仮面ライダートゥルーク (くるみゼロ)
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episode1『異界のカイイ1』

『異界』。その言葉が指す意味には様々なものがあるだろう。

 科学では説明できない現象が起きる場所。あるいはその場所に住む人々のことかもしれないし、その場所に存在する人々との繋がりを示すこともあるだろう。

 だが、今この場所で語られる『異界』という言葉は、そのような曖昧なものを表すものではない。

 ここは現実世界と隔絶された空間、そう呼ぶにふさわしい場所だった。

 空を覆い尽くす巨大な木々に、地面を這う苔のような植物群。まるで異世界に迷い込んだような光景の中、1人の男が歩いていた。

 男の名は風祭涼真(かざまつり りょうま)。年齢は20代半ばといったところだろうか。背が高く体格も良い彼はこの場にあっても全く動じる様子はなく、堂々とした足取りで歩いている。

 しばらく歩いた後、涼真は立ち止まる。目の前にあるのは木造の小さな家だ。しかし人が住んでいる気配はない。それどころか人が住んでいた痕跡すら残っていない。

 涼真はそんな家の中へと躊躇なく入っていく。玄関のすぐ隣にあるリビングのドアを開けると、その表情は険しいものに変わっていた。

 

「どういうことだ」

 

 涼真の視線の先にあるもの、それは床に描かれた魔方陣だった。それもただの魔方陣ではない。複雑な模様が描かれた円の中に五芒星が描かれている。それは古来より伝わる魔術の類いで使用される魔方陣であり、普通このような場所で見るようなものではなかった。

 そもそもこの異界自体におかしい点が2つあった。

 1つはここが日本の異界であることだ。異界が形成される際、通常ならば現実世界のその場所と同じ風景を形作る。この異界の反対側では、少なくともこれほどの規模の森林ではなかった。

 2つ目はこの森にいる生物の存在だ。異界においても普通の動物や昆虫の姿は見られる。が、まるで森全体が息を潜めているかのように静まり返っていた。

 これらの事実から導きだされる答えは......

 

「人為的に作り出された異界か」

 

 そう呟くと同時に涼真の脳裏に浮かぶものがあった。数年前に起きた連続失踪事件、その現場に残されていた血文字で書かれたメッセージだ。

 

『もう私は私でなくなる。あの方の言うとおりにしたのにナンデ』

 

 事件の裏で調べていた時に見つけた文章。その時の状況がこの場所と似ていることに気付き戦慄する。

 

(まさかとは思うが......)

 

 その時、涼真の背後にぞろぞろと人影が集まる。全員揃って黒いローブを着て玄関で蠢いていた。

 

「タスケテ......タスケテ......」

 

「アァ......ドウシテコンナコトニ......」

 

「許サナイ......アノ女、絶対ユルサナイ!」

 

「ヤメテッ!私ヲ喰ベナイデ!」

 

 口々に出てくるのはどれも苦痛に満ちたもので、それだけでも彼らがどのような目にあったのか容易に想像がついた。

 彼らこそが今回の任務の対象である存在、怪異である。

 

「安心しろ。責任もってあの世に送る」

 

 静かにそう告げると懐に手を入れながら振り返り、腰に巻かれたベルトを見せる。そこには赤い風車が中央につけられた銀色のバックルが輝いていた。



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episode2『異界のカイイ2』

「......かん......べ......神戸!!」

 

 耳元で聞こえた声でハッとする。

 

「はっ、はい!」

 

「今先生が質問したことに答えなさい」

 

「そうですね......ミネラルウォーターで氷を作ってはいけない?」

 

「違います」

 

 呆れた顔で言う担任の言葉を聞きつつ、神戸(かんべ)ノゾミは内心冷や汗を流していた。

 

「すみません、寝ちゃって聞いてませんでした......」

 

「まあいいでしょう。放課後職員室に来なさい」

 

「はい......」

 

 怒られそうだと肩を落とすと、ノゾミはチラリと窓の外を見る。

 空からは太陽の光が降り注ぎ、グラウンドでは高校指定のジャージ姿の生徒が元気よく活動している。

 平和そのものと言ってもいい光景の中、ノゾミの日常は今日も過ぎていく。

 しかしこの時、彼女はまだ知らなかった。この平穏が崩れ去る日が来ることを......。

 

 

 

 

「ねえねえノゾミ、降神術って知ってる?」

 

 次の日の昼休み、友人のチカに話しかけられてノゾミは眉を上げた。小学校からの付き合いのある幼なじみだ。

 オカルト系の話が大好きな彼女は、眼鏡をくいっと上げて顔を近づける。

 

「なんかテレビで見たことある。確か神様を呼び出すんでしょ?」

 

「それそれ! それでさ、昨日の夜ネットで調べてみたんだけどすんごいんだよ。なんでも願い叶えてくれるの!」

 

 興奮気味に身を乗り出してくるチカに対し、ノゾミは若干引き気味に尋ねる。

 

「ど、どんな感じなの?」

 

「それがね、特別な儀式があって──」

 

「ちょい待ち」

 

 そこで話を遮ったのはもう1人の友人であるユキナだった。2人とは対照的に背が高くモデル体型の子だ。

 

「何ユキナ、いきなり割り込んで」

 

「あんたがまた変なこと言い出すから注意しようと思ってね」

 

「変じゃないもん! 超すごいじゃん! それにこれは慈善事業だから」

 

「慈善事業ねえ......」

 

 疑わしい視線を向けるユキナに対して、チカはさらに身を乗り出して言う。

 

「だって考えてみてよ。この前ノゾミは富竹にキレられたし、私のお父さんは仕事クビになっちゃったし......みんな最近良いことないじゃん?」

 

「あー、それはそうだね」

 

「だから私は降神術を使って、『みんな楽しく過ごせますように』ってお願いするわけ。代償としてそうだな......富竹の命使おう。これなら成功するっしょ」

 

「ちょっと待って」

 

 ノゾミは慌てて2人の間に割って入る。

 

「そんな物騒なことダメだよ」

 

「なんで? 別にいいじゃん、ノゾミも富竹先生嫌いでしょ? 感じ悪いし」

 

「でも、人を殺すなんて駄目だと思う」

 

「別に私らが殺すわけじゃないし......」

 

 なおも食い下がろうとするチカに、ユキナは呆れ顔で言う。

 

「そもそもその降神術ってのはほんとなの? 普通に考えたら怪しさ満点なのに、よく信じる気になったわね」

 

「ふっ、知りたかったら一緒に儀式をやるしかないけど? まあ気が向いたら来てね~」

 

 それだけ告げるとチカはどこかに行ってしまった。残されたノゾミとユキナは同時にため息をつく。

 

「ちょっと心配......行ってみる?」

 

「そうね。まったく、あの子の頭の中には『オカルト=世界の真理』って考えがあるから困ったものよね」

 

 

 

 

 日曜日の午後6時、学校近くの公園にはチカを含め数人の生徒が集まっていた。中にはもちろんノゾミとユキナもいる。

 

「まさかほんとにやるなんて」

 

「そうね。てか、人数増えてない?」

 

 ぼそぼそと話す2人を気にせず、チカは儀式の準備を進めていく。

 

「ではこれより降神術を行います! 手順は渡した紙に書かれた内容通り呪文を唱えればオッケー!」

 

 集められた参加者たちは、手に持っていたコピー用紙を読み上げていく。そこには以下のような内容が書かれていた。

 

『いな・いな・とーふ・たふんたふん (生にえの名前[富竹富士子]) «魔方陣が光るまで繰り返す»』

 

 一方、チカの方は既に準備を終えていた。地面には木の棒で描かれた円の中に、五芒星が刻まれている。その中央に立つと、両手を合わせて祈り始める。

 

「いでよ神様! 富竹の命と引き換えにみんなに楽しい日常をお与えください!」

 

 すると地面の五芒星が青白く輝き始めた。

 突然の出来事に驚く一同、しかしチカは祈ることをやめなかった。

 

「富竹の命を生贄とし、この世に降臨せよ!」

 

 そして光が一層強くなり──何も起こらなかった。

 ただチカの足元に描かれた魔方陣だけが不気味に輝いている。

 

「失敗? 何で、どうして? おかしいじゃん!」

 

 パニックになるチカを見てユキナは不安そうな表情を浮かべる。

 

「で、その楽しい日常は?」

 

「あ、あははー......駄目だこりゃ」

 

 結局、儀式は失敗したとこの場にいるユキナたちに判断された。

 

 

 

 

 次の日、ノゾミたちの担任の富竹先生が急死した。自宅で心臓麻痺を起こしたらしい。

 その日の放課後、ノゾミたちは昨日の件について話していた。

 

「先生が死んだの、昨日の儀式のせいじゃ......」

 

 ノゾミの言葉を聞いてユキナが答える。

 

「でも儀式は失敗したはずなのになんで?」

 

「分からないけど......このタイミングで死んだんだよ?」

 

 2人の言葉を聞いてチカは不機嫌そうに言う。

 

「何よ、それじゃ私が富竹殺したみたいじゃん!」

 

「誰もそんなこと言ってないわよ」

 

「だってそうとしか考えられないし!」

 

 口論になるチカとユキナを止めようと、ノゾミが割って入ろうとする。

 すると教室にクラスメイトの1人が飛び込んできた。

 

「どうしたの?」

 

「5組の前園が急に倒れた。それで保健室に運ばれたんだけど......」

 

 そこで言葉を切る。そしてゆっくりと続きを話した。

 

「あいつ、死んでたんだ」

 

「はぁっ!?」

 

 チカが驚きの声をあげる。

 

「ど、どういうことなの?」

 

「それがさっぱり分かんなくて......いきなり苦しみだしてそのまま死んだんだ」

 

「そんな......」

 

 あまりの内容にその場にいた全員が絶句してしまう。

 しばらくしてチカが落ち着くと、今度は別の生徒が話しかけてきた。

 

「ねえ、他のクラスの子に聞いたんだけど、3年の先輩が自殺したって本当かな?」

 

「え?」

 

 思わぬ情報にノゾミたち3人は困惑する。

 

「自殺?」

 

「ほら、女バスの部長......」

 

 そこまで聞くとユキナはチカの方を向く。

 

「あんたが変な儀式やったから!」

 

「違う! 私関係ない! 勝手に死んだんじゃん!」

 

 またもチカとユキナは言い争いを始める。

 ユキナは自分の鞄を持つと、ノゾミの手を引いた。

 

「ノゾミ帰ろ。疫病神と一緒にいたくない」

 

 ノゾミは強引に彼女に引っ張られていく。

 2人は泣きそうになるチカを置いて、教室から出ていった。

 

 

 

 

 帰り道、ノゾミはユキナに質問する。

 

「ねえ、私たちどうなっちゃうのかな?」

 

 するとユキナは難しい顔をしたまま答えた。

 

「分からない......」

 

「私怖い......これからどうなるのか」

 

「そうね。じゃあまた明日」

 

「うん......待ってユキナ、まだ信号赤だよ!」

 

 次の瞬間、クラクションを鳴らしながらトラックが猛スピードで走ってきた。そのままユキナを轢いていくと、反対側の車を巻き込みながらガードレールに衝突する。

 

「ユキナーッ!!」

 

 悲鳴を上げてノゾミは親友の元へ駆け寄った。しかし時既に遅く、彼女は目を見開いて事切れていた。

 

「ユキナ、嘘でしょ? ......なんで、どうして?」

 

 

 

 翌日、ノゾミは自分の机に座ってぼんやりとしていた。昨日の出来事がまだ信じられなかったのだ。

 

(ユキナが死んだなんて、そんな......)

 

 いくら嘆いても目の前の現実は変わらなかった。

 するとそこへチカがやってきた。

 

「あ、あの......おはよう」

 

 ノゾミの声は無視される。やはり彼女に嫌われたらしい。

 それから少し時間が経ち、朝のホームルームの時間となった。新しい担任の先生が教壇に立って話し始める。

 

「突然ですが皆さんに伝えないといけないことがあります。実は松永ユキナさんがお亡くなりになりました。交通事故に遭われたそうです......」

 

 その言葉を聞いてクラス中は騒然となる。中には涙を流して取り乱す生徒もいた。

 

「明日松永さんの葬儀があります。参列してあげてください」

 

 それを聞いてノゾミは何も考えられなくなった。その日の授業は上の空のまま終わりを迎えた。

 

 

 

 

 放課後になると、ノゾミは1人で家に帰ることにした。チカと顔を合わせるのが嫌というのもあるが、やはりユキナが死んでしまったショックが大きかった。きっとチカも同じだろう。だから1人になった。

 

「ユキナ......」

 

 歩きながら呟く。信じられなかった。今まで3人ずっと一緒にいたからだ。だがそれも永遠に続くわけではなかった。

 やがて自宅の前に着いた時だった。玄関前の電柱の影から、般若のお面を被った女がまっすぐノゾミを見つめている。

 

「ひっ!?」

 

 驚いて立ち止まると、女はゆっくりと近づいてきた。右手に包丁を握りしめどんどん距離を詰めてくる。

 

「こ、来ないで!」

 

 恐怖を感じたノゾミはたまらず走り出した。相手もそれに応じて追いかけてくる。

 

「来るなっ!!」

 

 さらに逃げると背中に何かぶつかった感触があった。振り替えるとそこには電信柱がある。女はすぐそこまで迫っている。絶体絶命の状況の中、ノゾミは死を覚悟した。

 その時である。突如女の腹を拳が貫通した。

 

「え?」

 

 呆気にとられてノゾミは声を出す。見るとそこに立っていたのは涼真だった。

 彼が貫いた右手を引き抜くと、女はそのまま倒れる。そして黒い霧となって消えた。

 

「怪我はないか?」

 

 ノゾミは黙ってうなずくしかなかった。

 

 

 

 

「少しは落ち着いたか?」

 

 ノゾミを近くの公園まで連れてきた涼真は、ベンチに座っている彼女に話しかけた。ノゾミは無言で首を振る。

 

「ユキナが......死んだんですよね。私のせいで」

 

 その問いに対して涼真の答えはシンプルだった。

 

「そうだ。正確には降神術で君たちが呼び出した怪異のせいで」

 

 その言葉にノゾミ顔から血の気が引いていく。

 

「じゃあ私はどうすれば......」

 

 泣きそうになっているノゾミを慰めるように、涼真は彼女の肩に手を置いた。

 

「安心しろ。それを解決するために俺が来た」

 

「どういう意味ですか?」

 

「詳しい説明をしている時間はない。ともかく首謀者と連絡を取って、降神術を行った場所まで案内してもらおうか」



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episode3『異界のカイイ3』

 数分後、2人はチカを連れて学校近くの公園に来た。

 

「ここがそうなのか?」

 

 辺りを見ながら涼真は確認する。

 3人の目の前には輝き続けている魔方陣が描かれていた。

 

「なるほど。随分滅茶苦茶なことをしてくれた」

 

 呆れている涼真の横ではチカが怯えていた。

 

「何これ? ちゃんと消したのに......」

 

「無駄だ。君が出した怪異が飽きるまで楽しい日常は終わらない」

 

「そんな......」

 

「それより魔方陣が強力だな......俺1人でどうにかできるものじゃない」

 

 そう言って、涼真は携帯を取り出してどこかに連絡を取った。

 

「......風祭です。至急他のライダーを派遣してほしいのですが」

 

 電話の向こうの相手にことの経緯を詳しく説明していく。が、返答は予想外のものだった。

 

「は? 全員無理? 狭霧副長は? ......子供の迎えって、分かりました誰でもいいので応援をお願いします」

 

 しばらくして連絡を終えると、再びチカの方に向き直った。

 

「俺だけでやるしかないようだな」

 

 そう言うと懐からベルトを取り出し腰に装着する。続けてポケットから1枚の青いコインを取り出すと、ベルトの上部に装填した。

 

『セイリュウ!』

 

 続けてベルトの天面にあるレバーを右側に引いて叫んだ。

 

「変身!」

 

 同時にレバーから手を離す。するとベルトの風車が回転して機械音声が流れた。

 

『怪異解放!』

 

 涼真の背後に青い龍のエフェクトが現れ、彼の右腕に噛みつくと全身にまとわりつく。その瞬間、その姿は別のものへと変わっていった。

 

『セイ! リュウ! 仮面ライダージンリュー!』

 

 青き装甲に身を包む戦士、仮面ライダージンリュー。それが彼のもう1つの名前だ。

 

「すごい......」

 

 ノゾミは思わず呟く。ジンリューは軽く手を動かして調子を確認しつつ2人の方を見た。

 

「しばらくここからは出られないぞ。今の俺は、君たちの連れとしてしか怪異と戦えないからな」

 

 2人がうなずくと、ジンリューは魔方陣の方に向かって歩き出す。すると魔方陣から不気味な笑い声をあげながら、カラスのような異形が現れた。

 

「貴様ハ?」

 

 現れたカラス怪異を見て、ジンリューは親指で首を切るジェスチャーをする。

 

「言っておくが、ろくな死に方はさせないぞ」

 

 それを聞いたカラス怪異は高らかに笑う。

 先に仕掛けたのはジンリューだ。一瞬にして距離を詰めると、鋭い膝蹴りを繰り出した。だが相手も素早い動きで避けると、翼を羽ばたかせ空に飛び上がる。

 

「逃がすかっ」

 

 両足から蒼い炎を噴出させると、すぐさま上空に跳び上がった。そのまま降下しながら拳を突き上げる。

 

「はあっ!!」

 

 気合いと共に繰り出された一撃だったが、拳は相手の体をすり抜けてしまう。何とか地面に着地して振り替えると、カラス怪異はジンリューを嘲笑っていた。

 

「こいつ、曲がりなりにも神と扱われて強化されてるのか?」

 

 そう判断したジンリューは懐から黒いコインを取り出した。

 

「だったらコイツを使うか」

 

 左手でセイリュウコインを取り出すと、右手の新しいコインを装填した。

 

『ハリオンナ!』

 

「怪異武装!」

 

 再びレバーを操作すると、ジンリューの右腕にニードルガンが装備される。

 

『シュー! ゴー! ジンリューハリオンナ!』

 

 銃口をカラス怪異に向けて光弾を発射する。

 突然の攻撃に驚いた様子のカラス怪異は、体制を崩して地面に叩きつけられた。そこへさらにニードルガンで追撃を仕掛けようとした時、横合いから新たな怪異が狙いを反らした。

 それは人の形をしたハンニャ怪異。先程ノゾミを襲おうとした怪異の別個体だ。

 

「こいつの手下だったのか」

 

 ジンリューは面倒そうに言う。蒼炎を纏った回し蹴りでハンニャ怪異を爆殺し、すぐさまカラス怪異に照準を合わせる。

 しかしハンニャ怪異は1体だけではなかった。

 

「しまった!」

 

 背後に迫る殺意に気づいたジンリューだったが、振り返った時には別の個体に羽交い締めにされてしまった。

 

「クケェエエッ!」

 

 身動きが取れなくなったところに、カラス怪異が迫ってくる。嘴を開き、鋭い牙をむき出しにする。

 あと1歩で串刺しにされる時、カラス怪異に向けてペットボトルが投げられた。

 

「カ?」

 

 カラス怪異は驚きつつも反射的に回避する。

 ペットボトルを投げたのはノゾミだった。彼女はジンリューを苦しめる2体の怪異を睨んでいる。

 

「何やってんのノゾミ!? 気づかれたじゃん!」

 

 驚くチカに対してノゾミは強い口調で返す。

 

「あの人は私たちのために命懸けで戦ってるんだよ、助けないと!!」

 

「馬鹿! 私まで巻き込まないでよ!」

 

「でもあのままじゃ......」

 

 言い争っている場合にも、カラス怪異は2人に向かってくる。

 ジンリューは後ろのハンニャ怪異の足の甲を踏んで怯ませると、ヘッドショットを食らわせて倒す。

 

「やめろぉおおおっ!!」

 

 雄叫びと共にカラス怪異に飛びかかる。だが目の前でまた別のハンニャ怪異が現れて妨害される。

 1体、また1体と倒しても敵の数は増えていく一方だった。

 

(まずい、俺1人じゃとても......)

 

 次第に数の暴力に押され始めるジンリュー。

 しかしここで予想外のことが起きた。突然ノゾミは明後日の方向に走り出すと、輝きを放つ魔方陣の中心に立った。

 

「確か......いあ・いあ・トゥルーク・たふんたふん! 神戸ノゾミ!」

 

 すると魔方陣の模様が生きているかのように動き出した。それと同時にジンリューを囲んでいたハンニャ怪異たちが苦しみ始める。

 

「まさか......よせ!!」

 

 ジンリューの叫びも虚しく、ノゾミは神に願い事を告げてしまう。

 

「私の命を生贄に、あの怪物を倒してください!」

 

 

 

 

 ノゾミが願った直後、彼女の体が発光し始めた。

 眩しさに目を細めていると、いつの間にか周囲にいたはずのハンニャ怪異がいなくなっていることに気づく。

 代わりに、ノゾミの後ろには巨大な影があった。

 

「オオォオオッ!!」

 

 地響きのような低い声をあげて、3メートル級の黒いタコのような怪物が現れる。それは禍々しい気配を放ちながら、真っ直ぐカラス怪異を見据えていた。

 

「グゥウウッ......」

 

 カラス怪異もまた、突如現れた異形の存在を警戒して距離をとる。そして数秒後、両者はほぼ同時に駆け出した。

 カラス怪異は嘴を喉元に突き立てようと飛びかかる。だが怪物はそれを顎の触手1本で受け止める。

 そのまま目の前まで引き寄せると、勢いよく地面に叩きつけた。

 さらに追い討ちをかけるように、今度は右手を大きく振りかぶる。振るわれた拳がカラス怪異を捉えると、凄まじい衝撃が辺りを襲って怪異の周辺にある地面が大きく陥没する。

 やがて砂ぼこりが晴れた後、そこにカラス怪異の姿はなかった。

 

「やった!」

 

 喜ぶノゾミだったが、ふいに背後から視線を感じて振り返った。

 そこには傷だらけのカラス怪異がいた。その体はボロボロになりながらも、かろうじて原型をとどめている。

 すると怪物はノゾミを見下ろすと、荘厳な声で語りかけた。

 

「我を解放したその功績を称え、汝に褒美を与えよう」

 

 そう言って怪物はゆっくりと手をのばす。その手に光が灯り一筋の雫が垂れると、怪物は消滅してしまった。

 代わりにノゾミに残されたのは緑色のコインと赤い風車のベルトだった。しかしこれらは涼真が持つものとは少し違っていた。

 コインにはあの怪物の姿が描かれており、セイリュウやハリオンナのコインが銀縁なのに対してこちらは金縁だ。そしてベルトも銀色ではなく紫色で、エングレービングを思わせる金色の模様が付けられていた。

 

「これって......」

 

「なぜあの怪物が、MCBドライバーを」

 

 ノゾミが戸惑っている間に、カラス怪異は最後の力を振り絞るように襲いかかってきた。

 

「ヤラセハシナイィイイッ!」

 

「危ない!」

 

 ノゾミは咄嗟に身構える。だがすかさずジンリューが割って入りそれを阻止した。

 

「ぐぅっ!」

 

 カラス怪異の嘴がジンリューの肩口に突き刺さった。肉を引き裂いて青の装甲に鮮血が流れる。

 

「うぐぁあっ!」

 

 激痛に悲鳴を上げるジンリュー。しかし彼は怯むことなく反撃する。

 

「食らぇえっ!」

 

 至近距離のニードルガンの射撃を受け、カラス怪異は絶叫しながら吹っ飛ぶ。それでもまだ息があるようで、よろめきながら起き上がった。

 

「......命懸けで、やってみる」

 

 絶体絶命の危機に、再びノゾミは覚悟を決めた。MCBドライバー紫炎を装着すると、ジンリューの手順と同じくコインをベルトの上部に装填した。

 

『イエス・マイロード』

 

 ベルトの天面のレバーを右側に引いて、力の限り叫んだ。

 

「変身!」

 

 

 

 

『邪神解放!』

 

 ノゾミの前に魔方陣が出現し、そこから紫に輝く人魂のようなものが現れた。それらはノゾミの周りを巡り全身へと纏わりつく。すると彼女の姿が変化していった。

 胸や手足、腰などに鎧が現れ、最後に頭頂部に冠が出現する。

 

『フングー! ムグルー! トゥルーク!』

 

 禍々しく光る複眼、胸部に描かれた十字架、そして何より特徴的なのはその背中に生えた黒い翼だった。邪神の力で変身する彼女の名は、仮面ライダートゥルーク。

 変身を遂げた彼女は、両掌を合わせて大きく広げる。その姿はまさに堕天使だった。

 トゥルークは無言のまま歩き出す。先程のノゾミとは思えないほどの凄みから、カラス怪異はトゥルークが一歩踏み出す度に無意識に退いてしまう。

 そして本能的に危険を感じたのか、カラス怪異は再び翼を広げて空へ舞い上がる。

 

「逃げられると思ったか」

 

 トゥルークもまた翼を広げ、そのまま飛翔した。

 トゥルークの急降下からのかかと落としを、カラス怪異は身を捻って回避する。しかしトゥルークの攻撃はまだ終わらない。すぐさま方向転換し、そのまま高速で体当たりを仕掛ける。

 目が追い付かないほどの攻撃を何度も食らい、カラス怪異はなす術もなく地上へと落下していく。

 

「死ね」

 

 レバーを再び右側に引くと、トゥルークの力が更に解放される。

 

『イア! イア! ライダーパワー!』

 

 右足に紫色のエネルギーが集束していき、それが臨界点に達すると地上のカラス怪異に必殺キック『キックエンド』を食らわせる。

 キックを受けたカラス怪異は、断末魔を上げることなく爆発してしまった。

 

「ふん......」

 

 トゥルークは足についた黒い羽根を払っていると、突然目の前が真っ黒になった。同時に意識が遠退いていく。

 

「あれ、なんだろう......」

 

 薄れゆく意識の中、こちらに向かってくるジンリューの声が聞こえた気がしたが、やがてそれも闇に包まれていった。

 

 

 

 

「ん......」

 

 目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。ノゾミは自分がベッドに寝ていることに気づく。

 

「ここは......」

 

 起き上がって周囲をうかがう。どうやら病室のようだ。窓からは夕日が差し込み、室内を赤く染め上げていた。

 

「目が覚めたか?」

 

 不意に声をかけられて振り向く。そこには涼真がいた。彼は椅子に座り、腕組みをして佇んでいる。

 

「えっと、涼真さん......私どうしてここに?」

 

「覚えていないのか? 君は昨日の戦いで倒れてここに運ばれた」

 

 言われてみれば、そんな記憶もあったようななかったような......。

 混乱するノゾミを見て、彼はため息をつく。

 

「ここは怪異対策局。君が倒した怪異を討伐する組織だ」

 

「そうだったんですね。あの、ご迷惑をおかけしました」

 

 ノゾミは深々と頭を下げる。そして、ふとあることに気づいてしまった。

 

(私、なんで死んでないんだろう?)

 

 涼真の話では、あのカラス怪異を自分で倒したらしい。ならば何故今も生きているのだろうか。まさか奇跡でも起こったというわけでもあるまい。

 

「私はどうやって助かったのでしょうか?」

 

「それは分からない。こちらも調査を進めるつもりだ」

 

 涼真は病室を出ようとする。しかしノゾミにはもう1つ気になることがあった。

 

「実は私、さっき夢の中で怪物にあったんです」

 

「......詳しく聞かせてもらおうか」

 

「夢の中で言われました。『近い将来、汝を迎え入れる』と......」

 

 涼真はしばらく黙考していたが、「わかった」と言って足早に部屋を出ていってしまった。

 何が分かったのか理解できず、ノゾミは首を傾げる。1人残されたノゾミは、すぐに眠気に負けてしまって再び眠りにつくのだった。

 

 

 

 

「零澤局長、例の降霊術の件が解決しました」

 

「そうか」

 

 怪異対策局の一室にて、白衣を着た男・零澤貴彦(ぜろざわ たかひこ)が立ち上がった。

 

「狭霧、他のライダーはどうしている?」

 

「はい。渋谷区に出没したゾンビは涼宮を、佐世保の教会での怨霊の浄化はシスター・アニーを向かわせました。今のところは以上です」

 

「報告ご苦労。やはり怪異が根絶される日は遠いな」

 

「それについて、昨日搬送された高校生なんですが......」

 

 狭霧満(さぎり みつる)は零澤に耳打ちする。

 零澤は狭霧の情報を噛み締めながら、目の前にある巨大なモニター群にそれぞれ目を通していた。




怪異対策局 怪異アーカイブ
No.2439『トゥルーク』
現在調査中。
日本語文献にて、約3000万年前に崇められた同名の邪神を確認。
現在怪異と接触のあった女子を拘束中。


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episode4『人喰いヒヒ1』

「......あれ?」

 

 ノゾミはいつの間にか知らない場所にいた。辺り一面真っ暗闇で何も見えないが、不思議と恐怖は湧いてこない。むしろ心地よいくらいだ。

 

「ここどこ......」

 

 とりあえず周囲を探索しようとしたその時、声が聞こえてきた。

 

「おーい!」

 

 振り向くと目の前は光輝いていた。眩しくてよく分からないが、そこにはシルエットからして男性が立っている。

 

「誰?」

 

 そう尋ねると、相手は少し戸惑った様子でノゾミを手招きする。

 

「ノゾミ、家に帰ろう」

 

 その瞬間、頭の中に景色が流れ込んでくる。夕焼けに染まる遊園地の光景だ。

 メリーゴーランドに乗っている幼い自分と、外で手を振る父親の姿。

 

「パパ!」

 

 思わず駆け寄った。だが父の影は次第に遠退いてしまう。

 

「待って! まだ一緒に遊びたい!!」

 

 ノゾミが必死に手を伸ばしても、その手が父親を掴むことはできなかった。

 

 

 

 

「......ミ、神戸ノゾミ」

 

 肩を揺すられてノゾミは目を覚ました。

 見上げると、そこには心配そうな顔をした涼真の姿があった。

 

「大丈夫か? 随分うなされていたようだが」

 

「ええ、まあ......そうだ、今何時ですか!?」

 

「午前6時だ。学校ならこちらが諸々手続きをしている」

 

「手続き?」

 

「怪異に触れた以上、人との接触は避けた方がいい。対策局が運営している通信校への転学を勧めよう。ご家族は?」

 

「......いません。1人暮らしなんで」

 

 そう言うと涼真は言葉を飲む。

 ふと時計を見ると、確かにいつも起きる時間になっていた。しかし気分は最悪だった。

 家族だけでなく友達や居場所までなくなったのだ。それを思うと胸の奥が締め付けられるような感覚に陥る。

 

「学費はこちらが負担するから安心してくれ。当分会えなくなるだろうから、友達に連絡をいれておいた方がいいかもな」

 

「大丈夫です。そんなに友達いないし、チカにはあの日からブロックされてますから」

 

「そうか......すまない、俺はこれで」

 

 涼真は左肩を押さえながら、重い足を引きずって病室から出ていった。

 

 

 

 

 涼真は怪異対策局の管制室に呼び出されていた。非戦闘局員はここで怪異の情報を探知・追跡を24時間行っている。

 彼らを後目に向かうのは、呼び出し人は組織のトップである局長の零澤だ。その隣には、ナンバー2の狭霧副長がいる。

 

「面倒なことになったな風祭」

 

「局長、そのことなんですが──」

 

「分かっている」

 

 零澤はファイルに閉じてあった資料を涼真を手渡した。

 

「キュウビについてはお前も知っているな」

 

「はい。日本で最も妖力の強い怪異ですよね?」

 

 零澤は右の手の甲についた傷跡を撫でながら、キュウビについて語り始める。

 平安時代の末期に、帝の寵愛を受けた女性がいた。名を玉藻前(たまものまえ)という。彼女は、見た者が必ず恋い焦がれる程の美貌を持っていた。

 だが彼女の正体は、人の王を惑わし国を滅ぼす恐ろしい妖狐・キュウビであった。神に匹敵する妖力を備えた彼女だったが、帝の命を受けた2人の武士によって討伐されたかに思われた。

 しかし武士が討ち取ったのは彼女の化けの皮だった。それはたちまち殺生石と呼ばれる、緋色の石に変わった。強力な妖力を持った殺生石に怪異が引き寄せられるのを危惧した帝は、陰陽師にその石を全国に散らせたのだ。

 

「だが各地の怪異は殺生石を取り込み、9体の第一級怪異に進化してしまった」

 

「まさか零澤局長、あなたは!」

 

「察しがいいな狭霧。そう、殺生石を集めれば強力な妖力が手に入る。それを利用できれば......」

 

「神戸ノゾミを救えると?」

 

「可能性はある。第一級怪異を殲滅するにはいい口実だ。現在確認できるのは3体、期が来るまでは調査と準備だ」

 

 零澤は涼真から資料を奪い取ると2人に背を向ける。その姿勢は一切の批判を受け付けないというものだった。

 

「しかし零澤局長、それまではあの高校生をどうするつもりで?」

 

「もちろんただ飯を食わせてやるつもりはない。丁度いい案件がある」

 

 

 

 

「怪異の討伐ですか? 私が?」

 

 ノゾミは思わず聞き返した。

 零澤曰く、怪異対策局では各地に点在するいくつかに格付けされた怪異の中で、第三級以上の危険度を誇るものを駆除するのだという。今回の対象は第三級怪異の『狒々(ひひ)』だ。

 

「我々は君を救うため全力で対策を取っている。だから君にも組織のために報いてもらいたい」

 

「......わかりました。私頑張ります!」

 

 ノゾミは快く返事する。もう邪神と契約してしまった身、今更逃げるつもりはない。

 それにこのまま何もしなければ、自分の知らないところで誰かが犠牲になってしまう。それを見過ごせなかった。

 きっとうまくいく。根拠はないが、しかしノゾミにはそんな気がした。

 

「そういえばりょ......風祭さんは?」

 

「風祭はこの前の傷が癒えていない。怪異と戦うのは困難と考えて待機させている。よって今回は君1人で調査に向かってくれ」

 

 1人では不安だが仕方あるまい。ノゾミはどこかで見たヒーロー物のように、局長に対して敬礼した。

 

「......ところで、原付の免許は持っているか?」

 

「一応身分証代わりに。ペーパーですけど」

 

「そうか。では出発前に地下1階の開発部に向かってくれ」

 

 

 

 

 怪異対策局の内装は至って普通のオフィスビルのようだった。スーツ姿の大人がパソコンに向かっている姿は、悪の秘密結社のような仕事振りを予想していたノゾミにとっては拍子抜けだった。

 しかしエレベーターで地下1階に降りるとその様子は一転した。スパイ映画で見たような近未来的な施設がいくつも並び、強化ガラス越しには涼真が使っていたドライバーや何かの武器が製造されている。

 ノゾミはさらに奥に進んで『開発部第1課』と書かれたプレートの付いた自動ドアの中に入る。壁際には色とりどりの球体が試験管に並べられており、正面には大量のダンボール箱が乱雑に置かれていた。

 

「やあ、よく来たね」

 

 ダンボールの山から手が伸びると、資料の山を押し退けてゴーグルを付けた冴えない男が現れた。

 

「僕が責任者の三雲(みくも)です」

 

「神戸ノゾミです。よろしくお願いします」

 

 頭を下げると、三雲はうんうんと頷く。資料の束を退けて机の上を自由にすると、ノゾミにコインケースを渡した。中には怪異の力が封じられた数枚のコインが収められている。

 

「これ就職祝いね。時間がなくてちょっとだけど」

 

「えっと、ありがとうございます」

 

 ノゾミの礼を片手間に流しながら、今度は部屋の隅にある青いビニールシートを取り除いた。中からは白のスーパーバイクが現れる。

 

「マシンオボグルマーだ。みんなバイク、バイクっていうけどね」

 

「これが私のバイクですか?」

 

「......そうなるね。渡したコインの中にウンガイキョウのコインがある。マシンの投入口に使ってみなさい」

 

 ノゾミは早速マシンに跨がると、メーター付近のコイン投入口にウンガイキョウコインを入れる。

 

『ウンガイキョウ!』

 

 すると目の前の空間が歪んで大きな丸鏡が現れた。

 

「この先はワープゲートだ。目的地までの距離を1つの直線に変換し、最短で着けるように設定している」

 

「わかりました」

 

 ヘルメットを被りエンジンを吹かす。軽快な音を立ててエンジンが始動し、車体が振動する。

 

「それじゃあ行ってきます!」

 

「幸運を祈るよ」

 

 ノゾミの言葉に三雲は笑顔で答える。ノゾミはアクセル全開で勢いよく走り出し、丸鏡の中へと突入した。

 

 

 

 

とある農村での葬儀、喪服姿の村の人間たちがお経が唱えられている中、小声で話をしていた。

 

「おい、聞いたか昨晩の......」

 

「裕次郎くんだろ? まだまだこれからだってのに......」

 

「だけどよ、あの裏山に入ったんだろ? 自業自得じゃねえのか?」

 

「おい滅多なこと言うんじゃねえ」

 

「にしてもお姉ちゃんも可哀想にな。後追いなんかしなきゃいいんだが......」

 

 周りからも同意のざわめきが起こる。

 遺族の席に座っていたナオコは、誰にも気づかれずそっと会場から抜け出した。

 

 

 

 

 ナオコが向かう先は村の外れにある山だ。入ったら最後生きて帰ってこれないと言われる裏山だ。

 猟師を目指していた弟はこの村の風習に疑問を抱いていた。だから父の遺した猟銃を手に復讐を果たそうとした。そして山に入った後、右脚1本だけで帰ってきた。

 たった1人の肉親を失ってしまった。目に光の灯っていない彼女は、ふらふらと山へ歩みを進める。

 

「あ! あのすみません!」

 

 後ろから声をかけられる。声の主はノゾミだった。同年代の彼女はバイクを押して息を切らしている。

 

「この村の村長さんの家に行きたいんですけど、迷っちゃって」

 

「それならあの道をずっと行ったところですよ。大きなお屋敷ですから一目で分かります」

 

「そうなんですか? でもおかしいな、そこ通ったんだけど......もしよろしければ案内してもらえません?」

 

 ナオコは丁重に断りを入れたが、結局ノゾミは押し切られる形で村長の家を案内することになった。

 赤の他人と、田んぼの蛙が鳴き始める中で並んで歩く。正直投げ出したくなったが、今更置いていくわけにはいかなかった。

 

「そうだ。あの山に行くなら明日にした方がいいですよ」

 

「......別に、行こうとしてませんけど」

 

「そうなんですか? まあ今日はもう遅いですし、狒々も出ますしね」

 

 しばらくして村長の家に付く。ノゾミは何度もお辞儀をし、バイクを押して駐車スペースへ消えていった。

 

 

 

 

 ノゾミは村長の家に入ると、使用人に案内されて応接間に通された。

 高価そうな美術品に囲まれて落ち着かない中、しばらくすると深緑の着物を着た壮年の男性がノゾミの前に現れた。

 

「大変お待たせして申し訳ない。私がこの村の村長の吉田と申します」

 

「ご連絡いただいた神戸です。早速ですが、その狒々について話してもらえませんか?」

 

「ええ、あれは今から30年ほど前になりましょうかな......」

 

 この村には大きな森があったのだが、ある日そこに1匹の猿が住み着いた。最初は木の実を盗む程度だったが、成長するにつれて畑を荒らし家畜を襲ったりと被害が大きくなっていった。

 村人は何度も猿の駆除を試みたものの、猿の悪知恵にはまり中々うまくいかなかった。そこで村人は金を出し合い、腕利きの猟師を雇った。3日3晩の末に、ようやく猿は殺された。

 

「しかしそれは間違いでした。奴は自身を殺した人間を恨んで妖怪になったのです。山に入った者は皆手当たり次第に喰い殺されました。唯一無事に生還できた村の者は涙ながら言いました、『あれは猿の化け物、狒々だ』と......」

 

 ノゾミは唸った。事前に零澤から話を聞いていたが、現地にいた人間の話にはその恐怖がよく伝わってきたからだ。

 

「分かりました。必ず狒々を退治してみせます!」

 

「本当ですか! ありがたい、何卒お願いいたします」

 

 村長は深々と頭を下げる。意気込んだノゾミは森の調査に出かけるべく、颯爽と応接間を後にした。

 その背中を見送ると、村長は不気味な笑みを浮かべるのだった。



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episode5『人喰いヒヒ2』

 マシンを走らせて山道に到着すると、後方から巨大な丸鏡が出現した。そこからはノゾミと同じマシンが飛び出して目の前に止まる。

 マシンからウンガイキョウコインを取り出すして鏡を消すと、運転手はヘルメットのバイザーを上げた。

 

「涼真さん!?」

 

「第三級とはいえ凶悪な怪異だ。新人の相手には悪すぎる」

 

「いいんですか? 怪我の方は......」

 

「問題ない。それより早く行くぞ」

 

 涼真は首から下げるハンズフリーライトを投げ渡すと、暗い森の中へ脚を踏み入れた。ノゾミもライトの明かりを頼りにその後を追う。

 足元のぬかるみや飛んでくる羽虫に苦闘するノゾミに対して、涼真はそれらを意に介さず脚を進めていた。

 竹林に入ったところで、涼真はふとその場で立ち止まる。

 

「誰かつけてるな」

 

 ふと妙な気配を感じた涼真はさっと振り返る。しかし、そこにいたのはきょとんとしたノゾミだけだ。

 

「どうしました?」

 

「......いや。そこにいるのは分かってる! 出てきたらどうだ!」

 

 ノゾミも振り返ってみると、登山服に着替えたナオコがうつ向きながら出てきた。

 

「気づいてたんですね......」

 

「なぜ後をつけてきた?」

 

「あいつは弟の仇なんです。この手で......殺さないと、私が」

 

 ナオコがそう言って包丁を取り出す。弟を殺された怒りなのか、それとも失ったことへの悲しみなのかその手は震えていた。

 

「危険すぎる。そのまま帰ってくれ」

 

「お願いします! ご迷惑はかけませんから、言う通りにしますんで!」

 

「しかし......」

 

「いいじゃないですか」

 

 そう口走ったのはノゾミだった。驚く涼真を後目に、彼女はナオコの持っていた包丁をそっと奪って投げ捨てるとその手を握った。

 

「いいんですか......?」

 

「はい。こちらの言う通りにしてもらえれば......それでいいですよね?」

 

 笑顔で振り返るノゾミ。その時涼真は目を丸くした。

 彼女の影が形を変えて、あの邪神の姿になっていたからだ。邪神は涼真の影に触手を伸ばし身動きを封じている。

 

(やはりか......邪神を手懐けられる訳ないよな)

 

 触手は涼真の肩に絡まりきつく締め上げていく。痛みに耐えて平静を装いながら、涼真はため息をついて答えた。

 

「分かった。勝手には動くなよ」

 

 

 

 

 村から約1キロ離れた場所で、ナオコは明かりを持たず枯れ葉を踏み鳴らして歩き続けていた。

 ひんやりとした空気が頬に触れると、足元に何かが触れた。見ると白骨化した人の手足がナオコの周りに散らばっている。

 

「お前ェ。村の人間かァ?」

 

 目の前に現れたのは、筋骨隆々の大猿・ヒヒ怪異だった。血走った眼でナオコを見つけると、恨み言を呟いて顔を歪める。

 足元の頭蓋骨を踏み潰し、荒い息遣いのままナオコに向かって腕を振り下ろした。が、後ろから涼真に飛びかかられて狙いが大きくそれてしまう。すかさず後ろにいた涼真を投げ飛ばすが、とっさに翻りナオコの前に降り立つ。その隣にはベルトを装着したノゾミもいる。

 

「囮作戦、上手くいきましたね」

 

「あやうく死ぬかと思いましたよ!」

 

「まあまあ、奴を誘きだすことができて結果オーライじゃないですか。ねえ涼真さん」

 

 笑顔で見つめてくるノゾミに、涼真は返す言葉がなかった。同じくベルトを装着すると、コインケースからセイリュウコインを取り出す。

 

「まだ怪異は健在だ。いくぞ神戸!」

 

「はい!」

 

 ナオコが離れたところで、ノゾミもケースからトゥルークコインを取り出した。興奮気味のヒヒ怪異の目の前で、2人はコインを装填する。

 

『イエス・マイロード』

 

『セイリュウ!』

 

「「変身!」」

 

 すかさずヒヒ怪異が飛びかかってくる。だが2人がレバーを引くと、その前に青龍と紫の人魂がそれを弾いた。

 それぞれ主の体に纏われると姿が変わり、仮面ライダーに変身する。

 

『邪神解放! フングー! ムグルー! トゥルーク!』

 

『怪異解放! セイ! リュウ! 仮面ライダージンリュー!』

 

「ふん、我に続け龍の戦士」

 

「......覚悟しろエテ公」

 

 ヒヒ怪異は雄叫びをあげて駆け寄ってきた。トゥルークは背中の翼を広げて低空からキックを繰り出すが、脚を掴まれて投げ飛ばされてしまった。

 すかさずジンリューも殴りかかるが、1メートルもの体格差があるためか虫の如く叩き落とされてしまう。そのままヒヒ怪異は背中を踏み潰さそうと脚を大きく上げる。

 

「どこを見ている!」

 

 投げ飛ばされたトゥルークが上空からきりもみキックを放つ。しかしヒヒ怪異の頭は硬く、またしても脚を捉えられてしまった。

 

「くっ、離せケダモノ!」

 

「お前ェ。何か偉そォ」

 

 足元のジンリューを蹴り飛ばすと、トゥルークの両脚を脇にホールドしてジャイアントスイングを始める。

 

「やめろ!離せっ!」

 

「やめてやるゥウ」

 

 そう言ってヒヒ怪異は思い切りトゥルークを投げた。起き上がったジンリューに勢いよく叩きつけられ、2人は地面に転がる。

 

「気持ち悪い......龍の戦士、私を立たせろ」

 

「お前が先に退け」

 

 トゥルークを突き飛ばし立ち上がると、懐からコインケースを取り出した。

 

「第三級と銘打ってはいるが、人喰いを続けてだいぶ強化されたみたいだな」

 

「何だ、貴様は分析しかできないのか?」

 

「使えるものは使うべきだ。お前も三雲さんに渡されただろう」

 

 頭を押さえつつトゥルークもコインケースを取り出す。その中から青色のコインを、ジンリューは黄緑のコインを取り出した。

 そしてそれぞれベルトのコインを入れ換えると、再びレバーを操作した。

 

「邪神武装」

 

「怪異武装!」

 

 トゥルークの目の前に魔方陣が出現し、彼女の両腕に青い人魂が纏わりつく。人魂は左右3つの独立したスピーカーに変化する。

 

『ニュル・ゼロツー! ニュル・スピーカー!』

 

 ジンリューの両腕にはブレード状のアーム武器が装備された。

 

『シュー! ゴー! ジンリューカマイタチ!』

 

「何だそれェ?」

 

 トゥルークが両腕をヒヒ怪異に向けると、スピーカーから超音波を発した。たちまち頭が割れるような感覚に襲われたヒヒ怪異は、耳を塞いで悶絶する。

 

「何だァ! 頭が痛いィ!?」

 

 続けてジンリューは青い炎を纏って駆け出すと、ヒヒ怪異の身体を何度も切り裂いていく。彼らの周りでは木の葉が舞い、風を切る音が徐々に大きくなる。やがていくつもの竜巻がヒヒ怪異の周りに現れると、ジンリューの指示で一斉にヒヒ怪異に向かっていった。

 

「うわあああァ!」

 

「今だ神戸!」

 

 トゥルークの身に付けていたスピーカーが白く輝く。超音波を流している間、平行してジンリューの風切り音を集音しエネルギーに変換していたのだ。

 ヒヒ怪異が落ちてきたタイミングを計って、強力なショックウェーブをその巨体に命中させた。

 

「痛いィ......」

 

「決めるぞ龍の戦士」

 

「お前が仕切るな、全く」

 

 2人はコインを戻して装備を外すと、再びレバーを操作した。

 

『イア! イア! ライダーパワー!』

 

 右足に紫色のエネルギーが集束すると、トゥルークはそのまま上空に飛び立つ。

 

『セイリュウ! カイイバースト!』

 

龍神破天撃(りゅうじんはてんげき)!!」

 

 ジンリューは右足に青色のエネルギーを集束させると、勢いをつけてジャンプした。右足に青龍が宿ると、ヒヒ怪異に向けて腰を軸にした回し蹴りを食らわせた。

 その直後、堕天したトゥルークの必殺技キックエンドが命中するとヒヒ怪異の身体は爆散したのだった。

 怪異が倒されたのを確認すると、ジンリューはトゥルークに駆け寄って右手を上げた。

 

「......何だ」

 

「何だと言われても、こういうノリは嫌いだったか?」

 

「馴れ馴れしいぞ龍の戦士」

 

 するとヒヒ怪異の倒れた場所に、小さな1匹の猿の死骸が落ちてきた。それを見た2人はベルトからコインを抜き取ると、レバーを操作して変身を解除する。

 

「これは?」

 

「怪異に取り憑かれていた猿だ。奴はこの猿を取り込んで実体を得た、それが腹の減る原因だったわけか......」

 

 しばらくすると、猿の死骸から黒いもやが飛び出す。もやは徐々に人型のシルエットに変化していくと、顔がないにもかかわらず2人をまじまじと見つめてきた。

 

「なるほどな......」

 

 涼真は1枚のコインを取り出すと、ベルトに装填してレバーを引いた。

 

『ショウ! カーン! サ・ト・リ!』

 

 ベルトの風車から煙がモクモクと立つと、涼真の前にピンク髪の女性が現れた。

 

「あらあら青龍の君~、ご用件は霊視ですね~?」

 

「この猿に取り憑いていた悪霊を視てくれ」

 

「わかりました~」

 

 女性は目を閉じて深呼吸する。赤く染まった眼をパッと見開くと、ノゾミと涼真に悪霊について語り始めた。

 

 

 

 

 翌朝、ノゾミと涼真は村の集会所に来ていた。昨晩ヒヒ怪異を退治したことを村人たちに報告するためだ。

 

「ありがたや......あなた達は村の救世主です! 本当にありがとうございます!」

 

 村長は集まった村人たちと共に頭を下げる。しかし2人は感謝を素直に受け止められなかった。

 

「礼はいいですから。それより早速本題に入りましょうか」

 

 涼真の言葉で村長たちは顔をしかめる。

 

「村長さん、あなた我々に嘘をつきましたね?」

 

 集会所にざわめきが起こる。村人達が動揺する中、ノゾミは震える声で続けた。

 

「倒した怪異の魂を視ました......怪異の正体は、村の人間です」

 

 その瞬間、空気が凍りついた。状況が理解できていない者もいれば、村長に懐疑の目を向ける者いる。また何人かは一瞬ノゾミから目をそらした。

 

「山本健太郎、随分前に迫害を受けていた村民です。理由は『目つきが気に入らなかったから』ですよね村長」

 

「な、何をおっしゃっているのか──」

 

「迫害はエスカレートし、ついには山本さんは殺された。村長と、そこの人と隣、あとあんたとあんた。それとお前もいたな。よってたかってまあ......酷かったよ」

 

 涼真に指を指された村人たちは俯いてしまう。

 

「それで恨みを持った山本さんの魂は怪異になり、山に入った村の人間を手当たり次第に殺した......なぜ隠してたんだ?」

 

「......自分等が殺した男が化けて復讐してきた、そんなの誰もが自業自得と言って助けてくれんに決まってる。だからもっともらしい話を作り、あんたらに消してもらったんだ」

 

 村長は顔を伏せたまま答えた。共犯の村人も同様に顔を伏せて黙っている。

 

「だが証拠はあるのか? わしらが殺したというはっきりとした証拠は」

 

「ないな。あんたらは裁かれず、犯した罪の意識など感じず暮らすんだろう。胸糞悪い」

 

「不満なら正規報酬に加え、色をつけて──」

 

「いりません!」

 

 声を上げたのはノゾミだった。瞳から涙を溢し、眉をひそめて村長に怒りを露にする。

 

「そんな汚いお金いりませんから。行きましょう涼真さん」

 

 ノゾミは涼真の手を引っ張ると、乱暴に引き戸を開けて外へ飛び出したのだった。

 

 

 

 

「離せ神戸! おい!」

 

 集会所から遠く離れ、稲穂が実った田んぼが辺り一面に広がるところで涼真は解放された。ノゾミはなおも泣いており、差し出されたポケットティッシュを使いきってしまうほど涙を流していた。

 落ち着いてきたところで、2人の元にナオコが走ってきた。

 

「あの......私、仇と言いましたけど......あの人も本当は、人間だったんですよね」

 

「そうだな。だが君が気にすることではない、もう何十年も前の殺人だ」

 

「でも......」

 

 すると田んぼを突っ切って、砂利道の真ん中に2台のマシンオボグルマーが止まった。涼真はナオコの肩を優しく叩くと、ヘルメットを被って俯くノゾミを見つめた。

 

「帰るぞ。まだ仕事は残ってる」

 

「......はい」

 

 ノゾミもまたヘルメットを被ると、投入口にウンガイキョウコインを入れた。2つの丸鏡が前方に現れると、アクセルを強く握りしめ走り出した。

 

「あ、ありがとうございました!!」

 

 ナオコの礼を受けて、2台のマシンがワープゲートに吸い込まれていった。

 

 

 

 

「──村で連続放火事件、か」

 

 怪異に関する報告書に目を通しながら零澤は呟く。

 今回の怪異を生み出した原因とされる村長含め村民数名の家が全焼、家族含め約30人が焼死した。村には危険な怪異がいないにも関わらずだ。狭霧によって纏められた調査結果により、1人の少女の名前が上げられた。

 仮面ライダートゥルークこと、神戸ノゾミだ。

 

「まさかこの事件が邪神によるものだとでも?」

 

 零澤はため息をつく。狭霧は咳払いをしつつ、説き伏せるように進言した。

 

「零澤局長、彼女の存在は危険です。邪神の力を得た彼女は──」

 

「怪異の根絶のため必要不可欠。我々の目的においては替えのない存在だ」

 

「ですが......」

 

「問題ない。これは放火魔による犯行、警察の管轄だ」

 

 狭霧の言葉を一蹴すると、彼は再び書類に目を通す。

 

「邪神の影響で眠っていた怪異が活性化している......叩くなら今だ」

 

 零澤は机にあるノートパソコンを片手間に操作する。怪異対策局のアーカイブが開かれると、準第一級怪異『鬼更井駅(きさらいえき)』の情報が映されていた。




怪異対策局 怪異アーカイブ
No.EX-02『スピーカー』
開発部が作り上げた人工怪異第2号。
⬛️⬛️⬛️⬛️年に出没した対コウモリ怪異専用装備として製作されたものの、幅広く活躍する事が確認できた。
レゲエ・ミュージックを聞かせると好反応を示した。


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episode6『正義のミカタ1』

「うわぁあああああっ!」

 

「きゃあああああっ!」

 

 悲鳴を上げて線路上を逃げ惑う人々。彼らは皆一様に顔を恐怖で歪めていた。ここはどこかにある異界、鬼更井駅。現在の時刻は丑三つ時だ。

 人々を追いかけているのは異様に長い腕を持った、全身緑色の化け物だ。頭には2本の角が生えており、背中からはコウモリのような翼が生えている。

 

「待て、助けてくれえええ!」

 

 足元を掬われ1人逃げ遅れた会社員は、怪物に捕らえられ鋭い爪で腹を貫かれてホームに投げ捨てられた。また逃げ遅れた高校生は首もとを噛まれて生き血を吸われる。

 恐怖に支配された人々が逃げていく。だが怪物はまるで獲物を追いかける野獣のように、彼らの後を追っていった。

 

 

 

 

 ノゾミは狭霧に連れられて、怪異対策局10階の局員寮にやってきた。ボストンバッグ片手にエレベーターからしばらく歩くと、『同居人注意』と書かれた張り紙の付いた扉に通される。

 

「今日から君が暮らす部屋だ。狭い和室だが我慢してくれ」

 

 そう言って狭霧は襖を開ける。ホコリだらけの6畳の部屋には畳まれた布団以外に何もなく、天井照明も蛍光灯と古びていた。

 

「ここに住むんですか?」

 

「局員は基本寮に住むことになっている。もちろん君もだ」

 

「はあ......仕方ありませんよね」

 

 ノゾミは渋々承諾する。1人暮らししていた時よりあまりにも粗末な状態だが、対策局の一員となった今は多少窮屈でも文句は言えない。

 

「そこの押し入れに家具がしまってある。自由に使ってくれ」

 

 狭霧は鍵を手渡すと、襖を閉めて行ってしまった。

 ノゾミはボストンバッグを布団に放り投げると、家具を引き出そうと押し入れを開けた。

 

「......! ひっ!?」

 

 中にはおかっぱ頭の少年が体育座りをしており、目があった瞬間情けない声を上げてしまう。

 

「誰きみ!」

 

「座敷わらし。わらしって呼んで」

 

「座敷わらしって、あれ?」

 

「あれ。君の同居人だよ」

 

 わらしは手を差し出すも、いやいやとノゾミは首を横に振って突っ込んだ。

 

「困るって、ここは今日から私の部屋なんだから」

 

「気にしないで。僕の定位置はここ、それ以外は好きに使っていいから」

 

「そういう問題じゃ......」

 

 ノゾミは肩を落とす。どうやらこれから、この小さな妖精と寝起きを共にしなければならないようだ。

 とりあえず荷物の整理をしようと思い、ボストンバッグから衣類を取り出す。その時ふと押し入れからの視線が気になった。

 

「こっち見ないで!」

 

 投げられた枕を襖で防ぎ、わらしは自分の部屋へ戻っていった。

 

 

 

 

 夜の街に走り回るマシンオボグルマーのエンジンが鳴り響く。黒いフルフェイスメットを被った青年は人気のない公園まで足を運ぶと、街灯の下で止まりメットを脱いだ。

 茶色に染めた髪をかきあげ、ポケットから煙草を取り出して火をつける。

 

「あー最高。やっぱ任務終わりの一服は格別や」

 

 彼の名は涼宮正義(すずみや せいぎ)。怪異対策局に所属する仮面ライダーだ。

 いつものように怪異の討伐を追えると、こうして夜のドライブを楽しみ煙草を吸う。それが彼の楽しみだった。

 

『相棒、タバコはやめろ。タバコは肺を蝕み命を奪う恐ろしい兵器だ』

 

 正義のワンショルダーバッグから声が漏れだす。しかし正義は気にも留めていないようだった。

 

「俺の相棒やったら、黙って俺の楽しみを見守らんか」

 

『そういうわけにはいかない。私は君の相棒として、自由と平和のために、全力でサポートする義務がある!』

 

「やったら今一番熱いやつ言ってみ?」

 

『簡単だ、上手い・安い・カッコいいのデイスパークだ!』

 

 自信満々の回答に、正義は無慈悲に不正解を告げる。そしてバッグのファスナーを少し開けると、持っていた煙草を見せた。

 

「正解は味のあるセブンスロットでした」

 

『な、バカな!? それは相棒の好みであり、世間一般的な評価からは外れた──』

 

「さて、そろそろ帰るか」

 

 正義は携帯灰皿に吸い殻を入れてヘルメットを被ると、再びエンジンを動かす。

 アクセルに手を掛けたその時、突然正義の携帯が鳴った。舌打ちしてメットを取ると、アイドリング状態のまま応答する。バッグからは相棒の注意が続いていたが気にせず話す。

 

「もしもし、涼宮ですけど」

 

「私だ。今どこにいる?」

 

 電話の向こうからは流れる狭霧の声に、無意識に眉をひそめてしまう。

 

「どこでもええでしょ。で、用件は?」

 

「実は鬼更井駅が活発化している。お前にも協力して欲しい」

 

「わかりましたよ。ほな般若野郎はすぐ片付けてきます~」

 

 通話を終えると、正義はメットを被り直してバイクを走らせる。目の前に丸鏡が現れると、アクセル全開でワープゾーンに突入した。

 

 

 

 

 対策局の指令室、そこは仮面ライダーの有資格者と一部の関係者しか立ち入りを許されていない場所だ。現在そこにはノゾミと涼真、狭霧の姿があった。

 

「それで、今度はどんな事件なんですか?」

 

 ノゾミが聞くと、狭霧はスクリーンに週刊紙の記事を映す。見出しには大きく『日乃屋線連続失踪事件の真相!』と書かれている。

 

「日乃屋線の乗客が忽然と姿を消す事案が、今月になって14件起こっている。これは準第一級怪異の鬼更井駅によるものだと考えられる」

 

「あの鬼更井駅ですか!? 掲示板で有名な」

 

 都市伝説には詳しくないノゾミでも、名前だけは聞いたことのある程有名な駅だ。まさか空想の産物までもがこの世に存在するとは思わなかった。

 

「今までこの怪異にたどり着くのは困難とされていたが、ここ数週間で目に見えるほど活発化した。局長はこれを好機と捉え、討伐対象にした」

 

「でも駅にたどり着くには、具体的には何をすればいいんですか?」

 

 ノゾミが尋ねると、狭霧は机の上に磁気定期券を置く。

 

「ひたすらに乗るんだ」

 

「乗る?」

 

「そうだ。鬼更井駅に着くまで電車に乗り続ける。それだけでいい」

 

 ノゾミは思わず困惑した。そんな簡単なことで駅に着けるのか、そう思ったからだ。しかし狭霧は真面目な顔で話を続ける。

 

「この怪異はただ乗客を襲うのではない。奴は異界を作り出し、そこに人を引き込む力を持っている。だが自ら作った異界を維持できるのは第一級でも難しい。つまり、奴がいつどこで異界を作るのは不明確だから」

 

「手当たり次第に乗車すると?」

 

「そういうことだ」

 

 要はゲームの厳選作業だ。ノゾミが変に納得していると、涼真は定期券を指差して質問する。

 

「ところで、もう1枚の定期は?」

 

「ない。風祭はここで待機だ、怪我の件と無断出動の件もあるしな」

 

「しかし相手は準第一級ですよ!」

 

 狭霧はスクリーンの映像を消すと、2人に背を向けて出口に向かう。

 

「涼宮がもう河石駅に向かった。神戸も現地で彼と合流してくれ」

 

 

 

 

 夜の河石駅は閑散としていた。時折通り過ぎる車以外に人の気配はない。街灯がチカチカ点滅し、不気味な雰囲気を醸し出している。

 そんな寂れた駅前広場に突如現れた丸鏡からマシンが飛び出て急ブレーキをかける。ノゾミはヘルメットを外すと、辺りを見回して首をかしげた。

 

「待ち合わせ場所、ここだよね......」

 

「あってるで」

 

 背後から声をかけられ振り返ると、そこには正義が腕を組んで立っていた。

 

「俺は涼宮正義、仮面ライダーデファンス。よろしく」

 

「あ、はい」

 

 ノゾミが差し出された手を握り返し正義はニッコリと笑う。

 

「君がノゾミちゃん? 噂には聞いてたけどカワえぇな~」

 

「ありがとうございます......」

 

 ノゾミは引きつった笑みを浮かべながら言う。正直、初対面から馴れ馴れしく話しかけてくる彼と距離を保ちたかった。

 

「じゃ早速行こ。それにしてもノゾミちゃんヤバイな、神様に命差し出すなんて」

 

「それは、友達を守るためっていうか......止められなかった私の責任というか」

 

「あんなん友達いうの優しいな。まあノゾミちゃんの勝手か」

 

 正義は軽く笑い飛ばすと、定期券を改札にタッチしてホームに向かう。1メートルほど距離をとっていたノゾミは、ホームに電車が来るのを見て慌ててその後を追いかけた。

 

 

 

 

 日乃屋線は地方都市と漁村を結ぶローカル線だ。2人は漁港に向かう2番線の列車に乗りこみ、空いていた席に隣同士で座った。

 終点まであと2駅といったところで、ノゾミはアンティーク風の腕時計を確認する。時刻は午後11時になろうとしているところだった。

 

「まだなんですかね?」

 

「そう焦らんと。いつか勝手に来るんやから」

 

「そういうもんなんですかね」

 

「まあね。せや、ノゾミちゃんこれあげるわ」

 

 正義はポケットの中から紫色の『安心第一』と書かれた御守りを取り出す。

 

「何ですかこれ?」

 

「めっちゃ凄い御守り。ちなみに俺のおかんが作った」

 

 正義は金色の御守りを見せつける。ノゾミは苦笑いすると、御守りをポケットにしまう。

 窓の外を見ると、海沿いの線路を走る反対側の列車がちょうど通り過ぎた。夜遅いせいか、2人以外に乗客の姿はない。

 

「おかんは結構強い霊媒師でな。今の俺があるのはおかんのおかげなんや」

 

「へえ......」

 

 ノゾミは適当に相づちを打つ。

 

「ノゾミちゃんは? ノゾミちゃんの親御さん」

 

「えっと......」

 

 ノゾミは思わず目を伏せる。

 脳裏に浮かぶのは父の笑顔。あの日自分を置いて行ってしまった、心のどこかで嫌ってしまう父だった。

 

「物心ついた時に母は死んでしまったらしくて、父の方も小学校に入る前に行方不明になって......」

 

 ノゾミが顔を上げると、隣にいたはずの正義の姿がどこにもなかった。周囲を見渡すが、車両の中に彼の姿はない。

 窓の外は海辺の景色から田園風景に変わり、状況が飲み込めない彼女の耳に車内アナウンスが聞こえてきた。

 

『次は鬼更井~鬼更井~』

 

 ノゾミははっとして立ち上がる。

 

『右側の扉が開きます、ご注意ください』



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episode7『正義のミカタ2』

「ここが、鬼更井駅......」

 

 ノゾミは目の前にあるホームを見て呟く。照明はあるものの電気はついておらず、辺りは真っ暗だった。

 

「涼宮さんも一緒にいたはずなのに」

 

 ノゾミは周囲を見渡すが、やはり正義はいない。仕方なくノゾミは駅舎に足を踏み入れた。

 鬼更井駅には改札らしきものはなく、代わりに切符を入れる箱が柱にかけられているだけだった。もちろん人がいる様子もない。

 薄暗い待合室に入ると、そこかしこに血痕があった。よく見ると椅子の上にも点々と赤い跡が残っている。ノゾミはその凄惨な光景に息を飲んだ。

 すると待合室の奥に人影が見えることに気づいた。正義がいるのかと恐る恐る近づくと、そこにいたのは──

 

「ノゾミ」

 

「......パパ?」

 

 そこにいたのは父親だった。あの日と変わらず若いまま、同じ服装のままである。

 

「パパ! 本当にパパなの!?」

 

 ノゾミは喜び勇んで駆け寄った。しかし父親は待合室の影に足を進め、ノゾミからどんどん遠ざかってしまう。

 

「こっちへおいで、ノゾミ。ママも待ってる......」

 

「どういうこと? 待ってよ、パパ!」

 

 追いかけても追いかけても、父親の背中には届かない。ノゾミは構わず走り続けるが、どれだけ走っても追いつくことはできないでいた。

 

「待って......お願い......もういかないで......」

 

 ノゾミはいつの間にか涙を流していた。何度も拭って追いかけるが、体力が切れてしまい膝をつく。

 

「......なんで、どうしてみんな私を置いていくの」

 

 ノゾミは泣き崩れてうずくまる。すると先程まで遠くにいた父親が彼女の現れ優しく語りかけた。

 

「住む世界が違うからだよ。さあおいで、向こうに苦しみはない。ずっと一緒にいよう」

 

 差しのべられた手をノゾミは取ろうとする。が、すぐさま引っ込めた。

 

「私は......行かない。だって、思い出したから」

 

 涙を拭って立ち上がる。そして力強く言い放った。

 

「あの時の言葉が、今まで私を生かしてくれたから!」

 

 あの日、父と遊園地で別れる前のことだった。携帯で誰かと連絡を取っていた父は、メリーゴーランドから降りたノゾミの頭を撫で申し訳なさそうに言った。

 

「ノゾミ。お父さん、これからお仕事で帰らなくなるかもしれない」

 

「嫌! 行かないで!」

 

「ごめんな......でも、これだけは忘れないでくれ。どんなに離れていても、俺はずっとノゾミのことを思ってる。お母さんが残してくれた宝物をこの手で守って見せる。だから......」

 

 ノゾミは目の前にいる偽者を殴ると、懐からベルトを取り出した。

 

「だから幸せになれって! そうだった......忘れちゃいけないのに、私は命を軽々しく使っちゃった」

 

「何を言ってるんだノゾミ──」

 

「その姿で、私の名前を呼ぶな! 偽者!」

 

 MCBドライバー紫炎を装着すると、トゥルークコインを装填してレバーを引いた。

 

「変身!!」

 

『邪神解放! フングー! ムグルー! トゥルーク!』

 

 偽者の父は頬を押さえて立ち上がると、緑色の怪物・キサライ怪異に変貌した。

 トゥルークはキサライ怪異に向かって駆け出すと、その顔面に蹴りを入れる。倒れたキサライ怪異の首を掴んで持ち上げると、怒りの目をまっすぐに向ける。

 

「私の大切な人を侮辱するなど許さん。貴様だけは絶対に殺す」

 

 そのまま赤色に染まった壁に頭を叩きつける。何度も何度も、執拗に。やがてキサライ怪異が動かなくなると、手を離して膝蹴りを顔にクリーンヒットさせた。

 レバーに手を掛けとどめを刺そうとするが、背後に気配を感じて手を止めた。刹那、振り向き様に回し蹴りを繰り出すが空を切るだけだった。

 

「誰だ」

 

 トゥルークの声に答えたのは、もう1体の赤いキサライ怪異だった。赤いキサライ怪異はトゥルークを舐め回すように見て舌なめずりをする。

 

「見つけたぞ、邪神トゥルーク」

 

 トゥルークは距離を取るためにバックステップをする。だがそれよりも早く赤いキサライ怪異は飛びかかってきた。咄嗟に身をかわすが、赤いキサライ怪異は翼をはためかせ体当たりを仕掛けてくる。

 よろめきながらも耐えるトゥルークだったが、次の瞬間腹部に強い衝撃を感じる。下に目をやると、緑のキサライ怪異の腕が彼女の腹を貫いていた。

 

「卑劣な」

 

 腕を引きちぎり、刺さっていた残りを声を上げて抜き取って放り投げる。

 膝をついて動けないでいるトゥルーク。2体のキサライ怪異は両手を前に突き出すと、彼女に向けてそこから黒い霧のようなものを放った。直撃したトゥルークは全身から力が抜けていくのを感じ、その場に倒れ付してしまう。

 

(これは、毒?)

 

 意識が遠退いていき、視界がぼやけ始める。霞む視線の先にはまだ2体のキサライ怪異が佇んでいた。

 

「まだ......私は、まだ死ねない......」

 

 震える足に力をこめ、立ち上がろうとするも上手く体が動かない。赤いキサライ怪異はそんなトゥルークに近づき、顔の前にしゃがんだ。

 

「邪神を取り込み、我々は世界の全てを手に入れる」

 

 トゥルークの頬にキサライ怪異の手が当てられる。冷たい感触が肌を伝って背筋が凍る。必死に抵抗しようとするが、赤いキサライ怪異はその口を開けるとトゥルークの首元に噛みついた。

 

「アァッ!」

 

 トゥルークの体に激痛が走る。続けて緑色のキサライ怪異も脇腹に噛みつき血を吸い上げていく。トゥルークの目から光が消えると、赤いキサライ怪異は口元の血を舌で舐めとり立ち上がった。

 

「これで我々の悲願が叶う──」

 

 

 

 

「なわけないやろアホ!!」

 

 突如響いた声と共に、まだトゥルークに覆い被さっていた緑色のキサライ怪異の頭部が吹き飛んだ。

 

「な、なんだ!?」

 

 残されたキサライ怪異は自分の後ろに誰かがいるのに気がつく。振り向くと、そこにいたのはマシンに乗った正義だった。

 

「貴様、どうしてここに!」

 

「あんたらがノゾミちゃん襲っとる間、渡した御守りを追って異界中走り回っとったんや。さあノゾミちゃんを返してもらおっか」

 

「くそ、まだ肉が残っているのに......いや、ここを逃れれば我々の勝利だ」

 

 すると散らばっていたキサライ怪異の肉塊から爪状の武器が飛び出すと、正義の右腕に掴まれた。

 

『相棒、あの怪異を倒せば鬼更井駅を破壊できる。間違いない』

 

 野犬の顔のようなその武器は、大きな赤い目を光らせながら報告する。

 

「ほんまか? ならさっさと倒して抜け出すで」

 

 正義は相棒『チュパカブライザー』を構えると、左側面にある投入口に赤色のコインを装填した。

 

『ウェイクアップ!』

 

 爪の先端が伸びると、正義たちの周りに赤い霧が立ち込める。正義はグリップにあるボタンを押すと、マシンから飛び降りて爪を地面に突き刺した。

 

「変身!」

 

『怪異解放!』

 

 その瞬間、チュパカブライザーが突き刺さった地面から赤黒い液体が溢れだした。液体は正義を包み込み、まるで意思があるかのようにうごめきながら形を変えていく。やがてそれが収まると、そこには異形となった正義がいた。

 全身を覆う真っ黒なボディ。所々に血管のようなラインが走り、肩には鋭い棘が付いている。頭は狼のように大きく湾曲し、目は赤く光り輝いていた。

 

『チェンジ・ザ・ヒーロー! 仮面ライダーデファンス!!』

 

「な、なんとおぞましい!」

 

 デファンスを見てキサライ怪異は叫ぶ。デファンスは両肩を回して駆け出すと、右手に持ったチュパカブライザーを下から振り上げた。

 

「せやっ!」

 

 そのまま勢いよく振り下ろすと衝撃波が放たれる。キサライ怪異が仰け反って回避すると、衝撃波は壁に当たり大きく凹んだ。

 

「まだまだ行くで!」

 

 攻撃の手を止めず、デファンスはチュパカブライザーで斬撃を放つ。初めこそ避けられていたものの、左肩に一度当たると続けて攻撃を受けてしまった。キサライ怪異の左腕は後ろに大きくえぐれ、動かなくなる。

 

「調子に乗るなぁ!」

 

 キサライ怪異は口から硫酸の弾をいくつも吐き出した。

 

『相棒、右・左・右・右・後方に避けて左斜め下!』

 

 チュパカブライザーの指示を受け、デファンスはそれらの攻撃を見事に避けきる。

 その隙にデファンスがチュパカブライザーを投擲すると、ライザーは自らの意思で動きキサライ怪異の顔面に何度も引っ掻き傷を付けて返ってくる。刹那ボタンを押すと、ライザーの目から赤い光線が発射されてキサライ怪異の胸部に命中した。

 

「ぐわぁあああっ!」

 

 胸を押さえて苦しむキサライ怪異、それを見てデファンスはグリップのボタンを長押しした。

 

『ファイナルリゾート!』

 

「これで決まりや」

 

 アップテンポな警報音が鬼更井駅に緊張を生み、デファンスの血管とチュパカブライザーの目が輝きを放つ。

 

「さぁせるか!!」

 

 キサライ怪異は起き上がると、右腕を伸ばして鉤爪を突き立てる。だがその直前にデファンスの必殺技が発動した。

 

「涼宮流斬撃波!」

 

『クローバースト!!』

 

 エネルギーを溜めて勢いよく右腕を振るう。すると三日月型の衝撃波が放たれ、キサライ怪異の爪を粉砕しながらその身体を横一文字に切り裂いた。

 

「ぬぅあああああっ!!」

 

 断末魔を上げてキサライ怪異は爆散する。デファンスは大きく伸びをすると、倒れているトゥルークの元へ向かった。

 

「ノゾミちゃん、生きとるか!」

 

 変身を解いた正義はトゥルークの体を優しく抱きかかえる。彼女は虚ろな表情のまま首を縦に振ったが、呼吸は安定していて傷口も塞がれていた。

 

「邪神パワー、ヤバッ......まあ安心せい、怪異は俺が倒した」

 

『相棒。正確には我々が倒した、だ』

 

 床に置かれたチュパカブライザーが訂正を入れる。

 トゥルークも安堵したのか強制的に変身が解かれ、ノゾミはゆっくり目を開ける。

 

「よかった、無事みたいやな」

 

「ええ......それより、これどういう──」

 

 ノゾミは状況が理解できないのか混乱している様子だった。

 

「ノゾミちゃん頑張ったよ。もう大丈夫やからな」

 

 正義が頭を撫でると、ようやくノゾミは自分が助かったことを実感したようだった。目に涙を浮かべながら笑顔を見せる。

 

「はい......ありがとうございます」

 

『相棒、もうじき異界が崩壊する。対策局に帰ろう』

 

「せやな」

 

 正義はノゾミを背負い、マシンにチュパカブライザーをくくりつけて跨がった。彼らが丸鏡に入ると、鬼更井駅はホタルのように優しい光を放ちながら徐々に崩れていくのだった。

 

 

 

 

 後日、正義は鬼更井駅事件など5つの報告書の作成に追われていた。喫煙スペースの中、ノートパソコンのキーボードを叩きながら吸い殻を灰皿に擦り付ける。

 

「まったく、これが一番嫌やねん! 修学旅行の感想とか書けんかったしな!」

 

『ともあれ、我々の働きで準第一級怪異が減った。その功績は後世に残しておかなければ』

 

 パソコンの隣に置かれたチュパカブライザーは誇らしげに目を光らせる。

 

「ま、そういうことにしとくか」

 

 正義は苦笑しながら誤字を消し、文章をファイルに保存する。

 

『ところで相棒、1つ疑問がある』

 

「何や?」

 

『ワープゲートのナビゲーションは正確だ。なのに何故寄り道をした?』

 

 その質問に一瞬手が止まる。

 

「お前には関係あらへん」

 

 それだけ答えると、チュパカブライザーは何も言い返さなかった。ただ黙って正義と画面を見つめている。

 

(まさか怪異を利用して邪神の力を弱めろなんて......零澤貴彦。あのおっさん、イカれてるわ)

 

 正義は内心呟き、新しい煙草に火をつける。

 

『相棒?』

 

「......何でもない。なあ、この前のゾンビ何体倒したっけ?」

 

 正義はおどけた様子でチュパカブライザーに聞き、再びキーボードを叩く作業に戻った。

 

 

 

 

 薄暗い下水道の中を、その場に似つかわしくないシスターが歩いていた。右手には黒い悪魔の銃『デビルガンライザー』、左手には白い天使の銃『エンジェルガンライザー』を持っている。その顔立ちは非常に整っており、暗闇の中でも輝きを放っていた。

 彼女は辺りを見回して何かを探していた。すると前方に白い息が吐かれているのが見える。

 

「見つけた」

 

 そう呟いて彼女は歩みを進める。その先にいたのは全身を血まみれにした学生服の怪異だった。怪異は力なく横たわり、荒い呼吸を繰り返している。

 

「まだ存在していたとは。しぶといですね」

 

 彼女は無表情のままデビルガンライザーを構える。すると銃身から黒いオーラが溢れだし、怪異に狙いが定められる。

 

「二度と立ち直れないようにして差し上げましょう」

 

『ダークショット!』

 

 トリガーを引くと、銃口から弾丸ではなく漆黒の闇のようなエネルギー弾が発射される。それが怪異に命中した瞬間、周囲一帯がより強力な闇に包まれる。

 やがて闇が晴れると、そこにはもう何も残っていなかった。

 

「あなたのを使うまでもありませんでしたよ」

 

 彼女はエンジェルガンライザーに目を向けてそう言うと、静かにその場を去った。




怪異対策局 怪異アーカイブ
No.682『チュパカブラ』
日本の⬛️⬛️村で捕獲された怪異。
比較的人類に対し友好的で、局員の1人にライダーの力を与え自らも武器となった。
別の怪異との武装も検討中。


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episode8『聖女のユーウツ1』

 鬼更井駅の事件から数日後。怪異対策局の食堂にて、涼真はコーヒーカップ片手に考え事をしていた。

 

「どうしたものか......」

 

 ここ最近、彼の頭の中にはある疑問が渦巻いていた。それはもちろんノゾミの事だ。

 邪神の影響を受けた彼女は仮面ライダーになり、これまで危険な怪異と戦いを繰り広げてきた。だが彼女の傷は自分とは違って回復力が段違いで、もはや人のそれとはかけ離れていた。

 キサライ怪異との戦いで、トゥルークに変身した彼女は致死量の出血を経験した。にも関わらず異界から帰ってきたときには健康そのものだった。ヒヒ怪異のジャイアントスイングも本来ならば両足が捥げてもおかしくない状況だった。だが彼女の脚はしっかりと繋がっている。

 

「もしかすると......」

 

 1本だけシュガースティックを入れた微糖のコーヒーを飲む。すると背後から声をかけられた。

 

「何悩んでるんや?」

 

 振り替えると、そこに立っていたのは正義だった。彼は少し遅めの昼食を取りに来たようで、持っていたトレーには醤油ラーメンと相棒のチュパカブライザーが乗っていた。

 

「涼宮......」

 

「隣ええか?」

 

「ああ、構わない」

 

 正義は空いている席に着くと、チュパカブライザーをトレーから移動させる。ライザーの前にペット用の皿を置くと、その中にパック詰めにされた輸血を入れてプラスチック製のストローを差した。

 

『相棒、いつもすまないな』

 

「かまへんかまへん。たまたま知り合いから安く買い叩けたし」

 

 正義は割り箸を割って手を合わせ、ライザーと共に好物を口にした。

 

「やっぱ醤油は最高やな」

 

「お前はいつもそれだな」

 

 涼真は呆れた口調で言う。とは言うものの、この時間に微糖のコーヒーばかり飲む自分が言えた口ではなかった。

 正義は付け合わせのサラダに和風ドレッシングをかけ、レタスを頬張りながら答える。

 

「そりゃ、この味が1番旨いからしゃあないやん」

 

 隣の相棒にも同意を求めるが、そちらはそちらで新鮮な血を堪能している最中で聞く耳をもっていない。

 正義は急いでラーメンを完食すると、真剣な眼差しで涼真を見つめた。

 

「それで、何考えてたんや?」

 

「実は......神戸ノゾミのことなんだが」

 

「あー、ノゾミちゃんな。どうかしたん?」

 

「お前も気づいているだろう。彼女はもはや邪神の力を与えられたという次元ではない。明らかに影響を受けすぎている」

 

「......せやな」

 

 少し間を置いて正義は同意を示す。そして空の器に目を向けたまま黙り込んでしまった。

 

「どないするつもりなんや?」

 

「......まだ、決まったわけじゃない」

 

「せやけど、いつかはその時が来る。相手は邪神やで? 殺生石が集まるのも正直期待はできへん」

 

 対策局は、世界各地に怪異に関する情報網を張り巡らせている。そこから発見された怪異の調査、確保、討伐及び隠蔽の指示を判断している。

 しかし殺生石を持っている第一級怪異はその討伐は不可能に近く、仮に力が弱まった場合でもその驚異は計り知れない。

 

「知っとるやろ? 局長はあの時みたいな惨劇を繰り返したくないんや。あの人の正義感は暴走しとるとは思うけど、それでも倒せるかの判断はしっかりしとる」

 

「分かってる。もしこのまま力が増していくようなら──」

 

「ようなら、何でしょう?」

 

 すると涼真の前にいつの間にかシスターが座っていた。栗色の髪を揺らしながら彼女は小首を傾げている。

 

「アンナ......」

 

「今の名前はシスター・アニーと何度も申し上げたはずです。全く不愉快ですね」

 

「すまない......シスター、今日は非番じゃなかったのか?」

 

 涼真が尋ねると、彼女は落ち着いた様子で銀色のスプーンを差し向ける。

 

「あなた達が困っているようなので聞いたまで。それに私もあの子に興味がありますから」

 

「そうか。助かる」

 

「いちいちイラつかせないでくれます? 暴れたくありませんので」

 

 そう言って彼女は手を合わせると、トレーに置かれた真っ黒のカレーを食べ始めた。

 

 

 

 

(ダメだ、全然集中できない)

 

 ノゾミは自室で机に向かっていた。対策局がバックについた通信校のレポートを進めている中、ペンを持つ手を止めてため息をついていた。

 レポートが進まない原因は分かっている。時折押し入れからこちらを覗いてくるわらしの存在だ。彼はノゾミのことが心配なのか、事あるごとに顔を出してくる。

 電気スタンドを消して立ち上がると、押し入れの襖を勢いよく開ける。案の定わらしは不安そうな表情でこちらを見つめていた。

 

「大丈夫だから、いちいちこっち見ないで」

 

「でも......」

 

「お願い」

 

 ノゾミが強く言うと、わらしは渋々といった様子で引き下がった。

 

(でも、やっぱりおかしいよね......)

 

 ノゾミは自身の身体の変化に気づいていた。あの時キサライ怪異に致命傷を負わされたのにもかかわらず、外傷も見当たらないほどに回復している。

 加えて、最近妙に感情的になっている気がする。父親の姿を真似られて怒りは湧いたものの、今までの自分ならばあんなにも狂ったりはしなかっただろう。

 

「どうしたんだろう私......」

 

 頭を抱えてそう呟く。その時だった。

 コン、コココン。入り口の襖を叩く音が聞こえる。ふと壁の時計を見ると既に夜の9時半を回っていた。

 

「はい、どちら様ですか?」

 

 そう言いながら襖を開ける。そこに立っていたのはアニーだった。彼女はノゾミの顔を見て驚いたように目を丸くする。

 

「あら。子供はもう寝ていると思いましたが」

 

「あの、どちら様ですか?」

 

「失礼。私はアニー、同じ仮面ライダーといえば話が早いでしょうか」

 

「あ、ああ......!」

 

 ノゾミはすぐに彼女の正体を理解した。同時に、彼女の現れた理由も何となくだが察しがつく。

 

「もしかして怪異ですか?」

 

「いいえ。あなたのことについてお話ししたいことがありまして」

 

 アニーは靴を脱いで部屋に上がり込むと鋭い視線をノゾミに向けた。

 

「単刀直入に聞きましょう。あなたは誰です?」

 

「......どういう意味ですか?」

 

「そのままの意味ですよ」

 

 アニーはさらに近づいてくる。その瞳には強い光が宿っており、直視できないほどに輝いていた。

 

「私は神戸ノゾミです」

 

「すみません、質問を変えましょう。あなた最近感情的に行動していませんか?」

 

「それは......」

 

 図星だった。確かに最近の自分の行動は明らかに以前と異なっている。

 

「心当たりがあるようですね」

 

 彼女はさらに歩みを進める。ノゾミもその勢いに押されるようにまた後ずさった。

 

「あなたは邪神の影響を受けすぎています。今まさにこの時も」

 

「まさか──」

 

「まさか? あなたは自分がおかしくなっていることに気づけないほど愚かな人間なのですか?」

 

 アニーは呆れたような口調で言うと、ノゾミの首筋に手を当てる。

 

「まあこの程度なら問題なさそうですが」

 

 アニーはそう言うと足早に部屋を立ち去った。ノゾミは得体の知れない苦いものをこみ上げ、開いたままの入り口をさっと閉じた。

 

 

 

 

 翌朝、ノゾミは朝食をとるために食堂へと向かっていた。すると向かいの方から涼真とアニーが歩いてきた。2人はどこか険しい表情をしつつも、足取りを揃えて前に進んでいる。

 

「おはようございます!」

 

 ノゾミが声をかけると2人は立ち止まる。涼真の顔からは焦りが感じられるのに対して、アニーはけろっとした様子で挨拶を返した。

 

「ごきげんようノゾミさん」

 

「あの、どうかしましたか?」

 

「そうですね......クソ真面目さんには出来ない頼み事がありまして」

 

 アニーに腕を組んで睨まれると、涼真はばつが悪そうに肩を落としてどこかに行ってしまった。追いかけようとしたノゾミだったが、彼女に右腕を掴まれて引き留められる。

 

「ほう、こんなか弱い腕で戦ってきたわけですか」

 

「離してくれませんか?」

 

「まあまあそうキレないで。今夜いい中華料理を紹介してあげますから」

 

「中華料理?」

 

 ノゾミは思わず聞き返す。アニーは彼女の腕を離すと、黒い長財布から1枚のカードを取り出した。

 

「最近会員になったので、私となら一見さんでも入店できます。現地集合は嫌いなので今夜8時に桑原中華街でまた会いましょう」

 

「えっ......え?」

 

「ワープを使えばすぐです。が、時間厳守でお願いします」

 

 アニーはポンとノゾミの肩を叩くと颯爽と去っていく。残されたノゾミはぽかんとした様子で取り残され、訳もわからぬまま食堂に入っていった。

 

 

 

 

 その夜、ノゾミはマシンオボグルマーで桑原中華街にやって来た。無料の駐輪場に止めて大通りにまっすぐ向かうと香ばしい匂いが辺りに漂った。既に暗くなっているものの、通りには客引きの声が響いている。

 ノゾミは物珍しげに周囲を見回しながら、人混みのなかを進んでいく。やがて一際賑やかな通りを抜けて広場につくと、そこにアニーの姿があった。彼女はノゾミに気づくと小さく手を振る。

 

「2分12秒の遅刻です」

 

「嘘、ごめんなさい」

 

 ノゾミは反射的に謝ってしまう。どうも彼女は時間にうるさいらしい。

 

「まあいいでしょう。さて、行きましょうか」

 

 2人は向かった先は古風な中華料理の店、豚々飯店(とんとんはんてん)。入り口には店の外観とは全く合っていない可愛らしいブタのマスコットの看板がかけられており、『会員制』の文字が書かれた注意書を手に持っていた。

 アニーが躊躇なく扉を開けると、出迎えたのはチャイナドレスを着た美しい女性だった。

 

「南様、お待ちしておりました」

 

 白く透き通った肌を持つその女性は店の中に2人を案内すると、中華テーブルの椅子を引き備え付けのメニューを差し出した。

 

「本日のおすすめはエビチリになります」

 

「ではそれを2つ。あとここからここのページ全部と、デザートの杏仁豆腐。追加のトッピングは全部。小皿に分けて持ってきてください」

 

「はい......ハイ?!」

 

 女性は目を丸くして固まっている。一方アニーは動じることなく水を1口飲むと、携帯を取り出してゲームアプリを起動した。

 

「少々お待ちクダサイマセ......!」

 

 女性は慌てて厨房へ駆け出す。ノゾミは苦笑いしつつ水を飲むと、周りの目を気にしながら小声で話しかける。

 

「あの、そんなに頼んで大丈夫なんですか?」

 

「は? あなたもしかして、私があなたの分まで頼んだと勘違いしていらして?」

 

「違いましたか......」

 

「当然です」

 

 アニーは携帯の電源を切って机に置くと頭を抱える。

 

「いいですか? あなたは私の付き添い、この店で食事をする権利は認めていません」

 

「どういう理屈ですかそれ......」

 

「まあそれは後々話すとして」

 

 すると先ほどの女性店員が何往復もして料理を運んできた。寂しかった回転テーブルにはホコホコと湯気の立つ数々の中華料理が並べられ、あっという間にアニー用のコースが揃った。

 女性は申し訳程度に2人分の取り皿を置くと、深々と頭を下げてから去っていった。

 

「冷めないうちにいただきましょう。あなたは黙って待っていなさい」

 

「分かりました......」

 

 ノゾミが下を向くと、そこには光沢を放つフカヒレのスープがあった。ゴクリと唾を飲みスプーンに手をかけるが、注文した本人がそれを見逃すはずはなかった。「7000円」と呟くと、春巻きを口にしながら彼女をじっと見つめる。

 

「いや、食べませんよ! 食べません。そんな勝手に......」

 

 ノゾミは手を振って否定する。そんな間にもアニーの目の前にあるエビチリやチャーシューが無くなっていき、ノゾミの前にあったスープも彼女の前に回転して飲み干される。

 空腹に耐えることおよそ30分、デザートを食べ終えたアニーはナプキンで口を拭き手を合わせる。

 

「どれも絶品でした。もう来ることはありませんが」

 

 アニーは伝票を持って立ち上がりレジに向かった。ノゾミも肩を落としてそれに続く。

 見たことのない長さの伝票をレジに打ち、女性は淡々と金額を述べた。

 

「合計13万5800円になります」

 

「えっ?」

 

 予想外の金額を聞いてノゾミは耳を疑った。アニーはすました顔でノゾミを手招きすると、耳打ちで不吉な言葉を走る。

 

「これから私が何をしても、絶対に騒ぎ立てないでください」

 

「一体何を──」

 

 アニーは有無を言わさず女性の前に魔方陣を展開すると、そこからデビルガンライザーとエンジェルガンライザーを取り出した。アニーは2丁の拳銃を女性店員に向けるとニヤリと笑う。

 

「動くと撃ちますよ」

 

「ナ、何!?」

 

「動くなと言った」

 

 アニーはデビルガンライザーでレジスターを破壊する。店員は驚いて後ずさると、急いで店の奥へと逃げ込んだ。

 

「追いますよ」

 

「え、ちょ、待ってくだ──」



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episode9『聖女のユーウツ2』

 アニーは戸惑うノゾミの手を掴むと、引きずるようにして店の奥に足を踏み入れた。先には小さな部屋があり、そこは店の休憩室と見られた。

 部屋には他にも色違いのチャイナドレスを着た女性たちが談笑していたが、2人の姿を見ると驚いた様子で立ち上がり壁際に寄った。

 

「これ犯罪じゃないですか!!」

 

「騒ぐなと言ったのに......まあ仕方ありません、客は他にいませんし」

 

 アニーはデビルガンライザーで店員の1人に発砲する。すると倒れた店員は姿を変えて立ち上がり、他の店員たちも同じように化けの皮を剥いだ。

 

「あら、般若がたくさん」

 

「何故分かった?」

 

「異界の食べ物は強烈な中毒症状を引き起こしますからね。まあこれでも聖職者なんで効きませんでしたが」

 

「だからあの時──」

 

 ノゾミの言葉を遮るように再びデビルガンライザーの弾丸が放たれる。今度は彼女たちの足元の床に当たり、大きくひび割れる。

 

「ヌゥ......力のない怪異が生き残るにはどんな手も使うしかないんだ!」

 

「だからといって営業許可は出さないと。まあ怪異に戸籍もクソもありませんが」

 

「ウルサイ! 邪魔するなら始末してやる!」

 

 ハンニャ怪異たちはナイフを持って戦闘態勢に入る。ノゾミはベルトを取り出すが、アニーに手を横に伸ばして制する。

 アニーは銃を上腿にあるホルスターにしまうと、黒と白の2枚のコインを取り出す。そして同じ色のガンライザーにある持ち手の投入口に装填した。

 

『デカラビア!』

 

『ミカエル!』

 

 その瞬間、部屋中に黒と白の羽根が舞い散る。アニーはホルスターからガンライザーを取り出してそれぞれ構えると、正面にいたハンニャ怪異たちに狙いを定めた。

 

「変身」

 

『『怪異解放!』』

 

 トリガーを引くと、銃口から眩い光と真っ暗な闇が放たれる。光と闇がぶつかり合い衝撃波が生まれると、ノゾミとハンニャ怪異たちは大きく後方に吹き飛ばされた。

 

「あれは......!」

 

 そこに立っていたのは黒と白のボディースーツに身を包んだ、新たな仮面ライダーだった。

 

『悪魔の翼! デーモンウイング! 仮面ライダーデーモン!!』

『天使の翼! エンゼルウイング! 仮面ライダーエンゼル!!』

 

 黒い悪魔のような右半身は、まさしくダークヒーローと呼ぶに相応しい姿だ。所々に五芒星図の奇妙な刻印があり、その中心にある目はじっとハンニャ怪異を見つめている。

 一方の白い天使のような左半身は聖女のような風貌であった。白いベールに身を包まれて、腕には天使の翼を模したカッターが生成されている。

 

「仮面ライダーデーゼル。悪魔の力と天使の力、両方を持ってデーゼル」

 

 アニー改めてデーゼルは両手に握った2つの銃を構える。それを見てハンニャ怪異の1人が叫びながら向かってくる。デーゼルは左手に持ったエンジェルガンライザーでそれを受け止め、右手に持ったデビルガンライザーを相手の腹に推し当ててトリガーを引いた。銃口からエネルギー弾が発射され、ハンニャ怪異の腹部に穴が開いて爆発を起こす。

 

「グアエッ!!」

 

 ハンニャ怪異の断末魔が上がる。デーゼルはすかさず銃口を別のハンニャ怪異に向けて発砲した。その直後、息を潜んでいた他のハンニャ怪異が彼女の影から飛び出した。

 

「この目は飾りではありません」

 

 デーゼルは左腕のカッターでハンニャ怪異を真っ二つにする。そして振り向きざまに2体のハンニャ怪異をデビルガンライザーで撃ち抜いた。

 

「2、4、6、8......少し面倒ですね」

 

 するとデーゼルはノゾミの元に行き彼女のコインケースを強引に奪い取った。

 

「少しだけ借りますよ」

 

 中から赤色のコインを取り出すと、デビルガンライザーに装填して引き金を引いた。

 

「怪異武装」

 

『強化契約! もたらす災厄! デーモンサーチ!』

 

 デーゼルの右目に多機能カメラレンズが装備される。レンズの力でハンニャ怪異たちにターゲットロックすると、デーゼルは2丁の銃を使って部屋が崩れかけるほどの弾幕を張った。

 煙が晴れると、瓦礫の下から1人のハンニャ怪異がふらつきながら立ち上がる。

 

「残りはあなただけのようですね」

 

「くっ......」

 

 デーゼルが銃口を向けたその時、突然天井が崩れ落ちて巨体の怪物が現れた。エプロンと中華帽を身にまとった豚の怪物、ブタ怪異がデーゼルの前に立ちふさがる。

 

「ブヒィッ!! 従業員を傷つけるのは許さーーん!!」

 

 その隙をつき、生き残りのハンニャ怪異は弾幕で開いた壁の穴をすり抜けていく。追いかけようとするが、ブタ怪異はデーゼルに飛びかかるとお玉と中華鍋を取り出して殴り付けた。

 

「よくもオイラ達の貴重な住みかを......お客さんは明日のコースの食材にしてやる!!」

 

 劣勢に追いやられるデーゼル。蚊帳の外にいたノゾミはそれを見て再びベルトを取り出すと、トゥルークコインを投げ入れてレバーを引いた。

 

「変身!」

 

『邪神解放! フングー! ムグルー! トゥルーク!』

 

 仮面ライダートゥルークに変身したノゾミは、ブタ怪異の背中目掛けて強烈な蹴りを放つ。しかしブタ怪異の厚い脂肪に吸収されると、身震いした衝撃で返り討ちにあってしまう。

 何とか着地したトゥルークはその後も打撃を加えるが、ブタ怪異の体には傷1つつかない。

 

「全然効かない!?」

 

「正攻法で駄目なら搦め手を使いなさい......馬鹿みたいに何度も殴らないで」

 

「すみません。それなら......これだ!」

 

 デーゼルの助言を受けて、トゥルークはコインを入れ換え邪神武装をした。

 

『ニュル・ゼロツー! ニュル・スピーカー!』

 

 トゥルークの両腕に付けられたスピーカーから超音波が流れると、ブタ怪異は耳元を押さえて力を弱めてしまう。デーゼルは至近距離からブタ怪異の腹に2つのガンライザーで攻撃し、続けて頭突きを食らわせて無理やり引き剥がした。

 

「上出来です。ここは私に任せて、あなたは逃げた怪異を追いなさい」

 

「分かりました! ここはお願いします」

 

 トゥルークはピシッと敬礼すると、駆けつけたマシンオボグルマーに乗り込んだ。するとデーゼルから先ほど使ったサーチコインに加え、お礼と称して豹が描かれたコインを渡した。

 エンジンを吹かせ走り去るトゥルークを見送ると、デーゼルは立ち上がったブタ怪異にデビルガンライザーを向けた。

 

 

 

 

 トゥルークはマシンオボグルマーのコインパーキング投入口にサーチコインを装填する。するとマシンの走る道に矢印で案内が表示され、ハンニャ怪異との距離がメートル単位で確認することができた。

 

「あの角を曲がれば!」

 

 トゥルークがT字路に差し掛かった時だった。突然前の塀が砕け散り、中から巨大な影が現れる。

 トゥルークの前に現れたのは10メートル級に巨大化したハンニャ怪異だった。店で見たチャイナドレス姿とは打って変わって、熊のように強靭な肉体に野獣の尻尾が生えている。面影は顔にある般若のお面にしか残されていなかった。

 トゥルークは慌てて急ブレーキをかけると、マシンに豹のコインを投入してみる。

 

『フラウロス!』

 

マシンのマフラーが向きを変えて巨大ハンニャ怪異を見ると、そこから火炎弾を何発も発射した。しかしあまり通用しなかったのか、怪異は彼女を掴むと地面に叩きつけた。必死にもがくトゥルークの頭を握りしめると、ゆっくりと力を加えていく。

 

「くっ......放せ!!」

 

「コロスッ!! シメコロス!!」

 

 トゥルークの仮面に小さなひびが入ると、やがてそれは大きな亀裂を生む。右目部分が砕かれると、額から血を流して苦しむノゾミの目が露わになった。

 仮面が崩れかけたその時、巨大ハンニャ怪異の首を何かがかっ切った。怪異は思わず手からトゥルークを放してしまい、落下したトゥルークは受け身を取って距離を取る。

 

「平気、やなさそうやな」

 

 トゥルークの危機を救ったのはデファンスだった。すぐさま彼が投擲したチュパカブライザーが右腕に戻り、相棒と共にトゥルークに右手を差し出す。

 

「ありがとうございます! 助かりました!」

 

「お、おう。これでまた貸しが出来たな」

 

『相棒、仲間同士手を取り合うのは当然の行為だ。見返りを求めるなど言語道断──』

 

「うるさいな、せっかくええ雰囲気やったのにお前は~」

 

 デファンスはチュパカブライザーをコツンと叩くと、黒いコインを取り出して装填する。トゥルークもそれを見て同じくコインを使用した。

 

『モスマン!』

 

『チェーンソー!』

 

 トゥルークはレバーを引き、デファンスはライザーのグリップにあるボタンを押して怪異の力を解放した。

 

「邪神武装!」

 

「怪異武装!」

 

 トゥルークの目の前に魔方陣が出現し、彼女の右腕に銀色の人魂が纏わり付く。人魂はチェーンソーに変化して彼女の武装となった。

 

『ニュル・ゼロスリー! ニュル・チェーンソー!』

 

 続いてデファンスの肩甲骨辺りの部分がモゾモゾとうごめきだすと、皮膚を突き破って大きな翼が生えた。

 

『テイク・ザ・ウェポン! デファンスウイング!』

 

 2人はそれぞれの武器を構えると、巨大ハンニャ怪異に向かって飛び立った。まずはトゥルークが怪異の脇腹目掛けて斬りかかる。しかし刃が届く前に怪異はとっさにそれを避けてしまう。

 がら空きになったトゥルークの守りに、怪異は大振りな回し蹴りを放った。トゥルークはすぐさま腕を交差させて防御しようとするが、風圧に耐えきれず大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「うわぁ!?」

 

「ノゾミちゃん!」

 

 デファンスはトゥルークを抱き抱えて受け止めると、下に降ろして再び飛び立った。月光を浴びて輝く翼をはためかせ天に昇ると、急降下して巨大ハンニャ怪異の顔に爪を突き立てる。しかし怪異は首を傾けるだけでそれを交わすと、デファンスは頭から地面に墜落してしまった。

 

「痛っ......つー、バリ痛いって!」

 

『相棒、怪我はないか!?』

 

「あるけど平気。さてと......そこや!」

 

 デファンスは振り向き様に上を向いてニヤリと笑うと、翼を収納してライザーからレーザー光線を撃った。それを華麗に避けて怒りの矛先をデファンスに向けるが、直後怪異の上空からマシンオボグルマーが落ちて頭部に命中した。

 

「狙い通りや!」

 

「よくやった正義!」

 

 マシンの運転手はジンリューだった。彼はマシンから降りると、ハリオンナコインを使ってニードルガンを装備する。

 

「長かった謹慎処分......その鬱憤、ここで晴らす」

 

 鋭い針が銃口から4発発射されると、それぞれ2本ずつ巨大ハンニャ怪異の眼に命中した。失明とまではいかないものの、目を押さえて苦しむ怪異に大きな隙が生まれた。

 

「涼宮流斬撃波!」

 

『クローバースト!!』

 

 三日月型の衝撃波がチュパカブライザーから放たれ、目を押さえていた怪異の左腕を切り落とす。続けて駆け出したトゥルークがエネルギーを溜め続けたチェーンソーを怪異の右足を切り落とし、巨大ハンニャ怪異は地面に突っ伏す形になった。

 

「皆さん、とどめを決めちゃいましょう!」

 

 トゥルークとジンリューは元のコインに戻し、デファンスはまたモスマンコインを使って翼を生やした。それぞれの必殺技を発動する動作を行うと、右足にエネルギーが集束していく。

 

「龍神破天撃!」

 

涼宮流蹴撃波(すずみやりゅうしゅうげきは)!」

 

「えっ、じゃあ私は......キックエンド!」

 

 初めに駆け出したジンリューは青龍のオーラをその身に纏うと、ハンニャ怪異の顔目掛けて低空キックを食らわせる。

 

『セイリュウ! カイイバースト!』

 

 続けてデファンスはチュパカブライザーを投げ捨てると、トゥルークと共に空に飛び立った。2人は大きな的である怪異の背中に堕天し、強烈な必殺キックを放つ。

 

『イア! イア! ライダーパワー!』

 

『カイイ・アシスト!』

 

 3人の必殺技が炸裂し、巨大ハンニャ怪異は爆散して跡形もなく消滅した。

 

「よっしゃい、決まったぃ!!」

 

「ああ......やったな」

 

「やりましたね皆さん!!」

 

 3人がその場に集まるとトゥルークは右手を上げる。きょとんとしていた2人だったが、仮面越しの笑みに気づくとそれぞれハイタッチを交わした。

 

『なっ、私も中々活躍したぞ! 私も混ぜてくれ!』

 

 困惑するチュパカブライザーを拾って額にタッチしていくと、変身を解いた彼女らはいつの間にか揃っていたマシンに搭乗して丸鏡に突入するのだった。

 

 

 

 

「はあっ!」

 

 デーゼルは倒れていたブタ怪異を蹴り飛ばして壁に叩きつける。満身創痍のブタ怪異に2丁の銃を掲げると、首をかしげながらブタ怪異に問いかけた。

 

「悪魔の力で地獄に送られるか、天使の力で塵1つ残さず消え去るか。どっちがいいですか?」

 

「ヒィッ!? オ、オイラ達は親分の言う通り慎ましやかに生きて──」

 

「その言いつけが駄目なんだよ。時間切れ」

 

 デーゼルはそれぞれのガンライザーのスライドを勢いよく後方に操作してとどめの一撃を繰り出そうとした。

 

『『ラストバレット!』』

 

 ハープの音色とエレキギターの音色が組み合わさり周囲に雑音が響き渡る中、デーゼルの背中からエネルギーが溢れだしてそれぞれの銃口に集まっていく。ブタ怪異は壁をよじ登って避けようと必死になるが、膝から血が流れて動く度に激痛が走り悶絶してしまう。

 

「ダフルファイナルバスター」

 

『ダークショット!』

 

『シャインショット!』

 

 黒と白、2つの色の光線が二重螺旋状に組み合わさってブタ怪異に向かっていく。見事に光線が土手っ腹に直撃すると、ブタ怪異は青い炎を上げて意識を失う。そのまま怪異の体は灰となり、そして静かに消滅した。

 

「全く、クソ愚かな豚ですこと」

 

「お前にだけは言われたくないだろうな......」

 

 呆れ果てるデーゼルの隣には、ワープしてバイクに背を預けている涼真がいた。

 

「まぁ、クソ真面目君が何のようです?」

 

「お前が逃がした怪異を倒した。その帰りだ」

 

 デーゼルはそれぞれのガンライザーのコインを抜き取ってスライドを引くと、変身を解除してその場を立ち去る。涼真もその後に続き、2人は何事もなかったかのように裏路地を並んで歩き出す。

 涼真はノゾミから預かっていたフラウロスコインをアニーに投げ返すと、アニーは物珍しげにコインをしまいながら言う。

 

「あらまあ。あげると言ったのに」

 

「お前1人でも出来た仕事だ。なのに何故、神戸ノゾミを連れていった?」

 

「あなたには関係ないことでしょう?」

 

「そうか......彼女の様子は少しマシになっていた」

 

「なら良かった......それより、先程から視線を感じるのですけど、何かご存じありませんこと?」

 

 2人が振り返ると、涼真たちを観察していた気配は既に消えていた。警戒していた2人だったが、アニーが財布を見つつ涼真を食事に誘ったのでその場でお流れとなった。

 しかし2人を観察していた人物は、建物の屋上に移動して好奇の目を視界から消えるまで向けていた。

 観察者の男は、右手にオオカミが描かれたコインを左手に装着したグローブに装填する。そして左の手の平に拳をぶつけると、怪異の力を自身に宿した。

 

『バイディング・ウルフマン』

 

 満月に照らされたその姿はまさに狼男そのものだった。上半身は緋色の体毛に包まれており、下半身はマネキンのように白く無機質な素体を露にしている。そして何より、左手に装着したグローブ『ロストマンチェンジャー』が目を引く。

 狼の力を持った怪異『ウルフマン』は静かに笑みを浮かべた。

 

「いいねぇ。面白くなってきたんじゃないの?」

 

 ウルフマンはノイズがかった声で嬉しさを表すと、夜の闇に溶け込むように姿を消した。

 

 

 

 

「うーん、おいしい~」

 

 時刻は夜の11時を回った頃、ノゾミは食堂で醤油ラーメンを堪能していた。麺を啜ってもスープを飲んでも幸せそうに笑顔になる彼女に、向かいに座っていた正義は積み上げられた丼を見比べて苦笑する。

 

「よく食えるな。もう6杯目やで?」

 

「べ、別にいいじゃないですか! 美味しいものはいくら食べても飽きないんです。それに今日は頑張りましたし」

 

「せやなー。やっぱ若いってええわ」

 

 正義は懐の崩れた煙草の箱から1本取り出そうとすると、すかさず机に置かれたチュパカブライザーから注意が入る。

 

『相棒、今日で10本目だぞ! いい加減に減煙しないか!』

 

「ええやん、俺も頑張ったんやし~」

 

『ダメだ! 食欲減退も煙草が原因の1つ、今すぐ仕舞え!』

 

「無理! これは俺の魂や!」

 

『人の魂というのは脳細胞が作り出した幻想──』

 

 正義とチュパカブライザーが言い合いになり、食事に集中していたノゾミはライザーを手に取ると遠くに向かって放り投げてしまった。

 

「あーうるさい! ちょっと黙っててください!」

 

『なああああ!? 何故私がこんな目にぃぃぃぃぃ!!』




怪異対策局 怪異アーカイブ
No.EX-01『サーチ』
開発部が作り上げた人工怪異第1号。
約400倍のズームが可能なサーモカメラと赤外線カメラを持ち、またロック機能により遠距離での攻撃をサポートすることが可能。
No.978『一つ目小僧』の協力により完成。


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episode10『呪いのハコ』

「よし! いいよー!」

 

 そこそこ有名な動画配信者のりん子は、カメラの前でコントローラーを手に笑顔を見せていた。

 今回行っている生配信はホラーゲーム『独りの楽園』の実況プレイ。このゲームは主人公である青年がとある洋館からの脱出を目指す。途中さまざまなトラップが待ち受けていたものの、何度かゲームオーバーを繰り返しながら無事出口の鍵を見つけ出した。

 

「これで玄関を開けて脱出だね」

 

 その時だった。落雷と共に部屋の明かりが消え、ゲーム画面も真っ暗になって何も見えなくなった。

 

「停電? せっかくいいところだったのに」

 

 すると次の瞬間、ゲームの音声ではない不気味な声が背後から聞こえてきた。驚いて振り向くとベランダの方に人影が見える。

 

「まさか泥棒?」

 

 りん子は恐る恐るカーテンに手を掛けて外の様子を窺うが、そこには誰もいなかった。

 

「まあいるわけないよね。ここ4階だし」

 

 安心して部屋に戻るが、窓ガラスの向こうには確かにりん子を狙う者の姿があった。瞳を大きく見開き、赤く濡れた手を窓に置いて爪研ぎをし始める。

 しかしりん子はそんなことを気にせず、懐中電灯を探しに自分の部屋を出ていくのだった。

 

 

 

 

 怪異対策局のトレーニングルームにて、ノゾミと涼真はベルトを装着して向かい合っていた。2人はそれぞれコインを装填すると、レバーを引いて仮面ライダーに変身する。

 

「手加減はしないぞ」

 

「望むところです!」

 

 2人は同時に構えを取って走りだした。

 トゥルークは向かってくるジンリューの拳を避けつつ蹴りを入れるが、その脚を掴まれ投げ飛ばされる。空中で体勢を整えて着地すると、ジンリューがそのまま追撃しようと拳を振り上げてきた。

 

「はぁ!!」

 

 咄嗟にトゥルークは手刀で拳の軌道を逸らす。そのまま回し蹴りを放つが、それは腕でガードされてしまった。

 

「同じ手は通用しない!」

 

 蒼炎を纏ったカウンターが鳩尾に入って吹き飛ぶトゥルーク。しかしその勢いを利用して壁を蹴って飛び上がり、低空飛行したまま右ストレートを繰り出す。

 しかしジンリューはそれを裏拳で打ち払い、トゥルークは地面に叩きつけられてしまった。

 

「ぐっ?!」

 

「どうした。それがお前の本気か?」

 

 トゥルークはゆっくり立ち上がるとチェーンソーコインを、ジンリューはカマイタチコインを取り出してそれぞれ武装する。

 

 

 

 

「さっきからずっと戦ってばかりですね」

 

 トレーニングルームの上の階にあるモニタールームから特訓の様子を眺めていたアニーが呟く。隣でチュパカブライザーの刃を磨いていた正義は、その言葉を聞いて苦笑いをした。

 

「せやなー、朝っぱらからようやるわ」

 

『相棒、次は我々の番だ。この間の戦いでは隙が大きく風祭涼真のサポートがなければ──』

 

 正義はチュパカブライザーの小言を遮るように輸血の入った皿を置くと、棒付きキャンディーの包装を取って舐めはじめた。

 

「いくら素人とはいえ、あのクソ真面目君が邪神と張り合うとは......」

 

「思うとこあるんやろな。ノゾミちゃんを巻き込んだのは自分のせいやと思って」

 

 正義はどこか寂しげな表情を浮かべる。するとモニタールームに狭霧が血相を変えて入ってきた。

 

「あれ? どないしたんです?」

 

「神戸に用がある。訓練は中止だ2人とも!!」

 

 狭霧は備え付けのマイクのスイッチを付けて指示を出す。トレーニングルームにいる2人は顔を見合わせて変身を解除すると、ノゾミは大声で質問を投げかけた。

 

「どーいうことですかー!?」

 

「神戸、今日はスクーリングの日だろう?」

 

「スクーリング......あっ!」

 

 そこでようやく思い出す。今日の午後から市民センターで通信校のスクーリングがあったということを。ノゾミは涼真に礼をして部屋から飛び出すと、いつの間にか入り口に待機していたマシンオボグルマーに乗って市民センターまでワープした。

 

 

 

 

 市民センターにある食堂では昼のホームルームが終わり、今月転入してきた生徒の紹介に移ることになった。ノゾミ含め数人の生徒が席を立ち、それぞれ名前と簡単な自己紹介を話すというものだ。

 やがてホームルームが終わると、数人の生徒が彼女の元にやってきた。

 

「おっ俺は武中! 一応同じ学年なんだ!」

 

「僕は三村、これから仲良くしよう。よかったら連絡先でも......」

 

「趣味は?」

「彼氏はいる?」

「お友達にならない?」

 

 ノゾミは質問責めにあってしまい困惑する。すると人混みをかき分け1人の男子生徒が助け船を出した。

 

「おいお前ら、いきなりそんなに聞いても困らせるだけだろ?」

 

 その少年は爽やかな笑顔を浮かべながらノゾミに声をかける。

 

「俺は冬木輝(ふゆき ひかる)。よろしくな」

 

 

 

 

 放課後になり、久しぶりの対面授業から解放されたノゾミは大きく背伸びをした。ボキボキと不安になるほどの音をならしていると、後ろの席にいた輝がノゾミの肩を叩く。

 

「お疲れ。随分人気者だったな」

 

「うん......正直疲れちゃう」

 

「余程女に飢えてるんだなあいつらは。全く人間ってやつは単純だな」

 

 輝はそう言ってニヤリと笑うと、部屋の時計を見た。時刻は4時半を過ぎたところだ。

 

「そうだ、りん子って知ってるか?」

 

「デイチューバーの? たまに見るけど」

 

「そ。あいつも同じクラスなんだけどさ、今日来なかったんだよ。近くに住んでるし寄ってかないか?」

 

「そうなんだ......じゃあ私も行ってみようかな」

 

「決まりだな」

 

 

 

 

 その頃、怪異対策局の局長室には張られた弦のように空気が流れていた。零澤は部屋に招集した狭霧と三雲に話を切り出す。

 

「その時が来た。春日関のガシャドクロを討伐する」

 

 零澤は背後にあるモニター群に目を移す。彼の指揮によって、一般局員の仕事は各地の怪異の調査からガシャドクロの対策に大きく舵を切られた。

 

「討伐チームはどうなさるつもりで?」

 

「風祭と涼宮、南と......神戸。この4人で十分だろう」

 

「では現地の手筈は私が......三雲。各ライダーの武装とバインドシステムの点検を怠るなよ」

 

 狭霧はそう言うと一礼して部屋を出ていく。そのタイミングを見計らって、三雲は所持していたタブレットから設計中の武装を零澤に見せた。そこには9つのスロットが付けられた横笛が描かれている。

 

「ナインズシノブエード。これがあれば、殺生石をコインにしても力を引き出せるはずです」

 

「素晴らしい。これさえあればキュウビの力を最大限に発揮できるだろう」

 

「ただ、計算上妖力を制御する機関が現状製作不可能なんです。どれだけ見積もってもあと10年──」

 

「大事なのは殺生石の力を引き出す事だ。機能性のみに重点して続けたまえ」

 

 零澤は背を向けて冷たく言い放つ。

 

「......変わりましたね。そんなに自分が憎いんですか」

 

 三雲はそそくさと部屋を出ると、タブレットのギャラリーから1枚の写真を選ぶ。

 『仲間』と書かれた題名のその写真には、笑顔を浮かべる零澤や狭霧、三雲と他の局員達が映っていた。

 

 

 

 

 市民センターからしばらく歩き、ノゾミと輝は駅近くのマンションにやってきた。どうやらここにりん子が住んでいるようだ。

 エントランスを抜けてエレベーターに乗り込むと、2人は4階のある扉の前で立ち止まった。

 

「ここだ。あいついるかな」

 

 輝がインターホンを鳴らすが反応はなかった。その後も彼はインターホンを連打して扉を乱暴に叩いたが、向こうから声は聞こえてこなかった。

 

「うるさいんじゃい! 君たち、何やってんの!」

 

 すると2人の元にスーツ姿の男性がやってきた。

 

「俺たちりん子の同級生で、帰りがてら会いに来たんだよ。あんたは?」

 

「俺はここの管理人だ。実はそこの夢野さんの隣人から苦情があってね」

 

 管理人の男性はため息をついて隣の扉に目をやる。

 

「何度やっても反応がないなら帰ってくれないか。どうせ留守にしてるんだろ」

 

「でも彼女が行き倒れになってたらどうする? あんたもここが事故物件になるのは嫌だろ?」

 

「......玄関までだからな」

 

 輝の提案を飲んだ管理人は、鍵の束から部屋の番号が刻まれた鍵を使って扉を開けた。2人は管理人の後ろに続いて玄関に足を踏み入れる。

 

「夢野さん? いらっしゃいますか?」

 

 管理人が呼びかけてみるが、やはり反応はない。カーテンが閉められ明かりのない部屋は人がいなくなった後のようだ。

 

「ほら見てみろ。やっぱり留守じゃないか」

 

「いや、いる......!」

 

 部屋を見渡すノゾミの目の色が変わる。彼女の目には異形の怪物と、それを取り巻く不穏な空気が見えていた。すると視界が真っ暗になりノゾミは意識を失った。

 

「ちょ、ちょっと! そこの君、早く救急車を──」

 

 管理人は輝の方を向いたが、そこには彼の姿がなかった。その刹那、部屋のドアが閉められてしまう。管理人は慌てて携帯を取り出すと、画面の明かりで視界を確保する。

 彼の後ろには怒りの形相の怪物が、口を大きく開けて待ち構えていた。

 

 

 

 

「......げほげほっ!」

 

 気がつくとノゾミは部屋の中に倒れていた。周りは玄関から見たりん子の部屋と瓜二つなのだが、所々違う点が見受けられた。

 机に置かれた飲料のパッケージには見たことのない文字が書かれ、壁にかけられた写真にはりん子以外の人物の顔が歪んでいる。そして窓から見える建物と空は真っ赤に染まっていた。  

 ノゾミは知らぬ間に異界に入ってしまったのだ。

 

「確か私、輝君と一緒に......」

 

 そこでノゾミは足元にある肉塊に気づく。その正体は、さっきまで隣にいた管理人だった。

 悲鳴を上げそうになった瞬間、毛むくじゃらの腕で口を押さえられる。見るとそこには先程の化け物、ネコ怪異がいた。

 

「ニャアアアァァァ」

 

「う......むぐぅ......」

 

 ノゾミは急いでベルトを装着すると、コインを装填してトゥルークに変身した。

 トゥルークは肘打ちを決めてネコ怪異から離れる。すると彼女の足を虚ろな目をしたりん子が掴んできた。

 

「助けて......私、悪いことしてない......」

 

 か細いりん子の声を受けてトゥルークは再びネコ怪異に立ち向かう。ここは仮にもりん子の部屋を再現した異界だけあって、とても戦いには向いていない狭さだ。ネコ怪異を連れて窓から飛び降りると、翼を広げて安全に着地した。一方のネコ怪異も体をねじりながら着地する。

 訓練の時と同じく己の拳で彼女は立ち向かうが、素早く交わされてしまいなかなか攻撃が当てられない。ネコ怪異は両手の爪を研ぎ澄まし、トゥルークの隙をついて胸部を切り裂いた。

 

「があっ......!」

 

 胸を押さえて膝をつくトゥルーク。しかし身体の傷を自身の力で塞ぐと、チェーンソーコインの力を解放して右腕に邪神武装する。

 

「これならいけるはず!」

 

 飛びかかってきたネコ怪異を避けると、その右肩に刃を押し当てて一気に背中を切りつけた。ネコ怪異の傷口から黒い血飛沫が飛び、そのまま力なく倒れ伏した。

 

「やった......?」

 

「ナァァァァア!!」

 

 しかしトゥルークの頭上から新たなネコ怪異が襲いかかってくると、彼女の首筋に噛みついた。鋭い痛みが走り、トゥルークはその場で突っ伏してしまう。

 

「もう1体いたの......ああアッ!?」

 

 ネコ怪異の犬歯が深く突き刺さり、そのまま食い千切ろうとしているのが分かった。

 だが怪異の背中に黒と白のエネルギー弾が命中し、怪異の歯は無理やりトゥルークから引き抜かれた。

 

「世話が焼けますね、全く」

 

 トゥルークを助けたのは2丁のガンライザーを構えたデーゼルだった。ネコ怪異はお返しと言わんばかりに口から火炎弾を放ち、反応が遅れたデーゼルの顔にクリーンヒットさせた。

 

「アニーさん!」

 

「熱ッ......やってくれるじゃない害獣が」

 

 デーゼルは声を震わせつつも、エンジェルガンライザーでネコ怪異の両足を撃ち抜く。そして怪異が痛みに苦しんでいる内に、デビルガンライザーにフラウロスコインを装填して引き金を引いた。

 

『強化弾薬! もたらす災厄! デーモンフラウロス!』

 

 デビルガンライザーの銃口に業火のエネルギーが集めるとそれを一気に解き放つ。ネコ怪異を捉えた特殊な攻撃が着弾すると、凄まじい爆発と共に火柱が立った。

 

「グギャアァッ!?」

 

 ネコ怪異は火だるまになって地面に転がり続ける。それに追い討ちをかける如く、トゥルークがレバーを操作して走り出した。

 

『イア! イア! ライダーパワー!』

 

 トゥルークの右腕にいくつもの触手が纏わりつき、立ち上がったネコ怪異に向けて必殺の拳『パンチエンド』が炸裂する。怪異は断末魔をあげることなく、肉塊となってぼとぼとと崩れ落ちた。

 

 

 

 

「......ん? あれ、ここは」

 

 目覚めたりん子は見知らぬ天井を目の当たりにした。顔以外は包帯でぐるぐる巻きにされているが、怪異によってつけられた傷は治りかけていた。

 

「私、どうして......」

 

「気がつきました?」

 

 りん子の隣には心配そうに彼女を見つめるノゾミがいた。

 

「あなた誰?」

 

「私は神戸ノゾミです。最近通信校で同じクラスになりました」

 

「そうなんだ......でも何であなたが?」

 

「あー、その部屋で倒れているりん子さんを輝君と見つけて救急車を呼んだんです」

 

 ノゾミは苦笑いしながら半分嘘の経緯を話す。とっさに出た作り話だが、これ以上りん子にあのような目に遭わせたくないという気持ちからつい先走ってしまったのだ。

 

「でも何で私の家分かったの?」

 

「輝君と一緒にりん子さんへ挨拶に行ったんです」

 

「いや輝って誰? んー、私も物覚え悪くなった? 古参リスナーの名前すらあやふやだもんな」

 

 

 

 

 薄暗い部屋の中、1人の男がりん子の盗撮された写真片手に嘆いていた。

 

「りん子ぉ......何で死ななかったんだよ、どうして俺の思いどおりに動かないんだよ。どうして死ななかったんだよ」

 

 男はぶつぶつと呪詛を呟く。写真を投げ捨ててカッターナイフを取り出すと、錆び付いた刃を見ながら気味の悪い笑みを浮かべた。

 

「そうだ、もう直接殺すか。面倒だしな」

 

 その時部屋の扉が開かれ、外から上半身を鋼の装甲で纏った竜人『クエレブレ』が現れた。左手にはロストマンチェンジャーが装着されており、スロットには竜が描かれたコインがはめられている。

 クエレブレは立体パズルのような箱を取り出すと、それを男に素早く投げ渡した。

 

「ちゃんとコトリバコの作成方法は教えましたよ。しかし貴方は中身を猫の死骸で代用した......おかげで計画が台無しじゃないですか」

 

「仕方ないだろ! ガキを殺すなんてリスクがありすぎんだよ!」

 

「言い訳はいりませんよ。やはり人間に頼ったのがダメでしたね」

 

 クエレブレは魔方陣から長刀を取り出す。そして勢いよく男に振り下ろそうとしたその時、突如として現れた影によってその動きが止められる。

 

「まあ待てって」

 

 そこに立っていたのは輝だった。輝は同じく装着しているロストマンチェンジャーで刃を受け止めていたのだ。

 

「ヒカルさん、なぜここに?」

 

「人間、しかもストーカー野郎を見込んで依頼した俺のヘマだよ。それにお前が動くほどの失敗じゃない」

 

 クエレブレは長刀を退けると黙って出ていってしまう。ヒカルは男の方を振り向くと有無をいわさずコトリバコを奪い取った。

 

「まあでも、成功したら嬉しかったな」

 

「えっ?」

 

「我が主の力を使うなんてさ、無礼の極みすぎんだろ。わざわざ人間を洗脳して学校潜入したのにさ......このザマじゃこいつがかわいそうだろ」

 

 ロストマンチェンジャーで箱を握り潰すと、男の前に全身の皮膚が爛れたネコ怪異が飛び出した。

 

「な、ななな何で! コトリバコは女子供にしか効かないはずだろ!?」

 

「お前が作ったのは失敗作だよ。誰でも見境なく襲うぜ、特に恨みを持つやつにはな」

 

 退路を断たれた男はなす術もなく襲われると、以前自分がしたように腹部を切り裂かれるのだった。

 その様子を見てヒカルは満足すると、木屑をゴミ箱に捨てて部屋を出る。彼の隣にはクエレブレが腕を組んで待っていた。

 

「全く、とんだ見当違いだったな」

 

「どうするんですか? 恐らく彼女は気づいたはずですよ」

 

「まだ本格的に動くには早い気がするけど、いいか。俺たちロストマンの力を見せてやろうぜ」




怪異対策局 怪異アーカイブ
No.571『コトリバコ』
既に一般人にもその製作方法と効果が知られている、恐るべき兵器。
しかしその大半は何らかの欠陥があるため失敗する事が多い。

【製作方法】
①寄せ───


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episode11『現世のカクメイジ』

 深夜0時、とある田舎の村に怪異対策局が所有する一軒家があった。不気味なほどに静かなその場所に十数台のバンが次々に停車して、黒服にサングラスをかけた局員たちが降り立つ。荷台を開けるとパラボラアンテナ状の光線発射装置を出した。

 そんな中、狭霧は先頭のバンから降り立つ。第一級怪異ガシャドクロ討伐班の現場指揮官である彼は、これから始まる戦いを前にため息をつく。

 

「まさかかのガシャドクロと戦うことになるとはな」

 

 狭霧は局員たちに指示を出すと、彼らは装置を所定の位置まで運びだして設置作業を開始した。

 その様子をヒカルが木の影から覗いている。ヒカルの後ろには長刀を携えたクエレブレが付いており、せわしなく働く狭霧たちを見て唸っている。

 

「妙な物を作ったものだ。あれでガシャドクロの動きを封じるのか」

 

 ヒカルは頷くとクエレブレの方を向く。

 

「人間にしては上出来な品物だ。本来陰陽師が使う結界を広範囲に、擬似的に再現できる」

 

「ヒカルさん、叫ぶなら今ですよ。殺生石を取られたら不味いじゃないですか」

 

「あんなもん欲しがるのは本人か物好きさ。今回のターゲットは神戸ノゾミ......まあ暇があれば奴にもちょっかいかけてみるか」

 

 ヒカルはそう言ってクエレブレの肩を叩くと、枝から枝へと跳躍しながら立ち去るのだった。

 

 

 

 

 それから1週間後、ノゾミ達4人のライダーは突然零澤に呼び出された。用件は言うまでもなくガシャドクロ討伐の任務である。

 

「あの、どうして私なんですか? 私まだあんまり戦いに慣れてないし......それに他にもライダーになれる人いるんですよね?」

 

 ノゾミは疑問に思ったことを正直に告げた。

 

「現在全国各地で怪異による被害が多発している。地方に遠征したライダーはその対応に追われここに戻ってこれない」

 

「つまりは俺たちしか投入できる戦力はいないと?」

 

 涼真の言葉に頷いた零澤は作戦の概要を説明し、彼らに決戦の地・春日関への出動を命じた。

 部屋が静まり返ると、零澤は携帯を取り出して電話をかける。相手は彼の電話に応答すると凄みのある声で釘を刺す。

 

「もう怪異退治には協力せんと言ったはずだ」

 

「そんなこと言わずにお願いしますよ。あなたの弟子では作れないものでして」

 

「笛以外に何を求める?」

 

「あなたが作った最高傑作。もちろん望むものは全てこちらが──」

 

 途端に通話が切れる。零澤は携帯をしまうと、人差し指から生み出した火を虚ろな目で見つめていた。

 

 

 

 

 対策局所有の民家には隠し通路がある。それを抜けるとさまざまな機材が揃った地下室に入ることができる。

 三雲は持ち出したパソコンに向かってキーボードを叩いた。画面に映っているのはバインドシステムの起動状況だ。

 

「よし、問題なく回線は生きてる。民間人に被害が及ぶこともない......」

 

「順調そうで何よりだ」

 

 背後から声をかけられ思わず飛び上がる。振り返るとそこには狭霧がいた。彼はテーブルに散らかった計算用のメモを退けると、コーヒーの入ったマグカップを置いた。

 

「ありがとうございます......システムの稼働に問題はありません」

 

「うむ。だが最後まで気を抜くなよ」

 

 そう言って出ていこうとする狭霧を、三雲は慌てて引き止める。

 

「これ......三男くんにどうぞ」

 

 三雲は部屋の隅に置いていた紙袋を手渡す。中には花型のゼリーが入った丸い缶が5つほど重ねられていた。

 

「最近忙しくてあまり構ってあげられてないでしょう?」

 

「お前な......手間をかけさせたな。体調崩すなよ」

 

 狭霧は紙袋を抱えて地下室から出ていった。

 

 

 

 

 今回のガシャドクロ討伐作戦は、まずバインドシステムにより周辺に結界を作り怪異の動きを封じ、その隙に4人のライダーが一斉に攻撃するというものだ。

 本来強大な妖力を持つガシャドクロにはこの作戦は通用しないのだが、近年その妖力が弱まっているという調査結果が出たのだ。

 ワープによって春日関に到着したライダーは、それぞれバインドシステムの設置場所に待機することになっていた。

 

「これが例のバインドシステム......」

 

 涼真の目の前にある装置は一見するとただのパラボラアンテナだ。ここから放たれる特殊の電波によって結界を構成し、対象物の行動を制限する。

 テントの下にいる局員の操作により、アンテナから白と黒のビームが空に放たれた。同時に遠方の3箇所からも同じく発射され、1つに交わって地上に巨大な太極図が浮かび上がった。

 

「一旦神戸の様子を確認するか」

 

 涼真はバインドシステムの起動を確認すると、停めてあったマシンオボグルマーに乗り込んだ。ハンドルを握る手に力を入れ、アクセルを回す。

 すると涼真の前に突然ヒカルが立ちはだかった。

 

「おっと、どこに行くつもりだ仮面ライダー?」

 

「なぜそれを......何者だ?」

 

「答える義理はないな。まあちょっと遊んでくれよ」

 

 ヒカルはそう言うと左手のロストマンチェンジャーにオオカミロストコインを装填した。

 

『セレクト・ウルフ』

 

 音声とともに、チェンジャーから放たれる灰色のエネルギー波が涼真の身体を貫き、後方に吹き飛ばした。

 ヒカルは左の手の平に拳をぶつけると、首の骨を鳴らして口許を緩める。

 

怪縛(かいばく)!」

 

 ヒカルの上空と足元から狼の口が飛び出して、それぞれ上半身と下半身を包み込む。それぞれが砕け散ると、涼真の目の前にウルフマンが姿を現した。

 

『バイディング・ウルフマン』

 

「お前は......まさか、あの時の?」

 

「そー。ミホミちゃんとアンナちゃんは元気にしてるかな?」

 

「減らず口を叩くな怪異が......わざわざ不利な状況で戦い挑みやがって」

 

 涼真は腰にベルトを装着し、セイリュウコインを投げ入れた。

 

「変身!」

 

『セイ! リュウ! 仮面ライダージンリュー!』

 

「怪異怪異って......俺たちはロストマン! 怪異の力を引き継いだ選ばれし人間!」

 

 ウルフマンは両手を広げておどけてみせるが、送られたのは右腕から放たれた蒼炎だった。ウルフマンがそれを回避したのを合図に戦いの火蓋が切られる。

 2人が走り出して同時に回し蹴りを入れた瞬間、衝撃波が広がり一般局員が数名吹き飛んだ。

 

「また犠牲者を出したな!」

 

「黙れ黙れ黙れ!!」

 

 涼真は再び拳を振るう。拳が空を切ると、目の前にウルフマンの姿がなくなっている。直後、背後から上がる悲鳴と殺気を感じ取ったが、振り返ろうとした時にはウルフマンに首を掴まれていた。

 

「ほんとノロマだな。見てみろよあの惨状を」

 

 いつの間にかパラボラアンテナは破壊されており、特殊拳銃を構えていた残りの局員たちは首をねじ切られて木の枝に吊るされていた。

 怒りと悲しみに飲まれるジンリューの腹に強烈な一撃を与えると、地面に膝をつく彼の頭を掴んで顔を近づける。

 

「まだ1回の表、試合は始まったばかりだぜ?」

 

 ジンリューはウルフマンの顎に蹴りを入れると、立ち上がってカマイタチコインで怪異武装を施した。高速移動をして攻撃を仕掛けていくが、どれも直前に避けられるかいなされてしまうかだ。

 

「動きが単調すぎるんだよ」

 

 ウルフマンはオオカミロストコインを装填し直すと、再び拳を叩いて力を高める。

 

『イビル・ビースト』

 

 ウルフマンの周囲に黒い霧が発生し、向かってきたジンリューにダメージを与えて立ち止まらせる。

 霧は2人の前で徐々に形を成していくと、数体のオオカミの幻影となった。オオカミ達はジンリューの四肢に噛みつくと、赤く点滅して途端に爆発を起こした。爆煙が晴れると、怪異武装が解かれたジンリューがうつ伏せになって倒れているのが見える。

 

「クソ......」

 

「あれから何も成長してないな。少しは一矢報いると思っていたんだが」

 

 ウルフマンはジンリューの背中を踏みつけると、周りに広がる地獄のような光景を見て考えに耽った。

 

 

 

 

 それは4年前のこと。ウルフマンとなったヒカルに、涼真と修道服を着た少女がライダーとなって立ち向かった。しかし彼らの力ではウルフマンには敵わず、涼真は変身を解かれて倒れてしまう。

 

「残念だね。お前はもう終わりみたいだ」

 

 ウルフマンはトドメを刺そうとオオカミを呼び出し、涼真にけしかける。すると涼真の目の前に天使の風貌をしたライダーが立ちはだかり、その攻撃を一心に受けてしまう。

 

「ミホミ!」

 

 変身が解かれた少女ミホミは、服を赤黒く染めて倒れてしまう。急いで駆け寄る涼真だったが、ミホミは彼にエンジェルガンライザーを託して事切れてしまった。

 その時の涼真と重ね合わせたウルフマンは、大きく欠伸をしてつまらなさそうに口を開いた。

 

「どうやら彼女は無駄死にだったらしいな。可哀想に、こんな弱い男のために命を投げ出すなんて」

 

 ウルフマンが再びコインに手を掛けたその時、突然ジンリューの身体が蒼炎に包まれた。慌てて離れるウルフマンの前には、火達磨の状態とも取れるほどにエネルギーを解放したジンリューがいる。

 

「あいつの死は......無駄なんかじゃない」

 

「はいはい、やっと青龍の真価を出したってところか──」

 

 刹那ウルフマンの顔に渾身の一撃が叩き込まれる。ウルフマンは勢いよく回転しながら木々をなぎ倒し、数メートルも地面に引きずられて切り株に激突した。

 

「いえぇよ......がはっ、これで良いか」

 

 外れた顎を戻すとゆっくりと立ち上がる。血気迫る表情を仮面の下に浮かべて、ジンリューはウルフマンの元に一歩ずつ足を進める。

 

「化け物め......まだやるか?」

 

「当然、と言いたいところだが俺は圧勝するのが好みなんでね。ここで切り上げようか」

 

 そう言うと、ウルフマンは耳を突き破るほどに鋭く激しい叫び声をあげた。森の中の野鳥が一斉に飛び立つと、しばらくしてウルフマンの声に共鳴するように大地が揺れ始める。

 

「なんだ──」

 

 

 

 

 すると突如として地面が大きく割れ始めた。亀裂はどんどん広がっていき、ついには巨大な地割れが発生する。それに巻き込まれるようにしてジンリューの足元も崩れ、咄嗟に崖に掴みかかる。蒼炎に焼かれ続けてしまった弊害で変身が解かれてしまい、涼真は火傷に苦しみながらその場で踠く。

 

「一体何が......!?」

 

 涼真の後ろからガチガチという音が鳴り、巨大な骸骨の上半身が地上に現界する。涼真の頭上に立っていたウルフマンは誇らしげに話し始める。

 

「ガシャドクロが目覚めたんだ。俺の叫びのおかげで奴は叩き起こされたのさ」

 

 ウルフマンはガシャドクロの口めがけて大量のコインを投げ入れる。するとガシャドクロの身体から何百体もの骸骨の上半身が浮き出て、紫の雲が春日関を包み込む。

 

「今の奴は全盛期以上の力を手に入れた。完全体のガシャドクロにバインドシステムはもはや無意味だ」

 

 悔しそうに顔を歪める涼真に、ウルフマンは彼の前に何も描かれていない銀色のコインを渡した。

 

「それは神戸ノゾミへのお土産だ。よろしく伝えとけ」

 

「待て......話は、があっ!?」

 

「さあバインドシステムが使えず、ライダーが1人減った今どう攻略するんだろうな。第2ラウンドの始まりだ!」

 

 その言葉を最後にウルフマンは暗闇の中へと消えていった。入れ違いに丸鏡からバイクに乗ったノゾミが現れ、窮地に陥っている涼真を救出する。

 

「しっかりしてください! 涼真さん!」

 

 涼真は焦点の合っていない目をノゾミの方に向けると、安心したように意識を失う。ノゾミは足元に落ちていたコインを拾い、彼を背負ってバイクに乗る。

 

「すぐに運びますから」

 

「......ミ......ホミ......すまない、俺は......」

 

「......急がないと」

 

 ウンガイキョウコインを再びバイクに投入し、対策局の緊急治療室に目的地を定め発進した。

 ガシャドクロにより田園は崩壊し、ケタケタと嗤う声が響き渡る。

 人間の姿に戻ったヒカルは、クエレブレと共に山頂からその光景を眺めていた。涼真につけられた顔の傷を撫でてばつが悪そうに笑うのだった。




怪異対策局 怪異アーカイブ
No.002『ガシャドクロ』
殺生石を持つ第一級怪異。
戦死した武士の怨念の集合体であるこの怪異は、殺生石を中心に実体を造り上げている。

近年は人々の認識から外れ弱体化の傾向にある。


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episode12『操れシンジツ』

「涼真さん! しっかりしてください涼真さん!!」

 

 ノゾミは担架で運ばれる涼真に必死に声をかけるが返事はなかった。彼は全身やけどを負い、呼吸困難の危険な状態だ。

 

「なんで......こんなのって......」

 

 対策局の集中治療室に運ばれた涼真はそのまま緊急手術を受けることになった。手術中と書かれたランプが灯り、ノゾミはドアの前でへたれこむ。

 

「お願いします......どうか死なせないで......」

 

 トゥルークコインと涼真から渡されたコインを握りしめてひたすら祈る。ふと誰かの視線を感じて顔を上げると、そこには冷たい目を向けてくる零澤の姿があった。

 

「何をしている? 君の任務はガシャドクロの討伐だ」

 

「すみません......だけど、どうしても涼真さんが心配で」

 

「そんなことは関係ない。任務に戻れ」

 

 そう言って零澤はその場から去っていく。ノゾミは唇を噛み締め、春日関に戻るべく走り出した。

 

 

 

 

「涼宮流斬撃波!」

 

『クローバースト!』

 

 チュパカブライザーから繰り出される必殺の一撃がガシャドクロに飛ぶ。しかしその身体にダメージを与えられておらず、却ってガシャドクロから分離したスケルトン怪異がデファンスに襲いかかってきた。分離した箇所はまたすぐに再生し、スケルトンたちが浮き出てきた。

 

「クソッ! まともに攻撃当てられへん!」

 

『相棒! 右に避けろ!』

 

 急いで回避行動を取ると、スケルトンの軍勢がガシャドクロの腕に押し潰される。

 

「こりゃ骨が折れるってな」

 

『相棒! 冗談を言っている場合ではない!!』

 

 軽口を叩いてはいるが、状況は最悪と言ってもいいほど悪かった。ガシャドクロに何発も斬撃波やビームを放つが、全く効いている様子はない。それどころか墜ちてくるスケルトンによって徐々に追い込まれている始末だ。

 

「どうすればいい......どうすれば奴を──」

 

 隙をつかれたデファンスは、ガシャドクロのなぎ払いに巻き込まれて崖にある岩肌に叩きつけられた。埃を被ってゴロゴロと転がるデファンス。

 

「はぁはぁ......ゴホッ」

 

 咳き込みながら何とか立ち上がる。このままでは殺されるのも時間の問題だ。ガシャドクロは地べたを這いずってゆっくりと近づいてくる。

 その時、ガシャドクロの顔に向けて巨大な火炎弾が撃ち込まれる。見上げると、そこにはマシンオボグルマーに乗ったデーゼルがいた。フラウロスコインの力を使って攻撃したのだ。デーゼルはバイクで崖を降りると手招きする。

 

「助かったわほんま」

 

「それはどうも。副長のところに戻って態勢を立て直しますよ」

 

「了解」

 

 後ろに乗り込もうとするデファンスだったが、横一文字の斬撃波によってデーゼルとバイクもろとも吹き飛ばされてしまった。バイクは綺麗に真っ二つに裂かれており、それを見て攻撃した本人であるクエレブレは手を叩いて笑う。

 

「素晴らしい。どうですか、私の長刀の切れ味は?」

 

「挨拶もないとは失礼な怪異ですね......クソが」

 

「おっと失礼。私はロストマンのクエレブレ、以後お見知りおきを」

 

 クエレブレは優雅に頭を下げる。

 

「なんやねんあんた? 敵か味方かどっちや?」

 

「何と言えば良いのやら。おっと、その白い銃。前の持ち主のお知り合いと言えばよろしいでしょうか?」

 

「なるほど......あんたはアイツの仲間か!」

 

 デーゼルは2丁のガンライザーを構えてトリガーを引く。無数の銃弾がクエレブレに向かうが、それらは全て彼の長刀によって防がれてしまう。

 

「ナイスショット」

 

 クエレブレは宙返りしてデーゼルの後ろに立つと、背中に裏拳を当てる。すぐさま押し倒されたデーゼルの首めがけて、クエレブレの長刀が振り下ろされる。

 隣にいたデファンスはチュパカブライザーの刃でそれを受け止めると、金属同士がぶつかり合って甲高い音が響き渡る。

 

「今のを防ぐとはなかなかやりますね」

 

「舐めんなや!」

 

 つばぜり合いの状態のままお互い一歩も引かない。力比べが続く中、先に動いたのはクエレブレの方だった。装填されたクエレブレロストコインを入れ直し、長刀を強く握りしめる。

 

『イビル・モンスター』

 

 紅蓮のオーラが左手から長刀に宿り、デファンスは徐々に押し切られていく。

 

「フフフ......」

 

「そっちがその気なら、やったろうやないかい」

 

 チュパカブライザーのグリップのボタンを長押しして、必殺技のエネルギーをもってクエレブレを押し返した。刹那彼の土手っ腹にデーゼルの必殺光線が命中した。

 尚もクエレブレは余裕をかましていたが、3人に向かって再びガシャドクロの腕が振り下ろされる。皆何とか避けたものの、クエレブレは自分もろとも攻撃してきたガシャドクロに対して舌打ちする。

 

「敵味方の区別すらついていないとは!」

 

 陥没した地面から腕が引き抜かれ、今度は標的をデファンスとデーゼルに変える。

 

「怪異に暗殺を任せるのは不本意ですが、この状況では満足に戦えそうにもありませんからね。それでは」

 

「待ちなさいッ!」

 

 デーゼルが弾丸を撃つがクエレブレは一瞬にして姿を消してしまった。悔やむ暇もなく2人に容赦なく拳が叩きつけられる。直撃を受けて吹き飛ばされた2人は、大木に激突して変身を解かれる。

 

「あかん、これどないすんねん」

 

「こんな無様な姿見せられませんね......」

 

 もはや立ち上がる力もない。諦めかけたその時、振り下ろされたガシャドクロの腕をトゥルークが受け止めた。

 

「グッ......うぅぅ......」

 

 必死に防ごうとするが徐々に押し潰されていく。それでも彼女は離れなかった。

 

「正義さん、アニーさん、今のうちに......」

 

 正義はアニーを担ぐと、チュパカブライザーに引きずられながら攻撃の範囲から離れる。次の瞬間、トゥルークはガシャドクロによって押し潰されてしまった。手が離されると変身を解いたノゾミが倒れ込む。

 

「やっぱり強い......だったら」

 

 銀色のコインを取り出すと、稲妻が走って翼の生えた海蛇が描かれる。

 

 

 

 

 山頂でその戦いを見ていたヒカルは、帰ってきたクエレブレに冷たい目を向ける。

 

「何ででしゃばるような真似をした?」

 

「も、申し訳ありません。怪異風情に栄誉を取られるのが惜しくてつい......」

 

「ここで死ぬようなやつに栄誉などあるか」

 

 恐縮するクエレブレを尻目に、戦場ではノゾミが新たなコインをベルトに投入していた。

 

『ダイブ・イン・トゥルース!』

 

「うわああああああああああっ!」

 

 ノゾミの身体から青い鱗を纏った尻尾が何本も生えて、ガシャドクロの動きを止める。尻尾からはどす黒い海水が放出され、それらが振るわれる度に彼女は苦しそうに踠く。

 

「訣別だ。お前は邪神に選ばれなかった。やはり継承者は俺のようだ」

 

 ノゾミの瞳から光が消えて、糸が切れた人形のようにへたり込んでしまった。

 

 

 

 

 暗闇の中で声が聞こえる。聞いたことのあるような気がするが思い出せない。

 

「起きなさい、ノゾミ」

 

 ふと意識を取り戻すと、目の前には純白のドレスを着た女性が立っていた。ノゾミと彼女は真っ暗な空間に身をおかれている。

 

「ここはどこ?」

 

「ここはあなたの深層心理。私たちは魂だけの存在になっているわ」

 

「魂......あなたは一体──」

 

「そう、だから落ち着いて聞きなさい。これからあなたが選ぶ選択を」

 

 彼女がそう言って両手を広げると、そこには2つのビジョンが映し出された。

 1つは見たことのない姿のトゥルークとして戦い続ける道。もう1つはガシャドクロの攻撃でベルトが破壊され、邪神の呪縛から逃れる道。

 

「こんなの......決まってる」

 

 ノゾミは異形の自身を指差した。女性は目を丸くしてもう1つの道を消して、代わりにベルトを掴んだ。

 

「本当にそれでいいの? 戦いから解放されて、普通の人間に戻れるチャンスだとしても」

 

「それでも私は戦う。ここで逃げたら正義さんとアニーさんが殺されちゃう」

 

「そう......変わらない、いや変えられないのね。あなたの意志は」

 

 

 

 

 ノゾミから生えた数多の尻尾は2つに集合し、翼のような形になって彼女を包み込んだ。その衝撃で海か晴れると、そこにいたのは身体中に青白く輝く鎧を纏い、頭部がサメを模したマスクで覆われたトゥルークだった。

 

『マニピュレイト・ザ・トゥルース!』

 

『トゥルークリヴァイ!』

 

「何でお前が使えるんだ......あれは、俺にしか使えないはずだろ」

 

 ヒカルの顔に動揺の色が浮かぶ。一方でトゥルークはベルトに手をかざし、そこから片刃の剣『トゥルークカリヴァー』を取り出した。

 彼女の目が青く光ると、ガシャドクロの四方八方にトゥルークの分身体が現れる。本体が駆け出すと共に一斉にガシャドクロに飛びかかると、身体についたスケルトン達を斬りだした。

 

「な、何人おんねん......」

 

『その数50......だが、あれだけのエネルギー体を長時間維持できるとは』

 

 伝承通りの姿に戻されたガシャドクロ。分身は水となって溶けると、体積を増してガシャドクロの周囲に水柱を形成した。本体は上空から急降下しながらトゥルークカリヴァーのスロットにコインを装填する。

 

『トゥルーク!』

 

 音声が鳴ると、トゥルークカリヴァーの刀身が緑に染まる。水柱に突入すると、ガシャドクロの右肩に狙いを定めて勢いよく振り下ろした。

 

「はぁっ!」

 

『ワンスブレイク!』

 

 緑色の衝撃波がガシャドクロの右腕を切り裂く。

 

「まだだ!」

 

 ホルダーから飛び出したコインが次々にトゥルークカリヴァーに装填され、さらに強大な力を引き出していく。

 

『サーチ! スピーカー! チェーンソー!』

 

 4枚分のエネルギーがトゥルークカリヴァーに流れ込むと、刀身が不可思議な形状に変化する。そのままガシャドクロに残された四肢を一気に切断する。

 

『カルテットブレイク!』

 

 支えを失い水から解放されたガシャドクロが泥の大地に投げ出される。水の幻影はトゥルークの背中に吸収されていく。

 

「これで最後だ......!」

 

 トゥルークカリヴァーを投げ捨てると、ベルトのレバーを操作して必殺技を発動させた。

 

『イア! イア! リヴァイアサンストライク!』

 

 トゥルークの右足に莫大な量の水が集まり、巨大なサメの頭になる。急加速して放たれるトゥルークのキックは頭蓋骨を砕き、ガシャドクロは断末魔を上げて爆散した。

 トゥルークは地面に降り立つと変身を解除した。その瞬間に波のように押し寄せる吐き気に襲われ、口から海水を吐瀉してしまう。

 

「ノゾミちゃん!?」

 

「あなたしっかり!」

 

 正義とアニーは肩にノゾミの手を回して支える。

 

「ありがとうございます......何とか倒せました、ガシャドクロ」

 

「やったな......大金星やでほんま!」

 

「まんまとおいしいところだけ取られましたね」

 

 3人が勝利の喜びに浸っていると、上空からひし形の石が降ってきた。石はノゾミの足元に転がってキラリと光る。

 

「これは......」

 

「それが殺生石だ」

 

 彼らの後ろには武装した局員を連れた狭霧と三雲がいた。

 

「殺生石は僕が回収するよ。色々と調べないといけないからね」

 

 三雲は受け取った殺生石をケースに保管すると、正義たちと共にノゾミを介抱しながら対策拠点に戻っていく。

 

「まだ1体......どれだけ犠牲が出るんだ」

 

 狭霧と局員の目の前には誰とも知れぬ人骨の数々と、湿った土に燃え続ける炎といった奇妙な光景が広がっていた。

 

 

 

 

 薄暗い路地裏、トゥルークの戦いを見届けたヒカルは顔をひきつらせていた。

 

「まさか俺以外に継承者がいたとはな......」

 

 ノゾミが新たな姿に変身した時、彼は驚きのあまり言葉が出なかった。自分しか使いこなせないと思っていた力を、彼女は引き出して見事ガシャドクロを倒したのだ。

 

「クソッ!」

 

 苛立ちを抑えきれずに壁を殴ると、拳に痛みが走った。血の滲んだ手を睨み付けているヒカルに、室外機の上に立っていたクエレブレが呆れたように話しかける。

 

「何をやっているんです、ヒカルさん」

 

「......殺す必要はまだない。そう焦るな」

 

「分かりました」

 

 クエレブレは室外機を伝ってその場から去っていく。1人残されたヒカルは朝焼けに包まれていく空を見上げた。

 

「まさか......あいつもロストマンか」

 

 小さく呟いた彼の顔には、どこか寂しげな表情が浮かんでいた。

 クエレブレが消えて静まり返った路地裏に、今度は別の人物が現れる。

 

「こんなとこにいたんだ」

 

 黒いパーカーを羽織ったその少女は、猫のように瞳を細めて苦笑いする。

 

「久しぶりだなウィッチ」

 

「その名前で呼ぶのやめてよ」

 

「じゃあレイナちゃん」

 

「ちゃん付けもやめて」

 

 レイナと呼ばれた少女がフードを脱ぐと、黒髪のポニーテールが現れる。彼女の左腕にはもちろんロストマンチェンジャーが装着されていた。

 

「仲間外れはあんたの嫌いなものじゃなかった?」

 

「悪かったよ。それで勧誘はどうだった?」

 

「失格。ほんとに私達以外の適合者はいるの?」

 

 レイナは不満そうな声で話す。その問いに対して、ヒカルはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「必ずいるさ。我が主は俺たちを見捨てたりしない」

 

「ふーん......」

 

 レイナは興味なさそうに返事をして、携帯に視線を逸らした。




怪異対策局 怪異アーカイブ
No.???『リヴァイアサン』
現在調査中。


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