英雄は勘違いと共に (風に逆らう洗濯物)
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第1章 弔いは霧の中で
第一話 はじまりは突然に


読み専のため、初投稿です。
よろしくお願いします。


 ●

 

 頭が、ぼんやりとする。

 まるで夜、眠りに落ちるように、

 まるで朝、目覚める前のまどろみのように、

 思考がまるで定まらない。

 

 今、俺は目を開けているのだろうか……

 それとも目を閉じているのだろうか……

 

「……。? ……、……」

 

 ……? 

 声が、聞こえる。……どこかで聞いた声だ。

 いや、聞いたこともない声だ。

 わからない……

 

「……か? ……い……ですか?」

 

 どこか懐かしい声だ、

 でも、やっぱり知らない声だ。

 優しげで、でも凛とした綺麗な声……

 この声は何を言っているのだろう。

 

 わからないけど、なんとなく、次は分かる。

 そんな気がした。

 

「生きてますか?」

 

 優しい声に目が醒める……いや、視界が分かるようになる。

 目に入ったのは整った顔、朝顔を思わせる紫色の瞳は細められ、やや眠そうなジト目でこちらを覗き込んでいる。

 あたりは暗く、木々の合間の街灯が俺と彼女を照らしている。

 

「きみ、は?」

 

 見覚えのない顔、見覚えのない景色。

 今は何時だろうか、そして、彼女は誰なのだろうか。

 まだ少しぼんやりとした頭を働かせる。

 

「私? 翔子です、野薙翔子。それよりお兄さん、

 こんな時間にこんな場所で、ぼーっとしてどうしたの?」

 

 野薙翔子、知らない名前だ。

 そして、どうやら遅い時間であるらしい。

 ゆっくり周りを見渡す。

 ほどほどに生えた木々、歩きやすそうな土の道に、道なりに適度に設置されたベンチと電灯。

 淡く青白い光はゆらゆらと周りを浮かび。

 後ろからは静かな川のせせらぎが聞こえ、穏やかな気持ちにさせてくれる。

 

「あー、なんだ、川の音を聞いていた」

 

 特に理由も見つからず、そんなふうに言葉を返す。

 記憶をいくら辿っても検討がつかないのだ。

 昨日は何をしていたのか、

 今日の昼に何を食べたのか、

 そんなことも曖昧で頭の中から出てこない。

 

「ふーん……ねえ、お兄さん、写真。とってもいい?」

 

 突然彼女はそんな事を言い出した。

 薄いピンクのパーカーを少しずらすと、

 えらく丈夫そうなカメラを両手で構え、

 こちらに笑いかけてくる。

 

「……? あぁ」

 

 カシャっとどこか懐かしい音が響く。

 フラッシュもなく、この夜の闇も気にせず、

 淡い光に照らされただけの俺を彼女は真面目な顔をして撮る。

 

「……うん、いいね。お兄さん、儚げな感じがするから、蛍のひかりによく映える」

 

 彼女は満足そうに頷く、

 肩にかかる長い黒髪が軽く揺れ、

 彼女の手元より、満足げな微笑みに目が奪われる。

 

「なぜ、写真を?」

 

 俺が訪ねると彼女はキョトンとした顔で首を傾げる。

 

「なんでって……なんとなく。いい写真になりそうだったから」

 

 わかるでしょ? と言う言葉が聞こえるほどに、

 不思議そうな顔で彼女はこちらを眺める。

 なんとなく、わからないような、わかるような。

 とりあえず頷いてみる。

 

「だよね? んじゃ、お兄さんまたね」

 

 にっこりと笑うと軽く手を振って、

 彼女は小走りで去っていく。

 綺麗な黒髪とフードを靡かせながら、

 まるで風のように。

 

 俺は、それを見送ると、また、静かに目を閉じた。

 言ってみた手前、川の音でも聞いてみよう。

 何か、思い出すかも しれない……。

 

 ────────────────────────────────ー

 

「ねぇ、お兄さん?」

 

 彼女の声で目が覚める。

 昨日会った、あの少女の声だ……

 あたりは暗く、光が舞い。

 昨日と同じすこし眠そうな瞳が、俺の顔を覗きこむ。

 

「あぁ、何だ?」

 

 まだ眠い気はするが、なんとなく目が冴えてくる。

 今日の俺は何をしていたのだったか……

 確か昼には蕎麦を食べたんだったな……

 

「お兄さんって、いつもここにいるの?」

 

 彼女が不思議そうに問いかける。

 今日もカメラ片手に、小首を傾げながら。

 俺の顔を覗き込む。

 ……いつも、だっただろうか? 

 こんな人も居ない時間に1人、ベンチに座り自然を眺める。

 そんな趣深い人間だっただろうか? 

 

「……わからない、そうだったかもな」

 

 思い至らないものは仕方がない。

 とにかく彼女に返事を返す。

 夜の風は涼しくて、だんだんと眠気を取ってくれる。

 

「そっか……じゃあこんどおすすめの場所教えてね! 

 写真に映えるとこ!」

 

 にっこりと彼女が微笑む。

 淡い街灯に照らされて楽しそうなその顔が見える。

 やっぱり、知らない顔だ、古い友人でもなんでもない。

 なぜ、こんなに楽しそうなのだろう? 

 

「じゃ、またね!」

 

 問いかける間もなく彼女は立ち去る。

 電灯の下で振り返り、大きく手を振って、風のように去っていく。

 昨日と同じ景色だ、これは夢なのだろうか? 

 現実なのだろうか? 

 なんとなく、悩んでみるも答えは出ず。

 ふと目に入った灰色の宝石がついたリストバンドを

 軽く撫でて、俺は再び目を閉じた。

 

 ────────────────────────────────ー

 

 ○

 

 夜を駆ける影が一つ、そしてそれを追う影が数十。

 静かな街並みに靴音や鈍い足音を響かせながら。

 ここ、冬木の川辺公園に足を踏み入れる。

 

「数が……多いかな……」

 

 1つの影。

 金髪の少女は一つ呟くと自らを追いかける多数の影に目を向ける。

 それは、獣だった。

 夜の闇に紛れ10、20と並ぶ針のような鋭い眼光が、ただ一点。

 少女の喉元を狙っている。

 

「獣避けはもう無いし、やるしか無いか」

 

 少女は腰のポーチに手を伸ばし、

 その頼りない手ごたえに顔を顰めてから、

 後ろ手に2本の太刀を引き抜く。

 

 自分にも英雄と呼ばれた自負がある。

 この程度の相手にやられるはずもない。

 

 逆手に構え、片足を後ろへ。

 姿勢をそのまま街灯の照らす背後へと跳ぶ。

 

「よし、来い!」

 

 その合図と共に、影は一斉に少女へと飛びかかった。

 

 ●

 

 甲高い音が響く、夜の静寂に紛れるように。

 荒い物音が鳴る、昼の喧騒を思い出すように。

 

 ここは冬木の川辺公園。

 夜にはホタルが飛び、川のせせらぎが耳を癒す。

 そんな場所だ。

 当然、普段はこんなに物音があるはずもない。

 

 ──文句の一つでも言ってやろう。

 そう思い、寝転んでいた俺は眠い目を擦り。

 ゆっくり体を起こすと、そちらへ目を向けた。

 

「なんだ、あれ? 獣と……女の子?」

 

 そこに居たのは異形の獣。

 おそらく犬のものであろう2対4本の足に加え、

 前脚や胴体にまばらに生えた1対の鎌足。

 身体は鈍色の甲殻に覆われ、まるで獣を素体に、

 昆虫を生み出そうとしたかのような異形が多数存在している。

 

 それに対するは金髪の少女。

 長い金髪は月明かりを弾き、

 深緑に染められた上着がその身体を夜の闇に溶け込ませている。

 少女は二刀の太刀を逆手に構え、相対する獣の群れを睨みつけている。

 

 そんな異常な光景を、ぼんやりと眺める。

 腰が抜けた訳でも、恐れを抱いた訳でもなく。

 ただ風景でも眺めるように。

 

 『グゥァァ!』

 

 「甘いよ!」

 

 そうしている間にも少女は獣と戦い、

 鋭い爪を紙一重でかわしながらも1匹ずつ確実に、

 その首を切り落としていく。

 一才の油断なく電灯に背を預け、構えをとる少女を見て。

 

 ──俺は再び目を閉じた。

 当然だ。現実にあんなもの、いるはずも無い。

 であれば夢。

 次、目を開ければ何時もの景色が見えるはず……

 

 そうして再び眠りへ戻ろうとして……背筋が凍った。

 動物の第六感というやつだろうか。

 ヒヤリとした不気味な感覚に思わず、

 少女達とは別の方向に視線を走らせる。

 

 『ォォオォ…。……ォオォ…。』

 

 影が写った。

 ドラゴンのように巨大で、

 それでいてやせ細った不気味な影が。

 影は遠くの大通りから、ゆっくりと、

 霧をその身に纏いながら足をすすめている。

 

 悪寒がした、アレには敵わないと、

 アレは全てを狩る者だと。

 はっきりとした恐怖が目を覚ます。

 あれだけぼんやりとしていた意識が、無理矢理に覚醒する。

 

 「まだ、余裕‼︎」

 

 少女に目を向ける、彼女は未だに獣と戦っている。

 あの存在には気づかずに、

 ただその身を襲う小さな脅威を跳ね除けている。

 

 「ッ…!」

 

 無意識のうちにその足を踏み出していた。

 戦い方なんて何も知らない。

 あんな化け物を見た事もない。

 ましてやあの少女は、一見して力もある。

 それなのに駆け出していた。

 

 ──……見捨てられない。

 

 やさしさとも言うべき弱さがその力を、言葉をこの身に宿す。

 口から言葉が紡がれる。

 まるで親しい友人を呼ぶように。

 まるで忘れていた物を思い出すかのように。

 自然とそのパスワードを発していた。

 

「……ウイング……セットアップ!」

 

『──―Ready、マスター、ご武運を!』

 灰色の宝石が点滅し、そんな幻聴が聞こえた気がした。

 

 

 駆け出しながら光に包まれ、その身体が装甲に覆われる。

 ところどころに古傷のついた流線型の鋼の装甲。

 その背には巨大なブースターが鎮座し、

 スラスターからは灰色の炎が轟轟と燃え盛っている。

 変身とも言うべき不思議な現象が、

 灰色のリストバンドを中心に彼を戦士へと作り替えていた。

 

 一瞬、灰色の炎がその激しさを増す。

 同時にその身を打ち据える衝撃が二つ。

 遅れて聞こえる破裂音。少女の視界から二匹の獣が消え、

 視界の隅に白銀の軌跡が映り込む。

 

 鎧を纏った戦士はその勢いを殺さず進路を変える、

 目指すは最も明るい街灯の下。

 

「そこの金髪少女! 捕まれ!」

 

 声を上げ、手を伸ばす。

 驚いた顔をした少女は一度頷き、獣の顔を足場に大きく跳躍。

 彼が伸ばした手を強く握った。

 

 軋む右腕。人1人分の重さと空気の抵抗はあまりに重く、

 バイザーがなければその顔は苦痛に歪んでいただろう。

 しかし戦士はその痛みごと少女を抱え、そのまま上空へと舞い上がった。

 




まずはお読みくださった皆様に感謝を。
 第1話。いかがだったでしょうか。
この話で、さっそくオマージュ要素が出てきましたね。
『勘違い』好きなら、きっとご存知なのではないでしょうか。
そんな偉大な作品を初作でオマージュしようなどとは、おこがましい話ですが、活かしきって見せましょうとも!
それでは次回もお楽しみに!

追伸、表現描写改善の為、コメントなどお待ちしております。


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第二話 自己紹介

お待たせしました。第2話になります。
よろしくお願いします。


 ○

 

「ありがとう、助かったよ」

 

 大きな橋を越え、獣たちが見えなくなった頃。

 慣れない言葉に、頬を掻きながら少女が感謝を口にする。

 

 時刻は11時過ぎ、鳥は巣に戻り、

 乗り物の光すらも珍しくなる時間だ。

 そんな時間だからか、彼の後ろで燃え盛る炎と轟音はよく目立つ。

 それに、この鎧の燃料がいつ無くなるとも分からない。節約はした方がいいだろう。

 

「そろそろ降りよう、あっちにいい感じの林があるみたい」

 

 目を向ければ、小さな噴水に大きな広場。

 どうやら遠くに見える灯台を目安に、この町2つ目の公園。

『海鳴公園』へと飛んできたらしい。

 これ幸いにと公園の一角を指差し、林の影に2人でゆっくりと降り立つ。

 

「……けがは? 手当は?」

 

 降り立つなり、鎧の彼は低い落ち着いた声で、

 無愛想にもこちらの心配をしてくる。

 やはり、気づいていたのだろう。

 

 ──そう、あの一瞬。

 ボクは疲労が溜まったのか、それとも他の原因があったのか。

 回避の瞬間、足を挫いてしまったのだ。

 

 幸い長引く傷でもなく、彼に運ばれる最中にはもう良くなっていたが、あの時点では致命傷だった。

 ……彼の助けがなければ、あの鈍く光る大鎌にこの身を切り裂かれていただろう。

 それはつまり、全身鉄鎧の彼とは異なり死に繋がるのだ。

 

「あははは! 君はやさしいね。

 大丈夫、これくらいなら直ぐに治るよ」

 

 あえて大きな声で笑う。

 確かに黒いインナーは破れ、紙で切った程度の切り傷が四肢に残ってはいる。

 しかし革の防具は健在で、出血の続くような傷もない。

 ──あなたのおかげで命を拾うことができたのだ。

 その事を言外に伝えるべく、あえて笑ってみせる。それが伝わったのか、鎧の彼は一つ頷いてくれた。

 

「君、傭兵かな? 炎で空を飛ぶなんて珍しいね」

 

 ボクの地元では珍しい、装甲重視の金属鎧。

 それを身につけ、魔法による浮遊ではなく、ドラゴンのブレスと見間違えるような業火で宙を駆ける。

 そんな戦い方は本当なら自殺行為だし、珍しい所の話じゃない。

 

 「…。」

 

 興味本意の質問だったのだが、鎧姿の彼は腕や背中の装甲を再確認すると、考え込むように首を傾げ、黙り込んでしまう。

 

 機密か何かだったのだろうか……

 

 ●

 

 ……傭兵??? 

 現実味のない出来事に内心テンパりながら、少女の怪我を確認し、

 一安心。

 突然かけられた言葉に思考が停止する。

 

 俺は昨日もバイトで日銭を稼ぎ、コンビニで昼食を買うタダのフリーターなんだが…

 当然。心当たりは無く、『どうしてそうなった!?』と問い返そうとして、ふと気がつく。

 ──この鎧を見て言っているのだろうか。

 

 確かにブースターを使い飛行する全身鎧とか言うオーバーテクノロジー、そんな物を見れば国の特殊戦力とか、SFに出てくる傭兵企業の武装兵器だとかそんなありもしなさそうなものを考えてもしかたない。

 しかし、俺はそんなものではない。

 

 ……そんなものではないが。

 

 少女を見る。

 年齢通り華奢な体。

 あの危険極まりなさそうな獣に囲まれ、無傷に近い状態でやり過ごせるとは到底思えない。

 そんな小さな体で戦っているのだ、裏に秘密組織だなんだ。と物騒な話が隠れててもおかしくはない。

 そう思い、適当に誤魔化す。

 

「……俺からすれば、そっちの格好の方が珍しい」

 

 俺が訳知り顔で返すと少女は「そうかな?」と首を傾げ、自分の格好を確かめる。

 肩にかかる程度の金髪を大雑把にくくり、黒いインナーと緑のジャケットにショートパンツ。

 足が見えるのは防御力的にどうなんだ? と思わなくも無いが、年季の入った胸当てや肘当てを見る限り、何か意図があるのだろう。

 

 年は中学生くらいか、正面に立っていても全く威圧感は感じない。

 むしろ、そんな幼さで鎧を纏い剣を振うなんて……いつから日本はそんな国になったんだ。と、恐らく見当違いな事を思うばかり。

 

 そもそもさっきの化け物や獣はなんだったのか。今更になってそんなことが気になってくる。

 

「さっきのあれは?」

 

 やめておけばいいのに、好奇心からかそんな事を口にする。

 もし、何かの研究所から逃げ出した。とか、自分は気づかないうちに異世界に来ていた。とか、であればどうするつもりなのか。

 自分の手に負えないのは間違いない。

 

 もっとも、空から見た感じ。

 ここが住みなれた冬木の街である事は間違いないようだが。

 少女は不思議そうに首を傾げた。

 

「さっきの魔物の事?」

 

「困るよね、毎晩襲われるよ?」と当たり前のように語る少女。

 少し眩暈がした。

 

 魔物といえば、ゲームなどに出てくる力を持った獣の総称である。

 当然現実に現れるようなものじゃない。

 そんなものが毎晩出てくるのであれば、俺はもう挽肉にでもなっているに違いない。

 

 ところどころで出てくるファンタジーの世界はなんなのか。

 一周回って笑えてくる。

 だが、少なくとも少女視点では、現地生物と言う事になるらしい。

 

「そうか……あの化け物は何かわかるか?」

 

「化け物?」

 

 少女は首を傾げる。

 どうしてか、この実力者であろう少女は気づいていなかったらしい。霧の向こうから獲物を狙うあの飢えた獣を……

 正直思い出したくも無い不気味さなんだが、この反応を見るにアレは少女絡みではないのだろう。

 一安心だ。

 

 アレはファンタジーと言うより、妖怪だとかそっち方面の不気味さだったしな。と、訳の分からない事を考え。

 

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 ──話題を切り捨てる。

 恐らくアレはろくな者じゃない。

 もしアレを狙っているなら、止めようと思ったが、この感じだと獣の方もただ襲われたのを退けていただけらしいし。

 この少女も知らない方がいいだろう。

 

「ふーん、了解。ところで君はこれからどうするの?」

 

 これから、と聞いて少し真面目に考える。

 財布の中には1万円札が少々。

 贅沢をしなければ部屋も借りれるだろう。

 

 ……ただし、そのためにはあの化け物がいる大通りまで戻らないといけないが。

 そもそも化け物はあの1体だけなのだろうか? 

 もし、似た様なやつが複数居るとしたら……? 

 もし、ここが姿形の似ているだけの異世界だったら……? 

 

 そこまで考えて俺は考えるのをやめた。

 ……現状はこの少女と居るのが一番安全である。

 

 ○

 

 あれは? と聞かれてつい、魔物の話などしてしまった。

 彼の様な、地元の傭兵が知らないはずも無いのに。恐らく、口下手な彼は化け物とやらの事を聞きたかったに違いない。

 

 実力者の彼でも恐れるほどの存在か……

 思わず思考に潜ってしまう。

 ……やはり、ソレを退治しにいくのだろうか? 

 若干の不安に彼の方を向くと彼は頷き、一つ言葉を発した。

 

「せっかくだ、君の護衛でもしよう」

 

 ──意外な申し出だった。

 思わず、差し出された彼の右手を両手で握りしめてしまう。

 彼の手は鎧を着けている分重く、硬かったが。

 それが余計に何処か不安だったボクに安心感を与えてくれる。

 

「本当!? 助かるよ! 実はボク、ここに来たばっかでわからないことばかりなんだ。地元では2つ名で呼ばれたりするけど、ボクよりすごい人なんて山ほどいて、魔物退治だってやっぱり皆んなのおかげで! …………。

 とにかく! 君みたいな凄腕の傭兵がいれば百人力だね!」

 

 ──言葉が雪崩の様に飛び出していく。

 まだ、彼の素性がわかったわけでもないのに、うかつにも自分語りまでしてしまう。

 転移の罠らしき光に包まれてはや3日、あの魔物に襲われながらも、騙し騙しやって来たのだ。

 正直なところ1人でこの町を調べるのは限界だった。

 

「それじゃ、自己紹介しなくちゃね! ボクはレッド・ロータス。レッドでいいよ!」

 

 ボクは満面の笑みで彼に笑いかける。

 鎧姿の彼は表情が見えないものの、ケガを心配してくれるような優しい性格だ。

 変に気を使って真面目な顔をし続けては困らせてしまうだろう。

 

 それにどんな人なのか気になるのも事実。

 あわよくば警戒を解いて顔を見せてくれないかなぁ……

 なんて少し思う。

 

「……大輝だ。中村大輝」

 

 大輝が力強く言い切る。

 ナカムラ・ダイキ。彼らしい力強い名前だ。

 忘れないように心の中にメモを残し、ボクは「よろしくね!」と返す。

 

 ……しかし、ファミリーネームが先にくるとは珍しい。

 やはりここは地元から相当離れている、

 もしくは国すらも違うに違いない。

 

「あぁ……」と返事を返してくれるダイキは何処か上の空な様子。

 恐らく、これからの事を考えてくれているのだろう。

 その静かに、次の目標に向かっていく姿は傭兵らしく好感が持てるが、目標を獣の殲滅とかにされてはたまらない。とボクは口を開く。

 

「じゃあ、早速なんだけど、この辺で特別な力について詳しいところ知らない? カミカクシとか、転移とか」

 

 こんな事を言ってしまえば、別の場所から来たと言っている様なものだが今更だろう。

 それに実際、別の場所から来たのだ。

 このニホンと言う場所。不思議な事に言葉は通じているが、文字も文化も違い、そもそも隣接する国がない島国らしい。

 当然ボクは船に乗った覚えも無ければ。ニホンと言う国に聞き覚えもない。

 キカイってものもよくわからないし。

 とにかくわからないことだらけだ。

 

「山に寺がある。神隠しはわからないが、ヒントにはなるだろう」

 

 寺……って言うのは地元でも聞いたことがある。

 確か神様を祀る神殿の一種だったはずだ。

 そう言う場所であれば、魔力など不思議な力もたまりやすいと聞く。彼の言う通り、何か手がかりがあるに違いない。

 

「お寺かぁ……うん、そこに行ってみよう」

 

 目的地を決めたボクらは歩き出す。

 まずは桐生寺、この町随一の心霊スポットと名高い山奥の寺だ。




第二話、いかがだったでしょうか。
今回は、主人公パーティの自己紹介になります。
そしてオマージュ要素は物語の舞台、冬木。
と、言っても全てが同じではありません。
水辺には公園があったり、中央には巨大な図書館があったりと相違点がたくさんあります。
聖杯戦争の地、冬木に類似した土地。これがどんな意味を持つのか…
是非考察してみてくださいね。
それでは、次話をお楽しみに!


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第三話 桐生寺

第三話になります。よろしくお願いします。


 ●

 

 月が西の空へと傾き始め、月明かりがうっすら夜道を照らす頃。

 町を抜け、立派な惣門をくぐり、緩やかな坂道を登る事、約20分。

 二人は山の上にある桐生寺へとたどり着いていた。

 

 桐生寺は入り口に巨大なイチョウの御神木が待ち構え、

 至るところに紫陽花が咲く、自然豊かな寺だ。

 本殿へは一直線に道が繋がっており、手水舎や絵馬掛所を右に。

 石畳をまっすぐ進むと、大きな常香炉を手前に置く本殿が見えてくる。

 

「おー! ここが桐生寺かぁ、スゴイね!」

 

「あぁ」と返事するのが精一杯の俺とは対照的に、レッドは楽しそうに寺を見渡し、イチョウの巨木を見上げるなりウズウズした様子だ。

 ……やはりありがちなファンタジー世界には、東洋風の建築物は少ないのだろうか。

 

「登っていい?」

「ダメだ」

 

 違った。意外と年相応なところもあるらしい。

「えーケチー」と言って拗ねるレッドに、それより何か調べるんじゃ無いのかと声をかける。

 予想できた事だが、この少女は常識がない。

 服装もあいまって、まるで物語の中からやってきたかのように思える。

 ここで何か発見があり、元の場所に帰せるといいが…。

 

 ため息をしながら、珍しく真面目な事を考えていると、石畳の上をコツコツ鳴らす足音が一つ。

 当然、騒がしく御神木を見上げる2人のものではなく。

 本殿の奥の方から眼鏡をかけた知的そうな男が歩いてくる。

 

「こんばんは、こんな夜更けに参拝ですか?」

 

「ご立派ですね」と特徴的な糸目をさらに細め、微笑む男性はスーツ姿。

 こんな時間に出歩いているとは思わないが、まさに役場か何かの公務員といった風貌であった。

 対する全身鎧の不審者が思わずと言った様子で問いかける。

 

「失礼、あなたは? ……ご住職では、ないですよね?」

 

「えぇ、まぁこう言う者です」

 

 そう言うと男性は胸ポケットから名刺を取り出し、渡してきた。

『冬木大図書館、館長:南郷 大地』

 ……冬木大図書館と言えば、襲われるまでいた川辺公園からも見えるかなり大規模な図書館だ。

 あの辺りの都市整備のシンボルの一つにして歴史保護の観点からも重要視されている観光スポットだと記憶している。

 そこの館長。つまりめっちゃお偉いさんだ。

 

「実は館長と同時に、町の重要遺産管理人もやっていましてね。数年間住職のいないここも、私の保護対象になっているのですよ」

 

 そう言うものなのだろうか? 

 よくわからないがとりあえず納得する。

 あいにくこちらは、日銭を稼ぐのもやっとなフリーターだ、少女の期待する実力も、広い情報網もお持ちではない。

 とは言え、管理人と言うからには挨拶は必須だろう。

 相変わらずの鎧姿ではあるが、背筋を正し口を開く。

 

「これは、ご丁寧に。参拝は可能ですか?」

 

 フリーターとは言え社会人。これくらいは可能だ。と誰に向けるでもない虚勢を張る俺を尻目に。

 南郷さんは眼鏡の位置を正すと、若干の思考の後に答えを返してきた。

 

「大丈夫ですよ。ただ夜の山は熊が出るといいます。参拝後は速やかにお帰りになってください」

 

 好感の持てる返しだ、全身鎧とか言う、ザ・不審者を心配する言葉。

 真のエリートと言うものは差別的な視点を持たない聖人の事らしい。

 俺は満足げに頷いた。

 

 ○

 

 数巡の会話の後、「では、私はこれで」と言って男は去っていった。

 先程の会話を思い出す。

 ──相手の立場を利用した巧みな情報収集。

 話術は得意でないだろうと思っていた彼が見せてくれた技術に、本当にたくましい味方を得たと再認識する。

 

 夜の山は危険か……つまり、何かあるなら山の中なのだろう。

 

「山は危険らしいがどうする?」

 

 引き返すか? と言う言葉を付け足す彼の表情は相変わらず見えないが、何を言いたいのかはよくわかる。

 ……つまり、自分は雇われだから、一応確認はする。

 と言うだけの話だ。

 彼の中では、既に森に行くことが決定してるに違いない。

 ボクはいたずらっぽい笑みを返す。

 

「もちろん!」

 

 一直線で寺の奥へと向かう。

 明らかに怪しそうな男が来た方向だ。

 この先にも何かあるのだろう。

 

 森の調査も視野に入れ。

 何故か整備されている湧水で水袋を満たしたボクは。

 まっすぐに本殿へと入っていった。

 

 ●

 

 こ れ は ひ ど い

 

 RPGの勇者ばりに躊躇なく。

 霊験あらたかな水を、懐に入れる少女を見て心の中で思わず呟く。

 

 まぁ、文化の差と言うだけなのだろうが。

 その内カミナリでも落ちないかヒヤヒヤする。

 

 それに。実際何かあるなら、居住スペースだろう。

 迷いなく仏殿の方に向かう少女に声をかけ、適当な理由をつけながら離れにある建物の方へ向かう。

 

 ……そもそも南郷さんが管理しているとの事だから、重要な書物は全部図書館にあるんじゃないだろうか。

 と、途中でそんな事に気づきつつ、見て回ること数時間。

 

 月は傾き、そろそろ太陽と入れ替わるだろう時間。

 流石に徹夜はこたえたのか眠くなりつつある脳にムチを打ち、少女に声をかける。

 

「何も、無いな。……どうする?」

 

「うん、予定通り森にいこう!」

 

 眠そうな俺とは対照的に。元気そうな少女は、どこで拾ったのかもわからない、年季の入った小刀を片手にそう答える。

 

 ……いや、ホントにどこで拾って来たのソレ、なんか凄い禍々しいんだけど! 

 

 小刀はまるで瘴気に包まれているかのごとく、紫色の煙が絶えずその頭身を包み隠していた。

 白木の柄と鞘がセットになっていて鍔は無く、どちらかと言うとヤクザとかが持っていそうな刀だ。

 

 そんな明らかな危険物を、気にもせず太刀と一緒に腰に括り付ける少女。

 思わず戦慄しながら問いかける。

 

「そ、それは?」

 

 少女は自慢でもする様に笑うと再び刀を取り出し、こちらに見せびらかしてくる。こわい。

 

「いいでしょー! あそこの上にあったんだ〜」

 

 少女が指差す先には、壁の高い位置に固定された一枚棚。

 その上には神社か何かを模した模型に、榊の葉が飾られていた。

 

 ーー神棚である。

 

 まごう事なき神棚である。

 何故寺に? と思わなくもないが、古来より家内安全を願い設置する神具である。

 そんな所にあった刀が普通なはずあるだろうか……いや、ない! (反語)

 

「……。いい刀だな」

 

 とりあえず褒める事にした。

 明らかに禍々しく、聖剣というより、魔剣というような風貌だが。

 触らぬ神に祟りなし。悪印象より、好印象だ。と思い込む。

 

「だよね! だよね!」と嬉しそうに刃をなぞる少女にヒヤヒヤしながら、早足に外へ向かう。

 ……これ以上ここに居ると、いつ仏さまを怒らせるともわからん。

 別に俺は信心深い仏教徒と言うわけでは無いが、居るかいないかなら、居た方がおもしろいと思う程度には日本人らしい宗教観をしてるので、余計な祟りには会いたくないのである。

 

 

 そうして、南郷さんのせっかくの忠告を忘れた俺は、小走り敷地を抜け、一度振り返り、少女がついて来ている事を確認すると。

 そのまま森に向かって行くのだった。




第三話、いかがだったでしょうか。
少しずつ、キャラクター毎のギャップを表現できてると…いいなぁ
小説自体は加筆修正して改善していくつもりですが、
ご意見等・訂正等ありましたら。よろしくお願いします。

それでは次回もお楽しみに!


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第四話 森の中で

ここまで、読んでくださったあなたに感謝を。
コメント・評価もありがとうございました。

それでは第四話になります。
よろしくお願いします。


 ○

 

 月の灯りに木々が照らされ、じんわりと闇色の広がる夜の寺。

 そんな中でも調査が終わるなり、早足に森へ向かった彼。

 その姿を見て、ボクは気を引き締める。

 

 ……魔力調査はボクに任せて、すぐさま周囲の警戒に向かった彼の事だ。

 このタイミングで急ぐ以上、何かの接近して来たに違いない。

 もしくは既に気づいていたが、あえて待っていてくれたのか…

 なんにせよ、彼は広くスペースもある寺ではなく、森の中を選んだ。

 戦闘の余波で建物が壊れるのを嫌ったのだろう。

 ──つまり、相当な実力者が相手だ。

 

「やっぱり」

 

 森へ入るとその事を証明するかの様に、あちこちに残る戦闘痕。

 ところどころ木は切り倒され。

 ここに居るのは熊などでは無い事が容易に考えられる。

 さらには数刻前に見た魔物の死骸。

 10や20では足りないソレが、乱雑に転がっている。

 

「速い」

 

 彼はソレらに目もくれず、グングンと森の中へと進んでいく。

 鎧姿で走りづらいはずの山中を、驚異的な体幹操作でむしろ利用しながら駆けているらしい。

 それは自分を救ってくれた『英雄』の背中と重なり。

 彼に羨望の眼差しを向けてしまう。

 

 そうして走り出す事数分。

 木々は一時的に途切れ、月明かりが辺りを照らす。

 ただ広い空間へとボクらはたどり着いた。

 ゆっくりと振り替えった彼は、言葉少なく声をかけてくる。

 

「レッド、刀を捨てろ」

 

「うん」

 

 その言葉に従い、太刀を地面に置く。

 武器を捨てる、つまりは対話の姿勢だ。

 ここまで待ってくれたからには、

 相手も応じてくれると判断したのだろう。

 

 ──カランと鞘が地を打つ音。

 ボクの太刀が地面に落ちると同時に、

 木々の間から故服を身に纏った、無精髭の男が薙刀を片手に現れる。

 

「ヒュー、やるねぇ。あの距離で俺の隠密を見破っただけで無く、槍の振りづらい森へ誘い込むと来たもんだ。あんた、ただモンじゃないな」

 

 ヘラヘラとした口調とは対照的な油断ない純粋な闘気。

 薙刀の鋒は低く下げられ、真剣な瞳が彼の一挙一動に注目している。

 

 対する鎧姿の彼は、構わず正面から相手を見つめる。

 ── 一見隙だらけな様に見える自然体。

 だが、ボクはあの鎧が音を置き去りにする事を知っている。

 あの油断を誘う姿勢こそが、必殺の構えなのだ。

 

 ピリピリと張り詰めた空気の中。彼の右手が動く。

 男が迎え撃つために腰に力を入れ……

 

「中村大輝だ」

 

 彼の発した言葉に、思わず力を抜く。

 男は苦虫を噛み潰した様な顔で構えを解き、胡乱げに睨みつけた。

 

「戦う前に名乗りを上げる……ってタイプでもねぇか。その様子じゃ……」

 

 彼は片手を差し出したまま、男の名乗りを待っている。

 ボクに武装を下ろさせた通り、本当に戦うつもりはないのだろう。

 

 男はガシガシと頭を掻くと、深くため息を一つ。

 彼の片手に、手を叩きつけ名乗りを上げた。

 

「はぁ……馬岱だ! そう名乗ってる」

 

 馬岱の名乗りに満足げに深く頷いた彼は、良き友を迎え入れる様に改めてその手を握り返した。

 

 ●

 

 手のひらに走る痛みに目が覚める。

 目の前にはむさ苦しい男の顔。

 半分意識が飛んでいたが、どうやら握手を求めているらしい。

 よくわからんが握り返す。

 

 ……失礼だが半分くらい寝てて覚えてない。

 確か根っこやらに躓きつつも急いで寺を離れて。

 レッドにあの禍々しい刀を捨てておけ、と言ったことは覚えているのだが……。

 

「よろしくね! 馬岱さん!」

 

「あぁ、嬢ちゃんもよろしくな」

 

 ──視界の端で会話する2人が見える。

 俺がくだらない事を考えている間にも、レッドは馬岱と言う男に話しを聞いていくつもりらしい。

 

「……座って話そう」

 

 これ幸いにと俺は2人を近くの岩場に誘導し、自分も大きめの岩にドカッと座る。

 公園のベンチには負けるがなかなかの座り心地だ。

 ……この分なら眠るにはちょうどいいだろう。

 眠気に負けそんな事を考えた俺は、そのまま目を瞑った。

 

 ○

 

 馬岱さんから話を聞く。

 過去に行われた、英雄が行う儀式決闘。

 そして万能の願望機。

 

 全く聞き覚えのない話だ。

 さらには町全体が霧に覆われ、町からも出れないと言う。

 正直信じられない。眉唾物な話だ。

 

「大輝、ほんとなの?」

 

 彼はボクの問いに間髪入れず頷く。

 それなら先に伝えておいて欲しかったのだが……まぁ、ボクを帰すだけなら教える理由もないか。

 

 一度整理しよう。

 突然ここに呼ばれたボク。

 獣とのキメラじみた魔物。

 町を覆う霧。

 そして儀式決闘。

 

 一番怪しいのは『英雄』が行うというその儀式だ。

 過去に行われたと言うソレ。

 その性質はボクがここへ来た理由になりうる。

 

「もしかして、儀式は終わってないんじゃないの?」

 

 その考察を馬岱さんに話すと、彼は大きく頷く。

 

 「まず、間違いねぇな」

 

 「やっぱり…」

 

 儀式がどの様なものか、詳しくは知らない。

 しかし、『英雄』が関係する以上、ボクに関係してくる。

 もといた場所で、英雄と呼ばれてしまったボクに。

 

「実は儀式に勝利したのが狂戦士でな、

 ……理性もない化け物同然だったから封印されたんだ」

 

 封印、か。恐らくそれが儀式を狂わせたんだろう。

 そして願望機と呼ばれる、神秘の結晶。

 空間を歪ませるくらい造作もない。

 思考を続けるボクを他所に、彼は続けて言う。

 

「それに、霧の見当もついてる。恐らくソイツの能力だ」

 

「それって?」

 

 思わず彼に問いかける。

 能力とまで言うほどだ、よほど特異な力。

 所謂、神の祝福の事だろう。

 

「異界化だ。それもかなり広範囲の」

 

 異界化、主に高位の悪魔が使うソレ。

 なるほど、人には過ぎた力だ。

 狂ってしまうのも無理はない。

 

「それが発動してるってことは……」

 

 馬岱さんが頷き、絞り出したかの様に声色を深め、告げる。

 

「封印が解けちまったんだ」

 

 解けてしまったと語る彼は、拳を握っていた。

 何者かに向けて高まる怒気。

 おそらく、いや、ほぼ確実に。

 ソレを行った者が居るのだろう。

 

 首を振って表情を戻した彼は立ち上がる。

 そして、真っ直ぐにボクらへ向かって頭を下げてきた。

 

「恥を偲んでアンタらに頼みたい。アイツを、ルードを倒すのを手伝ってくれないか!」

 

 熱い言葉だった。

 憎むべき敵を撃つのではなく、共に戦った友を救うのだと。

 言外に意思が伝わってくる。

 そして、それは。

 ボクはもちろん。彼の心も動かしたに違いない。

 

「うん!」「もちろんだ!」

 

 こうしてボクらの次の目標が決まった。

 次に目指すのは馬岱さんの友が待つ、廃教会。

 あの大通りを抜けたその先だ! 

 

 ●

 

 夢の中でネズミの国に行き、土産がいるか聞かれて「もちろんだ!」と、答え目が覚める。

 惜しい事をしたと、軽く後悔をしながら二人の会話に混ざったら……。

 ──次の目標があの化け物になっていた件について。

 

 なんでさ!? 

 どうしてそうなった!? 

 そりゃ寝てたのは俺が悪いけど。マジでアレと戦うの!? 

 多分あれドラゴンか何かだよ!? 俺ら、炎の紋章とか持ってないよ!!? 

 

「……勝算はあるのか?」

 

 発案者であろう男に目を向ける。

 薙刀に中国のものであろう民族服。

 佇まいは武人と言った感じであり。実力者である事は理解できる。

 この男が無理なら絶対無理だろう。

 俺の言葉に男は一つ頷くと懐から1丁のボウガンを取り出す。

 

「これは?」

 

「祈りの弓だ、不浄を祓い、自然に返す。そう言った力を持つらしい」

 

 断言してくれ、頼むから……。

 そう思うも仕方なく、仮にその通りの力を持つと仮定して考える。

 遠距離からの光属性攻撃かぁ……まぁ、なんとかなるんじゃね? 

 後は誰がその間敵を引きつけるかだが……。

 レッドを見る、少女は力強く頷いてくれる。

 

「任せて! 弓の扱いなら、ある程度心得があるよ」

 

 そっちかぁ……

 まぁ、少女を死地に追いやらないで済んだと喜ぼう。

 となれば……。

 俺はバイザーで見えない事も忘れて、いい笑顔で馬岱の方を向く。

 

「わかってる、共に戦おう」

 

 爽やかな顔で道連れ宣言をされてしまった。

 当然である。

 少女を働かせて、大人が働かない道理はない。

 仕方なしに一つ頷くと2人を連れ森を抜ける。

 

 朝になりルードが町で暴れては事だ。

 そう言う男の言葉に背を押され。

 2人を抱えた俺はそのまま空へと舞い上がった。




第四話、いかがだったでしょうか。
儀式決闘…いったい何杯戦争なんだ…
そして馬岱と言う男。
彼が身に纏うのは、胡服。
中国、戦国時代の騎兵服だそうです。
是非イメージ補完していってくださいね。

では次話をまた、お楽しみに!


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第五話 濃霧の気配

第五話になります。

今回は少しシリアス路線が入ります。
皆さまを置いて行かないよう、加筆修正を行なっておりますので、読み返すと描写が増えていたりする事もあります。
拙い文章ですが、今後とも本作をよろしくお願いします。

それではどうぞ!

※主人公とヒロインの温度差は勘違い小説の華。


 ○

 

 大輝が手を合わせ祈っている……。

 目の前の獣に。

 そして荒れてしまった自然に対して。

 

 ──それは神聖な光景だった。

 明けの日差しが、彼の白銀の装甲が。

 その全てが光り輝き、彼の姿を照らし出す。

 それはまるで、彼の美しい心を表す様で……

 

「行こう、廃教会へ!」

 

 振り向く彼の芯のある声。

 

「応!」「うん!」

 

 思わず出遅れる。

 だってあまりにもカッコよかったから。

 これはきっと憧れだ、この胸の高鳴りは。

 みんながボクに重ね見た『英雄』。

 それは彼の様な人を言うのだろう。

 

 ボクは僅かに揺れた魔力を手足に乗せて、彼の隣へと駆けていった。

 

 ●

 

 時は少し遡る。

 

 寺を出発し、飛行を続けること約30分。

 俺たち3人は昨晩、獣に襲われた川辺公園に戻ってきていた。

 辺りは陽の光にうっすらと照らされ、いつも以上に閑散とした風景をさらしている。

 

 俺はその光景を見て、呆然と立ち尽くした。

 

 川や公園を彩る木々は倒れ。あたりに木片が散らばっている。

 道の上には、犬の様な生き物の死骸。

 押し潰されたかの様なそれが、草花を赤く染めている。

 

 そして辺りに散らばる金属片。

 ──俺の唯一と言っていい財産。原チャリである。

 

「なんてことを!!」

 

 俺の怒りに、レッドと馬岱が同意する様に頷いている。

 

 ……同意してくれるか! 

 日銭を稼ぐのがやっとの俺が、苦労して買った相棒。

 それがこんな無残な姿になっている。その悲しみに! 

 

 手を合わせ、かつての相棒に黙祷した俺は振り返り、力強く二人に言う。

 

「行こう、廃教会へ!」

 

「応!」「うん!」

 

 俺たちの敵は廃教会にあり! 

 

 

 

 コンクリートが剥がれ、歩きにくい大通りを進むと、うっすらと霧に囲まれた教会が見えて来る。

 

 錆びついた金属門に崩れたレンガ壁。

 敷地内には洋風の墓石が無数に広がり、まるで人の出入りを拒んでいる様だ。

 その奥に見える教会は半壊し、それがより一層不気味な雰囲気を醸し出している。

 

「霧が少ねぇ……」

 

 隣で薙刀を肩に乗せながら、大股に歩く馬岱が呟く。

 

 既に視界は狭く。足元も見えない。

 それでも彼にとっては足りないらしい、

 ……アサシンかお前は。

 半ば呆れながら俺は口を開く。

 

「なら、濃い方へ向かえばいい」

 

 その言葉に何やらハッとした2人は頷くと、その場で構える。

 

「なるほど」「そりゃわかりやすい!」

 

 ニヤリと笑う二人。

 同時に凄まじい衝撃波。

 あまりの衝撃に俺の背後にあった瓦礫が、ガラガラと崩れ落ちる。

 交差する太刀と薙刀。鋭い刃と刃がお互いの得物を映しあっていた。

 

 そう、二人はお互いの武器を目にも止まらぬ速さでぶつけ合ったのである。

 

 ……えぇ? 何ソレこわい。

 

 ○

 

「「ハァッ!!」」

 

 大輝のアイディアを受けた僕たちは。

 時々霧を晴らしながら、常に霧が濃い方へ進んでいく。

 なるほどいい案だ。

 

 発案者であり索敵能力のある大輝が敵の警戒をし、ボクと馬岱さんで敵を誘い出す。

 先程から出てくる魔物程度であれば、霧が晴れる分むしろ戦いやすくなり。

 ターゲットが来るのであれば霧の濃さで明白。

 

「嬢ちゃんまだまだいけるな?」

 

 心配なのは体力だが、さっきの話し合いで軽食も済ませた。

 十分に休むことの無かった、あの頃と比べれば何ら問題はない。

 こんなのは食後の運動にすぎないのだ。

 

「よゆーだよ!」

 

 また、ボクも馬岱さんも、武器の心配はしていない。

 それはお互いの技量を並では無いと理解している上。ボクらレベルであれば、自然と武器に魔力が回るからだ。

 魔力を纏わせる事で、武器はミスリルすらも断ち切り、炎をも跳ね返す武具へと変わるだろう。

 

「へッ、そりゃいい!」

 

 馬岱さんの豪快な薙ぎ払いに続いて、油断なく魔物を切り捨てる。

 所々で出てくる、鎌をその身に宿した獣。

 ボクを連日襲ってきた、あの魔物だ。

 ここに居ると言う事は、狂戦士と未関係ではなかったらしい。

 そんな事を考え、敵を切り捨てる事数分。

 共同墓地を抜けようかという頃に、突然彼が足を止め、背後に振り返る。

 

「戻るぞ」

 

 一体どうしたのか、そう問いかけようとしたボクを遮り馬岱さんが言う。

 

「足音だ、ソレも多数。獣じゃねぇ」

 

 足音、気づかなかった。

 ボクの探知は魔力に由来する。そのため、先ほどの霊地や、この魔力霧の中じゃまるで役に立たない。

 そう言った点を考えても彼らが先に気づくのは当然だった。

 

「敵だね!」

 

 ボクは油断なく二刀を構え、馬岱さんもその矛先を背後に向ける。

 

 そうして構えるボクらの前に、霧の中からゆらりと人影が現れる。

 それは一見、人だった。ボサボサの頭とヨレヨレのシャツだけ見れば、何もおかしな事はない。

 

 しかし、表情が違った。

 だらしなく半開きになった顔。

 ギョロギョロとこちらを見るその瞳。

 理性はカケラも感じられず、ただひたすらに獣のような凶暴さを兼ね備えたそれは……。

 

「ゾンビだと……ツ!?」

 

 彼の怒りに震えた声。

 それはそうだろう、彼にとってそれは。

 あってはならない者。

 許すわけにはいかない生命の冒涜。

 ボクの世界では『グール』とも呼ばれるそれが、僕らを囲む様にこの濃霧を切って現れた。

 

 ●

 

 恐怖のあまり動けない俺の体を、奴らの剛腕が薙ぎ払うように打ちつけた。

 人の限界を超えた力を受けた俺は、近くの墓石にその背を打ちつけ、座り込む。

 

「ぐ……はぁ……」

 

 苦しい、息ができない。肺から押し出された空気に意識が朦朧とする。

 そしてゾンビは……

 

「大輝!」

 

 首を切り落とされ、血を撒き散らしながら、そのまま後ろに倒れる。

 絶え間無く動く金の軌跡が、次々と目の前の存在達を刈り取っていく。

 

「大輝! ボサっとすんな! 撤退だ!」

 

 馬岱の声が響く。

 彼の槍はあたりの霧ごと、ゾンビを吹き飛ばす。

 それだけで四面楚歌は崩れ、退路ができる。

 

 情けない俺は、ただぐるぐると思考する。

 何かしなくては……

 でも奴らはアレだけいる……

 何で、どうして。

 訳の分からない恐怖が、俺の胸を締め付ける。

 

 今日の事を思い出す。

 

 ──ヘッドライト一つ見えない夜更けだった。

 ──閑散とした、声ひとつ聞こえない朝焼けだった。

 ──ひと1人騒ぎ立ててはいなかった。あんなに荒れた道路だったのに。

 

 吐き気がする。

 でも、昼を最後に何も食べていない喉からは何も出なくて……

 考えるのが、苦しくなった俺は。

 そのまま意識を失った。

 




第五話いかがだったでしょうか。

墓地と言えばゾンビ、王道ですね!
そして、勘違い要員にシリアスをぶち込む暴挙。
しかし、ご安心を。
何とか紡いで見せましょう。この物語。

それでは次話をお楽しみに!


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第六話 揺らぐ心

お待たせしました。第六話になります。
感想、評価。とても励みになっております。
今後とも細々書いていきますので、よろしくお願いします。

今話は墓地から脱出し、とある屋敷で身を休めているところからです。
それでは、どうぞ。


 ○

 

 太陽が辺りを照らし、南の空へ登り始めるころ。

 住む者もいない武家屋敷に、三人はその身を寄せていた。

 

 所々に傷が目立つ畳の上で、ボクはその瞳に魔力を通し、眠る大輝の診断を行う。

 負傷も無ければ、呪いもかかっていない。

 いたって正常な健康体だ。

 それでも目覚めないのは……心の問題だろう。

 

「……大輝の様子は?」

 

 襖に背を預け、タバコの煙を吐き出しながら、馬岱さんが口を開く。

 

 ボクはそれには答えず、目の前に眠る彼を見る。

 若い、男だった。

 目つきが悪く、色白で堀の深い顔。

 髪は肩にかからない程度で、Tシャツにジャケットを羽織った、大学生くらいの男。

 

 体には薄く残る切り傷や、胴を横断する古傷があり、なるほど。戦う者の身体であるのは間違いない。

 

 しかしそれ以上に注目すべきは、魔力量。

 全身を静かに循環するそれは、人の身に流れるには過剰にすぎる。

 この分では、彼に軽い不死性すら与えているに違いない。

 

「身体は問題ない。でも、これは」

 

「人の身に余る……ってんだろ?」

 

 その言葉に頷き、改めて魔力を込めた瞳で、今度は馬岱さんを見る。

 大輝と同じ膨大な魔力。

 四肢へに轟々と流れ込む黄金のソレは、まるで地脈を直視しているようで……。

 

「思い出したぜ、そいつも俺と同じ『英雄』だ。それも、ガキ庇って一緒にくたばっちまうタイプのな」

 

 苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた彼は、天を仰ぐと吐き捨てるように言った。

 

「それで、ほかに質問は?」

 

 正直ボクも頭の整理はできていない。それでも、大輝がこんな状態な以上。少しでも情報は手に入れなくてはならない。

 

「あの、グールは?」

 

 馬岱さんは、苛立ちを隠さず吐き捨てる様に言った。

 

「わからねぇ、『死神』か『冥府の火』か、それ以外か……」

 

 その言葉に間髪入れず問いかける。

 

「死神って?」

 

「……英雄だ」

 

 少し考えるように答えた彼に、違和感を感じつつ質問を続ける。

 

「冥府の火って?」

 

「……何かの組織だ」

 

 ハッキリ答えない彼の様子に疑問を持つ。しかし、聞かねばならない。大事な事だ。

 

「……死神の能力は?」

 

「……」

 

 不自然に会話が途切れる。英雄の怒気を肌で感じる。

 自然でいて、荒々しい魔力が彼を中心に吹き荒れているのを感じる。

 軽く混乱する。一体どうしたのか、彼は何を考えているのか。

 そして彼は敵なのか、味方なのか。

 

 思わず拳を握り、馬岱さんの襟を掴む。

 ──彼と会ったのは危険と言われた森だった。

 ──彼に連れられて行った場所で敵に襲われた。

 ──彼は、『英雄』で、大輝もまた『英雄』だ。

 勘違いかもしれない、でも、それでも。ハッキリさせないといけない。

 

「答えて!!」

 

 馬岱さんが拳を握る。その手から血がこぼれるのも構わずに。ただ、怒りを込めてその腕を振り上げる。

 

「……わからねぇ。……わからねぇんだよ。俺じゃ!」

 

 

 

「馬岱!」

 

 声がした、ボク達の後ろから。

 低く、それでいて誰かを愛せる声が。

 

 馬岱さんの手が止まる。

 その手を握るのは、灰色のリストバンドをした青年の手。

 

「血が、出ている。落ち着け」

 

 鋭い目を心配そうに光らせた、彼が傷ついた英雄の腕を止めていた。

 

 ●

 

 セ──────フ! 

 

 いや、危ない所だった。

 情けなく気絶した俺なんかのために、二人が喧嘩するのなんて見てられないし。俺も無事では済まないだろう。

 

 そもそも、あの時は寝不足からか、空腹からか最悪の方向に思考を進めたが……

 ……魔物がいるんだ。アンデットだって居てもおかしくない! 

 そもそもあそこは墓地、むしろ動死体は通常モブだろ! 

 ──そう思い込んだ。

 

 あー本当に情けない。

 それより今は2人を止めるのだ。

 もしコイツらが居なくなったら、ゾンビがいる疑惑の町が、不思議パワーマシマシの霧とやらで脱出できないままになってしまう! 

 そうなるまえに先ずは……

 

「大輝!!」

 

 レッドが俺の胸に飛び込んでくる。

 

「悪りぃ……取り乱した」

 

 馬岱がバツが悪そうに顔を背ける。

 

 なんとも言えない雰囲気だがもう二人は争う気は無いらしい。

 抱きついてきた少女を撫でながら、俺は一つ思う。

 あっさりしすぎじゃない?? 

 

 ○

 

 心配そうな大輝に、先ずは体を休めてといい含め。

 ボクは、武家屋敷の道場とも言うべき場所へ向かう。

 正直大輝の事が心配ではある。

 が、ボクらの『英雄』はあの程度もう乗り越えたらしい。

 それよりも一つ、確かめる事がある。

 

「来たかよ……」

 

 ボクが足を踏み入れるなり、座禅をしていた馬岱さんが声をかけてくる。

 ボクはそれを聞き流すと、彼にただ長いだけの木の棒を投げ渡す。

 

「構えて」

 

「ヘッ」と悪態をついた彼は木の棒を拾う。

 真剣な眼差しで。その頼りない槍を構える。

 ──違和感があった。

 彼と共に歩き、そして探索したあの時……

 

「いくよ!」

 

「ハァッ!」

 

 真っ直ぐに。

 そう。真っ直ぐすぎる一撃が、ボクの心臓に迫る。

 ボクは一刀目を槍の軌道へ滑り込ませ、その勢いに逆らわず身体を回転。

 続く二刀目で彼の首を狙う。

 

「チッ……!」

 

 しゃがむと同時に槍を手放した彼は、低姿勢のまま斜め前に駆ける。

 大きく踏み込んだかと思うと、空中に浮いた槍を掴み無理矢理反転。

 薙ぎ払う様にその槍を凪いだ。

 

「甘い……よッ!」

 

 ボクは、それを木刀で受け止め、槍を蹴るように後ろへ跳躍。

 構え直し、重心を下へ。

 地を滑るようにして、彼の周りを駆ける。

 馬岱さんはめんどくさそうに頭を掻くと、大股での踏み込み。

 ボクの走る軌跡に槍を薙ぎ払う。

 

「……オラァ!!」

 

「!!」

 

 ボクは目の前に振るわれた槍に、勢いを乗せ木刀を叩きつける。

 軌道を逸らし、上に跳ぼうとして、あまりの衝撃に腕が痺れる。

 ボクは静かにその手を離した。

 

「カラン」と言う乾いた音が二つ。

「チッ」っと不機嫌そうな声が一つ。

 それを聞き、ボクは苦笑いと賞賛で返す。

 

「上手い。 力もある。 技術もある。 咄嗟の判断は並の人間以上だろうね」

 

「そうかよ……」

 

 不機嫌そうな彼は続きがあるんだろとばかりにこちらを見る。

 

「でも、荒い。そして真っ直ぐすぎる」

 

 ボクが断言すると少し辛そうな顔で彼は返してきた。

 

「わかってた事だ」

 

 その言葉にボクは確信する。

 

「その技。そして力。君のものじゃ無いんだね」

 

「あぁ」と彼が返す。やはり、と思った。

 ──初めて会った時、彼は『名乗っている』と語った。

 ──共に歩く時、時々明確な隙があった。

 ──共に霧を晴らした時、力任せに槍を振るっていた。

 

 その小さな違和感は『英雄』と言い張るにはあまりにも大きかった。

 彼が扱うのは槍だ。

 それも先端に刀のついた。

 槍とは繊細だ、立ち回り次第で間合いを失ってしまう。

 刀とは繊細だ、一つ間違いで簡単に割れてしまう。

 そのどちらもが、彼の豪胆な性格に噛み合わず。明らかな矛盾を生んでいた。

 

 そう、彼は。『英雄』では無いのだ。




第六話 いかがだったでしょうか。
著者は戦闘描写が難しかったです。
ただ、それなりに盛り上がる話しになったかなと思います。

今話は馬岱さんについて、情報が出てきましたね。
主人公達より先に、周辺情報が深掘りされる仲間…
実はこれがこの小説のスタンダードになります。
是非とも設定を予想しながら、物語を読んでいただければ幸いです。

それでは、また次話をお楽しみに!


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第七話 海を眺めて

お待たせしました。
第七話になります。よろしくお願いします。


 ────────────────────────────────

 

 湖が荒れている。

 

 黄金に輝く魔力の奔流。視界を染めるほどの輝きと魔力のうねり。それが極限まで圧縮され、対峙するナニカに向けて放たれる。

 

 海を照らす巨大な砲撃は、桜色の奔流を思い出させる。

 場違いにもソレを見る俺の視界を、舞い上がった塵煙が隠した。

 

 ──バイザーが視界をクリアにする。

 遠くに映る闇色の真円。

 見覚えのある複雑怪奇な魔法陣に、思わず口を開く。

 

「フォーカス・ブースト!」

『──―Ready, 〝Focus Boost〟!!』

 

 途端、全身を打つ巨大な圧力。常日頃なら気絶して終わるソレを気合いで耐える。

 視界は流れ。立ち尽くす騎士を通り越す。

 痛みに喘ぐ口を無理矢理開き、言葉を紡ぐ。

 

「■■■■■・ブーストッ‼︎」

 

 大気の歪む、音が聞こえた。

 

 ────────────────────────────────

 

 ●

 

 

 変な夢を見て目を覚ます。

 夢の内容は覚えていないが、何となく目が覚めたので背筋を伸ばし、灰色リストバンドを腕に巻く。

 

「……よし」

 

 二人が置いてってくれたらしいサンドイッチを頬張り、武家屋敷の玄関へ。伸び切った雑草を踏み締めると、そのまま住宅街とは逆へ歩き出す。

 

 この冬木には川辺公園の他に、海にも公園がある。

 蛍が舞う静かな川辺公園とは対照的に、爽やかな風が吹き、アビが小魚を頬張る。そんな生命を感じられる癒しスポットだ。

 

「やっぱり、人はいないか……」

 

 人気のない道を歩く。

 よく育った木々、適度に置かれたベンチ。

 その見慣れた光景は、俺の心に少しばかりの不安を与える。

 

 海の見える道を進む。人の気配のしない海と、公園。

 隣人が居ないだけで、こうも変わるのかと驚き、目を伏せる。

 

 ……楽観視してたが、もしかしたらこの街は。

 

 公園の中央に着く。

 相変わらず足音一つないその様子に、心が痛む。

 自分は今どんな顔をしているだろうか……

 そう思い、鏡代わりになりそうな噴水へと体を向ける。

 そして視線を上げ……

 

 ──噴水の端に腰掛け、静かに海を見つめる幼女を見つけた。

 赤いリボンを結んだ黒髪に、赤いワンピース。

 小学生くらいの少女が、悩ましげに海を眺めている。

 

 まさかの第一村人発見である。

 俺は急かす心を落ち着かせ、少女を怖がらせない様に穏やかに声をかける。

 

「やあ、海でも見てるのか?」

 

 振り向く少女、目尻に浮かぶ涙。

 やっぱり目つきが悪いって損だなと、後悔に浸る俺。

 次の瞬間、少女が口を開く。

 

「大樹さん! おじさんを助けて!!」

 

 流れる涙、そして少女の両手は。

 俺の手を掴もうとして……。通り抜けた。

 

 ○

 

 馬岱さんと和解し、そのまま稽古を少ししたボクは機嫌良く縁側を歩く。

 

「やっぱり強いね! 馬岱さん。大剣とか使ってみない?」

 

 ボクの提案にいつも通り顔を顰めると、首を振って呆れた様に言葉を返す。

 

「どこにあんだよ、そんなもん。それに、俺はコイツでいいのさ」

 

 彼は薙刀を軽く揚げてみせた。

 朱色に染まる柄は、随所に傷が残り、年季を感じられ。

 穂の根元には、馬の尾を彷彿とさせる飾りがつけられており、無骨な槍に芸術性を与えていた。

 

「そっかぁ、じゃあ仕方ないね」

 

 彼の返しに、笑みをより深くしたボクは機嫌良く襖を開け……。

 ──もぬけの殻となった布団を視野に入れる。

 玄関へ向かう襖は開け放たれ、彼が出て行ったのは確実だろう。

 

 ボクは一瞬呆然とすると、念のため急いで部屋中を探し回る。

 布団! 

 ……いない! 

 押し入れ! 

 ……いない! 

 タンス! 

 ……いない! 

 

「馬岱さん!! どうしよう! 大輝がいなくなっちゃった!!」

 

「落ち着け!」

 

 ボクの頭に馬岱さんの手が振り下ろされる。

 いたい。

 

「ガキじゃあるまい。タンスに入るわけねぇだろ」

 

 それはそうだ。ボクは袋棚にかけた手をそっと戻し、馬岱さんに向き直る。

 

「でも!」

 

「それに、見て見ろ。用意しといた昼飯がねぇ」

 

 彼の指差す先には、空になったお盆が一つ。

 どうやら残さず食べてくれたらしい。

 少し嬉しい。

 

「飯を食うってのは健康の証だ。自暴自棄とかじゃねぇさ」

 

「だから待ってやろうぜ」と語る馬岱さんはニカっと笑うと台所に向かう。

 どうやら、夕食を用意するつもりらしい。

 

 まだ、心配は抜けないが、ワタワタしていて仕事がなくなるのも癪に触る。

 急いで立ち上がったボクは、台所へと駆けて行った。

 

 ●

 

「つまり、おじさんが偽物に騙されて、儀式に挑戦していると」

 

 ──“そうなの。”

 

 俺の言葉に頷く黒髪リボン少女。名を凛花と言うらしい。

 気づいたら、幽霊状態でここに居た彼女は、唯一の肉親であるおじさんが、自分の偽物に騙される所を見たと言う。

 

 ──“頼れるのはダイキさんだけなの。お願い! ”

 

 しかし自分では何も出来ず、どうにか出来ないか考えていた所に、運良く見える俺が登場。

 もともと知り合いだった俺に、おじさんを助けてほしいらしい。

 

 ……人違いじゃないかなぁ……。

 心の中でそう呟く。

 俺は少女に見覚えも無ければ、死霊術師だと言うおじさんに面識はない。

 

 ──“やっぱり、ダメ……? ”

 

 落ち込む少女の姿が見える。弱々しい半透明な少女はやはり見覚えがない。

 本当なら断るべきだろう。

 義理もなければ、危険が伴う。

 

 ──しかし。

 今の俺には力がある。『仲間』と言う力が! 

 それにおじさんは死霊術師と聞く。

 であれば、あの時のゾンビが彼の仕業である可能性も0では無い。

 よって……

 

「任せてくれ」

 

 力強く頷く。

 打算あり気の他力本願だが、この幽霊っ子を見て、助けたいと思う心もある。

 

 危険極まりないこの町で、戦場に向かう理由はそれだけで構わないのだ。

 




第七話 いかがだったでしょうか。
今話は、貴重な日常パート。に、なってるといいなぁ。
年が明け、忙しくなる頃合いですが。
無事完結できるように頑張って参ります。
皆様の評価、感想、ご質問など。お待ちしてます。

それでは、次話をお楽しみに!


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第八話 オーパーツ

大変お待たせしました。第八話になります。
リアルの都合で毎日投稿が難しくなって参りました。
なるべく早くあげられる様に頑張ります!


 

 ●

 

 噴水広場でおじさんの事を引き受けた俺は、そのまま海岸の方に降りる。

 どうやらそこに、渡したいものがあるらしい。

 

 ──“あった! あそこだよ! ”

 

 頭の中に響く声。

 凛花の指差す先に、白銀に光る何かが落ちている。

 それは2枚の板だった。恐らく何かの部品であったであろうそれは、半分で断ち切れ、機械的な複雑な配線が飛び出している。

 そして、異様なのがその光沢。

 太陽の光を反射するだけではなく、

 不定期に。

 脈打つ様に。

 不思議な光の脈動が、その物体を目立たせている。

 

 ──“多分、これが私の依代なの”

 

 幽霊少女が呟く。

 なるほど、これと共に別の場所に連れて行ってほしいと……。

 ……え、これ触らないといけないの? 

 思わずそれを見る。

 

 心なしか先ほどより早くなった気がする脈動。

 正体不明のオーパーツという事もあり、最近厄介ごとだらけの俺は気遅れする。

 

 ──“やっぱり、迷惑だよね……”

 

 落ち込んだ少女の声。

 慌てて俺は少女に言う。

 

「大丈夫だ! 男に二言は無い!」

 

 キラキラとした視線が、俺に突き刺さる。

 情けない事だが、俺には断りきれないダメ親の才能があったらしい。

 ため息を一つ。大きく深呼吸をし、まっすぐにオーパーツを見た俺は、手を伸ばす。

 

「うぉ!?」

 

 手に触れた瞬間。オーパーツが破裂する。

 眩い灰色の閃光。視界を煙と光が覆う。

 目が慣れてくると、見慣れたバイザー。

 どう言う訳か、俺は例の鎧を装着していた。

 

 ──“すごーい! どうやったの!? ”

 

 驚く少女の声に、俺も混乱する。

 突然変身した事もそうだが、バイザー内に浮かぶ文字。“Focus Boost”

 自慢にもならないが、俺は英語が苦手だ。

 ……ふぉくっぼおすと? ダメだわからん

 腕を組み、全力で首を傾げる。

 

 ──“ふぉーかす、ぶーすとだよ! ダイキさん! ”

 

 少女からサポートが入る。どう言う仕組みかは知らないが、少女は俺と視界を共有しているらしい。

 てか、よく見たら装甲自体も少し変わっている気がする。

 全体としては大きな変化はないが、背中のブースターに着いた三角形の翼。

 不可思議に脈打つそれは、どこからどう見ても先ほどのオーパーツだった。

 ……寄生された!? 

 

 ──“これで、問題なくダイキさんと一緒にいけるねー! ”

 

 嬉しそうな少女の声が響く。

 なんだか悩むのも馬鹿らしくなった俺は少し能天気に呟く。

 

「あぁ、そうだな。……ところで、フォーカス・ブーストって」

『──―ready,〝Focus Boost〟』

 

 どこかから電子音が響く。そしていつも以上に強力なタービン音。

 嫌な予感を感じる間も無く。

 俺は耐えようの無い重力に、意識を失った。

 

 ○

 

「おーそーいー」

 

 ところ変わって武家屋敷。

 和室で手足を伸ばしながら、机に突っ伏す少女が一人。

 夕食のシチューの仕込みを終えた少女。レッドである。

 

 現在馬岱は情報収集兼食材調達中。

 大輝が戻ったときの行き違いを考慮して、彼女が留守番を担当していた。

 

「特訓でもしようかなぁ……でもここじゃなー」

 

 真剣に悩む少女、二本の太刀を机に置き。

 手入れでもしようか、と思い至った所で思い出す。

 白木の鞘と柄からなるシンプルな小刀。

 寺から拝借してきた聖剣である。

 

「んふふー、やっぱいいなぁ〜」

 

 魔力を目に通し刀を見る。

 地脈を感じさせる黄金の魔力。

 神秘の代表と言えるそれが、この剣には定着し、むしろ周りの空間へと揺らぎを与えていた。

 強力な祝福がかかっている。その証拠である。

 

「どんな力があるのかなー」

 

 二つの太刀の隣に小刀を並べたボクは、鼻歌を歌いながら、武器の手入れを開始した。

 

 ●

 

「……ぃ。? 生きてますか?」

 

 聞き覚えのある声に目を覚ます。

 こちらを見つめる紫の瞳。そして整った顔。

 ただ、それ以上に気になるのは、視界いっぱいに柔らかそうな山が二つ見える事。

 そう、俺は所謂膝枕と言うものをされていた。

 思わず顔を逸らし、今度は彼女のふとももが視界に入る。

 

「あ、元気そう」

 

 ……元気そう。じゃないが! 

 思わず起き上がりかけて、この姿勢だと山に突っ込むと理性的な判断をくだす。

 決して、この極上の枕を味わっていたいわけでは無いのだ。(断言)

 

「久しぶりだな……」

 

「そう? 一日くらいですよ?」

 

 彼女が面白そうに笑う。その楽しそうな顔は記憶通りで思わず俺も顔が綻ぶ。

 ……よかった、彼女は何かに巻き込まれていないらしい。

 

「あぁ、そうだったか」

 

 少しおかしくなって、軽く笑いながら返す。

 思えば短い間に、濃い経験をしたものだ。

 

「それでお兄さんは、なんで岸に打ち上げられてたの?」

 

 彼女が海の方を見る、視界の先には小魚を摘むアビの群れ。

 

「あっ」

 

 彼女は思わずと言った感じで横に置いたカメラを取り、下にいる俺に構わずカメラを構える。

 すっかり俺のことを忘れているらしい彼女は俺の顔にその双山を押し付ける。

 

「ぅぉ…ッ」

 

 カシャっと懐かしい音。

「うーん」という悩ましい声と共に、俺の呼吸が幾分か楽になる。

 

ーー“ぁわわ…”

 

 広がった視界の端に、ワタワタと不審な動きをしながら、手のひら全開で目を隠す幽霊少女。

 思わず間髪入れず身体を起こす。

 幸い彼女は横に置いた、日記帳らしき物に記録していてぶつかることはなかった。

 

 無言で立ち上がった俺は、スッと幽霊少女に近づく。

 

「どこまで見た」

 

 少女は「ぴぇっ」と言う謎の鳴き声と共に答える。

 

 ──“久しぶりだな……。から”

 

 ……ほとんど最初からじゃねぇか!! 

 思わず気恥ずかしさから、顔を抑える。

 少しだけ彼女の香りがし、複雑な気持ちになった。

 

 俺がそんな事をやってると、彼女が面白そうに声をかけてくる。

 

「おにーさん。突然一人でどうしたの? そっちに何かいます?」

 

 その顔には若干の揶揄いが混ざり、カメラを構えている。

 俺がそっちを向くなり、カシャっとシャッター音。

 満足そうに頷いた。

 

「消しといてくれ……」

 

「ダメだよ、面白いしー、って、あれ?」

 

 写真の確認をした彼女が、一瞬動きを止める。

 しばらくすると写真とこちらを交互に見つめ、興味深そうに口を開く。

 

「ほんとに何か居るじゃん」

 

 ──“見えるの!? ”

 

 彼女は幽霊少女のいる方に、目を向ける。

 思わず幽霊少女が近づくが、その視線は少女のいた場所を見るばかり。

 実際に見えてるわけでは無いらしい。

 

「写ったのか?」

 

「うん、お兄さんは……見えてるんだね?」

 

 俺が凹んでいる少女の方に目を向けると、彼女もそちらに目を向ける。

 どうやらオカルトを信じるタイプらしい。

 そこに何かいる事を疑う様子はまるで無かった。

 

『〜♪』

 

 俺が何かを言おうとするタイミングで、可愛らしいオルゴール音が一つ。

 彼女は指を唇に当てると、パーカーのポケットからスマホを取り出した。

 何度か頷く彼女。しばらくするとその両手を合わせ申し訳なさそうに告げる。

 

「ごめん、急用できちゃった。せっかくだからまた今度、話聞かせてね」

 

 そう言うと彼女は、ヒラヒラと手を振って立ち去っていく。

 相変わらず、風のように自由な子だ。

 苦笑いをしながら、見慣れたピンクのパーカーを見送ると、俺は屋敷への帰路についた。




第八話 いかがだったでしょうか。
若干のラブコメも入れていきたい、今日この頃。
一話にて登場のヒロイン翔子さんのエントリーです。

では、また次話をお楽しみに!


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第九話 洋館へ

大変お待たせしました。
第九話になります。よろしくお願いします。


 

 ○

 

 日も傾き、カラスの鳴き声が空に響くころ。

 ボク達は、馬岱さんの報告を聞きながら、早めの夕食を摂っていた。

 

「霧が動いていないのは良かったけど……ゾンビが増えてる。かぁ」

 

「あぁ、たいした敵じゃ無いが。街のいたるところで見るとなりゃ、なあ?」

 

 馬岱さんが言葉と共に、固いパンを強引に噛みちぎる。

 その表情は義憤に駆られ、不快感を隠そうともしていなかった。

 大輝は同意する様に頷き、手を挙げる。

 

「その事で一つ、伝えることがある」

 

 口数の少ない彼からの意外な申し出に、視線が彼に集まる。

 いつも、重要な局面で正確な判断を下してきた彼の事だ。今回も何か重要な話に違いない。

 僕達が期待する様に見ていると、彼は突然庭の方を向く。

 その視線は何も無い空中に留まり、彼が何かを思い出しているのは明白だった。

 

「それをしているのは、雁夜と言う死霊術師だ」

 

 ボクと馬岱さんは共に首を傾げる。

『死神』でも『冥府の火』でもなく、一介の死霊術師? 

 それが町全体に手先を潜ませる……そんな事が出来るのだろうか。

 

「大輝、それは流石に……」

 

「不可能」と言おうとするボクを遮り、大輝は庭の方を見ながら言葉を続ける。

 

「死神の腕。それを用いれば可能だ」

 

『死神』大輝から出たその言葉に、ボクと馬岱さんの気が引き締まる。

 ……正直、大輝からその言葉が出るとは思わなかった。

 馬岱さんの事を考えるに大輝もまた、『英雄』を受け継いだ者であり。儀式について明るくはないと思っていたからだ。

 

「死神の腕って?」

 

「死神の召喚に使われた、聖遺物だ」

 

 召喚に使われた聖遺物。確かにそれがあれば、『死神』の真似事は出来るだろう。

 だが、それ以上に聞き流せない事がある。

 

「死神は召喚された英雄なの!?」

 

 もしそうであるならば、ボクもまた儀式に呼ばれた事になる。

 ボクの問いに、彼は少し考えるように腕を組むと、静かに語り出した。

 

「厳密には、神降ろしに近い」

 

 神降ろし、限定的な神霊の憑依現象のことだ。

 それ自体は神事の際に行われる。珍しくは無い。

 ……だが、それはつまり。

『死神』が英雄の異名ではなく、神そのものであった事を意味している。

 ──その時点で、儀式は破綻していたのだ。

 

「てことは、死霊術師は神降ろしをしてる可能性が高いって事か」

 

 馬岱さんの言葉に「あぁ」と彼が頷く。

 となると、本当に勝ち目がない。

 そもそもの存在の格が違うし、この異界の霧の中で魔物や狂戦士など、さまざまな敵を相手取りながら勝てる保証はない。

 

「そんなのどうやって……」

 

 絶望に顔を青くするボクを正面から見つめて、彼は言う。

 

「大丈夫、まだ止められるはずだ!」

 

 真っ直ぐに確信を持った彼の言葉に思わず息が詰まる。

 どうして、戦うことを選択できるのか。

 ボクにはまるでわからない。

 しかし、彼ならやってくれるかもしれないとそう思った。

 

「わかった。その術師を止めに行こう」

 

 そんな自分の判断に苦笑いをしながら。

 ボクは目の前の『英雄』を見てそう言った。

 

 

 彼の言葉に従い屋敷を出発し。なぜ彼が、今戦えると判断したのか理解する。

 

「あれは……」

 

「ゾンビ……だな」

 

 ボクと馬岱さんが呟く。

 敵の乱入。懸念事項だったそれは、目の前の隊列を見て、無駄な悩みだったと理解できた。

 十や二十じゃすまない大量のゾンビ。

 それらと共に、列をなす不気味な人魂。

 無数のアンデット達が、その隊列を崩さずに教会へと向かっていた。

 

 死霊術師が儀式に参加する以上、狂戦士は、確実に分かっている敵だ。であれば、その討伐に戦力を割くのは自然なこと。

 むしろ昨夜、ボク達が巻き込まれた事の方がイレギュラーだったに違いない。

 大輝は悩み不安定な心で、その事に気づいたに違いない。

 思わず彼を見ると、真っ直ぐ何も居ない路地裏を視野に入れ一言。

 

「慎重に進もう」

 

 歩き出す彼の言葉に静かに頷き、思考を切り替える。

 イレギュラーが現れたとなれば、使役能力のある術師は何か行動に移すに違いない。

 ボクは瞳に魔力を回し、辺りを見る。

 空に2羽。物陰に5匹。

 禍々しさを感じる、紫の魔力光が視界に映った。

 

「見られてるね」

 

「ぽいな」

 

 警戒し敵を把握しながら進むボク達とは対称的に、鎧の彼は全て気づいているのか、

 空に舞うカラスへ視線を向け。

 ネズミの隠れる路地裏を通り。

 あえてその姿を見せながら、目的地へと向かっていく。

 

 一体彼はどこまで読み切っているのか、ボクの中の憧れは大きくなるばかりである。

 

 ●

 

 迷路じみた商店街の裏路地を、迷い迷い進むこと数十分。

 金属門や煉瓦塀に葛の葉が絡んだ、一見廃墟にしか見えない洋館へとたどり着いた。

 洋館の鉄門は大きく開け放たれ、両脇に立つ枯れ木の上に大量のカラスが停まっていた。

 

「こっからどうする?」

 

 ──“どうするー? ”

 

 カラスの止まり木と化した枯れ木を、睨みつけながら馬岱が言う。

 ……カラス、お嫌いなんですか? 

 恐らく的外れなことを思いつつ、俺は少し考え。馬岱と凛花に言葉を返す。

 

「当然。正面から行く」

 

 洋館は不気味なほど、静かである。

 よってこっそり入れば、ゾンビにも合わず。幽霊少女とおじさんを合わせてやれるに違いない。

 

 馬岱はニヤリと笑うと一歩前に出る。

 息を吸ったかと思うと、あろう事が大声で叫び始めた。

 

「逃げ隠れる臆病者よ! 出てくるがいい。『英雄』馬岱は、ここにいるぞ!!」

 

 その宣言をするやいなや、彼は目の前の鉄格子を一閃のもと切り倒した。

 

 ……バカなの!? 脳筋なの!? 

 

 ○

 

 馬岱さんが堂々とした名乗りを挙げ、門の敷居を跨ぐなり、屋敷の屋根から。木の上から。塀の陰から。

 人の眼に捉えるのが難しい速さで。

 カラスが、ネズミが。一斉に襲い掛かる。

 

「ハァッ!!」

 

 常人であれば、散弾の嵐と変わらぬそれは。

 一切怯む事ない『英雄』に、一刀のもと。切り払われた。

 

 どこか、腐敗臭のする亡骸が、一瞬遅れて地に落ちる。

 油断なく槍を構えた彼は、駆け出す。

 

「グルルァ!」

「遅い!!」

 

 中へは入れまいと、屋敷から飛び出して来た狼を切り捨て、一切引くことなくグングンと屋敷へ先行して行った。

 

「行こう」

 

 ボクがそう声をかけると、大輝は光に包まれ。白銀の装甲を身に纏う。

 

「あぁ、止めに行くぞ!」

 

 彼の言葉に甘いな、と思う。

 ……敵の儀式に対する渇望は明白だと言うのに。

 彼は止めに。『救いに』来たのだ。

 

「うん!」

 

 ボクは笑みを深め、彼と共に屋敷へ駆けて行った。




第九話 いかがだったでしょうか?
今回は死霊術師の洋館へ向かいましたね。
物語の裏では当然、さまざまな人物達が動いています。
誰が、どこで繋がって居るのか是非考察してみてください。

では、次話をお楽しみに!

追伸、更新はしばらく土日になります。


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第十話 鎧の審判者

大変お待たせしました。第十話になります。
よろしくお願いします。


 ●

 

 羽が宙を舞い、腐肉が地に落ちる。

 スプラッタなその光景を視界から外し、俺達は洋館へ足を進める。

 既に馬岱は屋敷に入り、周囲は静けさを取り戻していた。

 

 ──“なんか静かだね〜”

 

 凛花の言う通り。

 物音の大半を占めていたカラスがいなくなったことで、辺りには静寂が広がっている。

 生き物の気配は無く、周囲に広がる血の池がこの場所の不気味さに拍車を掛けていた。

 宿主のいない蜘蛛の巣は照明を覆い隠し、薄暗い道を弱々しく照らしている。

 

「音がしない……。大輝……手を繋いでいこう」

 

 ……少し怖くなったのだろうか? 

 レッドが少し迷いながらこちらに手を差し出してきた。

 俺は頷いて手を握り、彼女と共に洋館への扉を開いた。

 

 ○

 

 扉をくぐると、そこには一直線の廊下が広がっていた。

 いや、廊下というのは正しくない。

 正しくは回廊。

 大理石の石柱が両脇に並び、それが奥へ奥へと続いている。

 背後には既に扉はなく、大理石の間からは深淵の闇が覗いていた。

 

「外……? いや、これは? 

 なるほど、……結界か」

 

 大輝の言う通り、ここは結界の中だ。

 それも神霊のみが持つことを許される、神域の類だろう。

 あまりに濃厚な魔力量に、心は不調を訴え、身体は歓喜している。

 

「くぅ……んん! ごめん、大輝。警戒は任せるよ」

 

 この分では、繊細な魔力操作など望めない。

 もし、別々に入っていた場合。合流するのも困難になっただろう。

 そんなことを考え、彼を見上げると彼はボクをじっと見つめる。……な、なにかな? 

 

「……いや、何でもない」

 

 なんでもないらしい。

 なんでもないのにジロジロ見るとは、失礼な者だ。うん。

 

 そんな風に和気藹々と進んでいると、石柱に囲まれた広い空間に出る。

 中央には装飾の凝った鎧が鎮座し、その周りを囲む様に緑青色の炎が、松明の上で燃え盛っていた。

 

『咎人達よ、そして強き者よ。何故、この場へと参った』

 

 咎人か、確かに無断で神域へ足を踏み入れたのだ、そうも言われるのもおかしくはない。

 しかし意外だ、コレが『死神』か、もしくは他の存在かは知らないが。

 てっきり無言で襲い掛かってくると思ったのだが。

 隣の彼を見ると、相手を観察するように動きを止めている。

 代わりに話せと言うのだろう。

 濃厚な魔力に若干の胸焼けのようなものを起こしつつ、ボクは口を開く。

 

「ん……ボク達は、雁夜さんを止めに来た」

 

『何故止める』

 

 敵はその言葉を聞くなり即座に疑問を返してくる。

 なるほど、いかにもな反応だ。

 無機質で居て善悪を問う返答。

 つまり、相手は審判者。

 わかりやすく言うなら、神域を守る精霊といった所なのだろう。

 

 であれば、無駄な問答だ。

 どうせ聞き入れる事はない。

 それでも、礼儀として一応答える。

 

「救うために!」

 

 ボクは堂々と答え、過剰な魔力と共に太刀を抜き放つ。

 それは敵の盾に弾かれ、その衝撃が魔力波となってボクを吹き飛ばした。

 同時に緑青の炎が燃え上がり、鎧へと吸い込まれていく。

 

『ならば、我を倒して行くがいい』

 

 不気味に瞬く鋼の装甲、燃え上がる剣と盾。

 ボクは好戦的に笑い、躊躇なく全身を魔力に浸した。

 

 ●

 

【悲報】レッドも戦闘狂だった。

 荘厳な感じのする柱を抜け、松明が円を描く広間にたどり着いた俺達。

 中央に立つ鎧を認識した瞬間。

 どうしようもない悪寒が走り、口を開くことさえ出来なくなった俺を他所に。

 何故かいきなり喧嘩を打ったレッドは、青いはずの瞳を、赤く光らせ駆け出していた。

 

 ……正直何もわからん。

 右へ左へ、残光を残しながら金の線が見えるから、レッドが物凄いスピードで敵の周囲を行ったり来たりしている事はわかるんだが。

 動きも見えず、音も遅れて聞こえるとなれば、早々お手上げである。

 次々襲い掛かる衝撃波に、吹き飛ばされないよう、こっそりブースターを焚くのが、関の山だ。

 

 ──“ダイキさん、ここ怖いよ……”

 

 ……俺も怖い。

 とは言え、少女二人に情けない姿を見せるわけには行かないので、幾分か悪寒がマシになったあたりで周囲を見渡す。

 

 あるのは蛇が幾重も掘られた不気味な石柱。

 そして闇だけである。

 出口は何処なのかまったく分からない。

 ……レッドは放って置いて探索でもしよう

 そう思い、一歩踏み出した所で目の前を何かが通り過ぎる。

 

「ヒェ……」

 

 隣の柱に突き刺さるソレは、緑青に輝く金属片であった。

 俺が咄嗟に柱に隠れたのは言うまでもない。

 

 ○

 

 胴を狙い、頭を狙い、右へ。左へ。

 敵を斬りつけ、突き、叩き。

 鎧の弱点を探しながら、考える。

 実体の存在しないものを狩る方法は意外と少ない。

 

 一つ目は聖なる神秘に頼る事。

 コレは最も一般的で、最も有効な手だ。

 聖水や神官による祈りなど方法は様々であるが、共通して言える事は神やそれに準ずる者に頼っている事が挙げられる。

 そのため、神域に住む精霊に効果が期待できるかと言えば疑問が残る。

 

 二つ目は膨大な魔力をぶつけ、存在を希薄化させる事。

 コレも一般的で魔法使いなどがよく使う方法だ。

 とは言え、これはボクには無理だ。他の方法を使うしかない。

 

 となればボクが取れる方法は、三つ目。

 ──依代を破壊する事。

 これしかない。

 しかし、先程から試している通り、傷は付けども壊れる様子もない。

 なるほど……諦めるべきなのだろう。

 

 ボクは、笑みを深めて一つ呟く。

「極めて高い斬撃への耐性、そして、実体が無いからこそ怯む事がない」

 

 自嘲気味なボクの言葉に、何かを感じたらしい。

 敵が、その剣を、盾を降ろし、口にする。

 

『故に、汝の勝ち目はない』

 

 そんな敵を見て、ボクは二刀へ意識して魔力を送る。

 敗北を避けるための加護では無く、勝利を掴むための実体へと。

 変化するのは先の鋭いだけの鈍刀、美しさある刃文はなく、ただ頑強実直なだけの鉄塊である。

 

「所で。ノコギリがなぜ切れるか知っているかな?」

 

 太刀を逆手に、その鋒にのみ加護を宿す。

 

『幾重もの刃で切り裂く故だろう?』

 

 その言葉に笑い、一直線に敵へと駆ける。

 敵は変わらず、腕を下げこちらを憐れむ様に見下ろしている。

 ボクはそんな敵の胸に、十字に刀を振り下ろした。

 

 ──ギィィイイと不快な金切り音。

 ボクの脇を、緑青の破片が飛んでいき。

 遠く、柱に突き刺さる。

 

「違うよ。複数の刃で、削ぎ落としているからさ」

 

『馬鹿……な』

 

 目の前の鎧から、僅かに溢れ出る緑青の炎。

 その奥に輝く闇色の魂に、ボクは祝福の宿る一刀を振り降ろした。

 

 ●

 

 遠くでガシャンと音がする。

 柱の陰からひょいと顔を覗かせると、緑青の炎の中心に倒れる鎧。さらにソレを見下ろすレッドの姿が見える。

 ……激戦の予感に柱に隠れたら、戦いは終わってた件について。

 安堵感から息を吐く。

 

「終わったか?」

 

 俺の言葉にレッドが振り向く。

 振り返った少女の顔は上気し、若干視点も合ってない様に見える。

 

「んふふー、いえーい!」

 

 かわいい……じゃなかった。何かおかしい! 

 

 ──“ダイキさん! 炎が! ”

 

 凛花に言われ、足元を見る。

 熱さは無く、何の力も持たない様な気がしていたソレは、吸い込まれる様に少女に集まっていた。

 ……え、どうすりゃいいの? これ……

 

「んぅ……ねぇ、大輝?」

 

 少女が流し目でこちらを見る。

 その目は赤く、普段の理性のカケラも感じられ無い。

 そんな艶のある少女に、若干ドギマギしながら俺は返事をする。

 

「どうした」

 

 俺の返答に嬉しそうに微笑むと、手にしていた小刀を腰に戻し、足元に投げ捨てた二刀を拾い上げる。

 

「ふふ…。イクよ?」

 

 瞬間、凄まじい死の予感を感じ、思わず呪文を口にする。

 

「フォーカス・ブーストッ‼︎」

『──―ready,〝Focus Boost〟』

 

 俺とレッドは錐揉み回転しながら、松明の中心に現れた扉へ突っ込んで行った。




第十話いかがだったでしょうか?
作者は戦闘描写が、相変わらず短めになってしまい若干の勿体無さを感じております。
いつか上手く書けると良いのですが…

また、週一投稿になってしまい申し訳ないです。
なんとか書き貯めたい所ですが難しく、どうにかやっております。
そんな状態ですから、思い出したように開く程度でも構いません。
是非、完結までお付き合いくださいませ。


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第十一話 死を纏った男

お待たせしました。第十一話になります。
よろしくお願いします。


 

 ○

 

「戻ったな」

 

 大輝の素晴らしい一撃に吹き飛ばされ、扉を抜けた先は洋館の廊下だった。

 どうやら、屋敷全体の神域化はされていないらしい。

 コレなら媒体を破壊する事で、神霊の現界を防ぐことはできるかもしれない。

 希望の持てる景色に安堵感が高まり。大きく深呼吸をして身体を落ち着ける。

 

「はぁ……ふぅ……」

 

 加減の効かない拳、昂ぶる血潮……

 過剰な魔力に呼応して高まるソレを感じ。

 魔力を太刀へと流す。魔力を受けた二刀は淡く光り、刃渡りが伸びる。

 刃文は蘇り。刀にかけられた祝福が、その効力をより強い物にする。

 

 危ない所だった。素直にそう思う。

 共に居たのが彼でなければ、先に切り捨ててしまったかもしれない。

 

「大丈夫か?」

 

 大輝が文句の一つも言わずに、心配そうな様子でこちらを見る。

 彼の鎧は僅かに凹み、あの時に彼の一撃が無ければ。

 …十分な加速で二刀を叩きつけていれば。

 相当な手傷を負わせていたに違いない。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 ボクは変わらず優しいままの彼に、深く感謝し前を向く。

 耳をすませば、遠くから聞こえる戦闘音。

 どうやら馬岱さんも、既にこちらへ戻って来ていたらしい。

 

「大輝、行こう」

 

 歩き出すボクに続く足音。僕らは洋館の奥へと向かって行った。

 

 ●

 

 俺たちは、恐らく馬岱の物である戦闘音と、幽霊少女の案内を頼りに洋館を進む。

 洋館のいたるところには肉塊が散乱し、それを狩りきった男の強さに驚愕する。

 ……コレが一騎当千ってやつか……。

 

「敵影はなし。馬岱さんも、槍でよくやるね」

 

「ちょっとくらい残してくれても……」と戦闘狂じみたことを呟く少女に戦々恐々としながら曖昧に頷く。

 興味が敵に向いている以上、余計なことは言わぬが花である。

 

 ──“ダイキさん、多分ここ! ”

 

 戦闘音はまだ近づいていないが、幽霊少女が何の変哲も無い扉の前で声を上げる。

 

「ここか……」

 

 隣で首を傾げる少女を尻目に、装飾が欠け錆び付いたドアノブを捻る。

 軋む扉を開けると、そこには真っ暗な書斎が広がっていた。

 

 傾いた本棚には、医学書や剥製、瓶詰めなどが並べられ。

 ソレを支えるかの様に、錨のような物やホースのついた機会など用途不明なガラクタが立てかけてある。

 

「ついに迎えが来てしまった、か……」

 

 扉の開く音を聞いたのだろう。

 優しげな雰囲気のある、男性の声が部屋の奥から聞こえる。

 

 ──“おじさん! ”

 

 凛花が声を張り上げるが、男性からの返事はなく、片脚を引きずる様な足音が近づいてくる。

 

「さて、迎えは誰か……な?」

 

 本棚の奥から姿を現したのは、白髪の男性。彼の瞳は白く澱み、ソレを覆う様に黒い闇が顔の半分を覆っている。

 片足に頼る様に立った彼は、右足の太腿が闇に置き換わり。病的に細かった。

 そんな彼が突然笑い出す。

 

「ははは! ははははは! そうか! 君が! 君がいたんだな!」

 

 ……何この人、怖。

 彼は真っ直ぐに俺を見つめ、次に背後に浮かぶ、凛花へとその顔を向ける。

 闇で見える部分も少ないその顔は、穏やかに微笑み、呟く。

 

 ──“おじさ……”

「ギルティだよ、二人とも。だから、僕を殺してくれ!」

 

 呟きと共に彼を覆う闇。ソレは不安定なまま、ローブへと変わり、彼の手元に巨大なカマを生み出した。

 

 その光景に一気に悪寒が走る。先刻の鎧以上の恐怖が身体を、心を縛り付けた。

 

 ──“……ッ! ……”

 

 ゆっくりと進む視界の中で、闇が大鎌を振り上げる。

 闇を纏ったソレは、揺らぎの中で鋭く輝き、

 コマ送りの視界の中で、確かな実態として振り下ろされる。

 

 そして、視界に入る金の残滓。

 

「それは、ボクが許さない!」

 

 ──衝撃が響く。

 棚が倒れ、何かが割れる音が幾度となく続く。

 目の前には小さく、華奢な背中。

 頼もしい仲間が、敵の攻撃を受け止めていた。

 

 ○

 

 死霊術師が姿を変え、呪いのような魔力が大輝の周辺を包み込むのを認識し、ボクは彼らの前に滑り込む。

 

「それは、ボクが許さない!」

 

 太刀を交差させ、敵の振り下ろしを下から跳ね上げるつもりで踏み込む。

 が、想像以上に重い一撃。太刀に込めた魔力は削られ、少しずつ押し込まれるのを感じる。

 

「く、ぅ!」

 

 鎌が太刀を削るたび、魔力が四散し魔力波が発生する。

 部屋の中にあった本棚は倒れ、投げ出された瓶詰めが割れる。

 中の死骸は無惨に潰れ、薬品が魔力波と反応する。

 

 ボクはソレを感じ取り、大きく、息を吸った。

 生命の残滓を感じる魔力を肺に留める。

 ……少しずつ送っても削り切られるだけ、なら! 

 

「く、らえぇ!」

 

 魔力を片方の太刀へ集中。傷つき、不安定な鎌との接触点へ一気に送る。

 瞬間、爆発。

 太刀の刀身は吹き飛び、先程までの魔力波とは違う強力な衝撃が、周囲を襲う。

 ボクと大輝はその勢いを利用して、廊下へと吹き飛ばされた。

 

 ●

 

「大輝、動ける?」

 

 レッドが声をかけてくる。

 不思議と先程までの恐怖は無く、問題なく体も動く。

 開いたままの扉からは、ゆっくりと立ち上がる男の姿が一つ。

 流暢に話してる時間はないだろう。

 

「あぁ」

 

 こちらも立ち上がる。見ると少女は片腕を負傷し、残った片腕でなんとか武器を手にしている状態だった。

 

「ごめん、ちょっと戦えない」

 

 俺が頷くと少女は腰から白木の刀を投げ渡す。

 禍々しい煙を纏っていた、あの小刀である。

 

「奴の呪いを緩和できるはず、持ってって」

 

 ……毒を持って毒を制する的な? 

 

「わかった……」

 

 改めて部屋を見る。

 男はややふらつきながら、大きな鎌を引きずり、真っ直ぐに俺の方へと向かってくる。

 歩きながらも、その身体は闇に呑まれ、何かを堪えるようにその顔を歪ませていた。

 

 ──“……ダイキさん。”

 

 凛花が悲しそうに呟く。

 不安そうな声が頭の中に響く。

 ……無責任な事を言ったザマがこれだ。

 甘かった。そう思わざる得ない。

 

 仲間は負傷し、助けるはずだった男は苦しみながら、その刃をこちらに向けてきて居る。

 恐らくは死神とやらに、乗っ取られつつあるんだろう。

 

「ごめん、凛花ちゃん」

 

 少女が頷くのを感じる。

 賢い子だ。もう、男を救う手段が無い事を察してしまったのだろう。

 

 俺は白木の鞘を引き抜き、相変わらず神聖さを感じられない刀を構える。

 武器としての刀など使った事はなく、せいぜいが土産で買った木刀くらい。

 そんな俺が構える以上、正しい型になるはずも無く。

 ただ小刀を両手で構え、脇を締める。

 それは振るうのではなく、突くための構え。

 

「来てくれ、ダイキ君」

 

 男から無数の見えざる力が発せられ、身体が重くなる。

 大鎌はゆっくりと振り上げられ、その形が徐々にはっきりとする。

 

 ──タービンを蒸す。

 男は嬉しそうに笑うと大鎌を振るうため一歩踏み込む。

 

「フォーカス・ブースト」

 

 一言呟く。

 電子音が響き、身体に空気の壁が襲い掛かる。

 ソレに負けないように、小刀をしっかりと前に構え……。

 

「ゴフッ……。あぁ、ありがとう」

 

 衝突音、そして感謝の言葉。

 大鎌は空中で消え、男の体は書斎の壁に叩きつけられる。

 闇に染まる魔力が四散し、身体の節々を干からびさせた男性が、俺の目の前で胸を小刀で貫かれている。

 

「凛花、を……よろしく……」

 

 その一言を最後に男は動かなくなった。

 自らの手を見る。

 赤く濡れた装甲。しかしソレが歪んで見えない。

 何故か俺は泣いているらしい。

 見ず知らずの相手の死に、自らが手を下した事実に。

 心が悲鳴を上げていた。

 

 ──“ダイキさん。ありがとう。”

 

 少女の声が聞こえる。

 本当なら、自分より泣きたいはずの声が。

 俺は静かに頷いて、手を伸ばす。

 安らかに眠れるように、ゆっくりと男の眼を閉じた。

 




第十一話いかがだったでしょうか。
少しずつ主人公サイドの設定がわかってきたのではないでしょうか。
音速に耐えうる頑丈な体を持つが一般人でしか無い大輝に。
魔力に異常な親和性を持ち、経験を活かし戦う剣士レッド。
両者共に戦うには申し分ないですが、違和感があるのも確かです。
ぜひ、考えてみてくださいね。

では、次回をお楽しみに!


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第十二話 洋館の中で

大変遅くなり、本当に申し訳ありません!
某感染症により、会社がゴタつき、遅れてしまいました。
次話は予定通り土日に投稿する予定です。

それでは、第十二話です。よろしくお願いします。


 

 ○

 

 洋館の一室、物の散らかった書斎のなかで。

 男を一撃で倒した彼は、安息を願う様に、男の骸を寝かせつけていた。

 その背中は何処か儚げで、彼の望んだ救いはこんな形では無かったのだろう事を感じさせる。

 

「大輝……」

 

 思わず声をかける。

 優しい彼が、どんな事を考えて居るのかはわからない。

 それでも、その悲しみの半分でも背負えたら……そう思う。

 

「大丈夫だ」

 

 普段と変わらぬ一言。他人の死を背負うその『英雄』らしい姿に憧れとやるせ無さが入り混じる。

 

「でも……」

 

「いいんだ! 俺が泣くわけにはいかない」

 

 彼の赤いバイザーがこちらを睨みつける。

 鋼鉄の仮面は、彼を戦士へと変えていた。

 なんて残酷なんだろう。

 いくつ、悲しみを背負ってきたのだろう。

 そんな言葉が脳裏に浮かび、涙が流れる。

 

「うん……わかった」

 

 ボクの涙に驚いたらしい彼は、ワタワタと動き、血濡れでない手をボクの頭に乗せる。

 泣きたいのは彼の方だろうに。

 

 ……なんて残酷な事だろうか。

 

 ●

 

 突然泣き始めた少女にキョドり頭を撫でる。

 ……今になって傷が痛み出したのか!? 

 正直キャパオーバーである。

 それでも傷つき、涙を流す少女を放っておく事はできない。

 

 凛花はおじさんの側で手を合わせ、黙祷している。

 年齢の割に強かな少女だと思うが、唯一の肉親が叔父だと言うし、壮絶な人生を送って来たのだろう。

 

「大丈夫か」

 

 俺が声をかけるとレッドは涙を拭い取り、無理矢理作ったような笑顔で返す。

 

「ごめん、大丈夫。それより馬岱さんを探さなきゃ」

 

 大丈夫とは思えないが。傷が痛むならすぐにでも脱出した方がいいだろう。

 俺は頷くと凛花を呼びに行くべく、遺体の方へ歩み寄る。

 

 ──“ダイキさん。アレを持っていって。”

 

 少女が指差すのは小さな錨、何の変哲もない灰色のソレは、よく見ると薄く輝いているようだった。

 

 少し嫌な予感がしつつも、ソレに触れると小さな爆発。

 灰色の閃光が辺りに散らばり、ゆっくりと鎧の中に入ってくる。

 バイザーの内側に浮かぶのは“Bind anchor”の文字。

 どう言う理屈かは分からないが、2回目となれば予想もつく。

 攻撃用の技が増えたらしい。

 

「ありがとう、凛花ちゃん」

 

 少女に感謝を告げるとゆっくり立ち上がり、レッドの方を向く。

 

「行こう」

 

 そうして俺達は書斎を後にした。

 

 ○

 

 廊下に戦闘音が響く。

 音は明らかに下から聞こえ、この洋館の地下で何かが起きているのは明確だろう。

 ボクは治療のため腕に回した魔力を一部、眼に纏わせる。

 視界に遠く映る、以前見た倍はある黄金の魔力、そして対峙する赤と金と紫が混ざった赤銅色の魔力。

 どちらも圧倒的な輝きを誇り、その存在の格が高い事は間違い無かった。

 

「建物中央下、何か、混ざり物と戦ってるみたい」

 

 呟き、ボクは回復に集中する。

 そして大輝は、ボクを抱えたまま早足に歩き出す。

 ──そう、抱えたまま。

 何を思ったのか。

 部屋を後にした彼はボクを……横抱きにし、歩き出したのである。

 おかげで余剰魔力を身体に回し、回復に徹する事ができるが……。

 

 ……恥ずかしいんだけど!? 

 思わず顔が赤くなる。

 なんで!? さっきシリアスな感じで心傷を心配したつもりだったんだけど! 

 ソレがどうしてボクが抱き抱えられることに繋がるのさ!? 

 

「どうした?」

 

「な、なんでもない」

 

 何か感じ取ったのか、心配そうに声をかけてくる彼から目を逸らす。

 まぁ、彼が怪我を心配してくれているのはわかる。

 ゼロ距離で結晶化した魔力が炸裂した以上、傍目から見て大怪我に見えるのは間違い無い。

 

 ……ソレにしたって! 

 知人を自らの手で打った後に、自分の悲しみよりも他人を気遣うなんて……! 

 どうして、こうも『英雄』らしいんだ! 

 思わず魔力操作を誤り、傷口に魔力結晶が生じる。

 

「いたっ」

 

 大輝は慌てたように肩を跳ねさせると、光に包まれ鎧が消える。

 ボクの体が一瞬浮き、その力強い腕に抱えられる。

 

「すまない、気づかなかった」

 

「鎧は固いよな」とボクの顔を見て語る彼。

 じんわりと感じる人肌に、思わず体温が上がる。

 彼の顔は近く、こんな時なのにどうしてか心が踊ってしまう。

 

「……あ」

 

 頭が真っ白になり何かを口走りそうになった所で。

「カシャ」っと言う聞きなれない音。

 思わずそちらを向くと、階段下で四角いキカイをこちらに向け構える女性が一人。

 

「お兄さんも隅に置ませんね〜」

 

 見覚えのない女性は、戦闘音に揺れる扉を背後に、ニコニコと笑いながら立っていた。

 

 ●

 

 長い廊下を抜け、階段を降りようと言うタイミングで響いたシャッター音。

 聞き覚えのあるその音と声に思わず目を向けると、階段下で微笑む女性が一人。

 

「なぜ、君がここに……」

 

 あまりに予想外な人物に呆然と言葉を紡ぐ。

 その様子に何を思ったのか、レッドが警戒を深め、いつでも戦える様に俺の腕から降りる。

 

「お昼に言った急用です。お兄さんは、どうしてこんな所に?」

 

 本を片手に開き返事をする彼女。

 先日は日記帳か何かだと思ったソレだが、こうして見てみるとなかなかの厚みがある。

 辞典か何かなのだろう。

 

「……。こちらも似たような物だ……」

 

 彼女は何の目的でここに来たのだろうか。

 案外、ゾンビのいない安全な場所を求めて移動する内、ここに着いたのかもしれない。

 

「大輝。術師だよ、あの人」

 

 そんな俺の予想を否定する、レッドの言葉に思わず固まる。

 もしかして、あの本が魔導書っぽく見えてるのか? 

 確かに言われてみれば……しかし、書き込み式の魔導書なんてあるのか? 

 そんな混乱の極みにいる俺を守るように、レッドは太刀を構え質問をする。

 

「キミは、何のためにそこに立ってるの?」

 

 レッドの言葉に彼女を見る。

 彼女が立っているのは、馬岱の戦っているであろう部屋の前。

 確かにこんな所に居たら邪推するに決まっている。

 

「ここで待っていれば、質問できるかなと思ったので」

 

 彼女の楽しそうな表情に、すごい野次馬根性だなーと、現実逃避を一つ。

 せっかくなので言葉を返す。

 

「質問?」

 

「……突然動きを止めたゾンビ。心当たりは?」

 

 ゾンビの話……

 いや、オカルト現象に対して野次馬しに来ただけなのでは? 

 そう何処か無理矢理納得する俺の目の前で、突然の轟音、引っ張られるような風を受けたたらを踏む。

 

 階段を落ちかけた事に冷や汗を流しつつ、何が起きたのか下を見ると、レッドがものすごい勢いで階段を駆け降りていた。

 

「レッド待っ」

 

 暫定一般人の彼女に防ぐ術はない、レッドを止めなくては! 

 そう思うも遅く、レッドの左腕が振るわれ……

 

「『Activate “Iter memoriae”』」

 

 何処からか響く電子音声。

 そして、突然生じた強力な違和感に俺は意識を失った。




第十二話、いかがだったでしょうか。
今話を書いていて思ったのですが、
本小説…一話一話の区切り方、分かりづらいですね…
もしかしたら、少しずつ訂正していくかも知れません。
その時はどうぞ、よろしくお願いします。

では、また次話をお楽しみに!


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第十三話 正義のために

お待たせしました。第十三話になります。
よろしくお願いします。


 

 ────────────────────────

 

 膝が震える。

 人と言う存在を超え、悪魔とも地龍とも言える存在を前に心がどうしようもなく悲鳴をあげていた。

 

「勝てると思うか?」

 

 夢の中の俺が呟く。

 ソレに答えるのは何処か聞き覚えのある電子音。

 バイザーの点滅と共に響く声はいつに無く饒舌であり、まるで人間のようだった。

 

『ご謙遜を……マスターは神速の英雄。相手がいくら推定ランクSSを誇る存在であっても、理性なき獣な以上。恐るるに足りません』

「そうか……まぁ、お前ならそう言うよな。うん、知ってた」

 

 バイザーの中の俺がどんな表情をしているのかはわからない。

 しかし、確かな事は、諦めていない事。

 そして、目の前の存在を見て照準を合わせた事。

 

「狙いは……アイツの武器だ! 外すなよ? 全弾発射!」

『Ready──―Bind anchor!!』

 

 装甲から発せられた4つの錨は一斉に地龍の背に突き刺さる十字架を模した槍に絡みつく。

 地龍は気づいているのか、いないのか。大きく吠えたかと思うと地面を砕きながら、こちらへと突進してくる。

 

「ぶつかる! カウンターブースト! 急げ!」

 

 俺の叫びに呼応する様に、鎧が変形。

 鎧からは蒸気が吹き出し、肩には砲身が2門灰色の光を充填し始めていた。

 

『Ready──―Counter Burst!!』

 

 響く轟音、吹き飛ぶ身体。

 強力な圧力と共に流れる視界では、濁った色の結晶片と共に、紅鬱金色の結晶が埋め込まれた十字槍が宙を舞っていた。

 

 ────────────────────────

 

 ●

 

 ──“ダイキさん! ”

 

 凛花の声に意識が覚醒する。

 視界には薄暗い階段。

 下段では武器を構え飛び出していったレッドの姿。

 先程と違うのは、不自然な姿勢のままその動きを止めている事。

 

 ──“なんだかわからないけど気をつけて! ”

 

 凛花の声に無言で頷くと、静かに階段下へ視線を向け、歩みを進める。

 何が起きたのかは分からないが、何かされたのは確かだ。

 もはや、一般人とは言い切れない。

 階段の奥からは相変わらず戦闘音が聞こえ、未だに馬岱は戦っているのだろう事が察せられた。

 

「あれ? 凄いねお兄さん」

 

 階段下。レッドの対面で本をめくる女性、翔子。

 彼女は自身の命が危険に晒されたにも関わらず、平然と少女の横を通り抜け、こちらへ近づいてくる。

 

 先程の光景はなんだったのか。

 今いったい何をしたのか。

 まるで分からないが故に思わず言葉を返す。

 

「……いまの光景は?」

 

 彼女は脈絡の無い俺の言葉に面白そうに微笑むと、言葉を返す。

 

「お兄さんの記憶ですよ? 覚えがありませんか?」

 

 ──“記憶? ダイキさんは何か見たの? ”

 

 凛花の不思議そうな声が響く、どうやら彼女にはあの光景は見えていなかったらしい。

 

 ……俺の記憶? 

 先程鎧姿で対峙してたのは、いつか見た化け物だろう。

 確かに、見た事はあるが、戦った覚えはない。

 それに鎧もあんなにも饒舌に喋らないし……

 そして何より、俺自身が夢の中の自分を自分だとは思えない。

 

「どんなものが見えたんです?」

 

 翔子は興味津々といった様子で、何処からか万年筆を取り出す。

 純粋に好奇心を向けてくる彼女に他意は感じず、敵かもしれないのに言葉を返す。

 

「ドラゴンの様な化け物だ」

 

 ──“それって……”

 

 凛花が驚いた様に呟き、ソレに続く様に翔子がペンを走らせる。

 そして数秒の後、ペン先をこちらに向けながら小首を傾げ、口にする。

 

「もしかして……ルードさん?」

 

 彼女が口にした名前にドキリとする。

 それは一般人では知り得ない名前だし、仮に見たことがあったとしてその名前までは知ってるはずもない。

 悲しいことだが、やはり彼女は無関係ではないのだろう。

 

「なぜ、その名を?」

 

 俺と同じ事を思ったらしい凛花が、警戒しながら視線を向ける。

 

「まぁ、本人に聞いたので」

 

 本人に聞いた。

 ソレはつまり、あの化け物に会話が通じると言う事だろうか? 

 それとも、狂う前のルードを知っていると言う事なのだろうか? 

 途端に彼女が計り知れなくなる。

 

「改めて聞かせて欲しい。君の目的は?」

 

 答えてくれるだろうか? 

 少なくとも敵じゃなければそれでいい。

 純粋な笑顔の彼女が、誰かを不幸にしようとしてるなど、思いたくは無い。

 もし、敵だった場合、俺は戦えないだろう……まぁ元々戦力外もいいとこだが。

 

 数秒の長い沈黙が過ぎる。

 パタンと言う音が耳に響き、本を閉じた彼女が口を開く。

 

「んー、強いて言えば……『正義のため、ですとも』……。割り込まないで」

 

 長い沈黙の後に届いた、彼女の返答に混ざる電子音声。

 

 ──“えっ? この声……? ”

 

 何かに驚いた様子の凛花を余所に。

 翔子の本がその腕からするりと抜け出すと、彼女の前に浮かび上がった。

 

『しかし、翔子様。あなたは時に回りくどすぎる。それでは誤解されてしまいます』

 

 彼女は本の言葉に、軽く額に手を当て、ため息を一つする。

 その動作は悪びれようとする少年のようで……

 彼女に悪意がない事が言葉以上に感じられた。

 安堵感から息を吐く俺の元に彼女の魔導書が、浮かびながら近づいてくる。

 

『そして、はじめまして神速の騎士よ。私はメモリアル。しがない魔道具でございます』

 

 藍色を基調とした銀飾りの付いた魔導書が、空中で45度傾く。

 お辞儀をしているつもりなのだろう。

 思わず釣られて頭を下げる。

 

「あぁ、どうも。中村大輝だ」

 

 ──“凛花です”

 

 何処か釈然としない様子の凛花が、俺のあいさつに続く。

 ……しかし、あまりに人間味のある本だ。

 俺の鎧の様に機械的な返答では無く、しっかりとした意思を感じられる動き。

 本来の魔道具とはこう言う物ばかりなのだろうか。

 先程の夢を思い返し、そう思う。

 

『さて、翔子様。ご歓談の所申し訳ないのですが、蟲の群れがこの洋館に近づいているようです。撤退された方がよろしいかと』

 

 俺の返答に満足したらしい魔導書が、彼女の元に戻り、そう提案する。

 蟲と言うのは何かわからないが、敵であるのは間違いないだろう。

 

「手伝うか?」

 

 ──“えっ⁉︎ダイキさん? ”

 

 自然とそんな事を口にする。

 まだ、馬岱とも合流できていないが、彼女は正義のためと言っていた。

 僅かな時間でも共に行き、その目的の一端でも知っておきたい。

 

「い『いえ、お気になさらず、貴方様はそちらの少女を守るのが最善です』……まぁ、そう言う事なので」

 

 会話に割り込む電子音。

 確かに、レッドが正気に戻らない以上。ここから離れるわけにはいかない、それでも、彼女が何をするつもりなのか、知っておきたいのだが……

 そんな事を長々と考えていると翔子がこちらへ、笑いかける。

 

「じゃ、帰るね」

 

 そう言葉にした彼女は何故か奥の扉に近づいて行く。

 俺の記憶が確かなら、そこは馬岱が何かと戦っている場所のはずだ。

 帰るつもりじゃなかったのか? 困惑しながらも、急いで俺は彼女を止めようとする。

 

「まっ」

 

「『Activate “Porta metastasis”』」

 

 彼女が扉へ手をかけた瞬間、眩い閃光。

 彼女は光の中へと消えていった。

 

 




第十三話いかがだったでしょうか。
今話は大輝のみの視点となります。
次話では、レッド視点になりますが、
今回同様。あまり進展は無いかもしれません。
ですが、貴重なレッドの過去編になります。
どうぞ、お楽しみに!


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第十四話 かつて憧れた者

大変長らくお待たせしました。
第十四話になります。
実は、現在の形式では無く、一話完結で書けないかと。
悩みつつノートに駄作を量産しておりました。
そんな折、感想を残して下さった方がいた事に気づき…
忘れたままではいけないと筆をとっております。
リメイクなど後。今は一章完結まで走れるように全力で参ります。



 

 ──────────────────────────

 

「レッド? どうした? ボーっとして」

 

 満天の星空の下。古い民家の屋根の上。

 大きく赤く輝く月を見上げる私の隣に、金髪でミスリル鎧を着た、螺旋状の装飾の入った大剣を背負った男が腰掛ける。

 

「勇者……」

 

 彼は『勇者』かつて魔王を倒し、邪神をも倒そうと旅立った英雄だ。

 そして、私を救い。共に戦う仲間でもある。

 

「……ほっといていいの? 聖女様とか」

 

『聖女様』は勇者の婚約者だ。

 優れた治癒術師であり、神の祝福を宿す事ができる。

 そして、仲間の危機には自らが前に出て庇ってしまう、完全なお人好しでもある。

 

「お堅い魔導師さんが、「初めての決戦に緊張してるあのこのとこに行って、話でも聞いてやれ!」だってさ」

 

『魔導師』は勇者の親友だ。

 魔王討伐の際には、魔力視を用い少ない軍勢で都市を守り切った名軍師でもある。

 ここに故人である『剣聖』を入れると、魔王を討伐した生きる伝説のチーム『ディア・ガーディアン』となる。

 

「あはは、それ言っちゃったら台無しでしょ!」

 

 気の回らないまっすぐな勇者の言葉に、思わず笑みがこぼれる。

 

「えー? そうなのかー?」

 

 勇者は納得いかなそうに頭を掻く。

 そう、この人はどうしようも無く真っ直ぐで、だから人助けなんかを生き方にしているんだ。

 そんな彼らしさを思い出し、彼ならば、と。言葉を紡ぐ。

 

「ありがと、何か元気出たよ。……それじゃ少し、聞いてもらっていい?」

 

「おうよ!」

 

 勇者のニカッとした笑い方に心地よいものを感じながら、私は口を開く。

 

「私ってさ、記憶が無いんだよね……」

 

「あぁ、知ってる」

 

 勇者の相槌に自然と口が開く。

 

「気づいた時には檻の中でさ、たまたま通りかかったキミに救われた」

 

 古び、人の姿がない神殿、その跡地にいつからか存在した私は、何をするでも無く、あの檻の中で空を見上げていた。

 そこにズカズカと入り込んで来たのが勇者だった。

 

「びっくりしたぜ? あんな遺跡の真ん中に、ぽつんと鉄檻があってさ。もーどんな猛獣が入ってるのかとヒヤヒヤした」

 

 勇者は檻を見つけるなり全力で駆け寄るなり、「大丈夫か!」なんて声をかけて、檻を斬り飛ばしたんだ。

 そんな心配はしていたとしても一瞬だろう。

 

「あはは、もし猛獣なら開けなかった?」

 

「いや? 猛獣なら開けてから、一刀両断よ」

 

 勇者が自慢げに大剣の柄を弾きながら笑う。

 恐らく嘘ではなく、彼なら被害が出る前に一人でも戦ったのだろう。

 

「キミらしいね。……それからしばらくは迷惑もかけた、右も左も分からず。旅の途中では私のせいで町に入れない事もあった」

 

 あれは旧魔王領、古の森に邪神の文献を探しに行った時だ。

 あの森には隠れ里があり、そこの住人とは少しトラブルが起きた。

 

「ありゃ、あの街の奴らが悪いだろ。髪と目の色が昔の魔王に似てるからって。そんくらいがなんだってんだよ!」

 

 彼らの恐れる魔王は白銀の髪に、真紅の瞳をしたヴァンパイア。

 限りなく人型に近く、なんらかの伝承があったとすれば。

 外見の近い人間など、里に入れたくも無いだろう。

 

「仕方ないよ、それだけの恨みを買う何かがあったのさ」

 

「そんな事お前には関係ないだろ」

 

 思い出し、少し腹を立てているのか、勇者が投げやりに言葉を返す。

 結局、彼らは文献を見ることを許されたのに、私のために怒ってくれている。

 本当に優しい、真っ直ぐな人だ。

 

「あはは、そうだね。……そんな風に言ってくれるキミ達だから、私もここまで頑張って来れた」

 

 私が感謝を込めて口にすると、勇者は感慨深けに頷いてくれる。

 

「あぁ、2年ちょっとで、俺たちに追いつくんだから大した奴だよ。お前は」

 

「ありがとう。……ねぇ、勇者。私、『英雄』に近づけたかな?」

 

『英雄』それは憧れだった、勇者の様に誰かを守り、聖女様の様に人を救う。

 古き英雄達の様に、未来を信じ国を切り拓いた者も居れば、滅びゆく国を生かすため悪魔を切り続けた者もいる。

 そのどれもが、強く、真っ直ぐで。それでいて誰かを思う優しさがあった。

 

「もちろんだ、そして、次が最後の一歩。勝つぞ、レッド!」

 

「うん!」

 

 そしてそんな彼らを追いかけてきた私だからこそ、世界は美しいと想えるし、誰かを守る事ができる。

 

 そう思っていた……。

 

 ────────────────────────

 

 夢の場面が切り替わる。

 

 空には暗雲が渦巻き、絶え間なく雨が吹きつける。

 大地は荒れ、巨大な大穴に足を取られそうになる。

 宙には曖昧な人型が認識出来ない言葉を喚きながら、次々とその体を結晶に喰われ、聖なる光に焼かれ、消滅していく。

 そんなものには目もくれず、私は3人の姿を探す。

 

 そして見つける、血に染まり深紅に色づく花畑の中心地。

 あの激闘の地とは離れ、唯一残った安息の地。

 そんな戦いとは無縁な景色の中で、3人が力無く倒れ伏していた。

 

「……たおし……ですね」

 

 血溜まりのなか、空を見上げる聖女様が言う。

 本来なら死者蘇生すらも可能とする、奇跡の体現者は、ただ静かに空を見上げていた。

 

「……。……」

 

 夢の中の私が何かを言う。

 嗚咽の様な小さな言葉が、聞こえているのかいないのか。

 穏やかに微笑んだ聖女様は口を開く。

 

「よい……です。貴女は……、……生きて」

 

 涙を流し、拳を握りしめる私の前で。

 血溜まりに浮かぶ美しい花が、一つ散った。

 

 ────────────────────────

 

 ○

 

 薄暗い階段で意識が覚醒する。

 正面には木造の扉。

 隣には鎧姿の大輝が静かに並び立っていた。

 

「! ……目覚めたか?」

 

「うん……。何、してたんだっけ」

 

 夢を見た気がする。

 内容はまるで思い出せないが、こんな所で目覚めたんだ。何らかの幻術でも受けたのかもしれない。

 

「……馬岱を探していた」

 

「馬岱さんを……」

 

 そうだった、この屋敷に住む死霊術師を倒して……、地下で馬岱さんが戦っているのを感知して……

 

「あの女性は?」

 

「敵ではなかった、だから逃した」

 

 敵では無かった……まぁ、彼の見立てだ。間違いないだろう。

 となれば、防衛の為の幻術か。

 誰も傷付けない、良い判断をするものだ。

 実際、あの時点のボクは切り捨てるつもりだったのだし。

 

「そっか……じゃあ、後は馬岱さんだね」

 

 呟き、扉越しに魔力視を行う。

 見えるのは見慣れた黄金の魔力、どうやら彼も敵を倒し切ったらしい。

 安堵の息を吐いたボクは大輝に目配せをして、目の前の扉を開いた。

 




第十四話いかがだったでしょうか。
本編とは関わりの薄いレッドの過去回ではありますが、
レッドの特異性がなんとなくわかる回になっております。
おかげで筆者自身も文字と一緒に世界観が戻ってきて…
問題なく次話が紡げそうです。
それでは、また次回をお楽しみに!


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第十五話 屋敷の地下で

お待たせしました第十五話になります。
よろしくお願いします。


 薄暗い階段の下。古びた扉を開けると、そこには大量の骨が散らばる広間だった。

 大きさはさまざまで、犬猫だけでなく、人や熊なんかの物もあるかもしれない。

 

 ──“なんか不気味だねー”

 

 凛花の言う様に不気味な部屋である。

 造りは先刻迷い込んだ神殿の様な場所と似て、大理石を基調とした石造。

 部屋の隅に状態の良い骸骨が山を作り、部屋の中央に向かって砕けた骨が転がっている。

 そんな中で異様なのが、一切の汚れがない紫色のカーペット。

 入口から一直線に伸びるそれは、奥に見える祭壇らしき場所へ繋がっていた。

 

 ──“あ、馬岱さんいるよ! ”

 

 凛花の声に気がつく、不気味にも見える祭壇の前。

 少しの段差を越えたその場所で、馬岱は女性の亡骸を前に手を合わせていた。

 赤髪の女性は中華風の民族服を見に纏い、その片手には刃の砕けた薙刀が握られている。

 

「馬岱」

 

 俺が声をかけると、祭壇の彼は静かにコチラを向き、傍らの薙刀と祭壇の上に乗せられた闇色の結晶を無造作に手に取る。

 

「ルードに会った」

 

 静かに告げ、彼は結晶をコチラへ放り投げた。

 普段は口数が多く、騒がしさすら感じる彼らしくない行動に戸惑いながらそれをキャッチする。

 

「これは?」

 

「死神の腕だ。アイツはソレを貫いてそこから出て行った。会わなかったか?」

 

 ルード。つまり、あのドラゴンがこの小さい扉から?? 

 どう考えても通れないだろ……そんなふうに内心困惑する俺。

 それを見かねたのか、それとも単純に気になったのかレッドが口を開く。

 

「まって、コレをルードがやったの?」

 

 レッドの視線は俺の手の中にある結晶に向けられている。

 その目は淡く輝き、何かしらの力を使って見ているのは間違いない。

 

「あぁ、あと。儀式を終わらせるつもりらしいぜ」

 

 儀式を終わらせる? 

 なら、何故馬岱を生かしたんだ? 

 そもそも狂っていたのではないのか? 

 と言うか、そのルードはどこへ? 

 さまざまな疑問が脳裏に浮かぶ。

 

「どうやって?」

 

「元凶である願望機。その破壊だそうだ。アイツも願いがあるだろうに大したモンだよ」

 

 馬岱が他人事の様に告げる。

 その姿はいつもの様な覇気が無く、彼の戦う意味は無くなった事を感じさせた。

 そんな状態の彼が続けるように言葉を紡ぐ。

 

「まぁ、そんなわけで俺が英雄でいられるのもあと少しってわけだ」

 

「そうなのか……?」

 

 英雄とは時間制限があるのか? と思わず問いかけてしまったが、儀式が終わるからか……と思い到る。

 そんな俺の予想を肯定するわけでもなく、彼は言葉を紡ぐなり、槍を構える。

 

「あぁ、だからよ……手合わせ、願えるか?」

 

 突然の戦闘の予感に仮面の奥で冷や汗を流す、思わず軽く一歩下がり、言葉を返す。

 

「……いやだ、と言ったら?」

 

「貫かれるだけだぜ!」

 

 瞬間、炸裂音。

 祭壇の上に居たはずの彼が目前に迫る。

 ビビった俺はとりあえず距離を取ろうとして後ろに跳躍、そこに馬岱の一撃をもらい、派手に骨山へ吹き飛んだ。

 

「手ごたえがねぇ、受け流したか?」

 

「いや、偶然だ」

 

 骨粉で遮られた視界が開け、部屋の中央に立つ馬岱と目が合う。

 真剣な表情の彼は一切の油断なく、こちらへ向け槍を構えている。

 ……どうやら戦う気満々らしい。

 

「……一撃だ。全力で来い」

 

 こちらのできる事は突撃することだけ、接近戦に持ち込まれたら、何もできないだろう。

 だからこそ一撃、全力でぶつかって納得してもらうしかない! 

 

「いいねぇ! わかりやすい!」

 

 言葉と共に馬岱は構え、姿勢を低くする。

 後はこの鎧を信じて突っ込むだけだ。

 

「いくぞ。フォーカスブースト」『──―ready,〝Focus Boost〟』

 

 瞬間、凄まじい轟音と閃光。

 それに驚く間もなく、俺は馬岱に突っ込み、彼を吹き飛ばしていた。

 

 遠目に彼が祭壇に突っ込むのを見て、俺はバイザー内に浮かぶ、『警告』の2文字と鎧の全体図を見て思わず振り向く。

 まず視界に入るのはひしゃげたブースター、推進力を生み出すためのソレがまるで溶かしてから固めたかの様にぐちゃぐちゃに変形していた。

 そして、先ほどまで立っていた壁際。大量の骨が積んであったはずのそこは見る影もなく。ただ武骨石壁と巨大なクレーターに姿を変えていた。

 

「クックッ……めちゃくちゃしやがるじゃねえか」

 

 遠くで愉快そうに笑う馬岱の声が響く。

 ボロボロの祭壇を段差から蹴り落としこちらへ大股で歩いてくる。

 

「……不満か?」

 

 内心冷や汗ダラダラで言葉を返す。

 半分事故みたいな一撃、仕切り直しを願われたら受けるべきだろうが、今度はブースト無しで戦うハメになる。無理だ。

 あと、馬鹿でかい警告の字が邪魔すぎる。

 

「不満? ねぇよ、『英雄』らしくてイイじゃねぇか」

 

 上機嫌な馬岱の言葉に、一端鎧を解除する。

 ……次起動した時には、直ってるよな? 

 

「何の為に手合わせを?」

 

「俺の趣味と戦力確認ってとこだ。まぁ、いらん心配だったが」

 

 馬岱の言葉に首を傾げてると、彼は突然入口の方へ向き声を張り上げる。

 

「……ツゥわけで。俺は降りるぜ管理人さんよ!」

 

 ビビった俺が慌てて振り返ると響く足音。

 眼鏡にスーツ姿の男性……南郷さんがこの部屋に入ってきた。

 

「それは困りましたね。貴方に止めていただかないと、願望機が。いえ、この町全体が消滅してしまうのですよ?」

 

「……消滅?」

 

 南郷さんが現れた事よりも、そのスケールの大きさから思わず口を開く。

 

「えぇ、とは言え説明するよりも見ていただいた方が早い。ついて来てください」

 

 彼の言葉に思わず二人を見る。

 レッドは無言で頷き、馬岱は首を振る。

 

「言ったはずだ、俺は降りるってな。お前達は行って来な」

 

 馬岱の言葉に俺は頷くと彼へ手を伸ばす。

 なぜ急に戦う事をやめたのかは知らないが、彼が戦うつもりが無いのは確かなんだろう。

 ならば、仲間として、その選択は尊重したい。

 

「戦いが終わったらまた会おう」

 

「あぁ、じゃあな」

 

 俺はいつか彼としたように握手をし、振り返る。

 レッド達の元に向かおうとして、ふと足を止める。

 しかし、同時に衝撃。

 無言で背中を叩かれたらしい。

 

「馬岱?」

 

「行ってこい。後、コイツは土産だ」

 

 押された事でよろめくと同時に、起動する魔導鎧。相変わらず赤いバイザーには"Counter Burst"の文字。

 三度目ともなればわかる、技が増えたのだ。

 

 何故このタイミングでと思う間も無く、レッドの元へと急ぐ。

 

「では参りましょう」

 

 南郷さんの言葉と共に扉を潜る、扉の向こうは真っ暗であり、階段の段差すらも見えないが、目が慣れれば大丈夫だろう。

 そうして俺たちは扉を潜った。

 

 ○

 

 この洋館全体の魔力の流れに違和感を感じ。南郷と言う男と共に扉を潜ったボク達を迎えたのは蔦に覆われ砕けた煉瓦壁。そして、淡い光が宙に舞う森林であった。

 

 思わず背後に振り替えったボクらの前にあったのは、完全に崩れ、原型の留めていない廃墟。

 その建物は隅の方から魔力に還元され、宙に溶けている。

 

「コレは……。ッ」

 

 思わず目の前の廃墟に魔力視をするが、あたりの濃厚な魔力に邪魔され認識出来ず、ソレどころか過剰に吸収し魔力酔いを起こしかける。

 

「ン……ごめん大輝、いったんここを離れよう」

 

「しかし、馬岱は……」

 

 大輝が困惑した様子で目の前の光景を見ている。

 だが見た所、地下に続く道を探す事は難しく。コチラからできる事はない。

 

「彼女の言う通りです。離れましょう。消滅に巻き込まれますよ?」

 

 南郷が便乗する様に告げる。

 正直そんな事は無いと思うが、ボクとしても直ぐに離れたい。

 

「きっと大丈夫だよ、あの部屋自体は光に変わってる様子もなかったし、この建物が無くなってからまた来よう」

 

 大輝はボクの言葉に少し考え、自らの掌を一度見ると頷き振り返る。

 

「わかった、行こう」

 

 その言葉と共にボクと大輝、南郷の3人は光の上がっていない方向。

 南郷の大図書館へ足を向けた。

 

 

 

 




第十五話いかがだったでしょうか。
次回はいよいよこの町全体の仕組みがわかります。
十五話やってようやく世界観の説明…
リメイク版ではもっとわかりやすくしたいですね。
それでは次話もお楽しみに!


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第十六話 戦いと選択

お待たせしました。第十六話になります。
よろしくお願いします。


 

 ●

 

 消えゆく洋館を後に、詳しい話を聞きに大図書館までやってきた俺たち。

 そこで語られたのは衝撃の事実だった! 

 

「この町全体が巨大な結界の中にあるだって!?」

 

 信じられないといった様子のレッドに、心の中で同意する。

 確かにこの街は霧に囲まれていたり、おかしな生物がいたりと、普通なら考えられない様な事が起こる街だが、俺を含め生活する人々が存在したはずだ。

 そんな話、にわかには信じられない。

 

「ええ、そうなのですよ」

 

 それに対して慌てた様子も無く、傍らの本を開くのは南郷さん、この図書館の管理人である。

 

「この町は、遠いどこかで行われた儀式戦争。ソレを模倣する為に結界の中に作られた。そう記録に残っています」

 

 遠いどこかで行われた儀式戦争。それどんなアニメ? と言うか、だとしたらそんな争いの記憶がないのは何故なのか。

 まさか、ファンタジーにありがちな認識阻害結界でもあるのか?

 あまりに荒唐無稽な話に首を傾げる俺とは対照的にレッドは口を開く。

 

「それはつまり……」

 

 レッドの言葉を受け、南郷さんは頷くと片隅に飾ってあった植物を千切り、ライターで炙ってみせる。

 新鮮なはずの植物はすぐに燃えつき、現実との確かなズレを感じさせた。

 

「この街は魔力で構成された異界である。と言う事です。そしてそれは我々とて例外ではありません」

 

「何……?」

 

 俺の方を見て我々の部分を強調する南郷さんに思わず聞き返す。

 てっきり人間に対しては認識阻害程度だと思っていたのだが。

 そうではなく、魔力で作られたとなると更に信用できなくなる。

 実際、俺にはフリーターになるまでの記憶もあり、原付で遠出した記憶もあるのだ。

 コレが作り物だとしたら、なんて哲学を考えたくも無い。

 

 しかしその一方で、レッドと共に歩き回ったこの街が奇妙なほど静かだったことも思い出す。

 もし、街の人間がその儀式の為作り出された者なら街の惨状を見ても何も思わないのかも知れない。

 

「大輝さん、貴方、なぜこの街に居るのか。疑問に思った事はありませんか?」

 

「それは……」

 

 彼の問いかけに言葉が詰まる。

 何故この街にいるのか……確かにその通りだ、俺はこの街の出身では無い。

 アルバイトで過ごすなら、もっといい場所もあったはず。

 間違ってもゾンビパニックやら、儀式戦争やらが起きるらしい場所に住む必要はない。それでも街から出ようともしなかったのならおかしい話だ。

 

「無い、でしょう? そもそも、自分が何者であったかすら曖昧な筈だ」

 

「……」

 

 続けざまにつげられた彼の言葉に1週間前の事を思い出す。

 何となくぼんやりして、夜の公園などへ訪れていた頃の事だ。確かにあの頃は曖昧で、バイト終わりにカップ麺を食べるだけの日々を過ごしていた。まぁ、今は違うが。

 

「大輝……?」

 

 考え込む俺がよほど危うく見えたのか、心配そうに名前を呼ぶレッド。

 だが、安心してほしい。若干胡散臭く感じてるとこだから。

 

「我々、この街に居るものは須くこの舞台の役者。自分の事など設定にすぎない。しかしそんな我々に影響を与えられる者がいます。それが『英雄』であるのです!」

 

 なるほど、意識がハッキリしアルバイト以外の事を始めたのはレッドと会ってから。

 なら確かにレッドこそが、俺と言うよくいるモブに意味を持たせた『英雄』なのだろう。

 

「そう……だったのか……」

 

「えぇ、ですが残念なことに、この舞台も終わりを迎える事になります。他ならぬ『英雄』の手によって!」

 

 大袈裟に頷く俺に対して、派手な動きを合わせて解説してくれる南郷さん。

 うん、厨二の妄想かなぁ。

 とりあえずここで言う英雄とは、ルードの事だろう。

 儀式を終わらせようとしていると馬岱が言っていた。

 

「もし、そうなったら大輝達は……」

 

「えぇ、消滅する事になります」

 

 消滅……、確かに結界によって作られているなら、役割が終わればそうなるか……

 少し安直な気もするが、実際そうなった場合どんな感じなんだろうか。

 痛みなく消えられることを願うばかりである。

 

「ですがご安心ください。英雄である貴女は消滅しません」

 

「それは、なんで?」

 

 楽観視する俺とは逆に深刻そうな顔で聞き返すレッド。

 ファンタジーが身近にある彼女にとっては、あり得る話なのだろうか。

 

「英雄は身体と共に召喚された存在だからですよ。肉体のある貴女は消滅する理由がありません」

 

「……」

 

 レッドが複雑な表情で口をつむぐ。

 確かに彼女は『英雄』だ、強靭な肉体を持つだけでなく。

 人を救って来た善人なのは間違いない。

 自分だけ生き残ると言われても良い気分にはなれないのだろう。

 しかしその一方でまだ年若い少女でもある。

 

「いかがでしょう。この街、救ってくださいますか?」

 

 正直、この話。信じても信じなくても俺にとっては変わらない。

 片やドラゴン、片や消滅だ。むしろ危険が目の前にない分、消滅の方が気楽ですらある。

 しかし、彼女は違う、片や困難に立ち向かうか。片や生き延びて『英雄』のあり方を捨てるかだ。

 思い悩む少女をチラリと見て、軽く頷くと俺は口を開いた。

 

「悪い、少し時間をくれ」

 

「わかりました。お早いご決断をお願いしますね」

 

 悩むレッドを説得するべく、俺は話を切り上げた。

 

 ○

 

 大図書館のバルコニーで街を見おろすボクら。

 大輝は何かを察したのか、時間を取ってくれたけど、ボクはどうするべきなんだろうか。

 

「レッド」

 

「大輝……」

 

「……いいんじゃないか?」

 

 突然の言葉に困惑する。

 吹きかける風に背筋を伸ばされ、ボクは白銀に輝く鎧姿の彼を、まっすぐに見つめる。

 

「無理に危険に向かう必要は無い」

 

「でも、戦わないと大輝は……この街は……」

 

 確かに危険に向かわずにすむならそれに越した事はない。しかし、それで多くの人々が困るなら、向かっていかないといけない。

 

「消えてしまうだろうな、あの洋館の様に。それを知っていれば止めたくもなるだろう」

 

 であれば、僕の求める『英雄』である君も、止めに行くのが正解とわかるはず。

 

「うん、当然大輝も……」

 

「俺なら構わない」

 

 彼の言葉に頭が真っ白になる。

 

「え?」

 

「構わない、と言ったんだ」

 

 構わない。気にしない…?多数の人々が消えるとしても?

 彼の言葉を理解が拒む、仮に作り出された人であったとしても、『英雄』らしい彼が何故。そんな事を言うのか。

 

「そんなわけ……」

 

「あるさ。……自慢じゃ無いが、俺の頭の中にある記憶では、俺はつまらない人間だった」

 

 独白。それは彼の人生だった。

 

「常に1人で日銭を稼ぎ、暇を見つけてはゲームと言う幻想のなかで戦い続ける」

 

 孤独で、ただ生きるために戦った男の姿。

 

「それは……」

 

「その程度の男だ……だからこそ、消えても構わない」

 

 覚悟を決めた英雄の姿だ。

 

「大輝……」

 

 前提が間違っていた。最初から彼は自分だけが消える事を想定していた。

 

「だから、いまは大人しく休み、全て終わった後でゆっくり探すといい」

 

 どこまでも英雄らしく、まっすぐに。ボクを元の場所に送り返すという目的のため。

 戦いは全て、自分がカタをつける為に……

 

 ●

 

 レッドの説得も終わり、あとはゆったりと終焉を楽しもうと一周回って厨二感のある思考を楽しんでいると、図ったようなタイミングで南郷さんが現れる。

 

「答えは出ましたか?」

 

「うん」

 

 迷いの消えた様子の彼女を見てコレは大丈夫だと一人頷く。

 南郷さんには悪いが、馬岱が居ない時点でコチラに勝ち目はない、そもそもあの男が諦めるとなれば何か理由があったに違いない。

 明日はゆっくりとこの町の調査でもして…

 

「ボク達は……ルードを止めるよ」

 

「おぉ!」

 

 んん? あれ? なんて? 

 感嘆の声を流す南郷さんと対照的に困惑する俺。思わず彼女に問いかけてしまう。

 

「レッド……なぜ?」

 

「ボクは『英雄』だから。知ってる? 大輝。英雄は、救う為なら勝算を考えないものなんだよ」

 

『英雄』だから……。

 その言葉に思い出すのは彼女と馬岱との短い旅路。

 あぁ、そうか。『英雄』ってやつは。

 皆、戦闘狂だったなぁ……




第十六話いかがだったでしょうか。
この町自体が某聖杯戦争の模倣品。
これは本作で重要な要素の一つになります。
と、言うのも、この物語。
明らかな偉人は基本、出てきていませんよね。
居たとして、馬岱を名乗るあの人くらい。
そんな状態で完成する願望機とは?
それでは、次回もお楽しみに!


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第十七話 戦いの地へ

お待たせしました。
第十七話になります。
よろしくお願いします。


 

 十分な休息の後、鎧の自動修復が終わっている事を確認した俺たちは、太陽の光に目を擦りながら緩やかな坂道を登っていた。

 

「まさか、ここに願望器があるとは……」

 

 紫陽花の花が咲く道を進み、遠目にある大きなイチョウの木へ視線を向ける。

 

 ここは桐生寺、レッドと共に最初に訪れた。この街有数のパワースポットだ。

 南郷さんの話によれば、この寺のさらに奥、裏山の中に願望器はあるらしい。

 

「うん、だからこそ馬岱さんもここに居たんだろうね」

 

 俺の呟きに続くレッド。

 たしかに、初めて会った時、馬岱はこの寺の近くにいた。

 馬岱はその時からここに願望機がある事を知っていたのだろうか。

 

「……霧が出てきたな」

 

 そんな事を考えていると、あたり一面を覆う薄霧。

 考えるまでも無いだろう、この寺で奴が待っているのだ。

 俺は鎧を見に纏い、レッドと視線を交わす。

 

「行こう」「あぁ」

 

 俺たちは頷くと、同時に鳥居を潜った。

 

『Activate “Porta metastasis”』

 

 ○

 

 寺へ足を踏み入れて最初に感じたのは、むせ返るほどの濃い魔力。

 そして途方もない高揚感だった。

 理性が危険を訴え、過剰に高まった聴力が、既に隣には彼がいない事を教えてくれる。

 

 思わず口角が上がる。

 この気持ちが霧の持つ作用か、それとも別の何かか。そんな事はどうでもいい。ただ抑えきれない衝動に身を任せ、地面を踏み直す。

 

 ボクを中心に広がる地割れ、石畳をも砕くそれに全能感を感じられる。

 

「アハハハ! 1体1とは、気が効くね!」

 

 狂ったようなボクの呼びかけに応え、霧の中から出て来たのはボロボロの鉄鎧。

 肩に紅に染まった十字のエンブレムをつけ、十字槍を掲げた青年が姿を表す。

 

「……人か、……悪魔か。問う必要は無さそうだな?」

 

 紅鬱金色の結晶を埋め込んだ十字槍の柄で地面を叩いた彼は、脈動する様に輝くそれを見つめ、視線と共にその穂先を向ける。

 

 その姿にボクはますます笑みを深める、鉄鎧に赤十字、そして、失われたはずの十字槍。間違いない。

 

「ボクは人なんだけど……キミにはわからないよねぇ、護国の英雄さん?」

 

 ルードと名乗る彼は、ボクの世界の英雄。

 滅びゆく祖国を、弱き人を守るため、悪魔を狩り続けた者。

 英雄ルークに違いない。

 

「……戯言を、人が地を砕けるものか」

 

 人を守った『英雄』の言葉だ。

 途方もなく憧憬の念が湧き上がりニヤニヤとした表情が止まらなくなる。

 

「ふーん、意外とできると思うけどねぇ」

 

 闘いに向かう高揚感より、『英雄』と話したい欲求が強くなる。

 当然だ。彼もまた、ボクの憧れなのだから。

 

「いいや、その様な者は存在しない。有るとすれば、魔に魂を売った者のみよ」

 

 強い意志を感じる目だ。

 自分の戦う道は間違っていない、そう信じる者の輝きだ。

 その道が如何に歪んでいても、曲がらない。そんな魂の輝きに心が高揚する。

 

「なら、竜に堕ちたらしいキミは魔。そのものと言う訳だね」

 

 装甲が完全に砕け、露わになっている右腕を見つめる。

 そこには彼の英雄譚には似合わない、鱗に覆われた腕。

 鈍く光を反射する黄土色のソレは人の腕と言うには余りに太く、鋭利な爪をも携えていた。

 

「否定はしない。だが、俺が俺としてここに有る以上、魔を狩らぬ理由も無い」

 

 静かに告げると彼から向けられる殺気、敵を怯ませる意味も有る魔力の重圧がコチラへと真っ直ぐに叩き付けられる。

 ……もう話す気は無いか。

 

「そっか……なら。行くよ!」

 

「英雄ルード、民草が為。参る!」

 

 ●

 

 みなさんいかがお過ごしでしょうか。大輝です。鳥居を潜ったら何故か洞窟に居ましたが俺は元気です。

 

 ──"ダイキさん、大丈夫? "

 

 凛花ちゃんの声に現実逃避をやめ、ひとつ頷いてから辺りを見渡す。

 

 目の前に広がるは巨大な横穴。大小様々な石が転がり、茶色く湿った土の上に蛍光色の苔が生い茂っている。

 背後には中型車ほどの大岩、その隙間からは裏山で見た杉の森林。どうやらここは裏山の中らしい。

 

「裏山。洞窟か……」

 

 ……"ここってもしかして"

 

 裏山にあると言う願望器。それを隠してある洞窟なのだろう。

 そしてここに自分を送ったのは恐らく……

 脳裏に一人の女性を思い浮かべ、辺りに呼びかける。

 

「いるんだろう? 出てきてくれ」

 

「……ほう? この私に気づくとは、天晴。大した者よ」

 

 ……。誰? 

 

 岩場の影から静かに姿を表したのは、藍色の下地にぼんやりとした桜の描かれた着物姿の女性。

 長い黒髪は腰ほどもあり、ゆったりとした足取りで歩く彼女は次の瞬間には手の届く距離に立っていた。

 

 ──“ダイキさんどうやって気づいたの!? ”

 

 驚き騒がしくなる少女をよそに、自分を落ち着かせる意味も込め右手を前に口を開く。

 

「……中村大輝だ」

 

 挨拶は大事、古事記にもそう書いてある。と言うのは冗談で、知らん場所にいきなり飛ばされて、瞬間移動もできる強そうな姉ちゃんが出てきたらそりゃ様子見一択である。

 

「ステラだ。見たところ英雄の様だが、なにゆえここにきた」

 

 英雄、やはりこの戦いの関係者ではあるらしい。

 とはいえ、何故ここにいるのかは俺も知りたいところ。

 失礼かもしれないが質問で返させてもらおう。

 

 ──“なんでだろう? ”

 

「わからない、ここは?」

 

 俺達が心底困惑した様子で返すと彼女は眉を顰めると。少し離れ、腰に差した刀の鍔をトントンと指で弾きながら答える。

 

「冬木の大空洞、君たちが言う願望器の存在する場所である」

 

 ──“願望機! ”

 

 願望器、ルードが壊そうとしている儀式の起点である。

 やはり、とは思うがだからといって俺はここで何をするべきなんだろうか。

 

 ──“見てみようよダイキさん! ”

 

 脳内に響く凛花の声。なるほど、確かに見るだけならタダだ。

 ここは頭を空っぽにして観光に徹するも悪くない。

 

「……見せてもらってもいいか?」

 

 ──“わくわく”

 

 俺の言葉にさらに眉を顰め、ついに刀に手を掛ける女性。

 彼女は引き続き指でリズムを刻みつつ、俺の顔を見て言葉を返す。

 

「いいわけなかろう。貴様、正気か?」

 

 ──“あ、そうだよね……”

 

 その様子に選択を間違えたことを薄々感じる俺。脳内でしょんぼりする凛花。なんとか軌道修正を図ろうと口を開く。

 

「……、冗談だ」

 

 修正しようと言う気のかけらも感じない言葉が口から出た。もうダメかもしれん。

 

「そうか、そうか。なら構わぬ。……ぶぶ漬けでもくれてやろうか」

 

 ……なぜか許してくれた? 

 振り返り洞窟の奥に向かって歩き出す女性。

 ぶぶ漬けが何かは知らないが、せっかくなのでご相伴にあずかろうと一歩踏み出す俺。

 

 それに気づいたのかゆっくりと振り返った彼女。

 

 ──“ダイキさん……ぶぶ漬けって言うのは。”

 

「貴様は! 遠慮と言う言葉を知らんのか!」

 

 怒りの言葉と共に懐に現れた彼女は、鎧を物ともせず、綺麗なアッパーカットを決めたのだった。

 

 

 

 




第十七話いかがでしたか?
舞台は再び桐生寺へ、ここから一気に完結まで!
後5話ほど、どうぞお付き合いくださいませ。
それでは次回をお楽しみに


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第十八話 戦いと

お待たせしました、第十八話になります。
よろしくお願いします。


 

 

日の光も遮る濃霧の中。魔力の残滓で霧を照らしながら、十数合と切り結び、弾かれる様に距離を取る。

 

相手は槍、馬岱さんとの稽古のお陰で間合いに入るのは慣れている相手だ。

しかしながらその速さも、力も比べ物にならない。

『英雄』故に、油断も隙も見受けられず、ただ武器の相性によって大きな差が生まれていた。

 

「はぁあ!」

 

ボクの気合いの入った一撃も、意図も容易く弾かれる。

 

彼の武器は十字槍。

その名の通り刃が十字となっている特殊な槍だ。

その特異な形状は元来の突き、払いだけでなく斬る事も可能とし…それ以上に厄介な事が一つ。

 

「参ったなぁ、その槍。どうやって受け流せばいいの?」

 

そう、十字と言う形状故に、刃を滑らせて受け流す事ができないのだ。

下手に受け流せば、そのまま刃が肩口を抉るか、その刃に刀が引っかかり、押し込まれることになるだろう。

現状は魔力を身体に回しなんとか受けきっているが…間違いなく長くは持たない。

 

「…受け切った上で言うなデーモン。人であれば既に死んでいる。」

 

「いや、人なんだけど。」

 

軽口を叩きながらも、次の手を考える。

正面からの斬り合いは不利、ならば奇襲する他ない。

幸いにもここは一度探索した桐生寺。

ボクなら上手く利用する事ができるだろう。

素早く判断したボクは、本殿へ向かう石畳を強く踏み締めた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

巨大な結晶が鎮座する共同墓地。

夢の中の俺はややふらつきながらもそこに立っていた。

見に纏う鎧はボロボロで、視界にノイズすら走っている。そんな有様だ。

 

「ライダー!!」

 

焦った誰かの声が聞こえる。

次に激痛。

ゆっくりと下を向いた俺は、達観したように呟く

 

「っ…そりゃ、そうだよな…」

 

胸に突き刺さる黒曜石を引き抜き、投げ捨てる。

鎧は消え、出血でふらついた俺は。

遠くから打ち込まれる石槍にその体を縫い付けられる。

 

「ははは!やりましたよ王!我々は勝った!」

 

愉快そうな誰かの声が聞こえる。

聞き覚えのある男の声だ。

 

仰向けで倒れる俺の視界に、蛍の様な淡い光が映り込む。

徐々に狭まる視界に誰かの悲鳴。

何もできない自分に虫唾が走り、視線の先、空から黄金の球体が降ってくるのが視認できる。

 

「まだ…死ねない。」

 

『…yes。……死…。…EXAM起動』

 

腕が、足が光へ代わり、空へ立ち昇っていく。

残ったのはその右手。灰色のリストバンドは、煙を上げ、その右腕から順に、装甲に覆われる。

 

「…グラ、ビティ…。……スト」

 

『―――re…。y. 〝Gravity Boost〟』

 

背中のタービンが回る音、何かが弾け飛ぶ振動。

見える空には巨大な魔法陣が浮かび、黄金の球体を削り吸収しながら、少しずつ輝きを増していく。

 

その輝きは辺りを照らし、そして大きく、輝いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ーー“ダイキさん起きて!”

 

凛花ちゃんの声で目が覚める。

相変わらずよくわからない夢だ。俺ではない誰かの記憶。いったい何を伝えたいのか。

変な夢のせいか酷い痛みを感じる体に気を使い、ゆっくりと体を起こす。

目に入るのは薄ぼんやりとひかる苔の壁。

どうやら、まだあの洞窟の中にいるらしい。

 

「あの女は…?」

 

見渡せばそこによく目立つ着物姿はなく、ただの薄暗い洞窟が続いていた。

 

ーー“え?うーん。アッパーカット決めたあと、しばらくはこの辺りにいたんだけど…”

 

「…気づいたらいなくなってた。か」

 

いきなり人を殴り飛ばしておいてそのまま立ち去るとは…

とは言え、それだけで済ませてくれたとも取れる。

こんな場所にいるくらいだ。彼女が願望機の守護者と言う可能性は高く、本来なら不法侵入した時点で切り捨てられてもおかしくはない。

 

「どうするか…」

 

ーー“うーん…”

 

悩む幼女とフリーター。完全に知力不足である。

わかることは、何故か俺が切られなかったと言うこと。

そして、何故か彼女は、俺を『英雄』と呼んだことだ。

 

……そろそろ、コッチの記憶にも目を向ける時がきたのだろうか。

 

「…行こう。」

 

ーー“えっ?まさか、まだ願望機を?”

 

驚き、脳内で問いかける幼女。

何か勘違いしてるようだが、そうではない。

 

「話したい事ができた。」

 

静かに立ち上がった俺は、ぼんやりとした光を頼りに、洞窟の先へと進んでいった。

 

 

ただ広い本殿の一角。柱の陰に身を隠しながら息を整える。

 

「くっ…ふぅ…」

 

コンディションは最悪…辺りの魔力濃度が高すぎて、常に消費しておかないと内側から弾け飛びそうな気さえしてくる。

無意識に駆け出そうとする脚を押さえつけ、自らの失策と敵の戦術に当たりをつける。

 

……霧による魔力酔いだけじゃない。これは、鼓舞魔法!?

 

全体鼓舞魔法、通称『ウォークライ』

経験を積んだ人間の戦士なら誰もが身につけられる一般的な魔法だ。

本来なら、声に魔力を乗せ、恐れを打ち消す。ただそれだけの魔法。弱い人間であればこそよく知る、弱者の魔法だ。

 

「こんなの…ッ…あり?」

 

だからこそ。

強き者にとっては、意味がなく。

永続的に使うものでもない。と思っていた。

 

「…これが、知恵だ。デーモン。」

 

しかし、違った。

民草の代表として、騎士まで昇り詰めた『英雄』にとっては。

魔法を知る、強靭な悪魔を狩り続けた『英雄』にとっては。

最も重要な戦術魔法であったに違いない。

 

「くぅ…ァァ!」

 

熱く燃える鼓動が、敵を狩れと告げている。

奇襲など捨て、真っ直ぐに立ち向かえと告げている。

その全てを押さえつけようとするボクの耳に、足音が届く。

視界の先、本殿の入り口。ゆっくりと人影が向かってくる。

 

「さぁ、全力で来るがいい」「ッァァアアア!」

 

その言葉を合図に魔力は二刀へと流れ込み。音を置き去りにしたボクは、限界まで高めた二刀を振り下ろした。

 




第十八話いかがでしたか。
ここからしばらくは完結まで視点がかなり変化していきます。
無事完結してリメイクする際にはこの辺りも整理していきたいですね。
それでは次回もお楽しみに


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第十九話 英雄の槍

第十九話になります。
よろしくお願いします。


 

 

 △

 

 衝撃と共に霧が晴れる。

 その中心で対峙するのは二人の英雄。

 槍と剣。二つの武器がぶつかり合い、その衝撃波で辺りの霧が吹き飛ばされていた。

 

「む……」

 

 男が眉間に皺を寄せ、鍔迫り合いながら異変に気づく。

 ……霧が出ない。

 常に彼を支え、彼に祖国を思い出させるあの霧が。

 

「貴様……何をした……?」

 

 静かな怒りを感じさせる問いかけ。

 しかし、彼女はただ無言でその刃を押し込んでいく。

 

 境内での弾きあいとは比べ物にならない力。

 如何に魔が有利な濃霧の中とは言え、これほどまでに力が変化するとは思えない。

 これではむしろ、自らの力が弱まっているような……

 

「まさか!」

 

 咄嗟に十字槍を見る、十字の中心に埋め込まれた巨大な魔石。

 魔力に反応し、如何なる魔も貫き共に戦ってきたソレが、その輝きを徐々に失っていた。

 

「クク。アハハ! ……ルード、その名は良く聞いたよ!」

 

 敵が、語り出す。

 決して油断なく、しかしどこまでも楽しそうな声で。

 瞳は赤に染まり、徐々に髪から色が抜けていく。

 その手に持つ二刀は十字を押さえつける様に並び、紅く染まった刀身が槍と接する面から溶け、固まっていた。

 

「持たざる者として生まれ、敵を倒すほど強くなる『英雄』。その物語には憧れた!」

 

「ぐぅ……」

 

 徐々に力を失う自らとは対照的に、強く。乱雑に力押しをしてくる敵。

 魔力強化が奪われているのか、それとも別の理由があるのか計りかねる己とは反対に。

 ギラギラとした灼眼が真っ直ぐに己を……そして赤十字を睨みつける。

 

「でも、なんでお前は強くなれた?」

 

「な、に……?」

 

 イヤに耳に残る言葉に思わず聞き返す。

 己は知っていた。

 自らが魔術を扱えない事を。

 それを補う為、魔石を通して魔術を使っている事を。

 

「伸び代があった? 物語ゆえ誇張された? いいや、違う」

 

 魔術の適正とは、そのままに才能の縮図だ。

 人は生まれながらにしてその器が決まり。そして、才あるものはすべからく、なんらかの魔術の適正を持つ。

 しかし己は、その事実を否定するように、あらゆる魔術に適正を持たなかった。

 その事に不満は無い、現にこの槍一本で戦い続けていたからだ。

 

「何が……言いたい?」

 

 これは意地だと、もはや消えかけの魔力補助をこの身に宿る力のみで補い、敵の剣を押し返す。

 もはや剣は半分が同化し、槍と結晶を侵食するかの様にまとわりついていた。

 

「共に仇を打ち、お前を悪魔狩りへ変えた名もなき十字槍」

 

 敵の剣は二本が纏まるように、徐々に近づき……その中間、十字槍の結晶を巻き込んでいく。

 何が狙いかはわからない、しかしこのまま押し切られる訳にはいかないと、薙ぎ払う様に無理矢理力をいれ……

 ついに紅が、魔石に触れる。

 

「この槍こそが、魔を喰らい力となす、生きた魔槍だったのさ!」

 

 鋭い閃光と、爆発。

 ぶつかり合いの衝撃波とは比べ物にならない力の波が身体を打ち、無理に振るったままの槍と共に吹き飛ばされる。

 

 途端、相手から放たれる濃霧。

 あまりに濃すぎる魔力に、空中で結晶が生まれては、ギラギラと光り、地に落ちる。

 

 己の手には十字槍、しかし、中心には菱形の結晶が弱々しく光るのみ、その頼りない姿にようやく気づく。

 

「お前が。成長していた……のか」

 

「アハハハ! その通り! そしてその力は……今! 我が元に!」

 

 荒れ狂う魔力が、そして結晶が。俺を、そして、敵の身体すらも傷つける。

 龍である俺の頬にすら血の線が走り、敵のポーチが千切れ弾き飛ばされる。

 そんな状態でありながら、彼女は一つとなった紅の大剣をこちらへ向ける。

 

「さア! 狩りノ時間だ!!」

 

 ●

 

 薄暗い洞窟の中を、しっかりとした足取りで進む。

 忘れていたがこの鎧、超テクノロジーで作られた、ファンタジーアイテムである。

 当然、暗視機能も搭載されている。

 

 ──“どこ行ったのかなー”

 

「本当にな……」

 

 少女の呟きに適当な相槌を打ちながら進む事数十分。先程から一向に変わらない景色に嫌気がさしながらただ足を進めていた。

 洞窟の中には横穴すらなく、徐々に下がる下り坂だ。

 当然、新たな発見も無く。できることは時折見かける光苔を記念にむしり取る程度である。

 

「ん? あれは……」

 ──“何か見つけたの! ”

 

 光苔を拾うため、屈んだ視線の先に居たのは固い鈍色の甲殻で守られたずんぐりとした生き物。

 サイズは野ネズミ程度の小さな物であり、いわゆるアルマジロとでも言えそうなソレが光苔の生えた岩石の陰から、こちらの様子を伺っていた。

 

 ──“か! かーわいいー! ”

 

 脳内で騒ぐ少女とは対照的に、じっとこちらを見つめたソレは、一つ鼻を鳴らすとコロコロとコチラへ転がってくる。

 

「ぐぁな!」

 

 転がって勢いをつけるなり、俺の足に尻尾を叩きつけてきた。

 

「いてっ……」

 

 相手が小動物で、鎧ありなため痛みはほとんどないが、気分的に反応すると、楽しそうに鳴きながら足にぶつかってくるアルマジロ。

 なかなかに可愛いやつである。

 

 ──“なんか楽しそう! ”

 

 時々足を上げたり、逆に動かさなかったりしながら、小動物と戯れる。……癒しだ。

 ここまで、コウモリの一匹も見つけられ無かった事で生き物は居ないのかと思っていたが、しっかり自然に生きる者もいるらしい。

 

「ぐぁら、ぐなな!」

 

 ひとしきり転がり終えると、ようやく地に足をつけるアルマジロ。

 一言二言、自らの言葉でこちらに話しかけた彼は上機嫌に後ろを向くと、着いてこいと首を振り、駆け出して行く。

 

 ──“あ! 待ってー”

 

 いくら暗視があるとは言え、相手は20cmに満たない小動物。見逃す訳には行かないと追いかける。

 真っ直ぐに見えた洞窟を右へ。左へ。ところどころで実体のない壁を越えながら、奥へ奥へと進んでいく。

 

 そうして進んで行くとたどり着いたのは大広間。洞窟の中であるにも関わらず光に溢れ、天井から、まるで木漏れ日のように光の差し込む神秘的な空間。

 そんな空間の中心、大きな切り株の前で彼は振り返る。

 

「ぐぁん!」

 

 光は彼と切り株、その両方の周りにフワフワと浮かび、ゆっくりと吸い込まれるように集まっていく。

 

 ──“きれー! ”

「あぁ……」

 

 幻想的な風景に感嘆の声を漏らす俺たちを前に、少し誇らしげにした彼は再び背を向け、ゆっくりと切り株の根元へ向かっていく。

 

「あれは……ジオラマ?」

 

 そこにあったのは、小さなジオラマ。スノードームの様に半球で仕切られたそれは、痩せ細った根に覆われ、木漏れ日の光彩とは異なる黄金色の輝きを放っていた。

 

 ──“ダイキさん、これって……”

 

 そのジオラマは山々と海に囲まれ、川を跨ぐ古びた街並みとビル群など見覚えのある景色が広がっていた。

 

「儀式結界、の基点か?」

 

 レッドや南郷さんが言っていたがこの町は魔力で生み出されたものであるらしい。

 今、目の前にある物は半球こそ確かな実体を持っているが、中にある街並みはホログラムの様に半透明でところどころにノイズが走っていた。

 

「ぐぁわ!」

 

 俺の呟きを肯定するように、鳴く足元の彼。

 彼が何故この場所に案内してくれたのか問いかけようと口を開き……

 

『Activate “Porta metastasis”』

 

 聞き覚えのある機械音声と閃光に思わず閉口し振り返る。

 

「さすがお兄さん。こんなに早くここを見つけるなんて」

『えぇ、さすがは……』

 

 俺たちがこの空間へ入ってきた横穴。

 壁を偽装していたそこが半透明になり、光輝く。

 そして見えるピンクのパーカー、宙に浮かぶ藍色の魔導書。

 

 この洞窟に俺を送り込んだ張本人がようやく、その姿を現した。




第十九話いかがでしたか?
視点を分けてるせいでサブタイトルが付けにくい今日この頃。
…てか、本作の勘違い要素どこいった…?

それでは、次話もお楽しみに!


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