イクリプス・ワールド  終末世界、生き抜いてみませんか? 《挿絵あり》 (南波グラビトン)
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Beyond the Wall of Sleep
1話


 

 

 

 

 奴らが来る。

 

 俺は、殺された武装警官から拝借した電磁突撃銃(レールライフル)の薬室を覗き込み、黄金色(こがねいろ)の銃弾が内部へと込められている事を確認した。

 

 幸運な事は、俺が現役のPMCであり、こういった状況には多少の免疫がある事だ。

 幸運な事は、顔面蒼白な人間を過積載したこのバスに、頼れる仲間達が乗っている事だ。

 幸運な事は、奴らを殺すのに銀の弾丸は必要なく、普通の鉛玉でも十分に死んでくれる事だ。そして、それ以上にクソッタレな事はーー

 

 

「チクショウめ……コイツらは一体、どこから湧いて来たんだよッ……!?」

 

 

ーーおそらく今日が、世界で最も人が死ぬ日になる事だ。

 

 

 

 

 何もかもが酷い事となった。

 今日は平和な休日で。いつも通りの日常で。

 東京の街を歩く人々の顔にも、笑顔や平穏が満ちていた筈なのに。だというのに、10分と少し前。突然。大気がドクリ、ドクリと地鳴りの様に脈動したかと思えば。

 

 

ーー東京に、いや世界に、本物の狂乱が溢れ出したのだ。

 

 

 美しかった青空は、爛れ泡立つ錆色の泥空へと瞬時に塗り変わり。空を割って舞い降りたビル並みに太ましい玉虫色の触手たちが、戯れに触れた地上の生命や建造物を一撫でで無に還した。

 

 破滅的な混乱。

 四方八方から叫び上がる悲鳴と断末魔。

 

 血走った数百もの大眼が、蠢く泥空へと咲き乱れたのを覚えている。

 

  狂気染みた眼圧にて。デタラメに逃げ惑う地上の人々を監視するソレは、涙でも零す様にタールめいた雨を降らせーー落ちた黒雨は地上で蠢き、醜悪な化け物へと形を変えていった。奴らは歓喜を露わにして、人々の腹に、首筋に食らいつき……

 

 正直な所、起こった狂気の全ては覚えていない。

 

 だが、ほんの数分で地上が地獄に模様替えした事は確かで。政府が発令した非常事態宣言に意味が無い事は、誰の目から見ても明らかだったと思う。この、パンドラの箱をひっくり返したかの様な狂乱を、神様以外の誰に治められようか?

 

 

 

「リロード! 次で最後のマガジンだッ!!」

 

 当然。

  神など居ないので自分でどうにかするしかない。

 

 仲間に呼びかけた俺ーー村雨刀也(ムラサメ・トウヤ)は、空になった弾倉を車内に捨てリロードした。地下へ地下へと。下り坂のトンネルを猛烈なスピードで逃げ走るバス。ガタガタと揺れる後部座席から銃身を突き出して、セミオートで丁寧に奴らを撃ち抜いていく!

 

 ヴンッ! ヴヴンッ!!

 

 独特の射撃音。電磁加速された鉛玉の威力は十分で、バスへと追い縋る『三つ目で六本足の黒狼』どもの顔面を穿ち、脳髄を存分にシェイクし爆ぜさせた。

 

 トンネルの下り坂を転がり倒れふす奴らを見て、隣の先輩がヒュウと口笛を吹く。

 

 

「トウヤ! ナイスショットだ! 生きて【エデン】に着いたら一杯奢ってやるぞっ!」

「そらどーも! ですがまだ17なんで! 気持ちだけ受け取っておきますよッ!」

 

 

 怒鳴る様に返事をし戦意を昂ぶらせた。

 

 奴らは何だ?

 テロか、他国のバイオ兵器か、映画みてーな宇宙からの侵略者なのか。何1つ分からない。それでもーー俺に出来る事は1つだけだった。振り返る。飛行機が墜落する直前みたいに、バスの座席で震え縮こまる一般人達の顔を見渡していく。

 

 

「神様、神様……!」

「誰か鎮痛剤か何か持っていないかッ!? 娘が大怪我をしているんだッ!!」

「あぁああぁあッ! 殺さないで頂戴ッ! お願いっ、お願い、助けて誰か……」

 

 

 混迷し、グチャグチャの遺書を書き、泣き喚く人々。 

 

 彼らを助けねばと、強く心に誓いあげる。

 

 地上の地獄で助けきれなかった命。

 目の前で潰えた多くの命。

 だからせめて、このバスに乗った人達くらいは【エデン】へとーーこの、螺旋状の下り坂を描く長大な地下トンネルを下りきり、『地下2000mに作られた高級リゾート街』へ避難させねばと、固く歯を食いしばった。

 

 

 銃を握り直す。

 千切れんばかりに神経を逆立たせ、バスの後方を監視し続けーーふと、目が止まった。思わずソレに視線を引き寄せられる。

 

 

(…っ! アレは…!)

 

 

 一台のスポーツカーだ。

 黄色い車体に『目の無い醜悪な白猿』どもを引っさげ、危険な程のスピードでエンジンを唸らせている。奴らを振り落としたいのか、右に揺れ、左に揺れ……クラッシュ。トンネルの壁へと派手にぶつかり、独楽みたいにスピンして停車しちまった。

 

 

 ボンネットから立ち昇る白煙。

 どうにも……動きそうに無い。

 反射的に、一歩二歩と足が動きーー

 

 

「待てよトウヤ。気持ちは分かるが、事故った車は助けねえ約束だろ……?」

 

 

 肩を掴まれる。PMCの先輩に止められた。

 

 当然の言葉だ。

 今の所、化け物達の多くは地上で血塗れの食卓を開くのに忙しいのか、このトンネルにはそれほど押し寄せていない。が、それも10秒後には分からねぇ。悠長にバスを止めた状態で、奴らの群れが押し寄せれば……残弾の少ない此方はジエンド。俺達はファストフードの様にパクつかれる末路だろう。

 

 そんな事は、俺にだって分かっていた。

 無茶の出来る状況じゃない。

 だが、それでも、あの車くらいならどうにか……!

 諦めきれず、体が動き、バスの窓枠に手が掛かった。

 その時だった。

 

 

「た、隊長!? 落ち着いて下さいよっ!?」

「うるせぇ! 悪いが俺はっ、行かなくちゃならんのだっ!!」

 

 

 バスの前方で指揮を取っていた隊長が、信じられない事にーー窓から身を投げた。

 

 

「ーー悪いっ!!」

「トーヤ!? オメーもかよっ!?」

 

 

 瞬間に。弾かれた様に俺も、後部座席の窓から身を投げた。コンクリの地面をバウンドし、全身へ走る衝撃に顔を顰めつつも、どうにか受け身を取って立ち上がる。

 

 隊長の命は、どうしても諦められないのだ。

 高額なローンの連帯保証人になってくれたり、仕事の初陣で死にかけた所を助けてもらったり、ピンクなお店を教えてくれたり……兎に角、受けた恩が大きすぎる。

 

 此処で隊長を見捨てる位なら、喉を掻っ切って死んだ方が遥かにマシだった。

 

 

 

「クソっ! 馬鹿トーヤ! アホ隊長を任せたぞ!?」

 

 

 遠くなっていくバスから届く仲間の必死な声。次いで、餞別だとばかりに樹脂製マガジンが2つほど飛んできた。

 

 有難い。

 地面を跳ねる一つをキャッチして、もう一つは足の甲でポンと頭上へ蹴り弾く。そのままクルリと体を反転させ、事故車に群がる白猿どもを狙い撃った。全弾命中だ。落ちてきたマガジンをパシリとキャッチして、周辺をクリアした。

 

 

 マガジンを替えつつ、隊長の元へと素早く駆け寄っていきーーバチンッ!! 

 

 

「痛っ…てぇな!?」  

 

 唖然とした表情で俺を見ていた隊長の禿頭を、パーで思いっきりシバいてやった!

 

 

「気持ちは分かるが加減しろよっ!?」

「これくらいは当然ですってッ! ですがまぁ! 俺は気の良い奴なんでッ、今の一発で勘弁してやりますよ!!」

「自分で言うのか!? だが……いや、正直助かる!」

「そうでしょう! だけどどうしてこんな無茶をっ!?」

 

 

  車のボンネットに荒々しく銃身を委託し、地鳴りと共に押し寄せてきた化け物共の先鋒に鉛玉をプレゼントしながら、そう叫び問いかけた!

 

 

 

「そ、それはだなぁーー」

 

 

 バツが悪そうに、隊長がそこまで言葉を返した時。

 

 奴らの最後方に、一際大きな化け物が垣間見えた。瞬間に、爆炎と轟音。傍のコンクリに何かが着弾し、激烈に爆ぜ、10m以上は吹き飛ばされ転がる俺。

 

 

(っ、クソったれめ……!)

 

 

 呻き声と共に、悪態が零れ落ちる。

 チカチカと明滅する意識の中。どうにか地面に左手を付き、舞い上がったコンクリ片の晴れた先を見ればーー奴らの最後列に、直視に耐え難い化け物を目視した。

 

 

ーーまるで、神話上のケンタウロスを悍ましく変異させたかの様な化け物だ。

 

 

 6本の馬脚に赤黒いゴム質の体躯。腹部には歯茎が剥き出しの醜悪な大口が付いていて、厭らしく口角を上げ嗤っている。触手の様な右手には儀礼染みた大剣が握られており、左の触手は大砲みたいな形状を取っていて……確信した。

 

 奴が俺を撃ったのだろう。

 揶揄う様な調子で、砲口の先をチラチラと此方に揺らしていやがってーー

 

 

(ーーだが、舐めてくれるのは有難いな。この隙に……!)

 

 

 ノイズの入る視界。

 それでも兵士の本能で、目の前に落ちた銃へと手を伸ばした。

 が、掴めない。

 いやーー俺の右腕が無い。嘘だろ。見れば、肘から先が嘘みたいに消し飛んでいた。信じたくない現実に思考が固まり、息が止まり、

 

 

「tOうY!! だij@bKあ!?」

 

 

 隊長の叫び声が響く。  

 聴部集音パーツもイカレたのか、不快なノイズにしか聞こえないが、ともかく体は突き動いた。無事な左手で銃を掴んで、ソレを返事代わりにぶん投げる。受け取った隊長が素早く射撃し、押し寄せていた化け物達が寸での所で死体となった。

 

 一先ず、命は拾い上げたようだ。

 車の影に滑り込んだ俺はボンネットに最後のマガジンを置き、深く息を吐き、車中の怪我人に『大丈夫か?』と声を掛け……そこで初めて、今回の救助者の顔を見た。 

 

 

ーー美しい黒髪が特徴的な、チンマリとあどけない幼女がそこにいた。

 

 

 この子が車を走らせていたのか、すげぇ、素直に感心する。

 その幼女はボロボロと大粒の涙を零しながら、俺の事をーー正確に言えば、配線が飛び出て火花が飛び散る俺の右腕を、グズグズの顔で食い見詰めていた。大丈夫だと、ヘラリと笑いかけてやる。

 

 無事な左腕でその子の頭を撫で、守る様に抱き締めた。

 

 だがーー俺にはもう、出来る事が無い。

 だから、せめて、ただひたすらに希う。

 

 

(神様。さっきはいないと断言したが、やっぱり何処かに居てくれよ……)

 

 化け物が押し寄せる地獄の底で、そう祈り続ける。

 

(俺と隊長はともかく、この子の最期が化け物に踊り食いってのはあんまりだろうが……)

 

 それでも助けはまだ来ない。

 苦痛の中でこの子が死ぬくらいなら、せめていっその事……! 懐のプラズマグレネードに手を伸ばした。その時だった。

 

 

「To6うQ!  kたz}!!」

 

 唸り狂うエンジン音。助けの福音。

 1台の堅牢な軍用車が、化け物の前線をブッチギリ此方へ力強く駆けてきた。

 

 

「…!!」

 

 隊長と目線を合わせ、互いの意思を確認し合う。

 それしかない。

 あの車に飛び乗るしかないと頷き合い、即座に銃を放り捨てた隊長が、幼女を小脇に抱え込んだ。互いに全力で後方へ駆け出していく。トンネルは急な下り坂だ。走ればグングンと加速していき、車との相対速度を出来るだけ近づけてーーゾワリと背筋が泡立った。

 

 

 後ろから走り来る軍用車。

 その更に後ろにーー砲先を車へと正確に照準した、件の化け物の姿を目視したのだ。腹部の大口が、耐えきれないとばかりに喜悦を滲ませている。止める間もなく、その砲口が、危険な光を放ち始めーー

 

 

「ーー」

 

 前を走る隊長が突然、急ブレーキを掛けて化け物の方へと反転した。

 すれ違いざまに幼女を押し付けられる。

 猛烈に走る嫌な予感。

 しかし俺が止めるよりも遥かに早く、歯を食いしばって獣の様に吼えた隊長が、軍用車と砲口との射線上へと割り込む様にダイブしてーー敵弾が直撃。粉々に爆ぜ散り……刹那の出来事、一つの命が終わった。

 

 終わったのだ。

 

 隊長は、脱出手段である車を庇って……あまりにも、呆気の無い別れだった。俺は呆然とする。心を裂かれる。まだまだ話したい事も、教えて欲しい事も、返したい恩も積もる程にあって。だがもう、その機会は二度と訪れない。

 

 絶望。無力感に包まれ、膝の力が抜けーー

 

 

(ーーまだ、まだだ……!)

 

 

 終われないと思った。 

 胸中で大泣きする幼女。

 しかと抱き締め、欠けんばかりに歯を食いしばる。

 終われない。

 隊長から受け取ったこの子、この子を助けなきゃ死んでも死にきれない……!

 感情が灼け付き、狂おしい程の執念が胸に満ちていく。

 軍用車が俺を追い抜く直前。

 背中を押し出す様にして幼女を放り投げーー完璧だ。粉々に割れたサイドガラスを通し、後部座席へと上手く幼女を投げ入れた。

 

 これできっと、あの子は助かるだろう。

 

 そしてーー俺は、ここで死ぬのだろう。

 

 

「ぐぅ……!」

 

 派手に転んだ。

 なにせ、片手が吹き飛んでいる状態で、砲丸投げの様に幼女を投げ入れたのだ。当然の様にバランスを崩した俺はコンクリの下り坂を空き缶の様に転がって、転がって、ようやっと回転の勢いが止まって。遠ざかっていく軍用車を、ノイズの入る視界で見送りーー人生を振り返る暇もない。

 

 ドタッドタッという奴らの足音。

 死神のお迎えだ。

 反射的に、懐のプラズマグレネードを手で探って、ちゃんとある事にホッと胸を撫で下ろした。マジで、踊り食いだけは勘弁だった。

 

 

(……ま、やれる事はやったよな)

 

 

 自分を慰め、息を吐き、どうにか笑って見せる。ピンを引き抜き、あの幼女の幸運を祈って、レモンでも齧る様にソレを咥え込んだ。

 

 隊長に、逢いに行こう。

 

 1秒、

 2秒と、

 魔術めいた時が流れーーカチリという作動音。

 

 

 圧倒的な熱量が口内で弾け溢れ、意識が、消失していく。

 

 



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ReBoots
2話《挿絵あり》


 ラスベガスを模して創られた、地下2000mの高級リゾート街。

 

ーー『レッカーズエデン』

 

 ネオンの光と独特の熱気が満ちる、世界最大規模の地下歓楽街だ。気温は地下故に、年間を通して30度から変わらず。所々に弾痕が穿たれた大理石の歩道には、南国の香り溢れるヤシの木たちが整然と立ち並んでいる。

 

 

「じゃあユキナさん、護衛の依頼は此処までネ。後のことはどうするデスカ?」

「手筈通りにお願い。場所はそっちが指定して」

「OKデスダヨ」

 

 

 そんな歓楽街を足早に歩いていた、制服姿の美少女。ユキナは、念の為と雇った護衛たちに短く謝意を述べた。胸に抱えた銀色のジュラルミンケースを、ギュっと強く抱き締める。

 

 中に入っているのは、大切な恩人の【ソウルボックス】だ。

 

 10年間、ずっと探し続けていた大切なもの。これを手に入れる為に眩暈のする様な大金をユキナは(はた)いたが、少しも後悔はないと確信していた。胸の高鳴りを抑え、エレベーターでホテルの3階に昇る。

 

 高級ホテルの様な一室にて、角砂糖ほどの【ソウルボックス】を恭しく取り出して、ジッと眺めーー傷が無い事を改めて確認。

 

 ホッと息を吐き、ユキナはポツリと独り言ちる。

 

 

 

「お待たせトウヤ。あの時は本当に……本当に、ありがとうね」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 眩い光。

 視界は白に染まっていた。

 脳内のCPUがカリカリと音を立てている。

 

 俺は誰だ。此処は何処だ。記憶がグチャグチャに混濁し、唸る様な叫びを捻り上げた。溺れかけの人間みたいに手足を振り回す。全身が強張る。何もかもが怖い。

 

 

「落ち着いて」

 

 心身がバラバラに混迷する中。パシリと右手を誰かにキャッチされた。ギュっと優しく握られる。暖かくて、縋る様にその手を強く握り締めた。

 

 喘ぐ様に息を吸って。

 吸って。

 むせて吐く。

 

 だが耳元で、大丈夫、大丈夫と静かに囁かれ続け……どうにか、呼吸を落ち着かせた。徐々に記憶が連結していき、システマチックな文字列が視界を埋め尽くす。各種プロセスが自動で処理され、真っ白だった視界が正常にリカバリーした。

 

 

ーー瞬間に。至近距離で映り込む美少女の顔。

 

 

 年の頃は俺と同じくらい、つまりは女子高生だろうか? 

 

 端正な顔立ちと、腰まで伸びた美しい黒髪。ブレザーとスカートという標準的な制服に身を包んでいて。涼しげな瞳は赤と青の二色で彩られていた。

 

 オッドアイというやつだろう。綺麗な瞳だな……。

 

 

「おはよう。声は聞こえる?」

 

 ボンヤリと見惚れていたら、凛とした声色で尋ねられた。寝かしつけられていた肌色のソファから怠い体を起こし、高級ホテルの様な一室を見渡す。どうにか口を開く。

 

 

「……聞こえるぞ」

「貴方の名前は?」

村雨刀也(ムラサメ・トウヤ)だ……」

(ボディ)や記憶に違和感はない?」

「無い。無いんだが少し待ってくれ……まず、此処は何処でアンタが誰なのかを教えてくれねーか……?」

 

 

 兎にも角にもそう問いかけた。なにせ寝起きで、俺は死んだ筈で、起き抜けに見知らぬクール系美少女だ。流石に頭が混乱してしまう。

 

 俺は中卒で、日本唯一の民間軍事警備会社ーー『バンガランズ・セキュリティ&プロテクション《BSP》』に入社した人間なのだから……どう記憶を引っくり返しても高校には通っていないし。必然、こんな美少女JKの知り合いが居る筈も無い。

 

 そのはずだ。

 全く持って状況が理解できなかった。

 

 

「ここが何処か当ててみて」

 

 軽く混乱していたら。俺の隣に静かな物腰で座った彼女にそう問われた。逸る気持ちを抑えて、少し考える。

 

 

「天国」

「ハズレ」

「地獄か?」

「貴方はそれでいいの?」

「なら……その、なんだ、もうJKリフレくらいしか思いつかないんだが?」

 

 

 ピシリと頭をチョップされた。幸せな心地。

 困ったように苦笑され……マジで可愛いな。静かで、表情の振り幅は少ないが、理知的な優しさを滲ませた女の子だ。信頼できる人間だと、理由は無いが直感した。

 

 そんな彼女が、(おもむろ)に正解を告げ始める。

 

 

 

「此処は『レッカーズエデン』。私の名前はユキナ。10年前、世界が崩壊した日にーー動かなくなったスポーツカーにいた幼い私を、貴方は命懸けで救い出してくれた。と言えば思い出してくれる?」

 

 

 

 世界が崩壊した日。最期に助けた幼女。

 ……っ! マジか! 

 目を見開く。確かに……面影が残っていたっ! 

 

 腰まで伸びた美しい黒髪だとか、聡明さを伺わせる瞳の光だとか、そういう所だ!  滅茶苦茶に嬉しい! ヒーローを志す人間としては感無量であった。命懸けで助けた人に、こうやってまた会える。これ以上に素晴らしい瞬間があるだろうか?

 

 しかも、しかもだ!

 10年もの時が流れたにも関わらず、俺がこうして生き返ったという事は……

 

 

「マジでありがとな! ユキナさんが」

「ユキナでいい」

「そうか。で、ユキナが、俺の【ソウルボックス】を回収してくれたんだな?」

「うん。私がこうして生きてるのは、貴方の献身のお陰でもあるから……ずっと、貴方にお礼を言いたかったの。あの時は本当に……本当にありがとう」

 

 

 深く頭を下げられた。

 構わねぇ。あれはその場の成り行きであったし、しかもこうやって生き返ったのだ。神様とユキナ、あと【ソウルボックス】の開発者である科学者『N』には、感謝しなきゃなんねーな……。

 

 

 

ーー【ソウルボックス】ーー

 

 

 

 人の魂の全情報が詰められた、虹色に輝く角砂糖ほどの正方体。ソレを人体から抽出する技術が開発されたのは、半世紀ほど昔。

 

 自らを『N』と名乗る正体不明の科学者が発表した『魂魄分離論』ーー人間の肉体から魂を引き剥がす手法について書かれた数百枚にも上る論文ーーそれこそが【ソウルボックス】を作る技術の根幹となっている事は、学の無い俺でも深く知るところだ。

 

 当時の宗教界からは、『生命の冒涜だ!』と猛反発を受け。

 

 しかし医療と軍事の分野から絶大な支持を受けた【魂魄分離論】は、莫大な資金援助のもと研究が進められーーかくして、21世紀後半に確立した『人格転移技術』は、人間の魂を物質化し機械の体へと共振(リンク)させる術を、人類社会に授けたと聞く。

 

 人類史の転換点であった事は間違いないだろう。

 なにせ体が壊れても【ソウルボックス】さえ壊れなければ、本当の死は訪れない時代となったのだ。頑丈で替えの利く人工物の体は、人々を事故や殺人や病気の恐怖から解き放ち……だが、そうだ。今の情勢はどうなっているんだ……?

 

 

「ーー人類の状況を聞いていいか?」

 

 脳裏にへばり付く惨劇の一幕。

 10年もの時が流れたらしいが、数分前に起こった出来事の様に覚えている。楽天家を自負する俺でも、流石に少し声色が強ばった。

 

 

「良いとは言えない。世界中の人達が此処『レッカーズエデン』みたいな数少ない地下都市に引き籠もって、地上に蔓延る化け物たちーー【パンドラ】って呼ばれている化け物達から身を隠している」

 

「そうなのか……だが、それでも、人類は生き残っているんだな……」

 

 地下に押し込められた人類の現状。

 しかしあの日の惨劇を思えば、マシな状況にも思えてしまう。ユキナは俺の心中を見透かした様に、知りたかった情報を掻い摘んで話してくれた。

 

 

・世界が崩壊した日からもう、10年もの歳月が流れた事。

・此処、レッカーズエデンは現在。強大な力を持つ【4大軍事系素体企業(ドールコープ)】によって、緩やかに統治されている事。

・地上とレッカーズエデンを繋ぐ唯一の地下トンネルは、現在通行不能となっている事。

 

 

 基礎的な情報を、簡潔に話してくれた。

 終末は訪れたが、街の治安は某世紀末ほどには悪くないらしい。ユキナを含め、街の住人の殆どが素体化しており、食糧問題には悩まされない事が大きいそうだ。

 

 素晴らしい事である。

 だが俺には、もっと気になる事があった。

 

 

「一つ質問していいか?」

「うん」

「俺は『バンガランズ・セキュリティ&プロテクション(BSP)』っていう民間軍事警備会社の人間なんだが……そういう会社の人間に、聞き覚えがあったりはしないか…?」

 

 

 恐る恐る聞く。

 俺は幸運にも、【ソウルボックス】が回収された。新しい体も与えられた。だが、BSPの仲間たちは? 隊長はどうなったんだ? 神妙に聞けばーーしかし無情にも、ユキナは首を横に振った。

 

 

 

「その……言い難いことだけど、あのバスはダメだったの。もう少し下へ進んだ所で、事故で発生した大渋滞に巻き込まれて、それで……」

 

「それで……なんだ? 皆は」

 

「早とちりしないで。死んだのは間違いないけど、【ソウルボックス】まで破壊された確証はない。勿論、今のトンネルは簡単には入れない場所で、コネとか手続きとかが色々と必要になるんだけど……実際に、あのバスに乗っていた人で【ソウルボックス】が回収された人はいるし。嘆く段階ではないと思う」

 

 

 希望の言葉。

 そうか、そうなのか……!

 

 俺はまだBSPの仲間に、もしかしたら隊長にも……俄に四肢へと力が漲る。ソファから弾かれた様に立ち上がった俺は、ユキナの細い肩へと掴かみ掛かった。

 

 

「頼む、教えてくれっ! そのトンネルにアクセスするにはどうしたら」

 

 

 ガガガガガンッ! と。

 唐突に。俺の言葉を遮る様に。数発もの銃弾がベランダの窓を叩き割って、部屋の天井に丸い風穴を開けた。次いで、何かが室内に投げ込まれ転がる音。反射的にユキナを抱き寄せ、ダブルベッドの影に転がり伏せる。

 

 ドゴンッ!!

 

 凄まじい爆裂音と衝撃波が室内に渦巻き、高級ホテルの様な一室が廃墟同然にリフォームされちまった。手榴弾だ。敵だ。何処から来る? 耳を澄ます。

 

 

 

「おぉいユキナァーッ! テメェよくも俺の子分を撃ちやがったなぁーッ!? 今からそっちに行くからっ、玄関で土下座しながらお出迎えしやがれーーッ!」

 

 

 ベランダの下。

 表通りからクソッタレな怒声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 




ユキナ、イメージイラスト


【挿絵表示】


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3話

 

「おぉいユキナァーッ! テメェよくも俺の子分を撃ちやがったなぁーッ!? 今からそっちに行くからっ、玄関で土下座しながらお出迎えしやがれーーッ!」

 

 ベランダの下。

 地上から響き渡ったクソッタレな怒声。

 

 な、何なんだよ一体……!?

 答えを求める為に、胸元へと抱き寄せていたユキナを見やった。が、彼女も気が動転しているのか、抱きしめられたまま、目を白黒させてカチンコチンに固まっており……ラベンダーの香り。

 

 

「大丈夫か!?」

「何でもない」

 

 

 頭部へのダメージを心配し問いかければ、すぐにバチリと目が合った。少し変な応答だが、問題はないようだな。制服や髪に降り掛かった埃と木屑を払い落としてやりながら、一言だけ投げかける。

 

 

「簡潔に状況を教えてくれ」

 

「貴方の【ソウルボックス】をトンネルで回収した組織がいて、私がソレの買取交渉を持ち掛けた。事前に買取額は決めていたんだけど、受け渡しの段階で向こうが倍額を要求。縺れて、撃たれて撃ち返して、貴方の【ソウルボックス】を確保した。で、今」

 

「了解だ。何となくは把握したぞ」

 

 

 要はあれだ、映画でよくあるシーンだろう。

 

 マフィア同士が人気の無い廃工場で一同に会して、銃器の密売を行う感じ。そこでトラブって撃ち合いになった。そういうシーンを俺は連想する。

 

 

「取り敢えず、コレを使って」

 

 立ち上がり、煙幕みたいに埃が舞い上がったボロボロの室内を歩き、歪んだクローゼットから親しみ深い道具を取り出したユキナが、俺にソレを手渡した。

 

 

「これはーー『P320』か……?」

 

 2020年代の自衛隊にて正式採用された、火薬式の拳銃だ。

 

 何故こんな骨董品がこの時代に? 

 そんな疑問は浮かび上がるが、体は自然と動いていく。マガジンを抜いて黄金色の銃弾を確認。ガチンとマグを入れ直し、勢い込んでスライドを引いた。薬室を覗き込み、初弾が装填されている事を目視する。

 

 隣で、リュックの様にスクールバッグを背負った制服姿のユキナは、アサルトライフルをーー大昔の名銃である、『HK416』の(コンパクト)モデルを手に持っていた。

 

 

「ユキナぁ! 生きてるかーッ!? 生きてるならドアを開けてみやがれッ!!」

 

 

 ドンドンッと。

 壊れんばかりに打ち鳴らされるホテルの玄関

 

 流れる様に、俺とユキナは玄関を覗き込める壁へと張り付いていく。

 

 

「戦えんのか?」

「勿論。素体化もしているし背中は任せて。じゃあーー撃たないで欲しいっ、玄関の扉は開いているからっ、ゆっくりと入ってきて頂戴!」

 

 

 鋭く表情を引き締めたユキナが何故かそう叫び、カチャリと玄関扉が開く音。と同時ーーバァンッ!! 玄関扉の側で。またまた強烈な炸裂音が響いた。此方にも爆風が吹き溢れ、部屋の埃がブワリと撹拌される。敵さんの悲鳴と混乱の声が響く。

 

 

「クレイモア地雷の作動を確認」

「用意が良いなっ!」

 

 状況を理解、廊下に飛び出す。

  近接戦用の構えーーCARスタンスでコンパクトに拳銃を構えながら、一息に玄関扉まで移動した。すぐ側で聞こえる呻き声。ホテルの渡り廊下にほんの一瞬だけ顔を出し、敵の位置を確認する。

 

 這いずってる奴が2人。手を貸し救助してる奴が3人。

 即断。玄関から最小限に体を出し、救助している奴を素早く撃ち貫くっ! 2人にヘッドショットっ! 焦った敵に応射され直ぐ側の壁が弾け飛ぶが、身を引いた俺には当たらない。

 

 敵の銃声が鳴り止むと同時に、後ろのユキナが反撃の銃弾を叩き込んだ。

 

 

「クリア」

 

 凛とした声。仕留めたらしい。

 油断なく弾痕だらけの廊下を移動し、下半身を吹き飛ばしながらも這いずり逃げる男ーーといっても、飛び出ているのは配線やオイルや機械部品なのでグロくはないーーそいつに近寄り、体を亀みたいに仰向けへと引っくり返した。

 

 

「これは……」

 

 ジャンク品で作った素体(ボディ)なのだろうか?

 映画のターミネーターの様に。金属製の頭蓋骨を剥き出しにした男の顔には、凹みや傷が目立っており、それを誤魔化す様に目に痛い原色がペイントされていた。

 

 

「て、テメェ!」

「なんだ?」

「俺を撃ったらどうなるか分かってんのか!?」

「分からん!」

 

 正直に答え額をぶち抜く。

 デコに出来た穴から紫電がパチっと弾け、男が素体(ボディ)の機能を停止させる。しかし……9mm弾で貫通出来るとは、本当に粗悪な素体を使ってるんだな……?

 

 半ば呆れつつも、もう一人の這いずり男に銃口を向けた。

 

 

「ま、待て待て撃たないでくれ!?」

 

「分かった分かった。【ソウルボックス】まで壊すつもりはねーし、少し落ち着けよ? で、何かユキナに謝る事はねーか?」

 

「あ、謝る事……た、確かに! 回収した【ソウルボックス】の引き渡し料金を、直前で倍にした事は悪かったさっ! こっちから撃ったのも謝る!! だが俺は現場にいなかったし、この襲撃も上からの命令で」

 

「OKだ。もういいぞ」

 

 

 ドンと。そいつの額にも風穴を開けてやった。

 機能を停止させた男共の素体(ボディ)を漁り、『870MCS(ショットガン)』と『高周波ナイフ』を回収。ついでに拳銃のホルスターも奪い取り、貰った『P320』をそこに収めた。

 

 エレベーターと階段の方を警戒し銃口を差し向けていたユキナに、声を投げかける。

 

 

「敵の増援は?」

「すぐに来る。移動しましょう。でも……さっきの敵への質問はどういう意味?」

 

 う、うぐっ……。

 

 

「……一応、一応だぞ? ユキナが俺を騙してないかの確認だ」

「……ヒドイ」

 

 ムムっと眉を顰め、悲しげにそう呟くユキナ。

 グサリと罪悪感が胸にぶっ刺さる。ジトっとした視線に晒されて、心のHPがドンドンと減っていき……ワタワタっと両手を上げた俺はっ、弁明の言葉を必死に言い紡いだ!

 

 

「う、疑ったのは謝るぞ。悪かった。だがな、戦いに巻き込まれてる事情ぐらいは知っておきたかったんだよ!」

 

「気持ちは分かるけど……で、納得は出来たの?」

 

「あぁ十分だっ。そんで……俺は見ての通り、金も行く宛もねぇ。だが腕には自信がある。どうだユキナ、ここは一つ俺を護衛に雇ってみねぇか? お安くするぞ?」

 

「雇う」

 

「即答だな!?」

 

「当然よ。貴方の腕と人柄は信頼に値するもの」

 

 

 涼しい顔で、サラリとそう言われて。

 あまりにも直球な好意の表し方に、心臓がドキリと跳ね上がった。

 

 

「じゃあ、行こっか」

 

 手を引かれる。

 

 

「依頼内容は私を目的地まで護衛する事。報酬は500万円、それでいい?」

「りょ、了解だ!」

 

 柄にも無く照れたが、ともかく問題はない! 

 二人して、ホテルの非常階段を素早く駆け下り路地裏に降りる。マンホールの蓋をユキナが開けたので、俺も素直に追従した。錆びた梯子に手をかけ、下へ下へと降りていく。



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4話

 下水道。

 

 陰気な湿気が満ちる、ちょっとしたトンネルみたいに広い空間だ。その両端には、作業用の狭い通路があり。真ん中には、ほぼ無臭の下水が小川の様にサラサラと流れていた。

 

 天井にて等間隔に配置された白色灯が、駆け足で先を急ぐ俺とユキナをボンヤリと照らし上げている。

 

 

(覚悟はしていたが……存外に綺麗な下水道だな?)

 

 胸中でそう独りごち、

 だがまぁ、当たり前と言えば当たり前の話か。

 

 なにせ、地上に出られないこのご時世。食料品は間違いなくアホみたいに高騰しているだろうし。そしてそもそも、素体の体は水が燃料源で、食事によるエネルギー補給が出来ない以上ーー人々は滅多に食事を取らないのだろう。

 

 当然、下水はあまり汚れない。単純な話だ。

 

 

「そんで、結局奴らはどういった集団なんだよ?」

 

 小走りに駆けつつ、気になっていた事を問いかけた。

 

 

「彼らは『パッチワーカーズ』って呼ばれる、この街で最大規模のならず者集団よ。『流民団地』をーーこの街のスラム地帯を牛耳っているわ」

 

「ヤバイ連中なのか?」

 

「超ヤバイ。出来れば事を構えたくはなかったし……こうなったのは本当に不本意に過ぎるもの」

 

 

 隣を駆けるユキナはそう言って、憂鬱そうに眉を顰めた。

 

 

「そんなにかよ? 言っちゃあなんだが、奴らはあまり強くなかったぞ?」

 

 

 思わずそう返す。

 銃の扱いはお粗末であったし。『パッチワーカーズ』っていう名前も、ジャンク品のボディパーツをツギハギにして作った素体を使用している事に由来するのだろう。

 当然、素体(ボディ)の性能は良ろしくねー筈だ。

 

 さっきの戦いも、危なげなく切り抜けられたし……

 

 

「何を考えているのかは大体分かるけど、【4大軍事系素体企業(ドールコープ)】の次ぐらいに力がある組織だから舐めないように」

 

「えぇ? そんなになのか……?」

 

「本当よ。彼らの強みは数、それとモラルの無さ。仮に捕まったら……私もトウヤも、奴隷で済めばマシな方ね。だから……その、今更だけど、貴方は面が割れていないから無理に私を助けなくても」

 

「心配すんな」

 

 

 反射的に飛び出た言葉。

 だが本音だ。隊長なら、目の前で困っている人間を決して見捨てはしないだろう。ヒーローになるチャンスを直感し、ニカっと笑いかけてやる。

 

 

「俺は気の良い奴だからな。【ソウルボックス】を確保して、新品の素体(ボディ)をくれるような恩人を見捨てる訳ねーよ! 多少の無茶くらいはやってやるさっ」

 

「……いいの?」

 

「男に二言はない! 勿論報酬はキッカリと貰うし、出来れば感謝もして欲しいがな!」

 

「単純。でもイケメン」

 

「だろ!?」

 

「カッコイイ」

 

「もっと褒めてくれ!」

 

「その、馬鹿な大型犬みたいな笑顔も好き」

 

「褒めてるんだよな!?」

 

 

 ぐうっ。確かに俺はっ、部隊の皆にバカだのお人好しだの言われまくってるが!?

 

 

 

「ま、まぁいい。そんでこっからどうするんだ?」

「レッカーズエデンで唯一の完全非武装地帯、『ヴェラーディオ』を目指そうと思う。この街で一番有名なホテルなんだけど、トウヤは知ってる?」

「あぁ知ってるぞ」

 

 

 コクリと頷いた。

 なにせレッカーズエデンには、警備の仕事で何回か来た事があるからな。街の主要な場所や地名くらいは当然、業務の一環として覚えていた。

 

ーー『ヴェラーディオ』

 

 日本一、いや世界屈指のゴージャスホテルに冠された名だ。世界中のセレブ達が愛する天上郷であり、一泊で俺の月給が吹き飛ぶような恐ろしき場所だと記憶している。正直、俺には一生縁の無いホテルだと思っていたんだが……そこに向かうらしい。

 

 

「てか、今も営業しているんだな?」

「うん。今は【4大軍事系素体企業(ドールコープ)】に接収されているんだけど、キチンと管理されている分、豪華さに陰りがなくてーーゴメン。電話が掛かってきた」

 

 

 下水道のT字路で立ち止まる。

 

 素体が持つAR機能(拡張現実機能)により、宙へと表示された半透明の仮想ウィンドウを操作するユキナが、片耳を手で押さえ何やら話し込み始めた。

 

 封鎖済みだの、地上もダメだの。芳しくない単語がチラホラと聞こえてきてーー1つ大きく、彼女が溜息を吐く。

 

 

「ダメね……『ヴェラーディオ』に繋がる下水のルートは全部、『パッチワーカーズ』によって封鎖されてるみたい」

 

「地上もか?」

 

「うん。信用出来る協力者を雇ったから、確実な情報。でも代案はある」

 

 

 そう言って、ユキナは分かれ道を右に折れた。

 こんな時にあれこれ聞くのも鬱陶しいだろう、俺は黙って付いて行く。タッタッタっと5分ほど走ってーー前方に何やら場違いな物を発見。こんな下水道の通路にそっと、青黒いナイロン製のボストンバックが置かれていやがった。

 

 

「安心して、協力者が置いてくれた物よ」

 

 すわ爆発物か? と思って警戒したが、違うようだ。

 ユキナが中をゴソゴソと漁って、女性用と思わしき衣服が取り出される。『着替えるから、少し後ろを向いてくれる?』と言われたので素直に背を向けた。

 

 

「……振り向かないでね?」

「そんな卑怯なマネはしねぇよ」

 

 ハッキリと断言。

 相手の気持ちを顧みねぇ行為は嫌いだし。そも、着替えを視姦したいなら、土下座をして『覗かせて下さい』と言うのが筋だろう。それが男ってモンだ。

 

 暫し黙って待てば、ユキナも信頼してくれたのか、スルスルという布ズレの音が後ろから響きーー1分後。トントンと、肩を叩かれた。

 

 

「一応、変装のつもりなんだけど……どうかな?」

 

 ノースリーブの黒ワンピースに、ピョコンと生えたシンプルな猫耳。

 

 

「にゃあと言ってみてくれ」

「にゃあ」

 

 か、可愛すぎないか!?

 クールなユキナとのシンクロ係数が凄まじい事になっていて。可愛すぎであると確信しちまう。少し照れてるのもグッドだ。観客がいたならスタンディングオベーションしていただろう。

 

 

「凄く可愛いぞ!」

 

 必然、飛び出る言葉。

 目を見てハッキリと言い切れば、本当に恥ずかしいのか、ユキナは目元を仮面舞踏会で使う様なマスクでサッと隠しちまった。よく用意したな、それ。

 

 

「……本当?」

「自信を持ってくれ! だが……流石にその格好は、少し目立つんじゃねーのか?」

 

 

 可愛いは可愛いが、冷静になってそう指摘する。なにせアサルトライフルを持った、猫耳クール系ベネチアンマスク美少女だ。街に居たら確実に三度見するだろう。

 

 

「そこは大丈夫。この格好くらいなら、レッカーズエデンでは全然目立たないから」

「いや、だがな……っと!」

 

 

 遠くから反響する濁声。雑多な足音。

『パッチワーカーズ』の追手だろう。

 

 

「行こう」

 

 小さくユキナがそう言って、マンホールの梯子を登り始めた。フリフリと揺れる黒い尻尾を掴みたい衝動に駆られつつも、そのお尻を追いかけ昇る。

 

 ガコリと。マンホールの蓋が押し開けられた。

 路地裏だ。

 ネオンの光と歓楽街の喧騒が、表の通りから漏れている

 

 

「ところで俺は、このスーツ姿のままで良いのか?」

「問題ないわ、似合ってるし」

「そりゃどうも。用意してくれてありがとな」

 

 

 礼を言った。

 通りの方へと歩を向け、ネオンの光に飲み込まれていく。

 

 

 

 

 



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5話

 

 21世紀の半ばに国会にて可決された、IR法案(カジノ法案)

 

 その目玉として政府主導で創られた、地下2000mの高級リゾート街。レッカーズエデンの中心地である『ストリップ地区』には、今でも喧しくネオンの光が渦巻いていた。

 

 独特の熱気だ。

 派手にライトアップされた建物の群れに、店先から流れる大音量のBGM。所々に弾痕が穿たれた大理石の往来は、遊園地の様な歩行者天国となっていて。下着姿で客引きをするお姉さんやチップをねだるパフォーマーが、愛想よく此方に笑みを振りまいていた。

 

 成程な。

 確かにここでなら、ユキナの格好など目立たないだろう。

 

 

「なぁユキナ。今日は何かの祭りだったり」

「しない。これが日常の光景」

「そうなのか……いや、いやいや、すげーな此処……」

 

 渋谷のハロウィン。

 を更に濃くした様な連中が、往来のそこかしこに溢れていやがった。

 

 パンツ一丁で歩く男や、二足歩行しているゴツいクマ(おそらく、クマ型の素体)

 騎士甲冑に身を包んだ集団も居て。かと思えば魔女の様な三角帽子を被った女性もいる。街の噴水の中に入り、平然と平泳ぎをするイカれた連中も存在し……混沌、その一言に尽きるだろう。

 

 話によると、今は学校も法律も義務教育もねぇみたいだし……その影響だろうか? いや、思ったよりも街が元気そうで嬉しくはあるんだが……。 

 

 

 

「深くは考えない方がいい」

 

 呆気にとられつつ周囲を観察していたら、そう窘められた。

 

 

「細かい事を気にしていたらキリがないわよ。数は少ないけど、今は【神秘(アルカナ)】をーー魔法みたいな力を使える人もいるくらいだもの」

「ま、魔法だとっ? それは俺も使えるのかっ?」

「それは分からないけど……すぐに得られるものじゃない事は確か。今は忘れて」

「りょ、了解だ……」

 

 

 魔法、魔法……。

 凄く気になるが、護衛の仕事の最中なので一旦記憶の彼方に放り去る。目の前の目標に集中しよう。なにせーーこの街はお世辞にも、治安が良さそうには見えない。

 

 というのも。

 よく見れば皆が皆、銃や刃物をお守りの様に引っさげていて。馴染み深い赤色の自動販売機には、各種弾薬がジュースの代わりとばかりに販売されていやがるのだ。

 

ーーゴミのポイ捨ては即射殺! 

 

 そう書かれた立て看板も、恐ろしい話だがジョークではないのだろう。タタタタンッと。高く澄んだ銃声が、街の何処かでリズム良く響いていた。

 

 

「で、トウヤ。とりあえずなんだけど、お店に入らない?」

「そんな余裕があるのか?」

「うん。『ヴェラーディオ』に行く手段を確保している協力者がいるんだけど、その人がいる店に入って合流したいの」

「なら了解だ」

 

 理由があるなら是非も無し。

 じゃあコッチ。

 とユキナに腕を引かれーー自然な流れで、手を繋がれてしまった。

 

 

(お、おいおい……いいのかよ?)

 

 

 動揺と歓喜。指が柔らかく絡まっていく。

 これは所謂、恋人繋ぎって奴で……顔がカアっと熱くなった。敵弾が頬を掠めた時よりも、心臓(水素反応炉)がドクドクと喧しく鳴っていやがる。

 

ふ、普通に肩も寄せてきてるし、最近の女の子はこういう感じなのか……? 

 

分っかんねぇ。

異性と付き合った経験がないので、嬉しいが恥ずかしい!

 

 

「……? どうしたの?」

「いや、その、手がな……」

「繋ぐのは嫌だった?」

「い、嫌じゃない! が、その……とにかく! 恥ずかしいんだが!?」

「そう。トウヤは彼女が出来たことがないんだ?」

「悪かったな!?」

「むしろ良い」

 

 ユキナは何故か、満足げにそう言って。無表情ながらに、ほんの少しだけ口元を横に伸ばしーークスっとした笑みを零した。

 

 

「さっきは私を抱き寄せたのに、これは恥ずかしいの?」

「馬鹿。あれは緊急の処置だろーが、これとは全然毛色がちげーよ」

 

 

 素っ気なく返す。

  顔を覗き込まれたので、赤顔をサッと頭上に逸らした。レッカーズエデンの天井。快晴の青空。素体が持つAR機能(拡張現実機能)により映し出された偽物の青空を見やって、どうにか心を落ち着かせる。

 

 ぐ、ぐぬぬ……戦闘には自信があるが、こういった方面はどうにもならんな……。

 

 胸中でボヤき、どうにか平常心を心掛けーー

 

 

「着いた」

 

ーークイっと手を引かれ、表の看板を見やる。

 

 クラブ『エクストラポイント』と。

 紫色のネオンで流暢に店名が刻まれていた。

 地下クラブのようだ。

 コンクリの階段を下り降り、洒落た鉄扉をガチャリと開けた。瞬間に、重厚なダブステップのビートに包まれる。薄暗くも広い店内には、外以上の熱気と安っぽい香水の香りが満ちていて、如何にもなアングラ臭が漂っていた。

 

 ダンスフロアで手を上げ踊り狂う人々。

 バーラウンジで談笑する客達。

 その中に『パッチワーカーズ』の一味が居ないかと気を回しつつ、ユキナに導かれるままに店内を歩く。しかし人が多い。流行ってんだな、ここ。

 

 

「こっちこっち」

「良いのかよ、勝手に入って?」

「大丈夫。ここの支配人とは懇意だから、話は通してある」

 

 段取りの良い事だ。

 手を引かれ、個室の一つに押し込まれた。高級なカラオケボックスの様な、狭くも品のある内装を見やりーー白革のソファに座った、先客を確認する。

 

 

「誰だ?」

 

 反射的に。ユキナを背に隠し問いかけた。

 

 

「悲しいネ、ミーの顔を忘れたデスカ?」

「記憶にねぇな。『パッチワーカーズ』っていう風体じゃないが……」

「トウヤ。彼は私の協力者」

「なんだそうなのかよ」

 

 警戒を解く。

 

「……ん? 今、『彼』って言ったか?」

「言った」

 

 そうは言うが……どう見ても女性だ。

 

 やや大柄で肉感的な小麦色の肢体。深い胸の谷間。

 エキゾチックな褐色美人、と言えば話は早いだろうか?

 チューブトップにホットパンツという扇情的な服装の上に、モッズコートを軽く羽織っていて。緑色の悪戯っぽい双眸が、余裕たっぷりに俺の事を見据えていた。ロングの白髪には、一体型の狼耳がピョコンと付いており……

 

 

「いやいや、どうみても女性だろ?」

「ボディは確かにそうネ。だけどいい加減、思い出すヨロシ。馬鹿トーヤ」

「ば、馬鹿トーヤって初対面で……いや! まさかそうなのか!?」

 

 俺は息を呑む。

 

 

「その胡散臭いカタコトの喋り方! ラルカスか!?」

「ヤハハ! 当たりデスダヨ! ヒーロー気取りの早死にヤロウ!」

「うっせぇ! とっとと貸した金返せや飲んだくれラルカス!」

 

 

 バシバシと雑に背中を叩きあった!

 本当に驚きだっ!

 ラルカス・ランデナンド。

 コイツは俺のBSPの同期であり、悪友の様な付き合いであった奴である。

 



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6話

 

 

 

「その胡散臭いカタコトの喋り方! ラルカスか!?」

「ヤハハ! 当たりデスダヨ! ヒーロー気取りの早死にヤロウ!」

「うっせぇ! とっとと貸した金返せや飲んだくれラルカス!」

 

 

 バシバシと。雑に背中を叩きあった!

 本当に驚きだっ!

 

 ラルカス・ランデナンド。

 コイツは俺のBSPの同期であり、悪友の様な付き合いであった奴である。

 ギャンブルとお酒を3度の飯よりも愛し、事あるごとに『一生のお願いデスダヨ~』と言ってお金の無心をしてくる男であったが、情報屋としての確かな実力を持った侮れん奴でありーー本人曰く、出身はエジプトらしい。

 

 サウジアラビアとも聞いたが、結局どっちなんだろうか。

 

 

「で、ラルカス? どうしたんだよその素体?」

 

 

 ソファに座りながら、狼耳が付いた褐色の麗しいボディを改めて見やった。前から中性的なボディを使っていた奴だが、これはもう、完全に女性用だ。

 

 

「ヤハハ、美人ですダロ?」

「あぁ、中身以外は最高だな」

「減らず口も変わらんネ。まぁ兎に角、世界終わって法律無くなったからナ。情報収集のし易い女性用素体にチェンジしたデス。【ケモミミ】、初めて使ったけどいい感じネ」

「ほ~やっぱそれ、【ケモミミ】なのか……」

 

 

 随分と張り込んだな、と感心してしまう。

 

 4大軍事系素体企業(ドールコープ)が一つ。

 日本の『兎々崎獣工』が製造販売するドールモデルーー【ケモミミ】

 軽量かつハイパワーなCNT筋繊維(カーボンナノチューブ)と、尻尾型のバランサーが齎す良好な機動性。そして、独自開発した獣耳型ハイパーセンサーによる索敵能力をウリとする、バリバリの軍用素体だ。

 

 当然、お高い。

 民生用の素体と違って、高いスペックを要求される軍用の素体は、どれだけ安価な物を買っても高級外車2~3台分くらいの買い物になってしまう。

 

 散財癖のあるコイツが買えたとは、正直信じられねぇ話だった。 

 

 

「んにゃ。高かったけど、ユキナさんに借金して買っちゃったネ♪」

「よしユキナ。今すぐラルカスを質に入れよう」

「なんでナ!?」

「オメーに貸した金がっ、返ってきた試しが無ぇからだよ! このボケ!」

 

 胸ぐらを掴み合った!

 女性のボディだろうが関係ねぇ! チクショウ! いい匂いしやがんな!?

 

 

「落ち着いて。偶に滞るけど、今のところ予定通りに返済は進んでるから」

「デスダヨ! というかトーヤも、ユキナさんにデカイ借金あるデスシっ」

「は?」

「その体、軍用素体知らなかったデスカ?」

 

 えっ、マジか。

 民生用だと思っていたんだが、ユキナを見ればコクリと頷かれた。

 

 

「す、スペックオープン」

 

 動揺に声を震わせつつ、音声認証で素体の諸元を宙に表示する。

 

 

 諸元 村雨刀也

 ドールモデルーー ニューマン

 筋力  C56、2   反応速度 C+58,2  

 機動力 C55,3   射撃補正 D+51,8

 NIJ規格(防弾レベル)ーー LV3-

 特殊装備ー無し 

 

 

 宙に浮かんだ半透明のウィンドウ。そこに表示されたカタログスペックを見て、俺は思わず顔を引き攣らせた。

 

  か、完全に軍用素体じゃねーか……。

 学校の偏差値の様に。

 50を平均的な軍用素体の性能として表示される、素体の基本スペックーー『筋力』『機動性』『反応速度』『射撃補正(FCS)』の諸項目。そのどれもが日常生活では不必要な程に高くて……ゴクリと唾を飲む。

 

 明らかに、俺が死ぬ前に使っていた軍用素体よりも高性能な代物だ。全体的に2割は性能がアップグレードされているだろうか。当然、資源不足であろうこのご時世に、ここまでの素体を作ろうとなると相当にお高いはずで……

 

 

「ゆ、ユキナ、こんな高いモンを貰う訳にはいかないぞ…?」

「そうは言うけど……元々貴方は軍用素体だったもの。なら、軍用素体で返すのが道理。そうでしょう?」

「か、かもしれんが……」

「気にしないで。と、言いたいけど、負い目があるなら……」

 

 

 隣にチョコンと座ったユキナが、何やら電子紙面を手元にポップさせた。

 渡され、契約書だと把握する。

 

 

「貴方の素体の借用証書よ。上記の額だけを、毎月返済してくれれば問題ないから」

「なるほど了解だ。額も良心的だし、これなら……うん?」

 

 契約内容に目を走らせていたら、ふと、気になる一文に目が止まる。

 

 

「俺の素体の所有権は、ユキナが持つ事になるのか?」

「えぇ、まぁ担保みたいなものよ。形だけだから気にしないで」

「それでこの、素体のメンテナンスは全て(ユキナ)に専任させる、っていう条項はどういう意味だ?」

「サービスの一環ね。私は素体師をやっているから、メンテナンスも当然出来る。他所でやるよりも、私に全て任せた方が経済的でしょ?」

「そのメンテ料金がアホみたいに高いとかないよな?」

「うん、無料でいい」

「む、無料ってマジで言ってるのか…?」

 

 

 都合の良すぎる話だ。

 軍用素体のメンテなんて、コストも結構馬鹿にならない筈なんだが……

 

 

「その代わり」

 

 と、

 俺の肩を両手で掴んだユキナが、静かに、作りの良い顔を寄せてきた。無表情ながらに妙に圧のあるオッドアイの双眸で、ジッと見詰められる。

 

 

「絶対に、私以外の人にメンテさせないでね? 契約違反だから」

「あ、あぁ分かった」

「なら、サインして」

 

 

 またまた妙なプレッシャーで急かされてしまう。

 だ、騙されては……ないよな? と、失礼な警戒をしてしまいながらも、指でサラサラと電子署名して、書いたソレを手渡した。

 

 

「……!」

 

 

 無言で、少し口元を歪めながら契約書を見やるユキナは、何故かブルリと体を震わせてーー

 

 

「ーーこれで貴方は、私の物ね?」

「……ボディの所有権がな?」

 

 

 小さく微笑み、嬉し気にそう呟いた。

 大切そうに契約書をしまい込んで、ワシャワシャと頭を撫でてくる。犬にでもなった気分だが……まぁいいか。大切にされている実感はあるし、相手は大口のスポンサーだ。黙って大人しく撫でられておこう。

 

 ユキナがチラリと、対面に座るラルカスを見やった。

 

 

「ラルカス、あげないから」

「ま、好きにするヨロシ」

「ありがと」

 

 謎のやり取り。気になるが、2人もそれなりに付き合いがあるようだしな。前の仕事の話か何かだろう。

 

 てかそうだ、仕事だ!

 

 

「改めて聞くが、此処は安全なんだよな?」

「保証する。元々、セーフハウスとして用意していた場所だから」

「OKだ。なら……そうだな。改めて状況を教えてくれ。ここまでバタバタしっぱなしだったから、少し頭の整理をしたい」

「うん。といっても、目標は変わらない。【ヴェラーディオ】を目指す」

「それでこの騒動が解決すんのか?」

 

 腕を組んで問いかけた。

 

 

「させてみせる。明日の午前10時に【ヴェラーディオ】で、臨時の『企業連会議』が開かれるんだけど、ラルカス曰くそこに『パッチワーカーズ』のトップも来るそうなの。交渉材料はあるし、そこを捕まえて説得する予定」

 

 ほうほう。

『企業連会議』って単語は街で小耳に挟んだぞ。

 街の今後の方針を決定するデカい会議だった筈だ。ドールコープが主宰であり、レッカーズエデンの有力組織には大体お呼びが掛かっていると聞いた。

 

 そこに、奴らのトップが来る。

 成程な。銃器の持ち込みは禁止らしいので、捕まえてお話(説得)する場所としては最適だろう。個室の壁に掛けられた時計の針は、午後の4時を示していた。 

 

 猶予はあと18時間。

 どうにかなるか?

 膝上に置いた傷だらけの『870MCS』を握り締める。先の戦闘でユキナの実力は確認したが、もう少し人手が欲しいところだ。ラルカスはBSPの諜報班に所属していた奴だから、バチバチの銃撃戦には向いてないしな。 

 

 

「焦るなねヒーロー」

 

 グルグルと思考を回していたら、軽い調子で茶化された。

 

 

「今すぐ動くのダメね。諸々の根回しをやってるナウですから、暫くは此処で時間を潰すヨロシ。ユキナさんは勿論缶詰ですが、トーヤはクラブ内なら自由に動いていいアルヨ?」

 

「いや、俺は護衛だからな。流石にそれは」

 

「ヘイヘイ。死ぬまで戦って、起きたらまた戦って、いつ緊張抜くデスカ? 働き過ぎは良くないネ~ ななっ、ユキナさん?」

 

「うん。何かあったら連絡するし、少し羽根を伸ばしてきて頂戴」

 

 

 依頼人にもそう勧められてしまった。

 俺は頬を掻き、だが、そうだな、気持ちを切り替える。好意に甘えちまおうか。焦っても仕方がねぇし、今後の方針を立てるのはこの街に明るい2人に任せた方が良いだろう。休める時に休むのも仕事の内って事だ。

 

 

「じゃあ2~3時間で戻るから、本当に何かあったら連絡してくれよ?」

 

 

 個室の外へ出ていく俺。

 さて、羽を少し伸ばさせて貰うか。

 

 

 



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7話

 

防音の効いた個室を出れば、ダブステップのビートに再び包まれた。

 

 

 

「さて、どうすっかな……」

 

 

当然、アテは無い。

 

青暗いライトに照らされた店内を、ブラブラっと散策していく。ミニカジノにラーバウンジ。レーザービームの光が飛び交うダンスフロア。

 

 普段は全く縁のない世界だが……複数の階層に分かれた広いナイトクラブを探索するのは、中々に楽しいモンだ。修学旅行で宿泊先のホテルを見回った時の様な、非日常のワクワクを感じてしまう。

 

 ふと、壁掛けのテレビに『トンネル』の映像が映っているのに気付き、俺は足を止めた。

 

 

『うおぉお来てる来てるッ! 右の奴頼んでいいか!?』

『いいぞいいぞっ! 撃ちまくってやろうぜ兄弟ッ!!』

 

 

 バラエティ番組の企画、なのだろうか?

 ヤカン頭の二人組が景気良くマシンガンをぶっ放し、トンネルを駆け下る小柄な【パンドラ】どもを撃ち殺していた。画面右上のテロップには、『トリガーハッピー芸人〈スチームポッド〉は、パンドラどもの攻勢を3分間耐えきれるのか!?』と大げさな見出しが綴られている。

 

 

(……平和なもんだな)

 

 

 思わず苦笑しちまった。

 10年経った今や、【パンドラ】も娯楽のタネになっているって訳だ。奴らと本気で殺し合った身としては、なんとも言えねぇ気持ちになるが……まぁいい。

 兎にも角にも、落ち着ける場所を探さなきゃな。

 

 下へ下へと螺旋階段を降り、最下層のフロアに辿り着いた。曇りガラスの扉を開けてーーナイトプールか。小分けされたプールが点々と存在する薄暗い空間には、単調なエレクトロポップが控えめに流れていた。

 

 シットリと落ち着いた雰囲気。

 

 

 

(ここで暫くゆっくりするか)

 

 

 そう決めた。

 受付で海パンを借り、パパっとロッカールームで着替えてしまう。隊長と部隊の皆を思えば、ゆっくりする気にはなれないが……ラルカスの言った通り、今は待ちの時間だよな。キッチリ休もう。

 

 ザプリと。底に配置された光源により、青白く輝く温水プールに身を浸す。浮かんでいたアヒル浮き輪に乗っかった。

 

 うし、ネットサーフィンだ。

 水に濡れた髪を掻き上げ、指を動かし、仮想ウィンドウを宙にポップさせた。ふむふむ、ふむふむ……と、レッカーズエデンの情報を流し見てーー没頭。10年寝坊したギャップを埋めるべく、今の状況や常識をザックリと脳内に流し込む。

 

記事の見出し。

 

 

・広がる格差! ドールコープは『ストリップ地区』と『高級ホテル街』しか守らないのか!? 貧民街『流民団地』の今!

・とれたて! 新鮮! ピチピチ大特価! 【ソウルボックス】売ります!! 年齢性別応相談! ~『パッチワーカーズ人身販売部』

・今! レッカーズエデンで『パンドラ食』が熱いッ! 食べて応援! 地上奪還計画! ~『はためく黄衣の伝道教団』

・乳幼児死亡率、ついに大台の30%を突破。食料と医療品の不足は深刻で、素体化出来ない幼児達はーー

 

 

暗い情報。真面目な情報。 意味の分からねぇ情報。とにかく目を通し、気になる単語を片っ端から検索していく。

 

 パッチワーカーズが根城にしている、『流民団地』とやらの事も調べた。元は一般層向けのお手頃価格なホテル街だったが、終末の際に流れ込んできた家無し人が住みついた結果、たちまちスラム化したエリアのようだ。

 

 歩道に乱立するテントやバラック小屋。

 ボロボロのビルに屯する人達。

 

 終末前の景観を十分に保っている『ストリップ地区』と比べると、凄まじい程の格差を呈していた。元々、レッカーズエデンは政府要人の緊急避難先としての役割も期待され開発された場所なので、レアメタルや燃料資源は膨大にーーそれこそ日本国全体が60日は回る程に資源を備蓄していた筈だが……リソースにも限りがある以上、それを割り振る箇所には優先を付けているのだろう。

 

 

 ドールコープが軍事拠点にしているらしい『高級ホテル街』そして、街の中心地であり俺が今いる『ストリップ地区』調べた限り、その二か所だけは重点的に保護されているようだ。

 

 ポチポチと他の単語も知らべていき、ふとユキナの事が気になった。

 何とはなしに検索してみる。

 

『クリニック・ユキナ』というHPがヒット。

 

 そういやユキナの仕事を知らなかったが、フリーの『素体師』をーー素体(ボディ)のメンテや拡張、自作のパーツや制御ソフトを売る職業ーーをやっていたのか。評判は……予約ページの状況を見るに、かなり良いみたいだな。

 

 

 パンドラの事も調べ、一時間、二時間と時が経ち……

 

 

 

「ーーい。おいっ! キキキキっ聞いてんのかッ!!?」

 

 誰かの声に起こされた。

 いけね、いつの間にか寝ていたらしい。

 

 視界の隅に表示された時計を見ればーー時刻は午後の8時過ぎ。2時間ほど舟を漕いでいたようだ。

 

 うーむ。素体は生身の人間が持つ習慣性の動作を非常に高いレベルで再現している影響で、あんまり気ぃ抜いてると普通に寝ちまうんだよな……。アンスリープモードで調べ物をするべきだったと軽く反省する。

 

 フワァとノビをした。

 アヒルの浮き輪を降り、眠気覚ましに軽~くプールで泳ぐ。

 

 

 

「おい! オイオイオイ! キキッ聞けよッ!?」

 

 がなり声。耳に煩く響き……ったく、何なんだよ一体?

 

 

「悪い悪い、何の用だ?」

 

 プールサイドに上がり、異常にご立腹な金髪男に問いかけた。

 瞬間にーーバンっ! 

 弾丸が肩を掠め、後ろのアヒル浮き輪に突き刺さり、プシュリと空気が抜ける音。

 

 

「は……?」

 

  チンチチチーンと。濡れた大理石のプールサイドに空薬莢が転がり、乾いた金属音が響く。小刻みに震える銃口の先が俺の頭部へと狙いを修正していきーー

 

 

「ーーチクショウめ!?」

 

 体を屈め次弾を回避っ! そのままクルリと後転して、プールの中へとガムシャラに退避した! ぱ、パッチワーカーズの襲撃か!!?

 

 訳も分からぬまま、とにかく水底(みなも)へ身を沈めていく!

 

 

「キキッ! コココ殺すッ!」

 

 ドンドンドンッ! と。

 水底に沈む俺を狙い、景気よく銃弾が速射されーーだが、無意味だ。水中用の拳銃なら話は別になるが、奴の持っていた銃は『グロック17』。普通の拳銃である。幾ら俺を狙い撃とうとも、ただの9mm弾では水中を50cmも進めば威力の殆どを失うのが摂理だろう。

 

 それが分かってるからこそ、俺はプールに飛び込んだのだ。

 

 ゴポリゴポリと敵弾が水をかき混ぜ、気泡の線を引き、ヘニャリと水底へ落ちていく様を黙って眺めーー17発撃ったっ! プールサイドへと飛び出す!!

 

 

「チチチ近づくんじゃねぇ!!?」

 

 グロック17は、その名の通りに装弾数が17発の拳銃で。予想通りに、金髪男は覚束ない手付きでリロードをしていた。瞬時に間合いを詰め、銃を掴み、スライドストップを押し込んで拳銃を分解。無力化する。

 

 

「相手が悪かったなっ、ちったあ頭を冷やせ!」

「ぐぎっ……」

 

 スライドとフレームが泣き別れした『グロック17』。

 それを、ありえないとばかりに見やる男に前蹴りをブチ込み、吹き飛ばし、人のいないプールへと叩き落とした。ザッパーンと、派手な水柱が上がる音。

 

 と、同時。

 武装したクラブのスタッフ達が、男を確保せんとプールに殺到し……

 

 

(……はぁ、何だったんだよアイツは?)

 

 

 マジで意味が分からなくて首を捻った。

 ターミネーターみたいな剥き出しの頭蓋骨に、原色のペイントを塗りたくった奴ら。それが『パッチワーカーズ』の特徴だ。

 

 でも今の男は、普通の人間の素体を使っていた。だというのに……いや、奴らの協力者か? だとしても何故、面が割れてない俺を襲って来たんだ? 釈然とせぬまま周囲を警戒すれば、緩~い拍手と口笛の協奏がにわかに鳴り響いた。

 

 

『ナイスファイトっ、兄ちゃんメチャクチャ強えーなぁ~』

『はははっ、就職先に困ってんならウチで雇ってやるぞ~』

『チップは弾むから、もう1回誰かと戦ってくれないかしら~?』

 

 

 プールの縁に両手を掛け、周囲の人々が呑気なコメントをしてくれている。

 

 み、見てたんなら助けてくれよ……?

 思わずそう胸中でボヤくが……まぁ、この街の人間にそんな期待をしても仕方ないか。俺は溜息を飲み込んだ。からかう様な歓声に対して適当に手を振り返しつつ、ロッカールームに入っていく。

 

 兎に角、報告の為にも個室へ帰ろう。

 スーツ姿に格好を戻しナイトプールを出た。

 

 

 

 

 

 



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8話

 

 やっぱり此処は油断ならない所だ。

 

 襲撃後。スーツへと素早く着替えた俺は、尾行が付いてないかと周囲に警戒しつつ螺旋階段を上っていた。個室前のラーバウンジに辿り着きーー

 

 

「ーートーヤトーヤっ!」

 

 

 やや大柄で肉感的な小麦色の肢体。

 チューブトップにホットパンツという扇情的な服装の上に、モッズコートを軽く羽織った美人ーーバーのカウンターに座るラルカスがこっちに手を振っていた。

 

 白い尻尾が機嫌良さげに左右に揺れている。 

 

 ヤンチャで無警戒な笑顔を振りまいていて……チクショウ。マジで美人だな。飲み慣れているだけはあって、バーのカウンターに座る姿が妙に様になっていた。

 

 

「ヤハハ! 面白い奴に絡まれたネ、トーヤっ?」

 

 隣に座った瞬間に。バシバシと叩かれ絡まれる。

 

 

「どういう意味だよ」

「んにゃ! ツブヤイターでトーヤの戦闘動画、バズってますシっ」

 

 予想外の言葉。

 は? と呆気に取られる俺を尻目に、ラルカスが褐色の指をスライドさせ、一枚の仮想ウィンドウを此方に投げつけてきた。怪訝に思いつつもソレを指で摘み、画面の角度を調整すればーー動画だ。

 

 周りにいた客が呑気に撮影していたのか、マジでさっきの戦闘が投稿されていた。リツイート数も5000を超えていて、

 

 

『これはプロの仕事』

『どこの企業軍人(コープソルジャー)だ?』

『相手の銃をサラっと分解するな』

『イケメンな顔に見合わぬ戦闘力』

 

 と、コメントの反応も中々のものであった。

 

 ……自画自賛ながら、映画のワンシーンみたいに格好良く取れている。ふむ、ふむふむ……ふふふ。まぁその、悪くないな?

 

 

「世界が俺の強さに気づいちまったか……」

 

 両腕を組みながら、思わずほうと悦に浸った。

 

 

「なーにを言ってるネ。こんな時に目立ってどうするんですか馬鹿トーヤ?」

 

 が、ど正論で水を差されてしまう。

 

 

「う、うぐっ……だ、だが向こうが絡んできたんだよっ」

「それはご愁傷様デスシ」

「だろ?」

「でもそれは、トーヤの顔がむかつく所為じゃあないデスカ?」

「イチャモン検定1級かよお前は!?」

 

 ヤンチャな笑顔でサラっと言いやがる。まぁ別に、コイツのジョークはいつもの事なので、そこまで気にはならないが。

 

 

「ヤハハ。まぁ真面目な話、あれはタダのジャンキーね。電子ドラッグのヤリ過ぎでしょう。別に珍しくもない奴らですが、絡まれるとはトーヤも運ないナ」

 

「うげっ……マジか。そんなモンが普通に流通してるのかよ」

 

 

 思わず眉を顰めた。

 5感に擬似的な『幸せ』の情報をループさせる、違法なソフトウェアーー電子ドラッグ。それを素体にインストールすればーー『見たい物が見え、聞きたい声が聞こえ、世界が自分に笑いかけている様な錯覚が満ち続ける』ーーらしいが、まぁ碌なモンじゃない。

 

 悪質な混ぜ物(ウイルス)が中に仕込まれていた。なんて被害は珍しくも無い話だしな。軽い気持ちで手を出せば、大火傷する代物って訳である。

 

 

 

「ヤハハ。『流民団地』にある『ブラックマーケット』に行けばお菓子みたいに売ってマスヨ。パッチワーカーズが胴元ですが、トウヤも一丁軽くキメますか?」

 

「いやいや、現実に失望はしてねーし結構だよ。一生そこには行かねーだろうな」

 

「ちなみに、命令に絶対服従するソフトを埋め込まれた女の子も売られてマスねぇ」

 

「………………それでも行かん」

 

「随分と悩んだナ?」

 

 

 失敬な、少し命令をシミュレートしただけだ。

 

 

 

「まぁ今回の騒動が上手く収まらなかったら、そこに並ぶ哀れなガールはユキナさんになるかもしれないですケドね」

 

 出し抜けに。

 軽い調子でそう言ってくれて……

 

 

「ならねぇよ。ユキナは護衛対象で、俺が絶対に守るからな」

 

 流石に少し、語気を荒くしてしまう。

 

 

「ヤハハっ、相変わらずのヒーローデスシっ。だけどここだけの話、その護衛依頼は相当にリスク高いですヨ? ユキナさんが護衛を打診した縁のある傭兵も、この依頼は降りた位デス」

 

「……何が言いたい?」

 

「ビジネスの話ネ。ユキナを守ったら、そのあと一生パッチワーカーズと敵対しマス。これ相当に危険で面倒デスガ、報酬と釣り合ってマスカ?」

 

 

 軽薄な笑み。

 睨む俺の視線とカチ合い、ぴり、と空気が強張った。

 

「……」

 

 俺は、暫し黙り込む。

 固く歯を食い締め、その双眸をしかと見つめる。

 言葉が纏まった。

 

 

「ラルカス。俺は絶対に降りないぞ」

「何でネ?」

「信念の話だ」

「そんなに他人を助けたいデスカ?」

「たりめーだよ。胸張って、誰かを助けて、沢山の感謝を受けながら生きていく。それ以上に気持ち良い生き方はねぇって、俺は確信してるからな」

 

 

 フンスと腕を組み端的に言い紡いだ。

 ヒーロー馬鹿と言われようが、ガキ臭いと言われようが関係ない。助けると決めた奴は絶対に助ける。隊長も常に『そういう風な』背中を見せてくれたし、俺もそれに倣うだけだ。此処でユキナを見捨てる訳にはいかねーだろう。

 

 それはっ、反吐の出るような選択ってモンだ!

 

 

「フーム……相も変わらず頑固デスネェ?」

「自覚はあるぞ」

「本当に500万で受けるデスカ?」

「男に二言は無いからな」

「ですが、リスクについて」

「あのなぁラルカス……この際だからハッキリと言っておくがっ、ユキナは守るしお前も守る! そんでっ、隊長と部隊の皆を回収してっ、俺達はまたBSPをやるんだよ! 俺はそう決めた。だから行動するし、当然テメーもBSPに復帰させるからなっ! 分かったかっ!?」

「……」

 

 

 譲れぬ想い。

 絶対に掴みたい未来への憧憬。

 

 つい、熱くなってそう捲し立てれば、ラルカスは感慨深げに。何かを懐かしむ様に目を細め、俺を見やってきた。

 

 

「ほう、ほうほう……んふふ、そうデスカ?」

 

 コイツらしくもない穏やかな面持ち。柔らかな視線に晒されて、俺は少し座りが悪くなる。

 

 

「な、なんだよ?」

「いんや、何でも無いネ。ただ……トーヤは変わらんナ。馬鹿は死んでも治らないって言いますが、本当の事だったデスヨ。そういう面白い人間にならーー」

 

 

 スイートなプランをプレゼントしてやってもいーデスネ?

 

 そう言ってふっと口の端を上げたラルカスが、懐から出した車のキーを、カウンターにカカっと滑らせてきた。

 

 

 

「連中は『ヴェラーディオ』に続く道を検問してますが、その検問をしている奴らを7~8人ほど丸めこんでおいたナ。指定した時間に指定した検問を通れば、トラックの荷台にユキナさんを積んでてもスルーしてくれる手筈デス。すぐに動く予定ですがーー何か質問はあるデスカ?」

 

 

 

 

 



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9話

 

 

 

テントやバラック小屋が無秩序に乱立する罅割れた歩道。街灯の下に座り込み、|賭け事(チンチロ)の結果に一喜一憂する浮浪者たちに、ジャンク品のボディパーツや銃を売り込む怪しげな露天商の群れ。

 

 爆弾でやられたのか、ねじくれた乗用車の残骸があちこちに転がっていて。夜空に咲き誇る仮想現実の花火が時折、ゴミと泥だらけの街並みを色鮮やかに染め上げていた。

 

 ラルカスの手引きによって2つ3つと問題なく検問をスリ抜けた俺達は、そんな街をーーレッカーズエデンきってのスラム街、『流民団地』をユルリと大型トラックで進んでいた。

 

 

 

「なぁラルカス、どうしてもこのエリアは避けられねーのか?」

 

 

 獲物の鹿にでもなった気分だ。

 歩道から、ビルの陰から、様々な視線が飛んできている。治安は言うまでもなく最悪だろうし、いつ撃たれるかヒヤヒヤもんだな……。

 

 

「ヤハハ、確かに危ねー所ですが心配はナッシングですよ」

「何か保険があるのか?」

「んにゃ、荷台の側面にドールコープのステッカーを張っておいたデスカラ、よっぽどの馬鹿じゃねー限り手出しはしてこねぇ筈デス」

「……そりゃあ中々に良い保険だな?」

 

 感心のあまり、少し呆気に取られてしまった。

 本当にラルカスは、よくよくそういう知恵が回る人間だ。このプランも、BSPの強襲班というガチガチの戦闘部隊に所属していた俺では、到底用意出来なかったプランだろうな。諜報班に所属し、紛争地域での内偵や物資の調達を専門にしていたラルカスだからこそ出来た芸当だ。

 

 感謝しかない。

 せめて自分の仕事はこなさねばと、助手席にてキッチリ周囲を警戒する。

 

 

 

「しかし……噂の『ブラックマーケット』ってのは何処にあるんだ?」

 

「もっと奥まった場所にあるデス。なにせあそこは電子ドラッグと人身売買のメッカですからね。ま、ミーか地元住人の案内無しに行く事はオススメできませんヨ」

 

「最悪、その場で商品に変えられそうだな?」

 

「デスデス。そうなれば、ボディは腑分けされてネジ一つ残らんデショウ。立つ鳥跡を残さずデスシ」

 

「その使い方はちょっと違う気がするぞ…?」

 

 

 ともかく、下手したら死体すら残らん場所らしい。いまや、マンハントを生業とする殺人グループも普通に存在してそうなのが、怖い所だな…。

 

 

 

「そんなに命令絶対服従の、美少女買ってセックスしたいですか?」

 

「い、いやいや、そんなんじゃないからな?」

 

「んひひ、『ヴェラーディオ』に着いたらユキナさんとシッポリしてきたらどーデス?」

 

「依頼人とそんな事はやらんっ」

 

「ならミーとヤリたいですか? トーヤなら特別に可愛がってんひっ」

 

 

 溜息を吐き、褐色のデコをパチリと指で弾いた。

 

 勘弁してくれ。

 確かにエッチな褐色の体つきをしているが、仲間とそういう関係にはなれん。ったく、ホントにコイツは……このエリアの検問を抜け『高級ホテル街』に入ったらもう、『ヴェラーディオ』に着く算段なんだ。キッチリ最後まで緊張を保って欲しい。

 

 

「それよか、【パンドラ】って結局どういう生き物なんだよ?」

 

 強引に話題を切り変えた。

 

 

「気になりますか? ですが奴らについては未だに謎だらけな感じダナ」

 

「10年も経ったのにか」

 

「んにゃ。何せ錆色の雲から生まれ落ちて、死んだら塵になる意味不明な化け物たちですカラネ。未だに、『宇宙人説』と『生物兵器説』でお偉い方の意見は割れているナ。目新しい情報なんてものは……」

 

 

 あぁそうデスネ、と。

 思い出した様にラルカスがピンと人差し指を立てた。

 

 

 

「素体化していない生身の人間が【パンドラ】を直視すれば、精神的な激しい疲弊、ないしは強烈な混乱を引き起こすって情報は知ってるデスカ?」

 

「初耳だが、原因は……OK。分かってないんだな?」

 

「お察しの通りデス」

 

「単に奴らの見た目が、おぞましい所為じゃねーのか?」

 

「そうは言うけどナ、とある実験に投入された生身の人間が、強化ガラス越しの【パンドラ】と1時間対面させられた結果……どうなったと思うデス?」

 

「じ、実験に投入された人間ってのにも突っ込みたいが……そうだな、気絶したとか?」

 

「外れネ」

 

「自傷行為」

 

「惜しいデス」

 

「なら……」

 

 息を呑む。

 

 

「まさか、自殺したのか……?」

「正解デスダヨ。ソイツは発狂して、喉を掻っ切って死んだんデス」

 

 

 淡々とした、ラルカスの声色。

 重い話をいきなりぶっ込まれ、空気と心臓がシンと冷えていく。

 

 

 

「ま、素体化した人間はその『悪影響』受けないデスシ。生身で見た場合、運が良ければ『恩恵』を得られる可能性もあるですケドネ」

 

「お、恩恵だと?」

 

「物理法則の枠組みを超えた理外の力、【神秘(アルカナ)】デスダヨ。心を壊した、もしくは大きく削られた人間の中には、それを授かった人もいるネ。『パッチワーカーズ』のボスとかもそうだったりするデスシ。ファンタジーな話ですが……っと」

 

「……検問だな」 

 

 

 思わず聞き入ってしまったが、兎にも角にも、気持ちを切り替えた。

 

 この検問がラストだしな。集中しよう。

 

 気怠げに工事用の赤色警棒を振り回すパッチワーカーズ達の指示に従い、3~4台ほどの待機列に並んだ。座席に深く座り直し、緊張を意識的に解していく。

 

 

「……うん?」

 

 そこでふと、前方で奴ら同士がモメている事に気付いた。

 

 

「ラルカス」

「分かってるネ」

 

 

 顔を顰め、運転席の窓を開けたラルカスがピシっと、真っ白な狼耳をやわらに立てた。

 

 偵察と名の付く行動は全て、【ケモミミ】が大の得意とする所だ。当然、集音能力も常人のそれでは無い。数百メートル先の会話でさえ聞き取れる地獄耳が、奴らのイザコザを盗み聞きーーラルカスが酷く、微妙な顔をしてくれた。

 

 どうしたんだ?

 

 と思った瞬間に、戦術データリンク申請が飛んできた。YESのパネルをタッチすれば、ラルカスと聴覚が一時的に共有されていく。ヴウッという静電音ののち、奴らの会話が脳内に響き始める。

 

 

『だぁからッ! てめぇらは配置転換って命令だろーがッ!?』

『こっちはそんなの聞いてねぇッ! 俺らが検問するって言ってんだろ!?』

『そんな筈はねぇ! もしかして、ユキナがここを通るって情報でも握ってんのか!?』

『ちげーよ! とにかくーー』

 

 

 そこで、ブツリと途切れる音声。

 

 目を閉じ、額を摩るしかない。最高に運が無い事にーー根回しした内通者達が配置転換を受け、それでゴネているみたいだ。思わず天を仰ぐ。ユキナに通信を入れる為に仮想パネルをポップさせ、『ヤバイ、コッキングだけはしといてくれ』とだけメッセージを送った。

 

 

「あ~……どーするネ?」

「まずは、奴らの検査がザルである事を願おう」

「ザルじゃなかったらどーするデス?」

「そんときゃ、向こうがユキナの入ってるタンスを開ける前に撃って開戦だ」

 

 

 それしかない。

 腹を決めていく。

 おそらく、『ヴェラーディオ』のある『高級ホテル街』まで逃げ込めればどうにかなるだろう。あそこはドールコープのお膝元だからな。発砲は禁止されてねーが、そこまで逃げ込めば奴らも無茶は出来ねー筈だ。

 

 

「それは違いないデスガ……」

「気にすんなって、ツイてなかっただけだ。それに、こういう時の為に俺がいるんだろ? バーでも言ったが、どうにかこうにかお前らを守ってやるさ」

 

 ニカっと笑いかけてやった。ユキナから貰った防弾性の上着ーーゴワゴワした化繊の黒ジャケットを羽織り直し、気合を入れてトラックから降車する。

 

 

 

「おいっ、検問するならチャッチャとしてくれよ! コッチは時間で動いてるんだぞっ。シフトがゴチャってんなら、全員で調べたらいいじゃねーか!」

 

 揉めるパッチワーカーズ達に近づきそう投げかけた。

 

 

「そりゃいいな!」

「だ、だがっ」

「いいから早くしてくれって」

 

 

 トラックの荷台の施錠を解き、奴らの検査に立会う俺。

 あとはもう、祈るだけだ。

 

 内通者の2人は気もそぞろに其処らの木箱を調べ始め、残りの3人組は手荒にガツガツと偽装用の商品を引っくり返し始めた。別にいいが、もうちょっと丁寧に調べてくれよ?

 

 

「ったく、カッタリィよなぁ」

 

「全くだぜ。だが抜けがあったら俺もオメーらも、プラモのパーツみたいに分解されて金に変えられちまうからな? シッカリやるしかねーよ」

 

「はぁ……マジで転職考えとくわ」

 

 サラっと恐ろしい話が流れ……だが、マジでやるんだろうな。指の一本というレベルじゃない。古式ゆかしきジャパニーズヤクザも真っ青な仕打ちだ。

 

 流石に少し同情してしまったが、

 

 

「ふふっ、だがユキナを見つけたら現場でマワして良いらしいからなぁ……」

「あぁ、そこは役得だぜ。あの澄ました顔を歪ませてやりてぇよ!」

「違いねぇ。ああいう大人しそうなのに限って淫乱なんだ。俺が見つけたらーー」

 

 

 同情が吹き飛ぶ。 

 OKだ。

 ショットガンのセーフティをカチリと解除した。

 

 近くの木箱の上に置かれた鋼鉄製のガスマスク。少し錆びた焦げ茶色のソレを、何も言わずに装着する。フードも目深に被ってしまう。

 

 

(……成程な。犯罪者がマスクを好む訳だよ) 

 

 

 自分の顔が隠れているという事実に、気分が大胆になっていくのを感じた。

 

 やってやろう。奴らの検査は細やかで、誤魔化せそうもないしな。守るべき仲間の顔を思い浮かべ、不必要な感情を切り離していく。

 

 散歩でもする様な調子で。一番近くに居た男に近づき……スパリと。高周波ナイフで喉元を掻き切った。メイン神経チューブを切断。『あぁ?』ーー何が起こったのか理解出来ないといった様子で、喉元を押さえた男が荷台の床にゴトリと崩れ落ちていく。

 

 

「「何をーー?」」

 

 

 音に反応してか奴らが振り向き、はたと銃を構えーー洋タンスを蹴り開けた制服姿のユキナが、そんな二人の無防備な背中に冷たい銃口を差し向けていた。

 

 カチリと。トリガーの音。

 

 

 



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10話

 ズガガガガンッ!!

 

 連続した銃声。薄暗い荷台にマズルフラッシュが瞬き、奴らの背中に5,56mm弾が喰らい付く。貫通し腹から飛び出し、ビシャリと茶色のオイルが俺の足元に飛び散った。

 

 膝を付く二人。

 落とした銃にどうにか手を伸ばしている。

 が、悪いな。ご退場願おう。 

 

 

「ラルカス出してくれッ!」

「はいなっ!!」

「「うおぉお!?」」

 

 

 急発進。固定されていない積荷と共に敵さん3人が荷台から転がり落ちていき、後ろから怒号が響く。焦りを露わに、検問のパッチワーカーズ達が次々と自分達の車に乗り込み始めた。

 

 さて、仕事の時間だ。

 500万円のアルバイトだ。

 一丁やってやろうか!

 

 

「ユキナっ、悪いがこういう状況になった! 出来ればバックアップを頼むっ!」

「任せて」

 

 冷めた瞳。

 平時と変わりない平坦な声色で、頼もしく答えるユキナ。

 

 

「そんで! そこの内通者2人組! 手伝うか手伝わないか3秒以内に答えろ!!」

「お、俺達は……て、手伝うぞっ! なぁ!!?」

「あ、あぁ!」

 

 

 OKだ。荷台の出口に近づき、逆上がりの要領で屋根上に昇った。ユキナは……上がらせた方が良いだろうな。内通者2人組が心変わりしたら困っちまう。

 

 手を貸し引っ張り上げ、制服姿のユキナをゴウゴウと風舞う屋根上へと招待した。

 

 

「使って」

 

 気の利いたお土産を手渡される。

 奴らの一人が持っていた銃。

 通称『ミニミ』と呼ばれる軽機関銃だ。有難く受け取り屋根上で伏せた。コッキングハンドルを引いて押し戻し、初弾を装填。ボタン式の安全装置を左側に押し込みセーフティを解除する。いつでも撃てる状態に。

 

 肩付けに構え、迫りくる奴らの車に狙いを絞ってーーファイアッ!

 

 ズガガガガガガガンッ!

 

 鳴り止まぬ銃声。200発入りの箱型弾倉から5,56mm弾が吸い出されていき、赤熱する弾丸が音速でバラ撒かれる。空薬莢と分解されたベルトリンクがミニミから零れ落ち、道路へとシャワーの様に降り注ぐ。

 

 運転席を撃ち抜いて、追い縋る1台がスピンしクラッシュした!

 手を緩めずに掃射しまくるっ。

 

 

「止まりやがれッ! 今止まったらナンかいい感じに抒情酌量してやんうおおォッ!?」

 

 ダメ押しに。

 背負ったスクールバッグの側面から『RPGー7』を取り外したユキナが、ご機嫌なソレを最も近くに接近していた装甲車にプレゼントした。超高温のバックブラストが迸り、300mmの装甲を貫く成形炸裂弾が景気良くカッ飛んだ。

 

 刹那ーーボンネットに突き刺さり、爆炎と轟音。

 

 幼児に跳ね飛ばされたチョロQみたいに装甲車が吹き飛んで、蠢く炎に包まれる。敵の第一波を楽に片付けた。だがーー

 

 

(分かっていたが、やっぱ数はハンパねぇんだな……!)

 

 

 流民団地の夜に轟いた銃声に(いざな)われ、近づいてくる猛烈なエンジン音。横道から飛び出してきた改造車の群れに向かって弾をバラ撒く。心地よい反動が右腕を突き抜け、奴らの車両が1台また1台とスクラップに変換されていく。

 

 が、また、間髪入れずにお代わりがやってきた。

 

 横道から、裏路地から、時に正面から魔法の様に奴らの車両が現れ続け……タチが悪い事に電子ドラッグをキメているのか、弾を御馳走しようとも意に介さない。まるで、人間を見つけたゾンビの様に知性無く此方へ追い縋ってくる。

 

 キリがねぇ。

 徐々に、少しずつだが、処理が追い付かなくなってきた。弾丸が頬を掠める。残弾が0になったミニミを放り捨て、俺は叫び問いかけたっ。

 

 

「ラルカスっ! あと何分で『高級ホテル街』に入れる!?」

「3分デスシ! こっちも正面から奴らの増援がカチ合わないように、色々とルートを捻ってるデスカラっ、どうにか耐えるヨロシッ!」

「3分だな!? あぁ了解だ! どうにかーーっ!?」

「死ねやコラァ!」

 

 横付けしたバイクから奴らの一人が屋根上に飛び乗ってきて、振り上げられる高周波ブレード。反射的に抜いた高周波ナイフでどうにか受け止め、右手のショットガンを0距離でぶっ放した。

 

 ポンプしコッキング。

 腹に大穴が開きヨロけたソイツをもう一度撃ち、トラックの外に吹き飛ばした。瞬間に。脇腹へと数発の銃弾が突き刺さる。

 

 

「トウヤっ」

「っ、大丈夫だっ! 敵の処理に集中してくれッ!」

 

 すかさず叫んだ。

 凄まじい衝撃に一瞬面食らったが、大きなダメージはない。防弾性のジャケットと軍用素体の防御力のお陰だろう。脇腹にめり込んだライフル弾を引き抜き、俺を撃った野郎の顔面をショットガンで吹き飛ばした。

 

 ポンプしコッキング。

 さて……あと2分だ。

 タンゴを踊らせてやろう。

 撃つ。撃つ。多少の被弾は覚悟してトリガーを引く。

 

 覚悟も、技術も、経験も、装備も、素体のスペックも、全てにおいて俺が勝っていた。不幸な話だ。十分な訓練を受けられず、戦場に引き出される奴らの悲哀は如何ほどのものなのか。同情を禁じ得ない。

 

 

「お、オメェは何なんだよォ!? 俺らに盾突くなんざ正気じゃあぐう…!?」 

 

 それでも、手加減する訳にはいかないのだ。

 ユキナを狙われぬよう、派手に立ち回る。強烈な目的意識に突き動かされ、血の通わぬ体に疑似的なアドレナリンが迸る。仲間を守れと、死んでも見捨てるなと、向こう見ずな心が叫んでいた。次の敵が真っ赤にハイライト表示されていく。

 

 敵弾が腿を引き裂いた。

 お返しに腕を吹き飛ばしてやる。

 屋根上に昇ってきた奴のナイフが、腰に突き立った。

 ニヤケ笑うソイツの胴体を縦に真っ二つだ。

 

 小煩いダメージアラートは次々と増えていくが、受けた傷の量に比例して心は冷静に燃えていく。悪くない、まだまだ戦えそうだと確信した。

 

 あと1分。

 

 

「ユキナっ! 危ねぇから荷台の中に戻ってくれ!」

「貴方はどうするのっ?」

「あと1分くらいなんだっ、どうにか耐えてやらぁ! 早くーー危ねぇっ!」

 

 跳ね上がる心臓。

 銃口をピタリと、ユキナの頭へと照準する奴が居た。あらゆる考えを放棄して、ユキナへと飛びつく、手を伸ばす。が、それよりも早く。

 

 高速ライフル弾が、ユキナ目掛けて飛んでいきーー

 

ーーやられた。

 

 本当にそう思った。

 

 

「……っ!? マジかよ…!?」

 

 しかし、

 信じられない事に、

 ユキナはーー音速を超える筈の飛来物を、目視すら叶わぬ小さな死を、パシリと手の甲で弾き飛ばしたのだ。あり得ない。まるで、邪魔な羽虫でも振り払う様な調子だった。そんなバカなと現実を否定しかけるが、間違いなく目の前で起こった事でーー

 

 

「ーーお二人さんっ、あと30秒で『高級ホテル街』に入れるデスカラッ! 真後ろに付いた装甲車をどうにかしてデスっ!」

 

 指示に従う。

 殆ど無意識に、トラックの屋根上から身を投げ出す。ダンッと。後方を走る装甲車のボンネットに飛び移った。

 

 

「トウヤっ!?」

「「「うぉおおおお!?」」」

 

 ユキナの動揺。

 車内のパッチワーカーズ達の恐慌。

 導電性の人工筋肉を引き絞り、防弾性のフロントガラスを拳でブチ抜いた。悲鳴を上げるドライバーの胸倉を掴み、引き摺り出し、車外に放り捨てる。

 叫び混乱する車内の奴らに向け、手榴弾をプレゼントし

 

 

「ぐ、グレネードっ!!? っ……!?」

「落ち着けよ、ピンは抜いてねーぞ?」

 

 耐ショック姿勢を取った車内の間抜け共を、ショットガンの12ゲージでズタズタに破壊していく。トリガー。ポンプしもう一度トリガー。4人ほど仕留め車内をクリアした。血糊の代わりに機械部品が飛び散った死屍累々の車内へと入り込む。

 

 アクセルを踏み、元居たトラックに横付けし、屋根上に舞い戻る。

 

 

「……っ! トウヤっ!」

「んにゃ! ナイスです! 『高級ホテル街』に入りましたネっ!」

 

 

 途端に。ユキナに強く抱き着かれ、ラルカスからはそんな報告が届いた。

 

 ……そうなのか。

 理解し、息を吐き、トリガーから指を放す。

 いつの間にやら、周囲には如何にもな高級ホテルが聳え立っていて、粛々とエリアをパトロールする重武装の企業軍人(コープソルジャー)たちが、硝煙の色濃い此方に睨みを効かせていた。

 

 上空に飛ぶ報道用ドローンが、一心に俺達の事を撮影している。

 

 苛烈なまでに俺達へと追い縋っていたパッチワーカーズ達も、今は分かりやすく攻撃を躊躇っていてーーエンジンの掛かり切った体を抑え込んだ。ガチャリと、発射炎で熱くなった『870mcs』を傍らに置いてしまう。

 

 

戦いが、終わったのだ。

 

 

 



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