「うちはが闇落ちしなきゃ世界はもっと平和。」 (とんでん)
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始まりは母の死。

 


 あれ?我が家ひょっとして闇落ち一族???

 と、言うことに気がついたのは母が息を引き取った日だった。

 

「────・・・・・・父様たちを、一族をよろしくね。ナトリ」

 

 綺麗な人だったと思う。うちは顔などと呼ばれるはっきりとした目元に、華美ではないが整った顔立ち。長い黒髪をしとねに横たわる女人は、まるで白百合のようだった。

「かあさま!」

 今までナトリを写していた瞳が閉じられ、瞼が浮かんでいた涙を押し出す。唇からわずかに吐息が漏れて、そして二度と音を紡ぐことはなかった。

 周囲から嗚咽やすすり泣きが漏れ、弟が亡骸にすがりついて目を開けてくれと叫ぶ。胸の締め付けられるような光景だった。現に普段は鉄面皮の父の側近が、目元を乱暴に拭っている。

 で、そんな誰もが母の死を嘆いている湿った空間。当のナトリは冷や汗だらっだらに垂らしていた。

 いや、ヤバい。今すぐヤバいわけでないけど兎に角ヤバい。なんせ─────

 

「サユリ!」

 

 がたん、と部屋の戸が蹴破られるようにして開けられる。

 ぱっと顔を上げた先で、戦に出ていて不在だった父が肩で息をしていた。視線はナトリではなくその横、畳に敷かれた布団の上に向けられている。

「サユリ、起きろ!サユリ!誰か、医者を」

「駄目ですマダラ様、奥方様はもうっ」

「・・・・・・子は、どうして産声が聞こえない。」

「死産に、ございました。ナトリ様が死に水を。」

「・・・・・・っ、」

 苦痛をありありと顔に滲ませたその人が、静かに畳へ膝をつく。とおさま、と弟が水っぽい声を上げ衣を掴んだ。泣きじゃくる幼い息子を抱きしめ、目を閉じる人に多分ナトリも声をかけるべきだった。彼の第一子にして、うちはの跡継ぎと黙されている身分である。そのくらいはしてしかるべきだ。

「・・・・・・ナトリ様?どうなさったのです?・・・・・・っ、まさか!」

「マダラ様、ナトリ様が。ナトリ様の目がっ!」

 というか、普段ならばそうするであろうナトリがカチンコチンに固まっているのを不審に思ったのか、側仕えの者が顔を覗きこんでくる。急に頭に生えた知識(・・)でくらくらしてきていたナトリは虚無を見つめながらそのままでいた。

「っ!?────万華鏡写輪眼だと。今、開眼したのか・・・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・父様。(や、闇落ち筆頭ェーーーーー!?)」

 目を見開きこちらを見つめる、まだ二十歳と幾つかの青年こと親父ことうちはマダラ。

 こいつ未来で闇落ちして世界滅ぼそうとした奴やんけ。

 

 

「うちはが闇落ちしなきゃ世界はもっと平和。」

 

 

 

 母親が死んだ。

 万華鏡開眼した。

 で、そしたら急に脳内にぽんっと知識が生えてきたんだけど、ナトリが生きているのはナルトが疾風する伝な漫画の世界だった。

 ここまでで既に情報量で頭がぐるぐるしてくるのだが、更に続けると、その漫画のボスマスにいるのはうちのオトンらしい。尚、裏ボスの息子の黒い泥っぽいのに操られているちょっと可哀想な悪役である。やめてやれ。いやそれはさておき。

 

 つまり闇落ちしなきゃおけ???

 

 が天啓のように頭に降ってきた漫画の内容を整理したナトリの感想だった。なんか漫画の中だとうちは一族滅亡してるし、悪いことしてるのは大概うちの一族だし、要は闇落ち率高いし。その結果生む被害も大きいし。要職についたらしい千手一族の目付き悪い若白髪にゃ「うちは悪!嫌い!」て言われてるし。

 とはいえ悪いことしてるのは九割くらい“うちはマダラ”(その他一部の闇落ちてる)だ。他の一族(闇落ちてない)は関係ない場合が多く、そもそも若白髪の弟子が状況を悪化させている時もある。つまり若白髪の言うことを全肯定する気はない。堅実に生きてるうちは(例えばナトリ)だって居ますが???と中指を立てて迫りたい所存だ。

 因みに今は主人公の故郷がまだ影も形もない、漫画だとサクッと飛ばされた戦乱の世。そこに生まれたナトリが堅実なうちはとしてやることは敵(主に千手一族)をばっさばっさ殺すことである。中指立てる前に即刻仇討ちされる気がした。まさか未来で若白髪さんが忍界一速くなるなんてな・・・・・・今より速くなるなんてな・・・・・・そらうちは負けますわ。

 閑話休題。それはともかく。

 

「父様死なないで・・・・・・お願い、千手柱間に殺されないで・・・いや百歩譲ってそこはいいけど朝日に照らされる中ゾンビに穏やかに看取られないで・・・・・・」

「いやに具体的だな・・・・・・・・・?」

 あと胸に千手柱間の顔つけないで欲しいし里抜けもしないで欲しい。今はまだその里すら出来てないけど。

 

 「つまり(うちはマダラその他うちは一族が)闇落ちしなきゃ(上記の諸々の問題とかどうにかなるんでない?世界滅亡しなくない?)おけ?」と明晰な頭脳で気がついちゃったナトリは取り敢えず本人に直接言ってみた。言いながら、父の末路を思い出してボロ泣きした。頼むよ貴方がダークサイドに行かなきゃ救われる命がたくさんあるんだ。貴方も含めて。

 親父はこう見えて大人気なくて滅茶苦茶寂しがり屋で本当はわりと騒がしい性格してて面倒見も悪くないクソガキ(母親(故人)談)である。それが、黒幕のせいでたった一人で何十年も薄暗い場所で過ごす羽目になり、最期は使い捨てられその辺にポイだ。こんなのってないよ。あんまりだよ。

 

「なんか悪い夢みたんだってさ。朝方修行終わりに帰って来たら布団抱えてしくしく泣いてたんでびっくりしたよ。」

 オカンが死んで幾日かした頃の早朝。オロオロする弟(三歳)に大丈夫?と背中を撫でられながら父親の足にべったり引っ付く。泣きべそかいてるところを発見し「兄さん、じゃなくて父様のところ行こうね。」と連れてきてくれた心優しい叔父───うちはイズナは苦笑いしながら泣くなよーと頬っぺたをつついてきた。

 尚この人漫画だと若くして若白髪に殺されるんだよな・・・・・・とか思っちゃったせいで余計びゃっと涙が出た。

「あー、ごめんごめん。泣かないで、ね?」

「・・・・・・お前も忍だろう。夢見が悪かったくらいでいちいち、」

「兄さん。」

 ひたすら忍者としてマトモなことを言いかけた父を一言で切り伏せた叔父が、つられてすんすん鼻を鳴らしだした三歳児を抱っこしながら説教をする。

「ナトリは戦場に出てるとはいえまだ八歳なの。その上で義姉さんが死んで、万華鏡写輪眼開眼して、精神的にかなり不安定なの。わかる?」

 自分よりも細身で華奢な弟に下から睨まれること数秒。うっかり涙が引っ込んだナトリ達が二人を交互に眺めることしばらく。押し負けたマダラがはーーっとため息をつきながら頭を掻いた。

「アー・・・・・・そもそも父様はアイツに殺されるようなタマじゃねぇよ。安心しろ。」

「・・・・・・ん゛ん、」

 ずぴ、と鼻を鳴らせばしょうもなという目をしたがらもわしゃわしゃ頭を撫でてくる。弱いものは醜いと言い切った“うちはマダラ”と違い、父親の顔をしたマダラは優しかった。まあ父親なのでさもありなんである。

「もうチャクラも落ち着いただろ。明日からまたお前にも戦に出てもらう。しっかり整えておけよ。」

「はい゛。」

 ぐしぐしと寝間着のままの袖で頬を拭うと、良い子だと吐息をつくような声が降ってきた。此方を厭っているのではなく、そういう癖である。父親の低く喉で転がすような声が好きなナトリは、こくこく頷いた。

「それと、新しい目はまだ使うなよ。お前はまず写輪眼を使いこなしてからだ。」

「う、・・・・・・はい。」

 先日失明というデメリット付きの眼を手にいれたナトリは渋い顔をしながら返事をする。

「自分でもある程度物にしておけ。また倒れられても困る。何れきっちり修行をつけるから・・・・・・イズナが。」

「ちょっと兄さん。」

「俺は加減がわからん。」

 何を隠そう、ナトリは闇落ち云々以前にチャクラ不足で写輪眼を長時間維持できず、開眼早々、具体的に言うとオトンと目が合ったくらいで見事に意識を落としていたのである。

 何の脈絡もなくオカンの死体に突っ込むようにぶっ倒れたもんで、弟にはなっちゃん(ナトリ)も死んじゃうぅぅっ!とギャン泣きされた。多分ちみこい彼の心にトラウマを作るなどもした。スマンなっちゃんが。

 親父たちと一族をよろしく、なんて母親に言い残されたから勢いで闇落ちアカンと突っ込んじゃったが、まずは弱っちい自分をどうにかせねば。わりと今のナトリの実力はお話にならんので、オトンが世界滅亡街道に進み出す前に死にかねない。

 漫画で出てきた未来のうちはの天才児より断然弱いナトリは、まったくもうと嘆息をつく叔父に教えを乞わんと頭を垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

「死ねぇえええええ!!!うちはあああぁぁっ!!!」

 

 ────────で、漫画で言う修行パート始まると思うじゃん?

 そんなことないんだよな、現実は。寧ろそんな暇ないんだよな、戦国時代。

 目を血走らせながら突っ込んできた千手の忍をギリギリでかわしたナトリは、太刀の形をしたチャクラ刀を振り抜いた。子どもの手には重い武器だ。だが、刃渡りは即ち攻撃範囲である。

「ぐあっ!」

「────っつう。」

 多少無理をしても短いリーチを忍具で伸ばす。子どもが戦場で役に立つには、そうやって背伸びをしなければならない。

 敵が脇腹から盛大に血を噴き出したのを確認してから川辺の砂利に膝をつき、肉を切った衝撃で痺れた手にチャクラを回した。こうすれば痛みがあっても動けると教えてくれたのは同い年の相棒こと戦友である。既に戦死した、と枕詞がつくが。

 近くに崩れ落ちた男が呻き声を上げたが、トドメはささずにその場を後にした。チャクラ刀は普通の刀よりよほど切れ味が良いが、それでも刃に血がつきすぎている。殺傷能力は落ちているし、がらんどうの背中を刺すにしても引き抜く時に一苦労するだろう。チャクラで身体強化すれば豆腐を箸で突くようにやすやすできるだろうが、死に損ないにくれてやるには残りのチャクラが惜しかった。

 

「火遁 鳳仙花爪紅!!」

「ぎゃああああっ!」

「ナ、ナトリ・・・・・・!」

「怪我は?!」 

 

 何より、一苦労(・・・)の間に背中が空くのが恐ろしい。両手が塞がるのなんか死んでもごめんだ。だって印組めないじゃん。

 戦場を走っていたナトリは横目に写った千手五人に丸腰で囲まれた男と、手練れで有名なくノ一に追い詰められカタカタ震える少年に舌打ちする。

 考えてる時間もないので片手で担いでいたチャクラ刀を思いっきりぶん投げた。真っ直ぐ突っ込んでいった刀が武器をとられていた仲間の近くに刺さる。ちょっとそっち行ってる暇無いから自分でどうにかしてくれと念じながら、一番得意な印を組んだ。

 背後からの奇襲。しっかりこんがり背中を焼かれたくノ一にだめ押しでクナイを突き刺し、少年の元に転がるように駆け寄った。

「だ、大丈夫・・・・・・。ありがとう、さすがマダラ様の子だな。」

 ホッとしたのか泣きそうな顔になる少年を目視で確認する。怪我は擦り傷程度だ。が、油断は出来ない。武器に毒を塗っていた可能性だって十分に合った。

「チャクラの残りは?」

「火遁のデカイの三発捻り出せたらいいくらい。ナトリは?」

「すっからかん。次はないよ。」

 八歳児ナメんな。なんか未来のうちはには忍者のアカデミー生なるおこちゃま時代から自身のチャクラ等分するような高等分身使えてた天才児もいるが、あれはバグだ。世界の。少なくともナトリにゃ無理である。チャクラが足らない。

 

「取り敢えず、皆のサポート。手が足りてないところをカバーする。いいな?」

「わかった。ナトリが言うな、ら」

 

 仲間の言葉が途切れた。

 

「───実力不足を知っていて、仲間のフォローに回るか。小賢しいな。」

 顔が上と下とで二つにぱっくり割れて、ずれる。生温い物がぱたた、と頬にかかった。え?と思わず間抜けな声が出る。

「と、びらまさま・・・・・・申し訳、ありません。」

「油断するな、桃華。こやつはあのマダラの子、うちはの跡継ぎだ。」

 まだ息のあったらしいくノ一に声をかけながら、千手扉間が忍刀についた血を片手で払った。ずしゃ、と少年が中身をぶちまけ地面に崩れ落ちる。

「───────っ!」

 一拍置いて状況を理解したナトリは死ぬ気で逃げた。

 三十六計なんとやら。本気で闇落ち阻止とかができなくなる。殺される。ヤバい。何にも見えなかった(・・・・・・)。いやそもそも気配すら感知できなかった(・・・・・・・・)

 

「逃がすか。」

「おぎゃあっ!!!???」

 

 出し惜しみもしてられない。故に残りの全チャクラを足に回してちゃちな瞬身で逃げていたナトリは、耳元で聞こえた声にわりと素で悲鳴を上げた。

 

「小娘が・・・・・・判断は良いが、この千手扉間から逃げおおせると思ったか。」

 

 昨日若白髪連呼したんが駄目だったのか。それとも若白髪何回も言ったのが駄目だったのか。

 迫り来る切っ先に、ナトリは目元にチャクラを込め─────

 

 

 

 

 




ひとまずここまで。


■うちはナトリ
 急に原作知識が生えた主人公。おこちゃまなためまだチャクラ少なめで、敵わないと思ったらさっさと敵前逃亡する程度のプライドの持ち主。
 実は四人姉弟だがもう半分死んでるのであんまり覚えなくていい。
 名前の由来は名取草。

■うちはサユリ
 オリキャラ。うちはマダラの奥さん。子ども産んだら死んだし、産んだ子どもも死んでた。帰宅を急ぐ旦那さんを待たずに事切れ、死に目に会えなかった旦那さんの心の傷を増やすなどする。

■若白髪さん
 卑劣様。作者の推し。伝説の自分の体でやるのは初めてだがの回で爆笑した後惚れた。好きだけど頭良いから動かしづらい。


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戦国編
一人増えれば話も変わる。


風が吹けばなんとやら。

思えば大晦日に本棚整理してナルト見つけちゃったのが良くなかったんだな。(久々に文字を書きながら)
まあでも原作読んで妄想書くらいならまだ平気なんですよ。アニメ見直しはじめたら本気で再熱しちゃう。まずい。




「うちの跡継ぎに、何してくれてんだよ。」

「グッ!?」

 

 

 目元にチャクラをこめ───────どうせ死ぬなら一矢報いん、と使えもしない写輪眼になろうとした瞬間。刃の切っ先が鼻先に触れるか触れないかのところで、ナトリの体はくんっと横に引っ張られた。 

 

「イ、イズナにい、」

「───ナトリは離れてて。よく頑張ったね。」

 

 鬼も身を竦み上がらせそうな眼光で千手扉間を睨んだうちはイズナが、うって変わって優しく砂利にナトリを下ろす。赤い目には三つの勾玉が浮かび上がっていた。つまりガチおこだった。ひええ。

 因みにとってもマイルドに言われた今のセリフを要約すると『弱い奴はどっか行ってろ邪魔。でも死んでないね、偉い偉い。』になる。簡単に言えば戦力外通告だ。マダラだったら「どっか行ってろ砂利!」と言ってそのへんに放り投げていただろうし、配慮しかない対応である。

 実は女子どもを苦手と公言するあの人───というかナトリの父親はなまじっか周りより忍として優秀だったので、ちっちゃい頃からずっと戦場へ出ずっぱりだった。故に対等にコミュニケーションをとっていたのは今は亡き叔父たちと千手柱間くらいで、作ったは良いものの自分の子どもとの関わり方がちょっと良く分かってない感じがある。

 特にそう────か弱い女児なんかは、余計に。

 ナトリは唇を噛み締めてイズナの言葉を咀嚼した。否、別にナトリは他のうちは一族の子どもらと比べて弱い訳ではない。寧ろ(殆ど血筋のおかげだろうが)頭一つ抜けている。ただスタミナがなく、思うように術を使えないことがネックになっていた。

 同い年のうちはの忍達と比べてもナトリの持久力は遥かに劣る。とはいえそれは幼い頃から厳しく修行して体力をつければ克服できるものだ。ただ、ナトリにはその時間が無かった。

 ナトリが戦場に投入されるようになったのは去年写輪眼を開眼してから。それまでは初陣は数年後、少なくとも十歳程からと決まっていた。伝令や補給係として戦地に赴くことはあったが、戦闘が主ではなかったのである。

 だってその頃は────うちは頭領の跡継ぎは、ナトリでは無かったので。教育は、当然跡継ぎの方が優先されていた。

 

「・・・・・・分かりました。」

 

 指導が貧しかったための実力不足。しょうがないことである。産めど増やせどのご時世だ。女がやることは集落に籠って子を産むこと。少なくとも、うちは一族では戦に出ることではない。そんなわけでナトリの母親も妊娠出産を繰り返した挙げ句儚くなってしまったのだが───否。これは今関係ない。

 そう、だからと言って人に「お前弱いからあっち行ってて。」と言われて何にも思わないわけではないというお話だ。自己分析で未熟さを悟るのと他人に評されるのとでは別である。

 悔しかった。目の前でみすみす仲間を死なせた自分が、何よりも。唇を噛み締めるナトリに微笑んだイズナが、すぐに厳しい表情になって忍具を構える。

 視線の先では体勢を整えた扉間がじりじり此方を伺っていた。倒れていたくノ一はいない。どさくさ紛れてずらかったのだ。本当に、千手の生命力には呆れ返る。

「今ので昏倒しといてくれれば楽だったものを。」

「ほざけ。」

 忍刀を構える肘が、腹部を庇うような若干不自然な位置にあった。────漫画を見た限りでは忍としてこれほど有能だった人はいない。つまり千手扉間とは敵が話しているのを大人しく待っているほど殊勝な男ではない。ナトリを迫りくる敵からかっさらったイズナが、ついでに一撃入れたのだろう。

「足手まといを庇いながらオレと切り結ぶつもりか?」

「ハンデだよ。これで丁度トントンだろ。」

 ・・・・・・因みにナトリ、俊足で背後に迫る扉間どころか自分を救助しようとしていた叔父の存在にも、更にあの一瞬でちゃっかり反撃していたことにも、全然まーじで気がついてなかった。今初めて察した。とても無能。すごく心抉れる。成る程これが受け入れたくない現実か。無限月読しちゃおうかな、はっはっは。(現実逃避)

 尚ナトリが闇落ち回避せな!と頑張っている男(うちはマダラ)はイズナや扉間よりも強いし、宿敵千手柱間は素直に言いたくないが漫画の描写からして親父よりも強い。つまりこの戦場におけるナトリの場違い感がヤベェ。お家でお人形遊びとかさせろよぼかぁ八歳児だぞ。そもそも何で此処にいるんだ(自問)。・・・・・・・・・雑魚が出張らなきゃいけないくらい人手不足だからかっ!納得!うち劣勢だもんな今!(自答)

 

「─────水遁 水龍弾の術!」

「─────火遁 豪龍火の術!」

 

 などと、ナトリが一人騒いでいるのを他所に。

 先手を切ったのは千手扉間だった。

 遅いかかる龍を敢えて火遁で迎え撃ち相殺したイズナが、直ぐに蒸発によって生まれた霧に突っ込んでいく。・・・・・・嘘だ、例によって目では全然追えなかったが姿が消えたので多分突っ込んでいった。証拠に金属同士が激しくぶつかり合う音と、弾き飛ばされたクナイの破片が散らばる。

(────────いや、プライドたっっっか!)

 うちはと言えば写輪眼、などと思われがちだが実はそうでもない。うちは一族にとっての“最低限”これだけできればまあ忍って認めてやらないこともないけど、の基準は火遁が使えること(・・・・・・・・)だ。要するに、火遁というのはうちは一族の象徴であると同時に誇りなのである。

 で、その誇りを敢えて相性の悪い術にぶつけ、文字通り火力だけで対抗したイズナさんは、戦国ルール的には『お前になんか負けるわけねぇだろオラァ』とすんごく強火で煽っていることになった。怖いもの知らずか。

 否、“うちはイズナ”というのは苛烈さと頑固さ、それに戦闘狂いにかけてはややもすれば兄のマダラも越えるような人だ。漫画の中で“うちはマダラ”がグラッときてた千手との停戦協定を頑なに拒否した人でもある。勝ちに貪欲で泥臭い戦い方も厭わない癖に、矜持だけはバカ高い。ある意味うちはらしいというか、この時代の忍そのものであるというか。

(父様には絶対服従の上に、身内にだだ甘だったからどうにかなってた活火山。)

 叔父には失礼だが、とナトリは漫画の内容を反復しながら思った。千手兄弟はイズナがマダラよりも弱かったことに感謝すべきだ。“うちはイズナ”がもう少し強ければ、“木ノ葉隠れの里”はいつまでも出来なかったろう。

「・・・・・・やば、」

 現に今もどっかんどっかん噴火してるし。

 視界の先で扉間が起爆札つきのクナイを投げた。それを指先で掴み、札だけむしりとったイズナが蹴りあげた千手の死体に貼り付け宙にぶん投げる。

 爆発。と、同時に血飛沫がびちゃびちゃ雨のように降り注いだ。なんて物騒な煙幕。後退する扉間に血の雨(物理)も気にせずイズナが斬りかかる。

 易々防いだ敵の首に、片手で容赦なくクナイを振り下ろした。寸前で手首を掴まれ、攻防すること数秒。 

「っ!」

「チィッ」

 しかし次の瞬間二人ともその場から姿を消す。

ドッカーーーンッ

 と良い音がして地面が盛り上がった。炎と土煙とが、爆風と共にこちらまでやってくる。どちらかが土遁で地面に潜って起爆罠を仕込んでいたのだ。いつの間に。重さで反応するようになっていたのか、それとも時間式か。どっちだろう。

 ナトリは煽られた前髪を押さえながら目を凝らした。怪獣大戦争の兄よかましだがやっぱり森林破壊系忍者な二人にドン引きしつつ、一定の距離を置いてついていく。離れていろと言われたし呑気に観戦していられる状況でないことは分かっていたが、見取り稽古(見えてるとは言ってない)だと思って見たらこれ以上の物はなかった。なんせ本物の殺し合いだ。あと、純粋にチャクラが底をついているのでやることがない。ついでに助けなきゃいけない仲間も周りにいない。なんせ────

「忍は忍べよ・・・・・・。」

 ドオンッ、と近くで派手に何かが爆ぜた音にツッコむ。巨大な火柱と生き物のようにウネウネ動く樹海が、岩陰からでもよーく視認できた。忍とは耐え忍ぶ者!じゃねぇぞ後世の忍者、根性論を良さげに語るな。隠密だって忍者の仕事です。

(まあ頭領が隠密任務に就くこた早々ないか。)

 千手柱間とうちはマダラ。怪獣コンビこと両家当主のタイマンに巻き込まれるのはゴメンなため、戦場ではどちらの一族もそろっと二人の周りを避けている。術の範囲と攻撃力が並の忍のソレじゃないのだ。下手をすれば余波で地形が変わるし、フレンドリーファイアにしてもオーバーキルな一撃を食らうことになる。

「ウワ痛そ。」

 と、さっき扉間が庇っていた脇腹をノー躊躇で蹴ったイズナが、痛みで一瞬ひるんだ横面をノータイムで思いっきり殴った。扉間の体が後方に吹き飛ぶ。素の膂力じゃこうはならないので、チャクラコントロールで底上げしているのだろう。

「火遁 豪火球の術!」

(自分ならこの辺でもうガス欠かな。)

 そこから更に火遁で畳み掛けるイズナを自分に当てはめ計算していたナトリは死んだ目になった。

 尚ナトリが実戦で実際撃ったことがあるのは、イズナの三分の二くらいの大きさを二発くらいまで。ついでにその時は感情が高ぶりすぎて写輪眼にもなっていたため、ゴリゴリチャクラを削られ本陣に帰った時には半分意識が飛んでいた。親父にはコイツ使えねぇな、という目で見られた。修行か、修行が足らないせいか。修行すればもっとバカスカ術使えますか、ねえ。

「水遁 水龍弾の術!」

 印一つとっても組む速さが異常だ。舌を巻きながらまた相殺された忍術合戦を見守る。

 蒸気で見通しが酷く悪かった。写輪眼になればチャクラでおおよその動きは把握できるのだが─────

(ん、あれ?)

 千手扉間は感知タイプである。得意としているのは水遁だが、他の遁術も自在に操るオールマイティーかつ厄介な忍だ。なにより、彼は滅茶苦茶頭が回る。

(おかしくないか?)

 具体的に何がおかしいわけではないけれど。

 写輪眼を持たない(・・・・・・・・)人間が自分から視覚を塞ぐ理由って何だろう。それも二度も。否、イズナが写輪眼でなければ意味はあるのだ。千手扉間は感知タイプの中でもズバ抜けている。例え煙幕の内部にいようが関係なく自由に動き回れるだろう。しかし、“うちは”との戦いで視界を悪化させるのは悪手でしかなかった。だってこの目はその程度じゃ機能を落とさない。

(──────クナイ、)

 一度目は霧の中で、二回目は起爆札つきの物をひらけたところで、ただ投げた。動体視力が己の比ではないうちはイズナに真っ向から。何度も戦った相手だ。見切られることは分かっていた筈なのに、なんで。

 ・・・・・・ひょっとして、敢えて見切らせるため(・・・・・・・)

 

「ッイズナにい危ない!!!」

 

 “うちはイズナ”の死因(・・)はなんだった?たった数コマにも満たなかったあの人の死様は?それに、二代目火影の十八番(・・・)はなんの術だった?

 

「っ!?」

「───飛雷神斬り!」

 

 霧の中、血飛沫が再び舞った。

 からんからん。と地面に落ちるクナイの音がやけに軽い。

「この、」

 靄が風にさらわれ、叔父の姿が露になる。かくんと力が抜けた体が、大きく傾いだ。咄嗟に岩陰から飛び出したナトリは、手首に仕込んでいた手裏剣を放つ。見もせずにかわした扉間に、更に地面のクナイを適当にひっつかみ投げつけた。今度は軽く地面を蹴りその場から離れた千手が刀を構え直す。

 一連の無駄のない動作を横目に、ナトリはイズナの傍に駆け寄った。

「イズナにい、イズナにいしっかりして!」

「がはっ」

 口からボタボタ血が溢れる様に、棺桶に入った青年の絵が脳裏に浮かぶ。そうだ、漫画の中だと彼は千手扉間に斬り殺されて死んでいた。今日がちょうどその日だったのだ。何で気がつかなかったんだ(・・・・・・・・・・・・)

「ナ、ナトリ、ばか、何でここに、」

「喋らないで、止血しないと!」

 ナトリの肩を掴んだイズナが首をふる。それを無視したナトリは無理矢理肩を貸す形で体を支えた。出血が酷い上、本陣まではかなりある。全力で走れば間に合うか、否間に合え。

 ぎゅっと服を鷲掴みにして叔父を引っ張り、そしてナトリは目の前に立ちはだかるその人に息を詰めた。そうだよこの人がいたよ忘れてた。なっちゃんの頭は鶏さんか何かかな。

 

「・・・・・・どいてよ。」

「貴様・・・・・・・・・何故オレの術に。」

 

 写輪眼殺しの時空間忍術で叔父を斬りつけた男が、うちはとは違う赤を細めてナトリを見ていた。

 うーん、会話がうちの親父。つまり話通じねぇ。

「・・・・・・・・・・・・押しとおる。」

 ならこっちも会話してやんね、とナトリは半身で叔父を支えながらクナイの切っ先を向けた。僅かに震えている。シンプルに怖い。肩で息をしていると、ナトリにずっしり体重を預けているイズナが呻き声を上げた。

「置いて、け」

「やだっ!」

 食い気味に言えば肩を掴む手に力がこもる。そんな駄々っ子のようなやり取りを見ていた扉間は、一つ嘆息をついた。

 忍刀を持ち直し、血をはらった刃でナトリを示す。尖ったもの人に向けちゃいけませんて母様に教わらんかったんか(ブーメラン)。

「まあ良いか・・・・・・浅かったが、その様子では長くあるまい。後は、お前だ。」

「・・・・・・・・・っ!ナトリ、逃げろ」

「────どうせ、」

 とナトリは目を閉じた。どうせ死ぬのなら最期くらい(二回目)。チャクラで温まった瞼をあけ、千手扉間を見つめる。

「ッ!写輪眼、ではないな。万華鏡写輪眼か・・・・・・成る程、ますます生かしてはおけん。」

「逃げろ、逃げて。お前まで、死、ぬな」

 ──────眼球が燃えるようだった。痛いというよりか熱い。漫画でもうちの一族の生き残り君が相当痛いみたいなことを言っていたが、それどころではない。こんな爆弾抱えて戦ってるのか、うちの一族。遺伝子から失伝してくれ。

「っぁ、まてら」

 白髪にピントを合わせ、睨み付けた。漫画だとこんな感じで発火していたのだが何分漫画の知識なんで上手く術が発動するか分からない。頼むこの際ボヤくらいでいいから、と火のような目に力を込める。瞼から溢れたものが頬を伝った。血だ。

 

「イズナッ!ナトリッ!」

 

 千手扉間がハッと息をのみ後退しようとした、その時。

 大きな人影がナトリ達の傍らに着地した。そのままナトリごと今にも崩れ落ちそうなイズナを抱える。触れあう衣から、土埃と焦げたようなにおいがした。

「と、父様・・・・・・・・・わぶっ。」

「にい、さん」

 見慣れた写輪眼がつとイズナの出血を確認し、それから瞳から血を流すナトリに移る。荒げた声とは裏腹に酷く冷静な目だった。さすが忍(ただし忍んでいるとは言っていない)。

 少し目を細めたマダラはグローブをはめた手で、肩で息をするナトリの目元を覆った。そのまま身体を自分の方へ引き寄せる。

 成る程しまえと。口で言ってくんない?

 

「マダラ・・・お前はオレには勝てない・・・。もう終わりにしよう。」

 後方から聞こえた声に、マダラがぴくりと身体を揺らした。何度か聞いたことのある、千手の頭領こと培養した細胞から木が生える人の声だった。余談だがナトリが漫画で一番引いたのはうちは一族の闇落ちとかじゃなくここである。生命力で片付けていい問題じゃないぞ。

「忍最強のうちはと千手が組めば、国も我々と見合う他の忍一族を見つけられなくなる・・・・・・いずれ争いも沈静化していく。」

 さあ、と手を差しのべる男にマダラは微動だにしなかった。

 万華鏡写輪眼を解いたナトリは目を塞ぐマダラの手を掴み、千手の男を見上げる。哀願するような顔をした千手柱間の視線は父だけに注がれており、ナトリとは一切合わさらなかった。

「・・・・・・ダメだ、兄さん・・・奴らに騙されるな・・・」

「!」

 無言のマダラに、とっくの昔に意識を失っていたと思われたイズナが掠れた声を上げる。

 大量に出血し、青白い顔をした叔父がゲホッと口に溜まった血を吐いた。爛々とした目で千手を睨むうちはイズナは、全く戦意を喪失していなかった。

 

(・・・・・・漫画では、どうなるんだっけ。)

 この後叔父が死んで、“うちはマダラと”と“千手柱間”がタイマンして、それでなんやかんや里ができるんだったか。

 情はイズナに死なないで欲しいと叫んでいたが、忍として鍛えられた精神は今になって沈着に状況を判断していた。今すぐ集落に帰ってもこの容体じゃ望み薄だ。

(イズナにいが仮に死ぬとして、普通に物語が進むとどうなる?)

 親父は里で上役とか、あと岩隠れとかいう他所の国との外交をやっていたような。その後うちはの石碑の前に視点が移って、柱間の前で里抜けの宣言をし、あとは闇落ちまっしぐらだった筈だ。

(けど、最終的に同意したということは“うちはマダラ”は里の創設自体には抵抗はなかった?昔語り合った夢だから?)

 ならば問題は今後マダラが里から離反してしまうことだ。つまり、このまま漫画の流れに任せてトンズラしても構わない。ほっといたら勝手に大人たちが協定を結ぶ筈だ。多分、きっと、おそらく、そうであれ。その上で闇落ち=里抜けだと仮定するなら、阻止するものはまだまだ先にあることになる。よしお家帰ろう。イズナにいの手当てをしよう。

 

「騙す騙さないの話ではない!」

(おーっと???)

 怒鳴る柱間にナトリは瞬きをした。あれ?煙玉ドロン→うちは劣勢→叔父死亡。からのタイマンでは?おかしい、漫画では“千手柱間”はこんなに喋ってなかったような。

「このままでは幼い子供たちが、尊き命が永遠に失われ続ける!長年のこの不毛な争いに終止符を打つときが来たのだ!お前だって、望んで我が子を戦に出している訳ではない筈だ!」

「それは・・・・・・。」

 口ごもったマダラが、揺れた瞳でこちらを見下ろす。ナトリはそれを冷や汗だらっだらで見返した。なんかおかしい。少なくともこんなシーン見た覚えないぞ。

「と、とうさ、むぎゅっ」

 今度は口を塞がれた。

 成る程黙ってろと。口で言ってくんない?

「戦をやめよう、マダラ。あの頃語り合った夢を現実のものにするのだ・・・・・・忍の里を作ろう、我らで。」

 じっとナトリの顔を見、それからイズナをちらりと見たマダラが目を伏せる。

 

「───────その話を本気でするならば、ここではない方が良いだろう。」

「マダラっ・・・・・・・・・!」

「一先ず互いに退く。詳しくは後日、また。」

 

 喜色を浮かべた柱間と対照的に、イズナが信じられない物を見るように目を見開いていた。ナトリも心臓ばっくんばっくんだった。具体的に何がまずいのか分からないが、すごくどこかが不調をきたしているような気がする。

 

 器用に袖から煙玉を落とした親父が、イズナとナトリを抱え跳躍した。丁寧に担がれている叔父と違い、雑に小脇に挟まれているナトリは刀の鞘で顎を打った。痛い。

 

「と、父様。」

「舌噛むぞ。」

「あの、ナトリは、一族のために死ねます。お気になさら、ぐえっ」

 

 成る程うるさいと。口で言ってくんない?

 本陣までの距離をショートカットするため、大木の枝を蹴って移動する最中。脇に力を入れられたナトリはわりと真面目にえづいた。

 

 これ、ナトリをダシに停戦させられそうな感じでは?それって漫画の内容と話が逸れないか。里を創る流れになっているのはまあいいとして、間にある話をすっとばすのってよくないような。だって漫画だとこの後『腸見せあう』んだよな?

(いや、過程をスキップするだけなら問題ない・・・・・・?)

 戦死してもええから気にせんでええで!と言おうとしたナトリは、うーんと熟考する。一族のために死ねるのは本当だ。が、ナトリには父親関連で成すべきことがある。戦争が漫画よりも短く終わり、死のリスクが低くなるなら願ったり叶ったりだった。なんせ父が暗闇の中に突っ込んで行くのは(束の間だったようだが)平和が訪れてからである。

 じゃあ、いい・・・・・・?いいのか?

(そもそも、千手柱間はなんで漫画とは違うことを。)

 あの場にナトリが居たから説得に使ったのか。否、それならば漫画の中でも同じことを言っていた筈だ。すんごいチンチクリンだがナトリは一応“うちは一族の跡継ぎ”である。千手一族の長が、敵方の総大将の子を把握していないとは思えない。

「あ。」

 考えあぐねていたナトリは、不意にあることに気がついて声を漏らした。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・そういえば漫画の中に、“うちはナトリ”って出てきたっけ?




自問:主人公が戦わないのは何で?
自答:こんな雑魚を卑劣様と卑劣様にわざわざ写輪眼対策の忍術作らせた忍の戦いにいれたら死んじゃうだろ。

自問:それを踏まえてうちはイズナと千手扉間がこんな頭悪い戦い方すると思う?
自問:思わない。(思わない)でも作者忍じゃないから忍の戦い方なんて分からないし、それこそ転生とかしないと分からんし・・・(言い訳)

自問:なんでマダラと柱間の応酬が原作と違うん?
自答:うちは一族身内には優しいんだから小さい命(娘)にもきっと甘い筈。ダシにされたらコロッといくんでわ?というガバガバ設定。あと主人公が四人姉弟(でも弟が一人しか出てきてない)なのもポイント。跡継ぎ云々の話も。

自問:いやそれでも千手の誘いに乗るうちはって解釈違いじゃない?そこんとこどうなん?
自答:滅茶苦茶解釈違いで気持ち三回首吊った。

自問:この話の千手柱間さんってひょっとして、
自答:子供をダシにナンパしてるっすね。


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二人は友達にはならない。

ナルトのオープニングってなんでどれもこれも格好いいんですかね。(カムバックした英雄の曲鬼リピしながら)
ところで今額に愛のあるあの子が死んでしまったんですが、そういえば作者の推しは彼でした。吃驚するぐらい泣いてます。履修済みなはずなんだけどな・・・・・・おかしいな・・・。





『父様はね、情の深い繊細な方なの。』

 

 

 このお話は父様には内緒ね、と膨らんだ腹を抱えた母が微笑む。

 ナトリがその言葉にえぇ・・・という顔をすると、嫌われてるわねあの人と今度は苦笑した。

『分かり辛いし、あまり器用ではないけれど、私と話す時はみんなのことばかりよ。特に貴女たち二人は自分似だから可愛くて仕方ないみたいで、』

『何の話するのさ、なっちゃん夕食以外で父様と顔合わせたことないよ。いーつもあいつばっか。』

 あいつ、とはナトリの弟こと我が家の長男を指す。次期族長として今から特別扱いされている弟は、今日も父や叔父と共に修行に出掛けていた。

 ナトリもうちはの者として忍の心得を教えられているけれど、父から指導を受けることはあまりない。大概は一族の子らと一緒に面倒見の良い年長者に鍛えられていた。

 うちははよほど才能がない限り女を戦に出さないから、第一子であるナトリも自然と候補から外されていたのだ。

『そんな風に言わないで。言ったでしょう、どうしようもなく不器用で子どもっぽい人なのよ。仲良くしたくなったら、その時はナトリが大人になっておあげなさい。きっと印象が変わるから。』

『ふぅん。』

 日当たりの良い縁側で、産着の整理をしながら気のない返事を返す。半年後に産まれてくる弟か妹のために、集落の女たちがよかったら使ってとドッサリくれたのだ。一緒に手伝っていた末っ子はいつの間にか畳んでいた布地に埋もれ眠りこけていた。くうくう寝息をたてる幼子に着ていた羽織をかけた母は、うろん気なナトリに困った顔をする。

 人の妻になった今でも白百合の美貌だのなんだのと持て囃されており、嫁の貰い手には困らなかっただろう佳人は────なんでだか一族で最もメンドクセェ男に嫁いだ女性は、優しく諭した。

 

『母様には分かるわ。みんなのことが大好きなの、本当よ。話してみたらわりと素直で分かりやすい人だから、きっと好きになるわ。』

 

 

 

 

 

 と母は言ったけれど、正直

(どこがだよ。)

 と思う。

 同時に結局着られることのなかった赤ん坊服の山を思いだし、あれも処分しないとなぁとぼんやり考えた。

 父に一等可愛がられていた弟はあのすぐ後に戦死した。母もお産で死んで、産まれてきた子も死んでいた。残っているのは父親の機微をいまいち理解できていないナトリと、それから漸く三つになったばかりの弟だけだ。

 

 嫌いだなんて、そんなことは絶対にない。慕っている。尊敬もしている。愛情もきっとある。けれど内面を隅から隅まで理解したことはなかった。

 分からない、本当にナトリは父のことが分からないのだ。

 

 

「───これからは、共に歩んでいこうぞ。」

「──────・・・・・・ああ。」

 

 

 千手の装束を着た男の手を、うちはの紋を背負った男が握る。

 忘れもしない、本格的に千手一族との平和協定が結ばれた日のこと。見慣れている筈の赤と白がどうにも異様に思えて、叔父の代理として会合に連れていかれたナトリは顔をしかめた。

 かつての友人と語らう父の姿は脳裏に焼き付き、その後消えることはなかった。

 

 

□□□

 

 

「マシロさあ、父様のこと好き?」

 うちは宗家の屋敷の一室にて。なっちゃんなっちゃんとまとわりついてくる可愛い弟に聞いてみると、弟はキョトンと真ん丸の目を更に丸くした。それから、

「すきぃ。」

 と頬っぺたをにへにへ弛まして恥ずかしそうに言う。

 そっかー、なっちゃんも好きだ。お前が。

 最近恥ずかしがり屋さんになった弟の頭を撫でてやると、きゃあきゃあ笑いながら身を捩った。そのまま擽ってやると、手足をじたばたさせながら畳に転がる。

「こしょこしょやだ。」

「ごめんごめん、もうやんないよ。」

「なかなおり?」

「仲直り。許してください。」

「いいよぉ。」

 ドングリあげるね、と昨日袖いっぱいに拾ってきたというツヤツヤの木の実を渡された。イズナにいたんがねぇ、はやくよくなるようにあげるの。でもなっちゃんもすきだからあげるね。と満面の笑みで告げられる。天使かな。なっちゃんお前のためなら世界も滅ぼしちゃう。いやいかん、こういううちはの長男長女の思考が滅亡に繋がるんだったわ。

「やっぱりさあ、お前みたいに可愛い子が出てこないのっておかしいよね。」

「マシロもかわいいけどなっちゃんのほうがかわいいよ。」

「そっかあ。」

 悶えていると、なっちゃん女の子だもん!とよく分からないが堂々とした太鼓判を押された。尚ナトリの顔は親父の子供の頃とソックリらしいので、可愛いかどうかは微妙である。少なくとも自分の顔が可愛い自覚のあるうちの弟(儚げ美人の母親似)よりかはヤンチャ坊主感が否めない。

(漫画には、“うちはナトリ”も“うちはマシロ”も出てこなかった。それどころか父様に妻子がいたという記述すらない。)

 あの日頭に急に生えた知識が、この世界を俯瞰的に見たものであることには間違いない。そこは自信がある。けれど、全て正確ではないことも確かだ。

 そう、なんせあの漫画の“うちはマダラ”はひどく孤独だった。

(そもそも未婚だったのか、それともあの時点で既に死別していたのか。どっちだろう。)

 どっちにしろその後最愛の弟とも死に別れた挙げ句独断専行が増え、一族全体の支持も得られなくなっていくんだけども。あれ親父の人生結構踏んだり蹴ったり?と思いながら目を細める。

(“うちはマダラ”とうちはマダラは別物と考えた方がいいのか?)

 ってことは、そりゃあ漫画の展開をトレースしてたこっちの思った通りに動かないわけで。納得したナトリはヤレヤレとこめかみを揉んだ。

 現実のうちはマダラには、まだ守る者が残っている。要はまだ精神的に追い詰められていないのだ。ついでに恨みつらみと仲間の命を天秤にかけ、合理的な判断ができる程度の理性もあった。

 だからこそ父は宿敵と手を組むことを選び、先日の会合で両者の間に不戦条約が結ばれたのだ。

 つまり、元々漫画と剥離していた状況が、更に変わってきている。

(・・・・・・・・・ていうかコレ、闇落ちするか?)

 だって“あの人”が全世界巻き込んで幻術かけようとしたのって、ひとりぼっちになったからでしょ、ざっくり言ったら。守る者=ナトリたちが生きている限り、というかよすがになっている限り里を離れることってなくない?

 ああでも、親父と千手柱間が争うのって運命とか転生とかインドラとかアシュラとかが関係あるだっけ。親父VS世界の戦争が起こったおかげでその辺が解決したんだったら、長い目で見た場合親父が闇落ちしないのってまずいのではないか。でもその時多分ナトリたちもう寿命で死んでるし、そちらを選択すると親父が悲惨な死に方するし、親父が闇落ちしたせいでピタゴラスイッチ的に闇落ちした一族も滅亡しちゃうし。できれば未来の問題は未来の忍にどーにかしてもらいたいところだ。

(なんか堂々巡りだなぁ。)

 「ひとまずなっちゃんたちが死ななきゃいっか。」と具体的な方針をおおまかに決めたナトリは、面倒くさくなったのでドツボになりかけた思考を放棄した。過去とか未来とかもう知らん。大事なのは今だし。

 むつかしいことを考えさすなという見当違いな怒りとともに無責任を発動したナトリは、弟の腹に抱きついてずべべと吸った。さっきまでお昼寝していたからだろう、日向の匂いがする。マジ癒し。お前しか勝たん。因みにヤーッとわりと真面目に嫌がられた。

「なっちゃん、ヤー!」

「ごめんなさい。許してください。」

「いいよ。ごめんなさいできたいいこだから、どんぐいあげるね。」

「家宝にするわ。」

 即座に許してくれた上にまたドングリをくれた。天使かな。(二回目)

 

「何してんだお前ら・・・・・・。」

「とおさま!」

「父様、お帰りなさい。」

 

 と、すんごく呆れかえった声が降ってくる。

 畳に転がり弟にくっついたまま見上げると、なんとも言えない顔をした親父殿が襖を開けた格好で立っていた。パッと顔を輝かせた弟が、とてとてと駆け寄る。

「どんぐい!」

「ああ?」

「父様、お顔が凶悪過ぎます。」

「あげるね。マシロがひろったの!」

 多分きっと普通にわけわかんなくて聞き返しただけなんだろうなあ。人によっては恐喝ととられそうだけど。

 しかし、そんな見る人が見ればビビり散らすうちは頭領の面なんかに臆するマシロ様じゃあない。ぺっかぺかの笑顔でピッカピカのドングリを押しつけた。忍の神とか言われている千手柱間と、ほぼ対等に戦える忍者に無理矢理押しつけた。強すぎんかねうちの弟。

「あのねあのね、ぼうしどんぐいなの。いっこしかなかったの。とおさまにあげるね。」

「・・・・・・・・・・・・もらっておく。」

 手裏剣タコの出来たごつい手にのっかるドングリの異様さよ。行間で困惑がありありと伝わってきたし、なんなら視線も合ったがナトリは知らんぷりしておいた。

 大方説明しろ、というところか。甘えるんでねぇ。普通に口で聞けよかし。

「ナトリ。」

「イズナにいへのお見舞いだそうです。お外で拾ったそうで。」

 しかしナトリは親父の圧力に弱かった。そらもう狼を前にした羊のように。この世が弱肉強食なら我が家も弱肉強食なのである。

「・・・・・・そうか。叔父思いの優しい甥を持って、アイツも幸せだな。」

「えへへ。ほんとう?じゃあ、あいにいってもいい?」

「それは駄目だ。」

「えーーーっ!」

 やあだー!と駄々を捏ねる息子に露骨に困った空気を漂わせる父親に、はあとため息をついた。

 五人兄弟の長男だったのだから子どもの扱いには慣れていそうなものだが、なかなかどうしてそんなことはない。弟と子だとやはり勝手が違うのか、それとも下の兄弟たちは面倒を見てやる間もなく死んだのか。

 唯一生き残ったイズナが「ちょっとだけ兄ちゃんって呼んでくれない?」とナトリたちに頼んできたことがあったから、後者の方かもしれない。あの人は年も近いから、世話を焼いてやるようなことはなかったろう。

「イズナにいは具合が悪いから寝てるんだよ。良くなるまでは会えないの。」

 

 そう、漫画では死んでいた叔父は、あの後一命をとりとめた。ナトリの声で反射的に身を反らしていたお陰で、辛うじて内臓までは傷ついていなかったらしい。途中で見捨てかけていたナトリは死の淵から生還した叔父と、親父の「死なせたら殺す。」という脅しにひいひい泣きながら治療したお医者様を前にソッと顔をそらした。だってあの時は漫画と現実が前提条件(親父が子持ちか否か)から違うことに気がついてなかったんで。やっぱ死ぬかなぁって(言い訳)。

 とはいえ、かなり出血している上意識も戻らないため、予断を許さない状況が続いている。つまり幼児に見せるのはちょっと躊躇われる状態だ。高熱で魘されている叔父を弟に内緒で見舞いにいったナトリは、アレ見たらギャン泣きするんですよお前、とごねるマシロを説得する。

 

 ・・・・・・・・・因みにお気づきの人もいるだろうが、要するにつまりそういうわけで千手との協定は反千手派の叔父が伏せっている間に結ばれていた。

 絶対後で揉めるよこれ。なっちゃん知ってる。

 

「ヤーーーーーー!」

「あー、泣かないの。せっかく可愛い顔してるんだから。」

「マシロないててもかわいいもんっ!」

「それはそう。」

 滅茶苦茶頷いた。身内のアレソレもあるかもしれんがうちの子控えめに言って傾国の幼児。海老ぞって愚図る弟を抱っこして「泣くなよー。」と揺する。尚親父からの物言いたげな視線が頭に突き刺さったが知らんぷりした。甘えるな、自分の口で、聞けよかし(五七五)。

「ったく。忍の家の息子が何泣いてんだ。」

 びゃおびゃお泣く弟にため息をついた父が、のっそりと部屋に入ってくる。ナトリの両脇に手を入れて、マシロごと持ち上げ膝に乗っけた。

 見上げれば普段より近い所に眉間に皺を寄た親父がいる。ウワァ不本意そうだなあ。

「で、ここで何をしてたんだ。」

「一緒に遊んでました。」

「お前は修行しろ・・・・・・・・・そうじゃなくて、サユリの部屋だろうがここ。」

 目を細めて部屋を見渡す父に習ってナトリも視線を動かした。そこまで広いわけでもないが、狭くもない。張り替えたばかりの青い畳に、小ぢんまりした衣装箪笥。僅かに残る母の匂いと、化粧道具と、後は籠に入った肌触りの良い白い布地が部屋の隅で存在を主張していた。

「・・・・・・・・・ヒカクさんとこの奥さんが子ども出来たって言ってたので、産着をあげようかなと。誰も使わないですし。」

「そうか、それもそうだな。」

 側近の名前に頷いた父が、ぴすぴす鼻を鳴らすマシロの頭を撫でる。

 そういえばこの人は伴侶を亡くしたばかりだった。まだ四十九日も経っていないことを思いだしたナトリは、居心地が悪くなって背を丸めた。

「この部屋居たがるんですよ、マシロが。寂しいんだと思います。母様死んだ後はイズナにいがずっと一緒に居てくれてたし、余計。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「あのー?」

 親父が滅茶苦茶無言になった。なんか反応してもろて。

「容態は安定しているらしい。暫くは無理だが、もう二十日もすれば会話もできるようになるだろう。」

「・・・・・・?ああ、イズナにい。」

「ほんと?」

 急に話はじめるから何だと思えば。ぱあっとした顔で親父を見上げるマシロに「はつかっていつ?あした?」と聞かれたナトリはどう答えたもんかと言葉を濁した。明日足す十九日くらいかな。少なくとも今月中ではないんだけど(現在月半ば)正直に言ったら拗ねるな多分。

「来月だ。」

「アー父様駄目それ言っちゃ駄目「ヤーーーッ!」・・・・・・あちゃー。」

 日にちの概念はまだちょいちょい分かっていないが、かなり後なことは理解したのだろう。思いっきりへそを曲げた弟に、ナトリは頭を抱えた。

 子どもの扱い下手なんだからもう。

 

 

 

□□□

 

 

 

「そういうわけで、今暫くは叔父の代わりに私が出席させていただきます。」

「ハハハッ!マダラでも子には敵わんのか。」

「・・・・・・・・・ナトリ。」

「はいなんでしょう貴方のナトリです。」

 

 滅茶苦茶舌打ちされた。穏やかに微笑みながらソッと距離をとる。今のは意味分かってんだろ揚げ足取るなや、っていう意味だな。うちはマダラ検定三級のなっちゃんが言うんだから間違いない。尚一級保持者は母と叔父(死んでる人と死にかけてる人)だ。つまりこの場にいない。

 からから笑う男が「ほらナトリも飲め!」と徳利を傾けるのに、機嫌が低空飛行中の親父が声を荒げる。

「柱間、砂利に飲ませるな。」

「まあまあ。千手は正月になると子にも一杯ずつ飲ませるぞ!前年の穢れを祓うとかなんとかでな、ウチの弟なんかは弱かったようですぐに寝こけて」

「今日正月じゃねぇしナトリはウチのだよ馬鹿。」

 

 

 その日の夜半、とある宴会場にて。

 向かい合ってぎゃあぎゃあ大人気なく叫ぶ二人(今をときめく戦国二大忍一族の長)にナトリは肩を竦めた。それからその二人から若干離れた位置にいる、とても困った様子の両一族に気にするなと手を振る。よく闇落ちするけど堕ちるまでは常識人なことで定評のあるうちはの者がかなり可哀想な顔を向けてきた。

 気にするなったら気にするな。この二人の関係性は深く考えちゃ駄目だ。(深く考えてはいけない例:「柱間ァ!」「フルフルニイ」、「マダラの存在は天啓」「友(世界滅亡RTA中)」)

 尚千手の方はナトリの前に座っている扉間が死んだ顔をしているのになんか察したようで、各々ソッと食事に戻った。心が強い。さては自分とこの頭領の奇行に慣れてるな。

 

 うちはと千手は、何度も言ったが先月の末に協定を結んだ。ナトリはチンチクリンなもんでまだ関わらせてもらっていないが、里創りの方も若干話が進んでいるらしい。

 で、そうやって両者が足並みを揃え強力な忍里、つまり一から新しく組織を創るのには、やはり信頼関係が必要になってくる。

 

『と、いうわけでドンチャ、飲みか、親睦会をしようぞ!』

『さては酒飲みたいだけだな、お前。』

 

 どういうことでもそうはならねぇだろうと誰もが思ったが、忍の神の思考回路ではそうなるらしかった。

 「やだやだやだ酒酌み交わしたい親睦会したい酒飲みたいやだやだやだ」と主張する柱間(酒豪)に順当すぎるツッコミを入れたマダラだが、実はどうしてこの男もザルである。ジワジワ説得され「まあ強制的に腸見せ合う場ァつくんねぇといつまで経っても真の和解にはたどりつかんな。」とそれっぽいことをあんまり納得していない顔でぼやきながら了承した。

 途中で『兄者ァ!!!』と怒鳴りながら現れた扉間が、

『協定結んでから一月ほどしか経ってない時にすることか!』

 と、これまた正しすぎるツッコミを入れたのだが、

『里の予定地にうちはと千手の八割が移り住めるようになるまでには半年もかからんぞ!(意訳:それまでに慣らしておかないとどうせまたゴタゴタする絶対に。)』

 とこれまた全うなことを主張し、結局『うちは千手飲み会』は開催されることと相成ったのである。つまりねだりにねだりにねだり倒して、うちの弟よりもごねた千手柱間の粘り勝ちだった。忍の神の本気の駄々こねすげぇ。

 

 

「────おい、何普通に飲もうとしてる。」

「あーっ」

 まあでも親父イズナと話している時と同じくらい口数多いし、ナトリたちと居る時より大声出してるし、なんか楽しそうだしいっかね。

 などとひねくれていたナトリは、不機嫌を全面に押した顔の親父に杯を取り上げられ思わず声を上げた。めっちゃ怖い目で見下ろされた。そんなに怒るなよう。

「う・・・でもナトリはマダラの子ぞ・・・・・・オレもなんか可愛がりたいぞ・・・・・・。」

「・・・・・・何かと思ったらさっきの話かよ!まだ治ってなかったのかその落ち込み癖!めんどっくせえなあ!」

「父様よりマシでは。」

「よし表に出ろ。」

「是非お一人でどうぞ!」

 スンッとした顔で見られたナトリはブルンブルン首を振った。それをニコニコしながら見守っていた柱間が、満足そうに頷く。

「うむ、親子仲が良いのはよいことぞ!」

「どこがだ・・・・・・とんだ生意気娘だよ。」

 毒気を抜かれたのか、ため息をついたマダラに額を弾かれた。イテ、と言って顔をしかめれば斜め前にいる柱間が懐かしそうに目を細める。

「そういうところも昔のマダラにそっくりぞ。顔も勿論似ているがな。いやぁ、初めて見た時は一瞬息子かと思ったくらいだ。」

「母にもよく似ていると言われました。」

 ピクリ、と父(男やもめ三十日目)の肩が動いた。やっべやっちまったぜと思いながらナトリは話題を逸らす。

「柱間様は、ご子息の方が一人いらっしゃるとお伺いしましたが。」

「よく知っているな。情報に通じているようで何よりぞ。」

「いえ父が柱間様のこと大好キュム゜ッ」

 皆この場にいるのは忍である。明らかに反応していたマダラに、空気に若干の緊張が走った。

 故に場を和ませようと真実を冗談混じりに言おうとしたのだが、当の本人に顔面鷲掴みにされシャカシャカ上下に振られた。

 成る程口閉じろと。口で言ってくんない?

 怒らせたかなー。でもこのままぶん投げられなかったから同じ一族の子とステゴロで喧嘩して腕へし折れた時よりマシ(「その程度で折れる骨なら粉にしてやる。」by親父)だなー。

 

「──────あの、父上。叔父上。」

「おお、広間か。どうした?」

「調度良い、お前も挨拶していけ。兄者。」

「それもそうだな!」

 

 と、控えめにかけられた声に、今まで屍のように静かだった千手扉間がふと口を開いた。

 「????」と混乱しているナトリと同い年くらいの少年を強引に横に座らせた柱間が、にこやかに続ける。

 

「オレの息子、千手広間ぞ。今年で八つになる。仲良くしてやってくれ!」

「ち、父上!?」 

 

 千手の装束に身を包み、戸惑ったように父を見る少年にナトリはああと頷いた。噂をすれば影である。

 漫画の中では千手柱間の子孫と言えば孫娘の五代目火影ことナメクジ姫らしいが、孫がいるということはつまり息子か娘がいるということだ。そもそもナトリの父と同輩の彼が、その年にもなって子がいないというのもおかしい。

(オトモダチしておくべきだよな。)

 千手の頭領の息子と、うちはの頭領の娘。二人が友好的でいる方が、今後の事も運びやすかろう。

 と言うのを一応確認したくて目配せしたのだが、父はナトリの視線に無反応だった。あんまお待たせして会話のテンポがおかしくなるのは避けたいので、うちはマダラ検定三級取得者は沈黙を勝手にゴーサインと受け取った。駄目ならまたシャカシャカされるだけである。

 

「うちはマダラが第一子、うちはナトリです。よろしくお願いします。」

 しゃんと背筋を伸ばし、友好的な笑顔をつくって握手の手を差し出した。マシロがいたら世界一可愛いよ!と褒めてくれること間違いなしの完全余所行きスマイルである。

 それを見た千手広間がナトリの方に手を伸ばして、そして────

 

 ぱしんっ

 

 と乾いた音がした。皮膚の当たる、差し出した手の甲を叩かれる音である。

 

「千手柱間の息子、広間。仲良くしなくて良い。」

 

 人の手をビンタしてくれやがった格好のまま肩で息をした広間が、静かに、しかし感情のこもった声で言った。成る程、と概ね察したナトリは腫れた手をぴらぴらしながらため息をつく。

 お前さてはイズナにいの千手バージョンだな。

 

 

「オレは、お前が、大嫌いだ。」

 

 

 

 

 ─────────やっぱコイツ、仲良くしてやんね。




感想、誤字報告ありがとうございます!
多分修正できていると思います。(また間違えていたら申し訳ない。)


■うちはマシロ
・別名わたしがかんがえたさいきょうのしょた。この話の中のうちはマダラの次男坊。母親似なので成長すると男の娘に。
・ずっと末っ子だったのでお兄ちゃんになる日を楽しみにしていたが、多分二度とそんな日はこない。
・兄(出てきてない)も戦死したのでこれからは宗家唯一の男児として教育されていく。(でも姉が万華鏡写輪眼とかいうぶっこわアイテム持っているので跡継ぎの座には座れない。)
・その場にいるだけでうちは一家の不穏値数を下げる浄化スキル持ち。なっちゃんが一族で一番可愛いと思っている。約束されしうちはの血が凝縮された宗家出身のシスコン。
・うちはカガミとは幼なじみ。多分同い年。
・最近の趣味はドングリ採集。一番ツヤピカなのを怪我で療養してるイズナにいたんにあげました。
・死んだらうちは一家全員曇る。


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三つ子の魂百まで。

ナルト二次を書くにあたり一番良い所は、どんなに子ども離れした子どもを書いてしまっても魔法の言葉“イタチ兄さん”があるところ。一生ついていく。(尚公式で舎弟のこと嫌そうにしてたので嫌われると思われる。)



 かつて、というほど昔ではない頃。

 自分は双子だった。仲は特別良いわけでも悪いわけでもない。それでもかけがえのない片割れで、半身だった。もう半分が欠けることなど考えたこともなかった。

 しかし自分の一部は戦場であっけなく命を落とした。他でもない己を庇って、無惨にも殺された──────目の前の忍に。

 激昂して、喉から血が出るほど叫んで、襲いかかって、けれど自分は情けなくも仇を討つことができなかった。

 それがいったいどれほど苦しかったことか。気が狂ってしまえば楽だったのに、自分は狂えなかった。沸騰するような脳髄を他所に頭の隅だけはやたら冷めきっていて、冷静に復讐相手を探していた。幸い宗家の身であり、子どもながらに扱える権力がそこそこあったから、その忍はすぐに見つけられた。

 

 ───────それが、長きに渡り争ってきた一族の跡継ぎだと知った時。自分がどんな思いになったのか、きっとお前は知らないんだろうな。

 

 

「オレは、お前が、大嫌いだ。」

 

 きっとそれはお互いに。

 

□□□□

 

 ゴッチーーーーン

 

 

 と、良い音がした。具体的に言うと広間の頭に朗らかな笑みを浮かべたままの千手柱間が拳骨を落とした音だった。千手柱間がだ。扉間じゃなくて。ここ大事、テストに出るよ。

 

「すまぬな、ナトリ。倅が戯れ言を言った。手は大丈夫ぞ?」

「あいや全然大丈夫ですお気遣いなく。」

 

 仲良くしてやんねーぞワレェと内心喧嘩腰になっていたナトリはブンブン首を横に振る。

 ていうか息子生きてる?忍の神の拳骨食らったが?

 普通に心配しちゃって三度見した。因みに千手扉間は兄の方を二度見していた。一瞬ヤベッみたいな顔になったので多分柱間さん相当キレていらっしゃるのだろう。否それより。

(感情の制御ができないのは未熟者。)

 反射で言葉の限りの罵倒を吐きそうになったナトリは広間と同じ穴の狢である。荒んだチャクラを宥めながら、ナトリはホッと息を吐いた。まずいまずい。切り替えろ。親父の余生を安らかにするためにも、一族の存続のためにも、まずは千手との関係改善ひいては木ノ葉設立に力を入れなければ。

(っても、本当に仲良くなるのは無理だろうな。)

 なんせ禍根がありすぎる。協力とか同盟とか、本音と建前だとか、そういうのは置いといてナトリは目を細めた。

 

 千手広間とうちはナトリは、実は初対面ではない。

 なんなら昔というほど昔ではない頃、ナトリは広間に対して盛大にやらかしていた。滅茶苦茶していた。か弱いうちは一族ならワンチャン闇落ちするぐらいのことはやった。

 なんかさっきまで初めましてみたいな面していたがそんなことは全然ない。戦場は広いようで狭いのである。「ご子息がいらっしゃるそうですね。」なんて言っていたがとても知人。最早因縁の相手。言っても顔を会わせるのは二回目だし、ほぼ一年ぶりの再会なのだが。

 忘れもしねぇ写輪眼開眼したてほやほやの七歳のあの日を思いだし、ナトリは遠い目になった。以前(二話らへんで)言ったと思う、戦場ではしゃぎ過ぎてチャクラ枯渇して帰宅早々ぶっ倒れたことがあるって。あの日だ。言い訳をするならば最高にハイってやつだった、いやホントに。写輪眼て脳内チャクラがどうとかで精神疾患がホニャララな厄介アイテムなもんだから、なっちゃんも頭イカれちゃってて。

 

 ・・・・・・・・・実を言うとあの日の記憶半分トんでるんだけど、それ言ったら怒られるかな。いや怒るよな広間君。 

 

(痛み分けってことにしてくんないかなぁ。)

 いやホラうちにも甚大な被害出たからそれで手打ちに、と言い訳をこねくり回す。あの日なっちゃんが居た部隊全滅したしさ・・・無理か、千手の部隊も広間君以外戦死したもんな。ていうか私が殺りました。ほとんど。

(にしても意外と堪え性なかったんだな広間のやつ。)

 前に会った時は腹が立つほど沈着で、仲間の死にも表面上狼狽えることなく確実にこちらの命を狙ってくる嫌な奴だったんだけど。それとも広間も人の子だったということだろうか。

 ま気持ちは分かる。がしかし此処は仲良くしましょうねの場で、千手広間は宗家の男児。更にこの暴挙である。

(折檻は確実だろうな、御愁傷さま。)

 ザマーミロ。でもこの後もし折檻中にうっかりで殺されちゃったりしたらどうしようかな広間君。それは困るんだが・・・・・・できれば両一族の宗家の子は同い年くらいが望ましい。ナトリの今後の予定(・・)的には。

 

 涙目になりながらも気絶はしていない広間に、千手って頑丈だからきっと大丈夫でしょとナトリは雑な結論をつけた。柱間さんってば結構怪力で自分で生やした木遁も邪魔なら素手でばっさばっさする人なんだが、頑丈だったからタンコブ程度で済んでるし・・・・・・いや頑丈でどうにかなるレベルでないんだわ。どうなってんの広間君の頭。全然そんな場合じゃないのだがナトリはスンッとした顔になった。今の拳骨で地面割れただろ。チャクラで強化したのかそれとも土遁か?土遁なのか?なっちゃん性質変化で今マトモに扱えるの火だけだから羨ましいや。本当は漫画に出てきた『暁』なる組織の忍が使ってた土遁系の硬化の術習得したいんだが。

 

「マダラもすまなんだ。この通りだ。」

 

 などと呑気にしてる間に。柱間がサラッと親父に頭を下げた。一連のやり取りに凍りついていた皆───主に千手サイドがザワッとしたが、そこは頭領である。眼力一つで黙らせた。

 それに頷いた父が頭を上げるよう促す。

「気にするな。ガキに振り回されるのも親の仕事だろう。」

 促しながら「父親らしいこと言ってる・・・・・・・・・!」とガン見していたナトリを睨んできた。

 成る程余計なこと考えんなと。口で言ってくんない?

(まあここで目くじらたてる利もないし。)

 大前提として、うちはと千手は和解している。

 腹に一物ある輩がいようが反対派がいようが、千手柱間とうちはマダラ両名の威光と権力で和平は成った。成ったったら成った。とはいえ腸を互いに見せ合うよりも、相手の腸を引きずりだしたい人の方が多いのも確かである。

 今日はその上での親睦会だ。あのうちはと千手が手を組んだことを外へ知らしめるためにも、反対派を黙らせるためにも、強引でもいいから仲良しアピールをしなくてはいけない。で、普通に考えて仲良くしましょうねの場で相手方の行動にイチャモンをつけ暴れてはいけない。

 そして彼、広間───千手の一族がビンタするのは(まあ態度最悪だが)ともかく、うちはの者が暴挙に出ることは許されなかった。

 

 なんせうちはは千手に負けている。

 

 漫画のように明確な勝ち負けがあったわけではないし、親父も地に背をつけたりはしていない。しかしうちは側が劣勢であったのは誰の目にも明らかだった。

 そんな中、勝者である千手の方から出された停戦の申し入れを、うちはは受けた。受けさせてもらった。その立場にナトリたちは今いるわけで、まあ多少の無理は飲み込まなければならない。プライドの塊みたいなところのあるうちは一族には、結構これがキツイようだった。誇り高い人(親父含む)たちは大変である。

 

 お下げ(・・・)される広間を横目に、ナトリは酒杯を煽った。親父があっ!と声を上げるが無視である。こんくらいじゃ酔わない酔わない。

 喉にこもる苦い物を食道を削るようにして飲み込みながら、べぇと親父に舌をだした。瞬間怒涛の説教が降ってくるのを聞きながら、氷が溶けるように緩んでいく緊張に目を細める。

 

 ナトリに忍とかいう物騒な家業で持つ誇りなんぞなかった。清濁を別つような気性をしていたら、楽に生きるなんてとてもできないのだ。

 

 

□□□□

 

 

「ナトリ様、どうしても納得がいきません。」

 

 拝啓ちょっと過去にいる私へ、やっぱり千手広間ぶん殴っといて下さい。

 と脳内で犯罪教唆の文をしたためながら、ナトリは話しかけてきた青年を見上げた。自分より八つは下の小娘に敬語を使うこの忍は、以前(一話らへん)ナトリが投げたチャクラ刀に命を救われた者である。

 以来子犬のようにくっついてくるのと、父が「そろそろお前も側近考えとけ。」と言うので傍に置いていた。側仕えにするかどうか自体は未定である。

 

「はあ、なんの。」

「千手とのことです!どうしてあそこまでされておいて黙っていなければならないのですか!」

 ほーらー。もー。やだーもー。

 恙無く酒宴がお開きになった帰り道。集落に程近い忍道でそうだそうだとざわつく者と、それを諫める者とに別れる若衆にため息をつく。親父は彼らよりも偉いのと先の方にいるし、これはナトリがどうにかせねばなるまい。

 うちはの血の気が多くて誇り高いやつってすーぐこれだよ。だから可愛い子孫が一族抹殺なんて重荷を背負う羽目になったんだぞ分かっとんのか。いや分かってないな。

 まあでもこの段階で不穏分子炙り出せたと考えれば上々、と考えあぐねた末、ナトリはサクッと現実を伝えた。

「まあウチ負けてるからね。」

 瞬間ヤンヤヤンヤと文句が降ってきた。おめぇら夜中に元気だな。

「劣勢だっただけでしょう、過去には千手を滅亡寸前にまで追い込んだ時もあった!」

「勝てたかもしれないじゃないですか!」

「無理。イズナにいが欠けた時点で戦力的に詰み。」

「何故そんなに弱気なのです!」

「千手のあの男に毒されないで下さい!」

 チッと舌打ちしたナトリは、改めて凶悪面の若者どもを振り返った。

 彼らは主戦力とまではいかないが、うちはの忍の中でもかなりの実力者である。

 そして、この場合は最悪なことに、うちはイズナの腹心でもあった。要は筋金入りの“千手嫌い”だ。無論今回のことも不満タラタラだったが、親父に諭され説き伏せられ、あとちょっと脅され表面上は大人しくしている。というかしていた。

 

「ナトリ様は誇り高きうちはの、しかも宗家の姫君でしょう!?何故そんなに臆病になさるのです!」

「はあ!?ナトリ様が臆病な訳ないだろうが表出ろやァ!」

「イッテェ!?」

「どっちの味方だよお前!」

「ナトリ様だよ当たり前だろうが!」

 

 ・・・・・・何でそこまで手間をかけてまで酒宴に連れてったのかと言えば、うちはの幹部クラス内で差が出ないようにするためである。

 まあ、療養中なのを良いことに情報(協定結んだ下りから今に至るまで)を全力で伏せている一番の反千手派(うちはイズナ)に直通でことの次第がバレるだろうし、祝いの席で千手広間のような馬鹿をやらかさんとも限らんかった。良いことは正直あまりない。が、ここで不満からの内部分裂とかになる方が洒落にならなかった。

 結局、まあ最悪写輪眼使うか・・・そうだな・・・、と激情型の火炎放射器マダラとお察しの通りあんま頭良くないナトリの脳筋親子によって多少のリスクは目を瞑られ。

 双方不本意だがこうやって酔いに火照った体を夜風に冷ましつつ、家路についているワケである。

 

「・・・・・・根性論で戦をしだした時点でそれは敗けが決まったようなもんだよ。というかそんな原始的な争いは、百年前には終わったと思っていたけど。」

「それは・・・・・・!」

「大体こうなっちゃった物はしょうがない。こっからまた戦争しかけるにはウチは疲弊しすぎてる。じり貧の負け戦に支払うには、お前らの命が大事なんだよ。親父は少なくともそう判断した。」

 自覚はあるのだろう。口をつぐんだ連中に、これって頭領の仕事じゃないかなあとナトリは遠くを睨んだ。さてはなっちゃんに押し付けて逃げたなオトン。

「・・・・・・えらく消極的ですね。ないがしろにすると?一族の無念を?」

「生きてる命のが大切だもん。そうなるね。それでも千手が憎いならそうだな、ぶつけにおいで───ウチの親父に。」

 あ、ナトリ様じゃないんですね。っていう空気が漂った。なまじっか良さげなことを言っていただけに釈然としない目を向けられる。いやいや、あのね。

「なっちゃん跡取りってだけで別にご意見言えたりする立場の人ではないからまだ・・・・・・不満言われても正直どうしようもできないし・・・。」

「・・・・・・失礼ですが、今年でお幾つでしたっけ?」

「八歳。」

 まあそういうのも誇り高き宗家のお役目なんですヨって話ねー、と言いながらナトリは欠伸をした。

「ナトリ様って、大人びてらっしゃいますね?」

「そう?あいつってか弟の方がおマセさんだったよ。死んだけど。あはは」

 体がポカポカしている。酒のせいか、心なしか良い気分だった。今夜は良く眠れそうだなぁとナトリはテコテコ暗い道を歩く。

 

「勢いって大事だけど、ちょっと落ち着いてさ、ホラみんな今日お酒飲んでるわけだから、」

「イズナ様!まだ起き上がられてはいけません!」

 

 良い感じに話を締めようとしていたナトリのセリフは、父の側近の絶叫に遮られた。

 ひゅっと体温が氷点下まで一気に下がる。考える前に咄嗟に駆け出した。

 

 千手側に細かい容態まで伝える訳にもいかずサクッと流したが、うちはイズナは重傷者である。一月は絶対安静が必要であり、当分は身を起こすにも人の助けがいるだろう。斬った人間の腕が良かったお陰で傷口は綺麗なもんだが、綺麗でも内臓ギリギリまで腹が裂けていれば中々塞がらないというもの。血だってようやく止まったばかりなのに、まさか。

 

「・・・・・・イズナ、」

「お帰り、兄さん。」

 

 ────果たして、叔父はそこに立っていた。

 意識すら朦朧としていた筈なのに、穏やかに笑みを浮かべながら、平素と変わらない調子で兄を見つめていた。

「何をしている!自分の怪我の状態くらい自分で分かっているだろ!早く部屋に、」

「兄さん。」

 うちはの集落の入り口で、寝間着の浴衣姿で父の前に立つ叔父を、ナトリは肩で息をしながら凝視する。腹部が真っ赤に染まっていた。無理に動いたせいで傷口が開いたのだ。

「兄さん。楽しかったかい、千手との宴は。」

「・・・・・・何故、それを?」

 そんな状態で叔父の口から紡がれたそれは、叔父には誰も伝えていなかった筈の情報で。驚愕に目を見開く父に叔父は童子のように無邪気に笑った。

 その目は通常の写輪眼、つまり直巴ではない。最悪の喪失を知る者だけが持つ万華鏡の模様─────。

 

「酷いなぁ、兄さん。僕も混ぜてよ、そういうのは。」

 

 

 

 ・・・・・・うん、と頷いたナトリは、遅れて駆け寄ってきた若い衆(容疑者)に微笑んだ。

 

 

「瀕死の人の叔父に余計なこと吹き込んだ奴挙手、大丈夫怒らないから。」

「ナトリ様写輪眼出てます写輪眼。」

 

 

■■■■

 

 

 ─────同日。千手の館にて。

 

「──────広間、申し開きがあるならば一応聞いてやるが。」

 

 薄暗い地下牢の中、硬い岩の上に座し瞑想していた少年は叔父の言葉に瞼を開けた。

 折檻の後である。腫れて火照った顔がじくじく痛んだ。しかし己は忍と念じながら、感情を出さずに首を横に振る。

「ありません。」

 暗闇に慣れてきた目が、叔父の眉が痙攣したのを見とめた。父ではなく彼が此処にいるということは、相当かの忍の神を怒らせたということで、更に叔父は立腹していると眉が跳ねる。つまり自分は一族のツートップの逆鱗を両方踏み抜いたのだろう。

 ナトリならばここで「やだ歴史に名前刻んじゃったね。」などと乾いた笑顔で言うところだが、広間はそのような楽しげな性格をしていなかったので、普通に怒らせたなぁと思うだけだった。

 要は反省も後悔もしていないのである。それを察したのか叔父こと千手扉間が溜め息をついた。

「ミト────義姉上が嘆いていたぞ。私の躾のせいなのではないかと。」

「・・・・・・・・・。」

「兄者に浮気疑惑が出た時よりも泣いていた。お陰で兄者の怒りも鎮火したわ。今家の者総出で慰めている。」

「・・・・・・すみませんでした。」

「分かればいいと言いたいところだが、やらかし過ぎだお前は。」

 土下座して詫びた。千手広間はやや向こう見ずで時には猪のような猛進ぶりを見せるが、基本母思いの少年だった。なんなら父親よりも美人で優しい母の方が大好きだった。先に起きた『千手柱間不倫事件(事実無根)』の際は積極的に父を排除せんと暗殺計画を練ったこともある。戦国生まれは下克上精神が豊富だった。

「・・・・・・お前が理由もなくあの様な暴挙に出る愚か者だとは兄者もオレも思っておらん。」

 叔父をして「兄者じゃなければ確実に仕留められていただろう無駄に完璧な計画、こんなところで頭を捻るな。」と言わしめた頭脳を持つ広間が、一体何故に。とそんなところだろうか。

 ぼんやりしながら、広間は先程と同じ言葉を繰り返した。

「理由などありません。」

「言い方が悪かったな、これは尋問だ。話せ。」

 びりびりと空気が揺れる。軋む天井に生き埋めの四文字が頭に浮かんだ。まあ土遁使えるからどうにかなるか。

 サテ、何であんなことをしたのか。何故、か。

「うちはナトリのことが嫌いだからです。」

 改めて考えてみて、これ以下でもこれ以上でもないなと思った広間は素直にそう言った。ふざけるな、と怒りの籠った叔父の声が響く。

「広間、お前はゆくゆく千手を背負うことになる。それが戯けた調子でいたらどうなるのか、分かっているのか。」

「あれだけやっておいてまだ跡継ぎ候補だったんですか。てっきりもう下ろされたものと。」

 思わず瞠目した。帰宅早々自ら折檻部屋へと向かった自分に、扉間がなんとも言えないしかめ面になる。

「・・・・・・おい、まさかそれが理由か。」

「いえ、うちはナトリが嫌いだったからです。」

 舌打ちされた。

 だろうなと思った広間は水音の響く地中でまんじりともせず壁を眺める。

 もし仮にそのつもりならば、自分は一瞬で勘当されるくらいのことはやる。千手扉間の非常識は千手広間の常識なのだ。大丈夫、愚息が投げつけた泥で霞むような千手柱間ではない。自分が全力で洒落にならない問題を起こしてもどうにかできてしまえるだろう。

 いやはや、人格者とは素晴らしいものである。

「父上の子は別にオレ一人ではありませんし。第一これから予備に幾人かもうけるでしょう。次期当主はその中から選べばいいです。オレは人の上に立つには向いていないので。」

 母の実家は子沢山で賑やかだ。なんでもうずまき一族というのは生命力が桁外れで、子宝にも恵まれやすいらしい。故に血が薄まるのを厭わない忍家は、うずまきの女を娶りたがる。

 千手一族は元々うずまき一族と縁があったから、嫁のやり取りも頻繁に行われていた。きっと母はあと何人か父の子を産むだろう。なんせ忍の子どもというのは死にやすい。うずまきの血を持ってしても、だ。

「・・・・・・だが現状兄者の子はお前一人だけだ。」

「今は確かにそうですが。」

「自覚のある行動をしろという話だ。分かっているだろう。」

「・・・・・・今回の騒動で反うちは派の者がオレを担ごうとすると思うので、一斉検挙できると思います。」

「不幸中の幸いを使って交渉できると思っているのか馬鹿垂れが。」

 思わないが、言っておこうかなと。

 口を割らないと判断したらしい扉間が嘆息をついて広間に背を向けた。どうやら今日はもう用事が済んだらしい。

 引き留めはしなかった。どうせ明日も明後日も説教は続くから、会う機会はたくさんある。一人の空間は存外心地がいいことを知っている広間は、ゆるりと訪れた静かな時間に力を抜いた。折檻なので飯も水もなく、極楽とは言い切れない。がまあその辺は自分を担がんとする輩を使えばいいだろう。

 去っていく叔父から目を逸らし、サテどう反うちは派の者を手込めにしてやろうかなと広間は瞼を伏せた。

 

 ──────けれど、不思議と瞼の奥に浮かんだのは策謀でもなんでもなく、今日の酒宴で久方ぶりにまみえた少女(というにはいささか性別迷子だが)だった。

 

「・・・・・・気色の悪い。」

 

 マトモな神経をしていたらば、自分に向かって笑みを浮かべるなどありえない。それとももう気が狂っているのか。

 それは残念だなと思いながら広間は唇を吊り上げた。

 

 あの子は自分の獲物である。

 再び殺し会う時のためにも、是非正気のままでいてもらわなくては。




■千手広間
普段は忍らしい沈着な性格。だからこそ柱間さん達もこういう大切な場に連れてきた。でもうちは嫌いでなくても“うちはナトリ”嫌いではあったのでやらかしちゃった。柱間さんに罪はない。





主人公の年は三代目より五個上くらいです。マダラが十代の時の子どもになります。戦国だし、柱間もマダラも兄弟多かったので早い段階で結婚しているんでないかなぁというガバガバ設定です。
つまりですね、何が言いたいかって言うとナトリの同期がいない(悲痛)。でも戦乱を体験して欲しかったから年齢を下げる訳にもいかず、上げたらマダラの妹とかその辺のポジションになるけどマダラに自分のことを父様って言わせたかったので無理(一話真ん中らへん)。
そんなわけで、もうオリキャラたくさん出しちゃったしいいや・・・と広間くんが爆誕しました次第です。はい。 
今後もて余したらどうするんでしょうねこんなキャラ濃いの、本当に無計画なんだからもう。


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四人家族のすれ違い。

これにて戦国編無理矢理終了です。
こんなに長くかかって出てくるのがこれですよ。作者も納得してないので、いつか書き直すかもしれません。ていうか書き直しますはい。
※追記
ありがたいことに、主人公ナトリのイラストを描いて下さった方が・・・・・・!滅茶苦茶嬉しかったので、この場を借りてもう一度感謝を。ありがとうございます家宝にします。(熱量が気持ち悪い人←)


 拝啓天国、母様と姉に跡継ぎなんて面倒な立場を押し付けてくたばりやがった弟様。

 

 日差しの穏やかな今日この頃。天の国ではどのようにお過ごしでしょうか。ナトリは今日も母様の遺言通り、父様と一族のために頑張っています。母様達も天から我ら一族をお見守り下さいませ。

 

 さて、我が家の天使マシロは最近いっそう可愛くなっていき、そろそろ人ならざる愛くるしさに到達しております。

 このごろの趣味はドングリ拾いとお友だちとの鬼ごっこだそうです。この間二つほどナトリにくれました。家宝にしました。我がうちはには代々当主に受け継がれる瓢箪形の団扇があるらしいですがナトリはそんな物知りません。

 更に喜ばしいことに先日お友だちがお友だちでなく、“親友”になったそうで、胸を誇らしげにしながら報告してくれました。その愛しい様はまるで生まれたばかりの雪兎のようで、花のような無垢な笑みに胸を射ぬかれたナトリは姉は私は~以下中略~

 あ、あと父様は母様が死んでから少々ションボリ気味です。どうしたらいいのか分からないのでちょっとウザいくらいを目安に絡みに行っています。

 母様この人本当は『こう見えて大人気なくて滅茶苦茶寂しがり屋で本当はわりと騒がしい性格してて面倒見も悪くないクソガキ』って本当ですか。少なくともナトリと話す時そんな楽しそうじゃないんですけど。なんなら家族よりも千手柱間と話している時の方がいっとう愉快そうです。母様のいない隙を狙って泥棒猫!とか言うべきですか。

 

 

 それからこれが一番の問題なんですが、イズナにいと親父が喧嘩しちゃってるんだけどどうしよう母様。

 

 

□□□□

 

 

「いや本当にどうしよう・・・・・・。」

「なっちゃ、ナトリさん!見てた?今手裏剣全部真ん中だった!」

「見テタヨー。さすがカガミ!」

 

 うちは一族の領内にある演習場。

 頬っぺたを赤くしながら報告する少年に、弟(分)って可愛いなと思いながらナトリは手を振った。

 本当は全然見てなかった。すまん、的に当てたのは気配で分かってたんで許して欲しい。

「へへ、いっぱい練習したからさ。」

 照れくさそうにする弟の親友にして幼なじみ、うちはのカガミくんは御年三歳。覚えの早い秀才として、マシロの世代では既に頭一つ抜けている優秀な忍の卵である。

 うちの弟は忍者としての面は今のところ特に秀でているわけではないので、二人でいるとカガミが教える側に回ることが多いらしかった。証拠にまだたどたどしい口調のマシロと違い、言葉も多いし誰かさん(・・・・)を思い出させるような賢しさがある。

「全部真ん中だあ・・・・・・。」

「いいなーー。」

「どうやってるの?」

 その辺で修行していた子どもたちに囲まれる様子に、ナトリは指導役として付き添っていた年長者達と顔を見合せ苦笑した。

 ナトリ達にも、幼い頃にああやって秀でた誰かにまとわりついた覚えがあった。最も共に一族の者に忍の手解きを受けた幼なじみ達は、もう殆どこの世にはいないのだが。

 まさか自分が皆より長生きして(といってもまだ一桁歳だが)チビッ子たちの先生役やることになるなんてな、と忍の卵たちを眺めながらナトリは目を細める。絶対真っ先に死ぬと思ってたよ私。

(・・・・・・にしても。)

 儘ならない、というか。

 真面目に修行しろっ!と怒られきゃあきゃあ逃げ惑う彼等彼女等は、今時珍しくもないが孤児である。

 カガミなどは二つの時に両親を戦で失ったそうだ。カガミの両親を殺したのは────というかこのパターンが一番多いのだけど、仇は千手一族である。 

 

 だからなのか。うちはの親亡き者達は、異様に千手への殺意が強かった─────叔父を支持する若者達も大概これに当てはまる。考えてもみろ。慢性的一人で抱え込む病を発症するうちはが、幼少期に一人になるんだぞ。悪化するそりゃあ。

「まじでどうしょ・・・・・・。」

 まあそれでうちはが内部分裂してちゃ意味無いんだが。

 

 酒宴のあの夜から早くも半月。

 うちはは親父と叔父とで綺麗に分裂していた。

 否、表面上は穏やかである。しかし頻繁に幹部の集まりがあり、連日議論が白熱しているようだった。

(せめて関われれば・・・・・・否、私が中立のどっち付かずの第三者な方がいいのか?)

 なんで伝聞系かというと、それはナトリが最近内政から締め出されているからである。

 というかそもそもの話、うちはナトリが今まで重役に混じり大切な場に身を置けたのはうちはイズナが臥せっていたからだ。

 彼の名代になれるうちは宗家の人間は現状ナトリしかいない。つまり今子どもが出なきゃいけないくらい人手不足なのである。そうじゃなきゃ飲み会はともかくその他のお堅い集会に八歳児を連れていかないだろう。(尚親父一人で行くという選択肢はない。千手側が当主とその実弟出してきているので此方も参加せざるを得ない。)

 要するにこの久々の順当な子ども扱いのせいで、ナトリは蚊帳の外で不安にチクチク心を突き刺されていた。

(親父イズナにいのこと大好きだからなあ・・・・・・対立で心を痛めてそーな。)

 弟離反で闇落ちとかやめてくれよ本当に。重たいため息をつきながら、ナトリは聞き齧った情報を整理した。

 

 まず、イズナ率いる反千手派の主張はこうである。

「血迷うたか忍の子ならば赤子でも忍、例え我が一族ことごとく滅びようとも戦場から逃れるなど許されぬ。それをなんたる恥知らずな諸行か。」

 と、つまり今からでも千手に戦を吹っ掛けようと、そんなところであった。

 因みにそれやったらうちはと千手の亀裂は本気で修復不可能になる。元々酷いがそれどころではない。だって一応和平結んでるのに手のひら返してくるんだぞ。忘れがちだが、千手にとってもうちはは仇だ。募った怨みはいったい幾ばくか。二度目の協定はない。考えるまでもなく。

 ただ、一般的なうちはにとっては主戦派の意見の方が通ってしまうのも事実だ。確かに親父の判断は今までの歴史を覆すようなものであり、更に状況は此方から負けを認めたのも同然。誇り高きうちはとしては到底容認できないものだった。

 

 しかしそれでは血を残すことができない。今なすべきことは例え泥を被っても血を流しても一族を存続させること。幼い子どもらを守り、次の世代へと繋げることである。

「最適解は千手との和平以外に無かった。」・・・・・・と、いうのが親父や和平派の主張だった。うーん食い違いが酷い。

 

 そもそも根本から考えが交わっていないのだ。長である親父は一族全体の“親”であるわけで、対する叔父は“忍”である。漫画に出てくる忍達とも異なる、戦国の世を生きる忍だ。命の感覚がハナから違っている。

 

「カガミくんてさあ、イズナにいのこと好き?」

「?そんけーしてるよ。強いし優しいし。」

「そっかー。じゃあ聞くけど、千手一族は?・・・・・・あ、嫌ならいいよ。忘れて。」

 顔を影らせ黙り混んでしまったカガミに、ナトリは気にすんなと手を振った。

 

 和平派と主戦派の比率は6:4くらいと、全体を見れば親父の方が優勢である。が、問題なのは皆の心の根底にあるのが千手への恨み辛みであることだ。それを叔父のように表に出しているか、出していないか。違いはそこだけだった。本当に平和を望んでいる者もいるだろうが、大半は親父の牽引力に引っ張られているだけである。うちはマダラという人は堂々としているだけで大衆を従わせてしまえる忍だった。

 例えばもし仮にここで親父が倒れて和平派の代表にナトリが座れば、状況はひっくり返るだろう。それだけ影響力の強い男なのである。というか親父も今まではガンガン殺ろうぜ!してた人なので、彼が和平を推し進めているのが大きいのかもしれない。

(でも活火山(イズナにい)は親父の言うことは絶対だから、主戦派の頭がにいである内はまだマシ・・・でもないか。)

 月夜にぼんやり浮かび上がる、血が滲んだ衣を纏った叔父の姿を思い出したナトリはこめかみを揉んだ。

 彼がいるからそちらの統率も取れているわけだが、そも、あの人が起きたせいで反対派が活発化したんすよ・・・・・・本当になぁんで起きちゃうかな叔父貴。ご都合的にはもうちょい昏睡してて欲しかった。いやでも今揉めておいた方がいいのだろうか。どうせ後回しにできる問題ではなかったわけだし・・・・・・。

 

「あ!マダラ様とイズナ様だ!」

「おかーえりなさーーい!」

 

 チビ達の、鞠が飛び跳ねるような声にナトリはびくっと肩を揺らした。

 ハッと顔を上げればうちはの装束を纏った二人が遠くに立っている。

(そういえば、今日も千手との会合があったんだっけか。)

 言いたいことはしっかり言ってもなんだかんだ兄に刃を向けることはせず、上手く取り繕っているようなお人だ。まあ腸煮えくり返らせながらも強かにやったんだろうな。

 子供の甲高い大声に親父は仏頂面で、叔父はニッコリ笑いながら手を軽く上げる。それにまたはしゃぐ子ども達と一緒に、ナトリは手を振り返した。 

「ただいま、修行してるの?」

 二言三言親父と何か話した後、叔父だけこちらに向かってやって来る。父の方はちらりと視線をこちらに寄越した後背を向けたので、一足早く屋敷に戻ることにしたのだろう。・・・・・・本当、子どもが苦手でいらっしゃる。

「手裏剣の修行してたの!」

「カガミがねぇ、一番上手なんだよ!」

 口々にそう言う子ども達に混じり、ナトリは「ぜーんぶド真ん中。」と肩を竦めながら捕捉した。へえと瞬きする叔父に、冗談めかして更に

「私より上手いかもよ。ねぇカガミ。」

 と付け足す。因みに三歳の時のナトリよか確実に上手いのでわりとマジだ。

「えっ!?それはないよ・・・俺戦出たことないもん。」

「偉いねぇ、頑張って鍛練したんだ。カガミは良い子だ。」

 もじもじクナイのわっかを弄るカガミの癖っ毛を、叔父が手のひらでくしゃりと撫でる。ほんと?と上目遣いで尋ねるカガミに「ホントホント。」と目線を合わせるため屈んだ叔父が微笑んだ。

「偉い子だから、ご褒美をあげよう。ホラ。」

 叔父が懐から取り出した包みに、わあっ!と子どもの群れから歓声が上がる。

「飴玉だあ!」

「可愛い。」

「きれー。」

 鮮やかな色の菓子に、まぁたそこそこ値の張る土産をとナトリは苦笑した。カガミから好きなの選びな、と閉鎖的な集落ではまず滅多に見かけない色とりどりの飴を差し出す叔父は、うちはらしく下の子に甘い性分なのである。

 きゃっきゃっと飴玉で頬をぷっくり膨らませる子どもらを眺める優しげな横顔から、ナトリは視線を逸らした。

 

 何度も言うが、叔父は性格の苛烈さならば親父よりも余程上だ。子らを愛しいと言った口で、されど千手()を殺して死ねと言える人である。

 怖い人だ。常軌を逸した、この時代には良く居る忍の一人で──────

 

「お前の分もあるから、お食べ。」

「・・・・・・うん、ありがとうイズナにい。」

 

 ───────愛すべき、ナトリの叔父である。

(・・・・・・いっそ、嫌いになりたい。)

 溜め息を華やかな甘さと共に舌で転がし、ナトリは叔父の体に寄りかかる。甘えん坊、と笑って肩を引き寄せる叔父が、ナトリは愛しくて仕方が無かった。

(この人がいなくなれば、うちはは親父に従うしかなくなる。でも、)

 うちはイズナがいなくなったら、親父はどうなってしまうんだろう。

「イズナにい、大好き。」

「ふふ、急にどうしたの。僕もナトリが大好きだよ。」

 

 助けて母様、ナトリには荷が重いです。

 

 

 

□□□□

 

 

 ──────その年の暮れ、世に激震が走った。

 

 長年いがみ合っていた千手一族とうちは一族が、手を組んだからである。

 金で雇った忍の一族を代理として、自らは手を汚すことなく戦をし続けていた全国の大名達がいかに動揺したか。当の千手とうちはには計り知れぬであろう。

 

 二つの一族が手を組めば、他のどの忍を雇おうと勝算はない。大名達は両者を手に入れようと躍起になった。

 

 しかし数多の大名の勧誘や、金の山に、千手柱間は乗らなかった。のらりくらりと甘言を交わし、そしてうちはマダラがここが良いと指定した場所の、その地を治める国の大名に「未来永劫雇われてやるから、土地を渡せ。」と進言したそうである。

 千手とうちはの領内の調度真ん中あたりであり、戦場にも幾度かなった地になんでまたそんなところをと大名は首を捻ったそうだが、千手もうちはも手に入るのなら安い買い物と手渡した。

 

 そうして火の国にある、とある深い森の中。

 崖に囲まれた窪地に、木葉生い茂る忍の里が築かれることと相成ったのである。

 

 

 この時、うちはナトリ若干八歳。

 

 彼女が『木ノ葉の伝説の(問題児)三忍』なんぞと呼ばれるようになる、およそ十年前の話───────。

 

 

 

□□□□ 

 

 

 

【おまけ】

 

 うちはマシロは、言葉の遅い子どもだった。

 

 否、それどころか立つのも首が据わるのも誰より遅かった。一番上のナトリはごく普通、その下は寧ろ早熟だったもんで、マダラを筆頭に保護者陣はかなり気を揉んだらしい。

 そういうわけで、なんでもかんでもやっとこさだった次男は、周囲に滅茶苦茶可愛がられて育った。

 勿論良い声ばかりではない。幼少から他より一歩秀でていた兄と、発育の遅いマシロを比べる口さがない者も居た。───最も弟が絡むとめんどくさいことで定評のあるうちはのナトリさんが全力で妨害したため、本人の耳に入ることはなかったが。猫にマタタビうちはに弟(or兄)とはこのことである。

 ともかくそんなこんなで家族皆に目一杯、あとうちは一族の概ね全方位に愛されすくすく成長したマシロさんは、うちはにあるまじき精神健康優良児に育った。

 いや何がって思考がとてもポジティブなのである。叔父が瀕死→生きて帰ってきてくれた良かった!みたいな光の変換ができる子だった。他のうちはならこうはいかない。通常なら自分が全部悪いんだなんとかしなきゃと無意識に首をキリキリしだす。せめて周りに相談してくれうちは一族。

 けどマシロさんは違った。びっくりするぐらいおおらかで余裕のある心の持ち主だった。(鈍感ともいう。)

 そのお前写輪眼開眼できるんか?というくらいの強メンタルで、今後同い年の少年うちはカガミをブンブン振り回すことになるのだが────ま、それは今は余談である。

 

「・・・・・・イズナにぃたん、おけがいたい?」

 

 家族以外にはちょっと人見知りしちゃう(ナトリ談)が、つまりそれは裏を返せば家族にはノー遠慮ノー躊躇って意味。

 『うちは千手飲み会』に出掛けたナトリとマダラを見送った日の夕方、言い付けを強き心でスルーして療養部屋を訪ねたマシロは、ソッと叔父の枕元に近づいた。

 仮にもナンバーツーが臥せっている一室である。当然見張りも主治医も居たが、そこは忍の子。普通に忍び込んだ。

 しっかり一旦見張りアンド護衛のお兄さんたちに捕まった。あわやお兄さんたちに回収されそうになったのだが、そこは傾国の幼児(ナトリ談)。「にいたんにあいたいの・・・。」と涙目プラス上目遣いでアッサリ攻略した。うちはは全体的に弟属性に弱い。更にマシロは母親似、つまりべらぼうに顔が良かったため、もじもじしながら見つめたら瞬殺だった。姉はパッと見うちはマダラ(少年期)なので、何とは言わんがこの姉弟の迷子感が凄い。

 因みにその自覚のある可愛さで、今後出会うとある同い年の少年の初恋を奪うことになるのだが────ま、それも今は余談である。

 

 

「マ、シロ?」

「おまみいきたの。」

 薬と血膿のにおいが立ち込める一室でぼんやり天井を見上げながら、イズナはお見舞いって言いたかったんだろうなあと思った。頭でも撫でてやりたかったが、彼の気配で意識を取り戻した体は鉛のように重くて動かない。特に脇腹は凝り固まってしまったように感覚がなかった。

 ─────無理に動かしたら、死ぬほど痛いだろうな。

 と判断したイズナは、痛み止か何かなのか、酷く濁った頭を明瞭にしたくて瞬きした。視力は大分落ちている。が、まだこちらを覗きこむ幼い顔は目視できた。

「なか、ないで。平気だよ、痛くない。」

「・・・うん。」

 ぺそぺそと泣く甥に微笑めば、真ん丸の目から零れる涙を拭いつつこっくんと頷く。それから「これいちばんツヤピカなの、あげるね。」と拾って来たのだろうドングリをくれた。

「ありがと。」

 愛しさが胸をついて、イズナは目を閉じた。この子に死んでほしくないと思った。マシロはもう三年もしたら戦場に出る。成人まで、否二桁まで生き残れる保証はどこにもなかった。

 ─────あの子は、幾つで死んだんだっけ。

 ナトリの弟で、マシロの兄だった子が脳裏を過り、口に鉄臭いものが広がる。義姉が死ぬ半年ほど前だったか。酷い泥試合になったあの日、未来のうちはを背負う筈の幼い子は死んだ。ナトリが写輪眼を開眼したのもその時だ。手塩にかけて育てていた我が子がアッサリ死んでしまって、それから兄は姪を戦に出すのを渋るようになった。

 ナトリはうちは宗家の娘で、その上八つで万華鏡写輪眼を得た逸材だ。うちはは殆ど女を戦に出さないが、抜きん出て才があるならば話は別である。他のくノ一のように後方支援に徹していたナトリが最も苛烈を極める主戦場に放り込まれたのは、そういう次第だった。

 一族の子らを戦に出しているのに自分の子をそうしないというのは道理が通らぬ。だが兄は娘が徐々に忍として洗練されていく様を心中ではヨシとしていないらしい。優しい兄のことだ。十代も後半になったら、きっと難癖つけて嫁にやるだろう。女であるからなどと下手な言い訳をして災いから遠ざける筈だ。

 修行だってイズナに放り投げて、全く。死んで欲しくないならば、兄直々に鍛え上げるべきだろうに・・・・・・まあ不器用かつ極端な人だから、その時はナトリが泣いて兄を嫌がるようになるかもしれないが。いやはやあの子の時は大変だった。「戦場よりも命の危機を感じる無理無理無理。」と悲鳴を上げて脱走する甥をいったい何度捕まえに行ったことか。

「・・・・・・そう、いえば、ナトリは?」

 家にいる時はマシロにベッタリなのに、珍しい。そう思ったイズナに、マシロはんとね、ととんでもねぇことを言った。

 

「とおさまとせんじゅのひととね、おさけのみにいったよ。」

「─────────は?」

 

 途端朧気な脳内がハッキリキッパリクリーンに。そして甦る気を失う前の記憶。

 千手扉間。ナトリ。兄。千手柱間。こちらに差し出される手。怒鳴り声。

 

 オッケー全部理解した殺しに行く。

 

 うちはのイズナさんは、頭が良かった。

 戦場に出ちゃうとちょっと血生臭く節操のない戦い方をするが、基本理性的で有能で口も回ってこうと判断したら曲げないド根性も持っている忍者だった。

 故にうちはのマダラさんは先に外堀を埋めようと千手との協定を急いだのである。だってコイツ説得するの無理。それにうちはの兄はとんでもなく弟に甘いので、逆に説得される危険性もあった。なんならイズナは洗脳もできるフレンズだったので危険度が馬鹿上がり。ウンこれは先に外堀埋める。

 また二人は兄弟であると同時にうちはの権力者だった。独断で和平なぞ結べば後でとんでもなくキレられる。が、色々天秤にかけたマダラさんは娘の「一族のために死ねます。」発言(二話らへん)で逆鱗を踏み抜く覚悟をガンギマリしてしまった。良かったな主人公ファインプレーだぞ。

 そういうわけで、うちはイズナにはもろもろのことを、里の創設だのなんだのの全てがまとまるまで────というかごねても強引に突き進める段階になるまで全部伏せとこ。というマダラさんの陰謀で箝口令が敷かれていたのである。(というかその予定だった)

 大丈夫だ、禍根が残りそうなら最悪写輪眼でどうにかする。マダラも洗脳が得意なフレンズである。倫理的にどうなのなんて忍に聞くものではない。そもそも某口寄せがカラスのお兄さんも弟を洗脳しようとしていた時代があったので、うちはじゃこういうのよくある話だ。多分。

 

 まあ今息子が言っちまったので、思惑ごとぜーんぶバレたのだが。

  

 

「─────いい度胸だね、兄さん。」

 

 なんていうかつまり。戦犯:うちはマシロ。

 




■うちはイズナ
本当は兄弟喧嘩(の規模ではない)をする予定だったが早く戦国編を終わらせたかったのでカットした。仲間には死んでほしくないけど仇は殺したい、慈愛と冷酷とが同居してるタイプ。兄大好きなので反抗はしても反乱はしない。

■うちはナトリ
才能ある(イズナ談)らしいのに自己評価低めな主人公。現在うちはの内政から遠ざけられている。弟が戦犯とは知らないし父親の思惑も知らない。今後色々やらかす。

■うちはマシロ
今回の戦犯。皆喧嘩してるの?仲良くしないと駄目だよって思ってる。一番蚊帳の外。

■うちはマダラ
妻子がいたタイプのうちはマダラだが地味に両方失っている。ので残ったナトリとマシロに対する感情が並ではない。特に娘には早く結婚して家庭に入って忍やめて欲しい本当に。万華鏡開眼しちまったが今なら修正がきくので平和(忍里)ができたらさっさと幸せになってもらう所存。尚末息子は逃がす所がないのでしょうがねぇとバシバシ鍛える。0か100しかないとは彼の事。
だから千手と手を組んだのだが、大切な弟とも仲違いしたくない。ジレンマを抱えつつ不穏分子を宥めながら里創りしてる。なんなら原作よりもキツそうだが家族が生きているので全然へっちゃら。
つまり死んだらヤバい。



【(嘘)次回予告】

「早い話大名様のご機嫌取りってわけ。」「安心しろ、いつでも大嫌いだ。」「もう死んで欲しくねんだワ、相方には。」「───善き哉。」「虫虫虫この世で一番尊い生き物。」「困ったちゃんね。」「寸胴でーぶ。」「家帰りてーーぇ。」「全く・・・・・・余計な所ばかりあの女に似やがって。」


「貴女、最高に素敵な目をしているわね。」
「え口説かれてます今?」

 ええ────飴玉みたいにお口でなぶり転がしたいわ。

 
【第二章 黎明編「御前試合」】


「第七班、ここに結成。」
 ────なーんてね。


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歩く姿は百合の花。

番外編、主人公のママとうちはマダラの結婚秘話です。なのにイズナ君視点です。
自分でも主人公ママとマダラが何でくっついたのか分からなくて書きました。いかにして結婚させるかに重点を置いているので、殆どうちはマダラ夢小説みたいなもんです。でも作者そもそも恋愛書けないんですよね。困った。



 ────うちはナトリの母、うちはサユリは兄の想い人である。

 

 何年経っても、うちはイズナは彼女のことをそう認識していた。 

 

 

 

 

「もう、また服泥だらけにして。」

「うるせ、関係ねーだろ。」

「ないけどこれは酷いよ。水溜まりで転けたみたい。」

 

 幼い頃の彼女は母親のような口煩ささがあった。

 早い話面倒見たがりのおしゃまさん。それに兄は辟易とした体でいながらも、嬉しそうだった。母が早世していたから、母性というものに飢えていたのかもしれない。

「知るかよ、第一転んでねーし。」

「ハイハイ、マダラ様と組手したんだもんね。受身も取れなかったのよね。」

「あ?お前も転がしてやろーか!?」

「やってみれば、言っとくけど私くノ一の中では強い方よ。ねぇイズナ君?」

 花の顏を拗ねさせて話をふってきた彼女に、やり取りを眺めていたイズナはくふくふ笑った。調子の良い二人の会話が、イズナは好きだった。

「笑うな!」

「あはは、マダラ兄さーん。兄さんが虐める!」

「わ、ばかっ」

「よーし、面貸せ弟ォ。」

 ひょっこりその辺から良い笑顔で出てきた長兄に次兄が顔をひきつらせる。途端始まる鬼ごっこに、少女と顔を見合わせたイズナは思わず吹き出した。

 

 

 うちはイズナはうちはサユリを兄の想い人だと認識している。

 彼女は五人兄弟の二番目で────マダラの弟で己の兄だった人の、淡い初恋相手だった。

 

 

 

 

「本当は喧嘩したくないの・・・仲良くしたい。でもいつも決まって言葉がキツくなっちゃって。」

 

 そして彼女も次兄のことが好きだったと思う。

 何分恋愛には奥手で、花をひっそり掌で包みこむような控えめな娘だったから、所詮「好きな子を虐める」タイプの次兄には伝わらなかったが。それ絶対兄さんが悪いから気にしないで良いと思うよと幾度か助言したのだが、眉を八の字にして兄の姿を追っていた彼女にそれが伝わっていたようには思えない。

 

 ヤンチャ坊主な次兄と、マセていた少女。

 どう見てもおかしな組み合わせに、なんでまたと尋ねたことがある。

「父が戦死した時泣きそうになって・・・・・・大人達に忍が泣くなって怒られたの。でも悲しくてしょうがなくて一人でこっそり泣いてたら、傍に来て『泣いても良いと思うぞ。』って。」

 それだけ言ってどっか行っちゃったんだけどね、嬉しかったの。

 はにかみながら内緒ね、と言った少女に此方まで気恥ずかしくなったり兄のヘタレ具合に頭が痛くなったり。聞くんじゃなかったと思ったイズナは一先ず頷いておいた。

 

 いつだってこんな調子の二人である。マダラもイズナも、当時は生きていた他の兄弟達もいつか二人は結婚するのだと思っていた。

 白無垢を着た彼女と、その隣に仏頂面で立つ次兄。数年後には子供が出来て、マダラ兄さんや己が遊んでやる。大人になっても口喧嘩する二人を微笑ましく見つめながら、穏やかに時間が過ぎて行くのだとばかり。

 

 

「ごめんなさいっ・・・・・・わた、私を庇って、」

 

 そんな保証、誰もしていないのに。

「私が死ねば良かった、ごめん、私なんかが、ごめんねぇ・・・!」

 ワアワア泣く少女を慰めてやることも出来ずに、イズナは呆然と血濡れの袖口を手にしていた。兄の片袖である。兄弟で揃いにしていた、見慣れた物。

「ワリィ、それしか持って帰れなかった。」

 暗い顔のマダラが泣き崩れる少女の傍らで呟く。

 次兄が居た部隊は、すんでの所で彼が庇った彼女を除き全滅したのだという。応援に駆けつけた兄がそう言うのを、イズナはボンヤリ聞いていた。

 その日から、己の兄はマダラだけになったのである。

 

 

 

 

 そこから先は早かった。

 まず最初に末の弟が、次に一番イズナと年が近く仲の良かった四男が死んだ。あっという間にイズナ達は二人ぼっちになったのだ。

 

 友達も幼なじみも、顔見知りも。忙しい父に代わり遊んでくれた青年も、皆死んだ。

 

 その頃になるとマダラは暗い顔で何事か考え込むようになり、少女は次兄が居た時ほど笑わなくなった。兄は一時期少しだけ陽気になって、物静かに拍車がかかっていた彼女に構いに行ったりしていたが───きっと千手柱間と出会った頃だったんだろう。と、今になってみればそう思う。癪なことにあの男といる時が長兄は一番楽しそうだった。

 勿論相手は憎き千手であり、一悶着あった末決別したのだが。

 

「イズナ、サユリんとこ行こうぜ。」

「?・・・・・・良いけど、何しに。」

「お袋さんのお見舞い。」

 

 それはともかく兄は普段から少女に目をかけていた。それはもう、懸想しているのではと噂が立つくらい。

 最も不躾に尋ねる輩は「アイツに頼まれたからに決まってんだろ。」と一蹴したし、何より兄は次兄より分かりにくい人だ。イズナも真意のほどは測れなかったが、憎からず思っていたとは思う。

「サユリ、いるか?」

「甘味持ってきたんだけど、お母さん食べれる?」

 

 うちはサユリは早くに戦で父親を亡くし、母親と二人、集落の片隅でひっそり暮らしていた。

 その昔、跡目争いを発端に始まった一族の内乱を一人で静めた女傑を曾祖母に持つお陰で一族から手当があるそうだが、それでも生活に余裕がないことには変わりない。おまけに母が大病を患い、看病に修行に任務と忙しい毎日を送っていた。

 要はサユリはそう見せていないだけで、大層苦労している娘なのである───だからこそ、兄達も気にかけていたのだろうが。

 

「・・・・・・・・・マダラ、さま。イズナくん。」

 

 片付けの暇がないからと質素にした部屋の中、布団の前に膝を揃え座っていた少女がゆっくり首を動かした。

「お母さん、が。」

 

 ─────赤い赤い目だった。

 漆黒に血のような花弁が浮かんだ、写輪眼ともまた違う瞳。万華鏡のような複雑で美しい模様の、綺麗な眼。

 

「─────っ、」

 弾かれたように兄が風呂敷包みを投げ捨てた。足音荒く部屋に上がり、少女の肩を掴んで抱きしめる。

「どう、どうしよう。お葬式?あ、お墓かな。準備しなくちゃ、」

 ボタボタと涙を流しながらぶつ切りの単語を此方に投げ掛ける少女に、兄は無言でいた。イズナも何も言えなかった。親の骸の前で泣く子供など見慣れている筈なのに、酷く哀れだった。

 

 

 

 

 

 うちはサユリはその日から壊れた。

 元から取り繕うのが得意な、忍らしい娘だったから端からは分からないだろう。

 

「イズナ君怪我してない?マダラ様も無事?」

「してないよ。大丈夫。」

「ごめんね煩くて、二人なら大丈夫だろうけど心配だから。」

 

 戦帰りに話しかけてきた彼女が申し訳なさそうに目を伏せるのに、部下が苦笑する。世話焼きな彼女らしいと言えばらしい台詞だ。が、心底不安だったろう彼女を思えば笑うことなどできなかった。

「大丈夫、死なないよ。僕も兄さんも・・・・・・サユリも気をつけてね。」

 うん、と無理矢理微笑む少女は、見た目だけ綺麗なまま見事に壊れきっていた。

 

 

 彼女はくノ一では常に頭一つ抜けた優秀な忍である。つまり物質の運搬を主な任務とする支援担当だけでなく、主戦場への参加も───つまり戦力としても期待されていた。

 うちはは基本女を戦場に出さない。そんなことより子を産み育ててもらわねばならないからだ。

 だが、彼女のように並外れて強いくノ一は別である。更に、彼女の曾祖母は内紛を一人で静めた傑人だ。その曾孫ならばという目でみられるのは当然の流れだった。

 

 少女にとって不幸だったのは、そんな一族の期待に応えるだけの実力が備わっていたことだろう。かの女人も相当な幻術使いであったと伝わっているが、彼女も幻術にかけては天賦の才があった。

 

 彼女は類稀なその力を頭領───うちはタジマに命じられるまま、戦場で存分に振るった。

 元々大人しく繊細な、面倒見のよい優しい娘である。減っていく仲間にうちひしがれながらも、しかし任務を遂行し一族に貢献し続けた。

 とはいえ、限界は誰にでもある。少女は会う度会う度どんどん青ざめ痩けていった。口数も余計に少なくなり、表情も凝り固まっていく。

 

 それを大人は「忍に成った。」のだと言った。心が氷れば何も感じず、同胞の死に一々涙を流すこともない。甘ちゃんがようやっと抜けたな、これだから女は。と、笑いながら。

 

 その通りだった。涙など忍として一度武器を手に取った者には許されぬ。そういった意味では少女は誰より忍に向いていなかった。

 

「辛いことを辛いって分からなくなってきた。もう誰が死んでも悲しいと思えなくなってしまったかもしれない。」

 けれどそれは嫌なのだと少女は呟いた。彼女の従兄弟が死んだ日のことだった。

 感情の削ぎ落とされた顔で淡々と言ってから口をつぐみ、それからもう一度唇を動かす。

 

「『泣いて良い。』って彼は言ったから。私は泣ける人でいたい。忘れたくない。人が死んだらまず悲しいの。敵を恨むより前にその気持ちが来る筈なの・・・・・・。」

 

 ────ずっと昔に一度聞いたことのある言葉に、イズナはハッとした。疲れきって手折れるくらい細った彼女は、次兄のことを何時までも抱えて生きていた。

 墓地に背を向け、百合が風に靡くように頼りなく歩く彼女に手を伸ばしかけ────イズナは腕を下ろした。慰めるのは己の役目ではない。それをしても許される人は他の人間だった。

 

 

 

 

 

「────イズナ、話がある。」

「!兄さん。」

 

 その一月は後の、夜半のことだったか。彼女のように大人になるにつれて影を纏いだした人の一人に、イズナは首肯した。

 強ばった兄の顔に何事かと騒ぐ部下を一喝し、腸を割って話せる場へと移る。

 

「お前、父上にサユリを俺の妻にと進言したな?」

 開口一番そう言った兄に来たか、と思いながらイズナは頷いた。

「だって、兄さんもう数年で二十歳になるのに女っ気ないから。いい加減跡継ぎの勤めを果たさないといけないだろ。それにサユリなら当主の御内儀の役目も任せられる。」

「馬鹿を言うな。あいつはあの子の、」

「何年前の話を持ち出すのさ。第一マダラ兄さんなら兄さんも文句言わないよ。」

 

 うちはサユリは女である。忍である前に、妙齢の女性である。

 ならば───別に戦場でなくとも、一族に貢献できるのだ。

 だからイズナは彼女を兄の妻にと進めた。兄はこれで彼女を愛している。多分。次兄に引け目を感じているから表に出していないだけで多分女として見ている。でなくては小まめに面倒を見てやったりはしないだろう・・・・・・そもそも兄は女子供が苦手だ。断言はできないが特別扱いをしている時点で悪くはするまい。

 それに彼女は血統といい本人の才といい、嫡男の嫁としてかなり都合が良かった。兄は次期頭領であり兄の子は何れうちはを背負うことになる。ならばそれなりのくノ一を貰わねばなるまい。

 というわけでうちは一の傑女の血を兄の代で宗家に引き込むのはどうか───と、ツラツラ父親に語ったイズナは、眉根を寄せる兄にしれっとした顔をしておいた。

 大丈夫兄は己に甘い。このまま押せばいける。

 

「・・・・・・そもそも、サユリはこのことを知っているのか。あれが肯うとは到底思えん。」

「知らないけど?」

「馬鹿か!?祝言の日取りまで決めてたぞあの親父!!」

「それは僕も知らない。」

「イ!ズ!ナ!」

 強めに名前を呼ばれながらガクガク揺さぶられた。父さん結構思い込み激しいところあるからなぁとイズナはほけほけ笑う。うちは一族な時点で盛大なブーメランだった。

「どうする気だ、もう長老連中にも話通してるぞ絶対に!」

「長老達自分の孫とか娘とかを兄さんと結婚させたがってたもんね。」

「ああそうだな畜生め!」

 まあまあと宥めるイズナに誰のせいだ・・・・・・と草臥れた目をする兄に、ニッコリとうちはの弟(兄が尻拭いをしてくれるので強引かつ力業な者が多い)は笑った。

 

「今から口説けば?」

「冗談だろ???」

 

 早い話、全投げした。

 

 

 

 

 

 

「それで本当に口説くんだから兄さんも律儀だよねぇ。」

 

 我が兄ながらチョロ・・・いや、真面目である。

 仏頂面で上座に座る兄から鋭い視線が飛んでくきたが、イズナは華麗に流した。気づかないフリをしながら、その隣に半ば呆然とした顔でおさまっている少女を眺める。

 元よりその名のごとき見目麗しい娘だ。が、それが白無垢を纏って紅を差せば、まるで白百合の精のようだった。堅物だが容姿の整った兄と並んでも見劣りしない。うん僕の判断に狂いはなかった、とイズナは頷いた。兄の視線が数段キツくなった。

 成る程、まだ許してないからなってところか。口で言いなよ兄さん。

 

(許してね、兄さん。)

 

 粛々と進む婚姻ノ儀を一歩引いたところで見ながら、イズナは次兄に語りかけた。

 少しだけでいい。長兄に彼女を貸してやってくれ・・・・・・そうでなくては、あの子は死んでしまうから。

 

 

 

 

 

 

「私の名前、歩く姿は百合の花から取ったんですって。不相応な名前だけどね、だから娘にも同じように名前をつけたくて。」

 

 その年の内のことである。

 義姉となった少女────否、女は懐妊した。

 尚、渋る素振りを見せていたくせにとニヤニヤしながら兄を見れば写輪眼で睨まれた。遺憾である。

 きっちり十月十日腹に命を宿し、二日に及ぶ難産の末子を産み落とした彼女は、我が子を腕に抱えはにかみながらイズナに言った。

「『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。』って言うでしょ。だから、この子は座れば牡丹。」

「うちはボタン、ってこと?」

 目元といい口元といい、兄にソックリな赤ん坊をあやす彼女は首を振った。

「本当はそうしようと思ったんだけど、それだと葉牡丹みたいに聞こえないかってあの人がね。私も確かにそうだと思ったから、この子の名前はナトリ。名取草のナトリ。」

「・・・・・・牡丹の別名か。」

「そう・・・・・・詳しいね、イズナ君。さすが。」

 うちはナトリ、と口の中で転がしたイズナは姪に視線を落とした。あどけない顔をした赤子は、周りなんて知ったこっちゃないと暢気にすうすう眠りこけている。

 

「ナトリかあ・・・・・・」

 

 元気に育って、それで───長生きして欲しいな、とイズナは思った。どうかうちはらしく忍道を駆け抜け、人生を全うして欲しい。と、願掛けをしてから思わず自嘲する。

 忍の将来なんて、どうせ録なことにならないのだけれど。

 

 

 

 

 

□□□□

 

 

 因みにナトリの将来だが、

 

「安心しろなっちゃんうちはだから。火加減なら任せろ。」

「焼き魚を作るタイミングで火遁を誇っていいのうちは一族。」

 

 こんな感じになる。




■うちは・キューピット・イズナ
幼なじみの女の子が傷つくのは見たくない、けど有能なのでうちはの役には立って欲しい・・・・・・そうだ兄貴の嫁にしよう!てなった弟。なんやかや二人とも幸せそうなので大満足。

■うちは・滅茶苦茶口説いた・マダラ
弟の彼女寝取ったみたいな罪悪感があるため、絶対に幸せにすることを誓う。多分ずっと好きだったが、義務から来たものか自然由来の恋心かは分からない。
ただ、弟にはサユリを頼むって言われてた。

■うちは・主人公のママ・サユリ
元が忍に向いていないためどんどん心が壊れていってた。身内枠にしてもマダラとイズナに酷く執着しており、特にイズナはよく怪我してないか確認してた。
彼の独断により戦場を離れてからは徐々に回復する。母親になってからは完全に安定していたため、主人公が彼女の精神状態に気づくことはなかった。
三人子供を産んだ後四人目を妊娠中に長男を戦で亡くし、そこからは心身共に不調をきたして出産の際遂に亡くなった。因みに四人目は死産。
マダラへの愛はちゃんとあると思われる。


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黎明編
御前試合 壱


二週間こねくりまわした結果、序盤なのにも関わらず一万字超えました。情報量も説明も多いです。次回から戦闘ばっかになるのでバランスが悪い(´・ω・`)
尚忍はこの時代血も涙もない輩と非戦闘員には嫌悪されている(という設定)です。冷静になってみると対抗手段のない人から見たら忍者ってトンデモ人間の万国ビックリショーですし、普通に怖いなと思ったので・・・。
時系列は木ノ葉隠れの里黎明期(前話の二年後)主人公十歳、三代目五歳くらいの時期をイメージしてます。



 火の国にある、とある森の奥。

 四方を深林と崖に囲まれた木葉舞い散るその場所は、長きに渡る戦乱の終止符(ピリオド)。平和の証である忍の里────木ノ葉隠れの里だ。

 

 家々が建ち並び、多種多様な一族で賑わう其処のど真ん中にある火影塔の窓辺で、千手柱間は目を細めた。

 眼下では子らがきゃあきゃあと楽しそうな声を上げて駆け回っている。中にはうちはや千手、猿飛や志村などのようにかつては敵対していた一族の子もいた。それが、皆で仲良く戯れている───夢のような光景である。

 穏やかな気持ちになった柱間は思わず微笑んだ。平和は己の信じた道である。自分が間違っているのではないかなどと惑ったことは一度もない。あの日親友と語り合った時から一直線に、真っ直ぐこの場所へと突き進んできた。

 

 それでもやはり、夢が実現したのを目の当たりにすると、感極まるものがある。

 

 この光景が今ここにあるのは、千手とうちはの停戦からたったの二年で辿り着けたのは、皆の協力があったからに他ならない。そしてそれは以前は不可能と思われていたことだ。手を取り合い、肩を組んで笑い会えることの、なんと素晴らしいことか──────

 

 

「だからカリキュラムに少し余裕持たせろっていう話だろ!」

「うるさい静かにせんか火影室だぞここは!あと昨日それで通すことになっただろうが!」

「馬っ鹿チャクラコントロールから教えるとか馬鹿か!?忍の前提から出来ない砂利に忍術教えてどうなる!」

「その右も左も分からん子供を!一から教育するためのアカデミーだ!」

「面倒見すぎだっつってんだよ!箸の持ち方教えんのと同レベルだぞ!?」

 

 ────まあ一部未だに凄い仲悪いけど。

 遠い目をする柱間に、黙って親友ことうちはマダラが煎餅を差し出してきた。美味しいから食べた。

 マダラ家の女中───うちはタジマ(先代)のおしめをかえたこともある歴戦のお手伝いさん───手製の、こんがり醤油にふわりと香る米の甘さが食欲をそそる一品である。真ん中に巻いてあるパリパリの海苔がマッチしていてとても旨い。尚親友の娘と息子が「お仕事頑張ってね!」と家を出る時に持たせてくれたそうだ。息子に誤解で暗殺されかけたことがある柱間は思わずホロリとした。良い奴の子どもって良い子なんだなあ、はしを。

 

「お前みたいな良い奴が友で良かったぞ、マダラよ。」

「そうか、相変わらず変な奴だなお前。」

 

 尚マダラはやっぱよく分かんねぇわこいつという目で柱間を見ていた。煎餅一つで大袈裟な。

 いつも通りキレの良い返答に落ち込む柱間を放置して煎餅を齧る。なんだかんだお互いのことが大好きだったが、男同士ついでに最近まで死闘を演じていたもんで扱いが雑だった。

 あと千手柱間は基本有能だが性格がおおらかすぎる上、ことマダラのことになると急に節穴になる。多少こっちが適当にしていても関係が悪化しないくらいには友情に盲目的だった。残念な天才とは彼のことである。親友フィルターがマダラも引くくらい分厚すぎて、奴の弟などは無言で首を横に振るレベル。

 さてところでその弟だが。

 

「上等だ、表へ出ろ。」

「望むところだ。」

 

 ガンガンに喧嘩していた。マダラの弟と。

 片や写輪眼丸出しで、片や懐に手を突っ込んで相対する二人に「まあまあ、」と柱間が声をかける。

「二人とも熱くなるのは分かるが、そのあたりでだな」

「兄者は黙っていろ。」

「黙れ千手柱間。」

 ピシャリと言われズーンと落ち込む里の最高権力者(通称火影)の肩を、マダラは無言でポンっと叩いた。さすがにちょっと哀れだったので。

「組手をするなら空き地か裏山でやれ・・・・・・山の原型は残せよ。地図を書き直すのは面倒だ。」

「分かってるよ兄さん。」

「弟を甘やかすな!お前がそんな風だからこいつがつけあがるんだろうが。」

 よゐこのお返事をした可愛い弟が、にこやかに千手扉間に殴りかかった。そこから始まる乱闘と拳の応酬に、マダラも遠い目になる。だから外でやれと。

 

 

「失礼しま、・・・・・・・・・あの、失礼してもよろしいでしょうか。」

 

 とその時。折悪しく資料片手に入室してきた女が、今しがた開けた扉から踵を返したそうな顔をした。

「すまぬな桃華・・・・・・この二人の喧嘩は、その、いつものことぞ。」

「いつもでは駄目でしょう???」

 部下に真顔で言われた柱間がズーンと落ち込む。扱いに慣れているのか無視した女は、隣のマダラに会釈した。

 

 千手桃華。

 千手柱間の側近を勤める優秀なくノ一であり、幻術使いとして他国にも名を馳せている手練れである。確か娘が一度見えたことがあったか。「二度と会いたくない人トップ10、1位は千手扉間。」と報告されたマダラは、目を細めて軽く顎を引くにとどめた。此方の方が目上であるため、頭を垂らすわけにもいかぬのである。

 

「いやぁ、俺もどうにかせねばとは思っておるのだがの、犬猿の仲というかなんというか。」

「そもそも彼処がいがみあっているのはお前のせいだろう。」

 目を泳がせながら言い訳をする柱間に、マダラは溜め息をつく。

「普通あの二人をツーマンセルで同じ任務につけるか?」

「しかし、お前がイズナは教えるのが上手いと言っていたし、多忙な扉間一人にアカデミーの方を任せるわけにもいかなかったから・・・・・・。」

 

 折角戦国の平均寿命を大きく下げているのは、幼い子ども達の死。

 そして芽吹いたそばから死んでいく忍の子らは、充分に修行を積んでいるわけでも、一定の水準以上の指導を受けているわけでもない。ならば里ができ安定した生活を送れるようになった今子どもの為に成すべきことは何か。

 教育機関を設立することである。と唱えた千手扉間と、意外なことに同じようなことを進言したうちはイズナが居ったため────里の創設の立役者である千手とうちはが言及したため、『忍者アカデミー』設立計画は進むことと相成った。今のところ六歳以下の忍一族の子息子女が通学を義務づけらる予定であり、マダラの息子であるマシロもこれに当てはまる。

 ─────戦時中戦に出たことがない子ども、つまり今は所属を同じとしている他家と争ったことがない世代を早い段階で抱き込んで、里への忠誠心を抱かせるつもりか。まあ案としては悪くない。と、マダラも納得して右腕ことイズナを貸し出した。

 さすがに千手扉間一人に教育制度を整えさせるのは心配だったのである。色々と。

 要はアカデミー云々については非常にポイント高い。がしかし問題なのは戦友のトンデモ人事である。ソリャ発案者が扉間なのでどこぞでかち合うやもしれんと思っていたが、まさかわざわざ相性の悪い二人にコンビを組ませるとは。本当頭おかしいな。

 

「おい女、頭領としてこんなんで大丈夫なのかコレ。」

「・・・・・・・・・人には向き不向きがございますから。」

 諦められてやがる。

 ひくりと口元を動かすマダラに、沈痛な面持ちをしたくノ一が首を横に振った。柱間はまた落ち込んだ。

 

「それであの、至急お知らせしなければならないことが。」

 

 胸ぐらを掴み合ったまま取り敢えず空気を読み大人しくなった弟二人と、何とも言えない顔をしている兄二人(全員木ノ葉の最高幹部)に、死ぬほど帰りたいと顔にデカデカ書いた桃華が巻物を差し出す。

 

「火の国の大名様から、密書が届いてございます。」

 

 

 ──────その大名からの文が、既に波乱の道を歩んでいる木ノ葉隠れの里に、もっと波乱に富んだ歴史を刻ませることになるのだが。

 そんなことは露知らず、しょもっと湿度を漂わせた千手柱間は封を開けた。

 

 

 

□□□□

 

 

 

「御前試合ィ?」

 

 と、声を裏返した娘に、父親は「ああ。」と頷いた。

「大名のワガママでな・・・・・・柱間も断り切れず、結局ママゴトに付き合わされることになったそうだ。」

 ここ数年でようやっと“実家”として馴染んできた屋敷の裏手にて。逆さまになって父親の話を聞いていたうちはナトリは、へぇと呟いた。説明下手な親父のせいで四割くらいしか分からんが、さては面倒臭いことになってるな。

 

 うちはと千手の停戦から早二年。

 子どもがその辺で戯れていても危なくない環境に、様々な一族が手を取り合うことを当たり前とする空間は────かつての父とその親友の夢は、形を成した。少なくとも、当初のあの不安はなんだったのかというくらい(表面上は)穏やかな時が流れている。流れているのだが、やはり安寧とは長く続かないものだ。

 ぶっちゃけ土地云々に関する大名との交渉にしろ里創りにしろナトリは何もしてないのだが、父と叔父がかなり頑張っていたことを知っているのでじんわり嫌な気持ちになった。この不穏を打破する力を持たぬ事がとても憎い。

 

 とはいえ現状では何もできないししょうがねぇ。諦めたナトリは、取り敢えずまたマシロとお煎餅焼いて親父にあげようと思った。今朝渡した時は喜んでくれたし、しょっぱいものは別に嫌いではない筈だ。多分、きっとおそらく。お願いそうであれ。

 

「とーさま、御前試合ってなあに?」

「そのままだ。大名の御前で二人の忍が技を競い会う。闘鶏のようなものだと思え。」

 裏庭に植えられた木の枝にチャクラで吸着し、早い話チャクラコントロールの修行をしているナトリは、重り役として手を繋いでぶら下がっているマシロに「普段のイズナにいと扉間様みたいなもんだよ。」と補足した。親父からいやちげぇだろという視線が飛んできたが、マシロが納得しているようなのでヨシとする。

 

「────それで、なんでまた大名様はそんなことを仰られたので?あまって分かったかも。」

 渋面になった(当社比)親父に、弟と人間ブランコしながらナトリは頬をひきつらせた。

「木ノ葉、ひょっとしてまだ信用されてないです?」

「そんなところだろうな。」

 ええー・・・と言えば、溜め息をついた親父にそろそろ降りてこいと手招きされる。一旦マシロを地面に下ろしてから、ナトリもパッとチャクラを離した。着地し、少しクラクラする頭をてのひらで擦る。

 

 大名と忍は、古来より切っても切り離せない仲だ。

 戦では侍百人の仕事をすると言われている忍だが、逆を言えば戦以外のことはできぬ。田畑を耕す布を織る、生活に必要な物を作るため鍛治仕事をする───そういったことには、一切関わらない。というか関われない。

 何故か、そんな暇ねぇからだ。

 時間があれば修行する、情報を集める、毒の耐性をつける。忍の体を作るのにはかなりの時間と労力を要する。死ぬ気で研鑽し磨きあげなければ任務でアッサリ死ぬから、忍者として完成することは一番優先順位が高かった。

 とはいえ、修行ばかり戦ばかりでは人は生きていけない。否必要なら虫だろうが泥だろうが口に入れるのが忍だけれど、さすがに普段は人間が食べる物を食べたい個人的には。

 しかし自分達の手元には食糧どころか畑もない。どうするか────忍に戦をせよと命じている張本人、大名に融通してもらうのである。

 つまり、忍は大名同士の戦の代理戦争をする代わり、金も衣食も、生きる上で必要な物を全て依存しているのだった。

 忍は楽に物資が手に入るし、大名は武力では圧倒的に劣る忍達のライフラインを握れるわけで、安心して忍者を頼れる。

 

 ま、金のある為政者とはつまり忍にとっては無くてはならないスポンサーなのだ。

 

「いや、木ノ葉が裏切るのはないでしょう。里の運営費だって大名からの資金頼りなんでは?」

 詳しくは知らんけど、と父を見上げた。髪に隠れて表情は窺えないが、辟易としているのはなんとなく雰囲気で伝わってくる。

 構って欲しいのか片手を引っ張るマシロをあやしながら、親父は嘆息のような言葉を続けた。

「里は大名の内政干渉を受けない半自立組織だからな・・・・・・少ないが商店もあり、経済も回っている。連中は不安なのさ。いつか木ノ葉にとって大名という名の資金源が不必要になり、切って捨てられることを恐れている。」

「・・・・・・それやっちゃったら木ノ葉は他所の財布にも総スカンになるのに?」

 やべ財布つっちゃった怒られるかな、と思ったが「弱者は所詮臆病者ということだ。」と言った親父にこっちの発言のがヤバいわとホッと肩の力を抜く。

「忍を虎狼と呼んで蔑むクセに都合の良い時は金を積む、くノ一を側室に取る・・・・・・人質のつもりなんだろうよ。」

 吐き捨てるように言った父が、唐突にじゃれつくマシロの帯を引っ付かんで持ち上げた。きゃあっと声を上げて喜んだマシロが「もっと!」とねだる。親父は無言で五歳児を上げ下げした。

 成る程、マトモに構うのが面倒になってきたと。落としたら怒るかんな。

「でもなんでそれで御前試合になるんですか?」

「言ったろう、ママゴトだと。チャチな遊びに付き合わせて、不穏分子である木ノ葉が好きに使えるかどうかを確認するためだ。それには御前に忍を引き出す辺りが都合良かったのさ・・・・・・手の内を晒すのは忍としてあまり好ましくないが、大名に頼まれれば仕方ないからな。頷かざるを得ない。」

 ほおん、と親父の話に相槌をうつ。

 なんとなくだが概要が掴めてきた。

 

「大変ですね、試合に出される同胞には是非とも頑張って頂きたいです本当に。」

「ああそうだな。宗家の娘として精々励んでもらおうか。」

「おっと父様聞き捨てなりませんね、母様という者がありながら浮気ですか?どこでこさえた子どもですまあナトリは妹なら大歓迎でいってててて!?」

 

 頭鷲掴みにされてシャカシャカ振られた。デジャヴである。前にもこんなことあったような。

「ヤーでーすー!ナトリ出ない!嫌だ!」

「いつからお前に拒否権があると思っていた?」

 横暴だ、いや具体的な話をされた時点で薄々察していたけどそれにしても横暴だ。

「折角戦がなくなってマシロとずっと一緒にいれるのに!そんなモン出てたら拘束時間増えるじゃないですか、任務だってあるのにー!」

「抜かせ馬鹿娘、いい加減に弟離れしろ!」

「酷い!マシロ父様がなっちゃんとお前のこと引き離そうとしてるよ!助けて!」

「父様、なっちゃん虐めちゃ駄目だよ。」

「ほーら父様!ほーら!」

「馬 鹿 者 。」

 締め上げられた。

 学習しねぇ馬鹿娘ことナトリはむぎゅうう゛!みたいな音で親父の上腕二頭筋に挟まれながらワーワー騒ぐ。ていうかこの締め上げも昔一回やられたような。

「父様なんでなっちゃんばっかぎゅってするの!?マシロもー!!」

「そもそもなんで私なんですか!ヒカクさんとかでもいーじゃん!」

「会議の結果公平性を保つため各一族の下忍を選手として出し!数名を選別してから大名の前に引きずり出すことになったんだ!ついでに大人数出してうちはの戦力を知られるわけにもいかんから出すならお前一人だけだどう考えても!」

「いいんですか!?うちはの次代が弱っちいことが知れ渡りますよ!」

「そうだな、負ければそうなるな。必ず勝てよ。」

「酷い!」

「父様!マシロも!」

「なっちゃんとこ来な抱っこしてやんよ!」

 ぱあっと顔を輝かせて飛んできた弟を抱き締めた。五歳になり、質量の増した最愛を抱き上げる。ああ弟よ、今私の癒しはお前しかいない。

 

「恨むんなら、いつまでも下忍の位に甘んじていた己を恨むんだな。」

「だって無理して中忍になったらまたマシロと離れるじゃないですか。なら下っ端として雑用してたが良いでしょ。」

 

 父親にどデカイ溜め息を吐かれたナトリは、そっぽを向いて「マシロがアカデミー入るまでは意地でも昇進しませんからね。」と言った。

 

 まだ稼働して二年も経たぬ里の政策の中にある、忍者の階級制度────実力相当の任務を割り当てるために整えられたランク分けで、ナトリは最下級の下忍の地位にいる。

 与えられる任務は任務というか子どものお使いのような物で、当然報酬も駄賃に毛が生えた程度だ。“漫画”の中では主人公が猫探しなんかをしていたが、ナトリが実際に行ったDランク任務は未だ開発途中の里の一角に助っ人として派遣されたりだとか、子守りだとかである。

 つまり、危険性のキの字もない、可愛い仕事だった。

 

「・・・・・・兎も角、諦めて戦ってこい。里を上げての馬鹿げたママゴトだ、お前ぐらいの砂利が行くのが調度良いだろ。」

 

 だって貴方の傍にいて、闇落ち阻止するためには、有事でもない限り自ら危地に赴くわけにも行かんので。

 とはさすがに言えないナトリは、苦い顔で父の言葉に頷いた。あー、嫌だなあ。

 

 

 

□□□□

 

 

 

 

「第一の試験、筆記テストご苦労────これより、第二の試験を開始する。」

 

 

 翌々日。泣く泣く修行に向かうマシロと別れたナトリは、渋々、嫌々、不満タラタラで千手扉間の講義に耳を傾けていた。

 木ノ葉の最高権力者が政を行う場、火影塔近くに設けられた事務処理室は、下忍でごったがえしている。年の頃はナトリと同じか、それよりやや上下するか。皆御前試合にエントリーした(もしくはさせられた)者達だ。

 

 最も、先に行われた試験でふるい落されており、説明会及び選別試験開始時より半分は数を減らしているが。

 

(ペーパーテストがかなり作り込まれてたから、無理もないか。)

 試験時間は一刻ほど。

 ざっくりと御前試合とは何かについての説明をされた後、ナトリ達は分厚い紙束一つを渡され、これを解けと命じられた。即座に筆を持てた者は少数で、後の下忍達は混乱するばかり。それを「私語は許さん。」の一喝で静めた扉間にトラウマを刺激されつつ表紙を捲ったナトリは、瞬間目に飛び込んできた幻術の術式にドン引きした。

 嫌な予感がして全ページを確認すれば問題文全部にそれぞれ種類の異なる幻術が仕込まれており、更にそれを解きつつ解答欄を埋めねばならんという鬼畜具合。そしてその問題がやたら難問。

 

 これをとけ。つまり、幻術解いて難題も解けと。

 

 さすがにうちはの娘である。幻術返しはお手の物だったが、トラップの張り方が合理過ぎて凄い性悪。ていうかこれ絶対ウチの叔父がやった奴だろ。

 

(なんだか、“漫画”に出てきた“中忍試験”とちょっと似てるな。)

 幻術に意識を奪われ錯乱し、しかし試験官達に退場させられる時は必死にすがる下忍達を横目に、ナトリは嘆息を噛み殺した。

 成る程、大名の我が儘に振り回されている形になるが、逆に言えば手柄を上げ家名を火の国の御方に覚えてもらうチャンスである。確かにやる気のあるところはあるだろう。

 なまじ忍の名家、しかも宗家に生まれたもんでその辺りの苦労を経験したことは無かったが、忍界には腐るほど忍一族がある。その中でも血生臭い世界に暮らす天上人に認知されているのはごく少数だ。

 そして、忍という商売はこちらの実力を認め依頼を持ちかけてくる金持ちがいないと成り立たない。

(よく出来てやがる。)

 世の中凄いなーとやる気のないことを考えながら、周囲に悟られないよう残った顔ぶれを探知した。

 

 うちはは元より己だけ。千手は五人ほど。猿飛と志村も数名ずついる。日向は見目が見目なのですぐに二名居ると確認できた。それに出雲一族や卯月、不知火、月光ときて薬師とうたたねと水戸門と────ざっと、数十人。

 

(多い・・・・・・。)

 私コレ全員、あいや対戦相手以外の皆蹴落とさなきゃいけないのか。棄権していい?

(親父に久々にぶっ飛ばされるかなあ。)

 懐かしや、弟(もう死んでる方)と同い年で戦友であった幼なじみ(こっちも既に死んでる)で三つ巴の大喧嘩をした日だっけ。確か弟が風遁で家の襖ぶち抜いた上私が乱発させた幻術を誰も解術できなくて、混乱した戦友が放ったノーコン土遁に挟まれて腕骨折したんだよな。

 何が腹立つって、怒髪天の親父に裏山まで吹き飛ばされたのに追加で骨折ったのが私だけだったことである。さすがに次期当主とその側近として育てられていた二人は練度が違った・・・・・・二人とも死んだけど。むなしくなるから辞めよ。

 

「問題用紙の裏表紙にチャクラを込めろ。浮かんだ数字がお前達の班の番号だ。」

 解答用紙が回収されたのに、これだけ残されたのは何でだと思えば。扉間の指示に従い冊子を裏返したナトリは臍を噛んだ。紙全体に幻術トラップの細工があったので、簡単な暗号の応用だというのに全然気がつかなかった。

「────これより、お前達にはスリーマンセルで小隊を組んでもらう。」

 静かなざわめきが起こった。個人試合ではないのか、という問いに「選別はその限りではない。」と扉間が淡々と答える。

「三人で協力し、最終選別まで試験をこなすように。第二の試験は午後一時から、各自与えられた数字と同じ演習場で行われる。原則時間厳守、一人でも遅れれば即失格だ。以上。」

 いよいよ“中忍試験”みたいだなと思っていたナトリは、動揺する下忍達を他所に試験官達を引き連れさっさと退出する千手扉間を見送ってから立ち上がった。

 

「ななばーん!」

 

 腹から声を出す。近くにいた犬塚一族の忍が、ビクッと肩を揺らし「うるせ。」とぼやいた。それにスマンと謝ってから、もう一度声を上げる。

「七班だった人いないか!私は七だ。」

 名乗り出る者はいない。大分前からヤケクソ気味なナトリは、だよなと思いながら会場を見渡した。

「扉間様は『三人で協力しろ。』と言っていた。事前に作戦会議でもするべきじゃないか。それにもう十二時半回っているし、遅刻するわけにもいかないだろ。」

 はーい七の人手ーあげて。

 とへらべったい目で見渡すと、隣の犬塚が溜め息をつき口を開いた。

 

「うちはの言う通りだな・・・・・・オイ、八番の奴返事しやがれ。」

「九班の人、いたら手を上げてくれ。」

「四番さんいませんかー!」

「五だった奴いないか!?」

 

 声を掛け合い、三人ずつにまとまっていく下忍達を見ながら、ストンと着地する。待ってれば来るだろ、という塩梅だった。いや寧ろこんだけ目立ったんだからそっちから来い恥ずかしがりやさんどもめ。

 

「────久しぶりだな、うちはナトリ。」

「・・・・・・・・・え、嘘七班なのお前!?」

「さいっあくなことにな。」

 

 三年前も二年前も色々あったから恥ずかしくて名乗れませんでしたってか、成る程チェンジで。

 ふてくされ加減を全面に押し出して座していたナトリは、里創設より度々見えている見知った人物に頭を抱えた。暗雲を煮詰めたみたいなオーラでやって来た同輩が、露骨に「嫌です」の顔になる。

 その反応にナトリも同じ表情になりかけたが、さすがに千手とうちはが仲悪いのは不味いので頑張って無表情くらいに留めた。一応宗家として一族を背負う身である。それなりの責任感はあった。時々すっぽ抜けるけど。

 

「まあ・・・・・・よろしくな、千手広間君。これを期に仲良くしようぜ!」

「再三言っているがよろしくしなくて良い。あと寄るな蕁麻疹が出る。」

「アレルギーか?」

 

 全身使って抱きつくぞオラ。真顔で言ったら本気で引かれた。いやうん私も嫌だなって思ったから正直すまんかった。

「これは・・・・・・もう一人に期待するしかないな。私達はこんなんだから、初対面とも協力できるような人でないと。」

「お前と意見が合うのは嫌だが同意する・・・・・・いや、やっぱ嫌だからしない。吐きそうになる。」

「食中毒かよ。」

 そして私と同じ思考をするなやめろ。

 睨みあっていても時間の無駄、ついでに双方への印象が悪くなるので、ナトリは視線を逸らして周囲を眺めた。

 里が出来てから二年経つとはいえ、まだ互いにそれなりの溝がある。下忍達も、まあナトリ達ほど険悪じゃないだろうがまあ反目している筈────。

 

 

「八班は俺と油女、それに日向か。感知ばっかでバランス悪ィな。」

「お前の態度のデカさも悪い・・・・・・何様だ。」

「そう皮肉になり候うな、犬と虫も探査ならば日向に劣る故に。」

 

「なあんでアンタもいんのよ寸胴でーぶ。アタシ、シカノジョウと二人きりがいいのにー。」

「あらあら・・・・・・困ったちゃんね。頭もぎ取るわよ。」

「はーーーーー・・・・・・・・・家帰りてーぇ。」

 

 

 ─────うん、やっぱしてた。予想通りだった。

 バチバチガン垂れながら牽制しあう周りに、そらそうなるよなとナトリは頷いた。

 因みに上からナトリの隣の席だった犬塚、不機嫌そうな油女、そして笑顔で煽りまくる日向。更に人の腕に絡み付く山中と、青筋を立てる秋道、そして死んだ目の奈良である。後者はなんかちょっと違うが前者がヤバい。

 

(陰湿な秘伝忍術持つ一族が集まっちゃったな・・・・・・というか。)

 この配属、なんだかどこかで見たことがあるような。上層部はともかく、下忍の己には他家と共同で当たらなければならない任務など回ってきた覚えはないのだが。

 あ。

 考えあぐねていたナトリは、不意に辿り着いた答えに瞬きした。

(“漫画”、か。)

 そういえば、“漫画”の主人公達が今の時点ではまだ開校していないアカデミーを卒業した後、班分けされていた。うずまき一族の癖に金髪であった主人公の班員は、確かうちはと春野だったか。

(春野って、多い名前だからな。)

 忍一族の春野にも、読み方が違うだとか春野じゃなくて波瑠埜一族っていうのだとか色々あるし・・・・・・十年くらい前に千手に滅ぼされたけど。

 少なくともパッと出てくるハルノと言う忍衆はどれも小さい一族であり、あまり目立つ印象ではない。

 

「もし、貴女達が七班の方であっているかしら。」

 

(ここまでピッタリ揃ったんなら、うちの班員も春野だったりしてな。)

 まあ“漫画”の七班と違ってうずまきのポジションにいるのが千手なのだが。まあ千手広間の母親はうずまきミトであるし、間違いではないかもしれない。

 などと考えていたナトリは、控えめにかけられた声にふと顔を上げた。

 顔を上げて────硬直した。

 

 

「まあ、貴女、最高に素敵な目をしているわね。」

 まるで夜を煮とかして作った細工物のよう、とはしゃぐ彼女(と口調から咄嗟に判断したが、もしかしたら少年かもしれない)に、フリーズした脳味噌からどうにかすっとんきょうな返事を返す。

「え口説かれてます今?」

「ええ、勿論よ。とても素敵。最高の瞳よ。ああ────この手の平で光にかざしながらじっくり眺めて、それから飴玉みたいにお口でなぶり転がしたいわ。」

 

 十歳そこら───己と同じ年齢というにはいささか艶やかすぎる微笑みを浮かべる忍に、ナトリは頬をひきつらせた。白髪を三つ編みにして背中に垂らし、蛇のように瞳孔の裂けた金の瞳を歪ませて忍者は恍惚と言葉を紡ぐ。

 

 

「申し遅れたわね、あたくし、蛟丸(みずちまる)と申します──────ヨロシクね。」

 

 

 

 成る程、チェンジで。

 

 

 

 

 

□□□□

 

 一方その頃────火の国、某所にて。

 

「────木ノ葉が、儂のために催しを開いてくれるそうでのう。」

 

 歴史と贅の塊。火の国で最も高貴な者が住まう城で、豪奢な服に身を包んだ老人は薄ら笑みを浮かべながら皺のできた目元を細めた。

「木ノ葉とはいかなるところか、忍の力とはいかなるものかと尋ねたらな、知りたいのなら御前で試合をする故に見物に来られれば良かろうと、気をきかせてくれたのじゃ。」

 火の国大名を名乗り早数十年───長らくこの国を治めてきた為政者の言葉に、絢爛な部屋の下座に座っていた娘が「まあ!」と眉を潜める。

「父上を呼びつけるような真似をするなんて、なんて傲慢な。木ノ葉とは忍衆の名前でしょう。忍ごときがそんな口を利くだなんて、身の程知らずも甚だしい!」

「・・・・・・姉上、木ノ葉は忍衆の住む里の名前です。火の国より半分独立した自治区で、」

「そなたは黙っていなさい!」

 娘よりも下座に控えていた青年が、溜め息を押し殺すように口をつぐんだ。それに色をなした娘を、まあまあと老人が窘める。

「ただまあ、ありがたい申し出なのじゃが、老体が足を伸ばすには遠い距離でのう。」

「行く必要なんてありませんわ!」

 きっぱりと言った娘が、目尻を吊り上げたままきりきりと言葉を連ねた。

「そんな野蛮な催しなど。自ら言い出したのだと言うのなら断ればよろしいでしょう。」

「・・・・・・・・・父上が言い出させるようなことをしたんでしょう、無能ですか姉上は。」

「深見!」

「清らかな大名家の当主が血で汚れた下賎の虎狼の元で歓待をうけるなど、天地が狂ってもあり得んと思いまーす。」

 めんどくさそうに畳の縁をなぞる異母弟に立ち上がりかけた娘は「体に障るえ。」と父親に言われ、渋々座り直した。仲が悪いのうと眉を下げた父が言ったのに「当たり前ですわ。」と吐き捨てる。

 そんな異母姉の膨らんだ腹を横目に、深見と呼ばれた青年は気だるさを隠しもせずぼやいた。

「まあ嫌われて当然でしょう。俺は姉上と違って御正室様ではなく、誰かさんがクラッときて無理矢理側室にした下賎な女の息子なもんで。」

「・・・・・・深見よ。お前、ひょっとして儂のこと嫌い?」

「逆になんで好かれていると思ってたんですか。馬鹿ですか。」

「そうか、意味もなく親を嫌いになる。これ即ち反抗期・・・・・・!今日は赤飯じゃな!」

「聞けよ。」

 ルンルンの老人にケッとした顔になる深見と父親に、娘が面白くなさそうに口をへの字にする。その様子に分かりやすい女ダナと当人が小馬鹿にしたように鼻を鳴らしたので、更に両者の間に流れる空気が悪くなった。

「それで本題なんだがのう。」

 睨む娘と、嘲笑を浮かべる深見に、しかし大名はのんびりと話を続けた。

 何があろうと己のペースは決して崩さない。一国を治める老人は、人に飲まれぬ器量の持ち主であった。

「儂のたった二人の子であるお主らのどちらかに、代わりに木ノ葉へ赴いて欲しいのじゃが。」

「嫌ですわ!そんな卑しい所など!」

「すみません、もうすぐ母上の三周忌なんで。」

 けど息子と娘も結構マイペースだった。成る程蛙の子は蛙。

「・・・・・そなたの母君は、ご存命でしょう・・・・・・!」

「ここに来る前に殺しておきました。」

「物騒をおっしゃい!蛮族のような振る舞いをして、大名家の若君として恥ずかしくないのですか!?」

「姉上こそ淑やかに振る舞って下さいよ、いい年な上身重なんですから。大名家の姫君として恥ずかしくないのですか?」

「そ、そなた・・・・・・!」

 きいいっ!と叫び出しそうな顔になる異母姉に、あははと深見が楽しそうに笑う。そんな中大名はのほほんと続けた。

「ま、そういうことだからのう。まだ日もある。すぐに支度をせよとは言わぬが、どちらが行くにしても頭に入れておいておくれ。」

「・・・・・・分かりましたわ。」

「はあ。」

 不承不承な娘と、気のない息子に苦笑して「下がってよし。」と伝えた大名は、老いた体をのそりと動かして謁見の間を後にした。

 

 

 

「そもそも正気ではないわ、忍の里を創るのはともかく、自治することを許可するなど・・・・・・!彼らが良からぬことを考えでもしたら、」

「姉上は木ノ葉が大名にとって代わるとお思いで?」

 

 長い渡り廊下を歩きながら自分の毛先を弄る深見を、異母姉がキッと睨む。男子の癖に、女子のように長く髪を伸ばして。といったところか。

 一々雄弁な姉がなんだか可愛らしく思えた深見は、正気に戻れと念じた。姉が可愛く見えてきたら末期だと思う。愛らしいわけないだろ姉とか言う化け物なんざ。(尚うちは一族)

「だってそうでしょう!?何故父上もそなたもそんなにのんびりしているの。忍は金さえ払えばなんでもする、心無き輩ですよ。」

「その金を払っているのが大名家でしょう。木ノ葉なる自治都市では経済活動もしているようですが、それで里の者の食い扶持を賄えているとは到底思えない────心配せずとも、忍は我らに従うより他ありませんよ。」

 杞憂です。と言えば「嫌味な言い方・・・」と鼻に皺を寄せられた。当たり前だ、今の嫌味なんだから。

 

「────姫様、深見様。」

「!あなたっ」

 

 不意に聞こえた声に、姉がぱっと顔を輝かせた。それに嫌なもん見ちゃったな、と思いながら深見は溜め息をつく。

「義兄上、何かご用で?」

「姉の夫になんという態度ですか。あなた、お気になさらないでね。」

「大丈夫ですよ、姫様。深見様が照れ屋なのは知っていますから。」

「おい。」

 鳶色の髪をした慇懃な男に顔をしかめれば「そなたも彼には敵わないのね。」となぜだか姉がどやっとした顔をした。腹立ったので「まあ姉上を骨抜きのでろんでろんにしたお方ですからね、勝てませんよ。」と微笑んだ。

「ちょ、誰が!」

「大層可愛がられているようで。ああ最近はそうでもないのですか。そのお体ですものね。お子に障るといけない。」

「は、破廉恥なことを白昼堂々と!」

「はて、破廉恥なこととはいったい。俺は可愛がられているようですねと申しただけですが。」

 姉が羞恥で涙目になりながらムキャーッと叫んだ。ハハハと笑えば「仲が良いですねぇ。」と微笑ましげに言われる。良かねぇよどこに目つけてんだ。

「父上の右腕ともあろうお人が節穴とは。この国の未来は危ういですね。」

「大名家の男児である深見様がそんなことを仰いますな。」

 深見様(・・・)、か。若様ではなく。

「ええ、その通り。そなたは何れこの国を治める者です。いつまでもそのような態度では困りますわ。シャキッとして頂かないと!」

 無礼者めがと唇を歪めた深見を知ってか知らずか・・・・・・いや絶対知らんなこの人。大真面目に頷いた姉に、義兄と深見は微妙な顔になる。不思議とこの女は異母弟以外の嫌味には鈍感なのだ。それもちょっと不安になるレベルで。

(わたくし)がいない間、くれぐれも我が家を頼みましたよ深見。お酒は一日二杯まで、塩気のあるものは沢山取らないように。あと火遊びもこれからはお控えなせ。そなたの郭遊びも今までは目をつむってきましたが、嫡子としてだらしがないことでしてよ。」

「・・・・・・ん?」

「忍などと言う残忍な輩と申しましたが、こちらを慮り祝賀の席を用意してくれたのも事実。姉も姫として失礼のないよう礼には礼で尽くして参りますわ。あ、あなた、私暫く木ノ葉へ行って参りますからそのように頼みます。」

 やたらキリッとしたお顔でスタスタ進む姉に、男同士で顔を見合わせる。

「え、あの。姉上、どちらに?」

「何を言っているの。父上に木ノ葉へ行けと言われたでしょう。私が参ります。そなたは我が火の国の惣領息子。わざわざ城から出して危ない目に合わせるわけにはゆかないわ。」

 済ました顔で申した姉に深見は天を仰いだ。そっか、そっちの方向に進んじゃったか姉貴の脳味噌。

 正妻の娘であり出産のため里帰りしている姉と、出自は卑しいが唯一のおのこである己。後継ぎと黙されているのは自分だが、父が厄介な“お使い”に行かせたいのはどちらかと問われれば、答えは明白である。

 

 

「いやちょっ、姫様そのあたりの話詳しく!」

「姉上今の自分の体分かってますか?身重なのです、子どもがいるのですお腹に!俺が行きますから、姉上はご自宅でゆっっくりなさっていて下さい本当に!」

「急に優しくなるのはやめなさい、そなたらしくない。それにこのくらいになると多少は動いた方がいいらしいの。気にすることはありませんわ。」

「しますが!?」

「姫様!話が!話が見えませぬ!」

 

 

 ぎゃあぎゃあ騒ぎ説得すること三日。

 まだまだ先の御前試合のせいで早くも疲れきった深見は、これで木ノ葉がつまらんところだったら本気で姉貴を泣かそうと誓った。




■第七班
千手広間、うちはナトリ、蛟丸

■第八班
日向ヒダカ、犬塚シバ、油女ビド

■第十班
奈良シカノジョウ、山中あいの、秋道カルメ


以上ランダム番号振り分けの結果です。十班辺りは確実に不正してますが、七班は本当にただの偶然なので保護者陣が頭を抱えました。試験官サイドで不正があったらいけないので問題冊子を配る人は番号の把握してなかったんですが、それが裏目に出てしまった結果です。
この世界線では多分この御前試合が後の中忍試験とか卒業試験の前進になったんじゃないかなぁと思います。


■深見
オリキャラ。火の国の次期大名である青年。口も態度も悪いし正妻の娘である姉(世間知らずの箱入りお姫様)を心底馬鹿にしているが、嫌いなわけではない。寧ろ側室である自分の母親が寵愛を集めたばかりに臣下に嫁ぐことになった姉には申し訳なくて仕方ない。が姉本人はそのことを既に割りきっているし義兄とはラブラブだしでなんか心がカオス。
この度自分で開催させた癖に行きたくないらしい父親のせいで、木ノ葉に赴くことになる。正直移動中は警備が手薄になり暗殺のリスクが上がるため行きたくない。



※今回地の文が多いもんで情報量を裁ききれなかったので、捕捉(そんな大したことではない)は活動報告に投げました。良ければ見てやって下さいませ。


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