機動戦士ガンダムSEED DESTINY‐FINAGLE (ケリュケイオンの蛇)
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キャラ&機体設定

こちらは機動戦士ガンダムSEED DESTINYの二次創作作品である『FINAGLE(フィネイグル)』の設定保管庫になります。筆者の考えたオリジナルキャラやMS。また、原典とは異なる設定に変更した既存MSや既存キャラクターを置くことで、読者にもわかりやすく覚えてもらうことが目的であります。キャラ設定にはネタバレも含まれるため、話数更新の度に随時公開情報を増やしてくつもりです。設定量によっては、増設します。


―キャラクター設定―

 

名称:フィア・エルンスト

年齢:16

髪の色:白銀

瞳の色:紅

性別:女

人種:コーディネイター

詳細

主人公兼ヒロイン。ザフトに所属するMSパイロットの少女。同年代の少女にしては小柄な体躯から、同性からの人気が特に高い。赤服を与えられたエリートで、士官学校を上位で卒業している。シンとは同期で、口数の少ない彼女に対して何かと面倒を見ていたようだ。前大戦時の二年前においては家族旅行で地球に行った際にオーブ解放作戦に巻き込まれる形で両親を失う。その後、一時的に身を寄せていたドイツで試験的に行われた『ファントムペイン』のコーディネイター狩りに遭い、その時のショックで感情の大半を喪失してしまった。彼女の性格が淡白かつ口数が少ないのは上記の理由があったためで、もともとは可愛らしい笑みが特徴的な少女だったようだ。敵対者に対しては冷酷かつ非情になることが可能であり、人を殺すことに躊躇しない。また、自らの生きている意味がないとして、自己犠牲を厭わない無謀な行動をとることも多い。そのためか、同期の知り合いからは特にその性格を危ぶまれており、特にシンからは激しい感情をぶつけられることもあるようだ。戦闘時には状況を正しく判断する観察眼と分析力に優れ、戦況を問わず味方の戦闘が有利になるよう戦場をコントロールする軍師のような戦術を得意とする。搭乗機はイノセント。

イメージCV:早見 沙織さん

 

 

名称:ユウ・ロックハート(投稿キャラ)

年齢:16

髪の色:銀

瞳の色:白金

性別:男

人種:コーディネイター

詳細

ザフトに所属するMSパイロット。フィアたちの同期で、赤服を着る成績優秀組の一人。銀色の髪をセミロングにした外見が特徴的で、整った容姿を持つコーディネイターの中でもトップクラスの容姿を持つ。レイと並んで女性からの人気は高く、士官学校時代にはファンクラブまで設立されていたほど。明るく活発で、人当たりのいい性格をしている。そのためか人と接することが多く、相手の動きや口調から相手の性格、心理状態を読むことに長ける。得意科目は心理学。実技ではナイフを用いた近接戦闘術が特に優秀で、動体視力に優れた素質を持つため、同期の中ではトップクラスの格闘センスを持つ。口癖は語尾に「~だぜ」。搭乗機はシルバリオン。

イメージCV:辻谷 耕史さん

 

 

名称:コード・ナハト

年齢:不明

髪の色:青みがかった銀

瞳の色:不明

性別:男

人種:不明

詳細

地球連合軍第81独立機動部隊『ファントムペイン』に所属するMSパイロット。冷静かつ冷酷な性格の持ち主。その性格は自身の戦闘にも現れており、高い戦闘技術と目的達成のためならば手段を選ばず味方すら犠牲にする非情さを持ち合わせる。背格好と声から少年あるいは青年と推測されるが、正確な年齢は不明。また、外見的特徴からはコーディネイターと思われるが、人種も明らかにはされていない。常に目元を覆うバイザータイプの仮面を着用しており、ネオ・ロアノークからは『良いセンスだ』と評されている。ファントムペイン内でも謎の多い存在で、ネオ・ロアノークから高い信頼を得ている。

イメージCV:泰 勇気さん

 

 

 

名称:カール・ネルソン(半投稿キャラ)

年齢:18

髪の色:赤

瞳の色:紫

性別:男

人種:コーディネイター

詳細

ザフトのジュール隊に所属するMSパイロット。ニコルが戦死した後に功績を上げたことで赤の資格を得た正真正銘のエース。ニコル・アマルフィとはピアノ仲間だったようで、その縁もあってか戦後ジュール隊が再編する際ディアッカと同時に配属された。初対面の人間に関しては高い警戒心を持つものの、一度築いた信頼関係に関しては何よりも最優先する。シホ・ハーネンフースにただならぬ想いを抱いている模様。

 

 

―MS設定―

 

 

名称:イノセント

形式番号:ZGMF-X58S

全高:18.5m

重量:65t

装甲:VPS

動力:デュートリオン供給型バッテリー

詳細

『純潔』の意味合いを持つザフト製試作型高性能MS。前大戦時に開発されたドレッドノートをベースに現在の技術力で再設計した機体で、セカンドシリーズに属する。高性能万能機と位置づけられた本機の最大の特徴は、背部に搭載された巨大な可変ウイングにある。こちらはフリーダムから着想を得た推進装置であり、展開することで自在な空力制御を可能としている。また、背部には武装を懸架するためのサブアームユニットが装備されており、戦況に応じて搭載する武装を変更することで様々な戦況に対応することが可能となっている。この機能はいわば簡易換装システムとでも呼ぶべきものであり、同時期に開発されていたインパルス及びザクとはコンセプトが近いと言える。このウイング・ユニットは非常に評価が高く、アームユニットの簡易換装機能を更に簡略化しつつ改良を加えた形で、後のデスティニーシルエット、デスティニーへと引き継がれることとなる。当機は非常に完成度が高かったためか、ドラグーンなど一部武装をオミットした機体が小規模ながら量産化されており、重要な軍事基地に配備された。

武装

頭部20mmCIWS×2

 頭部に搭載された小型の近接防御砲。セカンドシリーズの標準装備であり、主に牽制用に用いられる。首の可動範囲がそのまま射程になるため、広範囲をカバーできるのも特徴。

 

高エネルギービームライフル

 一般的な携行火器。他のセカンドシリーズに採用されているものと同型で、取り回しに優れる。火力、燃費ともに高水準であり、高い威力を持つ。不使用時はデッドウェイトにならないように、後腰部に取り付けることが可能

 

ヴァジュラ・ビームサーベル×2

 腰部アタッチメントに取り付けられた高出力ビームサーベル。バッテリーでも長時間の使用が可能なエネルギー効率を誇り、前大戦時のフリーダムなどに採用されたものと同等以上の出力を持つ。セカンドシリーズの共通装備。

 

腰部タクティカル・アレスター×2

 腰部に搭載された多目的ロケットアンカー。アンカーユニットにはドラグーンを搭載し、任意で着脱することが可能。ドラグーンの使えない地上での運用も想定したもので、ドラグーンユニットを切り離すことなく、ロケットアンカーとして使用することができる。

 

・無線誘導迎撃端末リパルス・ドラグーン

 ビーム刃の形成が可能な近接用ドラグーン。ビーム砲ではなくビームスパイクを採用しており、遠隔操作で遠距離からの格闘行動を可能とする。タクティクス・アレスターに装備されており、そこから電力供給が可能。有線と無線を切り替えられる次世代ドラグーンとして開発された。リパルスとは迎撃の意味。

 

背部高機動ウイング・スラスター

・多目的戦術拡張アーム・ユニット×2

 高機動ウイング・スラスター後部に搭載されたサブ・アーム・ユニット。様々な武装を懸架することで武装の選択が可能で、様々な戦局に対応することが可能となった。左右二基が付属している。

 

・エクスカリバー・レーザー対艦刀×2

 基本的な懸架装備。ソードインパルスのと同じもので、大型の近接武装。柄同士で連結することもでき、大型の敵に対してその真価を発揮する。

 

 

 

名称:シルバリオン

形式番号:ZGMF-X51S

全高:不明

重量:不明

装甲:VPS

動力: デュートリオン供給型バッテリー

詳細

『銀の福音』の名を冠するGタイプのザフト製MS。リオンとは古い異国の言葉で祝福の意味を持つ。インパルスなどより一足先に開発された機体であり、セカンドシリーズの先駆けとも言える位置に属する。前大戦時に連合から強奪したイージスの技術を応用する形で開発されたため、近接戦闘に特化した性能と武装を持つ。VPS装甲を持ち、実弾等の実体系武器に対して高い防御力を誇る。背部スラスター部の出力はフォースシルエットと同等の推進力を誇り、大気圏内での単独飛行を可能とするほか、旋回性能においてはフォースインパルスを上回る反応性を誇っている。当初は完全に近距離戦闘に比重が置かれており、実用評価は低く実戦投入されることはないと思われていた。ただし同時期に士官学校に通っていたユウ・ロックハートが見事高い数値でマッチングを果たし、実戦投入可能なレベルに達したと判断され、晴れて実戦に投入されることとなる。ビームガトリング砲など射撃武装についてはユウの提案によって追加装備されたもの。

武装

頭部20mmCIWS×2

 頭部に備え付けられた近接防御用の機関砲。セカンドシリーズの標準装備で、規格も統一されている。

 

ビームガトリング砲

 シルバリオンの専用装備として開発された携行火器。ビームライフルよりも大型で取り回しに難が有るものの、連射性と速射性においてビームライフルを大きく上回る性能を誇る。シールドのアタッチメントに取り付け可能

 

腕部ビームサーベル×2

 手甲部に取り付けられた固定型ビームサーベル。ヴァジュラ・ビームサーベルと同等の出力を持ち、高い切断力がある。

 

左腕部クロー付き機動防盾

 カオスインパルスに採用されていたのを改良したクロー付きのシールド。先端部を展開させて相手を挟み込み、拘束、切断することが可能。左腕部に取り付けられており、ガトリング砲を取り付けるアタッチメントがシールド内側にある。

 

腰部ポルクスδ・レールガン×2

 ゲイツRに採用されたポルクスを発展させる形で再設計された高初速レールガン。威力は飛躍的に向上しており、フリーダムのクスィフィアスにより近い威力を有する。

 

背部大型高機動スラスター

 背部に備え付けられた大型の高機動スラスター。フォースシルエットと同等の出力に加え、それを超える旋回性能と加速力を持つ。ただし、一定速度を超えたあとの推進剤の消費が激しくフルスロットル状態では15分の活動が限度。

 



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《本編》
EPISODE:01『運命の再開』


筆者はガンダムが好きです。女の子が好きです。妄想が好きです。
……はい、これは私の好きなものをすべてぶち込んであります。
本作は筆者が当分創作活動をしていなかったため、リハビリも兼ねて書いた拙作です。
ほぼ勢いで書いたことと、余り原作を覚えていないことから、ただ今リマスター版を見て勉強し直している次第です。
そのため、設定等の矛盾もシナリオの進行によって生まれるかもしれません。稚拙な文、独自解釈、原作無視など、色々と原作好きな方からすれば問題のある今作ですが、読んでくださる方がいれば幸いです。


 C.E70年。ひとつの大きな戦争があった。

 その戦争は、単なる人種差別問題が発端となって引き起こされた。

 人為的に遺伝子操作されて生み出された人類-コーディネイター-。遺伝子を操作することにより、難病や遺伝子疾患に打ち勝ち、更には天才的な素養まで持ち合わせた新人類。

 その新人類のベースであり、自然発生のままに生まれたナチュラルは、より高い能力を誇るコーディネイターに劣等感を抱いていた。

 始まりはただのコンプレックスだったのだろう。きっかけは誰にでもあり、それまでもあった――より強い者への羨望、妬み、劣等感…そう言ったマイナス的な感情が。地球と宇宙という明確な故郷の違いを得て、爆発した。

 そしてその結果、互いが互いを憎しみ、殺し合い。お互いにすれ違いが酷くなって、戦火は拡大してしまった。

 そして、C.E71年。実に一年以上という時間をかけて、ようやくこの戦争は集結したのだ。数え切れないほど、多くの犠牲を払った上で。

 

 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY―FINAGLE

 

 EPISODE:01『運命の再開』

 

 

 風が頬に当たる感触が気持ちいい。そんな当たり前のことが、最近になってようやく分かってきた。

 舗装された道路を走るエレカの助手席で、一人の少女がそう呟く。乗っているエレカはロードスタータイプのオープンカー。最新モデルだ。

 肩より少し伸ばした白銀の髪が風に揺れ、陽の光で綺麗な輝きを見せている。異性でなくとも気を引くような髪も、整った顔立ちと合わせて一層少女の魅力を引き立たせていた。

 

「…でさぁ、その子がまた可愛いのなんのって」

 

 さっきから隣からの言葉が耳に入らない。少女にしてみれば興味のない話題…いわゆる色恋沙汰の話だ。少女たちの目的は買い物のはずなのだが、どうしてそんな話題になるのか。

 彼女にとっては全く理解に苦しむ話だが、どうやら少女以外の乗っている人間たちはそれで盛り上がっているらしい。

 

「っておい、聞いてるかフィアちゃん?」

「やめとけよ」

 

 運転席からの声にフィアと呼ばれた少女―本名:フィア・エルンスト―は息をつく。適当に話を逸らそうとして、後方からの声に遮られた。

 その声に後ろを見れば、黒髪の少年が視界に入る。年齢的には十代後半。赤い瞳が特徴的な。少しひねた印象を持たせる少年だ。

 黒髪の少年の名はシン・アスカ。フィアとは同じ士官学校の同期で、士官学校内では割と付き合いが長い人間である。ついでに運転している褐色肌の少年ヨウランも、二人と同期の仲だ。

 だからか、言葉数の少ないフィアのことを、代弁してくれることも多かった。

 

「どうせフィアは興味ないだろ? お子様なんだし」

 

 ただし、いつもこうやって余計な一言がつく。

 言いたいことだけ言ってそっぽを向くシンを見て、フィアは軽くイラッとした。

 

「お子様じゃない」

「そういうのがお子様なんだって」

 

 フィアがむくれると、シンが素早く突っ込んでくる。耳がいいのか偶然かは置いといて、フィアにとっては苦手な人間だった。

 反発がないわけではないが、完全に嫌いにはなれない…表現としては兄というのが近いだろうか。

 二年前の戦争で家族を失ったフィアにとっては、懐かしい感覚だった。

 

「シン、死んで」

「いや、フィアちゃんそれギャグだわ」

「ガキ」

 

 フィアが口汚く罵ると、運転席にいたヨウランが軽く笑みを浮かべて言葉を放つ。それに対してシンが反撃し、車の中で罵り合いに発展した。

 

「シンのバカ、バーカ!」

「なんだとっ!?」

 

 後部座席に向かってフィアが罵倒し、シンが顔をフィアに向ける。

 お互いに掴み合いになるまでそれはヒートアップし、動くたびにエレカが左右に揺さぶられた。

 

「おぁっ、ちょっ二人共あぶね!? フィアちゃん蹴らないで!」

 

 二人の動きに慌てた声で運転しているヨウランが操作をオートに切り替えた。かろうじて自動制御に間に合ったエレカがバランスを取り戻し、ヨウランがほっと息をつく。その横で、フィアたちの口喧嘩が響き渡っていた。

 

 

「あの3人、大丈夫かなぁ?」

 

 現在ザフトの開発している新型戦艦ミネルバ。その甲板で、紅い髪をツインテールにした少女、メイリン・ホークが心配そうな声を上げた。

 3人、とはフィア、シン、ヨウランの買い出しグループのことだろう。華奢な身を包んでいる緑色の軍服には真新しさが見える。どうやら彼女もフィアたちと同期のようだ。

 ヨウランとシンは男同士話も合う部分があるだろう。しかしフィアは口数も少なく人付き合いがお世辞にもいいとは言えない性格だ。

 メイリンにとっては、あのメンバーは何かと不安のある人選だった。

 

「お姉ちゃんも忙しそうだし。あーぁ、暇だなぁ」

 

 甲板の上で手すりにもたれかかりながら、メイリンは一人ごちる。メイリンの仕事は通信士。いわゆるオペレーターなのだが、現在は特に仕事がない。

 戦争が起きてるわけでもないので、軍人なんて暇な仕事だ。特に新人のメイリンは、マニュアルを覚えてこの艦が動く時くらいしかやることはないのだ。

 今日は軍務の仕事が非番だったのでこうして甲板で景色を楽しんでいたのだが、それでも一人で数時間も過ごすのは飽きるだろう。

 

「なんか楽しいことないかなぁ?」

「例えば?」

「んー、例えばぁ……って、えぇっ!?」

 

 暇すぎて独りでしていた言葉に、あるはずもない返事が聞こえた。背後からの声に途中まで言葉を返し、その違和感にはっとする。

 先程まで一人だった空間に、何者かが居る。その恐怖に驚いて振り返ると、見慣れた顔があった。

 

「って、なんだユウかぁ」

 

 目の前の少年はユウ・ロックハート。フィアたちと同じくメイリンの同期で、成績優秀者だ。その証拠に、エリートとされる赤い軍服が目を引く。メイリンには着られなかったモデルで、少しだけ羨ましい。

 それにとても容姿が整っている。遺伝子操作されたコーディネイターは一般的に容姿も整っていることが多いのだが、ユウ・ロックハートは群を抜いてイケメンと呼ばれる魅力的な良さを持っていた。

 銀色の髪は男性にしては長く、セミロングと呼ばれる部類。同期の男性の中ではレイ・ザ・バレルに次ぐ長さだ。

 

「そんな反応する? 傷つくなぁ、俺」

 

 メイリンの反応に傷ついたのか、目の前の男は少しだけ声のトーンを落とす。とても悲しそうな表情で。それを見たメイリンは咄嗟に頭を振った。

 

「あ、ごめんなさい。いきなりだったからびっくりして」

「いや、冗談だぜ? 本気にした?」

 

 メイリンが謝ると、ユウはパッと表情を緩めてからかう。至近距離で格好良いとされる部類の男子に微笑まれ、メイリンは顔が熱くなっていくのを感じた。

 メイリンにとっては、見慣れたはずの顔なのに、改めて近くで見るとどうしても心臓が高鳴ってしまう。

 元々姉の手伝いで入隊したのに、と慌てて思考を逸らそうとするが、ユウに見つめられ、身体が硬直してしまっていた。

 

「ってか顔赤いぜ? 大丈夫かよ」

「ひゃっ!? え、え?」

 

 唐突に額にひやりとした感覚が当てられ、メイリンは狼狽した。気がつけば、吐息がかかるほど近くにユウの顔が見える。

 どうやら、額同士をくっつけているらしい、と理解するまで数秒の時を有した。

 ユウにとってはメイリンの顔が赤くなっていることを不思議に思ったからなのだろうが、メイリンにとっては非常事態だった。

 少しでも動けば唇同士が触れてしまいそうだ。昔からユウは異性同士の意識をした場面があまり見られなかったのだが、そういうことに疎いのだろう。

 しかしメイリンにはわざとやっているようにしか見えなくて。

 

「だ、大丈夫だから」

「ん、そうか。具合悪かったら言えよ?」

 

 慌ててメイリンが離れれば、ユウは何もしない。ただ笑顔で頷くだけだ。

 ユウのこうした行為に悪気がない。そのことが分かるから、メイリンはいつも落胆するのだ。いつからかは知らないが、時々ユウに対してそう思うことが多くなった。

 

「なんでだろ」

 

 胸に手を当ててメイリンは呟く。未だ高鳴っている胸の鼓動を抑えながら、思考するも理由はわからない。

 ユウが不思議そうに首をかしげるのを視界の端で確認しながら、メイリンが深呼吸した、その時。

 周囲一帯に、警告音と。

 

「っ!?」

 

 爆音が鳴り響いた。

 

「な、何!?」

「それ貸して!」

 

 メイリンが狼狽するのを尻目に、ユウがメイリンの首から何かをひったくる。甲板から景色を眺めるために用意した双眼鏡だ。結局メイリンは少し見て飽きてしまったが、ユウはそれで状況確認するつもりらしい。

 爆発の煙が立ち上る方向に向けて、ユウが双眼鏡を覗く。と、ユウの顔色がはっきりと変わった。

 

「アレは…セカンドシリーズか!?」

 

 ユウの視界には3機のMS。それぞれ暗緑、黒、青の色合いの新型MSが、MS工場を破壊している光景が映っていた。

 今ユウたちの立っている戦艦ミネルバに配属される予定だった新型機だ。その性能はこの場に配備されている量産機を遥かに上回る。

 そんな機体が暴れまわる。それだけで受ける被害は甚大なものになるはずだ。

 すぐさまユウは身をひるがえす。

 

「ユウ!」

 

 それを見て、慌ててメイリンが呼び止めた。ユウが動いた理由はあの3機を止めることだ。未だ事態を把握していないメイリンでも、ユウが戦場に行くことは明白だった。

 ユウの服は、MSパイロットエースとしての、赤なのだから。

 

「なに?」

 

 非常時なのに、呼び止めてから何も言葉をかけられない。先程から艦内放送でメイリンたちを呼ぶ声が響いている。メイリンにとっても職務を果たさなければならない義務がある。

 お互い早くしないといけないのはメイリンでも分かっていた。必死に言葉を探し、口がぱくぱくと開く。

 

「えっと…帰ってきてね?」

「ん、当然。俺は赤だぜ」

 

 かろうじて放った言葉に、ユウは笑みを浮かべて答えた。その姿は凛々しくて、メイリンにはとても眩しいものに見える。

 緊張に固まるメイリンの頭にユウが軽く手を置いた。

 

「だからサポート頼むぜ、オペレーター」

「…うん!」

 

 何度か叩いて笑みを浮かべたあと、ユウがその場を離れていく。

 その背中を追うようにして、メイリンも艦内へと向かった。自分の役目を、果たすために。

 

 

 MS工廠は既に火に包まれ、戦場の光景へと様変わりしていた。周辺一帯で煙が上がり、爆音が止むことなく鳴り響いている。

 その光景を目の当たりにして、アスラン・ザラは歯噛みした。

 アスランはこの日、隣に居るカガリ・ユラ・アスハの非公式会談のため、警護者として共にこのコロニー『アーモリー・ワン』を訪れていた。目的はプラントの現議長、ギルバート・デュランダルとの会談だ。

 しかし、会場に向かう途中で戦闘に巻き込まれ、その議長とははぐれることとなってしまった。MS相手では身を守る術も限られ、助かるために咄嗟にザフトのMSへと乗り込んでしまったのである。

 これでおそらく戦闘は避けられないだろう。アスランがいた頃よりMSの性能は向上しているようだが、見たところ相手のMSはそれを凌ぐ性能だ。

 できればカガリのためにも、リスクは避けておきたいと思っていたのだが、モニターに映る機体を見る限り、それを許してもらうことはできないだろう。

 

「大丈夫なのか、アスラン?」

「心配するな」

 

 不安そうに声をかけてくるカガリに、優しく言葉を返す。性能差はいまだはっきりとしていないが、アスラン自身先の大戦を生き残った経験がある。

 そう簡単にやられはしない。そう意気込み、アスランはザクを動かした。同時に片手でキーボードを入力。手早く手持ち武装を確認。

 このザクの装備はシールドと、ビームトマホーク。後者を選択すると、ザクがビームトマホークを肩部シールドから抜き放った。

 

「ヘアァァァっ!」

 

 掛け声を上げながら、カオスへと斬りかかる。カオスはそれを回避するが、ザクはその動きに対応。即座にスラスターを点火し、シールド越しに強烈なタックルを食らわせた。

 

『なにぃぃぃぃ!?』

 

 カオスのパイロットが悲鳴にも似た叫びを上げながら、バランスを崩す。その隙を逃すまいと斬りかかるアスランだったが、コクピット内に鳴った警報によってその行動を中断した。

 

「もう一機か!?」

 

 黒い機体から放たれたビームを、寸前で防御する。シールドに着弾した衝撃でコクピットが揺さぶられ、身体を固定していなかったカガリの身体が激しく打ち付けられた。

 

「くっ、カガリ…」

 

 意識を失った少女を見て、アスランが呻く。横目で見ると揺さぶられた際に額をどこかで切ったのか血が流れていた。怪我の程度は浅いが、脳震盪の恐れもある。できれば早く離脱して、検査を受けさせたいところだ。

 今の状況はアスランにとっては極めて不利な環境だった。要警護者の体を気遣い、精神的に余裕はない。また、敵には質でも量でも劣っている。正規の部隊は出られないのか、一向に応援が来ないこともアスランの焦りを助長させていた。

 

「ザフトは何をやっているんだッ」

 

 苛立ち混じりに悪態をつく。ただそれが状況を変えるワケではないことを分かっているのか、アスランはそれ以上口を開くことなく戦闘に集中した。

 飛びかかってくるガイア…獣のようなMAをシールドであしらい、弾き飛ばす。続けてビームライフルを構えたカオスに横ステップで対応。機体にビームがかすめていくが、構わずに突っ込んだ。

 二度目のタックルを警戒してか上に飛んでカオスがかわす。

 猛禽類を思わせるMAに変形したカオスが足のクローを展開して掴みかかってくるのを防ぎ、逆に脚を掴んで地面へと叩きつけた。

 そのままカオスに切りかかろうとトマホークを振りかざすが、今度は別の場所からのビームに態勢を崩すこととなる。

 

「流石に厳しいかッ!」

 

 水色のMS、アビスだ。ザクの識別センサーに表記された文字を見て、アスランは舌打ちする。

 流石に敵の機体も高性能ながらパイロット自体の練度が高い。一機を潰す前に他の機体が援護に入るため、中々に攻めづらい。これが戦闘を長引かせ、アスランを徐々に防戦へと追い込んでいく。

 手数の少なさもアスランの選択肢を狭め、戦闘を不利にする要因だった。せめてビームライフルがあれば、複数相手でももう少し良い立ち回りができただろう。しかし今はトマホーク一本のみ。動きが直線的に成りやすく、読まれやすい。

 先ほどブーメラン代わりにしたこともあって奇抜な発想ももう使えないだろう。

 そう考えているうちに、コクピットの警告音にハッとした。

 

「しまったっ!?」

 

 アビスのビームを辛くも避けるが、後方から迫り来るガイアに対応できない。突進を食らわされ、前のめりになったところに、カオスが蹴りを放ってくる。

 それもかわせず、凄まじい衝撃がコクピットを襲った。

 

「ぐぅぅぅっ!」

 

 ザクの巨躯が地面に叩きつけられ、轟音が響き渡る。身体が軋むような痛みに、アスランも流石に呻くのを堪えられなかった。

 モニターにはザクの身体を踏みつけるカオスの姿が映っている。抵抗を許さず、一気に決めるつもりか。

 ビームサーベルが発振されるのを見て、アスランの額に汗が浮かぶ。咄嗟に抵抗する手段を思考するが…良い考えを思い浮かべることができない。

 せめてカガリだけでも、という口惜しさが残る中、アスランはビームサーベルが突き立てられるのを睨みつけ。

 

『なにっ!?』

 

 カオスを襲った砲撃によって、九死に一生を得ることとなった。

 

 

 ユウが現場に到着した時には、既に大きな被害が出ているところだった。周囲に瓦礫が散乱し、ザフト士官の犠牲者も確認している。

 おそらく技術者のが多いだろう。普段前線に身を置くことが少ない者たちだ。身を守る術はあれど、場馴れしていない分被害を受けやすい。

 また、戦場に出ない分命を捨てる覚悟も弱い。彼らは言ってみれば、ユウたち前線に出るための兵士が守るべき民間人に近い存在だ。

 見知った顔は確認できなかったが、中には自分と接したものもいるだろう。そう考えると、憤りが身体を沸騰させるような感覚があった。

 

「一体何やってるんだよ、お前たちは!」

 

 憤りのままに、ユウが叫ぶ。人と接する機会が多い性格だけに、この被害を生み出した敵が許せない。どんな理由であれ、戦争は既に終わっていたのだ。

 ユウの搭乗機、ZGMF-X52S『シルバリオン』。純白の四肢を持つ騎士然としたMSが、敵へと踊りかかる。

 右腕からビームサーベルを発振してカオスに振り下ろした。

 それをシールドで防ぐカオス。それを見て、ユウは瞬時にパネルを操作。強烈な蹴りを放ちカオスをザクから弾き飛ばす。

 

『新手だとォォッ』

「好き放題しやがって」

 

 吹き飛ぶカオスを見ることなく、左腕のシールドを向ける。狙いは、アビス。

 シールド先端部にはガトリング砲が取り付けられており、砲身が高速で回転。ビームの雨を撒き散らした。

 

『なんだよコイツっ!?』

 

 相手の言葉は聞こえないが、ユウは相手の様子からそんなことを言っているのだろうと感じ取る。だが、容赦はしない。攻め入ってきたのは向こうなのだから、遠慮などする必要もない。

 

「覚悟してもらうぜ!」

 

 ビームの雨をシールドで防ぐアビスを見ながら、ユウはモニターを切り替えた。後方センサーに反応。識別は、ガイア。

 地上での機動力はMA形態のガイアが上だ。まともにやり合う必要はないだろう。少なくとも、以前に模擬戦をした時の相手であれば。

 

「後ろから突撃するとかさぁっ!」

 

 飛びかかってくるガイアの動きは先ほど遠くからザクとの戦闘で確認している。こいつの動きは単調だ。ガイアの機動力に救われているが、直線的で、分かりやすい。

 今までユウの経験した対人論からすると、怒りっぽい直情型。しかもきっと女だ。めんどくさいタイプの。

 

「バカの一つ覚えみたいにっ」

 

 操縦桿を引き倒し、シルバリオンを屈ませる。ぶつかるべき対象を失って真上を通り抜けていくガイアに向けて、スラスターを全開。ブーストで勢いをつけたタックルで吹き飛ばした。

 

『キャァァァァ!』

 

 一瞬の接触時に女の悲鳴が聞こえ、顔をしかめる。他人思いのユウにとっては、人が乗っていると実感させられる嫌な瞬間だ。殺しはなるべくやりたくないという思いが、ユウの表情を歪ませる。

 だけど、所詮敵だ。そう思うも、感情に心が追いつかない。

 その一瞬の迷いで、シルバリオンの動きが鈍る。

 

『よくもやったな、余り物のくせにさァ!』

 

 その一瞬で、アビスが全砲門からビームを一斉射した。咄嗟に横にステップして回避するが、スラスター部にビームが命中。融解し、推進剤に引火して爆発する。

 

「くっそぉぉぉ!」

 

 咄嗟に背部ブロックをパージしたことで本体部への被害は抑えられたが、機動力を潰された。それはシルバリオン最大の武器を等しく、戦力低下は避けられない。

 咄嗟に通信回線を開き、ザフトの一般周波数に合わせる。ザフト機に登録されている波長だ。敵にも筒抜けだろうが、やらないよりマシだ。

 

「そこのザクのパイロット! やれるなら援護。出来なければ撤退して応援を頼む」

『了解した。可能な限り援護する。すまない』

 

 一方的な内容であるから、期待していなかったが、律儀な返答にユウは目を丸くした。若い男の声だ。凛々しい声だが、どこか優しさを感じさせる。

 きっと、温和な性格だ。戦争向きじゃない。

 だが、戦場という孤立した空間で人と繋がれたことに安堵し、ユウは自然と笑みを浮かべた。

 

「心強い!」

 

 思ったことを素直に口に出しながら、ユウは再び機体を駆る。スラスターがない分機動力は落ちるが、それだけでシルバリオンが戦えないわけじゃない。ビームガトリングを構えて、機動力のあるガイアの動きを止める。

 そこにザクがビームトマホークを構え、投げつけた。ブーメランのように投擲されたトマホークがガイアを捉えるが、その攻撃をカオスが盾を構えて弾く。

 その直後アビスが無数のビームを撃ち込んでくるが、その場から飛びずさることでシルバリオンは回避する。ザクはトマホークを拾い上げると、それを振りかぶってカオスを近接戦へと誘い込んだ。

 それをみて、ユウはザクを援護することを選択。レールガンを展開し、ガイアへと放つ。

 フェイズシフト技術による相転移装甲のため、相手MSは実体弾に高い耐性がある。だが、衝撃まで完全に無効化することはできずガイアはザクから引き離されることとなった。

 次いで、遠距離射撃が厄介であるアビスへと目を向ける。

 

「君たちはもう、どこにも帰れない。悪いが、ここで倒す!」

 

 アビスは砲撃戦による後方射撃を得意としたMSだ、かと言って、接近戦ができないわけではない。懐に潜り込まれるのに弱い部分はあるが、それこそアビスの脅威性を示す罠。背部のバックパックユニットを展開させ、広範囲による一斉射が襲いかかってくる。

 距離が近い分、面での射撃は避けづらい。そのことは、模擬戦で痛いほどユウは味わった。

 

「まずその背負いものを潰させてもらう!」

 

 ビーム・ガトリング砲を構え、アビスに狙いを定める。そのままトリガーを引こうとした瞬間、遠くからのビームがガトリングを撃ち抜いた。

 

「ちぃっ」

 

 シールドから手早くパージし、ガトリングを蹴り飛ばす。宙に舞ったガトリングが爆散するのを、シールドで防ぎながらユウはモニターに視線を移した。

 モニターに写っていたのはガイア。MS形態でビームライフルを構えているあたり、突撃バカではなかったようだ。頭は回る、ということか。

 ザクもカオスに苦戦しているようで、援護は期待できない。

 分が悪い、と悪態を着いた時、索敵範囲に映ったモノを見て、ユウの口元に笑みが浮かんだ。

 

「はっ、ようやくかよ」

 

 モニターに映る戦闘機と、白銀色のMSを見てユウは操縦桿を持つ手に力を込める。

 散々待たせてくれた援軍に、なんと言ってやろうかと考えながら右腕部からビームサーベルを展開して、叫ぶ。

 

「さぁ、ショータイムだ、ぜッ!」

 

 

 ユウの援護に駆けつけたザフト製MSの中で、フィアはコンソールをチェックしていた。先ほど通信でメイリンから状況の説明は受けていたが、まさか本当に3機も強奪されているとは思いもよらなかったからだ。

 改めて確認すると、確かにメイリンの情報は間違ってはいないだろう。ガイア、カオス、アビスは軍施設への攻撃こそしていないが、ユウのシルバリオンやおそらくこちら側のザクに向けて攻撃を続けている。

 通信回線も向こう側から切断されたままだ。一般回線による呼びかけにも応じない以上、明確な敵意があることは間違いない。

 フィアは素早く状況を確認するとシンに回線を開いた。

 

「シン。どうする?」

『どうするもこうするも、あいつらをぶっとばす! 話はそれから』

「なるほど」

 

 シンは故郷のオーブを連合の理不尽な攻撃で焼かれ、家族を失ったという。乱暴な言葉も、彼の心情からすれば当然のもの。

 フィアの家族も二年前に亡くなっている。ただ、そのことを、フィアはもう忘れてしまった。それをシンは素直に表現するから、フィアにとっては少しだけ羨ましい。

 

「シン」

『何だよ?』

 

 一言シンを呼ぶと、モニターに険しい顔の少年が映る。

 ここからは実戦。死の危険と隣り合わせの世界だ。だがきっと目の前の少年は生き残るつもりでいる。そのことを表情から感じ取って、フィアは少しだけ勇気づけられた。

 

「あなたがバカでよかった」

『あ゛ぁっ!?』

 

 一気に不機嫌そうな声を出したシンを置き去りに、フィアは自らの機体を駆った。

 白銀の四肢に、黒い胴体。背部の翼は赤と黒で彩られ、まるで血に染まった堕天使のようにも見える。機体コードはZGMF-X58S。

 

「舞おう、イノセント」

 

 歌うように唇に音を乗せる。透き通るような音の波。その言葉に呼応してか、イノセントと呼ばれた機体のツインアイが力強く輝いた。

 背部のウイングスラスターを展開し、一気に加速。亜音速にまで近い初速を叩き出しながら、カオスに踊りかかる。

 

『何だよ、こいつらはァ!』

 

 ザクの右腕を切り裂き、追撃の構えを取っていたために、カオスは弾丸のごとく迫り来るイノセントに対する反応を遅らせることとなった。ビームサーベルを腰部から抜き放ち、居合の要領で切り払う。

 かろうじて身を反らすことで避けたカオスだったが、イノセントのほうが早い。シールドが避けきれずに切り裂かれ、小さく爆発を起こしていた。

 

『チィッ、次から次へと』

『新型はこいつら3機だけのはずだろ、スティング!』

『うるせェ』

 

 敵の混乱などお構いなしに、フィアは機体を操作する。腰部ロケットアンカーのタクティクス・アレスターを射出し、カオスの両腕を拘束。即座に両腕を切り落とすべくビームサーベルを展開するが、視界端にMA形態となったガイアを見てその行動は中断することを余儀なくされた。

 アレスターを戻すイノセントにガイアが迫る。その瞬間、MS形態への合体を果たした戦闘機、シンの『ソード・インパルス』が横殴りに斬りかかった。

 ガイアがそちらに気を取られている隙を見て、フィアはカオスへと視線を移す。

 だが、敵もただ防ぐばかりではないようで、右脚をクローにしてイノセントを掴み取った。

 

「こ、のっ!」

 

 機体を掴まれたイノセントがカオスの頭を掴み上げる。お互いヴァリアブル・フェイズ・シフト装甲で覆われているため、どちらも決定打になりにくい。だが、メインカメラを潰せばこちらの勝ちだ。

 相手はフィアたちを破壊しなければならないが、こちらは捕獲するだけでいいのだから。

 

『くそっ……これ以上はジリ貧だ。アウル、ステラ!』

『落とす! こいつだけは!』

 

 カオスがクローによる拘束をしたまま、ビームサーベルを振りかざす。それを見てフィアは操縦桿を引き戻し、仰け反るようにして斬線から身を逸らした。

 そのわずかな間を縫うように、ユウの操るシルバリオンが腰部レールガンを放ち、カオスが弾丸の直撃を受けて吹き飛ばされる。

 

「ユウ、助かった」

『フィア、油断するなよ…?』

 

 回線越しに礼を言うと、ユウが不敵な笑みを浮かべた。正直格好いいが、今は残念ながら眺める余裕はなさそうだ。

 ビームサーベルを投擲し、カオスの動きを牽制。同時に腰部後方に取り付けられたビームライフルを掴み取り、ビームを放った。

 即座に回避行動を取るカオスだったが、直前までサーベルを避けたことによる慣性がその動きを阻害する。

 結果として動きの硬直したカオスはビームを避けきれず、背についたポッドの一基を撃ち抜かれた。爆発する前に切り離したカオス。そこにアビスが援護に入り、追撃の動きを見せていたイノセントへ向けてビームを放つ。

 

『イライラするんだよッ、お前らさァ!』

『アウルッ! ステラも、帰還だ! これ以上は無理だ』

『うるさいよ! だけど、確かにしんどいか』

 

 会敵した時よりも目の前の3機の動きが鈍くなってきたのを、フィアは薄々感じ取っていた。流石にユウや先ほどのザクとの戦闘が響いているのだろう。

 数での優位を失ったことも敵の精神を追い詰めている要因かもしれない。どちらにしろ、好都合だ。

 

『フィア、シン。そろそろ決め時だぜ』

『わかってる』

 

 ユウの疲労もかなり溜まっているらしい。相当集中していたのか、額に汗が浮かんでいるのがフィアからでも分かる。ヘルメットをつけないあたりはユウらしいが、きっと暑くて脱いだのだろうと推測した。

 ユウの言葉にシンが了承し、ガイアに向かっていく。ガイアの左腕は既に斬り飛ばされており、MA形態での機敏さを失っている様子だった。

 

『いい加減諦めなって!』

 

 ユウのシルバリオンがアビスのビームをよけ、シールドクローでつかみあげる。そのまま地面に叩きつけると、衝撃の余波を使ってアビスが後退を始めた。

 ガイアを弾き飛ばすソードインパルスを、カオスのビームライフルが襲う。後方へと飛びずさることでビームを回避したインパルスだったが、ガイアとは距離を離されてしまっていた。

 その直後、ガイアが狂ったように暴れだし、アビスがつかみあげる形で上空へと飛び上がる。

 

『撤退する!?』

 

 敵も潮時だと感じたのだろう。だが、その動きはあまりにも精彩さを欠いていた。スラスターを破壊されたシルバリオンはともかくとして、インパルスとイノセントなら十分補足できる。

 インパルスと共に3機の追撃を行おうとした時、上空からの警報にフィアの表情が凍りついた。

 

『フィア!』

「くっ」

 

 上空からのビームがフィアの左腕をシールドごと焼き尽くし、爆発。その余波でイノセントが吹き飛び、衝撃がコクピット内のフィアを襲う。シンが駆けつけ、フィアの援護に回った。

 

『向こう側も援軍とは、手の早いことだぜ』

 

 ユウが悪態をつくのを聞きながら、フィアがモニター越しに上空を見る。

 視覚センサーが反応し、イノセントのモニターが上空のMSの姿を鮮明に映しだした。

 漆黒の翼、黒衣のような黒いボディ。その姿はまるでカラスのようでもあり、悪魔のようでもあった。

 素早くフィアが機種特定を試みるが、該当するデータは無し。おそらく、地球連合軍の新型か。

 

「う、あっ…」

 

 ただ、フィアはその機体を見たことがあった。地球に住んでいたとき、コーディネイター狩りと称した弾圧を受けたことがある。両親が死んだあと、プラントに逃げてくる前の話だが。

 その時に見たMSと、似た形状をしていた。いや、正確には形状よりも、その纏っている雰囲気とでも言うのだろうか。

 鋼鉄の機械に雰囲気やオーラなどおかしな話だと思うが、フィアはそれを敏感に感じ取っていた。

 その姿が、かつての記憶と重なることで、フィアの体は知らないうちに震え始める。

 ――怖い。

 感情の乏しいフィアでも実感することはある。あの機体は、恐ろしく冷たい。

 フィアたちは当然知る由もないが、その機体には名前があった。

 過去の機体は黒色のエールストライク。

 そして今、目の前で冷酷な姿を晒すMS。

 

『任務、開始』

 

 ――GAT-X105E。

 その名を、ストライク・ノワールと言った。

 

 

 




拙作を読んで下さりありがとうございました。ここで1話は終わりとなります。
なにぶん、久しぶりの小説でもあったため、色々と文章が酷いと思います。誤字脱字、その他変な接続詞など、至らないところがあれば脳内補完をお願いします。また、報告してくれればそれらの問題点はなるべく修正致します。
見切り発車のため、この物語がどこへ向かうのか。そもそも完結するのか。色々と自分も思わないわけではありませんが、一人でも心に残る話が作れたらいいと思います。
きっとその方が、ただ書いて消してしまうよりいいと思いますので。
それでは、もし読み続けてくれる方がいれば2話以降もよろしくお願いいたします。


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EPISODE:02『黒翼の悪魔』

皆さん、お待たせしました。蛇です。
需要があるかわからないまま2話目を投稿させていただきます。
この話には多少残酷な描写、オリジナル展開が含まれております。話の都合上原作との齟齬が生じておりますので。苦手な方はブラウザバックをお願いします。
勢いで書いたとはいえ、推敲した上で投稿しております。が、中には筆者の見過ごした誤字脱字、あるかもしれません。
読んでいて不思議に思った文、疑問を抱く文は、申し訳ありませんが脳内補完をお願いします。
では、お楽しみ下さいませ。


 少女は走っていた。擦り切れたローブを風にはためかせがら、ただひたすらに生きようともがいていた。

 可愛らしかっただろう顔は煤で汚れ、恐怖に涙を浮かべている。周りからは炎が巻き上がり、少女と似た格好の人間が無数に横たわっていた。

 少しでも歩みを止めれば少女もこの人間たちのように物言わぬ肉塊と化すだろう。

 瓦礫を避けるように進むと、少女の行く手を遮るように地面がえぐられていった。

 

「きゃぁっ」

 

 小さく悲鳴を上げ、その場で丸くなる。着弾の衝撃が小さな身体を襲い、飛散した小石が少女のローブを切り裂き、肌を掠めていった。

 走る痛みに顔を歪めながら、細い足で立ち上がろうとする少女。しかしその気力は、目の前の光景によって失うこととなる。

 一人の男が銃弾の雨にさらされ、肉片と血煙を撒き散らす。赤い花のように咲いたしぶきが地面を濡らし、少女の頬に肉片が飛び散った。

 

「あ、あぁ…」

 

 その男の伴侶だろうか、少し小柄な女性が遺体に駆け寄り、同じようにただの肉の塊にされていく。

 無慈悲なまでの殺戮。それを行うのは、頭上で紅い翼を広げた黒き巨人。

 連合製MS、エールストライク。そう名付けられたMSが、目の前の地獄を作り出していた。

 少女の瞳に、悠然と空に浮かぶ悪魔が映った。悪魔は次の獲物を探すように顔を動かし、少女を見つけたのか、ゆっくりと舞い降りてくる。

 明確な死が目の前に来たことで、少女の歯がガチガチと鳴りだした。まだ小さな少女の体が小刻みに震え、目の前の死を呆然と見つめている。

 そして悪魔が少女の前に降り立ったとき、少女の意識は闇に包まれた。

 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY

 EPISODE:02 『黒翼の悪魔』

 

 

 上空で漆黒の翼を広げる新たな敵に、フィアは動揺を隠せずにいた。

 二年近く前の、惨劇。二度目のトラウマが蘇り、壊れたはずの心に波紋を広げていく。

 

「ス、ストライク…」

 

 士官学校時代に嫌というほど聞いたその名が、少女の口から紡がれた。かつて、ザフトが最も辛酸を舐めさせられた相手として、MS訓練の際は仮想敵としても用いられたMS。

 連合の開発した、セカンドシリーズのルーツたるGの一つだ。

 そしてフィアにとっては超えなければならない壁でもある。そのことに、フィアは唇を噛み締める。

 

『フィア、何してる!』

 

 唐突に聞こえたシンの声に、フィアは現実に戻された。咄嗟にモニターを見ると、アグニを構えたストライクノワールが銃口を向けている姿が見えた。

 ロックオンアラートに突き動かされるようにその場を飛び退くと、膨大なエネルギー光が目の前の地表を焼き尽くす。

 

「くっ…!」

 

 先ほど左腕部を蒸発させたのもあのアグニだろう。目の前のビームは通常のビームライフルの何倍もの熱量を持っているはずだ。シールドを失ったイノセントでは、直撃すれば無事では済まないことは明白だ。

 

『俺がこいつを引きつけるから、シンたちは奪われた3機を…!』

『ユウッ』

 

 ユウが通信で先を急ぐよう促すが、今のシルバリオンだけでは圧倒的に不利だ。空を飛ぶストライクノワールに対して、飛び道具もなくスラスターも破壊されている状態では、一方的に蹂躙されるのが分かりきっている。

 ユウの腕が悪いわけではないものの、先ほどの戦闘で消耗しすぎてしまったのは無視できない。

 

『もうすぐレイとルナも来るから! 先に――』

「ダメ」

 

 ユウが勝算を口にするが、フィアは反射的にそれを止めた。

 脳裏にちらつく過去の記憶を振り払うように頭を振り、落ち着いて状況を確認する。

 ユウのシルバリオンはスラスターがない分、機動力が著しく低下している。更に武器はビームガトリングを破壊されており、地上から上空への攻撃手段はレールガンしかない。

 迎撃こそ可能だが、相手はストライクの系列機。おそらくPS装甲を搭載しているはずだ。シルバリオンのレールガンは決定打になりにくい。

 そこまで考えると、フィアは一度息を吐いて言葉を放った。

 

「ユウは後退して補給を。シンは3機を追尾」

『なっ!?』

 

 二人が驚愕したような声を出すが、フィアの考えは変わらない。現時点でシルバリオンにストライクノワールの相手は任せられない。

 だが、かと言ってストライクノワールを放置するわけにも行かない。そうすると残るべきは目立った損傷のないインパルスではなく、シールドと左腕部のロストこそしたものの、ビーム兵器を持ち飛行可能なイノセントが適任だ。

 疲弊したあの3機のみならば、シンのインパルスだけでも補足できる。可能なら後続の援軍にも向かってもらいたいが、それはストライクノワールとの状況次第で考えることとして、フィアは作戦を立てていく。

 フィアの説明にシンは釈然としない表情で黙り込み、ユウは何かを考え込む仕草を見せた。

 

『分かった』

『ユウ!?』

 

 それほど時間をかけず、ユウの言葉が返ってきた。それにシンが食ってかかるが、ユウは笑みを浮かべて言葉を放つ。

 

『俺はフィアを信じるだけだぜ』

「シン、行って」

 

 不敵な笑みを浮かべたユウとフィアの言葉に、シンは口をつぐんだ。二人の意思は何を言っても変わらない。そう判断したからだ。

 それにシンがここで駄々をこねるほど、敵は撤退していってしまう。そうすれば再び戦火に巻き込まれ。失われる命が出ることとなる。

 それだけはシンも願い下げだ。嘆息して、頭を冷やす。そしてシンは自分の個人的感情よりも、任務を優先することを選んだ。

 

『分かった! 頼むぞ、フィア』

 

 ミネルバにフォースシルエットの要請を行いながら、シンのソードインパルスが跳躍する。それを防ごうとストライクノワールがチャージし終わったアグニを向けるが、フィアのイノセントがそうさせまいとライフルを放った。

 

『フィア、使え』

 

 インパルスがフォースシルエットに換装する際、エクスカリバー対艦刀をふた振りパージするのを見て、フィアはビームライフルを腰部に格納。フットペダルを踏み込むと同時にイノセントが飛翔し、エクスカリバー対艦刀を空中で掴み取り、ノワールへと斬りかかった。

 

「はあぁぁぁっ」

 

 だがノワールは即座にアグニを投げつけ、イノセントの動きを阻害。アグニを切り裂いたイノセントが、爆風に煽られて硬直した隙を逃さずウイング型バックパックから抜き放ったフラガラッハで斬りかかってくる。

 

「……早い!」

 

 ナチュラルはコーディネイターより反応が遅いと士官学校で言われていたが、この機体のパイロットはその枠に当てはまらないようだ。先ほどの回避行動といい、的確にこちらの動きに対応してくる。

 それに対して、フィアの表情が僅かに歪んだ。その機敏な動きは確かに、ザフトを苦戦させ他ストライクの名にふさわしいものに思える。

 だが。

 

『全部にキラ・ヤマトが乗ってるわけじゃない!』

 

 ユウの叫びにも似た声と共に、ストライクノワールにレールガンが襲いかかった。身を翻して避けるノワール。それに追従するように、イノセントが追いすがる。

 

「ユウ?」

『やっぱり援護するぜ、危なっかしいんだよフィアは』

 

 イノセントを動かす中で、モニターに映る顔を視界の端に入れた。確かにPS装甲に対して効果は薄いが、レールガンでも相手の動きは阻害できる。

 現に何の援護も受けられない状態よりも動きやすくなっているのだから、フィアにとっては良い誤算だったと言うべきか。

 

「仕方ない…使って」

『もち』

 

 先ほどのシンのように、今度はイノセントの後腰部につけたビームライフルを取り外し、落とす。落下していくビームライフルの行方を見ることなくフィアはノワールへ肉迫した。

 右手のエクスカリバーを振り抜き、居合のように斬りかかる。それを身をひねって避けるノワールに、今度は左のエクスカリバーを振り上げるも、フラガラッハで防がれた。

 ならばとタクティカル・アレスターを向けるが、脚部を持ち上げるように態勢を変えていなされる。

 

「動きが全然…ッ!?」

 

 すぐさま蹴りを放たれ、イノセントが弾き飛ばされた。コクピット内を振動が襲い、呻くフィアに対してノワールがリニアガンを向け、発射。

 高速で飛来する弾丸を、今度はユウがビームライフルで撃ち落とした。どうやら無事に受け取っていたようだ。

 続けざまにノワールに向けて放たれたビームを避け、ノワールがビームライフル・ショーティーで応戦。連続して放たれるビームの雨を、ギリギリのところでシルバリオンがかわしていく。

 

『さっきの奴らより手強いっ!』

「それでもっ」

 

 エクスカリバー対艦刀の一本を投擲し、ノワールへと再び向かうイノセント。それを援護するシルバリオンの二機だったが、ノワールはそれをいなすように迎撃する。

 その時、二機のMS反応にノワールの動きが止まった。

 

『どうやら、援護が来たようだぜ』

「ルナ、レイ…」

 

 モニターを見ると、真紅のガナー・ザク・ウォーリアが、大型火器『オルトロス』を構えた姿が見える。刹那の差で放たれたエネルギーの奔流が、ノワールを飲み込まんと迫っていった。

 それを宙返りのようなアクロバティックな動きで回避するノワール。更にビームライフル・ショーティーを放つが、純白に染められたもう一機の援軍―ブレイズ・ザク・ファントム―がファイアビー・誘導ミサイルを展開させ、弾幕を張ることで相殺した。

 数の差に圧されたのか、それとも時間稼ぎが十分だと判断したのか、ストライクノワールが身を翻す。

 それを見て、フィアが追いすがろうと機体を動かした。

 

「逃がさないッ」

 

 後方からザク二機も同じように追いすがるが、ストライクノワールはビームライフル・ショーティーで軽く牽制すると、瞬く間にその姿を遠ざけていった。

 まるで、掻き消えていくように。

 

 

 シンのフォースインパルスは宇宙へとその活動域を移し、強奪された3機へと向かっていた。

 

「逃がすかよ!」

 

 みすみす宇宙への逃亡を許してしまったのは不覚だった。これでは捕獲などという問題ではないだろう。

 宇宙はコロニーという限定的な空間ではない。重力に縛られず、上下左右どの方向にも動くことが可能である。そのため敵の動きはまさに縦横無尽。特に宙間戦闘に比重を置いたカオスはその影響が顕著だった。

 先ほどの動きの鈍さはどこへやら、だ。損傷があるにもかかわらず、水を得た魚のようにシンのインパルスへ迎撃を仕掛けてくる。

 

「チッ、いい加減にィ!」

 

 残り一基の機動兵装ポッドをビームライフルで撃ち落とし、シンがフットペダルを踏み込む。

 カオスはビームライフルを撃ってくるが、シールドを投げつけてそれを防ぐ。そのままフォースインパルスに速度を載せ、空いた左手でビームサーベルを抜き放った。

 

「落ちろよ、このバカ!」

 

 慣性のまま突進するフォースインパルスの速度に、カオスは対応することができない。アビスもガイアも、今となってはもう遅い。二機のためにカオスが囮となったことで、シンは戦う中で二機から意図的に引き離していたのだ。

 ――殺った!!

 自然と笑みを浮かべ、シンがそのままサーベルを振り下ろす。ビームサーベルはそのままカオスに突き刺さり、その機能を止める――はずだった。

 

「うわあぁぁっ!?」

 

 唐突に横殴りにかかった衝撃によって、シンのコクピットが激しく揺さぶられる。インパルスが何らかの被弾を受け、吹っ飛んだのだと理解するまでに数秒の間を要した。

 二機の援護が間に合わないと油断した、シンの完全な失策だった。奪われた3機のみに固執した結果、別の可能性を考えることをやめていたのだ。

 

「もう一機居たのか」

 

 急いで態勢を立て直し、シンは状況を確認する。

 モニターの機体称号ライブラリに標示された名は、ストライク。

 ――またお前かよ!

 思わず怒鳴りかけ、口を閉じる。先ほどの黒い機体は類似していながらも、別の機体であることは想像できた。だが、シンの目の前に居るMSは違う。

 二年前の亡霊、ストライク。ザフトを散々苦しめた悪夢が、今ザフトの前に立ちはだかっている。

 

「だったら、俺が倒してやる」

 

 二年前は、ザフトが奪い損ねた結果、その行く手に立ちはだかっていた。現在は、ザフトの機体を奪い、ザフトの……シンの行く手を塞いでいる。

 それならば、破壊してでも押し通ろう。シンは二年前など知らない。二年前の亡霊などに、恐怖しない。

 ストライクより恐ろしい悪魔を、シンは知っているのだから。

 

「もう古いんだよッ、あんたも!」

 

 目の前のストライクにビームライフルを向け、連射する。無数のビームがストライクを狙うが、全て回避された。

 ビームに気を取られた相手に対し、再度シンは接近する。

 左手のビームサーベルを振るうが、ストライクは身を翻してそれをかわす。だが、その様子にシンは笑った。

 シンが先ほどのカオスに対する行動と同じ行動を取ったことで、相手はこう思っているはずだ。

 ビームライフルで牽制し、ビームサーベルでの格闘戦を挑む奴。だが、それがシンの計算であることを、相手に教えてやる。

 ビームサーベルを返す手で投擲。

 後方へと身をそらした相手はそれを避けることができず、シールドで身を守る。

 そのシールドめがけて、インパルスが強烈な蹴りを放った。

 足蹴にされて、ストライクのシールドが弾き飛ばされる。続けて頭部に向けて手を伸ばし、機体を捕まえにかかる。

 だが再びの警告音に、シンはその場を離れた。

 

「二度もやられるか」

 

 その場を離れた瞬間、先程までインパルスがいた場所を無数の弾丸が通り過ぎていく。おそらくレールガンか。

 シンが撃たれた先にモニターを移すと、紫色の戦闘機が確認できた。外見はメビウス・ゼロだが、ザフトの機体ライブラリを確認すると、ガンバレル・ストライカーと表示されている。

 その名の意味を頭で確認することなく、シンは何かを理解した。目の前でガンバレル・ストライカーが中折れし、ストライクの背部へ接続される。

 何のことはない。シルエット・モジュールのように独立して稼働することが可能なストライカーパックだということだ。ストライクにはないものだと教わったが、どうやら敵もストライクの換装システムに疑念を持っていたらしい。

 

「くっ、お前なんかに構っている暇は!」

 

 すぐに片付ければカオスたちを追尾できると思っていたが、気づけば3機の反応が消失している。おそらく、相手の母艦に回収されたのだろう。シンの意識をそらすことも、敵の策略だったようだ。

 だが、それならばと目の前の機体に意識を向ける。この機体だけでも倒して、敵の正体を暴いてやる。そう考え、シンはインパルスを操った。

 ビームライフルを構えるインパルスに向けて、ガンバレルストライクが背部の兵装ポッド『ガンバレル』を切り離す。

 四基のガンバレルはそれぞれ意思を持ったように稼働し、インパルスへ向けてレールガンを放ってきた。

 

「ぐ、このぉぉぉ!」

 

 ガンバレルの精密な射撃を避けながら、シンはストライク本体にライフルの狙いを向ける。だが連続したガンバレルの攻撃に、いなしきれなくなり何発かが機体に直撃した。

 

「ぐああぁぁぁ!」

 

 着弾の衝撃で態勢を崩すインパルスに、ストライクのビームライフルが狙いを定める。連続して放たれたビームがフォースインパルスを襲い、右肩、左足、と次々にパーツを穿っていった。

 

「くそぉっ、こんな…」

 

 次々と各部から起きる小さな爆発の衝撃に、シンの意識が途切れかける。それを頭を振って振り払うと、ガンバレルストライクが捕獲しようと近づいてきていた。

 このままだと、インパルスまで鹵獲されてしまう。そう考えたシンは、機体を分離させようと手を伸ばした。

 だが迫り来るガンバレルストライクに、一条のビームが走ったことでそれは中断される。

 

『シン、援護する』

『動けるようなら離脱しろ、シン』

 

 シンがその声に回線を開くと、フィアの顔が写りこんでいた。その横にはレイの顔も見える。

 それを見たのか、それとも役目を果たしたと考えたのか、ガンバレルストライクが離脱していった。

 

「とりあえず、助かったのか…俺は」

 

 敵機が離れていく様子を見て、シンはとりあえず安堵の息を漏らす。

 シンが経験した最初の実戦は、とりあえず生き残れたものの、苦いものとなった。

 

 

 

 シンがフィアたちと合流する少し前、母艦である新型艦『ミネルバ』への着艦を果たしたシルバリオンの中で、ユウは通信をしていた。

 

「ミネルバが出る?」

『うん、シンが外に出ちゃったから、それを回収するためにもってことみたい』

 

 通信回線の先で、オペレーターとしての役を務めるメイリンが頷く。既にオペレーターとしての口調ではないためか、後ろの方で叱責が飛んでいた。

 身を縮こませるメイリンの様子を楽しむように見ながら、ユウはシートにもたれかかる。

 

「まぁ、どのみち奪われた3機も追わないとな」

『うん、それなんだけど』

『また敬語を使わないとはっ!』

 

 ユウの独り言にメイリンが少し困ったように頬を掻き、また怒られていた。後ろのおっさん、じゃない。アーサー・トライン副長だろう。あの人は生真面目だそうだから、声と言葉で容易にユウは想像できていた。

 

『アーサー、少し黙ってなさい』

『えぇっ、は、はい!』

 

 今度はアーサーがタリアに咎められ、身を縮こませる。その様子に、メイリンがプッ、と口を手で押さえて小さく笑った。

 どこのコントだ、と半分呆れながらユウも笑う。戦闘で疲れた身体には、こうした日常的な会話が心地いい。

 特にユウにとっては、人と触れ合うことは何より安心できる行為だった。

 

「俺もとりあえずそっちに向かうぜ、補給の間は暇だし」

『あ、忘れてた』

 

 ユウがメイリンに向けて言うと、メイリンがあっと声を出す。疑問に首をかしげたユウに、メイリンが身を乗り出すように通信回線に近寄った。

 一瞬膨らみが見えたような気がしたが、ユウはそのことに気づかずメイリンを注視する。

 

『実は今、議長が来てて』

 

 内緒話でもするようにひそひそと話すメイリンに、ユウの思考は固まった。

 議長とは、ザフトのトップ、ギルバート・デュランダルだろうか。超のつくVIPの。

 艦長も士官扱いのユウからすれば十分偉いが、そんな役職とは比較にならない。言うなれば一企業の社長と、一国の王。まさに月とすっぽん並の格差だ。

 

「メイリン、君の冗談はいつも面白いぜ」

『冗談だったら私も良かったのに』

 

 ユウが笑って済まそうとすると、メイリンの表情が暗くなった。よくその身体を見ると緊張で強ばっているのか肩が若干上がっているのが分かる。

 どうやらメイリンの言葉は本当のようだ。

 

『だから早くきてぇ! 助けて』

 

 両手を握ってお祈りのように縋るメイリンに、ユウもさすがに身を引く。

 同情するが、議長なんてなるべくかかわり合いになりたくない。少しでも失言すればどうなるか、ユウは特に、同期である金髪の青年の顔を思い浮かべて、深く息をついた。

 

「とりあえず降りるから。通信切るぜ」

 

 まぁユウにとってはメイリンも大事な友人だ。気は進まないが、友人が困っているのを見て助けないというのもユウらしくない。

 手元のパネルを操作し、コクピットハッチを開ける。

 目の前のハンガーから見知ったメカニックたちの顔が見え、ユウに言葉をかけてくる。

 

「ユウ、お疲れさん」

「ルナは先に行ってるよ」

 

 褐色の肌を持つヨウラン・ケントと、紅いメッシュが特徴的なヴィーノ・デュプレ。二人共がユウと同期で、友人だ。

 二人ともパイロットとしてよりも技術屋として勉強し、こうしてメカニックとして一緒にミネルバに配属されている。

 経験こそ浅いものの、ミネルバに配属されたほどだ。二人の技術センスは、士官学校でも優秀な部類なのだとわかる。

 

「ルナが? なんでまた」

 

 先に帰還していたのは知っているが、随分と動きが早い。何かあったのかと尋ねれば、ヨウランもヴィーノも困ったような顔をした。

 何か面倒事だろうか。議長の件もあるし、とユウが考えると、ヨウランがその疑問に答えてくれた。

 

「ほら、あそこにザクあるじゃん。ウチに配備されてない奴」

「あぁ、本当だな」

 

 ヨウランの指差す先を見れば、緑色に塗装された一般カラーのザク・ウォーリアが見える。ミネルバに正式に配備されたザクは両機とも専用カラーに塗装されているため、そのザクには違和感があった。

 とはいえ、元々ザフトの機体だ。あの混乱の中で回収されたのかとも思ったが、違うようだ。所々に見える戦闘の後はユウはどこか見覚えがあった。

 

「あの時の…?」

「あの時?」

「あぁ、俺がカオスたちと戦闘した時に居たザク。多分そうだと思うけど」

 

 無意識に音に出した疑問に、ヴィーノが首をかしげる。それに答えると、納得した様子でヴィーノは黙った。

 しかし次の瞬間、ユウの肩を掴んではしゃぎ出す。

 

「じゃぁすげぇじゃん。お前」

「何が」

 

 暑苦しいぜ、とユウが言ってもヴィーノは離そうとしない。やや強引に引き剥がすと、今度はヨウランが口を開いた。

 

「あの機体に乗ってたの、オーブのアスハ代表らしいんだよね」

「は?」

 

 ヨウランの言葉に、ユウが間抜けな声を出す。幻聴かと疑うユウだったが、興奮する二人を見る限り真偽はどうあれ嘘はついていないようだ。

 先ほどメイリンからはデュランダル議長がブリッジにいると聞いたばかりだったが、オーブの代表トップまで居るとはどういうことなのだろう。

 そのうち地球連合軍トップも居るんじゃないのか、と疑心暗鬼に陥りかけるユウだったが、ヨウランの声で持ち直すこととなった。

 

「ルナはその真偽の確認。とりあえずこんな状況だし、議長本人に確認取るまでは監視ってことで」

「なるほどな。まぁ、議長の存在を知ってる時点で本物っぽいぜ」

 

 もはや考えることを諦めたユウが投げやり気味に応える。とりあえず整備長に促され、整備ケージから離れた。

 既に無重力空間になっていることで、ユウの身体は落下することなく宙を漂っていく。

 

「ユウー、また後で武勇談聞かせろよなー!」

「当然だぜ」

 

 ヴィーノの言葉に親指を立てて答えながら、ユウは整備デッキを後にした。

 背を向ける前に見えたシルバリオンは、損傷していることもあってか出撃前より頼りなく見えて。

 

「次は勝とうぜ、シルバリオン」

 

 静かに、自分の力量不足を恥じた。

 

 

「確かにアレは、俺のミスかな?」

 

 漆黒の宇宙空間を飛んでいく一つの機影。そのコクピットで、男は口元に苦笑を浮かべる。灰色の仮面で頭の半分以上を覆い隠している異様な風体の男だ。

 呼吸のためか鼻先から下は露出しているため、口元からかろうじて表情を読み取れることが、男を生身の人間として認識させている唯一の部分だ。

 長い金髪が仮面からはみ出ているのも、そのことを裏付けている要素の一つだ。

 

「しかしあの白いMS。なかなか見所がある」

 

 ガンバレル・ストライカーを装着していない状態とは言え、男の駆るMSに肉薄し、頭部を掴みかけるに至っていた。油断があったとはいえ、それを言い訳にすることはできない。

 ガンバレル・ストライカーを無人機仕様にしていたのが早速役に立った形だ。その稼働試験も兼ねていたとはいえ、予想以上にこの改修は役立ったと言える。

 当初の目的であるザフトの新型MS奪取。それ自体は成功したのだから、とりあえずは良かったと思うべきだ。

 

『ネオ・ロアノーク』

 

 少し物思いに耽っていた男の耳に、声が聞こえてくる。ネオと呼ばれた男はその声に画面を見やると、表情を柔らかくした。

 

「おっ、少年。良い活躍をしたそうじゃない」

 

 少しばかり、ネオ自身の失態を戒めるつもりで言葉を紡ぐ。目の前の相手は、先ほどの強奪作戦で一役も二役も買っていた。

 危うく失敗の可能性さえあった3機の強奪を支援し、なおかつザフトのMSを一機以外足止めしている。その上で目立った損傷も被弾もないのだから、上官としてのネオの立場がない。

 ただ、少年はネオの指揮下でその命令に従うだけだ。有能なはずなのに、向上心が見られない。同じ部隊の長としては、有能な部下がいることは嬉しいのであるが。

 

『あんたの助けも必要か?』

 

 内心持ち上げていたら、皮肉を持って返された。相手の言葉に、ネオの表情が引き攣る。

 

「言ってくれるねぇ」

 

 だが、相手の言葉ももっともだ。これほど派手に行動した以上、追っ手が来ることは明白だろう。

 ここからは逃亡生活だ。相手に捕まらず、殺されず。そして証拠を掴ませない。

 ネオたちの部隊は言わば幻。見えず、ただ痛みを与えるための存在。

 

「ま、全てが上手く行けば苦労もないんだろうけどね」

 

 敵方も、これで痛い思いをするはずだ。万事が上手くいくわけではないことを教えるための装置。

 第81独立機動軍『ファントムペイン』

 其れは、戦争という世界が生んだ、見えざる痛みをもたらす病。

 

 

 




お疲れ様でした。今回はどうでしたでしょうか。テンポが悪い、文が稚拙、色々あるかもしれません。
筆者こと蛇、精進あるのみだと思います。
読者の皆様にはここまで拙作に付き合っていただき、感謝の言葉しか出ません。何かしら、読んでよかったと思えていただけたら幸いです。
まだ物語も序の序。これからが盛り上がりを見せる部分でもありますので、ここまで読んでくださった皆様、これ以降も付き合っていただけたら幸いです。
ではまた3話でお会いしましょう!


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EPISODE:03『追撃』

最近あるものを買いました。GUNDAM CONVERGE EX03『ディープ・ストライカー』。
食玩、定価2400円(税抜き)。(つд⊂) 食、玩…? え…?(゜д゜)
さすが宇宙の怪物。値段も規格外でありますね。
可動はあまりしませんがCONVERGEは出来がいいですね。立体化も少ないディープ・ストライカー、しかも彩色済みフィギュアとあっては買わずにはいられません。さらにMS状態への替えパーツ付き。何があったのかバ○ダイ。作者にとってはボリューム。クオリティどちらも満足の出来でした。
もう既にウイングやブルーディスティニーも出てるんですよね。ディープストライカーで満足している状況ですが、こちらも買っていこうと思います。
そして積み上がるプラモの山。切り崩すのはいつになるんでしょうか…考えるだけでも恐ろしい


『イノセント、帰還します』

 

 オペレーターであるメイリンの声が響く中、フィアはその身体をシートへと預けていた。

 イノセントがハッチへと着艦し、固定用アームで固定されていく。その様子を振動で確かめながら、フィアはヘルメットを脱ぎ捨てた。

 白銀色の髪が宙を舞い、汗が飛び散る。異性が見れば魅力的でも、フィア本人からしてみれば嫌な光景でしかない。

 

「最悪」

 

 座席のシートを外し、膝を抱えて丸くなる。脳裏に浮かぶのは、敵の黒いMS。その佇まいが、挙動が、雰囲気が。全て二年前の嫌な記憶を思い起こさせ、フィアの心に波紋を広げる。

 冷たい。恐怖という名の感情が、喪失したはずの心を揺らがせた。

 丸くなった身体が、僅かに震える。プラントに来てからそんなことなどとっくになくなっていたのに、たった一機のMSで全て二年前に戻ったような気がして、フィアは顔を埋めた。

 

「寝よう」

 

 そうすれば、少しだけ嫌な思いもなくなるだろう。フィアは膝を抱えたまま、そっとその瞼を閉じた。

 意識がまどろんでいく中、フィアはひとつの人影を見たような気がして。

 

「――」

 

 ぽつり、と音にならない声で呟いた。

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY

 EPISODE:03 『追撃』

 

 

 宇宙へと発進したミネルバは、ザフトの開発した新型MSを強奪するという卑劣な行動をとった敵を追うべく、その船体を移動させていた。

 鈍い灰銀色に光る船体は、今までザフトの建造してきたどのタイプの戦艦とも違う。完全な新造艦、それがミネルバだった。

 この新型艦はプラントの誇る最新鋭技術を余すことなく投入して、建造されている。つまり、相手が逃げきれる可能性は限りなく低い。

 

「敵母艦の位置は?」

「はっ、現在解析中です」

 

 ミネルバを任された艦長、タリア・グラディスは後方に座るクルーに向けて言葉を放つ。それに対して、クルーの一人、メイリン・ホークが顔を覗かせて言葉を返した。

 まだ若い、年頃の少女だ。紅いツインテールの髪が特徴的だが、正直タリアは邪魔ではないのかと思えてしまう。

 髪が長いのは自分に似合わないと思ったか、いつからかタリアは髪を短くするようにしていた。

 それも全て、タリアの後部、予備座席へと座るひとりの男が原因なのだが。

 

「目標補足! インディゴ53、マーク1ブラボーに不明艦1。距離――」

「それが母艦か」

 

 ミネルバの索敵担当であるバート・ハイムの声に、デュランダルが呻く。バートの索敵した限りでは、敵母艦の距離はミネルバの有効射程より離れていた。

 タリアも座標を聞いて、少し表情を厳しくする。流石に新鋭艦とはいえ、攻撃できなければ無力に等しい。

 どうやら敵はタリアの予測を超える機敏さを持っているようだ。こちらがインパルスたちの回収に手間取っている間に、かなりの距離を稼がれてしまったのだろう。

 

「失礼します」

 

 タリアが考え込んでいると、背後から声が聞こえてきた。何かと思って振り向いた先には、空いた扉からユウ・ロックハートが入ってくるのが見える。

 その後ろにはレイ・ザ・バレルの姿も確認できた。銀髪のユウと金髪のレイ。対照的な髪色も相まって、容姿端麗な二人が並ぶとどこかのアイドルユニットのようにも思える。

 二人の登場に、メイリンがはっきりと喜色の笑みを浮かべた。年頃の少女からすれば、このツーショットは嬉しい光景ではある。

 

「議長?」

 

 デュランダルの姿を見たからか、レイが驚いたような声を出した。当然だろう。いくらなんでも、ただの戦艦にザフトの最高権力者がいるなんて思いもしない。特に今は式典などではなく、本物の戦場なのだ。

 とはいえ、議長も二人のパイロットもここからすぐ追い出す、というわけにも行かない。

 今は一刻も早く敵艦に追いつきたいところではあるが、赤服でもある二人に何かしら聞いておくのも有りかもしれないとタリアは考えた。

 

「ちょうど良かったわ。二人とも、今後の作戦について、何か意見はないかしら?」

 

 タリアから放たれた言葉に、二人の青年は目を丸くする。急な質問の意図をしばし考える二人だったが、それが新型機強奪事件のことだと思い至るとユウが口を開いた。

 

「行動指針で言えば、即時追撃だと俺は思いますね」

「しかし、議長が!」

 

 ユウはタリアと同じ考えを持っていたようだが、レイは少し違うようだ。普段冷静かつ的確な判断が売りのレイではあるものの、今回の意見は少しばかり慎重だった。

 

「だがそれだと、目標は確実に見失うぜ? 地球まで持ち込まれたら手遅れだと思うけど」

「なら、増援を寄越すなり――」

「レイ、議長の役目は何だ? プラントの繁栄と平和のためだ。必要なら自分を犠牲にしてでもそれを達成する」

 

 熱くなるレイを、ユウが冷静に説得する。確かに、ギルバート・デュランダルは重要だ。彼がいなくなれば、プラントの上層部は混乱するだろう。

 しかし、議長とは本来、常にその身を命の危険に晒すのが仕事なのだ。戦場には出ずとも、戦争が始まれば敵国と机で向かい合うこともあるだろう。

 銃口を突きつけられるかもしれない。後ろから撃たれることも、あるいは時にその命を自ら絶つことで降伏という形で争いを終わらせる選択肢をしなければならない。

 戦争が始まれば、国民にも被害が及ぶ。世界全土が、前大戦のように争いに巻き込まれるだろう。

 それを防ぐため、議長にも取らなければならない責任がある。

 そのことを、ユウはよく理解していた。

 

「って、デュランダル議長なら言うと思うぜ?」

 

 そう言って、レイにいつものような笑顔を向ける。そのユウの姿を見て、タリアは口元を緩めた。

 今期卒業生である赤服の中でも、おそらく最も人の心を読み取る術に長けた人材と言えるだろう。

 突発的な状況に対応できる柔軟性、相手に物事を正しく伝える話術、そして、戦闘以外でも動じないその胆力。

 当初はレイ・ザ・バレルが最も優秀だと思っていたタリアは、その認識が甘かったことを自覚した。

 笑みを浮かべて楽観的な印象を受けやすいが、その笑みの奥には表情では読み取れない何かがある。ユウは、今期の中でもおそらくトップクラスの兵士と言えた。

 

「その通りだよ、ユウ君。戦争を止めるためなら、私はこの身を捧げる覚悟だ」

 

 ユウの言葉に、デュランダルは気を悪くすることもなく、鷹揚に頷いてみせる。その表情は穏やかな笑みをたたえているが、瞳には強い決意の光が宿っている。言葉だけでなく、覚悟した上での態度なのだろうとタリアは考えた。

 昔から、一度決めたら迷わないその性格は変わっていない。そう思い、タリアは複雑な心境を抱いた。

 しかし、嬉しくもある。変わらないデュランダルの在り方もだが、ユウが図らずとも代弁してくれたタリアの意志を肯定してくれたのだから。

 

「それでは、本艦はこのまま目標『ボギー・ワン』を追撃します。よろしいですね?」

「構わんよ。むしろ、望むところだと言わせてもらおう」

 

 タリアの言葉に、デュランダルは不敵な笑みを浮かべてみせた。余裕のある態度を見せることで、兵士の不安を解消する狙いもあったのだろう。

 実際、判断をすべて委ねられたタリアはその態度に幾分か救われた。

 とはいえ、デュランダル議長を失うわけにも行かない。ミネルバはこれから先、撃墜されることを禁じられたも同然だ。

 デュランダルに退席を促し、ユウとレイ二人にその案内を頼む。二人の少年を伴って艦橋から出て行くデュランダルを見送ると、タリアは軽く息をついた。

 絶対生還命令。その重責が、タリアの肩に重くのしかかっていた。

 

 

 ファントムペインの母艦、ガーディ・ルー内のメディカルルームへと一人の人間が入ってきた。

 目元を覆うバイザーに、青みがかった銀色の髪が特徴的な少年だ。既にその場へ居た仮面の男、ネオへと向かう足取りは、薄暗い空間にも関わらず迷いがない。

 

「少年か。珍しいな」

 

 ネオがその存在に気づき、意外そうに言葉を放つ。二人共が顔の一部を仮面で隠している姿は傍から見れば異様な光景だ。しかし、他の人間は意に介することなく作業を進めている。

 

「コード・ナハトだ…少年じゃない」

 

 ネオの言葉に苦言を呈し、ナハトは視線をある場所へと向けた。その視界に入ったのは3基のカプセル型ユニット、『揺りかご』だ。

 半透明状の天井部に、ベッドのような繊維クッションが設けられている。半透明の天井部から、点滅する光が暗い空間に漏れ出ていた。

 その中で眠りについているのは、どれもコード・ナハトと似た年代の少年少女。

 つい先ほど、ザフトから新型MSを強奪したのは彼らだ。

 

「調整は上手くいっているようだ…」

「ほう。見ただけで分かるのか」

 

 ナハトがつぶやくと、ネオが面白そうに言葉を放つ。そのことに対し、特に何の感情も抱かず少年は頷いてみせる。

 

「当然だ…」

 

 きっぱりと断言するその視線は、仮面越しに眼前の揺りかごへと注がれていた。

 彼らとナハトはよく似ていた。同類と言っても良い。感情を制御され、兵士としてのみ価値を持つ存在。

 他の生き方など知らない。知る必要もない。ナハトも彼らも、人としては余りにも空虚な存在だった。

 

「なら、ここはお前に任せるよ、少年」

「……了解」

 

 二度は言わない性分なのか、それとも諦めたのか、ネオの言い方に再度注意することなく、ナハトは淡々と返答した。

 ネオがその場を離れていくのを気配で感じながら、ナハトは揺りかごへと近づいていく。

 ステラ・ルーシェ、アウル・ニーダ、スティング・オークレー。それぞれ区別のための記号でしかないが、名前そのものは覚えていた。

 中でも、ステラと呼ぶ金髪の少女のもとへ、ナハトは視線を送る。

 揺りかごの中の彼女たちは、戦闘の苛烈さが嘘のように、穏やかな表情で眠っていた。彼女たちは常に万全の状態で戦闘を行うために、記憶の最適化を行うことを義務付けられている。

 必要な記憶と、不必要な記憶。それらを揺りかごが脳波から読み取り電子化することで、第三者が選別し、記憶の取捨選択を行うことができる。そして恐怖や同情など、戦闘を行うのに不要な感情とそれを想起させる記憶を取り去ることで、ステラたちエクステンデッドは常に最高の状態で戦闘に望むことができるのだ。

 無駄な感情で命を散らせるより、その方が良いだろう。ただしそれは、人間というより人形に近いが。

 

「…必要ない」

 

 ただ一言、そう呟いた。感情も、記憶も、人間性も。そんなものは捨ててしまうべきだ。

 ナハトを含めて、エクステンデッドであるステラたちは兵士だ。常に死と隣り合わせであり、それを恐れてはならない。恐怖し、生への未練を抱かせるそれらの要素は、兵士にとっては最も忌むべき悪魔の囁きに相違ない。

 だからこそ、ナハトは否定するのだ。自らの存在を示すために。そしてステラたちが歪んだ存在だと認めないように。

 ナハトの視線の先で、ステラが一筋の涙を流す。縋るように手を宙に浮かせた先は、ナハト自身。

 それはあたかも、ナハトの存在を求めているようで。

 

「青き清浄なる世界のために」

 

 その様子を見ながらただ一言、自らが存在する意味を示す言葉を呟く。

 その言葉には、感情のない冷たさだけが秘められていた。

 

 

 フィアが目を開けると、紅い瞳が視界に入った。煌々と燃える炎のようにも、研ぎ澄まされた光を放つ紅玉のようにも見える瞳だ。

 フィアのような、血を連想させるような醜さのない赤が、そこにはあった

 

「シン…?」

 

 その瞳を持つ者を、フィアは一人しか知らない。その人物の名を呼ぶと、その瞳の主は安堵したような表情を浮かべた。

 

「こんな所で寝てると風邪引くぞ」

 

 シンの黒い髪が揺れるのを見ながら、その言葉に首をかしげる。フィアが身を起こせば、その身からブランケットがひらりと落ちた。

 先ほどコクピット内に眠るフィアを心配して、シンが掛けたものだ。汗で冷えた身体を、最低限温める効果はあったのだろう。寒気は特に感じないのがいい証拠だ。

 

「コーディネイターは風邪をひかない」

「…お前な」

 

 淡々と言葉を紡ぐフィアに、シンは呆れたような声を出す。確かに、軽重を問わずウイルス性及び細菌性の病気や遺伝子疾患を発症しないコーディネイターは多い。

 それは先天的にもたらされた遺伝子操作の産物であり、遺伝子レベルでその病気への強い耐性を持っているためだ。

 しかし、それは免疫力に関係する遺伝子を操作された者が獲得するもので、それを行っていても感染確率が100%0というわけではない。

 新種が出れば感染するだろうし、何らかの原因でその耐性がなくなってしまうこともある。

 だからこそ、シンはフィアの身を心配してブランケットを用意したのだが。

 

「可愛げのない奴…」

「シスコンよりマシ」

「なんだとぉっ!?」

 

 シンがぽつりと呟いた悪態に、言葉の暴力で応じてやる。それに対してシンが目に見えて怒り出し、フィアがシンの顔を足蹴にする事態へと発展した。

 コクピットで眠っていたから身体の節々が痛いが、フィアはそのことを特に気に止めていない。

 それよりもシンに対して言いたいことがありすぎて、何を言おうか頭をフル回転させる必要があった。

 完全に、シンを使って嫌な記憶を忘れようとしているだけだ。フィア自身、嫌な女だと思う。

 

「バカ、バーカッ!」

「うるせぇ、マユの可愛さを少しは見習え!」

 

 やいのやいの、イノセントのコクピット内が騒がしくなったことで、次第に周りの人も関心を向け始める。

 特にヨウランとヴィーノは、またかという感じで苦笑していた。

 レイに議長の案内を任せて戻ってきていたユウもその騒ぎを聞きつけ、状況を見るなり怪しい笑みを浮かべ始める。

 

「二人共、ここは賭けにして小遣い稼ぎと行こうぜ」

 

 こっそりと、ユウがヨウランたちに耳打ちする。ユウにとってみれば、軽い悪戯心からだったのだが、思いがけず、二人は乗り気な様子となった。

 ユウの言葉に年頃の少年たちは同様の笑みを浮かべ、まるで悪ガキのような顔で周囲に声を放つ。

 

「今期士官学校卒業生名物! 赤服同士の対決だよー!」

「対戦カードはシン・アスカとフィア・エルンスト! 同期でも屈指の好カードだぁぁあ。どっちに張るか、それとも反るか」

「よってらっしゃいみてらっしゃい」

「いや、それは違うと思うぜ」

 

 二人のはしゃぎっぷりにユウは笑みを浮かべたまま突っ込む。しかし、周りの整備兵はそんな細かいことは気にしないらしい。

 突然の戦闘、そして出撃によって過度の緊張を強いられていた整備兵たちは、いきなりの娯楽に歓声を上げた。

 その多くがイノセントのコクピットが見える位置までいき、どっちが勝つだのと大騒ぎだ。幸い大方の機体整備がひと段落着いた所のようで、整備兵たちは暇を持て余していたらしい。

 その様子を見ながら、ユウは少し離れた位置に移動する。

 この騒ぎでは、後々何かしらの懲罰を受けることは容易に想像がついた。

 君子危うきに近寄らず。先人の教えを、ユウは忠実に体現していた。

 

「こうなったらインパルスに乗るべき、そうすべき」

「おー上等だ。やってやろうじゃねぇかこうちくしょうッ!?」

 

 大胆かつ到底認められない宣戦布告をフィアが告げ、自棄になったシンがそれを受ける。

 その際、身を乗り出したシンの後頭部に、漂っていたスパナが直撃した。

 後頭部に走る激痛に、シンの身体がつんのめる。その際身体を支えていた手がコクピットの枠から離れ、バランスを崩した。

 

「うわぁっ!?」

 

 重心が異常に前に移動した状態では咄嗟の姿勢制御もうまくいかず、シンを倒れ込む形でフィアの身体に覆い被さった。

 当然、手は咄嗟に体を支えるために前へと突き出した格好で。

 

「いっつぅ……あ」

 

 シンが呻きながら起き上がろうと手に力を込めた。その度に柔らかい感触が手から伝わり、シンは目を開ける。

 視界に映ったのは、紅いスーツと、華奢でありながらも肉付きの良い太もも。状況が理解できず、そのままゆっくりと顔を上げたシンは、ある一点で動きを止めた。

 シンを見下ろすように、フィアが不思議そうな顔を向けている。お互いに何が起こったか全く理解できていない。

 そして先に理解したのは、シンだった。

 要するに、フィアの下腹部に顔を埋め、彼女の胸を揉みしだいている状況だったのだ。それを理解した瞬間、シンの全身から血の気が引いた。

 確かアーモリー・ワンでも、似たような状況があったような。

 ――こーの、ラッキースケベ!

 

「あ、いや、これは違うんだ! 今のは事故で、俺は……」

「……シン」

 

 慌てて弁解を試みるシンの名を、フィアが呼ぶ。それだけのことなのに、シンは一切の動きを止める。

 もう手遅れだ。そう悟ったシンは、最後にピンク色の携帯を握りしめる。

 

「死んで」

 

 その瞬間、シンは死んだはずの妹と再会を果たした気がした。

 

 

「それはあんたの自業自得」

 

 紅いザク・ウォーリアのコクピットに座る形で、ルナマリア・ホークのなだめる声が聞こえる。その言葉に、やはり女だからな、とシンは諦めたように息をついた。

 黒い髪から覗く額には、赤い打撲痕が見える。後頭部と前頭部、両方が鈍い痛みを発する感覚はいわば万力だ。まるで拷問を受けているような感覚に、シンは少しばかり理不尽さを感じていた。

 

「だから不可抗力だって。わざとじゃないんだぜ?」

 

 俺も被害者なのに、とシンは額に手を当てて、痛みに顔を顰める。目の前にいる、一本跳ねた髪が特徴の女性から、氷のうを受け取ると腫れた患部にそれを当てた。

 急激に冷やされ、痛みが徐々に引いていく感覚がシンの心も沈めていく。だがそれでも、納得できない部分が残っていた。

 

「女の子なんだから、そんなことされたら咄嗟にそうなっちゃうのは仕方ないわよ。男は違うでしょうけどね」

 

 頭上から響くルナマリアの声に、シンは妙に納得してしまった。確かに男が押し倒されるパターンは、被害者であるにもかかわらず妙に興奮するかもしれない。それは男が優位という先入観があるから、男は心に余裕を持てるのだと推測できる。

 一方女は最初から男に肉体的な面で劣るという意識が根強い。そのため男に何かしらされた際、心に余裕が生まれず嫌悪感が生まれるのだろう。

 そんな難しい言葉で理論づけてみるが、やっぱりシンには納得がいかなかった。性別の時点で扱いが変わるなんて、余りにも理不尽だ。

 一度フィアに文句を言ってやろうかと立ち上がろうとするシンに、ルナマリアがポツリと呟く。

 

「フィアも反省してたみたいよ? アタシに氷のう持ってくるよう連絡してきたのもあの子だし」

「……なんだよ、それ」

 

 ルナマリアの言葉に、シンは憮然とした顔をした。そんなことを言うのは、反則だ。それでは悪態をつくこともできなくなってしまう。別にシンはそこまで気にしているわけでもなく、悪役になりたいわけではないのだから。

 

「でも、羨ましいかも」

 

 唐突にルナマリアが呟いた言葉に、シンは首をかしげる。話の内容が理解できず、思わずその顔を仰ぎ見た。

 

「何がだよ」

「シンとフィアのこと。お互い言いたいこと言えて、それでも変に相手を気遣って。まるで兄妹喧嘩みたい」

 

 そう言うルナマリアの表情は、どこか憂いを帯びている。瞳を伏せ、長い睫毛が女性らしさを引き立てていた。

 何故か急にルナマリアが別人に見えて、シンは狼狽える。見慣れないルナマリアの一面なのだろうが、普段の彼女からは想像もできない魅力だ。

 正直、可愛いと思う。

 

「ルナにはメイリンがいるだろう?」

 

 そんな邪な思いとは別に、兄妹と言われてシンの胸が酷く痛む。シンの記憶にある、最悪の光景。

 二年前、故郷で焼かれた両親と妹のことが、頭に浮かんでは消えていく。思わず妹の遺品であるピンク色の携帯を握り締め、シンはそっぽを向いた。

 

「アタシたちはダメ。喧嘩しようなんてとても思わないもん」

「それはそれでいいだろ。俺なんてマユともっと仲良くしとけばなんて」

「あ、ごめん…」

 

 シンの言葉に、ルナマリアは気まずそうに口ごもる。それに対して、シンはため息をつくと首を振った。

 

「いいよ別に」

「ありがとう」

 

 結局、よく分からない話の流れになってしまい、変な空気になってしまう。その不自然な空気を吹っ切るためにシンは身を起こした。

 変化した光景を何の気無しに見ていたシンだったが、ある一点でその視線が止まる。

 

「なぁ、ルナ」

「んー?」

「あのザク、誰が乗ってたんだ?」

 

 シンの視界の先には、緑色に塗装された一般カラーのザク・ウォーリアが見える。ルナマリアが乗っているものは赤色のため、その一般機仕様に見覚えはない。

 おそらく先の戦闘で強奪された3機に奮戦していた機体だろう。ガイアに動きを阻まれたシンを援護してくれたが、損傷も激しくすぐに撤退してしまっていた。

 損傷の割によく動いていたこともあって、短い時間ではあったもののシンの記憶にはよく残っている。目の前の機体は、その記憶よりいくつか修復されてはいたが。

 

「あ、そういえばアレ! オーブのアスハ代表よ」

「へぇ……って、オーブのアスハ?」

 

 相手の言葉に相槌を打ち、その重大な言葉に思わずオウム返しした。オーブとはシンの生まれ故郷でもあるオーブ連合首長国。そしてオーブ代表のアスハとは二つの意味を持つが、この場合は現首長を務めているカガリ・ユラ・アスハのことだろう。

 前大戦時に崩御したウズミ・ナラ・アスハの娘、として今のオーブでの人気は高い。だが、シンは好意的にはとてもなれない人物だ。

 憎悪までは行かないが、どうしても家族を失った責任をその時指導していたウズミ・ナラ・アスハに向けてしまう。

 その娘であるカガリも同様に。

 

「うん。アタシもびっくりした。まさかこんなとこで、大戦の英雄に会うとはね」

 

 その言葉に、無意識にシンは表情を顰める。別にカガリ・ユラ・アスハに当時の責任を押し付けるなどという愚行はしないものの、英雄と言われる分にはどうしても抵抗があった。

 英雄なら、どうしてマユを、両親を守ってくれなかったんだ。あの時家族を失った人は、みんなそう言うだろう。

 世界を救った英雄。だがそれは所詮、全ての人を救うことなどできない。

 結局、本当に守りたいものは自分で守るしかないのだ。

 

「でも、アスハもちゃんと強いんだな」

「あ、でもザク動かしてたの、別の人みたいよ? アレックスって言ってたけど」

 

 少しだけ大戦の英雄と呼ばれることを理解したつもりのシンだったが、ルナマリアの付け足した言葉に目を丸くした。

 

「え、じゃぁ動かしたのは別人なのかよ」

「みたいね。ただその人――アスラン・ザラかも」

 

 納得を返せ、と言わんばかりに身を乗り出したシンに、ルナマリアが笑みを浮かべて喋る。再び出た英雄の名に、シンは何度目かの衝撃に沈黙した。

 アスランと呼ばれる人物もまた、カガリと同様に前大戦の英雄と呼ばれた男だ。元々ザフトに所属していたエースパイロットの一人であり、あのストライクを相打ちとはいえ撃破したほどの腕前を持っている。

 それならば、性能面で不利なザクでもセカンドステージ相手に渡り合えた実力も納得が行く。

 だがそれだと結局、カガリ・ユラ・アスハは何をしていたのかという話になるが。

 

「アスランって今オーブに居るらしいし。その腕なら代表の護衛になってもおかしくないわよね」

「それは確かに…」

 

 ルナマリアの言葉に、シンも頷く。確かにアスラン・ザラが護衛であれば、彼に操縦を任せるのが一番安全だろう。カガリの操縦技術がどうあれ、戦闘経験で言えば、アスランの方が豊富なはずだ。

 それに、カガリは今はオーブという一国の代表なのだ。護衛が迂闊に戦闘を許すとは思えない。

 

「アスラン・ザラ、か……」

 

 ザク一機でセカンドステージを相手に渡り合うその実力。なおかつ最重要人物を守りぬくその精神力。

 その正体が誰だろうと、同じMS乗りとしては一度会って師事を受けてみたい。ザクのパイロットは、そんなことを思わせる人物だった。




ここまで読んでいただき、いただきありがとうございました。
第3話、いかがでしたでしょうか? 今回は戦闘抜きなので物足りないかもしれません。
最後の方は少し引きが下手だったと自分では思っています。こんなんで続きが気になる人がいるのか…?
近年暴力系ヒロインはあまり好まれない傾向にあるようですが、フィアのは理由のある暴力です。もし不快に思われた読者様がいたら許してやってください。次の話で説明もさせていただきます。
また誤字脱字、その他感想についても随時受け付けております。気になった点があればご一報ください。可能な範囲で対応します。
それでは、第4話でお会いできることを願いつつ。


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EPISODE:04『歪み』

皆さんお久しぶりです。蛇です。
今期はロボアニメ多いですね。M3、キャプテン・アース、アルドノア・ゼロ、アルジェヴォルンと目移りしてしまいます。ロボ系の好みで言えばM3、シナリオならアルドノアが一番楽しめましたが、皆さんは何か見てるものはあるんでしょうか?
やっぱりロボはいいですよね。燃えます。この作品でもそういった部分を出していきたい、と改めて思いました。色々とオリジナルMSの設定も浮かぶのが一番の収穫でしょうか(笑)
今回は4話をお届けします。更新遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
それでは、どうぞ。


「どうぞ、お座りください」

 

 ミネルバの艦長室で、二人の男女が向かい合って自分の席に腰を下ろした。その脇には、それぞれ異なる性別の人物が付き従って立っている。

 対面して座っているうちの一人、カガリ・ユラ・アスハは、まだ年若い少女でありながら、一国を背負う身としてその席についていた。

 彼女の前には、同じ国を背負う者として、プラントの長を務めるギルバート・デュランダルが腰掛けている。カガリよりも年上でもう青年という年齢ではないものの、一国を任される身としては、やはり幾分若い。

 

「では、説明していただきたい。この現状を、プラント議長はどう考えているのか」

 

 こうして対面している訳は、ザフトが開発していた新型MSに関する議題だった。

 カガリにとってみれば、今の平和を守るための会談である。

 二年前、多くの犠牲を払って手に入れた平和。ようやく戦後復興がひと段落し、これからそれが実感できるという最中、ザフトが新型MS及び新型戦艦の披露式を行うという情報が耳に届いた。

 目的はどうであれ、軍事力を増強するという意味で今の平和な世界に波紋を生みかねないその噂は、決して無視できないものであった。特に、先の戦争で敵対関係にあった地球連合軍を悪戯に刺激すれば、第二の火種になりかねない。

 居てもたってもいられず、非公式に会談を取り付けて向かえば、案の状新型兵器を強奪される事件が発生。

 カガリ自身巻き込まれ、今この戦艦にその身を置いてもらっている。一国の代表である以上、ミネルバ側も適当に扱うこともできないのだが。

 

「そうですね。しかしまず、姫の御身を危険にさらしてしまったこと、お詫びさせていただきたい」

 

 対等な立場であろうと力強い言葉を発するカガリに、デュランダルはあくまでも柔和な態度を崩さない。

 アスランがこっそり耳打ちしようとするのをカガリは手だけで制し、デュランダルに頭を振った。

 

「いや、元々こちらが無理を言った立場なのだ。先の件については、そちらの態度を責めるわけにも行かない」

 

 相手の謝罪を制しながらも、カガリは己の未熟さを痛感していた。最初は新型MSを強奪されたことで、軍事力の増強を非難するつもりであった。

 しかし、ここまで低姿勢を貫かれては、一方的に非難することもできない。何よりカガリ自身が言ったように、元々プラント側には無理を言ってお願いをした立場なのだ。

 非公式会談であればなおのこと、カガリ一人に人員を割くわけにも行かなかっただろう。

 

「だから今後について話そう。私はプラントとは、良き理解者でありたいんだ」

 

 だからこそ、カガリは本題を切り出した。話術でも、読心術でも年を積んだ相手には遠く及ばないことは、政治の世界に身を投じて十分痛感している。

 そしてカガリは、誰よりも真っ直ぐに言葉を伝えられることが、何よりも自分の武器だと分かっていた。嘘に塗れ、薄汚れた政治家の中では、その若さゆえの純粋さが、時に相手の信頼を得ることもある。

 そしてそのカガリの態度に、デュランダルもまた、笑みを向けた。

 

「姫は純粋なお人のようだ。その好意に、私も全力でお答えしましょう」

「ありがとう」

 

 この時、宇宙の片隅で、オーブとプラントの二国会談が密かに行われることとなった。

 

 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY

 EPISODE:04 『歪み』

 

 

 ステラは夢を見ていた。とても楽しい夢だったように思う。辺り一面にお花畑があって、ステラはその中心で踊っているのだ。

 まるで童話のお姫様のように、くるくる回っては花びらが舞う。そんな少女らしい夢を、いつかステラは実際にやってみたかった。

 ただ、その夢には続きがあって、それはとても悲しかった。

 ステラは手にナイフを持ち、くるくる回りながら人を斬るのだ。舞い散るのは花びらではなく、人の血で。夢の中だけは、それが悲しいと思えた。

 とはいえ、いつもステラがしていることだ。どうして悲しいと思うのかわからないし、そういった時は目を覚ませばその思いも忘れることができた。

 だからステラは気にせずに、その夢を止めるため目を開ける。

 ゆっくりと開いた瞳には涙が溜まっていて、それが不思議と綺麗だった。

 

「綺麗…」

 

 思わず、言葉が溢れる。なぜ涙が溜まっていたのかわからないが、とりあえず瞳に残っていたものを擦って拭き取った。

 そのまま瞬きを繰り返し、目の違和感を取り除く。

 改めて開いた視界に、一人の少年が映り、ステラは表情を緩めた。

 

「ナハト!」

 

 揺りかごからその身を乗り出し、ステラは大好きなその名を呼ぶ。

 ナハトはステラに呼ばれてもたいして表情を変えず、白衣の研究員と話していた。

 その様子にステラは悲しくなるが、仕方ないだろう。おとなしく、脚を投げ出してブラブラさせていると、ナハトの方から近づいてきていた。

 

「ステラ・ルーシェ、気分はどうだ?」

「うん!」

 

 ナハトからの言葉に、ステラは嬉しそうに頷く。言葉をかけてもらうだけで、温かい気持ちがステラを満たすのだ。

 傍から見ればまるで会話になっていない。だが、ステラが頷くのを見て、ナハトは納得したように言葉を紡ぐ。

 

「……問題ないようだな」

「うん!」

 

 ナハトが頭に手を置くと、ステラはくすぐったそうに目を細めた。うっすらステラから見えるナハトの表情は読みづらく、無感情にも見える。

 実際ステラの安定剤として組み込まれた行為なので、ナハトからしてみれば任務のうちなのだろうが、ステラはそのことを気にもとめず、その感触に身を委ねた。

 

「なんだよー、アレ」

 

 その様子を少し離れたところから見ていたアウルが、たまらなくなったのか口を開く。

 アウルの言葉を聞いて、スティングも息をついた。

 

「俺が知るか」

 

 スティングもアウルも、それぞれ自分の揺りかごから身を起こしている。寝起きとしては、最低な光景だ。

 何が悲しくて甘い雰囲気の二人を見なければならないのか。一方的な好意を寄せるステラに、ナハトもよく付き合っている方だ。ナハトは特に何も感じていないだろうが、同じ男としては恨めしい。

 ただ、そういうことは他所でやれ、そう二人は同時に考えていた。

 

「ちぇー、どうせならもっと寝とくんだったぜ」

「どうせすぐネオも来るだろ」

 

 ステラのほうを見ることに耐え切れなくなったのか、アウルはそのまま揺りかごへと身を委ねる。その様子を見ながら、スティングは息をついた。

 アウルも全く子供のようだ。そう思いながらスティングも顔を上げる。流石に、ステラの方を見るのはこの中で我慢強いと自負するスティングでも辛いようだ。

 

「お、みんな起きてるなー?」

 

 スティングの言葉が天に届いたのか定かではないが、タイミングを測ったようにネオが姿を見せる。

 その声に、アウルは勢いよく上体を起こした。

 

「おせーよ!」

「んー? 時間は守ったつもりだったんだがな」

 

 アウルの文句に、ネオは肩をすくめるだけだ。おそらく、わざとだろう。とはいえ、ステラたち3人が目覚めるタイミングとしてはそう時間が経っているわけでもない。

 だからこそ、アウルもそれ以上文句を垂れるようなことをしなかった。子供扱いを嫌がるアウルだからこそ、堪えているという感じだ。

 そのことが透けて見える時点で、アウルもまだまだ子供っぽいのだが、とスティングは笑った。

 

「ネオ・ロアノーク」

 

 ネオの声が聞こえたからか、いつの間にかナハトが近寄っている。その横にはステラも一緒だ。

 ナハトの右手に腕を絡ませているようで、ステラの年に不相応なほど豊満な胸が押し付けられている。柔らかくナハトの腕を挟み込んでいるソレを見て、ネオは咄嗟に鼻を抑えた。

 流石に、インパクトがありすぎる。よく見れば、研究員たちも涙を流しているように見えた。

 ただ、当のナハトはそれを気にせず淡々とした表情を保っている。さすが、兵士として完璧だと上層部が言うだけのことはある。

 だが、次に放たれた言葉には疲労の色が隠しきれていなかった。

 

「…待遇の改善を要求する」

 

 ――お前が言うな!

 その瞬間、ナハト以外の男の心は一つになった。

 

 

「フィアさー、ちょっとやりすぎだったんじゃないか?」

 

 イノセントのコクピット内にこもって調整を行うフィアに、長い銀髪を揺らしてユウが声を出した。長髪な上、色素も相まってか綺麗だが、ユウはれっきとした男である。低い男性特有の声が、フィアの耳をくすぐった。

 その言葉に、それまでキーボードを叩いていた手が止まる。

 細くしなやかで、とても綺麗な指だ。少女らしい手には目立った傷もなく、本当にMSを乗りこなす少女だとは、到底思えない。

 

「後で謝る」

 

 それだけ言って、またフィアはキーボードを叩き始めた。ユウに言われなくとも、フィアはシンに悪気がなかったことは分かっている。

 あの時スパナがシンの後頭部に直撃するのも見えていたし、そもそもシンはフィアを異性として認識していないだろう。

 精々が、手のかかる同期。それに、失った妹も重ね合わせて面倒を見ているだけだ。

 そのことに、フィアは特に何も感じない。シンといる時間は退屈しないが、いなくなっても困らない。既に戦争状態に近い今の状況では、特にいつまでも一緒というようには行かない。

 ただそうは考えてもどこかフィアは、シンに対してやったことに罪悪感を抱いていた。

 あの行為は、シンが胸を触ったとか下腹部に顔を埋めたとかいう行為による驚きよりも、数刻前の戦闘で乱れたフィア自身の心を隠すためにやったことだ。

 あのままだと今までと違う自分をシンにぶつけてしまいそうで、怖かったのだ。

 だから蹴り飛ばして、物理的に距離を保つことで心の動揺を隠した。

 

「シンには、悪いことをした」

「いや、別にフィアが全部悪いってことじゃないけど」

 

 ぽつり、とフィアが呟いた言葉に、ユウはさりげなくフォローを挟む。こうしたところが、彼の女性人気が高い理由の一つなのだろう。ただ、フィアは特に何も感じなかったが。

 こちらを見て表情を緩めるユウを気にも止めずに、フィアは近くにあったドリンクボトルに手を伸ばした。

 

「ユウー、俺のドリンクしらねぇ?」

「ん? あぁ、これだぜ、ってアレ?」

 

 フィアがドリンクボトルに口をつけた瞬間、ヴィーノが下方から顔を出す。当のユウはヴィーノに何か差し出そうとしたのか、右手を伸ばして硬直していた。

 何もない手を握っては離し、フィアのほうを向いてユウがぎこちなく笑みを浮かべる。

 ヴィーノが何もないユウの手を見て、それからフィアを見て同じように固まった。

 その様子に、不思議そうな顔でフィアは目を瞬かせる。

 

「フィ、フィアちゃん?」

 

 ヴィーノの震える手が、フィアの持つドリンクボトルを指差した。その顔は朱がさしたように赤く染まっている。まるで熱があるみたいだ。

 

「何? あっ」

 

 フィアが持つドリンクボトルには、ヴィーノの手持ちだということを示すサインが書き加えられていた。ご丁寧にラクス・クラインのステッカー付きだ。それも最近の、胸を強調したタイプ。

 この場にいないヨウラン・ケントが本当は貼ろうとしていたものを、間違ってヴィーノのボトルに貼ってしまったという経緯があったようだが詳しくは知らない。そもそも、何故いちいちボトルを占有化するのかフィアにはさっぱり分からなかった。

 

「後で洗って返す」

「あ、いえ、できればそのままでも!」

 

 気にせずこくこくと口を付けるフィアに、茹で上がったタコのような顔でヴィーノが頭を下げる。ソレをユウが面白そうに眺め、ヴィーノを見守っていた。

 

「……はい」

 

 それほど喉が渇いていたのだろうかと、フィアがドリンクボトルを返す。彼女自身充分喉を潤したので、元の所有者であるヴィーノが望むなら返さない訳にはいかない。

 整備士である彼もまた、急激な運動量に相当水分を欲しているのだろうと考えてのことだ。

 ただヴィーノは、それをすぐには飲まずに抱えて降りていったが。

 

「別にもう取らないのに」

「いや、フィアはもう少し異性に対して警戒心をだな?」

 

 少しだけ呆れたような声を出したユウが、途中でその顔の向きを変えた。

 その様子に、フィアも首をかしげる。

 周りの喧騒に混じって、遠くから人の話し声のようなものが聞こえてきた。

 

「デュランダル議長と、誰かいるぜ」

 

 ユウの言葉に、フィアもその身を乗り出してコクピットから顔を出す。ちょうどユウが片手で支えてくれる形になったので、姿勢を崩す心配もない。

 声が聞こえてきた方向を見れば、確かにフィアたちも見慣れているデュランダルの姿が見える。

 その横に並ぶ、金髪の少女の姿を見てフィアは小さくその名を呼んだ。

 

「カガリ・ユラ・アスハ?」

 

 フィアの呟いた言葉に、ユウが改めてそちらを向く。

 

「へぇ、アレがオーブの」

 

 口元を釣り上げて納得したように、ユウが笑みを深めた。フィアはユウに少しもたれかかるように、更に身を乗り出す。

 その先で、金髪を揺らしながらカガリがデュランダルへ顔を向け、言葉を放っている。

 

「争いがなくならぬから、力が必要だと議長は仰ったな」

 

 わずかばかりに聞き取れた声を、フィアは頭の中で整理した。そのようなことをいつカガリが議長に聞いたのかは分からないが、フィアたちの知らない間に話しでもしていたのだろう。

 むしろ、代表同士の会話などそうそう第三者が聞けるものでもない。

 

「えぇ」

「だが、ではこの度のことはどうお考えになる? あのたった3機の新型MSのために、貴国が被った、あの被害のことは!」

 

 肯定するデュランダルに、カガリは真っ直ぐな視線を向けた。その声音には、憤りと失望とが混じり合っている。

 カガリの言葉を、他の誰もが耳を傾けて聞いているようだ。先ほどより喧騒が少なくなったことで、フィアはより鮮明にカガリとデュランダルの会話を聞くことができていた。

 

「言ってくれるねぇ。さっすが平和の国って感じだぜ」

 

 ユウが笑って声を出す。ただ、その笑みはいつもの人懐っこいものではなく、皮肉げに歪められたものだ。

 

「そもそも、なぜ必要なのだ! そんな力が、今更!」

 

 声を荒げるカガリに、デュランダルはただ柔らかい表情を向けている。その様子は子供の文句を聞く保護者のようで、どこかフィアはカガリの姿に虚しいものを感じていた。

 カガリの言い分は正しい。平和な世界では、正しくなければならない言葉だ。だが、軍艦の、それもつい先ほど戦闘をこなした後では、その言葉は何の効果も持たない。

 確かに、今は平和だ。だがそれは、前大戦にどちらかが勝ったわけではなく、お互いに滅亡することを避けるために一時的な休戦を申し込んだに過ぎない。

 正確な勝者はカガリも居た『三隻同盟』というオーブを後ろ盾とした義勇軍だが、そのほとんどが今では姿を見せない状況だ。

 本当に武器を捨てさせたいならば、彼女たちが表舞台に出て地球とプラントの相互問題を解決していくべき立場のはずなのに。オーブを担うカガリ・ユラ・アスハ以外は政治にも手を出さず、言葉で示すこともない。

 

「今更無意味」

「確かにな」

 

 淡々と言い放つフィアに、ユウが同意した。二人して、カガリの言葉がどれほど綺麗事であるか、そしてこの場にはふさわしくないことを感じ取る。

 戦場で、綺麗事は通じない。

 ミネルバが今更MSを宇宙に捨てても、3機のGを奪った敵もソレを返してくれる道理はない。

 遅すぎたのだ。カガリの言葉は。

 それは前大戦が終わった時、一切の武装を放棄するとでも条約に書き記しておかねばならなかったことだろう。

 

「我々は誓ったはずだ! もう悲劇は繰り返さない。互いに手をとって歩む道を選ぶと!」

 

 それでも、カガリの言葉は止まることを知らない。なまじ高い役職を持つだけに、誰も思う所を言うことができない。

 そして誰も何も言えないから、カガリの言葉が苛烈さを増す。まさに、悪循環だった。

 流石に議長も場を考えてか、カガリを制そうと口を開く。

 が、その前に別の場所から、議長の声を遮る形で声が放たれた。

 

「さすが綺麗事は、アスハのお家芸だな!」

「シン!」

 

 流石に代表に対する言葉ではないだろう。デュランダル議長の脇に控えていたレイが、声を荒げたシンのもとへ向かっていった。その名を呼ぶ声音は、少し叱責の色が混じっている。

 だが、シンはそんなことを意にも介さず、カガリに激情の瞳を向けていた。

 その瞳に、思わずカガリがたじろぐ。

 シンの眼差しは、今までにないくらい激情の色に染まっているだろう。遠目からでも、似たようにオーブで両親を失ったフィアにはそのことがわかった。

 

「そんな綺麗事言ったって、アンタの親父が殺したオーブの人たちは戻ってこない!」

「シン、いい加減に!」

 

 痛烈な一言だった。ピンク色の携帯を握り締めたまま、シンはその場を去っていこうとする。

 それを引き止め、レイが叱責の言葉を放った。レイの言葉に頭が冷えたのか、シンの動きが止まる。

 

「俺の家族も、フィアの親も…あいつの国で、あいつの言葉を信じて死んだんだぞ」

 

 小さく放たれた言葉だが、その言葉は鮮明に、カガリの耳に届いた。それだけに、カガリの表情が曇る。

 シンの言うあいつとは、カガリ自身でなくその父親だ。確かに、カガリ以上にカガリの父であるウズミ・ナラ・アスハは戦争に嫌悪を示していた。

 相手が武器を向ければこちらも武器を取る。そんなことが続く限り、戦争は終わらないと、そうカガリに言ったのもウズミだ。

 ウズミ・ナラ・アスハも、民を守れなかった自責の念から戦火に焼かれるオーブとその運命を共にした。

 それなのに、助かった人々にウズミの意志が伝わっていない。それどころか、憎しみの対象となってしまっている。

 それが、カガリにはとても悲しく思えるのだ。

 

「どうするよ?」

「流石に、止めるべき」

 

 その様子に、ユウがフィアの方に言葉を放つ。おそらくシンと同じように、関係の深いフィアの真意を聞いているのだろう。

 それに対して無感情に返答すると、フィアがコクピットから飛び出していった。

 

「世話が焼けるぜ」

 

 フィアの言葉に、肩をすくめながらもユウは付き従う。その様子を空気で感じながら、フィアは声を出すべく息を吸い込んだ。

 

「シン、言い過ぎ」

「フィア……何で!」

 

 少しばかり張った声が届き、シンの表情に困惑の色が浮かぶ。言いたいことを言えて落ち着いた感じだろう。シンの言葉は痛烈だったが、カガリの言葉も結局は家族を失ったシンには無意味でしかない。

 二人共、見ているものが違うのだ。

 

「アスハ代表も、あの戦火で父を失った。少しは言葉を選ぶべき」

「うっ!」

 

 フィアの言葉に、シンの表情が歪む。自分でも少し言いすぎたことは自覚している様子だ。ならば、時間と話し合いが解決してくれることもある。

 

「アスハ代表も、この場で言うべきではありませんでした」

「そ、そのようだ。すまない。私も熱くなってしまって」

 

 カガリへと向き直って律儀に言葉を放つフィアに、カガリも申し訳なさそうに頭を下げた。その横で、アスランが少しだけ安堵したような、申し訳なさそうな複雑な表情を浮かべる。

 デュランダルを見れば、柔和な笑みで返された。勢いに乗って国家の代表とも言うべき人物に物言いをしてしまったが、叱責される様子はない。

 改めてカガリやデュランダルに向けて、頭を下げるフィア。

 ただ、そのことに納得していない人間が、一人だけいた。

 

「やっぱり、納得できないな」

 

 フィアと共に流れてきていたユウが、小さく呟く。その言葉に、一番近くにいたレイが顔を向けた。

 ユウの表情からなにか読み取ったのか、レイの顔に緊張が走る。止めようと口を開くレイより先に、ユウがその昏い感情を吐き出していた。

 

「英雄はいいよな。ちょっと力があって、上手くいったからって。終わった後は何を言ってもいい。何をやってもいいのかよ? あんた達がどれだけ立派なことしたか知らないけどさ」

「ユウ、お前も落ち着け!」

 

 レイが珍しく慌てたように静止するが、ユウは気にも止めない。いつもならそんなレイの姿を物珍しく観察しているところだが、今のユウにとっては興味の対象にもならなかった。

 

「堂々と乗り込んできたかと思ったら、存在否定でもしに来たのか? ここは軍艦で、今は戦場だ。武器を捨てろ? 必要ない? 今俺は、あんたがその辺の奴だったら泣くまで殴ってるくらいムカついてるぜ!!」

 

 ユウも、ここまで饒舌になることに自分自身で驚きを覚える。何が気に障ったのか、正確にはユウ自身判断もつかないことだ。

 最初は、止めるつもりだった。だからフィアにどうするかも聞いた。だが、カガリの言葉を聞くにつれて、ユウにとってカガリの印象は最悪にまで落ちたのは事実だ。

 シンは家族を亡くし、その手を血で染めようと何かを守ることを誓った。そのために何度も努力していたことをユウは知ってる。訓練兵時代には、日が暮れても格闘訓練に付き合ったことも多い。

 フィアは親を亡くした上に、感情まで失った。それがどれほどのことか、ユウには想像のつかないことだ。言ってみれば、一度フィアも死んだのだ。

 きっとフィアは気にしないと言うが、それは違う。気にすることもできない、の間違いだ。そんなの、ユウからしてみれば地獄だろう。

 なのに、目の前のカガリという人間は、シンの覚悟も、フィアの心も否定しようとしている。

 そんなのが英雄として皆からもてはやされて、守られる。そんなのは、間違っている。

 

「ユウ、落ち着け」

「それができたら苦労はしない」

 

 レイの叱責にも、ユウは耳を貸さない。流石にいつもと少し違うユウの態度に、シンもさっぱり熱を奪われてしまっていた。

 

「いつものユウらしくない」

「ッ!」

 

 いつものって何だ。そう答えようとして、ユウは黙りこむ。ユウを覗き込むフィアの顔は、いつものように無表情だ。ただ、その瞳が、少しだけ揺らいでいるのを、ユウは感じ取る。

 僅かに残ったフィアの心が、ユウに訴えかけてくる気がした。なにか、とは明確に言えないが、フィアはユウを真剣に止めようとしている。

 それがわかるからこそ、ユウは少しだけ顔を下げて謝った。

 

「…納得いかねぇぜ」

 

 ただ、シンもフィアも気遣うような顔を向けてきて、ユウは黙ることしかできなかった。

 これは普通、立場が逆だろう。

 

「アスハ代表、これまでの非礼、申し訳ありません」

 

 シンたちに対する心象をこれ以上悪くするわけにも行かない。そう考え、ユウはぎこちなく頭を下げた。

 それが本心からの謝罪でないことは一目瞭然のはずだが、カガリのほうから咎めるような言葉は聞こえてこない。それならば、とデュランダルも沈黙しており、結局現状での処分はないようだ。

 複雑な想いを抱いたまま、ユウはカガリに背を向ける。

 

「っ、なんだ!?」

 

 その瞬間、敵襲を示す警報がその場に鳴り響いた。

 

『コンディション・レッド発令! コンディション・レッド発令!』

 

 オペレーターであるメイリンの声が響き、途端に周囲が慌ただしくなる。シンやレイ、そしてユウがそれぞれ自機に向かう中、フィアはカガリへと向かっていった。

 

「あの、アスハ代表」

「な、何かあるのか?」

 

 周囲の喧騒もあり、戸惑ったようにカガリが声を出す。その前に浮かぶと、小さく口を開いた。

 

「いえ、後でお聞きしたいことがあるので」

「私は構わない。むしろ、私も君たちと話したい」

「ありがとうございます。では」

 

 表情を特に変えることもなく、フィアは頭を下げる。その様子に、カガリ自身胸を痛めた。

 無表情な少女というのは、それだけである種の悲壮感がある。特に、シンの口からオーブで家族を失ったと聞けば、その代表であるカガリには重い。

 ただ、カガリの前にいるフィアはカガリを責めるばかりはしなかった。カガリ自身が同じ立場であれば、シンの行動が当然だと思ってしまうだけに、興味を抱く。

 そんなカガリの考えをまるで気にも止めないかのように、フィアはその場を離れていった。

 フィアの瞳の先には、悠然と佇むイノセントの姿がある。

 

「舞おう、イノセント」

 

 その言葉とともに、イノセントの目に当たるツインアイが光ったような気がして。

 無意識にフィアは、怪しく口元を歪めた。

 

 




今回、いかがでしたでしょうか? 次回は戦闘回ということで、キャラクターの日常性を意識して描いています。うまくいってるといいですが…。
今後は最低月1ペースを守りながらの更新とさせていただきます。読者の皆様にはご迷惑をおかけします。
それでは、次回会えることを願って。


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