどり着いていた。
ショッピングモールにある書店横にある、小さな喫茶店。何故かそこに探偵さんがいる気がしてまっすぐ一直線に向かい、店に入るとすぐに店内を見渡して利用客を確認すると、間違いなくこの人だと確信してその人の前に座った。流れるような動きに店員は戸惑っていたが。
その人は微動だにすることなく本を読み続けていた。やはりそうだ、探偵さんは読書好きだ。ただし、何時までも本に夢中では私が困る。なのでここは物理的手段に出ることにした。
「――あっ!?ま、まだ読んでいる途中なのです、が……」
探偵さんの本を奪って強制的に意識をこちらに向けさせた。どこか怯えているような視線を向けられるのは仕方のないことだと思っているが、こちらも急を要している。
あなたが噂の探偵さんなのかと確認を取る。
「えっと……まあ、はい。そんな感じに呼ばれたことはありますが……どうかしましたか?」
正解だ。内心ガッツポーズを取ったが、時間をかけてはいられない。私は盾の中に格納していた一冊のノートを探偵さんに差し出した。戸惑いながらもそれを受け取った探偵さんはノートを素早く読み進めて書かれていた内容を理解すると、私の目を見つめながら一言
「このノートって……いわゆるループ物小説の設定集、ではないですよね。妙に変なデータまで詳しく記載されているのですが、これらのデータは見滝原で起きたことを基に作られてますし」
本物ですかこれ?と尋ねる彼女に私はわからない、と回答した。このノートはなぜかループを始めた当初から盾の中に入っていたノートであり、前のループで私が作成して次のループへ届ける方法を編み出したのではないか、と考えたのだが記載されているデータにどうも違和感があった。
「……そうですね。確かにこのデータはおかしい。ループごとにある程度のパターンでデータが分けられているのですが、何を見ればどのパターンのループであるかを判別するための方法がどこにも記載されていません」
付け加えるとどのパターンでも、一部のデータが消えたと思われる空白があった。意図的に何者かがこのデータに改竄を加えたのではないかと私は考えているのだが、どうだろうか。
「悪くない読みか、と。それで私にどうしろというのですか?」
探偵さんの中でも面白くなってきたのか、いつの間にか彼女の唇は笑みを象りながら問いかけを口にした。だから、私は――探偵さんと同じように微笑みながら告げた。
「私は
そう名乗った少女は続けて依頼の内容を口にした。いつものパターンだ。
「依頼の内容はこうよ。私はこれまでにとある目的のためにループを繰り返し続けてようやく目的を果たすことに成功したわ。けれど、その過程でなぜか記憶が欠落していることに気づいた」
「欠落した記憶の内容はズバリ、これまでのループで出会ってきた探偵さんの記憶。今はおぼろげに思い出せているのだけれど、そこから考えるに探偵さんはこれまでずっと私を支えてくれた仲間だったのでは。その上であなたに依頼することは――推理よ」
「どうして探偵さんの記憶が消えたのかが、今の私には理解できない。うまく言えないけれど、この謎を解き明かさないことには私の物語はいつまでたってもENDマークがつかない気がするのよ」
それはすごく残酷なことだろう、と私は感じていた。本を読むことが好きな私にとって一番嫌いなことは物語が未完であることだ。どんな素晴らしい物語にもいつか必ず終わりが来るのだから。
未完であることを私は許せないからこそ――少女の依頼に強く賛同した。
「だから、私はあなたに依頼したいのよ。数少ない手がかりから記憶が消えた謎の真相を解き明かすことは困難であるけれど、それでも、もう一度私と一緒にこの幸福でありながらもどこかがおかしい未来を変える第一歩について考える協力をしてほしい」
少女の言葉に私は頷く。全てが理解できたわけではないけれど、何をするべきかはもう既にこの体が知っている気がした。だから、彼女の依頼を引き受ける意志はこの体に満ちている。
「ええ、任せてください。暁美ほむらさん」
でも、そろそろ周囲の目を気にした方がいいと思うのは私だけでしょうか。探偵さんのその言葉で、周囲の人々が騒いでいるどころか、私を携帯のカメラで撮影していることに気付いた。何故。
「……その盾が原因かと」
盾。
私が盾を持っていたらおかしいのか。一応私の武器の様な物でもあるのだが……ん?待て、盾を持っているということは私は今魔法少女姿であるわけだが。私はいつから魔法少女だった……?
「周囲の噂話を聞いていると、あなたが噂のフライングヒューマンか、みたいな話が出ていますが何か心当たりはありませんか?多分ここまで魔法少女姿できたのでは……?」
――あっ。そういえば、私はここまでまっすぐ一直線に向かってきたわけだけれど。多分、魔法少女の力を使った様な記憶がある。屋根から屋根を飛び回って物理的に――ってことは。
今すぐここを逃げないと不味いのではないだろうか。ワルプルギスの夜と戦って以来キュゥべえの姿を見ていないけれど、あいつも魔法少女の存在が公になれば流石に怒って何かこちらにとって不利益なことをしてこないだろうか。いや、その前にまどかやマミに怒られるのでは――
「……サイレンの音が聞こえてきましたね」
探偵さんの言葉に無言で音爆弾を取り出した。手りゅう弾を見た人々の悲鳴と私が至近距離で爆発させたことによる探偵さんの悲鳴を聞き流しながら、私は彼女を抱えて逃走を始めた。
「うーん……うん?うん、やっと感度がいい場所を見つけた。ここなら繋がるみたいだね」
「近いって?そう言われても仕方ないじゃないか、こうしないとそっちに繋がらない。ボクだって必死なのさ」
「やるべきことがあるからね。まあいいさ、キミ。そう、ボクを見ているキミさ。少し話に付き合ってほしいんだけどいいかな?」
・探偵さん
「では改めて。ボクの名前はキュゥべえ。何者なのかとかそういう説明は省くよ、こっちには時間がない」
「ボクの目的はズバリ暁美ほむらをループから脱出させることだ。それを願った魔法少女がいるからこんなことをボクがしないといけないんだ」
「正直言って手間ではあるけど、キミにとっても悪い話じゃないだろう?」
「だからキミは――犯人を選ぶんだ。ループの、犯人をね」
「それ次第で暁美ほむらがどうなるか――あ――もう時間が――」
……選択終了ですね。
それで生じる未来をまた同じ時間に届けましょう。
そちらの時間で言えば、1月16日0:00時、です。
それにしても私が犯人とは……本当にその選択でよろしかったのでしょうか?
・暁美ほむら
皆ご存じほむほむ。親友であるまどかを救うために何度も時間跳躍=タイムリープを繰り返しているが、今のところ成功したことはない。
・今回のループ
これがこの物語最後のループ。全ての真相を語るには、まだ早い。
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法則8:愛読書のラストページで踊りましょう
「こんなところでいいかしらね。降ろすわよ」
「は、はい……死ぬかと思い、ました」
魔法少女の優れた身体能力とはいえ女性一人を抱えて街中を逃げ回るのは一苦労だった。逃げ込んだのは町外れにある廃工場の一角で、いつかのループでは魔女の結界が発生していたこともあった気がする。キュゥべえの言葉通り魔女が消えた今ではその気配は全くないが。
それにしても、少し前まで魔法少女活動しているときはほとんど顔を突っ込んで来なかった警察とチェイスする羽目になるとは。日本の警察は本当に優秀ね、全くいらないときに限って……
「警察……というより、今の世界の科学はどんどん進化しております。故に警察機関が事件解決に一般人の手を借りるといった物語のような出来事は遥か昔に姿を消してしまいました」
その一般人って探偵のことを言ってるのかしら?
「はい。優れた科学は魔法と変わらないとは誰が言った言葉でしょうか?事実科学の力はどんな難事件も解決してしまうため、突き詰めてしまえば探偵という存在は本来必要ないものです。今の役目は人に触れあう捜査が必要となる浮気や素行調査、ストーカー対策くらいでしょうか」
世知辛いわね。物語を愛するあなたにとっては受け入れられない現実みたいなものじゃない。でも、あなたはそんな現実の中で探偵さんと呼ばれているのでしょう。大したものだわ。
「……ふふっ。ありがたく誉め言葉を受け取っておきましょう」
探偵さんはガラクタの一角から使えそうなホワイトボードを見つけると、それに自前のマジックで文字を書き込んでいく。そのペンはホワイトボード用なのか、と尋ねたが水性ペンらしい。
本来ホワイトボードに使うべきペンではなく、書いた後放置していれば消えなくなるがすぐに消すのなら問題はないらしい。今回の推理は時間勝負なのでしょう?と探偵さんは問いかけてきた。
「移動中に話を聞いた限りでは、あの書店で私を見た時に本来消えていたはずの記憶が元に戻っている。その理由が今のところはっきりしていない以上、早々に結論を出す必要があります」
ホワイトボードに探偵さんは手早く書き込む。
今回の推理の目的:
「まず、推理の目的は探偵さんの記憶が消えた理由でいいですね?」
頷いた。まどかが魔法少女でない上に平和な日々が訪れた幸福な未来にたどり着けたことはいい。しかし、その直前で探偵さんの記憶が消えたことが私の中に疑問を残している。私が作り上げた物語の中に残されたこの疑問を推理して解き明かしたい。
「わかりました。それではまず、色々とお話を聞かせてもらいましょう。私はまだあなたのことをよく知らないこの現状で推理しろと言われましても……ねぇ?」
首をかしげながら微笑む探偵さんに釣られて笑う。そういえばそうだった。
「とは言え、時間もありませんから自己紹介は簡潔に。私は探偵さん、あなたは……そうですね。黒の魔法少女さんなんてどうでしょうか?」
黒の魔法少女。その名前をループの中で何度も私は使ってきたけれど――まさかその名前を探偵さんから名付けられる日が来るとは。異論はないですね?探偵さんの問いかけに私は頷いた。
推理物のセオリーはご存じでしょうか、黒の魔法少女さん。フーダニット&ホワイダニット&ハウダニット。誰が、なぜ、どうやって犯行に及んだのか、という考え方です。今回は既にどうやっての部分は、黒の魔法少女さんから探偵さんの記憶を消す、ということで判明しています。
この考え方を参考にして、なぜこの方法で犯行に及んだのかを考えていくのはどうでしょうか。
「いいんじゃないかしら。とりあえずはこういうことね」
黒の魔法少女さんがホワイトボードへ書き込みを始める。
今回の推理の目的:探偵さんの記憶が消えた理由
どうやって:黒の魔法少女から探偵さんの記憶を消す
なぜ:
「なぜ犯行に及んだのか。動機……犯人がどうして私から探偵さんの記憶を消す必要があったのか、という事ね。早速だけど、お手並み拝見と行きましょうか」
わかりました。では、僭越ながら私の考えを少しお話しましょう。
一般的に動機とは行動を起こす原因を刺すのですがここは黒の魔法少女さんの記憶を消したことでどのようなことが起きることを目的としていたのかを推理しましょう。
まず参考となるのはこのループで発生したこれまでのループとの異なる点でしょうね。確か「目的を果たすことに成功した」とおっしゃっていましたが間違いないでしょうか?間違いないようですね。そこから3つ程考えましたので補足をお願いします。
この違いの場合は動機はどういったものか、ついでに考えられる犯人についてもお話しますね。
1点目の違いは黒の魔法少女さんが目的を果たすことに成功したとしましょう。
「ええ、それは大きな違いでしょうね。これが動機であった場合は……犯人は私の味方という事かしら?探偵さんの記憶を私が失うことが、目的を果たすために必要なことだったとすれば……」
その可能性が高いでしょうね。ちなみに、記憶が無くなる直前のループでは探偵さんは私みたいな方でしたか?あ、精神的な面ではなく、肉体的な面で、です。
「言いたいことが分かったわ。性別はどうだったか、と聞きたいのね?あのループでの探偵さんは男のはずだけと、確証はないわね。過去のループでは男装していたこともあったから」
わかりました。では、この動機の場合犯人は探偵さんになるかと。
探偵さんが女であった場合の話にはなりますが、黒の魔法少女さんが目的を果たす為には記憶を奪うことが必要であると判断して魔法少女になり犯行に出たのではないか、という推理になります。あくまでもこれは推測ですので、細かい部分はわかりませんが。
「つまりこれはあなたが犯人であることを前提とした動機ね」
はい。他の魔法少女の協力を得たパターンも考えましたが、複数のループを通してあなたを理解していた仲間は自分で言うのもあれですが探偵さんくらいですし。あくまでこれは説の一つ。
考えられる動機についてまだまだお話していきましょう。
2点目の違いは黒の魔法少女さんがループをやめたこととしましょう。
「そうね。目的を果たすことに成功したから、もうループはしていないわ。でも、これがどう動機に繋がるのかしら」
ループすることによって被害を受けていた存在がいた場合、黒の魔法少女さんが行っていた行為は非常に迷惑な存在となります。故にこれ以上ループさせないために手っ取り早く回答を教えて――つまり、探偵さんの記憶を消すことで黒の魔法少女さんのループ行為を止めさせた、というのが私の推測です。
実際魔法少女や魔女がいるのであれば、黒の魔法少女さん以外にもループを知覚している存在がいたとしても不思議ではありませんよね。
「……言われてみればそうね。でもそう言った存在の記載はノートにないのだけれど」
なくて当然です。話を聞いていた限りでは、犯人の行動が唐突すぎます。物語の最終章で突然黒幕が出てくるようなものですから、正直言って面白くありませんね。
恐らく相手は慎重に行動していて、その予兆らしきものを全ての物語を読み返してようやく見つけることができるくらいでしょう。本当に唐突に現れた三流役者という可能性もありますけど。
「そこまで言うのね」
そこまで言いますとも。もう少しわかりやすい伏線があれば面白かったでしょうに。
「さっきから面白いって……こっちは必死なんだけど?」
失礼しました。では、この動機の場合の犯人ですが他の魔法少女になります。
超常現象であるループを知覚できる存在であることが前提となりますから、この場合の犯人も超常現象の一種であることが求められますので。
この動機の場合は犯人へ辿り着くための手掛かりを探す必要がありますが、そのためには全てのループを精査する必要があるでしょう。つまり――時間との勝負になります。この状況では望ましくないですが、選択肢の一つとして覚えておいてください。
「それくらい承知の上よ。それで、3つ目の違いは何かしら?」
わかりました。それでは、最後の違いについてお話しします。
3点目の違いはあなたの親友が魔法少女になった上で引退したこととしましょう。
「……えっ?それが動機?」
はい。今回のループについてはこの部分がどうも引っ掛かるのです。何らかの目的であなたの親友を意図的に魔法少女にした上で一般人に戻す必要があったのではないか、と。
「その目的はなにか見当がついてるのかしら」
推測ですが、あなたの親友が魔法少女になった後で起きる事象のデータ収集、ではないかと。
黒の魔法少女さんの目的は彼女を魔法少女にしないことですから、あなたの親友が魔法少女になった際に何が起きるかは未知数なループが多かったと考えられます。故にそれを知りたくて、あなたが目的を果たすループを作り出したかったのではないか、と。いかがでしょうね。
「それは……あなたみたいに言うのなら面白い話ね」
ありがとう……ございます?お礼を言う場面なのでしょうか、これは。っと、話がそれました。この場合は魔法少女さんを観測する存在が犯人ではないか、と推測しております。
恐らく黒の魔法少女さんもご存じの存在ではないかと私は推測しております。いわゆる魔法少女物においてお約束な存在として、少女を魔法少女へ変える道具とかマスコット的な生命体が存在すると思われますが、道具の制作者だったりマスコットだったりがそう言ったことをしているんじゃないかな、と。……あの、急に頭を抱えてましたけどもどうされましたか。
「……マスコットみたいなやつ、いるわね。しかもそういうことをやりかねないやつよ」
……では、この動機の場合の犯人はそちらのマスコットで。
以上で私が推理した動機は全てです。細かい動機は考えれば考えるほど出てきますが、大まかにはこの三種類になるかと。では、ここで一度ホワイトボードの方にまとめましょう。
今回の推理の目的:探偵さんの記憶が消えた理由
どうやって:黒の魔法少女から探偵さんの記憶を消す
なぜ:・黒の魔法少女さんが目的を果たすため
・黒の魔法少女さんにループさせないため
・異例のループで生じる現象のデータ収集
「そして、少し早いのですが誰が犯行に及んだのかについて推理しましょう。現状の動機から黒の魔法少女さんが求めている探偵さんの記憶が消えた理由を絞り込むのは難しいですから」
誰が犯行に及んだのか、正確には誰が犯行に及べるのかを推理することで答えを導きましょう。探偵さんの提案に頷いて返すと同時にホワイトボードには探偵さんが書き込みを始めていた。
「私が考える犯人は3択です。探偵さんか、他の魔法少女か、魔法少女を生み出すマスコット。それぞれの動機は既にお話しましたが……」
順に選択肢を潰していった方が良いだろう。まず最初に潰すべき選択肢は――
そんな思考に割り込む存在が、一人。
「面白いことをしているね?僕も混ぜてほしいなぁ」
突然聞こえた声に驚いて私たちは声がした天井の方を確認する。さび付いた鉄骨の上には白いケモノのようなナニカが一匹。魔法少女であるが故の身体能力でそれが笑っているのが見えた。
キュゥべえ。探偵さんが推理していたマスコット的存在がやってきたのだ。それにしても、一体どこから聞きつけたというのだろうか相変わらずこいつは神出鬼没すぎる……。
「ここまで騒ぎを起こせば普通に気付くとも。って、そんなに警戒しないでよ、ほむら。僕はキミの邪魔をしに来たわけじゃない、どちらかと言えば手助けをしに来たようなものだから」
――本当だろうか?念のために盾の中から拳銃を取り出して構える。
キュゥべえを殺しても復活することはわかっているが、時間稼ぎくらいにはなるだろうか。そう考えて警戒している私も、この光景を不思議な物を見る目で見つめている探偵さんの視線も気にすることなくキュゥべえはぴょいとジャンプして間に降り立った。
「……あの。先ほどから何が見えているのですか?」
「既に知っていると思うけど、一般人である彼女には僕は見えていない。さて、単刀直入に言おうか。僕はこの事件の犯人を知っているんだよ、暁美ほむら」
――っ!「――っ!」
「二人同時に息を呑んだね。タイミングがバッチリな二人のことを名コンビ、なんていうんだったかな?それとも名探偵と名助手というべきか」
お世辞は結構よ。犯人を知っている、とあなたは言ったけれど。その上で何が言いたいのか。いいえ、違う。何がしたいのかを聞かせろ。キュゥべえに要求しながらも、気付かれないように時間停止を試みるが、もはやその魔法が使用できる期間を過ぎていることは自分がわかっていた。
「それってホワイダニットって言うのかな?簡単だよ。答えを教える代わりに魔法少女を引退してほしいんだ。そろそろ僕も母星に帰りたいからね……もうこの地球に残っている魔法少女は君だけなんだよ」
……生憎だけど。私はもう既に犯人が分かっているのよ。あなたの手を借りるまでもないわ。
「……へえ?」
噓だと思っているのかしら?それなら、ここで推理を聞いていきなさい。あなたに補足してほしいこともあるから。間違っていたらあなたの言う通り魔法少女をやめたってかまわない。
「ふうん。そこまで自信があるのならお言葉に甘えよう」
キュゥべえはガラクタの上に座る。お手並み拝見と行こうか。感情がない紅い瞳がそう言って私を見下しているような気がしたけれど。気にすることはない。私の中には既に確信がある。
「あ、あの……黒の魔法少女さん?さっきから誰と話しているんですか?目に見えない何かと会話しているように見えるのですが……もしかして、例のマスコットがいるのでしょうか?」
探偵さんの問いかけにキュゥべえがいるガラクタを指さした。首をかしげていた探偵さんが、突然驚いて腰を抜かした。一般人にも見えるようにしたわね、あいつ。それを見た私は大笑いした。何がおかしいんですかと探偵さんは抗議する。キュゥべえはわけがわからないよと呆れている。
だって――この状況を待っていたのだから!
「さて。役者はそろったわね。ここからの推理にはキュゥべえの存在が必要だったのよ」
口角が吊り上がるのが自分でもわかる。ここで全ての決着をつける。
「そう――探偵らしく推理するだけよ。」
いつも喫茶店のあの場所で私の話を楽しそうに聞きながら。
「いつもの探偵さんみたいにね。だから、このセリフを言わせてもらいましょうか」
推理して私に道を示す手伝いをしてくれた、探偵さんのように。
いいえ、違うわね。物語を愛していた探偵さんがきっと憧れていたであろうセリフを。
その言葉に探偵さんは何も返さない。ただ、唇を固く引き締めるだけ。
「……探偵さんとやらは沈黙したけど?ここからどうするんだい、暁美ほむら」
「どうもしないわ。推理物語のお約束に沿って話を進めるだけ」
「そのお約束とは?」
「なぜその結果に至ったのか、推理の過程を犯人に明かす。ありきたりな展開だけど、いざ自分でやってみると結構面白いじゃない。本当にこんな職業があるのならやってみたかったわね」
ホワイトボードの前に立つ。探偵さんが犯人候補として書き記した3つの選択肢に触れる。
「まず推理その1。ここに記載されている犯人のうち、キュゥべえの犯行はあり得ない。正確に言えばキュゥべえが主犯である可能性は低い」
「へえ?いきなり僕は犯人じゃないと言い切るんだね」
「根拠はこれまでの私の経験ね。キュゥべえは私が魔法少女になった瞬間を絶対に知らないのよ。毎回私に接触した時に僕の知らない魔法少女と言ったことを言うわ。その上で私は何度か本当にそれを言っているのか、と問い詰めたことがあるのだけれど。あなたはどう答えるかしら」
「本当さ。一体いつ契約したのか覚えていない。何者なんだい、君は?」
「一言一句同じ言葉ありがとう。そして、キュゥべえは聞かれたことに対して嘘は言わない。その代わりいつも肝心なことを言わないで後から「言ってなかっただけ」と開き直るのだけれど」
「その方が色々とやりやすいからね。聞かれたことには答えてるんだ、別にいいだろう?」
その言葉で一体どれだけの魔法少女が道に誤って命を落としたことか、と私の中で怒りが込み上げてきたがそれを追求する場ではない。落ち着いて推理を進めよう。
「つまりキュゥべえは少なくとも私がループしている記憶を繰り越していない。だから、キュゥべえ単独で私に何か影響を与えるための動機があまりないのよ」
「……なるほどね。ズバリ言おう。正解だ。僕、というより僕の存在の大元であるインキュベーターは暁美ほむらのループを彼女に接触して話を聞くまでは知覚していないし、知覚しても現状は脅威に感じていないね。わざわざ僕が先導して君の記憶を消す理由がないから、君の言う通り主犯ではないよ」
「でも、共犯である可能性は否定しないのね……実際、キュゥべえが私に関与した可能性が0と言えないのは困りどころね。キュゥべえは魔法少女を生み出す際に少女の願いを一つだけ叶えるけれど、その際の能力は常軌を逸しているわ」
具体例を挙げるのなら――佐倉杏子。彼女が望んだ願い事だ。
彼女の父親は聖職者であったが、教えていることが世間一般からは聞いてもらえなかった姿を見て、彼女は皆が父親の話を聞くようになることを願っている。その結果世間は彼の話を聞くようになった結果、数多くの信者と信仰を得たと聞いている。
つまり、キュゥべえの力は人間の精神面にも影響を与えることができる。犯行に及ぶことはなくとも犯行に起こせるだけの力があったのは確実であるけれど。それでも、ありえない。
「そもそもの話。私がループを成功させることはキュゥべえにとって不利益なのよ」
「……それは一体なぜだい?」
「あなた。いつも聞いてばっかりね。たまには自分で言いなさい」
「やれやれ……暁美ほむらがループして目指していたのはまどかの魔法少女化の阻止……んん?」
「何かおかしいことでもあったのかもしれないけど、一旦流すわ。まどかが魔法少女となり、そして魔女となることであなたたちが求めているエネルギーはかなりの量を得ることができると聞いたループがある。故に私が目的を果たすことの手伝いをすることには違和感があるのよね。あなた、本当にそんなことする?」
「……しないね。例えば暁美ほむらから探偵さんの記憶を消す願い事をされた場合は、探偵さんの記憶だけと指定されていないから探偵さんが関わっている記憶としてループの記憶も消して、君が失敗する可能性を高める行動に出るだろう」
こいつ、やっぱり殺しておいた方がいいのではないだろうか。でも完全に処分する方法が今のところ見つかっていないし、魔法少女の願い事を使ったとしても「卑怯です」キュゥべえ以外の存在として――「卑怯!です!!」……うるさいわね。
沈黙を貫いていた探偵さんが口を開く。声を荒げながら私に対して罵倒を始める。
「なんですか!なんですか、その推理は!そんな情報はこれまでの物語には出てきていません!どこにもヒントが残されていなかったのに、突然過去の話をしてそれを理由に犯人を追い詰めるのは、卑怯です!!そんなことは探偵がすることではありません!!」
「――とのことだけど、キュゥべえ?」
「どうしてそこで僕に振るのかな。えーっと、探偵さん?卑怯って君は言うけどさ。この話は僕と暁美ほむらなら確実に知っていることなんだよ。それを推理に使ったらダメっていうのはそっちこそ卑怯だと思うんだけど。いや、我がままじゃないかな?それについてどうお考えかな?」
「――っ!ですが、私はそんな話をこれまで暁美ほむらから聞いたことは!」
「言わなかっただけよ。ああ、そうそう……そんなに卑怯だというのなら、あなたも知っている事から推理して黙らせてあげましょうか。推理その2。説明がつかない法則があることよ」
その法則とは――探偵さんが死亡するループが存在することである。
「これまで探偵さん見つけた法則として、探偵さんの愛読書で今後の未来のパターンがわかるというものがあった。これについてはちょっと無理矢理だけど、見滝原市外がループごとに変化するため今後の未来が変化すると同時に、探偵さんの幼少期の環境が変化することが理由だったわね」
「へえ?それはまた変わった法則だね。確かに特定条件下で特定の本を好む、として物事を考えるのならその条件が未来を確定させていたということでギリギリ通用するだろう」
「問題は私や魔法少女関係者と関わった探偵さんは確実に死亡することよ。最初はそういう魔女がいるのではないかと疑ったけど、魔女の関与がない状況でも彼は死ぬわ」
「彼と来たか。つまり、彼女――いや。魔法少女であった場合は死なないんだね?」
「正解。男であった場合に私を推理以外の手段で助けようとした場合は確実に死ぬということに違和感があった。でも、女であった場合は死ぬこともあれば生き残ることもあった」
――故に私はこう考えた。彼が推理以外の手段に出た際に死ぬ法則があるのではないか。
そんな私の推理を探偵さんは鼻で笑う。馬鹿馬鹿しい、と言いたいかのような不機嫌な笑いの後に彼女は自分の推理を語り始めた。
「なるほど、面白い法則ですね。でも、その推理には大きな矛盾があるというよりも、それはただこれまであったルールを述べているだけです。どうして彼が死ぬのかという説明がつかない現状は変わっていませんよ」
「ええ、そうね。あえて説明をつけるのなら探偵さんを殺した犯人が分からない点が問題ね」
「そう、その通り!あなたのその推理には「誰が」「なぜ」の部分が欠けている!そんなお粗末な推理でこの謎を解き明かそうなんて、身の程を知りなさい、暁美ほむら!!」
「……でも。怪しい人物は見つかったわね」
「――は?」
クスクスと笑いながら。私は一つ彼女に問いかけてみることにした。
「私、今回のループであなたに名乗った覚えはないわよ」
「それが……なんだというのですか?」
「名前を教えたら探偵さんは死ぬから、よっぽどのことがない限り私は名前を教えていないのよ。でも、私がさっき依頼を申し込んだ時にこう言ったわね?」
「ええ、任せてください。暁美ほむらさん」
「――あっ!!」
「名乗っていないのに名前を知っている。ふむ、確かにこれはおかしいね?」
「だから私は最初からあなたのことをずーっと疑っていたのよ。この探偵さんは過去のループを覚えているのではないか、と。そう思って警戒していればボロが出してくれたから、内心笑いが止まらなかったわ」
2つ目の違いとして私がループをやめたことを指摘した時にあなたは「実際魔法少女や魔女がいるのであれば」と言った。でも、私は魔女について話していないわよ。話していたのなら、犯人候補で魔法少女と同じことができる魔女の存在も挙げているはずなのに、挙げなかったわね。
「そ、それは……うっかり、忘れていました。それだけです」
「いやあ、それは通らないと僕でも思うよ?付け加えると、僕が犯人を知っているということを知った時に探偵さんは息を呑んだじゃないか。僕の姿が見えていないから声も聞こえていないはずなのに息を呑むタイミングが合う。おかしいね?」
「――っ!裏切るのですか、キュゥべえ!!」
「は?裏切る?ってことは……もしかして、私の記憶が消えたのはあなたの仕業だったのね?」
「いやいや、それ違うよ。暁美ほむらの記憶が消えたのは僕――いや、違うね。ボクの仕業じゃないんだ。これは信じてくれていい、暁美ほむら。ああ、ようやく乗っ取りが終わったよ」
ゾクリ、と背筋に寒気を感じて後ずさりしてしまう。キュゥべえのまとっている雰囲気が突然変化したのだ。まるで、ワルプルギスの夜と同格の魔女と相対しているかのような。
「さて。ボクの方からいくつか説明、というよりネタバラシをさせてもらう前に。暁美ほむら、君の推理その2を区切ってくれるかな」
「え、ええ――コホン。以上のことから私はあなたがループを知覚している魔法少女の類ではないかと推理しているわ。そうでなかったとしても、怪しい人物であることに変わりはない」
故に。証拠不十分であるところは多いけれど、あなたが探偵さん殺しの犯人だと推測している。
「探偵さんが魔法少女になった場合の能力はいつも超能力。比較的アシが付きにくい能力だから証拠を残さない殺しには向いている能力だし、魔女でない場合は追跡も難しい。確証はないけれどあなたが殺人可能であると考えることはできる。でも、そうだとすると一つ問題があるわね」
Q:探偵さんはループごとに性別が違う同一人物なのでは?
A:ループごとに探偵さんの性別が異なるのではない。
出会う探偵さんの性別が違うだけ。どのループにも男と女の二人の探偵さんがいるとしたら?
「……って感じに。理由付けは可能よ。こうだとしたら、あなたが犯行に及ぶことはできる」
「僕からも一つフォローしよう。前に暁美ほむらが女の探偵さんと遭遇したループで変な言葉があったことを、観測しているんだ」
キュゥべえが前に出る。怯えている探偵さんはキュゥべえから逃げようと、少しずつ、少しずつ下がっていく。小さなケモノに追い詰められていく彼女の姿がどこか滑稽であったけれど、笑う気にはなれなかった。そして――ほんの一瞬、意識が飛んだ。
ご愛読ありがとうございました!
「と言った感じに。奇妙な文章を暁美ほむらや探偵さんの意識が流れている領域にねじ込まれているんだよね。君が魔法少女だった時に限って、こんな風に変なことが起きるのはおかしいよ?」
――意識が回復した。どうやらキュゥべえが何かを言ったようだが、それを聞き取ることはできなかった。ただ、探偵さんが震えていることから、何か彼女にダメージを与えることを言ったのだろう、とは思うが。そのせいでもはや探偵さんの心は限界を迎えているようだ。
「黙って――黙って、黙って、黙ってぇ!!そんな怪しいから罰するみたいな理屈ばかり押し付けてあなたたちはまともな証拠を一つも提示していない!他の人がどう思ったとしても私はあなたたちが出した答えはぜんっぜん面白くない!まともな推理であるものか!犯人を追い詰めるための基本が何もなっちゃいないじゃないですか!!あなたたちは、一体何がしたいのですか!!」
狂ったように喚く探偵さん――否。コレに私たちはこう告げる。
「――魔女、裁判?」
「そうだよ。中世の時代に行われたそれは怪しいと思われた人物を殺すための裁判だとボクは聞いてる。証拠不十分でも犯人を殺せるそれにキミを引っ張り出すことが目的だったのさ」
「私、実はキュゥべえにも違和感を覚えていたのよ。理由がわからない法則はまだあった。まどかの契約が早まっている件に関してキュゥべえに問い詰めても、全く覚えがない。その言い方はおかしいわよ、契約する本人なのにね」
「そこでボクは仮定を立てた――君に騙されているんじゃないかってね。だからほむらと取引してこの場を設けてみれば、君が怪しいこと怪しいこと。そして――僕が母星から切り離されていたことを確認した」
今はつなぎ直したから問題ないけどね。あ、一人称がボク、って言うのは母星に繋がってる方で、僕は切り離されてるほうね、などと喋っているキュゥべえを横目に深呼吸。
さて――これで、最後だ。
「最後の推理……というか、勘があるのだけれど。キュゥべえ、改めて一つ確認してもいいかしら」
「なんだい?予想はつくけどさ」
「あまりにも今回のループはうまく行きすぎているのが、正直自分でも怖いわ。ワルプルギスの夜を倒せるどころかまどかが死ななかったし、魔法少女を私以外引退している」
はっきり言うわ。こんな都合のいい世界が私の戦場であるとは思えない。
例えるのならこの世界は誰かが無理やり描いたハッピーエンドみたい。理由も過程も全て無理やりにツギハギして幸福な未来という結果を塗りたくったような、イビツな世界。
言うなれば夢物語の世界みたいに思えるこの世界は。魔女の結界ではないのか?
その問いにキュゥべえは答える――満面の笑みで。
正解だよ、と。もはやその答えは揺るがない、と付け加えて故に、その答えが示すのは――
目の前で奇妙な魔法の詠唱を始めた探偵さんは、魔女であるということだ。
もはや。魔法少女ではないということであった。
・探偵さん(女)
前回ラスト&今回でボロ出しまくったポンコツ魔法少女。能力は超能力だが、これは願い事の副産物である。
ほむらの度重なるループに巻き込まれた結果精神がとっくの昔におかしくなっており、今回のループでついに魔女化した。
余談だが、法則3と前回&今回のループでAAの姿が異なるのはほむらと異なって肉体はそのままループしていたから、純粋に年を取っているのが原因。ほむらがそれを言及しなかったのは、今回の異常なループによるものかと疑っていたため。
また、女の探偵さんに遭遇するループが少なかったのは年を取った容姿を誤魔化すための魔法に毎回手間取っている&それが1ループ分しか持たないことが原因。
……だが。それはもはや彼女の口からほむらに語られることはない。
・暁美ほむら
皆ご存じほむほむ。親友であるまどかを救うために何度も時間跳躍=タイムリープを繰り返しているが、今のところ成功したことはない。
今回のループと思い込んでいたのは全て魔女の結界での出来事。具体的に言うと、法則6で音爆弾を置いてから今回までが該当する。故に今回のループで救われたはずのまどかは魔女の結界内の存在であるため、本物のまどかはまだ救われていない。
キュゥべえとは奇妙な法則に気付いた段階で協力を打診していた。
・キュゥべえ
ずーっと探偵さん(女)の魔法で行動に異常をきたしていた。前回でようやく母星からの連絡が来て、今回で接続した。
――ちなみに。選択された犯人が暁美ほむらだった場合は連絡がつながらず、暁美ほむらは魔女に取り込まれながら幸福な未来を夢見続けるバッドエンドのつもりだった。
まどマギ杯でバッドエンド二次やるかどうか本気で悩んだ副産物……
・今回のループ
魔女の結界内部。存在する魔法少女は暁美ほむらのみ。他の魔法少女からの救援は望めない。彼女の手で魔女を排除し、脱出するしかない。
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法則9:愛読書を閉じてカーテンコール
もう少しうまくやれていたら、と言いたくもありますが……
でも、書いてよかったかな、と思える作品にはなりました。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
まどマギ杯主催者の方にもこの場を借りてお礼を申し上げます。
……え?何か違う感じの話を見た?ナンノコトデスカネー(遠い目)
最後の最後に投稿する話を没版と間違えたとか、言えません言えません……
そっと目を閉じる……そして、開いた。
廃工場の姿はそこにはなく、視界に広がっているのは見慣れた喫茶店だった。ショッピングモールの書店横にある小さなチェーンの喫茶店。なぜこんなところにいるのかはわからなかったが、不思議と自分が不思議と落ち着いていることに気付いた。そばにいたはずのキュゥべえの姿はない。
付け加えると店員の姿もないが、どの席にも老若男女様々な客が座っていた。皆何かの本を読んでいるが、それを横から覗き見ても書かれている内容は全く解読できなかった。
「その文字は魔女の言葉――らしいよ。僕にもよくわからないけどね」
奥の方の席から声が聞こえてきた。三人席のテーブルで一つだけ空きがあるそこに声の主と、もう一人。この状況を作り出したであろう魔女の姿があった。彼女もまた、何かの本を読んでいた。
「ようこそ、黒の魔法少女さん。ここが物語の終着点。後書き、というよりは本を閉じた後の世界になるのかな。役目を終えた役者たちが休憩する場所、なんてね。控室って言った方がいいか」
……なら。ここにいる私も役者の一人と言いたいのかしら?
「少し違うね。まだ時間はあるんだ……ネタバラシの時間と行こうじゃないか、探偵さん?」
その呼び方はよしてちょうだい。確かに最後は推理みたいなものを披露したけれどあれは全部まともに証拠がないから、彼女が怪しい証拠をかき集めて無理やりたたきつけたようなものだから。
「魔女裁判だったね。なるほど、言いえて妙だ。本当に魔女を殺すための裁判だからねぇ」
なら、あなたは判決人に異議を唱える弁護士なのかしら?生憎だけど私は彼女を殺すつもりよ。
「構わないよ。殺したいのならどうぞご自由に。ただ……最後に一人の魔法少女の話を聞いてほしいだけさ」
背後からコツコツと足音が聞こえた。うつろな表情の店員がテーブルにコーヒー1つにアイスティー1つ、ロールケーキ2つを配膳した。声の主は私に腰掛けるように促す。
座りなよ。いつもみたいにケーキとドリンクセットを奢るよ――なんて。いつものように探偵さんは言った。私のよく知っている男の子の探偵さんの言葉に従って、私はティータイムを過ごすことにする。きっと、彼と過ごす最後のティータイムになるであろうことはわかっていた。
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魔法少女のルールでは、○○の魔女、という呼び方が流行っているらしいね。ならボクはこの事件の犯人である彼女を脚本家の魔女と呼ぶことにしようかな。
彼女が魔女少女だった頃から使える魔法は夢を見せる魔法らしい。対象が一番見たい夢を見せる魔法で、なんらかの欲望を抱く魔女に欲望を満たす夢を見せて確実に封じ込められるという意味では最強クラスだったとか。ボクは魔女のことをよく知らないから何とも言えないけど。
魔法少女が闇堕ちしてしまった存在が、魔女、でいいのかな?
「魔女のことを知らないの?……探偵さん、あなたはどこまで魔法少女について知ってるの?」
突然どこかから教えられた真実だけだよ、黒の魔法少女さん。犯人からキミに説明する役割を任されただけのただの男子中学生で、キミの名前とかボクは知らないんだよ。多分ここにいるボクはどこかのループで生き残った探偵さんで、それがここに呼ばれたんだと思う。話を進めるよ。
えーっと、彼女が使える魔法の話だったね。実は彼女のデメリットが非常に大きくて、自分の魂を対象の精神に寄生させて発動する仕組みだから、発動中は肉体から意識は失われて無防備になるそうだ。発動させるためにはソウルジェムを相手の肉体に触れさせる必要があるとか。
「ソウルジェムが魔法少女の魂の器であるから、精神に寄生させると考えたらそんな手段になるのでしょうけどデメリットが尋常じゃないわね……ソウルジェムを砕かれたら魔法少女は死ぬのに」
マジか。こんな魔法で最強クラスとかあの魔女は自分の魔法にうぬぼれてるんじゃないんだろうな……まあいいか。
それで、黒の魔法少女さん。君は彼女の魔法を前のループでかけられたらしい。だから、君の魂には魔女の魂が寄生している状態だとか。
「……なんですって?」
ボクは魔法について詳しくないからわからないんだけど……その上で、何回目かのループで魔女に覚醒して、魔女の世界に引きずり込んだとか。これ、本当だと思う?
「ちょっと待ちなさい、考えてみるわ。私のループは肉体の負傷などは引き継いでいないから、心を……魂だけを過去に送り込んでいる形式かしら。脚本家の魔女が使っている魔法は精神に魂を寄生させる……なら、私のループで過去に飛んだ魂に彼女の魂が付着していたのなら、ありえる……?」
そうなると結構ヤバいよね。黒の魔法少女さんが経験したループがどこかのタイミングで脚本家の魔女が見せていた夢に切り替わってたってことだし。
どのループから夢なのか気になるかい?ボクにもわからないよ。可能性としてはボク、もとい探偵さんと遭遇したループから夢じゃないかと思うけれど。脚本家の魔女とやらは女だった場合の探偵さんを名乗ってたらしいし。女探偵さんを名乗るのなら、男探偵さんも必要になるよね。
「偽物を名乗るには本物が存在する必要があるってことね……だけど。そうなると私が経験したループのうち500回くらいが夢の中の出来事になるんだけど……」
相変わらずループ回数がエグイね、黒の魔法少女さん。一回のループがボクが黒の魔法少女さんに本屋さんで出会った日からで最後の記憶である大嵐が襲来した日までとカウントするなら約一か月、それを500回積み上げれば40年くらいか。おめでとう黒の魔法少女(50代)さん。
「気にしたくなかったことを言わないで……!!」
大丈夫大丈夫。世の中には大人になって子供が主人公になったのに魔法少女○○○みたいな感じのタイトルの漫画とかもあるから。まだまだやれるよ、うん。
無言でショットガンを取りなさないでください。人間ザクロにはなりたくねぇ……!!
「ロケットランチャーの方が良かったかしら」
火力が足りないとかそういう問題じゃない。
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「あ、もう土下座はいい?じゃあ……次は脚本家の魔女が持つ詳しい能力について話していこうか。ボクは魔女とか魔法とか全然わからないのに、いきなり答えだけ渡されても説明しづらいんだけどなぁ……」
ボヤきながらも彼はロールケーキにザクザクとフォークを突き刺しながら説明を始める。白いロールケーキに赤いクリームがどこかキュゥべえみたいだな、と思ったのは内緒だ。
「一番見たい夢を見せる魔法って言ったけれど、いきなりそういう夢を見せるわけじゃない。最初は対象の一番見たい夢に近いけれど現実よりの夢を見せるらしい」
何故そんなことをするのだろうか、と考えたが。魔法少女はもちろん魔女も上位のモノになるにつれて理性らしき物があることを思い出した。いくらなんでもいきなり目的が叶うことはないことはバケモノとなった魔女もわかっているから、いきなり望みが叶った夢を見せられても受け入れられないのだろう。
だから、少しだけ望みに近づいた現実の夢を見せる。これくらいならあり得るかと思えるレベルの夢を。それなら理性も現実であると受け止めるのかもしれない。
「そうそう、そういうことだよ。流石黒の魔法少女さんだ」
お世辞はいいわよ。話を続けてちょうだい。
「了解。何度も何度も何度も、少しずつ少しずつ少しずつ、望みに近づいていく夢を見せていつかは望みが叶う夢を見せる。その頃には心は幸福な未来におぼれて思考を停止、精神が死ぬ、っていうのが魔法の全容なんだけど。改めて聞いたことを考え直したらこの魔法は微妙なんだよね」
エグい魔法であると思ったけれど、なぜ微妙だというのか。確かに発動条件はソウルジェムを触れさせることとかなり難しいことであるとは思ったが。
「どうも相手に見せる夢は全部自分で作る必要があるみたいなんだ。つまり、脚本を書く必要があるというわけ。当然脚本が下手なら「これは夢だ!」って気づいて魔法は失敗するってこと」
……ああ、それは微妙だ。あれだけのシナリオを自分で用意するのはかなりの手間だろう。で、脚本が下手だと夢であることに気付く、ということは。 ついさっきまでの推理に至る過程が杜撰だったのはそういう事なの?
「脚本を書く能力が劣化している可能性はあると思う。だけど、それよりもどうも脚本家の魔女はキミが謎を解くことに失敗することに賭けていた節があるとボクは推理した」
「いまいち証拠になりそうなモノを脚本家の魔女は提示していないのが気になるんだよね。まるで謎を解かせようとしてない意地悪な探偵モノの脚本を見ている感じだった。まあ、黒の魔法少女さんは彼女が怪しいからとりあえず殺す!みたいな感じで追い込んだけど」
魔女を追い詰めるためには証拠不十分でも処刑できる魔女裁判、なんてね。あそこで失敗したらどうなったことかと思ったけれど、賭けがうまく行って良かったわ。
「それすらも彼女の脚本だった可能性もあるらしいんだけどね……」
探偵さんが席を立つと、ぴょん、っとジャンプした。降り立った衝撃で周囲の床が抜けた。いや、違う。周囲を残して全ての風景が崩れ落ちていく。外に見える本屋も、電灯も、客も、テーブルも、何もかもがひび割れて崩れて――暗闇の中にポツンと浮かぶテーブル一式だけが残った。
不思議と周囲は明るくて探偵さんやまだ本を読んでいる脚本家の魔女の姿はしっかりと見えた。
「どうやら。初期に比べると脚本はどんどん劣化しているらしい」
探偵さん曰く。私の夢に寄生した脚本家の魔女――この時点では魔法少女であったため、脚本家の魔法少女と呼称し直す。最初に脚本家の魔法少女は、私の夢の中に非常に精巧な見滝原の脚本を作り上げたらしい。魔法少女仲間はもちろん、キュゥべえや魔女と言った人外の存在の脚本もつくり、細かいところでは見滝原中学の同級生や行きつけの店の店員の脚本を作った。
こうして私の夢の中には、目覚めてからワルプルギルスの夜が襲来するまでの1ヶ月の見滝原が生まれた。私はずっとこの見滝原を現実と思い込んで何度も何度もループを繰り返していた、が。
突然脚本家の魔女が読んでいた本のページが飛び散った。慌てて散らばったページをかき集める彼女の姿はどこか可哀そうで――これからの探偵さんの話に重なる部分があった。
私の魔法は脚本家の魔法少女と相性が悪すぎた。夢の世界はループして使い回せるようになっていなかったから、ループした瞬間脚本が崩壊する。世界が消滅してしまう。だから、何度も脚本を作り直す必要があった。
終盤、というか魔女裁判をする直前の段階では脚本の劣化はかなり酷く、行動が明らかにおかしい人については彼女も無理矢理修正をかけていたとか。そのせいで本来の脚本に描かれていた行動からズレて妙な行動に出ている人物が何人かいたらしい。
その代表格の一人こそ、キュゥべえである。魔法少女の引退話なんてありもしないことを言い出していたあたりがそうらしい。故にキュゥべえは騙されていた、などと言っていたらしい。キュゥべえにしては話がうますぎると思ったら、あの話は脚本家の魔女が作ったものだったのか。
「本当はソウルジェムを差し出させることで、黒の魔法少女さんから魔法少女の力――もとい、ループの能力を取り上げることが目的だったらしい」
ゾッとした。もしも渡していれば、私は夢の世界で抵抗する手段を失っていたという事か。
「あくまでもボクが与えられた情報だから鵜呑みにするかどうかは任せるけれど、どうやら次のループを始めた場合は完全に夢の世界が崩壊するレベルで脚本はボロボロらしい。その証拠に――ああ、ちょうどいいところだ。見てみなよ、この魔女さん」
先ほどから会話に混ざることなく本を読み続けている彼女の姿を見つめる。パラパラ、パラパラと本を読んで――そして。また、ページを最初に戻していることに気が付いた。
「……もう。脚本を書き直す力がないみたいだ。今思い返してみれば、ボクは何度かウキウキと本に文字を書き込み続ける女の子を見た記憶がある。こんな明らかな大人の女性の姿よりもずっと若い、メガネをかけた女の子だったと思う」
恐らく。その姿こそ脚本家の魔女が魔法少女であった頃の姿なのだろう。その姿を役者である探偵さんは今いる控室と評した世界で無意識に見たことを思い出したのではないか、と思われるが。考えるべき事項はそれではない。
脚本家の魔女は同じ本を何度も、何度も読みなおしている様子だった。既に書き上げた脚本を何度も、何度も読みなおすことしかできない。魔法少女から魔女へと――皮肉だが、成長したことで脚本を執筆する力が失われてしまったのだろう。出来ることは過去の作品を読みなおすだけ。
「黒の魔法少女さんが気付いていた法則で確か、ワルプルギスの夜が脆くなっている法則と……あと、親友が契約するタイミングが早くなる法則があるって言っていたよね?それは彼女曰く書ける範囲をどんどん減らさないといけなくなった弊害らしい」
だから、決戦あるいはループの終わりが早まるような状況だったということか。だけど今回のループはそれどころか普通にワルプルギルスの夜を倒せているのだが。
「その頃には……もう、魔女になっていて薄れゆく意識の中ではまともに脚本を書けなかったらしい。残すべき伏線や証拠も書けない状況で、キュゥべえとやらに干渉もされてどうしようにもなかったとか」
……キュゥべえにお礼を言うべきなのだろうか。そういえばあいつどこに行った。
「一時的に追い出したらしい。多分もう少ししたら帰って来ると思うけれど……その辺どうなのかな?」
探偵さんは脚本家の魔女に尋ねる。彼女は何も返さない。ただ、本を読み続けているだけだった。
「ダメだったか。ついさっきボクをこの店に呼び出して黒の魔法少女さんに伝えてほしい情報だけを言うと、それ以降黙ってずっとこの状態なんだよ。こんな状況で夢の世界のループを始めたら……」
次に迎える世界は、二度と書き直されることのない白紙の脚本の世界。そこに放り出された私は見滝原どころか人も物も空気もなく、時間すらもない空間を永遠にさまようことになる、かしら?
「恐らくだけどね。ループの条件となる時間という概念すら存在しない世界に放り込まれたら黒の魔法少女さんは何もできずに終わりを迎えることになるだろう」
――脱出方法は?
「簡単さ。ここで本を読んでいる彼女を殺せばいい。魔女を殺せば魔女結界は消滅する……はずだよね?元々この世界は魔法少女の魔法で産み出された夢の世界だったけど、今は魔女結界に変化しているはずだから……いけるよね?」
自信がないんでしょうけど、私に聞かないでくれる?……と言いたいところなんだけど。あなたは自分でもよくわかってないんだったか。
「そういうこと。悪いね、最後まで役立たずで」
いいえ、そんなことはないもの。これまでのループで探偵さんに何度も私を助けてくれたから。
「ぜーんぶ、この脚本家の指示みたいなものだけど?」
そうだとしても、よ。私はあなたと過ごしたこれまでの夢のループは退屈しなかったもの。いい経験になったわ……って言っていいのかしらね?あなたはどうなの?
「当然、退屈はしなかったよ。だってボク、本を読むの好きだし?黒の魔法少女さんの話はボクからしてみれば本当に小説やマンガの物語みたいなものだったから面白かったよ」
あら、そう。ねえ、まだ時間はあるのかしら?いくつか話したいことがあるのだけど。
「まだいける、とは思うよ。ボクも最後に話したいことがあるからね」
コーヒーとケーキ、追加注文するとしようか。指をパチンとはじくとテーブルの上に新しいコーヒーとケーキが現れた。もはやこの世界ではなんでもありなことについては何も言うつもりはないけれど……私、紅茶派なんだけど。忘れてたのかしら?
――崩壊寸前の世界の住人に無茶を言うな?はいはい、そうね。探偵さんはわがままね――
それから、数十分後。ティータイムの終わりを告げる銃声が響いた。
・探偵さん(男)
脚本家の魔法少女がループ初期から懸念していた市外の状況変化による物語の変化の指標――として作成されたキャラクター。その為必要最低限の役割と能力に抑えるため普通の男子中学生の役割を担っていた。
また、推理という形で暁美ほむらの行動を誘導して物語のボロに気づかせないための立ち回りや、現実だと無理やりにでも思い込ませることも役割の一つだったが、彼もそのことは知らなかった。ちなみに暁美ほむらの名前を知ったり、魔法少女に絡もうとしたら脚本家の魔法少女が殺したのは、一応理由がある。
「主人公と相棒が恋愛関係になりそうな展開は解釈違いです。私が介錯します」
……たったそれだけの行動で恋愛に発展すると考えるあたり、元々アレだった可能性はある。
・探偵さん(女)/脚本家の魔法少女⇒脚本家の魔女
過去のループでとある事情からほむらに魔法を使った魔法少女、そしてその成れの果て。夢の中でのループが自分の魔法と相性が悪すぎたどころか、暁美ほむらが眠っている状況で寝ぼけて偶然本当にループを起こしたため魔法を解除する暇もなく彼女の肉体に魂が閉じ込められてしまった。
それから夢の中でほむらが何度も何度もループを繰り返した結果、度重なる脚本修正に魔力と精神力を使い果たし魔女化した。
幸い魔女化して間もない状態であったことと精神世界に存在する魔女という特殊な性質もあってか、比較的おとなしい状態で最期を迎えることとなった。
・キュゥべえ
とある魔法少女の願いで、ループが始まっても病院で眠り続けているほむらを救出するために精神だけを送りこんだら、「面白いことやってるなぁ……利用できるかもしれないね?」となったらしい。なお、最終的にその中で起きたことの記憶を失ってしまった。
どうやら脚本家の魔女が最後にキュゥべえの項目に「ここで見聞きしたことを現実に持ち帰れない」と書き込んでいたらしい。
結果的にキュゥべえがしたことといえば、外部からの観測者による犯人の指摘というエネルギ―を用いて夢の世界を訪れてほむらにそれを伝えただけである。踏んだり蹴ったり。
・暁美ほむら
皆ご存じほむほむ。親友であるまどかを救うために何度も時間跳躍=タイムリープを繰り返しているが、今のところ成功したことはない。
脚本家の魔女討伐後、病院で目覚める。三日遅れで次のループを始めた。
これで私が記憶している限りの物語は終わり、幕引きのカーテンコールよ。読みづらかったでしょうね、私はこういう文章を書くのは初めてだから……ごめんなさい。
でも。あなたはここまでの話が嘘だと思うかしら?きっと思わないでしょうね。
もしも嘘だと思うのなら、彼女の病室に行ってみなさい。彼女の病室にある棚の中には彼女の私物として卵型の装飾された宝石――彼女のソウルジェムが入っている。もしもひび割れていたとしたら、瀕死状態のモノだから触らないことね。それが砕けたら彼女は永遠の眠りにつくことになるのだから。
大丈夫よ。ひび割れたソウルジェムすら治療できる魔法少女がもうすぐ見滝原に来てくれるから、きっと彼女は目覚めるわ。確か――環いろは、って子だったかしら?ただの余談ね。
あなたの友人はすごく物好きみたい。たまたま隣の病室にいてたまたま同い年だった女の子を助けるためだけに、今後のループで何が起きるのかを夢の中でシミュレートできる魔法を手に入れて――私のミスで命を落とすことすら許容して、進んで魔女となる道を選ぶ女だったわ。
しかも、それで生まれたグリーフシード、魔法少女の間で流通する貨幣、みたいなものかしらね。それを用いたループ攻略方法まで考えていたみたい。おかげで初期から魔法少女を一人味方に引き込めたことで、少しずつ夢で経験したループと比べると運命がかなり変わってきている。
きっとこの手紙があなたの元へ届くころには目的を果たしているはず。
そして――後二人。二人の親友を救いたい。
一人は眠り続ける私を救うために、極悪なマスコットにそそのかされて魔法の性質を調べるだけでなく魔法少女の代償である願いさえも使った彼女……例の病室で眠り続けているあの子。
まさか、今回のループでも私のために行動を起こすとはね……後でキュゥべえはハチの巣に
関係ない話だったわ。忘れなさい。
一人はそんな少女を毎日お見舞いしに来る同じ部活動の少年――そう、あなたよ。あなた、彼女が作り上げた夢の世界で結構重要な役割を担っていたのだからそれなりに意識はされてるみたい。私が会ったこともいないあなたと親友になりたいと思えるくらいにね。
さて、そんなあなたに依頼がある。
魔法少女に魔女と一流の役者を、終盤魔女が書いたせいでボロボロの二流の脚本で躍らせた三流の物語を……ちゃんと読める物語として、書き上げてくれないかしら?彼女が目覚めた時に、どんな話があったのかを伝えるためにはこれが一番だと思うのよ。
あなた、こっちの世界でも文芸部やってるみたいだしね。最後に迎えるは大円団の物語を期待してる。
それじゃ、明日細かい打ち合わせをしましょう――ショッピングモールの本屋横にある喫茶店で待ってるから。こっちで合う日を楽しみにしているわ。初対面の探偵さん。
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